Soranoha

間引菜

まびきな

泉 鏡花、泉 鏡太郎

わびしさ……侘わびしいと言いふは、寂さびしさも通越とほりこし、心細こゝろぼそさもあきらめ氣味ぎみの、げつそりと身みにしむ思おもひの、大方おほかた、かうした時ときの事ことであらう。

――まだ、四谷よつや見みつけの二夜ふたよの露宿ろじゆくから歸かへつたばかり……三日みつかの午後ごごの大雨おほあめに、骨ほねまでぐしよ濡ぬれに成なつて、やがて着きかへた後のちも尚なほ冷々ひえ〲と濕しめつぽい、しよぼけた身體からだを、ぐつたりと横よこにして、言合いひあはせたやうに、一張ひとはり差置さしおいた、眞しんの細ほそい、乏とぼしい提灯ちやうちんに、頭あたまと顏かほをひしと押着おツつけた處ところは、人間にんげん唯たゞ髯ひげのないだけで、秋あきの蟲むしと餘あまりかはりない。

ひとへに寄縋よりすがる、薄暗うすぐらい、消きえさうに、ちよろ〱またゝく……燈あかりと言いつては此この一點ひとつで、二階にかいも下階したも臺所だいどころも内中うちぢうは眞暗まつくらである。

すくなくも、電燈でんとうが點つくやうに成なると、人間にんげんは横着わうちやくで、どうしてあんなだつたらうと思おもふ、が其それはまつたく暗くらかつた。――實際じつさい、東京とうきやうはその一時いちじ、全都ぜんとが火ひの消きえるとともに、此この世よから消きえたのであつた。

大燒原おほやけはらの野のと成なつた、下町したまちとおなじ事こと、殆ほとんど麹町かうぢまちの九分くぶどほりを燒やいた火ひの、やゝしめり際ぎはを、我わが家いへを逃出にげでたまゝの土手どての向越むかうごしに見みたが、黒煙くろけむりは、殘月ざんげつの下したに、半天はんてんを蔽おほうた忌いまはしき魔鳥まてうの翼つばさに似にて、燒殘やけのこる炎ほのほの頭かしらは、その血ちのしたゝる七なゝつの首くびのやうであつた。

……思出おもひだす。……

あらず、碧あをく白しろき東雲しのゝめの陽ひの色いろに紅くれなゐに冴さえて、其その眞黒まつくろな翼つばさと戰たゝかふ、緋ひの鷄とりのとさかに似にたのであつた。

これ、夜よのあくるにつれての人間にんげんの意氣いきである。

日ひが暮くれると、意氣地いくぢはない。その鳥とりより一層いつそうもの凄すごい、暗闇やみの翼つばさに蔽おほはれて、いま燈ともしびの影かげに息いきを潛ひそめる。其その翼つばさの、時々とき〲どツと動うごくとともに、大地だいちは幾度いくどもぴり〱と搖ゆれるのであつた。

驚破すはと言いへば、駈出かけだすばかりに、障子しやうじも門かども半なかばあけたまゝで。……框かまちの狹せまい三疊さんでふに、件くだんの提灯ちやうちんに縋すがつた、つい鼻はなの先さきは、町まちも道みちも大おほきな穴あなのやうに皆みな暗くらい。――暗くらさはつきぬけに全都ぜんとの暗夜やみに、荒海あらうみの如ごとく續つゞく、とも言いはれよう。

蟲むしのやうだと言いつたが、あゝ、一層いつそ、くづれた壁かべに潛ひそんだ、波なみの巖間いはまの貝かひに似にて居ゐる。――此これを思おもふと、大おほいなる都みやこの上うへを、手てを振ふつて立たつて歩行あるいた人間にんげんは大膽だいたんだ。

鄰家となりはと、穴あなから少すこし、恁かう鼻はなの尖さきを出だして、覗のぞくと、おなじやうに、提灯ちやうちんを家族みんなで袖そでで包つゝんで居ゐる。魂たましひなんど守護しゆごするやうに――

たゞ四角よつかどなる辻つじの夜警やけいのあたりに、ちら〱と燈ひの見みえるのも、うら枯がれつゝも散殘ちりのこつた百日紅ひやくじつこうの四五輪しごりんに、可恐おそろしい夕立雲ゆふだちくもの崩くづれかゝつた状さまである。

と、時々とき〲その中なかから、黒くろく拔出ぬけだして、跫音あしおとを沈しづめて來きて、門かどを通とほりすぎるかとすれば、閃々きら〱と薄すゝきのやうなものが光ひかつて消きえる。

白刃しらはを提さげ、素槍すやりを構かまへて行ゆくのである。こんなのは、やがて大叱おほしかられに叱しかられて、束たばにしてお取上とりあげに成なつたが……然さうであらう。

――記録きろくは愼つゝしまなければ成ならない。――此このあたりで、白刃しらはの往來わうらいするを見みたは事實じじつである。……けれども、敵かたきは唯たゞ、宵闇よひやみの暗くらさであつた。

其その暗夜やみよから、風かぜが颯さつと吹通ふきとほす。……初嵐はつあらし……可懷なつかしい秋あきの聲こゑも、いまは遠とほく遙はるかに隅田川すみだがはを渡わたる數萬すまんの靈れいの叫喚けうくわんである。……蝋燭らふそくがじり〱とまた滅入めいる。

あ、と言いつて、其その消きえかゝるのに驚おどろいて、半なかばうつゝに目めを開ひらく、女をんなたちの顏かほは蒼白あをじろい。

疲つかれ果はてて、目めを睜みはりながらも、すぐ其それなりにうと〱する。呼吸いきを、燈ともしびに吸すはるゝやうに見みえる。

がさり……

裏町うらまち、表通おもてどほり、火ひを警いましむる拍子木ひやうしぎの音おとも、石いしを噛かむやうに軋きしんで、寂然しんとした、臺所だいどころで、がさりと陰氣いんきに響ひゞく。

がさり……

鼠ねずみだ。

「叱しつ……」

がさり……

いや、もつと近ちかい、つぎの女中部屋ぢよちうべやの隅すみらしい。

がさり……

「叱しつ……」

と言いふ追おふ聲こゑも、玄米げんまいの粥かゆに、罐詰くわんづめの海苔のりだから、しつこしも、粘ねばりも、力ちからもない。

がさり。

畜生ちくしやう、……がさ〱と引ひいても逃にげる事ことか、がさりとばかり悠々いう〱と遣やつて居ゐる。

氣きに成なるから、提灯ちやうちんを翳かざして、「叱しつ。」と女中部屋ぢよちうべやへ入はひつた。が、不斷ふだんだと、魑魅ちみを消けす光明くわうみやうで、電燈でんとうを燦ぱつと點つけて、畜生ちくしやうを礫つぶてにして追拂おひはらふのだけれど、此この燈あかりの覺束おぼつかなさは、天井てんじやうから息いきを掛かけると吹消ふつけされさうである。ちよろりと足許あしもとをなめられはしないかと、爪立つまだつほどに、心しんが虚きよして居ゐるのだから、だらしはない。

それでも少時しばらくは、ひつそりして音おとを潛ひそめた。

先まづは重疊ちようでふ、抗むかつて齒向はむかつてでも來こられようものなら、町内ちやうないの夜番よばんにつけても、竹箒たかばうきルビの「たかばうき」はママを押取おつとつて戰たゝかはねば成ならない處ところを、恁かう云いふ時ときは敵手あひてが逃にげてくれるに限かぎる。

「あゝ、地震ぢしんだ。」

幽かすかながら、ハツとして框かまちまで飛返とびかへつて、

「大丈夫々々だいぢやうぶ〱。」

ほつとする。動悸どうきのまだ休やすまらないうちである。

がさり。

二三尺にさんじやく、今度こんどは――荒庭あらにはの飛石とびいしのやうに、包つゝんだまゝの荷にがごろ〱して居ゐる。奧座敷おくざしきへ侵入しんにふした。――此これを思おもふと、いつもの天井てんじやうを荒𢌞あれまはるのなどは、ものの數かずではない。

既すでに古人こじんも言いつた――物之最小而可憎者もののもつともせうにしてにくむべきは、蠅與鼠はへとねずみである。蠅以癡。鼠以黠。はへはちをもつてしねずみはきつをもつてす其害物則鼠過於蠅そのものをがいするはすなはちねずみはへにすぐ。其擾人則蠅過於鼠そのひとをみだすはすなはちはへねずみにすぐ……しかも驅蠅難於驅鼠はへをかるはねずみをかるよりもかたし。――鼠ねずみを防ふせぐことは、虎とらを防ふせぐよりも難かたい……と言いふのである。

同感どうかんだ。――が、滿更まんざら然さうでもない。大家たいか高堂かうだう、手てが屆とゞかず、從したがつて鼠ねずみも多おほければだけれども、小ちひさな借家しやくやで、壁かべの穴あなに氣きをつけて、障子しやうじの切きり張ばりさへして置おけば、化ばけるほどでない鼠ねずみなら、むざとは入はひらぬ。

いつもは、氣きをつけて居ゐるのだから、臺所だいどころ、もの置おきは荒あらしても、めつたに疊たゝみは踏ふませないのに、大地震おほぢしんの一搖ひとゆれで、家中うちぢう、穴あなだらけ、隙間すきまだらけで、我家わがやの二階にかいでさへ、壁土かべつちと塵埃ほこりと煤すゝと、襖ふすま障子しやうじの骨ほねだらけな、大おほきなものを背負せおつて居ゐるやうな場合ばあひだつたから堪たまらない。

「勝手かつてにしろ。――また地震ぢしんだ。……鼠ねずみなんか構かまつちや居ゐられない。」

あくる日ひ、晩飯ばんめしの支度前したくまへに、臺所だいどころから女中部屋ぢよちうべやを掛かけて、女をんなたちが頻しきりに立迷たちまよつて、ものを搜さがす。――君子くんしは庖廚はうちうの事ことになんぞ、關くわんしないで居ゐたが、段々だん〱茶ちやの間まに成なり、座敷ざしきに及およんで、棚たな、小棚こだなを掻かきまはし、抽斗ひきだしをがたつかせる。棄すてても置おかれず、何どうしたと聞きくと、「どうも變へんなんですよ。」と不思議ふしぎがつて、わるく眞面目まじめな顏かほをする。ハテナ、小倉をぐらの色紙しきしや、鷹たかの一軸いちぢくは先祖せんぞからない内うちだ。うせものがした處ところで、そんなに騷さわぐには當あたるまいと思おもつた。が、さて聞きくと、いや何どうして……色紙しきしや一軸いちぢくどころではない。――大切たいせつな晩飯ばんめしの菜さいがない。

車麩くるまぶが紛失ふんしつして居ゐる。

皆みなさんは、御存ごぞんじであらうか……此品このしなを。……あなた方がたが、女中ねえさんに御祝儀ごしうぎを出だしてめしあがる場所ばしよなどには、決けつしてあるものではない。かさ〱と乾かわいて、渦うづに成なつて、稱よぶ如ごとく眞中まんなかに穴あなのあいた、こゝを一寸ちよつと束たばにして結ゆはへてある……瓦煎餅かはらせんべいの氣きの拔ぬけたやうなものである。粗ざつと水みづに漬つけて、ぐいと絞しぼつて、醤油しやうゆで掻𢌞かきまはせば直すぐに食たべられる。……私わたしたち小學校せうがくかうへ通かよふ時分じぶんに、辨當べんたうの菜さいが、よく此これだつた。

「今日けふのお菜かずは?」

「車麩くるまぶ。」

と、からかふやうに親おやたちに言いはれると、ぷつとふくれて、がつかりして、そしてべそを掻かいたものである。其癖そのくせ、學校がくかうで、おの〱を覗のぞきつくらをする時ときは「蛇じやの目めの紋もんだい、清正きよまさだ。」と言いつて、負まけをしみに威張ゐばつた、勿論もちろん、結構けつこうなものではない。

紅葉先生こうえふせんせいの説せつによると、「金魚麩きんぎよぶは婆ばゞの股もゝの肉にくだ。」さうである。

成程なるほど似にて居ゐる。

安下宿やすげしゆくの菜さいに此この一品ひとしなにぶつかると、

「また婆ばゞの股もゝだぜ。」

「恐おそれるなあ。」

で同人どうにんが嘆息たんそくした。――今いまでも金魚麩きんぎよぶの方はうは辟易へきえきする……が、地震ぢしんの四日よつか五日いつかめぐらゐ迄までは、此この金魚麩きんぎよぶさへ乾物屋かんぶつやで賣切うりきれた。また「泉いづみの干瓢鍋かんぺうなべか。車麩くるまぶか。」と言いつて友ともだちは嘲笑てうせうする。けれども、淡泊たんぱくで、無難ぶなんで、第一だいいち儉約けんやくで、君子くんしの食くふものだ、私わたしは好すきだ。が言いふまでもなく、それどころか、椎茸しひたけも湯皮ゆばもない。金魚麩きんぎよぶさへないものを、些ちつとは増ましな、車麩くるまぶは猶更なほさらであつた。

……すでに、二日ふつかの日ひの午後ごご、火ひと煙けむりを三方さんぱうに見みながら、秋あきの暑あつさは炎天えんてんより意地いぢが惡わるく、加くはふるに砂煙さえんの濛々もう〱とした大地だいちに茣蓙ござ一枚いちまいの立退所たちのきじよから、軍いくさのやうな人ひとごみを、拔ぬけつ、潛くゞりつ、四谷よつやの通とほりへ食料しよくれうを探さがしに出でて、煮染屋にしめやを見みつけて、崩くづれた瓦かはら、壁泥かべどろの堆うづたかいのを踏ふんで飛込とびこんだが、心こゝろあての昆布こぶの佃煮つくだには影かげもない。鯊はぜを見着みつけたが、買かはうと思おもふと、いつもは小清潔こぎれいな店みせなんだのに、其その硝子蓋がらすぶたの中なかは、と見みるとギヨツとした。眞黒まつくろに煮にられた鯊はぜの、化ばけて頭あたまの飛とぶやうな、一杯いつぱいに跳上はねあがり飛𢌞とびまはる蠅はへであつた。あをく光ひかる奴やつも、パツ〱と相あひまじはる。

咽喉のどどころか、手ても出でない。

蠅はへも蛆うじも、とは、まさか言いひはしなかつたけれども、此この場合ばあひ……きれい汚きたないなんぞ勿體もつたいないと、立たちのき場所ばしよの周圍しうゐから説せつが出でて、使つかひが代かはつて、もう一度いちど、その佃煮つくだにに駈かけつけた時ときは……先刻さきに見着みつけた少すこしばかりの罐詰くわんづめも、それも此これも賣切うりきれて何なんにもなかつた。――第一だいいち、もう店みせを閉とざして、町中まちぢう寂然しんとして、ひし〱と中うちに荷にをしめる音おとがひしめいて聞きこえて、鎖とざした戸とには炎ひの影かげが暮くれせまる雲くもとともに血ちをそゝぐやうに映うつつたと言いふのであつた。

繰返くりかへすやうだが、それが二日ふつかで、三日みつかの午ひるすぎ、大雨おほあめに弱よわり果はてて、まだ不安ふあんながら、破家やぶれやへ引返ひきかへしてから、薄うすい味噌汁みそしるに蘇生よみがへるやうな味あぢを覺おぼえたばかりで、罐くわんづめの海苔のりと梅干うめぼしのほか何なんにもない。

不足ふそくを言いへた義理ぎりではないが……言いつた通とほり干瓢かんぺうも湯皮ゆばも見當みあたらぬ。ふと中六なかろくの通とほりの南外堂なんぐわいだうと言いふ菓子屋くわしやの店みせの、この處ところ、砂糖氣さたうけもしめり氣けも鹽氣しほけもない、からりとして、たゞ箱道具はこだうぐの亂みだれた天井てんじやうに、つゝみ紙がみの絲いとを手繰たぐつて、くる〱と𢌞まはりさうに、右みぎの車麩くるまぶのあるのを見みつけて、おかみさんと馴染なじみだから、家内かないが頼たのんで、一ひとかゞり無理むりに讓ゆづつて貰もらつたので――少々せう〱おかゝを驕おごつて煮にた。肴さかなにも菜さいにも、なか〱此この味あぢは忘わすれられない。

――此この日ひも、晩飯ばんの樂たのしみにして居ゐたのであるから。……私わたしは實じつは、すき腹ばらへ餘程よほどこたへた。

あの、昨夜ゆうべの(がさり)が其それだ。

「鼠ねずみだよ、畜生ちくしやうめ。」

それにしても、半分はんぶん煮にたあとが、輪わにして雜ざつと一斤入いつきんいれの茶ちやの罐くわんほどの嵩かさがあつたのに、何處どこを探さがしても、一片ひときれもないどころか、果はては踏臺ふみだいを持もつて來きて、押入おしいれの隅すみを覗のぞき、縁えんの天井てんじやううらにつんだ古傘ふるがさの中なかまで掻かきさがしたが、缺かけらもなく、粉こなも見みえない。

「不思議ふしぎだわね。變へんだ。鼠ねずみならそれまでだけれど……」

可厭いやな顏かほをして、女をんなたちは、果はては氣味きみを惡わるがつた。――尤もつとも引續ひきつゞいた可恐おそろしさから、些ちと上うはずつては居ゐるのだけれど、鼠ねずみも妖えうに近ちかいのでないと、恁かう吹消ふきけしたやうには引ひけさうもないと言いふので、薄氣味うすきみを惡わるがるのである。

「何どうかして居ゐるんぢやないか知しら。」

追おつては、置場所おきばしよを忘わすれたにしても、餘あまりな忘わすれ方かただからと、女をんなたちは我われと我身わがみをさへ覺束おぼつかながつて氣きを打うつのである。且かつあやかしにでも、憑つかれたやうな暗くらい顏かほをする。

その目めの色いろのたゞならないのを見みて、私わたしも心細こゝろぼそく寂さびしかつた。

いかに、天變てんぺんの際さいと雖いへども、麩ふに羽はねが生はえて飛とぶ道理だうりがない。畜生ちくしやう、鼠ねずみの所業しわざに相違さうゐあるまい。

この時ときの鼠ねずみの憎にくさは、近頃ちかごろ、片腹痛かたはらいたく、苦笑くせうをさせられる、あの流言蜚語りうげんひごとかを逞たくましうして、女小兒をんなこどもを脅おびやかす輩ともがらの憎にくさとおなじであつた。……

……たとへば、地震ぢしんから、水道すゐだうが斷水だんすゐしたので、此邊このへん、幸さいはひに四五箇所しごかしよ殘のこつた、むかしの所謂いはゆる、番町ばんちやうの井戸ゐどへ、家毎いへごとから水みづを貰もらひに群むれをなして行ゆく。……忽たちまち女をんなには汲くませないと言いふ邸やしきが出來できた。毒どくを何どうとかと言觸いひふらしたがためである。其その時ときの事ことで。……近所きんじよの或邸あるやしきへ……此この界隈かいわいを大分だいぶ離はなれた遠方ゑんぱうから水みづを貰もらひに來きたものがある。來きたものの顏かほを知しらない。不安ふあんの折をりだし、御不自由ごふじいうまことにお氣きの毒どくで申まをし兼かねるが、近所きんじよへ分わけるだけでも水みづが足たりない。外町ほかまちの方かたへは、と言いつて其その某邸ぼうていで斷ことわつた。――あくる朝あさ、命いのちの水みづを汲くまうとすると、釣瓶つるべに一杯いつぱい、汚きたない獸けものの毛けが浮ういて上あがる……三毛猫みけねこの死骸しがいが投込なげこんであつた。その斷ことわられたものの口惜くやしまぎれの惡戲いたづらだらうと言いふのである。――朝あさの事ことで。……

すぐ其その晩ばん、辻つじの夜番よばんで、私わたしに恁かう言いつて、身みぶるひをした若わかい人ひとがある。本所ほんじよから辛からうじて火ひを免のがれて避難ひなんをして居ゐる人ひとだつた。

「此この近所きんじよでは、三人さんにん死しにましたさうですね、毒どくの入はひつた井戸水ゐどみづを飮のんで……大變たいへんな事ことに成なりましたなあ。」

いや何どうして、生うまれかゝつた嬰兒あかんぼはあるかも知しらんが、死しんだらしいのは一人ひとりもない。

「飛とんでもない――誰だれにお聞ききに成なりました。」

「ぢき、横町よこちやうの……何なんの、車夫わかいしゆに――」

もう其その翌日よくじつ、本郷ほんがうから見舞みまひに來きてくれた友ともだちが知しつて居ゐた。

「やられたさうだね、井戸ゐどの水みづで。……何どうも私わたしたちの方はうも大警戒だいけいかいだ。」

實じつの處ところは、單たんに其その猫ねこの死體したいと云いふのさへ、自分じぶんで見みたものはなかつたのである。

天明てんめい六ろく、丙午年ひのえうまどしは、不思議ふしぎに元日ぐわんじつも丙午ひのえうまで此この年とし、皆虧かいきの蝕しよくがあつた。春はるよりして、流言妖語りうげんえうご、壯さかんに行おこなはれ、十月じふぐわつの十二日じふににちには、忽たちまち、兩水道りやうすゐだうに毒どくありと流傳りうでんし、市中しちうの騷動さうどう言いふべからず、諸人しよにん水みづに騷さわぐこと、火ひに騷さわぐが如ごとし。――と此この趣おもむきが京山きやうざんの(蜘蛛くもの絲卷いとまき)に見みえる。……諸葛武侯しよかつぶこう、淮陰侯わいいんこうにあらざるものの、流言りうげんの智慧ちゑは、いつも此このくらゐの處ところらしい。

しかし五月蠅うるさいよ。

鐵てつの棒ぼうの杖つゑをガンといつて、尻しりまくりの逞たくましい一分刈いちぶがりの凸頭でこあたまが「麹町かいぢまち六丁目ろくちやうめが燒やけとるで! 今いまぱつと火ひを吹ふいた處ところだ、うむ。」と炎天えんてんに、赤黒あかぐろい、油あぶらぎつた顏かほをして、目めをきよろりと、肩かたをゆがめて、でくりと通とほる。

一晩ひとばん内うちへ入はひつて寢ねたばかりだ。皆みなワツと言いつて駈出かけだした。

「お急せきなさるな、急せくまい。……いま火元ひもとを見みて進しんぜる。」

と町内第一ちやうないだいいちの古老こらうで、紺こんと白しろの浴衣ゆかたを二枚にまい重かさねた禪門ぜんもん。豫かねて禪機ぜんきを得えた居士こじだと言いふが、悟さとりを開ひらいても迷まよつても、南みなみが吹ふいて近火きんくわでは堪たまらない。暑あついから胸むねをはだけて、尻端折しりはしよりで、すた〱と出向でむかはれた。かへりには、ほこりの酷ひどさに、すつとこ被かぶりをして居をられたが、

「何なんの事ことぢや、おほゝ、成程なるほど、燒やけとる。𤏋ぱつと火ひの上あがつた處ところぢやが、燒原やけはらに立たつとる土藏どざうぢやて。あのまゝ駈𢌞かけまはつても近ちかまはりに最もう燒やけるものは何なんにもないての。おほゝ。安心々々あんしん〱。」

それでも、誰たれもが、此この御老體ごらうたいに救すくはれた如ごとくに感かんじて、盡こと〲く前者ぜんしやの暴言ばうげんを怨うらんだ。――處ところで、その鐵棒かなぼうをついた凸でこがと言いふと、右みぎ禪門ぜんもんの一家いつか、……どころか、忰せがれなのだからおもしろい。

文政十二年ぶんせいじふにねん三月二十一日さんぐわつにじふいちにち、早朝さうてうより、乾いぬゐの風かぜ烈はげしくて、盛さかりの櫻さくらを吹ふき亂みだし、花片はなびらとともに砂石させきを飛とばした。……巳刻半みのこくはん、神田かんだ佐久間町河岸さくまちやうがしの材木納屋ざいもくなやから火ひを發はつして、廣ひろさ十一里じふいちり三十二町半さんじふにちやうはんを燒やき、幾千いくせんの人ひとを殺ころした、橋はしの燒やけた事ことも、船ふねの燒やけた事ことも、今度こんどの火災くわさいによく似にて居ゐる。材木町ざいもくちやうの陶器屋たうきやの婦つま、嬰兒あかごを懷ふところに、六歳ろくさいになる女兒をんなのこの手てを曳ひいて、凄すさまじい群集ぐんしふのなかを逃のがれたが、大川端おほかはばたへ出でて、うれしやと吻ほつと呼吸いきをついて、心こゝろづくと、人ひとごみに揉立もみたてられたために、手てを曳ひいた兒こは、身みなしに腕うで一ひとつだけ殘のこつた。女房にようばうは、駭おどろきかなしみ、哀歎あいたんのあまり、嬰兒あかごと其その腕うでひとつ抱だきしめたまゝ、水みづに投とうじたと言いふ。悲慘ひさんなのもあれば、船ふねに逃のがれた御殿女中ごてんぢよちうが、三十幾人さんじふいくにん、帆柱ほばしらの尖さきから焚やけて、振袖ふりそでも褄つまも、炎ほのほとともに三百石積さんびやくこくづみを駈かけまはりながら、水みづに紅あかく散ちつたと言いふ凄慘せいさんなのもある。その他た、殆ほとんど今度こんどとおなじやうなのが幾いくらもある。中なかには其そのまゝらしいのさへ少すくなくない。

餘事よじだけれど、其その大火たいくわに――茅場町かやばちやうの髮結床かみゆひどこに平五郎へいごらうと言いふ床屋とこやがあつて、人ひとは皆みな彼かれを(床平とこへい)と呼よんだ。――此これが燒やけた。――時ときに其その頃ころ、奧州あうしうの得平とくへいと言いふのが、膏藥かうやくの呼賣よびうりをして歩行あるいて行おこなはれた。

(奧州あうしう、仙臺せんだい、岩沼いはぬまの、得平とくへいが膏藥かうやくは、

あれや、これやに、利きかなんだ。

皹あかぎれなんどにや、よく利きいた。)

そこで床平とこへいが、自分じぶんで燒やけあとへ貼出はりだしたのは――

(何どうしよう、身代しんだい、今いまの間まに、床平とこへいが恁かう燒やけた。

水みづや、火消ひけしぢや消きえなんだ。

曉方あけがたなんどにや、やつと消きえた。)

行やつたな、親方おやかた。お救米すくひまいを噛かみながら、江戸兒えどつこの意氣いき思おもふべしである。

此このおなじ火事くわじに、靈岸島れいがんじまは、かたりぐさにするのも痛々いた〱しく憚はゞかられるが、あはれ、今度こんどの被服廠ひふくしやうあとで、男女だんぢよの死體したいが伏重ふしかさなつた。こゝへ立たつたお救小屋すくひごやへ、やみの夜よは、わあツと言いふ泣聲なきごゑ、たすけて――と言いふ悲鳴ひめいが、地ちの底そこからきこえて、幽靈いうれいが顯あらはれる。

しきりもない小屋内こやうちが、然さらぬだに、おびえる處ところ、一齊いちどきに突伏つツぷす騷さわぎ。やゝ氣きの確たしかなのが、それでも僅わづかに見留みとめると、黒髮くろかみを亂みだした、若わかい女をんなの、白しろい姿すがたで。……見みるまに影かげになつて、フツと消きえる。

その混亂こんらんのあとには、持出もちだした家財かざい金目かなめのものが少すくなからず紛失ふんしつした。娯樂ごらくものの講談かうだんに、近頃ちかごろ大立おほだてものの、岡引をかつぴきが、つけて、張はつて、見みさだめて、御用ごようと、捕とると、其その幽靈いうれいは……女わかい女をんなとは見みたものの慾目よくめだ。實じつは六十幾歳ろくじふいくさいの婆々ばゞで、かもじを亂みだし、白しろぬのを裸身はだかみに卷まいた。――背中せなかに、引剥ひつぺがした黒塀くろべいの板いたを一枚いちまい背負しよつて居ゐる。それ、トくるりと背後うしろを向むきさへすれば、立處たちどころに暗夜やみの人目ひとめに消きえたのである。

私わたしは、安直あんちよくな卷莨まきたばこを吹ふかしながら、夜番よばんの相番あひばんと、おなじ夜よの彌次やじたちに此この話はなしをした。

三日みつかとも經たたないに……

「やあ、えらい事ことに成なりました。……柳原やなぎはらの燒やけあとへ、何どうです。……夜鷹よたかより先さきに幽靈いうれいが出でます。……若わかい女をんなの眞白まつしろなんで。――自警隊じけいたいの一豪傑あるがうけつがつかまへて見みると、それが婆ばゞあだ。かつらをかぶつて、黒板くろいた……」

と、黄昏たそがれの出會頭であひがしらに、黒板塀くろいたべいの書割かきわりの前まへで、立話たちばなしに話はなしかけたが、こゝまで饒舌しやべると、私わたしの顏かほを見みて、變へんな顏色かほつきをして、

「やあ、」

と言いつて、怒おこつたやうに、黒板塀くろいたべいに外それてかくれた。

實じつは、私わたしは、此この人ひとに話はなしたのであつた。

こんなのは、しかし憎氣にくげはない。

再ふたゝび幾日いくにちの何時なんじごろに、第一震だいいつしん以上いじやうの搖ゆりかへしが來くる、その時ときは大海嘯おほつなみがともなふと、何處どこかの豫言者よげんしやが話はなしたとか。何なんの祠ほこらの巫女みこは、燒やけのこつた町家まちやが、火ひに成なつたまゝ、あとからあとからスケートのやうに駈𢌞かけまはる夢ゆめを見みたなぞと、聲こゑを密ひそめ、小鼻こばなを動うごかし、眉毛まゆげをびりゝと舌したなめずりをして言いふのがある。段々だん〱寒さむさに向むかふから、火ひのついた家いへのスケートとは考かんがへた。……

女小兒をんなこどもはそのたびに青あをく成なる。

やつと二歳ふたつに成なる嬰兒あかんぼだが、だゞを捏こねて言いふ事ことを肯きかないと、それ地震ぢしんが來くるぞと親おやたちが怯おどすと、

「おんもへ、ねんね、いやよう。」

と、ひい〱泣ないて、しがみついて、小ちひさく成なる。

近所きんじよには、六歳ろくさいかに成なる男をとこの兒こで、恐怖きようふの餘あまり氣きが狂くるつて、八疊はちでふ二間ふたまを、縱たてとも言いはず横よことも言いはず、くる〱駈𢌞かけまはつて留とまらないのがあると聞きいた。

スケートが、何どうしたんだ。

我われ聞きく。――魏ぎの正始せいしの時とき、中山ちうざんの周南しうなんは、襄邑じやういふの長ちやうたりき。一日あるひ戸こを出いづるに、門もんの石垣いしがきの隙間すきまから、大鼠おほねずみがちよろりと出でて、周南しうなんに向むかつて立たつた。此奴こいつが角巾つのづきん、帛衣くろごろもして居ゐたと言いふ。一寸ちよつと、靴くつの先さきへ團栗どんぐりの實みが落おちたやうな形かたちらしい。但たゞしその風丰ふうばうは地仙ちせんの格かく、豫言者よげんしやの概がいがあつた。小狡こざかしき目めで、じろりと視みて、

「お、お、周南しうなんよ、汝なんぢ、某それの月つきの某それの日ひを以もつて當まさに死しぬべきぞ。」

と言いつた。

したゝかな妖えうである。

處ところが中山ちうざんの大人物だいじんぶつは、天井てんじやうがガタリと言いつても、わツと飛出とびだすやうな、やにツこいのとは、口惜くやしいが鍛錬きたへが違ちがふ。

「あゝ、然さやうか。」

と言いつて、知しらん顏かほをして澄すまして居ゐた。……言ことばは些ちとなまぬるいやうだけれど、そこが悠揚いうやうとして迫せまらざる處ところである。

鼠還穴ねずみあなにかへる。

その某月ぼうげつの半なかばに、今度こんどは、鼠ねずみが周南しうなんの室しつへ顯あらはれた。もの〱しく一揖いちいふして、

「お、お、周南しうなんよ。汝なんぢ、月つきの幾日いくじつにして當まさに死しぬべきぞ。」

と言いつた。

「あゝ、然さやうか。」

鼠ねずみが柱はしらに隱かくれた。やがて、呪のろへる日ひの、其その七日前なぬかまへに、傲然がうぜんと出でて來きた。

「お、お、周南しうなんよ。汝なんぢ旬日じゆんじつにして當まさに死しぬべきぞ。」

「あゝ、然さやうか。」

丁度ちやうど七日なぬかめの朝あさは、鼠ねずみが急いそいで出でた。

「お、お、周南しうなんよ。汝なんぢ、今日こんにちの中うちに、當まさに死しぬべきぞ。」

「あゝ、然さやうか。」

鼠ねずみが慌あわてたやうに、あせり氣味ぎみにちか寄よつた。

「お、お、周南しうなん、汝なんぢ、日中につちう、午ごにして當まさに死しぬべきぞ。」

「あゝ、然さやうか。」

其その日ひ、同おなじ處ところに自若じじやくとして一人ひとり居ゐると、當まさにその午ひるならんとして、鼠ねずみが、幾度いくたびか出でたり入はひつたりした。

やがて立たつて、目めを尖とがらし、しやがれ聲ごゑして、

「周南しうなん、汝なんぢ、死しなん。」

「あゝ、然さやうか。」

「周南しうなん、周南しうなん、いま死しぬぞ。」

「然さやうか。」

と言いつた。が、些ちつとも死しなない。

「弱よわつた……遣切やりきれない。」

と言いふと齊ひとしく、ひつくり返かへつて、其その鼠ねずみがころつと死しんだ。同時どうじに、巾づきんと帛きものが消きえて散ちつた。魏ぎの襄邑じやういふの長ちやう、その時とき思入おもいれがあつて、じつと見みると、常つねの貧弱ひんじやくな鼠ねずみのみ。周南壽しうなんいのちながし。と言いふのである。

流言りうげんの蠅はへ、蜚語ひごの鼠ねずみ、そこらの豫言者よげんしやに對たいするには、周南先生しうなんせんせいの流儀りうぎに限かぎる。

事ことあつて後のちにして、前兆ぜんてうを語かたるのは、六日むいかの菖蒲あやめだけれども、そこに、あきらめがあり、一種いつしゆのなつかしみがあり、深切しんせつがある。あはれさ、はかなさの情じやうを含ふくむ。

潮しほのさゝない中川筋なかがはすぢへ、夥おびたゞしい鯔ぼらが上あがつたと言いふ。……横濱よこはまでは、町まちの小溝こみぞで鰯いわしが掬すくへたと聞きく。……嘗かつて佃つくだから、「蟹かにや、大蟹おほがにやあ」で來くる、聲こゑは若わかいが、もういゝ加減かげんな爺ぢいさんの言いふのに、小兒こどもの時分じぶんにやあ兩國下りやうごくしたで鰯いわしがとれたと話はなした、私わたしは地震ぢしんの當日たうじつ、ふるへながら、「あゝ、こんな時ときには、兩國下りやうごくしたへ鰯いわしが來きはしないかな。」と、愚ぐにもつかないが、事實じじつそんな事ことを思おもつた。

あの、磐梯山ばんだいさんが噴火ふんくわして、一部いちぶの山廓さんくわくをそのまゝ湖みづうみの底そこにした。……その前日ぜんじつ、おなじ山やまの温泉おんせんの背戸せどに、物干棹ものほしざをに掛かけた浴衣ゆかたの、日盛ひざかりにひつそりとして垂たれたのが、しみ入いる蝉せみの聲こゑばかり、微風かぜもないのに、裙すそを飜ひるがへして、上下うへしたにスツ〱と煽あふつたのを、生命いのちの助たすかつたものが見みたと言いふ。――はもの凄すごい。

恁かうした事ことは、聞きけば幾いくらもあらうと思おもふ。さきの思出おもひで、のちのたよりに成なるべきである。

處ところで、私わたしたちの町まちの中央まんなかを挾はさんで、大銀杏おほいてふが一樹ひときと、それから、ぽぷらの大木たいぼくが一幹ひともとある。見みた處ところ、丈たけも、枝えだのかこみもおなじくらゐで、はじめは對つゐの銀杏いてふかと思おもつた。――此このぽぷらは、七八年前しちはちねんぜんの、あの凄すさまじい暴風雨ばうふううの時とき、われ〱を驚おどろかした。夜よがあけると忽たちまち見みえなく成なつた。が、屋根やねの上うへを消きえたので、實じつは幹みきの半なかばから折をれたのであつた。のびるのが早はやい。今いまでは再ふたゝび、もとの通とほり梢こずゑも高たかし、茂しげつて居ゐる。其その暴風雨ばうふううの前まへ、二三年にさんねん引續ひきつゞいて、兩方りやうはうの樹きへ無數むすうの椋鳥むくどりが群むれて來きた。塒ねぐらに枝えだを爭あらそつて、揉拔もみぬかれて、一羽いちはバタリと落おちて目めを眩まはしたのを、水みづをのませていきかへらせて、そして放はなした人ひとがあつたのを覺おぼえて居ゐる。

見事みごとに群むれて來きた。

以前いぜん、何なにかに私わたしが、「田舍ゐなかから、はじめて新橋しんばしへ着ついた椋鳥むくどりが一羽いちは。」とか書かいたのを、紅葉先生こうえふせんせいが見みて笑わらひなすつた事ことがある。「違ちがふよ、お前まへ、椋鳥むくどりと言いふのは群むれて來くるからなんだよ。一羽いちはぢやいけない。」成程なるほどむれて來くるものだと思おもつた。

暴風雨ばうふううの年としから、ばつたり來こなく成なつた。それが、今年ことし、しかもあの大地震おほぢしんの前まへの日ひの暮方くれがたに、空そらを波なみのやうに群むれて渡わたりついた。ぽぷらの樹きに、どつと留とまると、それからの喧噪さわぎと言いふものは、――チチツ、チチツと百羽ひやつぱ二百羽にひやつぱ一度いちどに聲こゑを立たて、バツと梢こずゑへ飛上とびあがると、また颯さつと枝えだにつく。揉もむわ搖ゆるわ。漸やつと梢こずゑが靜しづまつたと思おもふと、チチツ、チチツと鳴なき立たてて又またパツと枝えだを飛上とびあがる。曉方あけがたまで止やむ間まがなかつた。

今年ことしは非常ひじやうな暑あつさだつた。また東京とうきやうらしくない、しめり氣けを帶おびた可厭いやな蒸暑むしあつさで、息苦いきぐるしくして、寢ねられぬ晩ばんが幾夜いくよも續つゞいた。おなじく其その夜よも暑あつかつた。一時頃いちじごろまで、皆みな戸外おもてへ出でて涼すゞんで居ゐて、何なんと言いふ騷さわぎ方かただらう、何故なぜあゝだらう、烏からすや梟ふくろに驚おどろかされるたつて、のべつに騷さわぐ譯わけはない。塒ねぐらが足たりない喧嘩けんくわなら、銀杏いてふの方はうへ、いくらか分わかれたら可よささうなものだ。――然さうだ、ぽぷらの樹きばかりで騷さわぐ。……銀杏いてふは星空ほしぞらに森然しんとして居ゐた。

これは、大袈裟おほげさでない、誰たれも知しつて居ゐる。寢ねられないほど、ひつきりなしに、けたゝましく鳴立なきたてたのである。

朝あさはひつそりした。が、今度こんどは人間にんげんの方はうが聲こゑを揚あげた。「やあ、荒あらもの屋やの婆ばあさん。……何どうでえ、昨夜ゆうべの、あの椋鳥むくどりの畜生ちくしやうの騷さわぎ方かたは――ぎやあ〱、きい〱、ばた〱、ざツ〱、騷々さう〲しくつて、騷々さう〲しくつて。……俺等おいら晝間ひるま疲つかれて居ゐるのに、からつきし寢ねられやしねえ。もの干棹ほしざをの長ながい奴やつを持出もちだして、掻𢌞かきまはして、引拂ひつぱたかうと思おもつても、二本にほん繼ついでも屆とゞくもんぢやねえぢやあねえか。樹きが高たかくつてよ。なあ婆ばあさん、椋鳥むくどりの畜生ちくしやう、ひどい目めに逢あはしやがるぢやあねえか。」と大聲おほごゑで喚わめいて居ゐるのがよく聞きこえた。まだ、私わたしたち朝飯あさめしの前まへであつた。

此これが納をさまると、一時ひとしきりたゝきつけて、樹きも屋根やねも掻かきみだすやうな風雨あめかぜに成なつた。驟雨しううだから、東京中とうきやうぢうには降ふらぬ處ところもあつたらしい。息いきを吐つくやうに、一度いちど止やんで、しばらくぴつたと靜しづまつたと思おもふと、絲いとを搖ゆすつたやうに幽かすかに來きたのが、忽たちまち、あの大地震おほぢしんであつた。

「前兆ぜんてうだつたぜ――俺おらあ確たしかに前兆ぜんてうだつたと思おもふんだがね。あの前まへの晩ばんから曉方あけがたまでの椋鳥むくどりの騷さわぎやうと言いつたら、なあ、婆ばあさん。……ぎやあ〱ぎやあ〱夜一夜よつぴてだ。――お前まへさん。……なあ、婆ばあさん、荒あらもの屋やの婆ばあさん、なあ、婆ばあさん。」

氣きの毒どくらしい。……一々いち〱、そのぽぷらに間近まぢかく平屋ひらやのある、荒あらもの屋やの婆ばあさんを、辻つじの番小屋ばんごやから呼よび出だすのは。――こゝで分わかつた――植木屋うゑきやの親方おやかただ。へゞれけに醉拂よつぱらつて、向顱卷むかうはちまきで、鍬くはの拔ぬけた柄えの奴やつを、夜警やけいの得えものに突張つツぱりながら、

「なあ、婆ばあさん。――荒あらもの屋やの婆ばあさんが、知しつてるんだ。椋鳥むくどりの畜生ちくしやう、もの干棹ほしざをで引掻ひきかき𢌞まはいてくれようと、幾度いくど飛出とびだしたか分わからねえ。樹きが高たけえから屆とゞかねえぢやありませんかい。然さうだらう、然さうだとも。――なあ、婆ばあさん、荒あらもの屋やの婆ばあさん、なあ、婆ばあさん。」

ふり𢌞まはす鍬くはの柄えをよけながら、いや、お婆ばあさんばかりぢやありません、皆みなが知しつてるよ、と言いつても醉よつてるから承知しようちをしない。「なあ、婆ばあさん、椋鳥むくどりのあの騷さわぎ方かたは。」――と毎晩まいばんのやうに怒鳴どなつたものである。

……話はなしが騷々さう〲しい。……些ちと靜しづかにしよう。それでなくてさへのぼせて不可いけない。あゝ、しかし陰氣いんきに成なると氣きが滅入めいる。

がさり。

また鼠ねずみだ、奸黠かんきつなる鼠ねずみの豫言者よげんしやよ、小畜せうちくよ。

さて、車麩くるまぶの行方ゆくへは、やがて知しれた。魔まが奪とつたのでも何なんでもない。地震騷ぢしんさわぎのがらくただの、風呂敷包ふろしきづつみを、ごつたにしたゝか積重つみかさねた床とこの間まの奧おくの隅すみの方はうに引込ひつこんであつたのを後のちに見みつけた。畜生ちくしやう。水道すゐだうが出でて、電燈でんとうがついて、豆府屋とうふやが來くるから、もう氣きが強つよいぞ。

……齒はがたの着ついた、そんなものは、掃溜はきだめへ打棄うつちやつた。

がさり。がら〱〱。

あの、通とほりだ。さすがに、疊たゝみの上うへへは近ちかづけないやうに防ふせぐが、天井裏てんじやううらから、臺所だいどころ、鼠ねずみの殖ふえたことは一通ひととほりでない。

近所きんじよで、小ちひさな兒こが、おもちやに小庭こにはにこしらへた、箱庭はこにはのやうな築山つきやまがある。――其處そこへ、午後二時ごごにじごろ、眞日中まつぴなかとも言いはず、毎日まいにちのやうに、おなじ時間じかんに、縁えんの下したから、のそ〱と……出でたな、豫言者よげんしや。……灰色はひいろで毛けの禿はげた古鼠ふるねずみが、八九疋はつくひきの小鼠こねずみをちよろ〱と連つれて出でて、日比谷ひびやを一散歩ひとさんぽと言いつた面つらで、桶をけの輪わぐらゐに、ぐるりと一巡ひとめぐり二三度にさんどして、すまして又また縁えんの下したへ入はひつて行ゆく。

「氣味きみが惡わるくて手てがつけられません。」

「地震以來ぢしんいらい、ひとを馬鹿ばかにして居ゐるんですな。」

と、その親おやたちが話はなして居ゐた。

「……車麩くるまぶだつてさ……持もつて來きたよ。あの、坊ばうのお庭にはへ。――山やまのね、山やまのまはりを引張ひつぱるの。……車くるまの眞似まねだか、あの、オートバイだか、電車でんしやの眞似まねだか、ガツタン、ガツタン、がう……」

と、その七なゝつに成なる兒こが、いたいけにまた話はなした。

私わたしも何なんだか、薄氣味うすきみの惡わるい思おもひがした。

蠅はへの湧わいたことは言いふまでもなからう。鼠ねずみがそんなに跋扈ばつこしては、夜寒よさむの破襖やぶれぶすまを何どうしよう。

野鼠のねずみを退治たいぢるものは狸たぬきと聞きく。……本所ほんじよ、麻布あざぶに續つゞいては、この邊あたりが場所ばしよだつたと言いふのに、あゝ、その狸たぬきの影かげもない。いや、何なにより、こんな時ときの猫ねこだが、飼猫かひねこなんどは、此この頃ごろ人間にんげんとともに臆病おくびやうで、猫ねこが(ねこ)に成なつて、ぼやけて居ゐる。

時ときなるかな。天てんの配劑はいざいは妙めうである。如何いかに流言りうげんに憑ついた鼠ねずみでも、オートバイなどで人ひともなげに駈𢌞かけまはられては堪たまらないと思おもふと、どしん、どしん、がら〱がらと天井てんじやうを追おつかけ𢌞まはし、溝どぶの中なかで取とつて倒たふし、組くんで噛かみふせる勇者ゆうしやが顯あらはれた。

渠かれは鼬いたちである。

然さまで古ふるい事ことでもない。いまの院線ゐんせんがまだ通つうじない時分じぶんには、土手どての茶畑ちやばたけで、狸たぬきが、ばつたを壓おさへたと言いふ、番町邊ばんちやうへんに、いつでも居ゐさうな蛇へびと鼬いたちを、つひぞ見みた事ことがなかつたが。……それが、溝どぶを走はしり、床下ゆかしたを拔ぬけて、しば〱人目ひとめにつくやうに成なつたのは、去年きよねん七月しちぐわつ……番町學校ばんちやうがくかうが一燒ひとやけに燒やけた前後あとさきからである。あの、時代じだいのついた大建おほだてものの隨處ずゐしよに巣すくつたのが、火ひのために散ちつたか、或あるひは火ひを避さけて界隈かいわいへ逃にげたのであらう。

不斷ふだんは、あまり評判ひやうばんのよくない獸やつで、肩車かたぐるまで二十疋にじつぴき、三十疋さんじつぴき、狼立おほかみだちに突立つツたつて、それが火柱ひばしらに成なるの、三聲みこゑ續つゞけて、きち〱となくと火ひに祟たゝるの、道みちを切きると惡わるいのと言いふ。……よく年としよりが言いつて聞きかせた。――飜ひるがへつて思おもふに、自おのづから忌いみ憚はゞかるやうに、人ひとの手てから遠とほざけて、渠等かれらを保護ほごする、心こゝろあつた古人こじんの苦肉くにくの計はかりごとであらうも知しれない。

一體いつたいが、一寸ちよつと手先てさきで、障子しやうじの破穴やぶれあなの樣やうな顏かほを撫なでる、額ひたひの白しろい洒落しやれもので。……

越前國ゑちぜんのくに大野郡おほのごほりの山家やまがの村むらの事ことである。春はる、小正月こしやうぐわつの夜よ、若わかいものは、家中いへぢうみな遊あそびに出でた。爺ぢいさまも飮のみに行ゆく。うき世よを濟すました媼ばあさんが一人ひとり、爐端ろばたに留守るすをして、暗くらい灯ともしで、絲車いとぐるまをぶう〱と、藁屋わらやの雪ゆきが、ひらがなで音信おとづれたやうな昔むかしを思おもつて、絲いとを繰くつて居ゐると、納戸なんどの障子しやうじの破やぶれから、すき漏もる風かぜとともに、すつと茶色ちやいろに飛込とびこんだものがある。白面はくめん黄毛くわうまうの不良青年ふりやうせいねん。見紛みまがふべくもない鼬いたちで。木尻座きじりざの筵むしろに、ゆたかに、角かどのある小判形こばんがたにこしらへて積つんであつた餅もちを、一枚いちまい、もろ手て、前脚まへあしで抱込かゝへこむと、ひよいと飜かへして、頭あたまに乘のせて、一ひとつ輕かるく蜿うねつて、伸のびざまにもとの障子しやうじの穴あなへ消きえる。消きえるかと思おもふと、忽たちまち出でて來きて、默だまつて又また餅もちを頂いたゞいて、すつと引込ひつこむ。「おゝ〱惡わるい奴がきがの……そこが畜生ちくしやうの淺あさましさぢや、澤山たんと然さうせいよ。手てを伸のばいて障子しやうじを開あければ、すぐに人間にんげんに戻もどるぞの。」と、媼ばあさんは、つれ〲の夜伽よとぎにする氣きで、巧たくみな、その餅もちの運はこび方かたを、ほくそ笑ゑみをしながら見みて居ゐた。

若わかいものが歸かへると、此この話はなしをして、畜生ちくしやうの智慧ちゑを笑わらふ筈はずが、豈あに計はからんや、ベソを掻かいた。餅もちは一切ひときれもなかつたのである。

程ほどたつて、裏山うらやまの小山こやまを一ひとつ越こした谷間たにあひの巖いはの穴あなに、堆うづたかく、その餅もちが蓄たくはへてあつた。鼬いたちは一ひとつでない。爐端ろばたの餅もちを頂いたゞくあとへ、手てを揃そろへ、頭あたまをならべて、幾百いくひやくか列れつをなしたのが、一息ひといきに、山やま一ひとつ運はこんだのであると言いふ。洒落しやれれたもので。

……内うちに二三年にさんねん遊あそんで居ゐた、書生しよせいさんの質實じみな口くちから、然しかも實驗談じつけんだんを聞きかされたのである。が、聊いさゝか巧たくみに過すぎると思おもつた。

後のちに、春陽堂しゆんやうだうの主人しゆじんに聞きいた。――和田わださんがまだ學校がくかうがよひをして、本郷ほんがう彌生町やよひちやうの、ある下宿げしゆくに居ゐた時とき、初夏しよかの夕ゆふべ、不忍しのばずの蓮はすも思おもはず、然さりとて數寄屋町すきやまちの婀娜あだも思おもはず、下階したの部屋へやの小窓こまどに頬杖ほゝづゑをついて居ゐると、目めの前まへの庭にはで、牡鷄をんどりがけたゝましく、鳴なきながら、羽はを煽あふつて、ばた〱と二三尺にさんじやく飛上とびあがる。飛上とびあがつては引据ひきすゑらるゝやうに、けたゝましく鳴ないて落おちて、また飛上とびあがる。

講釋師かうしやくしの言いふ、槍やりのつかひてに呪のろはれたやうだがと、ふと見みると、赤煉蛇やまかゞしであらう、たそがれに薄赤うすあかい、凡およそ一間いつけん、六尺ろくしやくに餘あまる長蟲ながむしが、崖がけに沿そつた納屋なやに尾ををかくして、鎌首かまくびが鷄とりに迫せまる、あます處ところ四五寸しごすんのみ。

和田わださんは蛇へびを恐おそれない。

遣やり放ぱなしの書生しよせいさんの部屋へやだから、直すぐにあつた。――杖ステツキを取とるや否いなや、畜生ちくしやうと言いつて、窓まどを飛下とびおりると、何どうだらう、たゝきもひしぎもしないうちに、其その蛇へびが、ぱツと寸々ずた〱に斷きれて十とをあまりに裂さけて、蜿々うね〱と散ちつて蠢うごめいた。これには思おもはず度肝どぎもを拔ぬかれて腰こしを落おとしたさうである。

が、蛇へびではない。這はつて肩車かたぐるました、鼬いたちの長ながい列れつが亂みだれたのであつた。

大野おほのの話はなしも頷うなづかれて、そのはたらきも察さつしらるゝ。

かの、(リノキ、チツキテビー)よ。わが鼬將軍いたちしやうぐんよ。いたづらに鳥とりなど構かまふな。毒蛇コブラを咬倒かみたふしたあとは、希ねがはくは鼠ねずみを獵かれ。蠅はへでは役不足やくぶそくであらうも知しれない。きみは獸中ぢうちうの隼はやぶさである。……

大正十二年十一月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※表題は底本では、「間引菜《まびきな》」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2011年8月14日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
/works/050784_000050/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/050784_000050/

泉 鏡花、泉 鏡太郎「間引菜」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 巻二十七』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050784_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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