Soranoha

十六夜

いざよい

泉 鏡花、泉 鏡太郎

一

きのふは仲秋ちうしう十五夜じふごやで、無事ぶじ平安へいあんな例年れいねんにもめづらしい、一天いつてん澄渡すみわたつた明月めいげつであつた。その前夜ぜんやのあの暴風雨ばうふううをわすれたやうに、朝あさから晴はれ〲とした、お天氣模樣てんきもやうで、辻つじへ立たつて日ひを禮れいしたほどである。おそろしき大地震おほぢしん、大火たいくわの爲ために、大都だいとは半なかば、阿鼻焦土あびせうどとなんぬ。お月見つきみでもあるまいが、背戸せどの露草つゆくさは青あをく冴さえて露つゆにさく。……廂ひさし破やぶれ、軒のき漏もるにつけても、光ひかりは身みに沁しむ月影つきかげのなつかしさは、せめて薄すゝきばかりも供そなへようと、大通おほどほりの花屋はなやへ買かひに出だすのに、こんな時節じせつがら、用意よういをして賣うつてゐるだらうか。……覺束おぼつかながると、つかひに行ゆく女中ぢよちうが元氣げんきな顏かほして、花屋はなやになければ向むかう土手どてへ行いつて、葉はばかりでも折をつぺしよつて來きませうよ、といつた。いふことが、天變てんぺんによつてきたへられて徹底てつていしてゐる。

女をんなでさへその意氣いきだ。男子だんしは働はたらかなければならない。――こゝで少々せう〱小聲こごゑになるが、お互たがひに稼かせがなければ追おつ付つかない。……

既すでに、大地震おほぢしんの當夜たうやから、野宿のじゆくの夢ゆめのまださめぬ、四日よつかの早朝さうてう、眞黒まつくろな顏かほをして見舞みまひに來きた。……前ぜんに内うちにゐて手てまはりを働はたらいてくれた淺草あさくさツ娘この婿むこの裁縫屋したてやなどは、土地とちの淺草あさくさで丸燒まるやけに燒やけ出だされて、女房にようばうには風呂敷ふろしきを水みづびたしにして髮かみにかぶせ、おんぶした嬰兒あかんぼには、ねんねこを濡ぬらしてきせて、火ひの雨あめ、火ひの風かぜの中なかを上野うへのへ遁にがし、あとで持もち出だした片手かたてさげの一荷いつかさへ、生命いのちの危あやふさに打うつちやつた。……何なんとかや――いと呼よんでさがして、漸やうやく竹たけの臺だいでめぐり合あひ、そこも火ひに追おはれて、三河島みかはしまへ遁にげのびてゐるのだといふ。いつも來くる時ときは、縞しももののそろひで、おとなしづくりの若わかい男をとこで、女をんなの方はうが年下とししたの癖くせに、薄手うすでの圓髷まげでじみづくりの下町好したまちごのみでをさまつてゐるから、姉女房あねにようばうに見みえるほどなのだが、「嬰兒あかんぼが乳ちゝを呑のみますから、私あつしは何どうでも、彼女あれには實みに成なるものの一口ひとくちも食くはせたうござんすから。」――で、さしあたり仕立したてものなどの誂あつらへはないから、忽たちまち荷車にぐるまを借かりて曳ひきはじめた――これがまた手取てつとり早ばやい事ことには、どこかそこらに空車あきぐるまを見みつけて、賃貸ちんがしをしてくれませんかと聞きくと、燒やけ原はらに突つき立たつた親仁おやぢが、「かまはねえ、あいてるもんだ、持もつてきねえ。」と云いつたさうである。人ひとごみの避難所ひなんじよへすぐ出向でむいて、荷物にもつの持もち運はこびをがたり〱やつたが、いゝ立たて前まへになる。……そのうち場所ばしよの事ことだから、別べつに知しり合あひでもないが、柳橋やなぎばしのらしい藝妓げいしやが、青山あをやまの知邊しるべへ遁にげるのだけれど、途中とちう不案内ふあんないだし、一人ひとりぢや可恐こはいから、兄にいさん送おくつて下くださいな、といつたので、おい、合點がつてんと、乘のせるのでないから、そのまゝ荷車にぐるまを道端みちばたにうつちやつて、手てをひくやうにしておくり屆とゞけた。「別嬪べつぴんでござんした。」たゞでもこの役やくはつとまる所ところをしみ〲禮れいをいはれた上うへに、「たんまり御祝儀ごしうぎを。」とよごれくさつた半纏はんてんだが、威勢ゐせいよく丼どんぶりをたゝいて見みせて、「何なに、何なにをしたつて身體からださへ働はたらかせりや、彼女あれに食くはせて、乳ちゝはのまされます。」と、仕立屋したてやさんは、いそ〱と歸かへつていつた。――年季ねんきを入いれた一いつぱしの居職ゐじよくがこれである。

それを思おもふと、机つくゑに向むかつたなりで、白米はくまいを炊たいてたべられるのは勿體もつたいないと云いつてもいゝ。非常ひじやうの場合ばあひだ。……稼かせがずには居ゐられない。

社しやにお約束やくそくの期限きげんはせまるし、……實じつは十五夜めいげつの前まへの晩ばんあたり、仕事しごとにかゝらうと思おもつたのである。所ところが、朝あさからの吹ふき降ぶりで、日ひが暮くれると警報けいはうの出でた暴風雨ばうふううである。電燈でんとうは消きえるし、どしや降ぶりだし、風かぜはさわぐ、ねずみは荒あれる。……急きふごしらへの油あぶらの足たりない白しらちやけた提灯ちやうちん一具ひとつに、小ちひさくなつて、家中うちぢうが目めばかりぱち〱として、陰氣いんきに滅入めいつたのでは、何なんにも出來できず、口くちもきけない。拂底ふつていな蝋燭らふそくの、それも細ほそくて、穴あなが大おほきく、心しんは暗くらし、數かずでもあればだけれども、祕藏ひざうの箱はこから……出だして見みた覺おぼえはないけれど、寶石はうせきでも取出とりだすやうな大切たいせつな、その蝋燭らふそくの、時ときよりも早はやくぢり〱と立たつて行ゆくのを、氣きを萎なやして、見詰みつめるばかりで、かきもの所どころの沙汰さたではなかつた。

二

戸とをなぐりつける雨あめの中なかに、風かぜに吹ふきまはされる野分聲のわきごゑして、「今晩こんばん――十時じふじから十一時じふいちじまでの間あひだに、颶風ぐふうの中心ちうしんが東京とうきやうを通過つうくわするから、皆みなさん、お氣きを付つけなさるやうにといふ、たゞ今いま、警官けいくわんから御注意ごちういがありました。――御注意ごちういを申まをします。」と、夜警當番やけいたうばんがすぐ窓まどの前まへを觸ふれて通とほつた。

さらぬだに、地震ぢしんで引傾ひつかしいでゐる借屋しやくやである。颶風ぐふうの中心ちうしんは魔まの通とほるより氣味きみが惡わるい。――胸むねを引緊ひきしめ、袖そでを合あはせて、ゐすくむと、や、や、次第しだいに大風おほかぜは暴あれせまる。……一ひとしきり、一ひとしきり、たゞ、辛からき息いきをつかせては、ウヽヽヽ、ヒユーとうなりを立たてる。浮うき袋ぶくろに取付とりついた難破船なんぱせんの沖おきのやうに、提灯ちやうちん一ひとつをたよりにして、暗闇くらやみにたゞよふうち、さあ、時ときかれこれ、やがて十二時じふにじを過すぎたと思おもふと、氣きの所爲せゐか、その中心ちうしんが通とほり過すぎたやうに、がう〱と戸障子としやうじをゆする風かぜがざツと屋やの棟むねを拂はらつて、やゝ輕かるくなるやうに思おもはれて、突つつ伏ぷしたものも、僅わづかに顏かほを上あげると……何どうだらう、忽たちまち幽怪いうくわいなる夜陰やいんの汽笛きてきが耳みゝをゑぐつて間まぢかに聞きこえた。「あゝ、(ウウ)が出でますよ。」と家内かないがあをい顏かほをする。――この風かぜに――私わたしは返事へんじも出來できなかつた。

カチ、カチ、カヽチ

カチ、カチ、カヽチ

雨あめにしづくの拍子木ひやうしぎが、雲くもの底そこなる十四日じふよつかの月つきにうつるやうに、袖そでの黒くろさも目めに浮うかんで、四五軒しごけん北きたなる大銀杏おほいてふの下したに響ひゞいた。――私わたしは、霜しもに睡ねむりをさました劍士けんしのやうに、付つけ燒やき刃ばに落おちついて聞ききすまして、「大丈夫だいぢやうぶだ。火ひが近ちかければ、あの音おとが屹きつとみだれる。」……カチカチカヽチ。「靜しづかに打うつてゐるのでは火事くわじは遠とほいよ。」「まあ、さうね。」といふ言葉ことばも、果はてないのに、「中六なかろく」「中六なかろく」と、ひしめきかはす人々ひと〲の聲こゑが、その、銀杏いてふの下したから車輪しやりんの如ごとく軋きしつて來きた。

續つゞいて、「中六なかろくが火事くわじですよ。」と呼よんだのは、再ふたゝび夜警やけいの聲こゑである。やあ、不可いけない。中六なかろくと言いへば、長ながい梯子はしごなら屆とゞくほどだ。然しかも風下かざしも、眞下ましたである。私わたしたちは默だまつて立たつた。青あをざめた女をんなの瞼まぶたも決意けついに紅くれなゐに潮てうしつゝ、「戸とを開あけないで支度したくをしませう。」地震ぢしん以來いらい、解といた事ことのない帶おびだから、ぐいと引ひきしめるだけで事ことは足たりる。「度々たび〱で濟すみません。――御免ごめんなさいましよ。」と、やつと佛壇ぶつだんへ納をさめたばかりの位牌ゐはいを、内中うちぢうで、此こればかりは金色こんじきに、キラリと風呂敷ふろしきに包つゝむ時とき、毛布けつとを撥はねてむつくり起上おきあがつた――下宿げしゆくを燒やかれた避難者ひなんしやの濱野君はまのくんが、「逃にげると極きめたら落着おちつきませう。いま火ひの樣子やうすを。」とがらりと門口かどぐちの雨戸あまどを開あけた。可恐こはいもの見みたさで、私わたしもふツと立たつて、框かまちから顏かほを出だすと、雨あめと風かぜとが横よこなぐりに吹ふきつける。處ところへ――靴音くつおとをチヤ〱と刻きざんで、銀杏いてふの方はうから來きなすつたのは、町内ちやうないの白井氏しらゐしで、おなじく夜警やけいの當番たうばんで、「あゝもう可ようございます。漏電ろうでんですが消きえました。――軍隊ぐんたいの方かたも、大勢おほぜい見みえてゐますから安心あんしんです。」「何なんとも、ありがたう存ぞんじます――分わけて今晩こんばんは御苦勞樣ごくらうさまです……後のちに御加勢ごかせいにまゐります。」おなじく南みなみどなりへ知しらせにおいでの、白井氏しらゐしのレインコートの裾すその、身みにからんで、煽あふるのを、濛々もう〱たる雲くもの月影つきかげに見みおくつた。

この時ときも、戸外おもてはまだ散々さん〲であつた。木きはたゞ水底みなそこの海松みるの如ごとくうねを打うち、梢こずゑが窪くぼんで、波なみのやうに吹亂ふきみだれる。屋根やねをはがれたトタン板いたと、屋根板やねいたが、がたん、ばり〱と、競かけを追おつたり、入いりみだれたり、ぐる〱と、踊をどり燥さわぐと、石瓦いしかはらこそ飛とばないが、狼藉らうぜきとした罐詰くわんづめのあき殼がらが、カラカランと、水鷄くひなが鐵棒かなぼうをひくやうに、雨戸あまどもたゝけば、溝端みぞばたを突駛つツぱしる。溝みぞに浸つかつた麥藁帽子むぎわらばうしが、竹たけの皮かはと一所いつしよに、プンと臭にほつて、眞まつ黒くろになつて撥上はねあがる。……もう、やけになつて、鳴なきしきる蟲むしの音ねを合方あひかたに、夜行やかうの百鬼ひやくきが跳梁跋扈てうりやうばつこの光景くわうけいで。――この中なかを、折をれて飛とんだ青あをい銀杏いてふの一枝ひとえだが、ざぶり〱と雨あめを灌そゝいで、波状はじやうに宙ちうを舞まふ形かたちは、流言りうげんの鬼おにの憑つきものがしたやうに、「騷さわぐな、おのれ等ら――鎭しづまれ、鎭しづまれ。」と告のつて壓おすやうであつた。

「私わたしも薪雜棒まきざつぽうを持もつて出でて、亞鉛トタンと一番いちばん、鎬しのぎを削けづつて戰たゝかはうかな。」と喧嘩けんくわ過すぎての棒ぼうちぎりで擬勢ぎせいを示しめすと、「まあ、可よかつたわね、ありがたい。」と嬉うれしいより、ありがたいのが、斯かうした時ときの眞實しんじつで。

「消けして下くだすつた兵隊へいたいさんを、こゝでも拜をがみませう。」と、女中ぢよちうと一所いつしよに折をり重かさなつて門かどを覗のぞいた家内かないに、「怪我けがをしますよ。」と叱しかられて引込ひきこんだ。

三

誠まことにありがたがるくらゐでは足たりないのである。火ひは、亞鉛板トタンいたが吹ふつ飛とんで、送電線そうでんせんに引掛ひきかゝつてるのが、風かぜですれて、線せんの外被ぐわいひを切きつたために發はつしたので。警備隊けいびたいから、驚破すはと駈かけつけた兵員達へいゐんたちは、外套ぐわいたうも被きなかつたのが多おほいさうである。危險きけんを冒をかして、あの暴風雨ばうふううの中なかを、電柱でんちうを攀よぢて、消けしとめたのであると聞きいた。――颶風はやての過すぎる警告けいこくのために、一人いちにん駈かけまはつた警官けいくわんも、外套ぐわいたうなしに骨ほねまでぐしよ濡ぬれに濡ぬれ通とほつて――夜警やけいの小屋こやで、餘あまりの事ことに、「おやすみになるのに、お着替きがへがありますか。」といつて聞きくと、「住居すまひは燒やけました。何なにもありません。――休息きうそくに、同僚どうれうのでも借かりられればですが、大抵たいていはこのまゝ寢ねます。」との事ことだつたさうである。辛勞しんらうが察さつしらるゝ。

雨あめになやんで、葉はうらにすくむ私わたしたちは、果報くわはうといつても然しかるべきであらう。

曉方あかつきがた、僅わづかにとろりとしつゝ目めがさめた。寢苦ねぐるしい思おもひの息いきつぎに朝戸あさどを出でると、あの通とほり暴あれまはつたトタン板いたも屋根板やねいたも、大地だいちに、ひしとなつてへたばつて、魍魎まうりやうを跳をどらした、ブリキ罐くわん、瀬戸せとのかけらも影かげを散ちらした。風かぜは冷つめたく爽さわやかに、町一面まちいちめんに吹ふきしいた眞蒼まつさをな銀杏いてふの葉はが、そよ〱と葉はのへりを優やさしくそよがせつゝ、芬ぷんと、樹きの秋あきの薫かをりを立たてる。……

早起はやおきの女中ぢよちうがざぶ〱、さら〱と、早はや、その木きの葉はをはく。……化ばけさうな古箒ふるばうきも、唯と見みると銀杏いてふの簪かんざしをさした細腰さいえうの風情ふぜいがある。――しばらく、雨あめながら戸とに敷しいたこの青あをい葉はは、そのまゝにながめたし。「晩ばんまで掃はかないで。」と、留とめたかつた。が、時節じせつがらである。落おち葉ばを掃はかないのさへ我儘わがまゝらしいから、腕うでを組くんでだまつて視みた。

裏うらの小庭こにはで、雀すゞめと一所いつしよに、嬉うれしさうな聲こゑがする。……昨夜ゆうべ、戸外おもてを舞靜まひしづめた、それらしい、銀杏いてふの折をれ枝えだが、大屋根おほやねを越こしたが、一坪ひとつぼばかりの庭にはに、瑠璃るり淡あはく咲さいて、もう小ちひさくなつた朝顏あさがほの色いろに縋すがるやうに、たわゝに掛かゝつた葉はの中なかに、一粒ひとつぶ、銀杏ぎんなんの實みのついたのを見みつけたのである。「たべられるものか、下卑げびなさんな。」「なぜ、何どうして?」「いちじくとはちがふ。いくら食くひしん坊ばうでも、その實みは黄色きいろくならなくつては。」「へい。」と目めを丸まるくして、かざした所ところは、もち手ては借家しやくかの山やまの神かみだ、が、露つゆもこぼるゝ。枝えだに、大慈だいじの楊柳やうりうの俤おもかげがあつた。

――ところで、前段ぜんだんにいつた通とほり、この日ひはめづらしく快晴くわいせいした。

……通とほりの花屋はなや、花政はなまさでは、きかない氣きの爺ぢいさんが、捻鉢卷ねぢはちまきで、お月見つきみのすゝき、紫苑しをん、女郎花をみなへしも取添とりそへて、おいでなせえと、やつて居ゐた。葉はに打うつ水みづもいさぎよい。

可よし、この樣子やうすでは、歳時記さいじきどほり、十五夜じふごやの月つきはかゞやくであらう。打うちつゞく惡鬼あくきばらひ、屋をくを壓あつする黒雲くろくもをぬぐつて、景氣けいきなほしに「明月めいげつ」も、しかし沙汰さた過すぎるから、せめて「良夜りやうや」とでも題だいして、小篇せうへんを、と思おもふうちに……四五人しごにんのお客きやくがあつた。いづれも厚情こうじやう、懇切こんせつのお見舞みまひである。

打うち寄よれば言いふ事ことよ。今度こんどの大災害だいさいがいにつけては、先さきんじて見舞みまはねばならない、燒やけ殘のこりの家いへの無事ぶじな方はうが後あとになつて――類燒るゐせうをされた、何なんとも申まをしやうのない方かたたちから、先手せんてを打うつて見舞みまはれる。壁かべの破やぶれも、防ふせがねばならず、雨漏あまもりも留とめたし、……その何なによりも、火ひをまもるのが、町内ちやうないの義理ぎりとしても、大切たいせつで、煙草盆たばこぼん一ひとつにも、一人ひとりはついて居ゐなければならないやうな次第しだいであるため、ひつ込こみじあんに居ゐすくまつて、小ちひさくなつてゐるからである。

四

早はやく、この十日とをかごろにも、連日れんじつの臆病おくびやうづかれで、寢ねるともなしにころがつてゐると、「鏡きやうさんはゐるかい。――何なには……ゐなさるかい。」と取次とりつぎ……といふほどの奧おくはない。出合であはせた女中ぢよちうに、聞ききなれない、かう少すこし掠かすれたが、よく通とほる底力そこぢからのある、そして親したしい聲こゑで音おとづれた人ひとがある。「あ、長ながしさん。」私わたしは心こゝろづいて飛とび出だした。はたして松本長まつもとながしであつた。

この能役者のうやくしやは、木曾きその中津川なかつがはに避暑中ひしよちうだつたが、猿樂町さるがくちやうの住居すまひはもとより、寶生はうしやうの舞臺ぶたいをはじめ、芝しばの琴平町ことひらちやうに、意氣いきな稽古所けいこじよの二階屋にかいやがあつたが、それもこれも皆みな灰燼くわいじんして、留守るすの細君さいくん――(評判ひやうばんの賢婦人けんぷじんだから厚禮こうれいして)――御新造ごしんぞが子供こどもたちを連つれて辛からうじて火ひの中なかをのがれたばかり、何なんにもない。歴乎れつきとした役者やくしやが、ゴム底そこの足袋たびに卷まきゲートル、ゆかたの尻しりばしよりで、手拭てぬぐひを首くびにまいてやつて來きた。「いや、えらい事ことだつたね。――今日けふも燒やけあとを通とほつたがね、學校がくかうと病院びやうゐんに火ひがかゝつたのに包つゝまれて、駿河臺するがだいの、あの崖がけを攀よぢ上のぼつて逃にげたさうだが、よく、あの崖がけが上のぼられたものだと思おもふよ。ぞつとしながら、つく〲見みたがね、上あがらうたつて上あがれさうな所ところぢやない。女をんなの腕うでに大勢おほぜいの小兒こどもをつれてゐるんだから――いづれ人ひとさ、誰だれかが手てを取とり、肩かたをひいてくれたんだらうが、私わたしは神佛しんぶつのおかげだと思おもつて難有ありがたがつてゐるんだよ。――あゝ、裝束しやうぞくかい、皆みんな灰はひさ――面めんだけは近所きんじよのお弟子でしが駈かけつけて、殘のこらずたすけた。百ひやく幾いくつといふんだが、これで寶生流はうしやうりうの面目めんぼくは立たちます。裝束しやうぞくは、いづれ年としがたてば新あたらしくなるんだから。」と蜀江しよくこうの錦にしき、呉漢ごかんの綾あや、足利絹あしかゞぎぬもものともしないで、「よそぢや、この時節じせつ、一本いつぽんお燗かんでもないからね、ビールさ。久ひさしぶりでいゝ心持こゝろもちだ。」と熱燗あつかんを手酌てじやくで傾かたむけて、「親類しんるゐうちで一軒いつけんでも燒やけなかつたのがお手柄てがらだ。」といつて、うれしさうな顏かほをした。うらやましいと言いはないまでも、結構けつこうだとでもいふことか、手柄てがらだといつて讚ほめてくれた。私わたしは胸むねがせまつた。と同時どうじに、一藝いちげいに達たつした、いや――從兄弟いとこだからグツと割わりびく――たづさはるものの意氣いきを感かんじた。神田兒かんだつこだ。彼かれは生拔はえぬきの江戸兒えどつこである。

その日ひ、はじめて店みせをあけた通とほりの地久庵ちきうあんの蒸籠せいろうをつる〱と平たひらげて、「やつと蕎麥そばにありついた。」と、うまさうに、大胡坐おほあぐらを掻かいて、また飮のんだ。

印半纏しるしばんてん一枚いちまいに燒やけ出だされて、いさゝかもめげないで、自若じじやくとして胸むねをたゝいて居ゐるのに、なほ万まんちやんがある。久保田くぼたさんは、まる燒やけのしかも二度目にどめだ。さすがに淺草あさくさの兄にいさんである。

つい、この間あひだも、水上みなかみさんの元祿長屋げんろくながや、いや邸やしき(註ちう、建たつて三百年さんびやくねんといふ古家ふるいへの一ひとつがこれで、もう一ひとつが三光社前さんくわうしやまへの一棟ひとむねで、いづれも地震ぢしんにびくともしなかつた下六番町しもろくばんちやうの名物めいぶつである。)へ泊とまりに來きてゐて、寢ねころんで、誰たれかの本ほんを讀よんでゐた雅量がりやうは、推服すゐふくに値あたひする。

ついて話はなしがある。(猿さるどのの夜寒よさむ訪とひゆく兎うさぎかな)で、水上みなかみさんも、私わたしも、場所ばしよはちがふが、兩方りやうはうとも交代夜番かうたいよばんのせこに出でてゐる。町まちの角かど一ひとつへだてつゝ、「いや、御同役ごどうやくいかゞでござるな。」と互たがひに訪とひつ訪とはれつする。私わたしがあけ番ばんの時とき、宵よひのうたゝねから覺さめて辻つじへ出でると、こゝにつめてゐた當夜たうやの御番ごばんが「先刻せんこく、あなたのとこへお客きやくがありましてね、門かどをのぞきなさるから、あゝ泉いづみをおたづねですかと、番所こゝから聲こゑを掛かけますと、いや用ようではありません――番ばんだといふから、ちよつと見みに來きました、といつてお歸かへりになりました。戸とをあけたまゝで、お宅たくぢやあ皆みなさん、お寢やすみのやうでした。」との事ことである。

「どんな人ひとです。」と聞きくと、「さあ、はつきりは分わかりませんが、大おほきな眼鏡めがねを掛かけておいででした。」あゝ、水上みなかみさんのとこへ、今夜こんやも泊とまりに來きた人ひとだらう、万まんちやんだな、と私わたしはさう思おもつた。久保田くぼたさんは、大おほきな眼鏡めがねを掛かけてゐる。――所ところがさうでない。來きたのは瀧君たきくんであつた。評判ひやうばんのあの目めが光ひかつたと見みえる。これも讚稱さんしようにあたひする。

五

――さてこの日ひ、十五夜じふごやの當日たうじつも、前後ぜんごしてお客きやくが歸かへると、もうそちこち晩方ばんがたであつた。

例年れいねんだと、その薄すゝきを、高樓たかどの――もちとをかしいが、この家いへで二階にかいだから高たかいにはちがひない。その月つきの出での正面しやうめんにかざつて、もと手でのかゝらぬお團子だんごだけは堆うづたかく、さあ、成金なりきん、小判こばんを積つんで較くらべて見みろと、飾かざるのだけれど、ふすまは外はづれる。障子しやうじの小間こまはびり〱と皆みな破やぶれる。雜ざつと掃はき出だしたばかりで、煤すゝもほこりも其そのまゝで、まだ雨戸あまどを開あけないで置おくくらゐだから、下階したの出窓下でまどした、すゝけた簾すだれごしに供そなへよう。お月樣つきさま、おさびしうございませうがと、飾かざる。……その小ちひさな臺だいを取とりに、砂すなで氣味きみの惡わるい階子段はしごだんを上あがると、……プンとにほつた。焦こげるやうなにほひである。ハツと思おもふと、かう氣きのせゐか、立たてこめた中なかに煙けむりが立たつ。私わたしはバタ〱と飛とびおりた。「ちよつと來きて見みておくれ、焦こげくさいよ。」家内かないが血相けつさうして駈かけあがつた。「漏電ろうでんぢやないか知しら。」――一日いちにちの地震ぢしん以來いらい、たばこ一服いつぷく、火ひの氣けのない二階にかいである。「疊たゝみをあげませう。濱野はまのさん……御近所ごきんじよの方かた、おとなりさん。」「騷さわぐなよ。」とはいつたけれども、私わたしも胸むねがドキ〱して、壁かべに頬ほゝを押おしつけたり、疊たゝみを撫なでたり、だらしはないが、火ひの氣けを考かんがへ、考かんがへつゝ、雨戸あまどを繰くつて、衝つと裏窓うらまどをあけると、裏手うらての某邸ぼうていの廣ひろい地尻ぢじりから、ドス黒ぐろいけむりが渦うづを卷まいて、もう〱と立たちのぼる。「湯ゆどのだ、正體しやうたいは見屆みとゞけた、あの煙けむりだ。」といふと、濱野はまのさんが鼻はなを出だして、嗅かいで見みて、「いえ、あのにほひは石炭せきたんです。一ひとつ嗅かいで來きませう。」と、いふことも慌あわてながら戸外おもてへ飛とび出だす。――近所きんじよの人ひとたちも、二三人にさんにん、念ねんのため、スヰツチを切きつて置おいて、疊たゝみを上あげた、が何事なにごともない。「御安心ごあんしんなさいまし、大丈夫だいぢやうぶでせう。」といふ所ところへ、濱野はまのさんが、下駄げたを鳴ならして飛とんで戻もどつて、「づか〱庭にはから入はひりますとね、それ、あの爺ぢいさん。」といふ、某邸ぼうていの代理だいりに夜番よばんに出でて、ゐねむりをしい〱、むかし道中だうちうをしたといふ東海道とうかいだうの里程りていを、大津おほつからはじめて、幾里いくり何町なんちやうと五十三次ごじふさんつぎ、徒歩てくで饒舌しやべる。……安政あんせいの地震ぢしんの時ときは、おふくろの腹はらにゐたといふ爺ぢいさんが、「風呂ふろを焚たいてゐましてね、何なにか、嗅かぐと矢やつ張ぱり石炭せきたんでしたが、何なんか、よくきくと、たきつけに古新聞ふるしんぶんと塵埃ごみを燃もしたさうです。そのにほひが籠こもつたんですよ。大丈夫だいぢやうぶです。――爺ぢいさんにいひますとね、(氣きの毒どくでがんしたなう。)といつてゐました。」箱根はこねで煙草たばこをのんだらうと、笑わらひですんだから好いいものの、薄すゝきに月つきは澄すみながら、胸むねの動悸どうきは靜しづまらない。あいにくとまた停電ていでんで、蝋燭らふそくのあかりを借かりつゝ、燈ともしびと共ともに手てがふるふ。……なか〱に稼かせぐ所どころではないから、いきつぎに表おもてへ出でて、近所きんじよの方かたに、たゞ今いまの禮れいを立話たちばなしでして居ゐると、人ひとどよみを哄どつとつくつて、ばら〱往來わうらいがなだれを打うつ。小兒こどもはさけぶ。犬いぬはほえる。何なんだ。何なんだ。地震ぢしんか火事くわじか、と騷さわぐと、馬うまだ、馬うまだ。何なんだ、馬うまだ。主ぬしのない馬うまだ。はなれ馬うまか、そりや大變たいへんと、屈竟くつきやうなのまで、軒下のきしたへパツと退のいた。放はなれ馬うまには相違さうゐない。引手ひきても馬方うまかたもない畜生ちくしやうが、あの大地震おほぢしんにも縮ちゞまない、長ながい面つらして、のそり〱と、大八車だいはちぐるまのしたゝかな奴やつを、たそがれの塀へいの片暗夜かたやみに、人ひともなげに曳ひいて伸のして來くる。重荷おもにに小こづけとはこの事ことだ。その癖くせ、車くるまは空からである。

が、嘘うそか眞まことか、本所ほんじよの、あの被服廠ひふくしやうでは、つむじ風かぜの火ひの裡なかに、荷車にぐるまを曳ひいた馬うまが、車くるまながら炎ほのほとなつて、空そらをきり〱と𢌞まはつたと聞きけば、あゝ、その馬うまの幽靈いうれいが、車くるまの亡魂ばうこんとともに、フト迷まよつて顯あらはれたかと、見みるにもの凄すごいまで、この騷さわぎに持もち出だした、軒々のき〱の提灯ちやうちんの影かげに映うつつたのであつた。

かういふ時ときだ。在郷軍人ざいがうぐんじんが、シヤツ一枚いちまいで、見事みごとに轡くつわを引留ひきとめた。が、この大おほきなものを、せまい町内ちやうない、何處どこへつなぐ所ところもない。御免ごめんだよ、誰たれもこれを預あづからない。そのはずで。……然さうかといつて、どこへ戻もどす所ところもないのである。少すこしでも廣ひろい、中六なかろくへでも持もち出だすかと、曳ひき出だすと、人ひとをおどろかしたにも似にない、おとなしい馬うまで、荷車にぐるまの方はうが暴あばれながら、四角よつかどを東ひがしへ行ゆく。……

醉よつ拂ぱらつたか、寢込ねこんだか、馬方うまかため、馬鹿ばかにしやがると、異説いせつ、紛々ふん〱たる所ところへ、提灯ちやうちん片手かたてに息いきせいて、馬うまの行いつた方はうから飛とび出だしながら「皆みなさん、晝ひるすぎに、見付みつけの米屋こめやへ來きた馬うまです。あの馬うまの面つらに見覺みおぼえがあります。これから知しらせに行ゆきます。」と、商家しやうかの中僧ちうぞうさんらしいのが、馬士まごに覺おぼえ、とも言いはないで、呼よばはりながら北きたへ行ゆく。

町内ちやうない一いつぱいのえらい人出ひとでだ、何なんにつけても騷々さう〲しい。

かう何どうも、番ばんごと、どしんと、駭おどろかされて、一々いち〱びく〱して居ゐたんでは行やり切きれない。さあ、もつて來こい、何なんでも、と向むかう顱卷はちまきをした所ところで、馬うまの前まへへは立たたれはしない。

夜よふけて、ひとり澄すむ月つきも、忽たちまち暗くらくなりはしないだらうか、眞赤まつかになりはしないかと、おなじ不安ふあんに夜よを過すごした。

その翌日よくじつ――十六夜いざよひにも、また晩方ばんがた強震きやうしんがあつた――おびえながら、この記きをつゞる。

時ときに、こよひの月つきは、雨空あまぞらに道行みちゆきをするやうなのではない。かう〲しく、そして、やさしく照てつて、折をりしもあれ風かぜ一ひとしきり、無慙むざんにもはかなくなつた幾萬いくまんの人ひとたちの、燒やけし黒髮くろかみかと、散ちる柳やなぎ、焦こげし心臟しんざうかと、落おつる木この葉はの、宙ちうにさまよふと見みゆるのを、撫なで慰なぐさむるやうに、薄霧うすぎりの袖そでの光ひかりを長ながく敷しいた。

大正十二年十月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※表題は底本では、「十六夜《いざよひ》」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2011年8月6日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/050769_000050/

泉 鏡花、泉 鏡太郎「十六夜」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 巻二十七』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050769_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite