## 解題

法學博士　尾佐竹　猛

古來名判官といへば大岡越前守にとゞめをさすが、その事蹟といへば講談物や芝居で喧傳せられて居るのに過ぎないので、眞の事蹟としては反つて傳はつて居るものは少いのである。

所謂大岡裁判なるものは、徳川時代中期の無名の大衆作家の手に成り、民衆に依つて漸次精練大成せられて、動かすべからざる根據を植付けられたのであるから、その生命は最も永いのである。我國に於ける大衆文藝として最も優れたるものゝ一つである。

その何が故にかゝる聲譽を得たかといへば、これは我國の文藝に乏しき探偵趣味のあるのが、その主たる原因である。

古い處では青砥藤綱はあるが、これはあまりに古く、また事柄も少いから、一般人士の耳には入りがたい、さりとて本朝櫻陰比事の類はあるが、これは支那種でもあり、少し堅過ぎる。大岡物はこの間にありて異彩を放つて民衆向である。中には支那種の飜案物もあるが巧みに其種を知らしめざる程日本化して居る。それに當時の民衆の最も敵としまた最も非難多き奉行の處置振りに慊らざるものは理想的の大岡物を讀んで、密に溜飮を下げたといふのも、大岡物を謳歌する一理由ともなつたであらう。

しかし嚴格にいふときは大岡裁判は探偵趣味といふよりは、寧ろ裁判趣味といつた方が適當である。巧妙なる探偵術に依つて犯人を搜査するといふよりも、法廷に曳かれて白状せざる奸兇の徒を如何にして白状させたかといふことに、興味がかゝつて居るのである。勿論その白状さす爲めには種々の探偵術を用ひて居るが、物語の骨子は證據はあつても白状せぬ被告人を白状させる處に、大岡越前守の手腕を見るのである。

これは徳川中期の産物であるから、かゝる作品が出來たのである。犯罪の搜査も裁判も町奉行の職權であるから、與力同心さては目明し岡ツ引輩の探偵の巧妙だけでは町奉行は光らない。否その巧妙な探偵もこれは奉行の指￼から出るのが原則であるから、町奉行の手柄としては白状させることに重きを置かなくてはならぬ。

それに當時は拷問を用ふることは當然とされて居つたが、それも漸次進んで、今日の言葉でいへば、拷問は訴訟手續であつて、證據方法では無いのである。即ち證據を得る爲めに拷問するのでは無くて、證據が十分あつても白状せぬものを白状させる爲め、換言すれば如何に證據十分でも本人が白状せぬ以上は裁判することは出來ぬから、その手續を完結する爲め、拷問を用ふるといふのが、當時の法制の原則であつた。

そこで奉行は證據を集めつゝ、その證據に基いて白状せしむるといふのが、大岡裁判物の狙ひ所である。

また一面、當時の裁判の實相といへば、奉行の實權は與力に、與力は同心に、同心は目明し岡ツ引の徒に、漸次權力は下推し、奉行は單に形式的に裁判し、盲判を押すに過ぎなかつたから、こゝに明斷察智の超人的奉行を主人公とし、その縱横の材幹に由り、疑獄を裁斷するといふことが時流に投じたのである。

古くは最明寺時頼の廻國物語、近くは水戸黄門の廻國記の如き、密に諸國の人情風俗、政治の良否を知り、是非を裁斷するといふ英雄崇拜の片影ともいふべき物語が、民衆の頭に成長しつゝあつた處へ、わざ〱廻國はせなくても、一大理想的奉行があつて、淨玻璃の鏡に照すが如く、如何なる疑獄難獄も解決するといふ物語の出現したのであるから、大向ふの喝采するのも尤である。それに實際大岡越前守は事務に練達湛能の能吏であつたから、これを理想的に祭り上げ何んでも箇でも持つて行つて、名判官一手專賣としたのも、自然の勢である。

こゝに於てか、大岡越前守は理想的名判官として民衆の間に活きて居るのである。

そこで、所謂大岡裁判なるものに付て述べんに、大岡裁判を書いたものは板本に「大川仁政録」があり、寫本には「板岡實録」「大岡板倉二君政要録」「大岡政要實録」など數種あり、また一事件毎に單行本として傳はつて居るものがある。講談の種本は概ね此單行本である、或は講談物を單行本としたかと思はるゝものもある、また「大岡政談」「大川政談」として殘つて居るものもあるが、これは右の單行本を纒めたものらしい。大岡政談といへる始めからの一册本が後に數種の單行本と分れたものと見るよりも、寧ろ單行本を纒めたのが大岡政談といふ方が正しいやうである。謂はゞなんでも名裁判物語を書き立てゝ、これを大岡越前守に持つて行くから、一層これを纒めて一册にしたならばといふのが大岡政談らしい、後には件數に依り「大岡十八政談」といつたものもある。こんな工合であるから「大岡政談」といつても各事件毎に文體筆勢が異り、記述の態樣も區々であるが。多年無名の民衆に依つて作り上げられたる眞の大衆向のものであるから、幾多の大岡物の内からこの「大岡政談」を採録したのである。

斯く大岡物にも幾多の種類があるから、その事件の數も各書に依つて異同がある。内田魯庵氏が

大岡政談が越前守以前の「櫻陰秘事」更に又以前に遡つた傳説野乘の作り換へであるのは誰も氣が附く、其の中にソロモン傳説が混入して居るのは必ずしも伴天連僧の持つて來たもので無く、或は亞剌比亞や波斯を經由して支那から傳はつたものであるかも知れぬが、切支丹僧が多くの傳説や神話を授けたのは爭はれない。（日本文學講座第十八卷「日本の文學に及ぼしたる歐洲文學の影響」）

の所謂ソロモン傳説たる、二人の女親と稱する女に子供の兩手を引張らせて眞僞を判じた事件はこの政談の中に入つて居ないから割愛するが、通常「大岡政談」に收められてあるものは、

天一坊、白子屋お熊、烟草屋喜八、村井長庵、直助權兵衞、越後傳吉、傾城瀬川、畔倉重四郎、小間物屋彦兵衞、後藤半四郎、松田お花、嘉川主税、小西屋、雲切仁左衞門、津の國屋お菊、水呑村九助

の十六件である。

この内最初の天一坊一件は大岡裁判の中最も有名で、この事件の爲め大岡越前守が立身した如く喧傳せられて居るが、その實大岡越前守に關係はないのである。尤もこの事件と相似たものに、關東郡代伊奈半左衞門の手で審理せられたるのがあるから、これを大岡越前守に持つて來たとも見られるから、その事件の概略を述ぶれば

天一坊惡事露顯の端緒は享保十四年三月五日の事とかや浪人本多儀左衞門、關東御郡代伊奈半左衞門の屋敷に來り、當御支配内の儀に付御用役衆へ御意得たくと申出、半左衞門用人遠山郡太夫面會の處、儀左衛門申樣、下品川宿秋葉山伏赤川大膳方に居られ候源氏坊天一と申すは、當上樣の御落胤にて、大納言樣御兄の由、内内に日光御門主まで仔細申上られ、既に上聞にも達し、御内々一萬俵つゝ御合力米下し置かるゝ由申弘め、浪人共多分御抱入に付、我等も目見いたし奉公相望候てはと申勸るものあり、右源氏坊は全く左樣の御方にて候や、御支配内の儀に付此段内々御樣子承度との儀なり、郡太夫聞て大に驚き、そは怪しからぬ次第なり、支配内に左樣の疑しきもの罷在事是まで少くも存ぜず候、貴殿御咄にて初めて承り候、最早其儘には捨置がたく早速吟味を遂ぐべく、御迷惑ながら其許を勸めたるものも其許も掛合にて候間、名前書出すべく左樣御心得あるべしと申すに儀左衛門仰天なして早々歸りたり。郡太夫は直に此事を主人半左衛門へ申聞、早速品川宿名主年寄を呼出して吟味に及びし處、成程去年以來大膳方に富貴なる山伏居候へども、大納言樣御兄とか又は浪人召抱の沙汰は更に承はらず、其故御話も申上ず候との答なり。郡太夫、其山伏事御用の仔細あり、取逃しては相成らず、直樣立歸り逃げざる樣心付べしと申渡し、自分も組子引連、後より品川宿へ出張なし、山伏常樂院方に赴き、源氏坊天一と云へるもの住居致すやと尋ねければ、手前屋敷の裏に住居罷在と答へたり、即ち常樂院を案内に天一居宅に至り見れば、中々に構造も美を盡し、室内に裝置せし諸道具類は皆花葵の蒔繪紋散しにして、座敷の上手には一段高く上げ疊をなし、何樣將軍家の御由緒にてもあるべく思はれたり。程なく天一、白紗綾の小袖に白無垢を重ね、着用して出でけり。郡太夫慇懃に口上を演べ、主人半左衛門儀御尋ね申度仔細あり御同道致すべき樣に申付候、其儘御越し成さるべくと申すに、天一聊か躊躇の氣色もなく、畏り候と傍なる大小刀をも渡したり。郡太夫天一を駕籠に乘せ、常樂院をも共々召連て屋敷へ歸りければ、半左衛門早速對面なせしが、最初の程は將軍家御落胤の虚實も分明ならざりし故、待遇言葉遣も丁寧になし、一室にて密々の取調なり、常樂院をはじめ關係の諸浪人共をも召出して一應訊問に及びし處、全く詐欺なりとの見込ありて、遂に評定所一座吟味となり、夫々取糺せし所、此天一の母は紀州田邊の者にて名をよしと稱し、紀州侯家中某方に奉公中、主人の寵を受けて妊娠なし、若干の手當金を貰ひ郷里に歸りし後、男の子を生み落したり。是則ち天一にて幼名を半之助と稱し、四歳の時母諸共叔父の徳隱といへるもの、江戸橋場總泉寺末某寺の住職たりしを手寄りて出府なし、其世話にて母子共に淺草藏前町人半兵衛方へ縁付しが、天一十歳の時母病死なし、其砌養父半兵衛も身代取續がたき事ありて家をたゝみ、天一は徳隱の弟子となし、自分は何處ともなく廻國六部と成て出たり。母の存生中常に天一への物語に、其方は元來下賤の身の上ならず、歴々由緒あるものゝ胤なれば、何卒して武家に取立たくと申聞け、由緒書もありて叔父徳隱の預り居たりしが、享保六年火災に逢うて燒失せり。其由緒書の内に源氏とありしより、徳隱取て源氏坊天一と名乘らしめしとぞ。然るに徳隱は享保十二年病死せし故、天一傳手を求めて修驗堯仙院の弟子となりたり、天一幼年の時より酒を嗜なみ酒僻ありし故、叔父徳隱存生中は堅く戒めて飮せざりしに、死去の後は頭の押へ手なきより常に大酒を飮み、我が由緒の歴々なるを誇り散らして亂妨に及ぶこと度々なりければ、堯仙院も幾んど持餘し、寺社奉行へ召連出て懲戒を請ひたりしが、酒狂の上なれば能々意見を加へよとまでにて差たる咎もなかりけるより、天一彌〻増長なし、畢竟我が身分の歴々なる故公儀にても御咎なしと猶も大言を吐て更に愼む樣子なければ、堯仙院も捨置がたく、孫弟子の品川常樂院に仔細を云ひて預けたりしが、此常樂院中々の横着者にて、天一が紀州にて生れ由緒ありと云ふを奇貨として惡計を廻らし、終に將軍吉宗公紀州潜邸の時の御落胤なりと僞り、内々は日光御門主より上聞に達せられ、既に一萬俵づつの御合力米をも下され、追付表向の御對面、御披露もありて御三家同樣の大名にも御取立成さるべき御内意ありたり。抔と觸廻りて金銀を借入又は諸浪人どもを抱へて、夫々の役向をも定めたり。即ち常樂院は自ら家老となり赤川大膳と稱し、其他南部權太夫、本多源右衛門の兩人を用人となし或は番頭、旗奉行、槍大將又は大目附、町奉行、勘定奉行、小納戸役、近習、使番抔種々役々を申付しもの數十人に及び、次第に世間へも聞え、終に浪人本多儀左衛門の口より洩れて惡事露顯に及び一同逮捕せられて刑に處せられたり。

四月二十一日於評定所申渡之覺

天一坊改行

酉三十一

僞の儀どもを申立浪人共を集め公儀を不憚不屆に付死罪の上獄門に行ふもの也

常樂院

改行申旨に任せ浪人共集候儀其分に仕改行宿を仕所の役人へも不屆重々不屆に付遠島申付るもの也

本多源左衛門

南部權太夫

矢島主計

改行慥成儀も不糺身非一人無筋儀を申觸し浪人大勢引付公儀を不憚仕方不屆に付遠島申付るもの也

これが天一坊事件の梗概である。

次に「白子屋阿熊一件」これは實際大岡越前守の取扱つた事件である。芝居でする「お駒才三」である。

お熊が引廻しの際、上に黄八丈の大格子、下着は白無垢、髮は島田に結ひ上げ薄化粧さへ施し、手には水晶の珠數をかけ馬上に荒繩で結られて行く凄艷なる有樣は好箇の劇的場面であつた。本文に

此時お熊の着たるより世の婦女子、黄八丈は不義の縞なりとて嫌ひしは云々

とあるのは眞實である。

「煙草屋喜八一件」は『耳袋』にある。「煙草屋長八」の事件に似て居る。長八一件ならば大岡越前守より後の依田豐前守正次の江戸町奉行在勤中の事柄にて勿論大岡越前守に關係が無い。

「村井長庵一件」これは架空の物語である

「直助權兵衛一件」これは實在の事件である。

本書に

近き頃まで、諸所の關所に直助が人相書有りしを知る人に便りて見たる事あり、云々

とあるは眞實で、有名な事件であつた爲め、芝居の「四谷怪談」に「直助權兵衞」といふ一人物あるは、此事件からの思ひ付きである。

「越後傳吉一件」は大岡に關係なく、津村宗庵の「譚海」中にある物語である。これが後には「鹽原多助」の粉本にもなつて居る。

「傾城瀬川一件」は吉原耽美の風潮に迎合した小説である、本文に

遊女が鑑と稱られ夫が爲め花街も繁昌せし由來を尋るに云々

とあるのが作者の本音であらう。

「畔倉重四郎一件」これは伊奈半左衞門の取扱つた事件と傳へられ居り、そのことも多少疑問はあるが、兎に角大岡には關係の無い事件である。

「小間物屋彦兵衞一件」は支那種の飜案である。

「後藤半四郎」「松田お花」「嘉川主税」はいづれも文士の筆の先で出來た物語に過ぎぬ。

「小西屋一件」これは支那種で、同種の飜案に「會談與晤門人雅話」がある。

「雲切仁左衞門」「津の國屋お菊」はいづれも小説、「水呑村九助一件」は支那種に近世的探偵趣味を多分に盛つてある。特にその首と屍のことは「棠陰比事」の『從事函首』から出て居ることは明白である。

「大岡政談」の正味を一々檢討すれば以上に述べた如くである。

しかしなにしろ、多年大衆向きとして、講談に芝居に叩き上げられたことなれば、益〻精練せられて今では殆んど確定的の事實として、大岡越前守の名奉行振りを稱へられて居る。謂はゞ大衆向きの作品としてこれ程大なる價値を有するものは無い。

さればとて、大岡政談が悉く事實でないから大岡越前守は凡庸の町奉行に過ぎなかつたかといへば、さうでは無い、町奉行二十年寺社奉行十六年といふ勤續である。この多年の經驗だけでも他に比肩するものは無い。啻に奉行といはず他の如何なる職でも、これ程永く勤續したものは無い。これ丈けでも立派な模範官吏である。しかも太平の世の中に何等の武勳無くして、六百石の旗本から一萬石の大名に陞進したのである。徳川時代としては空前絶後の出身といつても可なる程目醒しい昇進振りである、如何に事務に練達湛能であつたかを知るべきである。

その一生の事蹟を仔細に研究すれば、行政上の治蹟が著名であつて、反つて司法上の事蹟に付てはさまで顯揚して居らぬのは、世評と正反對の奇なる現象である。これは一體に行政事務は華やかで、司法事務はヂミなのが常であることは今日でも同じである。大岡の江戸町奉行に就任した際は、市政も未だ整つて居らなかつたときであつたから、充分腕を振ふ餘地もあり、從つて其事業も華々しかつたのである。司法に關しては法典編纂の一人として、「科條類典」即ち徳川初期よりの法令並に先例判決例を蒐集したもので、徳川氏最初の立法事業に干與して居る。それから個々の裁判例に付ても幾多の法律問題に苦心したことの見るべきものが多い。司法事務本來の性質としてヂミな骨の折れる職務に數十年從事したといふこと丈けでも充分立派な明判官たる資格があるのである。所謂大過なくして永年勤務したといふこと夫れ自身が非凡なる人材である。

世人は往々にして大岡時代は法律の適用解釋が自由であつたから、理想的の裁判が出來たといふものがあるが、遵據すべき正確なる條文無き時代に事相に適する裁判を爲すことは反つて骨が折れるのである。立派な條文が完備して居れば寧ろ裁判には樂であるともいひ得られるのである。況んや法律の解釋適用は自由なりとはいひながら、故例格式の八釜しかつた幕府時代に於ては、その無意味の桎梏の力強くこれを打破するに足る法理の無かつたことは、或は觀方に依つては法律の解釋適用は今日よりも不自由であつたともいひ得らるゝのである。然るにも拘はらず永く名判官の名聲を維持して、昇進したのは偉材といはねばならぬ。

本書の首卷に「大岡越前守出世の事」の一卷がある、これは何等かの隨筆物などの一節で、この記事が大岡越前守の事蹟の全體若くは逸事であつたものが、後に他の幾多の物語が出來た爲め、茲に首卷として採録したものらしい。その始めに

當世奉行役人百姓を夜中にてもかまはず呼出し、腰かけに苦勞させ、おのれら我意に任せて退出後にゆる〱休息し、酒盛などして夜に入て評定し又もなかれて歸すなど云々

とありて、時の裁判振りを慨する徒輩が、大岡裁判に假託して時事を諷したとも見らるゝが、この首卷の中の事柄は眞實の事らしい。猶ほ官歴のことも書いてあるが、十分でないから、左にその大要を掲げんに

延寶五年江戸に生る、大岡美濃守忠高の四男、幼名求馬

貞享三年十二月　大岡忠右衞門忠眞の養子となる、十歳

貞享四年　通稱を市十郎と改め、忠相と稱す、十一歳

元祿十三年七月、養父病死、家督を相續し、養家歴代の通稱忠右衞門と改む。六百石寄合旗本無役、二十四歳

元祿十五年五月、御書院番士　　二十六歳

寶永元年十月　御徒頭　　二十八歳

同　　年十二月　布衣

同　四年八月　御使番　　三十一歳

同　五年七月　御目附　　三十二歳

正徳二年正月　伊勢國山田奉行

同年三月　從五位下　能登守

この時山田に赴任し、有名なる紀州領と松坂の住民との訴訟を裁判し、後年江戸町奉行に榮轉の素地を爲したのである。しかしこゝに注意すべきは山田奉行といふからには、田舍の區裁判所判事の如く思ひ、從つて江戸町奉行の轉任は未曾有の拔擢の如く考へるものがあるが、山田奉行の地位は伊勢神宮所在地なるが爲め、重要なる地位である。故に從五位下能登守と叙爵したので、謂はゞ指定地の勅任所長ともいふべきで、それが、東京地方裁判所長に轉任したのであるから、榮轉は榮轉であるが、未曾有の榮轉といふ程でもない、即ち能登守が越前守に轉じた叙爵の形式から見ても想像がつく、

享保元年二月　御普請奉行　歸府　四十歳

同　二年二月　江戸町奉行、越前守　四十一歳

同　十年九月　二千石加賜、遺領と併せて三千七百二十石　四十九歳

元文元年八月　寺社奉行　二千石加賜　猶ほ廩米四千二百八十俵を足高とし、一萬石の高となし、大名の格式となる、六十歳

同年十二月　雁の間席並

寛延元年閏十月　奏者番　寺社奉行故の如し、從前の足高廩米を廢し更に四千二百八十石加賜、全く一萬石藩列に入る、七十二歳、三河國額田郡西太平を居所とす。

寶暦元年十一月病の爲め職を辭す、寺社奉行を免じ奏者番を許されず

此年十二月十六日薨ず、享年七十五歳、法名松運院殿興譽仁山崇義大居士

墓は神奈川縣高座郡小出淨見寺にあり、裏面には「御奏者番寺社奉行俗名大岡越前守藤原忠相行年七十五歳」と刻してある。また別に、芝區三田聖坂功運寺にも墓がある、これは後年追墓合葬したもので、數多の戒名があり、右より五番目に「松運院殿前越州刺史興譽仁山崇義大居士、寶暦元年辛未十二月十六日」と刻してある。功運寺は其後、府下野方町に移轉し、淨見寺は大正十二年の大震災にて大破したから、有志に於てこれが修繕の擧ありと聞く。

淨見寺の東南、土地高濶遙かに富士山を望み要害の地がある、これは大岡氏の陣屋址で、二代目忠政の時こゝに土着したが、後江戸に移住したのである。

大岡越前守は曩に從四位を贈られたが、これは主として民政上の功に依る。とのことである、司法官としての功績に付ては未しであるのは遺憾である。

大正四年十一月四日　穗積陳重博士淨見寺の墓に詣でて

問ひてましかたりてましをあまた世を

へたてゝけりな道の友垣

と詠ぜられ、穗積八束博士また參詣せられた、この二大法曹の參詣を受けては地下の大岡越前守も定めて滿足したであらう。

――解題終――

  


## 大岡政談首卷

  


<ruby><rb>大岡政談</rb><rt>おほをかせいだん</rt></ruby><ruby><rb>首卷</rb><rt>しゆくわん</rt></ruby>

## 大岡越前守<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>の<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>

<ruby><rb>大聖孔子</rb><rt>たいせいこうし</rt></ruby>の<ruby><rb>曰</rb><rt>いはく</rt></ruby><ruby><rb>訟</rb><rt>うつた</rt></ruby>へを<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>事<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>人の如くかならずうつたへなからしむとかや今いふ<ruby><rb>公事訴訟</rb><rt>くじそしよう</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ事になりたとへば<ruby><rb>孔子</rb><rt>こうし</rt></ruby><ruby><rb>聖人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>には<ruby><rb>公事訟訴</rb><rt>くじそしよう</rt></ruby>出來たる時は<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>にちゑなきとの事<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>猶人の如くと也さりながら孔子聖人<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>となつて<ruby><rb>其訴</rb><rt>そのうつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と世の中にたえるやう天下ををさめ<ruby><rb>仁義</rb><rt>じんぎ</rt></ruby>をもつて<ruby><rb>民</rb><rt>たみ</rt></ruby><ruby><rb>百姓</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>をしたがへ道に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>たるをひろはず戸さゝぬ御代とせんとなりまことに<ruby><rb>舜</rb><rt>しゆん</rt></ruby>といへども<ruby><rb>聖人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の御代には<ruby><rb>庭上</rb><rt>ていじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>皷</rb><rt>つゞみ</rt></ruby>を出し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>舜帝</rb><rt>しゆんてい</rt></ruby>みつから<ruby><rb>其罪</rb><rt>そのつみ</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しあらためあしき<ruby><rb>御政事</rb><rt>おんせいじ</rt></ruby>當時は何時にても<ruby><rb>此皷</rb><rt>このつゞみ</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>て<ruby><rb>奏聞</rb><rt>そうもん</rt></ruby>するに<ruby><rb>帝</rb><rt>てい</rt></ruby>たとへば<ruby><rb>御食事</rb><rt>おんしよくじ</rt></ruby>の時にても<ruby><rb>皷</rb><rt>つゞみ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>を聞給ひたちまち出させ給ひ<ruby><rb>萬民</rb><rt>ばんみん</rt></ruby>の<ruby><rb>訴</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>を聞給ふとなりまことにありがたき事なり然るに<ruby><rb>當世</rb><rt>たうせい</rt></ruby><ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>は町人百姓を<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby>にてもかまはず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけに<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>をさせおのれら<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>退出後</rb><rt>たいしゆつご</rt></ruby>にゆる〱<ruby><rb>休足</rb><rt>きうそく</rt></ruby>し<ruby><rb>酒盛</rb><rt>さかもり</rt></ruby>などして夜に入て<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>し又もなかれて<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>すなとよく〱<ruby><rb>舜帝</rb><rt>しゆんてい</rt></ruby>の御心を<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながらかんがへ<ruby><rb>學</rb><rt>まな</rt></ruby>ぶへき事なり然るに舜帝のつゝみ世こぞつて<ruby><rb>諫鼓</rb><rt>かんこ</rt></ruby>のつゝみと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく天下よく<ruby><rb>此君</rb><rt>このきみ</rt></ruby>にしたがひ<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>になつきければ<ruby><rb>其皷</rb><rt>そのつゞみ</rt></ruby><ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>とほこりたまり<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>を<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>し<ruby><rb>諸鳥</rb><rt>しよてう</rt></ruby>も來りて<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>めけるとなん此事を<ruby><rb>諫皷</rb><rt>かんこ</rt></ruby><ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>ふかうして<ruby><rb>鳥</rb><rt>とり</rt></ruby>おどろかずと申あへりいまもつぱら<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>大傳馬町</rb><rt>おほでんまちやう</rt></ruby>より<ruby><rb>山王御祭禮</rb><rt>さんわうごさいれい</rt></ruby>に<ruby><rb>皷</rb><rt>つゞみ</rt></ruby>の<ruby><rb>作</rb><rt>つく</rt></ruby>りもの出し祭禮の第一番に<ruby><rb>朝鮮</rb><rt>てうせん</rt></ruby><ruby><rb>馬場</rb><rt>ばば</rt></ruby>において<ruby><rb>上覽</rb><rt>しやうらん</rt></ruby>是あるなり<ruby><rb>往古</rb><rt>わうこ</rt></ruby><ruby><rb>常憲院</rb><rt>じやうけんゐん</rt></ruby>さま御代までは南傳馬町の<ruby><rb>猿</rb><rt>さる</rt></ruby>のへいをもちし<ruby><rb>作</rb><rt>つく</rt></ruby>りものゝ出でしを第一番に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>諫皷</rb><rt>かんこ</rt></ruby>は二番に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しけるが<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>の<ruby><rb>祭禮</rb><rt>さいれい</rt></ruby>に<ruby><rb>彼猿</rb><rt>かのさる</rt></ruby>の出し<ruby><rb>作</rb><rt>つくら</rt></ruby>ふひまに先へ<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>たり此時よりして鳥の出し一番に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>るとの<ruby><rb>嚴命</rb><rt>げんめい</rt></ruby>にて<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>く一番とはなりにけり是天下太平の<ruby><rb>功</rb><rt>こう</rt></ruby>なり

<ruby><rb>此猿</rb><rt>このさる</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby>は南傳馬町<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>の又右衞門といふもの<ruby><rb>作</rb><rt>つく</rt></ruby>りて<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>が<ruby><rb>猿</rb><rt>さる</rt></ruby>といふよし今以て<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>方にあるよしなり

然りといへども<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby>の日夜に<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>けるゆゑ少々つゞの<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へはふん〱として<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>にやむことなしさればこそ<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>は是をえらむべきの第一也三代<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>の<ruby><rb>御代</rb><rt>みよ</rt></ruby>より<ruby><rb>大猷公</rb><rt>たいいうこう</rt></ruby><ruby><rb>嚴有公</rb><rt>げんいうこう</rt></ruby>の兩君にまたがりて<ruby><rb>板倉</rb><rt>いたくら</rt></ruby>伊賀守同<ruby><rb>周防守</rb><rt>すはうのかみ</rt></ruby>同<ruby><rb>内膳正</rb><rt>ないぜんしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>知仁</rb><rt>ちじん</rt></ruby>の<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>なりと<ruby><rb>萬民</rb><rt>ばんみん</rt></ruby>こぞつて今に<ruby><rb>其徳</rb><rt>そのとく</rt></ruby>をしたふか板倉のひえ<ruby><rb>炬燵</rb><rt>こたつ</rt></ruby>とは少しも<ruby><rb>火</rb><rt>ひ</rt></ruby>がないといふ事なり<ruby><rb>非</rb><rt>ひ</rt></ruby>と火と<ruby><rb>同音</rb><rt>どうおん</rt></ruby>なればなり夫より<ruby><rb>後世</rb><rt>こうせい</rt></ruby>の<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>いつれも<ruby><rb>堅理</rb><rt>けんり</rt></ruby>なりといへども日を同じく<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>るべからず然るに<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>の<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>大岡越前守<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞとも</rt></ruby>といふ人町奉行となつて<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby><ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>しく吉宗公に<ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby>しける此人あつぱれ<ruby><rb>大丈夫</rb><rt>だいぢやうふ</rt></ruby>にして其智萬人にすぐれ<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き板倉の<ruby><rb>輩</rb><rt>ともがら</rt></ruby>に同じされば<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby><ruby><rb>勤功</rb><rt>きんこう</rt></ruby>同越前守よく〱上をうやまひ下を<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>みてすたれたるをおこしたへたるをつくろひ給ふ事<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>賢</rb><rt>けん</rt></ruby>なりといふべし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>大岡</rb><rt>おほをか</rt></ruby>忠右衞門とて三百石にて<ruby><rb>御書院番</rb><rt>ごしよゐんばん</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>し<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>二百石<ruby><rb>加増</rb><rt>かぞう</rt></ruby>あつて五百石と成を越前守<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>御小姓組</rb><rt>おこしやうぐみ</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby>の<ruby><rb>功</rb><rt>こう</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>し<ruby><rb>有章公</rb><rt>いうしやうこう</rt></ruby>の御代に<ruby><rb>御徒頭</rb><rt>おかちがしら</rt></ruby>となり其後伊勢山田<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>仰付られ初て<ruby><rb>芙蓉</rb><rt>ふよう</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>御役人の<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>に入りけるなり

## 第二回

<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>にいはく千里の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>る馬<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>にあるといへども是を<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>る<ruby><rb>伯樂</rb><rt>はくらく</rt></ruby>もなく<ruby><rb>其智者</rb><rt>そのちしや</rt></ruby>にあへはなしとかや<ruby><rb>人間</rb><rt>にんげん</rt></ruby>も又同じ<ruby><rb>忠信</rb><rt>ちうしん</rt></ruby><ruby><rb>義信</rb><rt>ぎしん</rt></ruby>の人<ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>くあつても<ruby><rb>其君</rb><rt>そのきみ</rt></ruby>のこゝろくらくして是を用ゆる事なくんばむなしく<ruby><rb>泥中</rb><rt>でいちう</rt></ruby><ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>をうづめんが如くに<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>りて過るなしすべての人の君たる人はよく〱これ<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>すべきことなり<ruby><rb>舜</rb><rt>しゆん</rt></ruby>も人なり<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>も人なり智に<ruby><rb>臥龍</rb><rt>ぐわりよう</rt></ruby>孔明の事なり<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>に<ruby><rb>關羽</rb><rt>くわんう</rt></ruby>の如きもの<ruby><rb>當世</rb><rt>たうせい</rt></ruby>の人になからんや<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に有章院殿の御代<ruby><rb>大岡</rb><rt>おほをか</rt></ruby>越前守伊勢山田<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>となりてかしこに至り<ruby><rb>諸人</rb><rt>しよにん</rt></ruby><ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>に<ruby><rb>彼地</rb><rt>かのち</rt></ruby>にて多く<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>あり先年より<ruby><rb>勢州路</rb><rt>せいしうぢ</rt></ruby><ruby><rb>紀州領</rb><rt>きしうりやう</rt></ruby>の<ruby><rb>境論</rb><rt>さかひろん</rt></ruby>の<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>ありてやむ事なし山田奉行<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>りのたび事にねがひ出るといへども今もつて<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>せず是は先來<ruby><rb>紀州殿</rb><rt>きしうどの</rt></ruby><ruby><rb>非分</rb><rt>ひぶん</rt></ruby>なりといへども御三家の<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>なれば御大身をおそれ時の奉行も<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>きかねてあつかひを入て<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>すといへども<ruby><rb>扱</rb><rt>あつか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出る事たび〱なり然るにこの度大岡越前守<ruby><rb>山田奉行</rb><rt>やまだぶぎやう</rt></ruby>と成て來りしかば<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>ども又々<ruby><rb>境論</rb><rt>さかひろん</rt></ruby>を願ひ出づるを<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞとも</rt></ruby>段々<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れける所<ruby><rb>紀州殿</rb><rt>きしうどの</rt></ruby>方<ruby><rb>甚</rb><rt>はなはだ</rt></ruby><ruby><rb>非分</rb><rt>ひぶん</rt></ruby>なりとてあきらかに<ruby><rb>取捌</rb><rt>とりさばき</rt></ruby>けり只今までの<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>いかなれば<ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>にいたし置けるにや幸ひに越前守<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>すべきなりとて<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby>の方まけと成て勢州山田方<ruby><rb>理運</rb><rt>りうん</rt></ruby>甚だしかりき<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>において<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>のうつぷんを<ruby><rb>散</rb><rt>さん</rt></ruby>じ大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び越前守の<ruby><rb>智</rb><rt>ち</rt></ruby>をかんじける<ruby><rb>誠</rb><rt>まことに</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>ふして<ruby><rb>糸筋</rb><rt>いとすぢ</rt></ruby>の別れたるが如くなりしとかや其後<ruby><rb>正徳</rb><rt>しやうとく</rt></ruby>六年四月<ruby><rb>晦日</rb><rt>みそか</rt></ruby><ruby><rb>將軍家繼公</rb><rt>しやうぐんいへつぐこう</rt></ruby><ruby><rb>御多界</rb><rt>ごたかい</rt></ruby>まし〱<ruby><rb>則</rb><rt>すなはち</rt></ruby>有章院殿と號し奉る御<ruby><rb>繼子</rb><rt>けいし</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>是によつて御三家より<ruby><rb>御養子</rb><rt>ごやうし</rt></ruby>なり<ruby><rb>東照宮</rb><rt>とうせうぐう</rt></ruby>に御<ruby><rb>血脉</rb><rt>けつみやく</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>きによつて御三家の内にても<ruby><rb>尾州公</rb><rt>びしうこう</rt></ruby><ruby><rb>紀州公</rb><rt>きしうこう</rt></ruby>御兩家<ruby><rb>御帶座</rb><rt>ごたいざ</rt></ruby>にて則ち紀州公<ruby><rb>上座</rb><rt>じやうざ</rt></ruby>に<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>り給ふ此君<ruby><rb>仁義</rb><rt>じんぎ</rt></ruby><ruby><rb>兼徳</rb><rt>けんとく</rt></ruby>にまし〱<ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby>と申<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>となり給ふ<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby><ruby><rb>諸侯</rb><rt>しよこう</rt></ruby>の心を<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ給ふ處におよそ奉行たる者は<ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>にあらざれば<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も<ruby><rb>立難</rb><rt>たちがた</rt></ruby>し<ruby><rb>其正直</rb><rt>そのしやうぢき</rt></ruby>にて<ruby><rb>仁義</rb><rt>じんぎ</rt></ruby>のもの<ruby><rb>當世</rb><rt>たうせい</rt></ruby>に少し然るに大岡越前守伊勢山田<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>として先年の<ruby><rb>境論</rb><rt>さかひろん</rt></ruby>ありし時いづれの奉行も<ruby><rb>我武威</rb><rt>わがぶゐ</rt></ruby>をおそれ我方<ruby><rb>非分</rb><rt>ひぶん</rt></ruby>と知りながら是を<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>く事<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>する所<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>越前守は<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>となつてたちまち一時に<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>我領分</rb><rt>わがりやうぶん</rt></ruby>をまけになしたる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>あつぱれ<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>は<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>にして<ruby><rb>智</rb><rt>ち</rt></ruby><ruby><rb>仁</rb><rt>じん</rt></ruby><ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>三<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>兼備</rb><rt>けんび</rt></ruby>の<ruby><rb>大丈夫</rb><rt>だいぢやうふ</rt></ruby>なり<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>我手取</rb><rt>わがてどり</rt></ruby>に<ruby><rb>呼下</rb><rt>よびくだ</rt></ruby>し天下の<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>を<ruby><rb>統</rb><rt>すべ</rt></ruby>しなば萬民のためならんとの<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>にて則ち大岡殿を江戸へ<ruby><rb>召寄</rb><rt>めしよせ</rt></ruby>られける夫より越前守<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>はせ下り吉宗公の御前へ出けるにぞ則ち<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞとも</rt></ruby>を以て江戸町奉行仰付られけり<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>君君たれば<ruby><rb>臣</rb><rt>しん</rt></ruby>臣たるとは此事にて有るべき

## 第三回

<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>の<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>將軍吉宗公<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡越前守と<ruby><rb>御評議</rb><rt>ごひやうぎ</rt></ruby>あつて或は<ruby><rb>農工商</rb><rt>のうこうしやう</rt></ruby><ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>なるものに仰付けられ<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby><ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>の<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>りに金銀を以て<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>をつぐのひ給ふ事初り今是<ruby><rb>過料金</rb><rt>くわれうきん</rt></ruby>といふなり大に<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>ある<ruby><rb>御仁政</rb><rt>ごじんせい</rt></ruby>然るに<ruby><rb>賢君</rb><rt>けんくん</rt></ruby>の御心をしらず<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>の奉行をしらざる<ruby><rb>輩</rb><rt>ともがら</rt></ruby>は<ruby><rb>此過料金</rb><rt>このくわれうきん</rt></ruby>の御<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>を<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>していはく人の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を金銀を以てゆうめんする事上たる人の有ましき事なり第一<ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>にふけり以の外いやしき<ruby><rb>掟</rb><rt>おき</rt></ruby>てなり然らば金銀あるものは<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>なしむつかしき時にはわづか金銀を出せば<ruby><rb>濟事</rb><rt>すむこと</rt></ruby>也と<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>をくゝり<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>をなさん是<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>罪人</rb><rt>ざいにん</rt></ruby>多くならん<ruby><rb>媒</rb><rt>なかだち</rt></ruby>也とあざけりし人多しとかや<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby><ruby><rb>學者</rb><rt>がくしや</rt></ruby>の<ruby><rb>論</rb><rt>ろん</rt></ruby>なりといにしへより<ruby><rb>我朝</rb><rt>わがてう</rt></ruby>の<ruby><rb>掟</rb><rt>おきて</rt></ruby>にぞかゝる事なけれども利の<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>なり<ruby><rb>新法</rb><rt>しんはふ</rt></ruby>を立らるゝ事<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>といひ其上<ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby>にも<ruby><rb>周</rb><rt>しう</rt></ruby>の文王<ruby><rb>民</rb><rt>たみ</rt></ruby>百姓の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>あるものを金銀を出させて<ruby><rb>其罪</rb><rt>そのつみ</rt></ruby>をつぐなうとあれば<ruby><rb>聖人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の<ruby><rb>掟</rb><rt>おきて</rt></ruby>にも有事なり然らば<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き<ruby><rb>御政事</rb><rt>ごせいじ</rt></ruby>にてはなきと决せり又<ruby><rb>非學者</rb><rt>ひがくしや</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>じて<ruby><rb>曰</rb><rt>いは</rt></ruby>く文王は<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>な百姓町人の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>けいに<ruby><rb>非</rb><rt>あらざ</rt></ruby>るものを<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>させて其金銀を以て<ruby><rb>道路</rb><rt>だうろ</rt></ruby>にたゝずみ<ruby><rb>暑寒</rb><rt>しよかん</rt></ruby>をしのぐ事あたはざるもの<ruby><rb>飢餲</rb><rt>きかつ</rt></ruby>にうれふるものには其金銀を與へてくるしみを<ruby><rb>除</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き給ひしが<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>のありさまを見るにさしてこゝ一日人を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ給ふ事もなし<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>なるはいかにと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>是又上の<ruby><rb>御賢慮</rb><rt>ごけんりよ</rt></ruby><ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>の<ruby><rb>良智</rb><rt>りやうち</rt></ruby>をしらざるゆゑなりその者よびとひて聞せん今江戸<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>所々より出す<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>金銀は<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>に御入用<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>には<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して<ruby><rb>用</rb><rt>もちひ</rt></ruby>給ず<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby><ruby><rb>道等</rb><rt>みちとう</rt></ruby>の<ruby><rb>御修復金</rb><rt>ごしゆふくきん</rt></ruby>と成る多くは<ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby>の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>のみ入用に成事なり是にて<ruby><rb>飢</rb><rt>う</rt></ruby>ゑ<ruby><rb>凍</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ゑる人を<ruby><rb>救</rb><rt>すくふ</rt></ruby><ruby><rb>道利</rb><rt>だうり</rt></ruby>にてみな此内にこもる<ruby><rb>聖君</rb><rt>せいくん</rt></ruby>の<ruby><rb>御賢慮</rb><rt>ごけんりよ</rt></ruby>御いさをし也

<ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby><ruby><rb>功徳經</rb><rt>くとくきやう</rt></ruby>にいはく

<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>りに<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>たるが如く<ruby><rb>暗夜</rb><rt>あんや</rt></ruby>にともし火を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>たるが如なり<ruby><rb>將</rb><rt>はた</rt></ruby><ruby><rb>經文</rb><rt>きやうもん</rt></ruby>の心を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>たるが如く也此<ruby><rb>經文</rb><rt>きやうもん</rt></ruby>の心にて見ればうゑたるもの<ruby><rb>食</rb><rt>しよく</rt></ruby>を得たるか<ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>のこめなればひとへに<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>なる者<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を得たるか如くにてあれはこゝえる人に<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>を下さるをなさけに同じ事なりうゑたるもの食を得たるが如くとあれば<ruby><rb>御憐愍</rb><rt>ごれんびん</rt></ruby>の御政事<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>を以て知るべし<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>常憲院<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>五十の<ruby><rb>賀</rb><rt>が</rt></ruby>の時何をもつて<ruby><rb>功徳</rb><rt>くどく</rt></ruby>の<ruby><rb>長</rb><rt>ちやう</rt></ruby>と成べきと<ruby><rb>智化</rb><rt>ちけ</rt></ruby>の上人へ<ruby><rb>桂昌院樣</rb><rt>けいしやうゐんさま</rt></ruby>一位樣<ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづ</rt></ruby>ね遊ばされしに<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりよ</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て申上げるは<ruby><rb>凡</rb><rt>およそ</rt></ruby>君たる人の御<ruby><rb>功徳</rb><rt>くどく</rt></ruby>には<ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby>なき所へ橋をかけ<ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>のわづらひを止め給ふ事<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>ならんと申ければ<ruby><rb>則</rb><rt>すなはち</rt></ruby><ruby><rb>兩國橋</rb><rt>りやうごくばし</rt></ruby>と<ruby><rb>永代</rb><rt>えいたい</rt></ruby>との間へ<ruby><rb>新大橋</rb><rt>しんおほはし</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>られ諸人の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に仰付られけるとかや右<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>の<ruby><rb>御政事</rb><rt>ごせいじ</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>に當りて<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby><ruby><rb>諸人</rb><rt>しよにん</rt></ruby>の爲と成て可なりしとかや江戸<ruby><rb>池</rb><rt>いけ</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby><ruby><rb>本門寺</rb><rt>ほんもんじ</rt></ruby>は紀州の<ruby><rb>御菩提所</rb><rt>ごぼだいしよ</rt></ruby>なれば吉宗公と<ruby><rb>御簾中</rb><rt>ごれんちう</rt></ruby><ruby><rb>本門寺</rb><rt>ほんもんじ</rt></ruby><ruby><rb>御葬送</rb><rt>ごさうそう</rt></ruby>を被遊て<ruby><rb>源徳院殿</rb><rt>げんとくゐんでん</rt></ruby>と號し奉るなりよつて<ruby><rb>去頃</rb><rt>さるころ</rt></ruby><ruby><rb>家重將軍</rb><rt>いへしげしやうぐん</rt></ruby>是へ爲成候に付御成まへ<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>にあたら敷<ruby><rb>御成門</rb><rt>おなりもん</rt></ruby>として出來ければ<ruby><rb>淨土宗</rb><rt>じやうどしう</rt></ruby>のともがら是をねたみ御成門へ<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の内に大文<ruby><rb>字</rb><rt>じ</rt></ruby>にて<ruby><rb>祐天風</rb><rt>いうてんふう</rt></ruby>の<ruby><rb>南無阿彌陀佛</rb><rt>なむあみだぶつ</rt></ruby>と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>たり<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>とも知れざれども<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>の<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なりよつて御<ruby><rb>成門</rb><rt>なりもん</rt></ruby>を又々<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>新</rb><rt>あらた</rt></ruby>に<ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ申上て<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>御成門へ<ruby><rb>徒</rb><rt>いたづら</rt></ruby>仕りしが<ruby><rb>南無阿彌陀佛</rb><rt>なむあみだぶつ</rt></ruby>と書しは<ruby><rb>淨土宗</rb><rt>じやうどしう</rt></ruby>のともがらねたみしと<ruby><rb>相見</rb><rt>あひみ</rt></ruby>え申候如何計申べしや<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>御<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>を以て<ruby><rb>徒</rb><rt>いたづ</rt></ruby>ら者これなきやう仰付られ下し置れ度願ひ奉るとぞ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へおけるが大岡越前守是を聞給ひもつともの願ひなり御成門の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は大切にかきりなし夫をわきまへずして<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>の者ども<ruby><rb>不屆千萬</rb><rt>ふとゞきせんばん</rt></ruby><ruby><rb>言語同斷</rb><rt>ごんごどうだん</rt></ruby>の致し方なり然しながら御門の事なれば其方ともにも<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>取計も<ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>し<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>せよとて大岡殿<ruby><rb>白紙</rb><rt>はくし</rt></ruby>へ一首の<ruby><rb>狂歌</rb><rt>きやうか</rt></ruby>をなされ是を御門へ<ruby><rb>張</rb><rt>はる</rt></ruby>べしとなり

其<ruby><rb>狂歌</rb><rt>きやうか</rt></ruby>にいはく

<ruby><rb>西方</rb><rt>さいはう</rt></ruby>のあるじと聞し<ruby><rb>阿彌陀佛</rb><rt>あみだぶつ</rt></ruby>

今は<ruby><rb>法花</rb><rt>ほつけ</rt></ruby>の<ruby><rb>門番</rb><rt>もんばん</rt></ruby>となる

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く遊されて<ruby><rb>本門寺</rb><rt>ほんもんじ</rt></ruby>へ渡し是を御門へ<ruby><rb>張置</rb><rt>はりおく</rt></ruby>べしと<ruby><rb>仰渡</rb><rt>おほせわた</rt></ruby>されけり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て右の<ruby><rb>狂歌</rb><rt>きやうか</rt></ruby>を<ruby><rb>張置</rb><rt>はりおき</rt></ruby>ければ是に<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>て<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねてさやうないたづらをばせざりしとかや

大岡政談首卷終

  


## 天一坊一件

  


<ruby><rb>天一坊</rb><rt>てんいちばう</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>下野國</rb><rt>しもつけのくに</rt></ruby><ruby><rb>日光山</rb><rt>につくわうざん</rt></ruby>に<ruby><rb>鎭座</rb><rt>ちんざ</rt></ruby>まします<ruby><rb>東照大神</rb><rt>とうせうだいじん</rt></ruby>より第八代の<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby><ruby><rb>有徳院吉宗公</rb><rt>いうとくゐんよしむねこう</rt></ruby>と<ruby><rb>稱</rb><rt>しよう</rt></ruby>し<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つるは<ruby><rb>東照神君</rb><rt>とうせうしんくん</rt></ruby>の十一<ruby><rb>男</rb><rt>なん</rt></ruby><ruby><rb>紀伊國</rb><rt>きいのくに</rt></ruby><ruby><rb>和歌山</rb><rt>わかやま</rt></ruby>の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>五十五萬石を<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby>する<ruby><rb>從</rb><rt>じゆ</rt></ruby>二<ruby><rb>位</rb><rt>ゐ</rt></ruby><ruby><rb>大納言光貞卿</rb><rt>だいなごんみつさだきやう</rt></ruby>の三<ruby><rb>男</rb><rt>なん</rt></ruby>にて<ruby><rb>幼名</rb><rt>えうみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>徳太郎</rb><rt>とくたらう</rt></ruby><ruby><rb>信房</rb><rt>のぶふさ</rt></ruby>と<ruby><rb>稱</rb><rt>しよう</rt></ruby>し<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>吉宗</rb><rt>よしむね</rt></ruby>と<ruby><rb>改</rb><rt>あら</rt></ruby>たむ<ruby><rb>御母</rb><rt>おんはゝ</rt></ruby>は<ruby><rb>九條前關白太政大臣</rb><rt>くでうさきのくわんぱくだじやうだいじん</rt></ruby>第四の<ruby><rb>姫君</rb><rt>ひめぎみ</rt></ruby>お<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>にて<ruby><rb>御本腹</rb><rt>ごほんぷく</rt></ruby>なり

<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>三家方</rb><rt>さんけがた</rt></ruby>にても<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>は<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby>べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり紀州にての<ruby><rb>御誕生</rb><rt>ごたんじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>本腹</rb><rt>ほんぷく</rt></ruby>なりとは<ruby><rb>大納言光貞卿</rb><rt>だいなごんみつさだきやう</rt></ruby><ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby><ruby><rb>和歌山</rb><rt>わかやま</rt></ruby>にて<ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>につき<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby><ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられ<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に<ruby><rb>看病遊</rb><rt>かんびやうあそ</rt></ruby>ばされたきよし<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>の願ひ<ruby><rb>先例</rb><rt>せんれい</rt></ruby>にはなく<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>家柄</rb><rt>いへがら</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝずみ</rt></ruby>に成り<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>らせられ<ruby><rb>御看病遊</rb><rt>ごかんびやうあそ</rt></ruby>ばし<ruby><rb>平癒</rb><rt>へいゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>なる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>和歌山にて<ruby><rb>御誕生</rb><rt>ごたんじやう</rt></ruby>ありしなり

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>奧方ある夜の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>に<ruby><rb>日輪</rb><rt>にちりん</rt></ruby><ruby><rb>月輪</rb><rt>ぐわつりん</rt></ruby>を<ruby><rb>兩手</rb><rt>りやうて</rt></ruby>に<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>ると<ruby><rb>見給</rb><rt>みたま</rt></ruby>ひ是より<ruby><rb>御懷姙</rb><rt>ごくわいにん</rt></ruby>の<ruby><rb>御身</rb><rt>おんみ</rt></ruby>とはなり給ふ

<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>は<ruby><rb>五臟</rb><rt>ござう</rt></ruby>のわづらひといひ<ruby><rb>傳</rb><rt>つた</rt></ruby>ふれども<ruby><rb>正夢</rb><rt>しやうむ</rt></ruby>にして<ruby><rb>賢人</rb><rt>けんじん</rt></ruby><ruby><rb>聖人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>或は<ruby><rb>名僧</rb><rt>めいそう</rt></ruby><ruby><rb>知識</rb><rt>ちしき</rt></ruby>の人を<ruby><rb>産</rb><rt>う</rt></ruby>むは<ruby><rb>天竺</rb><rt>てんぢく</rt></ruby><ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby><ruby><rb>我朝</rb><rt>わがてう</rt></ruby>ともにその<ruby><rb>例</rb><rt>ため</rt></ruby>し<ruby><rb>少</rb><rt>すく</rt></ruby>なからず<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>玄奘法師</rb><rt>げんさうほふし</rt></ruby>は夢を四ツにわけ一に<ruby><rb>現夢</rb><rt>げんむ</rt></ruby>二に<ruby><rb>虚夢</rb><rt>きよむ</rt></ruby>三に<ruby><rb>靈夢</rb><rt>れいむ</rt></ruby>四に<ruby><rb>心夢</rb><rt>しんむ</rt></ruby>とす<ruby><rb>現夢</rb><rt>げんむ</rt></ruby>とはうつゝまぼろしのごとく見ゆるをいふ<ruby><rb>虚夢</rb><rt>きよむ</rt></ruby>とは<ruby><rb>心魂</rb><rt>しんこん</rt></ruby>の<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れよりして<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の事を見るをいふ<ruby><rb>靈夢</rb><rt>れいむ</rt></ruby>とは<ruby><rb>神靈</rb><rt>しんれい</rt></ruby><ruby><rb>佛菩薩</rb><rt>ぶつぼさつ</rt></ruby>の<ruby><rb>御告</rb><rt>おんつげ</rt></ruby>をかうむるをいふ<ruby><rb>心夢</rb><rt>しんむ</rt></ruby>とは<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>こゝろに思ふ事を見るをいふなりこの時<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>の見給ふは<ruby><rb>靈夢</rb><rt>れいむ</rt></ruby>にして天下の<ruby><rb>主將</rb><rt>しゆしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べき<ruby><rb>兆</rb><rt>さが</rt></ruby>を<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>思ひしられたり

<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>にはあまりふしぎなる夢なれば<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>大納言光貞卿に<ruby><rb>告給</rb><rt>つげたま</rt></ruby>へば光貞卿<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びこの度<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>の子<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>ならば<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ世に名を<ruby><rb>上</rb><rt>あぐ</rt></ruby>る程のものならんと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>ありしことなり<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は<ruby><rb>貞享</rb><rt>ていきやう</rt></ruby>元<ruby><rb>甲子</rb><rt>きのえね</rt></ruby>正月廿日<ruby><rb>卯</rb><rt>う</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>玉の如くなる<ruby><rb>御男子</rb><rt>ごなんし</rt></ruby><ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>まし〱ければ大納言光貞卿をはじめ<ruby><rb>一家中</rb><rt>いつかちう</rt></ruby><ruby><rb>萬歳</rb><rt>まんざい</rt></ruby>を<ruby><rb>祝</rb><rt>しゆく</rt></ruby>し奉つれり奧方<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>のため<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へいらせられ<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby><ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>にては<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へ對し<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りありとて<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>にて<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>のおぼし<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>なりまた大納言光貞卿は<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>四十一歳にあたり<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby><ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>なれば四十二の二ツ子なり<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる事にや<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しより<ruby><rb>忌</rb><rt>いみ</rt></ruby>きらふ事ゆゑ光貞卿にも<ruby><rb>心掛</rb><rt>こゝろがか</rt></ruby>りに<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>ある日<ruby><rb>家老</rb><rt>からう</rt></ruby><ruby><rb>加納將監</rb><rt>かなふしやうげん</rt></ruby>をめし<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>の<ruby><rb>妻女</rb><rt>さいぢよ</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>き頃<ruby><rb>安産</rb><rt>あんざん</rt></ruby>いたせしと聞及ぶ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに間もなく<ruby><rb>其兒</rb><rt>そのこ</rt></ruby><ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>しよし其方は<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>左程</rb><rt>さほど</rt></ruby>にも思ふまじけれども<ruby><rb>妻女</rb><rt>さいぢよ</rt></ruby>は定めて<ruby><rb>懷</rb><rt>ふところ</rt></ruby>さびしくも思ふべし<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひこの度<ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>せし徳太郎は<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が爲には四十二の二ツ子なり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>我手元</rb><rt>わがてもと</rt></ruby>にて<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>致し難し<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>には思へども<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>にいたさんと思ふなりその<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby><ruby><rb>取上</rb><rt>とりあ</rt></ruby>げ妻女の乳を以て<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひくれよ<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>の後其方に<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby><ruby><rb>出産</rb><rt>しゆつさん</rt></ruby>せば予が方へ<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>せ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>男子なくばその方の<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby><ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>いたさすべしと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>ありければ<ruby><rb>將監</rb><rt>しやうげん</rt></ruby><ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなくも<ruby><rb>御本腹</rb><rt>ごほんぷく</rt></ruby>の若君を<ruby><rb>御厄年</rb><rt>おやくどし</rt></ruby>の御子なりとて某に<ruby><rb>御養育</rb><rt>ごやういく</rt></ruby>を命ぜらるゝ儀有がたく<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ奉つる<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら上意のおもふき<ruby><rb>愚妻</rb><rt>ぐさい</rt></ruby>へ申聞かせ其上にて<ruby><rb>御請仕</rb><rt>おんうけつかま</rt></ruby>つりたし<ruby><rb>小兒</rb><rt>せうに</rt></ruby><ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に女の手に<ruby><rb>寄處</rb><rt>よるところ</rt></ruby>にて私しの一存に<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞき</rt></ruby>申さずとて<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ御前を<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>き宿へ歸りて<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>に<ruby><rb>御内命</rb><rt>ごないめい</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きを申し聞せければ妻女<ruby><rb>大</rb><rt>おほい</rt></ruby>に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びさりながら<ruby><rb>御本腹</rb><rt>ごほんぷく</rt></ruby>の<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>を我々が手に下されん事は<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なし<ruby><rb>御幼年</rb><rt>ごえうねん</rt></ruby>の内は<ruby><rb>御預</rb><rt>おあづか</rt></ruby>り申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>御成長遊</rb><rt>ごせいちやうあそば</rt></ruby>し候後は<ruby><rb>太守樣</rb><rt>たいしゆさま</rt></ruby>の御元へ<ruby><rb>御返</rb><rt>おんかへ</rt></ruby>し申上<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へなりとも然るべき方へ<ruby><rb>御養子</rb><rt>ごやうし</rt></ruby>に入らせらるゝ樣に<ruby><rb>御取計</rb><rt>おんとりはから</rt></ruby>ひ有て<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しかるべし<ruby><rb>當家</rb><rt>たうけ</rt></ruby><ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>などとは思ひも寄らず私し今日より<ruby><rb>御乳</rb><rt>おちゝ</rt></ruby>を奉つりて<ruby><rb>御養育</rb><rt>ごやういく</rt></ruby>を申上んといふにぞ<ruby><rb>將監</rb><rt>しやうげん</rt></ruby>も<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なりと同心し<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>御前へ出て<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>が申せし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを言上に及ぶに光貞卿<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び然らば<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らくの内其方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>べしとて城内二の丸の<ruby><rb>堀端</rb><rt>ほりばた</rt></ruby>に<ruby><rb>大木</rb><rt>たいぼく</rt></ruby>の松の木あり其下へ<ruby><rb>葵紋</rb><rt>あふひもん</rt></ruby>ぢらしの<ruby><rb>蒔繪</rb><rt>まきゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>廣葢</rb><rt>ひろぶた</rt></ruby>に若君を<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby>につゝみ女中一人<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>附</rb><rt>つき</rt></ruby>の女中三人<ruby><rb>添</rb><rt>そひ</rt></ruby>の<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>とし給ふ加納將監は<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>を<ruby><rb>舁</rb><rt>かゝ</rt></ruby>せ行き<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ上<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>にて<ruby><rb>我家</rb><rt>わがや</rt></ruby>へ歸り女房に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>して<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ奉つりぬ加納將監は<ruby><rb>本高</rb><rt>ほんだか</rt></ruby>六百石なるが<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>二百五十石を<ruby><rb>里扶持</rb><rt>さとふぢ</rt></ruby>として下し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>八百五十石と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>いよ〱<ruby><rb>忠勤</rb><rt>ちうきん</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つくし</rt></ruby>けり<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>徳太郎君</rb><rt>とくたらうぎみ</rt></ruby>は日を<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>まし〱<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>拔群</rb><rt>ばつくん</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>なれば加納將監<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>は<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に實子の如く<ruby><rb>寵</rb><rt>いつ</rt></ruby>くしみ<ruby><rb>育</rb><rt>そだて</rt></ruby>ける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>徳太郎君に<ruby><rb>附</rb><rt>つき</rt></ruby>の女中みな<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>り<ruby><rb>四方山</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>などしけるが若君には<ruby><rb>御運</rb><rt>ごうん</rt></ruby><ruby><rb>拙</rb><rt>つた</rt></ruby>なき<ruby><rb>御生</rb><rt>おうま</rt></ruby>れなりと申すに徳太郎君<ruby><rb>御不審</rb><rt>ごふしん</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼし</rt></ruby>めし女中に向ひ其方ども予が事を<ruby><rb>不運</rb><rt>ふうん</rt></ruby>なりとは何故ぞと仰せければ女中ども<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>には<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は<ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>光貞卿の御子にておはし候へ共四十二の<ruby><rb>御厄年</rb><rt>おやくどし</rt></ruby>の御子なりとて<ruby><rb>御捨遊</rb><rt>おすてあそ</rt></ruby>ばされしを將監<ruby><rb>御拾</rb><rt>おひろ</rt></ruby>ひ申上將監の子と<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>せ玉ひしは御<ruby><rb>可憐</rb><rt>いたはし</rt></ruby>き御事なり<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>にて御成長<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ばし候へば我々とても<ruby><rb>肩身</rb><rt>かたみ</rt></ruby>ひろく<ruby><rb>御奉公</rb><rt>ごほうこう</rt></ruby>も<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>むべきに<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>の事なりと四人ともども申上しを聞しめし<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば予は太守光貞卿の子とやと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せありしが<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>よりは將監が申事も<ruby><rb>御用</rb><rt>おんもち</rt></ruby>ゐなく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまゝ</rt></ruby><ruby><rb>氣隨</rb><rt>きずゐ</rt></ruby>に成せ給へりある日<ruby><rb>書院</rb><rt>しよゐん</rt></ruby>の上段に<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>まし〱て將監<ruby><rb>々々</rb><rt>〱〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>せ給ふ<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>きこえければ將監大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>ろき何者なるや<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>の御出にもと<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>ながら<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を少し<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>けるにこは<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に徳太郎君には<ruby><rb>悠然</rb><rt>いうぜん</rt></ruby>と上段に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ給ふ將監この<ruby><rb>形勢</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を見て大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>ろき其方は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>せしか父に向ひて<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>何と心得居るやと申ければ徳太郎君<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>けるはいかに<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すとも予は太守<ruby><rb>光貞</rb><rt>みつさだ</rt></ruby>の子なり然れば其方は<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>なるぞ以後はさやう<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>よと仰ありて<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>は將監を<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>の如く<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひ給ひしが其後は將監々々と<ruby><rb>御呼</rb><rt>および</rt></ruby>なさるゝ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>加納將監も是よりして徳太郎君を<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の如くに<ruby><rb>敬</rb><rt>うや</rt></ruby>まひ<ruby><rb>侍</rb><rt>かし</rt></ruby>づき<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>なし奉つりける

## 第二回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>徳太郎君は<ruby><rb>和歌山</rb><rt>わかやま</rt></ruby>の<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>は申すに<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ず<ruby><rb>近在</rb><rt>きんざい</rt></ruby>なる<ruby><rb>山谷</rb><rt>さんこく</rt></ruby><ruby><rb>原野</rb><rt>げんや</rt></ruby>の<ruby><rb>隔</rb><rt>へだて</rt></ruby>なく<ruby><rb>駈廻</rb><rt>かけめぐ</rt></ruby>りて<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>し<ruby><rb>高野</rb><rt>かうや</rt></ruby><ruby><rb>根來等</rb><rt>ねごろとう</rt></ruby>の<ruby><rb>靈山</rb><rt>れいざん</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>には<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby><ruby><rb>神領</rb><rt>しんりやう</rt></ruby>まであらさるゝ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>百姓共<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思ひしが<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>けり<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に勢州<ruby><rb>阿漕</rb><rt>あこぎ</rt></ruby>が<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>といふは<ruby><rb>往古</rb><rt>わうこ</rt></ruby>より<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の場なるを徳太郎君<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>へも到り<ruby><rb>夜々</rb><rt>よな〱</rt></ruby><ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>されける此事早くも<ruby><rb>山田奉行</rb><rt>やまだぶぎやう</rt></ruby>大岡忠右衞門<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て手附の<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>に申付<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>には<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ず只々<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>追拂</rb><rt>おひはら</rt></ruby>ふべしと申<ruby><rb>含</rb><rt>ふくめ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>兩人その意を得て<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>阿漕</rb><rt>あこぎ</rt></ruby>が<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>へ到り見れば<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>す者あり與力<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>をかけ何者なれば<ruby><rb>禁斷</rb><rt>きんだん</rt></ruby>の場所に於て<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>いたすや<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>べしと聲を掛くれば<ruby><rb>彼者</rb><rt>かのもの</rt></ruby><ruby><rb>自若</rb><rt>じじやく</rt></ruby>として予は大納言殿の三<ruby><rb>男</rb><rt>なん</rt></ruby>徳太郎<ruby><rb>信房</rb><rt>のぶふさ</rt></ruby>なり<ruby><rb>慮外</rb><rt>りよぐわい</rt></ruby>すな<ruby><rb>此提灯</rb><rt>このちやうちん</rt></ruby>の<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>は其方どもの目に見えぬかと<ruby><rb>悠然</rb><rt>いうぜん</rt></ruby>たる<ruby><rb>形容</rb><rt>ありさま</rt></ruby>に與力は<ruby><rb>手荒</rb><rt>てあら</rt></ruby>にすべからずと<ruby><rb>云付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>られたれば<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく立歸り<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>大岡忠右衞門に<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>せしと見ながら<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>差置難</rb><rt>さしおきがた</rt></ruby>し此度は<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐる</rt></ruby>べしとて<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>二人を<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつ</rt></ruby>れ阿漕が浦に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>れば其夜も徳太郎君<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>して居られし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>忠右衞門<ruby><rb>大聲</rb><rt>たいせい</rt></ruby>にて<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>は<ruby><rb>往古</rb><rt>わうこ</rt></ruby>より<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の場所なれば<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>する者あれば<ruby><rb>搦捕</rb><rt>からめと</rt></ruby>るなりと呼はるを徳太郎君<ruby><rb>聞給</rb><rt>きゝたま</rt></ruby>ひ先夜も申聞すごとく予は<ruby><rb>紀伊大納言殿</rb><rt>きいだいなごんどの</rt></ruby>の三男徳太郎<ruby><rb>信房</rb><rt>のぶふさ</rt></ruby>だぞ<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>致すな<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>は目に見えぬか<ruby><rb>慮外</rb><rt>りよぐわい</rt></ruby>せば<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さぬぞと<ruby><rb>宣</rb><rt>のた</rt></ruby>まふ大岡<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>あげ紀伊家の若君が<ruby><rb>御辨</rb><rt>おわきま</rt></ruby>へなく<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の場所へ<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を入させ給ふべき<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は全く徳太郎君の御名を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>る<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>それ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとれ</rt></ruby>と<ruby><rb>烈</rb><rt>はげ</rt></ruby>しき聲に與力ども心得たりと左右より<ruby><rb>組付</rb><rt>くみつき</rt></ruby><ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>なく<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たりける徳太郎君<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>の理に申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく山田奉行の<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ引れ給へり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>は<ruby><rb>明家</rb><rt>あきや</rt></ruby>へ入れ<ruby><rb>番人</rb><rt>ばんにん</rt></ruby>を付て<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ引出し大岡忠右衞門は<ruby><rb>次上下</rb><rt>つぎがみしも</rt></ruby>に<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し若ものを<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>たと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ何者なれば<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の場所を<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>し<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ徳川徳太郎などと御名を<ruby><rb>騙</rb><rt>かたる</rt></ruby><ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby><ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>おこなふ</rt></ruby>べきなれども<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以て免し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す以後<ruby><rb>見當</rb><rt>みあたり</rt></ruby>候はゞ決して<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さゞるなり<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>相愼</rb><rt>あひつゝし</rt></ruby>み心を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>むべしと申渡して<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とい</rt></ruby>てぞ<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>しける徳太郎君は何となるべきと案じ<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ給ひしに<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>され<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>せし心地し<ruby><rb>這々</rb><rt>はう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて和歌山へ<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り此後は<ruby><rb>大人</rb><rt>おとなし</rt></ruby>くぞなり給ひけるとなん<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て徳太郎君<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>まし〱早くも十八歳になり給へり<ruby><rb>此年</rb><rt>このとし</rt></ruby>加納將監<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>在勤</rb><rt>ざいきん</rt></ruby>を<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られけるにぞ徳太郎君をも<ruby><rb>江戸見物</rb><rt>えどけんぶつ</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>なし麹町なる<ruby><rb>上屋敷</rb><rt>かみやしき</rt></ruby>に<ruby><rb>住着</rb><rt>すみつけ</rt></ruby>たり徳太郎君は役儀もなければ<ruby><rb>平生</rb><rt>ふだん</rt></ruby><ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>に任せ<ruby><rb>草履取</rb><rt>ざうりとり</rt></ruby>一人を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>兩國</rb><rt>りやうごく</rt></ruby><ruby><rb>淺草等</rb><rt>あさくさとう</rt></ruby>又は所々の<ruby><rb>縁日</rb><rt>えんにち</rt></ruby><ruby><rb>熱閙場</rb><rt>さかりば</rt></ruby>へ日毎に<ruby><rb>出歩行</rb><rt>であるき</rt></ruby>給ひければ<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>下情</rb><rt>かじやう</rt></ruby>に通ず<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby><ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なく成給へり程なく一ヶ年も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>將監も<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>在勤</rb><rt>ざいきん</rt></ruby>の年限<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>ければ又も徳太郎君を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ紀州へこそは歸りけれ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に伊豫國<ruby><rb>新居郡</rb><rt>にゐごほり</rt></ruby>西條の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby>高三萬石松平左京太夫<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby><ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>の所ろいまだ<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>なし此は紀伊家の<ruby><rb>分家</rb><rt>ぶんけ</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>家督評議</rb><rt>かとくひやうぎ</rt></ruby>として紀州の<ruby><rb>家老</rb><rt>からう</rt></ruby><ruby><rb>水野筑後守</rb><rt>みづのちくごのかみ</rt></ruby><ruby><rb>久野但馬守</rb><rt>くのたじまのかみ</rt></ruby>三<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby><ruby><rb>彈正</rb><rt>だんじやう</rt></ruby><ruby><rb>菅沼</rb><rt>すがぬま</rt></ruby>重兵衞渡邊<ruby><rb>對馬守</rb><rt>つしまのかみ</rt></ruby><ruby><rb>熊谷</rb><rt>くまがや</rt></ruby>次郎<ruby><rb>南部</rb><rt>なんぶ</rt></ruby>喜太夫等の<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>より<ruby><rb>跡目</rb><rt>あとめ</rt></ruby>の評議に及びける<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>水野筑後守<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby>て申けるは各々の<ruby><rb>御了簡</rb><rt>ごれうけん</rt></ruby>は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>か存ぜざれ共左京太夫<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>お<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>御國許</rb><rt>おんくにもと</rt></ruby>加納將監方に<ruby><rb>御預</rb><rt>おんあづ</rt></ruby>け置れ候徳太郎君を<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべく存ずると申出たり一同<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべしと評議一<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>き和歌山<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>早飛脚</rb><rt>はやびきやく</rt></ruby>を以て申送れば<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>にても<ruby><rb>家老衆</rb><rt>からうしう</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>登城</rb><rt>とじやう</rt></ruby>の上<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>に及ぶ面々は安藤<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たてわき</rt></ruby>同く<ruby><rb>市正</rb><rt>いちのかみ</rt></ruby>水野<ruby><rb>石見守</rb><rt>いはみのかみ</rt></ruby><ruby><rb>宮城丹波</rb><rt>みやぎたんば</rt></ruby><ruby><rb>川俣彈正</rb><rt>かはまただんじやう</rt></ruby><ruby><rb>登坂式部</rb><rt>とさかしきぶ</rt></ruby>松平<ruby><rb>監物</rb><rt>けんもつ</rt></ruby>細井<ruby><rb>￼書等</rb><rt>づしよとう</rt></ruby>なり江戸表よりの<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>に及べば此度松平左京太夫殿<ruby><rb>御病死</rb><rt>ごびやうし</rt></ruby>の所御<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>これ無に付ては加納將監方へお<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>遊</rb><rt>あそば</rt></ruby>し候徳太郎君御<ruby><rb>跡目</rb><rt>あとめ</rt></ruby>しかるべしとの事なり<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もの事なりとて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>加納將監へ其段申渡しければ將監かしこまり急ぎ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>りて<ruby><rb>其趣</rb><rt>そのおもむ</rt></ruby>きを徳太郎君に申上<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>の用意に及び<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>江戸表<ruby><rb>御下</rb><rt>おんくだ</rt></ruby>りとは<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>ける。<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又和歌山の<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>より五十町<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>一里半ほど<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>に平澤村といふ<ruby><rb>小村</rb><rt>こむら</rt></ruby>あり此處へ<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby>信州者にて夫婦に<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>し千ヶ<ruby><rb>寺</rb><rt>じ</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐり</rt></ruby>の平左衞門と申者來りぬ<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚兵衞は至て<ruby><rb>世話好</rb><rt>せわずき</rt></ruby>にて遂に此三人を世話して足を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め甚兵衞は<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>が隱居所を<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>り其後平左衞門病死し<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>は妻のお三と<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>なりお三は<ruby><rb>近村</rb><rt>きんそん</rt></ruby>の<ruby><rb>産婆</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>を渡世としお<ruby><rb>三婆々</rb><rt>さんばゝ</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れたり娘も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>して<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>も可なりなるにはや年頃に<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば手元に<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>も爲によからじ<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ成とも<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さんと口入の<ruby><rb>榎本屋</rb><rt>えのもとや</rt></ruby>三藏を頼み和歌山の家中加納將監方へ<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby><ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby>たりこゝにて名を澤の井と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ける此女へ<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>しか徳太郎君の御手が<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>人しれず<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に澤の井<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>してはや<ruby><rb>五月帶</rb><rt>いはたおび</rt></ruby>を結ぶ時とぞ<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>にき澤の井<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に徳太郎君に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひかね〱君の<ruby><rb>御情</rb><rt>おなさけ</rt></ruby>を蒙り<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しくもまた<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくいつか<ruby><rb>御胤</rb><rt>おたね</rt></ruby>をやどり<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>はや<ruby><rb>五月</rb><rt>いつゝき</rt></ruby>に<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>なり候と申上げれば徳太郎君<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>甚だ<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なりしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て仰けるは予は知る如き<ruby><rb>部屋住</rb><rt>へやずみ</rt></ruby>の<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>箇樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の事が聞えては將監が<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>も<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なし予もまた<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>に江戸表へ下り左京太夫殿の<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>する<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれば<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく右等の事の<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>し上は<ruby><rb>呼迎</rb><rt>よびむか</rt></ruby>へて妾となすべし<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>は其方の<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>にて深く<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み<ruby><rb>猥</rb><rt>みだり</rt></ruby>に<ruby><rb>口外</rb><rt>こうぐわい</rt></ruby>致すべからず<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>五<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby>にも<ruby><rb>相成</rb><rt>あひな</rt></ruby>る上は<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>も太儀なるべし其方は<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>し一先宿へ<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>り母の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>にて予が<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>を相待ち<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>の子を<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>に致すべしとて<ruby><rb>御手元</rb><rt>おてもと</rt></ruby>金百兩を<ruby><rb>澤</rb><rt>さわ</rt></ruby>の<ruby><rb>井</rb><rt>ゐ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされたり澤の井は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがたき</rt></ruby>よしを<ruby><rb>御禮</rb><rt>おんれい</rt></ruby>申上左樣なれば<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に隨がひ<ruby><rb>私儀</rb><rt>わたくしぎ</rt></ruby>は病氣の<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りにて母の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ參るべし<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら<ruby><rb>御胤</rb><rt>おんたね</rt></ruby>を<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>し奉りし上は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御出生の<ruby><rb>御子</rb><rt>おんこ</rt></ruby>を世に<ruby><rb>立度</rb><rt>たてたく</rt></ruby>存じ奉れば<ruby><rb>後來迄</rb><rt>のちのちまで</rt></ruby>も御見捨なき爲に<ruby><rb>御證據</rb><rt>おんしようこ</rt></ruby>の品を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し置れ度と願ければ徳太郎君も道理に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し召て<ruby><rb>御墨付</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>に<ruby><rb>御短刀</rb><rt>おたんたう</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て下されけり澤の井は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>御短刀</rb><rt>おんたんたう</rt></ruby>を能々<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>して<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>申やう此御短刀は私し<ruby><rb>望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>御座なく候何卒君の<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>御<ruby><rb>手馴</rb><rt>てなれ</rt></ruby>し方を<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>き度<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>願ひければ君も<ruby><rb>御祕藏</rb><rt>ごひざう</rt></ruby>の短刀を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさるゝは<ruby><rb>御迷惑</rb><rt>ごめいわく</rt></ruby>の體なりしが<ruby><rb>據處</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく下されて<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>けるは<ruby><rb>此品</rb><rt>このしな</rt></ruby>は東照神君より<ruby><rb>傳</rb><rt>つた</rt></ruby>はれるにて父君にも<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>御祕藏</rb><rt>ごひざう</rt></ruby>の物なるを<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby><ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>に下されしなり大切の品なれども<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>の<ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby>も<ruby><rb>點止</rb><rt>もだ</rt></ruby>し難ければ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすなりと<ruby><rb>御墨付</rb><rt>おんすみつき</rt></ruby>を添て<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の短刀をぞ<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>はりける其お<ruby><rb>墨付</rb><rt>すみつき</rt></ruby>には

其方<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>のよし我等<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>是なし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>出生に於ては<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すべし女子たらば其方の<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に致すべし<ruby><rb>後日</rb><rt>ごにち</rt></ruby><ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の爲我等身に<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>大切に致候<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby><ruby><rb>相添</rb><rt>あひそへ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし置者也<ruby><rb>依而</rb><rt>よつて</rt></ruby><ruby><rb>如件</rb><rt>くだんのごとし</rt></ruby>

寛永二申年十月徳太郎信房

澤の井女へ

と成され印を<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>し一書を下し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ短刀は<ruby><rb>淺黄綾</rb><rt>あさぎあや</rt></ruby>の<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>御紋</rb><rt>ごもん</rt></ruby><ruby><rb>染拔</rb><rt>そめぬき</rt></ruby>の<ruby><rb>服紗</rb><rt>ふくさ</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>て下されたり。<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又徳太郎君には道中も<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく同年<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>加納將監<ruby><rb>御供</rb><rt>おんとも</rt></ruby>にて江戸麹町<ruby><rb>紀州家</rb><rt>きしうけ</rt></ruby>上屋敷へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>と相成り夫より左京太夫殿<ruby><rb>家督相續</rb><rt>かとくさうぞく</rt></ruby><ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby><ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく相濟せられたり。<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>に澤の井は其後漸く<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>かさな</rt></ruby>り今は<ruby><rb>包</rb><rt>つゝむ</rt></ruby>に包まれず<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>母に向ひ<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしながら徳太郎<ruby><rb>君</rb><rt>ぎみ</rt></ruby>の<ruby><rb>御胤</rb><rt>おんたね</rt></ruby>を<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>しまゐらせ<ruby><rb>御内意</rb><rt>ごないい</rt></ruby>を受け御<ruby><rb>手當金</rb><rt>てあてきん</rt></ruby>百兩と<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>御短刀まで<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>下されしこと<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>ればお三<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び其後は<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>男子の<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>あらんことをぞ<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りたるが已に<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>滿</rb><rt>みち</rt></ruby>て<ruby><rb>寛永</rb><rt>くわんえい</rt></ruby>三年三月十五日の<ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>上刻</rb><rt>じやうこく</rt></ruby>に玉の如くなる<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>を誕生し澤の井<ruby><rb>母子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の悦び<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>ならず天へも<ruby><rb>昇</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>して<ruby><rb>此若君</rb><rt>このわかぎみ</rt></ruby>の<ruby><rb>生長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>を待つより外は<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>るべし

## 第三回

<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>にお三<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby><ruby><rb>母子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>は<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>誕生ありしに<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めて<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>の思ひをなせしが<ruby><rb>老少</rb><rt>らうせう</rt></ruby><ruby><rb>不定</rb><rt>ふぢやう</rt></ruby>の世の<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ喜こぶ<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>もあら<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しや<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>の若君は<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>の七ツ時頃<ruby><rb>虫</rb><rt>むし</rt></ruby>の氣にて<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>空</rb><rt>むなし</rt></ruby>くなり給ひぬ<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>澤の井斯と聞より力を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し忽ち<ruby><rb>産後</rb><rt>さんご</rt></ruby>の<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り是も其夜の<ruby><rb>明方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>ければ<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこり</rt></ruby>しお三婆は<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に取付天を<ruby><rb>仰</rb><rt>あふ</rt></ruby>ぎ地に<ruby><rb>俯</rb><rt>ふ</rt></ruby>し<ruby><rb>泣悲</rb><rt>なきかな</rt></ruby>しむより外なきは見るも<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れの次第なり<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の者ども<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>が<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>を聞つけ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來り見れば娘の澤の井と<ruby><rb>嬰孩</rb><rt>みどりご</rt></ruby>の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に取付樣々の<ruby><rb>謔言</rb><rt>よまひごと</rt></ruby>を<ruby><rb>言立</rb><rt>いひたて</rt></ruby><ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如き有樣なれば<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>光照寺</rb><rt>くわうせうじ</rt></ruby>といふ一<ruby><rb>向宗</rb><rt>かうしう</rt></ruby>の寺へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はう</rt></ruby>むりしがお三婆は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>なし<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の事を<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>び歩くにぞ<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>の甚兵衞も<ruby><rb>持</rb><rt>もて</rt></ruby>あまし其<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>を<ruby><rb>追出</rb><rt>おひいだ</rt></ruby>しけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばお三婆は<ruby><rb>住家</rb><rt>すみか</rt></ruby>を失なひ所々方々と<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>れ<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよひ</rt></ruby>しを<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>平野村の<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚左衞門は平澤村の甚兵衞名主の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとと</rt></ruby>なるがこれも至つて<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふかき</rt></ruby><ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>にてお三<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>を氣の毒に思ひ<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>まで<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>でも有まじ其内には<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>に成べしとて<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>が<ruby><rb>明家</rb><rt>あきや</rt></ruby>に<ruby><rb>住</rb><rt>すまは</rt></ruby>せ此處にあること<ruby><rb>半年程</rb><rt>はんねんほど</rt></ruby>にて漸やく<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>に成しかば以前の如く<ruby><rb>産婦</rb><rt>さんぷ</rt></ruby>の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>を<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>として<ruby><rb>寡婦暮</rb><rt>やもめぐら</rt></ruby>しに世を渡りける。<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に寶永三年四月<ruby><rb>紀伊</rb><rt>きい</rt></ruby>大納言光貞卿<ruby><rb>御大病</rb><rt>ごたいびやう</rt></ruby>の處<ruby><rb>醫療</rb><rt>いれう</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず六十三歳にて<ruby><rb>逝去</rb><rt>せいきよ</rt></ruby>まし〱ける此時松平<ruby><rb>主税頭</rb><rt>ちからのかみ</rt></ruby>信房卿は御同家<ruby><rb>青山</rb><rt>あをやま</rt></ruby>百人町なる松平<ruby><rb>左京太夫</rb><rt>さきやうのたいふ</rt></ruby>の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>となり青山の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>おは</rt></ruby>せり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>また大納言光貞卿の<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby><ruby><rb>綱教卿</rb><rt>つなのりきやう</rt></ruby>は幼年より<ruby><rb>病身</rb><rt>びやうしん</rt></ruby>と雖も<ruby><rb>御惣領</rb><rt>ごそうりやう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>強</rb><rt>おし</rt></ruby>て<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>に立給しが綱教卿も同年九月九日御年廿六<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>にて<ruby><rb>逝去</rb><rt>せいきよ</rt></ruby>なり然るに<ruby><rb>次男</rb><rt>じなん</rt></ruby><ruby><rb>頼職卿</rb><rt>よりなりきやう</rt></ruby>も<ruby><rb>早世</rb><rt>さうせい</rt></ruby>なるに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby>紀伊家は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たるが如し三<ruby><rb>男</rb><rt>なん</rt></ruby>信房卿同家へ<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>せられて<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>は<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れ共外に御<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすぢ</rt></ruby>なき故まづ左京太夫<ruby><rb>頼純</rb><rt>よりすみ</rt></ruby>の四男<ruby><rb>宗通</rb><rt>むなみち</rt></ruby>の次男を左京太夫<ruby><rb>頼淳</rb><rt>よりあつ</rt></ruby>と號して從四位<ruby><rb>少將</rb><rt>せうしやう</rt></ruby>に任じて<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>とし<ruby><rb>主税頭</rb><rt>ちからのかみ</rt></ruby>信房卿は是より本家<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひな</rt></ruby>り紀州和歌山にて五十五萬五千石の<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>とは<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>玉へり<ruby><rb>舍兄</rb><rt>しやけい</rt></ruby>綱教卿は<ruby><rb>忌服</rb><rt>きふく</rt></ruby>十二月<ruby><rb>朔日</rb><rt>ついたち</rt></ruby>に明け<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>二日從三位<ruby><rb>中納言</rb><rt>ちうなごん</rt></ruby>に任ぜられ給ひけり。<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>寶永は七年<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>きて八年目の五月七日に正徳元年と<ruby><rb>改元</rb><rt>かいげん</rt></ruby>あり正徳は五年<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>き六年目の三月<ruby><rb>朔日</rb><rt>ついたち</rt></ruby>に享保元年と<ruby><rb>改元</rb><rt>かいげん</rt></ruby>ある然るに正徳三年の九月六代の將軍<ruby><rb>家宣公</rb><rt>いへのぶこう</rt></ruby><ruby><rb>御他界</rb><rt>ごたかい</rt></ruby>あり御幼年の<ruby><rb>鍋松君</rb><rt>なべまつぎみ</rt></ruby>當年八歳にならせ給ふを七代の將軍と<ruby><rb>崇</rb><rt>あが</rt></ruby>め<ruby><rb>家繼公</rb><rt>いへつぐこう</rt></ruby>とぞ申したてまつる此君御<ruby><rb>不運</rb><rt>ふうん</rt></ruby>にまし〱<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>もなく<ruby><rb>御他界</rb><rt>ごたかい</rt></ruby>にて<ruby><rb>有章院殿</rb><rt>いうしやうゐんでん</rt></ruby>と號したてまつる是に依て此度は將軍家に御<ruby><rb>繼子</rb><rt>けいし</rt></ruby>なく<ruby><rb>殿中</rb><rt>でんちう</rt></ruby><ruby><rb>闇夜</rb><rt>あんや</rt></ruby>に<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>を失ひたる如くなれば將軍家<ruby><rb>御家督</rb><rt>ごかとく</rt></ruby>の<ruby><rb>御評定</rb><rt>ごひやうぢやう</rt></ruby>として<ruby><rb>大城</rb><rt>たいじやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>出仕</rb><rt>しゆつし</rt></ruby>の面々には三家十八國主<ruby><rb>四溜老中</rb><rt>したまりらうぢう</rt></ruby>には<ruby><rb>阿部豐後守</rb><rt>あべぶんごのかみ</rt></ruby>政高。久世<ruby><rb>大和守重之</rb><rt>やまとのかみしげゆき</rt></ruby>。戸田<ruby><rb>山城守忠實</rb><rt>やましろのかみたゞさね</rt></ruby>。井上<ruby><rb>河内守</rb><rt>かはちのかみ</rt></ruby>正峯。<ruby><rb>御側</rb><rt>おそば</rt></ruby>御用人<ruby><rb>間部</rb><rt>まなべ</rt></ruby>越前守<ruby><rb>詮房</rb><rt>のりふさ</rt></ruby>。本多<ruby><rb>中務大輔</rb><rt>なかつかさのたいふ</rt></ruby><ruby><rb>正辰</rb><rt>たゞとき</rt></ruby>。若年寄には大久保<ruby><rb>長門守正廣</rb><rt>ながとのかみまさひろ</rt></ruby>。大久保佐渡守<ruby><rb>常春</rb><rt>つねはる</rt></ruby>。森川<ruby><rb>出羽守俊胤</rb><rt>ではのかみとしたね</rt></ruby>。<ruby><rb>寺社奉行</rb><rt>じしやぶぎやう</rt></ruby>には松平<ruby><rb>對馬守近貞</rb><rt>つしまのかみちかさだ</rt></ruby>。土井伊豫守<ruby><rb>利道</rb><rt>としみち</rt></ruby>。井上<ruby><rb>遠江守正長</rb><rt>とほたふみのかみまさなが</rt></ruby>大目付には横田<ruby><rb>備中守重春</rb><rt>びつちうのかみしげはる</rt></ruby>。松平<ruby><rb>安房守乘宗</rb><rt>あはのかみのりむね</rt></ruby>。中川<ruby><rb>淡路守重高</rb><rt>あはぢのかみしげたか</rt></ruby>等なり此時<ruby><rb>井伊掃部頭</rb><rt>ゐいかもんのかみ</rt></ruby><ruby><rb>發言</rb><rt>はつごん</rt></ruby>により松平陸奧守<ruby><rb>綱村卿</rb><rt>つなむらきやう</rt></ruby>進み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て申されけるに天下の<ruby><rb>御繼子</rb><rt>ごけいし</rt></ruby>の儀は東照神君<ruby><rb>御血筋</rb><rt>ごちすぢ</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>き方より<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せ玉はす事こそ<ruby><rb>順當</rb><rt>じゆんたう</rt></ruby>なるべし然れば紀州公は神君の<ruby><rb>御彦</rb><rt>おんひこ</rt></ruby>に當らせ給へり紀州公こそ<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>べからんとぞ申されける諸侯其<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>然るべしと<ruby><rb>異口同音</rb><rt>いくどうおん</rt></ruby>に<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>紀伊家より御<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>と<ruby><rb>相極</rb><rt>あひきは</rt></ruby>まる是に因て同年八月<ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby>と御<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>あり

正二位<ruby><rb>右大臣</rb><rt>うだいじん</rt></ruby><ruby><rb>右近衞大將</rb><rt>うこんゑのたいしやう</rt></ruby><ruby><rb>征夷大將軍</rb><rt>せいいたいしやうぐん</rt></ruby><ruby><rb>淳和</rb><rt>じゆんな</rt></ruby><ruby><rb>奬學</rb><rt>さうがく</rt></ruby><ruby><rb>兩院</rb><rt>りやうゐん</rt></ruby><ruby><rb>別當</rb><rt>べつたう</rt></ruby><ruby><rb>源氏長者</rb><rt>げんぢのちやうじや</rt></ruby>

右の通り<ruby><rb>御轉任</rb><rt>ごてんにん</rt></ruby>にて八代將軍吉宗公と申上奉つる時に三十三歳なり<ruby><rb>寶永</rb><rt>はうえい</rt></ruby>四年<ruby><rb>紀州家</rb><rt>きしうけ</rt></ruby>御相續より<ruby><rb>十月</rb><rt>とつき</rt></ruby>目にて將軍に任じ給ふ<ruby><rb>御運</rb><rt>ごうん</rt></ruby><ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたき</rt></ruby>君にぞありける<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て江戸町々は申すに<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ず東は<ruby><rb>津輕</rb><rt>つがる</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>が<ruby><rb>濱</rb><rt>はま</rt></ruby>西は<ruby><rb>鎭西</rb><rt>ちんぜい</rt></ruby><ruby><rb>薩摩潟</rb><rt>さつまがた</rt></ruby>まで<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>萬歳</rb><rt>ばんざい</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>祝</rb><rt>しゆく</rt></ruby>し奉つる別して紀州にては<ruby><rb>村々</rb><rt>むら〱</rt></ruby><ruby><rb>在々</rb><rt>ざい〱</rt></ruby>まで<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外に喜び<ruby><rb>祝</rb><rt>しゆく</rt></ruby>しけるとぞ。<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も平野村甚左衞門方に<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に成居るお三婆は此事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より<ruby><rb>大</rb><rt>おほひ</rt></ruby>に<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>み先年<ruby><rb>御誕生</rb><rt>ごたんじやう</rt></ruby>の若君の<ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby>も御存命に<ruby><rb>在</rb><rt>おはし</rt></ruby>まさば將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>おんおとしだね</rt></ruby>なれば<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>なる立身をもすべきに御不運にて<ruby><rb>御早世</rb><rt>ごさうせい</rt></ruby>なりしは返す〲も<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>泣悲</rb><rt>なきかな</rt></ruby>しむも<ruby><rb>理</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りとこそ<ruby><rb>聞</rb><rt>きこえ</rt></ruby>けれ扨も八代將軍には或時<ruby><rb>御側御用</rb><rt>おそばごよう</rt></ruby>取次に<ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづ</rt></ruby>ね有やうは<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby><ruby><rb>勢州</rb><rt>せいしう</rt></ruby>山田奉行を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>し大岡忠右衞門と申者は<ruby><rb>目今</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>何役</rb><rt>なにやく</rt></ruby>を致し居るやと<ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづね</rt></ruby>に<ruby><rb>御側衆</rb><rt>おそばしう</rt></ruby>申上げる<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>大岡忠右衞門儀<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ山田奉行<ruby><rb>勤役</rb><rt>きんやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあ</rt></ruby>る旨を申上ければ吉宗公<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>に忠右衞門は<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>に<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>なく<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>ある者なり<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>呼出すべしとの事故に<ruby><rb>台命</rb><rt>たいめい</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>を御老中に申<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>しける是に依て<ruby><rb>御月番</rb><rt>おつきばん</rt></ruby>より<ruby><rb>御召出</rb><rt>おめしいだし</rt></ruby>の<ruby><rb>御奉書</rb><rt>ごほうしよ</rt></ruby>勢州山田へ<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を以て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さる大岡忠右衞門には御奉書<ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>し<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>ふるに先年徳太郎君まだ紀州表に御入の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>阿漕</rb><rt>あこぎ</rt></ruby>が<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>にて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>せし事あり此度<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ずも將軍に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>せられたれば此度の<ruby><rb>召状</rb><rt>めしじやう</rt></ruby>は<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby><ruby><rb>返報</rb><rt>へんぱう</rt></ruby>の<ruby><rb>御咎</rb><rt>おんとがめ</rt></ruby>にて<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>でも仰付らるゝか又は<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎやう</rt></ruby><ruby><rb>御取上</rb><rt>おんとりあげ</rt></ruby>かさらずば<ruby><rb>御役御免</rb><rt>おやくごめん</rt></ruby>なるべしと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>し用意も<ruby><rb>匇々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>を急ぎ程なく江戸表へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>しければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>御月番</rb><rt>おつきばん</rt></ruby>御老中へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>の<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞけ</rt></ruby>に及び此段<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に達しければ早々忠右衞門に<ruby><rb>御目見</rb><rt>おめみえ</rt></ruby>仰せ付らるべきの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなれば大岡忠右衞門<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>御前へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>て<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>しける時に將軍の<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>に忠右衞門其方は予が<ruby><rb>面體</rb><rt>めんたい</rt></ruby>に<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>かとの御尋なり此時忠右衞門<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉る上意の通り私し儀山田奉行<ruby><rb>勤役中</rb><rt>きんやくちう</rt></ruby>先年阿漕が浦なる<ruby><rb>殺生禁斷</rb><rt>せつしやうきんだん</rt></ruby>の場所へ<ruby><rb>夜々</rb><rt>よな〱</rt></ruby><ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を入れ殺生する<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>ありとの<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へに付私し<ruby><rb>出役</rb><rt>しゆつやく</rt></ruby>仕つり引き捕へ<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>仕り候處に<ruby><rb>彼曲者</rb><rt>かのくせもの</rt></ruby>は紀伊家の徳太郎<ruby><rb>信房卿</rb><rt>のぶふさきやう</rt></ruby>の御名前を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はる曲者ゆゑ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と吟味に及び候<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ乍ら右曲者の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>君</rb><rt>きみ</rt></ruby>の<ruby><rb>御容貌</rb><rt>ごようばう</rt></ruby>によく<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>申す樣に存じ奉るとぞ<ruby><rb>御答</rb><rt>おんこたへ</rt></ruby>申上ければ將軍家には<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>其忠節</rb><rt>そのちうせつ</rt></ruby>を御感心遊ばされ忠右衞門宜くも申たりとて<ruby><rb>御譽</rb><rt>おほめ</rt></ruby>の御言葉を下され<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に江戸町奉行をぞ<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られける。<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て越前守と<ruby><rb>任官</rb><rt>にんくわん</rt></ruby>し大岡越前守<ruby><rb>藤原忠相</rb><rt>ふぢはらのたゞすけ</rt></ruby>と末代までも<ruby><rb>名奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>の名を<ruby><rb>轟</rb><rt>とゞろ</rt></ruby>かしたるは此人の事なり將軍家には其後も越前は末代の名奉行なりと度々<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>ありしとかや

## 第四回

<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>長門國</rb><rt>ながとのくに</rt></ruby><ruby><rb>阿武郡</rb><rt>あふのごほり</rt></ruby><ruby><rb>萩</rb><rt>はぎ</rt></ruby>は江戸より<ruby><rb>路程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>二百七十里三十六萬五千<ruby><rb>石</rb><rt>ごく</rt></ruby>毛利家の城下にて<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>はしき土地なり<ruby><rb>其傍</rb><rt>そのかたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>淵瀬</rb><rt>ふちせ</rt></ruby>といふ處あり<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby><ruby><rb>此處</rb><rt>このところ</rt></ruby>に<ruby><rb>萩</rb><rt>はぎ</rt></ruby>の長者といふありしが<ruby><rb>幾世</rb><rt>いくよ</rt></ruby>をか<ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>て<ruby><rb>衰破</rb><rt>すゐは</rt></ruby><ruby><rb>斷滅</rb><rt>だんめつ</rt></ruby>し其屋敷<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は<ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>となりて<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>れり其中に少しの<ruby><rb>丘</rb><rt>をか</rt></ruby>ありて<ruby><rb>時々</rb><rt>とき〲</rt></ruby><ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>又は<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の<ruby><rb>器物</rb><rt>きぶつ</rt></ruby>など<ruby><rb>掘出</rb><rt>ほりだ</rt></ruby>す事ある由を昔より<ruby><rb>云傳</rb><rt>いひつたへ</rt></ruby>たりまた里人の<ruby><rb>茶話</rb><rt>ちやばなし</rt></ruby>にも<ruby><rb>朝</rb><rt>あした</rt></ruby>に出る日<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふべ</rt></ruby>に入る日も<ruby><rb>輝</rb><rt>かゞや</rt></ruby>き渡る山の<ruby><rb>端</rb><rt>は</rt></ruby>は黄金千兩錢千<ruby><rb>貫</rb><rt>ぐわん</rt></ruby><ruby><rb>漆</rb><rt>うるし</rt></ruby>千<ruby><rb>樽</rb><rt>たる</rt></ruby><ruby><rb>朱砂</rb><rt>しゆしや</rt></ruby>千<ruby><rb>斤</rb><rt>きん</rt></ruby><ruby><rb>埋</rb><rt>うづめ</rt></ruby>ありとは云へど<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>ありて其<ruby><rb>在處</rb><rt>ありどころ</rt></ruby>を知る者なし然ども時として鷄の聲などの<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>ゆる事ありて此は<ruby><rb>金氣</rb><rt>きんき</rt></ruby>の埋れ<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>なりと評するのみ又誰も其他を<ruby><rb>定</rb><rt>さだか</rt></ruby>に知るもの<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りける然るに其屋敷の下に毛利家の藩中にて五十石三人<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>をとる<ruby><rb>原田兵助</rb><rt>はらだひやうすけ</rt></ruby>と云者あり常々<ruby><rb>田畑</rb><rt>でんばた</rt></ruby>を<ruby><rb>耕作</rb><rt>かうさく</rt></ruby>する事を好みしが或時兵助山の<ruby><rb>岨畑</rb><rt>そばはた</rt></ruby>へ出て耕作しけるに一つの<ruby><rb>壺瓶</rb><rt>つぼがめ</rt></ruby>を<ruby><rb>掘出</rb><rt>ほりだし</rt></ruby>たり<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に我家へ持ち歸り彼壺を開き見るに<ruby><rb>古金</rb><rt>こきん</rt></ruby><ruby><rb>許多</rb><rt>そくばく</rt></ruby>あり兵助大いに喜び<ruby><rb>縁者</rb><rt>えんじや</rt></ruby>又は<ruby><rb>親</rb><rt>したし</rt></ruby>き者へも深く<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>けるが如何して此事の<ruby><rb>漏</rb><rt>もれ</rt></ruby>たりけん<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>の<ruby><rb>山口</rb><rt>やまぐち</rt></ruby>六<ruby><rb>郎右衞門</rb><rt>ろゑもん</rt></ruby>が或日原田兵助方へ來り<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>時候の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>も<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>りて<ruby><rb>四方山</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>りし時六郎右衞門兵助に<ruby><rb>向</rb><rt>むかひ</rt></ruby>て貴殿には<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て古金の<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>し<ruby><rb>瓶</rb><rt>かめ</rt></ruby>を<ruby><rb>掘出</rb><rt>ほりだ</rt></ruby>されし由を<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり<ruby><rb>及</rb><rt>および</rt></ruby>たり<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>浦山敷</rb><rt>うらやましき</rt></ruby>事なり何卒其古金の内を少々<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>へ<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>致し賜れと云ふに兵助は<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と思へど<ruby><rb>然有</rb><rt>さあら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>にて貴殿には<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>ことを何者にか聞れし一向<ruby><rb>蹤跡</rb><rt>あとかた</rt></ruby>なき事なり拙者<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby><ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の事存じ申さずと<ruby><rb>虚嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>き<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にも<ruby><rb>不束</rb><rt>ふつつか</rt></ruby>なる挨拶なるにぞ六郎右衞門は<ruby><rb>勃</rb><rt>むつ</rt></ruby>とし<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>多分の金子を掘り出しながら<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>の配分をも<ruby><rb>拒</rb><rt>こば</rt></ruby>み夫のみならず我に<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>して不束の挨拶こそ心得ぬよし〱<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>なら<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ようこそあれと<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ我家へ<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>役所へ赴むき訴へける樣は原田兵助事此度畑より金瓶を<ruby><rb>掘出</rb><rt>ほりいだ</rt></ruby>し候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>へも御屆申上げず<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に自分方へ<ruby><rb>仕舞置</rb><rt>しまひおき</rt></ruby>候旨をば訴へに及びたり役人中此由を聞き吟味の上兵助を役所へ<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>其方事此度<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>より古金の<ruby><rb>瓶</rb><rt>かめ</rt></ruby>を掘出し<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>役所へ屆け出づべきに<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>は<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>して自分方に<ruby><rb>隱置</rb><rt>かくしおき</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>一<ruby><rb>個</rb><rt>こ</rt></ruby>の得分に致さんとの<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>侍にも似合ず<ruby><rb>後闇</rb><rt>あとくら</rt></ruby>き致し方にて重々不屆に<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>さる<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て相當の<ruby><rb>御咎</rb><rt>おんとがめ</rt></ruby>をも仰せ付らるべきを此度は格別の御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以て永の<ruby><rb>御暇下</rb><rt>おんいとまくだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>る早々屋敷を引拂ひ何方へなりとも<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのく</rt></ruby>べし尤も掘出せし器物は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ上納すべき旨申渡されける原田兵助は驚ながらも<ruby><rb>御請</rb><rt>おうけ</rt></ruby>致し是全く六郎右衞門が<ruby><rb>訴人</rb><rt>そにん</rt></ruby>せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしとは思へど<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ掘出せし<ruby><rb>金瓶</rb><rt>きんぺい</rt></ruby>は役所へ差出し<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>は<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ一人の老母を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>て<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>らに<ruby><rb>住馴</rb><rt>すみなれ</rt></ruby>し萩を旅立て<ruby><rb>播州</rb><rt>ばんしう</rt></ruby><ruby><rb>加古川</rb><rt>かこがは</rt></ruby>に<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>の<ruby><rb>知音</rb><rt>しるべ</rt></ruby>のあれば播州さしてぞ<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさり</rt></ruby>ける老母を<ruby><rb>倶</rb><rt>ぐ</rt></ruby>せし旅なれば急ぐとすれど<ruby><rb>捗行</rb><rt>はかゆか</rt></ruby>ず<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>の事にて加古川に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>たれば<ruby><rb>知音</rb><rt>しるべ</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね事の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>く<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し萬事を頼みければ<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>なく承知し<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くの内は此處の<ruby><rb>食客</rb><rt>しよくかく</rt></ruby>となりしが兵助は<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に覺えし家業も無ければ彼の知音の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて加古川の<ruby><rb>船守</rb><rt>ふなもり</rt></ruby>となり<ruby><rb>手馴</rb><rt>てなれ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>の<ruby><rb>水標棹</rb><rt>みなれざを</rt></ruby>もその<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>云ん方なし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど原田兵助は至て<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き者なれば患難を事ともせず<ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>加古川の<ruby><rb>渡守</rb><rt>わたしもり</rt></ruby>して<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しき中にも母に孝養怠らざりし其内老母は風の心地とて<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>ければ兵助は<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>を<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み母の<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らを<ruby><rb>離</rb><rt>はなれ</rt></ruby>ず藥用も手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>したれど<ruby><rb>定業</rb><rt>ぢやうごふ</rt></ruby>は<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難く母は<ruby><rb>空敷</rb><rt>むなしく</rt></ruby>なりにけり兵助の<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>大方ならず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど<ruby><rb>歎</rb><rt>なげき</rt></ruby>て<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>なれば泣々も野邊の送りより七々四十九日の<ruby><rb>法</rb><rt>いと</rt></ruby>なみもいと<ruby><rb>懇</rb><rt>ねんご</rt></ruby>ろに<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ひける。扨又山口六郎右衞門も此度訴人の罪に依て是亦<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>となりて<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>の身となり<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を<ruby><rb>虚無僧</rb><rt>こむそう</rt></ruby>に<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>て所々を<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいくわい</rt></ruby>せしがフト心付き原田は播州へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しとの事なり今我<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に浪々の身となり艱難するも<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>は兵助が事より起れりと自身の惡事には氣も付かず<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>兵助を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みいざや播州へ赴き兵助に<ruby><rb>巡逢</rb><rt>めぐりあひ</rt></ruby><ruby><rb>此無念</rb><rt>このむねん</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さんと夫より播州<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>てぞ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎける所々方々と尋ぬれど<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>は更に<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ざりしが或日<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて兵助に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>しも六郎右衞門は<ruby><rb>天蓋</rb><rt>てんがい</rt></ruby>を<ruby><rb>冠</rb><rt>かふ</rt></ruby>りし故兵助は夫とも<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ず<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぎ</rt></ruby>んとせしに一陣の<ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby><ruby><rb>吹</rb><rt>ふき</rt></ruby>來り天蓋を<ruby><rb>吹落</rb><rt>ふきおと</rt></ruby>しければ思はず兩人は<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあはせ</rt></ruby>ける此時兵助聲をかけ汝は山口六郎右衞門ならずや<ruby><rb>我</rb><rt>わが</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>せしも皆汝が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>にある<ruby><rb>竿竹</rb><rt>さをだけ</rt></ruby>を<ruby><rb>把</rb><rt>とつ</rt></ruby>て突て掛る六郎右衞門も<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>たりと身を<ruby><rb>飄</rb><rt>かは</rt></ruby>し汝此地に來りしと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>渺々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>尋ねし<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>祝着</rb><rt>しうちやく</rt></ruby>なり無念を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>す時<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>れり<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>せよと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>さま替の<ruby><rb>筒脇差</rb><rt>つゝわきざし</rt></ruby>にて切かゝり互ひに<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>らず<ruby><rb>切結</rb><rt>きりむす</rt></ruby>びしが六郎右衞門が<ruby><rb>苛</rb><rt>いら</rt></ruby>つて<ruby><rb>打込</rb><rt>うちこむ</rt></ruby>脇差にて<ruby><rb>竿竹</rb><rt>さをだけ</rt></ruby>を手元五尺<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>り<ruby><rb>斜</rb><rt>はす</rt></ruby>かけに<ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>せり兵助は心得たりと<ruby><rb>飛込</rb><rt>とびこみ</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby><ruby><rb>斜</rb><rt>はす</rt></ruby>かけに<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れし棹竹にて六郎右衞門が<ruby><rb>脇腹</rb><rt>わきばら</rt></ruby><ruby><rb>目掛</rb><rt>めがけ</rt></ruby>て<ruby><rb>突込</rb><rt>つきこん</rt></ruby>だり六郎右衞門は<ruby><rb>堪得</rb><rt>たまりえ</rt></ruby>ず其處に<ruby><rb>倒</rb><rt>だう</rt></ruby>とぞ<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れたり兵助<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>六郎右衞門が<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>し脇差にて<ruby><rb>最期刀</rb><rt>とゞめ</rt></ruby>をさし無念は<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>したれど今は此地に住居は<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>じと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>此處を<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさ</rt></ruby>り是よりは名を<ruby><rb>嘉傳次</rb><rt>かでんじ</rt></ruby>と<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め大坂へ出夫より九州へ赴き所々を<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいくわい</rt></ruby>し<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り〱て<ruby><rb>和歌山</rb><rt>わかやま</rt></ruby>の平野村と云へる所に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りける此平野村に<ruby><rb>當山派</rb><rt>たうざんは</rt></ruby>の<ruby><rb>修驗</rb><rt>しゆけん</rt></ruby><ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>といふ<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>ありしが此人甚だ<ruby><rb>世話好</rb><rt>せわずき</rt></ruby>にて嘉傳次を世話しければ嘉傳次は此感應院の食客とぞ成り感應院或時嘉傳次に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ申けるは和歌山の城下に<ruby><rb>片町</rb><rt>かたまち</rt></ruby>といふあり其處に夫婦に娘一人あり親子<ruby><rb>三人暮</rb><rt>さんにんぐら</rt></ruby>しの醫師なりしが近頃兩親共に<ruby><rb>熱病</rb><rt>ねつびやう</rt></ruby>にて死去し娘<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りぞ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>れり<ruby><rb>貴公</rb><rt>きこう</rt></ruby>其所へ養子に行て<ruby><rb>手習</rb><rt>てならひ</rt></ruby>の<ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>でもせば<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からんといふ嘉傳次是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>迄當院の<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なつ</rt></ruby>ても居られず何分にも宜しくと頼みければ感應院も承知なして<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>片町の醫師方へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>をなし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>御承知なら御世話せんといふに此時娘も<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>に<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れ一人の事なれば早速承知し萬事頼むとの事故<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>とみ</rt></ruby>に<ruby><rb>取極</rb><rt>とりきま</rt></ruby>りて感應院は<ruby><rb>日柄</rb><rt>ひがら</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>み首尾よく<ruby><rb>祝言</rb><rt>しうげん</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>取結</rb><rt>とりむす</rt></ruby>ばせける夫より夫婦<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>も<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく暮しけるが<ruby><rb>幾程</rb><rt>いくほど</rt></ruby>もなく妻は<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>なし嘉傳次は<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>家業</rb><rt>なりはひ</rt></ruby>もなき事なれば<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>の指南なし<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>ら<ruby><rb>膏藥</rb><rt>かうやく</rt></ruby>など<ruby><rb>煉</rb><rt>ねり</rt></ruby>て<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>ける月日早くも<ruby><rb>押移</rb><rt>おしうつ</rt></ruby>り<ruby><rb>十月</rb><rt>とつき</rt></ruby><ruby><rb>滿</rb><rt>みち</rt></ruby>て頃は寶永二年<ruby><rb>戌</rb><rt>いぬ</rt></ruby>三月十五日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>に<ruby><rb>安産</rb><rt>あんざん</rt></ruby>し玉の如き男子<ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>しける嘉傳次夫婦が<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく<ruby><rb>七夜</rb><rt>しちや</rt></ruby>にも成りければ名をば<ruby><rb>玉之助</rb><rt>たまのすけ</rt></ruby>と<ruby><rb>號</rb><rt>なづ</rt></ruby>け<ruby><rb>掌中</rb><rt>たなそこ</rt></ruby>の玉と<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ<ruby><rb>養</rb><rt>そだ</rt></ruby>てける<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>に妻は産後の<ruby><rb>肥立</rb><rt>ひだち</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>く<ruby><rb>荏苒</rb><rt>ぶら〱</rt></ruby>と<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひしが秋の末に至りては追々<ruby><rb>疲勞</rb><rt>ひらう</rt></ruby>し<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>泉下</rb><rt>せんか</rt></ruby>の客とはなりけり嘉傳次の<ruby><rb>悲歎</rb><rt>ひたん</rt></ruby>は更なり<ruby><rb>幼</rb><rt>をさな</rt></ruby>きものを殘し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>力に思ふ妻に別れし事なれば<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>の<ruby><rb>見目</rb><rt>みるめ</rt></ruby>も<ruby><rb>可哀</rb><rt>いぢら</rt></ruby>しく哀れと云ふも餘りあり斯くて<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べき事ならねばそれ<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に<ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>の送りを<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>み<ruby><rb>七日々々</rb><rt>なぬか〱</rt></ruby>の<ruby><rb>追善供養</rb><rt>つゐぜんくやう</rt></ruby>も心の及ぶだけは<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めしが何分男の手一ツで<ruby><rb>幼</rb><rt>をさな</rt></ruby>き者の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>し<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>は漸く<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby><ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>などし<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>は<ruby><rb>摺粉</rb><rt>すりこ</rt></ruby>を與へ<ruby><rb>孤子</rb><rt>みなしご</rt></ruby>なればとて<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひけり扨て玉之助も年月の<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>に從ひ<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>しければ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>牛馬にも<ruby><rb>踏</rb><rt>ふまれ</rt></ruby>じと嘉傳次も少しく<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>し<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>成長の末を<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りし親の心ぞ<ruby><rb>切</rb><rt>せつ</rt></ruby>なけれ其夏の事とか嘉傳次は<ruby><rb>傷寒</rb><rt>しやうかん</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ心の<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>り藥用はすれども更に<ruby><rb>其驗</rb><rt>そのしるし</rt></ruby>なく次第々々に病氣の<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>るのみなれば或日嘉傳次は感應院を<ruby><rb>病床</rb><rt>びやうしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き重き<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>申けるは<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>私しが當國に<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を止めしより尊院の<ruby><rb>御厚情</rb><rt>ごこうじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし其恩を<ruby><rb>謝</rb><rt>しや</rt></ruby>し奉つらずして此度の病氣<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby>は<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし何卒此上とも我なき<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の玉之助が事<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に頼み<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らすると<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながらに<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>にける感應院は<ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby>に承知し玉之助の事は必ず氣に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>られな<ruby><rb>萬一</rb><rt>もしも</rt></ruby>の事あらば拙者が方へ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとつ</rt></ruby>て<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべし左樣の事は<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じず<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も早く全快せられよ夫れには藥用こそ第一なれなど<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>ければ嘉傳次は感應院を<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み世にも<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれし</rt></ruby>げに見えにけるが<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>嘉傳次は<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby>の玉之助を跡に殘し<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れ<ruby><rb>先立</rb><rt>さきだつ</rt></ruby><ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひとは云ひながら<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふべ</rt></ruby>の<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>と<ruby><rb>消行</rb><rt>きえゆき</rt></ruby>しは哀れ<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>なかりける次第なり感應院夫と聞き早速來り嘉傳次の<ruby><rb>死骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>をば<ruby><rb>例</rb><rt>かた</rt></ruby>の如く<ruby><rb>菩提寺</rb><rt>ぼだいじ</rt></ruby>へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かなる<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby><ruby><rb>調度</rb><rt>てうど</rt></ruby>は<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし夫婦が追善の<ruby><rb>料</rb><rt>れう</rt></ruby>として菩提寺へ<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め<ruby><rb>何呉</rb><rt>なにくれ</rt></ruby>となく<ruby><rb>取賄</rb><rt>とりまかな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>信實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に世話しけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば村の人々も嘉傳次が<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>を哀み感應院の<ruby><rb>篤</rb><rt>あつ</rt></ruby>き<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じけるとかや

## 第五回

<ruby><rb>光陰</rb><rt>くわういん</rt></ruby>は矢よりも早く流るゝ水に<ruby><rb>宛</rb><rt>さも</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たり正徳元年<ruby><rb>辛卯年</rb><rt>かのとうどし</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>れり玉之助も今年七歳になり嘉傳次が病死の後は感應院方へ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>れ弟子となり名をば<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>と改めける感應院は元より妻も子もなく<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>の事なる故に寶澤を<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby>の如く<ruby><rb>慈</rb><rt>いつくし</rt></ruby>みて<ruby><rb>育</rb><rt>そだて</rt></ruby>けるが此寶澤は<ruby><rb>生</rb><rt>うまれ</rt></ruby>ながらにして<ruby><rb>才智</rb><rt>さいち</rt></ruby>人に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>の性質なれば<ruby><rb>讀經</rb><rt>どくきやう</rt></ruby>は<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ず其他何くれと<ruby><rb>教</rb><rt>をしゆ</rt></ruby>るに一を示して十を<ruby><rb>覺</rb><rt>さと</rt></ruby>るの<ruby><rb>敏才</rb><rt>びんさい</rt></ruby>あれば<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の感應院も<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>頼母</rb><rt>たのも</rt></ruby>しく思ひ<ruby><rb>別</rb><rt>わけ</rt></ruby>て大事に教へ<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひけるされば寶澤は十一歳の頃は他人の十六七歳程の<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て手習は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>素讀</rb><rt>そどく</rt></ruby>にも達し何をさせても役に立ける此感應院は兼てよりお<ruby><rb>三婆</rb><rt>さんばゝ</rt></ruby>とは<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>にしけるが或時寶澤を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て申けるは<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>の<ruby><rb>行衣</rb><rt>ぎやうえ</rt></ruby>其外とも<ruby><rb>垢</rb><rt>あか</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>し物を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>お三婆の方へ參り<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby>を頼み參るべしと云付られ元來寶澤は<ruby><rb>人懷</rb><rt>ひとなづき</rt></ruby>のよき生れなれば諸人<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>がる内にもお三婆は<ruby><rb>取分</rb><rt>とりわけ</rt></ruby>寶澤を<ruby><rb>孤子也</rb><rt>みなしごなり</rt></ruby>とて<ruby><rb>愛</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ<ruby><rb>味</rb><rt>うま</rt></ruby>き食物<ruby><rb>等</rb><rt>など</rt></ruby>の有ば常に殘し置て<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしなどしける此日師匠の用事にて來りける<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から冬の事にて婆は<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>に<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>りゐけるが寶澤の來るを見て有あふ菓子などを與へて<ruby><rb>此寒</rb><rt>このさぶ</rt></ruby>いに<ruby><rb>御苦勞</rb><rt>ごくらう</rt></ruby>なり<ruby><rb>此爐</rb><rt>このろ</rt></ruby>の火の<ruby><rb>温</rb><rt>ぬく</rt></ruby>ければ<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>煖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>まりて<ruby><rb>行給</rb><rt>ゆきたま</rt></ruby>へと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に寶澤は喜びさらば<ruby><rb>少時間</rb><rt>すこしのま</rt></ruby>あたりて行んと<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>圍爐裡端</rb><rt>ゐろりばた</rt></ruby>へ寄て<ruby><rb>四方山</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の<ruby><rb>噺</rb><rt>はなし</rt></ruby>せし<ruby><rb>序</rb><rt>つい</rt></ruby>で婆のいふやうは<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby><ruby><rb>幾歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby>なるやと問ふに寶澤は<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>を<ruby><rb>寛</rb><rt>くつ</rt></ruby>ろげ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>し<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>り袋取出してお三婆に示せば是を見るに寶永二年三月十五日の夜<ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>と<ruby><rb>印</rb><rt>しる</rt></ruby>し<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ<ruby><rb>指折算</rb><rt>ゆびをりかぞ</rt></ruby>へ見るに當年<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやうど</rt></ruby>十一歳なり<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れもせぬ三月十五日の夜なるがお三婆は<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に<ruby><rb>落涙</rb><rt>らくるゐ</rt></ruby>しテモ御身は<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>物なりとて寶澤が<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を打守りしみ〱<ruby><rb>悲歎</rb><rt>ひたん</rt></ruby>の有樣なれば寶澤は婆に向ひ私し程世に不仕合の者はなきに<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を仕合とは何事ぞや<ruby><rb>抑</rb><rt>そ</rt></ruby>も<ruby><rb>當歳</rb><rt>たうさい</rt></ruby>にて<ruby><rb>産</rb><rt>うみ</rt></ruby>の母に<ruby><rb>死別</rb><rt>しにわか</rt></ruby>れ<ruby><rb>七歳</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>の年には父にさへ<ruby><rb>死</rb><rt>しな</rt></ruby>れ師匠の<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐみ</rt></ruby>に<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>せられ漸く成長はしたるなり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>なき身を仕合とは又何故にお前は其樣に<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き給ふぞと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>けるお三婆は<ruby><rb>落</rb><rt>おつ</rt></ruby>る涙を<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ成程お身の云ふ通り早く兩親に<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れ<ruby><rb>師匠樣</rb><rt>ししやうさま</rt></ruby>の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>にて人と<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば不仕合の樣なれ共併しさう<ruby><rb>達者</rb><rt>たつしや</rt></ruby>で成長せしは何よりの仕合なり<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば此婆が娘の<ruby><rb>産</rb><rt>うみ</rt></ruby>し御子樣當年まで<ruby><rb>御存命</rb><rt>ごぞんめい</rt></ruby>ならば<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>どお身と同じ<ruby><rb>齡</rb><rt>とし</rt></ruby>にて寶永三<ruby><rb>戌年</rb><rt>いぬとし</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も三月十五日子の刻の御出生なりしと<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り又も<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に暮る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>は<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>のゆかぬ<ruby><rb>惇言</rb><rt>くりこと</rt></ruby>と思へば扨はお前のお娘の<ruby><rb>産</rb><rt>うみ</rt></ruby>し<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>ありて幼年に<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>られしや<ruby><rb>开</rb><rt>そ</rt></ruby>は又如何なる人の子にて<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しぞと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に婆は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>涙にくれ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>らも語り出る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>に<ruby><rb>澤</rb><rt>さは</rt></ruby>の<ruby><rb>井</rb><rt>ゐ</rt></ruby>といふ娘あり御城下の加納將監樣といふへ奉公に參らせしが其頃<ruby><rb>將監樣</rb><rt>しやうげんさま</rt></ruby>に徳太郎樣と申す<ruby><rb>太守樣</rb><rt>たいしゆさま</rt></ruby>の若君が<ruby><rb>御預</rb><rt>おあづか</rt></ruby>りにて<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>らせ給へり其若君が<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつか</rt></ruby>澤の井に御手を付け給ひ<ruby><rb>御胤</rb><rt>おたね</rt></ruby>を<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>したれど人に知らせず婆が<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼取</rb><rt>よびとり</rt></ruby>しも太守樣の若君樣が<ruby><rb>御胤</rb><rt>おたね</rt></ruby>なれば<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに御男子が御出生あれと<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby><ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>る<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>にや安産せしは前にも云へる如く御身と年月<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>まで同じ寶永二年の三月十五日<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の<ruby><rb>子刻</rb><rt>ねのこく</rt></ruby>なりき<ruby><rb>取揚</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>みれ</rt></ruby>ば玉の如き男子なれば娘やばゝが<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びは天へも<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る心地なりしが悦ぶ甲斐もあら<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なや<ruby><rb>御誕生</rb><rt>ごたんじやう</rt></ruby>の若君は其夜の<ruby><rb>明方</rb><rt>あけがた</rt></ruby><ruby><rb>無慘</rb><rt>むざん</rt></ruby>や<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>なく<ruby><rb>御果成</rb><rt>おんはてなさ</rt></ruby>れしにぞ澤の井は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>と<ruby><rb>齊</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく産後の血上り是も<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくあさ</rt></ruby>其若君の御跡<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ終に<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>たり<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り殘りしばゝが<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>み何に<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へん樣もなく扨も其後徳太郎樣には<ruby><rb>御運</rb><rt>ごうん</rt></ruby><ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたく</rt></ruby>ましまし今の<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>とは<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>せ給ひたり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば娘の<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>奉りて若君の今迄御無事に<ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>まさば夫こそ天下樣の<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば此ばゝも<ruby><rb>綾錦</rb><rt>あやにしき</rt></ruby>を身に<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>なる出世もなる<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>を娘に別れ孫を失ひ<ruby><rb>寄邊</rb><rt>よるべ</rt></ruby><ruby><rb>渚</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>の<ruby><rb>捨小舟</rb><rt>すてこぶね</rt></ruby>のかゝる島さへ<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>叫</rb><rt>わつ</rt></ruby>と<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>めり寶澤は<ruby><rb>默然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>と此長物語を<ruby><rb>聞畢</rb><rt>きゝをは</rt></ruby>り<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に女は<ruby><rb>氏</rb><rt>うぢ</rt></ruby>なくて玉の<ruby><rb>輿</rb><rt>こし</rt></ruby>と<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>が<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>思</rb><rt>おもひ</rt></ruby>の外の事もあるものと心の内に思ふ色を<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>には<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>さず夫は氣の毒にも<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>き事なり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し夫には<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>でも有ての事か<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし孫君の將軍の<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>でも<ruby><rb>輙</rb><rt>たやす</rt></ruby>く出世は出來まじ<ruby><rb>過去</rb><rt>すぎさり</rt></ruby>し事は<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>め玉へと<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し<ruby><rb>宥</rb><rt>なだむ</rt></ruby>ればばゝは此<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>いし</rt></ruby>くも申されたり<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>幼</rb><rt>をさな</rt></ruby>くして<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>に<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>るゝ者は<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に發明なりとか婆も今は浮世に<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みの<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>も<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>たれば只其日々々を送り暮せど<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ずも<ruby><rb>孫君</rb><rt>まごぎみ</rt></ruby>と同年と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>思はず<ruby><rb>愚痴</rb><rt>ぐち</rt></ruby>を<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>したり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>干支</rb><rt>えと</rt></ruby>のよく<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひ生れとて今まで人に<ruby><rb>示</rb><rt>しめさ</rt></ruby>ざりしが<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>といふ品見すべしと婆は<ruby><rb>傍</rb><rt>かた</rt></ruby>への<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby><ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>け<ruby><rb>彼二品</rb><rt>かのふたしな</rt></ruby>を取出せば寶澤は手に<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>お<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見るに其<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>なる<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へは<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方なき高貴の御品次に御<ruby><rb>墨付</rb><rt>すみつき</rt></ruby>おし<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>するに<ruby><rb>如樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>徳太郎君の<ruby><rb>御直筆</rb><rt>おぢきひつ</rt></ruby>とは見えける<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に云へる事あり<ruby><rb>蛇</rb><rt>じや</rt></ruby>は一寸にして人を<ruby><rb>噛</rb><rt>かむ</rt></ruby>の氣あり<ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>は生れながらにして<ruby><rb>牛</rb><rt>うし</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>ふの勢ひ<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>とか寶澤は心中に<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>此<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>めが<ruby><rb>善</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>貨物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>を持て居ることよ此二品を手に入て我こそ天下の<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのつ</rt></ruby>て出なば分地でも<ruby><rb>御</rb><rt>ご</rt></ruby>三<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby><ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>極運</rb><rt>きやくうん</rt></ruby>に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ時はと<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と當年十一の<ruby><rb>兒</rb><rt>こ</rt></ruby>が<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>惡念</rb><rt>あくねん</rt></ruby>を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>しけるは<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしとも又<ruby><rb>類</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひなし寶澤は此事を心中に深く<ruby><rb>祕</rb><rt>ひ</rt></ruby>し其時は<ruby><rb>然氣</rb><rt>さりげ</rt></ruby>なく感應院へぞ歸りける<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>年は寶澤十二歳なり。其夏の事なりし<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>感應院の<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>して和歌山の城下なる<ruby><rb>藥種屋市右衞門</rb><rt>やくしゆやいちゑもん</rt></ruby>方へ參りけるに感應院は<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>にて祈祷の内寶澤は<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>に來り<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>若者も<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>心安</rb><rt>こゝろやす</rt></ruby>ければ<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>などして居たり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに此日は藥種屋にて土藏の<ruby><rb>蟲干</rb><rt>むしぼし</rt></ruby>なりければ寶澤も<ruby><rb>藏</rb><rt>くら</rt></ruby>の<ruby><rb>二階</rb><rt>にかい</rt></ruby>へ上りて見物せしが<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に見も<ruby><rb>慣</rb><rt>なれ</rt></ruby>ざる品を<ruby><rb>數々</rb><rt>かず〲</rt></ruby><ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べたる<ruby><rb>傍</rb><rt>かたへ</rt></ruby>には半兵衞と云ふ番頭が番をして居たり寶澤<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby>て色々藥種の名を<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば半兵衞も<ruby><rb>懇篤</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に教へける中に<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>して一段高き所に<ruby><rb>壺</rb><rt>つぼ</rt></ruby>三ツ<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>べたり寶澤<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>さし彼壺は何といふ藥種の入ありやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ければ半兵衞のいふ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>あれ</rt></ruby>こそ<ruby><rb>斑猫</rb><rt>はんめう</rt></ruby>と<ruby><rb>砒霜石</rb><rt>ひさうせき</rt></ruby>と云ふ物なるが<ruby><rb>大毒藥</rb><rt>だいどくやく</rt></ruby>なれば心して斯は<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>くに離したりと<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby><ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>き寶澤は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と顏を<ruby><rb>皺</rb><rt>しか</rt></ruby>めテも左樣の毒藥にて候かと恐れし色をぞ<ruby><rb>示</rb><rt>しめ</rt></ruby>したり<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>より午飯の<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>に半兵衞は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し頼みまする<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>見物せられよと寶澤を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し己は<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby><ruby><rb>喰</rb><rt>くひ</rt></ruby>にぞ下りけり跡には寶澤<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>一人<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らせば<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>の二品を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>かば用ゆる時節はこれ<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>と心の中に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>懷中紙</rb><rt>くわいちうがみ</rt></ruby>を口に<ruby><rb>啣</rb><rt>くは</rt></ruby>へ毒藥の<ruby><rb>壺</rb><rt>つぼ</rt></ruby><ruby><rb>取卸</rb><rt>とりおろ</rt></ruby>し彼中なる二品を一<ruby><rb>塊</rb><rt>かけ</rt></ruby>づつ紙に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>て<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は<ruby><rb>故</rb><rt>もと</rt></ruby>の如くにして何知らぬ體にて半兵衞が歸るを<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり半兵衞は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て歸り來り<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>御太儀なりしお小僧にも<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどこ</rt></ruby>へ行て食事仕玉へと云ひければ寶澤は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>下行</rb><rt>おりゆき</rt></ruby>食事も<ruby><rb>畢</rb><rt>をはり</rt></ruby>ける頃感應院も<ruby><rb>祈祷</rb><rt>きたう</rt></ruby>を仕舞ひければ寶澤も<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>して歸りぬ<ruby><rb>彼盜取</rb><rt>かのぬすみとり</rt></ruby>し毒藥は<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に臺所の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下の<ruby><rb>土中</rb><rt>どちう</rt></ruby>へ深く<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>め折を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>て用ひんと<ruby><rb>工</rb><rt>たく</rt></ruby>む心ぞ<ruby><rb>怖</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しけれ

## 第六回

<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>三<ruby><rb>丙申</rb><rt>ひのえさる</rt></ruby>年<ruby><rb>霜</rb><rt>しも</rt></ruby>月十六日の事なりし此日は<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>より<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふり</rt></ruby>て殊の外に<ruby><rb>寒</rb><rt>さぶ</rt></ruby>き日なりし<ruby><rb>修驗者</rb><rt>しゆげんじや</rt></ruby>感應院には或人より<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>二升を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしに感應院は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>より酒を<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも用ひねば此酒は<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の者に<ruby><rb>分與</rb><rt>わけあた</rt></ruby>へける<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby><ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>に向ひ申やうは<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>那酒</rb><rt>あのさけ</rt></ruby>を少し私しへ下さるべしと<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>けるに感應院<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>飮</rb><rt>のむ</rt></ruby>ならば<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に呑べしと云ふ<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>私しは<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>でか酒は用ひ申べきお<ruby><rb>三婆</rb><rt>さんばゝ</rt></ruby>は常々私しを<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>がり<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れ候へば少し<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に呑せたしといふ感應院これを聞て<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ心付たれ我は<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>の事に心付ざりし<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせと有ければ寶澤は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>酒を徳利へ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>し<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>をば竹の皮に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>降積</rb><rt>ふりつ</rt></ruby>もりたる<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby>を<ruby><rb>踏分々々</rb><rt>ふみわけ〱</rt></ruby>彼お三婆の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りぬ今日は<ruby><rb>怪</rb><rt>けし</rt></ruby>からぬ大雪にて<ruby><rb>戸口</rb><rt>とぐち</rt></ruby>へも出られずさぞ寒からんと存じ<ruby><rb>師匠樣</rb><rt>ししやうさま</rt></ruby>より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし酒を<ruby><rb>寒凌</rb><rt>さぶさしの</rt></ruby>ぎにもと少しなれど<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>りしとて<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>徳利</rb><rt>とくり</rt></ruby>と<ruby><rb>竹皮包</rb><rt>かはづつみ</rt></ruby>を<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せばお三婆は<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>に火を<ruby><rb>焚</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て大きに悦び<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も〱此大雪を<ruby><rb>厭</rb><rt>いとは</rt></ruby>ず<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>にも持來り給へりと<ruby><rb>麁朶</rb><rt>そだ</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>くべて寶澤をも<ruby><rb>爐端</rb><rt>ろばた</rt></ruby>へ坐らせ元より<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>の酒なれば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>をなし<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>に<ruby><rb>汲</rb><rt>つぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby><ruby><rb>打鳴</rb><rt>うちなら</rt></ruby>し呑ける程に<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に一物ある寶澤は<ruby><rb>酌</rb><rt>しやく</rt></ruby>など致し種々と<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めける婆は<ruby><rb>好物</rb><rt>かうぶつ</rt></ruby>の酒なれば勸めに隨ひ<ruby><rb>辭儀</rb><rt>じぎ</rt></ruby>もせず呑ければ<ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に<ruby><rb>醉</rb><rt>よひ</rt></ruby>出て今は<ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>醉臥</rb><rt>ゑひふし</rt></ruby>たり寶澤熟々<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見て心中に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>時分は<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>と獨り<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑ</rt></ruby>み<ruby><rb>傍</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻せば<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に一筋の<ruby><rb>細引</rb><rt>ほそびき</rt></ruby>を掛て有に是<ruby><rb>屈竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>と<ruby><rb>取卸</rb><rt>とりおろ</rt></ruby>し前後も知らず<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>しばゝが首に<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ難なく<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り殺し<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>認置</rb><rt>みおき</rt></ruby>し二品を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>首に纒ひし<ruby><rb>細引</rb><rt>ほそびき</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>し元の如く<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にかけ<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>ほと</rt></ruby>りには<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>又は<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を少々<ruby><rb>取並</rb><rt>とりなら</rt></ruby>べ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>死したるお三婆が<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の火の中へ<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこ</rt></ruby>み如何にも酒に<ruby><rb>醉潰</rb><rt>ゑひつぶ</rt></ruby>れ<ruby><rb>轉</rb><rt>ころ</rt></ruby>げ込で<ruby><rb>燒死</rb><rt>やけじに</rt></ruby>たる樣に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へたれば<ruby><rb>知者</rb><rt>しるもの</rt></ruby>更になし寶澤は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて感應院へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り師匠へもばゝが<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を申せしと其場を<ruby><rb>取繕</rb><rt>とりつくろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏して有しに其日の<ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆふぐれ</rt></ruby>に何とやらん<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき<ruby><rb>匂</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひのするに<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の人々<ruby><rb>寄集</rb><rt>よりあつま</rt></ruby>りて何の<ruby><rb>匂</rb><rt>にほひ</rt></ruby>やらん雪の中にて場所も分らず<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>評議に及び<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る時には<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>も第一番にお三ばゝが<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をやくに<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は如何せしや<ruby><rb>出來</rb><rt>いでこ</rt></ruby>ぬは不思議<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>とて<ruby><rb>囁</rb><rt>さゝや</rt></ruby>きける<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚左衞門の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>がフト心付お三ばゞの方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り戸を<ruby><rb>押明</rb><rt>おしあけ</rt></ruby>て見れば<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にお三ばゝは<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>差込</rb><rt>さしこみ</rt></ruby>死し居たり<ruby><rb>匂</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひの此處より<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>りしなれば大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>ろき一同へ<ruby><rb>告</rb><rt>つ</rt></ruby>げ<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>甚左衞門へも此事を<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じけるに名主も<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけきた</rt></ruby>り<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby><ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の者も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>り改め見れば<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>酒に<ruby><rb>醉倒</rb><rt>ゑひたふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>轉込</rb><rt>まろびこみ</rt></ruby>死したるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なりと評議一決し<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby><ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>郡</rb><rt>こほり</rt></ruby>奉行へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞけ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の役人も來り<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見しに間違もなき<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>成ば名主始め<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>は<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れ大酒に<ruby><rb>醉伏</rb><rt>ゑひふし</rt></ruby><ruby><rb>燒死</rb><rt>やけじに</rt></ruby>たるに相違なき由にて其場は<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たり是に依て村中<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上にてお三ばゝの<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は近所の者共<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>菩提寺</rb><rt>ぼだいじ</rt></ruby>へぞ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りける<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>のお<ruby><rb>清婆</rb><rt>きよばゝ</rt></ruby>と云は常々お三ばゝと<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>なりければ<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に<ruby><rb>悲歎</rb><rt>ひたん</rt></ruby>の思ひをなし<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の大雪にて一度も<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ざりしゆゑ此事を<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざりしぞ<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なれとて<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きけるとぞ是より日々<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>して<ruby><rb>香花</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>ける扨も寶澤はお三ばゝを<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>旨々</rb><rt>うま〱</rt></ruby>と<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>此後は<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>して此品々を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>とし<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>の<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby>と申上なば御三家同樣<ruby><rb>夫程迄</rb><rt>それほどまで</rt></ruby>ならぬも<ruby><rb>會津家</rb><rt>あひづけ</rt></ruby>ぐらゐの大名には成べし<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら將軍の<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby>なりと<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>く時は如何なる者をも<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>負</rb><rt>おほ</rt></ruby>すべけれども<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に一ツの<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>といふは<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の口から彼者は<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>の内<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>にて某し<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>せし者なりと云るゝ時は<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>の<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>も急ち<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>るゝに相違なし七歳より十二歳まで六ヶ年が<ruby><rb>其間</rb><rt>そのあひだ</rt></ruby>養育の恩は<ruby><rb>須彌</rb><rt>しゆみ</rt></ruby>よりも高く<ruby><rb>滄海</rb><rt>さうかい</rt></ruby>よりも深しと雖ども<ruby><rb>我大望</rb><rt>わがたいまう</rt></ruby>には<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>し此上は是非に及ばず<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>ながらも師匠の感應院を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬ樣になし<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の後に<ruby><rb>名乘出</rb><rt>なのりいづ</rt></ruby>べしと心<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>くも十二歳の時<ruby><rb>始</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>す<ruby><rb>大望</rb><rt>たいもう</rt></ruby>の志ざしこそ<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしけれ既に其歳も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て十二月十九日と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>ければ感應院には<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は天氣も<ruby><rb>宜</rb><rt>よけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>煤拂</rb><rt>すゝはら</rt></ruby>ひをせんものと<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>善助<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>とし寶澤にも<ruby><rb>院内</rb><rt>ゐんない</rt></ruby>を<ruby><rb>掃除</rb><rt>さうぢ</rt></ruby>させけるが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>片付</rb><rt>かたづき</rt></ruby>て暮方になり<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>る方なく<ruby><rb>掃除</rb><rt>さうぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>ければ善助は<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなし寶澤は神前の<ruby><rb>油道具</rb><rt>あぶらだうぐ</rt></ruby>を掃除しけるが<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>の善助は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>膳部</rb><rt>ぜんぶ</rt></ruby>も出來たれば寶澤に申ける<ruby><rb>御膳</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>も出來候へばお師匠樣へ差上給へといへば寶澤は此時なりと<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みし事なれば今われ<ruby><rb>給仕</rb><rt>きふじ</rt></ruby>しては後々の<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>りに成んと思ひければ善助に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ我は<ruby><rb>油手</rb><rt>あぶらて</rt></ruby>なれば其方<ruby><rb>給仕</rb><rt>きふじ</rt></ruby>して上られよと<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むに何心なき善助は承知して<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>一<ruby><rb>荷</rb><rt>か</rt></ruby>を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て後に<ruby><rb>御膳</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>を差上べしといひ<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の方へ出行たり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に寶澤は手早く<ruby><rb>此夏中</rb><rt>このなつちう</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下へ<ruby><rb>埋置</rb><rt>うづめおき</rt></ruby>し<ruby><rb>二品</rb><rt>ふたしな</rt></ruby>の<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>を取出し平と<ruby><rb>汁</rb><rt>しる</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>附木</rb><rt>つけぎ</rt></ruby>にて<ruby><rb>匕</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>何知ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて元の處へ來り<ruby><rb>油掃除</rb><rt>あぶらさうぢ</rt></ruby>して居たりけり善助は<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で斯る事と知るべき水を<ruby><rb>汲終</rb><rt>くみをは</rt></ruby>り神ならぬ身の<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>もなや感應院の前へ<ruby><rb>彼膳部</rb><rt>かのぜんぶ</rt></ruby>を持出し給仕をぞなし居たり感應院が<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby><ruby><rb>仕果</rb><rt>しはて</rt></ruby>し頃を計り寶澤も<ruby><rb>油掃除</rb><rt>あぶらさうぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>て<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいところ</rt></ruby>へ入來り<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby><ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>食事をぞなしぬ<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に一物ある寶澤が<ruby><rb>院主</rb><rt>ゐんしゆ</rt></ruby>の方を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに何事もなし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>とは心に思へど色にも<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>さず<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に其夜も五ツ時と思ふころ<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>の<ruby><rb>効</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>總身</rb><rt>そうしん</rt></ruby>に廻り感應院は<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に七<ruby><rb>轉</rb><rt>てん</rt></ruby>八<ruby><rb>倒</rb><rt>たう</rt></ruby>して<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>み出せば寶澤はさも<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きたる體にて<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>近所の者へ知せける<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の者共<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>て<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>へ知せければ名主も<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby><ruby><rb>醫者</rb><rt>いしや</rt></ruby>よ<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>と<ruby><rb>騷</rb><rt>さわぎ</rt></ruby>しに全く<ruby><rb>食滯</rb><rt>しよくたい</rt></ruby>ならんなど云<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>寶澤は心には<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>けれど樣々<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>なしゐしが<ruby><rb>夥</rb><rt>おびた</rt></ruby>だしく<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>はい</rt></ruby>て<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其夜の九ツ時に感應院は<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>ましき<ruby><rb>最期</rb><rt>さいご</rt></ruby>をこそ<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>たりける名主を始め<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>煤掃</rb><rt>すゝはき</rt></ruby>の<ruby><rb>膳部</rb><rt>ぜんぶ</rt></ruby>より外に何にも<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>ずとの事なり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て膳部を<ruby><rb>調</rb><rt>しらぶ</rt></ruby>れども更に<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき事なければ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>食滯</rb><rt>しよくたい</rt></ruby>と決し感應院の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は村中より<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>り形の如く<ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>の<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りを取行ひける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>此平野村には感應院より<ruby><rb>餘</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>修驗</rb><rt>しゆげん</rt></ruby>もなきことゆゑ村中に何事の出來るとも甚だ<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へなりと名主甚左衞門は感應院へ村中の者を<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>め<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>に及ぶは<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>はからづ</rt></ruby>も感應院の<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>せしが<ruby><rb>子迚</rb><rt>ことて</rt></ruby>も無ればあと<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby><ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>さすべき者なし<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も當院を<ruby><rb>無住</rb><rt>むぢう</rt></ruby>にも<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>て置れず我思ふには年こそ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ねど寶澤は七歳の時より感應院が<ruby><rb>手元</rb><rt>てもと</rt></ruby>にて<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>せし者なり<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>には外の子供と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>なる<ruby><rb>性質</rb><rt>せいしつ</rt></ruby>にて<ruby><rb>法印</rb><rt>ほふいん</rt></ruby>の<ruby><rb>眞似事</rb><rt>まねごと</rt></ruby>は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>なし我等始め村中が<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>してやらば<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>として<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へなし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>先住</rb><rt>せんぢう</rt></ruby>感應院に於ても<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>草葉</rb><rt>くさば</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より喜び申すべし此儀如何と<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>どのゝ云るゝ事なり寶澤は七歳の時から感應院の<ruby><rb>手元</rb><rt>てもと</rt></ruby>で<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ち殊には<ruby><rb>利發</rb><rt>りはつ</rt></ruby>で<ruby><rb>愛敬者</rb><rt>あいきやうもの</rt></ruby>なり誰か<ruby><rb>違背</rb><rt>いはい</rt></ruby>すべき<ruby><rb>孰</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も其儀然るべしと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に決したり

## 第七回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て名主甚左衞門は寶澤を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き申渡しける樣は<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て師匠の<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>せしより當村に<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>なし<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>感應院には子もなければ<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>すべき者なし依て今日村中を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>相談に及びしは其方は<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>なれども感應院の<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>にて<ruby><rb>教導</rb><rt>けうだう</rt></ruby>を受し事なれば可なりに<ruby><rb>修驗</rb><rt>しゆけん</rt></ruby>の<ruby><rb>眞似</rb><rt>まね</rt></ruby>は出來べし我々始め村中より<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をすれば師匠感應院の<ruby><rb>後住</rb><rt>ごぢう</rt></ruby>にせんと村中相談一<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>したり左樣に<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>べしと申渡せば<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>は<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで承はり答へけるは師匠感應院の<ruby><rb>跡目</rb><rt>あとめ</rt></ruby>相續致し候樣と<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>を始め村中の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き思し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>の程は<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く幼年の<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの身に取ては此上もなき<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>に存じ奉つり<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>御受すべき處なれど<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>が<ruby><rb>存命中</rb><rt>ぞんめいちう</rt></ruby>申聞せ候には<ruby><rb>凡</rb><rt>およそ</rt></ruby><ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>と云者は日本國中の<ruby><rb>靈山</rb><rt>れいざん</rt></ruby><ruby><rb>靈場</rb><rt>れいぢやう</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>難行苦行</rb><rt>なんぎやうくぎやう</rt></ruby>をなし或は<ruby><rb>野</rb><rt>の</rt></ruby>に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し山に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し修行をする故に<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>とは申なり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby>山伏の<ruby><rb>宗派</rb><rt>しうは</rt></ruby>といツパ則ち三<ruby><rb>派</rb><rt>ぱ</rt></ruby>は<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>れたり三派と云は<ruby><rb>天台宗</rb><rt>てんだいしう</rt></ruby>にて<ruby><rb>聖護院宮</rb><rt>しやうごゐんみや</rt></ruby>を以て本寺となし<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>三<ruby><rb>派</rb><rt>は</rt></ruby>は<ruby><rb>眞言宗</rb><rt>しんごんしう</rt></ruby>にて<ruby><rb>醍醐</rb><rt>だいご</rt></ruby>三<ruby><rb>寶院</rb><rt>はうゐん</rt></ruby>の宮を本山とす<ruby><rb>出羽國</rb><rt>ではのくに</rt></ruby><ruby><rb>羽黒山派</rb><rt>はぐろさんは</rt></ruby>は<ruby><rb>天台宗</rb><rt>てんだいしう</rt></ruby>にて<ruby><rb>東叡山</rb><rt>とうえいざん</rt></ruby>一<ruby><rb>品親王</rb><rt>ぽんしんわう</rt></ruby>を以て本山と仰ぎ奉る故に山伏とは<ruby><rb>諸山</rb><rt>しよざん</rt></ruby><ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>の<ruby><rb>修學</rb><rt>しゆがく</rt></ruby>の名にて<ruby><rb>難行苦行</rb><rt>なんぎやうくぎやう</rt></ruby>をして野に伏し山に<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>し<ruby><rb>戒行</rb><rt>かいぎやう</rt></ruby>を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげむ</rt></ruby>ゆゑに山伏といふ又<ruby><rb>修驗</rb><rt>しゆけん</rt></ruby>といツパ<ruby><rb>其修行</rb><rt>そのしゆぎやう</rt></ruby>終り修行<ruby><rb>滿</rb><rt>みち</rt></ruby>たる後の<ruby><rb>本學</rb><rt>ほんがく</rt></ruby>とあれば難行苦行をなし<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をはり</rt></ruby>て後の<ruby><rb>本名</rb><rt>ほんみやう</rt></ruby>なり<ruby><rb>故</rb><rt>かるがゆゑ</rt></ruby>に十<ruby><rb>界</rb><rt>かい</rt></ruby><ruby><rb>輪宗</rb><rt>りんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>嘲言</rb><rt>てうげん</rt></ruby>に<ruby><rb>徹</rb><rt>てつ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ふべき<ruby><rb>肉食</rb><rt>にくじき</rt></ruby>なし<ruby><rb>兩部</rb><rt>りやうぶ</rt></ruby>不二の法水を<ruby><rb>嘗</rb><rt>なむ</rt></ruby>れば<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ふべき<ruby><rb>淫慾</rb><rt>いんよく</rt></ruby>なしと立る<ruby><rb>法</rb><rt>はふ</rt></ruby>なり三寶院は<ruby><rb>聖護大僧正</rb><rt>しやうごだいそうじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>宗祖</rb><rt>しうそ</rt></ruby>とし聖護院は<ruby><rb>坊譽大僧正</rb><rt>ばうよだいそうじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>宗祖</rb><rt>しうそ</rt></ruby>とするなり然ども<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も<ruby><rb>開山</rb><rt>かいざん</rt></ruby>と申は三派ともに<ruby><rb>役</rb><rt>えん</rt></ruby>の<ruby><rb>小角</rb><rt>せうかく</rt></ruby>が開き給ひしなり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>亦山伏が<ruby><rb>補任</rb><rt>ほにん</rt></ruby>の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>

<ruby><rb>小阿闍梨</rb><rt>こあじやり</rt></ruby>　<ruby><rb>大々法印</rb><rt>だい〱ほふいん</rt></ruby>　<ruby><rb>金蘭院</rb><rt>こんらんゐん</rt></ruby>　<ruby><rb>律師</rb><rt>りつし</rt></ruby>　<ruby><rb>大越家</rb><rt>たいえつか</rt></ruby>　<ruby><rb>一山大先達</rb><rt>いつさんたいせんだつ</rt></ruby>　<ruby><rb>内議僧</rb><rt>ないぎそう</rt></ruby>　<ruby><rb>院號</rb><rt>ゐんがう</rt></ruby>　<ruby><rb>坊號笈籠</rb><rt>ばうがうきふこ</rt></ruby>　<ruby><rb>權大僧都</rb><rt>ごんだいそうづ</rt></ruby>

<ruby><rb>七道具</rb><rt>なゝつだうぐ</rt></ruby>左之<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>

<ruby><rb>篠掛</rb><rt>すゞかけ</rt></ruby>　<ruby><rb>摺袴</rb><rt>すりはかま</rt></ruby>　<ruby><rb>磨紫金</rb><rt>ましきん</rt></ruby>　<ruby><rb>兜巾</rb><rt>ときん</rt></ruby>　<ruby><rb>貝</rb><rt>かひ</rt></ruby>　<ruby><rb>貝詰</rb><rt>かひつめ</rt></ruby>　<ruby><rb>護摩刀</rb><rt>ごまたう</rt></ruby>

<ruby><rb>評</rb><rt>ひやう</rt></ruby>に曰此<ruby><rb>護摩刀</rb><rt>ごまたう</rt></ruby>のことは<ruby><rb>柴刀</rb><rt>さいたう</rt></ruby>とも申よし<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は聖護院三寶院の<ruby><rb>宮樣</rb><rt>みやさま</rt></ruby><ruby><rb>山入</rb><rt>やまいり</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>諸國の<ruby><rb>修驗</rb><rt>しゆけん</rt></ruby><ruby><rb>先供</rb><rt>さきども</rt></ruby>の節<ruby><rb>柴</rb><rt>しば</rt></ruby>を<ruby><rb>切拂</rb><rt>きりはらひ</rt></ruby>て<ruby><rb>護摩</rb><rt>ごま</rt></ruby>の<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へる故に是を<ruby><rb>柴刀</rb><rt>さいたう</rt></ruby>とも云なり

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く山伏には<ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>かしき事の御座候よし兼て<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>より聞及び候に私事は未だ<ruby><rb>若年</rb><rt>じやくねん</rt></ruby>にて師匠の<ruby><rb>跡目</rb><rt>あとめ</rt></ruby>相續の儀は<ruby><rb>過分</rb><rt>くわぶん</rt></ruby>の儀なれば修驗の<ruby><rb>法</rb><rt>はふ</rt></ruby>を一向に<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へずして感應院<ruby><rb>後住</rb><rt>ごぢう</rt></ruby>の儀は存じも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず爰にされば<ruby><rb>一</rb><rt>ひとつ</rt></ruby>の御願ひあり何卒<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>より五ヶ年の間諸國修行致し<ruby><rb>諸寺</rb><rt>しよじ</rt></ruby><ruby><rb>諸山</rb><rt>しよざん</rt></ruby>の<ruby><rb>靈場</rb><rt>れいぢやう</rt></ruby>を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふみ</rt></ruby>難行苦行を致し<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>の修驗と相成て後當村へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り其時にこそ<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>感應院の院を<ruby><rb>續度</rb><rt>つぎたく</rt></ruby>存ずるなり<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れ此儀を<ruby><rb>御許</rb><rt>おんゆる</rt></ruby>し下され度<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>の内は感應院へは<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>き代りを御<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>下され度凡五ヶ年も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>候はゞ私し事<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>相戻</rb><rt>あひもど</rt></ruby>りますれば何卒<ruby><rb>相替</rb><rt>あひかは</rt></ruby>らず<ruby><rb>御世話</rb><rt>おせわ</rt></ruby>下されたし尤とも此事は師匠<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>の内にも度々<ruby><rb>相願</rb><rt>あひねがひ</rt></ruby>しかども師匠は<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しを<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しむの餘り<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を離すを<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひて幼年なれば今四五年も<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまつ</rt></ruby>べしと<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め候故<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>なくは思へども師匠の仰せ<ruby><rb>默止難</rb><rt>もだしがた</rt></ruby>く是迄は<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>候なり此度こそ<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひに日頃の<ruby><rb>宿願</rb><rt>しゆくぐわん</rt></ruby>を<ruby><rb>果</rb><rt>はた</rt></ruby>すべき時なり何卒<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby>をお<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し下されと幼年に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ず思ひ入たる<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>に聞居る名主を<ruby><rb>初</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>の者は<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>するより外なく皆々口を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>て控へたり此時<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚左衞門進出て申す樣只今願の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>致したり扨々驚き入たる<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>幼年には勝りし<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の心立なり斯迄<ruby><rb>思込</rb><rt>おもひこみ</rt></ruby>し事をむざ〱<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞめ</rt></ruby>んも如何なれば願ひに任すべしさらば五ヶ年<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て歸り來る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>は感應院へは<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>を置べし<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく五ヶ年の<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>と</rt></ruby>げ是非とも歸り來り<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の跡目を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>給へとて名主を<ruby><rb>初</rb><rt>はじ</rt></ruby>め村中も<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めて止ざりけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も寶澤は願ひの如き身となり<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>もそこ〱に<ruby><rb>營</rb><rt>いと</rt></ruby>なみければ村中より<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>として百文二百文分に<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>じて<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>られしに<ruby><rb>塵</rb><rt>ちり</rt></ruby>も<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りて山の<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へ集りし金は都合八兩貳<ruby><rb>歩</rb><rt>ぶ</rt></ruby>とぞ成にける其外には<ruby><rb>濱村</rb><rt>はまむら</rt></ruby>ざしの<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>或は<ruby><rb>柳庫裏</rb><rt>やなぎごり</rt></ruby><ruby><rb>笈笠</rb><rt>おひがさ</rt></ruby><ruby><rb>蜘</rb><rt>くも</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>絞</rb><rt>しぼり</rt></ruby>の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>じゆばん</rt></ruby>など思々の<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>に支度は十分なれば寶澤はさも有難げに<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き幼年よりの<ruby><rb>好誼</rb><rt>よしみ</rt></ruby>と此程の<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>からぬ餞別<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せと恩を<ruby><rb>謝</rb><rt>しや</rt></ruby>しいよ〱明日の<ruby><rb>早天</rb><rt>さうてん</rt></ruby>に<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致す故御<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>に參り候なりと村中へ暇乞に<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>れり此時寶澤は<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く十四歳の少年なり頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>三<ruby><rb>戌</rb><rt>いぬ</rt></ruby>年二月二日成し<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>より<ruby><rb>住馴</rb><rt>すみなれ</rt></ruby>し土地を<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>るゝは<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>けれど是も<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>なれば決して<ruby><rb>御案</rb><rt>おあん</rt></ruby>じ下さるなとて<ruby><rb>空々敷</rb><rt>そら〲しく</rt></ruby>も<ruby><rb>辭儀</rb><rt>じぎ</rt></ruby>をなし一先感應院へ歸り<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>善助に向ひ<ruby><rb>明朝</rb><rt>あした</rt></ruby>早く出立すれば何卒<ruby><rb>握飯</rb><rt>にぎりめし</rt></ruby>を三ツ許り<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ呉よと頼み置き<ruby><rb>床房</rb><rt>ふしど</rt></ruby>へ入て<ruby><rb>休</rb><rt>やすみ</rt></ruby>ける其夜<ruby><rb>丑滿</rb><rt>うしみつ</rt></ruby>の頃に<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て彼の握り飯を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし兼て<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとり</rt></ruby>し二品を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>し最早夜明に<ruby><rb>程近</rb><rt>ほどちか</rt></ruby>し<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と行べしと下男善助に暇乞し感應院をぞ<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>たり<ruby><rb>馴</rb><rt>なれし</rt></ruby><ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>とて<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はずたどり行に漸々と紀州<ruby><rb>加田浦</rb><rt>かだのうら</rt></ruby>に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>る頃は夜はほの〲と<ruby><rb>明掛</rb><rt>あけかゝ</rt></ruby>りたり寶澤は<ruby><rb>一休</rb><rt>ひとやすみ</rt></ruby>せんと傍の石に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>打掛</rb><rt>うちかけ</rt></ruby>暫く休みながら<ruby><rb>向</rb><rt>むかう</rt></ruby>を見れば白き<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby>一<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby><ruby><rb>臥居</rb><rt>ふしゐ</rt></ruby>たり寶澤は<ruby><rb>近付</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>彼の<ruby><rb>握飯</rb><rt>にぎりめし</rt></ruby>を取出し<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へければ犬は尾を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>喰居</rb><rt>くひゐ</rt></ruby>るを<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで<ruby><rb>曳</rb><rt>えい</rt></ruby>やつて<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby>つけ起しも<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ず用意の<ruby><rb>小刀</rb><rt>こがたな</rt></ruby>を取出し<ruby><rb>急所</rb><rt>きふしよ</rt></ruby>をグサと<ruby><rb>刺通</rb><rt>さしとほ</rt></ruby>せば犬は敢なく<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>れたり寶澤は<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>成りと犬の血を<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が手に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>て<ruby><rb>笈笠</rb><rt>おひがさ</rt></ruby>へ手の跡を<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくつ</rt></ruby>となく<ruby><rb>捺</rb><rt>なす</rt></ruby>り付又餞別に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし<ruby><rb>襦袢</rb><rt>じゆばん</rt></ruby><ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>へも血を塗て<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たる<ruby><rb>衣服</rb><rt>いふく</rt></ruby>の所々を<ruby><rb>切裂</rb><rt>きりさき</rt></ruby>これへも血を<ruby><rb>夥多</rb><rt>したゝか</rt></ruby>に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>が見ても<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に切殺れたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ扨犬の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は<ruby><rb>壓</rb><rt>おもり</rt></ruby>を付て海へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>め其身は用意の<ruby><rb>伊勢參宮</rb><rt>いせまゐり</rt></ruby>の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>に改め彼二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を<ruby><rb>莚包</rb><rt>むしろづゝみ</rt></ruby>として<ruby><rb>背負</rb><rt>せお</rt></ruby>ひ<ruby><rb>柄杓</rb><rt>ひしやく</rt></ruby>を持て其場を<ruby><rb>足早</rb><rt>あしばや</rt></ruby>に立去しは<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しくもまた<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みなる<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>てなり稍五ツ時頃に<ruby><rb>獵師</rb><rt>れふし</rt></ruby>の傳九郎といふが<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby>取散せし<ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひずる</rt></ruby>并に<ruby><rb>菅笠</rb><rt>すげがさ</rt></ruby>を見れば血に<ruby><rb>塗</rb><rt>まみ</rt></ruby>れたる樣子は全たく<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しにて<ruby><rb>骸</rb><rt>からだ</rt></ruby>は海へ<ruby><rb>投込</rb><rt>なげこま</rt></ruby>れしなるべしと<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の名主へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>けゝれば<ruby><rb>年寄等</rb><rt>としよりら</rt></ruby>が來り<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めしに<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は見えねども人殺しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>ならぬ大事なりと<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby>奉行所へも<ruby><rb>屆出</rb><rt>とゞけいで</rt></ruby>しにぞ其事平野村へ聞えければ同村の者共<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>れり此品々を見れば一々寶澤へ<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたる品に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし依て平野村の者より右の次第を濱奉行に<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ私し共<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼえ</rt></ruby>ある次第を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>村方感應院と申す<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>が昨今<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>し其<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby><ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>十四歳なる者五ヶ年間<ruby><rb>諸國修行</rb><rt>しよこくしゆぎやう</rt></ruby>の願にて昨日出立につき村中よりせん<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したる金子は八兩貳<ruby><rb>歩</rb><rt>ぶ</rt></ruby>あり此品々も<ruby><rb>跡々</rb><rt>あと〱</rt></ruby>より<ruby><rb>贈</rb><rt>おくり</rt></ruby>し<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>なり幼年にて<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>の金子を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>し候を見付られ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>全く<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せられ候なるべしと申上ければ<ruby><rb>濱奉行</rb><rt>はまぶぎやう</rt></ruby>も是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>如何樣<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しよゐ</rt></ruby>なるべし此品々は其方共へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には參らず<ruby><rb>欠所藏</rb><rt>けつしよぐら</rt></ruby>へ入置るゝなり何分にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の至りなりとて其場は<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も寶澤は加田浦にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に殺され不便の者なりとて<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>感應院の<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>ばかりの<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>を立てられ村中<ruby><rb>替々</rb><rt>かはる〲</rt></ruby><ruby><rb>香花</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とふ</rt></ruby>らひけるとなん

## 第八回

寶澤は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>されし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らへ事十分<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひぬと身は<ruby><rb>伊勢參宮</rb><rt>いせまゐり</rt></ruby>の<ruby><rb>姿</rb><rt>なり</rt></ruby>に<ruby><rb>窶</rb><rt>やつし</rt></ruby>一先九州へ下り<ruby><rb>何所</rb><rt>いづかた</rt></ruby>にても足を止め<ruby><rb>幼顏</rb><rt>をさながほ</rt></ruby>を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひて後に<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出んものと心は早くも定めたり<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>大坂へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>夫より<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>を求めて九州へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもふ</rt></ruby>かんと大坂にて兩三日<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>し所々を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>し<ruby><rb>藝州迄</rb><rt>げいしうまで</rt></ruby>の<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>あるを<ruby><rb>聞出</rb><rt>きゝだし</rt></ruby>て此を頼み乘しが<ruby><rb>順風</rb><rt>じゆんぷう</rt></ruby>なれば日ならずして廣島の地に<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>せしかば先廣島を一<ruby><rb>見</rb><rt>けん</rt></ruby>せんと<ruby><rb>上陸</rb><rt>じやうりく</rt></ruby>をぞなしにける<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>此廣島は大坂より<ruby><rb>海上</rb><rt>かいじやう</rt></ruby>百里餘にて<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby><ruby><rb>嚴島</rb><rt>いつくしま</rt></ruby><ruby><rb>大明神</rb><rt>だいみやうじん</rt></ruby>と申は<ruby><rb>推古天皇</rb><rt>すゐこてんわう</rt></ruby>の五年に<ruby><rb>出現</rb><rt>しゆつげん</rt></ruby>ましませし神なり<ruby><rb>社領</rb><rt>しやりやう</rt></ruby>千石あり毎月六日十六日<ruby><rb>祭禮</rb><rt>さいれい</rt></ruby>なり其外三<ruby><rb>女神</rb><rt>によじん</rt></ruby>の傳あり<ruby><rb>七濱</rb><rt>なゝはま</rt></ruby><ruby><rb>七夷等</rb><rt>なゝえびすとう</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り夫より所々を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>しける内一<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>の<ruby><rb>鹿</rb><rt>しか</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>しが鹿の<ruby><rb>迯</rb><rt>にぐ</rt></ruby>るに寶澤は<ruby><rb>何地迄</rb><rt>いづくまで</rt></ruby>もと思あとを<ruby><rb>慕</rb><rt>したひ</rt></ruby>しも<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に鹿は見失ひ<ruby><rb>四方</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みめぐ</rt></ruby>らせば<ruby><rb>遠近</rb><rt>をちこち</rt></ruby>の山の<ruby><rb>櫻</rb><rt>さくら</rt></ruby>今を<ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>りと<ruby><rb>咲亂</rb><rt>さきみだ</rt></ruby>れえも云れぬ<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>に寶澤は<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と暫し<ruby><rb>木蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>らひて<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め居たり此時<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>の<ruby><rb>向</rb><rt>むかう</rt></ruby>より年頃四十<ruby><rb>許</rb><rt>ばかり</rt></ruby>の男<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>に<ruby><rb>編綴</rb><rt>へんてつ</rt></ruby>といふを<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>來りしが<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しやと思ひけん寶澤に向ひて名を<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ふ寶澤<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て我は徳川<ruby><rb>無名丸</rb><rt>むめいまる</rt></ruby>と申す者なり<ruby><rb>繼母</rb><rt>けいぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>讒言</rb><rt>ざんげん</rt></ruby>により斯は<ruby><rb>獨旅</rb><rt>ひとりたび</rt></ruby>を致す者なり又其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>は何人にやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>せば<ruby><rb>彼者</rb><rt>かのもの</rt></ruby><ruby><rb>芝原</rb><rt>しばはら</rt></ruby>へ手を<ruby><rb>突</rb><rt>つか</rt></ruby>へ申けるは徳川と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのら</rt></ruby>せ給ふには<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>ある御方なるべし<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>事は信濃國<ruby><rb>諏訪</rb><rt>すは</rt></ruby>の者にて<ruby><rb>遠州屋</rb><rt>ゑんしうや</rt></ruby>彌次六と申し<ruby><rb>鵞湖散人</rb><rt>がこさんじん</rt></ruby>また<ruby><rb>南齋</rb><rt>なんさい</rt></ruby>とも名乘候<ruby><rb>下諏訪</rb><rt>しもすは</rt></ruby>に<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby><ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>仕つれり若も<ruby><rb>信州邊</rb><rt>しんしうへん</rt></ruby>へ御下りに成ば<ruby><rb>見苦</rb><rt>みぐるし</rt></ruby>くとも御立寄あるべし御宿仕らんと云にぞ寶澤は<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は左樣の人なるか<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>も此度<ruby><rb>據</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なき事にて九州へ下るなれ共此用向の<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>に是非とも<ruby><rb>關東</rb><rt>くわんとう</rt></ruby>へ下向の心得なれば<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>は立寄申べしと<ruby><rb>契約</rb><rt>けいやく</rt></ruby>し其場は<ruby><rb>別</rb><rt>わかれ</rt></ruby>たり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>寶澤は九州<ruby><rb>路</rb><rt>ぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>徊歴</rb><rt>くわいれき</rt></ruby>し<ruby><rb>肥後國</rb><rt>ひごのくに</rt></ruby>熊本の<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>に到りぬ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby>五十四萬石なる<ruby><rb>細川家</rb><rt>ほそかはけ</rt></ruby>の城下なれば他所とは<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>の地なり寶澤は既に<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ盡しはや一錢も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>なりいと<ruby><rb>空腹</rb><rt>くうふく</rt></ruby>に成しに<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>餠屋</rb><rt>もちや</rt></ruby>の<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>なりしが<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>みて手の内を乞と<ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>に<ruby><rb>休</rb><rt>やすら</rt></ruby>ひぬ<ruby><rb>餠屋</rb><rt>もちや</rt></ruby>の店には<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>と思しき男の居たりしかば寶澤其男に<ruby><rb>向</rb><rt>むかひ</rt></ruby>申けるは私しは<ruby><rb>腹痛</rb><rt>ふくつう</rt></ruby>致し甚だ<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>致せば<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>たし御<ruby><rb>面倒樣</rb><rt>めんだうさま</rt></ruby>ながら<ruby><rb>素湯</rb><rt>さゆ</rt></ruby>一ツ下されと<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>けるにぞ其男は<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>に云付心よく<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>へ湯を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て與へたり寶澤は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より何やらん取出して<ruby><rb>飮</rb><rt>のむ</rt></ruby><ruby><rb>眞似</rb><rt>まね</rt></ruby>せり此時以前の<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby>寶澤に向ひ尋けるは其方は年も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬに<ruby><rb>伊勢參宮</rb><rt>いせまゐり</rt></ruby>と見受たり<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>の事なり<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>の國の<ruby><rb>生</rb><rt>うまれ</rt></ruby>なるやと問ふ<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き寶澤は紀州と名乘ば<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>の<ruby><rb>障</rb><rt>さはり</rt></ruby>なるべしと早くも心付<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて私しは信州の<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れにて候と云<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>此を聞て<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め信州と此熊本とは<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>四五百里も<ruby><rb>隔</rb><rt>へだた</rt></ruby>りぬらんに<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>參宮より何ゆゑ<ruby><rb>當國迄</rb><rt>たうごくまで</rt></ruby>は參りしやと<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うた</rt></ruby>れ<ruby><rb>敏速</rb><rt>さそく</rt></ruby>の寶澤は<ruby><rb>空泣</rb><rt>そらなき</rt></ruby>して<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も私しの<ruby><rb>親父</rb><rt>おや</rt></ruby>は<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>にて母は私しが二ツの年<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>し夫より<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばば</rt></ruby>の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>に<ruby><rb>成長</rb><rt>ひとゝなり</rt></ruby>しが十一歳の年に<ruby><rb>親父</rb><rt>ちち</rt></ruby>は<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>の熊本へ行とて<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばば</rt></ruby>に私しを<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置て<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>しが其後一向に歸り來らず然に昨年<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばば</rt></ruby>も<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>し殘るは私し一人と成り<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては今一度<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>し度と存ず夫故に伊勢參宮より<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>を<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にして<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>と父の故郷は<ruby><rb>熊本</rb><rt>くまもと</rt></ruby>と聞<ruby><rb>海山</rb><rt>うみやま</rt></ruby><ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>て此處迄は參り候へ共<ruby><rb>何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>尋ても未だ父の<ruby><rb>在所</rb><rt>ありか</rt></ruby>が<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>申さず<ruby><rb>何成</rb><rt>いかなる</rt></ruby><ruby><rb>過去</rb><rt>くわこ</rt></ruby>の<ruby><rb>惡縁</rb><rt>あくえん</rt></ruby>にて斯は兩親に<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby><ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>く<ruby><rb>孤子</rb><rt>みなしご</rt></ruby>とは成候かと<ruby><rb>潸然々々</rb><rt>さめ〲</rt></ruby>と<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>めば<ruby><rb>餠屋</rb><rt>もちや</rt></ruby>の亭主も<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>し<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>にて氣の毒な<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby>者かなと<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby><ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>云やう其方の父は熊本と<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りでは當所も<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>き<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>なれば分るまじ父の名は何と申し又<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>は<ruby><rb>何渡世</rb><rt>なにとせい</rt></ruby>なるやと尋ねられ寶澤は<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby>父は源兵衞と申し<ruby><rb>餠屋商賣</rb><rt>もちやしやうばい</rt></ruby>なりと口より<ruby><rb>出任</rb><rt>でまかせ</rt></ruby>に<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>ければ亭主は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>き<ruby><rb>實事</rb><rt>まこと</rt></ruby>と思ひ然らば我等と<ruby><rb>同職</rb><rt>どうしよく</rt></ruby>なれば<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>く尋る程ならば<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へ廣き御<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>でも知ぬ事は有まじ<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>は<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り明日<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より餠屋<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>を一々尋ね見るべし我も<ruby><rb>仲間帳面</rb><rt>なかまちやうめん</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>んとて臺所へ上て<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>させける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>其日も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>に及び<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆふはん</rt></ruby>など與へられ夜に入て亭主は<ruby><rb>仲間帳面</rb><rt>なかまちやうめん</rt></ruby>を取出し源兵衞といふ餠屋や有と<ruby><rb>繰返</rb><rt>くりかへ</rt></ruby>し改めしに<ruby><rb>茗荷屋</rb><rt>みやうがや</rt></ruby>源兵衞と云があり是は近頃<ruby><rb>遠國</rb><rt>ゑんごく</rt></ruby>より歸し人と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>及ぶ<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて<ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと寶澤にも是由を云聞せ<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>は其家に至り尋ぬべしと云れたり<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>夫婦共に彼是と<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>し<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>茗荷屋</rb><rt>みやうがや</rt></ruby>源兵衞の町所を<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>く<ruby><rb>書認</rb><rt>かきしたゝ</rt></ruby>めて渡されしにぞ寶澤は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれし</rt></ruby>げに書付を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>茗荷屋へと<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>たり其<ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆふぐれ</rt></ruby>寶澤には歸り來りいと<ruby><rb>白々</rb><rt>しら〲</rt></ruby>しく<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby>茗荷屋源兵衞樣方へ參り尋ねたれど私の<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>にては是なきゆゑ夫より又々<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>尋ねたれ共相知申さずと<ruby><rb>悄々</rb><rt>しほ〱</rt></ruby>として述ければ餠屋夫婦も<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ其夜も<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し又<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>も尋に出したれ共<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし其夜寶澤は亭主に<ruby><rb>向</rb><rt>むかひ</rt></ruby>申けるは<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>是迄<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>からぬお<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にて御<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>は<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>まし尋ねたれども何分父の<ruby><rb>居所</rb><rt>ゐどころ</rt></ruby>は<ruby><rb>相知</rb><rt>あひしれ</rt></ruby>申さず<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>に月日を送らんも<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なし明日よりは<ruby><rb>餠</rb><rt>もち</rt></ruby>を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>てお屋敷や又は<ruby><rb>町中</rb><rt>まちぢう</rt></ruby>を賣ながら父を尋ね度<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずるなり此上のお<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に此儀を<ruby><rb>御許</rb><rt>おゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されなば有難しと<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なげに頼むに夫は<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>思付</rb><rt>おもひつき</rt></ruby>なり明日より<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>いたし<ruby><rb>心任</rb><rt>こゝろまか</rt></ruby>せに父の<ruby><rb>在所</rb><rt>ありか</rt></ruby>を尋ぬべしとて翌日より餠を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおはせ</rt></ruby>て出せしに元より<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>の<ruby><rb>生</rb><rt>うまれ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>屋敷方</rb><rt>やしきがた</rt></ruby>へ到りても<ruby><rb>人氣</rb><rt>じんき</rt></ruby>を計り口に<ruby><rb>合</rb><rt>あふ</rt></ruby>やうに<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なく<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ふゆゑに何時も一ツも<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>さず<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>て<ruby><rb>夕刻</rb><rt>ゆふこく</rt></ruby>には歸り來り夫から又<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>を<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだひ</rt></ruby>などするにぞ夫婦は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>餠類</rb><rt>もちるゐ</rt></ruby>は毎日々々<ruby><rb>賣切</rb><rt>うりきれ</rt></ruby>て歸れば今は<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>にて賣より寶澤が<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>にて<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ふ方が多き程になり夫婦は<ruby><rb>宜者</rb><rt>よきもの</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>つと名も吉之助と呼び<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby>の如く<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby>しけり或夜夫婦は<ruby><rb>寢物語</rb><rt>ねものがたり</rt></ruby>に吉之助は年に<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なき<ruby><rb>利口者</rb><rt>りこうもの</rt></ruby>にて何一ツ<ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>なき生れ付<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>といひ人品迄よくも<ruby><rb>揃</rb><rt>そろひ</rt></ruby>し者なり我々に子<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば年頃<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>に<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りし<ruby><rb>誠心</rb><rt>せいしん</rt></ruby>を神佛の<ruby><rb>感應</rb><rt>かんおう</rt></ruby>まし〱天よりして<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>にせよと授け給ひし者成べし此家を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せん者<ruby><rb>末頼母</rb><rt>すゑたのも</rt></ruby>しと<ruby><rb>語合</rb><rt>かたらふ</rt></ruby>を吉之助<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に聞て心の内に<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>へど時節を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>には<ruby><rb>屈強</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>なりと心中に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>これよりは<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して萬事に氣をつけ何事も<ruby><rb>失費</rb><rt>しつぴ</rt></ruby>なき樣にして<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かでも利分をつけ<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>となく<ruby><rb>駈廻</rb><rt>かけまは</rt></ruby>り<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く程に夫婦は又なき者と<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみける扨も<ruby><rb>此餠屋</rb><rt>このもちや</rt></ruby>と云は<ruby><rb>國主</rb><rt>こくしゆ</rt></ruby>細川家の御買物方の御<ruby><rb>用達</rb><rt>ようたし</rt></ruby>にて御城下に<ruby><rb>隱</rb><rt>かくれ</rt></ruby>もなき<ruby><rb>加納屋</rb><rt>かなふや</rt></ruby>利兵衞とて<ruby><rb>巨萬</rb><rt>きよまん</rt></ruby>の身代なる大家に數年來<ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>に奉公を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>近年</rb><rt>きんねん</rt></ruby>此餠屋の出店を<ruby><rb>出</rb><rt>だし</rt></ruby>て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ夫婦とも<ruby><rb>稼暮</rb><rt>かせぎくら</rt></ruby>す者なりフト吉之助の來てより<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>も<ruby><rb>忙</rb><rt>いそ</rt></ruby>がしく大いに<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を仕出たり<ruby><rb>光陰</rb><rt>くわういん</rt></ruby><ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>の如く<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>も七年とは成ぬ吉之助も<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>は十八歳と成けり夫婦<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>して當年の内には吉之助へも<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せ<ruby><rb>良辰</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>を撰みて<ruby><rb>元服</rb><rt>げんぷく</rt></ruby>させ表向<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>の<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>もせんとて色々其<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>などしける處に或時<ruby><rb>本店</rb><rt>ほんてん</rt></ruby>の加納屋より<ruby><rb>急使</rb><rt>きふつかひ</rt></ruby>來り同道にて參るべしとの事故<ruby><rb>餠屋</rb><rt>もちや</rt></ruby>の<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>は大いに驚き何事の出來せしやと<ruby><rb>取物</rb><rt>とるもの</rt></ruby>も取敢ず<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ本店へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きけるに利兵衞は餠屋を<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>の一間へ呼入れ<ruby><rb>時候</rb><rt>じこう</rt></ruby>の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>り扨云やう今日其方を<ruby><rb>招</rb><rt>まねき</rt></ruby>しは別儀にも非ず此兩三年はお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>の御用も殊の外<ruby><rb>鬧敷</rb><rt>いそがしく</rt></ruby>相成ど店の者<ruby><rb>無人</rb><rt>むにん</rt></ruby>にて何時も御用の間を<ruby><rb>缺</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなはだ</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り入が承まはれば其方に<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ふ吉之助とやらんは殊の外<ruby><rb>發明者</rb><rt>はつめいもの</rt></ruby>の由なり<ruby><rb>拙者方</rb><rt>せつしやがた</rt></ruby>へ<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>たしとの事なるが何共<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思ども主人の<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とも云れず<ruby><rb>據</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく承知なし早々我家へ歸り<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>にも此事を<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>しければ妻も致し方なく<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て吉之助を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び今日<ruby><rb>本店</rb><rt>ほんてん</rt></ruby>よりの使は斯々にて<ruby><rb>本店</rb><rt>ほんだな</rt></ruby>無人に付<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くの内其方を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>たしとの事なり未だ其方に<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>は致さねども<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>の内には<ruby><rb>元服</rb><rt>げんぷく</rt></ruby>させ養子にせんと思しも本店へ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>れては我が<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>も<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なれども外々ならば如何樣にも<ruby><rb>斷</rb><rt>こと</rt></ruby>わり申すべきが本店の事なれば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず明日よりは<ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>へ參り一<ruby><rb>入</rb><rt>しほ</rt></ruby><ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>し奉公致し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>べしと申渡しければ吉之助は心中に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び是ぞ<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>向處</rb><rt>むかふところ</rt></ruby>なり<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>大家に入込まば一仕事が成べしと思ふ心を色にも<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>せず<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>悄々</rb><rt>しほ〱</rt></ruby>として是迄の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き<ruby><rb>御高恩</rb><rt>ごかうおん</rt></ruby>を報じもせずして<ruby><rb>他家</rb><rt>たけ</rt></ruby>に奉公致す事は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なれども御本店の事なれば<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し方なしと誠に<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をぞなしにける

## 第九回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に吉之助は<ruby><rb>其翌日</rb><rt>そのよくじつ</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>加納屋利兵衞方へ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>り元服して名をば吉兵衞と改め<ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>して奉公しける程に<ruby><rb>利發者</rb><rt>りはつもの</rt></ruby>なれば物の用に立事<ruby><rb>古參</rb><rt>こさん</rt></ruby>の者に<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>りければ程なく<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>三人の中にて<ruby><rb>吉兵衞</rb><rt>きちべゑ</rt></ruby>には一番<ruby><rb>上席</rb><rt>じやうせき</rt></ruby>となり毎日々々<ruby><rb>細川家</rb><rt>ほそかはけ</rt></ruby>の<ruby><rb>御館</rb><rt>おやかた</rt></ruby>へ參り御用を<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>しける萬事<ruby><rb>利發</rb><rt>りはつ</rt></ruby>の<ruby><rb>取廻</rb><rt>とりまは</rt></ruby>しゆゑ<ruby><rb>重役衆</rb><rt>ぢうやくしう</rt></ruby>には其樣に<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひ下役人へは<ruby><rb>賄賂</rb><rt>わいろ</rt></ruby>を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby><ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>なきゆゑ上下<ruby><rb>擧</rb><rt>こぞ</rt></ruby>つて吉兵衞を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>し御用も追々多くなり今は<ruby><rb>利兵衞方</rb><rt>りへゑかた</rt></ruby>にても吉兵衞なくては<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ樣に相成けり<ruby><rb>然共</rb><rt>されども</rt></ruby>吉兵衞は少も<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>ぶらず<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>も<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく<ruby><rb>古參</rb><rt>こさん</rt></ruby>の者へは<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>親</rb><rt>したし</rt></ruby>みける故<ruby><rb>内外</rb><rt>うちそと</rt></ruby>共に<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>よく利兵衞が<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず<ruby><rb>無二者</rb><rt>またなきもの</rt></ruby>と思ひけり<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>に吉兵衞は<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>するに<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>紀州を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちの</rt></ruby>き<ruby><rb>夥多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の年を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>したれば<ruby><rb>我幼顏</rb><rt>わがをさながほ</rt></ruby>も變り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>見知る者無るべし<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば兩三年の内には是非々々<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>の<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>てに<ruby><rb>取掛</rb><rt>とりかゝ</rt></ruby>るべし夫に付ては<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>なくては事<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し率や是よりは金子の<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>に掛らん物をと<ruby><rb>筆先</rb><rt>ふでさき</rt></ruby><ruby><rb>十露盤玉</rb><rt>そろばんだま</rt></ruby>にて<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め始めしが主人は<ruby><rb>巨萬</rb><rt>きよまん</rt></ruby>の身代なれば少しの金には<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>も付ず<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>に二年の内に<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>六十兩餘を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り今は熊本に<ruby><rb>長居</rb><rt>ながゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>益</rb><rt>やく</rt></ruby>なし近々に此土地を<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさら</rt></ruby>んと心に思ひ<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めける頃しも<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十<ruby><rb>巳年</rb><rt>みどし</rt></ruby>十二月二十六日の事なりし加納屋方にて金四十七兩二分<ruby><rb>細川家</rb><rt>ほそかはけ</rt></ruby>の役所より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとる</rt></ruby>べき事あり右の<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め吉兵衞に其方此書付に<ruby><rb>裏印形</rb><rt>うらいんぎやう</rt></ruby>を申請<ruby><rb>御金</rb><rt>おかね</rt></ruby><ruby><rb>會所</rb><rt>くわいしよ</rt></ruby>にて金子受取參るべしと<ruby><rb>云遣</rb><rt>いひやり</rt></ruby>けるにぞ吉兵衞は<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>書付を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>決心し兼て<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>を知し事なれば<ruby><rb>御勘定</rb><rt>ごかんぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>に到り右の<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を差出ければ役人は是を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見るに金四十七兩二歩とあり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>調印</rb><rt>てういん</rt></ruby>をなし<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されたり<ruby><rb>此部屋</rb><rt>このへや</rt></ruby>に勘定役四五人<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て夫々に<ruby><rb>拂方</rb><rt>はらひかた</rt></ruby>を改ため<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なければ役所にて金子<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby><ruby><rb>何貫文</rb><rt>なんぐわんもん</rt></ruby>書付に引合せて<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>さるべしと<ruby><rb>裏印</rb><rt>うらいん</rt></ruby>なし其書を<ruby><rb>金方</rb><rt>かねかた</rt></ruby>の役所へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>し金方にて<ruby><rb>拂</rb><rt>はらひ</rt></ruby>を渡す事なり<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>吉兵衞が差出たる<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>も役人が<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>添書</rb><rt>そへしよ</rt></ruby>に右の通り<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>調印</rb><rt>てういん</rt></ruby>して<ruby><rb>渡</rb><rt>わたし</rt></ruby>ける此勘定部屋と<ruby><rb>金方役所</rb><rt>かねかたやくしよ</rt></ruby>とは其間三町を<ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>ちたり吉兵衞は御勘定部屋より金方の役所へ<ruby><rb>行道</rb><rt>ゆくみち</rt></ruby>にて<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の書付を出し見るに<ruby><rb>〆高</rb><rt>しめだか</rt></ruby>金四十七兩二分と有しかば<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>より<ruby><rb>矢立</rb><rt>やたて</rt></ruby>を取出し人なきを<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ四十の四の<ruby><rb>字</rb><rt>じ</rt></ruby>の上へ<ruby><rb>一畫</rb><rt>いちくわく</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひい</rt></ruby>て百十七兩二歩と<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し金方の役所へ到り差出し加納屋利兵衞<ruby><rb>御拂</rb><rt>おんはらひ</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるべしといふ<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby><ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>むるに<ruby><rb>勘定方</rb><rt>かんぢやうかた</rt></ruby>の<ruby><rb>添書</rb><rt>そへしよ</rt></ruby><ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>も相違なければ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て百十七兩二分の金子を吉兵衞に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されたり吉兵衞は<ruby><rb>悠々</rb><rt>いう〱</rt></ruby>と金子を改め一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby><ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>て<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>し<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>の上主人利兵衞へは四十七兩二歩を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>殘</rb><rt>のこり</rt></ruby>六十兩は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>とし是迄に<ruby><rb>掠取</rb><rt>かすめとり</rt></ruby>し金と合せ見るに今は七百兩餘に成ければ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>長居</rb><rt>ながゐ</rt></ruby>は成難しと或日<ruby><rb>役所</rb><rt>やくしよ</rt></ruby>にて<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かの<ruby><rb>不調法</rb><rt>ぶてうはふ</rt></ruby>を仕出し主人へ申譯<ruby><rb>立難</rb><rt>たちがた</rt></ruby>しとて<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>より加納屋へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け其身は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に熊本を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>西濱<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆけ</rt></ruby>り此西濱と云は<ruby><rb>湊</rb><rt>みなと</rt></ruby>にて九州第一の<ruby><rb>大湊</rb><rt>おほみなと</rt></ruby>なり四國中國<ruby><rb>上方筋</rb><rt>かみがたすぢ</rt></ruby>への大船は<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も此西濱より出すとなり<ruby><rb>然</rb><rt>しかる</rt></ruby>に加納屋利兵衞方にて<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>天神丸</rb><rt>てんじんまる</rt></ruby>と名付し大船を<ruby><rb>造</rb><rt>つく</rt></ruby>り<ruby><rb>極月</rb><rt>ごくげつ</rt></ruby>廿八日は吉日なりとて西濱にて<ruby><rb>新艘卸</rb><rt>しんざうおろ</rt></ruby>しをなし大坂へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>して<ruby><rb>一商賣</rb><rt>ひとしやうばい</rt></ruby>せん<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りなりし此事は<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て吉兵衞も<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>の事なれば心に思ふ樣是より<ruby><rb>西濱</rb><rt>にしはま</rt></ruby>に到り<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き天神丸の<ruby><rb>上乘</rb><rt>うはのり</rt></ruby>して<ruby><rb>上方筋</rb><rt>かみがたすぢ</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもふ</rt></ruby>かんと<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み足を早めて西濱に<ruby><rb>到</rb><rt>いたり</rt></ruby>ければ天神丸ははや<ruby><rb>乘出</rb><rt>のりいだ</rt></ruby>さん時なり吉兵衞は<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>オヽイ〱と船を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>けば<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby><ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>が聞つけ何事ならんと<ruby><rb>端舟</rb><rt>てんま</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>して<ruby><rb>漕寄</rb><rt>こぎよせ</rt></ruby>見れば當時<ruby><rb>本店</rb><rt>ほんてん</rt></ruby>にて日の出の<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>吉兵衞なれば<ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>は<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に是は〱番頭樣には<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>御用</rb><rt>ごよう</rt></ruby>にて御<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れしやと尋ければ吉兵衞<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て<ruby><rb>御前方</rb><rt>おまへがた</rt></ruby>も兼て知らるゝ如く此吉兵衞は是迄<ruby><rb>精心</rb><rt>せいしん</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して奉公せし故<ruby><rb>御主人方</rb><rt>ごしゆじんがた</rt></ruby>にても此兩三年は餘程の<ruby><rb>利分</rb><rt>りぶん</rt></ruby>を得られたれば<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に<ruby><rb>別家</rb><rt>べつけ</rt></ruby>でも出し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべきか幸ひ天神丸の<ruby><rb>新艘卸</rb><rt>しんざうおろし</rt></ruby>なれば其方<ruby><rb>上乘</rb><rt>うはのり</rt></ruby>して大坂へなり又は江戸へなり<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>な所で一<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あぐ</rt></ruby>べしとて手元金として七百兩を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたり若も<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>の<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>で不足なれば何程でも<ruby><rb>助力</rb><rt>じよりき</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さんと御主人の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>きお心入<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>も成ず夫故<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>火急</rb><rt>くわきふ</rt></ruby>の出立にて參りしなり今日より天神丸の<ruby><rb>上乘</rb><rt>うはのり</rt></ruby>方と成り一まづ<ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>へ參る<ruby><rb>積</rb><rt>つもり</rt></ruby>なりと申ければ<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>杢右衞門は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て大きに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び是迄何事に<ruby><rb>依</rb><rt>よら</rt></ruby>ず御<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>き吉兵衞樣の<ruby><rb>商賣初</rb><rt>しやうばいはじめ</rt></ruby>といひ天神丸の<ruby><rb>新艘卸</rb><rt>しんざうおろ</rt></ruby>し<ruby><rb>傍々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て<ruby><rb>御商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>は<ruby><rb>御利運</rb><rt>ごりうん</rt></ruby>に疑ひなしお<ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたし</rt></ruby>〱と<ruby><rb>祝</rb><rt>いは</rt></ruby>ひつゝ吉兵衞を<ruby><rb>端舟</rb><rt>てんま</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>て天神丸へぞ<ruby><rb>乘移</rb><rt>のりうつ</rt></ruby>しけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>は十八人の<ruby><rb>水主</rb><rt>かこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>し一人一人に吉兵衞に<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>せ此度は<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>吉兵衞樣御商賣のお<ruby><rb>手初</rb><rt>てはじ</rt></ruby>め<ruby><rb>新艘</rb><rt>しんざう</rt></ruby>の天神丸の<ruby><rb>上乘成</rb><rt>うはのりなさ</rt></ruby>るゝとの事なり<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby><ruby><rb>御利發</rb><rt>ごりはつ</rt></ruby>のお方なり正月三日のお<ruby><rb>祝</rb><rt>いはひ</rt></ruby>は<ruby><rb>番頭樣</rb><rt>ばんとうさま</rt></ruby>の<ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>り成ぞ皆々悦び候へと語りければ<ruby><rb>水主等</rb><rt>かこら</rt></ruby>は皆々手を<ruby><rb>突</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をぞなしたり其夜吉兵衞には<ruby><rb>酒肴</rb><rt>しゆかう</rt></ruby>を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよ</rt></ruby>せ<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>はじめ<ruby><rb>水主</rb><rt>かこ</rt></ruby>十八人を<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてな</rt></ruby>し<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>しける明れば<ruby><rb>極月</rb><rt>ごくづき</rt></ruby>廿九日此日は早天より<ruby><rb>晴渡</rb><rt>はれわた</rt></ruby>り其上<ruby><rb>追手</rb><rt>おつて</rt></ruby>の風なれば船頭杢右衞門は<ruby><rb>水主共</rb><rt>かこども</rt></ruby>に<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>をさせ<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ばとて西濱の港より<ruby><rb>友綱</rb><rt>ともつな</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>順風</rb><rt>じゆんぷう</rt></ruby>に<ruby><rb>眞帆</rb><rt>まほ</rt></ruby>十分に<ruby><rb>引上</rb><rt>ひきあげ</rt></ruby>走らせけるにぞ矢を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>る如く早くも中國四國の<ruby><rb>内海</rb><rt>ないかい</rt></ruby>を<ruby><rb>打過</rb><rt>うちす</rt></ruby>ぎ晝夜の<ruby><rb>差別</rb><rt>さべつ</rt></ruby>なく<ruby><rb>走</rb><rt>はしり</rt></ruby>て<ruby><rb>晦日</rb><rt>みそか</rt></ruby>の夜の<ruby><rb>亥</rb><rt>ゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby><ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>とは成れり<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>杢右衞門は<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>を見て<ruby><rb>水主等</rb><rt>かこら</rt></ruby>に此處は<ruby><rb>何所</rb><rt>いづこ</rt></ruby>の<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>なるやと尋けるに水主等は<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とは分らねど<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>は<ruby><rb>兵庫</rb><rt>ひやうご</rt></ruby>の<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>なるべしと答けるにぞ<ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>は吉兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むかひ</rt></ruby>番頭樣<ruby><rb>貴所</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御運の<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>ゆゑに<ruby><rb>僅</rb><rt>たつ</rt></ruby>た二日二夜で<ruby><rb>數</rb><rt>す</rt></ruby>百<ruby><rb>里</rb><rt>り</rt></ruby>の<ruby><rb>海路</rb><rt>かいろ</rt></ruby>を走り早<ruby><rb>攝州</rb><rt>せつしう</rt></ruby>兵庫の<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>に參たり<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>は元日の事なれば爰にて三ヶ日の<ruby><rb>御規式</rb><rt>おぎしき</rt></ruby>を取行ひ四日には兵庫の<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>なり共大阪の<ruby><rb>川尻</rb><rt>かはじり</rt></ruby>なり共思し召に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>着船</rb><rt>ちやくせん</rt></ruby>すべしと云ふ吉兵衞<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>考ふるに今大阪へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りても兵庫へ<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>ても<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>が熊本へ歸り<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>さば加納屋利兵衞方より<ruby><rb>追手</rb><rt>おつて</rt></ruby>を掛んも<ruby><rb>計難</rb><rt>はかりがた</rt></ruby>し然ば一先<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>く<ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きて事を<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ふに如ずと思案し<ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>に向申けるは我<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>せしが當時大阪よりは<ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>にて諸事<ruby><rb>便利</rb><rt>べんり</rt></ruby>なれば一先江戸を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>りて<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>を仕たく思ふなり<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>ながら天氣を<ruby><rb>見定</rb><rt>みさだ</rt></ruby>め遠く<ruby><rb>江戸廻</rb><rt>えどまは</rt></ruby>りして<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>たしといふ杢右衞門は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>をかき是迄の<ruby><rb>海上</rb><rt>かいじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>深淺</rb><rt>しんせん</rt></ruby>は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じたれば<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>も入らざりしが是から江戸への<ruby><rb>海上</rb><rt>かいじやう</rt></ruby>は<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>にて水差を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>までは叶ふまじといへば吉兵衞は<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は兎も角も<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby><ruby><rb>任</rb><rt>まかせ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひ給へとて其議に決し<ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて水差を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み江戸<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りとぞ定めける

## 第十回

享保十<ruby><rb>巳年</rb><rt>みどし</rt></ruby>も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>明れば<ruby><rb>同</rb><rt>おなじ</rt></ruby>き十一<ruby><rb>午年</rb><rt>うまどし</rt></ruby>の元日<ruby><rb>天神丸</rb><rt>てんじんまる</rt></ruby>には吉兵衞<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め船頭<ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby><ruby><rb>水主</rb><rt>かこ</rt></ruby>十八人<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>一人<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>二十一人にて元日の<ruby><rb>規式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby>を取行ひ三が日の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>は<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>に日を暮し<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>が樣々の<ruby><rb>藝</rb><rt>げい</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>しけるが三日も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>はや四日と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>にける此日は<ruby><rb>早天</rb><rt>さうてん</rt></ruby>より<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>にて四方<ruby><rb>晴渡</rb><rt>はれわた</rt></ruby>り海上<ruby><rb>青疊</rb><rt>あをだたみ</rt></ruby>を敷たる如く<ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>めき<ruby><rb>渡</rb><rt>わたり</rt></ruby>ければ吉兵衞も<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>も<ruby><rb>船表</rb><rt>ふなおもて</rt></ruby>へ出て四方を<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>なる有樣を見て吉兵衞は杢右衞門に向ひ<ruby><rb>兵庫</rb><rt>ひやうご</rt></ruby>の<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>を今日<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>せんは如何といふ杢右衞門は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>三が日の<ruby><rb>規式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby>も<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>殊に<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>なる<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>を呼て只今<ruby><rb>番頭樣</rb><rt>ばんとうさま</rt></ruby>より今日は<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>によき<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>すべしとの事なり我等も<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に存ずれば<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>の用意有べしといふ<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>是を聞て如何にも今日は<ruby><rb>晴天</rb><rt>せいてん</rt></ruby>にて<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>にはあれど得て<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なる日は<ruby><rb>雨下</rb><rt>あまおろ</rt></ruby>しといふ事あり能々天氣を<ruby><rb>見定</rb><rt>みさだめ</rt></ruby>て<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>然るべしといふ吉兵衞<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め皆々今日のごとき<ruby><rb>晴天</rb><rt>せいてん</rt></ruby>によも<ruby><rb>雨下</rb><rt>あまおろ</rt></ruby>しなどの<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>は有べからずと思へば杢右衞門又々<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>に向ひ成程<ruby><rb>足下</rb><rt>そくか</rt></ruby>の云るゝ處も一理なきにも有ねど<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>天氣</rb><rt>てんき</rt></ruby>なればよも<ruby><rb>難風</rb><rt>なんぷう</rt></ruby>など有まじく思ふなり<ruby><rb>強</rb><rt>おし</rt></ruby>て<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゆつぱん</rt></ruby>すべく存ずると云に<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>も然ばとて承知し兵庫の<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>をぞ出帆したり<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>も少し<ruby><rb>吹出</rb><rt>ふきいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>眞帆</rb><rt>まほ</rt></ruby>を七分に上て<ruby><rb>走</rb><rt>はしら</rt></ruby>せハヤ四國の<ruby><rb>灘</rb><rt>なだ</rt></ruby>を廻り<ruby><rb>凡</rb><rt>およそ</rt></ruby><ruby><rb>船路</rb><rt>ふなぢ</rt></ruby>にて四五十里も<ruby><rb>走</rb><rt>はしり</rt></ruby>しと思ふ頃吉兵衞は<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>の<ruby><rb>舳</rb><rt>みよし</rt></ruby>へ出て四方を<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め居たりしが<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むかう</rt></ruby>に山一ツ見えけるにぞ吉兵衞は<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>彼</rb><rt>あの</rt></ruby>高き山は<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>の山なりや<ruby><rb>畫</rb><rt>ゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>描</rb><rt>かき</rt></ruby>し駿河の<ruby><rb>富士山</rb><rt>ふじさん</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も似たりと問ふ<ruby><rb>水差</rb><rt>みづさし</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて<ruby><rb>那山</rb><rt>あのやま</rt></ruby>こそ名高き四國の<ruby><rb>新富士</rb><rt>しんふじ</rt></ruby>なりと答ふる<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>抑何</rb><rt>そもいか</rt></ruby>に此山の<ruby><rb>絶頂</rb><rt>ぜつちやう</rt></ruby>より<ruby><rb>刷毛</rb><rt>はけ</rt></ruby>にて引し如き<ruby><rb>黒雲</rb><rt>くろくも</rt></ruby>の出しに水差は<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>しすはや程なく<ruby><rb>雨下</rb><rt>あまおろ</rt></ruby>しの來るぞや早く<ruby><rb>用心</rb><rt>ようじん</rt></ruby>して帆を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>よ<ruby><rb>錨</rb><rt>いかり</rt></ruby>をといふ間も<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ばこそ一<ruby><rb>陣</rb><rt>ぢん</rt></ruby>の<ruby><rb>颺風</rb><rt>はやて</rt></ruby><ruby><rb>飄</rb><rt>さつ</rt></ruby>と<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し來るに常の<ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>とは<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>潮</rb><rt>うしほ</rt></ruby>波を吹出て<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち墨を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>せし如く<ruby><rb>眞闇</rb><rt>まつくら</rt></ruby>やみとなり<ruby><rb>魔風</rb><rt>まふう</rt></ruby>ます〱<ruby><rb>吹募</rb><rt>ふきつの</rt></ruby>り<ruby><rb>瞬時間</rb><rt>またゝくま</rt></ruby>に<ruby><rb>激浪</rb><rt>あらなみ</rt></ruby>は山の如く<ruby><rb>打上</rb><rt>うちあげ</rt></ruby><ruby><rb>打下</rb><rt>うちおろ</rt></ruby>し<ruby><rb>新艘</rb><rt>しんざう</rt></ruby>の天神丸も今や<ruby><rb>覆</rb><rt>くつが</rt></ruby>へらん<ruby><rb>形勢</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり日頃<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>の吉兵衞始め<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>杢右衞門十八人の<ruby><rb>水主</rb><rt>かこ</rt></ruby>水差都合二十一人の者共<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>し<ruby><rb>魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>を<ruby><rb>飛</rb><rt>とば</rt></ruby>し更に<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる心地もなく<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ思ひ〱に<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>を<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>り<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つく</rt></ruby>ばかりなり風は益々<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く船を<ruby><rb>搖上</rb><rt>ゆりあ</rt></ruby>げ<ruby><rb>搖下</rb><rt>ゆりおろ</rt></ruby>し<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>漂</rb><rt>たゞよ</rt></ruby>ひ彼方へ<ruby><rb>搖</rb><rt>ゆす</rt></ruby>れ正月四日の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>巳</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>より翌五日の<ruby><rb>申</rb><rt>さる</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>まで風は少しも<ruby><rb>止</rb><rt>やま</rt></ruby>ず<ruby><rb>吹通</rb><rt>ふきとほ</rt></ruby>しければ二十一人の者共は<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>もせす<ruby><rb>二日</rb><rt>ふつか</rt></ruby><ruby><rb>二夜</rb><rt>ふたよ</rt></ruby>を風に<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>れて暮したり<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く五日の<ruby><rb>申</rb><rt>さる</rt></ruby>の<ruby><rb>下刻</rb><rt>げこく</rt></ruby>に及び少し風も<ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>まり浪も<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>穩</rb><rt>おだや</rt></ruby>かに成ければ<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かに<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>の心地して<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びしが間もなく其夜の<ruby><rb>初更</rb><rt>しよかう</rt></ruby>に再び<ruby><rb>震動</rb><rt>しんどう</rt></ruby><ruby><rb>雷電</rb><rt>らいでん</rt></ruby>し<ruby><rb>颶風</rb><rt>ぐふう</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>吹起</rb><rt>ふきおこ</rt></ruby>り以前に<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>して<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>は<ruby><rb>搖上</rb><rt>ゆりあ</rt></ruby>げ<ruby><rb>搖下</rb><rt>ゆりおろ</rt></ruby>され今にも<ruby><rb>逆卷</rb><rt>さかまく</rt></ruby><ruby><rb>浪</rb><rt>なみ</rt></ruby>に引れ<ruby><rb>那落</rb><rt>ならく</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>まん計りなれば八<ruby><rb>寒</rb><rt>かん</rt></ruby>八<ruby><rb>熱</rb><rt>ねつ</rt></ruby>の<ruby><rb>地獄</rb><rt>ぢごく</rt></ruby>の樣も<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>やとばかり<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしなんども<ruby><rb>愚</rb><rt>おろ</rt></ruby>かなり<ruby><rb>看々</rb><rt>みる〱</rt></ruby>山の如き<ruby><rb>大浪</rb><rt>おほなみ</rt></ruby>は天神丸の<ruby><rb>胴腹</rb><rt>どうはら</rt></ruby>へ打付たれば<ruby><rb>哀</rb><rt>あはれ</rt></ruby>やさしも<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>に<ruby><rb>營</rb><rt>しつ</rt></ruby>らへし天神丸も<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>巖石</rb><rt>がんせき</rt></ruby>に打付られ<ruby><rb>微塵</rb><rt>みぢん</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なつ</rt></ruby>て<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>け失たり<ruby><rb>氣早</rb><rt>きばや</rt></ruby>き吉兵衞は此時早くも<ruby><rb>身構</rb><rt>みがま</rt></ruby>へして所持の品は身に付ゐたるが天神丸の巖石に<ruby><rb>打付</rb><rt>うちつけ</rt></ruby>られし<ruby><rb>機會</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>の岩の上へ打上られ<ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby>は<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>も有ざりける<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て心付<ruby><rb>拂</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の覺し如く<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>にても船は如何せしやと<ruby><rb>幽</rb><rt>かす</rt></ruby>かに<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>す<ruby><rb>宵月</rb><rt>よひづき</rt></ruby>の光りに<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見ば廿人の者共は如何にせしや一人も<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>だになし<ruby><rb>無漸</rb><rt>むざん</rt></ruby>や<ruby><rb>鯨魚</rb><rt>くぢら</rt></ruby>の<ruby><rb>餌食</rb><rt>ゑじき</rt></ruby>と成しか其か中にても<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>辛</rb><rt>からく</rt></ruby>も<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かりしは<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>に<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひし事かな<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど二日二夜海上に<ruby><rb>漂</rb><rt>たゞよ</rt></ruby>ひし事なれば<ruby><rb>身心</rb><rt>しんしん</rt></ruby><ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の吉兵衞岩の上に<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby><ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>の外は無りしが<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>は殘らず<ruby><rb>潮</rb><rt>しほ</rt></ruby>に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby><ruby><rb>惣身</rb><rt>そうしん</rt></ruby>よりは<ruby><rb>雫</rb><rt>しづく</rt></ruby><ruby><rb>滴</rb><rt>したゝ</rt></ruby>り未だ<ruby><rb>初春</rb><rt>しよしゆん</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>餘寒</rb><rt>よかん</rt></ruby>は五體に<ruby><rb>染渡</rb><rt>しみわた</rt></ruby>り<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>にて<ruby><rb>刺</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れる如くなるを<ruby><rb>堪</rb><rt>こらへ</rt></ruby>て吉兵衞<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>起上</rb><rt>おきあが</rt></ruby>り大事を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へし身の爰にて<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>凍死</rb><rt>こゞえしな</rt></ruby>んも<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なりと氣を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし四方を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>せば<ruby><rb>蔦葛</rb><rt>つたかつら</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りて<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>を見付是ぞ天の<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へなりと二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>の包みを<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>ふ葛を<ruby><rb>力草</rb><rt>ちからぐさ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と山へ<ruby><rb>這上</rb><rt>はひあが</rt></ruby>りて見ば此は<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に山上は<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby>にて一面の<ruby><rb>銀世界</rb><rt>ぎんせかい</rt></ruby>なり<ruby><rb>方角</rb><rt>はうがく</rt></ruby>はます〱見分がたく<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>には<ruby><rb>氷柱</rb><rt>つらゝ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>り<ruby><rb>汐</rb><rt>しほ</rt></ruby>に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>し上を寒風に<ruby><rb>吹晒</rb><rt>ふきさら</rt></ruby>され<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby>まで氷りて<ruby><rb>針金</rb><rt>はりがね</rt></ruby>の如くなれば<ruby><rb>進退</rb><rt>しんたい</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に極まりて兎にも角にも此處で<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはつ</rt></ruby>る事かと思ふ<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りなり時に吉兵衞<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>思に<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>へ名のり出て事<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及時は三尺<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>き木の<ruby><rb>上</rb><rt>そら</rt></ruby>に<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を捨る<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>なれども今<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>阿容々々</rb><rt>おめ〱</rt></ruby><ruby><rb>凍死</rb><rt>こゞえしな</rt></ruby>んは殘念なり<ruby><rb>人家</rb><rt>じんか</rt></ruby>は無事かと<ruby><rb>凍</rb><rt>こゞ</rt></ruby>えし足を<ruby><rb>曳</rb><rt>ひき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か向ふの方に人家らしき<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>の有を<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby>たれば吉兵衞是に力を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>て<ruby><rb>艱苦</rb><rt>かんく</rt></ruby>を<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び其處を目當に<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>を<ruby><rb>踏分々々</rb><rt>ふみわけ〱</rt></ruby>たどり<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て見れば人家にはあらで<ruby><rb>一簇</rb><rt>ひとむら</rt></ruby>の<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>りなれば<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く望みを失ひはや<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>にも<ruby><rb>見放</rb><rt>みはな</rt></ruby>され此處にて一命の<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>る事かと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>みながら猶も向を<ruby><rb>詠</rb><rt>ながめ</rt></ruby>やれば<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>向ふに<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の光のちら〱と見えしに吉兵衞<ruby><rb>漸</rb><rt>やう</rt></ruby>やく<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>し是ぞ<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ひなき人家ならんと又も<ruby><rb>彼火</rb><rt>かのひ</rt></ruby>の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby>を<ruby><rb>目當</rb><rt>めあて</rt></ruby>に<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>を<ruby><rb>踏分々々</rb><rt>ふみわけ〱</rt></ruby>たどり行て見ば殊の外なる大家なり吉兵衞は<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>も<ruby><rb>氷柱</rb><rt>つらゝ</rt></ruby><ruby><rb>垂</rb><rt>た</rt></ruby>れ其上二日二夜海上に<ruby><rb>漂</rb><rt>たゞよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>もせざれば<ruby><rb>身體</rb><rt>しんたい</rt></ruby><ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>聲も<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ〱戸の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>より案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>しに内よりは大音にて<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>なるや内へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はいる</rt></ruby>べしといふ吉兵衞大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び内へ入りて申やう私し儀は<ruby><rb>肥後國</rb><rt>ひごのくに</rt></ruby>熊本の者なるが今日の<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby>に<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby><ruby><rb>踏迷</rb><rt>ふみまよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>いたす者なり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にて一<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>一<ruby><rb>飯</rb><rt>ぱん</rt></ruby>の<ruby><rb>御惠</rb><rt>おんめぐみ</rt></ruby>を願奉ると<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に述ければ<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>に年頃卅六七とも見ゆる男の<ruby><rb>半面</rb><rt>はんめん</rt></ruby>に<ruby><rb>青髭</rb><rt>あをひげ</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>はえ</rt></ruby><ruby><rb>骨柄</rb><rt>こつがら</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>のみ<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しからざるが火に<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>りて居たりしが夫は<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めし<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>ならん<ruby><rb>疾々</rb><rt>とく〱</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り給へ併し<ruby><rb>空腹</rb><rt>くふふく</rt></ruby>とあれば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に火に<ruby><rb>煖</rb><rt>あたる</rt></ruby>は<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず先々<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へ行て<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>いたし其<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>火の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>へ<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby>玉へと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>慇懃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に申けるに吉兵衞は<ruby><rb>地獄</rb><rt>ぢごく</rt></ruby>で<ruby><rb>佛</rb><rt>ほとけ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>たる心地なし世にも<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>あるお<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>かなと悦び<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へ到りて<ruby><rb>空腹</rb><rt>くうふく</rt></ruby>の事ゆゑ急ぎ<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>せんものと見れば<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも五升も入べき<ruby><rb>飯櫃</rb><rt>めしびつ</rt></ruby>五ツ<ruby><rb>竝</rb><rt>なら</rt></ruby>べたり<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>も<ruby><rb>焚立</rb><rt>たきたて</rt></ruby>なりければ吉兵衞は大きに<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>し<ruby><rb>此樣子</rb><rt>このやうす</rt></ruby>では<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>の暮しと見えたれども此程の大家に男は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>にもせよ女の五人や三人は<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>べきに夫と見えぬは<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>如何なる者の<ruby><rb>住家</rb><rt>すみか</rt></ruby>ならんと思ひながら<ruby><rb>飢</rb><rt>うゑ</rt></ruby>たる<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に獨り<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>し終り再び<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>へ來りて<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>男に<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ先々<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと<ruby><rb>安座</rb><rt>あんざ</rt></ruby>して火に<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>り給へといふ吉兵衞は世にも<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く思ひ火に<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>れば今まで氷たる<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の雪も<ruby><rb>解</rb><rt>とけ</rt></ruby>て<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby>よりは<ruby><rb>雫</rb><rt>しづく</rt></ruby><ruby><rb>滴</rb><rt>したゝ</rt></ruby>り衣服は<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>るが如くなれば<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>男もこれを見て氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>にや思ひけん<ruby><rb>其衣類</rb><rt>そのいるゐ</rt></ruby>では<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なるべし<ruby><rb>麁末</rb><rt>そまつ</rt></ruby>なれども此方の<ruby><rb>衣服</rb><rt>いふく</rt></ruby>を<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>申さん其衣類は<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>まで<ruby><rb>竿</rb><rt>さを</rt></ruby>にでも掛て<ruby><rb>乾</rb><rt>ほし</rt></ruby>玉へと<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>る方なき心切なる<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に吉兵衞はます〱<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び衣類を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>て<ruby><rb>着替</rb><rt>きかへ</rt></ruby><ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>し<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>竿</rb><rt>さを</rt></ruby>に掛け再び<ruby><rb>圍爐裡</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>へ來りて<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>れば二日二夜の<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみに<ruby><rb>心身</rb><rt>しんしん</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れし上今十分に<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>を成して火に<ruby><rb>煖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>まりし事なれば<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>眠氣</rb><rt>ねふけ</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>しける<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど始めて宿り心も知れざる家なれば吉兵衞は氣を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>れども我<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ず<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>居眠</rb><rt>ゐねぶ</rt></ruby>りけるを彼男は<ruby><rb>見兼</rb><rt>みかね</rt></ruby>たりけん客人には餘程<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>しと見えたり<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>なく<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に休み給へ今に家内の者共が<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>歸り來るが<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>て<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>には及ばず明朝まで<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと<ruby><rb>寢</rb><rt>ねら</rt></ruby>れよ<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>は<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby>に<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>ありどれでも勝手に着玉へ<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>は<ruby><rb>鴨居</rb><rt>かもゐ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくつ</rt></ruby>もありいざ〱と進めながら<ruby><rb>奧座敷</rb><rt>おくざしき</rt></ruby>は<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へ有れば是へは<ruby><rb>猥</rb><rt>みだ</rt></ruby>りに<ruby><rb>這入</rb><rt>はいり</rt></ruby>給ふな此儀は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>こと</rt></ruby>わりたりと云ふに吉兵衞<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>し然らば御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>御免蒙</rb><rt>ごめんかうむ</rt></ruby>るべしとて次の間へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り押入を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>て見るに<ruby><rb>絹布</rb><rt>けんぷ</rt></ruby><ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>の<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby><ruby><rb>夥多</rb><rt>おびたゞし</rt></ruby>く<ruby><rb>積上</rb><rt>つみあげ</rt></ruby>てあり<ruby><rb>鴨居</rb><rt>かもゐ</rt></ruby>の上には枕の<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby>凡そ四十<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りも有んと思はれます〱<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>な<ruby><rb>住家</rb><rt>すみか</rt></ruby>なりと吉兵衞は<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>みながらも<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby>より夜具取出して次の間へこそ<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>たりける

## 第十一回

扨も吉兵衞が<ruby><rb>宿</rb><rt>やどり</rt></ruby>たる家の主人を<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>と尋るに<ruby><rb>水戸中納言殿</rb><rt>みとちうなごんどの</rt></ruby>の<ruby><rb>御家老職</rb><rt>ごからうしよく</rt></ruby>に藤井<ruby><rb>紋太夫</rb><rt>もんだいふ</rt></ruby>と云ふあり彼柳澤が<ruby><rb>謀叛</rb><rt>むほん</rt></ruby>に<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>して既に<ruby><rb>公邊</rb><rt>こうへん</rt></ruby>の大事にも及べき處を<ruby><rb>黄門光圀卿</rb><rt>くわうもんみつくにきやう</rt></ruby>の<ruby><rb>明察</rb><rt>めいさつ</rt></ruby>に<ruby><rb>見露</rb><rt>みあらは</rt></ruby>し玉ひお手討に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>ける然るに紋太夫に一人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>あり名を<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>と呼べり親紋太夫の氣を<ruby><rb>受繼</rb><rt>うけつぎ</rt></ruby>てや<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば一家中に是を憎まぬ者なし紋太夫が惡事<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>に<ruby><rb>扶持高</rb><rt>ふちたか</rt></ruby>も住宅をも<ruby><rb>召上</rb><rt>めしあげ</rt></ruby>られ大膳は門前<ruby><rb>拂</rb><rt>はらひ</rt></ruby>となり<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく水戸を立去り<ruby><rb>美濃國</rb><rt>みのゝくに</rt></ruby><ruby><rb>各務郡</rb><rt>かゞみごほり</rt></ruby><ruby><rb>谷汲</rb><rt>たにくみ</rt></ruby>の<ruby><rb>郷</rb><rt>さと</rt></ruby><ruby><rb>長洞村</rb><rt>ながほらむら</rt></ruby>の日蓮宗にて百八十三箇寺の本寺なる常樂院の<ruby><rb>當住</rb><rt>たうぢう</rt></ruby><ruby><rb>天忠上人</rb><rt>てんちうしやうにん</rt></ruby>と聞えしは藤井紋太夫が<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>にて大膳が爲には<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>伯父坊</rb><rt>をぢばう</rt></ruby>なれば大膳は此長洞村へ尋ね來り<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く此寺の<ruby><rb>食客</rb><rt>しよくかく</rt></ruby>となり居たりしが元より不敵の者なれば<ruby><rb>夜々</rb><rt>よな〱</rt></ruby><ruby><rb>往還</rb><rt>わうくわん</rt></ruby>へ出て旅人を<ruby><rb>刧</rb><rt>おびやか</rt></ruby>し<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うばひ</rt></ruby>て己が酒色の<ruby><rb>料</rb><rt>れう</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>けり初の程は何者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>とも知る者<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りしが遂に誰云ふとなく<ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>はぐ</rt></ruby>の惡黨は此頃常樂院の食客大膳と云ふ者の仕業なりとをさ〱<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>高くなり<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と無く<ruby><rb>影護</rb><rt>うしろめだ</rt></ruby>くなり此寺にも<ruby><rb>居惡</rb><rt>ゐにく</rt></ruby>く餘儀なく此處を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>一先江戸へ出ん物と關東を心ざし<ruby><rb>東海道</rb><rt>とうかいだう</rt></ruby>をば下りけり<ruby><rb>懷</rb><rt>ふとこ</rt></ruby>ろ<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しければ道中にても旅人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>し金銀を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ酒色に<ruby><rb>酖</rb><rt>ふけ</rt></ruby>り<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>がぬ道も<ruby><rb>日數</rb><rt>ひかず</rt></ruby><ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>て<ruby><rb>漸</rb><rt>やう</rt></ruby>やく江戸へ近づき神奈川宿の<ruby><rb>龜屋徳右衞門</rb><rt>かめやとくゑもん</rt></ruby>といふ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ泊り<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>座敷を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>へば女の<ruby><rb>化粧</rb><rt>けしやう</rt></ruby>する<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>なり何心なく<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き<ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>ば年の頃は十八九の娘の<ruby><rb>容色</rb><rt>きりやう</rt></ruby>も<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐれ</rt></ruby>て<ruby><rb>美麗</rb><rt>うつくし</rt></ruby>きが<ruby><rb>服紗</rb><rt>ふくさ</rt></ruby>より一ツの<ruby><rb>金包</rb><rt>かねつゝみ</rt></ruby>を取出し中より四五<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby>て紙に包み跡をば包て<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の下へ入し<ruby><rb>嵩</rb><rt>かさ</rt></ruby>は百兩ほどなり<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby>の大膳は<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見るより<ruby><rb>粟々</rb><rt>ぞく〱</rt></ruby>と喜び<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>らも女の身として<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る大金を所持し一人<ruby><rb>旅行</rb><rt>りよかう</rt></ruby>するは心得がたしと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>の下女を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に樣子を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねければ<ruby><rb>口惡善</rb><rt>くちさが</rt></ruby>なき下女の<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならひ</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>こそ近在の<ruby><rb>大盡</rb><rt>だいじん</rt></ruby>の<ruby><rb>娘御</rb><rt>むすめご</rt></ruby>なるが江戸のさる<ruby><rb>大店</rb><rt>おほだな</rt></ruby>へ<ruby><rb>嫁入</rb><rt>よめいり</rt></ruby>なされしが<ruby><rb>聟樣</rb><rt>むこさま</rt></ruby>を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ鎌倉の<ruby><rb>尼寺</rb><rt>あまでら</rt></ruby>へ夜通の<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りにて行れるなり出入の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>善六といふが<ruby><rb>強</rb><rt>たつ</rt></ruby>ての頼み今夜は<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に泊られしなりと聞かぬ事まで<ruby><rb>喋々</rb><rt>べら〱</rt></ruby>と話すを大膳は<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝすま</rt></ruby>し夫は近頃<ruby><rb>不了簡</rb><rt>ふれうけん</rt></ruby>の女なりなど<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>には<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>たり已に其夜も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>わたり<ruby><rb>丑滿頃</rb><rt>うしみつころ</rt></ruby>となりければ大膳は<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>の<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を<ruby><rb>忍明</rb><rt>しのびあけ</rt></ruby>ぬき足に彼女を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>へば<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>の<ruby><rb>疲</rb><rt>つかれ</rt></ruby>かすや〱と<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>居り夜具の上より<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>も<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>れと氷の<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby><ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なくも只一<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>女は<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>の聲も得立ず<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>なくも<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たれば<ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすま</rt></ruby>したりと<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の下より<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>服紗包</rb><rt>ふくさつゝみ</rt></ruby>を取出し大膽にも己が座敷へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り<ruby><rb>何氣</rb><rt>なにげ</rt></ruby>なき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて明方近くまで一寢入し<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に下女を<ruby><rb>呼起</rb><rt>よびおこ</rt></ruby>し急用なれば八ツ半には出立の<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しが大に<ruby><rb>寢忘</rb><rt>ねわすれ</rt></ruby>たり<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に出立すれば何も入ず<ruby><rb>茶漬</rb><rt>ちやづけ</rt></ruby>を出し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと<ruby><rb>逆立</rb><rt>せきた</rt></ruby>てられ下女は<ruby><rb>慌</rb><rt>あわて</rt></ruby>て<ruby><rb>膳拵</rb><rt>ぜんごしらへ</rt></ruby>すれば大膳は食事を仕舞ひ用意も<ruby><rb>底々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>に龜屋をこそは出立せり<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>の如く江戸の方へは<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ず<ruby><rb>引返</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>して足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の方へと赴きける主人の徳右衞門は表の戸を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>しに驚き<ruby><rb>偵</rb><rt>さす</rt></ruby>が<ruby><rb>旅宿屋</rb><rt>やどや</rt></ruby>の主人だけ<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>に<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りもなき客の<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に出立せしは<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なりとて彼の座敷を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めしに<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る事も<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>隔</rb><rt>となり</rt></ruby>座敷を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに是も<ruby><rb>靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>なれど<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>駕籠屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>善六に頼まれし<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>き女なればと<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じて座敷へ入り見れば<ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>や<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>て死しゐたり扨こそ<ruby><rb>彼侍</rb><rt>かのさむらひ</rt></ruby>が女を殺して<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>しと<ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに上を下へと<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>し<ruby><rb>追人</rb><rt>おつて</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>んもハヤ<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>が<ruby><rb>延</rb><rt>のび</rt></ruby>たり併し當人を<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにが</rt></ruby>しては<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出るとも此身の<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>は<ruby><rb>免</rb><rt>まぬ</rt></ruby>かれ難し<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>には<ruby><rb>一人旅</rb><rt>ひとりたび</rt></ruby>は<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>御大法</rb><rt>ごたいはふ</rt></ruby>なり女は善六の頼みなれば<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>も<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>べけれど<ruby><rb>侍</rb><rt>さふら</rt></ruby>ひの方は此方の<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難し<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>此事は<ruby><rb>蔽</rb><rt>かく</rt></ruby>すに<ruby><rb>如</rb><rt>しか</rt></ruby>じと家内の者共に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこら</rt></ruby>ず<ruby><rb>口留</rb><rt>くちどめ</rt></ruby>して<ruby><rb>邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>の血も<ruby><rb>灑拭</rb><rt>ふきぬぐ</rt></ruby>ひ死骸は幸ひ此頃<ruby><rb>植</rb><rt>うゑ</rt></ruby>し庭の梅の木を<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く掘りて<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に其下へ<ruby><rb>埋</rb><rt>うづめ</rt></ruby>ける爰に<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>の善六と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>は神奈川宿にて<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>の名を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>し者なり昨日龜屋へ一宿を頼みし女中は今日は<ruby><rb>通駕籠</rb><rt>とほしかご</rt></ruby>にて<ruby><rb>鎌倉迄</rb><rt>かまくらまで</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>べき約束ゆゑ善六は朝早く龜屋へ來り亭主に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と言入れ<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>の<ruby><rb>駕</rb><rt>かご</rt></ruby>が<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひに參りたりと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せたり徳右衞門は<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>三と思ふ色を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>何氣</rb><rt>なにげ</rt></ruby>なき體にて彼女中の客人は<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby><ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>れたり貴樣の方へは<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずやと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>善六<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>途中にて駕籠へ<ruby><rb>乘</rb><rt>のる</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>駕籠蒲團</rb><rt>かごふとん</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りでは<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>しとて小袖を下に<ruby><rb>布</rb><rt>しき</rt></ruby>しが今日も<ruby><rb>乘</rb><rt>のら</rt></ruby>るゝ約束<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば小袖は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>我等が<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り置て只今持て參りたり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば一應の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>て出立すべき筈は<ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば徳右衞門<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>しいや決して<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>女中よりの咄には<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>鎌倉の尼寺まで<ruby><rb>通駕籠</rb><rt>とほしかご</rt></ruby>で參る約束はしたれ共<ruby><rb>那駕籠屋</rb><rt>あのかごや</rt></ruby>は何とやらん<ruby><rb>心元</rb><rt>こゝろもと</rt></ruby>なし明朝迎ひに參らば程能<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと頼まれたり<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りと思はゞ<ruby><rb>家探</rb><rt>やさが</rt></ruby>しなり共致さるべし何とて<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なき僞り申すべきやと云ひけるに善六は此を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>とは思へ共<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>にも<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>にも<ruby><rb>爭</rb><rt>あら</rt></ruby>そふも<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠賃</rb><rt>かごちん</rt></ruby>はまだ<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>ず今日一所に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ふ筈なりしが早立しとなれば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>もなし<ruby><rb>過分</rb><rt>くわぶん</rt></ruby>なれど此小袖は昨日の駕籠賃の<ruby><rb>質</rb><rt>かた</rt></ruby>に預り<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>べしと善六は駕籠を<ruby><rb>舁</rb><rt>かた</rt></ruby>げて出行たり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は徳右衞門を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め家内の者もホツト<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐計</rb><rt>つくばかり</rt></ruby>なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て善六は神奈川<ruby><rb>臺</rb><rt>だい</rt></ruby>へ行て<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>し<ruby><rb>棒組</rb><rt>ぼうぐみ</rt></ruby>と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるは只今龜屋方の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>の女客の今朝早く出立せしとは<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり殊に亭主の<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>といひ何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ事なりと<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る處へ江戸の方より十人<ruby><rb>計</rb><rt>ばかり</rt></ruby>の男の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby><ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby>にて旅人とも見えず<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて又近所の者には<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ずと見ゆるが<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>て來りつゝ居合はせし善六に向ひ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬる樣に昨日<ruby><rb>年頃</rb><rt>としのころ</rt></ruby>十八九の女の<ruby><rb>黒縮緬</rb><rt>くろちりめん</rt></ruby>に八丈の小袖を<ruby><rb>襲着</rb><rt>かさねぎ</rt></ruby>せしが<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や<ruby><rb>此道筋</rb><rt>このみちすぢ</rt></ruby>を通りしを<ruby><rb>見懸</rb><rt>みかけ</rt></ruby>られざりしや<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の宿にて<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に昨日の<ruby><rb>晝頃</rb><rt>ひるごろ</rt></ruby>に通りしと<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>り<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>見當り玉はゞ<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>玉はれといふに善六は<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の小袖を取出し<ruby><rb>其尋</rb><rt>そのたづ</rt></ruby>ぬる人は此小袖の主にや此は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>にて<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby><ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひに參りしが龜屋の亭主に<ruby><rb>傳言</rb><rt>でんごん</rt></ruby>して先刻お立なされしとの事なり<ruby><rb>此小袖</rb><rt>このこそで</rt></ruby>は昨日の<ruby><rb>賃錢</rb><rt>ちんせん</rt></ruby>に私が預りたり私へ<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>なしに立れしは<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと今も<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>てをる所なり<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思はれなば<ruby><rb>精</rb><rt>くはし</rt></ruby>くは龜屋にて尋ね給へといふにぞ中にも<ruby><rb>年倍</rb><rt>としばい</rt></ruby>の男が<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるは此人に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も駕籠の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>とお<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby><ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は我々<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有て其女中を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>る者なり何共<ruby><rb>御太儀</rb><rt>ごたいぎ</rt></ruby>ながら今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>其旅籠屋</rb><rt>そのはたごや</rt></ruby>まで案内して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>まじきやと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>にぞ夫れは易き事なりと善六は<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>に<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の人々を<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>なひて龜屋徳右衞門方へ到り人々を亭主に引合はせぬ徳右衞門は一大事と<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>然氣</rb><rt>さりげ</rt></ruby>なく善六に答へし如く此者どもにも<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>たり<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ばとて十人の内より三人を鎌倉の<ruby><rb>尼寺</rb><rt>あまでら</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし殘り七人は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>龜屋に<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>りて鎌倉の<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>を<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまち</rt></ruby>ける其日の夕暮に及び尼寺へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し人々は<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへり</rt></ruby>けるが女中にはまだ彼寺へは來らざる由なれば<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>く<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りなり<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては龜屋徳右衞門に<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>が掛り<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしきこともあれば此事<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に代官所の<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>となり<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>くなりて龜屋徳右衞門の家内は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され跡へ役人來りて<ruby><rb>家搜</rb><rt>やさがし</rt></ruby>せしに庭の梅の木の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>の土の<ruby><rb>新</rb><rt>あたら</rt></ruby>しければ<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しとて<ruby><rb>掘發</rb><rt>ほりおこ</rt></ruby>すに果して女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>め<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しとぞ龜屋徳右衞門は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>せられ度々の<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に始めて前の次第を<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>には<ruby><rb>及</rb><rt>および</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば殺害せしと思ふ當人を<ruby><rb>取逃</rb><rt>とりにが</rt></ruby>し殊に御<ruby><rb>法度</rb><rt>はつと</rt></ruby>の<ruby><rb>一人旅</rb><rt>ひとりたび</rt></ruby>を<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>し<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>の申譯立ちがたく罪は徳右衞門一人に<ruby><rb>歸</rb><rt>き</rt></ruby>し長き<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>のうち<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>むべし<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>牢死</rb><rt>ろうし</rt></ruby>をぞなしたり一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>の<ruby><rb>不覺悟</rb><rt>ふかくご</rt></ruby>にて終に一家の<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつばう</rt></ruby>を來せしは哀れなりける<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>なり

## 第十二回

爰に大膳は神奈川の<ruby><rb>旅店</rb><rt>はたごや</rt></ruby>にて婦人を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し思ひ<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby>ぬ大金を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとり</rt></ruby>たれば江戸は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なるべし<ruby><rb>如</rb><rt>しか</rt></ruby>ず此より上方に取て<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>し中國より九州へ<ruby><rb>渡</rb><rt>わたら</rt></ruby>んにはと<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に四國に<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>しが伊豫國なる<ruby><rb>藤</rb><rt>ふぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>原</rb><rt>はら</rt></ruby>と云ふ山中に來り爰に<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとつ</rt></ruby>の<ruby><rb>隱家</rb><rt>かくれが</rt></ruby>を得て<ruby><rb>赤川大膳</rb><rt>あかがはだいぜん</rt></ruby>と姓名を<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>じ山賊を<ruby><rb>業</rb><rt>げふ</rt></ruby>として暫く此山中に住居しが次第々々に<ruby><rb>同氣</rb><rt>どうき</rt></ruby><ruby><rb>相求</rb><rt>あひも</rt></ruby>とむる手下の<ruby><rb>出來</rb><rt>いでき</rt></ruby>しかば今は三十一人の<ruby><rb>山賊</rb><rt>さんぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>張本</rb><rt>ちやうほん</rt></ruby>となり<ruby><rb>浮雲</rb><rt>ふうん</rt></ruby>の<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>に其日を送りける然るに<ruby><rb>一年</rb><rt>ひととせ</rt></ruby>上方に住し<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>兄弟の<ruby><rb>約</rb><rt>やく</rt></ruby>を<ruby><rb>結</rb><rt>むすび</rt></ruby>し<ruby><rb>藤井左京</rb><rt>ふぢゐさきやう</rt></ruby>と云者あり此頃藤が原へ尋ね來り暫く食客と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>て居たりしが時は享保十一<ruby><rb>午年</rb><rt>うまどし</rt></ruby>正月五日の事なりし朝より<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby>の<ruby><rb>降出</rb><rt>ふりいで</rt></ruby>しが藤井左京は大膳に向ひ<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>し<ruby><rb>去冬</rb><rt>きよとう</rt></ruby>より<ruby><rb>此山寨</rb><rt>このさんさい</rt></ruby>へ參り未だ<ruby><rb>寸功</rb><rt>すんこう</rt></ruby>もなく<ruby><rb>空</rb><rt>むなし</rt></ruby>く<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>すも<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なり我も貴殿の門下となりし手始めに今日の雪を幸ひ<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>の往來へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby><ruby><rb>一當</rb><rt>ひとあて</rt></ruby>あてんと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずるなり就ては御手下を我等に<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby><ruby><rb>貸給</rb><rt>かしたま</rt></ruby>へ<ruby><rb>一手柄</rb><rt>ひとてがら</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし申さんと云ふ大膳<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と聞て左京殿に我手を<ruby><rb>貸</rb><rt>かす</rt></ruby>はいと易けれど此大雪では<ruby><rb>旅人</rb><rt>たびびと</rt></ruby>も<ruby><rb>尾羽</rb><rt>をは</rt></ruby>を<ruby><rb>束</rb><rt>つか</rt></ruby>ね通行する者あるべからず<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby><ruby><rb>寒氣</rb><rt>かんき</rt></ruby>を<ruby><rb>犯</rb><rt>をか</rt></ruby>し行かれしとて思ふ如き鳥も<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るまじ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>今日は<ruby><rb>罷</rb><rt>やめ</rt></ruby>に致し玉へ手柄は何時でも<ruby><rb>成</rb><rt>でき</rt></ruby>る事と<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>めけれど思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>たる左京は更に聞き入れず思立しが吉日なり是非とも參りたしと<ruby><rb>強</rb><rt>たつ</rt></ruby>ての<ruby><rb>懇望</rb><rt>こんまう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby>に思はれなば兎も角もと手下の<ruby><rb>小賊</rb><rt>せうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>貸與</rb><rt>かしあたへ</rt></ruby>たれば左京は<ruby><rb>欣然</rb><rt>きんぜん</rt></ruby>と支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て出で行きし跡に大膳は一人つぶやき左京めが己れが<ruby><rb>意地</rb><rt>いぢ</rt></ruby>を立んとて此大雪に出で行きたれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>やあらん<ruby><rb>骨折損</rb><rt>ほねをりぞん</rt></ruby>の<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby><ruby><rb>所得</rb><rt>まうけ</rt></ruby>今に<ruby><rb>空手</rb><rt>からて</rt></ruby>で歸り<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>んアラ<ruby><rb>笑止</rb><rt>せうし</rt></ruby>の事やと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>言</rb><rt>ごと</rt></ruby><ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>してこそは居たりけり

<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby>吉兵衞は<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>りし<ruby><rb>山家</rb><rt>やまが</rt></ruby>の樣子何かに付て<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしき事のみなれば<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>には就けど<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>もやらず<ruby><rb>越方</rb><rt>こしかた</rt></ruby><ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>のことを案じながらも<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby><ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の言葉に奧の一間を見るなと<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>せしは如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>かと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに其奧の間の見ま<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>くて<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>起上</rb><rt>おきあが</rt></ruby>り忍び足して<ruby><rb>彼座敷</rb><rt>かのざしき</rt></ruby>の<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を<ruby><rb>押明</rb><rt>おしあけ</rt></ruby>見れば此はそも如何に金銀を<ruby><rb>鏤</rb><rt>ちり</rt></ruby>ばめ<ruby><rb>言語</rb><rt>ごんご</rt></ruby>に<ruby><rb>絶</rb><rt>ぜつ</rt></ruby>せし<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>の座敷にて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>唐紙</rb><rt>からかみ</rt></ruby>は金銀の<ruby><rb>箔</rb><rt>はく</rt></ruby><ruby><rb>張付</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>にて中央には<ruby><rb>雲間縁</rb><rt>うんげんべり</rt></ruby>の二<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby><ruby><rb>臺</rb><rt>だい</rt></ruby>を<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>け其上に<ruby><rb>紺純子</rb><rt>こんどんす</rt></ruby>の布團を二ツ<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに同じ夜具が一ツ<ruby><rb>唐紗羅紗</rb><rt>たうざらさ</rt></ruby>の<ruby><rb>掻卷</rb><rt>かいまき</rt></ruby><ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>ツあり<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby>の左右には<ruby><rb>朱塗</rb><rt>しゆぬり</rt></ruby>の<ruby><rb>燭臺</rb><rt>しよくだい</rt></ruby>を立床の間には三<ruby><rb>幅對</rb><rt>ぷくつい</rt></ruby>の掛物<ruby><rb>香爐</rb><rt>かうろ</rt></ruby>を臺に<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞい</rt></ruby>てあり不完全物ながら<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>づくめの品のみなり<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>しき<ruby><rb>違棚</rb><rt>ちがひだな</rt></ruby>には小さ口の<ruby><rb>花生</rb><rt>はないけ</rt></ruby>へ山茶花を古風に<ruby><rb>揷</rb><rt>さし</rt></ruby>たり<ruby><rb>袋棚</rb><rt>ふくろだな</rt></ruby>の戸二三寸明し中より<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>の<ruby><rb>鐺</rb><rt>こじり</rt></ruby>の見ゆれば吉兵衞は<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>て見れば<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の大脇差なり手に<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>を拂て見るに只今人を<ruby><rb>殺</rb><rt>あや</rt></ruby>めしが如くまだ<ruby><rb>生々</rb><rt>なま〱</rt></ruby>しき<ruby><rb>膏</rb><rt>あぶら</rt></ruby>の<ruby><rb>浮</rb><rt>うい</rt></ruby>て見ゆれば<ruby><rb>偵</rb><rt>さすが</rt></ruby>に吉兵衞は<ruby><rb>愕然</rb><rt>ぎよつ</rt></ruby>として扨ても山賊の住家なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る所へ泊りしこそ<ruby><rb>不覺</rb><rt>ふかく</rt></ruby>なれと<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>すれど今は<ruby><rb>網裡</rb><rt>まうり</rt></ruby>の魚<ruby><rb>函中</rb><rt>かんちう</rt></ruby>の<ruby><rb>獸</rb><rt>けもの</rt></ruby>また<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りければ如何はせんと再び<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>に<ruby><rb>就</rb><rt>つき</rt></ruby>ながらも次の間の<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>を如何ぞと<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby><ruby><rb>振立</rb><rt>ふりたて</rt></ruby>て<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>へば<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>人の歸り來りて語る樣は<ruby><rb>棟梁</rb><rt>おかしら</rt></ruby>の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>今日は大雪なれば旅人は<ruby><rb>尾羽</rb><rt>をば</rt></ruby>を<ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞめ</rt></ruby>案の如く<ruby><rb>徒足</rb><rt>むだあし</rt></ruby>なりしとつぶやきながら臺所へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>る其跡に<ruby><rb>動々</rb><rt>どや〱</rt></ruby>と藤井左京を初め立戻り皆々<ruby><rb>爐</rb><rt>ろ</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>へ集まりぬ此時左京は大膳に向ひ貴殿の<ruby><rb>御異見</rb><rt>ごいけん</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>はず<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>募</rb><rt>つのり</rt></ruby>て參りしか此雪で往來には<ruby><rb>半人</rb><rt>はんにん</rt></ruby>の<ruby><rb>旅客</rb><rt>りよかく</rt></ruby>もなし夫ゆゑ<ruby><rb>諸方</rb><rt>しよはう</rt></ruby>を<ruby><rb>駈廻</rb><rt>かけまは</rt></ruby>り漸く一人の<ruby><rb>旅人</rb><rt>たびびと</rt></ruby>を見つけ<ruby><rb>溌</rb><rt>ばつ</rt></ruby>さりやつて見れば一文なしの<ruby><rb>殼欠</rb><rt>がらつけつ</rt></ruby><ruby><rb>無益</rb><rt>むやく</rt></ruby>の<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>に手下の衆を<ruby><rb>勞</rb><rt>らう</rt></ruby>し何とも<ruby><rb>氣毒</rb><rt>きのどく</rt></ruby>の至りなり<ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>此左京は山賊は<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>申すと云ふに大膳<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑ひ左京どの<ruby><rb>沙彌</rb><rt>さみ</rt></ruby>から<ruby><rb>長老</rb><rt>ちやうらう</rt></ruby>と申し何事でも左樣<ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>くは行ぬ者なり<ruby><rb>山賊</rb><rt>さんぞく</rt></ruby><ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も其通り兎角<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>が<ruby><rb>肝心</rb><rt>かんじん</rt></ruby>なり石の上にも三年と云へば先づ〱<ruby><rb>氣長</rb><rt>きなが</rt></ruby>にし給へ其内には<ruby><rb>好事</rb><rt>よきこと</rt></ruby>も有るべし扨また我は<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>の留守に<ruby><rb>勞</rb><rt>らう</rt></ruby>せずして小千兩の<ruby><rb>鳥</rb><rt>とり</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へたりと云ふに左京は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て大いに<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶか</rt></ruby>り我々は大雪を<ruby><rb>踏分</rb><rt>ふみわけ</rt></ruby><ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さを<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>へ出て<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を<ruby><rb>張</rb><rt>はつ</rt></ruby>ても<ruby><rb>骨折損</rb><rt>ほねをりぞん</rt></ruby>して歸へりしに貴殿は内に居て<ruby><rb>爐</rb><rt>ろ</rt></ruby>に<ruby><rb>煖</rb><rt>あた</rt></ruby>り乍ら千兩程の大鳥を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>られしとは更に<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の參らぬ事なり此は貴殿の<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>をも<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ず<ruby><rb>徒骨</rb><rt>むだぼね</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>しを<ruby><rb>嘲弄</rb><rt>てうろう</rt></ruby>さるゝと思はれたりと云へば大膳は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこり</rt></ruby>と<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちゑみ</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>とよ此大膳<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>しに<ruby><rb>僞</rb><rt>いつはり</rt></ruby>を申べき<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を知らねば<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はるゝも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なりいで<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は斯々なり宵に御身たちが<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>し跡へ年の頃廿歳<ruby><rb>許</rb><rt>ばかり</rt></ruby>の<ruby><rb>容顏</rb><rt>ようがん</rt></ruby><ruby><rb>麗</rb><rt>うるは</rt></ruby>しき若者來れり<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも九<ruby><rb>州</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の<ruby><rb>大盡</rb><rt>だいじん</rt></ruby>の<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>ならずば<ruby><rb>大家</rb><rt>たいけ</rt></ruby>に<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>はるゝ者なるべし此大雪に<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を<ruby><rb>踏迷</rb><rt>ふみまよ</rt></ruby>ひ此處へ來りて一<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>し故<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>よく<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て衣類は<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>たれば此方のを<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したるが<ruby><rb>着替</rb><rt>きかゆ</rt></ruby>る時に<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつ</rt></ruby>と見し<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の金は七八百兩と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらん</rt></ruby>だ大膳が<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりき</rt></ruby>はよも<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>ふまじ<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>まで<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>させ明日は<ruby><rb>道案内</rb><rt>みちあんない</rt></ruby>に途中まで<ruby><rb>連出</rb><rt>つれだ</rt></ruby>して<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れ<ruby><rb>際</rb><rt>ぎは</rt></ruby>に只一刀<ruby><rb>大</rb><rt>だい</rt></ruby>まいの金は手を<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬら</rt></ruby>さずと語る聲を次の間に<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>し<ruby><rb>風</rb><rt>ふう</rt></ruby>の吉兵衞は<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>く聞取り扨こそ案に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はざりし山賊の<ruby><rb>張本</rb><rt>ちやうほん</rt></ruby>なりけり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>深々</rb><rt>ふか〲</rt></ruby>と<ruby><rb>穽</rb><rt>あな</rt></ruby>の内に落し身の<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>迯</rb><rt>にげる</rt></ruby>とも<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>さんや去乍ら大望のある身をむざ〱と山賊どもの手に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>果</rb><rt>はつ</rt></ruby>るも殘念なりと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らしける此時藤井左京は大膳に向ひ某し近頃此地へ參り貴殿の門弟とは相成たれど<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>寸功</rb><rt>すんこう</rt></ruby>も立てざれば<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>舞込</rb><rt>まひこみ</rt></ruby>し仕事は何卒<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>に<ruby><rb>料理方</rb><rt>れうりかた</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>り給はるべし手始めの功とも致したく<ruby><rb>明朝</rb><rt>あす</rt></ruby>とも云ず今宵の中に<ruby><rb>結果</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>申すべしと云ふに大膳のいふ樣貴殿が手始めの功にしたしと有るからは仕事を讓り申べしと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て左京は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば早々<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>んと立上るを大膳は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しと<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め先々待たれよ今宵の仕事は<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>の物を取り出すよりも<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>し<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>一<ruby><rb>盃</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>呑</rb><rt>のん</rt></ruby>だ上の事とて是より<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>しける次の間なる吉兵衞は色々と思案し只此上は<ruby><rb>我膽力</rb><rt>わがたんりよく</rt></ruby>を<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>に知らせ<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>らば毒藥も<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て藥になる時あらん此者共を<ruby><rb>刧</rb><rt>おび</rt></ruby>やかし味方に付る時は<ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>るに必ず<ruby><rb>便利</rb><rt>べんり</rt></ruby>なるべしと不敵にも思案を定め彼奧座敷に至り<ruby><rb>燭臺</rb><rt>しよくだい</rt></ruby>に<ruby><rb>灯</rb><rt>あか</rt></ruby>りを<ruby><rb>點</rb><rt>とも</rt></ruby>し<ruby><rb>茵</rb><rt>しとね</rt></ruby>の上に<ruby><rb>欣然</rb><rt>きんぜん</rt></ruby>と座を<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>め<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の金子は<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>の臺に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしお</rt></ruby>き所持の二品を<ruby><rb>恭々敷</rb><rt>うや〱しく</rt></ruby><ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>の<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>に<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>り<ruby><rb>悠々</rb><rt>いう〱</rt></ruby>として<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたり大膳左京の兩人は<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>こととは<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で知るべき盃の數も<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なりて早十分に<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>を發し今は<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>なり<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>や<ruby><rb>醉醒</rb><rt>ゑひざめ</rt></ruby>の仕事に掛らんと兩人は<ruby><rb>剛刀</rb><rt>だんびら</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へ次の間へ至りて見れば彼若者は居ず大膳<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>にても<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ<ruby><rb>臥</rb><rt>ねか</rt></ruby>せしに<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなしと此所彼所と<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>して奧座敷へ至れば此は<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に若者は二<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby><ruby><rb>臺</rb><rt>だい</rt></ruby>の上に<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>堂々</rb><rt>だう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたれば兩人は<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し互ひに顏を見合せて<ruby><rb>少時</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りしが大膳は吉兵衞に向ひ我こそは赤川大膳とて<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち山賊の<ruby><rb>棟梁</rb><rt>とうりやう</rt></ruby>なりまた<ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby>なるは藤井左京とて近頃此山中に來りて兄弟の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>を<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>びし者なり<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りしは<ruby><rb>運命</rb><rt>うんめい</rt></ruby>の<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>る處なり<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby><ruby><rb>見置</rb><rt>みおき</rt></ruby>し金子はや〱拙者どもへ差出せよと<ruby><rb>荒々</rb><rt>あら〱</rt></ruby>しげに申ける吉兵衞は少しも<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>びれたる<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に向ひ兩人ども必ず<ruby><rb>慮外</rb><rt>りよぐわい</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を致す事なかれ<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>は許す<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>く參るべし我は<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなくも當將軍家<ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby>の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>なり當山中に赤川大膳といふ<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れの浪人の有るよしを聞及びしゆゑ家來に<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へたく<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>此處まで參りしなり<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かの金子などに心を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>る事なく<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>に<ruby><rb>隨身</rb><rt>ずゐしん</rt></ruby>なすべし<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>ては五萬石以上に取立て大名にし<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし<ruby><rb>迷</rb><rt>まよひ</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>ず<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>致すべしとさも<ruby><rb>横柄</rb><rt>わうへい</rt></ruby>に<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けるに兩人再び驚きしが大膳は聲を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげま</rt></ruby>し汝天下の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>などとあられもなき<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを述べ我々を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むき此場を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんとする共<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞ左樣の<ruby><rb>舌頭</rb><rt>ぜつとう</rt></ruby>に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むかれんや併し夫には何か<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>でも有て左樣には申すか<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>も<ruby><rb>當座</rb><rt>たうざ</rt></ruby>の出たらめなれば思ひ<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>すと<ruby><rb>睨付</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>れば吉兵衞<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と打笑ひ其方共の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひも理なきにあらず先づ是を見て<ruby><rb>疑念</rb><rt>ぎねん</rt></ruby>を散ずべしと彼二品を<ruby><rb>差示</rb><rt>さししめ</rt></ruby>せば大膳は此品々を受取<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>を拜見するに<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく徳太郎君の御名乘に<ruby><rb>御書判</rb><rt>おかきはん</rt></ruby>をさへ<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>られたり又<ruby><rb>御短刀</rb><rt>おんたんたう</rt></ruby>を拜見し暫く<ruby><rb>見惚</rb><rt>みとれ</rt></ruby>て有りしが大膳<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に座を<ruby><rb>飛退</rb><rt>とびしさ</rt></ruby>り<ruby><rb>低頭平身</rb><rt>ていとうへいしん</rt></ruby>して<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひ私儀は赤川大膳とて<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>水戸家</rb><rt>みとけ</rt></ruby>の藩中なれば紀伊家に此御短刀の傳はりし事は<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>知れり斯る證據のある上は將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>に相違なし斯る<ruby><rb>高貴</rb><rt>かうき</rt></ruby>の御方とも存じ申さず無禮の段恐れ入り奉りぬ<ruby><rb>幾重</rb><rt>いくへ</rt></ruby>にも<ruby><rb>御免</rb><rt>おんゆる</rt></ruby>しを<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り度此上は我々共御家來の<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>に召し出さるれば身命を<ruby><rb>抛</rb><rt>なげう</rt></ruby>つて<ruby><rb>守護仕</rb><rt>しゆごつかまつ</rt></ruby>るべし御心安く思し召さるべし然れども我々は<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>惡逆</rb><rt>あくぎやく</rt></ruby>をなせし者なり江戸表へ御供致せば<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>いたすべし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に行はれんが此儀は如何あらんと云ふに吉兵衞は答へて予が守護を致し江戸表へ參り<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby><ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>する上は是迄の<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>は殘らず<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべしとの言葉に大膳は有難く<ruby><rb>拜伏</rb><rt>はいふく</rt></ruby>し茲に<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby>の約をなし左京をも<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めて<ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby>も主家來の<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>をさせにける此時吉兵衞は<ruby><rb>布團</rb><rt>ふとん</rt></ruby>の上より<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り兩人に向ひ申けるは<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>の<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>とは全く僞りにて實は紀州名草郡平野村の<ruby><rb>修驗者</rb><rt>しゆけんじや</rt></ruby>感應院の弟子寶澤といふ者なるが平野村にお三婆と云ふ者あり其娘こそ誠にお<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>を<ruby><rb>孕</rb><rt>やど</rt></ruby>し<ruby><rb>此御墨附</rb><rt>このおすみつき</rt></ruby>と御短刀を戴きしが其若君は御<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>の日にお<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>なされ其娘も空しくなり此二品は婆の<ruby><rb>持腐</rb><rt>もちぐされ</rt></ruby>にしたるを我十二歳の時婆を殺し此品々を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとり</rt></ruby>江戸へ名乘出んとは思しが<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby><ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>の口より<ruby><rb>泄</rb><rt>もれ</rt></ruby>んも計りがたければ師匠は我十三歳の時に<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>したり尚も<ruby><rb>幼顏</rb><rt>をさながほ</rt></ruby>を<ruby><rb>亡</rb><rt>なく</rt></ruby>さん爲に九州へ下り熊本にて年月を經り大望を<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>つるには<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>なくては<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふまじと此度金七百兩を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取り<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゆつぽん</rt></ruby>なし船頭<ruby><rb>杢右衞門</rb><rt>もくゑもん</rt></ruby>を<ruby><rb>誑</rb><rt>たばか</rt></ruby>りて天神丸の<ruby><rb>上乘</rb><rt>うはのり</rt></ruby>し<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の難に<ruby><rb>遇</rb><rt>あひ</rt></ruby>て此處まで來れる事の<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>を<ruby><rb>虚實</rb><rt>きよじつ</rt></ruby>を<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>へて語りければさしもの兩人も舌を<ruby><rb>卷</rb><rt>ま</rt></ruby>き恐れ其不敵なるを感じ世に<ruby><rb>類</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひなき<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>も有れば有る者とます〱心を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>けて兩人とも一味なして寶澤が<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>を開き西丸へ<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこみ</rt></ruby>の節は兩人とも五萬石の大名に取立らるゝ<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>にて<ruby><rb>血判</rb><rt>けつぱん</rt></ruby><ruby><rb>誓詞</rb><rt>せいし</rt></ruby>にぞ及びける

## 第十三回

扨も赤川藤井の兩人は寶澤の吉兵衞に一味なしけるが<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby><ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>は兩人に向ひて我手下は今三十一人<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ども下郎は口の<ruby><rb>善惡</rb><rt>さが</rt></ruby>なき者なり萬一此一大事の手下の口より<ruby><rb>漏</rb><rt>もれ</rt></ruby>んも計り難し我に一の<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>こそ<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>の<ruby><rb>災</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひを<ruby><rb>避</rb><rt>さけ</rt></ruby>んには皆殺しにするより<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>なし夫には斯々と<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に酒の中へ<ruby><rb>曼多羅華</rb><rt>まんだらげ</rt></ruby>といふ草を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>惣手下</rb><rt>そうてした</rt></ruby>の者へ酒一<ruby><rb>樽</rb><rt>たる</rt></ruby>與へければ<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>でか斯る<ruby><rb>工</rb><rt>たくみ</rt></ruby>のありとは思はんや<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず大に<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て酒宴を開きけるに皆々<ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に<ruby><rb>酩酊</rb><rt>めいてい</rt></ruby>して前後を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ふ程に<ruby><rb>五體</rb><rt>ごたい</rt></ruby><ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>痿痺出</rb><rt>しびれだ</rt></ruby>せしも只醉の廻りしと思ひて<ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby>もなきに大膳等は<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見て時分は<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>と風上より我家に火をば<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>たりける<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>山風<ruby><rb>烈</rb><rt>はげし</rt></ruby>くして<ruby><rb>炎</rb><rt>ほのほ</rt></ruby>は所々へ<ruby><rb>燃移</rb><rt>もえうつ</rt></ruby>れば三十一人の小賊共スハ<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>慌騷</rb><rt>あわてさわ</rt></ruby>ぐも<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>酒に五體の<ruby><rb>利</rb><rt>きか</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れむべし<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>も殘らず<ruby><rb>燒燗</rb><rt>やけたゞれ</rt></ruby>て<ruby><rb>死亡</rb><rt>しばう</rt></ruby>に及ぶを<ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>の三人は是を見て大に悦びまづ是にて<ruby><rb>災</rb><rt>わざはひ</rt></ruby>の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>は<ruby><rb>斷</rb><rt>たち</rt></ruby>たれば更に<ruby><rb>心殘</rb><rt>こゝろのこ</rt></ruby>りなし大望<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>は<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなし今は此地に用はなし<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ他國へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>ん幸ひ<ruby><rb>濃州</rb><rt>のうしう</rt></ruby>谷汲の長<ruby><rb>洞村</rb><rt>ほらむら</rt></ruby><ruby><rb>法華</rb><rt>ほつけ</rt></ruby>山常樂院長洞寺の天忠日信と云は<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>藤井紋太夫の弟にて我爲には實の<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>なるが<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事の相談には<ruby><rb>屈強</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の<ruby><rb>軍略</rb><rt>ぐんりやく</rt></ruby>人にて過つる<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>大<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を受し師匠の天道と云を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し<ruby><rb>僞筆</rb><rt>にせひつ</rt></ruby>の<ruby><rb>讓状</rb><rt>ゆづりじやう</rt></ruby>にて常樂院の後住と成り<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>に富たる人なりと云ば寶澤は<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>そは又<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>なりとて則ち赤川大膳が<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>にて<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一<ruby><rb>丙午</rb><rt>ひのえうま</rt></ruby>年正月七日の夜に<ruby><rb>伊豫國</rb><rt>いよのくに</rt></ruby>藤が原の<ruby><rb>賊寨</rb><rt>ぞくさい</rt></ruby>を立去三人道を急ぎ同月下<ruby><rb>旬</rb><rt>じゆん</rt></ruby><ruby><rb>美濃國</rb><rt>みのゝくに</rt></ruby>なる常樂院へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby><ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は伊豫國藤が原の者にて赤川大膳と申す者なり<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き取次玉はるべしといふ取次の<ruby><rb>小侍</rb><rt>こさむらひ</rt></ruby>は早速此事を<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ通じたれば天忠聞て大膳と<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば<ruby><rb>我甥</rb><rt>わがをひ</rt></ruby>なり遠慮に及ばず直に<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>へ通すべしとの事なれば取次の侍案内に及べば大膳は<ruby><rb>吉兵衞</rb><rt>きちべゑ</rt></ruby><ruby><rb>左京</rb><rt>さきやう</rt></ruby>の兩人を次の間へ<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>させ己れ<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り居間へ通り<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>に<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに無事を<ruby><rb>賀</rb><rt>が</rt></ruby>し<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し四方山の話に時をぞ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>しける時に天忠は大膳に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>ての手紙にて伊豫の藤が原とかに<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>たる由は<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>したり彼地にて<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>は何を致し候や定めて<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しき事ならんとの<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>に大膳は<ruby><rb>然氣</rb><rt>さりげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の如し藤が原に<ruby><rb>浪宅</rb><rt>らうたく</rt></ruby>を<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>み候へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>彼地は至て<ruby><rb>邊鄙</rb><rt>へんぴ</rt></ruby>なれば家業も<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>なり<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby>此度同所を<ruby><rb>引拂</rb><rt>ひきはら</rt></ruby>ひ少々御<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>も致度事これありて<ruby><rb>伯父上</rb><rt>をぢうへ</rt></ruby>の<ruby><rb>御許</rb><rt>おんもと</rt></ruby>へ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いとは</rt></ruby>ず參りしと云ば天忠聞て其は又何事ぞや夫には何ぞ<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>き事でも有やと申けるに大膳<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て<ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>候<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>からぬにも此なし<ruby><rb>萬</rb><rt>まん</rt></ruby>よく<ruby><rb>仕課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せなば五萬石<ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>の大名には成るゝ事なれ共夫には我々の<ruby><rb>短才</rb><rt>たんさい</rt></ruby>では<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>き申さず依て<ruby><rb>伯父御</rb><rt>をぢご</rt></ruby>の<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>拜借</rb><rt>はいしやく</rt></ruby>仕つり度是迄<ruby><rb>推參</rb><rt>すいさん</rt></ruby>候といふに<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby><ruby><rb>無道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby>の天忠和尚<ruby><rb>滿面</rb><rt>まんめん</rt></ruby>に<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み夫は<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby>の事なり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は如何にと尋ぬるに大膳は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め聲を<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>くし申けるは此度藤が原より召連れ候者あり<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今御次に<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>させたり其中一人の<ruby><rb>若人</rb><rt>わかうど</rt></ruby>吉兵衞と申す者實は<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby><ruby><rb>名草郡</rb><rt>なぐさのごほり</rt></ruby><ruby><rb>平野村</rb><rt>ひらのむら</rt></ruby>なる<ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>と申す<ruby><rb>修驗者</rb><rt>しゆけんじや</rt></ruby>の<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>にて寶澤と申す者なりしが今より十餘年前此平野村にお三婆といふ<ruby><rb>産婆</rb><rt>とりあげばゝ</rt></ruby>ありその<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>澤</rb><rt>さは</rt></ruby>の井と云が紀州家の<ruby><rb>家老職</rb><rt>からうしよく</rt></ruby><ruby><rb>加納將監</rb><rt>かなふしやうげん</rt></ruby>方へ奉公せし折將軍家は其<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>徳太郎君と申し御部屋<ruby><rb>住</rb><rt>ずみ</rt></ruby>にて將監方に<ruby><rb>在</rb><rt>おは</rt></ruby>しけるが彼澤の井に御手を付させられ<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>し母お三婆の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ歸る<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>御手づから御<ruby><rb>墨付</rb><rt>すみつき</rt></ruby>と御<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て下し置れしが御懷姙の<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>は御<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>の夜<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>逝去遊</rb><rt>おかくれあそ</rt></ruby>ばせしを見より澤の井も<ruby><rb>産後</rb><rt>さんご</rt></ruby>の<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きに血上りて此も其夜の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に死去したり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>てお三婆は右の二品を所持なせど<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に人には<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>る事も無りしが寶澤は別して<ruby><rb>入魂</rb><rt>じゆこん</rt></ruby>の上に未だ<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の事なれば心も<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して右の次第を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りしかば寶澤が十二歳の時<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>婆を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し其二品を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げなればとて師匠感應院をも<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>し其身は<ruby><rb>諸國修行</rb><rt>しよこくしゆぎやう</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り平野村を<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>し其翌日<ruby><rb>加田浦</rb><rt>かだのうら</rt></ruby>にて白犬を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し其血にて自分は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>されし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>取拵</rb><rt>とりこしら</rt></ruby>へ夫より九州へ下り<ruby><rb>肥後</rb><rt>ひご</rt></ruby>の<ruby><rb>熊本</rb><rt>くまもと</rt></ruby>にて<ruby><rb>加納</rb><rt>かなふ</rt></ruby>屋利兵衞といふ大家に奉公し七百兩餘の金子を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め夫を<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>として江戸表へ<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出んとせし船中にて<ruby><rb>難風</rb><rt>なんぷう</rt></ruby>に出合<ruby><rb>船頭</rb><rt>せんどう</rt></ruby>も<ruby><rb>水主</rb><rt>かこ</rt></ruby>も<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>海底</rb><rt>かいてい</rt></ruby>の<ruby><rb>木屑</rb><rt>もくづ</rt></ruby>となりしが<ruby><rb>果報</rb><rt>くわはう</rt></ruby>めで<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>吉兵衞<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>は<ruby><rb>辛</rb><rt>から</rt></ruby>ふじて<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かり藤が原なる拙者の<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ家へ來り右の次第を物語れり<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の品も<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なれば我々も<ruby><rb>隨從</rb><rt>ずゐじう</rt></ruby>して將軍の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>なりと名乘出ん所存なり<ruby><rb>萬々</rb><rt>ばん〱</rt></ruby><ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく<ruby><rb>仕課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せなば寶澤の吉兵衞には西の<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>へ<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこむ</rt></ruby>か左<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>とも三家の<ruby><rb>順格位</rb><rt>じゆんかくぐらゐ</rt></ruby>は手の内なれば<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>同道仕つりしと<ruby><rb>詳</rb><rt>つまび</rt></ruby>らかに物語れば天忠は<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を聞て思ず<ruby><rb>太息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>驚き入たる<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>其性根</rb><rt>そのしやうね</rt></ruby>ならんには<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>なすべしと<ruby><rb>偵</rb><rt>さすが</rt></ruby>の天忠も<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>をば<ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby>て先兎も角も<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>せんと<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>させければ吉兵衞左京の兩人は天忠和尚に對面にぞ及びたり此天忠の弟子に天一と云ふ<ruby><rb>美僧</rb><rt>びそう</rt></ruby>あり年は<ruby><rb>廿歳許</rb><rt>はたちばかり</rt></ruby>なり三人へ<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>の<ruby><rb>給事</rb><rt>きふじ</rt></ruby>などして天忠の<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へける此時天忠は天一に向ひ用事<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>べし<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby><ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へ參り居よと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば天一は<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>へと<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>きける<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby>の天忠は兩人に向ひ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の事は只今大膳より<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>及び承知したり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>箇樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>は中々<ruby><rb>浮</rb><rt>うき</rt></ruby>たる事にては<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby><ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>根本</rb><rt>こんぽん</rt></ruby>より申合せて<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>まねば<ruby><rb>萬一</rb><rt>まんいち</rt></ruby><ruby><rb>中折</rb><rt>なかをれ</rt></ruby>して<ruby><rb>半途</rb><rt>はんと</rt></ruby>に<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及ぶ時は<ruby><rb>千辛萬苦</rb><rt>せんしんばんく</rt></ruby>も水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>ばかり</rt></ruby>か其身の一大事に及ぶべし先<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出る時は必ず其生れ所と<ruby><rb>育</rb><rt>そだち</rt></ruby>し所を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるべし其答が<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>にては成ず即ち紀州名草郡平野村にて<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>と申立る時は<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむき</rt></ruby>紀州を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べられんには<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>の皮の<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝなり此儀は<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>なく<ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のひ居るにやと問に大膳始め吉兵衞<ruby><rb>左京</rb><rt>さきやう</rt></ruby>も未だ其<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の<ruby><rb>密議</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>に及ばねば<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なしぬ時に大膳は<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>有氣に其儀は<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>てより心付き<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>は仕つれど未だ然るべき<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へも付ず<ruby><rb>願</rb><rt>ねがは</rt></ruby>くは伯父上の御工夫をといふを聞て天忠<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し兩手を<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>て<ruby><rb>默然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>有て三人に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>少し所存あり夫は只今此所へ茶を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし者は當時は拙者弟子なれども元は<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby><ruby><rb>天道</rb><rt>てんだう</rt></ruby>が弟子にて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は師匠が未だ<ruby><rb>佐渡</rb><rt>さど</rt></ruby>の<ruby><rb>淨覺院</rb><rt>じやうがくゐん</rt></ruby>の持主たりし時門前に<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>て有しを<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろひ</rt></ruby>上げ<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>して弟子と<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>ける者なり天道<ruby><rb>遷化</rb><rt>せんげ</rt></ruby>の後は拙僧が弟子となして永年<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ふ者なれば<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>には存ずれど大功は<ruby><rb>細瑾</rb><rt>さいきん</rt></ruby>を<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みずと依て<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し其後吉兵衞殿に<ruby><rb>剃髮</rb><rt>ていはつ</rt></ruby>させ<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>ざしの似たるを<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ天一坊と名乘せ御出生の後佐州相川郡<ruby><rb>尾島</rb><rt>をじま</rt></ruby>村の淨覺院の門前に御墨付と御短刀を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て捨て有しを天忠が拾上げ養育なし<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つり其後<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>美濃國常樂院へ<ruby><rb>轉住</rb><rt>てんぢう</rt></ruby>の頃も<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>なひ奉つりたれば御<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>は<ruby><rb>美濃國</rb><rt>みのゝくに</rt></ruby>と申立なば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>有て知者あらじ然すれば紀州の<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べも平野村の<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞし</rt></ruby>も無して事の<ruby><rb>破</rb><rt>やぶる</rt></ruby>る<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづかひ</rt></ruby>なし此儀如何にと申ければ三人は<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ入<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に古今の<ruby><rb>妙計</rb><rt>めうけい</rt></ruby>と一同是に同じける此時常樂院また申けるは今天一を殺は<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>けれど<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に一ツの<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>といふは<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby>次助佐助の兩人にて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は天一とは<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>より一所に<ruby><rb>育</rb><rt>そだち</rt></ruby>し者なれば天一を殺せば兩人の口より<ruby><rb>密計</rb><rt>みつけい</rt></ruby>の<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及は<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば兩人とも<ruby><rb>生</rb><rt>いか</rt></ruby>し置難し<ruby><rb>無益</rb><rt>むやく</rt></ruby>の<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たれど<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず此兩人をも<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>すべし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>兩人を片付る手段といふは明日各々方に山見物させ其<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>に兩人を<ruby><rb>差遣</rb><rt>さしつか</rt></ruby>はすべし山中に<ruby><rb>地獄谷</rb><rt>ぢごくだに</rt></ruby>と云處あり<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて兩人を<ruby><rb>谷底</rb><rt>たにそこ</rt></ruby>に<ruby><rb>突落</rb><rt>つきおと</rt></ruby>して殺し給へ必ず<ruby><rb>仕損</rb><rt>しそん</rt></ruby>ずる事あるまじ其<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>には<ruby><rb>老僧</rb><rt>らうそう</rt></ruby>天一を片付申すべし年は<ruby><rb>老</rb><rt>よつ</rt></ruby>たれどもまだ一人や二人の者を殺すは<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>もなし拙僧の儀は<ruby><rb>御氣遣</rb><rt>おきづかひ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べからず<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>小姓共は仕損じ給ふなと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>し夫より酒宴を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>し四方山の<ruby><rb>雜談</rb><rt>ざふだん</rt></ruby>に時を移し早<ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たれば皆々<ruby><rb>臥房</rb><rt>ふしど</rt></ruby>へ入にける天忠は<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>は何時より早く<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>小姓の次助佐助兩人に今日は<ruby><rb>御客人</rb><rt>おきやくじん</rt></ruby>が山<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>にお出なれば其方共御案内致すべし別して地獄谷の<ruby><rb>邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>は他國の人には<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしく思はるべければ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>御案内申せよと<ruby><rb>言付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>られ神ならぬ身の小姓兩人は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりしと<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>して三人を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>たり

## 第十四回

<ruby><rb>去程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に<ruby><rb>常樂院</rb><rt>じやうらくゐん</rt></ruby>の小姓次助佐助の<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が命の<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>きをば知よしなく<ruby><rb>山案内</rb><rt>やまあんない</rt></ruby>として大膳吉兵衞左京の三人を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ山中さして<ruby><rb>至</rb><rt>いた</rt></ruby>る事凡一<ruby><rb>里</rb><rt>り</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ばかり</rt></ruby>なり<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby><ruby><rb>地獄谷</rb><rt>ぢごくだに</rt></ruby>とて<ruby><rb>巖石</rb><rt>がんせき</rt></ruby>恰も劔の如きは劔の山に<ruby><rb>髣髴</rb><rt>さもに</rt></ruby>たり樹木生茂りて<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>も見え分ぬ數千丈の谷は<ruby><rb>無間</rb><rt>むげん</rt></ruby>地獄とも云なるべし何心なき二人の<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に從がひ爰こそ名に高き地獄谷なり能々<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>あれと<ruby><rb>巖尖</rb><rt>いはかど</rt></ruby>に進て差示せば三人は<ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>は<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>ぞと竊に<ruby><rb>目配</rb><rt>めくばせ</rt></ruby>すれば赤川大膳藤井左京<ruby><rb>直</rb><rt>つゝ</rt></ruby>と寄て次助佐助が後に<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby><ruby><rb>突落</rb><rt>つきおと</rt></ruby>せば<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れや兩人は<ruby><rb>數</rb><rt>すう</rt></ruby>千<ruby><rb>丈</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>谷底</rb><rt>たにそこ</rt></ruby>に<ruby><rb>眞逆樣</rb><rt>まつさかさま</rt></ruby>に落入て<ruby><rb>微塵</rb><rt>みぢん</rt></ruby>に碎けて死失たりまた常樂院は五人の者を出し<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>し後に天一を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>づけ今日は次助佐助は<ruby><rb>客人</rb><rt>きやくじん</rt></ruby>の山案内に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し留主なれば太儀ながら<ruby><rb>靈具</rb><rt>れいぐ</rt></ruby>は其方仕つるべしと云に天一<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり品々の靈具を<ruby><rb>取揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へ先住の<ruby><rb>塚</rb><rt>つか</rt></ruby>へ供にと<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より天忠は<ruby><rb>殊勝氣</rb><rt>しゆしようげ</rt></ruby>に<ruby><rb>法衣</rb><rt>ほふい</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し内心は<ruby><rb>惡鬼羅刹</rb><rt>あくきらせつ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>懷</rb><rt>ふとこ</rt></ruby>ろに短刀を用意し何氣なき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>徐々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と歩行寄けり天一は斯る惡心ありとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず靈具を<ruby><rb>供畢</rb><rt>そなへをは</rt></ruby>り立上らんとする處を天忠は<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し持たる短刀を<ruby><rb>拔手</rb><rt>ぬきて</rt></ruby>も見ず<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>も<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>れと突立れば哀むべし天一は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>其處へ倒れ伏ぬ天忠は<ruby><rb>仕遂</rb><rt>しすまし</rt></ruby>たりと法衣を<ruby><rb>脱捨</rb><rt>ぬぎすて</rt></ruby><ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>をからげ<ruby><rb>萬毒</rb><rt>ばんどく</rt></ruby>の木の根を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほり</rt></ruby>て天一が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を埋め何知ぬ體に居間へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り居る所へ三人も歸來り<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく地獄谷へ突落せし體を<ruby><rb>告囁</rb><rt>つげさゝや</rt></ruby>けば天忠は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>て拙僧も各々の留主に斯樣々々に<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひたれば最早<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがか</rt></ruby>りはなし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばとて<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>の<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>をなし已に其議も調のひければ急に<ruby><rb>本堂</rb><rt>ほんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>なる座敷に上段を<ruby><rb>營</rb><rt>しつら</rt></ruby>へ前に<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>し赤川大膳藤井左京の兩人は<ruby><rb>繼上下</rb><rt>つぎかみしも</rt></ruby>にて其前に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ傍らに天忠<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>紫の衣を着し座す其<ruby><rb>形勢</rb><rt>ありさま</rt></ruby>いと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>にして先本堂には<ruby><rb>紫縮緬</rb><rt>むらさきちりめん</rt></ruby>に<ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>く十六の<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>を<ruby><rb>染出</rb><rt>そめいだ</rt></ruby>せし<ruby><rb>幕</rb><rt>まく</rt></ruby>を張り渡し表門には<ruby><rb>木綿地</rb><rt>もめんぢ</rt></ruby>に白と<ruby><rb>紺</rb><rt>こん</rt></ruby>との三<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>を染出したる幕を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>惣門</rb><rt>そうもん</rt></ruby>の内には<ruby><rb>箱番所</rb><rt>はこばんしよ</rt></ruby>を置き番人は<ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>の者と下役は<ruby><rb>黒羽織</rb><rt>くろはおり</rt></ruby>を着し者を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>させ<ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>の者たりとも表門の<ruby><rb>通行</rb><rt>つうかう</rt></ruby>を<ruby><rb>禁</rb><rt>きん</rt></ruby>じ<ruby><rb>裏門</rb><rt>うらもん</rt></ruby>より出入させ墓場への<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>をば許せども<ruby><rb>本堂</rb><rt>ほんだう</rt></ruby>への參詣は<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く相成ざる由を<ruby><rb>箱番所</rb><rt>はこばんしよ</rt></ruby>の者共より<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>させける是則ち天一坊<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>の御座所と<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>へて斯の如く<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へしなり又天忠は兩人の下男に云付る樣は天一坊御事は是迄は世を<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>が弟子と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>し置候へ共<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は當將軍家の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>たるゆゑ近々江戸表へ御乘出し<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ばされ<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>と<ruby><rb>御親子</rb><rt>ごしんし</rt></ruby>の<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>あれば<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>西の丸へ入らせ給ふべしさすれば再び御目通りは<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はざる樣なり依て<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>御出立前</rb><rt>ごしゆつたつぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の儀を以て當寺の<ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>一同へ御目見を仰付らるべし此旨<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>へ申達すべしとの事なり<ruby><rb>下男共</rb><rt>げなんども</rt></ruby>何事も知らざれば是を聞て<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し此頃迄<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>で一つに<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>をせし天一樣は將軍樣の<ruby><rb>若君樣</rb><rt>わかぎみさま</rt></ruby>なりしか<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばこそ急に<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>の中へ入せられ御<ruby><rb>住持樣</rb><rt>ぢうじさま</rt></ruby>も<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>て<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>り御主人の樣に何事も<ruby><rb>兩手</rb><rt>りやうて</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なさると下男共は此等の事を村内へ<ruby><rb>觸歩行</rb><rt>ふれあるき</rt></ruby>しゆゑ村中一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby>此頃の寺の<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は然る事にて天一樣は將軍家の御落胤にて<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby>江戸へ御出立に<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば二度御目通り成ねば<ruby><rb>當前</rb><rt>あたりまへ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば今の内に<ruby><rb>御目見</rb><rt>おめみえ</rt></ruby>を仰付らるゝは有難い事<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>村中の者共老若男女殘りなく常樂院へ<ruby><rb>集來</rb><rt>つどひきた</rt></ruby>り天忠に<ruby><rb>就</rb><rt>つき</rt></ruby>て取次を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>めば和尚は大膳に向ひ<ruby><rb>拙寺</rb><rt>せつじ</rt></ruby><ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>の者共天一坊樣<ruby><rb>御暇乞</rb><rt>おいとまごひ</rt></ruby>に<ruby><rb>御尊顏</rb><rt>ごそんがん</rt></ruby><ruby><rb>拜</rb><rt>はい</rt></ruby>し奉り度由<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れ御聞屆<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>はんと申上れば是迄の<ruby><rb>知因</rb><rt>よしみ</rt></ruby>に御<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>仰付らるゝとて御座の間の<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>を<ruby><rb>卷上</rb><rt>まきあぐ</rt></ruby>れば<ruby><rb>二疊臺</rb><rt>にでふだい</rt></ruby>に<ruby><rb>雲間縁</rb><rt>うんけんべり</rt></ruby>の<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>の上に天一坊<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>なし大膳が名前を披露に及べば天一坊は<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すく</rt></ruby>なに<ruby><rb>孰</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も神妙と<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>り大樣の<ruby><rb>一聲</rb><rt>ひとこゑ</rt></ruby>に皆々<ruby><rb>低頭</rb><rt>ていとう</rt></ruby>平身誰一人<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を上て顏を見る者なかりしと<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>浪人體</rb><rt>らうにんてい</rt></ruby>の<ruby><rb>侍</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>の身には<ruby><rb>粗服</rb><rt>そふく</rt></ruby>を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ二月の<ruby><rb>餘寒</rb><rt>よかん</rt></ruby><ruby><rb>烈</rb><rt>はげし</rt></ruby>きに<ruby><rb>羊羹色</rb><rt>やうかんいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>絽</rb><rt>ろ</rt></ruby>の羽織を着て麻の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>の<ruby><rb>解</rb><rt>はづ</rt></ruby>れし大小を<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>せし者<ruby><rb>常樂院</rb><rt>じやうらくゐん</rt></ruby>の表門へ進み<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>んとせしが寺内の<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>なる<ruby><rb>形勢</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>て少し<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の體にて箱番所の前を<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぎ</rt></ruby>んとすれば箱番所に控へし番人は聲をかけ<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>には何人にて<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ通り給ふや<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>本堂は<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>の<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>天一坊樣の<ruby><rb>御座所</rb><rt>ござしよ</rt></ruby>と相成り我々晝夜相詰<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>ありと<ruby><rb>咎</rb><rt>とがむ</rt></ruby>れば浪人は<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は當院の<ruby><rb>住職</rb><rt>ぢうしよく</rt></ruby>天忠和尚の許へ相通る者なりと答ふ然ば<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>此處に<ruby><rb>御休息</rb><rt>ごきうそく</rt></ruby>あるべし<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby>拙者共より<ruby><rb>方丈</rb><rt>はうぢやう</rt></ruby>へ申通じ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひし上にて<ruby><rb>御案内</rb><rt>ごあんない</rt></ruby>せんといふに彼浪人も夫は<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もの事なりと<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>も番所へ上れば番人は浪人の<ruby><rb>姓名</rb><rt>せいめい</rt></ruby>を問に只先生が參りしと申給へと云ば番人は<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあは</rt></ruby>せ先生と許では<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>先生</rb><rt>せんせい</rt></ruby>なるや分り申さず<ruby><rb>御名前</rb><rt>おなまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりたしといふ左樣ならば方丈へ山内先生が<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りしと申し給へとの事なれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>其趣</rb><rt>そのおもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じければ山内先生の御出とならば自身に<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむかう</rt></ruby>べしと何か<ruby><rb>下心</rb><rt>したごころ</rt></ruby>のある天忠が<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>る<ruby><rb>行粧</rb><rt>ぎやうさう</rt></ruby>は<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>二人を先立自身は<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさ</rt></ruby>きの<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>に<ruby><rb>古金襴</rb><rt>こきんらん</rt></ruby>の<ruby><rb>袈裟</rb><rt>けさ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>には<ruby><rb>帽子</rb><rt>ばうし</rt></ruby>を戴き右の手に<ruby><rb>中啓</rb><rt>ちうけい</rt></ruby>を持左の手に<ruby><rb>水晶</rb><rt>すゐしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>念珠</rb><rt>ずず</rt></ruby><ruby><rb>爪</rb><rt>つま</rt></ruby>ぐり<ruby><rb>沓</rb><rt>くつ</rt></ruby>を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふみ</rt></ruby>しめ徐々と出來る跡には<ruby><rb>役僧</rb><rt>やくそう</rt></ruby>二人付そひ常に<ruby><rb>替</rb><rt>かはり</rt></ruby>し<ruby><rb>行粧</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て門まで來り浪人に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>恭々</rb><rt>うや〱</rt></ruby>しく是は〱山内先生には宜こそ<ruby><rb>御入來</rb><rt>ごじゆらい</rt></ruby>成たり<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>御案内と先に<ruby><rb>進</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>ば<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>は<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>する色なく<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>いて隨ひ行ぬ扨此浪人の山内先生とは如何なる者といふに<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>は<ruby><rb>九條前關白殿下</rb><rt>くでうさきのくわんぱくでんか</rt></ruby>の御家來にて<ruby><rb>山内伊賀亮</rb><rt>やまのうちいがのすけ</rt></ruby>と<ruby><rb>稱</rb><rt>しよう</rt></ruby>せし者なり近年<ruby><rb>病身</rb><rt>びやうしん</rt></ruby>を<ruby><rb>云立</rb><rt>いひたて</rt></ruby>九條家を<ruby><rb>退</rb><rt>しり</rt></ruby>ぞき<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>して近頃美濃國の山中に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ住ければ<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>この常樂院へ來り近しく<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>はる人なり此人<ruby><rb>奇世</rb><rt>きせい</rt></ruby>の<ruby><rb>豪傑</rb><rt>がうけつ</rt></ruby>にて<ruby><rb>大器量</rb><rt>だいきりやう</rt></ruby>あれば常樂院の天忠和尚も此山内伊賀亮を<ruby><rb>敬</rb><rt>うや</rt></ruby>まふ事大方ならず今日<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ずも伊賀亮の<ruby><rb>來訪</rb><rt>らいはう</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かれば自身に出迎ひて<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じ久々にての對面を喜び種々<ruby><rb>饗應</rb><rt>きやうおう</rt></ruby>して<ruby><rb>四方山</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りには及べり天忠言葉を改め山内先生には今日<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひの處へ御入來なりし<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>も<ruby><rb>大慶</rb><rt>たいけい</rt></ruby>に存ずる<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は拙僧が<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>なる赤川大膳と申者此度將軍家の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>なる天一坊樣のお供致し<ruby><rb>拙寺</rb><rt>せつじ</rt></ruby>へ御入にて<ruby><rb>御逗留中</rb><rt>ごとうりうちう</rt></ruby>なり近々江戸表へ<ruby><rb>御名乘出</rb><rt>おんなのりいで</rt></ruby>にて御親子御對顏遊ばす<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>ならば時宜に依ては<ruby><rb>西</rb><rt>にし</rt></ruby>の<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>なほ</rt></ruby>らせらるゝか左無とも<ruby><rb>御三家順格</rb><rt>ごさんけじゆんかく</rt></ruby>には受合なり然時は<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>も立身の<ruby><rb>小口</rb><rt>こぐち</rt></ruby>に先生も<ruby><rb>御隨身</rb><rt>ごずゐしん</rt></ruby>の思召あらば<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby><ruby><rb>御吹擧</rb><rt>ごすゐきよ</rt></ruby>に<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ぶべしといふ伊賀亮は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し思案して申ける樣和尚は何と<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はるゝや<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby><ruby><rb>大言</rb><rt>たいげん</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>はく</rt></ruby>に似たれども伊賀亮<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>の大才ある者久しく山中に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れて<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby>は<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>を土中に<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>むるに均し今貴僧の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>さるゝ天一坊殿にも此伊賀亮の如き者一人<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝへ</rt></ruby>に相成ば此上もなき御仕合と申もの也我も立身に<ruby><rb>望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>なきにあらず<ruby><rb>老僧</rb><rt>らうそう</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く取計ひ給へと申ける常樂院大に喜こび<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>大膳にも<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>に及びし所ろ<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>を<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>つるには一人も器量勝れし者を味方にせねば<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>屈強</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の者なりといふにぞ天忠は打悦び天一坊へ申けるは今日<ruby><rb>拙寺</rb><rt>せつじ</rt></ruby>へ參る所の<ruby><rb>客人</rb><rt>きやくじん</rt></ruby>は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>京都</rb><rt>きやうと</rt></ruby>九條家の御家來にて當時は浪人し山内伊賀亮と申す<ruby><rb>大器量人</rb><rt>だいきりやうじん</rt></ruby>なり上は<ruby><rb>天文地理</rb><rt>てんもんちり</rt></ruby>を<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>り<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>は<ruby><rb>神儒佛</rb><rt>しんじゆぶつ</rt></ruby>の三道に<ruby><rb>亘</rb><rt>わた</rt></ruby>り<ruby><rb>和學</rb><rt>わがく</rt></ruby><ruby><rb>軍學</rb><rt>ぐんがく</rt></ruby>に至るまで<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>一ツ知ずといふ事なき文武兼備の<ruby><rb>秀才士</rb><rt>しうさいし</rt></ruby>なり此人を<ruby><rb>御家來</rb><rt>ごけらい</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れなば<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>も成就せん事疑ひなしと<ruby><rb>稱譽</rb><rt>しようよ</rt></ruby>して<ruby><rb>薦</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>ければ天一坊は大に<ruby><rb>悦喜</rb><rt>えつき</rt></ruby>し左樣の<ruby><rb>軍師</rb><rt>ぐんし</rt></ruby>を得る事大望成就の<ruby><rb>吉瑞</rb><rt>きつずゐ</rt></ruby>なりと云ば天忠は早々御對面ありて主從の<ruby><rb>契約</rb><rt>けいやく</rt></ruby>あるべしと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に一決し天忠は<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>へ<ruby><rb>退</rb><rt>しり</rt></ruby>ぞき伊賀亮に申樣只今先生の事を申上しに天一坊樣にも先生の<ruby><rb>大才</rb><rt>だいさい</rt></ruby>を<ruby><rb>御稱美</rb><rt>ごしようび</rt></ruby>ありて早速<ruby><rb>御召抱</rb><rt>おめしかゝ</rt></ruby>へ成るべくとの由なれば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>御對面</rb><rt>ごたいめん</rt></ruby>あらるべし<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては先生の<ruby><rb>御衣服</rb><rt>おいふく</rt></ruby>は<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り<ruby><rb>見苦</rb><rt>みぐる</rt></ruby>し此段をも申上たれば<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby><ruby><rb>一重</rb><rt>ひとかさね</rt></ruby>と<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>一ツとを<ruby><rb>下</rb><rt>くだし</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れたり率御着用有りて然るべしと<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ伊賀亮<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>貴僧</rb><rt>きそう</rt></ruby>の<ruby><rb>御芳志</rb><rt>ごはうし</rt></ruby>は<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなけれど未だ御對面もなき中に<ruby><rb>時服</rb><rt>じふく</rt></ruby><ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>する<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れなし又拙者が<ruby><rb>粗服</rb><rt>そふく</rt></ruby>で御對面<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ難くば夫迄の事なり<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て拙者より奉公は願ひ申さずと<ruby><rb>斷然</rb><rt>きつぱり</rt></ruby><ruby><rb>言放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>し立上る<ruby><rb>勢</rb><rt>いきほ</rt></ruby>ひに常樂院は<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>て押止め然ば其段<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>一應</rb><rt>いちおう</rt></ruby>申上べしまづ〱御待下されと待せ置て<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ行き<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>にして出來り然らば<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしとの事なりと告れば伊賀亮は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も有べしと<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>粗服</rb><rt>そふく</rt></ruby>のまゝ天忠に引れて本堂の<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ到れば<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>の<ruby><rb>末座</rb><rt>まつざ</rt></ruby>に着座させられぬ

## 第十五回

<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>時上段の<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>の前には<ruby><rb>赤川大膳</rb><rt>あかがはだいぜん</rt></ruby><ruby><rb>藤井左京</rb><rt>ふぢゐさきやう</rt></ruby>の兩人<ruby><rb>繼上下</rb><rt>つぎかみしも</rt></ruby>にて左右に居並び常樂院<ruby><rb>天忠和尚</rb><rt>てんちうをしやう</rt></ruby>が<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>につれ大膳が簾を<ruby><rb>卷</rb><rt>まけ</rt></ruby>ば<ruby><rb>雲間縁</rb><rt>うんけんべり</rt></ruby>の<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby>の<ruby><rb>褥</rb><rt>しとね</rt></ruby>を<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>天一坊安座し身には<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>を着し<ruby><rb>中啓</rb><rt>ちうけい</rt></ruby>を手に持て<ruby><rb>欣然</rb><rt>きんぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て言葉を發して九條家の浪人山内<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby>とやらん其方の儀は常樂院より<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>したり此度予に<ruby><rb>仕</rb><rt>つかへ</rt></ruby>んとの<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざし<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に思なり以後<ruby><rb>精勤</rb><rt>せいきん</rt></ruby>を盡すべし<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>主從の<ruby><rb>契約</rb><rt>けいやく</rt></ruby><ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さんと云ばこの時<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て用意の<ruby><rb>三寶</rb><rt>さんばう</rt></ruby>に<ruby><rb>土器</rb><rt>かはらけ</rt></ruby>を<ruby><rb>載</rb><rt>のせ</rt></ruby>藤井左京持出て天一坊の前に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおけ</rt></ruby>ば土器取あげ一<ruby><rb>獻</rb><rt>こん</rt></ruby>を<ruby><rb>飮干</rb><rt>のみほし</rt></ruby>て伊賀亮へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す時に伊賀亮は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>つく〱と天一坊の<ruby><rb>面貌</rb><rt>めんばう</rt></ruby>を見て土器を取上ず<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>とは大の<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り者餘人は知らず此伊賀亮<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>はかなる<ruby><rb>僞坊主</rb><rt>にせばうず</rt></ruby>の<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むかれんや<ruby><rb>片腹痛</rb><rt>かたはらいた</rt></ruby>き<ruby><rb>工</rb><rt>たくみ</rt></ruby>かなと急に<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのか</rt></ruby>んとするを見て赤川大膳は心中に驚き<ruby><rb>見透</rb><rt>みすか</rt></ruby>されては一大事と氣を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>山内</rb><rt>やまのうち</rt></ruby><ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>せしか上に<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>し奉つり無禮の<ruby><rb>過言</rb><rt>くわごん</rt></ruby>いで<ruby><rb>切捨</rb><rt>きりすて</rt></ruby>んと立よりて刀の<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>に<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を掛るを伊賀亮ます〱わらひ<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>刀架</rb><rt>かたなかけ</rt></ruby>め其方如き者の刄が伊賀亮の身に立べき切ば見事に切て見よと<ruby><rb>立掛</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>るを左京と常樂院の兩人は中へ分入<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>めければ天一坊は疊の上より<ruby><rb>飛下</rb><rt>とびおり</rt></ruby>伊賀亮に向如何に伊賀亮<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>を<ruby><rb>僞者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>との過言其意を得ず何か<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>が有て左樣には申すや返答聞んと<ruby><rb>詰寄</rb><rt>つめよれ</rt></ruby>ば伊賀亮<ruby><rb>動</rb><rt>どう</rt></ruby>ずる色なく<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に證據なくして<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の言を出さんや其<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>を聞んとならば<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>厚</rb><rt>あつく</rt></ruby>して問るべし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>第一に天一坊の<ruby><rb>面部</rb><rt>めんぶ</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれし<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby>は存外の事を<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>つる相にて人を僞るの氣<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なり又眼中に<ruby><rb>殺伐</rb><rt>さつばつ</rt></ruby>の氣あり是は他人を切害せし證據<ruby><rb>假初</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>にも將軍家の御落胤に有べからざる<ruby><rb>凶相</rb><rt>きようさう</rt></ruby>なり<ruby><rb>僞物</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と申せしがよも<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>りで<ruby><rb>厶</rb><rt>ござ</rt></ruby>るかと席を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝい</rt></ruby>て申ける天一坊始め皆々口を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>て<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>たりしが大膳<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ兼<ruby><rb>御墨付</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>と御<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を持出し伊賀亮どの<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>只今の<ruby><rb>失言</rb><rt>しつげん</rt></ruby><ruby><rb>聞惡</rb><rt>きゝにく</rt></ruby>し則ち御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なき證據は是にあり<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>あるべしと出し示せば伊賀亮<ruby><rb>苦笑</rb><rt>にがわらひ</rt></ruby>しながら<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば拜見せんと手に取上これは<ruby><rb>紛</rb><rt>まがひ</rt></ruby>なき<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>將軍家の<ruby><rb>御直筆</rb><rt>ごぢきひつ</rt></ruby>なり又御短刀を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬい</rt></ruby>て<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>むるに是も亦違もなき天下<ruby><rb>三品</rb><rt>さんぴん</rt></ruby>の短刀なりと拜見し<ruby><rb>畢</rb><rt>をは</rt></ruby>りて大膳に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>し成程御證據の二品は慥なれ共天一坊殿に於ては<ruby><rb>僞物</rb><rt>にせもの</rt></ruby>に相違なしといふ<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>天忠席を進み<ruby><rb>遖</rb><rt>あつぱ</rt></ruby>れなる山内先生の御<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりき</rt></ruby>恐入たり左樣に<ruby><rb>星</rb><rt>ほし</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て仰らるゝ上は<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すに<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>なし此上は<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申べし實に<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なりと<ruby><rb>大望</rb><rt>たいまう</rt></ruby>を企てし一<ruby><rb>部</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>なく物<ruby><rb>語</rb><rt>がた</rt></ruby>り此上は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>先生の<ruby><rb>知略</rb><rt>ちりやく</rt></ruby>を以て此證據の品に<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>づき事<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>致すやう<ruby><rb>深慮</rb><rt>しんりよ</rt></ruby>の程こそ願はしと<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ伊賀亮は<ruby><rb>欣然</rb><rt>きんぜん</rt></ruby>と打笑ひ左こそ有べし事を分て<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むとあれば義を見て<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ざるは<ruby><rb>勇</rb><rt>いさみ</rt></ruby>なしとか惡とは<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ども<ruby><rb>一工夫</rb><rt>ひとくふう</rt></ruby>仕まつて見申べしと<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>暫く<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>に及びけるが人々に向ひ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>天一殿の面部は當將軍家の<ruby><rb>幼稚</rb><rt>をさなだち</rt></ruby>の<ruby><rb>御相恰</rb><rt>ごさうがふ</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>しのみか<ruby><rb>音聲</rb><rt>おんじやう</rt></ruby>迄も其儘なれば十が九ツ<ruby><rb>此企</rb><rt>このくはだ</rt></ruby>て成就せんと云に皆々打<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び茲に<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby>の約をぞ<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び五人<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を差寄て<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby><ruby><rb>數刻</rb><rt>すこく</rt></ruby>に及びける伊賀亮申す<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なる大望を企てるには金子<ruby><rb>乏</rb><rt>とぼ</rt></ruby>しくては大事成就<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし第一に金子の<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なれ其上にて<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らふ<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>こそあれ各々の<ruby><rb>深慮</rb><rt>しんりよ</rt></ruby>は如何と申ければ天一坊<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby>て其金子の事にて思ひ出せし事あり<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>先年九州へ下りし<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>藝州</rb><rt>げいしう</rt></ruby><ruby><rb>宮島</rb><rt>みやじま</rt></ruby>にて<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>し者あり<ruby><rb>信州</rb><rt>しんしう</rt></ruby><ruby><rb>下諏訪</rb><rt>しもすは</rt></ruby>の<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby><ruby><rb>遠藤</rb><rt>ゑんどう</rt></ruby>屋彌次六と云ふ者にて彼は<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の身代の者のよし<ruby><rb>語</rb><rt>かたら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し事も有ば此者を<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>とし<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>致させんには<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>すべき事もあらんと云に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其儀に<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>し<ruby><rb>密々</rb><rt>みつ〱</rt></ruby>用意して天一坊と大膳の兩人は<ruby><rb>長洞</rb><rt>ながほら</rt></ruby>村を出立し信州下諏訪へと<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむき</rt></ruby>たり<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く遠藤屋彌次六方へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>先年の事を語れば彌次六は先年の事を思出し<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>出<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へ能こそ御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下されしと夫より<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>饗應</rb><rt>きやうおう</rt></ruby>に手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しける天一坊は大膳を彌次六に<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>せ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>に及びぬ爰に諏訪明神の<ruby><rb>社人</rb><rt>しやにん</rt></ruby>に<ruby><rb>諏訪右門</rb><rt>すはうもん</rt></ruby>とて<ruby><rb>年齡</rb><rt>とし</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>十三歳なれど<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>拔群</rb><rt>ばつくん</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れし者有り此度遠藤屋へ<ruby><rb>珍客</rb><rt>ちんきやく</rt></ruby>の見えしと聞より<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>彌次六方へ來り<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に彌次六の<ruby><rb>紹介</rb><rt>とりもち</rt></ruby>にて天一坊に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>と</rt></ruby>げ是も主從の<ruby><rb>約</rb><rt>やく</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>びける是より彌次六は<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>天一坊を世に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さんものと<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>して金子を<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>せんと右門にも<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>をなすに右門の申<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>は<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>同職</rb><rt>どうしよく</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にて<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>なるは<ruby><rb>肥前</rb><rt>ひぜん</rt></ruby>なり此者を<ruby><rb>引入</rb><rt>ひきいれ</rt></ruby>なば金子の<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>も致すべし此儀如何<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んと申ければ彌次六も大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>夫となく<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>肥前を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ゐる内天一坊には<ruby><rb>白綾</rb><rt>しらあや</rt></ruby>の<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby>に<ruby><rb>紫純子</rb><rt>むらさきどんす</rt></ruby>の<ruby><rb>丸蔕</rb><rt>まるぐけ</rt></ruby>を<ruby><rb>緊</rb><rt>し</rt></ruby>め<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>へ出て<ruby><rb>小鳥</rb><rt>ことり</rt></ruby>を<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め居る<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>にもてなし肥前が目に<ruby><rb>留</rb><rt>とま</rt></ruby>りて心中に<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しと思はせん者と<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>るとは<ruby><rb>毫</rb><rt>つゆ</rt></ruby>知らざれば肥前は<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>の彌次六に向ひ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今庭へ出給ふ御方は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる客人にや<ruby><rb>當人</rb><rt>たゞびと</rt></ruby>とは思はれずと云に彌次六は<ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすまし</rt></ruby>たりと聲をひそめ<ruby><rb>彼</rb><rt>あの</rt></ruby>御方の儀に付ては<ruby><rb>一朝一夕</rb><rt>いつてういつせき</rt></ruby>に<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>がたし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の御身分の御方なりとて<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に天一坊と赤川<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>に引合せ<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち御<ruby><rb>墨付</rb><rt>すみつき</rt></ruby>と御短刀をも拜見させらるれば元より肥前は<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>の者故<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひぬ彌次六右門の兩人は爰ぞと<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも天一坊樣を御世に出したし夫には少し入用もあり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>の<ruby><rb>周旋</rb><rt>しうせん</rt></ruby>にて金子の御<ruby><rb>口入</rb><rt>くちいれ</rt></ruby><ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>成まじきやと<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みければ肥前は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>る<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>には多分の儀は出來<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>れど少々は<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>せんと聞て兩人は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びいよ〱金子御<ruby><rb>調達下</rb><rt>てうだつくだ</rt></ruby>さるれば天一坊樣江戸表にて御<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>なば當明神を御<ruby><rb>祈願所</rb><rt>きぐわんじよ</rt></ruby>と御定め一ヶ年米三百<ruby><rb>俵</rb><rt>ぺう</rt></ruby>づつ<ruby><rb>永代</rb><rt>えいだい</rt></ruby>御<ruby><rb>寄附</rb><rt>きふ</rt></ruby>ある樣に我々<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ申べし然すれば永く社頭の<ruby><rb>譽</rb><rt>ほま</rt></ruby>れにも相成候事なり<ruby><rb>精々</rb><rt>せい〲</rt></ruby>御<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き下されと事十分なる<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みの<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に肥前の申樣は御入用の金子は<ruby><rb>何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>か<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>せねど<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>に於ては三百兩を御<ruby><rb>用立</rb><rt>ようだて</rt></ruby>申べし其上は<ruby><rb>自力</rb><rt>じりき</rt></ruby>に及び<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しといふ彌次六申やう御入用高は未だ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>相伺</rb><rt>あひうかゞ</rt></ruby>はねば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>貴殿方</rb><rt>きでんかた</rt></ruby>の御<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>もあれば夫だけ御用立下さるべしと云に肥前は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なして<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>せしが<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>右の金子三百兩<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>しければ此<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>天一坊大膳へ申し談じ則ち天一樣御出世の上は永代米三百俵づつ<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいねん</rt></ruby>御<ruby><rb>奉納</rb><rt>ほうなふ</rt></ruby>有べしと<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めし<ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby>と<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>にし金子をば受取一先<ruby><rb>美濃國</rb><rt>みのゝくに</rt></ruby>へ立歸らんと天一坊は大膳<ruby><rb>右門</rb><rt>うもん</rt></ruby>遠藤屋彌次六との三人を同道して<ruby><rb>常樂院</rb><rt>じやうらくゐん</rt></ruby>へ歸り來りて右の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>を物語れば常樂院もさらば<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>も一<ruby><rb>目論</rb><rt>もくろみ</rt></ruby>して見よと<ruby><rb>庚申待</rb><rt>かうしんまち</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>し<ruby><rb>講中</rb><rt>かうちう</rt></ruby>の内にて<ruby><rb>紺屋</rb><rt>こんや</rt></ruby>五郎兵衞<ruby><rb>蒔繪師</rb><rt>まきゑし</rt></ruby>三右衞門米屋六兵衞<ruby><rb>呉服屋</rb><rt>ごふくや</rt></ruby>又兵衞の四<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>を跡へ止め<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>に<ruby><rb>酒肴</rb><rt>しゆかう</rt></ruby>を調のへ一間へ<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>きて酒も<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りし<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>常樂院申けるは各々方も御承知の如く是迄は拙僧の弟子と致し世を<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び給ひし天一坊樣は實は<ruby><rb>佐州</rb><rt>さしう</rt></ruby>相川郡<ruby><rb>尾島村</rb><rt>をじまむら</rt></ruby>の<ruby><rb>淨覺院</rb><rt>じやうがくゐん</rt></ruby>の門前に<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>られ給ひしを<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>天道和尚の<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひし上<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>に<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>置れしが<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>くは當將軍家の御<ruby><rb>部屋住</rb><rt>へやずみ</rt></ruby>の内の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>なり此度御<ruby><rb>還俗遊</rb><rt>げんぞくあそ</rt></ruby>ばし我々御<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>にて江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ御<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り遊ばすなり御<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby>の上は御三家同樣の御大名にならせらるゝは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>なり夫に付ては<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむき</rt></ruby>金子御入用なるが只今御用金とし金百兩差上る者には<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち三百石の<ruby><rb>御高</rb><rt>おんたか</rt></ruby>を下され五十兩には百五十石三百兩ならば千石其餘は是に<ruby><rb>准</rb><rt>じゆん</rt></ruby>じて<ruby><rb>宛行</rb><rt>あておこな</rt></ruby>はるゝ思召なり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>各々方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby>も今の内に御用金を差上られなば御<ruby><rb>直參</rb><rt>ぢきさん</rt></ruby>に御取立に成樣<ruby><rb>師檀</rb><rt>しだん</rt></ruby>の<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>みを以て拙僧<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く御取持せん思し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>もあらば<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはらんと<ruby><rb>説法口</rb><rt>せつぱふぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>に任せて思ふ樣に<ruby><rb>欺</rb><rt>たばか</rt></ruby>りければ四人の者共は<ruby><rb>先頃</rb><rt>さきごろ</rt></ruby>よりの寺の<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>如何樣<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>有んと思へど誰も<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へは無れど<ruby><rb>永代</rb><rt>えいだい</rt></ruby>の家の<ruby><rb>株</rb><rt>かぶ</rt></ruby>と無理にも金子<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>仕つらんそれには御<ruby><rb>實情</rb><rt>じつじやう</rt></ruby>の處も<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひたしといふに心得たりと常樂院は<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おも</rt></ruby>ぶき此由を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に四人を<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>なひて<ruby><rb>客殿</rb><rt>きやくでん</rt></ruby>の<ruby><rb>末座</rb><rt>ばつざ</rt></ruby>に待せ置き其身も<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>へ<ruby><rb>列</rb><rt>つら</rt></ruby>なりける四人は<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か向ふを見れば上段の<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>の前に<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>は<ruby><rb>半白</rb><rt>はんぱく</rt></ruby>にして<ruby><rb>威</rb><rt>ゐ</rt></ruby>有て<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>からぬ一人の<ruby><rb>侍</rb><rt>さふら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>堂々</rb><rt>だう〱</rt></ruby>として控へたり是ぞ山内<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby>なり次は未<ruby><rb>壯年</rb><rt>さうねん</rt></ruby>にして<ruby><rb>骨柄</rb><rt>こつがら</rt></ruby><ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しからぬ<ruby><rb>形相</rb><rt>ぎやうさう</rt></ruby>の侍ひ二人是ぞ赤川<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>と藤井<ruby><rb>左京</rb><rt>さきやう</rt></ruby>にて何れも大家の家老職と云とも<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしからざる<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby>にて<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を正して控へたれば其威風に恐れ四人の者は只々頭を下る計なり

## 第十六回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も常樂院は<ruby><rb>紺屋</rb><rt>こんや</rt></ruby>五郎兵衞を初め四人の者共に威を示し<ruby><rb>甘々</rb><rt>うま〱</rt></ruby>と用金を出させんと先<ruby><rb>本堂</rb><rt>ほんだう</rt></ruby>の客殿に<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じ<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の正面の<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>を卷上れば天一坊は<ruby><rb>威</rb><rt>ゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>からざる<ruby><rb>容體</rb><rt>ようだい</rt></ruby>に着座す其出立には<ruby><rb>鼠色</rb><rt>ねずみいろ</rt></ruby><ruby><rb>琥珀</rb><rt>こはく</rt></ruby>の<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby>の上に<ruby><rb>顯紋紗</rb><rt>けんもんしや</rt></ruby>の<ruby><rb>十徳</rb><rt>じつとく</rt></ruby>を着<ruby><rb>法眼袴</rb><rt>はふげんはかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby>たり後の方には<ruby><rb>黒七子</rb><rt>くろなゝこ</rt></ruby>の小袖に同じ羽織<ruby><rb>茶宇</rb><rt>ちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>紫縮緬</rb><rt>むらさきちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>服紗</rb><rt>ふくさ</rt></ruby>にて<ruby><rb>小脇差</rb><rt>こわきざし</rt></ruby>を持たる<ruby><rb>剪髮</rb><rt>ぜんぱつ</rt></ruby>の美少年の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>くが如きは是なん諏訪右門なり其<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の小袖に<ruby><rb>煤竹色</rb><rt>すゝたけいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>道服</rb><rt>だうふく</rt></ruby>を着したるは遠藤屋彌次六一號<ruby><rb>鵞湖山人</rb><rt>がこさんじん</rt></ruby>なり<ruby><rb>孰</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も<ruby><rb>整々</rb><rt>せい〱</rt></ruby>として控たれば四人の者は思はず<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と計りに<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す時に天一坊<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>清爽</rb><rt>さはやか</rt></ruby>に其方共此度予に<ruby><rb>隨身</rb><rt>ずゐしん</rt></ruby>せんとの願ひ<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に存ずるなり<ruby><rb>依</rb><rt>よつて</rt></ruby>父上より<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>はりし<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の御品拜見さし許し主從の<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>取らすべしとの<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の下藤井左京は彼二品を三寶へ戴て<ruby><rb>恭々敷</rb><rt>うや〱しく</rt></ruby>持出し四人の者へ拜見致させたり四人は此二品を拜見して驚き入り<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>に御召<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>下され度と詞を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して願ひける是に依て四人より金子四百兩を<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>して差出し御<ruby><rb>判物</rb><rt>はんもの</rt></ruby>を戴き<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby><ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>をゆるされしかば夫々に<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>して家來分となりにける<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>紺屋五郎兵衞は<ruby><rb>本多源右衞門</rb><rt>ほんだげんゑもん</rt></ruby>呉服屋又兵衞は<ruby><rb>南部權兵衞</rb><rt>なんぶごんべゑ</rt></ruby>蒔畫師の三右衞門は遠藤森右衞門米屋六兵衞は<ruby><rb>藤代要人</rb><rt>ふぢしろかなめ</rt></ruby>と各々改名に及びたり中にも呉服屋又兵衞は武州<ruby><rb>入間</rb><rt>いるま</rt></ruby>郡川越に<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>あれば<ruby><rb>彼方</rb><rt>どなた</rt></ruby>か御同道下さらば金千兩位は<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>すべしといふにより山内伊賀亮は呉服屋又兵衞を案内として武州川越<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>の百姓市右衞門方へ到着し是又以前の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>にて<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>して諸人を欺き櫻井村にて<ruby><rb>右膳</rb><rt>うぜん</rt></ruby><ruby><rb>權内</rb><rt>ごんない</rt></ruby><ruby><rb>馬場</rb><rt>ばば</rt></ruby>内にて源三郎七右衞門川越の町にて大坂屋七兵衞<ruby><rb>和久井</rb><rt>わくゐ</rt></ruby>五兵衞千<ruby><rb>塚</rb><rt>つか</rt></ruby>六郎兵衞<ruby><rb>大圓寺</rb><rt>だいゑんじ</rt></ruby><ruby><rb>自性</rb><rt>じしやう</rt></ruby>寺其外寺院にて七ヶ寺都合廿七人金高二千八百兩<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>せり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>千塚</rb><rt>ちつか</rt></ruby>六郎兵衞は<ruby><rb>帳本</rb><rt>ちやうもと</rt></ruby>にて金子は常樂院へ持參の上證文と<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>る<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>にて伊賀亮に<ruby><rb>附從</rb><rt>つきしたが</rt></ruby>ひ川越を發足せしが此六郎兵衞は<ruby><rb>相州</rb><rt>さうしう</rt></ruby><ruby><rb>浦賀</rb><rt>うらが</rt></ruby>に有徳の親類有ばとて案内し伊賀亮又兵衞と三人にて浦賀へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>六郎兵衞の<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>に因て江戸屋七左衞門<ruby><rb>叶屋</rb><rt>かなふや</rt></ruby>八右衞門<ruby><rb>美作</rb><rt>みまさか</rt></ruby>屋權七といふ三人の者より金子八百兩を差出して天一坊樣御<ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>迄御出<ruby><rb>迎仕</rb><rt>むかへつかま</rt></ruby>つらんとぞ約束をなし是より伊賀亮等の三人は<ruby><rb>美濃</rb><rt>みの</rt></ruby>へ立<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り川越浦賀の兩所にて金子は三千兩餘<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>せしと物語れば皆々大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>六郎兵衞に夫々の<ruby><rb>判物</rb><rt>はんもの</rt></ruby>を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>せしかば六郎兵衞は是を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>川越の地へ歸りけり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に皆々此￼を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>さず近々に江戸表へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>らんと用意にこそは<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝり</rt></ruby>ける先呉服物<ruby><rb>一式</rb><rt>いつしき</rt></ruby>は南部權兵衞是を<ruby><rb>請込</rb><rt>うけこみ</rt></ruby><ruby><rb>染物</rb><rt>そめもの</rt></ruby>は本多源右衞門<ruby><rb>塗物</rb><rt>ぬりもの</rt></ruby>の類は遠藤森右衞門が引請夜を日に<ruby><rb>繼</rb><rt>つい</rt></ruby>で支度に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝれ</rt></ruby>ば二月の末には<ruby><rb>萬々</rb><rt>ばん〱</rt></ruby>用意は<ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のひたり爰に皆々を<ruby><rb>呼集</rb><rt>よびあつ</rt></ruby>め<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>に及ぶ樣は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>さま江戸へ下るべきや又は大坂表へ出て<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>はんやと評議<ruby><rb>區々</rb><rt>まち〱</rt></ruby>にて更に<ruby><rb>決着</rb><rt>けつちやく</rt></ruby>せざりしにぞ山内伊賀亮<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み出て申樣は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に江戸表へ<ruby><rb>罷下</rb><rt>まかりくだ</rt></ruby>らん事先以て<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>に似て然べからず其<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は先年駿河大納言殿の御<ruby><rb>子息</rb><rt>しそく</rt></ruby>長七郎君も先大坂へ御出の<ruby><rb>吉例</rb><rt>きちれい</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば此先例に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ一先大坂へ出張ゆる〱<ruby><rb>關東</rb><rt>くわんとう</rt></ruby>の<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>を見定め<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>に<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>じて事を<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らはんこそ十全の<ruby><rb>策</rb><rt>さく</rt></ruby>と云べしと<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して申ければ皆一同に此議に同ず<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の事とて評議は此に決定したり<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ大坂へ<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>を<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ是へ御<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつり</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしとて此旅館の<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>受方には伊賀亮が<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>を受則ち常樂院が出立する事にぞ<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>まりぬ頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一<ruby><rb>午年</rb><rt>うまどし</rt></ruby>三月<ruby><rb>朔日</rb><rt>ついたち</rt></ruby>常樂院は美濃國<ruby><rb>長洞</rb><rt>ながほら</rt></ruby>村を出立し道を急ぎ大坂<ruby><rb>渡邊</rb><rt>わたなべ</rt></ruby>橋<ruby><rb>紅屋庄藏</rb><rt>べにやしやうざう</rt></ruby>方へぞ着しける此紅屋といふ<ruby><rb>旅人宿</rb><rt>はたごや</rt></ruby>は<ruby><rb>金比羅</rb><rt>こんぴら</rt></ruby>參りの<ruby><rb>定宿</rb><rt>ぢやうやど</rt></ruby>にて常樂院は其夜<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の庄藏を呼近づけ申樣は此度<ruby><rb>聖護院</rb><rt>せいごゐん</rt></ruby>の<ruby><rb>宮</rb><rt>みや</rt></ruby>御<ruby><rb>配下</rb><rt>はいか</rt></ruby>天一坊樣當表へ御出張に付御旅館<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べの爲に拙寺が<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>候なり不案内の事ゆえ<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby>其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>をお<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>申なりとて手箱の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>より用意の金子を取出しこれは<ruby><rb>些少</rb><rt>させう</rt></ruby>ながら御<ruby><rb>骨折料</rb><rt>ほねをりれう</rt></ruby>なりと差出しければ庄藏は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かし</rt></ruby>こまり候と<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>日<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より大坂中を<ruby><rb>欠廻</rb><rt>かけまは</rt></ruby>り<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に渡邊橋向ふの<ruby><rb>大和屋</rb><rt>やまとや</rt></ruby>三郎兵衞の控家こそ然るべしと<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>入のことを三郎兵衞方へ申入れしに早速<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>しければ庄藏は我家へ歸り其<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きを常樂院へ物語れば常樂院は<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に足下の<ruby><rb>働</rb><rt>はた</rt></ruby>らきなりしと<ruby><rb>賞賛</rb><rt>しやうさん</rt></ruby>し庄藏を案内として大和屋三郎兵衞方に<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りて申樣此度拙寺が本山天一坊樣大坂へ出張に付旅館として<ruby><rb>足下</rb><rt>そくか</rt></ruby>の<ruby><rb>控家</rb><rt>ひかへや</rt></ruby>を<ruby><rb>借用</rb><rt>しやくよう</rt></ruby>の儀を<ruby><rb>頼入</rb><rt>たのみいれ</rt></ruby>しに早速の承知<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと<ruby><rb>述終</rb><rt>のべをは</rt></ruby>り此は<ruby><rb>輕少</rb><rt>けいせう</rt></ruby>ながら<ruby><rb>樽代</rb><rt>たるだい</rt></ruby>なりと金子を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り借用證文を入れ則ち借主は常樂院請人は紅屋庄藏として<ruby><rb>調印</rb><rt>てういん</rt></ruby>し<ruby><rb>宿老</rb><rt>しゆくらう</rt></ruby>へも相屆け<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby>事も相濟たれば常樂院は<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>も紅屋方に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>し翌日より大工<ruby><rb>泥工</rb><rt>さくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>諸職人</rb><rt>しよしよくにん</rt></ruby>を雇ひ<ruby><rb>破損</rb><rt>はそん</rt></ruby>の處は<ruby><rb>修復</rb><rt>しゆふく</rt></ruby>を加へ<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>に<ruby><rb>建添</rb><rt>たてそへ</rt></ruby>などし失費も<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず人歩を<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>て急ぎければ<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の日數にて<ruby><rb>荒増</rb><rt>あらまし</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>したれば然ば<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>一先歸國すべしと旅館へは召し連下男一人を<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>しいよ〱天一坊樣御出張の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は斯樣々々と紅屋庄藏大和屋三郎兵衞の兩人に萬端頼み置き常樂院には大坂を發足し道を急ぎ長洞村へ歸り大坂の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby><ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の場所へ<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>の事まで申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ常樂院が留守中に<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>も出立の用意<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ居れば<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらば發足有べしとて其<ruby><rb>手配</rb><rt>てくば</rt></ruby>りに及びける頃は享保十一年四月五日いよ〱常樂院の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>を一同出立には及びたり其<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby>には第一番の<ruby><rb>油箪</rb><rt>ゆたん</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>し長持十三<ruby><rb>棹</rb><rt>さを</rt></ruby>何れも<ruby><rb>宰領</rb><rt>さいりやう</rt></ruby>二人づつ<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>その跡より<ruby><rb>萠黄</rb><rt>もえぎ</rt></ruby><ruby><rb>純子</rb><rt>どんす</rt></ruby>の油箪白く<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の御<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>を染出せしを掛し<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>二棹<ruby><rb>露拂</rb><rt>つゆばらひ</rt></ruby>二人宰領二人づつなり<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>二人長棒の乘物にて<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby>四人<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby><ruby><rb>挾箱</rb><rt>はさみばこ</rt></ruby><ruby><rb>草履取</rb><rt>ざうりとり</rt></ruby><ruby><rb>長柄</rb><rt>ながえ</rt></ruby>持<ruby><rb>合羽籠</rb><rt>かつぱかご</rt></ruby><ruby><rb>兩掛</rb><rt>りやうがけ</rt></ruby>都合十五人の一列は赤川大膳にて是は<ruby><rb>先供</rb><rt>さきとも</rt></ruby>御長持<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りの役なり次に天一坊の行列は先徒士九人<ruby><rb>網代</rb><rt>あじろ</rt></ruby>の乘物駕籠脇の<ruby><rb>侍</rb><rt>さむら</rt></ruby>ひは南部權兵衞本多源右衞門遠藤森右衞門<ruby><rb>諏訪</rb><rt>すは</rt></ruby>右門遠藤彌次六藤代<ruby><rb>要人</rb><rt>かなめ</rt></ruby>等なり先箱二ツは<ruby><rb>手代</rb><rt>てがはり</rt></ruby>とも四人打物手代とも二人跡箱二ツ手代とも四人<ruby><rb>傘持</rb><rt>かさもち</rt></ruby>草履取合羽籠兩掛<ruby><rb>茶辨當</rb><rt>ちやべんたう</rt></ruby>等なり引續いて常樂院天忠<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>藤井左京山内伊賀亮等<ruby><rb>孰</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も長棒の乘物にて大膳が供立に同じ<ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby>同勢二百餘人其<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>美々</rb><rt>びゞ</rt></ruby>しく長洞村を出立し大坂<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き日ならず渡邊橋向の<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>けの旅館へぞ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>したり伊賀亮が<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>にて旅館の<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>に<ruby><rb>紫縮緬</rb><rt>むらさきちりめん</rt></ruby>に<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の御紋を染出せし<ruby><rb>幕</rb><rt>まく</rt></ruby>を<ruby><rb>張渡</rb><rt>はりわた</rt></ruby>し<ruby><rb>檜</rb><rt>ひのき</rt></ruby>の大板の<ruby><rb>表札</rb><rt>へうさつ</rt></ruby>には<ruby><rb>筆太</rb><rt>ふでぶと</rt></ruby>に徳川天一坊旅館の七字を書付て門前に<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>立玄關には取次の役人繼上下にて控へ<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>の有樣なり是等は夜中にせし事なれば紅屋大和屋も<ruby><rb>一向</rb><rt>いつかう</rt></ruby>に知ざる處ろ<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>に至り市中の者共は是を見付て只<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>すばかりにて誰云となく<ruby><rb>大評判</rb><rt>だいひやうばん</rt></ruby>となり紅屋は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>ず<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>もと大和屋三郎兵衞方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り前の段を物語り<ruby><rb>後難</rb><rt>こうなん</rt></ruby>も<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしければ何に致せ表札と幕をば一先<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>させ申べしとて兩人は急に<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby><ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>にて彼旅館へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き中の口に案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こは</rt></ruby>ば此時取次の役人は藤代要人成しが如何にも<ruby><rb>横柄</rb><rt>わうへい</rt></ruby>に何用にやと問ば庄藏三郎兵衞の兩人は手を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>私共は紅屋庄藏大和屋三郎兵衞と申て當町の者なり何卒<ruby><rb>急速</rb><rt>きふそく</rt></ruby>に常樂院樣に御目<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り願ひ相<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ度儀ありて<ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>仕れり此段御取次下さるべしと<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に相<ruby><rb>述</rb><rt>のぶ</rt></ruby>れば藤代要人は承知し中の口に控させ此趣きを常樂院へ申し<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じければ天忠和尚は<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は紅屋等が何か六かしき事を申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>たかと伊賀亮へ此由を談ずれば伊賀亮<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>夫こそ<ruby><rb>表札幕</rb><rt>へうさつまく</rt></ruby>などの事にて來りしならん<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>の次第は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に常樂院へ<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>したりける

## 第十七回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て常樂院は<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby>の内意を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>徐々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と出で來り<ruby><rb>彼庄藏</rb><rt>かのしやうざう</rt></ruby>三郎兵衞の兩人に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>するに兩人は口を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろへ</rt></ruby>て申す樣<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>とも<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれい</rt></ruby>り候事ながら<ruby><rb>貴院</rb><rt>きゐん</rt></ruby><ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て仰聞られ候には<ruby><rb>聖護院</rb><rt>しやうごゐん</rt></ruby>宮樣の<ruby><rb>御配下</rb><rt>ごはいか</rt></ruby>にて天一坊樣の御<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>とばかり故庄藏御<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>申三郎兵衞の<ruby><rb>明店</rb><rt>あきだな</rt></ruby>御用立差上候ひしに只今<ruby><rb>御玄關</rb><rt>おげんくわん</rt></ruby>を拜見仕つるに徳川天一坊樣<ruby><rb>御旅館</rb><rt>ごりよくわん</rt></ruby>との<ruby><rb>御表札</rb><rt>ごへうさつ</rt></ruby>あり又<ruby><rb>御玄關</rb><rt>おげんくわん</rt></ruby>には<ruby><rb>葵御紋</rb><rt>あふひごもん</rt></ruby>の<ruby><rb>御幕</rb><rt>おんまく</rt></ruby>を張せられしが右樣の儀ならば<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>以て<ruby><rb>私共</rb><rt>わたくしども</rt></ruby>へお<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>の有べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり若し此事<ruby><rb>町奉行所</rb><rt>まちぶぎやうしよ</rt></ruby>より<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>あらば<ruby><rb>貸主</rb><rt>かしぬし</rt></ruby>三郎兵衞は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>世話人の庄藏までの<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>右の<ruby><rb>表札</rb><rt>へうさつ</rt></ruby>と御玄關なる<ruby><rb>御紋付</rb><rt>ごもんつき</rt></ruby>のお幕はお<ruby><rb>取外</rb><rt>とりはづ</rt></ruby>しを願ひ候といふに常樂院は兩人の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>打笑乍</rb><rt>うちゑみなが</rt></ruby>ら申けるは成程<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ねば<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>くも無理ならず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども<ruby><rb>御表札</rb><rt>ごへうさつ</rt></ruby>と<ruby><rb>御紋付</rb><rt>ごもんつき</rt></ruby>の幕を<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>取外</rb><rt>とりはず</rt></ruby>す儀は<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ難し其故は聖護院<ruby><rb>宮樣</rb><rt>みやさま</rt></ruby><ruby><rb>御配下</rb><rt>ごはいか</rt></ruby>天一坊樣御身分は當將軍<ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby>の未だ紀州公<ruby><rb>御部屋住</rb><rt>おへやずみ</rt></ruby>の時分女中に<ruby><rb>御儲</rb><rt>おんまう</rt></ruby>けの若君にて<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>江戸表へ<ruby><rb>御下向</rb><rt>ごげかう</rt></ruby>あり<ruby><rb>御親子</rb><rt>ごしんし</rt></ruby><ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>の上は<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>は西の丸へ<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>らせらるべし左樣に<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からぬ<ruby><rb>御身分</rb><rt>おみぶん</rt></ruby>にて徳川は<ruby><rb>御苗字</rb><rt>ごめうじ</rt></ruby>なり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>は<ruby><rb>御定紋</rb><rt>ごぢやうもん</rt></ruby>なり其方<ruby><rb>輩</rb><rt>たち</rt></ruby>が少しも<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じるには及ばず若も<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>より彼是を申出ば此方へ役人を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申渡すべき<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>其方共も<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>には<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby><ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ず<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひ無用なり何分<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>の<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に致すべしと<ruby><rb>云渡</rb><rt>いひわた</rt></ruby>しければ兩人は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>との事なれば少こし<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>しけれども後々の<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>を<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>名主組合へ右の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>を<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け夫より町奉行の<ruby><rb>御月番</rb><rt>おつきばん</rt></ruby>松平日向守殿<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おやくたく</rt></ruby>へ此段を<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へける是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>東</rb><rt>ひがし</rt></ruby>町奉行鈴木<ruby><rb>飛騨守殿</rb><rt>ひだのかみどの</rt></ruby>へも<ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>となり是より<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>堀田相模守殿へ<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞけ</rt></ruby>に相成ば御城代は<ruby><rb>玉造口</rb><rt>たまつくりぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>御加番</rb><rt>ごかばん</rt></ruby>植村土佐守殿京橋口の御加番戸田<ruby><rb>大隅守殿</rb><rt>おほすみのかみどの</rt></ruby>へも御相談となりしが先年<ruby><rb>松平</rb><rt>まつだひら</rt></ruby>長七郎殿の<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>もあり<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うくわつ</rt></ruby>には<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ難し先々町奉行所へ<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>相調</rb><rt>あひしら</rt></ruby>べ申べしと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>一<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>し御月番なれば西町奉行松平<ruby><rb>日向守</rb><rt>ひうがのかみ</rt></ruby>殿は<ruby><rb>組與力</rb><rt>くみよりき</rt></ruby><ruby><rb>堀</rb><rt>ほり</rt></ruby>十左衞門片岡逸平の兩人を<ruby><rb>渡邊橋</rb><rt>わたなべばし</rt></ruby>の天一坊の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさる兩人は<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>より<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>に及べば取次は<ruby><rb>遠藤</rb><rt>ゑんどう</rt></ruby>東次右衞門なり出て<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及ぶに兩人の<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>の申には我々は<ruby><rb>西</rb><rt>にし</rt></ruby>町奉行松平日向守<ruby><rb>組與力</rb><rt>くみよりき</rt></ruby>なるが天一坊殿に<ruby><rb>御重役</rb><rt>ごぢうやく</rt></ruby><ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby><ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>たし少々<ruby><rb>御伺</rb><rt>おうかゞ</rt></ruby>ひ申度儀ありと<ruby><rb>述</rb><rt>の</rt></ruby>ぶ<ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>の遠藤東次右衞門は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>奧へ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と通ぜんと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>兩人を<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>の間へ<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じ暫く<ruby><rb>御待</rb><rt>おんまち</rt></ruby>有べしと<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へさせける<ruby><rb>間毎々々</rb><rt>まごと〱</rt></ruby>の<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に兩人も<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し居しが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て年頃は三十八九にて<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>く<ruby><rb>丈</rb><rt>せい</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>く<ruby><rb>中肉</rb><rt>ちうにく</rt></ruby>にて<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby>宜しき男の<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby>に<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>御紋</rb><rt>ごもん</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>下には<ruby><rb>淺黄無垢</rb><rt>あさぎむく</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>茶宇</rb><rt>ちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を<ruby><rb>靜々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>鳴</rb><rt>なら</rt></ruby>して出來るは是なん<ruby><rb>赤川大膳</rb><rt>あかがはだいぜん</rt></ruby>なり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て座に就て申樣<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は徳川天一坊殿<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>赤川大膳と申者なり何等の<ruby><rb>御用向</rb><rt>ごようむき</rt></ruby>にて參られしと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ければ<ruby><rb>與力等</rb><rt>よりきら</rt></ruby>は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して私し共は<ruby><rb>當月番</rb><rt>たうつきばん</rt></ruby>町奉行松平日向守<ruby><rb>組與力</rb><rt>くみよりき</rt></ruby>堀十左衞門片岡逸平なり奉行日向守申付には天一坊樣へ日向守<ruby><rb>御目通</rb><rt>おんめどほ</rt></ruby>り致し<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に<ruby><rb>御伺</rb><rt>おんうかゞ</rt></ruby>ひ申度儀御座候得ば明日御<ruby><rb>役宅迄</rb><rt>やくたくまで</rt></ruby>天一坊樣に<ruby><rb>御入來</rb><rt>ごじゆらい</rt></ruby>ある樣との<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなりと<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ大膳は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝすま</rt></ruby>し其段は一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひの上<ruby><rb>御返事</rb><rt>おへんじ</rt></ruby>に及び申べしと座を立て奧へ入しが<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て出來り兩人に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ御口上の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き上へ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひしに<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>には町奉行の役宅は<ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby><ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の出入致し<ruby><rb>穢</rb><rt>けがら</rt></ruby>はしき場所の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>左樣の<ruby><rb>不淨</rb><rt>ふじやう</rt></ruby>なる屋敷へは予は參る身ならず<ruby><rb>用事</rb><rt>ようじ</rt></ruby>と<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば日向守殿に此方へ來られよとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby>日向守殿へ<ruby><rb>御達</rb><rt>おんたつ</rt></ruby>し下されと<ruby><rb>言捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て奧へぞ入たり兩人は<ruby><rb>手持無沙汰</rb><rt>てもちぶさた</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り右の次第を日向守へ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>ならぬ事なりとて又も<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>堀田<ruby><rb>相摸守殿</rb><rt>さがみのかみどの</rt></ruby>へ申上らるれば<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀ならば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なし御城代<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>せんと再び堀片岡の兩人を以て<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>堀田相摸守殿<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ明日天一坊殿<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられ候樣にと申入ける<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は<ruby><rb>異儀</rb><rt>いぎ</rt></ruby>なく承知の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きの<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>あり依て日向守殿には<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>同心へ申付る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>天一樣<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めし明日は<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>なるべし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど御城代の<ruby><rb>御門前</rb><rt>ごもんぜん</rt></ruby>にて<ruby><rb>下乘</rb><rt>げじよう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さすべし若も<ruby><rb>下乘</rb><rt>げじよう</rt></ruby>なき時は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>制止</rb><rt>せいし</rt></ruby>に及ぶべしと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>にこそ申渡し<ruby><rb>翌</rb><rt>あくる</rt></ruby>を<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>れける頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一<ruby><rb>丙午年</rb><rt>ひのえうまどし</rt></ruby>四月十一日天一坊は<ruby><rb>供揃</rb><rt>ともぞろ</rt></ruby>ひして御城代の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おも</rt></ruby>むく<ruby><rb>其行列</rb><rt>そのぎやうれつ</rt></ruby>には先に<ruby><rb>白木</rb><rt>しらき</rt></ruby>の<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>二<ruby><rb>棹</rb><rt>さを</rt></ruby><ruby><rb>萌黄純子</rb><rt>もえぎどんす</rt></ruby>に<ruby><rb>葵御紋付</rb><rt>あふひごもんつき</rt></ruby>の<ruby><rb>油箪</rb><rt>ゆたん</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>宰領</rb><rt>さいりやう</rt></ruby>二人づつ<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>にて<ruby><rb>股立</rb><rt>もゝだち</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>たる<ruby><rb>侍</rb><rt>さむら</rt></ruby>ひ一人是は<ruby><rb>御長持</rb><rt>おながもち</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りの役なり<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>いて<ruby><rb>金御紋</rb><rt>きんごもん</rt></ruby>の<ruby><rb>先箱</rb><rt>さきばこ</rt></ruby>二ツ<ruby><rb>黒羽織</rb><rt>くろはおり</rt></ruby>の<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>八人<ruby><rb>煤竹</rb><rt>すゝたけ</rt></ruby><ruby><rb>羅紗</rb><rt>らしや</rt></ruby>の<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>に白く<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の御紋を<ruby><rb>切貫</rb><rt>きりぬき</rt></ruby>し<ruby><rb>打物</rb><rt>うちもの</rt></ruby>を持せ<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>十人<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の左右に<ruby><rb>諏訪右門</rb><rt>すはうもん</rt></ruby>本多源右衞門<ruby><rb>高間</rb><rt>たかま</rt></ruby>大膳同じく<ruby><rb>權内</rb><rt>ごんない</rt></ruby><ruby><rb>藤代要人</rb><rt>ふぢしろかなめ</rt></ruby>遠藤東次右衞門等また<ruby><rb>金御紋</rb><rt>きんごもん</rt></ruby>の<ruby><rb>跡箱</rb><rt>あとばこ</rt></ruby>二ツ<ruby><rb>簑箱</rb><rt>みのばこ</rt></ruby>一ツ<ruby><rb>爪折傘</rb><rt>つまをりがさ</rt></ruby>には<ruby><rb>黒天鵞絨</rb><rt>くろびろうど</rt></ruby>に<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさき</rt></ruby>の<ruby><rb>化粧紐</rb><rt>けしやうひも</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>銀拵</rb><rt>ぎんごしら</rt></ruby>への<ruby><rb>茶辨當</rb><rt>ちやべんたう</rt></ruby><ruby><rb>合羽籠</rb><rt>かつぱかご</rt></ruby><ruby><rb>兩掛</rb><rt>りやうがけ</rt></ruby>三<ruby><rb>箇</rb><rt>こ</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>四人<ruby><rb>朱網代</rb><rt>しゆあじろ</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠侍</rb><rt>かござふら</rt></ruby>ひ四人<ruby><rb>打物</rb><rt>うちもの</rt></ruby>を持せ常樂院<ruby><rb>天忠和尚</rb><rt>てんちうをしやう</rt></ruby><ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>いて<ruby><rb>同</rb><rt>おな</rt></ruby>じ<ruby><rb>供立</rb><rt>ともたて</rt></ruby>にて<ruby><rb>黒叩</rb><rt>くろたゝ</rt></ruby>き十文字の<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>を持せしは<ruby><rb>山内伊賀亮</rb><rt>やまのうちいがのすけ</rt></ruby>なり其次にも同じ供立に<ruby><rb>鳥毛</rb><rt>とりげ</rt></ruby>の<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>を持せしは藤井<ruby><rb>左京</rb><rt>さきやう</rt></ruby>なり少し<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて<ruby><rb>白黒</rb><rt>しろくろ</rt></ruby>の<ruby><rb>摘毛</rb><rt>つみげ</rt></ruby>の鎗を<ruby><rb>眞先</rb><rt>まつさき</rt></ruby>に<ruby><rb>押立</rb><rt>おしたて</rt></ruby><ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>にて馬上なるは赤川大膳にて今日の<ruby><rb>御供頭</rb><rt>おともがしら</rt></ruby>たり右の同勢<ruby><rb>堂々</rb><rt>だう〱</rt></ruby>として渡邊橋の旅館を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に〱と制しをなし御城代の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て來りければ<ruby><rb>道筋</rb><rt>みちすぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby><ruby><rb>山</rb><rt>やま</rt></ruby>をなして<ruby><rb>夥</rb><rt>おびた</rt></ruby>だしく既に御城代屋敷へ到り<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>を<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>横付</rb><rt>よこづけ</rt></ruby>にせん<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>を見るより今日<ruby><rb>出役</rb><rt>しゆつやく</rt></ruby>の<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby><ruby><rb>駈來</rb><rt>かけきた</rt></ruby>る是ぞ島秀之助といふ者なり<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>下乘々々</rb><rt>げじよう〱</rt></ruby>と制せしが更に<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ぬ風して<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>も門内へ<ruby><rb>舁込</rb><rt>かきこま</rt></ruby>んとす<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>島秀之助<ruby><rb>駈寄</rb><rt>かけより</rt></ruby>天一坊の乘物の<ruby><rb>棒鼻</rb><rt>ぼうはな</rt></ruby>へ手を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>押戻</rb><rt>おしもど</rt></ruby>し<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>なる御身分たりとも此所にて御下乘あるべし未だ<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>より<ruby><rb>御達</rb><rt>おたつ</rt></ruby>し<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>うちは御城代の<ruby><rb>御門内</rb><rt>ごもんない</rt></ruby><ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby>決して相成申さず<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>御下乘と<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>して<ruby><rb>止</rb><rt>やま</rt></ruby>ざれば然ばとて<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく門外にて下乘し<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へこそは<ruby><rb>打通</rb><rt>うちとほ</rt></ruby>りぬ

島秀之助が今日の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に關東へ聞え<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の者なりとて<ruby><rb>元文</rb><rt>ぐわんぶん</rt></ruby>三年三月京都<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>を仰付られ<ruby><rb>島長門守</rb><rt>しまながとのかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>しは此人なりし同五年江戸町奉行となり<ruby><rb>延享</rb><rt>えんきやう</rt></ruby>三年<ruby><rb>寅年</rb><rt>とらどし</rt></ruby>免ぜらる

此時天一坊の<ruby><rb>裝束</rb><rt>しやうぞく</rt></ruby>には<ruby><rb>鼠琥珀</rb><rt>ねずみこはく</rt></ruby>に<ruby><rb>紅裏付</rb><rt>こううらつき</rt></ruby>たる<ruby><rb>袷小袖</rb><rt>あはせこそで</rt></ruby>の下には<ruby><rb>白無垢</rb><rt>しろむく</rt></ruby>を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて<ruby><rb>山吹色</rb><rt>やまぶきいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>素絹</rb><rt>そけん</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>紫斜子</rb><rt>むらさきなゝこ</rt></ruby>の<ruby><rb>指貫</rb><rt>さしぬき</rt></ruby>を<ruby><rb>帶</rb><rt>は</rt></ruby>き<ruby><rb>蜀紅錦</rb><rt>しよくこうにしき</rt></ruby>の<ruby><rb>袈裟</rb><rt>けさ</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>金作</rb><rt>こがねづく</rt></ruby>り<ruby><rb>鳥頭</rb><rt>とりがしら</rt></ruby>の太刀を<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>し手には金地の<ruby><rb>中啓</rb><rt>ちうけい</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>爪折傘</rb><rt>つまをりがさ</rt></ruby>を<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかけ</rt></ruby>させ<ruby><rb>沓</rb><rt>くつ</rt></ruby>しと〱と<ruby><rb>踏鳴</rb><rt>ふみなら</rt></ruby>し靜々とぞ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>ける<ruby><rb>附從</rb><rt>つきした</rt></ruby>がふ<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby>の面々には<ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>の<ruby><rb>股立</rb><rt>もゝだち</rt></ruby>を取て左右を<ruby><rb>守護</rb><rt>しゆご</rt></ruby>しける<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>いて常樂院<ruby><rb>天忠和尚</rb><rt>てんちうをしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさき</rt></ruby>の衣に白地の<ruby><rb>袈裟</rb><rt>けさ</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>殊勝</rb><rt>しゆしよう</rt></ruby>げに手に<ruby><rb>念珠</rb><rt>ねんじゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて<ruby><rb>相隨</rb><rt>あひしたが</rt></ruby>ひ山内伊賀亮には<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>袷小袖</rb><rt>あはせこそで</rt></ruby>に<ruby><rb>柿染</rb><rt>かきぞめ</rt></ruby>の<ruby><rb>長上下</rb><rt>なががみしも</rt></ruby>その外赤川大膳藤井<ruby><rb>左京</rb><rt>さきやう</rt></ruby>皆々麻上下にて<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て隨ひ來る<ruby><rb>其行粧</rb><rt>そのぎやうさう</rt></ruby>は<ruby><rb>威風</rb><rt>ゐふう</rt></ruby><ruby><rb>堂々</rb><rt>だう〱</rt></ruby>として四邊を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>目覺</rb><rt>めざま</rt></ruby>しくも又<ruby><rb>勇々敷</rb><rt>ゆゝしく</rt></ruby>ぞ見えたりける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て玄關に到れば取次の<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>兩人<ruby><rb>下座敷</rb><rt>げざしき</rt></ruby>まで<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむか</rt></ruby>へ案内して<ruby><rb>廣書院</rb><rt>ひろしよゐん</rt></ruby>へ通せしを見るに上段には<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>し中には二<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby><ruby><rb>臺</rb><rt>だい</rt></ruby>の上に<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby>の<ruby><rb>褥</rb><rt>しとね</rt></ruby>を敷て座を<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>けたり引れて<ruby><rb>此處</rb><rt>このところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>すれば左右には常樂院<ruby><rb>天忠</rb><rt>てんちう</rt></ruby>山内赤川藤井等の面々<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して座を<ruby><rb>占</rb><rt>しめ</rt></ruby>たり

## 第十八回

大坂<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>堀田相摸守殿の屋敷へ天一坊を<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>し書院上段の<ruby><rb>下段</rb><rt>げだん</rt></ruby>に御城代相摸守殿を<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>として<ruby><rb>加番</rb><rt>かばん</rt></ruby>には戸田<ruby><rb>大隅守殿</rb><rt>おほすみのかみどの</rt></ruby>同植村土佐守殿<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>には松平<ruby><rb>日向守</rb><rt>ひうがのかみ</rt></ruby>殿鈴木<ruby><rb>飛騨守</rb><rt>ひだのかみ</rt></ruby>殿<ruby><rb>大番頭</rb><rt>おほばんがしら</rt></ruby>松平<ruby><rb>采女正</rb><rt>うねめのしやう</rt></ruby>殿<ruby><rb>設樂</rb><rt>したら</rt></ruby>河内守殿<ruby><rb>御目附</rb><rt>おんめつけ</rt></ruby>御番<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>し<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>には與力十人同心二十人<ruby><rb>出役</rb><rt>しゆつやく</rt></ruby>致しいと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へたり時に上段の<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>をきり〱と<ruby><rb>卷上</rb><rt>まきあぐ</rt></ruby>れば御城代堀田相摸守殿<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>され少し<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を上て恐れ乍ら今般<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なる事ゆゑ<ruby><rb>御上坂</rb><rt>ごじやうはん</rt></ruby>町奉行へ<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞけ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>理不盡</rb><rt>りふじん</rt></ruby>に<ruby><rb>御紋付</rb><rt>ごもんつき</rt></ruby>の御幕を<ruby><rb>御旅館</rb><rt>ごりよくわん</rt></ruby>へ張せられ<ruby><rb>町家</rb><rt>まちや</rt></ruby>には<ruby><rb>御旅宿</rb><rt>ごりよしゆく</rt></ruby>相成候や<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>御苗字</rb><rt>ごめうじ</rt></ruby>の表札を<ruby><rb>建</rb><rt>たて</rt></ruby>させ給ふ事<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に存じ奉る此段<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ申さん爲今日<ruby><rb>御招</rb><rt>おんまね</rt></ruby>き申したり御身分の<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>かに<ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせきか</rt></ruby>せられたしとぞ<ruby><rb>相述</rb><rt>あひのべ</rt></ruby>らる時に天一坊<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>柔</rb><rt>やはら</rt></ruby>げ相摸殿よく<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はられよ徳川は<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が<ruby><rb>本性</rb><rt>ほんせい</rt></ruby>ゆゑ名乘申す<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>も予が<ruby><rb>定紋</rb><rt>ぢやうもん</rt></ruby>なる故用ゆる<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>なり何の<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>か有べきとの<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を聞より相摸守殿は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら左樣の<ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせきけ</rt></ruby>らるゝ計にては<ruby><rb>會得</rb><rt>ゑとく</rt></ruby>も<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり難し右には<ruby><rb>其御因縁</rb><rt>そのごいんえん</rt></ruby>も候はんが其を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>仰聞られ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたしといふ<ruby><rb>其時</rb><rt>そのとき</rt></ruby>伊賀亮少しく<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み相摸守殿に向ひ相摸守には<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>の<ruby><rb>御身分</rb><rt>ごみぶん</rt></ruby>を<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>せらるゝ<ruby><rb>御樣子</rb><rt>ごやうす</rt></ruby>是は尤も千萬なり<ruby><rb>御筋目</rb><rt>おんすぢめ</rt></ruby>の儀は委敷<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>伊賀より<ruby><rb>御聽</rb><rt>おんきか</rt></ruby>せ申べし<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby><ruby><rb>天一樣</rb><rt>てんいちさま</rt></ruby>御身分と申せば<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>上樣</rb><rt>うへさま</rt></ruby>未だ<ruby><rb>御弱年</rb><rt>ごじやくねん</rt></ruby>にて紀州表御<ruby><rb>家老</rb><rt>からう</rt></ruby>加納將監方に御<ruby><rb>部屋住</rb><rt>へやずみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>らせ給ひ徳太郎<ruby><rb>信房</rb><rt>のぶふさ</rt></ruby>君と申上し<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>將監妻が<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>の澤の井と申女中に<ruby><rb>御不愍</rb><rt>ごふびん</rt></ruby>掛させられ澤の井殿<ruby><rb>御胤</rb><rt>おんたね</rt></ruby>を<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>し奉つり<ruby><rb>御形見</rb><rt>おんかたみ</rt></ruby>等を<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>し將監方を<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を取生國は<ruby><rb>佐渡</rb><rt>さど</rt></ruby>なれば則ち佐州へ<ruby><rb>老母諸共</rb><rt>らうぼもろとも</rt></ruby>に立歸りしが<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>澤の井殿には<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>を<ruby><rb>生</rb><rt>うみ</rt></ruby>奉つり<ruby><rb>産後肥立</rb><rt>さんごひだち</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>相果られ其後は<ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>の手にて<ruby><rb>御養育</rb><rt>ごやういく</rt></ruby>申せしが右の老母<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り若君をば同國<ruby><rb>相川郡</rb><rt>あひかはごほり</rt></ruby>尾島村<ruby><rb>淨覺院</rb><rt>じやうかくゐん</rt></ruby>と申す寺の門前に御<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の品を<ruby><rb>相添</rb><rt>あひそへ</rt></ruby><ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>として有しを是なる天忠淨覺院<ruby><rb>住職</rb><rt>ぢうしよく</rt></ruby>の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ上て御養育申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>し處間もなく天忠には<ruby><rb>美濃</rb><rt>みのゝ</rt></ruby>國<ruby><rb>各務郡</rb><rt>かゞみごほり</rt></ruby><ruby><rb>谷汲郷</rb><rt>たにぐみがう</rt></ruby>長洞村常樂院へ<ruby><rb>轉住</rb><rt>てんぢう</rt></ruby>致し候に付若君をも<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ奉つれり依て<ruby><rb>御生長</rb><rt>ごせいちやう</rt></ruby>の土地は美濃國にて候<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>受戒</rb><rt>じゆかい</rt></ruby><ruby><rb>得道</rb><rt>とくだう</rt></ruby>なし奉つり常樂院の<ruby><rb>後住</rb><rt>ごぢう</rt></ruby>にも<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し申べくと存じ候得ども<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく當將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>たるを知つゝ<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>になし奉らんは<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なき儀に付今度我々<ruby><rb>守護</rb><rt>しゆご</rt></ruby>し奉つり江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ御供仕つるに<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては一度江戸表へ御下りの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は二度<ruby><rb>京坂</rb><rt>けいはん</rt></ruby>の<ruby><rb>御見物</rb><rt>ごけんぶつ</rt></ruby>も思召に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せられざるべしと依て只今の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>京坂</rb><rt>けいはん</rt></ruby><ruby><rb>御遊覽</rb><rt>ごいうらん</rt></ruby>の爲<ruby><rb>當表</rb><rt>たうおもて</rt></ruby>へは御<ruby><rb>出遊</rb><rt>いであそば</rt></ruby>されしなり<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は斯の如し相摸殿にも是にて<ruby><rb>疑念</rb><rt>ぎねん</rt></ruby>有べからずと<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>滔々</rb><rt>たう〱</rt></ruby>として水の<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>るゝ如に<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>たり是を<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>諸役人</rb><rt>しよやくにん</rt></ruby>御城代を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めとし<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby>顏を見合せ<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て一<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby>申出る者なく<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もの事と思ふ<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>なり此時<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>相摸守殿申さるゝ樣は<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>段々の御申立<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>せり併し夫には<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>御落胤</rb><rt>おらくいん</rt></ruby>たるの御<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>を<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>願ひたしと申さる依て伊賀亮は天一坊に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ御城代相摸守より<ruby><rb>御證據</rb><rt>ごしようこ</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>の願ひあり<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>まつらんと云に天一坊は願の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>聞屆</rb><rt>きゝとゞ</rt></ruby>けたり拜見致させよとの事なり<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち赤川大膳御<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>て内より<ruby><rb>白木</rb><rt>しらき</rt></ruby>の<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby>と<ruby><rb>黒塗</rb><rt>くろぬり</rt></ruby>の箱とを取出し伊賀亮が<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>へ差出す時に伊賀亮は天一坊に<ruby><rb>默禮</rb><rt>もくれい</rt></ruby>し<ruby><rb>恭</rb><rt>うや〱</rt></ruby>しく<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby>中より<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おんすみつき</rt></ruby>と御<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>とを取出し相摸殿<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>と差付れば御城代<ruby><rb>初</rb><rt>はじ</rt></ruby>め町奉行に至る迄<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>再拜</rb><rt>さいはい</rt></ruby>し一人々々に<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひす</rt></ruby>む<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎれ</rt></ruby>もなき<ruby><rb>正眞</rb><rt>しやうじん</rt></ruby>の御<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>と御短刀なれば一同に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き入る是に於て<ruby><rb>疑心</rb><rt>ぎしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>相摸守殿には伊賀亮に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>御證據</rb><rt>おんしようこ</rt></ruby>の御座ある上は將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>に相違なく<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>らせ給へり此段<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>江戸表へ申<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>し<ruby><rb>御老中</rb><rt>ごらうちう</rt></ruby>の<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を得し上<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>より申上べし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>夫れ迄は<ruby><rb>當表</rb><rt>たうおもて</rt></ruby>に<ruby><rb>御逗留</rb><rt>ごとうりう</rt></ruby><ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>御遊覽</rb><rt>ごいうらん</rt></ruby>有べき樣<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>せらるべし<ruby><rb>御證據</rb><rt>ごしようこ</rt></ruby>の品々は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>御納下</rb><rt>おんをさめくだ</rt></ruby>さるべしと伊賀亮へ<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>しぬ是より種々<ruby><rb>饗應</rb><rt>きやうおう</rt></ruby>に及び其日の八つ<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>御歸館</rb><rt>ごきくわん</rt></ruby>を<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ぬ此度は相摸守殿には<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby><ruby><rb>式臺迄</rb><rt>しきだいまで</rt></ruby><ruby><rb>御見送</rb><rt>おんみおく</rt></ruby>り町奉行は下座敷へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりい</rt></ruby>で<ruby><rb>表門</rb><rt>おもてもん</rt></ruby>を一文字に<ruby><rb>推開</rb><rt>おしひら</rt></ruby>けば天一坊は<ruby><rb>悠然</rb><rt>いうぜん</rt></ruby>と乘物の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>門</rb><rt>もん</rt></ruby>を出るや否や下に〱の<ruby><rb>制止</rb><rt>せいし</rt></ruby>の<ruby><rb>聲々</rb><rt>こゑ〲</rt></ruby><ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく渡邊橋の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>にこそ歸りける今は<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>る者はなく幕は<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>閃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>き表札は雲にも<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>くべく恰も<ruby><rb>旭</rb><rt>あさひ</rt></ruby>の<ruby><rb>昇</rb><rt>のぼ</rt></ruby>るが如き<ruby><rb>勢</rb><rt>いきほ</rt></ruby>ひなれば<ruby><rb>町役人</rb><rt>まちやくにん</rt></ruby>どもは晝夜<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>いと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>の<ruby><rb>欵待</rb><rt>あしらひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>御城代には<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>の<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し并びに<ruby><rb>御短刀</rb><rt>おたんたう</rt></ruby>の<ruby><rb>寸法</rb><rt>すんぱふ</rt></ruby><ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ迄<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を御月番の御老中へ<ruby><rb>宛</rb><rt>あて</rt></ruby><ruby><rb>急飛</rb><rt>きふひ</rt></ruby>を差立らる<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又天一坊の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>には山内伊賀亮常樂院赤川大膳藤井左京等<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>に及び大坂は<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>に<ruby><rb>富</rb><rt>とむ</rt></ruby><ruby><rb>地</rb><rt>ち</rt></ruby>なり此處にて<ruby><rb>用金</rb><rt>ようきん</rt></ruby>を<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>めんと<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>に及び即ち<ruby><rb>紅屋</rb><rt>べにや</rt></ruby>庄藏大和屋三郎兵衞の兩人を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き帶刀を<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>申談ずる樣は天一坊樣<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>御城代の<ruby><rb>御面會</rb><rt>ごめんくわい</rt></ruby>も相濟たれば近々江戸表よりの<ruby><rb>御下知</rb><rt>おげぢ</rt></ruby>次第<ruby><rb>江府</rb><rt>かうふ</rt></ruby>へ御下り有て將軍へ<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすま</rt></ruby>ば西の御丸へ<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>られ<ruby><rb>給</rb><rt>たまふ</rt></ruby>に相違なし依て兩人より金三百兩づつ<ruby><rb>御用金</rb><rt>ごようきん</rt></ruby>を差出すに於ては<ruby><rb>返金</rb><rt>へんきん</rt></ruby>は申に及ばず<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごはうび</rt></ruby>として<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎやう</rt></ruby>百石づつ下し置れる樣<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>どもが<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>取り計ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべし若し御家來に御取立を<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>まずば<ruby><rb>永代</rb><rt>えいだい</rt></ruby><ruby><rb>倉元役</rb><rt>くらもとやく</rt></ruby>を<ruby><rb>周旋</rb><rt>しうせん</rt></ruby>すべし依て千兩は千石の<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>と御引替に<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>るべしと<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>らうに兩人とも昨日の<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby>に<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>しければこの事を所々へ取持たれば其を<ruby><rb>聞傳</rb><rt>きゝつた</rt></ruby>へて申込者は鹿島屋兵助鴻池善右衞門角屋與兵衞天王寺屋儀兵衞<ruby><rb>襖屋</rb><rt>ふすまや</rt></ruby>三右衞門<ruby><rb>播磨</rb><rt>はりま</rt></ruby>屋五兵衞等を<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>として我先にと<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を持參し少しも早く<ruby><rb>御用立</rb><rt>ごようだつ</rt></ruby>る者は<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎやう</rt></ruby>多く下さるとて毎日々々<ruby><rb>紅屋</rb><rt>べにや</rt></ruby>方へ<ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>を頼み來る<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>の町人百姓又は醫師など迄思ひ〱に五百兩千兩と持參する者引も<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>ず其金高日ならずして八萬五千兩に及びければ一同は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>にて<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむき</rt></ruby>の<ruby><rb>賄</rb><rt>まかな</rt></ruby>ひ方には不自由無し此上<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じらるゝは<ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>ばかり今や〱と<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまち</rt></ruby>ける

## 第十九回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も大坂御城代の<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく江戸へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>し御月番<ruby><rb>御老中</rb><rt>ごらうぢう</rt></ruby>松平伊豆守殿御役宅へ<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>を差出せば御同役松平<ruby><rb>左京太夫殿</rb><rt>さきやうだいふどの</rt></ruby>酒井<ruby><rb>讃岐守殿</rb><rt>さぬきのかみどの</rt></ruby>を始め自餘の御役人<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>の席にて伊豆守殿大坂御城代よりの書面の儀を<ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>あり何れも<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>と有上は<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>の儀なり宜しく上聞に達し<ruby><rb>御覺悟</rb><rt>おんかくご</rt></ruby>有せらるゝ事成ば<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ當地へ<ruby><rb>御下</rb><rt>おんくだ</rt></ruby>り申し其上<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>とも思召に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ然るべしと<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>一決しけるが此儀を上へ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふには餘人にては<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず兼々<ruby><rb>御懇命</rb><rt>ごこんめい</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>る石川近江守然るべしとて近江守を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>かれ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申し<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>め<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>を見合せ伺ひ申べしとのことにて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>は大坂の<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby>は<ruby><rb>留置</rb><rt>とめおけ</rt></ruby>との趣きなり近江守は甚だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>の儀なれども<ruby><rb>御重役</rb><rt>ごぢうやく</rt></ruby>の申付<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく御機嫌の<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>き時節を待居たり或日將軍家には<ruby><rb>御庭</rb><rt>おんには</rt></ruby>へ成せられ<ruby><rb>何氣</rb><rt>なにげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>植木</rb><rt>うゑき</rt></ruby>など<ruby><rb>御覽遊</rb><rt>ごらんあそ</rt></ruby>ばし<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>の<ruby><rb>麗</rb><rt>うるはし</rt></ruby>く見ゆれば近江守は<ruby><rb>御小姓衆</rb><rt>おこしやうしう</rt></ruby>へ<ruby><rb>目配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せし其座を<ruby><rb>退</rb><rt>しり</rt></ruby>ぞけ獨り<ruby><rb>御側</rb><rt>おんそば</rt></ruby>へ<ruby><rb>進寄</rb><rt>すゝみより</rt></ruby>聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそめ</rt></ruby>て大坂より<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby>の次第を<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひたれば甚だ<ruby><rb>御赤面</rb><rt>ごせきめん</rt></ruby>の體にて<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬ〱との<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>なれば推返して伺ひけるに<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>少し心當りはあり書付を遣はせし事ありとの上意なれば近江守は<ruby><rb>御答</rb><rt>おこたへ</rt></ruby>の趣き早速松平伊豆守殿へ申通じければ又々御役人方<ruby><rb>御評議</rb><rt>ごひやうぎ</rt></ruby>となり御連名にて<ruby><rb>返翰</rb><rt>へんかん</rt></ruby>を遣されたり其文は<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>仰越</rb><rt>おほせこさ</rt></ruby>れ候天一坊殿の儀石川近江守を以て御内意伺ひし處<ruby><rb>上樣</rb><rt>うへさま</rt></ruby>には御覺悟有せらるゝとの仰なり隨分<ruby><rb>粗略</rb><rt>そりやく</rt></ruby>なく御取計ひ有べく候<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>を見合せ追て申達すべしとの<ruby><rb>返翰</rb><rt>へんかん</rt></ruby>なり斯樣に江戸表より粗略にすべからずとの<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>の下知として<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に天一坊の<ruby><rb>旅官</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>を前後左右に<ruby><rb>竹矢來</rb><rt>たけやらい</rt></ruby>を結び前後に<ruby><rb>箱番所</rb><rt>はこばんしよ</rt></ruby>を取建四方の<ruby><rb>道筋</rb><rt>みちすぢ</rt></ruby>へは與力同心等晝夜出役して<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>の旅人<ruby><rb>馬</rb><rt>うま</rt></ruby><ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>は<ruby><rb>乘打</rb><rt>のりうち</rt></ruby>を禁じ<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby><ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかぶ</rt></ruby>りをも制し嚴重に警固せり天一坊方にては此樣子を見て先々江戸表の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>も宜しき事と見えたりとて<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び勇み居たりけり

## 第二十回

去程に<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>より天一坊の旅館を斯く嚴重に<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ天一坊伊賀亮大膳左京常樂院等の五人は一室に打寄事大方は<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せりと悦び<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば此上は近々の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>を引上出立し京都に赴き諸司代にも<ruby><rb>威勢</rb><rt>ゐせい</rt></ruby>を示し其より江戸表へ下る<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>一決</rb><rt>いつけつ</rt></ruby>せしが未だ御家來不足なり大坂にて<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝへ</rt></ruby>んと夫々へ申付此度<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>に抱たる者共には米屋甚助事<ruby><rb>石黒善太夫</rb><rt>いしぐろぜんだいふ</rt></ruby>筆屋三右衞門事<ruby><rb>福島彌右衞門</rb><rt>ふくしまやゑもん</rt></ruby>町方<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>の手習師匠<ruby><rb>矢島主計</rb><rt>やじまかずへ</rt></ruby><ruby><rb>辰巳屋</rb><rt>たつみや</rt></ruby>石右衞門番頭三次事<ruby><rb>木下新助</rb><rt>きのしたしんすけ</rt></ruby>伊丹屋十藏事<ruby><rb>澤邊</rb><rt>さはのべ</rt></ruby>十藏酒屋長右衞門事<ruby><rb>松倉</rb><rt>まつくら</rt></ruby>長右衞門町<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby><ruby><rb>高岡玄純</rb><rt>たかをかげんじゆん</rt></ruby>酒屋新右衞門事<ruby><rb>上國</rb><rt>かみくに</rt></ruby>三九郎<ruby><rb>鎗術</rb><rt>さうじゆつ</rt></ruby><ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>の浪人<ruby><rb>近松</rb><rt>ちかまつ</rt></ruby><ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>八上總屋五郎兵衞事<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby><ruby><rb>傳</rb><rt>でん</rt></ruby>九郎と各々<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>させ都合十人の者を<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へ先是にて<ruby><rb>可</rb><rt>か</rt></ruby>なり<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に合べし然らば<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も早く京都へ立越べしと此旨を御城代へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞけ</rt></ruby>ける使者は赤川大膳是を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>む其節の口上には近々天一坊京都御見物の思召あれば<ruby><rb>御上京</rb><rt>ごじやうきやう</rt></ruby>遊ばすに付當表の御<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>御<ruby><rb>引拂</rb><rt>ひきはら</rt></ruby>ひ成べくに付此段お達しに及ぶとの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなり夫と聞より大坂の<ruby><rb>役人中</rb><rt>やくにんちう</rt></ruby>は<ruby><rb>疫病神</rb><rt>やくびやうがみ</rt></ruby>を追拂ふが如くに悦び片時も早く<ruby><rb>立退</rb><rt>たちの</rt></ruby>かせんと<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>囁</rb><rt>さゝ</rt></ruby>やきけるとなり斯て天一坊の方にては<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>京都</rb><rt>きやうと</rt></ruby>の御旅館の<ruby><rb>見立役</rb><rt>みたてやく</rt></ruby>として赤川大膳は五六日先へ立て上京し<ruby><rb>京中</rb><rt>きやうちう</rt></ruby>の<ruby><rb>明家</rb><rt>あきや</rt></ruby>を相尋ねしに三<ruby><rb>條通</rb><rt>でうとほ</rt></ruby>りの錢屋四<ruby><rb>郎右衞門</rb><rt>らうゑもん</rt></ruby>方に<ruby><rb>屈竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の明店<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>を聞出し<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>同人方へ到り掛合樣此度<ruby><rb>聖護院</rb><rt>しやうごゐん</rt></ruby>の<ruby><rb>宮</rb><rt>みや</rt></ruby>御配下天一坊樣御上京に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>御旅館<ruby><rb>展檢</rb><rt>てんけん</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>上京し所々聞合せしに<ruby><rb>貴所方</rb><rt>きしよかた</rt></ruby>明店然るべしと申事なり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御上京<ruby><rb>御逗留中</rb><rt>ごたうりうちう</rt></ruby>借用致し度との旨なりしが四郎右衞門は異儀なく<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>しければ同人の<ruby><rb>口入</rb><rt>くちいれ</rt></ruby>にて直樣金銀を<ruby><rb>吝</rb><rt>をし</rt></ruby>まず<ruby><rb>大工</rb><rt>だいく</rt></ruby><ruby><rb>泥工</rb><rt>さくわん</rt></ruby>を雇ひ俄に<ruby><rb>假玄關</rb><rt>かりげんくわん</rt></ruby>を拵らへ晝夜の別なく急ぎ<ruby><rb>修復</rb><rt>しゆふく</rt></ruby>を加へ<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby><ruby><rb>唐紙</rb><rt>からかみ</rt></ruby><ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>まで出來に及べば<ruby><rb>此旨</rb><rt>このむね</rt></ruby><ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を以て大坂へ申<ruby><rb>越</rb><rt>こせ</rt></ruby>ば然ば急々上京すべし尤とも<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は大坂表へ<ruby><rb>繰込</rb><rt>くりこみ</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>より<ruby><rb>一際</rb><rt>ひときは</rt></ruby>目立樣にすべしと<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby>は萬端に心を配り新規召抱の家來へも夫々<ruby><rb>役割</rb><rt>やくわり</rt></ruby>申付用意も<ruby><rb>荒増</rb><rt>あらまし</rt></ruby>に屆きたれば愈々明日の出立と相定め伊賀亮常樂院等の<ruby><rb>連名</rb><rt>れんめい</rt></ruby>にて大膳方へ<ruby><rb>書翰</rb><rt>しよかん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>明十日大坂表御出立明後十一日京都御着の思召なれば<ruby><rb>其用意</rb><rt>そのようい</rt></ruby>有べしと<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め送れり頃は享保十一丙午年六月十日の<ruby><rb>早天</rb><rt>さうてん</rt></ruby>に大坂<ruby><rb>渡邊橋</rb><rt>わたなべばし</rt></ruby>の旅館を出立す<ruby><rb>其行列</rb><rt>そのぎやうれつ</rt></ruby>以前に倍して<ruby><rb>行粧</rb><rt>ぎやうさう</rt></ruby><ruby><rb>善美</rb><rt>ぜんび</rt></ruby>を<ruby><rb>粧</rb><rt>よそほ</rt></ruby>ひ道中<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこほ</rt></ruby>りなく十一日晝過に京都四條通りの旅館へぞ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>なせり則ち大坂の如くに入口玄關へは<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさ</rt></ruby>き<ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>の幕を<ruby><rb>張渡</rb><rt>はりわた</rt></ruby>し門前へは大きなる<ruby><rb>表札</rb><rt>へうさつ</rt></ruby>を立置ける<ruby><rb>錢屋</rb><rt>ぜにや</rt></ruby>四郎右衞門は是を見て大に驚き赤川大膳に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>して仔細を問に天一坊樣は<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>將軍の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>なれば徳川の表札御紋付の幕も更に<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>る儀にあらずと<ruby><rb>彼紅屋等</rb><rt>かのべにやら</rt></ruby>に語りし如く<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそ</rt></ruby>ふいて告ければ四郎右衞門は今更<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>が無ればよしと心中に思ふのみ乍ら<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておい</rt></ruby>ては無念ならんと此段<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>町役人</rb><rt>ちやうやくにん</rt></ruby><ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>其<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>は此度錢屋四郎右衞門方へ<ruby><rb>聖護院宮樣</rb><rt>しやうごゐんのみやさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御配下</rb><rt>ごはいか</rt></ruby>天一坊樣御旅舍の儀明家の儀なれば貸申候に<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>御到着</rb><rt>ごたうちやく</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へは御紋付きの御幕を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ徳川天一坊旅館との表札を差出され候故其仔細承はり候に天一坊樣には當將軍家の御落胤にて徳川は御<ruby><rb>本姓</rb><rt>ほんめい</rt></ruby><ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>は<ruby><rb>御定紋</rb><rt>ごぢやうもん</rt></ruby>との趣きなり依て此段念の爲御屆申上るとの趣きを<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>にし訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>町奉行所にては是ぞ大坂に<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>の有者<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>理不盡</rb><rt>りふじん</rt></ruby>の振舞なりとて早速役人を出張せしめ速かに<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るべし仰せ<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこま</rt></ruby>り候とて<ruby><rb>手附</rb><rt>てつき</rt></ruby>の與力兩人を錢屋方へつかはさる兩人の與力は旅館に到り見るに<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>なる有樣なれば<ruby><rb>粗忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の事もならずと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>に案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby><ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>に對面の儀を申入取次は斯と奧へ通じければ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て山内伊賀亮<ruby><rb>繼上下</rb><rt>つぎかみしも</rt></ruby>にて<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り與力に向ひ申す樣各々には<ruby><rb>何用</rb><rt>なによう</rt></ruby>の有て參られしやといふに<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て餘の儀に非ず<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の御身分なりとも町旅館なさるゝ節は當所支配の奉行へ一應御<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べき筈なるに其儀もなく<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ徳川の御表札に御紋付の御幕は其意を得ず依て町奉行所へ御<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>申さんため我々兩人<ruby><rb>參</rb><rt>まゐつ</rt></ruby>て候なりと聞て伊賀亮は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>を<ruby><rb>變</rb><rt>か</rt></ruby>へ夫は甚だ心得ざる口上なり各々には<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>にて恐れ多も天一坊樣を奉行所へ<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>奉らん<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>と<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>へ對し<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる<ruby><rb>過言</rb><rt>くわごん</rt></ruby><ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>とや言ん<ruby><rb>緩怠</rb><rt>くわんたい</rt></ruby>とや言ん言語に絶せし口上かな<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじけ</rt></ruby>なくも天一坊樣には當將軍家の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>にて既に大坂城代より江戸表へも上申に相成<ruby><rb>御左右</rb><rt>ごさう</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>江戸へ<ruby><rb>御下向</rb><rt>ごげかう</rt></ruby>の<ruby><rb>御積</rb><rt>おんつもり</rt></ruby>其間に京都御<ruby><rb>遊覽</rb><rt>いうらん</rt></ruby>の爲め<ruby><rb>上京</rb><rt>じやうきやう</rt></ruby>此段町奉行にも心得有べき筈<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>の使者今一言申さばと<ruby><rb>威丈高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>に<ruby><rb>遣込</rb><rt>やりこめ</rt></ruby>其上汝知らずや町奉行所は<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>人<ruby><rb>罪</rb><rt>ざい</rt></ruby>人の出入する<ruby><rb>不淨</rb><rt>ふじやう</rt></ruby>の場所なり左樣なる<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>れし場所へ御成を願ふは<ruby><rb>不埓千萬</rb><rt>ふらちせんばん</rt></ruby>なり伺ひ度儀あらば奉行が自身に<ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>すべき筈なり今般の儀は<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>に免じ御許しあるべし此趣き早々<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>歸り奉行に申達すべしと云捨て伊賀亮はツと<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>ば兩人は散々に<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>しめられ<ruby><rb>凄々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と御役宅へ歸り奉行へ此由を申せば其は<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>難しと<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>諸司代</rb><rt>しよしだい</rt></ruby>へ到り<ruby><rb>牧野丹波守殿</rb><rt>まきのたんばのかみどの</rt></ruby>へ此段申上るに然ば諸司代屋敷へ相招ぎ吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>相違無に於ては<ruby><rb>當表</rb><rt>たうおもて</rt></ruby>よりも江戸へ<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>一決し牧野丹波守殿より使者を以て招がれける<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は思ふ<ruby><rb>壺</rb><rt>つぼ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば此度は<ruby><rb>異儀</rb><rt>いぎ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るべしと返答し諸司代の目を驚かし呉んものと<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby>を<ruby><rb>粧</rb><rt>よそほ</rt></ruby>ひ諸司代屋敷へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おも</rt></ruby>むきしかば牧野丹波守殿<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>有て身分より御<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の品の拜見もありしに全く相違なしと<ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞ</rt></ruby>け京都よりも又此段を江戸表<ruby><rb>御月番御老中</rb><rt>おつきばんごらうちう</rt></ruby>へ<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞけ</rt></ruby>に相成る先達て御城代堀田相摸守殿よりの<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby><ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に達せしに<ruby><rb>御覺悟</rb><rt>ごかくご</rt></ruby>有せらるゝの上意なれば京都に於ても<ruby><rb>麁略</rb><rt>そりやく</rt></ruby><ruby><rb>無樣</rb><rt>なきやう</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひ申さるべしとの事<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば其儘に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおか</rt></ruby>れずと<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>組與力等</rb><rt>くみよりきら</rt></ruby>出張せしめ<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>とも<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めさせける此方にては愈々上首尾と<ruby><rb>打悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び又も近邊の有徳なる者どもを進め<ruby><rb>用金</rb><rt>ようきん</rt></ruby>をば<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>めける京都にても五萬五千兩程集まり<ruby><rb>京</rb><rt>きやう</rt></ruby>大坂にて都合十五萬兩餘の大金と成ば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>金子は<ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>なし此勢に<ruby><rb>乘</rb><rt>じよう</rt></ruby>じて江戸へ<ruby><rb>押下</rb><rt>おしくだ</rt></ruby>りいよ〱大事を計らはんは如何にと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しに山内伊賀亮進出て云やう京坂は<ruby><rb>荒増</rb><rt>あらまし</rt></ruby>仕濟したれど江戸表には諸役人ども多く<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>とは<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ先老中には<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby><ruby><rb>伊豆守</rb><rt>いづのかみ</rt></ruby>あり町奉行には<ruby><rb>名代</rb><rt>なだい</rt></ruby>の大岡越前など<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば容易には事を<ruby><rb>爲難</rb><rt>なしがた</rt></ruby>し依て<ruby><rb>一先</rb><rt>ひとまづ</rt></ruby>江戸表へ<ruby><rb>御旅館</rb><rt>ごりよくわん</rt></ruby>を<ruby><rb>修繕</rb><rt>しつらひ</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>動靜</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>見計</rb><rt>みはから</rt></ruby>ひ其上にて御下り有て然るべし其<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>には江戸表の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>も相分り申さん<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>に<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>じて事を計らはざれば<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>計難</rb><rt>はかりがた</rt></ruby>しといふに然ば江戸表に<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>を<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ゆる<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>に掛らんとて常樂院の<ruby><rb>別懇</rb><rt>べつこん</rt></ruby>に<ruby><rb>南藏院</rb><rt>なんざうゐん</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>江戸<ruby><rb>芝田</rb><rt>しばた</rt></ruby>町に<ruby><rb>修驗者</rb><rt>しゆけんじや</rt></ruby>あれば此者方へ<ruby><rb>常樂院</rb><rt>じやうらくゐん</rt></ruby>の<ruby><rb>添状</rb><rt>そへじやう</rt></ruby>を持せ<ruby><rb>本多源右衞門</rb><rt>ほんだげんゑもん</rt></ruby>に金子を渡し<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>江戸表へ下しける源右衞門は道中を急ぎ江戸<ruby><rb>芝田</rb><rt>しばた</rt></ruby>町南藏院方へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し常樂院の<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し其夜は口上にて<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に及べば南藏院は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と承知し<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>なる芝田町二丁目の<ruby><rb>阿波屋吉兵衞</rb><rt>あはやきちべゑ</rt></ruby><ruby><rb>品川</rb><rt>しながは</rt></ruby>宿の河内屋與兵衞本石町二丁目の<ruby><rb>松屋</rb><rt>まつや</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>さ</rt></ruby>四郎<ruby><rb>下鎌田村</rb><rt>しもかまだむら</rt></ruby>の<ruby><rb>長谷川</rb><rt>はせがは</rt></ruby><ruby><rb>卯</rb><rt>う</rt></ruby>兵衞兩國米澤町の<ruby><rb>鼈甲屋喜助等</rb><rt>べつかふやきすけとう</rt></ruby>の五人を語らひ品川宿近江屋儀右衞門の<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby><ruby><rb>芝高輪</rb><rt>しばたかなわ</rt></ruby><ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>を買取て普請にぞ取掛りける表門玄關使者の間<ruby><rb>大書院</rb><rt>おほしよゐん</rt></ruby>小<ruby><rb>書院</rb><rt>しよゐん</rt></ruby><ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>其外諸役所長屋<ruby><rb>等迄</rb><rt>とうまで</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>る所なく入用を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>を掛て急ぐ程に僅かに五十日許りにて<ruby><rb>荒増</rb><rt>あらまし</rt></ruby>出來上り<ruby><rb>建具屋</rb><rt>たてぐや</rt></ruby><ruby><rb>疊張付</rb><rt>たゝみはりつけ</rt></ruby><ruby><rb>諸造作</rb><rt>しよざうさく</rt></ruby><ruby><rb>庭廻</rb><rt>にはまは</rt></ruby>りまで全く普請は成就して壯嚴美々敷調ひけり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て本多源右衞門と南藏院の<ruby><rb>兩名</rb><rt>りやうめい</rt></ruby>にて<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>出來せし旨を京都へ申<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしければ天一坊は伊賀亮大膳等の五人と<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>いよ〱江戸の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>の上は片時も早く彼地へ下り變に應じ機に臨み施す<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>は<ruby><rb>幾計</rb><rt>いくら</rt></ruby>もあるべし首尾能<ruby><rb>御目見</rb><rt>おんめみえ</rt></ruby>さへ濟ば最早<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなし然ば發足有べしと江戸<ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby>の用意にこそは<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りける

## 第二十一回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て江戸高輪の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>の由<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>到來せしかば一同に<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上早々江戸下向と決し用意も既に<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひしかば諸司代<ruby><rb>牧野丹波守殿</rb><rt>まきのたんばのかみどの</rt></ruby>へ使者を以て此段を<ruby><rb>相屆</rb><rt>あひとゞ</rt></ruby>ける頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一午年九月廿日天一坊が京都出立の<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby>は<ruby><rb>先供</rb><rt>さきども</rt></ruby>は例の如く赤川大膳と藤井左京の<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>一日代りの積りにて其供方には<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby><ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>四人づつ<ruby><rb>長棒</rb><rt>ながぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>八人<ruby><rb>跡箱</rb><rt>あとばこ</rt></ruby>二人<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby><ruby><rb>長柄</rb><rt>ながえ</rt></ruby>傘杖草履取兩掛合羽籠等なり其跡は天一坊の同勢にて<ruby><rb>眞先</rb><rt>まつさき</rt></ruby>なる<ruby><rb>白木</rb><rt>しらき</rt></ruby>の長持には<ruby><rb>葵</rb><rt>あふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>御紋</rb><rt>ごもん</rt></ruby>を<ruby><rb>染出</rb><rt>そめいだ</rt></ruby>したる<ruby><rb>萌黄緞子</rb><rt>もえぎどんす</rt></ruby>の<ruby><rb>油箪</rb><rt>ゆたん</rt></ruby>を掛て二棹宰領四人づつ次に<ruby><rb>黒塗</rb><rt>くろぬり</rt></ruby>に<ruby><rb>金紋</rb><rt>きんもん</rt></ruby>付<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさ</rt></ruby>きの<ruby><rb>化粧紐</rb><rt>けしやうひも</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる先箱二ツ徒士十人次に黒天鵞絨に白く<ruby><rb>御紋</rb><rt>ごもん</rt></ruby>を切付し<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>の<ruby><rb>打物</rb><rt>うちもの</rt></ruby><ruby><rb>栗色</rb><rt>くりいろ</rt></ruby><ruby><rb>網代</rb><rt>あじろ</rt></ruby>の輿物には陸尺十二人近習の侍ひ左右に五人づつ<ruby><rb>跡箱</rb><rt>あとばこ</rt></ruby>二ツ是も同く黒<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬり</rt></ruby>金紋付<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさ</rt></ruby>きの<ruby><rb>化粧紐</rb><rt>けしやうひも</rt></ruby>を掛たり<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>いて<ruby><rb>簑箱</rb><rt>みのばこ</rt></ruby>一ツ朱の<ruby><rb>爪折傘</rb><rt>つまをりがさ</rt></ruby>は<ruby><rb>天鵞絨</rb><rt>びろうど</rt></ruby>の袋に入紫の化粧紐を掛たり<ruby><rb>引馬</rb><rt>ひきうま</rt></ruby>一疋<ruby><rb>銀拵</rb><rt>ぎんごしら</rt></ruby>への茶辨當には高岡玄純付添ふ其餘は合羽籠兩掛等なり繼いて<ruby><rb>朱塗</rb><rt>しゆぬり</rt></ruby>に十六葉の<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>を付紫の化粧紐を掛たる先箱二ツ徒士五人<ruby><rb>打物</rb><rt>うちもの</rt></ruby>を先に立朱網代の乘物には常樂院天忠和尚跡は四人の<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>若黨長棒の駕籠には山内伊賀亮<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に乘物十六<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>駄荷物十七<ruby><rb>荷</rb><rt>か</rt></ruby><ruby><rb>桐棒</rb><rt>きりぼう</rt></ruby>駕籠五挺都合上下二百六十四人の<ruby><rb>同勢</rb><rt>どうぜい</rt></ruby>にて道中<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>は下に〱と制止聲を懸させ目を<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かすばかりいと勇ましく出立し既に三<ruby><rb>河國</rb><rt>かはのくに</rt></ruby>岡崎の宿へぞ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>しける此<ruby><rb>岡崎</rb><rt>をかざき</rt></ruby>の城下は上の<ruby><rb>本陣</rb><rt>ほんぢん</rt></ruby>下の本陣迚二軒あり天一坊は<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の本陣へ<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>を取表に彼の大表<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>に徳川天一坊旅宿と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>しを<ruby><rb>押立</rb><rt>おしたて</rt></ruby>玄關には<ruby><rb>紫</rb><rt>むらさ</rt></ruby>き縮緬の幕を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に構へたり此時下の本陣には<ruby><rb>播州</rb><rt>ばんしう</rt></ruby><ruby><rb>姫路</rb><rt>ひめぢ</rt></ruby>の城主酒井雅樂頭<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>歸國の折柄にて御旅宿なりしが<ruby><rb>雅樂頭</rb><rt>うたのかみ</rt></ruby>殿上の本陣に天一坊旅宿の由を聞及び給ひ御家來に<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>らるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>兼々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>江戸表にも<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>し天一坊とやら<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>下向と相見えたり此所にて出會ては<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なり何卒<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあは</rt></ruby>ぬ樣にしたしと思召御<ruby><rb>近習</rb><rt>きんじゆ</rt></ruby>を召て其方<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに彼が旅宿の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>へ參り密々明日の出立の<ruby><rb>時間</rb><rt>じかん</rt></ruby>を聞合せ參るべしと申付らる近習は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て上本陣の邊りへ立越<ruby><rb>便宜</rb><rt>びんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うか</rt></ruby>がへば折節本陣より<ruby><rb>侍</rb><rt>さぶら</rt></ruby>ひ一人出來りぬれば<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み寄て天一坊樣には明日は<ruby><rb>御逗留</rb><rt>ごとうりう</rt></ruby>なるや又は<ruby><rb>御發駕</rb><rt>ごはつが</rt></ruby>に相成やと問けるに彼の侍ひ答て天一坊樣には明日は<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>に御逗留の積なりとぞ答へたり<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は伊賀亮が兼ての<ruby><rb>工</rb><rt>たくみ</rt></ruby>にて若も酒井家より明日の<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>を聞合せて<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るまじきにも<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず其時は<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>と答へよと下々迄申付置しに是は雅樂頭殿に<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>させ明朝<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby><ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>を見せんとの<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby>なりしとぞ斯る巧のありとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず其言葉を<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>と思ひ早速<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへり</rt></ruby>て雅樂頭殿へ<ruby><rb>此由</rb><rt>このよし</rt></ruby>を申上れば然ば明朝は<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>に先立出立せん其用意致すべしと<ruby><rb>觸出</rb><rt>ふれいだ</rt></ruby>されける然ば其夜何れも<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>る者なく<ruby><rb>早</rb><rt>はやく</rt></ruby>も用意に及び<ruby><rb>寅</rb><rt>とら</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>にも成ければ出立いたされ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>きに<ruby><rb>靜々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と同勢を繰出さる天一坊<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>には山内伊賀亮が<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひにて<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>びを入れ此樣子を承知して<ruby><rb>遠見</rb><rt>とほみ</rt></ruby>を出し置雅樂頭殿<ruby><rb>出門</rb><rt>しゆつもん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば此方も出門に及ぶべしと<ruby><rb>悉</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く夜の内に支度を調へ今や〱と待居たり<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>雅樂頭出門との<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>せに直此方も<ruby><rb>繰出</rb><rt>くりいだ</rt></ruby>せり酒井家は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>あらんとは少しも知ず<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に來懸る處此方は<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>御<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>の長持を眞先に進ませ下に〱と<ruby><rb>制止</rb><rt>せいし</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>れば雅樂頭殿是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>玉ひ驚かれしが<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ引返さんも如何なり何とかせんと<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>の内に最早御墨附の長持と<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあふ</rt></ruby>程に成たり<ruby><rb>此</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>至</rb><rt>いた</rt></ruby>つて雅樂頭殿は<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>より下て<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>られ御墨附の通る間雅樂頭殿には<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>て居給へり<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>し事なれば天一坊の乘物も此日は此長持に<ruby><rb>引添</rb><rt>ひきそひ</rt></ruby>て來り天一坊は駕籠の中より<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>酒井殿<ruby><rb>乘打</rb><rt>のりうち</rt></ruby><ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>と云捨て<ruby><rb>馳拔</rb><rt>はせぬけ</rt></ruby>ければ思はずも雅樂頭殿には天一坊にまで下座をし給ふ此は無念なりと<ruby><rb>蹉跎</rb><rt>あしすり</rt></ruby>なして<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>給ひしが今更<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>も無りしとぞ<ruby><rb>假初</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>にも十五萬石にて播州姫路の城主たる<ruby><rb>御身分</rb><rt>ごみぶん</rt></ruby>が<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>もいまだ<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>ならぬ天一坊に下座<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しは<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>と云も餘りあり天一坊は<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の<ruby><rb>酒井家</rb><rt>さかゐけ</rt></ruby>さへ下座されしと<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>言觸</rb><rt>いひふら</rt></ruby>し其<ruby><rb>威勢</rb><rt>ゐせい</rt></ruby><ruby><rb>濤</rb><rt>おほなみ</rt></ruby>の如くなれば東海道筋にて誰一人爭ふ者はなく<ruby><rb>揚々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>として下りけるは<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の振舞と云べし扨も享保十一<ruby><rb>午</rb><rt>うま</rt></ruby>年九月廿日に京都を發足し<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby><ruby><rb>列風</rb><rt>れつぷう</rt></ruby>の如く十三日の<ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>にて東海道を滯りなく十月二日に江戸芝高輪<ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>の旅館へ着せり玄關には<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の御紋附の幕を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby>徳川天一坊殿旅館と墨黒に書し表札を<ruby><rb>押立</rb><rt>おしたて</rt></ruby>たれば之を見る者<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>のある<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>の御落胤の天一坊樣といふ御方なるぞ無禮せば<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>も有んと恐れざる<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>もなく此段早くも<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡越前守殿の<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に入り<ruby><rb>彼所</rb><rt>かしこ</rt></ruby>は<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>奉行支配の地なれば<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>しと<ruby><rb>密々</rb><rt>みつ〱</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べられし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>この段<ruby><rb>御老中筆頭</rb><rt>ごらうぢうひつとう</rt></ruby>松平<ruby><rb>伊豆守殿</rb><rt>いづのかみどの</rt></ruby>へ御屆に及ばるれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>御老中<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby><ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>伊豆守殿<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おんやくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>相招</rb><rt>あひまね</rt></ruby>き<ruby><rb>實否</rb><rt>じつぴ</rt></ruby><ruby><rb>取糺</rb><rt>とりたゞ</rt></ruby>しの上にて御落胤に相違なきに於ては<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>し<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ方も有べしと<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>一決し則ち松平伊豆守殿より<ruby><rb>公用人</rb><rt>こうようにん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>なる旅館へ申遣しける<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きは此度天一坊樣<ruby><rb>御下向</rb><rt>ごげかう</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つい</rt></ruby>ては重役の者一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby><ruby><rb>相伺</rb><rt>あひうかゞ</rt></ruby>ひ申<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>こそ有ば明日五ツ<ruby><rb>時</rb><rt>どき</rt></ruby>伊豆守御役宅へ御出あらせられ<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>との<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>を申<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>るれば<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て山内伊賀亮<ruby><rb>出會</rb><rt>しゆつくわい</rt></ruby>し<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>き伺ひし處<ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby>伊豆守殿御屋敷へ<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられ候儀御承知の御返答なり<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く伊豆殿に頼み入趣きなりとの<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なり扨翌朝になり八山にては行列を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ今日は先供として山内伊賀亮<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おすみつき</rt></ruby>の長持を<ruby><rb>宰領</rb><rt>さいりやう</rt></ruby>す供には常樂院大膳左京等皆々附隨がふ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく伊豆守殿御役宅に到るに<ruby><rb>開門</rb><rt>かいもん</rt></ruby>あれば天一坊の乘物は<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>横付</rb><rt>よこつけ</rt></ruby>にしたり案内の公用人に<ruby><rb>引</rb><rt>ひか</rt></ruby>れ<ruby><rb>廣書院</rb><rt>ひろしよゐん</rt></ruby>へ通り<ruby><rb>上段</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>なる設の席に着す常樂院伊賀亮等は<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>へ着座す又此方に控へらるゝ<ruby><rb>御役人方</rb><rt>おんやくにんがた</rt></ruby>には<ruby><rb>御老中筆頭</rb><rt>ごらうちうひつとう</rt></ruby>松平伊豆守殿を始め<ruby><rb>松平</rb><rt>まつだひら</rt></ruby>左近將監<ruby><rb>酒井</rb><rt>さかゐ</rt></ruby>讃岐守<ruby><rb>戸田</rb><rt>とだ</rt></ruby>山城守<ruby><rb>水野</rb><rt>みづの</rt></ruby>和泉守<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>には<ruby><rb>水野</rb><rt>みづの</rt></ruby>壹岐守<ruby><rb>本多</rb><rt>ほんだ</rt></ruby>伊豫守<ruby><rb>太田</rb><rt>おほた</rt></ruby>備中守松平左京太夫御側御用人には<ruby><rb>石川</rb><rt>いしかは</rt></ruby>近江守<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行には<ruby><rb>黒田</rb><rt>くろだ</rt></ruby>豐前守<ruby><rb>小出</rb><rt>こいで</rt></ruby>信濃守<ruby><rb>土岐</rb><rt>とき</rt></ruby>丹後守<ruby><rb>井上</rb><rt>ゐのうへ</rt></ruby>河内守<ruby><rb>大目附</rb><rt>おほめつけ</rt></ruby>には松平相摸守<ruby><rb>奧津</rb><rt>おきつ</rt></ruby>能登守<ruby><rb>上田</rb><rt>うへだ</rt></ruby>周防守<ruby><rb>有馬</rb><rt>ありま</rt></ruby>出羽守町奉行には大岡越前守<ruby><rb>諏訪</rb><rt>すは</rt></ruby>美濃守<ruby><rb>御勘定</rb><rt>ごかんぢやう</rt></ruby>奉行には<ruby><rb>駒木根</rb><rt>こまきね</rt></ruby>肥前守<ruby><rb>筧</rb><rt>かけひ</rt></ruby>播磨守<ruby><rb>久松</rb><rt>ひさまつ</rt></ruby>豐前守<ruby><rb>稻生</rb><rt>いなふ</rt></ruby>下野守御目附には<ruby><rb>野々山</rb><rt>のゝやま</rt></ruby>市十郎<ruby><rb>松田勘解由</rb><rt>まつだかげゆ</rt></ruby><ruby><rb>徳山</rb><rt>とくやま</rt></ruby>五<ruby><rb>兵衞</rb><rt>へゑ</rt></ruby><ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby>の<ruby><rb>諸御役人</rb><rt>しよおんやくにん</rt></ruby><ruby><rb>輝星</rb><rt>きらぼし</rt></ruby>の如く<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>せらる此時松平伊豆守殿<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby>て申されけるは此度天一坊殿<ruby><rb>關東</rb><rt>くわんとう</rt></ruby><ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby>に付今日御役人ども<ruby><rb>御對面</rb><rt>ごたいめん</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふとの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>なり此時隔の<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を押明れば天一坊威儀を繕ろひ然も<ruby><rb>鷹揚</rb><rt>おうやう</rt></ruby>に此方を見廻せば一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>ある時に伊豆守殿は伊賀亮に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ申さるゝ樣天一坊殿<ruby><rb>御出生</rb><rt>ごしゆつしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>地</rb><rt>ち</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に御成長の所は何の地なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに此時常樂院は<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を取出し御身分の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に相認め御座候と<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>す伊豆殿<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとつ</rt></ruby>て開き見らるゝに<ruby><rb>佐州</rb><rt>さしう</rt></ruby><ruby><rb>相川郡</rb><rt>あひかはごほり</rt></ruby><ruby><rb>尾島村</rb><rt>をじまむら</rt></ruby><ruby><rb>淨覺院</rb><rt>じやうかくゐん</rt></ruby>の門前に御墨附に御短刀相添て<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby><ruby><rb>是有</rb><rt>これあり</rt></ruby>しを淨覺院<ruby><rb>先住</rb><rt>せんぢう</rt></ruby><ruby><rb>天道</rb><rt>てんだう</rt></ruby>是を<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ揚て弟子とし參らせし處天道先年<ruby><rb>遷化</rb><rt>せんげ</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>天忠即ち<ruby><rb>住職</rb><rt>ぢうしよく</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>に天一坊樣をも<ruby><rb>附屬</rb><rt>ふぞく</rt></ruby>致され後年御世に出し<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らすべしとの<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>なれば天忠<ruby><rb>御養育</rb><rt>ごやういく</rt></ruby>なし參らせし處其後天忠<ruby><rb>美濃國</rb><rt>みのゝくに</rt></ruby><ruby><rb>谷汲郷</rb><rt>たにぐみがう</rt></ruby><ruby><rb>長洞村</rb><rt>ながほらむら</rt></ruby>常樂院へ<ruby><rb>轉住</rb><rt>てんぢう</rt></ruby>せしに付御同道申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>同院</rb><rt>どうゐん</rt></ruby>にて御成長に御座候と書認めたり伊豆殿<ruby><rb>見終</rb><rt>みをは</rt></ruby>り玉ひ御書面にて先<ruby><rb>御誕生後</rb><rt>ごたんじやうご</rt></ruby>御成長迄は分りたれども<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>御腹</rb><rt>おんはら</rt></ruby>に御出生ありしや<ruby><rb>不分明</rb><rt>ふぶんめい</rt></ruby>なり此儀は如何にと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れたり

## 第二十二回

此時山内伊賀亮<ruby><rb>座</rb><rt>ざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝみ</rt></ruby>申樣天一坊樣御身分の儀は<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>の書付にて<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく御承知ならんが御腹の儀御<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>御<ruby><rb>尤</rb><rt>もつ</rt></ruby>ともに存候されば拙者より<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申上べし<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>將軍樣<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby><ruby><rb>和歌山</rb><rt>わかやま</rt></ruby><ruby><rb>加納將監方</rb><rt>かなふしやうげんかた</rt></ruby>に御部屋住にて渡らせ給ふ<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>將監</rb><rt>しやうげん</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>の<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ふ<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby><ruby><rb>澤</rb><rt>さは</rt></ruby>の<ruby><rb>井</rb><rt>ゐ</rt></ruby>と申<ruby><rb>婦女</rb><rt>ふぢよ</rt></ruby>の<ruby><rb>上樣</rb><rt>うへさま</rt></ruby><ruby><rb>御情</rb><rt>おんなさけ</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>させられ御胤を宿し奉りし處<ruby><rb>御部屋住</rb><rt>おんへやずみ</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば後々召出さるべしとの御約束にて<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>は何れへ成とも身を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>を待べしとの上意にて<ruby><rb>御墨附</rb><rt>おんすみつき</rt></ruby><ruby><rb>御短刀</rb><rt>おたんたう</rt></ruby>を後の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>として下し置れしが澤の井儀は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>佐渡</rb><rt>さど</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>の者故老母諸共生國佐州へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り間もなく御安産なりしが<ruby><rb>産後</rb><rt>さんご</rt></ruby>の<ruby><rb>血暈</rb><rt>ちのみち</rt></ruby>にて<ruby><rb>肥立</rb><rt>ひだち</rt></ruby>かね澤の井樣には相果られ其後は<ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>の手にて<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>申上しが又候老母も病氣にて若君の御<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby><ruby><rb>相屆</rb><rt>あひとゞ</rt></ruby>かず即はち淨覺院の門前に捨子と致し右老母も<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>致したるなり淨覺院先住天道存命中の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如し依て常樂院初め我々御守護申上<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御世</rb><rt>みよ</rt></ruby>に出し奉らんと<ruby><rb>渺々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>御供</rb><rt>おんとも</rt></ruby>申上候なりと辯舌水の流るゝ如く<ruby><rb>滔々</rb><rt>たう〱</rt></ruby>と申述ければ松平伊豆守殿初め<ruby><rb>御役人方</rb><rt>おやくにんがた</rt></ruby>いづれも<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>は無く<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづく</rt></ruby>ばかりなりしが然ば御身分の儀は<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>相分りたり此上は御<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の品々拜見致し度と申されければ伊賀亮は天一坊に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ伊豆殿御證據の御<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>を相願はれ候<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひ申さんといふに天一坊は<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すと計り言葉少なに言放せば大膳は<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>取出し二品を取出し<ruby><rb>三寶</rb><rt>さんばう</rt></ruby>に<ruby><rb>載</rb><rt>のせ</rt></ruby><ruby><rb>持出</rb><rt>もちいで</rt></ruby>伊豆守殿の前に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおく</rt></ruby>にぞ伊豆守殿初め重役の面々各々<ruby><rb>手水</rb><rt>てうづ</rt></ruby>して先御墨附を<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>に及ばる<ruby><rb>其文面</rb><rt>そのぶんめん</rt></ruby>は例の如く

<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>の由我等血筋に相違是なし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>に於ては時節を以て呼出すべし女子たらば其方の勝手に致すべし後日證據の爲め<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>に添大切に致し候<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby><ruby><rb>相添</rb><rt>あひそへ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し置者也依て如件

寛永二申年十月徳太郎信房

澤の井女へ

とあり<ruby><rb>御直筆</rb><rt>おんぢきひつ</rt></ruby>に相違なければ<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby>恐れ入り拜見致されまた御短刀をも一見するに<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方なき御品なれば御老中<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>には愈々將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>に相違なしと<ruby><rb>承伏</rb><rt>しようふく</rt></ruby>し伊豆守殿<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち伊賀亮を以て天一坊へ申上られける樣は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より重役ども一同御身の上<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>承知仕り<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる御證據ある上は何をか<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ申べき將軍の<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>たるに相違なく存じ奉る此上は<ruby><rb>一同</rb><rt>いちどう</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>仕り近々に御親子<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>に相成候樣取計ひ仕るべし<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>は<ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby><ruby><rb>御旅館</rb><rt>ごりよくわん</rt></ruby>に<ruby><rb>御座成</rb><rt>ござなさ</rt></ruby>れ候樣願ひ奉ると言上に及ばる<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>にて<ruby><rb>御席</rb><rt>おせき</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>伊豆守殿より種々<ruby><rb>御饗應</rb><rt>ごきやうおう</rt></ruby>有て其後歸館を<ruby><rb>相觸</rb><rt>あひふれ</rt></ruby>らる此度は玄關迄伊豆守殿初め御役人殘らず見送りなればいとゞ<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>は<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby>たり是にて<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せりと一同<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>の思ひをなしにけり扨又伊豆守殿<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おんやくたく</rt></ruby>には天一坊歸館の跡にて御老中には伊豆守殿松平左近將監殿酒井讃岐守殿戸田山城守殿<ruby><rb>水野和泉守殿</rb><rt>みづのいづみのかみどの</rt></ruby>若年寄衆は<ruby><rb>水野壹岐守殿</rb><rt>みづのいきのかみどの</rt></ruby>本多伊豫守殿太田備中守殿松平左京太夫殿等<ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>の上にて<ruby><rb>御側</rb><rt>おそば</rt></ruby>御用御取次を以て申上られけるは<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て大坂表より御屆に相成りし天一坊樣御事<ruby><rb>今般</rb><rt>こんぱん</rt></ruby>芝八山御旅館へ<ruby><rb>御到着</rb><rt>ごたうちやく</rt></ruby>に付今日伊豆守御役宅にて諸役人一同恐れ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら御身分の<ruby><rb>御調</rb><rt>おんしら</rt></ruby>べ申上げ御證據の品々拜見仕りしに御血筋に相違御座なくと存じ奉り候今日は御歸館なさせ奉りしが<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ近日<ruby><rb>吉日</rb><rt>きちにち</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>び御親子御對顏の儀計らひ奉るべく就ては御日<ruby><rb>限</rb><rt>げん</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>御沙汰</rb><rt>おさた</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉るとの儀なれば將軍吉宗公には是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ限りなき<ruby><rb>御祝着</rb><rt>ごしうちやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も早く<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>との上意なりし御親子の御<ruby><rb>間柄</rb><rt>あひだがら</rt></ruby>また<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>の御事なり扨も大岡越前守殿には數寄屋橋の御役宅へ歸り<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby><ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に天一坊の<ruby><rb>相貌</rb><rt>さうばう</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>千萬なりと思はるれば<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>伊豆殿御役宅へ參られ御<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>を願はれしが此日も伊豆殿の御役宅には<ruby><rb>御内談</rb><rt>ごないだん</rt></ruby>有て松平左近將監殿酒井讃岐守殿御出なり其席へ越前守を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>かれける時に越前守<ruby><rb>低頭</rb><rt>ていとう</rt></ruby>して恐れながら越前守申上候は昨日御逢これ有りし天一坊殿の儀御<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>如何候や<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>參上せりと<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ伊豆守殿の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せに天一坊殿の御身分の儀昨日拙者どもにも御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>に相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>と存ずれば<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て上聞に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>せしに<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>にも御<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>有らせられ<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>との上意なれば近々吉日を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>び御對顏の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ其上は上の<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>すべきに決せりとの事なり此時まで<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>せられし越前守<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し上げて伊豆守殿に向ひ御重役方の斯く御評議<ruby><rb>御決定</rb><rt>ごけつぢやう</rt></ruby>に相成候を越前<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に申上候は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいり</rt></ruby>候へ共少々思付候仔細御座候是を申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ざるも<ruby><rb>不忠</rb><rt>ふちう</rt></ruby>と存候此儀私事には候はず天下の<ruby><rb>御爲</rb><rt>おんため</rt></ruby><ruby><rb>君</rb><rt>きみ</rt></ruby>への<ruby><rb>忠義</rb><rt>ちうぎ</rt></ruby>にも御座あるべく依て<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず言上仕り候越前儀<ruby><rb>未熟</rb><rt>みじゆく</rt></ruby>ながら<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の時より<ruby><rb>人相</rb><rt>にんさう</rt></ruby>を<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>相學</rb><rt>あひまな</rt></ruby>び候故昨日<ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>は<ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>ち候へ共彼の方を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と拜見候處<ruby><rb>御面相</rb><rt>ごめんさう</rt></ruby>甚だ<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからず第一に目と<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>との<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に<ruby><rb>凶相</rb><rt>きようさう</rt></ruby>現はる是は存外の<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を<ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>つる相にて<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>眼中</rb><rt>がんちう</rt></ruby><ruby><rb>殺伐</rb><rt>さつばつ</rt></ruby>の氣あり是は人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>したる<ruby><rb>相貌</rb><rt>さうばう</rt></ruby>なり且眼中に赤き<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>此筋</rb><rt>このすぢ</rt></ruby><ruby><rb>瞳</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>を<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>くは<ruby><rb>劔難</rb><rt>けんなん</rt></ruby>の相にて三十日<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ざる内に<ruby><rb>刃</rb><rt>やいば</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはつ</rt></ruby>るの相なり斯る<ruby><rb>不徳</rb><rt>ふとく</rt></ruby>の<ruby><rb>凶相</rb><rt>きようさう</rt></ruby>にして將軍の御子樣とは存じ奉り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し越前守が<ruby><rb>思考</rb><rt>かんがへ</rt></ruby>には御品は實なれど御當人に於ては<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>とも<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく存ずるなり<ruby><rb>愚案</rb><rt>ぐあん</rt></ruby>は<ruby><rb>御目鏡</rb><rt>おめがね</rt></ruby>には<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>き候へども<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>此御身の上は今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>越前へ<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>相許</rb><rt>あひゆる</rt></ruby>し下されたし越前篤と相調べ其上にて御親子<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>の儀御取計ひ有るとも<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>かるまじくと存ず此段願ひ奉るとの趣きなり伊豆守殿斯と<ruby><rb>聞給</rb><rt>きゝたま</rt></ruby>ふより<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ越前守を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>へ越前只今の申條<ruby><rb>過言</rb><rt>くわごん</rt></ruby>なり昨日重役ども並に諸役人一同<ruby><rb>相調</rb><rt>あひしら</rt></ruby>べし御身分將軍の御落胤に相違なしと<ruby><rb>見極</rb><rt>みきは</rt></ruby>め<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>にも<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>したる儀を其方一人是を<ruby><rb>拒</rb><rt>こば</rt></ruby>み<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と申立<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據もなく<ruby><rb>再吟味</rb><rt>さいぎんみ</rt></ruby>願ひ出るは拙者どもが調べを<ruby><rb>不行屆</rb><rt>ふゆきとゞき</rt></ruby>と申にや何分にも重役どもを<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致す<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なりと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り玉へば越前守には少しも恐るゝ色なく全く越前自己の<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>を立んとて御重役を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致すべきや此吟味の儀は御法に<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>き候とは<ruby><rb>苟</rb><rt>いやし</rt></ruby>くも越前御役をも<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつとむ</rt></ruby>る身分なれば<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ居候へども只々天下の御爲國家の大事と存じ<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か忠義と心得候へば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>枉</rb><rt>まげ</rt></ruby>て<ruby><rb>御身分</rb><rt>おみぶん</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>の事一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>越前へ御許し下されたしと<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て願ひ申されける此時松平左近將監殿仰せらるには是越前其方は重役共の吟味を<ruby><rb>悖</rb><rt>もど</rt></ruby>き再吟味を願ひ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>の御胤に相違なき時は<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>如何致す所存にやと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られければ越前守<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで答らるゝ樣<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に候再吟味願の義は越前が身に<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>ての願ひに御座候へは<ruby><rb>萬一</rb><rt>まんいち</rt></ruby>天一坊殿將軍の御子に相違なき時は越前が三千石の<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎやう</rt></ruby>は元より<ruby><rb>家名斷絶</rb><rt>かめいだんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>も覺悟なりと御答に及ばれける此時酒井讃岐守殿の仰には越前其方は<ruby><rb>飽</rb><rt>あく</rt></ruby>まで拙者<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろにし<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て再吟味願ふは其方の爲に宜しからぬぞ<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>られよと仰せらるれども<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>身分は<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>に相成候とも<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからず君への御爲天下の爲なり<ruby><rb>幾重</rb><rt>いくへ</rt></ruby>にも再吟味の儀御許し下され度<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつる</rt></ruby>と再三押て願はれければ伊豆殿<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>を<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>ぜられ其方<ruby><rb>左程</rb><rt>さほど</rt></ruby>に再吟味致し度とあれば<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>にせよと<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>の體にて座をば<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>たまひたり是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て御列座も皆々<ruby><rb>退參</rb><rt>たいさん</rt></ruby>と相成りければ跡に越前守只一人<ruby><rb>殘</rb><rt>のこり</rt></ruby>て<ruby><rb>手持</rb><rt>てもち</rt></ruby>なき體なりしが外に<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>すべもなくて<ruby><rb>凄々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>として御役宅を立ち去り歸宅せられしが忠義に<ruby><rb>凝</rb><rt>こり</rt></ruby>なる所存を<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>め種々に<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐら</rt></ruby>し<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも天一坊<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby><ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>なれば是非とも再吟味せんものと思へど御重役方は取上られず此上は是非に及ばず<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>此身は<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとがめ</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>るとも<ruby><rb>明朝</rb><rt>あす</rt></ruby>は未明に登城に及び<ruby><rb>直々</rb><rt>ぢき〱</rt></ruby><ruby><rb>將軍家</rb><rt>しやうぐんけ</rt></ruby>に願ひ奉るより<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>なしと思案を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め家來を呼び出され<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>は六時の御<ruby><rb>太鼓</rb><rt>たいこ</rt></ruby>を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に登城致す<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>其用意</rb><rt>そのようい</rt></ruby>いたすべしと云付けられたり

## 第廿三回

扨も松平伊豆守殿には大岡越前守の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>られし跡にて<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>と思案あるに越前<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めし明朝は登城なし天一坊樣御身分再吟味の儀將軍へ<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に願ひ出るも<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し然ば此方も早く登城し越前に先を<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>申上<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ可らずと是も明朝<ruby><rb>明六時</rb><rt>あけむつ</rt></ruby>のお太鼓に登城の用意を申付られたり<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>にして<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby><ruby><rb>御城</rb><rt>おんしろ</rt></ruby>のお太鼓<ruby><rb>六</rb><rt>むつ</rt></ruby>の<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby><ruby><rb>鼕々</rb><rt>とう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>鳴響</rb><rt>なりひゞ</rt></ruby>けば松平伊豆守殿には登城門よりハヤ<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby>られけり又大岡越前守には<ruby><rb>同</rb><rt>おなじ</rt></ruby>く六のお太鼓を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に是も御役宅を立出たり然るに伊豆守殿御役宅は<ruby><rb>西丸下</rb><rt>にしまるした</rt></ruby>なり越前守の御役宅は<ruby><rb>數寄屋橋</rb><rt>すきやばし</rt></ruby>御門内なれば<ruby><rb>其道筋</rb><rt>そのみちすぢ</rt></ruby>も<ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>たれば伊豆守殿には越前守より<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しく先に御登城あり<ruby><rb>御用</rb><rt>ごよう</rt></ruby><ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>は未だ登城なく<ruby><rb>御側衆</rb><rt>おそばしう</rt></ruby>の泊番高木伊勢守のみ<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>たり<ruby><rb>乃</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち伊豆守殿<ruby><rb>芙蓉</rb><rt>ふよう</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に於て高木伊勢守を<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>突然</rb><rt>とつぜん</rt></ruby>と尋ねらるゝは<ruby><rb>貴所</rb><rt>きしよ</rt></ruby>には當時の役人中にて<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>は誰れとの評判と存ぜらるゝやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに伊勢守は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>の尋なりと<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>ながら暫く思案して答へられけるは御意に候當節御役人の中には<ruby><rb>豆州侯</rb><rt>づしうこう</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>をこそ<ruby><rb>智慧伊豆</rb><rt>ちゑいづ</rt></ruby>と<ruby><rb>下々</rb><rt>しも〲</rt></ruby>にては評判も致し御<ruby><rb>筆頭</rb><rt>ひつとう</rt></ruby>と申し<ruby><rb>其許樣</rb><rt>そのもとさま</rt></ruby>に上越す御役人はこれ<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじとの評判に候と申さるゝに伊豆守殿是を聞かれいやとよ夫は<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby><ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>の御役人にては誰が<ruby><rb>利口</rb><rt>りこう</rt></ruby><ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>なる<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>にやと仰せらる其時伊勢守<ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>候外御役人にては町奉行越前など發明との評判に御座候やに<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはる旨を答らるゝに伊豆守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづか</rt></ruby>れ成程<ruby><rb>當節</rb><rt>たうせつ</rt></ruby>は越前を名奉行と人々<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を致すやに聞及べり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>は越前は<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひなり兎角に<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>多く人を<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>んずる<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>ありて甚だ<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>に<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>ぜぬ者なりと申されける是は只今にも登城に及び<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>直願</rb><rt>ぢきねがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>取次等</rb><rt>とりつぎら</rt></ruby>を申出るとも取次させまじと<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は其意を<ruby><rb>曉</rb><rt>さと</rt></ruby>らせし言葉なるべし

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又大岡越前守には<ruby><rb>明六</rb><rt>あけむつ</rt></ruby>のお太鼓を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に登城なされしが<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>伊豆守殿には登城ありて<ruby><rb>芙蓉</rb><rt>ふよう</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>給ひ伊勢守と何か<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りの樣子なれば越前守には高木伊勢守を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き語る樣は此度江戸表へ<ruby><rb>御下向</rb><rt>おげかう</rt></ruby>有て芝八山の御旅館に<ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>ます天一坊樣儀は一昨日松平伊豆守殿御役宅にて御身分調べあり御重役方は<ruby><rb>御相違</rb><rt>ごさうゐ</rt></ruby>なしとて近々<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>の儀取計らはるゝ趣き拙者に於ては萬事其意を得ざる事と存ず<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>と申すは天一坊樣の<ruby><rb>御面相</rb><rt>ごめんさう</rt></ruby>を拜するに目と<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>の間に<ruby><rb>凶相</rb><rt>きようさう</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ中々以て<ruby><rb>高貴</rb><rt>かうき</rt></ruby>の<ruby><rb>相貌</rb><rt>さうばう</rt></ruby>にあらず拙者の<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>には御證據の品は實ならんが<ruby><rb>御當人</rb><rt>ごたうにん</rt></ruby>は<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>なりと決したり依て天下の爲再吟味を重役方へ願ひしが<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>一決の由にて<ruby><rb>聞屆</rb><rt>きゝとゞけ</rt></ruby>られず<ruby><rb>由々敷</rb><rt>ゆゝしき</rt></ruby>御大事ゆゑ君への御奉公再吟味の儀<ruby><rb>御許</rb><rt>おんゆる</rt></ruby>し下され候樣に<ruby><rb>直願</rb><rt>ぢきぐわん</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>り度何卒此段御取次下され<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と思ひ込で申ける高木伊勢守も<ruby><rb>打聞</rb><rt>うちきい</rt></ruby>て<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く驚きしが<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>の口上もあれば<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思はれたり其故は越前守の願ひ言上に及べば御發明の<ruby><rb>將軍家</rb><rt>しやうぐんけ</rt></ruby><ruby><rb>御許</rb><rt>おんゆるし</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば伊豆守殿には<ruby><rb>不首尾</rb><rt>ふしゆび</rt></ruby>と相なるべし當時此人に<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>まれては<ruby><rb>勤役</rb><rt>きんやく</rt></ruby>なり難しと思案し<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>は大岡越前守が願ひ取次も<ruby><rb>御採用</rb><rt>おとりもち</rt></ruby>ひなき樣に<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>するより<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>なしと思案を<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>め伊豆守殿の方へ<ruby><rb>向</rb><rt>む</rt></ruby>き<ruby><rb>目配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せしつゝ<ruby><rb>越州</rb><rt>ゑつしう</rt></ruby><ruby><rb>御願</rb><rt>おんねがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おも</rt></ruby>むき<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に達し申さんと立て奧の方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り將軍の御前へ出て申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ける樣は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ乍ら言上仕り候<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>御下向</rb><rt>おげかう</rt></ruby>にて芝八山の御旅館に<ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>ます天一坊樣御事は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て伊豆守役宅へ御招き申上御身分<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>御調</rb><rt>おんしらべ</rt></ruby>申上しに恐れながら君の御<ruby><rb>面部</rb><rt>めんぶ</rt></ruby>に<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>加之</rb><rt>しかのみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>御音聲迄</rb><rt>ごおんじやうまで</rt></ruby>も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似遊</rb><rt>にあそ</rt></ruby>ばし<ruby><rb>瓜</rb><rt>うり</rt></ruby>を二ツと申事且つ又御墨附御短刀も相違御座なく<ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>せらるれば<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>御親子</rb><rt>ごしんし</rt></ruby><ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>の御<ruby><rb>儀式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby><ruby><rb>執計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ申すべき段上聞に達し候處芝八山は町奉行の掛りなれば越前<ruby><rb>再吟味願度由</rb><rt>さいぎんみねがひたきよし</rt></ruby><ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ奉ると言上に及びければ將軍には<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>し<ruby><rb>食</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ天一は<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るとや<ruby><rb>音聲迄</rb><rt>おんじやうまで</rt></ruby>も其儘とな物の種は盜むも人種は<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれずと<ruby><rb>世俗</rb><rt>せぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>さもあり<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はれぬ者かな<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>天一に<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたし</rt></ruby>との上意なり世の中の親の心は<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>ならねど子を思ふ道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふとか云ひて子を<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しむ親の心は<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>將軍より<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby><ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby><ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>に至る迄<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>る事なき<ruby><rb>理</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りなり其時また上意に芝八山は町奉行の<ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>なりとて越前<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>り吟味を願ふとな<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に重役ども取調べ予が子に相違なきに<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>りしを一人<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と申<ruby><rb>拒</rb><rt>こば</rt></ruby>むは<ruby><rb>偏執</rb><rt>へんしふ</rt></ruby>の致す處か再吟味は天下の法に<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く相成ぬと申せとの事なれば伊勢守は<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉り候<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て芙蓉の間へ<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り上座に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>越前上意なりと申渡さるゝに越前守には<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>に引下りて<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なす此時高木伊勢守申渡す樣は八山御旅館に居らせられ候天一坊身分越前<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>り再吟味願の儀は<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に重役ども<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と相調べ相違なきを一人彼是申<ruby><rb>拒</rb><rt>こば</rt></ruby>むは重役を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致す<ruby><rb>所行</rb><rt>しよぎやう</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に再吟味は天下の<ruby><rb>大法</rb><rt>たいはふ</rt></ruby>に<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>相成ぬとの上意なりと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>にこそ申渡しける越前守は<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>とばかり御受を致され<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいつ</rt></ruby>て<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby>せらる跡より大目附土屋六郎兵衞<ruby><rb>下馬</rb><rt>げば</rt></ruby>より<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby><ruby><rb>御徒士目附</rb><rt>おかちめつけ</rt></ruby><ruby><rb>御小人目附</rb><rt>おこびとめつけ</rt></ruby><ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>して越前守を數寄屋橋内の御役宅へ送られ土屋六郎兵衞より<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby>を申渡し表門には<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>し御徒士目附御小人目附ども<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に番をぞ致しける良藥は口に<ruby><rb>苦</rb><rt>にが</rt></ruby>く<ruby><rb>忠言</rb><rt>ちうげん</rt></ruby><ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>逆</rb><rt>さから</rt></ruby>ふの<ruby><rb>先言</rb><rt>せんげん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なるかな大岡越前守は忠義<ruby><rb>一￼</rb><rt>いちづ</rt></ruby>に<ruby><rb>凝固</rb><rt>こりかた</rt></ruby>まりて天一坊の身分再吟味の<ruby><rb>直願</rb><rt>ぢきぐわん</rt></ruby>を致されしが<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>からざる上意にて今は<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby>の身となりけれど此事は<ruby><rb>中々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>打捨置難</rb><rt>うちすておきがた</rt></ruby>き大事なれば公用人<ruby><rb>平石</rb><rt>ひらいし</rt></ruby><ruby><rb>次</rb><rt>じ</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>吉田</rb><rt>よしだ</rt></ruby>三五郎<ruby><rb>池田大助</rb><rt>いけだだいすけ</rt></ruby>の三人を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>かれ申されけるは予は天一を<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と思ひ定め再吟味の儀を重役へ願ひしが<ruby><rb>自己</rb><rt>じこ</rt></ruby>の<ruby><rb>言状</rb><rt>いひじやう</rt></ruby>を立んとて取上られず<ruby><rb>據</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろなく今朝直願に及びしが是又御親子の御<ruby><rb>愛情</rb><rt>あいじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>惹</rb><rt>ひか</rt></ruby>され給ひ<ruby><rb>筋違</rb><rt>すぢちが</rt></ruby>ひの事重役を<ruby><rb>蔑如</rb><rt>べつじよ</rt></ruby>し大法に背くとの趣きにて重き上意を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り予は<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby>を仰付られしが一同とも<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に致し居る樣申付くべしとの言葉に三人は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して御意の趣き<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>承知仕れり<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に月に<ruby><rb>浮雲</rb><rt>うきくも</rt></ruby>の<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>り花に<ruby><rb>暴風</rb><rt>ばうふう</rt></ruby>の<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひ天下の御爲忠義を<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>ての再吟味の御願ひ御許しなきのみか<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ閉門を仰付られ候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に是非もなき次第なり此上は<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにやう</rt></ruby>の御沙汰<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んも計り難しと<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なれば越前守には此體を見られ<ruby><rb>澘々</rb><rt>はら〱</rt></ruby>と<ruby><rb>落涙</rb><rt>らくるゐ</rt></ruby>せられ此方はよき家來を持て<ruby><rb>滿悦</rb><rt>まんえつ</rt></ruby>に思ふなり三人の<ruby><rb>忠節</rb><rt>ちうせつ</rt></ruby>心體見えて忝けなし去りながら我深き存意も有れば<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに申聞すべし近ふ〱と三人を<ruby><rb>側近</rb><rt>そばちか</rt></ruby>くこそ進ませたり

## 第二十四回

<ruby><rb>其時</rb><rt>そのとき</rt></ruby>越前守は平石次右衞門吉田三五郎池田大助の三人を<ruby><rb>膝元</rb><rt>ひざもと</rt></ruby>へ進ませ申されけるは<ruby><rb>其方共</rb><rt>そのはうども</rt></ruby>家の爲め思ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>る<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく存るなり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て越前が<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>を申聞すなり今越前<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の儀に及び候へば明日にも御對顏仰せ出さるゝは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>なり萬一御對顏の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と相分るも<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>しなり難し<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば第一天下の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>二ツには君への不忠なり依て越前は<ruby><rb>短慮</rb><rt>たんりよ</rt></ruby>の振舞致さず今宵<ruby><rb>計略</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を以て屋敷を<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び出んと<ruby><rb>思</rb><rt>おもふ</rt></ruby>なり<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は斯樣々々なり<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>次右衞門其方の老母病死なりと申<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>不淨門</rb><rt>ふじやうもん</rt></ruby>より出て小石川<ruby><rb>御館</rb><rt>おやかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>し今一應再吟味の儀を願ふ<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>なり萬一小石川<ruby><rb>御屋形</rb><rt>おやかた</rt></ruby>に於ても<ruby><rb>御取用</rb><rt>おとりもち</rt></ruby>ひなき時は越前が<ruby><rb>運命</rb><rt>うんめい</rt></ruby>の<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>る<ruby><rb>期</rb><rt>とき</rt></ruby>なり其時予は<ruby><rb>含状</rb><rt>ふくみじやう</rt></ruby>を出して<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>すべし<ruby><rb>然有時</rb><rt>さあるとき</rt></ruby>は將軍にも何程御急ぎ遊ばすとも急ぎ<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>は<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>ふまじ其内には天一坊の<ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby>必ず相分り申べし依て今一應小石川御屋形へ此段を願ひ申さんと思ふなれば<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ其支度を致すべしと申付られける<ruby><rb>公用人等</rb><rt>こうようにんら</rt></ruby>は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>古駕籠</rb><rt>ふるかご</rt></ruby>一<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby><ruby><rb>古看板</rb><rt>ふるかんばん</rt></ruby>三ツ并びに<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>三筋女の<ruby><rb>掛無垢等</rb><rt>かけむくとう</rt></ruby>を用意なし日の<ruby><rb>暮</rb><rt>くるゝ</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまち</rt></ruby>ける扨夜も<ruby><rb>初更</rb><rt>しよこう</rt></ruby>の頃に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しかば越前守は<ruby><rb>掛無垢</rb><rt>かけむく</rt></ruby>を<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>より<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りて彼古駕籠に身を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>むれば公用人三人は<ruby><rb>中間體</rb><rt>ちうげんてい</rt></ruby>に身を<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>し外に入用の品々は駕籠の下へ<ruby><rb>敷込</rb><rt>しきこみ</rt></ruby>二人にて駕籠を<ruby><rb>舁</rb><rt>か</rt></ruby>き今一人は<ruby><rb>湯灌盥</rb><rt>ゆくわんたらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を添て<ruby><rb>荷</rb><rt>にな</rt></ruby>ひ不淨門へ向ひ屆ける<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>は今日用人平石次右衞門<ruby><rb>老母儀</rb><rt>らうぼぎ</rt></ruby><ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致候依て只今<ruby><rb>菩提所</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby>へ送り申なり御門御通し下さるべしと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りけるに<ruby><rb>當番</rb><rt>たうばん</rt></ruby>の御小人目附は<ruby><rb>錠</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>を明け駕籠を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見るに如何さま<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>の掛無垢を<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りしは死人の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なれば相違なき由にて<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>しけるこれより數寄屋橋御門へも此段相斷りそれより御<ruby><rb>堀端</rb><rt>ほりばた</rt></ruby>通りを行<ruby><rb>鎌倉河岸</rb><rt>かまくらがし</rt></ruby>まで來りたれば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>此所にて駕籠を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>し主從四人ほツとばかり<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>ながらも先々<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り出しを<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び最早<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなしと<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて越前守には<ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>を着用なし三人は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも<ruby><rb>羽織袴</rb><rt>はおりはかま</rt></ruby>に改め駕籠等は<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の町人の家に<ruby><rb>預置</rb><rt>あづけおき</rt></ruby>小石川<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎ行に夜は次第に<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby><ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>四ツ時と<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>しき頃小石川<ruby><rb>御館</rb><rt>おんやかた</rt></ruby>には到りたり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て御中の口へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こふ</rt></ruby>に取次出來れば越前守申さるには<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ恐入存ずれど天下の一大事に付<ruby><rb>越前</rb><rt>ゑちぜん</rt></ruby><ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>仕つて候何卒中納言樣へ<ruby><rb>御目通</rb><rt>おめどほり</rt></ruby>の儀願上奉る<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>らる取次は此段早速御奧へ申上ければ中納言<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>は<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>てより御病氣なりしが<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>御全快</rb><rt>ごぜんくわい</rt></ruby>にて今日は中奧に<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>らせ給ひ<ruby><rb>御酒</rb><rt>ごしゆ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されて御酒宴の<ruby><rb>最中</rb><rt>さいちう</rt></ruby>なり中にも<ruby><rb>山野邊主税之助</rb><rt>やまのべちからのすけ</rt></ruby>と云ふは年は未だ十七歳なれど<ruby><rb>家老職</rb><rt>からうしよく</rt></ruby>にて<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れしかば中納言樣の御意に入りて今夜も<ruby><rb>御席</rb><rt>おんせき</rt></ruby>に<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>御酒</rb><rt>ごしゆ</rt></ruby><ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>の折から御取次の者右の通申上ければ中納言樣の御意に越前<ruby><rb>夜陰</rb><rt>やいん</rt></ruby>の推參何事なるか主税其方<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し委細承まはり參るべしとの御意に山野邊主税之助は<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り越前守に對面して申けるは拙者は<ruby><rb>山野邊主税之助</rb><rt>やまのべちからのすけ</rt></ruby>と申する者なり越前殿には中納言樣へ御目通り御願の由然る所中納言樣には<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>てより<ruby><rb>御所勞</rb><rt>ごしよらう</rt></ruby>なり夜陰の御<ruby><rb>入來</rb><rt>じゆらい</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにやう</rt></ruby>の儀なるや御口上承まはる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>との御意なりと<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に<ruby><rb>相述</rb><rt>あひのべ</rt></ruby>ければ越前守頭を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>扨申されけるは越前<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby>をも<ruby><rb>省</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず<ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>候は天下の御大事に付中納言樣へ御願ひ申上度儀<ruby><rb>御座有</rb><rt>ござあつ</rt></ruby>ての儀なり此段御<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み存ずるとぞ<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>られたり主税是を聞て<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>の儀ならんには主税及ばずながら承まはり申べきが國家の御大事を<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>如き若年者の承まはる可事<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし兎も角も中納言樣へ<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>の上御<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>すべし暫く御控へ有べしと<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>して奧へ入り<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>に申上げるは町奉行越前守に對面仕り候處天下の一大事<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>に付夜中をも<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞ</rt></ruby>からず推參仕り候<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き若年の私承たまはらん事覺束なく存じ此段言上仕り候と申上らる中納言綱條卿<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>深く驚かせ給ひ天下の一大事<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつらい</rt></ruby>とは何事ならん夫は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる事なるべし越前を<ruby><rb>書院</rb><rt>しよゐん</rt></ruby>へ通すべし<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>せんとの<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>なり是に依て侍ひ中御廣書院へ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>せらる最早中納言樣には御書院に入せられ御<ruby><rb>寢衣</rb><rt>ねまき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>御着座遊</rb><rt>おんちやくざあそ</rt></ruby>ばさる越前守には<ruby><rb>敷居際</rb><rt>しきゐぎは</rt></ruby>に<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>せらる時に中納言樣には越前近ふ〱との御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に越前守は少し座を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>て申上らるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>御<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら天下の御大事に付夜中をも<ruby><rb>省</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず<ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>候段<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいり</rt></ruby>奉り候御病中も<ruby><rb>厭</rb><rt>いとは</rt></ruby>せ給はず御<ruby><rb>目通</rb><rt>めどほり</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ候段有難き仕合に存じ奉ると申上らる此時綱條卿には<ruby><rb>御褥</rb><rt>おんしとね</rt></ruby>を下られ給ひ天下の一大事たる儀を<ruby><rb>承</rb><rt>うけ</rt></ruby>たまはるに<ruby><rb>略服</rb><rt>りやくふく</rt></ruby>の段は甚だ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ有と病中の儀越前許し候へとの御意なりしと此時大岡越前守は<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいつ</rt></ruby>て<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>に及ばれけるは定めて御承知も有せらるべきが此度八山御旅館へ御<ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>し天一坊樣儀先達て伊豆守御役宅へ御<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>ぎ申し御<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>申せしに將軍の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>御證據の品も御座あれば<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>御對面</rb><rt>ごたいめん</rt></ruby>の御<ruby><rb>儀式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>せらるべき<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ申べしとの事に候然るに私<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>相學</rb><rt>さうがく</rt></ruby>を心掛候に付き<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>も<ruby><rb>隔</rb><rt>へだて</rt></ruby>候へども伊豆守御役宅に於て天一坊樣御面部を<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に拜し奉りしに御目と<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>の間に<ruby><rb>凶相</rb><rt>きようさう</rt></ruby>あり<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんぐわい</rt></ruby>なる<ruby><rb>工</rb><rt>たく</rt></ruby>みあるの相にて又<ruby><rb>眼中</rb><rt>がんちう</rt></ruby>に<ruby><rb>赤筋</rb><rt>あかすぢ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>瞳</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>を<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>き候は<ruby><rb>劔難</rb><rt>けんなん</rt></ruby>の相にて三十日以内に<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>に掛るべき相もあり<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>凶惡</rb><rt>きようあく</rt></ruby><ruby><rb>上將軍</rb><rt>かみしやうぐん</rt></ruby>の若君たるの理あるべからず如何にも御證據の品は<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>なるべきが御當人に於ては<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby><ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>と<ruby><rb>見究</rb><rt>みきは</rt></ruby>め候依て重役共へ再吟味の儀<ruby><rb>度々</rb><rt>どゝ</rt></ruby>申立候へども<ruby><rb>相許</rb><rt>あひゆる</rt></ruby>さず<ruby><rb>據</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろなく<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby>登城仕り高木伊勢守を以て言上に及び再吟味の儀<ruby><rb>直願</rb><rt>ぢきぐわん</rt></ruby>仕りしが御<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>の御<ruby><rb>愛情</rb><rt>あいじやう</rt></ruby>にや越前が願ひは御聞屆なきのみか重役を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>再吟味は天下の御大法に背くとて重き上意の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きにて越前<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ既に切腹とも存じ候へ共<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>明日にも御對顏ある上<ruby><rb>萬一</rb><rt>まんいち</rt></ruby><ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>にてもある時は<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>し相成らず<ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby>にも<ruby><rb>拘</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はり<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる天下の御<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>と存じ越前<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>からぬ命を<ruby><rb>存</rb><rt>なが</rt></ruby>らへ御<ruby><rb>尤</rb><rt>とが</rt></ruby>めの身分を<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞ</rt></ruby>からず<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て此段御屋形樣へ<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>仕り候此儀御用ひなき時は是非に及ばず私し儀は<ruby><rb>含状</rb><rt>ふくみじやう</rt></ruby>を仕つり<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>仕るべき<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>に候然らば當年中にはよも御對顏の<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>びには相成まじく其内に<ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>判然</rb><rt>はんぜん</rt></ruby>も仕らんかと所存を定め候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>は<ruby><rb>亡者</rb><rt>まうじや</rt></ruby>の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>にて不淨門の番人を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り御屋形へ推參奉りて候とまた餘儀もなく言上に及ばる<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>し<ruby><rb>食</rb><rt>め</rt></ruby>され越前其方が<ruby><rb>忠節</rb><rt>ちうせつ</rt></ruby><ruby><rb>頼母</rb><rt>たのも</rt></ruby>しく存ずるなり<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も其所へ心付きしぞ予は病中成れども天下の一大事には<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>し明朝登城し將軍家へ<ruby><rb>拜謁</rb><rt>はいえつ</rt></ruby>し如何樣にも計らふべき間其方安心致し此上心付候へとの御意にて又仰せには<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>予が登城致す迄に<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>の御沙汰あらんも計り難し<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>上使ありとも必ず<ruby><rb>御請</rb><rt>おうけ</rt></ruby>を致さず<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して予が沙汰に及ばざる内は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくど</rt></ruby>も御<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り申立べし是は其方より上意を<ruby><rb>背</rb><rt>そむく</rt></ruby>には<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ば我等が御意を背儀なれば少しも心遣ひなく存じ<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>べしと御<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>なる御意を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り越前守<ruby><rb>感涙</rb><rt>かんるゐ</rt></ruby><ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>に<ruby><rb>銘</rb><rt>めい</rt></ruby>じ有難く<ruby><rb>坐</rb><rt>そゞ</rt></ruby>ろに勇み居たりけり

## 第二十五回

水戸中納言綱條卿は越前守に<ruby><rb>打對</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ給ひ其方死人の體にて<ruby><rb>不淨門</rb><rt>ふじやうもん</rt></ruby>より出たりとの事なれば歸宅むづかしからんとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に越前守平伏して御意の通御役宅を出候には<ruby><rb>番人</rb><rt>ばんにん</rt></ruby>を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はり候へども歸の程甚だ<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>まつると申上ければ中納言樣には<ruby><rb>主税之助</rb><rt>ちからのすけ</rt></ruby>を召れ其方越前を宅迄送屆け申べし此使は大切なるぞ其方より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に勤る者なし必ず<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れを取候な其刀を遣す程に<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>致す者あらば<ruby><rb>切捨</rb><rt>きりすて</rt></ruby>に致せ予が手打も同前なるぞと仰せらる主税之助は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つると直に支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ<ruby><rb>侍</rb><rt>さふら</rt></ruby>ひ兩人に提灯持鎗持草履取三人越前守<ruby><rb>主從</rb><rt>しゆじう</rt></ruby>四人都合十人にて<ruby><rb>小石川</rb><rt>こいしかは</rt></ruby>御屋形を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>數寄屋橋御門内なる町奉行御役宅を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>を<ruby><rb>過</rb><rt>す</rt></ruby>ぎ屋敷に<ruby><rb>近付</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>一同に表門へ懸り小石川御館の御<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>山野邊主税之助なり<ruby><rb>開門</rb><rt>かいもん</rt></ruby>あるべしと呼はれば夜番の御徒士目附<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて越前守には<ruby><rb>閉門中</rb><rt>へいもんちう</rt></ruby>にて開門<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ申さずといふ主税之助越前殿閉門は誰より申付候やと尋ぬるに御徒士目附申やう<ruby><rb>土屋</rb><rt>つちや</rt></ruby>六郎兵衞殿の申付なりと<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>主税之助<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>憤</rb><rt>いか</rt></ruby>りの聲を振たて何と申され候や<ruby><rb>土屋</rb><rt>つちや</rt></ruby>六郎兵衞の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>が<ruby><rb>夫程</rb><rt>それほど</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>きか中納言樣の<ruby><rb>御詞</rb><rt>おことば</rt></ruby>を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>くに於ては<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られの心得ありと大音に呼はりければ何れも<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し時を移さず開門に及べば山野邊主税之助先に<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>て門を通らんとする時御徒士目附聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らく御<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし小石川御<ruby><rb>屋形</rb><rt>やかた</rt></ruby>の御使者御供の人數を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ申さんと有ゆゑ主税之助答へて<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>念入</rb><rt>ねんいれ</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>らるべしと主税之助主從十人と<ruby><rb>數</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へてぞ通しける主税之助は越前守の主從を<ruby><rb>無難</rb><rt>ぶなん</rt></ruby>に屋敷へ<ruby><rb>送込</rb><rt>おくりこみ</rt></ruby><ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ通り呉々も越前守に申<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>めけるは明朝早々御屋形御登城有て御取計ひ有べし夫迄は<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>の御身と主人よりも申付て候<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにやう</rt></ruby>の儀候とも小石川御屋形の御意と御申立あるべし其内には<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しき御沙汰有べしと申<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して歸りには主從六人にて表門へ出來り小石川御屋形の<ruby><rb>御使者</rb><rt>おししや</rt></ruby><ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへり</rt></ruby>申す開門ありたしと申ければ番人また人數を改め四人<ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>なれば主税之助に向ひ<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>の御人數は<ruby><rb>侍</rb><rt>さふら</rt></ruby>ひ分六人中間三人主從十人に候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>御人數は侍ひ四人不足なり如何の儀に候やと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>主税之助は威丈高になり各々には何と申さるゝや<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>よりは人數四人不足とや<ruby><rb>御手前方</rb><rt>おてまへがた</rt></ruby>は何の爲に閉門の御番をば致さるゝや小石川御館にては閉門の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ參り<ruby><rb>居殘致</rb><rt>ゐのこりいた</rt></ruby>す者は一人もなし<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>たる申分かな<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>申さば切て捨んと大言に叱り付られ番衆も<ruby><rb>據</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく開門して通しける主税之助は<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>仕課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せ急ぎ小石川へ歸り<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>へ出て右の次第を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>言上に及びければ中納言樣には深く<ruby><rb>御滿悦遊</rb><rt>ごまんえつあそ</rt></ruby>ばし汝ならでは<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の働きは成まじとの御賞美の御意なりまた御意には越前はさぞ<ruby><rb>夜明</rb><rt>よあけ</rt></ruby>が<ruby><rb>待遠成</rb><rt>まちどほなる</rt></ruby>べし明朝は六ツ時登城すべし<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に計ひ申す可との御意なれば夫々の役々へ御登城の御<ruby><rb>觸出</rb><rt>ふれいだ</rt></ruby>しに及びける夫よりは御<ruby><rb>寢所</rb><rt>しんじよ</rt></ruby>へも入せられず<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>御月代を遊ばされんとの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなれば主税之助初め<ruby><rb>御病中</rb><rt>ごびやうちう</rt></ruby>御月代の儀は御<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>遊ばし然るべしと申上らる中納言樣には<ruby><rb>長髮</rb><rt>ちやうはつ</rt></ruby>にて登城し將軍の御前へ出るは<ruby><rb>失敬</rb><rt>しつけい</rt></ruby>なり我將軍を<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>はずんば誰か將軍を重ずべき病中とて<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>からず<ruby><rb>月代</rb><rt>さかやき</rt></ruby>せよとの御意なれば掛りの<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>も是非なく<ruby><rb>御櫛</rb><rt>おくし</rt></ruby>を<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>ける夫より<ruby><rb>御行水</rb><rt>おんぎやうずゐ</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>頃はハヤ御本丸の六ツの御太鼓遠く聞えれば<ruby><rb>御供揃</rb><rt>おともぞろひ</rt></ruby>にて直に御登城遊ばせしが時刻早ければ未だ御役人<ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>は一人も登城なく御<ruby><rb>側衆</rb><rt>そばしう</rt></ruby>泊番<ruby><rb>太田</rb><rt>おほた</rt></ruby>主計頭のみなり<ruby><rb>主計頭</rb><rt>かずへのかみ</rt></ruby>を召れ天下の一大事に付將軍へ<ruby><rb>御逢</rb><rt>おんあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>登城に及べり<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>申せとの仰なれば主計頭其趣きを言上に<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ばれける將軍家聞し食させ大に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かせ給ひ早速<ruby><rb>御裝束</rb><rt>ごしやうぞく</rt></ruby>を改めさせられ御對面あるに<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>將軍家の仰に中納言殿には天下の<ruby><rb>一大事</rb><rt>いちだいじ</rt></ruby>の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>何事なるやと御尋あれば中納言<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>には<ruby><rb>衣紋</rb><rt>えもん</rt></ruby>を正し天下の一大事と申候は<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>にも候はず<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ度は町奉行越前を<ruby><rb>名</rb><rt>めい</rt></ruby>奉行と宣ひしは抑も誰にて候やとの御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>なり是は先年松平左近將監殿へ御意に大岡越前は<ruby><rb>名奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>なりと仰せられし事を中納言家には御存じゆゑ<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に仰上られしものなるべし<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>將軍には御不審の體にて<ruby><rb>御在</rb><rt>おはし</rt></ruby>ますにぞ又申上らるゝ樣は<ruby><rb>斯</rb><rt>かの</rt></ruby><ruby><rb>綸言</rb><rt>りんげん</rt></ruby>は<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>の如しまた<ruby><rb>武士</rb><rt>ぶし</rt></ruby>に二言なしとか君のお<ruby><rb>目鏡</rb><rt>めがね</rt></ruby>にて名奉行と仰せられ候越前天下の御<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>を存じ君へ忠節を盡す心底より天一坊殿<ruby><rb>御身分</rb><rt>ごみぶん</rt></ruby>再吟味願候に越前へ閉門仰付られしと<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはる町奉行たるものが支配内の事を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致すに<ruby><rb>筋違</rb><rt>すぢちがひ</rt></ruby>とは如何なる儀にや此段承まはりたしと御<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby>の<ruby><rb>苦</rb><rt>にが</rt></ruby>り切たる有樣なれば將軍にも御<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の體にて<ruby><rb>偵</rb><rt>さす</rt></ruby>が名君の<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>し見え給ひ<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど御<ruby><rb>困</rb><rt>こまり</rt></ruby>の御樣子にて太田主計頭を召し上意には其方<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>より越前宅へ<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>參れとの上意なれば主計頭は御受に及び<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>馬を<ruby><rb>飛</rb><rt>とば</rt></ruby>せ<ruby><rb>鞭</rb><rt>むち</rt></ruby>を加へて一散に數寄屋橋の御役宅へ來り<ruby><rb>御上使</rb><rt>ごじやうし</rt></ruby>々々々と呼はりければ大岡の屋敷にては上下是を<ruby><rb>聞付</rb><rt>きゝつけ</rt></ruby>スハ切腹の御上使と一家中色を失なひ<ruby><rb>噪</rb><rt>さわぎ</rt></ruby>ける表門には御上使と<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>開門</rb><rt>かいもん</rt></ruby>しければ主計頭には急ぎ玄關へ通り越前守に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>ありて上意の趣きを相述べ急ぎ登城あるべしとの事なり越前守<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>し則ち馬を急し家來に申付<ruby><rb>火急</rb><rt>くわきふ</rt></ruby>の御用なり駕籠は跡より<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>せと申付<ruby><rb>麻上下</rb><rt>あさがみしも</rt></ruby>に服を改め主計頭と同道にて登城にこそは及ばれたり跡には<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby><ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>御上使と御同道にて御登城有しは迚も御<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby><ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし是は將軍の御手打か又は<ruby><rb>詰腹</rb><rt>つめばら</rt></ruby>か兎に角大岡の御家は今日限り<ruby><rb>斷絶成</rb><rt>だんぜつなる</rt></ruby>べし行末如何成<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>やらんと主の身の上より我<ruby><rb>行末迄</rb><rt>ゆくすえまで</rt></ruby>も案じやり歎に沈まぬ者もなし扨も<ruby><rb>將軍家</rb><rt>しやうぐんけ</rt></ruby>には中納言綱條卿と御<ruby><rb>對座</rb><rt>たいざ</rt></ruby>にて<ruby><rb>御座</rb><rt>おんまし</rt></ruby>まし越前が登城今や〱と<ruby><rb>待給</rb><rt>まちたま</rt></ruby>ふ時しも太田主計頭が案内にて越前守<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱御前へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か末座に平伏す時に主計頭座を進み只今越前<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>て候と申上るにぞ將軍の上意に芝八山に<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>の天一坊身分再吟味の儀越前其方が心に<ruby><rb>任</rb><rt>まかせ</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>るぞと仰なれば越前守には發と計り御<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>申上らる將軍は又も中納言樣に向はせ給ひ水戸家只今<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せらるゝ通り越前へ右の如く申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>たり御安心これ有たしと宣ふに綱條卿には<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に御名將の<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby><ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく御座候と申上られ是より中納言樣には御老中御<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>の御席へ渡らせ給ひ越前守をも此席へ召れて中納言樣の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に芝八山に旅宿致さるゝ天一<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>再吟味</rb><rt>さいぎんみ</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>今日より越前に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>すとの上意なれば一同左樣に心得られよ<ruby><rb>取分</rb><rt>とりわけ</rt></ruby>予が申渡すは天一身分吟味中越前が申す事は予が<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>と心得られよ越前も又<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>相心得</rb><rt>あひこゝろえ</rt></ruby>心を用ゆべし越前には少身の由萬端行屆まじお<ruby><rb>手前達</rb><rt>てまへたち</rt></ruby>に於て宜く心付致さるべしとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>なれば越前守は願の通り再吟味の<ruby><rb>台命</rb><rt>たいめい</rt></ruby>を蒙り悦こび身に餘り<ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>み進んで下城にこそは及ばれたり<ruby><rb>下馬先</rb><rt>げばさき</rt></ruby>には迎の駕籠廻り居て夫に<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby><ruby><rb>徐々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と歸宅せられたり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て屋敷近くなりし<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へが一人<ruby><rb>駈拔</rb><rt>かけぬけ</rt></ruby>て表門よりお歸り〱と呼はれば此を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て家來の男女はまた驚き<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なき歸りをば悦び且疑ふばかりなり

## 第二十六回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も大岡越前守には三人の<ruby><rb>公用</rb><rt>こうよう</rt></ruby>人を呼出され今日より天一坊吟味の儀越前が<ruby><rb>心任</rb><rt>こゝろまか</rt></ruby>せとの<ruby><rb>台命</rb><rt>たいめい</rt></ruby>を蒙り又天一坊吟味中越前が申<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>は小石川御館樣の御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>と心得よとの御意なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば次右衞門其方は只今より八山へ到り<ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby><ruby><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby>の<ruby><rb>上刻</rb><rt>じやうこく</rt></ruby>天一坊に越前が役宅へ參り候樣申參べし必ず町奉行の威光を落すなと申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られ又吉田三五郎には天一坊の<ruby><rb>召捕方</rb><rt>めしとりかた</rt></ruby>を池田大助には<ruby><rb>召捕手配方</rb><rt>めしとりてくばりがた</rt></ruby>を申付られたり是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て吉田三五郎は江戸三箇所の出口へ<ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby>を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り先千住板橋新宿の三口へは人數若干を遣し<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めさせ外九口へは是又人數<ruby><rb>若干</rb><rt>そこばく</rt></ruby>を配り<ruby><rb>海手</rb><rt>うみて</rt></ruby>は深川新地の鼻より品川の沖迄御船手にて<ruby><rb>取切</rb><rt>とりきり</rt></ruby><ruby><rb>備船</rb><rt>そなへぶね</rt></ruby>は<ruby><rb>沖間</rb><rt>おきあひ</rt></ruby>へ出し間々は<ruby><rb>鯨船</rb><rt>くぢらぶね</rt></ruby>にて<ruby><rb>取固</rb><rt>とりかた</rt></ruby>め<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も嚴重に構へたり扨又平石次右衞門は<ruby><rb>桐棒</rb><rt>きりぼう</rt></ruby>の駕籠に打乘若黨長柄草履取を<ruby><rb>召倶</rb><rt>めしぐ</rt></ruby>し數寄屋橋の御役宅を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>芝八山へと急ぎ行次右衞門道々考へけるは天一坊家來に<ruby><rb>九條殿</rb><rt>くでうどの</rt></ruby>の浪人にて大器量人と<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>ある山内伊賀亮には<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>なし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば赤川大膳を<ruby><rb>名差</rb><rt>なざし</rt></ruby>にて對面せんと思案し頓て芝八山なる天一坊が<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>の門前に來りける<ruby><rb>箱番所</rb><rt>はこばんしよ</rt></ruby>には<ruby><rb>絹羽織</rb><rt>きぬはおり</rt></ruby><ruby><rb>菖蒲皮</rb><rt>しやうぶかは</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>し番人大音に御使者と<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>れば次右衞門は中の口に案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>けるに此時戸村次右衞門と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby><ruby><rb>次上下</rb><rt>つぎがみしも</rt></ruby>にて<ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>に出來れば次右衞門は懷中より手札取出し<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は町奉行大岡越前守公用方平石次右衞門と<ruby><rb>申者</rb><rt>まをすもの</rt></ruby>なり天一坊樣御重役赤川殿へ<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby><ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>て越前守が口上の趣きを申<ruby><rb>述度</rb><rt>のべたく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ず何卒此段御取次下さる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と云に戸村は承知して大膳に斯と申通ずれば大膳は聞て<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め町奉行大岡越前守より使者の來る筈は無しと<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思へば伊賀亮が居間に到り只今町奉行大岡越前守公用人平石次右衞門と申す<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>り某しに面會し主人越前が<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>たしとの事なれど町奉行より使者の來る<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>はなき筈ぢやが如何の者かと聞ければ伊賀亮<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>越前より使者を遣はす<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れど貴殿名差とあれば何用とも計れず兎角御逢めさる方<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべし併し目の寄る所へ玉とか申し越前守は<ruby><rb>大器量人</rb><rt>だいきりやうじん</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば使者の平石とやらんも一<ruby><rb>癖</rb><rt>くせ</rt></ruby>あるべし貴殿應對は氣遣ひなりと<ruby><rb>小首</rb><rt>こくび</rt></ruby>を傾けられて大膳は<ruby><rb>氣後</rb><rt>きおく</rt></ruby>れし然らば拙者は病氣と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>して貴殿面會し給はれと云ふに伊賀亮夫は何より<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>けれども平石次右衞門と手札を出し大膳殿へ<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby><ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>たしと申せし時に大膳儀は不快ゆゑ同役山内伊賀亮御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべしと申せば宜に今となりて大膳儀<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>なれば伊賀亮御目に掛ると申す時に赤川は<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby>に<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざる者ゆゑ<ruby><rb>出會</rb><rt>いであは</rt></ruby>ぬと見えたりと貴殿の腹を<ruby><rb>見透</rb><rt>みすか</rt></ruby>さるゝ樣な物なり夫共事成就の上此伊賀亮は五萬石の<ruby><rb>大名</rb><rt>だいみやう</rt></ruby>に御取立になり貴殿は三千石の<ruby><rb>御旗本位</rb><rt>おはたもとぐらゐ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>が御承知ならば伊賀亮<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>にも計ひ對面すべしと云に<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby><ruby><rb>無道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby>の大膳是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>夫なれば某し對面し口上を承まはらん<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し返答に何と致して宜しかる<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>やと云に伊賀亮打笑ひ未だ對面もせぬ先に返答の<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>は出來ず夫こそ<ruby><rb>臨機</rb><rt>りんき</rt></ruby><ruby><rb>應變</rb><rt>おうへん</rt></ruby>と云者なり向ふの口上に因て<ruby><rb>即答</rb><rt>そくたふ</rt></ruby>あるべきなり口上を聞もせぬ内其挨拶が成べなやと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば大膳は益々氣後せし樣子に伊賀亮も<ruby><rb>見兼</rb><rt>みかね</rt></ruby>て大膳殿左程に案じ給ふならば<ruby><rb>極意</rb><rt>ごくい</rt></ruby>を<ruby><rb>教</rb><rt>をしゆ</rt></ruby>べし先平石の口上を聞て返答に<ruby><rb>差詰</rb><rt>さしつま</rt></ruby>りし時は暫く控へさせ上へ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ申して後返答致すべしとて<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ來り給へ其口上に依て返答の致し方は<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>ありと教ければ然らば對面致すべしと取次の者を<ruby><rb>呼</rb><rt>よん</rt></ruby>で次右衞門を使者の間へ通すべしと申渡せば<ruby><rb>戸村</rb><rt>とむら</rt></ruby>は中の口へ來り平石に向ひ<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>御案内</rb><rt>ごあんない</rt></ruby>申すべしと先に<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>使者の間の次へ來る時戸村は御使者には<ruby><rb>御帶劔</rb><rt>ごたいけん</rt></ruby>を御預り申さんといふ平石次右衞門<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を渡さんと思ひしが<ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し主人が八山へ參り町奉行の<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>を落すなと仰られしは<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>なりと平石は態と<ruby><rb>聲高</rb><rt>こわだか</rt></ruby>に拙者は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に參るも帶劔を致す身分なればお<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>申事は相成がたしと云に戸村は町奉行<ruby><rb>公用人衆</rb><rt>こうようにんしう</rt></ruby>は外々の公用方と御身分違候や<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>の公用方でも此處にて帶劔は御預り申候<ruby><rb>御老中方</rb><rt>ごらうぢうがた</rt></ruby>公用人の御身分は<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる物にやと問ければ御老中方の公用方は御目附代ゆゑ御直參同樣に候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へけるまた御城代公用方の御身分は如何と<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に是は中國四國九州の探題の公用方なれば<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby><ruby><rb>御直參</rb><rt>ごぢきさん</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>に候と答へける戸村<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば御城代諸司代御老中と夫々の公用人何れも帶劔を御渡し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝに町奉行の公用人のみ御渡し成れぬは御身分でも<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ候やと言ければ平石は町奉行の公用人とて<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>は違はず併し<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら赤川大膳殿には<ruby><rb>何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>の御身分にて帶劔の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>お目に懸れぬや又此處は天一坊樣の<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>近ければ帶劔のならざるや<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>大膳殿には御座の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>くより外へは御出席なされぬや拙者は只赤川殿に<ruby><rb>御目</rb><rt>おめ</rt></ruby>に懸り主人越前守の口上を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>候へば夫にて使者の役目は<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすむ</rt></ruby>事なれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>御廊下</rb><rt>ごらうか</rt></ruby>の端御玄關の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>にても<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>からず帶劔の出來る所にて御目に懸り度<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>候なり此段御伺ひ下されと申けるにぞ戸村も此<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>し大膳に右の次第を委しく<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せば大膳はいよいよ驚き<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も平石に對面は致し難しと又々伊賀亮の<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>に來り貴殿の<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりよく</rt></ruby>の通り越前守が使者と申奴は頗る<ruby><rb>秀才</rb><rt>しうさい</rt></ruby>の者と見えたり其譯は今戸村が使者の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>へ案内し帶劔を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>らんと申せしに<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の挨拶の由拙者對面しなば後々の<ruby><rb>障碍</rb><rt>さはり</rt></ruby>と成べし伊賀亮殿御太儀ながら御<ruby><rb>逢下</rb><rt>あひくだ</rt></ruby>さるべしと又餘儀もなく頼むにぞ伊賀亮も承知なし成程目の<ruby><rb>寄所</rb><rt>よるところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>とは能も申たり越前守は<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>ましと譽めながら戸村を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>使者に大膳殿は今日御上御<ruby><rb>連歌</rb><rt>れんが</rt></ruby>の御相手にて<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>の間より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ出席<ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>し同役山内伊賀亮<ruby><rb>非番</rb><rt>ひばん</rt></ruby>なれば代りて御目に懸らんと御使者の間へ通すべしと<ruby><rb>言付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>られて此趣きを平石へ申通じける平石は伊賀亮と聞て<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思へども今更詮方なく控へ居る<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て山内伊賀亮は<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の小袖に<ruby><rb>繼上下</rb><rt>つぎかみしも</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り申けるは町奉行大岡越前守公用人平石次右衞門と申は<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>なるか拙者は天一坊樣<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>山内伊賀亮なり未だ大岡には對面せねど<ruby><rb>勤役中</rb><rt>きんやくちう</rt></ruby><ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>と然も<ruby><rb>横柄</rb><rt>わうへい</rt></ruby>の言葉なり平石次右衞門は平伏し御意の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り大岡が使者平石次右衞門に候天一坊樣<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>御機嫌能く恐悦に存じ奉つり候大岡<ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>し以て申上べき處當八山は奉行支配場にて參上仕り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候間使者を以て申<ruby><rb>上奉</rb><rt>あげたてま</rt></ruby>つり候明日<ruby><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby>の<ruby><rb>上刻</rb><rt>じやうこく</rt></ruby>天一坊樣大岡役宅へ入せられ候樣申上奉つるとの<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>なり山内聞いて町奉行宅は<ruby><rb>罪人</rb><rt>ざいにん</rt></ruby><ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の出入する穢の場所なり左樣な<ruby><rb>不淨</rb><rt>ふじやう</rt></ruby>の處へ天一坊樣には<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられまじ假令御入成るとの御意ありとも此の山内に於て<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>御止め申なり此<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り大岡殿へ申されよと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>にぞ平石は案に相違しけれど<ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby>にては天一坊には御役宅へ來らじと<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め申けるは此度天一坊樣御身分<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>の儀に付ては越前守申す事は小石川<ruby><rb>御屋形</rb><rt>おやかた</rt></ruby>の御言葉と心得よとの儀にて大岡が言葉を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>かるゝは則ち上意を背くも同然の事なりと<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふにぞ山内も<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>とあれば<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からざる儀なり先づ一應伺ひの上<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>致すべし暫く<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へられよとて<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ入り<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>ありて再び出で來り次右衞門に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ町奉行大岡越前守より申上の趣き伺ひし處大岡の申す條なれども<ruby><rb>公方</rb><rt>くばう</rt></ruby>樣の上意とあれば<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも其の<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>に御出あるべしとの上意なり明日は山内にも御供を<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られたれば何れ大岡殿に對面致すべし宜しく申し傳へ給はるべしと<ruby><rb>謂捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て奧へは入たり次右衞門はホツと<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を吐き門前より駕籠を急がせお役宅さして歸りける

## 第二十七回

扨も平石次右衞門はお<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ歸り來り早速主人のまへにいづれば<ruby><rb>大岡</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の曰く次右衞門其方に申付べき事をツヒ<ruby><rb>失念</rb><rt>しつねん</rt></ruby>したり天一坊の家來に山内伊賀亮といふ器量人あり渠に逢ては<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>かりしが何人に逢しやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝにぞ次右衞門いふ私しも左樣に心づき候ゆゑ名差にて御<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>赤川大膳殿へお目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたしと申入しに赤川殿は<ruby><rb>御連歌</rb><rt>ごれんが</rt></ruby>のお相手にて御座の間より外へ出席なり<ruby><rb>難</rb><rt>がたき</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>非番の山内伊賀亮が<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>致すとて面談せしに明日<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>通り參らるべしとの儀なりと述ければ越前守大きに悦び明日は<ruby><rb>大器量人</rb><rt>たいきりやうじん</rt></ruby>の山内伊賀を越前が一言の<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に恐れ<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せんものとぞ思はれける爰に八山には次右衞門の<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りしあとにて山内は役人を招ぎ御上には<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby>文お稽古中なれば天文臺へ入せらるゝなり其<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>すべしと申付るにぞ役人は早速其用意をなし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>天文臺へは五<ruby><rb>色</rb><rt>しき</rt></ruby>の天幕を張廻し長廊下より天文臺まで<ruby><rb>猩々緋</rb><rt>しやう〲ひ</rt></ruby>を<ruby><rb>布續</rb><rt>しきつゞ</rt></ruby>ける山内は天文臺へ天文教導の役なればとて先に立ち<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>いて天一坊常樂院天忠和尚赤川大膳藤井左京の五人にて<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>けり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>臺上へのぼりて山内は四人に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ町奉行越前宅より使者を以て明日我々を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>るは多分召捕了簡と見えたりと述ければ大膳は<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し果して大事の露顯なす上は是非に及ず皆々<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>なさんといふ山内また云やう未だ二度に<ruby><rb>切拔</rb><rt>きりぬけ</rt></ruby>る事も有べし<ruby><rb>早計</rb><rt>はやまり</rt></ruby>玉ふな明日大膳殿には<ruby><rb>先驅</rb><rt>さきども</rt></ruby>なれば某しが<ruby><rb>警戒</rb><rt>いましむ</rt></ruby>べき事あり其は越前守の<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>にて必ず<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>を働くべし決して<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>し刀などに手を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>給ふな町奉行の役宅にて<ruby><rb>劍㦸</rb><rt>けんげき</rt></ruby>の沙汰に及べば<ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby>と召捕て繩を掛ん呉々も怒を愼み給へと云含め猶種々と<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>に及びし内既に<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>になりしかば山内は四方を<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と見渡し大いに驚き大膳殿品川宿の方に當り火の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>みゆ</rt></ruby>るが<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>を何とか思るゝやと問へば大膳是を見て<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>こそは<ruby><rb>縁日抔</rb><rt>えんにちなど</rt></ruby>の商人の<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>ならんといふに山内<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>打振</rb><rt>うちふり</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>に非ず<ruby><rb>夫等</rb><rt>それら</rt></ruby>の<ruby><rb>火光</rb><rt>くわくわう</rt></ruby>は<ruby><rb>人氣</rb><rt>にんき</rt></ruby><ruby><rb>和融</rb><rt>くわゆう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>とそらへ丸く<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>るべきに今彼光は棒の如く<ruby><rb>尖</rb><rt>とが</rt></ruby>りて映れり彼<ruby><rb>人氣</rb><rt>じんき</rt></ruby><ruby><rb>勇烈</rb><rt>ゆうれつ</rt></ruby>を含むの氣にて火氣と云ひ<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>我々を召捕んとて出口々々を固めたる人數の<ruby><rb>篝火</rb><rt>かゞりび</rt></ruby>なるべし此人數は凡そ千人餘ならんと<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>一方を見渡し深川新地の端より品川沖まで<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の見るは何舟なりやと問ふ大膳<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>こそ<ruby><rb>白魚</rb><rt>しらうを</rt></ruby>を<ruby><rb>漁</rb><rt>と</rt></ruby>る舟なりと云ば伊賀亮大に打笑ひ那燈火も矢張我々を召捕ん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>舟手</rb><rt>ふなて</rt></ruby>にて<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めたる火光にして其間に<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>く<ruby><rb>見</rb><rt>みゆ</rt></ruby>る火光こそ全くの漁船なり<ruby><rb>海陸</rb><rt>かいりく</rt></ruby>とも斯の如く手配せしは越前が我々を召捕べき<ruby><rb>手筈</rb><rt>てはず</rt></ruby>と見えたりと聞て四人は色を失ひ各々顏を見合て<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば今宵の内に皆々自殺なさんと云ば伊賀亮<ruby><rb>推止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め未だ驚くには及ばず明日こそは器量人の越前を此伊賀が<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>させて見すべければ呉々も大膳殿<ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby>は怒を發し給ふなと戒め夫より<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>の支度にぞ掛りける<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>其夜も明て卯の上刻となれば赤川大膳<ruby><rb>先驅</rb><rt>さきども</rt></ruby>として徒士四人先箱二ツ<ruby><rb>鳥毛</rb><rt>とりげ</rt></ruby>の一本道具を駕籠の先へ<ruby><rb>推立</rb><rt>おしたて</rt></ruby><ruby><rb>長棒</rb><rt>ながぼう</rt></ruby>の駕籠に<ruby><rb>陸</rb><rt>ろく</rt></ruby>尺八人侍ひ六人<ruby><rb>跡箱</rb><rt>あとばこ</rt></ruby>二ツ引馬一疋長柄草履取合羽等にて數寄屋橋内町奉行の<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ來り門前にて駕籠を<ruby><rb>下</rb><rt>おろし</rt></ruby><ruby><rb>表門</rb><rt>おもてもん</rt></ruby>へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る此時大膳は<ruby><rb>熨斗</rb><rt>のし</rt></ruby>目麻上下なり<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>にして若黨<ruby><rb>潜門</rb><rt>くゞりもん</rt></ruby>へ廻り徳川天一坊樣の先驅赤川大膳なり<ruby><rb>開門</rb><rt>かいもん</rt></ruby>せられよと云に門番は<ruby><rb>坐睡</rb><rt>ゐねむり</rt></ruby>し乍ら<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>赤川大膳ぢやと天一坊は越前守が<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を受る身分なり其家來に開門は成ぬ潜より這入べし<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ば<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>に及ぞと云に大膳<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と聞て伊賀亮が戒めしは爰なりと思ひ大膳一人潜より入り家來は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこら</rt></ruby>ず門外に殘し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>玄關へかゝれば取次として平石次右衞門<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>りて大膳を伴うて<ruby><rb>間毎々々</rb><rt>まごと〱</rt></ruby>を<ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby><ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>お</rt></ruby>り向の物置部屋へ案内したり爰には數十人の<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby><ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby><ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をなし言語同斷の無禮を働くにぞ大膳は元來<ruby><rb>短氣</rb><rt>たんき</rt></ruby>の性質なれば<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby><ruby><rb>骨髓</rb><rt>こつずゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>徹</rb><rt>てつ</rt></ruby>すれども伊賀亮が戒めしは<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんど</rt></ruby>を<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ居たりける斯て八山の天一坊が行列には眞先に葵の紋を染出せし<ruby><rb>萌黄純子</rb><rt>もえぎどんす</rt></ruby>の<ruby><rb>油箪</rb><rt>ゆたん</rt></ruby>を掛たる長持二<ruby><rb>棹</rb><rt>さを</rt></ruby>黒羽織の<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>八人<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>預り役は熨斗目麻上下の侍ひ一人其跡は<ruby><rb>金葵</rb><rt>きんあふひ</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>たる<ruby><rb>栗色</rb><rt>くりいろ</rt></ruby>の先箱には紫の化粧紐を掛雁行に并べ絹羽織の<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>十人<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>三人に并び黒天鵞絨へ金葵の紋を<ruby><rb>縫出</rb><rt>ぬひいだ</rt></ruby>せし袋を掛たる長柄は金の葵<ruby><rb>唐草</rb><rt>からくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>高蒔繪</rb><rt>たかまきゑ</rt></ruby>にて紫縮緬の服紗にて熨斗目麻上下の侍ひ持行同じ出立の<ruby><rb>手代</rb><rt>てがはり</rt></ruby>一人<ruby><rb>引添</rb><rt>ひきそひ</rt></ruby>たり又麻上下にて<ruby><rb>股立</rb><rt>もゝだち</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>たる侍ひ十人宛二行に並ぶ次に<ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞ</rt></ruby>ら熨斗目に<ruby><rb>紅裏</rb><rt>こううら</rt></ruby>の小袖麻上下にて股立取たるは<ruby><rb>何阿彌</rb><rt>なにあみ</rt></ruby>とかいふ<ruby><rb>同朋</rb><rt>どうぼう</rt></ruby>なりさて天一坊は飴色網代の<ruby><rb>蹴出付</rb><rt>けだしつき</rt></ruby><ruby><rb>黒棒</rb><rt>くろぼう</rt></ruby>の乘物にて駕籠脇十四人熨斗目麻上下にて股立とり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>沓臺持</rb><rt>くつだいもち</rt></ruby>一人黒塗に金紋付の跡箱紫きの化粧紐を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>の上下には<ruby><rb>朱</rb><rt>しゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>爪折傘</rb><rt>つまをりがさ</rt></ruby>二本を<ruby><rb>指掛</rb><rt>さしかけ</rt></ruby><ruby><rb>簑箱</rb><rt>みのばこ</rt></ruby>一ツ虎皮の鞍覆たる引馬一疋<ruby><rb>豹</rb><rt>へう</rt></ruby>の皮の鞍覆たる馬一疋<ruby><rb>黒天鵞絨</rb><rt>くろびろうど</rt></ruby>に白く葵の紋を切付たる鞍覆馬一疋<ruby><rb>供鎗</rb><rt>ともやり</rt></ruby>三十本其餘兩掛合羽駕籠茶瓶等なり<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て常樂院天忠和尚四人徒士にて金十六<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>の紋を附たる先箱二ツ打物を持せ朱網代の乘物にて<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>六人駕籠脇の侍ひ四人<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>箱貳ツ何も紫きの化粧紐を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たり黒羅紗の袋を掛たる爪折傘に草履取合羽籠等なり<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞい</rt></ruby>て藤井左京も四人徒士にて長棒の駕籠に<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby><ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>四人黒叩き十<ruby><rb>文字</rb><rt>もんじ</rt></ruby><ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>を持せ長柄傘草履取合羽駕籠等なり少し<ruby><rb>後</rb><rt>おくれ</rt></ruby>て山内伊賀亮は<ruby><rb>白摘毛</rb><rt>しろつみげ</rt></ruby>の鎗を眞先に<ruby><rb>押立</rb><rt>おしたて</rt></ruby><ruby><rb>大縮</rb><rt>おほちゞ</rt></ruby>ら熨斗目麻上下にて馬上なり尤も若黨四人長柄草履取合羽駕籠等<ruby><rb>相添</rb><rt>あひそ</rt></ruby>へ右の同勢にて八山を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に〱と呼り數寄屋橋を指て<ruby><rb>練來</rb><rt>ぬひきた</rt></ruby>るしかるに往來の横々は木戸を<ruby><rb>〆切</rb><rt>しめきり</rt></ruby>町内の自身番屋には鳶の者火事裝束にて<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>たり程なく<ruby><rb>惣人數</rb><rt>そうにんず</rt></ruby>は數寄屋橋御門へ來しに見附は常よりも<ruby><rb>警固</rb><rt>かため</rt></ruby>の人數多く既に天一坊の<ruby><rb>同勢</rb><rt>どうぜい</rt></ruby><ruby><rb>見附</rb><rt>みつけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ば門を<ruby><rb>〆切</rb><rt>しめきり</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を相￼に外廓の見附は何も<ruby><rb>〆切</rb><rt>しめきり</rt></ruby>たり斯て越前守の役宅へ近付ければ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>天一坊樣<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられたり開門せよと呼れば此日は<ruby><rb>池田</rb><rt>いけだ</rt></ruby>大助門番を勤め何天一坊が<ruby><rb>參</rb><rt>まゐり</rt></ruby>しとや天一坊は越前守が吟味を受る<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>開門は<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ず潜りより這入れと云に徒士等之を聞て<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し其旨供頭の伊賀亮へ告ければ伊賀亮は天一坊の<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>の側へ來り奉行越前は將軍の<ruby><rb>御名代</rb><rt>ごみやうだい</rt></ruby>なれば開門致さぬとの事潜より御通り<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべく存じ候と申ければ天一坊は父君の名代と<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば是非に及ばず潜りより通る可と云ひて乘物を<ruby><rb>下</rb><rt>おり</rt></ruby><ruby><rb>沓</rb><rt>くつ</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby>て立出ける其衣服は葵の紋を織出したる<ruby><rb>白綾</rb><rt>しろあや</rt></ruby>の小袖を着用し其下に<ruby><rb>柿色</rb><rt>かきいろ</rt></ruby>綾の小袖五ツを重ね紫きの<ruby><rb>丸帶</rb><rt>まるぐけ</rt></ruby>を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>古金襴の法眼袴を穿ち上には<ruby><rb>顯文紗</rb><rt>けんもんしや</rt></ruby>十徳を着用し手に金の<ruby><rb>中啓</rb><rt>ちうけい</rt></ruby>を持頭は<ruby><rb>惣髮</rb><rt>そうはつ</rt></ruby>の<ruby><rb>撫附</rb><rt>なでつけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>威風</rb><rt>ゐふう</rt></ruby>近傍を拂つて<ruby><rb>徐々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と進み行く續いて<ruby><rb>常樂</rb><rt>じやうらく</rt></ruby>院天忠和尚は紫きの<ruby><rb>直綴</rb><rt>ぢきとぢ</rt></ruby>を纏ひ<ruby><rb>蜀紅錦</rb><rt>しよくこうにしき</rt></ruby>の袈裟を掛けて手に水晶の念珠を<ruby><rb>爪繰</rb><rt>つまぐり</rt></ruby>たり其の跡は藤井左京麻上下にて續いて山内伊賀亮は上下なり四人の者潛りより入りて玄關式臺の眞中を<ruby><rb>悠然</rb><rt>いうぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>歩</rb><rt>あゆ</rt></ruby>み<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く門内には與力同心の數人スハと云へば<ruby><rb>搦</rb><rt>から</rt></ruby>め<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>んと控へたり

## 第二十八回

既にして天一坊玄關へ來ければ<ruby><rb>取次案内</rb><rt>とりつぎあんない</rt></ruby>として平石次右衞門<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ平伏し先に立て案内す天一坊は<ruby><rb>沓</rb><rt>くつ</rt></ruby>の儘にて次右衞門に<ruby><rb>伴</rb><rt>つれ</rt></ruby>られ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>に常樂院は天一坊の<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ沓を脱ざるを見て其の前へ走寄り沓へ手を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>ければ天一坊は常樂院を見るに<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>沓</rb><rt>くつ</rt></ruby>を脱たりまた後を振返り伊賀亮左京をも<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>に何も<ruby><rb>履物</rb><rt>はきもの</rt></ruby>を穿ざれば天一坊も沓を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬぎ</rt></ruby>捨ける夫より案内に從ひ行き遙か向を見れば一段高き<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>を設け其上に越前守<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby><ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>に向ふ矢車の定紋を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>上下にて控へ左右に召捕手の役人<ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>並び居るにぞ如何なれば大坂<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>を始京都所司代御老中の役宅にても<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>を上座に据ゑしに越前守のみは自ら高き處に<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>なすやと不審に思ひつゝ立止れば此時越前守には先達て伊豆守殿<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>にては間も隔し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>見違もやせんと思ひしが今天一坊の<ruby><rb>面貌</rb><rt>めんばう</rt></ruby><ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>るに聊か相違なければ彌々僞物に紛なしと見<ruby><rb>究</rb><rt>きはめ</rt></ruby>しも未だ確なる證據なき故<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>ること叶はず如何にせんと思ひしが屹度して大音に天一坊下に居れ<ruby><rb>此賣主</rb><rt>このばいす</rt></ruby><ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>餘人は欺くとも此越前を欺かんとは<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なりと<ruby><rb>叱付</rb><rt>しかりつけ</rt></ruby>れば天一坊は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>くわんじ</rt></ruby>と打笑ひ越前は<ruby><rb>逆上</rb><rt>ぎやくじやう</rt></ruby>せしと見えたり此頃まで三百俵の知行なりしが三千石の<ruby><rb>高祿</rb><rt>かうろく</rt></ruby>になり當時町奉行を勤め人々<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>すればとて慢心増長なせしか<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が答を爲ば不便や其方切腹せねば成まじ<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>聞流</rb><rt>きゝながし</rt></ruby>にして遣さんに篤と<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>すべしとて悠然と控へければ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て常樂院を始め皆々着座なす時に常樂院天忠<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>進出越前守殿には只今上に對し賣主坊主<ruby><rb>僞物</rb><rt>にせもの</rt></ruby>なりとの過言を出さるゝは何故なるぞ<ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby>京都及び老中の役宅に於て<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby>の落胤に相違なしと<ruby><rb>確認</rb><rt>みきわめ</rt></ruby>の附しを足下のみ左樣に云るゝは<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なりと云に越前守<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>大坂御城代<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に御老中迄將軍の落胤なりと申さるも此越前が目には僞物に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと思はるゝといふ常樂院<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふやう夫は越前守殿の上を委く承知なされぬ故なり<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>に知ぬ事は疑心の發るもの然ば<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby>が<ruby><rb>詳細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>認めて御目に掛んと筆を<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し佐州相川郡尾島村淨覺院門前に<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>に成せられしを此天忠拾ひ上參らせ<ruby><rb>御養育</rb><rt>ごやういく</rt></ruby>なし奉りしが其後天忠美濃國各務郡谷汲郷長洞山常樂院法華寺へ<ruby><rb>轉住</rb><rt>てんぢう</rt></ruby>すれば御成長の地は美濃國なりと認め差出すに越前守は是を<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>再三</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見終り如何にも斯樣に委しき證據あれば<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>は知たりと云つゝ又熟々思案するに斯る事に<ruby><rb>繋</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り居ては面倒なり山内めを<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し渠を恐入らせんとて大音に御城代所司代并に御老中の役宅にて<ruby><rb>喋々</rb><rt>べら〱</rt></ruby>と<ruby><rb>饒舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>し者は此席に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>や<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>よ吟味の筋ありと呼はれば山内は最前より<ruby><rb>餘人</rb><rt>よにん</rt></ruby>に尋んより我に問ば我一言の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>に越前を<ruby><rb>屈服</rb><rt>くつぷく</rt></ruby>させんと<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>處なれば今此言を聞て進み出京都大坂并に<ruby><rb>老中</rb><rt>らうぢう</rt></ruby>の役宅にて<ruby><rb>取切</rb><rt>とりきつ</rt></ruby>て應答せしは拙者なりと云にぞ越前守は<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>なるか然ば手札を出すべしと云ふに山内<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より手札を差出す越前守は手に<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>克々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見て其方の名前は山内伊賀亮かと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられしに如何にも左樣なりと答ふ越前守<ruby><rb>推返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して伊賀亮なりやと問ひ扨改めて伊賀亮といふ<ruby><rb>文字</rb><rt>もじ</rt></ruby>は其方心得て附たるや又心得ずして附たるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに山内その儀如何にも心得あつて<ruby><rb>附</rb><rt>つけ</rt></ruby>し文字なりと答ふ越前守また心得有て附たりと有ば尋る仔細あり<ruby><rb>此亮</rb><rt>このすけ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>文字は則ち守といふ字にて取も<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>さず其方の名前は山内伊賀守なり天一坊の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>にて何を以て守を<ruby><rb>名乘</rb><rt>なの</rt></ruby>るやと咎むれば山内答へて越前守殿よく聞かれよ此の山内の身分は浪人は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろ</rt></ruby>か如何に<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>するとも正四位上中將の官は身に備りたりと云ふにぞ越前守は大音聲に<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ山内其方以前は九<ruby><rb>條家</rb><rt>でうけ</rt></ruby>の家來と<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば正四位上中將の官爵も有べけれど退身すれば官位は<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>おかねば成ぬ筈なり然るを今天一坊の<ruby><rb>家來也</rb><rt>けらいなり</rt></ruby>とて正四位上中將の<ruby><rb>官位</rb><rt>くわんゐ</rt></ruby>にて山内伊賀亮と名乘は不屆なりと叱り付れば山内から〱と<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ越前守殿には承知なき故疑ひ有も<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり此伊賀亮の身分に正四位上中將の<ruby><rb>備</rb><rt>そなは</rt></ruby>りある次第を咄さん拙者は九條家の家來なり一體公家方は官位高く<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby><ruby><rb>卑</rb><rt>ひく</rt></ruby>きもの故に聊か役に<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby><ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば諸家方より臨時お雇ひに預る事あり拙者九條家に<ruby><rb>在勤中</rb><rt>ざいきんちう</rt></ruby>は北の<ruby><rb>御門</rb><rt>みかど</rt></ruby>へ<ruby><rb>御笏代</rb><rt>おしやくがは</rt></ruby>りに雇れ參りし事折々なり此<ruby><rb>北</rb><rt>きた</rt></ruby>の<ruby><rb>御門</rb><rt>みかど</rt></ruby>とは四親王の家柄にて有栖川宮<ruby><rb>桂宮</rb><rt>かつらのみや</rt></ruby><ruby><rb>閑院宮</rb><rt>かんゐんのみや</rt></ruby><ruby><rb>伏見宮</rb><rt>ふしみのみや</rt></ruby>を四親王と稱す當時は伏見宮を<ruby><rb>除</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き三親王なり此伏見宮を稱して北の<ruby><rb>御門</rb><rt>みかど</rt></ruby>と云其譯は天子に御世繼の<ruby><rb>太子</rb><rt>たいし</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>ましま</rt></ruby>さぬ時は北の御門御夫婦<ruby><rb>禁庭</rb><rt>きんてい</rt></ruby>へ入る宮樣御降誕あれば復たび北の御門へ御歸りあるなり扨御門の御笏代を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとむ</rt></ruby>る事は正四位上中將の官ならでは<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>はず其時には假官をなし大納言と爲るなり扨御笏代りとは北の御門參殿の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>笏</rb><rt>しやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>禁中</rb><rt>きんちう</rt></ruby>の間毎々々に垂ある<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>を揚て通行在せらることにて恐れ多くも<ruby><rb>龍顏</rb><rt>りうがん</rt></ruby>を拜し玉ふ時は此笏を<ruby><rb>持事</rb><rt>もつこと</rt></ruby>の叶はぬ故御笏代りとて<ruby><rb>御裾</rb><rt>おすそ</rt></ruby>の後に笏を持ち控居て<ruby><rb>餘所乍</rb><rt>よそなが</rt></ruby>ら<ruby><rb>玉體</rb><rt>ぎよくたい</rt></ruby>を拜するを<ruby><rb>得者</rb><rt>うるもの</rt></ruby>なり拙者先年多病にて勤仕なり難きゆゑ九條家を退身の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>北の御門へ<ruby><rb>奏聞</rb><rt>そうもん</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>しに御門は<ruby><rb>御略體</rb><rt>ごりやくたい</rt></ruby>にてお目通りへ召れ山内其の方は予が<ruby><rb>笏代</rb><rt>しやくがは</rt></ruby>りをも勤め龍顏をも拜せし者なれば<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>九條家を退身し<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>の果へ行も存命中は正四位上中將の官より下らず死後の<ruby><rb>贈官</rb><rt>ぞうくわん</rt></ruby>正二位大納言たる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>との尊命を蒙むれば山内此末非人<ruby><rb>乞食</rb><rt>こつじき</rt></ruby>と成果るも官位は身に備れば伊賀亮の亮の字も心得て用ひ候<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>滔々</rb><rt>たう〱</rt></ruby>と水の流る如くに<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ流石の越前守も言葉なく<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>控られしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て山内に向かひ其方の身分委く聞ば尤もなり併し天一は<ruby><rb>似物</rb><rt>にせもの</rt></ruby>に相違なければ召捕<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>といふに<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby><ruby><rb>容</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め越前守殿何故に天一樣を<ruby><rb>似者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と云るゝやと尋ければ越前守<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば似者に相違なきは此度將軍へ伺ひしに<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>も<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>なしとの御事なれば天一は似者に紛なしと云ふなりと山内是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>將軍には覺なしとの御意合點參ず正く徳太郎信房公お<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>と墨附及びお證據のお<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>あり又天一樣には將軍の御落胤に相違なきは其御<ruby><rb>面部</rb><rt>めんぶ</rt></ruby>の<ruby><rb>瓜</rb><rt>うり</rt></ruby>を<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>たるが如きのみか御<ruby><rb>音聲迄</rb><rt>おんじやうまで</rt></ruby>も其儘なり<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>御親子に相違なき證據ならずや今一應將軍へ御<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ下されたし<ruby><rb>克々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>御<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>遊ばされなば屹度御覺有べしと述れば越前守は大音に伊賀亮<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ天一坊の面體よく將軍御<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>の御面部に似しのみならず音聲まで其の儘とは<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り者め其方紀州家の浪人ならばいざ知ず九條家の<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>にて將軍の御音聲を知べき筈なしと<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>められしに山内は<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>あざわらひ</rt></ruby>御面部また御音聲まで<ruby><rb>似奉</rb><rt>にたてまつ</rt></ruby>る事お咄し申さんに紀州大納言光貞公の御<ruby><rb>簾中</rb><rt>れんぢう</rt></ruby>は九條前關白太政大臣の<ruby><rb>姫君</rb><rt>ひめぎみ</rt></ruby>にてお高の方と申し其お腹に<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじやう</rt></ruby>まし〱しは則ち當時將軍吉宗公なり御幼名を徳太郎信房君と申せし<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>拙者は虎伏山竹垣城へ九條殿下の<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>にて參りお<ruby><rb>手習</rb><rt>てならひ</rt></ruby><ruby><rb>和學</rb><rt>わがく</rt></ruby>の御教導をも爲し故御面部は勿論御音聲までも<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せばこそ將軍の公達に相違なしとは云しなり如何に越前守<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>お疑ひは晴しやと<ruby><rb>言詰</rb><rt>いひつめ</rt></ruby>るに越前守は亦た<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>なく何を以て此の山内を言ひ伏んやと暫し工夫を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>して居られける

## 第二十九回

扨も大岡越前守は<ruby><rb>再度</rb><rt>さいど</rt></ruby>まで山内に言ひ伏られ無念に思へども詮方なく<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>思案ありけるが屹度天一坊の乘物に心付き<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby>に悦こび此度こそは<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>させんと山内に打對ひ天一坊は將軍の<ruby><rb>公達</rb><rt>きんだち</rt></ruby>ならば官位は何程なるやと問ふに山内<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>の官なれば宰相が當然なりと答ふ越前守又<ruby><rb>宰相</rb><rt>さいしやう</rt></ruby>は東叡山の宮樣と何程の相違ありやと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ふに山内宮樣は一<ruby><rb>品親王</rb><rt>ほんしんわう</rt></ruby>なり夫一品の御位は官外にして日本國中三人ならではなし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>天子</rb><rt>てんし</rt></ruby>の御隱居遊されしを<ruby><rb>仙洞御所</rb><rt>せんどうごしよ</rt></ruby>と稱し一品親王なり又天子御<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>の太子を<ruby><rb>東宮</rb><rt>とうぐう</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>是又一品親王なり又東叡山の宮樣は一<ruby><rb>品准后</rb><rt>ほんじゆんこう</rt></ruby>にして准后とは天子の<ruby><rb>后</rb><rt>きさき</rt></ruby>に<ruby><rb>准</rb><rt>じゆん</rt></ruby>ずる故に准后の宮樣とは云なり然ば宮樣の<ruby><rb>御沓</rb><rt>おくつ</rt></ruby>を取者の<ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby>さへ左大臣右大臣ならでは<ruby><rb>取事</rb><rt>とること</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かなは</rt></ruby>ざれば御登城には御沓取なくお<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>を玄關へ<ruby><rb>横付</rb><rt>よこづけ</rt></ruby>にせられ<ruby><rb>西湖</rb><rt>せいこ</rt></ruby>の間にて將軍に御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby>あらばお沓はお用ひなし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に宮樣と宰相とは<ruby><rb>主從</rb><rt>しゆじう</rt></ruby>の如くなれど今少し官位の<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んかと答へらる越前守是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ然らば天一坊を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとれ</rt></ruby>といふ山内また何故に天一坊を召捕と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>はるゝやと云せもあへず越前守大音に<ruby><rb>飴色</rb><rt>あめいろ</rt></ruby><ruby><rb>網代</rb><rt>あじろ</rt></ruby><ruby><rb>蹴出</rb><rt>けだし</rt></ruby><ruby><rb>黒棒</rb><rt>くろぼう</rt></ruby>は勿體なくも日本<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>しと雖も東叡山御門主に限るなり然程に官位の相違する天一坊が<ruby><rb>宮樣</rb><rt>みやさま</rt></ruby>に<ruby><rb>齊</rb><rt>ひとし</rt></ruby>き乘物に乘しは不屆なれば召捕と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>しなり此の時山内から〱と打笑ひ越前守殿左樣に<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>るゝなら尋ぬるには及ばず又知ざれば尋ねらるゝ事もなき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり今ま山内が<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて飴色網代のお<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>申さんに先將軍の官職より<ruby><rb>解出</rb><rt>ときいだ</rt></ruby>さゞれば<ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>し難し抑々將軍に三の官ありしは<ruby><rb>征夷</rb><rt>せいい</rt></ruby>大將軍とて二百十餘の大名へ官職を<ruby><rb>取次給</rb><rt>とりつぎたま</rt></ruby>ふの官なり尤も小石川御館のみは<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に京都より官職を受るなり二は<ruby><rb>淳和院</rb><rt>じゆんなゐん</rt></ruby>とて日本國中の武家を支配する官なり三は<ruby><rb>奬學院</rb><rt>しやうがくゐん</rt></ruby>とて<ruby><rb>總公家</rb><rt>そうくげ</rt></ruby>を支配する官職なり然れど江戸にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>京都の公家を支配する<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は天子若關東を<ruby><rb>￼</rb><rt>はから</rt></ruby>せらるゝ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ては徳川の天下永く續き難き故東照神君の<ruby><rb>深慮</rb><rt>しんりよ</rt></ruby>を以て比叡山を江戸へ移し鬼門除に致したしと<ruby><rb>奏聞</rb><rt>そうもん</rt></ruby>ありしが許されず二代の將軍秀忠公へ此事を<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>せられしに秀忠公も亦深慮を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐら</rt></ruby>され京都へ御縁組遊ばし其上にて事を<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>はんと姫君お福の方を<ruby><rb>後水尾院</rb><rt>ごみづのをゐん</rt></ruby>の皇后に奉つらる之を<ruby><rb>東福門院</rb><rt>とうふくもんゐん</rt></ruby>と稱し奉つり此御腹に二方の太子御降誕まし〱ける<ruby><rb>其末</rb><rt>そのすゑ</rt></ruby>の太子を關東へ申降し給ひ比叡山<ruby><rb>延暦寺</rb><rt>えんりやくじ</rt></ruby>を關東へ移し東叡山寛永寺を建立す<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>宮樣</rb><rt>みやさま</rt></ruby>の始めにて一品准后の宮と稱し奉つり天子御<ruby><rb>東伐</rb><rt>とうばつ</rt></ruby>ある時は宮樣を天子として<ruby><rb>御綸旨</rb><rt>ごりんし</rt></ruby>を受る爲なり然ども天子には<ruby><rb>三種</rb><rt>みくさ</rt></ruby>の神器あり此中何れにても<ruby><rb>闕</rb><rt>かけ</rt></ruby>れば御綸旨を出す事能はざるなり故に三代將軍家光公武運長久を<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>る爲と奏聞有て<ruby><rb>草薙</rb><rt>くさなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>寶劔</rb><rt>はうけん</rt></ruby>を<ruby><rb>降借</rb><rt>かうしやく</rt></ruby>せられ其後返上なく東叡山に納たり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>寶</rb><rt>たから</rt></ruby>は一所に在ては寶成ず故に慈眼大師の<ruby><rb>御遷座</rb><rt>ごせんざ</rt></ruby>と唱へ毎月<ruby><rb>晦日</rb><rt>つごもり</rt></ruby>に三十六院を廻るは即ち此寶劔の事なり尤も大切の<ruby><rb>寶物</rb><rt>はうもつ</rt></ruby>ゆゑ闇の夜ならでは<ruby><rb>持歩行</rb><rt>もちあるく</rt></ruby>事ならず依て月の晦日は闇なれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>にても燈火照して御遷座あるは此譯<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>斯く如く宮樣の<ruby><rb>御身分</rb><rt>おみぶん</rt></ruby>は今にも天子に成せ給ふや<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>御一生御門主にて在せらるゝや定めなき御身の上なればお<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>の中を<ruby><rb>朱塗</rb><rt>しゆぬり</rt></ruby>になし其上に<ruby><rb>黒漆</rb><rt>くろうるし</rt></ruby>を掛るは是日輪の光りに簇雲の覆し容を<ruby><rb>表</rb><rt>あらは</rt></ruby>したるにて是を飴色網代蹴出黄棒の乘物といふ<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>天一坊樣の御身も<ruby><rb>御親子</rb><rt>ごしんし</rt></ruby><ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>の上は西丸へ直らせらるゝや又御三<ruby><rb>家格</rb><rt>けかく</rt></ruby>なるや<ruby><rb>將</rb><rt>はた</rt></ruby>會津家越前家同樣なるや抑々御譜代並の大名に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>せ給ふや定めなき御身分ゆゑ<ruby><rb>朱塗</rb><rt>しゆぬり</rt></ruby>の上に黒漆を掛て飴色網代に<ruby><rb>仕立</rb><rt>したて</rt></ruby>しは此伊賀亮が計ひなり如何に越前守此儀<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>かるべきやと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>れば越前守は言葉なく無念に<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>へども理の當然なれば齒を<ruby><rb>切齒</rb><rt>くひしば</rt></ruby>りて控へられしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>ありて然ば證據の御品拜見せんと云ふに山内は天一坊に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ奉行越前御證據の<ruby><rb>御品</rb><rt>おんしな</rt></ruby>拜見願ひ奉つると<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひければ天一坊は奉行越前へ拜見<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すと云ふ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て藤井左京長持の錠を開て二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を取出し越前守の前に出す越前守は<ruby><rb>覆面</rb><rt>ふくめん</rt></ruby>もせず先墨附を拜見するに將軍の直筆に相違なく亦短刀を拜見するに<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひもなき天下三品の短刀にて<ruby><rb>縁頭</rb><rt>ふちがしら</rt></ruby>は<ruby><rb>赤銅斜子</rb><rt>しやくどうなゝこ</rt></ruby>に金葵の紋散し目貫は金無垢の三疋の<ruby><rb>狂獅子</rb><rt>くるひじし</rt></ruby><ruby><rb>作</rb><rt>さく</rt></ruby>は後藤<ruby><rb>祐乘</rb><rt>いうじよう</rt></ruby>にて鍔は金の食出し鞘に金梨子地に葵の紋散し中身は一尺七寸銘は志津三郎<ruby><rb>兼氏</rb><rt>かねうぢ</rt></ruby>なり是は東照神君が<ruby><rb>久能山</rb><rt>くのうざん</rt></ruby>に於て御十一男紀州大納言常陸介頼宣卿へ下されし物なり又同じ<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へにて備前三郎<ruby><rb>信國</rb><rt>のぶくに</rt></ruby>の短刀は御十男尾張大納言義直卿へ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>同じ拵へにて左兵衞左文字御<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>は御十二男水戸中納言左衞門尉頼房卿に<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたり是を天下三品の御短刀と稱す斯て越前守は<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>し終りて<ruby><rb>故</rb><rt>もと</rt></ruby>へ收め俄に高き床より飛下低頭平身して<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き御證據ある上は疑ひもなく將軍の<ruby><rb>御息男</rb><rt>ごそくなん</rt></ruby>に相違有ましく越前<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>とは<ruby><rb>申乍</rb><rt>まをしなが</rt></ruby>ら上へ對し無禮過言を働き恐れ入り奉つる何卒<ruby><rb>彼方</rb><rt>あれ</rt></ruby>へ入らせらるゝ樣にと<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を明れば上段に錦の<ruby><rb>褥</rb><rt>しとね</rt></ruby>を敷前には簾を垂て天一坊が座を設たり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て赤川大膳をも<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>來り簾の左右には伊賀亮常樂院其<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>には大膳藤井左京等並居る此時越前守は<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か末座に<ruby><rb>跪</rb><rt>ひざま</rt></ruby>づきてお取次を以て<ruby><rb>申上</rb><rt>まをしあげ</rt></ruby>奉つる役儀とは申乍ら上へ對し無禮過言の段恐れ入り奉つる是に依て越前<ruby><rb>差控</rb><rt>さしひか</rt></ruby>へ餘人を以て吉日<ruby><rb>良辰</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>を撰み御親子御對顏の御式を取計ひ申べくと云ければ伊賀亮此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>に及ぶ簾の中より天一坊は越前目通り<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すとの言にて簾をきり〱と<ruby><rb>卷上</rb><rt>まきあげ</rt></ruby>天一坊堂々と越前守に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ越前予に對し無禮過言せしは<ruby><rb>父上</rb><rt>ちゝうへ</rt></ruby>の御爲を思ひてなれば<ruby><rb>差控</rb><rt>さしひか</rt></ruby>へには及ばず越前とても予が家來なり是迄の<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>は許すといひ又越前<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も疾く父上に對面の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ふべしと有ば越前守は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入て有難き上意を蒙り<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby>に存し奉つる近々御對顏の儀取計ひ申べければ<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>れまでは八山御旅館に<ruby><rb>御休息</rb><rt>ごきうそく</rt></ruby>ある樣願ひ奉つると云へば山内も越前殿呉々も<ruby><rb>取急</rb><rt>とりいそ</rt></ruby>ぎて御親子御對顔の儀<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み入と云に越前守には何れにも<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>の内取計らひ申べしと<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>に及れける是より<ruby><rb>歸館</rb><rt>きくわん</rt></ruby>を<ruby><rb>觸出</rb><rt>ふれだ</rt></ruby>して天一坊は直樣敷臺より<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>にて立出れば越前守は<ruby><rb>徒跣</rb><rt>はだし</rt></ruby>にて<ruby><rb>門際</rb><rt>もんぎは</rt></ruby>まで出て平伏す<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し戸を引ば天一坊は越前<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>かと云に越前守ハツと御<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>を致されたり斯て天一坊の<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby><ruby><rb>熾盛</rb><rt>さかん</rt></ruby>に下に〱と呼りつゝ芝八山の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>を指て歸りける此時大岡越前守には八山の方を<ruby><rb>睨付</rb><rt>にらみつけ</rt></ruby>て<ruby><rb>云</rb><rt>うん</rt></ruby>と計り氣絶せしかば公用人を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め家來等驚いて打寄氣付藥を口へ吹込顏に水を<ruby><rb>灌</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎなどしければ漸々にして我に<ruby><rb>復</rb><rt>かへ</rt></ruby>りホツと<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>乍ら今日こそは伊賀亮を閉口させんと思ひしに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が器量の<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れしに却つて予が閉口したれば餘り殘念さに<ruby><rb>氣絶</rb><rt>きぜつ</rt></ruby>したりと切齒をなして<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどほ</rt></ruby>られしも<ruby><rb>道理</rb><rt>ことわり</rt></ruby>なる次第なり

## 第卅回

<ruby><rb>去程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に大岡越前守は今日<ruby><rb>社</rb><rt>こそ</rt></ruby>は山内伊賀亮を恐入せ天一坊始め<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>んものをと手當にまで及びしが思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>越前守は言伏られ返答にさへ<ruby><rb>差閊</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へたれば一先恐入て天一坊に<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>させ自ら病氣と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>し其内に紀州表を<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>んものと池田大助を呼で御月番の御老中へ<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>の御屆けを差出させ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>平石</rb><rt>ひらいし</rt></ruby>次右衞門を呼で八山へ使者に遣しける八山にては天一坊を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め常樂院藤井左京等打寄て越前を恐入せし上は外に<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ふ物なし近々の内には大岡の<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひにて御對顏あるに相違なし事大方<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せりと悦びけるが山内は少しも悦ぶ色なく鬱々とせし<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なれば大膳は山内に打ち向ひ今日町奉行越前を<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいら</rt></ruby>せしからは近日事の成就せんと皆々悦ぶ其中に<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>一人<ruby><rb>愁</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひ給ふは如何成仔細に候やと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねければ山内は<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>各々方には今日越前が恐入しを見て實に<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby><ruby><rb>屈伏</rb><rt>くつぷく</rt></ruby>したりと思はるゝならんが此伊賀亮が<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふには今日大岡が恐れ入りしは<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りにて多分病氣を申立引籠るべし其内に紀州表を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>ぶるは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>越前が恐入しは此伊賀亮が爲に一<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>なりと云に大膳始め皆々<ruby><rb>驚愕</rb><rt>おどろき</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば大岡が恐入しは僞りなるか此後は如何して<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らん<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby><ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じけるに山内笑ひて大岡手を變へて事を<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>ば我又其<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>をかく<ruby><rb>詮方</rb><rt>てだて</rt></ruby>ありと皆々に物語る處へ取次<ruby><rb>戸村</rb><rt>とむら</rt></ruby><ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>り只今町奉行方より平石次右衞門<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>に參り口上の趣きには天一坊樣御歸り後大岡<ruby><rb>氣脱</rb><rt>きぬけ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候や<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>さし起り候に付今日より<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこもり</rt></ruby>候との由なりと云ふに山内是を聞て<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ只今申通り我々を召捕了簡と相<ruby><rb>見</rb><rt>みえ</rt></ruby>たりと云へば皆々山内が<ruby><rb>明察</rb><rt>めいさつ</rt></ruby>を感じて<ruby><rb>止</rb><rt>やま</rt></ruby>ざりしと扨も越前守は若黨草履取を<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>に連紀州の上屋敷へ到り<ruby><rb>門番所</rb><rt>もんばんしよ</rt></ruby>にて尋ねらるゝ樣此節加納將監殿には江戸御<ruby><rb>在勤</rb><rt>ざいきん</rt></ruby>なるやといふに門番答へて加納將監樣には三年前<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>せられ只今は御子息大隅守殿御家督に候と云ければ一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>加納大隅守殿の長屋を<ruby><rb>聞合</rb><rt>きゝあは</rt></ruby>せ直樣宿所へ趣き案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>大隅守殿へ御目通り仕つり度儀御座候に付町奉行越前守<ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>まつり候御取次下さるべしと云に<ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>の者此由を<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じければ大隅守殿早速對面あり此時越前守には<ruby><rb>率爾</rb><rt>そつじ</rt></ruby>ながら早速伺ひ申度は今より廿三年以前の御<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひに<ruby><rb>澤</rb><rt>さは</rt></ruby>の<ruby><rb>井</rb><rt>ゐ</rt></ruby>と申女中の御座候ひしやと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に大隅守殿申さるゝは親將監三年以前に<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致し私し家督仕つり候へども當年廿五歳なれば廿三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の事は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ申さずと答へらる越前守<ruby><rb>推返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して然らば御<ruby><rb>母公</rb><rt>ぼこう</rt></ruby>には御<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>に御座候やと申さるに大隅守殿<ruby><rb>拙者儀</rb><rt>せつしやぎ</rt></ruby>は妾腹にて養母は存命いたし候へども當年八十五歳にて<ruby><rb>御逢</rb><rt>おんあひ</rt></ruby>なされ候とも物の役には立申さずと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに越前守御老體御<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>とは存候へども御目通り願ひ度候と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに大隅守殿は據ころなく奧へ行き養母<ruby><rb>正榮尼</rb><rt>しやうえいに</rt></ruby>に向ひ只今奉行大岡越前守殿參られ御目通り<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ候が定めて御政事の事なるべし母上には御<ruby><rb>當病</rb><rt>たうびやう</rt></ruby>と仰られて逢なされぬ方宜からんと云に<ruby><rb>正榮尼</rb><rt>しやうえいに</rt></ruby>いやとよ奉行越前守が<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>來り給ふを對面せぬも無禮なり<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>申べし大隅<ruby><rb>心遣</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>ひ無用なり假令何事を申す共八十五歳の<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby><ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>の<ruby><rb>障</rb><rt>さはり</rt></ruby>になることは申すまじよし申にもせよ<ruby><rb>老耄</rb><rt>らうもう</rt></ruby>致し前後の<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ無と申さば少も其方の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>には成申すまじ<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひ無此方に案内致す可と申さるゝ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>大隅守殿には越前守殿を案内せられ<ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>の居間へ來らる越前守殿正榮尼に初ての對面より<ruby><rb>時候</rb><rt>じこう</rt></ruby>の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>次に御<ruby><rb>六</rb><rt>むつ</rt></ruby>か<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>とも御母公へ伺ひ度儀あり此廿二三<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>に御召使ひの女中に澤の井と申者候ひしやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに母公答て私し共紀州表に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>致し候節召使の女も五六人<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>置候が澤の井<ruby><rb>瀧津</rb><rt>たきつ</rt></ruby><ruby><rb>皐月</rb><rt>さつき</rt></ruby>と申す名は私し家の<ruby><rb>通名</rb><rt>とほりな</rt></ruby>にて候故何の女なりしや一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に分り兼候と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>越前守然らば其中にて御家に御奉公長く<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め候女中御座候やとあるに母公<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば和歌山在西家村の神職伊勢が<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の菊と申者私し方に十五年<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつとめ</rt></ruby>候此外に長く居し者なく其菊と申すは當時伊勢の妻に成しと<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候と云るゝに越前守<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に手懸なく然ば廿二三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の澤の井が證文御座候やと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>けるに正榮尼申けるは奉公人の證文は一<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>も御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>り申ては何か御不審も有べけれど<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby>の國法にて男女共に主人方にては奉公人の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>は存じ申さず其譯は和歌山御城下に奉公人口入所二<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>あり男の奉公人は大黒屋源左衞門世話致し<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>は榎本屋三藏<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて此二軒より主人方へ證文差出し<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ候にて主人方にては一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>奉公人の宿を存申さず<ruby><rb>親元</rb><rt>おやもと</rt></ruby>よりは口入人の方へ證文を出し候由<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候然ば奉公人の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>を御尋成り候には紀州表にて口入人を御<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>なされずは<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>り申まじと云に越前守委しく承まはり<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならば紀州表へ參らずば相分り申まじ然らば御暇申べしと一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby><ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>御役宅へ立歸り<ruby><rb>公用人</rb><rt>こうようにん</rt></ruby>平石次右衞門吉田三五郎を呼出し其方兩人は是より<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>紀州表和歌山へ赴き大黒屋源左衞門<ruby><rb>榎本屋</rb><rt>えのもとや</rt></ruby>三藏の<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>を調べ澤の井が宿を尋ね天一坊の身分を糺し參べし<ruby><rb>萬</rb><rt>まん</rt></ruby>一澤の井の宿榎本屋三藏方にて<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候はゞ和歌山在西家村の神職伊勢の娘菊と申す者加納將監<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に十四五年も<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め居候由成ば此者を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>しなば手懸にも相成べし此旨心得置べし此度の儀は<ruby><rb>國家</rb><rt>こくか</rt></ruby>の一大事家の<ruby><rb>安危</rb><rt>あんき</rt></ruby>なるぞ急げ〱途中は金銀を<ruby><rb>吝</rb><rt>をし</rt></ruby>むな喩にも黄金<ruby><rb>乏</rb><rt>とぼし</rt></ruby>ければ交り<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>しと云へり<ruby><rb>女子</rb><rt>によし</rt></ruby>と小人は養ひ難しとの<ruby><rb>聖言</rb><rt>せいげん</rt></ruby>を守るなと<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申付られしかば次右衞門三五郎の兩人は<ruby><rb>主命</rb><rt>しゆめい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこま</rt></ruby>り奉つると早速<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>を出し直樣桐棒駕籠に<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby>白布にて鉢卷と腹卷をなし品川<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>より道中駕籠一挺に人足廿三人を<ruby><rb>付添</rb><rt>つけそへ</rt></ruby>酒代も澤山に遣す程に急げ〱と急立ける御定法の<ruby><rb>早飛脚</rb><rt>はやひきやく</rt></ruby>は江戸より京都<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>二日二<ruby><rb>夜半</rb><rt>よはん</rt></ruby>なれども此度は大岡の家改易に成か又立かの途中なれば金銀を<ruby><rb>散財</rb><rt>まきちら</rt></ruby>して急がせける程に百五十里の<ruby><rb>行程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>を二日二夜半にて紀州和歌山へ着しける此時和歌山の町奉行鈴木重兵衞<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ彼奉行所本町<ruby><rb>東</rb><rt>ひがし</rt></ruby>の本陣に旅館致させけるに次右衞門三五郎の兩人は<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>もせず鈴木重兵衞へ申達し大黒屋源左衞門榎本屋三藏の兩人を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し澤の井の<ruby><rb>宿所</rb><rt>しゆくしよ</rt></ruby>を尋ねしに大黒屋源左衞門は<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby>のみ世話する故女の奉公人の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は存じ申さずとの事なれば<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ばとて榎本屋三藏に澤の井が宿所を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞし</rt></ruby>けるに<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>三藏は近年<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致し私しは當年廿五歳なれば廿二三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の事は一向覺えなしと云にぞ然らば廿二三年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の奉公人の<ruby><rb>宿帳</rb><rt>やどちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しらぶ</rt></ruby>べしと申付るに三年以前に<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>より<ruby><rb>出火</rb><rt>しゆつくわ</rt></ruby>致し古帳は殘らず<ruby><rb>燒失</rb><rt>せうしつ</rt></ruby>致し候と云故少も手懸り<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば次右衞門三五郎は三藏に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ和歌山に西家村と云處<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>やと云へば是より一里許り<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>に候と答へけるにぞ寺社奉行へ達し西家村の<ruby><rb>神職伊勢</rb><rt>しんしよくいせ</rt></ruby>同人妻菊同道にて東の本陣へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出べき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>差紙を遣はしける神職伊勢は<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を見て大いに驚き女房に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ申けるは何事にや有らん是は定めて<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>和歌山加納樣方に奉公致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候節の事なるべし御本陣へ參りて御<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>より何事を尋ねらるゝ共一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え申さずと云ふべし<ruby><rb>憖</rb><rt>なまじ</rt></ruby>ひに<ruby><rb>知顏</rb><rt>しりがほ</rt></ruby>なさば<ruby><rb>懸合</rb><rt>かゝりあひ</rt></ruby>となりて甚だ面倒なりと能々申合ければ菊女も<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なし少しも案じ給ふ事なかれ何事も<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らずと申すべしとて夫れより夫婦支度をなし急ぎ本陣へ赴きけり

## 第卅一回

神職伊勢は女房<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>同道にて東の本陣へ到り此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>通じければ早速兩人を呼出さる吉田三五郎は伊勢に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ西家村の神職伊勢同人<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>菊と申すは<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>なるかと云に<ruby><rb>漣</rb><rt>いざちや</rt></ruby>で御座ると答へける又取返して伊勢の妻菊と申すは<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>なるかと尋るに只々漣で御座ると<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へ一向に分り兼れば平石次右衞門心付き伊勢には<ruby><rb>舞太夫</rb><rt>まひだいふ</rt></ruby>を致さるゝやと尋ねけるに<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の通り舞太夫を仕つり候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へければ然ば妻女の名前を<ruby><rb>漣太夫</rb><rt>いざちやだいふ</rt></ruby>と申さるゝやと聞に<ruby><rb>如何</rb><rt>いかにも</rt></ruby><ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に候と答ける此時次右衞門漣太夫に尋る儀あり其方事は加納將監方に<ruby><rb>數年</rb><rt>すうねん</rt></ruby>奉公したりと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby><ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>て左樣なるやと尋ければ菊は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>申さずと云に<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して將監方に<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>致たるに相違有まいなと尋るに<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>申さずと答へければ否々廿二三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>其方奉公中傍輩に澤の井と申す<ruby><rb>女中</rb><rt>ぢよちう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しと存じ居べしと尋ねけれ共一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>存申さずと云に次右衞門は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は伊勢より女房に<ruby><rb>口留</rb><rt>くちどめ</rt></ruby>したるに相違なしと心付たれば<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より小判十枚取出し紙に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>みて差出し<ruby><rb>漣</rb><rt>いざちや</rt></ruby>どの此金子は<ruby><rb>將軍樣</rb><rt>しやうぐんさま</rt></ruby>より其方へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるゝ金子なれば有難く<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>致されよとて渡し<ruby><rb>更</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて申けるは當將軍樣には加納將監方にて御成長遊ばし<ruby><rb>御幼名</rb><rt>ごえうみやう</rt></ruby>を徳太郎君と申し其方には<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く世話になり玉ひし<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>依て此金子を遣はせとの<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>なり又澤の井をも召出し御褒美下さるゝとの儀にて我々澤の井の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>を調べに參りし<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>其方存じ<ruby><rb>居</rb><rt>をら</rt></ruby>ば教へ申<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と<ruby><rb>和</rb><rt>やはら</rt></ruby>かに諭ければ菊は十兩の金を見て心<ruby><rb>打解</rb><rt>うちとけ</rt></ruby>成程考へ候へば加納將監樣の<ruby><rb>呉服</rb><rt>ごふく</rt></ruby>の間に澤の井と申て甚だ不器量の女中御座候やに存じ候<ruby><rb>去乍</rb><rt>さりながら</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>の儀は存じ申さずと<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>なげに云を次右衞門は聞て<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば澤の井の宿を存じたる者は<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>やと尋ぬるに菊は暫く考へ成程其節小買物を致<ruby><rb>惣助</rb><rt>そうすけ</rt></ruby>と申者澤の井に頼れ手紙を持て<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ參りし事有と云に其惣助と申す者は當時<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>や申聞すべしといへば只今は<ruby><rb>御普請</rb><rt>ごふしん</rt></ruby>奉行小林軍次郎樣方に中間奉公致し居候と申にぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ばとて早速使を<ruby><rb>仕立</rb><rt>したて</rt></ruby>御差紙を以て小林軍次郎<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>惣助同道にて早々本陣へ罷り<ruby><rb>越</rb><rt>こす</rt></ruby>べき旨申達せしに軍次郎は大に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き惣助を腰繩にて<ruby><rb>召連來</rb><rt>めしつれきた</rt></ruby>れば直に惣助を呼出し其方事加納將監方に奉公中澤の井と云女中に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれ手紙使に折々宿へ參りし<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて澤の井の宿を存じ<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>べし何方に候やと尋けるに一向に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座なく候と答へける吉田三五郎<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より又金子十兩を取出し菊へ渡して此金子を<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>より惣助へ遣はし澤の井の宿を<ruby><rb>尋呉</rb><rt>たづねくれ</rt></ruby>よと言ければ菊は惣助に向ひ此金子は<ruby><rb>徳太郎</rb><rt>とくたらう</rt></ruby>樣より其方に下さるゝとの御事にて澤の井樣をも<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごはうび</rt></ruby>下さるゝ筈なれ共今は宿を<ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby>たる者なしお前は頼まれて度々お宿へ參りし事あれば<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へて御役人樣へ申上られよと<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>き惣助も十兩の金子を見て肝を潰し頻りに金の<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>さに樣々と考へ<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>澤の井さんに頼まれて折々手紙を持參りしが<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby>澤の井さんの申には<ruby><rb>糸切村</rb><rt>いときりむら</rt></ruby>の茶屋迄持て行ば<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へは直に<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>くと申されしゆゑ茶屋迄は<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>持參りしと云にぞ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>したりとて彼十兩は惣助へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し然らば惣助を案内として其糸切村へ參らんと支度をなし神職夫妻には<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>次右衞門三五郎寺社奉行<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>小林軍次郎奉行遠藤喜助同道にて夜四ツ時過より<ruby><rb>淡島道</rb><rt>あはしまみち</rt></ruby>五十町一里半を<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>に<ruby><rb>揉</rb><rt>もん</rt></ruby>で<ruby><rb>丑滿</rb><rt>うしみつ</rt></ruby>の頃漸々にて糸切村に着し彼の茶見世を御用々々と<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き起せば<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>の亭主何事にやと<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいづ</rt></ruby>るに<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>惣助亭主に向ひ廿二三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に澤の井樣より手紙を頼まれ<ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby>頼み置し事有しが<ruby><rb>其手紙</rb><rt>そのてがみ</rt></ruby>は何方へ屆けしやと尋ねけるに<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>答へて私し方は<ruby><rb>道端</rb><rt>みちばた</rt></ruby>の見世故在々へ頼まれる手紙は日々二三十<ruby><rb>本</rb><rt>ぽん</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>も有ば一々に覺え申さず<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に二十二三年跡の事なれば<ruby><rb>猶更</rb><rt>なほさら</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ申さずと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へけるにいよ〱澤の井の<ruby><rb>宿所</rb><rt>しゆくしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがかり</rt></ruby>なく是に依て次右衞門三五郎の兩人は<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby>を失なひ<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby>千辛萬苦して<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>ぶるも手懸りを得ず此上は是非に及ばじ<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>旨江戸へ申<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り我等は<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby>にて<ruby><rb>自殺致</rb><rt>じさついたす</rt></ruby>より外なしと覺悟を極めしが三五郎フト心付き<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より又金十兩取出し<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>に向ひ其方澤の井の<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を頼まれ<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ參らず<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>村名位</rb><rt>むらなぐらゐ</rt></ruby>は覺の有さうな物なり今十兩<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はす程に<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へて思ひ出せと申にぞ亭主は<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を見て思ひも寄ず十兩に<ruby><rb>有付</rb><rt>ありつく</rt></ruby>事と兩手を<ruby><rb>組</rb><rt>くん</rt></ruby>で樣々と<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>をし<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く有て思出しけん申樣澤の井殿の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>の村名は私しの<ruby><rb>弟</rb><rt>おとうと</rt></ruby>の名の字を上へ付候樣に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え申候と云に其方の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとうと</rt></ruby>の名を何と申すやと尋ぬるに弟は<ruby><rb>平</rb><rt>へい</rt></ruby>五郎と申し候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へけるに<ruby><rb>郡奉行</rb><rt>こほりぶぎやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby>じ急ぎ平の字の付たる村々を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べさせけるに十三ヶ村有れば是を始より一々<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>へ<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>すに<ruby><rb>平澤村</rb><rt>ひらさはむら</rt></ruby>と云に到りて亭主<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と手を<ruby><rb>拍</rb><rt>うち</rt></ruby>其村で御座候といふに然らば是より平澤村へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>んと<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて大勢<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をし<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>平澤村へ<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>を出し其<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より百五十人餘の同勢にて平澤村<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>ける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>平澤村と云は<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>二十八石<ruby><rb>家數</rb><rt>やかず</rt></ruby>僅二十二<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>にて<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の村なり澤の井の事に付ては是迄度々尋ね有しか<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合を<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>村中<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なし何時も知ぬ旨趣を申立通したりとか<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば平澤村には<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>來れば又<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の澤の井の<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べなるべし<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の通り村中<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも存じ申さずと<ruby><rb>言放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>し懸り合に成ぬ樣に致事第一なりと申合せ<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>の來るを<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>しに此度は是迄とは<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>凡</rb><rt>およそ</rt></ruby>百五十人餘りの大勢にて名主甚兵衞方へ着し<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>へ觸を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>して十五歳以上の<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>を殘らず<ruby><rb>呼集</rb><rt>よびあつ</rt></ruby>め次右衞門三五郎正座に<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>り<ruby><rb>座傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>には<ruby><rb>寺社奉行</rb><rt>じしやぶぎやう</rt></ruby>并びに遠藤喜助小林軍次郎等<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>にて一人々々に<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し澤の井の宿を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶも名主を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め村中<ruby><rb>殘</rb><rt>のこら</rt></ruby>ず存じ申さずとの<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へなれば少しも<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがか</rt></ruby>りはなきに次右衞門の思ふ樣是は村中<ruby><rb>申合</rb><rt>まをしあは</rt></ruby>せ掛り合を恐れて<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に申立るならんと<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あら</rt></ruby>ため<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して申けるは是名主甚兵衞其外の百姓共<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけ</rt></ruby>たまはれ將軍の上意なれば<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からざる事なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに當村中一同に申合せ<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬ〱と<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を申<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>るに於ては是非に及ばず此<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>にて半年又は一年<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りても澤の井の<ruby><rb>出所</rb><rt>しゆつしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>ねばならぬぞ<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に心得よと<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>になりて<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>すにぞ村中の者<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し此大勢にて十日も<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>されては村中の<ruby><rb>惣潰</rb><rt>そうつぶ</rt></ruby>れと成るべし<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>はせんと十方に<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>有て一言<ruby><rb>半句</rb><rt>はんく</rt></ruby>を出す者なし此時<ruby><rb>末座</rb><rt>まつざ</rt></ruby>より一人の<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby>進み出で<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら御役人樣方へ申上ます私しは當村の<ruby><rb>草分</rb><rt>くさわけ</rt></ruby>百姓にて善兵衞と申す者なるが<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>此村は高廿八石にて百<ruby><rb>姓</rb><rt>しやう</rt></ruby>二十二軒ある<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の村方なれば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>御大勢長く<ruby><rb>御逗留</rb><rt>ごとうりう</rt></ruby>有ては必死と<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>に及ぶべし澤の井の一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>さへ相分り申せば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>當村を御引取下され候やと<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱申すにぞ次右衞門<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて澤の井の一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>さへ相分り候へば何故に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>すべき<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>我々は<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致すなり其方存じ居るやと尋ねければ善兵衞は<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばにて候澤の井が身の上は村中に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え居候者は<ruby><rb>有間敷</rb><rt>あるまじく</rt></ruby>只だ私し一人<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>心得<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候間申上<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>當村の名主甚兵衞と申は至つて<ruby><rb>世話好</rb><rt>せわずき</rt></ruby>にて先年<ruby><rb>信州者</rb><rt>しんしうもの</rt></ruby>にて夫婦に<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>一人を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>同行三人にて<ruby><rb>千</rb><rt>せん</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>寺</rb><rt>じ</rt></ruby>參り<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>當地へ參りしを<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>甚兵衞<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し自分の<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>を<ruby><rb>貸遣</rb><rt>かしつか</rt></ruby>はし世話致し候ひしに兩三年<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>右當人平右衞門<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>致し跡には<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>お三と申<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>と娘の兩人に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>しがお三婆は<ruby><rb>産</rb><rt>さん</rt></ruby>の<ruby><rb>取揚</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>を<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>とし娘を<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てしが追々<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>するに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>仕事を教へ居し内<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>にて相成候へば<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>ぞへ<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に出し度由お三婆より私へ頼みに付私し右娘を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し城下へ參り<ruby><rb>榎本屋</rb><rt>えのもとや</rt></ruby>三藏に頼み<ruby><rb>加納將監</rb><rt>かなふしやうげん</rt></ruby>樣へ<ruby><rb>御針</rb><rt>おはり</rt></ruby>奉公に出し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候に其<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下り母の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>に居候が何者の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>なるか<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>致し居候故<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>取り〲<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を致し候に<ruby><rb>翌年</rb><rt>よくねん</rt></ruby>三月<ruby><rb>安産</rb><rt>あんざん</rt></ruby>せしが其夜の中に<ruby><rb>小兒</rb><rt>せうに</rt></ruby>は<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>娘も<ruby><rb>血氣</rb><rt>ちのけ</rt></ruby>上りて是も其夜の<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつき</rt></ruby>に死去致し候に付き<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の者共<ruby><rb>寄集</rb><rt>よりあつま</rt></ruby>り相談するも<ruby><rb>遠國者</rb><rt>ゑんごくもの</rt></ruby>故<ruby><rb>菩提所</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>依て私しの寺へ頼み<ruby><rb>葬</rb><rt>はう</rt></ruby>むり遣し候其後お三婆は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>致し<ruby><rb>若君樣</rb><rt>わかぎみさま</rt></ruby>を失なひて<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>罵詈狂</rb><rt>のゝしりくる</rt></ruby>ひ歩行候ゆゑ甚兵衞も<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>を追出せしにお三婆は<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしと<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>なりしを<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>の名主甚左衞門といふ者當村の<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚兵衞が<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふかき</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>にて是を<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>み<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby><ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>でも有まじ其内には<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>に成るべしとて<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>歸り是も<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>へ入置<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせしに<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>正氣に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>ければ又々以前の如く<ruby><rb>産婦</rb><rt>さんぷ</rt></ruby>の<ruby><rb>取揚</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>を致し候が十年程以前<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致し候由に御座候<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>にて澤の井の一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>は<ruby><rb>御得心</rb><rt>ごとくしん</rt></ruby>に相成候やと云に次右衞門三五郎は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>は<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りたり其若君と澤の井を<ruby><rb>葬</rb><rt>はう</rt></ruby>ぶりし寺は當村なりやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるに向ふに見え候山の<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>にて<ruby><rb>宗旨</rb><rt>しうし</rt></ruby>は一<ruby><rb>向宗</rb><rt>かうしう</rt></ruby>光照寺と申し候と<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て然らば其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>は未だ<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>致し居やと有に<ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>候其節の住持<ruby><rb>祐然</rb><rt>いうねん</rt></ruby>と申すは未だ<ruby><rb>壯健</rb><rt>たつしや</rt></ruby>に候と答へける<ruby><rb>吉田</rb><rt>よしだ</rt></ruby>三五郎<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば光照寺<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>祐然を<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼參</rb><rt>よびまゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>との事なれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>村の<ruby><rb>小使</rb><rt>こづかひ</rt></ruby>を<ruby><rb>走</rb><rt>はしら</rt></ruby>せ江戸表より<ruby><rb>御着</rb><rt>ごちやく</rt></ruby>の役人方より御用の由早々<ruby><rb>名主宅迄</rb><rt>なぬしたくまで</rt></ruby>御出なさるべしと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>すれば祐然は聞て<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き何事やらんと<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>なし急ぎ甚兵衞方へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きけり

## 第卅二回

光照寺<ruby><rb>祐然</rb><rt>いうねん</rt></ruby>は江戸表より御役人<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>召呼</rb><rt>めしよば</rt></ruby>るゝと聞き何事やらんと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きながら役人の<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>へ出ければ次右衞門三五郎の<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>祐然に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ廿二三年以前<ruby><rb>當村</rb><rt>たうそん</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>致し候お三が<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>澤の井<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に若君とかを其方<ruby><rb>寺</rb><rt>てら</rt></ruby>へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りし趣きなるが右は<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>無縁</rb><rt>むえん</rt></ruby>なるか又は<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>の<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>にても<ruby><rb>建</rb><rt>たて</rt></ruby>ありやと尋けるに此祐然<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>頓智</rb><rt>とんち</rt></ruby><ruby><rb>才辨</rb><rt>さいべん</rt></ruby>の者故參候<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>澤の井の<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>は御座候も<ruby><rb>香花</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>候者一人も是なし<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>拙僧</rb><rt>せつそう</rt></ruby><ruby><rb>宗旨</rb><rt>しうし</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>親鸞上人</rb><rt>しんらんしやうにん</rt></ruby>よりの申<ruby><rb>傳</rb><rt>つたへ</rt></ruby>にて<ruby><rb>無縁</rb><rt>むえん</rt></ruby>に相成候<ruby><rb>塚</rb><rt>つか</rt></ruby>へは<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>日<ruby><rb>忌</rb><rt>き</rt></ruby>日には<ruby><rb>自坊</rb><rt>じばう</rt></ruby>より<ruby><rb>香花</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby><ruby><rb>佛前</rb><rt>ぶつぜん</rt></ruby>に於て<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>仕つり候なりと元より<ruby><rb>墓標</rb><rt>はかじるし</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>を<ruby><rb>取繕</rb><rt>とりつくろ</rt></ruby>ひ申にぞ次右衞門三五郎口を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へて然らば其<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>致し度<ruby><rb>貴僧</rb><rt>きそう</rt></ruby>には先へ歸られ其<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>をなし置給へと云に祐然<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と急ぎ立歸りて<ruby><rb>無縁</rb><rt>むえん</rt></ruby>の五<ruby><rb>輪</rb><rt>りん</rt></ruby>の<ruby><rb>塔</rb><rt>たふ</rt></ruby>を二ツ取出し<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>所へ<ruby><rb>据置</rb><rt>すゑおき</rt></ruby>左右へは新らしき<ruby><rb>樒</rb><rt>しきみ</rt></ruby>の花を<ruby><rb>揷</rb><rt>さし</rt></ruby><ruby><rb>香爐臺</rb><rt>かうろだい</rt></ruby>に香を<ruby><rb>薫</rb><rt>くゆら</rt></ruby>し前には<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>を<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>て今や〱と<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまち</rt></ruby>ける所へ三五郎次右衞門<ruby><rb>寺社奉行</rb><rt>じしやぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>郡奉行</rb><rt>こほりぶぎやう</rt></ruby>同道にて來りしかば祐然は<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に<ruby><rb>墓所</rb><rt>はかしよ</rt></ruby>へ案内するに此時三五郎は我々は<ruby><rb>野服</rb><rt>のふく</rt></ruby>なれば御<ruby><rb>燒香</rb><rt>せうかう</rt></ruby>を致すは<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>あり<ruby><rb>貴僧</rb><rt>きそう</rt></ruby><ruby><rb>代香</rb><rt>だいかう</rt></ruby>を頼み入と云に祐然則ち<ruby><rb>承</rb><rt>うけ</rt></ruby>たまはり<ruby><rb>代香</rb><rt>だいかう</rt></ruby>をなし夫より皆々<ruby><rb>本堂</rb><rt>ほんだう</rt></ruby>へ來り<ruby><rb>過去帳</rb><rt>くわこちやう</rt></ruby>を取出させ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べける

寶永二酉年三月十五日寂　　釋妙幸信女　　施主　三

寶永二酉年三月十五日寂　　釋春泡童子　　同人

右の如くに<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>し<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しかば<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby><ruby><rb>祐然</rb><rt>いうねん</rt></ruby>に<ruby><rb>書寫</rb><rt>かきうつ</rt></ruby>させ其<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ右之通り<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>即ち<ruby><rb>調印</rb><rt>てういん</rt></ruby>仕り候以上月日<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行<ruby><rb>何某殿</rb><rt>なにがしどの</rt></ruby>と<ruby><rb>奧書</rb><rt>おくがき</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めさせ次右衞門是を<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとれ</rt></ruby>ば三五郎<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より金二十兩を<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し祐然に<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へ是は<ruby><rb>輕少</rb><rt>けいせう</rt></ruby>ながら我々より<ruby><rb>當座</rb><rt>たうざ</rt></ruby>の<ruby><rb>回向料</rb><rt>ゑかうれう</rt></ruby>なり<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>又江戸表へ立歸らば<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>致し御<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>有之候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>取計ひ申すべしと<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及び夫より祐然に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告げ<ruby><rb>光照寺</rb><rt>くわうせうじ</rt></ruby>をば<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>ける是にて平澤村の方は<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ<ruby><rb>埓明</rb><rt>らちあき</rt></ruby>しかば直樣<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>平野村へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby><ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚左衞門方へ<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>村中殘らず<ruby><rb>呼集</rb><rt>よびあつめ</rt></ruby>次右衞門三五郎の兩人は名主甚左衞門に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ其方に<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねたき<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>あり今より廿二三年以前に平澤村のお三と申す<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゞ</rt></ruby><ruby><rb>當村</rb><rt>たうそん</rt></ruby>へ參りしと<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはるが其者は<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>なるやまた<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へか參りしやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>けるに甚左衞門<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の通り<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>寶永</rb><rt>はうえい</rt></ruby>二酉年三月頃と<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え候が右お三<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は其<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>澤の井と申者<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>候より<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>なし平澤村を追出され<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>を<ruby><rb>流浪</rb><rt>るらう</rt></ruby>致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存候故<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>より<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り私し<ruby><rb>明家</rb><rt>あきや</rt></ruby>へ住居させ候に追々<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>も<ruby><rb>治</rb><rt>をさま</rt></ruby>り<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>に立歸り以前の如く<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>致し居候内<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>元申年十一月廿八日かと覺え候が其日は<ruby><rb>大雪</rb><rt>おほゆき</rt></ruby>にて人通りも<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なるにお三には酒に<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>圍爐裏</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>へ<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>申候と聞て次右衞門三五郎は<ruby><rb>役柄</rb><rt>やくがら</rt></ruby>なれば早くも心付其<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を見付し者は何者なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>けるに甚左衞門<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>に見出し候者は<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>甚之助に御座候<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>は同日の<ruby><rb>夕刻</rb><rt>ゆふこく</rt></ruby>雪も<ruby><rb>降止</rb><rt>ふりやみ</rt></ruby>候に何となく<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き<ruby><rb>臭</rb><rt>にほひ</rt></ruby>致せば近所の者共表へ<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>で<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>致し候に<ruby><rb>何時</rb><rt>いつも</rt></ruby>何事にても人先に出て<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候お三<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゞ</rt></ruby>のみ一人相見え申さざれば私し<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>甚之助<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が家の戸を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て見出し申候と云に次右衞門は<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>甚之助は其頃<ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>なりしやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>るに<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばに候悴儀は寶永元年の生れにて十三歳の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>に御座候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へけるに然らば其甚之助は<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>以て<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>なるやと尋ねるに甚左衞門<ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>候<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>の口より我子を<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>候は<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいり</rt></ruby>候へ共<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>より<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>頼母敷</rb><rt>たのもしく</rt></ruby>存居しに生長に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ惡事を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>み親の目に餘り候事度々なれば十八歳の時<ruby><rb>御帳</rb><rt>おちやう</rt></ruby>に<ruby><rb>附</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>仕つり候其後一向に<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby><ruby><rb>相知</rb><rt>あひしれ</rt></ruby>申さず村の者共<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を申し甚之助には<ruby><rb>能方</rb><rt>よきかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>けば<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>一<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>主共</rb><rt>しゆとも</rt></ruby>成るべきが<ruby><rb>惡方</rb><rt>あしきかた</rt></ruby>へ趣けば馬の上にて<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>を<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せる身に成るべしと專ら取沙汰致候程の者なれども<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>の心には<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>思出し<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存じ候と<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながらに申立しにそ此時次右衞門三五郎は<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に心中は<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>江戸表八山に居る天一坊は<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>此甚之助に相違あるまじくと思ひしが然あらぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて其方の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>甚之助は<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>體面</rb><rt>かほだち</rt></ruby>如何有しやと尋ぬるに甚左衞門私し悴は<ruby><rb>疱瘡</rb><rt>はうさう</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>く候故其<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>醜</rb><rt>みにく</rt></ruby>く候と云に<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちがひ</rt></ruby>ならんと又問けるは其方の悴に同年か又一二年<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>の男子が<ruby><rb>當村</rb><rt>たうむら</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しやと尋ぬるに甚左衞門は即ち<ruby><rb>人別帳</rb><rt>にんべつちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>と申す者有しが夫は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されしと云に<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>は如何にと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬれば甚左衞門は<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて右寶澤と申すは九州<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>原田何某の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>にて幼年の頃<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>に別れ夫より<ruby><rb>修驗者</rb><rt>しゆけんしや</rt></ruby><ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>の弟子と成りしが十三歳の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>感應院には<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>いたし候に付<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>寶澤へ<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>候樣<ruby><rb>村中</rb><rt>むらちう</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上申聞候に<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>ながら<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>にて我々へ申候には<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>は<ruby><rb>艱行苦行</rb><rt>なんぎやうくぎやう</rt></ruby>する者にて幼年の私し未だ<ruby><rb>右等</rb><rt>みぎら</rt></ruby>の<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>も致さず候へば<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>他國</rb><rt>たこく</rt></ruby>致し<ruby><rb>苦行</rb><rt>くぎやう</rt></ruby>を修め候上<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>申度と<ruby><rb>強</rb><rt>たつ</rt></ruby>て申聞候故<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>より<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>に<ruby><rb>取集</rb><rt>とりあつ</rt></ruby>め<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし候金子八兩二分を所持致し出立せしが<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を所持せし故にや<ruby><rb>加田</rb><rt>かだ</rt></ruby>の<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>にて<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>され<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は海中へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>申候しか相見え申さず<ruby><rb>此浦</rb><rt>このうら</rt></ruby>には<ruby><rb>鰐鮫</rb><rt>わにざめ</rt></ruby><ruby><rb>住</rb><rt>すみ</rt></ruby>候故大方は<ruby><rb>鮫</rb><rt>さめ</rt></ruby>の<ruby><rb>餌食</rb><rt>ゑじき</rt></ruby>と相成候事と存られ候<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>は血に染り濱邊に<ruby><rb>打上</rb><rt>うちあげ</rt></ruby>是有候故濱奉行へ御屆に相成候<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>村中<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>感應院の<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>塚標</rb><rt>はかじるし</rt></ruby>を相立<ruby><rb>懇篤</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ひ遣し候と云に<ruby><rb>兩士</rb><rt>りやうし</rt></ruby>は是を聞より其<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>の身の上こそ<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なりと思ひ其寶澤と云は<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>お三<ruby><rb>婆</rb><rt>ばゝ</rt></ruby>の所へ<ruby><rb>往復</rb><rt>ゆきかよひ</rt></ruby>致せしかと尋るに如何にも寶澤は<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>にお三婆の所へ參り<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に相果候<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はり候へば其日寶澤は<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>より<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>持參せし由其酒にて<ruby><rb>醉伏</rb><rt>ゑひふし</rt></ruby><ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>候事と存じられ候と聞より<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかしく</rt></ruby>思ひ次右衞門申樣右寶澤の<ruby><rb>顏立</rb><rt>かほだち</rt></ruby><ruby><rb>下唇</rb><rt>したくちびる</rt></ruby>に<ruby><rb>小</rb><rt>ちひさ</rt></ruby>き<ruby><rb>黒痣</rb><rt>ほくろ</rt></ruby>一ツ又左の耳の下に大なる<ruby><rb>黒痣</rb><rt>ほくろ</rt></ruby>有しやと聞に如何にも有候と<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>るにぞ然ば天一坊は其寶澤に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと兩士は郡奉行遠藤喜助に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ其寶澤の<ruby><rb>衣類等</rb><rt>いるゐとう</rt></ruby>御座候はゞ<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>にも相成るべく存じ候へば申受度と云に<ruby><rb>喜助</rb><rt>きすけ</rt></ruby>申樣夫は先年某濱奉行<ruby><rb>勤役中</rb><rt>きんやくちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひづる</rt></ruby><ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>衣類は<ruby><rb>缺所藏</rb><rt>けつしよぐら</rt></ruby>の二階の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>へ上置候へば<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>の濱奉行<ruby><rb>淺山</rb><rt>あさやま</rt></ruby><ruby><rb>權</rb><rt>ごん</rt></ruby>九郎へ申談じ差上申べしと<ruby><rb>其旨</rb><rt>そのむね</rt></ruby>濱奉行へ<ruby><rb>申達</rb><rt>しんだつ</rt></ruby>し右の品々を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>兩人の前に差出せば次右衞門三五郎は改めて見に<ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひずる</rt></ruby>等一々<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>有共其<ruby><rb>疵口</rb><rt>きずぐち</rt></ruby>の不審さに<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>の役人是は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ならず寶澤人に殺されし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に自身に<ruby><rb>疵付</rb><rt>きずつけ</rt></ruby>し者ならんと<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>たる所を見れば<ruby><rb>年限</rb><rt>ねんげん</rt></ruby><ruby><rb>隔</rb><rt>へだた</rt></ruby>りて<ruby><rb>黒染</rb><rt>すみにじ</rt></ruby>みの樣なれば人間の血の<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>たるとは大に<ruby><rb>異</rb><rt>こと</rt></ruby>なりしかば寶澤こそ天一坊に相違なしと三五郎は<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>甚左衞門に向ひ<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>感應院の死去せしは<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>なりしやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねけるに甚左衞門病氣は<ruby><rb>食滯</rb><rt>しよくたい</rt></ruby>と<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はり候と云然らば其時は<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>に見せ候やと聞に<ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>候當村に清兵衞と申す醫師有て<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に見せ候と答ふ然らば其<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>を是へ呼べしとの事に<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>人を<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>らせ清兵衞を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>ける三五郎清兵衞に向ひ其<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby><ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>は<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と心得ありやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>けるに少しは心得<ruby><rb>罷居</rb><rt>まかりをり</rt></ruby>候と云に又<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して確と<ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>を心得居るやといふに今度は<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と心得候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へける然らば感應院<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は其方<ruby><rb>病症</rb><rt>びやうしやう</rt></ruby>をば<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>見留</rb><rt>みとめ</rt></ruby>たるやと申すに清兵衞答て感應院の病症は<ruby><rb>大食滯</rb><rt>だいしよくたい</rt></ruby>に候去ながら<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し事は<ruby><rb>病症</rb><rt>びやうしやう</rt></ruby><ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞ</rt></ruby>けの醫には候はず病氣を<ruby><rb>治</rb><rt>なほ</rt></ruby>す醫師なれば<ruby><rb>食滯</rb><rt>しよくたい</rt></ruby>と申し其座を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>候病症見屆の醫師に候はゞ<ruby><rb>大食滯</rb><rt>だいしよくたい</rt></ruby>を申立其場は立去申まじと答ければ感應院の<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>は全く<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>と<ruby><rb>社</rb><rt>こそ</rt></ruby>知られけり<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>此清兵衞と云は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>紀伊大納言<ruby><rb>光貞卿</rb><rt>みつさだきやう</rt></ruby>御意に入の醫師にて高橋<ruby><rb>意伯</rb><rt>いはく</rt></ruby>とて<ruby><rb>博學</rb><rt>はくがく</rt></ruby>の者なりしが光貞卿の御<ruby><rb>愛妾</rb><rt>あいせふ</rt></ruby>お<ruby><rb>作</rb><rt>さく</rt></ruby>の方といふに<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>なし大納言殿の御眼に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふ</rt></ruby>れ其方<ruby><rb>深山幽谷</rb><rt>しんざんいうこく</rt></ruby>に住居すべし<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>は<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>へ申付<ruby><rb>捨扶持</rb><rt>すてふち</rt></ruby>として五人扶持を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすとの御意にて<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>になり又た<ruby><rb>作</rb><rt>さく</rt></ruby>の方も<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の暇となり意伯と夫婦に成べしとの御意にて是も五人扶持<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し置れしかば<ruby><rb>意伯</rb><rt>いはく</rt></ruby>はお作の方と<ruby><rb>熊野</rb><rt>くまの</rt></ruby>の<ruby><rb>山奧</rb><rt>やまおく</rt></ruby>に<ruby><rb>蟄居</rb><rt>ちつきよ</rt></ruby>し十七年目にて御目通りなし又増扶持として五人扶持下し置れ<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>十五人扶持にて<ruby><rb>平野村</rb><rt>ひらのむら</rt></ruby>に住居し名を清兵衞と<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めしなり斯る<ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>に<ruby><rb>精</rb><rt>くはし</rt></ruby>き人なれば今此<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>には及しなり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば天一坊は寶澤に相違なしと郡奉行の<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>を持來し善助と云ふ者元感應院に<ruby><rb>數年</rb><rt>すねん</rt></ruby>奉公せし故<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ居ると云を郡奉行へ相談の上<ruby><rb>見知人</rb><rt>みしりにん</rt></ruby>の爲江戸表へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆく</rt></ruby>事と定めけれど<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なしと甚左衞門をも<ruby><rb>見知人</rb><rt>みしりにん</rt></ruby>に出府致す樣申渡し直に<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>を出し<ruby><rb>東海道</rb><rt>とうかいだう</rt></ruby>は<ruby><rb>廻遠</rb><rt>まはりとほ</rt></ruby>し<ruby><rb>難所</rb><rt>なんしよ</rt></ruby>にても山越に御<ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby>有べしとて<ruby><rb>勢州</rb><rt>せいしう</rt></ruby><ruby><rb>田丸街道</rb><rt>たまるがいだう</rt></ruby>へ先觸を出し<ruby><rb>桐棒駕籠</rb><rt>きりぼうかご</rt></ruby>二<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>には次右衞門三五郎<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby><ruby><rb>宿駕籠</rb><rt>やどかご</rt></ruby>二挺には見知人甚左衞門善助の兩人<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby><ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひずる</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に成べき品々は<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の上に付紀州和歌山を<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>なし<ruby><rb>田丸越</rb><rt>たまるごえ</rt></ruby>をぞ急ぎける

## 第卅三回

此時江戸表には八代將軍<ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby><ruby><rb>近習</rb><rt>きんじゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ上意には奉行越前守は未だ<ruby><rb>病氣全快</rb><rt>びやうきぜんくわい</rt></ruby>は致さぬか芝<ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>に居る天一坊は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかが</rt></ruby>せしやと<ruby><rb>發</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と御<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つか</rt></ruby>せ給ひながら是は内々なり必ず<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>す<ruby><rb>可</rb><rt>べか</rt></ruby>らずと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られたるが<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>吉宗公が<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つか</rt></ruby>せ給ふは<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>天一坊の身の上を<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>ての事なり世の親の子を思ふ事<ruby><rb>貴賤</rb><rt>きせん</rt></ruby>上下の<ruby><rb>差別</rb><rt>さべつ</rt></ruby>はなきものにて<ruby><rb>俚諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>にも<ruby><rb>燒野</rb><rt>やけの</rt></ruby>の<ruby><rb>雉子</rb><rt>きゞす</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>といひて<ruby><rb>鳥類</rb><rt>てうるゐ</rt></ruby>さへ親子の<ruby><rb>恩愛</rb><rt>おんあい</rt></ruby>には<ruby><rb>變</rb><rt>かはり</rt></ruby>なし<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじけ</rt></ruby>なくも將軍家には天一坊は<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の御<ruby><rb>愛息</rb><rt>あいそく</rt></ruby>と<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>ばこそ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>御心を<ruby><rb>惱</rb><rt>なやま</rt></ruby>せられし成るべし此は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる事成と御<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>御用<ruby><rb>御取次</rb><rt>おとりつぎ</rt></ruby>より御老中<ruby><rb>筆頭</rb><rt>ひつとう</rt></ruby>松平伊豆守殿へ此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を<ruby><rb>申達</rb><rt>しんだつ</rt></ruby>せらるゝに伊豆守殿も<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れずと御<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上小石川<ruby><rb>御館</rb><rt>おやかた</rt></ruby>へ此段申上られける<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>中納言綱條卿<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>るゝ樣奉行越前<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby><ruby><rb>屆</rb><rt>とゞけ</rt></ruby>致せしは自ら紀州表へ<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>に參し者か<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby>は家來を遣はしたるか何にも今暫らく日數も<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝる</rt></ruby>べし<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>がたしと伊豆守殿へ<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>けるは越前守<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き申遣はすべしとの事なれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>伊豆守殿より<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>を以て越前守方へ<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>將軍の<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>に越前守には未だ<ruby><rb>病氣全快</rb><rt>びやうきぜんくわい</rt></ruby>致さぬか<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>に居る天一坊は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>せしやとの御事なれば<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>は<ruby><rb>早速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に<ruby><rb>登城</rb><rt>とじやう</rt></ruby>致し<ruby><rb>御返答</rb><rt>ごへんたふ</rt></ruby>申上らるゝか<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>の内に<ruby><rb>御役御免</rb><rt>おやくごめん</rt></ruby>を願ふか兩樣の内<ruby><rb>何共</rb><rt>いづれとも</rt></ruby><ruby><rb>決心</rb><rt>けつしん</rt></ruby>致さるべしとの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを申<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたるに<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は越前守は<ruby><rb>公用人</rb><rt>こうようにん</rt></ruby>次右衞門三五郎の紀州表へ<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>せし其日より<ruby><rb>夜終</rb><rt>よもすがら</rt></ruby><ruby><rb>行衣</rb><rt>ぎやうい</rt></ruby>を着し<ruby><rb>新菰</rb><rt>あらごも</rt></ruby>の上にて<ruby><rb>水垢離</rb><rt>みづごり</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>諸天</rb><rt>しよてん</rt></ruby><ruby><rb>善神</rb><rt>ぜんしん</rt></ruby>に<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>用人無事に紀州表の<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べ<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞき</rt></ruby>候樣<ruby><rb>丹誠</rb><rt>たんせい</rt></ruby>を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>し晝は一間に<ruby><rb>閉籠</rb><rt>とぢこも</rt></ruby>りて<ruby><rb>佛菩薩</rb><rt>ぶつぼさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>祈念</rb><rt>きねん</rt></ruby>し別しては紀州の<ruby><rb>豐川</rb><rt>とよかは</rt></ruby><ruby><rb>稻荷</rb><rt>いなり</rt></ruby><ruby><rb>大明神</rb><rt>だいみやうじん</rt></ruby>を<ruby><rb>遙拜</rb><rt>えうはい</rt></ruby>し晝夜の<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも<ruby><rb>餘念</rb><rt>よねん</rt></ruby>なかりしに<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る處へ伊豆守殿より<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>を受け口上の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを聞き<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と天を<ruby><rb>仰</rb><rt>あふ</rt></ruby>ぎて<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>なし<ruby><rb>指屈</rb><rt>ゆびをり</rt></ruby>て<ruby><rb>數</rb><rt>かぞふ</rt></ruby>ればハヤ兩人<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>なしてより今日は<ruby><rb>七日目</rb><rt>なぬかめ</rt></ruby>なり<ruby><rb>行路</rb><rt>ゆくみち</rt></ruby>三日歸り路三日紀州表の<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ<ruby><rb>早</rb><rt>はやく</rt></ruby>して三日なり然ば<ruby><rb>九日</rb><rt>くにち</rt></ruby>ならでは歸り難し然るを<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>の中に御役御免を<ruby><rb>願</rb><rt>ねがへ</rt></ruby>ば<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>か明日は御親子<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>あるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし然すれば是迄<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せし<ruby><rb>千辛萬苦</rb><rt>せんしんばんく</rt></ruby>も水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>となり諸天善神へ<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>し甲斐もなく<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>もなし<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>六ツの時計を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門を<ruby><rb>刺殺</rb><rt>さしころ</rt></ruby>し我自ら<ruby><rb>含状</rb><rt>ふくみじやう</rt></ruby>を致して<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>なすべし然らば當年の内はよも<ruby><rb>御對顏</rb><rt>ごたいがん</rt></ruby>は有まじく其内には紀州へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせし兩人も<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ行屆て<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>るべし<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>れば<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>しとて<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>忠義の程<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るべしと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を定め當年十一歳なる<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に<ruby><rb>言含</rb><rt>いひふく</rt></ruby>め又家中一同を呼出して今宵は<ruby><rb>通夜</rb><rt>つや</rt></ruby>を致し<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>六ツの時計を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に<ruby><rb>予</rb><rt>われ</rt></ruby>は<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>致すなりと申渡されけるに家中の面々大に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>こそは<ruby><rb>殿樣</rb><rt>とのさま</rt></ruby>への<ruby><rb>御暇乞</rb><rt>おいとまごひ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>不覺</rb><rt>そゞろ</rt></ruby>に涙を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し各々座敷へ<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>ける越前守は家中一同を<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>見て池田<ruby><rb>大助</rb><rt>だいすけ</rt></ruby>を<ruby><rb>側近</rb><rt>そばちか</rt></ruby>く<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て申樣汝に<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>する事あり明朝は忠右衞門も予と共に<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>致せば予がなき<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は三日を<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>ず其方<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに次右衞門三五郎は<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>御役宅</rb><rt>おやくたく</rt></ruby>へ奉公すべし必らず<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>二君に<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>へずとの<ruby><rb>聖言</rb><rt>せいげん</rt></ruby>を守るなよ<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>三人は予が<ruby><rb>眼鏡</rb><rt>めがね</rt></ruby>に止りし者なれば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>御役</rb><rt>おやく</rt></ruby>に立者なり必ず〱此一言を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>るゝな次右衞門三五郎等<ruby><rb>歸府</rb><rt>きふ</rt></ruby>なさば<ruby><rb>此遺言</rb><rt>このゆゐごん</rt></ruby>を申し聞すべしと言又家中一同の者へ其方共予がなき<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は三日を<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>ず<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby>へ奉公すべし<ruby><rb>兩刀</rb><rt>りやうたう</rt></ruby>を<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>する者は皆々<ruby><rb>天子</rb><rt>てんし</rt></ruby>の家來なるぞ必ず忠臣二君に仕へずとの<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を用ゆるな<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>を致して居て越前の<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>かと<ruby><rb>後指</rb><rt>うしろゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さゝ</rt></ruby>るゝな立派な出世致すべし<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>てこそ予に<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>し<ruby><rb>忠義</rb><rt>ちうぎ</rt></ruby>なるぞと申聞られ<ruby><rb>一人々々</rb><rt>ひとり〱</rt></ruby>に<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>を下され夫より夜の<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>るを<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>ける此時越前守の<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>には奧御用人を以て明朝<ruby><rb>君</rb><rt>きみ</rt></ruby>には<ruby><rb>御切腹</rb><rt>ごせつぷく</rt></ruby><ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門も自害致し<ruby><rb>死出</rb><rt>しで</rt></ruby><ruby><rb>三途</rb><rt>さんづ</rt></ruby>の<ruby><rb>露拂</rb><rt>つゆはら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つるとの事武士の妻が<ruby><rb>御切腹</rb><rt>ごせつぷく</rt></ruby>の事兼て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>には御座候へども君に<ruby><rb>御別</rb><rt>おんわか</rt></ruby>れ申其上<ruby><rb>愛子</rb><rt>あいし</rt></ruby>に<ruby><rb>先立</rb><rt>さきだた</rt></ruby>れ何を<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みに此世に<ruby><rb>存命</rb><rt>ながらへ</rt></ruby>べきや<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>しへも<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>仰付られ度と願はれければ越前守是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の願なり<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し遣はす<ruby><rb>座</rb><rt>ざ</rt></ruby><ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>たれば<ruby><rb>遲速</rb><rt>ちそく</rt></ruby>あり親子三人<ruby><rb>一間</rb><rt>ひとま</rt></ruby>に於て<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>すべければ此所へ參れとの御言葉に用人は<ruby><rb>畏</rb><rt>かし</rt></ruby>こまり<ruby><rb>此旨</rb><rt>このむね</rt></ruby><ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>へ申上げれば奧方には<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>白裝束</rb><rt>しろしやうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>められ此方の一間へ來り給ひ<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>も<ruby><rb>溢</rb><rt>こぼ</rt></ruby>さず<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>座</rb><rt>ざし</rt></ruby>て三人時刻を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>は<ruby><rb>風前</rb><rt>ふうぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の如く<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れ<ruby><rb>墓無</rb><rt>はかなき</rt></ruby>有樣なり皆々は目を<ruby><rb>數瞬</rb><rt>しばたゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>念佛</rb><rt>ねんぶつ</rt></ruby>を<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>へ夜の明るを<ruby><rb>怨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>に<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>き夜も<ruby><rb>早晩</rb><rt>いづしか</rt></ruby><ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>六ツに間も有じとて切腹の用意に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らるゝに明六ツの<ruby><rb>時計</rb><rt>とけい</rt></ruby><ruby><rb>鳴渡</rb><rt>なりわた</rt></ruby>れば越前守は<ruby><rb>奧方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門切腹致さば其方<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいしやく</rt></ruby>致せ其方<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>せば予が<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいしやく</rt></ruby>すべし予が切腹せば<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいしやく</rt></ruby>には大助致すべしと<ruby><rb>言付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>て又忠右衞門に向ひ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>なるぞ<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れを取なと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに忠右衞門<ruby><rb>殊勝</rb><rt>けなげ</rt></ruby>にも然らば<ruby><rb>父上</rb><rt>ちゝうへ</rt></ruby>御免を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り御先へ切腹仕つり<ruby><rb>黄泉</rb><rt>くわうせん</rt></ruby>の<ruby><rb>露拂</rb><rt>つゆはら</rt></ruby>ひ致さんと<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よくも<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を兩手に<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>左の<ruby><rb>脇腹</rb><rt>わきばら</rt></ruby>へ既に<ruby><rb>突立</rb><rt>つきたて</rt></ruby>んとする<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>廊下</rb><rt>らうか</rt></ruby>をばた〱と<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせくる</rt></ruby><ruby><rb>人音</rb><rt>ひとおと</rt></ruby>に越前守<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しと<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め何者なるやと尋ぬれば紀州よりの<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>と呼はりける越前守是を聞き<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>を<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>へと申にぞ<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に差出せば<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby><ruby><rb>押開</rb><rt>おしひらき</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>て是は三五郎の<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>なり此<ruby><rb>文體</rb><rt>ぶんてい</rt></ruby>にては紀州表の<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>方<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞき</rt></ruby>たりと相見え<ruby><rb>勇</rb><rt>いさみ</rt></ruby>たる文段なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら兩人の<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby><ruby><rb>晝過</rb><rt>ひるすぎ</rt></ruby>ならん夫迄は<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>し<ruby><rb>餘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>ながら是非に及ばず<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門<ruby><rb>後</rb><rt>おくれ</rt></ruby>を取な<ruby><rb>早々</rb><rt>はや〲</rt></ruby>用意を致せと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に隨て然ば御先へと又<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を<ruby><rb>持直</rb><rt>もちなほ</rt></ruby>しあはや只今<ruby><rb>突立</rb><rt>つきたて</rt></ruby>んとする時亦々<ruby><rb>廊下</rb><rt>らうか</rt></ruby>に<ruby><rb>物音</rb><rt>ものおと</rt></ruby><ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じく聞えければ越前守何事やらん<ruby><rb>今暫</rb><rt>いましばら</rt></ruby>くと忠右衞門を止めて待るゝに次右衞門三五郎の兩士<ruby><rb>亂髮</rb><rt>らんぱつ</rt></ruby>の上を<ruby><rb>白布</rb><rt>しろぬの</rt></ruby>にて<ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby><ruby><rb>野服</rb><rt>のふく</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>を<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>に越前守殿の前に<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけきた</rt></ruby>り立乍ら<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>天一坊は<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>にて<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>感應院の<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>寶澤と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>なり若君には<ruby><rb>寶永</rb><rt>はうえい</rt></ruby>二酉年三月十五日<ruby><rb>御早世</rb><rt>ごさうせい</rt></ruby>に相違なし<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は是に候とて<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>の<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ差出し兩人は<ruby><rb>撥</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし私共天一坊<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>の儀を早々申上<ruby><rb>御安堵</rb><rt>ごあんど</rt></ruby>させ奉つらんと一￼に存じ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>君臣の<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を失ひ候段恐入奉つり候<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て兩人は是より<ruby><rb>差控仕</rb><rt>さしひかへつかま</rt></ruby>つる可と座を<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>かんとするを越前守<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>次右衞門三五郎<ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>止れども兩士は<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>退座</rb><rt>たいざ</rt></ruby>せんとするに兩人參らずんば越前守直に夫へ出向ぞと言に兩人は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り越前守が<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>に出て<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す是時越前守には次右衞門三五郎の手を<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>られ兩人の<ruby><rb>丹精</rb><rt>たんせい</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく思ふなり<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>とは思はぬぞや<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>夫より伊豆守殿より<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>ければ<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>三人<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>なし只今既に忠右衞門<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>するの所ろ兩人の<ruby><rb>歸着</rb><rt>きちやく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の<ruby><rb>加護</rb><rt>かご</rt></ruby>とはいへ全たく<ruby><rb>誠忠</rb><rt>せいちう</rt></ruby>の致す所なりと<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>られ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠右衞門一代は兩人をば<ruby><rb>伯父々々</rb><rt>をぢ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>べしと言ければ兩人は<ruby><rb>有難涙</rb><rt>ありがたなみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>御禮</rb><rt>おんれい</rt></ruby>申上召連し見知人甚左衞門善助は名主部屋へ入置<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>致させける是に依て越前守には池田<ruby><rb>大助</rb><rt>だいすけ</rt></ruby>に命じ<ruby><rb>全快屆</rb><rt>ぜんくわいとゞけ</rt></ruby>の書面を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めさせ<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へこそは差出されける

## 第卅四回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も越前守には紀州より兩臣<ruby><rb>歸着</rb><rt>きちやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>行屆たれば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>沐浴</rb><rt>もくよく</rt></ruby>なし登城の<ruby><rb>觸出</rb><rt>ふれだ</rt></ruby>し有て御<ruby><rb>供揃</rb><rt>ともそろひ</rt></ruby>に及び<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おやくたく</rt></ruby>を出で松平伊豆守殿御役屋敷を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>がせられ<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に伊豆守殿<ruby><rb>御屋敷</rb><rt>おやしき</rt></ruby><ruby><rb>御玄關</rb><rt>おげんくわん</rt></ruby>へ懸て<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>越前守伊豆守殿へ<ruby><rb>御</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>御目通</rb><rt>おめどほ</rt></ruby>り致度と申入るに取次の者<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>きを申上ければ伊豆守殿<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思はれ奉行越前は<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>の内に<ruby><rb>御役</rb><rt>おやく</rt></ruby>御免を願ふ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるに今日<ruby><rb>全快屆</rb><rt>ぜんくわいとゞけ</rt></ruby>を出し予に内々<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たしとは何事ならんと<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>ありしに越前守申さるゝには<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>御密談</rb><rt>おんみつだん</rt></ruby>申上度儀候へば御<ruby><rb>人拂</rb><rt>ひとはら</rt></ruby>ひ願ひたしとの事故<ruby><rb>公用人</rb><rt>こうようにん</rt></ruby>一人<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し餘は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>けらる越前守は<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び公用人をも<ruby><rb>御退</rb><rt>おしりぞ</rt></ruby>け下さるべしと言るゝに伊豆守殿<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby>を<ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby>是れ越前其方は<ruby><rb>役柄</rb><rt>やくがら</rt></ruby>をも<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつとめ</rt></ruby>候へば<ruby><rb>斯程</rb><rt>かほど</rt></ruby>の事は<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ居るべし<ruby><rb>老中</rb><rt>らうぢう</rt></ruby>の公用人は<ruby><rb>目付代</rb><rt>めつけかは</rt></ruby>りなり<ruby><rb>役屋敷</rb><rt>やくやしき</rt></ruby>に於て<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>致す事は元より<ruby><rb>御法度</rb><rt>ごはつと</rt></ruby>なりと申さるゝを<ruby><rb>越前守</rb><rt>ゑちぜんのかみ</rt></ruby>少しも<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>せず左樣に候はゞ是非に及ばず天一坊儀に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby>御密談申上度存じ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>仕つり候<ruby><rb>御聞屆</rb><rt>おきゝとゞけ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>に於ては致し方なし然れば<ruby><rb>御暇</rb><rt>おんいとま</rt></ruby>仕つらんと<ruby><rb>立懸</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>るに伊豆守殿天一坊の事と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て何事やらんと<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがか</rt></ruby>りなれば<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ越前天一坊儀と<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば伊豆守も<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はらねばならぬ事<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>とて<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て公用人をも<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>けられ今は<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く二人<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむか</rt></ruby>ひに成れける<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>越前守申さるゝ樣は<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し先達てより天一坊の身分<ruby><rb>再吟味</rb><rt>さいぎんみ</rt></ruby>の役を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り候處<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>に付御屆申上<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこも</rt></ruby>り罷在其内に家來を以て<ruby><rb>紀州表</rb><rt>きしうおもて</rt></ruby>へ調方に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし候ひしが今朝<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く<ruby><rb>歸府</rb><rt>きふ</rt></ruby>仕つり逐一<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>し候處當時八山に<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>致し居天一坊といふは<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>九州<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>原田嘉傳次と申者の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>にて<ruby><rb>幼名</rb><rt>えうみやう</rt></ruby>を玉之助といひ幼年にて父母に別れ<ruby><rb>紀州</rb><rt>きしう</rt></ruby><ruby><rb>名草郡</rb><rt>なぐさごほり</rt></ruby>平野村の<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>感應院の弟子となり名を<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>と改め十二歳の時お<ruby><rb>三婆</rb><rt>さんばゞ</rt></ruby>を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し御墨附短刀を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取十三歳にして<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>感應院を<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>し十四歳の時村中を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り諸國修行と<ruby><rb>號</rb><rt>がう</rt></ruby>し平野村を立出其夜加田の浦にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に殺されし體に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ夫より<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>らひて將軍の<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby>なりと<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出候に相違有間敷候此度見知人も是有<ruby><rb>彼地</rb><rt>かのち</rt></ruby>より兩人同道にて<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐり</rt></ruby>候なりと<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申述けるに伊豆守殿<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と聞て<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し暫々<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>も無りしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>有て<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>けるは越前は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も心付たり定めて<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごはうび</rt></ruby>として五萬石は<ruby><rb>御加増</rb><rt>ごかぞう</rt></ruby>有べし夫に<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>此伊豆守は<ruby><rb>半知</rb><rt>はんち</rt></ruby>と成て御役御免に相成可しと<ruby><rb>悄々</rb><rt>しほ〱</rt></ruby>として言ければ越前守<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>私し儀<ruby><rb>御加増</rb><rt>ごかぞう</rt></ruby>を<ruby><rb>望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>立身を<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>候<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>には候はず左樣の存じ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>あらば何とて今日御役宅へ<ruby><rb>御密談</rb><rt>おみつだん</rt></ruby>に參り可申や<ruby><rb>配下</rb><rt>はいか</rt></ruby>の身として<ruby><rb>御重役</rb><rt>ごぢうやく</rt></ruby>の<ruby><rb>不首尾</rb><rt>ふしゆび</rt></ruby>を悦ぶ<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはれ</rt></ruby>なし只今申上候御密談と申は<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の儀に候はず伊豆守殿には<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>より先へ<ruby><rb>御登城</rb><rt>ごとじやう</rt></ruby>なされ將軍家へ天一坊儀は<ruby><rb>重役共</rb><rt>ぢうやくども</rt></ruby>より<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>相調</rb><rt>あひしら</rt></ruby>べ候處全く將軍の<ruby><rb>御子樣</rb><rt>おこさま</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく存じ奉つり此段<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>仕り候へ共<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>いて<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>仕つり候へば<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の<ruby><rb>廉々</rb><rt>かど〱</rt></ruby>も御座候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>奉行越前心付し<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に仕り内々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致させ候に天一坊儀は全く<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>にて山伏感應院の<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>寶澤と申す<ruby><rb>賣僧</rb><rt>まいす</rt></ruby>に御座候と<ruby><rb>仰上</rb><rt>おほせあげ</rt></ruby>られなば伊豆守殿の御落度にも相成まじ又私しよりも伊豆守殿の<ruby><rb>御心付</rb><rt>おこゝろづき</rt></ruby>にて<ruby><rb>御内密仰含</rb><rt>ごないみつおほせふく</rt></ruby>められ候に依て内々にて吟味仕り候處<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ御座なく候と<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>仕り候らはゞ<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>致すべしと云に伊豆守殿には<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て大に悦び給ひ然らば越前其方が申通り伊豆守より<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>致すべし其方も<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に言上致され候や其節に及び<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の申立<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>致ては伊豆守が<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>にも<ruby><rb>相懸</rb><rt>あひかゝり</rt></ruby>候儀なれば<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>有たし只今の口上に<ruby><rb>異變</rb><rt>いへん</rt></ruby>なきやと再應<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>らるゝにぞ越前守<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し私しより申上候儀なれば<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>相違は御座なく候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へらるゝに然らば越前<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて<ruby><rb>登城</rb><rt>とじやう</rt></ruby>可致と<ruby><rb>御供觸</rb><rt>おともぶれ</rt></ruby>を出され御同道にて<ruby><rb>御登城</rb><rt>ごとじやう</rt></ruby>に及ばれ伊豆守殿には御用御取次を召て<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>けるは伊豆守越前守<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>の儀有之候に付御<ruby><rb>目見得下</rb><rt>めみえくだ</rt></ruby>し置れ候樣御取次<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしとの事なれば御用御取次は此段<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>言上に及ばれける將軍家にも奉行越前<ruby><rb>病氣全快</rb><rt>びやうきぜんくわい</rt></ruby>と聞し召れ<ruby><rb>御悦氣</rb><rt>ごえつき</rt></ruby>にて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>召出され御目見<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らる此時伊豆守殿には天一坊儀<ruby><rb>上樣</rb><rt>うへさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>ごらくいん</rt></ruby>に相違なしと存じ奉つり<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て此段上聞に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>し候へ共<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ候へば<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の事も御座候故御<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>は<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>の御品ながら當人は<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>らはしき者にやと心付候へ共<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>共一同申上候儀を變じ候も如何と存じ奉つり越前へ<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>仕つり同人心付候<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>にて<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致させ申候處<ruby><rb>果</rb><rt>はた</rt></ruby>して天一坊儀は贋者に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>言上に及ばれければ將軍には<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>聞し召れ越前守に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はせ給ひ予は全く越前が心付しと存ぜしが<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は伊豆が心付て<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>有たるに相違なきや越前<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>ぢやとの上意に越前守發と<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし只今伊豆守より<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>仕り候通り<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>相違御座なく候<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は此書面に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めしとて書付を出さるれば<ruby><rb>御用</rb><rt>ごよう</rt></ruby>御取次是を受取將軍家へ<ruby><rb>差上</rb><rt>さしあぐ</rt></ruby>る御<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>あるに當時天一坊と名乘候者は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>九州<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>原田<ruby><rb>嘉傳次</rb><rt>かでんじ</rt></ruby>の悴にて<ruby><rb>幼名</rb><rt>えうみやう</rt></ruby>玉之助と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>幼年にて兩親に別れ平野村の<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>感應院の弟子となり<ruby><rb>寶澤</rb><rt>はうたく</rt></ruby>と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>し十二歳にしてお三婆を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころし</rt></ruby>御墨附御短刀を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取十三歳にて師匠を<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>し十四歳の<ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>紀州加田の浦にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に殺されし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に取<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ夫より所々を<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいくわい</rt></ruby>なし同類を<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>らひ此度將軍家の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby>と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出候に相違御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と記し有を<ruby><rb>御覽遊</rb><rt>ごらんあそ</rt></ruby>ばし殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>御顏色</rb><rt>ごがんしよく</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>らせ給ひ<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>めが<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>の儀は越前が心に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>すべし此段<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>同道にて<ruby><rb>水戸家</rb><rt>みとけ</rt></ruby>へ參り左樣に申べしとの<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>に<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>伊豆守殿越前守同道にて小石川の<ruby><rb>御館</rb><rt>おやかた</rt></ruby>さして<ruby><rb>急行</rb><rt>いそぎゆき</rt></ruby>ける小石川にては<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>今朝奉行越前病氣<ruby><rb>全快屆</rb><rt>ぜんくわいとゞ</rt></ruby>けを出せし由<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて屋形へも越前參るべしと思召<ruby><rb>遠見</rb><rt>とほみ</rt></ruby>を出すべしとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>にて則ち遠見の者を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>されけるに此者<ruby><rb>下馬先</rb><rt>げばさき</rt></ruby>にて越前守伊豆守殿と<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて小石川御屋形の方を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て來るを見るより急ぎ<ruby><rb>馳歸</rb><rt>はせかへ</rt></ruby>りて只今松平伊豆守殿<ruby><rb>大岡</rb><rt>おほをか</rt></ruby>越前守御同道にて<ruby><rb>御館</rb><rt>おやかた</rt></ruby>を指て<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>られ候なりと申上るに<ruby><rb>中納言</rb><rt>ちうなごん</rt></ruby>綱條卿斯と御聞とり<ruby><rb>遊</rb><rt>あそば</rt></ruby>し伊豆守同道とは何事ならんと御<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>有けるに<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>もなく兩人御館へ參られ伊豆守越前守同道<ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>り御目見を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つると取次を以て申上るに中納言<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>は如何<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>けん伊豆守は<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>させよ越前守ばかり書院へ通せとの御意にて越前守を<ruby><rb>御廣</rb><rt>おんひろ</rt></ruby>書院へ通し伊豆守殿をば<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>の間へ<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へさせられたり間もなく綱條卿には<ruby><rb>御廣</rb><rt>おんひろ</rt></ruby>書院へ入らせられ越前守に<ruby><rb>御目見</rb><rt>おんめみえ</rt></ruby>仰付らる此時越前守<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しく<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を上申上らるゝ樣は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て私し心付候由にて天一坊<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>再吟味</rb><rt>さいぎんみ</rt></ruby>の儀願ひ奉つり<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち御免を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り候へ共是は私しの心付には御座なく全く<ruby><rb>伊豆守</rb><rt>いづのかみ</rt></ruby>心付なり<ruby><rb>然共</rb><rt>されども</rt></ruby>先達て將軍の御<ruby><rb>落胤</rb><rt>おとしだね</rt></ruby>に相違なしと<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に達し其後の心付なりとて<ruby><rb>一旦</rb><rt>いつたん</rt></ruby><ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>共申出し儀を相違<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり候ては御役儀も<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>く<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>候故私しの内意仕つり候に付私再吟味御免を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り其後病氣と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこも</rt></ruby>り<ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>を以て紀州表<ruby><rb>相調</rb><rt>あひしら</rt></ruby>べ候に天一坊儀は<ruby><rb>贋者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>に相違是なく<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は此書面に<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>候と差上らるゝに綱條卿是を<ruby><rb>御手</rb><rt>おて</rt></ruby>に<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>せ玉ひ<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>有るに全くの<ruby><rb>若君</rb><rt>わかぎみ</rt></ruby>には寶永三酉年三月十五日<ruby><rb>御誕生</rb><rt>ごたんじやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>御早世</rb><rt>ごさうせい</rt></ruby>澤の井も其<ruby><rb>明方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に同じく<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>平澤村光照寺へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り右<ruby><rb>法名</rb><rt>ほふみやう</rt></ruby>共に<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し有て且天一坊は原田嘉傳次が子にして<ruby><rb>幼名</rb><rt>えうみやう</rt></ruby>を玉之助といひ七歳にて兩親に<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>られ<ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>感應院の弟子となり十二歳の時お三婆を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し十三歳の<ruby><rb>冬</rb><rt>ふゆ</rt></ruby>師匠感應院を<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>し十四歳の<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>諸國修行と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り加田の浦にて盜賊に<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にし夫より諸國を<ruby><rb>經廻</rb><rt>へめぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby>を語らひ<ruby><rb>今般</rb><rt>こんぱん</rt></ruby>將軍の<ruby><rb>御落胤</rb><rt>おんおとしだね</rt></ruby>なりと名乘出候に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めたれば扨々<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>惡僧</rb><rt>あくそう</rt></ruby>なり如何に越前<ruby><rb>此調</rb><rt>このしらべ</rt></ruby>は伊豆守の<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>を受て紀州表を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致したりと申せ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>全くは左樣には<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ざるべし其方が心付しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まいな其方<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>の身を思ひ<ruby><rb>功</rb><rt>こう</rt></ruby>を他に<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>る心なるべし予が<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりき</rt></ruby>によも相違は有るまじと<ruby><rb>再</rb><rt>さい</rt></ruby>三<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>らるゝに越前守<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を返へし奉つるに<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>候へ共私存じ仕候樣に申上しは<ruby><rb>僞言</rb><rt>いつはり</rt></ruby>にて實は伊豆守よりの<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>を受候に相違御座なく候と申上げるに<ruby><rb>綱條卿</rb><rt>つなえだきやう</rt></ruby>の御意に越前<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>して<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を返へし候段は<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れて遣すとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>なりしか

## 第卅五回

此時<ruby><rb>中納言</rb><rt>ちうなごん</rt></ruby>綱條卿の御意には伊豆守を是へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すべしとの事なれば伊豆守殿には<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て恐々出來り平伏ある中納言綱條卿には<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>八山</rb><rt>やつやま</rt></ruby>に<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>致居る天一坊の身分<ruby><rb>調方</rb><rt>しらべかた</rt></ruby>伊豆其方が心付にて<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>致し奉行越前が心附し<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひ再吟味を願ひ紀州表を<ruby><rb>相調</rb><rt>あひしら</rt></ruby>べ<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>方行屆候由只今越前より<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に申せしが伊豆が<ruby><rb>内意</rb><rt>ないい</rt></ruby>致せしに相違なきやとの<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>なれば伊豆守殿には<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいり</rt></ruby>越前より言上仕り候<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と申上げれば綱條卿には伊豆守は<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>配下</rb><rt>はいか</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>て<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>者なりとの<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せに伊豆守殿は<ruby><rb>胸中</rb><rt>きようちう</rt></ruby>を<ruby><rb>見透</rb><rt>みすか</rt></ruby>され<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>の<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>に坐する如く<ruby><rb>冷汗</rb><rt>ひやあせ</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>して<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へらる此時綱條卿には越前天一坊の<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>の儀は其方が勝手に致べし<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が<ruby><rb>免</rb><rt>ゆるす</rt></ruby>ぞ越前は<ruby><rb>小身者</rb><rt>せうしんもの</rt></ruby>なれば天一坊<ruby><rb>召捕方</rb><rt>めしとりかた</rt></ruby>の手當等はむづかしからん伊豆<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>より<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby><ruby><rb>助力</rb><rt>じよりよく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし早々其<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>を致べしとて御<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を下し置かる是に依て伊豆守殿には<ruby><rb>發</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>漸く<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>したる心地して<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby>なし<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へこそ歸られける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>越前守は<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り御<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を蒙り御<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を給はり<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>を施して<ruby><rb>勇進</rb><rt>いさみすゝ</rt></ruby>んで御<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ歸り<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>公用人二人を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し次右衞門に<ruby><rb>言付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>けるは其方是より芝八山へ參り<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>る<ruby><rb>巳</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>越前役宅へ天一坊參候樣申聞べし必ず<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>られるなと心付られ又三五郎を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て其方は天一坊<ruby><rb>召捕方</rb><rt>めしとりかた</rt></ruby><ruby><rb>手配</rb><rt>てくばり</rt></ruby>を致べしと仰付られ池田大助には天一坊<ruby><rb>召取方</rb><rt>めしとりかた</rt></ruby>を申付らる是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て三五郎は以前の如く江戸出口十三ヶ所へ<ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby>を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>品川新宿板橋千住の<ruby><rb>大出口</rb><rt>おほでぐち</rt></ruby>四ヶ所へは人數千人<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>固</rb><rt>かため</rt></ruby>させ其外九ヶ所の<ruby><rb>出口</rb><rt>でぐち</rt></ruby>へは人數五百人<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>を守らせ<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>の方は<ruby><rb>船手</rb><rt>ふなて</rt></ruby>へ申付深川<ruby><rb>新地</rb><rt>しんち</rt></ruby>より品川<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>迄御<ruby><rb>船手</rb><rt>ふなて</rt></ruby>にて取切御<ruby><rb>備</rb><rt>そなへ</rt></ruby>の御船は<ruby><rb>沖中</rb><rt>おきなか</rt></ruby>へ押出し其外<ruby><rb>鯨船</rb><rt>げいせん</rt></ruby><ruby><rb>數艘</rb><rt>すそう</rt></ruby>を用意し<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>社</rb><rt>こそ</rt></ruby><ruby><rb>備</rb><rt>そなへ</rt></ruby>ける然ば次右衞門は<ruby><rb>桐棒</rb><rt>きりぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に打乘<ruby><rb>若徒</rb><rt>わかたう</rt></ruby>兩人<ruby><rb>長柄</rb><rt>ながえ</rt></ruby><ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>取を<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>數寄屋橋御門内御<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>を出芝八山を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しが道々<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>するには先達て赤川大膳を<ruby><rb>名指</rb><rt>なざし</rt></ruby>にせしが此度も又<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>なさんか<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>若し山内伊賀亮が<ruby><rb>側</rb><rt>わき</rt></ruby>より聞て<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>らば一大事なり<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば此度は伊賀亮を<ruby><rb>名指</rb><rt>なざし</rt></ruby>にて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に對面して<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>課</rb><rt>おほ</rt></ruby>せん者をと<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>し<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て八山の<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>に到り案内を<ruby><rb>乞</rb><rt>こ</rt></ruby>ふに中村市之丞<ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>として出來れば次右衞門申やう<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡越前守<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>平石次右衞門天一坊樣御<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>山内伊賀亮樣に御<ruby><rb>目通</rb><rt>めどほ</rt></ruby>り致し申上度儀御座候此段御取次下さるべしと有に市之丞<ruby><rb>此旨</rb><rt>このむね</rt></ruby>伊賀亮へ申<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じけるに伊賀亮<ruby><rb>熟々</rb><rt>つら〱</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>するに奉行越前<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>し自分に紀州表へ<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに參りしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし然ば<ruby><rb>往</rb><rt>ゆき</rt></ruby>三日半歸り三日半<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに三日<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべし越前<ruby><rb>病氣引籠</rb><rt>びやうきひきこも</rt></ruby>りより今日は<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby>八日目なり十日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>ての使者なれば<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>役宅へ<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>て<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby><ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>なるべけれど四五日早く<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>の來る處を見れば<ruby><rb>謀事</rb><rt>はかりごと</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せしと相見えたり<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>次右衞門を使者の間へ通し<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て伊賀亮<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>に及びたる<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>次右衞門申けるは越前<ruby><rb>先日</rb><rt>せんじつ</rt></ruby>以來病氣に候處<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しく<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろよ</rt></ruby>き<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>にて御座候故今日<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て出勤致し候一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby>越前守參り以て申上べきの處なれど未だ<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby>も仕つらず候故私しを以て此段申上奉り候明日は吉日に付御<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby>の御<ruby><rb>規式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby>を御取計ひ仕り候<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も<ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>伊豆守越前役宅<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>參られ天一坊樣へ御<ruby><rb>元服</rb><rt>げんぷく</rt></ruby>を奉り夫より御<ruby><rb>登城</rb><rt>とじやう</rt></ruby>の御案内には伊豆守は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>西の御丸へ<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>らせられ候節は酒井<ruby><rb>左衞門尉</rb><rt>さゑもんのじよう</rt></ruby>より御<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>一筋<ruby><rb>獻上</rb><rt>けんじやう</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>り候事<ruby><rb>吉例</rb><rt>きちれい</rt></ruby>に候へ共左衞門尉は<ruby><rb>在國</rb><rt>ざいこく</rt></ruby>出羽鶴が岡に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候に付<ruby><rb>名代</rb><rt>みやうだい</rt></ruby>として伊豆守より<ruby><rb>猿毛</rb><rt>さるげ</rt></ruby>の御<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>一<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>獻上仕り候上樣よりは御<ruby><rb>祝儀</rb><rt>しうぎ</rt></ruby>として御<ruby><rb>先箱</rb><rt>さきばこ</rt></ruby>一ツ御<ruby><rb>打物</rb><rt>うちもの</rt></ruby>一ト<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>右は雨天に候節は<ruby><rb>御紋</rb><rt>ごもん</rt></ruby><ruby><rb>唐草</rb><rt>からくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>蒔繪</rb><rt>まきゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>柄</rb><rt>え</rt></ruby><ruby><rb>晴天</rb><rt>せいてん</rt></ruby>に候へば<ruby><rb>青貝柄</rb><rt>あをかひえ</rt></ruby>の打物に候大手迄は御<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>在江戸の大名方<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむか</rt></ruby>へ御<ruby><rb>中尺迄</rb><rt>ちうしやくまで</rt></ruby>は尾州紀州水戸の御<ruby><rb>三方</rb><rt>さんかた</rt></ruby>の御<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむかひ</rt></ruby>にて御<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>より御通り遊ばし<ruby><rb>御白書院</rb><rt>おんしろしよゐん</rt></ruby>に於て<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby>夫より御<ruby><rb>黒書院</rb><rt>くろしよゐん</rt></ruby>に於て<ruby><rb>御臺</rb><rt>みだい</rt></ruby>樣御對顏<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び<ruby><rb>西湖</rb><rt>せいこ</rt></ruby>の間に於て御三方樣御<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>事あり夫より西の丸へ入せられ候御事にて御<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>吉例</rb><rt>きちれい</rt></ruby>四國なれば<ruby><rb>上野國</rb><rt>かうづけのくに</rt></ruby>にて廿萬石下總國にて十萬石甲斐三河で廿萬石<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>五十萬石上野國<ruby><rb>佐位郡</rb><rt>さゐのこほり</rt></ruby><ruby><rb>厩橋</rb><rt>うまやばし</rt></ruby>の<ruby><rb>城主格</rb><rt>じやうしゆかく</rt></ruby>に御座候と<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>爽</rb><rt>さわやか</rt></ruby>に申述<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>申殘しの儀は明日成せられ候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>越前<ruby><rb>直々</rb><rt>ぢき〱</rt></ruby>に言上仕つり候と申<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>れば伊賀亮是を聞て<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は事<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せりと心中に悦びける是餘人成ば<ruby><rb>城中</rb><rt>じやうちう</rt></ruby>の事<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>くは知ざれば<ruby><rb>疑</rb><rt>うたがは</rt></ruby>しく<ruby><rb>思</rb><rt>おもふ</rt></ruby>べけれ共伊賀亮は城中の事を<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>心得居る故今次右衞門のいふ處一々<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>に當れば<ruby><rb>偵</rb><rt>さすが</rt></ruby>の伊賀亮も心を<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>此計略</rb><rt>このけいりやく</rt></ruby>には<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>られたるなり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>伊賀亮は奧へ來り<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>に<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむき</rt></ruby>を申聞せ伊賀亮<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>金作</rb><rt>きんづくり</rt></ruby>の<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>を持出て次右衞門に向ひ越前守より申<ruby><rb>越</rb><rt>こさ</rt></ruby>れし段上樣へ申上候處御<ruby><rb>滿足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>し明日<ruby><rb>巳</rb><rt>み</rt></ruby>の刻に越前役宅へ參るべしとの<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>なり是は余が<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の品<ruby><rb>如何敷</rb><rt>いかゞはしく</rt></ruby>候へども其方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすとて一<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>を差出せば次右衞門は<ruby><rb>此刀</rb><rt>このかたな</rt></ruby>を申請<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告て門前迄<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすま</rt></ruby>したりと<ruby><rb>發</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つい</rt></ruby>て飛が如くに役宅へ歸り<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>きを越前守へ申上<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby><ruby><rb>手筈</rb><rt>てはず</rt></ruby>をなしにける斯て八山には<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby>實に明日こそ御親子御<ruby><rb>對顏</rb><rt>たいがん</rt></ruby>に相成に付<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>せりと次右衞門が<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりやく</rt></ruby>に乘りしとは<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らず大いに悦び<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なる悦しき事は一夜を<ruby><rb>待明</rb><rt>まちあか</rt></ruby>すなりとて伊賀亮が<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひとして<ruby><rb>金春太夫</rb><rt>こんぱるだいふ</rt></ruby><ruby><rb>觀世太夫</rb><rt>くわんぜだいふ</rt></ruby>を呼で<ruby><rb>能舞臺</rb><rt>のうぶたい</rt></ruby>に於て御悦びの御<ruby><rb>能</rb><rt>のう</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>しける然るに其夜<ruby><rb>亥</rb><rt>い</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>とも<ruby><rb>覺敷頃</rb><rt>おぼしきころ</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>もなくして<ruby><rb>燭臺</rb><rt>しよくだい</rt></ruby>の<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>ふツと<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えければ伊賀亮<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>天文臺</rb><rt>てんもんだい</rt></ruby>へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>りて<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>見渡</rb><rt>みわた</rt></ruby>すに總て<ruby><rb>海邊</rb><rt>かいへん</rt></ruby>は數百<ruby><rb>艘</rb><rt>そう</rt></ruby>の船にて<ruby><rb>取圍</rb><rt>とりかこ</rt></ruby>み<ruby><rb>篝</rb><rt>かゞり</rt></ruby>を<ruby><rb>焚</rb><rt>たき</rt></ruby>品川灣を初め江戸の<ruby><rb>出口</rb><rt>でぐち</rt></ruby>十三ヶ所へ<ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby>を<ruby><rb>配</rb><rt>くばり</rt></ruby><ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めたる<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なれば伊賀亮驚き<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>事<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>せしと見たり今は是非に及ばず名も<ruby><rb>無者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>るゝは<ruby><rb>末代</rb><rt>まつだい</rt></ruby>迄の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>なり名奉行と呼るゝ越前守が手に掛らば<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby>なり大坂<ruby><rb>御城代</rb><rt>ごじやうだい</rt></ruby>京都諸司代御老中迄も<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きし上は思殘す事更になしと<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>の部屋へ來りて<ruby><rb>鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>を取出し見れば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>に<ruby><rb>劔難</rb><rt>けんなん</rt></ruby>の<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れたれば然ば明日は病氣と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り供を除き<ruby><rb>捕手</rb><rt>とりて</rt></ruby>の向はぬ内に<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を極め大膳の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>を立伊賀亮事<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby><ruby><rb>差起</rb><rt>さしおこ</rt></ruby>り明日の所<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby><ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なく候間<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby>宜敷御頼み申也と云<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>へ<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこも</rt></ruby>り居たりける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>其夜も<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby>の<ruby><rb>上刻</rb><rt>じやうこく</rt></ruby>と成ば天一坊には八山を立出で<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby>以前よりも<ruby><rb>華美</rb><rt>くわび</rt></ruby>に<ruby><rb>粧</rb><rt>よそほ</rt></ruby>ひて藤井左京赤川<ruby><rb>大膳</rb><rt>だいぜん</rt></ruby><ruby><rb>供頭</rb><rt>ともがしら</rt></ruby>となりて來る程に<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>の横町々々は大戸を〆切<ruby><rb>町内々々</rb><rt>ちやうない〱</rt></ruby>の<ruby><rb>自身番屋</rb><rt>じしんばんや</rt></ruby>には<ruby><rb>鳶</rb><rt>とび</rt></ruby>の者共火事<ruby><rb>裝束</rb><rt>しやうぞく</rt></ruby>にて<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby><ruby><rb>家主抔</rb><rt>いへぬしなど</rt></ruby>も<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>り〲相詰たり數寄屋橋御<ruby><rb>見附</rb><rt>みつけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はいれ</rt></ruby>ば常よりも人數<ruby><rb>夥多</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しく天一坊の供<ruby><rb>殘</rb><rt>のこら</rt></ruby>ず<ruby><rb>繰込</rb><rt>くりこむ</rt></ruby>を待て御門を<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と〆切たり越前守<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おんやくたく</rt></ruby>へ到れば大門を開き<ruby><rb>敷臺迄</rb><rt>しきだいまで</rt></ruby><ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>横着</rb><rt>よこづけ</rt></ruby>になし平石次右衞門池田大助<ruby><rb>下座敷</rb><rt>げざしき</rt></ruby>に<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す時に越前守には<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>上下にて敷臺迄<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ上段の間へ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>し是にて暫く<ruby><rb>御休息遊</rb><rt>ごきうそくあそば</rt></ruby>すべし其内には伊豆守參上仕つるべし<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby><ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>かる<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>の前には常樂院赤川大膳藤井左京<ruby><rb>諏訪右門</rb><rt>すはうもん</rt></ruby>各々<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を正して<ruby><rb>居竝</rb><rt>ゐならび</rt></ruby>たり越前守は<ruby><rb>見知人</rb><rt>みしりにん</rt></ruby>の甚左衞門善助を御<ruby><rb>近習</rb><rt>きんじふ</rt></ruby>に<ruby><rb>仕立</rb><rt>したて</rt></ruby>寶澤に相違なくは<ruby><rb>余</rb><rt>よ</rt></ruby>が<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を引べし夫を相￼に召捕べしと申渡し彼紀州より<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>來りし<ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひずる</rt></ruby>には紀州名草郡平野村<ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>の弟子寶澤十四歳と記し所々<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そめ</rt></ruby>し品々を<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸置</rb><rt>かけおき</rt></ruby>最早手筈は宜と越前守<ruby><rb>簾</rb><rt>みす</rt></ruby>の間へ來りて<ruby><rb>控居</rb><rt>ひかへゐ</rt></ruby>る然る所へ伊豆守殿の<ruby><rb>使者</rb><rt>ししや</rt></ruby>來り申述けるは今日伊豆守<ruby><rb>當御役宅</rb><rt>たうおやくたく</rt></ruby>へ參りて<ruby><rb>元服</rb><rt>げんぷく</rt></ruby>奉るべきの所今日佐竹<ruby><rb>左京太夫</rb><rt>さきやうたいふ</rt></ruby>殿江戸着にて伊豆守<ruby><rb>上使</rb><rt>じやうし</rt></ruby>に參り今日は<ruby><rb>御規式</rb><rt>おぎしき</rt></ruby>の御間に<ruby><rb>合兼</rb><rt>あひかね</rt></ruby>候由何共<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入奉り候へ共明日巳の刻に越前<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ入せられ候樣願上奉ると有ければ越前守には大膳に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>御聞</rb><rt>おんきゝ</rt></ruby>の通り伊豆守方より斯樣に申參り候へば<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も今日の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>には參り申さず<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら明日又々<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられ候樣願ひ奉ると申に大膳も<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>きを天一坊へ申傳へるに伊豆守役儀と有ば是非に及ばず又明日參るべしとの事にて<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>歸館々々</rb><rt>きくわん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>觸出</rb><rt>ふれだ</rt></ruby>しければ天一坊は<ruby><rb>上段</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>の間より<ruby><rb>靜々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby>と下り立ちけるに引續いて常樂院大膳左京右門の<ruby><rb>輩</rb><rt>ともが</rt></ruby>ら<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby><ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>けり

## 第卅六回

天一坊初め一味の<ruby><rb>輩</rb><rt>ともがら</rt></ruby>町奉行御役宅の<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby><ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>けるに豫て越前守が見知人として<ruby><rb>近習</rb><rt>きんじゆ</rt></ruby>に仕立召<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>し彼甚左衞門善助は此時ぞと天一坊を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>れば<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れもなき寶澤なれば越前守に<ruby><rb>目配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せなし<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を引たりける此時は天一坊は既に玄關迄來りしが向の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に懸し<ruby><rb>笈摺</rb><rt>おひずり</rt></ruby>を見て<ruby><rb>偵</rb><rt>さすが</rt></ruby>大膽不敵の天一坊なれど<ruby><rb>慄然</rb><rt>ぞつ</rt></ruby>と身の毛よだち思はず二足三足跡へ<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>くを見て取越前守大音に寶澤待と聲を懸けければ此方は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>愕然</rb><rt>びつくり</rt></ruby>し急に<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>蒼醒</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>後の方を振返るに<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとれ</rt></ruby>と云間も有ず數十人の捕手<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>の<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>より走り出<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby>小手に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をば懸たりける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>るより大膳は<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれしと思ければ刀引拔勢ひ<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>く<ruby><rb>縱横</rb><rt>たてよこ</rt></ruby>十文字に切て廻り切死せんと<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>くを大勢にて<ruby><rb>取籠</rb><rt>とりこ</rt></ruby>めつゝ<ruby><rb>階子</rb><rt>はしご</rt></ruby>を以て<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ漸く繩をぞ懸たりける<ruby><rb>此間</rb><rt>このま</rt></ruby>に常樂院藤井左京諏訪右門等各々召捕れ其餘一人も殘ず召捕たり越前守は豫て<ruby><rb>手配</rb><rt>てくばり</rt></ruby>せし事なれば急ぎ八山へ<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>を遣はせしに山内伊賀亮は早くも<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>し自分の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>へ火を懸て<ruby><rb>燒立</rb><rt>やきたて</rt></ruby>其中にて切腹し果たれば死骸は更に<ruby><rb>分</rb><rt>わから</rt></ruby>ずとなん惡徒とは云へ<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の器量人と稱すべし斯て越前守には御目附<ruby><rb>野山</rb><rt>のやま</rt></ruby><ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>十郎<ruby><rb>松田勘解由</rb><rt>まつだかげゆ</rt></ruby>等立合にて一同呼出し先天一坊を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ばれけるが只々<ruby><rb>伊賀亮</rb><rt>いがのすけ</rt></ruby>萬事を取計ひしゆゑ<ruby><rb>委細</rb><rt>いさい</rt></ruby>は存じ申さずと云に然らばとて常樂院其餘の者を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>するに是も同斷の答へゆゑ入牢の上嚴重に<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>を懸られたれば終に殘らず白状に及びける是に依て<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>享保十一<ruby><rb>丙午</rb><rt>ひのえうま</rt></ruby>年の十一月廿一日町奉行所に於て大岡越前守御勘定奉行駒木根肥後守<ruby><rb>筧播磨守</rb><rt>かけひはりまのかみ</rt></ruby>野山市十郎松田勘解由立合にて大岡越前守左の通り申渡されける

元長州浪人原田嘉傳次悴

玉之助

當山派修驗感應院弟子

となり其後改寶澤當時

獄門　　　　　　　　　　　天一坊

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>感應院</rb><rt>かんおうゐん</rt></ruby>の<ruby><rb>師恩</rb><rt>しおん</rt></ruby>を<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へず西國修行に罷り出度由申立<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて諸國を<ruby><rb>遍歴</rb><rt>へんれき</rt></ruby>し<ruby><rb>徒黨</rb><rt>とたう</rt></ruby>を集め百姓町人より金銀を<ruby><rb>掠取</rb><rt>かすめと</rt></ruby>り<ruby><rb>衣食住</rb><rt>いしよくぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>侈奢</rb><rt>ししや</rt></ruby>をなしたる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>を恐ざる<ruby><rb>致方</rb><rt>いたしかた</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆至極に付獄門申付る

天一坊家來

死罪　　　　　　　　　　　赤川大膳

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>大膳儀</rb><rt>だいぜんぎ</rt></ruby>先年<ruby><rb>神奈川</rb><rt>かながは</rt></ruby><ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby><ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>右衞門方に於て旅人を殺害し金子を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとり</rt></ruby>其後天一坊に一<ruby><rb>味</rb><rt>み</rt></ruby>致<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby><ruby><rb>虚言</rb><rt>きよげん</rt></ruby>を以て百姓町人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き金銀を<ruby><rb>掠取</rb><rt>かすめと</rt></ruby>り衣食住に<ruby><rb>侈奢</rb><rt>おごり</rt></ruby>身の程をも<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へず<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致たる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>重々不屆に付死罪申付る

天一坊家來

死罪　　　　　　　　　　　藤井左京

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>天一坊へ<ruby><rb>一味</rb><rt>いちみ</rt></ruby>致し<ruby><rb>謀計</rb><rt>ぼうけい</rt></ruby><ruby><rb>虚言</rb><rt>きよげん</rt></ruby>を以て百姓町人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き金銀を掠取り衣食住に<ruby><rb>侈奢</rb><rt>おごり</rt></ruby>身の程をも<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へず上を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致たる段重々不屆に付死罪申付る

美濃國各務郡谷汲郷

長洞村日蓮宗

遠島　　　　　　　　　　　常樂院天忠

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>天一坊<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>さず百姓町人を欺き金銀を<ruby><rb>掠取</rb><rt>かすめと</rt></ruby>り候段<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>を<ruby><rb>蔑</rb><rt>ないが</rt></ruby>しろに致し重々不屆に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申付る（八丈島）

芝田町

重追放　　　　　　　　　　山伏南藏院

其方儀天一坊身分<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と存ぜずとは申ながら常樂院に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれ<ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>住居の世話申候段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>に付重追放申付る

品川宿地面賣主

過料五貫文　　　　　　　　儀右衞門

其方儀天一坊身分<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞさ</rt></ruby>ず<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby><ruby><rb>賣遣</rb><rt>うりつか</rt></ruby>はし候段不埓に付<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>五貫文申付る

品川宿名主

身分取上　　　　　　　　　茂太夫

其方儀天一坊身分<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と相糺さず<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby><ruby><rb>華麗</rb><rt>くわれい</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>たらく有しを<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>相心得居申候や<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へもせず<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ながら心付ざる段不屆に付退役申付る

天一坊家來

本多源右衞門

南部權兵衞

遠藤森右衞門

中追放　　　　　　　　　　藤代要人

諏訪右門

浮木立平

高間左膳

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>七<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>の<ruby><rb>者共</rb><rt>ものども</rt></ruby>天一坊<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby><ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>さず<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby>の<ruby><rb>盟約</rb><rt>めいやく</rt></ruby>を致し候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>の致し<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に付中追放申付る

天一坊家來

高間權内

石黒善太夫

輕追放　　　　　　　　　　福島彌右衞門

矢島主計

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>四人の者同斷に付<ruby><rb>輕追放</rb><rt>けいつゐはう</rt></ruby>申付る

天一坊家來

木下新助

澤邊十藏

松倉長右衞門

高岡玄純

門前拂　　　　　　　　　　上國三九郎

近松源八

相良傳九郎

森川玄蕃

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>八人の者共<ruby><rb>同斷</rb><rt>どうだん</rt></ruby>に付<ruby><rb>門前拂</rb><rt>もんぜんばらひ</rt></ruby>申付る

天一坊家來

作右衞門

權助

石平

傳藏

專藏

無構　　　　　　　　　　　八助

半五郎

六左衞門

源七

八内

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>十人の者共は<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>し可申事

時に享保十一<ruby><rb>丙午</rb><rt>ひのえうま</rt></ruby>年十一月廿一日右の通り<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>其外金子差出候者共は呼出しの上夫々相當の<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>申付らる<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て天一坊一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやせい</rt></ruby>明白に<ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>相濟み<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>となりければ<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>上聽</rb><rt>じやうちやう</rt></ruby>に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>しける將軍家の上意に<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>越前</rb><rt>ゑちぜん</rt></ruby>無ば彼惡僧に<ruby><rb>誑</rb><rt>たばか</rt></ruby>られん者と深く<ruby><rb>御稱美</rb><rt>ごしようび</rt></ruby>有て三州<ruby><rb>額田郡</rb><rt>ぬかたごほり</rt></ruby><ruby><rb>西大平</rb><rt>にしおほひら</rt></ruby>に於て一萬石加増仰付られ越前守是迄の<ruby><rb>心勞</rb><rt>しんらう</rt></ruby>一方ならざりしも<ruby><rb>其甲斐</rb><rt>そのかひ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>愁眉</rb><rt>しうび</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>かれける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又<ruby><rb>平石</rb><rt>ひらいし</rt></ruby>次右衞門吉田三五郎の兩人より越前守へ<ruby><rb>言上</rb><rt>いひあげ</rt></ruby><ruby><rb>彼若君</rb><rt>かのわかぎみ</rt></ruby>澤の井の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りし光照寺へ<ruby><rb>永代佛供料</rb><rt>えいたいぶつくれう</rt></ruby>として十八石の<ruby><rb>御朱印</rb><rt>ごしゆいん</rt></ruby>を下し置れける是<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby><ruby><rb>祐然</rb><rt>いうねん</rt></ruby>が<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby><ruby><rb>頓才</rb><rt>とんさい</rt></ruby>の一言に依て<ruby><rb>末代</rb><rt>まつだい</rt></ruby><ruby><rb>寺號</rb><rt>じがう</rt></ruby>を<ruby><rb>輝</rb><rt>かゞや</rt></ruby>かせり且又見知人として出府せし甚左衞門善助の兩人へは越前守より<ruby><rb>目録</rb><rt>もくろく</rt></ruby>其外の品々を<ruby><rb>賜</rb><rt>たまは</rt></ruby>り目出度<ruby><rb>歸國</rb><rt>きこく</rt></ruby>致ける然ば<ruby><rb>曲</rb><rt>まが</rt></ruby>れる者は<ruby><rb>折易</rb><rt>をれやす</rt></ruby>く<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>なる者は<ruby><rb>伸易</rb><rt>のびやす</rt></ruby>しとか山内伊賀亮程の<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>ある者も惡事に組し末代の今に到る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>其<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>しけるが越前守には明智を以て<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る惡事を<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあらは</rt></ruby>し忠功を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>後世迄も<ruby><rb>美名</rb><rt>びめい</rt></ruby>を<ruby><rb>海内</rb><rt>かいだい</rt></ruby>に<ruby><rb>輝</rb><rt>かゞや</rt></ruby>かし子孫の<ruby><rb>繁榮</rb><rt>はんえい</rt></ruby>を<ruby><rb>遺</rb><rt>のこ</rt></ruby>すは<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き事共なり

天一坊一件終

  


## 白子屋阿熊一件

  


<ruby><rb>白子屋阿熊</rb><rt>しろこやおくま</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>賢</rb><rt>けん</rt></ruby>にして<ruby><rb>財</rb><rt>たから</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>ければ則ち<ruby><rb>其志</rb><rt>そのこゝろざし</rt></ruby>を<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>じ<ruby><rb>愚</rb><rt>ぐ</rt></ruby>にして<ruby><rb>財</rb><rt>たから</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>ければ則ち<ruby><rb>其過</rb><rt>そのあやま</rt></ruby>ちを<ruby><rb>益</rb><rt>ます</rt></ruby><ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>富貴</rb><rt>ふうき</rt></ruby>は<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>の<ruby><rb>怨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>なりと此言や<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なるかな享保の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>麹町二丁目に<ruby><rb>加賀屋</rb><rt>かがや</rt></ruby>四郎右衞門とて<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>十八<ruby><rb>間餘</rb><rt>けんよ</rt></ruby><ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>五十餘人其外下女下男二十人夫婦に<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby><ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>七十人餘の<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しにして地面四五ヶ所を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>呉服物</rb><rt>ごふくもの</rt></ruby>を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なすに<ruby><rb>近頃</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby><ruby><rb>其向</rb><rt>そのむかう</rt></ruby>へ<ruby><rb>見世開</rb><rt>みせびら</rt></ruby>きをなして<ruby><rb>小切</rb><rt>こぎれ</rt></ruby><ruby><rb>太物</rb><rt>ふともの</rt></ruby>を<ruby><rb>鬻</rb><rt>ひさ</rt></ruby>ぐ<ruby><rb>駿河屋</rb><rt>するがや</rt></ruby>三郎兵衞と云者ありしが<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>の<ruby><rb>小見世</rb><rt>こみせ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ふは所に久しき大店なれば<ruby><rb>客足</rb><rt>きやくあし</rt></ruby>も<ruby><rb>自然</rb><rt>おのづから</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ふへのみ<ruby><rb>行勝</rb><rt>ゆきがち</rt></ruby>なれども加賀屋よりも<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>にふれては<ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>の<ruby><rb>融通等</rb><rt>ゆうづうとう</rt></ruby>もなし<ruby><rb>出入邸</rb><rt>でいりやしき</rt></ruby>の<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひをして<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たれども<ruby><rb>或年</rb><rt>あるとし</rt></ruby>三月<ruby><rb>節句</rb><rt>せつく</rt></ruby>前金二十兩不足にて<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ざれば是非なく向ふの加賀屋へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>て此節句前二十兩不足ゆゑ<ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>の<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞか</rt></ruby>ざるに付何卒節句過まで金子借用致し<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みければ此四郎右衞門は<ruby><rb>情有者</rb><rt>なさけあるもの</rt></ruby>にて夫は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>御難儀</rb><rt>ごなんぎ</rt></ruby>ならん<ruby><rb>向前</rb><rt>むかうまへ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>類商賣</rb><rt>るゐしやうばい</rt></ruby>の事なれば此度に限らず御都合次第何時にても御遠慮なく仰越れよと<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>よく<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>ければ三郎兵衞大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を入れんと云に四郎右衞門書付には及び申さず御同商賣の事故<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>は致す<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なりと眞實面に顯れければ三郎兵衞は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと厚く禮を述て歸らんとするを四郎右衞門<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>引止</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>下女に云付<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を出し<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>て三郎兵衞を歸しけり其後三月十日に三郎兵衞二十兩加賀屋へ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>し<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>ての禮を述て返濟なし其節も馳走に成しが其後五月<ruby><rb>節句</rb><rt>せつく</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>又三十兩不足に付借用致し度と云ければ四郎右衞門は以前の如く<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>よく<ruby><rb>貸</rb><rt>かせ</rt></ruby>しを夫も五月十日に返濟なし七月<ruby><rb>盆前</rb><rt>ぼんぜん</rt></ruby>に五十兩借是又同廿日に返し九月節句前にも八十兩借同月<ruby><rb>晦日</rb><rt>みそか</rt></ruby>に返濟せしが<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>今度は十二月となり年の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>なれば誰も金を<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>ぬ時分なるに此四郎右衞門は如何にも<ruby><rb>眞實者</rb><rt>しんじつもの</rt></ruby>なれば<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>ると聞て利も取らず<ruby><rb>極月</rb><rt>ごくげつ</rt></ruby>金百兩<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>たり斯の如く<ruby><rb>鰻登</rb><rt>うなぎのぼ</rt></ruby>りに借る事三郎兵衞<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より心に一物あれば此百兩の金を十二月<ruby><rb>大晦日</rb><rt>おほつごもり</rt></ruby>に持行けるが四郎右衞門其日は殊の外勘定に<ruby><rb>取込居</rb><rt>とりこみをり</rt></ruby>三郎兵衞の來りても<ruby><rb>碌々</rb><rt>ろく〱</rt></ruby><ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>もせず<ruby><rb>帳合</rb><rt>ちやうあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>爲居</rb><rt>なしゐ</rt></ruby>たりし所へ三郎兵衞右の金百兩を返濟しければ<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>硯筥</rb><rt>すゞりばこ</rt></ruby>の上に置て下女に申付<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を出させ三郎兵衞を<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ながら猶帳合をなし居ける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>邸方</rb><rt>やしきがた</rt></ruby>より<ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby><ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ殘りの<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>などありて四郎右衞門も<ruby><rb>忙敷</rb><rt>いそがしく</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり立たりせし<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れに三郎兵衞は<ruby><rb>掛硯筥</rb><rt>かけすゞりばこ</rt></ruby>の上に置たる彼の百兩を<ruby><rb>竊</rb><rt>そつ</rt></ruby>と取て懷中へ入たるを誰も知る者なかりしが其後三郎兵衞は<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>をなして歸りける<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて四郎右衞門彼の百兩を<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しまは</rt></ruby>んとするに見えざれば<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>忙敷</rb><rt>いそがしき</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ外の金子の中へ這入りはせぬかと種々尋ぬると雖も一向知れず<ruby><rb>大晦日</rb><rt>おほみそか</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>邸方</rb><rt>やしきがた</rt></ruby>より二百兩三百兩づつ度々來るに付入帳には付けたれども百兩不足に受取しや<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと種々考ふれども帳合<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ず然るを下女の中にて三郎兵衞を少し<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ふ者ありしが夫は證據なき事とて是非なく<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>の<ruby><rb>厄落</rb><rt>やくおと</rt></ruby>しと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきら</rt></ruby>め帳面を<ruby><rb>〆切</rb><rt>しめきり</rt></ruby>しが是を<ruby><rb>不幸</rb><rt>けち</rt></ruby>の始として只一人の娘に<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>み<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>をも<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せんと思居たりしに其年五月大病にて<ruby><rb>死亡</rb><rt>みまかり</rt></ruby>しにぞ其力落しより間もなく妻も病死なし僅か一年の中に妻子に別れ夫より手代なども引負して掛先の<ruby><rb>損</rb><rt>たふれ</rt></ruby>多く斯程の身代も一<ruby><rb>瞬</rb><rt>しゆん</rt></ruby>の間に不手廻になり四郎右衞門も大病を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ漸く全快はなしたれども<ruby><rb>足腰</rb><rt>あしこし</rt></ruby><ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>り<ruby><rb>歩行事</rb><rt>あゆむこと</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず日々身代に苦勞なすと雖<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>物入</rb><rt>ものいり</rt></ruby><ruby><rb>嵩</rb><rt>かさ</rt></ruby>み五年程に地面も<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ是非なく身上を仕<ruby><rb>舞</rb><rt>まひ</rt></ruby>て今は麹町加賀屋茂兵衞と云る者の方に<ruby><rb>掛人</rb><rt>かゝりびと</rt></ruby>にぞなりたりける此茂兵衞と云は四郎右衞門に<ruby><rb>數年</rb><rt>すねん</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めし者なりしが<ruby><rb>資本金</rb><rt>もとできん</rt></ruby>を與へ<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>を<ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby>加賀屋茂兵衞とて同六丁目にて<ruby><rb>小切類</rb><rt>こぎれるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ居ると雖も<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>き身代なれば漸々其日を送るのみ四郎右衞門は此中へ掛り人となる程なれば<ruby><rb>其零落</rb><rt>そのれいらく</rt></ruby>思ひ遣られしなり然るに<ruby><rb>駿河屋</rb><rt>するがや</rt></ruby>三郎兵衞は彼の百兩を取てより其金を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>として是より見世の者へ云付<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>に色を付<ruby><rb>景物</rb><rt>けいぶつ</rt></ruby>に<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>等を添て<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ或は金一分以上の<ruby><rb>買人</rb><rt>かひて</rt></ruby>には<ruby><rb>袖口</rb><rt>そでくち</rt></ruby>か<ruby><rb>半襟</rb><rt>はんえり</rt></ruby>などを<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>て<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>ければ是より人の思ひ付よく<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なすに隨ひ見世をも廣げ<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>も<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ今は一<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>の身代となり向ふの加賀屋<ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へるに<ruby><rb>引變</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>繁昌なしけるが加賀屋四郎右衞門は茂兵衞方へ引<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れし<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby><ruby><rb>病勝</rb><rt>やまひがち</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>老衰</rb><rt>らうすゐ</rt></ruby>して漸々近所を<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby>なれば四郎右衞門<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>ふるに<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>爲事</rb><rt>なすこと</rt></ruby>もなく茂兵衞方に居れども<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>も<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>の身ゆゑ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>少しにても茂兵衞の<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>を助け遣り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>と或時駿河屋三郎兵衞方へ到り<ruby><rb>御亭主</rb><rt>ごていしゆ</rt></ruby>へ御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と云を番頭は四郎右衞門が<ruby><rb>見苦敷</rb><rt>みぐるしき</rt></ruby><ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見て<ruby><rb>古</rb><rt>いにし</rt></ruby>へを思へば氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に心得奧へ通しけるに三郎兵衞は若い者を大いに<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り四郎右衞門來たらば<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>と云て歸せと申に若い者お<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>に居らるゝ旨申せしかば今更然樣には申されずと云故三郎兵衞<ruby><rb>不承々々</rb><rt>ふしよう〲</rt></ruby>に面會なし何用有て來られしやと申ければ四郎右衞門<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>との<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby>を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>り<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>に金子を用立し事も有により昔を忘れ給はずは斯の如く難儀せし間少しの<ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>と<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>卑</rb><rt>ひく</rt></ruby>ふして頼けるに三郎兵衞は<ruby><rb>碌々</rb><rt>ろく〱</rt></ruby>耳にも入ず合力は一向なり申さず<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>は借用致したれども夫は殘らず返濟したり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば何も申分有べからずとの返答に四郎右衞門<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>其金は受取たれども<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>の百兩は<ruby><rb>大晦日</rb><rt>おほみそか</rt></ruby>の事にて<ruby><rb>帳</rb><rt>ちやう</rt></ruby>へは付ながら金は見え申さず不思議の事と思へども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の事我等が<ruby><rb>厄落</rb><rt>やくおと</rt></ruby>しと存じ思切て<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>したり夫を申立るには非ず當時茂兵衞が身代<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>く我等へ<ruby><rb>扶助</rb><rt>ふぢよ</rt></ruby>も難儀の樣子なり其上<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>病身に相成<ruby><rb>手助</rb><rt>てだすけ</rt></ruby>もなし<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>きにより<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かなりとも<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け度存ずるに付昔し<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>たる利分と思ひ少々の金を<ruby><rb>貸給</rb><rt>かしたま</rt></ruby>へと云けれども三郎兵衞更に承知せず外の話に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎら</rt></ruby>して取合ざれば四郎右衞門も大いに<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby>ほど事を<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>て頼むに恩を知ぬ人非人なりと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りけるに三郎兵衞大いに怒り人非人とは<ruby><rb>不禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>千萬と<ruby><rb>云樣</rb><rt>いひざま</rt></ruby><ruby><rb>銀煙管</rb><rt>ぎんぎせる</rt></ruby>を以て四郎右衞門の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>ければ<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>より<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れけるに四郎右衞門今は<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>しと思へども其身<ruby><rb>病勞</rb><rt>やみつかれ</rt></ruby>て居るゆゑ<ruby><rb>何共</rb><rt>なにとも</rt></ruby><ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく無念を堪へ<ruby><rb>寥々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>とこそ歸りけれ

## 第二回

<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>にて<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>し<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>三郎兵衞は四郎右衞門を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ<ruby><rb>此乞食</rb><rt>このこじき</rt></ruby>めと<ruby><rb>人中</rb><rt>ひとなか</rt></ruby>にて<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby><ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しめければ今は四郎右衞門も<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほりけれどもとても<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>づくにては<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと思ひ其日も<ruby><rb>堪</rb><rt>こらへ</rt></ruby>て歸りしが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづき</rt></ruby><ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>なす<ruby><rb>金毘羅</rb><rt>こんぴら</rt></ruby>へ<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>を<ruby><rb>寵</rb><rt>こめ</rt></ruby><ruby><rb>呪</rb><rt>のろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと三郎兵衞の<ruby><rb>人形</rb><rt>ひとがた</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ是へ<ruby><rb>釘</rb><rt>くぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby>て或夜三郎兵衞が<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>より<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入り<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下に<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>め置是で<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さんと思ひしは<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りし老人の<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なり<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>の男共<ruby><rb>小用</rb><rt>こよう</rt></ruby>に<ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>しが<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>の明てありしを<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby><ruby><rb>建</rb><rt>たて</rt></ruby>んとなす時<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>す人あるにより<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>よ<ruby><rb>出逢々々</rb><rt>であへ〱</rt></ruby>と大聲に呼はりけるに大勢<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>りて見れば加賀屋四郎右衞門なり皆々是は<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと云に三郎兵衞之を見て<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひに非ず盜賊は此者に相違なく此程我に無心を<ruby><rb>云掛</rb><rt>いひか</rt></ruby>けしを聞ざる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすび</rt></ruby>に入しならん<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ申べしと云を町内の人々來り我等に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け給へとて無理に四郎右衞門を<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>は此所の<ruby><rb>分限者</rb><rt>ぶんげんしや</rt></ruby>なりしを盜賊に落さんも氣の毒に思ひ家主の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ寄合ひ四郎右衞門に<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を尋ぬるに前々の始末を殘らず話し<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>此頃</rb><rt>このごろ</rt></ruby><ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>にて<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>されし事如何にも殘念に存て斯々は<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>ど盜みに入りしには非ずと申ければ是を聞て<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>三郎兵衞は人に非ずと<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>み四郎右衞門を<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思ひて町内申<ruby><rb>合</rb><rt>あはせ</rt></ruby><ruby><rb>無盡</rb><rt>むじん</rt></ruby>を<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>金子十兩<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らへて與へければ大いに悦び茂兵衞も<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を云て悦びけり然るに三郎兵衞は四郎右衞門を盜賊に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さんとせしに皆々に止められしが<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見るに我が<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下より怪き<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby>を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し出し<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>を<ruby><rb>呪</rb><rt>のろ</rt></ruby>ふ<ruby><rb>人形</rb><rt>ひとがた</rt></ruby>なれば大いに怒り夫より<ruby><rb>呪咀</rb><rt>しゆそ</rt></ruby>の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を<ruby><rb>書記</rb><rt>かきしる</rt></ruby>し町奉行大岡越前守殿へ訴へ出しかば則ち駿河屋三郎兵衞加賀屋四郎右衞門<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>茂兵衞</rb><rt>もへゑ</rt></ruby>町内の者共一同呼出され<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>有しに皆々四郎右衞門が申せし通りを申立ければ<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>三郎兵衞を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方前々四郎右衞門より金子借用せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに三郎兵衞<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の如く十ヶ年以前三月<ruby><rb>節句前</rb><rt>せつくまへ</rt></ruby>に金廿兩五月三十兩七月五十兩九月八十兩十二月百兩借候へども<ruby><rb>其節々</rb><rt>そのせつ〱</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>皆濟仕</rb><rt>かいさいつかま</rt></ruby>つり其後四郎右衞門<ruby><rb>不勝手</rb><rt>ふかつて</rt></ruby>に相成私し方へ無心に參り候處ろ取合申さず右を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>呪咀</rb><rt>しゆそ</rt></ruby>致せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つると申立ければ大岡殿吟味有しに四郎右衞門<ruby><rb>呪咀</rb><rt>しゆそ</rt></ruby>致せしに相違なし<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>れども末に百兩返濟の時其金見えず<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>三郎兵衞を疑ひし者も御座りしかど<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なき事故<ruby><rb>厄落</rb><rt>やくおと</rt></ruby>しと心得相濟し候夫を<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>申には御座なく候へども<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>の餘り無心申せしより<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の仕合せと申に付大岡殿コリヤ三郎兵衞彼百兩は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>なせし<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>の事に<ruby><rb>取紛</rb><rt>とりまぎ</rt></ruby>れ萬一忘却致したるにはあらずや<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ見よ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>むに於ては<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>致すぞ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>鰻登</rb><rt>うなぎのぼ</rt></ruby>りに金を借る程の者なれば<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>ならざる男なりと言れし時三郎兵衞はギヨツとせし<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を見られしが又四郎右衞門は<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>の<ruby><rb>果程</rb><rt>はてほど</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>つた事をなし<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の至りなり勿論<ruby><rb>呪咀</rb><rt>しゆそ</rt></ruby>の<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申付るぞ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど三郎兵衞は其百兩の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>返濟したるや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や明白に返答致すべしと有ば三郎兵衞ハツと云のみ何とも<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>なし大岡殿又三郎兵衞に向はれ其方は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>物忘</rb><rt>ものわす</rt></ruby>れ致すと見えたり忘れし事を思ひ出すには<ruby><rb>閑靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>なる所がよきものなり因て<ruby><rb>見張</rb><rt>みはり</rt></ruby>を<ruby><rb>附</rb><rt>つけ</rt></ruby>るにより<ruby><rb>明</rb><rt>あき</rt></ruby><ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と考へ見よとて同心に<ruby><rb>遠見</rb><rt>とほみ</rt></ruby>を致させ<ruby><rb>裏手</rb><rt>うらて</rt></ruby>の<ruby><rb>明</rb><rt>あき</rt></ruby><ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>へ入られ<ruby><rb>凡</rb><rt>およ</rt></ruby>そ<ruby><rb>二時</rb><rt>ふたとき</rt></ruby><ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り過て又<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ呼出されいまだ考へ出ずば又明日出よ尤も其方の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>は終日客も入來り<ruby><rb>騷々</rb><rt>さう〲</rt></ruby>しからんにより日々奉行所へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>明長屋にて思ひ出す<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>ふべしと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され一同<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られしかば三郎兵衞は我が家に歸り<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんがへ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>せぬならば明日又々明長屋へ入れらるべし如何致したれば宜しからんと<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り居るを家内の者ども<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>三郎兵衞に向ひ是は全く<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ居たりとて<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>す方宜しからん只今の身上にて百兩の金は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>のみ難儀にも成るまじと申けるにぞ三郎兵衞も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>百兩持參して出しに大岡殿如何に三郎兵衞いまだ思ひ出さずや<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば又々長屋に行て<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>よと申されければ三郎兵衞<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>其金の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は全く<ruby><rb>失念</rb><rt>しつねん</rt></ruby>致し居りしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>是なく候と云により<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば未だ返さぬのかと<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>れしに三郎兵衞<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なりと申しける故<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>其方四郎右衞門より借用致したるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なくは右百兩の金に十年の<ruby><rb>利分</rb><rt>りぶん</rt></ruby>を<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>ふれば廿五兩一分の利にして百二十兩となる<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て元利合せて二百二十兩四郎右衞門へ<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>すべし<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>宿元</rb><rt>やどもと</rt></ruby>より<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよす</rt></ruby>べしと申渡さる<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>の<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>なれば三郎兵衞は是非なく<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこま</rt></ruby>るとは申ものゝ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>二百二十兩の金子<ruby><rb>匇々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候により何分<ruby><rb>御勘辨下</rb><rt>ごかんべんくだ</rt></ruby>さるべしと申を大岡殿大いに<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られ其方二百二十兩出す事難儀なりと申せども其方が借し金を<ruby><rb>忘却</rb><rt>ばうきやく</rt></ruby>せし爲め四郎右衞門如何程か難儀致したらん然れども出來るに於ては<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>百五十兩出すべし是を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さずんば<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>申付んと申されける故是非なく三郎兵衞<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>より五十兩<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby><ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せて百五十兩出しければ大岡殿元利百五十兩四郎右衞門に<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>せ<ruby><rb>殘金</rb><rt>ざんきん</rt></ruby>七十兩は三十五ヶ<ruby><rb>年賦</rb><rt>ねんぷ</rt></ruby>に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せ如何に三郎兵衞殘金は毎年金二兩宛四郎右衞門方へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>すべし<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>七十兩<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>四郎右衞門は相當の<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おんしおき</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らるべし町役人共四郎右衞門は殘金<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすむ</rt></ruby>まで其方共へ<ruby><rb>預置</rb><rt>あづけおく</rt></ruby>なり<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>心得よと申渡されしは<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>頓智</rb><rt>とんち</rt></ruby>の<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>にして正直を助け惡を<ruby><rb>懲</rb><rt>こら</rt></ruby>さるゝ事<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>しとかや

<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>四郎右衞門は<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>六十五歳の<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby>なり夫を是より三十五年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>殘金</rb><rt>ざんきん</rt></ruby>の<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らば<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>に至るぞや<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふべし

## 第三回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に上州より<ruby><rb>太物</rb><rt>ふともの</rt></ruby>を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ふて<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいねん</rt></ruby>江戸へ<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>る<ruby><rb>商人</rb><rt>あきびと</rt></ruby>に<ruby><rb>井筒屋</rb><rt>ゐづつや</rt></ruby>茂兵衞<ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>利兵衞と云者あり<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>兄弟の如く<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>よりも<ruby><rb>中睦</rb><rt>なかむつま</rt></ruby>しかりしが兩人の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>とも此頃<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>なし居たり<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>江戸より歸る<ruby><rb>道々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に利兵衞は茂兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>四十になり始めて子と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>を持ちたり<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は二十歳ばかりの<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>あれば<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れたりとも<ruby><rb>私</rb><rt>わた</rt></ruby>し程には思ふまじと云に<ruby><rb>井筒屋</rb><rt>ゐづつや</rt></ruby>は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>は有れども<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>も知ての通り五年以前<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>して<ruby><rb>諸國</rb><rt>しよこく</rt></ruby>へ<ruby><rb>行脚</rb><rt>あんぎや</rt></ruby>に出たれば我が子でも我子に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>の役には立難し夫に<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>一ツの<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>あり今兩人の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>同月の<ruby><rb>産</rb><rt>さん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れし子が<ruby><rb>男女</rb><rt>なんによ</rt></ruby>ならば<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>にすべし又<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>ばかりか女子ばかりならば<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>として<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の後まで一家となすは如何にと云ふに<ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>も<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>む所なりと兩人<ruby><rb>未前</rb><rt>みぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>をなし夫より<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ歸れば間もなく<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>の妻<ruby><rb>安産</rb><rt>あんざん</rt></ruby>なし金屋の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>は女子にて名をお<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>と呼び<ruby><rb>井筒屋</rb><rt>ゐづつや</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>は男子にて吉三郎と<ruby><rb>名付</rb><rt>なづけ</rt></ruby>互ひの<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>の如く<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>にせんと末を<ruby><rb>約</rb><rt>やく</rt></ruby>して各々妻にも<ruby><rb>其趣</rb><rt>そのおもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せ是より兩家<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあひ</rt></ruby>けり然るに兩人の<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>も<ruby><rb>丈夫</rb><rt>ぢやうぶ</rt></ruby>に<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>なす<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>吉三郎十三歳と成し時<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の茂兵衞<ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>療養</rb><rt>れうやう</rt></ruby>を加へけれども<ruby><rb>驗</rb><rt>しる</rt></ruby>しなきゆゑ茂兵衞の<ruby><rb>枕元</rb><rt>まくらもと</rt></ruby>へ金屋利兵衞を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め家内<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>呼集</rb><rt>よびあつ</rt></ruby>め<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>此度の<ruby><rb>病氣全快</rb><rt>びやうきぜんくわい</rt></ruby><ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし因て江戸の<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>を利兵衞殿へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け申なり<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>吉三郎<ruby><rb>成人迄</rb><rt>せいじんまで</rt></ruby>何卒我が<ruby><rb>得意先</rb><rt>とくいさき</rt></ruby>を宜敷<ruby><rb>御廻</rb><rt>おまは</rt></ruby>り下さるべし是のみ<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがか</rt></ruby>り故<ruby><rb>縁者</rb><rt>えんじや</rt></ruby>同樣の<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>なれば此事頼み置なり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>妻子</rb><rt>さいし</rt></ruby>のことも<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>くお<ruby><rb>世話下</rb><rt>せわくだ</rt></ruby>されよと<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>なし夫より<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>吉三郎に向ひ利兵衞殿<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お菊は<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>と<ruby><rb>胎内</rb><rt>たいない</rt></ruby>より<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>せしに付利兵衞殿を父と思ひ<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>にせよ<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず何事も同人の意に<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れと<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>教訓</rb><rt>けうくん</rt></ruby>して五十三歳を一<ruby><rb>期</rb><rt>ご</rt></ruby>となし<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しくなりしかば是より利兵衞は毎年<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>の<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>井筒屋の<ruby><rb>分迄</rb><rt>ぶんまで</rt></ruby>も<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>にて廻りける故<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ多く<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち多分の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け二人前<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>けるにぞ五六年の中に<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>の金を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へしが後には<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>へも<ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>を出さんと<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>油町</rb><rt>あぶらちやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>十間<ruby><rb>奧行</rb><rt>おくゆき</rt></ruby>は<ruby><rb>新道迄</rb><rt>しんだうまで</rt></ruby>二十間餘の地を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>土藏</rb><rt>どざう</rt></ruby>もあり<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>なる<ruby><rb>大身代</rb><rt>おほしんだい</rt></ruby>となり<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>若い者<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>廿餘人に及びける<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に井筒屋茂兵衞が多分の<ruby><rb>善</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>を<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が得意と一ツにし一手にて<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひせし故なり然るに又<ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby>の吉三郎<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に母のお<ruby><rb>稻</rb><rt>いね</rt></ruby>兩人は利兵衞が<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>へ店を出さば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひに來る約束なるに三四年立ども一向に<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>もなければ<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく吉三郎は人の<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて<ruby><rb>小商</rb><rt>こあきな</rt></ruby>ひなどして<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby><ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く其日を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り江戸より<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひの來るを今か〱と<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>み居たれど<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>して其後一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>も來らず<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>よりは<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>文通</rb><rt>ぶんつう</rt></ruby>すれども一度の<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>もなきにより今は吉三郎の母のお<ruby><rb>稻</rb><rt>いね</rt></ruby>も大に<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>茂兵衞が<ruby><rb>臨終</rb><rt>りんじう</rt></ruby>に<ruby><rb>那程迄</rb><rt>あれほどまで</rt></ruby>に頼みしを<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れはせまじ餘り<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なりと利兵衞を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みけるが吉三郎は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>ければ母を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>め利兵衞殿斯の如く<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>を<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>じ<ruby><rb>音信</rb><rt>おとづれ</rt></ruby>をせざればとて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に於て如何共<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby><ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>なく樣子も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らざれば若や<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>にても致されしや<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>夫にしてもお<ruby><rb>蔦殿</rb><rt>つたどの</rt></ruby>お菊共<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>あり<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>の得意まで<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ置し者なれば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>とも<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひは參るべし深く<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>られ<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>にても<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ぬやうなし給へと<ruby><rb>云紛</rb><rt>いひまぎ</rt></ruby>らせども母は我が子の<ruby><rb>窶然</rb><rt>みすぼらし</rt></ruby>き<ruby><rb>形容</rb><rt>なりかたち</rt></ruby>を見て<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も早くお菊と<ruby><rb>娶</rb><rt>めあは</rt></ruby>せ昔の井筒屋を<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>させ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>を<ruby><rb>祈</rb><rt>いのり</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る中又半年も待けれども<ruby><rb>音沙汰</rb><rt>おとさた</rt></ruby>なければ或時母は吉三郎に申<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>二人して江戸へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>てより<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>江戸通</rb><rt>えどとほ</rt></ruby>り油町なれば尋ね<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き利兵衞殿に<ruby><rb>會</rb><rt>あう</rt></ruby>て<ruby><rb>談判</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>我々親子を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとる</rt></ruby>や否や<ruby><rb>其心底</rb><rt>そのしんてい</rt></ruby>を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>り若し引取ずんば其時は何を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>てなりとも<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby>の江戸ゆゑ親子二人<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>のならぬ事は有まじ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>よく<ruby><rb>立身</rb><rt>りつしん</rt></ruby>いたしなは今の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>せし<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>さん何は兎もあれ<ruby><rb>一先</rb><rt>ひとまづ</rt></ruby>江戸へ出べしとて夫より<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby><ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>て<ruby><rb>路銀</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>となし<ruby><rb>母子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>二人江戸へ立出<ruby><rb>馬喰町</rb><rt>ばくろちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>定宿</rb><rt>ぢやうやど</rt></ruby>武藏屋清兵衞方へ宿を取り<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>吉三郎一人油町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て見るに人の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず金屋の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>は<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>なれば勝手より入て<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しは<ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby>より參りしが利兵衞樣に御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り度と云入けるに利兵衞是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>上州より<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なし<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は吉三郎<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來りしならん<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>せとて吉三郎に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>し其方は<ruby><rb>何用</rb><rt>なによう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りて來りしやと云に吉三郎は<ruby><rb>叮寧</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をなし餘り久々<ruby><rb>御疎遠</rb><rt>ごそゑん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>も<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ度又此方の<ruby><rb>御樣子</rb><rt>ごやうす</rt></ruby>如何と存じ母を同道して<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>馬喰町武藏屋清兵衞方に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>候と申けるに利兵衞の心は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>のある<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby>所存なれば今吉三郎が來りしを<ruby><rb>忌々敷</rb><rt>いま〱しく</rt></ruby>思ひ何卒して<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>へ<ruby><rb>追歸</rb><rt>おひかへ</rt></ruby>さんと心に<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み夫は<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>尋ね來りしかど<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>に<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る事なければ今<ruby><rb>母公</rb><rt>はゝご</rt></ruby>に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>するには及ばず<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>國へ歸りて母を<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>に致せよと<ruby><rb>云捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て奧へ行んと爲るを吉三郎最早<ruby><rb>堪兼</rb><rt>こらへかね</rt></ruby>利兵衞が<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ何故<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の事を申され候や此身になりても<ruby><rb>御無心</rb><rt>ごむしん</rt></ruby>に參りしには非ず<ruby><rb>貴殿</rb><rt>あなた</rt></ruby>には我が父より<ruby><rb>御頼</rb><rt>おたの</rt></ruby>み申せしことを忘れ給ひしやと<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>ちて申けるに利兵衞は何共<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>なく<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>振切</rb><rt>ふりきつ</rt></ruby>て奧へ入ければ吉三郎は<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>て<ruby><rb>頼切</rb><rt>たのみきつ</rt></ruby>たる利兵衞が斯の如くの<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>たりとも取上べき樣なし我が身一人ならば<ruby><rb>此處</rb><rt>このところ</rt></ruby>にて<ruby><rb>自殺</rb><rt>じさつ</rt></ruby>をも爲べけれども母を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りしなればと<ruby><rb>燃立</rb><rt>もえたつ</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>摩</rb><rt>さす</rt></ruby>り何事も<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>して<ruby><rb>寥々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>金屋の家を立出で二三<ruby><rb>町</rb><rt>ちやう</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りけるに<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より申し〱と<ruby><rb>呼掛</rb><rt>よびかけ</rt></ruby>る者有故<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>るに<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>にて<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えあるお<ruby><rb>竹</rb><rt>たけ</rt></ruby>と云し女なり此女は<ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby><ruby><rb>井筒屋</rb><rt>ゐづつや</rt></ruby>へ出入なす<ruby><rb>織物屋</rb><rt>おりものや</rt></ruby>の娘にて利兵衞が江戸へ<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>を開きし時分お竹は母に<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れ父と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に利兵衞方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來りしを父は番頭となし娘のお竹はお菊と<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の<ruby><rb>年恰好</rb><rt>としかつかう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>にして<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひけるが此者子供の時より吉三郎とも<ruby><rb>心安</rb><rt>こゝろやす</rt></ruby>くお菊と<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>のことも知り居けるにぞ吉三郎が<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>より來りけるを<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>見付てお菊に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>ければ母お<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>も<ruby><rb>聞付</rb><rt>きゝつけ</rt></ruby>て<ruby><rb>呼度</rb><rt>よびたく</rt></ruby>思へども利兵衞が<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>せざる故<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>打捨置</rb><rt>うちすておき</rt></ruby>けるを<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お菊は吉三郎に<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>思ひながら父利兵衞に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られんことを<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お竹に頼みしかば吉三郎が<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>來りしなり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>お竹は吉三郎に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひお菊樣が<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>に是非お<ruby><rb>逢成</rb><rt>あひなさ</rt></ruby>れ度との事成ば先々<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ來り給へと手を取<ruby><rb>引戻</rb><rt>ひきもど</rt></ruby>すゆゑ吉三郎<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は娘の心は變らず我を<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>と思ひ居る事の<ruby><rb>嬉敷</rb><rt>うれしく</rt></ruby>は思へども利兵衞殿の<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りなければお菊に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>まじと云をお竹は<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に吉三郎を<ruby><rb>連來</rb><rt>つれきた</rt></ruby>り今度は<ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby>へ廻り<ruby><rb>庭口</rb><rt>にはぐち</rt></ruby>の切戸を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>てお菊の部屋へ<ruby><rb>誘引</rb><rt>いざなひ</rt></ruby>しに吉三郎はお菊に向ひ利兵衞殿<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>を變じ外に<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を取んとの心と見え我を<ruby><rb>追返</rb><rt>おひかへ</rt></ruby>さんと成されしを何故に<ruby><rb>呼返</rb><rt>よびかへ</rt></ruby>し給ふやと云れけばお菊は<ruby><rb>太息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>夫に付て<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>談話度事</rb><rt>はなしたきこと</rt></ruby>あるにより御迎へ申したり今は<ruby><rb>間合</rb><rt>まあひ</rt></ruby>も惡ければ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>の夜此處まで忍び來り給へ<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>とお<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>申さんと<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も吉三郎に<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>なして歸しける<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>の夜吉三郎は彼の<ruby><rb>板塀</rb><rt>いたべい</rt></ruby>の處へ來りしに内よりお竹<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へて吉三郎が手を<ruby><rb>把</rb><rt>とり</rt></ruby>お菊の部屋へ<ruby><rb>誘引</rb><rt>いざなひ</rt></ruby>たり然るに此お菊は<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>より吉三郎と<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>と聞居たりしが<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>十七歳に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>始めて吉三郎を見るに<ruby><rb>衣裳</rb><rt>なり</rt></ruby>は<ruby><rb>見苦</rb><rt>みぐる</rt></ruby>しけれども色白くして<ruby><rb>人品</rb><rt>ひとがら</rt></ruby>能く<ruby><rb>鄙</rb><rt>ひな</rt></ruby>に<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる美男なれば<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>嬉敷</rb><rt>うれしく</rt></ruby><ruby><rb>閨</rb><rt>ねや</rt></ruby>に<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひつゝ終に<ruby><rb>新枕</rb><rt>にひまくら</rt></ruby>を<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>せし故是より吉三郎もお菊を<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>からず思ひ<ruby><rb>毎夜</rb><rt>まいよ</rt></ruby>此處へ<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>ひお竹が手引にて<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せしが<ruby><rb>此隣</rb><rt>このとなり</rt></ruby>に兩替屋の伊勢屋三郎兵衞と云者有り或夜<ruby><rb>子刻頃</rb><rt>こゝのつどきごろ</rt></ruby>に表の戸を叩きて<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby>なるが一夜の宿を<ruby><rb>貸給</rb><rt>かしたま</rt></ruby>へと云ふを<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し旅人を<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>る處は是より<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆけ</rt></ruby>ば馬喰町と云處に<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>多くあれば夫へ到りて<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り給へと<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なすに彼の僧は如何にも<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる聲にて我は<ruby><rb>腹痛</rb><rt>はらいた</rt></ruby>み<ruby><rb>歩行事</rb><rt>あゆむこと</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず願はくは<ruby><rb>板縁</rb><rt>いたえん</rt></ruby>にても一夜を明させ給へ<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>も<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>たく何卒湯一ツ賜れと云ども番頭は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひて戸を<ruby><rb>締切</rb><rt>しめきり</rt></ruby>一向に答もせざれば<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく此表に<ruby><rb>大</rb><rt>だい</rt></ruby>八<ruby><rb>車</rb><rt>ぐるま</rt></ruby>のありしを幸ひ<ruby><rb>其蔭</rb><rt>そのかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>を敷て其上に<ruby><rb>坐</rb><rt>ざ</rt></ruby>し<ruby><rb>頭陀袋</rb><rt>づだぶくろ</rt></ruby>より<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を取出して<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>其處に休み居ける中段々夜も<ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆき</rt></ruby><ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>も<ruby><rb>寂</rb><rt>しん</rt></ruby>としける此時<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>に深く<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>てを<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>みし男二人伊勢屋の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>に<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>み内の樣子を聞居たりしが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て一人の男は<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>の肩に<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>りて難なく<ruby><rb>塀</rb><rt>へい</rt></ruby>の中へ忍び入り<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>へ乘たる男は<ruby><rb>塀</rb><rt>へい</rt></ruby>の外に待居けるに程なく忍び入たる男出來りて何か<ruby><rb>密々</rb><rt>ひそ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>囁</rb><rt>さゝや</rt></ruby>きしが其の男は西の方をさして立去たり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に殘りし男は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>内の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居る故<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby>は見付られなば殺されもやせんと<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へて車の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>み居る中此方の<ruby><rb>板塀</rb><rt>いたべい</rt></ruby>の戸を開きて金屋の庭先より吉三郎は<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>もお菊の部屋に忍び來り<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>る<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>の中<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に<ruby><rb>永逗留</rb><rt>ながとうりう</rt></ruby>して大分入用が<ruby><rb>嵩</rb><rt>かさ</rt></ruby>み其の上母は<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>にて藥の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>に<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へも<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ果したる由<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に物語りけるをお菊は<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く氣の毒に思ひ我故に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>給ふなれば何卒<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>度思へども親に<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>はるゝ此身なる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>何事も心に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せず是は僅なれども私しが<ruby><rb>手道具</rb><rt>てだうぐ</rt></ruby>なれば大事なし<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>てなりとも<ruby><rb>旅籠</rb><rt>はたご</rt></ruby>の入用母御の藥の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>に<ruby><rb>爲給</rb><rt>したま</rt></ruby>へと<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>と<ruby><rb>琴柱</rb><rt>ことぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>花菱</rb><rt>はなびし</rt></ruby>の<ruby><rb>紋付</rb><rt>もんつき</rt></ruby>たる<ruby><rb>後差</rb><rt>うしろざし</rt></ruby>二本是は<ruby><rb>價</rb><rt>あたひ</rt></ruby>に構はず<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へし品なりとて吉三郎に渡しければ大いに悦び<ruby><rb>其芳志</rb><rt>そのこゝろざし</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は假令夫婦になられずとも本望なり<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば此品<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>借用申すと<ruby><rb>受納</rb><rt>うけをさ</rt></ruby>め立歸らんとするにお菊は<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>め此程より申せし通り<ruby><rb>父御</rb><rt>ちゝご</rt></ruby>は御身を入ず<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>より金を持參の<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を取らんと云るゝこと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>心苦</rb><rt>こゝろぐる</rt></ruby>しけれど必ず母樣と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に父御を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め申べきにより時節を待ちたまへ我が身に於ては<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に男を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>なしと堅く<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ひて別れければ<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お竹は<ruby><rb>毎度</rb><rt>いつも</rt></ruby>の通り吉三郎を送り<ruby><rb>開戸</rb><rt>ひらきど</rt></ruby>を明て出し<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>鎖</rb><rt>とざし</rt></ruby>ける吉三郎は母の<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>を<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>けれどもお菊が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に<ruby><rb>惹</rb><rt>ひか</rt></ruby>されて毎夜々々通ひはなすものゝ何時も<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>る事なく<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふけ</rt></ruby>て歸りけるが今夜も<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>頃馬喰町へぞ歸りける然るに<ruby><rb>先刻</rb><rt>さき</rt></ruby>より樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居たりし彼の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>今吉三郎が歸り行く<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見て扨は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby><ruby><rb>色事</rb><rt>いろごと</rt></ruby>ならん<ruby><rb>究竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の事なりと彼の<ruby><rb>開戸</rb><rt>ひらきど</rt></ruby>の處へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>よりほと〱<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きけるに中にはお<ruby><rb>竹</rb><rt>たけ</rt></ruby>庭に<ruby><rb>下立</rb><rt>おりたち</rt></ruby>何かお忘れ物に候やと<ruby><rb>小聲</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひながら何心なく戸を開くに吉三郎にはあらで一人の男<ruby><rb>拔打</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に<ruby><rb>切掛</rb><rt>きりかけ</rt></ruby>しかばお竹はあなやと驚き奧の方へ<ruby><rb>迯入</rb><rt>にげいり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>泥棒</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>と聲を立てるを<ruby><rb>半分</rb><rt>はんぶん</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>せず<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>より只一刀に切殺し此方へ<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>るにぞお菊はお竹が聲に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとするに<ruby><rb>間合</rb><rt>まあひ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>屏風</rb><rt>びやうぶ</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>へ隱れ<ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりし中<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>は手<ruby><rb>近</rb><rt>ぢか</rt></ruby>に在しお菊が<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>を見付<ruby><rb>手當</rb><rt>てあた</rt></ruby>り次第に<ruby><rb>掻浚</rb><rt>かきさら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>し道より出行けりお菊は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の立去るを見て<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て家内を起せしかば<ruby><rb>利兵衞</rb><rt>りへゑ</rt></ruby>始め走來りて庭にお竹が殺され居るを見て大いに驚き盜人は何所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しやらんと家の<ruby><rb>隅々</rb><rt>すみ〲</rt></ruby>まで<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>しけれども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ行しと見えて<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の<ruby><rb>切戸</rb><rt>きりど</rt></ruby>の明て有しかば若い者共表へ走り出<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>よ<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>よと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>けるに<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の伊勢屋三郎兵衞方にても盜賊入たりとて大いに<ruby><rb>騷</rb><rt>さわぎ</rt></ruby>立ち男共大勢立出見るに<ruby><rb>板塀</rb><rt>いたべい</rt></ruby>の上を<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>て<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>しと見え<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>の付てあれば<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>よと<ruby><rb>犇</rb><rt>ひしめ</rt></ruby>き合ふに<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>の旅僧未だ車の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に居たりしが<ruby><rb>此騷</rb><rt>このさわ</rt></ruby>ぎを聞我此所に居るならば<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へられんも<ruby><rb>量</rb><rt>はか</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し早く<ruby><rb>此處</rb><rt>このところ</rt></ruby>を立去べしと立上りしを<ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>の男共は見付<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ盜人は此坊主ならんと大勢にて<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>なく旅僧を捕へたり三郎<ruby><rb>兵衞</rb><rt>べゑ</rt></ruby>は家内を改め見るに金五百兩<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ねば金は何所へ隱せしぞと彼の旅僧を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>しけれども<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなき事なれば云ふべき樣なく然れども宵に表を叩き宿を<ruby><rb>貸呉</rb><rt>かしくれ</rt></ruby>よと云ひしは此僧に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなし爰にて<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>んよりは奉行所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ可と願書を認め<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>たり又隣りの金屋利兵衞方よりも<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>下女</rb><rt>げぢよ</rt></ruby>を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及びし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へければ役人來りてお竹が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>是は宅へ<ruby><rb>迯込</rb><rt>にげこむ</rt></ruby>所を後より<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>たる者ならん又盜まれし品々は書付を以て訴ゆべしとて役人は歸へけり此家の番頭はお竹が父親なりしかば大いに悲みお竹の<ruby><rb>亡骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>を<ruby><rb>取納</rb><rt>とりをさ</rt></ruby>めける扨利兵衞は<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>を呼て其方盜賊の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>を見たるやと問ふに娘は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>怕敷</rb><rt>おそろしく</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>る事叶はざれば如何樣の者なるや一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え申さずと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふるにぞ利兵衞<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>お竹は<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>夜更に庭へ出たるやと云けるにお<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむい</rt></ruby>て詞なし利兵衞は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ此盜人我少し心當りの者あり然れども是と云證據なきゆゑ訴へ<ruby><rb>出難</rb><rt>いでがた</rt></ruby>しとて夫より盜れし娘が<ruby><rb>手道具</rb><rt>てだうぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の品々を書付になし大岡殿へ訴へ出でにけり

## 第四回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も吉三郎は彼の菊より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし櫛と<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざ</rt></ruby>しとを持歸り<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>に見せ申しけるは是にて<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ度存候是は<ruby><rb>我母</rb><rt>わがはゝ</rt></ruby>の若き時に差たる品なりとて頼ければ亭主は氣の毒に思ながら出入の<ruby><rb>小間物屋與兵衞</rb><rt>こまものやよへゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>へ彼二品を見せ<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby><ruby><rb>保證人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>になりて是を二<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby>二<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>に賣渡しければ<ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>三郎大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び是にて藥など<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ醫師をも<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>て其身も<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を放れず<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>りなかりける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>此與兵衞</rb><rt>このよへゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>へも心易く出入なすにより彼の吉三郎より<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へたる二品を<ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆき</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>せければ利兵衞の妻は見覺えのあるお<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>が<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざ</rt></ruby>しなる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>大</rb><rt>おほい</rt></ruby>に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き夫利兵衞に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>告</rb><rt>つ</rt></ruby>げしに利兵衞も是を見て此品は一昨夜我等方へ<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>忍</rb><rt>しのび</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いつ</rt></ruby>て<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれし娘が<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざ</rt></ruby>しなり如何して手に入しやと問ければ與兵衞大に肝を潰し彼旅籠屋の<ruby><rb>客人</rb><rt>きやくじん</rt></ruby>より<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>たりと答ふるに利兵衞<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>横手</rb><rt>よこて</rt></ruby>を打我が<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby>に違ず此盜賊は吉三郎なり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て我が方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來りし時我樣子を見るに如何にも<ruby><rb>見苦敷</rb><rt>みぐるしき</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて店の者へ對し我も<ruby><rb>恥入處</rb><rt>はぢいるところ</rt></ruby>なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きのなき者は<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>に<ruby><rb>爲難</rb><rt>しがた</rt></ruby>しと思ひ<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ約束の<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>を<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>さぬを<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby>して彼が<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげま</rt></ruby>したるに<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり我が家へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入て<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んと<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>お竹に<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby>られし故殺したる<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>は思ひけれども是ぞと云ふ<ruby><rb>見定</rb><rt>みさだ</rt></ruby>めたる事<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>たり最早證據あれば<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ處なるにより<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め吉三郎盜賊人殺しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へんとて番頭へも<ruby><rb>其趣</rb><rt>そのおもぶ</rt></ruby>き申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ければ妻のお<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め吉三郎は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の事を致すべき者に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず是には何か<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>の有べき事なり<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>吉三郎盜みしにもせよ<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>が<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>なれば此方の<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>なり是を訴へんは<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>ならずや<ruby><rb>枉</rb><rt>まげ</rt></ruby>て容し給へと<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けるを利兵衞少しも聞き入ず何を<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>るべきやと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>直樣奉行所へ訴へけり是は利兵衞が<ruby><rb>内心</rb><rt>ないしん</rt></ruby>には幸ひ吉三郎を科に落し外より<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby><ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>ある<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を取る<ruby><rb>存意</rb><rt>ぞんい</rt></ruby>なりしとぞ大岡殿金屋利兵衞が<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を一<ruby><rb>覽</rb><rt>らん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち吉三郎を召捕べしと役人へ申付られけり却て<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の吉三郎は母の<ruby><rb>病</rb><rt>やま</rt></ruby>ひ二三日<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して樣子<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れず<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なして勞はり居しが母は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>睡眠</rb><rt>まどろみ</rt></ruby>し中醫師の方へ<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を取に行んと立出る所を役人兩三人上意と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められしかば何故斯る<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢事</rb><rt>あふこと</rt></ruby>やら合點行ず<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より惡事の<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなきゆゑ我が身に於て<ruby><rb>辯解</rb><rt>まをしわけ</rt></ruby>は<ruby><rb>立</rb><rt>た</rt></ruby>つべけれども<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>をら</rt></ruby>ざれば母の<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>を<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も爲る<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>るまじと思ひ<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しく心は後へ<ruby><rb>引</rb><rt>ひか</rt></ruby>れながら既に<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ來り<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>引居</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>られたり此日伊勢屋三郎兵衞方にては彼旅僧を連て訴へしが番頭は進み出私しは油町伊勢屋三郎兵衞名代喜兵衞と申<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>に<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>候<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby><ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>へ一昨夜九ツ<ruby><rb>時</rb><rt>どき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>此法師</rb><rt>このほふし</rt></ruby>來り戸を叩きて一夜の宿を<ruby><rb>貸呉</rb><rt>かしくれ</rt></ruby>候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>申に付<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ずと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りし<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>其後は音も<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つらず候故何方へか參りしやと存じ<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み候に<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつどき</rt></ruby><ruby><rb>過頃</rb><rt>すぎごろ</rt></ruby><ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入金子五百兩盜み<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいづ</rt></ruby>る時家内の者目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>候へども此僧足早に<ruby><rb>迯去</rb><rt>にげさ</rt></ruby>り候を<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ申候<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つり候と<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を差出したり<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>大岡殿先吉三郎に向はれ如何に<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby>より<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りて利兵衞方へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>り<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>をなし其上腰元竹を殺したる事大膽不敵の<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>なり伊勢屋方より<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へたる旅僧も同夜の事なれば是は<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そのほう</rt></ruby>は金屋にて盜みし櫛を<ruby><rb>小間物屋與兵衞</rb><rt>こまものやよへゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>たる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>へ持行しより此事顯れ則ち利兵衞與兵衞兩人<ruby><rb>訴</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>たり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は少しも包む事なく<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せと<ruby><rb>申</rb><rt>まをさ</rt></ruby>れければ吉三郎思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ事の<ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞし</rt></ruby>に<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>けるが<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>するに<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ずものゝ<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>ひならんと<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>私し事は上州より<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいねん</rt></ruby>江戸へ<ruby><rb>太物商賣</rb><rt>ふとものしやうばい</rt></ruby>に<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>井筒屋茂兵衞</rb><rt>ゐづつやもへゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>三郎と申者にて候是なる利兵衞は私し<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>茂兵衞</rb><rt>もへゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>に<ruby><rb>交</rb><rt>まじは</rt></ruby>り其上利兵衞の娘菊事私し<ruby><rb>胎内</rb><rt>たいない</rt></ruby>よりの<ruby><rb>云號</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>なり然るに私し十二歳の<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby>父茂兵衞病氣に付<ruby><rb>枕元</rb><rt>まくらもと</rt></ruby>へ利兵衞を呼江戸の<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず預け私し<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の後娘に<ruby><rb>娶</rb><rt>めあは</rt></ruby>せんとの<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を利兵衞も<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>に付父茂兵衞は<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>いたし<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>申候夫より利兵衞は江戸へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>をも開し由四五年を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>し候へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>音信なく<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て母と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を仕舞江戸へ出でて利兵衞を<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね先々の<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>しける處に何時か<ruby><rb>心變</rb><rt>こゝろがは</rt></ruby>り<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>の約束を<ruby><rb>違</rb><rt>ちがへ</rt></ruby>て私し母子を寄付申さず母は其不實を怒ると雖<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく頼み切たる<ruby><rb>利兵衞</rb><rt>りへゑ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したれども<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>の御當地に付如何樣にも<ruby><rb>口過</rb><rt>くちすぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>申べくと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>は一<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby>も<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね申さず<ruby><rb>扨</rb><rt>さ</rt></ruby>て<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛簪</rb><rt>くしかんざし</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は利兵衞娘菊より<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>の病氣にて<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>候故<ruby><rb>與兵衞</rb><rt>よへゑ</rt></ruby>に賣て母の病氣<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ候なり<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>しには候はず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>御賢察下</rb><rt>ごけんさつくだ</rt></ruby>され御免を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうぶ</rt></ruby>り母の<ruby><rb>看病仕</rb><rt>かんびやうつかま</rt></ruby>つり<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と涙ながらに申けるを大岡殿聞れ汝が申<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>には聞ゆれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なる處あり<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>利兵衞を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みに思ひて來りしに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>を變じ<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby>つけねば其後一度も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと申一<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby>も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ者が<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して娘菊に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしかば吉三郎はつと<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の體にて<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしとは大勢の中<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>云兼</rb><rt>いひかね</rt></ruby><ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむい</rt></ruby>て<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>なし大岡殿<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>二品の<ruby><rb>出處</rb><rt>でどころ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れざれば盜賊の<ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し其方<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に通じて娘に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしやと<ruby><rb>正鵠</rb><rt>ほし</rt></ruby>をさゝれしにぞ<ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>三郎は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を赤うして<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>大概</rb><rt>おほよそ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>られ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より彼の<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>の身として盜みせし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>大膽</rb><rt>たいたん</rt></ruby>なり早々白状せよと申されければ旅僧は吉三郎が<ruby><rb>吟味中</rb><rt>ぎんみちう</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>け居たりしが<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby>の<ruby><rb>産</rb><rt>さん</rt></ruby>にて<ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>を<ruby><rb>雲源</rb><rt>うんげん</rt></ruby>と申十五<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>出家仕</rb><rt>しゆつけつかま</rt></ruby>つり候へども<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>より<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>あり<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>なすに<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>尚々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>相募</rb><rt>あひつの</rt></ruby>り<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に一<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>て金五百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取其隣の<ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>とやらんへも<ruby><rb>忍入</rb><rt>しのびいつ</rt></ruby>て<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し出る處を女に見付られ據ころなく切捨申候然れば<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れず<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>に及ぶ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より覺悟なり然るに<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>なる若者を<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>なりと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ掛り候<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>何共見兼申候私し<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>白状仕つりし上は<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき若者を御助け下され<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>させ度候と<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>したる<ruby><rb>形容</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく申立れば是を聞れ其方が申<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>不分明</rb><rt>ふぶんみやう</rt></ruby>なり伊勢屋方にて五百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み又金屋へも入りて<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〱</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み女を殺したりと<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せども<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みたる金も見えず又女を殺したる<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>もなしと<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>るに旅僧頭を上げ其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みし<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>も<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>も<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>取落</rb><rt>とりおと</rt></ruby>し身一つになり候處を捕へられ候と申せば<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>の番頭に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ此者を捕ゆる時何ぞ<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>はなきかと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられ番頭喜兵衞<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>には何も候はず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>網代笠</rb><rt>あじろがさ</rt></ruby>一<ruby><rb>蓋</rb><rt>がい</rt></ruby>と<ruby><rb>頭陀袋</rb><rt>づだぶくろ</rt></ruby>一つ之ありしと申に大岡殿其<ruby><rb>頭陀袋</rb><rt>づだぶくろ</rt></ruby>是へと申されるにより<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しければ中を<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>て書付など<ruby><rb>讀</rb><rt>よま</rt></ruby>れ何か心に<ruby><rb>合點</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶとて一同下られ<ruby><rb>小間物屋</rb><rt>こまものや</rt></ruby>は<ruby><rb>町内</rb><rt>ちやうない</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け吉三郎旅僧は入牢申付られけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>大岡殿吉三郎を呼出し其の方<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>菊と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>して<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしや<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しとて<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すべからずと<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければ吉三郎<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>しながら<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なく候<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>菊を御呼出しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづ</rt></ruby>ね下さるべしと申に大岡殿<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て同心を馬喰町<ruby><rb>旅籠屋清兵衞方</rb><rt>はたごやせいべゑかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされ吉三郎が母を<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>り申すべし一兩日中には吉三郎を無事に返し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さん<ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>は<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>を<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつ</rt></ruby>かふべしと申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby><ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>金屋利兵衞</rb><rt>かなやりへゑ</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>三郎兵衞小<ruby><rb>間物屋</rb><rt>まものや</rt></ruby><ruby><rb>與兵衞</rb><rt>よへゑ</rt></ruby>旅籠屋<ruby><rb>清兵衞</rb><rt>せいべゑ</rt></ruby><ruby><rb>雲源等</rb><rt>うんげんとう</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず呼出されしにお菊は<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りし二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>にて吉三郎<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>と聞あるにも<ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>れず<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しむと<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も此事云にも云れず然とて云ねば吉三郎が身の上を<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>委敷事</rb><rt>くはしきこと</rt></ruby>を語りければ<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>も<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き今度の<ruby><rb>御呼出</rb><rt>およびだ</rt></ruby>しは吉三郎と<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>させんとの事<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べければ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづね</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>ならんが<ruby><rb>其時</rb><rt>そのとき</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を申さば父の<ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>となり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ずば吉三郎は殺さるべし兩方<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>きやうには何事も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざれども<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へて<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>無事に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>やうの<ruby><rb>御答</rb><rt>おこたへ</rt></ruby>を申べしと云ばお<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>も<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>して出たりけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>利兵衞に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ如何に利兵衞<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>として與兵衞<ruby><rb>供々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>吉三郎を<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しなりと<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へけれども吉三郎事は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て其方<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>與兵衞</rb><rt>よへゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>たりと云故<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby>明白に<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>せん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を呼出したり<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>此事を知らざるやと申されければ利兵衞<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>て夫は<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなき<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りにて是全く<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れん爲吉三郎が<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ事にて候如何に菊吉三郎と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなきならば<ruby><rb>其通</rb><rt>そのとほ</rt></ruby>り早く申上よと<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたち</rt></ruby>けるにお菊は生れしより<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めて<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ呼出され大勢の中にて吉三郎が<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められ<ruby><rb>窶</rb><rt>やつれ</rt></ruby>たるを見て涙を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>めしが<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>是を<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>じ<ruby><rb>大概</rb><rt>おほよそ</rt></ruby><ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>しられ<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>此越前守</rb><rt>このゑちぜんのかみ</rt></ruby><ruby><rb>媒酌</rb><rt>なかうど</rt></ruby>となり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て吉三郎に<ruby><rb>添</rb><rt>そは</rt></ruby>せ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>して<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>よと<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らかに言れければ吉三郎も<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>よりお<ruby><rb>菊殿</rb><rt>きくどの</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>に明白に<ruby><rb>云給</rb><rt>いひたまは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>御身</rb><rt>おんみ</rt></ruby>まで<ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>されては<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>か<ruby><rb>御免</rb><rt>おゆるし</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>んや其中は母の<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby><ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby><ruby><rb>何呉</rb><rt>なにくれ</rt></ruby>と<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじいう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと此事のみ心に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>したる我心を少しは<ruby><rb>汲譯</rb><rt>くみわけ</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>現在</rb><rt>ありのまゝ</rt></ruby>に申上て<ruby><rb>此苦</rb><rt>このくるし</rt></ruby>みを<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けられよと申を聞お<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby>は<ruby><rb>尚々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しく<ruby><rb>白地</rb><rt>あからさま</rt></ruby>に云んと思へども母の<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>の通り父の<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>を<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へるも同前云ねば吉三郎は殺されんと心を<ruby><rb>千々</rb><rt>ちゞ</rt></ruby>に<ruby><rb>傷</rb><rt>いた</rt></ruby>め<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を大岡殿<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>しられ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>は吉三郎を<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>さするや<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>利兵衞を<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>さするやと尋ねられければお菊は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>父利兵衞吉三郎ともに<ruby><rb>御免</rb><rt>おんゆる</rt></ruby>し下され其代りに私しを<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>へ<ruby><rb>御入下</rb><rt>おんいれくだ</rt></ruby>さるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にと涙ながらに申立るを聞れ<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>大に感じられ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>にて何もかも<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りたり決して吉三郎は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず<ruby><rb>追付</rb><rt>おつつけ</rt></ruby><ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して其方と<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべしと申され<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>利兵衞を呼ばれ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>以前の<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>を<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>じ<ruby><rb>茂兵衞</rb><rt>もへゑ</rt></ruby><ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>吉三郎を<ruby><rb>追返</rb><rt>おひかへ</rt></ruby>し不實の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき者を盜賊人殺と<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へをなす<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ以て<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>曲事</rb><rt>きよくじ</rt></ruby>に申付べき所なれども娘菊が<ruby><rb>孝貞</rb><rt>かうてい</rt></ruby>に免じ汝が<ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>を<ruby><rb>差免</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>すなり<ruby><rb>落着</rb><rt>らくぢやく</rt></ruby>の後は娘菊を吉三郎に<ruby><rb>娶</rb><rt>めあは</rt></ruby>せ其身は<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべし然れども二<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れず<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>は<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>よと申渡され<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>小間物屋は<ruby><rb>町内預</rb><rt>ちやうないあづ</rt></ruby>け伊勢屋も呼出す<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>申べし吉三郎は<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>旅籠屋へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け町内の者氣を付母の看病致させよ又諸入用は<ruby><rb>金屋利兵衞</rb><rt>かなやりへゑ</rt></ruby><ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>るべし<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>旅籠屋清兵衞</rb><rt>はたごやせいべゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>入用</rb><rt>にふよう</rt></ruby><ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りても<ruby><rb>金屋利兵衞方</rb><rt>かなやりへゑかた</rt></ruby>より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>れ又利兵衞<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は吉三郎の母は病中の事ゆゑ<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby><ruby><rb>布團</rb><rt>ふとん</rt></ruby>其外に心付け<ruby><rb>食事等</rb><rt>しよくじとう</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぐ</rt></ruby>べし<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申付たるぞ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>麁末</rb><rt>そまつ</rt></ruby><ruby><rb>成事</rb><rt>なること</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば<ruby><rb>曲事</rb><rt>きよくじ</rt></ruby>たるべしと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され皆々下られけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby>一人を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>一同下りし<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを申すやと有しかば<ruby><rb>雲源</rb><rt>うんげん</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りは申上ず私し<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ之なく候<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らるべしと云に<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>彼の吉三郎は其方と兄弟に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ずや<ruby><rb>人相</rb><rt>にんさう</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby><ruby><rb>音聲</rb><rt>おんせい</rt></ruby>までもよく似たり<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はん爲に<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>りしならん何ぞ是を知らずして殺さんや其方は<ruby><rb>井筒屋茂兵衞</rb><rt>ゐづつやもへゑ</rt></ruby>が<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>ならんと申されければ<ruby><rb>雲源</rb><rt>うんげん</rt></ruby><ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き感じ今は何をか包申べき<ruby><rb>御賢察</rb><rt>ごけんさつ</rt></ruby>の通り<ruby><rb>茂兵衞</rb><rt>もへゑ</rt></ruby>が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>なれども十五<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て出家<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり<ruby><rb>諸國修行</rb><rt>しよこくしゆぎやう</rt></ruby>の身に<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>候<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>仄</rb><rt>ほのか</rt></ruby>に<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>此程國許へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね候所<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby><ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>三郎金屋利兵衞方に<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りて國許を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>江戸へ參り候由に付<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>追來</rb><rt>おひきた</rt></ruby>り<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>一<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby>母や弟に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>江戸中を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>し<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>が無實の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>る事の<ruby><rb>悼</rb><rt>いたは</rt></ruby>しく<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby><ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>は旅籠屋にて病氣の由<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はりしにより<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>を助け母に<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>させ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しは<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby><ruby><rb>遁世</rb><rt>とんせい</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>母や弟を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け候事なれば<ruby><rb>身命</rb><rt>しんめい</rt></ruby>を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>候ても<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はんと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ其盜賊なりと申<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り候其夜全くの盜賊は<ruby><rb>迯去</rb><rt>にげさり</rt></ruby>たり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は私事<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>や弟を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>んと所々方々を<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>し<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>先夜</rb><rt>せんや</rt></ruby>伊勢屋の前へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝり</rt></ruby>し時<ruby><rb>腹痛</rb><rt>ふくつう</rt></ruby>にて<ruby><rb>難儀仕</rb><rt>なんぎつかま</rt></ruby>つり夜更なれども<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく伊勢屋の戸を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き湯を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ候處一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に戸を明申さず<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に其の所に車の<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>候<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>相休</rb><rt>あひやす</rt></ruby>み<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候處夜も<ruby><rb>丑刻頃</rb><rt>やつどきごろ</rt></ruby><ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>の曲者來り一人は<ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>の家に忍び入り<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て出けるが外に<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たる者と何か<ruby><rb>囁</rb><rt>さゝや</rt></ruby>き其の者は西の方へ<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りし一人は<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>金屋の<ruby><rb>切戸</rb><rt>きりど</rt></ruby>より人の出行し<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しに女の<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>ぶ<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>してほどなく彼の男何やら<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>に包みたるを<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て立出是も西の方へ行しが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て伊勢屋の<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ立し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>私し<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らば盜賊の<ruby><rb>連累</rb><rt>まきぞへ</rt></ruby>に成んと是を<ruby><rb>怕</rb><rt>おそ</rt></ruby>れて迯出せし<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>はれて候なりと申せしかば大岡殿是を聞れ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>必定</rb><rt>かならず</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>あるべきにより<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>詮鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>すべし<ruby><rb>窮屈</rb><rt>きうくつ</rt></ruby>ながら今少し<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>せよと<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>られ又々<ruby><rb>牢屋</rb><rt>らうや</rt></ruby>へ下げられけり

## 第五回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に新材木町なる<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎一家の<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>を<ruby><rb>委曲</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるに<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>の始めの事なりしが<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>白子屋の地面間口十二間奧行は<ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby>の方へ廿五間<ruby><rb>即</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち<ruby><rb>券面</rb><rt>けんめん</rt></ruby>千三百兩の地を一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>にて<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>なし<ruby><rb>此近邊</rb><rt>このきんぺん</rt></ruby>の<ruby><rb>大身代</rb><rt>おほしんだい</rt></ruby>なり主は<ruby><rb>入聟</rb><rt>いりむこ</rt></ruby>にて<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎と云<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>六十<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は此家の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>にて名をお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び四十<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>なれども<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>派手</rb><rt>はで</rt></ruby>なる事を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>み<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>婬婦</rb><rt>いんぷ</rt></ruby>なりしが娘お<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>は<ruby><rb>容顏</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>衆人</rb><rt>しうじん</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れて<ruby><rb>美麗</rb><rt>うつくし</rt></ruby>く見る<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>動</rb><rt>うごか</rt></ruby>さぬものなく二八の<ruby><rb>春秋</rb><rt>はるあき</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て年頃に及びければ<ruby><rb>引手</rb><rt>ひくて</rt></ruby><ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の身なれども<ruby><rb>我下紐</rb><rt>わがしたひも</rt></ruby>は<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さじと<ruby><rb>清少納言</rb><rt>せいせうなごん</rt></ruby>の<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へも今は<ruby><rb>伊達</rb><rt>だて</rt></ruby>なる母を<ruby><rb>見慣</rb><rt>みなら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>はすはに<ruby><rb>育</rb><rt>そだち</rt></ruby>しは其の父母の<ruby><rb>教訓</rb><rt>をしへ</rt></ruby>の<ruby><rb>至</rb><rt>いた</rt></ruby>らざる所なり<ruby><rb>取譯</rb><rt>とりわけ</rt></ruby><ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>は<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>邪</rb><rt>よこし</rt></ruby>まにて<ruby><rb>欲深</rb><rt>よくふか</rt></ruby>く亭主庄三郎は<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>の道は知りても<ruby><rb>世事</rb><rt>せじ</rt></ruby>に<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>く<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>は妻に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>ゆゑ妻は<ruby><rb>好事</rb><rt>よきこと</rt></ruby>にして<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>に<ruby><rb>敷</rb><rt>し</rt></ruby>き身上<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>を己が<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>掻𢌞</rb><rt>かきまは</rt></ruby>し<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまゝ</rt></ruby><ruby><rb>氣儘</rb><rt>きまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが何時しか町内廻りの<ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby>清三郎と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>をなし<ruby><rb>内外</rb><rt>うちそと</rt></ruby>の目を忍びて物見遊山に<ruby><rb>浪費</rb><rt>ついえ</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>出歩行</rb><rt>であるく</rt></ruby>のみか<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>にも<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の流行物<ruby><rb>櫛笄</rb><rt>くしかうがひ</rt></ruby><ruby><rb>贅澤</rb><rt>ぜいたく</rt></ruby>づくめに<ruby><rb>着餝</rb><rt>きかざ</rt></ruby>らせ<ruby><rb>上野</rb><rt>うへの</rt></ruby><ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby><ruby><rb>隅田</rb><rt>すみだ</rt></ruby>の<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby><ruby><rb>兩國川</rb><rt>りやうこくがは</rt></ruby>の<ruby><rb>夕涼</rb><rt>ゆふすゞ</rt></ruby>み或は<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>と上なき<ruby><rb>奢</rb><rt>おごり</rt></ruby>をなしければ<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>爪彈</rb><rt>つまはじ</rt></ruby>きして<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ふ者多く此妻の<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>一ツ<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>のお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>と云て<ruby><rb>世間</rb><rt>せけん</rt></ruby>に誰知らぬ者も無りしとかや<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば女の子は<ruby><rb>父親</rb><rt>ちゝおや</rt></ruby>より母の<ruby><rb>教方</rb><rt>をしへかた</rt></ruby>にて<ruby><rb>志操</rb><rt>みさを</rt></ruby>も<ruby><rb>美</rb><rt>うつく</rt></ruby>しかるべきに<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>より<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちも<ruby><rb>卑</rb><rt>いや</rt></ruby>しく<ruby><rb>風俗</rb><rt>ふうぞく</rt></ruby>は<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>を見る如く<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby><ruby><rb>三絃</rb><rt>さみせん</rt></ruby>の外は<ruby><rb>正敷事</rb><rt>たゞしきこと</rt></ruby>を一ツも<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へず<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に女の爲べき<ruby><rb>裁縫</rb><rt>たちぬひ</rt></ruby>の道は少しも<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らず<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>とうは〱しき<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>にのみ心を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>けしこと<ruby><rb>淺猿</rb><rt>あさまし</rt></ruby>けれ<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に白子屋の<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎が名代をも勤め此家の<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れたる<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八と云者<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>の程にかお熊と<ruby><rb>人知</rb><rt>ひとし</rt></ruby>らぬ中となりけるが母のお常は是を知ると雖も其身も<ruby><rb>密夫</rb><rt>みつぷ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>する事出來ず<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て取持しは人外と<ruby><rb>謂</rb><rt>いひ</rt></ruby>つべし是より家内の<ruby><rb>男女</rb><rt>なんによ</rt></ruby><ruby><rb>色欲</rb><rt>しきよく</rt></ruby>に<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>りお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は何時も<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎には少しの<ruby><rb>小遣</rb><rt>こづか</rt></ruby>ひを<ruby><rb>與</rb><rt>あて</rt></ruby>がひて<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>びに<ruby><rb>追遣</rb><rt>おひや</rt></ruby>り<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>には娘お<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby><ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八<ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby><ruby><rb>清</rb><rt>せい</rt></ruby>三郎ともに<ruby><rb>入込</rb><rt>いりこみ</rt></ruby>下女のお<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>お菊もお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>に<ruby><rb>仕込</rb><rt>しこま</rt></ruby>れ日毎に<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>の<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>をなし<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが或日お<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>二<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>出して<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>に<ruby><rb>云付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby><ruby><rb>芝居者</rb><rt>しばゐもの</rt></ruby><ruby><rb>淨瑠璃語</rb><rt>じやうるりかた</rt></ruby>り<ruby><rb>三絃彈</rb><rt>さみせんひき</rt></ruby>など<ruby><rb>入込</rb><rt>いりこま</rt></ruby>せ<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>の藝を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>し<ruby><rb>戯</rb><rt>たはぶ</rt></ruby>れ<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>じけり茲に<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>杉森</rb><rt>すぎのもり</rt></ruby>の<ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby><ruby><rb>孫右衞門店</rb><rt>まごゑもんたな</rt></ruby>に<ruby><rb>横山玄柳</rb><rt>よこやまげんりう</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>按摩</rb><rt>あんま</rt></ruby>あり是は<ruby><rb>別</rb><rt>わけ</rt></ruby>て白子屋へ<ruby><rb>入浸</rb><rt>いりひた</rt></ruby>り<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>白子屋一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>を<ruby><rb>定得意</rb><rt>ぢやうとくい</rt></ruby>となし居る身の上なればお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八が云事にても<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く事なく主人の如くに<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>へ<ruby><rb>毎日</rb><rt>まいにち</rt></ruby>お<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>の<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>など<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>て<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>をとり<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby><ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>りに<ruby><rb>長</rb><rt>ちやう</rt></ruby>じければさしもの<ruby><rb>身代</rb><rt>しんたい</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>八<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>十月<ruby><rb>夷子講</rb><rt>えびすかう</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>には<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>二百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>のお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八と申<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せ亭主<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と申ける故<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby>と雖も<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>一家は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>が<ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>りを見るに<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>あつて<ruby><rb>用立</rb><rt>ようたつ</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>なきにより<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>なる<ruby><rb>加賀屋長兵衞方</rb><rt>かがやちやうべゑかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ長兵衞は氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>材木屋</rb><rt>ざいもくや</rt></ruby><ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>山形屋</rb><rt>やまがたや</rt></ruby><ruby><rb>箱根屋</rb><rt>はこねや</rt></ruby><ruby><rb>加賀屋</rb><rt>かがや</rt></ruby>其外十人の者を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みて<ruby><rb>無盡</rb><rt>むじん</rt></ruby>を取立一人前<ruby><rb>掛金</rb><rt>かけきん</rt></ruby>二十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby>づつとなし<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も長兵衞<ruby><rb>世話人</rb><rt>せわにん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎の<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby>まで<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>四十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し二百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>めて<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>りし人々をも<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>し<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>されける<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎は<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の二百兩を<ruby><rb>夷子棚</rb><rt>えびすだな</rt></ruby>に<ruby><rb>上置</rb><rt>あげおき</rt></ruby><ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>は長兵衞方へ<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>此加賀屋長兵衞</rb><rt>このかがやちやうべゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>同町</rb><rt>どうちやう</rt></ruby>の加賀屋<ruby><rb>彌兵衞方</rb><rt>やへゑかた</rt></ruby>へ十<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>の時<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に來りて十年の<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>禮奉公</rb><rt>れいぼうこう</rt></ruby>十五年を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>廿五<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>の事に心を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しければ<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち加賀屋の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ同所へ<ruby><rb>材木店</rb><rt>ざいもくみせ</rt></ruby>を出せしが<ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して此春より將軍家<ruby><rb>桶御用</rb><rt>をけごよう</rt></ruby>の<ruby><rb>株</rb><rt>かぶ</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>られ<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>榮</rb><rt>さか</rt></ruby>え<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>けるも<ruby><rb>必竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby><ruby><rb>長兵衞</rb><rt>ちやうべゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>よき故なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て白子屋<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎は長兵衞方へ<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>我が家へ立歸りしに<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>夷子棚</rb><rt>えびすだな</rt></ruby>へ<ruby><rb>上置</rb><rt>あげおき</rt></ruby>し二百兩の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えざればお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八も<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>たる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて主人へ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と申けるにぞ<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby><ruby><rb>其分</rb><rt>そのぶん</rt></ruby>には<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>しと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>加賀屋長兵衞方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し是は<ruby><rb>是非々々</rb><rt>ぜひ〱</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へねば<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ぬと<ruby><rb>急込</rb><rt>せきこむ</rt></ruby>を長兵衞<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>とて樣子を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は外より入たる<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>にては有まじ然れども<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を訴へる時には<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>へ二十兩出させた<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>又々<ruby><rb>番所</rb><rt>ばんしよ</rt></ruby>へ引出しては何分<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>にて<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>濟難</rb><rt>すみがた</rt></ruby>きにより<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>詮鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>されよとは云ものゝ<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>の<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひに<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>らるべければ<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>二百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>用立</rb><rt>ようたて</rt></ruby>んにより<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>にて<ruby><rb>此節季</rb><rt>このせつき</rt></ruby>は<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>さるべし<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も此金は<ruby><rb>利分</rb><rt>りぶん</rt></ruby>に及ばず<ruby><rb>御都合</rb><rt>ごつがふ</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしき</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべしと金子二百兩を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>して<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しければ<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby>の上<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>まで<ruby><rb>貴公</rb><rt>きこう</rt></ruby>の<ruby><rb>御苦勞</rb><rt>ごくらう</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>御禮</rb><rt>おんれい</rt></ruby>は申<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しとて涙を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し<ruby><rb>打歡</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>びてぞ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りけり又お<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八はまんまと<ruby><rb>夷子棚</rb><rt>えびすだな</rt></ruby>の二百兩を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>よしと<ruby><rb>微笑合</rb><rt>ほゝゑみあひ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>してあゝしてと<ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>る事<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>談合</rb><rt>かたらひ</rt></ruby>けり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>其年</rb><rt>そのとし</rt></ruby>も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>れば<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>九年春も三月と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しに<ruby><rb>江戸中</rb><rt>えどぢう</rt></ruby><ruby><rb>大火</rb><rt>たいくわ</rt></ruby>に付此白子屋も<ruby><rb>諸侯方</rb><rt>しよこうがた</rt></ruby>を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>の<ruby><rb>用</rb><rt>よう</rt></ruby>を<ruby><rb>達</rb><rt>たし</rt></ruby><ruby><rb>屋敷方</rb><rt>やしきがた</rt></ruby>の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りにても二千兩<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けありしとなり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>れども彼の<ruby><rb>加賀屋長兵衞</rb><rt>かがやちやうべゑ</rt></ruby>より<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>し二百兩の事は<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八が<ruby><rb>算盤</rb><rt>そろばん</rt></ruby>を<ruby><rb>奇變</rb><rt>あやなし</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎に<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>に<ruby><rb>辨濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>せざれども長兵衞は<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>もなさず彼是する<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>翌年</rb><rt>よくどし</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby><ruby><rb>左</rb><rt>ひだ</rt></ruby>り前にて<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八より申せしかば庄三郎も<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ何とて<ruby><rb>其樣</rb><rt>そのやう</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しぞと云に忠八<ruby><rb>御屋敷</rb><rt>おやしき</rt></ruby>の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひにて一<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby><ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>損金</rb><rt>そんきん</rt></ruby>になり<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>にて二千兩餘の<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>に爲たりと<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>から<ruby><rb>出任</rb><rt>でまか</rt></ruby>せに<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>るをお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>も<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>から<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>口車</rb><rt>くちぐるま</rt></ruby>の<ruby><rb>楫</rb><rt>かぢ</rt></ruby>を取しかば<ruby><rb>又々</rb><rt>また〱</rt></ruby>加賀屋へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を話けるに長兵衞は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>とは云<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>き御家の<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby><ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>になり<ruby><rb>給</rb><rt>たま</rt></ruby>ふ事<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なき<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>なり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>あり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>はお娘子お<ruby><rb>熊殿</rb><rt>くまどの</rt></ruby>へ<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>のある<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>入給</rb><rt>いれたま</rt></ruby>ひては<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>や<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も外に男の子も<ruby><rb>御在</rb><rt>おはさ</rt></ruby>ぬ事<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>お<ruby><rb>熊殿</rb><rt>くまどの</rt></ruby>年の<ruby><rb>長</rb><rt>ふけ</rt></ruby>ぬうちに<ruby><rb>聟養子</rb><rt>むこやうし</rt></ruby>をなし<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を以て<ruby><rb>山方</rb><rt>やまがた</rt></ruby><ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>の<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>を<ruby><rb>償却</rb><rt>つぐなひ</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し方も<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を付て<ruby><rb>身上</rb><rt>しんしやう</rt></ruby>を<ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>す<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に相<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby>して<ruby><rb>見給</rb><rt>みたま</rt></ruby>へと<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に庄三郎大に喜び何から<ruby><rb>何迄</rb><rt>なにまで</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の<ruby><rb>御世話</rb><rt>おせわ</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく是に<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たる事はなし然れ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby><ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>や<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>御聞糺</rb><rt>おんきゝたゞし</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>御頼</rb><rt>おたのみ</rt></ruby>申なりと云けるにぞ<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば先方へ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>べき<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>御家内</rb><rt>うちかた</rt></ruby>へも<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>成るべし我等方は<ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby><ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>たる<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>又々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>御話</rb><rt>おはなし</rt></ruby>申べくとて庄三郎を<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>しけり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より長兵衞は<ruby><rb>大傳馬町</rb><rt>おほでんまちやう</rt></ruby><ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>平右衞門方</rb><rt>へいゑもんかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>御話</rb><rt>おはなし</rt></ruby>の<ruby><rb>聟殿</rb><rt>むこどの</rt></ruby>白子屋庄三郎方にて<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>御世話下</rb><rt>おんせわくだ</rt></ruby>さるべし白子屋事は<ruby><rb>材木町</rb><rt>ざいもくちやう</rt></ruby>にて千三百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby>の<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>も<ruby><rb>持居</rb><rt>もちをり</rt></ruby><ruby><rb>御屋敷方</rb><rt>おやしきがた</rt></ruby>の出入<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て<ruby><rb>株敷</rb><rt>かぶしき</rt></ruby>は三千兩<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なり然れば五百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>ありても<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しかるべし<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>娘お熊は當年廿二歳にて<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>もよく<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はれば<ruby><rb>聟殿</rb><rt>むこどの</rt></ruby>は四十に<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>しとか<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の<ruby><rb>縁組</rb><rt>えんぐみ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>御世話頼入</rb><rt>おせわたのみいる</rt></ruby>と申を<ruby><rb>平右衞門</rb><rt>へいゑもん</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なり當人といふは<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>が<ruby><rb>同町</rb><rt>どうちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>地主</rb><rt>ぢぬし</rt></ruby><ruby><rb>彌太郎方</rb><rt>やたらうかた</rt></ruby>に勤居らるゝ又七と申者なり<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>辛抱人</rb><rt>しんばうにん</rt></ruby>にて<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby><ruby><rb>彌太郎</rb><rt>やたらう</rt></ruby>事は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>六十にもなれど一人も子なく金ばかり澤山ありて<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>は十三ヶ所も<ruby><rb>持居</rb><rt>もちをり</rt></ruby>此人<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>となる<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りなれば何事も<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>先方</rb><rt>せんぱう</rt></ruby>へ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せし上明日<ruby><rb>御返事</rb><rt>ごへんじ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべしとて長兵衞を<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>し<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby><ruby><rb>平右衞門</rb><rt>へいゑもん</rt></ruby>の<ruby><rb>口入</rb><rt>くちいれ</rt></ruby>にて<ruby><rb>相方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ<ruby><rb>吉日</rb><rt>きちにち</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>みて五百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>をなし又七を彼の<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby>の<ruby><rb>聟養子</rb><rt>むこやうし</rt></ruby>とぞなしたりけり此事は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>よりお熊の<ruby><rb>不承知</rb><rt>ふしようち</rt></ruby>なるを<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>説</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は<ruby><rb>右</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>左</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>五百兩を取りて<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>むべし<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>此方の<ruby><rb>仕向</rb><rt>しむけ</rt></ruby>により<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>の方より出て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>さずに<ruby><rb>濟</rb><rt>すむ</rt></ruby><ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>は如何<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>も有べしとお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八の<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだくみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>に言なし<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に又七を入けれどもお熊は<ruby><rb>祝言</rb><rt>しうげん</rt></ruby>の夜より<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくけ</rt></ruby><ruby><rb>發</rb><rt>おこり</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>かしお<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>は<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八母は<ruby><rb>清</rb><rt>せい</rt></ruby>三郎と毎夜<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>双</rb><rt>ならべ</rt></ruby>て一ツ<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>をなす<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>人外</rb><rt>にんぐわい</rt></ruby>の仕方なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども又七は是を一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らず<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>一年餘に及べどもお熊と一<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby>も<ruby><rb>添寢</rb><rt>そへね</rt></ruby>をせず<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>に來りてより<ruby><rb>家内中</rb><rt>かないぢう</rt></ruby>の<ruby><rb>突掛者</rb><rt>つゝかけもの</rt></ruby>となり<ruby><rb>優</rb><rt>やさし</rt></ruby>き<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>る者一人もなけれど<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby><ruby><rb>長助</rb><rt>ちやうすけ</rt></ruby>と云者のみ又七を<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>になし彼の四人の者<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>みけるが或時<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>三兩を<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんとて<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>に<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>じ<ruby><rb>瀬戸物町</rb><rt>せとものちやう</rt></ruby>の島屋へ<ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆき</rt></ruby>し<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>橋向</rb><rt>はしむか</rt></ruby>ふにて<ruby><rb>晝抅盜</rb><rt>ひるとんび</rt></ruby>に<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれ<ruby><rb>忙然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>立歸</rb><rt>たてかへ</rt></ruby>りしが<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を取れては<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>一年<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>を爲ねばならぬと力を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>て居ける處へ又七は<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>其樣に<ruby><rb>鬱</rb><rt>ふさ</rt></ruby>ぎ居るや<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>にても<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>きかと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ひけるに長助は<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りの<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を話し涙を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>しけるを又七は<ruby><rb>憫然</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>其金を<ruby><rb>與</rb><rt>あたへ</rt></ruby>んとて懷中より三<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby>出し長助へ渡しけるに長助は<ruby><rb>大地</rb><rt>だいち</rt></ruby>に<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふし</rt></ruby><ruby><rb>此御恩</rb><rt>このごおん</rt></ruby>は<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れまじとて<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びけり是よりは<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>長助<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby>お<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めの<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>みを<ruby><rb>内通</rb><rt>ないつう</rt></ruby>して又七を<ruby><rb>救</rb><rt>すくひ</rt></ruby>しなり<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>彼の四人<ruby><rb>打寄</rb><rt>うちよつ</rt></ruby>て<ruby><rb>耳語</rb><rt>さゝやく</rt></ruby>やう又七<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>になすと雖も此家を<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby>景色なし<ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby>は如何せんと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>しけるにお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め是は<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>せるに<ruby><rb>如</rb><rt>しく</rt></ruby>なけれども急に殺しては<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝ故一ヶ月ばかりも<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て死ぬ樣に<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>して用るが<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからん此事は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby>の<ruby><rb>玄柳</rb><rt>げんりう</rt></ruby>方へ行て<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべしと四人<ruby><rb>打連立</rb><rt>うちつれだち</rt></ruby>て出行たり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>彼の長助は<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>と云<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えければ又々四人の者共が<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>ならん何れ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>七<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>の事なるべしとお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>の部屋の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>立聞</rb><rt>たちぎき</rt></ruby>をなしけるが新道の<ruby><rb>玄柳</rb><rt>げんりう</rt></ruby>方にて<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>なし<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>素知</rb><rt>そし</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>に<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>りたり又彼の<ruby><rb>玄柳</rb><rt>げんりう</rt></ruby>は毒藥のことを<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>けれども<ruby><rb>針醫</rb><rt>はりい</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>を<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めんこと<ruby><rb>難</rb><rt>かた</rt></ruby>しと思へば<ruby><rb>風藥</rb><rt>かぜぐすり</rt></ruby>二<ruby><rb>服</rb><rt>ふく</rt></ruby>を四十<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby>にて<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>炮烙</rb><rt>はうろく</rt></ruby>にて是を<ruby><rb>煎</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>金紙</rb><rt>きんがみ</rt></ruby>に包み<ruby><rb>鄭重</rb><rt>たいそう</rt></ruby>らしくしてお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>に密と<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しければお常は<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を玄柳に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しお<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby><ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を述たりけり此時玄柳は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か四十<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby>の風藥にてお常より三兩忠八より五兩お熊より一兩都合九兩の金にあり付しは藥九層倍所か是藥百倍と云べしと喜びけり夫より此藥を下女に云付又七が<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby><ruby><rb>汁</rb><rt>しる</rt></ruby><ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>などへ<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>れて毎日々々<ruby><rb>用</rb><rt>もち</rt></ruby>ひしとぞ彼の長助も此事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>しかば又七へも密かに<ruby><rb>告置</rb><rt>つげおき</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>も<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>心を付ると雖も<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>にて爲る事なれば<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>の間に入けるや知らざれども<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby><ruby><rb>鮃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>の<ruby><rb>切身</rb><rt>きりみ</rt></ruby>を<ruby><rb>煮</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>盛</rb><rt>もり</rt></ruby>彼の藥をお熊が手より入れて又七の前へ<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>り是は<ruby><rb>母樣</rb><rt>はゝさま</rt></ruby>よりお前に上んとて新場より<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>し<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ばお<ruby><rb>喰</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>さるべしと一年餘の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めてお熊の口より又七へ<ruby><rb>物云</rb><rt>ものいひ</rt></ruby>ければ又七は喜び<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>是を<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>んと爲るを長助は<ruby><rb>目配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せをなし<ruby><rb>止</rb><rt>とむ</rt></ruby>る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>はと思ひ何か<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>らして是を<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>ず夫より又七は<ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby>の湯に行けるに長助も<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より同く<ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>へ<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>り彼の<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>をお熊が入たる事を<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に話し<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しにも<ruby><rb>昨日</rb><rt>さくじつ</rt></ruby>一<ruby><rb>服</rb><rt>ぷく</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>して<ruby><rb>貴君樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>の食事に入れて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み候と彼藥を見せければ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>七<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き我は<ruby><rb>加賀屋</rb><rt>かがや</rt></ruby>長兵衞方へ參る<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>其方後より<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るべしとて<ruby><rb>其足</rb><rt>そのあし</rt></ruby>にて又七は長兵衞方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の事を物語り<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>なり難しと<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>ければ長兵衞も<ruby><rb>以</rb><rt>もつて</rt></ruby>の外に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きける處へ長助も來り三人<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を集めて<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>しける中長兵衞<ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづ</rt></ruby>き彼の<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を猫に<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>せて<ruby><rb>試</rb><rt>ため</rt></ruby>しけるに何の事もなければ是には何か<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし我又<ruby><rb>致方</rb><rt>いたしかた</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べからずとて又七を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>しけり其後二三日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て長兵衞は白子屋庄三郎并に<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>お<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>を呼び<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>内證</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>の<ruby><rb>都合迄</rb><rt>つがふまで</rt></ruby>も聞何共氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なる事なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>又七<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>お熊殿との中<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しくば家を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を若夫婦に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ番頭<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八には<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し小手前にして<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>取廻</rb><rt>とりまはし</rt></ruby><ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>きが<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なり<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>御兩人</rb><rt>ごりやうにん</rt></ruby>は氣樂に<ruby><rb>御隱居</rb><rt>ごいんきよ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>宜敷事も有べしと事を分て<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>遠廻</rb><rt>とほまはし</rt></ruby>にお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>へ<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>をなしけるに<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び何かと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き思召の<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したりと申しけるにお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>不承知</rb><rt>ふしようち</rt></ruby>の面にて長兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ又七に<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を渡せと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>らるれども<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を見るに一として<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>の道に<ruby><rb>適</rb><rt>かなは</rt></ruby>ず其上<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ出入<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby><ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby>の勝手も<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えず今忠八に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を出しては<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>くの中にも忠八は發明にて<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby>心得<ruby><rb>居者</rb><rt>をるもの</rt></ruby>なり又七は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>よりお熊と<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しからす<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>を鼻に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>て我々を見下し不孝の事のみ多く其上下女などに<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>仕懸</rb><rt>しかけ</rt></ruby>何一ツ是ぞと云<ruby><rb>取處</rb><rt>とりどころ</rt></ruby>なく<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の者に家を渡す事は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>忠八に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せなどとは<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りなる<ruby><rb>御差￼</rb><rt>おさしづ</rt></ruby>なり我々<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すよりは又七を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたす</rt></ruby><ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>が<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て家の<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>なりと申ければ長兵衞是を聞夫は何分聞こえぬ<ruby><rb>論</rb><rt>ろん</rt></ruby>なり下女に<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>るなどとは<ruby><rb>必竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>お熊殿の<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひ惡き<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>る事なり何は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>家の丸く<ruby><rb>治</rb><rt>をさ</rt></ruby>まるが<ruby><rb>宜</rb><rt>よけ</rt></ruby>れば何事も<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めけるにお常は大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>して一々云<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひ氣に入ぬ<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>を賣てなりとも<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>を<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>し<ruby><rb>不縁</rb><rt>ふえん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りけるを長兵衞<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>めれども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>せず疊を<ruby><rb>蹴立</rb><rt>けたて</rt></ruby>此樣な<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>は聞ずと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>御歸りあれと<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎を引立てぞ歸りける夫よりお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>は庄三郎に<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しの<ruby><rb>金</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へ<ruby><rb>講釋</rb><rt>かうしやく</rt></ruby>の<ruby><rb>寄席</rb><rt>よせせき</rt></ruby>へ<ruby><rb>追遣</rb><rt>おひや</rt></ruby>り<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は忠八お<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>清三郎を招き例の如く<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>を始め長兵衞が云し事どもを<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>して此上は<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>五百兩<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ又七に<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>するに如なし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば長兵衞彼れ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>なり又七を出す事ゆゑ忠八<ruby><rb>此金</rb><rt>このかね</rt></ruby><ruby><rb>算段</rb><rt>さんだん</rt></ruby>せられよと申ければ忠八は<ruby><rb>打悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び其金子<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべし<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し一ツの<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>とて清三郎に<ruby><rb>耳語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>油町</rb><rt>あぶらちやう</rt></ruby><ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby><ruby><rb>伊勢屋</rb><rt>いせや</rt></ruby>三郎兵衞方へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入て金五百兩を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取清三郎は<ruby><rb>其隣</rb><rt>そのとなり</rt></ruby>の金屋利兵衞方へ入りて彼の<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>竹を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>し娘の<ruby><rb>手道具</rb><rt>てだうぐ</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取り來りしが忠八にも是を話し我も<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>るは<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>ゆゑ是程の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きをせしと取たる<ruby><rb>品々</rb><rt>しな〲</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見るに<ruby><rb>蝦夷錦</rb><rt>えぞにしき</rt></ruby>の<ruby><rb>楊枝指</rb><rt>やうじさし</rt></ruby>一<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>其外<ruby><rb>笄</rb><rt>かうがひ</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>の<ruby><rb>類</rb><rt>るゐ</rt></ruby>何れも<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>目の物多く<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ兩人<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は<ruby><rb>儲</rb><rt>まうけ</rt></ruby>ものなりと<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びけり然れども<ruby><rb>此品</rb><rt>このしな</rt></ruby><ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るべしとて<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の玄柳方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>けるが<ruby><rb>此品々</rb><rt>このしな〲</rt></ruby>より終に二人が<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby><ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い來とは知ざりけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も白子屋にては又七が事は<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うつ</rt></ruby>てなりとも<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>を<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>し<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたす</rt></ruby>べしとお<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>長兵衞</rb><rt>ちやうべゑ</rt></ruby>に云し<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>の事を申<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>たり

## 第六回

扨もお常は忠八を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み金五百兩<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>致させけれ共又候<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>庄三郎を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り又七を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>なす金にさし<ruby><rb>支</rb><rt>つか</rt></ruby>へる間<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>を<ruby><rb>書入</rb><rt>かきいれ</rt></ruby>にて金五百兩<ruby><rb>借出</rb><rt>かりいだ</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めけるに庄三郎<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく又々長兵衞方へ行き<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>にさし<ruby><rb>支</rb><rt>つかへ</rt></ruby>る<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せしかば長兵衞も是はお常の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ならんにより<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておく</rt></ruby>べしとは思ひけれども庄三郎が<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>ての頼みを<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ざるも<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>と思ひ長兵衞申は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を<ruby><rb>持直</rb><rt>もちなほ</rt></ruby>し給へ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に先祖代々の<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>を<ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>さるゝ事<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なるべし然らば我等其五百兩は<ruby><rb>用達</rb><rt>ようだち</rt></ruby>申べし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>百兩にても五十兩にても<ruby><rb>御返濟</rb><rt>ごへんさい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れよ利分は取り申さず金子<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>次第に證文は<ruby><rb>返却</rb><rt>へんきやく</rt></ruby>致すべけれども<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby>は<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>申べし其地面<ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>さるゝが氣の毒に<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずる故なりお常殿にも<ruby><rb>此話</rb><rt>このはなし</rt></ruby>をなされ<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>御三人<ruby><rb>御印形</rb><rt>ごいんぎやう</rt></ruby><ruby><rb>御持參</rb><rt>ごぢさん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと申ければ庄三郎大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りてお常忠八に長兵衞が申せし<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるにお常は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は長兵衞事<ruby><rb>此地面</rb><rt>このぢめん</rt></ruby>を自分が<ruby><rb>欲</rb><rt>ほ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>よく<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>申<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし何は兎もあれ五百兩<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>候はんとてお常が<ruby><rb>合口</rb><rt>あひくち</rt></ruby>なる<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て三<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby><ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>を持ち長兵衞方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>五百兩<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>て歸りけるがお常は<ruby><rb>此金</rb><rt>このきん</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>しより又々<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>すが<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>くなりし事<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に白子屋<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつばう</rt></ruby>の<ruby><rb>基</rb><rt>もとゐ</rt></ruby>とこそは知られけれ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>何をがな又七が<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>を<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby><ruby><rb>云立</rb><rt>いひたて</rt></ruby>なば金は<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>すに及ぶまじと思ひ居けるに或日庄三郎は又七を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>松平相摸守殿</rb><rt>まつだひらさがみのかみどの</rt></ruby>の屋敷へ金子六十兩<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>に參るべしと申付けしかば忠八是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>てお常に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と知らせ<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の清三郎を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き三人<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>耳語</rb><rt>さゝや</rt></ruby>きけるが<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく清三郎は<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>たり是は<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に喧嘩を<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>させ屋敷より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>る六十兩を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ又七は此金を<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>て<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>がよ</rt></ruby>ひに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>しと<ruby><rb>云立</rb><rt>いひたて</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>に離縁せんとの<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みなり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>とも知らず又七は<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>長助を<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>屋敷より金子を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より呉服橋へ掛り四日市へと<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>るに<ruby><rb>當時</rb><rt>そのころ</rt></ruby>は今と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ晝も四日市<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>は<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しく<ruby><rb>人通</rb><rt>ひととほ</rt></ruby>り<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なれば清三郎は<ruby><rb>惡僕</rb><rt>わるもの</rt></ruby><ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>と共に此處に<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>なし居たり又七は金を持ちたる故<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>用心</rb><rt>ようじん</rt></ruby>はすれども<ruby><rb>白晝</rb><rt>ひるひなか</rt></ruby>の事なれば何心なく<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りし所<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>にて顏を<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>みたる大の男三人<ruby><rb>現</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>突然</rb><rt>ゆきなり</rt></ruby>又七に<ruby><rb>組付</rb><rt>くみつく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>又七は驚きながら<ruby><rb>振放</rb><rt>ふりはな</rt></ruby>さんと<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>る所を一人の男<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>指込</rb><rt>さしこ</rt></ruby>み<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>の金子を<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>んとなすにぞ又七は長助に<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>盜人々々</rb><rt>ぬすびと〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりければ長助は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>一人の男と<ruby><rb>組合</rb><rt>くみあひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるが此聲を聞て金を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れては<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>と<ruby><rb>振放</rb><rt>ふりはな</rt></ruby>し又七の<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>へ手を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>たる男の<ruby><rb>横面</rb><rt>よこつら</rt></ruby>を<ruby><rb>充分</rb><rt>したゝか</rt></ruby>に<ruby><rb>打叩</rb><rt>うちたゝ</rt></ruby>きければ彼の男<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>に<ruby><rb>摚</rb><rt>どう</rt></ruby>と<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>されしにぞ<ruby><rb>其間</rb><rt>そのひま</rt></ruby>に又七と共に殘り二人の<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>を<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に打叩きける故<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はじと<ruby><rb>散々</rb><rt>ちり〲</rt></ruby>に<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>行けり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば金は取られず<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>無事に其場を<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさり</rt></ruby>たり此長助は<ruby><rb>力量</rb><rt>りきりやう</rt></ruby><ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れし男故<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひに<ruby><rb>打勝</rb><rt>うちかち</rt></ruby>しとは雖も何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の行かぬ者なり<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく是も四人の者の<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べしと<ruby><rb>話合</rb><rt>はなしあひ</rt></ruby>ながら長助は<ruby><rb>道々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>お常は清三郎と<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る事お<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>は<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の事など<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>もなく<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ又七は始めてお熊は忠八と<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>し事を聞き扨は<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>の<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ當りたりと<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より二人<ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>に歸り庄三郎に金子を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しけるにお常忠八<ruby><rb>等</rb><rt>ら</rt></ruby>は是を見て清三郎に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みし事<ruby><rb>手筈</rb><rt>てはず</rt></ruby><ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひたりと思ひ又々<ruby><rb>玄柳方</rb><rt>げんりうかた</rt></ruby>へ行きて<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>其翌日</rb><rt>そのよくじつ</rt></ruby>三人玄柳方へぞ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て又清三郎は四日市にて長助に<ruby><rb>十分</rb><rt>したゝか</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うた</rt></ruby>れ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>ければ我が家に<ruby><rb>引込</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>み居たりしに玄柳方より呼びに來りしかば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>走り行き四人<ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby>又々惡事の相談をなすにお常は聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め我一ツ思ひ<ruby><rb>付</rb><rt>つい</rt></ruby>たる<ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>あり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は下女の菊は<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>愚成者</rb><rt>おろかなるもの</rt></ruby>なれば是に<ruby><rb>云付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>又七が<ruby><rb>閨</rb><rt>ねや</rt></ruby>へ忍ばせ<ruby><rb>剃刀</rb><rt>かみそり</rt></ruby>にて又七へ少しにても疵を付け<ruby><rb>情死</rb><rt>しんぢう</rt></ruby>せんとて又七に<ruby><rb>誑</rb><rt>だま</rt></ruby>され<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>とも又七を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>して我も死ぬ<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>なりと<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はらせ其處へ我々<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>して菊が口より<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せんは如何にやと申ければ三人是を聞き<ruby><rb>其謀計</rb><rt>そのはかりごと</rt></ruby><ruby><rb>奇妙々々</rb><rt>きめう〱</rt></ruby>誠に<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>智者</rb><rt>ちしや</rt></ruby>なりと<ruby><rb>譽稱</rb><rt>ほめたゝ</rt></ruby>へ夫より白子屋へ歸り<ruby><rb>年増</rb><rt>としま</rt></ruby>の下女お久を<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に呼びお熊の小袖三ツと金一兩を出し菊に<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby><ruby><rb>言含</rb><rt>いひふく</rt></ruby>め<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと頼みければお久承知して<ruby><rb>我部屋</rb><rt>わがへや</rt></ruby>へお菊を呼び<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の<ruby><rb>事共</rb><rt>ことども</rt></ruby><ruby><rb>委曲</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し又七樣へ<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を付け其身も<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のんど</rt></ruby>を<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>疵付</rb><rt>きずつけ</rt></ruby><ruby><rb>情死</rb><rt>しんぢう</rt></ruby>と云ひて<ruby><rb>泣</rb><rt>なく</rt></ruby>べしと<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>頼み居たるを長助は<ruby><rb>物影</rb><rt>ものかげ</rt></ruby>より是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て大いに驚きながら<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>て<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たり斯くとも知らず<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby>お菊は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なれば小袖金子を見て<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>心迷</rb><rt>こゝろまよ</rt></ruby>ひ何の<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>もなく承知をぞなしたりける又長助は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と樣子を<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝすま</rt></ruby>し早々又七に右の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を話し<ruby><rb>御油斷</rb><rt>ごゆだん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べからずと云ふにより又七<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>菊が來たらば<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に取て<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を掛くべし其時其方は<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>加賀屋長兵衞を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>るべしと<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>示合</rb><rt>しめしあは</rt></ruby>せて<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れけり菊は只金と小袖の<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>さに<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>丑</rb><rt>うし</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぐ</rt></ruby>る頃又七が<ruby><rb>寢間</rb><rt>ねま</rt></ruby>へ忍び入り<ruby><rb>剃刀</rb><rt>かみそり</rt></ruby>を<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかで</rt></ruby>に<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>又七が<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>の上より<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしとほ</rt></ruby>しけるに又七は居ず<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>ばかりなれば南無三と<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>を見る間に又七はお菊を<ruby><rb>蹴倒</rb><rt>けたふ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>なく繩を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>又七は<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>長助<ruby><rb>々々</rb><rt>〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>に家内の者共目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し何事にやと庄三郎お常お熊忠八も此所へ來り<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>なす<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に長助は加賀屋へ<ruby><rb>駈行</rb><rt>かけゆき</rt></ruby>又七樣<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に<ruby><rb>御逢成</rb><rt>おあひなさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>との事出來しにより私し<ruby><rb>御供</rb><rt>おんとも</rt></ruby>仕つるべき<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>御入下</rb><rt>おんいりくだ</rt></ruby>されよと申ければ長兵衞驚き<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて入り來るにお常は長兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ又七事お熊を<ruby><rb>指置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>下女の菊と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>をなし<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>情死</rb><rt>しんぢう</rt></ruby>とまでの<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎなり<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby>お熊と<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>治</rb><rt>をさま</rt></ruby>らずと云ひければ又七是を聞き是は思ひもよらぬ事を仰せらるゝもの哉<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>菊が何故か<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>を持て我が<ruby><rb>寢所</rb><rt>ねどころ</rt></ruby>へ來りし故<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>片蔭</rb><rt>かたかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れて<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゝ</rt></ruby>ひしに<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>の上より我を<ruby><rb>刺</rb><rt>さし</rt></ruby>候樣子に付き<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へて繩を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しなり<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>公邊</rb><rt>おかみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ此者を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致さんと云ひけるを長兵衞は<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>に世間へ<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えぬ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>す方が宜しからんお常殿もお熊殿も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>御思案</rb><rt>ごしあん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>又七殿がお菊に通じたるにもせよお常殿より又七殿に<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>御異見</rb><rt>ごいけん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>てお菊に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>せば濟む事<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>是を又七殿訴へなば<ruby><rb>大亂</rb><rt>たいらん</rt></ruby>となり白子屋の<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby><ruby><rb>立難</rb><rt>たちがた</rt></ruby>しお常殿は女の事故<ruby><rb>其處</rb><rt>そのところ</rt></ruby>へ氣も<ruby><rb>付</rb><rt>つか</rt></ruby>れざるは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の事なれども<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>ありて<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>又七殿を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>和合</rb><rt>わがふ</rt></ruby>致さるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべし<ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>の事は及ばずながら此長兵衞<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>申さんと<ruby><rb>利解</rb><rt>りかい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けれどもお常は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>せず又七事菊と<ruby><rb>忍合</rb><rt>しのびあひ</rt></ruby><ruby><rb>情死</rb><rt>しんぢう</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>んとせしを見付けしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>公邊</rb><rt>おかみ</rt></ruby>へ訴へ<ruby><rb>何處迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>も黒白を分け申べしと<ruby><rb>片意地</rb><rt>かたいぢ</rt></ruby><ruby><rb>張</rb><rt>はつ</rt></ruby>て持參金を<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>せぬ<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなすに忠八も<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>より日頃又七樣下女に手を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られし事私共存居り候と云ひければ又清三郎も<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>御兩人の仰せ<ruby><rb>御道理也</rb><rt>ごもつともなり</rt></ruby>又七樣御持參金を<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>に掛け我々迄も見下げ給ふ事<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だしと云ふを長兵衞は<ruby><rb>見遣</rb><rt>みやり</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りの<ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby>ならずや何故此所へ來り入らざる<ruby><rb>差出口</rb><rt>さしでぐち</rt></ruby><ruby><rb>過言</rb><rt>くわごん</rt></ruby>なり長助<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の者を<ruby><rb>擲出</rb><rt>たゝきだ</rt></ruby>せと云ひければ長助は<ruby><rb>立掛</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り清三郎が<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>みて<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>し<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>材木</rb><rt>ざいもく</rt></ruby>を<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>しにぞ清三郎は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ此間も四日市にて我を<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き今又<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>る事<ruby><rb>此返報</rb><rt>このへんぱう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え居よと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りけるに扨は四日市の<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>は<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>かと云はれてハツと思ひしかば<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずして<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>歸りけり扨又長兵衞はお常に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ此事訴へなば<ruby><rb>怪我人</rb><rt>けがにん</rt></ruby>も多く出來る故<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>に<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひ白子屋の家名に<ruby><rb>瑾</rb><rt>きず</rt></ruby>の付かぬ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>我々が<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ給へと云へどもお常は少しも承知せざれば長兵衞も今は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく又七を連れて我が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>へ立歸りたり<ruby><rb>其間</rb><rt>そのま</rt></ruby>に夜も<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>ければ長兵衞は傳馬町なる平右衞門方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り右の次第を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りければ平右衞門は大に<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し白子屋の者共如何にも不屆なる仕方なれば<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>地主</rb><rt>ぢぬし</rt></ruby>へ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せんと夫より彌太郎方へ行き右の<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>話し居る處へ番頭忠八髮結清三郎の兩人<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>り<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>るにより又七を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし<ruby><rb>手形</rb><rt>てがた</rt></ruby>を出せと<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>にて<ruby><rb>談事</rb><rt>だんじ</rt></ruby>ければ彌太郎も今は<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>く<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>よりの<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>を<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>ず此方より訴へんと<ruby><rb>云時</rb><rt>いふとき</rt></ruby>又々下男長助又七を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來り<ruby><rb>夜前</rb><rt>やぜん</rt></ruby>清三郎が云ひし四日市のことを<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるにぞ<ruby><rb>尚々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね右の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きまで願書に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め居たるに加賀屋長兵衞入り來り我等<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>にも取扱ひ候間<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し御待ち下さるべし白子屋方へ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を加へ<ruby><rb>内濟</rb><rt>ないさい</rt></ruby>致すべしと<ruby><rb>云置</rb><rt>いひおき</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より又白子屋へ行き此事訴へられては<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby>を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ふ<ruby><rb>基</rb><rt>もとゐ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べきにより<ruby><rb>内濟</rb><rt>ないさい</rt></ruby>にし給へと<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>説</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めると雖もお常は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>承知せず<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて長兵衞迄も<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りける故長兵衞も今は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby>ければ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に彌太郎の方より訴訟にこそ及びけれ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば大岡殿是を聞かれ此訴訟の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きにては大いなる<ruby><rb>罪人</rb><rt>つみびと</rt></ruby>八<ruby><rb>逆</rb><rt>ぎやく</rt></ruby>の者多し是を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>すは誠に<ruby><rb>歎</rb><rt>なげか</rt></ruby>は<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>事なりと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>利解</rb><rt>りかい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られけれども<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>なければ是非なく<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>とぞなりにける<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十二年十月<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しの人々には白子屋庄三郎<ruby><rb>並</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby><ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby><ruby><rb>長助</rb><rt>ちやうすけ</rt></ruby><ruby><rb>下女</rb><rt>げぢよ</rt></ruby><ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>同<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>七<ruby><rb>大傳馬町</rb><rt>おほでんまちやう</rt></ruby><ruby><rb>居付</rb><rt>ゐつき</rt></ruby><ruby><rb>地主</rb><rt>ぢぬし</rt></ruby><ruby><rb>彌太</rb><rt>やた</rt></ruby>郎<ruby><rb>加賀屋長兵衞等</rb><rt>かがやちやうべゑとう</rt></ruby>なり<ruby><rb>此砌</rb><rt>このみぎり</rt></ruby><ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby><ruby><rb>清</rb><rt>せい</rt></ruby>三郎は<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゆつぽん</rt></ruby>して<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>知れず大岡殿彌太郎に向はれ其方願書の趣き<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに彌太郎<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なく候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へしかば<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て庄三郎と呼ばれ其方妻常娘熊番頭忠八斯の如き<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>をなす事<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>て<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>しや又知らざるやと申されしに庄三郎其等の儀は<ruby><rb>實以</rb><rt>じつもつ</rt></ruby>て存じ申さずと云ひければ又大岡殿お常に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>又七に<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>の<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝにお常は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>如何にも驚きたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>をなし<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して覺え之なく又七事妻を<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>下女に不義を<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致さんと存じ候處<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の訴へに及びし迄にて候<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を以て又七儀<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>仕つる樣願ひ上奉つると申立るを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て又七恐れながらと<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>毒藥</rb><rt>どくやく</rt></ruby>の儀相違之なく則ち<ruby><rb>稻荷</rb><rt>いなり</rt></ruby><ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby><ruby><rb>横山玄柳</rb><rt>よこやまげんりう</rt></ruby>と申す醫師に<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の證文等もあり候<ruby><rb>御呼出</rb><rt>おんよびだし</rt></ruby>の上御吟味<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるべしと申ける故<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>玄柳を呼出されて尋ねられし所玄柳申立るはお常の頼みに候へ共毒藥は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざるに付<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>せず<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>致し<ruby><rb>風邪藥</rb><rt>かぜぐすり</rt></ruby>にて間を合せ候と<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>るにぞ大岡殿次に下女お菊を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方主人の<ruby><rb>閨</rb><rt>ねや</rt></ruby>へ<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入る事<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>なり但し汝が一存か又は人に頼まれしか<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>に申さずんば一命に及ぶべしと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れけるにお菊は<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>なく恐れ入りてお常<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め四人の者に頼まれし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>白地</rb><rt>あからさま</rt></ruby>に白状しければ大岡殿ソレ<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと下知を<ruby><rb>傳</rb><rt>つた</rt></ruby>へお菊に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をうたせ又娘お熊手代忠八兩人に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方共<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>いたし<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>の又七を殺さんとせし段<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に繩を掛させられしかばお常是を見てハツと<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむき</rt></ruby>しを大岡殿<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>れ其方養子又七に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>候樣下女菊に申付たる段不屆なり<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れしかば<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すこと<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>はずお常お熊共に白状にぞ及びける又庄三郎は家内の者の<ruby><rb>斯如</rb><rt>かくのごと</rt></ruby>き不屆を存ぜざる段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>なり<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に何ぞ心當りの事は<ruby><rb>之無</rb><rt>これなき</rt></ruby>やと申されければ庄三郎何も是と申す程の儀御座なく候へども<ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby>清三郎と申す者<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>入浸</rb><rt>いりびた</rt></ruby>り居しは心得難く候と申立るに大岡殿<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ白子屋家内を<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>清三郎を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ來れと下知せられしかば同心<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>しに清三郎は<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>せし樣子なれど<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>斯樣の品<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しと其品々を<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>りし中に<ruby><rb>蝦夷錦</rb><rt>えぞにしき</rt></ruby>の<ruby><rb>箸入</rb><rt>はしいれ</rt></ruby><ruby><rb>花菱</rb><rt>はなびし</rt></ruby>の紋付たる一角の<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby><ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>などありしかば大岡殿是を見給ひ<ruby><rb>即時</rb><rt>そくじ</rt></ruby>に<ruby><rb>金屋</rb><rt>かなや</rt></ruby>利兵衞を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され此品其方<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え有るやと尋ねられければ<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく覺え之あり私<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>手道具</rb><rt>てだうぐ</rt></ruby>なるよし申立てしにぞ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>お常お熊兩人へ<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられしかば忠八清三郎兩人より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしまゝ何事も存ぜずと申により忠八を<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に白状致しけり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て金屋の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>も相知れ夫より清三郎へ<ruby><rb>追手</rb><rt>おつて</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>られたり扨牢内より彼の<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby><ruby><rb>雲源</rb><rt>うんげん</rt></ruby>を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され又伊勢屋三郎兵衞をも呼れて五百兩の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>相知</rb><rt>あひし</rt></ruby>れしにより<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひにて是迄雲源を<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>め候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>其代</rb><rt>そのかは</rt></ruby>り雲源を<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>致すべしと申渡され雲源は<ruby><rb>出牢</rb><rt>しゆつらう</rt></ruby>となり利兵衞は得意を吉三郎に返さゞる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとどき</rt></ruby>なれば身代を半分にして吉三郎に菊を<ruby><rb>娶</rb><rt>めあは</rt></ruby>せ養子となし利兵衞<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>は<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>致す可し且つ彌太郎方へは又七を<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>せと申渡されけり

## 第七回

享保十二年十二月大岡殿<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に於て申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し左之通り

<ruby><rb>新材木町</rb><rt>しんざいもくちやう</rt></ruby>

<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>

<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>七　<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>

くま

二十二歳

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>町中</rb><rt>まちちう</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つ</rt></ruby>くる

<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby>

<ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八

二十八歳

其方儀<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>庄三郎養子又七<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>熊と密通致し<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>油町</rb><rt>あぶらちやう</rt></ruby>伊勢屋三郎兵衞方にて<ruby><rb>夜盜</rb><rt>やたう</rt></ruby><ruby><rb>相働</rb><rt>あひはたら</rt></ruby>き金五百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取り候段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢゆう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>町中</rb><rt>まちぢう</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの上<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付くる

<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>下女</rb><rt>げぢよ</rt></ruby>

きく

十八歳

其方儀<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>申付候共又七も主人の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>致方</rb><rt>いたしかた</rt></ruby>も<ruby><rb>有之</rb><rt>これある</rt></ruby>べき處主人又七に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>を致さんとせし段<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>る

<ruby><rb>白子</rb><rt>しろこ</rt></ruby>屋<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>

つね

四十歳

其方儀<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>又七に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ不義の申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>致候樣下女きくに申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>る段人に<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>たるの<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>ひに<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>る

<ruby><rb>杉森</rb><rt>すぎのもり</rt></ruby><ruby><rb>新道</rb><rt>しんみち</rt></ruby><ruby><rb>孫右衞門店</rb><rt>まごゑもんだな</rt></ruby>

<ruby><rb>針醫</rb><rt>はりい</rt></ruby>

<ruby><rb>横山玄柳</rb><rt>よこやまげんりう</rt></ruby>

其方儀白子屋庄三郎<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めの<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>に<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候段不屆に付<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>る

<ruby><rb>新材木町</rb><rt>しんざいもくちやう</rt></ruby><ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby>

<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby><ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>三郎

六十歳

其方儀<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>又七に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と樣子も見屆ず其上<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby><ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>忠</rb><rt>ちう</rt></ruby>八不屆の儀を存ぜぬ段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>に付<ruby><rb>江戸構</rb><rt>えどがまひ</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>る

<ruby><rb>同人手代</rb><rt>どうにんてだい</rt></ruby>

<ruby><rb>清兵衞</rb><rt>せいべゑ</rt></ruby>

<ruby><rb>彦</rb><rt>ひこ</rt></ruby>八

<ruby><rb>長助</rb><rt>ちやうすけ</rt></ruby>

<ruby><rb>伊助</rb><rt>いすけ</rt></ruby>

其方共儀<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>も之なくに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなし

<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby><ruby><rb>當時</rb><rt>このころ</rt></ruby><ruby><rb>下女</rb><rt>げぢよ</rt></ruby><ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>は<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なし

<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>髮結</rb><rt>かみゆひ</rt></ruby>清三郎は<ruby><rb>上總</rb><rt>かづさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>し所<ruby><rb>天網</rb><rt>てんまう</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の上殘らず惡事を白状に及びければ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付られけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>亦お熊は引廻しの<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>には<ruby><rb>黄</rb><rt>き</rt></ruby>八<ruby><rb>丈</rb><rt>ぢやう</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>には<ruby><rb>白無垢</rb><rt>しろむく</rt></ruby>二ツを<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>本繩</rb><rt>ほんなは</rt></ruby>に掛り<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>には<ruby><rb>水晶</rb><rt>すゐしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>珠數</rb><rt>ずず</rt></ruby>を掛け馬に<ruby><rb>騎</rb><rt>の</rt></ruby>りて口に<ruby><rb>法華經</rb><rt>ほけきやう</rt></ruby><ruby><rb>普門品</rb><rt>ふもんぼん</rt></ruby>を唱へながら引かれしとぞ此時お熊の<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たるより世の<ruby><rb>婦女子</rb><rt>ふぢよし</rt></ruby><ruby><rb>黄</rb><rt>き</rt></ruby>八<ruby><rb>丈</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>は不義の<ruby><rb>縞</rb><rt>しま</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひしは<ruby><rb>戯</rb><rt>たは</rt></ruby>れ事の樣なれども<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>貞操</rb><rt>ていさう</rt></ruby>の<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>とも<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>べし然るを<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>其事を知る者も<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なりと雖も<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>不開化</rb><rt>ふかいくわ</rt></ruby>などといふ者もあらんか<ruby><rb>嗟</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しむべしと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>も<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しむべし

<ruby><rb>當時</rb><rt>そのころ</rt></ruby>の<ruby><rb>狂歌</rb><rt>きやうか</rt></ruby>に

<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby><ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>は<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>なれや<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>りし<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby>の<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>

<ruby><rb>白子屋</rb><rt>しろこや</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>から<ruby><rb>讀</rb><rt>よめ</rt></ruby>ばおやころし<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さん<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろし

<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>も<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>も<ruby><rb>不仁</rb><rt>ふじん</rt></ruby><ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>は<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>理不盡</rb><rt>りふじん</rt></ruby>の<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みなりけり

白子屋阿熊一件終

  


## 煙草屋喜八一件

  


<ruby><rb>煙草屋喜八</rb><rt>たばこやきはち</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に享保年間<ruby><rb>下總國</rb><rt>しもふさのくに</rt></ruby><ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>の城下に<ruby><rb>穀物屋吉右衞門</rb><rt>こくものやきちゑもん</rt></ruby>と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>あり所に<ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>びなき<ruby><rb>豪家</rb><rt>がうか</rt></ruby>にて<ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby>にも<ruby><rb>出店</rb><rt>でみせ</rt></ruby>十三<ruby><rb>軒</rb><rt>げん</rt></ruby>ありて何れも<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby><ruby><rb>土藏共</rb><rt>どざうども</rt></ruby>十三ヶ所を所持なし<ruby><rb>出店</rb><rt>でだな</rt></ruby>親類又は番頭若い者に至る迄大勢召仕ひ<ruby><rb>豐</rb><rt>ゆたか</rt></ruby>に世を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りけるが一人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>吉之助とて<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>十九歳<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れにて父母の<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby><ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなく<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>遊藝</rb><rt>いうげい</rt></ruby>を<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>はせんと思へども然るべき<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>なきにより江戸<ruby><rb>兩國</rb><rt>りやうごく</rt></ruby><ruby><rb>横山町</rb><rt>よこやまちやう</rt></ruby>三丁目<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>にて<ruby><rb>折廻</rb><rt>をりまは</rt></ruby>し間口奧行拾三間づつ<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby><ruby><rb>乾物</rb><rt>かんぶつ</rt></ruby><ruby><rb>類</rb><rt>るゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ則ち古河の吉右衞門が出店なるを番頭<ruby><rb>傳兵衞</rb><rt>でんべゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>る者<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>なし居たるが此處に吉之助を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>して<ruby><rb>諸藝</rb><rt>しよげい</rt></ruby>の師を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>み金銀に<ruby><rb>拘</rb><rt>かゝは</rt></ruby>らず<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>はするに日々<ruby><rb>生花</rb><rt>いけばな</rt></ruby><ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>の<ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby><ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>遊藝</rb><rt>いうげい</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>なにくれ</rt></ruby>と是を己が役にして居る所に兩國米澤町の花の師匠にて相弟子の六之助と云ふは<ruby><rb>同所</rb><rt>どうしよ</rt></ruby><ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby>の虎屋の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>なるが何事も<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なく<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>吉之助とは<ruby><rb>交</rb><rt>まじは</rt></ruby>り<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>かりしが<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>吉之助を<ruby><rb>引誘</rb><rt>さそひ</rt></ruby><ruby><rb>納涼</rb><rt>すゞみ</rt></ruby>に出し歸り<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby><ruby><rb>船中</rb><rt>せんちう</rt></ruby>より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に吉原の<ruby><rb>燈籠</rb><rt>とうろう</rt></ruby>を見物せんと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めけるに吉之助は<ruby><rb>御當地</rb><rt>ごたうち</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めての事なれば吉原は<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>辭退</rb><rt>ことわり</rt></ruby>此日は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ歸り番頭傳兵衞に此事を<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>ければ傳兵衞<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け六之助殿は<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>産</rb><rt>うまれ</rt></ruby>の事にて何事も如才なきにより此事<ruby><rb>御斷</rb><rt>おことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>にもなるまじ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby>にも<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>誘引給</rb><rt>さそひたま</rt></ruby>はゞ彼の地に行六之助殿に<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>られてはお<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>の<ruby><rb>汚</rb><rt>よご</rt></ruby>れることなれば金銀は<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>奇麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に御遣ひ<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ斯樣々々になし給へと<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>けるにぞ吉之助承知して<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>又々<ruby><rb>涼船</rb><rt>すゞみぶね</rt></ruby><ruby><rb>花火</rb><rt>はなび</rt></ruby><ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>の時六之助<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて吉原へ行き<ruby><rb>蓬莱屋</rb><rt>ほうらいや</rt></ruby>と云ふ六之助が<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の茶屋へ上りけるに吉之助は傳兵衞が<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へは<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を始め若い者女子迄七八人<ruby><rb>近付</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと<ruby><rb>惣纒頭</rb><rt>そうばな</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>江戸町一丁目<ruby><rb>玉屋内</rb><rt>たまやうち</rt></ruby><ruby><rb>初瀬留</rb><rt>はせとめ</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>娼妓</rb><rt>おひらん</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく<ruby><rb>妓樓</rb><rt>ぢよろや</rt></ruby>へ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>はれ<ruby><rb>陽氣</rb><rt>やうき</rt></ruby>に<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>も<ruby><rb>濟</rb><rt>す</rt></ruby>み<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>へ入りしが六之助は夫より<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>初瀬留を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き吉之助は<ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>一番の<ruby><rb>大盡</rb><rt>だいじん</rt></ruby>の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>にて江戸の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遊藝稽古</rb><rt>いうげいけいこ</rt></ruby>の爲に參られ此處へは始めての事なれば<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ此後も度々<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐ</rt></ruby>らんと内證を<ruby><rb>吹込</rb><rt>ふきこみ</rt></ruby>ける故初瀬留も<ruby><rb>男振</rb><rt>をとこぶり</rt></ruby>は<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>し大盡の息子と聞き<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けるにぞ吉之助は<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る遊びの初めて<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>魂魄</rb><rt>たましひ</rt></ruby>は<ruby><rb>天外</rb><rt>てんぐわい</rt></ruby>に<ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby><ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>の如くに<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>れ是よりして雨の夜雪の日の<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひなく<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>ひしかば初瀬留も<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>からず思ひ吉之助ならではと今は<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>云交</rb><rt>いひかは</rt></ruby>し一<ruby><rb>日</rb><rt>にち</rt></ruby><ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>ねば千秋の思ひをなすにぞ番頭傳兵衞は<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へし事の<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>と成しかば大いに<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り度々<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を加へ<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しの事は<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからざれども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>二箱近く<ruby><rb>御遣</rb><rt>おつか</rt></ruby>ひ成されし故<ruby><rb>御國許</rb><rt>おくにもと</rt></ruby>の旦那へ<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えては此傳兵衞申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なしとて<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>に異見致しけれども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に用ゆる<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>九年七月迄に金二千七八百兩<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>たれば今は傳兵衞も<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>是非なく<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ此由知らせしにより父吉右衞門是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>以</rb><rt>もつて</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に驚き<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>が<ruby><rb>行状</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>言語同斷</rb><rt>ごんごどうだん</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>なし吉之助を呼びて<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬが</rt></ruby>せ<ruby><rb>古袷</rb><rt>ふるあはせ</rt></ruby>一枚<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>三百文與へて<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>へなりと<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby>べしと<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>なしければ番頭若い者等<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>すると雖も吉右衞門承知せず<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>古河へ歸りけり依て吉之助は<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>此體</rb><rt>このなり</rt></ruby>にては<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>初瀬留にも<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>れず死ぬより外に<ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なしと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を<ruby><rb>究</rb><rt>きは</rt></ruby>め其夜兩國橋へ行き<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に身を<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby>んと<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たりし<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>小提灯</rb><rt>こちやうちん</rt></ruby>を持ちたる男<ruby><rb>馳寄</rb><rt>かけよつ</rt></ruby>てヤレ<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>れよと吉之助を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めるに<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>是非死なねばならぬ事あり<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby><ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>してと云ふを<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>はお<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>不了簡</rb><rt>ふれうけん</rt></ruby>死ぬは<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>でも易い事<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>られよと云ふ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>れば吉原の<ruby><rb>幇間</rb><rt>たいこ</rt></ruby>五八なれば吉之助は<ruby><rb>尚々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby>面目なく又もや身を<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby>んとせしを五八も驚き<ruby><rb>確</rb><rt>しつ</rt></ruby>かと<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き<ruby><rb>止</rb><rt>と</rt></ruby>め<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は若旦那にて<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しか私し事は多く<ruby><rb>御恩</rb><rt>ごおん</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り何かと<ruby><rb>御贔屓下</rb><rt>ごひいきくだ</rt></ruby>されし者なれば<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の事手前の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ御供を致し<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>宜敷計らひ候はん初瀬留樣にも<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby>は日毎に<ruby><rb>御噂</rb><rt>おうはさ</rt></ruby>ばかりなりと<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に手を取り<ruby><rb>其邊</rb><rt>そのあた</rt></ruby>りなる茶屋へ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>など<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>させて種々<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>をなし<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>の事がらは如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>と<ruby><rb>問懸</rb><rt>とひかく</rt></ruby>るに吉之助は<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby><ruby><rb>無氣</rb><rt>なげ</rt></ruby>に<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふる樣此程父吉右衞門<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>より來り我等二千七八百兩の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>しを大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り終に<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>たれば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>初瀬留には<ruby><rb>逢事</rb><rt>あふこと</rt></ruby>もならず所詮生て<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>をかゝんよりはと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めし事なりと<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>を物語れば五八は是を聞き<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>り<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>父公樣</rb><rt>おやごさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御腹立</rb><rt>おはらだち</rt></ruby>も<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれど若い中には<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ又其中には<ruby><rb>御詫</rb><rt>おわび</rt></ruby>の<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ方も御座らう程に<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は初瀬留樣と<ruby><rb>諸供</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>御勘氣</rb><rt>ごかんき</rt></ruby>の<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さるまで此五八が<ruby><rb>御匿</rb><rt>おかくま</rt></ruby>ひ申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>んと力を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>夫より五八が宅へ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り女房にも<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し初瀬留が方へも此事を<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>せけるにそ初瀬留は<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りて吉之助に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ私し故に<ruby><rb>御勘當</rb><rt>ごかんだう</rt></ruby>の御身となられし由<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き者と<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>れんが此上は私し何事も<ruby><rb>御見繼</rb><rt>おみつぎ</rt></ruby>申さんにより<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby>へも行き給はず五八の方に居給へとて夫より<ruby><rb>呉服屋</rb><rt>ごふくや</rt></ruby>へ言ひ付吉之助が<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>何不自由</rb><rt>なにふじいう</rt></ruby>なく<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りければ是ぞ誠に<ruby><rb>鷄卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>に四<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>と<ruby><rb>仕送</rb><rt>しおく</rt></ruby>らるゝ身は思ふなるべし或日五八は吉之助を<ruby><rb>連</rb><rt>つ</rt></ruby>れ淺草の觀音へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>しけるに地内にて吉之助を<ruby><rb>呼掛</rb><rt>よびかけ</rt></ruby>る者あり誰ぞと<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り見れば古河に<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>し<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby>召使ひし喜八と云ふ者にて吉之助が<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に來り<ruby><rb>貴君樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>には何時御當地へ<ruby><rb>御出</rb><rt>おんいで</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しや<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>ながら<ruby><rb>御容子</rb><rt>ごようす</rt></ruby><ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と申けるに此所は<ruby><rb>人立</rb><rt>ひとだち</rt></ruby><ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>ければとて<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>の茶屋に<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ吉之助は<ruby><rb>諸藝稽古</rb><rt>しよげいけいこ</rt></ruby>の爲め横山町の<ruby><rb>出店</rb><rt>でだな</rt></ruby>へ來りしより多くの金を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>父の勘當を<ruby><rb>請</rb><rt>う</rt></ruby>け身を<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby>んとせし時に是なる五八に<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けられ今は五八方に居て初瀬留に<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>を受け不自由なくは<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>居れど<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>をせん爲に觀音へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>の處思はず其方に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しなりと<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の事を話せしに喜八は大に驚きしが<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>て五八殿とやらん<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら親旦那も只一人の若旦那を<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か二千や三千の金位に<ruby><rb>御勘當</rb><rt>ごかんだう</rt></ruby>とは餘りなり當分の<ruby><rb>見懲</rb><rt>みごらし</rt></ruby>なるべきまゝ今にも私し參り<ruby><rb>御詫</rb><rt>おんわび</rt></ruby>仕つらんなれども吉原に<ruby><rb>御在</rb><rt>ござ</rt></ruby>られて女郎の世話になり給ふと有りては御詫の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げ今より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に私し方へ御供申さんと云ふにぞ五八も<ruby><rb>其理</rb><rt>そのり</rt></ruby>に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>し<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>私し方に<ruby><rb>御出</rb><rt>おんいで</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ては<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て御詫の妨げ此由初瀬留樣へも申べし<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>御用もあらば御文は私し方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされよ御取次申べしと<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て五八は吉之助を喜八に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し別れてこそは歸りけれ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>此喜八は古河吉右衞門が方に十年の<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby>を<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよ</rt></ruby>く<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>吉右衞門より金五十兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>穀物店</rb><rt>こくもつみせ</rt></ruby>を江戸へ出しけるが二年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に三度<ruby><rb>類燒</rb><rt>るゐせう</rt></ruby>なし<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひしかば是非なく今は<ruby><rb>麻布原町</rb><rt>あざぶはらまち</rt></ruby>に<ruby><rb>刻煙草</rb><rt>きざみたばこ</rt></ruby>の小店を出し<ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby>は日々<ruby><rb>糶賣</rb><rt>せりうり</rt></ruby>をして女房に店は<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>其日を送りけるが此喜八<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>なる者故に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>ればとて人に無心<ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>などは<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して云し事なく<ruby><rb>幽</rb><rt>かすか</rt></ruby>な<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>にても己れが<ruby><rb>果福</rb><rt>くわふく</rt></ruby>なりと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>其日を送りける<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば喜八は吉之助を<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>りしかど我が家は<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>にして九尺<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>煙草店</rb><rt>たばこみせ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に此方へと<ruby><rb>言所</rb><rt>いふところ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>夫婦諸共</rb><rt>ふうふもろとも</rt></ruby>吉之助を<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>ると雖も<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の物さへ<ruby><rb>三布蒲團</rb><rt>みのぶとん</rt></ruby>一を漸くに二人<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>て<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>し事なれば吉之助に<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せる物なく其夜は<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の三布蒲團を吉之助に着せ夫婦は<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby><ruby><rb>辻番</rb><rt>つじばん</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>だい</rt></ruby>て夜を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>しけれども是にては主人を<ruby><rb>暖</rb><rt>あたゝか</rt></ruby>に<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>かす事ならず<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て金二分に<ruby><rb>質入</rb><rt>しちいれ</rt></ruby>せし<ruby><rb>抱卷</rb><rt>かいまき</rt></ruby><ruby><rb>蒲團</rb><rt>ふとん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ども其日を送る事さへ心に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せねば<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を出す金は<ruby><rb>猶更</rb><rt>なほさら</rt></ruby>なく其上吉之助一人口が<ruby><rb>殖</rb><rt>ふゑ</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の事故夫婦は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せ相談なすに妻のお梅は漸く二十三歳にて<ruby><rb>縹緻</rb><rt>きりやう</rt></ruby>もよく<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby><ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき者なるが<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>見兼</rb><rt>みかね</rt></ruby>何事も<ruby><rb>御主人樣</rb><rt>ごしゆじんさま</rt></ruby>のお爲なれば此身を一年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>とも<ruby><rb>水仕奉公</rb><rt>みづしほうこう</rt></ruby>に遣られ其給金にて夜具蒲團を<ruby><rb>質請</rb><rt>しちうけ</rt></ruby>して御主人を<ruby><rb>暖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>かに<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>ませられよ<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に思案は有まじと<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>を盡して申を聞き喜八も涙を流して<ruby><rb>其志操</rb><rt>そのこゝろざし</rt></ruby>を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>二分か三分の金故妻を奉公に出さん事も<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>けれども外に<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>の致し方なく此上は一人の口を<ruby><rb>減</rb><rt>へら</rt></ruby>すより外なしと<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の口入を頼みけるに<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>き口ありて<ruby><rb>麻布</rb><rt>あざぶ</rt></ruby><ruby><rb>我善坊谷</rb><rt>がぜんばうだに</rt></ruby><ruby><rb>火附盜賊改</rb><rt>ひつけたうぞくあらた</rt></ruby>め<ruby><rb>組與力</rb><rt>くみよりき</rt></ruby><ruby><rb>笠原粂之進</rb><rt>かさはらくめのしん</rt></ruby>と云ふ方へ<ruby><rb>中働</rb><rt>なかばたら</rt></ruby>きに<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby>ける是にてお梅の給金三兩の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>取替</rb><rt>とりかへ</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>二兩<ruby><rb>借</rb><rt>か</rt></ruby>り内金一兩二分はお梅素より何一ツなければ夜具其外支度に掛殘りの二分は質物に入れたる夜具蒲團を<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し吉之助樣に<ruby><rb>着</rb><rt>きせ</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせられよとお梅は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て奉公にこそ出でたりけれ

## 第二回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に喜八は妻のお梅を奉公に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し<ruby><rb>取替</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>として金二兩<ruby><rb>借</rb><rt>か</rt></ruby>り内一兩二分は<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ殘り二分を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>て同町の<ruby><rb>質屋源右衞門方</rb><rt>しちやげんゑもんかた</rt></ruby>へ行き<ruby><rb>當夏</rb><rt>たうなつ</rt></ruby><ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>し夜具蒲團を<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>しけるに此質屋<ruby><rb>此邊</rb><rt>このへん</rt></ruby>にての<ruby><rb>善</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>多く<ruby><rb>下質</rb><rt>したしち</rt></ruby>を取りけるが今外より下質の金八十兩<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>は<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>に入れけるを喜八<ruby><rb>熟</rb><rt>ぢつ</rt></ruby>と見て居たりしが心の中に<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>有處</rb><rt>あるところ</rt></ruby>には<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>に有るもの哉我は只二分の金にさし<ruby><rb>支</rb><rt>つか</rt></ruby>へ妻を奉公に出せしに八十兩と云ふ金を<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>か<ruby><rb>瓦</rb><rt>かはら</rt></ruby>の如く取扱ふ事<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>の<ruby><rb>貧福</rb><rt>ひんぷく</rt></ruby>は是非もなし我に八十兩の金あれば主人に不自由もさせず一ツには<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>の<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>にもなり二ツには妻に<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>き奉公はさせまじと<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>運</rb><rt>めぐら</rt></ruby>す<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>世の<ruby><rb>無端</rb><rt>あじきなき</rt></ruby>を<ruby><rb>詫</rb><rt>かこ</rt></ruby>ち<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の身代にて八十兩位は我が百文の錢程にも思ふまじ何事も御主人の爲と思ひ<ruby><rb>那</rb><rt>あの</rt></ruby>金八十兩を<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとら</rt></ruby>んと喜八が<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>みしは<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>の<ruby><rb>基</rb><rt>もとゐ</rt></ruby>なり夫より喜八は質物を<ruby><rb>我家</rb><rt>わがや</rt></ruby>へ<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>りて吉之助を<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>かし<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>丑</rb><rt>うし</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>とも思しき頃<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>研澄</rb><rt>とぎすま</rt></ruby>したる<ruby><rb>出刄庖丁</rb><rt>でばばうちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし<ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかぶ</rt></ruby>りして忍び<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て質屋の前へ行き<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見るに<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>土藏</rb><rt>どざう</rt></ruby>の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>にて<ruby><rb>足代</rb><rt>あししろ</rt></ruby>の掛り居たれば<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>と其足代より<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>りしが<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>我ながらに<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしく<ruby><rb>戰々</rb><rt>わな〱</rt></ruby><ruby><rb>慄々</rb><rt>ふるへる</rt></ruby>を漸くに<ruby><rb>踏</rb><rt>ふみ</rt></ruby>しめ<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>の<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>らんとする<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>思ひも寄らぬ<ruby><rb>近傍</rb><rt>かたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>より大の男ぬつくと出ければ喜八はハツと驚き既に足を<ruby><rb>踏外</rb><rt>ふみはづ</rt></ruby>さんとするに彼の男は是を見て汝は何者なるや<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>此質屋へ忍び入り思ひの<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まんと<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>引窓</rb><rt>ひきまど</rt></ruby>より<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>たるに屋根にて<ruby><rb>足音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>する故<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>りたり汝聲を立てなば一<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>と<ruby><rb>氷</rb><rt>こほり</rt></ruby>の如き<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>突付</rb><rt>つきつけ</rt></ruby>る故喜八は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>驚き齒の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>も合ざりしが漸くに<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>こみ私しことは<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>へ<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひ</rt></ruby>らん爲に只今屋根へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>りしなり<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>したまへと申ければ彼男は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>ナニ盜賊に這入らんとする者が其樣に<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へては<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>む事出來ず<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>貧</rb><rt>ひん</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りし出來心の<ruby><rb>新</rb><rt>しん</rt></ruby>まい<ruby><rb>盜人</rb><rt>どろばう</rt></ruby>かと云ふに喜八仰せの<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り何をか<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し申すべき私しは此谷町に<ruby><rb>住</rb><rt>すむ</rt></ruby>喜八とて<ruby><rb>幽</rb><rt>かすか</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>す者なるが昨日主人の若旦那を私し方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り候處夫婦の<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たる<ruby><rb>三布蒲團</rb><rt>みのぶとん</rt></ruby>一ツの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>はなく金の<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>は<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>出來ず是非なく妻を奉公に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し<ruby><rb>取換</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>の二分にて<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>に<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>し夜具を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>に<ruby><rb>先刻</rb><rt>さきほど</rt></ruby>此家へ參りし處八十兩の金を<ruby><rb>掛硯</rb><rt>かけすゞり</rt></ruby>の引出しへ<ruby><rb>入置處</rb><rt>いれおくところ</rt></ruby>を見たるに付<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み御主人の不自由を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ勘當の<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>の種にも<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>又妻をも<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>して<ruby><rb>消光度無</rb><rt>くらしたくなく</rt></ruby>ては<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ金子故<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby>の爲には親をも<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>る<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ後日に我が首を<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>るゝ如きは<ruby><rb>容易</rb><rt>おろか</rt></ruby>と思ひ道ならぬ事<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みに參りしと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に語りければ彼の男是を聞き汝が見たる八十兩は是なるやと<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より取出して見せければ如何にも是にて候と云に彼の男喜八の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見て其方其如く<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へては此金を取らん事思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>らず今云事の<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りにも<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby>の爲の出來心にて盜みに來りしと<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>に云ふ事の<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>なれば此金を汝に與へん間<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ妻をも<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>せと<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>喜八に渡しけるにぞ喜八は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>世の中に<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の如き盜賊は<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なるべし命を<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>に掛て取りたる金を我に與へ給ふは誠に<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>し然らば申受んと涙を流し<ruby><rb>此御恩</rb><rt>このごおん</rt></ruby>は死すとも<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ申さず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の御名を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せ給はるべしと云ひければ彼の男<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>我は<ruby><rb>田子</rb><rt>たご</rt></ruby>の<ruby><rb>伊兵衞</rb><rt>いへゑ</rt></ruby>と云ひて一<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>の盜賊に非ず百兩や二百兩の金は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>のみ大金とも思はず<ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby><ruby><rb>火附</rb><rt>ひつけ</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>し<ruby><rb>夜盜等</rb><rt>よたうとう</rt></ruby>の數自分ながらも何程か知れず明日にも<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>られ<ruby><rb>其罪科</rb><rt>そのざいくわ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>はれなば汝今の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>を思ひ我が<ruby><rb>亡跡</rb><rt>なきあと</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ此外に頼み<ruby><rb>置事</rb><rt>おくこと</rt></ruby>なし汝に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひしも<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>ならん<ruby><rb>疾々</rb><rt>とく〱</rt></ruby>見付られぬ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>歸るべし〱我は<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>仕殘</rb><rt>しのこ</rt></ruby>したる事ありと云ひつゝ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>引窓</rb><rt>ひきまど</rt></ruby>よりずる〱と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひ</rt></ruby>り<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>二十餘品を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出し<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へ火を付<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>なく<ruby><rb>迯失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>けり<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby><ruby><rb>烈</rb><rt>はげし</rt></ruby>く忽ち<ruby><rb>燃上</rb><rt>もえあがり</rt></ruby>しかば<ruby><rb>驚破</rb><rt>すは</rt></ruby><ruby><rb>火事</rb><rt>くわじ</rt></ruby>よと近邊大に騷ぎければ喜八はまご〱して居たりしが<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>屋根よりは<ruby><rb>下</rb><rt>おり</rt></ruby>たれ共<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby><ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞみ</rt></ruby>て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆま</rt></ruby>れず殊に金子と<ruby><rb>庖丁</rb><rt>はうちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>に入れし事なれば若し<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとがめ</rt></ruby>られては<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>と早々<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>す向ふより火附盜賊改め役<ruby><rb>奧田主膳殿</rb><rt>おくだしゆぜんどの</rt></ruby><ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>の與力同心を二三十人連て此處へ來らるゝ故喜八は夫と見るより一<ruby><rb>趁</rb><rt>さん</rt></ruby>に<ruby><rb>駈拔</rb><rt>かけぬけ</rt></ruby>んとしけるを奧田が<ruby><rb>組下</rb><rt>くみした</rt></ruby><ruby><rb>山田</rb><rt>やまだ</rt></ruby><ruby><rb>軍平</rb><rt>ぐんぺい</rt></ruby>と云者喜八が<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>を見て<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>み<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby>と聲を掛ながら既に<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へんと喜八の袖を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へしにぞ喜八は一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>懸命</rb><rt>けんめい</rt></ruby>と彼の出刄庖丁にて軍平が捕へたる<ruby><rb>片袖</rb><rt>かたそで</rt></ruby>を<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>て早くも<ruby><rb>人込</rb><rt>ひとごみ</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>迯込</rb><rt>にげこん</rt></ruby>だり軍平も<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>けれども終に<ruby><rb>見失</rb><rt>みうしな</rt></ruby>ひ切たる片袖は軍平が手に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りければ奧田が前へ<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいで</rt></ruby>て只今火附を捕へんとせし處斯の如く袖を切りて<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>候と申けるに奧田殿<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>き事なり然らば切たる袖は後の證據とならん是へとて右の袖を見らるゝに<ruby><rb>辨慶縞</rb><rt>べんけいじま</rt></ruby>の<ruby><rb>單物</rb><rt>ひとへもの</rt></ruby><ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>きを茶に<ruby><rb>染返</rb><rt>そめかへ</rt></ruby>したる<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>なり是は<ruby><rb>取置</rb><rt>とりおけ</rt></ruby>と申付られ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て火も<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづま</rt></ruby>りしかば皆々火事場を<ruby><rb>引</rb><rt>ひか</rt></ruby>れけり扨又喜八は<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>くも袖を切て其の場を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>我家へ歸りて<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>撫下</rb><rt>なでおろ</rt></ruby>し誠に神佛の<ruby><rb>御蔭</rb><rt>おかげ</rt></ruby>にて<ruby><rb>助</rb><rt>たすか</rt></ruby>りたりと心の内に<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み吉之助には火事にて驚きたりと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り彼の八十兩の金は<ruby><rb>戸棚</rb><rt>とだな</rt></ruby>の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>に重箱有りける故其中へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>まんとする時表の戸を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>く<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は役人後を追來りしかど更に心も<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつか</rt></ruby>ず返事さへ<ruby><rb>碌</rb><rt>ろく</rt></ruby>にせざれば表には<ruby><rb>又々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>叩</rb><rt>たゝき</rt></ruby>早く此處をお<ruby><rb>開下</rb><rt>あけくだ</rt></ruby>されと云ふを聞けば女の聲なる故<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>は何用有て此の<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふけ</rt></ruby>に來られしや云ふに彼女私しは吉原より參りし者なり吉之助樣にお目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝり</rt></ruby>たしと云ふ聲初瀬留<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば吉之助は奧より<ruby><rb>走出</rb><rt>はしりいで</rt></ruby>大いに驚き如何して<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby><ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>の處を來りしや<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>られよと云ふに初瀬留は<ruby><rb>御免成</rb><rt>ごめんなさ</rt></ruby>れと戸口を入り<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>撫下</rb><rt>なでおろ</rt></ruby>し餘りの<ruby><rb>御懷</rb><rt>おなつか</rt></ruby>しさに<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>を<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>して此處へ來りしと<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りなど彼是なす中程なく夜も<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>るにぞ喜八は<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby><ruby><rb>引窓</rb><rt>ひきまど</rt></ruby>を明け<ruby><rb>釜元</rb><rt>かまもと</rt></ruby>を<ruby><rb>焚付</rb><rt>たきつ</rt></ruby>け扨々<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>は危き事かなと一人<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>つゝ吉之助初瀬留をも<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>さんとしける<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>喜八を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へたる山田軍平は<ruby><rb>朝湯</rb><rt>あさゆ</rt></ruby>の歸り掛け<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>んと喜八の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>に<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>しが未だ<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>は<ruby><rb>締</rb><rt>しま</rt></ruby>り居る故<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と聲を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しかば喜八ハイと答へて<ruby><rb>揚戸</rb><rt>あげど</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>る<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>の<ruby><rb>斜</rb><rt>はす</rt></ruby>に<ruby><rb>引裂</rb><rt>ひきさけ</rt></ruby>てあるゆゑ軍平は<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>て見るに<ruby><rb>縞柄</rb><rt>しまがら</rt></ruby>も昨夜の<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に召捕んとせしが<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにが</rt></ruby>しては一大事と<ruby><rb>然有</rb><rt>さあら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて煙草を買ひて歸りがけ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>笠原粂之進</rb><rt>かさはらくめのしん</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ行き<ruby><rb>夜前</rb><rt>やぜん</rt></ruby>の火付は原町の煙草屋喜八と云ふ者なり<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby>私し煙草を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>候時<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が布子の<ruby><rb>縞</rb><rt>しま</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>く<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たれば心を付て見るに<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>の切れてあり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば昨夜の火付は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>に相違なく<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>給へと申するに粂之進<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにが</rt></ruby>さぬ樣<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>せよとて<ruby><rb>手配</rb><rt>てくばり</rt></ruby>にぞかゝりける喜八は如何に<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby>しや昨夜の布子を<ruby><rb>着替</rb><rt>きかへ</rt></ruby>もせず居たりしは<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>き運と知られけり茲に原町の家主に<ruby><rb>平兵衞</rb><rt>へいべゑ</rt></ruby>と云ふ者あり<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>にて評判の<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なき男にて至つて<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く人を<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>みけるが<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>喜八の正直なる心を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ何時も<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>ける處に町内の<ruby><rb>自身番屋</rb><rt>じしんばんや</rt></ruby>へ火附盜賊改役奧田主膳殿組下與力笠原粂之進は同心を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りて平兵衞を呼び<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>店子</rb><rt>たなこ</rt></ruby><ruby><rb>煙草屋</rb><rt>たばこや</rt></ruby>喜八事御用の<ruby><rb>筋</rb><rt>すじ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>致せとて平兵衞を先に立て同心二人喜八が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ來り御用の聲と<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に喜八を<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>め<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>にぞ吉之助初瀬留は大いに驚き是は如何にと<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たるばかりなり斯くて粂之進は彼の切れたる袖と喜八が<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たる布子を合せ見るにしつくりと<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>ければ扨は此者に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしとて家内を<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>しに戸棚の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>の重箱に<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>に入りたる金八十兩有りければ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>盜賊火附に<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>りしと<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもぶ</rt></ruby>きを<ruby><rb>添状</rb><rt>そへじやう</rt></ruby>にて町奉行大岡殿へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>し吉之助初瀬留の兩人は<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けられたり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>喜八儀は火附盜賊に相違なしとて送りに<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しかば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られしに付き家主平兵衞は喜八を<ruby><rb>片蔭</rb><rt>かたかげ</rt></ruby>へ<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に喜八は<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>妻を奉公に出し其給金にて<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を<ruby><rb>請出</rb><rt>うけだ</rt></ruby>し八十兩の金を見て<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>出來心</rb><rt>できごころ</rt></ruby>より其夜忍び入りて伊兵衞と云へる盜賊に右の八十兩を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>現</rb><rt>あり</rt></ruby>のまゝ<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りけるにぞ家主は始めて是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思ひ如何にもして<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を願ひて見るべしと夫より平兵衞は<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ歸り吉之助初瀬留に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>喜八は<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>にも是々の事により<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>近々</rb><rt>ちか〲</rt></ruby><ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし偖々是非もなき事なりと語りしかば吉之助大いに驚き扨は喜八事我が爲の出來心にて<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>に入り既に御所刑にならんとか<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば我が手で殺すも同じ事なり同人を殺し<ruby><rb>汚面々々</rb><rt>をめ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>我而已</rb><rt>われのみ</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>て<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby><ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さるゝとも何の<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びか<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ん我も<ruby><rb>冥土</rb><rt>めいど</rt></ruby>の<ruby><rb>途連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>せんとて既に首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝる</rt></ruby>べき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なれば初瀬留も是を聞き其元の<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>りは皆私し故なれば<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>しな</rt></ruby>んと同じく<ruby><rb>細帶</rb><rt>ほそおび</rt></ruby>を<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>るにぞ家主は<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>て<ruby><rb>狼狽</rb><rt>ふためき</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と兩人を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め今二人とも此處にて死なれては我一人の難儀なり<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby>は我等に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ給へよしや無事に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ず共<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては喜八が<ruby><rb>御慈悲願</rb><rt>おじひねが</rt></ruby>ひを致して見ん夫に就て<ruby><rb>急々</rb><rt>きふ〱</rt></ruby><ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>へ<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なし<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>ものなれども外の人を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しては事の<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>るまじければ<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし我古河へ行きて吉右衞門殿に<ruby><rb>面談</rb><rt>めんだん</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>と</rt></ruby>げ其上喜八が<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby><ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>く<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>し申べし<ruby><rb>其間</rb><rt>そのあひだ</rt></ruby>必ず〱御兩人とも<ruby><rb>短見</rb><rt>はやまり</rt></ruby>給ふなと<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>をなし妻にも<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>云付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>長屋の者を頼みて平兵衞は<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>調度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなし<ruby><rb>下總</rb><rt>しもふさ</rt></ruby>の古河へぞ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きける

## 第三回

偖も家主平兵衞は古河をさして道を<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ程なく穀物屋吉右衞門方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しは江戸麻布原町家主平兵衞と申者なるが<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の<ruby><rb>御子息</rb><rt>ごしそく</rt></ruby>吉之助殿の事に付て<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby>申度儀之あり<ruby><rb>故意々々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>參りたり吉右衞門殿<ruby><rb>御在宿</rb><rt>ございしゆく</rt></ruby>かと申<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>けるに番頭其事を主人に<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>しかば奧より吉右衞門立ち出來り<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに一禮<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>りて平兵衞を奧へ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひけるに平兵衞<ruby><rb>状</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby><ruby><rb>店子</rb><rt>たなこ</rt></ruby>の喜八と申者元は其許樣の方に<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めしとの事なるが<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>にて火附盜賊に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>り<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れたり<ruby><rb>其原</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の起りは<ruby><rb>御子息</rb><rt>ごしそく</rt></ruby>吉之助殿故なり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は斯樣々々の事なりと<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>にて吉之助に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しより喜八方へ引取り<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>をせんと妻を奉公に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し夫より<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>出來心にて<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>へ<ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>に入りし事<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ既に<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>にも極まる由夫故<ruby><rb>御慈悲願</rb><rt>おじひねが</rt></ruby>ひをせんと存ずる處に又吉原より女郎初瀬留吉之助殿を<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>して來りし處喜八が右の一件に付兩人共生ては居られぬ<ruby><rb>其原</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の起りは吉之助殿初瀬留が故なりとて<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>縊</rb><rt>くびれ</rt></ruby>んとするを<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>喜八が罪を助けたく<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>是迄參りたりと<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に話しければ吉右衞門夫婦は大いに驚き偖々夫は<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>を<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>致せしも當分の<ruby><rb>見懲</rb><rt>みこらし</rt></ruby>と存ぜしなり五八とやらは<ruby><rb>幇間</rb><rt>たいこ</rt></ruby>などに<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ深切なる者又初瀬留事も<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>き<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>其樣な女ならば<ruby><rb>傾城</rb><rt>けいせい</rt></ruby>にても<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからず<ruby><rb>身請</rb><rt>みうけ</rt></ruby>致し夫婦に致さんと存ずるが<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御世話下されまじきやと母の頼みなれば吉右衞門も平兵衞に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ何卒此上は<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>へ御任せ申間宜敷<ruby><rb>御取計</rb><rt>おとりはから</rt></ruby>ひ下され候樣にと申にぞ家主平兵衞夫は何より<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>き事吉之助殿<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に初瀬留の事は我等<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>給ふに及ばず兎角目前に喜八が<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずるなり因ては我等と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に江戸へ<ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと申にぞ吉右衞門も<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>承知なし金子は<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>入りても苦しからず<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しく頼み申と夫より吉右衞門平兵衞の兩人は<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>にて<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>を急がせ江戸へ出しが是迄老中松平右近將監殿へ度々用金を<ruby><rb>指出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せし<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ばとて吉右衞門は屋敷へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り喜八の一件を<ruby><rb>歎願</rb><rt>たんぐわん</rt></ruby>せしに<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>り<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>づけ</rt></ruby>へ老中方の判も<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>りたり今少し早くば致方も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べきに今更是非なしとの事なれば吉右衞門平兵衞共に<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れ<ruby><rb>寥々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と歸りしが吉右衞門は<ruby><rb>如何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>金子入用にても何卒喜八を助けんとて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と平兵衞に相談する<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から思ひも寄らず喜八が妻のお梅<ruby><rb>主家</rb><rt>しうか</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ歸りけるが此主人は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て喜八を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ出したる盜賊改め奧田主膳殿組與力笠原粂之進にて<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち此家へお梅奉公致しけるが此粂之進<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>ゆゑ此お梅の<ruby><rb>縹緻</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>に<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>口説</rb><rt>くどく</rt></ruby>と雖も此お梅<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>の女なれば決して<ruby><rb>從</rb><rt>したが</rt></ruby>はざるにより<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>粂之進思ひを<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に手を<ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>寄</rb><rt>よる</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>喜八と申者<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>は御心に從ひては女の道<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>申さずと一<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れに<ruby><rb>云拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby>けるを或時粂之進<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>を<ruby><rb>汲</rb><rt>くま</rt></ruby>せ<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>る其手を<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>らへ是程までに其方を<ruby><rb>執心</rb><rt>しふしん</rt></ruby>し種々<ruby><rb>口説</rb><rt>くどけ</rt></ruby>ども<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>ある故從ひ難しと申が夫なくんば我が心に從ふやと云ふにお梅は<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむき</rt></ruby>しまゝ答へをなさざれば其方<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>有ると思ふかや<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>は<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>亡</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>なり因て我に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ふべしと云ひければお梅は<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>なしと云ひ給ふと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に粂之進は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>其方が夫喜八は火附盜賊をなし町奉行所へ送られたれば<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし其妻の其方なれば<ruby><rb>同罪</rb><rt>どうざい</rt></ruby>なれども我其方を<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し是まで<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なく<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しは<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く我が恩なり因て我に從ひ申すべし<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>喜八が命は<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>からぬなりと云ひければお梅は大いに驚きしが是は粂之進我を手に入れんが爲の<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りならんと思ひ夫は何故火附盜賊をば致せしやと云ふに粂之進は喜八が火附盜賊に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>りし<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>も殘らず話しければお梅はハツとばかりに<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>閉</rb><rt>ふさ</rt></ruby>がり<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>もなかりしが偖々<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なしと思ひ粂之進に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ何卒私しに御暇下さるべし<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>と共に<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>申べし<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の女房を<ruby><rb>御免成</rb><rt>おゆるしなさ</rt></ruby>れて御役目の<ruby><rb>障</rb><rt>さはり</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べしと申けるを粂之進<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>我其方に心を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>ればこそ<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>なしに致し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たり其恩を思はゞ<ruby><rb>我方</rb><rt>わがかた</rt></ruby>に居よ<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>は出すまじと<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に<ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby>るをお梅は<ruby><rb>突退</rb><rt>つきのけ</rt></ruby><ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>にも入れず<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>御暇下</rb><rt>おいとまくだ</rt></ruby>されずは<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>しても<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ參らんと云へば粂之進大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>斯程迄</rb><rt>かほどまで</rt></ruby>に心を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>したる<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>かりし事思ひ知らせん<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>へばよし<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>はすは<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りと刀を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬい</rt></ruby>て胸先に<ruby><rb>押當</rb><rt>おしあつ</rt></ruby>れどもお梅は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の事のみ心に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>もなく<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さば殺し給へ決して隨ふまじと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>粂之進は刀を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬき</rt></ruby>は拔たれども<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より殺す心なければ<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り居るを<ruby><rb>中間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>七助と云ふ者<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より此樣子を見て<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>く走り出で主人を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>御待下</rb><rt>おんまちくだ</rt></ruby>さるべし只今彼方にて承まはりしが<ruby><rb>御立腹</rb><rt>ごりつぷく</rt></ruby>は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なり然しながら女を手に入れんと<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>ば<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>すに<ruby><rb>如</rb><rt>しく</rt></ruby>なし是は私しに御任せ有るべしお梅に<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と申<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せ御心に隨ふ樣<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>致させ申べし先々<ruby><rb>御刀</rb><rt>おんかたな</rt></ruby>は<ruby><rb>御納</rb><rt>おんをさ</rt></ruby>め下されよと云ふを<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひに粂之進は刀を納め<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>取持呉</rb><rt>とりもちくれ</rt></ruby>んとならば任する程に<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>仕課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せ手に入れよ是は當座の<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>なりと金三兩<ruby><rb>投出</rb><rt>なげいだ</rt></ruby>せしかば七助有難しと<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>くを又不承知なれば其金を<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>すぞ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>よと云ふ處へ<ruby><rb>御廻</rb><rt>おまは</rt></ruby>り御出と<ruby><rb>觸來</rb><rt>ふれきた</rt></ruby>るにぞ則ち粂之進も<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をして廻り場へ<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>けり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>には七助お梅に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>も旦那は<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>なるべし<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>取持</rb><rt>とりもち</rt></ruby>せん事も<ruby><rb>骨折損</rb><rt>ほねをりぞん</rt></ruby>出來ぬ時は<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わろ</rt></ruby>し然らば其方には少しも早く此處を<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>致されよ我も<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>なければ是より宿へ歸る<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>三十六<ruby><rb>計</rb><rt>けい</rt></ruby>走るに<ruby><rb>如</rb><rt>しか</rt></ruby>じ我が<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>は<ruby><rb>牛込</rb><rt>うしごめ</rt></ruby><ruby><rb>改代町</rb><rt>かいたいまち</rt></ruby><ruby><rb>芋屋</rb><rt>いもや</rt></ruby>六兵衞と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>なり用事有らば<ruby><rb>云越</rb><rt>いひこし</rt></ruby>給へと兩人<ruby><rb>云合</rb><rt>いひあは</rt></ruby>せ早々に<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>して七助は牛込お梅は平兵衞方へ<ruby><rb>迯歸</rb><rt>にげかへ</rt></ruby>りしなり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば委細の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を物語るにぞ平兵衞は<ruby><rb>聞終</rb><rt>きゝをは</rt></ruby>り是は喜八を助くる<ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>も出來たりと云へば吉右衞門<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は何故ぞと云ふ平兵衞は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め喜八が<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき次第を女房に<ruby><rb>呑込</rb><rt>のみこま</rt></ruby>せ<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう〱</rt></ruby><ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め喜八を助け申さん何事も我に任せ給へと<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>てお梅に<ruby><rb>駈込訴訟</rb><rt>かけこみそしよう</rt></ruby>の仕樣を<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へ願書を認め是を以て<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>の門を入り右の方の訴へ所へ行き<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>致すべし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れど主人を<ruby><rb>相手取</rb><rt>あひてどる</rt></ruby><ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>白地</rb><rt>あからさま</rt></ruby>には訴へ難し<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>となく樣子あり<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣に御願ひ申すとばかり認め是をお梅に<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せ平兵衞同道にて奉行所の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby><ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>まで<ruby><rb>附添行</rb><rt>つきそひゆき</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の門より<ruby><rb>這入</rb><rt>はいれ</rt></ruby>と教へて立歸りしかばお梅は<ruby><rb>素足</rb><rt>すあし</rt></ruby>に成りて奉行所の門より<ruby><rb>訴訟所</rb><rt>うつたへじよ</rt></ruby>へ行き御願ひ申上ますと云ふに役人是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>町役人を以て願へと雖も<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びける故<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>門外</rb><rt>もんそと</rt></ruby>へ送り出すにぞお梅は<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>し又々訴訟所へどつさり<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>り以前の如く申故又々送り出され<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>夜に入り門も<ruby><rb>鎖</rb><rt>しま</rt></ruby>りければ是非<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>に夜を明し居るに其夜平兵衞<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>辨當</rb><rt>べんだう</rt></ruby>を持來りて與へ明日御奉行樣御登城掛を待ち受け<ruby><rb>御駕籠</rb><rt>おかご</rt></ruby>に付て願ふべし御駕籠の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>より何事ぞと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝ<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>御救</rb><rt>おんすく</rt></ruby>ひの御慈悲を願ひ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ますと云ふべし<ruby><rb>御奉行樣</rb><rt>おぶぎやうさま</rt></ruby>今は<ruby><rb>登城前</rb><rt>とじやうまへ</rt></ruby>なり<ruby><rb>後迄</rb><rt>のちまで</rt></ruby>腰掛に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へよと有らば其時<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ來りて<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>せよ<ruby><rb>晝時分</rb><rt>ひるじぶん</rt></ruby><ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>ある時駕籠の訴への<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby><ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>よと有らば御門へ入り左の方より<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りへ行て<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>御呼出</rb><rt>およびだし</rt></ruby>にて御白洲へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>此訴状を出すべし御奉行樣の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に居る<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby>の御役人是を<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあ</rt></ruby>げ<ruby><rb>此書付</rb><rt>このかきつけ</rt></ruby>は何者が認めたるやと<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ねの時<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>たりと云ひては<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>し因て昨日御門へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て御門前を<ruby><rb>胡亂々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候處へ<ruby><rb>御武家樣</rb><rt>おぶけさま</rt></ruby>御通り掛り成れ候て其方は<ruby><rb>駈込訴訟</rb><rt>かけこみそしよう</rt></ruby>かと<ruby><rb>御聞成</rb><rt>おきゝなさ</rt></ruby>れ候間<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なれども如何して<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしき</rt></ruby>やと承まはり候へば<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>致せと御教へ<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ其上訴状は<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>りしかと<ruby><rb>御尋</rb><rt>おんたづね</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>之なくと申ければ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば認め<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべしとて<ruby><rb>記</rb><rt>しるし</rt></ruby>て下され候と申べし<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>さへ云へば<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>は此方の物<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ふが大岡樣なれば何事も<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと教へ平兵衞は我が家に歸りけるにお梅は<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びつゝ夜の<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>るをも<ruby><rb>待詫</rb><rt>まちわび</rt></ruby>居たるに<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>くして夜も<ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>れ<ruby><rb>辰刻過頃</rb><rt>いつゝすぎごろ</rt></ruby>大岡殿登城の樣子にて<ruby><rb>供廻</rb><rt>ともまはり</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に立出られしかば平兵衞の<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>への如くお梅は<ruby><rb>駕籠訴</rb><rt>かごそ</rt></ruby>に及びしに腰掛に控へよと申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て呼び込に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に於て訴状の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き御尋ね有りしかば是又教へられし<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby>之を讀上る時大岡殿お梅に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方主人へ<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を願へども<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さず<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しを<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>なれば隨はざるにより刄を以て<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>すゆゑ願ふと<ruby><rb>有共</rb><rt>あれども</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>此處</rb><rt>このところ</rt></ruby>へ粂之進を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>し此事を<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>んに然樣の事覺えなし又不義仕掛たる事も候はずと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は互ひに<ruby><rb>水掛論</rb><rt>みづかけろん</rt></ruby>にて證據なければ主人を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>をなすのみ<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず奉公人の方より主人へ<ruby><rb>無理暇</rb><rt>むりいとま</rt></ruby>を<ruby><rb>乞</rb><rt>こ</rt></ruby>ふ事不屆なり此儀は其方は何んぞ證據ありやと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るればお梅は<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>る樣其儀は牛込改代町十郎兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>六兵衞方の同居七助と申者證據人に御座候と申立るにより然からば其七助を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>に付町役人七助を<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>ければ大岡殿<ruby><rb>何歟</rb><rt>なにか</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>さるゝ事ありて此日は<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すまで七助梅は家主へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けると申付られけり

## 第四回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>田子</rb><rt>たこ</rt></ruby>の伊兵衞は<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>の<ruby><rb>火付盜賊</rb><rt>ひつけたうぞく</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまはし</rt></ruby>にでる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は我八十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したる喜八とやらん<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>れたるや又外に<ruby><rb>有事</rb><rt>あること</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>かと<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>けば<ruby><rb>其人</rb><rt>そのひと</rt></ruby>は全く彼の<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく火付盜賊に<ruby><rb>陷</rb><rt>おち</rt></ruby>いり<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>に<ruby><rb>火罪</rb><rt>ひあぶり</rt></ruby>との事なりしかば<ruby><rb>田子</rb><rt>たこ</rt></ruby>の<ruby><rb>伊兵衞</rb><rt>いへゑ</rt></ruby>思ふは<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき者を<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>に殺させん事<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なりとて我と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>て<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>火付</rb><rt>ひつけ</rt></ruby>十三ヶ<ruby><rb>所</rb><rt>しよ</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby>七<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>夜盜<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れず<ruby><rb>其中</rb><rt>そのうち</rt></ruby><ruby><rb>麻布</rb><rt>あさぶ</rt></ruby><ruby><rb>原町</rb><rt>はらまち</rt></ruby><ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>り<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>八十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>二十五<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>候<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びしかば<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八を<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>より<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby><ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>の時大岡殿<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>の<ruby><rb>火附盜賊</rb><rt>ひつけたうぞく</rt></ruby>なりと申せども<ruby><rb>其科</rb><rt>そのとが</rt></ruby>人外より出たり<ruby><rb>此者</rb><rt>このもの</rt></ruby>が<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち其盜賊伊兵衞なりとて<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>に<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>びしと申されければ<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八は彼の<ruby><rb>伊兵衞</rb><rt>いへゑ</rt></ruby>を見て<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なりしが其盜賊は<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しなり<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の者は<ruby><rb>御助</rb><rt>おんたす</rt></ruby>け下さるべしと申けるを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>伊兵衞は<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ汝は我が<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつて</rt></ruby>の<ruby><rb>寸志</rb><rt>すんし</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>むくは</rt></ruby>んとて命を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て我を<ruby><rb>助</rb><rt>たすけ</rt></ruby>んと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しけれども<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>無益</rb><rt>むえき</rt></ruby>の事なり我は<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>にも<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>ければとても<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>なるにより<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>らんと申にぞ喜八は<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむい</rt></ruby>て<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>なし大岡殿暫時<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられ<ruby><rb>伊兵衞事</rb><rt>いへゑこと</rt></ruby>八十兩<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>した<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきや<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>すべし<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>れとて<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby><ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られしが<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に彼の<ruby><rb>笠原粂之進</rb><rt>かさはらくめのしん</rt></ruby>も呼出され其外<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>平兵衞</rb><rt>へいべゑ</rt></ruby>お<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>るに<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ此梅と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>其方に<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せし<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby>と<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>にて候と<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>るを大岡殿<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>とあつて<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふに何故<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を出されずやと<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>して候と云をお<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>出し申さず候と申に家主平兵衞も進み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>梅事</rb><rt>うめこと</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しへ<ruby><rb>御預</rb><rt>おあづ</rt></ruby>けの<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>粂之進殿</rb><rt>くめのしんどの</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされず候に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく御願ひ申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>し<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>申聞候といふにぞ大岡殿<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>す者を<ruby><rb>止置</rb><rt>とめおき</rt></ruby>候事<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>ずと申されしかば<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て<ruby><rb>奉公人</rb><rt>ほうこうにん</rt></ruby>主人に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふには<ruby><rb>人代</rb><rt>ひとかは</rt></ruby>りを以て<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の事もなく<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>は出し申さずと<ruby><rb>云放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>しければ大岡殿<ruby><rb>某</rb><rt>それ</rt></ruby>は何を云るゝや<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>は<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したりと申せし<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>の下より<ruby><rb>人代</rb><rt>ひとかは</rt></ruby>りなき中は<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さずとは<ruby><rb>前後</rb><rt>ぜんご</rt></ruby><ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>はぬ申<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>夫の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>人代</rb><rt>ひとかは</rt></ruby>りを出す<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>の有べきや其方は<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき<ruby><rb>爲方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なり是には何か<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>あらんと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れしかば<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby><ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>小身</rb><rt>せうしん</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しも上の<ruby><rb>御扶持</rb><rt>ごふち</rt></ruby>を<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>し<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に人の<ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>す役目なり<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>には<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>ありて<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しばかり<ruby><rb>片落</rb><rt>かたおと</rt></ruby>しに<ruby><rb>爲給</rb><rt>したま</rt></ruby>ふならんと言せも<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>ず<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>れ<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>とは<ruby><rb>慮外</rb><rt>りよぐわい</rt></ruby>千萬なり此梅を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝゆ</rt></ruby>る<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>は何者が<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>たるやと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>夫は<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>八に候と云大岡殿<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて<ruby><rb>其喜</rb><rt>そのき</rt></ruby>八は火付盜賊に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしとて<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>し方へ<ruby><rb>添状</rb><rt>そへじやう</rt></ruby>を以て<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby><ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>られたる<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>が<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の妻を<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>むる<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>として<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たるぞや<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>より申出ずとも<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>より<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を出すべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり此故に何か<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んと申せしなり<ruby><rb>定</rb><rt>さだめ</rt></ruby>て<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと申されしかば<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>グツとさし<ruby><rb>閊</rb><rt>つか</rt></ruby>へしがナニ<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>など申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>曾</rb><rt>かつ</rt></ruby>て之なしと云に<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>牛込<ruby><rb>改代町</rb><rt>かいたいまち</rt></ruby>の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>呼出せと申されしかば<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて彼の<ruby><rb>中間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>七<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>を<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>連來</rb><rt>つれきた</rt></ruby>るを<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>は見てハツと思へども<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と何氣なく<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の者は<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>方にて<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにげ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候者と<ruby><rb>云乍</rb><rt>いひなが</rt></ruby>ら七<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は其方<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>迯亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>させつるか<ruby><rb>憎</rb><rt>につく</rt></ruby>き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>今茲に於て<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>をか<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を出さば<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>は<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>せぬぞと<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>瞋</rb><rt>いから</rt></ruby>しけるを<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>が<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>る<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て呼出せしなり<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ふまじ<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に七<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>有樣に申せと云れければ七<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>は夫見ろと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>面色にて<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>を見ながら<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し事<ruby><rb>下部</rb><rt>しもべ</rt></ruby>は<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候へども<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにげ</rt></ruby>など<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つりし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>なく是<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>多く<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>方へ女中の<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>人來り候へども一ヶ月とは<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めず<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>れも<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>に暇を<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>り候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>も又梅事<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひしに<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>せぬとて<ruby><rb>刄物三昧</rb><rt>はものざんまい</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>しゝに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し中へ入て<ruby><rb>取鎭</rb><rt>とりしづ</rt></ruby>め候へば金三兩呉られ候て<ruby><rb>取持</rb><rt>とりもち</rt></ruby>候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>申付られ候へども梅事は<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>ゆゑとても<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ事と<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ私しは申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なきにより<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ<ruby><rb>迯歸</rb><rt>にげかへ</rt></ruby>り候と<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に申<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>る<ruby><rb>廉々</rb><rt>かど〱</rt></ruby><ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>は<ruby><rb>面目</rb><rt>めんもく</rt></ruby><ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>くなり<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>くなりしが<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむき</rt></ruby>て<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るを<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>れ其方<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>公邊</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby>を<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>し御役を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め人の<ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby>をも<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>す身の上と云ながら<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>の火付盜賊は是なる伊兵衞を<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby><ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき喜八を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ<ruby><rb>熟</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>状</rb><rt>じやう</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て此方へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>られ<ruby><rb>拙者迄</rb><rt>せつしやまで</rt></ruby>に<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>をさせ<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>不調法</rb><rt>ぶてうはふ</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>にて御役が<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>まるべきや<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり<ruby><rb>揚屋</rb><rt>あがりや</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>申付ると<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りしかば同心<ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby>かゝり<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby>の<ruby><rb>肩衣</rb><rt>かたぎぬ</rt></ruby>を<ruby><rb>刎</rb><rt>はね</rt></ruby>たちまち<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たりける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て七<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>とお<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>は家主へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>揚屋</rb><rt>あがりや</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>喜八<ruby><rb>伊兵衞</rb><rt>いへゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>されけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>大岡殿<ruby><rb>登城</rb><rt>とじやう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て月番の<ruby><rb>御老中</rb><rt>ごらうぢう</rt></ruby><ruby><rb>松平右近將監殿</rb><rt>まつだひらうこんしやうげんどの</rt></ruby>へ<ruby><rb>御逢</rb><rt>おあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>はれ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>御役<ruby><rb>御免下</rb><rt>ごめんくだ</rt></ruby>さるべしと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れしかば何故<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>はるゝやと申さるゝに大岡殿<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>煙草屋</rb><rt>たばこや</rt></ruby>喜八<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>なき者を<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に上へ言上に及び<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>御判</rb><rt>ごはん</rt></ruby>も<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>り候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>外より盜賊出しかば<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>越前守</rb><rt>ゑちぜんのかみ</rt></ruby><ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>に付御役<ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つる<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>御披露</rb><rt>ごひろう</rt></ruby>下さるべしと申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>られしかば<ruby><rb>右近將監殿</rb><rt>うこんしやうげんどの</rt></ruby><ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かれ<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>輕擧給</rb><rt>はやまりたま</rt></ruby>ふな<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>同列</rb><rt>どうれつ</rt></ruby>とも談じ<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>言上に及んとて<ruby><rb>御老中方</rb><rt>ごらうぢうがた</rt></ruby><ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>に及ばれしかば<ruby><rb>將軍</rb><rt>しやうぐん</rt></ruby><ruby><rb>吉宗公</rb><rt>よしむねこう</rt></ruby><ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>ての<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かせ<ruby><rb>給</rb><rt>たま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に大岡殿を御前へ<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ汝必ず<ruby><rb>輕擧</rb><rt>はやま</rt></ruby>る事<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れ<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ其者<ruby><rb>刑罰</rb><rt>けいばつ</rt></ruby>に行はざれば<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べ此後<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby><ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>むべしと上意有しかば大岡殿<ruby><rb>御仁</rb><rt>ごじん</rt></ruby>惠の御<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つると<ruby><rb>感涙</rb><rt>かんるゐ</rt></ruby>を流され御前を<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby>せられけり時に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十年八月廿四日<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>呼出しの<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby>は<ruby><rb>笠原粂之進</rb><rt>かさはらくめのしん</rt></ruby>煙草屋喜八家主<ruby><rb>平兵衞</rb><rt>へいべゑ</rt></ruby><ruby><rb>田子</rb><rt>たご</rt></ruby>の伊兵衞<ruby><rb>中間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>七助等なり大岡殿<ruby><rb>大音</rb><rt>たいおん</rt></ruby>にて<ruby><rb>粂之進</rb><rt>くめのしん</rt></ruby><ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>刑法</rb><rt>けいはふ</rt></ruby>役をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め候身分にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>喜八を<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おとし</rt></ruby>いれる<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず其妻に<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を申し掛し<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>の至なり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て二百五十<ruby><rb>俵</rb><rt>ぺう</rt></ruby><ruby><rb>召上</rb><rt>めしあげ</rt></ruby>られ<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>刑罪</rb><rt>けいざい</rt></ruby>にも<ruby><rb>處</rb><rt>しよ</rt></ruby>せらるべき處<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を以<ruby><rb>打首</rb><rt>うちくび</rt></ruby><ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>に七助事主人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き私しに<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下り候は<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>りと雖も<ruby><rb>御公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>らざる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>過料金</rb><rt>くわれうきん</rt></ruby>三兩<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>に盜賊伊兵衞<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>重罪</rb><rt>ぢうざい</rt></ruby>なれども<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>出其上喜八を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>に付<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おんじひ</rt></ruby>を以て多くの<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>宥</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し伊豆大島へ<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby><ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>に煙草屋喜八は<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>梅<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>平兵衞此度の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き町人には<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>に付<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の通申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>せり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>穀物屋</rb><rt>こくものや</rt></ruby>吉右衞門は女郎<ruby><rb>初瀬留</rb><rt>はせとめ</rt></ruby>を八百兩にて<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>となし<ruby><rb>吉之助</rb><rt>きちのすけ</rt></ruby>が<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>をも免し<ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたく</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>として喜八夫婦には<ruby><rb>横山町</rb><rt>よこやまちやう</rt></ruby><ruby><rb>角屋敷</rb><rt>かどやしき</rt></ruby><ruby><rb>穀物店</rb><rt>こくものみせ</rt></ruby>に三百兩<ruby><rb>附</rb><rt>つけ</rt></ruby>て<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へ家主<ruby><rb>平兵衞</rb><rt>へいべゑ</rt></ruby>へは<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>横山町</rb><rt>よこやまちやう</rt></ruby><ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby><ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>十<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>奧行</rb><rt>おくゆき</rt></ruby>十八<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby>の<ruby><rb>怙劵</rb><rt>こけん</rt></ruby>に<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>音物</rb><rt>いんもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に喜八が是まで<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>として<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>吉原</rb><rt>よしはら</rt></ruby>の<ruby><rb>男藝者</rb><rt>をとこげいしや</rt></ruby>五八は<ruby><rb>心實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>なる者故<ruby><rb>吉右衞門</rb><rt>きちゑもん</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びの餘り<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の親なりと<ruby><rb>號</rb><rt>がう</rt></ruby>し<ruby><rb>禮金</rb><rt>れいきん</rt></ruby>三百兩を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>初瀬留</rb><rt>はせとめ</rt></ruby>よりも<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>其外<ruby><rb>目録</rb><rt>もくろく</rt></ruby>にして<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の文を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>禮物</rb><rt>れいもの</rt></ruby>を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りけるゆゑ五八は<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby><ruby><rb>分限</rb><rt>ぶげん</rt></ruby>となり何れも<ruby><rb>其家々</rb><rt>そのいへ〱</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なせし事實に<ruby><rb>心實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>なるものはなしと皆々感じけるとなん

煙草屋喜八一件　終

  


## 村井長庵一件

  


<ruby><rb>村井長庵</rb><rt>むらゐちやうあん</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>積善</rb><rt>せきぜん</rt></ruby>の家には<ruby><rb>餘慶</rb><rt>よけい</rt></ruby>あり<ruby><rb>積惡</rb><rt>せきあく</rt></ruby>の家には<ruby><rb>餘殃</rb><rt>よあう</rt></ruby>ありと<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>此篇</rb><rt>このへん</rt></ruby>に<ruby><rb>載</rb><rt>のす</rt></ruby>る所の村井長庵の如き<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>は<ruby><rb>醫術</rb><rt>いじゆつ</rt></ruby>を<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>とし内は<ruby><rb>佞邪奸惡</rb><rt>ねいじやかんあく</rt></ruby>を<ruby><rb>恣</rb><rt>ほしい</rt></ruby>まゝにして<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>榮利</rb><rt>えいり</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>さんと<ruby><rb>欲</rb><rt>ほつ</rt></ruby>す然れども<ruby><rb>天網</rb><rt>てんまう</rt></ruby><ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で此<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>を通さん其<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めを<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうぶ</rt></ruby>るに及んでは僞りて<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>なく<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>つて<ruby><rb>覆</rb><rt>おほ</rt></ruby>べきの理なく<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば大岡越前守殿の<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし者<ruby><rb>其善惡</rb><rt>そのぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやせい</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>たざるなし<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に<ruby><rb>賢奉行</rb><rt>けんぶぎやう</rt></ruby>とや<ruby><rb>謂</rb><rt>いつ</rt></ruby>つべし<ruby><rb>仰々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>村井長庵といふは<ruby><rb>麹町</rb><rt>かうぢまち</rt></ruby>三丁目に<ruby><rb>町醫</rb><rt>まちい</rt></ruby>と成つて世を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>舍弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>十兵衞を<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>にて<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し同人の娘を賣りし身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>五十兩を奪ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>其妻</rb><rt>そのつま</rt></ruby>を三次と云る<ruby><rb>同氣</rb><rt>どうき</rt></ruby><ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>むる<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>委</rb><rt>ゆだ</rt></ruby>ね淺草の<ruby><rb>中田圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>にて殺害させ其上伊勢屋五兵衞の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎に<ruby><rb>小夜衣</rb><rt>さよぎぬ</rt></ruby>を<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>に身請する人ありと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて五十兩の金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>を<ruby><rb>働</rb><rt>はたらき</rt></ruby>し其<ruby><rb>根元</rb><rt>こんげん</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>るに國は三<ruby><rb>州</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>藤川</rb><rt>ふぢかは</rt></ruby>の<ruby><rb>近在</rb><rt>きんざい</rt></ruby><ruby><rb>岩井村</rb><rt>いはゐむら</rt></ruby>の百姓に<ruby><rb>作</rb><rt>さく</rt></ruby>十と云者あり夫婦の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に子供兩人有て<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>を作藏<ruby><rb>舍弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>を十兵衞と云しが兄作藏は<ruby><rb>性質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby><ruby><rb>善</rb><rt>よか</rt></ruby>らぬ者にて村方にても<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の惡事を<ruby><rb>働</rb><rt>はたらき</rt></ruby>し故親の作十も<ruby><rb>持餘</rb><rt>もてあま</rt></ruby>し<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>に及びしが弟十兵衞は兄と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>の者にて<ruby><rb>隣村迄</rb><rt>りんそんまで</rt></ruby>も<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>の<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>きにつき是を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>とし近村よりお<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>といふ<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>夫婦の<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>もよく<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>じく<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎけり斯て<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>作藏は勘當の身と成しを<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>をもせず江戸へ出で少しの<ruby><rb>知己</rb><rt>しるべ</rt></ruby>を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りて奉公の口を尋ねる<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さい</rt></ruby>はひ小川町にて其頃評判の御<ruby><rb>殿醫</rb><rt>てんい</rt></ruby><ruby><rb>武田長生院方</rb><rt>たけだちやうせいゐんかた</rt></ruby>に人の入用ありと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>口入</rb><rt>くちいれ</rt></ruby>の者に頼みて<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>に住込ける此長生院と申は<ruby><rb>老年</rb><rt>としばえ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に名醫の<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えあれば<ruby><rb>大流行</rb><rt>おほはやり</rt></ruby>にて毎日々々<ruby><rb>公私</rb><rt>こうし</rt></ruby>の使ひ引も切らず藥取の者其外門前に<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>をなし<ruby><rb>節句前毎</rb><rt>せつくまへごと</rt></ruby>に<ruby><rb>藥禮</rb><rt>やくれい</rt></ruby>の<ruby><rb>目録</rb><rt>もくろく</rt></ruby>其他の<ruby><rb>進物</rb><rt>しんもつ</rt></ruby>など<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>降</rb><rt>ふる</rt></ruby>如く成れば作藏は是を見て世の中に<ruby><rb>能物</rb><rt>よきもの</rt></ruby>は<ruby><rb>醫者</rb><rt>いしや</rt></ruby>なり何程の<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>ずとも流行出せば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如し我も故郷は勘當され此江戸へ來りて<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>と<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよう</rt></ruby>ばかりにて未だ何の<ruby><rb>仕出</rb><rt>しいだ</rt></ruby>したる事もなく<ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby>ぞと云<ruby><rb>身過</rb><rt>みすぎ</rt></ruby>の思ひ付もなき<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>なれば此上は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>して我も<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>となり<ruby><rb>長棒</rb><rt>ながぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>にて往來なし一身の<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>を<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らんものと思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>けるは<ruby><rb>殊勝</rb><rt>しゆしよう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ども一心に醫學を學び其<ruby><rb>術</rb><rt>じゆつ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>立身</rb><rt>りつしん</rt></ruby>出世を望むに有ねば元より<ruby><rb>切磋琢磨</rb><rt>せつさたくま</rt></ruby>の功を<ruby><rb>積</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>せんなどとは更に思はず<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>人命</rb><rt>じんめい</rt></ruby>を預る<ruby><rb>醫業</rb><rt>いげふ</rt></ruby>なるに只金銀を<ruby><rb>貪</rb><rt>むさ</rt></ruby>ぼることのみを思ひ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>藥違</rb><rt>くすりちが</rt></ruby>ひにて人を殺したりとて<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby>さへ持ば<ruby><rb>解死人</rb><rt>げしにん</rt></ruby>には取れず<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>は又となし只醫者らしく見せ<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>るのと<ruby><rb>詞遣</rb><rt>ことばつか</rt></ruby>ひさへ腹に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ば別に<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>が<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby>ものぞと<ruby><rb>藥種</rb><rt>やくしゆ</rt></ruby>の名など<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby>づつ<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え醫者にならんと思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>奸才邪知</rb><rt>かんさいじやち</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>にて後年<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>罪惡</rb><rt>ざいあく</rt></ruby>の<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれし時申<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じて人に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>天下<ruby><rb>未曾有</rb><rt>みそう</rt></ruby>の<ruby><rb>名奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>をも<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>課</rb><rt>おほ</rt></ruby>せんとする程の<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>なれば間もなく<ruby><rb>見樣見眞似</rb><rt>みやうみまね</rt></ruby>にて<ruby><rb>風藥</rb><rt>かぜぐすり</rt></ruby>の葛根湯位は<ruby><rb>易々</rb><rt>やす〱</rt></ruby>と<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>する樣に成ける程に武田長生院も<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>にも<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しき<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なれど<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>心の<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>せぬ勤め振と<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に老醫常々<ruby><rb>親戚</rb><rt>しんせき</rt></ruby>の者へ語られしとぞ作藏の<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か三年<ruby><rb>越</rb><rt>ごし</rt></ruby>の奉公中に<ruby><rb>醫</rb><rt>い</rt></ruby>の道を少しく<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え殊に遊ぶ<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>なければ給金其他<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>へ<ruby><rb>代脈</rb><rt>だいみやく</rt></ruby>の<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>などに行し時<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひたる金を少しく<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りたるより武田に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>剃</rb><rt>そり</rt></ruby>て<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>となり麹町三丁目の<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>を借て<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>をもち醫師<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>を初めしに<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の一<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひし所にや<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>藪醫者</rb><rt>やぶいしや</rt></ruby>と云ふ程も醫術は知ぬ作藏が<ruby><rb>名字</rb><rt>みやうじ</rt></ruby>を村井と<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>へ自ら名を長庵と改めて<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>から<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>まで<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>は無れど<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>に<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>廻りければ相應に<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>も出來たるにぞ長庵今は己れ<ruby><rb>名醫</rb><rt>めいい</rt></ruby>にでも成し心にて<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>を以て<ruby><rb>富家</rb><rt>ふうか</rt></ruby>より金を引出し終に<ruby><rb>表店</rb><rt>おもてだな</rt></ruby>へ出て<ruby><rb>可</rb><rt>か</rt></ruby>なりに暮し一度は<ruby><rb>流行</rb><rt>りうかう</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>しけれども元より<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>に覺えなき<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>なれば終には此處の<ruby><rb>内儀</rb><rt>ないぎ</rt></ruby>が藥違ひにて殺されたの彼所の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>が<ruby><rb>見立違</rb><rt>みたてちが</rt></ruby>ひにて苦しみ<ruby><rb>死</rb><rt>しに</rt></ruby>をしたの又<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>無學文盲</rb><rt>むがくもんまう</rt></ruby>の何も知らぬ山師醫者の<ruby><rb>元締</rb><rt>もとじめ</rt></ruby>なりなど<ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>の二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby><ruby><rb>髮結床</rb><rt>かみゆひどこ</rt></ruby>などにて長庵の<ruby><rb>惡評</rb><rt>あくひやう</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>も<ruby><rb>夏蠅</rb><rt>うるさき</rt></ruby>ばかりなれば果は<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の入ぬのか又は<ruby><rb>死</rb><rt>しに</rt></ruby>たく思ふ人は長庵の<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>の</rt></ruby>め命が大事と思はば村井が門も通るなと<ruby><rb>雜言</rb><rt>ざふごん</rt></ruby>にも<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>觸</rb><rt>ふら</rt></ruby>しける程に<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>全治</rb><rt>ぜんぢ</rt></ruby><ruby><rb>病人迄</rb><rt>びやうにんまで</rt></ruby>も皆<ruby><rb>轉藥</rb><rt>てんやく</rt></ruby>をなし<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>一人<ruby><rb>脉</rb><rt>みやく</rt></ruby>を取する者も無なりしにぞ長庵今は<ruby><rb>朝暮</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby>の<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>も<ruby><rb>立兼</rb><rt>たちかね</rt></ruby>るより<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>手の屆く丈<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>盡して返すことをせざれば酒屋米屋<ruby><rb>薪屋</rb><rt>まきや</rt></ruby>を始め<ruby><rb>何商賣</rb><rt>なにしやうばい</rt></ruby>をするものも長庵の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>の前は<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>んで通る樣になりければ<ruby><rb>引</rb><rt>ひつ</rt></ruby>かけ<ruby><rb>上手</rb><rt>じやうず</rt></ruby>の長庵も百<ruby><rb>方</rb><rt>ぱう</rt></ruby><ruby><rb>術</rb><rt>じゆつ</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つ</rt></ruby>き<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>事なく<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り果てぞ居たりける爰に又長庵が<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>岩井村にては<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>の作十も<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>し<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>十兵衞の代と成けるが或時<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>より出火して<ruby><rb>家屋</rb><rt>かをく</rt></ruby>をはじめ<ruby><rb>家財雜具迄</rb><rt>かざいざふぐまで</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り<ruby><rb>少</rb><rt>すく</rt></ruby>なに燒失ひ其のみならず<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>水旱</rb><rt>すゐかん</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り難儀の<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なりて年々<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>る<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby>に當年こそは是非ともに未進の<ruby><rb>皆納</rb><rt>かいなふ</rt></ruby>なすべしと<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby>より<ruby><rb>促</rb><rt>うなが</rt></ruby>され素より<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>一<ruby><rb>遍</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の者なれば十兵衞夫婦は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby><ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよせ</rt></ruby>如何なる<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>の<ruby><rb>宿業</rb><rt>しゆくごふ</rt></ruby>にや追々續く<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>にて<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の身となりしぞ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事の<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>らん爲<ruby><rb>鋤鍬</rb><rt>すきくは</rt></ruby>の<ruby><rb>勞</rb><rt>らう</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず朝はしらむを待て起き<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>に<ruby><rb>簑</rb><rt>みの</rt></ruby><ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>て<ruby><rb>山稼</rb><rt>やまかせ</rt></ruby>ぎ人は<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>れど<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>月の<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>は<ruby><rb>星影</rb><rt>ほしかげ</rt></ruby>を見ねば戻らぬ樣に<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>一<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>さずに<ruby><rb>骨體</rb><rt>ほねみ</rt></ruby><ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>いて<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きても<ruby><rb>火災</rb><rt>くわさい</rt></ruby>の難に<ruby><rb>水旱</rb><rt>すゐかん</rt></ruby>の難儀が<ruby><rb>終始</rb><rt>しじう</rt></ruby>付て<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>嵩</rb><rt>かさ</rt></ruby>む<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby><ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>は何でも<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>むべしと<ruby><rb>村役人衆</rb><rt>むらやくにんしう</rt></ruby>より度々の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby><ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>で<ruby><rb>色々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>も仕たが外に仕方の有ざれば<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>我内</rb><rt>わがうち</rt></ruby>には居られぬなり此上は我四五年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>へなりとも身を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め奉公なりともして<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>がなば又兎も角も成べしと思ひ定めし事なれば<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>は<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に殘り居て二人の娘を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むぞよ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ば<ruby><rb>邪見</rb><rt>じやけん</rt></ruby>と思はんが我さへ居ねば年貢の未進も何とか<ruby><rb>村役人衆</rb><rt>むらやくにんしゆ</rt></ruby>が<ruby><rb>仕法</rb><rt>しはふ</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にして<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られんと<ruby><rb>男泣</rb><rt>をとこなき</rt></ruby>に泣ながら氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>さうに言けるにぞ<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>のお<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>は<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしげに<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>十兵衞の顏を見つゝ餘りの事に<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>も<ruby><rb>飜</rb><rt>こぼ</rt></ruby>さず<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむい</rt></ruby>て居たりける茲に十兵衞夫婦が<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>に二人の娘あり<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>をお<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>といひ<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>をお<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>と云るが<ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby>共に<ruby><rb>心操</rb><rt>こゝろばえ</rt></ruby><ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しく何處となく<ruby><rb>品</rb><rt>ひん</rt></ruby>よき<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>なれば如何なる<ruby><rb>貴人</rb><rt>きにん</rt></ruby>の娘といふとも<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しからず<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る在所には珍しき者にて殊に<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>とも<ruby><rb>親思</rb><rt>おやおも</rt></ruby>ひの<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>者なれば<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>十兵衞が<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の金に<ruby><rb>差詰</rb><rt>さしつま</rt></ruby>り身を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さんと云るを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>共に涙に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>てお文は<ruby><rb>父母</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の前に<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>たり兩手を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今お<ruby><rb>兩方樣</rb><rt>ふたかたさま</rt></ruby>のお<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しを承まはり候に父樣は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へかお身を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>され給ふ<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>にては<ruby><rb>跡々</rb><rt>あと〱</rt></ruby>の<ruby><rb>仕樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>も御座なく<ruby><rb>母樣</rb><rt>はゝさま</rt></ruby>御一人にてお<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り成るゝは申迄もなく元は<ruby><rb>妾</rb><rt>わらは</rt></ruby><ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby>二人を斯樣に<ruby><rb>御育下</rb><rt>おそだてくだ</rt></ruby>され候よりお<ruby><rb>物入</rb><rt>ものいり</rt></ruby>多く夫ゆゑ御難儀にも相成し事なれば<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby>ならねども私しを<ruby><rb>浮川竹</rb><rt>うきかはたけ</rt></ruby>とやらへお<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>め下され<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かにてもお金に<ruby><rb>換</rb><rt>かへ</rt></ruby>らるゝ物ならば此身は<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>を致し候も<ruby><rb>更々</rb><rt>さら〱</rt></ruby><ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひ申さねば何卒此身を<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>に御<ruby><rb>賣成</rb><rt>うりなさ</rt></ruby>れ其お金にて御<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め方を<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべしと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>忠實</rb><rt>まめやか</rt></ruby>に申けるにぞ<ruby><rb>父母</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>は<ruby><rb>其切</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>なる心に感じ眼を<ruby><rb>屡叩</rb><rt>しばたゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>然程迄</rb><rt>さほどまで</rt></ruby>我が身を捨ても親を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はんとは我が子ながらも見上たり<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしとお文の<ruby><rb>脊中</rb><rt>せなか</rt></ruby>を<ruby><rb>摩</rb><rt>さす</rt></ruby>りながら其<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしは<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しけれど<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に年貢の金に<ruby><rb>差閊</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へたりとて<ruby><rb>其方達</rb><rt>そのはうたち</rt></ruby>を<ruby><rb>浮川竹</rb><rt>うきかはたけ</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>めんとは思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ずと十兵衞は妻お安の<ruby><rb>泣居</rb><rt>なきゐ</rt></ruby>るを<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし餘り<ruby><rb>苦心</rb><rt>くしん</rt></ruby>をすると<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>の付ぬ物なりと<ruby><rb>自在鍵</rb><rt>じざいかぎ</rt></ruby>より<ruby><rb>鑵子</rb><rt>やくわん</rt></ruby>を外し<ruby><rb>素湯</rb><rt>さゆ</rt></ruby>を呑<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>あつて十兵衞は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby><ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も我さへ居ずば<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>や子に然まで難儀は<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るまじ思ひ定めし事成ば何樣あつても己は居られぬ<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>を<ruby><rb>其方達</rb><rt>そちたち</rt></ruby><ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>つて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>といふ<ruby><rb>袖袂</rb><rt>そでたもと</rt></ruby>へ<ruby><rb>取縋</rb><rt>とりすが</rt></ruby>り此身を賣てとかき<ruby><rb>口説</rb><rt>くどき</rt></ruby>親子の<ruby><rb>恩愛</rb><rt>おんあい</rt></ruby><ruby><rb>孝</rb><rt>かう</rt></ruby>と<ruby><rb>慈</rb><rt>じ</rt></ruby>と<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>は<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>も無りけり<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>お安は<ruby><rb>落</rb><rt>おつ</rt></ruby>る<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>夫程迄</rb><rt>それほどまで</rt></ruby>に親を思ひ<ruby><rb>傾城遊女</rb><rt>けいせいいうぢよ</rt></ruby>と成とても今の難儀を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はんとの其孝心が天に<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じ神や<ruby><rb>佛</rb><rt>ほとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>冥助</rb><rt>めいじよ</rt></ruby>にて<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なしたる<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつき</rt></ruby>には如何なる<ruby><rb>貴人</rb><rt>きじん</rt></ruby><ruby><rb>有福</rb><rt>いうふく</rt></ruby>の人に愛され請出され却つて<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>の身ともなり<ruby><rb>結句</rb><rt>けつく</rt></ruby>我手に<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちしより末の<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>見る樣に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>まじき者にも非ず<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をしたりしと<ruby><rb>空頼</rb><rt>そらだの</rt></ruby>みに心を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐ</rt></ruby>さめ終に娘お文が孝心を立る事に<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>とも得心なせばお文は<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>はしたものゝ元より<ruby><rb>堅氣</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>一<ruby><rb>遍</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の十兵衞なれば子を<ruby><rb>賣</rb><rt>うる</rt></ruby><ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>など知らざる上に<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>は知らず<ruby><rb>在方</rb><rt>ざいかた</rt></ruby>では身の<ruby><rb>賣買</rb><rt>うりかひ</rt></ruby>は<ruby><rb>法度</rb><rt>はつと</rt></ruby>にて誰に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まん樣もなく<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なして居たりしが十兵衞<ruby><rb>鐺</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>作藏は<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>江戸麹町三丁目にて村井長庵と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>て<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>なる<ruby><rb>醫者</rb><rt>いしや</rt></ruby>に成て居るとの由<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>して兄の長庵に<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まんものと<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて長庵方へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りける其<ruby><rb>文面</rb><rt>ぶんめん</rt></ruby>に<ruby><rb>曰</rb><rt>いは</rt></ruby>く

<ruby><rb>以手紙</rb><rt>てがみをもつて</rt></ruby>申上候<ruby><rb>貴兄</rb><rt>きけい</rt></ruby>樣<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>御<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>御<ruby><rb>醫業</rb><rt>いげふ</rt></ruby><ruby><rb>被成</rb><rt>なされ</rt></ruby><ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ奉つり候然れば<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>八年<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby><ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>よりの<ruby><rb>出火</rb><rt>しゆつくわ</rt></ruby>にて家財道具を燒失ひ其上<ruby><rb>旱損</rb><rt>かんそん</rt></ruby>昨年は<ruby><rb>水難</rb><rt>すゐなん</rt></ruby>にて<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>年貢未進に相成候處當年は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby><ruby><rb>皆納</rb><rt>かいなふ</rt></ruby>致し候樣村役人衆より<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしき</rt></ruby><ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>に候得共<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>打續ての<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>當惑致し居候處娘文事孝心により身を賣其金子にて<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>を<ruby><rb>皆納</rb><rt>かいなふ</rt></ruby>いたし候樣申呉候間甚はだ以て<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の至りには候へ共<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に致し方も<ruby><rb>無之</rb><rt>これなく</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>事<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>申度存じ候之に依て近日<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>出府致し候間<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ成共御<ruby><rb>世話被下度</rb><rt>せわくだされたく</rt></ruby>此段御<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>申上奉つり候<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は<ruby><rb>拜顏</rb><rt>はいがん</rt></ruby>之上申上<ruby><rb>可</rb><rt>べく</rt></ruby>候<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>以上

八月二日三州藤川在岩井村　　十兵衞

江戸麹町三丁目村井長庵樣

是は長庵<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>再び<ruby><rb>無頼</rb><rt>ぶらい</rt></ruby>の行ひになりし事を知ざればなり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又長庵は追々<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が心がらにて<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に及び<ruby><rb>何哉</rb><rt>なにかに</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>かしと思ひ居ける所故是を見るより<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>の<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>に取付たりと<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに悦び直に<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしける其<ruby><rb>文</rb><rt>ぶん</rt></ruby>に曰く

<ruby><rb>去</rb><rt>さる</rt></ruby>二日<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>の</rt></ruby><ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby><ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>いたし<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>致し候<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>其方にても段々<ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>との<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>き<ruby><rb>蔭乍</rb><rt>かげなが</rt></ruby>ら<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>申候<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>に付御申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>の<ruby><rb>娘儀</rb><rt>むすめぎ</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>致されべく候吉原町にも病家も有<ruby><rb>之</rb><rt>これあり</rt></ruby>候間<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しき先を<ruby><rb>見立</rb><rt>みたて</rt></ruby><ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に<ruby><rb>差遣</rb><rt>さしつか</rt></ruby>はし可申<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ出府の上御相談に及ぶべく候委細は<ruby><rb>筆紙</rb><rt>ひつし</rt></ruby>に<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し難く<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>以上

八月九日村井長庵

三州藤川在岩井村　　十兵衞殿

と<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ける<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby><ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きければ十兵衞夫婦は<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きの中にも先々兄の世話にてお江戸の吉原町とやらへ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は娘が難儀にも相成まじと心に悦び<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>文に其由を語りて<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をさせ<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して江戸表へ出んと其身も<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>に及びける母は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>とは言ながら<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに泪にかき<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>て娘の文を近く<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>云迄もなけれど<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き病を請ぬ樣に心を付て奉公せよ一日も早く<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>お客に請出され斯々云所へ<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづき</rt></ruby>しと<ruby><rb>云越</rb><rt>いひこ</rt></ruby>して悦ばせよ<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>よく奉公し<ruby><rb>傍輩達</rb><rt>はうばいたち</rt></ruby>と<ruby><rb>仲能</rb><rt>なかよう</rt></ruby>して<ruby><rb>苛酷</rb><rt>いぢめ</rt></ruby>られぬ樣にせよはしたなき事をして<ruby><rb>田舍者</rb><rt>ゐなかもの</rt></ruby>と笑はれなと心の有たけかき<ruby><rb>口説</rb><rt>くどき</rt></ruby>また夫十兵衞に打向ひ<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>を用心して<ruby><rb>濕氣</rb><rt>しつけ</rt></ruby>に當り給はぬ樣娘の事は呉々も<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>やうに<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひ給へと<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に言<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐ</rt></ruby>さめ互ひに<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>めども<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>てあるべきにあらざれば既に<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>ちしが跡には女房と<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>との二人夫と<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>の後ろ<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>を我が<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>へ立出て<ruby><rb>伸上</rb><rt>のびあが</rt></ruby>り〱<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>るを<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>も同じ思ひにて十兵衞お文の兩人も<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>と妹を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>り〱<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>さへも<ruby><rb>見</rb><rt>みえ</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>髮</rb><rt>がみ</rt></ruby>をや引れけん一<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>行ば二足も<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>る心地の氣を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし三河の岩井を<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>になし江戸をさしてぞ急ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に人間の一生は<ruby><rb>敢果</rb><rt>はか</rt></ruby>なき事<ruby><rb>草葉</rb><rt>くさば</rt></ruby>に<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>る<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>よりも<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>脆</rb><rt>もろ</rt></ruby>しとかや如何に<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>に<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>られても親子<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しまば又<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>事も有べきに別れ〱に<ruby><rb>楢</rb><rt>なら</rt></ruby>の<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>や子の<ruby><rb>手柏</rb><rt>てがしは</rt></ruby>を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>て<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそへ</rt></ruby>ばさそふ秋風に<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>散行</rb><rt>ちりゆく</rt></ruby>我が身ぞと知ぬ<ruby><rb>旅路</rb><rt>たびぢ</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れなる

## 第二回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に村井長庵は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>に<ruby><rb>金儲</rb><rt>かねまう</rt></ruby>けの<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>に有付たりと心に悦び十兵衞の<ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>を一日千<ruby><rb>秋</rb><rt>しう</rt></ruby>の思ひにて<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に此方は十兵衞娘文を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て岩井村を出立し<ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>にても心を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>足を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>めな<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>なと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>言<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めつゝ日を<ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>江戸に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>麹町三丁目なる長庵が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>に到りければ長庵は大に悦び<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>出府には及ばれたり<ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby><ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りもせざりし故<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>の樣子も<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>有し事と思ひ出さぬ日とてはなく豫々<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねたく思ひしかども何を<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>にも人の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>る<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby><ruby><rb>寸暇</rb><rt>すんか</rt></ruby>の<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば中々<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>へ尋ね行事などは思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず心に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る計りにて今迄<ruby><rb>疎遠</rb><rt>そゑん</rt></ruby>に<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすご</rt></ruby>したり夫に付ても此間の手紙に<ruby><rb>細々</rb><rt>こま〲</rt></ruby>と言越たるには<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>不時</rb><rt>ふじ</rt></ruby>の災難や水難<ruby><rb>旱損</rb><rt>かんそん</rt></ruby>の打續きて思はぬ<ruby><rb>入費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>の有しゆゑ親の<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>りの身上も<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>惡<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し由<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に當時の世の中は田舍も江戸も<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>り<ruby><rb>勝</rb><rt>がち</rt></ruby><ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby><ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>言遣</rb><rt>いひつか</rt></ruby>はしたる通り親は<ruby><rb>泣寄</rb><rt>なきより</rt></ruby>とさへ申せと<ruby><rb>惡敷樣</rb><rt>あしきやう</rt></ruby>には計らはぬこと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に申ければ十兵衞親子は大いに<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び何分宜しくお頼み申すと<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば長庵は<ruby><rb>打點</rb><rt>うちうなづ</rt></ruby>き今夜は我が<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>も同じ事なれば安心して<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>せよ併し<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>て居るならん<ruby><rb>洗足</rb><rt>せんそく</rt></ruby>の湯を<ruby><rb>沸</rb><rt>わか</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はす<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれど夫よりは近所ゆゑ湯に入て<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>るがよいお文も父と共に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>べしと<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>利口</rb><rt>りこう</rt></ruby>を以て<ruby><rb>口車</rb><rt>くちぐるま</rt></ruby>に乘せ金の<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>と思ふ<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>のお文は如何なる<ruby><rb>容貌</rb><rt>しろもの</rt></ruby>かとお文が<ruby><rb>仰向</rb><rt>あふむく</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見て其<ruby><rb>嬋妍</rb><rt>あでやか</rt></ruby>さにほく〱悦び<ruby><rb>在郷</rb><rt>ざいがう</rt></ruby><ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちの娘なれば<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>宿場</rb><rt>しゆくば</rt></ruby>の<ruby><rb>飯盛</rb><rt>めしもり</rt></ruby>か吉原ならば<ruby><rb>小格子</rb><rt>こがうし</rt></ruby>の<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か二十か三十の金を得るのが<ruby><rb>關</rb><rt>せき</rt></ruby>の山と<ruby><rb>陰踏</rb><rt>かげぶみ</rt></ruby>をして置たるが少しばかり手を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>れば<ruby><rb>日向</rb><rt>ひなた</rt></ruby><ruby><rb>臭</rb><rt>くさ</rt></ruby>い<ruby><rb>匂</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひは<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>やう<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>は<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>が向て來たと<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とか</rt></ruby>せて<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へ立出あれに見ゆるが<ruby><rb>洗湯</rb><rt>せんたう</rt></ruby>なれば親子で<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひつ</rt></ruby>て來なと<ruby><rb>心切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>めかして長庵が深くも計る<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby><ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>さるゝとは夢にも知ず<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby>に長庵が心の<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しく成しのは<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しき事と十兵衞は娘お文にも安心させいそ〱として<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>しが<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くして<ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>より<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しくは候はねど<ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>を持て來し<ruby><rb>國土産</rb><rt>くにみやげ</rt></ruby>と心も<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き<ruby><rb>紙袋</rb><rt>かみぶくろ</rt></ruby><ruby><rb>蕎麥粉</rb><rt>そばこ</rt></ruby><ruby><rb>饂飩粉</rb><rt>うどんこ</rt></ruby><ruby><rb>取揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へ長庵の前へ差出せば然も<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しげに禮を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>へ<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べサア<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と久し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>にて何は無とも一<ruby><rb>献</rb><rt>こん</rt></ruby><ruby><rb>汲</rb><rt>くま</rt></ruby>んと弟十兵衞を<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けり十兵衞は長庵に向ひ<ruby><rb>御馳走中</rb><rt>ごちそうちう</rt></ruby>申上るも如何なれど<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て手紙にて申上たる次第につき娘文を同道せり何卒<ruby><rb>御忙敷</rb><rt>おいそがしく</rt></ruby>も御都合なされ娘を<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>所へ<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>御世話下されと<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>拭</rb><rt>ふき</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しかくれば長庵は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と目を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひ涙に聲を<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>らせて<ruby><rb>貧</rb><rt>ひん</rt></ruby>の病は是非もなし世の<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めよ我とては<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ金は有ざれども<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>さへ成事なら<ruby><rb>用立</rb><rt>ようだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣度</rb><rt>やりたし</rt></ruby>と手紙を見たる其時より<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の者へ頼んで置たが何分にも急場の事故<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て<ruby><rb>呉人</rb><rt>くれて</rt></ruby>も<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>なく殊に此程は何や斯や<ruby><rb>不時</rb><rt>ふじ</rt></ruby>の物入續き<ruby><rb>勝</rb><rt>がち</rt></ruby>にて夫に<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての心願にて人の<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>がる<ruby><rb>貧家</rb><rt>ひんか</rt></ruby>の病人<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>施藥</rb><rt>せやく</rt></ruby>をなし中には<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ人が<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>喰</rb><rt>くふ</rt></ruby>や喰ずの<ruby><rb>極貧者</rb><rt>ごくひんもの</rt></ruby>には持合せの金を<ruby><rb>何程</rb><rt>いくら</rt></ruby>か與へ<ruby><rb>慈善</rb><rt>じぜん</rt></ruby>の道を好むのも<ruby><rb>掛替</rb><rt>かけがへ</rt></ruby>の無き兩親に不幸を成し<ruby><rb>罪滅</rb><rt>つみほろぼ</rt></ruby>しと自分の身には<ruby><rb>榮耀</rb><rt>ええう</rt></ruby>は止め人に<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>す事<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>す故受取金も多けれども夫故<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>る我が<ruby><rb>身上</rb><rt>しんしやう</rt></ruby><ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>が外成ぬ年貢の金に差支へ<ruby><rb>手風</rb><rt>てかぜ</rt></ruby>も<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>うて<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てし娘を苦界へ沈める急場の難儀を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>ける事も<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>ぬとは兄と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝ甲斐も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>し涙が<ruby><rb>飜</rb><rt>こぼ</rt></ruby>るゝと手を<ruby><rb>拱</rb><rt>こま</rt></ruby>ぬけば弟の十兵衞は<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>ぞと思へばいとゞ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>さに<ruby><rb>兄樣</rb><rt>あにさん</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>までに御心配下されますな御心切を忘れはせぬ<ruby><rb>然乍</rb><rt>さりなが</rt></ruby>ら娘も覺悟の上なれば兎も角も<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ成とて<ruby><rb>好方</rb><rt>よきかた</rt></ruby>へ奉公させて下されと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>めば長庵は然ば是非なし<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>にも吉原の病家へ<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>がてら<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>程に<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>口を尋ね見ん先<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>は<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>まれよと兩人を枕に付せけるが翌日長庵は早々支度を<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し麹町を立出吉原さして<ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>けり爰に吉原江戸町二丁目の<ruby><rb>丁字屋</rb><rt>ちやうじや</rt></ruby>半藏と云る<ruby><rb>遊女屋</rb><rt>いうぢよや</rt></ruby>は其頃での<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>の家にて<ruby><rb>貴賤</rb><rt>きせん</rt></ruby>の<ruby><rb>客人</rb><rt>まろうど</rt></ruby><ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>も<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>ず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば此丁字屋方へ<ruby><rb>賣込</rb><rt>うりこま</rt></ruby>んと<ruby><rb>傳手</rb><rt>つて</rt></ruby>をもとめて<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に及びけるに幸ひ此丁字屋にても追々<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>も<ruby><rb>年明</rb><rt>ねんあけ</rt></ruby>の<ruby><rb>近寄</rb><rt>ちかより</rt></ruby>ければ<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>して<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>子供を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>んと思ふ<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>故其娘を今日にも見たきとの事なれば長庵は急ぎ宅へ歸り<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>十兵衞にもお文にも此由を云<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が隣家の女房を頼み<ruby><rb>賣物</rb><rt>うりもの</rt></ruby>には花を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>れとやら何分宜敷御頼み申すと<ruby><rb>髮形</rb><rt>かみかたち</rt></ruby>から<ruby><rb>化粧迄</rb><rt>けしやうまで</rt></ruby>其頃の風俗に<ruby><rb>作</rb><rt>つく</rt></ruby>り立<ruby><rb>損料</rb><rt>そんれう</rt></ruby><ruby><rb>着物</rb><rt>ぎもの</rt></ruby>を借請<ruby><rb>衣裳附</rb><rt>いしやうつけ</rt></ruby>まで長庵が<ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>なく差￼をなしお文を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て丁字屋へ出かけしが先兩三日は<ruby><rb>目見</rb><rt>めみ</rt></ruby>えに<ruby><rb>差置</rb><rt>さしお</rt></ruby>く樣にとの事なれば其まゝに差置て長庵は歸りける丁字屋にてはお文が<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>田舍娘</rb><rt>ゐなかむすめ</rt></ruby>と見る者なく<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby><ruby><rb>娼妓</rb><rt>しやうぎ</rt></ruby>も<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>るばかりなれば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に長庵が<ruby><rb>骨折</rb><rt>ほねをり</rt></ruby>の<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれし所にて在所に在し其時とは親の十兵衞さへも<ruby><rb>見違</rb><rt>みちが</rt></ruby>へる程なれば主人半藏方にても十分氣に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>お文へ何故に身を<ruby><rb>賣</rb><rt>うる</rt></ruby>やと容子を尋ねけるに親十兵衞が<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>にて年貢のお金に<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へ<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく身を<ruby><rb>賣</rb><rt>うる</rt></ruby><ruby><rb>時宜</rb><rt>しぎ</rt></ruby>なれば何卒お<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ下されたく<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の<ruby><rb>憂</rb><rt>つら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しひ事成とも御主人大事御<ruby><rb>客樣</rb><rt>きやくさま</rt></ruby>を<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>に勤めますと云其言葉に<ruby><rb>田舍訛</rb><rt>ゐなかなま</rt></ruby>り有けれど<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>のよさに<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>もはずみ少し高くは思へども<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に年一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>廿七年の<ruby><rb>夏</rb><rt>なつ</rt></ruby>四月までの<ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby>にて五十兩に<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>んとの挨拶に十兵衞は大いに悦び五十兩の金の有ならば年貢の未進は殘らず<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め所々の<ruby><rb>買懸</rb><rt>かひがか</rt></ruby>り其外の<ruby><rb>借錢</rb><rt>しやくせん</rt></ruby>まで殘らず一時に<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>其上にて<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎなば娘を請出す<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>も有なん<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>はなくとも其内娘が<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>客ありて身請をさるる事もや有んとお文にも言聞せ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に證文を取極め<ruby><rb>判</rb><rt>はん</rt></ruby>人へ禮金三兩當人の<ruby><rb>身附</rb><rt>みづき</rt></ruby>金五兩を引去四十二兩の金を請取て長庵諸共麹町へこそ歸りけれ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>十兵衞兄長庵に打向ひ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の御<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にてお文こと思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>所へ住込有難く存じます<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>の御禮も致す<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれども何を申すも此始末なれば是は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に心ばかりの御挨拶御<ruby><rb>受納下</rb><rt>じゆなふくだ</rt></ruby>されと金子三兩を紙に包みて<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>出しければ長庵は<ruby><rb>押戻</rb><rt>おしもど</rt></ruby>し<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は思ひも寄ぬ事なり<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て我が言たる通り<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>さへ出來る事なれば何であの<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>な娘の身を<ruby><rb>浮川竹</rb><rt>うきかはたけ</rt></ruby>に沈むる<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>を我しやう他人がましき事をせな<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か有ても調法なは金なり心が<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ずば其金にて<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>お富へ何なりと江戸<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>など<ruby><rb>買</rb><rt>かう</rt></ruby>て行れよ然すれば我が請たも同樣<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず〱<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>しやるなと手にだも取ず<ruby><rb>押戻</rb><rt>おしもど</rt></ruby>し<ruby><rb>肉身</rb><rt>にくしん</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby>たる<ruby><rb>舍弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>十兵衞を<ruby><rb>飽</rb><rt>あく</rt></ruby>まで<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>く長庵が<ruby><rb>佞辯</rb><rt>ねいべん</rt></ruby><ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby><ruby><rb>極惡</rb><rt>ごくあく</rt></ruby>は<ruby><rb>譬</rb><rt>たとふ</rt></ruby>るに物なしと後にぞ思ひ知られけり十兵衞は<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>長庵が<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みのありとは少しも知らず<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならば<ruby><rb>頂戴</rb><rt>いたゞき</rt></ruby>ますと<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが出たる三兩を再び<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の金と一<ruby><rb>緒</rb><rt>しよ</rt></ruby>に<ruby><rb>仕舞込</rb><rt>しまひこむ</rt></ruby>を長庵は<ruby><rb>横目</rb><rt>よこめ</rt></ruby>でジロリと<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>め<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそふ</rt></ruby>けば十兵衞は何れ<ruby><rb>歸村</rb><rt>きそん</rt></ruby>を致せし上御禮の仕樣もありぬべしと<ruby><rb>親</rb><rt>ちか</rt></ruby>しき中にも<ruby><rb>禮義</rb><rt>れいぎ</rt></ruby>を知る弟が心ぞしほらしき

## 第三回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も弟十兵衞は長庵に向ひ<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>にても妻や娘の私しが歸るを待兼て居る成らん因て明<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>は是非とも出立致し度と言けるに長庵<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>此通り雨も<ruby><rb>降</rb><rt>ふつ</rt></ruby>て居ることゆえ<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>は一日見合せて<ruby><rb>明後日</rb><rt>あさつて</rt></ruby><ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>べしと<ruby><rb>留</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めけれ共十兵衞は是を聞ず<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>兄樣</rb><rt>あにさま</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ばとて一日二日の<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>ではなし<ruby><rb>天氣</rb><rt>てんき</rt></ruby>の<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>を見て立ても道にて<ruby><rb>大雨</rb><rt>おほあめ</rt></ruby>に逢まじき者にも非ずと<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>を案じる一<ruby><rb>筋</rb><rt>すじ</rt></ruby>に十兵衞が一日も早く<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>や子に安心させんと思ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>翌朝</rb><rt>あした</rt></ruby>は出立せんとて何と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ても止まらねば然らば<ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>は出立して在所の者に少しも早く安心させるも<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>かるべし<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>決心</rb><rt>けつしん</rt></ruby>をした上は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>氣勞</rb><rt>きづか</rt></ruby>れも<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>う程に<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は早く<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>むがよい<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>も今夜は<ruby><rb>早寢</rb><rt>はやね</rt></ruby>にせんと云ば十兵衞は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならお先へ<ruby><rb>臥</rb><rt>ふせ</rt></ruby>ります<ruby><rb>御免成</rb><rt>ごめんなさ</rt></ruby>れと挨拶し<ruby><rb>臥戸</rb><rt>ふしど</rt></ruby>へこそは入にけれ跡に長庵<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>し彼の五十兩の金を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>んには<ruby><rb>刺殺</rb><rt>さしころ</rt></ruby>して物にせんか<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んかと立たり居たりして見ても<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に自分の<ruby><rb>居宅</rb><rt>きよたく</rt></ruby>にて<ruby><rb>荒仕事</rb><rt>あらしごと</rt></ruby>を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>かば後の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>が<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>ならん<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ<ruby><rb>翌日</rb><rt>あした</rt></ruby>は<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>きに<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>せん<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>じや〱と<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>つゝ取出す<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>は<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>同町に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>する<ruby><rb>藤崎</rb><rt>ふぢさき</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>だう</rt></ruby>十郎が忘れて行しを幸ひなりと<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>るを待内に<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>雨は<ruby><rb>小止</rb><rt>こやみ</rt></ruby>なく<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>耳先へ<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>くのは市ヶ谷八<ruby><rb>幡</rb><rt>まん</rt></ruby>の<ruby><rb>丑時</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>はよしと長庵はむつくと起て弟の十兵衞を<ruby><rb>搖起</rb><rt>ゆりおこ</rt></ruby>し是十兵衞<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>今のは<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に此鐘は何時も少し<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>き故夜の明るに間も有まい眼を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>して支度せよ<ruby><rb>鐵瓶</rb><rt>てつびん</rt></ruby>の湯も<ruby><rb>温</rb><rt>ぬる</rt></ruby>んで有と聞て十兵衞は起上り<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>はず支度をなし幸ひ雨も<ruby><rb>小降</rb><rt>こぶり</rt></ruby>になりぬ翌日は天氣になりなんと<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>せか</rt></ruby>るゝ十兵衞は<ruby><rb>死出</rb><rt>しで</rt></ruby>の<ruby><rb>旅路</rb><rt>たびぢ</rt></ruby>と知ぬ身の兄長庵に禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>の<ruby><rb>雨具</rb><rt>あまぐ</rt></ruby><ruby><rb>甲掛</rb><rt>かふかけ</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby><ruby><rb>旅拵</rb><rt>たびごしら</rt></ruby>へもそこ〱に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へ立出<ruby><rb>菅笠</rb><rt>すげがさ</rt></ruby>さへも<ruby><rb>阿彌陀</rb><rt>あみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>るは<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>追</rb><rt>おは</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>無常</rb><rt>むじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>吹降</rb><rt>ふきぶり</rt></ruby><ruby><rb>桐油</rb><rt>とうゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>へ提灯の<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>を<ruby><rb>消</rb><rt>けす</rt></ruby>まじと<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>もせぬ江戸の夜道は野山より<ruby><rb>結句</rb><rt>けつく</rt></ruby><ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しく思はれて進まぬ足を<ruby><rb>蹈</rb><rt>ふみ</rt></ruby>しめ〱<ruby><rb>黒白</rb><rt>あやめ</rt></ruby>も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby><ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>りながらも思ふ樣<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しき中にも<ruby><rb>手風</rb><rt>てかぜ</rt></ruby>も當ず是迄<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てし娘お文を浮川竹に身を<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>め<ruby><rb>憂</rb><rt>つら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めをさせるのは親の本意と思はねど身に<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>き<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>ゆゑ子に<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はるゝのも<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>なり娘の<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めは如何ならん<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>の事を思ひ出<ruby><rb>憂</rb><rt>うき</rt></ruby>が<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りて<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や又<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひもせば何とせん思へば<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しく<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ來て何にも知ぬ我が子に迄<ruby><rb>倦</rb><rt>あか</rt></ruby>ぬ別れをさするかやと<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby><ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>足元</rb><rt>あしもと</rt></ruby>も<ruby><rb>踉々</rb><rt>しどろ</rt></ruby><ruby><rb>蹌々</rb><rt>もどろ</rt></ruby>に定め<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>子故に迷ふ<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>の夜に麹町をば後になし歸ると聞し<ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>の<ruby><rb>門</rb><rt>もん</rt></ruby>も歸らぬ旅に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>の西の久保より<ruby><rb>赤羽</rb><rt>あかばね</rt></ruby>の川は三<ruby><rb>途</rb><rt>づ</rt></ruby>としら<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>有馬</rb><rt>ありま</rt></ruby>長家も打過て六堂ならねど<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby><ruby><rb>脇目</rb><rt>わきめ</rt></ruby>も<ruby><rb>振</rb><rt>ふら</rt></ruby>ず急ぎしか此程<ruby><rb>高輪</rb><rt>たかなわ</rt></ruby>よりの出火にて愛宕下通り<ruby><rb>新</rb><rt>あたら</rt></ruby>し橋邊まで一圓に<ruby><rb>燒原</rb><rt>やけはら</rt></ruby>となり<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby><ruby><rb>曠々</rb><rt>くわう〱</rt></ruby>として<ruby><rb>物凄</rb><rt>ものすご</rt></ruby>く雨は次第に<ruby><rb>降募</rb><rt>ふりつの</rt></ruby>り目先も知ぬ<ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>ける折しも<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>く<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>は<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>六ツならんと<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へて見れば<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>はなくして<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>切通</rb><rt>きりどほ</rt></ruby>しの七ツなれば<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は兄の長庵殿が我が出立を急ぎしゆゑ少しも早くと思ふ<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>より八ツを七ツと<ruby><rb>聞違</rb><rt>きゝちが</rt></ruby>へて我を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>しならんまだ<ruby><rb>勿</rb><rt>な</rt></ruby>か〱に夜は明まじ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>蝋燭</rb><rt>らふそく</rt></ruby>の<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>ならば<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>つたものと立止り<ruby><rb>灯影</rb><rt>ほかげ</rt></ruby>に中を<ruby><rb>差覗</rb><rt>さしのぞ</rt></ruby>きしと〱とまた<ruby><rb>歩行出</rb><rt>あゆみだす</rt></ruby><ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>ばた〱<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけく</rt></ruby>る<ruby><rb>足音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>に夫と見る間も有ばこそ聲をば<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ず<ruby><rb>拔打</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に<ruby><rb>振向</rb><rt>ふりむく</rt></ruby><ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>の<ruby><rb>眞向</rb><rt>まつかう</rt></ruby>より<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れを<ruby><rb>切下</rb><rt>きりさげ</rt></ruby>られあつと玉ぎる一聲と共に落せし提灯の<ruby><rb>發</rb><rt>ぱつ</rt></ruby>と<ruby><rb>燃立</rb><rt>もえたつ</rt></ruby>其<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>りに見れば兄なる長庵が<ruby><rb>坊主天窓</rb><rt>ばうずあたま</rt></ruby>へ<ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかぶ</rt></ruby>り<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>の<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひつ</rt></ruby>からげ顏を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>けて其場に<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>み持たる<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>取直し<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>よと<ruby><rb>飛蒐</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>るをヱヽと驚く十兵衞がヤアお前は兄の長庵殿何故あつて此の<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>すとはサヽ<ruby><rb>扨</rb><rt>さ</rt></ruby>ては娘を賣つた此の金が<ruby><rb>初手</rb><rt>しよて</rt></ruby>から<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>さに<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>を<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>つて我を欺むき八ツを七ツの鐘なりと進めて出立させて置殺して取とはなにごとぞ<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしや長庵どのとひよろ〱立を<ruby><rb>蹴轉</rb><rt>けころ</rt></ruby>ばし<ruby><rb>愚￼々々</rb><rt>ぐづ〱</rt></ruby>云はずと<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>つて<ruby><rb>亡</rb><rt>くた</rt></ruby>ばれこの世の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>せて<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>んと又切付れば七<ruby><rb>轉</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>八倒</rb><rt>ばつたう</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>くう</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで十兵衞が其の儘息は<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>にけり長庵刀の血を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひて<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に納め<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>の<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を取だし四十二兩は<ruby><rb>福</rb><rt>ふく</rt></ruby>の<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>の身には<ruby><rb>死神</rb><rt>しにがみ</rt></ruby>と<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>にしつかり<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り雨も<ruby><rb>止</rb><rt>やま</rt></ruby>ぬに<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>をと一<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>して其場へ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>是が後日の<ruby><rb>狂言</rb><rt>きやうげん</rt></ruby>だ<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>して置ば大丈夫と彼藤崎道十郎が<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れて行し傘を<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>へ<ruby><rb>投捨</rb><rt>なげすて</rt></ruby>て<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>白浪</rb><rt>しらなみ</rt></ruby>と我が家なる麹町へぞ急ぎける爰に武州なる品川宿といふは山を<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろにし海を前にして遠く<ruby><rb>房總</rb><rt>ばうそう</rt></ruby>の山々を<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>み南は<ruby><rb>羽田</rb><rt>はねだ</rt></ruby>の<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby><ruby><rb>海上</rb><rt>かいじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>突出</rb><rt>つきいだ</rt></ruby>し北は<ruby><rb>芝浦</rb><rt>しばうら</rt></ruby>より淺草の<ruby><rb>堂塔迄</rb><rt>だうたふまで</rt></ruby><ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>かに見渡し凡そ<ruby><rb>妓樓</rb><rt>あそびや</rt></ruby>の<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>地</rb><rt>ち</rt></ruby>にして此<ruby><rb>絶景</rb><rt>ぜつけい</rt></ruby>を<ruby><rb>占</rb><rt>しめ</rt></ruby>しは江戸四宿の内只此品川のみ然れば<ruby><rb>遊客</rb><rt>いうきやく</rt></ruby>も<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>つて多く彼の吉原にもをさ〱<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>らず<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>此地は海に<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みて<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつ</rt></ruby>きの<ruby><rb>他所</rb><rt>ほか</rt></ruby>よりも早けれど<ruby><rb>客人</rb><rt>まろうど</rt></ruby>は<ruby><rb>後朝</rb><rt>きぬ〲</rt></ruby>をかこち<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>も<ruby><rb>四日市</rb><rt>よつかいち</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>なる三人の若い者<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>妓樓</rb><rt>あそびや</rt></ruby><ruby><rb>某</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>遊興</rb><rt>あがり</rt></ruby>て夜を<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>し<ruby><rb>宿</rb><rt>いね</rt></ruby>るに間もなく夜は<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>みたりと若い者に起され<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>しもぶつ〱と<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら<ruby><rb>妓樓</rb><rt>あそびや</rt></ruby>を立出<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>すがら<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>の相方は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>なりなどと<ruby><rb>雜談</rb><rt>ざふだん</rt></ruby>を云つゝ一本の<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>に三人が<ruby><rb>小雨</rb><rt>こさめ</rt></ruby>を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎながら品川を後にして<ruby><rb>高輪</rb><rt>たかなわ</rt></ruby>より<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>りける處に夜の引明なれば未だ<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>は<ruby><rb>人影</rb><rt>ひとかげ</rt></ruby>もなく向ふを見るに三ツ<ruby><rb>股</rb><rt>また</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>の<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に人の<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>て居る樣子ゆゑ何心なく通りけるに<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は其も如何に一人の<ruby><rb>旅客</rb><rt>たびびと</rt></ruby>の<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そめ</rt></ruby><ruby><rb>切倒</rb><rt>きりたふ</rt></ruby>されて居たりしかば三人共に大いに驚きながらも一人は死人の向ふを通り<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずに<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>しが殘りし二人は顏見合せ<ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>い者見たしの<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>何樣</rb><rt>どん</rt></ruby>な人やら<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>んと思へば何分<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しく小一町<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>に<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>みしが<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の男は聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>その事田町<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りを歸らんと言ば一人の男申樣何にもせよ<ruby><rb>此趣</rb><rt>このよし</rt></ruby>を<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ知らせて<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ば<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>人や出來らん其時一<ruby><rb>緒</rb><rt>しよ</rt></ruby>に見ながら通らん是は如何にと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ如何にも夫は<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>しと二人は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>番屋</rb><rt>ばんや</rt></ruby>に至り大聲揚て告けるは御町内に人殺あり早く<ruby><rb>往</rb><rt>いつ</rt></ruby>て見らるべしとの知らせに自身番の<ruby><rb>宿直</rb><rt>とまり</rt></ruby>の人は大いに驚き<ruby><rb>定番</rb><rt>ぢやうばん</rt></ruby>の者を四方へ走らせて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と告るに町内の<ruby><rb>行事</rb><rt>ぎやうじ</rt></ruby>其外<ruby><rb>家主中</rb><rt>いへぬしちう</rt></ruby><ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby><ruby><rb>書役</rb><rt>しよやく</rt></ruby>に至る迄<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ちに<ruby><rb>寄集</rb><rt>よりつど</rt></ruby>ひしかば知らせし兩人も一<ruby><rb>緒</rb><rt>しよ</rt></ruby>に行て死骸を<ruby><rb>怕々</rb><rt>こは〲</rt></ruby>ながら後より<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き見て<ruby><rb>各々方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby>は<ruby><rb>御苦勞成</rb><rt>ごくらうなり</rt></ruby>と云つゝ兩人は通り過んとする處を町役人等<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>めて御二人とも御知らせ下されたる上からは御<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬなり先々<ruby><rb>御檢使</rb><rt>ごけんし</rt></ruby>の御出まで御待候へと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ兩人は大きに打驚き何も私し共が<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たる事には候はず全く通り<ruby><rb>掛</rb><rt>がか</rt></ruby>りて見付しゆゑ御知せ申せし迄なり其者が掛り合とは甚だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>と云をも<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に聞き入ず否々<ruby><rb>和主達</rb><rt>おまへたち</rt></ruby>が殺したりと云には非ず御知らせ有しは少しの<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby><ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞ</rt></ruby>きなれば<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず夫とも<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て止まるを<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>とならば<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を打ても<ruby><rb>差止</rb><rt>さしとめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>ねば町法が立ざるなりと<ruby><rb>烈</rb><rt>はげ</rt></ruby>しき言葉に<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>恐れ<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>は昨夜女郎にふられ今朝は今朝とて此災難斯まで<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>くなる者か夫に付ても<ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>の<ruby><rb>野郎</rb><rt>やらう</rt></ruby>は昨夜も一人<ruby><rb>持囃</rb><rt>もてはや</rt></ruby>され今朝も先へ拔て歸り<ruby><rb>仕合者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>よと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>き〱自身番屋へ上り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の<ruby><rb>出張</rb><rt>でばる</rt></ruby>を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>うちも若や如何なるお<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに成もやせんかと兩人共<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>き心は無りけり

## 第四回

<ruby><rb>去程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>の自身番より月番の町奉行中山出雲守殿へ右の次第を<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へに及びければ檢使の役人兩人<ruby><rb>非番</rb><rt>ひばん</rt></ruby>の町奉行より一人<ruby><rb>出張</rb><rt>しゆつちやう</rt></ruby>に相成立合の上死骸を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と改められし處歳の頃四十三四百<ruby><rb>姓</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>の男にて身の内に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>三ヶ處<ruby><rb>頭上</rb><rt>づじやう</rt></ruby>より<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>へ掛て切付し<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>一ヶ所<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>より<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>へ<ruby><rb>突通</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>せし疵二ヶ所其<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>に<ruby><rb>傘</rb><rt>からか</rt></ruby>さ一<ruby><rb>本</rb><rt>ぽん</rt></ruby><ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>これ有其<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>に<ruby><rb>澤瀉</rb><rt>おもだか</rt></ruby>に岩と云字の印し付是あり懷中には<ruby><rb>鼻紙入</rb><rt>はながみいれ</rt></ruby>に<ruby><rb>藥包</rb><rt>くすりつゝ</rt></ruby>み一ツ<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に手紙一通あり其<ruby><rb>上書</rb><rt>うはがき</rt></ruby>は「三州藤川在岩井村十兵衞殿返事江戸麹町三丁目村井長庵」右の通りの<ruby><rb>上書</rb><rt>うはがき</rt></ruby>にて中の<ruby><rb>文言</rb><rt>もんごん</rt></ruby>は「去二日出の書状<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>委細拜見致し候扨々其方にても屡々<ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>との趣き<ruby><rb>蔭乍</rb><rt>かげなが</rt></ruby>ら<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>申候右に付御申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>の娘<ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>致されべく候吉原町にも<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>も有之候間宜しき處を見立奉公に<ruby><rb>差遣</rb><rt>さしつか</rt></ruby>はし可申候<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ出府の上相談可申候委細は筆紙に<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し難し<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>以上

八月九日　村井長庵　藤川在岩井村十兵衞殿」<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>文體</rb><rt>ぶんてい</rt></ruby>也ければ<ruby><rb>直</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ちに麹町三丁目町醫師村井長庵<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しの<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を札の辻の町役人へ渡されければ<ruby><rb>非番</rb><rt>ひばん</rt></ruby>の家主<ruby><rb>即時</rb><rt>そくじ</rt></ruby>に麹町の名主の玄關へ持參なし<ruby><rb>順序</rb><rt>じゆんじよ</rt></ruby>を經て長庵の家主の手に渡すに何事やらんと驚きつゝ家主は長庵方へ到りける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>あらんと<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て覺悟の長庵は<ruby><rb>鉢卷</rb><rt>はちまき</rt></ruby>して<ruby><rb>藥土瓶</rb><rt>くすりどびん</rt></ruby>なぞ<ruby><rb>取散</rb><rt>とりちら</rt></ruby>し<ruby><rb>大夜具</rb><rt>おほやぐ</rt></ruby>を<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りて<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>たり家主は枕元に<ruby><rb>居</rb><rt>すわ</rt></ruby>りて長庵殿<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の辻の自身番より急の御<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を以て村井長庵を<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>只今<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>よとの事なり<ruby><rb>見請</rb><rt>みうけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>鉢卷</rb><rt>はちまき</rt></ruby>などして<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れしや<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に出行るゝやと尋ねけるに長庵は<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>た<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に枕を持上偖々昨夜より<ruby><rb>大熱</rb><rt>だいねつ</rt></ruby>にて頭痛甚しく夜通し苦しみたり<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に〱病氣の時の<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさは獨身者は藥<ruby><rb>一服</rb><rt>いつぷく</rt></ruby><ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じて呉る人もなく實以て<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り候而て其札の辻よりの御差紙とは<ruby><rb>何等</rb><rt>なんら</rt></ruby>の御用筋にやと<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>いて申けるにぞ家主は氣の毒さうに<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>病中と云とんだ<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の事なり又聞の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しなれば<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とは分らねども何か札の辻にて昨夜人殺しが有りしとか云ふこと其の<ruby><rb>切</rb><rt>き</rt></ruby>られたる者の<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>に<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>の手紙が有りしよし<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の場へも呼出しに成るとの事といへば長庵は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も驚きし樣子にて<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の上に起き上り其殺されし人は如何なる<ruby><rb>出立</rb><rt>いでたち</rt></ruby>の人に候やと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に家主は<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばなり四十三四の年頃にて百姓體の男の由と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せば長庵は<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>か</rt></ruby>へ扨は弟十兵衞が金子を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て早立せし故<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby>もの事でも有りしかと立たり居たりする體は<ruby><rb>實心</rb><rt>じつしん</rt></ruby>とこそ<ruby><rb>見</rb><rt>みえ</rt></ruby>にけれ<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て申けるは病中にて難儀には候へども<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れねば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>ても<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出んと<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>を<ruby><rb>早々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>にして立出れば家主も夫は〱氣の毒千萬と心配しながら諸共に芝札の辻を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て檢使の前へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され長庵に一通り尋ね<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て彼の十兵衞の死骸を見せられけるに長庵は一<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>より死骸に取付扨は十兵衞にて<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>けるか<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事の有るべきと<ruby><rb>虫</rb><rt>むし</rt></ruby>が知らせし物にや<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>夜明</rb><rt>よあけ</rt></ruby>て出立致させ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>我が止めしをも<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず出立<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>たる<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby>に斯る<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>を見る事ぞ病氣でさへなき物ならば此邊迄も<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>り<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>んに<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の事を仕てけりと<ruby><rb>前後不覺</rb><rt>ぜんごふかく</rt></ruby>に泣沈み<ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ざれば其有樣を見る人は如何にも其身が仕なしたる事とは更に知らざりけり此時檢使の役人は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>其方が弟に<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>や<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>有て<ruby><rb>大雨</rb><rt>たいう</rt></ruby>の折から<ruby><rb>深更</rb><rt>しんかう</rt></ruby>に<ruby><rb>發足</rb><rt>はつそく</rt></ruby>致せしやと尋ね有りければ長庵袖に涙を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひ私し弟十兵衞事は三州藤川在岩井村の百姓にて<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>に候へ共不事の物<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>打續き年貢の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby><ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>に出來上納方に<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へ如何<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なき儘文と申<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>娘を吉原江戸町二丁目なる丁字屋半藏方へ身賣致し其<ruby><rb>身代金</rb><rt>みのしろきん</rt></ruby>を所持致し<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby><ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に私し方を出立致し候を<ruby><rb>存知居</rb><rt>ぞんぢをり</rt></ruby>候者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>かと恐れながら存じられ候と身を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はして申立てけるに其時檢使は彼場所に傘捨有りし傘を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>され其方此傘に覺え有りやと見せらるれば長庵涙を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と<ruby><rb>打詠</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め暫く<ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て小膝を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き是こそ私し同町に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>致居候浪人藤崎道十郎と申者の<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>に有之此<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>にて思ひ當りし事あり同人義昨日も私し方へ參り<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候是は<ruby><rb>當今</rb><rt>たうこん</rt></ruby>同人事病氣にて<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>より藥を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし置候事故昨日も<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の藥取に參りしなり其節弟十兵衞<ruby><rb>朝未明</rb><rt>あさまだき</rt></ruby>より出立致し候とて右の金子を取出し改めて<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>へ入候事ども<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>まし<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に見て歸り候間<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や彼の道十郎が<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りて如何の<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>をも出しは致す<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじく</rt></ruby>候やと<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに申立ければ役人<ruby><rb>中</rb><rt>ぢう</rt></ruby>も長庵が申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>を<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>にもと思はれ其道十郎を取<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>さぬ樣<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>せよとて手先<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に町役人へ<ruby><rb>内達</rb><rt>ないたつ</rt></ruby>にぞ及ばれける

## 第五回

扨も檢使には<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合の者一同<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>て北の番所へ（<ruby><rb>幕府</rb><rt>ばくふ</rt></ruby>の頃は町奉行兩人有て<ruby><rb>南</rb><rt>みなみ</rt></ruby><ruby><rb>北</rb><rt>きた</rt></ruby>と二ヶ所に<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>あり）<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りしかば中山出雲守殿へ檢使の次第を<ruby><rb>言上</rb><rt>いひあげ</rt></ruby>且夫々の口書を<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しけるに出雲守殿も長庵が<ruby><rb>佞辯</rb><rt>ねいべん</rt></ruby>を<ruby><rb>是</rb><rt>ぜ</rt></ruby>として<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>道十郎の仕業なりと疑がひ掛り<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に麹町へ<ruby><rb>召捕方</rb><rt>めしとりかた</rt></ruby>を<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむけ</rt></ruby>られ十兵衞事死骸は兄長庵へ御引渡しに相成ければ長庵は<ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすま</rt></ruby>したりと内心に悦び<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に十兵衞の死骸を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby>ける爰に彼の浪人藤崎道十郎といへるは<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て主家を<ruby><rb>退身</rb><rt>たいしん</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し<ruby><rb>流浪</rb><rt>るらう</rt></ruby>の身と成りしが二君に仕へるは<ruby><rb>武士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>の<ruby><rb>廉恥</rb><rt>はぢいる</rt></ruby>所成れ共座して<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>へば山も<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>し何れへか<ruby><rb>仕官</rb><rt>しくわん</rt></ruby>に<ruby><rb>就</rb><rt>つか</rt></ruby>んと思ひしに不幸にも永の<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひに夫も成らず<ruby><rb>困苦</rb><rt>こんく</rt></ruby>に困苦を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねしも女房お光が<ruby><rb>忠實敷</rb><rt>まめ〱しく</rt></ruby><ruby><rb>賃裁縫</rb><rt>ちんしごと</rt></ruby>やら<ruby><rb>洗濯等</rb><rt>せんたくなど</rt></ruby>なし<ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>くも<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby>の<ruby><rb>烟</rb><rt>けむり</rt></ruby>を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>啻</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の病氣<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>さしめ給へと神佛へ<ruby><rb>祈念</rb><rt>きねん</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しき中にも<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>なる道之助の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>を<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>み居たりしに<ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby><ruby><rb>表裏</rb><rt>おもてうら</rt></ruby>の<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>より<ruby><rb>上意々々</rb><rt>じやうい〱</rt></ruby>との<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>ゆるにぞ何事やらんと道十郎は<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>る<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>こそあれ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>の役人どや〱と<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこみ</rt></ruby>御用なり<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>に掛れと<ruby><rb>勢猛</rb><rt>いきまき</rt></ruby>て<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るにぞ道十郎は驚きて<ruby><rb>居</rb><rt>すわ</rt></ruby>り<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し拙者に於ては御召捕に相成べき<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ無し其は<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひにては候はずやと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>せも果ず役人共<ruby><rb>言譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>にて申べしと<ruby><rb>病痿</rb><rt>やみほい</rt></ruby>けたる道十郎を高手小手に<ruby><rb>警</rb><rt>いまし</rt></ruby>めて<ruby><rb>妻子</rb><rt>さいし</rt></ruby>の<ruby><rb>泣</rb><rt>なく</rt></ruby>をも<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はゞこそ四方を<ruby><rb>嚴</rb><rt>きびし</rt></ruby>く<ruby><rb>取圍</rb><rt>とりかこ</rt></ruby>み北の番所へ引出しが頓て中山出雲守殿の御白洲へ<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なくも引出しけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば出雲守殿一通り<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>られしに道十郎は思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ事成れば大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby><ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>が<ruby><rb>訴人</rb><rt>そにん</rt></ruby>せしや<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざれども<ruby><rb>右樣</rb><rt>みぎやう</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して覺え<ruby><rb>是無</rb><rt>これなく</rt></ruby>候と申に出雲守然らば<ruby><rb>此傘</rb><rt>このかさ</rt></ruby>は其方覺え無きやとの尋ねなれば道十郎是は私しの所持の<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>に御座候と云ふに出雲守殿<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>してか此傘が右<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しの場所に<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しなり其方惡事を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き其場所に取落し置たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ尋常に白状せよ<ruby><rb>特</rb><rt>こと</rt></ruby>に長庵が申立に其方事前日長庵方へ<ruby><rb>藥取</rb><rt>くすりとり</rt></ruby>に參り合せ十兵衞が娘を吉原町へ<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>其金を持て歸りし時の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>みと</rt></ruby>め其方<ruby><rb>惡意</rb><rt>あくい</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>せしもの成らんと云へり然もあるべし如何樣に申<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる共<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に證據と成るべき<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>あれば申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>立難</rb><rt>たちがた</rt></ruby>しと申さるゝに道十郎は如何にも<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>し<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は驚き入たる仰せかな長庵事何と申上候か存申さず候得ども私し事は<ruby><rb>先月</rb><rt>せんげつ</rt></ruby>中より<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>の病氣にて<ruby><rb>臥居</rb><rt>ふしをり</rt></ruby>中々長庵方などへ參り候事是無く勿論先月中一兩度も近所の事故藥取に參り候が其時の事にて有りしが<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>候故<ruby><rb>不思</rb><rt>つひ</rt></ruby><ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>を長庵の玄關<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>に<ruby><rb>失念</rb><rt>しつねん</rt></ruby>致して歸り候により其後兩三度も取りに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし候得ども之無き<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きにて返して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ざる故其儘に致し置候ひしが其節の傘に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>無御座候然るに長庵<ruby><rb>右樣</rb><rt>みぎやう</rt></ruby>の儀を申立る事何分にも其意を得ざるまゝ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>長庵と<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>の御調べ<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ奉つり候と申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ければ然らば此傘は其方長庵方に<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しと申か長庵は其方が十兵衞の金子を持て歸る事を<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき段申立る何れ長庵と<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とく</rt></ruby>べし併しながら其方所持の<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>其場所に<ruby><rb>捨在</rb><rt>すてあり</rt></ruby>し上は其方こそ疑ひ<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>に非ず依て吟味中<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付るなりと終に道十郎は入牢の身とこそは成にけれ翌日村井長庵呼出しにて<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べ有りしに長庵は前に申上し通り傘を私しの宅へ<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ置き候などとは道十郎が<ruby><rb>僞言</rb><rt>いつはり</rt></ruby>決して右樣の事是なく候右は長庵に<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつく</rt></ruby>べしとの<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みにて申上候事やと存じ奉つり候と<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>たる<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>に申立<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の<ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>判然</rb><rt>わから</rt></ruby>ざるより道十郎と<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せ吟味に相成し處<ruby><rb>佞奸邪智</rb><rt>ねいかんじやち</rt></ruby>の長庵が<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>に<ruby><rb>云昏</rb><rt>いひくる</rt></ruby>められ道十郎も<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>言開</rb><rt>いひひら</rt></ruby>くと雖も申口相分らず長庵は只町役人へ預けにて<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>り道十郎は病中の處猶又<ruby><rb>歸牢</rb><rt>きらう</rt></ruby>に相成<ruby><rb>心氣</rb><rt>しんき</rt></ruby><ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れ心程言葉の<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>らざるより<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>も屆かず吟味詰にも相成ずして居たりし<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>寶永七年九月廿七日<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>むべし道十郎<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>にて死去に及びけるは<ruby><rb>不運</rb><rt>ふうん</rt></ruby>と云ふも餘りあり妻お光は此由を聞て<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>みしかども又<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>も非ざれば無念ながらも<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なき日をぞ送りける其長庵は心の内の悦び大方ならず<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>と辯舌を以て申立て終に死人に<ruby><rb>口無</rb><rt>くちなし</rt></ruby>の<ruby><rb>喩</rb><rt>たと</rt></ruby>への通り彼札の辻の人殺しは道十郎に事<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>まり殘骸は取捨に相成<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>は妻子に下し置れ<ruby><rb>店請</rb><rt>たなうけ</rt></ruby>人なる赤坂の六右衞門方へ妻子の者は<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby>引取れ長庵は何の御<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めもなく<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>せしかば<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て三州藤川在岩井村へは此由を長庵より知らせやりしに十兵衞の妻お<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby><ruby><rb>妹娘</rb><rt>いもとむすめ</rt></ruby>お富は<ruby><rb>地摺</rb><rt>ちすり</rt></ruby><ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>して<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>けども<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく終に兩人ながら出府して長庵方へ引取れけり其内に長庵は又一ツの<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>を考へ出し妹娘のお富も幸ひ十二<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひし<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>して是をも金にせんと己れが惡事仲間の<ruby><rb>早乘</rb><rt>はやのり</rt></ruby>の三次と云ふ者を<ruby><rb>語合</rb><rt>かたらひ</rt></ruby>又近所の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>惡婆</rb><rt>あくば</rt></ruby>のお定と云ふ女をも手なづけ置き<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て母の御安にはお富を<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>方へ御奉公に差上るなりと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>彼惡婆</rb><rt>かのあくば</rt></ruby>のお定を三次が出入の御屋敷の老女と爲し御<ruby><rb>取替</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>金などと僞りて<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かの金子をお安に與へ妹娘のお富を<ruby><rb>連出</rb><rt>つれだ</rt></ruby>しけるがお富には姉と共に奉公せよと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>め<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>して終に吉原江戸町二丁目なる丁字屋半藏方へ身の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>金三十兩にて<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし右の金子の内を三次へ五兩お定へ一兩<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し殘りの金廿四兩を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く己れが<ruby><rb>榮耀</rb><rt>ええう</rt></ruby>に遣ひけりお安は<ruby><rb>旨々</rb><rt>うま〱</rt></ruby>と長庵に欺かされ妹のお富迄も<ruby><rb>浮川竹</rb><rt>うきかはたけ</rt></ruby>の<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れの身と成りし事を<ruby><rb>毫</rb><rt>つゆ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざれども其後更に二人の娘より一度の<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りも無ければ<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby><ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ或日長庵に向ひて申樣何卒姉娘のお文にも一度<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して下されと頼みければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の長庵も<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>爲し<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>口から<ruby><rb>出放題</rb><rt>ではうだい</rt></ruby>の事を<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>て慰めける内又々妹お富が參りたる御<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>は何と申ところにやお富にも何卒<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して下されと朝夕となく<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りにお安に<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>らるれば長庵は<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>妹お富が行きし所は<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>い<ruby><rb>御邸</rb><rt>おやしき</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>輕々敷</rb><rt>かる〲しく</rt></ruby>は<ruby><rb>逢難</rb><rt>あひがた</rt></ruby>し其内都合を見て<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せんと一日<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れの挨拶も<ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じ<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つて長庵が<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby><ruby><rb>加減</rb><rt>かげん</rt></ruby>にさへ廻り兼姉のお文に逢せなば必ずお富が居る事故出て來るは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>外の内へ賣れば<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>りしに<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>になき<ruby><rb>失策</rb><rt>しぞこなひ</rt></ruby>を致したりと<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>すれども詮方なく今はお安も<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れず二人の娘に逢して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby>もおどろに<ruby><rb>振亂</rb><rt>ふりみだ</rt></ruby>し狂氣の如き<ruby><rb>形容</rb><rt>ありさま</rt></ruby>に長庵<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>どあぐみ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>捨置</rb><rt>すておく</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は此女から<ruby><rb>古疵</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>が<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>らんも知れぬなり<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby><ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>ば皿とやら可愛さうだがお安めも殺して<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>ふ<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>は無いが如何なる手段で殺して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ん内で殺さば<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>が惡し何でも娘兩人に逢して<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>と<ruby><rb>誘引出</rb><rt>おびきだ</rt></ruby>し人里遠き所にて<ruby><rb>拂放</rb><rt>ぶつぱな</rt></ruby>すより思案は無し夫にしても自分でするは<ruby><rb>些</rb><rt>ちつと</rt></ruby><ruby><rb>小面倒</rb><rt>こめんだう</rt></ruby>の仕事なり<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>を頼んで片付んと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby>思案の其折から入來る兩人は<ruby><rb>別人</rb><rt>べつじん</rt></ruby>ならず日頃<ruby><rb>入魂</rb><rt>じゆこん</rt></ruby>の後家のお定に彼の<ruby><rb>早乘</rb><rt>はやのり</rt></ruby>の三次成れば長庵<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み何にも<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>が一ツ飮ふと<ruby><rb>戸棚</rb><rt>とだな</rt></ruby>より取出す<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>の貧乏徳利<ruby><rb>干上</rb><rt>ひあが</rt></ruby>る財布のしま干物<ruby><rb>獻</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へつ三人が<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>もなしに<ruby><rb>呑掛</rb><rt>のみかけ</rt></ruby>たりお安は娘に逢度さを引しぼる程<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>が<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby>今迄兄の長庵へ娘二人に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>してと<ruby><rb>逼</rb><rt>せま</rt></ruby>りて居たる<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば此酒盛に<ruby><rb>立交</rb><rt>たちまじ</rt></ruby>りて居るも物<ruby><rb>憂</rb><rt>うく</rt></ruby>思ふ物から其場を外して二階に上れば折こそ<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>と長庵は二人が耳に口を寄せ何か<ruby><rb>祕々</rb><rt>ひそ〱</rt></ruby><ruby><rb>囁</rb><rt>さゝや</rt></ruby>きければ二人はハツと驚きしが三次は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>け<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>の酒をぐつと<ruby><rb>呑干</rb><rt>のみほし</rt></ruby>先生皆迄<ruby><rb>宣</rb><rt>のたま</rt></ruby>ふな我々が身に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事委細承知と早乘が答へに長庵力を得て惡婆のお定と<ruby><rb>鼎</rb><rt>かなへ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>其巧</rb><rt>そのたく</rt></ruby>みにぞ及びけり

## 第六回

三人<ruby><rb>寄</rb><rt>よれ</rt></ruby>ど<ruby><rb>文珠</rb><rt>もんじゆ</rt></ruby>さへ授けぬ<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>の<ruby><rb>智慧袋</rb><rt>ちゑぶくろ</rt></ruby>はたいた<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れかぶれ<ruby><rb>爲術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>し<ruby><rb>荒仕事</rb><rt>あらしごと</rt></ruby>娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>すと悦ばせて<ruby><rb>誘引</rb><rt>おびき</rt></ruby>出すは斯々と忽ち<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>る惡計に<ruby><rb>獻</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>酬</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れつ飮みながらとは云ふものゝ<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>幕</rb><rt>まく</rt></ruby>は餘り<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>せぬ事成れば<ruby><rb>姉御</rb><rt>あねご</rt></ruby>と己と<ruby><rb>鬮</rb><rt>くじ</rt></ruby>にせんと<ruby><rb>紙縷</rb><rt>こより</rt></ruby><ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>つて差出せばお定は引て<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこり</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby><ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>が當り鬮と云はれて三次は<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>掻</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば三次が<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>んと其夜は戻りて二三日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>眞面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>に成て尋ね來れば長庵はお安を<ruby><rb>打招</rb><rt>うちまね</rt></ruby>きお富を奉公に世話を下されしは此お人なればお頼み申てお富に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>て來るが<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>と聞てお安は今が今迄<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>や<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じ暮して居た事ゆゑ忽ち<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>みつゝ三次の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へさし寄て今より何卒御一所にお<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下されと云へば三次は<ruby><rb>默禮</rb><rt>もくれい</rt></ruby>し<ruby><rb>然程迄</rb><rt>さほどまで</rt></ruby>にも<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>ば今夜<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にも同道せんと聞てお安は<ruby><rb>飛立</rb><rt>とびたつ</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひそれは〱有難し先樣でさへ<ruby><rb>夜分</rb><rt>やぶん</rt></ruby>にても<ruby><rb>能事</rb><rt>よいこと</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば私しは<ruby><rb>一刻</rb><rt>ちつと</rt></ruby>も<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたい</rt></ruby>と悦ぶ<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>に長庵は仕濟したりと心の<ruby><rb>目算</rb><rt>もくさん</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て三次に打向ひ御<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>ながら<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby><ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby><ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せて下されと云へば三次は<ruby><rb>苦笑</rb><rt>にがわら</rt></ruby>ひ如何にも承知と<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>するうち殺さるゝとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らずお安は急ぎ<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby><ruby><rb>引締</rb><rt>ひきしめ</rt></ruby>サアと<ruby><rb>促</rb><rt>うなが</rt></ruby>す<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>と共に三次は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と親切らしくお安を連て立ち出しは既に<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>を計りし事故<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>近き折なれば僅かの内に日は<ruby><rb>暮切</rb><rt>くれきり</rt></ruby><ruby><rb>宵闇</rb><rt>よひやみ</rt></ruby>なれば辻番にて三次は用意の<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>へ<ruby><rb>灯</rb><rt>あか</rt></ruby>りを<ruby><rb>點</rb><rt>つけ</rt></ruby>て先へ立コレお安殿何も案じる事は<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>お富さんも御屋敷へ行てから<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>母樣</rb><rt>はゝさま</rt></ruby>へお<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>らぬ樣宜しく云て下されとお<ruby><rb>言傳</rb><rt>ことづて</rt></ruby>も有りました特には先の御屋敷でも御意に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>つて<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>全盛</rb><rt>ぜんせい</rt></ruby>と云はんとせしが口を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ少し<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>して居らるゝと<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>も出來まする其御邸と申のは至つて<ruby><rb>風儀</rb><rt>ふうぎ</rt></ruby>も<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>との事<ruby><rb>傍輩衆</rb><rt>はうばいしう</rt></ruby>も大勢有て御<ruby><rb>奇麗</rb><rt>きれい</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>ずき</rt></ruby>の方々ゆゑ毎日朝から<ruby><rb>化粧</rb><rt>つくろひ</rt></ruby>が御奉公安心なる物なりと口から<ruby><rb>出次第</rb><rt>でしだい</rt></ruby><ruby><rb>喋舌立</rb><rt>しやべりたて</rt></ruby>るを誠と思ふ<ruby><rb>田舍堅氣</rb><rt>ゐなかかたぎ</rt></ruby>お安は<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>と打悦びお前樣には色々と御世話に相成娘も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や悦んでがな居ませう又今晩は<ruby><rb>夜道</rb><rt>よみち</rt></ruby>をもお<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひ無くて<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>と娘の<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め先までも御連れ下さる御心切御<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>の申上樣も御座らぬ迄に有難う存じますると云ふを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>三次はかぶりを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りながら何の御禮に及びませうぞ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>は<ruby><rb>水溜</rb><rt>みづたま</rt></ruby>り此處には石が<ruby><rb>轉</rb><rt>ころ</rt></ruby>げ有りと<ruby><rb>飽迄</rb><rt>あくまで</rt></ruby>お安に安心させ<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby><ruby><rb>殺</rb><rt>ばら</rt></ruby>さんかと心の内に目算しつゝ麹町をも<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て初夜の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>をも<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へつゝ<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みも深き御<ruby><rb>堀端</rb><rt>ほりばた</rt></ruby><ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>猶豫</rb><rt>ためらふ</rt></ruby>一番町たやすく人は殺せぬ物と<ruby><rb>田安</rb><rt>たやす</rt></ruby>御門も<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>か過ぎ心も<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き<ruby><rb>牛</rb><rt>うし</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>を右に<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みて<ruby><rb>星明</rb><rt>ほしあか</rt></ruby>り九段坂をも下り來て飯田町なる<ruby><rb>堀留</rb><rt>ほりどめ</rt></ruby>より過るも早き<ruby><rb>小川町</rb><rt>をがはまち</rt></ruby><ruby><rb>水道橋</rb><rt>すゐだうばし</rt></ruby>を渡り<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby><ruby><rb>水戸</rb><rt>みと</rt></ruby>樣前を左りになし<ruby><rb>壹岐殿坂</rb><rt>いきどのざか</rt></ruby>を打上り本郷通りを横に見て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆけ</rt></ruby>ども先の<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>なき<ruby><rb>目盲</rb><rt>めくら</rt></ruby><ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>をたどり<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>人の心に<ruby><rb>尖</rb><rt>とげ</rt></ruby>ぞ有る<ruby><rb>殼枳寺</rb><rt>からたちでら</rt></ruby>や<ruby><rb>切道</rb><rt>きりどほ</rt></ruby>し切るゝ身とは知らずとも<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て命は仲町と三次は<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>見廻すに<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>ばずと云ふ名は有りと<ruby><rb>池</rb><rt>いけ</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>こそ<ruby><rb>窟竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の所と思へどまだ夜も<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>ければ人の<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>も<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>ざる故山下通り打過て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>思ひ金杉と心の<ruby><rb>坂本</rb><rt>さかもと</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>大恩寺</rb><rt>だいおんじ</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>へ曲り込ば此處は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby><ruby><rb>中田圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>右も左りも<ruby><rb>畔道</rb><rt>あぜみち</rt></ruby>にて<ruby><rb>人跡</rb><rt>じんせき</rt></ruby>さへも<ruby><rb>途絶</rb><rt>とだえ</rt></ruby>たる向ふは<ruby><rb>曲輪</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby><ruby><rb>眼隱</rb><rt>めかく</rt></ruby>し板の<ruby><rb>透間</rb><rt>すきま</rt></ruby>より<ruby><rb>仄</rb><rt>ほの</rt></ruby>かに見ゆる<ruby><rb>家毎</rb><rt>やごと</rt></ruby>の<ruby><rb>燈</rb><rt>あか</rt></ruby>しお安は<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby>三次に向ひ爰は何と申所にやまた<ruby><rb>那</rb><rt>あの</rt></ruby><ruby><rb>賑</rb><rt>にぎや</rt></ruby>かのは何所なりと<ruby><rb>訪</rb><rt>とは</rt></ruby>れて三次は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>か<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>がお江戸の吉原さお文さんは<ruby><rb>那内</rb><rt>あのうち</rt></ruby>に居られるのだ<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>お富さんの居るお屋敷もたんとは<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて居らぬ故二人に今夜は<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せて<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>んと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れてお安は<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>も<ruby><rb>頓</rb><rt>とみ</rt></ruby>に<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れて<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>と今殺さるゝ其人を力と頼みて夜道をも子故の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>にたどりつゝ三次が後に<ruby><rb>引添</rb><rt>ひきそひ</rt></ruby>歸らぬ旅路へ赴むくと虫が知らすか<ruby><rb>畔傳</rb><rt>あぜづた</rt></ruby>ひつたはる因果の<ruby><rb>耳元</rb><rt>みゝもと</rt></ruby>近く淺草寺の鐘の音も<ruby><rb>無常</rb><rt>むじやう</rt></ruby>を告る<ruby><rb>後夜</rb><rt>ごや</rt></ruby>の聲かねて覺悟の早乘三次<ruby><rb>長脇差</rb><rt>ながわきざし</rt></ruby>を<ruby><rb>小脇</rb><rt>こわき</rt></ruby>に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しぶら提燈をお安に渡し是から道も<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ければ先へ立てと入替り最お屋敷も<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby><ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>だと二足三足<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>す折柄聞ゆる<ruby><rb>曲輪</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の<ruby><rb>絲竹</rb><rt>いとたけ</rt></ruby>彼の芳兵衞の長吉殺し<ruby><rb>野中</rb><rt>のなか</rt></ruby>の井戸にあらねども此處は名に<ruby><rb>負</rb><rt>お</rt></ruby>ふ<ruby><rb>反圃中</rb><rt>たんぼなか</rt></ruby>三次は<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>を引からげ<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby>しろと<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から<ruby><rb>浴</rb><rt>あび</rt></ruby>せ掛たる<ruby><rb>氷</rb><rt>こほり</rt></ruby>の<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby><ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く切込れアツとたまきる聲の下ヤア情けなや三次どの何で<ruby><rb>妾</rb><rt>わらは</rt></ruby>を殺すぞや妾は何の<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>有て娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>すと連出し<ruby><rb>此樣</rb><rt>こん</rt></ruby>な<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しい所へ來て<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し殺しは何故ぞアヽ<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしや三次殿<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>に人はなき事か<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて下されと<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れし<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>を兩手で<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとするを<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へ三次は<ruby><rb>其邊</rb><rt>そこら</rt></ruby><ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>しつゝ<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は元より<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みもなけりや殺す心はなけれ共頼まれたのが<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひの不運<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>なる上は<ruby><rb>觀念</rb><rt>くわんねん</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ろと又も一太刀<ruby><rb>切倒</rb><rt>きりたふ</rt></ruby>され立んとしても<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>れずばツたり其處へ打倒れ流るゝ<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>を押へしまゝ七轉八倒のた打廻るに流石の三次も<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>りヱヽ氣の毒な不便だが殺さにや成らぬ事が有る是と云ふのもお前の因果長庵と云ふ惡者を兄に持たが<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあは</rt></ruby>せ必ず<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>を恨まれな<ruby><rb>無慈悲</rb><rt>むじひ</rt></ruby>なことと思へども頼まれてする<ruby><rb>荒手業</rb><rt>あらしごと</rt></ruby><ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が爲るではなし長庵殿の<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひなりと云にお安は<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はし扨は兄さん長庵殿がお前を頼んで殺すのか聞えぬぞへ長庵殿私を殺す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>あらば娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>した上なれば十兵衞殿への<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>も有るにお前もお前頼まるゝ事にも<ruby><rb>差別</rb><rt>しな</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>ものを罪も<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みも<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>を殺す心の<ruby><rb>其方</rb><rt>そな</rt></ruby>さんも<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>け<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>ぞや恨めしやと<ruby><rb>勃然</rb><rt>むつく</rt></ruby>と立てば三次は驚きヤア〱<ruby><rb>姉御</rb><rt>あねご</rt></ruby><ruby><rb>此私</rb><rt>このわし</rt></ruby>を決して恨んでたもるまい此場に<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>んで<ruby><rb>左右</rb><rt>どうかう</rt></ruby>と<ruby><rb>言譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>するも<ruby><rb>大人氣</rb><rt>おとなげ</rt></ruby>なし永き苦しみさせるのも猶々不便が<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやませ</rt></ruby>ばと<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>大刀</rb><rt>だんびら</rt></ruby><ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby>ていざ〱覺悟と切付る<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>の下に<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふし</rt></ruby>て兩手を合せ<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か助てたべと歎くにぞ三次も<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れてか<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>にさへ涙とやら不便の者やと思ひしゆゑ彼の長庵が惡事の<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>なしゐるお安に聞せ夫故お前を殺す<ruby><rb>時機</rb><rt>じき</rt></ruby><ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>づくだが<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めて<ruby><rb>成佛</rb><rt>じやうぶつ</rt></ruby>しやれお安殿と又切付れば手を合せ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>でも私を殺すのか二人の娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>までは<ruby><rb>死</rb><rt>しに</rt></ruby>とも<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>ぞや〱と刄に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>るを<ruby><rb>引</rb><rt>ひく</rt></ruby><ruby><rb>機會</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に兩手の<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>は<ruby><rb>破羅々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と落て流るゝ<ruby><rb>血雫</rb><rt>ちしづく</rt></ruby>に<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>の千草の<ruby><rb>韓紅</rb><rt>からくれなゐ</rt></ruby>折から見ゆる人影に刄を<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>に取直し胸の<ruby><rb>邊</rb><rt>あた</rt></ruby>りへ押當て<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>も<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>れと<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしつらぬ</rt></ruby>き止めの一刀引拔ば爰に命は<ruby><rb>消果</rb><rt>きえはて</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に世に不運の者も有者哉夫十兵衞は兄長庵の爲に命を落し娘兩人は苦界へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>み夫のみ成らで其身まで此世の<ruby><rb>縁</rb><rt>えに</rt></ruby>し淺草なる此<ruby><rb>中田圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>の露と共に<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>て行身の<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れさは<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>ふるものぞなかりける

## 第七回

斯て早乘三次はお安の死骸を田圃の<ruby><rb>溝</rb><rt>みぞ</rt></ruby>へ投込み其儘にして道を急ぎ麹町へ歸り來て長庵の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>をほと〱<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>けば待まうけたる長庵は忽ち立て戸を引明<ruby><rb>上首尾成</rb><rt>じやうしゆびなり</rt></ruby>と聞て悦び酒の用意もして有りと<ruby><rb>廣蓋代</rb><rt>ひろぶたがは</rt></ruby>りの<ruby><rb>夜食膳</rb><rt>やしよくぜん</rt></ruby>へ何やら肴を并べたて大きに骨が折れたで有らう<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>是にてお互ひに心に掛る雲も<ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>と<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>戲</rb><rt>たはむ</rt></ruby>るゝ有樣は大膽不敵の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>盛成</rb><rt>さかんなる</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は天に勝の道理にて<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>の内は長庵も安樂に世を送りけるが彼の十兵衞の娘お富お文は<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひも揃ひし<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>にて殊に姉のお文は<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby><ruby><rb>西施</rb><rt>せいし</rt></ruby>も<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>らうばかりの<ruby><rb>嬋妍</rb><rt>あでやか</rt></ruby>もの<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby><ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちには<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>絲竹</rb><rt>いとたけ</rt></ruby>の道は更なり<ruby><rb>讀書</rb><rt>よみかき</rt></ruby>も<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>からず<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>愛</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき性質成れば<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>女郎も<ruby><rb>勞</rb><rt>いた</rt></ruby>はりて何から何まで<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>を盡くして呉ける故<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に<ruby><rb>曲輪</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の風も何時か<ruby><rb>見習</rb><rt>みなら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>樓主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の悦び大方成らず依て丁字屋の<ruby><rb>板頭</rb><rt>おしよく</rt></ruby><ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby><ruby><rb>丁山</rb><rt>ちやうざん</rt></ruby>とこそ名付たれ<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>しの初めより通ひ<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の<ruby><rb>遊客</rb><rt>いうかく</rt></ruby>は云ふも更なり仲の町の茶屋々々迄も<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ものとせし位なれば日成らずして其の頃<ruby><rb>屈指</rb><rt>ゆびをり</rt></ruby>の全盛と成りし事<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>の<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>にして神佛も<ruby><rb>其赤心</rb><rt>そのまごころ</rt></ruby>を<ruby><rb>守護</rb><rt>まもり</rt></ruby>給ふ物成らんと又妹お富も長庵に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれて此丁字屋へ<ruby><rb>賣</rb><rt>うら</rt></ruby>れ來しかば<ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby>手と手を<ruby><rb>取換</rb><rt>とりかは</rt></ruby>し如何成れば姉妹二人斯る苦界に沈みしぞ<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>には私の身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>の爲に人手に掛り果て給ひ母樣には麹町にお<ruby><rb>在</rb><rt>はす</rt></ruby>るとの事成れどなどか<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>には來給はぬぞ手紙を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ても<ruby><rb>片便</rb><rt>かただよ</rt></ruby>り若しや<ruby><rb>生別</rb><rt>いきわか</rt></ruby>れにも成らんかと夫のみ心に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>れりと袖に涙の<ruby><rb>玉霰</rb><rt>たまあられ</rt></ruby><ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>すぞ<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり偖妹のお富は名を<ruby><rb>小夜衣</rb><rt>さよぎぬ</rt></ruby>と改めしか是も<ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>し其日より評判<ruby><rb>最</rb><rt>もつ</rt></ruby>とも<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>りければ日夜の客<ruby><rb>絶間</rb><rt>たえま</rt></ruby>なく<ruby><rb>全盛</rb><rt>ぜんせい</rt></ruby>一方ならざりけり茲に神田三河町に<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>兩替渡世をする伊勢屋五兵衞とて<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>なる者の養子に千太郎と云ふ若者あり<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>は富澤町の<ruby><rb>古着</rb><rt>ふるぎ</rt></ruby>渡世甲州屋吉兵衞と云ふ者なりしか此千太郎或時<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>の<ruby><rb>參會崩</rb><rt>さんくわいくづ</rt></ruby>れより<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>一座にて晝遊びに此丁字屋へ<ruby><rb>登樓</rb><rt>あがり</rt></ruby>お富の小夜衣を<ruby><rb>偶娼</rb><rt>あひかた</rt></ruby>にせしが<ruby><rb>惚合</rb><rt>やみづき</rt></ruby>にて二度が三度と深くなり互ひに思ひ思はれて<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>なき中とは成りにけり偖此伊勢屋五兵衞と云ふは<ruby><rb>例</rb><rt>ためし</rt></ruby>なき<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>者にて<ruby><rb>不斷</rb><rt>ふだん</rt></ruby>の<ruby><rb>口癖</rb><rt>くちぐせ</rt></ruby>にて我程<ruby><rb>仕合者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>は有るまじ世の中に子を持程の<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>はなし夫故我は妻をも持ず<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>には人が<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をつ</rt></ruby>て<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>した子を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>へば<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>も何程か<ruby><rb>附</rb><rt>つく</rt></ruby>なり<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>放蕩</rb><rt>はうたう</rt></ruby>を仕たればとて無した金は持參金より<ruby><rb>引去</rb><rt>ひきさり</rt></ruby><ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>さへすれば<ruby><rb>跡腹</rb><rt>あとばら</rt></ruby>を<ruby><rb>病</rb><rt>やま</rt></ruby>ずに濟ぞかし我も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>取年にて近頃大きに弱りし故養子を一人<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みと云ふは他ならず何事も<ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>なく實家の立派なる持參金の<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>養子なりなどと云ひ又奉公人が<ruby><rb>風邪</rb><rt>かぜ</rt></ruby>でも引て<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>ると人と<ruby><rb>入物</rb><rt>いれもの</rt></ruby>は有次第なり米が<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>なくて<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>などと<ruby><rb>戲談</rb><rt>おどけ</rt></ruby>にも云ふ程の<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>れば養子の<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>をする者も<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れど誰しも欲の世の中なれば身上の太きに<ruby><rb>愛</rb><rt>めで</rt></ruby>て<ruby><rb>言込者</rb><rt>いひこむもの</rt></ruby>も又多かり然共持參金の不足より<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>も相談<ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のはず爰に出入の者の内に<ruby><rb>古着渡世</rb><rt>ふるぎとせい</rt></ruby>の者有りしが彼が<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて富澤町に甲州屋吉兵衞と云ふ古着渡世の者の<ruby><rb>次男</rb><rt>じなん</rt></ruby>に千太郎と呼て當年二十歳に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>と云ひ<ruby><rb>算筆</rb><rt>さんぴつ</rt></ruby>と云ひ殊に古着渡世なれば質屋にも<ruby><rb>因</rb><rt>ちな</rt></ruby>み有て申分<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>若者成れば御當家の御<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>にせられては如何にやと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>有りけるに五兵衞は彼の持參金の<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>より<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>を<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りければ當家に<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>の頃より奉公して番頭と迄<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>をなし忠義<ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby><ruby><rb>世間</rb><rt>せけん</rt></ruby>にて伊勢屋の<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby>と云ひ<ruby><rb>囃</rb><rt>はや</rt></ruby>し誰知らぬ者も無き評判の久八は日頃より主人の<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>なるを心に悲しみ居けるが御<ruby><rb>儉約</rb><rt>けんやく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝは<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>の事なれ共御相續の御養子は御家を御<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せ成さる大事の御方なり其大切なる御養子持參金を御望み有るは大きな御<ruby><rb>了簡違</rb><rt>れうけんちが</rt></ruby>ひと申ものなりと思ひ切て忠義一<ruby><rb>途</rb><rt>づ</rt></ruby>の心より主人五兵衞を<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>と申<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め當家御相續の御養子に候へば持參金の儀は御止りありて<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>其人をこそ御<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>みあるが然るべしと道理を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して<ruby><rb>諫言</rb><rt>かんげん</rt></ruby>に及びければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby>の五兵衞も初めて<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>と思ひ終に持參金の<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>斷</rb><rt>たち</rt></ruby>たる樣子なれば久八は此<ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>さず話しなば必ず<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby><ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のはんと彼の富澤町なる甲州屋吉兵衞の次男千太郎の<ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>りしに<ruby><rb>何所</rb><rt>いづれ</rt></ruby>で<ruby><rb>訪</rb><rt>とう</rt></ruby>ても<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>若者なりと<ruby><rb>賛成</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ざる者の無かりしかば其趣きを<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず五兵衞に話しけるに忽ち<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby><ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のひたれば久八の<ruby><rb>悦喜</rb><rt>よろこび</rt></ruby>一方成ず<ruby><rb>然共</rb><rt>されども</rt></ruby>物入を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひの<ruby><rb>聟入</rb><rt>むこいり</rt></ruby>の<ruby><rb>祝言</rb><rt>しうげん</rt></ruby>も<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby>にせず<ruby><rb>客分</rb><rt>きやくぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>たるが<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より吝嗇の五兵衞なれば養父子の<ruby><rb>情愛</rb><rt>じやうあひ</rt></ruby>至て<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>く髮も丁稚小僧同樣に一ヶ月六十四文にて<ruby><rb>留置</rb><rt>とめおき</rt></ruby><ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>も<ruby><rb>洗湯</rb><rt>せんたう</rt></ruby>へは容易に出さず内へ一日<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て立る程なれば一事が萬事にても<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>が出來兼る故千太郎は如何はせんと思案の體を久八は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し何事も<ruby><rb>心切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>を盡し内々にて<ruby><rb>小遣錢</rb><rt>こづかひぜに</rt></ruby>迄も與へ<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>になり<ruby><rb>日向</rb><rt>ひなた</rt></ruby>になり心配して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>けるゆゑ久八が<ruby><rb>忠々</rb><rt>まめ〱</rt></ruby>敷心に<ruby><rb>愛</rb><rt>めで</rt></ruby>て千太郎は奉公に來し心にて<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>をして居たりけり然るに<ruby><rb>正徳</rb><rt>しやうとく</rt></ruby>三年<ruby><rb>癸巳</rb><rt>みづのとみ</rt></ruby>の三月四日例年の事とて<ruby><rb>兩替</rb><rt>りやうがへ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに<ruby><rb>質古着</rb><rt>しちふるぎ</rt></ruby>渡世の仲間の<ruby><rb>參會</rb><rt>さんくわい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>兩國の萬八樓へ集まりけるが伊勢屋五兵衞も<ruby><rb>仲間内</rb><rt>なかまうち</rt></ruby>とて<ruby><rb>月行事</rb><rt>つきぎやうじ</rt></ruby>より其の趣きの<ruby><rb>回状</rb><rt>くわいじやう</rt></ruby>のありし<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>五兵衞は店に手の<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>られぬ帳合有りとて<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>千太郎を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>我等が名代に萬八へ行き仲間の者にも<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>に成るべしと云ふに千太郎は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て支度に掛りしに持參の衣類は<ruby><rb>商人</rb><rt>あきうど</rt></ruby>には立派過ると養父の<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>もの<ruby><rb>松坂縞</rb><rt>まつざかじま</rt></ruby>の布子に<ruby><rb>御納戸木綿</rb><rt>おなんどもめん</rt></ruby>の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby><ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>から見ても大家の養子とは受取兼る樣子なり其時養父五兵衞は千太郎に云ひける樣今日の<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>は總て<ruby><rb>割合</rb><rt>わりあひ</rt></ruby><ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>には及ばぬなり殘して歸るは<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>是へ包んで<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>れと古びたる<ruby><rb>油紙</rb><rt>あぶらがみ</rt></ruby>と<ruby><rb>重箱</rb><rt>ぢうばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>に包んで渡し今日は別段の事なれば金の入事の有るも知れねば用意に持參せよと<ruby><rb>澁々</rb><rt>しぶ〱</rt></ruby>金一分を千太郎に渡し參會が<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>次第人には<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず先へ歸つて來れよと<ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby><ruby><rb>丁稚小僧</rb><rt>でつちこぞう</rt></ruby>を<ruby><rb>宿入</rb><rt>やどいり</rt></ruby>に出すが如き<ruby><rb>仕成</rb><rt>しなし</rt></ruby>にて名代に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしけるに彼の仲間の若者は萬八の<ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れより<ruby><rb>向島</rb><rt>むかうじま</rt></ruby>の花見と云ひなしその<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby><ruby><rb>花街</rb><rt>よしはら</rt></ruby>の櫻の景氣を見んと言ひ立ち伊勢五の養子をも<ruby><rb>連</rb><rt>つ</rt></ruby>れ行かんと<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそひ</rt></ruby>ければ千太郎は<ruby><rb>恭</rb><rt>うや〱</rt></ruby>しく兩手をつき<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき用事も<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば勝手が間敷は候得共今日は<ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>有れと云ひければ大勢は<ruby><rb>酒機嫌</rb><rt>さかきげん</rt></ruby>にて聞入ず殊に五兵衞の<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>を<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>みける故<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と千太郎を歸さず是非お<ruby><rb>附合</rb><rt>つきあひ</rt></ruby>なされよと無理に<ruby><rb>引留</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>まだ日も高ければ<ruby><rb>夕刻</rb><rt>ゆふこく</rt></ruby>迄には<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>としても歸らるゝなり決して<ruby><rb>御迷惑</rb><rt>ごめいわく</rt></ruby>は掛ませぬと<ruby><rb>厭</rb><rt>いや</rt></ruby>がる千太郎の<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby><ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby><ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby><ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>萬八の<ruby><rb>棧橋</rb><rt>さんばし</rt></ruby>に<ruby><rb>繋合</rb><rt>もあひ</rt></ruby>たる家根船へ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこま</rt></ruby>せり是ぞ千太郎と久八が<ruby><rb>大難</rb><rt>だいなん</rt></ruby>の<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>ゐとこそは成りにけれ

## 第八回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば彼伊勢屋千太郎は養子の身なれば仲間一同へ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を爲し<ruby><rb>逃歸</rb><rt>にげかへ</rt></ruby>らんとなせども養父五兵衞が平生仲間<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>になさず<ruby><rb>類</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひ無き<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>者なれば養子千太郎を<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>て伊勢五の<ruby><rb>親爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>に氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>せ呉んと一同にて<ruby><rb>仕組</rb><rt>しくみ</rt></ruby>しことゆゑ千太郎の云ふ事を少しも<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず御養父が<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>叱言</rb><rt>こごと</rt></ruby>を言れなば仲間一同にて<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby><ruby><rb>貴樣</rb><rt>おまへ</rt></ruby>に<ruby><rb>御迷惑</rb><rt>ごめいわく</rt></ruby>は<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>まじ一年に<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby>一度の參會故夫を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>し給ふとは<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby>なりと手引袖引萬八樓の<ruby><rb>棧橋</rb><rt>さんばし</rt></ruby>より家根船に<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこま</rt></ruby>せしが折節<ruby><rb>揚汐</rb><rt>あげしほ</rt></ruby>といひ南風なれば忽ち吾妻橋をも打越え<ruby><rb>眞乳</rb><rt>まつち</rt></ruby><ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>んで<ruby><rb>梢</rb><rt>こずゑ</rt></ruby><ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこむ</rt></ruby>と<ruby><rb>彼端唄</rb><rt>かのはうた</rt></ruby>に<ruby><rb>謠</rb><rt>うたは</rt></ruby>れたる山谷堀より一同船を上り十間の<ruby><rb>白扇子</rb><rt>しらあふぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>麗</rb><rt>うら</rt></ruby>らかなる春の日を<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>し<ruby><rb>片身替</rb><rt>かたみがは</rt></ruby>りの<ruby><rb>夕時雨</rb><rt>ゆふしぐれ</rt></ruby>に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>にし昔の<ruby><rb>相傘</rb><rt>あひがさ</rt></ruby>を思ひ出せし者も有るべし土手八町もうち越して五十<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby>より大門口に來て見れば折しも<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>の町の<ruby><rb>櫻</rb><rt>さくら</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>を<ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>りと<ruby><rb>咲亂</rb><rt>さきみだ</rt></ruby>れ晝と雖も<ruby><rb>花明</rb><rt>はなあか</rt></ruby>りまばゆきまでの<ruby><rb>別世界</rb><rt>べつせかい</rt></ruby><ruby><rb>兩側</rb><rt>りやうがは</rt></ruby>の引手茶屋も<ruby><rb>水道尻</rb><rt>すゐだうじり</rt></ruby>まで<ruby><rb>花染</rb><rt>はなぞめ</rt></ruby>の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby><ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>軒を揃へて<ruby><rb>掛列</rb><rt>かけつら</rt></ruby>ね萬客の出入袖を<ruby><rb>摺合</rb><rt>すりあひ</rt></ruby>茶屋々々の二階には糸竹の調べ<ruby><rb>皷</rb><rt>つゞみ</rt></ruby><ruby><rb>太皷</rb><rt>たいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>る事なく<ruby><rb>幇間</rb><rt>たいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>對羽織</rb><rt>つゐばおり</rt></ruby>に<ruby><rb>色増君</rb><rt>いろますきみ</rt></ruby>の全盛を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし其<ruby><rb>繁榮</rb><rt>はんえい</rt></ruby>目を驚せし<ruby><rb>浮生</rb><rt>ふせい</rt></ruby>は夢の如く<ruby><rb>白駒</rb><rt>はくく</rt></ruby>の<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>あるを忘る<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>蓬莱</rb><rt>ほうらい</rt></ruby>の<ruby><rb>仙境</rb><rt>せんきやう</rt></ruby>も斯る<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>ひはよも非じと云ふべき<ruby><rb>景況</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なれば萬八樓より<ruby><rb>翦</rb><rt>それ</rt></ruby>たる一同は<ruby><rb>大門内</rb><rt>おほもんうち</rt></ruby><ruby><rb>山口巴</rb><rt>やまぐちともゑ</rt></ruby>と云引手茶屋へ<ruby><rb>躍</rb><rt>をど</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>ば是は皆々樣御<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひで能うこそお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>れしぞ先々二階へ<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>つしやいと家内の者共<ruby><rb>喋々</rb><rt>てふ〱</rt></ruby>しき世事の中にも<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>らしく<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>よ<ruby><rb>其所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>よと<ruby><rb>妓樓</rb><rt>まがき</rt></ruby>を<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ丁字屋ならば<ruby><rb>娼妓</rb><rt>おひらん</rt></ruby>も<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らんと山口巴の案内にて江戸町二丁目丁字屋方へ一同どや〱<ruby><rb>登樓</rb><rt>おしあが</rt></ruby>り千太郎には<ruby><rb>頃日</rb><rt>このあひだ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>たばかりなる小夜衣が<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby><ruby><rb>似合</rb><rt>にあひ</rt></ruby>の相方と<ruby><rb>見立</rb><rt>みた</rt></ruby>てられしが互ひの<ruby><rb>縁</rb><rt>えに</rt></ruby>し如何につき合なればとてまだ日も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>ぬきぬ〱に心殘せど一座の手前其の日はどつと<ruby><rb>陽氣</rb><rt>やうき</rt></ruby>に騷ぎ<ruby><rb>手輕</rb><rt>てがる</rt></ruby>く<ruby><rb>遊</rb><rt>あそん</rt></ruby>で立出つゝ別れ〱に歸りけり偖も小夜衣は<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも千太郎の相方に出しより何となく其人の<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>はるゝまゝ如何にもして彼の<ruby><rb>客人</rb><rt>まろうど</rt></ruby>を今一度なりとも呼度思ひ其夜は外の<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>へも<ruby><rb>染々</rb><rt>しみ〲</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めざる程なれば其心の<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>にも<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じけん千太郎も小夜衣の事を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>からず思ひ<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>り<ruby><rb>香</rb><rt>が</rt></ruby>の<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ難しと雖も養父の手前一日二日は耐へしが<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>物事手に付ず<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>へ參ると<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて我が家を立出小夜衣が<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りしに夫と見るより小夜衣は<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>で<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>我が<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>へ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ何くれとなく<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めを<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れし<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>に互ひの心を打明つゝ<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>るまいぞや變らじと<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>の約束までなせしかば千太郎は<ruby><rb>養家</rb><rt>やうか</rt></ruby>を大事と思ふ心も何時しか忘れて小夜衣の顏を見ぬ夜は千<ruby><rb>秋</rb><rt>しう</rt></ruby>の<ruby><rb>懷</rb><rt>おも</rt></ruby>ひにて<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>と事にかこつけ晝夜の<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>ちも<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>通ひける實に若き者の<ruby><rb>溺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>れ安きは此道にして如何なる<ruby><rb>才子</rb><rt>さいし</rt></ruby>も忽ち身を<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼし<ruby><rb>家産</rb><rt>かさん</rt></ruby>を破る<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に世間見ずの千太郎と又相手は遊女とは云へまだ<ruby><rb>生娘</rb><rt>きむすめ</rt></ruby>も同樣なる小夜衣のことなれば<ruby><rb>後先</rb><rt>あとさき</rt></ruby>の<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へも無く千太郎を招き<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>ては見る事も成らぬ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る御人と<ruby><rb>連理</rb><rt>れんり</rt></ruby>の<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>りを<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>ぶ嬉しさは身を捨てこそ有なれと思ふも<ruby><rb>果敢</rb><rt>はか</rt></ruby>なき<ruby><rb>小女氣</rb><rt>むすめぎ</rt></ruby>なり彼の一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>の<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>は他人に<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>一<ruby><rb>雙</rb><rt>さう</rt></ruby>の玉手千人<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>し一<ruby><rb>點</rb><rt>てん</rt></ruby>の<ruby><rb>唇</rb><rt>くちびる</rt></ruby>萬客に<ruby><rb>嘗</rb><rt>なめ</rt></ruby>らるゝと云ふ<ruby><rb>愁</rb><rt>つら</rt></ruby>い<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めの其中の心の底を打明て語るお方は唯一人と小夜衣が<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せば千太郎は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>夢中</rb><rt>むちう</rt></ruby>になり<ruby><rb>契情</rb><rt>けいせい</rt></ruby>遊女に<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>はなく通ふ客人に<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>有りとは我が事なり<ruby><rb>願</rb><rt>ねがはく</rt></ruby>は<ruby><rb>明鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>となつて君が<ruby><rb>俤</rb><rt>おもか</rt></ruby>げを<ruby><rb>分</rb><rt>うつ</rt></ruby>し願は<ruby><rb>輕羅</rb><rt>うすもの</rt></ruby>と成て君が<ruby><rb>細腰</rb><rt>こし</rt></ruby>にまつはりたしなどと<ruby><rb>凝塊</rb><rt>こりかたま</rt></ruby>り養父五兵衞が病氣にて見世へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ぬを幸ひに若い者等を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>しては<ruby><rb>日毎</rb><rt>ひごと</rt></ruby>夜毎に通ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby><ruby><rb>邂逅</rb><rt>たまさか</rt></ruby><ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>寢</rb><rt>ねる</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>には外を商ふ<ruby><rb>物賣</rb><rt>ものうり</rt></ruby>の聲も<ruby><rb>花街</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby><ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>の<ruby><rb>寢言</rb><rt>ねごと</rt></ruby>も<ruby><rb>禿</rb><rt>かふろ</rt></ruby>と聞え犬の<ruby><rb>遠吼</rb><rt>とほぼえ</rt></ruby><ruby><rb>按摩針</rb><rt>あんまはり</rt></ruby>の聲迄も<ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て<ruby><rb>廓中</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の事を思ひ出す程にして何も<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>して居られぬと又飛出しては夜泊り日泊り家には尻の据らねば終に<ruby><rb>病中</rb><rt>びやうちう</rt></ruby>ながら養父五兵衞の耳に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>り<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に離縁と<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほるを番頭久八は大いに驚き主人五兵衞へ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>に<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>に及び千太郎には厚く<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を加へ<ruby><rb>彼方</rb><rt>あち</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こち</rt></ruby>と<ruby><rb>執成</rb><rt>とりな</rt></ruby>しければ五兵衞も<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りを治め此後を<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>むならばと一ト<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>にぞ及びける<ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て久八より<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又千太郎に堅く異見をなし<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み給へとて<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>日向</rb><rt>ひなた</rt></ruby>になり忠義を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しければ千太郎も<ruby><rb>太</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ後悔に及び<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く吉原通ひを<ruby><rb>止</rb><rt>とゞま</rt></ruby>りしと雖も小夜衣の事を思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>しに非ず<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りをせざるのみにて我此家の相續をなさば是非とも<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>身請</rb><rt>みうけ</rt></ruby>なし<ruby><rb>手活</rb><rt>ていけ</rt></ruby>の花と<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>めんものをと心に<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ひて<ruby><rb>表面</rb><rt>うはべ</rt></ruby>は辛抱したりし故久八は悦び<ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>み<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby>心を用ひ<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>勤務</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ける

## 第九回

時に<ruby><rb>彼町醫師</rb><rt>かのまちいし</rt></ruby>村井長庵は既に十兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し奪ひ取たる五十兩又<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>お富をも<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>して<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取たる金までも<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>今は早一文なしの<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>の<ruby><rb>形相</rb><rt>すがた</rt></ruby>と成りければ又候<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>を<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らし<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば丁山小夜衣の兩人共に<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>全盛</rb><rt>ぜんせい</rt></ruby>に成て<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あしたゆふべ</rt></ruby>に通ひ來る客も<ruby><rb>絶間</rb><rt>たえま</rt></ruby>なく吉原にても今は一二と呼るゝとの<ruby><rb>噂</rb><rt>うは</rt></ruby>さを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>此兩人の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>に立越て小遣ひ取つて呉んものと或日丁山小夜衣の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>に到り殺して仕舞た母のお安が病氣にて寢て居るゆゑと<ruby><rb>白々敷</rb><rt>しら〲しく</rt></ruby>も入用の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し如何にも<ruby><rb>差迫</rb><rt>さしせま</rt></ruby>りたる體に見せければ兩人とも<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>のことゆゑ<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>とも此<ruby><rb>叔父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>殺害</rb><rt>ころ</rt></ruby>されしとは夢にも知らず特に母が病氣ときゝ<ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby>二人にて心一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>る<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>に及びければ<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の長庵は能き事に思ひ毎日々々の樣に無心に行ける程に<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>は丁山小夜衣も<ruby><rb>持餘</rb><rt>もてあま</rt></ruby>して<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りを云ひければ<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ては無理なる<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>をも<ruby><rb>云掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>などして<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り入りしとかや又<ruby><rb>有時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>長庵來りて<ruby><rb>毎時</rb><rt>いつも</rt></ruby>の通り<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>無心を申しけれども丁山も餘り<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>のことなれば<ruby><rb>然々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>は<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>も出來ず併し母樣が御病氣ならば主人へ願ひ兩人で<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby>何の樣にも<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>致さん<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して給はれと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れて長庵<ruby><rb>驚愕</rb><rt>びつくり</rt></ruby>せしがお安も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>快方</rb><rt>よきかた</rt></ruby>なれば近き内に連て來て兩人に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して遣りませう金が出來ずば夫でよしとはいひしかど又小夜衣に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ少しにてもと言ければ小夜衣も同じ<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をなしけるにいやさ<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>は<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せ者<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>が有ると<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より知て居る尾張屋の客は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>した此の頃は御出がないか<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>半四郎<ruby><rb>近江</rb><rt>あふみ</rt></ruby>から御出の人はと口から<ruby><rb>出任</rb><rt>でまか</rt></ruby>せに引手茶屋の名前を<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べ<ruby><rb>立</rb><rt>た</rt></ruby>てる内にアノ山口巴から來る若旦那かへと小夜衣は<ruby><rb>空然</rb><rt>うつかり</rt></ruby>長庵の口に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>られ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばなりその三河町の若旦那は<ruby><rb>頓</rb><rt>とん</rt></ruby>と<ruby><rb>鼬</rb><rt>いたち</rt></ruby>の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を切たとやら云ふ樣に<ruby><rb>少共</rb><rt>ちつとも</rt></ruby>御出の有らぬのは何した事かと思ふ故御茶屋へ<ruby><rb>度</rb><rt>た</rt></ruby>び〱<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を出し<ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby>ども一度の<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>もなし<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>に<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うして居なさるやらとても<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>れぬ者ならば<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ死んだが<ruby><rb>勝</rb><rt>まし</rt></ruby>ならめと打しほれしが<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>ふり<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>伯父樣<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞ三河町とやらへ<ruby><rb>往</rb><rt>いつ</rt></ruby>て樣子を尋ねて下されと<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>めば長庵<ruby><rb>小首</rb><rt>こくび</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にも樣子を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>つて見樣が必ず<ruby><rb>短氣</rb><rt>たんき</rt></ruby>な事などしまひ先の返事は<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>する程に少し成りとも小遣ひをと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れて小夜衣は千太郎が樣子を<ruby><rb>聞度</rb><rt>きゝたく</rt></ruby>思ひしより金子<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し渡しければ長庵は夫より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に三河町をさして立歸り<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て近所の<ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>の二階へ上りて夫となく樣子を<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>し夫より<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の<ruby><rb>割烹店</rb><rt>れうりや</rt></ruby>へ上り<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに千太郎を呼び出し初めて<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>に及び<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の挨拶も終りければ彼小夜衣よりの<ruby><rb>言傳</rb><rt>ことづて</rt></ruby>を<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>もなく物語りを<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>すにぞ千太郎は小夜衣の<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>と云ふに心<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>み私し儀<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>した事より貴殿の<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>小夜衣に<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね夫婦の語らひ迄約せし上は貴殿とても一方ならぬ御中なりと<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>に長庵が<ruby><rb>曲輪</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の樣子<ruby><rb>具</rb><rt>つぶ</rt></ruby>さに<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>し又此程は絶て遠ざかられし故小夜衣は<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>歎息</rb><rt>かこち</rt></ruby><ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みし事などを口から<ruby><rb>出任</rb><rt>でまか</rt></ruby>せ永々と物語り何卒御宅の御<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>御繕</rb><rt>おつくろ</rt></ruby>ひ有て<ruby><rb>能程</rb><rt>よきほど</rt></ruby>に御尋ね<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされなば私し迄も忝けなしと云ひつゝ小夜衣より<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りたる文を差出しけるにぞ千太郎は<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>も<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと<ruby><rb>押披</rb><rt>おしひら</rt></ruby>き一<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り<ruby><rb>讀</rb><rt>よん</rt></ruby>では笑を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み二下り讀では<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>彷彿</rb><rt>さも</rt></ruby><ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる<ruby><rb>面持</rb><rt>おももち</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見留て長庵は心に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て返書を請取千太郎よりも<ruby><rb>小遣</rb><rt>こづか</rt></ruby>ひとて金百<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ請其儘我が家へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り翌日返書は小夜衣へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>けしが此機に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て何か一<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>さうな物と心の内に又もや奸智を<ruby><rb>運</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らして<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>一ツの<ruby><rb>謀略</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を思ひ付き一兩日過て又々彼三河町に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り千太郎に<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>し扨若旦那折入て御相談が御座りますゆゑ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>用を<ruby><rb>差繰</rb><rt>さしくり</rt></ruby>て參りしは外の事にても御座りませぬ<ruby><rb>彼花街</rb><rt>かのくるわ</rt></ruby>の小夜衣が事<ruby><rb>木場</rb><rt>きば</rt></ruby>の客人よりだら〱急に身受の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>然る處小夜衣は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にもして若旦那の御側へ參り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>のみを樂しみに苦界を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め居たるに思はぬ人に思はれて<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>から<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>の身受の相<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>で彼めも<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>此相談を止にして若旦那の方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と<ruby><rb>泣付</rb><rt>なきつか</rt></ruby>れ<ruby><rb>愚老</rb><rt>ぐらう</rt></ruby>も不便と存ずれば<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>がなして<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>は思へども何を云ふにも金銀づく外へ<ruby><rb>根引</rb><rt>ねびき</rt></ruby>をさるゝ時はとても<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>ては居られぬと小夜衣が一<ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>の心<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>や是やを心配の餘りまた<ruby><rb>御部屋住</rb><rt>おへやずみ</rt></ruby>の若旦那へ御咄し申すも<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>とは存じたなれども<ruby><rb>急場</rb><rt>きふば</rt></ruby>の事にて<ruby><rb>十方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に暮參りまして<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うにか<ruby><rb>御工風</rb><rt>ごくふう</rt></ruby>は御座りますまいかと<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに<ruby><rb>述</rb><rt>のぶ</rt></ruby>るにぞ世間知らずの千太郎聞くより大いに<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し心の内は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>のごとく<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>つきつゝ居たりしが如何なしたら<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らんと<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ふ<ruby><rb>尾</rb><rt>を</rt></ruby>に付て長庵は<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばにて候外々よりの身受と有れば二百兩や三百兩の金にては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>かしく候へ共親の病氣と申<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて身請に及ぶ時は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か元の<ruby><rb>賣金</rb><rt>うりきん</rt></ruby>五十兩にて相談になり申すなり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>若旦那の御<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>にて其五十兩の金さへ御座れば拙者が萬端<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはか</rt></ruby>らひ身受をなして<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しが宅へ<ruby><rb>密</rb><rt>こつ</rt></ruby>そりさし置きなば何時貴君が御出でも<ruby><rb>名代床</rb><rt>みやうだいどこ</rt></ruby>の不都合なく御<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り成るも御勝手次第<ruby><rb>幾日</rb><rt>いくか</rt></ruby><ruby><rb>居續</rb><rt>ゐつゞけ</rt></ruby>し給ひても誰に<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>も内證も入らず<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>なる時は小夜衣が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の親とも存じます<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>五十兩の御<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>をと聞て千太郎は<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちう</rt></ruby>になり小夜衣を<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>かは女房に<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>んと思ひ居たる處なれば外の客に身受されんこといかにも口惜しく思ひける故長庵に打向ひ成程云はるゝ通り五十兩の金子は<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ましやうとは言ふものゝ五十兩の大金<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へん<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うして<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>せん者と兎角<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>しながらもまた小夜衣を受け出し長庵方に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおい</rt></ruby>て折々通ひ<ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しまば此上もなき安心成りと思ふも<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>無分別</rb><rt>むふんべつ</rt></ruby><ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふ心の<ruby><rb>置所</rb><rt>おきどころ</rt></ruby><ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>の命と氣も付かず<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>や發しけん<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の有金の内を<ruby><rb>幾干</rb><rt>いくら</rt></ruby>か<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み出し身受の金にせんものと<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を定めつゝ<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>長庵に打向ひ云はるゝ通り<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なくは如何にもして五十兩<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>せん宜しく御<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み申しますと聞て長庵大いに悦び<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か相違は仕つらず<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby><ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>に參るべきやと申にぞ千太郎は<ruby><rb>明後日</rb><rt>あさつて</rt></ruby>來り給ひねと約束<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めて別れを<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>其日は我が家へ立戻り<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>の如く用意なし<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て約束の日になりしかば長庵の來るのを<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>て彼五十兩を渡しけるに長庵は是を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>して<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>明後日迄には小夜衣を身受なし<ruby><rb>愚老</rb><rt>ぐらう</rt></ruby>が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>れば四五日内に御<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>れとて金子を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りしと云ふ一<ruby><rb>札迄</rb><rt>さつまで</rt></ruby><ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>き其儘別れて歸りける心の内に長庵は<ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすま</rt></ruby>したりと大いに悦び彼五十兩の其金は<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>榮耀</rb><rt>ええう</rt></ruby><ruby><rb>酒肴</rb><rt>ざけさかな</rt></ruby><ruby><rb>遊女狂</rb><rt>いうぢよぐる</rt></ruby>ひに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひける然るに伊勢屋千太郎は<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事とは夢にも知らず心の中に今日は小夜衣が麹町へ來たか<ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>は來るかと<ruby><rb>指屈算</rb><rt>ゆびをりかぞ</rt></ruby>へ日の<ruby><rb>暮</rb><rt>くる</rt></ruby>るのを樂しみに<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と四五日を送りしが<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へて見世を<ruby><rb>拔出</rb><rt>ぬけいだ</rt></ruby>し麹町三丁目へ到り<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>か此所かと尋ぬるうちに<ruby><rb>門札</rb><rt>かどふだ</rt></ruby>に村井と<ruby><rb>表名</rb><rt>へうめい</rt></ruby>の有りければ<ruby><rb>心嬉</rb><rt>こゝろうれ</rt></ruby>しく爰が長庵の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>にて小夜衣は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>待詫</rb><rt>まちわび</rt></ruby>つらんと<ruby><rb>玄關形</rb><rt>げんくわんかた</rt></ruby>ちの<ruby><rb>履脱</rb><rt>くつぬぎ</rt></ruby>へ立入て案内を乞ふに内にては<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby>あげどうれと云て立出る長庵を見るよりはやく千太郎是は〱<ruby><rb>伯父樣</rb><rt>をぢさま</rt></ruby><ruby><rb>此間</rb><rt>このあひだ</rt></ruby>は御出下され<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の御世話忝けなし偖御約束の通り今日<ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>致せしと云ふに長庵<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶか</rt></ruby>しげに<ruby><rb>小首</rb><rt>こくび</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け是は〱<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>より御越にや何處の御方樣にて候ひしか御病人なるや又御<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に上りますのでござるかと思ひも寄らぬ挨拶に千太郎は長庵が<ruby><rb>戲</rb><rt>たは</rt></ruby>むれにやと思ひけれども<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>によもやお見忘れは<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るまじ私しは伊勢屋五兵衞の<ruby><rb>養子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>千太郎にて候なり段々と小夜衣がとこに付いてはお<ruby><rb>骨折</rb><rt>ほねをり</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>とも有難く<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ奉つる夫れ付き今日は參上致し候小夜衣も參り居候や御<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せ下されたしと云ひければ長庵<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>たる<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>にて不思議の仰せを承まはり候者<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>小夜衣とは何のことにて候や夫は<ruby><rb>全</rb><rt>まつ</rt></ruby>たく<ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひにて有るべし然樣のことは夢にも覺え候はず何か御心得<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ成るべし<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は町醫村井長庵と申す者にて候と聞より然れば<ruby><rb>戲</rb><rt>たは</rt></ruby>むれにてもなきかと千太郎は大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>先日私し<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の料理茶屋の二階にて御目に懸り<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>に貴殿へお渡し申したる五十兩の金子を以て<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>の<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>小夜衣を身請して御當家へ<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>とのお約束ゆゑ<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>をばお渡し申せしに<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>然樣のことを仰せられ候やと申に長庵大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>怪</rb><rt>けし</rt></ruby>からぬことを<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふ<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>かな<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら貴殿は未だ<ruby><rb>御若年</rb><rt>ごじやくねん</rt></ruby>で有りながら御見請申せば<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>の<ruby><rb>逆上</rb><rt>ぎやくじやう</rt></ruby>今の間に御療治なければ<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby><ruby><rb>御案事</rb><rt>おあんじ</rt></ruby>申なりと取ても付ぬ<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に千太郎は身を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はしアノ<ruby><rb>白々</rb><rt>しら〲</rt></ruby>しいと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>長庵は<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby>かへて五十兩には何事ぞや拙者は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなき大金を拙者に渡したなどとは<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>事を云はるゝ<ruby><rb>人哉</rb><rt>ひとかな</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしや又五十兩と有れば<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざる大金なり夫には何ぞ證據にても有りさうな物と<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば其時千太郎如何にも御自分が<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>められし<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>られよと云ひつゝ一<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より取出し長庵が前へ<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりより</rt></ruby><ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて見れば<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は如何に<ruby><rb>文字</rb><rt>もんじ</rt></ruby>は<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>て<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>無くたゞ<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき<ruby><rb>白紙</rb><rt>しらかみ</rt></ruby>なり是は長庵が惡計にて跡の證據に成らざる<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より<ruby><rb>工</rb><rt>たく</rt></ruby>んで置きたる<ruby><rb>大惡</rb><rt>だいあく</rt></ruby><ruby><rb>無道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しかりける事共なり

<ruby><rb>評</rb><rt>ひやう</rt></ruby>に曰く證文の文字の<ruby><rb>消失</rb><rt>きえうせ</rt></ruby>しは長庵が計略により<ruby><rb>烏賊</rb><rt>いか</rt></ruby>の<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>にて認めし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んか古今に<ruby><rb>其例</rb><rt>そのため</rt></ruby>し有りとかや

## 第十回

<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>に曰く君子は<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>くべし<ruby><rb>罔</rb><rt>しゆ</rt></ruby>べからずとは<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て<ruby><rb>奸佞</rb><rt>かんねい</rt></ruby>の者に欺かるゝは<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が心の<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>より欺かさるゝものなり<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に其人にして<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>其の<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>く者は論ず<ruby><rb>可</rb><rt>べか</rt></ruby>らず其<ruby><rb>才</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>不才</rb><rt>ふさい</rt></ruby>に依るにあらざるか爰に伊勢屋五兵衞の養子千太郎は父の病中を幸ひに<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の有金の内五十兩<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め彼小夜衣を<ruby><rb>根引</rb><rt>ねびき</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し<ruby><rb>圍</rb><rt>かこ</rt></ruby>ひ置て自儘に我が家内にもせん者と思ひ居たる心より村井長庵の<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>夫而已</rb><rt>それのみ</rt></ruby>ならず金と引替に長庵より受取置たる證文を開いて見れば不思議にも<ruby><rb>文字</rb><rt>もんじ</rt></ruby>は<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えて<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby>の白紙ゆゑ這は如何せし事成かと千太郎は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として居たりしが我と我が心を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし餘りと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば長庵殿<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>此程料理屋の二階にて<ruby><rb>貴殿</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みに任せ手渡し爲したる五十兩を覺え無とは何故ぞ受取證書が白紙に成て居るのも<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の一ツと云ば長庵は大いに笑ひ<ruby><rb>戲氣</rb><rt>たはけ</rt></ruby>と云も程こそあれ<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひも事による證據の書附有などと其の<ruby><rb>白紙</rb><rt>しらかみ</rt></ruby>が何に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して見ればお若いが<ruby><rb>正氣</rb><rt>しやうき</rt></ruby>では御座るまい<ruby><rb>診察</rb><rt>しんさつ</rt></ruby>して藥を進ぜん<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>の儀と事變り金子の事故<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろい</rt></ruby>たりあたら<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>す所と<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>ひて<ruby><rb>莨</rb><rt>たばこ</rt></ruby>をくゆらし<ruby><rb>白々敷</rb><rt>しら〲しく</rt></ruby>も千太郎を世間知らずの<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>と見<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と氣を落付思ひ定めて歸らるべしヤヨ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なる病氣ぞと長庵更に<ruby><rb>取合</rb><rt>とりあは</rt></ruby>ねば千太郎は其儘に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>るにも戻られず<ruby><rb>進退</rb><rt>しんたい</rt></ruby>爰ぞと覺悟を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>長庵に打向ひ是は<ruby><rb>怪</rb><rt>けし</rt></ruby>からぬ御<ruby><rb>言葉哉</rb><rt>ことばかな</rt></ruby>假令證文は白紙に變りし共<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>小夜衣が使ひに參られ我を<ruby><rb>喚出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し三四度御<ruby><rb>自分樣</rb><rt>じぶんさま</rt></ruby>と<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>たる家も有り殊に御自分の云はるゝには小夜衣は我が<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>共に<ruby><rb>懇</rb><rt>ねんご</rt></ruby>ろに私に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むと小夜衣が文を持參成れし成ずや夫等の事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>よもお忘れも仕給ふまじ夫より後も參られて<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の小夜衣が<ruby><rb>木場</rb><rt>きば</rt></ruby>の客へ<ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに受出さるゝことに成夫に付<ruby><rb>親許</rb><rt>おやもと</rt></ruby>身受にすれば<ruby><rb>元金</rb><rt>もときん</rt></ruby>五十兩にて苦界を出らるゝ故其五十兩の金子を何とかして<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>なし呉よ其金さへ有ば木場の客を出し<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬい</rt></ruby>て小夜衣を身受なし貴宅へ置とのお話し故貴殿の<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝ其意に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ五十兩の金とても<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>に出來兼たれど<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>して居る時は外へ身受に成との事故道ならぬ事とは知りながら<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>の金を<ruby><rb>引出</rb><rt>ひきいだ</rt></ruby>し命がけにて其金を約束通り<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>に渡し今日は<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>小夜衣に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>て行んと來りしに<ruby><rb>仁術</rb><rt>じんじゆつ</rt></ruby><ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>の身を以て<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby><ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の小夜衣をも知ぬ抔とは何故なりや然すれば我を<ruby><rb>店者</rb><rt>たなもの</rt></ruby>と最初よりして<ruby><rb>見侮</rb><rt>みあなど</rt></ruby>り<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の小夜衣を<ruby><rb>餌</rb><rt>ゑ</rt></ruby>ばとなし我を欺き五十兩の金をば<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みと云を<ruby><rb>打聞</rb><rt>うちきゝ</rt></ruby>長庵は兩眼を<ruby><rb>濶</rb><rt>くわつ</rt></ruby>とむき出し<ruby><rb>目眦</rb><rt>まなじり</rt></ruby><ruby><rb>逆立</rb><rt>さかだて</rt></ruby><ruby><rb>形相</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め這は聞<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き今の一言此長庵を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りなどとは何事ぞや我等は<ruby><rb>仁術</rb><rt>じんじゆつ</rt></ruby>を<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>とする醫業なり<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>よりして欺いて五十兩の金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取たとは<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の一言今一<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て見よ其分には置まじと<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby><ruby><rb>追取</rb><rt>おつとり</rt></ruby><ruby><rb>身構</rb><rt>みがま</rt></ruby>へなし<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るにぞ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろく</rt></ruby>千太郎<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>し涙にかき<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て<ruby><rb>最</rb><rt>まう</rt></ruby>是迄と大聲あげ長庵殿そりや聞えぬぞへ今更に然樣にばかり言るゝからは<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby><ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りに相違なしと<ruby><rb>半分</rb><rt>はんぶん</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せず長庵は汝若年者故に何事も<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>して言はして置ば付上り<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>も無き<ruby><rb>惡口雜言</rb><rt>あくこうざふごん</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>まう</rt></ruby>此上は<ruby><rb>聞捨</rb><rt>きゝすて</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ぬ眼に物見せて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んずと千太郎が<ruby><rb>襟髮</rb><rt>えりがみ</rt></ruby>をぐさと<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきす</rt></ruby>ゑ打やら<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>くやら<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>を取て續け<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>に<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に任せて打ける程に髮は散々おとろに亂れ<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>にも聊か疵を受けぬれば千太郎は最早百年目と思ひきり<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>や汝ぢ其金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取しに相違無し<ruby><rb>言譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>なさに此<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby><ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りめ〱<ruby><rb>奸賊</rb><rt>かんぞく</rt></ruby>めと大音<ruby><rb>聲</rb><rt>じやう</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>れば長庵<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りを發し其金の五十兩とは何所から出したる金<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ぞ夫程迄に<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>や<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>と云事ならば其方が養父の宅へ<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て金の出所<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して呉ん已に<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>に及びし上にて<ruby><rb>黒白</rb><rt>くろしろ</rt></ruby>の<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>ちを付んと一<ruby><rb>刀</rb><rt>たう</rt></ruby>を<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に<ruby><rb>佩</rb><rt>たばさ</rt></ruby>み此<ruby><rb>青壯年</rb><rt>あをにさい</rt></ruby>いざ行やれと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りつゝ<ruby><rb>泣臥</rb><rt>なきふ</rt></ruby>し居たる千太郎を<ruby><rb>引立々々</rb><rt>ひきたて〱</rt></ruby>行んとすれば<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に<ruby><rb>釘</rb><rt>くぎ</rt></ruby>打思ひ<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>養父の<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り金をば<ruby><rb>偸</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出したる五十兩<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ行れて<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と其の事<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及びなば第一養父は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての<ruby><rb>氣性</rb><rt>きしやう</rt></ruby>如何成<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎに成やら知れずと思へば是も我が身の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>思案を胸に定め<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>たまへ長庵殿<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>委細は分つたり然ば外には<ruby><rb>言分</rb><rt>いひぶん</rt></ruby>なし勘辨なして下されと千太郎は<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しくも兩手を<ruby><rb>突</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>ければ長庵<ruby><rb>呵々</rb><rt>かゝ</rt></ruby>と<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ夫みられよ<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より某しが言通り其方が<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りをば<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて我等に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>んと<ruby><rb>當途</rb><rt>あてど</rt></ruby>もなき<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>言散し若年ながらも<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて口を<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み給へ若き時より氣を付て惡き<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>出さるゝな<ruby><rb>親々達</rb><rt>おや〱たち</rt></ruby>に氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>せ<ruby><rb>不幸</rb><rt>ふかう</rt></ruby>の上に<ruby><rb>大不幸</rb><rt>だいふかう</rt></ruby>と<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>らしくも言散しサア<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>へなり勝手に行と<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>突出</rb><rt>つきいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>泣倒</rb><rt>なきたふ</rt></ruby>れたる千太郎を<ruby><rb>尻目</rb><rt>しりめ</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>打笑ひまだ行ぬかと大音に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら詮方なく<ruby><rb>凄然々々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>我が家へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>りぬ跡に長庵<ruby><rb>箒</rb><rt>はうき</rt></ruby>を<ruby><rb>採</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>敷臺</rb><rt>しきだい</rt></ruby><ruby><rb>掃出</rb><rt>はきだ</rt></ruby>しながら如何に相手が<ruby><rb>青年</rb><rt>にさい</rt></ruby>でも<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>日がない故とぼけるにも餘程<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>が<ruby><rb>折</rb><rt>をれ</rt></ruby>たはへ<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し五十兩の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しごと</rt></ruby>だからアノ位なる<ruby><rb>狂言</rb><rt>きやうげん</rt></ruby>はせにや<ruby><rb>成舞</rb><rt>なるまひ</rt></ruby>と長庵は<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>微笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>みつゝ居たりけり

## 第十一回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>千太郎は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>を何うか我が家へ歸り<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>し涙にかき<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>ながら二階の<ruby><rb>小座敷</rb><rt>こざしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>竊</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひ</rt></ruby>り心中に思ふ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>如何にしても口惜きは長庵なり<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>渡して其金を知らぬと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しきに<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が惡事を覆はん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>此我をよく<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の樣に<ruby><rb>踏</rb><rt>ふん</rt></ruby>だり<ruby><rb>蹴</rb><rt>けつ</rt></ruby>たり思へば〱<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>至極是と言のも我が身を<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>り不幸の天<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby><ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い來て我と苦しむ<ruby><rb>自業自得</rb><rt>じごふじとく</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>は然ながら此儘に知らぬ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>には過されず今にも<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby>せば<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>知れる五十兩<ruby><rb>償</rb><rt>つぐの</rt></ruby>ひ方は<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>へ赴き何とか兄に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しなば何うにか<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと思へども彼の小夜衣の事につき<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>して取れた金などとは何の顏さげて人に<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れん然れば其時<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>ぬるより外に<ruby><rb>方便</rb><rt>てだて</rt></ruby>も無き身なれば<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>かれ早かれ死ぬ此身とても死ぬなら今日只今長庵方へ押掛<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に取るゝ共<ruby><rb>時宜</rb><rt>じぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ば長庵めを恨みの一<ruby><rb>刀</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>浴</rb><rt>あび</rt></ruby>せ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>我も其場で<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく自殺を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>て<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みを<ruby><rb>晴</rb><rt>はらさ</rt></ruby>んオヽ<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>じや〱と覺悟を極め<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て其の身が<ruby><rb>嗜</rb><rt>たしな</rt></ruby>みの<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby><ruby><rb>密</rb><rt>そつと</rt></ruby>取出して<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻し<ruby><rb>拔放</rb><rt>ぬきはな</rt></ruby>し<ruby><rb>元末</rb><rt>もとすゑ</rt></ruby><ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>打<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め是ぞ此身の<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>と成けるが<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>や<ruby><rb>忠々敷</rb><rt>まめ〱しき</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の久八を始めとして富澤町の<ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>にも兄にも<ruby><rb>先立</rb><rt>さきだつ</rt></ruby><ruby><rb>不幸</rb><rt>ふかう</rt></ruby>の罪お<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下されよ是皆前世の定業と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>られて<ruby><rb>逆樣</rb><rt>さかさま</rt></ruby>ながら只一<ruby><rb>遍</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の御回向を願ふと云ふも<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に他人に有ながら當家へ<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に來た日より<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つ</rt></ruby>くして呉し支配人なる久八へ<ruby><rb>鳥渡成</rb><rt>ちよつとなり</rt></ruby>とも<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby>せんと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>あふ<ruby><rb>硯</rb><rt>すゞり</rt></ruby><ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよ</rt></ruby>せて涙ながらに<ruby><rb>摺流</rb><rt>すりなが</rt></ruby>す<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>き<ruby><rb>縁</rb><rt>え</rt></ruby>にしぞと<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby>の<ruby><rb>命毛</rb><rt>いのちげ</rt></ruby><ruby><rb>短</rb><rt>みじ</rt></ruby>かくも<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>りつゝ<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>じる<ruby><rb>粘</rb><rt>のり</rt></ruby>より<ruby><rb>法</rb><rt>のり</rt></ruby>の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>心ながら<ruby><rb>締直</rb><rt>しめなほ</rt></ruby>す帶の<ruby><rb>博多</rb><rt>はかた</rt></ruby>の一本<ruby><rb>獨鈷</rb><rt>どつこ</rt></ruby><ruby><rb>眞言</rb><rt>しんごん</rt></ruby>成ねど<ruby><rb>祕密</rb><rt>ひみつ</rt></ruby>の爲<ruby><rb>細腕</rb><rt>ほそうで</rt></ruby>成ども我一心長庵如き何の其<ruby><rb>岩</rb><rt>いは</rt></ruby>をも<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>す<ruby><rb>桑</rb><rt>くは</rt></ruby>の<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby><ruby><rb>張裂</rb><rt>はりさく</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>押鎭</rb><rt>おししづ</rt></ruby>め打果さでや置べきかと<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>短</rb><rt>みじ</rt></ruby>かに<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>を爲し既に一刀<ruby><rb>佩</rb><rt>たば</rt></ruby>さんて<ruby><rb>出行</rb><rt>でかけ</rt></ruby>んとする其の<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>後ろの<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>開き立出たるは別人成ず彼の<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>の久八なれば千太郎は大いに<ruby><rb>怖</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>置手早く<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろへ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>素知</rb><rt>そし</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>して居る側へ久八は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby><ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよ</rt></ruby>せ是申し<ruby><rb>若旦那</rb><rt>わかだんな</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>お<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>下さるべし如何にも御無念は御道理然共<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>は<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby>時ならず<ruby><rb>曩</rb><rt>さき</rt></ruby>より私し<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら主人の御<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby><ruby><rb>唯事</rb><rt>たゞごと</rt></ruby>ならずと<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なして<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>の彼方に殘らず<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を承まはり何にも知ぬ私しさへ<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しく<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずる程なれば<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>御無念</rb><rt>ごむねん</rt></ruby>にも思し召んが他所から出來た事ではなし<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby>お身から<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めた事故人をお恨み<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝな此久八めが申すこと今一通り御聞下され此間より<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>に御<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>申上たる通り<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふ事では御座りませんが今にも<ruby><rb>萬一</rb><rt>ひよつと</rt></ruby>大旦那がお<ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>れたなら其時こそは<ruby><rb>此大</rb><rt>このだい</rt></ruby>まいの御<ruby><rb>身上</rb><rt>しんしやう</rt></ruby>悉皆若旦那の物となる<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に成すとも<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かの事には<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を掛ず<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>だと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>て御<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>を成されなば大旦那にも<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>致され<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を御<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆず</rt></ruby>り有れんと思ひ<ruby><rb>運</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らすことも有ば何は<ruby><rb>扨置</rb><rt>さておき</rt></ruby>御家督を御讓り受の有<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に御辛抱こそ<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なれ然樣さへ成ば何事も御心任せに成事と<ruby><rb>心身</rb><rt>しんみ</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる久八が<ruby><rb>親兄弟</rb><rt>おやきやうだい</rt></ruby>も及ばぬ異見に千太郎は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として居たりしかば久八は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を改ためて若旦那只今は何をお<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め成れしやと<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見れば一通の<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>是書置は何事ぞと<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby><ruby><rb>押切</rb><rt>おしきつ</rt></ruby>て<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>下し這は<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby>御<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れしか<ruby><rb>養家</rb><rt>やうか</rt></ruby><ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>の<ruby><rb>親御達</rb><rt>おやごたち</rt></ruby>其お<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きは如何成ん夫を不孝とは<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>さずやと<ruby><rb>撓</rb><rt>たゆ</rt></ruby>まぬ異見に千太郎も今は思ひを<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>まりて<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>てり〱更に心を<ruby><rb>入替</rb><rt>いれかへ</rt></ruby>て義理有親の御安心<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ばす樣に是からは<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>する程に<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>も<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>して呉と<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を下げて<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>るにぞ久八は其手を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>無い何事ぞや<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>なるも<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず御意見なせしお<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りも<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>のみ成ず<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに御志ざしを御改め下さらんとは<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く夫にて安心仕つりぬと<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び云ば千太郎は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>拱</rb><rt>こまぬ</rt></ruby>きて<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしがとは<ruby><rb>云物</rb><rt>いふもの</rt></ruby>の五十兩<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>の金に有ぬ故<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>して<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を<ruby><rb>償</rb><rt>つぐな</rt></ruby>はん實家へ何とか<ruby><rb>方便</rb><rt>はうべん</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>て時借なりとせんものか外に<ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に無しと<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に思へども久八にも夫のみは云出し<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て居たりしを久八<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>り得て又改めて申すやう其長庵とかに<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>られし五十兩の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>其外<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はれし金の<ruby><rb>仕埋</rb><rt>しうめ</rt></ruby>は私しが御<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>申ます必ず〱御<ruby><rb>心配遊</rb><rt>しんぱいあそば</rt></ruby>されなと何事も<ruby><rb>忠義</rb><rt>ちうぎ</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れたる久八が意見に千太郎は<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしおが</rt></ruby>み<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す〲も<ruby><rb>辱</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし此恩必ず<ruby><rb>忘却</rb><rt>わすれ</rt></ruby>はせじと<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby><ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby><ruby><rb>寄擧</rb><rt>よりこぞ</rt></ruby>り<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し涙に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>みけり

## 第十二回

<ruby><rb>武家</rb><rt>ぶけ</rt></ruby>に在ては國家の<ruby><rb>柱石</rb><rt>ちうせき</rt></ruby><ruby><rb>商家</rb><rt>しやうか</rt></ruby>で申さば<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby>なる番頭久八は<ruby><rb>頃日</rb><rt>このごろ</rt></ruby>千太郎の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>しと<ruby><rb>心意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を付て居たりし折から<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>も<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>せきと<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>二階の小座敷へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひ</rt></ruby>りし<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby><ruby><rb>啻事</rb><rt>たゞごと</rt></ruby>成らずと久八が<ruby><rb>裏階子</rb><rt>うらばしご</rt></ruby>より忍び上り<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>みて<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居るとは夢にも知らず千太郎は<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby><ruby><rb>拱</rb><rt>こま</rt></ruby>ぬき長庵に欺かれて五十兩<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取れし殘念さよと覺悟を極めし獨言を<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に聞て其場へ立出<ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>す</rt></ruby>かせし末<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby><ruby><rb>花街</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の小夜衣とか云<ruby><rb>娼妓</rb><rt>おいらん</rt></ruby>も長庵とは<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby><ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>とかの中成なれば一ツ<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の<ruby><rb>貉</rb><rt>むじな</rt></ruby>ならん然すれば勿々<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>は<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て小夜衣が事は<ruby><rb>判然</rb><rt>さつぱり</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby><ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れぬ樣此久八が願ひなりと<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に<ruby><rb>委曲</rb><rt>こま〲</rt></ruby>との<ruby><rb>意見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を聞て千太郎は漸々<ruby><rb>心落</rb><rt>こゝろおち</rt></ruby>居つゝ久八の言通り金子の工夫は又有べし何にもせよ今度の事にて小夜衣に<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいそ</rt></ruby>もこそも<ruby><rb>盡果</rb><rt>つきはて</rt></ruby>たり他人に心<ruby><rb>恕</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すなとは<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>たる者<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>と<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby><ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れければ久八は打喜び<ruby><rb>禍</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひが却つて<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>給へとて長庵の方へは其後何の<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>もせざりし程に長庵は五十兩の金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>と彌々<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby>居たりける然るに養父五兵衞は<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の<ruby><rb>吝嗇者</rb><rt>りんしよくもの</rt></ruby>なれば病中にも<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の事<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>心配<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>して居たりしが<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>快氣</rb><rt>くわいき</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の<ruby><rb>惣勘定</rb><rt>そうかんぢやう</rt></ruby>をなさんとの事に久八千太郎は人知らぬ胸を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>めけるが早くも年月<ruby><rb>推移</rb><rt>おしうつ</rt></ruby>りて正徳四年と成ければ<ruby><rb>當春</rb><rt>たうはる</rt></ruby>は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby><ruby><rb>店卸</rb><rt>たなおろ</rt></ruby>しを爲んとて<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>諸帳面類</rb><rt>しよちやうめんるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く調べ段々惣勘定と立けるに<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の有金五十兩不足しければ猶又勘定<ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>取調べしかども同く<ruby><rb>帳合</rb><rt>ちやうあひ</rt></ruby><ruby><rb>立難</rb><rt>たちがた</rt></ruby>く如何に<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>なすと雖も番頭久八が<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>とは<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>なる五兵衞も心付ず<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby>不審に思ひ<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>の番頭若者に至る迄<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひを<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>平日</rb><rt>ふだん</rt></ruby>百か二百の<ruby><rb>端足</rb><rt>はした</rt></ruby><ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>さへ<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby><ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如くに騷ぎ立る五兵衞なれば五十兩の事故<ruby><rb>鬼神</rb><rt>おにがみ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり居たる所へ番頭久八進み出て私し儀<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の時よりの御<ruby><rb>恩澤</rb><rt>おんたく</rt></ruby>を只今となり<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>にて<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>じ候は何とも申譯なき事ながら此程計らずも遊び<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>し五十兩の不足金は<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く私し儀<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>仕つりし故<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の御沙汰<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ上ますと彼の千太郎が<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれし五十兩を既に我が身に引請んとするを<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>と引留千太郎進み<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>久八にては御座らぬと言んとするを<ruby><rb>押留</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>尻目</rb><rt>しりめ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>て夫と<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>知らする忠義の<ruby><rb>赤心</rb><rt>まごころ</rt></ruby>を水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>にさせるも本意なし如何はせんと千太郎が<ruby><rb>胡亂々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>すを久八は我が身の後ろへ<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>し私しが<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>に相違なく<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>の者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>では御座りませぬと聞より五兵衞大いに怒り<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ久八め今迄伊勢五の<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby><ruby><rb>忠義者</rb><rt>ちうぎもの</rt></ruby>よと<ruby><rb>世間</rb><rt>せけん</rt></ruby>でも評判<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>し身ならずや此五兵衞迄<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に思ひしは大いなる<ruby><rb>見違</rb><rt>みちが</rt></ruby>ひなり扨も〱五十兩と言ふ大金を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>しとは何ごとぞや十兩からは<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ぞ夫を何ぞや<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らぬ顏して主人の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬ</rt></ruby>く<ruby><rb>大膽者</rb><rt>だいたんもの</rt></ruby>めと<ruby><rb>有合</rb><rt>ありあふ</rt></ruby><ruby><rb>十露盤</rb><rt>そろばん</rt></ruby>おつ取て久八を<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>すを側に見て居る千太郎は我が<ruby><rb>骨節</rb><rt>ほねぶし</rt></ruby>を打るゝ思ひ<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>打明てと思ふ樣子を久八は頻りに後へ引止め五兵衞に向ひ何とも御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>の致し樣も御座なく御<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>は<ruby><rb>扨置</rb><rt>さておき</rt></ruby>御<ruby><rb>討殺</rb><rt>うちころ</rt></ruby>し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れる共少しも御<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みは申ません御十分に<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れよと兩手をつかへ<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>をさげ詫入る處を猶も又めつた打ちに打ち<ruby><rb>敲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>蹴飛</rb><rt>けとば</rt></ruby>し<ruby><rb>蹴返</rb><rt>けかへ</rt></ruby>して直に請人石町甚藏店の六右衞門を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>けるに六右衞門は何事やらんと打<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に其使ひと<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に來て見れば<ruby><rb>豈</rb><rt>あに</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らん久八が主人に<ruby><rb>折檻</rb><rt>せつかん</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>る有樣に<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れて言葉もなし五兵衞は<ruby><rb>皺枯聲</rb><rt>しわかれごゑ</rt></ruby>をふり立て如何に請人六右衞門此久八の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>めが五十兩と言大金を<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>りに遣ひ捨て<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>たる上からは<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に當人久八を引取<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>五十兩の金子を<ruby><rb>償</rb><rt>つぐな</rt></ruby>ひたる上本金をも殘らず<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めよと言渡されて<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし本金とは何事ぞ如何に<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>が有ればとて廿餘年の<ruby><rb>勤功</rb><rt>きんこう</rt></ruby>にて既に支配も<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>されたる此久八を<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>小僧か何ぞの樣に<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>さるゝのみならずと思へど久八を一先内へ<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を正した上又<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>の仕樣も有んと<ruby><rb>言度事</rb><rt>いひたきこと</rt></ruby>をじつと<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ六右衞門は主人五兵衞に打向ひ<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>段々の御<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>の致し方も之無く候<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては五十兩の<ruby><rb>引負金</rb><rt>ひきおひきん</rt></ruby><ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>には<ruby><rb>償</rb><rt>つぐの</rt></ruby>ひ難く暫時御<ruby><rb>猶豫下</rb><rt>いうよくだ</rt></ruby>され<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>且又御給金の儀は<ruby><rb>半</rb><rt>なかば</rt></ruby>は<ruby><rb>頂戴仕</rb><rt>ちやうだいつかま</rt></ruby>つり<ruby><rb>半分</rb><rt>なかば</rt></ruby>は御預け置候故日<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>御勘定の程御願ひ申上候當人身分の儀は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>引取一札をも<ruby><rb>差上</rb><rt>さしあげ</rt></ruby>申すべく又當人久八に御用の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は何時にても同道申べくと事を分て申せども<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいる</rt></ruby><ruby><rb>景況</rb><rt>けしき</rt></ruby>も無く五兵衞は<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり然樣な勝手は相成ず直に勘定して<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れよと<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りけるを猶<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>なし漸々にして追々に償ふ事を<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>されしかば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>引取の一<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>を<ruby><rb>指出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>し久八を連歸りけるは<ruby><rb>無慈悲</rb><rt>むじひ</rt></ruby>なりける有樣なり久八は<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>の時より主人を大切と我が身の<ruby><rb>苦患</rb><rt>くげん</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め一人として<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ざる者も<ruby><rb>無者</rb><rt>なきもの</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>るに伊勢五の<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>を<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>して請人方へ引渡されしは何か<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>の有事成んと云も有ば久八は<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby><ruby><rb>所</rb><rt>どころ</rt></ruby>か<ruby><rb>溷鼠</rb><rt>とぶねずみ</rt></ruby>で有たなどと後指をさす者も有しとかや六右衞門は久八を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>歸りて百日の<ruby><rb>説法</rb><rt>せつぱふ</rt></ruby><ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>一ツとは<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が事なり此六右衞門は人の世話も多く<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たが<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事を<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れし事なし五十兩と云大金を何に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>つたこんな<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>とは知らずして<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が事を人樣に<ruby><rb>辛抱人</rb><rt>しんばうにん</rt></ruby>と<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>たのが今となりては<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>ない二階へなりと<ruby><rb>往</rb><rt>い</rt></ruby>きくされ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>を<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>のも<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しいと口では言ど心では何か<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>の有事やと手を<ruby><rb>拱</rb><rt>こまぬ</rt></ruby>いて居たりけり翌日伊勢屋の養子千太郎は我が爲に久八が<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>と夜の目も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ず少しも早く六右衞門に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>て實を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>さんと<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>せしか<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>を出でて本石町なる六右衞門の宅へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り久八に<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたき</rt></ruby>由を云ひ入ければ夫と見るより六右衞門は<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>で<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>若旦那能くこそ御出なされしぞ千太郎を<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ通し久八に引合せければ千太郎は男泣に<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>何と云べき詞もなく我身に<ruby><rb>代</rb><rt>かは</rt></ruby>りて惡事を<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>アノ一<ruby><rb>徹</rb><rt>てつ</rt></ruby>なる親父<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>に罪なき<ruby><rb>足下</rb><rt>そなた</rt></ruby>が<ruby><rb>打擲</rb><rt>たゝか</rt></ruby>れ廿餘年の奉公を<ruby><rb>贅事</rb><rt>むだ</rt></ruby>にして<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を引され夫を堪へし<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の始末<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>六右衞門殿には<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶか</rt></ruby>しく思はれけん久八は私の爲には命の<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>共<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>べき樣なる<ruby><rb>恩人</rb><rt>おんじん</rt></ruby>なり是非<ruby><rb>足下</rb><rt>おまへ</rt></ruby>の身の立樣にする程に<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しの内<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>して何ぞ<ruby><rb>耐</rb><rt>こら</rt></ruby>へて下されと久八が前に<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふせ</rt></ruby>ば久八は涙を流し何事も是皆前世の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>づくと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>をれ</rt></ruby>ば必ず御心配は下さるまじ併しながら<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>來りて若旦那の御<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>と成れなば其時には此久八を御<ruby><rb>呼戻</rb><rt>よびもど</rt></ruby>し下されたし<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>のみ願ひ上まする夫に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ても<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も御辛抱こそ<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なれと猶も<ruby><rb>撓</rb><rt>たゆ</rt></ruby>まぬ忠義の久八六右衞門も<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>を聞居たりしか久八に向ひ其方が五十兩の大金を<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>び<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>しとは<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ねど其方が<ruby><rb>打叩</rb><rt>うちたゝ</rt></ruby>かれても一言の<ruby><rb>言譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>さへもせざりしゆゑ<ruby><rb>如何成</rb><rt>いかなる</rt></ruby><ruby><rb>天魔</rb><rt>てんま</rt></ruby>が<ruby><rb>魅</rb><rt>みい</rt></ruby>りしかと今が今迄思ひ居たるに全く若旦那の引負を其身に<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>ての事成か能も<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は計らひしぞ其方ならでは出來ぬ事と六右衞門は<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし千太郎に<ruby><rb>打向</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ初めて承まはりし今度の始末如來樣<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>主人と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し上からは忠義の爲には些いの奉公決して御<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>に及びませぬ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>の樣なる<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>を致せばとて御主人樣の御爲なら少しも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひは致しませぬと久八と云六右衞門と云<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひも揃ひし忠義な<ruby><rb>男義</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>千太郎は猶々<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>へも入たき思ひ六右衞門に打向ひ兩手を合せて伏し<ruby><rb>拜</rb><rt>をが</rt></ruby>み氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>共何共申分の<ruby><rb>仕樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>も無しと言を六右衞門是はしたりと其手を取只此上は御心得<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひのなき樣に久八が申通り<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>御<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れましと申時千太郎は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て用意をしたりけん<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>一通取出し扨此書付は久八殿が<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>の<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby><ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>て呉られし後日の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に渡し<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひながら兩人の前にさし置きける其文は

<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>申一<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>之事

一金五十兩也

右は<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>養父の金子引負致し候所其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>自分に引負金と申立<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>夫が爲養父五兵衞より其許<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>に相成候段<ruby><rb>生々世々</rb><rt>しやう〲せゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>高恩</rb><rt>かうおん</rt></ruby>以來とも<ruby><rb>忘却仕</rb><rt>ばうきやくつかま</rt></ruby>つる間敷候<ruby><rb>依之</rb><rt>これによつて</rt></ruby><ruby><rb>我代</rb><rt>わがよ</rt></ruby>に相成り候節は急度呼戻し此度の大恩を報ずべく候<ruby><rb>爲後日一札仍而如件</rb><rt>ごにちのためいつさつよつてくだんのごとし</rt></ruby>

正徳四年四月千太郎　判

久八　殿

斯の如く<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めたる一通なれば六右衞門は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き若旦那の御心遣ひ有り難く存じ上ます然らば此一通は私し方慥かに御<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り申さんとて久八へ渡しける時に千太郎又々<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より金子一と<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み取出し<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>も致す心なれども是は當座の<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎの爲實父の方より<ruby><rb>借受</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>し金子なり之を遣ひ居て下されよと出すを久八はおし返し<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>をなしけれども千太郎は<ruby><rb>猶</rb><rt>な</rt></ruby>ほ<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に言ひなし<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>金子を<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>つゝ我が家へこそは歸りけれ

## 第十三回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>また六右衞門は久八に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ如何にも<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きさま</rt></ruby>が<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>には<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>など致す樣<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>者では無と思ひしに<ruby><rb>豈</rb><rt>あに</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らんや<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>と思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby>て<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りし今日の<ruby><rb>時宜</rb><rt>じぎ</rt></ruby><ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>をせしも<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なし決して心配致すに及ばず伊勢屋の引負金も一<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>して<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>しもせん<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>は此若旦那樣よりの御<ruby><rb>心添</rb><rt>こゝろぞへ</rt></ruby>の金子にて<ruby><rb>何成</rb><rt>なんなり</rt></ruby>とも商賣を初める樣にと六右衞門が始終を思ひし深切に久八も大に<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby><ruby><rb>何商</rb><rt>なにあきな</rt></ruby>ひを初めたら<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからうと工夫を<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>ども元より大家の支配人の果なれば<ruby><rb>小商</rb><rt>こあきな</rt></ruby>ひの道を知ず<ruby><rb>右左</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>損毛</rb><rt>そんもう</rt></ruby>多く夫<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず久八は生れ付ての<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>心深く<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しき者を見る時は不便心が<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやま</rt></ruby>し<ruby><rb>施</rb><rt>ほど</rt></ruby>こすことの<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>なる故<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けの無も<ruby><rb>道理</rb><rt>ことわり</rt></ruby>なり依て六右衞門も心配なし<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ我弟が<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>の<ruby><rb>先買</rb><rt>さきがひ</rt></ruby>となり<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>を忍びて<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>には成ぬかと聞て久八<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く考へ却つて夫こそ<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>からんと紙屑買にぞなりにけり<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>ああ</rt></ruby><ruby><rb>榮枯盛衰</rb><rt>えいこせいすゐ</rt></ruby><ruby><rb>單</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに天なり命なり昨日迄は兎も角も大店の番頭支配人とも言はれし身が<ruby><rb>千種木綿</rb><rt>ちくさもめん</rt></ruby>の<ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby>は<ruby><rb>葱</rb><rt>ねぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>枯葉</rb><rt>かれは</rt></ruby>のごとくにて木綿<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>に<ruby><rb>紋皮</rb><rt>もんぱ</rt></ruby>の<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>見る影も無き<ruby><rb>形相</rb><rt>なりふり</rt></ruby>は商賣向の<ruby><rb>身拵</rb><rt>みごしら</rt></ruby>へ<ruby><rb>天秤棒</rb><rt>てんびんぼう</rt></ruby>に紙屑<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby><ruby><rb>鐵砲笊</rb><rt>てつぱうざる</rt></ruby>を横にのせ日がな一日買ひ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby><ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>れば夜を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>撰</rb><rt>えり</rt></ruby>わけて千住品川問屋先賣代なして<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かの利益を得ては<ruby><rb>幽々</rb><rt>かす〱</rt></ruby>に其日々々を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りけり然ども是を<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>にもせず<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>れば少しでも伊勢五の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を埋めて行心の正直<ruby><rb>律儀</rb><rt>りちぎ</rt></ruby>者昔しも今も町家には<ruby><rb>例</rb><rt>ため</rt></ruby>し少なき忠義なり是皆村井長庵が<ruby><rb>惡業</rb><rt>あくげふ</rt></ruby>の爲所にして西も東も知らぬ若者の千太郎を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き多くの人に難儀を掛ること<ruby><rb>人面</rb><rt>にんめん</rt></ruby><ruby><rb>獸心</rb><rt>じうしん</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なり長庵が惡事を<ruby><rb>算</rb><rt>かぞへ</rt></ruby>るに第一札の辻にて弟十兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し罪を<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>藤崎道十郎に負せ二ツにはお富を賣り三ツにはお安を三次に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み<ruby><rb>中反圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>にて殺させ今又伊勢屋千太郎を欺きて五十兩の金子を騙り取久八をも<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しめる事是皆<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>の小口となり<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>道十郎の後家お光が<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らず<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出る樣に成けるは<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>の然らしめたる所なり

## 第十四回

天の<ruby><rb>作</rb><rt>な</rt></ruby>せる<ruby><rb>禍</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひは猶去可し自から<ruby><rb>作</rb><rt>な</rt></ruby>せる禍ひは<ruby><rb>避</rb><rt>さく</rt></ruby>可からずとは雖も爰に<ruby><rb>寶永</rb><rt>はうえい</rt></ruby>七年九月廿一日北の町奉行中山<ruby><rb>出雲守殿</rb><rt>いづものかみどの</rt></ruby>の掛りにて<ruby><rb>奸賊</rb><rt>かんぞく</rt></ruby>村井長庵が惡計に<ruby><rb>陷入</rb><rt>おちい</rt></ruby>り遂には<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby><ruby><rb>横難</rb><rt>わうなん</rt></ruby>に罹り<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>し果は<ruby><rb>牢死</rb><rt>らうし</rt></ruby>に及びぬる彼道十郎は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>吉良家</rb><rt>きらけ</rt></ruby>の<ruby><rb>藩士</rb><rt>はんし</rt></ruby>なる<ruby><rb>岩瀬舍人</rb><rt>いはせとねり</rt></ruby>とて御近習へ出仕し天晴武文も心懸有し者なりしが不￼した事の<ruby><rb>譯柄</rb><rt>わけがら</rt></ruby>にて今は浪人と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>を藤崎道十郎と更めて居たりしが妻お光は當年三歳に成し<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の道之助を<ruby><rb>懷</rb><rt>ふとこ</rt></ruby>ろにして店請人赤坂傳馬町治郎兵衞店に<ruby><rb>小切商</rb><rt>こぎれあきな</rt></ruby>ひを<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>清右衞門方へ御<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>渡しと成けるにぞ返す〲も<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎が<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の辻に於て十兵衞を殺害に及びしなどとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らぬ<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の難にて入牢なし其事故の<ruby><rb>分明</rb><rt>あきらか</rt></ruby>に<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ内に<ruby><rb>情無</rb><rt>なさけな</rt></ruby>くも牢死に及びける故遂に死人に口なしとて<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く長庵の<ruby><rb>佞辯</rb><rt>ねいべん</rt></ruby>により<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>言廻</rb><rt>いひまは</rt></ruby>され<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎の<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>とは定まりし事無念<ruby><rb>骨髓</rb><rt>こつずゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>り女ながらも<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひを<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ度とは思へども清右衞門は<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>意見をなし兎に角に<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>再度</rb><rt>さいど</rt></ruby>御調べを願ふとも是と云<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>も有ねば<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>に於ても<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし先々夫迄の天命なりと<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>め道十郎殿の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>に殘せし道之助を一日も早く<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>させて藤崎の家を<ruby><rb>再興</rb><rt>さいこう</rt></ruby>せらるゝが佛へ<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>し何よりの<ruby><rb>追善</rb><rt>つゐぜん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>言諭</rb><rt>いひさと</rt></ruby>されて<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>し涙に暮ながら唯此上は<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>道之助が一日も早く成長なし<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>にて十兵衞とやらを殺害なしたる本人を尋ね出して<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎殿の惡名を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>がせん者をと夫より心を定め<ruby><rb>赤坂</rb><rt>あかさか</rt></ruby><ruby><rb>傳馬町</rb><rt>でんまちやう</rt></ruby>へと引取られ同町にて<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>ながらも<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>狹</rb><rt>せま</rt></ruby>き<ruby><rb>孫店</rb><rt>まごだな</rt></ruby>を<ruby><rb>借受</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>爰に<ruby><rb>雨露</rb><rt>うろ</rt></ruby>を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎつゝ親子が涙の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>く間もなく<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かの<ruby><rb>本資</rb><rt>もとで</rt></ruby>に<ruby><rb>水菓子</rb><rt>みづぐわし</rt></ruby>や一本菓子など<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>べ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>小商</rb><rt>こあきな</rt></ruby>ひの其の<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>にはそゝぎ<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby><ruby><rb>賃仕事</rb><rt>ちんしごと</rt></ruby><ruby><rb>氷</rb><rt>こほ</rt></ruby>る<ruby><rb>油</rb><rt>あぶら</rt></ruby>の<ruby><rb>燈</rb><rt>あか</rt></ruby>りを<ruby><rb>掻立</rb><rt>かきたて</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして取續き女心の一ト<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>をぞ頼みける然るに<ruby><rb>光陰</rb><rt>くわういん</rt></ruby>は<ruby><rb>懸河</rb><rt>けんか</rt></ruby>の流るゝ如く早八ヶ年を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りしに<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>忌日</rb><rt>きにち</rt></ruby>もいつしか八年跡の<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>とぞ<ruby><rb>過行</rb><rt>すぎゆき</rt></ruby>ける道之助<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>十歳に成けるに親は無とも子は<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つとやら母の手一ツに<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>て<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>たる子ながらも<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ付ての<ruby><rb>發明者</rb><rt>はつめいもの</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>幼稚</rb><rt>いとけな</rt></ruby>き心にも母が<ruby><rb>心盡</rb><rt>こゝろづく</rt></ruby>しの程をや<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>しけん<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>り<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>夏秋</rb><rt>なつあき</rt></ruby>は<ruby><rb>枝豆</rb><rt>えだまめ</rt></ruby>を<ruby><rb>賣歩行</rb><rt>うりある</rt></ruby>き或ひは母が<ruby><rb>手業</rb><rt>てわざ</rt></ruby>の<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けと成又は使ひに<ruby><rb>雇</rb><rt>やと</rt></ruby>はれて其<ruby><rb>賃錢</rb><rt>ちんせん</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>な<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby>なの<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>は見る人聞人感じける然るに<ruby><rb>有日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>道之助は<ruby><rb>例日</rb><rt>いつも</rt></ruby>の通り<ruby><rb>枝豆</rb><rt>えだまめ</rt></ruby>を<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>へ出る所へ獨りの<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby><ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>に<ruby><rb>千種</rb><rt>ちくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby><ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>しき<ruby><rb>包</rb><rt>づつ</rt></ruby>みを<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>し人立止りて思はずも<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>に<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べし水菓子の<ruby><rb>價</rb><rt>あたひ</rt></ruby>を聞ながら<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>に居たりし道之助を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見て<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>不審氣</rb><rt>いぶかしげ</rt></ruby>にお前は<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や藤崎道十郎殿の御<ruby><rb>子息</rb><rt>しそく</rt></ruby>の道之助殿では御座らぬかと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>聞て後家のお光は心<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく夫の名を言ふ其人は<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>し<ruby><rb>懷</rb><rt>なつか</rt></ruby>し何人ぞやと<ruby><rb>出合頭</rb><rt>であひがしら</rt></ruby>に<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>打詠</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め見れば<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の彼男はお前こそは道十郎殿の御<ruby><rb>内儀</rb><rt>ないぎ</rt></ruby>お光殿にて有しよな<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき所にて<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て久しき<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>なり<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>事は<ruby><rb>瀬戸物屋</rb><rt>せとものや</rt></ruby>忠兵衞と言れてお光は<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>まもり扨は忠兵衞殿にて在せしかと<ruby><rb>往昔馴染</rb><rt>むかしなじみ</rt></ruby>の何とやら<ruby><rb>懷</rb><rt>なつか</rt></ruby>しきまゝ<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を改め斯樣に<ruby><rb>穢苦</rb><rt>むさくる</rt></ruby>しき<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>なれども<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>へ御通り下されと最丁寧なる<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に瀬戸物屋の忠兵衞は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>として立入けり此瀬戸物屋忠兵衞と云ふは至つて女<ruby><rb>好</rb><rt>ずき</rt></ruby>にて殊にお光は後家なりと思ふ者から見れば<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>故一<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>ぬい</rt></ruby>で世話をなし恩を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せ置思ひを遂んと心の中に<ruby><rb>目算</rb><rt>もくさん</rt></ruby>なし忽ち<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>る<ruby><rb>煩惱</rb><rt>ぼんなう</rt></ruby>の<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby>よりも<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>眼尻</rb><rt>めじり</rt></ruby>を下げお光殿にも<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い身そらで後家になられ<ruby><rb>年増盛</rb><rt>としまざか</rt></ruby>りを<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>い物と<ruby><rb>戯氣</rb><rt>おどけ</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら御子息道之助殿を<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も女の手一ツにて<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に御<ruby><rb>育養</rb><rt>そだて</rt></ruby>有れしぞ<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し其後は御<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>も定めてお出來<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れたで<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うに今日は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへかお出かけにやと言へばお光は<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あら</rt></ruby>ためそは<ruby><rb>怪</rb><rt>けし</rt></ruby>からぬ忠兵衞殿の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せかな<ruby><rb>御冗談</rb><rt>ごじようだん</rt></ruby>でも御座りませうが<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎が牢死の後にせめて<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の此子をば<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>させ一日も早く夫の惡名を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>夫而已</rb><rt>それのみ</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみに<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居と云ふを<ruby><rb>打消</rb><rt>うちけ</rt></ruby>し忠兵衞は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>では有ますまい<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>す<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はるゝと申如く<ruby><rb>尚々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき事にこそ<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら今迄<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>後家暮</rb><rt>ごけくら</rt></ruby>しにて居られしならば少しは何かの<ruby><rb>御相談相手</rb><rt>ごさうだんあひて</rt></ruby>に<ruby><rb>昔馴染</rb><rt>むかしなじみ</rt></ruby>の<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>乍らお世話も致し御不自由の事も有なれば御<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>なしに言れよと<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby><ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>の忠兵衞が<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>た病に<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>り込彼方と<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せしが<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く有て懷中より金子一分取出し道之助に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>にて<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>買求</rb><rt>かひもと</rt></ruby>め<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>をこそは初めけれ

## 第十五回

扨又お光は忠兵衞が酒の相手をなすを<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさく</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りても忠兵衞は耳にも入れず<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>の<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>るに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひお光に向ひ<ruby><rb>婬</rb><rt>みだ</rt></ruby>りがましき<ruby><rb>戯</rb><rt>たはぶ</rt></ruby>れ事を云出しければお光は大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>て是は〱忠兵衞樣<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>のことにて<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>致してより八ヶ年の<ruby><rb>其間</rb><rt>そのあひだ</rt></ruby><ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の脊<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>の<ruby><rb>伸</rb><rt>のび</rt></ruby>るのを<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みに此世を送り人に<ruby><rb>後指</rb><rt>うしろゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れぬ私し<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>成事</rb><rt>なること</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ずお<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し成されて下されと云<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎら</rt></ruby>すを忠兵衞は<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげて言ひ出しけるは<ruby><rb>然云</rb><rt>さういふ</rt></ruby>御前の<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>を<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>らするのも氣の毒千萬私しも今迄<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して<ruby><rb>他言</rb><rt>たごん</rt></ruby>は致す<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじ</rt></ruby>とは思ひしがお前が私の言葉を<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>るゝなら私もお前に云事ありお前の<ruby><rb>連合</rb><rt>つれあひ</rt></ruby>道十郎殿<ruby><rb>那</rb><rt>あん</rt></ruby>な<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>れしは全く誰も<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>る者なし實はあの<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>十兵衞を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>した奴は外に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>夫を知て居らるゝかと聞よりお光は<ruby><rb>飛立</rb><rt>とびたつ</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ其十兵衞を殺した人は別に有とは<ruby><rb>誰人</rb><rt>たれびと</rt></ruby>にや<ruby><rb>其許樣</rb><rt>そこもとさま</rt></ruby>が御<ruby><rb>存知</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>ならば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へて下されと言ば忠兵衞<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>いはるゝならば教へもせんが然れども<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>が<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんじんかな</rt></ruby>め<ruby><rb>魚心</rb><rt>うをごころ</rt></ruby>有ば水心と<ruby><rb>味</rb><rt>あじ</rt></ruby>な<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>にお光はほゝ<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>み<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby>なさば<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さんときつと<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>仕直</rb><rt>しなほ</rt></ruby>して夫さへ<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>して下さらば如何なる事でも<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>と聞て忠兵衞<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちう</rt></ruby>になりお前の<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎殿に<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>きせ</rt></ruby>たる奴はお前も知ての<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>藪醫者</rb><rt>やぶいしや</rt></ruby>長庵<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>無し<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>うばかりでは<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬが<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へて見れば八年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>八月廿八日に<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>して三日ゆゑ<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>の通り平川の<ruby><rb>天神樣</rb><rt>てんじんさま</rt></ruby>へ參詣に<ruby><rb>出掛</rb><rt>でかけ</rt></ruby>た處か<ruby><rb>早過</rb><rt>はやすぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>の人はなし<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>は<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く<ruby><rb>降</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>つたなれど<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>參り少しも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず參詣なし<ruby><rb>裏門</rb><rt>うらもん</rt></ruby>を出て<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>る頃漸々東が<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>み出し雨も<ruby><rb>小降</rb><rt>こぶり</rt></ruby>に成たる故<ruby><rb>浮羅々々</rb><rt>ぶら〱</rt></ruby>戻る<ruby><rb>向</rb><rt>むかう</rt></ruby>より<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>つぺた迄<ruby><rb>引端打</rb><rt>ひつはしをり</rt></ruby><ruby><rb>古手拭</rb><rt>ふるてぬぐひ</rt></ruby>で<ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかぶ</rt></ruby>り<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をも指ずに<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>しよぼ<ruby><rb>垂</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>小脇差</rb><rt>こわきざし</rt></ruby>をば後ろへ廻し<ruby><rb>薄氣味惡</rb><rt>うすきみわる</rt></ruby>き<ruby><rb>坊主奴</rb><rt>ばうずめ</rt></ruby>が來るのを見れば長庵故<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をもさゝず<ruby><rb>先生</rb><rt>せんせい</rt></ruby>には<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへお出と<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うつか</rt></ruby>り言葉を掛たら彼方はおどろき<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>病人の<ruby><rb>診察</rb><rt>みまひ</rt></ruby>の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りと答へし<ruby><rb>形容</rb><rt>ようす</rt></ruby>の<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>く殊に<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>へ<ruby><rb>生血</rb><rt>なまち</rt></ruby>のしたゝり懸つて有故其の血<ruby><rb>汐</rb><rt>しほ</rt></ruby>は如何の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>やと<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>問へば長庵愈々<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby><ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby><ruby><rb>嗚呼</rb><rt>ああ</rt></ruby><ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>はせぬ者なり<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>なきことを致したり<ruby><rb>霞</rb><rt>かすみ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>關</rb><rt>せき</rt></ruby>の坂下にて<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby>めが<ruby><rb>吼付</rb><rt>ほえつく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>據所</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく<ruby><rb>拔討</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に犬を斬しが其血が<ruby><rb>刎</rb><rt>はね</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>如斯</rb><rt>こんな</rt></ruby>に<ruby><rb>汚</rb><rt>よご</rt></ruby>せしなりと云つゝ<ruby><rb>吐息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つく</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>が<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>も<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく思はれたり夫のみならず第一に<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>へ行に<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をもさゝず<ruby><rb>濡萎</rb><rt>ぬれしよぼ</rt></ruby>たれて<ruby><rb>跣</rb><rt>はだし</rt></ruby>とは其の意を得ずと思ひしに跡にて<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば<ruby><rb>弟</rb><rt>おとうと</rt></ruby>なる十兵衞とやら云者が札の辻にて人手にかゝり其<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつ</rt></ruby>きに長庵は病氣なりとて十兵衞が出立するを<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>りも爲ざりし由<ruby><rb>檢使場</rb><rt>けんしば</rt></ruby>でも御奉行樣のお前でも申立たる赴きゆゑはてなと思うて居るものゝ人の事にて兎や角と<ruby><rb>言爭</rb><rt>いひあら</rt></ruby>そはんも<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>なき事<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に私しの女房の云には<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>にそんな事を口出しなさば<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>なる時は<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>なれば決して<ruby><rb>口外</rb><rt>こうぐわい</rt></ruby>なさるゝなと言ける故に今迄は人にも決して言ざりしがお前にばかり<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>すなり夫ゆゑお前の御<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と言ふは長庵に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしさなサア〱〱<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>した上はお光さん私が事も聞て呉れとお光に<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>き<ruby><rb>附</rb><rt>つく</rt></ruby>を其手を取て<ruby><rb>突除</rb><rt>つきの</rt></ruby>けつゝ<ruby><rb>見相</rb><rt>けんさう</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby>て忠兵衞さん扨は其朝長庵が傘をもさゝず天神樣の<ruby><rb>裏門前</rb><rt>うらもんまへ</rt></ruby>にて<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>れし時口<ruby><rb>利</rb><rt>きか</rt></ruby>れたは<ruby><rb>確乎</rb><rt>たしか</rt></ruby>な<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>夫程證據の有事をなどて今日迄<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まれしや情なき忠兵衞殿<ruby><rb>無念々々</rb><rt>むねん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>齒噛</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなし忽まち<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>も<ruby><rb>血走</rb><rt>ちばし</rt></ruby>りつゝ髮も<ruby><rb>逆立</rb><rt>さかたつ</rt></ruby><ruby><rb>形容</rb><rt>ありさま</rt></ruby>にて斯る證人有上は此趣きを<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>に御奉行樣へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこん</rt></ruby>で彼の長庵を御調べ願ひ夫の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby><ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぐべし忠兵衞殿には何處迄も<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>と成て下されと<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にも<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけだ</rt></ruby>すお光が氣色此有樣に忠兵衞は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なことをば言ひ出してひよな<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎに成たりと酒も<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へか<ruby><rb>醒</rb><rt>さめ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby>も<ruby><rb>戀路</rb><rt>こひぢ</rt></ruby>も<ruby><rb>消果</rb><rt>きえはて</rt></ruby>てこはそも如何にと<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果十方に暮て居たりしが忠兵衞は<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>もされねば<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>給へお光殿御番所へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこん</rt></ruby>でも<ruby><rb>外事</rb><rt>ほかこと</rt></ruby>成ぬ大事の一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>人の命に關る事先々<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんがへ</rt></ruby>てと<ruby><rb>言紛</rb><rt>いひまぎ</rt></ruby>らすをお光は聞ず兎にも角にも御奉行所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出て御<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べを願うた時は必ず<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>人と成て給はれ忠兵衞殿と<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おせ</rt></ruby>ども忠兵衞は<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>もなく我が家へこそは立歸りぬお光は<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>道之助にも其次第を<ruby><rb>言聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せ其儘<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に支度して<ruby><rb>店請</rb><rt>たなうけ</rt></ruby>人の清右衞門に相談せんと<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>ける

## 第十六回

口を<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>る事<ruby><rb>瓢</rb><rt>ふくべ</rt></ruby>の如くと又口は<ruby><rb>禍</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひの<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby><ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>は禍ひの<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>と言る事<ruby><rb>金言</rb><rt>きんげん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>かな瀬戸物屋忠兵衞<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らず八ヶ年<ruby><rb>過去</rb><rt>すぎさり</rt></ruby>たる事をお光が<ruby><rb>色情</rb><rt>しきじやう</rt></ruby>にほだされ<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>と<ruby><rb>口走</rb><rt>くちばし</rt></ruby>り掛り合に成て當惑に及びしも口の禍ひなり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら天に口なし人を以て<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>しめ給ふ事長庵が多年の<ruby><rb>積惡</rb><rt>せきあく</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>の<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>にや有ぬべし然ばお光は忠兵衞が歸りしより<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>を爲し<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>店請人</rb><rt>たなうけにん</rt></ruby>の清右衞門方へ到り<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>の<ruby><rb>譯柄</rb><rt>わけがら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに此趣きを訴へて夫の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>由一心込て相談に及びければ清右衞門<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>心の内に一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>中山出雲守樣の御<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>にて<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>に成し一件なれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か證人の有ばとて<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>に御取上には<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>まじ<ruby><rb>毛</rb><rt>け</rt></ruby>を<ruby><rb>吹</rb><rt>ふい</rt></ruby>て<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めなば却つてお光の爲ならずと<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めてお光に向ひ夫は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なる次第なれども一<ruby><rb>朝</rb><rt>てう</rt></ruby>一<ruby><rb>夕</rb><rt>せき</rt></ruby>の事ならず假令<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>人の有ればとて<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby>て<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ふ事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>ならず殊に北の御番所にて<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby><ruby><rb>裁許濟</rb><rt>さいきよずみ</rt></ruby>に成し事故今更兎や角申立るとも<ruby><rb>入費倒</rb><rt>にふひたふ</rt></ruby>れにて<ruby><rb>贅</rb><rt>むだ</rt></ruby>事に成も知れず云ば證文の出し<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れなり夫より<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎殿の事は前世よりの<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>られ<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の道之助殿の成長を<ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみに<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し給へと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>めつ<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>しつ<ruby><rb>諫</rb><rt>いさめ</rt></ruby>ると雖もお光は更に思ひ止るべき<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば猶押<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>して頼みけるに清右衞門一<ruby><rb>圓</rb><rt>ゑん</rt></ruby>取用ひ呉ざれば<ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なさに<ruby><rb>凄々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と我が屋へ<ruby><rb>社</rb><rt>こそ</rt></ruby>は<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>れど<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思へば<ruby><rb>懷</rb><rt>おも</rt></ruby>ふ程無念悔しさ<ruby><rb>止難</rb><rt>やみがた</rt></ruby>ければ<ruby><rb>店請人</rb><rt>たなうけにん</rt></ruby>清右衞門をさし置てお光は<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>長助方へ赴き<ruby><rb>貴君樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>に<ruby><rb>折入</rb><rt>をりいつ</rt></ruby>て<ruby><rb>密々</rb><rt>みつ〱</rt></ruby>御願ひ申度一大事の出來候まゝ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りしなり併し乍ら<ruby><rb>人樣</rb><rt>ひとさま</rt></ruby>の前にては申し上難きことなれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>内々にて<ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ上度と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>により長助は如何にも承知なりとて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>の家内に向ひ其方は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>なりとも少しの<ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>だ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>てをれと云れて<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>は<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby><ruby><rb>膨</rb><rt>ふく</rt></ruby>らし女房が何で<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>お光殿もお光殿此<ruby><rb>晝日中</rb><rt>ひるひなか</rt></ruby><ruby><rb>馬鹿々々</rb><rt>ばか〱</rt></ruby>しいと口には<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ねどつん〱するを長助夫と見て取つて其方が氣を<ruby><rb>揉事</rb><rt>もむこと</rt></ruby>に非ず早々<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>へか行きて居れと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付いざお光殿是へ御座れと<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>の一間へ<ruby><rb>喚込</rb><rt>よびこめ</rt></ruby>ば女房は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>も<ruby><rb>生</rb><rt>はゆ</rt></ruby>べき<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>にて<ruby><rb>密男</rb><rt>まをとこ</rt></ruby>は七兩二分<ruby><rb>密女</rb><rt>まをんな</rt></ruby>に相場は<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>と<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら<ruby><rb>格子戸</rb><rt>かうしど</rt></ruby>をがたびし<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>て<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>けり跡には長助お光兩人<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむか</rt></ruby>ひなればお光は<ruby><rb>四方</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻して<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに云けるに内々にて御願ひと申すは外のことには候はず私し<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎事八ヶ年<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby><ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>にて<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>と有し次第を<ruby><rb>具</rb><rt>つぶ</rt></ruby>さに物語り彼忠兵衞を證據人と<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し私し<ruby><rb>駈込願</rb><rt>かけこみねが</rt></ruby>ひ致し度と涙を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>めて頼みける<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>に<ruby><rb>貞心</rb><rt>ていしん</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れければ長助は感心なし今度忠兵衞が<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らずお前方に<ruby><rb>過去</rb><rt>すぎさり</rt></ruby>たる一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>を<ruby><rb>口走</rb><rt>くちばし</rt></ruby>りしはお光殿の<ruby><rb>貞心</rb><rt>ていしん</rt></ruby>を天道樣が<ruby><rb>感應</rb><rt>かんおう</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>まして忠兵衞に<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>はせし者ならん如何にも此長助が<ruby><rb>一肌</rb><rt>ひとはだ</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>ぬい</rt></ruby>でお世話致さん<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>中山樣にて<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>の付し事を<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へるわけゆゑ<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>は<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>破毀</rb><rt>やぶり</rt></ruby>の願ひなれば一ト通りの<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>びにては<ruby><rb>貫徹</rb><rt>つらぬく</rt></ruby>事<ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>敷</rb><rt>し</rt></ruby>からんされば長庵とやらが<ruby><rb>大雨</rb><rt>おほあめ</rt></ruby>の<ruby><rb>降</rb><rt>ふる</rt></ruby>に<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をもさゝず<ruby><rb>曉方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に平川天神の裏門通りにて<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby>たりと云忠兵衞とかの方へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き證據人に必ず立と云處を<ruby><rb>突留</rb><rt>つきとめ</rt></ruby>其上<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を申し立<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>取上て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ぬ時は<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>願ひを<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>すべし又<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby><ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>願ひを<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>しても御取上に成ぬ時は月番の御老中へ<ruby><rb>駕訴</rb><rt>かごそ</rt></ruby>をすると覺悟を仕て<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべしと身に引受し長助が<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>言聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せければお光は飛立ばかりに喜び<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>長助<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて忠兵衞方へ赴きける<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>例令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>お光が女の身にて何樣に思ふとも外の家主ならんには<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>引請て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>る<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>には有らね共此長助と云家主は當時此<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>き大江戸にても三人と言るゝ<ruby><rb>指折</rb><rt>ゆびをり</rt></ruby>の<ruby><rb>公事好</rb><rt>くじずき</rt></ruby>と名を取し男にて其頃の噂にも<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て<ruby><rb>神棚</rb><rt>かみだな</rt></ruby>に向ひ先我が<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>安泰</rb><rt>あんたい</rt></ruby><ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>町内<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>と<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りしと云ふ程の心底故か御番所の<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>喰</rb><rt>くふ</rt></ruby><ruby><rb>辨當</rb><rt>べんたう</rt></ruby>は何が<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>ても<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>しと言しとかや何故に町内<ruby><rb>大變々々</rb><rt>たいへん〱</rt></ruby>と言かと思ふに支配内に變が<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば家主は何にも面白く<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>と言位の人物にて<ruby><rb>麻布</rb><rt>あざぶ</rt></ruby>に三次郎<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby>に勘左衞門赤坂に此長助と三人の公事<ruby><rb>好</rb><rt>ずき</rt></ruby>家主なり此長助には<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>む所の出入なりと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>お光が力となりしはお光か<ruby><rb>貞心</rb><rt>ていしん</rt></ruby>の<ruby><rb>貫</rb><rt>つら</rt></ruby>ぬく運と言も<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>天より定りて人を<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>するの<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby><ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>したりし者か此時彼瀬戸物屋忠兵衞は<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>も<ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>を引出したりと<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼</rb><rt>あを</rt></ruby>ざめて我家へ歸來り女房のお富に向ひ<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>と證據人に<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と道十郎の後家のお光に言れ何と云<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>らしても<ruby><rb>漸</rb><rt>とん</rt></ruby>と聞入れず<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>歸りては來れ共お光が<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>願ひにても及ぶ時は必ず我が名を申立べし如何して<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らんやと<ruby><rb>大息</rb><rt>おほいき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つい</rt></ruby>て言けるにぞ女房は聞て大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>長庵に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>た話しは<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざる事故決して<ruby><rb>口外</rb><rt>こうぐわい</rt></ruby>はなさるなと<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>おまへに言置しに何故<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる一大事を云れし事哉と<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て忠兵衞は女房の手前ながらも面目なく<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>にあらはるれば女房は益々<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らげ<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>お光さんは後家なる故何か思ふ仔細が有て上り込み者<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んさも無くば<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>で<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>たお光さんに是迄<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>さぬ一大事を<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>さう<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>がない<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>お光さんの<ruby><rb>色香</rb><rt>いろか</rt></ruby>に迷ひ私があれ程に言て置た事をも打忘れて<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>から<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>を<ruby><rb>釀</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ私に相談も無い者だ夫と云も日頃から身の<ruby><rb>嗜</rb><rt>たしな</rt></ruby>みの<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い故と<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>やきかけし女房は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>くも又<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり

## 第十七回

人の<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひをうれひ人の<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みをたのしむと是は又一<ruby><rb>己</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>豪傑</rb><rt>がうけつ</rt></ruby>なり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も家主長助は道十郎後家のお光を同道にて忠兵衞の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>に到り私しは赤坂表町家主長助と申す者なりと<ruby><rb>初對面</rb><rt>しよたいめん</rt></ruby>の挨拶も<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と此お光より<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりしに<ruby><rb>御自分</rb><rt>ごじぶん</rt></ruby>事八ヶ年以前八月廿八日<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に平川天神御參詣の<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>麹町三丁目<ruby><rb>町醫師</rb><rt>まちいし</rt></ruby>村井長庵にお<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>なされしとの事道十郎殿<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>墮</rb><rt>おちい</rt></ruby>りしも長庵は其<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>不快</rb><rt>ふくわい</rt></ruby>にて<ruby><rb>臥</rb><rt>ふせ</rt></ruby>り居り弟の<ruby><rb>見送</rb><rt>みおくり</rt></ruby>にさへ出る事<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>はざりしなどと申立し由なれ共右樣<ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據人の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>からはお光殿年來の<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>をも達し家主の身に取ても<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なることの<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>し上は<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby>ては役儀も<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ざること故夫々に<ruby><rb>手配</rb><rt>てくばり</rt></ruby>なし御番所へ願ひ出るにより此時の證據人に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>無く御<ruby><rb>立下</rb><rt>たちくだ</rt></ruby>されよとお光<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>退引</rb><rt>のつぴき</rt></ruby>させぬ<ruby><rb>理詰</rb><rt>りづめ</rt></ruby>の<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby>じに忠兵衞は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>をも言はざりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして答るやう如何にも<ruby><rb>御噺</rb><rt>おはなし</rt></ruby>申せし通り平川天神の<ruby><rb>裏門前</rb><rt>うらもんまへ</rt></ruby>にて其日の<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつき</rt></ruby>長庵に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しに相違これ無ことに付其所は<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>迄も證據人に相立申べし<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>の人殺しが長庵と言ふことの證據人には<ruby><rb>相立難</rb><rt>あひたちがた</rt></ruby>しと言へば長助<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>夫は如何にも<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>しぬ只平川にて其朝まだき長庵に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たると言ふことを<ruby><rb>發輝</rb><rt>はつき</rt></ruby>と申立て給はらば夫にて宜しと家主長助は忠兵衞を<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と談じ其の<ruby><rb>趣</rb><rt>おも</rt></ruby>むきの一札を取置<ruby><rb>去</rb><rt>され</rt></ruby>ばお光殿立歸りて訴訟の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>に及ばんなれども忠兵衞殿には<ruby><rb>御迷惑</rb><rt>ごめいわく</rt></ruby>なる事に候はんと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>長助お光の兩人は是で<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に<ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>はないと<ruby><rb>小躍</rb><rt>こをどり</rt></ruby>をして立戻り長助は<ruby><rb>直</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ちに訴訟書をぞ<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めける<ruby><rb>總</rb><rt>すべ</rt></ruby>て公事は訴状面に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>を分つは勿論の事なれども其中にも成ると<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざるとは大いに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひあることなり<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へば町内に<ruby><rb>捨物</rb><rt>すてもの</rt></ruby>の有りし時<ruby><rb>拔身</rb><rt>ぬきみ</rt></ruby>の<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>き<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby><ruby><rb>何處其處</rb><rt>どこそこ</rt></ruby>に<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>これ有候と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて訴へれば<ruby><rb>穩</rb><rt>おだや</rt></ruby>かに聞ゆるなり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て此訟訴書の無事に御取上に成る樣にとて長助は<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>に心を配り願書をぞ<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めける其文に<ruby><rb>乍恐</rb><rt>おそれながら</rt></ruby><ruby><rb>書附</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>奉願上</rb><rt>ねがひあげたてまつり</rt></ruby>候一赤坂傳馬町長助店道十郎後家光奉申上候<ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby>る寶永七年八月廿八日<ruby><rb>拂曉</rb><rt>ふつげう</rt></ruby><ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>に於て麹町三丁目<ruby><rb>町醫</rb><rt>まちい</rt></ruby>村井長庵弟十兵衞<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ出立仕候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り相果候<ruby><rb>其場</rb><rt>そのば</rt></ruby>に私し<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>道十郎所持<ruby><rb>印付</rb><rt>しるしつき</rt></ruby>の<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby><ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>有之候より道十郎へ<ruby><rb>御疑念</rb><rt>ごぎねん</rt></ruby><ruby><rb>相掛</rb><rt>あひかゝ</rt></ruby>り候哉其節の御月番中山出雲守樣御奉行所へ夫道十郎儀<ruby><rb>病中</rb><rt>びやうちう</rt></ruby><ruby><rb>御召捕</rb><rt>おめしとり</rt></ruby>に相成<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付けられ候處御吟味中牢死仕つり死骸の儀は御<ruby><rb>取捨</rb><rt>とりすて</rt></ruby>に相成家財は私し<ruby><rb>母子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>へ下し置れ候間其後私し儀は<ruby><rb>店請人</rb><rt>たなうけにん</rt></ruby>清右衞門方へ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>引取り同人の世話にて當時の所へ<ruby><rb>借宅仕</rb><rt>しやくたくつかま</rt></ruby>つり幼少の悴道之助兩人にて八ヶ年來<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby><ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>年來夫道十郎事<ruby><rb>非業</rb><rt>ひごふ</rt></ruby>の死をなし候儀<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby><ruby><rb>止時</rb><rt>やむとき</rt></ruby>なく右人殺しの本人<ruby><rb>搜索</rb><rt>たづね</rt></ruby>出し夫の惡名<ruby><rb>相雪</rb><rt>あひそゝ</rt></ruby>ぎ申度心<ruby><rb>懸居</rb><rt>がけをり</rt></ruby>候處私し<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>住居麹町に於て懇意に仕つり候忠兵衞と申者<ruby><rb>頃日</rb><rt>このごろ</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>私し方へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>話しの手續きより忠兵衞申<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候には先年札の辻の人殺しは村井長庵こそ<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しけれと<ruby><rb>口走</rb><rt>くちばし</rt></ruby>り候まゝ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>實情</rb><rt>じつじやう</rt></ruby>を承まはり候に右同日の<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>には長庵儀前日より病氣にて弟十兵衞の<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>をも見送らざる旨<ruby><rb>御檢使場</rb><rt>ごけんしば</rt></ruby>に於て申立候趣きに候得ども忠兵衞儀同日同刻麹町平川天神へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>し歸り同所裏門前に於て<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby><ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>し候由尤も其節長庵が<ruby><rb>體裁</rb><rt>ありさま</rt></ruby>甚だ以て<ruby><rb>如何敷</rb><rt>いかゞしき</rt></ruby>趣きに有之候旨に御座候之に依て右忠兵衞證據人に<ruby><rb>相立</rb><rt>あひたて</rt></ruby>此段御訴訟申上奉つり候<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御慈悲を以つて右忠兵衞儀御<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し御糺しの上長庵<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され御吟味成し下し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ夫道十郎の惡名<ruby><rb>相雪</rb><rt>あひそゝ</rt></ruby>ぎ候樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願上度之れに<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>奉歎願</rb><rt>たんぐわんたてまつり</rt></ruby>候以上赤坂傳馬町二丁目後家願人みつ　差添清右衞門　家主長助　享保二年三月　南御奉行樣　右の通り<ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby><ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め長助猶も<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>勘考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へけるに此事件は一旦中山樣御<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>にて<ruby><rb>御裁許濟</rb><rt>ごさいきよずみ</rt></ruby>に成りし事なれば次第に<ruby><rb>寄</rb><rt>よる</rt></ruby>と訴状を<ruby><rb>却下</rb><rt>さげもど</rt></ruby>さるゝやも計り難く先年は北の御月番なりしかば此度は南の御番所へ<ruby><rb>出訴</rb><rt>しゆつそ</rt></ruby>せん然すれば御役所も<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ殊には此頃勢州山田奉行から江戸町奉行へ御見出しに<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>たる大岡越前守樣へ持出しなば<ruby><rb>御新役</rb><rt>ごしんやく</rt></ruby>だけ御力の入られ樣も違はん又<ruby><rb>聞所</rb><rt>きくところ</rt></ruby>に<ruby><rb>寄</rb><rt>よれ</rt></ruby>ば大岡樣は<ruby><rb>往昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>青砥</rb><rt>あをと</rt></ruby>左衞門にも<ruby><rb>優</rb><rt>まさ</rt></ruby>れる御奉行也との評判なれば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>御吟味も下さらんと家主長助<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともお光は南の役所へ<ruby><rb>駈込訴</rb><rt>かつこみそ</rt></ruby>に及びしかば越前守殿<ruby><rb>落手</rb><rt>らくしゆ</rt></ruby>致され一通り<ruby><rb>糺問</rb><rt>たづね</rt></ruby>の上追て沙汰に及ぶ<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申わたされ其日は一同<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りけり

## 第十八回

<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>こそ物の<ruby><rb>上手</rb><rt>じやうず</rt></ruby>なれと<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>への通り<ruby><rb>飽迄</rb><rt>あくまで</rt></ruby>も<ruby><rb>公事向</rb><rt>くじむき</rt></ruby>に手<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>し長助が思ひ通りの訴状御取上に成りしかばお光の<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び一方ならず然るに三四日過て御<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しに相成越前守殿願ひ人お光清右衞門長助の三人へ申渡されけるは此訴訟の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きにては先年同役たる中山出雲守の係りにて<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たる<ruby><rb>事件</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を再び申立る樣に聞ゆるなり然ば<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>を戻すと云ふ者にて<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からざる儀なり併しながら其<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>に依ては再び吟味爲まじき者にも非ず達て願ひ立ると有れば取上て一通り調べもいたし<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんが何れとも其<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>にて願ひ立べしと申されけるに願ひ人のお光は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上げ此事に付<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>如何樣の儀仰せ付らるゝ共<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>の儀申上ざるにより御取調べの程<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ上奉つる尤も證據人忠兵衞を<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され御尋ね下されなば委細に相分り候<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き申立るに越前守殿然らば其忠兵衞に<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ぬる時は長庵が<ruby><rb>始末柄</rb><rt>しまつがら</rt></ruby><ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>る趣なれども先其方より一應申立べしとの事によりお光<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上八ヶ年以前夫道十郎儀芝札の辻に於て十兵衞と申者人手に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>候處其場に道十郎の<ruby><rb>印</rb><rt>しる</rt></ruby>し付に<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby><ruby><rb>捨之有</rb><rt>すてこれあり</rt></ruby>しに付御疑ひ罹りしと雖も其傘は長庵方へ忘れ置たる品に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく候<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに夫道十郎浪人の<ruby><rb>貧</rb><rt>ひん</rt></ruby>に<ruby><rb>逼</rb><rt>せま</rt></ruby>り十兵衞が四十兩餘の金子を持たる事を知る故<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を付來りて十兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>なし其金を奪ひ取りしに相違なしと御<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>へ長庵より申立たるに依て夫道十郎<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ御吟味中牢死仕つりし<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>長庵儀は其朝は前夜より<ruby><rb>不快</rb><rt>ふくわい</rt></ruby>にて弟十兵衞の出立を見送りも致さゞる趣むき是又御檢使の場にて申上再應御調べの節も同じ樣に申立長庵へは御<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めもなく<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たる所此間忠兵衞<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>私し方へ參り申聞せ候には寶永七年八月廿八日<ruby><rb>未明</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に麹町平川天神の<ruby><rb>裏門</rb><rt>うらもん</rt></ruby>前にて忠兵衞<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>の歸りがけ村井長庵を見請たるに其節は<ruby><rb>大雨</rb><rt>おほあめ</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふ</rt></ruby>り居候へ共長庵は<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をもさゝず濡ながら來りしに付<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ參られ候哉と忠兵衞相尋ね候處<ruby><rb>霞</rb><rt>かすみ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>關</rb><rt>せき</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の病家へ參り候<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>の<ruby><rb>夥多敷</rb><rt>おびたゞしく</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>候に付き是又忠兵衞より如何致され候やと相尋ね候處大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>候樣子にて申けるにはアヽ<ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>は致さぬもの今犬めが餘り<ruby><rb>吼付</rb><rt>ほえつき</rt></ruby>し故<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby><ruby><rb>拔討</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に<ruby><rb>斬殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>しけるが其血汐の付たる者ならんと云ひて<ruby><rb>周章</rb><rt>あわたゞ</rt></ruby>しく其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に別れ候ひし由尤も病氣にて弟の<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>りもいたさぬ長庵が<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>甚だ以て<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく存じ候まゝ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>忠兵衞へ御尋ねの上長庵を御調べの程<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに御願ひ申上ますと申立ければ越前守殿<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>とよ願ひ人光其は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようゐ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざる<ruby><rb>事件</rb><rt>ことがら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なる儀は取上には成らぬぞ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>して申立よ<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby><ruby><rb>店請</rb><rt>たなうけ</rt></ruby>人清右衞門其方儀は八ヶ年以前右の<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>心得居るや又如何なる<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>にて<ruby><rb>母子共</rb><rt>ぼしとも</rt></ruby>世話致し居りしやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しかば清右衞門<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら道十郎は私し店受人致し候以前より<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>の<ruby><rb>入懇</rb><rt>じゆこん</rt></ruby>に付<ruby><rb>店受</rb><rt>たなうけ</rt></ruby>人に相成候所右<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>く其儘受人の<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>みにて引取世話<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>り<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候八箇年以前<ruby><rb>御檢使</rb><rt>ごけんし</rt></ruby>の場は存じ申さず候へ共其後右道十郎お<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に相成御<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べの度毎に私し儀も召出され委細心得罷り在候御調べ筋は右十兵衞事<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>致し候場所に道十郎所持の<ruby><rb>印</rb><rt>しる</rt></ruby>し付の傘有之候に付申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>相立難く<ruby><rb>兩度</rb><rt>りやうど</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>長庵と<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せ御調べに相成候へ共道十郎は其前より久々<ruby><rb>不快</rb><rt>ふくわい</rt></ruby>故申開きも心に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せず<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に牢死に及び候に付<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>長庵が<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>にて道十郎の<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に相定まり死骸は御<ruby><rb>取捨</rb><rt>とりすて</rt></ruby><ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>は妻子へ下し置れ候<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ渡され候と申立ければ越前守殿御聞有て成程其調べの儀は此越前守が取調べても<ruby><rb>其通</rb><rt>そのとほ</rt></ruby>りなり然るに忠兵衞と申者八箇年<ruby><rb>打過</rb><rt>うちす</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>と成て右樣の儀申出ると言ふは何ぞ忠兵衞が右長庵に<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>にても是ある事には<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ざるか何とも<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき證據人なり八箇年以前同役が<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べの<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の不吟味は是なき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら證據人と有る上は右忠兵衞を召出したる上にて<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶなりと<ruby><rb>概</rb><rt>あら</rt></ruby>まし御<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>有りし<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>家主長助へも其旨申渡され今日は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとる</rt></ruby>べしと有りける故に<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>我が家へ歸りけり翌日直に麹町三丁目瀬戸物屋忠兵衞を御<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>しに相成<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に於て越前守殿其人物を御覽あるに人の<ruby><rb>惡</rb><rt>あく</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>意趣遺恨</rb><rt>いしゆゐこん</rt></ruby>などを<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み又有りもせぬ<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を申懸る樣成者に非ざる事を早くも見て取られ如何に忠兵衞其方八箇年以前寶永七年八月廿八日の<ruby><rb>明曉</rb><rt>あかつき</rt></ruby>長庵を麹町平川天神裏門前にて見受たる由<ruby><rb>其砌</rb><rt>そのみぎ</rt></ruby>りの<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一申立べしと云はれければ忠兵衞はハツと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へしまゝ<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ぬばかりにて<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に申立けるは願ひ人光より申上たる通り<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なくとばかりなれば越前守殿<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ忠兵衞<ruby><rb>右樣</rb><rt>みぎやう</rt></ruby>の儀を承知して居ながら<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と申上べきの處<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の至りなり<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>呼出し長庵と<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>申付るなりと一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>させられたり偖て越前守殿此一件は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならずと内々にて<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>有りし所<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>るゝより<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はるゝはなしとの<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>の如く彼の札の辻の人殺しは<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く長庵の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に相違なきこと世上の<ruby><rb>取沙汰</rb><rt>とりさた</rt></ruby>もあるにより大岡殿は<ruby><rb>新役</rb><rt>しんやく</rt></ruby>の<ruby><rb>手際</rb><rt>てぎは</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はさんと思はれ一度の吟味もなく<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に麹町名主矢部與兵衞へ<ruby><rb>内通</rb><rt>ないつう</rt></ruby>有つて村井長庵が<ruby><rb>在宿</rb><rt>ざいしゆく</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見屆させ置召捕方の與力同心を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>されしかば<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の者共長庵が宅の<ruby><rb>表裏</rb><rt>おもてうら</rt></ruby>より一度に込入たる然るに長庵は<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわ</rt></ruby>ざに<ruby><rb>曰</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>臭</rb><rt>くさ</rt></ruby>い者の<ruby><rb>見知</rb><rt>みしら</rt></ruby>ずとやら斯かる事とは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らず是は何事ぞと驚く<ruby><rb>機會</rb><rt>とたん</rt></ruby>に上意々々と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はるを長庵は身を<ruby><rb>退</rb><rt>しさ</rt></ruby>り人違ひにも候べし此長庵に於て御<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなる</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え更になしと<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>にも<ruby><rb>言拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby>んとするを<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の人々聲をかけ覺えの<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>は云ふに及ばず<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>に掛れと大勢<ruby><rb>折重</rb><rt>をりかさ</rt></ruby>なりて取押へ遂に繩をぞ掛たりける<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て引立られし長庵が心の内には<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろけ</rt></ruby>ども<ruby><rb>奸惡</rb><rt>かんあく</rt></ruby><ruby><rb>長</rb><rt>たけ</rt></ruby>し<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なれば何の調べか知ねども我がした惡事は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>無證據</rb><rt>むしようこ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにやう</rt></ruby>に吟味筋が有るにもせよ此長庵が<ruby><rb>舌頭</rb><rt>ぜつとう</rt></ruby>にて左りを<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>せば右へ<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>右を問はゞ左りへ<ruby><rb>綾</rb><rt>あや</rt></ruby>なし越前とやら<ruby><rb>名</rb><rt>めい</rt></ruby>奉行でも何の<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>るゝ事やあらんと<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>は<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めの繩の<ruby><rb>縷</rb><rt>より</rt></ruby>さへ戻す氣で引れ行くこそ<ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>なれ。

## 第十九回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>又大岡越前守殿<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>の白洲には<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>來りし村井長庵高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められ<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>に居づくまる時に越前守殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>ありて村井長庵と<ruby><rb>呼</rb><rt>よばは</rt></ruby>るゝ時長庵ハツと答へければ越前守殿<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝ樣其方儀<ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby>る寶永七年八月廿八日の<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に芝札の辻にて其方弟十兵衞<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>北</rb><rt>きた</rt></ruby>の役所へ差出したる口書の儀何と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めたるや覺え<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば申立べしとの事により長庵は驚きしが少しも其色を見せず<ruby><rb>空涙</rb><rt>そらなみだ</rt></ruby>を流して只今御尋ねに付思ひ出し候ても<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かは<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>は私し事其前夜より病氣にて立起も自由<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ずして<ruby><rb>當朝</rb><rt>たうてう</rt></ruby>弟十兵衞<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>の見送りも致さず<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り立せしゆゑ<ruby><rb>闇々</rb><rt>やみ〱</rt></ruby>と人手に掛り相果候事殘念今に忘れ申さず候と<ruby><rb>泣々</rb><rt>なくな</rt></ruby>く申立ければ越前守殿是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ其節其方が病氣と<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば見送りの出來ぬは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら大金を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せし者を<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふけ</rt></ruby>に<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致させたるは<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>き事なり何故夜明て後出立致させぬそと有りけるに長庵<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばにて候私儀<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>弟に夜が明て後<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候樣に申聞せ候へ共<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>に殘し置たる妻や娘に一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も早く<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>させ度<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>は朝こそ<ruby><rb>敢果取</rb><rt>はかど</rt></ruby>れば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たるゆゑ少し<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆま</rt></ruby>ば夜も<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>なんと止むるを聞で<ruby><rb>出懸</rb><rt>でかけ</rt></ruby>しまゝ私しも病氣ながら<ruby><rb>起上</rb><rt>おきあが</rt></ruby>り止る<ruby><rb>桐油</rb><rt>とうゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby><ruby><rb>振切</rb><rt>ふりきり</rt></ruby><ruby><rb>首途</rb><rt>かどで</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>つゝ賊難に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたるは如何なる前世の<ruby><rb>宿業</rb><rt>しゆくごふ</rt></ruby>にやと<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>め候より外に致し方<ruby><rb>無之</rb><rt>これなき</rt></ruby>と申立ければ越前守殿<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>弟十兵衞が何と申共一日や二日で<ruby><rb>歸村</rb><rt>きそん</rt></ruby>の成る<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>所にも非らざれば<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>ても止むべきが兄たる者の<ruby><rb>情</rb><rt>じやう</rt></ruby>ならずや其方が<ruby><rb>仕成</rb><rt>しなし</rt></ruby>方甚だ以つて其意を得ずと申されければ長庵は<ruby><rb>病中</rb><rt>びやうちう</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に任せず<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>仕つり候併し先年中山出雲守樣の御<ruby><rb>裁許濟</rb><rt>さいきよずみ</rt></ruby>に相成候事と申す時越前守殿<ruby><rb>礑</rb><rt>はつ</rt></ruby>たと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>れ如何に長庵其方病中にて見送りさへ致し得ぬと申しながら何として其廿八日の<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に平川天神の裏門通りを<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>をもさゝず<ruby><rb>歩行</rb><rt>ほかう</rt></ruby>致したるやと<ruby><rb>大聲</rb><rt>たいせい</rt></ruby>に<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしかば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の長庵内心に<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろく</rt></ruby>と雖も<ruby><rb>然有</rb><rt>さあら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて這は思ひも寄らぬ御尋問を蒙る者<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀は更に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>御座候と何の氣色も無く申し立ければ大岡殿<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え無しと云はさぬぞと言はるゝをも待ず長庵其人殺しは浪人道十郎と<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>まり御<ruby><rb>吟味濟</rb><rt>ぎんみずみ</rt></ruby>に相成たる儀を何故今更に疑ひを以て私しへ仰せ<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>らるゝやと申立るを越前守殿<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ長庵其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>りは<ruby><rb>確然</rb><rt>しか</rt></ruby>とした證據人の<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りし故なり此度は其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の證據人と對決申し付る間其時<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>を<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ゆべしと申さるれども長庵は<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>き一旦御吟味濟に相成たる<ruby><rb>事件</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の御調べ<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>しは何とやらん御奉行所の御裁許は<ruby><rb>兩</rb><rt>ふた</rt></ruby>つ<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に存じ奉つると<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>の裁判所をも恐れず<ruby><rb>傍若無人</rb><rt>ばうじやくぶじん</rt></ruby>の<ruby><rb>言立</rb><rt>いひたて</rt></ruby>なれば<ruby><rb>越州殿</rb><rt>ゑつしうどの</rt></ruby>にも不敵の<ruby><rb>奸賊</rb><rt>かんぞく</rt></ruby>なりと目を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られしかども一旦中山殿奉行所にて<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>の有りし<ruby><rb>事件</rb><rt>ことがら</rt></ruby>なれば何と無く<ruby><rb>斟酌</rb><rt>しんしやく</rt></ruby>有て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ居られしが又猶申さるゝは其折道十郎なる者吟味<ruby><rb>詰</rb><rt>づめ</rt></ruby>に相成りし<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には之なく<ruby><rb>牢死</rb><rt>らうし</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>したる故其儘に成り<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しなり<ruby><rb>存生</rb><rt>ぞんしやう</rt></ruby>ならば外に吟味の致し方も有りしならん<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに只今の一言奉行所の<ruby><rb>不行屆</rb><rt>ふゆきとゞき</rt></ruby>の樣に上の御<ruby><rb>政度</rb><rt>せいど</rt></ruby>を<ruby><rb>批判</rb><rt>ひはん</rt></ruby>に及びし條<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>以て不屆き至極<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>右樣の儀を<ruby><rb>口走</rb><rt>くちばし</rt></ruby>り<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>するなと云はるゝに長庵は猶も<ruby><rb>減</rb><rt>へ</rt></ruby>らず<ruby><rb>面</rb><rt>がほ</rt></ruby>に御吟味の<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞか</rt></ruby>ざると申たる譯には御座無く全く御<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たればこそ道十郎が死骸は取捨仰せ付けられ又た<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>は妻子へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れしと申立る時越前守殿一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>張揚</rb><rt>はりあげ</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ長庵<ruby><rb>夫等</rb><rt>それら</rt></ruby>の儀を<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>に問に非ず道十郎は此儀ばかりに<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はらず<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に仔細有て死骸は取捨申付られたるなり<ruby><rb>餘事</rb><rt>よじ</rt></ruby>の答へには及ばず其方其夜は病中にて<ruby><rb>他行</rb><rt>たぎやう</rt></ruby>致したる覺え<ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>と言へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>其證據有りや如何にと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝ長庵<ruby><rb>冷笑</rb><rt>せゝらわら</rt></ruby>ひ別に證據と申ては御座無候へ共町役人一同其<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつ</rt></ruby>き私し<ruby><rb>打臥居</rb><rt>うちふしを</rt></ruby>り候所へ參り候間皆<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>存じ居候と云へば越前守殿夫は證據に<ruby><rb>成難</rb><rt>なしがた</rt></ruby>し<ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て此度<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに及ぶなり奉行所には證據人有るぞよ夫にては其方に<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>の申開き<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>やと申さるれば長庵私し病氣故弟十兵衞が夜中の出立を見送る事も出來ぬ身を以て<ruby><rb>如何</rb><rt>いかん</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>他行</rb><rt>たぎやう</rt></ruby>などの出來申べきや其<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と御<ruby><rb>賢察下</rb><rt>けんさつくだ</rt></ruby>され度と<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる<ruby><rb>形容</rb><rt>ありさま</rt></ruby>越前守殿見られて<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ其方は<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>者なり追て證據人を呼び出し對決申付る其節<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>致すな依て吟味中<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付ると<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の一聲高く申渡さるゝに<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の同心<ruby><rb>立懸</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り長庵を引立て傳馬町へと送られしは<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ見えたりけり<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>村井長庵弟十兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せし寶永七年八月廿八日の事成るに八ヶ年の<ruby><rb>星霜</rb><rt>せいさう</rt></ruby>を<ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>し今日<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及ばんとする事<ruby><rb>衆怨</rb><rt>しうゑん</rt></ruby>の歸する所にして<ruby><rb>就中</rb><rt>なかんづく</rt></ruby>道十郎が<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の<ruby><rb>魂魄</rb><rt>こんぱく</rt></ruby>とお光が<ruby><rb>貞心</rb><rt>ていしん</rt></ruby>を神佛の助け給ふ所ならん恐るべし<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>むべし。

## 第二十回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>日大岡殿には願ひ人長助光并びに<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>人麹町三丁目瀬戸物屋忠兵衞<ruby><rb>相手方</rb><rt>あひてかた</rt></ruby>村井長庵とを呼出しになり越前守殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て一同<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>る時大岡殿忠兵衞へ向はれ其方事今日は長庵と<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>る間天神の裏門前にて同人に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>たる趣き<ruby><rb>發輝</rb><rt>はつき</rt></ruby>と申立よと申渡され次に長庵其方の弟十兵衞出立の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>は病中にて有りしと申が平川天神裏門通りを其朝まだきに傘をも持ず歩行せし時其方に<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあ</rt></ruby>ひし者あるよし然る上は其節病中との申立は<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りならんと有りければ長庵<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>さうなる<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>して決して他行は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へも出申さず候と<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに申立てけるにぞ然る上は證據人をと申さるゝ時麹町三丁目瀬戸物屋忠兵衞<ruby><rb>直</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ちに白洲へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>と相成長庵の<ruby><rb>側</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>うづくま</rt></ruby>る是を見て<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の長庵<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しく<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りしかば越前守殿<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かにいざ長庵夫に<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>る忠兵衞こそ彼の日の<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつ</rt></ruby>きに其方に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し趣きなりと云はれしに長庵は忠兵衞を<ruby><rb>尻目</rb><rt>しりめ</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>恐れ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら申上候何者が<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事を<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>に及び御疑ひを<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り情け無くも<ruby><rb>仁術</rb><rt>じんじゆつ</rt></ruby>を<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>と仕つり<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>慈善</rb><rt>じぜん</rt></ruby>を心懸候某を御召捕に相成し哉と存じ居候所扨は此忠兵衞が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>か夫にて漸々相分り申候此忠兵衞事私しへ對し<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>の儀御座候に付<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひ私しを<ruby><rb>亡者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>にせんとの<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに相違御座なく候と申立るに大岡殿<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>其方忠兵衞より請たる<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>と云ふは如何の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ぞと云はれければ長庵此儀は<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby>私しの口よりは申上難く候とて<ruby><rb>恥入</rb><rt>はぢいり</rt></ruby>たる<ruby><rb>容體</rb><rt>ようす</rt></ruby>に見えける故越前守殿兎も角も其方忠兵衞に遺恨を請し次第を<ruby><rb>審</rb><rt>つまび</rt></ruby>らかに申立よと有りしかば長庵然らば<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>仕つり候<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は私し事忠兵衞の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>と久しく<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し居候處<ruby><rb>煩腦</rb><rt>ぼんなう</rt></ruby>の<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>おへ</rt></ruby>ども去らず<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に先月の<ruby><rb>半頃</rb><rt>なかごろ</rt></ruby>忠兵衞に<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあら</rt></ruby>はされ面目も無き次第故私しも覺悟を致し<ruby><rb>斯成</rb><rt>かくなる</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は<ruby><rb>重置</rb><rt>かさねお</rt></ruby>かれ<ruby><rb>眞</rb><rt>ま</rt></ruby>二ツにせらるゝとも致し方無く思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>て云ひけれど忠兵衞儀は妻に<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の有る處より私しばかり殺す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にも<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ず其場をも見遁し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候間此大恩は忘れまじと其以後は<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しみ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>候然るに私しを<ruby><rb>生置</rb><rt>いけおい</rt></ruby>ては妻の事心元無く思ひてや<ruby><rb>謂</rb><rt>いはゆ</rt></ruby>る犬の<ruby><rb>糞</rb><rt>くそ</rt></ruby>にて敵きと申如く<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>もせぬ事を申上長庵を<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が女房をば其儘に致し置べき忠兵衞が<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みと心得候<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあら</rt></ruby>はされし其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り助け<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>しは却つて<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>にて情け<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>に候と涙を流して申立しかば越前守殿<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしき事を<ruby><rb>聞者哉</rb><rt>きくものかな</rt></ruby><ruby><rb>其趣</rb><rt>そのおもむ</rt></ruby>きならば汝は立派な<ruby><rb>好男子也</rb><rt>いゝをとこなり</rt></ruby>併しながら忠兵衞妻は<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>好者</rb><rt>ものずき</rt></ruby>なりと<ruby><rb>戯</rb><rt>たは</rt></ruby>ふれられしかば長庵<ruby><rb>眞顏</rb><rt>まがほ</rt></ruby>にて<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>さ世には<ruby><rb>相縁</rb><rt>あひえん</rt></ruby><ruby><rb>奇縁</rb><rt>きえん</rt></ruby>と申事も御座候と申けるは如何にも<ruby><rb>不敵々々</rb><rt>ふて〱</rt></ruby>しき曲者なり越前守殿如何に忠兵衞長庵の申立<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>にては<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なり先月<ruby><rb>中旬</rb><rt>ちうじゆん</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>其方が<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>富儀</rb><rt>とみぎ</rt></ruby>長庵と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>の場を其方露顯はせし事のありやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに忠兵衞は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀は一切御座なく候恐れながら私し<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>に限り右樣密通など仕つる者にては御座無く候と申立ける時大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば其方が妻富を明日<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>べく旨忠兵衞并に<ruby><rb>差添</rb><rt>さしぞへ</rt></ruby>の町役人へ申渡され<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>は引けければ忠兵衞は心も空に立戻り<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>なりと長庵が<ruby><rb>言掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>し事を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すにぞ女房お富は<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>もなかりしが夫と云ふも皆お前が<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby>も無き事を云ひ出してこんな<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎに成りしなり初めから私し<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby><ruby><rb>口止</rb><rt>くちどめ</rt></ruby>をして<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>たるを後家のお光に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひし故口走りたる<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと立たり居たり<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く<ruby><rb>悋氣</rb><rt>りんき</rt></ruby><ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>りに<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぐにぞ忠兵衞は更に<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる心地もなく<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う<ruby><rb>成事</rb><rt>なること</rt></ruby>やと夜の目も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>さず<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>翌日にも成りければ<ruby><rb>止事</rb><rt>やむこと</rt></ruby>を得ず夫婦<ruby><rb>連立</rb><rt>つれだち</rt></ruby>町役人に<ruby><rb>誘引</rb><rt>いざなは</rt></ruby>れ奉行所さして<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>けり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て白洲へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこま</rt></ruby>れけるに長庵は<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の忠兵衞めが<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>ざる事を<ruby><rb>喋</rb><rt>しやべ</rt></ruby>りて<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>時宜</rb><rt>じぎ</rt></ruby>に及ばせたれば今日こそは目に物見せんと覺悟を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めて<ruby><rb>引居</rb><rt>ひきす</rt></ruby>ゑられたる其<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>越前守殿一通り忠兵衞が妻のお富へ尋ねの有りし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>相方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の申立<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>に依て對決申渡す長庵も<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby><ruby><rb>他出</rb><rt>たしゆつ</rt></ruby>は致さぬとの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなり忠兵衞に於ては胡亂なる儀申立ては<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすま</rt></ruby>んぞ心を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて對決に及ぶべしと申渡されける依て三人は<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ居たりしが忠兵衞<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て長庵に向ひ長庵殿如何に<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>に<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み有などと云ふ事は思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども八ヶ年以前八月廿八日の<ruby><rb>曉</rb><rt>あかつ</rt></ruby>き<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>平川天神へ私し<ruby><rb>朝參</rb><rt>あさまゐ</rt></ruby>りの<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>同所裏門前にて貴殿に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し時<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の血を見て貴殿に尋ねしかば犬を<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>しと云れたる事のお覺え有らんと云ふ顏を長庵はつたとねめ<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ忠兵衞<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>も<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>愚痴</rb><rt>ぐち</rt></ruby>なる奴かな如何に女房に<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>が有ればとて餘りに<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なり此長庵が<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>て居て心配なるとか又近所で<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ぬと思ふなら<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこし</rt></ruby>なば<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は有るまじ<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>燒</rb><rt>やけ</rt></ruby>ぼつくいには火の<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>き<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へも有れば不安心に思ふも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり然し一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>した事を又別段に手を<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>て此長庵を<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き所へ<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>たるは餘りの<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き次第なり<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>斯の如きの<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>ならなぜ男らしくせざるぞや貴樣に<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>申せし通り<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて置て二ツに<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>と四ツに成と<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>にすべき者をと云ひければ忠兵衞は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>をあげ長庵殿には<ruby><rb>取逆上</rb><rt>とりのぼせ</rt></ruby>しか貴殿の云ふ事少しも分からず申せば長庵聞て譯らぬとは<ruby><rb>麁言</rb><rt>そごん</rt></ruby>なり貴樣こそ<ruby><rb>取逆上</rb><rt>とりのぼ</rt></ruby>せしと<ruby><rb>見</rb><rt>みえ</rt></ruby>たり<ruby><rb>密夫</rb><rt>まをとこ</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たりと我口より云て居る此長庵を殺さば殺せ覺悟なりと己れが<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>の<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ口を<ruby><rb>横道</rb><rt>よこみち</rt></ruby>へ<ruby><rb>引摺込</rb><rt>ひきずりこん</rt></ruby>で<ruby><rb>防</rb><rt>ふせ</rt></ruby>がんと猶も<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>を<ruby><rb>運</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らしけるに忠兵衞の妻お富は長庵が<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>事を<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>もく</rt></ruby>して聞居たりしが<ruby><rb>眞赤</rb><rt>まつか</rt></ruby>に成たる顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あ</rt></ruby>げ若し長庵殿<ruby><rb>言事</rb><rt>いふこと</rt></ruby>にも程が有る<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>には居らるれどもお前とは<ruby><rb>染々</rb><rt>しみ〲</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>言換</rb><rt>いひかは</rt></ruby>した事も無いに私しと<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>を仕て居るなどと根も葉も<ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>を<ruby><rb>何程</rb><rt>いくら</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>ても<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>が知らぬ事なれば<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>いは無けれど御<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の手前私しは<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>ないぞへと云へば長庵<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>此女め今と成て御上の前夫の手前の<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>るも<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>た<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろの一<ruby><rb>緒</rb><rt>しよ</rt></ruby>に殺して呉ろのと言た事を忘れたかと<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝ</rt></ruby>しればお富は<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れて涙も出ず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>もく</rt></ruby>して居る<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>に大岡殿は長庵が<ruby><rb>言掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>なりと思はるれど<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>められ<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>無證據の<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひなれば猶吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>んと申されるを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>忠兵衞は<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>長庵事私し妻と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>を年來致し居候由<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>の頃よりの事なるや又其<ruby><rb>都度々々</rb><rt>つど〱</rt></ruby>の事<ruby><rb>合宿</rb><rt>あひやど</rt></ruby>は<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>や長庵へ御<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>の程願ひ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ますと申立ければ越前守殿<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>ながら如何にも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なる<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>なり<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に長庵<ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>より<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じ<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>幾日</rb><rt>いくにちのひ</rt></ruby><ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>にて出合しや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>にぞ長庵<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばにて候一兩年以前より<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>密通に及び候間日月の儀は<ruby><rb>失念</rb><rt>しつねん</rt></ruby>致し候場所はいつも私宅にて出會候處忠兵衞に先月の中旬頃見付られ候と申ければお富は大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りまだそんな<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>もせぬ事を云ふ人哉第一先月の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は<ruby><rb>子宮病</rb><rt>まへのやまひ</rt></ruby>にて醫者に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>そんな事はとお富の答へを大岡殿打聞れ斯ては長庵其方の<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りに相違なし<ruby><rb>子宮病</rb><rt>まへのやまひ</rt></ruby>と有ばよも<ruby><rb>奸通</rb><rt>かんつう</rt></ruby>は致されまじ然る上は其方先月<ruby><rb>密會</rb><rt>みつくわい</rt></ruby>の<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>忠兵衞に見顯はされしと言ひしは<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>も<ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>ならんと言はれるを長庵ぬからず成程先月頃は病氣にて<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致さねども<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>て居し處を<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあら</rt></ruby>はされしと云ひ<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>さんとするを越前守殿大音<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ長庵初めは密通に及びし處を見付られたりと云ひ只今富が申立に<ruby><rb>泥</rb><rt>なづ</rt></ruby>みてたゞ寢て居た處などと云ひ<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>らせし段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆至極なり假令此上如何樣に<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる共決して申譯は相立ずと<ruby><rb>天眼通</rb><rt>てんがんつう</rt></ruby>の一言に流石の長庵<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>はと云たばかりで答へもなく<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむい</rt></ruby>て居たりしかば大岡殿長庵を見られ依て一事が萬事なり十兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せしも其方が<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ然るを道十郎に<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を負せ公儀を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はる段重々<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の奴なり<ruby><rb>斯成</rb><rt>かくなる</rt></ruby>上は有體に申立よと<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>さるれども一言の答へもせざれば其日は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みつ</span>并に忠兵衞<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>を下られ其後段々長庵を吟味の上願ひ人光并に<ruby><rb>店請人</rb><rt>たなうけにん</rt></ruby>清右衞門をも呼出され<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>の一條其外種々取調べと相成り長庵の惡事<ruby><rb>顯然</rb><rt>げんぜん</rt></ruby>なりと雖も當人は曾て知らざる旨申<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及ばざれば是非無く<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>にかけ石を七枚迄<ruby><rb>抱</rb><rt>だか</rt></ruby>せると雖も一言も云はざる故<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く拷問を止めし<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>追々長庵が惡事數ヶ條<ruby><rb>綻</rb><rt>ほころ</rt></ruby>びけるは天の<ruby><rb>容</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さざる所と云ふべきのみ

## 第二十一回

<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に彼長庵が惡事の<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>を<ruby><rb>働</rb><rt>はた</rt></ruby>らき十兵衞の女房お安を吉原の<ruby><rb>中反圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>にて殺害に及びし<ruby><rb>小手塚</rb><rt>こてづか</rt></ruby>の三次<ruby><rb>舊名</rb><rt>もとのな</rt></ruby>は<ruby><rb>早乘</rb><rt>はやのり</rt></ruby>小僧の三次其頃火附盜賊改め石原清右衞門殿へ召捕に成りしに<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>追々<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>しとても助からずと覺悟を極め彼長庵に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれて先年淺草中反圃にて十兵衞の女房お安を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>なしたる一條逐一白状に及びしかば町奉行所へ引渡に相成其年の<ruby><rb>舊記</rb><rt>きうき</rt></ruby>を御調べ有りけるに「正徳三年十二月十八日　百姓<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>の女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>年三十七八歳位<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby><ruby><rb>手織縞布子</rb><rt>ておりじまぬのこ</rt></ruby>木綿じゆばん<ruby><rb>半纒</rb><rt>はんてん</rt></ruby>を着し身の<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby><ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>より腹へかけ<ruby><rb>切疵</rb><rt>きりきず</rt></ruby>一ヶ所脊より<ruby><rb>突貫</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>したる疵一ヶ所<ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>へ<ruby><rb>突込</rb><rt>つきこみ</rt></ruby>し疵一ヶ所兩手の<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby><ruby><rb>不殘</rb><rt>のこらず</rt></ruby><ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>しあり右之通り心當の者是有候はゞ月番松野壹岐守役所へ申出べく候事十二月」右は<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>見知りの人も之れなく御取<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>と相なりしに三次の申立により十兵衞の妻お安なる事相分り彌々長庵の重罪<ruby><rb>相顯</rb><rt>あひあらは</rt></ruby>れしかば越前守猶長庵を取調べられ三次が白状の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを申聞らるゝに長庵心中に是はと<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なせしかども<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を<ruby><rb>居</rb><rt>す</rt></ruby>ゑ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>とても更に知らずとの申立によりて又もや三次を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せの上吟味有りけるに長庵三次に向ひ<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は村井長庵と申町醫なり貴樣には何と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>や見し事も無き御方なりと<ruby><rb>素知</rb><rt>そしら</rt></ruby>ぬ顏して云ひけるを三次聞て大いに笑ひ何と云はるゝや長庵<ruby><rb>老</rb><rt>らう</rt></ruby><ruby><rb>牢屋</rb><rt>らうや</rt></ruby>の<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみにて眼も<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>みしや<ruby><rb>確乎</rb><rt>しつかり</rt></ruby>し給へ小手塚の三次なりと云ひければ何ぞ<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>の苦しみが<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>ければとて<ruby><rb>知己</rb><rt>ちき</rt></ruby>の人を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れんや更に貴樣は知らぬ人なりと<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>云へば三次は<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>讀</rb><rt>よめ</rt></ruby>たり長庵<ruby><rb>老</rb><rt>らう</rt></ruby>お安の一件を<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が白状せし故其惡事を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さんが爲にとぼけらるゝか其所らは貴殿より此方が<ruby><rb>苦勞人</rb><rt>くらうにん</rt></ruby>最早何も斯も御上へ知れて居る己が白状しねへとてお<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに助からぬ命<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>意地</rb><rt>いぢ</rt></ruby><ruby><rb>不潔</rb><rt>きたな</rt></ruby>く<ruby><rb>愚￼々々</rb><rt>ぐづ〱</rt></ruby>せずと<ruby><rb>奇麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に白状して<ruby><rb>惡徒</rb><rt>あくたう</rt></ruby>は又惡徒だけ男らしく云て仕舞と云へば長庵は彌々<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>き三次とやらん何を<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>には少しも<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>繰言</rb><rt>くりごと</rt></ruby><ruby><rb>然乍</rb><rt>さりなが</rt></ruby>ら弟十兵衞の女房お安も拙者の方へ來て居たが思出せば七年あと<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>家出</rb><rt>いへで</rt></ruby>して歸らぬ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>如何なしたる事ならんと思ひ出た日を<ruby><rb>命日</rb><rt>めいにち</rt></ruby>に佛事を<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>み居たりしが<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は貴樣が殺したるかと然も驚きたる樣子をなせば三次は最早やつきとなりとぼけなさんな長庵老屋敷へ出すとお安を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むき妹娘を<ruby><rb>苦界</rb><rt>くがい</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>め<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>む<ruby><rb>瀬</rb><rt>せ</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>罪科</rb><rt>つみとが</rt></ruby>を虫が知たかお安めが二人の娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れと晝夜を<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>たず<ruby><rb>口説立</rb><rt>くどきたて</rt></ruby><ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して遣ればお富をも<ruby><rb>賣</rb><rt>うつ</rt></ruby>た惡事が<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>なし内から火事を出す<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby><ruby><rb>可愛想</rb><rt>かはいさう</rt></ruby>だがお安をば<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>かへ<ruby><rb>連出</rb><rt>つれだ</rt></ruby>し人知ず殺して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろと頼んだことをよもや<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れもしめへと云ふと長庵<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>はらひ夫は<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>が殺した話し此長庵は知らぬ事御奉行樣宜敷御<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby>願ひますと申立れば越前守殿<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て目を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られし如く是又長庵が惡事なりと思はるれ共本人の口より<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>させんと猶も<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげ三次が<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby>申ても<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>やと言はるれば長庵<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばにて候此上<ruby><rb>骨身</rb><rt>ほねみ</rt></ruby>をひしがるゝとも<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>は申上難く候と言ひ<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>るにぞ然ば猶後日の調べと<ruby><rb>再度</rb><rt>さいど</rt></ruby>一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られ長庵三次の兩人は又も<ruby><rb>獄屋</rb><rt>ごくや</rt></ruby>へ引れける

## 第二十二回

<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又伊勢屋五兵衞の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>の番頭久八が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>の<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>の金迄も久八が自分に<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に是が爲に久八は<ruby><rb>年來</rb><rt>ねんらい</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby>と云れし功も水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>となし永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>と成し事其身を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎の<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>を<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>しは<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>其身が主人五兵衞を<ruby><rb>説勸</rb><rt>ときすゝ</rt></ruby>めて養子となせし千太郎なれば殊更忠義を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せしゆゑ千太郎の代とも成るならば舊の支配人に<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>はんと<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く約束なし千太郎より<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>迄も久八へ渡し置千太郎も久八が忠義の<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby><ruby><rb>骨身</rb><rt>ほねみ</rt></ruby>に<ruby><rb>染渡</rb><rt>しみわた</rt></ruby>り一旦迷ひし小夜衣も長庵の<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>なれば五十兩の<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りも<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>にて<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たる事ならんと思ふ故<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいそ</rt></ruby>もこそもつき果しかば其後は<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>へ足向もせず<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>して居たりし程に見聞<ruby><rb>人毎</rb><rt>ひとごと</rt></ruby>に久八の忠義により伊勢五の養子も人に成たりと<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ければ久八も<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びつゝ<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが今の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>も打忘れてぞ居たりける然るに丁字屋の小夜衣は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>長庵が<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>に罹りて戀しき人の<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>に逢し事よりして<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby>を盡されしとは<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>程も知らざれば<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>増花</rb><rt>ますはな</rt></ruby>の出來もやせしか<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>御煩</rb><rt>おわづら</rt></ruby>ひでも成れはせぬかと山口巴の若い者や<ruby><rb>女中</rb><rt>ぢよちう</rt></ruby>に樣子を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねてもお<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>へ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>には參れねどお文は<ruby><rb>都度々々</rb><rt>つと〲</rt></ruby><ruby><rb>中宿迄</rb><rt>なかやどまで</rt></ruby><ruby><rb>御屆</rb><rt>おとゞ</rt></ruby>け申て置ましたが<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>へも<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て御出の<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>よし<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も其後お變りなく御<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんぼう</rt></ruby>との事ゆゑにいづれお出で有ませうと取り留もなき挨拶に<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>て小夜衣は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>に<ruby><rb>神頼</rb><rt>かみたの</rt></ruby>み<ruby><rb>神鬮</rb><rt>みくじ</rt></ruby><ruby><rb>辻占</rb><rt>つじうら</rt></ruby><ruby><rb>疊算</rb><rt>たゝみざん</rt></ruby>夫さへ<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>の有ざれば二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>廻しの吉六を<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>と云て<ruby><rb>小蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>へ<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き今日は<ruby><rb>何樣</rb><rt>どう</rt></ruby>とも<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>なし是非若旦那へ此文を手渡しにして今夜にも必ず御出の有やうに<ruby><rb>其言傳</rb><rt>そのことづて</rt></ruby>は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>幾干</rb><rt>いくら</rt></ruby>か<ruby><rb>小遣</rb><rt>こづか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>らせれば事に<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>たる吉六ゆゑ委細承知と<ruby><rb>請込</rb><rt>うけこみ</rt></ruby>つゝ三河町へと<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>の二階で<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を<ruby><rb>索搜</rb><rt>たづね</rt></ruby><ruby><rb>密々</rb><rt>こつそり</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>し千太郎に小夜衣よりの<ruby><rb>言傳</rb><rt>ことづて</rt></ruby>を<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく語りおいらんは明ても<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>ても若旦那の事のみ云れて此頃は<ruby><rb>泣</rb><rt>ない</rt></ruby>てばつかり居らるゝを<ruby><rb>何程</rb><rt>なんぼ</rt></ruby>御店がお大事でも<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>てお<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>の<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ぬとは餘まり<ruby><rb>氣強</rb><rt>きづよ</rt></ruby>き罪造り<ruby><rb>何樣</rb><rt>どう</rt></ruby>かお都合なされし上<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>なりともお顏をみせてと云を打<ruby><rb>消</rb><rt>けし</rt></ruby>千太郎は是さ吉六殿お前迄が<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>にして此千太郎を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>す氣か<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の小夜衣の<ruby><rb>狐阿魔</rb><rt>きつねあま</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>薄情者</rb><rt>はくじやうもの</rt></ruby>お前は知らぬか知らねども<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>の長庵と<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を合せて<ruby><rb>先々月</rb><rt>せん〱げつ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>から金を五十兩<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取たは是々の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>で己の命をも<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>んとせし程の<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎを<ruby><rb>爲</rb><rt>させ</rt></ruby>て置ながら又今となり<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たいとは如何に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>すが<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>でも餘りに<ruby><rb>壓</rb><rt>おし</rt></ruby>が<ruby><rb>強過</rb><rt>つよすぎ</rt></ruby>ると取ても付ぬ挨拶に吉六<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れしが夫は長庵が一<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>の<ruby><rb>惡功</rb><rt>わるだく</rt></ruby>みせし事ならん小夜衣さんに<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>つては<ruby><rb>其樣</rb><rt>そん</rt></ruby>な御人じや御座りません<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>つておいらんへ其御話しを致しませうと吉六<ruby><rb>息切</rb><rt>いきせき</rt></ruby><ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby>一<ruby><rb>什</rb><rt>じふ</rt></ruby>を小夜衣へ話せば小夜衣<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の伯父さんの<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>み大事の〱若旦那を<ruby><rb>愛想盡</rb><rt>あいそづか</rt></ruby>しをさせるとは思へば〱<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしと<ruby><rb>齒噛</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなせしが其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にウンとばかりに<ruby><rb>反返</rb><rt>そりかへ</rt></ruby>れば姉丁山も<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>來り<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして氣は付共前後正體なく<ruby><rb>伏居</rb><rt>ふしゐる</rt></ruby>を丁山吉六<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby>を付<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>一度文を認めさせ又吉六を三河町へ急がし<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>て遣ければ猶千太郎を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し小夜衣よりの<ruby><rb>言傳</rb><rt>ことづて</rt></ruby>と有し<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>り文も<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にとさし出せど手にだに<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>ず千太郎は<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby><ruby><rb>振拂</rb><rt>ふりはら</rt></ruby>ひ立歸るを<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>と止め<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>請勸</rb><rt>ときすゝ</rt></ruby>めし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>澁々</rb><rt>しぶ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>取上て<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby><ruby><rb>押切</rb><rt>おしきり</rt></ruby><ruby><rb>讀</rb><rt>よむ</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ小夜衣は少しも知らぬ<ruby><rb>眞心</rb><rt>まごころ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>え伯父長庵が惡事を<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き我身を<ruby><rb>悔</rb><rt>かこ</rt></ruby>ち<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しむ<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>と思ふより<ruby><rb>忽</rb><rt>たちまち</rt></ruby>に<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ふ心の<ruby><rb>駒</rb><rt>こま</rt></ruby><ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>引止</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>ん樣もなく<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>なら<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>一<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>りと彼の久八の<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>も<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ何れ返事は<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>ての上と言ば吉六<ruby><rb>〆</rb><rt>しめ</rt></ruby>たりと<ruby><rb>雀躍</rb><rt>こをどり</rt></ruby>なして立歸りぬ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より千太郎は<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>の<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>を<ruby><rb>言拵</rb><rt>いひこしら</rt></ruby>へ我が家を出ると小夜衣が<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りしかば<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て久しき<ruby><rb>逢瀬</rb><rt>あふせ</rt></ruby>かと<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の客をば<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り其宵ば部屋に<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむか</rt></ruby>ひ伯父長庵が<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>み何と御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>の仕樣もなく私しまで<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しと思すらん然は<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にだも知らぬ此身の事なれば<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby>をと<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かれて<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に心も<ruby><rb>打解</rb><rt>うちとけ</rt></ruby>つゝ再び<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふ千太郎忠義一￼の久八が<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>の<ruby><rb>釘</rb><rt>くぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆるめ</rt></ruby>し事嗚呼是非もなき次第なり。

## 第二十三回

<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>は<ruby><rb>是耶</rb><rt>ぜか</rt></ruby><ruby><rb>非耶</rb><rt>ひか</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るは<ruby><rb>伯夷傳</rb><rt>はくいでん</rt></ruby>の<ruby><rb>要文</rb><rt>えうぶん</rt></ruby>なるべし<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に忠義に<ruby><rb>凝</rb><rt>こつ</rt></ruby>たる彼の久八は<ruby><rb>辛</rb><rt>から</rt></ruby>き<ruby><rb>光陰</rb><rt>つきひ</rt></ruby>は<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>れども只千太郎の代に成て<ruby><rb>呼戻</rb><rt>よびもど</rt></ruby>さるゝを<ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみに<ruby><rb>古主</rb><rt>こしう</rt></ruby>の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を聞居しが此頃人の<ruby><rb>噂</rb><rt>うは</rt></ruby>さには伊勢五の養子千太郎は<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>小夜衣の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>ひ初めしと聞えしかば以ての<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>けども是は全く人の<ruby><rb>惡口</rb><rt>わるくち</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん千太郎樣にはよもや我が<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れはしまじと<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>けるに或日朝まだきに吉原土手を千住へ赴かんと<ruby><rb>鐵砲笊</rb><rt>てつぱうざる</rt></ruby>を<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>にかけて<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>向ふより御<ruby><rb>納戸縮緬</rb><rt>なんどちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>を<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>り<ruby><rb>唐棧揃</rb><rt>たうざんそろ</rt></ruby>ひの拵へにて<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>つきの<ruby><rb>駒下駄</rb><rt>こまげた</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>身奇麗</rb><rt>みぎれい</rt></ruby>なる若い者<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>をさして<ruby><rb>來掛</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>るを<ruby><rb>近寄</rb><rt>ちかより</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>れば<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方なき千太郎成ければ是はと思ひし久八よりも千太郎は<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きしが<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏にて是は久八殿何所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>るゝや私しは千住の天王樣へ朝參りの歸りなりと云ふ久八<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>打詠</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>をはら〱と流し<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>けなき<ruby><rb>御心哉</rb><rt>おこゝろかな</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>と<ruby><rb>云紛</rb><rt>いひまぎ</rt></ruby>らさるゝとも朝歸りは知れてある未だ御身持を<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し給はぬか今の我が身が<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>いとて御<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>申では御座りませぬ<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>御身の爲なれば少しは以前の御難儀を思し召されて御<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>を成さる事は出來ぬかや<ruby><rb>此後</rb><rt>このご</rt></ruby>は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>むと<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>き<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ひの御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>をよもや忘れは成るまじとかき<ruby><rb>口説</rb><rt>くどか</rt></ruby>れて千太郎は何と答へも<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なく<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>も入たき<ruby><rb>風情</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て久八に向ひ段々の<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>我が<ruby><rb>骨身</rb><rt>ほねみ</rt></ruby>に<ruby><rb>徹</rb><rt>こた</rt></ruby>へ今更<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>んも樣なし以後は心を<ruby><rb>入替</rb><rt>いれかへ</rt></ruby>て<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>する程にと<ruby><rb>泣</rb><rt>なか</rt></ruby>ぬばかりに<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>ければ久八も<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と異見に及び御歸りの<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>く相成てはと別れて猶も後見送りしが千太郎は<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも久八に<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby><ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なきまゝ兩三日は<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>なせしが<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>るに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ又もや夜<ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に通ひ居たりしに其後朝歸りの<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>すがら向ふより來るは又々久八なれば夫と見るより千太郎は土手下へ<ruby><rb>駈下</rb><rt>かけお</rt></ruby>り<ruby><rb>畔傳</rb><rt>あせづた</rt></ruby>ひに<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずに<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>さりけり斯ることの早兩三度に及びし故<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の久八も<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり我が忠義の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>と<ruby><rb>成事</rb><rt>なること</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも〱<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちを</rt></ruby>しや今一度<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>て異見せん者をと其後吉原土手の<ruby><rb>邊</rb><rt>ほと</rt></ruby>りへ毎朝早くより久八は<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby><ruby><rb>蘆簀茶屋</rb><rt>よしずぢやや</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>みて待つとも知らず三四日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>飮馴</rb><rt>のみなれ</rt></ruby>ぬ酒の二日<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>に<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を押ながら二本<ruby><rb>堤</rb><rt>づつみ</rt></ruby>を急ぎ足に歸る<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り過し久八は千太郎が<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろより若旦那お早うと云ふ聲聞て千太郎は<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとするを久八が<ruby><rb>隙</rb><rt>すか</rt></ruby>さず<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>に取<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>り此程もあれほど御<ruby><rb>諫</rb><rt>いさめ</rt></ruby>申せしにお通ひ成るは何事ぞ其後も度々御見かけ申せど此久八に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り少しも御身の落付ぬは如何なる<ruby><rb>天魔</rb><rt>てんま</rt></ruby>が<ruby><rb>魅入</rb><rt>みい</rt></ruby>りしやと涙を流し<ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>しつゝ千太郎が<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>づくしを<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へて異見やら又<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>くやら我が<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>なる心より<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く身を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はしこなたへ御座つて篤くりと此久八が言事を御<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なす</rt></ruby>つて下されとまだ朝まだきで人通りの無を幸ひ<ruby><rb>中反圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>の地藏の影へ<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と異見をなすに千太郎も我が身ながら<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りとや思ひけん一言も言ず<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>したまへとばかりにて<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>するうち久八が忠義一￼に手先迄<ruby><rb>凝固</rb><rt>こりかたま</rt></ruby>りて千太郎が<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>の<ruby><rb>呼吸</rb><rt>こきふ</rt></ruby>を思はずも<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>たるものか千太郎はアツと<ruby><rb>仰向</rb><rt>のつけ</rt></ruby>に<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>るゝにぞ久八大いに<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby><ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>して<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>からんと<ruby><rb>田溝</rb><rt>たみぞ</rt></ruby>の水を<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>に<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>して口に<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>ますれど全く息の絶たる樣子に久八今は<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby>を<ruby><rb>仰</rb><rt>あふ</rt></ruby>ぎ地に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby>て<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみ歎き我が身程世に<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>なる者はなし主人の養子が<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>を身に引受てかく<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>も若旦那樣を<ruby><rb>眞人間</rb><rt>まにんげん</rt></ruby>にして上たさに<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はゞこそ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>御異見を申氣の如何に<ruby><rb>凝</rb><rt>こる</rt></ruby>とて此手先と我と我が手に<ruby><rb>喰付</rb><rt>くひつき</rt></ruby>しが覺悟を極め此<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを御番所へ自ら<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>公</rb><rt>おほや</rt></ruby>けの御<ruby><rb>法</rb><rt>はふ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>りに御仕置を受るが<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ての罪<ruby><rb>滅</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼし然樣じや〱と<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>言</rb><rt>ごと</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て千太郎の<ruby><rb>亡骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>に打向ひ<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りあなた樣の御身の上の御爲を思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>に及びし事御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>は程なく<ruby><rb>黄泉</rb><rt>あのよ</rt></ruby>にて申上てと<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み夫より一<ruby><rb>散</rb><rt>さん</rt></ruby>に南の町奉行所へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>私しは主殺しの<ruby><rb>大罪人</rb><rt>だいざいにん</rt></ruby><ruby><rb>御定法</rb><rt>ごぢやうはふ</rt></ruby>の御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>願奉つると申たてければ役人共は一時<ruby><rb>發狂人</rb><rt>はつきやうにん</rt></ruby>と思ひしが<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へなれば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に一通り<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ有て<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>られ越前守殿の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>と成しかば久八有し次第を逐一に申立し時既に其場所よりも<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>人の<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け出けるにより先久八は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られ<ruby><rb>檢死</rb><rt>けんし</rt></ruby>を其場所へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし取調べに相成けるに年頃廿二三歳身のうちに<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>是なく<ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>を<ruby><rb>縊</rb><rt>くび</rt></ruby>りし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて伊勢屋五兵衞の養子千太郎に相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きは久八より申立にて知られし事なれば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に三河町の伊勢屋五兵衞を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出しに相成五兵衞より<ruby><rb>親里</rb><rt>おやさと</rt></ruby>の<ruby><rb>富澤</rb><rt>とみざは</rt></ruby>町甲州屋吉兵衞方へ知らす夫より<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて<ruby><rb>彼土手下</rb><rt>かのどてした</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の場へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出吉兵衞二男にて五兵衞方へ<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせし千太郎なる<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>になり右に付<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は五兵衞吉兵衞の兩人へ引渡しに成たりける元より久八が<ruby><rb>縊</rb><rt>くび</rt></ruby>り<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>せしかば翌日甲州屋吉兵衞伊勢屋五兵衞久八の<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>六右衞門一同等御<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しにて調べとこそは成りにけれ。

## 第二十四回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に大岡殿には<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>日<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>吉原<ruby><rb>土手下</rb><rt>どてした</rt></ruby>の人殺し一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べとなり其人々には<ruby><rb>駈込訴人</rb><rt>かけこみそにん</rt></ruby><ruby><rb>石</rb><rt>こく</rt></ruby>町二丁目甚兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>だな</rt></ruby>六右衞門方同居久八右久八<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>六右衞門久八元主人神田三河町伊勢屋五兵衞代金七富澤町甲州屋吉兵衞等なり越前守殿久八を見られ昨日<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ねし通り<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>舊主人</rb><rt>もとしゆじん</rt></ruby><ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>せし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もつと</rt></ruby>も<ruby><rb>重罪</rb><rt>ぢうざい</rt></ruby>なり然ながら<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>致し<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>に及びし段<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たり其<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>は何故何樣の<ruby><rb>所業</rb><rt>しよげふ</rt></ruby>に及びしや<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有る事ならん<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よと有ければ久八<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>垂</rb><rt>たれ</rt></ruby>私し事<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し候別段に<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>と申は是無全く<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて殺せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と申立るに大岡殿否々<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて殺せしと云ふこと有まじ<ruby><rb>何成</rb><rt>なんなり</rt></ruby>とも事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>を<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申立よ又六右衞門其方事何等の<ruby><rb>縁合</rb><rt>えんあひ</rt></ruby>を以て此久八をば世話致し<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>や<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>此度の義に付心當りも<ruby><rb>是有</rb><rt>これあら</rt></ruby>ば申立よと申されし時六右衞門<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を上げ私事は生國三州藤川宿に御座候藤川<ruby><rb>近在</rb><rt>きんざい</rt></ruby>に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>候兄の久右衞門儀先年<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ養育なし廿箇年以前私し方へ<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>何方</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ成共奉公致させ呉候樣にとの事に付私し世話致し<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち三河町伊勢屋五兵衞方へ奉公<ruby><rb>住</rb><rt>すみ</rt></ruby>致させ候處一事の<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>りも無奉公を大切に勤めし故主人の氣に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ店の<ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>をも任せられ私し儀も<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>致し居候に昨年<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の儀にて永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>に相成廿餘年の<ruby><rb>勤功</rb><rt>きんこう</rt></ruby>を水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>となし其上此度の大罪私しに於ても<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>に右樣<ruby><rb>所業</rb><rt>しよげふ</rt></ruby>致し候<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>更々</rb><rt>さら〱</rt></ruby><ruby><rb>分明</rb><rt>わかり</rt></ruby>申さず候と申立る依て一同へも<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby><ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>に相成翌日又々久八六右衞門兩人を呼出して<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又調べの處六右衞門申立る樣昨日も申上候通り久八儀誤りにもせよ主人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>し候など申儀は私しに於ても一圓<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>參り申さす候<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の一條何分にも其意を<ruby><rb>得難</rb><rt>えがた</rt></ruby>きことに候<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>を致し居候ても<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>一三<ruby><rb>昧</rb><rt>まい</rt></ruby>に<ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>致し居候と申上ければ越前守殿久八に申さるゝは其方事昨日も<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>る通り千太郎を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>したるには<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に仔細の有事<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん其仔細も<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば包まず<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと有りければ六右衞門久八に向ひ御奉行樣の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せなり其次第を包まず委細に申立よ千太郎殿の事に付ては<ruby><rb>取分</rb><rt>とりわけ</rt></ruby><ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>日向</rb><rt>ひなた</rt></ruby>に成て心を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し又大旦那五兵衞殿へ廿年來<ruby><rb>律義</rb><rt>りちぎ</rt></ruby>に勤て主思ひの聞えも取たる其方成らずや何とて千太郎殿を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるや我にも更に仔細が<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>一伍</rb><rt>いちぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を御奉行樣へ申上よと六右衞門の言葉に久八涙を流し只今<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>六右衞門申上たる通り二十箇年以前五兵衞方へ奉公住仕つり居り候處<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき<ruby><rb>譯合</rb><rt>わけあひ</rt></ruby>にて私し五十兩の<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ込に相成終に<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を受候儀に御座候又千太郎儀を誤つて<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せしも<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>は其と<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>しが口<ruby><rb>籠</rb><rt>ごも</rt></ruby>り何事も皆前世の約束と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきら</rt></ruby>め居候得ば一日も早く御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>を願ひ上候又伯父樣にも是迄の事と思し<ruby><rb>召下</rb><rt>めしくだ</rt></ruby>されよ<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>者と<ruby><rb>御憎</rb><rt>おんにく</rt></ruby>しみも候はん殊に長々の世話に預りたる御恩をも報じ申さず<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby><ruby><rb>永々</rb><rt>えい〱</rt></ruby>の不孝此上なく是ばかりが<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に候なり何卒此段御<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>下されよと<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>に摺付<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らく<ruby><rb>泣伏</rb><rt>なきふし</rt></ruby>居たりける越前守殿<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>には何か深き仔細ありと見て取られ<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して如何に久八其方事御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>の儀は願はずとも<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ事に非ず<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>に於ては<ruby><rb>事實</rb><rt>ことがら</rt></ruby>の<ruby><rb>分明</rb><rt>ぶんみやう</rt></ruby>ならざる上は假にも御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>には爲給はず其方唯今申たるには千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるも<ruby><rb>必竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>はと言しが五十兩の金子の事ならん其五十兩の<ruby><rb>引負金</rb><rt>ひきおひきん</rt></ruby>と云は如何の譯にて何に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>しや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よとの事に至り久八は元より千太郎の引負金を我身に<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>たる事<ruby><rb>情</rb><rt>がら</rt></ruby>を今さら云出せば主人千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したる<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず同人の<ruby><rb>惡名迄</rb><rt>あくみやうまで</rt></ruby>も<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はすこと本意なしと思ひける故今迄は<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも云ひ出さず<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して居たりしが<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>の<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>に<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はらんも<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れありと思ひ定めて<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を上げ追々事を<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>ての御尋問に付此上は包まず申上るなり<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>主人伊勢屋五兵衞事世<ruby><rb>嗣</rb><rt>つぎ</rt></ruby>の男子これなく<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の養子も<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ばと<ruby><rb>探索</rb><rt>たづね</rt></ruby>るうち千太郎事を申込候者これ有しに五兵衞<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>が<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>ては<ruby><rb>不承知</rb><rt>ふしようち</rt></ruby>なる由を承まはり私しより段々と五兵衞へ申進め終に千太郎を養子に致し候儀に御座候然るに千太郎<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>りにて新吉原江戸町二丁目丁字屋半藏抱へ遊女小夜衣に<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>し處同人伯父麹町三丁目町醫師村井長庵に小夜衣が身受金也と<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むかれ五十兩<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取れ候由其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>千太郎の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby><ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>見受候まゝ私し異見を爲し樣子を承まはり候へば<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>なりと申に付千太郎の一時<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>より<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいだ</rt></ruby>せし五十兩を私し<ruby><rb>引負金</rb><rt>ひきおひきん</rt></ruby>と<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>て永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>になりし節千太郎へ<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>異見を申以後<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み候筈に付私し儀も<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく存じ五十兩の金子は今以て私しより少しづつ<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>致し居候然るに先日私し事千住の<ruby><rb>紙屑問屋</rb><rt>かみくづくどひや</rt></ruby>へ參りし<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>吉原<ruby><rb>堤</rb><rt>どて</rt></ruby>にて千太郎が朝歸りの體を見受候まゝ其の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>も<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く異見仕つり必ず遊女通ひ相止候<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りの處兩三日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>又々土手にて見受候得ども私しの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>横町に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ候事三度に及び候故餘り殘念に存じ其翌日より千太郎の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り道に待受<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>致し候間土手下より中反圃まで<ruby><rb>胸</rb><rt>むな</rt></ruby>ぐらを取て<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby><ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しいやら<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しいやらにて<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちう</rt></ruby>に成<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby>手を<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>めなば<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとなす故我知らず<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へしに<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>りて<ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>の<ruby><rb>呼吸</rb><rt>こきふ</rt></ruby>を止めしにや息の<ruby><rb>絶</rb><rt>た</rt></ruby>えたるに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きつゝ<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>けれ共<ruby><rb>蘇生</rb><rt>よみがへ</rt></ruby>る<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>たくなり候まゝ當御奉行所へ御訴へ申上候儀に御座候と申立ければ<ruby><rb>慈仁</rb><rt>じじん</rt></ruby><ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby>の大岡殿ゆゑ<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち久八の<ruby><rb>廉直</rb><rt>れんちよく</rt></ruby>なるを<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>られ然も有べし〱とて其日は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>られけり。

## 第二十五回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も享保二年四月十八日越前守殿には今日村井長庵が<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby><ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ上んとや思はれけん此度の一件に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合の者どもを<ruby><rb>悉皆</rb><rt>のこりなく</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>され村井長庵は<ruby><rb>兩度</rb><rt>りやうど</rt></ruby>の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>にても<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せざる事故<ruby><rb>身體</rb><rt>しんたい</rt></ruby><ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>かゝる<ruby><rb>惡人</rb><rt>あくにん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>定</rb><rt>さだま</rt></ruby>りて人を<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>するの<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby><ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>なし目も<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>られぬ有樣にて<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>つきの儘<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の<ruby><rb>中央</rb><rt>ちうあう</rt></ruby>へ<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>られたり次に久八並びに小手塚三次又神田三河町二丁目<ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby><ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby><ruby><rb>兩替</rb><rt>りやうがへ</rt></ruby><ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>伊勢屋五兵衞富澤町の<ruby><rb>古着</rb><rt>ふるぎ</rt></ruby><ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>甲州屋吉兵衞新吉原江戸町二丁目丁字屋半藏代文七右半藏<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>文事丁山<ruby><rb>同人</rb><rt>どうにん</rt></ruby>妹富こと小夜衣石町二丁目甚藏店六右衞門麹町三丁目<ruby><rb>瀬戸物</rb><rt>せともの</rt></ruby><ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>忠兵衞ならびに同人妻富右町役人共一同<ruby><rb>御呼出</rb><rt>およびだ</rt></ruby>しと相成り右一件願ひ人赤坂傳馬町二丁目長助店道十郎後家みつ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>道之助右光<ruby><rb>店請人</rb><rt>たなうけにん</rt></ruby>同所清右衞門右家主長助<ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合の者<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らずにて廿有餘人呼出しに相成<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>大岡越前守殿千太郎父吉兵衞養父五兵衞兩人の名を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ<ruby><rb>其方共</rb><rt>そのはうども</rt></ruby>千太郎の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby><ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby>候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>したる<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>の通り相違はこれ無やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに兩人如何にも仰せの通り相違御座なく候と申立ければ大岡殿又六右衞門其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>久八の申立に付何ぞ<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>ありやと云るゝ時六右衞門は千太郎より久八へ<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し置たる一<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>を<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby>へ差出しけるに越前守殿<ruby><rb>熟覽</rb><rt>じゆくらん</rt></ruby>有て長庵に向はれ其方事<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>惡事の段々<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及びたり未だ三次に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んでお安を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>させたる一條並びに<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>に於て弟十兵衞を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したる儀とも<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なるに何とて<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及ばざるやと申されるを聞て長庵は猶も<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れず<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て左樣の事ども<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座無候程に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>などとは思ひも寄ぬ事なりと<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>にも白状せざれば越前守殿は<ruby><rb>丁字屋</rb><rt>ちやうじや</rt></ruby>半藏<ruby><rb>代人</rb><rt>だいにん</rt></ruby>文七と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>る次第<ruby><rb>巨細</rb><rt>こさい</rt></ruby>に<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へ成るやと有に文七<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに頭を上げ私し事半藏の家事を<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひ居候得ば<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>に付候事は委細に辨へ居候と申にぞ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遊</rb><rt>いう</rt></ruby>女文事丁山富事小夜衣の兩人は何人の<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて何れより<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へたるや<ruby><rb>請人等</rb><rt>うけにんとう</rt></ruby><ruby><rb>巨細</rb><rt>こさい</rt></ruby>に申立よと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに文七丁山事は三河國藤川<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>岩井村百姓十兵衞と申<ruby><rb>實親</rb><rt>じつおや</rt></ruby>の<ruby><rb>判</rb><rt>はん</rt></ruby>にて麹町三丁目<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>長庵儀は右十兵衞の兄なる由にて受人に<ruby><rb>相立</rb><rt>あひたち</rt></ruby><ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へ候又妹小夜衣事は十兵衞<ruby><rb>死後</rb><rt>しご</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に右長庵<ruby><rb>賣主</rb><rt>うりぬし</rt></ruby>にて小手塚三次と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>者受人に御座候と申立ける時越前守殿如何に長庵姉は十兵衞に<ruby><rb>相頼</rb><rt>あひたの</rt></ruby>まれ賣しならん<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>の小夜衣は誰に頼まれて<ruby><rb>賣渡</rb><rt>うりわた</rt></ruby>せしや長庵答へて弟十兵衞<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の後金子は<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致し彌々<ruby><rb>身體</rb><rt>しんたい</rt></ruby><ruby><rb>立行難</rb><rt>たちゆきがた</rt></ruby>く十兵衞の妻安に頼まれ賣渡しの節三次を受人に相頼み申候と<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>る<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby>なく申立ければ越前守殿<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑はれ<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>りやこそ長庵<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>の口より追々<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>を<ruby><rb>割</rb><rt>わる</rt></ruby>ではないか<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せよと如何なる<ruby><rb>惡人</rb><rt>あくにん</rt></ruby>とても成<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>吟味の上にも吟味致さるゝこそ有り難けれ

## 第二十六回

越前守殿には又丁山小夜衣に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ此長庵は其方共の爲に伯父とは云<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら兩親の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>なり<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>に及ばす心得有事は<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よ猶も妹小夜衣には<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に尋ぬる<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有其方が身の代金は<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby><ruby><rb>存生</rb><rt>ぞんしやう</rt></ruby>の内母の手にわたしたるやよも母安へは渡すまじ<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>す時は汝等が身の爲に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ぬぞと有ける時小夜衣は女ながらも心<ruby><rb>男々</rb><rt>をゝ</rt></ruby>しき<ruby><rb>生質</rb><rt>さが</rt></ruby>なれば大岡殿の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>した</rt></ruby>がひ私し苦界へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しづみ</rt></ruby>し事は父が人手に掛り其上姉の身の代金も<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれしとの事を國元にて聞しより母には氣の違はぬばかりにて國元の家を<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しまひ</rt></ruby>私を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て麹町の伯父の所へ來て居し中姉に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>してやると此三次と云人と伯父が申のに<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>され丁字屋へ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>られ行し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に身を賣られ是非なく<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しに其後母は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>家出せしまゝ<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>が知れぬと伯父が話せし程ゆゑ私の身の代金は母の手へは<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>申まじと申立れば越前守殿然も<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>らんコリヤ長庵小夜衣が申立は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の通り<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば小夜衣が<ruby><rb>身賣</rb><rt>みうり</rt></ruby>の事を<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>安より其方へ頼むべき<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはれ</rt></ruby>なきにより金子は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>安に渡す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なし全く小夜衣が申立る通り其方と三次と申合せ姉に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>ると<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて連出し身を<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>めしうへ身の代金の三十兩は兩人にて<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>有まじ夫故にこそ三次に頼み後の<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひを除かん爲又お安をも連出して中田圃に於て殺害に及ばせし成らん右は既に三次が申立にて<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と相分り居る處なり如何に三次其方事追々申立たる通り相違なきやとの<ruby><rb>糺問</rb><rt>たづね</rt></ruby>に三次首を上げ此程申上ました通り十兵衞の後家お安へは妹娘は<ruby><rb>或屋敷</rb><rt>あるやしき</rt></ruby>へ奉公に<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り私しと長庵<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>で丁字屋へ三十兩に<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし其内私しは長庵より<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かに五兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ候處お安も其後妹娘の<ruby><rb>行先</rb><rt>ゆくさき</rt></ruby>が<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>だと思ふたやら兩人の娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>して<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れ〱と長庵に<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>を<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>たず<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>るより逢せて遣れば<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>の皮が<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はるゝにより娘に逢すとお安を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むき人なき所へ連出し殺して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろと長庵に頼まれたるが<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>づく中反圃にて殺した<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>思ひ出しても<ruby><rb>凄</rb><rt>ぞつ</rt></ruby>とする是等の話しを<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>事も兩人の娘へ<ruby><rb>懺悔也</rb><rt>ざんげなり</rt></ruby>と今<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の前に見る如く<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby><ruby><rb>是々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>斯樣ぞとお安が苦痛の死をなしたる其有樣を申立長庵に向ひ此通りだ<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>らしくとぼけずと<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>しねへかと三次が<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聞よりも思はず知らず聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>わつとばかりに<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>む母の<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の有樣が<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>に見る樣に思はれて<ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby>二人が心の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れと言も餘りあり又長庵は是を聞是三次何を云夫は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>云ても<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が殺した話し夫を又此長庵に白状せよと言て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>へのとは何事ぞ某しに於ては何も<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>ことはない如何樣人間の命を取ほど有て<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>きの奴なり此長庵は人を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>くる<ruby><rb>仁術</rb><rt>じんじゆつ</rt></ruby>に此世を送る家業故<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ては<ruby><rb>定業</rb><rt>ぢやうごふ</rt></ruby>にて病ひの爲に死す人を見てゐるさへも不便なるにまして<ruby><rb>非業</rb><rt>ひごふ</rt></ruby>の死を遂る有樣は<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしき事ならん<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>のやうに氣の<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>き者などは見たばかりでも氣を失なふぞ如何にも貴樣は<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>の<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>き男なり是兩人の娘問ず語りの此三次は二人が母の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>なるぞ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>御奉行樣へ御願ひ申敵を<ruby><rb>討</rb><rt>うつ</rt></ruby>て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ふが<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>と<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>さうに申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>又<ruby><rb>居直</rb><rt>ゐなほ</rt></ruby>りて御奉行樣私よりも願ひ上ます妹の安は此三次めが殺せしと承まはる上からは<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にも<ruby><rb>打果</rb><rt>うちはた</rt></ruby>すべき<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なるに<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>妹の敵と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのる</rt></ruby>に<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に居ながら手も出されぬ我が身は如何に<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちを</rt></ruby>しと<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>がみをなすを<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見られ越前守殿心中に<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>佞奸</rb><rt>ねいかん</rt></ruby><ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>にても<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby><ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>なる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は他に有まじと<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>されしが其方は惡人に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>千萬<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>奴なり安女は小手塚三次が殺したるにもせよその三次をば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>が<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んで<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>させたるや<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ三次に頼んで<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>させたれば己れが手を下して殺せしより<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり又最前三次と突合せの節三次をば知らぬ者なりと申せしが其後に至り三次は<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>の趣きに申立る等<ruby><rb>前後</rb><rt>ぜんご</rt></ruby><ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>なり且此程より<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べる通り八ヶ年以前に弟十兵衞を<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の文を賣たる金子を奪ひ取夫<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず浪人道十郎へ右の罪科を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>終に公儀を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おとしい</rt></ruby>れたる段證據人忠兵衞が申立の通り<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か相違なく聞ゆ然るに忠兵衞は恨み有者故右樣の事を申立候などと無體の儀を申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>再度</rb><rt>さいど</rt></ruby>忠兵衞夫婦に<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>を負せんと致したれ共既に其方の申口相違致したるに付<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に<ruby><rb>申論</rb><rt>まうしろん</rt></ruby>ずる事能はず<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入たるには非ずや然る上からは一事が萬事を知るべし此上にも申<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふに於ては<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>取調べに及ばねば相成ず重ね〲の憎しみを蒙り<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>も<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の辛き目に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>んより事十分に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れたる上は惡徒は<ruby><rb>惡徒</rb><rt>あくと</rt></ruby>だけの<ruby><rb>肝魂</rb><rt>きもだま</rt></ruby>の有者なれば<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>と人に笑はれんよりも<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に潔よき長庵と云るゝやうに白状致して仕舞へと段々理非を譯たる名言を飽まで欺く長庵は<ruby><rb>眞面</rb><rt>まがほ</rt></ruby>に成り是は新しき仰せ哉成程忠兵衞が妻富と密通を仕つりしと申上しは私し此度<ruby><rb>寃</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を申し掛られ餘りと申さば<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>さに私とても申掛致し候なり其外の儀は恐れ入べき箇條更々之なく何事も仰せの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きは<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ候はずと事もなげに陳じける時越前守殿コリヤ長庵然らば其方に<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>新</rb><rt>あたら</rt></ruby>しき事を<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづぬる</rt></ruby><ruby><rb>箇條</rb><rt>かでう</rt></ruby>有汝ぢ三河町二丁目の伊勢屋五兵衞養子千太郎を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き五十兩の金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取たる段相違なきや此儀は證據人の久八<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の前に<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>如何々々</rb><rt>いかに〱</rt></ruby>と<ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞし</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しに長庵は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>せし<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほつき</rt></ruby>して是は〱又しても御奉行樣の御<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>ばかり私し曾て伊勢屋千太郎などと云名前も知らずましてや五十兩の金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取たなどとは<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じも寄ぬ事にて候又久八とやらん何故に右樣の儀を申立たるや其意更々<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>參らす候<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>長庵が<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なる不運の時節成か斯迄人々に<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しみを受る事醫は人を助ける<ruby><rb>仁術</rb><rt>じんじゆつ</rt></ruby>の<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>にて<ruby><rb>陰徳</rb><rt>いんとく</rt></ruby>有ば<ruby><rb>陽報</rb><rt>やうはう</rt></ruby>ありとの古語も當に成ず口惜く候と<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>言</rb><rt>ごと</rt></ruby>を云を越前守殿<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ此上は眼に物見せんと少しく<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りの色を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>されしかば一同の者は顏を見合せ如何なる<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛らるゝやと長庵を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しみてぞ居たりけり

## 第二十七回

又越前守殿は久八の方を見られ如何に久八五十兩の金子を千太郎が是なる長庵に<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れたる<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>此所にて逐一に申立べしと有ければ久八は愼んで<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を上げ私<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>主人千太郎事<ruby><rb>先般</rb><rt>せんぱん</rt></ruby>も申上たる通り<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の誤りより新吉原江戸町丁字屋半藏の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ遊女小夜衣の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ通ひ詰候處右の長庵事は小夜衣と伯父<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の中に候由にて千太郎と<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>に相成其後千太郎方へ長庵參り申聞候には小夜衣事<ruby><rb>木場邊</rb><rt>きばへん</rt></ruby>の客人に身受致さるゝにやう相成候得共小夜衣は千太郎の方へ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>參り度由長庵へ呉々相談なせしと雖も金づくの事ゆゑ何共致し方御座無候間金子五十兩<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>致しなば親元身受けに成して木場の客の方は相斷わり長庵宅へ小夜衣を受出し置其上夫婦になすべしと<ruby><rb>僞言</rb><rt>ぎげん</rt></ruby>を千太郎は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>の伯父の申事故<ruby><rb>實情</rb><rt>じつじやう</rt></ruby>と心得店の有金の内五十兩取出し長庵へ相渡し兩三日過て千太郎は長庵<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り小夜衣の事を申せしに長庵儀右樣の金子預りし覺え無之<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しことも<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>なりとて更に取合申さず餘りのことに千太郎段々と掛合に及び候處<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて長庵大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>なし<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>も無事を言<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>候段不屆き者なりとて<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>に及び候由右の始末<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく千太郎は立歸りしかど如何にも<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に存じ居候より<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>長庵方へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り越長庵を<ruby><rb>刺殺</rb><rt>さしころ</rt></ruby>し其身も自害仕つらんと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>の<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から私し樣子を見受け候まゝ取敢す引止其事柄を段々承まはり種々異見仕つり候處<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>くは小夜衣に心を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れしより<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし事故<ruby><rb>已來</rb><rt>いらい</rt></ruby>は<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>小夜衣の事は思ひ切と千太郎申候に付長庵に<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れし五十兩は其儘<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れ切に致し其五十兩の金子は則ち私しの<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>金に引受候儀に御座候事と<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申立ければ越前守殿小夜衣の方を見られ小夜衣其方事も久八が申立たる事ども<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え有やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに小夜衣は長庵が五十兩の金子千太郎より<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取し事は千太郎<ruby><rb>存生</rb><rt>ぞんしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>私し方へ參られし折柄委細に聞及びし故甚だ<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しく思ひ居候と<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立ける程に越前守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづ</rt></ruby>かれ引合の者共<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く申立により長庵が<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>箇條</rb><rt>かでう</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に<ruby><rb>了解</rb><rt>わかり</rt></ruby>たり因つては猶長庵に問ふ事あり<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に久八の申立る通りにて<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじきに猶又小夜衣が申立の趣き<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>以て相違有まじ此上にも<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はるやと<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めて申されけり

## 第二十八回

<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>に<ruby><rb>謂</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>其以てする所を<ruby><rb>觀</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>其由</rb><rt>そのしたが</rt></ruby>ふ所を<ruby><rb>觀</rb><rt>み</rt></ruby>其安んずる所を察す人<ruby><rb>焉</rb><rt>いづく</rt></ruby>んぞ<ruby><rb>庾</rb><rt>かくさ</rt></ruby>ん哉人<ruby><rb>焉</rb><rt>いづく</rt></ruby>んぞ<ruby><rb>庾</rb><rt>かくさ</rt></ruby>ん哉爰に<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>る者有り然れ共其者の<ruby><rb>眸瞳</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>の<ruby><rb>動靜</rb><rt>どうせい</rt></ruby>を<ruby><rb>察</rb><rt>み</rt></ruby>る時は必ず其<ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>現</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝと<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる哉然れ共<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>庸人</rb><rt>ようじん</rt></ruby>の奉行となりて<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby><ruby><rb>奸曲</rb><rt>かんきよく</rt></ruby>の者を調べるに於てをや或るひは<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>惡氣</rb><rt>にくげ</rt></ruby>に心は<ruby><rb>善良</rb><rt>ぜんりやう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>るも<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>或ひに<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>柔和</rb><rt>にうわ</rt></ruby>にして<ruby><rb>胸中</rb><rt>きようちう</rt></ruby><ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>なる者有<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>外面如菩薩</rb><rt>げめんによぼさつ</rt></ruby><ruby><rb>内心</rb><rt>ないしん</rt></ruby><ruby><rb>如夜刄</rb><rt>によやしや</rt></ruby>と<ruby><rb>佛</rb><rt>ほとけ</rt></ruby>も説給ひし如し然れば其<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>柔和にして<ruby><rb>形容</rb><rt>なりかたち</rt></ruby>も<ruby><rb>柔和</rb><rt>おとなし</rt></ruby>やかなる者の言事は自然と直なる樣に聞ゆれども其事は<ruby><rb>邪心</rb><rt>じやしん</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み<ruby><rb>工</rb><rt>たく</rt></ruby>める<ruby><rb>奸賊</rb><rt>かんぞく</rt></ruby>も有り面體<ruby><rb>見惡</rb><rt>みにく</rt></ruby>き者の申立る事は言葉續き<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らかにして<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>り<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に聞え品に因ては<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>の<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>りなしとも云難し然れば鎌倉七世の<ruby><rb>執權</rb><rt>しつけん</rt></ruby>北條時宗を<ruby><rb>輔佐</rb><rt>ほさ</rt></ruby>して<ruby><rb>問注所</rb><rt>もんちうしよ</rt></ruby>の總裁職を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め美名を後世に<ruby><rb>傳</rb><rt>つた</rt></ruby>へし<ruby><rb>青砥</rb><rt>あをと</rt></ruby>左衞門尉<ruby><rb>藤綱</rb><rt>ふぢつな</rt></ruby>は<ruby><rb>公事訴訟等</rb><rt>くじそしようとう</rt></ruby>を聞るゝときは必ず眼を<ruby><rb>閉塞</rb><rt>ふさぎ</rt></ruby>て調べられしとこそ聞えたれ<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>越前守殿此長庵を一目見るより<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざる不敵の者なれば<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞし</rt></ruby>にては<ruby><rb>事實</rb><rt>じじつ</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>はく</rt></ruby>まじと思はれしにより<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は<ruby><rb>氣長</rb><rt>きなが</rt></ruby>に<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>しながら<ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されしなり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>りと<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も長庵は何事も曾て存ぜずと<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>申立口を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>て居ければ此上は<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を以て諭さん樣もなく<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に及ぶより外はなしと思はれしなり然れども<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに長庵を見られ如何に長庵<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しの<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を道十郎に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せし事は<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に忠兵衞と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>證人あり又千太郎を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて五十兩の金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取其上千太郎を罵り<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>に及びし事は久八並びに其方<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>小夜衣が申立と<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>して<ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>かなり又弟十兵衞の女房<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>させし事は<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>に汝が頼みし<ruby><rb>無宿</rb><rt>むしゆく</rt></ruby>三次より<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>白状に及びしことなれば如何に其方<ruby><rb>鷺</rb><rt>さぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>烏</rb><rt>からす</rt></ruby>と<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふとも<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝことは<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず<ruby><rb>速</rb><rt>すみ</rt></ruby>やかに白状せよと<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>されければ大膽無類の長庵も<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はじとや思ひけん見る中に<ruby><rb>髮髯</rb><rt>かみひげ</rt></ruby><ruby><rb>逆立</rb><rt>さかだち</rt></ruby><ruby><rb>兩眼</rb><rt>りやうがん</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>注</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>惡鬼羅刹</rb><rt>あくきらせつ</rt></ruby>の如き<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあ</rt></ruby>げ一同の者を<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>し其<ruby><rb>形容</rb><rt>ありさま</rt></ruby>に居並び居たる<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby>何れも身の毛も<ruby><rb>彌立</rb><rt>よだつ</rt></ruby>ばかりに思ひ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る惡人なれば如何成事をや言出すらんと<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>手に<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>りて<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたる其中にも彼丁山小夜衣の兩人はアツといひて<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>に<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふし</rt></ruby><ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるひわなゝ</rt></ruby>き居たりけり長庵は<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>をぎり〱と<ruby><rb>噛締</rb><rt>かみしめ</rt></ruby>汝等一同<ruby><rb>確乎</rb><rt>たしか</rt></ruby>に聞け<ruby><rb>汝等</rb><rt>おのれら</rt></ruby>は揃ひも揃ひし<ruby><rb>鈍愚</rb><rt>たはけ</rt></ruby>なるに其の<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざるを思はず<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も我が事を<ruby><rb>訴人</rb><rt>そにん</rt></ruby>せし者成かな然ながら今日只今迄は<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>骨々</rb><rt>ほね〲</rt></ruby>を<ruby><rb>斷割</rb><rt>たちわら</rt></ruby>れ<ruby><rb>鉛</rb><rt>なまり</rt></ruby>の<ruby><rb>熱湯</rb><rt>ねつたう</rt></ruby>は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろ</rt></ruby>か<ruby><rb>水責</rb><rt>みづぜめ</rt></ruby><ruby><rb>火責</rb><rt>ひぜめ</rt></ruby><ruby><rb>海老責</rb><rt>えびぜめ</rt></ruby>に成とも白状なすまじと覺悟せしが御奉行樣の<ruby><rb>御明諭</rb><rt>ごめいゆ</rt></ruby>により今ぞ我が<ruby><rb>作</rb><rt>な</rt></ruby>せし惡事の<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>不殘</rb><rt>のこさず</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せんと長庵が其決心は殊勝にも又<ruby><rb>憎體</rb><rt>にくてい</rt></ruby>なり

## 第二十九回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も越前守殿に於ては<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby><ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據人</rb><rt>しようこにん</rt></ruby>の有事を<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ざる<ruby><rb>奸惡</rb><rt>かんあく</rt></ruby><ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby>の大賊に<ruby><rb>似氣無</rb><rt>にげなき</rt></ruby><ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby>者成と<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>されしに長庵が今ぞ殘らず<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>なさんとの一言に<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>惡徒</rb><rt>あくと</rt></ruby>は惡徒<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>に<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あら</rt></ruby>ためし者かと言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ白状するとは<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>の至りなりと申さるゝに長庵<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>見開</rb><rt>みひら</rt></ruby>き御奉行越前守殿に<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>も無く<ruby><rb>御骨</rb><rt>おほね</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をら</rt></ruby>すも<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入ば今こそ殘らず白状爲すなり<ruby><rb>仍</rb><rt>よ</rt></ruby>つて此長庵が身は<ruby><rb>刑罰</rb><rt>けいばつ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べけれども<ruby><rb>魂魄</rb><rt>こんぱく</rt></ruby>は此土に<ruby><rb>止</rb><rt>とゞま</rt></ruby>り己れ等一同に思ひ知らするぞ其中にも忠兵衞は第一の<ruby><rb>大恩人</rb><rt>だいおんじん</rt></ruby>なり<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も〱八ヶ年以前のことを<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>新</rb><rt>あた</rt></ruby>らしく今更に道十郎が後家に<ruby><rb>告口</rb><rt>つげぐち</rt></ruby>なし此長庵が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞ</rt></ruby>めさせたるは忝け<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しいとも<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>が<ruby><rb>言盡</rb><rt>いひつく</rt></ruby>されぬ故今は<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>られた身の<ruby><rb>自由</rb><rt>じいう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ねば<ruby><rb>孰</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ<ruby><rb>黄泉</rb><rt>あのよ</rt></ruby>から<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>も直に取殺し共に<ruby><rb>冥土</rb><rt>めいど</rt></ruby>へ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>禮を云から待てゐよ必ず忘るゝ事<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れと<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>の<ruby><rb>目眥</rb><rt>まなじり</rt></ruby><ruby><rb>逆立</rb><rt>さかだ</rt></ruby>つて<ruby><rb>礑</rb><rt>はつ</rt></ruby>たと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>兩の手をひし〱と<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>りつめ<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くひ</rt></ruby>しばりし<ruby><rb>恐怖</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しさに忠兵衞夫婦は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>をも<ruby><rb>打忘</rb><rt>うちわす</rt></ruby>れアツと云樣立上り<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとするを忽ちに<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の者に<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>られ<ruby><rb>悶絶</rb><rt>もんぜつ</rt></ruby>なさぬ計りなり<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>つて<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>出し是申長庵殿<ruby><rb>御死</rb><rt>おしに</rt></ruby>なされし其後にて私し<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>などに<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るには及びませぬ私しとても<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>には何の<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みも<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れども八ヶ年の其<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>し天神樣の裏門前で<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たる事を<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずもお光殿より尋ねられ<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うつか</rt></ruby>り口が<ruby><rb>辷</rb><rt>すべ</rt></ruby>りしを<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby><ruby><rb>證人</rb><rt>しようにん</rt></ruby>に<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>べしとお光殿をば同道なし<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らるゝ長助殿に<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby>じ付られ<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>もなく<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>のことに成たる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞ勘辨して下されと兩手を<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せて<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流し<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいる</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>こそ<ruby><rb>笑止</rb><rt>せうし</rt></ruby>けれ長庵は忠兵衞を<ruby><rb>尻目</rb><rt>しりめ</rt></ruby>にかけ<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ忠兵衞<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>ざる<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>噪々</rb><rt>おしやべり</rt></ruby>より我が<ruby><rb>舊疵</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>を<ruby><rb>再發</rb><rt>さいはつ</rt></ruby>させ<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の身と成し事思ひ知れやと<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>の方に打向ひ<ruby><rb>割</rb><rt>われ</rt></ruby>るばかりの<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>是迄<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>したる我が惡事を<ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby><ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べて御<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せ申さん<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら自分でも<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>るゝ程の<ruby><rb>數々</rb><rt>かず〱</rt></ruby>なればお忘れなき樣お<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>下され此長庵は在所なる<ruby><rb>岩井村</rb><rt>いはゐむら</rt></ruby>に在し頃<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby><ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れの<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>より同村に<ruby><rb>住</rb><rt>すむ</rt></ruby>勘次郎を殺す氣もなく打殺し夫より村方を<ruby><rb>逐轉</rb><rt>ちくてん</rt></ruby>して此大江戸へ出てより<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>の<ruby><rb>小稼</rb><rt>こかせ</rt></ruby>ぎは言はずと知れし<ruby><rb>小盜人</rb><rt>こぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みし金や<ruby><rb>神農</rb><rt>しんのう</rt></ruby>も<ruby><rb>嘗殘</rb><rt>なめのこ</rt></ruby>したる<ruby><rb>質種</rb><rt>しちぐさ</rt></ruby>を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>に初めし<ruby><rb>醫者家業</rb><rt>いしやかげふ</rt></ruby><ruby><rb>傷寒論</rb><rt>しやうかんろん</rt></ruby>は<ruby><rb>讀</rb><rt>よめ</rt></ruby>ねども<ruby><rb>醫</rb><rt>い</rt></ruby>は<ruby><rb>位</rb><rt>ゐ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>衣服</rb><rt>いふく</rt></ruby>で<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>かし馬鹿にて付る藥<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>三寸の<ruby><rb>匙加減</rb><rt>さじかげん</rt></ruby>でやつて<ruby><rb>退</rb><rt>のい</rt></ruby>たる御醫者樣も<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>う成ては<ruby><rb>長棒</rb><rt>ながぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>駕</rb><rt>かご</rt></ruby>より<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>をしまい<ruby><rb>肩</rb><rt>がた</rt></ruby>ばつた〱と何にもかも<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby>べの夢の過たる惡事先第一は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>の弟を殺して<ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に居る<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>のお文の身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取たる<ruby><rb>後腹</rb><rt>あとばら</rt></ruby>は道十郎の<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>で<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>がる惡事を<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>さへ折ず中山殿を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むいて道十郎へ<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>又小夜衣を<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>爲し身の代金は<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>と酒と女郎買ひに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>失</rb><rt>なく</rt></ruby>し其上に又小夜衣の<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>に伊勢屋の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎を<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>くも<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き五十兩と云大金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取其外二十や三十の<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さな<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>は<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れず<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>惡錢身に付ず忽ち元の<ruby><rb>木阿彌</rb><rt>もくあみ</rt></ruby>と<ruby><rb>貧乏陶</rb><rt>びんばふとく</rt></ruby>りも<ruby><rb>干上</rb><rt>ひあが</rt></ruby>る時弟の女房のお安めが娘に<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せろ〱と<ruby><rb>毎日々々</rb><rt>まいにち〱</rt></ruby><ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>るのも惡事を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>なるゆゑ子分の三次に申付殺させたるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り惡事の<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>が<ruby><rb>能過</rb><rt>よすぎ</rt></ruby>るゆゑに年月の過たる事は<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>するも<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なりと申立ければ越前守殿<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ長庵<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>に申陳じ居たりしが只今と成て能も自分の惡事に相違なしなどと白状せし者哉<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら先は<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>のことなりと言れ<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>に久八に向はれ<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なるは其方なり<ruby><rb>如何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>千太郎の<ruby><rb>惡敷</rb><rt>あしく</rt></ruby>とも主人と名の<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>し者を<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>りにもせよ<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したる上からは<ruby><rb>五逆</rb><rt>ごぎやく</rt></ruby>の罪は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ道無し然れ共其方の身元は元來<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>なる由<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>よりの事ども<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と相尋ね度事なり依て<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>六右衞門に<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>ん其方<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby><ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>申上しが猶委細に久八が人と成の始末申立よと有ければ六右衞門<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの如く此久八は元三州藤川宿の町外れに<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れし身に御座候（<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>より久八の<ruby><rb>履歴</rb><rt>ことがら</rt></ruby>は六右衞門が申立の<ruby><rb>讀續</rb><rt>よみつゞ</rt></ruby>きなれども<ruby><rb>人情</rb><rt>にんじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>貫徹</rb><rt>つらぬか</rt></ruby>ざる所も有により<ruby><rb>讀本</rb><rt>よみほん</rt></ruby>の<ruby><rb>口調</rb><rt>くてう</rt></ruby>に<ruby><rb>換</rb><rt>かゆ</rt></ruby>れば<ruby><rb>諸君</rb><rt>みなさん</rt></ruby><ruby><rb>怪給</rb><rt>あやしみたまふ</rt></ruby><ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れ）

## 第三十回

<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>久八は<ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby><ruby><rb>元祿</rb><rt>げんろく</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>京都</rb><rt>きやうと</rt></ruby>丸山通りに<ruby><rb>安養寺</rb><rt>あんやうじ</rt></ruby>と云大寺有り其門前町に住て<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby><ruby><rb>巨商等</rb><rt>きよしやうとう</rt></ruby>へ出入を爲す<ruby><rb>割烹人</rb><rt>れうりにん</rt></ruby>吉兵衞と云者いまだ<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>を<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むる者の多かりしが<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>良縁</rb><rt>よきえん</rt></ruby>有てお久と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>る女を<ruby><rb>娶</rb><rt>めと</rt></ruby>りけるが<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>人に<ruby><rb>優</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>裁縫</rb><rt>たちぬひ</rt></ruby>を<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>し<ruby><rb>讀書</rb><rt>よみかき</rt></ruby>も<ruby><rb>拙</rb><rt>つた</rt></ruby>なからず料理人の女房に<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>は<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>無きなどと見る人<ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に<ruby><rb>言合</rb><rt>いひあへ</rt></ruby>る程成ば吉兵衞は一方成ず思ひ<ruby><rb>偕老同穴</rb><rt>かいらうどうけつ</rt></ruby>の<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>からず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>連添</rb><rt>つれそふ</rt></ruby><ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>姙娠</rb><rt>にんしん</rt></ruby>なし元祿二年四月廿八日<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>の如く<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>男子を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け夫婦の<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとふ</rt></ruby>るに<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>無く<ruby><rb>蝶</rb><rt>てふ</rt></ruby>よ花よと<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ<ruby><rb>育</rb><rt>そだつ</rt></ruby>る<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に間も無<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>のお久時の<ruby><rb>流行</rb><rt>はやり</rt></ruby><ruby><rb>風邪</rb><rt>かぜ</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>たるが初めにて一兩日<ruby><rb>過</rb><rt>すぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>發熱</rb><rt>はつねつ</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だしく次第に<ruby><rb>病</rb><rt>やま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>りて更に<ruby><rb>醫藥</rb><rt>いやく</rt></ruby>の<ruby><rb>効</rb><rt>しる</rt></ruby>しも無く<ruby><rb>重症</rb><rt>ぢうしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きしかば吉兵衞は易き心も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に病ひの<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>は少しも出ず成りければ妻の<ruby><rb>看病</rb><rt>みとり</rt></ruby>をしつゝ<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>け<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>へ<ruby><rb>乳貰</rb><rt>ちもら</rt></ruby>ひに<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つれ共<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざれば泣<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>む子よりも<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しく思ひ最う此上は<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の<ruby><rb>加護</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かるより他事無しと吉兵衞は<ruby><rb>祇園</rb><rt>ぎをん</rt></ruby><ruby><rb>清水</rb><rt>きよみづ</rt></ruby>其外<ruby><rb>靈場</rb><rt>れいぢやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>精神</rb><rt>せいしん</rt></ruby>を<ruby><rb>摧</rb><rt>くだ</rt></ruby>きて我が妻の<ruby><rb>疾</rb><rt>やまひ</rt></ruby><ruby><rb>平癒</rb><rt>へいゆ</rt></ruby>成さしめ給へと祈りしかば定まり<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>命數</rb><rt>めいすう</rt></ruby>にや<ruby><rb>日増</rb><rt>ひまし</rt></ruby>に<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へて今は頼み少なき有樣に吉兵衞は妻の<ruby><rb>枕邊</rb><rt>まくらべ</rt></ruby>に<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>さし<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と力をつけ<ruby><rb>言慰</rb><rt>いひなぐさ</rt></ruby>めつゝ何か<ruby><rb>食</rb><rt>た</rt></ruby>べよ<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>ねといと<ruby><rb>信實</rb><rt>まめやか</rt></ruby>に<ruby><rb>看病</rb><rt>みとり</rt></ruby>なせども今ははや<ruby><rb>臨終</rb><rt>いまは</rt></ruby>の近く見えければ<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>親子の別れの<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさ同じ涙にふし<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby>の<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>る日もなき<ruby><rb>燒野</rb><rt>やけの</rt></ruby>の<ruby><rb>雉子</rb><rt>きゞす</rt></ruby><ruby><rb>孤子</rb><rt>みなしご</rt></ruby>になる<ruby><rb>稚兒</rb><rt>をさなご</rt></ruby>より<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>親心</rb><rt>おやごころ</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>る妻のお久は<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の顏を<ruby><rb>打詠</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め物ごしさへも<ruby><rb>絶々</rb><rt>たえ〲</rt></ruby>に此子を頼む此子をと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>一<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>が此世の<ruby><rb>餘波</rb><rt>なごり</rt></ruby><ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>濕</rb><rt>しめ</rt></ruby>る<ruby><rb>枕邊</rb><rt>まくらべ</rt></ruby>は雨に<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れし<ruby><rb>糸萩</rb><rt>いとはぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れに<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>むばかりなり然ば<ruby><rb>男乍</rb><rt>をとこなが</rt></ruby>らも吉兵衞は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きつゝ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>まで妻の<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>痩</rb><rt>やせ</rt></ruby>て昔に<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れさよと<ruby><rb>落</rb><rt>おつ</rt></ruby>る涙を<ruby><rb>堰敢</rb><rt>せきあへ</rt></ruby>ず<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しき死骸に<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き付のう我が妻よ今一度此世に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りて給はれや<ruby><rb>言事</rb><rt>いふこと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>と<ruby><rb>臥轉</rb><rt>ふしまろ</rt></ruby>び<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ばこそ<ruby><rb>此如</rb><rt>このごと</rt></ruby>く<ruby><rb>果敢無</rb><rt>はかなき</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>え</rt></ruby>にしに有りしやと<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>べど答へさへ<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>ゐる我子を<ruby><rb>抱上</rb><rt>いだきあ</rt></ruby>げ今日より後は如何にせん<ruby><rb>果報</rb><rt>くわはう</rt></ruby><ruby><rb>拙</rb><rt>つた</rt></ruby>なき<ruby><rb>乳呑子</rb><rt>ちのみご</rt></ruby>やと聲を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>つて<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しむを近所の人々聞知りて<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>まり入來り<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>み<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>つゝ吉兵衞に力を付て一同に通夜迄もなし<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくあさ</rt></ruby>は<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby><ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>の<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りさへ<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>懇</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に取行なひ妻の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>と<ruby><rb>孤子</rb><rt>みなしご</rt></ruby>を<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>男の手一ツに<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てゝ月日を送りけり

## 第三十一回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も吉兵衞は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>富</rb><rt>とめ</rt></ruby>る身ならねば<ruby><rb>乳母</rb><rt>うば</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ゆべき<ruby><rb>金力</rb><rt>ちから</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>情け有家へ<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>り<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>めて晝夜を<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>たず少し<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>の<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>乳</rb><rt>ぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>又は<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の粉や<ruby><rb>甘酒</rb><rt>あまざけ</rt></ruby>と一日々々を送る<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>側眼</rb><rt>わきめ</rt></ruby>で見てさへ<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>に子の<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さの一筋に小半年<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>せしが妻のお久が病中より更に家業も成ぬ上<ruby><rb>死後</rb><rt>しご</rt></ruby>の<ruby><rb>物入</rb><rt>ものいり</rt></ruby>何や<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>やに家財雜具を<ruby><rb>賣喰</rb><rt>うりぐひ</rt></ruby>なし<ruby><rb>迂濶々々</rb><rt>うか〱</rt></ruby><ruby><rb>活計</rb><rt>くら</rt></ruby>して居たりしが吉兵衞<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思ふ樣獨身成ば又元の出入の家々へ頼みても<ruby><rb>庖丁</rb><rt>はうちやう</rt></ruby>さへ手に<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>ならば少しも<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>らぬ我が身なれど此兒の有故<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>も出來ず此上居喰にする時は山をも<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>失</rb><rt>なく</rt></ruby>なす<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>子供を<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へか<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>も<ruby><rb>些</rb><rt>ちつと</rt></ruby>は金子を付ざれば<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>うて呉る人もなし又<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>に行度にも初めの程は<ruby><rb>機嫌能</rb><rt>きげんよく</rt></ruby><ruby><rb>呑</rb><rt>のま</rt></ruby>せて呉し家にても今日は用事で<ruby><rb>他行</rb><rt>たぎやう</rt></ruby>せり<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>から<ruby><rb>風邪</rb><rt>ふうじや</rt></ruby>の<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>にて<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の出樣も少なく成<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の子にさへ飮足らねば御氣の毒だと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りを言れて戻る<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>つらさ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>ては終に親子共<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>より外に<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>なし如何成ばこそ斯迄に<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れの身とは成けるぞや<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>せば<ruby><rb>運</rb><rt>まは</rt></ruby>す程妻のお久に<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れしが此身の<ruby><rb>不運</rb><rt>ふうん</rt></ruby><ruby><rb>不幸</rb><rt>ふかう</rt></ruby>ぞと思案に暮て居たりしが所詮斯樣の姿にて<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>に<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>晒</rb><rt>さら</rt></ruby>さんより<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ江戸の淺草にて水茶屋渡世の甚兵衞は<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>もある事故彼を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りて行ならば又<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>も有べきやと心の内に思ひを定め賣殘したる<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>を集め金に<ruby><rb>換</rb><rt>かへ</rt></ruby>つゝ當歳の子を<ruby><rb>懷</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に住馴し京都の我が家を立出て心細くも<ruby><rb>東路</rb><rt>あづまぢ</rt></ruby>へ志ざしてぞ下りけり元より<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>ぬ旅と云殊に男の懷ろに當歳の子を抱きての<ruby><rb>驛路</rb><rt>うまやぢ</rt></ruby>なれば其<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>さは云も更なり漸々にして大津の宿を<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>り<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>打出</rb><rt>うちで</rt></ruby>の濱を打越て<ruby><rb>堅石部</rb><rt>かたいしべ</rt></ruby>や草津宿<ruby><rb>草枯時</rb><rt>くさがれどき</rt></ruby>も今日と<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>の空も定め無き老の身ならねど坂の下五十三次半ば迄<ruby><rb>懷</rb><rt>ふとこ</rt></ruby>ろの兒に<ruby><rb>添乳</rb><rt>そへぢ</rt></ruby>を貰ひ當なき人の乳を當に行先々の氣配りに<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>艱難辛苦</rb><rt>かんなんしんく</rt></ruby>とも<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ん方なき事どもなり漸々にして三州岡崎迄は<ruby><rb>來</rb><rt>きたれ</rt></ruby>ども<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>手薄</rb><rt>てうす</rt></ruby>の其上に旅の日數も重なれば手當の<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>をも<ruby><rb>遣込</rb><rt>つかひこみ</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り少なに成ける程に心は<ruby><rb>彌猛</rb><rt>やたけ</rt></ruby>に思へども<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>如何に共<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby><ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>なく<ruby><rb>必竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>斯る<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>に及ぶと云も兒の有故身の<ruby><rb>振方</rb><rt>ふりかた</rt></ruby>も成ぬなり此上<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby><ruby><rb>餓死</rb><rt>うゑじに</rt></ruby>に成行事の<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさよ<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ此子も妻諸共に死んで<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>なば此樣に今の<ruby><rb>困苦</rb><rt>こんく</rt></ruby>はせざりし者と<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>む<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ乳の足ぬ<ruby><rb>勝</rb><rt>がち</rt></ruby>なる<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>ぐ我が子の玉の<ruby><rb>緒</rb><rt>を</rt></ruby>の<ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>くも五<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>痩</rb><rt>やせ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>蟲氣</rb><rt>むしけ</rt></ruby>も有ぬ<ruby><rb>健</rb><rt>すこや</rt></ruby>かさ<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>有ればこそ親子と成何知らぬ兒に此<ruby><rb>憂苦</rb><rt>いうく</rt></ruby>を見するも<ruby><rb>過世</rb><rt>すぐせ</rt></ruby>の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>か不便の者をと<ruby><rb>嘆</rb><rt>かこ</rt></ruby>ちしが我から心を鬼になし<ruby><rb>道途</rb><rt>だうと</rt></ruby>に迷ふ親の身を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かる<ruby><rb>手便</rb><rt>てだて</rt></ruby>は此<ruby><rb>乳子</rb><rt>ちご</rt></ruby>を捨るより外に思案なしと我が子の<ruby><rb>寢顏</rb><rt>ねがほ</rt></ruby>を打<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め涙ながらに心を定め其處よ<ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>と思へ共<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其日は捨兼て同じ宿なる<ruby><rb>棒端</rb><rt>ぼうばな</rt></ruby>の<ruby><rb>境屋</rb><rt>さかひや</rt></ruby>と云<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に一宿なして明の朝此所の<ruby><rb>旅店</rb><rt>やどや</rt></ruby>を立出て人の<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>の無中に<ruby><rb>疾</rb><rt>と</rt></ruby>く<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>なんと<ruby><rb>右</rb><rt>と</rt></ruby>つ<ruby><rb>左</rb><rt>おい</rt></ruby>つ其場所がらを<ruby><rb>見歩行</rb><rt>みあるく</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から早藤川にさし掛り夜も<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>む頃なれば<ruby><rb>宿外</rb><rt>やどはづ</rt></ruby>れなる或家の<ruby><rb>軒端</rb><rt>のきば</rt></ruby>の下に寢たる子をそつとさし置たち出しが又立もどり<ruby><rb>熟眠</rb><rt>うまひ</rt></ruby>せし其顏<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>打ながめ<ruby><rb>偶々</rb><rt>たま〱</rt></ruby>此世で親と子に成し<ruby><rb>縁</rb><rt>えに</rt></ruby>しも斯ばかり<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>き<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>りぞ情なし然ど<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>を抱へては親子が<ruby><rb>畢</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>餓</rb><rt>う</rt></ruby>ゑ死に外に<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby><ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>なきまゝに<ruby><rb>可愛</rb><rt>いとし</rt></ruby>我が子を捨るぞや<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなき</rt></ruby><ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>と<ruby><rb>怨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>なせぞ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>此上は<ruby><rb>善人</rb><rt>よきひと</rt></ruby>に拾ひ上られ成長せば其人樣を父母と思ひて<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る姿を他の人に<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとが</rt></ruby>められなば一大事と二足三足<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しが又振返りさし<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>我ながら<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>なりと心で心を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>ましつゝ思ひ極めて立去けり

## 第三十二回

夫<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>とし生る物子を愛せざるはなし<ruby><rb>燒野</rb><rt>やけの</rt></ruby>の<ruby><rb>雉子</rb><rt>きゞす</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>皆子を思ふが故に其身の<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>きをも<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず<ruby><rb>況</rb><rt>いは</rt></ruby>んや萬物の<ruby><rb>靈</rb><rt>れい</rt></ruby>たる<ruby><rb>人間界</rb><rt>にんげんかい</rt></ruby>に於てをや然るに情け無くも吉兵衞は妻の死去せしより身代をば<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby><ruby><rb>住馴</rb><rt>すみなれ</rt></ruby>し<ruby><rb>京都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>を<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>になし<ruby><rb>孤子</rb><rt>みなしご</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へて<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>東</rb><rt>あづま</rt></ruby>の<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>く<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>三州迄は來たれども<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り餘儀なく我が子を藤川宿の町外れに<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>たるは是非もなき次第なり<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なくも一<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>萬乘</rb><rt>ばんじよう</rt></ruby>の<ruby><rb>皇帝</rb><rt>おほぎみ</rt></ruby>も世の中<ruby><rb>下樣</rb><rt>しもざま</rt></ruby>の<ruby><rb>人情</rb><rt>にんじやう</rt></ruby>を知ろしめされ賜うて<ruby><rb>後水尾帝</rb><rt>ごみづをてい</rt></ruby>の<ruby><rb>御製</rb><rt>ぎよせい</rt></ruby>に「あはれさよ<ruby><rb>夜半</rb><rt>よは</rt></ruby>に<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>の<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>やむは母にそへ<ruby><rb>乳</rb><rt>ぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>や見つらん」とは<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふけ</rt></ruby>て<ruby><rb>外面</rb><rt>そとも</rt></ruby>の方に<ruby><rb>赤子</rb><rt>あかご</rt></ruby>の<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なくこゑ</rt></ruby>の聞えしは捨子にやあらんと最と<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れに聞えたりしが兎角するうちに彼<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>の止たりしかば如何せしやらんと思ひぬるうち又もや泣出しける<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>泣止</rb><rt>なきやみ</rt></ruby>しは<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>られし子の<ruby><rb>夢心</rb><rt>ゆめごころ</rt></ruby>に我が母に<ruby><rb>添乳</rb><rt>そへぢ</rt></ruby>せられし所をや見し成んと<ruby><rb>一入</rb><rt>ひとしほ</rt></ruby><ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れのいやませしと言つる心の御製なり<ruby><rb>又芭蕉翁</rb><rt>ばせをおう</rt></ruby>の<ruby><rb>句</rb><rt>く</rt></ruby>にも「<ruby><rb>猿</rb><rt>ましら</rt></ruby>さへ<ruby><rb>捨子</rb><rt>すてご</rt></ruby>は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>秋</rb><rt>あき</rt></ruby>の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>」是や<ruby><rb>人情</rb><rt>にんじやう</rt></ruby>の赴く處なるらん<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又藤川宿にては夜明て<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>所の<ruby><rb>人々</rb><rt>ひと〲</rt></ruby>此捨子を見付村役人に屆けなどする中一人の<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby><ruby><rb>鼠</rb><rt>ねずみ</rt></ruby>の<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>に<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>の<ruby><rb>袈裟</rb><rt>けさ</rt></ruby>を身に<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>水晶</rb><rt>すゐしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>珠數</rb><rt>ずず</rt></ruby>を<ruby><rb>片手</rb><rt>かたて</rt></ruby>に<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>藜</rb><rt>あかざ</rt></ruby>の<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を突て通りかゝりけるが此捨子を見て<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を止め<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て立寄りつゝ彼<ruby><rb>小兒</rb><rt>せうに</rt></ruby>の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>を<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>げ<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>なる矢立を取出して<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby><ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>らかに<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>められしは「<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>父に<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>まれしに非らず母に<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>まれしに<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず父母<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>るに非ず自分の<ruby><rb>薄命</rb><rt>はくめい</rt></ruby>なり元祿二年九月<ruby><rb>貧暦</rb><rt>ひんれき</rt></ruby>」と書付て其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぎ</rt></ruby>ける<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>する内に村方の役人其外大勢の人<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>りて<ruby><rb>地頭</rb><rt>ぢとう</rt></ruby>代官所へ訴へ出ければ役人方<ruby><rb>見分</rb><rt>けんぶん</rt></ruby>の上捨子の儀は村方へ養育申付られ小兒は村方預りと成たるに同村の百姓久左衞門と云者有しが妻<ruby><rb>出産</rb><rt>しゆつさん</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>も無く其子病死なし<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>本意無く思ひける所乳のあるより村役人に頼まれて此の捨子を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>せしに追々<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじむ</rt></ruby>につれ<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>も<ruby><rb>優</rb><rt>まさ</rt></ruby>りしかば<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ此子を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受んと夫婦相談の上村役人に申入しにぞ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>其筋</rb><rt>そのすぢ</rt></ruby>へ屆け<ruby><rb>濟</rb><rt>ずみ</rt></ruby>の上米三俵を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て彼捨子を久左衞門へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しける依て名をも久八と附て夫婦の<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby><ruby><rb>淺</rb><rt>あさか</rt></ruby>らず養育しけるに一日々々と<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>他所</rb><rt>よそ</rt></ruby>の兒に<ruby><rb>優</rb><rt>まさ</rt></ruby>りて<ruby><rb>利發</rb><rt>りはつ</rt></ruby>なるにより<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>頼母敷</rb><rt>たのもしき</rt></ruby><ruby><rb>小兒</rb><rt>せうに</rt></ruby>なりと<ruby><rb>慈</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみける中月立年暮て早くも七歳の春を<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へ<ruby><rb>手習</rb><rt>てならひ</rt></ruby>に<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>はせけるに<ruby><rb>讀書</rb><rt>よみかき</rt></ruby>とも一を聞て十を知り<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く事無孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>す故夫婦の<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び一方ならず久八も<ruby><rb>手習</rb><rt>てならひ</rt></ruby>より歸れば何時も近所の子供と遊びけるが<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ては少しの<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひより<ruby><rb>友達</rb><rt>ともだち</rt></ruby>子供等が久八の捨子々々と云ければ何とて我が事を捨子々々と云やらんと<ruby><rb>泣顏</rb><rt>なきがほ</rt></ruby>にて我が家へ歸へり久左衞門夫婦に向ひて<ruby><rb>友達衆</rb><rt>ともだちしう</rt></ruby>が<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>がてらに私しの事を捨子々々と毎度<ruby><rb>言罵</rb><rt>いひのゝ</rt></ruby>しるは何故にやと<ruby><rb>不審氣</rb><rt>いぶかしげ</rt></ruby>に<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられ久左衞門夫婦は顏見合せ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>もく</rt></ruby>して居たりしが<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し<ruby><rb>何故</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なる尋ねなり今日まで云ざりしが<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は其方事七年前藤川宿の<ruby><rb>町外</rb><rt>まちはづ</rt></ruby>れに<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>て有しなり其時其方の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>に<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>て有しは是なりと彼の<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>の<ruby><rb>落書</rb><rt>らくがき</rt></ruby>まで殘り無物語に及びければ久八は子供心に我が身の上を初めて知り<ruby><rb>棄子</rb><rt>すてご</rt></ruby>と云るゝを深く<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>たりけん其後は手習を我が家にてなし遊びにも外へ<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby>ことなく<ruby><rb>柔和</rb><rt>おとなし</rt></ruby>やかに母の手傳ひをして我が家の内に遊び居るを養父母も其の樣子を見て取<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに其心根を不便に思ひ夫婦相談の上江戸表へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>て奉公にてもさするならば<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>な人に成もやせん<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ弟六右衞門が江戸本石町二丁目に渡世して有ければ是へ往て頼み何れへ成とも奉公に<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さんものをと忽ち心一<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>爲し久左衞門は<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て江戸へと久八を連て下り弟六右衞門に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>て事の仔細を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>話し頼み置つゝ歸りけり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て六右衞門<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>を聞合せけるに神田三河町二丁目にて<ruby><rb>彼質</rb><rt>かのしち</rt></ruby>兩替<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>伊勢屋五兵衞方にて子供を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へたきよしを聞込早々頼み入れ吉日を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>んで奉公にぞ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしける

## 第三十三回

<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに此伊勢屋五兵衞と云は<ruby><rb>古今稀</rb><rt>ここんまれ</rt></ruby>なる<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>人にて其<ruby><rb>吝</rb><rt>しは</rt></ruby>き事譬ふるに物なく<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>に火を<ruby><rb>燈</rb><rt>とも</rt></ruby>すとの<ruby><rb>例</rb><rt>たと</rt></ruby>への如くなれば<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ふ下女下男に至る迄一人として永く<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>むる事なく一<ruby><rb>季</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>半季</rb><rt>はんき</rt></ruby>にて出代る者多き中に久八<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>成と雖も發明者にて殊には親に棄られたる其身の不幸を心に<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れず何事も主人五兵衞の心に<ruby><rb>恊</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ樣に萬事に心を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り曾て<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>の者とは事變り其辛抱は<ruby><rb>餘所目</rb><rt>よそめ</rt></ruby>にも見ゆる程なれば近所近邊の者に至る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>伊勢五の<ruby><rb>忠義</rb><rt>ちうぎ</rt></ruby>者<ruby><rb>々々</rb><rt>〱</rt></ruby>と評判高く一年々々と<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なりて終に二十年を送りける故<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby><ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby>の五兵衞さへ萬端久八に任せ主人に代りて<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ふ樣に成りけるに<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>人々<ruby><rb>賞美</rb><rt>しやうび</rt></ruby>して伊勢五の<ruby><rb>白鼠</rb><rt>しろねずみ</rt></ruby>と云れて店向の取締りをも爲すこととなりたりけり因て右捨子の次第を具さに六右衞門より申立ければ大岡殿<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と聞れ再び<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られんとせし時白洲の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へし彼富澤町の<ruby><rb>古着</rb><rt>ふるぎ</rt></ruby>渡世甲州屋吉兵衞は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より久八六右衞門兩人の申立を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進めて<ruby><rb>驚怖</rb><rt>おどろき</rt></ruby>ながら久八の<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>をじろ〱と<ruby><rb>打詠</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め居たりしが今六右衞門が<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>たるを見て<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら申上ますと正面へ進み出<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て越前守殿に向ひ久八事私し二男千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>せしと<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>仕つりしと雖も<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したるに非ず千太郎事一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の頃より持病に<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>有之候故其場にて右の病ひ<ruby><rb>差發</rb><rt>さしおこ</rt></ruby>り候儀と存じられ候且つ又千太郎儀は久八の恩義を格別に受居しこと成れば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby><ruby><rb>意恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>など有べき樣御座なく候により私しに於て<ruby><rb>更々</rb><rt>さら〱</rt></ruby><ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みとは存じ申さず候<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては格別の御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以て久八<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby>仰せ付られ下し置れ候樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ上奉つり候と頻りに繰返し〱願ひ立ける程に有合一同の者共昨日迄何とも言ざりし吉兵衞が<ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに<ruby><rb>遮</rb><rt>さへぎ</rt></ruby>つて助命を願ふ事<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>くぞ思ひける扨も此甲州屋吉兵衞と云は其已前京都丸山<ruby><rb>安養寺</rb><rt>あんやうじ</rt></ruby>門前に住居せし彼の料理人吉兵衞にして東都へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>る<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り藤川宿の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れへ小兒を棄其後江戸表へ出て<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>の甚兵衞を頼み所々方々の料理の手間取をして居たる中上野の山内へ出入となり四軒寺町<ruby><rb>本覺院</rb><rt>ほんがくゐん</rt></ruby>の住寺の<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りたり此寺の和尚と云は彼の藤川宿にて先年<ruby><rb>棄子</rb><rt>すてご</rt></ruby>の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>へ<ruby><rb>落書</rb><rt>らくがき</rt></ruby>なしたる<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しが或日吉兵衞へ<ruby><rb>行脚</rb><rt>あんぎや</rt></ruby>せし頃の物語りより彼の藤川宿に於て<ruby><rb>棄子</rb><rt>すてご</rt></ruby>の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>へ<ruby><rb>落書</rb><rt>らくがき</rt></ruby>なしたる事を話けるに吉兵衞心に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き夫は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>の事なるやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>ければ和尚は<ruby><rb>指折算</rb><rt>ゆびをりかぞ</rt></ruby>へ元祿二年九月の事なりと聞より吉兵衞は涙を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>べ其子を棄たるは則ち私しなり<ruby><rb>其事情</rb><rt>そのことがら</rt></ruby>は<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby><ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>我が子を棄たりと我が身の罪をも<ruby><rb>打忘</rb><rt>うちわす</rt></ruby>れて<ruby><rb>懺悔</rb><rt>ざんげ</rt></ruby>なすにより和尚も<ruby><rb>奇異</rb><rt>きい</rt></ruby>の<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>に思ひ夫より別して吉兵衞を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>になし富澤町古着渡世甲州屋とて<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>も<ruby><rb>可成</rb><rt>かなり</rt></ruby>なる家へ<ruby><rb>入夫</rb><rt>いりむこ</rt></ruby>の世話致されたり其後吉兵衞夫婦の中に男子二人を儲け兄を吉之助と名付弟を千太郎と呼<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>に<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る身代となり我が身の安心なせしに付ても其<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>し京都にて妻のお久の<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあは</rt></ruby>せ又藤川の宿<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れへ<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>し我が子は其後如何になりしや<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ある人に拾はれ<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちしかと<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し<ruby><rb>探索</rb><rt>たづね</rt></ruby>しかど更に樣子のしれざりしに今六右衞門の物語りにて久八<ruby><rb>社</rb><rt>こそ</rt></ruby>は彼の時に<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>たる我が子に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと心の中に<ruby><rb>分明</rb><rt>わかり</rt></ruby>し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby><ruby><rb>彌増</rb><rt>いやま</rt></ruby>して<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を助け度思ふ心の<ruby><rb>迫來</rb><rt>せきくれ</rt></ruby>ば訴へ事も<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>や<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby><ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>はぬ詞も<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり

## 第三十四回

<ruby><rb>却説</rb><rt>かくて</rt></ruby>甲州屋吉兵衞は廿<ruby><rb>有餘年</rb><rt>いうよねん</rt></ruby>の其昔し東海道の藤川宿へ<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>つて<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>たる我が子に場所も<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うに<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>にて<ruby><rb>再會</rb><rt>さいくわい</rt></ruby>せんとは思ひきや夢かとばかりに思はれて後先も無く<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>と<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby>は願へど<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>にも久八<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>は私しの<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>なりとも云出し兼<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とても又<ruby><rb>棄置</rb><rt>すておく</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は五逆の大罪遁るゝ道なし此身を棄ても<ruby><rb>歎願</rb><rt>たんぐわん</rt></ruby>せねば第一<ruby><rb>死</rb><rt>しん</rt></ruby>だ母親の<ruby><rb>位牌</rb><rt>ゐはい</rt></ruby>の前へも言譯なし久左衞門とか云人の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>によりて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>迄に<ruby><rb>成人</rb><rt>ひとゝな</rt></ruby>りたる者なるか親は無とも子は<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つとの<ruby><rb>諺言</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>も今知られけるとは云物の是迄は<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby><ruby><rb>辛苦</rb><rt>しんく</rt></ruby>を爲し<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>け<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>弟の千太郎の事を思ひて<ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくづ</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かふ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>と迄に<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶれ</rt></ruby>ても眞の人に成んと思ひ<ruby><rb>赤心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>の誤よりも<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>の根の止たを<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>に自ら訴へ主殺しの御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>願ふ氣なげさよ我が子で有ぞ<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>やと<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>きも仕度親心<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>な男も三<ruby><rb>歳兒</rb><rt>つご</rt></ruby>の樣に思はるゝのが子を思ふ人の習ひぞ無理ならじ吉兵衞は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しいと<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しとにて前後<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>はぬ助命願ひには越前守殿は何か此<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby>には<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>の有<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>やと英才深智の奉行にも事の<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>の分り難く<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かた</rt></ruby>ぶけ居らるゝ<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も吉兵衞は<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はし只今も申上奉つりし通り二男千太郎儀は全く<ruby><rb>持病</rb><rt>ぢびやう</rt></ruby>の<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>を發したることゝ心得候へば久八の仕業には決して御座なく候殊には<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>千太郎の親たる私しより<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ上る上からは<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か以て久八を恨み申べき<ruby><rb>存念</rb><rt>ぞんねん</rt></ruby>之なく候よしや<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>なく候共千太郎が身持を直さん爲に<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>をなし<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて斯樣の時宜に立至りたる事なれば久八に<ruby><rb>害心</rb><rt>がいしん</rt></ruby>なきは<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>よりの儀に御座候依て私しより<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby><ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ上奉つり候と申立ければ越前守殿<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>打聞</rb><rt>うちき</rt></ruby>かれ如何に其方久八が助命の儀を願ふと雖も其は思ひも寄ず<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>に忠義を盡せしことの有しにもせよ主人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>を<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるには相違なし然る上は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざる<ruby><rb>罪人</rb><rt>つみんど</rt></ruby>なり<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に申付るは天下の<ruby><rb>大法</rb><rt>たいはふ</rt></ruby><ruby><rb>公邊</rb><rt>こうへん</rt></ruby>の<ruby><rb>掟</rb><rt>おきて</rt></ruby>なり餘の儀に付て慈悲の取計らひを願ふこと成ば兎も角も計らひ方有べけれ共<ruby><rb>主殺</rb><rt>しゆごろ</rt></ruby>しの大罪を<ruby><rb>差免</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>すとは相成ず然るを強て申立ること其方は町人の身故に<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の御定法を相<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へぬ所なり<ruby><rb>得手</rb><rt>えて</rt></ruby><ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>申立るなり如何樣汝が願ひに及べばとて天下の御定法には<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>しと申さるゝを吉兵衞<ruby><rb>再々應</rb><rt>さい〱おう</rt></ruby><ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>久八ことは主人を殺し候と申譯にては決して御座無候と何時までも同じ事を<ruby><rb>繰返</rb><rt>くりかへ</rt></ruby>し〱何の<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>る色も無く申立ければ居並びたる人々<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は物に<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ひしか吉兵衞御奉行樣の御前にて主人の養子千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したりと自訴に及びし久八を主殺しには之無と云は何事ぞや此上如何なる御<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りを<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうふ</rt></ruby>りやせんと<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>き心も無き所に越前守殿には大いに<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶか</rt></ruby>られ是吉兵衞久八ことは千太郎を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したる趣きを<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>の口より申立之有處に却つて其方一人<ruby><rb>遮</rb><rt>さへぎ</rt></ruby>つて主殺しには之無と申立ること其<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ有やと言葉<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らかに<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければ吉兵衞は先年の始末今更申立るも恥の上の恥とは思へども久八が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>には<ruby><rb>代難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>し<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて外に申立べきことも<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居たりけり

## 第三十五回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も吉兵衞は今ぞ大事と思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで又々申立る樣<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より久八と千太郎とは兄弟に御座候と顏を<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>らめて云ければ越前守殿是を聞れ吉兵衞其方は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>にても致したるや<ruby><rb>取留</rb><rt>とりとめ</rt></ruby>もなきこと<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>申<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>かな然ながら千太郎は久八と兄弟なりとは如何の譯にて右樣の儀を申立るや一圓<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の行ぬ事なり其<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有ば申すべしと云れしかば吉兵衞答ふる樣右の次第は事<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>込入候儀にて<ruby><rb>全體</rb><rt>ぜんたい</rt></ruby>私しは<ruby><rb>京都</rb><rt>きやうと</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>四條の生れにして其後丸山安養寺門前に住居致し候砌り一人の男子を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け候處間もなく妻久こと病死致し候に付病中の物入<ruby><rb>葬送</rb><rt>さうそう</rt></ruby>の<ruby><rb>雜費等</rb><rt>ざつぴとう</rt></ruby>にて<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り何分小兒の養育も致し難く御當地に一人の<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>之有候間彼を便りて國元を<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致し東海道を罷り下り候へども道中の事故小兒の<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>旅費</rb><rt>りよひ</rt></ruby>の<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へとても<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り少なに<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>三州藤川宿迄で參りし折柄<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>には候得共<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>せんよりはと存じ同宿の<ruby><rb>町外</rb><rt>まちはづ</rt></ruby>れへ<ruby><rb>棄兒</rb><rt>すてご</rt></ruby>に仕つり候然るに只今六右衞門久八兩人よりの申立を承まはり久八は豫て<ruby><rb>探索</rb><rt>たづねる</rt></ruby>我が子なることを知り<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き入申候<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も其時の證據と申は其後御當地上野の御山内四軒寺町本學院の<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>先年私し藤川宿へ<ruby><rb>棄兒</rb><rt>すてご</rt></ruby>せし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ通り掛り棄兒を見て其<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>へ<ruby><rb>落書</rb><rt>らくがき</rt></ruby>いたし候由其儀は只今兩人の者より申上候通りなり然るを私し不思議にも本學院の<ruby><rb>住職</rb><rt>ぢうしよく</rt></ruby>より右樣の次第を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり及び候に付<ruby><rb>其以來</rb><rt>それいらい</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>手を<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね候へども更に行方相分り申さず猶又其後私し事は當時の家へ<ruby><rb>入夫仕</rb><rt>にふふつかま</rt></ruby>つり兩人の子供も持即ち兄を吉之助弟を千太郎と名付候儀に御座候右の久八は藤川宿へ私し<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>たる子に候其上本學院殿の<ruby><rb>落書</rb><rt>らくがき</rt></ruby><ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>年月日迄も<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>仕つる上は<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方無き私し<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座無く候夫故久八は千太郎の爲には兄に候間兄弟と申上候右久八の儀は今日只今始めて承知仕つり候<ruby><rb>實々</rb><rt>じつ〱</rt></ruby>私しも驚き入候なりと申立ければ大岡殿<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>になられ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ吉兵衞其方は<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>成ことを申立る<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>かな汝ごときの者何事も<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へざると<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えたり<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>棄子</rb><rt>すてご</rt></ruby>を致したりと有ては<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>成ざる罪人なり然るを何ぞや汝が罪をも思はず右樣申立るは<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>久八へ千太郎より<ruby><rb>恩義</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>を報じさせんとの存意にて右樣の儀を申立久八の助命を願ひしことゝ<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えり<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ公儀を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むかんとする段不屆き至極なり久八は全く主殺しに相違無しと大いに<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>れしは越前守殿の心の中如何思されてのことやらんと吉兵衞も<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入てぞ<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へける

## 第三十六回

<ruby><rb>仁智</rb><rt>じんち</rt></ruby><ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby>の大岡殿も久八が<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby>の儀を甲州屋吉兵衞<ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに願ひ出たるは如何<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>事情</rb><rt>ことがら</rt></ruby>有ての儀やと<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>せられし處今吉兵衞が<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>しき申立を<ruby><rb>奇異</rb><rt>きい</rt></ruby>のことに思はれしが<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>熟考</rb><rt>じゆくかう</rt></ruby>あるに久八が千太郎を<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるは全く<ruby><rb>實意</rb><rt>じつい</rt></ruby>よりなせし<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>りにして自ら訴へ出御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>を願ふ所にて<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みも<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>たれば一ト通りの<ruby><rb>歎願</rb><rt>たんぐわん</rt></ruby>にてはとても助命<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なく思ひ六右衞門の申立たる棄子に事寄吉兵衞が差當りての<ruby><rb>作意</rb><rt>さくい</rt></ruby>にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ることをや云ひ出たるものならんかと一時は思はれけれども又<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見らるゝに全く<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りにもあらぬことを<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>られ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>慈善</rb><rt>じぜん</rt></ruby>を第一に天下の爲下民の安全を心掛らるゝことなれば久八が<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて<ruby><rb>縊殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>せしと云ひ<ruby><rb>無證據</rb><rt>むしようこ</rt></ruby>のことなるを<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>せしにて<ruby><rb>赤心</rb><rt>せきしん</rt></ruby>の<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれたれば如何にもして助け遣はし度と心を勞せられし折からなれば<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひと越前守殿工夫有つて重ねて吉兵衞を見られ然らば汝が<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ふ通り久八は全く主殺しとは<ruby><rb>治定</rb><rt>ぢぢやう</rt></ruby>致すまじ又其方の<ruby><rb>棄子</rb><rt>すてご</rt></ruby>にして<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>と云ことは生前の儀なれば更に取上る處なし又千太郎儀五兵衞方へ參り居候とは申ながらいまだ<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたると云には有まじ<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>當人の樣子<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>をも五兵衞方にて見屆け其上にて養子に取極めんと奉公人同樣に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たることならん然すれば久八が爲に千太郎ことは<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>にして未だ主人とは申難し其<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>の千太郎の身持を直さんとて誤まつて<ruby><rb>呼吸</rb><rt>こきふ</rt></ruby>を止たると有からは<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>も大いに相違なり如何に五兵衞其方と千太郎が樣子<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>を見屆ける迄は奉公人<ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby><ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ置しに非ずやとの仰せに五兵衞はハツとばかりに<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし如何にも仰せの通りに御座候と答へ申けるに依て久八が<ruby><rb>主殺</rb><rt>しゆごろ</rt></ruby>しの<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>は越前守殿の<ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby>に依て<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れる<ruby><rb>緒</rb><rt>いとぐち</rt></ruby>にこそ成にける

## 第三十七回

<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又大岡殿五兵衞へ<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝ樣千太郎儀は吉兵衞方より奉公に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たるを<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>てより悴又は<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>などと申立しは<ruby><rb>往々</rb><rt>ゆく〱</rt></ruby>養子にも致す<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>故に右樣申立たる者ならんと有ければ五兵衞は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>さまぬからぬ<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて仰せの通り千太郎ことは<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby>奉公人に<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ居候得共<ruby><rb>往々</rb><rt>ゆく〱</rt></ruby>は養子に致し申べく所存に御座候事<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>養子又は悴などと申上候段<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入奉つり候と越前守殿の云れし通りを申立けるこそ<ruby><rb>笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しけれ扨さしも<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>もつ</rt></ruby>れし<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>成りしが今日の一度にて取調べ<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>に相成口書の一<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>までに及びけり<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>應報</rb><rt>おうはう</rt></ruby>の<ruby><rb>著</rb><rt>いちじ</rt></ruby>るしきは<ruby><rb>索</rb><rt>あざな</rt></ruby>へる<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>の如しと<ruby><rb>先哲</rb><rt>せんてつ</rt></ruby>の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>村井長庵は三州藤川在岩井村に<ruby><rb>生立</rb><rt>おひたち</rt></ruby>て<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>の頃より<ruby><rb>心底</rb><rt>こゝろざま</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>く成長するに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>惡行</rb><rt>あくぎやう</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>して友達の勘次郎と云者を<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ無く<ruby><rb>撲殺</rb><rt>うちころ</rt></ruby>し村方を<ruby><rb>逐轉</rb><rt>ちくてん</rt></ruby>して江戸へ出小川町竹田長生院方へ奉公に<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこ</rt></ruby>み奉公中<ruby><rb>竊鼠々々</rb><rt>こそ〱</rt></ruby>物を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>其後麹町へ醫業を開き一時<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>を得ると雖も<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>も無なりしより<ruby><rb>惡漢者</rb><rt>しれもの</rt></ruby>を<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>めて博奕宿をなし<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>より<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>と<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>り來りし弟十兵衞を芝札の辻に於て殺害し<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby>に血の<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>にて娘文を<ruby><rb>苦界</rb><rt>くがい</rt></ruby>へ沈めし身の代金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取て其罪を浪人藤崎道十郎に<ruby><rb>巧言</rb><rt>かうげん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せ又妹お富を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>して同じ丁字屋へ賣渡し身の代金を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>めとり其上に母のお安を三次に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みて殺させ<ruby><rb>加之</rb><rt>しかのみならず</rt></ruby>千太郎を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて五十兩の大金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取猶又同人を<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>なし其數々の惡事一時に<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>して<ruby><rb>言破</rb><rt>いひやぶ</rt></ruby>ること<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>はず終に<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>をなすに至る又伊勢屋五兵衞<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ久八の如き忠義は町人にめづらしき者なれど<ruby><rb>過</rb><rt>あや</rt></ruby>まつて<ruby><rb>主殺</rb><rt>しうころ</rt></ruby>しの<ruby><rb>大罪</rb><rt>だいざい</rt></ruby>を犯すに至れること恐るべき次第なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し給ふにより大岡越前守殿の如き<ruby><rb>賢</rb><rt>けん</rt></ruby>奉行の<ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby>に依て<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難き死刑一等を宥められ<ruby><rb>豆州</rb><rt>づしう</rt></ruby>八丈島へ<ruby><rb>流罪</rb><rt>ながされ</rt></ruby><ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>せしも長庵の大罪に處せられけるも<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>應報</rb><rt>おうはう</rt></ruby>の然らしむる所にして<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>て<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しからず

享保二年六月廿八日一同<ruby><rb>申口</rb><rt>まをしくち</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>と相成同日長庵始め引合の者共白洲へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>になり越前守殿<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>らかに<ruby><rb>刑罰</rb><rt>けいばつ</rt></ruby>申渡されける其次第は「三州藤川在岩井村無宿當時江戸麹町三丁目重兵衞店作藏事町醫師村井長庵五十三歳　<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>三州藤川在岩井村に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り同村に於て百姓<ruby><rb>勘</rb><rt>かん</rt></ruby>次郎を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び國元を<ruby><rb>脱走</rb><rt>かけおち</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し當地へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出小川町<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby><ruby><rb>武家奉公</rb><rt>ぶけほうこう</rt></ruby>に身分を<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby>奉公中所々にて<ruby><rb>金銀</rb><rt>きんぎん</rt></ruby>衣類等を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取右の金を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>として當時の住所へ<ruby><rb>借宅</rb><rt>しやくたく</rt></ruby>なし醫業を表に種々の惡事を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き第一弟十兵衞國元に於て<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby>に<ruby><rb>差迫</rb><rt>さしせま</rt></ruby>り娘文を其方が世話を以て遊女に賣し身の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>金四十二兩を持て歸國の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>と<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>り出立させ置後より見え<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れに<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び行芝札の辻にて同人を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し討になし其金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>而已成</rb><rt>のみなら</rt></ruby>ず文妹富を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて遊女に賣渡し同人の身の代金三十兩をを<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>其後十兵衞<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>を己れが惡事<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>を<ruby><rb>覆</rb><rt>おほ</rt></ruby>はん爲三次へ頼みて淺草<ruby><rb>中田圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>にて殺害に及ばせ又神田三河町二丁目<ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby>五兵衞<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ千太郎より五十兩の金子を騙り取候<ruby><rb>而已成</rb><rt>のみなら</rt></ruby>ず同人を<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>に及び<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ惡事の證人忠兵衞夫婦へ<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を申<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>邪舌</rb><rt>じやぜつ</rt></ruby>を以て罪科を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんと<ruby><rb>工</rb><rt>たく</rt></ruby>み右の金子は殘らず<ruby><rb>酒喰</rb><rt>しゆしよく</rt></ruby><ruby><rb>遊興</rb><rt>いうきよう</rt></ruby>に<ruby><rb>遣捨</rb><rt>つかひすて</rt></ruby>候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付町中<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの上獄門」「武州小手塚村無宿一名早乘事三次三十七歳　其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>に於て<ruby><rb>小盜</rb><rt>こぬす</rt></ruby>み致し其上麹町三丁目町醫村井長庵に同意爲し淺草<ruby><rb>中田圃</rb><rt>なかたんぼ</rt></ruby>に於て三州藤川在岩井村百姓十兵衞<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致し其外<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>右長庵に<ruby><rb>加擔</rb><rt>かたん</rt></ruby>致し惡事<ruby><rb>相働</rb><rt>あひはたら</rt></ruby>き候段不屆<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に付<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>」「神田三河町二丁目家持五兵衞元召使三州藤川在岩井村百姓久左衞門悴當時本石町二丁目甚兵衞店六右衞門方同居久八二十九歳　其方儀元主人五兵衞<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ千太郎<ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>放埓</rb><rt>はうらつ</rt></ruby>に付其方兄分の<ruby><rb>好身</rb><rt>よしみ</rt></ruby>を以て千太郎が朝歸りの<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>新吉原土手にて其方<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby>見るに忍びず<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を爲すこと<ruby><rb>數度</rb><rt>すど</rt></ruby>に及び千太郎<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>さに<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>んと爲すを其方<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へるはずみに<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>の<ruby><rb>呼吸</rb><rt>こきふ</rt></ruby>を<ruby><rb>停</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>たる赴き<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby><ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>の心實より爲したる事實と相聞え加ふるに千太郎<ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>吉兵衞外一同よりも助命を願ひ出又其方こと<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>自訴</rb><rt>じそ</rt></ruby>に及びし段<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に付死一等を<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>され<ruby><rb>豆州</rb><rt>づしう</rt></ruby>八丈島へ<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申付る」「新吉原江戸町二丁目丁字屋半藏代文七　其方儀先年召<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ候文こと丁山儀は<ruby><rb>人主</rb><rt>ひとぬし</rt></ruby>請人夫々相違之無候に付<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め上し上は<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>次第たるべし妹富こと小夜衣儀は同人<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>村井長庵と<ruby><rb>無宿</rb><rt>むしゆく</rt></ruby>三次と申合せ<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>成せし處<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と身元請人等相調べず<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ置候段行屆かざるに付<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>三貫文申付る尤も小夜衣事は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に證文<ruby><rb>差許</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>し岩井村百姓十兵衞<ruby><rb>身寄</rb><rt>みより</rt></ruby>太郎作へ引渡し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべし」「新吉原江戸町二丁目丁字屋半藏抱遊女ふみ事丁山　<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>事小夜衣　其方共主人へ右之通り申渡し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候間<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>として<ruby><rb>聞置</rb><rt>きけおく</rt></ruby>」「三州藤川在岩井村百姓十兵衞亡身寄太郎作　其方身寄十兵衞二女富こと<ruby><rb>小夜衣</rb><rt>さよぎぬ</rt></ruby>儀は新吉原江戸町二丁目丁字屋半藏より此度其方へ引渡し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候間<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>致し<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし」「赤坂傳馬町二丁目長助店元麹町三丁目浪人藤崎道十郎後家願人みつ　其方儀願ひ出候<ruby><rb>目安</rb><rt>めやす</rt></ruby>を<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べる處<ruby><rb>事實</rb><rt>じじつ</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>無之</rb><rt>これなく</rt></ruby><ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>永年</rb><rt>えいねん</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しを<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かは<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>心得<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>を相守り悴道之助<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>に及び<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候段<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>の至りに候之に依て夫道十郎儀<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby><ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>差許</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>され候<ruby><rb>追善</rb><rt>つゐぜん</rt></ruby><ruby><rb>供養</rb><rt>くやう</rt></ruby><ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>次第<ruby><rb>爲可</rb><rt>なるべく</rt></ruby>且又御<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>として銀二枚取せ遣はす」「同人悴道之助　其方儀<ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>道十郎事<ruby><rb>牢死</rb><rt>らうし</rt></ruby>いたし候後母光の養育を請候より<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>成長に及び候處<ruby><rb>幼弱</rb><rt>えうじやく</rt></ruby>の身に之あり<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら日頃より母に<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し罷り在其身は母の助けに相成べくと毎日<ruby><rb>晴雨</rb><rt>せいう</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より起出て<ruby><rb>枝豆</rb><rt>えだまめ</rt></ruby>其外時の物を<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby><ruby><rb>賣歩行</rb><rt>うりあるき</rt></ruby><ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず孝行盡し候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>には似合ざる孝心<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>之事に候<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て御<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>として<ruby><rb>鳥目</rb><rt>てうもく</rt></ruby>十貫文<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>せ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はす」「麹町三丁目庄兵衞地借瀬戸物渡世忠兵衞同人妻とみ　其方共<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>八ヶ年以前平川天神<ruby><rb>裏門</rb><rt>うらもん</rt></ruby>前にて町醫師村井長庵こと<ruby><rb>雨中</rb><rt>うちう</rt></ruby><ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>も<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>ず<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り候を見請候はゞ其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>道十郎身分にも<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はり候事故<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>にも申立べくの處其儀無く<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>候段不埓に付屹度申付べきの處此度證人に相立其方が申立に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>事實</rb><rt>じじつ</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>き候儀も有之に付格別の御<ruby><rb>憐愍</rb><rt>れんみん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>無構</rb><rt>かまひなし</rt></ruby>」「麹町三丁目家主共　其方共　店内に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>候醫師村井長庵儀は身分<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かならざる者に之あり候處<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ぜずとは申ながら<ruby><rb>永年</rb><rt>えいねん</rt></ruby>差置候段不屆に付<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り置」「神田三河町二丁目家持伊勢屋五兵衞　富澤町家持甲州屋吉兵衞　本石町二丁目甚兵衞店六右衞門　赤坂傳馬町二丁目長助店浪人藤崎道十郎後家<ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby>店受人清右衞門　右みつ家主長助　其方共一同取調べ候處別段不都合の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>もこれなく候に付何れも<ruby><rb>構無</rb><rt>かまへなし</rt></ruby>」右之通り一同相心得申べく旨申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され八ヶ年以前中山出雲守殿<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>にて<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>し浪人藤崎道十郎が<ruby><rb>修羅</rb><rt>しゆら</rt></ruby>の<ruby><rb>亡執</rb><rt>まうしふ</rt></ruby>も此處に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>み出て嬉く思ふなるべし果せる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>惡事の<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い速かに<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り來りてさしも申<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りたる村井長庵が<ruby><rb>奸謀</rb><rt>かんぼう</rt></ruby>も<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く調べ上に相成<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て<ruby><rb>貞婦</rb><rt>ていふ</rt></ruby>お<ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby><ruby><rb>孝子</rb><rt>かうし</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>之助が善報の程は<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の<ruby><rb>應護</rb><rt>おうご</rt></ruby>にも<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし物成んと其<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>風聞</rb><rt>とりさた</rt></ruby>なせしとぞ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>其翌年に至りて<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>に有難き<ruby><rb>大赦</rb><rt>たいしや</rt></ruby>の行はれけるに御<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>にも久八が忠義の程を御<ruby><rb>賞感</rb><rt>しやうかん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>せられし事成れば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に此<ruby><rb>大赦</rb><rt>たいしや</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>へ加へられ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に御免にて<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き八丈島より歸國にこそは及びけれ依て六右衞門へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>しに相成其後三河町伊勢屋五兵衞にも<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>取年</rb><rt>とるとし</rt></ruby>にて<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>千太郎死去に及びたるより家を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>るべき子もなく居たる所なる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>甲州屋吉兵衞へ<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上六右衞門方より吉兵衞方へ久八を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきと</rt></ruby>り<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>五兵衞方へ<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて養子にぞ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしける然ば<ruby><rb>昨日迄</rb><rt>きのふまで</rt></ruby>に遠き八丈の<ruby><rb>島守</rb><rt>しまもり</rt></ruby>となりし身が今日は此<ruby><rb>大家</rb><rt>たいか</rt></ruby>の養子と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し事實に忠義の<ruby><rb>餘慶</rb><rt>よけい</rt></ruby>天より<ruby><rb>福</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひを<ruby><rb>授</rb><rt>さづ</rt></ruby>け<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>ふ所ならん然るに久八は養父五兵衞に<ruby><rb>事</rb><rt>つか</rt></ruby>ふること<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>に<ruby><rb>優</rb><rt>まさ</rt></ruby>りて孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の者勝手元の下男に至る迄<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れみを<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>實義</rb><rt>じつぎ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひける故に一同<ruby><rb>擧</rb><rt>こぞ</rt></ruby>つて<ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>なし<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>伊勢屋の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby><ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby><ruby><rb>榮</rb><rt>さか</rt></ruby>えければ其久八が<ruby><rb>赤心</rb><rt>せきしん</rt></ruby>に<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じて養父五兵衞も<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りし如く<ruby><rb>慈善</rb><rt>じぜん</rt></ruby>の心を<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>し昔しの行ひを<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>己れは隱居して久八に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>りしとぞ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又丁山と小夜衣の兩人は<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく<ruby><rb>曲輪</rb><rt>くるわ</rt></ruby>を出てたり姉の丁山二世と<ruby><rb>言替</rb><rt>いひかは</rt></ruby>せし<ruby><rb>遠山</rb><rt>とほやま</rt></ruby><ruby><rb>勘</rb><rt>かん</rt></ruby>十郎と云し人も病死なせしかば其跡を<ruby><rb>弔</rb><rt>とぶら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>小夜衣</rb><rt>さよぎぬ</rt></ruby>は千太郎が<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>せしは我身より<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>りし事と<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>のなくばかりなれば<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>身寄</rb><rt>みより</rt></ruby>太郎作へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>されしゆゑ所々より嫁に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと<ruby><rb>言込</rb><rt>いひこむ</rt></ruby>者の<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby>有ども兩親の<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>に成らんと<ruby><rb>姉妹</rb><rt>はらから</rt></ruby><ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>心を決し<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>の永正寺と云<ruby><rb>尼寺</rb><rt>あまでら</rt></ruby>へ入<ruby><rb>翠</rb><rt>みどり</rt></ruby>の<ruby><rb>黒髮</rb><rt>くろかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>剃</rb><rt>そり</rt></ruby>て<ruby><rb>念佛</rb><rt>ねんぶつ</rt></ruby>三<ruby><rb>昧</rb><rt>まい</rt></ruby>に<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りし事こそ<ruby><rb>殊勝</rb><rt>しゆしよう</rt></ruby>なれ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば長庵を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>大膽無敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>惡賊</rb><rt>あくぞく</rt></ruby>にして大岡殿<ruby><rb>勤役</rb><rt>きんやく</rt></ruby>中四五の<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>なりと世に云<ruby><rb>傳</rb><rt>つた</rt></ruby>ふると雖も長庵が<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby>に至り證據人忠兵衞を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>むこと<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の<ruby><rb>小賊</rb><rt>せうぞく</rt></ruby>なり<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>に人の知ること<ruby><rb>勿</rb><rt>なき</rt></ruby>を<ruby><rb>欲</rb><rt>ほつ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>こと<ruby><rb>勿</rb><rt>なき</rt></ruby>に<ruby><rb>若</rb><rt>しく</rt></ruby>なし人の<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>こと<ruby><rb>勿</rb><rt>なき</rt></ruby>を<ruby><rb>欲</rb><rt>ほつ</rt></ruby>すれば言こと<ruby><rb>勿</rb><rt>なき</rt></ruby>に<ruby><rb>若</rb><rt>しく</rt></ruby>なしと<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>謹愼</rb><rt>つゝしま</rt></ruby>ずんば有べからず。

村井長庵一件終

  


## 直助權兵衞一件

  


<ruby><rb>直助權兵衞</rb><rt>なほすけごんべゑ</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>播州</rb><rt>ばんしう</rt></ruby><ruby><rb>赤穗</rb><rt>あかほ</rt></ruby>の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>淺野内匠頭殿</rb><rt>あさのたくみのかみどの</rt></ruby><ruby><rb>家臣</rb><rt>かしん</rt></ruby><ruby><rb>大石内藏助</rb><rt>おほいしくらのすけ</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>忠義</rb><rt>ちうぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby><ruby><rb>元祿</rb><rt>げんろく</rt></ruby>十五年十二月十四日<ruby><rb>吉良上野介殿</rb><rt>きらかうずけのすけどの</rt></ruby><ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>討入</rb><rt>うちいり</rt></ruby>と<ruby><rb>極</rb><rt>きはまり</rt></ruby>同月十日に大石内藏助は<ruby><rb>小山田庄左衞門</rb><rt>をやまだしやうざゑもん</rt></ruby>を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>同志</rb><rt>どうし</rt></ruby>の<ruby><rb>人々</rb><rt>ひと〲</rt></ruby><ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>を<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby><ruby><rb>支度致</rb><rt>したくいた</rt></ruby>すに付て金銀の入用有べし<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>ながら諸所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れ金子を與へ給へとて二百五十兩相渡せしかば心得候と<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby>を<ruby><rb>引留</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>其金にて不足も有ば濱町の堀部彌兵衞片岡源吾右衞門にて廿卅の金は借候べしと申渡し又貴樣の刀は<ruby><rb>寸延</rb><rt>すんのび</rt></ruby>と見えたり室内の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きには<ruby><rb>不便</rb><rt>ふべん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせんと<ruby><rb>則光</rb><rt>のりみつ</rt></ruby>の二尺五寸有しを與へければ<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き是にて討入の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふまゝに働き申さんと喜びて立出しが如何なる<ruby><rb>惡魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>に<ruby><rb>魅入</rb><rt>みいら</rt></ruby>れしにや<ruby><rb>俄然</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>欲心</rb><rt>よくしん</rt></ruby><ruby><rb>萌</rb><rt>きざ</rt></ruby>して此十四日の夜討に入りなば討死<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>か又は切腹なすか二ツの外は<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>べからず<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ此二百五十兩を<ruby><rb>路金</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>として<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのか</rt></ruby>ばやと思ひしが<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>皿迄</rb><rt>さらまで</rt></ruby>とは<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>のことなりと片岡堀部前原なんどを廻り大石殿より<ruby><rb>家々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby><ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>の<ruby><rb>金使</rb><rt>かねつか</rt></ruby>ひに命ぜられたれども不足の時は各々より二十三十づつ<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にと申されたりと云て<ruby><rb>各々</rb><rt>めい〱</rt></ruby>より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>夜具迄</rb><rt>やぐまで</rt></ruby>も所々にて借入<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>なく<ruby><rb>迯亡</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>けり<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>福貴</rb><rt>ふくき</rt></ruby>なり<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>百年の壽命は保ち難し<ruby><rb>瓦</rb><rt>かはら</rt></ruby>となりて<ruby><rb>保</rb><rt>たも</rt></ruby>たんより玉となりて<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>けよとは<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる哉大石と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に死しなば美名は萬世に殘るべきを<ruby><rb>呼呵</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>淺猿</rb><rt>あさまし</rt></ruby>きは<ruby><rb>人欲</rb><rt>じんよく</rt></ruby>なり

## 第二回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も同志の人々は小山田庄左衞門が<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>せしを聞て大いに怒り追掛て<ruby><rb>討止</rb><rt>うちとめ</rt></ruby>んと云しを大石制して其身に惡事有れば夜討の事を<ruby><rb>泄</rb><rt>もら</rt></ruby>す<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづかひ</rt></ruby>なしと止めしが<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て申合せし四十七人十四日の夜全く本望を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>翌朝泉岳寺へ引取けるに大勢の見物は<ruby><rb>雲霞</rb><rt>うんか</rt></ruby>の如く忽ち四方に評判聞えけり<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に庄左衞門が<ruby><rb>妹</rb><rt>いもうと</rt></ruby>は<ruby><rb>美麗</rb><rt>びれい</rt></ruby>にして三<ruby><rb>味線</rb><rt>みせん</rt></ruby>などよく<ruby><rb>彈</rb><rt>ひく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>品川の駿河屋何某の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ縁付けるに庄左衞門が父十兵衞は<ruby><rb>古稀</rb><rt>こき</rt></ruby>に近く<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>は二重に<ruby><rb>曲居</rb><rt>まがりゐ</rt></ruby>るを此駿河屋方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置しが十四日の夜討のことを聞き如何に<ruby><rb>本望遂</rb><rt>ほんまうとげ</rt></ruby>たるや<ruby><rb>子息</rb><rt>せがれ</rt></ruby>庄左衞門は高名なしたるかと<ruby><rb>案事居</rb><rt>あんじゐ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>浪士</rb><rt>らうし</rt></ruby>泉岳寺へ引取しと聞き二本の<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>り大勢の見物を<ruby><rb>押分</rb><rt>おしわけ</rt></ruby>るに見物山の如くにて近寄事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず其中に討入の者の名前<ruby><rb>書</rb><rt>がき</rt></ruby>を<ruby><rb>賣歩行</rb><rt>うりあるく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>て見るに寺坂吉右衞門迄名前<ruby><rb>有共</rb><rt>あれども</rt></ruby>小山田と云は無し<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は記者の<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>ならんと又賣來るを<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに同じく<ruby><rb>漏居</rb><rt>もれゐ</rt></ruby>ければ十兵衞<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby>ながら立歸りしが其夜に至り<ruby><rb>子息</rb><rt>せがれ</rt></ruby>庄左衞門<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>せし事を始て聞知り<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>を爲て怒り歎きしが夜中に<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby><ruby><rb>掻切</rb><rt>かききつ</rt></ruby>て<ruby><rb>亡</rb><rt>うせ</rt></ruby>たりけり是庄左衞門が非道の行ひに<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て老體の<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>しは庄左衞門が不義の手に掛りしも同じ事なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>庄左衞門は<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>に<ruby><rb>潜居</rb><rt>かくれゐ</rt></ruby>て<ruby><rb>外科</rb><rt>げくわ</rt></ruby>を<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え兩三年立て妻子を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>深川萬年町に<ruby><rb>賣家</rb><rt>うりいへ</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby><ruby><rb>中島</rb><rt>なかじま</rt></ruby><ruby><rb>立石</rb><rt>りふせき</rt></ruby>と改名して醫業を<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>みとせしに<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>致し下男下女を置き妻と娘一人を相手に<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>無事に<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>けり

## 第三回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>立石</rb><rt>りふせき</rt></ruby>が下男に直助と云ふ者有り<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>は信州の生れにして<ruby><rb>老實</rb><rt>まめ〱</rt></ruby>しく働きけるが下女に心を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>種々に<ruby><rb>口説</rb><rt>くどく</rt></ruby>と雖も直助は<ruby><rb>片田舍</rb><rt>かたゐなか</rt></ruby>の生れにて此下女は江戸の<ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>故直助が云ふ事を聞ず<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby>當りしを立石夫婦も知り<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ては笑ひなどしけるを直助は面目なく<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>は<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思ひ居たるに或夜立石夫婦は酒に<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>て前後も知らず<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>しを<ruby><rb>見濟</rb><rt>みすま</rt></ruby>し其の夜<ruby><rb>丑滿</rb><rt>うしみつ</rt></ruby>の<ruby><rb>物凄</rb><rt>ものさびし</rt></ruby>き折こそ能けれと直助は<ruby><rb>寢息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>竊</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby><ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby>の中に有る<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>を開け金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取らんとなせしかど<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby><ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>なれば急に<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>る事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず其中に十二歳なる<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し<ruby><rb>母樣</rb><rt>かゝさん</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>れ直助がと云ふ聲聞き立石が<ruby><rb>枕邊</rb><rt>まくらべ</rt></ruby>にある刀を<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby><ruby><rb>無殘</rb><rt>むざん</rt></ruby>にも娘を<ruby><rb>刺殺</rb><rt>さしころ</rt></ruby>せども猶立石は前後も知らず<ruby><rb>醉臥</rb><rt>ゑひふし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるを直助は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>に<ruby><rb>跨</rb><rt>またが</rt></ruby>り<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のどもと</rt></ruby>を<ruby><rb>突貫</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>し一ゑぐりに殺して<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んとせしに女房は<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と續いて來るを<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り樣三刀四刀に切殺せり其中に下女は<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいで</rt></ruby><ruby><rb>人殺々々</rb><rt>ひとごろし〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりながら<ruby><rb>金盥</rb><rt>かなだらひ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き立てしかば近隣の人々<ruby><rb>馳付</rb><rt>はせつけ</rt></ruby>る樣子を見て金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ふ<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>もなく<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>より<ruby><rb>驀直</rb><rt>まつしぐら</rt></ruby>に<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>も知れずなりにけり（時に正徳四年<ruby><rb>冬</rb><rt>ふゆ</rt></ruby>十二月義士十三<ruby><rb>回忌</rb><rt>くわいき</rt></ruby>の時に當り庄左衞門は<ruby><rb>下僕</rb><rt>げぼく</rt></ruby>の爲に切殺されしは<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も大石より與へられし則光の刀なりと小山田が<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>恕</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し給はんや又直助は御尋ね者となり近き頃まで諸所の關所に直助が<ruby><rb>人相書</rb><rt>にんさうがき</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りしを知る人に<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りて見たることあり<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>にや因果は<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>る車の如く直助が身の上も思ひ知られたり）<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>直助は人相書を以て御尋ね者と成し<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れざりしに享保も四年となりし頃は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>五六年も立し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなしとは思へども<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>へ<ruby><rb>藍</rb><rt>あゐ</rt></ruby>にて<ruby><rb>黶</rb><rt>あざ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>をなし<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>にも<ruby><rb>腮</rb><rt>あご</rt></ruby>の<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>畫</rb><rt>ゑが</rt></ruby>き前齒二枚<ruby><rb>打缺</rb><rt>うちかき</rt></ruby>て名を權兵衞と改め麹町六丁目米屋三左衞門方に<ruby><rb>米搗</rb><rt>こめつき</rt></ruby>に<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるを<ruby><rb>町方</rb><rt>まちかた</rt></ruby>の<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>怪しみ早速<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>て<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に及びしかど一向白状せざれば<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は直助にては非ざりしかと此段大岡殿へ申立しにぞ<ruby><rb>越前守殿</rb><rt>ゑちぜんのかみどの</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も有るべしとて呼び出され如何に權兵衞其方は<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>もなき者なるを役人<ruby><rb>捕違</rb><rt>とりちが</rt></ruby>へて是迄<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及びし事氣の毒の至りなり定めし身體も<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>り手足も<ruby><rb>利</rb><rt>きく</rt></ruby>まじ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば此儘に歸しては<ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なるべし依て金五兩<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>せ遣はす<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>是にて能々療治をなし渡世を致せ主人三左衞門も權兵衞を<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせ誠に<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>のことなりしいざ立てと申さるゝを聞き權兵衞は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさ何に<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へん方なく其金を持て<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を立ち五六<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>行處</rb><rt>ゆくところ</rt></ruby>を大岡殿コリヤ直助と呼び掛けられしに<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>くハイと<ruby><rb>振向</rb><rt>ふりむき</rt></ruby>しを<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと云るゝを聞き南無三と<ruby><rb>潛戸</rb><rt>くゞりど</rt></ruby>を<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとなすを同心ばら〱と立懸り忽ち<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をぞ掛けたりける（<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby>の<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>を白状せざる者へ<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>き<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>金迄</rb><rt>かねまで</rt></ruby>與へられし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は我が惡事知ずして<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かり金まで<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひたりと<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し悦び何心なく立ち去んとせし<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はずも直助と呼び掛けられ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に答へをさせられし<ruby><rb>秀才</rb><rt>しうさい</rt></ruby><ruby><rb>頓智</rb><rt>とんち</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>の及ぶ處に非ず）之に依て又々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ばれし處一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>荒膽</rb><rt>あらぎも</rt></ruby>を<ruby><rb>挫</rb><rt>ひし</rt></ruby>がれたれば如何に<ruby><rb>強膽</rb><rt>がうたん</rt></ruby>の者なりとも<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>す事能はず立石が家内三人切殺せし事ども殘らず白状<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>小塚原</rb><rt>こづかはら</rt></ruby>に於て<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>磔</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>にこそ<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>はれけれ

直助權兵衞一件終

  


## 越後傳吉一件

  


<ruby><rb>越後傳吉</rb><rt>ゑちごでんきち</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>古人</rb><rt>こじん</rt></ruby><ruby><rb>曰</rb><rt>いは</rt></ruby>く近きを<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>れば<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざるが如く遠きに渡れば乃ち餘り有りと爲す<ruby><rb>我國</rb><rt>わがくに</rt></ruby><ruby><rb>聽訟</rb><rt>ちやうしよう</rt></ruby>を云ふ者<ruby><rb>大概</rb><rt>おほむね</rt></ruby><ruby><rb>青砥藤綱</rb><rt>あをとふぢつな</rt></ruby><ruby><rb>大岡忠相</rb><rt>おほをかたゞすけ</rt></ruby>の兩氏が明斷を稱す茲に<ruby><rb>説出</rb><rt>ときいだ</rt></ruby>すは其大岡殿勤役中屈指の裁許にして頃は享保年間に越後の國高田の城下を<ruby><rb>距事</rb><rt>さること</rt></ruby>七八里<ruby><rb>寶田村</rb><rt>たからだむら</rt></ruby>に<ruby><rb>工藤傳吉</rb><rt>くどうでんきち</rt></ruby>と云ふ百姓あり祖父の代より<ruby><rb>田畑</rb><rt>でんばた</rt></ruby><ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>持ち傳吉が父傳藏の代迄名主役を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め父傳藏に至り<ruby><rb>水損</rb><rt>すゐそん</rt></ruby><ruby><rb>打續</rb><rt>うちつゞ</rt></ruby>き其上<ruby><rb>災害</rb><rt>さいがい</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>び至りて田畑殘りなく失ひ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>傳吉十六歳の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>傳藏は病死なし母一人殘り<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>を盡しけるに母も父が七<ruby><rb>回忌</rb><rt>くわいき</rt></ruby>に<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>る<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>病死なしければ傳吉の<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしよう</rt></ruby>大方ならず<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>は只<ruby><rb>當村</rb><rt>たうむら</rt></ruby>の<ruby><rb>長</rb><rt>をさ</rt></ruby><ruby><rb>上臺憑司</rb><rt>かみだいひようじ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>なれ共是は傳吉の不如意を<ruby><rb>忌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ出入をなさず又母は<ruby><rb>樽見村</rb><rt>たるみむら</rt></ruby>の百姓源兵衞の娘にて妹一人あり此妹に家を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せ自分は傳吉の家へ<ruby><rb>嫁入</rb><rt>よめいり</rt></ruby>せしに父源兵衞病死の後は妹お早<ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らず<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を三人迄取りけれ共皆離縁になり其後惡き者と<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>し母方の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は<ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>せり此外には親類もあらざれば母は<ruby><rb>臨終</rb><rt>りんじう</rt></ruby>の時傳吉に向ひ我が妹お早は其方の爲に實の<ruby><rb>叔母</rb><rt>をば</rt></ruby>なれども<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby>村を<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>なし今は其の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>を知らざれ共我が<ruby><rb>亡後</rb><rt>なきあと</rt></ruby>に<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>ば其方力になりて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>して終りてより實に<ruby><rb>親</rb><rt>しん</rt></ruby>はなきよりとは<ruby><rb>斯如</rb><rt>かくのごとき</rt></ruby>ならん<ruby><rb>夫後</rb><rt>そのご</rt></ruby>傳吉は人に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれ江戸表へ<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>に來たり<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>鴻巣宿</rb><rt>こうのすじゆく</rt></ruby>を通り掛るに道の<ruby><rb>傍</rb><rt>かた</rt></ruby>はらに親子と見ゆるが休み居たり傳吉は何心なく彼女親を見るといと<ruby><rb>窶</rb><rt>やつれ</rt></ruby>たる<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>なれども先年家出せし叔母お早に似たりと思ひしゆゑに<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り段々樣子を聞きたるに叔母お早に相違なく且つ先年家出せし後此娘お梅と云るを<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>け當時は此宿に足を<ruby><rb>止</rb><rt>と</rt></ruby>め人に雇はれ<ruby><rb>憂</rb><rt>うき</rt></ruby>年月を送る旨物語るに傳吉も母の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>なにくれと話しなどし此上は及ばずながらお力にも<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと云ふに<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>は<ruby><rb>地獄</rb><rt>ちごく</rt></ruby>で佛に逢うたる如くに歡びけるが傳吉は<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>の事故一先<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を別ち江戸へ來り用事を<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せ立ち歸る時に又<ruby><rb>叔母</rb><rt>をば</rt></ruby>のお早を尋ねしに<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しをなす故見捨難く近所へ<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を述べ直に越後へ<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>りぬ扨傳吉は<ruby><rb>貧</rb><rt>まづし</rt></ruby>き<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しの中にて叔母と<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>を<ruby><rb>養育</rb><rt>はごくむ</rt></ruby>事容易に非ず殊に實家さへ<ruby><rb>絶</rb><rt>ぜつ</rt></ruby>せし叔母に斯く孝行を盡す事人々<ruby><rb>譽合</rb><rt>ほめあへ</rt></ruby>り扨お梅も當年十八歳傳吉は廿六歳幸ひの縁と心中を<ruby><rb>聞合</rb><rt>きゝあは</rt></ruby>せしに兩人共<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>の樣子故夫婦と成したり斯て傳吉は村の<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しき故親類といひ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れずと名主<ruby><rb>上臺憑司</rb><rt>かみだいひようじ</rt></ruby>も出入を始め<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>昌次郎も時々に<ruby><rb>出這入</rb><rt>ではひり</rt></ruby>なし居たり

## 第二回

扨て又傳吉は<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>思ふに我が家世々村長成しが父の代より<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby>も失ひ<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby><ruby><rb>上臺憑司</rb><rt>かみだいひようじ</rt></ruby>に<ruby><rb>村長役</rb><rt>むらをさやく</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれ今では人々にまで見落さるゝ<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>さ是も世の有樣と思ひ十六七の時より<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>再び家を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>さんと志ざし牛馬に<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しき<ruby><rb>荒稼</rb><rt>あらかせ</rt></ruby>ぎして<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>めども元より母は<ruby><rb>多病</rb><rt>たびやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>名醫にも掛しかど終に<ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず<ruby><rb>亡</rb><rt>むな</rt></ruby>しく成しが其<ruby><rb>入費</rb><rt>いりめ</rt></ruby>多分有る所へ又叔母を<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ妻を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>貧</rb><rt>まづし</rt></ruby>き上に<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しくならん今の中に江戸に出て五六年も<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>なば能き事も有べしと思ひ或日叔母女房に向ひ此事を<ruby><rb>直談</rb><rt>ぢきだん</rt></ruby>に及びければ大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き是は思ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>なき事を云るゝものかと我が身親子が<ruby><rb>飢</rb><rt>うゑ</rt></ruby>もせず今日迄<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけるは皆此方の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>なり今更老たる叔母此梅<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>置去</rb><rt>おきざり</rt></ruby>にせんとならば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>止</rb><rt>とめ</rt></ruby>はせじ夫ならば<ruby><rb>其樣</rb><rt>そのやう</rt></ruby>に<ruby><rb>白地</rb><rt>あから</rt></ruby>さまに申給はれと云けるにぞ傳吉大いに<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>し是は〱叔母や女房を<ruby><rb>置去</rb><rt>おきざり</rt></ruby>にせん心なら<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より諸方を尋ね<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby><ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>より<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>ては歸らず私しの江戸へ出るは我が身の利を<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>るに非ず五六年も<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみなば元の<ruby><rb>田畑</rb><rt>でんばた</rt></ruby><ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>すことも出來左すれば村長にも成る<ruby><rb>家柄</rb><rt>いへがら</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>への<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>と思ひ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て心<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby>置たる錢十貫文之を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>ば當時の暮し方は<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>あらん來年は給金の<ruby><rb>半</rb><rt>なかば</rt></ruby>を<ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り申べし<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>は久しき樣なれども只一<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め上早々立歸りて元の田地取戻し候はゞ先祖への<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>親への孝行是に<ruby><rb>増</rb><rt>ます</rt></ruby>事なし<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>聞分て給はれと申ければ叔母女房も<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>して<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>をなし父母の<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>し夫より村長<ruby><rb>上臺憑司</rb><rt>かみだいひようじ</rt></ruby>方へ行き妻子のことを<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み置き其日<ruby><rb>住馴</rb><rt>すみなれ</rt></ruby>たる寶田村を立ち出て東の空へぞ<ruby><rb>旅立</rb><rt>たびだち</rt></ruby>けり時に享保三年九月十日の事なり<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて行けるに十日の月さし出つゝ<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なき一人<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに急ぎ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>し所にぴかりと<ruby><rb>光</rb><rt>ひか</rt></ruby>る物あり足にて<ruby><rb>踏返</rb><rt>ふみかへ</rt></ruby>せしに女の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>なりければ何方の人が<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>せしやらんと手に<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>し見れば<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>びたるにて<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>も三ツ四ツ<ruby><rb>缺</rb><rt>かけ</rt></ruby>たり是を拾ひ取り行くほどに一里<ruby><rb>塚</rb><rt>づか</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>ほと</rt></ruby>りより申々御旅人樣是より先に人里なし<ruby><rb>此宿</rb><rt>このやど</rt></ruby>へ御泊り成れと走り來るを見返れば年の頃十三四なる少女なり今日は<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れたり何所へ泊るも同じ事<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むと<ruby><rb>家路</rb><rt>いへぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎけり

## 第三回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て傳吉は小娘に<ruby><rb>誘引</rb><rt>いざなは</rt></ruby>れ<ruby><rb>許</rb><rt>と</rt></ruby>ある家に入て見れば<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>は<ruby><rb>曲</rb><rt>まが</rt></ruby>りて<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>軒</rb><rt>のき</rt></ruby>は<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>き屋根<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>ていかにも<ruby><rb>貧家</rb><rt>ひんか</rt></ruby>の有樣なれば傳吉は<ruby><rb>跡先</rb><rt>あとさき</rt></ruby>見回し今更立ち出んも如何と見合ける中に小娘は<ruby><rb>盥</rb><rt>たらひ</rt></ruby>へ<ruby><rb>温湯</rb><rt>ぬるゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>汲</rb><rt>くん</rt></ruby>で持ち出で傳吉の足を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby><ruby><rb>提</rb><rt>さげ</rt></ruby>先に立ち座敷へ伴ひ<ruby><rb>木枕</rb><rt>きまくら</rt></ruby>を出し<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>寢轉</rb><rt>ねころ</rt></ruby>び給へとて娘は勝手へ立ち行き半時ばかり出で來らず傳吉は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>回</rb><rt>めぐら</rt></ruby>し<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ見る程に元は<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の旅籠屋と見えて家の作りやう<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆゐしよ</rt></ruby>ありげに見えけれども彼の小娘の外一人もなきは<ruby><rb>山樵</rb><rt>やまかつ</rt></ruby>か<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>棲巣</rb><rt>すみか</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに怪しくなり<ruby><rb>逃道</rb><rt>にげみち</rt></ruby>を見て置ばやと<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に見回す<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の落たる那方にて<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>し氣なる<ruby><rb>咳</rb><rt>せき</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>苦聲</rb><rt>うなるこゑ</rt></ruby>の聞ゆるにぞ<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>よりさし<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>くに年の頃五十ばかりの男<ruby><rb>病耄</rb><rt>やみほゝ</rt></ruby>けて<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby><ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>ざめ餘程長き<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひに<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れたる樣子なり傳吉は此體を見て<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>の座へ立ち歸り彼は正しく此所の<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>さては娘の父ならん然れば山賊の<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ<ruby><rb>家</rb><rt>が</rt></ruby>にも非ずと<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>して在る所へ彼娘の勝手より<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を持ち出で傳吉が前に差し置き<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>やお<ruby><rb>空腹</rb><rt>ひもじう</rt></ruby>候はん私し一人にて<ruby><rb>煮炊</rb><rt>にたき</rt></ruby>致し候ゆゑ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぐとすれども<ruby><rb>時移</rb><rt>ときうつ</rt></ruby>りお待ち兼て在りしならん<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りてお<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みなされませと言ふものごしに<ruby><rb>愛敬</rb><rt>あいきやう</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み至つて<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>く見えければ傳吉今更<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れに思ひ<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>を下に置き小娘に向ひ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>き家に唯一人立ち<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き給ふは昔しの<ruby><rb>餘波</rb><rt>なごり</rt></ruby><ruby><rb>痛</rb><rt>いたま</rt></ruby>しく思ふなり殊に病人の有る樣子に<ruby><rb>見受</rb><rt>みうけ</rt></ruby>しが<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の父なるか母は<ruby><rb>在</rb><rt>いま</rt></ruby>さずや其方名は何んと申す<ruby><rb>今宵限</rb><rt>こよひかぎ</rt></ruby>りの宿ながら聞まほしと云ひければ娘は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し有難き今の御言葉身の<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさをお話し申さん<ruby><rb>彼所</rb><rt>かしこ</rt></ruby>に<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>たるは父にて候ふ所其以前は可成なる<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>なりしが私し五歳の時母は相果たり夫よりは家の<ruby><rb>活業</rb><rt>なりわい</rt></ruby><ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へ下女下男に暇を取せ其中にお早と申すを父が<ruby><rb>後妻</rb><rt>こうさい</rt></ruby>とし私が<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に<ruby><rb>繼母</rb><rt>まゝはゝ</rt></ruby>なりしも家は段々衰へて父は四年以前より<ruby><rb>苟且</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>の病ひにて<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>たるが家の事<ruby><rb>打任</rb><rt>うちまか</rt></ruby>せたる彼のお早どのは夫の病氣を<ruby><rb>看護</rb><rt>みとり</rt></ruby>もせず其上<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby><ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>金子迄<ruby><rb>掻集</rb><rt>かきあつ</rt></ruby>め家出なし三年の今日迄<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知ず母には實の娘一人ありけるが夫を<ruby><rb>同伴</rb><rt>ともなひ</rt></ruby>て此家を出しは我が家の次第に<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>く身代に見切を付て他へ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>り<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を仇なる畜生めと病の中に父の<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだち</rt></ruby>此怒りを<ruby><rb>寛</rb><rt>なだ</rt></ruby>めんにも<ruby><rb>泣</rb><rt>なく</rt></ruby>より外の事もなく心<ruby><rb>細</rb><rt>ぼそ</rt></ruby>さに<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>や先昔は<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>たる者も今は<ruby><rb>見放</rb><rt>みはな</rt></ruby>し<ruby><rb>寄付</rb><rt>よりつか</rt></ruby>ず身近き親類なければ何語らんも病の親と私しと二人なれば<ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby>御定宿の方々も遂に<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>へ皆取られ只一人も客はなし其上<ruby><rb>去々年</rb><rt>をととし</rt></ruby>の<ruby><rb>山津浪</rb><rt>やまつなみ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あれ</rt></ruby>たる上に<ruby><rb>荒果</rb><rt>あれはて</rt></ruby>て<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby><ruby><rb>借</rb><rt>かる</rt></ruby>人も猶猶なく親子の者の命の<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby><ruby><rb>絶果</rb><rt>たえはて</rt></ruby>る身の是非もなく宿の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れに旅人を一人二人づつ無理にお宿を申ても此有樣に皆樣が門口よりして<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>ゆかれ今日は<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>をお止め申し<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か父が藥の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>になさんと存じて御無理にもお宿を願ひあげたる事<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し給へとて<ruby><rb>泣伏</rb><rt>なきふ</rt></ruby>したる娘が<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>見るも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>を<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えけり

## 第四回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば傳吉お<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>が物語りを聞て<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>し扨々世の中に<ruby><rb>不幸</rb><rt>ふかう</rt></ruby>の者我一人にあらずまだ<ruby><rb>肩揚</rb><rt>かたあげ</rt></ruby>の娘が孝行四年こしなる父の大病を今日迄<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby><ruby><rb>疎</rb><rt>おろ</rt></ruby>そかならねば<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で天道<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>まさらん今こそ斯あれ後々は必ず<ruby><rb>榮華</rb><rt>えいぐわ</rt></ruby>の身とならんと我が叔母女房の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>とは夢にも知らずいたりける此ぞ傳吉が叔母お早が事にして此はお早親子も<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しける故傳吉は知らざりし<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>何かなと<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へしが先に拾ひし<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>こそ好けれと取り出し是は我等が<ruby><rb>山間</rb><rt>やまあひ</rt></ruby>にて￼らず拾ひし品なる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>之を<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なすならば少しばかりの錢にはならん父御の<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>に<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひし物を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へてなり<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせよと<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へしかば娘は之を<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>に<ruby><rb>指翳</rb><rt>さしかざ</rt></ruby>し一目見るより打ち驚き之は<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>つ頃私しが道に<ruby><rb>遺</rb><rt>おと</rt></ruby>せし品にして母の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>なれば家財道具は聊かの物も殘さず賣盡し身に<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>ふべき<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>さへ今は<ruby><rb>綴</rb><rt>つゞれ</rt></ruby>もあらざれども此品計りは我が母の<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を忘れぬ心にて<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>に頂かんと思ふが故に賣殘しぬ然るを先日<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して後を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し求めて居しなり偖々嬉しき事哉と幾度となく<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこぶ</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見て感心なし今の話しには母御の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の此櫛と云はるゝからは片時も忘れ給はぬ<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>を天道樣も<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>まれ必ず御惠みなるならん能々<ruby><rb>父子</rb><rt>てゝご</rt></ruby>を大事になされよ我れ又江戸より歸りの時は再び<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせん名を聞ばやと云ければ父は森田屋銀五郎我が身は<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れつゝ所に久しき<ruby><rb>家柄</rb><rt>いへがら</rt></ruby>なれども<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>成果</rb><rt>なりはて</rt></ruby>しと嘆息の外なかりけり

## 第五回

傳吉は是より江戸表へ着し馬喰町三丁目<ruby><rb>信濃屋</rb><rt>しなのや</rt></ruby><ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>右衞門へ旅宿なし或日案内者を頼み<ruby><rb>彼方</rb><rt>あなた</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>と見物なし江戸第一の<ruby><rb>靈場</rb><rt>れいぢやう</rt></ruby>淺草の觀音へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>し能き主取りをなさん事を願ひ夫より口入に頼み奉公口を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>しけるに吉原の<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>第一の<ruby><rb>妓樓</rb><rt>ぢようろや</rt></ruby>にて京町の三浦屋に<ruby><rb>米搗</rb><rt>こめつき</rt></ruby>の口有り一ヶ年給金三兩にて<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby><ruby><rb>日毎</rb><rt>ひごと</rt></ruby>に米を<ruby><rb>搗</rb><rt>つく</rt></ruby>を以て身の勤めとはなしにける然るに物<ruby><rb>堅</rb><rt>がた</rt></ruby>き傳吉は<ruby><rb>鄭聲</rb><rt>ていせい</rt></ruby><ruby><rb>音曲</rb><rt>おんぎよく</rt></ruby><ruby><rb>洞房</rb><rt>どうばう</rt></ruby><ruby><rb>花燭</rb><rt>くわしよく</rt></ruby>の<ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみを<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>まず<ruby><rb>旦</rb><rt>あした</rt></ruby>より<ruby><rb>暮</rb><rt>くる</rt></ruby>るまで<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>米を<ruby><rb>搗</rb><rt>つき</rt></ruby>一<ruby><rb>粒</rb><rt>つぶ</rt></ruby>にても<ruby><rb>空</rb><rt>むだ</rt></ruby>にせず其勤め方<ruby><rb>信切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なりければ主人益々悦び多くの米も一向に<ruby><rb>搗減</rb><rt>つきへり</rt></ruby>なく取扱ひ夫より其年の<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>を請取るに半分は<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し叔母女房の衣食の<ruby><rb>足</rb><rt>たし</rt></ruby>になし殘る所は主人へ預け<ruby><rb>儉約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>を第一として勤め居たり

## 第六回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に<ruby><rb>光陰</rb><rt>くわういん</rt></ruby><ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>の如く傳吉は四五年勤めしが四季の給金<ruby><rb>臨時</rb><rt>ふじ</rt></ruby>の<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひもの等<ruby><rb>塵</rb><rt>ちり</rt></ruby><ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り山となりて百廿兩程になりし故<ruby><rb>宿願</rb><rt>しゆくぐわん</rt></ruby><ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に成就したりと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに古郷が<ruby><rb>懷敷</rb><rt>なつかしく</rt></ruby>主人の機嫌を伺ひ越後へ歸り度旨を願ひけるに今三浦屋の白鼠と云はれし者を<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>をやるは主人も<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>く思ひけれ共<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず首尾能く<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しければ傳吉大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て年頃主人へ預けし金百廿兩餘を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ急ぎける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て山路に掛り小松原を急ぐ程に身には荒布の如き半纏を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>ひし雲助二人一里<ruby><rb>塚</rb><rt>づか</rt></ruby>の邊より諸共に出て前後より傳吉を<ruby><rb>引挾</rb><rt>ひつはさ</rt></ruby>み親方<ruby><rb>骨柳</rb><rt>こり</rt></ruby>が重さうに見えるか今日は朝から<ruby><rb>鐚</rb><rt>びた</rt></ruby>一文にもならず少々<ruby><rb>揚取</rb><rt>あげと</rt></ruby>らせて給はれと<ruby><rb>骨柳</rb><rt>こり</rt></ruby>に手を掛るを傳吉其手を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ中仙道を<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>か</rt></ruby>け年中往來する我等<ruby><rb>小揚取</rb><rt>こあげと</rt></ruby>らせることはない<ruby><rb>串戯</rb><rt>じようだん</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>なと<ruby><rb>力身</rb><rt>りきん</rt></ruby>で見てもびく共せず二人の雲助<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひイヤ強い旅人じや雲助は旅人に<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねば世渡りがならず<ruby><rb>酒手</rb><rt>さかて</rt></ruby><ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>さに手を出して親にも打れぬ<ruby><rb>胸板</rb><rt>むないた</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をれ</rt></ruby>るばかりに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>かれては今日から<ruby><rb>駄賃</rb><rt>だちん</rt></ruby>を取る事出來ずと云ふを<ruby><rb>旁</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より一人が往手の道に立ち<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>り<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>なら否で<ruby><rb>宜事</rb><rt>いゝこと</rt></ruby>なり<ruby><rb>突</rb><rt>つか</rt></ruby>れる<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>は少しもなし何でも荷物を<ruby><rb>擔</rb><rt>かつが</rt></ruby>せて<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はにや成らぬとゆすり半分<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby><ruby><rb>仕懸</rb><rt>しかけ</rt></ruby>に傳吉は何とか此場を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れなんとせども惡者承知せず彼是<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ふうち其<ruby><rb>骨柳</rb><rt>こり</rt></ruby>渡せと手を掛るに傳吉今は一生懸命右を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>へば左より又た一人が<ruby><rb>腕首</rb><rt>うでくび</rt></ruby>を<ruby><rb>確</rb><rt>しつ</rt></ruby>かと取て<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かせず<ruby><rb>困</rb><rt>かう</rt></ruby>じ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たる折柄此處に來たる旅人あり此有樣を見るよりも<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と<ruby><rb>馳掛</rb><rt>はせかゝ</rt></ruby>り一人の雲助を取て<ruby><rb>引擔</rb><rt>ひきかつ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>斗筋打</rb><rt>もんどりうた</rt></ruby>せ<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>るに今一人も<ruby><rb>張倒</rb><rt>はりたふ</rt></ruby>し<ruby><rb>蹴返</rb><rt>けかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>乍</rb><rt>ながら</rt></ruby>に<ruby><rb>發打</rb><rt>はつたと</rt></ruby><ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>汝等二人は晝日中追落しする不屆者<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>捕へ宿場へ連れ立ち御法通りにして呉ん首は入らぬか<ruby><rb>蠢蟲</rb><rt>うじむし</rt></ruby>めと罵りければ惡徒共此勢に恐れけん<ruby><rb>尻込</rb><rt>しりごみ</rt></ruby>して只<ruby><rb>眞平御免</rb><rt>まつぴらごめん</rt></ruby>と<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>るにぞ夫なら今日は<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して呉んと<ruby><rb>言捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て是は我等が連れなり<ruby><rb>率々</rb><rt>いざ〱</rt></ruby>御一所にと<ruby><rb>目配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せすれば傳吉も夫と<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>りて骨柳を取り打ち連れ立ちて行き<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら彼の旅人に打ち對ひ<ruby><rb>小腰</rb><rt>こごし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め偖々惡者に付られ難儀千萬の處貴君の御救ひにて何事なく<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に御禮は言葉に盡し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に禮を<ruby><rb>述</rb><rt>の</rt></ruby>べつゝこの旅人を見るに一<ruby><rb>癖</rb><rt>くせ</rt></ruby>あるべき<ruby><rb>顏形</rb><rt>かほかたち</rt></ruby>なれば如何にもして此者と立ち別れんと<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>野尻宿迄來り近江屋<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>と言ふ旅籠屋へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りける

## 第七回

扨旅籠屋にて<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>十七八ばかり田舍に稀なる女ありと心を<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>てみれば何か<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>え有る樣にて彼の女も傳吉を見て<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>の<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>なりけるが<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の男は湯に入らんと湯殿の方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りし折節彼の女を傳吉は<ruby><rb>引留</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>てお前は何處かで見た樣なれど思ひ出されずと言ば女は傳吉を<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>見て私も見たお方の樣に思ひしが若しや五年前柏原の森田屋へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り給ひし傳吉樣にては御座なきやといふに此方は<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と手を打ち森田屋の<ruby><rb>娘子</rb><rt>むすめご</rt></ruby>お專どのにて在しよなお前が此所に御座るとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby><ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも知らざりし我等も江戸へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きて今度古郷へ歸るゆゑ柏原へ立ち寄りお宅を尋ねしが道にて惡き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>に付られ少しも<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>ならざるまゝ<ruby><rb>早忽々々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>に通り拔しがいつごろ此所へ來られしやと<ruby><rb>問懸</rb><rt>とひかけ</rt></ruby>られお專は忽ち<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby><ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み父は貴方のお泊りありし其年の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>に<ruby><rb>死亡</rb><rt>みまか</rt></ruby>り遂に我家を<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし此旅籠屋は少しの<ruby><rb>縁由</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>も有りけるまゝ下女に雇はれ候ふなり先頃<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みに預るのみか取り分て下し給ひし一品は<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>たる人の千金に<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>て忘れぬ御恩なり今夜に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>る貴方の御難儀<ruby><rb>大概</rb><rt>たいがい</rt></ruby>御察し申たり今夜は私が何<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>とお救ひ申し參らせん御安堵あれと<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>ながらも過さりし親の<ruby><rb>病苦</rb><rt>びやうく</rt></ruby>や身の<ruby><rb>憂事</rb><rt>うきこと</rt></ruby>を思ひ出してや<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>としく涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居たりけり傳吉も<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>なる<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>なしたれば猶も物語らんとする所へ<ruby><rb>彼連</rb><rt>かのつれ</rt></ruby>の者の足音せしゆえ<ruby><rb>空寢入</rb><rt>そらねいり</rt></ruby>して居る程にお專も立て出で行けり偖傳吉は金を<ruby><rb>藁苞</rb><rt>わらづと</rt></ruby>より<ruby><rb>徐</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>と出し<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に<ruby><rb>確</rb><rt>しつ</rt></ruby>かと<ruby><rb>結</rb><rt>ゆひ</rt></ruby>つけ之まで<ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>を引たりと僞り一ト夜も湯には入らざるのみか夜もろく〱に<ruby><rb>目眠</rb><rt>まどろ</rt></ruby>まず心を配り在りけるが今夜は<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>のお專に<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>相談せんと思ふ故少し風も<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろよ</rt></ruby>く候へば湯に入りて來らんと<ruby><rb>湯殿</rb><rt>ゆどの</rt></ruby>の方へ立ち出でければお專は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>へ立ち出で<ruby><rb>傍</rb><rt>かた</rt></ruby>への<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ連れ行て貴方が湯に入り給はんと申さるゝ故<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>番に御<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を出し且又<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの内に立せ<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじく</rt></ruby><ruby><rb>其爲</rb><rt>そのため</rt></ruby>に<ruby><rb>朋輩</rb><rt>ほうばい</rt></ruby>を頼み置きたりお<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しあらば心靜かに咄し給へと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>なる働に傳吉は其<ruby><rb>頓智</rb><rt>とんち</rt></ruby>を感心なし事急ぐなれば<ruby><rb>摘</rb><rt>つま</rt></ruby>んで咄さんが某し江戸表に奉公なし<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>給金其外とも<ruby><rb>溜置</rb><rt>ためおき</rt></ruby>し金百五十兩程に成たり依て此度古郷へ立ち歸り家を<ruby><rb>興</rb><rt>おこ</rt></ruby>し<ruby><rb>亡</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>親達</rb><rt>おやたち</rt></ruby>へ<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>に<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>へんと出立なす<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>輕井澤</rb><rt>かるゐざは</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>より彼の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>と連れに成り<ruby><rb>道中</rb><rt>みちすが</rt></ruby>ら彼の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>に心をつけるに<ruby><rb>唯者</rb><rt>たゞもの</rt></ruby>ならず江戸より付き來りし樣子なり今日も彼者<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>手を出さんとすれ共我も<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>なく往來の人に交る故其難は<ruby><rb>免</rb><rt>のが</rt></ruby>れたれども<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>一夜が<ruby><rb>絶體絶命</rb><rt>ぜつたいぜつめい</rt></ruby>明日は古郷へ五里<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りの處なり今夜を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>せば明日は<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>いたすべし何卒今宵の大難を救ひ給へと申しければお專は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>思案の體にてよしや今宵は<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぐ共明日道にて如何成る目に<ruby><rb>遭</rb><rt>あひ</rt></ruby>給はんも知れがたし兎角に其金子御身が<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>なし給ひては災ならん私に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け給へと言ふに傳吉も<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>てより親孝行は知りしうへ且又<ruby><rb>發明女</rb><rt>はつめいぢよ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>懷中より金子を出して渡せば<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と懷中して則ち頭に<ruby><rb>指</rb><rt>させ</rt></ruby>し<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を出し是はお前樣も知る通り我が爲に千金にも<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>がたき母の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>にして片時も<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>さず<ruby><rb>祕藏</rb><rt>ひざう</rt></ruby>の品<ruby><rb>此櫛</rb><rt>このくし</rt></ruby>を證據にお渡し申さん<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の古びたる上に<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>の三枚<ruby><rb>缺</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なれば此度御歸國なし給ひて<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>お前がお出なく共此<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>さへ持せて<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされなば他人にてもお金をお渡し申すべし<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據故能々此櫛を大切に失ひ給ふなと<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を傳吉に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しお身金子なく共彼の惡者と明日一所に<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>にならんこと危し今夜の八ツの<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に立ち給へとて間道を<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へて一人立せける彼金子をお專が<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かり金のこと故主人にも深く<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>て置きけるとぞ

## 第八回

偖て傳吉は<ruby><rb>脇道</rb><rt>わきみち</rt></ruby>より其の日の八ツ時分に寶田村へ立ち歸り無事に<ruby><rb>歸國</rb><rt>きこく</rt></ruby>のよしを名主方へ屆け置き我が家へこそは歸りける叔母女房は<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>へ出迎ひ偖々五年ぶりにて無事に歸り給ひしことの<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさよ<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>は歸るとの<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>成れ共今時分とは思ひよらず<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>にも成んと存じ居りしに早く歸られて安心なしぬと言ふうちに村中<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>立ち大勢來りける故叔母も女房も夫々へ<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>して居るに名主の<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>も來り悦びを<ruby><rb>述</rb><rt>のぶ</rt></ruby>る<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に傳吉も是迄の艱難を物語り偖五時頃皆々<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告て立ち歸る後に叔母は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>さうに傳吉に向ひ<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より尋ねやうと存じけるが五六年も奉公なし<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>られるに<ruby><rb>風呂敷包</rb><rt>ふろしきづつみ</rt></ruby>み一つも持ぬとは<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>だと尋ねければ傳吉は道中にありし始末を物語り彼のお<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>より預りし<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を出し此だに出しなば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>にても金子は<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れる<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれば明日は早々參て受取り來らんと思ふ故此<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>は百五十兩の代の品大切なりと申しければ<ruby><rb>叔母</rb><rt>をば</rt></ruby>は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>夫は<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>ひこと<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に百五十の大金は能々心掛ざれば<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>ることは成り難し如何にも斯る大金を<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>る<ruby><rb>辛苦</rb><rt>しんく</rt></ruby>の程察し入る呉々も<ruby><rb>歡</rb><rt>よろ</rt></ruby>こばしきことにこそ<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>其の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>は百五十兩の<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば佛前へ<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>へて御先祖其外<ruby><rb>父御</rb><rt>てゝご</rt></ruby>にも悦ばせ給へと叔母女房とも<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へて申すにぞ傳吉も佛前へ<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>へ夫より<ruby><rb>夜食</rb><rt>やしよく</rt></ruby>も<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>て傳吉は今こそ我家へ立ち歸りし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>落付</rb><rt>おちつ</rt></ruby>き<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>出しにやこくり〱と<ruby><rb>居眠</rb><rt>ゐねぶ</rt></ruby>りけるを叔母は見るより傳吉どのも<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れしならんお梅や<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>を<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>て<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせよと云ひければお梅は夫の<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>を<ruby><rb>打敷</rb><rt>うちしき</rt></ruby><ruby><rb>臥戸</rb><rt>ふしど</rt></ruby>に伴ひけるに傳吉も<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>せしにや枕に着くと其の儘に<ruby><rb>眠</rb><rt>ねぶ</rt></ruby>りけるが翌日の<ruby><rb>巳刻</rb><rt>よつ</rt></ruby>時分漸々<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を清め佛前へ向ひ<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>し前夜の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>はんと<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せど更に見えざるに叔母に向ひ前夜の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>は如何成れしやと問ふに叔母もお梅も口を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ一向知らずと申すにぞ傳吉は<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>して<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>と尋ねけるに何分見當らず之れによりて家内大いに<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎたち猶も殘る<ruby><rb>隈</rb><rt>くま</rt></ruby>なく尋ねしに如何にも知れざるゆゑ傳吉も今は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らすにお專はいたつて<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>にして<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に發明の女成ればは<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>無きも<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り物を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>らぬとは申すまじ是より野尻宿へ到り右の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し金子を受取んと野尻宿へ赴きお專に逢て扨々申分なきことを致したり<ruby><rb>前夜</rb><rt>ぜんや</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りて<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>をば百五十兩の<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>なりと佛前へ備へ置きけるが<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>見れば更になきゆゑ家内中<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>を致すと雖も何分見當らず夫に付き只今參りたり<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>の代に<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>にても取て金子を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し給はれと申しければお專は傳吉の顏を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>め<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>御前樣は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に能々見込れ給ひしものと見えたり<ruby><rb>今朝程</rb><rt>けさほど</rt></ruby>お前樣よりお頼みのよしにてお<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>なる彌太八とか云る御人が<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を御持參有しに<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>も有まじと思ひ右品<ruby><rb>引換</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>に金子御渡し申したりと<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>して見せければ傳吉は再び<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なしたりしが心を<ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>め夫は年の頃はいくつ位に候や我が村中に彌太八といふ者なければ我頼みし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>なし<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>する所前日の惡者の仲間を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んで<ruby><rb>遣</rb><rt>よこ</rt></ruby>したるならん五年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>千辛萬苦</rb><rt>せんしんばんく</rt></ruby>して<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>たる金子もよく〱我に授らぬ金なり<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>るより外無しと力を落して<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として居たりけるお專は如何にも氣の毒に思ひ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へしに之は全く過日の<ruby><rb>惡物</rb><rt>わるもの</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>に非ず同村中の人<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>らん<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>申さば何となく人を<ruby><rb>誹</rb><rt>そし</rt></ruby>る樣なれども私しも<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合ひの事なれば心に思ふ所を申して見んかならずお心に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>給ふな<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に七人の子はなすとも女に<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すなとの<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へもありておまへ樣のお留主に女房さんの<ruby><rb>心變</rb><rt>こゝろがは</rt></ruby>りし事もあらんか能々家内に心を用ひ見られよ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども先何事もなき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に歸り<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>にし給へと<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へ傳吉をば歸しける

## 第九回

扨て傳吉は<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>に我が家へ歸りければ女房叔母ともに出で立ち今御歸りなされしや金子は如何にと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるに傳吉<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばお專殿は留守にて分らず歸りを待んと存ぜしが又々金子<ruby><rb>不用心</rb><rt>ぶようじん</rt></ruby>ゆゑ明後日參りて受取り來らん先は五ヶ年留守の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>村中の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に成り<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に百五十兩と云ふ大金を<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>て來りし事なれば村中を<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よん</rt></ruby>で馳走をなさんと思ふなり其用意致すべしと事もなげに申しける女房叔母も其支度を致し村中へ人を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>し呼びけるにぞ巳刻時分より五六十人一座にて<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>をなし一通り<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>も廻りければ傳吉はそつと其場をたち表の方へ出れば<ruby><rb>垣根</rb><rt>かきね</rt></ruby>の<ruby><rb>際</rb><rt>きは</rt></ruby>に野尻宿のお專<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>を<ruby><rb>眉深</rb><rt>まぶか</rt></ruby>に<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>り立ち居たり傳吉は<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに宅へ伴ひ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>ばせて座中を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>はせたるに此中には其人なしと云ふ故傳吉は又々女房叔母を呼び五ヶ年の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>村中に<ruby><rb>強</rb><rt>きつ</rt></ruby>い御世話に相成しは實に有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>なり別て上臺<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>親子に<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き御世話に相成しよし然るに昌次郎いまだみえず<ruby><rb>御迎</rb><rt>おむか</rt></ruby>ひにと申す處へ入り來たり直に傳吉の傍らに<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>し馳走にぞ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かりける傳吉一同へ向ひ私しも江戸表にて<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>き家へ奉公に有り付き金子少々貯はへたれば<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>の<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>もなつかしく罷り歸り候皆々樣へ右の御禮<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>麁酒</rb><rt>そしゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らするなり何も御座らぬ<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み料理澤山お<ruby><rb>食</rb><rt>あが</rt></ruby>りくだされよと亭主の<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby>に人々は大いに悦び<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby><ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby>巡るうち時分を計り傳吉は小用に行く體して叔母女房を立せざる樣になし<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と立ち出でお專に向ひ如何に<ruby><rb>盜賊</rb><rt>どろばう</rt></ruby>は此中に居たりしやと聞きければお專打ち笑ひ實に<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>猛々</rb><rt>たけ〲</rt></ruby>しとは虚言ならず今しも後より入り來られ上より八番目に居りたる年若にて色白く<ruby><rb>太織</rb><rt>ふとおり</rt></ruby>の<ruby><rb>紋付</rb><rt>もんつき</rt></ruby>の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>にて<ruby><rb>棧留</rb><rt>さんとめ</rt></ruby>の着物を着たる人こそ間違ひなく彌太八と名乘て<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし人なりと云ふを聞て傳吉は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし彼は名主殿の子息昌次郎といふ者なり<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>ひ有ては<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>と云ふにお專は<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して〱間違ふ氣遣ひなし若し又あの人兎に角と<ruby><rb>爭</rb><rt>あら</rt></ruby>そはゞ私が出て<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>させん外に又<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かなる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の品もあり然して江戸表にて金百五十兩<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>し事道中<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>して私に預けし事迄知りし者は外にあるべき樣なし御前樣は彼所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て是迄の事を話し金子を彌太八と申す人に<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれし事を殘らず物語られ其上にて<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>なしたまへと<ruby><rb>牒</rb><rt>しめ</rt></ruby>し合せ元の座敷へいで行きけり

## 第十回

<ruby><rb>却説</rb><rt>かくて</rt></ruby>傳吉は<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>の席へ出で扨々<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>御招ぎ申しても何も進ずる物もなし<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し今日の<ruby><rb>座興</rb><rt>ざきよう</rt></ruby>に<ruby><rb>歸國</rb><rt>きこく</rt></ruby>なす道中の物語を皆々さま御<ruby><rb>退屈</rb><rt>たいくつ</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら御聞下されと申しければ<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも夫は一段の事然るべしと聞き居たり傳吉は<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を進みて私し江戸に在りし時は<ruby><rb>全盛</rb><rt>ぜんせい</rt></ruby>の<ruby><rb>土地柄</rb><rt>とちがら</rt></ruby>故主人の<ruby><rb>光</rb><rt>ひか</rt></ruby>りにて百五十兩の金子に有り附き古郷へ歸り<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>の<ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby>を<ruby><rb>受戻</rb><rt>うけもど</rt></ruby>し家を起しなば過行し<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>へ聊さか孝行の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>にもならんかと悦び勇んでくる道すがら<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に付かれ是非なく野尻宿の<ruby><rb>旅籠</rb><rt>はたご</rt></ruby>やの下女に彼大金は<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けて歸り其盜賊の難は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れたれ共又々一ツの<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひを<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>て件の金子を昨日<ruby><rb>騙取</rb><rt>かたりと</rt></ruby>られたり<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>をおはなし申せば斯樣々々<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>なりと<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>の事迄一伍一什を委しく<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ皆々<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし夫は又何物が<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を以て行しやと<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>を失ひければ憑司を始め叔母女房も大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>せ夫は何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の行ぬ事と言ひけるを憑司<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み其は旅籠屋の下女が<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>ならん貴樣の方に<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>はなしと<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>りたるに先には<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べつかふ</rt></ruby>の櫛の<ruby><rb>幾個</rb><rt>いくら</rt></ruby>もあらんにより<ruby><rb>指替</rb><rt>さしかへ</rt></ruby>の<ruby><rb>似寄</rb><rt>により</rt></ruby>の品を出して貴樣を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き歸せしなるべし其女を<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へ<ruby><rb>嚴重</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>する成れば早速に相分らん<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>かな若しも<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はる時は領主へ訴へ<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を願ふならば忽ちに相分らんと申しけるに傳吉<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>其の盜人は此座中に在りと申しければ皆々夫はと云つて<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ居たりしがマア<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>ならんと申すに傳吉<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば私し<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>に<ruby><rb>住</rb><rt>すむ</rt></ruby>彌太八と云ふ者の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>申し僞り金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取りたるはと云ひながら昌次郎の<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見ればぎよつとせしが<ruby><rb>素知</rb><rt>そし</rt></ruby>らぬ體に<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>ける故傳吉は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>耐難</rb><rt>こらへがた</rt></ruby>く之れにある昌次郎殿に相違なし<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かなる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>もある上は<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はず金子を返し候へ萬一爭ひ給はゞ<ruby><rb>公邊</rb><rt>おかみ</rt></ruby>へ訴へ<ruby><rb>黒白</rb><rt>くろしろ</rt></ruby>を分ねば相成ずと言ければ忽ち昌次郎は<ruby><rb>眞赤</rb><rt>まつか</rt></ruby>に成て座を直し此は存じもよらぬことを<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはるものかな我等に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>盜賊呼</rb><rt>どろぼうよば</rt></ruby>はり其分には相濟ず<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる申し分也と<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>になつて申しけるにぞ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>より<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>憑司も<ruby><rb>張肱</rb><rt>はりひぢ</rt></ruby>なしコリヤ悴よ傳吉に<ruby><rb>泥棒呼</rb><rt>どろぼうよば</rt></ruby>はりを致され萬一申開き相立ざる時は人手は<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>ぬ我自らに手討に爲すぞ<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を付られては最早男は立ず<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>して<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>そゝ</rt></ruby>げよと親も聲を掛る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>爭ひ立ち既に<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>にも成んと人々は手に<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>りもて餘しける處へ奧の方よりお專は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>と立ち出で座に<ruby><rb>就</rb><rt>つき</rt></ruby>て皆々へ<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>するに一座の人々<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>ず是は何方の女中ぞやとお專が<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>打守</rb><rt>うちまも</rt></ruby>るに叔母女房も之を見て<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおど</rt></ruby>ろきて居たる時にお<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>は<ruby><rb>穩當</rb><rt>しとやか</rt></ruby>に昌次郎に向ひ昨日<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>御目に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り金子百五十兩御渡し申せし彌太八樣<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>私しか<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし上は<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひ給ふも<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>なきこと早々金子を出し給へ此上<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も爭ひ給はゞ外に致し方これ有りと申しけるに昌次郎は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそ</rt></ruby>ふき我等は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えもなく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>にお前は何處の人か終に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>たることもなしコリヤ傳吉と申し合せ我等へ<ruby><rb>遺趣</rb><rt>ゐしゆ</rt></ruby>ても<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>かして罪を<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>んとするならんイヤ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる女めと<ruby><rb>眼付</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>るにお專は少しも<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がず彌々爭ひ給はゞ外に見せる<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>ありと<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より一通の文を取り出し是は一昨日お前樣の歸りし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>てありし<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>何心なく<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひしが<ruby><rb>不斗</rb><rt>ふと</rt></ruby>此場の役に立つ傳吉殿<ruby><rb>讀給</rb><rt>よみたま</rt></ruby>へと差出すを傳吉<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>讀下</rb><rt>よみくだ</rt></ruby>すに

一筆<ruby><rb>示</rb><rt>しめ</rt></ruby>し￼偖傳吉事江戸より<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>立ち歸り申候まゝ此上は夜々の<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>りも相成ずと存じ候へば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>つかの間も<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び難く思ひは<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby>￼夫に付き傳吉こと江戸に於て<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>たる金百五十兩<ruby><rb>此度</rb><rt>こたび</rt></ruby><ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>り候途中盜賊に付かれ候ゆゑ<ruby><rb>野尻</rb><rt>のじり</rt></ruby>宿の近江屋<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>と申す宿屋の下女お專へ右の金を預け置き受取候節は此櫛さへ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致し候へば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>にても<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>に金子相渡す由承まはり候まゝ右の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>御手元</rb><rt>おてもと</rt></ruby>へ差上候明朝早々に野尻宿へ御出で下され<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>御受取被成候へば私し事は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ近々の中に當所を立ち<ruby><rb>退</rb><rt>のき</rt></ruby>候て何國の<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>にても永く夫婦と相成申したくと夫のみ此世の願ひと<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>り居り￼どうぞ〱<ruby><rb>御目</rb><rt>おめ</rt></ruby>もじのうへ<ruby><rb>山々</rb><rt>やま〱</rt></ruby>御もの<ruby><rb>語</rb><rt>がた</rt></ruby>り申し上ぐべく候

あら〱めて度￼

うめゟ

昌次郎殿へ

と有りけるに座中の人々<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>驚き偖は其方が野尻宿の近江屋のお<ruby><rb>專殿</rb><rt>せんどの</rt></ruby>なるか<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又持參の此文はと<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果てたるばかりなりお<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も座を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み何と此文は<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えが有りませう彌太八とやらの歸りし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に此文が落てありしは天命ならん然し<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>に爭ひ給はゞ此文を以て御上へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ御吟味を願ひませう夫とも只今百五十兩出し給ふか如何にぞやと<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>て申しければ昌次郎も一<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby>の<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へもなく<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby><ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>したりしは<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ見えにけれ父上臺憑司<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て立ち上り昌次郎の<ruby><rb>襟髮</rb><rt>えりがみ</rt></ruby><ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>摺</rb><rt>すり</rt></ruby>付け<ruby><rb>打据</rb><rt>うちすゆ</rt></ruby>るにお早は娘お梅が<ruby><rb>髻</rb><rt>たぶさ</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで引倒し怒の聲を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はしつゝ茲な恩知ず者め傳吉どのが留守中<ruby><rb>何時</rb><rt>なんどき</rt></ruby>の間にやら<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>いたづら傳吉殿に此伯母が<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>のあるべきや思へば<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き女めと人目<ruby><rb>繕</rb><rt>つく</rt></ruby>らう<ruby><rb>僞</rb><rt>にせ</rt></ruby><ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>も是れ又見捨て置れねば又人々は<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ彼是れ<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>大方ならず時に憑司は其座の人々四五人に何か<ruby><rb>談</rb><rt>はな</rt></ruby>して打ち連れ立ち自分の宅へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしが間もなく入り來りて傳吉殿此人々と立ち合ひにて<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>むると此の通り百五十兩<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>うて有り是にて候やと差出すに傳吉は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見て成程私しの<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>なりと云ひつゝ中を改め一錢の<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>なしと云ふにぞ然らば受取給へ何分にも<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>のことなれば此儀は内分に<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>し呉れよと憑司は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>り入り<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>は只今<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>ける故其座の年寄組合など種々扱ひ金子の歸りし上は先々<ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>に濟し給へと申しければ傳吉は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>はなかりしが皆々樣の御<ruby><rb>扱</rb><rt>あつ</rt></ruby>かひにて金子は無事に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしゆゑ私しも内分にて<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>し申すべくと直に<ruby><rb>硯</rb><rt>すゞり</rt></ruby>を引寄て三行半を<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>て之は女房梅が<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>なり姦夫の<ruby><rb>實否</rb><rt>じつぴ</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さずして離縁なすは百五十兩の金皆々樣の御<ruby><rb>骨折</rb><rt>ほねをり</rt></ruby>にて我が手に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りし<ruby><rb>歡</rb><rt>よろ</rt></ruby>こびなれば申し分もこれなきことなりお<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>どの<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>叔母に候あひだ私しが<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>申べし夫共お梅の方へ參りたくは夫程の<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>を差上申べしと云ば伯母お早も<ruby><rb>默然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>として居たりしが此上にも傳吉殿に<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>はれ申も氣の毒なり梅方へ參り度と申ければ其儀なら私しが<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>たる金子百五十兩の中を<ruby><rb>半分</rb><rt>はんぶん</rt></ruby>分て伯母御が一生の<ruby><rb>養育料</rb><rt>やういくれう</rt></ruby>にと分ち<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へければ其座の人々大いに<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし傳吉どのは五ヶ年の間天下の御<ruby><rb>膝元</rb><rt>ひざもと</rt></ruby>の江戸で<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>れた<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>うた者なり是にて<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすむ</rt></ruby>上からは名主殿も御子息の勘當を御<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しなされ又お梅殿傳吉殿<ruby><rb>那程</rb><rt>あれほど</rt></ruby><ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>けて申さるゝ故嫁御に致されしかるべしと皆々取なせば憑司は一同へ<ruby><rb>打向</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の一條は何と申樣もなき<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>我は何樣御扱かひ<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>なすべき譯ならねど村中の<ruby><rb>口添</rb><rt>くちぞへ</rt></ruby>に餘り愛相なき事故に<ruby><rb>曲</rb><rt>まげ</rt></ruby>て<ruby><rb>差赦</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>せしにより人々は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び傳吉に昌次郎お梅をば<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>させ其夜の中に事を<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せ叔母も名主方へぞ參りける是は傳吉が<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>おはや憑司は<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>なしお梅は昌次郎と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及びて居たるを村中にても<ruby><rb>薄々</rb><rt>うす〱</rt></ruby>知て居る者あれば幸ひと引取り親子共に夫婦となりける又おせんも<ruby><rb>我身</rb><rt>わがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>りもたち傳吉へ金も<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りし上は人々に<ruby><rb>暇</rb><rt>いと</rt></ruby>まを告げ<ruby><rb>野尻</rb><rt>のじり</rt></ruby>へ立ち歸りぬ

## 第十一回

扨<ruby><rb>世話好者</rb><rt>せわずき</rt></ruby>の多きは常なるに傳吉か宅へ其夜來し人々は翌朝五六人おせんを<ruby><rb>野尻</rb><rt>のじり</rt></ruby>宿の與惣次方へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り行き前夜の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を話し又傳吉が心の廣きこと恨みある伯母に<ruby><rb>艱難辛苦</rb><rt>かんなんしんく</rt></ruby>して<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>し金の半分を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし其場を<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せし事迄を落なく語りければ與惣次は大いに<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし如何にも今の世には得難き人なり殊に女房叔母ともに<ruby><rb>奇麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に向ふへ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>温順</rb><rt>おとなし</rt></ruby>き心底なりと傳吉が<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>を<ruby><rb>譽稱</rb><rt>ほめたゝ</rt></ruby>へて止まざりける此の時村人與惣次に申しけるは人家の<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>は<ruby><rb>眞棒</rb><rt>しんぼう</rt></ruby>なり傳吉殿も今江戸より戻り<ruby><rb>大略</rb><rt>たいりやく</rt></ruby>元の身代に成らんとなす<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>女房が無ては萬事<ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>ならん夫に付此方のお專殿を傳吉殿の妻に御<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしあらば實に幸ひならん此度の事はお<ruby><rb>專殿</rb><rt>せんどの</rt></ruby>の<ruby><rb>働</rb><rt>はたらき</rt></ruby>にて不思議に金子手に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に發明なる性なれば何と與惣次殿我々<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>申も<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ば傳吉殿に<ruby><rb>牛</rb><rt>うし</rt></ruby>を<ruby><rb>馬</rb><rt>うま</rt></ruby>に<ruby><rb>乘替</rb><rt>のりかへ</rt></ruby>させ先の者どもへ見せつけて遣んとおもふ心なり其所は其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>の<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>一ツ何卒兩人夫婦にさせては<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>まいかと<ruby><rb>無造作</rb><rt>むざうさ</rt></ruby>に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>めば<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>承知なしお專を<ruby><rb>養女</rb><rt>やうぢよ</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受け傳吉に<ruby><rb>添</rb><rt>そは</rt></ruby>せることに取極め翌日は吉日なればとて<ruby><rb>上臺</rb><rt>じやうだい</rt></ruby>憑司其他の人を<ruby><rb>打招</rb><rt>うちまね</rt></ruby>き與惣次を<ruby><rb>舅入</rb><rt>しうといり</rt></ruby>一所にして首尾能く婚姻なしける

## 第十二回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>祝儀</rb><rt>しうぎ</rt></ruby>も<ruby><rb>濟</rb><rt>す</rt></ruby>みて與惣次と傳吉お專<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>なればお專傳吉に<ruby><rb>打向</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひお早どのは私しが<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>にてお梅どのは私しの<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>なり<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>てお<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し申せし如く私十二歳の時に病氣の<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>掻</rb><rt>かき</rt></ruby>さらひお梅どのを<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>なせしかば私に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>ては<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしく夫ゆゑ參らぬと見えたり<ruby><rb>然乍</rb><rt>さりなが</rt></ruby>ら是必ず他人に語り給ふなと言はれて傳吉<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし其方が<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せしは我が叔母にて有けるや<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>のことぞと聞てさへ<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しと思ふに其の人は我が叔母女房にて有けるかと<ruby><rb>驚入</rb><rt>おどろきい</rt></ruby>るぞ道理なりお<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>又申樣然らば此度の儀も叔母御は必ず村長の憑司殿と<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>あらん依てお前を<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>し我が子を夫婦となせし上自分も共に<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>まんと<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>ませ金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取らせしならんと云ふに與惣次<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>成程お專が言ふ如く毒ある花は人を悦ばせ<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>ある魚は<ruby><rb>汀</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>に寄る<ruby><rb>骨肉</rb><rt>こつにく</rt></ruby>なりとて油斷は成じ何とぞ一旦兩人の身を我が<ruby><rb>野尻</rb><rt>のじり</rt></ruby>へ退きて<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>身の<ruby><rb>安泰</rb><rt>あんたい</rt></ruby>を心掛られよと諫めければ傳吉は是を<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>と歡こびて或日傳吉は憑司方へ到り此度都合により他所へ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>り商賣を致し度と申しければ憑司は傳吉が此村に居る時は何かに<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶせ</rt></ruby>なるゆゑ是幸ひと早速<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なしたるに傳吉は立歸り少しの田地は人に預け夫婦諸共に<ruby><rb>野尻</rb><rt>のじり</rt></ruby>へ引移りしかば<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>も老人故家内の世話は傳吉夫婦に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せけるに傳吉は正直實義の男なれば<ruby><rb>何</rb><rt>い</rt></ruby>づれも<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に取扱ひ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>にお專は發明ゆゑ與惣次も<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>なし<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に二三年を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りける時に寶田村の上臺憑司親子四人の者は傳吉が<ruby><rb>村中</rb><rt>むらぢう</rt></ruby>に居ざるを<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby><ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>り増長して傳吉が人に預けし田地を書入にして金を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ其上村の<ruby><rb>持山</rb><rt>もちやま</rt></ruby>を村人に相談もせず金三十兩餘に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby><ruby><rb>横領</rb><rt>わうりやう</rt></ruby>のありければ百姓共は<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>しと高田の役所へ訴へければ役人<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>のうへ憑司事重々不屆の儀に付村役<ruby><rb>召放</rb><rt>めしはな</rt></ruby>され其上小前の百姓へ早々勘定致すべき旨<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>仰付られけるに依て寶田村にては名主の跡役を見付相願はんとて<ruby><rb>惣寄合</rb><rt>そうよりあひ</rt></ruby><ruby><rb>商議</rb><rt>だんがふ</rt></ruby>せしに傳吉の親迄代々彼は當村の名主の家なり然らば此度は傳吉へ名主<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>仰せ付られ下さるやうに願はんと<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>一決なし其段願ひ出しに付<ruby><rb>榊原</rb><rt>さかきばら</rt></ruby>家の役人中早速傳吉を召返し寶田村名主役仰付られければ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て傳吉は<ruby><rb>寶田村</rb><rt>たからだむら</rt></ruby>の名主になり<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>に歸る古卿の<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby>家を求て造作なし夫婦の中も<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく樂き光陰を<ruby><rb>送</rb><rt>おくり</rt></ruby>けり偖又夫に引替上臺憑司は己が<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>きに心付ず之れ皆傳吉夫婦が有故に<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る禍ひに逢たりと理も<ruby><rb>非</rb><rt>ひ</rt></ruby>も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>ず傳吉に<ruby><rb>村役</rb><rt>むらやく</rt></ruby>を取られしとて深く<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み高田の役人へ手を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>し此<ruby><rb>怨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さんと種々工夫を<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らしけるしかるに高田役所にても先の奉行并びに下役の者ども替り新役になりければ此時ぞと思ひ役人に<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を遣ひ傳吉のことを<ruby><rb>惡樣</rb><rt>あしざま</rt></ruby>に言なしける傳吉は元正直律義の生れ故<ruby><rb>諂</rb><rt>へつら</rt></ruby>ふことをせず用向の外は立入ことなければ當時の役人<ruby><rb>供</rb><rt>ども</rt></ruby>傳吉は行屆ぬ者と思ひしより<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に憑司の方を贔屓になしけるが然とて傳吉に<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby>もなく別に<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>むべき筋もなければ其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>になし置を憑司は何にしても<ruby><rb>先役</rb><rt>せんやく</rt></ruby>に立歸らんと色々<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひけれども是ばかりは<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>のことにも<ruby><rb>埓明</rb><rt>らちあか</rt></ruby>ず親子商議しけれども金は<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>に<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ難く之に依て悴夫婦を江戸表へ稼ぎに出し金子を拵んと旅の用意を<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐ</rt></ruby>れに寶田村を立出<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby>河原まで來りしが手元の<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>ければ松明を<ruby><rb>燈</rb><rt>とも</rt></ruby>さんとて火打道具を見るに火打<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れたり是れより昌次郎はお梅を河原に待せ其身は取て返しける時に昌次郎夫婦は出立の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>火打</rb><rt>ひうち</rt></ruby>が<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>つて有る故急ぎ忘れしと見えたり<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと親の上臺は後より<ruby><rb>携</rb><rt>たづさへ</rt></ruby>て<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby>たりしが昌次郎とは<ruby><rb>往違</rb><rt>ゆきちが</rt></ruby>ひに成たり偖又<ruby><rb>譚</rb><rt>はなし</rt></ruby><ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>つて此猿島河原は膝丈の水成しが一人の雲助<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>き女を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおほ</rt></ruby>て渡り來りて河原に<ruby><rb>動</rb><rt>どつ</rt></ruby>さりおろし女に向ひ今も道々いふ通り今夜の中女郎に賣こかす程に此己を<ruby><rb>兄樣</rb><rt>あにさま</rt></ruby>とぬかしをれ只た三年の苦みだ<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>に見付つたが百年目<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>でも<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>でも賣ずにや置ぬと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>す言葉も<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>ぐれに女は涙の顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>してたべ<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>は源次郎と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>のある身金子が入なら夫より必ずお前に<ruby><rb>進</rb><rt>まゐら</rt></ruby>せん何卒我家へ回してと<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby><ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>るを一向聞ず彼の<ruby><rb>雲助</rb><rt>くもすけ</rt></ruby>は眼を<ruby><rb>剥</rb><rt>むき</rt></ruby>だし是程に言ても<ruby><rb>聞分</rb><rt>きゝわけ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby><ruby><rb>阿魔</rb><rt>あま</rt></ruby>め然らば此所で打殺し川へ<ruby><rb>投込</rb><rt>なげこむ</rt></ruby><ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をしろと<ruby><rb>手頃</rb><rt>てごろ</rt></ruby>の木の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>追取て<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に打けるをお梅は片邊に見居たりしが<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとする所を<ruby><rb>雲助</rb><rt>くもすけ</rt></ruby><ruby><rb>眼早</rb><rt>めばや</rt></ruby>く見咎めて爰にも人が居をつたか今の話しを<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>きたる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は<ruby><rb>逃</rb><rt>にが</rt></ruby>しはせぬと<ruby><rb>飛掛</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>つて捕る<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を<ruby><rb>振拂</rb><rt>ふりはら</rt></ruby>ひお梅は聲立人殺し人殺しぞと<ruby><rb>呼所</rb><rt>よぶところ</rt></ruby>へ昌次郎の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>うて此所へ來かゝる親上臺は女のさけびごゑを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>其所に居るのはお梅かと言へばお梅はオヽ<ruby><rb>父</rb><rt>とゝ</rt></ruby>さん<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて下されと聞くより上臺は<ruby><rb>馳寄</rb><rt>はせよ</rt></ruby>るに雲助は是を見て<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>だてなすなと<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby><ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby>て掛るを引外し<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby><ruby><rb>拔</rb><rt>ぬい</rt></ruby>て<ruby><rb>切懸</rb><rt>きりかゝ</rt></ruby>るに彼の雲助は逃<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら女を<ruby><rb>楯</rb><rt>たて</rt></ruby>に受ると見えしが<ruby><rb>無慘</rb><rt>むざん</rt></ruby>や女は一聲きやつと<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びしまゝに切下げれば<ruby><rb>虚空</rb><rt>こくう</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んでのた<ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ひま</rt></ruby>に雲助又も<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby><ruby><rb>追取</rb><rt>おつとり</rt></ruby>上臺が<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を横さまに<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>へば<ruby><rb>俯伏</rb><rt>うつふし</rt></ruby>に倒るゝ所を雲助は<ruby><rb>乘掛</rb><rt>のりかゝ</rt></ruby>りつゝ打のめしたる<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>からに昌次郎は歸り來り拔手も見せず雲助が<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く切付ればウンと<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れるを上臺は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>起上</rb><rt>おきあが</rt></ruby>り一息ほつとつき親子三人は<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ互ひに<ruby><rb>無事</rb><rt>ぶじ</rt></ruby>を<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びつゝ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て四傍を見廻せば<ruby><rb>片邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に女の<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ居て<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>息も絶たる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なりとて憑司は<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と手を打是と云も元は傳吉から<ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>たこと然らば此<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>へ昌次郎お梅が<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せ此所へ殘し置き我また別に<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>ありとてかの曲者並びに女の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>切</rb><rt>き</rt></ruby>つて川へ流し二人の<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>を着せ替て昌次郎夫婦は<ruby><rb>甲州路</rb><rt>かふしうぢ</rt></ruby>より江戸へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>かせたり

## 第十三回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>憑司は其夜昌次郎を立せやり<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>に血の付たるを<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>て傳吉宅へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>へ血を付置き夫より高田の役所へ<ruby><rb>夜通</rb><rt>よどほ</rt></ruby>しに往て<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>を願ひける偖又傳吉方にては<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ることの有りとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らざれども<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby>物の<ruby><rb>前兆</rb><rt>ぜんてう</rt></ruby>ならんとお專が見たる<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>あ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>傳吉に此事を<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り其<ruby><rb>吉凶</rb><rt>きつきよう</rt></ruby>を<ruby><rb>猿島川</rb><rt>さるしまがは</rt></ruby>の向ひなる卜ひ者へ出向はれ身の上を<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>へ給はれとお專が<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むるにぞ傳吉も彼方に立出或山路へかゝる所に一人の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ能々見れば先年新吉原の三浦やに<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>し頃同家の<ruby><rb>空蝉</rb><rt>うつせみ</rt></ruby>の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby>通ひし細川の家來井戸源次郎にてあり傳吉是はとばかり<ruby><rb>立止</rb><rt>たちどま</rt></ruby>るを先方にも<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>は傳吉ならずやと云ふに<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>にて御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたり何の御用にてと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねければ源次郎は大いに<ruby><rb>急込</rb><rt>せきこみ</rt></ruby>たる樣子にて然ば貴樣が三浦やの<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を取し後<ruby><rb>空蝉</rb><rt>うつせみ</rt></ruby>を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し名も千代と<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて我妻となしけるが<ruby><rb>實親</rb><rt>じつおや</rt></ruby>は越後に在るとのこと故彼れが<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねんと此地へ來り<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby><ruby><rb>馬丁</rb><rt>うまかた</rt></ruby>の惡漢が我が妻ちよを<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>何れへか引込みしが跡より<ruby><rb>追懸</rb><rt>おひかけ</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬれ共一方<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆきがた</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ず<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>尋ね居れりと<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りけるに傳吉聞て偖て<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>の仕業かな偖々御困りならん何れにか御<ruby><rb>商議</rb><rt>さうだん</rt></ruby>申上げん程に私し方へお出あれ<ruby><rb>然共</rb><rt>されども</rt></ruby>只今は急ぎの用事して<ruby><rb>猿島川</rb><rt>さるしまがは</rt></ruby>まで<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこ</rt></ruby>せば今晩にも私し方へ入らせられよ寶田村傳吉とお尋ねあれと互ひに<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>の折柄右と左りへ<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れける斯て傳吉は<ruby><rb>畑村</rb><rt>はたむら</rt></ruby>の占ひ者の宅へ急ぎ行き<ruby><rb>夢物語</rb><rt>ゆめものがた</rt></ruby>りして<ruby><rb>吉凶</rb><rt>きつきよう</rt></ruby>を委細尋ねければ占ひ者暫時<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>せしが是は<ruby><rb>大凶</rb><rt>だいきよう</rt></ruby>なり其故は斯く〱と傳吉か身に後大難のあることを<ruby><rb>判斷</rb><rt>はんだん</rt></ruby>なして此上<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>が<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なりと申しけるにお專も大いに<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なし然らば明日より<ruby><rb>鹽斷</rb><rt>しほだち</rt></ruby>なり<ruby><rb>斷食</rb><rt>だんじき</rt></ruby>なりして信心を致しお前の身に<ruby><rb>凶事</rb><rt>きようじ</rt></ruby>なき<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に致さんと夫婦は<ruby><rb>來方</rb><rt>こしかた</rt></ruby><ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>を思ひ續けて夜は<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>く打臥ける翌朝傳吉は神前に向ひて拜するをお專は見てお<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby><ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血が付て居るは如何なされしやと問はれて傳吉は<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>打返</rb><rt>うちかへ</rt></ruby>して見れば<ruby><rb>裾裏</rb><rt>すそうら</rt></ruby>所々に血の付て居る故是は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なる事<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>昨夜河原にて物に<ruby><rb>躓</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きけるを偖は人にても<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れて居たるやと見れば<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>にも<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>にて血を<ruby><rb>踏付</rb><rt>ふみつけ</rt></ruby>たる跡ありけるに<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て草履を返し見れば血の付て居ざるにそ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ことなりとて血を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと夫婦水を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>きて<ruby><rb>庭石</rb><rt>にはいし</rt></ruby>を洗はんと<ruby><rb>爲所</rb><rt>するところ</rt></ruby>へ上臺憑司が<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>にて關田の<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>内へつか〱と入くるに傳吉夫婦は何事やらんと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>くを<ruby><rb>後眼</rb><rt>しりめ</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>憑司は役人に向ひ御覽の通り飛石は血だらけに候と申す言葉に終ひに役人<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>の<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めける傳吉大いに驚き私し身に<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>犯</rb><rt>をか</rt></ruby>せる罪は<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>してなしと言ひけれども<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>は耳にも<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>ず申し分あらば<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>に於て申すべしと傳吉を引立行くにぞお專は<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く是は何故の御捕方と<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>背掛</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>て往きけるが役人傍へも寄せ付ねば詮方泣々我が家に歸り聲を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>まず<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きしが偖ては前夜の夢は此<ruby><rb>前兆</rb><rt>ぜんてう</rt></ruby>にて有りけるか然し憑司殿か案内こそ心得ぬ豫て役人を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へての<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>みか如何せんと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もむ</rt></ruby><ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>に近邊の人々も驚きて何故傳吉殿は<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れしと種々<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>及</rb><rt>および</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やがて</rt></ruby>て女房おせんを<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>組頭百姓代共<ruby><rb>打揃</rb><rt>うちそろ</rt></ruby>ひ高田の役所へ罷り出御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を願ひけれ共一向取上にならず傳吉は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られ女房おせんは村役人へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す旨申渡されける

## 第十四回

<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十年九月七日越後高田の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>榊原家</rb><rt>さかきばらけ</rt></ruby>の<ruby><rb>郡奉行</rb><rt>こほりぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>伊藤</rb><rt>いとう</rt></ruby><ruby><rb>伴</rb><rt>はん</rt></ruby>右衞門公事方吟味役小野寺源兵衞川崎金右衞門其外役所へ<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひければ<ruby><rb>繩付</rb><rt>なはつき</rt></ruby>のまゝ傳吉を<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby><ruby><rb>訴訟人</rb><rt>そしようにん</rt></ruby><ruby><rb>上臺憑司</rb><rt>かみだいひようじ</rt></ruby>をも呼出し伊藤は<ruby><rb>嚴</rb><rt>いか</rt></ruby>めしく<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を見廻し如何に傳吉汝<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby>河原にて昌次郎夫婦を殺せしは如何なる<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なるや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せと云ひければ傳吉<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>をあげ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら私し<ruby><rb>愚成</rb><rt>ぐなり</rt></ruby>と雖も村役を<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め<ruby><rb>御法度</rb><rt>ごはふど</rt></ruby>は<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>れば<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>でか人を殺すべきや殊に憑司父子の者は私し<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>に御座候へば何故<ruby><rb>意恨等</rb><rt>いこんなど</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み申さんやと云ふを<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ汝人を殺さぬ者か<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を付け其の上我が入口の飛石へ血の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>すべき此段は憑司が<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への通りなり何故に汝が衣類に血のつきたるやと<ruby><rb>詰</rb><rt>なじ</rt></ruby>れば傳吉は私し<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>畑村</rb><rt>はたむら</rt></ruby>より<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐれ</rt></ruby>て歸る時河原にて<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>に<ruby><rb>跌</rb><rt>つまづ</rt></ruby>き<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に存じ候が定めて酒に<ruby><rb>醉</rb><rt>よひ</rt></ruby>し人の<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>て居ることゝ存じ<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>められては<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>と<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>へ<ruby><rb>寄</rb><rt>よつ</rt></ruby>て通り<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>しが<ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>ゆゑ死人とは一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>存じ申さず今朝<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに庭の<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>等へ血の<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りしを見出し<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き申候<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば昨夜<ruby><rb>跌</rb><rt>つま</rt></ruby>づきしは<ruby><rb>全</rb><rt>まつ</rt></ruby>たく<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>されし者と初めて心づき候因て殺し人は外に御座候はん<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら此儀<ruby><rb>御賢慮</rb><rt>ごけんりよ</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つるといふをも<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>ず小野寺源兵衞席を進み<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くいかに傳吉<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>邪辯</rb><rt>じやべん</rt></ruby>を以て役人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>く段<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>千萬なり其の申分甚だ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>く且又<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>の血而已に有らず庭のとび石に<ruby><rb>足痕</rb><rt>あしあと</rt></ruby>あるは既に捕手の役人より申立し如く其血を<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>にて<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと成しゝ<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>捕手の者<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>しと申ぞ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れざる所なり之にても未だ<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるやと<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>になつて申けるに傳吉は恐れながら<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>に血の<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>たるを以て證據と<ruby><rb>遊</rb><rt>あそば</rt></ruby>され候事一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>には候へども私し家内の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby><ruby><rb>出刀庖丁</rb><rt>でばばうちやう</rt></ruby>の類<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby><ruby><rb>御取寄</rb><rt>おとりよせ</rt></ruby>御吟味下され候へば御<ruby><rb>疑</rb><rt>うたがひ</rt></ruby>も<ruby><rb>解</rb><rt>とけ</rt></ruby>申べし其上憑司は私しの叔父なり昌次郎は<ruby><rb>從弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>なり又<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>は私の先妻にこれあり叔母は憑司が方に居り<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く<ruby><rb>繋</rb><rt>つなが</rt></ruby>る親類ゆゑ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>の<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みあり共親身の者<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か殺さるべきやと<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby>分明に<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひと</rt></ruby>くを川崎金右衞門聲をあげ<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ傳吉<ruby><rb>威</rb><rt>もの〱</rt></ruby>しく言葉を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>り刄物の吟味を申立るが夫を汝に<ruby><rb>習</rb><rt>ならは</rt></ruby>んや<ruby><rb>其意趣</rb><rt>そのいしゆ</rt></ruby>ある事を言聞さん憑司事先年村持の山を<ruby><rb>伐</rb><rt>きり</rt></ruby>たる<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>に依て村役を<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>けたり其<ruby><rb>跡役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>は上の思召にて汝を村長に致したる處御意を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>ふ故村中の者先代憑司が時の<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはか</rt></ruby>らひを<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ汝が村役を上させ先代憑司に仰付られる樣に願ひたるを第一の<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ其上先妻梅事貞實成しをお專とか云ふ宿屋の下女に<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の出來しまゝ<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>を致し今は梅事昌次郎の妻と成り夫と中<ruby><rb>睦</rb><rt>むつ</rt></ruby>まじきを<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>み昌次郎が<ruby><rb>柏原</rb><rt>かしはばら</rt></ruby>へ行て<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て歸るを<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>河原にて<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>し猶知れざるやうにと首を<ruby><rb>切</rb><rt>き</rt></ruby>つて<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すなど言語に絶えし<ruby><rb>惡業</rb><rt>あくごふ</rt></ruby>なりコリヤ<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は何處へ隱したるぞ有體に申すべしと云ふを<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>から憑司は<ruby><rb>額</rb><rt>うな</rt></ruby>づきて恐れながら申上げん私し親類とは申せども<ruby><rb>近頃</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>は一向出入も仕つらず候處傳吉は其の朝に<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>り用事もこれなきに私し方へ參り<ruby><rb>悴夫婦</rb><rt>せがれふうふ</rt></ruby>が<ruby><rb>柏原</rb><rt>かしはばら</rt></ruby>へ行事を<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>いたし歸りたり只今思ひ合すれば樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひに參りしと相見え候と云ふを聞傳吉は憑司に向ひ<ruby><rb>思掛</rb><rt>おもひがけ</rt></ruby>なきことを申さるゝものかな我あの朝は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の用事にてと云はんとすれば伊藤は<ruby><rb>打消</rb><rt>うちけし</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ傳吉汝何程<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りでも<ruby><rb>淨玻璃</rb><rt>じやうはり</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>に掛て見るが如く<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が罪は知れてあり然らば<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て云はして見せんと<ruby><rb>笘</rb><rt>しもと</rt></ruby>を以て百<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>り<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>け打に打せければ<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れむべし傳吉は身の<ruby><rb>皮</rb><rt>かは</rt></ruby><ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れ<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby><ruby><rb>裂</rb><rt>さけ</rt></ruby>て血は流れて<ruby><rb>身心</rb><rt>しんしん</rt></ruby><ruby><rb>惱亂</rb><rt>なうらん</rt></ruby>し終に<ruby><rb>悶絶</rb><rt>もんぜつ</rt></ruby>したるゆゑ今日の<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>は是迄にて<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>となり之より日々に<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>られけるが數度の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に肉落て最早<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>も立ず<ruby><rb>纔</rb><rt>わづ</rt></ruby>かに息の<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>ふのみにて今は命の<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>らんとなす有樣なり爰に於て傳吉思ふやう<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>の拷問は<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に上臺憑司が役人と<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を合せてなすと見えたり假令幾度<ruby><rb>辯解</rb><rt>まをしわけ</rt></ruby>する共證據なければとても<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難し長く<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>せんよりは身に覺えなき罪に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>て死を早くなし苦痛を<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れんものと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をぞ極めける或日又々郡奉行伊藤半右衞門は傳吉を呼出し汝が何程<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はりても惡事は最早知れてあり其夜<ruby><rb>暗闇</rb><rt>くらやみ</rt></ruby>にて昌次郎と<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひしを<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たる者あつて御領主へ<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に申上たれば此上<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるとも<ruby><rb>無益</rb><rt>むえき</rt></ruby>なりと申しければ傳吉は<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と心の中に思ふ樣罪なくして無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>る我が身にまつはる<ruby><rb>災厄</rb><rt>まがつみ</rt></ruby>とは言ひながら<ruby><rb>我朝</rb><rt>わがてう</rt></ruby>は<ruby><rb>神國</rb><rt>しんこく</rt></ruby>なるに神も<ruby><rb>非禮</rb><rt>ひれい</rt></ruby>を請給ふか正實の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>に<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>舍</rb><rt>やど</rt></ruby>ると世の<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>も<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りかや<ruby><rb>嗟</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なきことどもなりと神を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み佛を<ruby><rb>詫</rb><rt>かこ</rt></ruby>ち<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに涙に暮居たり伊藤半右衞門は大いに<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたて</rt></ruby>一言の答へなきは<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>僞りなるべし白状せぬからは<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>つても言はせて見せんと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝ</rt></ruby>しり又もや<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>んとす然るに傳吉は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>覺悟の事なれば<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れたる聲をして<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らく拷問は御用捨に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かりたし實は私し昌次郎に<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みあるにより彼等が歸り道に<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>し猿島河原にて二人の者を切殺し首を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して川へ<ruby><rb>投入</rb><rt>なげい</rt></ruby>れたるに相違これなく候<ruby><rb>御定法通</rb><rt>ごぢやうほふどほ</rt></ruby>り<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>仰せ付られ下され度と申立てければ伊藤は聞て然らば傳吉の口書を以て<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>をさせよ又<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出さんと<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>へ送りけり又同年九月廿一日同<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ呼出しに相成上臺憑司<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>にお早も<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby><ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>よりは傳吉を繩付にて引出たり時に伊藤半右衞門申けるは憑司其方共<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への趣きにより傳吉を段々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致せし所<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>兩人を殺したる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き白状に及びたり依て罪の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て仰付らる<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち傳吉が口書の趣き承まはれと<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せければ憑司は誠に御役所の御<ruby><rb>仁惠</rb><rt>じんゑ</rt></ruby>を以て悴と嫁の敵を取候事<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きの中の喜びにして是<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に御上の<ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き仕合せに存じ奉ると申し述ける<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに見えしかば傳吉は<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>のことゆゑ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>くび</rt></ruby>を下て<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>の外なかりけり今日は皆々白洲を下りける爰に傳吉が妻お專は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>なしたる日より種々に心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>め如何はせんと野尻の與惣次方へも知らせて<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>せんと思ひ直に野尻の與惣次方へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んと<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなしたる處へ<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>與惣次<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>繼敢</rb><rt>つぎあへ</rt></ruby>ず<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>ればお專は<ruby><rb>打悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>の先にたつのは涙にて左右<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ざれば與惣次はお專に向ひ其<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり昨日聞きたる傳吉の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らうと氣は<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby>といふとも何も<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>る年に心の如く身は<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かず<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>馳</rb><rt>かけ</rt></ruby>出し參りたり<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は何じやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるにおせんは涙の<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を上げ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>と申すは<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>ならん彼の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の事より衣類并に<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の石に血の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>があつた夫が<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>せし事迄<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>もなく<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し女心の十方に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>如何致して<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らんか今日<ruby><rb>貴公</rb><rt>あなた</rt></ruby>のお宅へ出向き御<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>はんと支度をなして居しと語る間も聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しむ有樣に與惣次は<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めて夫は傳吉が人を殺ししたるに非ず殺した<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は外に有るべし<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>し憑司が村長を傳吉に<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>れたりと思ひ違ひ<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどほ</rt></ruby>りを<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み居りしに斯る事出來せしかは其罪を幸ひに傳吉に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せしなるべし我又高田の家中に知る人多し金子の<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>して高田に到り<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby><ruby><rb>役向</rb><rt>やくむき</rt></ruby>へ金を遣ひ傳吉が<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>ならざるを<ruby><rb>執</rb><rt>とり</rt></ruby>なし<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ又お專か村方の組合も出て與惣次<ruby><rb>共々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby>と<ruby><rb>嘆願</rb><rt>たんぐわん</rt></ruby>におよびけれども何分其事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず其中に七日八日<ruby><rb>隙取</rb><rt>ひまどり</rt></ruby>ければ早傳吉は<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おち</rt></ruby>て昌次郎夫婦を殺せし由<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に白状に及び<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>罪の次第も<ruby><rb>定</rb><rt>さだま</rt></ruby>りし上は力及ばずと聞しお專は狂氣の如く又與惣次も力を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しめ共今は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく種々に心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>めたり

## 第十五回

人の<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひを憂ひ人の<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みを樂むは<ruby><rb>豪傑</rb><rt>がうけつ</rt></ruby><ruby><rb>好義</rb><rt>かうぎ</rt></ruby>の情なり然ば與惣次は如何にもして此<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を<ruby><rb>解</rb><rt>と</rt></ruby>き命を助せんと<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>むる<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>將軍家</rb><rt>しやうぐんけ</rt></ruby>の<ruby><rb>御名代</rb><rt>ごみやうだい</rt></ruby>として<ruby><rb>禁裏</rb><rt>きんり</rt></ruby>の御用にて當時<ruby><rb>御老中</rb><rt>ごらうぢう</rt></ruby><ruby><rb>酒井</rb><rt>さかゐ</rt></ruby><ruby><rb>讃岐守</rb><rt>さぬきのかみ</rt></ruby>殿中仙道<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>を上り道中諸願を取上<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>役人などの非義非道なることは<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>ぶるとのことにて明後日は<ruby><rb>追分邊</rb><rt>おひわけへん</rt></ruby>お泊りとの<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>與惣次は大いに喜び然ば御<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>に<ruby><rb>待受</rb><rt>まちうけ</rt></ruby>て直に願はゞ萬一傳吉が助かることもあらんか<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>はお專が氣をも<ruby><rb>取直</rb><rt>とりなほ</rt></ruby>させんと其のことをお專に<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し早々御<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>へ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に願はんといふにお專は<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>打喜悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び天へも登る心にてそんなら是より<ruby><rb>些少</rb><rt>ちつと</rt></ruby>もはやくと<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に與惣次と同道なし中仙道の<ruby><rb>追分</rb><rt>おひわけ</rt></ruby>へ出て聞けば明日は<ruby><rb>當驛</rb><rt>たうえき</rt></ruby><ruby><rb>晝御膳</rb><rt>ひるごぜん</rt></ruby>なりと言ふゆゑ與惣次お專は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>落付</rb><rt>おちつけ</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ書を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め翌日を<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと<ruby><rb>待請</rb><rt>まちうけ</rt></ruby>ける時に享保十年十月十六日<ruby><rb>酒井</rb><rt>さかゐ</rt></ruby>讃岐守殿<ruby><rb>先供</rb><rt>さきとも</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り掛らんとする處へ六十ばかりの男と廿三四<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>の女の如何にも<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>れたる状<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby>を<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>し打しほれし<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>にて竹に<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>たる<ruby><rb>訴訟</rb><rt>そしよう</rt></ruby>を以て待居たり酒井樣の<ruby><rb>先供</rb><rt>さきども</rt></ruby>之を見て汝等何者にて<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひの筋は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>やと云ふ兩人は<ruby><rb>大地</rb><rt>だいぢ</rt></ruby>に手をつき<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱私し共は越後國<ruby><rb>高田領</rb><rt>たかたりやう</rt></ruby>の百<ruby><rb>姓</rb><rt>しやう</rt></ruby>にて是なる女の<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>落入</rb><rt>おちいり</rt></ruby>遠からず<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>に決し候へ共未だ存命にて<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>仕つり居り候何卒<ruby><rb>御殿樣</rb><rt>おんとのさま</rt></ruby>の御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以つて誠の御<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付られ御助け下さる<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ上げ奉りますと<ruby><rb>述</rb><rt>のぶ</rt></ruby>れば武士一人<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りて夫は<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の事なり今に此所御<ruby><rb>通行</rb><rt>つうかう</rt></ruby>相成時怖れずと委細に申上よと云ひければ兩人は<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びて今や<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>る處へ宿役人<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>領主々々</rb><rt>りやうしゆ〱</rt></ruby>の役人先を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ讃岐守殿<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>られける時に<ruby><rb>殿</rb><rt>との</rt></ruby>の<ruby><rb>乘輿</rb><rt>のりもの</rt></ruby>來掛る時<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りし武士手を<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>榊原遠江守百姓<ruby><rb>愁訴</rb><rt>しうそ</rt></ruby>願ひ奉つると高聲に<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>なすにぞおせんは足許も定らぬまでに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び漸々<ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby>を以て願ひますと差出するに<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby>の<ruby><rb>士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>請取駕籠の中に<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せば酒井侯中より<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の女の樣子を<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見らるゝに如何にも<ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>愁</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひに沈みし有樣なれば駕籠を<ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby>立よと止められ其の女是へと呼るゝ故おせんは<ruby><rb>乘輿</rb><rt>のりもの</rt></ruby>の側へ參り土に手をつき<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を下るに讃岐守殿<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>尋問有りしかばお專一々申上る時又<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に<ruby><rb>控居</rb><rt>ひかへゐ</rt></ruby>るは何者ぢやと有るにおせん彼は私<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>與惣次と申者の由申上げしに<ruby><rb>讃岐守</rb><rt>さぬきのかみ</rt></ruby>殿近習太田<ruby><rb>幸藏</rb><rt>かうざう</rt></ruby>を呼ばれ其方は後に止り此者どもを<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>の<ruby><rb>泊</rb><rt>やど</rt></ruby>に<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐ</rt></ruby>れと申されければ幸藏はおせん與惣次に向ひ願の趣きお取上に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>たれば今宵お<ruby><rb>泊</rb><rt>とまり</rt></ruby>の<ruby><rb>御本陣迄</rb><rt>ごほんぢんまで</rt></ruby><ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出よと<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>乘輿</rb><rt>のりもの</rt></ruby>を追つて走り行くにぞアラ<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>や<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しやと<ruby><rb>飛立</rb><rt>とびたつ</rt></ruby>ばかりに<ruby><rb>打喜悦</rb><rt>うちよろこび</rt></ruby>泊りの宿へと<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ行きしにお專與惣次を一番に<ruby><rb>呼入</rb><rt>よびいれ</rt></ruby>られ酒井侯には公用人澤田源之進井上喜右衞門兩人に<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>相尋問</rb><rt>あひたづね</rt></ruby>べき旨仰付られしかばお專與惣次を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞし</rt></ruby>ける時お專面を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>傳吉が家の<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>を<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>き江戸表へ奉公に出でたることより憑司が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>昌次郎に金子<ruby><rb>騙取</rb><rt>かたりと</rt></ruby>られしこと<ruby><rb>其他</rb><rt>そのた</rt></ruby>ありし<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>委細申ければ公用人は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞き終り如何にも<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への趣き道理の樣には聞ゆれ共<ruby><rb>片口</rb><rt>かたぐち</rt></ruby>にては定め難し何れ主人へも申上べき間<ruby><rb>旅宿</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ下り明朝<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出よとお專與惣次は<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下られける右の<ruby><rb>條々</rb><rt>でう〱</rt></ruby>酒井侯公用人より一々申述ける酒井侯暫く工夫有りて當節領主の<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>共<ruby><rb>非義</rb><rt>ひぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>取捌</rb><rt>とりさば</rt></ruby>き是有由豫て聞及びあればと申されて<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひの趣き取上と成り<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>馬廻の武士岸角之丞御下知書を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て榊原殿へ<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>せよと<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby>の<ruby><rb>直使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>を立られ榊原家の<ruby><rb>老臣</rb><rt>らうしん</rt></ruby>伊奈兵右衞門へ<ruby><rb>御用状</rb><rt>ごようじやう</rt></ruby>をぞ渡しける御<ruby><rb>用状</rb><rt>ようじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き

<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>上京に付信州<ruby><rb>小田井</rb><rt>をだゐ</rt></ruby>宿旅宿の處其領分高田村名主傳吉と申者此度無實の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>に<ruby><rb>相決</rb><rt>あひけつ</rt></ruby>し既に日限り定り候由右傳吉妻專と申者<ruby><rb>愁訴</rb><rt>しうそ</rt></ruby>有之近年御領奉行代官に<ruby><rb>依怙</rb><rt>えこ</rt></ruby>の<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ有て<ruby><rb>非義成儀</rb><rt>ひぎなるぎ</rt></ruby>多き由<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に達し此度<ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby><ruby><rb>愁訴</rb><rt>しうそ</rt></ruby>あらば取上申べき樣<ruby><rb>嚴命</rb><rt>げんめい</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうふ</rt></ruby>りしに依て右の訴へ御取上に相成<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の吟味仰せ付られ傳吉儀御用有之に付私しの<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>相成ず則ち當月<ruby><rb>晦日迄</rb><rt>みそかまで</rt></ruby>に罪人傳吉<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に相手方<ruby><rb>上臺憑司夫婦</rb><rt>かみだいひようじふうふ</rt></ruby>其外<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>養父野尻宿百姓<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>江戸表差出大岡越前守役所迄追々<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>可申候且此度<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝり</rt></ruby>の<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>郡奉行伊藤伴右衞門<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>方川崎金右衞門小野寺源兵衞等江戸へ同道可有之右之段主人<ruby><rb>讃岐守</rb><rt>さぬきのかみ</rt></ruby>より<ruby><rb>相達</rb><rt>あひたつ</rt></ruby>し候之に依て此<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>貴殿迄</rb><rt>きでんまで</rt></ruby><ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>御意得候以上

十月十七日酒井讃岐守内　　勅使河原角兵衞

榊原遠江守殿内　　伊奈兵衞門殿

然るに傳吉は昨夜より<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>に<ruby><rb>切繩</rb><rt>きりなは</rt></ruby>を入れて彌々明日<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>と申事故一<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>唱名</rb><rt>しやうみやう</rt></ruby>して<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>致しける所ろ<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby><ruby><rb>牢役人</rb><rt>らうやくにん</rt></ruby>來り傳吉に向ひ<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>其方は仕合者なり<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に死罪に<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>し明日<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>るゝ所其方が<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は酒井樣のお<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に付<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひたるゆゑ<ruby><rb>再御吟味</rb><rt>さいごぎんみ</rt></ruby>となり明日江戸表へお<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しに相成と申ことなりと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ傳吉は<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>に夢みし心地にて誠に神佛未だ我れを<ruby><rb>見捨</rb><rt>みすて</rt></ruby>給はざるやと樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひいたりける時に酒井樣より其の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>宿次</rb><rt>しゆくじ</rt></ruby><ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>の急使にて江戸御老中大久保佐渡守樣へ御用状<ruby><rb>到達</rb><rt>たうたつ</rt></ruby>なし則ち<ruby><rb>上聞</rb><rt>じやうぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>せられける尤も遠國は皆<ruby><rb>寺社奉行</rb><rt>じしやぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>勘定奉行</rb><rt>かんぢやうぶぎやう</rt></ruby>の掛りの所<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は讃岐守より<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>の趣きは<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>入組</rb><rt>いりくみ</rt></ruby>し<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>なりと申上られければ將軍家にも<ruby><rb>再吟味</rb><rt>さいぎんみ</rt></ruby>と有れば越前守が宜しからんと大岡殿へ<ruby><rb>人撰</rb><rt>にんせん</rt></ruby>にて仰付られける<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て榊原殿より傳吉を<ruby><rb>軍鷄駕籠</rb><rt>とうまるかご</rt></ruby>に入れて役人大勢<ruby><rb>守護</rb><rt>しゆご</rt></ruby>なし并傳吉<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>與惣次及び榊原殿郡奉行伊藤<ruby><rb>半</rb><rt>はん</rt></ruby>右衞門公用方下吟味川崎金右衞門小野寺源兵衞訴訟人憑司夫婦皆々江戸表へ出立致させ<ruby><rb>榊原</rb><rt>さかきばら</rt></ruby>より役人百人ばかり<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十午年十月廿二日江戸着に相成<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby><ruby><rb>屆出</rb><rt>とゞけいで</rt></ruby>しかば傳吉は<ruby><rb>直取</rb><rt>ぢきとり</rt></ruby>大岡請取られ入牢申付られ郡奉行其外は江戸表屋敷又は町方等へ<ruby><rb>下宿</rb><rt>げしゆく</rt></ruby>致しけり偖又享保十年十月廿九日<ruby><rb>願人</rb><rt>ねがひにん</rt></ruby>憑司夫婦を南町奉行所へ召出されし時<ruby><rb>越前守</rb><rt>ゑちぜんのかみ</rt></ruby>殿出席有て<ruby><rb>訴訟人</rb><rt>そしようにん</rt></ruby>越後高田領百姓憑司お早とは其方なるか<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>の者喜兵衞甚右衞門何れも<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>しやと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に一同<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいづ</rt></ruby>る趣き<ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby>あぐれば右<ruby><rb>願書</rb><rt>ねがひしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあぐ</rt></ruby>る

乍恐以願書奉申上<ruby><rb>候</rb><rt>おそれながらぐわんしよをもつてまをしあげたてまつりそろ</rt></ruby>

越後國<ruby><rb>頸城郡</rb><rt>くびきごほり</rt></ruby>寶田村百姓憑司并に妻早奉申上候私し同村傳吉と申者親類にも有之候に付先年傳吉江戸表へ奉公<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>にて罷り出叔母と妻とも國元へ<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>候ゆゑ手前<ruby><rb>配下</rb><rt>はいか</rt></ruby>の儀と申殊に親類にも有之候間留守中母子の者<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞ</rt></ruby>き候樣世話いたし置し所傳吉<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ立歸り候ては右の<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を忘れ彼是<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>を<ruby><rb>申懸</rb><rt>まをしかけ</rt></ruby>いたし且又道中にて野尻宿與惣次<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつかへ</rt></ruby>の下女專と申者と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し叔母女房留守中<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>を相守候者を彼是惡名を付<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>に及び候段重々不屆の至りに御座候其節彼に<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>差加へ候得共<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て私し并昌次郎と傳吉妻と不義なと有之候樣に申掛離縁に及び候に今母子の<ruby><rb>身寄處</rb><rt>みよるところ</rt></ruby>なく<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に道路に<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>仕つり候仕合に御座候間見るに<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>びず<ruby><rb>無據</rb><rt>よんどころなく</rt></ruby>手前方へ引取百姓共<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひにて是非なく<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に仕つり候處之を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思ひ音信<ruby><rb>不通</rb><rt>ふつう</rt></ruby>に仕つり其上に昌次郎夫婦を<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ候と相見え柏原と申す所へ<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby><ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>候跡より付行日<ruby><rb>暮</rb><rt>ぐれ</rt></ruby>をはかり兩人を共に<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し立退候へども<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難し庭の<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>に血の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>これあり且傳吉衣類の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>にも血の付居候に付此儀<ruby><rb>相顯</rb><rt>あひあらは</rt></ruby>れ召捕れ右の段<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>の役人方へ<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>願ひ候處傳吉隱すこと能はず<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致し候始末白状に及び候然るに<ruby><rb>今般</rb><rt>こんぱん</rt></ruby><ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され御吟味を蒙り候上は何卒御<ruby><rb>明察</rb><rt>めいさつ</rt></ruby>を以御吟味被下置子供二人の<ruby><rb>解死人</rb><rt>げしにん</rt></ruby>に被仰付被下置候へば<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがたき</rt></ruby>仕合に存じ奉つり候偏に御<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>を以此段<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>願上候以上

享保十年十月榊原遠江守領分百姓寶田村　願人　はや

南御番所奉行所樣

<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあぐ</rt></ruby>るに越前守殿<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>を見られ此願書の趣きにては<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>に思ふなるべし不便の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>なり妻早其方の一人の娘を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>され<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>ならん併し<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>傳吉が殺せし共<ruby><rb>言難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>からん<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>猿島河原より寶田村へ<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>は何程あるやと申さるゝにお早は憑司が<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へを待たず四十町許是ありと申立れば越前守殿又其日子供は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>宅を出何方へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こせ</rt></ruby>しぞと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに憑司頭を上げ<ruby><rb>柏原</rb><rt>かしはばら</rt></ruby>と申す所へ用有つて<ruby><rb>早朝</rb><rt>さうてう</rt></ruby>より罷り出しなりと申立れば越前守殿<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>は如何なりしやと申さるゝに憑司娘は<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby>より切付られ疵は數ヶ所ござりまして<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>せしや更に見えずと云ふに越前守殿首がなくて我が子と云ふこと如何にして知れしぞと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せければ憑司ヘイ<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>で分りますでござりますと云ふに<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>我子ならば<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>に<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えあるは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の事哉近々<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>す間罷り立てと仰せられけり

## 第十六回

時に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十年十一月五日<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>より傳吉公事宿よりは妻<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby><ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>等奉行所へ呼出され大岡殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>有て傳吉を御<ruby><rb>覽</rb><rt>らん</rt></ruby>ある處に<ruby><rb>惣身</rb><rt>そうしん</rt></ruby><ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ如何にも<ruby><rb>嚴重</rb><rt>きびしき</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛しと見えて<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れたる樣<ruby><rb>體</rb><rt>だい</rt></ruby>なり其歳は三十五六歳<ruby><rb>物柔和</rb><rt>ものやはらか</rt></ruby>なる體なり妻專は之も<ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へたる有樣にて其<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>哀</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に見えにけり明智の大岡殿故其と<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>らるゝ處や有けん<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに傳吉汝は如何なる<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>にて<ruby><rb>親屬</rb><rt>しんぞく</rt></ruby>なる昌次郎を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せしや<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>夫婦の者より願ひ書のおもむき<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せる間<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはれとありければ<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby><ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>其願書を<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>上るに越前守殿又傳吉に向はれ憑司が願ひ書の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えあるやと云るれば傳吉は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を上げ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら申上ます其儀は私し一向に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座りません然るに高田の役所に於て<ruby><rb>數度</rb><rt>すど</rt></ruby>の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>骨々</rb><rt>ほね〲</rt></ruby>も<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>け苦痛に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby>是非なく<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>陷入</rb><rt>おちい</rt></ruby>りし所又々<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の御吟味<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難仕合せに存じ奉ります<ruby><rb>訴訟人</rb><rt>そしようにん</rt></ruby><ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>私しの伯父ゆゑ如何成前世の<ruby><rb>業因</rb><rt>ごふいん</rt></ruby>かと存じ<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>服</rb><rt>ふく</rt></ruby>せしと申立ければ越前守殿是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は然樣に申せ共全く覺えなきものが罪に服するの理有べきや又憑司とても<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなきことは申まじ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其方が申事は<ruby><rb>眞</rb><rt>まこと</rt></ruby>とは受取難し<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>明白に申立よと仰らるゝに傳吉は<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なる<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>にて<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の<ruby><rb>御尋問</rb><rt>ごじんもん</rt></ruby>なれども私しは<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して昌次郎夫婦を殺したる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなく且何の<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>む事も御座なく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に五六年の間江戸へ出奉公仕つり金子百五十兩を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ歸りし處私し江戸へ出し<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて妻梅と憑司悴昌次郎と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>を致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>私しが<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>りし金子百五十兩を其<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置し所より<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き取しにより其節之なる二度目の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>が<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひにて憑司方より金子は私しへ<ruby><rb>差戻</rb><rt>さしもど</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>し故直樣先妻梅は<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>の上昌次郎へ遣し其後同村の者共取扱ひにて昌次郎と表向夫婦に致ました梅の母早事は私し實の叔母なれば<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>く<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ置べき心得の所叔母早儀は憑司方へ<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て參り度旨申により<ruby><rb>其意</rb><rt>そのい</rt></ruby>に任せ其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>百五十兩の半分を分て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せし程のことゆゑ私し心底御<ruby><rb>賢察</rb><rt>けんさつ</rt></ruby>下されたく萬一右等の儀を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思ふ程ならば五ヶ年の間た<ruby><rb>千辛萬苦</rb><rt>せんしんばんく</rt></ruby>して<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる金子をいかに叔母成ばとて分ては<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしませぬ是<ruby><rb>意旨</rb><rt>いし</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>まぬ證據なりと申せば越前守其金子は<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>にて又江戸表は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ奉公なし金子を<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>たるやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに傳吉ハイ江戸は新吉原三浦屋四郎左衞門方に五ヶ年相勤め居其内百五十兩<ruby><rb>貯</rb><rt>たく</rt></ruby>はへし由云ければ大岡殿五ヶ年奉公の内<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>の<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>と<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>とは如何せしぞと云るゝに傳吉<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>の内半分は國元へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し半分は主人に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置し處<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby>相勤しとて<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>に主人より十兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ又遊女共より<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>として十兩餘り<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ都合百五十兩餘に相成<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>ち<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り其内七十五兩伯母に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したりと云立ければ大岡殿其伯母と云は<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>憑司が妻早の事なるやと云れ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へられしが成ほど其方が申立の如くならば<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>する程の<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>は有まじ然なから<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血を<ruby><rb>引</rb><rt>ひく</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>か<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>に迄<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の付居たるはいかなることぞと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに傳吉<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて其夜<ruby><rb>畑村</rb><rt>はたむら</rt></ruby>へ參り河原にて物に<ruby><rb>跌</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きしが<ruby><rb>眞暗</rb><rt>まつくら</rt></ruby>にて何か<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りませぬゆゑ早々立歸り<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血がつき居たるを見出し其上何者か<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>へ<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>にて血の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>迄付置しか<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に存じ私しの<ruby><rb>履</rb><rt>はき</rt></ruby>し<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あら</rt></ruby>ため見たれども血の氣は更に之なく如何して<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>に血が付しかと女房せんと<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に<ruby><rb>洗</rb><rt>あらひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りし處へ憑司が案内にて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>召捕れし上種々<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に懸り申分致せ共御聞入相成ず<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく死る<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>致し罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>したる旨申すにぞ大岡殿コリヤ其方は其<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>と申す女と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し居るにより<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>を追出せしと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なるか傳吉<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>全く然樣の事はござりません先達て道中にて私し<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>ありし節此專が金子を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を形によこしましてと<ruby><rb>野尻宿</rb><rt>のじりじゆく</rt></ruby>にての<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>より彌太八と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りし者に金子を<ruby><rb>欺</rb><rt>かた</rt></ruby>り取れしこと專が<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めにより又村中の者を呼び酒宴を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>し梅が不義昌次郎が<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りの始末<ruby><rb>相顯</rb><rt>あひあら</rt></ruby>はれ是に因て梅を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致し夫より同村の<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の者が中だちにて<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>を後妻に<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へたること迄<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申立此儀は寶田村より<ruby><rb>差副</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>に來たる者共へ御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下さるれば相分りますと申ければ大岡殿如何樣に其方が<ruby><rb>申處</rb><rt>まをすところ</rt></ruby><ruby><rb>聞處</rb><rt>きゝどころ</rt></ruby>あり猶追々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶとて其日は一同下られたり其後外々の者一通り<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>有し所領主家來の者<ruby><rb>奸曲</rb><rt>かんきよく</rt></ruby>の<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひも聞ゆるにより評定所へ差出しに相成たり

## 第十七回

同年十一月十日<ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>へ御呼出しに付<ruby><rb>訴訟人</rb><rt>そしようにん</rt></ruby>相手共<ruby><rb>腰掛迄</rb><rt>こしかけまで</rt></ruby><ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>居し處老中若年寄り及び三奉行を始め立合の役人中今日は<ruby><rb>天下</rb><rt>てんか</rt></ruby>の<ruby><rb>御評定</rb><rt>ごひやうぢやう</rt></ruby>日にて諸國より訴訟人<ruby><rb>夥多</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しく出張なし居けるに程なく<ruby><rb>榊原</rb><rt>さかきばら</rt></ruby>遠江守領分越後國頸城郡寶田村百姓傳吉一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>ませいと呼び込む<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに訴訟人憑司おはや<ruby><rb>相手方</rb><rt>あひてかた</rt></ruby>傳吉其の外引合共白洲へ出るに傳吉は<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>跑踞</rb><rt>かしこま</rt></ruby>る同人妻せん與惣次も<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝしん</rt></ruby>で<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし何れも遠國片田舍の者始めて天下の<ruby><rb>決斷所</rb><rt>けつだんしよ</rt></ruby>へ召出され<ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>めの<ruby><rb>大砂利</rb><rt>おほじやり</rt></ruby><ruby><rb>敷詰</rb><rt>しきつめ</rt></ruby>て<ruby><rb>雨覆</rb><rt>あめおひ</rt></ruby>を高々とかけ<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>なる<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>左右には夫々の役人居ならび<ruby><rb>威</rb><rt>ゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>示</rb><rt>しめ</rt></ruby>しつゝ靜まり返て見えけるに各々<ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>の止らぬまでに<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入てぞいたりける今日榊原家の郡奉行伊藤半右衞門同人手代川崎金右衞門小野寺源兵衞及び<ruby><rb>附副</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>等召出されければ此人々は板縁に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたり<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くありて老中方を始め<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>三奉行並に立合の役人席に<ruby><rb>着</rb><rt>つか</rt></ruby>るゝや大岡殿中央に<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>まれ大目附<ruby><rb>兩脇</rb><rt>りやうわき</rt></ruby>に附て立合るゝ時大岡殿には榊原家家來伊藤半右衞門と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方の<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>にて傳吉は罪に伏したる由然樣なるかとありければ<ruby><rb>伊藤</rb><rt>いとう</rt></ruby><ruby><rb>半</rb><rt>はん</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで彼段々と<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>仕つり候處其罪<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に伏し候段<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく然るを同人妻せん何樣成儀申上奉りしや<ruby><rb>再</rb><rt>ふた</rt></ruby>たび<ruby><rb>御手數</rb><rt>おんてかず</rt></ruby>相掛候段<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>き者なりと申けるに越前守殿<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>其方の申所<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の樣には聞えしが其方も榊原の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>にて某が役儀にも<ruby><rb>准</rb><rt>じゆん</rt></ruby>する事故<ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>に<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>はあるまじきも人命の重きは<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>で有らう罪の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしきは之を問ず<ruby><rb>功</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしきは之を<ruby><rb>擧</rb><rt>あげ</rt></ruby>よと<ruby><rb>衣裳</rb><rt>いしやう</rt></ruby>に血を引飛石に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の付たるにて殺したるは傳吉ならんと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はれ<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしき</rt></ruby>に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby>て罪に伏せしと傳吉並に專より申立しが<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なるやと云るれば<ruby><rb>伊藤</rb><rt>いとう</rt></ruby>は<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を上げ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>仕つりし所<ruby><rb>意旨</rb><rt>いし</rt></ruby>之あり候て殺したりと<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>白状仕つり既に爪印迄<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たる上からは彼が罪は<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なりと申せしかば越前守殿イヤ夫は<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみに<ruby><rb>堪</rb><rt>た</rt></ruby>へ兼ね是非なくも罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>せしと云又昌次郎梅の兩人を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し血が<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>りて<ruby><rb>注</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らは<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず或は<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>又は<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>などへも<ruby><rb>注</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべきに何ぞ<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>ばかりに引べきや<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずシテ其<ruby><rb>猿島川</rb><rt>さるしまかは</rt></ruby>より寶田村迄<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>何程有やと聞るゝに伊藤卅町程の<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>なりと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふれば大岡殿<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>の有所にて人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>し<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>に血が付きしとて三十町<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>らば必ず地を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふみ</rt></ruby>付て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>ふべきなり<ruby><rb>空中</rb><rt>くうちう</rt></ruby>を<ruby><rb>飛行</rb><rt>ひかう</rt></ruby>なさばいざしらず我が庭の飛石に<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>の<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>が血にて<ruby><rb>明々</rb><rt>あり〱</rt></ruby>殘るの<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはれ</rt></ruby>なし<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ふべき一ツなり然すれば傳吉に<ruby><rb>意旨</rb><rt>いし</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふくみ</rt></ruby>し者猿島川<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>にて男女の<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>されたるを<ruby><rb>見留</rb><rt>みとめ</rt></ruby><ruby><rb>之幸</rb><rt>これさいはひ</rt></ruby>と傳吉の罪に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>りたるも知るべからず殊に其夜は傳吉も同じ河原を<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りしを<ruby><rb>知</rb><rt>しる</rt></ruby>其者<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>に血を<ruby><rb>付</rb><rt>つ</rt></ruby>て飛石に<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>たるものならんか右二ヶ條の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>にても心付べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べし人の<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>りにして<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>罪は斷し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し且又其夜傳吉が參りし<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ者を呼で傳吉の歸りし<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>を尋ねしや又傳吉が<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>其他<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>等をも<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めしや<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと云るゝに伊藤は今更一言の申上樣もなく<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入候と申すにぞ越前守殿之は<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>千萬なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば一方が<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へばかりを聞て<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛るは<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>の法にあらず假令憑司<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>に申とも心得有べき筈なり榊原家にても公事<ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>る者は<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>なくて有べきや<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なる事<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へぬ其方にても有可ざるに事の<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>に及べるは<ruby><rb>眞</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしきことどもなり是其方に疑ひの<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>せざるを得ざるなりと仰られければ半右衞門忽ち<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>恐れ入て答へなし時に越前守殿コリヤ憑司只今<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>通りにて<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血の<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby><ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>の血ばかりでは其血とも<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し其方<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>あらう<ruby><rb>明白</rb><rt>あからさま</rt></ruby>に云立ろと云はれしかば憑司は心中ぎよつとして<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに頭を<ruby><rb>持上</rb><rt>もたげ</rt></ruby>たり

## 第十八回

大岡殿に向ひ<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>昌次郎夫婦を<ruby><rb>害</rb><rt>ころ</rt></ruby>せし者傳吉の外には<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>なく其故は昌次郎<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>は元傳吉が妻にて傳吉は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今の妻專と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>仕つり母諸共梅は<ruby><rb>離別</rb><rt>りべつ</rt></ruby>せられ<ruby><rb>道路</rb><rt>だうろ</rt></ruby>に<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>仕るべき有樣なるを私し<ruby><rb>親戚</rb><rt>しんせき</rt></ruby>のことゆゑ二人を引取<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>いたし其後昌次郎が<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>に仕つりしが傳吉これを<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>み其上村長役を傳吉へ申付られ候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>の<ruby><rb>權威</rb><rt>けんゐ</rt></ruby>を以て段々<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby><ruby><rb>我意等</rb><rt>がいとう</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>候故村中私しへ村長を<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め呉れる樣<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>仕つりしを何方にてか<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり猶々<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>み<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby><ruby><rb>猿島川</rb><rt>さるしまがは</rt></ruby>に待伏居り兩人を殺し私しに氣を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>させ<ruby><rb>向後</rb><rt>かうご</rt></ruby>村中より相頼み候共村長役勤め<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>る樣仕つりしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>これなく此段何卒<ruby><rb>御賢察</rb><rt>ごけんさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つると申立れば越前守殿傳吉を見られ只今憑司が<ruby><rb>申所</rb><rt>まをすところ</rt></ruby>にては其<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく又<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に叔母と<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>を追出したる由なるが<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby>やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>じんもん</rt></ruby>さるゝに傳吉は憑司を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>めし氣に<ruby><rb>見遣</rb><rt>みや</rt></ruby>り之は先にも申し上し通り私<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か人を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>しうべき又た先妻梅儀を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致せしは昌次郎と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れし故<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>し又叔母儀も彼より<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みて憑司方へ<ruby><rb>相越</rb><rt>あひこし</rt></ruby>たるは村中<ruby><rb>總寄合</rb><rt>そうよりあひ</rt></ruby>の席の事にて相違は御座なく此儀は<ruby><rb>總代</rb><rt>そうだい</rt></ruby><ruby><rb>差副</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>の者へお<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下さらば相分る儀と存じ奉つりますと云に越前守どの其方昌次郎梅兩人不義致せしと云は何か<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據ありや傳吉此儀は<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>妻せんへお<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>下さるべしと云に大岡殿はコリヤせん其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を存て居るやと云へば私し事<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ傳吉妻と<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ざる前野尻宿與惣次方に居し時傳吉こと<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>より國元へ歸り候とて與惣次方へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りしに<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>より<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>に付られ難儀の由私しを見かけ<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣申候此時始めて<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見候へば五ヶ年以前私し<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>柏原宿の森田屋方へ泊りし<ruby><rb>旅人</rb><rt>たびびと</rt></ruby>にてと夫より其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>のことども<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申立後父銀五郎<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致せしより其所を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>養父與惣次方へ少しの<ruby><rb>縁合</rb><rt>えんあひ</rt></ruby>を以て居りしに傳吉に<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り逢ひ同人より<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし金を昌次郎に<ruby><rb>欺</rb><rt>かた</rt></ruby>られしこと右金子を取戻せし節昌次郎お<ruby><rb>梅</rb><rt>むめ</rt></ruby>の不義<ruby><rb>相顯</rb><rt>あひあらは</rt></ruby>れ村中寄合し<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>にて傳吉よりお梅に<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>状を渡したる事迄夫の大事と<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふ故<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby><ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>なりとこと<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>もなく申上ければ大岡殿<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby>にお專が<ruby><rb>才智</rb><rt>さいち</rt></ruby>を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられしが<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>とおせんに向はれ其方は其前より傳吉と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>せしと憑司より<ruby><rb>申立</rb><rt>まをした</rt></ruby>てしが此儀如何なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とひ</rt></ruby>ければおせん少しは<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>らめイヱ〱五ヶ<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>前私し<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>柏原の宿へ一夜<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りたれども<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>父銀五郎病中にて私しは十二<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>一夜の<ruby><rb>旅宿</rb><rt>はたご</rt></ruby>に<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を致しませうぞ夫より五ヶ年<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>まして與惣次方にて<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>ましたは是れ只一夜<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に傳吉の身に<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>ありて右樣なる<ruby><rb>猥</rb><rt>みだら</rt></ruby>の事の出來<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>りませんと申上けるに大岡殿然ば何で<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しぞと云るればお專ハイ之はお<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>どのを<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>ました跡で村中より<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>められ主人の與惣次も<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>の上其の意に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ傳吉方へ參りしなり此儀は<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め村中の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>共に<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下さらば<ruby><rb>相別</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りますとの<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へに大岡殿ヤヨ與惣次今專がまうせし<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りなるやと御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねに與惣次又<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み出其儀少しも相違これなく<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>寶田村百姓與次右衞門喜兵衞<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>右衞門八兵衞四人にて<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>を<ruby><rb>所望</rb><rt>しよまう</rt></ruby>に付遣せし事にて<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち其喜兵衞助右衞門は此度差添に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り居ります<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>尋下</rb><rt>たづねくだ</rt></ruby>さらば相分るべしといふにぞ喜兵衞助右衞門へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられし處二人とも<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも相違これなきむね<ruby><rb>申立</rb><rt>まをしたて</rt></ruby>けるに大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば傳吉は<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>ならず委細相分りぬ又<ruby><rb>盜難</rb><rt>たうなん</rt></ruby>と申は如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>ぞ百五十兩と申せば大金なり譯なき女に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>ける事是又<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに傳吉は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて私し五ヶ年以前江戸へ出立の時一宿仕つり候が<ruby><rb>幼</rb><rt>をさ</rt></ruby>なくして<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>銀五郎の病氣<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>の體如何にも<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>の者と見屆是ぞ<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>ある女と<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ぜしにより私し江戸より<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ歸り<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>にて<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に金子を見込れ甚だ<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>く心得只今言上せし通り其<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしも知りしゆゑ<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>と取替に金子を預け其夜の<ruby><rb>盜難</rb><rt>たうなん</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れたる儀に御座りますと云立ければ大岡殿大聲を<ruby><rb>張揚</rb><rt>はりあげ</rt></ruby>コリヤ憑司只今傳吉夫婦が言立る所は如何にも<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なり然すれば<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>は公儀を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>る<ruby><rb>罪人</rb><rt>ざいにん</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>者めと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらめら</rt></ruby>るゝに憑司はハツと<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を下げ今更一言の<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>もなければお早は<ruby><rb>耐</rb><rt>こら</rt></ruby>へず進み出でイエ〱彼等は不義に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと言へば大岡殿だまれ其方には<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>ぬぞそれより<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>其方<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>が<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なかうど</rt></ruby>にて憑司の妻となりしぞと云れしかばお<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>はグツと<ruby><rb>差</rb><rt>さ</rt></ruby>し<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>りヘイ<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なかうど</rt></ruby>はございませぬが子供等が<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>に成ました故憑司と私しも<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>に成ましたとの<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へに白洲の一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby>フツと<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>き出せしが大岡殿<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひを<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ<ruby><rb>白痴</rb><rt>たはけ</rt></ruby>者め其方が樣子を見るに傳吉が<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>に<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>猥婬</rb><rt>いたづら</rt></ruby>を致し居しなるべし傳吉が<ruby><rb>叔母</rb><rt>をば</rt></ruby>と云は父方が身元を<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申せと言ければ傳吉は<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく申立る叔母儀は私の母の<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>にて家の<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>いたせし所<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を三人まで<ruby><rb>追出</rb><rt>おひだ</rt></ruby>し淺治郎と申男の<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>後又善九郎と申者と<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>し行衞知れざりしを先年私し江戸へ<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>に赴きし時<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>より連歸り其後私し儀は梅と<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>に成叔母を養ひ置しと申立んとせしが<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の<ruby><rb>勞</rb><rt>つかれ</rt></ruby>に<ruby><rb>息切</rb><rt>いききれ</rt></ruby>強く云兼るに付此後は<ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>其方より申上げ呉よと言ければ其時おせんは首を上お早が身の<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>より<ruby><rb>實家</rb><rt>じつか</rt></ruby>森田屋銀五郎の方にて<ruby><rb>不實</rb><rt>ふじつ</rt></ruby>を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きし事まで殘りなく申立るに越前守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづか</rt></ruby>れコレ早<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば汝が不儀の樣子森田屋銀五郎に<ruby><rb>大恩</rb><rt>だいおん</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>ながら其主人宅を<ruby><rb>取逃</rb><rt>とりにげ</rt></ruby><ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>をしたる段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>至極の<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なり入牢申付る<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと有ければ同心共<ruby><rb>立懸</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めたりける夫より憑司が村長を退きしことを<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしかば憑司はぐつ〱<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふる<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>私し少し<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>にて村の<ruby><rb>持山</rb><rt>もちやま</rt></ruby>を<ruby><rb>伐</rb><rt>きり</rt></ruby>しゆゑ退役いたし其跡にて傳吉儀役人中へ色々<ruby><rb>諛</rb><rt>こ</rt></ruby>び<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に村長と相成しが傳吉段々<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまゝ</rt></ruby><ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>等の筋之有るやにて又私しへ村長を<ruby><rb>相頼</rb><rt>あひたの</rt></ruby>みたしと村中の者私しへ<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>仕つりましたと申上るに越前守傳吉に向はれ其方役人に<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ村長に成又<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>とは何を押領せしと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづねら</rt></ruby>るゝ傳吉只今憑司が申上しは<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りにて<ruby><rb>彼事</rb><rt>かのこと</rt></ruby>は村の杉の木を<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>にて<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひたるにぞ村方一同<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>なし村中よりの願ひに依て<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>を仰付られました<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しは渡世の爲野尻の與惣次方に一兩年も<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>いたし居し所村方一同の<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひとて<ruby><rb>役人衆</rb><rt>やくにんしう</rt></ruby>より古郷へ<ruby><rb>召返</rb><rt>めしかへ</rt></ruby>され名主役仰せ付られしが其節も<ruby><rb>辭退仕</rb><rt>じたいつかま</rt></ruby>つり憑司儀を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>なし申せど何分村方にて<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝずみ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>申さず是とても<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>の者へお<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下さらば相分り申べくと申立けるに大岡殿<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>勘右衞門喜兵衞を見られ傳吉は<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby>一兩年村内に居ず松山に在りしや又百姓中<ruby><rb>總體</rb><rt>そうたい</rt></ruby>の<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひにて村長に成しと云が然樣なるや<ruby><rb>尚又</rb><rt>なほまた</rt></ruby>傳吉近頃<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>あるよしにて元の村長憑司に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まんと致せしや申立よと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れければ兩人は成程傳吉は其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>野尻宿與惣次方に居りしを村中の<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひにて村長に成しなり傳吉が<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>せしと云<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>は如何成<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を致せしや此喜兵衞は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり及び申さず<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や勘右衞門は<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりしやと云時勘右衞門は喜兵衞が<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ぜぬ事を<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>承まはる<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なしと申に大岡殿其方共は村方にて何役を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>むるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられ喜兵衞は<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみかしら</rt></ruby>勘右衞門は百姓<ruby><rb>總代</rb><rt>そうだい</rt></ruby>の趣き申立つる越前守殿<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>知らざれば今憑司の申立は<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りと相見える傳吉は廿年來<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知れざる叔母を<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>飢渇</rb><rt>きかつ</rt></ruby>を救ひ從弟梅を<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>として其上五ヶ年の奉公に金子を<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>し<ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>なる行ひに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ村中の者<ruby><rb>地頭</rb><rt>ぢとう</rt></ruby>に願ひ村長にしたるにまた〱憑司へ<ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>を願ふことはよもあるまじ然らば憑司は<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなきにあらじ依て<ruby><rb>手錠</rb><rt>てぢやう</rt></ruby>申付ると有ければ憑司は<ruby><rb>戰々</rb><rt>わな〱</rt></ruby><ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ出し何か云んとする所だまれと一<ruby><rb>聲</rb><rt>せい</rt></ruby><ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られて<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>うづくまり</rt></ruby>しぞ<ruby><rb>笑止</rb><rt>せうし</rt></ruby>なる又大岡殿は榊原家の<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>へ向はれ此度の一條<ruby><rb>吟味懸</rb><rt>ぎんみがか</rt></ruby>り三人の役人は其方へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預け<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出すべしと<ruby><rb>言渡</rb><rt>いひわた</rt></ruby>されたり

## 第十九回

再び傳吉<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びにお專<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>を<ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>へ呼出され大岡<ruby><rb>侯</rb><rt>こう</rt></ruby>如何に傳吉其方は何故<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き夜に<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>をも<ruby><rb>燈</rb><rt>つけ</rt></ruby>ずして<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby>河原を<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りしやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>じんもん</rt></ruby>せらるゝに傳吉先日申上げ奉つりし如く前夜<ruby><rb>專事</rb><rt>せんこと</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き夢を見し由にて心に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る旨申に付<ruby><rb>吉凶</rb><rt>きつきよう</rt></ruby>を<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>んと存じ夕七つ時分に<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>を出しに<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて先年<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>になりし細川家の<ruby><rb>藩士</rb><rt>はんし</rt></ruby><ruby><rb>井戸</rb><rt>ゐと</rt></ruby><ruby><rb>源次郎</rb><rt>げんじらう</rt></ruby>に出會し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>如何なる<ruby><rb>用向</rb><rt>ようむき</rt></ruby>にて此地へ來られしやと<ruby><rb>問</rb><rt>とひ</rt></ruby>しに妻を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>信州</rb><rt>しんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>湯治</rb><rt>たうぢ</rt></ruby>に參りしが右妻儀は五歳の時人に<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどわか</rt></ruby>され江戸へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りしに<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>の守り<ruby><rb>袋</rb><rt>ぶくろ</rt></ruby>に生國は越後高田領の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>有しゆゑ<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>致させんとて來りし所<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて妻を<ruby><rb>馬丁</rb><rt>うまかた</rt></ruby>に<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>れ一向に知れざる由<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に存じ彼是と<ruby><rb>談話</rb><rt>だんわ</rt></ruby>仕つりし中に<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>て<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>く參り日<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>にならざる<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>る心故<ruby><rb>提燈</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>の用意も仕らず歸りは夜に入<ruby><rb>亥刻頃</rb><rt>ゐのこくごろ</rt></ruby>にも相成りしと言ければ大岡殿其方は<ruby><rb>細川</rb><rt>ほそかは</rt></ruby>の家來と何れにて心<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>くなりしや傳吉私し先年新吉原<ruby><rb>三浦屋</rb><rt>みうらや</rt></ruby>にて心<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>く相成りました右<ruby><rb>源次郎殿</rb><rt>げんじらうどの</rt></ruby>の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は三浦やの遊女<ruby><rb>空蝉</rb><rt>うつせみ</rt></ruby>同人が<ruby><rb>根引</rb><rt>ねびき</rt></ruby>いたし妻となりし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に存じ居ますと言にぞ其の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>を失ひしと申せし後其源次郎に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しやと云るれば傳吉其中私し高田御役所へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れし故源次郎には<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>申さずと云時<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らより<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>進み出其源次郎と言人其後<ruby><rb>猿島川</rb><rt>さるしまかは</rt></ruby>より三里ばかり川下にて女の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を見付則ち自分の妻の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>成とて<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き近所の寺院へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りし趣き私し國元に在し中に專ら<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を致しました然共七八里<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>にて<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とぞんじ申さずとのことに大岡殿<ruby><rb>其葬</rb><rt>そのはうむ</rt></ruby>りし寺と村の名は知り居るやと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>はるゝに<ruby><rb>與惣次</rb><rt>よそうじ</rt></ruby>其は存じ申さずと云爰に大岡殿其<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>を<ruby><rb>大概</rb><rt>たいがい</rt></ruby>に<ruby><rb>洞察</rb><rt>みぬかれ</rt></ruby>し樣子にて扨ては<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き事なりその女を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し又昌次郎梅等が<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>を着せ置傳吉に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を掛罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>りしやも知難し首を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>す程なれば<ruby><rb>着類</rb><rt>きもの</rt></ruby>をも<ruby><rb>剥取</rb><rt>はぎと</rt></ruby>るべきに夫を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し置しは<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり追々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶと言るゝ時下役の者<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>より立ませいと聲を<ruby><rb>掛</rb><rt>かく</rt></ruby>るに各々其日は下りけり<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて大岡殿細川越中守の<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>を經て井戸源次郎を呼出し其<ruby><rb>來歴</rb><rt>らいれき</rt></ruby>或は<ruby><rb>遭難</rb><rt>さうなん</rt></ruby>の<ruby><rb>始末等</rb><rt>しまつとう</rt></ruby>逐一尋られたるに傳吉與惣次の口と<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>なしければ尚<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられたるに源次郎夫は<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>より上の方三里<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>てし所に男女の死體ありとの風聞<ruby><rb>其邊</rb><rt>そのへん</rt></ruby>の<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の者の由其<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うは</rt></ruby>さ仕つりしなり大岡殿其方は其の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>にて傳吉と云へる者に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しと申が傳吉方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねたるや源次郎成程傳吉は江戸にて<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>の者故<ruby><rb>其邊</rb><rt>そのへん</rt></ruby>にて<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たれども<ruby><rb>愚妻</rb><rt>ぐさい</rt></ruby>を失ひし<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>ゆゑそこ〱に打<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>其後寶田村を<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね候所<ruby><rb>何成</rb><rt>いかなる</rt></ruby>罪にや傳吉領主へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れし由其後<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>申さず候と云に大岡殿シテ傳吉は<ruby><rb>何云</rb><rt>どういふ</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>にて存じ居るや源次郎然れば新吉原三浦屋にて<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>若い者を致して<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りしなりと言立ければ大岡殿又新吉原三浦屋四郎左衞門を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>が内に先年越後國高田領寶田村傳吉と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>を若い者に<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へたる事ありやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに成程四ヶ年程以前迄傳吉と言者を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ置しことありと云ふに大岡殿其傳吉は其方<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へ中平常の<ruby><rb>行状</rb><rt>ぎやうじやう</rt></ruby><ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>云上よとあるに此者<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>の程は<ruby><rb>米搗</rb><rt>こめつき</rt></ruby>に召抱へし所至つて<ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby><ruby><rb>忠實</rb><rt>ちうじつ</rt></ruby>の者故二階の<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>の<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひを申付此役を<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>にて<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い者と云私し宅に五ヶ年の間<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>めます中少しも<ruby><rb>後暗</rb><rt>あとくら</rt></ruby>きこともなく實に<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>の者なりと言ければ大岡殿は其傳吉事<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>中給金其外にて百五十兩程<ruby><rb>貯</rb><rt>たくはへ</rt></ruby><ruby><rb>其元</rb><rt>そのもと</rt></ruby>へ預け歸國の節<ruby><rb>持返</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>りしと申が然樣成や四郎左衞門如何にも五ヶ年の内に<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しへ百廿兩<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置歸國の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>其金を渡し又<ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>致せし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>私し手元より<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>十兩<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し其外遊女共より<ruby><rb>餞別</rb><rt>はなむけ</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>等にて成程百五十兩に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>ましたで御座りませうと云に又大岡殿<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづねら</rt></ruby>るゝ樣先年其の宅の遊女<ruby><rb>空蝉</rb><rt>うつせみ</rt></ruby><ruby><rb>年明後</rb><rt>ねんあけご</rt></ruby>井戸源次郎と云者妻に致たる由其事ありしや又同人を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へし時の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>を申べしと有しかば四郎左衞門<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>夫は手前<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ遊女<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみと申者年明後井戸源次郎樣と申御宅へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづき</rt></ruby>しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>又<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へたる<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は其者の二親は<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>ましたるとの事にて<ruby><rb>揚屋</rb><rt>あげや</rt></ruby>町善右衞門<ruby><rb>養女</rb><rt>やうぢよ</rt></ruby>の由善右衞門より<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>廿五歳までを六歳の時に廿五兩に<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>しに相違これなき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申立しかば源次郎四郎左衞門の兩人へ<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出す事有んと<ruby><rb>云渡</rb><rt>いひわた</rt></ruby>され其日は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>られけり是に於て大岡殿<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て目を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られし通り傳吉は何れにも<ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>の者右の河原にて<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されたる女は空せみ又一人の男は彼を<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>たる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ならんが二ツの<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を川へ<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>したるに女の首のみ<ruby><rb>柳</rb><rt>やなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>に<ruby><rb>止</rb><rt>とまり</rt></ruby>たるは則ち<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>も引ものか<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き所なり<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>此公事は願人共の<ruby><rb>不筋</rb><rt>ふすぢ</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>明智</rb><rt>めいち</rt></ruby>の<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりき</rt></ruby>に<ruby><rb>洞察</rb><rt>みぬか</rt></ruby>れしこそ畏こけれ

## 第二十回

同月二十三日<ruby><rb>亦々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>に呼び出さる大岡殿<ruby><rb>端近</rb><rt>はしぢか</rt></ruby>く席を進まれ大目附御目附立合にて留役衆<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>書を改めて差出さるゝに大岡殿<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て白洲を見られ願人憑司同人妻早相手傳吉同人妻專舅與惣次村役の者喜兵衞勘右衞門榊原家來半右衞門同じく<ruby><rb>吟味役</rb><rt>ぎんみやく</rt></ruby>小野寺源兵衞川崎金右衞門留守居清水十郎左衞門と一々<ruby><rb>姓名</rb><rt>せいめい</rt></ruby>を呼はれ憑司に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方が段々願ひの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>もなし然らば<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>傳吉が<ruby><rb>所行</rb><rt>しわざ</rt></ruby>とも相分らず<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の訴へに及びしは不屆に思はる人命<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>しとする所只々着類ばかり似たりとて兩人の<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>なりと申すと言ども世には<ruby><rb>染色</rb><rt>そめいろ</rt></ruby><ruby><rb>模樣</rb><rt>もやう</rt></ruby>など同樣<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>着類<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せし者往々あることなり但し<ruby><rb>死體</rb><rt>したい</rt></ruby>に<ruby><rb>實固</rb><rt>じつこ</rt></ruby>なる目當ありしやと云るゝに憑司は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>のお尋に候悴儀は幼年の内に少々<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>へ<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>致し候のみならず<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>を致し子供同士<ruby><rb>鎌</rb><rt>かま</rt></ruby>で<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby>へ<ruby><rb>疵</rb><rt>きづ</rt></ruby>を附られ候悴が今に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り居候が何よりの<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に御座りますと云に越前守樣<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據ありして其<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>は何なる物ぞ憑司ヘイ<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に力と申す字を大く<ruby><rb>彫</rb><rt>ほつ</rt></ruby>て居ました又大岡殿梅が死體の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>は何じや憑司之は<ruby><rb>實</rb><rt>しか</rt></ruby>とした證據は<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じませぬと云ふにぞ越前守殿早我は娘の事<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>ありやと仰さるれはお早ハイ<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>の一人娘何見違へませう<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby><ruby><rb>着類</rb><rt>きもの</rt></ruby>と云ひ聊か<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座りませんと云へば大岡殿コリヤ早其方が娘の<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>はないかお早一向に御座りませぬと答るに<ruby><rb>實固</rb><rt>しかと</rt></ruby>さうかと期を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>れ大岡殿喜兵衞勘右衞門と呼ばれ其方ども其時の事を申立よと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるれば兩人<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり領主の役人ども<ruby><rb>檢視</rb><rt>けんし</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>取片付仰付られしまでの<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を申立けるに大岡殿其方とも<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby><ruby><rb>檢視</rb><rt>あらため</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めて立合たるなるべし其の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に今憑司が申た通り<ruby><rb>彫物疵</rb><rt>ほりものきず</rt></ruby>ありしやと尋ねらるゝ兩人ヘイ力と云ふ字が<ruby><rb>彫付</rb><rt>ほりつけ</rt></ruby>て有しと云立るに女の方は如何じや此方にも<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>き込し事あれば<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はりを<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>なせば其方どもゝ入牢申付るぞと仰されければ兩人は少し<ruby><rb>戰</rb><rt>ふる</rt></ruby>へながら女の死體は何事も御座りませんが片々の二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に小さく源次郎命と<ruby><rb>彫付</rb><rt>ほりつけ</rt></ruby>てありまた片々には<ruby><rb>影物</rb><rt>かげもの</rt></ruby>に灸を<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>たる跡ありと云立れば大岡殿お早に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方が娘は元<ruby><rb>賣女</rb><rt>ばいぢよ</rt></ruby>でも致したか源次郎と云名は先夫のでもなしまた昌次郎でもなし<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れの<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>じや<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じたるやと云はるゝに<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>より憑司は然樣の<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は存じ申さず候へども<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て嫁梅の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>にも何か彫たる趣き承まはりし事もありナフお早其<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>の事に付ては何とか申せし事ありしがナヽと夫と知らする心の<ruby><rb>謎</rb><rt>なぞ</rt></ruby>を越前守殿聞だまれ憑司汝は何を申すぞ早は<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>で<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>なすに爰な<ruby><rb>出過者</rb><rt>ですぎもの</rt></ruby>め今早が口より梅が體に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>などは御ざらぬと申立たるに<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>夫を<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に申させても取上には<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ぬぞ其源次郎と申はナ細川の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>にて井戸源次郎と云者新吉原の三浦屋四郎左衞門<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>への<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみを<ruby><rb>年明後</rb><rt>ねんあけご</rt></ruby>に<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>となし越後に<ruby><rb>實親</rb><rt>じつおや</rt></ruby>ありと<ruby><rb>探</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね行しに同國猿島河原にて<ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り其<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>をば川下にて<ruby><rb>見附</rb><rt>みつけ</rt></ruby>たりと申す然すれば其方どもか<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>にて右の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>へ<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>着物</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>を着せ傳吉を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと計りし事<ruby><rb>鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>て寫が如し重々不屆の次第<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申立ろと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に云るゝを憑司は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れず傳吉が申するのみを御取上げあるは片手打の<ruby><rb>御捌</rb><rt>おさば</rt></ruby>きと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>も<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>ぬに<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ憑司<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>極惡</rb><rt>ごくあく</rt></ruby>の<ruby><rb>罪人</rb><rt>つみんど</rt></ruby>として<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>を<ruby><rb>片手打</rb><rt>かたてうち</rt></ruby>とは何事ぞ其方が悴昌次郎は傳吉が<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>不義致し居し<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆なるを傳吉は其れを知り<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら夫となしに梅を<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>に及び其上叔母へ金子迄を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたるを<ruby><rb>阿容々々</rb><rt>おめ〱</rt></ruby>と二人ながら引取親子<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに妻と致し其上にも<ruby><rb>厭足</rb><rt>あきた</rt></ruby>らず傳吉を<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り罪に<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>はんとなしたる<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>人畜</rb><rt>じんちく</rt></ruby>とは其方共がことなり然るに奉行所の<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>を片手打<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>などと申條不屆者め吟味中憑司は入牢申付る其外双方の者共<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>吟味に及ぶと云はれし時<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>られたり重ねて同月廿五日新吉原三浦屋并に善右衞門を町奉行所へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され又井戸源次郎も<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出しに越前守出座有て四郎左衞門其方<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>の<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみと申遊女は善右衞門より<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>しとなコリヤ善右衞門其方は空せみと申女を四郎左衞門に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>しやと其方が<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の娘か何じや<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを申と入牢の上<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申付るぞと云れしに善右衞門は<ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>くなりハイ<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>は私しが實の娘にてはござりません<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>なれども兩親相果五歳より<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby><ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>仕つりしと申立る故夫より伯父の名前を始め<ruby><rb>住所</rb><rt>ぢうしよ</rt></ruby>まで<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べられしに追々<ruby><rb>口籠</rb><rt>くちごも</rt></ruby>り終に答へ出來ざれば越前守殿<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せには其方は<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なる事を申者かな伯父夫婦は<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>て<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>も知れざる由<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>も<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えず<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>疑</rb><rt>うたがひ</rt></ruby>の一つ又<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみが實の親なる者越後と申事なり<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>汝に<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>する者ありと井戸源次郎を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>に控へるを源次郎其方は四郎左衞門抱への<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>空せみを引取しときあの善右衞門方より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>しやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに源次郎成程善右衞門方より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>たりと云にぞ越前殿三浦屋を呼れ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>の<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみを井戸源次郎が<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>しとき此善右衞門が源次郎へ<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>は<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみの<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>なりと申したは<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>きやコリヤ源次郎も<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て申立たる通り今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>申立よとあるに付き源次郎は更に<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>を<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>ければ越前守殿是を聞善右衞門汝が<ruby><rb>賣渡</rb><rt>うりわた</rt></ruby>したる<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみは五歳の時<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され江戸へ來りしと有り夫を<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は伯父の娘也と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを申立てしも今聞<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りなり<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よ此上<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>祕</rb><rt>かく</rt></ruby>すに於ては<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申付るぞと聞て善右衞門ヘイ<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申上ます私しは<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる者を<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>しはいたしませんが彼は友達の松五郎と云が<ruby><rb>連來</rb><rt>つれきた</rt></ruby>りまして<ruby><rb>我姪</rb><rt>わがめひ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みまする故據ろなく三浦屋は私し名前にして<ruby><rb>賣込</rb><rt>うりこみ</rt></ruby>たる趣きを申にぞ越前殿其松五郎は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづこ</rt></ruby>にありしやとのお<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねに右松五郎は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>八五郎と申者<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>られし時より何處へか<ruby><rb>逃去</rb><rt>にげさり</rt></ruby>其後行方分らざるよし申立ければ越前守殿其八五郎とは<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て八丈島へ<ruby><rb>流罪</rb><rt>るざい</rt></ruby>申付たる<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>八が事ならん其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>泥八が申口にて<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ねし松五郎なる者<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知れず<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>其節ならば其方を<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>入牢申付る儀なれども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>年も經し儀故右の松五郎は其方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね申付る來る十日迄に尋ね出し召連出よ其方は家主町内組合へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>申付ると云渡されけり

## 第二十一回

<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>くて同年<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>月二日評定所へ又々前々の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>衆相揃はれ右一件の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>共<ruby><rb>總殘</rb><rt>そうのこ</rt></ruby>らず御呼び出し<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に呼込に相成<ruby><rb>役人衆</rb><rt>やくにんしう</rt></ruby><ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>され時に大岡殿越後國頸城郡寶田村百姓上臺憑司と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方儀是迄段々吟味に及びし所猿島河原<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れ人は其方<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>嫁等の趣き申立ると雖も必ず昌次郎梅とは定め難く其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は同じ<ruby><rb>衣裳</rb><rt>いしやう</rt></ruby>を着たる者一<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>の内には往々あるべし<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は井戸源次郎妻<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみが<ruby><rb>亡骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>と思はる然すれば男の方も<ruby><rb>昌</rb><rt>しやう</rt></ruby>次郎にはあるべからず<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したる者有るを不屆の調べに及び傳吉を<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の死に至らしめんとなせし<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の至なり自然後にて昌次郎夫婦がこの世に<ruby><rb>存命</rb><rt>ながらへ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らば其方は如何致すぞと申されければ憑司は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>我が<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みの<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれしかとは思へども猶ぬからぬ<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>にて<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら御奉行樣の仰には御座れども<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby><ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby><ruby><rb>繻袢</rb><rt>じゆばん</rt></ruby>に至るまで悴に相違御座りませぬと言張を大岡殿<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れまだ其樣に<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を云居るが<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に其日は<ruby><rb>柏崎</rb><rt>かしはざき</rt></ruby>へ昌次郎夫婦して參り夕刻彼所を立歸りしと云にあらずや然らば我が妻を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ていまだ一<ruby><rb>面識</rb><rt>めんしき</rt></ruby>ならぬ他の女と<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>になり人の爲に<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さるゝ者が有べきやシテ梅は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>せしぞ汝公儀の役人を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>る<ruby><rb>重惡者</rb><rt>ぢうあくもの</rt></ruby>めと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られしにぞ憑司は今更<ruby><rb>大息</rb><rt>おほいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>頭を<ruby><rb>低</rb><rt>たれ</rt></ruby>一言も<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>云ず依て越前守は四郎左衞門善右衞門并に<ruby><rb>井戸</rb><rt>ゐど</rt></ruby>源次郎へ一々聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>られコリや憑司夫に居は四郎左衞門善右衞門<ruby><rb>井戸</rb><rt>ゐど</rt></ruby>源次郎成ぞ此源次郎が四郎左衞門抱の遊女<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみと云女を<ruby><rb>買馴染</rb><rt>かひなじみ</rt></ruby>其空せみは五歳の時人に<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され揚屋町善右衞門口入にて<ruby><rb>神田</rb><rt>かんだ</rt></ruby>小柳町松五郎が<ruby><rb>姪成</rb><rt>めひなり</rt></ruby>とて三浦屋へ賣込しが<ruby><rb>年季明</rb><rt>ねんきあけ</rt></ruby>にて源次郎の妻に致し其主人へ<ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby><ruby><rb>湯治</rb><rt>たうぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ信州より越後へ<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねに參る途中<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>に<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され源次郎諸方を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねし處猿島河原にて妻が<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を見付たる由コリヤ<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>次郎其妻の名は何とか申せしや源次郎私し<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>の<ruby><rb>幼名</rb><rt>をさなゝ</rt></ruby>は上臺千代と守り袋に<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>之あり千代平常申には<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>か越後邊の<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れの<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>實の親を<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ居りし故私主人へ<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ信州へ參り越後の方を尋ね候處<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の災<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>に逢ひ終には猿島河の下にて首を<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby>たるは先達て申上候と言にぞ<ruby><rb>越前</rb><rt>ゑちぜん</rt></ruby>守殿何源次郎其方<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は右の二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に源次郎命と<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>をしてをりしならんと云れしかば<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なりと言にぞ越前守源次郎<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>川上に<ruby><rb>男女</rb><rt>なんによ</rt></ruby>の<ruby><rb>死體</rb><rt>したい</rt></ruby>ありし由女の方は其方が妻の千代に相違なし又左りの<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>の<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>ある男は<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>する所<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>せし馬丁ならん又彼等を殺せしは憑司昌次郎兩人の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なる故に首を切て知れざる樣に昌次郎<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の着類を<ruby><rb>着置</rb><rt>きせおき</rt></ruby>傳吉を罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みしならん源次郎其方が女房の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>は是なる憑司等と思はる憑司是にても猶云分あるか斯の如く<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に相分る上は<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よ僞ると<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛骨を挫ぐ共<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>するが何じや〱と仰らるゝに憑司是は<ruby><rb>御無體</rb><rt>ごむたい</rt></ruby>の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>なり然樣なる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えは御座らぬと<ruby><rb>言張</rb><rt>いひはる</rt></ruby>にぞ大岡殿は是より一同<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>んとて<ruby><rb>榊原</rb><rt>さかきばら</rt></ruby>の家來伊東半右衞門に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ只今聞通り<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>猿島川原の男女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は<ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず源次郎妻と馬丁の者と相見える其方が<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby><ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>は甚だ<ruby><rb>粗忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>なり言分有りやと云ふ又與惣次其方は高田へ參りて役人を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み傳吉が助命<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひしが<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず然ながら<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>取繕</rb><rt>とりつくろ</rt></ruby>ひ牢屋まで飯を送りしと先達て申立しが<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>役人へ何を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし頼み入たるや<ruby><rb>此義</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に<ruby><rb>言上</rb><rt>いひたて</rt></ruby>よと云るゝ故與惣次は奉行へ金十兩<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>下役人へ十兩<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りし段を<ruby><rb>言立</rb><rt>いひたて</rt></ruby>しかば大岡殿作右衞門へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねありしに<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めは<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じしがとても<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと存ぜしや<ruby><rb>寒中見舞</rb><rt>かんちうみまひ</rt></ruby>として金子を<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>請し旨を申に何か<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>の類ひならば<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>金子を受るは<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>に<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>る<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり下役兩人も受しならんとあれば<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>二兩づつ<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし旨言立るに大岡殿下役は奉行を<ruby><rb>見習</rb><rt>みなら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>所業</rb><rt>しよげふ</rt></ruby><ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>なり且賄賂によつて<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>の有樣を私しなすは此上もなき<ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby>伊東半右衞門は<ruby><rb>揚屋</rb><rt>あげや</rt></ruby>入申付下役二人は留守居へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>戒</rb><rt>いまし</rt></ruby>め置と言渡され傳吉は出牢の上<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>して宿預け言付<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られけり又<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>月十日傳吉お專與惣次<ruby><rb>喜兵衞</rb><rt>きへゑ</rt></ruby><ruby><rb>勘</rb><rt>かん</rt></ruby>右衞門等を奉行所へ呼出され昌次郎<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の者古郷を出でて<ruby><rb>何所</rb><rt>なにどころ</rt></ruby>か<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び居んと内々<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>のため昌次郎梅二人の<ruby><rb>年齡</rb><rt>ねんれい</rt></ruby>より風俗を大岡殿<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>問糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>されしに就き一同は昌次郎梅が<ruby><rb>風俗</rb><rt>ふうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申立且昌次郎の鼻の下に<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>き<ruby><rb>黒子</rb><rt>ほくろ</rt></ruby>ありと云ければ越前守殿二人<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>多分<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>にてあらん其方に<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがか</rt></ruby>りはなきやとのことなれども一同<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に手懸りなき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>を申又傳吉より先日<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>の節思ひあたりしは源次郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>千代事に付て<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>御吟味うかゞひしに上臺憑司が<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>に候はん此<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は私<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>高田城下の<ruby><rb>祭禮</rb><rt>さいれい</rt></ruby>を見に參り其節憑司の娘千代は人に<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知ずとのこと憑司も<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>せしが分らざるゆゑ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>たるに先頃御吟味の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>は上臺名は千代と申よし彼に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし尤も五ヶ<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>の間三浦屋にて一<ruby><rb>處</rb><rt>しよ</rt></ruby>に<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め居れ共同人とは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも存ぜず彼は江戸出生とばかり<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じをりました<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて此義をも御吟味下さる<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ上奉つると言に大岡殿<ruby><rb>横手</rb><rt>よこて</rt></ruby>を<ruby><rb>拍</rb><rt>うた</rt></ruby>れ扨々積惡の<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>ふ所は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しき物かな我が子と知ず憑司が殺し猿島河原へ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>たるは己が<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の首なりしとはハテ<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はれぬものなり重ねて吟味致さん<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出す<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り立と傳吉を始め一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby>下られけり<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>大岡殿は何れ昌次郎<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の者外へは參るまじ江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>ならんと定廻りの與力同心へ急々<ruby><rb>索</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね申べしと<ruby><rb>内命</rb><rt>ないめい</rt></ruby>有りしとぞ

## 第二十二回

先頃越後國<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby>河原より<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>ましたる昌次郎夫婦の者は<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>憑司と<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>りて<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>せし男女の<ruby><rb>死體</rb><rt>したい</rt></ruby>へ<ruby><rb>己等</rb><rt>おのれら</rt></ruby>が<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>きせ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より信州の<ruby><rb>山路</rb><rt>やまぢ</rt></ruby>にかゝり<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び〱に江戸へ來りて<ruby><rb>奉公口</rb><rt>ほうこうぐち</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねけれ共相應の口もなく<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>への路用を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ切<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく或人の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて本郷三丁目に<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は庄兵衞と改名しお梅は<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby>と改ため庄兵衞<ruby><rb>日雇</rb><rt>ひやと</rt></ruby>ひとなり<ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>き<ruby><rb>烟</rb><rt>けむ</rt></ruby>りを立つゝ二三ヶ月<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけれ共天道惡事を憎み給ふゆゑ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひのあるべきや<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>庄兵衞</rb><rt>しやうべゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>傘谷</rb><rt>からかさだに</rt></ruby>に<ruby><rb>桂山道宅</rb><rt>かつらやまだうたく</rt></ruby>と云醫師ありて毎日雇れ居たり此醫者隨分小金を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>たる樣子を見<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取んと<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>惡念</rb><rt>あくねん</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>し或日庄兵衞は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>道宅家へ參りしは夜の亥刻過なれども同人は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>にて近所の長家は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>戸を<ruby><rb>閉</rb><rt>たて</rt></ruby>有道宅の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>は庄兵衞勝手<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えし事故<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>に人のなきを幸ひと<ruby><rb>水口</rb><rt>みづぐち</rt></ruby>の半戸を開て這入金子三十兩<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>品々を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取り知ぬ顏して居たりける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>道宅は家へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りて見れば<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>の<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby><ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>しありて三十兩の金子と着類三品<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>なしたるゆゑ大きに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き諸方を見るに<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の方水口より這入し<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なり其中に<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>も來り<ruby><rb>大騷</rb><rt>おほさわぎ</rt></ruby>となりしが<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>翌日此段大岡殿御番所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出るに早速<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出され段々<ruby><rb>尋問</rb><rt>じんもん</rt></ruby>となり其日<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き者來らずやと申さるゝに私し留守故<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しくは存じ仕らず候へども<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>の者の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>には日頃雇ひ候庄兵衞と云者參りし樣に存じ候趣き<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら人の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>しと云<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と見屆候義にはこれなくと云ければ大岡殿又々<ruby><rb>道澤</rb><rt>だうたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝは其日雇に參る庄兵衞と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>は何所にをるものなりやといはれしかば本郷三丁目徳兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>だな</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>なし日々雇ひ候者なれども<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>を<ruby><rb>確</rb><rt>かく</rt></ruby>と存じ申さず越後邊の<ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>の者と申立しにより大岡殿以後<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがゝ</rt></ruby>りともならんかと<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を見せに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされしに役人は<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>徳兵衞を案内に庄兵衞が家を調べんと<ruby><rb>至</rb><rt>いた</rt></ruby>り見しに此節女房は<ruby><rb>傷寒</rb><rt>しやうかん</rt></ruby>にて打臥<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>に着しまゝ立居も<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>ぬ體なり斯る所へ家主の案内にて<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>入り來り<ruby><rb>家搜</rb><rt>やさが</rt></ruby>しをなすよし女房は屏風を<ruby><rb>立廻</rb><rt>たてまは</rt></ruby>し床に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しが後の方に<ruby><rb>骨柳</rb><rt>こり</rt></ruby>一ツ有しを夫を改めんとなすを<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は此品は<ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>の<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>ならずと手を出す役人共<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ退て中を改むるに金子二十兩有て<ruby><rb>着類</rb><rt>きるゐ</rt></ruby>は見えず是は<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なせしやと女房を見れば貧家に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ず下に<ruby><rb>絹物</rb><rt>きぬもの</rt></ruby>を着込居るゆゑ<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬが</rt></ruby>せて見れば男<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby>なり是はと役人共も思ひ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>さま手配をなして<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>兵衞を召捕奉行所へ引き立に成り入牢仰付られ<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>段々と御吟味になりしが女房<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby>は病後夫が<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>られしよりハツと逆上なし<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ひ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りしかば長家中<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>番もすれとも<ruby><rb>動</rb><rt>やゝ</rt></ruby>もすれば<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいで</rt></ruby>てあらぬことども<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り廻るにぞ是非なく家主<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>兵衞并に<ruby><rb>組合</rb><rt>くみあひ</rt></ruby>より願ひ出けるに<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て御召捕に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>候庄兵衞の妻<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby><ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>仕つり町内にて種々と<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby><ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>養生仕つり候へども<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>安心相成ず<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>至極に付何卒御奉行樣にて入牢仰付られ候へば<ruby><rb>町内</rb><rt>ちやうない</rt></ruby>一同有難仕合<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と申ける是れは<ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby><ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>之者有り家業ならざる中は養生<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>とて入牢仰付らるゝ故則ち願書取上となり<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>本郷三丁目徳兵衞<ruby><rb>組合</rb><rt>くみあひ</rt></ruby>名主付添へ白洲へ罷り出控居るを大岡殿見らるゝに<ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ眼中<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>ばしりし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>の樣子なれども傳吉始めより申立し梅の<ruby><rb>人相</rb><rt>にんさう</rt></ruby>に似たる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>如何にも<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ<ruby><rb>物靜</rb><rt>ものしづか</rt></ruby>に庄兵衞妻其方が名は何と云ぞ又國は何れ成やと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れしかば<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby>はげら〱<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ出し御奉行<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>は<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>の名は<ruby><rb>御存</rb><rt>ごぞん</rt></ruby>じないか私の夫は越後國寶田村の<ruby><rb>昌次郎</rb><rt>しやうじらう</rt></ruby>私は梅と申して上臺の<ruby><rb>若夫婦</rb><rt>わかふうふ</rt></ruby>なり夫を知ぬとは<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>可笑や〱と笑ひ狂ふにぞ越前守殿<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も有べし<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>は如何にも<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>ゆゑ入牢申付ると<ruby><rb>云渡</rb><rt>いひわた</rt></ruby>されけり其後又奉行所へ梅を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>ながら其方<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は越後高田<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>寶田村にて父は憑司母は早<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>は昌次郎なる由云立しが<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきかと尚再三<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られし上豫て入牢申付られたる庄兵衞を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出されしに女房が<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>なし奉行所へ召連<ruby><rb>訴</rb><rt>うつ</rt></ruby>たへと<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>しを<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも知らねば如何なる<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>のお尋かと心に不審く引出されしが其時大岡殿庄兵衞を見られ其方は<ruby><rb>何時</rb><rt>なんどき</rt></ruby><ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>せしぞ其方の名をば<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と申せしと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されしかば庄兵衞<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby>に驚け共元來<ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>故色にも見せず私<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は四ヶ年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に仔細あつて<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>いたし其以前は吉之介と申し候と云に大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其方<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>名は其以前梅と申せしなるべし夫婦の者改名は四ヶ年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にては<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>二三ヶ月前に<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>したるならんシテまた其方が<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は榊原遠江守領分越後高田在寶田村<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん其<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>の妻梅が申上しぞと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせら</rt></ruby>るゝを聞て<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>兵衞は<ruby><rb>默然</rb><rt>もくぜん</rt></ruby>として居たりしが又大岡殿仰らるゝ樣其方<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>年<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>月<ruby><rb>幾</rb><rt>いく</rt></ruby>日何故古郷を立て<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>へ來りしぞ<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>兵衞ヘイ二三年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>に付き稼ぎの爲めまかり出しと云ふを大岡殿<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>二三年では<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>るまじ二三ヶ月跡ならん<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>とも<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を云ならば二三年以前に出て<ruby><rb>何所</rb><rt>いづこ</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>いたせしぞと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしかば庄兵衞は何處迄も<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはる</rt></ruby><ruby><rb>了見</rb><rt>れうけん</rt></ruby>にてハイ國者の所に<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りしと云にその所は何所にて名は何と云やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに淺草<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>なりしが其の淺草は<ruby><rb>駒形</rb><rt>こまがた</rt></ruby>にて名は兵右衞門と申すとかシテ其の兵右衞門は只だいま以つて其の所ろに住居<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すやと問<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>られしに庄兵衞ヘイ<ruby><rb>其者</rb><rt>そのもの</rt></ruby>當時は身上を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>國元へ歸り候と申立るに大岡殿は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>張上</rb><rt>はりあげ</rt></ruby>られコリヤ庄兵衞其方は<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の事を云奴なり己れは生國越後國頸城郡寶田村上臺憑司が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>昌次郎三箇月以前<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby><ruby><rb>河原</rb><rt>がはら</rt></ruby>に於て親憑司と<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り人を殺して汝夫婦の着類を<ruby><rb>着置</rb><rt>きせおき</rt></ruby>其處を立退き今は<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>して庄兵衞と名乘其元の名は<ruby><rb>昌</rb><rt>しやう</rt></ruby>次郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>とよ事元の名は<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>と云者ならん天命にて其方が<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>なし我が手にあり<ruby><rb>加之</rb><rt>しかのみならず</rt></ruby>親憑司早くも<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て牢舍申附たり同村名主傳吉を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し入んと計り<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>き夜に昌次郎と<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>にて男女を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し悴娘の着類を<ruby><rb>着</rb><rt>きせ</rt></ruby>兩人の首を<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>て川へ流せし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き最早兩人より<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びしを己れ此上にも<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>らんとならば水火の責に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>する<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>じやと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せに<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の庄兵衞も<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby><ruby><rb>戰々</rb><rt>わな〱</rt></ruby><ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ出だし一言の答へもなし大岡殿何じや己れ<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>せしやと云るゝ時庄兵衞は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝだけ<ruby><rb>脱</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと思ひ私し<ruby><rb>全</rb><rt>まつたく</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる覺えは之なしと申により大岡殿<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>兩人は罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>したれ共此上にも<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はゞ是非なく<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申し附るとこれより庄兵衞の昌次郎は<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り種々<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>られ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に人殺しの一條より國を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちの</rt></ruby>き江戸へ來り本郷に少しの<ruby><rb>知己</rb><rt>しるべ</rt></ruby>ある故是に落附候所<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>にて召捕られし段申立しかば則ち石<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby><ruby><rb>帶刀</rb><rt>たてわき</rt></ruby>より爪印を取て奉行所へ差出しに<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>びけりよつて<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一年正月二十三日右一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>につき又々評定所へ前々の通り夫々の役人<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>ある願人憑司并に郡奉行<ruby><rb>伊藤</rb><rt>いとう</rt></ruby>半右衞門等は<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>より引出され<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>又川崎金左衞門及小野寺源兵衞相手方傳吉及與惣次村役差添人尚又引合の<ruby><rb>細川家</rb><rt>ほそかはけ</rt></ruby>の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>井戸源次郎三浦屋四郎左衞門善右衞門<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>白洲へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出ければ目安役與力一々<ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby>を呼立る時大岡殿<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を進まれ是迄段々吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>し通り最早其方<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に伏したるやと云れしかば憑司は<ruby><rb>左右</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて私し悴を殺され<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>し申さんやと申すに大岡殿其方如何に<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふとも河原の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は馬丁と<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみの兩人にして昌次郎夫婦は<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>いたし居るぞ然るに傳吉を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>しは重々不屆きなる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>かなと云はるゝを憑司<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し恐れ乍ら其死骸が馬丁<ruby><rb>並</rb><rt>ならび</rt></ruby>に空せみと申<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>なりと云<ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>も御座らずといふに越前守殿馬丁には<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>の證據も非ざれ共女は<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に源次郎命と<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>ありし故是なる源次郎の申口にて<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>相譯</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りしなり又一人は<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみを<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>たる馬丁に相違あるまじ汝<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>るとも天命<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か惡を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けんや早く<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>致すべしと一々<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>を示されければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の憑司も<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>むに由なく實は傳吉に村長を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれしと存じ<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>れを<ruby><rb>亡者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>となし我また<ruby><rb>後役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>にならんと<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>せし所役人へ遣はす<ruby><rb>賄賂</rb><rt>わいろ</rt></ruby>の金子に困り悴夫婦を江戸へ<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>に出し給金にて地頭役人を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ先役に<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>らんと存じ此ことを村中へ知らせず<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐれ</rt></ruby>て立出させし所に<ruby><rb>猿島</rb><rt>さるしま</rt></ruby>河原迄<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>火打</rb><rt>ひうち</rt></ruby>道具を<ruby><rb>失念</rb><rt>しつねん</rt></ruby>致したるを心付昌次郎は<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>に<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>る時私しは又<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>にて心付子供等が<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>昌次郎と途中にて行違ひと成り梅一人河原に<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>居たる所雲助<ruby><rb>風俗</rb><rt>ふうぞく</rt></ruby>の者女を<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>し來り打叩くを<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らにて梅は驚き<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>す所を又其者梅をも<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へんとて爭ふ所へ私は<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>夫と見るより切付しに<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>つて彼の女を切殺し又悴は雲助を<ruby><rb>打果</rb><rt>うちはた</rt></ruby>せしかば如何ならんと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>致し傳吉を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと二人か<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を切り川へ流し着類を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せ<ruby><rb>替</rb><rt>か</rt></ruby>へ其上傳吉が庭の<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>に血の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>附置</rb><rt>つけおき</rt></ruby>しに我が手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しは<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>娘千代にてありしか彼が事は<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知れず<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに彼は親を<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ夫へ願ひ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>尋ね來りしを不便の事をしてけりと<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby><ruby><rb>我慢</rb><rt>がまん</rt></ruby>を言張し憑司夫婦も<ruby><rb>恩愛</rb><rt>おんあい</rt></ruby>に心の<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>の<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>をれて是まで<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みし惡事の段々殘らず白状なりたりけり依て大岡殿は外々の<ruby><rb>者共</rb><rt>ものども</rt></ruby>へも右の趣きを<ruby><rb>言渡</rb><rt>いひわた</rt></ruby>され別けて善右衞門には<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>松五郎<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>中未だ行衞分らざる由につき<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね申べきむね<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に仰付られしかば憑司はたゞ恐れ入てぞ居たりける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く追々調べ相<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>しに付一同<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>仰付られ享保十二年二月二日一同呼出しに相成<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く役人<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>列席</rb><rt>れつせき</rt></ruby>大岡殿夫々<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>の次第申渡されたり

榊原遠江守領分越後國頸城郡寶田村百姓　　　憑司

其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>村長</rb><rt>むらをさ</rt></ruby>役をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ながら傳吉留守中同人叔母早と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及び早を我が家へ引取妻と致し其後村長役を<ruby><rb>召放</rb><rt>めしはな</rt></ruby>され傳吉へ<ruby><rb>後役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>申付られしを<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>く思ひ加之猿島河原に於て<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>娘千代事<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみを切害し其罪を傳吉へ<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せん事を榊原遠江守郡奉行伊藤半右衞門<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>下役二人の者共と<ruby><rb>相謀</rb><rt>あひはか</rt></ruby>り傳吉か無實の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を申立彼を亡ひし<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>己れ<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に再勤せんと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みし<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付死罪の上越後國猿島河原に於て<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

右同斷　　　　　　　　　　　　同人妻　　　はや

其方儀<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず<ruby><rb>數度</rb><rt>すど</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>不貞</rb><rt>ふてい</rt></ruby>の行ひありしのみならず森田屋銀五郎方の大恩を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ病人を捨置<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>致し其上我か<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>傳吉より七十五兩の大金を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したる<ruby><rb>信義</rb><rt>しんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ憑司と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し傳吉を<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り殺さんと致し候<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付八丈島へ流罪申付る

憑司悴昌次郎事　　　　　　　　　　　　　　庄兵衞

其方儀傳吉先妻梅と<ruby><rb>奸通</rb><rt>かんつう</rt></ruby>に及びしのみならず傳吉<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置候金子を<ruby><rb>欺</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>猿島河原に於て名も知れざる<ruby><rb>馬丁</rb><rt>まご</rt></ruby>を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し自分と梅との衣類<ruby><rb>着替</rb><rt>きせかへ</rt></ruby>置其罪を傳吉へ<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せん事を<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>相謀り候<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆至極に付死罪の上猿島河原に於て<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

昌次郎事庄兵衞妻梅事　　　　　　　　　　　　とよ

其方義夫傳吉の<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>昌次郎と<ruby><rb>奸通</rb><rt>かんつう</rt></ruby>致し<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ傳吉<ruby><rb>歸國</rb><rt>きこく</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>密夫</rb><rt>みつぷ</rt></ruby>昌次郎に大金を<ruby><rb>欺</rb><rt>かたり</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>せ<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>に付<ruby><rb>三宅島</rb><rt>みやけじま</rt></ruby>へ<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申付る

榊原遠江守家來　　　　　　　　　　　　　　伊藤半右衞門

其方儀<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>邪</rb><rt>よこしま</rt></ruby>の<ruby><rb>捌</rb><rt>さばき</rt></ruby>をなし<ruby><rb>不吟味</rb><rt>ふぎんみ</rt></ruby>の上傳吉を無體に<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し役儀を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ふ<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>不屆に付<ruby><rb>繩附</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>主人遠江守へ下さる<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>家法</rb><rt>かはふ</rt></ruby>に行ひ候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>留守居へ申渡す

右同斷　　　　　　　　　　　　　　　　　　川崎金右衞門

其方儀<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>の申付とは言ながら<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を取役儀を失ひ<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に<ruby><rb>威權</rb><rt>ゐけん</rt></ruby>を<ruby><rb>弄</rb><rt>ろう</rt></ruby>し<ruby><rb>良民</rb><rt>りやうみん</rt></ruby>を無實の罪に陷し入候條不屆に付<ruby><rb>繩附</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>主人へ下さる<ruby><rb>家法</rb><rt>かはふ</rt></ruby>に行ひ候樣留守居へ申渡す

右同斷　　　　　　　　　　　　　　　　　　小野寺源兵衞

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>文言</rb><rt>もんごん</rt></ruby>

新吉原奉公人口宿　　　　　　　　　　　　　善右衞門

其方儀松五郎<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねの所未だ<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>相知れざる趣き<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみ事千代<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>も是れ有らば入牢の上<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>被仰付之處<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみ相果候上は一等を<ruby><rb>減</rb><rt>げん</rt></ruby>じられ<ruby><rb>江戸構</rb><rt>えどかま</rt></ruby>へ申付る

細川越中守家來　　　　　　　　　　　　　　井戸源次郎

其方儀<ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>の儀もこれなく<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなし

新吉原町一丁目　　　　　　　　　　　　　　三浦屋　四郎左衞門

右同文言

榊原遠江守領分越後國頸城郡寶田村名主　　　傳吉

其方儀不正の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>無之</rb><rt>これなく</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が家の<ruby><rb>衰頽</rb><rt>すゐたい</rt></ruby>を<ruby><rb>再興</rb><rt>さいこう</rt></ruby>せんことを年來心掛<ruby><rb>貯</rb><rt>たく</rt></ruby>はへたる金子を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>む事なく叔母早へ<ruby><rb>分與</rb><rt>わけあた</rt></ruby>へたるは<ruby><rb>仁</rb><rt>じん</rt></ruby>なり義なり<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひやうじ</rt></ruby><ruby><rb>昌</rb><rt>しやう</rt></ruby>次郎と<ruby><rb>交</rb><rt>まじは</rt></ruby>りを<ruby><rb>絶</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>を退ひたるは智なり又梅を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>して昌次郎へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>らざるは<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>なり罪なくして牢屋に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>がれ<ruby><rb>薄命</rb><rt>はくめい</rt></ruby>を<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>して<ruby><rb>怨言</rb><rt>ゑんげん</rt></ruby>なきは<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>なり<ruby><rb>薄命</rb><rt>はくめい</rt></ruby>を<ruby><rb>歎</rb><rt>たん</rt></ruby>じて死を定めしは<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>なり<ruby><rb>五常</rb><rt>ごじやう</rt></ruby>の道に<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ事<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く之に依て其<ruby><rb>徳行</rb><rt>とくかう</rt></ruby>を<ruby><rb>賞</rb><rt>しやう</rt></ruby>して傳吉は領主より<ruby><rb>相當</rb><rt>さうたう</rt></ruby>の<ruby><rb>恩賞</rb><rt>おんしやう</rt></ruby>あるべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>遠江守へ仰せ付らるゝ間此旨留守居へ<ruby><rb>相心得</rb><rt>あひこゝろえ</rt></ruby>よと申渡す

傳吉妻　　　せん

其方儀<ruby><rb>貞實</rb><rt>ていじつ</rt></ruby><ruby><rb>信義</rb><rt>しんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>烈女</rb><rt>れつぢよ</rt></ruby><ruby><rb>民間</rb><rt>みんかん</rt></ruby>には<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる者なり汝が<ruby><rb>貞心</rb><rt>ていしん</rt></ruby>天も<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>ずる所にして<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が無實の罪明白に成事<ruby><rb>感賞</rb><rt>かんしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>たへ</rt></ruby>たりとて厚く御<ruby><rb>褒詞</rb><rt>はうし</rt></ruby>有之

信濃國水内郡野尻宿　　　　　　　　　　　　與惣次

其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>專</rb><rt>せん</rt></ruby>が親と成り傳吉が<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を助けんと<ruby><rb>財</rb><rt>ざい</rt></ruby>を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>まず<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>の心より專を助け萬事に<ruby><rb>心添</rb><rt>こゝろそへ</rt></ruby>致し<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし候段<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>るゝ旨<ruby><rb>御賞詞</rb><rt>ごしやうし</rt></ruby>有之

榊原遠江守領分越後國頸城郡寶田村組頭總代　吉兵衞

同　　　　　　　　　　　　　　　百姓總代　勘右衞門

其方共<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>傳吉の證人に<ruby><rb>相立</rb><rt>あひたち</rt></ruby><ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>の節申口<ruby><rb>諛</rb><rt>へつ</rt></ruby>らひなく正直に申上候段<ruby><rb>譽置</rb><rt>ほめおく</rt></ruby>

斯の如く<ruby><rb>賞罰</rb><rt>しやうばつ</rt></ruby>夫々仰せ付られ其日の<ruby><rb>廳</rb><rt>ちやう</rt></ruby>は<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>にける之より傳吉夫婦は<ruby><rb>晴天白日</rb><rt>せいてんはくじつ</rt></ruby>の身となりしのみか<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>より<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby>を許され代々村長役たるべき旨<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られしかば<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び物に<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>ん方なく三浦屋の主人并びに井戸源次郎を始め其事に<ruby><rb>立障</rb><rt>たちさは</rt></ruby>りし人々に<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を述べ與惣次村役人<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>なし目出度越後寶田村<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ立歸りしかば同村の人々は死せし者の<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>せし思ひをなし傳吉夫婦此度無實の罪は速に<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>え故郷へ歸りし<ruby><rb>祝也</rb><rt>いはひなり</rt></ruby>とて村中の者を<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>たり又郡奉行伊藤伴右衞門は<ruby><rb>討首</rb><rt>うちくび</rt></ruby>川崎金右衞門小野寺源兵衞の二人は<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby>取上領内<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひの由夫々領主へ申付られけり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て翌年一<ruby><rb>週忌</rb><rt>しうき</rt></ruby>に<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>る頃は上臺憑司昌次郎<ruby><rb>空</rb><rt>うつ</rt></ruby>せみ伊藤伴右衞門と<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby><ruby><rb>馬丁等</rb><rt>まごとう</rt></ruby>と惡人たりとも<ruby><rb>刀下</rb><rt>たうか</rt></ruby>の<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>となりしを深く<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れみ此人々の爲に<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>を多く<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き同村の寺にて大<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>執行</rb><rt>とりおこ</rt></ruby>なひ村中へは<ruby><rb>施行</rb><rt>せぎやう</rt></ruby>をなし夫れより後傳吉は<ruby><rb>倍々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>其身を<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み村人を<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れみければ一村<ruby><rb>擧</rb><rt>こぞ</rt></ruby>つて其徳を稱し領主よりも<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby><ruby><rb>賞詞</rb><rt>しやうし</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かう</rt></ruby>ふりける又<ruby><rb>野尻宿</rb><rt>のじりじゆく</rt></ruby>の與惣次の實家は<ruby><rb>縁類</rb><rt>えんるゐ</rt></ruby>の者を以て養子となし其の身は傳吉方へ引取れ一生<ruby><rb>安樂</rb><rt>あんらく</rt></ruby>に<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>しお專も其後子供幾多<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>けければ傳吉が<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひにて實家森田やの<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby>を<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>なさしめ銀五郎と名乘今に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なしけるぞお早親子は年立て後上の<ruby><rb>大赦</rb><rt>たいしや</rt></ruby>に逢ひ島より歸りしが傳吉之れも<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れみ厚く世話なせしに<ruby><rb>惡人</rb><rt>あくにん</rt></ruby>のお早親子も傳吉が<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ先非を<ruby><rb>悔悟</rb><rt>くわいご</rt></ruby>すること少なからず終に<ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>となり兩人共同村にて人々の<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼたい</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とむ</rt></ruby>らひ終しとかや<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なるは先年罪科に所せられたる上臺昌次郎が未だ梅と<ruby><rb>姦通</rb><rt>かんつう</rt></ruby>せざる以前村中に<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>りし娘有りし所遂に<ruby><rb>姙娠</rb><rt>にんしん</rt></ruby>なしたる儘親元へも<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>の子は男女に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はらず昌次郎方へ引取<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>なりしが娘は程なく男子を<ruby><rb>産</rb><rt>うみ</rt></ruby>たるも産後敢果なく成けるにぞ其親は娘の<ruby><rb>遺物</rb><rt>かたみ</rt></ruby>と生れし幼兒を昌次郎方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さず<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>なしたるが此者<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>の都合に<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>江戸へ出其後<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て<ruby><rb>音信</rb><rt>おとづれ</rt></ruby>もなさざりしにさすが<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>のなつかしくや有りけん<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らず此度越後寶田村へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り住居をなせしに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby>此を傳吉は聞及び幸ひ上臺の<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>を<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>く折柄故其男子に傳吉より<ruby><rb>憑司</rb><rt>ひようじ</rt></ruby>が田地の外に<ruby><rb>若干</rb><rt>じやくかん</rt></ruby>の地を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し上臺の家を<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>しめける眞に傳吉が行ひは<ruby><rb>孝道</rb><rt>かうだう</rt></ruby>と信義との徳にて無實の罪に<ruby><rb>落入</rb><rt>おちいり</rt></ruby>たるも死を<ruby><rb>迯</rb><rt>のが</rt></ruby>れ一生を<ruby><rb>榮</rb><rt>さか</rt></ruby>ゆる事天の<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みとは<ruby><rb>云乍</rb><rt>いひなが</rt></ruby>ら一ツには大岡越前守殿の<ruby><rb>明智</rb><rt>めいち</rt></ruby><ruby><rb>英斷</rb><rt>えいだん</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>よ</rt></ruby>るものなりと<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>人々</rb><rt>ひと〲</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>をなせしとぞ

越後傳吉一件終

  


## 傾城瀬川一件

  


<ruby><rb>傾城瀬川</rb><rt>けいせいせがは</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>新吉原町</rb><rt>しんよしはらまち</rt></ruby><ruby><rb>松葉屋半左衞門</rb><rt>まつばやはんざゑもん</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>の<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>しより大岡殿の<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>となり父の<ruby><rb>讐迄</rb><rt>あだまで</rt></ruby><ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>孝貞</rb><rt>かうてい</rt></ruby>の名を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>す<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>か<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>の<ruby><rb>鑑</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>と<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝへ</rt></ruby>られ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>が<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>花街</rb><rt>くるわ</rt></ruby>も<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>せし由來を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>るに<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>大和國</rb><rt>やまとのくに</rt></ruby><ruby><rb>南都</rb><rt>なんと</rt></ruby><ruby><rb>春日</rb><rt>かすが</rt></ruby>の<ruby><rb>社家</rb><rt>しやけ</rt></ruby><ruby><rb>大森隼人</rb><rt>おほもりはいと</rt></ruby>の次男にて<ruby><rb>右膳</rb><rt>うぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しが是を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>にせんと<ruby><rb>思</rb><rt>おもひ</rt></ruby>父の隼人は右膳に<ruby><rb>行儀</rb><rt>ぎやうぎ</rt></ruby><ruby><rb>作法</rb><rt>さはふ</rt></ruby>を<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>はせんと京都へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せ<ruby><rb>堂上方</rb><rt>だうじやうかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>宮仕</rb><rt>みやづかへ</rt></ruby>させしに同家の<ruby><rb>女中</rb><rt>ぢよちう</rt></ruby>お竹と云ふに<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>なし<ruby><rb>末々</rb><rt>すゑ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>約束迄</rb><rt>やくそくまで</rt></ruby>して居たりしを<ruby><rb>朋友</rb><rt>ほういう</rt></ruby>の中にも其女に心を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>色々と<ruby><rb>云寄</rb><rt>いひより</rt></ruby>しが<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby><ruby><rb>大森右膳</rb><rt>おほもりうぜん</rt></ruby>と深き中になり居ると云ふ事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>ましく思ひ<ruby><rb>其事柄</rb><rt>そのことがら</rt></ruby>を主人へ<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>の<ruby><rb>法度</rb><rt>はつと</rt></ruby>なりとて兩人共<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>となりしかば右膳は女を<ruby><rb>親許</rb><rt>おやもと</rt></ruby>より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>の奈良へ<ruby><rb>連戻</rb><rt>つれもど</rt></ruby>りしに父は大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>なし勘當せしかば<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>ず右の女と<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>になり<ruby><rb>小細工</rb><rt>こざいく</rt></ruby>などして<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>せしに<ruby><rb>生質</rb><rt>せいしつ</rt></ruby><ruby><rb>器用</rb><rt>きよう</rt></ruby>にて學問も出來其上<ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>の<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>も有りし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>森通仙</rb><rt>もりつうせん</rt></ruby>と改名し<ruby><rb>外科</rb><rt>げくわ</rt></ruby>を<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>らとして<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>ら賣藥を<ruby><rb>鬻</rb><rt>ひさ</rt></ruby>ぎ不自由もなく世を送りし中女子一人を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け名をお<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>とよびて夫婦の<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby><ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなく<ruby><rb>讀書</rb><rt>よみかき</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>絲竹</rb><rt>いとたけ</rt></ruby>の道より<ruby><rb>茶湯</rb><rt>ちやのゆ</rt></ruby><ruby><rb>活花等</rb><rt>いけばなとう</rt></ruby>に至るまで師を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>みて習はせしに<ruby><rb>取分</rb><rt>とりわけ</rt></ruby>書を好み<ruby><rb>童女</rb><rt>どうぢよ</rt></ruby>に<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる<ruby><rb>能書</rb><rt>のうしよ</rt></ruby>なりと人々も<ruby><rb>稱譽</rb><rt>もてはや</rt></ruby>しけり此お高一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>容貌</rb><rt>みめかたち</rt></ruby><ruby><rb>美麗</rb><rt>うるはし</rt></ruby>くして十五六歳に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し頃は<ruby><rb>類</rb><rt>たぐひ</rt></ruby>なき<ruby><rb>艷女</rb><rt>たをやめ</rt></ruby>なりと見る<ruby><rb>人毎</rb><rt>ひとごと</rt></ruby>に心をぞ<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>しける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>近隣</rb><rt>きんりん</rt></ruby>の社人<ruby><rb>玉井大學</rb><rt>たまゐだいがく</rt></ruby>の若黨に源八と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>ありしが<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>通仙</rb><rt>つうせん</rt></ruby>の見世へ來ては<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しなどして出入りしに<ruby><rb>此者</rb><rt>このもの</rt></ruby><ruby><rb>至</rb><rt>いたつ</rt></ruby>て<ruby><rb>好色</rb><rt>かうしよく</rt></ruby>なれば娘お高を<ruby><rb>見初</rb><rt>みそめ</rt></ruby>兩親の見ぬ時などは<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ又は<ruby><rb>目顏</rb><rt>めがほ</rt></ruby>にて知らせけるに兩親は只一人の娘なれば<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き蟲でも<ruby><rb>付</rb><rt>つい</rt></ruby>てはならずと心を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り母は娘の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れぬやうにする故<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>云寄</rb><rt>いひよる</rt></ruby>に<ruby><rb>便</rb><rt>たより</rt></ruby>なく源八は<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>心を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しけるが<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>下男の與八と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>に酒を<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>小遣</rb><rt>こづかひ</rt></ruby>など與へて喜ばせ聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めつゝ<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の主人の娘お高殿に<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>る所お高殿も氣のある<ruby><rb>容體</rb><rt>ようす</rt></ruby>なれども<ruby><rb>御母殿</rb><rt>おふくろどの</rt></ruby>が<ruby><rb>猿眼</rb><rt>さるまなこ</rt></ruby>をして居る故<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>も<ruby><rb>出來難</rb><rt>できがた</rt></ruby>ければ貴樣に此文を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>す<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>人目</rb><rt>ひとめ</rt></ruby>を忍びお高どのへ渡し<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby>よき<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ此事首尾よく行かば<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>は何程も<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>んと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に與八は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びお高殿も<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>十六なれば男に<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の有るは知れた事<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>貴樣</rb><rt>おまへ</rt></ruby>の男ぶりなれば出來る事は此與八が<ruby><rb>請合也</rb><rt>うけあひなり</rt></ruby>と文を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り歸りしが或日兩親の居ぬ<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ右の文を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しければお高は<ruby><rb>容體</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>は主人の娘に<ruby><rb>戀</rb><rt>こひ</rt></ruby>の<ruby><rb>執持</rb><rt>とりもち</rt></ruby>を<ruby><rb>爲事</rb><rt>なすこと</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>千萬なり<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて斯樣なる事をなさば<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>になるまいぞと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>辱</rb><rt>はづか</rt></ruby>しめて文を<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>しけるに與八は<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>に相違し大いに<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>しが<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>にも<ruby><rb>爲難</rb><rt>なしがた</rt></ruby>ければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に源八の方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り日頃は<ruby><rb>物柔</rb><rt>ものやはら</rt></ruby>かなる娘故<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>出來樣</rb><rt>できやう</rt></ruby>と存ぜしが大きな<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>ひにて斯々の次第<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に御氣の毒千萬と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ながら文を返しけるに源八は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をも<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ず<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>初戀</rb><rt>はつごひ</rt></ruby>のお高殿一度や二度では<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>すまじ<ruby><rb>氣永</rb><rt>きなが</rt></ruby>に頼むとて又々與八へ<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>など<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby><ruby><rb>雪駄等</rb><rt>せつたとう</rt></ruby>に至るまで心付或時は<ruby><rb>蕎麥</rb><rt>そば</rt></ruby>など<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>せて頼みしかば與八は又々文をお高へ<ruby><rb>渡</rb><rt>わたし</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>源八が<ruby><rb>戀慕</rb><rt>こひした</rt></ruby>ふ樣子を物語りければお高は大に<ruby><rb>憤</rb><rt>いか</rt></ruby>り文を<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>一言も云はず<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に母へ右の事を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せしにぞ父も此事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の者は<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すに<ruby><rb>如</rb><rt>しく</rt></ruby>はなしと與八へは<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の暇を遣はし其後源八が<ruby><rb>遊</rb><rt>あそび</rt></ruby>に來りし時皆々<ruby><rb>折目高</rb><rt>をりめだか</rt></ruby>に<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ける故源八は<ruby><rb>手持</rb><rt>てもち</rt></ruby><ruby><rb>無沙汰</rb><rt>ぶさた</rt></ruby>に<ruby><rb>悄々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と立歸り是は彼の文の事を兩親の知りし故なりと<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひけり

## 第二回

<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の性は善なりと雖ども<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならひ</rt></ruby>に因て惡となると<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>衆生</rb><rt>しゆうじやう</rt></ruby>は皆惡人なれど<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>の徳に因て<ruby><rb>惡趣</rb><rt>あくしゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れ<ruby><rb>成佛</rb><rt>じやうぶつ</rt></ruby><ruby><rb>得度</rb><rt>とくど</rt></ruby>なすとも<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>相半</rb><rt>あひなかば</rt></ruby>すべし偖も源八は彼の與八に暇の<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>たるは我故なり今は<ruby><rb>云寄</rb><rt>いひよる</rt></ruby><ruby><rb>手蔓</rb><rt>てづる</rt></ruby>もなく成りしかば通仙夫婦の者に<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さばやと思ひて<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>鹿</rb><rt>しか</rt></ruby>を一疋殺し通仙が<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>建掛</rb><rt>たてかけ</rt></ruby>て置きしを夜中の事故一人も<ruby><rb>知者</rb><rt>しるもの</rt></ruby>なかりけり（南都にては<ruby><rb>春日</rb><rt>かすが</rt></ruby><ruby><rb>明神</rb><rt>みやうじん</rt></ruby>の<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>し給ふとて古へより<ruby><rb>鹿殺</rb><rt>しかころし</rt></ruby>は<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>しと云ふ）<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>所の人々見付けて<ruby><rb>立騷</rb><rt>たちさわ</rt></ruby>ぐ聲を聞き通仙の<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>も<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て見るに鹿の<ruby><rb>斃</rb><rt>たふれ</rt></ruby>て居る故<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>町役人へ屆け奈良奉行へ<ruby><rb>檢視</rb><rt>けんし</rt></ruby>を願ひ出でけるに通仙を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され吟味ありしかど<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より知らざる趣き<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>也然れども外に<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあた</rt></ruby>りの者や<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>と<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝと雖も一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>心當りもなしと申に奉行所に於ても其身が殺して己が家の前に<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>は無ければ通仙に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ぬ事は知れながら<ruby><rb>本人</rb><rt>ほんにん</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ざるゆゑ<ruby><rb>所拂</rb><rt>ところばら</rt></ruby>ひとなりしかば通仙は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく京都へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこし</rt></ruby><ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>を<ruby><rb>山脇</rb><rt>やまわき</rt></ruby>と改ため以前の如く<ruby><rb>外科</rb><rt>げくわ</rt></ruby>を業とすれども南都と<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby><ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>の場所故何事も思はしからず漸々に<ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>き<ruby><rb>煙</rb><rt>けふ</rt></ruby>りを立居たるに或日家内の者<ruby><rb>愛宕</rb><rt>あたご</rt></ruby>へ參りける<ruby><rb>留宅</rb><rt>るす</rt></ruby>へ<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>押入</rb><rt>おしいり</rt></ruby><ruby><rb>賣殘</rb><rt>うりのこ</rt></ruby>りし少しの道具を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひと</rt></ruby>られ彌々<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り又々大坂へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>しが<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に困窮を<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね終に通仙は病死し跡には母と娘のみ<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>に迫りしが<ruby><rb>當頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby><ruby><rb>鯛屋大和</rb><rt>たひややまと</rt></ruby>と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby><ruby><rb>狂歌</rb><rt>きやうか</rt></ruby>に名高く<ruby><rb>俳名</rb><rt>はいみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>貞柳</rb><rt>ていりう</rt></ruby>と云ひしが此者通仙と<ruby><rb>入魂</rb><rt>じゆこん</rt></ruby>なりし故妻子の難儀を見兼ねて世話をなしける處<ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>の藩中に<ruby><rb>小野田幸之進</rb><rt>をのだかうのしん</rt></ruby>と云人有りしが<ruby><rb>勘定頭</rb><rt>かんぢやうがしら</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め主用にて常々大坂へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>金談等</rb><rt>きんだんとう</rt></ruby>も取扱ひし故貞柳も<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>になり山脇が母子の樣子を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し御家中内に<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の口も有らば御世話下されよ娘の年は十八にして<ruby><rb>容顏</rb><rt>きりやう</rt></ruby>は<ruby><rb>沈魚</rb><rt>ちんぎよ</rt></ruby><ruby><rb>落鴈</rb><rt>らくがん</rt></ruby><ruby><rb>羞月</rb><rt>しうげつ</rt></ruby><ruby><rb>閉花</rb><rt>へいくわ</rt></ruby>とも<ruby><rb>謂</rb><rt>いひ</rt></ruby>つべき美人なりと申ければ幸之進も<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>者故大きに<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>もしく思ひ我等<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>四十歳に近けれども<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>にて構ひなくば母子ともに引取妻に致さんと云ふを夫は<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby>何分にも御頼み申とて<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>せしに大いに幸之進が心に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ母子共引取て大坂に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>不自由なき樣に金銀を送り半年ばかり世話せしに<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>主人の供にて江戸へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>るに付き母子にも<ruby><rb>路金</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>并びに<ruby><rb>手形</rb><rt>てがた</rt></ruby>を渡し<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より下り來るべしと申置きし故<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ東海道を下り<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て約束なれば深川の下屋敷へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>しけるに小野田は三年以前に先妻は<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>子供もなく住居も<ruby><rb>下邸</rb><rt>しもやしき</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>手廣</rb><rt>てひろ</rt></ruby>き暮しに付母娘共大きに<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>して幸之進を大切に<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けり夫より又半年程<ruby><rb>經過</rb><rt>たち</rt></ruby>主用にて又々大坂へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り尼ヶ崎へも<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよる</rt></ruby>べき事有りて金四百五十兩を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>の旅なれば<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>より<ruby><rb>乘掛</rb><rt>のりかけ</rt></ruby>が宜しと供人も<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>に<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>てぞ登りける

## 第三回

偖も小野田幸之進は主命に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て江戸屋敷を出立なし大坂へと<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>く<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>箱根も<ruby><rb>打越</rb><rt>うちこえ</rt></ruby>て江尻へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り急ぎの旅なれば<ruby><rb>翌曉</rb><rt>よくげう</rt></ruby><ruby><rb>寅刻頃</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>に出立しけるが江尻宿を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れて十町ばかり<ruby><rb>野合</rb><rt>のあひ</rt></ruby>へ掛る處へ向ふより二人の旅人<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り幸之進が馬の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>を行違ふ時<ruby><rb>拔手</rb><rt>ぬくて</rt></ruby>も見せず右の片足をばつさり<ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>しければ幸之進はアツト<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>馬より落る處を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>しも<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>ず突殺す故<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>は<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んと爲すを一人の旅人<ruby><rb>飛蒐</rb><rt>とびかゝつ</rt></ruby>て是をも切殺すに供の男は<ruby><rb>周章狼狽</rb><rt>あわてふためき</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずして<ruby><rb>迯歸</rb><rt>にげかへ</rt></ruby>りける故<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て盜賊は<ruby><rb>荷繩</rb><rt>になは</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>明荷</rb><rt>あけに</rt></ruby>の中に在りし金四百五十兩并びに幸之進が<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の中にありし二十兩餘りの金と<ruby><rb>大小</rb><rt>だいせう</rt></ruby><ruby><rb>衣類迄</rb><rt>いるゐまで</rt></ruby>も<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとり</rt></ruby>行衞も知れず<ruby><rb>迯去</rb><rt>にげさり</rt></ruby>ける依て彼の供人は江尻宿へ<ruby><rb>引返</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>し宿役人へ<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を改め<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を以て江戸表へ<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>其身も立歸りて<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申立てければ<ruby><rb>大守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>よりは公儀へ御屆けの上死骸は引取られしが大守は大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いから</rt></ruby>れ武士たる者一太刀も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せず殺されて用金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取られし事<ruby><rb>他聞</rb><rt>たぶん</rt></ruby>も宜しからず當家の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>改易</rb><rt>かいえき</rt></ruby>申付られ尤も<ruby><rb>憐愍</rb><rt>れんみん</rt></ruby>を以て家財は家内へ與へられたれば通仙が<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>お竹并びに娘お高は<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を<ruby><rb>追拂</rb><rt>おひはら</rt></ruby>はれ富澤町に若松屋金七と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>幸之進と<ruby><rb>入魂</rb><rt>じゆこん</rt></ruby>故此者の方へ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>り世話になりけるが如何なる<ruby><rb>過去</rb><rt>くわこ</rt></ruby>の因縁にや漸々小野田が方へ縁付<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>せしに間もなく又もや思ひの外の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>にて再び<ruby><rb>流浪</rb><rt>るらう</rt></ruby>の身となり親子涙の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>く<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>なき所に廿日ばかり<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>より出火と<ruby><rb>云程</rb><rt>いふほど</rt></ruby>こそあれ大火となり若松屋金七も<ruby><rb>類燒</rb><rt>るゐせう</rt></ruby>しければ是までの如くは<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>世話にも<ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>く如何はせんと思ひし<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>竹本君太夫と云ふ<ruby><rb>淨瑠璃語</rb><rt>じやうるりかた</rt></ruby>り金七が<ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>に在りし頃よりの<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>にて火事見舞に來りしを幸ひ小野田が後家の身の上を<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>ければ君太夫も大坂者ゆゑ一しほ思ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り夫は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>御難儀なるべし<ruby><rb>片田舍</rb><rt>かたゐなか</rt></ruby>なれども當分<ruby><rb>御凌</rb><rt>おしの</rt></ruby>ぎに淺草今戸の町へ<ruby><rb>御越</rb><rt>おこし</rt></ruby>あれとて荷物を<ruby><rb>運送</rb><rt>はこば</rt></ruby>せ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>らせけるに<ruby><rb>日數</rb><rt>ひかず</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひお高は<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思ふ樣幸之進殿盜賊の手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>給ひしは<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>御無念</rb><rt>ごむねん</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>おは</rt></ruby>すらん<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>武士に有るまじき事と<ruby><rb>諸人</rb><rt>しよにん</rt></ruby>に<ruby><rb>笑</rb><rt>わらは</rt></ruby>れ給ふ事如何にも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き次第なり我も女には生れたれども<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとり</rt></ruby>幸之進殿に<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせ<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>一ツには<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby><ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>き浪人の身の上母公の養育にもさし<ruby><rb>支</rb><rt>つか</rt></ruby>へるは<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>なり且敵を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>るに女の身なれば多くの人に<ruby><rb>交際</rb><rt>まじは</rt></ruby>るには遊女に<ruby><rb>如事</rb><rt>しくこと</rt></ruby>なし彼の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>幸之進殿<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せられし大小印形に<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>衣類紙入<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>は妾が<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬひ</rt></ruby>たれば覺えあり是を證據に神佛へ<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ひを掛け尋ね出し敵を<ruby><rb>討</rb><rt>うた</rt></ruby>で置くべきやと一心を<ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>て君太夫に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>其許樣</rb><rt>そのもとさま</rt></ruby>には常々吉原へ<ruby><rb>入込</rb><rt>いりこみ</rt></ruby>給へば私しの身を遊女に<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>にて母の身の上を御世話下され度<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜樣</rb><rt>よきやう</rt></ruby>に御取計ひ給はれと頼みければ君太夫<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>は爲すものゝ又<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れを<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>し<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に驚き入たる<ruby><rb>御志操</rb><rt>おこゝろざし</rt></ruby>なれども夫よりは<ruby><rb>貴孃</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>御縹緻</rb><rt>ごきりやう</rt></ruby>なれば御縁の口は何程も有るべし我等<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たれば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>給へと云ふに<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>縁付も<ruby><rb>氣兼</rb><rt>きがね</rt></ruby>が否なれば<ruby><rb>氣樂</rb><rt>きらく</rt></ruby>に遊女奉公を<ruby><rb>勤度</rb><rt>つとめたし</rt></ruby>と<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て望むにより<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より吉原は心安き所故松葉屋半左衞門方へ<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>しけるに<ruby><rb>縹緻</rb><rt>きりやう</rt></ruby>と云ひ<ruby><rb>藝</rb><rt>げい</rt></ruby>と云ひ殊に歳頃も彼の望む處なれば<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>二十八までの<ruby><rb>積</rb><rt>つもり</rt></ruby>にて目見しけるに大いに心に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ身代金百五十兩と<ruby><rb>取極</rb><rt>とりきめ</rt></ruby>君太夫が<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>にて母の<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>も<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>新吉原松葉屋半左衞門方へぞ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りける

## 第四回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に新吉原松葉屋にては彼のお高を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ樣子を<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>に書は<ruby><rb>廣澤</rb><rt>くわうたく</rt></ruby>を<ruby><rb>學</rb><rt>まな</rt></ruby>び<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>は<ruby><rb>生田流</rb><rt>いくたりう</rt></ruby><ruby><rb>揷花</rb><rt>いけばな</rt></ruby>は遠州流茶事より歌<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>に至るまで是を知らずと云ふ事なく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>容貌</rb><rt>ようばう</rt></ruby><ruby><rb>美麗</rb><rt>うるはし</rt></ruby>く眼に千金の色を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み<ruby><rb>物事</rb><rt>ものごと</rt></ruby><ruby><rb>柔和</rb><rt>やはらか</rt></ruby>にして名にし負ふ大和詞なれば<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>ありて<ruby><rb>朋輩</rb><rt>ほうばい</rt></ruby>の中も<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく<ruby><rb>怜悧</rb><rt>れいり</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かの中に<ruby><rb>廓言葉</rb><rt>さとことば</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>八文字の<ruby><rb>踏樣迄</rb><rt>ふみやうまで</rt></ruby>も覺えしかば松葉屋の<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby>大方ならず近き中に<ruby><rb>突出</rb><rt>つきだし</rt></ruby>にせんとて名を<ruby><rb>選</rb><rt>えら</rt></ruby>みしに初代の瀬川は大傳馬町の<ruby><rb>或大盡</rb><rt>あるだいじん</rt></ruby>に<ruby><rb>根引</rb><rt>ねびき</rt></ruby>せられ其後名を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぐ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>の者なければ暫く<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たれども是迄瀬川に<ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>ぶ全盛なし<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へしお高は元の瀬川に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れるとも<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>るまじとて瀬川と名を付け新造<ruby><rb>禿迄</rb><rt>かぶろまで</rt></ruby>を<ruby><rb>選</rb><rt>えら</rt></ruby>び突出しの<ruby><rb>仕着</rb><rt>しきせ</rt></ruby>より茶屋々々の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>に至る迄も花々敷吉原中<ruby><rb>大評判</rb><rt>おほひやうばん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>しの日より<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>の<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>る間なく如何なる老人<ruby><rb>醜</rb><rt>みにく</rt></ruby>き男にても<ruby><rb>麁末</rb><rt>そまつ</rt></ruby>に扱はざれば人々皆<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>を<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひ入り來る故實に松葉屋の<ruby><rb>大黒柱</rb><rt>だいこくばしら</rt></ruby><ruby><rb>金箱</rb><rt>かねばこ</rt></ruby>と<ruby><rb>持</rb><rt>もて</rt></ruby>はやされ<ruby><rb>全盛</rb><rt>ぜんせい</rt></ruby><ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>ぶ方なく時めきける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>其年も暮て享保七年四月<ruby><rb>中旬</rb><rt>なかば</rt></ruby><ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>の客仲の町の<ruby><rb>桐屋</rb><rt>きりや</rt></ruby>と云ふ茶屋より松葉屋へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りけるに三人連にて<ruby><rb>歴々</rb><rt>れき〱</rt></ruby>と見え<ruby><rb>歌浦</rb><rt>うたうら</rt></ruby><ruby><rb>八重咲</rb><rt>やへざき</rt></ruby><ruby><rb>幾世</rb><rt>いくよ</rt></ruby>とて何も<ruby><rb>晝三</rb><rt>ちうさん</rt></ruby>の<ruby><rb>名題</rb><rt>なだい</rt></ruby>遊女を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>廿日程の中に十四五日續けて來りしに<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>も二日づつは居續けに遊びしが或時<ruby><rb>遣手</rb><rt>やりて</rt></ruby>若い者を呼て我等は八丁堀に旅宿して<ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>へは歸らぬ<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り上方より御當地は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>く來年にならば古郷は親類に<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby><ruby><rb>江戸住居</rb><rt>えどずまひ</rt></ruby>に致さんと思ふなり夫に附て在所へ金五百兩程<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したり<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>には少しなれども四百兩有れば五六日御亭主へ預けたし<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>は我々江の島鎌倉へ參る間<ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>になる故預けて行きたし頼み入と申ければ若い者<ruby><rb>遣手</rb><rt>やりて</rt></ruby>詞を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ御茶屋へ御預けなさるゝは<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>此方にては御預かり申まじと云ひけるに<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は大いに<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり茶屋へも<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し其の上にて預け申さん御亭主へ<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>して給はれと申故松葉屋にても<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>上方の大盡なるべしと茶屋を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>右の話をなしたるに上方の衆は關東者と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>候へば物を<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>くする心ならんとて松葉屋桐屋共に<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>に及びしかば大金を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し五六日預かり給はれと<ruby><rb>謂</rb><rt>いひ</rt></ruby>しに桐屋の亭主其御金は<ruby><rb>御宿</rb><rt>おやど</rt></ruby>へ御預けなされては如何に候やと云ふに彼の客然れば宿は<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の者ゆゑ金銀を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ふ事を<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>致せば預ける事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ難し<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は金を遣ひなくしたりと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り又々五百兩程<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>へ取りに遣はしたれば此金は見せ難しとの<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>ゆゑ松葉屋桐屋は金を遣はせるが<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばひ</rt></ruby>に付き<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に候はゞ御預り申さんと云ふを客は<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>御兩所より一札を申<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>我々も念の爲預けたる證文を入れ申さんと<ruby><rb>硯</rb><rt>すゞり</rt></ruby>を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>一札を<ruby><rb>記載</rb><rt>したゝめ</rt></ruby>三人の名の下へ印を<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>て預りの一札と<ruby><rb>引換</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>になし<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より急がぬ旅なれど<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>を見定め出立致さん夫迄は遊び暮すべしとて<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>ぞ居續ける其日は<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>にて瀬川が<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>の客も歸り何か用の有りとて<ruby><rb>内證</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>へ行きしに右の一札を女房に<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せ居たるを何心なく<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>りと見るに見知りたる<ruby><rb>書體</rb><rt>しよてい</rt></ruby>と云ひ夫幸之進が印形に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たる故主人より<ruby><rb>借</rb><rt>か</rt></ruby>りて<ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに田原源八小笠原佐七後藤平四郎と云ふ名前にて<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>は平四郎と云ふ名の下に<ruby><rb>捺</rb><rt>おし</rt></ruby>て有り偖は此者こそ<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を殺したる者なるべけれと思ひ此人は<ruby><rb>何屋</rb><rt>なにや</rt></ruby>より送られし客人なるやと聞けば女房<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて夫は桐屋からの客人なり金を四百兩預けられしが<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも<ruby><rb>歴々</rb><rt>れき〱</rt></ruby>の人ならんと云ふをそこ〱に<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>なし我が<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>身拵</rb><rt>みごしら</rt></ruby>へして新造禿を引連兵庫屋へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>途</rb><rt>と</rt></ruby>中桐屋へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>歌浦さんの御客は上方の衆かと<ruby><rb>問</rb><rt>とへ</rt></ruby>ば女房<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>で<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>御前樣の<ruby><rb>御言葉</rb><rt>おものごし</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なさると云ふを聞き三人ながら<ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>ばかりか江戸の衆も一座かと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に御三人とも<ruby><rb>大津</rb><rt>おほつ</rt></ruby>とか云ふ所の御方と答ふるを偖は古郷を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して大津と僞りしならんと思ひ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や知つた御方なるか三人の<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>の物を見せてと云ふに女房は何の氣も<ruby><rb>付</rb><rt>つか</rt></ruby>ず出して見せれば平四郎と云ふ者の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>は<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方なき<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>幸之進が<ruby><rb>差料</rb><rt>さしれう</rt></ruby>なり印形と云ひ<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>と云ひ敵は平四郎に<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>つたりと思ひ其平さんとやらの女郎衆はと<ruby><rb>問</rb><rt>とへ</rt></ruby>ば<ruby><rb>八重咲樣</rb><rt>やへざきさま</rt></ruby>と云ふを聞き<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に其所を立出兵庫屋迄行きしが急病と僞り先松葉屋へ立歸りて<ruby><rb>心靜</rb><rt>こゝろしづか</rt></ruby>に<ruby><rb>身拵</rb><rt>みごしら</rt></ruby>へなし<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と歌浦が座敷を<ruby><rb>覗</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに彼の三人は<ruby><rb>有頂天</rb><rt>うちやうてん</rt></ruby>に成りて遊び戯ふれ居しが其中の一人は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て知りたる源八なり是は歌浦が客と聞き<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>心立</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き源八にて兩親の<ruby><rb>憂</rb><rt>うき</rt></ruby><ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>し給ふも<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>ゆゑとは思へども敵にも有らぬ者を殺しては<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ず印形と<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>が證據なれば平四郎こそ幸之進が敵なりと思ひ定めて座敷の<ruby><rb>引</rb><rt>ひけ</rt></ruby>るを<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり

## 第五回

<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>其夜も<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby>過皆々<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>へ入たる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>にて<ruby><rb>座敷々々</rb><rt>ざしき〱</rt></ruby>も<ruby><rb>寂</rb><rt>しん</rt></ruby>と成ければ<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>は<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>の<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>八重咲</rb><rt>やへざき</rt></ruby>の座敷へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>八重咲</rb><rt>やへざき</rt></ruby>さん〱と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>に<ruby><rb>八重咲</rb><rt>やへざき</rt></ruby>は何の<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>も<ruby><rb>付</rb><rt>つか</rt></ruby>ずアイと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて<ruby><rb>廊下</rb><rt>らうか</rt></ruby>へ出るを<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か用を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み外へ<ruby><rb>遣置</rb><rt>やりおき</rt></ruby><ruby><rb>急立</rb><rt>せきたつ</rt></ruby><ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて<ruby><rb>覗見</rb><rt>のぞきみ</rt></ruby>るに<ruby><rb>平</rb><rt>へい</rt></ruby>四郎は<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>凭</rb><rt>もた</rt></ruby>れて<ruby><rb>鼻唄</rb><rt>はなうた</rt></ruby>を<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>ひ居るにぞ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なんしたと<ruby><rb>屏風</rb><rt>びやうぶ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>に御聞申事が<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>と<ruby><rb>布團</rb><rt>ふとん</rt></ruby>の上へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りけれども<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の氣も<ruby><rb>付</rb><rt>つか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>を<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えたかと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>さま彼の<ruby><rb>懷劍</rb><rt>くわいけん</rt></ruby>を<ruby><rb>胴腹</rb><rt>どうばら</rt></ruby>へ<ruby><rb>突込</rb><rt>つきこみ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>平</rb><rt>へい</rt></ruby>四郎はアツト<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>仰向</rb><rt>のつけ</rt></ruby>に<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ七<ruby><rb>轉</rb><rt>てん</rt></ruby>八<ruby><rb>倒</rb><rt>たう</rt></ruby>なす<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>隣の<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>は源八<ruby><rb>歌浦</rb><rt>うたうら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>此聲</rb><rt>このこゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>るを<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れも<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>さぬぞと<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>八へ<ruby><rb>突掛</rb><rt>つきかゝ</rt></ruby>るに源八は<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひも寄ぬ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>なれば<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の手を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>して<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>を<ruby><rb>挈取</rb><rt>もぎとら</rt></ruby>んとせし處を<ruby><rb>切先</rb><rt>きつさき</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を<ruby><rb>突貫</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>されヤアと<ruby><rb>躊躇</rb><rt>たちろく</rt></ruby>を<ruby><rb>隙</rb><rt>すか</rt></ruby>さず<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のどもと</rt></ruby>へ<ruby><rb>突貫</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>さんとしけれども<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby><ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ひて<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>より口まで<ruby><rb>斬付</rb><rt>きりつけ</rt></ruby>たり源八<ruby><rb>悶</rb><rt>もだえ</rt></ruby>ながら顏を見ればお<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>なりしにぞ<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>三と<ruby><rb>蹴倒</rb><rt>けたふ</rt></ruby>して<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>を<ruby><rb>飛出</rb><rt>とびいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の<ruby><rb>佐</rb><rt>さ</rt></ruby>七と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずして<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>けり然ば<ruby><rb>松葉屋</rb><rt>まつばや</rt></ruby>の二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>は<ruby><rb>天地</rb><rt>てんち</rt></ruby>も<ruby><rb>覆</rb><rt>くつが</rt></ruby>へるばかりの<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎになり<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby><ruby><rb>半左衞門</rb><rt>はんざゑもん</rt></ruby>を始として<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>來り見るに<ruby><rb>平</rb><rt>へい</rt></ruby>四郎は<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby><ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>の<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>にのた<ruby><rb>打廻</rb><rt>うちまは</rt></ruby>り<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>は<ruby><rb>懷劔</rb><rt>くわいけん</rt></ruby>を<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>に<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひて<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしかば是は<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>氣付</rb><rt>きつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へて<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>なりと申<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>半左衞門</rb><rt>はんざゑもん</rt></ruby><ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに驚き<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>町役人</rb><rt>ちやうやくにん</rt></ruby>を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き相談に及ぶ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>若松屋</rb><rt>わかまつや</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>七<ruby><rb>竹本君太夫</rb><rt>たけもときみたいふ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に瀬川の母も<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけきた</rt></ruby>り<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>なりと<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びしが<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の二人を<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>したる<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>と云に<ruby><rb>半左衞門</rb><rt>はんざゑもん</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>事故</rb><rt>わけ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さば<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の二人が一<ruby><rb>座</rb><rt>ざ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なし何か身に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>ればこそ<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>せしと<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えたりと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も明渡りしかば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡<ruby><rb>越前守殿</rb><rt>ゑちぜんのかみどの</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出けるに<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の者來りて<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>手負</rb><rt>ておひ</rt></ruby>の者に<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を聞共一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>言舌</rb><rt>ごんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>も知れざれば<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>をさせ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>の<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取て<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>は立歸り<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き申立しに<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>たる<ruby><rb>手負</rb><rt>ておひ</rt></ruby>は<ruby><rb>深手</rb><rt>ふかで</rt></ruby>か<ruby><rb>淺手</rb><rt>あさて</rt></ruby>かと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるれば二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>は<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>の<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>は<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>ならんと瀬川申候と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>を聞れ<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>には<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>たる<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>なり<ruby><rb>市中廻</rb><rt>しちうまはり</rt></ruby>の者に<ruby><rb>下知</rb><rt>げぢ</rt></ruby>なし<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>候へと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>并に母お<ruby><rb>竹</rb><rt>たけ</rt></ruby><ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby><ruby><rb>君太夫</rb><rt>きみたいふ</rt></ruby><ruby><rb>松葉屋</rb><rt>まつばや</rt></ruby><ruby><rb>桐屋</rb><rt>きりや</rt></ruby><ruby><rb>以下</rb><rt>いか</rt></ruby>呼出され瀬川の<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>と云は<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>なるやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに瀬川は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>の<ruby><rb>藩中</rb><rt>はんちう</rt></ruby><ruby><rb>小野田幸之進</rb><rt>をのだかうのしん</rt></ruby>と申者にて<ruby><rb>主用</rb><rt>しゆよう</rt></ruby><ruby><rb>有之</rb><rt>これあり</rt></ruby>上方へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り候<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>江尻宿</rb><rt>えじりじゆく</rt></ruby>にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>主人の金四百五十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に其身<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>の<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>二十<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>大小まで<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取られ家も<ruby><rb>斷絶仕</rb><rt>だんぜつつかま</rt></ruby>つりしのみか<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>されしは武士の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>とて一家中<ruby><rb>幸之進</rb><rt>かうのしん</rt></ruby>の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>以ての<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>く<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>候まゝ神佛へ<ruby><rb>誓</rb><rt>ちかひ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く敵を<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>て候と申立しかば大岡殿<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思はれ其方敵の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>え居たるや<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なしと有しに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby><ruby><rb>其事</rb><rt>そのこと</rt></ruby>は上方の<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>三人半左衞門へ金四百兩<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け候とて<ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby>を<ruby><rb>取替</rb><rt>とりかは</rt></ruby>せしに<ruby><rb>後藤</rb><rt>ごとう</rt></ruby><ruby><rb>平</rb><rt>へい</rt></ruby>四郎と申名の下に<ruby><rb>捺</rb><rt>おし</rt></ruby>たる<ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>は幸之進の實印に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく然れども<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>ばかりにて<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>め<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>茶屋</rb><rt>ちやや</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>の物を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見候に<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>致し居に付<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>敵に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>討果</rb><rt>うちはた</rt></ruby>して候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へるを<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>かれ何樣<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なる申分なり然ど今一人に<ruby><rb>斬付</rb><rt>きりつけ</rt></ruby>たりと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>は是も敵なりやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>其者は<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>八と申て<ruby><rb>同郷</rb><rt>どうがう</rt></ruby>の者にて<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しへ<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を申掛候<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し親どもへも<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>を掛一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからぬ者に付同惡と<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>仇討</rb><rt>あだうち</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げ致し候故<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を付候と申ければして又其方<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さん爲に遊女<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めしや外に<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ<ruby><rb>有歟</rb><rt>あるか</rt></ruby>と<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>其儀は<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>の通りの<ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>一人<ruby><rb>有之</rb><rt>これあり</rt></ruby><ruby><rb>君太夫</rb><rt>きみたいふ</rt></ruby>とても<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〲</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>居も心苦<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>又金七と申者も<ruby><rb>火難</rb><rt>くわなん</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に候故<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上遊女<ruby><rb>奉公仕</rb><rt>ほうこうつかま</rt></ruby>つり其金を以て母の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>に當候と少しも<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく申立る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>如何にも<ruby><rb>誠心</rb><rt>せいしん</rt></ruby>に見えければ<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>大いに感じられ其方事女には<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>なり<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんとて一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>相濟迄</rb><rt>あひすむまで</rt></ruby>瀬川は<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>られ皆々下られけり夫より<ruby><rb>大岡殿</rb><rt>おほをかどの</rt></ruby>源八<ruby><rb>佐</rb><rt>さ</rt></ruby>七が<ruby><rb>人相</rb><rt>にんさう</rt></ruby><ruby><rb>疵等</rb><rt>きずとう</rt></ruby>を證據に役人に申付られ<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>近在迄</rb><rt>きんざいまで</rt></ruby>も<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>あると雖も一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ざりけり

## 第六回

大岡殿<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>役人を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>の盜賊共數日になれども更に<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>知れず<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て其方共<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り江戸中の<ruby><rb>外療醫</rb><rt>ぐわいれうい</rt></ruby>を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>して見よ<ruby><rb>似寄</rb><rt>により</rt></ruby>の者あるべきぞと<ruby><rb>指揮</rb><rt>さしづ</rt></ruby>ありしに付八方へ分れて<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>へ掛り外療醫者を呼出し<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べ<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しに一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>右體の<ruby><rb>怪我人</rb><rt>けがにん</rt></ruby>見當らざる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を申により又外々の名主へ掛り尋けるに<ruby><rb>下谷</rb><rt>したや</rt></ruby><ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>道達</rb><rt>だうたつ</rt></ruby>とて表へは<ruby><rb>賣藥</rb><rt>ばいやく</rt></ruby><ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>を出し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>外療醫</rb><rt>ぐわいれうい</rt></ruby>をなす者の申口に當月廿二日の夜<ruby><rb>丑滿頃</rb><rt>うしみつごろ</rt></ruby><ruby><rb>侍</rb><rt>さふら</rt></ruby>ひ體の者二人<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>をこぢ明て入來り一人は<ruby><rb>拔身</rb><rt>ぬきみ</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>一人は私しを<ruby><rb>捕</rb><rt>とらへ</rt></ruby>て此<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せ然もなくば<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころす</rt></ruby>と申候に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろ無<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>致し<ruby><rb>膏藥</rb><rt>かうやく</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候處<ruby><rb>本復</rb><rt>ほんぷく</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>に禮すると云て行方も知れず出行候と申ければ<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>住所は何處とも云ざりしかと問ふに<ruby><rb>道達</rb><rt>だうたつ</rt></ruby>夜中に<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこみ</rt></ruby>候<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>の者共に候へば一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>や所は申さずと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふるにぞ<ruby><rb>大概</rb><rt>おほかた</rt></ruby>其者ならんと思へども手<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>は何方なりやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねるに<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>より<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>まで一ヶ所二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>四寸ばかり<ruby><rb>突疵</rb><rt>つききず</rt></ruby>之あり<ruby><rb>兩處</rb><rt>りやうしよ</rt></ruby>ともに<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬひ</rt></ruby>候と申ければ夫にて<ruby><rb>分明</rb><rt>わかり</rt></ruby>たりとて<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby>申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>しかば大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へられ<ruby><rb>非人小屋</rb><rt>ひにんごや</rt></ruby>又は大寺の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下其<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>人の<ruby><rb>住</rb><rt>すま</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>明堂</rb><rt>あきだう</rt></ruby>などに心を付よと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されしに付役人は八方に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り諸所を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねしに一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れざりしが原田平左衞門と云<ruby><rb>市中</rb><rt>しちう</rt></ruby>廻の<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>或夜<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>根津</rb><rt>ねづ</rt></ruby>の方より<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>池</rb><rt>いけ</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>へ<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りしに誰やらん堀を<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby><ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>を乘越て上野の山内へ<ruby><rb>入者</rb><rt>いるもの</rt></ruby>ありしかば大いに<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>み<ruby><rb>田村權右衞門</rb><rt>たむらごんゑもん</rt></ruby>へ申斷り<ruby><rb>内密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に清水門より入りて見廻けるに夫ぞと思ふ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>もなけれど中堂の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下何となく怪し氣に思はるゝ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>へ身を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めて<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居たりしに<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>夜の<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby><ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>とも覺しき頃<ruby><rb>散々</rb><rt>ちら〱</rt></ruby>と火の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えたりしが忽ち<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>し故<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>心を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひたれば<ruby><rb>莨</rb><rt>たばこ</rt></ruby>の火にや<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>けん<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えては<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>るにぞ是は曲者に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなしと<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に供の者を使に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し奉行所に通じければ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>捕方の者<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけきた</rt></ruby>りしが<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>は明ざるに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>四方へ<ruby><rb>手配</rb><rt>てくば</rt></ruby>りをなし山同心をも<ruby><rb>借集</rb><rt>かりあつめ</rt></ruby>て取卷せ夜明方に<ruby><rb>原田平左衞門</rb><rt>はらだへいざゑもん</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじめ</rt></ruby><ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこみ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>も<ruby><rb>暖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>かに<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>て二人<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>り居る故是程の<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎを知らざるは<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>の<ruby><rb>寢惚</rb><rt>ねばう</rt></ruby>なるか腰が拔たるかと同心<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>と聲<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>飛掛</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>つて捕るに驚き<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>しけるを<ruby><rb>矢庭</rb><rt>やには</rt></ruby>に二人とも<ruby><rb>生捕</rb><rt>いけどり</rt></ruby><ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>しは心地よくこそ見えたりけり<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て二人とも入牢申付られしが吉原に<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>し<ruby><rb>手負</rb><rt>ておひ</rt></ruby>の平四郎は四日<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>に<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>し故<ruby><rb>檢視</rb><rt>けんし</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は小塚原へ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>べき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申渡されけれ共内々<ruby><rb>松葉屋</rb><rt>まつばや</rt></ruby>より<ruby><rb>葬</rb><rt>はうふ</rt></ruby>りけるとかや

## 第七回

然程に上野中堂に於て<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとられ</rt></ruby>たる曲者二人を<ruby><rb>引出</rb><rt>ひきいだ</rt></ruby>し調べられしに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>が申立し人相并に<ruby><rb>疵所等迄</rb><rt>きずしよとうまで</rt></ruby>相違なき故大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>曲者に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方ども<ruby><rb>上野</rb><rt>うへの</rt></ruby>中堂の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>の下に<ruby><rb>隱住</rb><rt>かくれすむ</rt></ruby>事何故なるや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと有に兩人共一言の<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>も出來<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き有樣にて<ruby><rb>俯伏</rb><rt>うつぶし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るを重ねて其方共夜中<ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby><ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby><ruby><rb>道達</rb><rt>だうたつ</rt></ruby>方へ押込刄物を以て<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>し<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>させ上野に<ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>れ住は身に<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き處有故ならずや<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せず共<ruby><rb>此科</rb><rt>このとが</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て首はなきものと心得よ<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>ては<ruby><rb>南都</rb><rt>なんと</rt></ruby>以來の<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず白状致せ<ruby><rb>左</rb><rt>さ</rt></ruby>もなき時は<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申付る<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すは死する身に<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>なるべしと申さるゝに<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>八佐七の兩人<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上我々は上方者にて<ruby><rb>御當地</rb><rt>ごたうち</rt></ruby>に知人もなく<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>事を得ず御山内に<ruby><rb>住居仕</rb><rt>すまひつかま</rt></ruby>つり候と申立るを大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と笑はれ<ruby><rb>白痴</rb><rt>たはけ</rt></ruby>め知人なしとて宿屋もあり<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>が罪は明白に<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れて居るぞ<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>に於て<ruby><rb>小野田幸之進</rb><rt>をのだかうのしん</rt></ruby>を殺し四百五十兩の金其外金銀衣類大小を奪ひ取たる事<ruby><rb>松葉屋</rb><rt>まつばや</rt></ruby>の二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>にて平四郎<ruby><rb>手負</rb><rt>ておひ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及び<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に源八は本人なりと申たりサア<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>らしく<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すなと申されしかば兩人共一言の<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へもなく居たりしかば大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはれ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>も申通り其方共の大罪は<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れて有共白状せぬ中は<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>申付ざる事法令なり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>より<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申付る夫より<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく白状して<ruby><rb>最後</rb><rt>さいご</rt></ruby>を<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>くせよ<ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>にも<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby>せし者は夫丈に名を<ruby><rb>潔</rb><rt>きよ</rt></ruby>く致せと云れけるに源八は<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をせし<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>にて<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の如く我々白状致すべし先第一は<ruby><rb>南都</rb><rt>なんと</rt></ruby>に於て<ruby><rb>大森通仙</rb><rt>おほもりつうせん</rt></ruby>娘お高に<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し戀の<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>に鹿を殺し<ruby><rb>通仙</rb><rt>つうせん</rt></ruby>の家の前へ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しにより通仙は<ruby><rb>奈良</rb><rt>なら</rt></ruby>を<ruby><rb>追拂</rb><rt>おひはら</rt></ruby>はれ京都に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>の時<ruby><rb>留守宅</rb><rt>るすたく</rt></ruby>へ忍び入衣類を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取<ruby><rb>大津</rb><rt>おほつ</rt></ruby>へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>賭博を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>佐七平四郎と兄弟分になり<ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>より<ruby><rb>東海道</rb><rt>とうかいだう</rt></ruby>を<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby><ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>は江戸へも立出候處<ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>家中の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>金用にて出立と<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>の咄を耳に<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>み神奈川より付て參り<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>に於て其<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>を切殺し<ruby><rb>金銀</rb><rt>きんぎん</rt></ruby><ruby><rb>諸品</rb><rt>しよしな</rt></ruby><ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取候と申立ければ<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よき白状<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なり又<ruby><rb>幸之進</rb><rt>かうのしん</rt></ruby>を殺せしは<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>にて<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>を殺たるは誰なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに幸之進を殺たるは<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しにて馬士を殺し候は平四郎なりと申故シテ松葉屋へ金を預けんとせしは如何なる故ぞと有に源八<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>は私し共を<ruby><rb>確實</rb><rt>たしか</rt></ruby>に見せ置松葉屋の<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>大方<ruby><rb>見定</rb><rt>みさだ</rt></ruby>め候間同家の金銀<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひとら</rt></ruby>ん爲故と金子を<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け候と一々白状に及びしかば是にて落着致し五月九日吉原町引合の者并に<ruby><rb>尼</rb><rt>あま</rt></ruby>ヶ崎の城主<ruby><rb>松平縫頭殿</rb><rt>まつだひらぬひのかみどの</rt></ruby><ruby><rb>留守居等</rb><rt>るすゐとう</rt></ruby>殘らず呼出され大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>右留守居に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ先年<ruby><rb>江尻宿</rb><rt>えじりじゆく</rt></ruby>に於て松平縫殿頭家來<ruby><rb>小野田幸之進</rb><rt>おのだかうのしん</rt></ruby>と申者盜賊に<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せられ金銀を<ruby><rb>奪</rb><rt>うばひ</rt></ruby>取れたる由今度其<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>取押へし處<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>殘金有之と雖も其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>屆</rb><rt>どゞけ</rt></ruby>出之なきに付<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へ御取上に相成間其段心得られよと申渡され留守居は恐入<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つると云て立歸る次に<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>と呼れ其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>夫にて<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはれとて源八佐七<ruby><rb>南都</rb><rt>なんと</rt></ruby><ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>の事共今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>申立よと云れし時兩人<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>白状なせしかば<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby>大いに驚き<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じける時に瀬川は<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め扨は源八こそ親夫の敵にて有しを討止さりし事口惜く候と申立るを大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>源八を殺せば<ruby><rb>事故</rb><rt>こと</rt></ruby>明白に<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らず源八<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>故に<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>分りしなり<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に少々にても<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を付たれば敵を討しも同前知れ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き惡人共我手に入しは<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>への<ruby><rb>御奉公</rb><rt>ごほうこう</rt></ruby>親の<ruby><rb>讐</rb><rt>あだ</rt></ruby>のみならず本夫の敵まで討たるは忠孝貞と<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひし<ruby><rb>烈婦</rb><rt>れつぷ</rt></ruby>と云べし吉原町<ruby><rb>始</rb><rt>はじま</rt></ruby>りしより<ruby><rb>以降</rb><rt>このかた</rt></ruby>斯る遊女有べからずと<ruby><rb>賞美</rb><rt>しやうび</rt></ruby>ありしかば瀬川は云も<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>なり抱へ主松葉屋<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>も面目を<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>し其外聞居たる<ruby><rb>公事訴訟人迄</rb><rt>くじそしようにんまで</rt></ruby><ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>ぜぬ者ぞ無りける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>源八は<ruby><rb>打首</rb><rt>うちくび</rt></ruby>の上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>佐七は<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申渡されしとぞ

## 第八回

此時大岡<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>松葉屋<ruby><rb>半左衞門</rb><rt>はんざゑもん</rt></ruby>と呼れ其方<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ぜぬ事とは申ながら盜人の金を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りしは<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり又瀬川事遊女<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby><ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らるゝ同瀬川の身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>は<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>より後の<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>たるべし尚又<ruby><rb>存寄有</rb><rt>ぞんじよりある</rt></ruby>やと尋らるゝに半左衞門<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで首を上敵討<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり候程の孝心なる<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>何とて<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>をさせ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候はんや殊更渠等白状の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きにては私し方へ<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいり</rt></ruby>盜み致す<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>の由<ruby><rb>盜難</rb><rt>たうなん</rt></ruby>を遁れ候も全く瀬川の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きに候へば然のみ<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>も之なく且又私し<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>への遊女敵討<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つりしと申事外聞も<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しく<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て一向に申分御座なく候と申により<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なりと有て盜賊より<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし金四百兩は取上の上<ruby><rb>富澤</rb><rt>とみざは</rt></ruby>町金七<ruby><rb>淨瑠璃語</rb><rt>じやうるりかたり</rt></ruby><ruby><rb>君</rb><rt>きみ</rt></ruby>太夫へ渡され其方共<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>親子の者を<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>致し候段<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なり瀬川事討<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き讐を討其<ruby><rb>手筋</rb><rt>てすぢ</rt></ruby>にて科人相知れ其身の<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby><ruby><rb>公邊</rb><rt>かみ</rt></ruby>への御奉公<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に思召<ruby><rb>幸之進</rb><rt>かうのしん</rt></ruby>取れ候<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>の中四百兩<ruby><rb>相殘</rb><rt>あひのこ</rt></ruby>り候に付瀬川へ下さるゝ間<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>諸共<ruby><rb>流浪</rb><rt>るらう</rt></ruby>致さぬ樣取計らひ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せと申渡され<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き旨之を申<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby><ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>みて下りけり依て<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>が評判江戸中<ruby><rb>鳴渡</rb><rt>なりわた</rt></ruby>り諸方より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと云者<ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>あれ共<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>は是を<ruby><rb>承引</rb><rt>うけひ</rt></ruby>かず今迄の<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>とても世に云<ruby><rb>苦勞性</rb><rt>くらうしやう</rt></ruby>なるべし遁世して父と夫の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ふこそ誠の<ruby><rb>安樂</rb><rt>あんらく</rt></ruby>成んとて<ruby><rb>幡隨院</rb><rt>ばんずゐゐん</rt></ruby>の弟子となり<ruby><rb>剃髮</rb><rt>ていはつ</rt></ruby><ruby><rb>染衣</rb><rt>ぜんい</rt></ruby>に状を變名を<ruby><rb>自貞</rb><rt>じてい</rt></ruby>と改め<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>今戸に<ruby><rb>庵</rb><rt>いほり</rt></ruby>を結び<ruby><rb>再法庵</rb><rt>さいほふあん</rt></ruby>と號し母諸共に<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>ひ濟し安く浮世を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>せしとかや<ruby><rb>庵</rb><rt>いほり</rt></ruby>の壁に<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の<ruby><rb>和歌</rb><rt>わか</rt></ruby>ありけるが其中に

いけ<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>に夜な〱<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>は<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>れども水もにごらず月もけがさず

其次三代<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>の瀬川も名高き<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>成しが<ruby><rb>丁字屋</rb><rt>ちやうじや</rt></ruby>の<ruby><rb>雛鶴</rb><rt>ひなづる</rt></ruby>とは常々心安かりしに身請せられし時の文に

<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候へば<ruby><rb>此廓</rb><rt>このさと</rt></ruby>の火宅を今日しも<ruby><rb>御放</rb><rt>おはな</rt></ruby>れ候て<ruby><rb>凉</rb><rt>すゞ</rt></ruby>しき方へ<ruby><rb>御根引</rb><rt>おねびき</rt></ruby>の<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby><ruby><rb>珍敷</rb><rt>めづらしき</rt></ruby><ruby><rb>新枕</rb><rt>にひまくら</rt></ruby><ruby><rb>御羨敷</rb><rt>おうらやましき</rt></ruby>は物かは<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に殿には<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>そもじ樣は<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby><ruby><rb>陰陽</rb><rt>いんやう</rt></ruby>を起し<ruby><rb>陽</rb><rt>やう</rt></ruby>は<ruby><rb>養</rb><rt>やう</rt></ruby>にして一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ふを云<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>の<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>萬<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>の<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>萬人にかしづかれ給ふと<ruby><rb>御頼母</rb><rt>おたのも</rt></ruby>しくも<ruby><rb>愛度</rb><rt>めでたく</rt></ruby><ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby><ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせ候あなかしこ

松瀬　より

丁雛樣　御もとへ

其後寛政の頃三代目の瀬川は<ruby><rb>或大諸侯</rb><rt>あるだいしよこう</rt></ruby>の留守居に<ruby><rb>身請</rb><rt>みうけ</rt></ruby>せられしが其人主人の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>し<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby>申付けられしに<ruby><rb>瀬川</rb><rt>せがは</rt></ruby>は隙を見て<ruby><rb>遁亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>しければ彼の<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>は瀬川故に<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>を受しに瀬川は<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て遁しこそ<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>なれと自殺して<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>せしとぞ又瀬川は年頃<ruby><rb>云交</rb><rt>いひかは</rt></ruby>せし男と<ruby><rb>連副</rb><rt>つれそひ</rt></ruby>しに何時となく<ruby><rb>神氣</rb><rt>しんき</rt></ruby><ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ひ左右の<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>に角の如き<ruby><rb>癌</rb><rt>こぶ</rt></ruby>出來し故人々彼の<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>執念</rb><rt>しふねん</rt></ruby>にてや有んと云しが<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>しか人の見ぬ間に<ruby><rb>井戸</rb><rt>ゐど</rt></ruby>へ身を<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby><ruby><rb>空敷</rb><rt>むなしく</rt></ruby>なりたりけり<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>ずるに鬼女の如き<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>になりしを<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>て死にけるか<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby>亂心にや一人は<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>に名を上一人は<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>に名を<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>せりと世に<ruby><rb>風聞</rb><rt>さた</rt></ruby>せしとなん

傾城瀬川一件終

  


## 畔倉重四郎一件

  


<ruby><rb>畔倉重四郎</rb><rt>あぜくらぢうしらう</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>仁</rb><rt>じん</rt></ruby>は以て下に<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>儉</rb><rt>けん</rt></ruby>は以て<ruby><rb>用</rb><rt>もちゐ</rt></ruby>るに<ruby><rb>足</rb><rt>たる</rt></ruby><ruby><rb>和</rb><rt>くわ</rt></ruby>に<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>めず<ruby><rb>寛</rb><rt>くわん</rt></ruby>に<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>だん</rt></ruby>ずと<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば徳川八代將軍吉宗公の御<ruby><rb>治世</rb><rt>ぢせい</rt></ruby>享保年中大岡越前守<ruby><rb>忠相殿</rb><rt>たゞすけどの</rt></ruby><ruby><rb>勤役</rb><rt>きんやく</rt></ruby>中<ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>之ありし<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>畔倉</rb><rt>あぜくら</rt></ruby><ruby><rb>重四郎</rb><rt>ぢうしらう</rt></ruby>が<ruby><rb>事蹟</rb><rt>じせき</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるに武州<ruby><rb>埼玉郡</rb><rt>さいたまごほり</rt></ruby><ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>豪富</rb><rt>がうふ</rt></ruby>の聞え高き<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby><ruby><rb>問屋</rb><rt>とんや</rt></ruby>にて<ruby><rb>穀屋</rb><rt>こくや</rt></ruby>平兵衞と言者あり家内三十餘人の<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しなるが此平兵衞は<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>律儀</rb><rt>りちぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>にて<ruby><rb>情深</rb><rt>なさけぶか</rt></ruby>き者なれば人を<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>み<ruby><rb>助</rb><rt>たすく</rt></ruby>ることの多きゆゑ人<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>其徳</rb><rt>そのとく</rt></ruby>を<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひける然るに夫婦の中に二人の<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>ありて<ruby><rb>長男</rb><rt>ちやうなん</rt></ruby>は平吉とて二十一歳<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>をお<ruby><rb>浪</rb><rt>なみ</rt></ruby>と呼て十八歳なるが此お浪は<ruby><rb>容貌</rb><rt>かほかたち</rt></ruby><ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れて<ruby><rb>美麗</rb><rt>うつくし</rt></ruby>き上<ruby><rb>氣象</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby>も<ruby><rb>優美</rb><rt>やさし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の<ruby><rb>愛情</rb><rt>いつくしみ</rt></ruby>も一方ならず<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〲</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>より<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>を申入るゝ者多かりしが<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>同宿</rb><rt>どうしゆく</rt></ruby>の<ruby><rb>杉戸屋</rb><rt>すぎとや</rt></ruby><ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>右衞門が<ruby><rb>媒人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>にて<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby><ruby><rb>坂戸村</rb><rt>さかとむら</rt></ruby>の名主是も<ruby><rb>分限</rb><rt>ぶんげん</rt></ruby>の聞えある<ruby><rb>柏木庄左衞門</rb><rt>かしはぎしやうざゑもん</rt></ruby>の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>庄之助に<ruby><rb>配偶</rb><rt>めあは</rt></ruby>せんとて<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby><ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>をも<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>せしかば<ruby><rb>兩親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず此上は吉日を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>み一日も早く<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>をさせんと<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎしが庄左衞門方に當時少々の差合の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>しにより<ruby><rb>當暮</rb><rt>たうくれ</rt></ruby>にと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>り<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら其支度にぞ及びける<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又有馬<ruby><rb>玄蕃頭殿</rb><rt>げんばのかみどの</rt></ruby>の浪人畔倉重左衞門と言者あり其悴を重四郎と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>二十五歳にて<ruby><rb>美男</rb><rt>びなん</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>其上劔術<ruby><rb>早業</rb><rt>はやわざ</rt></ruby>の名を得し者なるが父重左衞門より<ruby><rb>引續</rb><rt>ひきつゞ</rt></ruby>き手跡の<ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>をして在ける故彼の穀屋平兵衞の悴平吉も此重四郎に<ruby><rb>從</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら<ruby><rb>筆道</rb><rt>ひつだう</rt></ruby>を學びしかば平兵衞<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め家内の者迄重四郎を先生々々と<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby><ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひ居たり或時<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の<ruby><rb>若者等</rb><rt>わかものら</rt></ruby><ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby>彼の先生には<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>の<ruby><rb>早業</rb><rt>はやわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>し給ふと承まはり候が我々も親方の用事ある時は<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>野道</rb><rt>のみち</rt></ruby><ruby><rb>山路</rb><rt>やまみち</rt></ruby>は云も更なり<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby>ては<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>は<ruby><rb>星</rb><rt>ほし</rt></ruby>を<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>には月を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふん</rt></ruby>で<ruby><rb>旅行</rb><rt>りよかう</rt></ruby>なす事<ruby><rb>往々</rb><rt>まゝ</rt></ruby>あるにより先生を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み劔術を<ruby><rb>學</rb><rt>まな</rt></ruby>びなば道中<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>にも心強く<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>賊難</rb><rt>ぞくなん</rt></ruby>を<ruby><rb>防</rb><rt>ふせ</rt></ruby>ぐ一端共成事なれば此趣きを<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>へ願ひ見んとて一同より平兵衞へ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りしに平兵衞も<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>と思ひ夫は<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>事なれば<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>其方達</rb><rt>そなたたち</rt></ruby>の<ruby><rb>隨意</rb><rt>ずゐい</rt></ruby>に致すべしと<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>されしにより<ruby><rb>若者等</rb><rt>わかものら</rt></ruby>は大に悦び<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>重四郎の方へ到り此趣きを<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みしに重四郎も<ruby><rb>辭</rb><rt>いな</rt></ruby>み難く承知せしかば此より畔倉を<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>として主用の<ruby><rb>間</rb><rt>ひま</rt></ruby>には<ruby><rb>劔道</rb><rt>けんだう</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>學</rb><rt>まな</rt></ruby>びける是に因て重四郎も毎度<ruby><rb>穀屋</rb><rt>こくや</rt></ruby>へ出入致しける處に主平兵衞は殊の外<ruby><rb>圍碁</rb><rt>ゐご</rt></ruby>を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>みて相應に打ける<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>は重四郎を<ruby><rb>碁</rb><rt>ご</rt></ruby>の相手となせしを以て重四郎は猶も<ruby><rb>繁々</rb><rt>しげ〱</rt></ruby>出入なし居しが<ruby><rb>偶然</rb><rt>ふと</rt></ruby>娘お浪の<ruby><rb>容貌</rb><rt>みめかたち</rt></ruby>の<ruby><rb>美</rb><rt>うつく</rt></ruby>しきを<ruby><rb>見初</rb><rt>みそめ</rt></ruby>しより<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>情</rb><rt>じやう</rt></ruby><ruby><rb>止難</rb><rt>やみがた</rt></ruby>く獨り<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>焦</rb><rt>こが</rt></ruby>せしが<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ我が思ひの<ruby><rb>情</rb><rt>たけ</rt></ruby>を云送らんと<ruby><rb>艷書</rb><rt>ふみ</rt></ruby>に認め懷中しつゝ<ruby><rb>好機</rb><rt>よきをり</rt></ruby>もあらばお浪に渡さんものと來る<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居けれ共其<ruby><rb>間</rb><rt>ひま</rt></ruby>のあらざれば<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>光陰</rb><rt>つきひ</rt></ruby>を<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>し<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>或時重四郎又入り來りけるに平兵衞は相手<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>やと思ふ<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>なれば重四郎殿<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>御入來</rb><rt>ごじゆらい</rt></ruby>ありしぞ<ruby><rb>率々</rb><rt>いざ〱</rt></ruby>一石參らんと<ruby><rb>碁盤</rb><rt>ごばん</rt></ruby><ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby>重四郎を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>碁</rb><rt>ご</rt></ruby>を<ruby><rb>圍</rb><rt>かこ</rt></ruby>み<ruby><rb>茶菓子</rb><rt>ちやぐわし</rt></ruby>などを出して<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けれども心<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>ざれば見れども見えずの<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>にて重四郎はお浪にのみ心を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれ居たりし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆえ</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby><ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>には<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>も<ruby><rb>止</rb><rt>とま</rt></ruby>らず初めの<ruby><rb>碁</rb><rt>ご</rt></ruby>は<ruby><rb>脆</rb><rt>もろ</rt></ruby>く<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>けるに平兵衞は大に悦びて<ruby><rb>手水</rb><rt>てうず</rt></ruby>に<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>しを重四郎は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さひは</rt></ruby>ひと娘の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き見れば<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>お浪は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>裁縫</rb><rt>ぬひもの</rt></ruby>をなし居たるにぞ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>件</rb><rt>くだ</rt></ruby>んの<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を取出しお浪の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>へ<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>をして元の座に<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>り早々歸らんとせし所へ平兵衞來り今一<ruby><rb>石</rb><rt>せき</rt></ruby>と望みけるにより又々一石<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>り<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>もそこ〱に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告て立歸り今日こそ我が思ひのたけを<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>ぜしからは如何なる<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をなすやらんと一時千<ruby><rb>秋</rb><rt>しう</rt></ruby>の思ひにて<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり却つて<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby>娘お浪は重四郎が<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>へ入しは<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>やらんと出し見れば<ruby><rb>豈</rb><rt>あに</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らんお浪樣參る御存じよりと認めたる<ruby><rb>艷書</rb><rt>ふみ</rt></ruby>なりしかば大いに驚き<ruby><rb>少間</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として在けるが<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>あつて心を定め<ruby><rb>乳母</rb><rt>うば</rt></ruby>に相談せんものと<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に乳母を呼て彼の<ruby><rb>艷書</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>の儘に見せければ乳母は大いに打驚き是は此儘に<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>し旦那樣へ御見せ申さんとて立んと<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>るをお浪は<ruby><rb>引止</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あの</rt></ruby>重四郎樣は兄樣のお<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>なれば此事父上の耳に入る時は<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>物固</rb><rt>ものがた</rt></ruby>き父上ゆゑ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や<ruby><rb>手荒</rb><rt>てあら</rt></ruby>きことのありもせば兄樣に對し云ひ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なし又重四郎樣へも<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なり外に思案をしてたもれと言れて<ruby><rb>乳母</rb><rt>うば</rt></ruby>は<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>にもと思ひ<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し工夫に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>媒人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>の富右衞門來りしにより<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひと乳母は彼の艷書を出して富右衞門に見せければ元來<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>の富右衞門なれば以ての外に驚き是は<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>に致し難しと言つゝ此事を主人平兵衞に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるに平兵衞は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>烈火</rb><rt>れつくわ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>惡</rb><rt>につく</rt></ruby>き重四郎が<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>かな娘と不義せしなどと沙汰ある時は家に<ruby><rb>瑾</rb><rt>きず</rt></ruby>を附るの<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり此上は重四郎を<ruby><rb>寄附</rb><rt>よせつけ</rt></ruby>ぬ事こそ<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なれと早速番頭を始め皆々へ重四郎は斯樣々々の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>ある<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>足を<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>くする樣此後は店へ來る共<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り心安く致すべからずと申し付て<ruby><rb>後來</rb><rt>のち</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>戒</rb><rt>いまし</rt></ruby>め置たりける扨又重四郎は一兩日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て色よき返事を聞んものと<ruby><rb>穀屋</rb><rt>こくや</rt></ruby>へ來り<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く店へ上りて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しなど<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>けれ共小僧を始め一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひつけず茶も一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>出さずして何か<ruby><rb>不興氣</rb><rt>ふきようげ</rt></ruby>の樣子なれば重四郎は<ruby><rb>手持</rb><rt>てもち</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>く平吉殿は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>されしやと<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>らんとするを<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby><ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め今日は主人も平吉も<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>なりと常に<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りし顏色にて重四郎を<ruby><rb>眦裂</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>る體を見て重四郎は<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へも行れねば<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>そこ〱我が家へ立歸り獨り<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>ふるに<ruby><rb>毎度</rb><rt>いつ</rt></ruby>に變りし今日の樣子且番頭が我を<ruby><rb>眦裂</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>し事合點行ず扨は彼の文を父平兵衞に見せしにや<ruby><rb>其等</rb><rt>それら</rt></ruby>の事より我が足を<ruby><rb>遠避</rb><rt>とほざけ</rt></ruby>んとの事ならん其儀ならば我もまた<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>ありとて其夜<ruby><rb>穀平</rb><rt>こくへい</rt></ruby>方の門邊に到り内の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ子僧にても出て來りなば<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を聞かんと身を忍びて居たる所へ<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>音吉が使ひに出しを見て重四郎は心に悦び是を<ruby><rb>呼掛</rb><rt>よびかけ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ參るや其方に少し尋ね<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>あり先々<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ來るべしと酒屋へ連行酒肴などを出させて<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>つゝ重四郎申けるは某し先刻<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の店へ到りしに番頭の<ruby><rb>挨拶振</rb><rt>あいさつぶり</rt></ruby>何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざるのみか我を奧へ通さぬは如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なるや知つてならば<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すべしと尋ねければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>のことゆゑ<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>に<ruby><rb>釣</rb><rt>つら</rt></ruby>れ其事柄は<ruby><rb>委</rb><rt>くはし</rt></ruby>き譯を知ね共先生よりお浪さんへ<ruby><rb>艷書</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>られしとやらにて富右衞門殿より大旦那へ見せしゆゑ大旦那より<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>申付られしに依て<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなくお<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひ申さず夫に付お浪さんも富右衞門殿の世話にて早々<ruby><rb>坂戸村</rb><rt>さかとむら</rt></ruby>へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづか</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なりと落もなく咄し此事必ず私が申せしと沙汰し給ふなと<ruby><rb>云捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て歸りしかば<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に重四郎はホツと<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>はお浪め富右衞門に<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>艷書</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を見せたりしか<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき仕方なり富右衞門も猶以て<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>なれ店の者共まで今日の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>思へば〱<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>し<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ<ruby><rb>蹈込</rb><rt>ふみこ</rt></ruby>んで打放し此恨みを<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さんと立上りしが<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>々<ruby><rb>荒立</rb><rt>あらだて</rt></ruby>ては事の破れ何にもせよお浪を引さらひ女房にすれば男は立つ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>につく</rt></ruby>きは富右衞門なりよき<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>もあらば<ruby><rb>此遺恨</rb><rt>このうらみ</rt></ruby>を晴さんとて其夜は其儘我が家に歸りしが其後<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>心懸てぞ居たりける然るに同宿に三五郎と云者あり此三五郎は<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>ある者にて<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>を好み平生<ruby><rb>賭事</rb><rt>かけごと</rt></ruby>のみを業としけるが或時<ruby><rb>博奕場</rb><rt>ばくちば</rt></ruby>より<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り食事をしながら女房に向ひ今朝<ruby><rb>土手際</rb><rt>どてぎは</rt></ruby>なる<ruby><rb>庚申堂</rb><rt>かうしんだう</rt></ruby>の前へ來たら土橋の所で此<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>を拾ひしゆゑ中を見たら富右衞門殿へ平兵衞と云手紙が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひつ</rt></ruby>てあり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>穀平</rb><rt>こくへい</rt></ruby>殿より富右衞門殿へ送つた手紙が有からは落し<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>は富右衞門殿ならん<ruby><rb>其邊</rb><rt>そこら</rt></ruby>を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまつ</rt></ruby>たら富右衞門殿の方へ返して來よと云にぞ女房は早々に<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>そんなら<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>いつ</rt></ruby>て參りましやうと云所へ重四郎は三五郎に何か<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しありとて來りしが此咄しを聞てなんだ富右衞門殿の<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>を拾つたドレ〱見せねへと取上見れば富右衞門の方へ平兵衞より送りし手紙なるゆゑ重四郎<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>し三五郎に向ひなんと此煙草入を我等二分に買ふべしといふに三五郎<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>々先生<ruby><rb>新</rb><rt>あたら</rt></ruby>しい時でさへ四五百文位ゐ<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>老</rb><rt>おい</rt></ruby>こんで七ツ<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>だ二百がものも<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まいに夫を二分に<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>んとは合點の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>なりと云ふを重四郎<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ筈よ此品は少し<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が入用が有て<ruby><rb>遺恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>す<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>に目にもの見せんとの<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>なり<ruby><rb>友達</rb><rt>ともだち</rt></ruby>の<ruby><rb>好誼</rb><rt>よしみ</rt></ruby>に賣て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>即金</rb><rt>そくきん</rt></ruby>だとて二分取り出してさし<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>ば三五郎は打笑ひ夫程に入用なら<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て行れよ金は入らぬといふをば重四郎そんなら<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>ようと彼の二分を女房に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>だが<ruby><rb>單物</rb><rt>ひとへもの</rt></ruby>でも<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>れよと<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に<ruby><rb>懷</rb><rt>ふとこ</rt></ruby>ろへ入れ此事は決して<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>なしに<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むなりと<ruby><rb>言捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て立歸りしが途中には穀平の<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>音吉に行合けるに重四郎聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>コレサ音吉<ruby><rb>殿</rb><rt>どん</rt></ruby><ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶ</rt></ruby><ruby><rb>閙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しさうだが何所へ行のだと尋ぬれば音吉は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り今日は大旦那が<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby>の庄右衞門樣の方へ米の代金を取に參られますゆゑ是から<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をして行ますと云ば重四郎夫では今夜は大かた<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りであらうと云に音吉<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>に<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>は<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>の<ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby>が有から<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>くとも是非今夜は御歸りで御座りますと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>閙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しさうに走り<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>りて重四郎は大いに悦び獨り心に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>い〱今夜<ruby><rb>利根川堤</rb><rt>とねがはづつみ</rt></ruby>に<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>して穀平が歸りをばつさりやらかし此烟草入を<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>捨置</rb><rt>すてお</rt></ruby>き人殺しを富右衞門に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby><ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>の<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みを<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>さんと<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>んで居たりけり

## 第二回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に穀屋平兵衞は穀物の代金を受取んとて一人<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>關宿領</rb><rt>せきやどりやう</rt></ruby><ruby><rb>坂戸村</rb><rt>さかとむら</rt></ruby>なる庄右衞門の方へ到りけるに庄右衞門は<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>御來臨</rb><rt>おいで</rt></ruby>なりと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>して<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなす</rt></ruby>にぞ平兵衞も思はず時刻を<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>せし中穀物の代金百兩受取歸らんとなすを<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>庄右衞門之を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆふぐれ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は御<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り有て明朝早く歸らるべし殊に大金を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>ての<ruby><rb>夜道</rb><rt>よみち</rt></ruby>なれば<ruby><rb>無用心</rb><rt>ぶようじん</rt></ruby>なり必ず〱御<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りあれと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むるを平兵衞は<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなけれども明日は<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なきことのあるゆゑに是非共<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>らずば大いに都合<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>かりなん<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>御暇</rb><rt>おいとま</rt></ruby>申さんと立上れば庄右衞門も<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず然らば途中の御用心こそ<ruby><rb>專要</rb><rt>せんえう</rt></ruby>なれど心付るを平兵衞は<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>せりと<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>て立出れば早日は山の<ruby><rb>端</rb><rt>は</rt></ruby>に<ruby><rb>傾</rb><rt>かた</rt></ruby>ぶき<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>なんとするに道を急ぎて<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>るうち<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>全く<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>足元</rb><rt>あしもと</rt></ruby>さへも<ruby><rb>分難</rb><rt>わけがた</rt></ruby>ければ<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て用意の<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>を取出し火を<ruby><rb>點</rb><rt>とも</rt></ruby>いて丁稚音吉に持せ足を早めて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆめ</rt></ruby>ども夏の夜の<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby><ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>く早<ruby><rb>五時過</rb><rt>いつゝすぎ</rt></ruby>とも成し頃名に聞えたる坂東太郎の<ruby><rb>川波</rb><rt>かはなみ</rt></ruby>音高く<ruby><rb>岸邊</rb><rt>きしべ</rt></ruby>に<ruby><rb>戰</rb><rt>そよ</rt></ruby>ぐ<ruby><rb>蘆</rb><rt>あし</rt></ruby><ruby><rb>茅</rb><rt>かや</rt></ruby>は<ruby><rb>人丈</rb><rt>ひとたけ</rt></ruby>よりも高々と<ruby><rb>生茂</rb><rt>おひしげ</rt></ruby>り<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>き<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りに一<ruby><rb>筋道</rb><rt>すぢみち</rt></ruby><ruby><rb>權現堂</rb><rt>ごんげんだう</rt></ruby>の村中へ<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>しも<ruby><rb>颯</rb><rt>さつ</rt></ruby>と吹來る川風に<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby><ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>て眞の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>となりしかば平兵衞は南無さん<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>りが<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>ては一<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>も歩行れぬとて<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をさぐり用意の火打を取出し<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>蝋燭</rb><rt>らふそく</rt></ruby>へ<ruby><rb>點</rb><rt>とも</rt></ruby>しければさあ〱音吉<ruby><rb>注意</rb><rt>きをつけ</rt></ruby>て又風に火を取れぬやう急げ〱と<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたつ</rt></ruby>れば音吉は見返りつゝ旦那樣<ruby><rb>近道</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>に致しませうかと問に平兵衞如何樣<ruby><rb>小篠堤</rb><rt>をざさつゝみ</rt></ruby>の<ruby><rb>近道</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>を行ふと音吉を先に立せ平兵衞は<ruby><rb>微醉酒</rb><rt>ほろゑひさけ</rt></ruby>も<ruby><rb>醒果</rb><rt>さめはて</rt></ruby>て心ばかりは<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>げ共夜道の<ruby><rb>捗行</rb><rt>はかゆか</rt></ruby>ぬを足に任せて小篠堤に來掛る頃は早<ruby><rb>北斗</rb><rt>ほくと</rt></ruby>の<ruby><rb>劔先</rb><rt>けんさき</rt></ruby><ruby><rb>尖</rb><rt>するど</rt></ruby>く光りゴンと<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>出す<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>の<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>きも身に<ruby><rb>染</rb><rt>しみ</rt></ruby>て<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>物凄</rb><rt>ものすご</rt></ruby>く聞えけり<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>なる<ruby><rb>竹藪</rb><rt>たけやぶ</rt></ruby>の中より<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み身には<ruby><rb>黒裝束</rb><rt>くろしやうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>ひし一人の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>をも云ず<ruby><rb>拔打</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>バツサリ<ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>せば音吉はきやツと一聲立たる<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>より<ruby><rb>動</rb><rt>どう</rt></ruby>と<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>狼藉者</rb><rt>らうぜきもの</rt></ruby>よと<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりながら雲を<ruby><rb>霞</rb><rt>かすみ</rt></ruby>と<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>すに平兵衞も是はと驚き<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとなしたる<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>より<ruby><rb>大袈裟</rb><rt>おほげさ</rt></ruby>に切付れば<ruby><rb>呀</rb><rt>あつ</rt></ruby>と叫びて倒るゝを起しも立ず<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めの一刀を<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしつらぬ</rt></ruby>き<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>へ手を差入れ彼穀代金百兩を仕合よしと<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取り<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>ともなく<ruby><rb>逃失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>けり斯て穀屋にては音吉の知せに悴平吉を始め家内中驚き<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ平吉は<ruby><rb>親重代</rb><rt>おやぢうだい</rt></ruby>の脇差<ruby><rb>追取</rb><rt>おつとり</rt></ruby>音吉を案内として<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>すを後に續て番頭手代共各々<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby><ruby><rb>得物</rb><rt>えもの</rt></ruby>を<ruby><rb>引提</rb><rt>ひきさげ</rt></ruby>我先にと<ruby><rb>駈</rb><rt>はせ</rt></ruby>出すにぞ親類縁者其外<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の人々は此知せを聞て何れも驚き集り來るゆゑ<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>の<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>大方ならず我も〱と<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby><ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>たり是より先平吉は一散に其所へ來て見れば無殘や父平兵衞は<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby>より<ruby><rb>肋</rb><rt>ひばら</rt></ruby>へ掛て八寸程切下られ<ruby><rb>咽元</rb><rt>のどもと</rt></ruby>には止めの一刀をさし<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>き見るに見られぬ<ruby><rb>形状</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なれば平吉は<ruby><rb>動</rb><rt>どう</rt></ruby>とばかりに<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby><ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に取付<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く天に叫び地に<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び<ruby><rb>悲歎</rb><rt>ひたん</rt></ruby>に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居たりしが<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>ありて氣を取直し涙を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と父の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を打まもり<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>御無念におはすらん<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ敵め其儘にして置べきやと<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見れども<ruby><rb>人影</rb><rt>ひとかげ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>ければ懷中<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にと改め見るに金も見えず彼是する<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>人々も<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>此有樣を見るよりも皆々<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>大方ならず<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れど如何とも<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なきにより早々此趣きを村役人へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>けしかば<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>權現堂兩村の役人とも立合<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>なす中夜は程なく<ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>れしにぞ早々此段を<ruby><rb>郡代衆</rb><rt>ぐんだいしう</rt></ruby><ruby><rb>出張</rb><rt>しゆつちやう</rt></ruby>の役所へ訴へ出けるに<ruby><rb>伊奈</rb><rt>いな</rt></ruby>半左衞門殿の手代横田五左衞門深見吉五郎<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>立合の上改め<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>一先權現堂村の名主仙右衞門方へ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとつ</rt></ruby>ての調べと相成り横田は平吉に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ其方は平兵衞の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>かと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>平吉<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>しける時横田は又其方の親平兵衞儀日頃何か他に<ruby><rb>意趣遺恨</rb><rt>いしゆゐこん</rt></ruby>を受し覺えはなきやと尋ね有に平吉は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>親父儀</rb><rt>おやぢぎ</rt></ruby>は是迄<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby><ruby><rb>口論</rb><rt>こうろん</rt></ruby>など致せしことも之無く日頃人の爲のみ仕つり村方にても<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>られ候程の儀故<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>意趣遺恨</rb><rt>いしゆゐこん</rt></ruby>など受ることは<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも御座無く候と申立れば横田如何にも<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>こそあるべし<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の由なれば定めて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>所業</rb><rt>しよげふ</rt></ruby>に相違有まじ因て<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の儀は勝手次第に引取べしと有り又<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>平吉支配人五兵衞村役人差添江戸表へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出べき由申渡し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>役人は引取けり<ruby><rb>却説</rb><rt>さても</rt></ruby>穀屋にては<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>たる如く平兵衞の妻并娘お浪の<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>大方ならずと雖も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>の送りを<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>みけり扨平吉支配人五兵衞村役人同道にて江戸小傳馬町旅人宿<ruby><rb>幸手屋</rb><rt>さつてや</rt></ruby><ruby><rb>茂</rb><rt>も</rt></ruby>八方へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>し早速此段郡代屋敷へ屆け出けるに<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>に付き幸手屋茂八<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>郡代の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ出でければ正面には伊奈半左衞門殿左方には手附手代<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に控へたり此時伊奈殿<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに武州<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>穀屋平兵衞の悴平吉同人方支配人五兵衞と呼れ去月廿七日の夜<ruby><rb>小篠堤</rb><rt>をざさづつみ</rt></ruby>權現堂に於て平兵衞儀殺害に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ懷中の金子を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取れし趣き尤も盜賊の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しよゐ</rt></ruby>ならば老人の事故金子を奪ひ取とも<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>迄には及ぶまじ<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ平兵衞に<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>を知れし者と見ゆ殺害致したる上全く<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>は<ruby><rb>出來心</rb><rt>できごころ</rt></ruby>にて<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取し者ならん然れば豫々<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>有者の<ruby><rb>所行</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と思ふなり<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる心當りも有ば包まず申立よと有に平吉は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>親共儀は<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を第一と心懸村方<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の人の爲には心を盡し先年<ruby><rb>洪水</rb><rt>こうずゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>猿</rb><rt>さる</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>股</rb><rt>また</rt></ruby>の<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby><ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>し時も夫々に救ひ米并に<ruby><rb>金銀等</rb><rt>きんぎんとう</rt></ruby>も<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せし程の儀故村中の者一同<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>服</rb><rt>ふく</rt></ruby>し居候間<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>など受べき<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え無御座候と申立るに半左衞門殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>に非ず<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>陰徳</rb><rt>いんとく</rt></ruby>を<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>し<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>善根</rb><rt>ぜんこん</rt></ruby>を第一として人の<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ぬ氣にても金子の<ruby><rb>遣取</rb><rt>やりとり</rt></ruby>致し<ruby><rb>商賣</rb><rt>あきなひ</rt></ruby>も<ruby><rb>手廣</rb><rt>てびろ</rt></ruby>き事なれば如何なる所に<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>の<ruby><rb>有間敷</rb><rt>あるまじき</rt></ruby>者にも非ず又其外にも<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞ手掛りは無きと云るゝに平吉ヘイ其<ruby><rb>手掛</rb><rt>てがか</rt></ruby>りと申ては<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に御座らねども爰に<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby>心當り是とても右樣の儀を致す人物には之なく日頃より<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>に致し親共も<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に仕つり家内も<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居ります<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>是を疑ふ樣も御座なく候と申立るに伊奈殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しにても心當り有れば申立よ<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て其者は宿内の者か他村かと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ける時恐れながら申上ますと<ruby><rb>支配人</rb><rt>しはいにん</rt></ruby>の五兵衞<ruby><rb>縁先</rb><rt>えんさき</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>く<ruby><rb>這出</rb><rt>はひいで</rt></ruby>て<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>平吉が申立し通り右心當りの儀は<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はるゝものゝ先も<ruby><rb>歴々</rb><rt>れき〱</rt></ruby>の身代に候ゆゑ何とも申上兼ると云ければ伊奈殿<ruby><rb>何々</rb><rt>なに〱</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く致すと<ruby><rb>歴々</rb><rt>れき〱</rt></ruby>でも<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>は成ぬ而て何者なるか包まず申立よとあるに五兵衞其儀は私しより申上んとて平吉に<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>なし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>主人平兵衞儀權現堂小篠堤にて<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>近傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に<ruby><rb>紙煙草入</rb><rt>かみたばこいれ</rt></ruby>の<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>て有しを後の<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがか</rt></ruby>りにもと存じ拾ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見る處同宿にて同商賣を仕つる杉戸屋富右衞門と申者<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の品にして又其<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>の下には主人平兵衞より送りたる手紙が之あり候とて<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申立しに伊奈殿は夫は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>したる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なり此方にさし出すべしとの事に付即ち差出しけるに<ruby><rb>奧州</rb><rt>あうしう</rt></ruby><ruby><rb>福島</rb><rt>ふくしま</rt></ruby><ruby><rb>仕立</rb><rt>じたて</rt></ruby>の<ruby><rb>紙煙草入</rb><rt>かみたばこいれ</rt></ruby>にして其中に手紙一通あり<ruby><rb>其文</rb><rt>そのぶん</rt></ruby>に

<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>申上候昨日は御<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく奉存候<ruby><rb>然者</rb><rt>しからば</rt></ruby>先日御相談致し候<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>の儀江戸表へ<ruby><rb>相廻</rb><rt>あひまは</rt></ruby>し申候明後日は<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby>庄右衞門殿方へ<ruby><rb>穀代金</rb><rt>こくだいきん</rt></ruby><ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby>に參り申候<ruby><rb>粕壁</rb><rt>かすかべ</rt></ruby>の代金八十兩也<ruby><rb>大豆</rb><rt>だいづ</rt></ruby>の<ruby><rb>爲替</rb><rt>かはせ</rt></ruby>に仕つり候<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>御受取可被下候<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>は右の段申上度<ruby><rb>如此</rb><rt>かくのごとく</rt></ruby>御座候以上

六月廿五日穀屋平兵衞

杉戸屋富右衞門樣

半左衞門殿<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を見られて<ruby><rb>此手紙</rb><rt>このてがみ</rt></ruby>は平兵衞の<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>に<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>や<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby>手掛りが有ながら<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>先に檢使の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>差出さぬぞ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ不都合の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>なりと尋らるゝに五兵衞は<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>せず<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ばにて候<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>主人平吉儀は若年者ゆゑ<ruby><rb>血氣</rb><rt>けつき</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く且又家内手代共の中には血氣の若者も<ruby><rb>大勢</rb><rt>たいぜい</rt></ruby>之あり候により此手紙を出す時は富右衞門を<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と心得<ruby><rb>仇討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりなどいたさば容易ならざる事に<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>申べく一ツには右富右衞門と申者は主人も<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby>より<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に仕つり居極々手堅き人に候へば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の儀など<ruby><rb>爲出</rb><rt>しいだ</rt></ruby>すべき人物に御座なくと存じ<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に私しが<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>し置たりと云にぞ伊奈殿如何樣夫も<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>聞屆</rb><rt>きゝとゞ</rt></ruby>けたり<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶと申され其日は平吉<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め五兵衞其外とも一同下られけり是より伊奈殿には<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>杉山</rb><rt>すぎやま</rt></ruby>五郎兵衞<ruby><rb>馬場</rb><rt>ばば</rt></ruby><ruby><rb>與</rb><rt>よ</rt></ruby>三右衞門の兩人に<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>の杉戸屋富右衞門を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>るべしと申渡されたり

## 第三回

天に不思議の<ruby><rb>風雲</rb><rt>ふううん</rt></ruby>有り人に不時の<ruby><rb>禍</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひありとは<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に杉戸屋富右衞門は去六月廿六日<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>立にして商用の爲め<ruby><rb>栃木</rb><rt>とちぎ</rt></ruby>町より藤田<ruby><rb>古河邊</rb><rt>こがへん</rt></ruby>へ到り暫く<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>なし七月四日晝前に我が家へ歸りければ女房お<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>は出迎ひ先御無事にと<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又旦那には村中の大變を御<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にてお聞ありしやと云に富右衞門<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>何事も聞ざりしがそりや又<ruby><rb>何云</rb><rt>どういふ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なりやと尋るにお峰は申樣<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>が御立<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れた其翌日の事なるが穀平の旦那が<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby>の庄右衞門殿の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れた歸り<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby>權現堂の土手にて殺されしと<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>るを聞て富右衞門やゝ<ruby><rb>何々</rb><rt>なに〱</rt></ruby>平兵衞殿がと大に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き夫は<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>な事<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て殺した<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は知しかと問ばお峰<ruby><rb>風聞</rb><rt>うはさ</rt></ruby>には大方<ruby><rb>盜賊</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>所行</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ならんとの事夫れに付ては若旦那は<ruby><rb>朔日</rb><rt>ついたち</rt></ruby>より江戸の御<ruby><rb>郡代</rb><rt>ぐんだい</rt></ruby>屋敷へ御<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>に御歸り<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>らぬが相手が早く<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>れば<ruby><rb>好</rb><rt>よい</rt></ruby>と云に富右衞門何さ<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>なれば今に<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>るで<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>う<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬが</rt></ruby>ぬうち穀屋へ行て<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>やうか扨々<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>が<ruby><rb>減</rb><rt>へつ</rt></ruby>たお峰や一寸一杯<ruby><rb>喰込</rb><rt>かつこん</rt></ruby>で行うと<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を掛け<ruby><rb>居處</rb><rt>ゐるところ</rt></ruby>へ當宿の村役人段右衞門と<ruby><rb>岡引</rb><rt>をかひき</rt></ruby>吉藏<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>にて八州<ruby><rb>廻</rb><rt>まはり</rt></ruby>の役人どや〱と<ruby><rb>押來</rb><rt>おしきた</rt></ruby>り<ruby><rb>上意々々</rb><rt>じやうい〱</rt></ruby>と聲を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>飛懸</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>つて富右衞門を<ruby><rb>押伏</rb><rt>おしふせ</rt></ruby>忽ち高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>し上れば富右衞門は<ruby><rb>魂</rb><rt>たまし</rt></ruby>ひ天外に<ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れしが是は<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>何科</rb><rt>なにとが</rt></ruby>有て此<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>私し身に取て<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも御<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>になるべき<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え無しと云せも果ず役人は富右衞門を<ruby><rb>白睨</rb><rt>にら</rt></ruby>み付<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え無しとは<ruby><rb>白々</rb><rt>しら〲</rt></ruby>しき<ruby><rb>詐</rb><rt>いつは</rt></ruby>りなり去月廿七日小篠堤權現堂の<ruby><rb>藪蔭</rb><rt>やぶかげ</rt></ruby>に於て穀屋平兵衞を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>し金百兩を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひし段<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>の者有て召捕なり申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば役所に於て一々申すべしといふに富右衞門は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し其は何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の行ざることなり私しは<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>殺生</rb><rt>せつしやう</rt></ruby>さへも<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひで虫一つ<ruby><rb>殺</rb><rt>ころし</rt></ruby>た事も<ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>きに人殺しなどとは思ひもよらず殊に平生兄弟同樣に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>す所の平兵衞を何の<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>で殺しませう是は全く<ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひにて候と云に女房お峰も役人に<ruby><rb>取縋</rb><rt>とりすが</rt></ruby>り<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>富右衞門は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>人殺しなど仕つる者には御座なく是は<ruby><rb>必定</rb><rt>かならず</rt></ruby>人違ひ<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>宥</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し成れて下さりませと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>と共に手を合せ<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>るを役人耳にも入ず<ruby><rb>白睨</rb><rt>にらみ</rt></ruby>付てぞ引立ける富右衞門は女房お<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>に向ひ此<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より我が身に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなき<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>なれば御<ruby><rb>郡代樣</rb><rt>ぐんだいさま</rt></ruby>の御前にて申譯は致すなり必ず<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>すること<ruby><rb>勿</rb><rt>なかれ</rt></ruby>と云ども<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>女氣</rb><rt>をんなぎ</rt></ruby>のお峰は又も<ruby><rb>取縋</rb><rt>とりすが</rt></ruby>り涙と共に<ruby><rb>泣詫</rb><rt>なきわび</rt></ruby>るを役人共は<ruby><rb>突退々々</rb><rt>つきのけ〱</rt></ruby>富右衞門を引立つゝ問屋場へと連れ來り<ruby><rb>宿駕籠</rb><rt>しゆくかご</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>て江戸馬喰町四丁目の<ruby><rb>郡代</rb><rt>ぐんだい</rt></ruby><ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ引れしは<ruby><rb>無殘</rb><rt>むざん</rt></ruby>なることどもなり

## 第四回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て杉戸屋富右衞門は<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にて郡代屋敷の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>引居</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>られ伊奈半左衞門殿は<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ばれんと<ruby><rb>其席</rb><rt>そのせき</rt></ruby>へ立出られ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>何成奴</rb><rt>いかなるやつ</rt></ruby>ならんと見らるゝ所に<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>は<ruby><rb>柔和</rb><rt>にうわ</rt></ruby>にして<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>らしく見る成れども人は面體に<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>らずと思ひコリヤ幸手宿杉戸屋富右衞門<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>年は<ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>成るやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られるに富右衞門は<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>五十三歳なりと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふ伊奈殿其方は先月廿七日の夜<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby><ruby><rb>街道</rb><rt>かいだう</rt></ruby>權現堂小篠堤に於て同宿穀屋平兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>金子を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取りたるならん<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと云れけるにぞ富右衞門は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>私し儀日頃より右平兵衞とは兄弟同樣に仕つる者に候へば<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座なく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に其節は私し事<ruby><rb>他出</rb><rt>たしゆつ</rt></ruby>いたし八九日外に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>致せし<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>其事柄を家内の者より初めて承まはり實に驚き入しゆゑ早速<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みに參らんと存じ<ruby><rb>旅行</rb><rt>りよかう</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>も<ruby><rb>解</rb><rt>とか</rt></ruby>ず<ruby><rb>空腹</rb><rt>くうふく</rt></ruby>に付食事を致し居り候所へ御<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の人々參られ御召捕に相なりし次第にて<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>人を殺し金子を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取候などと申<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも存じ申さず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の段偏へに願はしく存じ奉つると申立れば半左衞門殿聲を<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby>あげ<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ富右衞門<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ其節他出とあるからは<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>以て<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しきなりシテ他出とは<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>たるぞとあるに富右衞門私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は先月二十六日<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致し<ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>の在藤田村の儀左衞門かたへ參り夫より<ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>の御城下に<ruby><rb>商用</rb><rt>しやうよう</rt></ruby>御座るゆゑ<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>仕つり二十七日には<ruby><rb>栃木</rb><rt>とちぎ</rt></ruby>町の油屋徳右衞門方へ晝の八ツ時より泊りに<ruby><rb>着居</rb><rt>つきを</rt></ruby>りしにより全く以て<ruby><rb>右體</rb><rt>みぎてい</rt></ruby>の儀は覺え御座なく候と申立ければ伊奈殿<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>富右衞門今汝ぢが<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>に申譯をしても此方には<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>とした證據があるぞ是其方<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>が其場に落して有しなり夫を見よと<ruby><rb>投出</rb><rt>なげいだ</rt></ruby>されしに富右衞門は是を<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>て成程此品は私しの煙草入に相違御座なく候へども是は去月<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>へ用事有て<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>の内<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし途中にて落せしにより其節心<ruby><rb>付</rb><rt>づき</rt></ruby>四五町引返して<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ねしと雖も一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>見當り申さず<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し餘ほど<ruby><rb>持古</rb><rt>もちふる</rt></ruby>し候品と申別段用向の書付も入置ませぬゆゑ其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に打捨置候處<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>仕つりてか<ruby><rb>其邊</rb><rt>そのへん</rt></ruby>にと言せも<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>ず半左衞門殿コリヤ其煙草入の中には平兵衞より其方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したる手紙が有之しなり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば定めて<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>をして殺したに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじきぞと申さるゝに富右衞門<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら煙草入は私しの品にて又手紙も平兵衞より私し方へ參り候手紙に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら私し儀は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て平兵衞方へ出入仕つり候て<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>内外</rb><rt>ないぐわい</rt></ruby>の世話にも相成候中故平兵衞が娘を<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby>へ縁談の<ruby><rb>媒人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>迄も仕つり候程のことにて兄弟の如く<ruby><rb>交</rb><rt>まじは</rt></ruby>り候中に付何とて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を殺害など仕つるべきや此儀何分御<ruby><rb>賢察</rb><rt>けんさつ</rt></ruby>下され御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の程を<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ上奉つると申立れども伊奈殿は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふら</rt></ruby>れ<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>其方が申す所一ツとして申譯は相成ず<ruby><rb>欲情</rb><rt>よくじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りては實の<ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>兄弟の中成とも心得<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひの者<ruby><rb>往々</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>事なれば<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるに於ては<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申付るぞ其方が<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>に掛し百兩入の<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>は則ち平兵衞を殺し<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取たるに相違は有まじ夫にても<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>知らぬと申すかと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらめ</rt></ruby>らるれども富右衞門は實に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えなきことなるにぞ此百兩の金子は<ruby><rb>古河</rb><rt>こが</rt></ruby>の穀屋儀左衞門方より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>候に相違は御座りませんと少しも<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>せず申立るを半左衞門は大いに<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>く思ひ<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>其口上は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>申すも同じ事なり決して申譯には相成ず<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>追々呼出すべしと云るゝ時手代の者立ませいと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>其日は入牢とぞ相なりける其後松坂町郡代の<ruby><rb>牢屋敷</rb><rt>らうやしき</rt></ruby>に於て<ruby><rb>無殘</rb><rt>むざん</rt></ruby>成かな富右衞門は<ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby><ruby><rb>手強</rb><rt>てづよ</rt></ruby>き拷問に掛り今は五<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>悉々</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>物も<ruby><rb>咽</rb><rt>のんど</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>すこと能はず一命既に<ruby><rb>朝夕</rb><rt>てうせき</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>るに付富右衞門<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>來方</rb><rt>こしかた</rt></ruby>を思ひ<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>を案じけるに今迄一點の罪を<ruby><rb>犯</rb><rt>をか</rt></ruby>せし事もなきに斯る<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>て<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>非業</rb><rt>ひごふ</rt></ruby>の<ruby><rb>最期</rb><rt>さいご</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>と</rt></ruby>げ五體を<ruby><rb>野外</rb><rt>やぐわい</rt></ruby>に<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>し<ruby><rb>雨露</rb><rt>あめつゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>打</rb><rt>うた</rt></ruby>れて<ruby><rb>鳶烏</rb><rt>とびからす</rt></ruby>の<ruby><rb>餌食</rb><rt>ゑじき</rt></ruby>と成こと我が恥よりは<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>なり<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す〲も<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き次第かな女房お<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>み<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>くらんと五<ruby><rb>臟</rb><rt>ざう</rt></ruby>を<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>る血の涙に前後正體無りける<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>有て心を<ruby><rb>取直</rb><rt>とりなほ</rt></ruby>し我が身ながらも<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の<ruby><rb>繰言</rb><rt>くりごと</rt></ruby><ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>ても<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>ても助かり難き我が一命此上は又々<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしき</rt></ruby><ruby><rb>責苦</rb><rt>せめく</rt></ruby>を<ruby><rb>忍</rb><rt>こらへ</rt></ruby>んよりは<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そのこと平兵衞を殺せしと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り白状して此世の<ruby><rb>責苦</rb><rt>せめく</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れん者と<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に心を定めしは<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>も<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れの次第なり然ば翌日の<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに右樣白状致せしにより役人は<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め富右衞門に<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>す

一私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>穀屋平兵衞と<ruby><rb>別懇</rb><rt>べつこん</rt></ruby>に仕つり候處<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>坂戸村名主庄右衞門方より穀代金請取歸り候<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>以て手紙にて承知仕つり候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>六月廿七日の夜權現堂小篠堤に<ruby><rb>待受</rb><rt>まちうけ</rt></ruby><ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し金百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取候に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>無御座候依之此段奉申上候以上

武州幸手宿

七月廿五日富右衞門

此時役人は富右衞門に向ひ<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに承知したか<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>白状の趣きに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なくば<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>に<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>致せと右の口書を富右衞門の前へ<ruby><rb>差付</rb><rt>さしつく</rt></ruby>るに富右衞門是を見て<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に思ひ心中<ruby><rb>煮返</rb><rt>にえかへ</rt></ruby>るが如き涙をはら〱と<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し齒を<ruby><rb>喰締</rb><rt>くひしめ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>も<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>けるに依て伊奈半左衞門殿より<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を書取にして手代富田善右衞門を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て月番南町奉行大岡越前守殿へ引渡し相濟ける之に依て大岡殿も一通り吟味の上<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>并びに書取の通り<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>なすに於ては月番老中<ruby><rb>衆</rb><rt>しゆ</rt></ruby>へ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひの上<ruby><rb>附札</rb><rt>つけふだ</rt></ruby>にて御仕置仰せ付らるゝの<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞ</rt></ruby>きなる故今富右衞門が命は<ruby><rb>風前</rb><rt>ふうぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の如し<ruby><rb>再調</rb><rt>さいしら</rt></ruby>べに引出さるゝ其有樣數日の拷問に<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>總身</rb><rt>そうしん</rt></ruby><ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>鬢髭</rb><rt>びんひげ</rt></ruby>は<ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〱</rt></ruby>とし<ruby><rb>淺黄木綿</rb><rt>あさぎもめん</rt></ruby>の<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>にて<ruby><rb>青繩</rb><rt>あをなは</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>られ小手を<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>の上に<ruby><rb>引居</rb><rt>ひきすえ</rt></ruby>られし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>此世の人とは見えざりけり<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の正面には大岡越前守殿<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>有左の方には御目附<ruby><rb>土屋</rb><rt>つちや</rt></ruby>六郎兵衞殿<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>には<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすがた</rt></ruby>の<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>下には同心に至る迄<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたり此時大岡殿は武州幸手宿富右衞門と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方歳は<ruby><rb>何歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>尋問</rb><rt>とはれ</rt></ruby>しかば富右衞門ハツと平伏し少し顏を上當年五十三歳に相成候と云たる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>皺枯</rb><rt>しわがれ</rt></ruby>て高く<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>ず何樣數日<ruby><rb>手強</rb><rt>てづよ</rt></ruby>き拷問に掛りし樣子なり大岡殿<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見られしが其方日頃<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致し<ruby><rb>恩義</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>にも相成し同宿成る穀屋平兵衞が坂戸村名主庄左衞門より<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>百兩受取し事を<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ居て權現堂村小篠堤にて<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び金子百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取し<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き明白に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>致せしにより<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>も<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>り<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>ずみ</rt></ruby>の上伊奈半左衞門より<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>しと相成たり依て一通り<ruby><rb>糺問</rb><rt>たづぬる</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>口書爪印致せしからは<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>や<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや明白に申立よと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに富右衞門ははら〱と<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>しながら<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に申立る樣は私しこと全く以て平兵衞を殺し金子など取候<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えは<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>御座なく候へども是まで段々<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしき</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しさに<ruby><rb>堪難</rb><rt>たへがた</rt></ruby>く御覽の通りの<ruby><rb>老體</rb><rt>らうたい</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>其苦しみを早く<ruby><rb>免</rb><rt>まぬ</rt></ruby>かれ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そ<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby>へ參りなば此苦しみも有まじと存じ<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>て罪を身に<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>仕つり候なり其實は人を殺し金子を奪ひ取候儀等は<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>是なく何卒御<ruby><rb>賢察下</rb><rt>けんさつくだ</rt></ruby>し置れ候樣偏へに願ひ上奉つると<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながら申立ければ大岡殿聞し召れ汝ぢ右樣申立ると雖も半左衞門方よりの<ruby><rb>明細書</rb><rt>めいさいしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きにては其方の煙草入が平兵衞の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に落て有しのみならず<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>平兵衞より其方へ<ruby><rb>宛</rb><rt>あて</rt></ruby>たる手紙が中に入有し趣き是等は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと申されければ富右衞門其煙草入は去月下旬用向ありて<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>へ參りて途中に於て<ruby><rb>取落</rb><rt>とりおと</rt></ruby>せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく其上私し儀は六月二十六日<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>仕つり古河の<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>藤田村儀左衞門方へ一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>致し二十七日は<ruby><rb>栃木</rb><rt>とちぎ</rt></ruby>町油屋徳右衞門の方に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>私し在所より十二里餘の場所なる故小篠堤にて平兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>仕つりし儀は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えも無是候と申けるに大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば半左衞門方にて<ruby><rb>他村</rb><rt>たむら</rt></ruby><ruby><rb>宿々</rb><rt>しゆく〲</rt></ruby>の泊り<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>は致したで有うと有し時富右衞門<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら其儀は一向御<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>なく只々煙草入を<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ落したとは<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り殺害の場へ落としたに相違あるまじとばかり御<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>が<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>さに是非なく身に覺えは御座らねども其罪を引受白状致し候と申立しかば大岡殿<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と富右衞門の<ruby><rb>相恰</rb><rt>さうがう</rt></ruby>を見られし所如何樣にも<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>人を殺し<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>をする者にあらず<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て吟味する時は<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>を破り殊に郡代の<ruby><rb>不詮議</rb><rt>ふせんぎ</rt></ruby>と相成事なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて人一人たり共<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>に<ruby><rb>害</rb><rt>そこな</rt></ruby>ふは大事なれば<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>實否</rb><rt>じつぴ</rt></ruby>を<ruby><rb>突止</rb><rt>つきとめ</rt></ruby>て<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>左</rb><rt>かく</rt></ruby>も取<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らはんと富右衞門は其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>入牢申渡されける是より大岡殿<ruby><rb>組下</rb><rt>くみした</rt></ruby>の同心へ申付られ<ruby><rb>在方</rb><rt>ざいかた</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>られけるに幸手宿<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>の評判には權現堂の人殺しは富右衞門にては有まじとの<ruby><rb>風聞</rb><rt>ふうぶん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>六月廿六日より七月四日迄七日の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>富右衞門が<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りし所を<ruby><rb>詮鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>有に左の通り

覺

一<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>富右衞門<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>商用</rb><rt>しやうよう</rt></ruby>に付六月廿七日晝八ツ時<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>私し方へ參り一<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり候處商用<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby><ruby><rb>不相分</rb><rt>あひわからず</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又廿八日も<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>仕つり候廿七日より<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>共<ruby><rb>他出</rb><rt>たしゆつ</rt></ruby>不仕私し方に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>仕居り廿九日<ruby><rb>巳刻過</rb><rt>よつどきすぎ</rt></ruby><ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致し候此段<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>無御座候依て御<ruby><rb>受書</rb><rt>うけしよ</rt></ruby>如斯御座候以上

下野國栃木中町

八月五日油屋徳右衞門

同所　　町役人

中村五兵衞

同所　　問人

杉村幸右衞門

池田大八樣

馬込藤十郎樣

<ruby><rb>泊所</rb><rt>とまりどころ</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>書</rb><rt>がき</rt></ruby>

一<ruby><rb>杉戸屋</rb><rt>すぎとや</rt></ruby><ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>右衞門儀六月廿六日<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>卯刻</rb><rt>むつどき</rt></ruby>幸手宿我が家出立致し下總葛飾郡藤田村名主儀左衞門方へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り廿七日朝卯刻<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>出立致し<ruby><rb>下野</rb><rt>しもつけ</rt></ruby><ruby><rb>都賀郡</rb><rt>つがごほり</rt></ruby><ruby><rb>栃木</rb><rt>とちぎ</rt></ruby><ruby><rb>中町</rb><rt>なかまち</rt></ruby>油屋徳右衞門方へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り廿八日同所に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>廿九日<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby><ruby><rb>巳刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby>過栃木中町を立下總國古河町穀屋儀左衞門方に逗留<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し七月四日朝五ツ時出立右の通り泊り〱<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>仕つり候處<ruby><rb>相違無之</rb><rt>さうゐこれなく</rt></ruby><ruby><rb>別紙</rb><rt>べつし</rt></ruby>廿七日泊りの場所栃木中町徳右衞門を<ruby><rb>上町</rb><rt>かみまち</rt></ruby>名主方へ<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一吟味仕つり書付を取役人共<ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>取置申候且又古河穀屋儀左衞門方より<ruby><rb>穀代</rb><rt>こくだい</rt></ruby>金百兩富右衞門へ<ruby><rb>相渡</rb><rt>あひわた</rt></ruby>し候<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き是又呼上<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>仕つり書付<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>申候右の<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り所<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>も無御座候以上

八月八日馬込藤十郎

池田大八

右の通り<ruby><rb>出役</rb><rt>しゆつやく</rt></ruby>の者<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べし上書付二通大岡越前守殿へ差出しけるに<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て越州殿には<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ<ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず外に<ruby><rb>惡賊</rb><rt>あくぞく</rt></ruby>有ことと是より<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら其本人を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>されけるとなん

## 第五回

扨も杉戸屋富右衞門に一人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>あり幼少の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>疱瘡</rb><rt>はうさう</rt></ruby>にて兩眼を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひしかば兩親も大に心を痛め種々<ruby><rb>治療</rb><rt>ちれう</rt></ruby>に手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せ共更に其<ruby><rb>効</rb><rt>しる</rt></ruby>しも無く依て<ruby><rb>田舍座頭</rb><rt>ゐなかざとう</rt></ruby>にせんも不便なりと種々に心配を爲居たる所に其頃江戸<ruby><rb>長谷川</rb><rt>はせがは</rt></ruby>町に城重と言<ruby><rb>座頭</rb><rt>ざとう</rt></ruby>有<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>幸手出生の者なりしが<ruby><rb>偶然</rb><rt>ふと</rt></ruby>此事を聞故郷の者なれば幸ひ我が<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんとて其趣きを相談するに富右衞門も<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なしけるゆゑ此子を養子に貰ひ<ruby><rb>請</rb><rt>う</rt></ruby>けて城富とぞ名らせけるが<ruby><rb>城富</rb><rt>じやうとみ</rt></ruby>の十四歳の時に養父の城重<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>致せし故<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>を大切に孝養して<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しける是より<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>此城富十二歳の春より<ruby><rb>按摩</rb><rt>あんま</rt></ruby>を<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>として居たりしが或時<ruby><rb>住吉</rb><rt>すみよし</rt></ruby>町を通りたる時<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>竹本政太夫方へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこま</rt></ruby>れ療治をなし居ける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>五六人義太夫を<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひに來りしに元より城富も好の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>我を忘れて聞ながら長く<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>をせしが縁と成て其後<ruby><rb>毎夜</rb><rt>まいよ</rt></ruby>呼込では<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>せけるに<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>上手なれば政太夫も<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に歡び療治をさせける處城富は<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>を聞感に<ruby><rb>妙</rb><rt>たへ</rt></ruby>て居る樣子を政太夫は見てコレ<ruby><rb>按摩殿</rb><rt>あんまどの</rt></ruby><ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>は<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>が好か<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>ぞで稽古でも仕たるかと尋ねけるに城富はハイ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>樣で御座りますが<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>稽古は致しません<ruby><rb>親掛</rb><rt>おやがか</rt></ruby>りの身の上ゆゑ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>と按摩を<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すばかりで<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>は習ひ度は思ひましても手が<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きませぬと云にぞ政太夫<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>し夫程好ならば何んと<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>をする氣は<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>かと言へば城富夫は有がたう存じます<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に私しは<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>で御座りますれど只今申上る通り親掛りで<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ますれば稽古の<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>が思ふ樣には出來ませぬ<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひたいと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じまして御弟子樣方の御<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>を少し聞ても聞取り<ruby><rb>學問</rb><rt>がくもん</rt></ruby>とやら外の御<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>うて此方樣の事成れば一口聞ても多きに<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>に成りますと言ふ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の事なり然程に<ruby><rb>執心</rb><rt>しふしん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>らば私が教へて<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>ませう貴樣の事だから金は<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して取らぬが<ruby><rb>其替</rb><rt>そのかは</rt></ruby>りに<ruby><rb>稽古代</rb><rt>けいこだい</rt></ruby>と思うて<ruby><rb>按摩</rb><rt>あんま</rt></ruby>を安くして<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みますと言ふに城富ハイ夫は<ruby><rb>何寄</rb><rt>なにより</rt></ruby>以て有がたう存じます<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>お願ひ申ますと是より<ruby><rb>口移</rb><rt>くちうつ</rt></ruby>しに道行の<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>より始めて段々と<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ込んで<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>の一藝にせんものをとの一心と云其上<ruby><rb>拍子</rb><rt>ひやうし</rt></ruby>の間も<ruby><rb>宜</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に古今の<ruby><rb>美</rb><rt>び</rt></ruby>音なれば太夫も始めは<ruby><rb>戲談</rb><rt>じようだん</rt></ruby>の樣に教へしが今は<ruby><rb>乘氣</rb><rt>のりき</rt></ruby>が來て<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>は物に成さうだと心を入て教へける故天晴<ruby><rb>舊來</rb><rt>ふるき</rt></ruby><ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>を<ruby><rb>追拔</rb><rt>おひぬけ</rt></ruby>て上達しければ政太夫も大いに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ是より三味線をも<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>はせんとて相三味線の<ruby><rb>鶴澤</rb><rt>つるざは</rt></ruby><ruby><rb>友</rb><rt>とも</rt></ruby>次郎へ<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して此事を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みけるに友次郎も<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なし其後は三味線を一<ruby><rb>層</rb><rt>しほ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>に入れて教へけるに<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>一通り成らぬ<ruby><rb>上手</rb><rt>じやうず</rt></ruby>と成しかば<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か四年の中成れども生質たる藝なりと友次郎も大いに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じけるとなん斯て城富は<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>十七歳と成り所々の出入は<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>城重の時より<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>其上に三<ruby><rb>味線</rb><rt>みせん</rt></ruby><ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>にて所々方々へ<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>かれ今は家内も<ruby><rb>安樂</rb><rt>あんらく</rt></ruby>に暮し<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>も實子の如く不便を加へ亦城富も孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し居たり時に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>八年に至り實父富右衞門の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>のことどもを<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>のお峯が來り<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に物語りしければ城富は是を聞き大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き甚だ<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみつゝ涙を流し只一心に神佛を<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りける所に享保八年十月十一日<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>の由幸手宿村役人を以て穀屋平吉へ申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され富右衞門妻へも此段申聞られしかば此事を城富は聞より<ruby><rb>起</rb><rt>たち</rt></ruby>つ居つ<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>し<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>長谷川町の家を<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>け<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>し杖を便りに數寄屋橋内の大岡越前守殿の<ruby><rb>表門際</rb><rt>おもてもんぎわ</rt></ruby>へ來たり杖を<ruby><rb>突立</rb><rt>つきた</rt></ruby>て<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>む故門番は立出汝ぢは道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひし成ん何方へ行のぢやと言ふに城富は涙に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>かへりながらハイ〱<ruby><rb>南御番</rb><rt>みなみごばん</rt></ruby>所は何れで御座りますと<ruby><rb>問</rb><rt>とへ</rt></ruby>ば門番の者南御番所は<ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>なるが何用有て來りしぞ<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か願ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>事でも有かと聞れ城富はハイ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>で御座ります御奉行樣へ<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に御願ひが御座りまして<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>つた者で御座ります<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>御取次を<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひますと云にぞ門番の者<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>事<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば其町内の役人を同道して來り願ふべしと言ふに城富ハイ是は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>りまして早急の儀なれば町役人を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>む間も<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>なはります<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>御取次を願ひ上ますとて少しも<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かざれば門番の者も<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず此事を<ruby><rb>訴訟所</rb><rt>うつたへじよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け門内へ入置て町所家主の名前等を聞けれども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に言ず只<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>御奉行樣へ御目に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り其上にて<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申上ますとばかりにて<ruby><rb>盲人</rb><rt>まうじん</rt></ruby>の<ruby><rb>根生</rb><rt>こんじやう</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かざれば役人も<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>て<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>して此段を申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けるに大岡殿是を聞れ<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからず早々<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>すべしとの事により城富を<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ呼入ければ大岡殿見られて汝ぢは如何なる願ひ有るか<ruby><rb>予</rb><rt>われ</rt></ruby>は大岡越前守なるぞ其方の名は何と申又<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>は何處成ぞ申立よと云れしかば城富は喜びたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて私し儀は城富と申者<ruby><rb>長谷川町</rb><rt>はせがはちやう</rt></ruby><ruby><rb>地主</rb><rt>ぢぬし</rt></ruby><ruby><rb>嘉兵衞</rb><rt>かへゑ</rt></ruby>が地面に<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候と申けるに大岡殿<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又其方は如何成ることの願ひ有て奉行所へ<ruby><rb>盲人</rb><rt>まうじん</rt></ruby>の身にて<ruby><rb>駈込訴</rb><rt>かけこみそ</rt></ruby>に及びしや城富ヘイ<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に御座ります私し儀は武州埼玉郡幸手宿杉戸屋富右衞門と申者の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>なるが十二歳の<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>より江戸長谷川町城重方へ<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし者なりと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>ふるに大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其方は幸手宿富右衞門が<ruby><rb>忰</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>るか當時養父城重といふ者<ruby><rb>達者</rb><rt>たつしや</rt></ruby>成るや城富ヘイ<ruby><rb>養父儀</rb><rt>やうふぎ</rt></ruby>は三四年以前に<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>仕つりました大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其方は富右衞門が一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>に付願ひ出しか城富<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に御座ります段々<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし所實父富右衞門儀は今日御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>に相成るとのこと故其<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさは何に<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>ん樣も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>又實母儀も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き申さんと思へば<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>れぬ悲しさの餘り押して御願ひに出たることにて私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は御覽の如く<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の見えぬ者なれば生きて甲斐なきこと故<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>富右衞門が名代に私しを<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の重き御仕置にても爲下され富右衞門儀は御<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しを偏へに願ひ上奉つると<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>と共に願ふにぞ大岡殿にも<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>の段<ruby><rb>憫然</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の至りなりと思されけれども今さら<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ざれば汝ぢが申所は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たりと雖も親の罪を子に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>すると言ふ事には<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず又罪も罪の次第に<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>る<ruby><rb>況</rb><rt>まして</rt></ruby>や其方は他人の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>と成りし<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ずや夫を<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>實父富右衞門の<ruby><rb>代</rb><rt>かは</rt></ruby>りに御仕置に致すことは<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなら</rt></ruby>ず<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>には<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の御規定は<ruby><rb>無事</rb><rt>なきこと</rt></ruby>なるぞと申さるゝに城富は<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>御<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の御儀なれども親の<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>に代りし事古來より<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>御座る樣に承まはり及びますれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>を持て父富右衞門儀を<ruby><rb>御助</rb><rt>おたす</rt></ruby>け下されて私しめを名代に<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>願ひ上奉つると<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>申立て止ざれば大岡殿<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>一通りは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の願ひ聞屆けても<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんが<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら爰を能承まはれ今其方が申儀は<ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>富右衞門には<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>の樣成れ共養母へ<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>し<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>へ對しても孝行には非ずして却て<ruby><rb>不孝</rb><rt>ふかう</rt></ruby>と云者なり<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>が名代に立と言たりとて親富右衞門がオイ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>と承知もすまじ殊に天下の<ruby><rb>御定法</rb><rt>ごぢやうはふ</rt></ruby>として然樣に自由なることは出來るものに非ず<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て是を願へば<ruby><rb>強訴</rb><rt>がうそ</rt></ruby>の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>となり親富右衞門の外に其方が罪は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬぞ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>を能々聞き譯よと<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>を以て<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>されければ城富は段々との<ruby><rb>御利解</rb><rt>ごりかい</rt></ruby>有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せに存じ奉つる<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て願へば<ruby><rb>不孝</rb><rt>ふかう</rt></ruby>なりとの御意は<ruby><rb>不才</rb><rt>ふさい</rt></ruby>の私しには<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>りません親の爲にするは<ruby><rb>孝道</rb><rt>かうだう</rt></ruby>かと存じますと親富右衞門を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>一心に理も非もなく只々一生懸命に申立けるにぞ<ruby><rb>越州殿</rb><rt>ゑつしうどの</rt></ruby>には<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>愍然</rb><rt>びんぜん</rt></ruby>とは思はるれども<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と聲を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まされて成程親の爲に一命を<ruby><rb>捨</rb><rt>すつ</rt></ruby>るは<ruby><rb>孝道</rb><rt>かうだう</rt></ruby>に相違無けれ共能承まはれ其方は一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>城重方へ養子と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>針治</rb><rt>しんぢ</rt></ruby><ruby><rb>導引</rb><rt>だういん</rt></ruby>の指南を受し上手足を<ruby><rb>延</rb><rt>のば</rt></ruby>して貰ひし<ruby><rb>恩義</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>は城重の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>で<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うな然れば<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>なり義理有る養父なり實父よりは猶更<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>に致さねば相成まじ然るを其方今實父富右衞門の<ruby><rb>名代</rb><rt>みやうだい</rt></ruby>となり御仕置になりて相果たらば<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>富右衞門へ<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>は立にもせよ養母の養育は誰が<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>ぞ義理有る養母を<ruby><rb>捨</rb><rt>すつ</rt></ruby>るは<ruby><rb>不孝</rb><rt>ふかう</rt></ruby>此上無しよも富右衞門夫婦の者共も是を<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びは致すまじ<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て不孝と成ぞ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の所を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へて只此上は富右衞門の<ruby><rb>亡跡</rb><rt>なきあと</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>ひ佛事<ruby><rb>供養</rb><rt>くやう</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>りなく致すが<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>なりと申さるゝを聞より城富はハツとばかりに<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>泣倒</rb><rt>なきたふ</rt></ruby>れ嗚呼實父へ孝を立んとすれば<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>へ不孝となり養母へ<ruby><rb>孝</rb><rt>かう</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>さんと思へば實父は御仕置となり是りや<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>したら<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らうぞと<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>號出</rb><rt>なきいだ</rt></ruby>しければ越前守殿は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>憫然</rb><rt>ふびん</rt></ruby>と思はれしが是や〱其方<ruby><rb>其樣</rb><rt>そのやう</rt></ruby>に<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>き實父に<ruby><rb>代</rb><rt>かは</rt></ruby>らんと申せども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>富右衞門はお<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>に相成しぞ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其富右衞門が<ruby><rb>蘇生</rb><rt>いきかへ</rt></ruby>ると云ふ<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>は無れども其方の<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>天へ通じ<ruby><rb>其惠</rb><rt>そのめぐみ</rt></ruby>にて實父富右衞門がまた<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>なす間じきものにあらず因て其方は<ruby><rb>此後</rb><rt>このご</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>實母へ孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>されし上早速其所の地主嘉兵衞と其<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>を呼寄られ城富を<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>しとなり<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>心付けつかはすべき由申付けられけり

## 第六回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>鍼醫</rb><rt>はりい</rt></ruby>の城富は我が願ひ<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず地主嘉兵衞に<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>されしかば止を得ず嘉兵衞に<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>はれ我が家へ立歸り<ruby><rb>悲歎</rb><rt>ひたん</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居たりしが<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>ありて思ふ樣父の死は是非もなきこと共なり<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては父の<ruby><rb>亡骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>を<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りて<ruby><rb>修羅</rb><rt>しゆら</rt></ruby>の<ruby><rb>妄執</rb><rt>まうしふ</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>し申さんとて千住<ruby><rb>小塚原</rb><rt>こづかはら</rt></ruby>の御仕置場へ到り<ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby>の小屋へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby><ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby>御頼み申度ことありて<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りたり昨日御仕置になりたる武州幸手宿富右衞門の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>私しに下さります<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>御頼</rb><rt>おたの</rt></ruby>み申上ますと云へば非人共是を聞て<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>ならず假令御仕置者なりとも首又は死骸など<ruby><rb>謂</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>く渡して<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>事は成ぬなり夫共御奉行所よりの御差￼ならば<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬこと<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して〱出來ぬことなり早く歸られよと<ruby><rb>取合</rb><rt>とりあう</rt></ruby><ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もあらざれば城富は力もぬけ<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りて<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と涙に<ruby><rb>哽</rb><rt>むせ</rt></ruby>び居たりける是を見て非人共は<ruby><rb>耳語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby><ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>何と彼の<ruby><rb>座頭</rb><rt>ざとう</rt></ruby>は幸手の富右衞門とやらの<ruby><rb>由縁</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>の人と見えるが<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ少しでも<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>つて<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>うではないかと相談なしモシ〱<ruby><rb>御座頭</rb><rt>おざとう</rt></ruby>さん高くは云れねへが首を<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>内證</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>でお前に<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>ませうと云ふを城富聞より大いに<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby>夫は〱<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有がたう御座ると云ば非人共<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>酒手は<ruby><rb>何程位</rb><rt>どのくらゐ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て行のだへ<ruby><rb>全體</rb><rt>ぜんたい</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>てはならぬことだが<ruby><rb>己輩</rb><rt>おらたち</rt></ruby>の<ruby><rb>寸志</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>で内證で<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>るだから其ことを<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>思ひなせへと云を城富聞てハイ酒代は<ruby><rb>何程</rb><rt>いくら</rt></ruby>でも上ますから<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は何卒私しへ下さりませと申に<ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby>共夫ならば<ruby><rb>大負</rb><rt>おほまけ</rt></ruby>にして金二分も<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>つしやい城富ハイ夫は御安いこと若し〱然樣ならば何卒富右衞門の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を御渡し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下されましと<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>二分を渡しけるに非人共は受取千人<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>れ〱傳助や彼の富右衞門とやらの<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を知て<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るかと聞て<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>を云ねへ今日は三人昨日五人と<ruby><rb>何</rb><rt>どれ</rt></ruby>が<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だか分る者か何でも<ruby><rb>宜</rb><rt>いゝ</rt></ruby>は金さへ取ば仔細なしだ<ruby><rb>生首</rb><rt>なまくび</rt></ruby>一ツ渡して<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>うと云は<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>から一人の非人が夫でも<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>だと云から向うにも<ruby><rb>見知</rb><rt>みしり</rt></ruby>が<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>う<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の首では承知しまいと云ば一人の非人<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばさ何だと云て<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>は座頭の<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>だから<ruby><rb>見分</rb><rt>みわけ</rt></ruby>が有物か首さへ<ruby><rb>遣</rb><rt>やれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>宜</rb><rt>いゝ</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>して直に下屋敷へ葬むるで有らうから<ruby><rb>宜</rb><rt>いゝ</rt></ruby>はさと云に<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>成程々々と云<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら首一ツ<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいだ</rt></ruby>してサア〱御座頭さんと渡しければ城富<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は〱<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>う御座りますと<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>きわつとばかりに<ruby><rb>泣出</rb><rt>なきいだ</rt></ruby>せしが變り果たる此有樣<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や御無念で御座りませう<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>と<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>し假令私の眼が見えねばとて長い<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>には人間の一<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>眞事</rb><rt>まこと</rt></ruby>の人殺しを<ruby><rb>搜索</rb><rt>さがし</rt></ruby>出して<ruby><rb>修羅</rb><rt>しゆら</rt></ruby>の<ruby><rb>靈魂</rb><rt>みたま</rt></ruby>を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐ</rt></ruby>さめん南無阿彌陀佛〱と<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>きしめ<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く涙に<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れ居たり夫より<ruby><rb>回向院</rb><rt>ゑかうゐん</rt></ruby>の下屋敷を聞しに直に<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>なる故尋ね<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て金子二分取出し葬り呉よと頼みけるに回向院の<ruby><rb>庵主</rb><rt>あんしゆ</rt></ruby>承知して<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なることなりと是を葬り<ruby><rb>香華</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby><ruby><rb>經文</rb><rt>きやうもん</rt></ruby>を讀て供養致しければ城富は<ruby><rb>燒香</rb><rt>せうかう</rt></ruby>をして立出<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>其夜の<ruby><rb>子刻過</rb><rt>ねのこくすぎ</rt></ruby>長谷川町の我が家へ歸り養母并に實母のお<ruby><rb>峯</rb><rt>みね</rt></ruby>も此節在所より來り<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>して居ける故右の樣子を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せしにぞ兩人も涙を流して<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>みけるが<ruby><rb>愁</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひの中にも城富の<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>を感じ悦び夜と共に物語りして<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みける城富も<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>の<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れによく<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>し夢の中に身の<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>六尺ばかりの大の<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby><ruby><rb>兩眼</rb><rt>りやうがん</rt></ruby>大きく<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby><ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〲</rt></ruby>と亂れ<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>し氣なる有樣にて<ruby><rb>悠々</rb><rt>のさ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>枕邊</rb><rt>まくらべ</rt></ruby>へ來る故夢心に城富は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>しける處に彼の男城富に向ひて若し〱<ruby><rb>御座頭</rb><rt>おざとう</rt></ruby>樣何の<ruby><rb>由縁</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>もない私しを今日は御葬り下され御<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りしことの有難く御<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>にて<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby>を助かりますにより<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞ</rt></ruby>かりながら是より其<ruby><rb>報恩</rb><rt>はうおん</rt></ruby>に御前樣の<ruby><rb>蔭身</rb><rt>かげみ</rt></ruby>に添て何卒御<ruby><rb>立身出世</rb><rt>りつしんしゆつせ</rt></ruby>を成るゝ樣私が永く守り上る程に然樣思召し下さるべし<ruby><rb>返々</rb><rt>かへす〲</rt></ruby>も<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しや<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと云かと思へばコレ城富や〱と兩人の母に<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>されにけるにぞ城富は<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>くに<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し然すれば今のは夢にてありしやと<ruby><rb>大汗</rb><rt>おほあせ</rt></ruby>を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の譯を物語り扨も<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>や今日のことを<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>に見ると云は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>富右衞門殿が<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の中に御座られたので<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うと涙と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し合けるが此後富右衞門の<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>は一七日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て幸手宿へ立歸り<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>中を呼集めて後々の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>として其年もはや何時しか<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>に及びたり

## 第七回

明れば享保九年正月三日<ruby><rb>竹本政太夫</rb><rt>たけもとまさだいふ</rt></ruby>の方にては例年の通り<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>の<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>初</rb><rt>そめ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>門弟</rb><rt>もんてい</rt></ruby>中打集まり一<ruby><rb>入</rb><rt>しほ</rt></ruby><ruby><rb>賑々</rb><rt>にぎ〱</rt></ruby>しく<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>出入</rb><rt>でいり</rt></ruby>も多かりける其頃西の丸の老中<ruby><rb>安藤對馬守殿</rb><rt>あんどうつしまのかみどの</rt></ruby>の家來に<ruby><rb>味岡</rb><rt>あぢをか</rt></ruby>勇右衞門と云ふ<ruby><rb>仁</rb><rt>ひと</rt></ruby>ありしが政太夫を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>になし今日も忍びにて語り<ruby><rb>初</rb><rt>そめ</rt></ruby>を<ruby><rb>聽</rb><rt>きか</rt></ruby>んと參られけるが此人より土産として金千<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby><ruby><rb>三味線彈</rb><rt>さみせんひき</rt></ruby>の友次郎へも金五百<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>又政太夫の<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>へは<ruby><rb>縞縮緬</rb><rt>しまちりめん</rt></ruby>一疋を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>られ今日の第一番客なり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>頃よりして<ruby><rb>立代</rb><rt>たちかは</rt></ruby>り入代り語り<ruby><rb>初</rb><rt>そめ</rt></ruby>をなす<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>の<ruby><rb>數々</rb><rt>かず〱</rt></ruby>門弟は今日を<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>と見臺に向ひて<ruby><rb>大汗</rb><rt>おほあせ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し<ruby><rb>素人連中</rb><rt>しろうとれんぢう</rt></ruby>にも<ruby><rb>上手</rb><rt>じやうず</rt></ruby>の人々は我も〱と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>もあれば又<ruby><rb>節</rb><rt>ふし</rt></ruby><ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>もあり最も<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>はふ其が中に今宵城富は<ruby><rb>國姓爺合戰</rb><rt>こくせんやかつせん</rt></ruby><ruby><rb>鴫</rb><rt>しぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>蛤</rb><rt>はまぐり</rt></ruby>の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>を語りけるに<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>美音</rb><rt>びおん</rt></ruby>の事なれば<ruby><rb>座中</rb><rt>ざちう</rt></ruby><ruby><rb>鳴</rb><rt>なり</rt></ruby>を鎭めて<ruby><rb>聽居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>りし時一同に<ruby><rb>咄</rb><rt>どつ</rt></ruby>と<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>る聲<ruby><rb>家内</rb><rt>やうち</rt></ruby>に<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞき</rt></ruby>て聞えけり此折しも第一の客なる彼の味岡勇右衞門は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>致しけんウンと云て<ruby><rb>持病</rb><rt>ぢびやう</rt></ruby>の<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>に<ruby><rb>差込</rb><rt>さしこま</rt></ruby>れ齒を<ruby><rb>噛</rb><rt>かみ</rt></ruby>しめしかば上を下へとの大騷ぎとなり<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ城富は<ruby><rb>鍼治</rb><rt>しんぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>を得たる故<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>を致させしに<ruby><rb>胸先</rb><rt>むねさき</rt></ruby>より<ruby><rb>小腹</rb><rt>せうふく</rt></ruby>の邊りへ一二<ruby><rb>鍼</rb><rt>しん</rt></ruby><ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby>や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や立所に全快致しけり勇右衞門は<ruby><rb>持病</rb><rt>ぢびやう</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>寒暖</rb><rt>かんだん</rt></ruby>に付て<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>る時は急に<ruby><rb>治</rb><rt>をさ</rt></ruby>まらぬ症なるに城富の<ruby><rb>鍼治</rb><rt>しんぢ</rt></ruby>にて早速<ruby><rb>快氣</rb><rt>こゝろよく</rt></ruby>なりける故大いに喜び紙に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>て金二百疋をさし出し城富に遣はして此後折々我が<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へも參るべしとて<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ是よりして<ruby><rb>味岡</rb><rt>あぢをか</rt></ruby>の方へも出入をなせしが<ruby><rb>鍼術</rb><rt>しんじゆつ</rt></ruby>に於ては大いに<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>を得しとて<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>かなたこなた</rt></ruby>に<ruby><rb>重寶</rb><rt>ちようはう</rt></ruby>がられ其後味岡の<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>にて所々方々と出入も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>たりしが味岡は大岡殿と<ruby><rb>内縁</rb><rt>ないえん</rt></ruby>あれば或日味岡勇右衞門は大岡殿へ出でし所越前守殿<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからず持病の<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>の由申されければ勇右衞門<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>には誠に奇妙なる<ruby><rb>鍼醫師</rb><rt>はりいし</rt></ruby>是あり私し儀も至つて<ruby><rb>癪持</rb><rt>しやくもち</rt></ruby>にて難儀仕つりし處<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>鍼治</rb><rt>しんぢ</rt></ruby>にて全快いたし其後<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>り申さず實に上手なる由申述ける故越前守殿<ruby><rb>此由</rb><rt>このよし</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ夫は<ruby><rb>近頃</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし早速に<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよ</rt></ruby>せ療治すべし其者は何所に居やと尋ねらるゝに勇右衞門<ruby><rb>其者儀</rb><rt>そのものぎ</rt></ruby>は長谷川町に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>名は城富と申して至つて<ruby><rb>鍼</rb><rt>はり</rt></ruby>に<ruby><rb>功者</rb><rt>こうしや</rt></ruby>に候と申けるにぞ越前守殿早々用人の<ruby><rb>山本新左衞門</rb><rt>やまもとしんざゑもん</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ城富を呼寄せ<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>致させ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>申されければ新左衞門は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりて次へ下り早々<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を認めて<ruby><rb>中間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>に持せ遣しける斯くて使ひの者は長谷川町なる城富の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>状箱</rb><rt>じやうばこ</rt></ruby>を差出し南町奉行所の大岡越前守方より<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りし由を申入けるにぞ城富は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>に見せ何事ならんか<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>へも屆けんと思ひつれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>今日は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>の由ゆゑ如何はせんと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>に<ruby><rb>状箱</rb><rt>じやうばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>かせ見れば手紙一通有り養母も<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>とは思へ共城富の<ruby><rb>名宛</rb><rt>なあて</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見ても宜しかるべしと<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>を<ruby><rb>押開</rb><rt>おしひら</rt></ruby>きて見るに

以手紙申入候未だ<ruby><rb>不得御意</rb><rt>ぎよいをえず</rt></ruby>候得共<ruby><rb>其許之</rb><rt>そのもとの</rt></ruby><ruby><rb>鍼術</rb><rt>しんじゆつ</rt></ruby><ruby><rb>聞及</rb><rt>きゝおよび</rt></ruby>候に付申入候此度<ruby><rb>旦那儀</rb><rt>だんなぎ</rt></ruby><ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>にて甚だ難儀<ruby><rb>被致</rb><rt>いたされ</rt></ruby>候に付療治請られ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>候間<ruby><rb>乍御苦勞</rb><rt>ごくらうながら</rt></ruby>今日中に御出被下度<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も<ruby><rb>拙者宅迄</rb><rt>せつしやたくまで</rt></ruby>御入來に預り度候<ruby><rb>餘者</rb><rt>よは</rt></ruby>其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby>可申述候以上

大岡越前守内

二月八日山本新左衞門

城富殿

右の通り<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて有りければ城富も<ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>も<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>なりとて委細畏まり奉つり候と<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を養母に認め<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひて使の者を返しける

## 第八回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も城富は<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>の者を連て其日<ruby><rb>晝過</rb><rt>ひるすぎ</rt></ruby>に大岡殿の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ參り山本新左衞門の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ參上の由申入ければ新左衞門同道して<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出しに大岡殿はナニ城富か<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>う〱<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く來りしよとのことに城富は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らず御召に預り有り難き仕合なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら御前樣には<ruby><rb>如何遊</rb><rt>いかゞあそば</rt></ruby>され候やと申ければ越前殿<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>にて四花の邊より<ruby><rb>小腹</rb><rt>せうふく</rt></ruby>へかけきり〱と<ruby><rb>差込</rb><rt>さしこん</rt></ruby>で食事も進まず兎角に<ruby><rb>鬱</rb><rt>ふさい</rt></ruby>でならぬが其方の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を味岡勇右衞門の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>しに依て承知致し呼に遣したり<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むと云るゝにぞ城富<ruby><rb>不調法</rb><rt>ぶてうはふ</rt></ruby>の私し御召に預りまして有難く候と云つゝ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりより</rt></ruby><ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>に掛りしに<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より鍼術に妙を得しことゆゑ<ruby><rb>癪氣</rb><rt>しやくき</rt></ruby>も速かに<ruby><rb>治</rb><rt>をさま</rt></ruby>りければ大岡殿には悦ばれ成程<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>に<ruby><rb>好</rb><rt>よい</rt></ruby><ruby><rb>心持</rb><rt>こゝろもち</rt></ruby>に成しと申されるに城富は先々御<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>を<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ばされよと申て自分も<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み居たりけるに大岡殿は<ruby><rb>寢返</rb><rt>ねがへ</rt></ruby>りて此方を見られコレ城富<ruby><rb>幸手</rb><rt>さつて</rt></ruby>の<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>は<ruby><rb>息才</rb><rt>そくさい</rt></ruby>で居かとの尋ねに城富はハツと<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を下げ有難き仕合せ何も替りましたる儀も御座りませんと<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>れば大岡殿其方が<ruby><rb>親父</rb><rt>おや</rt></ruby>富右衞門は扨て〱<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なることぢやが汝ぢが<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>では富右衞門も<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>するで<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うぞと申されしに城富は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>のことを云るゝとは思へども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>其意を得ざれば夫は<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>う御座りますが今は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>ました親父が再び生ますと申す道理が御座いませうかと云つゝ涙を<ruby><rb>泣然</rb><rt>ほろり</rt></ruby>と<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>せしにぞ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば死したる者の<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>する所以は<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れ共是城富<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>は彼の<ruby><rb>生田源内</rb><rt>いくたげんない</rt></ruby>の物語りと云ふ草紙が有が聞たことは<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>か城富一向に承まはりしことは御座りませぬ大岡殿其<ruby><rb>生田源内</rb><rt>いくたげんない</rt></ruby>と云ふ者は<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を受て<ruby><rb>攝州</rb><rt>せつしう</rt></ruby>大坂にて御仕置に行はれしが此源内の娘に<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby>と云ふ大孝行の者が有て<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>源内が入牢せし中<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>金毘羅權現</rb><rt>こんぴらごんげん</rt></ruby>へ<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ひを<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>我が一命を<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>捧</rb><rt>さゝ</rt></ruby>げて父の無實の罪に<ruby><rb>代</rb><rt>かは</rt></ruby>らんことを一<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby><ruby><rb>不亂</rb><rt>ふらん</rt></ruby>に<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りしに今日は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>源内の罪<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>り御仕置と聞し故娘の豐は其日<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の引れ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し御仕置場へ行て見るに終に<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>し<ruby><rb>野</rb><rt>の</rt></ruby>の<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby>と<ruby><rb>消果</rb><rt>きえはて</rt></ruby>しゆゑ<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby>も其所を立去り我が家へ歸り<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りしことも<ruby><rb>贅</rb><rt>むだ</rt></ruby>とも成しとて夫より<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>を<ruby><rb>吊</rb><rt>とふ</rt></ruby>らはんと思ひ<ruby><rb>樒</rb><rt>はな</rt></ruby>を供へ香を<ruby><rb>燒</rb><rt>たい</rt></ruby>て只々一途に後生を願うて<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>所に其夜<ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつどき</rt></ruby>頃と思ふ折しも表の戸をとん〱と<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>く故是は何者なるやと<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の戸を明て見るに今迄も<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみ居たる父源内立歸りければ娘の豐は<ruby><rb>夢現</rb><rt>ゆめうつ</rt></ruby>つかと思ひながらも大いに悦びことの<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を尋ぬるに源内は先内に入り我御仕置場にて首を切れしときハツと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひしばかりにて<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>は何も知ず<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て氣が付て其<ruby><rb>邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻しけるに首は<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>ず何事も無<ruby><rb>健全</rb><rt>まめ</rt></ruby><ruby><rb>息災</rb><rt>そくさい</rt></ruby>なり依て我が家へ立歸りしぞと<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りしかば娘は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれし</rt></ruby>く是全く<ruby><rb>金毘羅樣</rb><rt>こんぴらさま</rt></ruby>の御<ruby><rb>利益</rb><rt>りやく</rt></ruby>ならんと早々<ruby><rb>嗽</rb><rt>うが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>手水</rb><rt>てうず</rt></ruby>にて身を<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>めて金毘羅の掛物を取出し<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>みけるに金毘羅の<ruby><rb>金</rb><rt>こん</rt></ruby>の一字は切放れて<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby><ruby><rb>滴</rb><rt>したゝ</rt></ruby>り有ければ親子の者は一同にハツとひれ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>し〱とて<ruby><rb>感涙</rb><rt>かんるゐ</rt></ruby>を流しけるが其中に罪人の本人が出て源内は長壽を<ruby><rb>保</rb><rt>たも</rt></ruby>ちしと云事あり是等は即ち<ruby><rb>理外</rb><rt>りぐわい</rt></ruby>の物語りにて<ruby><rb>天地</rb><rt>てんち</rt></ruby>の間に不思議の有しことは<ruby><rb>擧</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ難し切れて助かる道理は無しと雖も世界の不思議<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の利益は無にも非ず<ruby><rb>然</rb><rt>さす</rt></ruby>れば其方の父富右衞門も<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>いたす<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>じき者でも無い<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>神佛を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み奉つりて<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>を致すべしとの物語り有りければ城富は有難う<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ奉つりますと<ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>故に萬一大岡殿の申さるゝ通り親が<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>でもすることかと思うて心の中に<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>み神佛を信心して<ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>を大切に致し<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しける是よりは猶<ruby><rb>鍼</rb><rt>はり</rt></ruby>の療治も日々に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して諸家へも<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ大岡殿へも時々療治に上りけるに其度々々に越前守殿にも<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て下され有難き<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を掛られけるとぞ此元は皆全く師の竹本政太夫のお<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>猶更</rb><rt>なほさら</rt></ruby>是をも大切にして兩人の<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>へ孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しけるこそ<ruby><rb>殊勝</rb><rt>しゆしよう</rt></ruby>なれ

## 第九回

却て<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby>畔倉重四郎は<ruby><rb>小篠堤</rb><rt>をざさづつみ</rt></ruby>にて穀屋平兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し百兩の金子を奪ひ取り其上富右衞門に罪を負せ事<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>して富右衞門は御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>はれけるにぞ我が<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>の<ruby><rb>好機</rb><rt>まんま</rt></ruby>と行しを<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び三五郎へも百兩の中三十兩を<ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby>て遣はし<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏をして居たりける<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>慈恩寺村にて<ruby><rb>大博奕</rb><rt>おほばくち</rt></ruby>の<ruby><rb>土場</rb><rt>どば</rt></ruby>が出來鴻の巣なる鎌倉屋金兵衞と云ふ<ruby><rb>名稱</rb><rt>なうて</rt></ruby>の<ruby><rb>博奕打</rb><rt>ばくちうち</rt></ruby>が來りて大いに<ruby><rb>卻含</rb><rt>はづみ</rt></ruby>金兵衞は五百兩ばかり<ruby><rb>勝</rb><rt>かち</rt></ruby>し折柄自分の村方に<ruby><rb>急用</rb><rt>きふよう</rt></ruby>出來せしにより<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>歸村</rb><rt>きそん</rt></ruby>せよと飛脚の來りける故<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>て<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>などをなしつゝ急ぎの用なればとて一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby>へ<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告て子分なる水戸<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>八田掃部練馬藤兵衞三加尻茂助の三人に<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>取片付</rb><rt>とりかたづけ</rt></ruby>させ自分は<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎのこと<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>一足先へ出立して<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>追</rb><rt>おひ</rt></ruby>つくべしと申聞け日の暮頃<ruby><rb>慈恩寺村</rb><rt>じおんじむら</rt></ruby>を立出けるが時しも<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>八年七月十六日にて<ruby><rb>盂蘭盆</rb><rt>うらぼん</rt></ruby>のことなれば村々にては<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>を催せしもあり又<ruby><rb>男女</rb><rt>なんによ</rt></ruby><ruby><rb>打交</rb><rt>うちまじ</rt></ruby>りて<ruby><rb>踊</rb><rt>をど</rt></ruby>るもあり<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>しけれども金兵衞は<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎの用なれば<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て之を面倒に思ひつゝ足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>ける此金兵衞の<ruby><rb>行裝</rb><rt>こしらへ</rt></ruby>は<ruby><rb>辨慶縞</rb><rt>べんけいじま</rt></ruby>の越後縮の<ruby><rb>帷子</rb><rt>かたびら</rt></ruby>に<ruby><rb>銀拵</rb><rt>ぎんごしら</rt></ruby>への大脇差し落し差に差て<ruby><rb>菅笠</rb><rt>すげがさ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>打冠</rb><rt>うちかぶ</rt></ruby>り鷲の宮迄來りける<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に畔倉重四郎は此頃<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>く不仕合に<ruby><rb>勝負</rb><rt>しようぶ</rt></ruby>の資本薄ければ<ruby><rb>忽然</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>し鴻の巣の金兵衞が大いに<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>て<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>へ立歸るを幸ひ<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>を殺し<ruby><rb>彼者</rb><rt>かれ</rt></ruby>が勝し五百兩の金を奪ひ取んと心<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>へ廻つて<ruby><rb>鷲</rb><rt>わし</rt></ruby>の宮の<ruby><rb>杉林</rb><rt>すぎばやし</rt></ruby>に身を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し金兵衞の來るを今や<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと待懸たり金兵衞は<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべしとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず<ruby><rb>慈恩寺村</rb><rt>じおんじむら</rt></ruby>にて打勝し五百兩を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>し<ruby><rb>小歌</rb><rt>こうた</rt></ruby>を<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>悠々</rb><rt>いう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>大宮村</rb><rt>おほみやむら</rt></ruby>へと行ける<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から畔倉は少し<ruby><rb>遣過</rb><rt>やりすご</rt></ruby>しつゝ<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>寄</rb><rt>よつ</rt></ruby>て後より<ruby><rb>大袈裟掛</rb><rt>おほげさがけ</rt></ruby>に切付れば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の金兵衞も<ruby><rb>手練</rb><rt>てなみ</rt></ruby>の一刀に<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>り得ずアツと一<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びし<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>二ツに成て<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たりけり重四郎は<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑ひ仕て<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>たりと云ながら刀の<ruby><rb>血</rb><rt>のり</rt></ruby>を金兵衞の<ruby><rb>帷子</rb><rt>かたびら</rt></ruby>にて<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の五百兩を何の手も無く奪ひ取り懷中せんとする<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>人聲</rb><rt>ひとごゑ</rt></ruby>がする故に重四郎は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り彼は定めし<ruby><rb>子分</rb><rt>こぶん</rt></ruby>の<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>何も恐るゝにはあらねども<ruby><rb>水戸浪人奴</rb><rt>みとらうにんめ</rt></ruby>は<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>手強</rb><rt>てごは</rt></ruby>き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>見付られては<ruby><rb>面倒也</rb><rt>めんだうなり</rt></ruby>早々此場を立去んとて雲を霞と駈出しける扨又金兵衞の子分八田<ruby><rb>掃部</rb><rt>かもん</rt></ruby><ruby><rb>練馬</rb><rt>ねりま</rt></ruby>藤兵衞<ruby><rb>三加尻</rb><rt>みかじり</rt></ruby>茂助の三人は<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を片付大宮にて親分に追付んと鷲の宮なる杉林へ<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りしが<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に<ruby><rb>躓</rb><rt>つま</rt></ruby>づき是は何者なるやと能々見るに<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>金兵衞の死骸なれば藤兵衞は大いに驚き先生々々<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に親分が<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れてと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より掃部も<ruby><rb>駈寄</rb><rt>かけよつ</rt></ruby>て能見れば正敷金兵衞の死骸なり<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>さん何者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ならんと三人は<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなして<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほれ共如何とも<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て懷中を改め<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>に是は如何に五百兩の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>は無く<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>近傍</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見れば扇子一本<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>てあり藤兵衞手に取あげ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに<ruby><rb>鐵扇</rb><rt>てつせん</rt></ruby>にて親骨に<ruby><rb>杉田</rb><rt>すぎた</rt></ruby>三五郎と<ruby><rb>彫付</rb><rt>ほりつけ</rt></ruby>有りし故掃部大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り然らば是は<ruby><rb>幸手</rb><rt>さつて</rt></ruby>の三五郎が<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>し今西の方へ<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけだ</rt></ruby>して<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>人影</rb><rt>ひとかげ</rt></ruby>を見しが<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に三五郎奴成らんと三人<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく此方の<ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>よりて見れば二三町<ruby><rb>隔</rb><rt>へだて</rt></ruby>て西の村を<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆく</rt></ruby>者あり掃部は彌々<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>に相違無し<ruby><rb>是々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>藤兵衞<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を立て<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ此ことを知らせて<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>れ己は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に茂助と共に三五郎を討取んと云ふに藤兵衞<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て先生私しも一所に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んと申を<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>夫では親分の死骸を<ruby><rb>無宿</rb><rt>むしゆく</rt></ruby>にされては成らぬ是非々々<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>は此場の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>をして呉れろと<ruby><rb>云棄</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く此掃部と云ふ者は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>武邊</rb><rt>ぶへん</rt></ruby>の達者殊に早足なれば一目散に<ruby><rb>追行</rb><rt>おひゆく</rt></ruby>所に重四郎は一里餘りも<ruby><rb>退</rb><rt>のひ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>より<ruby><rb>駈來</rb><rt>かけくる</rt></ruby><ruby><rb>人音</rb><rt>ひとおと</rt></ruby>有り定めて子分の奴等が來る成らんと<ruby><rb>深江村</rb><rt>ふかえむら</rt></ruby>の入口に<ruby><rb>千手院</rb><rt>せんじゆゐん</rt></ruby>と云ふ小寺有り<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>は六十餘歳の老僧にて佛前に於て<ruby><rb>讀經</rb><rt>つとめ</rt></ruby>をして居る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>重四郎は是幸ひと聲を掛けモシ〱<ruby><rb>和尚樣</rb><rt>をしやうさま</rt></ruby>私しは只今<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あう</rt></ruby>て追人の懸る者何卒御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以て御<ruby><rb>隱匿</rb><rt>かくまひ</rt></ruby>下さるべしと頼みければ老僧は是を聞て扨々夫は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし出家のことなれば何かして<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>うて遣はすべし此<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじやう</rt></ruby>の上に<ruby><rb>不動明王</rb><rt>ふどうみやうわう</rt></ruby>を<ruby><rb>觀請</rb><rt>くわんじやう</rt></ruby>して在り<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>れ〱見るべし彼の天井の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>の所なりと其所へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひる</rt></ruby>には爰の本堂より<ruby><rb>位牌壇</rb><rt>ゐはいだん</rt></ruby>の後の方から這入がよいそして踏掛る所が<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>夫から又天井に<ruby><rb>切拔</rb><rt>きりぬい</rt></ruby>た<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>が有るから其所より<ruby><rb>這入</rb><rt>はひる</rt></ruby>べしと最と<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に教へけり重四郎は追詰られし事故心中如何はせんと思ふ所に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>け深く教へて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ける故大いに悦び拜々有難う御座りますと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>つゝ彼の位牌壇より<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に有る<ruby><rb>足溜</rb><rt>あしだま</rt></ruby>りへ足を<ruby><rb>踏掛</rb><rt>ふみか</rt></ruby>け漸々として<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に天井へ昇り其跡を<ruby><rb>板</rb><rt>いた</rt></ruby>にて元の如く<ruby><rb>差塞</rb><rt>さしふさ</rt></ruby>ぎ先是では<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひ無しと大いに<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>なし息を<ruby><rb>壓</rb><rt>こら</rt></ruby>して隱れ居たり斯る惡人なれども未だ<ruby><rb>命數</rb><rt>めいすう</rt></ruby>の<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>ざる所にや僧の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に依て危き命を助かりし事ぞ<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なる

## 第十回

扨も八田掃部は<ruby><rb>騫直</rb><rt>まつしぐら</rt></ruby>に<ruby><rb>追懸</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>來りしが三五郎めは<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に此寺に<ruby><rb>迯込</rb><rt>にげこん</rt></ruby>だるに相違無しと御寺へ駈入眼を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>りながら住持に向ひ若し〱御<ruby><rb>寺樣</rb><rt>てらさま</rt></ruby>只今人を殺して<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>し者が此寺へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>しを慥に見屆たり何所に居り候やお<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>し下さる可しと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ければ住持は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は以ての外のことながら<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>な者は參らず定めて<ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひに候はんと云ひつゝ<ruby><rb>見向</rb><rt>みむき</rt></ruby>もせず<ruby><rb>般若心經</rb><rt>はんにやしんきやう</rt></ruby>を<ruby><rb>讀</rb><rt>よん</rt></ruby>で居けるに<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>是へ追込しを見屆て參つたり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども御出家の儀なれば人を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>まうは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の事なるが私し共の爲には親分の<ruby><rb>仇敵</rb><rt>あだがたき</rt></ruby>なれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>出して御渡し下さるべしと<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して申けれども住持は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を左右に<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>此方へは參り申さず來らぬ者を<ruby><rb>匿藏</rb><rt>かくまう</rt></ruby>べき筋も<ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>とさらに取合ねば掃部は<ruby><rb>焦立</rb><rt>いらだち</rt></ruby><ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>慥に見屆たることなれば斯は申なり夫にても參らぬとならば我等が<ruby><rb>念晴</rb><rt>ねんばら</rt></ruby>しに此御寺を<ruby><rb>家搜索</rb><rt>やさがし</rt></ruby>致さんが此儀は御承知なりやと云ひければ<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>夫は御勝手次第に<ruby><rb>家搜</rb><rt>やさが</rt></ruby>しでも何でも致されよと一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>平氣</rb><rt>へいき</rt></ruby>なり掃部然らばとて本堂を始め<ruby><rb>位牌堂</rb><rt>ゐはいだう</rt></ruby>より其下の<ruby><rb>戸棚迄</rb><rt>とだなまで</rt></ruby>がらり〱と<ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>して見るに中には<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>びたる<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>や<ruby><rb>香奠</rb><rt>かうでん</rt></ruby>の臺など有り夫よりして<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby><ruby><rb>部屋々々</rb><rt>へや〱</rt></ruby>座敷の廻り次の間<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>の間<ruby><rb>納戸</rb><rt>なんど</rt></ruby><ruby><rb>雪隱</rb><rt>せついん</rt></ruby>は申に及ばず床下迄も殘る<ruby><rb>隈無</rb><rt>くまな</rt></ruby>く尋ぬる處へ茂助も<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を切て<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>來り兩人にて又々<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>かなたこなた</rt></ruby>と尋ね廻り地内の鎭守稻荷堂或ひは<ruby><rb>薪部屋</rb><rt>まきべや</rt></ruby><ruby><rb>物置等</rb><rt>ものおきとう</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>しけれ共<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>だに見えざれば掃部は<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>此上は和尚を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へて詮議すべしと又々本堂へ立歸りコリヤ<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby><ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>したるに相違あるまじサア早く出せ<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し又何れへ落したるや<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に云へば<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>し云はぬに於ては此方にも<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>が有るぞと<ruby><rb>詰寄</rb><rt>つめよせ</rt></ruby>けれども住持は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>自<ruby><rb>若</rb><rt>じやく</rt></ruby>として只今申せし通り少しも知らぬことなり然るを<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ有らば<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に致さるべしと申ければ掃部は大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>つてコレ坊主我等は<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる所を見屆て申すなり<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ぬに於ては<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>すると<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby><ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで引摺出し力に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>板縁</rb><rt>いたえん</rt></ruby>へ<ruby><rb>摺付々々</rb><rt>すりつけ〱</rt></ruby>サア何だ坊主め白状しろ<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>せしぞ但しは落したかと茂助も<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに聲を<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らげて打<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>ると雖も知らぬとばかりゆゑ掃部は茂助に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を取て<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>れと言に茂助は臺所より<ruby><rb>荒繩</rb><rt>あらなは</rt></ruby>を<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>りければ和尚を<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>へ<ruby><rb>釣上</rb><rt>つりあ</rt></ruby>げ<ruby><rb>薪</rb><rt>たきゞ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>打てば和尚は眼を開きコリヤ〱<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>したりとて出家の<ruby><rb>境界</rb><rt>きやうがい</rt></ruby>今更其を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>すべきや<ruby><rb>然而</rb><rt>まして</rt></ruby>一向知らぬこと此身體は素より<ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>の世なり殺さば殺せ勝手にしろと云を兩人は聞イヤハヤ<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby><ruby><rb>硬情</rb><rt>しぶとき</rt></ruby>坊主めと云樣力に任せて一打<ruby><rb>肋</rb><rt>あばら</rt></ruby>を打けるにウンと言て其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>悶絶</rb><rt>もんぜつ</rt></ruby>なせしかば茂助は驚き<ruby><rb>先生</rb><rt>せんせい</rt></ruby><ruby><rb>苛酷</rb><rt>ひどい</rt></ruby>ことをされたり夫では爰には居ぬに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひも有めへ<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>は<ruby><rb>幸手</rb><rt>さつて</rt></ruby>の三五郎と知れて<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>からは先々親分の死骸を葬り相手に油斷をさせ置て<ruby><rb>不意</rb><rt>ふい</rt></ruby>に幸手へ<ruby><rb>押掛</rb><rt>おしかけ</rt></ruby>三五郎を<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとる</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>は<ruby><rb>幾等</rb><rt>いくら</rt></ruby>も有うと言ふに掃部も成程敵は知て居上ならばマア<ruby><rb>急事</rb><rt>せくこと</rt></ruby>もねへが彼が兄弟分の重四郎と云ふ<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は少し<ruby><rb>手強</rb><rt>てごは</rt></ruby>ひ奴なり然し<ruby><rb>侠氣</rb><rt>たてひき</rt></ruby>も有奴だから親分の敵を<ruby><rb>討</rb><rt>うつ</rt></ruby>と<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せ何か助太刀をして呉ろと頼んで<ruby><rb>見樣</rb><rt>みやう</rt></ruby>若し承知すれば此方の味方<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>と言ふならば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>重四郎を先へ殺して<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>うと二人相談をなし<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て此寺を立出けり其時畔倉重四郎は彼等が相談せし樣子を天井に<ruby><rb>潜伏</rb><rt>かくれ</rt></ruby>て<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一聞屆け時分は<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>と天井を<ruby><rb>飛降</rb><rt>とびお</rt></ruby>り和尚を見に<ruby><rb>釣</rb><rt>つる</rt></ruby>し上られた<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>したる體ゆゑ重四郎も<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>氣の毒に思ひハヽア僧主は僧主<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>正直な者然し<ruby><rb>打殺</rb><rt>うちころ</rt></ruby>さるゝ迄云ぬと言ふは武士にも<ruby><rb>優</rb><rt>まし</rt></ruby>た丈夫な<ruby><rb>精神</rb><rt>たましひ</rt></ruby><ruby><rb>天晴々々</rb><rt>あつぱれ〱</rt></ruby>感心した然し彼の掃部めは三五郎が殺したと心得しは<ruby><rb>鐵扇</rb><rt>てつせん</rt></ruby>を三五郎から<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>て來て死人の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>した故彼等が三五郎と思ひしなり是で<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby>と<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り言を云つゝ臺所へ到りアヽ<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>が<ruby><rb>減</rb><rt>へつ</rt></ruby>た何ぞないかと<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>らを<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し何か戸棚より取出して<ruby><rb>飯櫃</rb><rt>めしびつ</rt></ruby>を<ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby>十分に<ruby><rb>食終</rb><rt>くひをは</rt></ruby>り夫より<ruby><rb>悠然</rb><rt>いう〱</rt></ruby>と幸手宿へ立歸り此由を三五郎に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し密かに<ruby><rb>喋</rb><rt>しめ</rt></ruby>し合せ彼等の子分が金兵衞の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ來る時は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>手配</rb><rt>てくばり</rt></ruby>を成して用心<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>に居たりけり

## 第十一回

時に<ruby><rb>文月</rb><rt>ふみづき</rt></ruby>廿八日の<ruby><rb>入相頃</rb><rt>いりあひごろ</rt></ruby>金兵衞の子分八田掃部三加尻茂助練馬藤兵衞等三人<ruby><rb>打連立</rb><rt>うちつれだつ</rt></ruby>て畔倉重四郎が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ入來り先生は御宅かと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>れば重四郎はイヤ來たなとは思へども<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏にて是は〱<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしく御揃ひで<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ御入來<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なすに<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て掃部は聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め早速ながら先生へ<ruby><rb>折入</rb><rt>をりいつ</rt></ruby>て御頼み申度事あつて參上致したりと云ば重四郎<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>はまた何事かは知らねども<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>まりし其御詞<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>よりの懇意と申し貴殿も武士我等も武士の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>くれ見掛て御頼みと<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば否とは申さぬシテ何事で御座ると問に掃部イヤ外の事でも御座らぬが我々の<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>鎌倉屋金兵衞事<ruby><rb>桶川宿</rb><rt>をけがはじゆく</rt></ruby><ruby><rb>鷲</rb><rt>わし</rt></ruby>の宮に於て殺され其上に五百兩と云ふ<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れしと云も<ruby><rb>終</rb><rt>をはら</rt></ruby>ぬに重四郎<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>金兵衞親方が殺されたと云<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>は聞たれ共人の云事<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>實正</rb><rt>じつしやう</rt></ruby>とも思はざりしが夫なら<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>られしか<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>は知しかと聞に掃部<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其事に付貴殿へ<ruby><rb>助太刀</rb><rt>すけだち</rt></ruby>を御頼み申<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>何分御<ruby><rb>加勢</rb><rt>かせい</rt></ruby>下さるべしと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>にぞ重四郎然らば我等を男一<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>と<ruby><rb>見込</rb><rt>みこん</rt></ruby>で御頼みと有ことなれば何の<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>とは申まじ<ruby><rb>而々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>其敵</rb><rt>そのかたき</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>は何者なるやと申せば掃部はまだ<ruby><rb>危</rb><rt>あや</rt></ruby>ぶみイヤ其事なり<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>の相手に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>ては御<ruby><rb>差合</rb><rt>さしあひ</rt></ruby>も御座らうと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずるゆゑ<ruby><rb>確乎</rb><rt>しかと</rt></ruby>した御詞を承知致さぬ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>些</rb><rt>ち</rt></ruby>と敵の名前は申されぬ<ruby><rb>善惡共</rb><rt>ぜんあくとも</rt></ruby>御承知下されたる言御<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>の上御話申べしと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>に重四郎成程御<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の儀武士たる者は義を見て<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ざるは<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>きなりと云詞を<ruby><rb>尊</rb><rt>たうと</rt></ruby>ぶ<ruby><rb>拙者</rb><rt>それがし</rt></ruby>を見込で御頼みとあれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>親兄弟</rb><rt>おやきやうだい</rt></ruby>たりとも義に依ては<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>助太刀</rb><rt>すけだち</rt></ruby>致すべしと言へば掃部は聞て<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>頼母</rb><rt>たのも</rt></ruby>しき御<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby><ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ入たり<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>御座らば何を隱し申べきや其敵と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>は貴殿の兄弟同樣に<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝ三五郎なりと聞重四郎驚きし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>其三五郎を敵と申さるゝは何ぞ<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>な證據有ての儀で御座るかと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に掃部<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばとよ<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>慈恩寺村へ金兵衞が出し所在所より<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に歸るべしとの<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>が來り其時我々は<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り何や<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>や<ruby><rb>取片付</rb><rt>とりかたづけ</rt></ruby>親分は先へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りし其<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>鷲の宮にて切殺されたる其跡へ我等三人參り合せて見る處に<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>近傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に落て有しは是なり此<ruby><rb>鐵扇</rb><rt>てつせん</rt></ruby>を取上て見れば<ruby><rb>牡丹</rb><rt>ぼたん</rt></ruby>の繪に<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>には詩を<ruby><rb>書</rb><rt>かい</rt></ruby>て有り又此通り<ruby><rb>親骨</rb><rt>おやぼね</rt></ruby>に杉田三五郎と記してあれば全く敵は三五郎に<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐな</rt></ruby>し是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て先生に助太刀を御頼み申て討取度存ぜし所なり何卒御頼み申と云へば重四郎如何さま<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>のことに御座れば全く三五郎の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん併しながら是迄<ruby><rb>別懇</rb><rt>べつこん</rt></ruby>に致せし三五郎なれ共一旦頼まれし上からは<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へは引ぬ重四郎如何にも承知致したりと申に掃部は<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んと見込で我々が御頼み申せし上からは<ruby><rb>早急</rb><rt>さつそく</rt></ruby>ながら是より<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>三五郎の宅へ御同道下さるべしと立上るを重四郎<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らくと<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め必ず早まり給ふな親分の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>は三五郎と知たる上其は<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしき</rt></ruby><ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>を計つて<ruby><rb>討洩</rb><rt>うちもら</rt></ruby>さぬ樣に致すが<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なり殊に<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>三五郎は宅に<ruby><rb>居</rb><rt>をら</rt></ruby>ず<ruby><rb>然</rb><rt>さす</rt></ruby>れば<ruby><rb>仕懸</rb><rt>しかけ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>其詮無</rb><rt>そのせんな</rt></ruby>しと云ふにぞ掃部是を聞て然らば<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ參りしや其<ruby><rb>行先</rb><rt>ゆくさき</rt></ruby>を御存じなるか重四郎<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>は<ruby><rb>元栗橋</rb><rt>もとくりばし</rt></ruby>の<ruby><rb>燒場隱亡</rb><rt>やきばをんばう</rt></ruby>彌十の處に於て長半が出來ると云により<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻頃</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>から行べしと<ruby><rb>拙者</rb><rt>それがし</rt></ruby>をも<ruby><rb>誘</rb><rt>さそ</rt></ruby>ひしか共少し外に用事も有し故三五郎ばかり先へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし置たり然れば是<ruby><rb>得難</rb><rt>えがた</rt></ruby>き<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>なりと云ふに三人の者是を聞て大に<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び何卒<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>を以て三五郎を<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとる</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに御頼み申なりと重四郎の意に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひければ<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば是より案内致すべし<ruby><rb>彼隱亡</rb><rt>かのをんばう</rt></ruby>彌十が方へ到りて三五郎を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>し置て其時<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>も助太刀致し<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を討せ申べしと重四郎は<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>しやかに言ければ掃部を始め茂助藤兵衞等<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと打悦び<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby>御頼み申なりとて是より<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>など致し十分其支度に掛りける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又三五郎は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て重四郎よりの<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>もあれば金兵衞が子分等<ruby><rb>扇子</rb><rt>あふぎ</rt></ruby>を證據となし<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と<ruby><rb>覘</rb><rt>ねら</rt></ruby>ふは必定なりと思ひ日頃より用心<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>にして身を<ruby><rb>戒愼</rb><rt>つゝしみ</rt></ruby>居たりしが此日重四郎に<ruby><rb>用事</rb><rt>ようじ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て<ruby><rb>隣家</rb><rt>となり</rt></ruby>迄<ruby><rb>來掛</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りし所重四郎が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>にて<ruby><rb>囂々</rb><rt>がや〱</rt></ruby>と人聲なすゆゑ何事やらんと<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに身を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め内の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひけるに金兵衞が子分共三五郎を敵と<ruby><rb>覘</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひて元栗橋へ出掛る相談なりしかば三五郎<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は重四郎が彼三人の<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>を引出し<ruby><rb>利根川通</rb><rt>とねがはどほ</rt></ruby>りにて殺す<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>り獨り<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りて助太刀をして<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>んと<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>引縛</rb><rt>ひつから</rt></ruby>げ<ruby><rb>強刀物</rb><rt>だんびらもの</rt></ruby>を落し<ruby><rb>差</rb><rt>ざし</rt></ruby>になし<ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかぶ</rt></ruby>り深く顏を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>利根川堤</rb><rt>とねがはづつみ</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎけり

## 第十二回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に畔倉重四郎は鎌倉屋金兵衞の<ruby><rb>子分</rb><rt>こぶん</rt></ruby>八田掃部練馬藤兵衞三加尻茂助の三人を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ我が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>を出て<ruby><rb>元栗橋</rb><rt>もとくりばし</rt></ruby>へと急ぎ行く程なく<ruby><rb>來掛</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>る利根川堤<ruby><rb>早瀬</rb><rt>はやせ</rt></ruby>の<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby>は<ruby><rb>水柵</rb><rt>しがらみ</rt></ruby>に打寄せ<ruby><rb>蛇籠</rb><rt>じやかご</rt></ruby>を洗ふ<ruby><rb>水音</rb><rt>みづおと</rt></ruby><ruby><rb>滔々</rb><rt>たう〱</rt></ruby>として其の夜は<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に一<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに<ruby><rb>掻曇</rb><rt>かきくも</rt></ruby>り<ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby><ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>すに似て<ruby><rb>礫</rb><rt>つぶて</rt></ruby>の如き<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>はばら〱と降來る<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>三更</rb><rt>さんかう</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>つぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>遠寺</rb><rt>ゑんじ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>ガウ〱と<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>き渡り<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>凄然</rb><rt>ものすご</rt></ruby>く思はるればさしも<ruby><rb>強氣</rb><rt>がうき</rt></ruby>の者共も<ruby><rb>小氣味</rb><rt>こきみ</rt></ruby><ruby><rb>惡々</rb><rt>わる〱</rt></ruby>足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆむ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>き火の光り見えければ<ruby><rb>彼</rb><rt>あれ</rt></ruby>こそ<ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby>の<ruby><rb>火影</rb><rt>ひかげ</rt></ruby>ならんと掃部は先に立て行程に<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>隱亡小屋</rb><rt>をんばうごや</rt></ruby>に<ruby><rb>近接</rb><rt>ちかづく</rt></ruby><ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>道の<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>なる<ruby><rb>小笹</rb><rt>をざさ</rt></ruby>の<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りし<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より一刀<ruby><rb>閃</rb><rt>ひら</rt></ruby>りと引拔<ruby><rb>稻妻</rb><rt>いなづま</rt></ruby>の如く掃部が向う<ruby><rb>脛</rb><rt>ずね</rt></ruby>をずんと<ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>せば掃部は<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らず<ruby><rb>尻居</rb><rt>しりゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>動</rb><rt>どう</rt></ruby>と<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れつゝヤア<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>や<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしや<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し討とは<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>是重四郎殿何者か我が<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を切りたるぞ<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ給はれと云ふ間あらせず重四郎は心得たりと一<ruby><rb>刀</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>閃</rb><rt>ひら</rt></ruby>りと拔より早く<ruby><rb>練馬</rb><rt>ねりま</rt></ruby>藤兵衞を<ruby><rb>後背</rb><rt>うしろ</rt></ruby>よりばつさり<ruby><rb>袈裟掛</rb><rt>けさがけ</rt></ruby>に切放しければ是を見るより三加尻茂助は<ruby><rb>飛退</rb><rt>とびすさ</rt></ruby>り<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ重四郎助太刀の<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>すると<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りて此所へ我々を引出し<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>卑怯至極</rb><rt>ひけふしごく</rt></ruby>なり其儀ならばと一刀引拔討て掛るを重四郎心得たりと身を<ruby><rb>反</rb><rt>かは</rt></ruby>し二<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>三<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>打合</rb><rt>うちあひ</rt></ruby>しが<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を見合せ一<ruby><rb>聲</rb><rt>せい</rt></ruby><ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>んで肩先より乳の下まで一刀に切放せば茂助はウンとばかりに<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>しゝ</rt></ruby>たる處へ以前の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>石塔</rb><rt>せきたふ</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より<ruby><rb>現</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ出るを掃部は<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れながら下より<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>に<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ふにさしつたりと<ruby><rb>飛違</rb><rt>とびちが</rt></ruby>ひ掃部の<ruby><rb>利腕</rb><rt>きゝうで</rt></ruby><ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>し二の太刀を<ruby><rb>脾腹</rb><rt>ひばら</rt></ruby>へ<ruby><rb>突込</rb><rt>つゝこみ</rt></ruby>ぐつと一<ruby><rb>剌</rb><rt>ゑぐ</rt></ruby>りゑぐりし時重四郎は<ruby><rb>荼比所</rb><rt>だびしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>火影</rb><rt>ひかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見逢</rb><rt>みあは</rt></ruby>せヤア三五郎か重四郎殿<ruby><rb>好機</rb><rt>しつくり</rt></ruby>參つて<ruby><rb>重疊々々</rb><rt>ちようでふ〱</rt></ruby>扨此樣子は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby><ruby><rb>用事</rb><rt>ようじ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て貴殿の宅へ參りし所何か人聲がする故樣子有んと<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>へば金兵衞が<ruby><rb>子分共</rb><rt>こぶんども</rt></ruby>我を<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と<ruby><rb>覘</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>討</rb><rt>うた</rt></ruby>んとて先生と<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>なし<ruby><rb>元栗橋</rb><rt>もとくりばし</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んとの<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>最中</rb><rt>さいちう</rt></ruby>は全く<ruby><rb>其奴等</rb><rt>そいつら</rt></ruby>三人を<ruby><rb>土手迄</rb><rt>どてまで</rt></ruby>引出し<ruby><rb>殺</rb><rt>ばら</rt></ruby>して仕舞ふ<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりやく</rt></ruby>ならんと悟りし故助太刀せんと先へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り此處にて待伏したればこそ<ruby><rb>此始末</rb><rt>このしまつ</rt></ruby>と<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>るを聞て重四郎<ruby><rb>成程々々</rb><rt>なるほど〱</rt></ruby><ruby><rb>好氣味</rb><rt>よいきみ</rt></ruby>なり然し此<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>しても置れまいと兩人<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>き居る折から此物音に驚きて<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十<ruby><rb>髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby><ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>振亂</rb><rt>ふりみだ</rt></ruby>し手には<ruby><rb>鴈投火箸</rb><rt>がんどうひばし</rt></ruby>を以て出で來れば重四郎は見て其所へ<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>るのは彌十か是は重四郎樣と云ふ時<ruby><rb>手招</rb><rt>てまね</rt></ruby>ぎして畔倉<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めコレ彌十今手に掛けし此奴等は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>宿無</rb><rt>やどな</rt></ruby>しなれど<ruby><rb>此死骸</rb><rt>このしがい</rt></ruby>が有ては兎角後が<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なり何と<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>等を<ruby><rb>燒</rb><rt>や</rt></ruby>き<ruby><rb>引導</rb><rt>いんだう</rt></ruby>を渡して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろと云ふに彌十聞て<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>の<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ承知はしましたが<ruby><rb>燒代</rb><rt>やきだい</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>してと言を重四郎知れたこと夫三兩と投出せば彌十は其<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>つゝ大いに<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ればすつぽり<ruby><rb>燒</rb><rt>やき</rt></ruby>ませうと申にぞ兩人は夫なら彌十頼んだぞ彌十<ruby><rb>御案事</rb><rt>ごあんじ</rt></ruby>なされますなと三人の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>めて火屋へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>火</rb><rt>ひ</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ければ重四郎は三五郎を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して立歸り此ほど<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取し金子の中百兩を三五郎に<ruby><rb>分配</rb><rt>わけ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣殘</rb><rt>やりのこ</rt></ruby>りの四百兩を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし是迄の所に居るは<ruby><rb>心惡</rb><rt>こゝろわる</rt></ruby>し一先上方へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>て何處へか身を<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつけ</rt></ruby>んと思ひ<ruby><rb>近處</rb><rt>きんじよ</rt></ruby><ruby><rb>近傍</rb><rt>きんばう</rt></ruby>へは古郷なる<ruby><rb>筑後</rb><rt>ちくご</rt></ruby><ruby><rb>久留米</rb><rt>くるめ</rt></ruby>へ赴くと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>なしてぞ立出ける

## 第十三回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も重四郎は<ruby><rb>幸手</rb><rt>さつて</rt></ruby>を立出で一先江戸表へ來りて<ruby><rb>處々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>なさんと十五六日も<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>して上野淺草吉原兩國芝増上寺<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>處々を<ruby><rb>見歩行</rb><rt>みあるき</rt></ruby>或日又本町通りを<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>かなたこなた</rt></ruby>と見物して來かゝる處に<ruby><rb>髮結床</rb><rt>かみゆひどこ</rt></ruby>の前にて往來の人が<ruby><rb>立噺</rb><rt>たちばな</rt></ruby>しをなし居たるを何ごころなく聞に一人の男コレ彌兵衞さん然樣ならば今日は御立で御座るかと云ば彌兵衞ハイ<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は私しが<ruby><rb>立番</rb><rt>たちばん</rt></ruby>で御座い升<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>今夜<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>には出立なれど<ruby><rb>丑刻頃</rb><rt>やつごろ</rt></ruby>には成ませうと言に<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は〱御苦勞<ruby><rb>若々</rb><rt>もし〱</rt></ruby>彌兵衞さん此節は道中で<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝな<ruby><rb>跡月</rb><rt>あとげつ</rt></ruby>も遠州屋と山田屋の<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>が<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れたと申すこと<ruby><rb>御如才</rb><rt>ごじよさい</rt></ruby>は有まじけれど<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>御用心が<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>で御座ると心付れば彌兵衞ハイ<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>う御座い升私し<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>などは<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>御方便</rb><rt>ごはうべん</rt></ruby>と只今迄は何事にも<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>ませんと申を彼の男<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>なこと<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>御達者で御歸り<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れましハイ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならばと<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>を重四郎は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り見れば<ruby><rb>胸當</rb><rt>むねあて</rt></ruby>をして<ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby><ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>には三度<ruby><rb>笠</rb><rt>がさ</rt></ruby>を附<ruby><rb>大莨袋</rb><rt>おほたばこいれ</rt></ruby>を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げたるは如何にも金飛脚と見えけるゆゑ<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より見え<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れに附け行て<ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞけ</rt></ruby>たるに瀬戸物町十七屋孫兵衞と云ふ<ruby><rb>飛脚屋</rb><rt>ひきやくや</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>けるが今日が<ruby><rb>立日</rb><rt>たちび</rt></ruby>にて<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>に手代共<ruby><rb>居双</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>び帳面など認めし<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>には大勢の若い者<ruby><rb>荷拵</rb><rt>にごしら</rt></ruby>へを成し馬は外に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>いで有る樣子なり重四郎是を見て此者が<ruby><rb>金飛脚</rb><rt>かねひきやく</rt></ruby>にて今夜<ruby><rb>子刻過</rb><rt>こゝのつすぎ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻頃</rb><rt>やつごろ</rt></ruby>には立つと云ふ<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>しなれば<ruby><rb>曉</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>寅刻過</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>には鈴ヶ森へ懸るは必定なり<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>皿迄</rb><rt>さらまで</rt></ruby>と云ば今宵彼を<ruby><rb>殺害</rb><rt>ころし</rt></ruby>して金を奪ひ取り<ruby><rb>行掛</rb><rt>ゆきがけ</rt></ruby>の<ruby><rb>駄賃</rb><rt>だちん</rt></ruby>にして<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと獨り<ruby><rb>笑壺</rb><rt>ゑつぼ</rt></ruby>に<ruby><rb>入相</rb><rt>いりあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに江戸を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちい</rt></ruby>で品川宿の相摸屋へ上り<ruby><rb>飮</rb><rt>のめ</rt></ruby>や<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>へとざんざめきしが<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつ</rt></ruby>と<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>に入り<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>に相摸屋を立ち出で<ruby><rb>半醉機嫌</rb><rt>ほろゑひきげん</rt></ruby>に<ruby><rb>鮫洲濱</rb><rt>さめずはま</rt></ruby>の<ruby><rb>繩手道</rb><rt>なはてみち</rt></ruby>を<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>り〱て鈴ヶ森に來り<ruby><rb>並木</rb><rt>なみき</rt></ruby>の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>に身を忍ばせ彼の飛脚の<ruby><rb>來</rb><rt>くる</rt></ruby>を<ruby><rb>疾</rb><rt>とし</rt></ruby>や<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと待居たり然るに<ruby><rb>曉</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>寅刻頃</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>とも思ふ頃<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>かに聞ゆる<ruby><rb>驛路</rb><rt>えきろ</rt></ruby>の<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby><ruby><rb>馬士唄</rb><rt>まごうた</rt></ruby>の<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>高々</rb><rt>たか〲</rt></ruby>と來掛る<ruby><rb>挑灯</rb><rt>てうちん</rt></ruby>を<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見れば彼の<ruby><rb>十七屋</rb><rt>となや</rt></ruby>のの飛脚に相違なし<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て重四郎は得たりと<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>引</rb><rt>ひつ</rt></ruby>からげて待つほどに<ruby><rb>定飛脚</rb><rt>ぢやうひきやく</rt></ruby>と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>たりし小田原挑灯を<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>の<ruby><rb>小口</rb><rt>こぐち</rt></ruby>へ<ruby><rb>縊付</rb><rt>くゝりつ</rt></ruby>け三度<ruby><rb>笠</rb><rt>がさ</rt></ruby>を<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りて馬に<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby>つゝ是々<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>どの今夜は何だか<ruby><rb>淋</rb><rt>さびし</rt></ruby>い樣だ<ruby><rb>何日</rb><rt>いつも</rt></ruby>は<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>寅刻頃</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>には<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>人の<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>も有のに鮫洲から<ruby><rb>爰迄</rb><rt>こゝまで</rt></ruby><ruby><rb>來中</rb><rt>くるうち</rt></ruby>に一人も逢ぬ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しいことだぜ<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>アイサ此節は人通りが<ruby><rb>少無</rb><rt>すくなく</rt></ruby>なつて否はや一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に<ruby><rb>不景氣</rb><rt>ふけいき</rt></ruby>なことさ品川歸りも通らねえ<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>氣を附て道中を<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れましと<ruby><rb>噺</rb><rt>はな</rt></ruby>しながらに行所を<ruby><rb>此所</rb><rt>こなた</rt></ruby>の<ruby><rb>松陰</rb><rt>まつかげ</rt></ruby>より<ruby><rb>忽然</rb><rt>ぬつ</rt></ruby>と出たる畔倉重四郎ものをも云ず<ruby><rb>馬</rb><rt>うま</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>なる飛脚の<ruby><rb>片足</rb><rt>かたあし</rt></ruby>をばつさりと<ruby><rb>切付</rb><rt>きりつけ</rt></ruby>たり飛脚はアツと馬より<ruby><rb>轉</rb><rt>ころ</rt></ruby>げ落るを二の<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>にて<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>もなく<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>しけるにぞ<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>は大きに驚き<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>して人殺し〱と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ながら一目散に<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>すを重四郎<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>しては後日の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げと<ruby><rb>飛掛</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>つて<ruby><rb>後背</rb><rt>うしろ</rt></ruby>より<ruby><rb>眞</rb><rt>まつ</rt></ruby>二ツに<ruby><rb>切下</rb><rt>きりさげ</rt></ruby>れば<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>は<ruby><rb>撞</rb><rt>どう</rt></ruby>と<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>るゝ處を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めの一刀を<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしとほ</rt></ruby>し<ruby><rb>脆</rb><rt>もろ</rt></ruby>い奴だと重四郎は彼の<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>斷落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>して<ruby><rb>荷</rb><rt>に</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>より四五百兩の金子を奪ひ取つゝ<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>此所を<ruby><rb>悠然</rb><rt>いう〱</rt></ruby>と立去り<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>旅支度</rb><rt>たびじたく</rt></ruby>をして相摸路より甲州へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り是より所々方々と<ruby><rb>遊歴</rb><rt>いうれき</rt></ruby>なし<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみ居たりける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も翌日所の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>共此<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見出し大いに驚きて<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>と<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>の殺されたる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きを早々鈴ヶ森の<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby>へ屆けければ村役人は其段訴へ出で<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>檢使の役人出張ありて改め等<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひす</rt></ruby>み飛脚の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は十七屋孫兵衞方へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>しと相成けるとぞ其の<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>し<ruby><rb>延文</rb><rt>えんぶん</rt></ruby><ruby><rb>康安</rb><rt>かうあん</rt></ruby>の頃伊勢の<ruby><rb>國司</rb><rt>こくし</rt></ruby><ruby><rb>長野</rb><rt>ながの</rt></ruby>の城主<ruby><rb>仁木右京大夫義長</rb><rt>につきうきやうだいふよしなが</rt></ruby>は<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>擅横</rb><rt>ほしいまゝ</rt></ruby>に太神宮の<ruby><rb>御神領迄</rb><rt>ごしんりやうまで</rt></ruby>を<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>しければ神主等大いに怒りて此段を訴へ其上<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>も義長を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みて神罰を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>らせんものをと思ひ居たり然るに義長は我が<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>し<ruby><rb>五十鈴川</rb><rt>いすゝがは</rt></ruby>を<ruby><rb>椻止</rb><rt>せきとめ</rt></ruby>て魚類を取り又は<ruby><rb>神路山</rb><rt>かみぢやま</rt></ruby>に<ruby><rb>分入</rb><rt>わけいり</rt></ruby>て<ruby><rb>鷹</rb><rt>たか</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>遊興</rb><rt>いうきよう</rt></ruby>は日頃に十<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>仕たりける是に依て<ruby><rb>神主</rb><rt>かんぬし</rt></ruby>共五百餘人<ruby><rb>集會</rb><rt>あつまり</rt></ruby><ruby><rb>榊</rb><rt>さかき</rt></ruby>の枝に四手を切<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て種々と義長の<ruby><rb>惡逆</rb><rt>あくぎやく</rt></ruby>を申立て彼を<ruby><rb>蹴殺</rb><rt>けころ</rt></ruby>し給ふべしと<ruby><rb>呪咀</rb><rt>しゆそ</rt></ruby>しけるに七日目の<ruby><rb>明方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>十歳ばかりの<ruby><rb>童子</rb><rt>わらべ</rt></ruby>に<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>乘遷</rb><rt>のりうつ</rt></ruby>り給ひ<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らげ我が<ruby><rb>本覺</rb><rt>ほんがく</rt></ruby><ruby><rb>眞如</rb><rt>しんによ</rt></ruby>の都を出で<ruby><rb>和光</rb><rt>わくわう</rt></ruby><ruby><rb>同塵</rb><rt>どうぢん</rt></ruby>の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を垂しより<ruby><rb>已來</rb><rt>このかた</rt></ruby><ruby><rb>本尊</rb><rt>ほんそん</rt></ruby><ruby><rb>現化</rb><rt>げんげ</rt></ruby>の秋の月は<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>さずと云所も無く<ruby><rb>眷屬</rb><rt>けんぞく</rt></ruby><ruby><rb>結縁</rb><rt>けちえん</rt></ruby>の春の<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby><ruby><rb>薫</rb><rt>かをら</rt></ruby>ずと云ふ袖も<ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>し<ruby><rb>方便</rb><rt>はうべん</rt></ruby>の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>には罪有る者を<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>義長の<ruby><rb>品行</rb><rt>おこなひ</rt></ruby>を<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>天に訴へ祈り<ruby><rb>呪咀</rb><rt>じゆそ</rt></ruby>すること<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なれども彼が三世の<ruby><rb>其以前</rb><rt>そのいぜん</rt></ruby>は義長こと法師にて五部の大藏經を<ruby><rb>書寫</rb><rt>かきうつ</rt></ruby>し此國を治めたり<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>善根</rb><rt>ぜんこん</rt></ruby><ruby><rb>今生</rb><rt>こんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い來て當國を知行することを得る因て<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く其罪を<ruby><rb>宥</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し置者なりと御<ruby><rb>詫宣</rb><rt>たくせん</rt></ruby>有けるとかや<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば此畔倉重四郎も則ち是等の<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>に有んか前世の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんねん</rt></ruby>も有しことなるか<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら是も<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>斯る大惡不道も天の<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しを蒙りて<ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby><ruby><rb>安泰</rb><rt>あんたい</rt></ruby>なれ共何ぞ其罪の<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>はざらんや<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>を見て恐るべし〱

## 第十四回

扨も畔倉重四郎は<ruby><rb>十七屋</rb><rt>となつや</rt></ruby>の飛脚を殺して大金を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取り夫より所々を遊歴なし<ruby><rb>東海道</rb><rt>とうかいだう</rt></ruby><ruby><rb>藤澤</rb><rt>ふぢさは</rt></ruby>宿の松屋文右衞門と云ふ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ來り二三日<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>しけるが<ruby><rb>退屈</rb><rt>たいくつ</rt></ruby>の由にて或日藝妓二三人に松屋の若者又は近所の<ruby><rb>者共</rb><rt>ものども</rt></ruby>などを多く<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>て江の島へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>し其歸りに島の茶屋にて<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>を始めけるが又<ruby><rb>隣座敷</rb><rt>となりざしき</rt></ruby>に是も江の島へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>と見えて藝妓二三人を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby><ruby><rb>陽氣</rb><rt>やうき</rt></ruby>に酒を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるに重四郎が<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>したる者皆々<ruby><rb>心安</rb><rt>こゝろやす</rt></ruby>き<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて彼是聲など懸合ふ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を聞ば藤澤第一番の<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>にて大津屋の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>お<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>と云者なりとのことに重四郎は彼お勇を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>みれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>は<ruby><rb>三十歳</rb><rt>みそじ</rt></ruby>を二ツ三ツ<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby><ruby><rb>中脊</rb><rt>ちうぜい</rt></ruby><ruby><rb>中肉</rb><rt>ちうにく</rt></ruby>にして<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>く<ruby><rb>眼鼻立</rb><rt>めはなだち</rt></ruby><ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひし美人ながら髮の毛の少し<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>きは<ruby><rb>商賣上</rb><rt>しやうばいあが</rt></ruby>りの者と<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>つ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>本甲</rb><rt>ほんかふ</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛笄</rb><rt>くしかうがひ</rt></ruby>を<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby><ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>の<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>に付たる<ruby><rb>珊瑚珠等</rb><rt>さんごじゆとう</rt></ruby>いづれも金目の物なり衣類は<ruby><rb>藍微塵</rb><rt>あゐみぢん</rt></ruby>の<ruby><rb>結城</rb><rt>ゆふき</rt></ruby>を二枚<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね<ruby><rb>唐繻子</rb><rt>たうじゆす</rt></ruby>の<ruby><rb>丸帶</rb><rt>まるおび</rt></ruby>をしどけなく<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び<ruby><rb>白縮緬</rb><rt>しろちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>長繻袢</rb><rt>ながじゆばん</rt></ruby>を着せし<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>富豪</rb><rt>ふうか</rt></ruby>の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>と見えければ重四郎<ruby><rb>亦々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>を生じ幸い後家と有からは<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>れて<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>足休</rb><rt>あしやす</rt></ruby>めに致したしと思ひ夫より言葉を掛け<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て一座と成て<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>後家に心有り<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる<ruby><rb>面白可笑</rb><rt>おもしろをかし</rt></ruby>き<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>ことに後家のお勇も<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なき<ruby><rb>人物</rb><rt>しろもの</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>重四郎が樣子を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見るに年はまだ三十歳を<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>ぬと見え<ruby><rb>丈</rb><rt>せい</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>く<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>柔和</rb><rt>にうわ</rt></ruby>にて<ruby><rb>眉毛</rb><rt>まゆげ</rt></ruby><ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>く<ruby><rb>鼻筋</rb><rt>はなすぢ</rt></ruby>通りて<ruby><rb>齒並</rb><rt>はなら</rt></ruby>び<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>みなき天晴の美男にして<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>の<ruby><rb>好</rb><rt>すく</rt></ruby><ruby><rb>風俗</rb><rt>ふうぞく</rt></ruby>なり衣類は<ruby><rb>黒七子</rb><rt>くろなゝこ</rt></ruby>の小袖に<ruby><rb>橘</rb><rt>たちばな</rt></ruby>の<ruby><rb>紋所</rb><rt>もんどころ</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>同じ<ruby><rb>羽折</rb><rt>はをり</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>持物等</rb><rt>もちものとう</rt></ruby>に至る迄<ruby><rb>風雅</rb><rt>ふうが</rt></ruby>でも<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>意氣</rb><rt>いき</rt></ruby>でも無く<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>やら金の有さうな<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>とお<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>は大いに重四郎に<ruby><rb>惚込</rb><rt>ほれこみ</rt></ruby>しが翌日は上の宮へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>なし<ruby><rb>額堂</rb><rt>がくだう</rt></ruby>にて重四郎はお勇と<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>兩人<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむか</rt></ruby>ひの<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>お勇は<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>吸付</rb><rt>すひつけ</rt></ruby>差出しながらモシ重さん<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby>は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>した御縁で御心安く成ましたところ明日は<ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>しも<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りますが御前さんは是から<ruby><rb>何邊</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ御<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れますと云ば重四郎笑ひながら<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>何所</rb><rt>いづく</rt></ruby>の誰や我を待らんとか申せば<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ落<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>かば我ながらも知ぬ<ruby><rb>浮世定</rb><rt>うきよさだ</rt></ruby>めなき浪人の風に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて居る<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>で御座ると云を聞きお勇<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>夫は<ruby><rb>眞實</rb><rt>ほんたう</rt></ruby>とも存じませんが若御<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>のやうなら<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて御<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>ましく存じます女の身にては見たき處が有ても見られもせず<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら御<ruby><rb>前樣</rb><rt>まへさま</rt></ruby>には<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>三十に近き御<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>に見上ますが御住居をお定め成れたなら<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞかり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby>御座りませうと云に重四郎<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばで御座る<ruby><rb>世間</rb><rt>せけん</rt></ruby>を渡り<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>も<ruby><rb>倦果</rb><rt>あきはて</rt></ruby>たれども差當り未だ<ruby><rb>有縁</rb><rt>うえん</rt></ruby>の地もないと見えて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>ます<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>五十か七十の<ruby><rb>敷金</rb><rt>しききん</rt></ruby>でも致して<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>な所でも身を<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>め<ruby><rb>度</rb><rt>たう</rt></ruby>思ひますから<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>入夫</rb><rt>にふふ</rt></ruby>の口でも有ましたなら御世話を御頼み申ますと云にぞお勇は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>お<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>さんの樣な御人柄と云<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に金の五六十兩御持參と有ば世間に<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>がる所は<ruby><rb>降程</rb><rt>ふるほど</rt></ruby>御座ります<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し定めて<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>の御望み<ruby><rb>小野</rb><rt>をの</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>か<ruby><rb>衣通姫</rb><rt>そとほりひめ</rt></ruby>の樣な手<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>ずの娘をお<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>らうと云<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>し成んと云ければ重四郎は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>その樣にお<ruby><rb>嬲</rb><rt>なぶ</rt></ruby>り成るゝな我等如き<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>者誰が<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>に取ませう<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>な所でも先で<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>てさへ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>れば夫に<ruby><rb>厭</rb><rt>いとひ</rt></ruby>は御座らぬと云にお勇<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ば女は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>でも<ruby><rb>宜</rb><rt>よい</rt></ruby>と仰しやいますか夫成ば只今一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>御座ります其家は<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>十三間<ruby><rb>奧行</rb><rt>おくゆき</rt></ruby>二十五間田地は十石三<ruby><rb>斗</rb><rt>ど</rt></ruby>の<ruby><rb>御年貢</rb><rt>ごねんぐ</rt></ruby>を<ruby><rb>納</rb><rt>をさめ</rt></ruby>てその<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>が八十四五<ruby><rb>俵</rb><rt>へう</rt></ruby>程も取入ます<ruby><rb>大凡</rb><rt>おほよそ</rt></ruby><ruby><rb>家邸</rb><rt>いへやしき</rt></ruby>五百兩諸道具が三百兩餘り<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>への遊女が十四五人是を<ruby><rb>捨賣</rb><rt>すてうり</rt></ruby>にしても六七百兩<ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby><ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>千五百兩餘の身代で御座りますと<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て重四郎夫は<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>なこと<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>な處では先が不承知でと半分云はずお勇は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>と云者は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>致した者では御座りません然し<ruby><rb>御内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さんに<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと云ふ人が<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>を取ても卅二歳<ruby><rb>少々</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>婆々</rb><rt>ばゝ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>ますけれども其代り<ruby><rb>姑</rb><rt>しうと</rt></ruby>も<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>も子供も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>は其女獨りにて若<ruby><rb>御内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さんに成ならば其こそ〱<ruby><rb>貞女</rb><rt>ていぢよ</rt></ruby>で<ruby><rb>御亭主</rb><rt>ごていしゆ</rt></ruby>を大切に致して<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしう</rt></ruby>御ざいますと申ければ重四郎<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りと申せば<ruby><rb>能過</rb><rt>よすぎ</rt></ruby>ます私し<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>と云にお勇<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>では御座りません御承知なれば<ruby><rb>御世話</rb><rt>おせわ</rt></ruby>致しませう先でも金子の望みは<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れ共<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の御方は<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>が<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>いに<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>其故</rb><rt>そこ</rt></ruby>で<ruby><rb>先方</rb><rt>むかう</rt></ruby>は<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづかひ</rt></ruby>に思ひますから金子を掛て<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>でも致すやうに<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たく夫に付金の五六十兩も持參で御<ruby><rb>出成</rb><rt>いでなさ</rt></ruby>るなら<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに御相談が出來ますと云ひながら<ruby><rb>目顏</rb><rt>めがほ</rt></ruby>で夫れと知らする<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と重四郎は氣の付ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>ふり</rt></ruby>にて夫は願つても無い<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>いふ口なら金の百兩<ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ともして<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>致します<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と御世話を御頼み申すと云にぞお勇は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>づ</rt></ruby>にのり<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>ならば<ruby><rb>先方</rb><rt>むかう</rt></ruby>へ<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>してウンと云時は御<ruby><rb>變替</rb><rt>へんがへ</rt></ruby>は<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>ません<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>を御承知で御座りますかと<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おせ</rt></ruby>ば重四郎何が扨武士に二<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby>は御座りませんと云ふにぞお勇は<ruby><rb>然</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>てオヽ<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しや申し重四郎樣と云ながら<ruby><rb>直</rb><rt>つ</rt></ruby>と身を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>其縁談</rb><rt>そのえんだん</rt></ruby>は<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の大津屋段右衞門の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>縁女</rb><rt>えんぢよ</rt></ruby>はお<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しながらと<ruby><rb>口籠</rb><rt>くちごも</rt></ruby>り顏を赤らめしが思ひ切て<ruby><rb>妾</rb><rt>わたくし</rt></ruby>で御座ります<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>御<ruby><rb>聞成</rb><rt>きゝなさ</rt></ruby>れたら<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>で御座りませうと云つゝ<ruby><rb>邪視</rb><rt>ながしめ</rt></ruby>に見やりたる其<ruby><rb>艷色</rb><rt>うつくし</rt></ruby>さにナニ夫が<ruby><rb>眞實</rb><rt>ほんたう</rt></ruby>なら<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して〱此重四郎が身に取ては實に<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby>なりと云ふ<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>人來りければ二人は<ruby><rb>素知</rb><rt>そし</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>左右</rb><rt>さいう</rt></ruby>へ<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>れ其<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>藤澤へ歸りてより<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>お勇と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>小松屋文右衞門は幸いに<ruby><rb>縁家</rb><rt>えんか</rt></ruby>なれば親分に頼んでも定めて<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とは云ふまじと爰に於て<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りければ重四郎は小松屋文右衞門を親分にして<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>お勇の方へ<ruby><rb>入夫</rb><rt>にふふ</rt></ruby>に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>名を大津屋段右衞門と改めて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くは落付けり

## 第十五回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て又<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>なる杉田三五郎は重四郎と共に金兵衞の<ruby><rb>子分</rb><rt>こぶん</rt></ruby>八田掃部練馬藤兵衞三加尻茂助の三人を<ruby><rb>利根川邊</rb><rt>とねがはべり</rt></ruby>にて殺し重四郎が幸手宿を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>金兵衞より奪ひ取りし金の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>百兩を<ruby><rb>分前</rb><rt>わけまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしが<ruby><rb>惡金</rb><rt>あくきん</rt></ruby>身に付ずとの<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>の如く其金は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に取られて<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>今は<ruby><rb>寢酒</rb><rt>ねざけ</rt></ruby>だにも<ruby><rb>呑事</rb><rt>のむこと</rt></ruby>ならず此頃は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>打續</rb><rt>うちつゞ</rt></ruby>く<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあは</rt></ruby>せにて一錢の<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>にも<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へしかば胸に手を置て考へしが忽ちに一<ruby><rb>計</rb><rt>けい</rt></ruby>を思ひ付<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby>つゝ彼の畔倉重四郎は今藤澤宿にて<ruby><rb>大津屋</rb><rt>おほつや</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ<ruby><rb>入夫</rb><rt>にふふ</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>改名して段右衞門と申す由を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>し事あれば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>彼の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て金を<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>する時は<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を知たる我ゆゑ<ruby><rb>退引</rb><rt>のつぴき</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず四五十兩位の金を<ruby><rb>貸</rb><rt>かす</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ無しと<ruby><rb>目的</rb><rt>みこみ</rt></ruby>をつけ夫より藤澤宿を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て立ち出でたり然るに重四郎の段右衞門は<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くの<ruby><rb>足休</rb><rt>あしやす</rt></ruby>めと思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>の<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby><ruby><rb>大分</rb><rt>おほかた</rt></ruby>ならず何不足も無き身分と成しかば一<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby><ruby><rb>此家</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて我は終らんと其後は惡事も<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>ず暮しけるが或日<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の方より來りて旦那は御家にかと<ruby><rb>問者</rb><rt>とふもの</rt></ruby>あるを聞て段右衞門は是を<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>に<ruby><rb>幸手宿</rb><rt>さつてじゆく</rt></ruby>の三五郎なりしかば是は<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしや<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へとて奧の座敷へ通し女房お勇にも我等が<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>致し居し頃<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>世話に成し人なりと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴等</rb><rt>さかなとう</rt></ruby>を<ruby><rb>前揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へて三五郎を<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ける然るに三五郎は家の樣子を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>大掛</rb><rt>おほがか</rt></ruby>りなりしかば心中大に悦び段右衞門に向かひて我等此節は<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあは</rt></ruby>せにて諸事に<ruby><rb>運惡</rb><rt>うんわる</rt></ruby>く<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>まで<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby><ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひたり因て此藤澤宿迄<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>に來しなり又我等が<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>よく</rt></ruby>ば<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>すべき<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>金子五十兩<ruby><rb>貸給</rb><rt>かしたま</rt></ruby>はれと申ければ段右衞門も大事を知たる三五郎のことゆゑ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とも<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れず<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>五十兩の金子を取出して<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>には及ばずと渡し<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと<ruby><rb>滯留</rb><rt>たうりう</rt></ruby>致されよ我等も此家の入夫に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しより<ruby><rb>以來</rb><rt>このかた</rt></ruby><ruby><rb>堅氣</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しが其前幸手を立退て江戸に<ruby><rb>滯留中</rb><rt>たうりうちう</rt></ruby>鈴が森にて<ruby><rb>十七屋</rb><rt>となつや</rt></ruby>の金飛脚を殺し金子五百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取しが惡事の<ruby><rb>仕納</rb><rt>しをさ</rt></ruby>めなりと咄しければ三五郎聞て<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>をひそめ夫は<ruby><rb>博奕打</rb><rt>ばくちうち</rt></ruby>や盜賊を殺して<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>は同じ罪でも罪は<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>し唯の者を殺したるは<ruby><rb>眞</rb><rt>まこと</rt></ruby>の<ruby><rb>大罪</rb><rt>だいざい</rt></ruby>なり因て始終は其身<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>の<ruby><rb>刄</rb><rt>は</rt></ruby>くずに懸らん<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>も<ruby><rb>堅氣</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>商人</rb><rt>あきうど</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>れし上は此後必ず惡事を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>給ふことなかれと云ながら金を受取歸りしが是を無心の始めとして其後度々來りては無心を<ruby><rb>云掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>る故段右衞門も今は<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>てぞ居たりける

## 第十六回

扨も幸手宿の三五郎は藤澤宿の大津屋方へ<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>金の無心に來りし故に<ruby><rb>此節</rb><rt>このせつ</rt></ruby>は段右衞門も<ruby><rb>厭倦果</rb><rt>あぐみはて</rt></ruby>て居たりしが又或時三五郎來り<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>此節</rb><rt>このせつ</rt></ruby><ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby><ruby><rb>打續</rb><rt>うちつゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>るにより金子三十兩<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと頼みけるに段右衞門も<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の體にて我此家へ入夫に參りて<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く一年ばかりなれば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に金子を自由には<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひ難く殊に<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>手元</rb><rt>てもと</rt></ruby>には一兩の金も是無しと云と雖も三五郎は<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>來りしゆゑ何卒<ruby><rb>貸</rb><rt>か</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと申に段右衞門<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>は<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に<ruby><rb>金儲</rb><rt>かねまう</rt></ruby>けも無れば是非もなしと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るを三五郎は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>何にしても此度は<ruby><rb>是非共</rb><rt>ぜひとも</rt></ruby><ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>くれよ<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>にも<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>が<ruby><rb>好</rb><rt>よけ</rt></ruby>れば返すべしとて何分承知せざれば段右衞門も心中に思ふやう<ruby><rb>彼奴</rb><rt>かやつ</rt></ruby><ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が身に惡事のあるを<ruby><rb>付込</rb><rt>つけこみ</rt></ruby>度々無心に來れども<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>ぬ時は<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>に成べしと<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>して三五郎に向ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>までに<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝなれば<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>今より品川迄用事あつて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>先方</rb><rt>せんぱう</rt></ruby>にて<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>致し遣すべしと<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>身拵</rb><rt>みごしら</rt></ruby>へをなし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えの一刀差込で三五郎<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に我が家を出けるが川崎手前にて日の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>るやうに<ruby><rb>量</rb><rt>はか</rt></ruby>り<ruby><rb>道々</rb><rt>みち〱</rt></ruby><ruby><rb>戯</rb><rt>たはぶ</rt></ruby>れ<ruby><rb>言</rb><rt>ごと</rt></ruby>など言て<ruby><rb>手間</rb><rt>てま</rt></ruby>どり名にし<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>鈴ヶ森に差掛りし頃は<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>戌</rb><rt>いつゝ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>す</rt></ruby>ぎにもなりければ重四郎は前後を見返りしに人影もなく<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby>往來も<ruby><rb>途絶</rb><rt>とだ</rt></ruby>えしかばその邊にて殺さんと思へども<ruby><rb>此奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>も<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>の曲者なれば<ruby><rb>容易</rb><rt>たやすく</rt></ruby>は<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひ難し<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども幸ひ今宵は<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>さはくらし<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>遣過</rb><rt>やりすご</rt></ruby>してと思ひ<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と腰を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>めて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>ながら三五郎に向ひ我等近頃<ruby><rb>𬏣癪</rb><rt>せんしやく</rt></ruby>にて折々<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>致すなりと申ければ三五郎聞て夫は彼の大津屋へ<ruby><rb>入夫</rb><rt>にふふ</rt></ruby>に<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>つてより金が<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りし故に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>が<ruby><rb>冷</rb><rt>ひえ</rt></ruby>るの<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>んなんど<ruby><rb>戯談</rb><rt>たはぶれ</rt></ruby>つゝ先へ行を十分に<ruby><rb>遣過</rb><rt>やりすご</rt></ruby>し<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>の方より物をも云ず切掛しに三五郎も<ruby><rb>豪氣</rb><rt>さるもの</rt></ruby>なれば<ruby><rb>飛退</rb><rt>とびのき</rt></ruby>さまに拔合せ汝れ重四郎め<ruby><rb>汝</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢや惡事を知たる我なれば<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>して殺さんとは<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の仕方なり其儀ならば是より直に<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>に訴へ穀屋平兵衞を殺して金子百兩を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひと</rt></ruby>り<ruby><rb>夫而已</rb><rt>それのみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>慈恩寺村</rb><rt>じおんじむら</rt></ruby>にて鎌倉屋金兵衞をも<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>して金を取たること<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby>訴へ呉ん<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>せずと<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて通しをれと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るを段右衞門は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ<ruby><rb>生</rb><rt>いか</rt></ruby>して置ば我が身の仇なり覺悟をせよと切付るを三五郎は心得たりと<ruby><rb>受流</rb><rt>うけなが</rt></ruby>し暫時が程は戰ひしが如何で重四郎に敵するを得んや<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>太刀筋</rb><rt>たちすぢ</rt></ruby><ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れ<ruby><rb>四度路</rb><rt>しどろ</rt></ruby>になる所を終に<ruby><rb>眞向</rb><rt>まつかう</rt></ruby>より<ruby><rb>梨子割</rb><rt>なしわり</rt></ruby>に割付られ其儘動と<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ二言と云ず死たりけり此時<ruby><rb>近傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>の非人小屋に<ruby><rb>乞食</rb><rt>こつじき</rt></ruby>共<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>り寢て居たるが兩人の爭ふ聲を聞て恐れをなし莚を首に<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>より<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と戰ひを<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き居たりしが終に一人の切殺さるゝを見て其まゝ<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>り<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ〱居たりける段右衞門は此體を見しも一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>にことゝも<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ず<ruby><rb>悠然</rb><rt>いう〱</rt></ruby>として我が家へ歸りけるが<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>此所の非人共<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と村名主方へ達しければ村役人立合にて<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>を願ひ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>改め見るに<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>の殺したると云ふ事一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に知ず非人共を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>して<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を尋ねし所三五郎が戰ひながらに申たる事又段右衞門が云たる事迄<ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby>申立しかば其趣きを<ruby><rb>一打書</rb><rt>いちよがき</rt></ruby>にして大岡殿の<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ差出しければ大岡殿は殺されたる者の<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>の紙入を取寄て<ruby><rb>其中</rb><rt>そのうち</rt></ruby>を改められけるに<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>の宿所は幸手宿と云ふ事<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>其所へ人を遣はし尋ねられける所三五郎と<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>しにより三五郎の女房を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>しに相成しかば村役人ども并に三五郎妻お<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby><ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに江戸表大岡殿御<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出し<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>けしにより<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て越前守殿の白洲へ<ruby><rb>呼入</rb><rt>よびいれ</rt></ruby>られ三五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>お文を見られて其方<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎は<ruby><rb>何所</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>ると申して何日頃宅を出しやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝにお文は恐る〱<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上げ夫三五郎儀一昨日藤澤の大津屋段右衞門<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ參り候とて宅を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>候と申立るに大岡殿は彼の非人が申立たる口書を<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せられければ女房お<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>は大いに驚き然らば夫三五郎を殺せしは大津屋段右衞門に相違御座なく候と申立る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>大岡殿は何を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に大津屋段右衞門と申立るや<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なりとありければお文は恐れながら申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ます<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>藤澤宿大津屋段右衞門と申者は<ruby><rb>前名</rb><rt>まへな</rt></ruby>畔倉重四郎と名乘<ruby><rb>筑前</rb><rt>ちくぜん</rt></ruby>の浪人にて私しの村方へ<ruby><rb>先年中</rb><rt>せんねんちう</rt></ruby>より參りて幸手宿に住居いたし<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎とは<ruby><rb>博奕</rb><rt>かけごと</rt></ruby>の<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にて<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>心安く<ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>し方へも<ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby><ruby><rb>立入</rb><rt>たちいり</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>り候所心立宜しからぬ者にて先頃同宿の穀屋平兵衞と申す者を殺害致して<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>百兩を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひと</rt></ruby>り其後又慈恩寺村にて<ruby><rb>博奕</rb><rt>かけごと</rt></ruby>御座候節<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>の鎌倉屋金兵衞と申す者を殺して金子五百兩を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取り候を<ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候事故其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を以て大津屋方へ<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>に參り候所より段右衞門も又<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を存じ候故後日に<ruby><rb>露顯</rb><rt>あらはれ</rt></ruby>ん事を恐れ殺し候儀と思はれ候<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば甚だ<ruby><rb>憎</rb><rt>につく</rt></ruby>き<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なりと重四郎の段右衞門が惡事を<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申立ければ大岡殿<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>聞請</rb><rt>きゝうけ</rt></ruby>られ早速に<ruby><rb>組下</rb><rt>くみした</rt></ruby>の同心に申付られ藤澤宿大津屋段右衞門方へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>段右衞門を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>來るべしと遣はされたり

## 第十七回

扨又重四郎の大津屋段右衞門は<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>にて三五郎を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>して<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>禍</rb><rt>わざは</rt></ruby>ひの根を<ruby><rb>除</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きしと大きに悦び藤澤宿なる我が家へ歸り<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏にて居たりける所に<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>中は重四郎を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>んと藤澤宿の<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby>を案内させ常宿内の<ruby><rb>捕吏</rb><rt>をかびき</rt></ruby>三次并びに子分十四五人を引連て大津屋方の表裏の口より上意々々と呼はりて<ruby><rb>込入</rb><rt>こみいる</rt></ruby>や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>より組付たり段右衞門は<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>と思ふものから心得たりと<ruby><rb>筋斗</rb><rt>もんどり</rt></ruby>打せて投つくれども<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の者は大勢にて取圍み殊に不意を<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこみ</rt></ruby>し故に終には<ruby><rb>折重</rb><rt>をりかさ</rt></ruby>なりて段右衞門を<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>め家内の者は宿役人に預けられ段右衞門は江戸表大岡殿の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へぞ引れける斯くて大岡殿は重四郎の段右衞門を<ruby><rb>引出</rb><rt>ひきいだ</rt></ruby>させ大津屋段右衞門事<ruby><rb>前名</rb><rt>ぜんみやう</rt></ruby>畔倉重四郎と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方は<ruby><rb>當月</rb><rt>たうげつ</rt></ruby>二日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>にて幸手宿の三五郎と申す者を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せし趣き<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず白状致せと申されければ段右衞門<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し私し儀三五郎と申す者を殺害<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に御座なく候と申立ければ大岡殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>覺えの無とは云せぬぞ<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>のなきことを<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるべきやと申さるゝに段右衞門<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の證據御座候共其儀は一向に覺え<ruby><rb>無之</rb><rt>これなく</rt></ruby>候と<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはる</rt></ruby>にぞ然らば汝ぢ其三五郎と申者<ruby><rb>知人</rb><rt>しるびと</rt></ruby>にては無やと有に段右衞門<ruby><rb>其者</rb><rt>そのもの</rt></ruby>は私し儀以前幸手宿に住居の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>知己人</rb><rt>しりびと</rt></ruby>には御座れ共別に<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みもなき事ゆゑ殺すべき<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ更に御座なく候と申立るにより大岡殿<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて其三五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>の<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>と申者を呼出して<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ねし所其方儀<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て同宿なる穀屋平兵衞と申者を<ruby><rb>權現堂</rb><rt>ごんげんだう</rt></ruby>村小篠堤に於て殺害に及び金子百兩を<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひと</rt></ruby>り其後にまた慈恩寺村にて<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>之有處に<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>の鎌倉屋金兵衞と申者をば<ruby><rb>鷲</rb><rt>わし</rt></ruby>の宮にて殺害に及び金子五百兩を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取し<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きなり<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に白状致すべしと有ければ段右衞門は少しも恐るゝ<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>なく是は<ruby><rb>重々</rb><rt>かさね〲</rt></ruby>思ひもよらぬことを御<ruby><rb>糺問</rb><rt>たづね</rt></ruby>に成るもの<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>私し儀穀屋平兵衞を殺せしとの仰せなれども右平兵衞儀は<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>世話にも<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しことゆゑ私し儀<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>をこそ報い申べきに何の<ruby><rb>遺恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>ありて<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致さんや又鎌倉屋金兵衞とやらを切害致したる儀是以て一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>覺え御座なく候何卒私し儀<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>無きの<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>御<ruby><rb>賢察</rb><rt>けんさつ</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つり候と申立るに越前守殿<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>其儀は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>吟味に及ぶ汝ぢ鈴ヶ森にて三五郎を殺せし<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り非人共見屆たるを<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる條不屆きなり吟味中入牢申付ると<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其日は<ruby><rb>夫成</rb><rt>それなり</rt></ruby><ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>へ下られ其後越前守殿三五郎の妻を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され其方<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て申すには段右衞門儀幸手宿の穀屋平兵衞<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>の鎌倉屋金兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き申立しに依て段右衞門を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>す所一向に存ぜざる由申せり<ruby><rb>確乎</rb><rt>しかと</rt></ruby>段右衞門が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>やと<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞし</rt></ruby>有ければ其儀少も相違御座なく<ruby><rb>希</rb><rt>ねがは</rt></ruby>くは<ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>し事段右衞門に對面<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付けられ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さる樣にと願ひければ大岡殿其趣きなれば段右衞門儀<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>と近日<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>申付けん<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は引取べしと申渡されけり

## 第十八回

<ruby><rb>去程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に大岡殿<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>有て段右衞門を見られ<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>今日三五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>と對決申付るに依り有<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に申立よ又三五郎妻文儀も<ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>相心得<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て申立し通り幸手宿穀屋平兵衞鴻の巣宿鎌倉屋金兵衞及び<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>彌兵衞を殺せしは段右衞門<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>の名は重四郎が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に相違無や<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>相違なきに於ては<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby>を段右衞門に申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>よと有ければお文は<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て段右衞門に向ひ<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎とは<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>にして何事に<ruby><rb>依</rb><rt>よら</rt></ruby>ず善惡共に相談相手なれば<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の惡事も<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>かにつけ夫は心配して居る程のことなるに<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>が有て<ruby><rb>無情</rb><rt>なさけな</rt></ruby>くも夫を殺せしや<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りと言へば恩知らず<ruby><rb>憎</rb><rt>につく</rt></ruby>き<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なりサア<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>されよと云ひければ段右衞門<ruby><rb>輾々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>汝</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢ女の<ruby><rb>分際</rb><rt>ぶんざい</rt></ruby>として何を<ruby><rb>知</rb><rt>しる</rt></ruby>べきや三五郎を殺したなどとは<ruby><rb>無法</rb><rt>むはふ</rt></ruby>な<ruby><rb>云掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>然樣の覺えは更になし實に汝ぢは<ruby><rb>見下果</rb><rt>みさげはて</rt></ruby>たる奴なり<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の前をも<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>らず有事<ruby><rb>無事</rb><rt>ないこと</rt></ruby>を<ruby><rb>饒舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>り立<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>がことを種々と申上げたな<ruby><rb>全體</rb><rt>ぜんたい</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは何と心得居るや汝等夫婦は<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りて<ruby><rb>困苦</rb><rt>こんく</rt></ruby>するを<ruby><rb>愍然</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ是迄此段右衞門が<ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>と<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつい</rt></ruby>で<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>た其恩義を忘れし爰な恩知ずの<ruby><rb>大膽者</rb><rt>だいたんもの</rt></ruby>とは<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れがことなり然るを<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が人殺しなどとは能も〱云をつたな是迄恩を掛しが却つて仇と成たかと云をお文は<ruby><rb>打消</rb><rt>うちけし</rt></ruby>オヤマア夫は<ruby><rb>何程</rb><rt>なんぼ</rt></ruby>口が在と云ても<ruby><rb>左樣</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>自由</rb><rt>ちやうはう</rt></ruby>なことをいはれたものかソレ<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>が幸手の町へ來たときは<ruby><rb>尾羽</rb><rt>をは</rt></ruby><ruby><rb>打枯</rb><rt>うちから</rt></ruby>した<ruby><rb>素浪人</rb><rt>すらうにん</rt></ruby><ruby><rb>喰</rb><rt>くふ</rt></ruby>や<ruby><rb>食</rb><rt>くは</rt></ruby>ずの身を<ruby><rb>可愛相</rb><rt>かあいさう</rt></ruby>だと云て穀平では<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>世話を成れ<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>同前</rb><rt>どうぜん</rt></ruby>に大恩を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>た其平兵衞さんさへ殺す程の大惡人兄弟<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>妾</rb><rt>わた</rt></ruby>しの夫を殺し<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>る者かと云ば段右衞門何穀平を殺したと<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>を云へ彼の穀平を殺せし者は<ruby><rb>杉戸屋</rb><rt>すぎとや</rt></ruby>富右衞門とて既に御仕置に成たり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ今さら何を<ruby><rb>吐</rb><rt>ぬか</rt></ruby>す<ruby><rb>恍</rb><rt>とぼ</rt></ruby>けをるか<ruby><rb>此女</rb><rt>このあま</rt></ruby>めと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付るをお文コレ段右衞門マア<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>も<ruby><rb>宜加減</rb><rt>いゝかげん</rt></ruby>にお<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>な<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎が<ruby><rb>庚申堂</rb><rt>かうしんだう</rt></ruby>の畑際で<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>つて來た<ruby><rb>烟草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>其中に穀平から杉戸屋の富右衞門さんの所へ<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>た手紙が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひつ</rt></ruby>て居から杉戸屋の烟草入だと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>事が知れ然も其時<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>が<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に持て行うとする所へ<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>が來て其烟草入を金二分に賣て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろと<ruby><rb>小聲</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で相談し貴殿が<ruby><rb>仕組</rb><rt>しくん</rt></ruby>だ所業だはね<ruby><rb>最早</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を殺されたからは<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さず云が其<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>は權現堂の<ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>で穀屋平兵衞を殺し金迄取て其翌日<ruby><rb>妾</rb><rt>わた</rt></ruby>しの方へ來てお前は<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り幸手宿を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのか</rt></ruby>うと云ふを夫三五郎が止めて烟草入を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に富右衞門に<ruby><rb>負</rb><rt>かぶ</rt></ruby>せる上は<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのく</rt></ruby>に及ばぬ急に<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさら</rt></ruby>ば却つて<ruby><rb>疑惑</rb><rt>うたがひ</rt></ruby>が<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ると云れてお前は氣が付<ruby><rb>身躰</rb><rt>みこし</rt></ruby>を<ruby><rb>居</rb><rt>すゑ</rt></ruby>たでは無か其時に三十兩と云ふ金を<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>して<ruby><rb>侠客</rb><rt>をとこ</rt></ruby>づくで<ruby><rb>呑込</rb><rt>のみこん</rt></ruby>で居て<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>たのに金を何で<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>が<ruby><rb>貢</rb><rt>みつい</rt></ruby>だなどとは<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふとい</rt></ruby><ruby><rb>云樣</rb><rt>いひやう</rt></ruby>だと<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>を出して云ひ<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>るを段右衞門聲高に<ruby><rb>噪</rb><rt>やかま</rt></ruby>しい女め<ruby><rb>如何樣</rb><rt>どんな</rt></ruby>にべら〱<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべる</rt></ruby>とも<ruby><rb>然樣</rb><rt>そん</rt></ruby>なことは夢にも覺えは<ruby><rb>無</rb><rt>ねえ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れはまア<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しい<ruby><rb>阿魔</rb><rt>あま</rt></ruby>だ女に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>誣言事</rb><rt>こしらひごと</rt></ruby>扨は三五郎の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と思ひ違へての<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん七人の子を<ruby><rb>成</rb><rt>なす</rt></ruby>とも女に心を<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すなとは此ことなりと<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>いて居たりけるお文は<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなしヱヽ<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しい段右衞門<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>其後も慈恩寺村にて<ruby><rb>能</rb><rt>いゝ</rt></ruby><ruby><rb>張半</rb><rt>ちやうはん</rt></ruby>が出來たと云つて<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎を<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそひ</rt></ruby>に來たれども夫は<ruby><rb>用向</rb><rt>ようむき</rt></ruby>もあれば<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れぬと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りしに其時<ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>扇子</rb><rt>あふぎ</rt></ruby>を落して來たから<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ろと云ふ故<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>扇</rb><rt>あふぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>つた其日鴻の巣の金兵衞が金五百兩<ruby><rb>勝</rb><rt>かち</rt></ruby>しを見て<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは先へ廻り金兵衞が歸りを<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>して<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し死骸の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>た扇子を落して<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>其<ruby><rb>鐵扇</rb><rt>てつせん</rt></ruby>に杉田三五郎と名前が<ruby><rb>彫刻付</rb><rt>ほりつけ</rt></ruby>て有しゆゑ夫に<ruby><rb>嫌疑</rb><rt>うたがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るを三五郎も承知して<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>金兵衞を殺したに<ruby><rb>成</rb><rt>なつ</rt></ruby>て居たが是は<ruby><rb>鐵扇</rb><rt>てつせん</rt></ruby>の<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>だと百兩の金を<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たのを今さら忘れもしまいと一々其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>を云立るに段右衞門ヱヽ<ruby><rb>夏蠅</rb><rt>うるさい</rt></ruby>女め<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>なことを<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へて<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>を<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>仕居</rb><rt>しを</rt></ruby>る然し是は汝ればかりでは有まい<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>か<ruby><rb>腰押</rb><rt>こしおし</rt></ruby>の者が有らう扨々<ruby><rb>恐敷</rb><rt>おそろしき</rt></ruby><ruby><rb>阿魔</rb><rt>あま</rt></ruby>めと云せも果ずお文は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>やつきとなり<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>其上に藤澤の大津屋へ入夫に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>のこと鈴ヶ森にて<ruby><rb>十七屋</rb><rt>となつや</rt></ruby>の三度飛脚を殺して金を盜み取しことを三五郎へ<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>した時に三五郎が異見をして博奕打や盜人の金を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>又は殺したり共同じ罪でも<ruby><rb>罪科</rb><rt>つみ</rt></ruby>は輕い<ruby><rb>素人</rb><rt>たゞのひと</rt></ruby>を殺すことは古今の<ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>なり始終は<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>の<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>と成べし<ruby><rb>必定々々</rb><rt>かならず〱</rt></ruby>此後は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>止られよと云たることも三五郎から聞たるぞ今では汝れも<ruby><rb>大造</rb><rt>たいそう</rt></ruby>な<ruby><rb>身代</rb><rt>くらし</rt></ruby>に成たに付昔しの<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>で三五郎も一年越の<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby>故度々無心には行しが<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby><ruby><rb>惣計</rb><rt>しめて</rt></ruby>金八十三兩<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>たに相違は無しサア〱<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>からして<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>の<ruby><rb>上前</rb><rt>うはまへ</rt></ruby>を取たと迄<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>白状仕</rb><rt>はくじやうし</rt></ruby>たならば<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れも早く申上て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまう</rt></ruby>がイヽアノ<ruby><rb>此</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>大盜人</rb><rt>おほぬすびと</rt></ruby>めと<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>いて<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>れど段右衞門は<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>はらい<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>は<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>ても人を殺し金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>んだ覺えは<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>ぞと云をお<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>是サ何ぼ<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>が女でも<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>お<ruby><rb>前等</rb><rt>まへたち</rt></ruby>に云ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>られては是まで人に<ruby><rb>姉公々々</rb><rt>あねご〱</rt></ruby>と立られた面に<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ない人を殺し金を取たに相違<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>から其通り申上よと云ふのだ男らしくもないと<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>り立我を忘れて云ひ<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>りけるを段右衞門は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>冷笑</rb><rt>せゝわら</rt></ruby>ひイヤ〱此<ruby><rb>阿魔</rb><rt>あま</rt></ruby>め<ruby><rb>幾何</rb><rt>いくら</rt></ruby>八<ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby><ruby><rb>大王鬼</rb><rt>だいわうき</rt></ruby>に成ても此身に覺えの無事は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>だなどゝは云れぬ者よフヽンと<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>であしらうを聞いてお文は<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りコレサ〱段右衞門<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>なら<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは穀平を殺さぬと<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはる</rt></ruby>かハテ知たことよ身に覺えのなきことは<ruby><rb>何處迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>も此の段右衞門は覺えなしサと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>にお文は夫なら是程<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>な<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>が有ても<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬと云か段右衞門アヽ<ruby><rb>騷々</rb><rt>さう〲</rt></ruby>しい女<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>きが口で云ふ事は<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に成者か<ruby><rb>爾</rb><rt>おの</rt></ruby>れは取<ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼせ</rt></ruby><ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>して居るな<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby>は<ruby><rb>熱</rb><rt>ねつ</rt></ruby>の<ruby><rb>上言</rb><rt>うはごと</rt></ruby>か<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>な<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを<ruby><rb>言掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るぞと聞よりお文はワツと泣出し<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み掛らん有樣なれば大岡殿<ruby><rb>大音聲</rb><rt>だいおんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby><ruby><rb>爾等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>は此所を何處と心得る<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も天下の<ruby><rb>決斷處</rb><rt>けつだんしよ</rt></ruby>なるぞコレ〱段右衞門其方は文を女と<ruby><rb>輕侮</rb><rt>あなどり</rt></ruby>申し伏んとすれども<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一申立己れが罪迄も明白に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>するを<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは只今知ぬ〱と<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>強情に言張んと<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>は不屆至極なり如何程<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるとも大方知たる罪なるぞ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状致せと申されけるを段右衞門是は聞えぬ仰せなり御<ruby><rb>奉行樣</rb><rt>ぶぎやうさま</rt></ruby>には女の方を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝかと言しかば越前守殿大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>られナニ<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>を贔屓するとは不屆の一言<ruby><rb>天地</rb><rt>てんち</rt></ruby><ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>淨玻璃</rb><rt>じやうはり</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>業</rb><rt>ごふ</rt></ruby>の<ruby><rb>秤</rb><rt>はかり</rt></ruby>を以て<ruby><rb>分厘</rb><rt>ふんりん</rt></ruby>も<ruby><rb>違</rb><rt>たがは</rt></ruby>ず善惡を裁斷する天下の役人を<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>まさんとなす<ruby><rb>強情者</rb><rt>がうじやうもの</rt></ruby><ruby><rb>古今</rb><rt>ここん</rt></ruby><ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる<ruby><rb>此</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な大惡人め穀屋平兵衞を殺せしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>有まじサア申立よと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>られしかども段右衞門<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて平兵衞を殺し<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を取し<ruby><rb>盜賊</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>は<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て穀屋方より願ひに依て杉戸屋富右衞門が<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に成しと<ruby><rb>承知</rb><rt>うけたまは</rt></ruby>る然らば又候<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に平兵衞を殺した者出る時は御奉行を始め御役人の<ruby><rb>落度</rb><rt>おちど</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んか<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>覺えも無き拙者を<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>られ<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>る時は富右衞門は何故に罪の<ruby><rb>正</rb><rt>たゞし</rt></ruby>からざるを御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>に成れしやと<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>いて申けるこそ<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の曲者なり時に大岡殿<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と笑はれ<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢ<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby><ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>くも申者<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>然らば一應申附すべし穀平を殺したるは富右衞門にて<ruby><rb>裁斷</rb><rt>さいだん</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>たりと雖も富右衞門は<ruby><rb>無罪</rb><rt>むざい</rt></ruby>なり<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは大罪人なり若<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>富右衞門が<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>ならば爾ぢは<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>と成やと有しかば段右衞門<ruby><rb>冷笑</rb><rt>せゝらわら</rt></ruby>ひ一旦御仕置に成し富右衞門が只今此處へ出候はゞ其時は<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>致すべしと言ければ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ばとて與力に申付られ豫て<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し富右衞門を只今是へ呼出すべしと有しに<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby>は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>立て行ければ此場に<ruby><rb>居合</rb><rt>ゐあは</rt></ruby>せし者共は互ひに顏を<ruby><rb>見合</rb><rt>みあはせ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>しゝ</rt></ruby>ける富右衞門が<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたたび</rt></ruby>爰へ出べき樣もなし<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>御奉行樣は<ruby><rb>奇妙</rb><rt>きめう</rt></ruby>なことを仰せられると皆々不思議に思ひて居たりける然る所へ<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby><ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby><ruby><rb>付添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>杉戸屋富右衞門を<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しかは大岡殿大音聲に如何に段右衞門<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はれ先年富右衞門<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>を以て穀屋平兵衞を殺し其場に落し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しを<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>として富右衞門に罪を<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>しに相違あるまじ<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>富右衞門を段々吟味せしに全く平兵衞を殺さざる由其上に彼の富右衞門其日は<ruby><rb>宿所</rb><rt>しゆくしよ</rt></ruby>に居ず全く<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しは別に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>ことゝ思ひし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>其時は外の<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>の首を以て<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>し既に今年迄三ヶ年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>富右衞門を隱し置たり<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢ是を知ずやと仰せ有ければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>の段右衞門も<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>物をも言ず<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむき</rt></ruby>て居たりしが何思ひけんぬつくと顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み隱せし我が<ruby><rb>惡行</rb><rt>あくぎやう</rt></ruby>成程穀屋平兵衞を殺害し金子百兩を奪ひ取りしは<ruby><rb>拙者</rb><rt>わたくし</rt></ruby>に相違<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なく<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら其鎌倉屋金兵衞を殺せし覺えは決して御座無く候と猶々強情に申居たりける

## 第十九回

<ruby><rb>螻蟻</rb><rt>ろうぎ</rt></ruby>の一念は天へも<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>ずとの<ruby><rb>俚諺</rb><rt>りげん</rt></ruby>又<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なるかな大岡殿<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>幸手宿三五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>の申立を<ruby><rb>聽</rb><rt>きか</rt></ruby>れ武州<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>鎌倉屋金兵衞方へ<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされし處<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>忠助は<ruby><rb>稍々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>今年</rb><rt>こんねん</rt></ruby>十一歳なる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>長兵衞は<ruby><rb>名代</rb><rt>みやうだい</rt></ruby>として江戸へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>かんと<ruby><rb>調度</rb><rt>したく</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>金兵衞方に幼少より<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひし直八と云者<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>怜悧</rb><rt>かしこく</rt></ruby>なるに付き之れを<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>鴻の巣を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>江戸馬喰町熊谷屋利八方へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>しが<ruby><rb>日永</rb><rt>ひなが</rt></ruby>の頃なれば<ruby><rb>退屈</rb><rt>たいくつ</rt></ruby>なりとて直八は兩國淺草又は<ruby><rb>上野</rb><rt>うへの</rt></ruby><ruby><rb>山下邊</rb><rt>やましたへん</rt></ruby>など見物なし<ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby>へ出で五條の天神<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>へ來りし所に<ruby><rb>天道干</rb><rt>てんだうぼし</rt></ruby>の<ruby><rb>道具屋</rb><rt>だうぐや</rt></ruby>に二尺五寸程の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>ありしが何やら見覺えのある品<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>直八は<ruby><rb>立止</rb><rt>たちとゞ</rt></ruby>まり此脇差を手に<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見ば鞘は<ruby><rb>黒塗</rb><rt>くろぬり</rt></ruby><ruby><rb>鐺</rb><rt>こじり</rt></ruby>は<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby><ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>は丸く<ruby><rb>瓢箪</rb><rt>へうたん</rt></ruby>の<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>しあり<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>は<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>は<ruby><rb>赤銅</rb><rt>しやくどう</rt></ruby>にて<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>の高彫目貫は龍の純金なりしかば直八は心に<ruby><rb>合點</rb><rt>うなづき</rt></ruby>モシ〱道具屋さん此<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>は<ruby><rb>何程</rb><rt>いくら</rt></ruby>で御座りますハイ<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>は無名なれども<ruby><rb>關物</rb><rt>せきもの</rt></ruby>と見えます<ruby><rb>直價</rb><rt>ねだん</rt></ruby>の所は一兩三分に致しませうと<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふを聞直八<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>高價</rb><rt>たかい</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>は百姓のことだから身には<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひは無い見てくれさへ<ruby><rb>宜</rb><rt>よけ</rt></ruby>れば<ruby><rb>好</rb><rt>いゝ</rt></ruby><ruby><rb>眞</rb><rt>ほん</rt></ruby>の御<ruby><rb>祝儀</rb><rt>しうぎ</rt></ruby><ruby><rb>差</rb><rt>ざし</rt></ruby>だ<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>些</rb><rt>ちつ</rt></ruby>と負て下さい道具屋<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>此品は<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>い<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>なれば夫よりは少しも<ruby><rb>引</rb><rt>ひけ</rt></ruby>やせんと是より<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>直段</rb><rt>ねだん</rt></ruby>の<ruby><rb>押引</rb><rt>おしひき</rt></ruby>をなし漸く金一兩一分と<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>り直八は道具屋に向ひ<ruby><rb>直</rb><rt>ね</rt></ruby>は付たが金子の<ruby><rb>持合</rb><rt>もちあは</rt></ruby>せは<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>だが<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>して是を手付として置て行ませうと金一<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>取出し<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りの金を持て私が取に<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>る<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>し事に<ruby><rb>寄</rb><rt>よる</rt></ruby>と<ruby><rb>來</rb><rt>こら</rt></ruby>れぬ時は御<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>の内へ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>取に<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>から一寸請取を<ruby><rb>書</rb><rt>かい</rt></ruby>て<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さいと云ふにぞ道具屋は<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>判迄</rb><rt>はんまで</rt></ruby><ruby><rb>捺</rb><rt>おし</rt></ruby>て出しければ直八手に<ruby><rb>取揚</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>て<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>けるに

覺

一<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>　　　　　　　　　　　　　　　壹<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>金壹兩壹分也

<ruby><rb>内金</rb><rt>うちきん</rt></ruby>壹分請取

<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>貳尺四寸<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>無名物</rb><rt>むめいもの</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby><ruby><rb>赤銅</rb><rt>しやくどう</rt></ruby><ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>の<ruby><rb>彫</rb><rt>ほり</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby><ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>目貫<ruby><rb>龍</rb><rt>りよう</rt></ruby>の<ruby><rb>純金</rb><rt>むく</rt></ruby>丸<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby><ruby><rb>瓢箪</rb><rt>へうたん</rt></ruby>の<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し<ruby><rb>彫</rb><rt>ぼり</rt></ruby><ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby><ruby><rb>黒塗</rb><rt>くろぬり</rt></ruby><ruby><rb>鐺</rb><rt>こじり</rt></ruby><ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>

下谷町貳丁目

六月十七日道具屋治助

と<ruby><rb>書認</rb><rt>かきしたゝ</rt></ruby>め有ける故夫なら<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せて取に上ますが<ruby><rb>田舍者</rb><rt>ゐなかもの</rt></ruby>は<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>迷路</rb><rt>まごつき</rt></ruby><ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>き故下谷と云ても<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬことが有つて<ruby><rb>間取</rb><rt>ひまどる</rt></ruby>から大屋さんの名を<ruby><rb>書</rb><rt>かい</rt></ruby>て<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されましと言に道具屋ハイ〱<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>は<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>次郎と申ますと<ruby><rb>肩書</rb><rt>かたがき</rt></ruby>にして渡しければ直八是で宜と其儘<ruby><rb>馬喰</rb><rt>ばくろ</rt></ruby>町の<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>へ歸りて長兵衞<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>村名主</rb><rt>むらなぬし</rt></ruby>源左衞門に向ひ下谷<ruby><rb>山下</rb><rt>やました</rt></ruby>にて<ruby><rb>見當</rb><rt>みあた</rt></ruby>りし<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>の事を話し是は親方の<ruby><rb>小刀</rb><rt>わきざし</rt></ruby>なり先年<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>方知ずとなりし三人の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>練馬藤兵衞へ<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と私が手から<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>した<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>故行先を<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>吟味したら三人の<ruby><rb>死生</rb><rt>ししやう</rt></ruby>の程も知れ親方の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>の手筋も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りさうな者だと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て長兵衞<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て置れぬことなりと源左衞門并に<ruby><rb>熊谷屋</rb><rt>くまがひや</rt></ruby>の亭主へも<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なし早速<ruby><rb>其筋</rb><rt>そのすぢ</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>べしとて<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を認め右道具屋の請取を<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>へ町奉行所へ差出たり之に依て翌日同心<ruby><rb>原田</rb><rt>はらだ</rt></ruby>大右衞門下谷の<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ出張し<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>次郎を呼寄られ其方<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>に道具屋治助と申者<ruby><rb>是有</rb><rt>これある</rt></ruby>る由直樣<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>來るべしと申渡せしかば廣次郎<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候とて直に治助を同道して來りしに原田治助に向ひ汝ぢは道具<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>をなす治助なるか<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に御座りますと答るにコレ此請取に覺えあるかと尋ねければ治助は是を見て此請取は<ruby><rb>昨日</rb><rt>さくじつ</rt></ruby><ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby>の店にて<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひを致し<ruby><rb>手付</rb><rt>てつけ</rt></ruby>を請取し時さし出したるなりと云に<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と夫に相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>やと申せば<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に御座りますと云時原田シテ其<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>は何所から<ruby><rb>買</rb><rt>かつ</rt></ruby>た其賣口は知て<ruby><rb>居樣</rb><rt>ゐやう</rt></ruby>なと云れ治助は甚だ氣味<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く思ひながら<ruby><rb>其品</rb><rt>そのしな</rt></ruby>は稻荷町の十兵衞と申者の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>に於て<ruby><rb>去</rb><rt>きよ</rt></ruby>月の<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>に<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>たり然し其節は二十品ばかりの<ruby><rb>買物</rb><rt>かひもの</rt></ruby>にて賣主は<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>やら<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>とは申立<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>れども右十兵衞の<ruby><rb>帳面</rb><rt>ちやうめん</rt></ruby>に記して御座りますと申せば原田然ば其十兵衞を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すべし尤も<ruby><rb>跡月</rb><rt>あとげつ</rt></ruby>よりの<ruby><rb>賣上</rb><rt>うりあげ</rt></ruby>帳を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>せよと家主へ達しけるにより家主仁兵衞<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>十兵衞へ此由を<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せければ十兵衞は又<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>の品が出たかとて家主同道にて下谷の自身番へ來りしかば早速<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し原田は十兵衞に向ひ<ruby><rb>去月中</rb><rt>きよげつぢう</rt></ruby><ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢが宿にて此治助が脇差を<ruby><rb>買</rb><rt>かつ</rt></ruby>たと申が<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に相違無やと尋ぬるに十兵衞脇差を見てヘイ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>では御座れども<ruby><rb>大勢</rb><rt>たいぜい</rt></ruby>の事故<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>りし品は覺も御座りますが<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>な品は其日の買取人が參りまして<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に引取ます故<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と見覺は御座りませんと申に<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば<ruby><rb>賣帳</rb><rt>うりちやう</rt></ruby>が<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れ十兵衞は帳面を出し治助どん去月の<ruby><rb>幾日頃</rb><rt>いくかごろ</rt></ruby>だの治助中市と思ひました<ruby><rb>桃林寺</rb><rt>たうりんじ</rt></ruby>門前の<ruby><rb>佐印</rb><rt>さじるし</rt></ruby>か三間町の<ruby><rb>虎公</rb><rt>とらこう</rt></ruby>か<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ此兩人の中だと思はれますと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば十兵衞<ruby><rb>成程々々</rb><rt>なるほど〱</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>つと十日は治助どんは<ruby><rb>燒物</rb><rt>やきもの</rt></ruby><ruby><rb>獅子</rb><rt>しし</rt></ruby>の<ruby><rb>香爐</rb><rt>かうろ</rt></ruby><ruby><rb>新渡</rb><rt>しんと</rt></ruby>の<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>が五枚松竹梅三<ruby><rb>幅對</rb><rt>ふくつゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>掛物</rb><rt>かけもの</rt></ruby><ruby><rb>火入</rb><rt>ひいれ</rt></ruby>が<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとつ</rt></ruby>八寸<ruby><rb>菊蒔繪</rb><rt>きくまきゑ</rt></ruby><ruby><rb>重箱</rb><rt>ぢうばこ</rt></ruby><ruby><rb>無銘</rb><rt>むめい</rt></ruby><ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ付脇差二尺五寸<ruby><rb>瓢箪</rb><rt>へうたん</rt></ruby>の<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>しの<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby><ruby><rb>目貫</rb><rt>めぬき</rt></ruby><ruby><rb>龍</rb><rt>りよう</rt></ruby>の丸は頭<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>は鶴の<ruby><rb>彫</rb><rt>ほり</rt></ruby>と聞より治助大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>宜々</rb><rt>よい〱</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>だぞ賣人は<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>だ〱十兵衞<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>なせへよ三間町の<ruby><rb>虎松</rb><rt>とらまつ</rt></ruby>に相違は無いとて<ruby><rb>原田</rb><rt>はらだ</rt></ruby>の前に<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の脇差は淺草三間町の虎松と申す者より買入しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座りませぬと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば原田<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば御用は<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとれ</rt></ruby>と申渡すに十兵衞は<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>しと家主<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby>ける斯て原田大右衞門コレ<ruby><rb>幸</rb><rt>かう</rt></ruby>藏此治助を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>へ東町の自身番へ<ruby><rb>行</rb><rt>いつ</rt></ruby>て淺草三間町の虎松を<ruby><rb>呼</rb><rt>よん</rt></ruby>で<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は坂本へ<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>つて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>からと申付て立出れば<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の<ruby><rb>幸藏</rb><rt>かうざう</rt></ruby>は脇差を<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み治助を同道して東町の<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ來り<ruby><rb>虎松</rb><rt>とらまつ</rt></ruby>を呼寄けるに<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>巳</rb><rt>み</rt></ruby>之助<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>て<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>原田の來るを<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>有て原田大右衞門は<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ來りければ家主巳之助<ruby><rb>這出</rb><rt>はいいで</rt></ruby>て私し儀は三間町の家主巳之助と申者なるが<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か御用の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby><ruby><rb>之有</rb><rt>これあ</rt></ruby>る由に付虎松を<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>候と申に原田は是を聞其方が虎松なるか<ruby><rb>此脇差</rb><rt>このわきざし</rt></ruby>を去月十一日稻荷町の十兵衞<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に於て<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>治助に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>たるかとの<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねに虎松<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なりと答ふれば原田<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て<ruby><rb>此品</rb><rt>このしな</rt></ruby>は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>から<ruby><rb>買出</rb><rt>かひだし</rt></ruby>たか其買先を申立よと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れ虎松是は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>の品と思ひながら<ruby><rb>此脇差</rb><rt>このわきざし</rt></ruby>は<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby>十一月<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>へ<ruby><rb>買出</rb><rt>かひだし</rt></ruby>に參つたる<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>杉戸宿の<ruby><rb>林藏</rb><rt>りんざう</rt></ruby>と申者の<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>より<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと申立れば<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならばもはや御用は相濟だ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとる</rt></ruby>べしとのことゆゑ治助はホツト<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>家主廣次郎<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて我が家にこそは<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りけれ<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より原田は虎松に向ひ其方明日杉戸へ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を致せ<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て今日は<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>巳之助<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>へ虎松を<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>るぞと<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>る處無く<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て原田大右衞門歸宅致しける<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>御詮議</rb><rt>ごせんぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>きしものなりと人々感心したりけり

## 第二十回

<ruby><rb>去程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>原田大右衞門<ruby><rb>松野文之助</rb><rt>まつのぶんのすけ</rt></ruby>の兩人<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも<ruby><rb>旅裝束</rb><rt>たびしやうぞく</rt></ruby>にて淺草三間町の自身番へ來りければ虎松も<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>申付られしこと故<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をして<ruby><rb>相待居</rb><rt>あひまちをり</rt></ruby>しに付<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>として六月廿日に<ruby><rb>淺草寺</rb><rt>あさくさでら</rt></ruby>の<ruby><rb>明卯刻</rb><rt>あけむつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>と共に<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>炎天</rb><rt>えんてん</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず急ぎ<ruby><rb>武州</rb><rt>ぶしう</rt></ruby><ruby><rb>埼玉郡</rb><rt>さいたまごほり</rt></ruby>杉戸宿名主太郎左衞門方へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に道具屋渡世林藏を呼出せし所<ruby><rb>他行</rb><rt>たぎやう</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きにて<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>を同道せしと云に原田はアヽ女房では分るまいが<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>來たものなら<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>へ呼寄せとて林藏の妻を呼出し今日林藏は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ參りしぞと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れしかば女房何事か<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>したかと驚き今日は<ruby><rb>商賣用</rb><rt>しやうばいよう</rt></ruby>にて<ruby><rb>栗橋</rb><rt>くりはし</rt></ruby>まで參りました故<ruby><rb>申刻過</rb><rt>なゝつすぎ</rt></ruby>には<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りませう<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し御役人樣へ申上ます<ruby><rb>妾</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>は當年六十に相成りますが<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>でも<ruby><rb>佛</rb><rt>ほとけ</rt></ruby>林藏と申て何も惡事は<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも致しましたことは御座りませんが<ruby><rb>些少</rb><rt>さゝい</rt></ruby>なことは<ruby><rb>御免成</rb><rt>ごめんなさ</rt></ruby>れて下さりませと申ければ原田<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も林藏に惡事が<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>と云では<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>へ<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>さへすれば分ることゆゑ<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じるに及ばずと云に女房ハイ<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>う<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じます<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>から<ruby><rb>妾</rb><rt>わた</rt></ruby>しが<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を致すは<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>のこと林藏は<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby><ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>を<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>て<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>女<ruby><rb>好</rb><rt>ずき</rt></ruby>夫故大方<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>な一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>でも御座りませうが<ruby><rb>主有者</rb><rt>ぬしあるもの</rt></ruby>に手を出すの<ruby><rb>密夫</rb><rt>まをとこ</rt></ruby>などは致ませんが<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>さへ致すと<ruby><rb>女郎買</rb><rt>ぢよらうかひ</rt></ruby>にばかり行きます是が誠に<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>に<ruby><rb>瑾</rb><rt>きず</rt></ruby>と申ので<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りきりますと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>もなきことを申立るにぞ原田<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め一同笑ひに<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>宜々</rb><rt>よい〱</rt></ruby>林藏が<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り次第に<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>せろコリヤ<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>嘉右衞門林藏が歸りしならば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>せよと申付られ<ruby><rb>引取所</rb><rt>ひきとるところ</rt></ruby>へ林藏は<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>りし故に<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>嘉右衞門は林藏に<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ければ林藏は<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>やらんと<ruby><rb>怖々</rb><rt>こは〲</rt></ruby>ながら<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ出れば<ruby><rb>町方</rb><rt>まちかた</rt></ruby>役人村役人二人共<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の者は<ruby><rb>立働</rb><rt>たちはたら</rt></ruby>き一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>んで居る故只<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>して<ruby><rb>戰</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ居たり此<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>原田は三間町の虎松に向ひ其<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>は<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の林藏より<ruby><rb>買取</rb><rt>かひとり</rt></ruby>しに相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>やと有に虎松ハイ<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの通り<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>林藏の手より<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>取しに相違御座りません原田<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>や林藏<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>虎松が申す通り相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>や<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>其脇差は<ruby><rb>何方</rb><rt>どこ</rt></ruby>から<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>取た<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>ると汝ぢが<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に成ぬぞと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>され林藏は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱手に取上て<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>視畢</rb><rt>みをは</rt></ruby>り成程此脇差は<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに見覺えました<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は幸手宿の者より<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>粕壁</rb><rt>かすかべ</rt></ruby>の<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>で<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>ましたと云に原田始め役人共<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は何か取留ぬ申口たり林藏<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と申せ<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なことを申と<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>るぞと有けるにぞ<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>臆病者</rb><rt>おくびやうもの</rt></ruby>のこと<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>林藏はがた〱<ruby><rb>戰</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>の根も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ず居たりしかば家主嘉右衞門は<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>より是々林藏<ruby><rb>確乎</rb><rt>しか</rt></ruby>とした<ruby><rb>御答</rb><rt>おこたへ</rt></ruby>を申上よ<ruby><rb>大事</rb><rt>だいじ</rt></ruby>な儀ぢやぞと申に林藏<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>と<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>まして<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>を申立ませうアノ<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〱</rt></ruby>是は去年の春の事とて<ruby><rb>栗橋</rb><rt>くりはし</rt></ruby>の<ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby>のアノ<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>の名は<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>彌十とか申者より<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>一貫二百五十文に<ruby><rb>買受</rb><rt>かひうけ</rt></ruby>ましたに相違は御座りませんと申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>るにぞ原田は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>コリヤ林藏<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に相違<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>か<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>うては<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ぬぞと<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され林藏ハイ〱決して間違ひは申上ませんと云<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>役人共<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>れば其方<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>栗橋へ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>致せと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>申刻過頃</rb><rt>なゝつすぎごろ</rt></ruby>より<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>なし三間町の虎松は是より御<ruby><rb>用</rb><rt>よう</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>ずみ</rt></ruby>なりと申渡し役人は林藏を<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>に立せて栗橋<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>の名主<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>右衞門方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>無常院</rb><rt>むじやうゐん</rt></ruby>なる<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>の彌十を呼び出せしに彌十は庭の<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>に<ruby><rb>襦袢</rb><rt>じゆばん</rt></ruby>一枚にて<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居たりしを役人共コリヤ彌十<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは是なる林藏へ<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>たることが<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>か<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>脇差は爾ぢの<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>か又は<ruby><rb>何國</rb><rt>どこ</rt></ruby>から<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て來たか<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申立よと云れ彌十は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>口籠</rb><rt>くちごも</rt></ruby>りしがイヱ此脇差は私しの家に<ruby><rb>持傳</rb><rt>もちつた</rt></ruby>へし<ruby><rb>重代</rb><rt>ぢうだい</rt></ruby>の品なりと云に役人コレ彌十<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢが重代の品などは不屆き<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり夫<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと<ruby><rb>下知</rb><rt>げぢ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の者<ruby><rb>立懸</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>忽然</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り上るに彌十は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて何を隱しませう<ruby><rb>其品</rb><rt>そのしな</rt></ruby>は<ruby><rb>葬禮</rb><rt>さうれい</rt></ruby>の時の<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め物なれども<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>申上なば御<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひが<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らうかと存じ<ruby><rb>重代</rb><rt>ぢうだい</rt></ruby>の品と申上しかど<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>の<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め物なりと申ければ役人<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは不屆き者なり此脇差は<ruby><rb>中仙道</rb><rt>なかせんだう</rt></ruby>鴻の巣の鎌倉屋金兵衞と云者の<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の品にて其子分なる<ruby><rb>練馬</rb><rt>ねりま</rt></ruby><ruby><rb>藤</rb><rt>とう</rt></ruby>兵衞と云者に<ruby><rb>貸遣</rb><rt>かしつかは</rt></ruby>したる脇差なり然る所其<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>藤兵衞<ruby><rb>等</rb><rt>ら</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>二人の<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>は今に於て<ruby><rb>相知</rb><rt>あひしれ</rt></ruby>ず然る所<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>藤兵衞が<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>て居たる脇差の有からは其方が<ruby><rb>掃部</rb><rt>かもん</rt></ruby>茂助藤兵衞<ruby><rb>等</rb><rt>ら</rt></ruby>三人の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>を存じて<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>に相違は<ruby><rb>有舞</rb><rt>あるまひ</rt></ruby>サア<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せよと<ruby><rb>意外</rb><rt>いぐわい</rt></ruby>に<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>られ彌十は南無三<ruby><rb>寶</rb><rt>ばう</rt></ruby><ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまつ</rt></ruby>たりと思へども<ruby><rb>然有</rb><rt>さあら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>全く脇差は<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め物に相違御座りませぬと云ば役人は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは<ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>なる事を申ぞ脇差を<ruby><rb>葬禮</rb><rt>さうれい</rt></ruby>の納め物となすならば寺へこそ<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>める<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれ何ぞ<ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby>へ納めると云<ruby><rb>法</rb><rt>はふ</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んやサア<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に白状致せ不屆者め<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>よと言葉の下より<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の者共<ruby><rb>笞</rb><rt>しもと</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て左右より彌十の<ruby><rb>股</rb><rt>もゝ</rt></ruby>を肉の<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>る程に打<ruby><rb>敲</rb><rt>たゝき</rt></ruby>ければ彌十は是に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby>アツと<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>んで泣出しアヽ御<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されよ何事も<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申上ます〱と詫けるに然らば白状すべしと<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め猶強情に<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずれば<ruby><rb>餘計</rb><rt>よけい</rt></ruby>に<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>いめをするぞ<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て藤兵衞が<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の脇差を如何の譯で汝ぢが手に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>たるぞサア〱<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>白状すべしと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>られて彌十は<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby><ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も免れぬ處と覺悟をなし<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならば申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ます<ruby><rb>此脇差</rb><rt>このわきざし</rt></ruby>は一昨々年の七月廿八日の夜の事成しが<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>に火を掛内に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>て<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby>み居し<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>燒場の<ruby><rb>外面</rb><rt>おもて</rt></ruby>の方に<ruby><rb>大喧嘩</rb><rt>おほげんくわ</rt></ruby>が始りし樣子故何事かと存じ<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と出て<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひしに<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>き夜なれば一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>樣子を見合居し處幸手宿の<ruby><rb>畔倉</rb><rt>あぜくら</rt></ruby>重四郎と三五郎と申者の聲ゆゑ<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>しに相手の者三人は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>切殺され是は<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>の八田掃部と<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に練馬藤兵衞三加尻茂助と申せし者共なり其時重四郎の申には<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>此死人を<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわさう</rt></ruby>に爲て呉ろと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに頼みしかども私しは<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>の事を<ruby><rb>恐敷</rb><rt>おそろしく</rt></ruby>と申して斷りしに重四郎は承知せず<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>に難儀を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ぬ樣に<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ方も有から是非々々頼むと申を<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>後難</rb><rt>こうなん</rt></ruby>が<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しさに否だと申て<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさら</rt></ruby>んと致せし時<ruby><rb>斯</rb><rt>この</rt></ruby>大事を見られた上は<ruby><rb>生</rb><rt>いか</rt></ruby>して置れぬ言ことを<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ずば<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を呉ろと既に切殺さんと致すゆゑ私しも<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>く後の難儀は<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へながら其場の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>には換難く存じ<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく申に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ三人共<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわさう</rt></ruby>に致し骨は殘らず川中へ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>しと白状に及びければ役人其<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>汝ぢは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>金子を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし成んと申に彌十ヘイ一人<ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>一兩<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>貰ひ是非なく<ruby><rb>燒</rb><rt>やい</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しましたと<ruby><rb>悉敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>けるにぞ原田は進み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>脇差は爾ぢが取たのか彌十ヘイ<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>に存じましてと言を原田は<ruby><rb>白眼付</rb><rt>にらめつけ</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>横着</rb><rt>わうちやく</rt></ruby>ものめ定めし汝は脇差ばかりでは<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ外々の品も<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取て<ruby><rb>賣</rb><rt>うつ</rt></ruby>たで<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うと問詰ければ<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に二本の脇差は<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎの<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>火中へ入て御座りしを氣が<ruby><rb>附</rb><rt>つか</rt></ruby>ず燒て仕舞ましたら<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>か<ruby><rb>眞赤</rb><rt>まつか</rt></ruby>に成まして役には立ず一本の方は<ruby><rb>洗箒</rb><rt>さゝら</rt></ruby>の樣に成て致し方なければ川へ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ましたと申立けるに原田は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>然らば<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>相違無かと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ彌十少しも<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りは御座りませぬと申すに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby>道具屋林藏は御<ruby><rb>用濟</rb><rt>ようずみ</rt></ruby>たり勝手に<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとる</rt></ruby>べし<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>なりと申渡され<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>嘉右衞門は林藏<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて歸りける夫より<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十は<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められしまゝ<ruby><rb>宿籠</rb><rt>しゆくかご</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>江戸表を<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>て送らせける其後<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>吟味有けるに先の申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>と相違も無きこと故<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>より大惡の<ruby><rb>本人</rb><rt>ほんにん</rt></ruby>たる重四郎の段右衞門と<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せ吟味とこそは<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>りけれ

## 第廿一回

時に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一年七月五日重四郎の段右衞門一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>の者共を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ呼出し<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て大岡殿彌十に向はれ<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に彌十汝ぢは<ruby><rb>元栗橋</rb><rt>もとくりはし</rt></ruby>にて重四郎三五郎の兩人が掃部茂助藤兵衞の三人を殺せし時<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>ひて<ruby><rb>共々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>殺したで有うなと<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と疑ひの<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>設</rb><rt>まう</rt></ruby>けられしかば彌十は<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>私し儀は其節<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>の聲を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>付見には出ましたが<ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>さは怖し<ruby><rb>遠方</rb><rt>とほく</rt></ruby>に<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>つて居しのみにて漸く少し<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>まりし時三五郎重四郎兩人の聲が致すゆゑ<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>夫より<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>死骸は<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく頼まれて<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわそう</rt></ruby>に致しましたれど<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだひ</rt></ruby>などは決して致しません<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も其節の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby><ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>なりと<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申立ければ大岡殿段右衞門を<ruby><rb>見遣</rb><rt>みやり</rt></ruby>コレ段右衞門<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは三五郎と申<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せ元栗橋にて掃部茂助藤兵衞を殺せしは我が<ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>に相違無し然れば鎌倉屋金兵衞を殺したるも汝ならん<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状せよともうされければ段右衞門は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き此間<ruby><rb>中</rb><rt>ぢう</rt></ruby>より申上し通り穀屋平兵衞を殺し又鈴ヶ森にて三五郎を殺し候は<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く私しに相違なけれども金兵衞を殺したる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えは<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>之なしと<ruby><rb>飽迄</rb><rt>あくまで</rt></ruby>も言<ruby><rb>張</rb><rt>はる</rt></ruby>にぞ大岡殿<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>段右衞門能く<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはれ<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢはよく〱<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>つた奴と見える<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>一人たりとも人殺しの<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>る<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>さるゝは知てあるに<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>に申<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>るとも一<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>の<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かる譯は無ぞサア〱<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に白状せと言れ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>とも彌十<ruby><rb>爾</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢが申立たるとは<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りなるかと申さるゝに彌十は段右衞門に向ひ<ruby><rb>是々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>重四郎ではない段右衞門殿<ruby><rb>夫</rb><rt>そん</rt></ruby>な譯の<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>は<ruby><rb>止</rb><rt>よし</rt></ruby>にしろ今<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>樣の<ruby><rb>仰</rb><rt>おつ</rt></ruby>しやる通りだ<ruby><rb>幾等</rb><rt>いくら</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>が<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して白状<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ねばとて<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>がる事は<ruby><rb>金輪</rb><rt>こんりん</rt></ruby>ざい<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ア<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ねへ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>迚も三五郎と申合したかは知ねヱが今と<ruby><rb>成</rb><rt>なつ</rt></ruby>ては<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>な男だ<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみ<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>みの<ruby><rb>人間</rb><rt>にんげん</rt></ruby>だなア掃部や藤兵衞茂助の二人を殺した時<ruby><rb>其方</rb><rt>そつち</rt></ruby>が<ruby><rb>利根川</rb><rt>とねがは</rt></ruby>へ死骸を<ruby><rb>打込</rb><rt>うちこま</rt></ruby>ふと<ruby><rb>言</rb><rt>いつ</rt></ruby>たら三五郎が言には川へ流しては<ruby><rb>後日</rb><rt>ごにち</rt></ruby>が<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>だ幸ひ此彌十に頼んで<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわさう</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>へば<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>も殘さず三人の影も<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>も無なるゆゑ金兵衞を殺したことも<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて彼等三人に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひが<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る道理だと三五郎の<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に火葬を頼んだ其時に<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>もと<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は不<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>を言たら<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から金を三兩出て<ruby><rb>博奕友達</rb><rt>ばくちともだち</rt></ruby>の<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>みだと言て<ruby><rb>平</rb><rt>ひら</rt></ruby>に頼む故<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>も<ruby><rb>詮方無</rb><rt>せんかたな</rt></ruby>く<ruby><rb>燒</rb><rt>やい</rt></ruby>て仕舞て<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>は利根川へ流したに相違は無いぜ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>サ段右衞門今此彌十に顏を<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>しては百年めと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>者サア<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も彼も<ruby><rb>決然</rb><rt>きつぱり</rt></ruby>と男らしく言て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまへ</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>にぞ段右衞門コレ汝ぢは<ruby><rb>跡方</rb><rt>あとかた</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ事を言<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>我に<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんと<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>る此<ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>めと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>白眼付</rb><rt>にらみつく</rt></ruby>ると彌十大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りて<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だ乞食だと知たことだ<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>は人間と<ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby>との<ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>だは是も<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>だ<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら此彌十は酒も<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>長半</rb><rt>ちやうはん</rt></ruby>も人並には打<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>もするが<ruby><rb>今迄</rb><rt>いままで</rt></ruby>人に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>とても付たことも無し<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>三文でも<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>んだ覺えは無そ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>よ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れはな<ruby><rb>幸手</rb><rt>さつて</rt></ruby>の穀屋平兵衞を殺して金百兩を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り其上にて<ruby><rb>關宿</rb><rt>せきやど</rt></ruby>の藤五郎の<ruby><rb>博奕場</rb><rt>ばくちば</rt></ruby>で四人と言者を切て又<ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>の町でも<ruby><rb>鷹助</rb><rt>たかすけ</rt></ruby>に手疵を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せしこと<ruby><rb>寶珠屋</rb><rt>はうじゆや</rt></ruby>大坂屋のことからしてオヽそれ〱其前のことだ栗橋の<ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>で<ruby><rb>眞田商人</rb><rt>さなだあきんど</rt></ruby>を殺した事も<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>汝ぢだと疑つて<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>ぞ此<ruby><rb>盜人野郎</rb><rt>ぬすびとやらう</rt></ruby>め<ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>に近い此彌十よりは遙か<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>りし<ruby><rb>人非人</rb><rt>にんぴにん</rt></ruby>めサア言<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>が有なら<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>ろと<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby>に言<ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>の段右衞門も更に<ruby><rb>無言</rb><rt>むごん</rt></ruby>となり此時に至つて大いに<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たる有樣なれども未だ白状は<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ざりけり

## 第廿二回

<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby>越前守殿<ruby><rb>高聲</rb><rt>かうしやう</rt></ruby>にコレ段右衞門<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>鷺</rb><rt>さぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>烏</rb><rt>からす</rt></ruby>と<ruby><rb>言黒</rb><rt>いひくろ</rt></ruby>めんとするは扨々不屆き者なりと<ruby><rb>白眼付</rb><rt>にらみつけ</rt></ruby>られ夫より<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>に豫て申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる品川宿の<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>を<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>是へ<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>すべしと言れけば同心は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と立て行けるが頓て身には<ruby><rb>半￼</rb><rt>はんてん</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>て<ruby><rb>眞向</rb><rt>まむき</rt></ruby>より<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>へ掛て<ruby><rb>切下</rb><rt>きりさげ</rt></ruby>られし<ruby><rb>疵痕</rb><rt>きずあと</rt></ruby>あり<ruby><rb>丈</rb><rt>せい</rt></ruby>は<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>く<ruby><rb>髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby>は<ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〱</rt></ruby>として如何にもみすぼらし<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる者を<ruby><rb>連出</rb><rt>つれいだ</rt></ruby>せしかば大岡殿コレ品川宿の<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>其方は<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby>十七屋の飛脚を<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>鈴ヶ森に於て切られし所<ruby><rb>汝</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは<ruby><rb>運好</rb><rt>うんよく</rt></ruby>も<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かりしが其時の<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>は爰に居る段右衞門と<ruby><rb>言者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>ならん<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>顏を見よ<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>の盜人で<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>うがなと申さるゝに<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>はヘイ御意に御座ります<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>夜明前</rb><rt>よあけまへ</rt></ruby>とは申ながら<ruby><rb>挑灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>も御座りました故<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに見覺えて<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ます成程此者に相違は御座りませんと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の段右衞門も<ruby><rb>愕然</rb><rt>ぎよつ</rt></ruby>と<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>て大いに驚きヤア然らば其時の<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>めで有たか<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>き奴かな頭から<ruby><rb>梨割</rb><rt>なしわり</rt></ruby>にして其上に後日の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>と思ひ<ruby><rb>留</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め迄<ruby><rb>刺</rb><rt>さし</rt></ruby>たるに助かると言は<ruby><rb>汝</rb><rt>なん</rt></ruby>ぢは餘程<ruby><rb>高運</rb><rt>かううん</rt></ruby>な者なりと<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果てぞ居たりける時に越前守殿<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に段右衞門<ruby><rb>金飛脚</rb><rt>かなひきやく</rt></ruby>の彌兵衞<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に馬士爲八を殺したに相違は<ruby><rb>有舞</rb><rt>あるまひ</rt></ruby>なと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>られしかば段右衞門はハツと首を<ruby><rb>下</rb><rt>さ</rt></ruby>げ<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の通り鈴ヶ森に於て三度飛脚の彌兵衞を殺し金子を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取しに聊か相違なしと申立しにぞ大岡殿は<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>に向はれ其方は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>用事の<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たり引取れと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れしかば其儘<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>は白洲を立て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に越州殿<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と笑はれコレ段右衞門汝ぢは<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>に申<ruby><rb>張</rb><rt>はつ</rt></ruby>て一向白状に及ばぬ故<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>う<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>馬士を尋ね出し<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>に申付て汝ぢを<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り白状させしなり其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>として<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かるべきや然るを我が<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりやく</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>りしも<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>なり今さら包み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さずとも<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に惡事を殘らず<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>鋭</rb><rt>する</rt></ruby>どく<ruby><rb>問糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>されしかば段右衞門は<ruby><rb>此時</rb><rt>このとき</rt></ruby><ruby><rb>初</rb><rt>はじ</rt></ruby>めてハツト<ruby><rb>言</rb><rt>いつ</rt></ruby>て<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>なし<ruby><rb>寔</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>は恐ろしきものなり然ば白状<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つらんと居<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>り扨も<ruby><rb>權現堂</rb><rt>ごんげんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>に於て穀屋平兵衞を殺し金子百兩奪ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>其<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>鷲</rb><rt>わし</rt></ruby>の宮に於て鎌倉屋金兵衞を手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て金五百兩を盜み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>三五郎と申合せ<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>栗橋に於て三人の者を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せしより鈴ヶ森にて十七屋の<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を殺し<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>五百兩<ruby><rb>奪取</rb><rt>うばひと</rt></ruby>り其後藤澤宿の大津屋と申<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ入夫と<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>し處三五郎<ruby><rb>度々</rb><rt>どゝ</rt></ruby><ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>に來りしが<ruby><rb>我</rb><rt>わが</rt></ruby>惡事を皆<ruby><rb>悉</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>りたる三五郎なる故<ruby><rb>後日</rb><rt>ごにち</rt></ruby>の<ruby><rb>妨害</rb><rt>さまたげ</rt></ruby>と存じ<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて鈴ヶ森まで<ruby><rb>連出</rb><rt>つれいだ</rt></ruby>し終に三五郎をも<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せしに少しも相違御座なく候と殘らず申立ければ大岡殿<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>神妙々々</rb><rt>しんめう〱</rt></ruby>と言れし時段右衞門は大岡殿に向ひ恐れながら<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る明奉行の御<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り御吟味<ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>かなる<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず御<ruby><rb>仁慈</rb><rt>じんじ</rt></ruby>の程<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に以て恐れ入奉つる何さま世間の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>に相違も之無き<ruby><rb>賢明</rb><rt>けんめい</rt></ruby>の御奉行なり其<ruby><rb>御裁許</rb><rt>ごさいきよ</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>ること此身の<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby>と申すべし<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す〲も私しの惡行今更後悔仕つり候然る上は三五郎<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby><ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>元栗橋の<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十等私しへ<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合の者共の儀は私し故に<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>も蒙り候ことゝ存じ奉つるに付<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し身分は<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の御<ruby><rb>成敗</rb><rt>せいばい</rt></ruby>を仰せ付らるゝとも<ruby><rb>自業自得</rb><rt>じごふじとく</rt></ruby>の儀に候へば<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>むる所なし係り合の者共は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の御<ruby><rb>成敗</rb><rt>せいばい</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>はしく存じ奉つり候とて己れが舊惡を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く白状に及びしかば<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め重四郎の段右衞門の<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>せ<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て沙汰に及ぶと申渡され<ruby><rb>一同</rb><rt>それ〲</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られけり

## 第廿三回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に大岡越前守殿には段右衞門<ruby><rb>前名</rb><rt>ぜんみやう</rt></ruby>畔倉重四郎一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>に付<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>十一年十二月<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合の者共一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出され<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby>に其<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>を申渡されける

相摸國高座郡藤澤宿

大津屋段右衞門事

前名　　畔倉重四郎

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>權現堂小篠堤に於て幸手宿穀屋平兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>百兩奪ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>中仙道鷲の宮にて<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>鎌倉屋金兵衞を殺し金子五百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取し上剩さへ三五郎と申合せ右金兵衞の子<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby>掃部茂助藤兵衞等三人の者をも<ruby><rb>元栗橋</rb><rt>もとくりはし</rt></ruby><ruby><rb>燒場前</rb><rt>やきばまへ</rt></ruby>にて切殺し<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十に頼み<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわさう</rt></ruby>に致し其後鈴ヶ森にて十七屋の三度<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を殺し<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>五百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取其<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又<ruby><rb>同所</rb><rt>どうしよ</rt></ruby>にて三五郎をも<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがひ</rt></ruby>致し候段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付<ruby><rb>町中</rb><rt>まちぢう</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>千住小塚原に於て<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>おこ</rt></ruby>なふ

武藏國埼玉郡元栗橋宿

隱亡　　彌十

其方儀<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくえき</rt></ruby><ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>み其後重四郎<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に三五郎より頼まれ候とは<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も掃部茂助藤兵衞三人の死骸を<ruby><rb>燒棄</rb><rt>やきすて</rt></ruby>其上<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>は<ruby><rb>利根川</rb><rt>とねがは</rt></ruby>へ流し候段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆の所<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御<ruby><rb>仁惠</rb><rt>じんゑ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申付る

同國同郡幸手宿

三五郎妻　　ふみ

其方<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>三五郎儀<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず重四郎と申合せ金兵衞の子分<ruby><rb>等</rb><rt>ら</rt></ruby>三人を元栗橋燒場前に於て<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>し右死骸を<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十に頼み<ruby><rb>燒棄</rb><rt>やきすて</rt></ruby>させ候段不屆に付<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候はゞ<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>にも<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付らる<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>の<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>鈴ヶ森に於て<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致されしにより其<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>諮</rb><rt>とは</rt></ruby>ず右は重四郎の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>り重四郎儀は<ruby><rb>町中</rb><rt>まちぢう</rt></ruby><ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付られ候上は有難く存すべし

相摸國高座郡藤澤宿旅人宿渡世

小松屋文右衞門

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>重四郎を同宿大津屋ゆう方へ入夫致させ候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>身元</rb><rt>みもと</rt></ruby>をも<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さず世話致し候段<ruby><rb>不行屆</rb><rt>ふゆきとゞ</rt></ruby>きに付<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>として<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>三貫文申付る

長谷川町家主嘉兵衞店針醫師

盲人　　城富

其方儀<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>養母</rb><rt>やうぼ</rt></ruby>に孝行を盡し其上に先年<ruby><rb>實父</rb><rt>じつふ</rt></ruby>富右衞門御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>に相成候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>自分<ruby><rb>身代</rb><rt>みがは</rt></ruby>りの儀願ひ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>候段是又實父<ruby><rb>母</rb><rt>ぼ</rt></ruby>へ孝心の至りに<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>され候之に依て御<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>として<ruby><rb>白銀</rb><rt>はくぎん</rt></ruby>三枚取せ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はす<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く存ず可し

武藏國埼玉郡幸手宿穀物渡世

杉戸屋富右衞門

其方儀<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付られ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在處</rb><rt>あるところ</rt></ruby>此度右一件<ruby><rb>本人</rb><rt>ほんにん</rt></ruby>相分り御<ruby><rb>死刑</rb><rt>しおき</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付られ候に付<ruby><rb>出牢</rb><rt>しゆつらう</rt></ruby>仰せ付らる有難く存ずべし

右の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り重四郎一件<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>と成しは<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に天道正直の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し給ふ所なり然れども<ruby><rb>其人</rb><rt>そのひと</rt></ruby>其罪無して杉戸屋富右衞門は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる其身の<ruby><rb>業報</rb><rt>ごふはう</rt></ruby>にや<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>を落せしより<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>陷入</rb><rt>おちいり</rt></ruby>一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>入牢仰せ付られけるが<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に<ruby><rb>聖賢</rb><rt>せいけん</rt></ruby>の<ruby><rb>公</rb><rt>きみ</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>まし</rt></ruby>ませば下に<ruby><rb>忠良</rb><rt>ちうりやう</rt></ruby>の臣あつて<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>國家を<ruby><rb>補翼</rb><rt>ほよく</rt></ruby>す故に今<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>をたゞされしかば富右衞門の<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>お<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>其子城富は申に及ばず<ruby><rb>親族</rb><rt>しんぞく</rt></ruby>に至る迄<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>大岡殿の<ruby><rb>仁智</rb><rt>じんち</rt></ruby>を感じ<ruby><rb>喜悦</rb><rt>きえつ</rt></ruby><ruby><rb>斜</rb><rt>なゝめ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>さらに實子城富は見えぬ<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>に<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し先頃大岡殿の申されしに父富右衞門は<ruby><rb>蘇生</rb><rt>そせい</rt></ruby>せまじきものにもあらずとは此事なりと<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこぶ</rt></ruby>こと限り無く<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに<ruby><rb>名</rb><rt>めい</rt></ruby>御奉行大岡樣の御<ruby><rb>仁慈</rb><rt>じんじ</rt></ruby>なりと奉行所の方に向ひ<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み〱<ruby><rb>感涙</rb><rt>かんるゐ</rt></ruby><ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めあへざりしも<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に亦穀屋平兵衞の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>平吉は<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の末杉戸屋富右衞門は全く<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪なること明白に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ其節の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>は畔倉重四郎なる由を聞及びしかば大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き扨々我等が<ruby><rb>不明</rb><rt>ふめい</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に罪無き杉戸屋富右衞門殿を<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>致させ<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>めしこと何とも申譯なき<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>り成りと思ひ平吉は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>杉戸屋富右衞門方へ到つて<ruby><rb>種々</rb><rt>くさ〲</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に是迄の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>なし是は<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かながら<ruby><rb>出牢</rb><rt>しゆつらう</rt></ruby>の<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より紙に包み<ruby><rb>目録</rb><rt>もくろく</rt></ruby>として金子百兩を差出しければ富右衞門<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を見て<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に以て御<ruby><rb>芳志</rb><rt>はうし</rt></ruby>の段有難き仕合なり然れども此度の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>かく<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆく</rt></ruby>も<ruby><rb>宿世</rb><rt>しゆくせ</rt></ruby>の<ruby><rb>業因</rb><rt>ごふいん</rt></ruby>なれば誰を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み彼を恨みんとは存じ申さず<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>入を落せしことが我が<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>りなり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る大金を御<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み下さるべき<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ無しと<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>に及ぶゆゑ平吉は何卒して我々が誤りを<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>なす<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に渡し度と思ひ是非々々是は御<ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>成さるべし又此上何成共<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の儀も候はゞ御<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>下されよ私し力に<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ儀なれば如何樣にも御<ruby><rb>助勢</rb><rt>じよせい</rt></ruby>申たしと言つゝ<ruby><rb>無理遣</rb><rt>むりやり</rt></ruby>に差置て早々歸宅致しければ富右衞門は此金を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て又々穀平方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り御<ruby><rb>芳志</rb><rt>はうし</rt></ruby>の段<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら斯る大金を申<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>べき<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に無しとて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りけるを平吉夫にては手前の心に<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ず平に御受納下されよとて受取ざれば<ruby><rb>是非無</rb><rt>ぜひな</rt></ruby>く富右衞門も右の百兩を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受夫より我が<ruby><rb>旦那寺</rb><rt>だんなでら</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りて是を<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め惡人ながらも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なりとて畔倉重四郎を始め彼三五郎鴻の巣なる鎌倉屋金兵衞其<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>野州</rb><rt>やしう</rt></ruby>浪人八田掃部三加尻茂助練馬藤兵衞などの<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とぶら</rt></ruby>ひ又元栗橋の<ruby><rb>隱亡</rb><rt>をんばう</rt></ruby>彌十などの<ruby><rb>安穩</rb><rt>あんをん</rt></ruby>に歸島致す樣<ruby><rb>祈祷</rb><rt>きたう</rt></ruby>を頼み其<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>の<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>の爲とて<ruby><rb>旦那寺</rb><rt>だんなでら</rt></ruby>に於て<ruby><rb>大施餓鬼</rb><rt>おほせがき</rt></ruby>を取行ひ杉戸屋富右衞門世話人<ruby><rb>頭</rb><rt>がしら</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>て<ruby><rb>修行</rb><rt>しゆぎやう</rt></ruby>致しけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>富右衞門は<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>なし<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>は<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>より<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>なる者を呼入て杉戸屋の家名を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せ其身は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>念佛</rb><rt>ねんぶつ</rt></ruby>の門に入て<ruby><rb>名號</rb><rt>みやうがう</rt></ruby>を<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>ふる<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>他事</rb><rt>たじ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りしとぞ依て<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>佛果</rb><rt>ぶつくわ</rt></ruby>を得富右衞門は<ruby><rb>長命</rb><rt>ちやうめい</rt></ruby>にて<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に年齡八十一歳に至り<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るが如く<ruby><rb>大往生</rb><rt>だいわうじやう</rt></ruby>を遂げしとぞ

畔倉重四郎一件終

  


## 小間物屋彦兵衞一件

  


<ruby><rb>小間物屋彦兵衞</rb><rt>こまものやひこべゑ</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

いつはりなき<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>なりせばいかばかり人の<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>うれしからまじとは<ruby><rb>朗詠集</rb><rt>らうえいしふ</rt></ruby><ruby><rb>文詞</rb><rt>ぶんし</rt></ruby>の<ruby><rb>部</rb><rt>ぶ</rt></ruby>にも<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>てよく人情に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ひたる歌なれども<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>人世の欲情は免かれ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>くして<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>る事のなきにもあらず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば元祿の頃<ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby><ruby><rb>天滿橋</rb><rt>てんまばし</rt></ruby>の邊に與市と云者あり未だ若年にして<ruby><rb>陽</rb><rt>おもて</rt></ruby>には<ruby><rb>侠客風俗</rb><rt>をとこだてふう</rt></ruby>を好むと雖も<ruby><rb>其質</rb><rt>そのさが</rt></ruby><ruby><rb>狡猾</rb><rt>わるかしこ</rt></ruby>く<ruby><rb>毎々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>新町を始め惡所場を<ruby><rb>騷</rb><rt>さわが</rt></ruby>し諸處に於て<ruby><rb>強請</rb><rt>ねだり</rt></ruby><ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りなどせしが或時<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>にて人を<ruby><rb>過</rb><rt>あや</rt></ruby>め遂に召捕れし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>して居たれども相手方<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>に<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なく御慈悲を願ひける<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>にも成べきを三ヶの<ruby><rb>津構</rb><rt>つかまひ</rt></ruby>にて事落着に及びたり<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>船乘</rb><rt>ふなのり</rt></ruby>の事なれば夫より<ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>船頭となりしが<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>博奕</rb><rt>かけごと</rt></ruby>を好み身持惡きゆゑ人に<ruby><rb>嫌</rb><rt>きらは</rt></ruby>れつゝ三十歳ばかりに成し<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>船中にて<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>人の<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>を奪ひ取しより面白く思ひ追々<ruby><rb>效</rb><rt>かう</rt></ruby>を<ruby><rb>積</rb><rt>つむ</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ同類を集め四國西國邊迄も<ruby><rb>海賊</rb><rt>かいぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ十餘年を<ruby><rb>消光</rb><rt>おくり</rt></ruby>けるが<ruby><rb>其働</rb><rt>そのはたら</rt></ruby>き飛鳥の如く船より船へ<ruby><rb>飛移</rb><rt>とびうつ</rt></ruby>り目にも見えざる<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>八<ruby><rb>艘飛</rb><rt>そうとび</rt></ruby>の與市と<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>を取しなり或時<ruby><rb>腕首</rb><rt>うでくび</rt></ruby>に<ruby><rb>大疵</rb><rt>おほきず</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>其後働く事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず彼是する中四十歳餘りにもなりしかば元祿の頃大坂を<ruby><rb>追拂</rb><rt>おひはら</rt></ruby>はれてより十五六年も過たる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>最早氣遣ひも有まじと思ひ<ruby><rb>勘兵衞</rb><rt>かんべゑ</rt></ruby>と名を<ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>東堀</rb><rt>ひがしぼり</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>をなし表向は船乘内證は博奕を渡世として子分も<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>しにより妻を向へしに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>連子</rb><rt>つれこ</rt></ruby>の太七と云ふを實子の如くに<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>を加へ月日を送り居たりけり其頃大坂堂島に<ruby><rb>彦兵衞</rb><rt>ひこべゑ</rt></ruby>と云者<ruby><rb>小間物</rb><rt>こまもの</rt></ruby>を渡世となし夫婦さし向ひにて<ruby><rb>金持</rb><rt>かねもち</rt></ruby>と云にはあらねども不自由もなく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけるが<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の勘兵衞の<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>彌七と云者を人の世話にて<ruby><rb>先頃</rb><rt>さきごろ</rt></ruby>若い者に<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>荷擔</rb><rt>にかつぎ</rt></ruby>にも連れ使ひにも出せしに至極實體に<ruby><rb>勤</rb><rt>つとむ</rt></ruby>る故或時新町の出入先より<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>への金銀物を<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せ使ひに<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>しに<ruby><rb>夫切</rb><rt>それきり</rt></ruby>一向歸り來らず依て心配なし使ひ先を聞合すれども此方へは來らずとの事故<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにげ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし出入場へ申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ずとて早速宿に掛合しに勘兵衞大きに驚き扨々<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>四五日御待下さらば<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね出し御返し申さんと申に我等が品にあらず<ruby><rb>出入先</rb><rt>でいりさき</rt></ruby>の<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ物故<ruby><rb>一入</rb><rt>ひとしほ</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>致すに付早速に御頼み申と<ruby><rb>云置</rb><rt>いひおき</rt></ruby>彦兵衞は新町へも右の段を申入れ八方を尋ぬるに彌七の<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に知れず<ruby><rb>神鬮判斷</rb><rt>みくじはんだん</rt></ruby>などゝ心配する中新町よりは<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>なすに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>又々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>東堀</rb><rt>ひがしぼり</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>勘兵衞へ<ruby><rb>懸合處</rb><rt>かけあふところ</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>手掛</rb><rt>てがか</rt></ruby>りも無き由を申せしかば彦兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>當人が出ぬ時は新町へ<ruby><rb>立替</rb><rt>たてかへ</rt></ruby>ねばならず依ては氣の毒ながら<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby><ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>の<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと申を勘兵衞聞入ず<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>急には金子の<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>出來兼る<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>旦那の方にて御才覺下さるべし彌七<ruby><rb>引負</rb><rt>ひきおひ</rt></ruby>は追々御勘定申さんと云を彦兵衞<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は又餘り<ruby><rb>勝手過</rb><rt>かつてすぎ</rt></ruby>る<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しなり<ruby><rb>其爲</rb><rt>そのため</rt></ruby>貴樣請人に非ずや殊に此節我等も金子<ruby><rb>不手廻</rb><rt>ふてまは</rt></ruby>りにて<ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>の<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby><ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほり不自由なせば一兩日の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に勘定致さるべし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>もなき時は向うより出入にされては<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>致すにより貴樣を相手に御願ひ申さぬ時は<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>へ相濟ず<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>を能々<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>し給へと段々事を<ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby>て<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきけ</rt></ruby>けれども勘兵衞は承知せず三十兩と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>はとても<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>難き<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>公邊沙汰</rb><rt>こうへんざた</rt></ruby>に成さるゝ共<ruby><rb>御日延</rb><rt>おひのべ</rt></ruby>を願ふより外に<ruby><rb>分別</rb><rt>ふんべつ</rt></ruby>なし<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>への<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>に<ruby><rb>公邊沙汰</rb><rt>こうへんざた</rt></ruby>になさるべし如何にも<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>申さんとの挨拶なれば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく勘兵衞を家主へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>の方へも此段を申して日を<ruby><rb>延</rb><rt>のば</rt></ruby>し<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に西の御番所稻葉淡路守殿へ<ruby><rb>願書</rb><rt>ねがひしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>したり

## 第二回

<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て享保三年五月十八日<ruby><rb>双方共</rb><rt>さうはうとも</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され淡路守殿彦兵衞に向はれ其方儀彌七は<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby><ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝへ</rt></ruby>たるやと尋ねらるゝに彦兵衞<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby><ruby><rb>師走</rb><rt>しはす</rt></ruby>に召抱候と申を<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>致せ未だ氣心も知れぬ者に<ruby><rb>金高</rb><rt>きんだか</rt></ruby>の品を取扱ひさせる事は<ruby><rb>些少</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>無念</rb><rt>ぶねん</rt></ruby>なるべし此以後は<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>注</rb><rt>つけ</rt></ruby>よと申渡されコリヤ勘兵衞其品は彦兵衞<ruby><rb>出入場</rb><rt>でいりば</rt></ruby>より<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へなれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>辨償</rb><rt>わきまへ</rt></ruby>ねばならず奉公人彌七<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>知れる迄は右の<ruby><rb>品々</rb><rt>しな〲</rt></ruby>彦兵衞に聞合せ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>辨償</rb><rt>わきまへ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せと申さるゝに勘兵衞私し儀も<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづね</rt></ruby>しか<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れず右品々とても高金なれば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>出來難し依ては彌七行方相知るゝ迄彦兵衞<ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby>仕つる樣<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ下さるべしと申立るを稻葉殿<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby><ruby><rb>證文</rb><rt>しようもん</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>とある上は<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しとて其品なき時は<ruby><rb>辨償</rb><rt>わきまへ</rt></ruby>ずばなるまじ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に彦兵衞が所持の<ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>に非ず出入場より預りし品なれば少しも<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>し三日の中に右の品<ruby><rb>辨償</rb><rt>わきまへ</rt></ruby>よ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>調達出來ぬとあれば申付方が有るぞと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>申渡され右彦兵衞<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り勘兵衞へ申渡せし上は右の品<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとれ</rt></ruby>と云はれ兩人并に町役人共下られける斯樣に嚴敷申渡されしは<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>と云ふに勘兵衞は<ruby><rb>大兵</rb><rt>だいひやう</rt></ruby>にして色黒く<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>大きく<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>より口へ掛て<ruby><rb>大疵</rb><rt>おほきず</rt></ruby>の<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>一ヶ所又<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れより目尻に<ruby><rb>疵痕</rb><rt>きずあと</rt></ruby>二ヶ所有り至つて<ruby><rb>惡相</rb><rt>あくさう</rt></ruby>なれば奉公人の<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby><ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと思はれ斯は申されしなり夫より勘兵衞は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>彦兵衞方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>三日の中に三十兩の品は出來申さず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>右の品<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>にて御求め下され借用の一札を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>利足</rb><rt>りそく</rt></ruby>は<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>にても出し申さんと云へば彦兵衞も氣の毒に思ひ我等も問屋の方<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>り<ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>なれども<ruby><rb>此譯</rb><rt>このわけ</rt></ruby>を話しなば<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>も致す可きかなれども其品は今十五兩と廿兩見せねば出來難きゆゑ貴殿十五兩<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>し給へ夫にて<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ主の方は<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>べしと云ふに勘兵衞<ruby><rb>此節</rb><rt>このせつ</rt></ruby>は三兩とても出來難しとて<ruby><rb>請付</rb><rt>うけつけ</rt></ruby>ねば彦兵衞も餘りの事に思ひ夫にては是非に及ばず御公儀次第と挨拶にぞ及びける茲に勘兵衞の妻お貞は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>男勝</rb><rt>をとこまさ</rt></ruby>りの女なりしが先の<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>に別れしより勘兵衞に六年程<ruby><rb>連添</rb><rt>つれそひ</rt></ruby>居て此度の一件を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>家内中の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>質入</rb><rt>しちいれ</rt></ruby>し又は諸處ヘ無心もなし其上に<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>の<ruby><rb>堂敷</rb><rt>だうしき</rt></ruby>を取らば十兩は出來申さん夫を彦兵衞へ渡して頼み給へ御番所へ<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>も<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>が知れなば爲に成るまじと云へども<ruby><rb>運命</rb><rt>うんめい</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>たる勘兵衞故其事は少しも氣遣ひなし<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して〱身代が大切大金を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>してなるものかと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に早三日立て呼出の日と成り<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>しに勘兵衞其方は何故金子調達致さぬぞ今日中に彦兵衞へ渡せと有りし時<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>く<ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>仕つれども急に<ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ候はず何卒<ruby><rb>日延</rb><rt>ひのべ</rt></ruby>の儀を願ひ奉つると云ふを稻葉殿以ての外<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られ其方<ruby><rb>船持</rb><rt>ふねもち</rt></ruby>と彦兵衞が口上に有り船を賣りても差出すべきに不屆なりと申さるれば勘兵衞私し病氣に付き<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじいう</rt></ruby>にて<ruby><rb>船乘</rb><rt>ふなのり</rt></ruby>も出來難く其故<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>仕つり候間<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>出來兼ね恐入候と申を汝出來ぬと言て彦兵衞は<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>して其品を持主へ<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>すべきや<ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なつ</rt></ruby>ても出さぬ<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>かと申さるゝに勘兵衞恐れ入り<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を願ひ奉つると<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して居るゆゑ淡路守殿如何に彦兵衞其方へ申<ruby><rb>込</rb><rt>こん</rt></ruby>だる事でも有るかと尋ねられしかば彦兵衞<ruby><rb>這出</rb><rt>はいいで</rt></ruby>勘兵衞儀<ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>金子出來兼當分の内問屋より右の品<ruby><rb>借受</rb><rt>かりうけ</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>致さんと申し候に付私し儀問屋に<ruby><rb>借金</rb><rt>しやくきん</rt></ruby>も是あり<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て當金の十五兩も<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さねば出來難き<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り候と申立るを聞かれ夫は<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なる申<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby>夫さへ<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>せぬは<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ奴なり<ruby><rb>手錠</rb><rt>てぢやう</rt></ruby>申付明日より三日の内に三十兩調達致せと<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby>嚴敷申渡されけり是<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に淡路守殿勘兵衞を<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>思はれし故なりとぞ<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby><ruby><rb>海賊</rb><rt>かいぞく</rt></ruby>二人召捕れ<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しに是等は八<ruby><rb>艘飛</rb><rt>さうとび</rt></ruby>の<ruby><rb>與市</rb><rt>よいち</rt></ruby>と云ふ者の子分にて海賊となりし由申ける故其與市は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>致すやと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されしに海賊共七八年以前<ruby><rb>泉州</rb><rt>せんしう</rt></ruby><ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>又は<ruby><rb>安藝</rb><rt>あき</rt></ruby>の<ruby><rb>宮島</rb><rt>みやじま</rt></ruby><ruby><rb>阿州</rb><rt>あしう</rt></ruby><ruby><rb>尼子</rb><rt>あまこ</rt></ruby>の<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>に<ruby><rb>相住</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>海中にて西國大名の荷物船へ<ruby><rb>飛乘</rb><rt>とびのり</rt></ruby>賊を<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き候が向うに<ruby><rb>手利</rb><rt>てきゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>あり疵を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>夫より働き不自由に相成候とて海賊を<ruby><rb>廢</rb><rt>やめ</rt></ruby>し故今は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>仕つるや<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>申さずと<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>により其與市の疵は如何樣の大疵にて働き不自由になりたるぞと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>るれば海賊共<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>より口へかけ一ヶ所<ruby><rb>小鬢先</rb><rt>こびんさき</rt></ruby>より<ruby><rb>目尻迄</rb><rt>めじりまで</rt></ruby>二ヶ所左の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>より<ruby><rb>臂</rb><rt>ひぢ</rt></ruby>を切られ右の小指一本之なく候と云を聞かれ與市は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>の生れ又年は<ruby><rb>何歳位</rb><rt>いくつぐらゐ</rt></ruby>の男なるや彼の者共<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へて歳は四十六<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>大坂生れと承まはり候と申故夫にて<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>勘兵衞を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>れと同心を<ruby><rb>東堀</rb><rt>ひがしぼり</rt></ruby>へ<ruby><rb>向</rb><rt>むけ</rt></ruby>られける勘兵衞は<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事の<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>とは知らず明日御番所へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ金は出來ぬと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ば入牢となるに疑ひなしと思ひ彦兵衞方へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>十兩渡す<ruby><rb>對談</rb><rt>たいだん</rt></ruby>に致せし所<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby><ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこん</rt></ruby>で勘兵衞を<ruby><rb>本繩</rb><rt>ほんなは</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>奉行所へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆか</rt></ruby>るゝゆゑ當人は云ふに及ばず家内の者大いに驚き此度の一件に付て召捕るゝ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なしと<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しみ居たるに勘兵衞は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て白洲へ<ruby><rb>引出</rb><rt>ひきいだ</rt></ruby>され彼の海賊共と<ruby><rb>押竝</rb><rt>おしなら</rt></ruby>べての<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せて驚きし樣子を稻葉殿には見て<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れ如何に海賊共與市は手に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>たり此者に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじと云はれし時<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ與市に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなき由申ければ淡路守殿如何に勘兵衞其方儀<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby><ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>も<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>により<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>に及びし處海賊の與市に違ひなし<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に舊惡を申立よとありしに勘兵衞是は南無三と思ひしが<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>せるだけ隱さんと私し事與市と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひたる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え之なし<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby>勘兵衞と申候と<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるを稻葉殿イヤ<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すとも茲に居る海賊共は汝が<ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby><ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby>なりと申し汝先年船中にて<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きし時手疵を<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>右の<ruby><rb>小指</rb><rt>こゆび</rt></ruby>なきは<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據なり與市白状致せと申さるゝに勘兵衞は<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>き如何樣に御尋ねあるとも私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>與市と申たる儀御座なく候と白状なさねば<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>海賊共に<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに與市に相違之なくと申にぞ淡路守殿勘兵衞に<ruby><rb>對</rb><rt>むかは</rt></ruby>れ其方<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>の疵は<ruby><rb>何人</rb><rt>なにびと</rt></ruby>に<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れたるや有體に申せと<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>み付らるゝに勘兵衞も命の<ruby><rb>際</rb><rt>きは</rt></ruby>なれば何分白状なさず因て先入牢申付られ<ruby><rb>劇敷</rb><rt>はげしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に及びしかば終に<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby><ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く白状しける故右海賊共と一處に<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまはし</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に行はれたり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば勘兵衞の妻は<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>て<ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ひしとかや

## 第三回

因て勘兵衞の妻お貞は<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>考ふるに彼の彌七が<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにげ</rt></ruby>の事より出入となりて<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>勘兵衞殿御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>となられしなり彌七が事さへなければ<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>もなすまじきものを如何にも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き<ruby><rb>事哉</rb><rt>ことかな</rt></ruby>此上は彌七を見當り<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby><ruby><rb>討取</rb><rt>うちと</rt></ruby>つて夫に<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>んと思ひ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>太七を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>勘兵衞殿は其方の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の親には有ねども六ヶ年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>になりたれば親に違ひなし彌七を見付次第<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとつ</rt></ruby>て佛へ<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>ずば人と云はぬぞと申渡すに太七は此時十八歳に<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ども餘り<ruby><rb>義心</rb><rt>ぎしん</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すくな</rt></ruby>き<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れなれば一向其心なし然れども母の<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>き難く<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>承知せしと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>て夫より<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に心を付て諸方を尋ね<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>新町へも<ruby><rb>入込</rb><rt>いりこみ</rt></ruby>居たりしに彌七は勘兵衞が<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>となりたる事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>るゝ者なしと四五日以前に大坂へ<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り久々にて一<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>遊</rb><rt>あそば</rt></ruby>んと其年七月十五日の夜新町の茶屋へ<ruby><rb>這入所</rb><rt>はひりしところ</rt></ruby>を太七は見付早々立歸つて母に斯と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すに母は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び勘兵衞が<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を太七に<ruby><rb>指</rb><rt>さゝ</rt></ruby>せ其身は<ruby><rb>出刄庖丁</rb><rt>でばばうちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し夜半頃新町橋に<ruby><rb>到</rb><rt>いたり</rt></ruby>て<ruby><rb>待受</rb><rt>まちうけ</rt></ruby>たり彌七は斯る事とは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず其夜は大いにざんざめき<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>夜明方</rb><rt>よあけがた</rt></ruby>に新町の茶屋を立出橋へ掛る處を母親お貞は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と見るより<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>よ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>押</rb><rt>おさへ</rt></ruby>よと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に太七は<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ居て役に立ざれば母親は<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と進みより<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>に太七が<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>したる脇差を<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby>彌七の<ruby><rb>眉間</rb><rt>みけん</rt></ruby>より眼へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て切付たれば彌七はヤレ人殺し〱とて<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとするを<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>かけて右の腕を<ruby><rb>切落</rb><rt>きりおと</rt></ruby>すに<ruby><rb>慟</rb><rt>どう</rt></ruby>と<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>るゝ處を太七は<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へながら取て押へる中町内より人々立出樣子を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>母子諸共</rb><rt>おやこもろとも</rt></ruby>先番屋へ<ruby><rb>引上</rb><rt>ひきあげ</rt></ruby>勘兵衞が後家の家主を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の上屆に及びしかば<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby><ruby><rb>出張</rb><rt>しゆつちやう</rt></ruby>にて勘兵衞<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に太七が<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取直に稻葉淡路守殿吟味に及ばれし處後家は<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>勘兵衞舊惡の事は私し共一向<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>申さず六年以前夫婦と<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>し以來<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>も之なく人の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>も致し<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>を第一と<ruby><rb>心掛</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>私くし共に目を掛<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候間惡人とは<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も心得ず又彌七儀は私しには少し<ruby><rb>身寄</rb><rt>みより</rt></ruby>の者故勘兵衞儀奉公の<ruby><rb>受人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>と相成候處<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>取迯</rb><rt>とりにげ</rt></ruby>より<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>りて終に御仕置に相成候得ば<ruby><rb>御公儀樣</rb><rt>ごこうぎさま</rt></ruby>には<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>の御仕置にも有べきが私しどもの身には彌七は<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>討取</rb><rt>うちと</rt></ruby>り候に違ひなく如何樣の御仕置に<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ候とも<ruby><rb>御恨</rb><rt>おうらみ</rt></ruby>とは存じ奉つらずと思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こ</rt></ruby>んで申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ淡路守殿大いに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられ彌七事金高の品を<ruby><rb>持迯</rb><rt>もちにげ</rt></ruby>致し主人彦兵衞に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>夫が爲勘兵衞事番所へ出たる故<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>して御仕置と相成事<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>彌七より事<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>りたれば同人儀は<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>次第仕置にも行ふ者なる故其方共へ<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め申付るに及ばず<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>女には<ruby><rb>珍敷者</rb><rt>めづらしきもの</rt></ruby>なりと大いに<ruby><rb>賞美</rb><rt>しやうび</rt></ruby>致されける是より後お貞は<ruby><rb>女伊達</rb><rt>をんなだて</rt></ruby>となり大の男の中へ<ruby><rb>立交</rb><rt>たちまじ</rt></ruby>りて口を<ruby><rb>利</rb><rt>きく</rt></ruby>に物事能分別し太七を<ruby><rb>船乘</rb><rt>ふなのり</rt></ruby>にして船を<ruby><rb>補理</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ名を勘兵衞と<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めさせ<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby><ruby><rb>名高</rb><rt>なだか</rt></ruby>き女にありしとかや

## 第四回

偖又<ruby><rb>堂島</rb><rt>だうじま</rt></ruby>の小間物屋彦兵衞は彌七の<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>勘兵衞事御仕置に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しかば大いに驚きしが是非なく三十兩の品を<ruby><rb>辨償</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ出入先は<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せしかども此一件より勘兵衞の<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れし事<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ居たるに彌七も又殺されしと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>何となく世間も<ruby><rb>狹</rb><rt>せま</rt></ruby>き心になり<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>借金</rb><rt>しやくきん</rt></ruby>も多く<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>からねば一先江戸へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り何をして<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>とも金の<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>に取付かんと<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなし女房にも<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>ば其方共の<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひに來るべしと<ruby><rb>云含</rb><rt>いひふく</rt></ruby>め留守の入用にと金二十兩を渡し十二歳と九歳の男子を女房に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby>又江戸表より一年に五六兩づつは送る<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>にて其身は三十兩<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>し享保三年の<ruby><rb>冬</rb><rt>ふゆ</rt></ruby><ruby><rb>東</rb><rt>あづま</rt></ruby>の<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>へ下りたり彦兵衞が女房は至つて<ruby><rb>縫物</rb><rt>ぬひもの</rt></ruby>に<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>を得たる故諸處より頼まれ<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に<ruby><rb>縫錢</rb><rt>ぬひせん</rt></ruby>をも<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>其上彦兵衞より<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>し金もあれば不自由なく<ruby><rb>消光</rb><rt>くらす</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>開運</rb><rt>かいうん</rt></ruby>をぞ祈りける偖彦兵衞は江戸の<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りて橋本町一丁目の<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby><ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えたる小間物を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ未だ東西も知らぬ土地なれども<ruby><rb>櫛笄簪</rb><rt>くしかうがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>荷</rb><rt>に</rt></ruby>を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>に名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby>大都會なれば日本一の<ruby><rb>貧</rb><rt>まづし</rt></ruby>き人もあれば<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>びなき<ruby><rb>金滿家</rb><rt>かねもち</rt></ruby>もありて大名も<ruby><rb>棒手振</rb><rt>ぼうてぶり</rt></ruby>も<ruby><rb>押並</rb><rt>おしなら</rt></ruby>んで<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>を<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はぬ<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>の地故出入場はなけれども少しづつの<ruby><rb>錢儲</rb><rt>ぜにまうけ</rt></ruby>は<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>により己一人身と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby>大坂生れの事なれば<ruby><rb>儉約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>して<ruby><rb>消光</rb><rt>くらす</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>段々得意場も出來<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め廿兩ばかりの<ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>も四年目には五六十兩の<ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>を仕込大坂へ年に十五六兩も送りて<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>に十廿の金も有る故<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>面白く<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎしが<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>は代呂物も百兩程<ruby><rb>仕込</rb><rt>しこみ</rt></ruby>金も百兩位はある樣に成しかば大坂へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>らんと思ひしに昨日今日と<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>す<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>五年の月日を<ruby><rb>送</rb><rt>おくり</rt></ruby>ける或日兩國邊より<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>る<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>夕立</rb><rt>ゆふだち</rt></ruby><ruby><rb>降來</rb><rt>ふりきた</rt></ruby>り<ruby><rb>雷</rb><rt>はたゝがみ</rt></ruby><ruby><rb>夥多敷</rb><rt>おびたゞしく</rt></ruby><ruby><rb>鳴渡</rb><rt>なりわた</rt></ruby>れども<ruby><rb>雨具</rb><rt>あまぐ</rt></ruby>なければ馬喰町の馬場の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>に<ruby><rb>出格子</rb><rt>でがうし</rt></ruby>の有る家を幸ひに<ruby><rb>軒下</rb><rt>のきした</rt></ruby>に<ruby><rb>立停</rb><rt>たちどま</rt></ruby>り我が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>も早二三町なれども歸ること<ruby><rb>叶</rb><rt>かなは</rt></ruby>ず<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>て居るを格子の中より六十餘の<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>老女</rb><rt>らうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby><ruby><rb>庇</rb><rt>ひさし</rt></ruby>の下に居るとも<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れ給ふべし此方へ<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>て雨を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>がれよと<ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に申せしかば彦兵衞大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば仰せに<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>雨舍</rb><rt>あまやど</rt></ruby>りを願はんと家へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>下婢</rb><rt>をなご</rt></ruby>は<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby><ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>などを持出て<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なし<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>雷</rb><rt>らい</rt></ruby>の<ruby><rb>鳴</rb><rt>なる</rt></ruby>に女ばかりにて<ruby><rb>淋</rb><rt>さみし</rt></ruby>き<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>るまで<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>給へと<ruby><rb>取卷</rb><rt>とりまき</rt></ruby>しかば彦兵衞は元來<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>上方</rb><rt>かみがた</rt></ruby>の名所又は女郎屋の<ruby><rb>體等</rb><rt>さまとう</rt></ruby><ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>く<ruby><rb>咄</rb><rt>はなす</rt></ruby>により老女も<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>に入り<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>には何方に<ruby><rb>住宅</rb><rt>すまひ</rt></ruby>致され候やと尋ねけるに私しは御近處橋本町<ruby><rb>願人</rb><rt>ぐわんにん</rt></ruby><ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>の<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>て小間物<ruby><rb>商賣</rb><rt>あきなひ</rt></ruby>致し候と云ふを聞て幸ひ<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>の松葉の<ruby><rb>小</rb><rt>ちひさ</rt></ruby>き<ruby><rb>耳掻</rb><rt>みゝかき</rt></ruby>が<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>しと有る故<ruby><rb>直段</rb><rt>ねだん</rt></ruby>も安く<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>する中に雨も<ruby><rb>止</rb><rt>やみ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りけり

## 第五回

偖小間物屋彦兵衞は<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby><ruby><rb>手土産</rb><rt>てみやげ</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>馬喰町馬場の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>なる彼の女<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>雨舍</rb><rt>あまやど</rt></ruby>りの禮を<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひて<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>商賣</rb><rt>あきなひ</rt></ruby>に出しが是より心安くなり<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>の内など<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>近處</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>へ出入場の世話をして貰ひけるが或時<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御本宅は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に候やと<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば老女私は馬喰町二丁目米屋市郎左衞門と云ふ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>の<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>なれども<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>が居る所は家内も<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に客の有る時は百人も<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこむ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼせあが</rt></ruby>りて血の道も<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>す程の<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば私ばかり<ruby><rb>物靜</rb><rt>ものしづか</rt></ruby>に<ruby><rb>消光度</rb><rt>くらしたく</rt></ruby>と別宅致せしなりとの<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>御本宅へも御出入を<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ下さるべしと申故米屋へも出入となり<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に出物などにて金子に<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>る節其は二三十兩又は五十兩と<ruby><rb>時借</rb><rt>ときがり</rt></ruby>も致し尤も<ruby><rb>其都度々々</rb><rt>そのつど〱</rt></ruby><ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>なす故隱居も彦兵衞が<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>き事を知て何時にても<ruby><rb>用達</rb><rt>ようだて</rt></ruby>て呉るのみならず諸處ヘ<ruby><rb>引付</rb><rt>ひきつけ</rt></ruby>出入場も多く出來るに付<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>立入</rb><rt>たちいり</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>の用事とあれば<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>を<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みても致し居たり或時<ruby><rb>雨天</rb><rt>うてん</rt></ruby>にて彦兵衞は<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひを<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み隱居の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ遊びに參りしに<ruby><rb>難波戰記</rb><rt>なんばせんき</rt></ruby>の<ruby><rb>本</rb><rt>ほん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>を彦兵衞元來<ruby><rb>本好故</rb><rt>ほんずきゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>見れば<ruby><rb>鴫野今福</rb><rt>しぎのいまふく</rt></ruby>の合戰なり是は<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>のことに付土地の<ruby><rb>方角</rb><rt>はうがく</rt></ruby>も<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しければ面白く<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え口の内にて<ruby><rb>讀居</rb><rt>よみゐ</rt></ruby>たるを見て隱居少し<ruby><rb>讀</rb><rt>よん</rt></ruby>で<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せられよと申しければ心得たりと聲を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>讀</rb><rt>よむ</rt></ruby>に<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>支</rb><rt>つか</rt></ruby>へると云ふ事なく佐竹家の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>大將<ruby><rb>澁江内膳</rb><rt>しぶえないぜん</rt></ruby><ruby><rb>梅津</rb><rt>うめづ</rt></ruby>半右衞門<ruby><rb>外村</rb><rt>とのむら</rt></ruby>十太夫等先陣に進み一の<ruby><rb>柵</rb><rt>さく</rt></ruby>二の柵を<ruby><rb>打破</rb><rt>うちやぶ</rt></ruby>り井上五郎左衞門<ruby><rb>飯田左馬助等</rb><rt>いひださまのすけとう</rt></ruby>を<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとり</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>三の柵片原町なる<ruby><rb>大學</rb><rt>だいがく</rt></ruby>が<ruby><rb>持場迄</rb><rt>もちばまで</rt></ruby><ruby><rb>此勢</rb><rt>このいきほ</rt></ruby>ひに<ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れんとする處へ本城より<ruby><rb>加勢</rb><rt>かせい</rt></ruby>として<ruby><rb>木村長門守重成</rb><rt>きむらながとのかみしげなり</rt></ruby><ruby><rb>後藤</rb><rt>ごとう</rt></ruby>又兵衞<ruby><rb>基次</rb><rt>もとつぐ</rt></ruby>秀頼公の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に隨ひ<ruby><rb>繰出</rb><rt>くりいだ</rt></ruby>したりと<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>て彦兵衞<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひながら是よりは佐竹樣<ruby><rb>大負</rb><rt>おほまけ</rt></ruby>と成て<ruby><rb>御家老衆</rb><rt>ごからうしう</rt></ruby><ruby><rb>討死</rb><rt>うちじに</rt></ruby>致され佐竹左中將<ruby><rb>義宣公</rb><rt>よしのぶこう</rt></ruby>も危い處へ佐竹六郎殿<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>て討死致されたればこそ佐竹樣危き命を<ruby><rb>助</rb><rt>たすか</rt></ruby>り給ひしと<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ隱居は今迄面白く<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たりしが彦兵衞が<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>を耳にも<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>ず勝手へ<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>て何やらん外の用事をして居るゆゑ彦兵衞も<ruby><rb>本</rb><rt>ほん</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby><ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のん</rt></ruby>で色々咄を仕掛るに隱居は<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>不機嫌</rb><rt>ふきげん</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>手持不沙汰</rb><rt>てもちぶさた</rt></ruby>に其日は<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りしが彦兵衞は<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なき男なれば偖佐竹樣の<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>た所を<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>た所を<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>がるは何か<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れ有るべしと思ひ<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>は馬喰町の米屋へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>小間物を<ruby><rb>取廣</rb><rt>とりひろ</rt></ruby>げ少しの<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひを<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ながら市郎左衞門の女房に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ御隱居樣には御年は<ruby><rb>寄給</rb><rt>よりたま</rt></ruby>へど<ruby><rb>御人柄</rb><rt>おひとがら</rt></ruby><ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ常の御方とは見え申さず如何なる<ruby><rb>御由緒</rb><rt>ごゆゐしよ</rt></ruby>に候やと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねしに女房笑ひながら<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>に居給へば御不自由はなけれど佐竹樣の<ruby><rb>御年寄</rb><rt>おとしより</rt></ruby>を廿年<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>られ只今以て三人<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>づつ參る故<ruby><rb>徐</rb><rt>しづか</rt></ruby>に<ruby><rb>消光</rb><rt>くらす</rt></ruby>のが望みなりとて馬喰町馬場に隱居して居給ふと<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるを聞て彦兵衞大いに<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>なし<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>こそ佐竹家の<ruby><rb>敗軍</rb><rt>はいぐん</rt></ruby>心に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>はず仕方こそ有るべしと夫より本屋を尋ね<ruby><rb>天安記</rb><rt>てんあんき</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>る書物を<ruby><rb>借出</rb><rt>かりいだ</rt></ruby>し隱居の方へ行て咄をするに一向機嫌の<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>らぬ樣子なれば彦兵衞も<ruby><rb>金庫</rb><rt>かねぐら</rt></ruby>をなくしてはならずと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に機嫌を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>い本を<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>に入申さんと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>て持參致したり少し<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>申べし御聞なされよと佐竹殿小田山より<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>天安</rb><rt>てんあん</rt></ruby>が<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>りたる小田の城を一時に<ruby><rb>攻落</rb><rt>せめおと</rt></ruby>したる佐竹家の<ruby><rb>武功</rb><rt>ぶこう</rt></ruby>を辯に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ讀上ると隱居は大いに機嫌直り<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て小田天安を<ruby><rb>討亡</rb><rt>うちほろぼ</rt></ruby>し給ふと云事は聞たれども本を見たる事なきに<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>珍敷</rb><rt>めづらしき</rt></ruby>事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せられしと打悦び詞の<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らぐを見て大坂<ruby><rb>鴫野</rb><rt>しぎの</rt></ruby>の合戰は上杉樣<ruby><rb>負軍</rb><rt>まけいくさ</rt></ruby>になる處を佐竹樣御歳六十になり給ひながら<ruby><rb>薙刀</rb><rt>なぎなた</rt></ruby>を以て向ふ敵に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>り<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>八九人<ruby><rb>薙伏</rb><rt>なぎふせ</rt></ruby>られしかば諸軍此勢ひに乘て<ruby><rb>追討</rb><rt>おひうち</rt></ruby>したる故木村も後藤も遂に<ruby><rb>叶</rb><rt>かなは</rt></ruby>ず柵の中へ<ruby><rb>迯込</rb><rt>にげこみ</rt></ruby>しが共大坂の者には夫にては面白からぬに付木村が十分に<ruby><rb>勝</rb><rt>かち</rt></ruby>し樣に<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>たると思はれ候と辯を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひて<ruby><rb>云直</rb><rt>いひなほ</rt></ruby>しければ年は取ても女の事故<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>機嫌能</rb><rt>きげんよく</rt></ruby><ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>彦兵衞に馳走なし前々の通り<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に出入をさせたりける或時彦兵衞隱居の方へ來り淺草觀音地内の小間物屋に<ruby><rb>品物</rb><rt>しなもの</rt></ruby>有る故仲間内の<ruby><rb>直踏</rb><rt>ねぶみ</rt></ruby>には十五兩から九十兩まで<ruby><rb>付上</rb><rt>つけあげ</rt></ruby>たれども<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに百兩に買ても二十兩位は利の有る<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>なれば私し百兩と<ruby><rb>入札</rb><rt>にふさつ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby><ruby><rb>落札</rb><rt>おちふだ</rt></ruby>になりたる故十兩<ruby><rb>手附</rb><rt>てつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し處明日九十兩持參致し<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に賣ても十四五兩は<ruby><rb>儲</rb><rt>まうけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>り<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>賣ば三十兩は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>利の有る品何卒九十兩御貸下さるべし直に御入用に候はゞ<ruby><rb>糶拂</rb><rt>せりはら</rt></ruby>ひにして<ruby><rb>指上</rb><rt>さしあげ</rt></ruby>申べし<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>手間取</rb><rt>てまどり</rt></ruby>ても苦しからずば代物を御預け申て段々<ruby><rb>御勘定</rb><rt>ごかんぢやう</rt></ruby>致さんと申に隱居は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>偖々<ruby><rb>困</rb><rt>こまつ</rt></ruby>た<ruby><rb>事哉</rb><rt>ことかな</rt></ruby>先月なれば早速用立申さんに當月は<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>貸難</rb><rt>かしがた</rt></ruby>く氣の毒なりと申を夫は何故なりやと尋るに然れば<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>御門跡樣</rb><rt>ごもんぜきさま</rt></ruby>へ百兩<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たいと思ひ御屋敷より<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>の<ruby><rb>御目録</rb><rt>おもくろく</rt></ruby>又は入ぬ物を<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはらひ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>百兩<ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へし故此<ruby><rb>御講</rb><rt>おかう</rt></ruby>の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>に上る願ひ是を見給へと百兩包を<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだ</rt></ruby>しより取出して見せけるを彦兵衞大いに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ偖々御信心なる事<ruby><rb>尋常</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>の者には<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>出來難き御事なるを<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ心掛給ひしと<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>賞美</rb><rt>しやうび</rt></ruby>なし外々にて才覺致候はんと申ければ隱居は暫く考へ<ruby><rb>脊負葛籠</rb><rt>せおひつゞら</rt></ruby>一ツ取出し中より<ruby><rb>猩々緋</rb><rt>しやう〲ひ</rt></ruby><ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>の<ruby><rb>皮</rb><rt>かは</rt></ruby><ruby><rb>古渡</rb><rt>こわた</rt></ruby>りの<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby><ruby><rb>金襴</rb><rt>きんらん</rt></ruby>八<ruby><rb>反</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>掛茶入</rb><rt>かけちやいれ</rt></ruby>又は<ruby><rb>秋廣</rb><rt>あきひろ</rt></ruby>の短刀五<ruby><rb>本骨</rb><rt>ほんぼね</rt></ruby>の<ruby><rb>扇</rb><rt>あふぎ</rt></ruby>の三<ruby><rb>處拵</rb><rt>ところごしら</rt></ruby>への<ruby><rb>香箱</rb><rt>かうばこ</rt></ruby>に<ruby><rb>名香</rb><rt>めいかう</rt></ruby><ruby><rb>品々</rb><rt>しな〲</rt></ruby>其外金銀の小道具を見せ是を質に入れたれば小百兩は<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>さうなものなりといひければ彦兵衞大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び當分御入用なくば御貸下さるべし用辨次第早速御返し申さんと<ruby><rb>日暮過</rb><rt>ひくれすぎ</rt></ruby>に右の品々を<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>我家へ立歸り家主八右衞門に頼み右の品を<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>に入れ五十兩<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>其身も二十兩程は<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたれば少しの事は如何樣にも<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べし<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>なば小間物を<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>一<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けせんと樂み夜の明るを<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり扨又米屋の見世にては<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>より大勢客が<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>手が<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>らぬ故隱居所の下女を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>て<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>かせしが其の夜は<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>く<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しかば翌朝<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>しけるに<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>辰刻頃</rb><rt>いつゝごろ</rt></ruby>なるに隱居所の<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby><ruby><rb>締</rb><rt>しま</rt></ruby>り居て未だ起ざる樣子なれば大いに<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>み<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>も早く目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し給ふに<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと無理にこぢ<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>て<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>見れば<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は如何に隱居は<ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>にも夜具の中に<ruby><rb>突殺</rb><rt>つきころ</rt></ruby>され<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>て死したればアツとばかりに打驚き<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果てぞ居たりける

## 第六回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし程に下女は<ruby><rb>慌狼狽</rb><rt>あわてふためき</rt></ruby><ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の人々に聞ども<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>る者もなく<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>米屋</rb><rt>こめや</rt></ruby>へも知らせければ市郎左衞門は云に及ばず我も〱と<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby><ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>たる死骸を見て<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として言葉もなかりしが市郎左衞門<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を拂ひ何ぞ<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の物はなきやと<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶ<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>大切にせし<ruby><rb>脊負葛籠</rb><rt>せおひつゞら</rt></ruby>の無は盜まれたりと覺えしと云時夫は昨日夕方に彦兵衞殿參られ<ruby><rb>御隱居樣</rb><rt>ごいんきよさま</rt></ruby>に願ひお金の代りに四五日<ruby><rb>拜借</rb><rt>はいしやく</rt></ruby>して<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れしと下女が<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は又如何の<ruby><rb>譯成</rb><rt>わけなり</rt></ruby>と問ば昨日彦兵衞殿金子の無心を申せし時百兩包を出して見せられ此お<ruby><rb>講中</rb><rt>かうぢう</rt></ruby>に<ruby><rb>門跡樣</rb><rt>もんぜきさま</rt></ruby>へ納る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>貸事</rb><rt>かすこと</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ難し其代りに是を<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>んとてお<ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>を貸給ひしが其お金は如何やと申故<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の引出を明て見るに<ruby><rb>其金</rb><rt>そのかね</rt></ruby>なければ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>に違なし然れ共其金の<ruby><rb>在所</rb><rt>あるところ</rt></ruby>を知る人はなき筈なり夫とも<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を見たらしき者はなきやと聞に下女は<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ夫も彦兵衞殿より外に見た者は無と申<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は下女の留守を知て<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取たるに<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby>には指置難しとて<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>其段<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出檢使を願ひしかば程なく<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby><ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>りて<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>を改め家内の<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>をとり何ぞ心當りはなきやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねの時右彦兵衞が事を<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申立しにぞ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>町所</rb><rt>ちやうところ</rt></ruby>を<ruby><rb>書記</rb><rt>かきしる</rt></ruby>し南町奉行所へ立歸り大岡殿へ申立ければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>べき旨申渡されしにより同心二人<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に橋本町へ<ruby><rb>立越</rb><rt>たちこえ</rt></ruby>し<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>彦兵衞は<ruby><rb>他行</rb><rt>たぎやう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し淺草へ<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>たる由ゆゑ途中に待受しを知らず彦兵衞は金の<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>に有り付たりと<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び勇み望みの荷物を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>那</rb><rt>あゝ</rt></ruby>して<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>してと心に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び我が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>を指て<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り淺草御門迄來懸る處を上意と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち召捕れしかば彦兵衞ハツと驚きしが偖は買付たる小間物は<ruby><rb>盜物</rb><rt>ぬすみもの</rt></ruby>なりしかと思ひ馬喰町の<ruby><rb>番屋</rb><rt>ばんや</rt></ruby>へ上られ早々橋本町へ申遣しければ<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め長屋の者共駈付彼是の世話をなし又は<ruby><rb>下帶</rb><rt>したおび</rt></ruby><ruby><rb>鼻紙等迄</rb><rt>はなかみとうまで</rt></ruby><ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづけ</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を丈夫に<ruby><rb>持給</rb><rt>もちたま</rt></ruby>へ大方物の間違ならんにより<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て清き身體になるべしと力を付などする<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>彦兵衞は奉行所へこそ引れけれ

## 第七回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も小間物屋彦兵衞は<ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby><ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>なくして<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>八年<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>十八日<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>となりしが同廿一日馬喰町市郎左衞門并に下女留<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>の<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>の者町役人等迄呼出有りて大岡殿市郎左衞門と<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>られ其方<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>は何歳に相成やと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに市郎左衞門<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して六十五歳に相成候と申立ければ<ruby><rb>夫程</rb><rt>それほど</rt></ruby>の老人と云殊に女の身なるに<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby><ruby><rb>指置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>しやとあるに市郎左衞門其儀は同居仕つるやうに申候へ共私し店の儀は<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>の<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby><ruby><rb>入込</rb><rt>いりこみ</rt></ruby><ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>が<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ向島か根岸邊へ<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby><ruby><rb>致度</rb><rt>いたしたき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>み候へども<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め近所へ差置下女一人付置候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>其日</rb><rt>そのひ</rt></ruby><ruby><rb>野州邊</rb><rt>やしうへん</rt></ruby>より男女の旅人五六十人着し<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby><ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>あり凡百人ばかり<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り兼るに付隱居所の下女を借て<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>はせしに<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby>は下女事私し方へ泊り<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>の<ruby><rb>給仕</rb><rt>きふじ</rt></ruby>などを仕舞て立歸り候處右の<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>大いに驚き候由を申立しかば大岡殿<ruby><rb>下女</rb><rt>げぢよ</rt></ruby><ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>に向はれ只今市郎左衞門が申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>りなりや又彦兵衞が<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を殺し金子を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取し者とは<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して知りたるやと問れしにぞ留は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>彦兵衞事常々隱居所へ立入り金銀を<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>より<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>し事も御座りし處去る十七日右彦兵衞參り<ruby><rb>小間物</rb><rt>こまもの</rt></ruby>の<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひを買候に百<ruby><rb>兩</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>入用</rb><rt>にふよう</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>九十兩ばかり一<ruby><rb>兩日</rb><rt>りやうじつ</rt></ruby><ruby><rb>借度</rb><rt>かりたき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を申せしに隱居は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ正直なる彦兵衞なれば用立度は思へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て心願にて<ruby><rb>御門跡樣</rb><rt>ごもんぜきさま</rt></ruby>へ百兩<ruby><rb>上度</rb><rt>あげたく</rt></ruby>と<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ此お<ruby><rb>講</rb><rt>かう</rt></ruby>の中に指上るに付今は出來難き由を<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>より右の百兩を出して見せしに彦兵衞も<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>の信心を<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby><ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>にて<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さんと申<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby><ruby><rb>脊負葛籠</rb><rt>せおひつゞら</rt></ruby>を取出し是を質に置れなば五六十兩は<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>申べしと云し時夫は<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじけ</rt></ruby>なしと持て歸り候<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ候と申ければ大岡殿市郎左衞門は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずるやと尋られしに市郎左衞門其儀は日頃彦兵衞<ruby><rb>柔和</rb><rt>にうわ</rt></ruby>なる男には候へども<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れゆゑ關東者と違ひ<ruby><rb>心根</rb><rt>こゝろね</rt></ruby><ruby><rb>怖敷</rb><rt>おそろしく</rt></ruby>十が九ツ彦兵衞に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ之なしと申立るを<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>勘考</rb><rt>かんがへ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>よ<ruby><rb>質物</rb><rt>しつもつ</rt></ruby>を貸て遣す程の<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>をまさかに忍び<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>は致すまじと思はるれど夫共彦兵衞に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきやと念を押るゝに市郎左衞門は<ruby><rb>一途</rb><rt>づ</rt></ruby>に彦兵衞と思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>も<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>内吟味仕</rb><rt>ないぎんみつかま</rt></ruby>つりしに右百兩は<ruby><rb>隱居儀</rb><rt>いんきよぎ</rt></ruby><ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ置しを十七日朝の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>封金</rb><rt>ふうきん</rt></ruby>に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ候へば外に見たる人は決して御座なく彦兵衞にばかり見せたる事に付<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく彦兵衞儀を<ruby><rb>御吟味遊</rb><rt>ごぎんみあそ</rt></ruby>ばされ<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby><ruby><rb>御取下</rb><rt>おんとりくだ</rt></ruby>され候樣にと申ければ大岡殿も<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>に思はれ其後彦兵衞を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されし上<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>に立入て<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致し<ruby><rb>金銀迄</rb><rt>きんぎんまで</rt></ruby><ruby><rb>借受</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>る程の<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ百兩の金を奪ひ取りしぞ<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なり<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>問糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>されしかば彦兵衞は意外の事に思ひ私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>候隱居を何とて手に掛け申べきや<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え之なくと申に大岡殿<ruby><rb>然共</rb><rt>されども</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>が<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる百兩の金を見たる事有や<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby>知らぬかと申されければ其百兩は存じ居候私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>に於て小間物の拂ひ<ruby><rb>入札仕</rb><rt>にふさつゝかま</rt></ruby>つり私し札に落候故十兩手附を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し外に廿兩<ruby><rb>持合</rb><rt>もちあは</rt></ruby>せ有れども七十兩<ruby><rb>足</rb><rt>たり</rt></ruby>申さず候間五六日の處七八十兩借用申度と<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>へ申込候處當金百兩有れども<ruby><rb>門跡樣</rb><rt>もんぜきさま</rt></ruby>へ納る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>用立難</rb><rt>ようだちがた</rt></ruby>しと是非なく<ruby><rb>相斷</rb><rt>あひことわ</rt></ruby>り候に付外にて手段せんと<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せし時質物を<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>の<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>を感じ<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>を預り家主を相頼み五十兩の質物に入れ外にて金三十兩<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby><ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>へ參り荷を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り候途中にて召捕れ<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の隱居人手に懸りし事も承まはり重ね〲大いに驚き申候と言立るを大岡殿<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はれ右百兩は十七日の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>包金</rb><rt>つゝみきん</rt></ruby>に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ夕方其方に見せ<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>は<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の道にて宵から寢たと有れば外に右の金を知る者なし依ては<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状致せと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>申されけれども決して右體の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>たる事なしと申<ruby><rb>切</rb><rt>きる</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>是非なく<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>日夜</rb><rt>にちや</rt></ruby><ruby><rb>牢問</rb><rt>らうとひ</rt></ruby><ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しければ<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby><ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪を引受此苦みを免れんと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をなし如何にも<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を殺し百兩奪ひ取候に相違之なくと<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及び<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>をなせしにより終に死罪の上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>とぞ成にける（此彦兵衞<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>に居て<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>腫脹上</rb><rt>はれあが</rt></ruby>り忽ち相容變りて元の<ruby><rb>體</rb><rt>かたち</rt></ruby>は少しもなかりしとぞ）

## 第八回

<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て説淺草福井町に<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>を渡世として一人は權三といひ一人は助十とよび二人同長屋に居て<ruby><rb>貧</rb><rt>まづ</rt></ruby>しき<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しなれども正直ものといはれ妻子をもよく<ruby><rb>養</rb><rt>やう</rt></ruby>育しけるが米屋市郎左衞門が<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>の殺されたる<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>十七日の夜麻布邊へ<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>を<ruby><rb>乘行</rb><rt>のせゆき</rt></ruby><ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>くなりて<ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつどき</rt></ruby>ごろ福井町の我が家へ歸り來るに誰やらん<ruby><rb>天水桶</rb><rt>てんすゐをけ</rt></ruby>にて物を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ふ樣子なれども<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き夜なれば確とも知れず<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さは<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>し足早に路次口へ來て戸を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>くに家主勘兵衞は<ruby><rb>口小言</rb><rt>くちこごと</rt></ruby>たら〱<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>は常よりも遲かりしぞ以後は<ruby><rb>少</rb><rt>ちと</rt></ruby>早く歸る樣に致されよと<ruby><rb>睨付</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>て木戸を開ける故兩人は<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>の事なれば那の<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に云ずとも宜さうなものと思ひながらも<ruby><rb>商賣柄</rb><rt>しやうばいがら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御不肖</rb><rt>ごふせう</rt></ruby>あれ以來御世話になるも<ruby><rb>御氣</rb><rt>おき</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>御借</rb><rt>おかり</rt></ruby>申<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の者に<ruby><rb>開閉</rb><rt>あけたて</rt></ruby>をさせ申さんと云所へ<ruby><rb>相長屋</rb><rt>あひながや</rt></ruby>の勘太郎立歸り路次の開しを幸ひに直と入るを見て家主勘兵衞は<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>と笑ひかけ勘太郎殿何所へ行れしやなどと何の咎もなく<ruby><rb>機嫌能</rb><rt>きげんよく</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>ながら<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に入るを見て權三助十の兩人の大いに<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>は<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんばふ</rt></ruby>しても<ruby><rb>明白手堅</rb><rt>しらきちやうめん</rt></ruby>の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>勘太郎は商賣なし<ruby><rb>年中</rb><rt>ねんちう</rt></ruby><ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りなどを渡世に暮せど大屋へ<ruby><rb>鼻藥</rb><rt>はなぐすり</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>をしても小言を言ず此町内にて評判の<ruby><rb>根生惡</rb><rt>こんじやうわる</rt></ruby>の家主勘兵衞め<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>でもせよかしと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら家に入<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は幸ひ旦那を<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>て六百文ヅツに有付たりと一<ruby><rb>盃</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>の<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みに快よく<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>けるが早夜も明し故助十は權三を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し今朝は<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>ければ早く起て<ruby><rb>朝湯</rb><rt>あさゆ</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>暖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>まらんと呼覺す聲を聞權三も<ruby><rb>反起</rb><rt>はねおき</rt></ruby><ruby><rb>打連立</rb><rt>うちつれだち</rt></ruby>て表へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby><ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて何か洗し樣子なるが夜中と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと見れば<ruby><rb>天水桶</rb><rt>てんすゐをけ</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>は血に<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>の水も<ruby><rb>淡紅</rb><rt>もゝいろ</rt></ruby>になりて居る故不思議に思ひ我々が歸ると勘太郎も<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しが<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に勘太郎なるべし喧嘩の戻りか<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby><ruby><rb>追落</rb><rt>おひおとし</rt></ruby>でもしたか<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>夜稼</rb><rt>よかせぎ</rt></ruby>をなすも知れずと<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>しながら<ruby><rb>錢湯</rb><rt>せんたう</rt></ruby>へ行しに朝湯も冬は<ruby><rb>込合</rb><rt>こみあひ</rt></ruby><ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby><ruby><rb>念佛</rb><rt>ねんぶつ</rt></ruby><ruby><rb>漫遊唄</rb><rt>そゝりうた</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に一段へ足を<ruby><rb>踏掛</rb><rt>ふみかけ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>馬喰町に人殺の沙汰有しが聞かれしやと尋るに一人の男其事は<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby><ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に參りしが米屋の<ruby><rb>女隱居</rb><rt>をんないんきよ</rt></ruby>が殺され百兩盜まれたり此事追付御檢視の御出なるべしと云傍より又一人の男夫は何時頃の事なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>に隱居小用に起たるを隣の女房が見たと云ば<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>の事ならんとの<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を聞權三助十は目を見合せ心に<ruby><rb>合點</rb><rt>うなづき</rt></ruby>つゝ程なく我家へ歸り<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>は勘太郎に<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>つたり是から錢の遣ひ方に氣を付ろと兩人は人にも語らず心を付居たりしに十日ばかり立と<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に廿兩<ruby><rb>勝</rb><rt>かち</rt></ruby>たりとて家の造作を始しが<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby><ruby><rb>勝手元迄</rb><rt>かつてもとまで</rt></ruby><ruby><rb>總槻</rb><rt>そうけやき</rt></ruby>になし<ruby><rb>總銅壺</rb><rt>そうどうこ</rt></ruby>も<ruby><rb>光輝</rb><rt>ひかりかゞや</rt></ruby>かせしかば偖こそ<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>に違ひなしと思ふ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>小間物屋彦兵衞と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を殺し金百兩奪ひ取りしとて<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に成しとの噂を聞權三助十の兩人は<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>思ひ橋本町八右衞門<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>にも<ruby><rb>駕籠屋</rb><rt>かごや</rt></ruby><ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る故彦兵衞が樣子を聞に<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>にて<ruby><rb>匇々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しなどなす者に非ず全く<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く苦き<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に白状なし<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に成たりと云ふ<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>にて大屋殿も三貫文の<ruby><rb>過料</rb><rt>くわれう</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れし由併し大屋殿は惡くない人故地主を呼れ<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>には及ばぬと<ruby><rb>仰渡</rb><rt>おほせわた</rt></ruby>され一件相濟たれども彦兵衞は<ruby><rb>愍然</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうな事をなしたりと<ruby><rb>咄</rb><rt>はなす</rt></ruby>を權三助十は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>勘太郎を怪く思ふ中勘太郎は<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め長家中へも少しづつの金を<ruby><rb>貸與</rb><rt>かしあた</rt></ruby>へし故皆々勘太郎を<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんきやう</rt></ruby>すれども權三助十ばかりは<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に一向物をも言ず居たりけり

## 第九回

茲に又彦兵衞の妻子は大坂に殘り居ても江戸表より折々三兩五兩づつの金を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>も追々都合よき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>り有に付<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て金銀を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ歸り來らんと<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>み待居たる<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>店請</rb><rt>たなうけ</rt></ruby>の方より今度彦兵衞の一件を<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らせ來りしかば妻子は大いに<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>哀</rb><rt>かなし</rt></ruby>みしが如何にも其知らせを<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかる</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の心は<ruby><rb>旦夕</rb><rt>あしたゆふべ</rt></ruby>に變るものとは云ども彦兵衞殿は<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り<ruby><rb>正直過</rb><rt>しやうぢきす</rt></ruby>ぎて人と物言など致されし事もなきお人なれば盜みは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>を殺す樣なる事のあるべき筈なし<ruby><rb>何共</rb><rt>なにとも</rt></ruby><ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の行ぬ儀なりと云を子息彦三郎は漸く十五歳なれども<ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>にして<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き故母の言葉を<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おつ</rt></ruby>る涙を押へ<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby><ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>の歸り給ふを待居たる<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る人となつて<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>と聞ふる時は此大坂中に<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>を受るも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>と父樣はとても<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>まれまじきにより私し<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>へ參り實否を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり自然此書中の如くに候へば<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を拾ひ<ruby><rb>御跡</rb><rt>おんあと</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とぶら</rt></ruby>ひ申さんと云を<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より弟彦四郎是も漸く十二歳なるが<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>も參り兄と一所に<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>し母樣の御心を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めんと申せば母は兄弟の<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>を喜び父樣が世に<ruby><rb>在</rb><rt>いまし</rt></ruby>て此事を<ruby><rb>聞給</rb><rt>きゝたま</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>な<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び給ふべし<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>けるが否々年も行ぬ<ruby><rb>其方們</rb><rt>そなたたち</rt></ruby><ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあはせ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と云を兄弟は聞ず<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>に出ると云にも非ず父樣の樣子を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るに何の<ruby><rb>怖敷事</rb><rt>おそろしきこと</rt></ruby>の有らんやと強て申故母も止め<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>夫程</rb><rt>それほど</rt></ruby>に思はゞ兄は<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>江戸へ赴くべし弟彦四郎は此地に止まり我が心を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めよと有に是非共兄樣と一所に<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>せんと申を兄彦三郎は押止め今兩人江戸へ赴く時は<ruby><rb>母人</rb><rt>はゝびと</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>いとゞ</rt></ruby><ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しく思され猶も<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>を<ruby><rb>増給</rb><rt>ましたま</rt></ruby>はんにより其方は母樣の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に止りて<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>め<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせよと<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し正月廿一日いまだ<ruby><rb>幼弱</rb><rt>えうじやく</rt></ruby>の身を以て親と思ふの<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>一<ruby><rb>途</rb><rt>づ</rt></ruby>に<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく母に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>なし五兩の金を路用にと懷中して其夜は十三<ruby><rb>里</rb><rt>り</rt></ruby><ruby><rb>淀川</rb><rt>よどがは</rt></ruby>の船に<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby>一日も早くと江戸へぞ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>りける

## 第十回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に彦三郎は<ruby><rb>習</rb><rt>ならは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>なれども<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>きを天も<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>み給ふにや風雨の<ruby><rb>憂</rb><rt>うれひ</rt></ruby>も<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>十日餘りも<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>川崎宿</rb><rt>かはさきじゆく</rt></ruby>へ着て<ruby><rb>御所刑場</rb><rt>おしおきば</rt></ruby>是より<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>あるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>しに品川の手前に鈴ヶ森と云所こそ天下の<ruby><rb>御仕置場</rb><rt>おしおきば</rt></ruby>なり尤も二ヶ所あり江戸より西南の國にて生れし者は<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>東北</rb><rt>とうほく</rt></ruby>の國の生れなれば<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby><ruby><rb>小塚原</rb><rt>こつかはら</rt></ruby>に於て御仕置に行はるゝと云由を聞<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば我父は<ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>うまれ</rt></ruby>なれば鈴ヶ森にて<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に掛られたる<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなしと夫より六郷の<ruby><rb>渡場</rb><rt>わたしば</rt></ruby>を<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby><ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>を<ruby><rb>手間取</rb><rt>てまどり</rt></ruby><ruby><rb>大森</rb><rt>おほもり</rt></ruby>の邊りに來りし頃は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>亥</rb><rt>ゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御所刑場</rb><rt>おしおきば</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>あた</rt></ruby>りは<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>の者も有まじと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りしに<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>更と云殊に右の方は<ruby><rb>安房</rb><rt>あは</rt></ruby><ruby><rb>上總</rb><rt>かづさ</rt></ruby>の<ruby><rb>浦々</rb><rt>うら〱</rt></ruby><ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>も<ruby><rb>渺々</rb><rt>べう〱</rt></ruby>たる<ruby><rb>海原</rb><rt>うなばら</rt></ruby>にして岸邊を洗ふ<ruby><rb>波音</rb><rt>なみおと</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>く左りは<ruby><rb>草木</rb><rt>くさき</rt></ruby><ruby><rb>生茂</rb><rt>おひしげ</rt></ruby>りし鈴ヶ森の御仕置場にして<ruby><rb>物凄</rb><rt>ものすご</rt></ruby>き事云ふばかりなし然れども<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>の一心より<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の骨を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し求め<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ持歸りて母に見せんと<ruby><rb>御所刑場</rb><rt>おしおきば</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>分入</rb><rt>わけいり</rt></ruby><ruby><rb>那方</rb><rt>あなた</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>を見廻すに<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>の夜なれども<ruby><rb>星明</rb><rt>ほしあか</rt></ruby>りに<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>せば白き骨の多くありて何れが父の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>躊躇</rb><rt>ためらひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>骨肉</rb><rt>こつにく</rt></ruby>の者の骨には<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の<ruby><rb>染</rb><rt>しみ</rt></ruby>ると聞し事あれば我が<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>り掛て見んと<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>噛</rb><rt>かみ</rt></ruby>て<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>り掛け〱て<ruby><rb>試</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>みしに何れも血は流れて骨に入ず<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る所へ<ruby><rb>挑灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えしかば人目に掛り疑ひを受ては如何と<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>へ身をぞ<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めける

## 第十一回

斯て彦三郎は<ruby><rb>木蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れ居る處に<ruby><rb>夜駕籠</rb><rt>よかご</rt></ruby>の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りと見えて一人は<ruby><rb>挑灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>を持一人は<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>舁</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ小便を爲ながら何と助十<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby><ruby><rb>此所</rb><rt>このところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に懸つた小間物屋彦兵衞那れは大きな<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>ひ隱居を殺したは勘太郎に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひないと思つては居れど彦兵衞の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>でも有るならば<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>な人には<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>も出來ず<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに彦兵衞は<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>みも<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>らず<ruby><rb>冥途</rb><rt>めいど</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>つて居るならんと彦三郎が此所に居るとも知らず<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>して<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぎ</rt></ruby>るを<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞彦三郎は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に神佛の<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあはせ</rt></ruby>に依て斯る噂を聞者なるべしと思ひ<ruby><rb>竊</rb><rt>そつ</rt></ruby>と木蔭より<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>此人々</rb><rt>このひと〱</rt></ruby>に<ruby><rb>尾</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>る者ならば明白に分るべしと後より<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しを聞ながら行に<ruby><rb>行共々々</rb><rt>ゆけども〱</rt></ruby>果しなく<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に始て江戸へ來る事なれば何と云處なるか<ruby><rb>町</rb><rt>まち</rt></ruby>の名も知れざれども<ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>に或町内の路次を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き二人ながら内に入るを<ruby><rb>見濟</rb><rt>みすま</rt></ruby>し直に入ては<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひも有るならん明朝參つて樣子を<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>ん一人の名を助十と聞ば知れるに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなしと其夜は河岸に<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby><ruby><rb>材木</rb><rt>ざいもく</rt></ruby><ruby><rb>積置</rb><rt>つみおき</rt></ruby>し處へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>寄凭</rb><rt>よりかゝ</rt></ruby>りて少し<ruby><rb>睡</rb><rt>まどろ</rt></ruby>まんとするに知らぬ江戸と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>は如何なる處やらん<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>められなば何と答んと心を苦しめ夜の明るを<ruby><rb>待事</rb><rt>まつこと</rt></ruby>千<ruby><rb>秋</rb><rt>しう</rt></ruby>を<ruby><rb>過</rb><rt>すぐ</rt></ruby>るが如く<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く東の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>み人も通る故やれ<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しやと<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>の人に茲は何と申所なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねければ淺草御門なりと答る<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より東の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>き<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>へ出て又町の名を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に兩國也と云により<ruby><rb>空</rb><rt>くう</rt></ruby>腹なれば食事をなし<ruby><rb>辰刻</rb><rt>いつゝ</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>になり彼の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>の入し路次のある町へ到り所の名を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に福井町なりと云にぞ豫て<ruby><rb>見置</rb><rt>みおき</rt></ruby>たる權三助十が<ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>へ入り一通長屋を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>すに四ツ<ruby><rb>手駕籠</rb><rt>でかご</rt></ruby>を前に置たる家ある<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>にて聞ば知れるならんと<ruby><rb>小腰</rb><rt>こごし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め助十樣と申は<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に候やと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ければ<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby><ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の御用に候や<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>御入用</rb><rt>おんいりよう</rt></ruby>にもあらば助十と申は此方の<ruby><rb>相棒</rb><rt>あひぼう</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせきけ</rt></ruby>られよと申にぞ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならば<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされしは助十樣<ruby><rb>御</rb><rt>ご</rt></ruby>一<ruby><rb>處</rb><rt>しよ</rt></ruby>に候かと聞に如何にも<ruby><rb>毎夜</rb><rt>まいよ</rt></ruby>一<ruby><rb>處</rb><rt>しよ</rt></ruby>に<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>舁</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すなり何ぞ御用ならば上り給へと申を<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひに<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬい</rt></ruby>で<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>るに未だ<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>て居たる權三を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し右の事を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ見るに十四五の<ruby><rb>若衆</rb><rt>わかしう</rt></ruby><ruby><rb>旅裝束</rb><rt>たびしやうぞく</rt></ruby>なれば<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>と心得て<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をなすにぞ彦三郎差つけながら内々にて<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby>申<ruby><rb>度事</rb><rt>たきこと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>つて<ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>仕つりしなり助十樣の御名は<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候へども<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御名は未だ<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり申さず何と申され候やと問ば私は助十が<ruby><rb>棒組</rb><rt>ぼうぐみ</rt></ruby>權三と申者御用も御座らば<ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせきけ</rt></ruby>られよと申に若年ながら彦三郎は發明故見れば<ruby><rb>見苦敷</rb><rt>みぐるしく</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>の樣子なれば<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>一分を<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し始て<ruby><rb>參上仕</rb><rt>さんじやうつかま</rt></ruby>つり内々御聞申度事御座るに付是にて<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>と<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>御買下</rb><rt>おかひくだ</rt></ruby>さるべし<ruby><rb>輕少</rb><rt>すこし</rt></ruby>ながら<ruby><rb>御土産</rb><rt>おみやげ</rt></ruby>なりと申故權三も一向に<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>了解</rb><rt>わから</rt></ruby>ねば<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>するを<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>せず<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しなれども<ruby><rb>御請納下</rb><rt>おうけいれくだ</rt></ruby>されねば申<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>す故然ば仰に隨はんと<ruby><rb>受納</rb><rt>うけをさ</rt></ruby>め扨御用の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>はと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねしに彦三郎<ruby><rb>御</rb><rt>お</rt></ruby>二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>にて<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>御聞</rb><rt>おきゝ</rt></ruby>申<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の耳へ入れては宜からずと申に付子供と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>み<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら助十を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>へ上り三人<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せしに彦三郎は<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め御家内樣御聞下されても<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby>申さずと<ruby><rb>直</rb><rt>ずつ</rt></ruby>と<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>際</rb><rt>きは</rt></ruby>へ寄り私は<ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby><ruby><rb>堂島</rb><rt>だうじま</rt></ruby>の彦三郎と申者なるが<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>御當地</rb><rt>ごたうち</rt></ruby>へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>も取らず夜の明るを<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>仕つる其譯は<ruby><rb>舊冬</rb><rt>きうたう</rt></ruby><ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に相成し彦兵衞が<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>御存</rb><rt>ごぞんぢ</rt></ruby>に候はゞ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>御話下</rb><rt>おはなしくだ</rt></ruby>されよと申に兩人は思ひも寄ぬ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねゆゑ私し共一向に其<ruby><rb>彦兵衞殿</rb><rt>ひこべゑどの</rt></ruby>と申御人は<ruby><rb>御知己</rb><rt>おちかづき</rt></ruby>にもあらねば存じ申さずと答しかば彦三郎<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>に<ruby><rb>御尋問</rb><rt>おたづね</rt></ruby>申せば<ruby><rb>御不審</rb><rt>ごふしん</rt></ruby>も<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれど私しは彦兵衞が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>にて<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>十五歳に相成一人の<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby><ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>彦兵衞<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に成しと聞て<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より正直なる父彦兵衞人を殺し<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>などする者に非ず何か謂れの有さうな事と<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>み<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>も致さぬ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby><ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさめ</rt></ruby><ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>へ參り樣子を承まはり申さんと云て大坂を立出昨日六<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>の渡しを<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby><ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>に<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森迄</rb><rt>もりまで</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りしが<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て父彦兵衞の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>なりとも拾はんと存じ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>たれども更に知れ申さず然る處へ<ruby><rb>各々方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り掛り給ひ彦兵衞が<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>されし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に鈴ヶ森を出て<ruby><rb>御後</rb><rt>おあと</rt></ruby>を<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>て是迄は參りしなれども<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>御知己</rb><rt>おちかづき</rt></ruby>にも有らねば<ruby><rb>河岸</rb><rt>かし</rt></ruby>にある<ruby><rb>材木</rb><rt>ざいもく</rt></ruby><ruby><rb>薪</rb><rt>たきゞ</rt></ruby>などの<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>にて夜を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>し<ruby><rb>兩國</rb><rt>りやうごく</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りて食事をなし<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>と存じ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>參上</rb><rt>さんじやう</rt></ruby>仕つりしなり昨夜鈴ヶ森にて助十と<ruby><rb>御呼</rb><rt>および</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れたる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあて</rt></ruby>に助十樣と<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね申せしと<ruby><rb>始終</rb><rt>はじめをは</rt></ruby>りを物語りけるに兩人は思はず涙を流し<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ年も行ぬ身を以て百餘里の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り<ruby><rb>親公</rb><rt>おやご</rt></ruby>の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を拾はんとは如何にも<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>感入</rb><rt>かんじいり</rt></ruby>たり殊に鈴ヶ森の<ruby><rb>凄</rb><rt>さみし</rt></ruby>き所へ夜中能も一人にて入給ひし者哉<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ふには<ruby><rb>非人小屋</rb><rt>ひにんごや</rt></ruby>へ手を入れねば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと申に<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>よりは親彦兵衞が人を殺たるには非ず外に在との御話しゆゑとても死たる彦兵衞が事は是非に及ばず<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て外に本人があらば<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>を出し父彦兵衞が<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくめい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ申度其本人を知らせ給れと<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>を<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に申ければ權三は一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>涙脆</rb><rt>なみだもろ</rt></ruby>き男なるが助十に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ何と<ruby><rb>此御若衆</rb><rt>このおわかいしゆ</rt></ruby>が鈴ヶ森に居たる時に<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby><ruby><rb>通掛</rb><rt>とほりかゝ</rt></ruby>るも<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>にて小便を<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>時彦兵衞殿の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>をしたも<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>御引合</rb><rt>おんひきあはせ</rt></ruby>にて<ruby><rb>其孝心</rb><rt>そのかうしん</rt></ruby>を<ruby><rb>愍</rb><rt>あはれ</rt></ruby>み給ふ故ならん<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>は一番二人が力を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して<ruby><rb>働</rb><rt>はた</rt></ruby>らかにやならぬ<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と思ふと問けるに助十も<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>にて勘太とは<ruby><rb>大</rb><rt>だい</rt></ruby>の不和なれば<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>にや及ぶ力を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>して<ruby><rb>進</rb><rt>しん</rt></ruby>ぜんと申にぞ彦三郎は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びしが江戸不案内の事故如何して<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からんか何分にも<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むとあれば助十は<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ彦兵衞殿の居られた<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>八右衞門殿は<ruby><rb>此邊</rb><rt>このへん</rt></ruby>にての<ruby><rb>口利</rb><rt>くちきゝ</rt></ruby>ゆゑ是へ行て<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと云を彦三郎御長屋中に<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>との事なれば此御家主へ相談は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>に候はんと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ぬるに權三<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ爰の<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>は店子の中に<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>く下の者を<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>る事は持前なれども表へ出ては口の<ruby><rb>利</rb><rt>きけ</rt></ruby>る大屋に非ず<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に寄たら當人へ<ruby><rb>泄</rb><rt>もら</rt></ruby>して<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>すも知れざれば彦兵衞殿の家主八右衞門殿を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>て<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なし給へと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めるに付彦三郎は<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>御詞</rb><rt>おことば</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと<ruby><rb>打悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>内外</rb><rt>うちそと</rt></ruby>の<ruby><rb>事共</rb><rt>ことども</rt></ruby><ruby><rb>諜合</rb><rt>しめしあは</rt></ruby>せ橋本町へぞ急ぎける

## 第十二回

偖彦三郎は橋本町一丁目家主八右衞門と<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>しに<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れければ八右衞門の家に行き<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>致せしに八右衞門は彦兵衞の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>彦三郎と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>り<ruby><rb>姑</rb><rt>しばし</rt></ruby>言葉も出ざりしが漸々に<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上げ能こそ尋ね參られたり彦兵衞殿は<ruby><rb>不慮</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の事にて<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>られ<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>力落</rb><rt>ちからおと</rt></ruby>し<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べしと云に彦三郎は涙を流し父事御仕置になりしは是非に<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ず<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら其人殺盜賊は彦兵衞に之なく外にあるにより此段御公儀へ訴へ父が<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ申度何卒<ruby><rb>御執計</rb><rt>おとりはから</rt></ruby>ひを願度依て推參致せりとの言葉の<ruby><rb>端々</rb><rt>はし〲</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>十五歳の<ruby><rb>若年者</rb><rt>じやくねんもの</rt></ruby>には<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>思へども又名奉行大岡樣の御吟味に<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>のあるべき樣なし<ruby><rb>由無事</rb><rt>よしなきこと</rt></ruby>を訴へ<ruby><rb>其許迄</rb><rt>そのもとまで</rt></ruby><ruby><rb>御咎</rb><rt>おとがめ</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうぶ</rt></ruby>るは<ruby><rb>笑止</rb><rt>せうし</rt></ruby>千萬但證據有やと尋ぬるに然れば福井町に<ruby><rb>住</rb><rt>すむ</rt></ruby>權三助十と云ふ<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>二人證人なりと申せば八右衞門<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby><ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>江戸へ參られしやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に彦三郎は<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby>福井町へ<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>し<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に承まはり<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し只今<ruby><rb>爰許</rb><rt>こゝもと</rt></ruby>へ參りしと申ゆゑ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>合點行ず段々樣子を聞くに昨夜の<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>より權三助十が話し<ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りしかば八右衞門は彦三郎の孝心を大に<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ早速權三助十を呼に<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に去年十一月十七日の夜中に歸る<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>天水桶</rb><rt>てんすゐをけ</rt></ruby>にて血刀を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ居る者あるに付<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに同長屋の勘太郎と申者なれば<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>空知</rb><rt>そしら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>に罷在し所右の勘太郎<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に二三十兩掛て<ruby><rb>造作</rb><rt>ざうさく</rt></ruby>を致し道具を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>妻子の<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>も立派になり二十兩勝た三十兩勝たと<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に勝た<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>をする樣子何分<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ず常には<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>た事ばかり云ひて勝た事を<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ざるに全く金の出處を<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はれぬ樣に勝し事を<ruby><rb>吹聽</rb><rt>ふいちやう</rt></ruby>するに疑ひなし其上長屋中へ<ruby><rb>錢金</rb><rt>ぜにかね</rt></ruby>用立家主へも金を<ruby><rb>貸</rb><rt>かす</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>勘太郎を二<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>者の樣におもひ我々如き<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしやう</rt></ruby><ruby><rb>大事</rb><rt>だいじ</rt></ruby>と渡世する者は<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんばふ</rt></ruby>を嫌ひ一向に構ひ付ず<ruby><rb>睾丸</rb><rt>きんたま</rt></ruby>も釣方とやら私し共でも得心せぬ故長屋の<ruby><rb>泥工</rb><rt>さくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>棟梁</rb><rt>とうりやう</rt></ruby>は年頃と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>人も<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんきやう</rt></ruby>する者なれば此者を以て勘太郎は<ruby><rb>店立</rb><rt>たなだて</rt></ruby>を致されよ往々は家主の爲にもなるまじと申入たれば大に<ruby><rb>憤</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て我々を<ruby><rb>追立</rb><rt>おひたて</rt></ruby>んと<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>泥工</rb><rt>さくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>棟梁</rb><rt>とうりやう</rt></ruby>家主に異見して<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>し程の事もあれば馬喰町の隱居殺したるは勘太郎に<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>なしと申を八右衞門<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>てなる程勘太郎とやらん<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>は<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby><ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>なれども<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>隱居を殺したりとも<ruby><rb>定難</rb><rt>さだめがた</rt></ruby>し併し御吟味を願はゞ何か惡事有る者ならんが<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby>證人にならるゝとも此事を以て<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>にはなり難し何か<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>さうな事と<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>く考へしが我等一ツの手段あり彦兵衞<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>彦三郎と申者私し方へ參り<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>無類</rb><rt>むるゐ</rt></ruby>の彦兵衞<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>など<ruby><rb>爲者</rb><rt>なすもの</rt></ruby>に非ず何故<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>をして助け<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ざるや夫にて家主が<ruby><rb>勤</rb><rt>つとま</rt></ruby>るかと惡口致すにより我々<ruby><rb>御慈悲願</rb><rt>おじひねがひ</rt></ruby>を致したれども公儀にて御吟味の上<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に行はれたる事ゆゑ我々が<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby>に<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ずと申せしかば何分<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず私し共を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころし</rt></ruby>親に<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>ん是則ち敵討なりと<ruby><rb>立騷</rb><rt>たちさわ</rt></ruby>ぎ候に付皆々打寄異見仕つれども聞入申さず<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>て御訴へ申上ると彦三郎を連て皆々南御番所へ罷出申べし其時<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>らば彦三郎殿<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を申上られよ其上<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby><ruby><rb>御差紙</rb><rt>おさしがみ</rt></ruby>を以て召呼れ御吟味有るならば必定夫にて彼の勘太郎なるや彦兵衞殿なるや<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に分るべしと申故三人も八右衞門が<ruby><rb>才智</rb><rt>さいち</rt></ruby>を感じ夫より長家の者二三人へ<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>彦三郎をぐる〱<ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby>に<ruby><rb>縛上</rb><rt>しばりあげ</rt></ruby>名主へも<ruby><rb>屆置</rb><rt>とゞけおき</rt></ruby>召連訴へにぞ及びける（誠に感ずべきは<ruby><rb>人智</rb><rt>じんち</rt></ruby>又恐る<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>も人智なり<ruby><rb>正雪</rb><rt>しやうせつ</rt></ruby>は<ruby><rb>治</rb><rt>をさま</rt></ruby>りし天下を<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>せんと<ruby><rb>巧</rb><rt>たくむ</rt></ruby><ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby>の深き事<ruby><rb>量</rb><rt>はかる</rt></ruby>べからずと雖も英智の<ruby><rb>贋物</rb><rt>にせもの</rt></ruby>にして<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>邪智</rb><rt>じやち</rt></ruby><ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>と云ふべし大石内藏助は其身<ruby><rb>放蕩</rb><rt>はうたう</rt></ruby>と見せて君の<ruby><rb>讎</rb><rt>あだ</rt></ruby>を討ちしは忠士の<ruby><rb>智嚢</rb><rt>ちなう</rt></ruby>を振ひ功名を萬世に殘せし正智なり夫程には<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ねども八右衞門が<ruby><rb>才智</rb><rt>さいち</rt></ruby>感ぜずんば<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べからず<ruby><rb>其謂</rb><rt>そのいはれ</rt></ruby>は訴へに及ぶには先彦三郎は<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>を取家主を頼み名主の玄關へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>手間取て<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>まじ殊に十五歳の彦三郎江戸<ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>公邊</rb><rt>こうへん</rt></ruby>には<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>ず又證人の權三助十共明白に口の<ruby><rb>利</rb><rt>きけ</rt></ruby>る者に非ず品に<ruby><rb>寄</rb><rt>よる</rt></ruby>と皆々入牢にもなり<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>有て罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>る事も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>し因て斯く計ふ時は彦三郎無法にもせよ<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>にして僅か十五歳の者が大坂より<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>來りて<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぐ<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>むべき事に非ず<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>二人勘太郎事を申立たりとも<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby>血刀を天水桶に洗ひしは何か謂れあり彦兵衞一件に<ruby><rb>關係</rb><rt>くわんけい</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>兩人申上る言葉も<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとがめ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ又勘太郎彌々馬喰町の人殺なれば彦三郎が<ruby><rb>念願</rb><rt>ねんぐわん</rt></ruby>も<ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>する故前後を考へたる事にして八右衞門が<ruby><rb>分別</rb><rt>ふんべつ</rt></ruby><ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>の及ぶ處に非ずといふべし）

## 第十三回

<ruby><rb>却説</rb><rt>かくて</rt></ruby>八右衞門は彦三郎へ申<ruby><rb>含置</rb><rt>ふくめおき</rt></ruby>たる通り名主の玄關にて<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>申<ruby><rb>張</rb><rt>はる</rt></ruby>故是非無召連訴へと相成則ち<ruby><rb>口上書</rb><rt>こうじやうがき</rt></ruby>を差出せり

<ruby><rb>乍恐</rb><rt>おそれながら</rt></ruby><ruby><rb>以書付</rb><rt>かきつけをもつて</rt></ruby><ruby><rb>奉願上</rb><rt>ねがひあげたてまつり</rt></ruby>候

一橋本町一丁目家主八右衞門申上奉つり候<ruby><rb>去</rb><rt>さる</rt></ruby><ruby><rb>冬</rb><rt>ふゆ</rt></ruby><ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に相成候彦兵衞<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>彦三郎と申者父彦兵衞<ruby><rb>無罪</rb><rt>むざい</rt></ruby>にして御所刑に相成候事私し申上方<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からざる故也因ては父の敵に候へば<ruby><rb>討果</rb><rt>うちはたし</rt></ruby>彦兵衞に<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>度由申候に付公儀の<ruby><rb>御成敗</rb><rt>ごせいばい</rt></ruby>は我々力に及ばずと申聞候へ共一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>仕つらず殊に若年と申大坂より一人<ruby><rb>罷下</rb><rt>まかりくだ</rt></ruby>り候儀<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>の樣に相見え旅宿承まはり候處<ruby><rb>必至</rb><rt>ひつし</rt></ruby>の<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>に御座候間宿も取申さず<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>私し方へ參り候由にて<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>仕り候に付諸人異見を<ruby><rb>差加</rb><rt>さしくは</rt></ruby>へ候へども<ruby><rb>物狂敷</rb><rt>ものぐるはしき</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて引渡候處も之なく候間<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby><ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>御訴へ申上奉つり候何卒御慈悲を以て彦三郎へ御<ruby><rb>利解</rb><rt>りかい</rt></ruby><ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ大坂表へ<ruby><rb>罷歸</rb><rt>まかりかへ</rt></ruby>り候樣御取計ひ<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ上奉つり候以上

橋本町一丁目家主

八右衞門

と<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby>早速彦三郎を呼出されしに<ruby><rb>細引</rb><rt>ほそびき</rt></ruby>にて<ruby><rb>縛</rb><rt>しばり</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>白洲へ<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>たり時に越前守殿<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見られ是は何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>と<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも察せられしかば<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに詞を<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>し如何に彦三郎其方が父彦兵衞事去冬人を殺し金子を<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby>し<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>に因て<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>と相成し事八右衞門の<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>たる事に非ず若年の事なれば父の敵と思ふも<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なれども<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず早々大坂へ立歸るべしと申さるゝに彦三郎涙を流し私儀十歳の時父彦兵衞儀江戸へ下りしゆゑ<ruby><rb>指折算</rb><rt>ゆびをりかぞ</rt></ruby>へて歸るを待居りし中に御所刑となりしかば母は<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き悲み病氣も出べきやに存じ候まゝ私し儀江戸へ下り<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>らんと母を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め此度江戸表へ參りし<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>鈴が森と承まはりしまゝ何卒父の骨を拾ひ得て持歸らんと存じ夜に入て<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby><ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せ共<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れが父の骨なるや相知れ申さず然る處其夜<ruby><rb>亥刻時</rb><rt>よつどき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>にも候はん二人の駕籠舁通掛り去年此所にて彦兵衞御仕置になりしが<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の人殺しは彦兵衞に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず惡人は<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しながら<ruby><rb>行過</rb><rt>ゆきすぎ</rt></ruby>候故後を付て參りし所淺草福井町とやら申町迄<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り其所の<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>へ入候は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>丑刻頃</rb><rt>やつどきごろ</rt></ruby>とも<ruby><rb>覺敷</rb><rt>おぼしく</rt></ruby>候に付其夜は外にて夜を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>し翌朝右の駕籠屋へ參り段々<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづね</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を承まはりしに馬喰町人殺は<ruby><rb>別人</rb><rt>べつじん</rt></ruby>なる由全く彦兵衞の<ruby><rb>所業</rb><rt>しよげふ</rt></ruby>に非ず然るを家主八右衞門<ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>糺</rb><rt>たゞし</rt></ruby>も仕つらず御所刑と致候段<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>小腕</rb><rt>こうで</rt></ruby>ながらも敵討を仕つる所存なりと申立ければ大岡殿<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は其方若年ゆゑに<ruby><rb>心得違</rb><rt>こゝろえちが</rt></ruby>ひなり然ど其人殺は外に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>と申たるは福井町にて何と申者なるぞ名前を申せと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れければ福井町勘兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>權三助十と申者<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>存罷在候間此者より<ruby><rb>御聞取下</rb><rt>おんきゝとりくだ</rt></ruby>され候樣にと<ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby>けるにぞ偖々<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>は<ruby><rb>孝行者</rb><rt>かうかうもの</rt></ruby>なり吟味中八右衞門へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>ると申渡されしかば其日は彦三郎を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ橋本町へぞ歸りける

## 第十四回

大岡殿より<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を以て勘兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>權三助十の兩人尋ねの儀<ruby><rb>有之</rb><rt>これある</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいづ</rt></ruby>べき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>されければ家主勘兵衞は兩人を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>貴樣達は何ぞ<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い客人を<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>て物でも取たか<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し客人の<ruby><rb>錢金</rb><rt>ぜにかね</rt></ruby>を<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>でも爲せしか御奉行所へ明日召連罷り出る樣にと御<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>し誠に我等<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり然れば<ruby><rb>夜駕籠</rb><rt>よかご</rt></ruby>など<ruby><rb>舁者</rb><rt>かくもの</rt></ruby>を店へは<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れぬと申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>權三は大に<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き渡世は致せども然樣な惡事は少しも<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ず善か惡かは明日出て<ruby><rb>聞給</rb><rt>きゝたま</rt></ruby>へと平氣の挨拶なれば勘兵衞<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく<ruby><rb>受書</rb><rt>うけがき</rt></ruby>を差出し翌日同道にて南奉行所へぞ出でたりける權三助十の兩人は彦三郎が八右衞門方へ<ruby><rb>御預</rb><rt>おあづけ</rt></ruby>と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての都合と覺悟をなし<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ罷出けるに大岡殿出座有て如何に其方共<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て御仕置に仰付られたる彦兵衞<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>彦三郎と申者は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>に於て<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>致したるやと尋ねられしかば兩人ハツと<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし私しども先夜大森まで客を<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby><ruby><rb>亥刻過頃</rb><rt>よつどきすぎごろ</rt></ruby>鈴ヶ森迄歸り來り候處<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>彦兵衞の事を<ruby><rb>思出</rb><rt>おもひだ</rt></ruby>し去年此所で御所刑に成りし彦兵衞は<ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby><ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>等は致すまじ此盜人は外に<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>んと申事を誰も<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>は<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじと存じ<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>仕つりし處<ruby><rb>御所刑場</rb><rt>おしおきば</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に右彦三郎が居て其事を聞きたるにより私しどもの<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に付て參り<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>を<ruby><rb>見置</rb><rt>みおき</rt></ruby><ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>尋ね來りて彦兵衞悴なる由を申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>鈴ヶ森にて私し共の話を承りしにより父彦兵衞の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に人殺有らば<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>る樣にと涙を流して頼むに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>何故人も<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>るゝ鈴ヶ森に夜中居たるやと尋ね候へば<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろひ</rt></ruby><ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とぶら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね候と申ゆゑ<ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の骨の中にて<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か是が親の骨と分かるべきやと申候に彦三郎<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>り骨へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>る時は<ruby><rb>他人</rb><rt>たにん</rt></ruby>の骨へは<ruby><rb>染込</rb><rt>しみこむ</rt></ruby>事なく父の骨なれば染込候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>噛切</rb><rt>かみきり</rt></ruby><ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を掛て見候とて<ruby><rb>噛切</rb><rt>かみきり</rt></ruby>たる指を見せしに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>私しどもゝ其孝心を感じて思はず<ruby><rb>落涙</rb><rt>らくるゐ</rt></ruby>仕り如何にも彦兵衞には<ruby><rb>有之</rb><rt>これある</rt></ruby>まじ外に人殺ありと申たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と申ければ大岡殿聞給ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば馬喰町米屋市郎左衞門<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころし</rt></ruby>金を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>たる者外に有るやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに兩人ヘイ其人殺しと申は私ども同長屋に罷在る勘太郎と申者ならんと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>候<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申立けるを家主勘兵衞恐れながら<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby>其勘太郎は<ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>にして<ruby><rb>渡世向</rb><rt>とせいむき</rt></ruby><ruby><rb>出精</rb><rt>しゆつせい</rt></ruby>仕つる者に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>右體</rb><rt>みぎてい</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の働きを致す者に候はずと云ふゆゑ大岡殿權三助十と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>通り家主は<ruby><rb>實體者</rb><rt>じつていもの</rt></ruby>なりと云ふが何ぞ證據有るやと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるゝに兩人其儀は去年十一月十七日麻布迄客を<ruby><rb>乘行</rb><rt>のせゆき</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻過</rb><rt>やつどきすぎ</rt></ruby>に歸り候處町内の天水桶にて<ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ふ者あり<ruby><rb>其形容</rb><rt>そのかたち</rt></ruby>勘太郎に<ruby><rb>髣髴</rb><rt>よくに</rt></ruby>たりとは存じながら私し<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>見屆けるにも及ばざる事ゆゑ路次を家主に開いて<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ内へ<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>し時勘太郎も<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しに付偖は刄物を洗ひしは勘太郎に相違なしと存じ其夜は<ruby><rb>寢</rb><rt>いね</rt></ruby><ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>天水桶を見て候へば<ruby><rb>淡紅色</rb><rt>もゝいろ</rt></ruby>になり桶にも血の付き有る故勘太郎は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>にて人を<ruby><rb>斬</rb><rt>きり</rt></ruby>しやと存ずる處<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>馬喰町米屋の女<ruby><rb>隱居</rb><rt>ゐんきよ</rt></ruby>を殺し金百兩盜みたる者ある由噂仕つるにより扨は勘太郎が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なるか<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby>外に<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>でも致したるかと思ふに<ruby><rb>中裁</rb><rt>なかなほり</rt></ruby>の沙汰もなく<ruby><rb>博奕打</rb><rt>ばくちうち</rt></ruby>の喧嘩なれば是非沙汰の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるに一向何の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>もないは<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>以て女隱居を殺害したるに違ひなしと思ひし<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>家の造作家内の<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>も立派になり皆々<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に存じたる所博奕に廿兩勝た三十兩勝たと<ruby><rb>吹聽</rb><rt>ふいちやう</rt></ruby>致せども是は盜賊の名を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>す心と存ぜしなりと委細申立るに此時大岡殿與力を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ何やらん申渡され又家主勘兵衞と<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>さるゝに勘兵衞は二人を<ruby><rb>睨</rb><rt>にらみ</rt></ruby>ながら進み出づればコレ勘兵衞右勘太郎の<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>は何を致すと尋ねられしに勘兵衞ハツと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>し<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>出來ざりしが<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く<ruby><rb>季節</rb><rt>とき</rt></ruby>の物を商ひ候由申ければ權三助十<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より進み出で勘太郎渡世と申ては外に之なく<ruby><rb>年中</rb><rt>ねんぢう</rt></ruby>博奕のみ致居候間<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>敷存じ<ruby><rb>店中</rb><rt>たなうち</rt></ruby>に差置ては家主の爲に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>まじくと思ひ<ruby><rb>泥工</rb><rt>さくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>棟梁</rb><rt>とうりやう</rt></ruby>權九郎と申者を以て勘太郎<ruby><rb>店立</rb><rt>たなだて</rt></ruby>申入候へば勘兵衞<ruby><rb>以</rb><rt>もつて</rt></ruby>の外に<ruby><rb>憤</rb><rt>いか</rt></ruby>り却て私し共に店立申付候程の事にて何故か勘太郎を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>仕つり候と申せしかば<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て大岡殿大聲に其方家主をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>右體</rb><rt>みぎてい</rt></ruby>の者は訴へ出べきに<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを以て申立る條勘太郎<ruby><rb>同意</rb><rt>どうい</rt></ruby>と思はれる因て<ruby><rb>手錠</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>申付ると勘兵衞に手錠を掛られ<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出すとて皆々白洲を下られけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば勘兵衞は兩人を<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>けるを權三助十は<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ其許は商賣出精爲者には店立を申付博奕を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>などする者を大切に致さるゝ上は覺悟の前なりと今迄<ruby><rb>惡樣</rb><rt>あしざま</rt></ruby>に取扱はれたる<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>ばら</rt></ruby>しの心にて存分に<ruby><rb>云散</rb><rt>いひちら</rt></ruby>してぞ立歸りける勘兵衞は早々勘太郎へ右の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>をせんと長屋へ行きて見るに<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>勘太郎は<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れたりと聞きて<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果てたるばかりなり

## 第十五回

偖も福井町勘兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>勘太郎<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ入牢申付られしが其後大岡殿<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだし</rt></ruby>の上去年<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>十七日の夜中馬喰町馬場の<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに住居罷在る米屋市郎左衞門<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>の老女を殺し金百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取りたる事<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なれば<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるとも<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難し<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状せよと有りければ一向然樣の儀<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え之なく候と申を然らば汝は何を渡世致すやと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに勘太郎<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて<ruby><rb>其季節</rb><rt>そのときどき</rt></ruby>の物を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ仕つり候と申立るを大岡殿季節の商賣と云ふは何を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>て渡世に致候やと申されしかば夏は<ruby><rb>瓜</rb><rt>うり</rt></ruby><ruby><rb>西瓜</rb><rt>すゐくわ</rt></ruby><ruby><rb>桃</rb><rt>もゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>實</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>類</rb><rt>るゐ</rt></ruby><ruby><rb>秋</rb><rt>あき</rt></ruby>は<ruby><rb>梨子</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>柿</rb><rt>かき</rt></ruby>の類など商賣仕つると申せども<ruby><rb>自然</rb><rt>おのづから</rt></ruby><ruby><rb>言語</rb><rt>ごんご</rt></ruby><ruby><rb>濁</rb><rt>にごる</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>イヤ其方家内を<ruby><rb>檢査處</rb><rt>しらべるところ</rt></ruby><ruby><rb>賣歩行</rb><rt>うりあるく</rt></ruby><ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>一ツもなくして家内にはめくり札<ruby><rb>賽</rb><rt>さい</rt></ruby>は<ruby><rb>數多</rb><rt>あまた</rt></ruby>ありしなり此返答は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>られしに勘太郎一言の返答も出來兼ねたり越前守殿コレ勘太郎汝は<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>と云ふ事<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に知れて有るぞ又々吟味せば舊惡有るべし<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>せぬ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>白状致せと申さるれども人殺夜盜の覺えなしと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>させ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に及びしかど白状せぬにより妻子を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され勘太郎如何致して去年十一月より家内造作諸道具等を立派に致し内々金子を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へしや<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるゝに女房は<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ出し私し女の事故一向存じ申さずと云ふ時大岡殿其儀勘太郎申には去年十一月十七日の夜に馬喰町米屋の女<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を殺し金を盜みしと白状致したり<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は其方へ<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>内々博奕に<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>た<ruby><rb>積</rb><rt>つもり</rt></ruby>に<ruby><rb>云觸</rb><rt>いひふら</rt></ruby>したる由其方隱す共勘太郎白状なれば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れず<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て隱せば汝も女ながら<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ゆゑ入牢の上拷問申付けるぞと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>されしかば<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしよく</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>私しは馬喰町にて人を殺したる事は存ぜねども去年<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby>十七日博奕より<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>く歸りし時如何なる故か<ruby><rb>面色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>からず衣類に血が<ruby><rb>付居</rb><rt>つきをり</rt></ruby>し故樣子を尋ね候に<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて喧嘩を致し<ruby><rb>切付</rb><rt>きりつけ</rt></ruby>たれば其者<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>しが跡に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>せし物あるにより<ruby><rb>拾上</rb><rt>ひろひあげ</rt></ruby>て見れば百兩の金を<ruby><rb>紙</rb><rt>かみ</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>水引を掛け上書に奉納と<ruby><rb>書記</rb><rt>かきしる</rt></ruby>し有りし事を承まはり候と申立ければ夫にて<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>と女房は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>歸されたり偖大岡殿<ruby><rb>智略</rb><rt>ちりやく</rt></ruby>を以て勘太郎が妻を<ruby><rb>問糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>されしに委細申立たる故勘太郎が<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>し<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>と知れ拷問嚴敷詮議あれども何分白状なさず因て<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>大岡殿白洲へ呼出され其方は一通りならぬ<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>なれ共<ruby><rb>斯程</rb><rt>かほど</rt></ruby>の<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>に<ruby><rb>合</rb><rt>あふ</rt></ruby>て白状致さぬは又大丈夫なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら汝が妻の詞に百兩の金<ruby><rb>紙</rb><rt>かみ</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby><ruby><rb>奉納</rb><rt>ほうなふ</rt></ruby>と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>水引にて<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び有しと申立て有る上は白状せずとも<ruby><rb>差免</rb><rt>さしゆるす</rt></ruby>と云ふ事なし日々苦痛するは却て<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>と云ふ者なり妻子も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に仕置に行ふべきなれども今白状いたさば<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以て妻子は<ruby><rb>助遣</rb><rt>たすけつかは</rt></ruby>さん夫とも<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を申<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らば見る前にて妻子も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に入牢申付る惡黨は未練を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>さぬ者なり此越前が<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>んだ<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>はないぞと申されければ勘太郎も<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>助かり難しと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>然らば白状仕つらんとて<ruby><rb>居直</rb><rt>ゐなほ</rt></ruby>り米屋の隱居とは存ぜざれども<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby><ruby><rb>忍込</rb><rt>しのびこ</rt></ruby>み切害の上金百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>たるに相違之なくと白状に及びければ<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なりと申され其金百兩有りし事如何して知りたるやと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されしに勘太郎其日小間物屋彦兵衞金子無心を致して居る樣子を<ruby><rb>格子</rb><rt>かうし</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>にて承まはりしが<ruby><rb>黄昏頃</rb><rt>たそがれごろ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>竊</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きし所百兩包を取出し御門跡へ納める金なりと云ひ又<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の引出へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>たる處を見ると<ruby><rb>欲心</rb><rt>よくしん</rt></ruby><ruby><rb>萌</rb><rt>きざ</rt></ruby>し年寄たる女一人<ruby><rb>怖</rb><rt>おそる</rt></ruby>べきに<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ずと思ひ其夜<ruby><rb>忍入</rb><rt>しのびいり</rt></ruby>て殺害なし金子奪ひ取り候と其手續きを一々白状に及びしかば茲に於て<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>又々牢内へ送られける因て彦三郎<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め呼出されしに馬喰町米屋市郎左衞門は<ruby><rb>程經</rb><rt>ほどへ</rt></ruby>たる事ゆゑ大に<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>みながら<ruby><rb>請書</rb><rt>うけがき</rt></ruby>をだし又福井町勘兵衞并に助十權三皆々廿五日南奉行所へ罷出<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>に<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby><ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>を<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>けるに大岡殿<ruby><rb>午後</rb><rt>ひるご</rt></ruby><ruby><rb>未刻過</rb><rt>やつどきすぎ</rt></ruby><ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>橋本町八右衞門一件と<ruby><rb>呼聲</rb><rt>よびこゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つ</rt></ruby>れ各々白洲へぞ出にける

## 第十六回

偖享保九年二月二十五日橋本町八右衞門一件一同呼出に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>皆々白洲へ<ruby><rb>居竝</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>ぶ時馬喰町市郎左衞門と<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>られ昨冬霜月十七日の夜其方<ruby><rb>伯母儀</rb><rt>をばぎ</rt></ruby><ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>の上金百兩盜まれし段訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>右盜賊は小間物屋彦兵衞なりと申故我等<ruby><rb>利解</rb><rt>りかい</rt></ruby>を下し<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>致す樣に申渡たれど彦兵衞に相違なし<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>の敵なりとて<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に吟味を相願ふ故彦兵衞を<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>に及びし處白状により御所刑に申付られたる事存じの通りなり然るに彦兵衞<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>彦三郎と申者今度大坂より來り彦兵衞事<ruby><rb>右等</rb><rt>みぎら</rt></ruby>の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>致す者に非ずと願出るに付段々再吟味に及ぶ處彦三郎が<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>の致す處其方伯母を殺したる者手に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>たり只今其者白状の趣き夫にて承まはれと申渡され又勘太郎に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方米屋の女<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を殺し金百兩奪ひ取たる<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby><ruby><rb>委曲</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申せと云はれしかば勘太郎其儀は私し事<ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆふがた</rt></ruby>馬喰町馬場の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>を通り候<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>出格子</rb><rt>でがうし</rt></ruby>の中にて<ruby><rb>金談</rb><rt>きんだん</rt></ruby>の聲致すにより何事やらんと承まはりしに彦兵衞事<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>の處<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりあし</rt></ruby>く百兩は御門跡に奉納の願ひにて<ruby><rb>御講中</rb><rt>おかうぢう</rt></ruby>に差上る<ruby><rb>積</rb><rt>つもり</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>見給</rb><rt>みたま</rt></ruby>へとて彼女隱居は紙に包みし金子を出して見せたる故<ruby><rb>羨敷</rb><rt>うらやましく</rt></ruby>思ひ我今百兩有らば安樂なるべし役に立ぬ寺への奉納と存じ<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ仕舞置やと<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞき</rt></ruby>しに<ruby><rb>重箪笥</rb><rt>かさねだんす</rt></ruby>の引出へ入れたるを<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>見置</rb><rt>みおき</rt></ruby><ruby><rb>其夜</rb><rt>そのよ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻頃</rb><rt>やつどきごろ</rt></ruby>忍び込み右の金を取らんとする時女隱居目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し何者と聲を立る故是非なく殺し候と申に大岡殿何と市郎左衞門只今<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り本人は勘太郎と云ふ者にて彦兵衞には非ず<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひの心より<ruby><rb>遮</rb><rt>さへぎ</rt></ruby>つて申立罪なき者の命を取し事<ruby><rb>不埓千萬</rb><rt>ふらちせんばん</rt></ruby><ruby><rb>云解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>有るやと申されしかば市郎左衞門は<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>惘果</rb><rt>あきれはて</rt></ruby>何共申譯之なく大いに<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>なし恐れ入り奉つると平伏してぞ居たりける又彦三郎と呼れ其方若年にして<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き段天に通じ父の惡名を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぐ事感ずるに餘りあり又橋本町家主八右衞門并に<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>權三助十其方共彦三郎が孝心を感じ證人となりて<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>を訴へに<ruby><rb>及</rb><rt>および</rt></ruby>し事<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>き身分には<ruby><rb>奇</rb><rt>き</rt></ruby>特の心底なり只今<ruby><rb>聞通</rb><rt>きくとほ</rt></ruby>り人殺夜盜は勘太郎に相違之なし然樣心得よと云はれしかば彦三郎は云ふに及ばず八右衞門權三助十等<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き仕合なりと喜びけり時に大岡殿福井町家主勘兵衞と<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>られ其方家主の身を以て<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby>の惡黨を存ぜず差置き<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致す事如何の心得なるや恐入たるかと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られしかば勘兵衞一言もなく<ruby><rb>平蜘</rb><rt>ひらくも</rt></ruby>の如くになり居たり此時權三助十<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながらと進み出で此儀市郎左衞門<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのよう</rt></ruby>に願上候とも罪もなき者を御仕置に仰付られ候事<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>の御沙汰とも存ぜず然ども市郎左衞門申立より彦兵衞<ruby><rb>御所刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>と<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば下より申上候儀は何事も御取上に相成候や<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ奉つると申出しに彦三郎涙を流し父彦兵衞罪なき事明白に相分り有難く存じ奉つるにより此上の<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>に父彦兵衞が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ候樣に願ひ奉つると申<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>より又八右衞門も<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby>彦三郎儀罪なき父を殺し候<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みなりとて私しを敵と申候儀<ruby><rb>道</rb><rt>だう</rt></ruby>理に存候<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば天下の御奉行樣にも罪なき者を<ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>に仰付られしは同樣ならんか併し<ruby><rb>尊</rb><rt>たつと</rt></ruby>き御方故<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に相濟候事や私しどもが<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>に<ruby><rb>缺</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる事あらば重き<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとがめ</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうぶ</rt></ruby>るべし願くは彦兵衞を<ruby><rb>御返下</rb><rt>おかへしくだ</rt></ruby>され候樣に願ひ奉つると申ければ大岡殿<ruby><rb>無言</rb><rt>むごん</rt></ruby>にて居られし故權三助十は大岡殿を一番<ruby><rb>言込</rb><rt>いひこめ</rt></ruby><ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>させんと思ひ天下に於て<ruby><rb>御器量</rb><rt>ごきりやう</rt></ruby>第一と云ふ御奉行樣にも<ruby><rb>弘法</rb><rt>こうぼふ</rt></ruby>も筆の<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまち</rt></ruby><ruby><rb>定</rb><rt>さだめ</rt></ruby>て<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>と思召すならんが罪なく死したる彦兵衞が身は如何遊ばさるゝやと口々に申故大岡殿皆々<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>と<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られしを權三助十<ruby><rb>默止</rb><rt>だまり</rt></ruby>ますまい此一件彦三郎申分相立候樣に<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を願ひ奉つると云ふに八右衞門彦三郎も<ruby><rb>進出</rb><rt>すゝみいで</rt></ruby><ruby><rb>權</rb><rt>ごん</rt></ruby>三助十<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>喧</rb><rt>かまび</rt></ruby>すしくこそ申けれ

## 第十七回

扨も越前守殿には<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>默</rb><rt>もく</rt></ruby>して居られしが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て一同控へ居よと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れコリヤ彦三郎其方共に<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby><ruby><rb>云込</rb><rt>いひこめ</rt></ruby>られ此越前一言もなし之に因て彦三郎へ<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す夫にて皆々<ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby>致せと白洲の外に控へ居たる一人の男を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されしに久しく日の目を見ざりしと見え<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>は<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>けれ共<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>肥太</rb><rt>こえふと</rt></ruby>りたりイザ此者を遣すぞ皆々<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>せよと申されしかば<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby>不思議に思ひ其人を見れば<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は如何に去冬御仕置になりし彦兵衞なり彦兵衞は彦三郎を見るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や白洲をも<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず涙を流し汝は彦三郎なるかと手を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りしかば皆一同に<ruby><rb>惘果</rb><rt>あきれはて</rt></ruby>たるばかりなり時に大岡殿申さるゝは此彦兵衞儀白状は致せしかど其<ruby><rb>口振</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>と云ひ<ruby><rb>人體</rb><rt>じんてい</rt></ruby>と申し<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>は<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>思ひ外に罪有る者牢死せしを<ruby><rb>身代</rb><rt>みがはり</rt></ruby>の<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>になし彦兵衞は<ruby><rb>助命</rb><rt>じよめい</rt></ruby>させ置たり然るに果して勘太郎と云ふ本人出しは我も<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ぶぞ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に彦三郎が孝心に因る處一ツは八右衞門が<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ權三助十の<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>より起る處又某に對して惡口せしは惡口に似て惡口に非ず其方どもが如き者<ruby><rb>町方</rb><rt>まちかた</rt></ruby>に有るは我も悦びの一ツなり彦兵衞は渡し遣はす又々追て呼出すとて<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られしかば皆々悦び<ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>む事<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなく大岡殿の<ruby><rb>深慮</rb><rt>しんりよ</rt></ruby>を感伏したりけり此外に<ruby><rb>出會</rb><rt>いであは</rt></ruby>せし<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>訴訟人迄も涙も流し感ぜぬ者は<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りしとぞ扨又大岡殿は市郎左衞門に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ罪を<ruby><rb>償</rb><rt>あがな</rt></ruby>ふには<ruby><rb>首代</rb><rt>くびだい</rt></ruby>と云ふ事あり<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て其方伯母より借たる<ruby><rb>雜物</rb><rt>ざふもつ</rt></ruby>は富松町質屋六兵衞方にて五十兩<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>其金を以て小間物荷を<ruby><rb>買調</rb><rt>かひとゝの</rt></ruby>へたる故其小間物は一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>取上物</rb><rt>とりあげもの</rt></ruby>と成しが今度彦兵衞へ下さるゝなり<ruby><rb>然上</rb><rt>しかるうへ</rt></ruby>は右五十兩并に<ruby><rb>利息</rb><rt>りそく</rt></ruby>を六兵衞方へ遣はさねば相成るまじ彦兵衞事病氣と云ひ大坂へ立歸る<ruby><rb>路金</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>にも<ruby><rb>差閊</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>るならんにより右五十兩の金は其方より六兵衞方へ<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんぢやう</rt></ruby>致して遣はせ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>申に於ては此方に<ruby><rb>存寄</rb><rt>ぞんじより</rt></ruby>ありと申渡されしかば<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つると返答に及びたり又質屋六兵衞其方儀は彦兵衞が<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け置たる<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>盜物</rb><rt>ぬすみもの</rt></ruby>となり取上し所今明白に相分り不正の品に之なき上は右五十兩<ruby><rb>元利共</rb><rt>ぐわんりとも</rt></ruby>彦兵衞より勘定致すべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれども只今承まはる通り故米屋市郎左衞門より受取と申渡されけり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て又勘太郎儀は獄門同人妻子は<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby><ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>取上となり家主勘兵衞は役柄不相應殊に惡黨の勘太郎より金を<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>成者</rb><rt>なるもの</rt></ruby>を追立候儀勘太郎同類に<ruby><rb>等</rb><rt>ひとし</rt></ruby>く<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>くも仰付られべく處格別の御慈悲を以て家財取上追放申付られ家主家財勘太郎家財とも權三助十へ下さるゝ間<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>申<ruby><rb>合</rb><rt>あはせ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべく<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>致せと申渡され又勘太郎<ruby><rb>有金</rb><rt>ありがね</rt></ruby>六十兩は彦三郎并に權三助十へ廿兩宛下し置れ權三は勘兵衞<ruby><rb>跡役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>となり町の事なれば<ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>心添</rb><rt>こゝろぞへ</rt></ruby>を八右衞門に申付る又名主儀は<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞか</rt></ruby>ざる故家主の善惡も<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へざる段<ruby><rb>不束</rb><rt>ふつゝか</rt></ruby>なり以來<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろつけ</rt></ruby>候樣致すべき旨申渡され一件落着とぞなりける是先に一旦彦兵衞<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>と成りしは大岡殿申されし通り獄中にて病死の者の首を<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>彦兵衞重罪なればとて<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>の皮を<ruby><rb>剥</rb><rt>むき</rt></ruby>て獄門に<ruby><rb>梟</rb><rt>かけ</rt></ruby>られしかば皆々彦兵衞は全く御所刑に成りし事と心得居たるを<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に善惡を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されし故世の人彦兵衞は<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に死なざりし事を知り<ruby><rb>後世</rb><rt>こうせい</rt></ruby>に<ruby><rb>皮剥</rb><rt>かはむき</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>とて<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>の<ruby><rb>名譽</rb><rt>めいよ</rt></ruby>を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>されたり

小間物屋彦兵衞一件終

  


## 後藤半四郎一件

  


<ruby><rb>後藤半四郎</rb><rt>ごとうはんしらう</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>仁</rb><rt>じん</rt></ruby>は以て<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>に<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>儉</rb><rt>けん</rt></ruby>は以て<ruby><rb>用</rb><rt>もちゐ</rt></ruby>るに<ruby><rb>足</rb><rt>たる</rt></ruby><ruby><rb>和</rb><rt>くわ</rt></ruby>にして<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>めず<ruby><rb>寛</rb><rt>くわん</rt></ruby>にして<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>だん</rt></ruby>ずと<ruby><rb>眞</rb><rt>まこと</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>徳川八代將軍吉宗公の御代名譽の<ruby><rb>官吏</rb><rt>やくにん</rt></ruby>多しと雖も<ruby><rb>就中</rb><rt>なかんづく</rt></ruby>大岡越前守<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>殿は享保二年より元文元年まで二十年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>市尹</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby><ruby><rb>勤役中</rb><rt>きんやくちう</rt></ruby>裁許の件々其明斷を稱する事世の人の知る所にして天一坊越後傳吉村井長庵又は小間物屋彦兵衞の<ruby><rb>皮剥</rb><rt>かはむき</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>煙草屋喜八其他種々樣々の<ruby><rb>裁斷</rb><rt>さばき</rt></ruby>有しが茲に<ruby><rb>説出</rb><rt>ときいだ</rt></ruby>す<ruby><rb>後藤半四郎</rb><rt>ごとうはんしらう</rt></ruby>と云者は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>土民の子なれども<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>にして能五常を守り<ruby><rb>爾</rb><rt>しか</rt></ruby>も天然の大力ありと雖も是を<ruby><rb>平常</rb><rt>つね</rt></ruby>に顯さず仁義を專らになし強きを<ruby><rb>挫</rb><rt>くぢ</rt></ruby>き弱きを助け金銀を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>まず人の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を救ふ此故に大岡殿の<ruby><rb>吹擧</rb><rt>すゐきよ</rt></ruby>に預りて將軍家の<ruby><rb>御旗本</rb><rt>おはたもと</rt></ruby>となり領地五百石を賜り其子孫徳川氏の末まで<ruby><rb>連綿</rb><rt>れんめん</rt></ruby>と<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>せり或人の歌に

<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>き人の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>にも人ぞなき人になせ人人になれ人

と詠じし心に<ruby><rb>協</rb><rt>かな</rt></ruby>ひしは實に此半四郎のこと成べし茲に<ruby><rb>其素性</rb><rt>そのすじやう</rt></ruby>を尋るに<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>讃州丸龜在高野村の百姓半左衞門と云者二人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もて</rt></ruby>り兄を半作と<ruby><rb>號</rb><rt>よび</rt></ruby>弟を半四郎と云此兄の半作は至つて<ruby><rb>穩當</rb><rt>をんたう</rt></ruby>の<ruby><rb>生質</rb><rt>おひたち</rt></ruby>なれば是所謂<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>の甚六とか云が如し然れども惣領の<ruby><rb>甚</rb><rt>じん</rt></ruby>六<ruby><rb>々々</rb><rt>〱</rt></ruby>と世間にては<ruby><rb>馬鹿者</rb><rt>ばかもの</rt></ruby>の樣に云ども<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>にあらず既に諸侯にては御嫡子と稱し町人ならば家の<ruby><rb>跡取</rb><rt>あととり</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>家農家などにては<ruby><rb>遺跡</rb><rt>ゐせき</rt></ruby>樣と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>は<ruby><rb>遺跡</rb><rt>ゐせき</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>が<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>説明</rb><rt>ときあか</rt></ruby>せば<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>に<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>るゝは<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に<ruby><rb>果報</rb><rt>くわはう</rt></ruby>ある事なれば<ruby><rb>貴賤</rb><rt>きせん</rt></ruby>に<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>らず<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>は<ruby><rb>其家</rb><rt>そのいへ</rt></ruby>の<ruby><rb>相續人</rb><rt>さうぞくにん</rt></ruby>なり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>を<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>へて<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>右大將頼朝公</rb><rt>うだいしやうよりともこう</rt></ruby>にも<ruby><rb>源家</rb><rt>げんけ</rt></ruby>の<ruby><rb>御惣領</rb><rt>ごそうりやう</rt></ruby>なりしが一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>清盛公</rb><rt>きよもりこう</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>を<ruby><rb>狹</rb><rt>せば</rt></ruby>められて<ruby><rb>蛭</rb><rt>ひる</rt></ruby>ヶ小島へ<ruby><rb>流罪</rb><rt>るざい</rt></ruby>と成せられたれども終には石橋山に義兵を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>られし處其軍利なくして<ruby><rb>伏木</rb><rt>ふしき</rt></ruby>の穴に<ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>れ給ひしを梶原が二心より危き御身を助り夫より御運を開かれ其後自身に<ruby><rb>戰場</rb><rt>せんぢやう</rt></ruby>へ向はれし事なく<ruby><rb>木曽義仲公</rb><rt>きそよしなかこう</rt></ruby><ruby><rb>追討</rb><rt>つゐたう</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>きざみ</rt></ruby>は御舍弟範頼義經兩<ruby><rb>公達</rb><rt>きんだち</rt></ruby>に命ぜられ宇治瀬田の二道より進で一戰に木曽氏を<ruby><rb>討亡</rb><rt>うちほろ</rt></ruby>ぼし續いて兩御舍弟を大將となし一ノ谷の戰ひに平家の十萬騎を<ruby><rb>討平</rb><rt>うちたひら</rt></ruby>げ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>んで<ruby><rb>屋島</rb><rt>やしま</rt></ruby><ruby><rb>壇</rb><rt>だん</rt></ruby>の<ruby><rb>浦</rb><rt>うら</rt></ruby>の戰ひに平家を<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く討亡ばして源氏一統の御代となし御自分は<ruby><rb>鎌倉</rb><rt>かまくら</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>ながら日本<ruby><rb>草創</rb><rt>さうさう</rt></ruby>武家の天下として武將の元祖と<ruby><rb>仰</rb><rt>あふ</rt></ruby>がれ給ふ事是頼朝公は惣領の甚六なれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と大徳の<ruby><rb>備</rb><rt>そなは</rt></ruby>られし事斯の如くなり又其御舍弟の兩人は現在其功を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はされしかば人々大いに是を<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>利口</rb><rt>りこう</rt></ruby><ruby><rb>發明</rb><rt>はつめい</rt></ruby>の樣に思はるゝなり則ち義經卿近くは<ruby><rb>眞田幸村</rb><rt>さなだゆきむら</rt></ruby>又平家にても知盛卿など皆其類にして漢の高祖の<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>獵師</rb><rt>れふし</rt></ruby>と<ruby><rb>獵犬</rb><rt>れふけん</rt></ruby>の功に違ひ有が如し然りと雖も百姓半左衞門の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>半作より弟半四郎の方は生れ<ruby><rb>質</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きもあり又大力無双なれども<ruby><rb>温順</rb><rt>をんじゆん</rt></ruby>にして兄弟共至つて親に孝行を盡し<ruby><rb>兄弟</rb><rt>はらから</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>睦</rb><rt>むつ</rt></ruby>ましく兄は弟を思ひ弟は兄を<ruby><rb>尊敬</rb><rt>うやまひ</rt></ruby><ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby><ruby><rb>農業</rb><rt>のうげふ</rt></ruby><ruby><rb>耕作</rb><rt>かうさく</rt></ruby><ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>なく<ruby><rb>精</rb><rt>せい</rt></ruby>を出し<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>ある時は山に入て<ruby><rb>薪</rb><rt>たきゞ</rt></ruby>を<ruby><rb>樵</rb><rt>こり</rt></ruby>或ひは<ruby><rb>日雇</rb><rt>ひよう</rt></ruby>走り使ひ等に雇はれ兩人とも晝夜を分たず<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎて親半左衞門を大切に<ruby><rb>養育</rb><rt>やういく</rt></ruby>なし殊に半四郎は至て正直律儀なる者故近所隣村の者ども半四郎々々とて何事に<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み使ひて<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>せしが人にはなくて<ruby><rb>七癖</rb><rt>なゝくせ</rt></ruby>と言如く半四郎事<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>酒好</rb><rt>さけずき</rt></ruby>にて<ruby><rb>古</rb><rt>いに</rt></ruby>しへの<ruby><rb>酒呑童子</rb><rt>しゆてんどうじ</rt></ruby>も三舍を<ruby><rb>避</rb><rt>さけ</rt></ruby>る程の大酒なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども喧嘩口論は勿論何程に<ruby><rb>酩酊</rb><rt>めいてい</rt></ruby>なすとも夢中に成て<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ或ひは家業を<ruby><rb>怠惰</rb><rt>おこたり</rt></ruby>しと云事なく只酒を飮を<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みとして<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>兄を助ける故人々<ruby><rb>心隔</rb><rt>こゝろおき</rt></ruby>なく半四郎を用ひしとぞ右半四郎の親類に<ruby><rb>佐次</rb><rt>さじ</rt></ruby>右衞門と云者あり是は相應の百姓にて田地百五十石を所持なし居たりしが<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby>此佐次右衞門<ruby><rb>伊豫國</rb><rt>いよのくに</rt></ruby><ruby><rb>松山</rb><rt>まつやま</rt></ruby>の親類へ<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>五十兩送るべき事ありしに大金の事故<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を雇ふより<ruby><rb>年若</rb><rt>としわか</rt></ruby>なれ共半四郎の方が<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>ならんとて右五十兩の金に手紙を添て<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>せしかば半四郎は是を請取て<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>し急用なれば<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に<ruby><rb>旅支度</rb><rt>たびじたく</rt></ruby>して<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>せんとするを見て親半右衞門兄半作ともに是を<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひ如何に急用なればとて大金を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>ながら夜道を<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>は不用心なり<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>今日も<ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りゆえ<ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>の朝早く出立して參るべしと種々に<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めけれ共半四郎は殊に大力と云<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>も<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れたれば一向承知せず必らず御案事あるな<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>追剥</rb><rt>おひはぎ</rt></ruby>など<ruby><rb>出逢</rb><rt>であふ</rt></ruby>事あらば打倒して仕舞ふ分なり少しも<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>たり元より足も達者にて一日に四十里づつ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby><ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しき若者なれば程なく松の尾と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>宿迄</rb><rt>しゆくまで</rt></ruby><ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りしに最早<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>日は暮て<ruby><rb>戌刻頃</rb><rt>いつゝごろ</rt></ruby>とも思ひしゆゑ夜道をするに空腹なる時は途中にて<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>るならんと<ruby><rb>只</rb><rt>と</rt></ruby>ある杉酒屋へ入て酒を五合<ruby><rb>熱燗</rb><rt>あつかん</rt></ruby>に<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ何ぞ<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>はなきやと問に最早<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>賣切</rb><rt>うりきれ</rt></ruby><ruby><rb>鰹</rb><rt>かつを</rt></ruby>の<ruby><rb>鹽辛</rb><rt>しほから</rt></ruby>ばかりなりと答へけるを<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は何よりの品なりとて五合の酒を鹽辛にて忽ち<ruby><rb>飮干</rb><rt>のみほ</rt></ruby>し又五合つけて<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されと云に亭主は<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ若者なれど<ruby><rb>怖</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しき酒飮もあるものと思ひお前さん其樣に飮れますかと<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>ければ半四郎は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>ナニ一升や二升は朝飯前に<ruby><rb>飮</rb><rt>やり</rt></ruby>ますと云に亭主は<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>又五合出せしに是をも<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>て飯を<ruby><rb>喰</rb><rt>くひ</rt></ruby>勘定をする<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から表の方より雲助ども五六人どや〱と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>來り<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>仕舞れしかモシ<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>ながら一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>飮ませて下せいと云つゝ<ruby><rb>鉢</rb><rt>はち</rt></ruby>にありし<ruby><rb>鹽漬</rb><rt>しほづけ</rt></ruby>の<ruby><rb>唐辛子</rb><rt>たうがらし</rt></ruby>を<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>に何れも五郎八<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ぢやわん</rt></ruby>にて<ruby><rb>冷酒</rb><rt>ひやざけ</rt></ruby>をぐびり〱と飮居たりしが今半四郎が<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>より錢を出し酒飯の<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>を勘定する處をじろりと見るに胴卷には彼の<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれたる金子五十兩<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>が<ruby><rb>蛙</rb><rt>かへる</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>し樣に成て有ければ雲助共<ruby><rb>眼配</rb><rt>めくば</rt></ruby>せをしながら<ruby><rb>片隅</rb><rt>かたすみ</rt></ruby>へより何か<ruby><rb>密々</rb><rt>ひそ〱</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>つい</rt></ruby>と半四郎の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へより是もし<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>さん御前は是から何處へ行つしやると云に半四郎は何心なく<ruby><rb>私</rb><rt>わた</rt></ruby>しは是から夜通しに松山迄參りますと云つゝ<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>居るに雲助共それなら夜道は<ruby><rb>物騷</rb><rt>ぶつさう</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に乘て<ruby><rb>御呉</rb><rt>おくん</rt></ruby>なせへ夫に今見れば<ruby><rb>率爾</rb><rt>ぶしつけ</rt></ruby>ながら胴卷には大分御金を持て御出なさる樣子是から先は松原で<ruby><rb>寂寞</rb><rt>さびしい</rt></ruby>道だ見れば<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby>御年も行ぬ御若衆御一人にては不用心<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に乘て御出なせへと云に半四郎は大に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り夫は〱御前方御深切にさう云て<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるゝが私しは<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>も駕籠が<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひなり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>仕合に足が達者で日に廿里三十里は<ruby><rb>樂</rb><rt>らく</rt></ruby>に<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>ますから先駕籠は<ruby><rb>止</rb><rt>よし</rt></ruby>に仕ませうと<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>を<ruby><rb>締直</rb><rt>しめなほ</rt></ruby>し支度をして行んとする故<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>に居る雲助共は<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>ヤイ〱<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>そんな事で<ruby><rb>行</rb><rt>いけ</rt></ruby>る者か何でも乘て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>へ〱今時<ruby><rb>生若</rb><rt>なまわか</rt></ruby>い者が大金を持て夜通しに松山迄<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>と云は怪い奴だ飛脚と云ではなし大方若いのが主人の金を<ruby><rb>盜出</rb><rt>ぬすみだ</rt></ruby>したに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひはあるめへ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て乘ずば<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>へ〱そんな奴に此街道を<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>られて<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>るものかオイ若衆酒代を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひやしやうと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>しも又表より雲助共三四人どや〱と入來りて大勢<ruby><rb>徒黨</rb><rt>とたう</rt></ruby>して<ruby><rb>騙</rb><rt>ゆす</rt></ruby>り懸しが中にも酒機嫌の者は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なり<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き倒せ<ruby><rb>打偃</rb><rt>うちのめ</rt></ruby>して胴卷の金を取れと<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ立オヽさうだ違ひねへ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>で主人の金をせしめたのだ<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>からも<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>の<ruby><rb>來</rb><rt>くる</rt></ruby>氣遣はねへ<ruby><rb>〆</rb><rt>しめ</rt></ruby>ろ〱と一同に飛懸らんずる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>ゆゑ半四郎は心の中に<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は此奴等我は<ruby><rb>年端</rb><rt>としは</rt></ruby>も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ若者と<ruby><rb>侮</rb><rt>あなど</rt></ruby>り<ruby><rb>訝</rb><rt>おつ</rt></ruby>な處へ氣を廻し酒代を<ruby><rb>騙</rb><rt>ゆす</rt></ruby>りに懸りしは不屆千萬とは思へ共<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やはら</rt></ruby>げもし〱御前方はマアとんだ事を<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>つしやる我はそんな不屆な者ではなく<ruby><rb>丸龜在</rb><rt>まるがめざい</rt></ruby><ruby><rb>高野村</rb><rt>かうやむら</rt></ruby>の百姓半左衞門が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>半四郎と云者親類から頼まれたる<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>にて松山の親類へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>に相違なく急用故に夜道をするが怪い者には決してござらぬと云に雲助共は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ずそんなら<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかだい</rt></ruby>を置て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆけ</rt></ruby>只通してなるものかと半四郎一人を<ruby><rb>取卷</rb><rt>とりまき</rt></ruby>ける故半四郎も今は是非なく<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>内懷</rb><rt>うちふところ</rt></ruby>にて胴卷を<ruby><rb>確</rb><rt>しつ</rt></ruby>かと結び帶をも手早く<ruby><rb>〆直</rb><rt>しめなほ</rt></ruby>し三十六計逃るに<ruby><rb>如</rb><rt>しか</rt></ruby>じと<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を見合せひよいと身を<ruby><rb>躍</rb><rt>をどら</rt></ruby>せて奴等が<ruby><rb>股</rb><rt>また</rt></ruby>を<ruby><rb>潜</rb><rt>くゞ</rt></ruby>り<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>表の方へ駈出すにヤレ逃すなと<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかく</rt></ruby>るを表に待たる仲間の雲助共おつと兄イさう<ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>く<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>ものかと捕へしを半四郎は振拂ひ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んとすれば雲助共は<ruby><rb>追取卷</rb><rt>おつとりまき</rt></ruby>どつこい<ruby><rb>遁</rb><rt>にが</rt></ruby>して成ものか<ruby><rb>此小童</rb><rt>このこわつぱ</rt></ruby>めどうするか見ろ<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>くば<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>を置て行と<ruby><rb>懷</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ手を入れければ<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>勘忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby>はならずと半四郎は其腕を取て<ruby><rb>逆</rb><rt>さかさ</rt></ruby>に<ruby><rb>捻上</rb><rt>ねぢりあげ</rt></ruby>向うの方へ突飛すに大力のはずみなれば<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>返りを打て四五間先へ倒れたり是を見て雲助共は少し<ruby><rb>後逡</rb><rt>あとずさり</rt></ruby>をなせしがイヤ恐しい<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>平氣な<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をして居をる<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>惣蒐</rb><rt>そうがか</rt></ruby>りにて叩き倒せと手に〱<ruby><rb>息杖</rb><rt>いきづえ</rt></ruby>を振り上打て<ruby><rb>蒐</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るに半四郎も酒屋の<ruby><rb>軒下</rb><rt>のきした</rt></ruby>にありし<ruby><rb>縁臺</rb><rt>えんだい</rt></ruby>を押取觀念しろと云ながら<ruby><rb>片端</rb><rt>かたはし</rt></ruby>よりばらり〱と打拂ひければ<ruby><rb>瞬間</rb><rt>またゝくひま</rt></ruby>に八九人の雲助共殘らず<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き倒され<ruby><rb>這々</rb><rt>はう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて散々に逃行ける故半四郎は其儘<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby><ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を早めて此所を立去りつゝやれ〱危き目に<ruby><rb>遭</rb><rt>あふ</rt></ruby>ものかな何さま親父殿や<ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>は夜道は<ruby><rb>浮雲</rb><rt>あぶ</rt></ruby>なき故朝立にせよと言れしは今こそ思ひ當りたれと<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>なして急ぎけり

## 第二回

偖又雲助共は再び一所に<ruby><rb>集合</rb><rt>あつまり</rt></ruby>己れは<ruby><rb>脛</rb><rt>すね</rt></ruby>を拂はれ<ruby><rb>汝</rb><rt>われ</rt></ruby>は腰を打れたりと皆々<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>摩</rb><rt>さす</rt></ruby>り又は<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>など<ruby><rb>裂</rb><rt>さい</rt></ruby>て卷くもあり是では渡世が六ヶ敷と<ruby><rb>詢言々々</rb><rt>つぶやき〱</rt></ruby>八九人の雲助共怪我をせぬ者なかりしかば如何にも殘念なり此意趣晴を<ruby><rb>仕度</rb><rt>した</rt></ruby>けれ共彼奴は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>一通りの奴にあらず怖しい<ruby><rb>手利</rb><rt>てきゝ</rt></ruby>ゆゑ五人や十人では<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ難し仲間の者を大勢<ruby><rb>談合</rb><rt>かたらひ</rt></ruby>早々追駈三里の松原にて<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>なし彼奴を打殺し胴卷の金を取て<ruby><rb>頭割</rb><rt>あたまわり</rt></ruby>にせんとて彼是二十人ばかり呼集め何でも奴は恐い<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>だと云ひおつたから<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し時分なれ共<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>三里の松原までは懸る氣遣ひなし本海道を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>るより<ruby><rb>裏道</rb><rt>うらみち</rt></ruby>を<ruby><rb>駈拔</rb><rt>かけぬけ</rt></ruby>んとて皆々駈出し<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て三里の松原に出で大勢の雲助共今や來ると<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>かなたこなた</rt></ruby>に<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>み手ぐすね引て待伏たり半四郎は<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>ならぬ身の夢にも知ずたどり〱て<ruby><rb>道芝</rb><rt>みちしば</rt></ruby>の<ruby><rb>露</rb><rt>つゆ</rt></ruby><ruby><rb>踏分</rb><rt>ふみわけ</rt></ruby>つゝ程なくも三里の松原へ差懸るに木の間の月は<ruby><rb>晃々</rb><rt>くわう〱</rt></ruby>とさし<ruby><rb>昇</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り最早夜の<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつ</rt></ruby>時分共思ふ頃<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>原中</rb><rt>はらなか</rt></ruby>まで來りしに最前より待設けたる雲助共松の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より前後左右に<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と<ruby><rb>現</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ出でヤイ〱<ruby><rb>小童子</rb><rt>こわつぱ</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby><ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>松の尾の酒屋では<ruby><rb>能</rb><rt>よう</rt></ruby>も〱我等を打倒し居ツたな<ruby><rb>其意趣晴</rb><rt>そのいしゆばら</rt></ruby>しに<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>を<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き殺して金も衣類も<ruby><rb>剥取</rb><rt>はぎとる</rt></ruby>なり覺悟<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>をれと詰寄するに流石の半四郎も仰天し<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>三<ruby><rb>方</rb><rt>ばう</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>大勢に見込れては我が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>はとても<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>ものなり<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ迄も<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で手込になされんや命の限り腕かぎり<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き散して<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>らんものと<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らの松の木を<ruby><rb>楯</rb><rt>たて</rt></ruby>に取サア<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>い汝等片端より<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>り殺して呉んずと身構たれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>手振</rb><rt>てぶら</rt></ruby>にて何の<ruby><rb>得物</rb><rt>えもの</rt></ruby>のなきを付込惡者共は聲々に人の來ぬ間に打殺せと先に進みし一人が<ruby><rb>振揚</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby>かゝる<ruby><rb>息杖</rb><rt>いきづゑ</rt></ruby>を飛違へ<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>もぎ取て手早く<ruby><rb>腋腹</rb><rt>ひばら</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>ければウンと計りに倒れたり續て懸るを<ruby><rb>引外</rb><rt>ひつぱづ</rt></ruby>し空を打せて<ruby><rb>踉蹌</rb><rt>よろめく</rt></ruby>所を<ruby><rb>直</rb><rt>つ</rt></ruby>と飛込で<ruby><rb>襟元</rb><rt>えりもと</rt></ruby><ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み遙か向へ<ruby><rb>投退</rb><rt>なげのけ</rt></ruby>れば其餘の者共追取卷ソレ打殺せと云まゝに十五六人四方より<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>やたらに打懸るに半四郎は只一生懸命奪ひ取たる<ruby><rb>息杖</rb><rt>いきづゑ</rt></ruby>にて多勢を相手に<ruby><rb>薙立々々</rb><rt>なぎたて〱</rt></ruby>四角八面に打合折柄半四郎が持たる<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>は忽ち中より折れたりけり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らじと<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>せば雲助共はソレ逃すなと一同に追駈來るを半四郎は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝだけは<ruby><rb>逃延</rb><rt>にげのび</rt></ruby>んと一<ruby><rb>驂走</rb><rt>さんばし</rt></ruby>りに二三町<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をも<ruby><rb>吐</rb><rt>つか</rt></ruby>ず逃たりしが惡者共は何所迄もと猶も<ruby><rb>間近</rb><rt>まぢかく</rt></ruby><ruby><rb>逐來</rb><rt>おひきた</rt></ruby>る故に半四郎は如何にもして逃行んとする<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>幸ひ<ruby><rb>脇道</rb><rt>わきみち</rt></ruby>の有しかば身を<ruby><rb>飜</rb><rt>ひるが</rt></ruby>へして逃込を惡者共は七八人<ruby><rb>裏手</rb><rt>うらて</rt></ruby>へ廻り立<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>み前後より追迫るにぞ半四郎は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>絶體絶命</rb><rt>ぜつたいぜつめい</rt></ruby><ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>なる<ruby><rb>榛</rb><rt>はん</rt></ruby>の木をヤツと聲かけ<ruby><rb>根限</rb><rt>ねこぎ</rt></ruby>になしサア來れと身構へたり之を見るより雲助ども十七八人<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と追取卷て<ruby><rb>打蒐</rb><rt>うちかゝ</rt></ruby>るを事共なさず半四郎は力に任せて<ruby><rb>打合</rb><rt>うちあへ</rt></ruby>ども死生知らずの雲助ども十七八人<ruby><rb>群</rb><rt>むら</rt></ruby>がり立此方は助る味方もなく只一人の事なれば大力無双の身なれども<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>よりの打合に今は<ruby><rb>勢根</rb><rt>せいこん</rt></ruby>も<ruby><rb>盡果</rb><rt>つきはて</rt></ruby>たれば<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>を<ruby><rb>踏外</rb><rt>ふみはづ</rt></ruby>し<ruby><rb>躚</rb><rt>よろめ</rt></ruby>く所を雲助共夫れ〱<ruby><rb>占</rb><rt>しめ</rt></ruby>たぞ今一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き殺して<ruby><rb>剥取</rb><rt>はぎとれ</rt></ruby>と折重なつて打倒すに半四郎も<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はずと一生懸命の聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>人殺し〱助て呉れ〱と呼はれ共<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>夜も<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>し原中なれば人影とては更になく松吹風の音のみゆゑ雲助共は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>手取足取引倒し已に<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>よと見えたる折柄一人の<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>此松原を通り懸り其樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに一人の若者を大勢にて追取卷<ruby><rb>組</rb><rt>くん</rt></ruby>づ<ruby><rb>解</rb><rt>ほぐ</rt></ruby>れつ戰ふ有樣善か惡かは分らね共若者の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き<ruby><rb>凡人</rb><rt>ぼんじん</rt></ruby>ならず天晴の手練かなと感じ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>らに見て居たるに今<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>の雲助に<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>伏</rb><rt>ふせ</rt></ruby>られ已に一命も危く見ゆる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>武士は立上り何は<ruby><rb>兎</rb><rt>とも</rt></ruby>あれ惜き若者見殺しにするも<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なし<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて呉んと<ruby><rb>鍛</rb><rt>きた</rt></ruby>え上たる<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>禪杖</rb><rt>ぜんぢやう</rt></ruby>を追取松の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より<ruby><rb>躍</rb><rt>をど</rt></ruby>り出で<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な欲心衆生の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共命が惜くば逃去べしコレ若衆氣を<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に持れよ我等助けて<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせんと聲を懸けるに雲助共は振返りヤア<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な入らざる入道め<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に成佛させんと打て蒐るを武士は<ruby><rb>閃</rb><rt>ひら</rt></ruby>りと體を<ruby><rb>引外</rb><rt>ひつぱづ</rt></ruby>し<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>らば目に物見せんずぞ彼禪杖にて片端よりばらり〱と討倒せば雲助共は大に驚き<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は恐ろしき入道かな<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>ての<ruby><rb>物種</rb><rt>ものだね</rt></ruby>なり逃ろ〱と聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずに逃出すを猶武士は<ruby><rb>鐵杖</rb><rt>てつぢやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>るを幸ひ<ruby><rb>打据</rb><rt>うちすゑ</rt></ruby>たり因て雲助共は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を打れ<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>も<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>め或は向う<ruby><rb>脛</rb><rt>ずね</rt></ruby>を<ruby><rb>薙</rb><rt>なぎ</rt></ruby>られて皆々半死半生になり散々にこそ逃去けれ武士は是を見て<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑ひ扨も<ruby><rb>能氣味哉</rb><rt>よききみかな</rt></ruby><ruby><rb>惡漢共</rb><rt>わるものども</rt></ruby>は<ruby><rb>逃失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>たりと云つゝ半四郎の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立寄是々氣を<ruby><rb>確</rb><rt>たし</rt></ruby>かに持れよと<ruby><rb>抱起</rb><rt>だきおこ</rt></ruby>して懷中の氣付を與へ清水を<ruby><rb>掬</rb><rt>むす</rt></ruby>びて口に<ruby><rb>注</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎなどして<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>なしけるに半四郎は未だ口は<ruby><rb>利</rb><rt>きか</rt></ruby>ざれども眼を開き追々に<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>も入たる樣子を見て<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>強き<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>もなかりしや<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>は何國の者ぞ又如何成る用事有て夜中只一人此原中を通り懸りしやと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ふに半四郎は漸々に氣を<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつけ</rt></ruby>是は〱何方樣かは存ぜね共危き命を御助け下されし事<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難く此御恩生々世々忘れ申まじ私しは<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby><ruby><rb>丸龜在</rb><rt>まるがめざい</rt></ruby><ruby><rb>高野村</rb><rt>かうやむら</rt></ruby>の百姓半左衞門の次男半四郎と申者に候が<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>より<ruby><rb>頼</rb><rt>たのま</rt></ruby>れし急用にて<ruby><rb>伊豫</rb><rt>いよ</rt></ruby>の松山迄參る途中先刻松の尾と申宿にて夜食の<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から雲助ども理不盡に酒代を<ruby><rb>搖</rb><rt>ゆす</rt></ruby>りかけ候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく大勢を打散して<ruby><rb>逃參</rb><rt>にげまゐ</rt></ruby>りし所に早くも<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共大勢<ruby><rb>徒黨</rb><rt>とたう</rt></ruby>して此の如く危き目に<ruby><rb>出遭</rb><rt>であひ</rt></ruby>し<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>夫と申も實は親類より金子五十兩を預り居候故此金を目懸惡漢共に付込れし所<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>に<ruby><rb>貴公樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御庇蔭</rb><rt>おかげ</rt></ruby>を以て一命を無難に助かり候事呉々有難く候と涙を流して<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ旅の武士は<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>なり<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>若年にして今の働き<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>凡人</rb><rt>ぼんじん</rt></ruby>の業とは思はれず天晴農民の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>には<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しき者なり某しは豐後府内の浪人にて<ruby><rb>後藤</rb><rt>ごとう</rt></ruby>五左衞門<ruby><rb>秀盛入道</rb><rt>ひでもりにふだう</rt></ruby>と<ruby><rb>號</rb><rt>いひ</rt></ruby>無刀流の劔術を心懸け諸國武者修行なす者なれば決して<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひにするに及ばず尤も猶途中不用心ゆゑ是より<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>を松山迄送り<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし又其許に折り入て<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>事も有により<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆま</rt></ruby>れよと申に元來正直なる半四郎ゆゑ少しも是を疑はず<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に御深切の段有難く存じ奉つる然らば仰に隨ひ申べしと立上り夜の<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>しをも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひなく是より兩人打連れ立ち松山<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>てたどりけり<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に後藤秀盛の仁勇<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の武士と謂つべし扨又五左衞門は道すがら種々の物語りをなし半四郎の樣子を<ruby><rb>試</rb><rt>ため</rt></ruby>し見るに<ruby><rb>應答</rb><rt>うけこたへ</rt></ruby>の言葉遣ひ<ruby><rb>温順</rb><rt>をんじゆん</rt></ruby>にて自然其中に勇氣を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み又父兄を大切になす<ruby><rb>孝悌</rb><rt>かうてい</rt></ruby>の<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>はり殊に力量早業は目前に見し事ゆゑ心の中に思ふ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て<ruby><rb>藝道</rb><rt>げいだう</rt></ruby>を習ひて<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>ゆるを人と云習はずして其業に妙を得るを神と云<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば今此若者百姓にて<ruby><rb>耕作</rb><rt>かうさく</rt></ruby>を<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>とし居ながら自然劔法の<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>を得たる手練あり先刻大勢を相手に<ruby><rb>討合</rb><rt>うちあふ</rt></ruby><ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>凡人ならず加ふるに大力<ruby><rb>無双</rb><rt>むさう</rt></ruby>にして正直正路に見え<ruby><rb>父兄</rb><rt>おやあに</rt></ruby>に<ruby><rb>孝悌</rb><rt>かうてい</rt></ruby>を盡す樣子<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の若者なり此者を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受て我養子となし無刀流の劔法を<ruby><rb>傳授</rb><rt>でんじゆ</rt></ruby>せば<ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>の<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そゆ</rt></ruby>るが如く古今無双の名人と成べし我が<ruby><rb>流儀</rb><rt>りうぎ</rt></ruby>を後世に殘すは是に増たる事あらじ幸ひ兄は親の<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぐ</rt></ruby>と申せば此者を是非とも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受て老の樂みにせんと思案を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め道々半四郎に此趣きを<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるに半四郎は大いに悦び誠に有難き<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し召なり命の親なる<ruby><rb>貴公樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>の事なれば何として<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>むべき樣は御座なく候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>親元さへ承知仕つらば私しは何れとも思し召次第隨ひ奉つらんと申ける<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>後藤</rb><rt>ごとう</rt></ruby>は<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く悦び我等未だ一人も子と云者なきを天も<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>み斯る孝子を<ruby><rb>授</rb><rt>さづ</rt></ruby>け給ふならんと心の中にて天地を拜し半四郎と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て伊豫の松山に到り則ち半四郎は頼まれし五十兩の金を<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>へ渡し夫より又後藤と同道して<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby>へぞ立歸りける

## 第三回

然るに半四郎は<ruby><rb>後藤秀盛</rb><rt>ごとうひでもり</rt></ruby>と同道して<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby><ruby><rb>高野村</rb><rt>かうやむら</rt></ruby>へ立歸り我家に到りて<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>半左衞門へ<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>を落もなく物語りければ半左衞門は<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>秀盛</rb><rt>ひでもり</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じ我子を助けられし<ruby><rb>恩人</rb><rt>おんじん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を述て種々<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けるに後藤も<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なき歡びを云て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>宴交</rb><rt>くみかは</rt></ruby>せしが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て半四郎を養子に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>物語りしに半左衞門も大いに悦び<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に承知なしければ此に於て萬事の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ五左衞門は<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に半四郎を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>我養子となしたりけり是に因て後藤秀盛は丸龜の城下へ<ruby><rb>無刀流劔術</rb><rt>むたうりうけんじゆつ</rt></ruby>の道場を出せしが此道場日々に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して殊の外弟子も多く何一ツ<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじいう</rt></ruby>なく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけるに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>後藤は<ruby><rb>我目矩</rb><rt>わがめがね</rt></ruby>を以て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>し半四郎ゆゑ己れが實子の如くに<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>し半四郎も<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>を盡しけるが其中無刀流の劔術を一<ruby><rb>入</rb><rt>しほ</rt></ruby>心を盡して<ruby><rb>教授</rb><rt>けうじゆ</rt></ruby>なすに元より<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>を得たる半四郎なれば上達する事一を聞き十を知るの<ruby><rb>才智</rb><rt>さいち</rt></ruby>にして忽ち其奧儀をも極め<ruby><rb>古今無双</rb><rt>ここんむさう</rt></ruby>の達人となりし所に早くも八ヶ年の<ruby><rb>星霜</rb><rt>せいさう</rt></ruby>を送りける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>今は門弟中も大先生より小先生の教へ方が<ruby><rb>宜等</rb><rt>よきなど</rt></ruby>とて皆小先生々々々と半四郎を<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんきやう</rt></ruby>なすの餘り大先生は<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>老込</rb><rt>おいこま</rt></ruby>れ<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も小先生には及ぶまじと云を却つて父の五左衞門は我が<ruby><rb>奧儀</rb><rt>あうぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>傳授</rb><rt>でんじゆ</rt></ruby>したる<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>ありと悦ぶ事限りなく爰に於て<ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby>の道場は養子半四郎に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せんと五左衞門は我名の一字を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>つて後藤半四郎<ruby><rb>秀國</rb><rt>ひでくに</rt></ruby>と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのら</rt></ruby>せ<ruby><rb>門弟中</rb><rt>もんていぢう</rt></ruby>へも右の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>吹聽</rb><rt>ふいちやう</rt></ruby>なし五左衞門は是より<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>我</rb><rt>わ</rt></ruby>が<ruby><rb>流名</rb><rt>りうめい</rt></ruby>を國々へ<ruby><rb>弘</rb><rt>ひろ</rt></ruby>めんとて又々諸國<ruby><rb>武者修行</rb><rt>むしやしゆぎやう</rt></ruby>を<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざし<ruby><rb>旅立</rb><rt>たびだち</rt></ruby>せんと云に半四郎は是を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め最早御老年の御事此上の御修行にも<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ぶまじければ是までの如く<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>おは</rt></ruby>して以後は<ruby><rb>月雪花</rb><rt>つきゆきはな</rt></ruby>の<ruby><rb>詠</rb><rt>ながめ</rt></ruby>を<ruby><rb>友</rb><rt>とも</rt></ruby>となし老を養ひ給ふべし私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く劔道指南仕つり候樣に相成諸人の<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんきやう</rt></ruby>を受る事皆御父上の<ruby><rb>御高恩</rb><rt>ごかうおん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て此上の御恩報じには<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby><ruby><rb>御側</rb><rt>おそば</rt></ruby>に在て<ruby><rb>御介抱</rb><rt>ごかいはう</rt></ruby>申上<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>聊かも御不自由はさせ申<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじく</rt></ruby>何卒御止まり下さるゝ樣にと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>に<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>めけれども父秀盛は更に聞入ず成程其方が申す<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしは<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなけれども未だ〱我等とても全く<ruby><rb>老朽</rb><rt>おいくち</rt></ruby>たるといふ身にもあらず諸國を見物ながら我が<ruby><rb>流儀</rb><rt>りうぎ</rt></ruby>をも弘めんと思ふなり然りと雖も<ruby><rb>某</rb><rt>それ</rt></ruby>がし萬一病氣の時は<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>とも早速飛脚を以て知する間其節は<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に來りて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ是のみ我等が<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みなりと申ければ半四郎は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>如何さま此儀を<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て止むる時はもはや<ruby><rb>老朽</rb><rt>おいくち</rt></ruby>たりと云に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて不孝になるべしと思ひ夫は仰せまでもなく<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>にても御用の節は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に參り候はん其儀は少しも<ruby><rb>御氣遣</rb><rt>おきづか</rt></ruby>ひあるべからずと申ければ五左衞門も安心なし<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば<ruby><rb>近日</rb><rt>きんじつ</rt></ruby>出立におよばんと是より<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の用意に及び<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の道場は半四郎に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>門弟中へも夫々に別れを<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>後藤五左衞門秀盛入道は此時五十五歳にて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>關</rb><rt>くわん</rt></ruby>八州を<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざし再び武者修行にぞ<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>ける扨又後に殘りし後藤半四郎<ruby><rb>秀國</rb><rt>ひでくに</rt></ruby>は丸龜の道場を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>に門弟<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>ければ殊の外に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なし居たるに此程半四郎の實父半左衞門は<ruby><rb>不計</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>の<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>にて<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ付しかば種々<ruby><rb>醫療</rb><rt>いれう</rt></ruby>に手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>しけれども終に<ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>けり因て<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>半作は勿論半四郎も<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>より孝心深き者ゆゑ<ruby><rb>其愁傷</rb><rt>そのしうしやう</rt></ruby>大方ならずと雖も<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て有べきにあらざれば<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby><ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>の送りをなし七日々々の<ruby><rb>追善</rb><rt>つゐぜん</rt></ruby><ruby><rb>供養</rb><rt>くやう</rt></ruby>も<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>ひ兄弟<ruby><rb>喪</rb><rt>も</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>りける然るに半四郎は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての孝心ゆゑ親の<ruby><rb>亡後</rb><rt>なきあと</rt></ruby>は兄の半作を親の如くに<ruby><rb>尊敬</rb><rt>うやまひ</rt></ruby><ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>にも其意に<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>く事なく五節句其外何事によらず自分が門弟中より申受たる金子有時は兄半作へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はして<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby><ruby><rb>田畑</rb><rt>でんばた</rt></ruby>を<ruby><rb>買求</rb><rt>かひもと</rt></ruby>めさせ兄半作の身代を助け孝順なる事誠に<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる深切にして自分は一向に<ruby><rb>姿態</rb><rt>なりふり</rt></ruby>にも<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず<ruby><rb>着</rb><rt>きれ</rt></ruby>ば着たなり又門弟中より申うけたる金なども何程あるやら勘定もせず少しも<ruby><rb>欲心</rb><rt>よくしん</rt></ruby>のなき人なれば門弟<ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby>の中<ruby><rb>重立</rb><rt>おもだち</rt></ruby>たる者が<ruby><rb>夫是</rb><rt>それこれ</rt></ruby>の<ruby><rb>取始末</rb><rt>とりしまつ</rt></ruby>をなし<ruby><rb>賄</rb><rt>まかな</rt></ruby>ひの世話を致し居る<ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby>の事にて一向世帶には<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はぬ人なり又酒は元より大酒故<ruby><rb>日毎</rb><rt>ひごと</rt></ruby>に一二升づつ飮ぬ日とてはなく然れども今は何一ツ<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじいう</rt></ruby>なく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居けるが<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>世話好</rb><rt>せわずき</rt></ruby>にて丸龜の城下は勿論<ruby><rb>近隣</rb><rt>きんりん</rt></ruby>の村々まで<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の者へは米錢を惜まず施し病人へは<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>を頼んで<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>せなどして貧民を救ふ事を常の樂みとなしければ<ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby><ruby><rb>近在</rb><rt>きんざい</rt></ruby>にては後藤半四郎を<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>よりも有難く思ひ皆々が<ruby><rb>生神々々</rb><rt>いきがみ〱</rt></ruby>と云ひて尊敬なしたりけり扨又後藤五左衞門秀盛入道は<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby>丸龜を出立なし夫より東國を廻り諸所にて無刀流の<ruby><rb>名譽</rb><rt>めいよ</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>し上州<ruby><rb>大間々</rb><rt>おほまゝ</rt></ruby>迄到りしが此所に道場を開き多くの門弟も出來て<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なし居たりしが兩三年を<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>秀盛入道は<ruby><rb>不斗</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ付し處<ruby><rb>大傷寒</rb><rt>たいしやうかん</rt></ruby>となり殊の外大病ゆゑ門弟中大いに心配なし種々<ruby><rb>治療</rb><rt>ちれう</rt></ruby>に手を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>したれ共更に<ruby><rb>効</rb><rt>しる</rt></ruby>しなく今は一<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby><ruby><rb>旦夕</rb><rt>たんせき</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り頼みの<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>も切果たる體なれば五左衞門<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と言葉<ruby><rb>短</rb><rt>みじ</rt></ruby>かに手紙を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め丸龜なる養子半四郎方へ急ぎ飛脚を遣はしたり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>半四郎は養父の<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>を<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>居たるに<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>上州<ruby><rb>大間々</rb><rt>おほまゝ</rt></ruby>よりの飛脚到來せしかば何事やらん急ぎ<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>するに養父秀盛の<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>にて我等此度の病氣殊の外大切と有ける故大いに驚き<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんと早速參上致すべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>相認</rb><rt>あひしたゝ</rt></ruby>めて飛脚を歸し半四郎は豫て<ruby><rb>約定</rb><rt>やくぢやう</rt></ruby>の通り<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>んと取物も取敢ず旅の調度を<ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>出立に及ばんとしければ門弟中は<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し先生には何を<ruby><rb>急遽</rb><rt>あわたゞし</rt></ruby>く旅の用意を成れて<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ御出成れ候やと問けるに半四郎は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>履</rb><rt>はき</rt></ruby>ながら然は各々方も御存知の通り<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby><ruby><rb>秀盛</rb><rt>ひでもり</rt></ruby>は當時上州大間々に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>候處此程大病にて一<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby><ruby><rb>旦夕</rb><rt>たんせき</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り候由の飛脚到來せし故今より關東へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り下るなりと有しかば門弟中聞て夫は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれども先生餘り<ruby><rb>御性急</rb><rt>ごせいきふ</rt></ruby>かと存じ候<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て又後々の儀は如何なされ候やと申すに半四郎<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其事なり後の道場は<ruby><rb>其許方</rb><rt>そのもとかた</rt></ruby>に任せ置により能樣に計らひ給はるべし何れにも師父の大病と聞ては<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も<ruby><rb>安閑</rb><rt>あんかん</rt></ruby>として居る場合にあらざれば<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>高弟衆</rb><rt>かうていしう</rt></ruby>が<ruby><rb>代稽古</rb><rt>だいげいこ</rt></ruby>をして間を合せられよ某し儀格別日數の懸る事もあるまじ何分頼み置と云つゝ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>出立なしたりけり元より<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>の半四郎ゆゑ<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>となく道を急ぎたれ共名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby>四國の丸龜より上州大間々迄の<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>百九十餘里の所なれば如何に急ぐとも道中に<ruby><rb>隙取</rb><rt>ひまどり</rt></ruby>しかば其中に養父五左衞門は病死なし<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>門弟中</rb><rt>もんていちう</rt></ruby>の世話にて<ruby><rb>弔</rb><rt>とぶら</rt></ruby>ひも出せし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ半四郎着しける故師父の<ruby><rb>死目</rb><rt>しにめ</rt></ruby>に<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ざるを如何にも殘念に思ひ<ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>して<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>みけれども今さら<ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なければ養父の所持したる品々を<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ諸入用の勘定等をなし又門弟の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>世話になりたる者へは夫々に<ruby><rb>紀念分</rb><rt>かたみわけ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し殘りの金子は<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りし寺へ<ruby><rb>祠堂金</rb><rt>しだうきん</rt></ruby>に寄進なし其外跡々の事共殘る方なく<ruby><rb>取片付</rb><rt>とりかたづけ</rt></ruby><ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して出立に及ばんとするに門弟中一同に<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>み<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>當所に足を止められ<ruby><rb>劔道</rb><rt>けんだう</rt></ruby><ruby><rb>御指南</rb><rt>ごしなん</rt></ruby>下され候樣にと<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て申けるゆゑ半四郎も<ruby><rb>據</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろなく然らば四十九日の立迄は<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>せんとて此所に止まり養父の門弟に<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>を致し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しけるに門人は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大先生よりは<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て教へ方も<ruby><rb>宜</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>業前</rb><rt>わざまへ</rt></ruby>も一段上ならんなどと評し<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>みけれども半四郎は<ruby><rb>喪中</rb><rt>もちう</rt></ruby>の事故餘り多勢の入來るを<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>は<ruby><rb>物固</rb><rt>ものがた</rt></ruby>くして四十九日立ざる中は<ruby><rb>大精進</rb><rt>だいしやうじん</rt></ruby>にて<ruby><rb>魚類</rb><rt>ぎよるゐ</rt></ruby>を食する事能はず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども半四郎は元來大酒にして又<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>は魚類を好む<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>精進</rb><rt>しやうじん</rt></ruby>には甚だ<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>自然力も拔る樣に思ひしかば或日門弟中に向ひ扨々是迄は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>にて御世話に相成千萬<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく猶又各々方の引止めに因て<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>致したなれ共某し國元にも<ruby><rb>道場</rb><rt>だうぢやう</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>ある事なれば<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も長く<ruby><rb>逗留</rb><rt>たうりう</rt></ruby>も相成難く且歸國がけ江戸表も見物致し<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>存ずれば<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>は<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>ねども最早御暇申さんと云に門人共も甚だ<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>は<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>めども今は止むる言葉もなく然らば<ruby><rb>御心任</rb><rt>おこゝろまか</rt></ruby>せになされよと<ruby><rb>各自</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>など<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りければ遂に別れを告て出立なし江戸表へぞ到りける

## 第四回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>武州</rb><rt>ぶしう</rt></ruby><ruby><rb>熊谷堤</rb><rt>くまがいづつみ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れに<ruby><rb>寶珠花屋</rb><rt>はうじゆばなや</rt></ruby>八五郎と云居酒屋あり亭主八五郎は此邊の<ruby><rb>口利</rb><rt>くちきゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>或ひは出入等之ある時は<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>も<ruby><rb>扱</rb><rt>あつか</rt></ruby>ひに<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>ては<ruby><rb>其騷動</rb><rt>そのさうどう</rt></ruby>を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めけるに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が云事は皆是を用ひるゆゑ人々にも立られ至つて<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby><ruby><rb>有者</rb><rt>あるもの</rt></ruby>なり此八五郎が女房は去年病死して跡には女子一人有けれ共最早三歳にもなりければ<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>も入らず<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>づつ食事を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へて<ruby><rb>育</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひけるゆゑ近所の者後妻を<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めけれども夫は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なりとて只一人子の<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つを<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みに<ruby><rb>小女</rb><rt>こをんな</rt></ruby>一人若者二人遣ひて<ruby><rb>居酒屋</rb><rt>ゐざかや</rt></ruby><ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>をなし居たり然るに其年十月<ruby><rb>中旬頃</rb><rt>なかばごろ</rt></ruby>年の頃二十四五歳色白にして<ruby><rb>鼻筋通</rb><rt>はなすぢとほ</rt></ruby>りし男と又元服は致し居れども未だ十八九共云べき<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>美麗</rb><rt>あでやか</rt></ruby>なる器量の女を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>たる<ruby><rb>浪人體</rb><rt>らうにんてい</rt></ruby>の者夫婦<ruby><rb>連</rb><rt>づれ</rt></ruby>とも言べき樣子にて男の衣類は黒羽二重の<ruby><rb>紋付</rb><rt>もんつき</rt></ruby>に下には<ruby><rb>縞縮緬</rb><rt>しまちりめん</rt></ruby>の小袖を着し<ruby><rb>紺博多</rb><rt>こんはかた</rt></ruby>の帶を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>大小なども相應なるを帶して<ruby><rb>更紗</rb><rt>さらさ</rt></ruby>の風呂敷包み二つ<ruby><rb>眞田</rb><rt>さなだ</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>にて中を<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り是を肩に<ruby><rb>引掛</rb><rt>ひきかけ</rt></ruby>若き女は上に<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>を<ruby><rb>覆</rb><rt>おほ</rt></ruby>ひたれども下には<ruby><rb>博多縮緬</rb><rt>はかたちりめん</rt></ruby>の小袖を二枚着し<ruby><rb>小柳</rb><rt>こやなぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>縫模樣</rb><rt>ぬひもやう</rt></ruby>ある帶を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby><ruby><rb>兩褄</rb><rt>りやうづま</rt></ruby>を<ruby><rb>取揚</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>緋</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>蹴出</rb><rt>けだし</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし<ruby><rb>肉刺</rb><rt>まめ</rt></ruby>にても<ruby><rb>蹈出</rb><rt>ふみだ</rt></ruby>せしと見えて竹の<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>ながら足を<ruby><rb>引摩々々</rb><rt>ひきずり〱</rt></ruby>來るは如何にも<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>ぬ樣子なりしが夫婦<ruby><rb>連</rb><rt>づれ</rt></ruby>の者<ruby><rb>此寶珠花屋</rb><rt>このはうじゆばなや</rt></ruby>八五郎の見世に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を打懸やれ〱<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>たりと云て<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby><ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>む故亭主八五郎は茶など<ruby><rb>運</rb><rt>はこば</rt></ruby>せて<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なしけるに若き夫婦は御世話ながらお酒を］一<ruby><rb>合</rb><rt>がふ</rt></ruby><ruby><rb>御膳</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>を二人前出し下されと云ければ亭主は承知なし<ruby><rb>御肴</rb><rt>おさかな</rt></ruby>は何んぞ見つくろひましよと云つゝ<ruby><rb>煮染</rb><rt>にしめ</rt></ruby>に飯と酒を添て持來りければ是は御世話と云ながら夫婦は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て一合の酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>も<ruby><rb>食</rb><rt>くひ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をはり</rt></ruby>て身支度をし<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら御亭主是から江戸迄何里あるやと問ひけるに亭主は是を聞江戸迄は此所より十六里餘<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>るに又夫婦の者<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>何時なるやと云ければ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>てもう七ツ<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りならんと申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>夫婦の者<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば今より江戸までは<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>れまじ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>とやら迄も行れべきやと云に亭主は兩人の樣子を見て<ruby><rb>失禮</rb><rt>ぶしつけ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>足弱</rb><rt>あしよわ</rt></ruby>の御女中を<ruby><rb>御連</rb><rt>おつれ</rt></ruby>なされて是から四里八町は<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>夜に入ります殊に此<ruby><rb>熊谷</rb><rt>くまがい</rt></ruby><ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>は四里八町と申ても餘程丁數が<ruby><rb>延</rb><rt>のび</rt></ruby>五里の餘は必ず御座り升夫に惡ひ土手にて<ruby><rb>機々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>旅人が切られたりあるひは<ruby><rb>追剥</rb><rt>おひはぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>ひど</rt></ruby>いめに逢事ありて<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>物騷</rb><rt>ぶつさう</rt></ruby>ゆゑ何れにも今晩は此熊谷宿へ<ruby><rb>御宿</rb><rt>おとま</rt></ruby>りあつて明朝はやく御出立なさるが宜しからん入らざることゝ<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>も有べけれどもまづ〱御用心なさるゝが大丈夫と<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し居る<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>此邊を立廻る<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>の<ruby><rb>惡漢共</rb><rt>わるものども</rt></ruby><ruby><rb>門邊</rb><rt>かどべ</rt></ruby>を通りかゝりしが兩人の樣子を見て此所へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>來りしかば八五郎は<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>が來りしとは思へども<ruby><rb>報</rb><rt>あだ</rt></ruby>をさるゝも<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>さに<ruby><rb>默止</rb><rt>もだし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>れば<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>共は夫婦に向ひもし旦那<ruby><rb>戻</rb><rt>もどり</rt></ruby>駕籠ゆゑ<ruby><rb>御安直</rb><rt>おやすく</rt></ruby>參りやす<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>お<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby>なされといひけるに浪人夫婦は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>今より鴻の巣迄行くには<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>も<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと申事なれば此宿に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>る積り殊に是からの四里八町は餘程<ruby><rb>延</rb><rt>のび</rt></ruby>て居るとの事ゆゑ夜にもかゝるし其上又大いに<ruby><rb>物騷</rb><rt>ぶつさう</rt></ruby>だとかいふ事なれば先々見合せに致さうと云けるを駕籠舁どもは大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひコレ<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>した事をいひなさる此道中は初めてと見えるゆゑ夫リヤア<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>此宿の者が御客を<ruby><rb>釣</rb><rt>つる</rt></ruby>つもりの話しを御聞なされたのだらう四里八町<ruby><rb>所</rb><rt>どころ</rt></ruby>か<ruby><rb>此堤</rb><rt>このどて</rt></ruby>は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か二里半しかありません今から急いで<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ば必らず<ruby><rb>灯</rb><rt>あか</rt></ruby>りのつく時分には<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>へ參りやす<ruby><rb>我等</rb><rt>わつち</rt></ruby>どもはほんの<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby><ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>にて何にも<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず二里半三百文で<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ませう其代り少しも<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>ずに急ぐから<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>御乘</rb><rt>おのり</rt></ruby>なすつて下せい三百文なら<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>で<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>などは<ruby><rb>御誣頼</rb><rt>おねだり</rt></ruby>申しは致しやせんと<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>どもは口から<ruby><rb>出任</rb><rt>でまか</rt></ruby>せに<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め四里八町の道を二里半なりと云に浪人夫婦の者道中は始めてといひ江戸表へ急ぐ身なれば終に<ruby><rb>甘々</rb><rt>うま〱</rt></ruby><ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ夫なら急いで頼みますと云つゝ此家を立出て<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の女を駕籠に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>男は<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>乍ら<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>をさして急ぎけり

## 第五回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>寶珠花屋</rb><rt>はうじゆばなや</rt></ruby>八五郎は浪人夫婦の後を見送りアヽ今の若夫婦は<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い<ruby><rb>駕籠舁共</rb><rt>かごかきども</rt></ruby>に<ruby><rb>引罹</rb><rt>ひきかゝ</rt></ruby>りとんだ目に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>ならん我等があれ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>氣を付て<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>るに若い<ruby><rb>人達</rb><rt>ひとたち</rt></ruby>と云ふものは仕方がない後先の<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>もなく<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りしものなりと申けるに下男の<ruby><rb>彌助</rb><rt>やすけ</rt></ruby>も氣の<ruby><rb>毒面</rb><rt>どくがほ</rt></ruby>に<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>やうさ惡い奴に<ruby><rb>引罹</rb><rt>ひきかゝ</rt></ruby>りましたが夫ならとて知らせる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には參らず實に氣の毒な事で御座ると申を八五郎は聞て<ruby><rb>然共々々</rb><rt>さうとも〱</rt></ruby><ruby><rb>奴等</rb><rt>きやつら</rt></ruby>の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>をして見ろ後で<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>な<ruby><rb>意恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>かへ</rt></ruby>されるも知れず<ruby><rb>此</rb><rt>こん</rt></ruby>な<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の惡ひ日には<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>どん</rt></ruby>な惡ひ奴が來るか計られねば早く見世を<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しま</rt></ruby>つて休むが<ruby><rb>好</rb><rt>いゝ</rt></ruby>といふに下男彌助何さま<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>致さんと早々に見世を<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>つけ<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>戸を<ruby><rb>建</rb><rt>たて</rt></ruby>んとする處へ<ruby><rb>見上</rb><rt>みあぐ</rt></ruby>る如き大兵の武士<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>禪杖</rb><rt>ぜんぢやう</rt></ruby>を引さげつか〱と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>來り是々若いもの酒を一升かんをして<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>うして<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を出し呉よと云ながら<ruby><rb>縁臺</rb><rt>えんだい</rt></ruby>にどつかと<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>打掛</rb><rt>うちかけ</rt></ruby>やれ〱日の<ruby><rb>短</rb><rt>みじ</rt></ruby>かひ事だ十月の中の十日に心なしの者を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ふなとは<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>しものだコレ〱若い者大急ぎだ早く酒と肴を出し呉よと云に<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby><ruby><rb>彌助</rb><rt>やすけ</rt></ruby>は此體を見て大いに驚きハツと思ひながら<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>もよく〱見るに身の<ruby><rb>毛</rb><rt>け</rt></ruby>も<ruby><rb>彌立</rb><rt>よだつ</rt></ruby>ばかりに恐ろしき<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>大小を帶し<ruby><rb>月代</rb><rt>さかやき</rt></ruby>は<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>のごとくに<ruby><rb>生</rb><rt>はえ</rt></ruby>て<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>赤黒</rb><rt>あかくろ</rt></ruby>く<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>尖</rb><rt>する</rt></ruby>どく<ruby><rb>晃々</rb><rt>きら〲</rt></ruby>と光りし顏色にて殊に衣類は<ruby><rb>羊羹色</rb><rt>ようかんいろ</rt></ruby>なる黒のもん付の小袖に<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>き小倉の<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>をしめ<ruby><rb>長刀形</rb><rt>なぎなたなり</rt></ruby>になりたる<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>臑</rb><rt>すね</rt></ruby>にて<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>を<ruby><rb>端折</rb><rt>はしより</rt></ruby>また<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>の<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を見れば<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>延</rb><rt>の</rt></ruby>べ<ruby><rb>金</rb><rt>がね</rt></ruby>にて四尺ばかりも有んかと思はれ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>なる禪杖なり因て下男彌助は<ruby><rb>戰々</rb><rt>ぶる〱</rt></ruby><ruby><rb>慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>ながら心のうちには是は何でも盜賊の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>に相違なし<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに今の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>どもの仲間ならん飛だ奴が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>こんだと思ひ<ruby><rb>怖々</rb><rt>こは〲</rt></ruby>ながら<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め折角の御入來なれども<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に御氣のどく千萬<ruby><rb>生憎</rb><rt>あやにく</rt></ruby><ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>は賣切しゆゑ見世を<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>まはんと存じし處なれば最早御肴は少しも御ざらぬと申に<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば酒ばかりにて<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しといひければ彌助<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby>其酒も賣切たりと云ばヤレ〱夫は是非もなし<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>は<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べきにより出して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云へば彌助は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>ナニ〱<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>も<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>賣切</rb><rt>うりきれ</rt></ruby><ruby><rb>炊</rb><rt>たい</rt></ruby>たのは少しも御座らぬといひつゝ武士の方をじろ〱<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>め居るゆゑ<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>は<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし然らばいつその事此家に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>るべし見れば<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>に<ruby><rb>御泊</rb><rt>おとま</rt></ruby>り<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>と<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>しあり夫に<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>はや<ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>にもなるべし餘り<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>たれば<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りて行んにより飯も<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと<ruby><rb>炊</rb><rt>たい</rt></ruby>てもらうべし酒も取寄てもらはん<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>るとすれば<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なしと<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>ぬぎ</rt></ruby>かけ座敷へ上らんとするに下男の彌助心の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>に何とか云て何れにも<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>らぬやう追出して<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しまは</rt></ruby>んともじ〱手を<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>は何分<ruby><rb>御泊</rb><rt>おとめ</rt></ruby>申こと出來難く其譯は今夜村の寄合にて<ruby><rb>後刻</rb><rt>ごこく</rt></ruby>は大勢集まり候間御氣のどくながら<ruby><rb>御宿</rb><rt>おやど</rt></ruby>は<ruby><rb>御斷</rb><rt>おことわ</rt></ruby>り申上ると云けるに武士は<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見て大いに立腹なし貴さまは<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>か若いものかコレ<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>ほどより能々見るに<ruby><rb>那流</rb><rt>あのなが</rt></ruby>しの<ruby><rb>桶</rb><rt>をけ</rt></ruby>に魚もあるに<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>はよく<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>を申なはてさて<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>りしなり某しの<ruby><rb>體裁</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を見て盜賊か又は<ruby><rb>食倒</rb><rt>くひたふ</rt></ruby>しなるべしと思ひて何を聞ても無い〱と計り云は奇怪なり<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>もあるに相違あるまじと云つゝ<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>はづか〱と<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよつ</rt></ruby>て<ruby><rb>酒樽</rb><rt>さかだる</rt></ruby>の<ruby><rb>呑口</rb><rt>のみくち</rt></ruby>へ<ruby><rb>升</rb><rt>ます</rt></ruby>を<ruby><rb>宛</rb><rt>あて</rt></ruby>がひヤツと一ト<ruby><rb>捻</rb><rt>ねぢ</rt></ruby>り捻りければ酒はどく〱出しゆゑ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>ほど澤山酒もあるものを<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>無々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>とばかり云ひをつて<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>今に<ruby><rb>誤</rb><rt>あや</rt></ruby>まるか<ruby><rb>辛目</rb><rt>からきめ</rt></ruby>見せて呉んと云ながら一升<ruby><rb>桝</rb><rt>ます</rt></ruby>へ<ruby><rb>波々</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>と一ぱい<ruby><rb>酌</rb><rt>つぎ</rt></ruby><ruby><rb>酒代</rb><rt>さかだい</rt></ruby>は<ruby><rb>幾干</rb><rt>いくら</rt></ruby>でも勘定するぞよく見てをれと<ruby><rb>冷酒</rb><rt>ひやざけ</rt></ruby>の<ruby><rb>桝</rb><rt>ます</rt></ruby>の<ruby><rb>角</rb><rt>すみ</rt></ruby>より一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>にのみ<ruby><rb>干</rb><rt>ほし</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>といひつゝ又々<ruby><rb>呑口</rb><rt>のみくち</rt></ruby>をねぢり一升桝へ再びなみ〱と<ruby><rb>酌</rb><rt>つぎ</rt></ruby>是をも一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>に飮終りてコレ若いもの<ruby><rb>狼藉</rb><rt>らうぜき</rt></ruby>に<ruby><rb>飮逃</rb><rt>のみにげ</rt></ruby>などは致さぬぞ某がしが<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>の惡きゆゑ大方<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>ら<ruby><rb>邊</rb><rt>あた</rt></ruby>りの<ruby><rb>狡猾</rb><rt>あぶれ</rt></ruby>ものか盜賊とでも見込だであらう代錢は殘らず<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ遣はすぞコレ<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>の金は此通り澤山所持して居ると<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>の<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を取出し夫見よ酒も肴も<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>でも出せ喰倒しをするやうな<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>の武士と思ふか<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>盲目</rb><rt>めくら</rt></ruby>めと云ながら百兩餘りもあらんと思はるゝ<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を<ruby><rb>投出</rb><rt>なげいだ</rt></ruby>したるに彌助は再び驚き<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>盜賊に相違なし<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>れは何でも何所ぞの<ruby><rb>家尻</rb><rt>やじり</rt></ruby>を切て盜みし金ならん<ruby><rb>那</rb><rt>あん</rt></ruby>な<ruby><rb>身形</rb><rt>みな</rt></ruby>りをして大金を持て居るは<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>の通りならん<ruby><rb>此</rb><rt>こん</rt></ruby>な奴に<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひをなさば<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り合に成て難儀をするかも知れぬ何れにも<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るより外はなしと彌助は思案を極め成ほど<ruby><rb>御客</rb><rt>おきやく</rt></ruby>さまの云るゝ通り實は酒も肴も御座れ共是は今申通り<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby><ruby><rb>村</rb><rt>むら</rt></ruby>の<ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby>に<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>ふ仕込の<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>夫ゆゑ御斷り申せしなり此上は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>下さるべしと<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびい</rt></ruby>るを武士は一向聞入ず<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>又僞りを申ぞと云ながら<ruby><rb>榮螺</rb><rt>さゞえ</rt></ruby>のごとき<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を<ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby><ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby>かゝつて彌助を打倒さんとするにぞ彌助は大に驚ろき逃出さんとして<ruby><rb>入口</rb><rt>いりぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>に<ruby><rb>衝中</rb><rt>つきあた</rt></ruby>り<ruby><rb>摚</rb><rt>だう</rt></ruby>と倒れしかば此物音に驚き亭主八五郎は<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>より<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>來り先々御客さま<ruby><rb>御勘辨</rb><rt>ごかんべん</rt></ruby>下されよ實は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が申通り今晩村の寄合御座候につき魚は<ruby><rb>餘分</rb><rt>よぶん</rt></ruby>に仕入置しにより私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>是に居て<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ候はゞ<ruby><rb>御好通</rb><rt>おこのみどほ</rt></ruby>り早速御酒も肴もさし上げ申べけれども何を云にも下男彌助めは<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>奉公に參りし者ゆゑ其邊の<ruby><rb>差略</rb><rt>さりやく</rt></ruby>は勿論御客樣の見分も一向に出來申さず夫が爲御氣に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>る事を申上しならんが其段は<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに私しに御免じ下され<ruby><rb>御勘辨</rb><rt>ごかんべん</rt></ruby>を願ひ奉つる因ては何なりとも有合の<ruby><rb>御肴</rb><rt>おさかな</rt></ruby>をさし上候はんと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>に<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいり</rt></ruby>ければ武士は忽ち顏色を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげ是は〱御亭主の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>却つて<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>み<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby><ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby>じて<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の如く理を分て云るれば某し元より事を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>まざるにより<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>てと申譯もなしと云ふに亭主は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びて<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>彌助</rb><rt>やすけ</rt></ruby>をよび我等より<ruby><rb>御客</rb><rt>おきやく</rt></ruby>さまへ<ruby><rb>御詫</rb><rt>おわび</rt></ruby>も申上たるに早速御勘辨下されたり然れども是に<ruby><rb>懲</rb><rt>こり</rt></ruby>て<ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>よく〱氣を付よ<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>は餘り<ruby><rb>正直過</rb><rt>しやうぢきすぎ</rt></ruby>るゆゑなり早々御酒のかんを付<ruby><rb>鯰</rb><rt>なまづ</rt></ruby>の<ruby><rb>燒乾</rb><rt>やきから</rt></ruby>しを<ruby><rb>煮付</rb><rt>につけ</rt></ruby>にして上よと申付るに彌助は<ruby><rb>諾々</rb><rt>はい〱</rt></ruby>と云ながら酒のかんを付肴を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へて出しければ武士は大いに<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>を<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>愉快氣</rb><rt>こゝろよげ</rt></ruby>に酒を飮ながら<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>御亭主店先を<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がせ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>千萬<ruby><rb>某</rb><rt>それ</rt></ruby>がしは<ruby><rb>業</rb><rt>もと</rt></ruby>より生れ付て<ruby><rb>容體</rb><rt>なりふり</rt></ruby>に一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はぬゆゑ是までも<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>人に見下られ殊に見らるゝ如く大いなる<ruby><rb>木太刀</rb><rt>きだち</rt></ruby>を二本さして<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>けれども<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を武者修行と思ふ者一人もなく却て<ruby><rb>長脇</rb><rt>ながわき</rt></ruby>ざしの親方か<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し追いはぎ盜賊などの<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>が<ruby><rb>扮</rb><rt>やつ</rt></ruby>し<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>と見違へ甚だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>致す事ありと云ひければ亭主は聞て<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby><ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら人は見かけに寄ぬものにて<ruby><rb>韓信</rb><rt>かんしん</rt></ruby>とか申人も元は<ruby><rb>洗濯婆々</rb><rt>せんたくばゝ</rt></ruby>の所に<ruby><rb>食客</rb><rt>ゐさふらふ</rt></ruby>に成り居りしとか又人の<ruby><rb>股</rb><rt>また</rt></ruby>を<ruby><rb>潜</rb><rt>くゞ</rt></ruby>りしとか申程に<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しく見えし<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>貴公樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>などは御<ruby><rb>體</rb><rt>なり</rt></ruby>は見惡ふ<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>せられても<ruby><rb>泥中</rb><rt>でいちう</rt></ruby>の<ruby><rb>蓮華</rb><rt>はちす</rt></ruby>とやらで御人品は<ruby><rb>自然</rb><rt>おのづ</rt></ruby>から<ruby><rb>瓦</rb><rt>かはら</rt></ruby>と玉程に違ふを<ruby><rb>見分</rb><rt>みわけ</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>目鼻</rb><rt>めはな</rt></ruby>のある人とは申さずと云ふに武士は大いに笑ひ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は餘り<ruby><rb>譽過</rb><rt>ほめすぎ</rt></ruby>るなりと云つゝ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>酒も<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て三升ばかり<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>たる故ほろ〱<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>になりコレ亭主貴樣は<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ず<ruby><rb>漢土</rb><rt>から</rt></ruby>の事など<ruby><rb>引事</rb><rt>ひきごと</rt></ruby>にして云は<ruby><rb>感心々々</rb><rt>かんしん〱</rt></ruby><ruby><rb>談</rb><rt>はな</rt></ruby>せる男だイヤ面白し〱と<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>にぞ入りたりける

## 第六回

<ruby><rb>説</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>亭主八五郎は彼武士に向ひ<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら御客樣の御國は<ruby><rb>讃州邊</rb><rt>さんしうへん</rt></ruby>と存じ候が<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れの御方に御座候やと云ければ半四郎は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ貴樣は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して某しの生國を知りたるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に八五郎は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>先刻より<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに御言葉遣ひは讃州のおん<ruby><rb>言葉</rb><rt>ものごし</rt></ruby>に候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>やと存じお尋ね申上しなりと申せしかば武士は甚だ感じつゝ<ruby><rb>御亭主</rb><rt>ごていしゆ</rt></ruby>貴樣は<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>といひ<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>といひ天晴の男なり察しの通り某しは讃州丸龜に住居して無刀流劔術の<ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>を致し後藤半四郎秀國と申ものなりと云に八五郎は是を聞て大いに驚き扨は御客樣が後藤先生にて<ruby><rb>在</rb><rt>おは</rt></ruby>せしか<ruby><rb>御縁</rb><rt>ごえん</rt></ruby>と云ものは<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に不思議なものなり知ぬ事とは申ながら<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より大いに<ruby><rb>失禮仕</rb><rt>しつれいつかま</rt></ruby>つりし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>眞平</rb><rt>まつぴら</rt></ruby><ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>下さるべし<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>上州大間々に御道場を御出し成れたる後藤秀盛先生が<ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby><ruby><rb>貴方樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御噂</rb><rt>おうはさ</rt></ruby>を成れ拙者は<ruby><rb>未熟</rb><rt>みじゆく</rt></ruby>なれども<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の半四郎は古今の達人なりと<ruby><rb>御噺</rb><rt>おはなし</rt></ruby>有しが其半四郎先生に今日<ruby><rb>御目</rb><rt>おめ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>さら存ぜざりしなり又其<ruby><rb>御身形</rb><rt>おんみなり</rt></ruby>は如何なされし事やと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ひければ半四郎<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て今も云通り某しは<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby><ruby><rb>容體</rb><rt>なりふり</rt></ruby>には一向<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんぢやく</rt></ruby>せず人は<ruby><rb>容體</rb><rt>みめ</rt></ruby>より只心なり何國へ行にも此通り少しも<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず只々<ruby><rb>蕩樂</rb><rt>だうらく</rt></ruby>は酒を飮ばかり外には<ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみと云者なし<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て又々亭主には某しが<ruby><rb>師父</rb><rt>しふ</rt></ruby>を如何して存じ居らるゝやと申に亭主は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進め<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば秀盛先生はこの<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>にも御弟子これ有よしにて時々御指南に<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされて<ruby><rb>滯留</rb><rt>たうりう</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は<ruby><rb>毎度</rb><rt>まいど</rt></ruby><ruby><rb>私方</rb><rt>わたくしがた</rt></ruby>にて<ruby><rb>御宿</rb><rt>おやど</rt></ruby>を申上夫ゆゑ大先生の<ruby><rb>御咄</rb><rt>おはな</rt></ruby>しに貴方樣の<ruby><rb>御噂</rb><rt>おうはさ</rt></ruby>を<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひしなり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら當冬に相成ては未だ一度も御出なく<ruby><rb>此秋中迄</rb><rt>このあきぢうまで</rt></ruby>は毎月<ruby><rb>缺</rb><rt>かゝ</rt></ruby>さず御出ありしが<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なされしにやと申ければ半四郎は<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は不思議の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>なり某し此度此所を通行なすは<ruby><rb>大間々</rb><rt>おほまゝ</rt></ruby>なる我が師父大病の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き國元へ飛脚到來せしゆゑ<ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby>より急いで上州大間々まで參りし處に何と云ても二百里<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>くの<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>ゆゑ死目の間に合ず<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>を來りし<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>もなく甚だ殘念に存するのみ既に師父の<ruby><rb>葬送</rb><rt>さうそう</rt></ruby>は門弟中<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く世話致し呉し由ゆゑ道場の<ruby><rb>跡片付</rb><rt>あとかたづけ</rt></ruby>など<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>して<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>此所まで<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしなりと此程の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を涙ながらに物語りしかば八五郎は大いに驚き夫は<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>御愁傷</rb><rt>ごしうしやう</rt></ruby>の御事と御察し申上る<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>こそ<ruby><rb>當冬</rb><rt>たうふゆ</rt></ruby>は御出之なきと存ぜしなり然らば未だ當所の<ruby><rb>御門弟中</rb><rt>ごもんていちう</rt></ruby>は知らざる事ならんにより<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しより<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>申<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby><ruby><rb>御墓參</rb><rt>おはかまゐ</rt></ruby>りも致させんと云けるに半四郎は<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしを<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ何分宜しく頼むなりと申せし<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>又八五郎は半四郎に向ひ先生<ruby><rb>先程</rb><rt>さきほど</rt></ruby>は一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>申上たれども其實<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby><ruby><rb>村</rb><rt>むら</rt></ruby>の<ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby>と申せしは僞りに候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>お<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り下さるゝ樣にと申ければ半四郎は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ夫は<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひもはや<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>も<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>くなりし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>某しも大いに飮過たるにより御亭主の言葉に隨ひ今夜は<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に成べし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>らば今一升<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>を頼むと言に八五郎は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき大酒なりと思ひ<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>御寛</rb><rt>おゆる</rt></ruby>りと上られよと言つゝコレ〱と彌助を呼び先生樣に<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>一升お<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>をつけて上よシテ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>御膳</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>のお支度をと云ければ彌助は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と又一升をさし出し夫より<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>立働</rb><rt>たちはたら</rt></ruby>く<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>に<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに立掛ありし鐵の<ruby><rb>延棒</rb><rt>のべぼう</rt></ruby>を<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と足にて<ruby><rb>蹴倒</rb><rt>けたふ</rt></ruby>し見るに少しも<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かず因て彌助は目方を引見んと思ひ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は<ruby><rb>不調法仕</rb><rt>ぶてうはふつかま</rt></ruby>つりましたと云ながら持て<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ上んとするに少しも<ruby><rb>持上</rb><rt>もちあが</rt></ruby>らずウン〱と云て<ruby><rb>力瘤</rb><rt>ちからこぶ</rt></ruby>を出し居るにぞ八五郎は此所へ出來り<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>が上んと云ながら<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>んとすれ共同人にも<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かねば八五郎は大いに<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し是は<ruby><rb>滅法界</rb><rt>めつぱふかい</rt></ruby>に重き御品なり先生<ruby><rb>此御杖</rb><rt>このおつゑ</rt></ruby>は<ruby><rb>何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>の<ruby><rb>貫目</rb><rt>おもみ</rt></ruby>候やら私し共には<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>持上らずと云ければ後藤は打笑ひ<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>多寡</rb><rt>たくわ</rt></ruby>の知たる鐵の<ruby><rb>延棒</rb><rt>のべほう</rt></ruby>某しが<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>の代りに<ruby><rb>突</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby><ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>目方は十二三貫目も有べし途中にて<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>などに<ruby><rb>出會</rb><rt>いであひ</rt></ruby>し時には切よりも此棒にて<ruby><rb>打偃</rb><rt>うちのめ</rt></ruby>すが宜しと云つゝ片手にて是を取ひう〱と風を切て振廻す<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby><ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby><ruby><rb>麻殼</rb><rt>をがら</rt></ruby>を<ruby><rb>扱</rb><rt>あつ</rt></ruby>かふが如くなるにぞ八五郎は是を見て<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し先生の大力實に<ruby><rb>天下</rb><rt>てんか</rt></ruby><ruby><rb>無双</rb><rt>ぶさう</rt></ruby>ならんと見て居たるに後藤はコレ彌助<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の代りに<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>一本<ruby><rb>試</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>みようかと<ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby>ければ彌助は大いに<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし御免なされと云より早く<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>を<ruby><rb>目懸</rb><rt>めがけ</rt></ruby>て<ruby><rb>迯行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>けり

## 第七回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば寶珠花屋八五郎は半四郎に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も〱先生は<ruby><rb>凄然</rb><rt>すさまじ</rt></ruby>き御力量哉<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>劔術は殊さら<ruby><rb>御熟練</rb><rt>ごじゆくれん</rt></ruby>と<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ及び候が今少し<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>が御早く御出あらば<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>かりしに<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>き事なりと申ければ半四郎は聞て某し今少し早く參らば<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby>にと云るゝは<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に八五郎<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>御咄</rb><rt>おはな</rt></ruby>し申べし先刻越後者の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>き夫婦連の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>私し見世に御休み<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れしが<ruby><rb>逃亡者</rb><rt>かけおちもの</rt></ruby>とも見えず<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>も可なり立派なれども一向に<ruby><rb>旅馴</rb><rt>たびなれ</rt></ruby>ぬ樣子にてイヤモウ<ruby><rb>意氣地</rb><rt>いくぢ</rt></ruby>もなく殊に女は足を<ruby><rb>痛</rb><rt>いため</rt></ruby>しとて<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りて參りし處惡い<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>どもに付込れ<ruby><rb>當底</rb><rt>たう〱</rt></ruby><ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ乘て參りたるが<ruby><rb>今頃</rb><rt>いまごろ</rt></ruby>は此熊谷土手の<ruby><rb>中程</rb><rt>なかほど</rt></ruby>にて路金も女も定めし<ruby><rb>奪</rb><rt>とら</rt></ruby>れ給ひしならんアヽ思ひ出しても<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうな事を<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せしなり既に<ruby><rb>其御侍士</rb><rt>そのおさふらひ</rt></ruby>が<ruby><rb>鴻</rb><rt>こう</rt></ruby>の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>までも行んと云るゝにより<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しが右の<ruby><rb>駕籠屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>の來らざる<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>此熊谷土手は名代の<ruby><rb>物騷</rb><rt>ぶつさう</rt></ruby>なる所にて<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に四里八丁もある場所ゆゑ必らず夜に<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby>に付今夜は<ruby><rb>當宿</rb><rt>たうしゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りて<ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>早立</rb><rt>はやだち</rt></ruby>になされよと御止め申居たる處へ<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>めが<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>來り終に<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め込て<ruby><rb>引懸</rb><rt>ひきかけ</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しなり其時<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>樣が御出成れたなら<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>の五人や十人は忽ちに打散し<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて遣はされしならんに<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby><ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>きことをしてけりと<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せしかば後藤は樣子を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>夫は又何故に<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>と知りながら教へては<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ざりしぞ聞が如きにては<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>はしき事なりと云に八五郎<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>道中の<ruby><rb>雲介</rb><rt>くもすけ</rt></ruby><ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>などと申ものは今日は<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>に居ると思へば<ruby><rb>翌</rb><rt>あす</rt></ruby>は大坂へ參り又は東海道へ<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>少しも<ruby><rb>居所</rb><rt>ゐどころ</rt></ruby>の極らぬ<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>奴等</rb><rt>きやつら</rt></ruby>が仕事の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>をする時は後日に如何なる<ruby><rb>報</rb><rt>あだ</rt></ruby>をさるゝも計り難く夫故に<ruby><rb>道中筋</rb><rt>だうちうすぢ</rt></ruby>は何れの茶屋小屋にても<ruby><rb>看々</rb><rt>みす〱</rt></ruby><ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>引懸</rb><rt>ひつかゝ</rt></ruby>りて難儀する旅人があらうとも<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>な事は申されずと云ければ半四郎<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ほど夫は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり何にしても<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうなことゆゑ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か救ひて<ruby><rb>遣度</rb><rt>やりたい</rt></ruby>ものと兩手を<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>しが<ruby><rb>可々</rb><rt>よし〱</rt></ruby>某しは元來天地の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に<ruby><rb>差構</rb><rt>さしかまへ</rt></ruby>のなき身分主人<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>ではなし母親は兄半作が<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>ををするし全く<ruby><rb>獨立</rb><rt>どくりつ</rt></ruby>の天下浪人又義を見てせざるは<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>なしと云る事あり某し今より<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>其者どもを助けて<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ん是より<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>は<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>あるやと問ひければ八五郎<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>さ四里八町と申せども<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby><ruby><rb>中頃</rb><rt>なかごろ</rt></ruby>で爲す仕事ならん一<ruby><rb>筋道</rb><rt>すぢみち</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされば間違ひなけれ共餘程時刻も<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れたれば<ruby><rb>贅足</rb><rt>むだあし</rt></ruby>ならんといふに半四郎は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>立上</rb><rt>たちあが</rt></ruby>り<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>贅足</rb><rt>むだあし</rt></ruby>になればとて元々なり某し一ト走りに<ruby><rb>追着</rb><rt>おひつき</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けてやらん<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby><ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>もあらんにより<ruby><rb>本道</rb><rt>ほんだう</rt></ruby><ruby><rb>外科</rb><rt>げくわ</rt></ruby>兩人の醫師を頼み置かれよ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>燒酎</rb><rt>せうちう</rt></ruby><ruby><rb>鷄卵</rb><rt>たまご</rt></ruby><ruby><rb>白木綿等</rb><rt>しろもめんとう</rt></ruby>の用意を頼むなり其入用は某しが出すべしとて後藤は路金を<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>亭主に預けおき<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く用意を申し付て<ruby><rb>強刀</rb><rt>がうたう</rt></ruby>を<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>し鐵の<ruby><rb>延棒</rb><rt>のべぼう</rt></ruby>を<ruby><rb>引提</rb><rt>ひつさげ</rt></ruby>熊谷堤を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>逸驂</rb><rt>いつさん</rt></ruby>にこそ<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby>けり

## 第八回

偖又彼の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>どもは浪人夫婦を<ruby><rb>甘々</rb><rt>うま〱</rt></ruby>と僞り乘て<ruby><rb>寶珠花屋</rb><rt>はうじゆはなや</rt></ruby>を立出しが程なく<ruby><rb>熊谷堤</rb><rt>くまがやどて</rt></ruby>の中程なる地藏堂の前に來り駕籠を<ruby><rb>撞乎</rb><rt>どつか</rt></ruby>と<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>しオイ<ruby><rb>棒組々々</rb><rt>ぼうぐみ〱</rt></ruby>マア<ruby><rb>寛然</rb><rt>ゆるり</rt></ruby>と一ぷくやらかさうやれ〱世話しないことをしたと云ひながら<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>入より<ruby><rb>摺火燧</rb><rt>すりひうち</rt></ruby>を取出してかち〱と火を<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>まで連て來れば<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>のものだ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>が<ruby><rb>捨賣</rb><rt>すてうり</rt></ruby>にしても年一ぱい五六十兩が物はある<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>も十兩や十五兩はあるに相違なし<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>大小迄</rb><rt>だいせうまで</rt></ruby><ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひとらば何でも小百兩の仕事だ<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>で甘い酒が<ruby><rb>呑</rb><rt>のめ</rt></ruby>る悦べ〱と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を浪人夫婦は聞て大いに驚き然すれば<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て聞たる<ruby><rb>護摩</rb><rt>ごま</rt></ruby>の<ruby><rb>灰</rb><rt>はひ</rt></ruby>とか云へる<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>ならん是は如何せんと<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の折から一人の駕籠舁は<ruby><rb>彼浪人</rb><rt>かのらうにん</rt></ruby>に向ひオイ<ruby><rb>御侍士</rb><rt>おさふらひ</rt></ruby><ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>熊谷の茶屋から四里八丁の<ruby><rb>丁場</rb><rt>ちやうば</rt></ruby>を二里半だと云て<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>て來たが<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は僞りよ此駕籠の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>物と路用大小等が<ruby><rb>見込</rb><rt>みこみ</rt></ruby>で此所まで<ruby><rb>汗水</rb><rt>あせみづ</rt></ruby>に成て乘せて來たのだ何と<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>が<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶれ</rt></ruby>たかヤイ此女は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>金と大小衣類まで<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>に渡せば命は助けてやる<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>と云へば命も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に貰ふ分の事サア<ruby><rb>素直</rb><rt>すなほ</rt></ruby>に路用を出せといふに又一人も同じく<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>だ殘らず渡したとて<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>はあるまいコウ<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby><ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>此女は<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>の<ruby><rb>箱入娘</rb><rt>はこいりむすめ</rt></ruby>を<ruby><rb>唆</rb><rt>そゝの</rt></ruby>かし云合せて親の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出して連て<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>たに相違なし元は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>て來たものだ<ruby><rb>不殘</rb><rt>みんな</rt></ruby>渡しても損にはならねへサア〱渡せ〱と<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>かゝる故<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は侍士一人なれども女房を<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>より出し手早く<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して<ruby><rb>楯</rb><rt>たて</rt></ruby>になり<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なるかな斯る惡人とも知らず己れ等如きに<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ此所まで來しこと<ruby><rb>口惜</rb><rt>くやし</rt></ruby>けれとは云ふものゝ<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>の<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>は<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>るとも<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>がまゝに<ruby><rb>爲</rb><rt>さ</rt></ruby>すべきや覺悟をせよと言ひながら腰の一刀<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>身構</rb><rt>みがま</rt></ruby>へなせば<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>ものどもは打笑ひ何の<ruby><rb>小癪</rb><rt>こしやく</rt></ruby>な<ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>二<ruby><rb>才</rb><rt>さい</rt></ruby>と<ruby><rb>息杖</rb><rt>いきづゑ</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>のべ打て<ruby><rb>蒐</rb><rt>かゝる</rt></ruby>を此方は<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がず切拂ひ又打込を<ruby><rb>飛違</rb><rt>とびちが</rt></ruby>へ未だ<ruby><rb>生若</rb><rt>なまわか</rt></ruby>き腕ながら一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>懸命</rb><rt>けんめい</rt></ruby><ruby><rb>切捲</rb><rt>きりまく</rt></ruby>れば流石に武士の<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きには敵し難くや駕籠舁ども是は<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はじと<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>すを<ruby><rb>何國迄</rb><rt>いづくまで</rt></ruby>もと<ruby><rb>追行</rb><rt>おひゆく</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>やなしたりけん地藏堂の<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>を開き七八人の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>ども<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>其所へ<ruby><rb>馳出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>し女を逃すな<ruby><rb>擔引</rb><rt>ひつかつ</rt></ruby>げと追取卷に女房も今は何とも<ruby><rb>絶體絶命</rb><rt>ぜつたいぜつめい</rt></ruby>如何に此身が女なりとて<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の<ruby><rb>手込</rb><rt>てごみ</rt></ruby>になるべきやと用意の<ruby><rb>懷劔</rb><rt>くわいけん</rt></ruby><ruby><rb>拔放</rb><rt>ぬきはな</rt></ruby>ち彼方此方を<ruby><rb>掻潜</rb><rt>かひくゞ</rt></ruby>り死もの狂ひに<ruby><rb>突廻</rb><rt>つきまは</rt></ruby>れば惡者どもは是を見てヤア<ruby><rb>小賢</rb><rt>こざか</rt></ruby>しき女の働き<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>せと<ruby><rb>犇</rb><rt>ひし</rt></ruby>めくを<ruby><rb>頭立</rb><rt>かしらだち</rt></ruby>たる大男は<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>たゞし<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>めコレ〱其女を叩き倒して<ruby><rb>成者</rb><rt>なるもの</rt></ruby>か大事の玉に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>がつくとそツと<ruby><rb>生捕</rb><rt>いけどれ</rt></ruby>と氣をつけられて惡漢どもよし〱<ruby><rb>合點</rb><rt>がつてん</rt></ruby>承知の濱と遂ひに懷劔を<ruby><rb>捻取</rb><rt>もぎと</rt></ruby>りつゝ手どり足どり<ruby><rb>旋々</rb><rt>くる〱</rt></ruby>まき<ruby><rb>強情</rb><rt>しぶとひ</rt></ruby><ruby><rb>婀魔</rb><rt>あま</rt></ruby>めと<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>て<ruby><rb>捻</rb><rt>ねぢ</rt></ruby>つけ駕籠へ入れんとするを女は<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞ一生懸命ヤレ人殺し〱助け給へと<ruby><rb>泣叫</rb><rt>なきさけ</rt></ruby>べは侍士是に心付ヤレ南無三法<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に同類めらが<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろへ廻り我が女房を捕へしやと<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶ如くに<ruby><rb>馳戻</rb><rt>はせもど</rt></ruby>り<ruby><rb>群</rb><rt>むら</rt></ruby>がる中へ切入ど彼方は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あれ</rt></ruby>くれども手に〱<ruby><rb>息杖棒</rb><rt>いきづゑぼう</rt></ruby>ちぎり打合ふ折から又四五人<ruby><rb>堤</rb><rt>どて</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>疊んで仕舞へと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝ</rt></ruby>しり前後左右を追取卷打込棒は雨より<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>く多勢を相手に侍士は<ruby><rb>死忿</rb><rt>しふん</rt></ruby>を顯はし切り結ぶ心は<ruby><rb>彌猛</rb><rt>やたけ</rt></ruby>に<ruby><rb>逸</rb><rt>はや</rt></ruby>れども終に刀を打落され<ruby><rb>逡巡處</rb><rt>たぢろくところ</rt></ruby>を<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>ども寄てたかつて侍士を忽ち其所へ<ruby><rb>打倒</rb><rt>うちたふ</rt></ruby>し<ruby><rb>滅</rb><rt>めつ</rt></ruby>た<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>りに<ruby><rb>打据</rb><rt>うちすゑ</rt></ruby>たり斯る所へ半四郎は<ruby><rb>彼早足</rb><rt>かのはやあし</rt></ruby>も一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>遽</rb><rt>はげ</rt></ruby>しく堤の彼方へ<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りて遙か向うを見渡すに夜中の事ゆゑ夫なりと<ruby><rb>目當</rb><rt>めあて</rt></ruby>は知ねど女の聲ヤヨ人殺し〱助け給へと叫ぶにぞ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ惡漢御參んなれと猶一<ruby><rb>驂</rb><rt>さん</rt></ruby>に<ruby><rb>馳着</rb><rt>はせつき</rt></ruby>て用意の<ruby><rb>延棒</rb><rt>のべぼう</rt></ruby>を追取直して<ruby><rb>躍</rb><rt>をどり</rt></ruby>こみて女房を<ruby><rb>押</rb><rt>おさへ</rt></ruby>たる惡漢どもを後ろよりヤツと云ひさま打たふせば<ruby><rb>瞬間</rb><rt>またゝくま</rt></ruby>に二三人ウンとも云はず<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たり是を此場の始めとして當るを幸ひ<ruby><rb>片端</rb><rt>かたはし</rt></ruby>より<ruby><rb>破落離々々々</rb><rt>ばらり〱</rt></ruby>と<ruby><rb>薙倒</rb><rt>なぎたふ</rt></ruby>す勢ひに惡漢どもは大いに驚き是は<ruby><rb>抑如何</rb><rt>そもいか</rt></ruby>に<ruby><rb>仁王</rb><rt>にわう</rt></ruby>の<ruby><rb>化身</rb><rt>けしん</rt></ruby>か<ruby><rb>摩利支天</rb><rt>まりしてん</rt></ruby>かあら恐ろしの強力や逃ろ〱と云ひながら命からがら<ruby><rb>逃失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>けり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>打倒</rb><rt>うちたふ</rt></ruby>されし五七人は頭を<ruby><rb>割</rb><rt>わら</rt></ruby>れ<ruby><rb>脛</rb><rt>すね</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をら</rt></ruby>れ或は<ruby><rb>腰骨</rb><rt>こしぼね</rt></ruby><ruby><rb>腋腹骨</rb><rt>あばらぼね</rt></ruby>皆打折れて即死せしもあり<ruby><rb>適々</rb><rt>たま〱</rt></ruby>未だ<ruby><rb>死</rb><rt>しな</rt></ruby>ざるも然も哀れ氣に<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>く<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ見えたりけれ後藤は是を<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みてヤレ〱たはいもなき<ruby><rb>弱虫</rb><rt>よわむし</rt></ruby>めら只一打にて<ruby><rb>逃散</rb><rt>にげちつ</rt></ruby>たりシテ<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>死切</rb><rt>しにきら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>を斯して置は殺生なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて<ruby><rb>生返</rb><rt>いきかへ</rt></ruby>らせなば又々旅人へ惡さをなす者共なれば<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めを<ruby><rb>刺</rb><rt>さし</rt></ruby>て呉んと鐵の棒の<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>を<ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>あた</rt></ruby>りへ<ruby><rb>押當</rb><rt>おしあて</rt></ruby>て<ruby><rb>一寸々々</rb><rt>ちよい〱</rt></ruby>と<ruby><rb>葭</rb><rt>よし</rt></ruby>で物を突く如く<ruby><rb>手輕</rb><rt>てがる</rt></ruby>に止めを刺し去より後藤は夫婦の者に向ひヤレ〱危き事でありしが<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>我等が<ruby><rb>馳着</rb><rt>はせつけ</rt></ruby>たる上は心安く思はるべし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど御浪人には強き<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>もなかりしやと云に夫婦の者は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れの御方かは存ぜねども<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らず我々が<ruby><rb>危難</rb><rt>きなん</rt></ruby>を御助け下され有難く御禮<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に盡し難し少々は<ruby><rb>打疵</rb><rt>うちきず</rt></ruby>を受たれども然までの怪我にも是なしと云ながら女房は後藤を<ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに<ruby><rb>月代</rb><rt>さかやき</rt></ruby>は<ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>生</rb><rt>はえ</rt></ruby><ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>鋭</rb><rt>する</rt></ruby>どき六尺有餘の大男なれば又々仰天なし一旦命を助けられしは<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく思ひしが是また同じく<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>か<ruby><rb>盜人</rb><rt>どろばう</rt></ruby>にてあるべし如何して<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らんやと<ruby><rb>薄氣味惡</rb><rt>うすきみわる</rt></ruby>く<ruby><rb>胡亂々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby>するを見て半四郎は是を<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し是々御浪人我等は此樣に見苦しき<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>定めて<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>き者と<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>されんが必ず御心配なさるに及ばず某は<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby><ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby>に住居なす後藤半四郎<ruby><rb>秀國</rb><rt>ひでくに</rt></ruby>とて<ruby><rb>劔道</rb><rt>けんだう</rt></ruby><ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>を致す者なるが此度用事あつて<ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby><ruby><rb>大間々</rb><rt>おほまゝ</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>へ參り先刻歸り道にて熊谷の寶珠花屋といふ酒屋へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>し處亭主の物語に貴殿御夫婦<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>どもの爲に欺かれ定めし<ruby><rb>御難儀</rb><rt>ごなんぎ</rt></ruby>なされんと申事を聞及び武士は<ruby><rb>相見互</rb><rt>あひみたが</rt></ruby>ひ我等も浪人の危難を<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>に聞流すは<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>ならず思ひ<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>は<ruby><rb>延</rb><rt>のび</rt></ruby>たりと申せしかど<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>無陀</rb><rt>むだ</rt></ruby>になるとも屆くだけは御<ruby><rb>助力</rb><rt>じよりよく</rt></ruby>致さんと<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby>着しに幸ひ間に合てお<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ申たるは我等の<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby><ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>致されよと申ければ夫婦は漸々安心してホツと<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>我々夫婦は越後高田の浪人<ruby><rb>新藤市之丞</rb><rt>しんどういちのじよう</rt></ruby>と申者なり誠に有難き<ruby><rb>御厚情</rb><rt>ごこうせい</rt></ruby>を以て斯樣に我々兩人をお救ひ下されし事千萬<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく存じ奉つると初めて喜びの<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ兩人土に手を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>て厚く禮を申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ後藤は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>其樣に禮を云ふには及ばず夫よりは<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>貴殿の<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>致されよと申に後藤は某の疵は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かばかりなりと云ふを否々少しにても疵は<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>なり<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby><ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>て<ruby><rb>波傷風</rb><rt>はしやうふう</rt></ruby>にもならば容易ならず先兎も角も先刻の茶屋迄<ruby><rb>御同道</rb><rt>ごどうだう</rt></ruby>申ての事なりサア<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>に及ばず<ruby><rb>此駕籠</rb><rt>このかご</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のら</rt></ruby>れよと今惡漢どもの<ruby><rb>置去</rb><rt>おきざ</rt></ruby>りにせし駕籠を<ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby>浪人を乘せたれども<ruby><rb>舁</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>のなきゆえ後藤は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>はしたり氣の付ざりしがこんな事なら惡漢の二三人を殘して<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>ば<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>つたに皆殺せしは是非もなしドレ參らうと半四郎一人にて<ruby><rb>引擔</rb><rt>ひきかつ</rt></ruby>ぎサア〱御女中<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>へ<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>れよと云つゝ行んとせしが半四郎は大小と<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>禪杖</rb><rt>ぜんぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>に成たれば<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>御女中憚りながら此大小と<ruby><rb>杖</rb><rt>つゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て下されと女に渡すに<ruby><rb>赤銅造</rb><rt>しやくどうづくり</rt></ruby>の強刀と鐵の<ruby><rb>延棒</rb><rt>のべぼう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>大體</rb><rt>たいてい</rt></ruby>の男にても容易に持事<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ程ゆゑ女房は<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>所</rb><rt>どころ</rt></ruby>か大小ばかりにも<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り果て然りとて<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>とも云はれず持には持れず如何して<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らんと身を悶えて居るゆゑ後藤は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>く思ひ是はしたり<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>御前さんには持れぬはずどれ<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>へと<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとつ</rt></ruby>て駕籠の棒へ<ruby><rb>下緒</rb><rt>さげを</rt></ruby>にて<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>りつけコレ御女中お前も<ruby><rb>一所</rb><rt>いつしよ</rt></ruby>に乘り給へ然すれば<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て道も<ruby><rb>捗</rb><rt>はか</rt></ruby>どらんと云ふに女は<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>どう致して<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なしと<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>なしければナニ遠慮なさるな夜中の事ゆゑ外に誰も見る者なしサア〱乘り給へと手を取て夫婦二人を<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に一つ駕籠に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>是でよしとて半四郎は<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>う<ruby><rb>鉢卷</rb><rt>はちまき</rt></ruby><ruby><rb>片肌</rb><rt>かたはだ</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>ぬ</rt></ruby>ぎ何の苦もなく<ruby><rb>引擔</rb><rt>ひつかつ</rt></ruby>ぎすた〱道を<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>ながら酒屋を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎけり

## 第九回

扨寶珠花屋八五郎は後藤の出行し<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>下男の彌助にいひ<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>燒酎</rb><rt>せうちう</rt></ruby><ruby><rb>鷄卵</rb><rt>たまご</rt></ruby><ruby><rb>白木綿等</rb><rt>しろもめんとう</rt></ruby>を<ruby><rb>買調</rb><rt>かひとゝの</rt></ruby>へ夫より<ruby><rb>外科</rb><rt>げくわ</rt></ruby>へ怪我人ある趣き申<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し招きけるに<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>は幸ひ<ruby><rb>在宿</rb><rt>ざいしゆく</rt></ruby>なればとて彌助に<ruby><rb>藥籠</rb><rt>やくろう</rt></ruby>を持せて先へ<ruby><rb>差越</rb><rt>さしこ</rt></ruby>し程なく寳珠花屋へ<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>りしかば亭主は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へて座敷へ<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じしに醫師は<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻し御病人は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れに居らるゝやと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ亭主八五郎然ればなり其病人と申は<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby><ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby><ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>に怪我の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>今に參るならんといふに醫師は大いに<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby>然樣か夫は餘り<ruby><rb>手廻</rb><rt>てまは</rt></ruby>し<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たりシテ其怪我人のあらんと云事は如何の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なりやと申ければ八五郎は浪人夫婦の事より後藤半四郎が<ruby><rb>助</rb><rt>たすけ</rt></ruby>に<ruby><rb>馳着</rb><rt>はせつけ</rt></ruby>し始末等<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に物語りなどして居たりしが亭主は何にしても餘り<ruby><rb>手間取</rb><rt>てまどれ</rt></ruby>るにより<ruby><rb>其邊</rb><rt>そこら</rt></ruby>まで樣子を見せにやらんと<ruby><rb>宿駕籠</rb><rt>しゆくかご</rt></ruby>を頼みて其用意に及びし所へ後藤半四郎は<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>う<ruby><rb>鉢卷</rb><rt>はちまき</rt></ruby><ruby><rb>片肌脱</rb><rt>かたはだぬぎ</rt></ruby>になり駕籠一<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>へ夫婦二人を乘せ一人にて<ruby><rb>引擔</rb><rt>ひつかつ</rt></ruby>ぎ寶珠花屋の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>是々亭主今歸りたりと<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きければ八五郎は飛でいで<ruby><rb>先生</rb><rt>せんせい</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>は如何やと云ながら門の戸<ruby><rb>引明</rb><rt>ひきあ</rt></ruby>ければ後藤は<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>處</rb><rt>どころ</rt></ruby>か誠に危き事なり亭主貴樣の云し通り今一ト<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby><ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>いと間に合ぬ處なりしが<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>をよく<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>て惡者共を叩き殺し二人とも救ひて<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>たと夫婦の者を駕籠より<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>しければ亭主は是を見てヤレ〱夫は<ruby><rb>御手柄々々</rb><rt>おてがら〱</rt></ruby>先生の事ゆゑ定めし斯あらんと存じ<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り醫師も<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>燒酎</rb><rt>せうちう</rt></ruby><ruby><rb>白木綿</rb><rt>しろもめん</rt></ruby><ruby><rb>玉子</rb><rt>たまご</rt></ruby>とも<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ置候なりと云つゝ半四郎<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>新藤夫婦を奧へ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ醫師に<ruby><rb>診</rb><rt>みせ</rt></ruby>市之丞の疵口を<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬは</rt></ruby>せ療治を頼み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>半四郎は又亭主へもよく<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>を申<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>一ト間に入て<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>しやれ〱<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>たり<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のむ</rt></ruby>べしと又々<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby><ruby><rb>酒食</rb><rt>しゆしよく</rt></ruby>をなして其夜は<ruby><rb>臥床</rb><rt>ふしど</rt></ruby>へ入にけり偖新藤夫婦は思ひ<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ざる危難を救はれ萬事の事まで<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く世話に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>ければ悦ぶ事<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなく是も其夜は<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>けるが偖翌日より後藤半四郎は自分の金を出し<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby><ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>手厚</rb><rt>てあつ</rt></ruby>く世話を致させて先新藤夫婦の身元を尋ねしに<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>夫婦の者浪人せしは其頃越後高田の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>松平越後守殿</rb><rt>まつだひらゑちごのかみどの</rt></ruby><ruby><rb>藩中</rb><rt>はんちう</rt></ruby>にして<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>二百石を<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby>し<ruby><rb>側役</rb><rt>そばやく</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>し者なるが女房は同藩の娘にてお梅と<ruby><rb>云</rb><rt>いつ</rt></ruby>て是も奧を<ruby><rb>勤居</rb><rt>つとめゐ</rt></ruby>たりしに<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>過</rb><rt>あや</rt></ruby>まちとて<ruby><rb>不義密通</rb><rt>ふぎみつつう</rt></ruby>に及びし事<ruby><rb>薄々</rb><rt>うす〱</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>へも聞え<ruby><rb>御家法</rb><rt>ごかはふ</rt></ruby>に依て兩人の一命をも召さるべきの<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>同藩にて五百石を<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby>し<ruby><rb>物頭役</rb><rt>ものがしらやく</rt></ruby>を勤むる大橋文右衞門と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby><ruby><rb>平日</rb><rt>へいじつ</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致し<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>も深き人ゆゑ其事を不便に思ひ<ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>より御沙汰のなきうちにと<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに新藤を招き金子二十兩を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>へ早々御家を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>江戸表へ出て奉公をなりとも致し<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>夫婦になつて<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>されよと<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>なる大橋の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に預り兩人が命を助かり江戸表へ參らんと故郷を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>しなりと始終の事とも物語り然るに<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>のお<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>にや<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>に於て惡漢どもに欺かれ既に一命も<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>はんとせし程の危難に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たるを又<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御助けに預かりし事<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難く存じ奉つる<ruby><rb>此御恩</rb><rt>このごおん</rt></ruby>は<ruby><rb>生々</rb><rt>しやう〲</rt></ruby><ruby><rb>世々</rb><rt>せゝ</rt></ruby><ruby><rb>忘却</rb><rt>ばうきやく</rt></ruby>仕まつらず候と夫婦<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に涙を流して申しけり

## 第十回

扨も後藤半四郎は<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>が長<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りを聞て成程若き者は<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>うちの事何も是を<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>の<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>となす程の事でもなし古き<ruby><rb>俚諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>後難</rb><rt>こうなん</rt></ruby>は山にあらず川にあらず人間反覆の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>いつ<ruby><rb>何時</rb><rt>なんどき</rt></ruby>如何なる難儀<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>に<ruby><rb>出會</rb><rt>であふ</rt></ruby>も計られず然れど<ruby><rb>又々</rb><rt>また〱</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>く事もあるものなり何でも心も<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>にして大橋殿の恩を忘れぬ樣に致されよ江戸表へ出たなら<ruby><rb>御夫婦</rb><rt>ごふうふ</rt></ruby>とも<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>して<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ大橋殿に<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を<ruby><rb>復</rb><rt>かへ</rt></ruby>し給ふべし拙者も是より江戸見物致さんと思ふなれば江戸迄は<ruby><rb>御同道</rb><rt>ごどうだう</rt></ruby>申べし<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>心置</rb><rt>こゝろおき</rt></ruby>なく<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby>なすが專一なりとて<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に申を聞夫婦は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>心靜</rb><rt>こゝろしづ</rt></ruby>かに<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>いたしける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>早くも十日程立疵口も<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>平癒</rb><rt>へいゆ</rt></ruby>して身體も大丈夫に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>ければ最早江戸表へ出立せんと申に亭主八五郎は是を聞き<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と御逗留遊ばさるべし<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby><ruby><rb>貴方</rb><rt>あなたがた</rt></ruby>には江戸表<ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>と申事なれば爰に<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひあり私し兄江戸馬喰町二丁目に<ruby><rb>武藏屋</rb><rt>むさしや</rt></ruby>長兵衞と申て<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>を致して居るにより是へ先御落着ありて<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>江戸見物を遊ばされ候はゞ然るべく私し兄の儀を申もいかゞに候へども<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>ごとによらず<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>だといふ時は是までも<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>他人さまの御世話を申<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>に候あひだ<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら<ruby><rb>御相談</rb><rt>ごさうだん</rt></ruby><ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>にもなる<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>のものに御座候是へ私より<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て差上申べしと云ければ後藤始め大いに悦び夫は何よりの幸ひ何分頼むと有りけるに八五郎は<ruby><rb>後藤</rb><rt>ごとう</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に夫婦の者の<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく書状に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め是を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>しければ兩人は悦び<ruby><rb>旅宿代</rb><rt>はたごだい</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby><ruby><rb>藥禮等</rb><rt>やくれいとう</rt></ruby>に至る迄殘らず半四郎より勘定致し<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>は朝早く起出て支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>に及び後藤半四郎は新藤夫婦を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>なし熊谷を出立して此程は<ruby><rb>此堤</rb><rt>このどて</rt></ruby>にて危ふかりしなどと道すがら<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>つゝ江戸表馬喰町へ來り<ruby><rb>武藏屋</rb><rt>むさしや</rt></ruby>長兵衞方に<ruby><rb>落着</rb><rt>おちつき</rt></ruby>寶珠花屋よりの添書を出しければ亭主長兵衞も弟八五郎よりの手紙も是ある事ゆゑ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に出來りて夫々に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及び<ruby><rb>御緩</rb><rt>ごゆるり</rt></ruby>と<ruby><rb>御逗留遊</rb><rt>ごとうりうあそ</rt></ruby>ばさるべしとて奧座敷を一<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby><ruby><rb>貸切</rb><rt>かしきり</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ける故後藤は心置なく思ひ夫より日毎に案内者を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>ては向島兩國淺草吉原或は<ruby><rb>芝神明</rb><rt>しばしんめい</rt></ruby><ruby><rb>愛宕</rb><rt>あたご</rt></ruby>又は目黒不動と神社佛閣名所舊跡等を見物して<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby><ruby><rb>氣隨</rb><rt>きずゐ</rt></ruby><ruby><rb>氣儘</rb><rt>きまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>多く<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>凡そ十四五日も逗留せしが後藤は萬事心を付新藤夫婦をも折々誘引せしかど市之丞夫婦は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より僅の<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へにて<ruby><rb>國</rb><rt>くに</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>途中にても￼らず長逗留なし醫藥其他共後藤の世話になりしとは<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ものゝ追々に<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>も<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>減</rb><rt>へら</rt></ruby>しければ此上江戸見物などに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>る貯へなきゆゑ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>のみ云て一度も同道せし事なく日々宿屋にばかり居て誠に<ruby><rb>退屈勝</rb><rt>たいくつがち</rt></ruby>なれば夫婦は<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せ何時まで斯して居るとも<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>は<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>る而已にて江戸の樣子は知れざるゆゑ奉公するにも<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ頼んで<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しきや勝手も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>の事に何ぞ小商ひにても<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めて<ruby><rb>見樣</rb><rt>みやう</rt></ruby>かと<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>身の<ruby><rb>有付</rb><rt>ありつき</rt></ruby>を考へとつ追つ相談なし居たるに或日<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>の<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>り決して御催促を<ruby><rb>申</rb><rt>まをす</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には是なく候へども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>の御逗留ゆゑ<ruby><rb>御旅籠</rb><rt>おはたご</rt></ruby>も<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りしにより少々にても御拂ひ下さるべきや又は後藤樣の御歸りを<ruby><rb>御待</rb><rt>おまち</rt></ruby>申さんかと後藤始め三人の<ruby><rb>旅籠代</rb><rt>はたごだい</rt></ruby>二十日分十九<ruby><rb>貫</rb><rt>くわん</rt></ruby>五百文金となして三兩と二百五十文に相成候と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を差出しけるに夫婦は<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>もなかりしかば手代は樣子を見て<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ又後藤樣の御歸りの上願ひに出んと云て<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさり</rt></ruby>しに夫婦はホツと<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>今も今とて相談の折から此家の旅籠の<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を見るに<ruby><rb>就</rb><rt>つけ</rt></ruby>ても<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>空々</rb><rt>うか〱</rt></ruby><ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>になりて居るは如何にも心苦しく然りとて是を拂ふ心なしとは<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ものゝ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては此家の旅籠だけも後藤に聞せず拂ひたしと<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に相談なせしに妻のお梅は是までにも<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>などは追々に<ruby><rb>賣盡</rb><rt>うりつく</rt></ruby>し今は<ruby><rb>着替</rb><rt>きがへ</rt></ruby>一つ<ruby><rb>有而已</rb><rt>あるのみ</rt></ruby>なれども此上は<ruby><rb>其着替</rb><rt>そのきがへ</rt></ruby>にても<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし旅籠の代に<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>んと申故市之丞も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく然らば我等の着替羽織とも未だ<ruby><rb>之有</rb><rt>これある</rt></ruby>により夫をも共に<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし此家の<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>を返さんとお梅に右の三品を取出させ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て先の手代を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き彼三品を前に<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしき次第なれども道中以來種々の物入にて今は<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>も<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby><ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の折からなれば此衣類を<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし此方の勘定を致し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られよと<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひけるに手代は甚だ氣の毒顏に<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の御事なれば後藤樣の御歸りの上御<ruby><rb>相談成</rb><rt>さうだんなさ</rt></ruby>れて然るべし此御勘定とても<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>かねばならぬと申譯にも御座なく今日は<ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>の<ruby><rb>帳合日</rb><rt>ちやうあひび</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>伺ひ候までなりと申を夫婦は<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>是までも後藤氏には一方ならず世話になりたれば<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては此方の旅籠だけも<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby><ruby><rb>相拂</rb><rt>あひはら</rt></ruby>ひ申度平に取計らひを頼むと云にぞ手代も<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし如何はせんと考がへ居たるに後ろの<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を<ruby><rb>押開</rb><rt>おしひら</rt></ruby>き御免なされと此家の<ruby><rb>亭主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>長兵衞は<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>り只今<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>にて御樣子を伺ひ<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>御志操</rb><rt>おこゝろざし</rt></ruby>を感じ候なり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながらお三人のお旅籠を御一人<ruby><rb>御留守中</rb><rt>おるすちう</rt></ruby>に戴き候も心よからず殊には當時<ruby><rb>御差支</rb><rt>おさしつかへ</rt></ruby>の御樣子<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>決して今日<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>致すに及ばず候間<ruby><rb>此御品</rb><rt>このおしな</rt></ruby>は<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>御納め下さるべしと申に市之丞夫婦は亭主の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ある言葉を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>猶さら氣の毒に思ひ此上御世話に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなる</rt></ruby>は兎も角も此衣類は當時不用の品ゆゑ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御賣拂</rb><rt>おうりはら</rt></ruby>ひ御勘定下されよと互に<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひ居る折から半四郎は<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りしが今兩人の言葉を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>りコレ〱新藤氏其儀は拙者に<ruby><rb>御任</rb><rt>おまか</rt></ruby>せあれと云て亭主長兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ偖此所に御座る新藤氏夫婦の事は<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>貴樣の弟より手紙にて承知も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べきが<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>き者の有うち<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は越後高田の浪人にて同藩の娘をつれ<ruby><rb>逃來</rb><rt>にげきた</rt></ruby>りし譯ゆゑ<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>て<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>む程のこともなし夫に<ruby><rb>旅馴</rb><rt>たびなれ</rt></ruby>ぬゆゑ熊谷土手にて<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>され既に妻をも<ruby><rb>奪</rb><rt>さら</rt></ruby>はれんとする所に八五郎の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しにより某<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>て惡漢を<ruby><rb>追散</rb><rt>おつちら</rt></ruby>したれば夫が<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>となり御當地までも<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>致したるなり何にしても<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>り<ruby><rb>少</rb><rt>すく</rt></ruby>なき夫婦の者<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か貴樣の世話を以て<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞ</rt></ruby>きの<ruby><rb>出來</rb><rt>できる</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>頼み申度尤も<ruby><rb>丸々</rb><rt>まる〱</rt></ruby>貴樣の<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ると<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には非ず是は<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かなれども何ぞ商賣でも初めさせて下されよと後藤は<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>の金子を二十兩<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>にはなけれども宜しく<ruby><rb>頼</rb><rt>たのむ</rt></ruby>と長兵衞に渡しければ長兵衞は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>の者ゆゑ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>先生貴方がお連なされたお方なり殊に八五郎よりも<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>の<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>參りし事ゆゑ金子などは<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>申さず私しが<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に御世話仕つるべきにより決して御心遣ひ<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れまじ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>には一錢なくとも私しが何れとも<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>致すべし<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>此金子は御始末下されよとて<ruby><rb>其事由</rb><rt>そのことがら</rt></ruby>を<ruby><rb>心快</rb><rt>こゝろよく</rt></ruby><ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>けるにぞ半四郎は大いに悦び夫は千萬忝けなし夫にて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>致したり<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら此金は兎も角も貴樣が<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されよと金子二十兩を<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>して渡し<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く夫婦の身の上をぞ頼みける<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>陰徳</rb><rt>いんとく</rt></ruby>あれば<ruby><rb>陽報</rb><rt>やうはう</rt></ruby>ありとの<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>此事</rb><rt>このこと</rt></ruby><ruby><rb>後年</rb><rt>こうねん</rt></ruby>に至つて大岡殿の見出しに<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かる一<ruby><rb>端</rb><rt>たん</rt></ruby>とはなりぬ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば新藤夫婦は是を<ruby><rb>見聞</rb><rt>みきゝ</rt></ruby>して大いに悦びしとは雖も是までも萬事後藤の世話になりしことゆゑ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>旅籠代</rb><rt>はたごだい</rt></ruby>だけは衣類を賣て拂はんと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に夫をも<ruby><rb>止</rb><rt>とめ</rt></ruby>られ猶亦二十兩の<ruby><rb>資本金</rb><rt>もとできん</rt></ruby>まで長兵衞に預けし後藤の<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>何と禮を云べき詞もなく<ruby><rb>名利</rb><rt>みやうり</rt></ruby>の程も<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しと兩人涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居たりしに武藏屋長兵衞は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>て世話をなさんと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>打喜び我々夫婦の命を御助け下されるのみならず<ruby><rb>往々</rb><rt>ゆく〱</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>まで御世話下さるとは誠に<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>有難き仕合なりと<ruby><rb>繰返々々</rb><rt>くりかへし〱</rt></ruby>夫婦の者は<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し涙に<ruby><rb>咽</rb><rt>くれ</rt></ruby>たりけり是より半四郎は國元へ出立の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>に及び<ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby><ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>など調へしが<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>明日は出立せんと<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れを<ruby><rb>告</rb><rt>つぐ</rt></ruby>るに長兵衞夫婦の者<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>み幸ひ大師河原へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>ながら川崎宿迄送り申さんと己も<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなし翌朝後藤は<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>を立出るに新藤夫婦も<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れを<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>み影見えぬまで<ruby><rb>見送々々</rb><rt>みおくり〱</rt></ruby>後藤の方を<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>むこそ道理なれ又長兵衞夫婦は川崎宿まで送らんと同道なしけるに後藤も其志操の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>きを<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も<ruby><rb>名殘</rb><rt>なごり</rt></ruby>は<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>ねども<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>跡々</rb><rt>あと〱</rt></ruby>を御頼み申せし新藤夫婦の事もあれば<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>は<ruby><rb>大師迄</rb><rt>だいしまで</rt></ruby>にて別れ申べけれ<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて<ruby><rb>金比羅</rb><rt>こんぴら</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>の事もあらば丸龜城下なる<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ必らず<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよら</rt></ruby>れよ又某事も<ruby><rb>此後</rb><rt>こののち</rt></ruby>江戸表へ<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>るならば貴樣の家を<ruby><rb>定宿</rb><rt>ぢやうやど</rt></ruby>となし年中<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきき</rt></ruby><ruby><rb>爲度者</rb><rt>したきもの</rt></ruby>なりと道々話しながら川崎宿なる萬屋へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り同所にて<ruby><rb>酒飯</rb><rt>しゆはん</rt></ruby>も<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て別れを<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>夫より長兵衞夫婦は大師へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>してぞもどりける

## 第十一回

偖又後藤半四郎は是より<ruby><rb>東海道</rb><rt>とうかいだう</rt></ruby>を<ruby><rb>往</rb><rt>ゆく</rt></ruby>に今宵は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>藤澤</rb><rt>ふじさは</rt></ruby><ruby><rb>泊</rb><rt>どま</rt></ruby>りと<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby><ruby><rb>鶴見畷</rb><rt>つるみなはて</rt></ruby>など<ruby><rb>打眺</rb><rt>うちながめ</rt></ruby>ながら神奈川臺も打越し處に町人體の男半四郎の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>になり先になり來りしが<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>谷</rb><rt>や</rt></ruby>の先なる<ruby><rb>燒持坂</rb><rt>やきもちざか</rt></ruby>の邊りより彼町人體の男は聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>旦那樣は<ruby><rb>失敬</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら<ruby><rb>何方迄</rb><rt>いづかたまで</rt></ruby><ruby><rb>御上</rb><rt>おのぼ</rt></ruby>り遊ばさるゝやと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>を半四郎は聞て某は四國の丸龜まで<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>る者なりと答るに彼男私しは<ruby><rb>江州</rb><rt>がうしう</rt></ruby>にて候が江戸表へ<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひに參り只今歸り道也是から<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>尾州</rb><rt>びしう</rt></ruby>名古屋へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り夫より京大坂へ<ruby><rb>仕入</rb><rt>しいれ</rt></ruby>に登り候<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りに付幸ひ御供同樣に<ruby><rb>御召連下</rb><rt>おめしつれくだ</rt></ruby>さるべし一人の道中と<ruby><rb>云者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>は道に<ruby><rb>倦</rb><rt>あき</rt></ruby>るものゆゑ<ruby><rb>御咄相手</rb><rt>おはなしあひて</rt></ruby>に御同道仕つり度と然も<ruby><rb>馴々</rb><rt>なれ〱</rt></ruby>しく申すにぞ後藤は<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>某は<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>の有は大いに<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひなり殊に貴樣は江州者だと云ふが<ruby><rb>近江</rb><rt>あふみ</rt></ruby><ruby><rb>盜人</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>伊勢<ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>と云事があり<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>江州の者は<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>はならずと<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るに彼男それは旦那樣貴方の<ruby><rb>御聞違</rb><rt>おきゝちが</rt></ruby>ひなり近江殿御に伊勢子正直と申ので御座りますナニ近江者が<ruby><rb>泥坊</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>と限りますものかと<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ半四郎は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>夫は<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>もなんだか氣味が<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>し某は一人の方が<ruby><rb>氣儘</rb><rt>きまゝ</rt></ruby>なりとてすた〱<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>に急ぎ行くを彼男も同じく早足になり<ruby><rb>追駈</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>ながら若旦那樣<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞ御一所に御願ひ申ます貴方樣は<ruby><rb>見上</rb><rt>みあげ</rt></ruby>た所武者修行を遊ばさるゝ御方と存じます御大小なんどは<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>きもので<ruby><rb>御立派</rb><rt>おりつぱ</rt></ruby>なり私し儀實は仕入の金を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>致し居り候へば<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>の道中にても登り<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>りが<ruby><rb>心遣</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>ひでなりません道中は金子の十兩から持つて居ると<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>ものが目を付て<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>がならず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御迷惑</rb><rt>ごめいわく</rt></ruby>ながら御同道下さらば丁度旦那樣の御供の樣にて<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>が<ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby><ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなく心丈夫に存じますと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に後藤は<ruby><rb>見向</rb><rt>みむき</rt></ruby>もせず夫は貴樣の<ruby><rb>勝手次第</rb><rt>かつてしだい</rt></ruby>にといひ<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>し一向構はず<ruby><rb>行中</rb><rt>ゆくうち</rt></ruby>にはや戸塚の<ruby><rb>棒鼻</rb><rt>ぼうはな</rt></ruby>へ入りたるに或料理屋の<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に<ruby><rb>鰹</rb><rt>かつを</rt></ruby><ruby><rb>佳蘇魚</rb><rt>まぐろ</rt></ruby><ruby><rb>鮃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>の數々の魚見えければ後藤は一杯やらんと<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>に入て<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>誂</rb><rt>あつ</rt></ruby>らへなどする<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>彼男も<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て入來り是も酒を<ruby><rb>言付</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>しに程なく<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>へ酒肴を<ruby><rb>持來</rb><rt>もちきた</rt></ruby>りしかば後藤は<ruby><rb>手酌</rb><rt>てしやく</rt></ruby>にて飮居たるに彼町人も<ruby><rb>大酒飮</rb><rt>おほざけのみ</rt></ruby>と見え大なる<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>にて<ruby><rb>引懸々々</rb><rt>ひきかけ〱</rt></ruby>飮居る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に後藤は聲をかけコレ〱町人其方は<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>が飮る樣子なりといふに彼男は<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に向ひイヤモウ酒は<ruby><rb>大好物</rb><rt>だいかうぶつ</rt></ruby>で御座りますと云ひければ半四郎夫は話せる〱其の酒飮は<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby><ruby><rb>大好</rb><rt>だいすき</rt></ruby>なり酒は一人で飮では<ruby><rb>味</rb><rt>うま</rt></ruby>くなし一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>をせぬかと申に彼町人は得たり<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>しと夫は有難し<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>御間</rb><rt>おあひ</rt></ruby>仕つらんと是より後藤の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>献</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>酬</rb><rt>さゝれ</rt></ruby>つ<ruby><rb>飮合</rb><rt>のみあひ</rt></ruby>いが其好む所に<ruby><rb>辟</rb><rt>へき</rt></ruby>すとの如く後藤半四郎は自分が<ruby><rb>酒好</rb><rt>さけずき</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に此男と合口となりて忽ち互ひに<ruby><rb>打解</rb><rt>うちとけ</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>四方八方</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の物語りをなす<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>酒の醉も<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>りしかば後藤は<ruby><rb>近江</rb><rt>あふみ</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>の一件も<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>忘</rb><rt>わすれ</rt></ruby>て仕舞至極酒の相手には面白く思ひ終に是より<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>となし飮合たる勘定も拙者が<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ふ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>私しが拂ひますと爭ふ位の中になり其後の勘定は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なしに一日代りと<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めければ半四郎は大いに<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>道々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>の咄し相手となし先今夜は藤澤へ<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>らんとて程なく宿屋へ<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>たりけり然るに彼<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>に成し男は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>上總</rb><rt>かづさ</rt></ruby><ruby><rb>無宿</rb><rt>むしゆく</rt></ruby>にて近頃東海道を<ruby><rb>往返</rb><rt>わうへん</rt></ruby>し旅人の<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>を<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ふ<ruby><rb>護摩</rb><rt>ごま</rt></ruby>の<ruby><rb>灰</rb><rt>はひ</rt></ruby>の頭なり因て半四郎が所持の金に目を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>樣々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>にして終に道連となりしかば<ruby><rb>此夜</rb><rt>このよ</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>して半四郎の<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を奪はんと<ruby><rb>付狙</rb><rt>つけねら</rt></ruby>へども後藤に<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>なきゆゑ終に<ruby><rb>其閑</rb><rt>そのひま</rt></ruby>なく<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>となりしかば又同道して次の夜は<ruby><rb>箱根</rb><rt>はこね</rt></ruby>を<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>三島宿の長崎屋嘉右衞門と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>旅籠屋へ<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>けるに宿の女ども<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>是は〱御客樣只今おすましの御湯を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ます<ruby><rb>御草鞋</rb><rt>おわらぢ</rt></ruby>は其處へと彼是爲る中に彼男は<ruby><rb>姉樣</rb><rt>ねへさん</rt></ruby>又御世話に成ますと<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も心安き<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の嘉右衞門出來りて<ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なし如何さま<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>見た事のある男なりと思ひしかば<ruby><rb>是々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>女中共<ruby><rb>御連樣</rb><rt>おつれさま</rt></ruby>がある<ruby><rb>御草鞋</rb><rt>おわらじ</rt></ruby>を始末なし<ruby><rb>御荷物</rb><rt>おにもつ</rt></ruby>を持て御座敷へ御案内せよと<ruby><rb>指￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て兩人を座敷へ通し<ruby><rb>御湯</rb><rt>おゆ</rt></ruby>も<ruby><rb>沸</rb><rt>わい</rt></ruby>て<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ますと云ゆゑ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>さま後藤は彼男と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>ながら酒肴を<ruby><rb>誂</rb><rt>あつ</rt></ruby>らへ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て風呂も仕舞て出來りしに女子どもは酒肴を<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいで</rt></ruby>ければ兩人は<ruby><rb>打寛</rb><rt>うちくつろ</rt></ruby>ぎて<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>に時刻を<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>しけり

## 第十二回

偖又半四郎は<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>るに隨ひて<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>は十分に<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>し<ruby><rb>自</rb><rt>おのづ</rt></ruby>から<ruby><rb>高聲</rb><rt>かうせい</rt></ruby>になり彼町人體の男に向ひ貴樣の樣なる者は<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>になると茶屋なとへ引づり<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>此樣に<ruby><rb>打解</rb><rt>うちとけ</rt></ruby>て酒を<ruby><rb>呑合</rb><rt>のみあひ</rt></ruby>百年も<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあひ</rt></ruby>し如くなして相手の<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>を<ruby><rb>見澄</rb><rt>みすま</rt></ruby>し荷物又は懷中の金子等を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby><ruby><rb>護摩灰</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>とかいふ盜人が道中筋には有と申すが貴樣も其樣な<ruby><rb>類</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひならんと<ruby><rb>正鵠</rb><rt>ほし</rt></ruby>をさゝれて彼町人心の内に南無三寶<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>め我等を<ruby><rb>護摩灰</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>と<ruby><rb>悟</rb><rt>さとり</rt></ruby>しかと思ひ<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげ旦那は<ruby><rb>訝</rb><rt>おつ</rt></ruby>な事を御尋ね成る其の護摩灰と申は私しにて候<ruby><rb>御油斷</rb><rt>ごゆだん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るな<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>に<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>が御用心を<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れても御所持の荷物なり金子なり共<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>んと思へば<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に取て御目に懸ますと然も<ruby><rb>戯談</rb><rt>じようだん</rt></ruby>らしく己が商賣を<ruby><rb>明白</rb><rt>あからさま</rt></ruby>に云て<ruby><rb>笑</rb><rt>わらひ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>平氣</rb><rt>へいき</rt></ruby>に酒を呑で居るゆゑ後藤も心の中に<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>の惡漢なりと思ひければ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>酒興</rb><rt>しゆきよう</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>にもてなし懷中より百兩餘りも有ける胴卷を取出し是見られよ<ruby><rb>此通</rb><rt>このとほ</rt></ruby>り金子もあるが某<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>して其の護摩灰とやら云ふ奴に出會て見度思ひしが<ruby><rb>貴樣輩</rb><rt>きさまたち</rt></ruby>の樣なものに此金を取れまいと云つゝ<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と見せびらかし<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>盜人</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>はあれども<ruby><rb>守人</rb><rt>まもりて</rt></ruby>に<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>はなしとか云なりと<ruby><rb>大口</rb><rt>おほぐち</rt></ruby><ruby><rb>開</rb><rt>あい</rt></ruby>て打笑ひ<ruby><rb>其胴卷</rb><rt>そのどうまき</rt></ruby>を其所へ投出し置<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>に乘ずる體なれば彼町人の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>は<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>武者修行</rb><rt>むしやしゆぎやう</rt></ruby>にもせよ<ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>機</rb><rt>き</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>さず充分に酒を<ruby><rb>強付</rb><rt>しひつけ</rt></ruby><ruby><rb>醉潰</rb><rt>ゑひつぶ</rt></ruby>れたる時に<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>造作</rb><rt>ざうさ</rt></ruby>もなしと心に<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み頻りに後藤の<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>を取<ruby><rb>強付々々</rb><rt>しひつけ〱</rt></ruby>酒を<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むるに<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>三四升ほども飮しかば半四郎は機嫌<ruby><rb>斜</rb><rt>なゝ</rt></ruby>めならず<ruby><rb>謠</rb><rt>うたひ</rt></ruby>を謠ひ<ruby><rb>手拍子</rb><rt>てびやうし</rt></ruby>を<ruby><rb>拍</rb><rt>うつ</rt></ruby>て騷ぎ立るに<ruby><rb>隣</rb><rt>とな</rt></ruby>り座敷の<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り客は兎角に騷がしくして<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>る事もならず甚だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なし<ruby><rb>能加減</rb><rt>いゝかげん</rt></ruby>に<ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>まれよと<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby><ruby><rb>一重</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>を<ruby><rb>隔</rb><rt>へだ</rt></ruby>て聞えよがしに<ruby><rb>詢言</rb><rt>つぶやき</rt></ruby>ければ半四郎は聞つけて大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>の體にてもてなし<ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>かにしろとは不屆千萬某が<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>にて某酒を呑にいらざる口を<ruby><rb>利</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>なり無刀流の<ruby><rb>達人</rb><rt>たつじん</rt></ruby>後藤半四郎秀國が相手なるぞ<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>れ<ruby><rb>片端</rb><rt>かたはし</rt></ruby>より<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>り殺して呉れんと大音聲に<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はるにぞ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の町人は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が仕事の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>になりてはならずと思ひしかば<ruby><rb>若々</rb><rt>もし〱</rt></ruby><ruby><rb>旦那樣</rb><rt>だんなさま</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>だれ</rt></ruby>も何とも申は致しません貴方に對して<ruby><rb>過言</rb><rt>くわごん</rt></ruby>申者の有べきやと<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>しサア〱をつもりに致しませう<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>押</rb><rt>おつ</rt></ruby>つけ<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>なり<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>御休み成れましと女子共に<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>させければ後藤は何の<ruby><rb>蛆蟲</rb><rt>うじむし</rt></ruby><ruby><rb>同前</rb><rt>どうぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>某を知らざるやと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りながら<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>を取て<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と腹に<ruby><rb>周環</rb><rt>ぐる〱</rt></ruby><ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby>たるまゝ<ruby><rb>臥床</rb><rt>ふしど</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>に付や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や前後も知らぬ<ruby><rb>高鼾</rb><rt>たかいびき</rt></ruby>に町人も半四郎の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>臥</rb><rt>やす</rt></ruby>みしかば家内の女子どもは酒肴の<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby><ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>へ油を<ruby><rb>注足</rb><rt>つぎたし</rt></ruby><ruby><rb>御緩</rb><rt>おゆるり</rt></ruby>と御休みなされましと<ruby><rb>捨言葉</rb><rt>すてことば</rt></ruby>を跡に殘して<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>けり是より家内も夫々に休み座敷々々も一同に<ruby><rb>深々</rb><rt>しん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>更渡</rb><rt>ふけわた</rt></ruby>り聞ゆるものは<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>の聲ばかりなり然るに彼町人體の男は家内の<ruby><rb>寢息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>を考へ居たりしが<ruby><rb>大概</rb><rt>おほよそ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby><ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>とも思ふ頃<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と起上り<ruby><rb>寢床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>にて<ruby><rb>甲懸</rb><rt>かふがけ</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby>迄も<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>と云へば<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげだ</rt></ruby>すばかりの支度をなし夫より後藤が<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>たる<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>より宵の<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>の時見て置きたる胴卷の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取んと<ruby><rb>彼曲者</rb><rt>かのくせもの</rt></ruby>は半四郎が寢たる<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>より<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>と腹の<ruby><rb>邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>へ手を<ruby><rb>差入</rb><rt>さしいれ</rt></ruby>ければ後藤は目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>しはて<ruby><rb>奴</rb><rt>きや</rt></ruby>つめが來りしぞと<ruby><rb>狸寢入</rb><rt>たぬきねいり</rt></ruby>をして<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>の夜具を見れば<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の男見えぬ故扨こそ奴つに相違なし今に<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさへ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れんと<ruby><rb>空鼾</rb><rt>そらいび</rt></ruby>きをかき<ruby><rb>熟</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>し體に<ruby><rb>持成</rb><rt>もてなせ</rt></ruby>ば曲者は仕濟したりと彼胴卷を<ruby><rb>解</rb><rt>ほどき</rt></ruby>てそろり〱と引出すゆゑ半四郎は少し<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>を上て引せけるに曲者は<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞと思ひ<ruby><rb>滑々</rb><rt>ずる〱</rt></ruby>と引出す處を半四郎は<ruby><rb>寢返</rb><rt>ねがへ</rt></ruby>りをする體にて曲者の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>股間</rb><rt>またぐら</rt></ruby>へ<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>み足を<ruby><rb>緘</rb><rt>から</rt></ruby>みて<ruby><rb>締付</rb><rt>しめつけ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>大力</rb><rt>だいりき</rt></ruby><ruby><rb>無雙</rb><rt>ぶさう</rt></ruby>の後藤に<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>付られて曲者は<ruby><rb>言</rb><rt>もの</rt></ruby>を云事も<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>く<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>くなし鼻にて息をするのみなり時に半四郎は<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>盜人</rb><rt>どろばう</rt></ruby>が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しぞや家内の者共<ruby><rb>起給</rb><rt>おきたま</rt></ruby>へ〱と<ruby><rb>呼</rb><rt>よばは</rt></ruby>るにぞ夫れと云つゝ亭主は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>下男迄一同に騷ぎ<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>盜人は<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby>へ這入しと六尺棒或ひは<ruby><rb>麺棒</rb><rt>めんぼう</rt></ruby>又は<ruby><rb>箒</rb><rt>はゝき</rt></ruby><ruby><rb>摺子木</rb><rt>すりこぎ</rt></ruby>など得物を<ruby><rb>提</rb><rt>ひつさげ</rt></ruby>來り此處よ彼處と立騷ぐ此の騷動に<ruby><rb>宿合</rb><rt>とまりあは</rt></ruby>せし旅人の座敷々々部屋々々迄一同に<ruby><rb>飛起</rb><rt>とびおき</rt></ruby><ruby><rb>刎起</rb><rt>はねおき</rt></ruby>手に〱荷物を改ため廻り家内の騷動大方ならず半四郎は寢ながら大聲にて<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも客人方何ぞ取られし物はなきやと云に一同<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>改め中ゆゑ<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と分らずなどと云所へ亭主男共は半四郎が座敷へ<ruby><rb>走來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>り<ruby><rb>若々</rb><rt>もし〱</rt></ruby>御客樣盜人が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しよしゆゑ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby><ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>と改め見れども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に這入し樣子はなし其盜人は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候やと云ければ半四郎は寢たるまゝにて<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>ながら此處だ〱拙者の<ruby><rb>股間</rb><rt>またぐら</rt></ruby>に居と申ければ大勢一同に御客樣<ruby><rb>御虚談</rb><rt>ごじようだん</rt></ruby>ばかりと笑ひ出せしかば<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>虚談</rb><rt>じようだん</rt></ruby>ではなし全く拙者が股間に<ruby><rb>引挾</rb><rt>ひつぱさ</rt></ruby>んで居る然れ共拙者が<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>は見えぬ故先<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>を改め<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云れて亭主若い者一同<ruby><rb>立懸</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り半四郎の<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>捲</rb><rt>まく</rt></ruby>り見れば<ruby><rb>甲懸</rb><rt>かふがけ</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby>まで<ruby><rb>穿</rb><rt>はき</rt></ruby><ruby><rb>旅支度</rb><rt>たびじたく</rt></ruby>をなし居けるゆゑ<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>是を見て大いに驚き此盜人は御客樣貴方の御連なりといふに半四郎も<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>顏を見て成程某の<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>なり<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby><ruby><rb>護摩灰</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>ならんにより<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し呉れんと思ひし處とう〱今宵<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へたり一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>某が連にはあらねども<ruby><rb>一昨日</rb><rt>をとゝひ</rt></ruby><ruby><rb>戸塚</rb><rt>とつか</rt></ruby><ruby><rb>境</rb><rt>ざか</rt></ruby>ひの燒持坂より連に成りたいとて<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りし者なるが<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は近江の由なれど江戸へ商ひに出し歸りにて是より名古屋へ<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>り其後京大坂へ<ruby><rb>仕入</rb><rt>しいれ</rt></ruby>に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>るにより供をさせて呉れよと云ども某は承知せず<ruby><rb>近江</rb><rt>あふみ</rt></ruby><ruby><rb>泥坊</rb><rt>どろばう</rt></ruby><ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby><ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>といふ事あれば江州の者に<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>はならず連は<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひなりと申せしかど<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て供を致し度し申に付<ruby><rb>據處</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろなく同道致せし<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>拙者も<ruby><rb>些少</rb><rt>いさゝか</rt></ruby>油斷をせぬ故に果して<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>の<ruby><rb>皮</rb><rt>かは</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へたるは<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>氣味なりと咄すを聞て家内の者共<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の御連にてありしか何にしても不屆な<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby><ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>ずり出して<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きのめせと<ruby><rb>立騷</rb><rt>たちさわ</rt></ruby>ぐを後藤は<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>なして<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>打處が惡く殺しもなさば死人に口無却つて<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なり先々拙者の連こそ幸ひ某しに<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>すべし面白き計らひあり命をば助けて<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>がよし<ruby><rb>誰樣</rb><rt>どなた</rt></ruby>も客人方に盜まれし品はなきやといふに<ruby><rb>隣</rb><rt>とな</rt></ruby>り座敷の客は<ruby><rb>寢惚眼</rb><rt>ねぼけまなこ</rt></ruby>にてキヨロ〱しながら拙者は大事の者が見えぬなり<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下されよと云ゆゑ大事な者とは何なりやと<ruby><rb>問</rb><rt>と</rt></ruby>ひけるに客人<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby>申兼たるが<ruby><rb>御寶</rb><rt>おたから</rt></ruby>が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致し然も<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>たてなりと云ば皆々成程<ruby><rb>犢鼻褌</rb><rt>ふんどし</rt></ruby>でござるか夫は<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ぬ事<ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>御改</rb><rt>おあらた</rt></ruby>めなされよと申にいくらさがしても一向御座らぬと<ruby><rb>云時</rb><rt>いふとき</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>の亭主は<ruby><rb>若々</rb><rt>もし〱</rt></ruby><ruby><rb>貴公</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>の下から何か<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>が見えます夫ではなきやと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れて夫はと云ながら客人は<ruby><rb>内懷中</rb><rt>うちぶところ</rt></ruby>へ手を入もじ〱致せしが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>越中犢鼻褌</rb><rt>ゑつちうふんどし</rt></ruby>を取出し見て是なり〱と申ければ一同どつと<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひつゝ今夜は<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>座敷にて大聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>馬鹿な騷ぎをするゆゑ宵には<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも<ruby><rb>眠</rb><rt>ねふ</rt></ruby>られず又夜中にも此騷ぎヤレ〱<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>だ目に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しと云ながら皆々客人は我が<ruby><rb>寢所</rb><rt>ねどころ</rt></ruby>へぞ入にける因て家内の者は<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>にて盜人を庭へ引出し<ruby><rb>嬲</rb><rt>なぶ</rt></ruby>りものにして<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>んと騷ぎ立を後藤は<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>れよ某存じ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>あれば決して<ruby><rb>手荒</rb><rt>てあら</rt></ruby>き事はならずと申付未だ夜明までには間も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし今一<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>するにより太儀ながら貴樣達は<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>の番を頼むなりとて半四郎は盜人を<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>りあげ傍らなる<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>へ<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>着置</rb><rt>つけおき</rt></ruby>ヤレ〱大騷ぎをしたりと云ながら其身は<ruby><rb>臥寢</rb><rt>ふしど</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>たりけり

## 第十三回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>其夜も<ruby><rb>白々</rb><rt>ほの〲</rt></ruby>と明渡りけるに大勢の客人共は皆々一同に<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby><ruby><rb>嗽</rb><rt>うが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>手水</rb><rt>てうづ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかう</rt></ruby>ゆゑ後藤半四郎も同じく<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て<ruby><rb>嗽</rb><rt>うが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>手水</rb><rt>てうづ</rt></ruby>をなせしに客人たち<ruby><rb>昨晩</rb><rt>さくばん</rt></ruby>は<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>だ事で<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし御<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>かりしならん道中にて知ぬ<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>は<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>は成ませぬと云に半四郎<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>皆樣も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし迷惑偖々不屆の<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>もある者でござると<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの折から下女は<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を持來り後藤の方へは一人前を<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>るゆゑ後藤は是を見てモシ〱女中飯は二人前出して下され夫に<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>を一升<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られよと云に下女は承知なして<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しが程なく酒を持來り<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を二人前半四郎の方へ<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>ければ後藤は<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>へ<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>置たる盜人の<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby>コレ汝爰へ來て<ruby><rb>酌</rb><rt>しやく</rt></ruby>をせよと<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>を出しければ<ruby><rb>彼曲者</rb><rt>かのくせもの</rt></ruby>はヘイ〱と云ながら<ruby><rb>怖々</rb><rt>こは〱</rt></ruby>酒を<ruby><rb>酌</rb><rt>つぐ</rt></ruby>に後藤は<ruby><rb>大安坐</rb><rt>おほあぐら</rt></ruby>をかいて酒を飮ながら何だびく〱するな<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby><ruby><rb>其樣</rb><rt>そんな</rt></ruby>に<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へるぞコレ酒が<ruby><rb>漏</rb><rt>こぼれ</rt></ruby>るぞ<ruby><rb>落着</rb><rt>おちつい</rt></ruby>て<ruby><rb>酌</rb><rt>つぐ</rt></ruby>がよい汝も酒が<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>だ一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>をせよサア〱其<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>がいゝ夫で二三<ruby><rb>盃</rb><rt>ばい</rt></ruby><ruby><rb>飮</rb><rt>のむ</rt></ruby>べしと酒を<ruby><rb>酌</rb><rt>つい</rt></ruby>でやり後で飯も<ruby><rb>食</rb><rt>くふ</rt></ruby>がよい今に拙者が手前を<ruby><rb>料理</rb><rt>れうり</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>ぞコレ〱<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>なく澤山食せよと云て笑ひ居るに彼曲者は如何なる目に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>事かと<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる心地は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>旦那樣<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>ばかりは御助け下されと<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>も合ぬ<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>ければ半四郎<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>くよし〱<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>食事をせよと云に曲者は半四郎の<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby><ruby><rb>量</rb><rt>はか</rt></ruby>られざれば有難しと口には云て食事をすれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>へは通らず<ruby><rb>戰</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に半四郎も食事を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>拍</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きて女を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>昨夕</rb><rt>ゆふべ</rt></ruby>からの<ruby><rb>旅籠</rb><rt>はたご</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>の<ruby><rb>代共</rb><rt>だいとも</rt></ruby>勘定をといふに女子は御酒代<ruby><rb>御旅籠</rb><rt>おはたご</rt></ruby>とも二貫七百文なりと書付を出すを半四郎は受取て<ruby><rb>彼曲者</rb><rt>かのくせもの</rt></ruby>に向ひ貴樣は<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>に金があるべし<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ二分出せ其替りは命は助けて<ruby><rb>遣</rb><rt>やらう</rt></ruby>と云を聞き曲者は<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>横着氣</rb><rt>わうちやくき</rt></ruby>を出し金子などはすこしも御座なくと云ければナニなき事の有べきや<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さば命を助けぬぞ汝が懷中に持て居るを某し<ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞけ</rt></ruby>たりサア出せ〱と<ruby><rb>詰寄</rb><rt>つめよる</rt></ruby>に曲者は是非なく<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>より金子二分取出し<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>ならばと差出せしかばソレ見よ持て<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>ながら少しもなきなぞと<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby>僞るは<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なりと云ながら<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>にて<ruby><rb>横樣</rb><rt>よこさま</rt></ruby>に<ruby><rb>擲倒</rb><rt>はりたふ</rt></ruby>さんとする故盜人は大いに恐れアヽ<ruby><rb>眞平</rb><rt>まつぴら</rt></ruby><ruby><rb>御免下</rb><rt>ごめんくだ</rt></ruby>さるべしと<ruby><rb>平蜘</rb><rt>ひらくも</rt></ruby>の如くになつて<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいる</rt></ruby>にぞ半四郎は二分の金を受とり是で勘定を<ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>二分渡すぞと云に女は受取<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>釣</rb><rt>つり</rt></ruby>を持來りしかば半四郎イヤ釣はいらぬ夜中に<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がした<ruby><rb>茶代</rb><rt>ちやだい</rt></ruby>に<ruby><rb>取置</rb><rt>とりおく</rt></ruby>べしといひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>夫より盜人に向ひ汝よく聞け此程より彼是と二兩ばかりは遣ひしならんが<ruby><rb>何商賣</rb><rt>なにしやうばい</rt></ruby>にても<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>あるものでなし時々<ruby><rb>見込違</rb><rt>みこみちが</rt></ruby>ひにて<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>もすることあり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば今度から能々人の<ruby><rb>目利</rb><rt>めきゝ</rt></ruby>をして見損じのなき樣に商賣に身を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>よ馬鹿な奴だと笑ひけるに<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>平謝</rb><rt>ひらあや</rt></ruby>まりに<ruby><rb>謝</rb><rt>あやま</rt></ruby>り居るゆゑ又半四郎は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を見て汝は命をとる<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>奴なれども今日の處は慈悲を以て<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすにより有難く思へと<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきか</rt></ruby>せ居たるに此家の者ども出來り先生<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>は仰せらるれども後日の<ruby><rb>誡</rb><rt>いまし</rt></ruby>めなれば少し私どもにも御任せあれ斯して呉んと手に〱毛を一本づつ<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby>半分<ruby><rb>禿頭頂</rb><rt>はげあたま</rt></ruby>にしてぢく〱と血の出る處へ<ruby><rb>太筆</rb><rt>ふとふで</rt></ruby>に<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>くろ〲と含ませぐる〱と<ruby><rb>塗廻</rb><rt>ぬりまは</rt></ruby>し夫より鹽水を<ruby><rb>灌</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎ懸て強く<ruby><rb>摩</rb><rt>こす</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>ければ盜人はヒツ〱と聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>困</rb><rt>くるし</rt></ruby>む事大方ならず後藤は夫で<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>やれ</rt></ruby>と聲をかけサア汝<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>を付て遣はすにより以來心を改め<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>の人間になるべし萬一又々<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>萌</rb><rt>きざし</rt></ruby>たなれば其時其<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>の<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>を<ruby><rb>水鏡</rb><rt>みづかゞみ</rt></ruby>に<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し今日の事を思ひ出して心を改ためよと云て此家の下男に<ruby><rb>追放</rb><rt>おひはな</rt></ruby>すべしと渡すに下男どもは<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>半分手取足取<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>宿<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れにて<ruby><rb>突放</rb><rt>つきはな</rt></ruby>しければ盜人は<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>辛々</rb><rt>から〲</rt></ruby><ruby><rb>這々</rb><rt>はう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて逃去たり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>又半四郎は夫より宿屋を立出<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>の旅中も<ruby><rb>滯溜</rb><rt>とゞこほり</rt></ruby>なく讃州丸龜へ歸りて<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>の如く無刀流劔道の<ruby><rb>指南</rb><rt>しなん</rt></ruby>をぞ爲して居たりけり

## 第十四回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>江戸馬喰町二丁目なる武藏屋長兵衞夫婦は後藤半四郎を送り<ruby><rb>大師河原</rb><rt>だいしがはら</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>して歸りしが<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て後藤より頼まれし越後浪人新藤市之丞の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をして何になりとも<ruby><rb>有付</rb><rt>ありつか</rt></ruby>せんと思へども新藤夫婦とも此程病氣<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひしが六十日程立て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>快氣</rb><rt>こゝろよく</rt></ruby>なりしかば新藤に向ひ偖御前樣方は<ruby><rb>何迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>安閑</rb><rt>あんかん</rt></ruby>としては<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>られまじ殊に此程の御病氣にて<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りの金も多分御遣ひ成れしかば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>何道</rb><rt>どのみち</rt></ruby>なりと<ruby><rb>世帶</rb><rt>しよたい</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>何か家業を始め給ふが<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なり江戸表に誰ぞ<ruby><rb>知己</rb><rt>しるべ</rt></ruby>か又御<ruby><rb>國者</rb><rt>くにもの</rt></ruby>はなきやと申に夫婦の者は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>段々厚き御世話に相成る事千萬忝けなし私し共に江戸は始めてなれば一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>にて<ruby><rb>知人</rb><rt>しるひと</rt></ruby>とても更に是なしと云ければ長兵衞は<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>け夫では<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>私しが此事御世話を申なれば御武家<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>浪人職</rb><rt>らうにんしよく</rt></ruby>で劔術の道場を出すと云者か但し<ruby><rb>手習師匠</rb><rt>てならひししやう</rt></ruby>でもなされては如何と云に市之丞は<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>の體にて<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>御恥</rb><rt>おはづ</rt></ruby>かしき事なるが劔術は甚だ<ruby><rb>未熟</rb><rt>みじゆく</rt></ruby><ruby><rb>竹刀</rb><rt>しなへ</rt></ruby>を持ば<ruby><rb>震</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>が<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>槍</rb><rt>やり</rt></ruby>も同樣<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>に於ては惡筆の上なしゆゑとんと其方は<ruby><rb>不得手</rb><rt>ふえて</rt></ruby>なりと申に長兵衞は若々其樣に<ruby><rb>御卑下</rb><rt>ごひげ</rt></ruby>なされては御相談が出來ぬと云を<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>さ決して卑下致す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>に之なく實に長兵衞樣其方はとても及ばぬ事故<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>の事町人に<ruby><rb>成度</rb><rt>なりたし</rt></ruby>と申ければ長兵衞は<ruby><rb>腑甲斐</rb><rt>ふがひ</rt></ruby>なき事に思へども夫なら先私しが申通りに<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて御覽じませ夫には<ruby><rb>資本金</rb><rt>もとできん</rt></ruby>の入ぬやうに<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>が<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからんと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby>に頼むとの事に付終に<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>と相談を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めて名も新藤市之丞にては<ruby><rb>不似合</rb><rt>ふにあひ</rt></ruby>なれば長兵衞は自身の名の頭字を<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>て長八と改めさせ<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は親分になり同町の<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>治兵衞の<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>て<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>させ其外萬事長屋の<ruby><rb>振合迄</rb><rt>ふりあひまで</rt></ruby><ruby><rb>巨細</rb><rt>こまか</rt></ruby>に教へつゝ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>世帶を持せ萬端長兵衞が世話にて<ruby><rb>紙屑買仲間</rb><rt>かみくづかひなかま</rt></ruby>に入り又橘町の立場へも長八を同道して<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>敷金</rb><rt>しききん</rt></ruby>を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>御膳籠</rb><rt>ごせんかご</rt></ruby><ruby><rb>鐵砲笊籠</rb><rt>てつぱうざる</rt></ruby><ruby><rb>量等</rb><rt>はかりら</rt></ruby>を<ruby><rb>借受</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>いくら目あつて何程といふ事をも<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>させ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>金者</rb><rt>かなもの</rt></ruby>は<ruby><rb>相針</rb><rt>あひばり</rt></ruby>はいくらに<ruby><rb>銅</rb><rt>あかゞね</rt></ruby>は<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶし</rt></ruby>にして何程といふ相場を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>一々<ruby><rb>手覺</rb><rt>ておぼ</rt></ruby>えに<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>させて歸りしが夫より長八夫婦は<ruby><rb>店住</rb><rt>たなすま</rt></ruby>ひとなり翌日より<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>擔</rb><rt>かつぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくづ</rt></ruby>を買に出けれ共元來越後浪人二百石取の新藤市之丞なれば<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>はござい〱と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>事能はず何所までも無言にて<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て<ruby><rb>歩行事</rb><rt>あるくこと</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>は少しも買得ず只侍士を見ては我身の上を思ひ<ruby><rb>出</rb><rt>だし</rt></ruby>花は<ruby><rb>櫻木</rb><rt>さくらぎ</rt></ruby>人は武士とは實に<ruby><rb>道理</rb><rt>ことわり</rt></ruby>なり武士程立派なる者はなし夫に<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>心からとは云ながら二百石の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>が<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>となり果たること餘りと云ば情なし是と云ふ<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>の外より出來たる事主親を<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たる<ruby><rb>罰</rb><rt>ばち</rt></ruby>ならんと獨り心にくよ〱思ひながら<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>に又向ふより侍士の來るを見ては<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し人に<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見らるゝも<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしく思ひて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>肝心</rb><rt>かんじん</rt></ruby>の<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>の紙屑を少しも買ず<ruby><rb>慢々</rb><rt>ぶら〱</rt></ruby>と下谷邊まで<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>りし處長者町へ來りし時は終に日も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>しにより道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>つて馬喰町へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>る<ruby><rb>方角</rb><rt>はうがく</rt></ruby>を失ひ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>聞ても一向に道は知ず<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>しゆゑ長八は番屋を頼み<ruby><rb>日雇</rb><rt>ひよう</rt></ruby>を二百文出して馬喰町まで<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>てぞ歸りけるまた親分長兵衞は長八が今日は商賣の出初なれども少しは屑を<ruby><rb>買得</rb><rt>かひえ</rt></ruby>たかと<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>らるれば樣子を聞んと長八の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>長八殿は歸られしやと云に<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>お<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>流</rb><rt>なか</rt></ruby>し<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>をして居たりしが<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>りオヤ<ruby><rb>何誰</rb><rt>どなた</rt></ruby>かと存じたら長兵衞さん<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>へ<ruby><rb>御上</rb><rt>おあが</rt></ruby>り<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されよとて此程中の<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を厚く申<ruby><rb>陳</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>澁茶</rb><rt>しぶちや</rt></ruby>ながら<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て出しければ長兵衞はコレ〱<ruby><rb>御構</rb><rt>おかま</rt></ruby>ひなさるな時に今日は<ruby><rb>出初</rb><rt>ではじ</rt></ruby>めなるが長八樣はお<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りかと云に<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>では<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りませんと云へば長兵衞夫は大そう<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>い事だ如何して居らるゝやと<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>の<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から長八は<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り來りしが<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>長兵衞の來て居るとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らずオイお<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>や<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りたりヤレ〱<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は初めてとは云ながら<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい目に<ruby><rb>逢</rb><rt>あつ</rt></ruby>た下谷の長者町とか云ふ所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ終に二百文出て<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を頼んで來た<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>此樣</rb><rt>こんな</rt></ruby>に<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>くなり其上<ruby><rb>空腹</rb><rt>ひだるく</rt></ruby>もありモウ〱<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>の下から<ruby><rb>冷汗</rb><rt>ひやあせ</rt></ruby>が出るはやく飯を<ruby><rb>食</rb><rt>くはせ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云ながら内へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>長兵衞を見て<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>わ</rt></ruby>るさうにコレハと云しのみにて<ruby><rb>辭宜</rb><rt>じぎ</rt></ruby>をなせば長兵衞は<ruby><rb>苦笑</rb><rt>にがわら</rt></ruby>ひを<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ながら長八に向ひ<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>の道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひて二百文出し案内を頼みて來ると云者が<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby><ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>しと雖もあるべきや餘り馬鹿々々<ruby><rb>敷事</rb><rt>しきこと</rt></ruby>なり御前も無筆にては<ruby><rb>豈夫</rb><rt>よも</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ町内々々には町名札があれば其の町名を見ながら歸りても<ruby><rb>能</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ今日は初商ひゆゑ<ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくづ</rt></ruby>は何程<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>れたるやと申に長八は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>無言なりしが<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>も面目なし實に初めてのせゐか少しも<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>は買へず一日<ruby><rb>慢々</rb><rt>ぶら〱</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>て<ruby><rb>草臥設</rb><rt>くたびれまうけ</rt></ruby>なりといひければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の長兵衞も<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>物をも云ず面を<ruby><rb>見詰</rb><rt>みつめ</rt></ruby>て居たりしが今日は仕方なし<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>からは<ruby><rb>精</rb><rt>せい</rt></ruby>を出して<ruby><rb>買</rb><rt>かふ</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に致されよ<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>其樣な事にては<ruby><rb>江戸</rb><rt>えど</rt></ruby>の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>は出來難し先々御<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みなされと<ruby><rb>云捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>て<ruby><rb>我家</rb><rt>わがや</rt></ruby>へこそは<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りけれ

## 第十五回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>紙屑や長八は親分長兵衞が<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて食事をしたゝめ大いに<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れしとて<ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>などに<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>て<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みしが程なく夜も<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>翌日になりければ今日こそは紙屑を<ruby><rb>買習</rb><rt>かひなら</rt></ruby>はんと思ひて<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>淺草御門</rb><rt>あさくさごもん</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>藏前通</rb><rt>くらまへどほ</rt></ruby>りを行に往來も<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>く何分<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の惡ければ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>觀音へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>なし<ruby><rb>矢大臣門</rb><rt>やだいじんもん</rt></ruby>より<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby><ruby><rb>田圃</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>し所前後に人も見えざれば<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>はござい〱と<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さな<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>で<ruby><rb>呼習</rb><rt>よびなら</rt></ruby>ひしがまだ人に見らるゝ樣なれども長八は思ひ切て<ruby><rb>田圃</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>の中程へ行き全く人の居ざるを<ruby><rb>見濟</rb><rt>みすま</rt></ruby>し<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>はございませんか屑はございませんか〱と<ruby><rb>無闇</rb><rt>むやみ</rt></ruby>に<ruby><rb>呼習</rb><rt>よびなら</rt></ruby>つて居たりし處に近所の子供等是を見付てヤア〱<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>來</rb><rt>きて</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>なアレ紙くづ買が<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>に<ruby><rb>誑</rb><rt>ばかさ</rt></ruby>れて田圃の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>で屑はござい〱と呼で一ツ所を<ruby><rb>往</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たり<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>たりして<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るが<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>を<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>うと云に子供等は<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>馳集</rb><rt>はせあつ</rt></ruby>まり是は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>い〱と手に〱石を取て<ruby><rb>投付々々</rb><rt>なげつけ〱</rt></ruby>アレ〱くづやが<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>に<ruby><rb>誑</rb><rt>ばか</rt></ruby>された<ruby><rb>間拔</rb><rt>まぬけ</rt></ruby>ヤイ<ruby><rb>腐脱</rb><rt>ふぬけ</rt></ruby>ヤイと惡口しながら猶も石を<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と投付ける故くずや長八大に驚き江戸と云所は恐ろしく子供等までも<ruby><rb>人氣</rb><rt>にんき</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い所なりと思ひ<ruby><rb>早々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>に田町の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>し此日もくづをば<ruby><rb>買</rb><rt>か</rt></ruby>ひ<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>ずして<ruby><rb>歸</rb><rt>かへり</rt></ruby>けるが長八は<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>の長兵衞へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>右の咄をなし實に江戸といふ處は人氣が惡いと云ければ長兵衞は是を聞て大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は人氣の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>いのではなし<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>が<ruby><rb>田圃中</rb><rt>たんぼなか</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>しゆゑ子供のことなれば狐に<ruby><rb>誑</rb><rt>ばか</rt></ruby>されたと思ひ石を<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>しは先に少しも無理はなく<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>もつと</rt></ruby>もなり又<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>も以前は二百石取の侍士なれば<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby>くづ買に<ruby><rb>成果</rb><rt>なりはて</rt></ruby>たればとて<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしく大道を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>ことの出來ざるは<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>て無理とも思はれず<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>からは<ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>を<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>り<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>知己</rb><rt>なじみ</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らへるが<ruby><rb>肝心</rb><rt>かんじん</rt></ruby>なり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>彼川柳點</rb><rt>かのせんりうてん</rt></ruby>に「<ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby>の<ruby><rb>時計</rb><rt>とけい</rt></ruby>になるや<ruby><rb>小商人</rb><rt>こあきんど</rt></ruby>」と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>句</rb><rt>く</rt></ruby>のありと申に長八は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わから</rt></ruby>ず<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と云心に候やと云ば是は川柳點と云て物事の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby><ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>しとも申すべき句なり其心は<ruby><rb>何商賣</rb><rt>なにしやうばい</rt></ruby>にても買つけの<ruby><rb>得意場</rb><rt>とくいば</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らへるには毎日々々時を<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>へず其所を<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>れば今何やが來たから<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>何時成んと家々にて其商人を<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>にするやうになり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば商ひも<ruby><rb>必</rb><rt>かな</rt></ruby>らず<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>るものゆゑ<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>も町内は申に及ばず<ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>を順に廻り今日は<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>天氣</rb><rt>てんき</rt></ruby>とか又は<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い風とか<ruby><rb>御寒</rb><rt>おさむ</rt></ruby>いとか<ruby><rb>御暑</rb><rt>おあつい</rt></ruby>とか云て<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby>くづは<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りませんかと一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>づつ聞て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>が宜しからん其の中には心安くなり人にも<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を知られる樣になる斯の如くして<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>が出來るとくづを<ruby><rb>買求</rb><rt>かひもとめ</rt></ruby>らるゝなり<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>さへすると先々で<ruby><rb>何時</rb><rt>いつも</rt></ruby>のくづ屋さんが<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>から最早<ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつどき</rt></ruby>ならん<ruby><rb>夕膳</rb><rt>ゆふぜん</rt></ruby>の支度を仕やうと云ふ樣に成ば<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>も多くなるにより毎日々々時を違えず<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>るが<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なり今も云通り爰の處の川柳點にて「日々の<ruby><rb>時計</rb><rt>とけい</rt></ruby>になるや<ruby><rb>小商人</rb><rt>こあきんど</rt></ruby>」と<ruby><rb>吟</rb><rt>ぎん</rt></ruby>じられしと云ば長八は感心して成程よく<ruby><rb>會得</rb><rt>わかり</rt></ruby>しとて長兵衞の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>の通り<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>の朝も<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きめ</rt></ruby>て籠を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>隣裏</rb><rt>となりうら</rt></ruby>より呼初め一軒づつに今日は<ruby><rb>結構</rb><rt>けつこう</rt></ruby>な御天氣にて御家内樣御揃ひ遊され御<ruby><rb>壯健</rb><rt>さうけん</rt></ruby>の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>珍重</rb><rt>ちんちよう</rt></ruby>に存候偖私しは馬喰町二丁目家主治兵衞店紙屑買長八と申者なり<ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby><ruby><rb>御見知</rb><rt>おみしり</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れまして御心安く願ひ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ます<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくづ</rt></ruby>は<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りませんかと<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby><ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に云て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>の内儀達は大いに笑ひけれども長八は少しも<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>せぬ者にて又其隣へ行と<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く永口上を<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に云ひ歩行しなり是長八は以前越後高田の藩中二百石取の新藤市之丞なれば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き永口上も<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が爲には却つて云ひ安き言葉なり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より淺草下谷本郷小石川小日向牛込市ヶ谷四ツ谷番町麹町其外日々<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りしかば<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>は<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>も多く<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>あつて少しも笑ふ者なく<ruby><rb>屑屋樣</rb><rt>くづやさん</rt></ruby>今日は紙屑が澤山あるゆゑ持て行てお<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>といふやうになり<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>屑屋と方々にて<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>にされ終には<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にても名を<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>ものなく叮嚀屋と云へば長八の事となり段々心安き得意も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby>相應に屑も<ruby><rb>買出</rb><rt>かひいだ</rt></ruby>せしかば<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby><ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しの身の上も忘れて追々錢の<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>かるに隨ひ<ruby><rb>自</rb><rt>おのづ</rt></ruby>から商賣に<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>みが付て長八は毎日々々相變らず<ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>の長屋々々を廻りけるに或時神田紺屋町の裏長屋を<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>りしが<ruby><rb>職人體</rb><rt>しよくにんてい</rt></ruby>の者五六人にて酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る處へ例の通りていねいに口上を<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふ<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>やで御座り升と云に職人は<ruby><rb>酒機嫌</rb><rt>さけきげん</rt></ruby>にて屑屋さん<ruby><rb>下帶</rb><rt>なげし</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>ねへか紙屑の<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>りに<ruby><rb>鐵釘</rb><rt>くぢら</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かは</rt></ruby>ねへと云ければ長八はハイとは云ど何の事やら一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らざれば私しは<ruby><rb>屑</rb><rt>くづ</rt></ruby>ばかりでござりますと云に<ruby><rb>御前</rb><rt>おめえ</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby>とう四郎江戸<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>ねへと見えると笑ひしかば<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>で御座ります此間國から出て參りましたと云ふに<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>であらう今度又屑が有たら<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>べし大きに<ruby><rb>御苦勞</rb><rt>ごくらう</rt></ruby>と云れ長八は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御贔屓</rb><rt>ごひいき</rt></ruby>を<ruby><rb>御願</rb><rt>おねが</rt></ruby>ひ申ますと其所を立去り夫より所々を回りて我家へ歸るや否や<ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>親分に御聞申ことがあると云ゆゑ長兵衞は何事ならんと<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>して<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>を聞くに今日商賣の<ruby><rb>出先</rb><rt>でさき</rt></ruby>神田紺屋町の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>にて職人衆が酒を飮て居ながら斯樣々々申されしが私には<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らず何の事なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に長兵衞は少し笑ひを含みて夫は<ruby><rb>職人衆</rb><rt>しよくにんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>符號</rb><rt>ふちやう</rt></ruby>にて其なげしと云は<ruby><rb>下帶</rb><rt>したおび</rt></ruby>の事なりくぢらとは<ruby><rb>鐵釘</rb><rt>かなくぎ</rt></ruby>の事<ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby>をば<ruby><rb>蛸</rb><rt>たこ</rt></ruby>と云ふ是れ皆職人衆の<ruby><rb>平常</rb><rt>つね</rt></ruby>に云ふ<ruby><rb>符號詞</rb><rt>ふちやうことば</rt></ruby>なりと能々<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を云ひ聞せければ長八は大いに悦こび成程<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>にて<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>りしなりと是より紙屑は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby><ruby><rb>腹掛</rb><rt>はらかけ</rt></ruby><ruby><rb>古鐵</rb><rt>ふるかね</rt></ruby>の<ruby><rb>類</rb><rt>るゐ</rt></ruby>何にても<ruby><rb>買込</rb><rt>かひこみ</rt></ruby>賣買を<ruby><rb>精出</rb><rt>せいだ</rt></ruby>しけるゆゑ長八は段々と<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して大いに<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>を直し少しづつ小金も出來て<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>不自由なき身分になりしかば親分長兵衞も<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をしたる甲斐ありとて大に悦び<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>くれと心添をぞなしたりける偖又長八世帶を持し其翌年女子一人出生しければ<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の喜び云ばかりなく其名をお<ruby><rb>幸</rb><rt>かう</rt></ruby>と<ruby><rb>號</rb><rt>つけ</rt></ruby>兩人の中の<ruby><rb>鎹</rb><rt>かすがひ</rt></ruby>と此娘お幸が成人するを<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たの</rt></ruby>しみ<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけるとぞ

## 第十六回

「<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>の<ruby><rb>尾</rb><rt>を</rt></ruby>や<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>の<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れと<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>は」とは<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の大高源吾が<ruby><rb>門飾</rb><rt>かどかざ</rt></ruby>りの竹を<ruby><rb>賣歩行</rb><rt>うりあるき</rt></ruby>し<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>晋子</rb><rt>しんし</rt></ruby><ruby><rb>其角</rb><rt>きかく</rt></ruby>が贈りし<ruby><rb>述懷</rb><rt>じゆつくわい</rt></ruby>の<ruby><rb>名吟</rb><rt>めいぎん</rt></ruby>なる事は世の人の知る所にして<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に定めなきは人の身の上ぞかし偖も越後浪人新藤市之丞が心がらとは云ひながら今は<ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくづ</rt></ruby>屋長八と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby><ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby><ruby><rb>住居</rb><rt>ずまひ</rt></ruby>となりしかど追々商賣に身を入る<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>月日</rb><rt>つきひ</rt></ruby>の<ruby><rb>關守</rb><rt>せきもり</rt></ruby>なくはや十八年の<ruby><rb>星霜</rb><rt>せいさう</rt></ruby>を送りけるが娘お幸は<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>十七歳となり<ruby><rb>尋常</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>の者さへ山茶も<ruby><rb>出端</rb><rt>でばな</rt></ruby>の年頃なるに<ruby><rb>況</rb><rt>まして</rt></ruby>や<ruby><rb>生質</rb><rt>うまれつき</rt></ruby><ruby><rb>色白</rb><rt>いろしろ</rt></ruby>にして<ruby><rb>眼鼻</rb><rt>めはな</rt></ruby>だち<ruby><rb>好</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>愛敬</rb><rt>あいきやう</rt></ruby>ある<ruby><rb>女子</rb><rt>をなご</rt></ruby>なれば<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>は手の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>の<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>の如くに<ruby><rb>愛</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby><ruby><rb>縫針</rb><rt>ぬひばり</rt></ruby>は勿論淨瑠璃三味線も心安き方へ頼み<ruby><rb>習</rb><rt>ならは</rt></ruby>せ樂み<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>して居ける處に<ruby><rb>一日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>長八は淺草觀音へ參詣なし夫より上野の大師へ參らんと<ruby><rb>車坂</rb><rt>くるまざか</rt></ruby>を通り懸りけるに山下の<ruby><rb>溷際</rb><rt>どぶぎは</rt></ruby>に<ruby><rb>深網笠</rb><rt>ふかあみがさ</rt></ruby>の浪人者ぼろ〱したる<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>にて上には丸に三ツ引の<ruby><rb>定紋</rb><rt>ぢやうもん</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>たる<ruby><rb>黒絽</rb><rt>くろろ</rt></ruby>の<ruby><rb>螢</rb><rt>ほたる</rt></ruby>も<ruby><rb>洩</rb><rt>もる</rt></ruby>ばかりの古き羽織を着し<ruby><rb>謠</rb><rt>うた</rt></ruby>ひを<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>御憐愍</rb><rt>ごれんみん</rt></ruby>をと云て往來の者に手の内を<ruby><rb>乞居</rb><rt>こひゐ</rt></ruby>けるを長八は何心なく<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに羽織の定紋と云ひ<ruby><rb>状</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>大恩受たる大橋文右衞門樣に<ruby><rb>髣髴</rb><rt>よくに</rt></ruby>たるは扨も不思議なりと思ながら腰の<ruby><rb>早道</rb><rt>はやみち</rt></ruby>より錢七八文出して手の内に<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>ければ浪人者是は〱有難う存じますと云し<ruby><rb>其物語</rb><rt>そのものごし</rt></ruby>まで<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>文右衞門に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たるゆゑ長八は忽ち十八年の<ruby><rb>昔時</rb><rt>むかし</rt></ruby>を思ひ出し<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby>や其の人ならんかと<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>の中を見んとするに浪人者は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>日暮方</rb><rt>ひぐれがた</rt></ruby>なれば<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>て歸る樣子ゆゑ長八は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>尾</rb><rt>つき</rt></ruby>て行けるに下谷山崎町なる油屋といふ<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>の<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝり</rt></ruby>し<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しかば長八も同じく<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>いて這入見るに九尺二間如何にも<ruby><rb>麁末</rb><rt>そまつ</rt></ruby>なる<ruby><rb>浪宅</rb><rt>らうたく</rt></ruby>なるにぞ長八は内の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きし處全く大橋文右衞門に相違なきゆゑ<ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>なされと云ひながら内に入しが互ひに顏を<ruby><rb>見合</rb><rt>みあはせ</rt></ruby>て<ruby><rb>驚愕</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なしヤア貴殿は新藤市之丞殿貴方は大橋文右衞門樣と云ふに<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>も市之丞を見て是は〱市之丞樣<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>してマア我々が浪宅を御存じなるや<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>へ御通り下されと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>た所が御通りなさるゝ所もなき山崎町乞食長屋の<ruby><rb>汚穢</rb><rt>むさ</rt></ruby>くるしく御氣もじ樣やと<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひながらも<ruby><rb>簀子</rb><rt>すのこ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>莚</rb><rt>むしろ</rt></ruby>をしき是へ御上りあれと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ゆゑ長八は<ruby><rb>御構下</rb><rt>おかまひくだ</rt></ruby>さるなと其所へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見るに<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の方は破れたる二<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby><ruby><rb>屏風</rb><rt>びやうぶ</rt></ruby>を立回し此方には<ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れ懸りし一ツ<ruby><rb>竈</rb><rt>べつゝひ</rt></ruby>に<ruby><rb>炭</rb><rt>すみ</rt></ruby>か<ruby><rb>鑄懸</rb><rt>いかけ</rt></ruby>か眞黒に<ruby><rb>薫</rb><rt>くす</rt></ruby>ぶりたる<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>一ツをかけ<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>も<ruby><rb>汁</rb><rt>しる</rt></ruby>も<ruby><rb>兼帶</rb><rt>けんたい</rt></ruby>の樣子なり其外<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどん</rt></ruby>は<ruby><rb>反古張</rb><rt>ほごばり</rt></ruby>の文字も分らぬ迄に黒み<ruby><rb>赤貝</rb><rt>あかゞひ</rt></ruby>へ<ruby><rb>油</rb><rt>あぶら</rt></ruby>を<ruby><rb>注</rb><rt>つぎ</rt></ruby><ruby><rb>燈心</rb><rt>とうしん</rt></ruby>は僅に一本を入れ又口の缺たる<ruby><rb>土瓶</rb><rt>どびん</rt></ruby>は今戸燒の<ruby><rb>缺火鉢</rb><rt>かけひばち</rt></ruby>の上へ<ruby><rb>斜</rb><rt>なゝ</rt></ruby>めに乘て居る其體たらく目も當られぬ<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>向う三軒兩隣は丹波國の荒熊三井寺へ行かう〱といふ張子の<ruby><rb>釣鐘</rb><rt>つりがね</rt></ruby>を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て一文貰ひの辨慶或は一人<ruby><rb>角力</rb><rt>すまふ</rt></ruby>の關取<ruby><rb>烏</rb><rt>からす</rt></ruby>の<ruby><rb>聲色</rb><rt>こわいろ</rt></ruby>何れも乞食渡世の<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にて是等の類皆々長屋づきあひなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>大橋文右衞門は<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>しても以前は越後家にて五百石取の物頭役なれば只今市之丞の長八に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>なすに<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と状を改め新藤氏には<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね下されたり誠に一別以來<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>御健勝</rb><rt>ごけんしよう</rt></ruby>の樣子大悦に存ずると<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ市之丞の長八も久々の對面<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に夫々へ挨拶に及び扨大橋氏思ひ出せば早十八年の<ruby><rb>其昔</rb><rt>そのむかし</rt></ruby>彼<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>の<ruby><rb>御厚情</rb><rt>ごこうじやう</rt></ruby>に依て我々夫婦が一命を助かり<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ廿兩といふ金子を<ruby><rb>御惠下</rb><rt>おめぐみくだ</rt></ruby>されし<ruby><rb>御庇蔭</rb><rt>おかげ</rt></ruby>を以て今日まで存命仕つる事千萬有難く存じ奉つり候然るに彼の<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>江戸表へ罷り出候途中熊谷の土手にて<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>の爲めに我々兩人既に一命も危ふき難儀に<ruby><rb>出逢</rb><rt>いであひ</rt></ruby>候處丸龜の人後藤半四郎と云ふ人に救れ夫より身の落着方まで<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に相成當時は馬喰町にて<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>を渡世に致し<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か斯か<ruby><rb>寒暑</rb><rt>さむさあつさ</rt></ruby>のなき樣に暮して<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>り殊に其後一人の娘を<ruby><rb>儲</rb><rt>もう</rt></ruby>け當年十七歳に成候是と申も皆貴殿の<ruby><rb>御厚恩</rb><rt>ごこうおん</rt></ruby>なれば一度は御禮の書状も<ruby><rb>差上度</rb><rt>さしあげたく</rt></ruby>心得候へども世間へ憚りあるゆゑ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>も<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず只々<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居るにのみに御座候處先づは<ruby><rb>御揃</rb><rt>おそろ</rt></ruby>ひ遊ばし<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby><ruby><rb>克</rb><rt>よき</rt></ruby>御樣子大悦に存じ奉つるとは申ものゝ大橋氏には如何して<ruby><rb>斯</rb><rt>この</rt></ruby><ruby><rb>御體</rb><rt>ごてい</rt></ruby>たらくに候や存ぜぬこととは申ながら是まで御尋ねも申上ざる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし不實の奴と<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>も候はんが<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を承はり度と申ければ文右衞門<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>と申は最早八ヶ年以前の事にて御家の騷動出來致し忠臣は<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>き<ruby><rb>佞奸邪智</rb><rt>ねいかんじやち</rt></ruby>の<ruby><rb>輩</rb><rt>ともが</rt></ruby>ら<ruby><rb>蔓延</rb><rt>はびこる</rt></ruby>に付<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby>ながらも是を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>些少</rb><rt>いさゝか</rt></ruby>忠義を盡さんと心懸しに却て小栗美作が爲に<ruby><rb>讒</rb><rt>ざん</rt></ruby>せられ終に永の暇を給はり其後未だ<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>して居るなり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども忠臣は二君に仕へずとの金言を守り一錢二錢の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をしても他家へ仕官の所存更に是なく<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>天道某しが誠を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し給ふ事あらば歸參仕つる時節もがなと夫のみ心<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>罷り在候なり斯樣に<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>の身の上御目に掛るも誠に面目なき次第に候と互ひに<ruby><rb>憂</rb><rt>うき</rt></ruby><ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>の<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りをなし<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く時をぞ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>しける

## 第十七回

<ruby><rb>却説</rb><rt>さても</rt></ruby>紙屑屋長八は段々の<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>なしたりしが何れ又々近日御尋ね申さんと<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して立歸り道々大橋の<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りを考へ嗚呼人間の<ruby><rb>盛衰</rb><rt>せいすゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り難きものなりさしも越後家にて五百石取の物頭役をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>められし大橋文右衞門殿が<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は一文二文の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>を致し<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らるゝとは餘りなる<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶれ</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も〱<ruby><rb>笑止</rb><rt>せうし</rt></ruby>千萬なることなり<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>かなして昔年の恩報じに當時の難儀を救ひ助け<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>と<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に思案しながら我が家へ歸り來りしに女房お<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>は<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>てヤレ〱御歸りなされしか<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>になく<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>いにより大いに御<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>申して居たなれど今度の<ruby><rb>狂言</rb><rt>きやうげん</rt></ruby>は<ruby><rb>刎幕</rb><rt>はねまく</rt></ruby>がよいと云事故芝居の<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>でも<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いて御出かと思ひましたと云に何サお<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby><ruby><rb>芝居</rb><rt>しばゐ</rt></ruby><ruby><rb>處</rb><rt>どころ</rt></ruby>か<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby><ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしい御方に御目に掛り<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby>大いに<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>くなりしと申ければお梅夫は又<ruby><rb>何誰</rb><rt>どなた</rt></ruby>に<ruby><rb>御逢成</rb><rt>おあひなさ</rt></ruby>れましたと問に長八は<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>マア聞て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>今日は思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>よく<ruby><rb>午前</rb><rt>ひるまへ</rt></ruby>に商賣も<ruby><rb>捗取</rb><rt>はかどつ</rt></ruby>たから淺草の觀音樣へ參り<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より上野の大師さまへ<ruby><rb>回</rb><rt>まは</rt></ruby>らうと車坂まで<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し所不思議にも國元の大橋文右衞門樣に御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>いふ事より<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>い</rt></ruby>つて見た處が山崎町の<ruby><rb>裏住居</rb><rt>うらずまひ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は〱目も當られぬ始末御<ruby><rb>新造樣</rb><rt>しんぞさま</rt></ruby>なども誠に見る<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>もなきしがなひ<ruby><rb>體裁</rb><rt>なりふり</rt></ruby>御目に懸るさへも<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>もう誠に御氣の毒千萬<ruby><rb>實</rb><rt>ほん</rt></ruby>に〱<ruby><rb>御痛</rb><rt>おいた</rt></ruby>はしき事也大恩受たる大橋文右衞門樣が<ruby><rb>彼樣</rb><rt>あのやう</rt></ruby>に御難儀なさるを<ruby><rb>餘處目</rb><rt>よそめ</rt></ruby>には見て居られぬ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞして<ruby><rb>那節</rb><rt>あのせつ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたる二十兩の金子を<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>して<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たなら<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>に御喜びならん何卒御恩報じに<ruby><rb>進度者</rb><rt>あげたきもの</rt></ruby>なれども親分の長兵衞さんにはこんな<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しも致されまじ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>したら金の才覺が出來るであらうと女房お梅に一<ruby><rb>部</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければお梅は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>夫はマア<ruby><rb>御愛惜</rb><rt>おいとし</rt></ruby>い事<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めす</rt></ruby>は成程御<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>恩を受て恩を知ぬは人でなしとは云ものゝ<ruby><rb>力業</rb><rt>ちからわざ</rt></ruby>にも<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>かぬは金の才覺<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか仕樣が有さうな者と夫婦は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあは</rt></ruby>せて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>相談なせども何分思案に及ばぬゆゑ<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>のこと天にも地にも<ruby><rb>掛代</rb><rt>かけがへ</rt></ruby>なき手の中の玉となしたる娘のお幸を不便なれ共遊女に<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>て金の<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>するより外の<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>はなしと恩義に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りし夫婦が相談茲に漸く<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひしかば娘お幸を一<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き妻のお梅は<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の譯にて是非ともなければならぬ金ゆゑ親の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>長い<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>でも有まじければ何卒<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>の奉公をして<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと事を分て云ひ聞せければ元より利發のお幸と云ひ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>年も十七歳花なら今四五分<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き<ruby><rb>初</rb><rt>そめ</rt></ruby>しばかりの<ruby><rb>色娘</rb><rt>いろむすめ</rt></ruby>殊には<ruby><rb>親孝心</rb><rt>おやかうしん</rt></ruby>の者ゆゑ兩親の爲とならば此身は如何なる<ruby><rb>苦界</rb><rt>くがい</rt></ruby>の<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めなりとも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はじと早速承知なせしにぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば何分頼むぞさて<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>娘の身を<ruby><rb>賣</rb><rt>うる</rt></ruby>ことに決着はなしたれども長八は一向<ruby><rb>手懸</rb><rt>てがけ</rt></ruby>ざる事故<ruby><rb>何所</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ頼んで娘を<ruby><rb>賣</rb><rt>うる</rt></ruby>がよからんやと思ひしところ爰に淺草田町に利兵衞といふ<ruby><rb>紙屑問屋</rb><rt>かみくづどんや</rt></ruby>ありけるが此利兵衞は元長八の國者にて以前は出入の町人なりしかば至つて<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>なる者ゆゑ長八は利兵衞の方へ行つて右の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を段々と<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>て娘を賣て十八年以前なる<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>の恩金を返さんと思ふよし<ruby><rb>悉</rb><rt>くは</rt></ruby>しく<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ利兵衞も其の志ざしを深く<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ<ruby><rb>早</rb><rt>さつ</rt></ruby>そく承知なし即ち<ruby><rb>判人</rb><rt>はんにん</rt></ruby>となりて新藤の娘を新吉原江戸町一丁目玉屋山三郎の方へ申こみ<ruby><rb>目見</rb><rt>めみ</rt></ruby>えを致させけるに<ruby><rb>容貌</rb><rt>かほかたち</rt></ruby>も十人<ruby><rb>並</rb><rt>なみ</rt></ruby>に<ruby><rb>優</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れしかば大いに氣に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>だん〱<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>一ぱい金五十兩と相談を<ruby><rb>取極</rb><rt>とりきめ</rt></ruby>て利兵衞は<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り其段長八へ物語りしに夫婦は利兵衞の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>をりを<ruby><rb>勞</rb><rt>ねぎ</rt></ruby>らひ厚く禮をぞ<ruby><rb>陳</rb><rt>のべ</rt></ruby>たりけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>翌日にもなりければ長八は娘お幸を<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>なひ判人利兵衞の方へ到り夫より同道して新吉原玉屋山三郎の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>約定</rb><rt>やくぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り金五十兩と<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>に娘おかうを渡し長八は立歸らんとするに<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>とは云ひながら<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れの<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさは<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>に<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>んものもなく親子は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>も<ruby><rb>張裂</rb><rt>はりさく</rt></ruby>ばかり<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くひ</rt></ruby>しばりて居たりしが<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>ては果じと長八は心を鬼に取なほし奉公大事に身を<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>めと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ながら立上るにお幸も是を見送りて御兩親とも御無事にと<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>は<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>なく<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>るゝ親子が心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>推量</rb><rt>おしはか</rt></ruby>られて<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れなり因て世話人利兵衞も<ruby><rb>深切者</rb><rt>しんせつもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>世話料</rb><rt>せわれう</rt></ruby><ruby><rb>判代等</rb><rt>はんだいとう</rt></ruby>一錢も取ず<ruby><rb>實意</rb><rt>じつい</rt></ruby>に<ruby><rb>周旋</rb><rt>しうせん</rt></ruby>に及びけるとなり

## 第十八回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て長八娘お幸を<ruby><rb>賣渡</rb><rt>うりわた</rt></ruby>し吉原より<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りて女房お梅に相談の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>元金</rb><rt>もときん</rt></ruby>二十兩に利を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>下谷山崎町の大橋文右衞門の方へ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さんとは思へども利足を相當に<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>ては何を云ふにも十八年の間の事なれば此金を<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>すとも<ruby><rb>利足</rb><rt>ひきたら</rt></ruby>ず殊に文右衞門は<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>手堅</rb><rt>てがた</rt></ruby>き<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>利足と云ては<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとる</rt></ruby><ruby><rb>間敷</rb><rt>まじき</rt></ruby>により全く禮の心で<ruby><rb>肴代</rb><rt>さかなだい</rt></ruby>とでも名を付廿五兩も遣はさば<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば殘りの廿五兩を以て<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>となし是より表へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て小切類にても賣夫婦して<ruby><rb>精</rb><rt>せい</rt></ruby>を出し金を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる上一年も早く娘の身受をなす工夫こそ<ruby><rb>專要</rb><rt>せんえう</rt></ruby>なれ又親分の長兵衞殿へ此事は決して<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>されず娘は屋敷へ當分奉公に出せし<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りにして置べし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby>に入たなどと云事が知れては<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>こそあゝ云ふ<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>の親分ゆゑ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ういふ事なら<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>に一應相談仕ないなどと必ず<ruby><rb>喧</rb><rt>やかま</rt></ruby>しいこと云に相違なし因て<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>までも其積りと長八夫婦は<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に心配なし是より<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>廿五兩の金子を持て下谷山崎町なる大橋文右衞門の方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りけるに同じく<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より續て<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>の小僧も此家に入來り私しは<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の油屋五兵衞方より參りましたが番頭の久兵衞が申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ますには<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>大小</rb><rt>だいせう</rt></ruby>の<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>が<ruby><rb>一口</rb><rt>ひとくち</rt></ruby><ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>月切</rb><rt>つきぎれ</rt></ruby>に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなり</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れに出しゆゑ先日一寸御斷り申上げましたが止て<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>との事ゆゑ<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>迄見合せ置たれども今に<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>もなきにより最早流れ切に致します<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>利</rb><rt>り</rt></ruby>あげを成るなら止め<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>ますが餘り段々<ruby><rb>日延</rb><rt>ひのべ</rt></ruby>に成ばかりに付利上でもなければ<ruby><rb>然々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>止置</rb><rt>とめおく</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には參りません今丁度流れ買が來て<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りますから<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>はうと思ひますが<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れますか一寸聞て<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>いと申しました文右衞門樣<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れますと小僧は足元から鳥の<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に<ruby><rb>火急</rb><rt>くわきふ</rt></ruby>の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>に來りければ大橋は甚だ<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>かなと<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へしが<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>あれは大切の大小なれば流しては成ぬ品なり是非共<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>すにより今一兩日<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>て下されといふに小僧はそれでも御<ruby><rb>前樣</rb><rt>まへさま</rt></ruby>來る度に<ruby><rb>日延</rb><rt>ひのべ</rt></ruby>ばかりの御口上今日も又一兩日と仰せでは使に來た私しが<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>ります其度に<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らない使をするとて<ruby><rb>呵</rb><rt>しか</rt></ruby>られ又御前の方ぢや<ruby><rb>能</rb><rt>いゝ</rt></ruby>やうなことを云なさるし同じ事を度々の使は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>でござりますが今度こそ<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>はなければ<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>一度番頭さんに<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>云てみませうと質屋の小僧は歸り行しかば是を<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たる紙屑屋長八は文右衞門が身の<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>を<ruby><rb>察遣</rb><rt>さつしや</rt></ruby>り成程一文二文の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をする身の上なれば<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>とあらゆる<ruby><rb>品物</rb><rt>しなもの</rt></ruby>は大小までも<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>に入たるは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり其日々々にさへ<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>る有樣ゆゑ如何に大切の品なり共<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>受出</rb><rt>うけだ</rt></ruby>す事も成まじ<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>よりは流れの<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby><ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>の事ならんと己れが身分にも<ruby><rb>競</rb><rt>くら</rt></ruby>べて考へしが長八は<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞと思ひて廿五兩の金子を出し扨大橋氏<ruby><rb>甚</rb><rt>はなはだ</rt></ruby><ruby><rb>失敬</rb><rt>しつけい</rt></ruby>なる申し分には御座れ共此金子は十八ヶ年以前に<ruby><rb>御恩借</rb><rt>ごおんしやく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したる金子<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>ながら返上仕つるにより<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御受納下</rb><rt>ごじゆなふくだ</rt></ruby>され候樣に願ひ奉つる誠に<ruby><rb>彼</rb><rt>あの</rt></ruby><ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>貴殿の御厚情ゆゑに我々夫婦只今はどうか斯か致して居るも皆貴殿の<ruby><rb>御庇蔭</rb><rt>おかげ</rt></ruby>にて候然るに貴殿<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>御零落</rb><rt>ごれいらく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>れたる有樣を見るに忍びず<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>てもの事に斯樣なる時節にこそ<ruby><rb>御恩</rb><rt>ごおん</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>ぜんと存じて持參致したれ因て此金子<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御受取下さるべしと二十兩の金子を<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べ外に金五兩は御利子と申には是なく<ruby><rb>御禮</rb><rt>おんれい</rt></ruby>の心ばかり<ruby><rb>御菓子料</rb><rt>おくわしれう</rt></ruby>にさし<ruby><rb>上度</rb><rt>あげたく</rt></ruby>と出しければ文右衞門は是を見て忽まち氣色を<ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby>是は〱新藤氏思ひもよらぬことを仰せらるゝ者かな<ruby><rb>往古</rb><rt>むかし</rt></ruby>は昔し今は今なり一旦貴殿に<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みし金子を如何に某し<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>して一錢二錢の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をなせばとて今更受取り申べき<ruby><rb>謂</rb><rt>いはれ</rt></ruby>なし貴殿が昔の恩を思ひ出し給はば夫にて<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしの程は知て居るなり夫に<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>より<ruby><rb>流</rb><rt>ながれ</rt></ruby>の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>に來りしを聞れ斯樣の事をなさるゝ段一應御深切の御志ざし<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなく存ずるなれども貴殿も未だ<ruby><rb>有福</rb><rt>いうふく</rt></ruby>の身になられしと云うでもなければ此金子に於ては決して受取申されず今でこそ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>困難</rb><rt>こんなん</rt></ruby>に及ぶものゝ以前は越後家において<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby>五百石を領し<ruby><rb>物頭役</rb><rt>ものがしらやく</rt></ruby>を<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>めたる大橋文右衞門<ruby><rb>清長</rb><rt>きよなが</rt></ruby><ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>鎌倉</rb><rt>かまくら</rt></ruby>と云ふ時のため武士の<ruby><rb>省愼</rb><rt>たしなみ</rt></ruby><ruby><rb>差替</rb><rt>さしかへ</rt></ruby>の大小<ruby><rb>具足</rb><rt>ぐそく</rt></ruby>一<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>は所持致し居り候<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>候へと<ruby><rb>仕舞置</rb><rt>しまひおき</rt></ruby>たる<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>并びに差替の大小を<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>き<ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>より取出して此通りと長八の前へ並べて見せければ長八は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほと</rt></ruby>んど<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は大橋氏<ruby><rb>御省愼</rb><rt>おたしなみ</rt></ruby>の<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>感心仕つり候<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby>迄の御心<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>とは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>さら知ず失敬の儀を申上しは甚<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なきことに御座候<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども以前の御恩を<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>ぜんと我々夫婦相談の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>致して參りたる此金子ゆゑ<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御請取下</rb><rt>おんうけとりくだ</rt></ruby>され候樣是非々々願ひ奉つるモシ<ruby><rb>御新造樣</rb><rt>ごしんぞさま</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なされて下さらば有難く存じますと云ふに妻は何とか<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひたき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なるを文右衞門は<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>つけコリヤ新藤氏一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>へ<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みし此金子<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>何樣に申され候とも今さら手前に於ては<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとる</rt></ruby><ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>決して之なし早々<ruby><rb>御持歸</rb><rt>おもちかへ</rt></ruby>り下されよ某し當時<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に及ぶも是天命なれば何をか<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>へん<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>をか<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>むる所もなし<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は少々<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め物あれば<ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>あれ貴殿は<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>御咄</rb><rt>おはな</rt></ruby>し成るべしと云ひつゝ其身は<ruby><rb>机</rb><rt>つくゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りけり

## 第十九回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>文右衞門の女房は<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>にて<ruby><rb>番茶</rb><rt>ばんちや</rt></ruby>を入れ<ruby><rb>朶菓子</rb><rt>だぐわし</rt></ruby>などを<ruby><rb>取揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へて<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいで</rt></ruby>たるに長八は大橋が<ruby><rb>義氣</rb><rt>ぎき</rt></ruby>の強きを彌々感じ心中に<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>まで<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>なしても武士の道を<ruby><rb>立通</rb><rt>たてとほ</rt></ruby>し<ruby><rb>指替</rb><rt>さしかへ</rt></ruby>の大小并びに具足迄<ruby><rb>省愼置</rb><rt>たしなみおか</rt></ruby>るゝ程の<ruby><rb>氣質</rb><rt>きしつ</rt></ruby>にては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>此金子を受取ざるも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら某しも一人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うつ</rt></ruby>て昔しの恩を返さんと致したるも<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>となり<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>打明</rb><rt>うちあけ</rt></ruby>て<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しも出來ず<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て見れば<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby><ruby><rb>甲斐</rb><rt>がひ</rt></ruby>もなし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>いひ出しては今更持て返るは如何にも<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>なく<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んとすれば受取ずはて<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らんやと茶を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>ながら思案の折柄又々<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>より<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>の小僧が入來りて<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>文右衞門樣先刻仰せられしことを<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>久兵衞に申聞し處久兵衞の申には<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>月切</rb><rt>つきぎれ</rt></ruby>には<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>し<ruby><rb>利上</rb><rt>りあげ</rt></ruby>もなき事なれば<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>までも御<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り申事は<ruby><rb>出來兼</rb><rt>できかね</rt></ruby>候<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れ<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>の道具屋が<ruby><rb>來合</rb><rt>きあは</rt></ruby>せたれば<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひますにより<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>御承知下さるゝ樣に申上ろとの事に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>御斷り申ますと云置て<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に立歸らんとするゆゑ文右衞門は小僧を<ruby><rb>呼止</rb><rt>よびとめ</rt></ruby>イヤ<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ことなら某し<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より參り番頭に面會の上相談もせんにより少々の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られよと云ながら文右衞門は長八に向ひ某し<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なく<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り申さん<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>御咄</rb><rt>おはな</rt></ruby>し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れよと云捨て文右衞門は表の<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>へと出で<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>けり跡に猶屑屋長八は<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と考へしが<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>此金子を以て歸らんことは思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>はせんと座中を見廻すに是幸ひ<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに文右衞門の<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>ありしかば其の中へ右の金子二十五兩を<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>は<ruby><rb>素知</rb><rt>そしら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>して女房に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>なし歸らんとするに女房は<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め市之丞樣<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門も程なく<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>致事なれば先々御待下されよと申けれども長八は以前<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし者の方に<ruby><rb>疱瘡人</rb><rt>はうさうにん</rt></ruby>是あるゆゑ夫へ是非々々尋ね<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざればならず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>文右衞門樣御歸りあらば<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ上られ下されよ又々近日<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね申上んと<ruby><rb>言置</rb><rt>いひおき</rt></ruby>長八はそこ〱に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して我家に立歸りしに女房お梅は<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ御持參の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく文右衞門<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>れしや<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にと云ふに長八<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>物堅</rb><rt>ものがた</rt></ruby>い文右衞門殿<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>あつても金子をば受取らぬと<ruby><rb>言張</rb><rt>いひはら</rt></ruby>れ<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に仕樣もなき<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から幸ひ<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>云事にて<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>られし<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby><ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の中へ入れ置て歸りたり然れば日々に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>る文右衞門殿ゆゑ<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>からは<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>にて右の金子を遣はるゝに相違なし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば某しが<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>も<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>も<ruby><rb>無陀奉公</rb><rt>むだぼうこう</rt></ruby>にならぬと云ふ者<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ女房お梅も打喜び夫はよくこそ<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはか</rt></ruby>らはれたり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば如何に<ruby><rb>物堅</rb><rt>ものがた</rt></ruby>き人にても手元にあるを遣はずには置れまじ先々夫にて少しは<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>が<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>たりと長八夫婦は悦びつゝ<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>を<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>しけり

## 第二十回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>大橋文右衞門は<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>久兵衞に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>相談の上漸く一兩日<ruby><rb>止置事</rb><rt>とめおくこと</rt></ruby>に<ruby><rb>取極</rb><rt>とりきめ</rt></ruby>て歸り來りしに新藤市之丞の見えざれば女房お<ruby><rb>政</rb><rt>まさ</rt></ruby>に向ひ市之丞は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>せしやと云ひければお政然れば新藤氏は<ruby><rb>良人</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御歸り<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>と御止め申たなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>以前世話になられし<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>疱瘡人</rb><rt>はうさうにん</rt></ruby>が是ある由にて是非<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ねば成ぬにより<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ又々近日御尋ね申さん<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby>申<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云はれて御歸り成れしと云ふに文右衞門<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>でありしか市之丞と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふ<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby>は<ruby><rb>義心</rb><rt>ぎしん</rt></ruby><ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>んにして誠に<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なる者なり昔し助けし恩を忘れず今我等<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>せしを<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し廿五兩の金子を<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>して持來りしは天晴<ruby><rb>頼母敷</rb><rt>たのもしき</rt></ruby><ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしとは云へ共<ruby><rb>曩</rb><rt>さき</rt></ruby>に某し一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みし金子を今さら<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとつ</rt></ruby>ては我等が一分立ず是に依て<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>斷</rb><rt>こと</rt></ruby>わりを申せしゆゑ<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りしと見えたりさぞかし<ruby><rb>本意</rb><rt>ほい</rt></ruby>なく思ひしなるべしと云ひながら文右衞門<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のま</rt></ruby>んと<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>を<ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>れば<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に市之丞が持來りし廿五兩の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>火入</rb><rt>ひいれ</rt></ruby>の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>に有ければ文右衞門は女房お政を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び此金子は<ruby><rb>何如</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したるやあれ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に<ruby><rb>斷</rb><rt>こと</rt></ruby>わりたるを知りながら市之丞より<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しか大方<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>のいらざる<ruby><rb>猿智慧</rb><rt>さるぢゑ</rt></ruby>にて我が<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>を幸ひに<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>御預</rb><rt>おんあづか</rt></ruby>り申さんなどと云て受取たるに相違<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじエヽ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは<ruby><rb>腑甲斐</rb><rt>ふがひ</rt></ruby>なき女かな武士の女房には<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>しても大橋文右衞門なるぞ心まで<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>はせぬ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>までさもしき<ruby><rb>根生</rb><rt>こんじやう</rt></ruby>になりたるやと女房お政を<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りつけしにお政は驚き<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は〱餘りに<ruby><rb>御推量</rb><rt>ごすゐりやう</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たり<ruby><rb>良人</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>御氣象</rb><rt>ごきしよう</rt></ruby>を存じながら<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>しに請取<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>申すべき疑ひ給ふも<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>にこそよれ實に私しは存ぜぬことなり<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>するところ市之丞殿も<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>に<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>されたる金子ゆゑ<ruby><rb>良人</rb><rt>あなた</rt></ruby>が御受取なきを<ruby><rb>本意</rb><rt>ほい</rt></ruby>なく思ひ私しにも知らさぬやうに<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の中に<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>て歸られたるに相違あるまじとて言葉に<ruby><rb>淀</rb><rt>よど</rt></ruby>みなければ文右衞門も<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>と思ひ<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば市之丞が此の中へ入て置たるに相違なからん<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>にしても此金子を受取ては某しが一<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ず<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>は市之丞が<ruby><rb>住所</rb><rt>ぢうしよ</rt></ruby>を知て<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>かと<ruby><rb>問</rb><rt>とひ</rt></ruby>けるにお政は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>さ只馬喰町とのみ承まはりましたと申ければ文右衞門は<ruby><rb>宜々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも此金子は返さねばならぬ馬喰町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>の市之丞と聞ば知れぬ事はあるまじ<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>なば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>一走</rb><rt>ひとはし</rt></ruby>りと文右衞門は<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>るを<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby><ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て早々に支度をなし二十五兩の金子を<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>に入て市之丞が家を尋ねつゝ馬喰町へと急ぎ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き此邊に新藤市之丞と云ふ<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>はなきやと一丁目より二丁目三丁目四丁目まで<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く尋ねけれ共少しも知れず<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は知れぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>の事なり以前は新藤市之丞にもせよ今は<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>して屑屋長八と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>したる者なれば<ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>は申に及ばず<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて尋ねけれ共一向知らざる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を申自身番にて新藤市之丞などと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>六ヶ敷</rb><rt>むづかしき</rt></ruby><ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>の人は<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>にはあるべからず<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>浪人者</rb><rt>らうにんもの</rt></ruby>の<ruby><rb>間違</rb><rt>まちが</rt></ruby>ひなる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と云ゆゑ文右衞門は<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なせしかど<ruby><rb>是非共</rb><rt>ぜひとも</rt></ruby>尋ねて金子を返さんと思ひければ猶<ruby><rb>裏々</rb><rt>うら〱</rt></ruby>へも<ruby><rb>這入込</rb><rt>はひりこみ</rt></ruby>此御近所に<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>を渡世にする新藤市之丞と申者の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>は御存じなきやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に此町内には御用の屑買は御座らぬなどと云て大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>はれければ大橋も<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>は<ruby><rb>是非無</rb><rt>ぜひなく</rt></ruby><ruby><rb>尋厭倦</rb><rt>たづねあぐみ</rt></ruby>て下谷山崎町の我家へ歸り<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も〱<ruby><rb>困</rb><rt>こまり</rt></ruby>し事也馬喰町へ行て<ruby><rb>表店</rb><rt>おもてだな</rt></ruby>は<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>に及ばず裏々まで四丁の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>やかに尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>したれ共新藤と云ふ<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>一向に知れず<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>しても大切の預り<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>萬一此金子に於て間違ひにても有なば猶々市之丞へ<ruby><rb>對</rb><rt>たい</rt></ruby>して<ruby><rb>言譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>なし<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも此上尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>して返へさねばならず<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れど<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>迄も斯して置は心遣ひ殊に<ruby><rb>隣</rb><rt>とな</rt></ruby>り近所は皆々<ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby>の渡世をする<ruby><rb>族而已</rb><rt>やからのみ</rt></ruby>丹波の荒熊三井寺へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>う〱と云張子の<ruby><rb>釣鐘</rb><rt>つりがね</rt></ruby>或は<ruby><rb>鉢叩</rb><rt>はちたゝ</rt></ruby>き願人坊主などと云者許りなれば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>油斷は少しも成ず<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>此金子の有事を知りて付込れなば如何なる<ruby><rb>變事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>の出來んも知れず<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れにも又々明日馬喰町へ行きて尋ね當り次第市之丞へ渡す迄は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ以て心遣ひなりと云に女房も<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なり今日は<ruby><rb>終日</rb><rt>ひねもす</rt></ruby>尋ね<ruby><rb>倦</rb><rt>あぐ</rt></ruby>まれ<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>御勞</rb><rt>おつか</rt></ruby>れならんにより<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>は<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>御臥</rb><rt>おやす</rt></ruby>みありて<ruby><rb>夜陰</rb><rt>よは</rt></ruby>よりは御心だけも<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>り給はぬ樣いたし度と申に<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby><ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>とても<ruby><rb>臥</rb><rt>やす</rt></ruby>むに及ばず兩人して<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>ず<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をせんと云故然らば兩人の間に<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに心付<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>んと夫婦して二十五兩の金子を中へ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>にも飛起るやうにして夜もすがら<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>もやらず守り居けるが<ruby><rb>深々</rb><rt>しん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆく</rt></ruby>に從ひ文右衞門は<ruby><rb>過去來</rb><rt>すぎこしかた</rt></ruby>我身の上を思ひ出し<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も〱如何成事にて斯迄<ruby><rb>武運</rb><rt>ぶうん</rt></ruby>に<ruby><rb>盡果</rb><rt>つきはて</rt></ruby>たるこの身かな以前は越後家にて五百石の<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby>を<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>し物頭役をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め大橋文右衞門とも云はれたる<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>が人の金ゆゑ寢ず番を勤める事餘りと云へば<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き次第ぞや是といふも<ruby><rb>小栗美作</rb><rt>をぐりみまさか</rt></ruby>が<ruby><rb>讒言</rb><rt>ざんげん</rt></ruby>ゆゑなり今更<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>む共<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なけれど天道誠を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し給はゞ<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>の世にか歸參する事もあらんとは<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ものゝ<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>一錢二錢の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をして其日々々を<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>るも二君に仕へぬ<ruby><rb>我魂魄</rb><rt>わがたましひ</rt></ruby>武士の本意と思へども<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>にあぢきなき<ruby><rb>浮世</rb><rt>うきよ</rt></ruby>かなと一人涙を流したる<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>ず<ruby><rb>語</rb><rt>がた</rt></ruby>りの心の中思ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>れて<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れなり

## 第二十一回

<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに女房お政は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門が<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>ず語りを<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にて<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>聞居たりしが<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ〱し<ruby><rb>溜涙</rb><rt>ためなみだ</rt></ruby>夜半の<ruby><rb>時雨</rb><rt>しぐれ</rt></ruby>と諸共にワツとばかりに泣出せしかば文右衞門は是を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>りコリヤお政何が其樣に<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくて<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>をるやと云ひければ女房お政は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>何ゆゑに泣とは餘りに心なき仰かな<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>良人</rb><rt>あなた</rt></ruby>がお<ruby><rb>一人言</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に付ても今の身の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ない共しかないとも思へば〱<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>く<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>御無念に思召さん如何に物堅き<ruby><rb>御氣象</rb><rt>ごきしやう</rt></ruby>とて日々の<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の其中に二十五兩と云ふ此金の<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りながら御歸しなさるとの御志ざしは武士道の義理一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれ共市之丞殿が昔の<ruby><rb>恩義</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>はんと<ruby><rb>故意々々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされたる此金なれば<ruby><rb>假令</rb><rt>よしや</rt></ruby><ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>御受取なされたとて何の不義理が<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べきぞ殊に今日も今日とて表の<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>よりは度々の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や流れに出る時は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>十二三兩の金子にて大切の<ruby><rb>大小</rb><rt>だいせう</rt></ruby>を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>はるゝも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>く夫も金子なければ仕方もなし<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>此所に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を武士の<ruby><rb>意氣地</rb><rt>いきぢ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひながら遣ふ事さへならぬとははて<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>したら<ruby><rb>宜</rb><rt>よから</rt></ruby>んやと女房お政はくよ〱と女心の一<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>に昔しを忍び今の身の<ruby><rb>敢果</rb><rt>はか</rt></ruby>なき<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>を<ruby><rb>喞</rb><rt>かこ</rt></ruby>ちつゝ<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる因果と<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>むにぞ文右衞門は<ruby><rb>状</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しコレお政其方は何とて其樣に<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>なることを申ぞ浪人しても<ruby><rb>此清長</rb><rt>このきよなが</rt></ruby>が妻ならずや夫に何とて以ての外<ruby><rb>聞苦</rb><rt>きゝぐる</rt></ruby>しき<ruby><rb>世迷言</rb><rt>よまひごと</rt></ruby><ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>省愼居</rb><rt>たしなみをり</rt></ruby>申すべし是此金子は<ruby><rb>受納</rb><rt>うけをさ</rt></ruby>めたりとて何も<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なき事は汝が申さずとも承知なれ共<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ある時は先にも申如く一旦<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みたる金子を如何に<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>なせばとて取戻せしと云れんことも<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>なり又是迄年來<ruby><rb>磨上</rb><rt>みがきあげ</rt></ruby>たる武士の<ruby><rb>魂魄</rb><rt>たましひ</rt></ruby>何ぞ再び<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>ずる事あらんや<ruby><rb>渇</rb><rt>かつ</rt></ruby>しても<ruby><rb>盜泉</rb><rt>たうせん</rt></ruby>の水を<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>ず熱しても<ruby><rb>惡木</rb><rt>あくぼく</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>舍</rb><rt>やど</rt></ruby>らず君子は<ruby><rb>清貧</rb><rt>せいひん</rt></ruby>を尊ぶとこそ云へり今一錢二錢の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>しても心<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>きが<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よし人間萬事塞翁が馬ぢや<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>に花を<ruby><rb>詠</rb><rt>なが</rt></ruby>める時節もあらん<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>よと夫婦互に力を<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>へ<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>憂</rb><rt>うき</rt></ruby><ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りに時移りしに<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>塒</rb><rt>ねぐら</rt></ruby>を放るゝ鳥の聲に夜は<ruby><rb>白々</rb><rt>しら〲</rt></ruby>と明渡りければ女房お政は<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>と勝手に<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>麤朶</rb><rt>そだ</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>くべて<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>の支度に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り文右衞門は<ruby><rb>嗽</rb><rt>うがひ</rt></ruby>などして<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>らを<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby><ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>も仕舞ければ是より文右衞門は又々馬喰町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>市之丞を尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>さんとする處へ表の質屋より<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の小僧が來り一昨日<ruby><rb>御出</rb><rt>おんいで</rt></ruby>遊ばし<ruby><rb>御對談</rb><rt>ごたいだん</rt></ruby>の上今一兩日<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よとの御頼み承知したれども其後<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>迄も一向に御沙汰是なく候間今日中猶豫いたし明日は是非々々<ruby><rb>相流</rb><rt>あひなが</rt></ruby>し候により<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>御承知下されよと門口より<ruby><rb>言放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>し小僧は急ぎて歸りけり

## 第二十二回

偖質屋よりは今日中<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>致し明日は是非とも<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>相流し候旨<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りに來りければ文右衞門は<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>にくれ如何はせんと女房お政に<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なしけるにお政も<ruby><rb>太息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の一口は大小ばかり賣拂ひても金五十兩程になるべし<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby><ruby><rb>合羽</rb><rt>かつぱ</rt></ruby>の類まで彼是六十兩餘の<ruby><rb>金目</rb><rt>かねめ</rt></ruby>の品々を僅かに十二三兩位に預けし<ruby><rb>切</rb><rt>ぎり</rt></ruby>流しては餘り<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き事に候はずや因て考ふるに一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>此金子にて<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し其上外方へ賣拂ひ候はゞ<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の代金手に入べし其時市之丞殿持參致されたる金子だけ<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>致す共<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>からぬ事ゆゑ其中の<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はれたならば市之丞が折角の<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしも通り<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御義心も<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>くと申もの<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の御趣意も立て宜く候まゝ是非々々<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れよと申ければ文右衞門は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばら</rt></ruby>く考へしが成程是は<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の申通り一時の<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>に此金を借用したりとて<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>しさへなせば我が一分も立又市之丞の志ざしも<ruby><rb>貫</rb><rt>とほ</rt></ruby>りて遣はすと云もの<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の大小を<ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby>流して仕舞は餘り<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば先此金子にて請出し我が年來の<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>なる稻葉丹後守樣の藩中へ持參して<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>直段</rb><rt>ねだん</rt></ruby>に賣拂はんと文右衞門は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>承知なし市之丞が遺したる金子廿五兩の内を以て表の<ruby><rb>油屋</rb><rt>あぶらや</rt></ruby>五兵衞の方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>番頭久兵衞に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>て流れの一件段々と<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>に相成甚だ氣の毒千萬なり夫に付今日は右の品物を<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>はんとのお使<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>にて候然るに幸ひ<ruby><rb>昨晩</rb><rt>さくばん</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>より<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>致したる金子是あるにより右の品々<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し候間<ruby><rb>御面倒</rb><rt>ごめんだう</rt></ruby>ながら御取出し<ruby><rb>元利共</rb><rt>ぐわんりとも</rt></ruby><ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>に相成候や勘定して下されと云ひければ番頭久兵衞は大いに驚き心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に思ふ樣此品々を今更受出されては<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあて</rt></ruby>が<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>うたり是と云も此質物は<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の<ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>と違ひ五ヶ月限りの<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>にて凡六十兩程は<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>く直段のある品を僅か金十二兩<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>てあるゆゑ流れになりて<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>拂へば金四十五兩は<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>かるなり其四十五兩の金子は皆己が<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>帳面面</rb><rt>ちやうめんづら</rt></ruby>は筆の先にて<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にごまかし置んとの<ruby><rb>胸算用</rb><rt>むなさんよう</rt></ruby>夫と云も平生文右衞門は一文二文の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をして居けるゆゑ大丈夫請出す<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなしと<ruby><rb>踏</rb><rt>ふみ</rt></ruby>たればこそ<ruby><rb>嚴重</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>をしたりしに今請出されては甚だ<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあて</rt></ruby>が<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>したりと番頭久兵衞は小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>けしが又心中に考ふるやう此品物を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず受出すと云ば仕方なけれども<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>今十兩からの金子の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>大小</rb><rt>だいせう</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>り<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>ると云ならん其處で<ruby><rb>拔差</rb><rt>ぬきさし</rt></ruby>は出來ずと<ruby><rb>斷</rb><rt>こと</rt></ruby>わり流させ呉んと思ひければ久兵衞は文右衞門に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ質物を受出さんとの<ruby><rb>御事</rb><rt>おんこと</rt></ruby>承知仕つり候へ共一品にても<ruby><rb>拔差</rb><rt>ぬきさし</rt></ruby>は手前にて<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に候間殘らず御受なさるゝなら<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>の勝手に大小ばかり<ruby><rb>請樣</rb><rt>うけやう</rt></ruby>などと仰られても其儀は出來申さずと云ければ文右衞門<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て夫は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>の事なり今殘らず請出す<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>元利</rb><rt>ぐわんり</rt></ruby><ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>か勘定して下されと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>番頭久兵衞は<ruby><rb>飽迄</rb><rt>あくまで</rt></ruby><ruby><rb>見込</rb><rt>みこみ</rt></ruby><ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひになりしかば心の中にては甚だ<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しく思へ共<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく勘定致し見るに元利十三兩二分外に<ruby><rb>時貸</rb><rt>ときがし</rt></ruby>が六百文右の通りと文右衞門が前に<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しければ文右衞門は是を見て是は〱<ruby><rb>御世話</rb><rt>おせわ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>よりぞろ〱と一分金にて十三兩二分取出し<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず勘定して質物を<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>我が家をさしてぞ歸りける

## 第二十三回

偖文右衞門は我が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>に歸りて衣類大小を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>改め見るに<ruby><rb>品數</rb><rt>しなかず</rt></ruby>も<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく幸ひ今日は<ruby><rb>雨天</rb><rt>うてん</rt></ruby>にて<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひにも出られず<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>より稻葉侯の御家中へ大小を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>に參らんと<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>より受出して來たる<ruby><rb>衣服</rb><rt>いふく</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>省愼</rb><rt>たしなみ</rt></ruby>の大小を<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>し立派なる<ruby><rb>出立</rb><rt>いでたち</rt></ruby>に支度なして居たる處へ同じ長家に居る<ruby><rb>彼張子</rb><rt>かのはりこ</rt></ruby>の<ruby><rb>釣鐘</rb><rt>つりがね</rt></ruby>を<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>辨慶がのそ〱と出きたりモシ〱文さん今日は<ruby><rb>雨降</rb><rt>あめふり</rt></ruby>で御互に<ruby><rb>骨休</rb><rt>ほねやす</rt></ruby>み久し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>なれば一<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby><ruby><rb>呑</rb><rt>のむ</rt></ruby>べし夫に今さんまの<ruby><rb>生々</rb><rt>なま〱</rt></ruby>としたるを<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>あつたから是で一ぱい<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>やせう<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>何は兎もあれ私しの<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なせへと<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>から<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ければ文右衞門は是を聞て夫は忝けないが<ruby><rb>生憎</rb><rt>あひにく</rt></ruby>今日は少々<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>りたる用事のあるゆゑ何れ又此後のことに致すべしと申しけるに辨慶は<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひコウ〱文さん其樣に<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぐには及ぶまじ今より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひに出るには<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>し是非々々來なせへと<ruby><rb>忙</rb><rt>せは</rt></ruby>しなく云ひければ文右衞門<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わた</rt></ruby>しは今から稻葉丹後守樣の御屋敷まで參らねばならぬ用事が<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>と云に辨慶は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>を<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>ながらオイ〱貴樣は<ruby><rb>勇</rb><rt>いさま</rt></ruby>しき<ruby><rb>根性</rb><rt>こんじやう</rt></ruby>だな日々一文づつ貰ひ居ながら稻葉丹後守樣の御屋敷へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>るなどと<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り<ruby><rb>口巾</rb><rt>くちはゞ</rt></ruby>ツたきことを云ものかなと大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひつゝ文右衞門の<ruby><rb>容體</rb><rt>なり</rt></ruby>を見るに上には<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>紋付</rb><rt>もんつき</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>には<ruby><rb>縞縮緬</rb><rt>しまちりめん</rt></ruby>の小袖博多の<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>に<ruby><rb>唐棧</rb><rt>たうざん</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>黒羅紗の長合羽を着し大小を<ruby><rb>凜々</rb><rt>りゝ</rt></ruby>しく<ruby><rb>帶</rb><rt>たい</rt></ruby>して如何にも立派なる<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>出立</rb><rt>いでたち</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしかば是はと驚き<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>云事</rb><rt>いふこと</rt></ruby>なら是非に及ばずと<ruby><rb>云直</rb><rt>いひなほ</rt></ruby>し早々此家を立出しが<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なる事もあるものかな此山崎町へ來りて<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>が仲間に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>に出る者が今日は斯の如く立派なる<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>にて然も稻葉樣へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>と云は<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ず文右衞門は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>越後家の浪人と<ruby><rb>聞及</rb><rt>きゝおよ</rt></ruby>びしが苦し<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れに切取り<ruby><rb>強盜</rb><rt>がうたう</rt></ruby>をせしに相違なしと思ひければ夫より三井寺の辨慶は長屋中を<ruby><rb>觸歩行</rb><rt>ふれあるき</rt></ruby>しに仲間なる丹波の<ruby><rb>荒熊</rb><rt>あらくま</rt></ruby>又は<ruby><rb>皿廻</rb><rt>さらまは</rt></ruby>し<ruby><rb>烏</rb><rt>からす</rt></ruby>の<ruby><rb>聲色</rb><rt>こわいろ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひなど皆々此浪宅へ來り樣子を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き見て<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ほど〱辨慶の云通り文めが今日の<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>は何でも只事ではなしと<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby><ruby><rb>區々</rb><rt>まち〱</rt></ruby>なるに辨慶は少し<ruby><rb>鬱氣</rb><rt>ふさぎ</rt></ruby>し樣子にて<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>仲間の事ゆゑ文右衞門とは心安くして<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>酒も<ruby><rb>飮合</rb><rt>のみあひ</rt></ruby>しが<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>んな<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>をして出るに直に<ruby><rb>探索方</rb><rt>たんさくがた</rt></ruby>の御手に<ruby><rb>會</rb><rt>あふ</rt></ruby>は必定なり<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>られもする時は己も<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>を食ふも知ず<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りしことと咄しければ<ruby><rb>荒熊</rb><rt>あらくま</rt></ruby>は聞て<ruby><rb>然共々々</rb><rt>さうとも〱</rt></ruby>文右衞門めが<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れなば手前は第一番の引合にて<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>なりと云ければ辨慶は<ruby><rb>勃然</rb><rt>むつ</rt></ruby>として<ruby><rb>其樣</rb><rt>そんな</rt></ruby>に馬鹿にするな<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>ちやア憚りながら少しも<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>い事など仕た事アネヘと彼是咄し<ruby><rb>會</rb><rt>あひ</rt></ruby>て<ruby><rb>乞食</rb><rt>こつじき</rt></ruby>仲間は<ruby><rb>些少</rb><rt>ちと</rt></ruby><ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>ましき心より種々に氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>居たりけり偖又彼油屋の番頭久兵衞は文右衞門が<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>して歸りし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と手を<ruby><rb>拱</rb><rt>こまね</rt></ruby>ぎて居たりしが彼浪人め一<ruby><rb>文貰</rb><rt>もんもらひ</rt></ruby>の身分にて<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>二三日の中に十三兩と云金子の出來樣<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なし<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>せし金なりと云とも<ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞ袖乞に十兩からの金子を<ruby><rb>貸</rb><rt>かす</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の有べきやはて不思議なる事もあるものだ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>した譯の金なるやと<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く考へしが<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て見れば一文貰ひの<ruby><rb>苦紛</rb><rt>くるしまぎ</rt></ruby>れに<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby><ruby><rb>切取</rb><rt>きりとり</rt></ruby><ruby><rb>強盜</rb><rt>がうたう</rt></ruby>をなすか又は<ruby><rb>家尻</rb><rt>やじり</rt></ruby>にても切しならん<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は元浪人者だと云から<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby>は一文貰ひ<ruby><rb>内職</rb><rt>ないしよく</rt></ruby>には<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこみ</rt></ruby><ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>をするに相違なし<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>なければ金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし<ruby><rb>假令</rb><rt>よしや</rt></ruby>然樣なくとも我が<ruby><rb>胸算</rb><rt>むなさん</rt></ruby>の相違なれば<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>を盜賊に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し未だ遣ひ殘りの金もあらばせしめて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと忽ちに<ruby><rb>惡意</rb><rt>あくい</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>し丁度此日質の流れを賣たる百兩と云金が見世にあるゆゑ是を<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>早々文右衞門の方へ行て金の<ruby><rb>出所</rb><rt>でどころ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>出所</rb><rt>しゆつしよ</rt></ruby>明らかなれば夫までの事萬一<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>の申口ならば見世に<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>し百兩の金を文右衞門が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しと<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかゝり</rt></ruby>て同人が所持の金子を<ruby><rb>體能</rb><rt>ていよく</rt></ruby><ruby><rb>騙</rb><rt>ゆす</rt></ruby>り取んと<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>にこそは及びけれ此油屋五兵衞方の番頭久兵衞と云ふは元上總無宿の<ruby><rb>破落者</rb><rt>ならずもの</rt></ruby>なりしが其後東海道筋にて<ruby><rb>護摩灰</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>を働らき前書に<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし置たる通り後藤半四郎の<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>となり三島宿の長崎屋と云ふ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に於て半四郎が<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の金子を<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとら</rt></ruby>んとして引捕へられ片々の<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>の毛を<ruby><rb>拔取</rb><rt>ぬきとら</rt></ruby>れ眞黒に<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>をされて<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>辛々</rb><rt>から〲</rt></ruby><ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>し<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なり然れども少しは是に<ruby><rb>懲</rb><rt>こり</rt></ruby>しと見え其後は惡き事もなさず中年にて奉公に<ruby><rb>住込</rb><rt>すみこみ</rt></ruby>隨分身を<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しみ居ければ主人五兵衞は此久兵衞が年頃といひ<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby><ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>のなき者ゆゑ大いに心に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>好者</rb><rt>よきもの</rt></ruby>を<ruby><rb>置當</rb><rt>おきあて</rt></ruby>しとて終に番頭となし見世の事は久兵衞一人に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せしなり尤も五兵衞の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に五郎藏と云ふ者有けれ共是は<ruby><rb>人並</rb><rt>ひとなみ</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れし<ruby><rb>愚鈍</rb><rt>おろか</rt></ruby>にして見世の事等一向に<ruby><rb>解</rb><rt>わから</rt></ruby>ざれば此番頭久兵衞などには<ruby><rb>宜樣</rb><rt>いゝやう</rt></ruby>に扱はれ主人か奉公人かの差別もなき位の事なり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>の五兵衞と云者は是迄商賣向には<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なけれ共<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>も<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>女も好にていゝ年をしながら<ruby><rb>此處彼處</rb><rt>ここかしこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>圍</rb><rt>かこ</rt></ruby>ひ者をなし其上<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby>女郎買にも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の下女には手を付て<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>させて金を取られいやはや女を好むことは<ruby><rb>鷄</rb><rt>にはとり</rt></ruby>にも<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たりと云程のことなれば<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby><ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の<ruby><rb>不取締</rb><rt>ふとりしま</rt></ruby>りは勿論なり故に何事に<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず番頭久兵衞が一人にて<ruby><rb>宜樣</rb><rt>よきやう</rt></ruby>に<ruby><rb>掻廻</rb><rt>かきまは</rt></ruby>して居ければ終に又昔しの<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>再發</rb><rt>さいはつ</rt></ruby>なし此度文右衞門が<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>の一件とても己が<ruby><rb>氣儘</rb><rt>きまゝ</rt></ruby>に取計らはんとし又主人の金子百兩を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取て文右衞門へ<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>んと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み家内は誠に<ruby><rb>亂脈</rb><rt>らんみやく</rt></ruby>にて主人はあれ共なきが如く此久兵衞一旦は<ruby><rb>改心</rb><rt>かいしん</rt></ruby>の<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>に見ゆれども茲に至つて又々<ruby><rb>本性</rb><rt>ほんしやう</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はし大橋文右衞門に百兩の<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかゝ</rt></ruby>りをするといふ<ruby><rb>大惡不道</rb><rt>だいあくぶだう</rt></ruby>の曲者なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば根が惡心のある者は如何にしても善心には<ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>きものと見え<ruby><rb>往々</rb><rt>わう〱</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>ども<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>の上御裁許に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby>又は入墨或は遠島と夫々に<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとがめ</rt></ruby>を仰付らるゝにより<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に<ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>の人になるべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれども又人間に出る時は<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>に一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby>惡事の効を<ruby><rb>積</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>には其身を<ruby><rb>亡</rb><rt>うし</rt></ruby>なひ惡名を萬世に流すを<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>れば惡は惡に<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぶる事誠に是非もなき<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>なり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>五兵衞は其人を知らず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>己の<ruby><rb>慾</rb><rt>よく</rt></ruby>を<ruby><rb>恣</rb><rt>ほしい</rt></ruby>まゝになせしゆゑ遂には家の<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつばう</rt></ruby>を招くと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>淺猿</rb><rt>あさま</rt></ruby>しき事にこそ

## 第二十四回

偖又大橋文右衞門は<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひしかば稻葉家の藩中へと出行し<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>へ彼の油屋五兵衞の番頭久兵衞は入來り文右衞門さんは<ruby><rb>御家</rb><rt>おうち</rt></ruby>にかと云ながら<ruby><rb>直</rb><rt>つぐ</rt></ruby>と上り<ruby><rb>込</rb><rt>こむ</rt></ruby>ゆゑ女房お政は是を見てヤア油屋の番頭さん<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりあし</rt></ruby>く<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>では留守なれども<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>一ぷくあがりませ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>今朝程</rb><rt>けさほど</rt></ruby>は何かと御世話に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に約束の月も<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>て度々<ruby><rb>御催促</rb><rt>ごさいそく</rt></ruby>をも<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>誠にお氣の毒と云を久兵衞ナニ夫は商賣の事ゆゑ<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひませんが<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さん承まはるも餘り<ruby><rb>率爾</rb><rt>ぶしつけ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に金子が出來ました尤も外より<ruby><rb>御融通</rb><rt>ごゆうづう</rt></ruby>なされたとか仰せなれども<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>と云ふものは<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>には<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ難きもの<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>し事ながら<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に流れ買に賣拂はんとする處なりしが<ruby><rb>彼金</rb><rt>あのかね</rt></ruby>は<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>から御融通なされしにや<ruby><rb>些</rb><rt>ちと</rt></ruby>申し<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>き事なるが<ruby><rb>御立腹</rb><rt>ごりつぷく</rt></ruby>なさるな<ruby><rb>内儀樣</rb><rt>おかみさん</rt></ruby>一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>の<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をする身分にて<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>までも出來ざりし金が一夜の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に十三兩餘りと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>大金の調ひしとは誠に<ruby><rb>不測</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なり是に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て失禮ながら御問ひ申す事なりと云ければ女房お政は<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て夫は久兵衞さん<ruby><rb>訝</rb><rt>おつ</rt></ruby>な事を御尋ねなさる<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>今此樣に<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>して一文貰をする身なれば<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひなさるも<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれど此金子の出來しと云譯を<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>御物語り申せば<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>き事なるが一寸摘んでお<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し致さん此金子と云は最早十八年以前の事にて<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>越後の高田に居たる頃同じ家中新藤市之丞と云者ありしが同役の娘と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及びし事<ruby><rb>薄々</rb><rt>うす〱</rt></ruby>役人どもの<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に入御家の<ruby><rb>御法</rb><rt>ごはふ</rt></ruby>を<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>りし者なれば<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れずとて既に兩人共一命にも關はる處を<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に依て兩人が命を<ruby><rb>助</rb><rt>たすけ</rt></ruby>んと二十兩の金を與へて江戸表へ<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのか</rt></ruby>せたるに其後夫婦になりて<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞ</rt></ruby>き今にては<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に暮して居ると申事其助けたる市之丞に此ほど<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し處我々夫婦此樣に浪人して<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に及ぶを見兼ての<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>先年の<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんがへ</rt></ruby>しなりとて<ruby><rb>一昨日</rb><rt>をとゝひ</rt></ruby><ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆふがた</rt></ruby>に廿五兩と云金子を<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>して持參致されし譯ゆゑ何も別に<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思はるゝ事は是なしと金の出所を<ruby><rb>白地</rb><rt>あからさま</rt></ruby>に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すを聞て番頭久兵衞成程世の中には<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby>の<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>い深切なる者もあれば<ruby><rb>有者</rb><rt>あるもの</rt></ruby><ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら夫が<ruby><rb>眞實</rb><rt>ほんたう</rt></ruby>の人間なるべし其市之丞殿とか申方は<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>何方に住居致され候やと申にお政は<ruby><rb>打案</rb><rt>うちあん</rt></ruby>じ左樣さ私しも未だ江戸の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>は不案内なれ共たしか馬喰町邊とかにて紙屑買を<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>になし居ると申されしなりと云ければ久兵衞は茲ぞ<ruby><rb>付込處</rb><rt>つけこみどころ</rt></ruby>なりと思ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば其市之丞殿の家主の<ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby>又當時本人の名は何と申され候や紙屑買をするに<ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>つき新藤市之丞にても有まじと云にお政否<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>の名は承まはらず又當人の名も當時は<ruby><rb>替</rb><rt>かは</rt></ruby>り居るならんが<ruby><rb>此程中</rb><rt>このほどちう</rt></ruby><ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し時には以前の名前新藤市之丞と<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>り申<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しなりと云に久兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>しめたりと思ひ夫では内儀樣少し<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>なお咄しなり家主の名も知ず<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>の名前も分らぬとは如何にも<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て見れば兎にも角にも其金の出所が<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しいと云つゝ<ruby><rb>充分</rb><rt>じうぶん</rt></ruby>心の中に<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>こそ一夜の内に金の<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>が出來たるなれ夫に付て<ruby><rb>御談</rb><rt>おだん</rt></ruby>じ申す事があり<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>流れる品を賣た代金百兩包みの<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>帳箱</rb><rt>ちやうばこ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>つひ事に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れて仕舞のを忘れしが<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>の旦那が歸られたる<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて<ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづき</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに其の金子何れへ<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>せしにや一向分らず因て<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に家内を<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>なしたれども何分知れず是は<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>の事なり<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は文右衞門さんが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>した出來心夫も<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>とは思はず<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>致さるゝゆゑ如何に<ruby><rb>手堅</rb><rt>てがた</rt></ruby>き人にても心の<ruby><rb>駒</rb><rt>こま</rt></ruby>の狂ふのは<ruby><rb>是有</rb><rt>これあり</rt></ruby>うちなり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて其儘<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ても置れず<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なすは我等のみ因て其百兩の金子は<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>御返</rb><rt>おかへ</rt></ruby>し下されよ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば人の耳にも<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>ず内々事を<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>さん程にサア〱<ruby><rb>素直</rb><rt>すなほ</rt></ruby>に御返しあれと<ruby><rb>思</rb><rt>おもひ</rt></ruby>も<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひがかり</rt></ruby>に女房お政は大に驚き<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>りやマア久兵衞さん<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>もない百兩の金子をば文右衞門が<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しなどとは<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなき<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>り<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>戲談</rb><rt>じようだん</rt></ruby>にもせよ然樣の事を申されては<ruby><rb>聞捨</rb><rt>きゝずて</rt></ruby>にならず夫には何か證據が<ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て申さるゝにやと<ruby><rb>見相</rb><rt>けんさう</rt></ruby>を變て申に久兵衞は<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>人は見かけに寄ぬもの其時<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>に<ruby><rb>居合</rb><rt>ゐあは</rt></ruby>せたは文右衞門殿ばかりゆゑ盜まれたるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>猛々</rb><rt>たけ〲</rt></ruby>しとは此事なりと云ひければお政は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>やつ氣となり私しを女と<ruby><rb>侮</rb><rt>あなど</rt></ruby>りて<ruby><rb>當事</rb><rt>あてこと</rt></ruby>もなき<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>り成程一夜の中に金の出來たるを<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>るれど夫は只今も申せし通り新藤市之丞が<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て來たる金なるに御前は何と思ひしにや<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>を<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふも程があるとお政は<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなすに久兵衞は<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>つきはらひオイ〱<ruby><rb>御内儀</rb><rt>おかみさん</rt></ruby>其樣に<ruby><rb>逆</rb><rt>たつ</rt></ruby>み<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りになるからは猶々<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく思はれるマア<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて御聞あれその市之丞とやらが家主の名も知れず<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に當人の<ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby><ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>も<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ずとは是怪しき證據の第一なり廿五兩といふ大金を<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>ながら其人の名前住所をも<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>ぬと申さるゝは<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>が<ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>の<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>出所</rb><rt>でどころ</rt></ruby>は<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>何でも百兩は<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>の旦那が盜み取たるに相違なし四の五の<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れずと只今返されよサア〱如何にと<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>よるにぞお政は<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>さ<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>さ<ruby><rb>叫</rb><rt>わつ</rt></ruby>と計りに泣出し成程當人の名前住所をも<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ずに置たるは手前の<ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>なれども<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>に於て其の樣なる<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>を致す者でなし浪人しても大橋文右衞門<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>は越後家にて五百石の<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby>を<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby>し<ruby><rb>物頭役</rb><rt>ものがしらやく</rt></ruby>をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>たる<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>なり夫を何として<ruby><rb>不義不道</rb><rt>ふぎふだう</rt></ruby>の盜み心を<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>すべきと<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りつ泣つ<ruby><rb>爭</rb><rt>あら</rt></ruby>さうに番頭久兵衞は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひナニサ其樣に子供<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>しの泣聲を出しても其手は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>食</rb><rt>くは</rt></ruby>ぬ夫よりは御前方も一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひの苦し<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ<ruby><rb>貧</rb><rt>ひん</rt></ruby>の盜みに<ruby><rb>戀</rb><rt>こひ</rt></ruby>の歌とやら文右衞門さんが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>出來心</rb><rt>できごころ</rt></ruby>にて盜まれしと言つた方が罪が<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>い其所は<ruby><rb>私</rb><rt>わた</rt></ruby>しが心一つで取計らひ質を受たる十三兩の金子は<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>てあげ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に跡の金を殘らず御返しなされ然すれば此事は<ruby><rb>是切</rb><rt>これきり</rt></ruby>にして上るなり夫が一番<ruby><rb>上分別</rb><rt>じやうふんべつ</rt></ruby><ruby><rb>憖</rb><rt>なまじ</rt></ruby>ひに<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>を強く<ruby><rb>云拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>とても然樣<ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>くは<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>されず是が<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby>になる時は文右衞門さんは<ruby><rb>甚</rb><rt>はなはだ</rt></ruby>御氣の毒だが御吟味中<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>トヾの<ruby><rb>迫</rb><rt>つまり</rt></ruby>は首がなし命あつての<ruby><rb>物種</rb><rt>ものだね</rt></ruby>なればサア〱殘りの金子を渡されよ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ〱と<ruby><rb>責付</rb><rt>せめつけ</rt></ruby>るを此方は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>聲ふるはせ<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby>は爭ふより今に<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が歸りなば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>分る事柄なり金の出所は市之丞より受取たるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしと終には互に<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>云爭</rb><rt>いひあらそ</rt></ruby>ひて居たりけり

<ruby><rb>評</rb><rt>ひやう</rt></ruby>に曰く如何に久兵衞<ruby><rb>奸惡</rb><rt>かんあく</rt></ruby>なりとも<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>には<ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>惡謀</rb><rt>あくぼう</rt></ruby>も行ふ事能はず然るを二度まで來りし市之丞が當時の<ruby><rb>住所</rb><rt>ぢうしよ</rt></ruby>名前等も聞置ざりしは全く文右衞門の<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>なり然ば久兵衞其落度に付込み<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を申懸るのみか己が見世の百圓［は＃「百圓は」はママ］密かに我が<ruby><rb>圍</rb><rt>かこ</rt></ruby>ひ女の方へこかせし<ruby><rb>奸曲</rb><rt>かんきよく</rt></ruby>に逢ひ文右衞門は終に身の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>となるは其人にして<ruby><rb>此過失</rb><rt>このあやまち</rt></ruby>あるは時の不幸と云べき而已

## 第二十五回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>大橋文右衞門は久々にて稻葉丹後守殿<ruby><rb>藩中</rb><rt>はんちう</rt></ruby>へ行一別以來の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及び扨拙者儀<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>の後斯樣々々の次第に因て<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>なし餘儀なく<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>重代</rb><rt>ぢうだい</rt></ruby>の品も質入なせし處此度月切に相成既に流れんとの趣き<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>を受<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なすと雖も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく年來<ruby><rb>祕藏</rb><rt>ひざう</rt></ruby>せし差替の大小僅かの金にて<ruby><rb>他人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>に渡んこと如何にも<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に存じ貴殿は<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>御懇望</rb><rt>ごこんまう</rt></ruby>もありし品ゆゑ御買取を願はんと持參なしたりと申に彼方も大橋の<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>を察し<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に<ruby><rb>購</rb><rt>あがな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>しかば文右衞門は喜びて代金を受取我が家を指して<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り來りしに何やら<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の中<ruby><rb>騷</rb><rt>さわが</rt></ruby>しければ早々來り見るに油屋番頭久兵衞と我が<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>が何か爭ひ居たるゆゑ文右衞門は兩人に向ひて何事の<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそひ</rt></ruby>か<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は知ね共互に<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>へ對し<ruby><rb>外聞</rb><rt>ぐわいぶん</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>し靜に<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すべしと云に<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>お政は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の歸りしを見て是は<ruby><rb>好所</rb><rt>よきところ</rt></ruby>へ御歸りなり今久兵衞さんが來られて餘り<ruby><rb>無法</rb><rt>むはふ</rt></ruby>な事を<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>らるゝにより思はず大きな聲を出せしなり<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は<ruby><rb>一昨日</rb><rt>をとゝひ</rt></ruby><ruby><rb>良人</rb><rt>あなた</rt></ruby>が<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>の日延をして歸りし後にて心付し處油屋の見世にありし百兩の金が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したるに付<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取たるに<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>なし然なければ一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひの<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby><ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>が十三兩三分と云<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>をすら〱<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>出す筈がないと云るゝにより其<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を請し金は新藤市之丞と申人が昔し貸たる金を返すとて持て來た金なりと譯を申ても<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を受た丈の金はまけて遣るから殘りの金を返せ〱と<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby><ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>のことを申さるゝなりと<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を語りしかば文右衞門は是を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞しが夫は<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>千萬の申懸なりと大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し是より又久兵衞と文右衞門の<ruby><rb>言爭</rb><rt>いひあらそ</rt></ruby>ひになりければ<ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>中の者<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>此<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>を聞付けそれ事こそ出來たり<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>が云ぬ事か一<ruby><rb>文貰</rb><rt>もんもらひ</rt></ruby>の<ruby><rb>素浪人</rb><rt>すらうにん</rt></ruby><ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに<ruby><rb>大造</rb><rt>たいそう</rt></ruby><ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>な<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>をして稻葉丹後守樣の屋敷へ行などと云しが<ruby><rb>果</rb><rt>はた</rt></ruby>して<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>にて百兩の金が<ruby><rb>紛失</rb><rt>なくな</rt></ruby>りし由<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしき<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>もあるものかな<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て見れば是までも<ruby><rb>諸所</rb><rt>しよしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しに違ひなし此間もお内儀さんが<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>の古いのを二枚賣たいと云ひしが<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>れも<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み物ならんなどと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>をなし兎も角も一ツ長屋に居れば我々まで<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>になるも知れず<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>一口</rb><rt>ひとくち</rt></ruby>づつ<ruby><rb>呑合</rb><rt>のみあひ</rt></ruby>し者は今さら仕方なし皆々恐れ<ruby><rb>用心</rb><rt>ようじん</rt></ruby>してぞ居たりける偖文右衞門久兵衞の兩人は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>云募</rb><rt>いひつの</rt></ruby>り<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>今<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>しても大橋文右衞門ぞや他人の金などに目を懸んや某しが<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を受出せし金は<ruby><rb>愚妻</rb><rt>ぐさい</rt></ruby>よりも申せし通り新藤市之丞と云者より受取たる金に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>は斯樣々々と<ruby><rb>馬喰町中</rb><rt>ばくろちやうぢう</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>たる事まで委しく申聞ると<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も久兵衞は少しも<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝい</rt></ruby>れず否其新藤市之丞と云は町所家主も知れず<ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>が今の名前さへ知れぬ位の事なる由是第一<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき證據なり又<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なるは一夜の中に大金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>もなし何でも御前が<ruby><rb>質物流</rb><rt>しちもつなが</rt></ruby>れの云<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>に來た時帳箱の上に<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し百兩の金子が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したれば御前が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みしに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を受たる十三兩三分は<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>するにより<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りの金を只今<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>されよと云ふに文右衞門扨々<ruby><rb>聞譯</rb><rt>きゝわけ</rt></ruby>のなき男かな然れば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず是を見て<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひを<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>されよと云つゝ<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>省愼</rb><rt>たしな</rt></ruby>み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに<ruby><rb>差替</rb><rt>さしかへ</rt></ruby>の大小までも取出し此通り<ruby><rb>國難</rb><rt>まさか</rt></ruby>の時の用意も致し居る拙者なり他人の物を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>むなどと云<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>の<ruby><rb>武士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>にあらず是にても疑ひは<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>ぬかと云ふに久兵衞は<ruby><rb>大口</rb><rt>おほぐち</rt></ruby><ruby><rb>開</rb><rt>あい</rt></ruby>て<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひイヤサ<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>たけ〲しいとは<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きさま</rt></ruby>の事なり此品々を<ruby><rb>省愼</rb><rt>たしな</rt></ruby>み置たるとは<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りなるべし大方皆<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取たる物ならん茲な<ruby><rb>大盜人</rb><rt>おほぬすびと</rt></ruby>めと樣々に<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>なしければ元より<ruby><rb>武道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby>を<ruby><rb>琢</rb><rt>みが</rt></ruby>く大橋文右衞門<ruby><rb>賊名</rb><rt>ぞくみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せられては<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>ならず今一度言て見よ己れ<ruby><rb>其座</rb><rt>そのざ</rt></ruby>は立せじと<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby><ruby><rb>追取</rb><rt>おつとり</rt></ruby><ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby><ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>の<ruby><rb>目眥</rb><rt>まなじ</rt></ruby>り<ruby><rb>釣上</rb><rt>つりあげ</rt></ruby>て<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>付けれ共久兵衞は少しも驚く氣色なく<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし百兩盜みし<ruby><rb>大盜賊</rb><rt>おほどろばう</rt></ruby>と大聲<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>鳴</rb><rt>なり</rt></ruby>わめけば爰に至りて文右衞門は<ruby><rb>耐忍</rb><rt>こらへ</rt></ruby>兼一<ruby><rb>刀</rb><rt>たう</rt></ruby>すらりと<ruby><rb>拔放</rb><rt>ぬきはな</rt></ruby>し只一<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>と<ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby>るに久兵衞は大に驚きヤア人殺し〱と<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りながら表ての方へ一<ruby><rb>目驂</rb><rt>もくさん</rt></ruby>に<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>せば汝れ何條<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>さんやと<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れて<ruby><rb>追行</rb><rt>おひゆく</rt></ruby><ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>火附盜賊改</rb><rt>ひつけたうぞくあらた</rt></ruby>めの<ruby><rb>組與力</rb><rt>くみよりき</rt></ruby>笠原粂之進と云者手先兩人を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>て今此所を通り掛りけるが文右衞門<ruby><rb>拔身</rb><rt>ぬきみ</rt></ruby>を振て久兵衞を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>行を見留夫<ruby><rb>捕縛</rb><rt>めしとれ</rt></ruby>と云ふより早く手先兩人づか〱と<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>り<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>り上意と聲かけ文右衞門并びに久兵衞とも<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>め兩人ながら<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ引行けるに是を見るより近所の者ども<ruby><rb>馳集</rb><rt>はせあつま</rt></ruby>り自身番の前は見物の人<ruby><rb>山</rb><rt>やま</rt></ruby>の如く夫が爲<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>も止るばかりの<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎにて皆々文右衞門に<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>さし彼が<ruby><rb>乞丐頭</rb><rt>がうむね</rt></ruby>長屋に居たる<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>者此油屋と云質屋にて金を百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みし<ruby><rb>大盜人</rb><rt>おほどろばう</rt></ruby><ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>は越後浪人にて<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>の<ruby><rb>達人</rb><rt>たつじん</rt></ruby>たりとか云が今御<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>になる時<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の者を七八人<ruby><rb>投付</rb><rt>なげつけ</rt></ruby>たれども<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>折重</rb><rt>をりかさ</rt></ruby>なりて<ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へ上られたり<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>んでも<ruby><rb>大盜人</rb><rt>おほどろばう</rt></ruby>にて<ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby>が百人ばかりもありと云<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しなり然れども<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby>は一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひの<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>をして居たと云などと<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>にも理を付て<ruby><rb>噂</rb><rt>うは</rt></ruby>さしけるゆゑ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>人々<ruby><rb>集</rb><rt>あつま</rt></ruby>り來り自身番の前は<ruby><rb>錐</rb><rt>きり</rt></ruby>を立る地もなき程なれば<ruby><rb>番人</rb><rt>ばんにん</rt></ruby>は<ruby><rb>鐵棒</rb><rt>かなぼう</rt></ruby>を引出し皆々人を拂ひ<ruby><rb>退</rb><rt>のけ</rt></ruby>るに笠原粂之進は大橋文右衞門并びに油屋の番頭久兵衞の兩人を其所へ引据させ一通り<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及びし處文右衞門は元より<ruby><rb>潔白</rb><rt>けつぱく</rt></ruby>の<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>些</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さず新藤市之丞より<ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>したる金子の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>又久兵衞が百兩の<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りをなし<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の惡名を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんとしたるを<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りの餘り<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby>んと思ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>たる<ruby><rb>事由迄</rb><rt>ことがらまで</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申立たり又久兵衞は己れが<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>みを<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>し<ruby><rb>是非々々</rb><rt>ぜひ〱</rt></ruby>百兩の<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りを通して文右衞門を<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に落し呉んとの了簡ゆゑ一文貰ひの<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>にして<ruby><rb>俄然</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>金策</rb><rt>きんさく</rt></ruby>の出來たる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>又店にて百兩の金が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したるは斯樣々々と<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて申立ければ其通り<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取久兵衞は<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>中主人五兵衞へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けられ文右衞門は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>の<ruby><rb>小出兵庫殿</rb><rt>こいでひやうごどの</rt></ruby>へ差出しと相なり<ruby><rb>吟味中</rb><rt>ぎんみちう</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られける又文右衞門が<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>お政は家主へ預けとなり長屋の者共にて<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく<ruby><rb>宅番</rb><rt>たくばん</rt></ruby>を申付置<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby><ruby><rb>笠原</rb><rt>かさはら</rt></ruby>は引取けり

## 第二十六回

扨文右衞門女房お政は家主<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けとなりて<ruby><rb>宅番</rb><rt>たくばん</rt></ruby>まで付し事なれば<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも<ruby><rb>身動</rb><rt>みうご</rt></ruby>きならず<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby>夫文右衞門が此度の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しむ事大方ならず<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>み何なれば<ruby><rb>天道</rb><rt>てんだう</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し給はぬにや國にては<ruby><rb>惡人</rb><rt>あくにん</rt></ruby><ruby><rb>小栗美作</rb><rt>をぐりみまさか</rt></ruby>が爲に<ruby><rb>讒</rb><rt>ざん</rt></ruby>せられ終に<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>して<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に及び其上にも此度斯る<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の難にあふ事はよく〱<ruby><rb>武運</rb><rt>ぶうん</rt></ruby>に<ruby><rb>盡果</rb><rt>つきはて</rt></ruby>たりしか夫に付ても<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしきは新藤市之丞殿が當時の名前并びに<ruby><rb>町所等</rb><rt>ちやうどころとう</rt></ruby>を<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく聞置ざりし事然れども彼方にても今は何と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>せし位の事は話しも有べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるに夫等に氣の付ぬとは餘り<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うくわつ</rt></ruby>なりし<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>れ程までに馬喰町を尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>されても知れぬには仕方なしあはれ今にも市之丞殿が來たりなば夫は<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れなんと女心のやるせなく<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby>に歎き地に<ruby><rb>喞</rb><rt>かこ</rt></ruby>ち或ひは己を<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>み市之丞を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>み種々樣々に<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみつゝ何卒して夫文右衞門殿が身の<ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りの立工夫を授け給へ何か無實の難を<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ樣なさしめ給へと神佛を一<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby><ruby><rb>不亂</rb><rt>ふらん</rt></ruby>に念じ居たりしが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の話しの耳の入女房お政は心付是は當時天下に名譽高き御奉行と<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>ある大岡越前守樣へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>訴訟をして夫文右衞門が身の<ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りの立樣に<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>を願ふより外はなし直樣駈出さんかと一<ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>たれども如何にも<ruby><rb>宅番</rb><rt>たくばん</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>して一寸の間も門を出る事能はず然ども此お政は貞節と云<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に元は五百石取の大橋文右衞門が妻なれば<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>に於ても<ruby><rb>男勝</rb><rt>をとこまさ</rt></ruby>りゆゑ何卒<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を見て<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>出し御奉行所へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこま</rt></ruby>んと<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby>てぞ居たりける又宅番に當りし長屋の者共<ruby><rb>代々</rb><rt>かはる〲</rt></ruby>に來りては<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>に任せて<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>をなすに當座<ruby><rb>利合</rb><rt>りあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>推</rb><rt>おし</rt></ruby>て全く文右衞門が盜人なりと思ひ居けるゆゑお政に向ひお前の<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>と云者は恐ろしき<ruby><rb>大盜人</rb><rt>おほぬすびと</rt></ruby>大方まだ〱油屋の百兩許りにてはあるまじ所々方々にて<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎたる事もあらん今迄此方の<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>には他人の物を<ruby><rb>掠取</rb><rt>かすめとる</rt></ruby>などと云者一人もなし家業は此上もなき<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しき一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひなれども心まで其樣に<ruby><rb>卑賤</rb><rt>いやしく</rt></ruby>はならず餘りと云ば馬鹿々々しい是<ruby><rb>内儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>さん私し共まで文右衞門樣の<ruby><rb>連累</rb><rt>まきぞひ</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くつ</rt></ruby>た樣な者此通り宅番をして居ては家業に出る事もならず此方の<ruby><rb>頥</rb><rt>あご</rt></ruby>が<ruby><rb>乾</rb><rt>ひ</rt></ruby>て仕舞ぞや<ruby><rb>此罪</rb><rt>このつみ</rt></ruby>は皆お前の亭主へ懸て行よく〱の<ruby><rb>業</rb><rt>ごふ</rt></ruby>つくばりなりと己等が<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れに種々<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしめければ是を聞居るお政の<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>さ<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>さ<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>なすとも<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>にせず<ruby><rb>口惜涙</rb><rt>くやしなみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>返る心の中ぞ<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れなり然るに天の助けにや<ruby><rb>或夜</rb><rt>あるよ</rt></ruby><ruby><rb>戌刻</rb><rt>いつゝどき</rt></ruby>とも思ふ頃下谷<ruby><rb>車坂</rb><rt>くるまざか</rt></ruby>より出火して火事よ〱と立騷ぎければ宅番の者ども大いに驚き皆々我家へ歸り見るに早火の紛は<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と來たり殊に風も<ruby><rb>烈</rb><rt>はげ</rt></ruby>しければ今にも<ruby><rb>燒</rb><rt>やけ</rt></ruby>て來るかと皆々<ruby><rb>周章狼狽</rb><rt>あわてふためき</rt></ruby>手に〱荷物を<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>び片付るゆゑ文右衞門が宅番する者一人もなし因てお政は是ぞ天の助けと大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>此暇</rb><rt>このひま</rt></ruby>に<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>して御奉行大岡越前守樣の番所へ<ruby><rb>駈込訴訟</rb><rt>かけこみそしよう</rt></ruby>をなさんと<ruby><rb>手早</rb><rt>てばや</rt></ruby>く支度にこそは及びけれ

## 第二十七回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>お政は手早く<ruby><rb>重代</rb><rt>ぢうだい</rt></ruby>の<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>差替</rb><rt>さしがへ</rt></ruby>の大小を<ruby><rb>引抱</rb><rt>ひつかゝ</rt></ruby>へ用意の金子を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も<ruby><rb>甲斐々々</rb><rt>かひ〲</rt></ruby>しき<ruby><rb>出立</rb><rt>いでたち</rt></ruby>にて逃出さんとするところへ<ruby><rb>火事騷</rb><rt>くわじさわ</rt></ruby>ぎの中なれ共家主<ruby><rb>吉兵衞</rb><rt>きちべゑ</rt></ruby>は大切の<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>の女房ゆゑ萬一<ruby><rb>取逃</rb><rt>とりにが</rt></ruby>しもせば<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ると<ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>來り<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>逃出んとするお政を<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>へ大事の御預り者<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ行るゝやと<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>むるにお政は南無三と思ひ無言にて<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby><ruby><rb>振拂</rb><rt>ふりはら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>すをコレ〱<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>燒</rb><rt>やけ</rt></ruby>ては<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>ぬぞ<ruby><rb>此騷</rb><rt>このさわ</rt></ruby>ぎを幸ひに<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>やうとて<ruby><rb>逃</rb><rt>にが</rt></ruby>しはせじと又引止るをお政も今は一生懸命<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>し給ふなと云ながら用意の九寸五分を<ruby><rb>晁</rb><rt>きら</rt></ruby>りと<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby><ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>目懸</rb><rt>めがけ</rt></ruby>て<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きかゝるに吉兵衞は大いに驚きヤア<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>し〱と<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずに逃出せばお政は<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>混雜紛</rb><rt>こんざつまぎ</rt></ruby>れに<ruby><rb>込合</rb><rt>こみあふ</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>を<ruby><rb>押分々々</rb><rt>おしわけ〱</rt></ruby>車坂下の四ツ<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>まで逃來りしが今此處は火先にて四方より<ruby><rb>落合</rb><rt>おちあふ</rt></ruby>人々押合々々<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>通りぬける事能はず殊に上野近邊の出火ゆゑ其頃上野の御<ruby><rb>消防</rb><rt>ふせぎ</rt></ruby>は松平陸奧守殿（<ruby><rb>伊達家</rb><rt>だてけ</rt></ruby>）にて太守も出馬有しかば持口々々を嚴重に<ruby><rb>固</rb><rt>かため</rt></ruby>られたり又仁王門の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>御加勢には松平安藝守殿（<ruby><rb>淺野家</rb><rt>あさのけ</rt></ruby>）の同勢にて<ruby><rb>詰切</rb><rt>つめき</rt></ruby>る其外<ruby><rb>町方</rb><rt>まちかた</rt></ruby>に於ては近年大岡越前守の下知にて江戸中の<ruby><rb>鳶</rb><rt>とび</rt></ruby>の者をいろは四十八<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>となし<ruby><rb>町方火消</rb><rt>まちかたひけし</rt></ruby>をば申付られたり是に依て此町<ruby><rb>火消</rb><rt>ひけし</rt></ruby>共一同に押出して火掛りをなし又武家方にては十人火消を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>諸侯方</rb><rt>しよこうがた</rt></ruby><ruby><rb>方角</rb><rt>はうがく</rt></ruby><ruby><rb>火消</rb><rt>ひけし</rt></ruby>等夫々に持場々々へ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>かけるゆゑ<ruby><rb>其混雜</rb><rt>そのこんざつ</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ばかりなし其上御使番<ruby><rb>火事場</rb><rt>くわじば</rt></ruby><ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>り并に火元見等東西へ<ruby><rb>乘違</rb><rt>のりちが</rt></ruby>へ<ruby><rb>乘違</rb><rt>のりちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>駈通</rb><rt>かけとほ</rt></ruby>るゆゑ車坂下四ツ辻の邊は老人及び女子供等には<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く只々人の<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby>を<ruby><rb>打</rb><rt>うつ</rt></ruby>のみなり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る處へ引續いて南町奉行大岡越前守殿出馬あり今此車坂下の四ツ辻を<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>られし處<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に町奉行の<ruby><rb>威權</rb><rt>ゐけん</rt></ruby>あれば町方の者先へ<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>よ〱と制しけるゆゑ人々<ruby><rb>動搖</rb><rt>どよ</rt></ruby>めき合て<ruby><rb>片寄</rb><rt>かたよら</rt></ruby>んとする時彼の文右衞門が女房お政は<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>差替</rb><rt>さしがへ</rt></ruby>の大小等を<ruby><rb>引抱</rb><rt>ひきかゝ</rt></ruby>へし事なれば女の力にては人を<ruby><rb>押分難</rb><rt>おしわけがた</rt></ruby>く<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby><ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>と<ruby><rb>揉</rb><rt>もま</rt></ruby>れ<ruby><rb>踉蹌中</rb><rt>どよめくうち</rt></ruby>思はず其處へばたりと倒れ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふし</rt></ruby>既に人にも<ruby><rb>踏</rb><rt>ふま</rt></ruby>れんとするを大岡殿馬上より是を見られ<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けよと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>らるゝに先に進みし同心畏まり候と<ruby><rb>馳寄</rb><rt>はせよつ</rt></ruby>てお政を引起し<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>はなきやと問を見て大勢の人々<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>天下の名奉行と<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>るも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby><ruby><rb>此混雜</rb><rt>このこんざつ</rt></ruby>の中にても<ruby><rb>仁慈</rb><rt>じんじ</rt></ruby>の<ruby><rb>御差￼</rb><rt>おさしづ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其下に使へる役人も<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如しと感じ<ruby><rb>合</rb><rt>あへ</rt></ruby>り此の時お政は大岡殿と聞て悦ぶこと限りなく是は全く<ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>御引合</rb><rt>おひきあは</rt></ruby>せ成べし既に<ruby><rb>駈込訴訟</rb><rt>かけこみそしよう</rt></ruby>をせんと思ふ折から幸ひ此所にて<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあふ</rt></ruby>のみか今も今とて御助け<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたる御慈悲深き御奉行樣御取上あるは<ruby><rb>必定也</rb><rt>ひつぢやうなり</rt></ruby>是ぞ<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き<ruby><rb>時</rb><rt>どき</rt></ruby><ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて願はんと心を決しつか〱と進みよりつゝ大岡殿の馬の<ruby><rb>轡</rb><rt>くつわ</rt></ruby>に取り付て<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の身にとり一大事の御願ありと申にぞ前後を<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めし家來を始め與力同心<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおどろ</rt></ruby>き是は<ruby><rb>慮外</rb><rt>りよぐわい</rt></ruby>なり御出馬<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>殊に<ruby><rb>轡</rb><rt>くつわ</rt></ruby>へ取り付とは<ruby><rb>抑</rb><rt>そも</rt></ruby><ruby><rb>氣違</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>か<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>か女め<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>しをれ不禮に及ばは切り捨るぞ大膽不敵も程こそあれ<ruby><rb>退</rb><rt>しさ</rt></ruby>れ〱と大音に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りながらに<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>る手を引放さんとなしけれ共お政は<ruby><rb>一￼</rb><rt>づ</rt></ruby>に我が<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の無實の罪を<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひとか</rt></ruby>んと<ruby><rb>凝固</rb><rt>こりかた</rt></ruby>まつたる念力ゆゑいつかな<ruby><rb>轡</rb><rt>くつわ</rt></ruby>を少しも放さず<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はる大事何卒御慈悲に御取上を願ひ奉ると<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はせ引ども押ども動かねば同心大勢立掛り<ruby><rb>強情</rb><rt>しぶとき</rt></ruby><ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>め<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>らぬかと<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>んとするを大岡殿は<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見られコレ〱<ruby><rb>手荒</rb><rt>てあら</rt></ruby>き事をして<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>を致させまじ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の一大事と申は何か仔細のある事ならんと<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>願ひの<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>取上て遣はすべし然れども今は此<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>は聞んにより一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>其者を上野町なる名主の方へ送り遣はせ<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>込合</rb><rt>こみあふ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>なれば其具足櫃大小等は其方ども持參せよと<ruby><rb>指揮</rb><rt>さしづ</rt></ruby>あるに同心は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候とて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>手早く具足櫃を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>差替の大小九寸五分其外都合五本の<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>を<ruby><rb>引抱</rb><rt>ひきかゝ</rt></ruby>へてお政を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>上野町の名主佐久間<ruby><rb>某方</rb><rt>それがしかた</rt></ruby>まで送り<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>此者并びに具足櫃其外<ruby><rb>後刻</rb><rt>ごこく</rt></ruby>まで預るべしと申渡し又々火事場へ引返しけり是則ち享保四年<ruby><rb>極月</rb><rt>ごくげつ</rt></ruby>十三日の夜の事にて<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>火事も<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>まりしかば上野の<ruby><rb>御固</rb><rt>おんかた</rt></ruby>めは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>武家方</rb><rt>ぶけがた</rt></ruby><ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby><ruby><rb>町火消等</rb><rt>まちひけしら</rt></ruby>も夫々に引取けるにより大岡越前守殿には火事場より<ruby><rb>引揚</rb><rt>ひきあげ</rt></ruby>がけ<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に上野町の名主佐久間某の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよら</rt></ruby>れ文右衞門の女房お政を呼出し願ひの趣き一通り<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しにぞ及ばれける

## 第二十八回

扨大岡越前守殿には佐久間某しの玄關へお政を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されければお政は我が願ひ<ruby><rb>御取上</rb><rt>おとりあげ</rt></ruby>に相成事<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>しと思ひ<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して居たるに其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が一大事の願ひと申せど<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>其方は<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby>の者にて當時<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れに住居致すや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと云れければお政は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>私し事は越後高田の浪人大橋文右衞門と申者の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>政</rb><rt>まさ</rt></ruby>と申者にて八ヶ年以前夫婦御當地へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>下谷山崎町吉兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>に罷在し處浪人の身の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>なれば追々<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落仕</rb><rt>れいらくつかま</rt></ruby>つり只今にては往來に<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>一錢二錢の<ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>其日々々を<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居候と申<ruby><rb>陳</rb><rt>のぶ</rt></ruby>るに越前守殿又其方が願ひと申は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる事なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければお政其儀は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門事此程無實の罪にて火附盜賊<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め小出兵庫樣御手へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ入牢相成し事<ruby><rb>故</rb><rt>がら</rt></ruby>に御座候と申に大岡殿<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て其方が申處にては殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の身の上に聞ゆれども<ruby><rb>此具足櫃</rb><rt>このぐそくびつ</rt></ruby>又差替の大小等を見れば<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>の品なるが<ruby><rb>斯程</rb><rt>かほど</rt></ruby>の品を所持するは<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ以て<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり其道具は如何致して<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>するやと申されしかばお政は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>して恐れながら此道具と申は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門國元より持參致したる品々にて萬一<ruby><rb>舊主</rb><rt>きうしゆ</rt></ruby>へ<ruby><rb>歸參仕</rb><rt>きさんつかま</rt></ruby>つる事もありし時の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>省愼</rb><rt>たしなみ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し道具に御座候と申を越前守殿聞れ<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>を改め見んとて<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>を近く<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>ばせ<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>を開かんとせられしに<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>が<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>し有ければ<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>はあるやと問るゝにお政はハツと心付<ruby><rb>其鍵</rb><rt>そのかぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門が所持致し候又<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>仕つり候と申ければ大岡殿町役人へ<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ此町内に<ruby><rb>錠前屋</rb><rt>ぢやうまへや</rt></ruby>あるべし早々是へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>せと申されしかば<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>佐兵衞は畏まり奉つると<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>馳出</rb><rt>はせいだ</rt></ruby>し町内の錠前屋吉五郎と云者の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>を<ruby><rb>遽</rb><rt>あわ</rt></ruby>たゞしく<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き起し急用あれば<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby><ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>給へといふに吉五郎は<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>けながら急用とは<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なることにやと申しければ佐兵衞は<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をきりながら<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>名主樣</rb><rt>なぬしさま</rt></ruby>の<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>にて御奉行樣の<ruby><rb>御調</rb><rt>おしら</rt></ruby>べがあるゆゑ貴樣を<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て來たるべしとの仰せなりと云ふに吉五郎は是を聞て大いに<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は又何事なるやと<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>吉五郎と云者は<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>にて人のよき<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に一度も人と<ruby><rb>物爭</rb><rt>ものあらそ</rt></ruby>ひなどしたる<ruby><rb>試</rb><rt>ため</rt></ruby>しなく町方住居の者には<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる故皆々近所にても<ruby><rb>佛吉々々</rb><rt>ほとけきち〱</rt></ruby>と<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>なす程の者なれば今御奉行樣が<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>の<ruby><rb>御調</rb><rt>おしら</rt></ruby>べと聞て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>無言なりしが<ruby><rb>稍々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ聲を出し<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は又何御用なるやと云に家主は大方貴樣の見覺えあるべし今夜などは火事場にて<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きし事あらんと云ば吉五郎は<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby>驚き<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>私しに於て<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>を致せし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え更に是なしと云に家主はコレサ<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて何を云とも<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>には立ず覺えなければ早く<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>たり御奉行樣の前にて<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>されよと家主は吉五郎を<ruby><rb>促</rb><rt>うな</rt></ruby>がして名主の玄關へ同道なせしに<ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>には大岡殿を始め與力同心列を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して嚴重に<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>びければ吉五郎は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby><ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>も<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>に<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へながら家主の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>ゐすくま</rt></ruby>るにぞ越前守殿是を見られ是へ〱と申さるゝに吉五郎は今にも<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を切られるかと思ひ<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へて足も<ruby><rb>踏止</rb><rt>ふみとま</rt></ruby>らぬを<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>大岡殿の前へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>て<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>し<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>の御沙汰を願ひ奉つる私しは是まで人の<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>とては<ruby><rb>塵</rb><rt>ちり</rt></ruby>一<ruby><rb>本</rb><rt>ぽん</rt></ruby>にても<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座なく日<ruby><rb>來</rb><rt>ごろ</rt></ruby>正直に致せしゆゑ私しの事を皆々<ruby><rb>佛吉</rb><rt>ほとけきち</rt></ruby>と<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>を付る<ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby>なれば少しも<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>は仕つらず何卒<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>ばかりは御助け下されよと<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>を出して申しければ大岡殿は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑま</rt></ruby>れコレ〱其方は<ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>と<ruby><rb>云事</rb><rt>いふこと</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て某しも聞及んだり<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>に惡事有て<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にてはなし安心せよ今此<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べ者に付て其具足櫃を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>んと思へども<ruby><rb>合鑰</rb><rt>あひかぎ</rt></ruby>なし是に依て其方を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したり必らず〱<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>するに及ばず早々<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ<ruby><rb>合</rb><rt>あふ</rt></ruby>べき<ruby><rb>鑰</rb><rt>かぎ</rt></ruby>を持參して<ruby><rb>此錠前</rb><rt>このぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>よと申されしかば<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>吉五郎はホツと<ruby><rb>太息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>ヤレ〱有難き仰せ畏まり奉つると<ruby><rb>蘇生</rb><rt>よみがへ</rt></ruby>りたる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>にて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>馳歸</rb><rt>はせかへ</rt></ruby>り多くの<ruby><rb>鑰</rb><rt>かぎ</rt></ruby>を持參なし<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せ見て<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>の<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>けるとなり此事錠前を破りて<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>なば隨分容易に<ruby><rb>開</rb><rt>あく</rt></ruby>べきなれど<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>奉行職の者なりとも<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の所持品の<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>手込</rb><rt>てごみ</rt></ruby>に破る事はならず因て<ruby><rb>故意々々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>鐵物屋</rb><rt>かなものや</rt></ruby>を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>して<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>させられたるなり是奉行職をも<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>むる者の心得は萬事<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如し此事我々の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>にある時は<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby><ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の物にても<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>よなど云事なしとも<ruby><rb>云難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>し<ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>にも<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を破るは<ruby><rb>關所</rb><rt>せきしよ</rt></ruby>を破りしも同樣にて其罪至つて<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>し<ruby><rb>注意</rb><rt>こゝろづけ</rt></ruby>ずんばあるべからず

## 第二十九回

<ruby><rb>閑話休題</rb><rt>あだしことばさておき</rt></ruby>吉五郎は<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて差出せしかば大岡殿自身に具足櫃の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>を改めらるゝに<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>には<ruby><rb>紺糸縅鐵小脾</rb><rt>こんいとをどしてつこざね</rt></ruby>の<ruby><rb>具足</rb><rt>ぐそく</rt></ruby>一<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>南蠻鐵桃形</rb><rt>なんばんてつもゝなり</rt></ruby>の<ruby><rb>兜</rb><rt>かぶと</rt></ruby>其外<ruby><rb>籠手</rb><rt>こて</rt></ruby><ruby><rb>脛當</rb><rt>すねあて</rt></ruby><ruby><rb>佩楯</rb><rt>はいだて</rt></ruby><ruby><rb>沓等</rb><rt>くつとう</rt></ruby>六<ruby><rb>具</rb><rt>ぐ</rt></ruby>とも揃へて是あり<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>疊紙</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>の樣なる<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>あり是を引出して見らるゝに至て重き者にして<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>あり<ruby><rb>其上書</rb><rt>そのうはがき</rt></ruby>に慶長五年關ヶ原合戰<ruby><rb>軍用金</rb><rt>ぐんようきん</rt></ruby>大橋文右衞門<ruby><rb>源清澄</rb><rt>みなもとのきよずみ</rt></ruby>と<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>あり是に依て越前守殿一應お政へ<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>られし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>封を<ruby><rb>開</rb><rt>ひらい</rt></ruby>てみらるゝに小判にて金百兩あり大岡殿心中に<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ感じられ是は全く<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆゐしよ</rt></ruby>ある武士なり兎角零落に及んでも萬一の時の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>にと<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>の意を受て<ruby><rb>省愼置事</rb><rt>たしなみおくこと</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の心懸なりと思はれ又其儘元の通りに仕舞て<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より大小二<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>九寸五分まで<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>改めらるゝに<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも天晴れの<ruby><rb>作物</rb><rt>わざもの</rt></ruby>にして尋常の<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>の所持し難き程の道具なり因て越前守殿<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられお政へ向ひ其方<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門が無實の罪にて<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>致せしとは如何なる事なるや一々申立よとありしにお政は<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>夫婦八ヶ年浪人の身の上ゆゑ油屋五兵衞方へ<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>大小等</rb><rt>だいせうとう</rt></ruby><ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し處約束の<ruby><rb>月切</rb><rt>つきぎれ</rt></ruby>に相成<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>よりは<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>の<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>なれども其品々を請出す事も<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はず一日々々と申<ruby><rb>延置</rb><rt>のべおき</rt></ruby>候<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>彼方</rb><rt>かのかた</rt></ruby>にては流れ買に<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ふと申事に御座候然るに十八ヶ年以前<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>に在し時同家中の新藤市之丞と申者<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまり</rt></ruby>にて同藩の娘と不義に及びし<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>役人共の耳に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>主家</rb><rt>しゆか</rt></ruby>の法に依て兩人とも一命を<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れんとするを<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存じ<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに金子二十兩を與へて助け<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしゝ處其市之丞夫婦の者當時馬喰町に住居の<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>此間中</rb><rt>このあひだぢう</rt></ruby><ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>にて尋ね來り對面致し候に我々夫婦<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見て氣の毒と存ぜしにや此程二十五兩の金子を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>し先年の<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんがへ</rt></ruby>しなりとて差出し候得ども元來<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門は<ruby><rb>田舍育</rb><rt>ゐなかそだち</rt></ruby>の<ruby><rb>頑固</rb><rt>かたくな</rt></ruby>ゆゑ一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み遣はしたる金子を今更受取ては武士の一分が立ずと申て<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへし</rt></ruby>候處<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>又々右の質屋より月切の品々<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れ<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>へ賣拂ふ<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>申來りしに付き文右衞門事其掛合に質屋へ參りし留守中に市之丞は<ruby><rb>歸宅仕</rb><rt>きたくつかま</rt></ruby>つり候其後<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門質屋より歸り<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>を見候に先刻差戻せし廿五兩の金子是あり候ゆゑ<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は市之丞<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て渡さんと云しを<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>受取らざれば本意なく思ひ<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに此中へ入置て歸りしならん<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にしても此金を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>ては我が以前の志ざしを<ruby><rb>無</rb><rt>む</rt></ruby>にするなりとて<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>早朝市之丞の方へ尋ね行き馬喰町を終日<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>しけれども今は其者の名前が<ruby><rb>改</rb><rt>かは</rt></ruby>り居るにや一向に<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>知れず<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく持歸りて<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>猶又尋ね行き是非々々市之丞に返さんと申<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>し<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>又々質屋より<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしき</rt></ruby><ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>ゆゑ然らば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>其金子を以て質物を請出し賣拂ひて<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に市之丞へ返しても仔細なしと私し共兩人相談の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>二十五兩の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>十三兩三分にて<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を請出し申候然るに油屋五兵衞方番頭久兵衞と申者私し方へ參り昨日まで一文なしの<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>が<ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に大金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なし文右衞門が彼の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>へ參りし時<ruby><rb>帳箱</rb><rt>ちやうばこ</rt></ruby>の上に置たる百兩の金子が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したるにより必らず文右衞門が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取りしに相違なし其金にて<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を受出せしならんなどと<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなき<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りを申すゆゑ<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を請出したるは市之丞より遣はしたる金子なりと<ruby><rb>其譯</rb><rt>そのわけ</rt></ruby>を申せしかども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に聞入ず終に<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりを致すゆゑ<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>も<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>既に久兵衞を切捨んと同人の逃出し候後を<ruby><rb>追懸</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>し處に<ruby><rb>折惡敷</rb><rt>をりあしく</rt></ruby>御加役方笠原粂之進殿に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ちに召捕れ候に付<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>は右の段々一々<ruby><rb>辯解仕</rb><rt>まをしわけつかま</rt></ruby>つり候へ共御聞入なく入牢と相成<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かはしく存じ奉つり候因て右申上候<ruby><rb>紙屑屋</rb><rt>かみくづや</rt></ruby>新藤市之丞の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>さへ相知候へば金子の<ruby><rb>出所</rb><rt>でどころ</rt></ruby>も分り文右衞門が百兩の盜賊に<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なき事も明白に相分り候間何卒御慈悲を以て此段明白に御<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>下し置れ候樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ上奉つると<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ越前守殿一々<ruby><rb>聞置</rb><rt>きゝおき</rt></ruby>たりとの事にて一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>お政を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られしが此事一應加役方へ掛合の上ならでは<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に取掛り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き儀なれども<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が申し立て<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なりと思はれしかば大岡殿の<ruby><rb>英斷</rb><rt>えいだん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>下谷山崎町の質屋渡世油屋五兵衞并びに番頭久兵衞とも<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し置べき旨申付られしゆゑ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て町役人へ山崎町質屋五兵衞并びに同人<ruby><rb>召遣</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>久兵衞等一同<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひしなら是へ呼出すべしと有ければ町役人畏こまり<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して罷出るに油屋五兵衞は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て聞居たる文右衞門が百兩の一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>ならんと思ひければ一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>平氣</rb><rt>へいき</rt></ruby>にて<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ出るを越前守殿見られ<ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby>五兵衞其方は質屋渡世とあるが<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>は何ヶ月限りに<ruby><rb>貸遣</rb><rt>かしつか</rt></ruby>はすやと申されければ五兵衞は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし御定法通り八ヶ月<ruby><rb>限</rb><rt>かぎり</rt></ruby>に預り置候と申に越前守殿然らば浪人大橋文右衞門が<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>ばかり五ヶ月限り<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れに<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>せし由是には何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>の有ことなるや<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと云れしかば五兵衞は大いに心<ruby><rb>組違</rb><rt>ぐみちが</rt></ruby>ひしゆゑグツト云て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>もなかりしが其儀は私しは<ruby><rb>辨</rb><rt>わき</rt></ruby>まへ申さずと云を大岡殿聞れ此儀<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へずとは<ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>なり己れが渡世を知らぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なる事を申さずとも五ヶ月限りの<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よとあるに五兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし此儀は何卒番頭久兵衞へ御尋ね願ひ奉つり<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>私しは<ruby><rb>老年</rb><rt>らうねん</rt></ruby>に及び候まゝ<ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby><ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>取引の儀は同人へ萬事任せ置候間一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ申さず候と云ければ大岡殿久兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方は五兵衞の見世を<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby><ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にて文右衞門の<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>五ヶ月限りに<ruby><rb>貸遣</rb><rt>かしつかは</rt></ruby>したるや此儀申立てよと申さるゝに久兵衞は先刻より五兵衞へ<ruby><rb>尋問中</rb><rt>たづねちう</rt></ruby><ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>の中にて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>考へ置し故文右衞門方より五ヶ月限りに<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>すべき<ruby><rb>對談</rb><rt>たいだん</rt></ruby>ゆゑ其意に任せ約定仕つり候事に御座候<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も是なく候へば<ruby><rb>御定法通</rb><rt>ごぢやうはふどほ</rt></ruby>り八ヶ月の<ruby><rb>期限</rb><rt>きげん</rt></ruby>に御座候と云ければ越前守殿<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑ</rt></ruby>まれ然らば文右衞門は餘程<ruby><rb>物好</rb><rt>ものずき</rt></ruby>と見える<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>を<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>の者が己れより月數を<ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞ</rt></ruby>めて約定なすとはハテ<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり夫れは<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>其方儀文右衞門は百兩の金子を盜み取りたる盜賊なりと申せし<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>此儀は<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かなる證據ありや<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にと有ければ久兵衞<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞと思ひ其儀は文右衞門<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れの<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>に五兵衞の見世へ參りし節流れ品を賣拂ひ候代金を<ruby><rb>帳箱</rb><rt>ちやうばこ</rt></ruby>の上に置候處文右衞門歸りし<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて右百兩の金子を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまは</rt></ruby>んと存ぜしに<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致し<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議中</rb><rt>せんぎちう</rt></ruby><ruby><rb>其翌朝</rb><rt>そのよくてう</rt></ruby>文右衞門十三兩三分程の質物を受出し申候因て<ruby><rb>其樣子</rb><rt>そのやうす</rt></ruby>を考へ候に一<ruby><rb>文貰</rb><rt>もんもら</rt></ruby>ひの身分と云殊に<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れの議前日まで度々催促仕つり候ても出來申さず候金子が一夜の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>候<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>是なく彼是<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に存じ候間百兩の金子は文右衞門<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取し事と<ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>仕まつり私しより<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>に及び十三兩三分は文右衞門に遣はし殘りの金子を返さば<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>すべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申せし處文右衞門は新藤市之丞と申者より遣したる金子にて<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby><ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し候なりとの<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>に候へども右市之丞と申者は當時<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>にて馬喰町邊に住居と計り申し居り其の町所家主名前すら<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と相知れざる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を申候是全く不正の金子ゆゑ<ruby><rb>出所</rb><rt>でどころ</rt></ruby>を<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>かに<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきけ</rt></ruby>ざる事にて<ruby><rb>手證</rb><rt>てしよう</rt></ruby>は見屆ず候へ共是等の儀共思ひ<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>すれば全く文右衞門百兩の盜賊に相違なしと存じ奉つり候依て右十三兩餘質物を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し候分は<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>致し遣はし<ruby><rb>殘金</rb><rt>ざんきん</rt></ruby>だけを返し候樣にと申せしに却て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は盜人の惡名を付しなどと<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>して私しを切殺さんと刀を<ruby><rb>拔放</rb><rt>ぬきはな</rt></ruby>し追懸候節加役方の御手へ召捕れ申候何卒此段<ruby><rb>御糺明下</rb><rt>ごきうめいくだ</rt></ruby>し置れ文右衞門百兩の金子を返し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>る樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ上奉つり候と申立たり是に因て大岡殿は<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞居られしが久兵衞儀<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに申立る處は一應<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の樣に聞ゆれども是と云ふ<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かなる證據もなし殊に此久兵衞は<ruby><rb>片小鬢</rb><rt>かたこびん</rt></ruby>に<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>ありて如何にも<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>らしき者ゆゑ<ruby><rb>奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>めが百兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>んで文右衞門になすり付んずる巧みなりと<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>御名譽</rb><rt>ごめいよ</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>き奉行衆ゆゑ<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られしなり

## 第三十回

扨又越前守殿は久兵衞に向はれ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>汝が云處一應<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の樣に聞ゆれども<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ば無證據にして文右衞門が<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>の盜賊とも定め難し<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>全く盜まぬ時は其方の<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りと云ふ者にして無體の惡口に及びし上は文右衞門に切殺されぬが<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>は仕合せ<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されなば<ruby><rb>死損</rb><rt>しにぞん</rt></ruby>なり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し又盜みたる金と極めたる<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>にてもあるにや質物を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>に來た時十三兩三分の金は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>改めしなるべし何ぞ<ruby><rb>極印</rb><rt>ごくいん</rt></ruby>にても有しや<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと申さるゝに久兵衞イヤ何も極印は御座なく候へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の身分にて一夜の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>は是なしと同じ事を申立るゆゑ越前守殿コリヤ久兵衞其金子は市之丞より<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>なりと申ではないか今にも市之丞の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>さへ知れなば金子の<ruby><rb>出所</rb><rt>でどころ</rt></ruby>は<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に知れるぞ汝が云所は無證據なり證據なき事は<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>に於ては御取上にはならず殊に又汝が<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>をして文右衞門へ十三兩三分は<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>殘金を返さば<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>せんなどと自分<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>にて<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはか</rt></ruby>らふは甚だ以て<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の至にして<ruby><rb>主人持</rb><rt>しゆじんもち</rt></ruby>にはあるまじき<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり汝は<ruby><rb>探索方</rb><rt>たんさくかた</rt></ruby>の<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>でも致すかと申されしに久兵衞は甚だ恐れ如何致しまして<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>な事は仕つらず私しは<ruby><rb>油屋</rb><rt>あぶらや</rt></ruby>五兵衞が見世の番頭を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ますと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば越前守殿夫れは知れたこと又<ruby><rb>汝</rb><rt>われ</rt></ruby>は文右衞門が宅へ<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たるやと尋ねらるゝに久兵衞私しは文右衞門が<ruby><rb>拔身</rb><rt>ぬきみ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>追駈</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>ましたる時に參りしが其節加役方の笠原粂之進樣の<ruby><rb>御供</rb><rt>おとも</rt></ruby>へ<ruby><rb>突當</rb><rt>つきあた</rt></ruby>り<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に御召捕に相成候と申ければ越前守殿<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>さ<ruby><rb>幾日頃</rb><rt>いつかごろ</rt></ruby>に文右衞門方へ言懸りに參りしぞと有に久兵衞は<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて恐れながら云懸りには參りませんと云しかば大岡殿<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>久兵衞<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とせし證據も<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>事を申は則ち云懸りならずや<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>らば<ruby><rb>幾日</rb><rt>いつか</rt></ruby>に文右衞門方へ參りしや<ruby><rb>其日限</rb><rt>そのにちげん</rt></ruby>を申せと云るゝに久兵衞夫れは今月八日に御座候と申に越前守殿然らば<ruby><rb>其夜前</rb><rt>そのやぜん</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したる百兩と申す大金をなぜ早々訴へには出ぬ<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>置く事は甚だ怪しいぞ汝も<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>をせねばならぬ<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なり<ruby><rb>先</rb><rt>ま</rt></ruby>づ主人五兵衞へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預け置け<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しみ罷りあれコリヤ町役久兵衞は主人五兵衞へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預け置く能々其方共心付けよとありしかば家主吉兵衞畏まり奉つるとて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>五兵衞久兵衞の兩人を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>て<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りけり又文右衞門女房お政は家主吉兵衞へ預けとなり越前守殿は文右衞門が所持の<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>并に大小等奉行所へ<ruby><rb>止置</rb><rt>とめおく</rt></ruby>と云渡され一同夫々に引取と相成たり因てお政は願ひの<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby><ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>となりしを悦ぶ事限なく猶又<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>文右衞門が<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を遁るゝ樣にと神佛を<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>じ居たりけり扨又大岡越前守殿には<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>十四日火附盜賊改め役小出兵庫殿へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の上大橋文右衞門を町奉行の手へ<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきと</rt></ruby>られ<ruby><rb>翌々日</rb><rt>よく〱じつ</rt></ruby>享保四年<ruby><rb>極月</rb><rt>ごくげつ</rt></ruby>十六日初めて文右衞門の一件<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に於て<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べとなり越前守殿出座有て文右衞門をみらるゝに<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>しく浪々なし殊に此程は<ruby><rb>牢舍</rb><rt>らうしや</rt></ruby>せし事<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>れ居ると雖も自然と<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby>よく天晴の<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>なりしかば大岡殿<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに言葉を發しられ越後高田浪人大橋文右衞門其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>山崎町家主吉兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby><ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し居る由<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>の身分にて油屋五兵衞方へ<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>たる質物受出しの節十三兩三分と申す金子<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>せし由右の金子は元より所持なるや又は外々より<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>致したるや一夜の内に金子調達せしは其方<ruby><rb>業體</rb><rt>げふてい</rt></ruby>に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ず<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり<ruby><rb>悉</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申立よと云るゝに文右衞門は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>右金子の譯は十八年以前<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>に罷り在候節同家中に新藤市之丞と申者私し<ruby><rb>同役</rb><rt>どうやく</rt></ruby>の娘と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及びしを重役共<ruby><rb>薄々</rb><rt>うす〱</rt></ruby><ruby><rb>聞込</rb><rt>きゝこみ</rt></ruby><ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れずと既に兩人ながら一命にも<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はるべき場合に立到り候に付き某し<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存じ二十兩の金を<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み助けて遣はせし所江戸表へ罷り出でたるよし然るに<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>私し儀八ヶ年以前越後家を浪人仕つり御當地へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>下谷山崎町吉兵衞店に住居罷り在候に<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>此程<ruby><rb>中</rb><rt>ぢう</rt></ruby>右市之丞尋ね參り久々にて面會仕つり<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに身の上の<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りに及び候處私し夫婦<ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>仕り候を市之丞義<ruby><rb>見兼</rb><rt>みかね</rt></ruby>候や一兩日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>候と金子二十五兩持參致し先年の<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんほう</rt></ruby>じなりとて差出し候へども私し儀一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby>市之丞に<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みたる金子を今如何に<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>なせばとて請取候ては昔しの志ざしをも<ruby><rb>無</rb><rt>む</rt></ruby>に致すにより<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>く相斷り候て受取申さゞるを市之丞は<ruby><rb>本意</rb><rt>ほい</rt></ruby>なく存じたるにや私し儀質物流れの掛合に參り候留守に<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>へ人知れず入れ置て歸りしを私し<ruby><rb>歸宅後</rb><rt>きたくご</rt></ruby>見出し候間<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>市之丞の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>を尋ね右の金子を返さんと馬喰町へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りて<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候へども何分市之丞の住所相知れ申さず<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>宿元</rb><rt>やどもと</rt></ruby>へ歸り候然るに質屋よりは又々流れの<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も此金子を<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>いたし質物を請出し候後<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ市之丞の金子を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へて返さんと存じ右の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>十二兩三分をもつて質物を受出し候に相違御座なく<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに油屋五兵衞番頭久兵衞と申者<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>の身分にて一夜の中に大金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなしその節見世の帳箱の上に<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる流れ品を賣候百兩の金子<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致せしに付右は私し<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取候に相違なしと<ruby><rb>理不盡</rb><rt>りふじん</rt></ruby>なる<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>仕つり候ゆゑ私し儀市之丞より<ruby><rb>差越</rb><rt>さしこし</rt></ruby>たる金子の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を申聞ると雖も一向<ruby><rb>双合</rb><rt>とりあは</rt></ruby>ず却て盜賊の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を付け種々に惡口申<ruby><rb>募</rb><rt>つのり</rt></ruby>候何分<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>なりがたく久兵衞を切捨んと存じ候<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>御加役方笠原久米之進殿に召捕れ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>を蒙り候事<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き次第に存じ奉つり候右新藤市之丞なる<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>住所</rb><rt>ぢうしよ</rt></ruby><ruby><rb>相知</rb><rt>あひし</rt></ruby>れ候へば私し<ruby><rb>虚言</rb><rt>きよげん</rt></ruby>に之なき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>御分り相成べき儀に付何卒<ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby>を以て同人住所<ruby><rb>御糺</rb><rt>おたゞ</rt></ruby>しの上御吟味成し下され候樣願ひ奉つり<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>尤も私し儀市之丞が<ruby><rb>住所</rb><rt>ぢうしよ</rt></ruby>名前等<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と承まはり置ざるは<ruby><rb>不念</rb><rt>ぶねん</rt></ruby>の至り恐れ入り奉つり候<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も御慈悲を以て是等の儀を<ruby><rb>御糺明下</rb><rt>ごきうめいくだ</rt></ruby>し置れなば久兵衞申<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>の段は明白に相分り候儀ゆゑ此段恐れながら<ruby><rb>御賢慮下</rb><rt>ごけんりよくだ</rt></ruby>し置れ候樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ上げ奉つり候と文右衞門は如何にも<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>切齒</rb><rt>くひしば</rt></ruby>りて<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>を<ruby><rb>悉</rb><rt>くはし</rt></ruby>く申立しかば越前守殿は此趣きを<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞れしが今文右衞門が申す口と又女房お政の申す口と少しも<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>せし<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の中に具足一領差替の大小并に具足櫃の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>には關ヶ原の軍用金百兩其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ置し程の心懸なれば文右衞門盜賊に是なき事は<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども百兩を盜みし當人の<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ざる中は文右衞門の<ruby><rb>片口</rb><rt>かたくち</rt></ruby>のみにて<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>す<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には成り難く尤も百兩の<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>は言掛りなしたる久兵衞こそ<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき者なれと<ruby><rb>敏</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られけれども是とても未だ<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>としたる證據なければ<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なしよつて文右衞門に向はれ其方申立の儀はこの越前<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と聞置たり猶追々吟味に及ぶコリヤ文右衞門<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>なるべけれども大法に因て吟味<ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby><ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付ると云渡され扨大岡殿には<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>急の差紙にて翌十七日には横山町馬喰町兩國邊の紙屑買を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されければ紙屑買共は<ruby><rb>不測</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に思ひ中には少しづつ<ruby><rb>内證物</rb><rt>ないしようもの</rt></ruby>など買し<ruby><rb>心覺</rb><rt>こゝろおぼ</rt></ruby>えのある者は思ひ<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>しより<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>をするもあり彌々當日に相成ければ名主町役人<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそひ</rt></ruby>にて<ruby><rb>屑買</rb><rt>くづかひ</rt></ruby>一同南町奉行所の<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>相揃</rb><rt>あひそろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>込に隨ひ<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>て<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らを見るに浪人大橋文右衞門<ruby><rb>繩付</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居る其外<ruby><rb>繩取役</rb><rt>なはとりやく</rt></ruby>同心等嚴重に<ruby><rb>詰合</rb><rt>つめあひ</rt></ruby>けり又正面には大岡越前守殿出座有て<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に屑屋一同平伏なし居るを見られコリヤ浪人文右衞門其方が申立し新藤市之丞と云者此中に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るやと申さるゝに文右衞門<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>夫れ是と見分しが又大岡殿へ向ひ此中には市之丞<ruby><rb>見當</rb><rt>みあた</rt></ruby>り申さずと云ければ越前守殿<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>らば一同<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>るべしと有に屑屋の<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby>は何事やらんと思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られければ一同ホツと<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>て引取けり因て文右衞門は<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>なし<ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby>を以て屑屋一同御呼出し下置れ一々<ruby><rb>見分</rb><rt>みわけ</rt></ruby>候へ共新藤市之丞の相知申さゞるは誠に<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なき次第にして能々<ruby><rb>武運</rb><rt>ぶうん</rt></ruby>の<ruby><rb>盡果</rb><rt>つきはて</rt></ruby>たる身の仕合せなりと無念の涙に<ruby><rb>伏沈</rb><rt>ふしゝづ</rt></ruby>み居たりしかば越前守殿も氣の毒に思はれ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の致し方もあらん<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>存ぜよとて又々傳馬町へぞ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られける扨も<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby>に市之丞を尋ねられしかども更に其人の知れざるは<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>文右衞門が<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>き處なるべし

## 第三十一回

扨又彼の新藤市之丞當時紙屑屋長八は或日女房お梅に向ひ此程文右衞門の<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>廿五兩の金を<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の中へ置ては來りしが今日あたりは<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>れしならんか武士の<ruby><rb>意氣地</rb><rt>いきぢ</rt></ruby>を立るとは云ものゝ餘り<ruby><rb>物堅</rb><rt>ものがた</rt></ruby>き人かなと文右衞門が<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>をなし夫に付ても娘お幸は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>き<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めならんなどと<ruby><rb>密々</rb><rt>ひそ〱</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの折から親分の武藏屋長兵衞は長八<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby><ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にかと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ながら入來りしに長八夫婦が<ruby><rb>巨燵</rb><rt>こたつ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむか</rt></ruby>ひ何か<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>じき咄しの樣子ゆゑ長兵衞は見て是はしたり<ruby><rb>相惚</rb><rt>あひぼれ</rt></ruby>の夫婦は<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みな物私は此年になつても<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>浦山</rb><rt>うらやま</rt></ruby>しいと<ruby><rb>放氣</rb><rt>おどけ</rt></ruby><ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>りに<ruby><rb>贅口</rb><rt>むだぐち</rt></ruby>を云つゝ同く<ruby><rb>炬</rb><rt>こ</rt></ruby>たつに<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しに女房お梅は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>りオヤ長兵衞樣能こそ御入下されしと少し<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>くなりしが<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>し元ヘ行甲斐々々しく酒肴の支度をして居るに長兵衞は長八に向ひ<ruby><rb>此頃</rb><rt>このごろ</rt></ruby>は<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>の娘がさつぱり見えぬが風にても引しかと問ければ長八は今の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を聞れしかと思へども<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて何も變ることは御座らねどお幸は<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>世話人</rb><rt>せわにん</rt></ruby>ありて<ruby><rb>此間</rb><rt>このあひだ</rt></ruby><ruby><rb>備前樣</rb><rt>びぜんさま</rt></ruby>の御屋敷へ<ruby><rb>見習奉公</rb><rt>みならひぼうこう</rt></ruby>に出ましたと云に長兵衞は<ruby><rb>僥倖</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>なり併ながら<ruby><rb>押詰</rb><rt>おしつめ</rt></ruby>ての<ruby><rb>數</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ日に<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>が<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りしならん我等も夫と知るならば何ぞ<ruby><rb>祝</rb><rt>いは</rt></ruby>うて<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>ものを知ざるを仕方もなし時に長八さん<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき事にて是非々々<ruby><rb>貴郎</rb><rt>おまへ</rt></ruby>を頼み度事あつて<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>が頼まれて呉ねへかと云で長八夫は何の用かは知ね共<ruby><rb>萬端</rb><rt>ばんたん</rt></ruby>御世話になる<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>ゆゑ私しで間に合事なら決して否とは云ません<ruby><rb>御遠慮</rb><rt>ごゑんりよ</rt></ruby>なく<ruby><rb>御咄</rb><rt>おはなし</rt></ruby>なされと云ば長兵衞は喜び<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>請合</rb><rt>うけあつ</rt></ruby>て呉れば<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>も<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に頼みいゝ實は私しが兄に清兵衞と云者ありしが若き中は<ruby><rb>蕩樂者</rb><rt>だうらくもの</rt></ruby>にて<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>にも<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>にもかゝらぬ人間なりしに先年<ruby><rb>上方</rb><rt>かみかた</rt></ruby>へ行と云て<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>を出た<ruby><rb>限</rb><rt>ぎり</rt></ruby>一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>便</rb><rt>たより</rt></ruby>もないゆゑ私しも<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>の<ruby><rb>情</rb><rt>じやう</rt></ruby>にて今頃は<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>に何をして居けるやら行當り<ruby><rb>爲撥</rb><rt>ばつたり</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>しに</rt></ruby>はせぬかなどと案じて見たが其後三年ばかり立と<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>讃岐</rb><rt>さぬき</rt></ruby>の丸龜より<ruby><rb>書状</rb><rt>しよじやう</rt></ruby>が屆いたゆゑ夫を見ると日頃<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じ<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>せし兄清兵衞よりの<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>懷</rb><rt>なつか</rt></ruby>しくはあれども<ruby><rb>蕩樂者</rb><rt>だうらくもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>せ<ruby><rb>善事</rb><rt>ろく</rt></ruby>な<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>では有まじと<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見るに今では<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>の<ruby><rb>辛抱人</rb><rt>しんばうにん</rt></ruby>になりし由當時<ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby>にて江戸屋清兵衞と云ては<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>な<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>になりて<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居ると<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きの手紙也依て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>私しは安心なし夫より<ruby><rb>此來</rb><rt>このかた</rt></ruby><ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に書状の<ruby><rb>音信</rb><rt>たより</rt></ruby>して居たりしと話す所へお梅はお<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>が出來ましたから一ツ御<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りなされましと<ruby><rb>湯豆腐</rb><rt>ゆとうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>と<ruby><rb>陶</rb><rt>とくり</rt></ruby>を持來るに長兵衞是は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の<ruby><rb>口止</rb><rt>くちどめ</rt></ruby>が併しお氣の毒と笑ひながら<ruby><rb>豬口</rb><rt>ちよく</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>と<ruby><rb>湯</rb><rt>ゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>辭儀</rb><rt>じぎ</rt></ruby>は仕ない者なりお<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>が<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>と<ruby><rb>波々</rb><rt>なみ〱</rt></ruby><ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>より長兵衞長八の兩人は酒を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>ながら今も云通り兄も<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>にては丸龜中先一番の旅籠屋だとの<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>さ<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>で人間の運と云者は知れぬ者元はと云へば<ruby><rb>些細</rb><rt>ささい</rt></ruby>な居酒屋にて<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>が死んだ<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>は後家一人ゆゑ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>浣</rb><rt>すゝき</rt></ruby><ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby><ruby><rb>人仕事</rb><rt>ひとしごと</rt></ruby>を<ruby><rb>片手間</rb><rt>かたてま</rt></ruby>にして其日々々を<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居たりしが如何なる<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>か其<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>の處へ兄清兵衞が<ruby><rb>這</rb><rt>はひ</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>して段々と<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ出し夫に又女房が<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>針仕事</rb><rt>はりしごと</rt></ruby>が<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby><ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>にて頼まれ夫婦にて<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち三四年の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に金が出來て<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>をなし<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>となり夫に又兄は元より<ruby><rb>小料理</rb><rt>これうり</rt></ruby>が<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>にて<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>庖丁</rb><rt>はうちやう</rt></ruby>に<ruby><rb>妙</rb><rt>めう</rt></ruby>を得たれば<ruby><rb>江戸風</rb><rt>えどふう</rt></ruby>に氣が<ruby><rb>利</rb><rt>きい</rt></ruby>て居るとか云れて<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>よく<ruby><rb>少光陰</rb><rt>わづか</rt></ruby>の中に仕出して<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>も<ruby><rb>建直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し今にては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>なる<ruby><rb>身上</rb><rt>しんしやう</rt></ruby>になりしといふ<ruby><rb>金毘羅</rb><rt>こんぴら</rt></ruby>へ行たる者が歸りての<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しなり丸龜にて江戸屋清兵衞と云ば一番の<ruby><rb>旅宿</rb><rt>はたごや</rt></ruby>だと云事なれば<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね度は思ひしか共五日や十日にては行事も出來ず<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby><ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ぶばかりなりし處此度兄清兵衞<ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>にて九<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>と云事を申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>たれば是非々々<ruby><rb>存生</rb><rt>ぞんしやう</rt></ruby>の中に<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>致し度今にては私しも親はなし親のなき後は兄は親同前なりと云ば是非<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りなり併し是も<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>押迫</rb><rt>おしつま</rt></ruby>つて<ruby><rb>數</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ日にはなるし彼是又暮の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>にて<ruby><rb>旅立所</rb><rt>たびだちどころ</rt></ruby>ではなけれ共<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>の別れなれば何有ても<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>ねばならず夫に付<ruby><rb>長旅</rb><rt>ながたび</rt></ruby>の事ゆゑ心の知れぬ者を供に連ては道中が心遣ひなれば貴樣<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>一所に<ruby><rb>行呉</rb><rt>ゆきくれ</rt></ruby>よと餘儀なく頼みけるに長八も<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とも云れぬ親分長兵衞の事なれば<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を聞て長八は成程<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>の事なり兄樣へ一生の別れと申せば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>元日</rb><rt>ぐわんじつ</rt></ruby>であらうが<ruby><rb>大晦日</rb><rt>おほみそか</rt></ruby>で有うが是は行ねばならず直に今より<ruby><rb>御供</rb><rt>おとも</rt></ruby>を致さんと心能承知なしければ長兵衞は大いに<ruby><rb>悦喜</rb><rt>よろこび</rt></ruby>夫では私しも大いに<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>したり夫なら斯仕樣御前が行て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ると<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>は女一人なれば<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>が<ruby><rb>費</rb><rt>つひえ</rt></ruby>るからとてもの事に世帶を<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>お<ruby><rb>梅</rb><rt>むめ</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>さん</rt></ruby>は我等の方へ來て居るがいゝ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>すれば<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>もなし安心なりと萬事に<ruby><rb>拔目</rb><rt>ぬけめ</rt></ruby>なき長兵衞何樣公事宿商賣程有て<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>く事<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ものなり扨是より<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>早々長兵衞は家主へ<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>女房お梅を親分の長兵衞方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け長兵衞長八の兩人は<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の用意を調へ讃州丸龜を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎ<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>なしたりけり是に因て大橋文右衞門の一件に付兩國邊の紙屑屋殘らず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されて文右衞門へ引合せありけれども證人になるべき<ruby><rb>肝心</rb><rt>かんじん</rt></ruby>の新藤市之丞が居ざりしなり市之丞の長八が讃州丸龜へ<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>せしは十二月十四日の事にして紙屑屋一同<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されしは同月十七日なれば僅に二三日の<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>にて證人の出ざるゆゑ文右衞門一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>に餘儀なく年を越て翌年<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>五年の<ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>と相成けり

## 第三十二回

扨又馬喰町二丁目なる武藏屋長兵衞は兄清兵衞が<ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>との手紙故子分の長八を供に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>を急ぎて大坂まで上り此所より<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>に乘し<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>よく海上も<ruby><rb>穩</rb><rt>おだや</rt></ruby>かにて<ruby><rb>滯留</rb><rt>とゞこほ</rt></ruby>りなく讃州丸龜へ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>し江戸屋清兵衞と尋ねしに<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>知れければ行て見るに<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しよりも<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>なる<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひにて間口八間に奧行廿間餘の旅籠屋にて<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き女十二三人見世番料理番の下男七八人又勝手には<ruby><rb>菰</rb><rt>こも</rt></ruby>かぶりの<ruby><rb>酒樽</rb><rt>さかだる</rt></ruby>七八本を並べ其前には<ruby><rb>大盤臺</rb><rt>おほばんだい</rt></ruby>に<ruby><rb>生魚</rb><rt>なまうを</rt></ruby><ruby><rb>山</rb><rt>やま</rt></ruby>の如く仕入<ruby><rb>板前</rb><rt>いたまへ</rt></ruby><ruby><rb>煮方</rb><rt>にかた</rt></ruby>其外とも都て江戸風を<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>らとなし料理屋旅籠屋<ruby><rb>兼帶</rb><rt>けんたい</rt></ruby>なり因て<ruby><rb>間毎々々</rb><rt>まごと〱</rt></ruby>には<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>あり又一時の<ruby><rb>遊興</rb><rt>いうきよう</rt></ruby>に來る客も多く殊の外<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なる見世なれば長兵衞も心の中に是は聞しに<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>る家のかゝりかなと思ひながら内へ入コリヤ長八荷物は此處へ<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>すべしヤレ〱<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>しと云つゝ上り<ruby><rb>端</rb><rt>ばた</rt></ruby>に腰をかければ大勢の者立出御早う御着なされました<ruby><rb>御草鞋</rb><rt>おわらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby>ませう<ruby><rb>御洗足</rb><rt>おせんそく</rt></ruby>をと<ruby><rb>盥</rb><rt>たらひ</rt></ruby>へ湯を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て持出し<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>の<ruby><rb>御座敷</rb><rt>おざしき</rt></ruby>が明て居ります彼處へ入せられまし御<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>で御座りますか御<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>をあげますかと云ながら茶を汲で出すに長兵衞は姉樣酒も御膳も<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆるり</rt></ruby>と後にてよし早速ながら聞度事がある此方の兄の<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>は如何なり九死一生の<ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>と云手紙が來りしが何な樣子なるか未だ<ruby><rb>存生</rb><rt>ぞんしやう</rt></ruby>なりやと<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>から<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>に聞ゆゑ女共は<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し御客樣は變な事を<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せられます此方の家には兄だの<ruby><rb>大病人</rb><rt>たいびやうにん</rt></ruby>だのと云は御座りません男衆も大勢ありますが旦那樣に若衆ばかり皆達者で居ります夫は<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひで御座りませうと申に長兵衞<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひにてはなし<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>の家は江戸屋清兵衞と云ならんと云を女ども聞て此丸龜にて江戸屋清兵衞と申は此方ばかり夫では<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ御座りませんと云に長兵衞<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>拍</rb><rt>うち</rt></ruby>オヽ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>だ餘り思ひ過しをして跡先に聞し故分らぬはず夫なら此方の旦那清兵衞と云は私しの兄なるが<ruby><rb>此節</rb><rt>このせつ</rt></ruby><ruby><rb>大病</rb><rt>たいびやう</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ居ると云事<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>にはせぬか<ruby><rb>達者</rb><rt>たつしや</rt></ruby>で居ますかへ九死一生の病人と聞かれ知らぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なりと云時長八<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>よりモシ〱旦那に江戸の馬喰町から人が參りしと云てお<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と申せば女供は何事なるや樣子しれぬゆゑ奧の方へ走り行モシ旦那樣江戸の馬喰町から御客樣で御座りますと云ば亭主清兵衞は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思つて馬喰町からの客人とは<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>行ずと<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ居るに又々<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>からも女共が來り旦那樣<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>な客人で御座ります<ruby><rb>奧座敷</rb><rt>おくざしき</rt></ruby>が明て居ますから御通りなされ御酒にしますか御膳を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ますかと申たらナニ酒も御膳も<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にてよし兄は大病にて九死一生だと云手紙が來しが未だ<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>て居るかと御尋ねなされたが何だかさつぱり<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>が分りませんと云を聞清兵衞<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ付手を拍てオヽ然樣か<ruby><rb>分</rb><rt>わかつ</rt></ruby>たりと云ながら店へ<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだし</rt></ruby>ければ女共は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>が分らず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>てぞ居たりける是出し<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>豈</rb><rt>よも</rt></ruby>や弟長兵衞が年の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>に<ruby><rb>押迫</rb><rt>おしつま</rt></ruby>つて來やうとは思はず<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も是まで<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふ一心より九死一生の大病なりと手紙に<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>を<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたる事ゆゑ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>には思ひ出さず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>考へしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>の事にて江戸より弟が來りしかと心付<ruby><rb>俄</rb><rt>には</rt></ruby>かに<ruby><rb>周章</rb><rt>あわたゞ</rt></ruby>しく出來り見るに年こそ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>たり弟の長兵衞に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なき故清兵衞は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び是は〱長兵衞能こそ來て呉しなり<ruby><rb>豈夫</rb><rt>よもや</rt></ruby>今年の中に來ては<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>まじと思ひ居たりしに能も〱<ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>の所を尋ねて呉しぞ先々<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とい</rt></ruby>て上るべし二人<ruby><rb>連</rb><rt>づれ</rt></ruby>か御前樣大きに御苦勞なり先々御<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りなされ是々お初お<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>我等は何を<ruby><rb>胡亂々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby>して居やる早く<ruby><rb>洗足</rb><rt>せんそく</rt></ruby>の湯を以て來ぬか氣のきかぬ<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>だナニ其所にある夫なら早く<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby>何ぜ<ruby><rb>洗足</rb><rt>せんそく</rt></ruby>をせぬのだと清兵衞は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れに女共を<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>して彼の是のと<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をやき<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>ながら餘り目はしの<ruby><rb>利</rb><rt>きか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>だ兄と云ば某しが弟に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなし何故早く<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>云ないなどと<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>ばかり云中に長兵衞長八の兩人は足を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しまう</rt></ruby>故清兵衞は先へ立サア〱<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>なしに奧へ〱と兩人を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ行先久々にての<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>互ひに<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>にて目出たしと<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及ぶ中早や<ruby><rb>商賣柄</rb><rt>しやうばいがら</rt></ruby>とは云ながら女房も<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>はなく酒と肴を<ruby><rb>取揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>に持來たれば清兵衞は長兵衞に向ひ<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>草臥</rb><rt>くたひれ</rt></ruby>しならん<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>何時までも<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり居ては<ruby><rb>究屈</rb><rt>きうくつ</rt></ruby>なりモシ〱<ruby><rb>御連</rb><rt>おつれ</rt></ruby>の<ruby><rb>衆</rb><rt>しゆ</rt></ruby><ruby><rb>御遠慮</rb><rt>ごゑんりよ</rt></ruby>なさるなコレサ<ruby><rb>平</rb><rt>たひら</rt></ruby>に〱と是より皆々<ruby><rb>寛</rb><rt>くつろ</rt></ruby>ぎ兄弟久し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>にての<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>となり女房も<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>にて<ruby><rb>酌</rb><rt>しやく</rt></ruby>をしながら<ruby><rb>初對面</rb><rt>しよたいめん</rt></ruby>の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をなしければ清兵衞は弟に向ひ長兵衞是は我等が女房なり以後<ruby><rb>心安</rb><rt>こゝろやす</rt></ruby>く頼む又<ruby><rb>遇々</rb><rt>たま〱</rt></ruby>來りしに<ruby><rb>兄嫁</rb><rt>あによめ</rt></ruby>などと思ひ<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>しては<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>からず<ruby><rb>平</rb><rt>ひら</rt></ruby>に心安くなし呉よ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の<ruby><rb>衆</rb><rt>しゆ</rt></ruby><ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>があつては<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い心安く<ruby><rb>御頼</rb><rt>おたの</rt></ruby>み申と兄弟中の<ruby><rb>水入</rb><rt>みづい</rt></ruby>らず<ruby><rb>献</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>酬</rb><rt>おさ</rt></ruby>へつ<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>にこそは及びけれ

## 第三十三回

扨又長兵衞は兄の清兵衞に向ひ<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>ての手紙の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>にては大病にて九死一生との事なれば大いに<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>致せしなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>節季</rb><rt>せつき</rt></ruby><ruby><rb>師走</rb><rt>しはす</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>旅立</rb><rt>たびたち</rt></ruby>などは<ruby><rb>出來難</rb><rt>でぎがた</rt></ruby>き<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>なるが萬一の事にてもある時は死に目にも<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>れずと思ひて<ruby><rb>取物</rb><rt>とるもの</rt></ruby>も<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>の<ruby><rb>旅立</rb><rt>たびだち</rt></ruby><ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を急いで來た處に今樣子を見れば<ruby><rb>大丈夫</rb><rt>だいぢやうぶ</rt></ruby>にて<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひし樣子は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えぬか那の手紙は如何なる譯でありしやと云ければ清兵衞は<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>掻</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>の事實は我等が大病なりと手紙に<ruby><rb>記</rb><rt>かき</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>しは<ruby><rb>虚言</rb><rt>うそ</rt></ruby>なり<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を聞て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>尋常</rb><rt>あたりまへ</rt></ruby>の手紙にては手前も一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby><ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>に出て來る<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづかひ</rt></ruby>はないと思ひしゆゑ我等が<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>にて九死一生なりと云て<ruby><rb>遣</rb><rt>やれ</rt></ruby>ば如何に<ruby><rb>遠國</rb><rt>ゑんごく</rt></ruby>にても<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に寄たら來るべしと思ひての事なりしが<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を合て見れば我等が<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>の<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>りしなり今にては見らるゝ通り<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に<ruby><rb>身上</rb><rt>しんじやう</rt></ruby>も仕上たれば貴樣が今度遣ひし二人の<ruby><rb>路用金位</rb><rt>ろようきんぐらゐ</rt></ruby>は損をば<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>江戸<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすにより<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と<ruby><rb>滯留</rb><rt>たうりう</rt></ruby>して<ruby><rb>金毘羅樣</rb><rt>こんぴらさま</rt></ruby>へも參りたり江戸にもなき<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき<ruby><rb>船遊山</rb><rt>ふなゆさん</rt></ruby>でもして春になつてから<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと歸るがよし然すれば我等も都合して貴樣<ruby><rb>達</rb><rt>たち</rt></ruby>を送りながら江戸見物に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>うと思ふゆゑ<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>にて又貴樣の處の世話にならうかと<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>を明し<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>にての<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>に餘念もなき<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがたり</rt></ruby>にぞ及びける<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし程に長兵衞は先兄の無事なるを<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び心の中には<ruby><rb>此位</rb><rt>このくらゐ</rt></ruby>なら<ruby><rb>節季</rb><rt>せつき</rt></ruby><ruby><rb>師走</rb><rt>しはす</rt></ruby>の中を來らず共能にと思ひけるゆゑ兄さん御前は夫でよからうが私は道々も<ruby><rb>明暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>お前の事のみ<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じられて斯して<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>くる</rt></ruby>からは<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては<ruby><rb>死目</rb><rt>しにめ</rt></ruby>に<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたし</rt></ruby>と思ひて何なにか<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>をしたか知ぬほんに一時に十年ばかり<ruby><rb>壽命</rb><rt>じゆみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>縮</rb><rt>ちゞめ</rt></ruby>たと<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みを云ば清兵衞否モウ其話は何か<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>に<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>てくれ<ruby><rb>往昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の樣に<ruby><rb>蕩樂</rb><rt>だうらく</rt></ruby>をして貴樣の<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>に成には<ruby><rb>勝</rb><rt>まし</rt></ruby>だらう實は此樣に仕上た身上を見せ度と思うての事なりと云に長兵衞は夫も然樣かと<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>時に兄さん此丸龜に後藤半四郎と云<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>の先生在しが今にても居らるゝやと問ければ清兵衞聞て夫は當時此四國中には<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>ぶるものなき<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>の大先生なり其上<ruby><rb>見懸</rb><rt>みかけ</rt></ruby>に依ず<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>い御人にて金銀に少しも目を懸ず<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>貧窮者</rb><rt>ひんきうもの</rt></ruby>や病人のある時は<ruby><rb>醫者</rb><rt>いしや</rt></ruby>に懸て下されたり金銀を<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>されたり<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>の先生なれば<ruby><rb>近郷近在</rb><rt>きんがうきんざい</rt></ruby>にては<ruby><rb>生神</rb><rt>いきがみ</rt></ruby><ruby><rb>先生々々</rb><rt>せんせい〱</rt></ruby>と人々が<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ふ<ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby>なり夫に又我等の處は<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に<ruby><rb>御贔屓</rb><rt>ごひいき</rt></ruby>にて女房は<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>仕事を能する故後家で居た時分には後藤先生の<ruby><rb>浣</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>から衣類を殘らず仕立たれば何なにか御心安くなし今でも<ruby><rb>縮緬類</rb><rt>ちりめんるゐ</rt></ruby>は時々此方へ仕立に遣はさるゝが<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>と違ひて<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>が<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しけれ共お<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>ゆゑまさかに今では出來ませんとも云れず其度に仕立て<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>るなり夫に又先生は<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>酒好</rb><rt>さけずき</rt></ruby>にて<ruby><rb>毎日</rb><rt>まいにち</rt></ruby><ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>へ酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>に御出なさるが<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に氣さくな御人にて我等の所の酒を飮では外の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>のは<ruby><rb>飮</rb><rt>のめ</rt></ruby>ないとて御<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>で<ruby><rb>飮</rb><rt>あが</rt></ruby>る時には御弟子衆に五升三升づつ取に御<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しなさる實に古今の酒好先生なりと<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり

## 第三十四回

扨又清兵衞は弟長兵衞に<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>をさしながら貴樣は如何して後藤先生を知つて居るやと問に長兵衞然ば<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>は<ruby><rb>奇代</rb><rt>きだい</rt></ruby>な者にて<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て來りし此人は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>越後</rb><rt>ゑちご</rt></ruby><ruby><rb>高田</rb><rt>たかた</rt></ruby>の浪人にて若き時同家中の娘を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て江戸へ<ruby><rb>逃來</rb><rt>にげきた</rt></ruby>る時に<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>熊谷宿</rb><rt>くまがやしゆく</rt></ruby>の弟八五郎が見世に休み夫より<ruby><rb>駕籠屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>引罹</rb><rt>ひつかゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>も女房も取れ<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>さへ<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>き處後藤先生が<ruby><rb>上州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby><ruby><rb>大間々</rb><rt>おほまゝ</rt></ruby>なる<ruby><rb>師父</rb><rt>しふ</rt></ruby>の大病にて行れたる歸り道に是も八五郎が見世へ休まれて<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>したる事から八五郎は<ruby><rb>此衆</rb><rt>このしう</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>が<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>引罹</rb><rt>ひつかゝ</rt></ruby>りたる事を物語りしに後藤先生は<ruby><rb>其若者</rb><rt>そのわかもの</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なれば助けて<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさんと云れて<ruby><rb>熊谷</rb><rt>くまがや</rt></ruby><ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>へ<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>駕籠屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>し<ruby><rb>此衆</rb><rt>このしう</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>を御助けなされ八五郎が家へ連て來り<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby>なし夫より八五郎も<ruby><rb>那通</rb><rt>あのとほ</rt></ruby>りの<ruby><rb>氣象者</rb><rt>きしやうもの</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>と思ひ手紙を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て私が所へ此衆夫婦と後藤先生三人を送り越せし故後藤先生と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>して此長八をば私しが世話をして<ruby><rb>世帶</rb><rt>せたい</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せ今では親分子分の<ruby><rb>間柄</rb><rt>あひだがら</rt></ruby>今度<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んで供に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て來りしも此<ruby><rb>譯也</rb><rt>わけなり</rt></ruby>又其節先生が廿兩と云う金を出して此衆夫婦を世話をして<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと御<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みゆゑ私も<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上紙屑商賣を初めさせし處<ruby><rb>僥倖</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して今では<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>もなく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居りて十七歳になる娘一人<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けたり<ruby><rb>概略</rb><rt>あらかた</rt></ruby>後藤先生の<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に御世話下されたる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は右申通りゆゑ今度<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ私が供をしながら昔しを忘れず後藤先生へ<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね申て<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>御禮</rb><rt>おんれい</rt></ruby>をも申上させんと<ruby><rb>思</rb><rt>おもひ</rt></ruby><ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て來し譯なり此樣又機の好幸ひなる事もなし併し月日の立のは早き者にて今年にて十八年以前の事と<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ清兵衞扨は然樣なることにて御知り人になりしか<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>と云者は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>なる者なり<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して見れば貴樣たちは親分子分私しは又後藤先生とは<ruby><rb>大</rb><rt>だい</rt></ruby>の<ruby><rb>御懇意</rb><rt>ごこんい</rt></ruby>なりと云つゝ<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>し<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しに身が<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby><ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>が<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>たり<ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>しならん今夜は<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と休むがよしと漸々<ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>を<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め女どもに云付て<ruby><rb>寢床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>を<ruby><rb>敷</rb><rt>しか</rt></ruby>せ<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>臥所</rb><rt>ふしど</rt></ruby>に入たりける<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>にも成ければ武藏屋長兵衞并に長八は後藤先生へ尋ね行んと思ひ<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の長兵衞へ何ぞ<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>をと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>しけるに長兵衞は遠方を來た事ゆゑ<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>も<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>ぬとて<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>がよし<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の物は何を上ても其樣にお<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びなされず酒さへ上ると夫は〱何よりのお悦びなり我も<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>せんにより夫は我等が<ruby><rb>宜樣</rb><rt>よきやう</rt></ruby>にするとて五升入の<ruby><rb>角樽</rb><rt>つのだる</rt></ruby>へ酒を入<ruby><rb>熨斗</rb><rt>のし</rt></ruby>を付一尺餘りの<ruby><rb>鯛</rb><rt>たひ</rt></ruby>を二<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby><ruby><rb>肴籠</rb><rt>さかなかご</rt></ruby>に入てサア〱是では<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしからずと<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなし是より三人<ruby><rb>連</rb><rt>づれ</rt></ruby>にて丸龜城下なる後藤半四郎の方へと<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りけり又後藤方にては此日は<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby><ruby><rb>稽古日</rb><rt>けいこび</rt></ruby>にて<ruby><rb>多</rb><rt>おほく</rt></ruby>の<ruby><rb>門弟</rb><rt>もんてい</rt></ruby><ruby><rb>聚</rb><rt>あつま</rt></ruby>り<ruby><rb>竹刀</rb><rt>しなひ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby><ruby><rb>懸聲</rb><rt>かけごゑ</rt></ruby>等<ruby><rb>喧</rb><rt>かま</rt></ruby>びしく今<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby><ruby><rb>眞最中</rb><rt>まつさいちう</rt></ruby>なる所へ三人は<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を乞ひければ<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>より<ruby><rb>竹具足</rb><rt>たけぐそく</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>を取たるばかりにてせい〱と<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>ながら一人の<ruby><rb>門弟</rb><rt>もんてい</rt></ruby><ruby><rb>取次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>に出を見て長兵衞<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>なし私しは江戸表馬喰町の新藤市之丞と申者に候が久々にて後藤先生の<ruby><rb>御機嫌伺</rb><rt>ごきげんうかゞ</rt></ruby>ひに參上仕りたり<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く<ruby><rb>御取次下</rb><rt>おんとりつぎくだ</rt></ruby>さるべしと云に門弟の者右の由を後藤へ申けれども<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>眞最中</rb><rt>まつさいちう</rt></ruby>にて取次の云事は少しも<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に入ず<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>なりと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付られ門弟は<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby><ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>して又々<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby>が<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>はせぬかと聞に長八<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく先年熊谷土手にて御世話に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りたる者にて候と云ば門弟は然樣かと云ながら<ruby><rb>稽古場</rb><rt>けいこば</rt></ruby>へ行て見るに今後藤は稽古を<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を入て居けるゆゑ<ruby><rb>怖々</rb><rt>こは〲</rt></ruby>前へ行先生只今の者に能々<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし處熊谷にて御世話になりたる者のよしに候と云ば後藤は是を聞何と云る熊谷にて世話に成し者だと夫れはへんな事なり其者<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby><ruby><rb>藤</rb><rt>ふぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>であらうが<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しは是まで女に心安き者はなき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なりと<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby><ruby><rb>狂言</rb><rt>きやうげん</rt></ruby>の<ruby><rb>洒落</rb><rt>しやれ</rt></ruby>を云ゆゑ門弟には少しも<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>して居るを後藤は是々其者の名前は何と申やと云に新藤市之丞と申せしと聞や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や後藤扨とは云ながら<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>形體</rb><rt>なり</rt></ruby>にて<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>へ出來り是は〱<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしや市之丞殿能こそ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>られたり<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>また長兵衞殿清兵衞殿も<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>か何れも<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき人々先々此方へ〱と云ながら<ruby><rb>一間</rb><rt>ひとま</rt></ruby>へ通しやれ〱<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>なりと<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに一<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>以來の<ruby><rb>情</rb><rt>じやう</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby><ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及びしが此度兄の病氣の<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>とも云はざれば<ruby><rb>金毘羅樣</rb><rt>こんぴらさま</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣旁々</rb><rt>さんけいかた〲</rt></ruby><ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>此清兵衞方へ<ruby><rb>到着仕</rb><rt>たうちやくつかま</rt></ruby>つり<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず御<ruby><rb>機嫌伺</rb><rt>きげんうか</rt></ruby>がひながら先年の御<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>に市之丞同道にて<ruby><rb>參上仕</rb><rt>さんじやうつかま</rt></ruby>つりしと申ければ後藤は<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びて清兵衞に向ひ貴樣の所の<ruby><rb>此客人達</rb><rt>このきやくじんたち</rt></ruby>は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有て昔し<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の者なり<ruby><rb>其仔細</rb><rt>そのしさい</rt></ruby>は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にて<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すべし時に長兵衞殿此清兵衞殿と云男は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なき者なり夫の又女房が<ruby><rb>縫針</rb><rt>ぬひはり</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>は大の<ruby><rb>上手</rb><rt>じやうず</rt></ruby>にて某しも<ruby><rb>仕立物</rb><rt>したてもの</rt></ruby>を<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むなりと語るに清兵衞は<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み此長兵衞儀は私しが<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>に候と申せしかばナニ長兵衞殿は貴樣の弟<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>とや<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>か<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>と云者は不思議なる者なり然すれば三人ながら親分子分兄弟の中別して<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>はいらぬ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>打寛</rb><rt>うちくつろ</rt></ruby>ぎて<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すべしと是より後藤は<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>を<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み弟子中へ<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りて歸し<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ來りしに清兵衞は五升入の<ruby><rb>角樽</rb><rt>つのだる</rt></ruby>に<ruby><rb>鮮鯛</rb><rt>せんたひ</rt></ruby>一<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て出し先生是は餘り<ruby><rb>御麤末</rb><rt>おそまつ</rt></ruby>なれども長兵衞長八兩人の<ruby><rb>御土産</rb><rt>おんみやげ</rt></ruby>なり<ruby><rb>御受納</rb><rt>ごじゆなふ</rt></ruby>下さる樣御願ひ申上ると云ば後藤は此品々を見て是は〱<ruby><rb>手厚</rb><rt>てあつ</rt></ruby>き<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>何よりの<ruby><rb>好物</rb><rt>かうぶつ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>に<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>まれ千萬<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし清兵衞貴樣の店の酒を飮では外の酒は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>飮</rb><rt>のめ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も<ruby><rb>結構々々</rb><rt>けつこう〱</rt></ruby>と大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>調理</rb><rt>こしらへ</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>にこそは及びけれ

## 第三十五回

扨長八は先年熊谷土手にて<ruby><rb>助</rb><rt>たすけ</rt></ruby>られたる事より廿兩の金子を惠まれたる事まで<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>其後夫婦とも<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>病氣なりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>全快なし<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より長八と改名して紙屑買となりしに<ruby><rb>僥倖</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>よく<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>して先不自由もなく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>す中お幸と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>娘迄</rb><rt>むすめまで</rt></ruby><ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けたる事など<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>り是と云も皆先生の<ruby><rb>御庇蔭</rb><rt>おんかげ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を云に後藤も<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は長兵衞の<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>と貴樣の<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>ゆゑなりなどと種々樣々の<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しに<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>りしが其日は<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>て江戸屋へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り頓て其年も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>正月にもなり家々の年禮も<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>しかば半四郎は幸ひ<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>當春</rb><rt>たうはる</rt></ruby>は江戸表へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て無刀流劔術の道場を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>かんと思ひ立當地の道場をば高弟に<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>り長兵衞長八兩人十四五日逗留の中に半四郎は支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ長兵衞長八を連れて江戸屋清兵衞に<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>れを<ruby><rb>告</rb><rt>つぐ</rt></ruby>るに清兵衞も萬端世話をなし<ruby><rb>土産物</rb><rt>みやげもの</rt></ruby>は先達て便船に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み置路用金等迄長兵衞に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>に及びて讃州を出立なし三人は道中<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく江戸馬喰町なる武藏屋の見世へ到着しければ家内は一同に<ruby><rb>出迎</rb><rt>いでむか</rt></ruby>へ道中<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なく歸りしを<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ぶ事限りなし其中にも日々に<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たりしは長八が女房お梅にて歸るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や長八を一ト間に呼び去年極月中旬町御奉行所より此邊の紙屑問屋并に屑買を一同に<ruby><rb>御呼出</rb><rt>およびいだし</rt></ruby>にて<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby>ありしが段々其樣子を聞しに山崎町に居る浪人者が百兩の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み其金にて<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>したる事露顯して<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ其盜賊の引合なりと申事にて如何にも<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>が氣に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り萬一文右衞門樣の御身の上に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝは</rt></ruby>る事ではある間じきやと思へども御前さんも長兵衞樣も<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>の事なり<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>もなし<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に女の身の<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>さは只々蔭ながら文右衞門樣を御案じ申ばかり兎角私は<ruby><rb>氣懸</rb><rt>きがか</rt></ruby>りなりと女房の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しを聞て長八は眉に皺を寄成程夫は氣に懸るは道理なり己も屑買はすれどもナニ不正の品を買ものか併し何にしても變な事と小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>けしが<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>是は質物を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>したるに付露顯したると云ば分りしなり夫は彼の廿五兩の金よりの事ならん其節質屋より質物が<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れるとて度々嚴敷催促なりしが右の金にて其品を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>せしゆゑ<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひの<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りしも知れず是と云も<ruby><rb>袖乞</rb><rt>そでごひ</rt></ruby>の身分にて云ば不相應なる大金の事ゆゑ疑ひの<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るまじとも云難し何にしても文右衞門樣が盜賊などなさる<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなけれど己も<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>ては<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れず何分氣に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝる</rt></ruby>により明日は早々山崎町へ行て文右衞門樣を<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby>申さんと夫婦相談に及びたり扨翌日にもなりければ長八夫婦は<ruby><rb>早朝</rb><rt>さうてう</rt></ruby>より兩人して山崎町<ruby><rb>乞丐頭長屋</rb><rt>がうむねながや</rt></ruby>なる大橋文右衞門方へと志ざしてぞ出行ける

## 第三十六回

「我が<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>の我を<ruby><rb>追</rb><rt>おひ</rt></ruby>けり<ruby><rb>冬</rb><rt>ふゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby>」と人之を<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ふ時は<ruby><rb>柳</rb><rt>やなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>紙鳶</rb><rt>たこ</rt></ruby>も<ruby><rb>幽靈</rb><rt>いうれい</rt></ruby>かと<ruby><rb>思</rb><rt>おもひ</rt></ruby><ruby><rb>石地藏</rb><rt>いしぢざう</rt></ruby>も<ruby><rb>追剥</rb><rt>おひはぎ</rt></ruby>かと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>くが<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>し然ば大橋文右衞門の女房お政は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の身の上を種々に案じ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるに豈計らんや紙屑屋長八夫婦御免なされと云ひながら<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>るを見ると<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>もせざる中に長八に<ruby><rb>獅齒付</rb><rt>しがみつき</rt></ruby><ruby><rb>胸元</rb><rt>むねもと</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>て<ruby><rb>捻居々々</rb><rt>ねぢすゑ〱</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な市之丞殿の恩知らず御前の置て行たる金ゆゑ夫文右衞門は盜賊の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ入牢となりし無實の災難夫に<ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞや去暮中御奉行所へ紙屑買を一同御呼出になり<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ねありし時は一向に其場へ<ruby><rb>面出</rb><rt>かほだし</rt></ruby>もせず夫ゆゑ今に<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りも立ず不實と云ふも<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りあり御前の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>さへ知れなば文右衞門の身分は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りが立御免のあるに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし<ruby><rb>恨</rb><rt>うらめ</rt></ruby>しきは市之丞殿と<ruby><rb>女心</rb><rt>をんなごころ</rt></ruby>の一￼に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り<ruby><rb>口惜紛</rb><rt>くやしまぎ</rt></ruby>れに市之丞へ喰付呉んとするゆゑにお梅は<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れて茫然たりしがマア〱御新造樣其所を御放し下されよ<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みは<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれども<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>には<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>があり先々御氣を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて一<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り御聞下され度と長八<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>むると雖どもお政は更に聞入ず否々私し共に何か<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みのあつてしたる業ならん私しの<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>は<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>となり此寒氣に若や牢死したなら私しは如何せん恩を仇で<ruby><rb>報</rb><rt>かへ</rt></ruby>すとは御前方夫婦の事サア〱只今直に夫文右衞門が身の<ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りを立出牢させて下されと<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>つ<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>つ<ruby><rb>掻</rb><rt>かき</rt></ruby>口説を市之丞夫婦は一々<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>には御座れども何卒御新造樣私し共の申事を一通り御聞なされて下さりませ<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に<ruby><rb>仰</rb><rt>おつ</rt></ruby>しやつた<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りでは<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>が<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りませず私共の申事を御聞成れた其上にて不實の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>も御座るなら如何樣共思召次第に成されましと種々樣々に<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>しければお政は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に手を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>すにぞ長八は<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>かき合せ其譯と云は舊冬<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし後親分の長兵衞に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれ十四日の日に<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>して讃州丸龜へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り昨晩江戸表へ歸りし處女房お梅が去暮中紙屑屋仲間一同御番所へ御呼び出になりし<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せしゆゑ<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>にしても文右衞門樣の御身の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>が<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じらるゝにより<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ只今<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね申せし<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>大恩</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>たる文右衞門樣に<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>意恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>あつて<ruby><rb>御難儀</rb><rt>ごなんぎ</rt></ruby>になる事を<ruby><rb>仕出</rb><rt>しいだ</rt></ruby>しませう<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く舊冬<ruby><rb>御呼出</rb><rt>およびいだ</rt></ruby>しの節は丸龜へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>の事又<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>て參りたる廿五兩の金は私し共夫婦<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上一人の娘を<ruby><rb>吉原</rb><rt>よしはら</rt></ruby>へ<ruby><rb>身賣</rb><rt>みうり</rt></ruby>せし金子にて<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>と申も十八ヶ年以前の御恩<ruby><rb>報</rb><rt>がへ</rt></ruby>しと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じて<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したる其金故に<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て文右衞門樣の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>となりしは<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>御氣毒</rb><rt>おきのどく</rt></ruby>とも<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>とも申樣も御座なく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に又肝腎の町所名前をも申置ず<ruby><rb>夫是</rb><rt>それこれ</rt></ruby>にて無實の御難儀を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しこと誠に面目次第も御座なく候との<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りを聞て女房お政は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き扨は然樣な事にてありしかと今さら<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みを云しが面目なく而て又其一人娘を吉原へ<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め奉公に<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>れたとは扨も〱<ruby><rb>悼</rb><rt>いた</rt></ruby>はしき事如何に<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しの恩あればとて夫程までに御夫婦が御<ruby><rb>心盡</rb><rt>こゝろづく</rt></ruby>しを<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れしものを勝手の事而已云並べ<ruby><rb>無恥</rb><rt>はすは</rt></ruby>な者と思されんは<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す〲も<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしやと<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>らめて<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいる</rt></ruby>にぞ長八夫婦はナニ〱其樣に<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られては却て私し共も面目なし何は兎もあれ然樣<ruby><rb>云事</rb><rt>いふこと</rt></ruby>なら直樣是より家主を同道なし御奉行所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>でて文右衞門樣の證人となり早々御差免しに相成樣御<ruby><rb>願</rb><rt>ねがひ</rt></ruby>申候はん<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず〱御<ruby><rb>心強</rb><rt>こゝろつよ</rt></ruby>く思し<ruby><rb>召下</rb><rt>めしくだ</rt></ruby>されよと長八夫婦は<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ馬喰町へと歸りけり<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又後藤半四郎は旅籠屋長兵衞方に滯留して居けるが今日長八夫婦の者見えぬゆゑ長兵衞を呼長八は何れへ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たるやと問に長八は何か<ruby><rb>急用</rb><rt>きふよう</rt></ruby>ありとて下谷の山崎町へ參りしと答へければ半四郎<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>か<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>にても有て行たるやと云に否何か外の用達に參りし樣子なるが山崎町と云處は<ruby><rb>乞丐頭長屋</rb><rt>がうむねながや</rt></ruby>ばかりあつて浪人者や<ruby><rb>物貰</rb><rt>ものもら</rt></ruby>ひの住居する所なりと云ば半四郎<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>では長八は二人して一<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひにでも<ruby><rb>出掛</rb><rt>でかけ</rt></ruby>しか歸り〱<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぐ男なりと大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たる所へ長八夫婦は歸り來りしかば後藤は是を見て長八<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れへ行しや<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひはありしかと云ば否先生御戯談所では御座りません<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>が出來ましたといふを聞長兵衞夫は何が<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>だと云に長八<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に大變なり親分に御相談申さねばならず<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>ても是まで親分には<ruby><rb>隱</rb><rt>かくし</rt></ruby>て<ruby><rb>御咄</rb><rt>おはな</rt></ruby>し申さざりしが私し共夫婦は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て御存じの通り<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>を<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>なし江戸へ<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>て<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りしも<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>はと云ば同家中なる大橋文右衞門と云人の<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にて兩人が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かり<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に廿兩と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>金迄</rb><rt>かねまで</rt></ruby>も<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>まれ路用として江戸へ來りし<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なるが道中にても先生の御恩になり又親分の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き御世話にて今日までも無難に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るも是皆樣の<ruby><rb>大恩</rb><rt>だいおん</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに去年の極月<ruby><rb>初旬</rb><rt>はじめ</rt></ruby><ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>の觀音樣より上野の大師樣へ參詣せんと下谷の車坂を<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りしに<ruby><rb>深編笠</rb><rt>ふかあみがさ</rt></ruby>を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りて<ruby><rb>黒絽</rb><rt>くろろ</rt></ruby>の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>のぼろ〱したるを<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>如何にも<ruby><rb>見寥</rb><rt>みすぼら</rt></ruby>しき<ruby><rb>容體</rb><rt>なり</rt></ruby>をして<ruby><rb>謠</rb><rt>うた</rt></ruby>ひを<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>ひながら<ruby><rb>御憐愍々々</rb><rt>ごれんみん〱</rt></ruby>と云つゝ往來に<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>て袖乞をする者あり其者の<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>の紋が<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>に三つ引ゆゑはてな<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>の紋と<ruby><rb>言葉遣</rb><rt>ことばづか</rt></ruby>ひと云大橋文右衞門に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るが<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>や浪人でもして零落されたることかと思ひて<ruby><rb>有合</rb><rt>ありあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を七八<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>しに有難うと<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふ其聲音迄文右衞門に寸分<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>はず<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り不思議に思ひしかば<ruby><rb>立止</rb><rt>たちとゞ</rt></ruby>まつて<ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>の<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>を見樣と思ふ中其浪人は<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐれ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>て歸る<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なれども<ruby><rb>蟲</rb><rt>むし</rt></ruby>の知らせしか文右衞門に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなしとこゝろへ夫より<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>て<ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞ</rt></ruby>けしに山崎町の<ruby><rb>乞丐頭</rb><rt>がうむね</rt></ruby><ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しかば其所を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねて見るに<ruby><rb>果</rb><rt>はた</rt></ruby>して大橋氏なるゆゑ私しもハツと思ひて何の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>も出ざりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>の事にて<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を聞に八ヶ年以前主家の騷動にて浪人なし<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>との<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しに付私しは<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>が<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>れるのみか如何にも<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に存じヤレ〱國元では五百石取の<ruby><rb>物頭役</rb><rt>ものがしらやく</rt></ruby>大橋文右衞門と云れた人が今一<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひの袖乞とは<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なしとも<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れとも餘りの事の<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>と思へば〱思ふ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>見ては居られぬにより直樣宿へ歸り女房お梅に<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上昔しの<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんはう</rt></ruby>じに<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お<ruby><rb>幸</rb><rt>かう</rt></ruby>を<ruby><rb>吉原</rb><rt>よしはら</rt></ruby>の<ruby><rb>玉屋山</rb><rt>たまやさん</rt></ruby>三郎方へ五十兩に<ruby><rb>身賣</rb><rt>みうり</rt></ruby>して其内廿五兩を文右衞門の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>なし<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しの<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんはう</rt></ruby>じなりと<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せし<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>物堅</rb><rt>ものがた</rt></ruby>き文右衞門なれば何と云ても<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>れず私しも仕方なき故<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ居たる中文右衞門は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>になりたるを<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ何も云ずに右廿五兩を<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>の中へ入れ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りたり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに其金にて文右衞門が<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもの</rt></ruby>を<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>せし處一文<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひの浪人者が一夜の中に金の出來る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし殊に文右衞門が流れの<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>に來たる時に帳箱の上に<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる百兩の金子<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したる故何でも文右衞門が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みとりたるに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなしと<ruby><rb>質屋</rb><rt>しちや</rt></ruby>の番頭久兵衞と云者が<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかゝ</rt></ruby>りて彼是と<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひとなりしに文右衞門は<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を付られたるを<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に思ひ切て<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>んと<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>す久兵衞を<ruby><rb>追懸</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>し<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>火附盜賊改</rb><rt>ひつけたうぞくあらた</rt></ruby>め役小出兵庫樣の御組下笠原粂之進とか云ふ人に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>となりしを文右衞門の女房が大岡樣へ<ruby><rb>御直訴訟</rb><rt>ごぢきそしよう</rt></ruby>をなし夫が爲<ruby><rb>舊冬</rb><rt>きうたう</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の紙屑屋を御奉行所へ御呼出しになり文右衞門へ<ruby><rb>引會</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>されし<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>折惡</rb><rt>をりあし</rt></ruby>く私しが御當地に居合せざれば文右衞門が金子の<ruby><rb>出所</rb><rt>しゆつしよ</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>かならず因つて今に<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>なし居る由實に親分大變が出來たるなりと云ば私しの<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>が<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>となり<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>ある人に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>し樣なるもの然れば私しも<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>しては居られぬゆゑ是より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に御奉行所へ<ruby><rb>駈込訴</rb><rt>かけこみそ</rt></ruby>を致し其金の證人に成うと思ふにより<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>親分</rb><rt>おやぶん</rt></ruby><ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて下されと一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby>一<ruby><rb>什</rb><rt>じふ</rt></ruby>の物語りを長兵衞は聞て<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>夫は大變な事貴樣の<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたる金より<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひを<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>て<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おち</rt></ruby>しと聞ては如何にも見て居られぬは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>は元より<ruby><rb>商賣柄</rb><rt>しやうばいがら</rt></ruby><ruby><rb>認</rb><rt>したゝめ</rt></ruby>るのに<ruby><rb>手間隙</rb><rt>てまひま</rt></ruby>は入らず然ば長八ナゼ貴樣は<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を賣しや<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに只一人娘のお幸を<ruby><rb>身賣</rb><rt>みうり</rt></ruby>せず共廿五兩の金子は何れ共出來やうに此長兵衞と云親分が付て居るぞ<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby>の事なら我等に<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>するがよし私しも馬喰町での武藏屋長兵衞旅籠屋仲間にて人にも知られし男<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>長兵衞の子分が一人娘を<ruby><rb>賣</rb><rt>うつ</rt></ruby>たなどと云れては此長兵衞が<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なし如何にも<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ては置れぬことなら<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>々々の<ruby><rb>譯也</rb><rt>わけなり</rt></ruby>と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しもあれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>手元</rb><rt>てもと</rt></ruby>に金は<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>ても廿五兩位の金は何れとも<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうづう</rt></ruby>は出來る者を我等に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しもなく大事の娘を賣などとは長八貴樣にも<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>なり<ruby><rb>先達</rb><rt>さきだつ</rt></ruby>て云し時は<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたりとよくも人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むきしなど申に長八は<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を<ruby><rb>撫</rb><rt>なで</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>云るゝと實に<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>次第もなし併し年中御世話にばかりなり其上<ruby><rb>節季</rb><rt>せつき</rt></ruby><ruby><rb>師走</rb><rt>しはす</rt></ruby><ruby><rb>押迫</rb><rt>おしつめ</rt></ruby>ての金の<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby><ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り心なしに<ruby><rb>御話</rb><rt>おはな</rt></ruby>しも出來ぬゆゑ<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく淺草田町の利兵衞と云國者を頼んで江戸町の玉屋山三郎方へ<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>し<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>御座らぬと申せば長兵衞よし〱お幸は<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なれ共<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし其中には受出す樣に仕やう先夫は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の事<ruby><rb>差當</rb><rt>さしあた</rt></ruby>つて文右衞門樣の一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>片時</rb><rt>かたとき</rt></ruby>も<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ては置れず<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>願書を<ruby><rb>認</rb><rt>した</rt></ruby>ためんと<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>にこそは<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りけり

## 第三十七回

扨又長兵衞は願書を<ruby><rb>認</rb><rt>した</rt></ruby>ためんとするに先より<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑居</rb><rt>のみゐ</rt></ruby>たりし後藤半四郎は長八が話しを聞夫は何にしても<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なる事なり併し其金を返せし處は實に<ruby><rb>頼母敷</rb><rt>たのもしき</rt></ruby><ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>なるが今の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>にては其大橋氏へ百兩の金が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>したと<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りし油屋の番頭こそ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なれ浪人しても<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby>する身が<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を付られては其分に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおか</rt></ruby>れずと云は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり番頭久兵衞とか<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>こそ<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>其者</rb><rt>そのもの</rt></ruby>を<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>せば文右衞門殿の<ruby><rb>證</rb><rt>あか</rt></ruby>りは立に相違なし是長八貴樣<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>をしやれ某し是より直樣油屋へ<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこん</rt></ruby>で久兵衞とか云ふ奴を<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へて<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby><ruby><rb>〆</rb><rt>しめ</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>して立上りたり後藤は<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうじき</rt></ruby><ruby><rb>正路</rb><rt>しやうろ</rt></ruby>の人なれば斯の如き事を聞時は<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>く思はれ<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の事にても<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>置れぬ<ruby><rb>性質</rb><rt>せいしつ</rt></ruby>なり是犬は<ruby><rb>陽</rb><rt>やう</rt></ruby>にして正直なる<ruby><rb>獸</rb><rt>けもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>猫</rb><rt>ねこ</rt></ruby><ruby><rb>狸</rb><rt>たぬき</rt></ruby><ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>魔性</rb><rt>ましやう</rt></ruby>の<ruby><rb>陰獸</rb><rt>いんじう</rt></ruby>を見る時は<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>噛殺</rb><rt>かみころ</rt></ruby>すが如し<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>性</rb><rt>せい</rt></ruby>に<ruby><rb>反</rb><rt>はん</rt></ruby>して<ruby><rb>陰惡</rb><rt>いんあく</rt></ruby>を<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>むものは<ruby><rb>陽正</rb><rt>やうせい</rt></ruby>の者是を<ruby><rb>見分</rb><rt>けんぶん</rt></ruby>するに<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>びざる所なり故に此半四郎も己正直なる心より番頭久兵衞が<ruby><rb>邪</rb><rt>よこ</rt></ruby>しまなるを聞て<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し殊に又今酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のん</rt></ruby>だる一ぱい<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>烈</rb><rt>はげ</rt></ruby>しく<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に油屋の見世へ<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこん</rt></ruby>で番頭久兵衞を<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>へ目に物見せて<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んずと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝ</rt></ruby>しる<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を聞一ト間の<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>を<ruby><rb>颯</rb><rt>さつ</rt></ruby>と<ruby><rb>押開</rb><rt>おしひら</rt></ruby>き<ruby><rb>御免成</rb><rt>ごめんなさ</rt></ruby>れと長兵衞の弟なる中仙道熊谷宿の<ruby><rb>寶珠花屋</rb><rt>はうじゆはなや</rt></ruby>八五郎此所へ入來たり是は〱後藤先生新藤市之丞樣<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に久々の御目<ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>り先々御<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby><ruby><rb>克</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>恐悦</rb><rt>きようえつ</rt></ruby>に存じ奉つる<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>こそ<ruby><rb>先程</rb><rt>さきほど</rt></ruby>より一ト間の内にて御<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはるに扨も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たるお<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>なりと存ぜし處果たして後藤先生なりと云ば一同も是はと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き長兵衞は八五郎に向ひ貴樣は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>したるや己は昨日歸つたばかりゆゑ<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の御<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>も知らざりしと云に八五郎いや私は此間中より來て居るが<ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>は四國へ行て未だ歸らずと云し<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>に餘りし事が出來て<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なりと云を<ruby><rb>傍</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より後藤はコリヤ八五郎殿<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に久し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>なり貴樣の世話に成しも<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>十七八年にもなるべし思へば一と昔し半の餘なるが貴樣の娘は<ruby><rb>無事</rb><rt>ぶじ</rt></ruby>に<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>せしなるべし<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>にても<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしか<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る事もなきやと尋ねられ八五郎は<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね下され<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く其娘の事にて<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>致せしなり長兵衞殿先一通り聞て下され<ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>も知らるゝ通り<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby><ruby><rb>秋</rb><rt>あき</rt></ruby>中山崎町に居る國者の山田屋佐兵衞が<ruby><rb>仲人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>にて先は質屋渡世土藏もあり<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢめん</rt></ruby>も<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>て<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の身上との事ゆゑ<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なし油屋五兵衞の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>五郎藏と云者へお秀を百兩の持參金にて<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>も<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>にして<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>た所が<ruby><rb>其聟殿</rb><rt>そのむこどの</rt></ruby>が<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>拔作</rb><rt>ぬけさく</rt></ruby>にて仕方なしと雖ども折角<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て行たる者なれば<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>せよと<ruby><rb>云聞</rb><rt>いひきけ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たる處其舅と云者は大の<ruby><rb>女好</rb><rt>をんなずき</rt></ruby>にて<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>の<ruby><rb>寢所</rb><rt>ねどころ</rt></ruby>へ來ては<ruby><rb>口説</rb><rt>くどき</rt></ruby>たてる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たる事なり夫にまだ大變なる事あり其店の番頭久兵衞と云者は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しい<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>にて是も主人の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>の處へ毎夜々々<ruby><rb>這掛</rb><rt>はいかけ</rt></ruby>る由右の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なれば人にはなしも出來ず<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>も<ruby><rb>居耐</rb><rt>ゐたゝま</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>此間中<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>し來りし<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>因て<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>にする<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りにて<ruby><rb>媒酌</rb><rt>なかだち</rt></ruby>へ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>し處親亭主を<ruby><rb>見捨</rb><rt>みすて</rt></ruby>て出行たる女なれば<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby><ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>まで出す事はならぬと<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはり</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>ても置れず<ruby><rb>故意々々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつぷ</rt></ruby>して<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby><ruby><rb>掛合處</rb><rt>かけあふところ</rt></ruby>に<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>は<ruby><rb>大馬鹿</rb><rt>おほばか</rt></ruby>なり<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>の五兵衞は何日行ても一寸とも<ruby><rb>會</rb><rt>あは</rt></ruby>ず唯店の久兵衞と云者ばかり一人彼是云て何れにも<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby>が<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>ず尤も向うが何樣に<ruby><rb>惡敷</rb><rt>あしき</rt></ruby>とも親亭主を<ruby><rb>見捨</rb><rt>みすて</rt></ruby>たと云<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>があるゆゑ<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>は云までもなく百兩の<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>はとても返す<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひなしと思ふゆゑ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>をしても<ruby><rb>構</rb><rt>かまは</rt></ruby>ぬが<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を出さぬには<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>たり何にしても番頭久兵衞と云<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>の<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>さ<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>にも<ruby><rb>陳</rb><rt>のべ</rt></ruby>られず兄さん何か仕方はあるまいかと云ふを<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に聞居たりし後藤は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し夫は如何にも油屋の<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり何にしても其久兵衞と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>が<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に相違なし<ruby><rb>主從</rb><rt>しゆじう</rt></ruby>して<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>へ<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>仕懸</rb><rt>しかけ</rt></ruby>るとは<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>なり其上<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を出さぬなどとは彌々<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れず此一件は貴樣<ruby><rb>達</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>しても此の後藤半四郎が<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>ならぬ是より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に某し<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>に行て百兩の<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>も<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>諸道具</rb><rt>しよだうぐ</rt></ruby><ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>までも殘らず取て<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべし又向うにて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>云て其品々を出さぬに於ては主從<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>引摺出</rb><rt>ひきずりだ</rt></ruby>し奉行所へ<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>訴訟</rb><rt>そしよう</rt></ruby>して一言も<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>せぬ樣にせねばならぬコリヤ長兵衞久五郎貴樣<ruby><rb>達</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>を頼むサア〱山崎町へ行油屋へ<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこん</rt></ruby>で遣らんと云故長兵衞と久五郎の兩人は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なし<ruby><rb>先生</rb><rt>せんせい</rt></ruby><ruby><rb>貴公</rb><rt>あなた</rt></ruby>の<ruby><rb>御氣象</rb><rt>ごきしやう</rt></ruby>では<ruby><rb>御立腹</rb><rt>ごりつぷく</rt></ruby>なさるゝも<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれど先々<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>咄合</rb><rt>はなしあふ</rt></ruby>て大ぎやうにならぬ樣に<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあふ</rt></ruby>が宜しく何れにも明日の事に致す<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りなれば<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>御鎭</rb><rt>おしづ</rt></ruby>まり下されよと漸々に<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>めけり

## 第三十八回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば後藤半四郎は明日こそ是非々々<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>し同道すべし<ruby><rb>待構</rb><rt>まちかま</rt></ruby>へたり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又長八は何にしても大橋文右衞門樣の御事を<ruby><rb>跡廻</rb><rt>あとまは</rt></ruby>しにはならぬと云を長兵衞久五郎の兩人今其事を<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へなば第一<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>始め<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>まで其一件に<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>られて<ruby><rb>仕廻</rb><rt>しまう</rt></ruby>により<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>此一件を片付て後に大橋樣の一件に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>を極め<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>明日<ruby><rb>仲人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>佐兵衞を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て山崎町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあふ</rt></ruby>事にせんと申すに後藤も是非々々同道すべしと云ふゆゑ長兵衞八五郎は甚だ心配なし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>先生を同行して<ruby><rb>行時</rb><rt>ゆくとき</rt></ruby>は餘り<ruby><rb>強氣</rb><rt>がうぎ</rt></ruby>なる事をして<ruby><rb>大騷動</rb><rt>おほさうどう</rt></ruby>を<ruby><rb>仕出</rb><rt>しいだ</rt></ruby>さねばよいがと思ふゆゑ今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りにて<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>夫にても<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>ざる節は先生に願はんと申に後藤は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby><ruby><rb>達</rb><rt>たち</rt></ruby>其樣に心配する事はなし某しとてもまんざら<ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>の事はせず<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>にすべし<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>が八五郎殿の<ruby><rb>弟分</rb><rt>おとゝぶん</rt></ruby>になり親類なりと云つて行ば<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>貴樣達は先へ行て一通り<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあは</rt></ruby>れよ某しは其中<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>て<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>貴樣達の掛合<ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby>が明ずば其時に油屋へ<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこん</rt></ruby>で掛合遣さん其<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りにしては如何と云ば<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なしたりけり扨<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>に相成ければ後藤半四郎は長兵衞八五郎同道にて山崎町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>仲人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>の山田屋佐兵衞方へ立より今日は是非々々娘が<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もらは</rt></ruby>ねばならず夫に付我等兄弟共へ<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>せし所が<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>衣類道具等までも損をして離縁状計り取とは餘り<ruby><rb>馬鹿氣</rb><rt>ばかげ</rt></ruby>た事とて<ruby><rb>不承知</rb><rt>ふしようち</rt></ruby>を申餘り無法の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なりと云に付今日其弟を同道して參りしなり御苦勞ながら御出下されよと云に<ruby><rb>仲人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>佐兵衞は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>モシ八五郎さん御前に弟はなき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるが其弟と申さるゝは今迄<ruby><rb>何地</rb><rt>いづれ</rt></ruby>に<ruby><rb>御在</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされしやと問ければ八五郎は<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>らず御前さんの御存じなきも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の時<ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>に遣して<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>縁切</rb><rt>えんきり</rt></ruby>になし置しが今にては<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>して四國の丸龜に於て劔術の<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししやう</rt></ruby>をなし居けるが此節江戸見物に出來りし故兄弟久々の<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>にて何やかや<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>したる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なり夫に付今日同道して來たりしと云ふに佐兵衞は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なるか道理こそ私しは知らぬ筈なりと是より半四郎長兵衞長八仲人佐兵衞を同道して油屋へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り半四郎をば門口に<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>せ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>長兵衞八五郎佐兵衞の三人は油屋の見世へ上り込に此日油屋五兵衞親子は大橋文右衞門の一件にて奉行所へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>しになりて<ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>には番頭久兵衞只一人帳場に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居たりしかば三人の者は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>一通りの<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及び扨久兵衞殿此間中より<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>御懸合</rb><rt>おかけあひ</rt></ruby>申せし通り娘事先は<ruby><rb>御縁</rb><rt>ごえん</rt></ruby>のなき<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か今日こそは<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされて下され<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>になりて當人の氣の進まぬものを無理に押付て元の<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めると<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らず私しどもの方にても<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と申日に御懸合の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>もあると云ものゝ<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>を申て見れば<ruby><rb>實</rb><rt>み</rt></ruby>も<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>もなき<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>して<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ずに居るが花なり<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か離縁状を出して下されと云に番頭久兵衞は<ruby><rb>空眠</rb><rt>そらねぶ</rt></ruby>りをして居たりしが<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>其事</rb><rt>そのこと</rt></ruby>は前々より申通り<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>を見捨て逃出したる嫁に離縁状は<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>れぬと主人も申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に今日は<ruby><rb>兩旦那</rb><rt>りやうだんな</rt></ruby>とも<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>ではあるし<ruby><rb>假令</rb><rt>よしや</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>に御出なされて御<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>し申た所が<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>に暇を呉た女へ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>素直</rb><rt>すなほ</rt></ruby>に離縁状を御出しなさいとは<ruby><rb>傍</rb><rt>はた</rt></ruby>からも云れぬなり若旦那にも存じ寄りありと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れし故<ruby><rb>右</rb><rt>と</rt></ruby>にも<ruby><rb>左</rb><rt>かく</rt></ruby>にも離縁状は出されぬから何れとも御前方の<ruby><rb>存分</rb><rt>ぞんぶん</rt></ruby>になさるが<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らかに<ruby><rb>云放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>したり

## 第三十九回

扨又長兵衞は八五郎が<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>を聞き番頭さんには一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>の樣なれ共決して<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>見捨</rb><rt>みすて</rt></ruby>たと<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>にてはなく<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>の方にもよく〱<ruby><rb>居耐納</rb><rt>ゐたたま</rt></ruby>れぬ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>ある故也八五郎の娘ばかり惡きとも<ruby><rb>云難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>く夫を<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>をすれば<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>五兵衞殿は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>御前までへも<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>を<ruby><rb>與</rb><rt>あた</rt></ruby>ふる譯なれば私し共の方にて云ぬ中が花なり御前とても<ruby><rb>此見世</rb><rt>このみせ</rt></ruby>の<ruby><rb>支配人</rb><rt>しはいにん</rt></ruby>同樣に御出なされば御前の取計らひ一つにて何れとも<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ことと思はれる私しどもゝ同じ<ruby><rb>御咄</rb><rt>おはなし</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りを何時迄も致すは<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なり殊に又私しの末の弟が<ruby><rb>六</rb><rt>む</rt></ruby>ツケ<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>ふゆゑ何か<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より申通り<ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>の百兩衣類道具代等は兎も角も<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>ばかりを遣はされて下され<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば御前の方は十分ならんと申に久兵衞コレ<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>な事を云なさるな御前<ruby><rb>親類書</rb><rt>しんるゐがき</rt></ruby>にも八五郎殿の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に弟はなき筈なりよし分つたり是は定めて出入師とか<ruby><rb>公事師</rb><rt>くじし</rt></ruby>とか云ふ者を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て來りしならん<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>し〱何でも連て<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>るがよし此久兵衞が相手なり親夫に暇を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>た女に離縁状は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby><ruby><rb>持參金</rb><rt>ぢさんきん</rt></ruby>などは少しも返す事成ず<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby><ruby><rb>公事師</rb><rt>くじし</rt></ruby>にても何でも連て來るべし此方よりこそ願ひ出べきと思ふ處なり此久兵衞が相手になれば奉行所へ出樣が<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>の御前であらうが<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に<ruby><rb>言開</rb><rt>いひひら</rt></ruby>きて見せるサア〱<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れとも勝手にせられよと大聲に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りければ佐兵衞八五郎の兩人は心中に<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ後藤先生を<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこん</rt></ruby>では必らず<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>にならんと思ひ腹の立のを<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ〱て久兵衞を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め離縁状を取んとすれ共彼<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず猶々<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>りて不法を云ゆゑ<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく後藤半四郎を呼に此方の後藤は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より表に立て<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>聞居</rb><rt>きゝゐ</rt></ruby>たりしが元より<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby><ruby><rb>濶達</rb><rt>くわつたつ</rt></ruby>の人故ぢり〱氣を<ruby><rb>焦</rb><rt>いら</rt></ruby>ち今に見よと<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を<ruby><rb>摩</rb><rt>さす</rt></ruby>つて<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>處に八五郎が呼込や否や油屋の見世へ<ruby><rb>躍</rb><rt>をど</rt></ruby>り<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りたり<ruby><rb>其體</rb><rt>そのてい</rt></ruby><ruby><rb>赤銅造</rb><rt>しやくどうづく</rt></ruby>りの<ruby><rb>強刀</rb><rt>がうたう</rt></ruby>を帶し<ruby><rb>段織</rb><rt>だんおり</rt></ruby>小倉の<ruby><rb>大縞</rb><rt>おほじま</rt></ruby>なる<ruby><rb>馬乘袴</rb><rt>うまのりばかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>うが</rt></ruby>ち鐵骨の扇を持て<ruby><rb>腕捲</rb><rt>うでまく</rt></ruby>りなしたる勢ひ仁王の如き有樣ゆゑ番頭久八アツと云て<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>逃入</rb><rt>にげいら</rt></ruby>んとするを半四郎は腕さし<ruby><rb>伸</rb><rt>のば</rt></ruby>して久兵衞の<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby><ruby><rb>引掴</rb><rt>ひつつか</rt></ruby>み忽ち其所へ<ruby><rb>捻伏</rb><rt>ねぢふせ</rt></ruby><ruby><rb>玄翁</rb><rt>げんおう</rt></ruby>の如き<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶ</rt></ruby>しを<ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby>久兵衞が面體を二ツ三ツ打叩く故久兵衞は大いに恐れ何卒御免下され<ruby><rb>御侍士樣</rb><rt>おさぶらひさま</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぞ命ばかりは御助け下さりましと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいる</rt></ruby>を後藤は猫の仕置をするやうに鼻づらを<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>摺付</rb><rt>すりつけ</rt></ruby>々々己れが此店の久兵衞とか<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>か<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>番頭の身を以て<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>にも亭主が馬鹿なりとて主人の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>へ不義を<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>る<ruby><rb>人外者</rb><rt>にんぐわいもの</rt></ruby>めと又々鼻づらをこするゆゑ御免々々と<ruby><rb>泣叫</rb><rt>なきわめ</rt></ruby>くを是<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>け汝は主人五兵衞とやらと兩人して<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>のお秀へ不義を仕掛るは主從共<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひも揃ひし<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしやう</rt></ruby>ども<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て嫁のお秀も<ruby><rb>居耐</rb><rt>ゐたゝま</rt></ruby>れず終に<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>せしなり夫に<ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞや親亭主を見捨て<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>したる女故離縁状を出されぬの持參金道具迄も渡されぬなどとは<ruby><rb>極惡不道</rb><rt>ごくあくぶだう</rt></ruby>の申分只今持參金の百兩衣類諸道具へ離縁状を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て出せ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>出さぬに於ては<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと又々<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を振上ければ久兵衞は兩手を上げアヽ<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>御勘辨</rb><rt>ごかんべん</rt></ruby>下されよ<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の通り持參金も離縁状も殘らず差上申べし<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御助け下さる樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに願ひ奉つると涙を流して<ruby><rb>謝</rb><rt>あや</rt></ruby>まるにぞ後藤は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>勘辨して遣はさんと云ながら引起しよく〱顏を見たりしがはて<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>でか見た樣な奴オヽ<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〱</rt></ruby><ruby><rb>片小鬢</rb><rt>かたこびん</rt></ruby>の<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>にて思ひ出したり汝は〱不屆なる奴と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>付られ久兵衞は再び<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き何とぞ御武家樣<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>を願ひ奉つると何か樣子有氣に疊へ<ruby><rb>天窻</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>摺付</rb><rt>すりつけ</rt></ruby>々々<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいり</rt></ruby>つゝ持參金の儀は此節店の都合も御座れば二三日御待下さるべし荷物并びに離縁状の處は兩主人歸り<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby><ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>にも直に御宿所まで持參仕り候はんにより<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も是までの<ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby><ruby><rb>御勘辨</rb><rt>ごかんべん</rt></ruby>下さる樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに〱願ひ上奉つると<ruby><rb>震</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>平蜘</rb><rt>ひらくも</rt></ruby>の如くになりて申ゆゑ後藤は<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげ然らば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>なく馬喰町二丁目武藏屋長兵衞方へ持參せよ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>又<ruby><rb>違約</rb><rt>ゐやく</rt></ruby>に及ばは<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>汝を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby><ruby><rb>訴訟</rb><rt>そしよう</rt></ruby>するぞ<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>間違へなと申先是にて<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りしなり<ruby><rb>率</rb><rt>いざ</rt></ruby>皆々歸るべしと後藤は立上るに三人も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に出立しが<ruby><rb>仲人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>佐兵衞へ別れを告げ<ruby><rb>馬喰町</rb><rt>ばくろちやう</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て歸りける

## 第四十回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>道々長兵衞八五郎は後藤に向ひ彼の久兵衞と云ふ奴は先生を見ると大いに<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>せし樣子にて<ruby><rb>無闇</rb><rt>むやみ</rt></ruby>に手を合せて<ruby><rb>御慈悲々々</rb><rt>おじひ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>謝</rb><rt>あや</rt></ruby>まりたる<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>さよ尤も先生の勢が<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じいゆゑ誰も先生の顏を見ると恐るれども別して<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>は色<ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>て<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ出せしが何でも先生を知つて居る樣子何れ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>のあることならんと云ふ半四郎は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て夫は<ruby><rb>其筈</rb><rt>そのはず</rt></ruby>なり某し先年國へ歸る時東海道<ruby><rb>戸塚</rb><rt>とつか</rt></ruby>の<ruby><rb>燒餠坂</rb><rt>やきもちざか</rt></ruby>より<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>が<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>になりし處其夜三島の宿へ泊りしに拙者の<ruby><rb>寢息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>を考へ<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の金を取んとしたる<ruby><rb>騙子</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>なり其時<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>を<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>へしに宿屋の者ども寄集り<ruby><rb>片小鬢</rb><rt>かたこびん</rt></ruby>の毛を引拔て<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>をなしたるなり因て某し彼奴を<ruby><rb>戒</rb><rt>いま</rt></ruby>しめ以後惡心出しなら其の入墨を<ruby><rb>水鏡</rb><rt>みづかゞみ</rt></ruby>に<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>し見て心を改めよと云て逃し遣はしたる奴なれば<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>が顏を見るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>したるはず<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り〱て今日又拙者に再會するとは因果な奴なりと久兵衞が<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>しかば長兵衞八五郎は<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を聞て扨々<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なるか如何さま<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>に半分<ruby><rb>眞黒</rb><rt>まつくろ</rt></ruby>に入墨をしてありしが<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>だ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる奴先生が御出下されしゆゑ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>埓</rb><rt>らち</rt></ruby>が<ruby><rb>明</rb><rt>あき</rt></ruby>しなり彼奴先年の<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を云れては<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らぬ故夕方までには<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>離縁状を持て來るに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし先には大きに<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じ先生が<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>の心より又如何なる<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうだう</rt></ruby>が出來樣かと思ひしに斯して見ると先生を<ruby><rb>御連</rb><rt>おつれ</rt></ruby>申ただけもつけの幸ひ<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じるより<ruby><rb>産</rb><rt>うむ</rt></ruby>が安いとは此事なるべしと<ruby><rb>道々</rb><rt>みち〱</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>乍</rb><rt>ながら</rt></ruby><ruby><rb>馬喰町</rb><rt>ばくろちやう</rt></ruby>へぞ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りける是より長兵衞長八は<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>して大橋文右衞門の一件を<ruby><rb>證人</rb><rt>しようにん</rt></ruby>になりて訴へ出んと願書を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め掛るに後藤半四郎も是を聞き長兵衞殿<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>の名前も書入られよ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>ゆゑ御呼出しになるに違ひなし其節奉行所にて久兵衞が<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>を申立<ruby><rb>吟味詰</rb><rt>ぎんみつめ</rt></ruby>を願はゞ百兩の<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>も大方番頭久兵衞の仕業に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>有まじ又貴樣は<ruby><rb>公事宿</rb><rt>くじやど</rt></ruby>の商賣柄<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>が事は兄弟とか親類とか云て名前を書加へられよと申に長兵衞<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>は<ruby><rb>馬喰町</rb><rt>ばくろちやう</rt></ruby>にて八十二<ruby><rb>間組</rb><rt>けんぐみ</rt></ruby>の公事宿だけあれば筆を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つて願書を<ruby><rb>認</rb><rt>した</rt></ruby>ため直に<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>南町奉行大岡越前守殿へ<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しかば越前守殿には願書を取上になり<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>に及ぶとの事にて其日は下られけり扨又山崎町なる油屋五兵衞の番頭久兵衞は今日<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも<ruby><rb>寶珠花屋</rb><rt>はうじゆばなや</rt></ruby>八五郎の娘お<ruby><rb>秀</rb><rt>ひで</rt></ruby>が<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>の一件に付後藤半四郎に<ruby><rb>再會</rb><rt>さいくわい</rt></ruby>して大いに驚きしと雖も先々離縁状を馬喰町へ持行後藤先生に<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を願ひて以前の惡事を云はれぬ樣に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まんと思ひ<ruby><rb>若旦那</rb><rt>わかだんな</rt></ruby>五郎藏が奉行所より歸るを今や〱と<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たり此番頭久兵衞は<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>なる奴なれども今後藤に舊惡を云るゝ時は己油屋の店に居る事ならず因て早々<ruby><rb>離縁状</rb><rt>りえんじやう</rt></ruby>を出して此一件は掛り合を<ruby><rb>免</rb><rt>まぬ</rt></ruby>かれ而して文右衞門へ<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひがか</rt></ruby>りし百兩は何所までも申張て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>に<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>せ<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れは<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>ぬく〱と油屋に居る<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>なり然れば半四郎長兵衞長八の三人が大橋文右衞門の爲に<ruby><rb>證人</rb><rt>しようにん</rt></ruby>となりて奉行所へ訴へ出し事は神ならぬ身の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らず是<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>の然らしむる所にして久兵衞が<ruby><rb>極惡</rb><rt>ごくあく</rt></ruby><ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>の小口とこそはなりにけれ扨も<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>五年三月五日油屋五兵衞并びに同人家内は<ruby><rb>奉公人</rb><rt>ほうこうにん</rt></ruby>に到るまで一人も<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず呼出しと相成しかば家主五人組一同<ruby><rb>差添</rb><rt>さしぞへ</rt></ruby>奉行所へ<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいづ</rt></ruby>るに程<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>になり願人相手方とも<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>びし時に大岡殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>有て<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>にこそは及ばれたり此大岡殿は<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>も目を<ruby><rb>眠</rb><rt>ねぶ</rt></ruby>りて居られたりと昔し足利家の<ruby><rb>御世</rb><rt>みよ</rt></ruby><ruby><rb>名奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>と世に<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝ</rt></ruby>へたる<ruby><rb>青砥</rb><rt>あをと</rt></ruby>左衞門尉藤綱も<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>を<ruby><rb>聽</rb><rt>きく</rt></ruby>時は必らず目を眠りて居られしとぞ夫は又何故と云に<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>いかなる名奉行にても元來<ruby><rb>凡人</rb><rt>ぼんにん</rt></ruby>の身なれば其人の顏色を見て<ruby><rb>愛惡</rb><rt>あいを</rt></ruby>の心生ずるは是人情なり然すれば知らず〱<ruby><rb>依顧贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>の<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>にも成ゆくにより心に<ruby><rb>親疎</rb><rt>しんそ</rt></ruby>のなきやうにと<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りて訴訟を聽れたりとぞ何さま<ruby><rb>容貌</rb><rt>かほかた</rt></ruby>ち<ruby><rb>優</rb><rt>いう</rt></ruby>にやさしく見えると雖も心に惡を<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>む者あり又顏色<ruby><rb>蓬</rb><rt>おど</rt></ruby>ろにして恐ろし<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる者も心は<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に竹を<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>たる如き善人あり或ひは言葉を巧みに人を罪に落とすもあり又<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>十分の理を持ながら<ruby><rb>訥辯</rb><rt>とつべん</rt></ruby>の爲に言伏られて<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おつ</rt></ruby>るもあり<ruby><rb>其善惡</rb><rt>そのぜんあく</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されるは<ruby><rb>表眼</rb><rt>へうがん</rt></ruby>を眠り<ruby><rb>心眼</rb><rt>しんがん</rt></ruby>を以て是を見る時は其<ruby><rb>邪正</rb><rt>じやせい</rt></ruby>自然に感ずると云ふ

## 第四十一回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>大橋文右衞門一件<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>山崎町<ruby><rb>質渡世</rb><rt>しちとせい</rt></ruby><ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby>五兵衞并びに同人家内の者奉公人に至るまで一同<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しになりし處此の番頭久兵衞のみ<ruby><rb>名前</rb><rt>なまへ</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なきに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>彼一人は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>をして家に殘りし<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>是は大岡殿深き<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>あるが故に久兵衞一人は<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と差紙に名前を<ruby><rb>載</rb><rt>のせ</rt></ruby>ず外の奉公人を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>して久兵衞が平日<ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>さんとの事なる由<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>に越前守殿白洲を見られ下谷山崎町家持五兵衞<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>五郎藏其方<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>は<ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>になるや<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>はあるかと尋ねらるゝに五郎藏はひよくりと<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>じろ〱<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻しながら私しの年は<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>か廿二歳ばかりにて<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>は御座りましたが私しを<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>此間</rb><rt>このあひだ</rt></ruby><ruby><rb>御出</rb><rt>おで</rt></ruby>やりましたと<ruby><rb>自他</rb><rt>じた</rt></ruby>も分らぬ事を一向<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>る<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく云ければ越前守殿は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑ</rt></ruby>まれ是は餘程<ruby><rb>拔作</rb><rt>ぬけさく</rt></ruby>なりと思はれし故<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>にして若い者重助へ向はれ其方年は<ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>になるや<ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>より五兵衞方に奉公致し<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るか<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと云れしに重助はハツと答えて私し儀當年廿二歳にて<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の時より五兵衞方へ參り<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>十年程相勤め<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り在候と申を大岡殿聞れ大分其方は<ruby><rb>神妙者</rb><rt>しんめうもの</rt></ruby>と見える昨年より當年へかけ<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を取て<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りしと云ふ者か又は<ruby><rb>不首尾</rb><rt>ふしゆび</rt></ruby>にて<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>しとか何か五兵衞方をいでし者はなきやどうぢやと有に重助ヘイ當六月中<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>七年ばかり<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めし<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>に藤助と申す者御座りしが<ruby><rb>眼病</rb><rt>がんびやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りしもの其外には<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>ました者は一向御座りませんと申しければ越前守殿なるほど其の藤助は今以て歸參は致さぬか<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>眼病</rb><rt>がんびやう</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るやどうぢやとあるに重助<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の通り今以て眼病にて<ruby><rb>惱</rb><rt>なや</rt></ruby>み居りますと申せば大岡殿其藤助が<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の樣子は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや兩親はあるか又渡世は何をして居るや存じ居らば一々申立てよと云はるゝに重助ハイ<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>はなきとのこと藤助の<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>が一人御座り年は十九歳ばかりにて未だ<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>も是なき<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>なりと申しければ大岡殿其者は人の世話にでもなりて居る樣子かと申さるゝに重助は<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りし<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>にて<ruby><rb>其樣</rb><rt>そのやう</rt></ruby>は一向存じませぬと云ば大岡殿汝は傍輩の<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>病氣<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しならん夫れとも見舞には行ぬか<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや少しにても僞るに於ては其方の爲にならぬぞコリヤ主人五兵衞並に悴の五郎藏などは<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たで有うどうぢやと云るゝに重助<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>私し共も主人も參りし事は一度も御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し番頭久兵衞は<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby><ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に參り候と申せしかば大岡殿<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>かと申され此事を<ruby><rb>手帳</rb><rt>てちやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>留置</rb><rt>とめおか</rt></ruby>れたり又若い者の喜七に向はれ其方<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>にて年は何歳なるやと尋ねらるゝに喜七私し生國は下總國<ruby><rb>行徳</rb><rt>ぎやうとく</rt></ruby>にて年は十九歳也と答へ夫れより越前守殿は松三郎金藏下男彌助に至る迄<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも生國<ruby><rb>歳等</rb><rt>としとう</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>れ〱と申されければ皆々<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りたり此時<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>十歳ばかりに<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>小僧の三吉と云ふ者有りけるが主人五兵衞始め<ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>し人々吟味の<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>一人づつ段々と<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りて今は主人の悴五郎藏と<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>のみ只二人白洲に殘されければ<ruby><rb>心細</rb><rt>こゝろぼそ</rt></ruby>くやありけんめそ〱と涙を流して<ruby><rb>泣居</rb><rt>なきゐ</rt></ruby>るに大岡殿三吉を見らるゝに<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>物賢</rb><rt>ものかし</rt></ruby>こく<ruby><rb>利口</rb><rt>りこう</rt></ruby>さうなる小僧ゆゑ此者を<ruby><rb>欺</rb><rt>だまし</rt></ruby>て<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>さば百兩の盜賊も知れるに相違なしと<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より目を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>られしかば斯の如く<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>へ廻されしなり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>再び<ruby><rb>馬鹿子息</rb><rt>ばかむすこ</rt></ruby>五郎藏を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さんと思はれ越前守殿コリヤ五郎藏其方の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>は何故<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しや又當人は親類中より參りし者かと申さるゝに五郎藏<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>親類から參つたのでは御ざりませんが一<ruby><rb>所</rb><rt>しよ</rt></ruby>に<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>るのが<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひで<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>やりました<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>つたから親類で有りましたが出て行けば他人でござりますどうぞ御奉行樣私しの<ruby><rb>内儀</rb><rt>おかみさん</rt></ruby>を<ruby><rb>御歸</rb><rt>おかへ</rt></ruby>し下さる樣偏へに御願ひ申ますと<ruby><rb>眞面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>で云ふゆゑ<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>びし役人共一同笑ひに<ruby><rb>耐兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby><ruby><rb>眞赤</rb><rt>まつか</rt></ruby>に成て居るにぞ越前守殿も<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>はれながら<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby>を以て近々に<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>して遣はさん<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又其方は家内にて<ruby><rb>怕</rb><rt>こはい</rt></ruby>ものは誰なるやと尋ねられければ五郎藏ハイ私しの<ruby><rb>怕者</rb><rt>こはいもの</rt></ruby>は番頭の久兵衞でござります毎度私しを<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしく<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>たり<ruby><rb>怕</rb><rt>こはい</rt></ruby><ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>で<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらめ</rt></ruby>ますから久兵衞ほど<ruby><rb>怕者</rb><rt>こはいもの</rt></ruby>は御座りません夫れに<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>若い者重助は誠に<ruby><rb>好者</rb><rt>よきもの</rt></ruby>にて若旦那々々々と云て大事にして<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ますと申すに越前守殿夫れにて分つたり<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>れ〱と申されしかば私しの<ruby><rb>御内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も<ruby><rb>御歸</rb><rt>おかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さいましと言つゝ白洲を立て下りけり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>には彼の十歳ばかりなる三吉小僧のみ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>一人殘され<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>は<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て白洲へは<ruby><rb>灯</rb><rt>あか</rt></ruby>りがつき<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby><ruby><rb>森々</rb><rt>しん〱</rt></ruby>として<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>とやら<ruby><rb>物凄</rb><rt>ものすご</rt></ruby>く成しかば三吉は聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て<ruby><rb>泣出</rb><rt>なきいだ</rt></ruby>すゆゑ越前守殿は<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>にコリヤ〱三吉<ruby><rb>最少</rb><rt>もつ</rt></ruby>と前へ出よ何も<ruby><rb>怕事</rb><rt>こはいこと</rt></ruby>はなし<ruby><rb>泣</rb><rt>なく</rt></ruby>な〱サア〱<ruby><rb>好物</rb><rt>いゝもの</rt></ruby>を遣はさうと<ruby><rb>饅頭</rb><rt>まんぢう</rt></ruby>を紙に<ruby><rb>載</rb><rt>のせ</rt></ruby>て與へられ是を<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>よ〱手前は一番利口者オヽ<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>い奴だサア<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>せずに<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>よ〱と申さるゝに<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>は子供ゆゑ<ruby><rb>菓子</rb><rt>くわし</rt></ruby>を見ると<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>しながら<ruby><rb>押頂</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>きて<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しま</rt></ruby>ふ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>大岡殿コレ〱小僧<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>で<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>よと言はれしかば三吉ヘイ有難う御座いますが<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>番頭<ruby><rb>樣</rb><rt>さん</rt></ruby>に見せてから<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>ないと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られますと申すに大岡殿オヽ<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>か手前は<ruby><rb>利口者</rb><rt>りこうもの</rt></ruby>だサア夫れなら今一ツ遣はさうと此度は自身に<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>まで<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいで</rt></ruby>られ手渡しにして<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>喰</rb><rt>たべ</rt></ruby>よ〱と申されしに三吉は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>として<ruby><rb>饅頭</rb><rt>まんぢう</rt></ruby>を<ruby><rb>喰居</rb><rt>くひゐ</rt></ruby>るに越前守殿<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ三吉其方の年は<ruby><rb>幾歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby>になると聞れけるに三吉は早少し<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>し<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>にてハイ私は當年十歳になりますと答へければオヽ十歳になるか<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へが分る<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>温和</rb><rt>おとなし</rt></ruby>い奴ぢや<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>尋ねる事を一々申立よ<ruby><rb>素直</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>に云ば<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ歸して<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>る<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>を云ば家へも歸さず<ruby><rb>宿入</rb><rt>やどいり</rt></ruby>にも<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ぬぞよ三吉其方は番頭久兵衞の<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をして車坂の藤助の家へ行たであらう<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>では<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>御存じなるぞと申さるゝに三吉は成程<ruby><rb>時々</rb><rt>とき〲</rt></ruby>久兵衞樣の供をして參りましたアヽ御奉行樣には能知て御出でなさいます私しは<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に居るより<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をして<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>が<ruby><rb>餘程</rb><rt>よつぽど</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よう</rt></ruby>御座いますアノ久兵衞さんが<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>もと違つて藤助さんの所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>には<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>して<ruby><rb>饅頭</rb><rt>まんぢう</rt></ruby>だの<ruby><rb>羊羹</rb><rt>やうかん</rt></ruby>だの又錢だのと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>な物を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ますし其上<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の時<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りは久兵衞さんが少しも<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りません家に居ると毎日々々<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られて<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>り居りますと云ひければ越前守殿も<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>されながら<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>か<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>其方は<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しが分る<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>から番頭の供をして藤助の處へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>と番頭は何をして居ると尋ねらるゝに<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>アノ藤助さんの<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>と久兵衞さんは<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りお<ruby><rb>民</rb><rt>たみ</rt></ruby>さんと云ふ<ruby><rb>美麗</rb><rt>うつくしい</rt></ruby><ruby><rb>姉</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さんと何だか<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しをしてお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>なされます其時は<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>でも久兵衞さんが私しに山下へ行て源水でも<ruby><rb>輕業</rb><rt>かるわざ</rt></ruby>でも見て<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>いと言て錢を五十文か百文づつ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ますから私しは山下へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>遊んで來ては又供をして<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ歸りますと云ひしかば大岡殿成程<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して又其<ruby><rb>眼病</rb><rt>がんびやう</rt></ruby>で<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>つて居る藤助は何をして居ると<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに小僧ヘイ藤助さんは下の<ruby><rb>火鉢</rb><rt>ひばち</rt></ruby>の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に居て色々な面白い<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しをしたり<ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>い物などを<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ますと云ば越前守殿<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>か其藤助の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は車坂の通りにて右より左へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>いゝ</rt></ruby><ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>だらうなと申されしに小僧<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>さアノ大井戸より左の方へ行くと<ruby><rb>水菓子屋</rb><rt>みづぐわしや</rt></ruby>の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>でございますと云ふを大岡殿<ruby><rb>然樣</rb><rt>さよう</rt></ruby>よ〱其大井戸の<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>で有るだらう<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>申さるゝに小僧オヤ御奉行樣には能く御存じで<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされますと驚くを大岡殿ムヽ三吉其方は利口者なれば<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ歸つても今云し事を決して<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>にも<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すまいぞ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>すと又々呼び出して今度は歸さぬぞよと有るに小僧は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし決して申しは致しませんと答へければ大岡殿<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>で<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>サア歸れ〱と申さるゝを聞き小僧三吉は<ruby><rb>發</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をつきて白洲より出で來り夫れより<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ行きけるに皆々打より三吉手前一人<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に殘つて<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby><ruby><rb>怕</rb><rt>こはか</rt></ruby>つたらう何を御奉行樣が御聞き成れたと問ひければ三吉は内心に<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>だと思ひ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>何歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby>になるの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>だの父や母は有るかのと御聞なされたる<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りなりと云ふゆゑ皆々<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>であつたかと<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すとは心も付ずサア〱<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>ほど夜も<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>たれば急ぐべしと一同<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひて山崎町の油屋へぞ歸りける

## 第四十二回

扨又番頭久兵衞は今日文右衞門の一件にて五兵衞始め一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されしゆゑ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>も<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆく</rt></ruby>やと<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに心配なし居たる折柄<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らず後藤半四郎入り來り<ruby><rb>退引</rb><rt>のつぴき</rt></ruby>させずお秀の離縁状は<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れる事になりしかば若旦那五郎藏歸り來らば早々離縁状を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めさせ馬喰町なる半四郎の方へ<ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆか</rt></ruby>んと思ひ居たるに<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>夜に入りて一同歸り來りしゆゑ久兵衞は<ruby><rb>脛</rb><rt>すね</rt></ruby>に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby><ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>なれば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>き<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>には御奉行所にても何か<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なることありしならんと思ひ離縁状の一件は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>になし<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>家主吉兵衞方へ行き<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>御番所にて御尋ねの一件は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なる儀にやと聞くに吉兵衞は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の者に聞けば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>分る事を<ruby><rb>故意々々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>此所まで聞に來る事もないと思へば私しは<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそひ</rt></ruby>なれば皆々の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるゆゑ何の御尋ねやら一向に聞取れずと云ければ久兵衞は是非なく<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の重助喜助松五郎金次等に聞けるに皆々只油屋へ<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>奉公に來て<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>は<ruby><rb>幾</rb><rt>いく</rt></ruby>つだと云ふ御尋ねばかりにて外には何も<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なしと云ふを彼の<ruby><rb>馬鹿息子</rb><rt>ばかむすこ</rt></ruby>五郎藏は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>と笑ひながら<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれし</rt></ruby>い事がある女房お秀を取返して下さると仰せられ誠に<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき御奉行樣なりと<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>悦び居たりけり又小僧の三吉は白洲へ一人<ruby><rb>取殘</rb><rt>とりのこ</rt></ruby>され<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>しと云て皆々に笑はれたる<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ歸るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>に<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さく成て居るゆゑ番頭久兵衞は三吉を呼び手前<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に殘されたと云ふが御奉行樣が何を御聞なされたか<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せよと<ruby><rb>云共</rb><rt>いへども</rt></ruby>大岡殿より<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>口止</rb><rt>くちど</rt></ruby>めありしかばさらに物を云ず<ruby><rb>默止</rb><rt>もくし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>るにぞ久兵衞は<ruby><rb>急込</rb><rt>じれこみ</rt></ruby>ヤイ三吉何を申し<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たるや己れ云はざるに於ては<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>するぞと<ruby><rb>頬</rb><rt>ほう</rt></ruby>を<ruby><rb>爪捻</rb><rt>つめり</rt></ruby><ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>を<ruby><rb>爪捻</rb><rt>つめり</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>責問</rb><rt>せめとへ</rt></ruby>ども一向に云はざるゆゑ久兵衞扨は此小僧めが車坂のお民の一件を申し<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たるに相違なしと<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby><ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>ても聞ず夫よりは<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>五郎藏に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して離縁状を認めさせ早々<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ねば後藤が又々<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこん</rt></ruby>で來たると云しかば是は<ruby><rb>差當</rb><rt>さしあた</rt></ruby>つての難儀と思ひ若旦那々々と二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>へ連れ行き<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の事にてもなく今日<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>さんのお留守にお秀さんの<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>なりとて後藤半四郎と云ふ浪人者が來り<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の掛合になり是非離縁状を出せとの事なるが<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ずに置けば大變な<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>に<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆく</rt></ruby>ゆゑ早々<ruby><rb>去状</rb><rt>さりじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>御書</rb><rt>おかき</rt></ruby>なされと申すに五郎藏は甚だ不承知なる<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて<ruby><rb>返詞</rb><rt>へんじ</rt></ruby>もせざれば久兵衞は<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>説勸</rb><rt>ときすゝ</rt></ruby>むると雖も五郎藏は却て<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を立て今日御奉行樣がお秀を<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>して遣はすと仰せられた故離縁状は<ruby><rb>何樣</rb><rt>どう</rt></ruby>しても<ruby><rb>書</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ずと云ふに番頭久兵衞は甚だ<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる事を云はれたとて離縁状を<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ずに置けば今にも後藤半四郎が來るに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば家内中<ruby><rb>鏖</rb><rt>みなご</rt></ruby>ろしにすると云て歸られたり<ruby><rb>劔術遣</rb><rt>けんじゆつつか</rt></ruby>ひの浪人なれば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>切り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>は致すまじ又お秀ばかり女にてはなし私しが<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>美</rb><rt>うつく</rt></ruby>しい女を<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ます程に是非とも去状を御出し<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>しつ<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>しつ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>の事にて離縁状を認めさせ是を以て早々馬喰町なる武藏屋長兵衞の方へ到り後藤半四郎に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>して去状を渡し持參金の百兩並びに道具類は何卒兩三日の間御待ち<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さるべし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば相違なく御渡し申さんと半四郎へ<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby><ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>して立ち歸りしが久兵衞は道々心に考ふる樣今日三吉めが車坂の一件を御奉行所へ申し<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>たる樣子ゆゑ<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も角も惡事の<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>になりたり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>しては<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>られず何でも足元の<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るい<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>高飛</rb><rt>たかとび</rt></ruby>をするより外に思案はなしと<ruby><rb>忽然</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>の惡心を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し其夜家内は<ruby><rb>寢鎭</rb><rt>ねしづ</rt></ruby>まり<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>丑刻半</rb><rt>なゝつはん</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>思ふ<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>起出</rb><rt>おきい</rt></ruby>で<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て勝手は知りしゆゑ<ruby><rb>拔足</rb><rt>ぬきあし</rt></ruby>さし足して奧へ忍び行き<ruby><rb>佛壇</rb><rt>ぶつだん</rt></ruby>の下より三百五十兩の大金を盜み<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し是をば<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>に入れて<ruby><rb>確</rb><rt>しつか</rt></ruby>と<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り夫れより又土藏へ忍び入り<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもの</rt></ruby>の中にて<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも金目なる小袖類を盜みとり<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>に包みて<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に在りし<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の脇差を腰にぶつこみ猶又<ruby><rb>拔足差足</rb><rt>ぬきあしさしあし</rt></ruby>をして裏口より忍び出で<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>履</rb><rt>はき</rt></ruby>て<ruby><rb>逃去</rb><rt>にげさら</rt></ruby>んとする時馬鹿息子の五郎藏が小便に<ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>戸惑</rb><rt>とまど</rt></ruby>ひなしつゝ<ruby><rb>暗紛</rb><rt>くらまぎ</rt></ruby>れに久兵衞へ<ruby><rb>突當</rb><rt>つきあた</rt></ruby>りしかば久兵衞は驚きながら<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見てモシ若旦那<ruby><rb>御靜</rb><rt>おしづ</rt></ruby>かに成れましと云ば五郎藏も大いに驚きヤア貴樣は久兵衞か<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>履</rb><rt>はい</rt></ruby>て今より何所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>のだと聞れて久兵衞は<ruby><rb>南無三寶</rb><rt>なむさんばう</rt></ruby>見<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>められしか<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>なる上は是非に及ばず<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>はゞ<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>までと腰なる一刀拔くより早く<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>させじと五郎藏が口の中へ<ruby><rb>突貫</rb><rt>つきとほ</rt></ruby>し二ツ三ツ<ruby><rb>刺</rb><rt>ゑぐ</rt></ruby>りしかば五郎藏は七轉八倒なすのみにて<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>は<ruby><rb>絶果</rb><rt>たえはて</rt></ruby>たり<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て久兵衞は一刀を<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に納め<ruby><rb>周章狼狽</rb><rt>あわてふためき</rt></ruby>五郎藏の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>庇間合</rb><rt>ひあはひ</rt></ruby>へ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>て<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>に<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>し手拭ひにて深く<ruby><rb>頬冠</rb><rt>ほゝかむ</rt></ruby>りをなし<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby><ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>くも坂本通りを逃行く<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から向うより町方の定廻り同心手先三人を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>吉原より返りと見えて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ來るゆゑ久兵衞は<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまつ</rt></ruby>たりと思ひながら<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>に<ruby><rb>軒下</rb><rt>のきした</rt></ruby>へ廻り<ruby><rb>天水桶</rb><rt>てんすゐをけ</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>へ隱れんとする處をソレ怪しき<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとれ</rt></ruby>と聲の下より手先の者三人<ruby><rb>破落々々</rb><rt>ばら〱</rt></ruby>と立懸り上意々々と云ながら取て<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ忽ち<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>たりける因て久兵衞は<ruby><rb>逃損</rb><rt>にげそん</rt></ruby>じたりと思ひながらも<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝだけは<ruby><rb>云拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby>んと何卒<ruby><rb>御免</rb><rt>おゆる</rt></ruby>し下されよ私しは決して怪しき者に候はず<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>御勘辨</rb><rt>ごかんべん</rt></ruby>を願ひますと云ば手先の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だぐず〱云ふ事たアネヘ貴樣は怪しい奴に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>ない夜中<ruby><rb>無提灯</rb><rt>むぢやうちん</rt></ruby>にて<ruby><rb>其樣</rb><rt>そん</rt></ruby>な大包みを<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>形容</rb><rt>なり</rt></ruby>にも<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>をさし是は大方<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>らで盜み來りしならん殊に<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>履</rb><rt>はき</rt></ruby>是れ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>しても<ruby><rb>泥棒</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>看板</rb><rt>かんばん</rt></ruby>を掛て居る樣なものだサア此方へ來いと直樣坂本の自身番へ引上しに出役岡村七兵衞<ruby><rb>馬籠</rb><rt>まごめ</rt></ruby><ruby><rb>藏</rb><rt>くら</rt></ruby>十郎の兩人<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居る前へ久兵衞を引き<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>て<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>雜物</rb><rt>ざふもつ</rt></ruby>を改るに質物と見え<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>質札</rb><rt>しちふだ</rt></ruby>の付たる<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にて大風呂敷に一包みあるゆゑヤイ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れの者ぞ尋常に申立よと有りしかば久兵衞は<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>首</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>私しは山崎町油屋五兵衞方の番頭を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め久兵衞と申す者にて何も決して<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき者には御座なく候と申すに<ruby><rb>馬籠</rb><rt>まごめ</rt></ruby>岡村の兩人此包みは如何致したる品なるやと尋ねければ久兵衞は<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>にてヘイ是は<ruby><rb>下質</rb><rt>したしち</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>に參る品で御座りますと云ふに兩人ナニ下質へ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>かとコレ<ruby><rb>宜加減</rb><rt>いゝかげん</rt></ruby>な<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>を<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>夜中<ruby><rb>草鞋懸</rb><rt>わらんぢがけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>下質</rb><rt>したじち</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>がある者か<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby>め<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状せよ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立なば<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>にも御慈悲が有ぞと云つゝ久兵衞の<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を改めるに<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>にて<ruby><rb>縁頭</rb><rt>ふちかしら</rt></ruby>其外立派なる<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>のものなれば<ruby><rb>中身</rb><rt>なかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>見</rb><rt>みん</rt></ruby>と<ruby><rb>拔放</rb><rt>ぬきはなし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>鍔元</rb><rt>つばもと</rt></ruby>より<ruby><rb>切先</rb><rt>きつさき</rt></ruby>まで<ruby><rb>生々</rb><rt>なま〱</rt></ruby>しき<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>の付<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>にぞコレヤ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は大膽不敵なる奴かな是が何より證據なり<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>で人を殺し<ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>をして來りしぞ尋常に云て仕舞へ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>で<ruby><rb>汝</rb><rt>われ</rt></ruby>が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>は<ruby><rb>無者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>だ<ruby><rb>幾</rb><rt>いく</rt></ruby>ら隱しても<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>には<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ないぞコリヤ町役人油屋五兵衞を呼出すべしと云ければ<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と町役人走り行き油屋の<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝき</rt></ruby>けれども今日は奉行所へ一同<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby><ruby><rb>勞</rb><rt>つかれ</rt></ruby>にも<ruby><rb>熟</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>こみ居て何分<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>ぬゆゑ裏口に廻り見るに如何さま久兵衞が逃出したる所らしく戸など<ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>しありしかば<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ入て家内の者を起し<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の番頭久兵衞が<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>自身番へ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>られたるに付五兵衞殿を起して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云ふに夫はと云て家内皆々<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ立て五兵衞を起しければ五兵衞も驚き<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>にしても大變なりと<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る中町役人共は<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>若衆内々に<ruby><rb>怪我人</rb><rt>けがにん</rt></ruby>はなきか改め見よと云ふに一人の若い者若旦那の五郎藏樣が御見えなされぬが<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby>なされしやと申すに一同<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は不思議と云ふを聞き主人の五兵衞は<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>りナニ<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>がみえぬと夫れは<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ行たかと家内中を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>一向に<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>も見えず<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>隈</rb><rt>くま</rt></ruby>なく<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>むる<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>庇間合</rb><rt>ひあはひ</rt></ruby>に五郎藏が倒れて居たりと<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て呼はるゆゑ夫れと云て<ruby><rb>手燭</rb><rt>てしよく</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て見るに口中を<ruby><rb>刺</rb><rt>ゑぐ</rt></ruby>られ<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そ</rt></ruby>みて居りしかば是は大變々々と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>に親父の五兵衞も<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>て五郎藏が殺されたりとは夫れは<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>せし事ぞと死骸を見てヤヽ是はと<ruby><rb>尻餠</rb><rt>しりもち</rt></ruby>を<ruby><rb>搗</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>る事もならず<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>むにぞ家内中上を下へと騷動しける所へ坂本の自身番よりは矢の<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>ひにて御役人が<ruby><rb>御待兼</rb><rt>おまちかね</rt></ruby>なり五兵衞殿を早く連て<ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>られよとの<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ども五兵衞は<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>を殺され心<ruby><rb>顛倒</rb><rt>てんだう</rt></ruby>して<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>よ<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>と<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろ</rt></ruby>つき居けるゆゑ町役人は<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>自身番</rb><rt>じしんばん</rt></ruby>へと<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎけり

## 第四十三回

<ruby><rb>却説</rb><rt>さても</rt></ruby>油屋五兵衞は町役人に<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>はれ坂本の自身番へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りしに<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>心を<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>し番頭久兵衞は高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められ居たるゆゑ五兵衞は久兵衞を見るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は〱<ruby><rb>人面獸心</rb><rt>にんめんじうしん</rt></ruby>なる奴かな五年<ruby><rb>以來</rb><rt>このかた</rt></ruby>目を懸て遣はしたる恩を忘れよくも<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>五郎藏を<ruby><rb>突殺</rb><rt>つきころ</rt></ruby>し金銀質物を盜み出せしよな悴の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>思ひ知れやと云ながらも<ruby><rb>飛懸</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>押伏</rb><rt>おしふせ</rt></ruby>んとするゆゑ役人は聲をかけコリヤ〱五兵衞<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>れ此方にて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>たる罪人を<ruby><rb>手込</rb><rt>てごめ</rt></ruby>にせんとは不屆なり愼んで此方の調べを<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>よと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>るに五兵衞はハツと心付是は<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に恐れ入り奉つる<ruby><rb>彼奴</rb><rt>かやつ</rt></ruby>に悴を殺されたる無念の餘り御役人樣の御前をも<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ<ruby><rb>不禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>仕つり候段<ruby><rb>眞平御免下</rb><rt>まつぴらごめんくだ</rt></ruby>さるべしと云ば役人聞て<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は不便の儀なり<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又其手續きは如何なる事ぞと尋ぬるに五兵衞<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は私し方へ五ヶ年以前より奉公に參り<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>に勤め<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ますゆゑ年頃も相應に付き番頭に<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby><ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の事ども<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ置候處今宵悴五郎藏を殺害仕つり金子三百五十兩を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>奧藏</rb><rt>おくぐら</rt></ruby>へ忍び入り質物品々並びに<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>一<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいだ</rt></ruby>し候やに存じられ候へどもいま<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と取調べ行屆き申さず候と云ひければ其段久兵衞を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>すに同人も<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる事能はず<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>の事共白状なしけるにぞ一々<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取り翌朝町奉行大岡越前守殿役宅へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りに相成たり是に因て油屋五兵衞よりは右の始末を<ruby><rb>巨細</rb><rt>こさい</rt></ruby>に認め五郎藏の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>を願ひ出でけるに早々役人來りて<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を改ため五兵衞始めの<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取り大岡殿へ差出せしかば大岡殿此久兵衞は<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>文右衞門が<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>係</rb><rt>あひ</rt></ruby>の者なればとて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>白洲へ呼出され調べにこそは<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>られけれ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば久兵衞は<ruby><rb>繩付</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>に<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>うづく</rt></ruby>まるに大岡殿是を見られ下谷山崎町<ruby><rb>家持</rb><rt>いへもち</rt></ruby>五兵衞召仕ひ久兵衞其方生國は<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>にて年は<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>歳なるや<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>より五兵衞方へ奉公<ruby><rb>住</rb><rt>ずみ</rt></ruby>致したるや有體に申立よと云はるゝに久兵衞私し生國は<ruby><rb>上總國</rb><rt>かづさのくに</rt></ruby><ruby><rb>東金</rb><rt>とうがね</rt></ruby>にて五ヶ年以前より五兵衞方へ奉公<ruby><rb>住</rb><rt>ずみ</rt></ruby>致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>は當年四十二歳に相成候と申しければ越前守殿<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て又其方<ruby><rb>如何成</rb><rt>いかなる</rt></ruby>所存にて五兵衞の悴を殺害致したるや<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>金子三百五十兩並びに質物品々<ruby><rb>脇差等迄</rb><rt>わきざしとうまで</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取りたるに相違なきやと有るに久兵衞は<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>遁れぬ處と<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めしかば仰せの通り<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>出來心にて金子質物等を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとせし<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>五兵衞悴五郎藏に<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとが</rt></ruby>められ候間<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく殺害致し<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>申候此儀は全く出來心に付何卒御慈悲に<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>ばかりは御助け願ひ奉つり候と<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も初心らしく申を越前守殿<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>横道</rb><rt>わうだう</rt></ruby>なりと思はれコリヤ久兵衞其方は去年極月中旬浪人文右衞門事五兵衞の店にて百兩の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みたりとの言懸りは是れも其方が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なるべし有體に白状せよと申さるゝに久兵衞<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に今度の事は<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>五兵衞と<ruby><rb>突合</rb><rt>つきあはせ</rt></ruby>になり一旦白状したれば今さら<ruby><rb>爲術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なけれども百兩の金は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>までも文右衞門に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>をも<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に殺さんと思ひしかば恐れながら此度の儀は御尋ねの通りに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>なく候へ共百兩の金は文右衞門が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取りしに<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ御座なく候と申しければ越前守<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>申せども文右衞門の<ruby><rb>人體</rb><rt>にんてい</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>などすべき者に非ず其は全く馬喰町なる紙屑屋長八より遣はしたる金子にて<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>受出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>したりと申す此儀相違なく聞ゆるぞ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状致せと有るに久兵衞ナニ其者は長八にては是なく新藤市之丞と申す<ruby><rb>紙屑買</rb><rt>かみくづかひ</rt></ruby>の由に御座候<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し同人の住所を尋ね候處知れざる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を申し金子の出所不定に御座候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>百兩の金は文右衞門が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しに相違御座なく候と<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはり</rt></ruby>しかば越前守殿<ruby><rb>聲高</rb><rt>こゑだか</rt></ruby>によく承まはれ<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は何程<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>を<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はる共此方には<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かなる證人あるぞ證據なきことは<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>問糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>さず如何程に<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を申すとも<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が一命は助かる事でなし<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はるに於ては證人を<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ呼び出すぞ<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや夫れにても云はぬかと申さるゝを久兵衞は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れず<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>が<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ましても存ぜぬ事は<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>までも存じませんと云ふに大岡殿コリヤ未だ其方は<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>を申か<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>大膽</rb><rt>たいたん</rt></ruby>なる奴かな<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば證人を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し引合せんとて下役へ<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>あれば武藏屋長兵衞紙屑屋長八の兩人白洲へ呼び込みになり<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ罷り出るを越前守殿見られ馬喰町二丁目武藏屋長兵衞<ruby><rb>並</rb><rt>ならび</rt></ruby>に前名新藤市之丞<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>紙屑屋長八<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>方<ruby><rb>共儀</rb><rt>どもぎ</rt></ruby>此程<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への趣き<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>一應<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>にて申し立よ且又<ruby><rb>去</rb><rt>さん</rt></ruby>ぬる十二月中越後高田浪人大橋文右衞門へ尋ねの儀に付<ruby><rb>紙屑問屋</rb><rt>かみくづとんや</rt></ruby><ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>びに屑買等一同呼出したる<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>其方江戸内に住居致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しや又旅行留守中にてもありたりや其<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申し立よと申さるゝに長八<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しんで答る樣私し儀は元越後高田の藩中に候處今より十八ヶ年以前<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>過</rb><rt>あや</rt></ruby>まちにて同役の娘と不義に及び主家の法に依て一命をも<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>さるべきの處物頭役大橋文右衛門の<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>けにて助けられ廿兩の金子を<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候を路用にいたし江戸表へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>候節中仙道熊谷堤に於て<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>出逢</rb><rt>いであ</rt></ruby>ひ私し共夫婦一命も危き<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から讃州丸龜の浪人後藤半四郎と申す者に<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はれ猶又右半四郎より金子廿兩を<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候て江戸表馬喰町まで同道いたし其後是に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居り候長兵衛の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に相成<ruby><rb>紙屑渡世</rb><rt>かみくづとせい</rt></ruby>を致し罷り在候處<ruby><rb>去</rb><rt>さん</rt></ruby>ぬる十二月中私し儀上野の大師へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>の<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>上野車坂下にて大橋文右衛門に<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り逢ひ夫れより同人宅へ參り樣子を尋ね候處文右衛門は八ヶ年以前<ruby><rb>國表</rb><rt>くにおもて</rt></ruby><ruby><rb>越後家</rb><rt>ゑちごけ</rt></ruby><ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>いたし當時は山崎町に<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby><ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>零落</rb><rt>れいらく</rt></ruby>に及び往來に立て袖乞を致し<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>其日々々を送り候と申す事故私し儀甚だ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に存じ十八ヶ年以前の<ruby><rb>恩義</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>ぜんと思ひ一人の娘を新吉原江戸町一丁目玉屋山三郎方へ身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>五十兩にて<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めに遣はし右五十兩の中二十五兩を大橋の方へ持參仕り候處文右衛門儀<ruby><rb>武士</rb><rt>ぶし</rt></ruby>の<ruby><rb>意氣地</rb><rt>いきぢ</rt></ruby>を立て一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>み遣はしたる金子を今受取ては一分立ずと申して何分<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>申さず是に依て私し儀も<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby><ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>まで賣たる金を請取られざる事<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に本意なく存じ文右衛門が油屋五兵衛と申す質屋へ質物流れの<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆき</rt></ruby>候留守中<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに煙草盆の中へ入れ置て罷り歸り候處是に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居る長兵衛が兄の大病にて讃州丸龜へ參るに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>同道致し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと申すにより<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ先年<ruby><rb>大恩</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby>し後藤半四郎へも<ruby><rb>謝禮</rb><rt>しやれい</rt></ruby><ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>尋ねたくと存じ十二月十四日長兵衞私し兩人御當地を出立致し讃州丸龜へ<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>候事に候へば<ruby><rb>舊冬</rb><rt>きうとう</rt></ruby><ruby><rb>屑屋</rb><rt>くづや</rt></ruby>一同御呼出しの節は御當地に罷り在り申さず<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>一昨日江戸表へ立歸り私し妻より<ruby><rb>舊冬</rb><rt>きうたう</rt></ruby><ruby><rb>屑屋</rb><rt>くづや</rt></ruby>一同御呼出しの樣子を承まはり候に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>文右衛門の<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>を尋ね候處御<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に相成候由ゆゑ大いに驚き<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず<ruby><rb>今般</rb><rt>こんぱん</rt></ruby>御訴へ申上奉つり候儀に御座候<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>文右衞門質物を受出せしは全く私しより<ruby><rb>相贈</rb><rt>あひおく</rt></ruby>り候金子に相違之なく<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>文右衛門儀盜賊など仕つり候者に候はず<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>を以て同人儀出牢仰せ付られ下し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ候樣偏へに願ひ上奉つり候と一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を殘らず申し立しかば越前守殿長八が<ruby><rb>眞實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>を甚だ<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられ<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>は文右衛門夫婦の申す<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>と少も相違せざるゆゑ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>もあるべしと思ひ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>よりまた久兵衛に向はれ其方も今申す通り前名新藤市之丞當時<ruby><rb>屑屋</rb><rt>くづや</rt></ruby>長八が申立たる通り文右衛門が<ruby><rb>質物</rb><rt>しちもつ</rt></ruby>を受出せし金子は長八より<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り遣はしたるに相違なしと申す<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば其方百兩の金子を盜み取り罪を文右衛門に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんとせしに相違あるまじコリヤ久兵衛よく承まはれ文右衛門が家内を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>せしに殘金十一兩<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>あ</rt></ruby>りたり是を思へば文右衛門<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>でなき事は<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なり<ruby><rb>斯程</rb><rt>かほど</rt></ruby>に證據ある上は汝何程陳ずる共<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なき事ぞ<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>き思ひをせぬ中に白状せよサア<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや云ぬか<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>如何に強情なり共云せずには置ぬ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる奴哉と<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>るれ共久兵衞は少しも恐るゝ<ruby><rb>面色</rb><rt>けしき</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>文右衛門儀百兩の盜賊に御座なく候共私しは其金一向に存じ申さずと云ひ居たるにぞ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の大岡殿も扨々<ruby><rb>強面</rb><rt>しぶとき</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れられしが<ruby><rb>好々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらば白状するに及ばず<ruby><rb>汝</rb><rt>われ</rt></ruby>に逢せる者有り驚くなとて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>車坂下六兵衛<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>藤助並びに妹お民を呼出しとなる是は久兵衛が<ruby><rb>圍</rb><rt>かこ</rt></ruby>ひ置し女なれば此二人の者出なば如何に<ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>なる久兵衞にても<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる事能うまじと思はれたり然れ共久兵衛は<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>はなき者と思ひしゆゑ百兩の一件は是非々々文右衛門に<ruby><rb>負被</rb><rt>おつかぶ</rt></ruby>せ<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>抱込</rb><rt>だきこん</rt></ruby>で殺す<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>る程に藤助並びに妹お民の二人は家主六兵衛差添にて罷り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>白洲へ平伏なすにぞ久兵衛是はと思ひしが此者兄弟出し<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>するに相違なしと心の中に思案を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め猶も<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなし居たり

## 第四十四回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も番頭久兵衛は種々事を左右に<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby>百兩の盜賊は大橋文右衛門に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申し立ると雖も大岡殿は<ruby><rb>心眼</rb><rt>しんがん</rt></ruby>を以て善惡を<ruby><rb>見拔</rb><rt>みぬか</rt></ruby>れ追々證人等も引合せらるゝことになりしかば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>の久兵衞も<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みし事ども彌々露顯と<ruby><rb>觀念</rb><rt>くわんねん</rt></ruby>なし居たり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば越前守殿の裁許は實に天眼通を得たりと云ふべし是も其頃の事とかや江戸神田鎌倉河岸に豐島屋十右衛門と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>名譽</rb><rt>めいよ</rt></ruby>の<ruby><rb>酒店</rb><rt>さかや</rt></ruby>あり<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>中興</rb><rt>ちうこう</rt></ruby>の出來分限にて元は<ruby><rb>關口</rb><rt>せきぐち</rt></ruby><ruby><rb>水道</rb><rt>すゐだう</rt></ruby>町の豐島屋と云ふ酒屋の<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>なりしが永々の<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby>を實體に勤め上しかば豐島屋の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ此鎌倉河岸へ居酒屋の店を出せし處當時<ruby><rb>常盤</rb><rt>ときは</rt></ruby>橋外通り<ruby><rb>御堀浚</rb><rt>おほりざら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>御普請</rb><rt>ごふしん</rt></ruby><ruby><rb>最中</rb><rt>さいちう</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が考へにて<ruby><rb>豆腐</rb><rt>とうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>大田樂</rb><rt>おほでんがく</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ是を居酒とともに<ruby><rb>安價</rb><rt>やすく</rt></ruby><ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>けるゆゑ日々大勢の人夫此豐島屋へ居酒を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>田樂</rb><rt>でんがく</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>ひに來りしに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>如才</rb><rt>じよさい</rt></ruby>なき者なれば我身代に<ruby><rb>取付</rb><rt>とりつく</rt></ruby>は此時なりと思ひ<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>酒も<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>て<ruby><rb>酌</rb><rt>つぎ</rt></ruby>ければ其の<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>大方ならず日毎に三十貫文餘りの<ruby><rb>利潤</rb><rt>りじゆん</rt></ruby>を得て忽ちに大身代となりて酒店をも<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>しかど昔しを忘れぬ爲とて居酒の店は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>に商賣なし今以て繁昌致しけり此の者素より日蓮宗を<ruby><rb>信仰</rb><rt>しんかう</rt></ruby>なし己の<ruby><rb>菩提所</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby>は<ruby><rb>牛込</rb><rt>うしごめ</rt></ruby>の宗伯寺なりしが終に一<ruby><rb>大檀那</rb><rt>だいだんな</rt></ruby>となり寄進の品も多く又<ruby><rb>雜司</rb><rt>ざふし</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>谷</rb><rt>や</rt></ruby>の<ruby><rb>鬼子母神</rb><rt>きしぼじん</rt></ruby><ruby><rb>金杉</rb><rt>かなすぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>毘沙門天</rb><rt>びしやもんてん</rt></ruby><ruby><rb>池上</rb><rt>いけがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>祖師堂</rb><rt>そしだう</rt></ruby>などの<ruby><rb>寶前</rb><rt>はうぜん</rt></ruby>へ<ruby><rb>龍越</rb><rt>りうこし</rt></ruby>と云ふ大形の<ruby><rb>香爐</rb><rt>かうろ</rt></ruby>を供へ<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも豐島屋十右衛門と云ふ<ruby><rb>奉納</rb><rt>ほうなふ</rt></ruby>の<ruby><rb>銘</rb><rt>めい</rt></ruby>あり是れ亦今以て存すと云ふ或日此豐島屋の店へ往來者大勢入り込み<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く居酒を飮居たりしが其中に年の頃六十餘と見ゆる<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby><ruby><rb>獨酌</rb><rt>どくしやく</rt></ruby>にて一二合飮て其後代錢は拂ひたれども酒の<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りしにや<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>睡眠</rb><rt>ねむり</rt></ruby>居たるが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し<ruby><rb>蹌踉</rb><rt>ひよろ〱</rt></ruby>しながら一二丁程行し頃彼の老人<ruby><rb>血眼</rb><rt>ちまなこ</rt></ruby>になりて豐島屋の店へ立歸り最前<ruby><rb>我</rb><rt>わが</rt></ruby><ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たる邊を<ruby><rb>胡亂々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby>と何やら尋ねる樣子なりしが<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>なる者に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ私しは最前此所にて酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>代錢は拂ひたれども心氣の<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れにて思はず<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>居眠</rb><rt>ゐねふ</rt></ruby>り<ruby><rb>眼覺</rb><rt>めざめ</rt></ruby>て後此所を立ち出で途中にて心付懷中を見し處に大事の<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>を取落せり其の財布の中には命にも<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>き金廿兩入置たれば若<ruby><rb>何方</rb><rt>どなた</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>御拾</rb><rt>おひろ</rt></ruby>ひ成れし御方あらば何卒御渡し下されよとほろ〱涙を<ruby><rb>飜</rb><rt>こぼ</rt></ruby>しながら申しける故<ruby><rb>在合</rb><rt>ありあふ</rt></ruby>人々<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>を<ruby><rb>醒</rb><rt>さま</rt></ruby>し我々は財布の樣なる物は一向見掛けずと云けれ共尚ほも<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさく</rt></ruby><ruby><rb>其處斯處</rb><rt>そこここ</rt></ruby>と尋ね廻りける故<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の者共是を聞て此者は盜人か<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りならんと思ひけるにコレ<ruby><rb>爺殿</rb><rt>おやぢどの</rt></ruby><ruby><rb>貴殿</rb><rt>おまへ</rt></ruby>が二十兩と云ふ金を取落したるとや夫は<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にても見しならん<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に落したり共此所の店にては有まじ夫れは外を<ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>されよ<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>た處が二十兩は<ruby><rb>扨置</rb><rt>さておき</rt></ruby>二兩の金も持るゝ樣な<ruby><rb>人物</rb><rt>ひとがら</rt></ruby>ならずと散々に罵りければ老人は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>言るゝは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なれど其金子には仔細ありと云ふをも聞ず大勢の若い者<ruby><rb>此爺</rb><rt>このおやぢ</rt></ruby>めは我等が店へ<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を言掛る<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>なりとて一同立掛り<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>して表へ<ruby><rb>突出</rb><rt>つきいだ</rt></ruby>しければ大聲揚て<ruby><rb>泣出</rb><rt>なきいだ</rt></ruby>し如何にも皆々疑はるゝは是非なけれど私しは<ruby><rb>搖</rb><rt>ゆす</rt></ruby>り<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りをする樣な者にては決して之なしと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>申し譯をなせ共皆々聞入れず早々立去べしと<ruby><rb>追遣</rb><rt>おひや</rt></ruby>るにぞ老人は是非もなく〱<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひすご〱立歸らんとなしける處に此豐島屋の向うを<ruby><rb>立場</rb><rt>たてば</rt></ruby>として日<ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に出て居たる<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>あり今日も此處にて往來の客を進め居たりしが今老人の<ruby><rb>突出</rb><rt>つきいだ</rt></ruby>されしを見て餘りの<ruby><rb>勞</rb><rt>いた</rt></ruby>はしさの儘彼の老人を<ruby><rb>小蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>へ<ruby><rb>指招</rb><rt>さしまね</rt></ruby>き<ruby><rb>其許</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>豐島屋にて酒を飮歸りし跡に何かは知ず<ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>の財布らしき物落て有しを店の若い者<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ取り<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へか隱せしを我等<ruby><rb>彼所</rb><rt>かしこ</rt></ruby>にて能く見屆けたり其品は正しく<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の財布ならん<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れ共今の如く<ruby><rb>其許</rb><rt>おまへ</rt></ruby>を打擲致す程の次第なれば今と成ては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>素直</rb><rt>すなほ</rt></ruby>には出すまじけれ共餘り<ruby><rb>其許</rb><rt>おまへ</rt></ruby>の<ruby><rb>勞</rb><rt>いた</rt></ruby>はしさに此事を内々知せ申すなりと云ければ老人は是を聞て力を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>扨々御親切<ruby><rb>忝</rb><rt>かた</rt></ruby>じけなし私しは本所松坂町に住む七右衞門と申す者なるが其金の譯と云ふは我等女房三年越の大病にて<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>り惣領の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>は<ruby><rb>風眼</rb><rt>ふうがん</rt></ruby>にて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>療治致せ共當春よりとう〱兩眼共<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>れ何共詮方なく我等は老年に及びし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>重病人に掛りて商賣等も致さず益々困窮に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り今日を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎ兼るより<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>致せ共外に手段もなきまゝ家内相談づくにて<ruby><rb>不憫</rb><rt>ふびん</rt></ruby>ながら一人の娘を吉原角町の<ruby><rb>海老屋</rb><rt>えびや</rt></ruby>へ勤め奉公に賣渡し身の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>二十兩血の涙にて受取持歸る途中餘りの<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさに<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>りしまゝ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>てもの<ruby><rb>憂晴</rb><rt>うきはら</rt></ruby>しと豐島屋へ立寄て一合飮しに心氣の<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れより我を忘れて<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>睡眠</rb><rt>ねむり</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し立歸りしに財布の見えねば南無三と取て返して<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せし處只今の次第ゆゑ此上は親子三人<ruby><rb>飢死</rb><rt>うゑじに</rt></ruby>より外なしと覺悟致せしと涙を<ruby><rb>拭々</rb><rt>ふき〱</rt></ruby><ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>は始終を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>氣の毒に思ひ此事に於ては我等證人と也申すべきにより急ぎ御奉行所へ願ひ出で申さる<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>しと云にぞ七右衞門は<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>嬉</rb><rt>うれし</rt></ruby>く<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>彼の<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>久七を同道して南町奉行所へ訴へ出でたりけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>訴訟所</rb><rt>うつたへしよ</rt></ruby>にて一通り尋ねの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>白洲へ呼び入れられ大岡殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>あつて七右衞門并に<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>久七の申す<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞れ其儘兩人とも<ruby><rb>留置</rb><rt>とめおか</rt></ruby>れ急ぎ豐島屋十右衞門へ差紙にて早々罷出づべき旨<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>しられければ豐島屋にては大いに驚き何事ならんと主人十右衞門は心も心ならず急ぎ御番所へ出る處に<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>白洲へ呼び入れられ大岡殿は十右衞門を見られ<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>其方<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>に金子の落し物はなかりしやと尋ねらるゝに十右衞門は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>私し儀今日他出仕つり只今歸宅の處へ御差紙に付留守中の儀は未だ承まはり申さず候間御尋ねの趣き罷り歸り店の者共を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りし<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>御<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>申し<ruby><rb>上</rb><rt>あぐ</rt></ruby>べしと申しければ大岡殿願ひ人七右衞門并に<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>久七を呼ばれ七右衞門の落せしと云ふ金子は如何樣の財布へ入れ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しやと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに七右衞門は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>縞柄</rb><rt>しまがら</rt></ruby>なりと<ruby><rb>其模樣</rb><rt>そのもやう</rt></ruby>を<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申し立てける時越前守殿大聲にソレ其者共を<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れよと下知に隨ひ同心立ち掛りて七右衞門久七の兩人を高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めたり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし程に兩人の者共大いに驚き是は<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>と<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きければ越前守殿<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と笑はれ<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>猛々</rb><rt>たけ〲</rt></ruby>しとは汝等が事なり其金子は此間<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれし者有て<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に此方へ訴へたり然るを知らずして訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>たる事是<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>なり依ては汝等其金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なしソレ<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>よと申さるゝにぞ同心<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby><ruby><rb>假牢</rb><rt>かりらう</rt></ruby>へぞ入れたりける其時越前守殿十右衞門に向はれ今其方承まはる如く右の金は<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み物なり日々其方店へは大勢入り込む<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>萬一落て有るまじき物にも非ず能々吟味致し今日中に申し出づべし捨置て若後日申し出るに於ては<ruby><rb>其罪</rb><rt>そのつみ</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>く盜賊の<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby>たるべし家内の者共<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>早々<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>やを訴へよと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>申渡されしかば豐島屋大いに<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ早々立歸り手代始め一同<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し今日大岡樣<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>仰せ渡されたれば萬一右の金子を拾ひしものあらば隱さず申し出よと言渡しけるに若者のうちに一人<ruby><rb>發規</rb><rt>はき</rt></ruby>と<ruby><rb>返詞</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をせざる者ありしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>あつて此者申すは先刻掃除を致し候處<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>に財布樣の<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>是有</rb><rt>これあり</rt></ruby>し故<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ置き候とて差し出せしかば改め見しに金二十兩入て有しに付十右衞門は早速奉行所へ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>なし右の段申し立て財布を<ruby><rb>差出</rb><rt>さしだ</rt></ruby>しけるに越前守殿最初<ruby><rb>假牢</rb><rt>かりらう</rt></ruby>へ入置れし兩人の願ひ人を<ruby><rb>繩付</rb><rt>なはつき</rt></ruby>のまゝ再び白洲へ呼出され其方共訴へ出し財布は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>べしと渡され先に汝等へ<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>盜人<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み物と云し故夫なる豐島屋大に驚き<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ早速吟味行屆て其金を出したり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も無ては<ruby><rb>押包</rb><rt>おしつゝ</rt></ruby>み容易に出すまじと思ひし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひしなり<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>汝等<ruby><rb>窮屈</rb><rt>きうくつ</rt></ruby>に有しならん<ruby><rb>早繩</rb><rt>はやなは</rt></ruby>を<ruby><rb>解免</rb><rt>ときゆる</rt></ruby>し此金子を請取すべしと申渡されければ七右衞門久七の兩人は始めて其譯を<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>り<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難き仕合せなりと涙を流して喜びけり猶又大岡殿七右衞門を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ汝が證人<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>久七は<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なる者ゆゑ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が親切にて其金汝が手へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしなり因ては二十兩の内十兩久七へ遣すべし其代りに汝が娘の勤め奉公の<ruby><rb>苦難</rb><rt>くなん</rt></ruby>をば助け<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さんコリヤ十兵衞と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れし時十兵衞は始終の樣子を聞て大岡殿の<ruby><rb>頓智</rb><rt>とんち</rt></ruby>に<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>を<ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に恐れ入て<ruby><rb>冷汗</rb><rt>ひやあせ</rt></ruby>を流し居たりしゆゑ急に答へも<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ず平伏するを大岡殿見られ其方知らざる事とは申ながら<ruby><rb>其金子</rb><rt>そのきんす</rt></ruby>を<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>し置しは下人共の不屆にして其方平生の申付方<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>かざる故なり因て下人共儀<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>御仕置</rb><rt>おしおき</rt></ruby>にも仰せ付けらるべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれ共用捨致し遣す其代り七右衞門が<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を早々其方請出すべし其上にて同人を<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>くる間吉原勤め<ruby><rb>年季</rb><rt>ねんき</rt></ruby>だけは汝が方へ差置べし若此娘の儀に付<ruby><rb>異變</rb><rt>いへん</rt></ruby><ruby><rb>之有</rb><rt>これあら</rt></ruby>ば早速此方へ訴へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>よと申渡されければ七右衞門は此事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>有難く思ひ聲を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>て悦び涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>たりけり又豐島屋十兵衞は有難き仕合せ委細畏まり奉つるとて<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りしが此事番頭始めへ相談に及びし處右の女を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>る<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>千萬の事なり<ruby><rb>生物</rb><rt>いきもの</rt></ruby>の事故如何なる<ruby><rb>異變</rb><rt>いへん</rt></ruby>あらんも<ruby><rb>量</rb><rt>はか</rt></ruby>り難し然る時は又<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとが</rt></ruby>めの程も知ざれば請出せし上何分にも願ひ上て娘を親元へ<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>すより外に<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>なしと評決して其段奉行所へ願ひ出でければ大岡殿聞屆られ親元へ相對に致すべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申渡されしにより其段豐島屋より親元へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>猶又<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>より<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>濟</rb><rt>ずみ</rt></ruby>の上豐島屋より衣類其外殘る所なく支度して金子も<ruby><rb>幾干</rb><rt>いくばく</rt></ruby>か相添七右衞門方へ娘を送りたり<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>の<ruby><rb>餘慶</rb><rt>よけい</rt></ruby><ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い來て<ruby><rb>苦界</rb><rt>くがい</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ<ruby><rb>駕籠舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby>の實意を以て此事早速<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>に相成り其上大岡殿の<ruby><rb>當意即妙</rb><rt>たういそくめう</rt></ruby>七右衞門娘の悦び<ruby><rb>譬</rb><rt>たとふ</rt></ruby>るにものなしと此頃此儀<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら評しけるとかや彼番頭久兵衞は己が盜みし金を大橋文右衞門へ言掛り此七右衞門は己が<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>せし金を言掛りなりとて打擲を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>其<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>相反すと雖も<ruby><rb>各自</rb><rt>おの〱</rt></ruby>其<ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>を<ruby><rb>洞察</rb><rt>みぬか</rt></ruby>れし裁許天晴明斷と言つべし

## 第四十五回

扨又大岡越前守殿には文右衞門一件<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>下谷車坂町六兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>藤助の兄弟を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されしかば久兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>絶體絶命</rb><rt>ぜつたいぜつめい</rt></ruby>と<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>は<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>ものゝ又何とか<ruby><rb>言拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby>んと心に<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなし居たり時に大岡殿藤助に向はれ其方は油屋五兵衞方へ<ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>より奉公<ruby><rb>住</rb><rt>ずみ</rt></ruby>致し又<ruby><rb>何頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby><ruby><rb>眼病</rb><rt>がんびやう</rt></ruby>にて<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しやと申さるゝに藤助私し儀は十六歳の時より五兵衞方へ參り七ヶ<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め候處昨年<ruby><rb>春中</rb><rt>はるぢう</rt></ruby>より眼病を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>七月中暇を取て<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下り<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候と云ければ越前守殿其方<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>は何歳にして兩親又は妻なども有りやと尋ねらるゝに藤助私し年は廿二歳兩親は<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby><ruby><rb>死去仕</rb><rt>しきよつかま</rt></ruby>つり妻も御座なく<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>は<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>の世話に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>漸々今日を<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し罷り在候と申すを越前守殿聞れ夫れは<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の事なり妹の手一ツにて今日を暮すと申せども渡世は何をして居るや<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し又妹が人の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にでもなりて居るかどうぢや其方主人方の番頭久兵衞は汝が處へ<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>出入</rb><rt>でいる</rt></ruby>と申すが全く<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>か<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>にては<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>御存知なるぞ僞るに於ては其方の爲に相成ず明白に申立よと有りしに藤助は<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに恐れ私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>久々眼病にて甚だ<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>仕つり今日を<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候ゆゑ妹の民こと番頭久兵衞の世話に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひな</rt></ruby>り右にて今日を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>し居り候と云ければ越前守殿成程<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>もなくば女の手一ツにて<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しの<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>はなし<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又去年十二月中旬に久兵衞より何ぞ預りたる物はなきやと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに藤助は少し<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>私しは<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>辨</rb><rt>わき</rt></ruby>まへ申さず妹民へ御尋ね願ひ上奉つると申せしかば越前守殿お民に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其方は久兵衞より<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かりたる物はなきやどうぢやと尋ねらるゝにお民は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ居たりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>去年の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>十三日に久兵衞さんより百兩の金子を私しへ<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されて是れは<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすにより何にても<ruby><rb>買求</rb><rt>かひもと</rt></ruby>めよとて<ruby><rb>貰</rb><rt>もらひ</rt></ruby>ましたと申立ければ久兵衞<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らにて是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>コリヤお<ruby><rb>民</rb><rt>たみ</rt></ruby>己れは<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなき事を云ふ女なり<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が手前に百兩などと云ふ大金を<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>しやコレ<ruby><rb>宜加減</rb><rt>いゝかげん</rt></ruby>に<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つけ</rt></ruby>と恐ろしき眼色にて<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>付けるを大岡殿見られコレ〱久兵衞當所を何と心得居る<ruby><rb>虚實</rb><rt>きよじつ</rt></ruby>は此の方にて<ruby><rb>聞分</rb><rt>きゝわ</rt></ruby>けるぞ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>横道者</rb><rt>わうだうもの</rt></ruby>めと大聲に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られしかば大膽不敵の久兵衞も<ruby><rb>威光</rb><rt>ゐくわう</rt></ruby>に恐れ<ruby><rb>一縮</rb><rt>ひとちゞ</rt></ruby>みと成て<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居るに大岡殿コリヤ民其方久兵衞より<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし百兩は如何致せしやと有りければお民は久兵衞の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>を見ながら右の金子にて<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>又正月<ruby><rb>着</rb><rt>ぎ</rt></ruby>の小袖<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>など<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ兄藤助にも<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へて遣はしましたが未だ<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りをりますと申すに越前守殿コリヤ久兵衞今其方も<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をして<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>女が<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>の十三日に百兩の金を貰ひて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>品物</rb><rt>しなもの</rt></ruby>を求めたりと申すではないか其の百兩の金子は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せしや主人の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取り無證據なりとて文右衞門に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>んと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みしに相違あるまじ<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>の奴なり汝は一年何程<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>を取て居るや其金<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まざれば<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>より出したる金子なるや明らかに白状せよ<ruby><rb>斯程</rb><rt>かほど</rt></ruby>に證據のある事を<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>まで<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じ居るぞ<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>な奴ぢやと申されしかば久兵衞はお民を<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>睨</rb><rt>ねめ</rt></ruby>つけヤイ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な恩知らずの<ruby><rb>畜生女</rb><rt>ちくしやうをんな</rt></ruby>め百兩の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を此久兵衞より預けし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えはなし<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>預けしや<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>して見ろ<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らぬ事をべら〱<ruby><rb>喋</rb><rt>しやべ</rt></ruby>りをると<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も恐ろしき顏色にて<ruby><rb>睨付</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>ければお民も今更一生懸命に<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>を出し久兵衞さん御前こそ<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>を<ruby><rb>御吐</rb><rt>おつき</rt></ruby>なさる私しは御奉行樣より<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せとの仰せ故<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申上るのさ決して私しを<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>んで下さるな御前は<ruby><rb>主殺</rb><rt>しゆころ</rt></ruby>しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby>をしたとか言ふ事<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も命は助からぬから男らしく<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>に白状して<ruby><rb>御仕舞</rb><rt>おしまひ</rt></ruby>なオイ久兵衞さん私しとても御前の恩は忘れはせぬが<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>を僞るは<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しいゆゑ正直に申上ます必らず<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>んで下さるなと云ふに久兵衞<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なしとは思へ共猶強情を<ruby><rb>張</rb><rt>はつ</rt></ruby>て居るを大岡殿コリヤ久兵衞是れにても<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は白状せぬかと云るゝに久兵衞は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>に伏せず一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座りませぬと申ければ大岡殿<ruby><rb>聲高</rb><rt>こゑだか</rt></ruby>に扨々<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は強情なる奴かな然らば<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>する者あり彼の者是れへと申さるゝに同心ハツと答へて馬喰町二丁目八十二軒組武藏屋長兵衞方旅人後藤半四郎<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>ませいと<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこむ</rt></ruby>に久兵衞は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て大いに驚き<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>て<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居たり時に後藤半四郎は<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby><ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しに付先刻より<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>あるを今や〱と<ruby><rb>待兼</rb><rt>まちかね</rt></ruby>たるゆゑ直樣浪人臺へ罷り<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>一向<ruby><rb>容體</rb><rt>なりふり</rt></ruby>にも構はず控へたり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば久兵衞は半四郎を見て彌々驚き眼を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を下げて居けるに大岡殿如何に半四郎<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の證據を申立よと云れしかば後藤は久兵衞を見るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や忽ち怒り<ruby><rb>心頭</rb><rt>しんとう</rt></ruby>に<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>しヤイ久兵衞<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は大膽不敵の<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>なり先年三島の一件を打忘れ<ruby><rb>益倍</rb><rt>ます〱</rt></ruby>惡心増長して今度大橋文右衞門へ百兩の<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかかり</rt></ruby>をせし事<ruby><rb>言語同斷</rb><rt>ごんごどうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なり<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>是を盜み取て文右衞門に<ruby><rb>負</rb><rt>おはせ</rt></ruby>んとの<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだくみ</rt></ruby>又主人五兵衞が悴五郎藏の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に不義を<ruby><rb>仕懸</rb><rt>しかけ</rt></ruby>しゆゑお秀は<ruby><rb>耐兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby>て<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>したるを却て<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を<ruby><rb>見捨</rb><rt>みすて</rt></ruby>て<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>し女には持參金道具類とも返す事はならずなどと汝一人の<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひにて<ruby><rb>引止置</rb><rt>ひきとめおき</rt></ruby>渡さざるは皆横領せんの<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>ならん爰な大惡人めと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にら</rt></ruby>み<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>しが大岡殿へ向ひ某し儀當年より十八ヶ年以前劔術の師なり養父なりの後藤五左衞門と申す<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>諸國修行</rb><rt>しよこくしゆぎやう</rt></ruby>に出し所上州大間々にて病死仕り候<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>早速同地へ罷り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>師父の<ruby><rb>追善</rb><rt>つゐぜん</rt></ruby>を<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>み其後罷り歸り候節中仙道熊谷土手にて越後浪人新藤市之丞と申す夫婦の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>取卷</rb><rt>とりまか</rt></ruby>れ難儀致し候を見るに忍びず某がし<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>を<ruby><rb>追散</rb><rt>おひちら</rt></ruby>し夫婦を救ひ夫より熊谷宿寶珠花屋八五郎と申す<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>へ止宿致し市之丞<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>養生致させ候處江戸表へ罷り<ruby><rb>出度</rb><rt>いでたき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>申候に付右八五郎兄なる江戸馬喰町二丁目武藏屋長兵衞方へ<ruby><rb>彼夫婦</rb><rt>かのふうふ</rt></ruby>の者を送り<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け猶少しの<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>を遣はし夫婦の身分を長兵衞に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>某しは國表丸龜へ立歸り候節東海道戸塚宿より江州商人と申す者<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>に相成其夜三島宿の長崎屋と申す宿屋へ止宿仕つり候所夜中に至りて<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の男某がしが<ruby><rb>寢息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>を考へ所持の金子を盜み取んとするにより<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>へて金子は取り返し以來心を改めよとてよく〱<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を<ruby><rb>差加</rb><rt>さしくは</rt></ruby>へ候節宿屋の者共<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>りて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>片小鬢</rb><rt>かたこびん</rt></ruby>の毛を<ruby><rb>拔取</rb><rt>ぬきとり</rt></ruby><ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>を致せしに付猶又<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>惡心<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しなら<ruby><rb>水鏡</rb><rt>みづかゞ</rt></ruby>みなり共<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>して改心せよと申し<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>め逃し遣はせし奴は即ち是なる久兵衞に御座候然るに某し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby><ruby><rb>江戸表</rb><rt>えどおもて</rt></ruby><ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>として長兵衞方へ止宿仕まつり候處折節長兵衞弟熊谷宿寶珠花屋八五郎も出府致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>面會仕</rb><rt>めんくわいつかま</rt></ruby>つり候に同人娘儀江戸下谷山崎町油屋五兵衞悴五郎藏と申すものゝ方へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづき</rt></ruby>候へども家内<ruby><rb>不熟</rb><rt>ふじゆく</rt></ruby><ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>は此久兵衞事嫁の秀へ不義を仕懸候趣きにて右秀儀<ruby><rb>里方</rb><rt>さとかた</rt></ruby>へ逃歸り候に付<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく離縁仕つらんと掛合に及び候處是なる久兵衞一人不當のみを申<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>り持參金道具代は勿論親亭主に<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候女に離縁状は出し申さゞる由を申して一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>取合</rb><rt>とりあひ</rt></ruby>申さず依て秀親八五郎<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き候間不便に存じ某し油屋五兵衞方へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に參り候に<ruby><rb>豈</rb><rt>あに</rt></ruby>はからんや番頭久兵衞と申すは先年三島宿にて一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へたる<ruby><rb>騙子</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>も驚きし樣子にて大いに恐れ早速離縁状は<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>し候へども右の通り<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>よりの<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>ゆゑ是まで如何樣の惡事を<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>しやも計り難し此度浪人文右衞門の一件も久兵衞が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>なきやに存じられ候間何卒御<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>文右衞門出牢仰せ付られ候樣願ひ奉つると<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>明細</rb><rt>めいさい</rt></ruby>に申立ければ越前守殿聞置たりとのことにて如何に久兵衞白状せぬかと申さるゝに久兵衞は<ruby><rb>差俯向</rb><rt>さしうつむき</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>無言</rb><rt>むごん</rt></ruby>なれば半四郎は<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>ヤイ久兵衞某し罷り<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>る上は如何程<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じても<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>には立ぬ有體に白状して<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>ざるに於ては此半四郎が目に物見するぞと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つく</rt></ruby>るに久兵衞はハツと<ruby><rb>平伏</rb><rt>ひれふせ</rt></ruby>しが最早此の上は是非なしと思案を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>て文右衞門に申しかけし百兩の<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>實は己れが盜み取て藤助妹へ遣はしたる始末等殘らず白状に及びしかば是に於て久兵衞は<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>申付られけり是即ち<ruby><rb>幕府</rb><rt>ばくふ</rt></ruby>の<ruby><rb>規則</rb><rt>きそく</rt></ruby>にして<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>如何樣に證據物等<ruby><rb>之有</rb><rt>これあ</rt></ruby>り其者の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>判然</rb><rt>はんぜん</rt></ruby>たりとも當人の口より白状に及ばぬ中は<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>申付られぬ事なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を入て吟味を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>らるゝとかや

## 第四十六回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に久兵衞は口書爪印と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>けるゆゑ大橋文右衞門は出牢申付られしかば去年十二月より今年三月まで<ruby><rb>概略</rb><rt>およそ</rt></ruby>四ヶ月の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の難に<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみしも天日明かにして終に<ruby><rb>其濡衣</rb><rt>そのぬれぎぬ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほし</rt></ruby>ければ當人は申に及ばず女房お政の<ruby><rb>歡喜</rb><rt>よろこび</rt></ruby>言ん方なく<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に腰懸まで迎ひに來り是偏へに御奉行の明斷に<ruby><rb>因</rb><rt>よる</rt></ruby>所なりと白洲の方に向ひて<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>たりけり時に後藤半四郎は再び大岡殿に向ひ恐れながら某し御奉行樣へ願ひ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>奉つり<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>儀御座候右は先刻申上し寶珠花屋八五郎娘秀離縁の儀に付油屋久兵衞方より持參金并びに<ruby><rb>道具類等</rb><rt>だうぐるゐとう</rt></ruby>未だ返し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>申さず候間<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御威光</rb><rt>ごゐくわう</rt></ruby>を以て右の金子道具共殘らず相渡し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣の御沙汰<ruby><rb>成下</rb><rt>なしくだ</rt></ruby>され<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>此段偏に願ひ奉つると申ければ大岡殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづか</rt></ruby>れて<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>八五郎を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され其方娘を五兵衞方へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづけ</rt></ruby>し處今度<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>に及びたれども未だ持參金道具類を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>ざる<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>持參金の<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>は何程なるや申し立べしと有に八五郎は何事なるやと思ひしに<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る尋ねなれば意外に喜び娘が持參金は百兩に御座候と申立ければ大岡殿五兵衞を<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>られ其方は<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby><ruby><rb>秀</rb><rt>ひで</rt></ruby>を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>に及びし處未だ持參金道具類とも返さざるよし<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>なり今日中に殘らず返すべし持參金を切金などには相成ぬぞ此段<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申渡すぞと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>申付られたり因て五兵衞は<ruby><rb>爲術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なく畏まり奉つるとて夫れより一同<ruby><rb>腰懸</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>り五兵衞は八五郎に向ひ今仰せ渡されの<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は何卒持參金ばかりにて<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>致し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られよと申ければ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に聞居たりし後藤半四郎は進みより<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>道具類とても決して勘辨相成ず彼是云て<ruby><rb>埓明</rb><rt>らちあけ</rt></ruby>ずは貴樣が<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>のお秀へ毎夜々々不義を仕懸し始末を申立て<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>を願ふべしと云ふに五兵衞は甚だ<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>なし夫れは如何にも<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>仕つるにより<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>はどうかと申すを半四郎は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>も<ruby><rb>葢</rb><rt>ふた</rt></ruby>も<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>ぬ彼是云るゝなら御吟味を願ふ<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>なりと云ければ五兵衞は殆んど<ruby><rb>爲方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>あらば<ruby><rb>取揃</rb><rt>とりそろ</rt></ruby>へて御返し申すべしと云ふに半四郎夫れは云ふまでもなし<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>返さば<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>今日中に返さざるに於ては又候訴へんと<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>云ふゆゑ五兵衞は終に金百兩并びに諸道具とも<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>しけるとなり右相談の<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>し頃大岡殿又々一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこま</rt></ruby>れコリヤ五兵衞其方が久兵衞に<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれたる三百五十兩は<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>汝へ<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>遣はす<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し召仕ひ久兵衞を盜賊と知ず<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>浪人文右衞門へ無實の<ruby><rb>賊名</rb><rt>ぞくみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんと云懸りたる其罪甚だ<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からず是に依て文右衞門へ<ruby><rb>詫金</rb><rt>わびきん</rt></ruby>百兩遣はすべし尤も改めて猶申渡すで有う<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>心得よと有るに是又五兵衞は是非なく<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と平伏して仰せ畏まり奉つると申すに大岡殿は後藤へ向はれ半四郎右の<ruby><rb>詫金</rb><rt>わびきん</rt></ruby>は其方へ<ruby><rb>取立方</rb><rt>とりたてかた</rt></ruby>申付る間五兵衞へ<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に及び受取次第文右衞門へ相渡し申すべしと云れ夫れより又文右衞門を呼れ<ruby><rb>右詫金</rb><rt>みぎわびきん</rt></ruby>百兩を其方<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとら</rt></ruby>ば長八が娘の身請をなし親元へ歸すべし殘り金の儀は其方存じ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>に致せと申されければ文右衞門は有難く畏まり奉つる<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申すに又大岡殿は下谷車坂町六兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>藤助と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方儀久兵衞より<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる百兩の金子は殘り何程<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>あるやと尋ねらるゝに藤助<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら私し儀<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>の身分に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>借錢等相拂ひ當時三十五兩殘り有り候と申を大岡殿聞れ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其金三十五兩は<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ御取上になるぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れども藤助<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>承はれ右の金子は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>不正の金ゆゑ不足の分まで殘らず御取上に相成る<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なれ共其方永々の眼病にて<ruby><rb>盲人</rb><rt>まうじん</rt></ruby>同樣に付<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御慈悲を以て殘金三十五兩だけ御取上に相成る間有難く存ずべしと申渡され此日は一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られけり扨翌日七日の差紙にて一件<ruby><rb>關係</rb><rt>かゝりあひ</rt></ruby>の者一同呼出され落着とぞ相成ける<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>享保五年三月七日なり時に大岡越前守殿<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に出座有て申渡し左の通り

下谷山崎町

家持

五兵衞

其方儀<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>とは<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざるとも<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ久兵衞へ<ruby><rb>家業向</rb><rt>かげふむき</rt></ruby><ruby><rb>打任</rb><rt>うちまか</rt></ruby>せ候により浪人文右衞門へ<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>候段重々<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>に付<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め申付べきの處<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>御憐愍</rb><rt>ごれんみん</rt></ruby>を以て御沙汰<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なき間文右衞門へ<ruby><rb>詫金</rb><rt>わびきん</rt></ruby>百兩遣はすべし

下谷車坂町

六兵衞店

藤助

其方儀久兵衞を<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>と知らずと雖も不正の金子を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>置事</rb><rt>おくこと</rt></ruby>不屆に付<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め申付べきの處<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御憐愍を以て過料錢七貫文申付る

右

藤助妹

たみ

其方儀兄藤助眼病中<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>を盡し候段<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごはうび</rt></ruby>として<ruby><rb>青差</rb><rt>あをざし</rt></ruby>五貫文<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し置る有難く存ずべし

馬喰町二丁目

武藏屋長兵衞

同人方旅宿

浪人

後藤半四郎

其方共儀新藤市之丞外萬事<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>致し候段<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めさ</rt></ruby>れ御褒美として白銀十枚ヅツ下し置る有難く存ずべし

馬喰町二丁目

前名新藤市之丞

當時屑屋

長八

其方儀先年の恩義を忘れず文右衞門へ<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>返報</rb><rt>へんぱう</rt></ruby>致し候<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby><ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>に思し召れ御褒美として青差五貫文下し置る有難く存ずべし

新吉原江戸町一丁目

玉屋山三郎代

彦助

淺草田町

<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>六<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby><ruby><rb>判人</rb><rt>はんにん</rt></ruby>

利兵衞

其方共儀長八<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>身受</rb><rt>みうけ</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の儀は<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>に於ても孝心を御賞し有るに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>利欲</rb><rt>りよく</rt></ruby>に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝは</rt></ruby>らず<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>遣はすべし

<ruby><rb>屑屋</rb><rt>くづや</rt></ruby>

長八娘

かう

其方儀親孝行の段<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>に思し召れ御褒美として<ruby><rb>白銀</rb><rt>はくぎん</rt></ruby>五<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>る有難く存ずべし

元油屋五兵衞

<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>

久兵衞

其方儀主人の金子を盜み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ主人悴五郎藏を殺害致し候段重々不屆に付江戸中引廻しの<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>淺草に於て<ruby><rb>磔</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>に申付る

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>屑屋長八は娘お幸の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしを喜び<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>娶</rb><rt>とり</rt></ruby>て小切店に<ruby><rb>商賣替</rb><rt>しやうばいがへ</rt></ruby>をなし家内益々<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>しけるとぞ又大橋文右衞門は<ruby><rb>心懸</rb><rt>こゝろがけ</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>なる者に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>目を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすべきの由奉行所より町役人へ内意も<ruby><rb>之有</rb><rt>これあり</rt></ruby>し<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>古主</rb><rt>こしゆ</rt></ruby>松平越後守殿へ聞え早々歸參となり<ruby><rb>元知</rb><rt>もとち</rt></ruby>五百石に復し物頭役申付られ忠義を盡しけるとなり其後此一件落着の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き越前守殿より將軍家へ言上の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り後藤半四郎の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を申上られしかば其者の<ruby><rb>武藝</rb><rt>ぶげい</rt></ruby>を<ruby><rb>試</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>みんとの上意にて半四郎を<ruby><rb>吹上</rb><rt>ふきあげ</rt></ruby>へ<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され御旗本十八人まで劔術試合を仰せ付けられ八代將軍吉宗公<ruby><rb>上覽</rb><rt>じやうらん</rt></ruby>有し處後藤に敵する者一人もなく皆々<ruby><rb>打負</rb><rt>うちまけ</rt></ruby>ければ將軍家<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外御賞美有て新知二百石下し置れ御旗本に<ruby><rb>御取立</rb><rt>おとりたて</rt></ruby>相成ければ半四郎の<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>譬</rb><rt>たとふ</rt></ruby>るにものなく是より後藤喜三郎秀國と改名して<ruby><rb>忠勤</rb><rt>ちうきん</rt></ruby>を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>み<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>富榮</rb><rt>とみさか</rt></ruby>えけるとなん

後藤半四郎一件終

  


## 松田お花一件

  


<ruby><rb>松田</rb><rt>まつだ</rt></ruby>お<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>備前國</rb><rt>びぜんのくに</rt></ruby>岡山御城主高三十一萬五千二百石松平<ruby><rb>伊豫守殿</rb><rt>いよのかみどの</rt></ruby>の<ruby><rb>藩中</rb><rt>はんちう</rt></ruby><ruby><rb>松田喜内</rb><rt>まつだきない</rt></ruby>と云ふ者<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>代々岡山に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>せしが當時の喜内は<ruby><rb>壯年</rb><rt>さうねん</rt></ruby>なるに兩親を<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひ未だ妻をも<ruby><rb>娶</rb><rt>めと</rt></ruby>らず獨の妹お花と云るを家に養ひ置<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>に兄弟二人の家内にして<ruby><rb>祿高</rb><rt>ろくだか</rt></ruby>五百石をを領し外に<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>二人<ruby><rb>下婢</rb><rt>げぢよ</rt></ruby>一人中間小者共主從九人の<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しなり扨此喜内は學問を好み軍學武藝にも達し物<ruby><rb>堅</rb><rt>がた</rt></ruby>き<ruby><rb>生質</rb><rt>せいしつ</rt></ruby>なれば諸方より妻を<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むる者あれども妹を他へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづけ</rt></ruby>ざる中は<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へ難し殊に我等未だ三十にも足ざれば急ぐにも及ばずとて<ruby><rb>請引</rb><rt>うけひか</rt></ruby>ざるにぞ當時の若者には<ruby><rb>珍敷</rb><rt>めづらしき</rt></ruby>人<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と一家中<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ざる者は無りける又妹お花と云は當年十六歳にて<ruby><rb>容顏</rb><rt>ようがん</rt></ruby>の<ruby><rb>美麗</rb><rt>びれい</rt></ruby>なるは我朝の小町<ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby>の<ruby><rb>楊貴妃</rb><rt>やうきひ</rt></ruby>をも欺くべく然らば同家中は素より岡山中に双ぶ女は有まじと評判高かりければ是又諸方より<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと云者<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>多けれども兎角喜内が心に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>はず<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>して打過ける茲に喜内の<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>に吾助と云者有しが此お花を深く思ひ初主人の妹とは知ながら折々<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかし</rt></ruby>き<ruby><rb>想振</rb><rt>そぶり</rt></ruby>などして袖<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を<ruby><rb>曳</rb><rt>ひき</rt></ruby>けれども此吾助元來<ruby><rb>醜</rb><rt>みにく</rt></ruby>き男にて<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>お花が相手になるべき<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>ならず殊に若黨なれば尚更<ruby><rb>請引</rb><rt>うけひく</rt></ruby>樣もなければ只一人<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>焦</rb><rt>こがし</rt></ruby>ける然るは其頃同家中に高五百石を領す澤井佐太夫の次男に友次郎といふ者あり當年十九歳にて古今無双の美男なりしが<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつ</rt></ruby>の程にかお花と<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>なき中となり喜内が<ruby><rb>當番</rb><rt>たうばん</rt></ruby>の留守の夜などには<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>にお花が<ruby><rb>閨</rb><rt>ねや</rt></ruby>に忍び來り語らう事も稀に有しかば彼の若黨の吾助は此樣子を覺り口惜き事限りなく<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>胸を苦しめて居たりけり斯て或夜の事喜内は當番にて留守成しかば例の如く友次郎はお花の部屋に忍び來りしを吾助は<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>見濟</rb><rt>みすま</rt></ruby>し此由を御殿へ行て旦那へ申上二人の<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>し<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>の無念を晴し呉れんと<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>御殿へ走り行き只今<ruby><rb>急用</rb><rt>きふよう</rt></ruby>有て參りたり早々喜内樣に御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたしと云入けるに<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て喜内は何事成哉と立出るを吾助は<ruby><rb>待兼</rb><rt>まちかね</rt></ruby>て聲を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め<ruby><rb>御令妹</rb><rt>おいもとご</rt></ruby>お花樣御事<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て澤井友次郎殿と不義成れし事私し存じ居候へども<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる事を見ねば旦那樣の<ruby><rb>御耳</rb><rt>おんみゝ</rt></ruby>にも<ruby><rb>入難</rb><rt>いれがた</rt></ruby>しと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんぜ</rt></ruby>し處今宵も御當番の御留守を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ友次郎殿事お花樣の<ruby><rb>御部屋</rb><rt>おへや</rt></ruby>へ忍び來られたり此事<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に見屆け候故御<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>申上候と云ければ喜内は<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>もなく吾助其方<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>を致せと云ながら<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>自宅に立歸りお花が部屋に<ruby><rb>直</rb><rt>つ</rt></ruby>と<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ばお花はハツト<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>して友次郎を<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>の中に手早く<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に有し友次郎が<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を引拔て兄上<ruby><rb>御免</rb><rt>おゆる</rt></ruby>し下されと云より早く<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のんど</rt></ruby>にグサと<ruby><rb>突立</rb><rt>つきたて</rt></ruby>んと爲るを喜内は手早く<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め其方は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て出家の望み有て相州鎌倉なる<ruby><rb>尼寺</rb><rt>あまでら</rt></ruby>へ參り度<ruby><rb>心願</rb><rt>しんぐわん</rt></ruby>の由夫故<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て我に<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を呉よと申せしを今迄は<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>さゞりしが夫程迄に思ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>し事なれば<ruby><rb>止</rb><rt>とめ</rt></ruby>たりとも止るまじ因て只今身の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すべし其方<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>致すからは此以後<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>は<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら女の身にて遠路の處身を<ruby><rb>衞</rb><rt>まも</rt></ruby>る者なくては叶はずと云ながら<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の友次郎が<ruby><rb>脇指</rb><rt>わきざし</rt></ruby>をお花に渡し此脇指を<ruby><rb>肌身</rb><rt>はだみ</rt></ruby><ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>さず何事も相談して<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>なき樣に暮すべしと<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より<ruby><rb>二包</rb><rt>ふたつゝみ</rt></ruby>の金子と藥の入し<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>を取出し是は<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>ながら兄よりの<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>なり二品を持て早々出立せよと云つゝ<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>お花が部屋を立出ればお花は元より友次郎も夜着の中より喜内が<ruby><rb>後影</rb><rt>うしろかげ</rt></ruby>を<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て兩人は支度をなし<ruby><rb>二包</rb><rt>ふたつゝみ</rt></ruby>の金と藥を<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>きて懷中に<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め何方を當と定め無れど<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとが</rt></ruby>められては一大事と<ruby><rb>鼠竊々々</rb><rt>そこ〱</rt></ruby>に岡山を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>けり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>喜内は翌日になり私しの妹花と申者<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>出家遁世</rb><rt>しゆつけとんせい</rt></ruby>の<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>み有之に<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>止事</rb><rt>やむこと</rt></ruby>を得ず昨夜身の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を遣はし候と太守へ屆け出ければ夫にて事故なく<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>けるが<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ぬは彼の若黨吾助胸にて二人の不義の樣子を現在に見屆ければ<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>物<ruby><rb>堅</rb><rt>がた</rt></ruby>き喜内の事故二人共に手討に<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>べし然れば是迄の<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>も<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>るなりと思ひて告たりしに案に相違の喜内が計ひ金迄<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>せ<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>其上喜内よりの申聞にはお花事は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て出家の望み有により暇を遣せしなり夫を不義者などと申<ruby><rb>觸</rb><rt>ふら</rt></ruby>せし段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>千萬なりと大いに<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られしゆゑ吾助は喜内の心を知らねば<ruby><rb>片贔屓</rb><rt>かたひいき</rt></ruby>なる<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>と深く喜内を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みつゝ<ruby><rb>此返報</rb><rt>このへんぱう</rt></ruby>は今に思ひ知すべしと爰に於て喜内を殺し恨みを晴さんとの<ruby><rb>惡念</rb><rt>あくねん</rt></ruby><ruby><rb>芽</rb><rt>きざ</rt></ruby>しけるこそ恐ろしけれ斯て吾助は<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>あれかしと<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひけるに喜内は何事も愼み深く其上武術に達しければ<ruby><rb>憖</rb><rt>なまじ</rt></ruby>ひに手出を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>て仕損じては一大事と<ruby><rb>空敷</rb><rt>むなしく</rt></ruby>半年餘りを過しけるが或時喜内は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>風邪</rb><rt>ふうじや</rt></ruby>に<ruby><rb>冒</rb><rt>をか</rt></ruby>されて<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>たるに追々熱氣強く十日餘りも床に着ければ其間若黨二人一夜代り〱に次の間へ<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>夜中の藥を<ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じなどしけるが今宵は吾助の番に當りて例の如く次の間に寢て居たりしに喜内は<ruby><rb>熱氣</rb><rt>ねつき</rt></ruby>少し<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>らぎたるにや其夜は<ruby><rb>心快</rb><rt>こゝろよ</rt></ruby>げにすや〱と眠れる樣子なれば吾助は心に思ふ樣今喜内殿病に<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れ<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りたるなれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>寢首</rb><rt>ねくび</rt></ruby>を<ruby><rb>掻</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>正體は有まじ豫ての怨みを晴すは此時なりと常に案内知たる事なれば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>納戸</rb><rt>なんど</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り喜内が衣類と金子二百兩を取出し一包にして夫より<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と雨戸一枚を外し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の包を<ruby><rb>飛石</rb><rt>とびいし</rt></ruby>の上に置<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>おり</rt></ruby>て庭口と門の<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>を開き<ruby><rb>迯</rb><rt>にぐ</rt></ruby>る道を<ruby><rb>補理</rb><rt>こしらへ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て元の座敷へ歸り喜内が<ruby><rb>寢息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>を考ふるに喜内の運の盡にや有けん正體もなく能寢入り居るにぞ吾助は心に<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び用意の刀を拔放し喜内が寢たる上に<ruby><rb>打跨</rb><rt>うちまたが</rt></ruby>り<ruby><rb>言</rb><rt>もの</rt></ruby>をも云ず<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>も<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>れと<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のどもと</rt></ruby>を<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしとほ</rt></ruby>せば喜内はアツと聲を立しが元來物に動ぜぬ人なれば心を鎭めて考ふるに<ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>に貫きし刀の刄右の方を向て有し故左りの方へ<ruby><rb>跳起</rb><rt>はねおき</rt></ruby>て枕元に有し短刀を拔き<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>曲者御參なれと切て掛れど病に<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れし上<ruby><rb>痛手</rb><rt>いたで</rt></ruby>をさへ負たれば忽ち<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby><ruby><rb>昏</rb><rt>くら</rt></ruby>みて手元の狂ひし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>吾助が<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>を少し切しのみ尻居に<ruby><rb>撞</rb><rt>どう</rt></ruby>と倒れたり吾助は切付られてハツと<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>迯</rb><rt>にぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>機會</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>を<ruby><rb>蹴返</rb><rt>けかへ</rt></ruby>して暗がりと成ければ此所ぞと<ruby><rb>滅多切</rb><rt>めつたぎり</rt></ruby>に<ruby><rb>斬散</rb><rt>きりちら</rt></ruby>しける程に喜内は左の手を切れたり茲に於て喜内は是非なく聲を立て皆々<ruby><rb>出會々々</rb><rt>であへ〱</rt></ruby>と云程こそあれ吾助は<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとがめ</rt></ruby>られては一大事と豫て拵へ置たる<ruby><rb>迯道</rb><rt>にげみち</rt></ruby>より彼の一包を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて<ruby><rb>何處</rb><rt>いづく</rt></ruby>ともなく<ruby><rb>迯失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>けり其後へ若黨下部等は喜内が聲を聞付て走り集りしが行燈は消て闇がりなれば<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>廻り<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>を<ruby><rb>燈</rb><rt>とも</rt></ruby>し見るに是は如何に主人喜内は朱に染て<ruby><rb>俯臥</rb><rt>うつふし</rt></ruby>に倒れ居るにぞ皆々仰天して<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き起し呼生るに暫くして喜内は息を吹き返し有し樣子を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>物語り重て若黨の忠八と云ふ者を<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>く招き寄汝は我が方に幼少より勤め<ruby><rb>魂</rb><rt>たまし</rt></ruby>ひをも見拔し故申殘すなり我吾助を一打に爲んと思ひしに<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby><ruby><rb>昏</rb><rt>くら</rt></ruby>みたれば<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>に<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>少しを<ruby><rb>斬剥</rb><rt>きりそぎ</rt></ruby>しのみ取り迯したる段殘念千萬<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>我死なば右の由明白に太守へ訴へて家財殘らず相改め請取の役人中へ引渡すべし<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby><ruby><rb>見苦敷</rb><rt>みぐるしき</rt></ruby><ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>無き樣皆々へ申付よ又<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>の内にある貞宗の短刀と用金五百兩の内二百兩は汝預かりて何卒國々を廻りて妹お花に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ又百兩は右の路用として汝に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すなり殘りの二百兩は汝を始め下人共一統に遣さん<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>配當</rb><rt>はいたう</rt></ruby>すべし此旨我<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>なりと役人中へ申達し<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>なき樣に致すべしと云を忠八は涙と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に聞終り御意の旨<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つり候お花樣には<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>御目に懸り此二品を御渡し申御遺言の<ruby><rb>旨趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>も御傳へ申すべし然れど<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>吾助未だ遠くは參るまじ<ruby><rb>追止</rb><rt>おひとめ</rt></ruby>て恨みを報ぜんと<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby><ruby><rb>追取</rb><rt>おつとり</rt></ruby>立上るを喜内は待てと<ruby><rb>呼止</rb><rt>よびとめ</rt></ruby>今<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>追行</rb><rt>おひゆく</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>も移りたれば其甲斐有るまじ汝其<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>あらばお花に廻り<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し上<ruby><rb>我</rb><rt>わが</rt></ruby>無念を晴し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと云うを此世の名殘にて廿八歳を一期とし終に果敢なくなりければ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きても<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なしと忠八は主人の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>の趣きを下人共に委細に告<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>に喜内が死骸を夜着の内に<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め其由<ruby><rb>目附役迄</rb><rt>めつけやくまで</rt></ruby>訴へ出ければ早速檢使入り來りて死骸を<ruby><rb>檢</rb><rt>あらた</rt></ruby>め忠八より遺言の趣きを<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>聞て立歸りし<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>評議ありしに當時喜内に親類もなく子は猶更有ねば是非なく家斷絶に及びけり因て忠八は<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>の通り家財殘らず太守へ差上貞宗の<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>と金五百兩のみを殘し置其中金二百兩は下女下男五人へ旦那の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>何迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>も御恩を忘れず<ruby><rb>御回向</rb><rt>ごゑかう</rt></ruby>申せと云ひ聞せて<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>しければ皆々<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながらに<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>散々</rb><rt>ちり〲</rt></ruby>にこそ出行けれ夫より先に忠八は喜内の死骸を寺院に<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り<ruby><rb>石碑</rb><rt>せきひ</rt></ruby>を建て<ruby><rb>回向料</rb><rt>ゑかうれう</rt></ruby>など<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く寄附し萬事手落なく<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せければ下人共を下たる跡にて明朝屋敷を引拂ひ候旨屆け出其<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の二品を腰に付泣々岡山の城下を立て或松原に差掛りしが此方の<ruby><rb>松蔭</rb><rt>まつかげ</rt></ruby>より黒き<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>にて<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を隱せし一人の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby><ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻し立出て忠八暫しと云<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>に驚き<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>れば彼の侍士が黒き頭巾を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>を能々見るに澤井友次郎の父佐太夫なりしにぞ忠八は再び<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きて一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なせ</rt></ruby>ば佐太夫も<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>して此方へと云て以前の<ruby><rb>松蔭</rb><rt>まつかげ</rt></ruby>へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>扨も此度喜内殿の<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby><ruby><rb>嘸々</rb><rt>さぞ〱</rt></ruby><ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>ならん其方も知て居らんが友次郎の事に付ては大恩の有る喜内殿故<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しも早速參り御世話も致す<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>筈なれども世の<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば思ひながら打過にせしが扨今朝其方が出立と聞及びて<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>より<ruby><rb>此所</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>たりしなり友次郎事は<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>致せし者故某しより何も<ruby><rb>助言</rb><rt>じよげん</rt></ruby>は致さねども喜内殿の大恩を思はゞお花殿に力を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>吾助を討取べしと其許心付れしならば其由悴に告て給るべし又此金子は<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>ながらお花殿へ<ruby><rb>進</rb><rt>しん</rt></ruby>じ申度とて金二百兩の包を出し外に金五十兩是は其方が<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>の足に致すべしと二包の金子を渡せば忠八は其<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>を感心し<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby><ruby><rb>末期</rb><rt>まつご</rt></ruby>に及びお花殿へ<ruby><rb>紀念金</rb><rt>かたみきん</rt></ruby>として二百兩預かり居候へば是にて事足ぬには有まじけれど折角の御<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>故私し御預り申<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>御屆け申すべし又友次郎樣へも只今の御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>は私しの存じ寄も同樣に御座候へば<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら<ruby><rb>御助言</rb><rt>ごじよごん</rt></ruby>申上候はん<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども私し事は主人より路用として數多の金子を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ請て候へば<ruby><rb>御思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>の程は<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>有難く存ずれども此金子は<ruby><rb>返納</rb><rt>へんなふ</rt></ruby>仕つりたしと云を佐太夫は<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し夫しきなる<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の金子を彼是と云れては<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て痛み入なり平に<ruby><rb>受納</rb><rt>うけをさ</rt></ruby>めらるべしと<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に云ければ忠八今は<ruby><rb>辭</rb><rt>じ</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く二包の金子を<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば是にてお別れ申さんと云を佐太夫も止め<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby>を遂目出度歸國有べし猶もお花殿の事頼み入と茲に佐太夫忠八の兩人は涙ながらに別れけり

## 第二回

<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に忠八は岡山の城下<ruby><rb>外</rb><rt>はづれ</rt></ruby>なる松原にて澤井佐太夫に別れ何を當と指て行べき方も無れど先京大坂は<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby>の地なれば<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>やお花樣御夫婦の<ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>に止まり給はんも￼り難し彼是と思はんよりは<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>大坂へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り夫より京都と<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>尋ねんと<ruby><rb>吉備津浦</rb><rt>きびつのうら</rt></ruby>より<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>せしに日々<ruby><rb>追手風</rb><rt>おひてかぜ</rt></ruby>打續き十日目にて大坂川口へ<ruby><rb>着船</rb><rt>ちやくせん</rt></ruby>しければ夫より大坂に足を止め日毎に新町<ruby><rb>道頓堀</rb><rt>だうとんぼり</rt></ruby>或は<ruby><rb>順慶</rb><rt>じゆんけい</rt></ruby>町の夜見世など人立多き所に行てはお花夫婦并に吾助が<ruby><rb>所在</rb><rt>ありか</rt></ruby>を尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せども是ぞと思ふ手掛りも<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>斯て<ruby><rb>在事</rb><rt>あること</rt></ruby>二百日餘りに成しかば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>大坂にては有まじ京都に行て尋ね見んと其夜伏見<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>りの船に乘て翌朝伏見に着せしが此處も<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby>の土地なればとて三日<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>して尋ぬれ共夫ぞと思ふ人もなく然らば京都へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>らんと此處を立出三條の龜屋と云る<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>りしに當所は大坂と違ひ名所古跡も多く名にし<ruby><rb>負</rb><rt>お</rt></ruby>ふ<ruby><rb>平安城</rb><rt>へいあんじやう</rt></ruby>の地なれば賑しきこと大方<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず<ruby><rb>祇園</rb><rt>ぎをん</rt></ruby><ruby><rb>清水</rb><rt>きよみづ</rt></ruby>を始として加茂北野金閣寺其外<ruby><rb>遊所</rb><rt>いうしよ</rt></ruby>はもとより人立<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>き方へ行ては尋ぬれども此處にも更に手掛りなく彼是と半年ばかりも暮しける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>或日<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く<ruby><rb>降</rb><rt>ふり</rt></ruby>て流石の忠八も此日は外へも出ず宿屋に一人<ruby><rb>徒然</rb><rt>つれ〲</rt></ruby>に居たりしに此家の亭主<ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り偖も<ruby><rb>折惡敷</rb><rt>をりあしき</rt></ruby>雨天にてお客樣には嘸かし<ruby><rb>御退屈</rb><rt>ごたいくつ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと<ruby><rb>下婢</rb><rt>げぢよ</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>飪</rb><rt>にばな</rt></ruby>を入菓子など出して<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなす</rt></ruby>にぞ忠八も<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>咄相手</rb><rt>はなしあひて</rt></ruby>と種々の物語をなしけるうち亭主申けるは一昨年の<ruby><rb>夏</rb><rt>なつ</rt></ruby><ruby><rb>祇園祭</rb><rt>ぎをんまつり</rt></ruby>の時にて候ひしが私し方へ<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>廿歳ばかりの男と十六七の女中の<ruby><rb>御武家方</rb><rt>ごぶけがた</rt></ruby>と見ゆる人と<ruby><rb>祭</rb><rt>まつり</rt></ruby>見物に登られ二夜泊りて歸られしが其日の<ruby><rb>晝頃</rb><rt>ひるごろ</rt></ruby>立戻られて大切の<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>を忘れたれば何とぞ吟味致し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れし故座敷々々を殘らず尋ぬれども一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>申さず尤も祭の時分なれば客人多く私し方ばかりにて五十人<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>相客</rb><rt>あひやど</rt></ruby>なれど若や先へ立れし人が<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>られ荷の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>へ入て行れしも<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>り難し氣の毒ながら私し方には之なしと申せしに夫婦の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>は大に力を落されあの印籠は大恩ある人より<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>に貰ひし品なれば失ひては<ruby><rb>濟難</rb><rt>すみがた</rt></ruby>し然りながら忘れて立しが此方の<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ちなれば是非もなしと<ruby><rb>悄然</rb><rt>しほ〱</rt></ruby>として立れたり扨其後二日<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て右の印籠を下女が座敷の<ruby><rb>袋戸棚</rb><rt>ふくろとだな</rt></ruby>より見付出し候が然ればとて何處の<ruby><rb>何某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>御人なるか聞ても置ねば御屆け申べき<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りもなし併し言葉遣ひは中國筋の御人と見請たれば其後は<ruby><rb>中國</rb><rt>ちうごく</rt></ruby>言葉の御客と見る時は若や<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の人は御存じ<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>や御逢成る事も有らば其の節<ruby><rb>取落</rb><rt>とりおと</rt></ruby>されし印籠は私し方に確にお<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り申置候へば此由を御通じ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>とお頼み申せしが今に<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ず餘り雲を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>む<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>御頼み事<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>とて<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と笑ふを忠八は<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>聞て何やら其樣子は友次郎御夫婦に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て其上印籠を<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby><ruby><rb>同樣</rb><rt>どうやう</rt></ruby>と云しも謂れ<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>なりと思ひしかば忠八は膝を進め<ruby><rb>御亭主</rb><rt>ごていしゆ</rt></ruby>只今の物語り拙者少し<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあた</rt></ruby>り有苦しからずば其印籠を<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>は成間敷哉と云に亭主は其は何より<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>き事<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>とて下女を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て其印籠を<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>忠八に渡し此品にて候と云にぞ忠八手に取て一目見に<ruby><rb>黒地</rb><rt>くろぢ</rt></ruby>に金にて丸に三ツ引の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>し紛ふ方なき主人喜内が常に腰に提られし印籠なれば思ず<ruby><rb>涙</rb><rt>なんだ</rt></ruby>を落とせしが<ruby><rb>故</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎら</rt></ruby>し再び亭主に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ此印籠は拙者が心當りの人の所持品に相違なし<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>りながら<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>申せし<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りにては不審は晴まじ彼の夫婦の面體は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>には有ざりしやと云うに亭主は手を<ruby><rb>拍</rb><rt>うつ</rt></ruby>て仰の通り少しも違はず何でも物ごとは話して見なば<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬものなり貴君樣に此お話しをせずば大切の品を<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>までも<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り居るか知れざりしに今日元の主へ返へすべき<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りを得しは實に<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>の幸ひなり然らば此印籠貴方樣へ御渡し申べし何卒<ruby><rb>先樣</rb><rt>さきさま</rt></ruby>へ御屆け成れて下さる<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と悦びて<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>けるにぞ忠八も又大に悦び<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば此品は拙者<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>に預り參る可し<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に證據もなく受取て參らんも心<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らねば以前<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひたる持主を同道致して御挨拶に參るまでの間だ金子三兩御預け申置べしと云を亭主は押<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め夫程迄に<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く仰せらるゝものを何故疑ひて金子などお預り申<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>や其儀は<ruby><rb>御無用</rb><rt>ごむよう</rt></ruby>なりと云にぞ忠八は亭主が<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>に感じて懷中より金百疋取出し是は餘りに<ruby><rb>輕少</rb><rt>けいせう</rt></ruby>なれども此印籠を探し出せしと云女中に<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し給へと渡しけれども亭主は手にだも取ず某し旅籠屋商賣を<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>れば御客樣の物品の<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>は某しが不調法なり然るに<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し出したればとて女中共へ<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>なる御心遣ひを蒙る<ruby><rb>謂</rb><rt>いは</rt></ruby>れなしと一向に受<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めねば忠八は止事を得ず其意に隨ひ彼の印籠を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとつ</rt></ruby>て<ruby><rb>状</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め是に就て尋ね申<ruby><rb>度事</rb><rt>たきこと</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>右夫婦の者は此家を立て何國へ參り候や存て有ば<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へられよと云に亭主暫く考へて何國と申す先は存ねども<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>の時大津へ出る道を問れし樣子<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に覺え<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候へば若や江戸の方へでも御<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>にては有間敷哉是も聢と定めては申されずと云を聞て忠八は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び然る上は今より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に出立す<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と云を亭主は<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め此大雨に<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>御出立は相成るまじ其上<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつどき</rt></ruby>も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>たれば大津迄出給はぬ内に日は<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>申すべし夫よりも今宵は此所に泊られて<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>未明より立給ふが御便利成べしと申ければ忠八も<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>にもと思ひ其夜の内に<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の宿賃を拂ひ外に茶代として二百疋を遣はしければ此<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>は亭主も<ruby><rb>辭</rb><rt>いな</rt></ruby>み難く受納め酒肴など出して<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けれども忠八はお花等が<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>を聞より少しも<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>落付</rb><rt>おちつか</rt></ruby>ず酒も宜程に濟し夜着引冠りて寢たれ共餘りの<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさに其夜はまんじり共せず<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>未だ暗き中に<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>食事抔もそこ〱仕舞て大津の方へ立出けり

## 第三回

是より先に友次郎お花の兩人は喜内が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にて金子二百兩と藥の入し印籠を貰ひ請備前岡山の城下を泣々立出しが何處へ行て身を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby>んと云方もなく然ばとて岡山<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>にも住居も成難く兎角此邊に<ruby><rb>居</rb><rt>をら</rt></ruby>んよりは遠路ながら江戸へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>かば諸侯も多き處と<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>及べば<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>主取りも成べしとお花にも此由を云聞せ<ruby><rb>旅裝</rb><rt>たびよそほ</rt></ruby>ひは道々調へんと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>二百兩の金を百兩はお花の胴に附させ殘りの百兩を自分に所持して<ruby><rb>慣</rb><rt>なら</rt></ruby>ばぬ旅を陸路より漸々大坂迄<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>ければ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>此所にて暫く休足すべしとて<ruby><rb>或</rb><rt>ある</rt></ruby>旅籠屋に逗留して住吉天王寺を始め所々を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>しければハヤ五月も<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>六月の初旬となり炎暑強き頃なれば凉風の<ruby><rb>立迄</rb><rt>たつまで</rt></ruby>當所に逗留して秋にもならば江戸へ下り<ruby><rb>主取</rb><rt>しゆどり</rt></ruby>せんと云をお花は聞て成程暑さの時分道中は<ruby><rb>堪難</rb><rt>たへがた</rt></ruby>き物ならんが<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて此所に浮々と長逗留して路用を遣ひ<ruby><rb>减</rb><rt>へら</rt></ruby>さば主取も<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>給ふに萬事不都合<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん少しの暑さへ耐へ江戸に<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>て安心なすが増ならずやと云も其理有ば友次郎も然らば出立の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>すべしと宿へも其由を物語り享保二年六月五日の<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>に乘て翌六日の朝伏見へ着船したりける<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>祇園祭</rb><rt>ぎをんまつ</rt></ruby>りなれば參詣として大坂より船にて京へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る者引も切ず其時友次郎はお花に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ其方も<ruby><rb>見聞</rb><rt>みきく</rt></ruby>通り祇園祭の由にて此通りの見物なり此處よりは<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>に三里と云ば好機なれば祭りをも見たる<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に名所<ruby><rb>古跡</rb><rt>こせき</rt></ruby>をも見物爲べし江戸へ下りては重て見物に上るも難かるべしと云ばお花も<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び見物いたし度といふにぞ友次郎はお花を連て人の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に付行程に頓て京都九條通りへ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて宿屋を尋けるに三條通りにありと<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>ゆるゆゑ即ち三條通りへ行き龜屋と云家に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りしに祇園祭りとて見物人の<ruby><rb>相宿</rb><rt>あひやど</rt></ruby>多く漸々八疊の間を二ツに仕切て其處へ落付未だ日も高ければ其日は<ruby><rb>東山</rb><rt>ひがしやま</rt></ruby>邊を見物なし翌日は又祇園會の<ruby><rb>山鉾</rb><rt>やまぼこ</rt></ruby>などを見て歸りには御所より北山の方を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>する處友次郎は元よりお花も始めて都の地を<ruby><rb>踏事</rb><rt>ふむこと</rt></ruby>なれば見る物聞く物毎に耳目を驚かさゞる事なけれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>少しも早く江戸へ行んと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>心頻りなれば僅に二<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りて龜屋方を出立せしが斯る混雜の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば友次郎は喜内に貰ひ受けたる印籠を取落し一里餘行て思出し<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>は大切の品なれば紛失させては<ruby><rb>濟難</rb><rt>すみがた</rt></ruby>し此處迄來りて取て返へすは太儀なれども印籠には<ruby><rb>代難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>しとて取て返し龜屋に至り<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の由を云て尋ねけれども一向に知れず是非なく其處を立出て其夜<ruby><rb>大津</rb><rt>おほつ</rt></ruby>に泊り翌日は<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より立て名にし<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby><ruby><rb>近江</rb><rt>あふみ</rt></ruby>八景を眺めつゝ行程に其以前大津を立し時より<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に成り先に成て行しは<ruby><rb>町人體</rb><rt>ちやうにんてい</rt></ruby>の一人の旅人なり友次郎夫婦は何の氣も付ず<ruby><rb>瀬田</rb><rt>せた</rt></ruby>の橋の手前なる茶店に腰打掛けて休みし時彼の旅人も其店へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>煙草など<ruby><rb>吸</rb><rt>すひ</rt></ruby>ながら友次郎等に對ひ貴君方には何へ御越有哉と云掛られ友次郎は豫て道中には<ruby><rb>騙子</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>と云もの有と聞及び居ければ<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>みを見せては成まじと思ひ我等は中國の者なるが主人の用事により夫婦<ruby><rb>連</rb><rt>づれ</rt></ruby>にて江戸表へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>るなりと云へば彼旅人は夫こそ誠に幸ひなり私し事は大坂<ruby><rb>天滿邊</rb><rt>てんまへん</rt></ruby>の町人にて候が此度江戸の店へ用事有りて<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>候に付幸ひの御道連苦しからずば今晩の御泊りより<ruby><rb>御同宿</rb><rt>ごどうしゆく</rt></ruby>致し度と云れて友次郎は迷惑せしが<ruby><rb>然有</rb><rt>さあら</rt></ruby>ぬ體にて夫は幸ひの事なり相宿の儀は兎も角も先<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>に成申さんとて是より彼の男と<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して行程に彼旅人は<ruby><rb>旅馴</rb><rt>たびなれ</rt></ruby>たる者と見えて此邊の名所々々知らざる處もなく<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に見ゆるが<ruby><rb>比良</rb><rt>ひら</rt></ruby>の高嶺彼處が三井寺<ruby><rb>堅田</rb><rt>かただ</rt></ruby>石山などと案内者の如く<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>ふるにぞ友次郎夫婦は<ruby><rb>我知</rb><rt>われし</rt></ruby>らず面白き事に思ひ猶樣々に此處は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>は何と尋るに元より辯舌優れし者故夫々に答へ<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>京大坂の話遊女町芝居などの事迄尾に尾を付て物語りけるにぞ夫婦は旅の<ruby><rb>憂</rb><rt>うさ</rt></ruby>をも忘れ<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆみ</rt></ruby>もさして<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>に非ざれば流石は若き人心<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>を得たりと打悦び互ひに笑ひつ笑はれつ何時か<ruby><rb>草津</rb><rt>くさつ</rt></ruby><ruby><rb>石部</rb><rt>いしべ</rt></ruby>も夢の間に打過て水口の驛に着し頃は夏の日なれども<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>共思はれける八九里の道を<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>に浮たて歩行し事故お花は餘程<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>たる樣子なり友次郎とても<ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby>京大坂に逗留し今日<ruby><rb>踏出</rb><rt>ふみだ</rt></ruby>しに大道を歩行たる事なれば今宵は早く共此宿に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>らんと云けるを彼の男は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>夏の旅は是から先が<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんえう</rt></ruby>なりお花樣とやらには駕籠を<ruby><rb>傭</rb><rt>やと</rt></ruby>ひて進らせん何分僅の道故先の<ruby><rb>宿迄</rb><rt>やどまで</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>給へ晝中と違ひて夕方はまた格別<ruby><rb>歩行能</rb><rt>あゆみよき</rt></ruby>ものなりと勸められ<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく夫婦も水口を立出けり

## 第四回

斯くて澤井友次郎は彼の町人の<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めにより水口の宿外れよりお花を駕籠に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>其身は町人と共に咄<ruby><rb>等</rb><rt>など</rt></ruby><ruby><rb>爲乍</rb><rt>しなが</rt></ruby>ら駕籠の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に付て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>程に一里餘りにして大野と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>る<ruby><rb>建場</rb><rt>たてば</rt></ruby>に來りしが友次郎は過つて草鞋の<ruby><rb>緒</rb><rt>を</rt></ruby>を切ければ<ruby><rb>履替</rb><rt>はきかへ</rt></ruby>んとしける中彼の町人は傍に<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>日も暮るに近ければ此建場は休まずに行べし草鞋を手早く<ruby><rb>履</rb><rt>はき</rt></ruby>て<ruby><rb>追付</rb><rt>おひつか</rt></ruby>れよと<ruby><rb>云捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>駕籠を急がせ遣けるにぞ友次郎今直に履替れば暫く<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>給へと云を耳にも掛ず彼の町人は聞えぬ<ruby><rb>體</rb><rt>ふり</rt></ruby>して<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ行ゆえ友次郎は心ならねば<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を履や否直に<ruby><rb>駈</rb><rt>かけだ</rt></ruby>し追付んと<ruby><rb>急迫</rb><rt>あせれ</rt></ruby>ども駕籠は<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>に行しや見えず猶も追付んと足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて急ぎけれども一向に影だに見えざれば餘りの<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>さに向ふより來る二三人の旅人に各々方は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の駕籠に<ruby><rb>行逢</rb><rt>ゆきあひ</rt></ruby>給はずやと問けるに知ずと云も有しが其中の一人が其<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>は今方<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>此後の松原から南の<ruby><rb>横道</rb><rt>よこみち</rt></ruby>へ一人の男が付て急ぎ行しと云にぞ偖は彼の町人と見えしは<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>にて有けるか欺かれしこそ殘念なれ未だ<ruby><rb>遠</rb><rt>とほく</rt></ruby>は行まじ<ruby><rb>退止</rb><rt>おひとめ</rt></ruby>てお花を<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>さずして置<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>やと宛然狂氣の如く以前の旅人が<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>たる<ruby><rb>横道</rb><rt>よこみち</rt></ruby>を指て急ぐ程に何時の間にか日は全くに<ruby><rb>暮果</rb><rt>くれはて</rt></ruby>たり然ども宵月の時分なれば少しも<ruby><rb>撓</rb><rt>たゆ</rt></ruby>まず何處迄もと追行ども更に駕籠の見えざるのみか<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>んと思ふ人にも<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て逢ざれば若此儘尋ね得ずばお花は如何に成やらんと<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>る程猶胸安からず暫しも<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>ならざれば足に任せて追程に<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>しか廣き野中へ出<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby><ruby><rb>幾筋</rb><rt>いくすぢ</rt></ruby>となく有ければ何に行て<ruby><rb>能事</rb><rt>よきこと</rt></ruby>かと定め兼四方を眺めて立止まりしが<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>うにちら〱と燈の光り見るにぞ友次郎は大に<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び何は兎もあれ彼處は人里有處と思はるれば湯にても水にても一ツ<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を休め其上にて又尋ねんと<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の見ゆる方を當に<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆむ</rt></ruby>事大凡一里許と思ふ頃燈火の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby>は見えず成けるにぞ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>途方にくれ斯ては詮方なし然ばとて<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>しては居られず何にしても<ruby><rb>此道</rb><rt>このみち</rt></ruby>を行ば人里へ出ぬと云事は有まじと心を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげま</rt></ruby>して歩行まんとしけるに是まで<ruby><rb>何里</rb><rt>なんり</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>なき道を走りたる事故大いに足を痛め歩行難きを<ruby><rb>引摺々々</rb><rt>ひきずり〱</rt></ruby>又もや十四五町も歩行しと思ふ時漸々一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>の家有所へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>たりける友次郎は心嬉しく偖は<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby><ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby>見えしは此家成りけるかと心に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよつ</rt></ruby>て見るに<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の戸を堅く閉て<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>たる<ruby><rb>樣子也</rb><rt>やうすなり</rt></ruby>然れども此所を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>して尋ねずば<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>にも尋ぬる方あるまじと思ひ門の戸を<ruby><rb>敲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きて<ruby><rb>呼起</rb><rt>よびおこ</rt></ruby>すに未だ内には寢ざるにや年寄たる<ruby><rb>嫗</rb><rt>をんな</rt></ruby>の聲にて應と言て門の戸を<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>友次郎の顏を見て何所より來給ふやと問れて友次郎は小腰を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め夜<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>て御老人を駭かし申事何共氣の毒千萬なり某は旅の者にて<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>一人の惡漢に<ruby><rb>出合</rb><rt>いであひ</rt></ruby><ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の女を見失ひ夫を尋ねんが爲に所々方々と<ruby><rb>駈廻</rb><rt>かけめぐり</rt></ruby>しが不案内と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に夜中の事故道に踏迷ひ<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>致す者<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>何とも申兼たる事ながら湯にても水にても一<ruby><rb>椀</rb><rt>わん</rt></ruby><ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>き度と言ば主の老女は<ruby><rb>打合點</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>夫は何とも御氣の毒千萬なり先此所へ上りて<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と休み給へとて<ruby><rb>圍爐裏</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>に掛たる古藥鑵より湯茶を<ruby><rb>汲</rb><rt>くん</rt></ruby>で差出す<ruby><rb>其待遇體</rb><rt>そのもてなしぶり</rt></ruby>の念頃なるに友次郎も心<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らく息を休めて扨老女に打對ひ<ruby><rb>率爾</rb><rt>そつじ</rt></ruby>ながら此處は何と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>所にて東海道の宿迄は<ruby><rb>道法</rb><rt>みちのり</rt></ruby>何程是有やと尋ぬるに老女は答へて此處は大野の在にて<ruby><rb>街道</rb><rt>かいだう</rt></ruby>迄は二里餘りも有ぬべし只今承まはれば<ruby><rb>御連</rb><rt>おつれ</rt></ruby>を見失ひ此所迄後を追駈て走り<ruby><rb>詰</rb><rt>づめ</rt></ruby>にて<ruby><rb>來給</rb><rt>きさたま</rt></ruby>ひしと<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めてお草臥の事ならん今より<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>を尋ね給ふ共夜中にては知申まじ見<ruby><rb>苦</rb><rt>ぐる</rt></ruby>しさを厭ひ給はずば今宵は此所にて夜を明し明なば早く此村の者を<ruby><rb>傭</rb><rt>やと</rt></ruby>ひ大勢にて尋ね給へと云れて友次郎はお花の事の心に係れば<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しも<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつく</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>は無れども先刻よりの足の<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れに今は一歩も歩行べき<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>なければ老女が言葉を幸ひに容を改め<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby>參り御世話に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>ばかりも氣の毒なるに一夜の宿は何共御頼み申兼れ共<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>らるゝ通り足を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>め居れば實は今より一足も歩行難し依て仰に任せ何の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>に成とも一夜を明し申<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>必ず御世話は御無用と云にぞ老女は然ばとて<ruby><rb>盥</rb><rt>たらひ</rt></ruby>に水を汲て友次郎に足を<ruby><rb>濯</rb><rt>すゝ</rt></ruby>がせ圍爐裏に柴を<ruby><rb>折焚</rb><rt>をりたき</rt></ruby>ながらお旅人には定めて<ruby><rb>物欲</rb><rt>ものほし</rt></ruby>く思はれんなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>此處等は街道へ<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>ければ魚類は乾魚も<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>難し今朝炊たる麥飯に鹽漬の<ruby><rb>茄子</rb><rt>なす</rt></ruby>あり是にて厭ひたまはずは飢を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎ給ふ迄に<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせんと膳を出すにぞ友次郎は大いに悦び是は〱<ruby><rb>辱</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなし然らば遠慮なく戴き申さんとて<ruby><rb>飢</rb><rt>うゑ</rt></ruby>たる腹へ五六椀を食し今は<ruby><rb>腹合</rb><rt>はらあひ</rt></ruby>も直り漸く人心地付しが<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>は殘らずお花の<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby>たる駕籠に付しかば<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>は<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>に成たれども着替る事さへ成ず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>共夫等を厭ふべき時ならねば飯を<ruby><rb>喰</rb><rt>くひ</rt></ruby><ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>て老女に一禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>圍爐裏に<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>て煙草をぞ<ruby><rb>呑居</rb><rt>のみゐ</rt></ruby>けるに老女は膳を片寄ながら<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と手を<ruby><rb>拍</rb><rt>うち</rt></ruby>私しは隣村迄今宵の中に是非行ねば成ぬ用有しを事に<ruby><rb>取紛</rb><rt>とりまぎ</rt></ruby>れて打忘れたり折角の御客に留守を<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けるはお氣の毒ながら手間の入る<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>にあらねば暫時留守して給はるべし定めて勞れ給へし成らんに着せ進らせん夜の物もなし<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>は殊に<ruby><rb>蚊</rb><rt>か</rt></ruby>の多ければ爐に蚊遣りを仕掛て其の邊りに寢轉び<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>を休め給へ何卒<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>頼み進らすと云つゝ立ち上りて門の戸引き閉め出て行きけり

## 第五回

跡には友次郎只一人思ひ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>せば廻す程お花の事が心に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>らんと爲れども心<ruby><rb>冴</rb><rt>さえ</rt></ruby>其上夜の更るに隨ひて漸次に<ruby><rb>蚊</rb><rt>か</rt></ruby>は多くなり右左より<ruby><rb>群付</rb><rt>むれつく</rt></ruby>にぞ斯ては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>眠られずと起上りて圍爐裏に柴を折くべ居る時しも此方の<ruby><rb>納戸</rb><rt>なんど</rt></ruby>共覺しき所にて何者やらん<ruby><rb>夥多</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しく<ruby><rb>身悶</rb><rt>みもだ</rt></ruby>えして苦しむ音の聞ゆるにぞ友次郎は<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し何事成んと耳を<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>し窺ふに聲は聞えねども<ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>して苦しむ樣子の一しほ始めに<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby>ければ何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>行ず心成ずも<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と立上り襖の透間より<ruby><rb>差覗</rb><rt>さしのぞ</rt></ruby>くに納戸の中には灯りもなく小さき火鉢に<ruby><rb>蚊遣</rb><rt>かやり</rt></ruby>の<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>有しが<ruby><rb>燃落</rb><rt>もえおち</rt></ruby>て薄暗き側に聢とは見えねども細引にて縛られたる一人の女居たり友次郎は<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と思ひ能々見るに此は如何に<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>すお花なりければ驚きながらも嬉しさ限りなく<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>走り入て其體を見るに身は<ruby><rb>細引</rb><rt>ほそびき</rt></ruby>にて縛られ口には猿轡を<ruby><rb>箝</rb><rt>はめ</rt></ruby>てあり友次郎は見も悼ましく<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>りし繩を<ruby><rb>解捨</rb><rt>ときすて</rt></ruby><ruby><rb>猿轡</rb><rt>さるぐつわ</rt></ruby>をも<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>除</rb><rt>のく</rt></ruby>るに<ruby><rb>解</rb><rt>とく</rt></ruby>手遲しとお花は友次郎に<ruby><rb>抱付</rb><rt>いだきつき</rt></ruby><ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に餘處を兼しか聲をも立ず泣けるを友次郎は<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め勵まし泣てのみ居ては事分らず樣子如何にと<ruby><rb>問掛</rb><rt>とひかく</rt></ruby>ればお花も<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>心付涙を拂ひ妾が此處まで連られ來りしには種々<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ども夫は道々御話し申さん夫れよりは先急ぎ此所を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れねば二人とも如何なる<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>に逢んも知れ難し少も早く<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>給へと云ば友次郎は何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は分らねども然らばとて手<ruby><rb>早</rb><rt>ばや</rt></ruby>く<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby><ruby><rb>履</rb><rt>はか</rt></ruby>しむればお花も有合の草鞋を足に<ruby><rb>引掛</rb><rt>ひつかけ</rt></ruby>二人手を取り<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>より忍び<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しは出たれども<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>に行ば<ruby><rb>街道</rb><rt>がいだう</rt></ruby>ならんと思ひながらも一<ruby><rb>生懸命</rb><rt>しやうけんめい</rt></ruby>の場所なれば足に任せて走る程に<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>來りしかは知らざる<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>夏の夜の明安く<ruby><rb>東雲</rb><rt>しのゝめ</rt></ruby>近く成しと覺えて行先に驛路の鈴の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby><ruby><rb>人足</rb><rt>にんそく</rt></ruby>の聲など遙に聞えければ友次郎もお花も<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めて<ruby><rb>蘇生</rb><rt>よみがへり</rt></ruby>たる心地して扨は街道に近く成しぞと猶も道を急ぐ程に<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>宿場</rb><rt>しゆくば</rt></ruby>共思はるゝ所へ出し頃は夜は<ruby><rb>白々</rb><rt>ほの〲</rt></ruby>と<ruby><rb>明放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>れ往來の旅人も多く有ければ兩人は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>心落付初めて勞れを覺え<ruby><rb>先</rb><rt>ま</rt></ruby>づ此邊にて<ruby><rb>一息</rb><rt>ひといき</rt></ruby><ruby><rb>繼</rb><rt>つか</rt></ruby>んと茶見世に立寄て腰を掛ければ茶店の<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>は茶を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>て出しながら二人の樣子を見て<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>さうに貴君方には夜前は水口へ御泊にて有しかと尋ねられ友次郎は包み<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く我々は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に出逢夜通しに此所迄遁れ來し者なり此<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>は何と申すやといへば<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>は氣の毒さうに夫は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし御難儀の事成ん此處は土山宿にて街道筋なれば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>の<ruby><rb>追</rb><rt>おひ</rt></ruby>來る憂ひなし緩りと御休み成るべしと<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>の言葉に友次郎も頼母敷思ひ此所にて草鞋<ruby><rb>買調</rb><rt>かひとゝの</rt></ruby>へてお花に履せ自分も履替などして<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く一禮述立出しがお花は是迄に息をも<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>ず歩行續けし事なれば友次郎は夜前の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を話すべき<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>なかりしが最早惡者の追ひ來るべき心<ruby><rb>遣</rb><rt>づか</rt></ruby>ひなしとてお花は友次郎に<ruby><rb>打向</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ昨日大野とやら云<ruby><rb>建場</rb><rt>たてば</rt></ruby>を出しより駕籠舁共頻りに急ぐ故妾も<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>の事を尋ぬれば<ruby><rb>駕籠舁共</rb><rt>かごかきども</rt></ruby>の云にはお連樣は跡より續いて來給ふなり早く行ねば日が<ruby><rb>暮</rb><rt>くる</rt></ruby>ると尚も急ぎける故妾も實に<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>事と思ひ居し内日は暮て人一人も<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>らぬ野原へ舁込だり貴方には<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>いて來給ふかと度々<ruby><rb>問</rb><rt>とへ</rt></ruby>ども其後は駕籠舁共は聞ぬ<ruby><rb>體</rb><rt>ふり</rt></ruby>して一向に返事もせず斯て餘程の道を走りしと思ふ時<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き一ツ家に駕籠を舁込しが<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の老女一人居り其時彼の町人と思ひし男私しに<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ最早此所迄來る上は如何に<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>ぶとも詮なし翌日は京の遊女町へ連<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て金にする<ruby><rb>積</rb><rt>つもり</rt></ruby>なれば其心得にて<ruby><rb>此姥樣</rb><rt>このおばさん</rt></ruby>の處に今宵悠々と泊り居よと云れて偖は惡漢に<ruby><rb>欺</rb><rt>たば</rt></ruby>かられしか殘念や口惜やと<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんとすれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>先づは四人の<ruby><rb>荒男</rb><rt>あらをとこ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>すべき樣無れども然ばとて<ruby><rb>阿容々々</rb><rt>をめ〱</rt></ruby>として遊女などに賣るべきや心を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし隙を見合せ<ruby><rb>迯出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>せしが女の甲斐なさ終に<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へられたり因て彼等は云樣<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>して<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>ば又々<ruby><rb>迯</rb><rt>にげ</rt></ruby>んも知れずとて有合細引にて<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めらるゝ時に胴卷に入し百兩の金をさへ見附られ暗々と<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取れ納戸の<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>に縛り付られ彼の百兩の金は四人にて<ruby><rb>取分</rb><rt>とりわけ</rt></ruby>になし三人の男は其の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りたり然るに其跡へお前樣のお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>有し故彼の老女は私しの連なるを知り心能宿を貸し置<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに以前の三人に知らせお前樣を殺さんとて<ruby><rb>隣村</rb><rt>となりむら</rt></ruby>まで行くと云て出行し其樣子は納戸の中にて殘らず聞ては<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ながら猿轡を<ruby><rb>嵌</rb><rt>はめ</rt></ruby>られたれば聲を立る事さへ成ず<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby>に那樣に物音をさせてお<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らせ申せしに夫と<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>してお前樣納戸に入りて私しを<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け下されし故危き所を遁れ候ひし然ながら<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なきは百兩の金を取られしことと云ば友次郎は<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を聞終りて彼百兩の金子を失ひたるは止事を得ず<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>のなかりしが幸ひなり實に<ruby><rb>浮雲</rb><rt>あぶな</rt></ruby>き事成しと語りつ聞つ兩人は道を急ぎて辿りけり

## 第六回

夫よりして友次郎<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>は<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>なく少しも早く江戸に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にもして身の<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>を定めんものと<ruby><rb>炎暑</rb><rt>えんしよ</rt></ruby>の強きをも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず夜を日に<ruby><rb>繼</rb><rt>つい</rt></ruby>で<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>大井川をも<ruby><rb>打渡</rb><rt>うちわた</rt></ruby>り箱根の<ruby><rb>峠</rb><rt>たうげ</rt></ruby>も難なく越え藤澤の<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りたる其夜友次郎は<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>熱氣</rb><rt>ねつき</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く起り<ruby><rb>悶</rb><rt>もだ</rt></ruby>え苦みけるにぞお花の驚き一方ならず<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の醫者を頼みて見せけるに是は<ruby><rb>大暑</rb><rt>たいしよ</rt></ruby>の時分に道中を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>給ひし故<ruby><rb>邪氣</rb><rt>じやき</rt></ruby>を<ruby><rb>冒込</rb><rt>おひこみ</rt></ruby>其が<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に發したるのにて先づ申さば<ruby><rb>霍亂</rb><rt>くわくらん</rt></ruby>なりとて藥を置て<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしにぞお花は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じて<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>するに其夜の明方頃になり友次郎は<ruby><rb>夥多敷</rb><rt>おびたゞしく</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>はき</rt></ruby>けるが夫より大いに<ruby><rb>熱</rb><rt>ねつ</rt></ruby>も<ruby><rb>醒</rb><rt>さめ</rt></ruby>すや〱と<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>る樣子なるにぞお花は少しは<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>せしに其翌日より友次郎の右の足に大きさ<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>を<ruby><rb>伏</rb><rt>ふせ</rt></ruby>たる程の<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>出來て<ruby><rb>病</rb><rt>いた</rt></ruby>むこと甚だしく自由には<ruby><rb>起居</rb><rt>たちゐ</rt></ruby>も成ざればお花は又もや<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きて以前の醫者を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て見するに此度は醫師も<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を傾け是は何共<ruby><rb>名付</rb><rt>なづけ</rt></ruby>難き<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>なり何にもせよ口を明て毒を取らねば大事に成んも知れず大切なる<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>お大事に成るべしとて<ruby><rb>煎藥</rb><rt>せんやく</rt></ruby>と<ruby><rb>膏藥</rb><rt>かうやく</rt></ruby>とを<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>して置て行ければお花は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>からず醫者の<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へたる通り腫物に<ruby><rb>膏藥</rb><rt>かうやく</rt></ruby>を<ruby><rb>貼</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>煎藥</rb><rt>せんやく</rt></ruby>を勸めて<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>に<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>も<ruby><rb>油斷</rb><rt>ゆだん</rt></ruby>有ね共如何成事にや友次郎が<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>は元の如くにて一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>も<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>ず<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>みは少づつ<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>む樣なれども兎角に<ruby><rb>氣分</rb><rt>きぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからず<ruby><rb>惱</rb><rt>なや</rt></ruby>み居けるぞ<ruby><rb>傷</rb><rt>いたま</rt></ruby>しや友次郎も最早日付にしても江戸へ<ruby><rb>着</rb><rt>つか</rt></ruby>るゝ處迄<ruby><rb>來</rb><rt>き</rt></ruby>て居ながら<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき此<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>と心のみ<ruby><rb>速</rb><rt>はや</rt></ruby>れども其<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なく妻のお花も夫の心を<ruby><rb>汲分</rb><rt>くみわけ</rt></ruby>ては悲しくも又<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>きを一人心を取<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し夫の氣を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>さぬやう<ruby><rb>可笑</rb><rt>をかしく</rt></ruby>もあらぬことにまで笑ひ<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>め居たりしが<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>藥の<ruby><rb>効驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>もなく夏も<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>秋も過てはや其年も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>になりけれども一向に<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>も見えず<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て居ること<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に一年餘りに成ければ<ruby><rb>路用</rb><rt>ろよう</rt></ruby>の<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へとてもお花が<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せし百兩は<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に奪ひ取れ友次郎が<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>し百兩も岡山を立しより是迄に<ruby><rb>過半</rb><rt>くわはん</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>し上此處にて斯一年餘りの病氣に<ruby><rb>藥代</rb><rt>やくだい</rt></ruby>は元より<ruby><rb>旅籠</rb><rt>はたご</rt></ruby>其の外の物入りに<ruby><rb>大概</rb><rt>たいがい</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ失し今は<ruby><rb>貯</rb><rt>たく</rt></ruby>はへも<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り少なになりければ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>ては當所に長く<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>も成難し然ばとて<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の病氣今少し<ruby><rb>快方</rb><rt>こゝろよく</rt></ruby>ならねば出立も成まじとお花は一人心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>めつゝ又四五ヶ月も<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>せし中終に<ruby><rb>路金</rb><rt>ろきん</rt></ruby>は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りなく<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>夫よりは<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざ</rt></ruby>しを<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>て其日の<ruby><rb>旅籠</rb><rt>はたご</rt></ruby>となせしが此さへ彼の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>し時夫婦の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>みし<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取れし事ゆゑ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>賣物</rb><rt>うりもの</rt></ruby>もなく<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しむるばかりなり然るに此<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>の主人と云は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>江戸にて<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>に暮せし町人ながら當所へ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>り宿屋を始めし者にて<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>ある<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ付なれば友次郎が<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>の病氣にお花が<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>する樣子を見て<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>心を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めしが此程は<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へも<ruby><rb>乏</rb><rt>とぼ</rt></ruby>しく成りしと見え<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>心勞</rb><rt>しんらう</rt></ruby>する<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>の如何にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>なりと思ひしにぞ或時友次郎が<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に來り御<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>には今日の御樣子は如何に<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby>と尋ぬれば<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>友次郎は<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りにつきお花は<ruby><rb>枕元</rb><rt>まくらもと</rt></ruby>に<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を<ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じて<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>しが夫と見るより<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め是は〱<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>毎々</rb><rt>いつも〱</rt></ruby><ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづ</rt></ruby>ね今日は何よりも心<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>樣子にてすや〱<ruby><rb>眠</rb><rt>ねぶ</rt></ruby>り居候と云を亭主は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>て夫は〱先何より<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby>なり而て御<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>などは如何やと云ふにお花は食事も<ruby><rb>氣分</rb><rt>きぶん</rt></ruby>も<ruby><rb>快</rb><rt>よ</rt></ruby>き折には<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>給</rb><rt>たべ</rt></ruby>候が氣分の<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさ</rt></ruby>ぐときは<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>にも<ruby><rb>給</rb><rt>たべ</rt></ruby>られぬと申て<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>ばかり<ruby><rb>吐居</rb><rt>つきをり</rt></ruby><ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>に<ruby><rb>果敢々々敷</rb><rt>はか〱しく</rt></ruby><ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>も見えず實に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り入候とほろりと<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>す一<ruby><rb>雫</rb><rt>しづく</rt></ruby>を見せじと<ruby><rb>瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>をしばたゝき<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>の御<ruby><rb>厄介</rb><rt>やつかい</rt></ruby>になり何とも御氣の毒千萬と云ば亭主は<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの<ruby><rb>機</rb><rt>しほ</rt></ruby>と思ひ何時まで御<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>ありしとて手前は夫が<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>なれば少しも<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>とは思ひませぬが<ruby><rb>御良人</rb><rt>おつれあひ</rt></ruby>は御大病なり其樣なことには<ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して御心遣ひなく何時<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>も<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と御<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>成れまし然ながら斯樣申せば何とも<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby><ruby><rb>千萬</rb><rt>せんばん</rt></ruby>なれども<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>の御<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>と云<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>には<ruby><rb>御良人</rb><rt>おつれあひ</rt></ruby>の御病氣にて<ruby><rb>御物入</rb><rt>おんものいり</rt></ruby>も<ruby><rb>莫大</rb><rt>ばくだい</rt></ruby>ならん<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>餘計</rb><rt>よけい</rt></ruby>の<ruby><rb>御貯</rb><rt>おんたく</rt></ruby>はへ有とも斯して在れなば<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り少なになり<ruby><rb>旅先</rb><rt>たびさき</rt></ruby>は別て<ruby><rb>心細</rb><rt>こゝろぼそ</rt></ruby>くも思ふものなり金銀は<ruby><rb>湧</rb><rt>わく</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>なれば今なくとも出來る<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>も<ruby><rb>有事</rb><rt>あること</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>其樣な事にて御<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なさるは御無用なり<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>御貯</rb><rt>おたくは</rt></ruby>への<ruby><rb>路金</rb><rt>ろぎん</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>たりとも御病氣<ruby><rb>御全快</rb><rt>ごぜんくわい</rt></ruby>迄は御心<ruby><rb>靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>に御<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>成るべし其間は何に<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ず御入用有ば<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られよ又少々の金子なれば<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>御<ruby><rb>用立</rb><rt>ようだて</rt></ruby>申べし必ず然樣な事に<ruby><rb>御遠慮</rb><rt>ごゑんりよ</rt></ruby>あるべからずと<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なる亭主の言葉にお花は<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流して<ruby><rb>打歡</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び是迄<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と厚く御世話に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし上只今の其御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>此御<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>は<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>に<ruby><rb>代</rb><rt>かへ</rt></ruby>ても<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>じ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し實は御<ruby><rb>察</rb><rt>さつし</rt></ruby>の通り<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の<ruby><rb>路銀</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し此程は<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>簪</rb><rt>かんざ</rt></ruby>しを<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひしも<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>夫さへ殘りなく<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>なるに<ruby><rb>御深切</rb><rt>ごしんせつ</rt></ruby>の御言葉に<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>え何とも<ruby><rb>鐵面皮</rb><rt>あつかま</rt></ruby>しき御願ひなれども今少し<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の病氣の<ruby><rb>快</rb><rt>なほ</rt></ruby>る迄御慈悲に<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>を御頼み申たく夫に付て又一ツの御願ひ有何の御役にも立まじけれど切てもの<ruby><rb>御恩</rb><rt>ごおん</rt></ruby><ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>じに私しを御女中<ruby><rb>衆</rb><rt>しゆ</rt></ruby>の中へ御加へ下され御客樣の御給仕にても御させ<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下さりませと云ば亭主は<ruby><rb>打案</rb><rt>うちあん</rt></ruby>じ夫は入ぬ<ruby><rb>御心配</rb><rt>ごしんぱい</rt></ruby>なり御武家に御<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ち成れし御身が宿屋の女の<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>ひも成まじ然ながら手前に然樣な心は<ruby><rb>塵程</rb><rt>ちりほど</rt></ruby>も有ねども<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へなくて<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>するは氣の毒と御<ruby><rb>心遣</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>ひが有ては<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>ければ御<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ御<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>が多く手の足ぬ時は御頼み申べしと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れてお花も少しは<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>し<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>たる友次郎を<ruby><rb>搖起</rb><rt>ゆりおこ</rt></ruby>し此事を<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ友次郎も<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びて何分共に願ひ候と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れて亭主も夫婦の者の其<ruby><rb>心根</rb><rt>こゝろね</rt></ruby>を<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>ならぬ事には<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ど<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>其意</rb><rt>そのい</rt></ruby>にまかせけり

## 第七回

夫よりしてお花は<ruby><rb>日夜</rb><rt>にちや</rt></ruby><ruby><rb>下婢</rb><rt>をなご</rt></ruby>の中に立<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>り勝手<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>の事など<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>くにぞ亭主はいとゞ不便に思ひ家内の者に言<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>てお花を<ruby><rb>恤</rb><rt>いた</rt></ruby>はらせければ<ruby><rb>下婢</rb><rt>をなご</rt></ruby><ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にてもお花を<ruby><rb>麁略</rb><rt>そりやく</rt></ruby>にせず力の<ruby><rb>入事</rb><rt>いること</rt></ruby>などはさせざりけり然ともお花は身を<ruby><rb>粉</rb><rt>こ</rt></ruby>にしてなり恩を<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>ぜんものと思へば如何なる<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>をも少しも<ruby><rb>厭</rb><rt>いとは</rt></ruby>ず客が來れば夜具の<ruby><rb>上下</rb><rt>あげさげ</rt></ruby><ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>に<ruby><rb>浴</rb><rt>い</rt></ruby>れば<ruby><rb>脊中</rb><rt>せなか</rt></ruby>を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひ或時は酒の<ruby><rb>給仕</rb><rt>きふじ</rt></ruby>などにも出るにお花は<ruby><rb>容顏</rb><rt>かほかたち</rt></ruby><ruby><rb>麗</rb><rt>うるは</rt></ruby>しければ是を<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ひ多くの旅人の中には種々なる<ruby><rb>戯</rb><rt>たはぶ</rt></ruby>れ事を云掛る人など有て<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさく</rt></ruby>も腹<ruby><rb>立敷</rb><rt>だたしき</rt></ruby><ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>も有ども何事も夫の爲且は<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ある亭主への<ruby><rb>恩報</rb><rt>おんはう</rt></ruby>じと思へば氣を<ruby><rb>取直</rb><rt>とりなほ</rt></ruby>して<ruby><rb>宜程</rb><rt>よきほど</rt></ruby>にあしらひつゝ月日を送りけるに或時旅人多く<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り合せし中に一人の<ruby><rb>若黨體</rb><rt>わかたうてい</rt></ruby>の武士あり<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>に入たる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なるにぞお花は例の如く<ruby><rb>老實</rb><rt>まめ〱</rt></ruby>しく<ruby><rb>湯殿</rb><rt>ゆどの</rt></ruby>へ到りお湯の<ruby><rb>加減</rb><rt>かげん</rt></ruby>は如何や<ruby><rb>御脊中</rb><rt>おせなか</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>ながし</rt></ruby>申さんと云へば彼の旅人は否湯も宜<ruby><rb>加減</rb><rt>かげん</rt></ruby>なり決て<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ふべからずと云ながら此方を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>り不￼お花の顏を見て彼の旅人は驚きたる樣子にて小聲になり<ruby><rb>貴娘</rb><rt>あなた</rt></ruby>はお花樣にては無きや如何の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>で此家にと云れてお花は<ruby><rb>薄暮</rb><rt>うすぐら</rt></ruby>ければ<ruby><rb>面貌</rb><rt>おもざし</rt></ruby>は知れざれど我が名を呼は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なりと彼の旅人の顏を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに岡山に<ruby><rb>在</rb><rt>おはせ</rt></ruby>し時數年我が家に使ひたる若黨の忠八にて有ければ<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りの事に言葉も出ず女の細き心にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>に成しを絶て久敷<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>ざりし若黨に見らるゝ事の<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しくも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>く又嬉しさも<ruby><rb>取交</rb><rt>とりまぜ</rt></ruby>て先立涙を押拭ひ其方は忠八にて有けるか<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しき此身の姿是には<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>もあり聞度事も<ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>けれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>此處では話しも成難し友次郎樣も此家に在るれば後に<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと語るべしと云に忠八は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>て然らば友次郎樣に<ruby><rb>御目</rb><rt>おめ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたる上何かの御話も仕つらん私しも<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>有て御二人樣の<ruby><rb>御行方</rb><rt>おんゆくへ</rt></ruby>を<ruby><rb>那地</rb><rt>あち</rt></ruby><ruby><rb>此地</rb><rt>こち</rt></ruby>と<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね居しが此所で御目に懸らうとは夢にも存ぜずと云時<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>にて御花さん〱と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>の聞ゆるにぞ然らば後にと云捨て御花は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て立去けり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て忠八は三年<ruby><rb>越</rb><rt>ごし</rt></ruby><ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>たるお花に<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り逢たることなれば一時に<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>み足ぬと湯もそこ〱にして上り<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆふはん</rt></ruby>も<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>お花の知せを今や〱と待中に程なくお花は出來り此方へと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>につれ忠八は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に付て行ける<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に友次郎が病に<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>たる一間に到りしかば忠八は<ruby><rb>座敷</rb><rt>ざしき</rt></ruby>に入り先友次郎が病氣の樣子を見て大に驚き<ruby><rb>其故</rb><rt>そのゆゑ</rt></ruby>を如何にと問に友次郎は漸々に枕を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>誠に我々二人が<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>今更<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みて詮なく又其方に對面するも面目なき仕合せなり我れ此病氣を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>はぬ先に<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>不孝</rb><rt>ふかう</rt></ruby>の<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>ならんか此所まで來る道すがら種々の<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>路</rb><rt>ろ</rt></ruby>用の金をさへ失ひし<ruby><rb>其概略</rb><rt>そのあらまし</rt></ruby>を語らんに兩人が<ruby><rb>岡山</rb><rt>をかやま</rt></ruby>を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>しより<ruby><rb>陸路</rb><rt>くがぢ</rt></ruby>を大坂へ<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り廿日餘り<ruby><rb>休足</rb><rt>きうそく</rt></ruby>せしが<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも早く江戸へ到り身の<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>を定めんと同所を出立せし其<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>祇園祭</rb><rt>ぎをんまつり</rt></ruby>ありと聞京都に立寄り見物して行んと彼地に到り<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ちて大切たる<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>を失ひ夫より江戸に下らんとして<ruby><rb>大津</rb><rt>おほつ</rt></ruby>の<ruby><rb>宿外</rb><rt>しゆくはづ</rt></ruby>れより惡漢に付れ終にお花を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取れ<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>せしが其の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>と路金百兩を奪はれたり然ながら<ruby><rb>我懷</rb><rt>わがふとこ</rt></ruby>ろに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ殘りの金六十兩<ruby><rb>餘</rb><rt>よ</rt></ruby>も有ければ是にて江戸へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り取付んと思ひ夫より道を急ぎて<ruby><rb>當所</rb><rt>たうしよ</rt></ruby>迄來りし所此病氣に<ruby><rb>取付</rb><rt>とりつか</rt></ruby>れ<ruby><rb>假初</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>の樣なれどもハヤ二年越しの<ruby><rb>長煩</rb><rt>ながわづら</rt></ruby>ひに貯はへ殘らず<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ捨其上お花の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>笄</rb><rt>かうが</rt></ruby>ひ迄も<ruby><rb>賣盡</rb><rt>うりつく</rt></ruby>し外に<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>も無りしに此家の主人がお花の苦勞する樣子を見て<ruby><rb>悼</rb><rt>いたま</rt></ruby>しく思ひ或日我が<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>り居る時此座敷へ來りお花に對ひ<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>への路金は盡たり共然樣な事に少しも<ruby><rb>心遣</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>ひなく病氣<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby>ある迄<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>して<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>りと<ruby><rb>滯留</rb><rt>たいりう</rt></ruby>致すべしと情ある言葉を頼みに貯へはなけれども不自由なく<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し居れば<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては少の<ruby><rb>手助</rb><rt>てだす</rt></ruby>けでもして亭主の恩に報はんとお花が心付にて下婢の中に<ruby><rb>立交</rb><rt>たちまじ</rt></ruby>り賤き身と<ruby><rb>成下</rb><rt>なりさが</rt></ruby>りし事是<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に天の<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>しみ給ふ處と今更思ひ當りしと有し樣子を物語れば忠八は<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>歎</rb><rt>たん</rt></ruby>じ此處に夫程<ruby><rb>御滯留</rb><rt>ごたいりう</rt></ruby>有とも知らず所々方々尋ね廻りしこそ愚なれ併し<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>此家に泊らずば御目にも<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らず江戸迄行んものを是誠に天道の引合せ給ふ處成べしと云つゝ<ruby><rb>潜然</rb><rt>ほろり</rt></ruby>と目に涙を浮めけるにぞお花は怪みて<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよ</rt></ruby>り此方の事のみ云て御國許の樣子は如何にや其方が私共の<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>を尋ぬると云も<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は置て<ruby><rb>兄君</rb><rt>あにぎみ</rt></ruby>喜内樣にも澤井の父樣にも御<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>か物堅いお生れながらお兄樣は早三十にも成給へば御内方でも迎へ給ひしか樣子は如何にと<ruby><rb>問懸</rb><rt>とひかく</rt></ruby>れば友次郎も<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て久敷<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>の樣子少しも早く聞度と云れて忠八兎や云ん角や云んと<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の中一人<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しめ居たりけり

## 第八回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も忠八はお花夫婦に<ruby><rb>問掛</rb><rt>とひかけ</rt></ruby>られ何とか云て宜からんと一人胸を苦めしが何時迄か包み隱さんと心を定め<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>し聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めてお兩人樣<ruby><rb>御尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby>なくとも申上ねば成ぬ大切の事あり其仔細と言は一昨年の事にて候ひしが私し同樣に御<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>に御奉公致し居候吾助事何故かは存じ候はねども喜内樣の御病氣の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>御看病</rb><rt>ごかんびやう</rt></ruby>を致しながら人々の寢入りたる樣子を<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ喜内樣の御病氣<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れにて眠り給ひしを<ruby><rb>見澄</rb><rt>みすま</rt></ruby>し一刀に御<ruby><rb>咽元</rb><rt>のどもと</rt></ruby>を<ruby><rb>指貫</rb><rt>さしつらぬ</rt></ruby>き候ひぬ然ども勇氣の喜内樣故<ruby><rb>刺</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れながらも<ruby><rb>跳返</rb><rt>はねかへ</rt></ruby>し給ひ短刀にて唯一<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>にと<ruby><rb>切掛</rb><rt>きりかけ</rt></ruby>給ひしが御病中と云<ruby><rb>深手</rb><rt>ふかで</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>れし上なれば御<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby><ruby><rb>眩</rb><rt>くら</rt></ruby>みて吾助が<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>を少し斬れしのみ<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby><ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>ければ吾助は是を幸ひと滅多切に<ruby><rb>切散</rb><rt>きりちら</rt></ruby>し<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れて何國ともなく<ruby><rb>遁失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>たり其時始めて喜内樣には御聲を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>られしにぞ私し始め皆々ソレと<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>つて<ruby><rb>馳付</rb><rt>はせつき</rt></ruby>候ひしにお<ruby><rb>悼</rb><rt>いたま</rt></ruby>しや深<ruby><rb>手</rb><rt>で</rt></ruby>何ヶ所も<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>給ひ<ruby><rb>御養生</rb><rt>ごやうじやう</rt></ruby><ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふべくも候はず其時喜内樣には私しを近く召れ敵は吾助と<ruby><rb>見屆</rb><rt>みとゞけ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>打洩</rb><rt>うちもら</rt></ruby>しぬる事<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なり汝は幼少より家に仕へて<ruby><rb>性根</rb><rt>しやうね</rt></ruby>をも<ruby><rb>見拔</rb><rt>みぬき</rt></ruby>たれば申し殘す一儀あり我死なば<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>の内に<ruby><rb>貞宗</rb><rt>さだむね</rt></ruby>の短刀と用金の<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ五百兩<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>其内金二百兩と<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>はお花が行衞を尋ね出し<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>なりとて渡し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ又百兩は汝が路用に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし殘り二百兩は下人共へ<ruby><rb>配當</rb><rt>はいたう</rt></ruby>すべし其外の品は一切手を付ず取調て<ruby><rb>御見分</rb><rt>ごけんぶん</rt></ruby>の御役人へ御<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し申すべしと<ruby><rb>細々</rb><rt>こま〲</rt></ruby><ruby><rb>御遺言</rb><rt>ごゆゐごん</rt></ruby>有て終に<ruby><rb>亡</rb><rt>むなし</rt></ruby>く成給ひし然ば泣々<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの如く取計ひ御<ruby><rb>石碑</rb><rt>せきひ</rt></ruby>をも<ruby><rb>建立</rb><rt>こんりふ</rt></ruby>して御後の取<ruby><rb>賄</rb><rt>まかな</rt></ruby>ひ萬事<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せ後下人共へは御<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>金を分與へて暇を取せ私し事は<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>岡山の城下を<ruby><rb>出立</rb><rt>しゆつたつ</rt></ruby>致せしに城下外れの松原にて友次郎樣の親公佐太夫樣に<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>なく御目に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ有しと友次郎へ<ruby><rb>教訓</rb><rt>けうくん</rt></ruby>の言葉とお花へ<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>る二百兩の金を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りし事又其身も<ruby><rb>路金</rb><rt>ろぎん</rt></ruby>にとて五十兩の金を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしを<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>すれども聞入なければ據ころなく受納めたることまで<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>物語ればお花は元より友次郎も夢かとばかり打驚き涙は落て瀧の如く中にもお花は心も<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>るゝばかりに<ruby><rb>泣悲</rb><rt>なきかな</rt></ruby>しみ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>は<ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby>も非ざりしが何思ひけん友次郎が<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬく</rt></ruby>より早く<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>すべき有樣なるにぞ忠八は<ruby><rb>遽</rb><rt>あわ</rt></ruby>て<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め御花樣には<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なれば<ruby><rb>御生害</rb><rt>ごしやうがい</rt></ruby>を成れんとは<ruby><rb>仕給</rb><rt>したま</rt></ruby>ふや兄君の御<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>を御聞成れ御心にても亂れ給ひしかと<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ばお花は涙を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め是程の大變を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>しなれば少しは心の<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れもせん此度吾助が兄君を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>せしは<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>我身</rb><rt>わがみ</rt></ruby>より起りしことと思はるゝなり其の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>よりして吾助事我が身に<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>不義を云<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>しかども心に染まねば強面くも<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ざりしに<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>した事より<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしながら友次郎樣と互に思ひ思はれて終に割なき中と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>しを吾助は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby>しと<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>しく是を<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き事に思ひけん<ruby><rb>妾</rb><rt>わらは</rt></ruby>一日友次郎樣を<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>に<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>ばせたることを兄君に申上二人ともに<ruby><rb>戀</rb><rt>こひ</rt></ruby>の<ruby><rb>意恨</rb><rt>いこん</rt></ruby><ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>を見せて夫を<ruby><rb>腹慰</rb><rt>はらいせ</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby>と思ひし處兄上には我身と友次郎樣とを<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>となく其夜の中に落し給ひしかば夫より吾助は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>にも兄君を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>み<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>を生ぜしなれば然は我が身の<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>より大切な<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>君を<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひたるなり<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby><ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>にて<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>せば此大變は起るまじきに<ruby><rb>死後</rb><rt>しにおく</rt></ruby>れたるこそ<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>けれ今更死ぬとも<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なけれども<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては命を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>て成と兄君への申譯をせんものと又もや<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>取直</rb><rt>とりなほ</rt></ruby>すを友次郎は<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>みも忘れ<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ足にて<ruby><rb>躄</rb><rt>いざ</rt></ruby>り出先<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>拏取</rb><rt>もぎとり</rt></ruby>て其方が申處も<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>なり我とても其<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく切腹せば斯る事にも<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>まじきを命を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>み<ruby><rb>落延</rb><rt>おちのび</rt></ruby>しは今更<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり然しながら今<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>にせよ我にせよ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>生害</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>したりとも<ruby><rb>何面目</rb><rt>なにめんぼく</rt></ruby>あつて喜内殿に地下にて言譯が成べきや夫よりも我思ふには敵吾助を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね出て<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>て<ruby><rb>亡魂</rb><rt>ばうこん</rt></ruby>を<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>らば少しは罪を<ruby><rb>贖</rb><rt>あがな</rt></ruby>ふに足るべきか心を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて<ruby><rb>熟</rb><rt>とく</rt></ruby>と思案を致すべしと言れてお花も<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>と思ひしが友次郎の言葉に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひければ忠八も<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>して先喜内が<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしたる<ruby><rb>貞宗</rb><rt>さだむね</rt></ruby>の短刀と金二百兩并びに佐太夫がお<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>へとて<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りたる金二百兩を<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>の中より取出し二人の前に<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べ又彼の<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>を取出して<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby><ruby><rb>失</rb><rt>うし</rt></ruby>なひ給ひしと有りし印籠は是にては候はずやと言ば二人は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き如何にして此品の其方の手に入しやと言に忠八は是には<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>き御<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りあり一通り御聞下さるべしとて岡山の城下外れにて佐太夫に別れしより吉備津の<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>に乘り大坂へ<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>同所に半年餘も<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>し夫より京都に到り三條通りなる龜屋と言るに宿を取此所にも<ruby><rb>半年餘</rb><rt>はんとしあま</rt></ruby>りも居て友次郎樣夫婦の<ruby><rb>所在</rb><rt>ありか</rt></ruby>を尋ねしかども一向に知ず然るに或日<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふり</rt></ruby>て外へも出られねば<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく宿屋に在し所宿の亭主の<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがたり</rt></ruby>にて此印籠を得しのみならずお二人樣の<ruby><rb>御行方</rb><rt>おんゆくへ</rt></ruby>も大方知ければ其<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>京都を立出江戸へと<ruby><rb>心指</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>を日に<ruby><rb>繼</rb><rt>つい</rt></ruby>で<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎしに<ruby><rb>不測</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>にも當宿にて御面會申せしなりと<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>れば友次郎夫婦は<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きの中にも印籠の再び手に入しことを喜び且龜屋の亭主の<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>なるを<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ其の夜は<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>る物語に夜を<ruby><rb>更</rb><rt>ふか</rt></ruby>し<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>に成て此家の亭主を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>より是なる<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>參り合せて金子も手に入たれば<ruby><rb>御案事</rb><rt>ごあんじ</rt></ruby>下さるまじ是よりは主從三人に成て<ruby><rb>御世話</rb><rt>おせわ</rt></ruby>も<ruby><rb>増</rb><rt>ます</rt></ruby>ならんが今少し<ruby><rb>御厄介</rb><rt>ごやつかい</rt></ruby>に成たしと言けるに亭主もいとゞ<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び夫は何より<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby>なり<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>より申通り<ruby><rb>御逗留</rb><rt>ごとうりう</rt></ruby>の事は<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>迄にても<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なしとて此日は酒肴など出して忠八を<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなし</rt></ruby>ける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>てお花は喜内に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひたる<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんらう</rt></ruby>の中に何ぞ友次郎が<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>に成べき品は無かと一ツ〱に開て見るに其中に<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>一切の<ruby><rb>妙藥</rb><rt>めうやく</rt></ruby>と記したる一包の藥有りければお花は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び友次郎にも忠八にも是を見せ<ruby><rb>試</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>みに用ひては<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>やと<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば友次郎は何にもせよ<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>一切の藥と有ば用ひるとも<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>りには成まじとて<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>みを<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて見るに中に用ひ方まで<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>し有にぞ大いに便りを得て其藥を<ruby><rb>紙</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>伸</rb><rt>のべ</rt></ruby>て<ruby><rb>腫物</rb><rt>しゆもつ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>貼置</rb><rt>はりおき</rt></ruby>けるに其<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>亥刻頃</rb><rt>よつごろ</rt></ruby>より痛む事甚だ<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby><ruby><rb>曉方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に成て<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>潰</rb><rt>つひ</rt></ruby>え<ruby><rb>膿</rb><rt>うみ</rt></ruby>の出る事<ruby><rb>夥多敷</rb><rt>おびたゞしく</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>有て<ruby><rb>痛</rb><rt>いたみ</rt></ruby>は<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れたる如く<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>ければ少しづつ<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かし見るに是迄<ruby><rb>寢返</rb><rt>ねがへ</rt></ruby>りも自由に成ざりし足が<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を立ても<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>む事なき故友次郎は云に及ばずお花忠八も<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>ては日ならず江戸へ下らるべしと猶<ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>りなく<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>せしかば五日目には<ruby><rb>起居</rb><rt>たちゐ</rt></ruby>の成樣になり十日目<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>は座敷の中を歩行程に成ければ<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>大丈夫なり<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>より<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>し<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>にせば<ruby><rb>日着</rb><rt>ひづけ</rt></ruby>に江戸へ着すべしと友次郎は其日亭主を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び明朝出立の事を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し是迄<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に成し事をお花と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>旅籠賃</rb><rt>はたごちん</rt></ruby>の外に<ruby><rb>肴代</rb><rt>さかなだい</rt></ruby>など<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし<ruby><rb>下婢共</rb><rt>げぢよども</rt></ruby>にも少しづつの心付して友次郎お花をば<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>忠八は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に付て<ruby><rb>藤澤宿</rb><rt>ふぢさはしゆく</rt></ruby>を立出けり

## 第九回

<ruby><rb>話頭</rb><rt>はなし</rt></ruby><ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>りて爰に松田の<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>吾助は主人喜内を<ruby><rb>討果</rb><rt>うちはた</rt></ruby>して<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての<ruby><rb>鬱憤</rb><rt>うつぷん</rt></ruby>を散じ衣類一包みと金子二百兩を盜み取<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>に紛れて備前國岡山を立去しが<ruby><rb>豐前國</rb><rt>ぶぜんのくに</rt></ruby><ruby><rb>小倉</rb><rt>こくら</rt></ruby>の城下に少しの<ruby><rb>知音</rb><rt>ちいん</rt></ruby>有ければ此に便りて暫く身を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し其後何れに成とも<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>を定めんものと先づ小倉を心指て漸々<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>り着其人を尋ねけるに是は四年<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に江戸表へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひつこし</rt></ruby>たりと言にぞ吾助は<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>む<ruby><rb>木蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>漏</rb><rt>もる</rt></ruby><ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>して尚も種々と聞合するに當時は江戸本郷邊に<ruby><rb>呉服物</rb><rt>ごふくもの</rt></ruby>の見世を出し當所より<ruby><rb>織物類</rb><rt>おりものるゐ</rt></ruby>を取<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せる程の身代になりしと聞少しく<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば是より江戸へ下り本郷へ尋ね行て身の落付を頼まんと思ひけれども元來吾助は船に<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>き生れ付なれ共<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>を<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>め<ruby><rb>播州</rb><rt>ばんしう</rt></ruby><ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>の津に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りけり當所は<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby>の<ruby><rb>湊</rb><rt>みなと</rt></ruby>にて名に聞えたる<ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>の<ruby><rb>早咲町</rb><rt>はやざきまち</rt></ruby>など<ruby><rb>遊女町</rb><rt>いうぢよまち</rt></ruby><ruby><rb>軒</rb><rt>のき</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つら</rt></ruby>ねて在ければ吾助は例の<ruby><rb>好色</rb><rt>かうしよく</rt></ruby>者と言ひ懷中には二百兩の金もあり先此處にて<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れを慰め<ruby><rb>鬱</rb><rt>うつ</rt></ruby>を晴さんと五六日<ruby><rb>早咲</rb><rt>はやさき</rt></ruby>に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>して居たりしが不￼心に思ふやう此處にて金銀を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>んよりは江戸へ行て身を<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつけ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>心の儘に樂まんと夫より室を立て其夜は<ruby><rb>姫路</rb><rt>ひめぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>り三日にて大坂へ着せしかども江戸へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>る心<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りなれば暫しも<ruby><rb>止</rb><rt>とゞま</rt></ruby>らず東海道は人目<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>ければ若や岡山の人に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>もせば<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なり<ruby><rb>木曾路</rb><rt>きそぢ</rt></ruby>より<ruby><rb>中仙道</rb><rt>なかせんだう</rt></ruby>を行に<ruby><rb>如</rb><rt>し</rt></ruby>く事なしと路次を急ぐ<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>に日ならずして<ruby><rb>板橋</rb><rt>いたばし</rt></ruby>の宿に着にけり然るに吾助江戸は始てなれば何れが本郷にや西も東も分らぬ故小倉にて<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>たる通り本郷二丁目にて<ruby><rb>呉服商賣</rb><rt>ごふくしやうばい</rt></ruby>をする<ruby><rb>桝屋</rb><rt>ますや</rt></ruby>久藏と云者と尋ねしに其頃新店なれども<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby>よきにや直に知ければ吾助は大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>見世</rb><rt>みせ</rt></ruby>に行て樣子を見るに<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>は六七間<ruby><rb>奧行</rb><rt>おくゆき</rt></ruby>も十間餘<ruby><rb>土藏</rb><rt>どざう</rt></ruby>は二戸前あり聞しに<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>て<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>なる<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し成りければ獨心中に歡び是程の暮しならば我等一人<ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>どの</rt></ruby>やうにも世話して<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れるならんと<ruby><rb>小腰</rb><rt>こごし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>めて見世へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>我等は元備前岡山にて<ruby><rb>御懇意</rb><rt>ごこんい</rt></ruby>に致したる者なり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御亭主</rb><rt>ごていしゆ</rt></ruby>に御目に懸り<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と云ければ店の者は奧へ到り主人久藏に斯と告いざ勝手口より御通り有べしと<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>するにぞ吾助は勝手口に到り此處にて<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>などを脱で<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ通るに主人久藏も立出て<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>の<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なきを祝し合<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>久藏言出けるに<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>には備前岡山なる城下に<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>奉公口</rb><rt>ほうこうぐち</rt></ruby>有て主取なし給ふ由承まはりたるのみにて其後は<ruby><rb>絶</rb><rt>た</rt></ruby>えて<ruby><rb>音信</rb><rt>いんしん</rt></ruby>も聞ず其中に我等は御當地へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこし</rt></ruby>たれば猶以て<ruby><rb>御無沙汰</rb><rt>ごぶさた</rt></ruby>に<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>しに而て此の度如何なる故有て岡山より江戸には下り給ひしといふを吾助は聞て我等事<ruby><rb>御存</rb><rt>ごぞん</rt></ruby>じの通り岡山にて主取は致したれども高が<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>奉公なり何時<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めたりとも<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なしと奉公の中<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>なる内職致し<ruby><rb>辛</rb><rt>からう</rt></ruby>じて<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>五十兩の金子を<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>たれば何卒大坂か江戸へ出此金を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>にして一<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎ仕つり<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>と思ひ一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>小倉に行て<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>にも御相談致し其上<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れとも決し申さんと<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby><ruby><rb>小倉</rb><rt>こくら</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きしに貴殿は江戸へ御引移りの由<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり然らば直樣江戸へ下り御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り萬事の御相談<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>御頼</rb><rt>おたのみ</rt></ruby>申さんものと<ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>の處をも厭はず<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>御尋ね申たりと<ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>に任せて言葉を<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに言たりける

## 第十回

<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>本郷二丁目なる<ruby><rb>桝屋久藏</rb><rt>ますやきうざう</rt></ruby>と言る者は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>備前岡山在の百姓の子にして吾助とは<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>成しが此久藏十八九歳の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>豐前國小倉なる<ruby><rb>織殿</rb><rt>おりどの</rt></ruby>へ奉公に行段々<ruby><rb>精勤</rb><rt>せいきん</rt></ruby>して金を<ruby><rb>蓄</rb><rt>たく</rt></ruby>はへ後江戸へ<ruby><rb>轉居</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>りて今<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>の暮しはすれども<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>律義</rb><rt>りちぎ</rt></ruby>の男にて少も<ruby><rb>惡氣</rb><rt>わるき</rt></ruby>なく人の言事を何に寄ず<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>なりと思ふにぞ此度も吾助が言葉を<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>と思ひ<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か疑ふ心なく奉公の中に五十兩金を<ruby><rb>蓄</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたりとは若いには<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しき人なりと感ぜしかば吾助に向ひ<ruby><rb>遠路</rb><rt>ゑんろ</rt></ruby>のところ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>御尋ね有て御身の<ruby><rb>落着</rb><rt>おちつき</rt></ruby>を御頼み<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ度との趣き承知致したり然ながら我等も<ruby><rb>近頃</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>御當地へ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>り未だ昨今の事故<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れに<ruby><rb>御周旋</rb><rt>おせわ</rt></ruby>致すべしと言<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の方もなきが幸ひ此節我等<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の者無人にて手廻り兼れば當時御身の落付の<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>まる迄我等方に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>有て店をも<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>ひ給はらば此方も大に<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せなりと言にぞ吾助は打歡び<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば仰の通り是より當分の内お<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>には立まじきがお見世のお<ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>ひ仕つらんと是より桝屋方に<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>して店の手傳ひなど<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>けるに元より<ruby><rb>奸才</rb><rt>かんさい</rt></ruby>に長し奴なれば手代の中に立<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>り人の<ruby><rb>爲事</rb><rt>なすこと</rt></ruby>迄<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>引取てする樣に<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>くゆゑ久藏は吾助の立<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を見て能人を得たりと歡びける<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て吾助は桝屋方に居ること凡そ半年餘りなるが<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ得ての<ruby><rb>好色</rb><rt>かうしよく</rt></ruby>者なれば家内に<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ふ下女に<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby>不義など<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>れども既に前章にも<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ふ如く至て<ruby><rb>醜</rb><rt>みにく</rt></ruby>き男ゆゑ誰あつて心に<ruby><rb>從</rb><rt>したが</rt></ruby>はんといふ者なかりしに其頃此桝屋へ上總の在方より<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に來りしお<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>といふ女今年十七歳なるが<ruby><rb>丁</rb><rt>ちやう</rt></ruby>百には餘程<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ぬ生れ付にて下女仲間にても<ruby><rb>馬鹿々々</rb><rt>ばか〱</rt></ruby>とて遊びものにされる者あり吾助は思ふやう此女ならば<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>我が言ことを<ruby><rb>肯</rb><rt>きく</rt></ruby>べし當座の<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>みものには是にても<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>には<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと或時お兼を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へて樣々に<ruby><rb>口説</rb><rt>くどき</rt></ruby><ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に無理<ruby><rb>往生</rb><rt>わうじやう</rt></ruby>に本望を遂げるに此女<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>が<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>者なれば段々吾助に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ折々忍び<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>ける内<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>しか<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>に子を<ruby><rb>妊</rb><rt>やど</rt></ruby>し月の重なる<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に人目にも立程に<ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>りければ吾助も是には殆ど<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>して種々と思案し一の巧みを思ひ付たれば或夜おかねと忍び<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>の物語りに我等如何なる<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>りてか其の方と<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>深き中なりと腹に子まで妊せし上は<ruby><rb>末長</rb><rt>すゑなが</rt></ruby>く夫婦に成べき<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>なり然ながら今は互に<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>自由</rb><rt>じいう</rt></ruby>には成難し然れども追々月も<ruby><rb>重</rb><rt>かさな</rt></ruby>りては<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>も成まじ因て一先宿へ下り<ruby><rb>墮</rb><rt>おろ</rt></ruby>すとも<ruby><rb>産</rb><rt>うむ</rt></ruby>ともして又々奉公に出られよ尤も宿へ下るに只は<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られまじ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て二兩か三兩の金を持せて<ruby><rb>遣度</rb><rt>やりたき</rt></ruby>者なれども知らるゝ如く我等は此家へ奉公はすれども<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>を取身分にも有ねば一兩の<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>も成難き夫故に<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>せしに一ツの計略を思ひ付たり其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>と言は<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>も定めて知て居らん<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の宅兵衞は數年奉公して<ruby><rb>給金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>も<ruby><rb>餘程</rb><rt>よほど</rt></ruby>旦那<ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>に預け有る由然るに彼の宅兵衞は<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>より其方に心<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なれば<ruby><rb>厭惡</rb><rt>いや</rt></ruby>で有うが<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にもして彼が心に隨ひ一度にても枕を<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>し<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>さへすれば腹の子も宅兵衞が胤なりと云立るとも<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>なし其の上にて彼より金を<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>夫にて<ruby><rb>身輕</rb><rt>みがる</rt></ruby>になる時は其方も我等も安心と云ふものなり若又不承知ならば我等も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし其方とても金子もなく<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下りては宿の手前も<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>からんなどと<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>しければ元來<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なるお兼のことなれば<ruby><rb>甘々</rb><rt>うま〱</rt></ruby>と吾助に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其の言葉に隨ひ宅兵衞に言寄る<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りをぞ待にける爰に<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の宅兵衞と云は<ruby><rb>桝屋</rb><rt>ますや</rt></ruby>久藏が<ruby><rb>豐前</rb><rt>ぶぜん</rt></ruby>小倉に居る時よりの飯焚にて<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>愚鈍</rb><rt>ぐどん</rt></ruby>なる上最も<ruby><rb>吝</rb><rt>しは</rt></ruby>く一文の錢も只は<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はず二文にして遣はんと思ふ程の男なれども<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>の女好にて年は五十を<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えたれども折々は<ruby><rb>夜鷹</rb><rt>よたか</rt></ruby>などを買ひ行て家を明る事もあり又は下女共には<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき事を言<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>をかく事も<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>なれども其を<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>とも思はず近頃は彼お兼に思ひを掛け<ruby><rb>時々</rb><rt>とき〲</rt></ruby><ruby><rb>袖褄</rb><rt>そでつま</rt></ruby>を引けるに一向に<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>もせざりしが<ruby><rb>或夜</rb><rt>あるよ</rt></ruby>宅兵衞一人居る<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へお兼は何か用有て來りしを宅兵衞<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>と思ひ戯れ<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>りけるに思ふより易く心に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひければ宅兵衞は天へも昇る嬉さにて夫より二三度も忍び合し其の内お兼は<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>の樣子を物語るに宅兵衞は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>し何として<ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らんと云ふをお兼は聞豫て吾助に入<ruby><rb>智慧</rb><rt>ぢゑ</rt></ruby>されし事なれば宅兵衞に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ今更斯なる上は<ruby><rb>何共</rb><rt>なんとも</rt></ruby><ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし何れへ成とも<ruby><rb>連退</rb><rt>つれのい</rt></ruby>て是非共女房にして給はるべしといはれて宅兵衞は五十を<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えて十六七の娘を<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に思ひても女房にはされず<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>千萬と<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>すれども元來<ruby><rb>愚鈍</rb><rt>ぐどん</rt></ruby>なる生れ付故工夫も出ず<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り切し<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見てお兼は今更斯なりては奉公も<ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>し若<ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby><ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>る御心なら<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>をして給る<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>し其金にて宿へ下り身輕に成たしと云にぞ宅兵衞は<ruby><rb>然爲</rb><rt>さうする</rt></ruby>には何程の金が有ば<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>やと問ば先少くとも五兩なければ宿へ下り身輕には<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>れまじと云れて宅兵衞は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>には又<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の樣子なればお兼は<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>を變て扨は私を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>み者にして女房にもせず金も出さずお前は<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はぬ<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>成ん其心ならば私も<ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby>には<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も生ては居られねば此通り<ruby><rb>旦那樣</rb><rt>だんなさま</rt></ruby>に申上お前の首へも繩を懸ねば此<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだち</rt></ruby>は止難しと云れて宅兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>し<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>とお兼を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し然らば金五兩<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>す間夫にて<ruby><rb>身輕</rb><rt>みがる</rt></ruby>になり必ず<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>なき樣にすべしとて<ruby><rb>澁々</rb><rt>しぶ〱</rt></ruby>五兩の金を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>けるこそ<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なりける事どもなれ

## 第十一回

偖もお兼は宅兵衞を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて金五兩を取しかば竊に悦び吾助に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>て其由を<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>するに吾助も大に悦びしが又一ツの計略を思ひ付お兼に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ扨々其方の<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby>の程<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>せり其<ruby><rb>働</rb><rt>はたらき</rt></ruby>にては女房にしても末頼<ruby><rb>母敷</rb><rt>もしく</rt></ruby>思ふなり夫に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て爰に一ツの相談あり夫婦の中に隱し<ruby><rb>隔</rb><rt>へだて</rt></ruby>をするに異な物なれば何事も包まず打<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>て言べし<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>其方の宿は他人と聞たれば二兩<ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆく</rt></ruby>とも世話の仕樣に<ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>りは有まじ然れば五兩の金を<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆき</rt></ruby>て宿へ<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>は<ruby><rb>溝</rb><rt>どぶ</rt></ruby>へ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>るより<ruby><rb>無益</rb><rt>むえき</rt></ruby>なり夫より五兩の中二兩を宿へ<ruby><rb>持行</rb><rt>もちゆき</rt></ruby><ruby><rb>身輕</rb><rt>みがる</rt></ruby>に成る入用に遣はし殘りの三兩は我等<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り居て<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て夫婦になる時<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>にても又何にても其の方の好みの品を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へる<ruby><rb>足</rb><rt>たし</rt></ruby>にせば便利成べしと云れ<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なるお兼故是を<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>と思ひ終に吾助の言葉の如く二兩の金を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby><ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ下りたり然るに惡事千里の<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>の如く<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>吾助がお兼と言合せ<ruby><rb>飯炊</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の宅兵衞より金五兩を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>事家内の者の<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>見世にても<ruby><rb>取々</rb><rt>とり〲</rt></ruby>の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>ありけるを吾助は聞て心に思ふやう此事<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>も宅兵衞が<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ば事<ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>かしかるべし夫のみ<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず見世の者にも顏を見らるゝ樣にて何となく<ruby><rb>居惡</rb><rt>ゐにく</rt></ruby>く成たり<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>江戸の<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りたれば<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に居ず共又外に<ruby><rb>宜處</rb><rt>よきところ</rt></ruby>は<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>も有るべしと或時主人久藏に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ我等<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>日光</rb><rt>につくわう</rt></ruby>の御宮を<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>仕りたき<ruby><rb>心願</rb><rt>しんぐわん</rt></ruby>なりしに幸ひ此度<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>の出來候へば參詣致し<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>候なり因て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>の間お<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を願ひ度と言ければ久藏は<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りとは心付ねば夫は何より<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby>事なり我等も<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て心願なれば<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>致し度ものなれども<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>に暇なければ此度は<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>ながら同道も成難し其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>は我等方の奉公人と言にも<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ねば勝手次第に參詣<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>として金子三兩<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はしけるに吾助は思ひしより<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよき</rt></ruby>を<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>もそこ〱<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>を<ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ<ruby><rb>其日</rb><rt>そのひ</rt></ruby>出立せしが日光と云は元來<ruby><rb>虚</rb><rt>うそ</rt></ruby>なれば夫より<ruby><rb>芝邊</rb><rt>しばへん</rt></ruby>へ行て四五日<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し居たりける然るに其頃芝明神前に<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>と云る<ruby><rb>淨瑠璃語</rb><rt>じやうるりかた</rt></ruby>りの女有しが<ruby><rb>容貌</rb><rt>かほかたち</rt></ruby>衆人に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ心<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき者なる故<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>も多く<ruby><rb>日々</rb><rt>ひゞ</rt></ruby><ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>絶</rb><rt>たゆ</rt></ruby>る隙なく繁昌しける此所へ吾助は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>稽古せんものと<ruby><rb>這入込</rb><rt>はひりこみ</rt></ruby>たるが<ruby><rb>好色者</rb><rt>かうしよくもの</rt></ruby>の<ruby><rb>癖</rb><rt>くせ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>が<ruby><rb>嬋娟</rb><rt>あてやか</rt></ruby>なる姿に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ夫よりは稽古に事<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>せ日夜<ruby><rb>入浸</rb><rt>いりびた</rt></ruby>りに行きけるが<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に云<ruby><rb>寄便</rb><rt>よるたよ</rt></ruby>りもなく<ruby><rb>空敷</rb><rt>むなしく</rt></ruby>月日を<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>したり然共吾助は喜内を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>し奪ひ取し金も二百兩の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほ</rt></ruby>くも<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はず<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し持しかば其の金の<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>が<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>むと云物を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へて<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>其外<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>見物花見遊山などにも同道して<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>氣に入るゝやうにぞ仕掛ける夫は<ruby><rb>偖置</rb><rt>さておき</rt></ruby>爰に澤井友次郎夫婦<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>忠八は藤澤宿を立て其の日の中に江戸に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>馬喰町の宿屋に足を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め此處にても<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に療治せしかば友次郎の<ruby><rb>病</rb><rt>やまひ</rt></ruby>は全く<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>よくなりければ夫よりは忠八と<ruby><rb>諸倶</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り敵の<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>を尋ねしかど未だ<ruby><rb>天運</rb><rt>てんうん</rt></ruby>の<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>まらざるにや一向に手懸りさへもなく<ruby><rb>空</rb><rt>むなし</rt></ruby>く其年も<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>て明れば享保五年となり春も<ruby><rb>中旬</rb><rt>なかば</rt></ruby>過て<ruby><rb>彌生</rb><rt>やよひ</rt></ruby>の始となり<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>も<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>に打續き上野<ruby><rb>飛鳥山</rb><rt>あすかやま</rt></ruby>或ひは<ruby><rb>隅田川</rb><rt>すみだがは</rt></ruby>などの<ruby><rb>櫻見物</rb><rt>さくらけんぶつ</rt></ruby>に人々の<ruby><rb>群集</rb><rt>ぐんじゆ</rt></ruby>しければ今ぞ<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を尋ぬるに<ruby><rb>幸</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>の時節なりとて<ruby><rb>日毎</rb><rt>ひごと</rt></ruby><ruby><rb>群集</rb><rt>ぐんじゆ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ入て尋けるに似たりと思ふ人にも<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>ざれば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>江戸には居るまじ是よりは<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>を尋ねんと主從三人<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を集めて<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>すれども是ぞと云<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>も出ざれば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>江戸を尋ね夫にても<ruby><rb>手係</rb><rt>てがか</rt></ruby>りなくは其時何國にも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>べしと是より又心を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>りて所々尋ね廻りしが頃は三月十五日<ruby><rb>梅若祭</rb><rt>うめわかまつり</rt></ruby>とて<ruby><rb>貴賤</rb><rt>きせん</rt></ruby>老若の<ruby><rb>別</rb><rt>わかち</rt></ruby>なく向島の<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>ひ大方ならず然るに此日は友次郎<ruby><rb>腹痛</rb><rt>ふくつう</rt></ruby>故忠八一人向島へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て隅田川の<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>を彼方此方と往來の人に心を止めて<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるきゆき</rt></ruby>けれども更に似た人もなく早日も<ruby><rb>西山</rb><rt>せいざん</rt></ruby>に<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>きしかばいざ<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>らんとて三圍の下より渡し船に<ruby><rb>乘</rb><rt>のり</rt></ruby><ruby><rb>川中迄</rb><rt>かはなかまで</rt></ruby><ruby><rb>漕出</rb><rt>こぎだ</rt></ruby>したる時向うより數人<ruby><rb>乘合</rb><rt>のりあひ</rt></ruby>し渡し船來り<ruby><rb>行違</rb><rt>ゆきちが</rt></ruby>ひさま其の船の中を見るに廿二三の女を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>したる男は疑ひもなき敵と<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ふ吾助にて有れば忠八は<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ吾助と<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひながらすツくと<ruby><rb>立</rb><rt>た</rt></ruby>ち<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>る間に<ruby><rb>早瀬</rb><rt>はやせ</rt></ruby>なれば船は<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>三<ruby><rb>反</rb><rt>たん</rt></ruby>ばかり<ruby><rb>隔</rb><rt>へだた</rt></ruby>りし故其の船返せ戻せと呼はれ共<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>の<ruby><rb>乘合</rb><rt>のりあひ</rt></ruby>なれば船頭は耳にも入ず其<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に船は此方の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>けれとも忠八立たりし<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>船より<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>らず又もや元の<ruby><rb>向島</rb><rt>むかうじま</rt></ruby>の方へと乘渡り<ruby><rb>群集</rb><rt>ぐんじゆ</rt></ruby>の中を八方へ<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>りて吾助を尋ね<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>りしかど何方へ行しやら<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>の中と云<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>も<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>したれば<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に行方は知れざりけり忠八は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り多き事<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなけれども<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>に及び<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ一先旅宿へ歸り友次郎樣お花樣にも此事を物語り<ruby><rb>方便</rb><rt>てだて</rt></ruby>を以て尋ねんものと其日はすご〱<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りぬ

## 第十二回

扨も忠八は馬喰町なる<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りてお花夫婦に<ruby><rb>打對</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ今日向島の<ruby><rb>渡舟</rb><rt>わたし</rt></ruby>にて<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>の事ありしと告げれば夫婦は悦ぶ事大方ならず只行方を<ruby><rb>見定</rb><rt>みさだ</rt></ruby>めざりしは<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なれども江戸の中にさへ居らば尋ぬるにも<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りよし<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>彼奴</rb><rt>かやつ</rt></ruby>も<ruby><rb>惡漢</rb><rt>しれもの</rt></ruby>なれば其方と<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を合せしからは<ruby><rb>浮々</rb><rt>うか〱</rt></ruby>江戸に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>付ては居るまじ<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>は<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>きより<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て其の方は品川の方より<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>に尋ぬべし我は千<ruby><rb>住</rb><rt>ぢゆ</rt></ruby><ruby><rb>板橋</rb><rt>いたばし</rt></ruby>など出口々々を尋ね見んとて<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつどき</rt></ruby>より<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>て友次郎忠八の兩人は品川と千住の方へ尋ねにこそは出行けれ爰に又<ruby><rb>桝屋</rb><rt>ますや</rt></ruby>方にては吾助が<ruby><rb>日光</rb><rt>につくわう</rt></ruby>へ行とて出しより<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>五六ヶ月になれども<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り來ざれば<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は宅兵衞を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き金を取し事の<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れんを<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れて<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>せし者ならんと<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>にて取々の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>をなしければ此事<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>宅兵衞が耳に入始て<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれたる事を知り<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>さ<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りなく如何にもして<ruby><rb>此恨</rb><rt>このうら</rt></ruby>みを報じ度は思へども<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に<ruby><rb>打明</rb><rt>うちあけ</rt></ruby>て主人にも<ruby><rb>言難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>き<ruby><rb>譯合</rb><rt>わけあひ</rt></ruby>なれば一人心を<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>め居たりしが<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>きものはなしとの<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわ</rt></ruby>ざの通り宅兵衞は思ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>てや或時主人にも告ずして大岡越前守殿の<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ右の<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を自身に<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出ければ越前守殿一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>の上<ruby><rb>桝屋</rb><rt>ますや</rt></ruby>久藏を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され吾助を<ruby><rb>召捕迄</rb><rt>めしとるまで</rt></ruby>宅兵衞事主人預け申付るとて下られける斯て又吾助は<ruby><rb>隅田川</rb><rt>すみだがは</rt></ruby>の花見に<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して到りしに<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らず<ruby><rb>渡船</rb><rt>わたしぶね</rt></ruby>にて忠八と面を合せしかば心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>からず<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>やお花夫婦も<ruby><rb>當地</rb><rt>たうち</rt></ruby>に來りて我を兄の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と聞尋ね居んこと<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し三十六計<ruby><rb>迯</rb><rt>にぐ</rt></ruby>るに如ずとか云ば一先<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れになり身を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て又江戸へ來るが<ruby><rb>上策</rb><rt>じやうさく</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>旅立</rb><rt>たびだち</rt></ruby>の<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>せしが<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>に心を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せし<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>を一夜なりとも手に入ずして別れんこと口惜し<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>忍行</rb><rt>しのびゆき</rt></ruby>て<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>をなし我が心に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>はゞ直に同道して<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのく</rt></ruby>べし<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>不承知ならば止事を得ず手足を<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>りてなりとも思ひを<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>すべしと其夜<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby><ruby><rb>合壁</rb><rt>がつぺき</rt></ruby>の<ruby><rb>寢靜</rb><rt>ねしづま</rt></ruby>りたる頃藤重が家に<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び行て見るに是は如何に<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>かんとしても<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>は<ruby><rb>釘</rb><rt>くぎ</rt></ruby>にて<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>より<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>て有ば少しも<ruby><rb>開</rb><rt>あか</rt></ruby>ず内の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに<ruby><rb>灯</rb><rt>あかり</rt></ruby>の氣も見えず<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見るに表の戸に<ruby><rb>貸店</rb><rt>かしだな</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>紙札</rb><rt>かみふだ</rt></ruby>の<ruby><rb>貼付</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>ある故是は<ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひせしかと<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまは</rt></ruby>すに間違ひにも<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ず吾助は何分<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>ねば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>家主方を起して<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ<ruby><rb>引移</rb><rt>ひきうつ</rt></ruby>りしやと尋ぬるに家主は答へて<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばなり<ruby><rb>藤重</rb><rt>ふぢしげ</rt></ruby>は<ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby>我等<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>に住居致せしが<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>の<ruby><rb>伯母</rb><rt>をば</rt></ruby>の方より<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へ來りしとて<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>の程に家を<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>我等に渡し出立致したりと云れて吾助は力を落し扨其の行先は何れ成と問ば家主は<ruby><rb>打案</rb><rt>うちあん</rt></ruby>じて<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>には知らねども<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は千住<ruby><rb>泊</rb><rt>どま</rt></ruby>りとか申したりと云を聞て直に家に歸り<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>支度を成し千<ruby><rb>住</rb><rt>ぢゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎけり<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に云己人を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かんとすれば人又<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>くと藤重は吾助に思はれ物をも多く<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ花見<ruby><rb>遊山</rb><rt>ゆさん</rt></ruby>などに<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>らるゝを甚だ心<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>は思はねども<ruby><rb>商賣柄</rb><rt>しやうばいがら</rt></ruby>なれば<ruby><rb>愛敬</rb><rt>あいきやう</rt></ruby>を失ひては成ずと<ruby><rb>表面</rb><rt>うはべ</rt></ruby>には<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>をなして同道せしが其折々<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>なる<ruby><rb>戀</rb><rt>こひ</rt></ruby>を云掛られ夫さへ心に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>らぬ樣<ruby><rb>云拔</rb><rt>いひぬけ</rt></ruby>て居しに今日<ruby><rb>隅田川</rb><rt>すみだがは</rt></ruby>の<ruby><rb>渡船</rb><rt>わたしぶね</rt></ruby>にて誰かは知ず<ruby><rb>行違</rb><rt>ゆきちが</rt></ruby>ひに面を見合せしより<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に吾助が顏色變り<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>たる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を<ruby><rb>利發</rb><rt>りはつ</rt></ruby>の藤重なれば早くも<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しと<ruby><rb>推</rb><rt>すゐ</rt></ruby>し其上<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>夜更</rb><rt>よふけ</rt></ruby>て<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>びに來るべしと約束されしも<ruby><rb>氣味</rb><rt>きみ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>ければ家主に頼み其身は室町なる心安き者の方へ<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く行て居る程に<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>は<ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>明家</rb><rt>あきや</rt></ruby>の積りにして若吾助が尋ね來らば<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>に云<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へて給るべしと頼み置けるにぞ右の如く家主より<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>せしなり此藤重と云は<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>に<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>へ孝を盡し大岡殿より<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごはうび</rt></ruby>を<ruby><rb>戴</rb><rt>いゞた</rt></ruby>きし津國屋の嫁お菊にて其後人の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>により<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>し<ruby><rb>藝</rb><rt>げい</rt></ruby>の<ruby><rb>善</rb><rt>よけ</rt></ruby>れば斯る<ruby><rb>業</rb><rt>なりは</rt></ruby>ひに世を送りしなり然ば<ruby><rb>狂言</rb><rt>きやうげん</rt></ruby>とは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ず吾助は足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぐ程に芝神明前をば<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>に立て千住大橋迄は未だ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き中に來れども春の夜の明<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>く<ruby><rb>掃部宿</rb><rt>かもんじゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る時は早白々と<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>け渡り<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>人面</rb><rt>ひとがほ</rt></ruby>も見ゆる頃思ひも<ruby><rb>依</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろより吾助<ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby>と聲を掛られ驚きながら見返る處を上意々々と呼はり<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の者十人餘りばら〱と掛り<ruby><rb>折重</rb><rt>をりかさな</rt></ruby>りて終に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>けるに吾助も喜内より<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby><ruby><rb>柔術</rb><rt>じうじゆつ</rt></ruby>を學び得て覺えある<ruby><rb>惡漢</rb><rt>しれもの</rt></ruby>なれ共<ruby><rb>不意</rb><rt>ふい</rt></ruby>と云<ruby><rb>多勢</rb><rt>たぜい</rt></ruby>にて<ruby><rb>押伏</rb><rt>おしふせ</rt></ruby>られし事故<ruby><rb>汚面々々</rb><rt>をめ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れけり斯て又友次郎は其朝馬喰町の旅宿を<ruby><rb>曉</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>に立出て板橋の方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り吾助を尋ぬれども何の<ruby><rb>手係</rb><rt>てがか</rt></ruby>りもなきにぞ然らば千住の方を尋ねんとて<ruby><rb>飛鳥山下</rb><rt>あすかやました</rt></ruby>通りより段々千住の方へと<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>く途中にて五六人の男が<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>ながらの<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>に<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby>千住にて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れたる者有しが<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>に餘程の<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>き<ruby><rb>太刀疵</rb><rt>たちきず</rt></ruby>の有程の者故何でも<ruby><rb>只者</rb><rt>たゞもの</rt></ruby>には有まじと云を聞て友次郎は<ruby><rb>小首</rb><rt>こくび</rt></ruby>を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け小<ruby><rb>鬢</rb><rt>びん</rt></ruby>の<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>とは少く心當りありと<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>尾</rb><rt>つき</rt></ruby>て<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を聞ながら行に年の<ruby><rb>恰好</rb><rt>かくかう</rt></ruby><ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>の樣子尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>す吾助に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ非ざれば<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に<ruby><rb>掃部宿</rb><rt>かもんじゆく</rt></ruby>の自身番に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>尋ぬるに斯樣々々の人にて名は吾助と云者と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるにぞ友次郎は<ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>して我板橋を<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にして千住を先に尋ねなば吾助に出逢本望を達すべきに公儀の御手に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れては<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし一先旅宿に<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りて分別を定むべしと<ruby><rb>悽々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>馬喰町へ戻りけり

## 第十三回

扨も<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>の同心より吾助事千住にて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>し段<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>けに及びければ大岡越前守殿には先吾助に<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られ一兩日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て引出され其外<ruby><rb>桝屋久藏</rb><rt>ますやきうざう</rt></ruby><ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>宅兵衞<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>桝屋</rb><rt>ますや</rt></ruby>の下女お兼など呼出され扨て吾助お兼の兩人に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ汝等<ruby><rb>主家</rb><rt>しうか</rt></ruby>にありながら<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>せしのみならず<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>せしを人に<ruby><rb>塗付</rb><rt>ぬりつけ</rt></ruby>んと<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り吾助兼相談の上<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>宅兵衞を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>不貞</rb><rt>ふてい</rt></ruby>の<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>をなし金子五兩<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取たる段<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なり<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状せば<ruby><rb>御憐愍</rb><rt>ごれんみん</rt></ruby>の御沙汰も有べし<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>申付んと申されければお兼は更に<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>せずわな〱<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へて居けれども吾助は<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も恐れたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なく<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>には候へども私し事是なる兼と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致せし事<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>御座なく然ば宅兵衞より金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取しなどと申事<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも覺えこれなく候<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>する所是は定めて宅兵衞が兼と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>させ是非なく金子を兼に遣はし候所今更金子惜く相成其<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>もなきことを申立私し共より<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>をねだり取らんと云彼が<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>に候はんと申立れば越前守殿はお兼に<ruby><rb>對</rb><rt>むかは</rt></ruby>れ汝吾助と申合せ宅兵衞を欺きしは<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>や少しにても<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>らば<ruby><rb>苦敷</rb><rt>くるしき</rt></ruby>思ひを爲べしと<ruby><rb>言和</rb><rt>ものやは</rt></ruby>らかに申されけるにお兼は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ聲して仰せの通り相違御座なく如何にも吾助殿と申合せ宅兵衞殿を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き金子五兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受候と申立るに越前守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづ</rt></ruby>かれ如何に吾助兼は既に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びたり斯ても未だ<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるやと<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に事を分て<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>ければ終に右の<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>白状致しける依て<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>に及ぶべしとて吾助兼の兩人は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られ宅兵衞は元の如く主人久藏に預けられ其の日は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>られけり然ば吾助白状はなすと雖も<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>に致されざるは越前守殿吾助が<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>の<ruby><rb>太刀疵</rb><rt>たちきず</rt></ruby>と云<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>一<ruby><rb>癖</rb><rt>くせ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べき<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>と見られし故<ruby><rb>内心</rb><rt>ないしん</rt></ruby>には今一應吟味致し<ruby><rb>舊惡</rb><rt>きうあく</rt></ruby>有ば<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>有んと思はれしなりとぞ然るに其日馬喰町の宿屋同道にて大岡殿御役宅へ<ruby><rb>愁訴</rb><rt>しうそ</rt></ruby>致せし者あり越前守殿<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>られて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>あるに<ruby><rb>此</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>別人</rb><rt>べつじん</rt></ruby>ならず備前岡山の<ruby><rb>藩中</rb><rt>はんちう</rt></ruby>松田喜内が家來忠八なり越前守殿一通申立よと有しかば忠八<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上私し主人喜内儀病氣にて<ruby><rb>平臥</rb><rt>へいぐわ</rt></ruby><ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>在候節私し同樣<ruby><rb>若黨</rb><rt>わかたう</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め居候吾助と申者<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちう</rt></ruby><ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に主人喜内を<ruby><rb>刺殺</rb><rt>さしころ</rt></ruby>し<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゆつぽん</rt></ruby>致し候に付夫より右喜内妹花と申者と同人<ruby><rb>連合</rb><rt>つれあひ</rt></ruby>澤井友次郎并びに私し三人にて吾助が<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>を尋ね<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い申度とて三ヶ年の間<ruby><rb>苦辛</rb><rt>くしん</rt></ruby>を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>尋ね<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り候處漸々此程<ruby><rb>隅田川</rb><rt>すみだがは</rt></ruby>の<ruby><rb>渡船</rb><rt>わたしぶね</rt></ruby>にて<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を合せしが不運にも取り<ruby><rb>迯</rb><rt>にが</rt></ruby>せしによりその後<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又手<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>りして<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね候<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>此間千住に於て<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>られ候段承まはり及び候然る上は若も吾助事<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>にても仰付られ候へば是迄の<ruby><rb>辛苦</rb><rt>しんく</rt></ruby>も<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>となり<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby>を<ruby><rb>遂得</rb><rt>とげえ</rt></ruby>ず<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>此上なく候に付<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ多き儀に候へ共吾助事<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>御免<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>付られ候樣御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の御沙汰願上奉まつり度と申立る時越前守殿<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>聞居られしが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を開き<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑はれ我今朝よりの吟味に<ruby><rb>勞</rb><rt>つか</rt></ruby>れしにや<ruby><rb>居眠</rb><rt>ゐねぶ</rt></ruby>り居て只今汝が申せしこと<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>は聞取り得ざりし然りながら此程<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>へたる吾助と云る者は今日白状に及びたるが<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>に成べき程の罪にもあらず依て<ruby><rb>明後日</rb><rt>みやうごにち</rt></ruby><ruby><rb>未刻</rb><rt>やつどき</rt></ruby>に<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby>申付る筈なり汝等が尋ぬる吾助とやらは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>人<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひならん<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>は<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>ば明後日<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby>の場所へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り對面すべしかならず御府内にて<ruby><rb>麁相</rb><rt>そさう</rt></ruby>なる儀いたすこと勿れとて下られけるに忠八は思はず<ruby><rb>眼中</rb><rt>がんちう</rt></ruby>に<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>め大岡殿の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>を悦び<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ<ruby><rb>飛</rb><rt>とぶ</rt></ruby>が如くに馬喰町の<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>れば友次郎お花は今日の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>如何なりしと<ruby><rb>右左</rb><rt>みぎひだり</rt></ruby>より<ruby><rb>問掛</rb><rt>とひかけ</rt></ruby>るに忠八は越前守殿の<ruby><rb>仁智</rb><rt>じんち</rt></ruby>の<ruby><rb>概略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>を物語り然れば明後日は<ruby><rb>豫</rb><rt>かねて</rt></ruby>の<ruby><rb>本望</rb><rt>ほんまう</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>仕つらんと云けるにお花は元來友次郎も<ruby><rb>雀踊</rb><rt>こをどり</rt></ruby>して喜び<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひと</rt></ruby>へに大岡殿の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>より出る處なりと南の方を向て夫婦<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み夫れより<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>への金銀にて<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>やかに<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ其日の來るを<ruby><rb>待詫</rb><rt>まちわび</rt></ruby>けり然程に大岡越前守殿には一日<ruby><rb>隔</rb><rt>おき</rt></ruby>て次の日此<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>の通り吾助お兼宅兵衞<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>關係</rb><rt>かゝりあひ</rt></ruby>の者共を呼出し先吾助お兼の兩人に向はれ吾助事は兼に種々なる惡事を申<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>め宅兵衞と<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じさせ金子五兩を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き取せ其中三兩を<ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>不仁</rb><rt>ふじん</rt></ruby><ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なり因て三ヶの<ruby><rb>津</rb><rt>つ</rt></ruby><ruby><rb>構</rb><rt>かまひ</rt></ruby>の上<ruby><rb>中追放</rb><rt>ちうつゐはう</rt></ruby>申付る又<ruby><rb>兼事</rb><rt>かねこと</rt></ruby>は同罪とは申ながら<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なる<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby>と相見え<ruby><rb>淺果</rb><rt>あさはか</rt></ruby>なる致し方故<ruby><rb>輕追放</rb><rt>けいつゐはう</rt></ruby>の上江戸<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひ申付る次に宅兵衞事は吾助等が<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みは人外なれども其の巧みに<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>り兼と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>したるは汝が<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なる故なり然ば金子を取れたるは<ruby><rb>自業自得</rb><rt>じごふじとく</rt></ruby>と言べし此以後心を改め女色に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふ事<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れと有て<ruby><rb>其餘</rb><rt>そのよ</rt></ruby>は<ruby><rb>構</rb><rt>かまひ</rt></ruby>なしと申渡され此事<ruby><rb>落着</rb><rt>らくぢやく</rt></ruby>なしたりけり斯て其日<ruby><rb>未刻頃</rb><rt>やつどきごろ</rt></ruby>吾助お兼の兩人は<ruby><rb>追放</rb><rt>つゐはう</rt></ruby>に成しかば何を<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>に行べき方もなく品川宿を<ruby><rb>打過</rb><rt>うちすぎ</rt></ruby>ける時吾助はお兼に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>なる上は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なし是よりは約束の通り<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>と夫婦になり<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>へ成共行て暮すべし其の中には又<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>も出んかと云ばお兼は<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>夫婦<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>に<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>がば<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>されぬ事は有まじ夫に付ても宿へ<ruby><rb>預置</rb><rt>あづけおき</rt></ruby>たる<ruby><rb>那兒</rb><rt>あのこ</rt></ruby>には<ruby><rb>乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>せる者もなく<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>泣</rb><rt>ない</rt></ruby>て居る<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ん吾助殿能思案は候はずやと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながらに物語るを吾助は<ruby><rb>聞敢</rb><rt>きゝあへ</rt></ruby>ず今更小兒の事など言たればとて<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>た氣に成て<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>よと<ruby><rb>何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも<ruby><rb>薄情</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>なる吾助の言葉にお兼は<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れんとすれども忘れられず心ならずも歩み行に此時後の方より<ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>の<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み思ひ知やと<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>やらん<ruby><rb>拔討</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>にお兼が<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>より乳の<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>切下</rb><rt>きりさげ</rt></ruby>ければお兼は堪らずアツと云て<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れたり吾助は驚き何者の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なるかと見返へれば是<ruby><rb>則</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち<ruby><rb>別人</rb><rt>べつじん</rt></ruby>ならず彼の<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の宅兵衞なれば吾助は大いに怒り<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>如何なれば掛る<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を爲ぞやと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せも敢ず宅兵衞は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>れる聲を<ruby><rb>張上</rb><rt>はりあげ</rt></ruby>て汝等が<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby>の致し方如何にも<ruby><rb>心根</rb><rt>しんこん</rt></ruby>に<ruby><rb>徹</rb><rt>てつ</rt></ruby>し<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なる故訴へ出たる所大岡樣の<ruby><rb>御仁心</rb><rt>ごじんしん</rt></ruby>にて汝等が命<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝ</rt></ruby>がなきことを得たれば我が恨みは<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>晴難</rb><rt>はれがた</rt></ruby>し<ruby><rb>先</rb><rt>いで</rt></ruby>我が<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>て見よと<ruby><rb>眞向</rb><rt>まつかう</rt></ruby>に<ruby><rb>振翳</rb><rt>ふりかざ</rt></ruby>して切て<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る此時吾助は身に<ruby><rb>寸鐵</rb><rt>すんてつ</rt></ruby>も<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>ざれども<ruby><rb>惡漢</rb><rt>しれもの</rt></ruby>なれば<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も恐れず<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に落たる松の<ruby><rb>枯枝</rb><rt>かれえだ</rt></ruby>を<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>取て右に<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>左</rb><rt>ひだ</rt></ruby>りに流し<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し戰ひ居たりしが吾助は<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>を心得たる男なれば宅兵衞が<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ持たる<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>を打落し<ruby><rb>痿</rb><rt>ひる</rt></ruby>む處を<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>け打に<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>目掛</rb><rt>めがけ</rt></ruby>て討ければ宅兵衞は<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>昧</rb><rt>くら</rt></ruby>みて<ruby><rb>蹌踉</rb><rt>よろめく</rt></ruby>を吾助は得たりと落たる刀を拾ひ取<ruby><rb>眞向</rb><rt>まつかう</rt></ruby>より<ruby><rb>唐竹割</rb><rt>からたけわり</rt></ruby>に<ruby><rb>切下</rb><rt>きりさげ</rt></ruby>たれば何かは以て<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>るべき宅兵衞は聲をも立ず死したりけり吾助は一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つい</rt></ruby>て<ruby><rb>傍</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻し宅兵衞が<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>を<ruby><rb>掻探</rb><rt>かきさぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>持合</rb><rt>もちあは</rt></ruby>せたる金子五兩二分を奪ひ取り仕合せ宜と<ruby><rb>獨笑</rb><rt>ひとりゑみ</rt></ruby>してお兼が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>見遣</rb><rt>みやり</rt></ruby>もせず<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>の方へと<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>り行こそ<ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>なれ

## 第十四回

<ruby><rb>惡</rb><rt>あく</rt></ruby><ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>に有者は<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>し<ruby><rb>惡</rb><rt>あく</rt></ruby><ruby><rb>表</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝ者は人是を<ruby><rb>誅</rb><rt>ちう</rt></ruby>すとかや<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も吾助は宅兵衞を<ruby><rb>易々</rb><rt>やす〱</rt></ruby>と<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し<ruby><rb>懷</rb><rt>くわい</rt></ruby>中の金五兩二分と<ruby><rb>脇指</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取其上<ruby><rb>足手搦</rb><rt>あしてがら</rt></ruby>みなるお兼さへ其處に命を落せしかば誠に<ruby><rb>勿化</rb><rt>もつけ</rt></ruby>の幸ひなりと悦びながら足を早めて<ruby><rb>馳</rb><rt>はし</rt></ruby>る程に<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て鈴ヶ森へぞ<ruby><rb>指懸</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>りける斯る所に<ruby><rb>並木</rb><rt>なみき</rt></ruby>の蔭より<ruby><rb>中形</rb><rt>ちうがた</rt></ruby><ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>の小袖の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>く<ruby><rb>端折</rb><rt>はしをり</rt></ruby><ruby><rb>黒繻子</rb><rt>くろじゆす</rt></ruby>の<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>を<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>にて<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び<ruby><rb>緋縮緬</rb><rt>ひぢりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>襷</rb><rt>たすき</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>貞宗</rb><rt>さだむね</rt></ruby>の<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を右の手に持<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ出たる一人の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby><ruby><rb>行先</rb><rt>ゆくさき</rt></ruby>に<ruby><rb>立塞</rb><rt>たちふさが</rt></ruby>り<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>大惡</rb><rt>だいあく</rt></ruby><ruby><rb>無道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby>の吾助大恩有る主人と知りながら<ruby><rb>兄君</rb><rt>あにぎみ</rt></ruby>を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>し岡山を立<ruby><rb>退</rb><rt>のき</rt></ruby>し事定めて覺え有べし今爰に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>しは天の<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>もの<ruby><rb>疾々</rb><rt>とく〱</rt></ruby><ruby><rb>勝負</rb><rt>しようぶ</rt></ruby>を致す可しと云時又此方の<ruby><rb>並木</rb><rt>なみき</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>より一人は<ruby><rb>小紋紬</rb><rt>こもんつむぎ</rt></ruby>の小袖一人は<ruby><rb>小紋木綿</rb><rt>こもんもめん</rt></ruby>の<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>に<ruby><rb>股引</rb><rt>もゝひき</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby><ruby><rb>甲斐々々</rb><rt>かひ〱</rt></ruby>敷出立にて<ruby><rb>二腰</rb><rt>ふたこし</rt></ruby>を横たへたるが兩人等く<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ出如何に吾助今は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby><ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>なし<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みの<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を受よと双方より詰寄るは是なんお花友次郎忠八等の三人なり其時吾助は<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きしが元來<ruby><rb>強氣</rb><rt>がうき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なれば<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑ひヤア<ruby><rb>小癪</rb><rt>こしやく</rt></ruby>なり我を敵と云汝等こそ兄親の目を忍びたる<ruby><rb>不忠</rb><rt>ふちう</rt></ruby><ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なり又汝等が兄喜内は<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>ちなく<ruby><rb>親</rb><rt>した</rt></ruby>しきを愛し<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>きを<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>む<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に國を<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>すの<ruby><rb>奸臣</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なる故我<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>取て<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>しを汝等は<ruby><rb>愚昧</rb><rt>ぐまい</rt></ruby>なれば是を<ruby><rb>覺</rb><rt>さと</rt></ruby>らず我を<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と付<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ふ事<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の至りなり然ながら<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>勝負</rb><rt>しようぶ</rt></ruby>を<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>むと成ば<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>ツ<ruby><rb>端</rb><rt>ぱし</rt></ruby>より我手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>今の<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひを覺して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>んと彼の宅兵衞を殺して奪ひ取たる<ruby><rb>脇指</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を引拔て<ruby><rb>一討</rb><rt>ひとうち</rt></ruby>とお花を<ruby><rb>目掛</rb><rt>めがけ</rt></ruby><ruby><rb>討</rb><rt>うつ</rt></ruby>て<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るをお花は心得たりと<ruby><rb>貞宗</rb><rt>さだむね</rt></ruby>の<ruby><rb>短刀</rb><rt>たんたう</rt></ruby>を以て<ruby><rb>切結</rb><rt>きりむす</rt></ruby>ぶに女なれども喜内の妹ゆゑ<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て手に<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えも有其上兄の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と思ひ一心<ruby><rb>籠</rb><rt>こめ</rt></ruby>て<ruby><rb>切立</rb><rt>きりたて</rt></ruby>れば吾助も<ruby><rb>侮</rb><rt>あなど</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>くや思ひけん爰を<ruby><rb>專途</rb><rt>せんど</rt></ruby>と戰ふ程に友次郎も忠八も手に<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り目ばたきも<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ず<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたりお花吾助の二人は右に拂へば左に支へ一上一下と<ruby><rb>祕術</rb><rt>ひじゆつ</rt></ruby>を盡して<ruby><rb>踏込々々</rb><rt>ふみこみ〱</rt></ruby><ruby><rb>戰</rb><rt>たゝか</rt></ruby>ふ程に吾助は名を得し<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なりお花は心<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>く勇めども<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>女の<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさは<ruby><rb>尖</rb><rt>するど</rt></ruby>き吾助の<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>對戰</rb><rt>あしらひ</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>思はず<ruby><rb>後退</rb><rt>あとずさ</rt></ruby>りなし小石に<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>躓</rb><rt>つまづ</rt></ruby>き<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>るゝを吾助は得たりと<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>振上</rb><rt>ふりあげ</rt></ruby><ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>一刀に討たんとするやお花は<ruby><rb>眞</rb><rt>ま</rt></ruby>二ツと見えし時友次郎が<ruby><rb>曳</rb><rt>えい</rt></ruby>と打たる<ruby><rb>小柄</rb><rt>こづか</rt></ruby>の<ruby><rb>手裏劍</rb><rt>しゆりけん</rt></ruby><ruby><rb>覘</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>違</rb><rt>たがは</rt></ruby>ず吾助が右の<ruby><rb>肱</rb><rt>ひぢ</rt></ruby>に打込みければ忽ち<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>を取り落すにぞお花は直くと立上り樣吾助が<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby>五六寸<ruby><rb>胸板</rb><rt>むないた</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>斫込</rb><rt>きりこん</rt></ruby>だり然れども吾助は<ruby><rb>死</rb><rt>しに</rt></ruby>もの狂ひ<ruby><rb>手捕</rb><rt>てどり</rt></ruby>にせんと大手を<ruby><rb>廣</rb><rt>ひろ</rt></ruby>げ追つ<ruby><rb>捲</rb><rt>まく</rt></ruby>りつ飛掛るをお花は<ruby><rb>小太刀</rb><rt>こだち</rt></ruby>を<ruby><rb>打振々々</rb><rt>うちふり〱</rt></ruby>右に<ruby><rb>潜</rb><rt>くゞ</rt></ruby>り左に拂ふを吾助は猶も<ruby><rb>追廻</rb><rt>おひまは</rt></ruby>り進んでは退き<ruby><rb>退</rb><rt>ひき</rt></ruby>ては進み<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>勝負は見ざりしに忠八は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>りて<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りしが今吾助が眼の前へ來りし時<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を<ruby><rb>伸</rb><rt>のばし</rt></ruby>て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が向ふ<ruby><rb>脚</rb><rt>ずね</rt></ruby>を<ruby><rb>浚</rb><rt>すくひ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の吾助も不意を打れて<ruby><rb>眞逆</rb><rt>まつさか</rt></ruby>さまに倒るゝをお花は<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>さず<ruby><rb>駈寄</rb><rt>かけよつ</rt></ruby>て左の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を<ruby><rb>打落</rb><rt>うちおと</rt></ruby>せば吾助は<ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>んと<ruby><rb>齒切</rb><rt>はがみ</rt></ruby>を爲す友次郎お花忠八<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>押重</rb><rt>おしかさな</rt></ruby>り十分止めを<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしとほ</rt></ruby>し終に首をぞ<ruby><rb>刎</rb><rt>はね</rt></ruby>たりけり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし程に<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>の<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby>等は二ヶ所にての<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>を聞傳て追々に馳集り先友次郎等を<ruby><rb>取圍</rb><rt>とりかこ</rt></ruby>み事の樣子を聞けるに友次郎は<ruby><rb>容</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>は元岡山の藩中松田喜内と申者の親類にて右喜内の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>吾助と云者を<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>討</rb><rt>うた</rt></ruby>んと三年の間所々を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby>萬<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>し今日此處にて出會年來の本望を達したり然る上は如何樣にも<ruby><rb>所</rb><rt>ところ</rt></ruby>の<ruby><rb>作法</rb><rt>さはふ</rt></ruby>通りに行はれよと少も<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>びれず答ければ村役人共然らば<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ給へとて當所の名主又品川宿の役人共も<ruby><rb>立合</rb><rt>たちあひ</rt></ruby>一同<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上當所の御<ruby><rb>代官</rb><rt>だいくわん</rt></ruby>へ訴へければ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>役人中<ruby><rb>出張</rb><rt>しゆつちやう</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>見分</rb><rt>けんぶん</rt></ruby>あり先友次郎等三人は<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby><ruby><rb>有迄</rb><rt>あるまで</rt></ruby>名主方に<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>居べしとて番人を<ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に付<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>此由を備前岡山の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>松平伊豫守殿</rb><rt>まつだひらいよのかみどの</rt></ruby>江戸屋敷へ問合せに及びけるに此方の<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>に相違なきに依引取申度との事なれば<ruby><rb>此趣</rb><rt>このおもむ</rt></ruby>き友次郎等へ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby><ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>伊豫守殿<ruby><rb>御邸</rb><rt>おやしき</rt></ruby>へ引渡すべき間<ruby><rb>其用意</rb><rt>そのようい</rt></ruby>有べしとの事故三人の<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず其日の來るを今や〱と待程に其後岡山侯より<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>への人<ruby><rb>數</rb><rt>ず</rt></ruby>來り<ruby><rb>大名</rb><rt>だいみやう</rt></ruby><ruby><rb>小路</rb><rt>こうぢ</rt></ruby>の上屋敷へ三人を引取れたり<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby><ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>には岡山<ruby><rb>在</rb><rt>ざい</rt></ruby>城中なれば<ruby><rb>家老中</rb><rt>からうちう</rt></ruby>對面有て<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby><ruby><rb>拔群</rb><rt>ばつぐん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>賞美</rb><rt>しやうび</rt></ruby>有りて<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>からず岡山表へ<ruby><rb>差下</rb><rt>さしくだ</rt></ruby>すべき旨申渡され夫より五日程<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>て又家老中より<ruby><rb>奉書</rb><rt>ほうしよ</rt></ruby><ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>致し<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby>江戸表<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>有べし尤も道中<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の爲<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>十人を<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>らるとの事なれば友次郎等は有難き<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>をなし<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>せしが三人の中お花友次郎は通<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>忠八は願ひに因てお花の駕籠の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>付添</rb><rt>つきそふ</rt></ruby>事を<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>され其外十人の<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>は前後に<ruby><rb>立並</rb><rt>たちなら</rt></ruby>び若や道中にて<ruby><rb>非常</rb><rt>ひじやう</rt></ruby>の事も有ばとて<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら用心をぞ爲たりけり斯て始の夜は藤澤宿にて泊り以前世話に成たる<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby><ruby><rb>何某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>が家に行て<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けるに亭主も此程<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>にての<ruby><rb>敵討</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>の事此邊迄<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>れなく<ruby><rb>遖</rb><rt>あつぱ</rt></ruby>れ<ruby><rb>御本望</rb><rt>ごほんまう</rt></ruby>を達せられし<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>先々大悦なりと<ruby><rb>祝</rb><rt>しゆく</rt></ruby>し<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に悦び其夜は<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>など出して種々に<ruby><rb>待遇</rb><rt>もてなし</rt></ruby>けるにぞ友次郎等は以前に<ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>を感じ<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>禮物</rb><rt>れいもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りて夫より<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>を<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぐ程に日成ずして岡山に<ruby><rb>着</rb><rt>ちやく</rt></ruby>せしかば<ruby><rb>即日</rb><rt>そくじつ</rt></ruby><ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>へ目見申付られ<ruby><rb>花事</rb><rt>はなこと</rt></ruby>は一旦出家の望み有由にて出國致せし處兄喜内が<ruby><rb>凶變</rb><rt>きようへん</rt></ruby>を聞心を<ruby><rb>俗</rb><rt>ぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め千<ruby><rb>辛萬苦</rb><rt>しんばんく</rt></ruby>して<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby>兄の敵を討し段<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に女<ruby><rb>丈夫</rb><rt>ぢやうふ</rt></ruby>共云べし又友次郎事も花を助け敵を<ruby><rb>討</rb><rt>うた</rt></ruby>せし段<ruby><rb>信義</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く<ruby><rb>賞</rb><rt>しやう</rt></ruby>するに餘り有依て父佐太夫に申<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>し<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>を免させ今より花と夫婦になり松田の家を<ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>致すべしと有て又忠八も<ruby><rb>庭口</rb><rt>にはぐち</rt></ruby>より召れ<ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>へ目見を<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>され其方<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き若黨の身にて主人を助け<ruby><rb>大功</rb><rt>たいこう</rt></ruby>有し段<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんべう</rt></ruby>なり依て今より十人<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>下され<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby><ruby><rb>小頭</rb><rt>こがしら</rt></ruby>申付るなりと家老中より三人へ<ruby><rb>執達</rb><rt>しつたつ</rt></ruby>に及びければお花友次郎は云に及ばず忠八まで<ruby><rb>君恩</rb><rt>くんおん</rt></ruby>の<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなきに<ruby><rb>感涙</rb><rt>かんるゐ</rt></ruby>止め敢ず何れも<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き段御<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>申上て引<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>き夫より友次郎は改めて松田の養子となり<ruby><rb>養家</rb><rt>やうか</rt></ruby>の<ruby><rb>名跡</rb><rt>めいせき</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つい</rt></ruby>で松田喜内と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>しお花を妻となし<ruby><rb>舊領</rb><rt>きうりやう</rt></ruby>五百石を<ruby><rb>賜</rb><rt>たまは</rt></ruby>り又忠八は<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby><ruby><rb>小頭</rb><rt>こがしら</rt></ruby>となりて兩家共<ruby><rb>代々</rb><rt>だい〱</rt></ruby>岡山に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>せしとぞ<ruby><rb>寔</rb><rt>まこと</rt></ruby>に君君たる時は<ruby><rb>臣</rb><rt>しん</rt></ruby>臣たりと云<ruby><rb>古語</rb><rt>こゞ</rt></ruby>の如く岡山侯<ruby><rb>賢君</rb><rt>けんくん</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>ます故に喜内<ruby><rb>不幸</rb><rt>ふかう</rt></ruby>にして<ruby><rb>僕</rb><rt>ぼく</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>討</rb><rt>うた</rt></ruby>るゝと雖も其<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>に<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>勇婦</rb><rt>ゆうふ</rt></ruby>有て仇を<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>家を起せり友次郎も始はお花が<ruby><rb>色香</rb><rt>いろか</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>出國</rb><rt>しゆつこく</rt></ruby>したる<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ちは有ども<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>にお花が<ruby><rb>助太刀</rb><rt>すけだち</rt></ruby>して<ruby><rb>美名</rb><rt>びめい</rt></ruby>を<ruby><rb>世上</rb><rt>せじやう</rt></ruby>に上たる事是<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に岡山侯の<ruby><rb>賢良</rb><rt>けんりやう</rt></ruby>なるより下にも又斯る人々ありしと其頃世上に<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>せり

松田お花一件終

  


## 嘉川主税一件

  


<ruby><rb>嘉川主税</rb><rt>かがはちから</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

人は只<ruby><rb>實心</rb><rt>じつしん</rt></ruby>を旨とし<ruby><rb>苟且</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>にも<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>く事勿れと然るを言行相反し私欲を<ruby><rb>逞</rb><rt>たくま</rt></ruby>しうなす者必ず其の身を<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろぼ</rt></ruby>すこと古今珍しからずと雖も人世の<ruby><rb>欲情</rb><rt>よくじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>だつ</rt></ruby>するは難き事ならんか茲に當時嘉川平助高吉と云る<ruby><rb>御旗本</rb><rt>おはたもと</rt></ruby>あり先祖は輕き御家人なれども柳澤出羽守殿大老職の頃同家へ<ruby><rb>謟諛</rb><rt>へつらひ</rt></ruby>段々と立身なし有難くも五代將軍綱吉公の<ruby><rb>御治世</rb><rt>ごぢせい</rt></ruby>の時<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に御旗本の列に入り高二千五百石まで加増ありて相應の役柄を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めし家なり然るに平助は四十の歳を<ruby><rb>越</rb><rt>こす</rt></ruby>と雖も未だ一子なく家名の<ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>せん事を歎き<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>どもと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上小十人組頭金松善四郎とて高七百石を領せし御旗本の二男<ruby><rb>主税之助</rb><rt>ちからのすけ</rt></ruby>と云へる者<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby><ruby><rb>歳頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>とも<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>なるにより是を乞ひて嘉川の養子に貰ひし處に其後平助は藤五郎藤三郎と云へる二人の男子を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けしかば主税之助を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしことを<ruby><rb>悔</rb><rt>くゆ</rt></ruby>れども一旦養子とせし上は是非なしとて其後<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を主税之助に<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづり</rt></ruby>しが<ruby><rb>其砌</rb><rt>そのみぎ</rt></ruby>り平助は主税之助に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ我今度汝を養子とせしにより今度<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>ると雖も其方の<ruby><rb>跡式</rb><rt>あとしき</rt></ruby>は我が實子たる藤五郎藤三郎の内<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>を見立て讓り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よ此事承知なれば兩人とも汝の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に致すべしと言けるに主税之助畏まり奉つる仰の如く兩人とも某し悴に仕つり嘉川の<ruby><rb>名跡</rb><rt>みやうせき</rt></ruby>は必ず兄弟の内に繼せ候はん此樣決して御案事有べからずと立派に請合ければ平助は甚だ<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び我等死後には何分<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み申と<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く申付置たり然るに幾程も無く平助は六十歳を一<ruby><rb>期</rb><rt>ご</rt></ruby>として<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>しけるにより主税之助は養父の頼の通り兄弟の内に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby><ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せんと我が子の如く<ruby><rb>愛</rb><rt>いつく</rt></ruby>しみ<ruby><rb>育</rb><rt>そだて</rt></ruby>しが其中に主税之助も實子を儲け名を<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎と呼び<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby><ruby><rb>淺</rb><rt>あさ</rt></ruby>からず何時しか先代平助の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ己が實子佐五郎に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を讓らんと思ひ立ち夫に就ては藤五郎藤三郎兄弟を<ruby><rb>亡者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>にせずんば此事行ひ難しと茲に<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>萌</rb><rt>きざ</rt></ruby>せしこそ嘉川家<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつばう</rt></ruby>すべき<ruby><rb>基</rb><rt>もとゐ</rt></ruby>と後に知られける<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば近頃藤五郎兄弟の事は何に依ず<ruby><rb>惡樣</rb><rt>あしさま</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ては三度の食を<ruby><rb>斷</rb><rt>たち</rt></ruby>て與へざる事なども有しかば藤五郎は<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふやう實子佐五郎出生以來養父母には我が兄弟を<ruby><rb>疎</rb><rt>う</rt></ruby>とんずること甚しければ兄弟の中へはとても<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>は<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>るまじ<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby><ruby><rb>相續</rb><rt>さうぞく</rt></ruby>の出來ぬものなれば身を我儘に暮んと心を決し晝夜酒色に<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>りしが頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二年六月下旬大岡越前守殿役所へ神田豐島町居酒屋の亭主源右衞門と云ふ者御訴へ申上るとて<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>ければ役人早々奉行へ申立けるに何等の趣意なるや<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>すべしとのことに付き役人は源右衞門に<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>るに私し儀<ruby><rb>居酒商賣</rb><rt>ゐざけしやうばい</rt></ruby>仕つり候に今朝一人の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby><ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>り<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>と相見え家内の者と<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby><ruby><rb>口論</rb><rt>こうろん</rt></ruby>致し諸道具を投散し其上刀を拔立騷ぎ候に付<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ置候間何卒御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>を以つて同人<ruby><rb>宿元</rb><rt>やどもと</rt></ruby>へ御引渡し成下され候樣願ひ奉つり候と申により其段役人より奉行へ申立しかば越前守殿<ruby><rb>聞屆</rb><rt>きゝとゞ</rt></ruby>けられ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>方申付られしにより同心兩人源右衞門に案内させ右酒屋に到りて彼のものに<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>と相見え<ruby><rb>居酒屋</rb><rt>ゐざかや</rt></ruby>を<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>し家内を<ruby><rb>騷</rb><rt>さわが</rt></ruby>す段不屆なり因て奉行所へ<ruby><rb>召連行</rb><rt>めしつれゆく</rt></ruby>により<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>心得よと申し渡しければ彼の者大いに怒り我は<ruby><rb>嘉川主税之助</rb><rt>かがはちからのすけ</rt></ruby>が悴藤五郎なり町奉行所などへ<ruby><rb>相越</rb><rt>あひこす</rt></ruby>べきものに非ずと云て<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>に<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>なしけれども役人は<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんちやく</rt></ruby>なく其儘引立<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>りて<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に<ruby><rb>引据</rb><rt>ひきすゑ</rt></ruby>置き大岡殿の前へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>樣子を<ruby><rb>相糺</rb><rt>あひたゞ</rt></ruby>し候處嘉川主税之助<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>藤五郎と申者に候と御<ruby><rb>旗本</rb><rt>はたもと</rt></ruby>の事故<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>申立てければ越前守殿是を聞れ扨々<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>千萬なり是を表向きの沙汰となす時は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が父の家名にも<ruby><rb>關</rb><rt>かゝは</rt></ruby>るべしとて思案の上白洲へ出座有て藤五郎を見られ其方儀帶刀をも致す身分を以て<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>に及ぶ事言語に<ruby><rb>絶</rb><rt>た</rt></ruby>えたる不屆なり汝は浪人か併し住所は何方なるや<ruby><rb>豈夫</rb><rt>よもや</rt></ruby>住所は有まじ<ruby><rb>無宿</rb><rt>むしゆく</rt></ruby>であろうなと尋ねらるゝに藤五郎は越前守殿の心を悟らず<ruby><rb>否々</rb><rt>いな〱</rt></ruby>拙者儀は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>の上に於て御吟味を受べき身分に御座なく候と云へば大岡殿ナニ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>の上處か名もなきものならんと有に<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>は嘉川主税之助<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>藤五郎と申す者なりと云へば越前守殿オヽ然らず藤五郎の家來と申すか然ば<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>と見えるに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>は追て致す先<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付ると有て<ruby><rb>假牢</rb><rt>かりらう</rt></ruby>に入置れ早速此段嘉川主税之助方へ申入らるゝ樣<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby><ruby><rb>御子息</rb><rt>ごしそく</rt></ruby>藤五郎殿家來と申神田豐島町酒屋にて<ruby><rb>酒興</rb><rt>しゆきよう</rt></ruby>の上<ruby><rb>亂暴</rb><rt>らんばう</rt></ruby>に及候者有之に付此方へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>置候間用役の者一人早々御<ruby><rb>差越</rb><rt>さしこし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべしとの事なれば嘉川の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>にては大いに驚き是は<ruby><rb>概略</rb><rt>おほかた</rt></ruby>藤五郎の事<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んが大岡殿の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>にて藤五郎家來と申越れしと見えたりとて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>用人の<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎と<ruby><rb>言者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>越前守殿役所へ罷出ければ越前守殿佐十郎を呼れ其方主人藤五郎<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>の者<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>と相見え豐島町居酒屋源右衞門と申者の方へ參り家内を<ruby><rb>騷</rb><rt>さわが</rt></ruby>したるに依て此方へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>置たり但し吟味致すべきなれども亂心に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れなき故今日引渡し遣す尤も<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆゐしよ</rt></ruby>も是有家來ならば<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を入て<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>を差加へ病氣中は<ruby><rb>座敷牢</rb><rt>ざしきらう</rt></ruby>へなりとも入置が宜からんと申されければ佐十郎ハツと<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし段々御<ruby><rb>懇情</rb><rt>こんせい</rt></ruby>の御言葉有難く<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つる主人も定めて忝けなく存候はん早速<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り御示の如く<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>相守らせ申べく候と涙を流して打喜び夫より藤五郎を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby><ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に乘せ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ屋敷へ<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>りて<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を主税之助へ申述ければ主税之助は大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>不屆千萬の次第奉行所の<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>なれば少しも<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>ならずと早速座敷牢を<ruby><rb>補理</rb><rt>しつらひ</rt></ruby>是へ<ruby><rb>閉籠</rb><rt>とぢこめ</rt></ruby>置たりけり然らば大岡殿の心にては藤五郎は先代平助の實子なるにより一旦の不身持さへ改めなば<ruby><rb>往々</rb><rt>ゆく〱</rt></ruby><ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>る者ならんと思はれ<ruby><rb>何所迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>も家來の體に<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>はれしは實に<ruby><rb>特別</rb><rt>とくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>と云べきを却て主税之助は是を<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>機會</rb><rt>しほ</rt></ruby>なりと藤五郎を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>して實子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せんと思ひ<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へは長男藤五郎は多病と申立己が實子佐五郎を<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>に相立度旨願ひし處願の通り仰付られしゆゑ主税之助は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての望みの如くなりしとて大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びしと雖も先代よりの家來は<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>藤五郎兄弟を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>なすにより<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>ては實子佐五郎の爲にならず此上は藤五郎兄弟をなきものとせんと<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby><ruby><rb>彌増</rb><rt>いやまし</rt></ruby>て<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>藤五郎より方を付んとて一日に<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く食事一度づつを與へ<ruby><rb>干殺</rb><rt>ほしころ</rt></ruby>さんとこそ<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みけれ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>なるかな藤五郎は其身<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>とは云ながら<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か三<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby>の<ruby><rb>座敷牢</rb><rt>ざしきらう</rt></ruby>に<ruby><rb>押籠</rb><rt>おしこめ</rt></ruby>られ<ruby><rb>炎暑</rb><rt>えんしよ</rt></ruby>の甚はだしきをも<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎかね<ruby><rb>些々</rb><rt>さゝ</rt></ruby>たる<ruby><rb>庇間</rb><rt>ひあはひ</rt></ruby>の風を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>となりし<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れさは<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>ん<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>もなかりけり茲に<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お島と言は其以前より藤五郎が<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>をかけし女なれば此程の<ruby><rb>體裁</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を<ruby><rb>慕</rb><rt>いと</rt></ruby>ほしく思ひ人目を忍びて朝夕の食事其外何くれとなく心を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>り居たりしに當家の用人<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby><ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門山口<ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby>右衞門の三人は先殿平助の代より勤め<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に山口惣右衞門は藤五郎の<ruby><rb>傅役</rb><rt>もりやく</rt></ruby>にて<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>より育て<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>己は當年七十五歳になり<ruby><rb>樂勤</rb><rt>らくづとめ</rt></ruby>を申付られし身なれば此程の<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を見て深く心を痛め主人<ruby><rb>主税</rb><rt>ちから</rt></ruby>之助へ種々藤五郎の<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>をなし出<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>有べきやう申しければ主税之助大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>し又しても〱藤五郎の事を<ruby><rb>意見立</rb><rt>いけんだて</rt></ruby>なす<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>不屆なり重ねて藤五郎の事を申さば<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を出さんと<ruby><rb>慘々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りければ惣右衞門は是非なく我家へ歸り<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門の兩人を<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き先年先殿平助樣の御<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>もありしを<ruby><rb>當殿</rb><rt>たうどの</rt></ruby>には<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の取計ひなるにより此後御兄弟の御身の上如何樣の儀出來んも知れず御兩人を何分御頼み申と涙を流して内々相談致しければ此事を<ruby><rb>主税</rb><rt>ちから</rt></ruby>之助に告る者ありて種々惣右衞門を<ruby><rb>讒言</rb><rt>ざんげん</rt></ruby>なせしにぞ主税之助も<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>は<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>と思ひ居たるゆえ是幸ひとて惣右衞門に永の暇を申渡しければ惣右衞門は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>の事とは云ひ先代よりの<ruby><rb>勤功</rb><rt>きんこう</rt></ruby>もあるを<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なしとは思へども是非なく妻と<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>嘉川の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>けり然れども其の節同役の<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の兩人へ返す〲も藤五郎兄弟の事を頼み置て其身は神田三河町二丁目千右衞門店なる<ruby><rb>裏長屋</rb><rt>うらながや</rt></ruby>へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひつこし</rt></ruby><ruby><rb>浪々</rb><rt>らう〱</rt></ruby>の身となり惣右衞門七十五歳女房お時五十五歳<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>ぢう</rt></ruby>五郎二十五歳親子三人<ruby><rb>幽</rb><rt>かす</rt></ruby>かに其日を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り居たり然るに<ruby><rb>嘉川主税之助</rb><rt>かがはちからのすけ</rt></ruby>は惣右衞門に永の暇を遣してより今は<ruby><rb>意見</rb><rt>いけん</rt></ruby>する者なく<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>なし藤五郎を<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>干殺</rb><rt>ほしころ</rt></ruby>さんと<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく<ruby><rb>食止</rb><rt>しよくどめ</rt></ruby>をし其上弟藤三郎當年<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か五歳に成を<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>みて種々<ruby><rb>折檻</rb><rt>せつかん</rt></ruby>なし<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ藤三郎の乳母お安と言女をも永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を遣したり其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は此乳母先代平助の時より<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に來り<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>同樣の<ruby><rb>極</rb><rt>きめ</rt></ruby>にて藤三郎の乳母となせしかば藤三郎を<ruby><rb>愛</rb><rt>いつく</rt></ruby>しむ事生の親にも<ruby><rb>勝</rb><rt>まさ</rt></ruby>りて<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と<ruby><rb>執成</rb><rt>とりなし</rt></ruby>けるを主税之助夫婦は甚く憎み我子の爲に<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと終に<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>なきお安を牛込神樂坂水茶屋兄吉兵衞の方へ歸しけり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>先代よりの家來に暇を出し<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>に抱へる者共には用人<ruby><rb>立花左仲</rb><rt>たちばなさちう</rt></ruby><ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>平左衞門又中小姓には安井伊兵衞<ruby><rb>孕石</rb><rt>はらみいし</rt></ruby>源兵衞其外<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>六人の者を<ruby><rb>近付</rb><rt>ちかづけ</rt></ruby>主税之助は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>惡心<ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>して藤五郎の命は此節に至りて實に風前の<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>よりも<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>危</rb><rt>あや</rt></ruby>ふけれども只<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>のお島一人<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに是を<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>り漸々と命を保ち居るのみなり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>への用人安間平左衞門と言は當年四十歳餘りなれども心<ruby><rb>飽</rb><rt>あく</rt></ruby>まで<ruby><rb>邪</rb><rt>よこ</rt></ruby>しまにして<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なり此者金銀を多く<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>なし嘉川家<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>の<ruby><rb>仕送</rb><rt>しおくり</rt></ruby>をするにより主人も手を下げ萬事一人の計ひなれば<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>内の者此平左衞門を恐れ誰一人<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を返す者もなきゆゑ平左衞門は<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまゝ</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>し其上ならず年に似げなく大の好色者にてお島の<ruby><rb>容貌</rb><rt>かほかたち</rt></ruby><ruby><rb>美</rb><rt>うつ</rt></ruby>くしきに心を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がな<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>がなお島を<ruby><rb>口説</rb><rt>くどき</rt></ruby>けれ共<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>承引せず却て平左衞門を<ruby><rb>辱</rb><rt>はづか</rt></ruby>しめ<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>しける故平左衞門は其身の惡き事も思はず<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が惡口を大いに憤ほり心中に<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は此女は藤五郎と言男のある故に我を<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>んと思ひ夫より<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と藤五郎兄弟の事を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>みて主人主税之助の前へ出藤五郎殿を<ruby><rb>生置</rb><rt>いけおく</rt></ruby>時は<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby><ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby>の兩人の者は御先代よりの御家來故彼の御兄弟の事を思ひて<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人御<ruby><rb>支配向</rb><rt>しはいむき</rt></ruby>へ如何の事を申出べきやも<ruby><rb>量難</rb><rt>はかりがた</rt></ruby>し假令<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>なきにもせよ藤五郎殿を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出さんと此程より<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>が樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ見るに其<ruby><rb>萌</rb><rt>きざ</rt></ruby>しなきにしも非ずと申ければ元より無智短才の主税之助故是を實と思ひ然らば此上は如何はせんと相談なすに平左衞門は得たりと聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>毒殺</rb><rt>どくさつ</rt></ruby>せん事一の手なるべし先藤五郎殿さへ<ruby><rb>亡者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>にする時は<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>りなしと言へば主税之助大きに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>好機</rb><rt>よきをり</rt></ruby>のあれかしと見合せ居けるとなり

## 第二回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば嘉川主税之助は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>して藤五郎を害せんと思ひ<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby><ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ入れ<ruby><rb>用役</rb><rt>ようやく</rt></ruby>安間平左衞門と種々談合致しけるを<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お島此事を<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に知りける故大いに打驚き早々此由を内々にて<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の兩人へ告知らせければ伴建部の兩人も甚だ<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き此儀一日も<ruby><rb>打捨置難</rb><rt>うちすておきがた</rt></ruby>し御兄弟<ruby><rb>諸倶</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に主税之助樣の計略に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り御命を失はるゝ時は嘉川の御家名<ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>せん事<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>なり如何はせんと兩人<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を合せて談ずると雖も<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>分別</rb><rt>ふんべつ</rt></ruby>も出ざれば先々此儀山口<ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby>右衞門に<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>せんと夫より<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎は急ぎ神田三河町二丁目山口惣右衞門の方へ到りて<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>の上右の一條を種々と<ruby><rb>談合</rb><rt>だんがふ</rt></ruby>しければ山口も毒殺のことを聞大いに<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の云るゝ如く此事少しも延し難し若<ruby><rb>打捨置</rb><rt>うちすておく</rt></ruby>時は一大事ならんにより片時も早くお島と申合せ御兄弟諸共一先盜み出し其後支配へ屆け何卒して<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>御主人の御<ruby><rb>血脉</rb><rt>けつみやく</rt></ruby>を<ruby><rb>絶</rb><rt>たゝ</rt></ruby>さぬ樣に致しなば<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>が臣たる道も立により此上は急ぎ御二方を救ひ進らせん事<ruby><rb>專要</rb><rt>せんえう</rt></ruby>なり此儀御兩所の力を<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に御頼み申なりと言ければ<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎は<ruby><rb>合點</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>御尤も至極なれば早々郷右衞門お島ともに申合せ取計ふべけれども御兄弟を救ひ出せし上御二方を<ruby><rb>隱匿</rb><rt>かくまひ</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らするは何方が宜しからんと申せば其儀は少しも心を勞されな年こそ寄たれ此惣右衞門御兄弟を隱し置<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>愛度</rb><rt>めでたき</rt></ruby>御家督に<ruby><rb>居</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つらん必ず〱氣遣ひ<ruby><rb>仕給</rb><rt>したま</rt></ruby>ふまじと請合ければ<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎然らば<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て申通り<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>手延になり難ければ今明日の中是非とも御救ひ申べし<ruby><rb>何</rb><rt>どの</rt></ruby>道にも一と先<ruby><rb>爰許</rb><rt>こゝもと</rt></ruby>へ御連申さんと堅く約束なし<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎は<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ立歸りて此段建部郷右衞門にも話しければ建部も深く悦びつゝ夫より<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に右の由を腰元のお島にも話し置其節は必ず頼むと示合せて互に<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>を窺ひ居たりし處頃は享保三年十二月廿一日朝より大雪降りて其寒き事誠に堪難く何國も銀世界となり庭の木立は時ならぬ花を生ぜしかば主税之助は<ruby><rb>新參</rb><rt>しんざん</rt></ruby>の<ruby><rb>用役</rb><rt>ようやく</rt></ruby>安間平左衞門<ruby><rb>立花左仲</rb><rt>たちばなさちう</rt></ruby>其外氣に<ruby><rb>適</rb><rt>あひ</rt></ruby>たる<ruby><rb>佞臣</rb><rt>ねいしん</rt></ruby>どもを集め雪の寒を凌がんと晝より<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよふ</rt></ruby>せしが<ruby><rb>呑</rb><rt>のめ</rt></ruby>や<ruby><rb>謠</rb><rt>うた</rt></ruby>へと調子づき追々<ruby><rb>亂酒</rb><rt>らんしゆ</rt></ruby>になり夜に入ると雖も猶更に<ruby><rb>各自</rb><rt>おの〱</rt></ruby>謠ひ<ruby><rb>淨瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>にだみ聲を<ruby><rb>張上</rb><rt>はりあげ</rt></ruby>遂にはすてゝこ<ruby><rb>踊</rb><rt>をどり</rt></ruby>やかつぽれと醉に乘ぜし有樣は何時果べきとも見えざりけり然るに伴建部の兩人は先代よりの用役ゆゑ<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>煙</rb><rt>けぶ</rt></ruby>たく思に付此<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>の席へ呼ざるを兩人は是ぞ<ruby><rb>屈竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の幸ひ此<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>にこそ我々が望みを達せんと竊に悦び猶彼是と心を配りしが<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>は是非共過さじと女房にも此事を話し其方は御<ruby><rb>裏門</rb><rt>うらもん</rt></ruby>に待受て藤三郎樣の御供をなし神田三河町惣右衞門の方迄<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのく</rt></ruby>べし藤五郎樣には我々御供を致し後より行んほどに必ず共に<ruby><rb>仕損</rb><rt>しそん</rt></ruby>ずまじと申含め置<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>の支度してお島が手引を相待けり然るに奧にては夜の<ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆく</rt></ruby>に隨ひ酒宴の騷ぎも<ruby><rb>漸次</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>らぎ最早座敷も引て皆々席を退き<ruby><rb>臥床</rb><rt>ふしど</rt></ruby>に入ければ夜は<ruby><rb>深々</rb><rt>しん〱</rt></ruby>と<ruby><rb>降積</rb><rt>ふりつも</rt></ruby>る雪に<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>の<ruby><rb>䔥然</rb><rt>しめやか</rt></ruby>にて<ruby><rb>鼾</rb><rt>いひき</rt></ruby>の聲のみ聞えるにぞ<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の兩人は今や〱と窺ふ<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>お島は藤三郎を<ruby><rb>抱上</rb><rt>いだきあげ</rt></ruby><ruby><rb>小用</rb><rt>こよう</rt></ruby>に<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆく</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に<ruby><rb>持成</rb><rt>もてなし</rt></ruby>座敷々々を忍び出て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>錠口</rb><rt>ぢやうぐち</rt></ruby>へ來りければ<ruby><rb>待儲</rb><rt>まちまうけ</rt></ruby>たる兩人は<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と請取りお島は佐十郎の耳に口を寄せ<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>藤三郎樣の御事を計ひ夫より御兩人<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に御庭の垣を越てお小座敷より忍入藤五郎樣の入せらるゝ處へ御出候へと申ければ佐十郎<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby><ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も頼むと<ruby><rb>言置</rb><rt>いひおき</rt></ruby>兩人共に先藤三郎樣を<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆか</rt></ruby>んと<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>を<ruby><rb>立去</rb><rt>たちのき</rt></ruby>出るに雪は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>降頻</rb><rt>ふりしきり</rt></ruby>其寒き事絶え難く漸々と裏門口へ出れば豫て宵より伴建部兩人の妻女お松お花は夫と云い合わせて有る事なれば寒きを厭はず待居たりしが斯と見よりお松は立<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>藤三郎を<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>に<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>お花と供に三河町を指て急ぎけり又伴建部の兩人は腰元お島が働きにて難なく藤五郎の<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこめ</rt></ruby>ある<ruby><rb>組牢</rb><rt>くみらう</rt></ruby>の處に到り見るに哀なる哉藤五郎は主税之助が惡心により<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby>より日々食物を<ruby><rb>斷</rb><rt>たゝ</rt></ruby>れてあれば<ruby><rb>惣身</rb><rt>そうしん</rt></ruby><ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ眼は<ruby><rb>窪</rb><rt>くぼ</rt></ruby>み小鼻も落て此世の人とも見えざるゆゑ兩人の用人は<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流し是が嘉川家の若殿樣の有樣なるか扨々淺ましき御事なり少しも早く御<ruby><rb>連退</rb><rt>つれのき</rt></ruby>申さんと兩人して<ruby><rb>組牢</rb><rt>くみらう</rt></ruby>の<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>を一本音のせぬ樣に漸々<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby><ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門は藤五郎を<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおひ</rt></ruby>て夫より座敷々々を忍び出れど<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>此期</rb><rt>このご</rt></ruby>に<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みて<ruby><rb>出合者</rb><rt>いであふもの</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ば最早一<ruby><rb>生懸命</rb><rt>しやうけんめい</rt></ruby>に<ruby><rb>討果</rb><rt>うちはた</rt></ruby>さんと伴<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎は前後左右に眼を<ruby><rb>配</rb><rt>くば</rt></ruby>りながら刀を<ruby><rb>拔持</rb><rt>ぬきもち</rt></ruby>て郷右衞門の後に添藤五郎を<ruby><rb>守護</rb><rt>しゆご</rt></ruby>なし漸々と忍び出以前の裏門の潜りを開て外へ出立ホツと一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より兩人は惣右衞門の方へと走りたり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>三河町なる山口惣右衞門は此事を<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>の中に伴建部の兩人より申<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>たれども惣右衞門は此節病氣にて<ruby><rb>起居</rb><rt>たちゐ</rt></ruby>も自由ならざれば<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>内へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く事能はず又悴重五郎は九月中より御<ruby><rb>代官</rb><rt>だいくわん</rt></ruby>の供をして他國へ行し故是も今度の用に立ず斯<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>居て御兄弟樣の<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ來らるゝを<ruby><rb>待事</rb><rt>まつこと</rt></ruby>本意なさよと宵より頻に聞耳を立てゝ枕をもたげ我身の病苦は<ruby><rb>打忘</rb><rt>うちわす</rt></ruby>れて<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>となく家内のものを門へいだしては氣を<ruby><rb>焦</rb><rt>いら</rt></ruby>ち只々藤五郎兄弟を<ruby><rb>待詫</rb><rt>まちわび</rt></ruby>てぞ居たりけり

## 第三回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て其夜も<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>更渡</rb><rt>ふけわた</rt></ruby>り<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>も過<ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>も<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>に聞え<ruby><rb>軒端</rb><rt>のきば</rt></ruby>を<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそふ</rt></ruby>雪風の身に染々と冷るに何此<ruby><rb>眞夜中</rb><rt>まよなか</rt></ruby>の大雪に<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の計りし事ゆゑ<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>御屋敷</rb><rt>おやしき</rt></ruby>は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ出給ふ共自然と途中にて凍えは<ruby><rb>爲給</rb><rt>したま</rt></ruby>はぬか<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や夜道は御難儀ならんと老の心のやるせなく女房に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひコレお時やアヽ何も己は御二人樣の事が<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>られてならぬ今夜も彼是<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby>今に<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>なれば今迄沙汰のないは<ruby><rb>萬一</rb><rt>ひよつと</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>が仕<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>じはせまいかと<ruby><rb>此胸</rb><rt>このむね</rt></ruby>が<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつか</rt></ruby>ぬ我年こそ寄れ此病氣でさへ<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ば第一番に<ruby><rb>御邸</rb><rt>おやしき</rt></ruby>より御二人樣を御<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>申さんに<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人にのみ<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をら</rt></ruby>せ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>のめ〱と我が宅に居ん事眞に云<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なしとは<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>何分病には勝難し<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>何か<ruby><rb>仕樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>は有まいか萬一此事を<ruby><rb>仕損</rb><rt>しそん</rt></ruby>じなば御二人の御命にも<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はるならんと<ruby><rb>起</rb><rt>と</rt></ruby>つ<ruby><rb>臥</rb><rt>おひ</rt></ruby>つ氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もむ</rt></ruby><ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>しもゴウゴウと耳元近く聞ゆるは<ruby><rb>東叡山</rb><rt>とうえいざん</rt></ruby>の<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>コリヤ斯うして居られぬと物に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りて立上り<ruby><rb>蹌踉</rb><rt>ひよろめく</rt></ruby><ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を踏しめつゝ二足三足<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>近く出行<ruby><rb>機會</rb><rt>とたん</rt></ruby>裏口に人の足音爲ければ惣右衞門は耳引立て<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>お時何やら<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>で聲がするコレさお時早く行や行て見て來やれ是さ〱と<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたて</rt></ruby>られ女房は早々に立出誰殿かと云に彼の者小聲にて<ruby><rb>然言</rb><rt>さういう</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>はお時樣やれ〱<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しやと言を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の戸を明ればお松お花の兩人は藤三郎と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に雪まぶれに成しを<ruby><rb>打拂</rb><rt>うちはら</rt></ruby>ひて内に入お松は藤三郎を<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>より<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>しければお時は是を見てやれ〱<ruby><rb>若樣</rb><rt>わかさま</rt></ruby>か此のお寒いのに<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>御出遊ばしたお松樣もお花樣も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>御寒</rb><rt>おさむ</rt></ruby>いことで御座んせう先々早ふ此方へと<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>しけるに兩人は藤三郎を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ば惣右衞門は<ruby><rb>待構</rb><rt>まちかまへ</rt></ruby>し事ゆゑ我を忘れて<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>びやれ〱嬉しや南無<ruby><rb>金毘羅</rb><rt>こんぴら</rt></ruby><ruby><rb>大權現</rb><rt>だいごんげん</rt></ruby><ruby><rb>心願</rb><rt>しんぐわん</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>有難やと<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流して<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>みテモマア此寒さに<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>よくと藤三郎を<ruby><rb>撫摩</rb><rt>なでさす</rt></ruby>りなどする中に伴佐十郎<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>郷右衞門の兩人はお島が働きにてなんなく藤五郎を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し是も同じく脊に<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>ながら此處へ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎしに男の足故程なく來りければ皆々大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>先是にて一<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>と一同に<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>き<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をホツと<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>夫より皆々火鉢に寄て雪に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬれ</rt></ruby>たる<ruby><rb>衣</rb><rt>きぬ</rt></ruby>など<ruby><rb>乾</rb><rt>ほし</rt></ruby>ながら郷右衞門云<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>二方樣共首尾能<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出せしゆゑ明日は<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby><ruby><rb>御邸</rb><rt>おやしき</rt></ruby>にて尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>さん然すれば<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て御邊が此處に住居せらるゝを<ruby><rb>知事</rb><rt>しること</rt></ruby>なれば是非共<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>へ尋ね來るべきにより御兄弟樣<ruby><rb>此儘</rb><rt>このまゝ</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>には差置參らせ難し此儀如何せんと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>せしかば惣右衞門は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>其儀は<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>殿樣の御恩に成し御出入りの<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>七右衞門は男氣の者にて<ruby><rb>須田町</rb><rt>すだちやう</rt></ruby>一丁目に住居致せば此者を頼みて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>か方へ御二方共に<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に忍ばせ申さんと某し豫てより思ひしか共此病氣にて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の方へ行事能はず夫故未だ渠には申談ぜざれども<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>より御頼みあらば<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さんと云に郷右衞門其儀は<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべきにより片時も早く某し是より須田町一丁目へ<ruby><rb>馳參</rb><rt>はせまゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>七右衞門に<ruby><rb>折入</rb><rt>をりいつ</rt></ruby>て頼み申べしと立上るを皆々夫は何共此大雪にと云けれども<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の處をさへ<ruby><rb>爲課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せし事なれば此上の<ruby><rb>駈歩行</rb><rt>かけあるき</rt></ruby>に雪位はおろかなり殊に是より須田町までは<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>ゆゑイデ<ruby><rb>片時</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も早く<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>らんと此處を立出七右衞門の方へぞ<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎける<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>もなく須田町一丁目へ來り七右衞門の門を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きて<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>申入ければ七右衞門の家内は夜中の事ゆゑ<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby>何れの<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>よりの使にや<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ夜の<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>ざるに來る事<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>火急</rb><rt>くわきう</rt></ruby>の用向ならんと思ひ尋ねければ郷右衞門は<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき<ruby><rb>要用</rb><rt>えうよう</rt></ruby>にて<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>たり七右衞門<ruby><rb>在宿</rb><rt>ざいしゆく</rt></ruby>なれば<ruby><rb>面談</rb><rt>めんだん</rt></ruby>申度と<ruby><rb>言入</rb><rt>いひいれ</rt></ruby>けるに七右衞門在宿に候と答へながら<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむか</rt></ruby>ひ是は〱郷右衞門樣何御用にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く御出なされしやと申ければ<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば未だ夜の中より來りしは<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>が男氣を<ruby><rb>見掛</rb><rt>みかけ</rt></ruby>て<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み度一條ありと云を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>七右衞門<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば先<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へと一間へ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>しけるに郷右衞門聲を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め藤五郎兄弟の事を<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に語りければ七右衞門夫は〱とばかりにて<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ居たりしかば建部は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め右の次第ゆゑ何卒御二人樣を<ruby><rb>暫</rb><rt>しばし</rt></ruby>の内<ruby><rb>隱匿呉</rb><rt>かくまひくれ</rt></ruby>らるゝ樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み申と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ七右衞門は<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby>男氣の者なるに付<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>郷右衞門の物語りを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>主税之助が惡意を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>み<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>先代の<ruby><rb>厚恩</rb><rt>こうおん</rt></ruby>を受し者故委細を<ruby><rb>汲取</rb><rt>くみとつ</rt></ruby>て郷右衞門に向ひ扨々恐れ入たる御物語り<ruby><rb>御二方</rb><rt>おふたかた</rt></ruby>樣の事は私しが身に<ruby><rb>代</rb><rt>かへ</rt></ruby>ても<ruby><rb>御引受</rb><rt>おひきうけ</rt></ruby>申し<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>御世話仕つるべければ必ず〱<ruby><rb>御氣遣</rb><rt>おきづか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れまじと世に<ruby><rb>頼母</rb><rt>たのも</rt></ruby>しく引請ければ郷右衞門は大いに悦び<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>明方迄</rb><rt>あけがたまで</rt></ruby>には<ruby><rb>御連</rb><rt>おつれ</rt></ruby>申さんにより<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>むなりと云ひ置て立歸りしに七右衞門も<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>し上はとて己も郷右衞門の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より大雪をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず三河町なる山口惣右衞門の方へ到り<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も惣右衞門に<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>して<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>を<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ惣右衞門始め一同七右衞門の<ruby><rb>氣質</rb><rt>きしつ</rt></ruby>を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ惣右衞門は病氣<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>萬事心に任せず<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby><ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に郷右衞門を<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>ける故七右衞門は委細<ruby><rb>呑込</rb><rt>のみこみ</rt></ruby>然る上は<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎樣郷右衞門樣とても<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>あら</rt></ruby>れては宜しからず御兄弟樣の御供して手前の方へ<ruby><rb>御越</rb><rt>おこし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべしとて<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>夫婦の者も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に主從都合六人を早速我方へ<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>何是</rb><rt>なにこれ</rt></ruby>となく<ruby><rb>心切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に世話をなしける事<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>母しき<ruby><rb>男氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>なり

## 第四回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>廿二日の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>嘉川家の人々藤三郎の<ruby><rb>見</rb><rt>みえ</rt></ruby>ざるを<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひし所藤五郎を入れ置きし<ruby><rb>囹</rb><rt>をり</rt></ruby>も<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れ其上伴建部等も居らざれば大いに驚き<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>邸内</rb><rt>やしきうち</rt></ruby>の者共を殘らず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し吟味に及びけれ共皆々一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に知らざる<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申ければ主税之助は<ruby><rb>憤怒</rb><rt>いきどほり</rt></ruby>是れ必らず<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お島の<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>にて藤五郎兄弟を<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人に盜み<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>させしに相違<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>まじ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば先づ三河町二丁目の惣右衞門が方を尋ね<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るべしと有て早速<ruby><rb>孕石</rb><rt>はらみいし</rt></ruby>源兵衞安井伊兵衞の兩人を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び三河町なる<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>惣右衞門の方へ<ruby><rb>探</rb><rt>さぐり</rt></ruby>に遣はし置き<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>安間平左衞門立花左仲の兩人を相手に種々と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>に及びけるに兩人も<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく<ruby><rb>殿</rb><rt>との</rt></ruby>の御考への通り伴建部と申し合せお島の手引に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひなしとの事ゆゑ夫れよりお島を<ruby><rb>呼付</rb><rt>よびつけ</rt></ruby>藤五郎兄弟は其方が<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>して佐十郎郷右衞門の兩人に<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>ませしに相違有るまじ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>責掛</rb><rt>せめかけ</rt></ruby>若し此事を言ざるに於ては<ruby><rb>仕樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>が有るぞと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>し付けれどもお島は<ruby><rb>努々</rb><rt>ゆめ〱</rt></ruby>手引など致せし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なしと答ふるを聞き安間立花の兩人目をむき出し<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>に知れたる事を<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるやあり樣に申すべしと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに<ruby><rb>責付</rb><rt>せめつく</rt></ruby>ると雖もお島は恐るゝ<ruby><rb>面色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>如何樣に仰せらるゝ共私しは更らに存じ申さず殊に<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の御兩所は此<ruby><rb>御邸</rb><rt>おやしき</rt></ruby>の案内は私しより能く存じ居らるれば何として私し<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>の手引を頼みに<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>なることを致され申さんや此所能々御<ruby><rb>推察下</rb><rt>すゐさつくだ</rt></ruby>さるべしと申しければ主税之助は<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>を<ruby><rb>蹴立</rb><rt>けたて</rt></ruby>扨々<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby><ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>く云ひぬかす女め<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>より外に<ruby><rb>此手引</rb><rt>このてびき</rt></ruby>をする者なし<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>に因て汝を<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>するぞ有樣に<ruby><rb>吐</rb><rt>ぬか</rt></ruby>せばよし若し此上にも<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>さば<ruby><rb>憂目</rb><rt>うきめ</rt></ruby>を見せんと云へども知ぬとばかりゆゑ立花左仲は<ruby><rb>立掛</rb><rt>たちがゝ</rt></ruby>りお島を<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>て<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>に<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>はぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>に<ruby><rb>氷</rb><rt>こほ</rt></ruby>りし松の木に<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby><ruby><rb>割竹</rb><rt>わりたけ</rt></ruby>を以てサア有體に<ruby><rb>云々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>嚴</rb><rt>きびし</rt></ruby>く<ruby><rb>打擲</rb><rt>うちたゝ</rt></ruby>き種々手を<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>責</rb><rt>せむ</rt></ruby>ると雖もお島は更に<ruby><rb>屈</rb><rt>くつ</rt></ruby>せず後には<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>て一向に物を言はざれば主税之助は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>怒り<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>澁太</rb><rt>しぶとき</rt></ruby>女なり此上は<ruby><rb>槍玉</rb><rt>やりだま</rt></ruby>に<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>て呉んずと云ひつゝ三間<ruby><rb>柄</rb><rt>え</rt></ruby>の大身の槍を追取<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>して<ruby><rb>小脇</rb><rt>こわき</rt></ruby>に<ruby><rb>抱込</rb><rt>かひこみ</rt></ruby>お島に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひサア汝言はぬか<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや言ぬと此槍が其の美しき<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>に御見舞申すぞ是でも言はぬか〱と既に<ruby><rb>突</rb><rt>つく</rt></ruby>べき勢ひゆゑ安間平左衞門は是を<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>御待ち下されよと言ふ處へ安井孕石の兩人は立ち歸りければ主税之助は兩人を<ruby><rb>見</rb><rt>みる</rt></ruby>や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や樣子は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うぢや<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>は知れたるかとの尋ねに兩人言葉を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ仰せに隨ひ三河町二丁目を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>仕つり候處<ruby><rb>居酒</rb><rt>ゐざけ</rt></ruby>商賣の<ruby><rb>裏長屋</rb><rt>うらながや</rt></ruby>にて<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と尋ね當り彼の惣右衞門に仰せの趣きを申し聞かせ樣子を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>り候へども藤五郎樣御兄弟の<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>は一向に存じ申さずと申し<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>惣右衞門は病氣にて<ruby><rb>臥居</rb><rt>ふしを</rt></ruby>り<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>重五郎も他國へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>しよしにて家内には<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>惣右衞門夫婦のみ<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候まゝ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>尋ね候へ共何分知らざる由ゆゑ夫れより近所<ruby><rb>合壁</rb><rt>がつぺき</rt></ruby>にて承たまはり候と雖どもこれと申す<ruby><rb>取留</rb><rt>とりとめ</rt></ruby>たる儀は御座なく候とぞ申しける

## 第五回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば主税之助は大いに氣を<ruby><rb>焦</rb><rt>いら</rt></ruby>ち<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>今度の儀を惣右衞門の知らざる事の有るべきやと<ruby><rb>足摺</rb><rt>あしずり</rt></ruby>して<ruby><rb>急遽</rb><rt>あせる</rt></ruby>ゆゑ立花左仲は進み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>只今兩人の申す如くにては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby><ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>くまじ此儀今一應私し三河町へ罷り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>一手段仕つり<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と云ければ主税之助は大いに悦び然らば其方<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>此上の<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>致すべしと云けるに夫れより左仲は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>三河町にと<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby>たり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>主税之助は又々お島の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>汝先程より<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と尋ぬれども一向に白状せず扨々<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き女めと<ruby><rb>言樣</rb><rt>いひざま</rt></ruby>又も槍を追取て<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>と<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>しけれどもお島は<ruby><rb>觀念</rb><rt>くわんねん</rt></ruby>せし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて眼を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>し<ruby><rb>切</rb><rt>ぎり</rt></ruby>一言も發せず居るゆゑ平左衞門は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>てお島に心あるにより又々<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>御待ち成さるべし手引は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が致せしにもせよ<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出せしは伴建部の兩人なれば此者どもの<ruby><rb>有家</rb><rt>ありか</rt></ruby>さへ知るれば藤五郎殿御兄弟の<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>も知れ候はん其の上にて<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>とも御存分に遊ばされて<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>からずと取りなす處へ立花左仲<ruby><rb>息急</rb><rt>いきせき</rt></ruby>と歸り來れば如何に左仲<ruby><rb>手係</rb><rt>てがか</rt></ruby>りなりとも知れたるかと尋ぬるに左仲答へて<ruby><rb>左</rb><rt>さ</rt></ruby>ん候ふ私し三河町へ參り見候處彼等兩人申す如く惣右衞門は全くの病氣にて又<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の重五郎も御代官の<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をして他國へ行しに相違なし因て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>の者を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>し其夜の樣子を<ruby><rb>相探</rb><rt>あひさぐ</rt></ruby>り候處一人の者の申し候には<ruby><rb>夜前</rb><rt>やぜん</rt></ruby><ruby><rb>深更</rb><rt>しんかう</rt></ruby>に及びて惣右衞門方へ<ruby><rb>人出入</rb><rt>ひとでいり</rt></ruby>の有し樣子に相聞え候と申す<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>致し候處其後<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の七右衞門が惣右衞門方へ來りて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の話しの<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なりと申し候<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば彼の惣右衞門も自分の方に<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>時は忽ちに知れんことを思ひ御先代よりの御出入の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の七右衞門を頼み<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候と相見え候然すれば藤五郎樣御兄弟は須田町一丁目なる陸尺の七右衞門の方に<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ置くに<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ御座なく<ruby><rb>候</rb><rt>さふらふ</rt></ruby>としたり顏にて言ひければ主税之助大いに喜び成ほど其方が<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も行屆きたり扨々<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>かな此儘<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておく</rt></ruby>時は事の破れなれば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>病氣なりとも<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>惣右衞門めを<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby>來れ我れ自身吟味せんと<ruby><rb>敦圉</rb><rt>いきまき</rt></ruby><ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>く申しけるを安間平左衞門は是れを<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>し惣右衞門<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>は御家來に候とも當時は御<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>の出でたる者ゆゑ是非は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も彼の方へ<ruby><rb>連退</rb><rt>つれのき</rt></ruby><ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ふと申す程のことなれば<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>も<ruby><rb>根深</rb><rt>ねぶか</rt></ruby>く<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みたると相見え候へば<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て容易の儀には參るまじ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば何事も此方にて<ruby><rb>後手</rb><rt>ごて</rt></ruby>に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ざる樣に<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむ</rt></ruby>き御吟味<ruby><rb>御請</rb><rt>おうけ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るべしと申しければ主税之助は是を聞て大いに<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>此事<ruby><rb>表立</rb><rt>おもてだて</rt></ruby>吟味を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>る時は是非共今迄の惡事を彼等より<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一申し立て<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及ばん我れ夫れを<ruby><rb>言解</rb><rt>いひとか</rt></ruby>ん道なし是れ自ら石を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き深き<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>に臨むの道理にして何れの道にも<ruby><rb>負公事</rb><rt>まけくじ</rt></ruby>なり何か外に<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>思案こそ有らまほしけれ此儀兩人にて我れを救ひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと申しけるに平左衞門も左仲も<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見て<ruby><rb>苦々</rb><rt>にが〱</rt></ruby>しく思ひ左樣に<ruby><rb>御心</rb><rt>おこゝろ</rt></ruby><ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>くては<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ふまじ是れ迄の事共も<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て其御覺悟なくしては成るまじくと存ぜしに只今の御樣子にては<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも<ruby><rb>其御覺悟</rb><rt>そのおかくご</rt></ruby>なく<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れし事と相見えたり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら今更夫れを<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と申すも<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なき事に候へば<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>御心を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>め給へ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と御相談の手段も御座候ふべし<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>にも<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き<ruby><rb>慮</rb><rt>おもんぱ</rt></ruby>かりなきときは近き<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひありと申すは<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく是なるべし<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども三人<ruby><rb>寄</rb><rt>よる</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は<ruby><rb>文珠</rb><rt>もんじゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちゑ</rt></ruby>此平左衞門左仲御<ruby><rb>附</rb><rt>つき</rt></ruby>申し<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>は御安心<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ能々御思案候べしと種々相談しける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>半日餘りお島が雪の中に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>められ<ruby><rb>身神</rb><rt>しんしん</rt></ruby>ともに<ruby><rb>冷凍</rb><rt>ひえこゞ</rt></ruby>え<ruby><rb>人心地</rb><rt>ひとごこち</rt></ruby>もなき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見て平左衞門は<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>をなし藤五郎を<ruby><rb>押籠</rb><rt>おしこめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>の中へ入れさせ番をつけて<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>おきたり

## 第六回

<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば嘉川主税之助は我子の愛に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>昧</rb><rt>くら</rt></ruby>み終に其家名を失ふに至る事<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>て汝に歸るの古言<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なるかな此度<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部郷右衞門の兩人藤五郎兄弟を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>し山口惣右衞門并びに<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の七右衞門と申し合せ兄弟の者を<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>匿</rb><rt>かくまは</rt></ruby>んとする<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>主税之助は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく安間平左衞門立花左仲を相手に<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と相談せしが<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>より<ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>へ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>屆書</rb><rt>とゞけがき</rt></ruby>を差出し<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby>吟味を<ruby><rb>請</rb><rt>かう</rt></ruby>べしと<ruby><rb>頓々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に決定して立花左仲は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て支配へ書面を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>せんと<ruby><rb>爲時</rb><rt>するとき</rt></ruby>安間平左衞門は左仲を<ruby><rb>呼止</rb><rt>よびとめ</rt></ruby><ruby><rb>御邊</rb><rt>ごへん</rt></ruby>此書面の趣意を能々<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>へ入れ置き<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>宮崎内記儀<ruby><rb>直々</rb><rt>ぢき〱</rt></ruby>御尋ねあらば其時こそ日頃の<ruby><rb>智辯</rb><rt>ちべん</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ宜しく申し爲し給ふべしと何か<ruby><rb>耳語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby>ければ左仲は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>此書面は貴殿の認められしことなれば我れ能々<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>に<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めて持參致し某し日頃の<ruby><rb>能辯</rb><rt>のうべん</rt></ruby>を以て天晴<ruby><rb>上首尾</rb><rt>じやうしゆび</rt></ruby>に<ruby><rb>仕課</rb><rt>しおほ</rt></ruby>せ申すべしとて獨り<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>り<ruby><rb>顏</rb><rt>がほ</rt></ruby>に支度を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ飯田町なる支配宮崎内記殿の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へと急ぎしかば程なく宮崎殿の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り同家の用人<ruby><rb>溝口</rb><rt>みぞぐち</rt></ruby>三右衞門に<ruby><rb>面會</rb><rt>めんくわい</rt></ruby>して右の段委細申し入れ<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞ</rt></ruby>け書面は主税之助<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致すべきの處病氣に付き拙者より差出し候<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申し<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>ければ三右衞門是を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>左仲を<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へさせ置て内記殿の前に出で嘉川主税之助用人立花左仲の口上を申し<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>屆書差し出しけるに内記殿は是れを<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>せられし所其書面に曰く

<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>以</rb><rt>もつて</rt></ruby>申上候

一<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て御屆申上置候<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>藤五郎儀昨夜中<ruby><rb>座敷牢</rb><rt>ざしきらう</rt></ruby>を破り弟藤三郎並びに<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby><ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部郷右衞門の者共とも<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>相知れ申さず其上私し<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>に<ruby><rb>之有</rb><rt>これあり</rt></ruby>候金子百兩<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>仕つり候是等の儀は<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>家來共兩人の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と存じられ候<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>同人共<ruby><rb>舊來</rb><rt>きうらい</rt></ruby>思ひ掛の事も御座候處其事を果さず候に付<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>の藤五郎を<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそひ</rt></ruby>出し<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだく</rt></ruby>み致すべく存念と<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby>仕つり候之に因て<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>御召捕之上其<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>御吟味下し置れ候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>仕つり度此段書付を以て御屆申上候

享保三年十二月廿三日嘉川主税之助　印

宮崎内記殿

右の如くの屆書なれば宮崎殿<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby>られ一通り<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはらんにより其立花左仲とやらを是へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>すべしと申されけるに用役の溝口三右衞門は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>左仲を呼出しけるに内記殿見られ只今差出しの屆書の趣き<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>致し候處此儀<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ならざることなり尤も<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て差出せし屆け書に藤五郎儀病氣と申す事は是あれ共<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>并に弟藤三郎まで一夜の中に<ruby><rb>家出</rb><rt>いへで</rt></ruby>致し<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>相知れず<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>家來兩人も<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>せしなどゝは何か其意を得ざる事共にて甚だ家事<ruby><rb>不取締</rb><rt>ふとりしまり</rt></ruby>なることなり殊に其家來は家の重役と云ひ先代より<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひし者の趣きなれば<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby>ことに思はるゝ併し家來の儀は兎も角も子息の<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>知れざることは一寸の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>も<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby>置れざる儀ゆゑ主税之助<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby><ruby><rb>參向</rb><rt>さんかう</rt></ruby>有られるやうに早々<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り歸りて<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申聞べしと申渡され内記殿には主税之助<ruby><rb>不參</rb><rt>ふさん</rt></ruby>の儀甚だ<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>なりと申さぬばかりの樣子にて少し<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほりを<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>まれければ左仲は其心を<ruby><rb>汲取</rb><rt>くみとり</rt></ruby>て大いに恐れ入り仰せの趣き<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つり候へども<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>私しより申上候通り誠に<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりわる</rt></ruby>く主人主税之助事病氣に候間<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく家來を以て右の段申上奉つり候<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御慈悲を以て右書面の趣き御聞取成下され候はゞ此上もなき有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せに存じ奉つり候と云へば内記殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其方<ruby><rb>名代</rb><rt>みやうだい</rt></ruby>に罷り<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>る程の者なれば萬一答へが出來るかと申さるゝに左仲<ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら主人の家事<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>は支配をも仕つり候私しに御座候へば<ruby><rb>大概</rb><rt>おほむね</rt></ruby>の所は御答への儀申上候はんと云に依て内記殿内心に此者の樣子を見らるゝ處<ruby><rb>一癖</rb><rt>ひとくせ</rt></ruby>あるべき奴と思はれしかば<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に見えたりけり

## 第七回

扨も内記殿は左仲が樣子<ruby><rb>佞辯</rb><rt>ねいべん</rt></ruby><ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>と見て取り大いに<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>まれけれ共<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>一ト通り事を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して見んと思はれ猶又左仲に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ其方儀家の支配を致し候故<ruby><rb>概略</rb><rt>おほむね</rt></ruby>答へんとの事なるが然らば其方に尋ぬべし書面に<ruby><rb>是有</rb><rt>これある</rt></ruby>所の<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の兩人<ruby><rb>舊來</rb><rt>きうらい</rt></ruby>の思ひ立ちとは如何なる譯なるぞ此儀心得居るかと申さるゝに左仲は<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>ぞと思ひ其の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>は<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>藤五郎<ruby><rb>亂心</rb><rt>らんしん</rt></ruby>仕つり候に付<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て御屆申上候弟<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎を以て<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>に仕つり候儀を右兩人の者共<ruby><rb>不得心</rb><rt>ふとくしん</rt></ruby>にて藤五郎弟藤三郎を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に立てべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>主人へ度々<ruby><rb>相勸</rb><rt>あひすゝ</rt></ruby>め候得共藤三郎儀は未だ<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>と申し其上<ruby><rb>多病</rb><rt>たびやう</rt></ruby>の<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ付に御座候ゆゑ主人主税之助<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>仕つらず候を<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人<ruby><rb>野心</rb><rt>やしん</rt></ruby>を<ruby><rb>差挾</rb><rt>さしはさ</rt></ruby>み候事と相見え候と<ruby><rb>邪辯</rb><rt>じやべん</rt></ruby>を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>つて申しければ内記殿は是を聞かれ其方の申す通りなれば其<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の兩人は先代平助以來よりの家來と相見えたり當主主税之助は先代平助の<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby>藤五郎兄弟の中を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を致すべき<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を受たる趣きなれば藤五郎を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>する以上は藤三郎を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>になすべきは<ruby><rb>順當</rb><rt>じゆんたう</rt></ruby>なるを<ruby><rb>世評</rb><rt>せひやう</rt></ruby>の樣子にては<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うやら主税之助が甚だ<ruby><rb>欲情</rb><rt>よくじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>實子の佐五郎を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>に致せしとの事餘人は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ此内記が心には是れ<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>のことに思はるゝなり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人は先平助の代より<ruby><rb>舊來</rb><rt>きうらい</rt></ruby>の家來共の事故藤五郎が<ruby><rb>病身</rb><rt>びやうしん</rt></ruby>の時は<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>の藤三郎に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せんと思ふは理の當然ゆゑ藤三郎を<ruby><rb>順養子</rb><rt>じゆんやうし</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ねば成ず<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>サ是は只某しが話なり尤も夫には又<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>込入</rb><rt>こみいつ</rt></ruby>たる<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>も有べし<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら建部郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎兩人の家來は先平助へ對しての義理<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>も思ひ<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>にて弟藤三郎を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>にせん事を主人主税之助へ<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めしならん然るを主税之助不得心とあらば右等の事に付<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>不和</rb><rt>ふわ</rt></ruby>に罷り成しと相見たりと有しかば左仲も理の<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の通りと申けるに又<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の金子百兩<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>せし趣き是は郷右衞門<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎兩人の其夜<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の事故彼の金子は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取し事と主税之助始め皆々<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ふと見えたりと申さるゝに<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の如く此金子ばかりは<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人の者が盜み取しに<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か相違御座なく候と申しければ内記殿コリヤ其方<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>申す<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>は其金子<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みしと云ふ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>した證據有りや全く<ruby><rb>折惡敷</rb><rt>をりあしく</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の事故渠等を疑ふものならん汝が今申す<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りにて<ruby><rb>慥</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據有て申すが如し然らば其證據より<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはらんと申されければ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>の左仲なれども一句も出ず居るを<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや證據有りやと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに左仲恐れ入りましたと<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>なせしかば内記殿<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思はれ其は<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりわる</rt></ruby>き事故疑ふも<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なれど今汝が如く申す時は證據にても有るかと思はる<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>紛失物</rb><rt>ふんじつもの</rt></ruby>などは人を疑ひし後にて手前に有る事もあれば此儀は右兩人を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と吟味の上ならでは<ruby><rb>決定</rb><rt>けつぢやう</rt></ruby><ruby><rb>仕難</rb><rt>しかた</rt></ruby>し其儀如何とあれば今汝が申す方此内記甚だ<ruby><rb>信用</rb><rt>しんよう</rt></ruby>せずとの<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の中に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ事と<ruby><rb>正鵠</rb><rt>ほし</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れしにぞ左仲はグツと<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>の樣子ゆゑ<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>あつて内記殿何は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ藤五郎兄弟の者の<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>又家來兩人の<ruby><rb>在所</rb><rt>ありか</rt></ruby>とも早々尋ぬべし此義<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>ふるに<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人の者主人の<ruby><rb>子息</rb><rt>しそく</rt></ruby>を<ruby><rb>誘引出</rb><rt>さそひだ</rt></ruby>せし事餘の儀にあらず藤五郎病氣の上は藤三郎を<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby>と其の事<ruby><rb>上向</rb><rt>かみむき</rt></ruby>へ願ふ<ruby><rb>存念</rb><rt>ぞんねん</rt></ruby>ならん<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀ならば<ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞや<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>せず共致し方如何程も有べきに忠義の<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>は却つて主家の<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>とならん<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>ながら屆けの趣き聞置なり<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も右の者ども<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>は早々吟味致し若し<ruby><rb>市中</rb><rt>しちう</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>を見<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>らば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>其處に張番を付け置き此方と并に町奉行へ屆け出よ必ず<ruby><rb>權威</rb><rt>けんゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>す事なく<ruby><rb>成丈</rb><rt>なるたけ</rt></ruby><ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>にすべし萬一<ruby><rb>手荒</rb><rt>てあら</rt></ruby>がましき事相聞えなば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>に及ぶぞ又此度の儀は<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>き事にあらねば早速御用番の<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>衆に<ruby><rb>進達</rb><rt>しんたつ</rt></ruby>に及ふべし此旨主人へ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と申聞けよとて<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を立れしかば左仲は思ひの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>なる事ども故早々<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りけり

## 第八回

<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに立花左仲は宮崎内記殿にて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>尋ねられし事ども<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>主人へ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>んと急ぎ立歸りて主税之助の前へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ければ主税之助は<ruby><rb>待草臥</rb><rt>まちくたびれ</rt></ruby>し<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>ゆゑ直樣聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>如何に左仲内記殿の方にて<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と云れしや<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや〱と<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたち</rt></ruby>て尋ぬるに左仲は未だ座にも<ruby><rb>着</rb><rt>つか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>甚だ答へに<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りける主税之助は其次第を聞んと<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に急ぎしかば左仲は<ruby><rb>太息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>今日私し宮崎樣の御屋敷へ罷り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>御屆書を差上げし處内記樣早速<ruby><rb>御逢</rb><rt>おあひ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて御屆け<ruby><rb>書</rb><rt>がき</rt></ruby>の趣き<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一御<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>有りける故其次第を申立候處<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>御聞濟</rb><rt>おきゝずみ</rt></ruby>の樣には候へども何か此方の<ruby><rb>御樣子</rb><rt>ごやうす</rt></ruby>を内記樣<ruby><rb>御聞込</rb><rt>おきゝこみ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>豫</rb><rt>あらか</rt></ruby>じめ<ruby><rb>御悟</rb><rt>おさとり</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れたる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に御座候其上<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>の兩人が事は御前の<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ方宜しからざる故と仰せられ<ruby><rb>況</rb><rt>まし</rt></ruby>て此事は<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>からざる儀故<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>御用番へ<ruby><rb>進達</rb><rt>しんたつ</rt></ruby>成るゝ間<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>心得よとの仰せに候と申しければ主税之助は是れを聞き<ruby><rb>面色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby><ruby><rb>青然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>偖々夫れは<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り入しことなりと<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>低</rb><rt>たれ</rt></ruby>て<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>りし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に安間平左衞門は<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に居たりしが<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>否早</rb><rt>いやはや</rt></ruby>御前の樣に御心弱くては<ruby><rb>表向</rb><rt>おもてむき</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の時は甚だ<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なし<ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て物事は<ruby><rb>根深</rb><rt>ねぶか</rt></ruby>く<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り決して<ruby><rb>面色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby>に出さぬ樣なさねばならぬ事なり然るを<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き<ruby><rb>御樣子</rb><rt>ごやうす</rt></ruby>にては<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>なしに忽ち<ruby><rb>負公事</rb><rt>まけくじ</rt></ruby>と成り申すべし此上の處御心を大丈夫になし給ふべし後には<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>申す安間平左衞門<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へて<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>れば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとひ</rt></ruby>大山が<ruby><rb>崩</rb><rt>くづ</rt></ruby>れ來る共少しも御心勞に及ばずと力を付れども主税之助は<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>安心せず<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>う手輕く申せども内記殿の心中が<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>も心配なれば公事の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を話して見よ<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人へ惣右衞門と云ふ<ruby><rb>古狸</rb><rt>ふるだぬき</rt></ruby>が<ruby><rb>後見</rb><rt>こうけん</rt></ruby>をすれば是は容易の<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>でなし<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の惣右衞門めは<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>こそ<ruby><rb>老込</rb><rt>おいこみ</rt></ruby>たれど<ruby><rb>並々</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>の者に非ず<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>評定所へ<ruby><rb>出</rb><rt>いづ</rt></ruby>るならば此方が是迄の惡事を申立るは<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>なり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば我等に吟味<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんにより其時は如何に<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>して<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>るべきや是平左衞門<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>分別</rb><rt>ふんべつ</rt></ruby>を<ruby><rb>教</rb><rt>をし</rt></ruby>へよサア平左衞門<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや〱と<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたて</rt></ruby>ければ平左衞門は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>ながら夫<ruby><rb>等</rb><rt>ら</rt></ruby>のことは物の<ruby><rb>數</rb><rt>かず</rt></ruby>に<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ずと申を主税之助シテ其時は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>申<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>なるや早く云て<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せと云へば平左衞門はせゝら笑ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とては御氣の小い事なり<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>是式</rb><rt>これしき</rt></ruby>の事御心<ruby><rb>勞</rb><rt>らう</rt></ruby>に及ぶべきや先其時の事は<ruby><rb>臨機應變</rb><rt>りんきおうへん</rt></ruby>と申事あり今<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて申事は更に役に<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>申さず其<ruby><rb>相手</rb><rt>あいて</rt></ruby>の樣子先の<ruby><rb>出次第</rb><rt>でしだい</rt></ruby>にて<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>ずるも量り難し此所にて申事は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>其節の間に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>ものに非ず<ruby><rb>假令</rb><rt>よしや</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へて今申た所が本の足袋屋の<ruby><rb>看板</rb><rt>かんばん</rt></ruby>なり然ながら<ruby><rb>然程</rb><rt>さほど</rt></ruby><ruby><rb>御案事</rb><rt>おあんじ</rt></ruby>有らるゝことならば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>御<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>の爲<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し御心の<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>むやうに申上げん先以て<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>までもなく<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人を金子の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>と申立置たれば御吟味の節彼是申すとも右盜賊の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のがれ</rt></ruby>ん爲に惣右衞門を<ruby><rb>語</rb><rt>かたら</rt></ruby>ひ忠義ごかし藤五郎殿御兄弟を<ruby><rb>誘引出</rb><rt>さそひだ</rt></ruby>し候儀と<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずる旨を<ruby><rb>仰立</rb><rt>おほせたて</rt></ruby>られなば其事のみにて<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>に<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>は<ruby><rb>歸</rb><rt>き</rt></ruby>し候なり其上主と家來の事なれば<ruby><rb>此公事</rb><rt>このくじ</rt></ruby>に於ては御前に九分の<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>みが之あるゆゑ事の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>を仰せらるゝ時は是渠等が一ツの申<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>きに困り候事<ruby><rb>目前</rb><rt>もくぜん</rt></ruby>にて候若又<ruby><rb>對決</rb><rt>たいけつ</rt></ruby>になり候とも藤五郎殿の<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>は一<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>の手にも<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたる程の<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せなれば疑ひは先へ掛る道理に候藤五郎殿も<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>で<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>はなき男又藤三郎殿は有りても<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>なり<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>になるは惣右衞門郷右衞門<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の三人にて<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にも先郷右衞門<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の兩人をば<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとら</rt></ruby>ば此度の公事は<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby><ruby><rb>勝利</rb><rt>しようり</rt></ruby>ならん右兩人を<ruby><rb>討取</rb><rt>うちとり</rt></ruby><ruby><rb>手段</rb><rt>てだて</rt></ruby>を一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も<ruby><rb>早</rb><rt>はやく</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>さるが<ruby><rb>捷徑</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>なりと申ければ主税之助は首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたぶ</rt></ruby>け兩人を討取は公儀の方が<ruby><rb>濟</rb><rt>すむ</rt></ruby>まじと云へば平左衞門<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と打笑ひ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>夫では何の<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>も行ひ難し<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>ても御覽<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べし先<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の事故<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>んと致せし所<ruby><rb>手向</rb><rt>てむか</rt></ruby>ひ仕つり候故<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく討取候と申に何の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>の候べき萬一<ruby><rb>此事</rb><rt>このこと</rt></ruby><ruby><rb>手違</rb><rt>てちが</rt></ruby>ひに成し處が<ruby><rb>半知</rb><rt>はんち</rt></ruby>と<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>さば公事は勝なりと言を聞て主税之助は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>打合點</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>然らば<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>の多兵衞其外<ruby><rb>新參</rb><rt>しんざん</rt></ruby>の者共に此事内分で頼み置んと金銀を遣し郷右衞門<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎を討取ば又々<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>の<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>ありと申付ければ元より<ruby><rb>惡者共</rb><rt>わるものども</rt></ruby>の事ゆゑ金銀に<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>が<ruby><rb>晦</rb><rt>くれ</rt></ruby>喜び勇みて請合<ruby><rb>日夜</rb><rt>にちや</rt></ruby>三河町より須田町邊を忍びて<ruby><rb>付覗</rb><rt>つけねら</rt></ruby>ひけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>支配の宮崎内記殿は<ruby><rb>先日</rb><rt>せんじつ</rt></ruby>嘉川家の一件に付家來の立花左仲<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>の屆書の趣を月番の<ruby><rb>若年寄衆</rb><rt>わかとしよりしう</rt></ruby>へ<ruby><rb>進達</rb><rt>しんたつ</rt></ruby>致されし處此儀容易ならずと有て<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>年寄衆</rb><rt>としよりしう</rt></ruby>の評議となりたり<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby>天下の御政事に<ruby><rb>關</rb><rt>あづ</rt></ruby>かる人々には老中<ruby><rb>間部</rb><rt>まなべ</rt></ruby>越前守殿同<ruby><rb>井上</rb><rt>ゐのうへ</rt></ruby>河内守殿同<ruby><rb>久世</rb><rt>くぜ</rt></ruby>大和守殿同<ruby><rb>大久保</rb><rt>おほくぼ</rt></ruby>長門守殿<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>石川近江守殿同黒田豐前守殿同<ruby><rb>土岐</rb><rt>とき</rt></ruby>丹後守殿なり右の<ruby><rb>人々</rb><rt>ひと〲</rt></ruby><ruby><rb>立會</rb><rt>たちあひ</rt></ruby>嘉川家一件<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>評議是ある所土岐丹後守殿進み出られ今度の一條主税之助儀先一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>は<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からぬやうに聞ゆれども又<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>せし用人共も<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざる儀なり<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby><ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby>候罪を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんが爲に主税之助が申通り計ひし事かも知れず是は<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>に申付て彼の兩人の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>を糺明に及ばせ<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>評定所にての吟味<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべしと云れければ一同<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからんと<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>大岡越前守殿へ達し有ければ越前守殿<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>の上<ruby><rb>定廻</rb><rt>ぢやうまは</rt></ruby>り同心へ申付られ藤五郎藤三郎並びに<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の行衞を吟味致すべき旨に付<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候とて夫より<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>山口惣右衞門<ruby><rb>浪宅</rb><rt>らうたく</rt></ruby>を<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>せんと三河町二丁目の<ruby><rb>家主方</rb><rt>いへぬしかた</rt></ruby>へ罷越其方店子山口惣右衞門と云へるは嘉川主税之助の<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>にて<ruby><rb>裏屋</rb><rt>うらや</rt></ruby>に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>と聞御用是ある間只今<ruby><rb>自身番屋</rb><rt>じしんばんや</rt></ruby>まで召連れ來るべしと申し渡しければ<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候と惣右衞門へ其段申達しけるに惣右衞門は豫て覺悟の事もあれば年は<ruby><rb>寄共</rb><rt>よれども</rt></ruby><ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>武士ゆゑ何の<ruby><rb>恐氣</rb><rt>おそれげ</rt></ruby>もなく家主同道にて自身番へ出ければ定廻り同心は立出其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>嘉川主税之助方に<ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby>致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>し事ありやと申ければ仰の<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby><ruby><rb>當夏中</rb><rt>たうなつちう</rt></ruby>迄勤仕罷在り候と云ふに同心<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>今度嘉川家より<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へ<ruby><rb>御屆</rb><rt>おとゞけ</rt></ruby>に及ばれしは<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>藤五郎次男藤三郎並に家來<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部郷右衞門も去廿二日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の趣きなり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て御老中方より町奉行へ吟味の儀仰せ付られし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>今日其行方を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね出さん爲御邊を是<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き申たり以前の好みを以て若彼の者共を<ruby><rb>竄</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>も致しなば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>相渡し申すべし此儀<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>し候はゞ其許の爲になるまじと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>を聞惣右衞門は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>あらんと心得し事ならば少も動ぜず心の中に未だ<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門より<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出ざる中<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>より尋ね出されし時は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>定めて<ruby><rb>手都合</rb><rt>てつがふ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>かりなんと思ひ<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すべきにはあらね共先爰に知らざる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に申方<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しと<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>なし<ruby><rb>御問尋</rb><rt>おたづね</rt></ruby>には候へ共其の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>決</rb><rt>けつ</rt></ruby>して覺え御座なく候尤も以前の好も候へば某しを<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りて參り候はゞ<ruby><rb>竄</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひもいたすべけれども未だ<ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>へは參り申さず主税之助方よりは<ruby><rb>昨日</rb><rt>さくじつ</rt></ruby>尋ね參り候間右の<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて歸し候と申ければ同心然らば<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>か<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby>後日に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れなば決して爲に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>まじ<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら參らざる儀なれば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず先吟味中家主へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預申付る惣右衞門も<ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>心得よ時に陸尺七右衞門の宅は何方ぢや惣右衞門<ruby><rb>御邊</rb><rt>ごへん</rt></ruby>は知らざるやと思ひ掛なき尋ねに<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby><ruby><rb>大丈夫</rb><rt>だいぢやうふ</rt></ruby>の惣右衞門なれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>ハツと<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし七右衞門の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>は須田町一丁目に候と答へしかば定廻り<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>は事に<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>しゆゑ<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を見て取<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は此上七右衞門を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>るべしと心に<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>して夫より須田町一丁目なる七右衞門方へと急ぎ赴きたり

## 第九回

<ruby><rb>古昔</rb><rt>むかし</rt></ruby><ruby><rb>宋</rb><rt>そう</rt></ruby>の<ruby><rb>文帝</rb><rt>ぶんてい</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>魏</rb><rt>ぎ</rt></ruby>の中書學生に<ruby><rb>盧度世</rb><rt>ろとせい</rt></ruby>と云者あり<ruby><rb>崔浩</rb><rt>さいかう</rt></ruby>の事に坐し<ruby><rb>亡命</rb><rt>にげ</rt></ruby>て<ruby><rb>高陽</rb><rt>かうやう</rt></ruby>の鄲羆の家に竄る<ruby><rb>官吏</rb><rt>やくにん</rt></ruby><ruby><rb>羆</rb><rt>ひ</rt></ruby>の子を<ruby><rb>囚</rb><rt>とらへ</rt></ruby>て之を<ruby><rb>掠治</rb><rt>たゞす</rt></ruby><ruby><rb>羆</rb><rt>ひ</rt></ruby>其子を<ruby><rb>戒</rb><rt>いまし</rt></ruby>めて曰君子は身を殺て<ruby><rb>仁</rb><rt>じん</rt></ruby>を成故に汝死す共云べからず其子固く父の命を<ruby><rb>守</rb><rt>まもる</rt></ruby><ruby><rb>官吏</rb><rt>やくにん</rt></ruby><ruby><rb>火</rb><rt>ひ</rt></ruby>を以て其<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby>を<ruby><rb>燒</rb><rt>やき</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>責問</rb><rt>せめとふ</rt></ruby>と雖も<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に言ずして死すと云夫と是とは變れども<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>七右衞門は<ruby><rb>卑賤者</rb><rt>いやしきもの</rt></ruby>に<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>豪侠</rb><rt>がうけふ</rt></ruby>にして<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>むが故に山口惣右衞門始め三人の頼みに因て藤五郎兄弟並びに伴建部の夫婦ども<ruby><rb>上下</rb><rt>じやうげ</rt></ruby>六人を我が家に<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>り何くれとなく厚く<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>をして<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しに嘉川家にては藤五郎兄弟并に<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>伴建部の兩人共<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>なし<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>主税之助居間の金子百兩<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>せし<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>を其<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>へ屆出ければ<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡越前守殿より藤五郎の兄弟始め家來の者共を<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>として<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby><ruby><rb>出張</rb><rt>しゆつちやう</rt></ruby>なし山口惣右衞門は町方<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けに相成し<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>其上三河町より直樣此方へ役人中參らるゝ<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きも惣右衞門より<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らせ<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>しけれども七右衞門は<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>の事故<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か驚く氣色もなく<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に伴建部の兩人へ此事を<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>し<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>三人<ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby>相談をなすに<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>せ隱し立は成まじき間御呼出し次第<ruby><rb>罷出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>んと思ひて<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまつ</rt></ruby>所に程なく定廻り同心自身番に來りて七右衞門を呼び出すに付七右衞門は<ruby><rb>即</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち自身番へ罷出し所<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>申ける其の方儀<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>山口惣右衞門の<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みに<ruby><rb>依</rb><rt>よ</rt></ruby>つて嘉川藤五郎兄弟并に建部<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門伴<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の人々を<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby><ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>三河町に浪宅致す山口惣右衞門の白状なりとあびせ<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby>ては如何の<ruby><rb>筋合</rb><rt>すぢあひ</rt></ruby><ruby><rb>之有</rb><rt>これあり</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>を匿ひ置ぞ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よと言ければ七右衞門少も<ruby><rb>屈</rb><rt>くつ</rt></ruby>する面色なく<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の如く私し<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>四人共匿ひ置候に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も此儀は私し事先嘉川平助樣<ruby><rb>御代</rb><rt>ごだい</rt></ruby><ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の<ruby><rb>御厚恩</rb><rt>ごこうおん</rt></ruby>に相成候間<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby>御世話申候<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら一通り申上べし當代主税之助樣は誠に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き入たる御方にて己が實子に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ平助樣御實子の御二方樣を<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>になされ殊に藤五郎樣へは食物を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めて<ruby><rb>干殺</rb><rt>ほしころ</rt></ruby>さんと成され又藤三郎樣の<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby><ruby><rb>御幼少者</rb><rt>おちひさいもの</rt></ruby>を<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby>に<ruby><rb>打擲</rb><rt>うちたゝ</rt></ruby>き夫は〱<ruby><rb>苦々</rb><rt>にが〱</rt></ruby>敷事に御座候<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>申上るを<ruby><rb>御胡亂</rb><rt>ごうろん</rt></ruby>と<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめ</rt></ruby>さば是まで嘉川樣の奧向に勤めし者に御尋ね下さるゝが論より<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby><ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>り候夫れゆゑに平助樣御代の<ruby><rb>御用役</rb><rt>ごようやく</rt></ruby>は山口樣も私し方に居らるゝ二人の衆も藤五郎樣御兄弟の御命が<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>く存ずる故<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の次第に成行申せしなり私し儀は<ruby><rb>賤敷</rb><rt>いやしき</rt></ruby><ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>に候へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>聊かたりとも<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りなど申者では御座なく又人樣の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を見ては居られぬが私しの<ruby><rb>持前</rb><rt>もちまへ</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく彼の人々を<ruby><rb>竄</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候何れ<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>御<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しの上は明白に相分り申べく殊に只今の御用人中は<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の者共にて殿へ<ruby><rb>惡智慧</rb><rt>わるぢゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>加</rb><rt>くはへ</rt></ruby>候由私しは數年の出入<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>の事故先一旦の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ふ心に候へども<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>御尋ねの上は<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申上るにより御役人樣方の<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を以て宜敷御取計ひ下されよと憚る所なく申ければ役人も只<ruby><rb>合點</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>藤五郎<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めを渡すべしと申により七右衞門は則ち藤五郎藤三郎<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門を引連役人へ渡しければ同心人々を請取直樣立歸りて此段<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に大岡殿へ申立けるに則ち越前守殿夫は苦々しき事なりとて<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ御<ruby><rb>月番</rb><rt>つきばん</rt></ruby>の老中方へ申上られしにより老中方の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せには吟味中藤五郎藤三郎の兩人は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>平助の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>共へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門の兩人を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>取糺</rb><rt>とりたゞ</rt></ruby>せし上は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も相分るべしと有しかば越前守殿承知仕つるとて<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人を呼出されたり

## 第十回

偖も大岡殿は<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門の兩人を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出し今度の<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければ兩人謹んで<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし私し主人の先代平助儀<ruby><rb>當主</rb><rt>たうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>主税之助</rb><rt>ちからのすけ</rt></ruby><ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>られ候後兩人の<ruby><rb>男子</rb><rt>だんし</rt></ruby>を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け候は則ち藤五郎藤三郎にて是を主税之助の子となし御<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづり</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣平助<ruby><rb>末期</rb><rt>まつご</rt></ruby>に<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>仕つりしを其節は主税之助も<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>私ども兩人<ruby><rb>並</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>惣</rb><rt>そう</rt></ruby>右衞門等證人同樣其<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>に<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>在候所主税之助實子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎出生の後は先平助<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り我が子に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>繼</rb><rt>つが</rt></ruby>せんと<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>惡謀</rb><rt>あくぼう</rt></ruby>を<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ藤五郎を<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さるゝこと誠に朝夕目も<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>られぬ次第故私し共三人の者<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め候へ共<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも<ruby><rb>取用</rb><rt>とりもち</rt></ruby>ひ之なく非道の所置日々に<ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>致すに付藤五郎も<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>にて是を情なき事に思ひ或時は<ruby><rb>放蕩</rb><rt>はうたう</rt></ruby>の<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>等御座候故是又其儘に<ruby><rb>打捨難</rb><rt>うちすてがた</rt></ruby>く<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>めつ<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>めつ致し候中<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>藤五郎<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>のこと御座りしを主税之助は幸ひに亂心と申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>座敷牢</rb><rt>ざしきらう</rt></ruby>に<ruby><rb>押込</rb><rt>おしこめ</rt></ruby>我が<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に<ruby><rb>相立</rb><rt>あひたて</rt></ruby>其上二男の藤三郎まで<ruby><rb>亡者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>にせんと<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を申ては<ruby><rb>毎日</rb><rt>まいにち</rt></ruby><ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>致し<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>是を<ruby><rb>意見立</rb><rt>いけんだて</rt></ruby>致し候者是あれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を出さるゝゆゑ其後は誰一人諫め申者御座なく<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>新參</rb><rt>しんざん</rt></ruby>の家來を愛し<ruby><rb>古參</rb><rt>こさん</rt></ruby>の私し共は<ruby><rb>除者</rb><rt>のけもの</rt></ruby>の如くに致し<ruby><rb>家政</rb><rt>かせい</rt></ruby>を亂し候に付山口惣右衞門は<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りに見兼て<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め候を<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を申付其後<ruby><rb>新參</rb><rt>しんざん</rt></ruby>の家來を相手に藤五郎藤三郎共を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>せんとの<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>致候を腰元の島と申者<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に聞知私し共へ<ruby><rb>告知</rb><rt>つげしら</rt></ruby>せ候間<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく兩人申合せ藤五郎兄弟を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ出し候事に御座候之に依て<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>主税之助を<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され右等の儀<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>の上嘉川の<ruby><rb>家名</rb><rt>かめい</rt></ruby><ruby><rb>相立</rb><rt>あひたつ</rt></ruby>樣<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を以て御<ruby><rb>説諭</rb><rt>せつゆ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>な</rt></ruby>し下され候樣願ひ奉つり度候と申立ければ大岡殿篤と是を聞れ其方の申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>相違も<ruby><rb>有間敷</rb><rt>あるまじき</rt></ruby>なれど右口上の趣き<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>に致し差出すべしと有しかば<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門の兩人<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>を認め差出す其文に曰く

一私し<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>兩人儀は<ruby><rb>先主</rb><rt>せんしゆ</rt></ruby>嘉川平助<ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>より<ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby><ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>候處<ruby><rb>當主</rb><rt>たうしゆ</rt></ruby>主税之助<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に參られ候後平助儀藤五郎藤三郎の二<ruby><rb>子</rb><rt>し</rt></ruby>を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けられ候に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>主税之助<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>子</rb><rt>ご</rt></ruby>に仕つり<ruby><rb>成長</rb><rt>せいちやう</rt></ruby>の後兩人の内へ<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>相<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣平助病死<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>主税之助へ<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>仕つり其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>私し共<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の暇に相成し山口惣右衞門等其席に<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>在<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>仕つり候儀に御座候處其後主税之助<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎出<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>藤五郎<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>み<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の<ruby><rb>所置</rb><rt>しよち</rt></ruby>御座候より藤五郎儀<ruby><rb>若氣</rb><rt>わかげ</rt></ruby>の<ruby><rb>至</rb><rt>いたり</rt></ruby>にて<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>御座候を<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひに同人を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>し候は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なき<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>に付弟藤三郎を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に致すべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>私し共<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め候を主税之助儀不承知にて同人<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に立られ候<ruby><rb>然耳</rb><rt>しかのみ</rt></ruby>ならず藤五郎<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に藤三郎儀は先平助實子に付<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>に<ruby><rb>相成</rb><rt>あいなり</rt></ruby>申さずと存じられ候<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby>藤五郎は座敷<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>に<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby><ruby><rb>食物</rb><rt>しよくもつ</rt></ruby>を相<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め藤三郎儀は<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>に之有候を<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>申付<ruby><rb>朝暮</rb><rt>てうぼ</rt></ruby><ruby><rb>折檻</rb><rt>せつかん</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>殺さん覺悟と相見え候間私し共心配仕つり候處<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>藤五郎兄弟を<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひ候べき<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>を<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby><ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>と申者聞<ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>り是を私し共に知らせ候により嘉川家一大事と<ruby><rb>相心得</rb><rt>あひこゝろえ</rt></ruby>右<ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>を案内に致し當十二月廿二日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ忍び入り藤五郎<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に藤三郎の兩人を<ruby><rb>一先</rb><rt>ひとまづ</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出し候に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ御座なく候然る處當主主税之助より其夜<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の金子百兩紛失の由申立候は其身の惡事を<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>し申べき<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>私し共へ御<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ相<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り候樣にと心得<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る儀を申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>仕つり候かと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じられ候之に依て何卒<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>之御吟味願ひ奉つり<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>此段<ruby><rb>書取</rb><rt>かきとり</rt></ruby>を以て申上げ奉つり候以上

<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>嘉川主税之助<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>

享保三年十二月廿七日<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>　郷右衞門　印

同

<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby>　<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎　印

右の如く<ruby><rb>書取</rb><rt>かきとり</rt></ruby><ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだし</rt></ruby>候に付大岡殿<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と一覽<ruby><rb>致</rb><rt>いたさ</rt></ruby>れ追々吟味に及ぶ兩人共吟味<ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby><ruby><rb>揚屋入</rb><rt>あがりやいり</rt></ruby>申付ると申渡され夫より<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>書面を老中方へ差出されしに付老中方始め<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかとしより</rt></ruby>大目付御目付三奉行の評議となり嘉川主税之助は吟味當日迄<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby>を<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られたり尤も當年十二月も<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>月末</rb><rt>つきすゑ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>歳暮</rb><rt>せいぼ</rt></ruby>かた〲來春の御用<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めまで嘉川家の一件は御<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>置との事にて何方も<ruby><rb>歳暮</rb><rt>せいぼ</rt></ruby>又は新年の<ruby><rb>壽</rb><rt>ことぶ</rt></ruby>き<ruby><rb>賑々敷</rb><rt>にぎ〱しく</rt></ruby>御用も多ければ其<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に正月も立て早二月となりしにぞ<ruby><rb>近日</rb><rt>きんじつ</rt></ruby>嘉川家の一條も吟味に取り<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんとの事どもなり

## 第十一回

時に嘉川主税之助は我が<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby>の<ruby><rb>愛欲</rb><rt>あいよく</rt></ruby>に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>みて家の<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れは一向構はず彼安間平左衞門始め新參の家來を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>惡事を<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>して居る中大岡殿は<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部郷右衞門の兩人より委細の事故<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>され吟味の<ruby><rb>當日</rb><rt>たうじつ</rt></ruby>まで主税之助<ruby><rb>閉門</rb><rt>へいもん</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ付られしに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>主税之助を始め嘉川の家來どもは<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby>の一件の<ruby><rb>縺</rb><rt>もつ</rt></ruby>れはお島の<ruby><rb>手引</rb><rt>てびき</rt></ruby>に相違なしと其後も<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby><ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>さいなみ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に打殺し死骸は何方へか<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らざる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>になし居たるにお島の<ruby><rb>親里</rb><rt>おやざと</rt></ruby>住吉町吉兵衞方より此儀に付大岡越前守殿奉行所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出ければ越前守殿<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され目安訴状を披き見るに

乍恐以書付奉願上候

一<ruby><rb>住吉</rb><rt>すみよし</rt></ruby>町忠八店吉兵衞申上奉つり候私し<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>と申者三年以前より<ruby><rb>御旗本</rb><rt>おんはたもと</rt></ruby>嘉川主税之助樣御屋敷へ<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>奉公に<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候處當人へ用事之あり昨年冬中より<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>御屋敷へ罷出候へ共<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か<ruby><rb>御取込</rb><rt>おんとりこみ</rt></ruby>の儀御座候由にて一向に<ruby><rb>御逢</rb><rt>おんあは</rt></ruby>せ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>さらず何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざる事と存じ居候中世間の<ruby><rb>風説</rb><rt>ふうせつ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き儀を承はり候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>御屋敷へ罷出當人へ達て對面致し度旨願ひ候處御用人安間平左衞門殿を以て<ruby><rb>仰聞</rb><rt>おほせきけ</rt></ruby>られ候には<ruby><rb>島儀</rb><rt>しまぎ</rt></ruby><ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby>る十二月廿二日の夜<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を手引に及び候に付御手討に相成たりとて島<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>の<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>御下下</rb><rt>おんさげくだ</rt></ruby>され候得共<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は御渡し<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されず因て甚だ打驚き<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>仕つり候處<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に娘島儀<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て覺悟致し候事と相見え<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>一通之あり候に付之を<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>仕つり候に主人とは申ながら餘り御<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき致され方と存じ候<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>を以て死骸だけも御<ruby><rb>下</rb><rt>さ</rt></ruby>げ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>され候樣仕つり<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>之に依て此段歎願奉り候以上

住吉町忠八店

享保四年二月願人　　吉兵衞　印

家主　　忠八　印

右の如く<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあげ</rt></ruby>ければ越前守殿大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かれ<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は嘉川家の一件<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>主税之助の惡事に相違なしと思はれ吉兵衞に向ひ<ruby><rb>其島</rb><rt>そのしま</rt></ruby>と申は其方の娘なれば死骸を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ度思は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>其方が心には<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なる事にあらん是も<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>過去</rb><rt>くわこ</rt></ruby>の約束<ruby><rb>事</rb><rt>ごと</rt></ruby>ならんか然共餘り<ruby><rb>苛酷</rb><rt>むごき</rt></ruby><ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>ゆゑ其方が<ruby><rb>胸中</rb><rt>きようちう</rt></ruby><ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>し入る尤も嘉川家の事に就て<ruby><rb>大分</rb><rt>たいぶん</rt></ruby>入組たる筋あれば<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>に<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>も是有るべしシテ又其方が願ひし時娘の死骸<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>として渡さばやと尋ねられしかば吉兵衞<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>びながら其儀は嘉川家の<ruby><rb>御用人</rb><rt>ごようにん</rt></ruby>平左衞門殿の申さるゝには御<ruby><rb>手討</rb><rt>てうち</rt></ruby>になりたる者ゆゑ此方にて<ruby><rb>取置</rb><rt>とりおき</rt></ruby>たり<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずべしとのことで御座りましたが其平左衞門と申人は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しい人で<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>な<ruby><rb>見識</rb><rt>けんしき</rt></ruby>にて私しを<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>み付猶何とか申たならば又私しをも<ruby><rb>手討</rb><rt>てうち</rt></ruby>に致しさうな<ruby><rb>勢</rb><rt>いきほ</rt></ruby>ひなりしと云ば大岡殿夫は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby><ruby><rb>手討</rb><rt>てうち</rt></ruby>に成し樣子なるやと有に吉兵衞ハイ<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>で御座りますか日も申<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>られず<ruby><rb>大概</rb><rt>おほかた</rt></ruby>海川へでも死骸を打<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>られしならん何時が命日やら一向分らず定めて娘は<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>うて居る事にやと思へば<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>く<ruby><rb>間</rb><rt>ひま</rt></ruby>も御座りませんと人目も<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>ず<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たるに越前守殿も甚だ氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思はれ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の致し方なり<ruby><rb>宜々</rb><rt>よし〱</rt></ruby>程なく吟味を遂て遣はすシテ其<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致居るかと問るゝに<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>仕つりしと吉兵衞は<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>より取出して<ruby><rb>指出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しければ越前守殿是を見らるゝに<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>も見事にして其文章も<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>りしかば則ち目安方へ渡され目安方<ruby><rb>高々</rb><rt>たか〲</rt></ruby>と<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあげ</rt></ruby>る其<ruby><rb>文</rb><rt>ぶん</rt></ruby>に

申<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせ候事　　（<ruby><rb>裏書</rb><rt>うらがき</rt></ruby>）正月廿五日夜封す

<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby><ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>めもじも致し申さず御<ruby><rb>懷</rb><rt>なつか</rt></ruby>しさのまゝ<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かの人目を忍び<ruby><rb>書殘</rb><rt>かきのこ</rt></ruby>し參らせ候<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby>御屋敷の<ruby><rb>殿樣</rb><rt>とのさま</rt></ruby>御<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の御<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby><ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あ</rt></ruby>しく去年夏中より藤五郎樣御事<ruby><rb>座敷牢</rb><rt>ざしきらう</rt></ruby>御<ruby><rb>住居</rb><rt>すまひ</rt></ruby>にて召上りものもろくろく進ぜられざる程の<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せ御<ruby><rb>最惜</rb><rt>いとをし</rt></ruby>き事申ばかりも御座なく又御<ruby><rb>弟子</rb><rt>おとゝこ</rt></ruby>藤三郎樣も殿樣奧樣の御<ruby><rb>惡</rb><rt>にく</rt></ruby>しみ深く<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ御<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の御身を<ruby><rb>旦暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>御折檻</rb><rt>おせつかん</rt></ruby>遊ばし日夜おん<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>く間もなく誠に〱<ruby><rb>御愍然</rb><rt>いぢらしく</rt></ruby>存じ上參らせ候<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>に付御<ruby><rb>先代</rb><rt>せんだい</rt></ruby>よりの御用人<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>と御<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>申上去る十二月廿二日の夜御二方樣を御<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ出し申上候處其事私しへ<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り夫は〱誠に<ruby><rb>恐</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しき<ruby><rb>責苦</rb><rt>せめく</rt></ruby>を受候御事詞にも筆にも<ruby><rb>盡</rb><rt>つくし</rt></ruby>がたく<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の儀を御<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>せ申上候も不孝とは存じ候へども<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の所私しの命はとても御座なき事と<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ候へば最早此世にての<ruby><rb>御目</rb><rt>おめ</rt></ruby>もじは出來<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く先立不孝は御<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し下され度候尤も大殿樣は大惡人ながら御<ruby><rb>氣象</rb><rt>きしやう</rt></ruby>甚だ甲斐なき御方に御座候處御用人安間平左衞門殿と申人は實に情なき者にて其の心の恐ろしき事<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>とも<ruby><rb>蛇</rb><rt>じや</rt></ruby>とも<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き大惡人に御座候<ruby><rb>往昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>より<ruby><rb>惡逆</rb><rt>あくぎやく</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の者の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しも<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候へども此平左衞門殿程の大惡非道の人を<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ承まはり申さず候此人<ruby><rb>近來</rb><rt>ちかごろ</rt></ruby>御屋敷へ御<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へに相成て<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>此者より<ruby><rb>殿</rb><rt>との</rt></ruby>樣へ惡敷事を御勸め申上候まゝ<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>の有せらるゝ殿樣ゆゑ<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならず御意に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>日々惡事のみ相談あるにより私し事も遠からず平左衞門殿の手に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り候はんと思ひ<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>め￼私し<ruby><rb>亡後</rb><rt>なきあと</rt></ruby>は何の樣子も御存なく<ruby><rb>御歎</rb><rt>おなげき</rt></ruby>も有らんかと存じ此事<ruby><rb>故</rb><rt>がら</rt></ruby>あら〱<ruby><rb>書殘</rb><rt>かきのこ</rt></ruby>し參らせ候<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申上度候へども少時間の<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>を見合認め候まゝ別して筆も廻り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>候<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しく御<ruby><rb>推</rb><rt>すゐ</rt></ruby>もじ願上參らせ候かしく

しまより

<ruby><rb>御兩親樣</rb><rt>ごりやうしんさま</rt></ruby>

斯の如くの<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を越前守殿<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ如何にも<ruby><rb>憐</rb><rt>あは</rt></ruby>れの事に思はれしかば心中に扨は其島が殺されし死骸は<ruby><rb>思當</rb><rt>おもひあた</rt></ruby>りし事も有とて考へ居られけり

○越前守<ruby><rb>殿</rb><rt>どの</rt></ruby>寺社奉行より<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の張面<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>らるゝ事

并二ヶ寺より<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への事

然ば大岡殿はお島が<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を<ruby><rb>熟</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞かれて嘉川家の一件<ruby><rb>豫</rb><rt>あらか</rt></ruby>じめ<ruby><rb>推量</rb><rt>おしはか</rt></ruby>られ右島と申す女の殺されし事は正月廿五日<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>の事と思はるゝにより當二月二日<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行黒田<ruby><rb>豐前守</rb><rt>ぶぜんのかみ</rt></ruby>より兩奉行所へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>ありし<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の帳面を持參せよとて<ruby><rb>取寄</rb><rt>とりよせ</rt></ruby>られ御覽あるに寺社奉行所へ<ruby><rb>千住燒場</rb><rt>せんじゆやきば</rt></ruby><ruby><rb>光明院</rb><rt>くわうみやうゐん</rt></ruby>より訴への寫し左の通り

一昨夜<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby>前淺草阿部川町<ruby><rb>了源寺</rb><rt>れうげんじ</rt></ruby>切手を持參致し<ruby><rb>所化僧</rb><rt>しよけそう</rt></ruby>一人檀家三人<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby><ruby><rb>棺桶</rb><rt>くわんをけ</rt></ruby><ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り越候處掛<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>中右棺桶を<ruby><rb>置捨</rb><rt>おきすて</rt></ruby>に致し候間相改ため候に女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>にて<ruby><rb>變死</rb><rt>へんし</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ御座なく候依て御<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>願ひ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つり候<ruby><rb>以上</rb><rt>いじやう</rt></ruby>

<ruby><rb>千住</rb><rt>せんじゆ</rt></ruby>

二月二日光明院

寺社御奉行所樣

右檢使の<ruby><rb>書取</rb><rt>かきとり</rt></ruby><ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し左の通り

<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>廿一二の女<ruby><rb>惣身</rb><rt>そうしん</rt></ruby>に<ruby><rb>打疵</rb><rt>うちきず</rt></ruby><ruby><rb>多</rb><rt>おほく</rt></ruby>して<ruby><rb>殺</rb><rt>ころし</rt></ruby>候樣子に相見申候尤も<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>は<ruby><rb>紬縞小袖</rb><rt>つむぎじまこそで</rt></ruby>二枚を着し<ruby><rb>黒純子</rb><rt>くろどんす</rt></ruby>の<ruby><rb>龍</rb><rt>りう</rt></ruby>の<ruby><rb>模樣</rb><rt>もやう</rt></ruby><ruby><rb>織出</rb><rt>おりだし</rt></ruby>の丸<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby><ruby><rb>面部</rb><rt>めんぶ</rt></ruby><ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby><ruby><rb>左</rb><rt>ひだり</rt></ruby>の方に<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>き<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>の<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>相見</rb><rt>あひみえ</rt></ruby>候

淺草<ruby><rb>了源寺</rb><rt>れうげんじ</rt></ruby>より<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>への<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し

一<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby>當寺の切手を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致し<ruby><rb>所化僧</rb><rt>しよけそう</rt></ruby>一人檀家三人<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>千住燒場光明院へ<ruby><rb>火葬</rb><rt>くわさう</rt></ruby>の者送込候處其後所化僧<ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>共<ruby><rb>棺桶</rb><rt>くわんをけ</rt></ruby><ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>置逃去候由<ruby><rb>光明院</rb><rt>くわうみやうゐん</rt></ruby>より掛合越候へども當寺に於て右樣の覺え御座なく候に付此段<ruby><rb>御屆</rb><rt>おんとゞけ</rt></ruby>申上<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候<ruby><rb>以上</rb><rt>いじやう</rt></ruby>

<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby><ruby><rb>阿部川町</rb><rt>あべかはまち</rt></ruby>

二月二日了源寺

寺社御奉行所樣

右の通り<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>之有るに<ruby><rb>付</rb><rt>つ</rt></ruby>き越前守殿吉兵衞に向はれ其方<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>島は當年<ruby><rb>何歳</rb><rt>なんさい</rt></ruby>に成やと問るゝに吉兵衞ヘイ<ruby><rb>同人</rb><rt>どうにん</rt></ruby>は當年廿一歳に相成ますと申ければ越前守殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば同人左の<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>の方に<ruby><rb>古疵</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>の<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>はなかりしやと申さるゝを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>吉兵衞不<ruby><rb>審</rb><rt>しん</rt></ruby>に思ひ御<ruby><rb>意</rb><rt>い</rt></ruby>の如く<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の時<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>を致せしが其<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>が今に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>り在しを娘が人<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby>に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ると人々が申せしとて<ruby><rb>平常</rb><rt>つね</rt></ruby>に苦勞致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しが此度<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の死を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>ると云は云<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>たることと思はれ一しほ<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かは<ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby>存じ候と申立ければ大岡殿然すれば其方が娘の死骸は千<ruby><rb>住</rb><rt>ぢゆ</rt></ruby><ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby><ruby><rb>光明院</rb><rt>くわうみやうゐん</rt></ruby>に之<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>間彼の處へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>引取り<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り得させよと有て右兩所より<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出し<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申聞られしにより吉兵衞は其<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を聞より大いに驚き扨は娘島事は嘉川主税之助殿の手に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の<ruby><rb>最期</rb><rt>さいご</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>しに相違なし定めて彼の惡人の安間平左衞門めが<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>より出し事ならん思へば〱<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしきは主税之助殿<ruby><rb>主從</rb><rt>しうじう</rt></ruby>なりと或は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り或は歎き大聲上て泣居たるは如何にも氣の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なる有樣なり夫より下役人は<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>して吉兵衞を<ruby><rb>勞</rb><rt>いた</rt></ruby>はり爰を下らせしが大岡殿は早々右の趣きを<ruby><rb>老中</rb><rt>らうぢう</rt></ruby>方へ申立られ<ruby><rb>不日</rb><rt>ふじつ</rt></ruby><ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>に於て吟味有べきとの事なり

## 第十二回

<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>も<ruby><rb>判然</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>期</rb><rt>とき</rt></ruby>至れるかな<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は享保四年の二月に時の町奉行大岡越前守忠相殿住吉町吉兵衞の<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ出し一件<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>され老中方へ申立られ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り役人<ruby><rb>評議</rb><rt>ひやうぎ</rt></ruby>の上右關係の者共評定所へ呼び出され吟味あるべしと定まり尤も此度は<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より<ruby><rb>見込</rb><rt>みこみ</rt></ruby>の儀も<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>あるに付當日の吟味は越前守へ仰せ付られしにより<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>小普請</rb><rt>こぶしん</rt></ruby><ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>宮崎内記殿へ明九日<ruby><rb>支配下</rb><rt>しはいした</rt></ruby>嘉川主税之助并に同人家來安間平左衞門の兩人吟味<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>有に付<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>さるべき旨<ruby><rb>剪紙</rb><rt>きりがみ</rt></ruby>を以て達せられければ宮崎内記殿<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>承知致したりと有て<ruby><rb>即刻</rb><rt>そくこく</rt></ruby>此段嘉川主税之助并に<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>へ達せられし處翌九日親類山内三右衞門是は百俵五人<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>の<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>き御家人にて先平助の伯父なり同人并に<ruby><rb>小普請</rb><rt>こふしん</rt></ruby><ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>等<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>なし駕籠へ乘せて罷出評定所<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>に<ruby><rb>相控</rb><rt>あひひか</rt></ruby>へ御<ruby><rb>下知</rb><rt>げぢ</rt></ruby>を待れけるに今日は<ruby><rb>月並</rb><rt>つきなみ</rt></ruby>の評定日なれば<ruby><rb>士農工商</rb><rt>しのうこうしやう</rt></ruby><ruby><rb>儒者</rb><rt>じゆしや</rt></ruby><ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>或は<ruby><rb>順禮</rb><rt>じゆんれい</rt></ruby><ruby><rb>古手買</rb><rt>ふるてかひ</rt></ruby>追々に罷り出控へ居ける中役人<ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>家々の<ruby><rb>定</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>紋付たる<ruby><rb>筥挑灯</rb><rt>はこぢやうちん</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>てら</rt></ruby>し<ruby><rb>行列</rb><rt>ぎやうれつ</rt></ruby><ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しく出仕有に程なく夜も<ruby><rb>明渡</rb><rt>あけわた</rt></ruby>り役人方<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>はれしかば<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あつ</rt></ruby>て嘉川主税之助一件の者共<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>になり武家の分は玄關にて大小を受取<ruby><rb>屏風圍</rb><rt>びやうぶかこ</rt></ruby>ひの内へ<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へさせ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>平民の分は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りへ控へたり時に案内に隨ひ<ruby><rb>各自</rb><rt>おの〱</rt></ruby>吟味の席に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出れば白洲には雨<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>を高く<ruby><rb>掛渡</rb><rt>かけわた</rt></ruby>し御座敷<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby><ruby><rb>的歴</rb><rt>きらびやか</rt></ruby>なる事<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に目を驚かすばかりなり扨主税之助は<ruby><rb>入側</rb><rt>いりがは</rt></ruby>右の方に<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>なし引續きて附添の<ruby><rb>小普請</rb><rt>こぶしん</rt></ruby>組頭末座に親類石原文右衞門山内三右衞門<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>には<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>安間平左衞門罷出其<ruby><rb>有樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>憎々</rb><rt>にく〱</rt></ruby>しき面魂ひにて一<ruby><rb>癖</rb><rt>くせ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べき者と言ねど面に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れつゝ吟味を今やと相待<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>役人方の上席は老中井上河内守殿<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>大久保長門守殿石川近江守殿<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行黒田豐前守殿左の方には<ruby><rb>大目付</rb><rt>おほめつけ</rt></ruby>有馬出羽守殿<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>目付松浦與四郎殿其外評定所<ruby><rb>留役</rb><rt>とめやく</rt></ruby><ruby><rb>御徒士</rb><rt>おかち</rt></ruby><ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby><ruby><rb>小人</rb><rt>こひと</rt></ruby><ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby>に至るまで<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>して<ruby><rb>列座</rb><rt>れつざ</rt></ruby>あり此時大岡越前守殿掛り故直と<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を進まれければ<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby><ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>高々</rb><rt>たか〲</rt></ruby>と小普請組宮崎内記支配嘉川主税之助同人家來安間平左衞門と<ruby><rb>呼上</rb><rt>よびあげ</rt></ruby>る時各々一同に<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て越前守殿<ruby><rb>目安</rb><rt>めやす</rt></ruby>方に建部郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎兩人の口書をと申されければ<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を讀上たり因て大岡殿主税之助に向はれ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>承まはる通り伴佐十郎建部郷右衞門の兩人より申立たり<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>やと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければ主税之助首を上其の義は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人盜賊に相違御座無く候處<ruby><rb>己等</rb><rt>おのれら</rt></ruby>の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のがれ</rt></ruby>ん爲<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を申立候事と存じられ甚だ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なる者共に御座候先渠等兩人<ruby><rb>拙等方</rb><rt>せつしやかた</rt></ruby>に勤中も<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>有之候者共にて<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>某しを<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>んじ<ruby><rb>奇怪</rb><rt>きくわい</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に存じ居候と申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ越前守殿コレ主税之助<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>の<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に取所もなき事を申されては<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>と云に非ず先渠等が<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>事は<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に申され又渠等より申立たる<ruby><rb>條々</rb><rt>でう〱</rt></ruby>は<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby><ruby><rb>神速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に申開かるべしと申けるにぞ主税之助は<ruby><rb>元來</rb><rt>ぐわんらい</rt></ruby><ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby><ruby><rb>其身</rb><rt>そのみ</rt></ruby>の<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>ひ甚だ<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の事のみ<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>越前守殿の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>怕恐</rb><rt>おぢおそ</rt></ruby>れハツとさし支たる體を見て安間平左衞門は<ruby><rb>生得</rb><rt>しやうとく</rt></ruby><ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>ば主人の答を<ruby><rb>齒痒</rb><rt>はがゆ</rt></ruby>きことに思何とか口を利たき體に控居たり

## 第十三回

再び越前守殿主税之助に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ<ruby><rb>其許</rb><rt>そのもと</rt></ruby>は<ruby><rb>先代</rb><rt>せんだい</rt></ruby>平助の<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に相成し<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>平助は藤五郎藤三郎の兩人を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けしに付平助末期に藤五郎兄弟は家の<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすぢ</rt></ruby>故其許の養子となし<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>り呉候樣呉々遺言ありし時<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>ながら何故に藤五郎兄弟を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>し實子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に致されしやと尋ねられければ主税之助夫等の儀は<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>に候へども藤五郎は<ruby><rb>其躬</rb><rt>そのみ</rt></ruby><ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>にして<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>も聞入ず其上亂酒により一<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>は<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>の御苦勞にも<ruby><rb>係</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし者に付<ruby><rb>押籠</rb><rt>おしこめ</rt></ruby><ruby><rb>相廢</rb><rt>あひはいし</rt></ruby>候と<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>ければ越前守殿其は一應聞えたれども何故に藤五郎の<ruby><rb>食物</rb><rt>しよくもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>められしや又藤三郎は<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>なるを<ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>に<ruby><rb>折檻</rb><rt>せつかん</rt></ruby>致さるゝこと我子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎の爲に<ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あ</rt></ruby>しかりなんと思ひ<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兄弟を殺さすとの<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>なるや<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の惡心を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し我が子の爲と存ずる<ruby><rb>淺猿</rb><rt>あさまし</rt></ruby>き心<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>苦々</rb><rt>にが〱</rt></ruby>しき<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なり<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>淺果</rb><rt>あさはか</rt></ruby>なる惡事何として其身の<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みを遂ることなるべきや因て其許も<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>我身を<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みられよ<ruby><rb>古語</rb><rt>こご</rt></ruby>にも<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby><ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>たれば<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby><ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>たり<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby><ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>たらざれば<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby><ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>たらずと云に非ずや然る故に<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の如き家の<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>を<ruby><rb>引出</rb><rt>ひきいだ</rt></ruby>すなり<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>御邊の<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の金子<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>は伴佐十郎建部郷右衞門の兩人が<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby>しと云事<ruby><rb>確固</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>や是とても其身の惡事を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さんが爲に跡方もなき<ruby><rb>空言</rb><rt>そらごと</rt></ruby>を申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人に<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくめい</rt></ruby>を付る其許の巧み甚だ以て<ruby><rb>言語</rb><rt>ごんご</rt></ruby>に<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たり此儀辯解ありやサア如何に返答致されよと<ruby><rb>高聲</rb><rt>かうせい</rt></ruby>に申されたる有樣<ruby><rb>威權</rb><rt>ゐげん</rt></ruby><ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>ければ主税之助はハツと言て生膽を取れし如く色<ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し一言の答へも<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず其儘<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なしけるを大岡殿見られ心に此奴は大惡<ruby><rb>成</rb><rt>なれ</rt></ruby>共取に<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざる<ruby><rb>愚人</rb><rt>ぐにん</rt></ruby>なり然すれば是迄なしたる惡事は<ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く安間平左衞門の勸し業と察せられしかば平右衞門に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ主税之助<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>安間平左衞門とは其方の事かと申されたる其聲<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と骨身に答へしにや<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に<ruby><rb>不敵</rb><rt>ふてき</rt></ruby>の平左衞門もハツと平伏なしたる<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>甚だ恐れし樣子なり其時越前守殿<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに尋ねらるゝ樣其方は嘉川の屋敷へ何時頃より奉公住致せしやと申さるゝに平左衞門三ヶ年以前奉公住仕つり候と申ければ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば<ruby><rb>先主</rb><rt>せんしゆ</rt></ruby>は何方なるやと有に平左衞門先主人は京都に御座候と云へば大岡殿ナニ京都と申か其方の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>は京<ruby><rb>訛</rb><rt>なま</rt></ruby>り少しもなく關東言葉の樣に聞ゆるぞ<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て<ruby><rb>先主</rb><rt>せんしゆ</rt></ruby>の名前は何と申すぞと云はるゝに平左衞門は<ruby><rb>堂上方</rb><rt>だうじやうかた</rt></ruby>に奉公致し候と申しければ大岡殿<ruby><rb>堂上方</rb><rt>だうじやうかた</rt></ruby>に<ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby>せしと云ふか生國は何方にて<ruby><rb>武家</rb><rt>ぶけ</rt></ruby>か町人か百姓か<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せと云はるゝに平左衞門ヘイ決して<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りは申し上ず私し生國は相州なれ共京都へ參り<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>奉公仕つり<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>しと申立ればナニ生國は相州とな<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば大久保家の家中の者なるかと問るゝに平左衞門<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>樣には之無私し親は<ruby><rb>農人</rb><rt>のうにん</rt></ruby>に候が私し儀<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>より武道を好み候故<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>武家の奉公致し候と言ければ越前守殿<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ有體に申たり尤も其方が言はずとも汝が<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>は<ruby><rb>大概</rb><rt>おほかた</rt></ruby>知れたり此上は何事も<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず明白に申せ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>らば爲にならぬぞシテ農人の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>なれども<ruby><rb>武邊</rb><rt>ぶへん</rt></ruby>を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>むと申が其方親類に武家は有かと申さるゝに平左衞門<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>私し親類に武家は一人もなく候と申立れば越前守殿又主税之助に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>平左衞門を召<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へる<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>親類<ruby><rb>書</rb><rt>がき</rt></ruby>は何と有しや親類は町人百姓のみなりしか夫は町人百姓のみにても<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからざれども其請人は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>と申すが致したるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに主税之助答へて其節の<ruby><rb>奉公請</rb><rt>ほうこううけ</rt></ruby>は手前出入の<ruby><rb>多兵衞</rb><rt>たへゑ</rt></ruby>と申者に御座候と云ければ越前守殿其多兵衞と申者<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>は何を<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>に致居るやと有に主税之助多兵衞は渡り<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>を<ruby><rb>業</rb><rt>げふ</rt></ruby>と仕つり候と言へば所は何處にて<ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>は何と申やと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに住所は<ruby><rb>小柳</rb><rt>こやなぎ</rt></ruby>町一丁目にて<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>多兵衞と<ruby><rb>稱</rb><rt>となへ</rt></ruby>候と申を聞れ大岡殿ナニ<ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>は切首と申かと言れて主税之助ハツト<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>して是は甚だ<ruby><rb>惡敷</rb><rt>あしき</rt></ruby>事を言たりと思ひ心中大いに<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の景色にて否<ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby>は<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ申さずと云に大岡殿ナニ苗字は知らぬとや<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は又<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>千萬シテ平左衞門は始何役に<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へられしやと申さるれば主税之助<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>には用役を申付候と云ふを越前守殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>にては有まじ大身小身とも其家の用役と申は<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>い儀にて其上聞ば山口惣右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門などと申家付の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>もありし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>きなるに何用有て<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby>の家來を召抱へしや先代平助は御役を勤むる<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>より右三人の用役にて<ruby><rb>事足</rb><rt>ことたり</rt></ruby>たるを其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>の代に成て家來を<ruby><rb>殖</rb><rt>ふや</rt></ruby>せしは何か存じ寄にても有ての事なるや又山口惣右衞門は何故有て<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>申付られしや當時<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>三河</rb><rt>みかは</rt></ruby>町に浪宅を<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ居ども町役人などの申には至て<ruby><rb>手堅</rb><rt>てがた</rt></ruby>き者の由其上<ruby><rb>舊來</rb><rt>きうらい</rt></ruby>の家來と言<ruby><rb>老功</rb><rt>らうこう</rt></ruby>の者なれば萬事の取締りには<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからんに此儀は其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>の心得違ひを<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げる故ならんと有しに主税之助其儀は平助以來の家來共<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>不調法</rb><rt>ぶてうはふ</rt></ruby>も之あり又私し儀を<ruby><rb>輕蔑</rb><rt>ないがしろ</rt></ruby>に仕つる事法外にて誠に輕き者は致方之なく候間<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>申付候<ruby><rb>存寄</rb><rt>ぞんじより</rt></ruby>故<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>に家來を召抱へ候と云ば越前守殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>輕蔑</rb><rt>ないがしろ</rt></ruby>になすには有間じ是は正しき<ruby><rb>舊來</rb><rt>きうらい</rt></ruby>家付の家來に付其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>の<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>を<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>に及び<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>に成故ならん<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>空言</rb><rt>そらごと</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>て有體に申されよ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>に包み<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すとも大<ruby><rb>概</rb><rt>がい</rt></ruby>此方へ知れてあれば今更<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるは<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なきことなり又平左衞門其方の奉公<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>に立て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひたる<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>の多兵衞と申は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>樣成<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>あつて請人に成しやと申さるゝに平左衞門は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>な事を尋ねらるゝと思ひながら<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>多兵衞が弟の<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>と申京都智恩院に<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>を勤め<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>り候<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>私し儀は堂上方に<ruby><rb>勤仕</rb><rt>きんし</rt></ruby>の事故右願山と<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>出會仕つり至つて別懇に致せし其好身にて私し儀<ruby><rb>浪人後</rb><rt>らうにんご</rt></ruby>江戸表へ出多兵衞方の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>に相成候と申ければ越前守殿其願山と申者は今以て<ruby><rb>智恩院</rb><rt>ちおんゐん</rt></ruby>に居るや但し<ruby><rb>雲水</rb><rt>うんすゐ</rt></ruby>の身分なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに平左衞門<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>も當時は雲水の身分と相成兄多兵衞の方に來りて<ruby><rb>同居</rb><rt>どうきよ</rt></ruby>仕つり居り候と言しかば越前守殿<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と手を<ruby><rb>拍</rb><rt>うた</rt></ruby>れ夫にて<ruby><rb>概略</rb><rt>およそ</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>つたり<ruby><rb>先月</rb><rt>せんげつ</rt></ruby><ruby><rb>初旬</rb><rt>はじめ</rt></ruby>了源寺の<ruby><rb>所化</rb><rt>しよげ</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りたる坊主は<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく其の願山で有うと<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>其方の<ruby><rb>別懇</rb><rt>べつこん</rt></ruby>にする曲者ならん此儀は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと思ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>なき事を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられければ平左衞門は夫はと吃驚仰天なせし樣子なりしが<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の曲者なれば<ruby><rb>莞爾</rb><rt>くわんじ</rt></ruby>と笑是は〱思ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>なき御尋ね私し儀<ruby><rb>其儀</rb><rt>そのぎ</rt></ruby>は一向に存じ申さず候と然も知らぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に申けるにぞ越前守殿此體を見られ扨々<ruby><rb>此奴</rb><rt>こやつ</rt></ruby>めは餘程<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>の入たる曲者なりと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はれ否々汝如何樣に<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるとも此方には<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>したる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>あり其上<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ〱其方に聞事あり<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>島の事は何ぢや是も其方が一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>知らぬと申さば主税之助に<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>するぞ<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば其方は<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>と言れんにより<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>は惡黨だけに<ruby><rb>潔</rb><rt>いさぎ</rt></ruby>よく<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せよ假令此上如何程隱すとも主税之助始めの惡事を<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>奚</rb><rt>なん</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>すべきや然るに事を<ruby><rb>左右</rb><rt>さいう</rt></ruby>に寄せ彼是陳ずるは<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby>を知らぬと云者なり主人主税之助は惡人ながら又<ruby><rb>愚直</rb><rt>ぐちよく</rt></ruby>の處もあり其方は<ruby><rb>此期</rb><rt>このご</rt></ruby>に及でも<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ運の<ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>たるとは思ずや此越前守が見る處<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>なる惡黨成れど一度<ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby>もせし身なればサア<ruby><rb>武士</rb><rt>ぶし</rt></ruby>らしく白状なし名を<ruby><rb>潔</rb><rt>きよ</rt></ruby>くせよと申されければ平左衞門は<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby>に偖々音に聞えし<ruby><rb>名奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>だけありて<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>も<ruby><rb>天眼通</rb><rt>てんがんつう</rt></ruby>を得られし如き<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>アラ恐しき<ruby><rb>器量哉</rb><rt>きりやうかな</rt></ruby>と暫時默止て居たりけり

## 第十四回

斯て<ruby><rb>天眼通</rb><rt>てんがんつう</rt></ruby>を得たる大岡殿が<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>の吟味にさしも<ruby><rb>強惡</rb><rt>きやうあく</rt></ruby>の平左衞門一言の答へもならず心中<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>して居たりしかば越前守殿<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>もあるべしと思はれ<ruby><rb>乃至</rb><rt>よしや</rt></ruby>其方此上<ruby><rb>富婁那</rb><rt>ふるな</rt></ruby>の<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>を振つて何程申掠るとも島が一條に付ては<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>あり本月<ruby><rb>朔日</rb><rt>ついたち</rt></ruby>千住燒場へ島の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を置捨に致したる事相違是有まじ又た千住光明院淺草了源寺より訴へ出し<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>もあり右等を只今<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>すべし主税之助諸共<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れよと申さるゝ<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>の下より<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby>役人書面を讀上げる

光明院檢使願書面<ruby><rb>本件</rb><rt>ほんけん</rt></ruby>第十一回目に<ruby><rb>記載</rb><rt>かきのせ</rt></ruby>有に付茲に<ruby><rb>除</rb><rt>のぞ</rt></ruby>く依て其回と見合せ讀給へ

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby><ruby><rb>書取</rb><rt>かきとり</rt></ruby>の<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>し

<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby><ruby><rb>同斷</rb><rt>どうだん</rt></ruby>

淺草了源寺よりの<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>

<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby><ruby><rb>同斷</rb><rt>どうだん</rt></ruby>

越前守殿コリヤ平左衞門何と<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の屆書是有る上は<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>主税之助と申合<ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>して其死骸を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さん爲淺草了源寺よりの<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りなりと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを構へ其<ruby><rb>手段</rb><rt>てだて</rt></ruby>をせし所光明院にて<ruby><rb>差拒</rb><rt>さしこば</rt></ruby>みし故彼處へ<ruby><rb>棺桶</rb><rt>くわんをけ</rt></ruby>を置捨に致たるに相違有まじ<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>の親住吉町吉兵衞よりの<ruby><rb>歎願書</rb><rt>たんぐわんしよ</rt></ruby>も是あり<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>も序に讀聞せよと云るゝに又々<ruby><rb>目安方</rb><rt>めやすかた</rt></ruby>の者右の<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあげ</rt></ruby>る

住吉町吉兵衞願書は<ruby><rb>本件</rb><rt>ほんけん</rt></ruby>第十一回目に<ruby><rb>記載</rb><rt>かきのせ</rt></ruby>之あるに付<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>除</rb><rt>のぞ</rt></ruby>く因て其回と見合せ讀給へ

<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て平左衞門は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>心中に驚くと雖も<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も其の色を見せず<ruby><rb>默止</rb><rt>もくし</rt></ruby>て居たりしかば大岡殿少し<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を張上られコリヤ平左衞門<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>まで主税之助が爲せし<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>は皆汝が<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めし處ならん<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し汝程の<ruby><rb>惡才</rb><rt>あくさい</rt></ruby>有者が何故又島が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の始末は<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>淺果</rb><rt>あさはか</rt></ruby>なる工夫をなして<ruby><rb>置捨</rb><rt>おきすて</rt></ruby>に致したるやと申されければ平左衞門此ことを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>る上は<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て我が身の罪だけも<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと忽ち<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らし<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながらと首を上御意の如く誠に<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>遁難</rb><rt>のがれがた</rt></ruby>きものにして島が死骸取隱し方<ruby><rb>淺果</rb><rt>あさはか</rt></ruby>なりとの<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ此平左衞門<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>に取何程か<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しきことに御座候<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に付ては種々申上度儀御座候へども其事<ruby><rb>詳</rb><rt>つまび</rt></ruby>らかに申上る<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は主人の惡事に御座候尤も斯成行し上は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず罪は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず私しへ<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ下され候へば有難く存じ奉つり候と<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みに申立ければ此時大岡殿<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>此場の<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>を見て又<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>を設けしよなと思はれけれども態と<ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>れざる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて成程罪は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず其身に引受度と申事<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>の申條なれども主税之助が科は最早<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るべき道なし依て<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の儀なりとも<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み隱すは却て<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の至りなり<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状して罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>すべしと有に平左衞門<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby>にしめたりと思ひ<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の如く主人の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>を申上なば臣たるの道を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ふのみならず我が身の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れん爲の樣に<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>の程恐入り候間<ruby><rb>差控</rb><rt>さしひか</rt></ruby>へ候へども右樣御尋ねに付<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申上候はん私し儀三年以前<ruby><rb>當</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>に<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へられ候節<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は中小姓を相勤候處夫より<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>られ用人に相成候後<ruby><rb>先代</rb><rt>せんだい</rt></ruby>よりの<ruby><rb>古老</rb><rt>こらう</rt></ruby>たる山口惣右衞門に<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を申付られ候然れどもいまだ先代よりの<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門と申者御座候を<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>共に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>私しめに<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>用事申付られ餘り<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>の宜き故<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずと存じ居候處<ruby><rb>或夜</rb><rt>あるよ</rt></ruby>主人儀私しを<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>かれ人々を拂つて申されけるは藤五郎藤三郎の<ruby><rb>兩人</rb><rt>りやうにん</rt></ruby>を<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>樣にも致し<ruby><rb>無者</rb><rt>なきもの</rt></ruby>にして我が子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>り度思ふにより力を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>る樣にとの<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みに付我が子の<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふは凡夫の<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>とは申ながら<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は斯る巧みの有故に私し儀を<ruby><rb>斯迄</rb><rt>かくまで</rt></ruby>に取立し事やと存じ<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>は仕つり候へども萬一<ruby><rb>荒立</rb><rt>あらだて</rt></ruby>に成らんかと心を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>め其後機を見合せ<ruby><rb>意見</rb><rt>いけん</rt></ruby>致し候へども<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>以て用いひまじき<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>に付兎に角事を永く延す中には又致し方も有べしと<ruby><rb>内外</rb><rt>ないぐわい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>の體に<ruby><rb>待</rb><rt>もて</rt></ruby>なし先主人の氣に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>ふ樣に致し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>其中には<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人と<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>の上猶又主人を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め申さんと存じ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>心を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>き居しに<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人の者は却て私しを疑ひ夫よりして<ruby><rb>傍輩</rb><rt>はうばい</rt></ruby>中も自然と宜からず<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>候へども<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>渠等兩人へ<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの本心を顯し<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>を見せて篤と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>せんと思ふ中<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門兩人は藤五郎藤三郎を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出し候<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は渠等兩人も主人の<ruby><rb>惡意</rb><rt>あくい</rt></ruby>を<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>しけれるにや兄弟を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み出しうへ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出る<ruby><rb>存念</rb><rt>ぞんねん</rt></ruby>と心付南無三寶是は<ruby><rb>逸</rb><rt>はや</rt></ruby>りたることをなし<ruby><rb>公邊</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ御苦勞を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>なば兄弟の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>は<ruby><rb>助</rb><rt>たすか</rt></ruby>る共嘉川の家は<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつばう</rt></ruby>ならんにより此上は最早是非もなし心に<ruby><rb>染</rb><rt>そま</rt></ruby>ぬ事なれ共<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門ら兩人を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し<ruby><rb>主家</rb><rt>しゆか</rt></ruby>の滅亡を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はんと<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>愚案</rb><rt>ぐあん</rt></ruby>を以て主人の<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の金百兩<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>せしこと申立て候是は<ruby><rb>跡方</rb><rt>あとかた</rt></ruby>なき<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りに候へ共右樣申立るに於ては御上にても<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎郷右衞門の兩人に<ruby><rb>疑</rb><rt>うた</rt></ruby>がひ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんにより藤五郎<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>を盜み出せしは己等が罪を<ruby><rb>遁</rb><rt>のがれ</rt></ruby>ん爲<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>ごかしに爲せし儀と申立一旦の<ruby><rb>主恩</rb><rt>しゆおん</rt></ruby>を<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>い候心得に御座候ひし又島の事も然の通り主人の申付に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ殺して<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまう</rt></ruby>は<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>けれども<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は女に<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なき<ruby><rb>忠節者</rb><rt>ちうせつもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て命ばかりも救ひ得させんと種々に主人を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め候て一先<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby><ruby><rb>押込</rb><rt>おしこめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たすけ</rt></ruby>候半んと存ぜし中相役の立花左仲と申者竊に<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>と申合せ<ruby><rb>絞殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し其儀に付右等の儀は全く<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にて<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はりたる<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>ゆゑ萬事の儀ども<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>仕つりて候と申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>けるを<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より主税之助は聞居たりしが<ruby><rb>耐</rb><rt>こら</rt></ruby>へ兼<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れ平左衞門今となりて然樣なる儀を<ruby><rb>口賢</rb><rt>くちかしこ</rt></ruby>くも申が<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の事は皆其方の<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めしに非ずや然すれば<ruby><rb>此惡事</rb><rt>このあくじ</rt></ruby>の元は其方なり夫を都合よきやうに申さば<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>言事</rb><rt>いふこと</rt></ruby><ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>有と申に平左衞門<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ是は<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の事を仰せらるゝ物かなと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>をナニ<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>とは其方の事なりと<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふ時大岡殿コリヤ兩人<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>と聲を掛られ平左衞門は此方<ruby><rb>吟味中</rb><rt>ぎんみちう</rt></ruby>なり主税之助<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へませいシテ平左衞門<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>は<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひの外なる<ruby><rb>忠臣者</rb><rt>ちうしんもの</rt></ruby>ぢや然すれば其方に<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>は有ども又其方を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>むべきに非ず<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>其後</rb><rt>そのあと</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやと云るゝに平左衞門其御沙汰は恐入候何事も皆私し儀全く<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>かざる故成ば<ruby><rb>何處迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>も私し儀<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>り候と然も<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>らしく申ければ大岡殿<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>平左衞門其方が惡事は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夫迄</rb><rt>それまで</rt></ruby>なるか<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>申儀が<ruby><rb>澤山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>有んサア<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや今少申立ぬか其方が申し立てねば此方より<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>ることありと申されければ平左衞門は<ruby><rb>底氣味</rb><rt>そこきみ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く答へも<ruby><rb>發規</rb><rt>はき</rt></ruby>と<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>ざりけり

## 第十五回

斯て大岡殿は安間平左衞門を種々に<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されける所さしも世に<ruby><rb>轟</rb><rt>とゞろ</rt></ruby>く<ruby><rb>明奉行</rb><rt>めいぶぎやう</rt></ruby>の吟味故<ruby><rb>其言葉</rb><rt>そのことば</rt></ruby><ruby><rb>肺肝</rb><rt>はいかん</rt></ruby>を<ruby><rb>見透</rb><rt>みすか</rt></ruby>す如くにて<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の平左衞門も申掠る事能はずと雖も<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>に<ruby><rb>長</rb><rt>たけ</rt></ruby>たる<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>忽</rb><rt>たち</rt></ruby>まち答への趣意を變じて其身の<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと胸中に<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み<ruby><rb>佞辯</rb><rt>ねいべん</rt></ruby>を<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひけるを大岡殿は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も心長く聞居られければ平左衞門は十分に<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>を<ruby><rb>逞</rb><rt>たく</rt></ruby>ましうし主税之助の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>を其の身に<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>主人を救ふ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に見せ掛兎角私しの不調法故<ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby>は私しを如何樣にも<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ主人儀は何卒<ruby><rb>御仁惠</rb><rt>ごじんけい</rt></ruby>の御沙汰願ひ奉つると申立けるに大岡殿<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>はれコレ平左衞門其方の申處至つて<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>の樣に<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>ゆるなり<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら爰に少し<ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>せぬことが有ぞ其は住吉町吉兵衞の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>が<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されぬ以前<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>せしと見えて渠が遺書あり其<ruby><rb>文言</rb><rt>もんごん</rt></ruby>を<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに彼の<ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>は其方を<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶ</rt></ruby><ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>がりし樣子なり此儀は何ぢやと申さるゝに平左衞門<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>ナニ別て<ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>がりしと申事は<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>なき筈に候と云へば大岡殿<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せよと有る時目安方彼の<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を<ruby><rb>讀上</rb><rt>よみあげ</rt></ruby>る

<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby><ruby><rb>文言</rb><rt>もんごん</rt></ruby>本件第十一回目に記載あり其回と<ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>せ讀給べし

越前守殿<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや平左衞門<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>にても島を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ふ心なりしやと申されけるを平左衞門は<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>せず仰には候へども<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し儀主人の前を<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>り表向は島を<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>したるゆゑ島は女心に私しを實に恐ろしき者と存ぜしと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はれ候と申を大岡殿<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>汝は種々に<ruby><rb>言掠</rb><rt>いひかす</rt></ruby>むると雖も<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の<ruby><rb>前後</rb><rt>ぜんご</rt></ruby>皆符合せず其島は女にこそあれ汝も申通り<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>の<ruby><rb>忠節者</rb><rt>ちうせつもの</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>其利發</rb><rt>そのりはつ</rt></ruby>なる事は男も及ぶまじ然すれば其方が主人の手前を憚りて島を<ruby><rb>強面</rb><rt>つれなく</rt></ruby>せし事を<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby><ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>らざるものあるべきや<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るを渠が<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>るゝは<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く其方が<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>ある事疑ひなし何樣に<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>の辯を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>ふ共此越前守が<ruby><rb>眼力</rb><rt>がんりき</rt></ruby>にて<ruby><rb>見拔</rb><rt>みぬき</rt></ruby>たるに相違なし無益の舌の<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby><ruby><rb>動</rb><rt>うごか</rt></ruby>さずともサア<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状せよと申さるゝに平左衞門コハ<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なき事を伺ひ候もの哉私し儀聊かも<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>らず主人の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>を身に<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきう</rt></ruby>けん事を願ひし處却て右樣の御疑ひを蒙る<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り殘念なりと云はせも<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>ず大岡殿<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に默止れ平左衞門汝未だも<ruby><rb>奸智</rb><rt>かんち</rt></ruby>の<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>を以て公儀を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かんとするか其儀越前守は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より承知なり<ruby><rb>加之</rb><rt>しかのみ</rt></ruby>ならず問に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の惡事を申立る段<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>の<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>奚ぞ斯る<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>あるべきや茲な<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby>め<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>引下</rb><rt>ひきおろ</rt></ruby>せと下知の下より<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち平左衞門を<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>より下へ引下し高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めたり然ば<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の平左衞門も大岡殿の<ruby><rb>烈敷</rb><rt>はげしき</rt></ruby><ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に一句も出ず<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>に及ぶぞ心地よし<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>大岡殿は<ruby><rb>老中方</rb><rt>らうぢうかた</rt></ruby>に向はれ主税之助并に<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>平左衞門儀<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>吟味仕つり候通り是迄の惡事相違御座なくにより<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>主税之助儀は<ruby><rb>他家</rb><rt>たけ</rt></ruby>へ御預け仰せ付られ追ては<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>然るべきやと申し述られければ老中方にも<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>との事にて大岡殿吟味の致され<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>あり夫より<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>へ評議中主税之助は<ruby><rb>御小人</rb><rt>おこびと</rt></ruby><ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby><ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>に及び<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を下りて<ruby><rb>屏風</rb><rt>びやうぶ</rt></ruby>のうちへ<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>平左衞門は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申渡されしが主税之助儀は<ruby><rb>交代</rb><rt>かうたい</rt></ruby><ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby>生駒大内藏へ御預けと<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>まりたり此生駒家の<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>は<ruby><rb>讃州</rb><rt>さんしう</rt></ruby><ruby><rb>丸龜</rb><rt>まるがめ</rt></ruby>の<ruby><rb>城主</rb><rt>じやうしゆ</rt></ruby>にして高十八萬石を<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby>し<ruby><rb>豐臣家</rb><rt>とよとみけ</rt></ruby>の御代には老中の一人にして生駒雅樂頭と號し<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>武功</rb><rt>ぶこう</rt></ruby>の<ruby><rb>家柄</rb><rt>いへがら</rt></ruby>なり其後徳川家に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ四代目にして家中に<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>り既に家名<ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>すべきの處親類藤堂和泉守殿歎願により羽州由利郡矢島に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て高八千石を賜り<ruby><rb>交代</rb><rt>かうたい</rt></ruby>寄合に成され屋敷は下谷竹町にて<ruby><rb>拜領</rb><rt>はいりやう</rt></ruby>致れたり<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の家柄故此度主税之助を御預けなさるゝ<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>老中井上河内守殿より<ruby><rb>奉書</rb><rt>ほうしよ</rt></ruby>を以て達せられしかば生駒家に於て<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>に及びお預かり者<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>として差出す家來左の如し

<ruby><rb>騎馬</rb><rt>きば</rt></ruby>　　　　　　　一人　　　　　　　　　　　　士分　　　　　　　五人

<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>　　　　　　　十人　　　　　　　　　　　　<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>　　　　　　　一挺

<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>に因て生駒家々來より<ruby><rb>奉書</rb><rt>ほうしよ</rt></ruby>の請書一<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>評定所へ<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>す

<ruby><rb>御奉書</rb><rt>ごほうしよ</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>仕つり候御預りの者有之候由<ruby><rb>別紙</rb><rt>べつし</rt></ruby>御書付の<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby><ruby><rb>家來共</rb><rt>けらいども</rt></ruby>評定所迄爲請取差出し申候<ruby><rb>恐惶謹言</rb><rt>きようくわうきんげん</rt></ruby>

二月十九日生駒大内藏

<ruby><rb>太田</rb><rt>おほた</rt></ruby>備中守殿

<ruby><rb>井上</rb><rt>ゐのうへ</rt></ruby>河内守殿

<ruby><rb>松平</rb><rt>まつだひら</rt></ruby>右京太夫殿

<ruby><rb>本多</rb><rt>ほんだ</rt></ruby>伊豫守殿

斯て生駒家の家來は評定所の<ruby><rb>門前</rb><rt>もんぜん</rt></ruby>に控居て御下知を<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>ける時に<ruby><rb>御徒目付</rb><rt>おかちめつけ</rt></ruby>青山三右衞門玄關に立出て生駒家より<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>しの<ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby><ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひたるやとの<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>にハツと<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて<ruby><rb>同家</rb><rt>どうけ</rt></ruby>の<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby>金子忠右衞門同留守居役加川新右衞門の兩人罷り出<ruby><rb>御達</rb><rt>おんたつ</rt></ruby>し通り人數相揃ひ<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ罷り在候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へければ青山三右衞門玄關番に<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>なし然らば<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>各々方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>へ控有べしと<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>評定所の座敷に<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居たりけり

## 第十六回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も生駒家の<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby>留守居等は<ruby><rb>玄關脇</rb><rt>げんくわんわき</rt></ruby>の座敷に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居けるに<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>有て御徒目付青山三右衞門再び出立迎の<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>に<ruby><rb>締</rb><rt>しま</rt></ruby>りの儀御心得有べきやと云へば<ruby><rb>金子</rb><rt>かねこ</rt></ruby>忠右衞門加川新右衞門の兩人<ruby><rb>御念</rb><rt>ごねん</rt></ruby>の入たる御尋ね<ruby><rb>締</rb><rt>しま</rt></ruby>りの儀は<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>に及ばざる旨御書付に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ錠は付申さず候へども<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は人數別段<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>仕つり候と<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へ<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>する中夜に入り御徒目付御小人目付案内にて嘉川主税之助を<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>に送り出せしかば生駒家の<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby>金子忠右衞門玄關に<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>今日<ruby><rb>嚴命</rb><rt>げんめい</rt></ruby>に因て主人生駒<ruby><rb>大内藏</rb><rt>おほくら</rt></ruby>へ貴君樣を御預け相成しに付御迎へとして用人金子忠右衞門<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>加川新右衞門<ruby><rb>參向</rb><rt>さんかう</rt></ruby>仕つり候と云へば主税之助は<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>して是は〱<ruby><rb>御大儀</rb><rt>ごたいぎ</rt></ruby><ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しこそ嘉川主税之助なり<ruby><rb>以後</rb><rt>いご</rt></ruby>何かと御世話に相成ん<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しく御頼み申すと言ひながら則ち<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>に<ruby><rb>乘移</rb><rt>のりうつ</rt></ruby>るに生駒家の<ruby><rb>人數</rb><rt>にんず</rt></ruby>前後を<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めて引取りけり夫より役人方一同<ruby><rb>退散</rb><rt>たいさん</rt></ruby>に付大岡殿も評定所より<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>され即刻定廻り<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れて小柳町一丁目に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>致す切首多兵衞并に同居の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>願山と申す<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>べしと有りければ<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候とて同心は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>其夜小柳町近邊に到り能々<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>すに幸ひ此夜多兵衞願山共<ruby><rb>居宅</rb><rt>きよたく</rt></ruby>に在て<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>共を<ruby><rb>集</rb><rt>あつ</rt></ruby>め大博奕を始め居たり多兵衞は<ruby><rb>廣袖</rb><rt>ひろそで</rt></ruby>の小袖を着し三ツ<ruby><rb>布團</rb><rt>ぶとん</rt></ruby>の上に<ruby><rb>大安坐</rb><rt>おほあぐら</rt></ruby>をかきて<ruby><rb>貸元</rb><rt>かしもと</rt></ruby>をなし願山<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>は向鉢卷にて壺を振宵より<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>車座</rb><rt>くるまざ</rt></ruby>に<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>び互に<ruby><rb>勝負</rb><rt>しようぶ</rt></ruby>を<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひしが一座の中に<ruby><rb>目玉</rb><rt>めだま</rt></ruby>の八と云ふ惡者は<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>大いに仕合せ<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く一文なしに<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>て<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>しかば貸元の多兵衞に向ひコレ親分<ruby><rb>資本</rb><rt>たね</rt></ruby>を<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>て呉れ餘り<ruby><rb>敗軍</rb><rt>はいぐん</rt></ruby>せしと云へば多兵衞は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>が二貫や三貫の<ruby><rb>端錢</rb><rt>はしたぜに</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>たとて大敗軍も<ruby><rb>無</rb><rt>ねへ</rt></ruby>もんだ其樣な<ruby><rb>少量</rb><rt>けち</rt></ruby>な事を聞<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>は<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>へ此馬鹿八めと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るにぞ目玉の八は<ruby><rb>負腹</rb><rt>まけばら</rt></ruby>にて心地宜らぬ<ruby><rb>折柄</rb><rt>をりから</rt></ruby>故大いに<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>ナニ馬鹿八だと此拔作め口の横に<ruby><rb>裂</rb><rt>さけ</rt></ruby>た<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に餘り大造を<ruby><rb>吐露</rb><rt>ぬかす</rt></ruby>な<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>だ才六めだ錢を貸す<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>ぬは<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も汝の口から馬鹿八とは何のことだ今<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>ぬか</rt></ruby>したら<ruby><rb>腮骨</rb><rt>あごぼね</rt></ruby>を<ruby><rb>蹴放</rb><rt>けはな</rt></ruby>すぞ誰だと思ふ<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>もねへと云へば<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>は眼を<ruby><rb>剥</rb><rt>むき</rt></ruby>出し大音に<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せて置ば<ruby><rb>方￼</rb><rt>はうづ</rt></ruby>がないびんしやんとすると<ruby><rb>張倒</rb><rt>はりたふ</rt></ruby>すぞと<ruby><rb>敦圉</rb><rt>いきまき</rt></ruby>切つて<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るをナンダ張倒すイヤ置て呉れ汝等に張倒されてお<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>り<ruby><rb>飜</rb><rt>こぼ</rt></ruby>しか有るものか<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>な<ruby><rb>強曝</rb><rt>がうさら</rt></ruby>しめと互に口から<ruby><rb>出放題</rb><rt>ではうだい</rt></ruby>に惡口を吐散せしが多兵衞は<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>直立</rb><rt>つゝたち</rt></ruby>さま茲な馬鹿八めと既に<ruby><rb>飛掛</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>らんと<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>るを目玉も同く立上り<ruby><rb>小癪</rb><rt>こしやく</rt></ruby>な<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>汝がと打て<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>れば此方も<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>ず<ruby><rb>仲間喧嘩</rb><rt>なかまげんくわ</rt></ruby>のどツたばた<ruby><rb>燭臺</rb><rt>しよくだい</rt></ruby>を踏倒すやら煙草盆を蹴飛すやら打つ<ruby><rb>擲</rb><rt>うた</rt></ruby>れつ<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>は四邊も<ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>の<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>上を下へと<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>しけり斯る<ruby><rb>騷</rb><rt>さわぎ</rt></ruby>を見濟して捕手の役人聲々に上意々々と<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこむ</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共は是を聞コリヤ<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らぬと一<ruby><rb>目驂</rb><rt>もくさん</rt></ruby><ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>を幸ひ<ruby><rb>這</rb><rt>はう</rt></ruby>々に後をも見ずして<ruby><rb>逃去</rb><rt>にげさり</rt></ruby>けり役人は外の者に<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなく<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に多兵衞願山の兩人を<ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めつゝ夫より家内を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて町内へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け兩人を引立歸り其夜は<ruby><rb>假牢</rb><rt>かりらう</rt></ruby>に入置<ruby><rb>其段</rb><rt>そのだん</rt></ruby>越前守殿へ申立しかば越前守殿には右翌日に至り<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て<ruby><rb>揚屋</rb><rt>あがりや</rt></ruby>へ<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおか</rt></ruby>れたる郷右衞門<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の兩人を出され御吟味中嘉川平助<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>山内三右衞門へ御<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>を申付られたり此三右衞門は<ruby><rb>小身</rb><rt>せうしん</rt></ruby>の上至て<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>の處へ<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>とも都合四人の口故日々の<ruby><rb>賄</rb><rt>まかな</rt></ruby>ひに甚だ<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>致しけるを須田町の七右衞門は聞及び<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>三右衞門の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ來りて<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>くれと<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby><ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をなしけるゆゑ三右衞門は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ七右衞門の<ruby><rb>氣性</rb><rt>きしやう</rt></ruby>を<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びける

## 第十七回

<ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>かにして<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby>の賞罰有りと然れば切首の多兵衞<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby><ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>多年の<ruby><rb>積惡</rb><rt>せきあく</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難く<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>四年二月十二日大岡殿の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に引出さるゝに多兵衞は今年三十六歳<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>願山は三十二歳なり大岡殿<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>切首の多兵衞を<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れコリヤ多兵衞其方の<ruby><rb>異名</rb><rt>いみやう</rt></ruby>を切首と申す由<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>は何故に<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の名を付て置にやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに多兵衞は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら私し儀<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>の如く<ruby><rb>此首筋</rb><rt>このくびすぢ</rt></ruby>から脊へ掛けて<ruby><rb>切込</rb><rt>きりこま</rt></ruby>れし疵が御座るゆゑ人<ruby><rb>呼</rb><rt>よん</rt></ruby>で<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>を切首と申候と云ければ大岡殿見られて成程<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby>には大きなる<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>が見える其疵は又<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して付られしぞ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さずに申せと云れければ多兵衞はナニ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しませう此疵は一昨年の<ruby><rb>夏中</rb><rt>なつぢう</rt></ruby><ruby><rb>供先</rb><rt>ともさき</rt></ruby>にて<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>御座候節陸尺の七右衞門と申者に<ruby><rb>切</rb><rt>きら</rt></ruby>れ<ruby><rb>此通</rb><rt>このとほ</rt></ruby>りの疵に相成しと申ければナニ供先の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>で切れ夫故其疵に成たるとな<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>の事なるやと有に多兵衞それは<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二年の夏五月<ruby><rb>端午</rb><rt>たんご</rt></ruby>の<ruby><rb>式日</rb><rt>しきじつ</rt></ruby>私し出入<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>嘉川主税之助樣親類中へ<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>に<ruby><rb>廻勤</rb><rt>くわいきん</rt></ruby>致され候故私し<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>を仕つり神田明神下にて小川町の五千石取の太田彦十郎樣に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>しまゝ互ひに<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>の者双方の名前を呼上<ruby><rb>行違</rb><rt>ゆきちが</rt></ruby>ひ候節嘉川家の供頭が御<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>戸</rb><rt>と</rt></ruby>を<ruby><rb>引外</rb><rt>ひきはづ</rt></ruby>し<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>廻るを見て太田樣の陸尺共が<ruby><rb>聲々</rb><rt>こゑ〲</rt></ruby>に此土百姓の<ruby><rb>大馬鹿者</rb><rt>おほばかもの</rt></ruby>め戸の<ruby><rb>明建</rb><rt>あけたて</rt></ruby>も知らぬか知らすば<ruby><rb>教</rb><rt>をしへ</rt></ruby>て遣ふ<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>に來いと<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に惡口致候ゆゑ嘉川樣の事に付此多兵衞めも<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>進寄</rb><rt>すゝみより</rt></ruby>つひ<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby><ruby><rb>二言</rb><rt>ふたこと</rt></ruby><ruby><rb>々爭</rb><rt>いひあらそ</rt></ruby>ひし中双方<ruby><rb>錆刀</rb><rt>さびがたな</rt></ruby>を引き拔切合處に太田樣の方には中<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby><ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>などにも<ruby><rb>手利</rb><rt>てきゝ</rt></ruby>の者之あり其上<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の七右衞門は<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby>もありて<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き候然るに嘉川樣の方には中<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby><ruby><rb>孕石</rb><rt>はらみいし</rt></ruby>源兵衞<ruby><rb>安井</rb><rt>やすゐ</rt></ruby>伊兵衞を始め私し并びに<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby><ruby><rb>中間迄</rb><rt>ちうげんまで</rt></ruby><ruby><rb>必死</rb><rt>ひつし</rt></ruby>になりて戰ひし故一時は太田樣の方<ruby><rb>引色</rb><rt>ひきいろ</rt></ruby>に相成候然るに太田樣の<ruby><rb>陸尺共</rb><rt>ろくしやくども</rt></ruby><ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>此多兵衞に<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>あり其故は<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>七右衞門と申者元嘉川家の陸尺<ruby><rb>頭</rb><rt>がしら</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め居たりしに今の主税之助樣の<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>になりし<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>陸尺の出入を取替られし時私し口入仕つり<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>より入込ませ<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の七右衞門は出入を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>られ申候此<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>み有るに因つて此日の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>を幸ひに<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の七右衞門<ruby><rb>惡口雜言</rb><rt>あくこうざふごん</rt></ruby>を申し其上太田樣の者共此多兵衞の働きにて引色になりたるを七右衞門大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>雷</rb><rt>らい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>喚</rb><rt>おめ</rt></ruby>いて<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち嘉川樣の者共を<ruby><rb>追返</rb><rt>おひかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>にも私しを目掛けて<ruby><rb>追來</rb><rt>おひきた</rt></ruby>り<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろより大<ruby><rb>袈裟</rb><rt>げさ</rt></ruby>に切り付申候是に<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby>て嘉川家の者ども<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に逃退き<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く喧嘩も鎭り屋敷へ歸りし後此事<ruby><rb>内濟</rb><rt>ないさい</rt></ruby>にて<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たり然れ共私し儀首筋より<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>へ<ruby><rb>掛</rb><rt>か</rt></ruby>けて<ruby><rb>大疵</rb><rt>おほきず</rt></ruby>あるに付其時より異名を<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>と人々申候と少しく<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>がてらに<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>と申ければ大岡殿成程其<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>もある故陸尺の七右衞門は<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の一件に世話を致して<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>ると見ゆる<ruby><rb>先</rb><rt>ま</rt></ruby>づ夫は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も多兵衞汝が世話で嘉川家へ<ruby><rb>奉公住</rb><rt>ほうこうずみ</rt></ruby>致せし<ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>平左衞門と申者は其方<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て請人になりしやと尋ねらるゝに多兵衞其の<ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>平左衞門儀は私しの<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>願山の懇意にせし<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>は仕り候と云へば大岡殿然らば其方<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>の願山儀は以前京都<ruby><rb>智恩院</rb><rt>ちおんゐん</rt></ruby>の<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>なりしかと申さるゝに多兵衞<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>でも御座りませぬ然らば<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢやヘイ弟願山儀は江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>の<ruby><rb>寺</rb><rt>てら</rt></ruby>にて<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>致せしと申すを大岡殿ナニ江戸表の寺ぢや江戸表とばかりでは一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らず何と申寺なるや<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと云れけり

## 第十八回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も大岡殿は多兵衞の<ruby><rb>異名</rb><rt>いみやう</rt></ruby><ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられし處多兵衞は少しく<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>り<ruby><rb>面</rb><rt>がほ</rt></ruby>に喧嘩の次第まで<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申立しにより<ruby><rb>其物語</rb><rt>そのものがた</rt></ruby>りの<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>廉々</rb><rt>かど〱</rt></ruby>此節の一件に思ひ當りしことなど有ける<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>となしに長々と多兵衞の申を聞居られしが<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が弟願山の事に<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>び江戸表の<ruby><rb>寺</rb><rt>てら</rt></ruby>は何方の<ruby><rb>徒弟</rb><rt>とてい</rt></ruby>なるやと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるゝに至りて多兵衞はハツと心付<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>いに<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>し<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を越前守殿は<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも見て<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>られ何ぢや多兵衞云へぬか云へまい其寺は淺草<ruby><rb>阿部川町</rb><rt>あべかはちやう</rt></ruby><ruby><rb>了源寺</rb><rt>れうげんじ</rt></ruby>であらうコリヤ多兵衞先達て了源寺の<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>と爲り<ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby><ruby><rb>切手</rb><rt>きつて</rt></ruby>を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>なし島の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を千住の燒場光明院へ<ruby><rb>持込</rb><rt>もちこみ</rt></ruby><ruby><rb>棺桶</rb><rt>くわんをけ</rt></ruby>を其處へ<ruby><rb>置捨</rb><rt>おきすて</rt></ruby>にして<ruby><rb>逃失</rb><rt>にげうせ</rt></ruby>し由又其時檀家と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りたる者も三人是有る趣き兩寺より訴へ出しなり其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>のことは其方も其一人ならん此事有體に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せよ萬一<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し立なさば<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく申付方有ぞと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れしかば多兵衞は大岡殿の<ruby><rb>威權</rb><rt>ゐけん</rt></ruby>に<ruby><rb>呑</rb><rt>のま</rt></ruby>れわな〱<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>ながら心中に<ruby><rb>想</rb><rt>おも</rt></ruby>ひけるは此事斯まで<ruby><rb>悟</rb><rt>さと</rt></ruby>られし上はとても<ruby><rb>言紛</rb><rt>いひまぎら</rt></ruby>すこと叶はず<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>有の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に申て仕舞はんと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め其の儀全くは嘉川の殿樣に頼まれ私儀は<ruby><rb>施主</rb><rt>せしゆ</rt></ruby>に立ちて參りしに相違御座なく候と申を大岡殿聞れ<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>汝は<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>めの<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>能こそ<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状致せしぞシテ殘りの二人は<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>なるやヘイ是も<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby>嘉川樣の<ruby><rb>御家來</rb><rt>ごけらい</rt></ruby>安井伊兵衞孕石源兵衞の兩人に候と言に大岡殿<ruby><rb>宜々</rb><rt>よし〱</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>うで<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>らうダガ又其の<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>として主税之助より金子を<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>取たイヤサ何程取て頼まれたと申事よと有ければ多兵衞は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>は少しも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひませぬと云へば大岡殿<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>な事を云へ金でも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はずに<ruby><rb>其樣</rb><rt>そんな</rt></ruby>事を<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>る<ruby><rb>白痴</rb><rt>たはけ</rt></ruby>が<ruby><rb>有者</rb><rt>あるもの</rt></ruby>か取たなら取たと申せ何も其方が<ruby><rb>頼</rb><rt>たのま</rt></ruby>れる程で金子を取たとて<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>にも成ぬ又其方の身分で其金を取ぬと申たとて<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に<ruby><rb>褒</rb><rt>ほめ</rt></ruby>る處もない今申通金子を取て<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれしとて罪の處は同じ事だぞと申さるゝに多兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>なし實に恐れ入ました金子を<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に取て<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれたと申ではなく<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りの<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかだい</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしと云に夫は<ruby><rb>何程</rb><rt>いくら</rt></ruby>だと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るればハイ一兩貰ひ候と申を大岡殿大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>はれコウ多兵衞<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り安いものぢやたつた一兩<ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>で<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれたか<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し其の趣ぎに相違なきやとあるに多兵衞其儀は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも相違御座なく候と答れば大岡殿オヽ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>白状致した此上の處決して<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるな先是迄の處では其方の<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひないぞ<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>得心して以後<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>る<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は有樣に申立よ先<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>いとの下知に隨ひ同心<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>て入替り<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>を白洲へ引据るに大岡殿<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を見られコリヤ<ruby><rb>了源寺</rb><rt>れうげんじ</rt></ruby>の<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>たる願山とは汝かことかハテサア驚くな其方が白状せぬ前に汝の<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby><ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>の多兵衞が<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず白状して<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまつ</rt></ruby>たは何も<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>すには及ばぬイヤ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>並々</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>の<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ではないコレ願山能承まはれ汝が兄の多兵衞は<ruby><rb>潔</rb><rt>さつぱ</rt></ruby>りとして<ruby><rb>小氣味</rb><rt>こきみ</rt></ruby>の<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ぢや其方も<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>の通りすツぱりと白状せよ主税之助に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれ島の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>燒場</rb><rt>やきば</rt></ruby>へ送りし時金子は何程取しぞ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さず申せと云はるゝに願山は大いに驚き<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>兄は<ruby><rb>腑甲斐</rb><rt>ふがひ</rt></ruby>なき<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>とは思へども<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずる事も出來ざれば其儀は嘉川樣に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれし<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>金二兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしと申ければ大岡殿笑はせられ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>も安い人間ぢや<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し兄より<ruby><rb>利發</rb><rt>りはつ</rt></ruby>者兄の多兵衞は主税之助に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれて島の<ruby><rb>施主</rb><rt>せしゆ</rt></ruby>に立ながらたツた一兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>つたと申其方は二兩<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>つたと云ふが兄の<ruby><rb>施主役</rb><rt>せしゆやく</rt></ruby>より汝は<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby><ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>佛に付ては<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>が<ruby><rb>折</rb><rt>をれ</rt></ruby>る了源寺の似せ切手を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ又其外の<ruby><rb>氣配</rb><rt>きくば</rt></ruby>りも坊主でなければ萬事<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>かず其の上<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>も致す<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby>以て汝は大役で有たナ<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>其儀は夫で<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>し〱シテ<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>汝が世話を致せし安間平左衞門と云ふ者は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う云ふ<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>で心安く成しや<ruby><rb>此儀</rb><rt>このぎ</rt></ruby><ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝに願山は此事なりと思ひしかば其平左衞門儀は私し京都<ruby><rb>智恩院</rb><rt>ちおんゐん</rt></ruby>に居りし<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>度々<ruby><rb>渠</rb><rt>か</rt></ruby>れと<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>し<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>夫より<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>になり其後私し儀御當地へ參るに付<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>も又御當地へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り私しを<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みまするに<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>を致し候と申ければ大岡殿其平左衞門は京都に<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>し<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>何れに<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>致したヘイ<ruby><rb>日野大納言樣</rb><rt>ひのだいなごんさま</rt></ruby>に<ruby><rb>勤居</rb><rt>つとめを</rt></ruby>りましたナニ日野家に居つたと其方は<ruby><rb>智恩院</rb><rt>ちおんゐん</rt></ruby>に居た故夫で渠が世話を致したか<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に御座ります大岡殿イヤハヤ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は甚だ申口が<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>いぞ其方智恩院に居つて<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>たる者を世話致すと申は第一心得ぬ事なり此後も京都に於て度々出會し者が此地へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>らば<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>を致すか<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>ぢや京都に居る時平左衞門のみ<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>て外の者には<ruby><rb>出會</rb><rt>であは</rt></ruby>ざりしか此儀は何ぢやと有に<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀には御座なく平左衞門事は<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>地</rb><rt>ち</rt></ruby>にて<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致せしゆゑ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の世話は仕つりしと云へば大岡殿<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>さ願山汝<ruby><rb>如何程</rb><rt>いかほど</rt></ruby>申ても申口が<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>し平左衞門<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にか<ruby><rb>由縁</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>にてもあるか又は餘儀なき事にても<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しか一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>なる儀もなく<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby>汝は京都にて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>と度々<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby><ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>に致したと申が<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ほど<ruby><rb>別懇</rb><rt>べつこん</rt></ruby>ならば渠が生國なども定めて聞たで有らう渠が生國は何國ぢやヘイ<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じませぬハテサテ<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に取處もない<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら渠には何ぞ恩義にても受しことあるや<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も是なき時は一向に申口は立まい何ぢや答へが<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>ずば夫は<ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>ての事平左衞門が日野家に<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>しは<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>の事なるやと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>に願山ヘイ四年以前に御座候と申ければ大岡殿オヽ四年以前は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>元年何月<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めて居つたぞ願山答へて四年以前の十二月の<ruby><rb>中旬頃迄</rb><rt>なかばごろまで</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めて居りましたと存じます大岡殿然らば其の時の平左衞門が名は何と申たと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるれば<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>らく考へ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の名もと<ruby><rb>云掛</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>しが<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby>安間平左衞門と申まして御座りますと云へば大岡殿コレ〱願山然うでは有るまい<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に名が有つた<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>ぢやとてものことにすツぱりと云て<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまへ</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しても<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れて<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るサア<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと云るゝに願山は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>かぐず〱云ひ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>る<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>を見られ大岡殿イヤハヤ<ruby><rb>意氣地</rb><rt>いくぢ</rt></ruby>のなき<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>め<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より知れてある事を<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しだてをする<ruby><rb>大馬鹿</rb><rt>おほばか</rt></ruby>めコリヤ<ruby><rb>其大帳</rb><rt>そのだいちやう</rt></ruby>を是へと申さるゝ時目安方ハツと<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>すを<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>て見らるれば享保元年の帳に

<ruby><rb>日野家</rb><rt>ひのけ</rt></ruby>の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby><ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の者

安田平馬

三十九歳

佐々木靱負

三十六歳

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>兩人の者<ruby><rb>去</rb><rt>さ</rt></ruby>る廿一日の夜<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>仕つり候に付御斷り申上候

<ruby><rb>日野</rb><rt>ひの</rt></ruby>大納言<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>

享保元年十二月廿八日<ruby><rb>雜掌</rb><rt>ざつしやう</rt></ruby>

斯の如く帳面に<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>之有り右日野家<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby><ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の始末は毎年八月十五日<ruby><rb>城州</rb><rt>じやうしう</rt></ruby>男山石清水八幡宮<ruby><rb>放生會</rb><rt>はうじやうゑ</rt></ruby>に付<ruby><rb>參向</rb><rt>さんかう</rt></ruby>の<ruby><rb>公家衆</rb><rt>くげしう</rt></ruby>あり<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby><ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>正八幡宮は其<ruby><rb>昔時</rb><rt>むかし</rt></ruby>　應神天皇を勸請し奉つり<ruby><rb>本朝</rb><rt>ほんてう</rt></ruby><ruby><rb>武家</rb><rt>ぶけ</rt></ruby>の祖神なり就中源家に於ては<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>御尊敬</rb><rt>ごそんきやう</rt></ruby>あること<ruby><rb>御先祖</rb><rt>ごせんぞ</rt></ruby>八幡太郎義家公此<ruby><rb>御神</rb><rt>おんかみ</rt></ruby>の御寶前に於て御元服あつて八幡太郎と<ruby><rb>稱</rb><rt>しよう</rt></ruby>し<ruby><rb>奧羽</rb><rt>あうう</rt></ruby>の<ruby><rb>夷賊</rb><rt>いぞく</rt></ruby>安倍貞任同宗任を<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>あられしも<ruby><rb>悉々</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く此八幡宮の<ruby><rb>神力</rb><rt>しんりき</rt></ruby>に因所なれば<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>に有難き<ruby><rb>御神</rb><rt>おんかみ</rt></ruby>なり然ば<ruby><rb>末代</rb><rt>まつだい</rt></ruby>に至る迄此御神を<ruby><rb>武門</rb><rt>ぶもん</rt></ruby>の<ruby><rb>氏神</rb><rt>うぢがみ</rt></ruby>と<ruby><rb>尊</rb><rt>あが</rt></ruby>め奉つる事世の人の皆知る處なれば爰に<ruby><rb>贅言</rb><rt>ぜいげん</rt></ruby>せず因て當時將軍家より<ruby><rb>社領</rb><rt>しやりやう</rt></ruby>一萬石御<ruby><rb>寄進</rb><rt>きしん</rt></ruby>あり<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る目出度御神なれば例年八月十五日御祭禮の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>放生會</rb><rt>はうじやうゑ</rt></ruby>の御<ruby><rb>儀式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby>あり<ruby><rb>近國</rb><rt>きんごく</rt></ruby><ruby><rb>近在</rb><rt>きんざい</rt></ruby>より其日參詣なす者數萬人及び八幡山崎淀一口其近邊は<ruby><rb>群集</rb><rt>ぐんじゆ</rt></ruby>一方ならず<ruby><rb>淀</rb><rt>よど</rt></ruby>の城主稻葉丹後守殿より<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいねん</rt></ruby><ruby><rb>道普請</rb><rt>みちぶしん</rt></ruby>等丈夫に申付られ當日は<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の役人罷出て往來の非常を<ruby><rb>戒</rb><rt>いまし</rt></ruby>めらる然れば今年も<ruby><rb>參向</rb><rt>さんかう</rt></ruby>の<ruby><rb>公家衆</rb><rt>くげしう</rt></ruby>は御三方にして例年の如く御先は<ruby><rb>花山院</rb><rt>くわざんゐん</rt></ruby>中納言有信卿菊亭大納言定種卿勅使は日野大納言定立卿なり

## 第十九回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て<ruby><rb>參向</rb><rt>さんかう</rt></ruby>の公家衆例年の通り八幡宮御<ruby><rb>寶前</rb><rt>はうぜん</rt></ruby>に於て御<ruby><rb>神拜</rb><rt>しんはい</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をはり</rt></ruby>御式路淀の城下に差掛られしが茲に<ruby><rb>木津川</rb><rt>きづがは</rt></ruby><ruby><rb>淀川</rb><rt>よどがは</rt></ruby><ruby><rb>桂川</rb><rt>かつらがは</rt></ruby>と云ふ三所の大川あり是に大橋小橋孫橋といへる三橋を<ruby><rb>架渡</rb><rt>かけわた</rt></ruby>し<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>稻葉家の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>にて今日公卿方此橋を御通行あるにより同家より<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の人數嚴重に<ruby><rb>御道筋</rb><rt>おみちすぢ</rt></ruby>を固めしが稻葉家の運や惡かりけん花山院殿と<ruby><rb>菊亭殿</rb><rt>きくていどの</rt></ruby>の御二方は難なく通り給ひしが勅使大納言殿の御駕籠此孫橋へ差掛られし時<ruby><rb>桁</rb><rt>けた</rt></ruby><ruby><rb>中途</rb><rt>ちうと</rt></ruby>より折れて橋板五枚ばかりと共に日野家の御<ruby><rb>先供</rb><rt>さきども</rt></ruby>水中に落入や否や續いて大納言殿の陸尺も<ruby><rb>踏外</rb><rt>ふみはづ</rt></ruby>し忽ち御<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>も水中へ落入既に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>まんとする有樣に<ruby><rb>周章狼狽</rb><rt>あわてふためき</rt></ruby>陸尺共は足を<ruby><rb>踏直</rb><rt>ふみなほ</rt></ruby>して上らんと爲を見て稻葉家警固の者共大に驚き<ruby><rb>驚破</rb><rt>すはや</rt></ruby>一大事の出來たりと<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby><ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>りて<ruby><rb>飛込々々</rb><rt>とびこみ〱</rt></ruby>難なく御<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>も<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ上たり尤も御駕籠半分程は水中に落入しと雖も稻葉家の役人共爰を<ruby><rb>專途</rb><rt>せんと</rt></ruby>と身を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>まず<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きしゆゑ大納言殿御怪我もなく御<ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>へ御<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>して入奉つり<ruby><rb>御裝束</rb><rt>おしやうぞく</rt></ruby>を召替られ御<ruby><rb>歸洛</rb><rt>きらく</rt></ruby>有しは<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に危き御ことなり然らば御同勢中水中に落入し者凡廿人ばかりにして此日彼の<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby><ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>も日野家へ<ruby><rb>傭</rb><rt>やとは</rt></ruby>れ醫師の代を勤め大納言殿の御供に<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>せしが<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>水難</rb><rt>すゐなん</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れたれ共外に水死の者五人あり御<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby><ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>の類も落入て以の外の大騷動なれば稻葉家より水練に勝れし者を數十人撰み水中を彼方此方と<ruby><rb>尋廻</rb><rt>たづねまはり</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に兩人の<ruby><rb>水骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を始め御道具類を引揚けれども御大切の御<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に知れず是は正しく<ruby><rb>水勢</rb><rt>すゐせい</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>き大河なれば川下へ<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れしならんとて川下の方をも<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又人數を増して<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>しけれ共更に御太刀の知れざりける此の御太刀は<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く安田佐々木兩人の侍士が此騷ぎを幸ひに<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>し是を種として稻葉家より<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>欺罔</rb><rt>ゆすり</rt></ruby>取んと<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みしことなり此時の<ruby><rb>落首</rb><rt>らくしゆ</rt></ruby>に

ちはやふる<ruby><rb>神代</rb><rt>かみよ</rt></ruby>も<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>かず<ruby><rb>淀川</rb><rt>よどがは</rt></ruby>に

<ruby><rb>烏帽子</rb><rt>ゑぼし</rt></ruby><ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>ながら水くゞるとは

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば今日の<ruby><rb>變事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>に付稻葉家に於ては大いに<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>致され<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず日野殿の御<ruby><rb>機嫌伺</rb><rt>きげんうかゞ</rt></ruby>ひとして<ruby><rb>家老</rb><rt>からう</rt></ruby>の中を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされんと城代稻葉<ruby><rb>勘解由</rb><rt>かげゆ</rt></ruby>を以て京都日野方へ參入致させ<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>音物</rb><rt>いんもつ</rt></ruby>山の如く贈られて今日の<ruby><rb>變事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>入太守も<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>致さるるに付大納言樣御<ruby><rb>機嫌伺</rb><rt>きげんうかゞ</rt></ruby>ひとして參上仕つり候と申述るに日野家の<ruby><rb>青侍士</rb><rt>あをざむらひ</rt></ruby>安田平馬佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>の兩人<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>て申し合せ今度の儀を<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ稻葉家へ<ruby><rb>捻込</rb><rt>ねぢこみ</rt></ruby>大金を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取るべしと思ひし<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から故大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び兩人は立出是は〱<ruby><rb>勘解由</rb><rt>かげゆ</rt></ruby>殿には<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ御入來只今の御口上の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもふ</rt></ruby>き<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>み入候主人儀は別段變る事も是なく併し此度の儀は　<ruby><rb>勅使</rb><rt>ちよくし</rt></ruby>として<ruby><rb>石清水</rb><rt>いはしみづ</rt></ruby>へ御參向の御道筋なれば<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby><ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby>修繕等是有るべきの處右の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby><ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>言語</rb><rt>ごんご</rt></ruby>に<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たる事急ぎ此趣き關東へ申達し江戸表の御<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に任せ申べき間<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>心得られ此段丹後守殿へ申達さるべしと<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も<ruby><rb>仰々</rb><rt>ぎやう〱</rt></ruby>しく云ければ<ruby><rb>勘解由</rb><rt>かげゆ</rt></ruby>は甚だ<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の體にて此儀江戸表へ伺ひ候存じ寄に候はゞ某し<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>仕つらず只々何分にも御兩人の御<ruby><rb>熟懇</rb><rt>じゆくこん</rt></ruby>を以て波風なく御<ruby><rb>執計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひ下され候樣頼み奉つり候と申ければ此樣子を見て安田佐々木兩人は<ruby><rb>仕濟</rb><rt>しすま</rt></ruby>したりと心中に悦び<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>￼に乘て<ruby><rb>大柄面</rb><rt>おほへいづら</rt></ruby>をし此儀大納言殿には元より<ruby><rb>穩便</rb><rt>をんびん</rt></ruby>を好まるゝと雖も御<ruby><rb>同行</rb><rt>どうかう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れし御<ruby><rb>兩卿</rb><rt>りやうきやう</rt></ruby>方の手前もある故<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく斯は御談じ申せしなり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら爰に一つお頼み申度儀御座候其事御承知に候はゞ拙者共何とか<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>致し取り扱ひ申すべく其の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は<ruby><rb>近來</rb><rt>きんらい</rt></ruby>當家も<ruby><rb>勝手向</rb><rt>かつてむき</rt></ruby><ruby><rb>至</rb><rt>いたつ</rt></ruby>て<ruby><rb>不手廻</rb><rt>ふてまは</rt></ruby>りに付殊の外御難儀成れ見らるゝ如く御殿の<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>も<ruby><rb>打捨置</rb><rt>うちすておき</rt></ruby>候次第ゆゑ此度の御<ruby><rb>謝物</rb><rt>しやもつ</rt></ruby>の御心得にて少々<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を御家より御用立られては如何や<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>る時は双方共無事にして宜からんと云を聞勘解由は打喜び金子にて<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすむ</rt></ruby>事なれば何とか取計ひ申すべしシテ其の金高は何程なるやと申に安田佐々木の兩人は右金高は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>水死</rb><rt>すゐし</rt></ruby>二人の代り金二千兩御<ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>の中御太刀一<ruby><rb>口</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>銘</rb><rt>めい</rt></ruby>は<ruby><rb>來國行</rb><rt>らいくにゆき</rt></ruby>是は別て御大切の御品成ば此代金千兩外御道具代金三百兩都合三千三百兩右の如く借用致され<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と書付を出しければ勘解由は<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>是は餘り大金<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>此事世間へ相知れ候時は<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>共宜からず此儀は御<ruby><rb>用捨</rb><rt>ようしや</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>かり度と申けるを兩人は聞て大に<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり然らば勝手次第如何樣とも仕つる三千三百兩を大金と申さるゝが御主人丹後守殿御<ruby><rb>身上</rb><rt>しんじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>較</rb><rt>くら</rt></ruby>べて見る時は<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に易きこと十萬石餘の大名少々の金子を出し兼て此方より申達なば家も<ruby><rb>領地</rb><rt>りやうち</rt></ruby>も<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>に振るべし大切の　勅使御參向の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り橋の<ruby><rb>手薄</rb><rt>てうす</rt></ruby>にて水中へ落されしと有ては　天子へ<ruby><rb>刄向</rb><rt>はむか</rt></ruby>ふも同然<ruby><rb>逆罪</rb><rt>ぎやくざい</rt></ruby>の<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るべからず爰を存じて無事に扱はんと申を彼是御邊申さるゝからは<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく此趣き江戸表へ<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>達し申さんと<ruby><rb>言放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>しければ勘解由大いに驚き先々御待ち下さるべし全く金子を<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>むに非ず此上は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せに任すべしと早速金子を取寄せ日野家へ用金と號して右の高三千三百兩<ruby><rb>進上</rb><rt>しんじやう</rt></ruby>致し何分宜敷頼み上ると申し<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て勘解由は立歸り<ruby><rb>諸司</rb><rt>しよし</rt></ruby>代松平丹波守殿へは此事を<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>く屆に及びたり然れ共松平殿は<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>承知致され日野家の致し方を甚だ<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>まれ又稻葉守も<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の事なりと申されけるとなり

## 第二十回

<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>城代</rb><rt>じやうだい</rt></ruby>稻葉勘解由は<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby>家を大切に思ふが故<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なく三千三百兩の金子を<ruby><rb>差</rb><rt>さし</rt></ruby>出し此度の一件事故なく<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せしかば先は稻葉守上下の者<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>はなしたれども未だ淀川へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>みし太刀の出ざれば毎日人夫を出して淀川の上下を吟味に及けれど一向知れざれば因て<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く其儘に打<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>一人此事を安田佐々木兩人の<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるたく</rt></ruby>みと知る者なく斯<ruby><rb>惱</rb><rt>なやみ</rt></ruby>しは是非もなし然るに安田佐々木の兩人は充分<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のひしと大いに喜び三千三百兩の金を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに<ruby><rb>分取</rb><rt>わけとり</rt></ruby>にして毎日物見遊山に出かけしは是則ち三日極樂とも謂つべし<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も安田は<ruby><rb>強慾</rb><rt>がうよく</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>ゆゑ此金子を一向に遣ず佐々木の<ruby><rb>奢</rb><rt>おごり</rt></ruby>を見て<ruby><rb>苦々</rb><rt>にが〱</rt></ruby>しき事に思ひ御邊斯大金を遣ふ時は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち足が付諸司代より直に吟味と成んにより此金を資本として何ぞ<ruby><rb>吉事</rb><rt>よきこと</rt></ruby>に有付工夫をなし給へと異見しけれども佐々木は一向聞入ず湯水の如くに遣ひける故果たして松平丹波守殿此事を<ruby><rb>聞込</rb><rt>きゝこま</rt></ruby>れ扨こそと<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>吟味をせんとて日野家へ承まはる<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>儀有之候間安田<ruby><rb>平馬</rb><rt>へいま</rt></ruby>佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>の兩人當役所へ差出さるべしと達しられしかば日野家に於ては何ごとならんと怪しまれしが安田佐々木の兩人は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えのあることなれば<ruby><rb>素知</rb><rt>そし</rt></ruby>らぬ面は爲すものゝ心中に南無三<ruby><rb>寶</rb><rt>ばう</rt></ruby>と思ひ其夜<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に兩人并びに願山とも申合せ跡を暗まし逐電して江戸表へぞ下りける是に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て日野家より右の<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>所司</rb><rt>しよし</rt></ruby>代へ屆られければ松平殿甚だ殘念に思はれ此段江戸表へ達し是より兩人の<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>御尋ねとなりたりけり扨又安田は江戸にて安間平左衞門と改名して願山の<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>多兵衞を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み彼の金子を以て<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へか住込<ruby><rb>仕送</rb><rt>しおく</rt></ruby>り用人に成んと心掛けしに幸ひ嘉川家にて仕送り用人を召<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へたしとのことに付多兵衞を<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>として主税之助方へ住込しなり<ruby><rb>寔</rb><rt>まこと</rt></ruby>に此平左衞門は斯の如くの曲者ゆゑ大岡殿再度願山を吟味なさんと工夫有て日野家よりの屆を調べられし上又<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を見られコリヤ願山其平左衞門には外に名が有筈なり其頃は<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>も同じ京都に居たる故知つて居ならん何ぢや<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>が出來ずば此方より云つて<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せん彼は日野家の<ruby><rb>雜掌</rb><rt>ざつしやう</rt></ruby>安田平馬と云し者ならん四年以前<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>書上</rb><rt>かきあげ</rt></ruby>に三十九歳とあり歳頃も<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby>似合なり汝隱し立をすると其方にも罪が掛るぞ有體に白状致せと有ければ願山は<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>して思ふ樣は斯まで<ruby><rb>委</rb><rt>くは</rt></ruby>しく知らるゝ上はとても<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ處と覺悟をなし京都にありし頃佐々木安田の兩人は<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるだくみ</rt></ruby>により稻葉家の家老稻葉勘解由を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き金三千三百兩を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取しことを始め其外の惡事等<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず申立ければ大岡殿能白状致した<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て吟味に及ぶと申さるゝに<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>の者立ませいと<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て願山を退ぞかせけり

## 第二十一回

<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわ</rt></ruby>ざに其事<ruby><rb>爾</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>に出て爾に<ruby><rb>復</rb><rt>かへ</rt></ruby>ると<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる哉此言や<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>願山の<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に因て再度日野家の一件委<ruby><rb>細</rb><rt>さい</rt></ruby>吟味有るべしと大岡殿<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>あつて平左衞門を呼び出されしに平左衞門は又何をか<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝやと<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>かしこま</rt></ruby>る時に大岡殿平左衞門を見られ汝先年日野家に於て<ruby><rb>雜掌役</rb><rt>ざつしやうやく</rt></ruby>の節は安田平馬と名乘しかと尋ねられければ平左衞門<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なせしかども<ruby><rb>飽</rb><rt>あく</rt></ruby>まで<ruby><rb>大膽</rb><rt>だいたん</rt></ruby>者ゆゑ此事何所までも<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>さんとおもひ私し儀は<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の名にては御座なく候と云へば大岡殿<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>はれイヤ平左衞門又しても<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し立を致すか汝は存じの外<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>な<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ぢや汝が<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>にせしと云願山が其方并に<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>の事まで殘らず<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びたるぞ其方と<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>兩人にて勘解由を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き三千三百兩<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取し事<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よと云はれしかば<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は願山が白状せしか此上は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>もなしとて心を定め<ruby><rb>京都</rb><rt>きやうと</rt></ruby>日野家に仕へし<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>殘らず白状に及ければ大岡殿<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なりシテ又其方は何故京都を<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>致せしぞ及<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は其後<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なせしやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねらるゝに平左衞門其儀は<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>申上し通り稻葉殿より<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>られし金子を<ruby><rb>分取</rb><rt>わけとり</rt></ruby>に致し<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は日々<ruby><rb>遊興</rb><rt>いうきよう</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ候により所司代は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>におもはれしにや日野家へ御<ruby><rb>訊尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>の儀有之に付我々兩人差出べき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>御座候間右の大金を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取し事萬一<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>に及ぶ時は主人の家の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>ならんと存じ兩人申合はせ<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>仕つり候と申立しにぞ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば又々<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ばんと先今日は<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>れと有て此段<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>老中</rb><rt>らうぢう</rt></ruby>方へ申達されければ<ruby><rb>井上</rb><rt>ゐのうへ</rt></ruby>河内守殿より稻葉侯城代稻葉勘解由へ<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>すべき儀有之間勘解由を江戸表へ<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>差下</rb><rt>さしくだ</rt></ruby>し大岡越前守役所へ差出さるべしとの<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>しに稻葉家に於ては大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>急使</rb><rt>はやうち</rt></ruby>を以て國元へ申遣はせしかば國元にても<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>評議に及び是は<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て大金を差出せし御咎ならん此度江戸表へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出る時は必ず<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>にても致さずんば申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>立難しとの事にて誰一人<ruby><rb>勘解由</rb><rt>かげゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby>せんと云者なく其座白けて見えにける豫て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>の勘解由は進み出て<ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby>は此度の儀を恐れらるゝにや主人の仰せ殊に<ruby><rb>御奉書</rb><rt>ごほうしよ</rt></ruby>の上は一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も延引すべからず<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より某しは此儀に係り此度の<ruby><rb>御召</rb><rt>おんめし</rt></ruby>も皆々勘解由の<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なれば只今より我一人下向致さん各々は御<ruby><rb>國許</rb><rt>くにもと</rt></ruby>を守られよと云ひ捨て我が方へ歸り<ruby><rb>妻子</rb><rt>さいし</rt></ruby>にも此ことを<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>り此度の一件申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なくは我主家の爲自害致さんにより其時は汝等必ず<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>くべからずと<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>のこと共申置勘解由は<ruby><rb>發足</rb><rt>ほつそく</rt></ruby>なし道中取<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎて日ならず江戸小川町の上屋敷へ着し其旨<ruby><rb>太守</rb><rt>たいしゆ</rt></ruby>へ申ければ<ruby><rb>丹後守</rb><rt>たんごのかみ</rt></ruby>殿早速御召有つて日野家の一件御<ruby><rb>訊尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>申に勘解由は委細を申述此事<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も御苦勞<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ばられな私し宜敷申譯仕らんとて御前を退き到着の旨老中方へ御屆けに及びけるに大岡越前守殿<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出べき段御達に付勘解由は翌日<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>に南町奉行所へ出にける大岡殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>有て其方事先達て　<ruby><rb>勅使</rb><rt>ちよくし</rt></ruby><ruby><rb>石清水</rb><rt>いはしみづ</rt></ruby>八幡宮へ御參向の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>日野家歸路の災難に付<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>取扱ひ其節金三千三百兩同家へ<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りしと云ふ事相違<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby>やと<ruby><rb>訊尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねられしかば勘解由は<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし御尋ねの如く其節損じ候<ruby><rb>御道具</rb><rt>おだうぐ</rt></ruby><ruby><rb>代金</rb><rt>だいきん</rt></ruby>と致し差出せし事相違御座なく候と申けるに大岡殿附添の留守居へ向はれ然らば今日は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>退</rb><rt>たい</rt></ruby>出致すべし追て呼出す間吟味中<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>ませ置べしと申渡され夫より又此段京都所司代松平丹波守殿へ<ruby><rb>急使</rb><rt>はやうち</rt></ruby>にて申送られければ松平殿是を聞れて<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>こそと思され急ぎ日野家へ使者を以て申入らるゝは此度江戸表より<ruby><rb>問合</rb><rt>とひあは</rt></ruby>せの儀有之る間大納言殿御内<ruby><rb>雜掌</rb><rt>ざつしやう</rt></ruby>一人早々江戸表へ下向有るべし尤も道中の儀滯りなく此方より申付<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>人一人同道致させ申べしとの口上なり日野家に於ては大きに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き是は先達て<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>せし安田佐々木の事ならん然し<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>なる間違ひ有るも知れずと殊の外大納言殿御苦勞に<ruby><rb>御召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>れ家老山住河内へ其段<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>られければ山住聞て君少しも<ruby><rb>尊慮</rb><rt>そんりよ</rt></ruby>を苦しめ給ふまじ私し關東へ下り申<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き仕つらん此儀全く稻葉家の<ruby><rb>不覺</rb><rt>ふかく</rt></ruby>と申ものなれば<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て歸京仕つり<ruby><rb>吉左右</rb><rt>きつさう</rt></ruby>申上奉つらんと申て山住は江戸表へ下向致しけるに<ruby><rb>所司代</rb><rt>しよしだい</rt></ruby>よりは豫て此旨<ruby><rb>急使</rb><rt>はやうち</rt></ruby>を以て老中方へ通達に及ばれしかば大岡殿へ<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>せられ<ruby><rb>到着</rb><rt>たうちやく</rt></ruby>の翌日山住河内を奉行所へ呼出され越前守殿<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>有に山住は<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし<ruby><rb>某儀</rb><rt>それがしぎ</rt></ruby>は日野家の御内山住河内と申者に候此度御用有るに付<ruby><rb>召呼</rb><rt>めしよば</rt></ruby>れしは如何なる儀に候やと申ければ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば此度の事餘の儀に非ず先年<ruby><rb>石清水</rb><rt>いはしみづ</rt></ruby>八幡宮<ruby><rb>放生會</rb><rt>はうじやうゑ</rt></ruby>の節大納言殿參向致され其頃歸路に淀の<ruby><rb>孫橋</rb><rt>まごばし</rt></ruby>落て大納言殿始め<ruby><rb>大勢</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>の人夫其外御道具類水中に流れ候と<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはる其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>日野家より稻葉丹後守方へ此事を<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>に申入られ稻葉の使者より金子三千三百兩取れ候段<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby>御内の安田平馬佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>兩人の<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひにて其實右兩人の者是を取候由なれども日野家に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て是を心得居られ候や其<ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さん爲御邊を召寄たりと申されければ山住は御尋ねの趣き成程<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀も御座候故兩人の者<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>仕つり候儀と相見え候併し其節<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し儀は病氣にて<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこも</rt></ruby>り<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>り一向存じ申さず<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>兩人の<ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby>により稻葉家の使者を欺き大金を取し事は相違御座なく併し主人儀は一向存じ申さず候事ゆゑ全く<ruby><rb>欺</rb><rt>あざ</rt></ruby>むかれ候は使者の不覺ならんか<ruby><rb>卑</rb><rt>いやし</rt></ruby>くも日野大納言は<ruby><rb>清華</rb><rt>せいくわ</rt></ruby>の一人何ぞ金銀を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取事の候べき此儀は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>を御吟味下されよと申ければ大岡殿<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>かと有に仰の通に候と申て山住は<ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たりけり

## 第二十二回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て大岡殿山住河内が申に<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby>て早速稻葉勘解由を呼出され其方先達て差出せし<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>日野家にては一向知らざる由全く其方の<ruby><rb>不覺</rb><rt>ふかく</rt></ruby>にして安田佐々木の兩人に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>かれ<ruby><rb>掠</rb><rt>かすめ</rt></ruby>取るゝ<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>家老も勤むる身に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>しからず立歸り<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>み罷り在べしと以の外に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られしかば勘解由は<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き答べき言葉なく<ruby><rb>寥々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と屋敷へ歸り此段主人へ申しければ丹後守殿大きに驚かれ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>は<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>むに足らずと雖も我<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>なく<ruby><rb>青侍士</rb><rt>あをざむらひ</rt></ruby>共に欺かれしなどと人口に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんこと<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なり併し今更<ruby><rb>悔</rb><rt>くゆ</rt></ruby>るも<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>なし兎に角愼み罷在<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>の御沙汰を<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>べしと申付られしかば勘解由は我が家に歸り一<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>りて居たりしが<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>考ふるに我大金を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取られ<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ主人の名迄<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>せし事何として人に面の向られべきや此上は<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て自害して申譯せんと覺悟を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>切腹</rb><rt>せつぷく</rt></ruby>せしこそ<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れなれ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば此由丹後守殿聞れて<ruby><rb>甚</rb><rt>いた</rt></ruby>く<ruby><rb>周章</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>ありしかど<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なければ早速老中方へ<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞけ</rt></ruby>られしに付其の段大岡殿へ達せられしかば大岡殿此上はとて平左衞門を<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛られし所<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>藏</rb><rt>かく</rt></ruby>す事能はず是迄の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>白状にぞ及びける又平左衞門が宅を<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>なせしに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りの金子六百兩出たり（是は勘解由より<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き取し金子八百兩<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>しを立花<ruby><rb>左仲</rb><rt>さちう</rt></ruby>は此<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうだう</rt></ruby>を聞と<ruby><rb>等</rb><rt>ひとし</rt></ruby>く<ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入二百兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>ひ取りて<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>せしかば<ruby><rb>嘉川</rb><rt>かがは</rt></ruby>家<ruby><rb>宅番</rb><rt>たくばん</rt></ruby>の者より此段大岡殿へ屆け出しなり）然ば平左衞門の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なりと雖も彼の佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>が行方を<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>有べしと是を尋ねらるゝに平左衞門<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は先年日野家を<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>大津迄同道せしが夫より分れて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は三井寺の方へ行私し儀は<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby><ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に江戸へ下向致せしにより其後<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>の行方<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に心得申さずと云ゆゑ然らば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず併し其方<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby>は<ruby><rb>相州</rb><rt>さうしう</rt></ruby>と申たれども是又<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りならん<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと有ければ平左衞門<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>見透</rb><rt>みとほ</rt></ruby>さるゝ上はとても叶はじと思ひ私し<ruby><rb>生國</rb><rt>しやうこく</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は<ruby><rb>江州</rb><rt>がうしう</rt></ruby><ruby><rb>井伊家</rb><rt>ゐいけ</rt></ruby>の<ruby><rb>藩</rb><rt>はん</rt></ruby>にて山田<ruby><rb>藤馬</rb><rt>とうま</rt></ruby>と申者の<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に候處<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>兩親に別れ我<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に身を<ruby><rb>持崩</rb><rt>もちくづ</rt></ruby>し十七歳の時<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>仕つり其後京都に出て日野家に奉公致し候と茲に至つて實の<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びけり

## 第二十三回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又佐々木靱負は日野大納言殿に仕へ<ruby><rb>同勤</rb><rt>どうきん</rt></ruby>安田平馬と申合せ稻葉家の<ruby><rb>老臣</rb><rt>らうしん</rt></ruby>稻葉勘解由を十分に<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>き大金を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取安田と兩人<ruby><rb>分取</rb><rt>わけどり</rt></ruby>になし其金をもつて<ruby><rb>遊興</rb><rt>いうきよう</rt></ruby>なしける中平馬靱負の兩人相尋ねべき<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>あるに付<ruby><rb>所司代</rb><rt>しよしだい</rt></ruby><ruby><rb>御役宅</rb><rt>おやくたく</rt></ruby>へ差出すべく旨日野殿へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>ありしかば<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>三<ruby><rb>寶</rb><rt>ばう</rt></ruby>と思ひ兩人申合其の夜の中に日野家を<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>して<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>を<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそひ</rt></ruby>大津<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きたり</rt></ruby>しが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>心中に思ひけるは我々斯三人打連立ては<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>諸司代</rb><rt>しよしだい</rt></ruby>も目を<ruby><rb>着</rb><rt>つけ</rt></ruby>しやうゆゑ江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へも<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>ありしは必定なり然樣の所へ<ruby><rb>空然々々</rb><rt>うか〱</rt></ruby>と行見付られなば一大事我は<ruby><rb>泉州</rb><rt>せんしう</rt></ruby><ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>に少々<ruby><rb>知音</rb><rt>しるべ</rt></ruby>有により彼方へ尋ね行身の落付を定めんと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>なし我は三井寺を見物なし<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より追付んとて<ruby><rb>平馬</rb><rt>へいま</rt></ruby><ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>と<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を分ち<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>泉州</rb><rt>せんしう</rt></ruby><ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>を心指して行けるに日の中は世間を<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>るにより夜に入りて<ruby><rb>伏見</rb><rt>ふしみ</rt></ruby>より<ruby><rb>夜船</rb><rt>よふね</rt></ruby>に<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby><ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>大坂八<ruby><rb>軒屋</rb><rt>けんや</rt></ruby>へ着茲にて<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>と休み日の<ruby><rb>暮</rb><rt>くる</rt></ruby>るを待て夜食の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>して爰を立出泉州<ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>に着し<ruby><rb>知音</rb><rt>ちいん</rt></ruby>の方を尋ねけるに其知音と云は至つて<ruby><rb>貧敷</rb><rt>まづしく</rt></ruby>日々人に<ruby><rb>雇</rb><rt>やと</rt></ruby>はれ<ruby><rb>幽</rb><rt>かす</rt></ruby>かなる<ruby><rb>煙</rb><rt>けふ</rt></ruby>りも立兼ねるものなりしが先爰に<ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>れて<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>し能き<ruby><rb>傳手</rb><rt>つて</rt></ruby>を以て片田舍へ<ruby><rb>引籠</rb><rt>ひきこも</rt></ruby>り遣ひ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りし金にて何とか能<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>なすべしと思ひて彼是半月餘りも<ruby><rb>過</rb><rt>すご</rt></ruby>しけるに<ruby><rb>知音</rb><rt>しるべ</rt></ruby>の者は日々の暮しに<ruby><rb>指閊</rb><rt>さしつか</rt></ruby>え<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なるにぞ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は氣の毒に思ひ或日<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より金五兩取り出し紙へ<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>りて<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>御邊</rb><rt>ごへん</rt></ruby>今日の營み是ぞと申程の事もなく日々雇の<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>を致さるゆゑ我れ永々<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>なす事甚だ氣の毒に思ふなり是は少しなれども<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し方の足にも致されよと渡すに主は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き是は思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ事を<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せらるゝものかな我等<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>の如く是ぞと申<ruby><rb>業</rb><rt>たつき</rt></ruby>もなき故其日の<ruby><rb>手當</rb><rt>てあて</rt></ruby>も甚だ<ruby><rb>乏</rb><rt>とぼ</rt></ruby>しきを<ruby><rb>見兼</rb><rt>みか</rt></ruby>ね給ふは<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なれども我等事<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ付<ruby><rb>無能</rb><rt>むのう</rt></ruby>ゆゑ是非なく<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>し候まゝ日々<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らする物も心に任せず右さへ<ruby><rb>御厭</rb><rt>おいと</rt></ruby>ひなくば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>此上何時迄居らるゝとも決して御氣遣ひに及ばずとて<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>しければ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby><ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>然に非ず此は此程<ruby><rb>手土産</rb><rt>てみやげ</rt></ruby>にても持參すべきなれども其代りに進ぜるなりと種々申て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>受納</rb><rt>うけをさ</rt></ruby>めさせ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は申樣我等未だ少々の<ruby><rb>資本</rb><rt>しほん</rt></ruby>もあれば何ぞ一<ruby><rb>目論見</rb><rt>もくろみ</rt></ruby>致し度思ふなり何と<ruby><rb>金貸渡世</rb><rt>かねかしとせい</rt></ruby>は如何有らんと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>なせば主は<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き御身何程の金を持給ふか知ねども當地の<ruby><rb>金貸渡世</rb><rt>かねかしとせい</rt></ruby>は<ruby><rb>大坂</rb><rt>おほさか</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>極大身代</rb><rt>ごくだいしんだい</rt></ruby>の者なりと云に<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の大身代の金貸渡世とは違ひ<ruby><rb>小體</rb><rt>こてい</rt></ruby>に致し手早く<ruby><rb>高利</rb><rt>かうり</rt></ruby>を<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>んと思ふなりと申せば主は聞て夫は何共申<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し當時の人氣にては甚だ<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>し<ruby><rb>熟</rb><rt>とく</rt></ruby>と考へ給へと云ふゆゑ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は先々急ぐ事にも非ずと其日は夫なりにて主も雇の<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>あれば出行ける扨靱負は後に<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>して今渠と話見たれども當時にて右樣の渡世をする時は京都へ程近ければ<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>危し何れにも<ruby><rb>片田舍</rb><rt>かたゐなか</rt></ruby>へ<ruby><rb>引込</rb><rt>ひつこん</rt></ruby>で外は工夫せんと思ひしが<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>心落付ず彼是と考へ居たる中主も歸り來りければ靱負は主に<ruby><rb>對</rb><rt>むかひ</rt></ruby>當地は斯土地<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>も能事ゆゑ上手なる<ruby><rb>易者</rb><rt>えきしや</rt></ruby>あらずやと云ひければ主は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>當所には<ruby><rb>名高</rb><rt>なだか</rt></ruby>き<ruby><rb>易者</rb><rt>えきしや</rt></ruby>にて<ruby><rb>白水翁</rb><rt>はくすゐおう</rt></ruby>と申あり<ruby><rb>寔</rb><rt>まこと</rt></ruby>に名人なりと云ひければ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は大きに悦び然らば今日は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夕陽</rb><rt>せきやう</rt></ruby>に及びしゆゑ明日參るべしとて<ruby><rb>目録</rb><rt>もくろく</rt></ruby>など<ruby><rb>用意</rb><rt>ようい</rt></ruby>に及びけり<ruby><rb>抑々</rb><rt>そも〱</rt></ruby>此<ruby><rb>白水翁</rb><rt>はくすゐおう</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>人の<ruby><rb>禍福</rb><rt>くわふく</rt></ruby><ruby><rb>吉凶</rb><rt>きつきよう</rt></ruby>を<ruby><rb>判斷</rb><rt>はんだん</rt></ruby>し<ruby><rb>成敗</rb><rt>せいはい</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>さす</rt></ruby>に其人の年<ruby><rb>齡</rb><rt>れい</rt></ruby>月日時を聞て<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>を立<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へを<ruby><rb>施</rb><rt>ほど</rt></ruby>こし云ふ事實に<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>の如く世の人の知る處なり扨翌日にも成りければ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は其身の<ruby><rb>吉凶</rb><rt>きつきよう</rt></ruby>を見ることゆゑ<ruby><rb>沐浴</rb><rt>もくよく</rt></ruby>して<ruby><rb>身體</rb><rt>しんたい</rt></ruby>を<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>め彼の<ruby><rb>白水翁</rb><rt>はくすゐおう</rt></ruby>の方へ到りて頼みければ白水翁靱負に對ひ年<ruby><rb>齡</rb><rt>れい</rt></ruby>生れし月日等を聞<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>を立て<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby>考へ居たりしが靱負に向ひ此<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>は甚だ<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ難し早く歸り給へと云ふに<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>如何にも心得ぬ<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>にて某しの卦は何故に<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>きや察する所<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>の<ruby><rb>表</rb><rt>へう</rt></ruby><ruby><rb>吉</rb><rt>よ</rt></ruby>からざれば<ruby><rb>白地</rb><rt>あらは</rt></ruby>に示し難きならんか然ども<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りしこと故何事なりとも<ruby><rb>忌憚</rb><rt>いみはゞか</rt></ruby>りなく<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ下されよと云ひければ白水翁<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>左右</rb><rt>さいう</rt></ruby>に<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>我元より<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>らざるが故に其許の<ruby><rb>易</rb><rt>えき</rt></ruby>は申されずと云ふ靱負問て今も申如く假令如何なることなりとも苦しからず夫を聞ん爲斯來りしなり是非とも語り給へと云ひければ白水翁<ruby><rb>左程</rb><rt>さほど</rt></ruby>に申さるゝことならば是非なきにより語り申さん先づ此<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>よる</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>に<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>し給ふべしと申に<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ何人か世に生れて死せざるの<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>あらんや我幾年の後死するや<ruby><rb>白水翁</rb><rt>はくすゐおう</rt></ruby>曰く今年死し給はん今年何月に死すべきや今年今月死し給ふべし今月幾日に死するや今年今月今日死し給ふべしと云にぞ<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は心中大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどほ</rt></ruby>りて<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたたび</rt></ruby>問ひけるは<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>は何時なるや白水<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へて今夜三<ruby><rb>更</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>に死し給はん靱負は思はず<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>らげ今夜實に死しなば萬事<ruby><rb>夫限</rb><rt>それかぎ</rt></ruby>り<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>死せずんば明日<ruby><rb>貴殿</rb><rt>きでん</rt></ruby>を只は<ruby><rb>差置難</rb><rt>さしおきがた</rt></ruby>しと云に白水翁夫は<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり其許明日まで<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>なくんば來つて<ruby><rb>我首</rb><rt>わがくび</rt></ruby>を取給へと申せば靱負は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>の<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>きを聞て<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり白水を<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>より引下し<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を上て<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>打</rb><rt>うた</rt></ruby>んとなす此時<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の者先刻よりの<ruby><rb>聲高</rb><rt>こゑだか</rt></ruby>を聞付何ことやらんと來りしが<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見て<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby>て<ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へ種々靱負を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだめ</rt></ruby>ける故靱負は心付我は今日<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>の身なり殊に京都へ程近き所にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がしきことを仕出し萬一京都の人の目にも掛る時は此身の一大事に及ばんと人の<ruby><rb>中裁</rb><rt>ちうさい</rt></ruby>を幸ひに早々<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りしが靱負は主に對ひ白水翁の方へ參り<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby><ruby><rb>云々也</rb><rt>しか〱なり</rt></ruby>と有し事共<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがたり</rt></ruby>しかば主は驚き白水翁が斯申時はと思ひながら靱負の樣子を見るに今夜<ruby><rb>子</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>に死する者が<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>健</rb><rt>すこや</rt></ruby>かに有べき樣もなし如何なれば<ruby><rb>翁</rb><rt>おう</rt></ruby>が斯樣の事を云しかと<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>するも<ruby><rb>道理</rb><rt>ことわり</rt></ruby>ぞかし然れば靱負は甚だ<ruby><rb>氣色</rb><rt>きしよく</rt></ruby>を<ruby><rb>損</rb><rt>そん</rt></ruby>じ居ける故主は昨日<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひし<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>にて<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby><ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ來り<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>事は<ruby><rb>祝</rb><rt>いは</rt></ruby>ひ直さば<ruby><rb>凶</rb><rt>きよ</rt></ruby>も<ruby><rb>吉</rb><rt>きち</rt></ruby>に<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>ずべしと申<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め兩人して<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>を<ruby><rb>催</rb><rt>もよほ</rt></ruby>せしが<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>は元より<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>な<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>ゆゑ主が<ruby><rb>氣轉</rb><rt>きてん</rt></ruby>の<ruby><rb>熱</rb><rt>あつ</rt></ruby>がんに氣を取直して<ruby><rb>快</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>よく<ruby><rb>獻</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>酬</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れつ<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしが何時しか日さへ<ruby><rb>暮果</rb><rt>くれはて</rt></ruby>て兩人共<ruby><rb>睡眠</rb><rt>ねむり</rt></ruby>の氣ざし<ruby><rb>肱</rb><rt>ひぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>にとろ〱と<ruby><rb>睡</rb><rt>まどろ</rt></ruby>むともなしに<ruby><rb>寢入</rb><rt>ねいり</rt></ruby>しが早三<ruby><rb>更</rb><rt>かう</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>靱負は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>起上</rb><rt>おきあが</rt></ruby>り其のまゝ爰を<ruby><rb>飛出</rb><rt>とびいだ</rt></ruby>しける故主は何事なるやと<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>ながら後より<ruby><rb>追馳</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>行しに其<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>き事<ruby><rb>飛</rb><rt>とぶ</rt></ruby>が如く<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>追着</rb><rt>おひつく</rt></ruby>事能はず待ね〱と<ruby><rb>呼止</rb><rt>よびとむ</rt></ruby>れど靱負は一向<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>にも入ず足に任せて<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby>しが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>海邊</rb><rt>うみべ</rt></ruby>に到り<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby>の上を<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆく</rt></ruby>事<ruby><rb>陸地</rb><rt>くがち</rt></ruby>を<ruby><rb>歩行</rb><rt>あゆむ</rt></ruby>がごとくなれば主は<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>しアレヨ〱と呼はりける其間に靱負は<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>の方へ行し樣子なれども<ruby><rb>星明</rb><rt>ほしあか</rt></ruby>りゆゑ今は定かに見え分ず主は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>波打際</rb><rt>なみうちぎは</rt></ruby>へ<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby>來りて<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見れば早靱負が<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>は<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>もなく<ruby><rb>末白波</rb><rt>あとしらなみ</rt></ruby>となり行しは<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>と云ふも餘りありと<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>呆然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>海原</rb><rt>うなばら</rt></ruby>に立たりしが<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>迄斯て居るとも更に其<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つき</rt></ruby>て立歸りしが如何にも不思議は<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>ざりしとぞ

## 第二十四回

偖又嘉川主税之助の用人安間平左衞門と共に<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>に<ruby><rb>加</rb><rt>くはゝ</rt></ruby>りし立花左仲は主人主税之助并に同役平左衞門共に<ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>へ呼出されしかば我身の事を<ruby><rb>倩々</rb><rt>つら〱</rt></ruby>考ふるに我今此屋敷を出て何方へ仕官を望む共<ruby><rb>召抱</rb><rt>めしかゝ</rt></ruby>へらるべき樣なし然とて<ruby><rb>空然々々</rb><rt>うか〱</rt></ruby>當屋敷に居る時は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て平左衞門同樣に呼出さるべし尤も我<ruby><rb>差</rb><rt>さ</rt></ruby>せる<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を作りし事はなしと雖も主人并に平左衞門の惡事に掛りし事も有れば其罪申し開くべき道なし猶又お島の事も我主人と共に<ruby><rb>責惱</rb><rt>せめなやま</rt></ruby>せし事もあり全く<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>せしは平左衞門なれども<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>と惡に<ruby><rb>與</rb><rt>くみ</rt></ruby>せし事なれば何れの<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>にも申譯立難し如何はせんと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>を<ruby><rb>運</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らしけるに平左衞門が金子を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>なす事を<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て知りければ或夜安間が宅へ忍入<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の錠をこぢあけ二百兩の金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取其儘屋敷を忍び出夜に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れて千住の方へと行たりけり此左仲は<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>下總</rb><rt>しもふさ</rt></ruby><ruby><rb>銚子在</rb><rt>てうしざい</rt></ruby>の百姓の悴なりしが江戸へ出て御旗本を<ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>渡り<ruby><rb>侍士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>を勤め夫より用人<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>をなし流れ〱て嘉川家へ<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>込しに當時嘉川の<ruby><rb>評判</rb><rt>ひやうばん</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>き故<ruby><rb>自</rb><rt>おのづ</rt></ruby>から<ruby><rb>知音</rb><rt>ちいん</rt></ruby>の人も<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>ざかりしにより<ruby><rb>常陸</rb><rt>ひたち</rt></ruby><ruby><rb>筑波</rb><rt>つくば</rt></ruby>山の近邊に少しの知音を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>り行んと千住へ出筑波を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て急ぎしが先江戸<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>を夜の中に通り<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬ</rt></ruby>け<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>晝中は人目を<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>り<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに彼の盜み取し二百兩の金にて<ruby><rb>宿場</rb><rt>しゆくば</rt></ruby>の<ruby><rb>飯盛</rb><rt>めしもり</rt></ruby>女を揚げて日を暮し夜に入るを待て其處を立出で夫より松戸の渡しも<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>通り越<ruby><rb>小金</rb><rt>こがね</rt></ruby>が<ruby><rb>原</rb><rt>はら</rt></ruby>に差掛りけるに扨<ruby><rb>物淋</rb><rt>ものさび</rt></ruby>しき原中ゆゑ先腰なる<ruby><rb>摺燧</rb><rt>すりひうち</rt></ruby>を<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し松の根に<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>打掛</rb><rt>うちかけ</rt></ruby>煙草<ruby><rb>燻</rb><rt>くゆ</rt></ruby>らす折柄<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>尾來</rb><rt>つけきた</rt></ruby>りしと見えて一人の大の男腰に<ruby><rb>長刀</rb><rt>なががたな</rt></ruby>をぶつ込み左仲の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と來りて旅人は何れへ行るゝや日の中は能き<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>みをなし夜を掛ての一人旅樣子あり氣な御人なり我等は<ruby><rb>夜道</rb><rt>よみち</rt></ruby>が大いに<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>なれば御同道申べし其火を爰へ貸給へと<ruby><rb>竹火繩</rb><rt>たけびなは</rt></ruby>を左仲が<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>の<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>すにぞ左仲は<ruby><rb>愕然</rb><rt>ぎよつ</rt></ruby>となし思はず<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ出せし體を見るより彼の者は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ左仲が側へ同じく<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>打掛</rb><rt>うちかけ</rt></ruby><ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>は何等の<ruby><rb>用</rb><rt>よう</rt></ruby>にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>夜道を致さるゝやと云ひけるに左仲は<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>より一言も云はず居たりしが彼の者の<ruby><rb>容體</rb><rt>ようだい</rt></ruby>を見て大いに恐れ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れもなき盜賊なるべし我渠を見しより思はず<ruby><rb>恐怖</rb><rt>おそれ</rt></ruby>し事故我弱みを見て<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>馴々敷</rb><rt>なれ〱しく</rt></ruby><ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と申なるべしと思ひ内心には甚だ<ruby><rb>怖恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>しなれども爰ぞ我身の一大事一生懸命に<ruby><rb>肱</rb><rt>ひぢ</rt></ruby>を張落付たる<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて我等は行先未だ決せず其譯は<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひたる<ruby><rb>仲間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>に貯への金子を一<ruby><rb>昨夜</rb><rt>さくや</rt></ruby><ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれ<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>致せし故夫を捕へんと<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>夜道も厭はず通るなり<ruby><rb>御邊</rb><rt>ごへん</rt></ruby>は又<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>此處を今時分通らるゝやと申ければ<ruby><rb>彼者</rb><rt>かのもの</rt></ruby>は左仲が樣子は晝の中より<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見濟し又左仲が<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>に<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>のある事も知りたれば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>尾來</rb><rt>つけきた</rt></ruby>りし故今左仲が申を聞て大いに笑ひ御身は<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ひ夫を捕へん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>追行</rb><rt>おひゆく</rt></ruby>と云給へど千住にて今朝より<ruby><rb>暮方迄</rb><rt>くれがたまで</rt></ruby>女を相手に<ruby><rb>快樂</rb><rt>たのしみ</rt></ruby>日の暮てより夜道をさるゝ事今の話に<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>せず<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>の事を云ひ給へと<ruby><rb>詰</rb><rt>なじ</rt></ruby>るに左仲は<ruby><rb>御邊</rb><rt>ごへん</rt></ruby>は何人なれば先程より<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>を<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>嘲哢</rb><rt>てうろう</rt></ruby>せらるゝぞと思はずも少し<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を荒く云ひければ<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の者申しけるは我等が名を<ruby><rb>聞度</rb><rt>きゝたし</rt></ruby>と云ふ事なら何より<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>し我は<ruby><rb>此街道</rb><rt>このかいだう</rt></ruby>で強盜を働き<ruby><rb>道玄次郎</rb><rt>だうげんじらう</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の頭なり御身如何に我を欺き<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと思ふ共<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>折込</rb><rt>をれこ</rt></ruby>んだら最早佛の仲間入尋常に其懷中の金を渡して行ば<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>と衣類は<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>すのみならず三朱や一分の路用は<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>又惡く<ruby><rb>情張</rb><rt>じやうはる</rt></ruby>と是非に及ばず此世の暇を取するばかり<ruby><rb>手短</rb><rt>てみじか</rt></ruby>の話が先斯した處だ何れなりとも御望み次第<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だネ旅の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>其懷ろは御前が彼の飯盛の<ruby><rb>揚代</rb><rt>あげだい</rt></ruby>を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ふ時篤と見て置夫故跡を<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>たのサ又<ruby><rb>此方</rb><rt>こな</rt></ruby>さんも其金は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>やら<ruby><rb>盜</rb><rt>もの</rt></ruby>した樣だが<ruby><rb>盜</rb><rt>もの</rt></ruby>した物なら<ruby><rb>盜</rb><rt>もの</rt></ruby>するは私が商賣ぢやサアきり〱と渡さぬか命までを貰ふとは申さぬと云れて左仲は<ruby><rb>力身</rb><rt>りきみ</rt></ruby>も<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬ</rt></ruby>け齒の根も合ずくづ〱と是非なく懷中より金百兩の<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>を取出し盜賊に渡せば是々夫では<ruby><rb>濟</rb><rt>す</rt></ruby>まぬ惡ひ<ruby><rb>根性</rb><rt>こんじやう</rt></ruby>だ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>直段</rb><rt>ねだん</rt></ruby>の極つて居る者をサア<ruby><rb>淡泊</rb><rt>さつぱり</rt></ruby>と男らしく渡して仕舞へと云れて又も殘りの金を殘らず取出し盜賊の前に差出せば次郎は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と打笑ひ夫れで能い<ruby><rb>心持</rb><rt>こゝろも</rt></ruby>ちだらうドリヤ路用ははずんで<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ようと<ruby><rb>額銀</rb><rt>がくぎん</rt></ruby>一ツ<ruby><rb>投出</rb><rt>なげだ</rt></ruby>しサア是で何處へなりと<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>をれへ言捨道玄次郎は<ruby><rb>悠々</rb><rt>いう〱</rt></ruby>と金を<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>して何國ともなく立去けり左仲は跡に<ruby><rb>大汗</rb><rt>おほあせ</rt></ruby><ruby><rb>拭</rb><rt>ふ</rt></ruby>き偖々危ふきめに逢しと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら道玄次郎が<ruby><rb>投</rb><rt>なげ</rt></ruby>出したる一分の金を<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ上げ是が路用か情なやと<ruby><rb>塵</rb><rt>ちり</rt></ruby><ruby><rb>打拂</rb><rt>うちはら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>常陸</rb><rt>ひたち</rt></ruby>の方へと急ぎしが未だ夜も深ければ左仲は原中を<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>り〱て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>程に心細くぞ思ひけり（此道玄次郎と云は當時<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>張本</rb><rt>ちやうほん</rt></ruby>にて手下の者百五六十人もあり諸所にて押込み夜盜を働きし<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なれども終に運盡て是も大岡越前守殿に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしと</rt></ruby>られ刑罰に行はれしとなり）

## 第二十五回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て立花左仲は<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>くも此所を<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れ漸々命は助りしと云ふものゝ盜み得し金は<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれ路用にせよとて投出せし<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か一分の金を拾ひ取心細くも夜の道を行所に<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か向ふに火の光りの見えければ不思議に思ひ此原は未だ<ruby><rb>人里</rb><rt>ひとさと</rt></ruby>までは程あるを<ruby><rb>彼處</rb><rt>かしこ</rt></ruby>に火の光り見ゆるは如何にも<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>ずと思ひ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>づきて樣子を見れば<ruby><rb>野火</rb><rt>のび</rt></ruby>を<ruby><rb>焚</rb><rt>たき</rt></ruby>て居る者あり皆<ruby><rb>怪氣</rb><rt>あやしげ</rt></ruby>なる荒男ゆゑ左仲は又もや賊ならんと<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>は<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たれども今更立戻るべきやうもなく心ならずも彼の火の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ行しに彼者ども左仲を見付<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>暫く<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>を<ruby><rb>待設</rb><rt>まちまう</rt></ruby>けたりと云ひつゝ兩人<ruby><rb>直</rb><rt>ずつ</rt></ruby>と立上り左仲を中に<ruby><rb>取圍</rb><rt>とりかこ</rt></ruby>みサア懷中の金を置て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆけ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>いふ時は是非に及ばず<ruby><rb>荒療治</rb><rt>あられうぢ</rt></ruby>だぞと兩人左仲が手を取に左仲は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>一<ruby><rb>生懸命</rb><rt>しやうけんめい</rt></ruby><ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>の一<ruby><rb>刀</rb><rt>たう</rt></ruby><ruby><rb>拔</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放し<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>て懸ればソリヤ<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬい</rt></ruby>たぞと兩方より手に〱<ruby><rb>晃</rb><rt>きらめ</rt></ruby>く<ruby><rb>山刀</rb><rt>やまがたな</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>つ流しつ<ruby><rb>切結</rb><rt>きりむす</rt></ruby>ぶ左仲は茲ぞ死物狂ひと働け共二人の賊は事ともせず<ruby><rb>斬立々々</rb><rt>きりたて〱</rt></ruby><ruby><rb>切捲</rb><rt>きりまく</rt></ruby>れば終に左仲は斬立られ<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はじと<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>行を一人の賊は後より<ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>を<ruby><rb>伸</rb><rt>のば</rt></ruby>して<ruby><rb>袈裟掛</rb><rt>けさがけ</rt></ruby>に左の<ruby><rb>肩先</rb><rt>かたさき</rt></ruby>四五寸ばかりエイト云樣切下れば左仲はアツと<ruby><rb>反返</rb><rt>そりかへ</rt></ruby>るを今一人が<ruby><rb>眞向</rb><rt>まつかう</rt></ruby>よりざツくり切たる<ruby><rb>一太刀</rb><rt>ひとたち</rt></ruby>に二言と云はず死してけり二人は血刀<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ先久し<ruby><rb>振</rb><rt>ぶ</rt></ruby>りの<ruby><rb>山吹色</rb><rt>やまぶきいろ</rt></ruby>と懷中へ手を入れてヤアないはコリヤどうぢやと二人は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>やらず猶も懷中を<ruby><rb>掻探</rb><rt>かきさぐ</rt></ruby>り<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>を引出し振つて見て二人は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>ヤアたツた一分の<ruby><rb>本尊樣</rb><rt>ほんぞんさま</rt></ruby>淺草の觀音樣は一寸八分だたツた一<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>とは情ないと何分<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>やらず今朝見て置た此仕事どうした<ruby><rb>表裡</rb><rt>へうり</rt></ruby>の<ruby><rb>瓢箪</rb><rt>へうたん</rt></ruby>ぢやと<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果たるばかりなり（此二人の賊は<ruby><rb>道玄</rb><rt>だうげん</rt></ruby>次郎が手下なり左仲が樣子を千住にて見て取<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>代呂物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>と付つ廻しつ居たりしが左仲は夜道に此原を通る樣子故大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び先へ廻りて網を張しを<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>の道玄次郎は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>より其知せもなき故一向知らず千住<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>にて左仲が樣子を見付しかば此原の入口にて左仲に<ruby><rb>追付</rb><rt>おひつき</rt></ruby>十分に仕事をせしなり又手下の兩人は<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に此事知らざれば今斯の如く左仲を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>して金のなきに<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れたり然ば左仲は一度助かりし<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>も<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に手下の者の手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて果しは<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>天</rb><rt>てん</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>にくし</rt></ruby>みならんか）<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る處へ道玄次郎はのさ〱と來掛り<ruby><rb>此體</rb><rt>このてい</rt></ruby>を見て大いに<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ二人の手下に<ruby><rb>打對</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ役にも立ぬ<ruby><rb>無駄骨折</rb><rt>むだぼねをり</rt></ruby><ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>い奴等と云はれて二人は大いに<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>無益</rb><rt>むえき</rt></ruby>の殺生致せしと<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby><ruby><rb>掻</rb><rt>か</rt></ruby>き〱<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>したる其有樣ぞ<ruby><rb>見苦</rb><rt>みぐる</rt></ruby>しき次郎は<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて申樣此樣な<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>を爲ぬ樣に以後は必ず<ruby><rb>注意</rb><rt>きをつけ</rt></ruby>ろと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り散して兩人の手下を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て立去ぬ

## 第二十六回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば嘉川主税之助<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>安間平左衞門の兩人は<ruby><rb>多年</rb><rt>たねん</rt></ruby>の<ruby><rb>積惡</rb><rt>せきあく</rt></ruby>一時に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ又々此度<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の吟味に及ばれける處に安間平左衞門はとても<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ處と<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をなしたりし事なれば尋ねの<ruby><rb>廉々</rb><rt>かど〱</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に白状に及びし故<ruby><rb>其次</rb><rt>そのつぎ</rt></ruby>に願山を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>出されて其方京都に有りし<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>日野家に於ては<ruby><rb>何役</rb><rt>なにやく</rt></ruby>を勤め<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>しぞと申さるゝに願山も<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>覺悟の事なれば私し儀京都に居候節日野家の<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>に<ruby><rb>雇</rb><rt>やと</rt></ruby>はれ折々供も勤めし所<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも安田平馬佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>の惡事に<ruby><rb>與</rb><rt>くみ</rt></ruby>し京都を<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>して平左衞門<ruby><rb>諸倶</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に嘉川家へ入込み<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の惡事に<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>はり島が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を千住の光明院へ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>候又了源寺に居しは十三ヶ年以前の事にて其頃同寺<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>中川佐太郎と申者を<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り候節兄多兵衞と申合せ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を夜中に<ruby><rb>掘出</rb><rt>ほりだ</rt></ruby>し其の死骸の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>等を<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>剥取</rb><rt>はぎとり</rt></ruby>申候處此儀<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れしに付早々<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候と一々白状に及びければ即ち其<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを淺草<ruby><rb>阿部</rb><rt>あべ</rt></ruby>川町了源寺へ申<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>されしかば了源寺にては大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き早速<ruby><rb>所化僧</rb><rt>しよけそう</rt></ruby>一人罷出右の<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>之なき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申立又願山儀は<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>身持<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からず第一<ruby><rb>淫酒</rb><rt>いんしゆ</rt></ruby>の二ツに<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>り其上<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>を仕つり<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>の居間へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入衣類金銀を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取逐電致し候者なりと申立ければ越前守殿此<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れよし〱<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て呼出すこと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べしと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>され了源寺の<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>は下られけり<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby>評定所へ嘉川一件の者ども<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>さる其の人々<ruby><rb>左</rb><rt>さ</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り

嘉川主税之助同人家來<ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>平左衞門<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>多兵衞<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>願山嘉川家々來<ruby><rb>孕石</rb><rt>はらみいし</rt></ruby>源兵衞<ruby><rb>安井</rb><rt>やすゐ</rt></ruby>伊兵衞嘉川藤五郎<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby><ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎山口惣右衞門<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>七右衞門右の者一同<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出ければ<ruby><rb>老中</rb><rt>らうぢう</rt></ruby>井上河内守殿<ruby><rb>若年寄</rb><rt>わかどしより</rt></ruby>大久保長門守殿石川近江守殿<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行黒田豐前守殿大<ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby>有馬出羽守殿御目付松浦<ruby><rb>與</rb><rt>よ</rt></ruby>四郎殿を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby><ruby><rb>留役</rb><rt>とめやく</rt></ruby>御勘定<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>役御<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>目付御小人目付其<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の役人列座あり其時町奉行大岡越前守殿<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の如く<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>まれコリヤ主税之助其方儀嘉川平助<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>の身として先平助以來の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>を<ruby><rb>我意</rb><rt>がい</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>差遣</rb><rt>さしつかは</rt></ruby>し藤五郎藤三郎の中を<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に<ruby><rb>相立</rb><rt>あひたつ</rt></ruby>べきの處に左はなくして<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>れが<ruby><rb>實子</rb><rt>じつし</rt></ruby>たる<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎を以て<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>に立養父平助の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>りしのみならず<ruby><rb>惡意</rb><rt>あくい</rt></ruby>を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し藤五郎藤三郎を<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>はんと<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきやと申されければ主税之助は恐入て惡事相違御座なく候と申けるに大岡殿又平左衞門に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>はれ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なり先年京都日野家に於て稻葉丹後守の<ruby><rb>老臣</rb><rt>らうしん</rt></ruby>稻葉勘解由を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>きて三千三百兩の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め取り<ruby><rb>其後</rb><rt>そのご</rt></ruby><ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>多兵衞が世話を以て嘉川主税之助方へ<ruby><rb>隨身</rb><rt>ずゐしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>申立たる如くの<ruby><rb>惡意</rb><rt>あくい</rt></ruby>を<ruby><rb>差挾</rb><rt>さしはさ</rt></ruby>みし段相違無かと申さるゝに平左衞門其事儀相違無御座候と申立れば又大岡殿には<ruby><rb>切首</rb><rt>きりくび</rt></ruby>多兵衞<ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>願山主税之助家來孕石源兵衞安井伊兵衞建部郷右衞門伴<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎陸尺七右衞門<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>出て居るかと<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>一同に<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出候と申に越前守殿<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>共一同是まで申立たる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>相違なきやと申さるゝに一同相違御座なく候と答に及びたり時に越前守殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>申付るとあつて<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby><ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は一同下る<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>追て呼出すと申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されければ<ruby><rb>其日</rb><rt>そのひ</rt></ruby>は一同に下りけり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば<ruby><rb>此度</rb><rt>このたび</rt></ruby>の一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>大岡殿<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に力を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>されしは京都<ruby><rb>堂上方</rb><rt>だうじやうがた</rt></ruby>の<ruby><rb>御内</rb><rt>みうち</rt></ruby>に<ruby><rb>關係</rb><rt>かゝはる</rt></ruby>の事<ruby><rb>故</rb><rt>がら</rt></ruby>なればなり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど四海に<ruby><rb>轟</rb><rt>とゞろ</rt></ruby>く<ruby><rb>明智</rb><rt>めいち</rt></ruby>の<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>殿ゆゑ<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の所まで<ruby><rb>洞察</rb><rt>みとほ</rt></ruby>されて<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られければ<ruby><rb>大惡</rb><rt>だいあく</rt></ruby><ruby><rb>無道</rb><rt>ぶだう</rt></ruby>の安間平左衞門も終に白状に及び口書も<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>御<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>の次第を一々に取<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>て<ruby><rb>進達</rb><rt>しんたつ</rt></ruby>に及ばれしかば右書面を老中方一覽<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>れし處<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なる<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>き故將軍家へ伺の上伺ひの<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りたるべき<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>の下<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>にて<ruby><rb>相下</rb><rt>あひさげ</rt></ruby>られけり是に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て嘉川一件の者ども<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>とこそ成にけれ

大岡殿<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>により安間平左衞門が<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby><ruby><rb>當人</rb><rt>たうにん</rt></ruby>より<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>白状に及びしと雖も<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>並々</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>ならぬ曲者なれば<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らずの白状には<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>べからずと思はれ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>されけれども<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>の事は一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に申立ず<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>京都にて<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>れと同勤したる佐々木<ruby><rb>靱負</rb><rt>ゆきへ</rt></ruby>を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>吟味せんとて諸方へ手を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>され<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>ありしかども<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>其行衞</rb><rt>そのゆくゑ</rt></ruby>知れざるに付<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>ては立花左仲にても<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>んと<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>ありし處<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>左仲は<ruby><rb>小金</rb><rt>こがね</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>原</rb><rt>はら</rt></ruby>にて<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>されしと云ふことの知れしかば左仲は<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なし<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>も靱負を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね出さんと又々<ruby><rb>諸國</rb><rt>しよこく</rt></ruby>へ手を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>されけれ共靱負の<ruby><rb>在家</rb><rt>ありか</rt></ruby>少しも知ず<ruby><rb>其中</rb><rt>そのうち</rt></ruby>西國へ<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>されたる<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>の者より靱負は<ruby><rb>泉州</rb><rt>せんしう</rt></ruby><ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>にて<ruby><rb>入水</rb><rt>じゆすゐ</rt></ruby>せしと云事を申立しかば<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ある時は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>にて平左衞門が罪の次第<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>に致すべしとて嘉川一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>の者共<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>申付られ落着の<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べを老中方へ<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>されしとなり

<ruby><rb>評</rb><rt>ひやう</rt></ruby>に<ruby><rb>曰</rb><rt>いは</rt></ruby>く此嘉川家一<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>は大岡殿大いに御<ruby><rb>心勞</rb><rt>しんらう</rt></ruby>なされしは第一貳千五百石の御旗本を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>はん事を<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に惜まれけれども主税之助は至て<ruby><rb>愚智</rb><rt>ぐち</rt></ruby><ruby><rb>短才</rb><rt>たんさい</rt></ruby>に在ながら其心は大惡の<ruby><rb>生付</rb><rt>うまれつき</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に取處もなく<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>半知</rb><rt>はんぢ</rt></ruby>も殘し<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>はる樣にと大岡殿<ruby><rb>肺肝</rb><rt>はいかん</rt></ruby>を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>かれけれども主税之助がなせる<ruby><rb>所爲</rb><rt>しよゐ</rt></ruby><ruby><rb>悉皆</rb><rt>こと〲く</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからざるに付甚だ<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き事に思はれ又<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>山口惣右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎建部郷右衞門の三人の<ruby><rb>忠臣</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>の<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>深しと雖も主人主税之助が<ruby><rb>所爲</rb><rt>しよゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>押潰</rb><rt>おしつぶ</rt></ruby>され渠等三人の<ruby><rb>忠志</rb><rt>ちうし</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>程に見えず又陸尺七右衞門の<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>も右の如し又<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しき女なれ共<ruby><rb>腰元</rb><rt>こしもと</rt></ruby>お島が忠節天晴なる事男にも<ruby><rb>勝</rb><rt>まさ</rt></ruby>りしなり<ruby><rb>是等</rb><rt>これら</rt></ruby>の忠節も<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>主税之助一人の<ruby><rb>愚惡</rb><rt>ぐあく</rt></ruby>の爲め<ruby><rb>空敷</rb><rt>むなしく</rt></ruby>嘉川家<ruby><rb>斷絶</rb><rt>だんぜつ</rt></ruby>に及びし事是非なき次第なり

## 第二十七回

<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば嘉川家一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>大岡殿<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>吟味詰の上一同口書相濟しかば<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>享保四年三月廿二日一同<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され大岡殿申渡し左之通り

<ruby><rb>小普請組</rb><rt>こぶしんぐみ</rt></ruby>

<ruby><rb>宮崎内記</rb><rt>みやざきないき</rt></ruby><ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>

<ruby><rb>嘉川主税之助</rb><rt>かがはちからのすけ</rt></ruby>

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby><ruby><rb>平助</rb><rt>へいすけ</rt></ruby><ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby>に相成候節約束を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>き藤五郎藤三郎の兩人を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>し我子<ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>五郎に<ruby><rb>家督</rb><rt>かとく</rt></ruby>を繼せん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>惡事等</rb><rt>あくじとう</rt></ruby><ruby><rb>企</rb><rt>くはだ</rt></ruby>て候段<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>に<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby><ruby><rb>改易</rb><rt>かいえき</rt></ruby>の上八丈ヶ島へ<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らる

<ruby><rb>同人</rb><rt>どうにん</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>

<ruby><rb>安間</rb><rt>あんま</rt></ruby>平左衞門

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>先年京都日野家に<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>に及び其上嘉川主税之助方に於て<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の惡事を助け先代平助<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>藤五郎藤三郎に<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby><ruby><rb>法外</rb><rt>はふぐわい</rt></ruby>の儀を働き<ruby><rb>侍女</rb><rt>こしもと</rt></ruby><ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>を<ruby><rb>絞殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>淺草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby><ruby><rb>阿部川町</rb><rt>あべかはまち</rt></ruby>

<ruby><rb>了源寺</rb><rt>れうげんじ</rt></ruby><ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>

<ruby><rb>願山</rb><rt>ぐわんざん</rt></ruby>

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>として淺草阿部川町了源寺にて<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に及び其上京都日野家に於て惡人共に<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby>なし又此度嘉川主税之助に<ruby><rb>頼</rb><rt>たのま</rt></ruby>れ島が死骸を了源寺<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>千住燒場</rb><rt>せんぢうやきば</rt></ruby>光明院へ置捨に致候段<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>に付死罪申付る

<ruby><rb>嘉川主税之助</rb><rt>かがはちからのすけ</rt></ruby><ruby><rb>假抱</rb><rt>かりかゝへ</rt></ruby>

<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby>

<ruby><rb>多兵衞</rb><rt>たへゑ</rt></ruby>

其方<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>身持</rb><rt>みもち</rt></ruby><ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>成ず今度主税之助申付により<ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>の死骸を弟願山と<ruby><rb>馴合</rb><rt>なれあひ</rt></ruby>光明院へ<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておき</rt></ruby>に致其上主税之助に<ruby><rb>頼</rb><rt>たのま</rt></ruby>れ建部郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎の兩人を<ruby><rb>討殺</rb><rt>うちころさ</rt></ruby>んと存所々<ruby><rb>尾睨</rb><rt>つけねら</rt></ruby>ひ候段重々不屆に付三<ruby><rb>宅島</rb><rt>やけじま</rt></ruby>へ<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>嘉川</rb><rt>かがは</rt></ruby>主税之助家來

<ruby><rb>孕石</rb><rt>はらみいし</rt></ruby>源兵衞

同

安井伊兵衞

<ruby><rb>其方共儀</rb><rt>そのはうどもぎ</rt></ruby>主人申付とは云ひながら<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>に<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候に依て江戸<ruby><rb>構</rb><rt>かまへ</rt></ruby>申付る

嘉川主税之助<ruby><rb>養子</rb><rt>やうし</rt></ruby><ruby><rb>總領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>

<ruby><rb>嘉川</rb><rt>かがは</rt></ruby>藤五郎

其方儀嘉川家<ruby><rb>嫡子</rb><rt>ちやくし</rt></ruby>の身分を以て常々<ruby><rb>不行跡</rb><rt>ふぎやうせき</rt></ruby>の由沙汰有之の處<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby><ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>にて存命も<ruby><rb>量</rb><rt>はか</rt></ruby>り難き由是に<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て全快まで<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>へ御預仰付らる

嘉川主税之助<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>

<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>郷右衞門

同

<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎

同

<ruby><rb>山口</rb><rt>やまぐち</rt></ruby>惣右衞門

其方共儀<ruby><rb>忠節</rb><rt>ちうせつ</rt></ruby>の計ひとは申乍ら<ruby><rb>用役</rb><rt>ようやく</rt></ruby>の<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>を以て家事不<ruby><rb>取締</rb><rt>とりしまり</rt></ruby>に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し候段屹度叱り申付る

<ruby><rb>須田町</rb><rt>すだちやう</rt></ruby>一丁目<ruby><rb>治兵衞店</rb><rt>ぢへゑたな</rt></ruby>

七右衞門

其方儀<ruby><rb>先代</rb><rt>せんだい</rt></ruby>嘉川平助に<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>も有之り候由にて藤五郎藤三郎<ruby><rb>建部</rb><rt>たてべ</rt></ruby>郷右衞門<ruby><rb>伴</rb><rt>ばん</rt></ruby><ruby><rb>佐</rb><rt>すけ</rt></ruby>十郎右四人<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>致方</rb><rt>いたしかた</rt></ruby>に候<ruby><rb>得共</rb><rt>えども</rt></ruby>身分不<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>なる儀に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>以後法外之なき樣心掛べし

<ruby><rb>故</rb><rt>もと</rt></ruby>平助<ruby><rb>二男</rb><rt>じなん</rt></ruby>

<ruby><rb>嘉川</rb><rt>かがは</rt></ruby>藤五郎

其方儀<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の思召を以て<ruby><rb>先知</rb><rt>せんち</rt></ruby>八十俵下し置れ<ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby><ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>さる

<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>新規</rb><rt>しんき</rt></ruby>御<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>に相成<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>に家名存せしは大岡殿の<ruby><rb>仁智</rb><rt>じんち</rt></ruby>に因る所なり

嘉川主税一件終

  


## 小西屋一件

  


<ruby><rb>小西屋</rb><rt>こにしや</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>都會</rb><rt>とくわい</rt></ruby>の土地は<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby><ruby><rb>競</rb><rt>きそ</rt></ruby>ふ大江戸の中にも<ruby><rb>目貫</rb><rt>めぬき</rt></ruby>は本町通り土一升に金一升といふに<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はぬ商家の<ruby><rb>櫛比</rb><rt>しつぴ</rt></ruby><ruby><rb>土庫</rb><rt>ぬりこめ</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>く建連ね何れも<ruby><rb>魯</rb><rt>おろか</rt></ruby>は有らざる<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に同町三丁目に<ruby><rb>數代</rb><rt>すだい</rt></ruby><ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>く小西長左衞門といふ<ruby><rb>藥種屋</rb><rt>やくしゆや</rt></ruby>あり間口凡そ二十間<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りにして<ruby><rb>小賣店</rb><rt>こうりみせ</rt></ruby><ruby><rb>問屋店</rb><rt>とひやみせ</rt></ruby>の<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたつ</rt></ruby>に分ち<ruby><rb>袖藏</rb><rt>そでぐら</rt></ruby>あり奧藏あり男女<ruby><rb>夥多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の召仕ありて何萬兩といふ<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby><ruby><rb>暗</rb><rt>くらか</rt></ruby>らず送りゆく<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>長左衞門は<ruby><rb>今茲</rb><rt>ことし</rt></ruby>（享保二年）五十の坂を二つ三つ越え<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>のお<ruby><rb>賤</rb><rt>しづ</rt></ruby>は是も又四十を<ruby><rb>五</rb><rt>いつ</rt></ruby>つ<ruby><rb>六</rb><rt>む</rt></ruby>つ<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>たるが<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>といふ者は長三郎とて今茲十九になる男子一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>に此長三郎は<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れ附ての美男にて女の如き者なれば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>ともなく本町<ruby><rb>業平</rb><rt>なりひら</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>小西屋の<ruby><rb>俳優息子</rb><rt>やくしやむすこ</rt></ruby>と評判殊に<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>かるより夫婦は<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>て<ruby><rb>樂隱居</rb><rt>らくいんきよ</rt></ruby>をば爲ん物と朝暮思ひ<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>けるが長三郎は若きに<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>浮</rb><rt>うき</rt></ruby>たる<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>は<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>もあらで物見遊山は更にも<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>はず<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ出る事を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひたゞ奧まりたる<ruby><rb>一室</rb><rt>ひとま</rt></ruby>に<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>り書籍を<ruby><rb>繙</rb><rt>ひもと</rt></ruby>き<ruby><rb>讀事</rb><rt>よむこと</rt></ruby>を此上もなき<ruby><rb>快樂</rb><rt>たのしみ</rt></ruby>と爲しつゝ月日を送りけるに惡きは惡き<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>はまた<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>とて之を<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>にするは是また親の<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>なれば長左衞門夫婦の者は長三郎の<ruby><rb>温順</rb><rt>おとなしき</rt></ruby>を<ruby><rb>反</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>に<ruby><rb>病</rb><rt>や</rt></ruby>み<ruby><rb>年頃</rb><rt>としごろ</rt></ruby>に成し身にしてあの如く<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>へも出ねば<ruby><rb>癆症</rb><rt>らうしやう</rt></ruby>も<ruby><rb>發</rb><rt>おこ</rt></ruby>りやすらん<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとり</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>掛替のなき者なるを<ruby><rb>病</rb><rt>やまひ</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>らば<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby>せんと<ruby><rb>長年</rb><rt>ながねん</rt></ruby><ruby><rb>勤</rb><rt>つとむ</rt></ruby>る<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>の忠兵衞を<ruby><rb>聘</rb><rt>よ</rt></ruby>び事の由を話して<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>も有しならば息子を<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ伴ひ出し<ruby><rb>保養</rb><rt>ほやう</rt></ruby>をさせて下されと<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば忠兵衞心得て<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の前を<ruby><rb>退出</rb><rt>まかりいで</rt></ruby>けり其年もはや彌生の初旬<ruby><rb>木々</rb><rt>きゞ</rt></ruby>の<ruby><rb>梢</rb><rt>こずゑ</rt></ruby>に<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby><ruby><rb>咲出</rb><rt>さきいで</rt></ruby><ruby><rb>徐々</rb><rt>そよ〱</rt></ruby>と吹く春風も<ruby><rb>自然</rb><rt>おのづから</rt></ruby>なる温暖さ然ども<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>長三郎は例の如く籠りゐる<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>を開て忠兵衞が若旦那樣<ruby><rb>相變</rb><rt>あひかは</rt></ruby>らず今日も<ruby><rb>御本</rb><rt>ごほん</rt></ruby>で御座りますかと進み<ruby><rb>這入</rb><rt>はひる</rt></ruby>に此方は見返へりオヽ<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>かと思へば<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞<ruby><rb>昨今</rb><rt>さくこん</rt></ruby><ruby><rb>水揚</rb><rt>みづあげ</rt></ruby>の<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>ありて店は<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>いそがしいと聞しに今頃何用にて「ヘイ水揚<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>も御座りましたが夫も<ruby><rb>大略</rb><rt>あらかた</rt></ruby><ruby><rb>結了</rb><rt>かたづい</rt></ruby>て少の<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>を得ましたより參りし<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>も外ならず時も<ruby><rb>彌生</rb><rt>やよひ</rt></ruby>の好時節上野<ruby><rb>隅田</rb><rt>すみだ</rt></ruby>の花も<ruby><rb>咲出</rb><rt>さきいで</rt></ruby>何處も彼所も<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>ふゆゑ<ruby><rb>貧富</rb><rt>ひんぷ</rt></ruby>を問ず己が<ruby><rb>隨意</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>割籠</rb><rt>わりご</rt></ruby>を造り<ruby><rb>酒器</rb><rt>さゝへ</rt></ruby>を持ち花見に出で<ruby><rb>積鬱</rb><rt>せきうつ</rt></ruby>を散じる中に<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>のみは<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>垂籠</rb><rt>たれこめ</rt></ruby>て御本をのみお<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>で有ては<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>またお目の毒に成ますれば<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>は<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へお出なされ青い物でも<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごろう</rt></ruby>じたらお氣も<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>やうお目にも能らうと夫で花見をお<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>申しに參りましたと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ長三郎は<ruby><rb>片頬</rb><rt>かたほ</rt></ruby>に<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>み今に初ぬ<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>の<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>主人思ひは有難けれど<ruby><rb>憖</rb><rt>なま</rt></ruby>じ戸外へ出る時は<ruby><rb>反</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて身の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>目の毒なれば<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby><ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>し居間に居て好な書物を<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>ながら庭の青葉を<ruby><rb>眺</rb><rt>ながめ</rt></ruby>てゐるが此身の<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>で有ぞかしと言を忠兵衞<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は若旦那のお言葉とも<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>ずお<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>と雖も廣くもあらず<ruby><rb>況</rb><rt>まし</rt></ruby>てや書物に<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby>れば第一お目の毒なれば<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ出て爛漫たる櫻の<ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>り山水の<ruby><rb>望</rb><rt>ながめ</rt></ruby>は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>四方</rb><rt>よも</rt></ruby>の人が花に<ruby><rb>遊行</rb><rt>あくがれ</rt></ruby><ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>に醉ひ打戲るゝ<ruby><rb>景状</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を御覽にならばお目の藥と<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>言はれて<ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>ばみ忠兵衞夫等を目の藥と<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>か知ねど<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>にあらず目には<ruby><rb>忌可</rb><rt>いむべ</rt></ruby>き物<ruby><rb>十</rb><rt>とう</rt></ruby>ありと<ruby><rb>或</rb><rt>ある</rt></ruby>醫者どのに聞たりしに中にも風に<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>るを<ruby><rb>忌</rb><rt>い</rt></ruby>み又白き物を見るを<ruby><rb>忌</rb><rt>い</rt></ruby>む今や<ruby><rb>開花</rb><rt>かいくわ</rt></ruby>の<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>とて打續たる<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>なれば上野<ruby><rb>隅田</rb><rt>すみだ</rt></ruby>も人もや<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ん<ruby><rb>然</rb><rt>さす</rt></ruby>れば<ruby><rb>彼所</rb><rt>かしこ</rt></ruby>は打ち水<ruby><rb>爲可</rb><rt>なすべ</rt></ruby>き者もあらざれば<ruby><rb>塵芥</rb><rt>ほこり</rt></ruby>は立て風吹ば<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>に入て目の毒なり又櫻は<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>き樣に見ゆれど<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>之</rb><rt>こ</rt></ruby>れ白き物なれば<ruby><rb>散行</rb><rt>ちりゆ</rt></ruby>く樣を見やりつゝ<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>に知れぬ<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ともいひ雪に見まがう<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>と古歌にも多く<ruby><rb>讀出</rb><rt>よみいで</rt></ruby>たれば其の白き物を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>んで見んこと則ち眼の毒なる可し又花の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>は<ruby><rb>醉人</rb><rt>すゐじん</rt></ruby><ruby><rb>騷客</rb><rt>さうかく</rt></ruby><ruby><rb>所狹</rb><rt>ところせまき</rt></ruby>まで<ruby><rb>雜沓</rb><rt>ざつたう</rt></ruby>すれば<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>口論<ruby><rb>間々</rb><rt>まゝ</rt></ruby>ありて側杖打るゝ人もあり然るを<ruby><rb>浮加々々</rb><rt>うか〱</rt></ruby>其所へ至り<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>に<ruby><rb>會</rb><rt>あふ</rt></ruby>ときは父母への不孝此上なし我は君子に非れども<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>き事には<ruby><rb>近寄</rb><rt>ちかよ</rt></ruby>る可からず<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>に<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>居て花のなき庭を眺て<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>なば<ruby><rb>書物</rb><rt>しよもつ</rt></ruby>を讀ため身に<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つ</rt></ruby>き戸外へ出ねば<ruby><rb>父母</rb><rt>ちゝはゝ</rt></ruby>も案じ給ふの<ruby><rb>愁</rb><rt>うれひ</rt></ruby>なし我は見ぬ世の人を<ruby><rb>友</rb><rt>とも</rt></ruby>とし<ruby><rb>樂</rb><rt>たのし</rt></ruby>みゐるこそ樂みなれと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>物堅き長三郎が<ruby><rb>回答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>に<ruby><rb>膠</rb><rt>にべ</rt></ruby>なく<ruby><rb>言放</rb><rt>いひはな</rt></ruby>すに忠兵衞今は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく是ほど迄に勸めるに<ruby><rb>承引</rb><rt>うけひく</rt></ruby><ruby><rb>景状</rb><rt>けしき</rt></ruby>あらざるは世に<ruby><rb>偏屈</rb><rt>へんくつ</rt></ruby>なる若旦那と<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れて居たりしが<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に思ひ附く事や有けん<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進めモシ若旦那樣<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>は今人立多き花見の<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしよ</rt></ruby>へ立寄<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>も災難に<ruby><rb>會</rb><rt>あは</rt></ruby>ば<ruby><rb>無上</rb><rt>こよなき</rt></ruby><ruby><rb>親不幸</rb><rt>おやふかう</rt></ruby>と仰あれど夫は夫れ其一を知て其二を知ざる<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>淺慮</rb><rt>あさはか</rt></ruby>な思し召<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>が<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へもお出なさらず<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>居て書物<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>り讀で御座るが上もなき親不孝にて御座りませうと言はれて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしよく</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>かへ</rt></ruby>コレ忠兵衞<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は氣でも<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>しか學問もせず遊び<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるか</rt></ruby>ば親不孝共も<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>けれど<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>は性來好でもあり<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>られても遊には「サヽ其所に一つのお話しあれば<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづめ</rt></ruby>てお聞なされ<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>は此家の一<ruby><rb>粒種</rb><rt>つぶだね</rt></ruby>何萬兩といふ<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を相續爲る御身ゆゑ學問に<ruby><rb>凝</rb><rt>こり</rt></ruby><ruby><rb>夜歩行</rb><rt>よあるき</rt></ruby>一ツ<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>らざるも<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>なくては<ruby><rb>叶</rb><rt>かなは</rt></ruby>ねどとは言へ善惡二つながらお<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じ<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>るは親御の<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby><ruby><rb>況</rb><rt>まし</rt></ruby>てや外にお子とてなき<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>が餘り<ruby><rb>温順</rb><rt>おとなし</rt></ruby>すぎ<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し病氣でも出はせぬかとお案じなされて玉くしげたに<ruby><rb>親樣</rb><rt>おやさま</rt></ruby>が此忠兵衞をお<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>なされて<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>をば<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>て花見か芝居へ<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>遣て<ruby><rb>欝</rb><rt>うつ</rt></ruby>をば<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>させてと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>が有て候へば先花見をばお<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>申せば<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>にも<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>にも<ruby><rb>偏</rb><rt>かたよ</rt></ruby>りし事のみ<ruby><rb>被仰</rb><rt>おつしやり</rt></ruby>お<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>なくば御兩親樣が折角のお心盡しも<ruby><rb>無</rb><rt>む</rt></ruby>に成て返つて<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>る<ruby><rb>御心配</rb><rt>ごしんぱい</rt></ruby>學問なさるが<ruby><rb>親不孝</rb><rt>おやふかう</rt></ruby>と申すは<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の次第なりと一什を<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>すに打聞<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby><ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby><ruby><rb>叉</rb><rt>こまね</rt></ruby>いて默然たりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして首を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>世に有難き御<ruby><rb>慈愛</rb><rt>いつくしみ</rt></ruby>を傳承りて勸たる和郎が言葉を<ruby><rb>用</rb><rt>もち</rt></ruby>ひずして<ruby><rb>博識</rb><rt>はくしき</rt></ruby><ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>たる我答へ<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>思へば<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なし花はともあれ父母の<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を休むる其の爲に明日は花見に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>ければ必ず<ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>くな思ひ給ひそと<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>よりして言て呉て<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>孝子</rb><rt>かうし</rt></ruby>の<ruby><rb>解</rb><rt>とけ</rt></ruby>安く答へにければ忠兵衞も<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>拜承</rb><rt>うけたまは</rt></ruby>り何より安心<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と申さば御兩親も<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>お喜び<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>る可し夫では明日お<ruby><rb>辨當</rb><rt>べんたう</rt></ruby>の支度も致せばお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>には店の和吉をお<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>なされ<ruby><rb>上野</rb><rt>うへの</rt></ruby><ruby><rb>成共</rb><rt>なりとも</rt></ruby><ruby><rb>隅田</rb><rt>すみだ</rt></ruby>成ともお心任せの方へ至り終日お遊び爲されませ和吉も<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>は十四なれば<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>のお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>には<ruby><rb>恰好</rb><rt>かくかう</rt></ruby>と<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しき餘り忠義の忠兵衞己れ一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby><ruby><rb>饒舌廻</rb><rt>しやべりまは</rt></ruby>し其座を<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>き<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ至り偖斯々と夫婦に<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>せば二人は<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby><ruby><rb>譽</rb><rt>ほ</rt></ruby>め又忠兵衞を<ruby><rb>勞</rb><rt>ねぎら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>の支度に<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>や<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>と心を<ruby><rb>勞</rb><rt>らう</rt></ruby>すは世の中の<ruby><rb>渾</rb><rt>すべて</rt></ruby>の親の<ruby><rb>情</rb><rt>じやう</rt></ruby>成可し斯て其翌日に成しかば<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>より<ruby><rb>辨當</rb><rt>べんたう</rt></ruby>など<ruby><rb>製造</rb><rt>こしらへ</rt></ruby>て之を<ruby><rb>重箱</rb><rt>ぢうばこ</rt></ruby>に入<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>に包みて和吉に<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおは</rt></ruby>せて<ruby><rb>待間</rb><rt>まつま</rt></ruby>程なく長三郎は<ruby><rb>身姿</rb><rt>みなり</rt></ruby>を繕ひ部屋の中より<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>來り兩親始め忠兵衞にも<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>成て和吉を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>はしたれど<ruby><rb>騷</rb><rt>さわが</rt></ruby>しき所は素より好まねば<ruby><rb>王子</rb><rt>わうじ</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>へ立越て<ruby><rb>楓</rb><rt>かへで</rt></ruby>の<ruby><rb>若葉</rb><rt>わかば</rt></ruby><ruby><rb>若緑</rb><rt>わかみどり</rt></ruby>を<ruby><rb>眺</rb><rt>ながめ</rt></ruby>んにも又上野より<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐらし</rt></ruby>里などへ掛る時は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>醉人の多くして<ruby><rb>風雅</rb><rt>ふうが</rt></ruby>を妨げ<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>からねば音羽通を<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に護國寺<ruby><rb>首</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>波切不動</rb><rt>なみきりふどう</rt></ruby>へ參詣<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>て田圃道を<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>王子へ行可しとて小川町へと<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝり</rt></ruby>けるに和吉は大きに<ruby><rb>望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>を失ひ花見と<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば上野か<ruby><rb>隅田</rb><rt>すみだ</rt></ruby>又は日暮里飛鳥山人の<ruby><rb>出盛</rb><rt>でさか</rt></ruby>る<ruby><rb>面白</rb><rt>おもしろ</rt></ruby>き所へ行が<ruby><rb>本統</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>なるに如何常より<ruby><rb>偏屈</rb><rt>へんくつ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>若旦那とは言ながら<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き王子へ態々行夫も<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>ふ日暮里をば<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひて<ruby><rb>見榮</rb><rt>みばえ</rt></ruby>なき<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>の音羽を通て行と云は世に<ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しい人も有と口には言ねど<ruby><rb>幼稚心</rb><rt>こどもごころ</rt></ruby>の腹の中にて思ひ<ruby><rb>續</rb><rt>つゞけ</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>すゝま</rt></ruby>ぬ足を<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>ずりながら<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に從ひ音羽町の七丁目迄來りしが長三郎は此時は頻に<ruby><rb>腹痛</rb><rt>ふくつう</rt></ruby>なし初め<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ難なく成しかば<ruby><rb>厠</rb><rt>かはや</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>いら</rt></ruby>んと思へども<ruby><rb>場末</rb><rt>ばすゑ</rt></ruby>の土地とて<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>んと思ふ茶屋さへ<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ぬに<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じたり

## 第二回

<ruby><rb>此所等</rb><rt>ここら</rt></ruby>あたりは<ruby><rb>場末</rb><rt>ばずゑ</rt></ruby>の土地とて<ruby><rb>厠</rb><rt>かはや</rt></ruby>を<ruby><rb>借</rb><rt>から</rt></ruby>んと思へども茶屋さへ無に<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じたる長三郎の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見て和吉は側の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>へ入り<ruby><rb>其所此所</rb><rt>そこここ</rt></ruby>見れば<ruby><rb>汚</rb><rt>きたな</rt></ruby>げなる<ruby><rb>惣雪隱</rb><rt>そうせついん</rt></ruby>ありたれば斯と<ruby><rb>告</rb><rt>つぐ</rt></ruby>るに喜びて其所へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>て用を足し<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>つゝ手をば<ruby><rb>洗</rb><rt>すゝが</rt></ruby>んと見れば<ruby><rb>雪隱</rb><rt>せついん</rt></ruby>の角の柱に五合樽の<ruby><rb>片手</rb><rt>かたて</rt></ruby>を<ruby><rb>斷</rb><rt>き</rt></ruby>り引掛あれど中には水なし困じて<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に待ゐたる和吉に<ruby><rb>吩咐</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>井戸の水を<ruby><rb>汲</rb><rt>くま</rt></ruby>せんとなし其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>に此<ruby><rb>眞向</rb><rt>まむか</rt></ruby>ひの<ruby><rb>棟割長家</rb><rt>むねわりながや</rt></ruby><ruby><rb>建續</rb><rt>たてつゞ</rt></ruby>けたる其中にも一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>汚</rb><rt>きたな</rt></ruby>く<ruby><rb>荒果</rb><rt>あれはて</rt></ruby>し<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>小狹</rb><rt>せうけふ</rt></ruby>なる家の中に五十四五なる老人<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとり</rt></ruby>障子一枚<ruby><rb>押開</rb><rt>おしひら</rt></ruby>き<ruby><rb>端近</rb><rt>はしちか</rt></ruby>ふ出物の本を<ruby><rb>繰廣</rb><rt>くりひろ</rt></ruby>げ見てゐたりしが今長三郎が手を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ふ水のなきをば<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じゐる<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を計らず<ruby><rb>庭越</rb><rt>にはごし</rt></ruby>に見やりて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に打向ひ<ruby><rb>茲等邊</rb><rt>こゝらあたり</rt></ruby>に見も<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>な<ruby><rb>姿</rb><rt>なり</rt></ruby>は<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めし通行の方である可きに水がなければお<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りならん此方へ這入て<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>なく手をばお<ruby><rb>濯</rb><rt>すゝぎ</rt></ruby>なさるがよいと言れて<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>して<ruby><rb>破</rb><rt>やれ</rt></ruby>し垣根の<ruby><rb>切戸</rb><rt>きりど</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>け廣くも非ぬ庭へ進むに老人<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>りておみつ水を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>なと言れてハイと答へなし<ruby><rb>勝手口</rb><rt>かつてぐち</rt></ruby>より立出るは娘なる<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>し<ruby><rb>年齡</rb><rt>としのころ</rt></ruby>まだ十七か十八<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby><ruby><rb>松</rb><rt>まつ</rt></ruby>の常磐の<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き緑の髮は<ruby><rb>油氣</rb><rt>あぶらけ</rt></ruby>も拔れど<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>天然</rb><rt>てんねん</rt></ruby>の<ruby><rb>美貌</rb><rt>びばう</rt></ruby>は彌生の花にも増り又<ruby><rb>中秋</rb><rt>なかあき</rt></ruby>の<ruby><rb>新月</rb><rt>にひづき</rt></ruby>にも<ruby><rb>劣</rb><rt>おとら</rt></ruby>ぬ程なる一個の<ruby><rb>佳人</rb><rt>かじん</rt></ruby>身には<ruby><rb>栲</rb><rt>たへ</rt></ruby>なる<ruby><rb>針目衣</rb><rt>はりめぎぬ</rt></ruby>を纒ひて其<ruby><rb>容</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>げなれども昔し<ruby><rb>由緒</rb><rt>よし</rt></ruby>ある者なるか<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>は<ruby><rb>艷麗</rb><rt>しとやか</rt></ruby>にて縁側へ出<ruby><rb>擂盆</rb><rt>すりばち</rt></ruby>の手水鉢より水をすくひ手に<ruby><rb>注</rb><rt>そゝぎ</rt></ruby>しは縁の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>男は手をば洗ひながら見れば娘は<ruby><rb>比</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる美女にて有れば是までは女を<ruby><rb>如夜叉</rb><rt>によやしや</rt></ruby>と思ひ込し<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>物堅</rb><rt>ものがた</rt></ruby>き長三郎も<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>木竹</rb><rt>きだけ</rt></ruby>に非れば此時<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て<ruby><rb>戀風</rb><rt>こひかぜ</rt></ruby>の<ruby><rb>襟元</rb><rt>えりもと</rt></ruby>よりして<ruby><rb>慄</rb><rt>ぞつ</rt></ruby>と<ruby><rb>染</rb><rt>し</rt></ruby>み娘も見たる其人は本町<ruby><rb>業平俳優息子</rb><rt>なりひらやくしやむすこ</rt></ruby>と<ruby><rb>綽名</rb><rt>あだな</rt></ruby>の有は知らざれど<ruby><rb>比</rb><rt>たぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる美男なれば是さへ茲に<ruby><rb>戀染</rb><rt>こひそ</rt></ruby>めて斯いふ男が又有らうか<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>いふ女が又有らうかと<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に<ruby><rb>恍惚</rb><rt>みとれ</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばし</rt></ruby>言葉もあらざりしが<ruby><rb>稍々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>兩個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>が<ruby><rb>心附</rb><rt>こゝろづい</rt></ruby>ては<ruby><rb>羞</rb><rt>はづか</rt></ruby>はしさに<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と面に<ruby><rb>紅葉</rb><rt>もみぢ</rt></ruby>して長三郎は手を拭ひ<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>親子に禮を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>和吉を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>立出ながら跡へ心の<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りけるが見返り〱<ruby><rb>路次口</rb><rt>ろじぐち</rt></ruby>へ出でゆく姿を娘もまた殘り<ruby><rb>惜氣</rb><rt>をしげ</rt></ruby>に見送りける斯くて長三郎は<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ出ながら思ひ<ruby><rb>續</rb><rt>つゞけ</rt></ruby>る娘がこと<ruby><rb>彼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>いふ女を妻と<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たらば男に<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れし<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>あらんに<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>も妻をば<ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>なれば<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて親に話せし上<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>夫も<ruby><rb>自身</rb><rt>じぶん</rt></ruby>の口から斯々なりとは<ruby><rb>言惡</rb><rt>いひにく</rt></ruby>し如何はせんと<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>つ<ruby><rb>置</rb><rt>おい</rt></ruby>つ思ひ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>せば廻すほど我身ながらにもどかしく<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>花見に行可く氣もあらねば此方へ歸り<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るに和吉は<ruby><rb>狼狽</rb><rt>あわて</rt></ruby>て袖を<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>モシ若旦那<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>いつ</rt></ruby>ては「イヤ<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>は花見にはモウ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ是から家へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>るなり」と<ruby><rb>言捨</rb><rt>いひすて</rt></ruby>足を早めるに和吉は<ruby><rb>本意</rb><rt>ほい</rt></ruby>なき<ruby><rb>面地</rb><rt>おもゝち</rt></ruby>にて夫では花見は<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>になつたか<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して見ば辨當を<ruby><rb>此音羽</rb><rt>このおとは</rt></ruby>まで<ruby><rb>脊負</rb><rt>しよつ</rt></ruby>て來て<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>脊負</rb><rt>しよひ</rt></ruby><ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す遠方御苦勞何の事はない辨當の供をして來た樣な物だと<ruby><rb>吻</rb><rt>つぶや</rt></ruby>き〱本町へ歸る<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>も長三郎思ひ<ruby><rb>惱</rb><rt>なやみ</rt></ruby>し娘がこと言はぬも<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>し言も又恥しゝとは<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby><ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>ちの大家の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>の<ruby><rb>世間</rb><rt>せけん</rt></ruby>見ず胸に餘て立歸るも<ruby><rb>餘</rb><rt>あまり</rt></ruby>に<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>しと思ふより如何したことと兩親が問ば<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>音羽まで參りましたが<ruby><rb>腹痛</rb><rt>ふくつう</rt></ruby>にて<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>ければ王子へ行ずに立歸りしと答へて<ruby><rb>欝々</rb><rt>うつ〱</rt></ruby>部屋に入り<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby><ruby><rb>引擔</rb><rt>ひきかつぎ</rt></ruby>て<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>しが目先に殘るは娘の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby><ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>らんとするに<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>られず忘れんとするに<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>られず<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>と<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>の境を行く<ruby><rb>戀病</rb><rt>こひやみ</rt></ruby>なりとは<ruby><rb>露知</rb><rt>つゆしら</rt></ruby>ぬ兩親大きに氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>て相藥など與ふるうち其日の<ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>る<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>淺草邊まで<ruby><rb>掛取</rb><rt>かけとり</rt></ruby>に行たる忠兵衞歸り來て<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>言わけと<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>が話すに<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおどろ</rt></ruby>きお<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>と仰せ有たるを<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>にお<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>申したは此忠兵衞ゆゑ夫がため<ruby><rb>御病氣</rb><rt>ごびやうき</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>らば<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>なりと<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあへ</rt></ruby>ず長三郎の部屋へ至りて<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>まで來りし時に中にては<ruby><rb>魔</rb><rt>おそは</rt></ruby>るゝやら<ruby><rb>寢言</rb><rt>ねごと</rt></ruby>やらサアお出なさい有難うと<ruby><rb>判然</rb><rt>はつきり</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>しが其跡は何を<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>しか譯も<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らず忠兵衞<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひながら障子を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて内に入る<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>に<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>せば忠兵衞<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよせ</rt></ruby>て今日の事は旦那樣より<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひまして<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>のお花見にさへお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>がなしと聞て驚き<ruby><rb>御容子</rb><rt>ごようす</rt></ruby>を<ruby><rb>伺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>はんとて<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>へ參りし<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>寢言</rb><rt>ねごと</rt></ruby>なるか夫かあらぬか<ruby><rb>如此</rb><rt>これ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>は仰せ有ましたが<ruby><rb>熱</rb><rt>ねつ</rt></ruby>もあらぬに今の御言葉どうも<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>が參りませぬ然すれば病氣と<ruby><rb>仰被</rb><rt>おつしやる</rt></ruby>は<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>にて<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>で何事か有しを胸に思うてゞ御座りませうが<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なることか此忠兵衞にお<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しを<ruby><rb>如何</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>なされて下されませと<ruby><rb>星</rb><rt>ほし</rt></ruby>を<ruby><rb>刺</rb><rt>さゝ</rt></ruby>れて長三郎<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と計に<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>赤</rb><rt>あから</rt></ruby>め面目なげに見えけるが漸々にして<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を下げ<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>を初め兩親に<ruby><rb>語</rb><rt>かたる</rt></ruby>もいとゞ<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶせ</rt></ruby>と思ふ<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに言も出さず<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>しと打伏しが<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れては<ruby><rb>包</rb><rt>つゝむ</rt></ruby>に由なし實は今日音羽まで<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>たる時に<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby><ruby><rb>厠</rb><rt>かはや</rt></ruby>へ入んと七丁目の<ruby><rb>鹽煎餠屋</rb><rt>しほせんべいや</rt></ruby>と炭團屋の裏へ這入て用を<ruby><rb>足</rb><rt>た</rt></ruby>し出たる<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>淨水</rb><rt>てうづ</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>る<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>から<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>の娘を見染ぬ世に二個となき美人なれば<ruby><rb>漫</rb><rt>そゞろ</rt></ruby>に戀しく思ひつゝ<ruby><rb>此美婦人</rb><rt>このびふじん</rt></ruby>に<ruby><rb>比</rb><rt>くら</rt></ruby>ぶれば櫻も<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で物かはと花見を<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>も<ruby><rb>失果</rb><rt>うせはて</rt></ruby>て立歸りしが氣も<ruby><rb>結</rb><rt>むすぼ</rt></ruby>れ<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>へ這入て忘れんと<ruby><rb>目睡</rb><rt>まどろむ</rt></ruby><ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の其中に水を<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>しを見たりしが<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>寢言</rb><rt>ねごと</rt></ruby>を言たるか面目なしと計りにて一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を語りけるを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>忠兵衞は<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>吐息</rb><rt>といき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つい</rt></ruby>てゐたりしが一個點頭此方に向ひ能く<ruby><rb>游</rb><rt>およ</rt></ruby>ぐ者は<ruby><rb>溺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>るゝとやら<ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>よりして女<ruby><rb>嫌</rb><rt>ぎら</rt></ruby>ひで學問にのみお<ruby><rb>凝</rb><rt>こり</rt></ruby>なさるゝ<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>が計ず見染れば思ひの程も又<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>し<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>は然ながら夫程まで<ruby><rb>御執心</rb><rt>ごしふしん</rt></ruby>なる<ruby><rb>女兒</rb><rt>をなご</rt></ruby>なら<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>旦那樣御夫婦が何と仰が有らうとも<ruby><rb>此管伴</rb><rt>このばんたう</rt></ruby>が引受て<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>和君の思ひをば<ruby><rb>叶</rb><rt>かなへ</rt></ruby>る樣に致しますれば必ずお<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じ成されますなと言ば長三郎は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこり</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>わらひ</rt></ruby>忠兵衞<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>能き樣にと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>より外に言葉なきを聞流しつゝ奧へ至り<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>夫婦に今日の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby><ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>と話しけるに<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の者も<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を打ち<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby><ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby><ruby><rb>育</rb><rt>そだち</rt></ruby>といへ<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby><ruby><rb>云々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>とは言ずして思ひ<ruby><rb>惱</rb><rt>なやみ</rt></ruby>し<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>さよ今まで<ruby><rb>夜歩行</rb><rt>よあるき</rt></ruby>一つせず親孝行な長三郎<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し氣に入し者あつて<ruby><rb>素生</rb><rt>すじやう</rt></ruby><ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しく心立の<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>者あらば<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き勤の藝者にもあれ娼妓にもあれ又は<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>よき人の娘は言も更なり<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き者の娘なりとも金に<ruby><rb>飽</rb><rt>あか</rt></ruby>して<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ取り<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に爲んと思ひしに今日<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ずも<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>に入た女を見染て來たといふは此<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>もなき<ruby><rb>大幸</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>なれば御苦勞ながら<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>どの<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>にも先の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ行き身元正しき者ならば<ruby><rb>婚儀</rb><rt>こんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>言込</rb><rt>いひこみ</rt></ruby>下されよとは言聞が如き<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>では支度の程も<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なければ夫等は一<ruby><rb>式</rb><rt>しき</rt></ruby>此方で致して<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>て<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>くなき故此儀も心得給ひねと<ruby><rb>一個子</rb><rt>ひとりこ</rt></ruby>だけに子に<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>き親は<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>も<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>き落なく言れて忠兵衞が是も一つの安心と<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>し<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>の方へ行しに頃は春の日もやゝ<ruby><rb>暮初</rb><rt>くれそめ</rt></ruby>て石町の<ruby><rb>入相</rb><rt>いりあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>響</rb><rt>ひゞ</rt></ruby>きけり斯て<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞は此<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>を言込は何より安き事ながら<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>云々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>と言許りで向うの名さへも<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざる所へ<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ても話し難し<ruby><rb>要</rb><rt>えう</rt></ruby>こそあれと<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>思ひ附事ありて明日<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>音羽の方へ至るに<ruby><rb>附</rb><rt>つい</rt></ruby>ては案内者に和吉を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て參りますと<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に言て<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>の支度<ruby><rb>辨當</rb><rt>べんたう</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>吹筒</rb><rt>すゐづつ</rt></ruby><ruby><rb>携</rb><rt>さ</rt></ruby>げ和吉を呼で今日は<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>が花見に行なれば辨當を<ruby><rb>脊負</rb><rt>しよひ</rt></ruby><ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をしてと言ば和吉は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>何の用かと思ひましたら今日も亦花見のお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>若旦那に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>られて行き<ruby><rb>懲々</rb><rt>こり〱</rt></ruby>したれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>之は長松どんか留吉どんに代らせてと言をも<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ずに打笑ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>でもあらうが若旦那とは<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>つて<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>のは<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>も<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>せ<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>もやる故<ruby><rb>是非共</rb><rt>ぜひとも</rt></ruby>に「夫では<ruby><rb>和郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>はあの所と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>つて上野か向島「イヤ<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby>行先は王子にて<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も音羽へ出て行く<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り「ヲヤ〱夫では<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>と<ruby><rb>同</rb><rt>おな</rt></ruby>じだと<ruby><rb>鬱</rb><rt>ふさ</rt></ruby>ぐ<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>に錢を取せ急がし立れば幼稚の<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を貰ひし<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさに初の<ruby><rb>不平</rb><rt>ふへい</rt></ruby>も<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>へやら<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>引添</rb><rt>ひきそひ</rt></ruby>出行きつ音羽の村へ<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>り七丁目まで來りければ<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>茲等</rb><rt>こゝら</rt></ruby>と忠兵衞が<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見たりぬ

## 第三回

<ruby><rb>其時</rb><rt>そのとき</rt></ruby><ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>の忠兵衞は<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見れば<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>しに違ず<ruby><rb>鹽煎餠屋</rb><rt>しほせんべいや</rt></ruby>と<ruby><rb>炭團屋</rb><rt>たどんや</rt></ruby>の<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の有しに茲ぞと<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>和吉<ruby><rb>雪隱</rb><rt>せついん</rt></ruby>へ這入ゆゑ一所に<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>よと言ながら<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>へ這入れば和吉はまた<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>も此裏の雪隱へ這入<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>では花<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>の程も<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なしとぞ思ひける忠兵衞雪隱にて用を<ruby><rb>足</rb><rt>た</rt></ruby>し<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>見れば水はなく向ふの<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>に話しの<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby>障子を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて書を<ruby><rb>讀</rb><rt>よみ</rt></ruby>ゐたるに是なる可しと<ruby><rb>庭口</rb><rt>にはぐち</rt></ruby>より進み入つゝ<ruby><rb>小腰</rb><rt>こごし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>眞</rb><rt>まこと</rt></ruby>に申し兼たれどもお<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>を<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby>下されませと言ば老人<ruby><rb>承引</rb><rt>うけひき</rt></ruby>てお光や掛て<ruby><rb>上</rb><rt>あぐ</rt></ruby>るやうと言葉の<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に立出る娘は水を<ruby><rb>注</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎ掛け忠兵衞なれば<ruby><rb>恍惚</rb><rt>みとれ</rt></ruby>もせず其儘<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>へ入たれば<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>は見ねども<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るさへ比ひ<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なる美婦人と思へば<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の若旦那が<ruby><rb>見染</rb><rt>みそめ</rt></ruby>て思ひ<ruby><rb>惱</rb><rt>なやむ</rt></ruby>も<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>要こそあれと<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に向ひチト<ruby><rb>率爾</rb><rt>そつじ</rt></ruby>なるお願ひにて申し出すも出しにくきが<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は本町三丁目<ruby><rb>小西屋長左衞門</rb><rt>こにしやちやうざゑもん</rt></ruby>方の<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>にて忠兵衞と申す者なるが今日出番かた〲にて<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>の通り<ruby><rb>丁稚</rb><rt>こぞう</rt></ruby>を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>王子へ花見に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りで<ruby><rb>辨當</rb><rt>べんたう</rt></ruby>なぞも<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>致し參りましたれど<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>殊には<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>も<ruby><rb>空</rb><rt>すき</rt></ruby>しより<ruby><rb>茲等</rb><rt>こゝら</rt></ruby>で開いて一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>と思へど通に掛茶屋も有ねば<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>は<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じてをりしが<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>水を<ruby><rb>頂</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>いたを<ruby><rb>御縁</rb><rt>ごえん</rt></ruby>に致して願ひまするは此お<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>を<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばし</rt></ruby>の中お<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>なされて下さらば<ruby><rb>酒器</rb><rt>さゝへ</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を<ruby><rb>繕</rb><rt>つくろ</rt></ruby>ひぶら〱行ます積なるが<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なもので御座りませうと言ば<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は<ruby><rb>片顏</rb><rt>かたほ</rt></ruby>に笑み<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の事かと思ひしが<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より安き其<ruby><rb>御無心</rb><rt>ごむしん</rt></ruby>浪人者の<ruby><rb>疲世帶</rb><rt>やせしよたい</rt></ruby>むさくろしきをお<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひなくば<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>は<ruby><rb>冷</rb><rt>ひえ</rt></ruby>れば<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>にてと座敷の中へ<ruby><rb>花莚</rb><rt>はなござ</rt></ruby>を<ruby><rb>敷</rb><rt>しか</rt></ruby>せて<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>を<ruby><rb>招</rb><rt>せう</rt></ruby>ずるに此方は喜び<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き旨を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>つゝ上へ登り<ruby><rb>風呂敷包</rb><rt>ふろしきづつみ</rt></ruby>を<ruby><rb>解開</rb><rt>ときひら</rt></ruby>き辨當を出し<ruby><rb>吹筒</rb><rt>すゐづつ</rt></ruby>の酒を飮んと<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>けるを主個の<ruby><rb>老人</rb><rt>らうじん</rt></ruby><ruby><rb>押禁</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め彌生と言ど未だ寒きに<ruby><rb>冷酒</rb><rt>れいしゆ</rt></ruby>は<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>なればツイ<ruby><rb>温</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>めて差上んと娘に<ruby><rb>吩咐</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>温めさせ料理は<ruby><rb>御持參</rb><rt>ごぢさん</rt></ruby>なされたれば此方で<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>の<ruby><rb>爲樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>もなし責て<ruby><rb>新漬</rb><rt>しんづけ</rt></ruby>の<ruby><rb>香物</rb><rt>かうのもの</rt></ruby>なりともと言へば娘は<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>て出して與ふる<ruby><rb>饗應振</rb><rt>もてなしぶり</rt></ruby>此方は主個に<ruby><rb>酒盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>を<ruby><rb>薦</rb><rt>すゝむ</rt></ruby>る物から親子ともに<ruby><rb>下戸</rb><rt>げこ</rt></ruby>なればとて手にだも<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>ず<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとり</rt></ruby>にて傾けながら<ruby><rb>四方八方</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>の中に<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見れば昔し<ruby><rb>由縁</rb><rt>よし</rt></ruby>ある人なる可し親子の<ruby><rb>立擧動</rb><rt>たちふるまひ</rt></ruby><ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじやう</rt></ruby>ならず親は<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ娘は孝行<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と知れまた容貌も<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れたれば忠兵衞ほと〱<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>のうち向ひお見申せばお<ruby><rb>宅樣</rb><rt>たくさま</rt></ruby>はお二個<ruby><rb>限</rb><rt>ぎり</rt></ruby>にてお<ruby><rb>孃樣</rb><rt>ぢやうさま</rt></ruby>は<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ながら<ruby><rb>美麗</rb><rt>うつくし</rt></ruby>きお生れ<ruby><rb>質</rb><rt>つき</rt></ruby>にて御座りますが定めしお<ruby><rb>婿樣</rb><rt>むこさま</rt></ruby>をお取にてと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れて老人<ruby><rb>一滴</rb><rt>ひとしづく</rt></ruby>ホロリと<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>しながら初て<ruby><rb>逢</rb><rt>あつ</rt></ruby>た此方衆に話すも<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>ど<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶせ</rt></ruby>ながら<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>した事から此樣に<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>の家にて<ruby><rb>酒食</rb><rt>しゆしよく</rt></ruby>するも何かの縁と思ふ故<ruby><rb>我身</rb><rt>わがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>を包もせで話すを<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て下されかし<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>吾儕</rb><rt>それがし</rt></ruby>は有馬家にて<ruby><rb>祿</rb><rt>ろく</rt></ruby>五百石を頂戴なし小姓頭を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>たる大藤武左衞門と云者なるが<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に子と言は是なるお<ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby>たゞ一人<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに妻は七年前<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>を<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>くせし<ruby><rb>以來</rb><rt>このかた</rt></ruby>は何にも彼にも只二人<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>我口</rb><rt>わがくち</rt></ruby>より此樣な事を申すは<ruby><rb>自負</rb><rt>じふ</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たれど<ruby><rb>吾儕</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>性來</rb><rt>せいらい</rt></ruby><ruby><rb>潔白</rb><rt>けつぱく</rt></ruby>にて只正直を旨となし<ruby><rb>苟</rb><rt>かり</rt></ruby>にも<ruby><rb>曲</rb><rt>まがり</rt></ruby>し事は<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ善は善惡は惡と<ruby><rb>一筋</rb><rt>ひとすぢ</rt></ruby>にいふ者なれば<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby>せん<ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby><ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby><ruby><rb>住</rb><rt>すま</rt></ruby>ずの<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>に<ruby><rb>洩</rb><rt>もれ</rt></ruby>ず朋輩の<ruby><rb>讒言</rb><rt>ざんげん</rt></ruby>に依り浪人なし此<ruby><rb>裏借家</rb><rt>うらじやくや</rt></ruby>へ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>り住み近頃<ruby><rb>多病</rb><rt>たびやう</rt></ruby>になりたれど心持のよき其日は此護國寺の門前へ<ruby><rb>賣卜</rb><rt>ばいぼく</rt></ruby>に出<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の錢を取つて親子が<ruby><rb>活計</rb><rt>たつき</rt></ruby>となすも<ruby><rb>今茲</rb><rt>ことし</rt></ruby>で<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちやうど</rt></ruby>三年越し他に樂みもあらざれど娘も<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>も<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>にして呉る故<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>のみが<ruby><rb>此上</rb><rt>このうへ</rt></ruby>もなき身の<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び是も<ruby><rb>今茲</rb><rt>ことし</rt></ruby>はモウ十七<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>を<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>ねば成ざれど<ruby><rb>貧乏消光</rb><rt>びんばふぐらし</rt></ruby>の浪人者の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へは來る者あらじと思へば<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>へなりとも<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に遣んと思ふにも似ず相應の<ruby><rb>縁邊</rb><rt>えんぺん</rt></ruby>なければ其儘に<ruby><rb>背丈</rb><rt>せたけ</rt></ruby>の<ruby><rb>延</rb><rt>のび</rt></ruby>たを<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby>てをると<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>心配な者でもありと<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>る一什を打聞く忠兵衞<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>りに船とて大いに喜び<ruby><rb>拜承</rb><rt>うけたまは</rt></ruby>りたるお身の上一人娘を<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby><ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ御縁付といふ事ならば<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>似附</rb><rt>につか</rt></ruby>はしき<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>が御座りまするが<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>であるかと申すは<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の事ならず<ruby><rb>吾儕家</rb><rt>わたくしども</rt></ruby>の若主人は十九に<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>て<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>お<ruby><rb>孃樣</rb><rt>ぢやうさま</rt></ruby>とは<ruby><rb>年齡</rb><rt>としごろ</rt></ruby>から容貌の程も一<ruby><rb>對</rb><rt>つゐ</rt></ruby>なれば此方へ<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にお貰ひ申す譯には參りますまいかと問ば<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り本町通りの小西屋というては<ruby><rb>名高</rb><rt>なだか</rt></ruby>き藥種問屋江戸<ruby><rb>指折</rb><rt>ゆびをり</rt></ruby>の<ruby><rb>豪商</rb><rt>かねもち</rt></ruby>にて<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>とて知ぬ者もなき<ruby><rb>大身代</rb><rt>おほしんだい</rt></ruby>の嫁に成とは娘が<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>此上なき喜びなれども<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>はまた見る影もなき<ruby><rb>浪人者</rb><rt>らうにんもの</rt></ruby><ruby><rb>釣合</rb><rt>つりあは</rt></ruby>ざるは不縁の<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>決して是を<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>せし縁邊なりとは言難ければ御<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>の程<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>けれど此義はお<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り申すべしと言れて望を失ひたる忠兵衞今は<ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>なければ<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>長三郎が花見に出たる其折に<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ず<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の雪隱に入り水を<ruby><rb>頂</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>き手を<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ふ<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>に見染て<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>が寢言兩親がことより<ruby><rb>自己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が來りたれど<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>一向</rb><rt>ひとむき</rt></ruby>にも言入かね實は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひて<ruby><rb>御懇意</rb><rt>ごこんい</rt></ruby>になり此話しを言出したりといと<ruby><rb>事實</rb><rt>じじつ</rt></ruby>を明して<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>たるに<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と<ruby><rb>横手</rb><rt>よこて</rt></ruby>を打ち偖は<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>いふ<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>ありしか夫にて思ひ合すれば<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をなされし<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>どの如何やら<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>は見たやうな最前よりして考へ居りしが昨日來りし人で有しか<ruby><rb>然</rb><rt>そん</rt></ruby>なら水を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>し方が<ruby><rb>足下</rb><rt>そくか</rt></ruby>の家の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>なりしかとは知ねども<ruby><rb>容姿</rb><rt>みなり</rt></ruby>もよく若きに<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>物柔</rb><rt>ものやはらか</rt></ruby>で<ruby><rb>折屈</rb><rt>をりかゞみ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>き人なれば<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>は早くも目が附き<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>の息子か知ざれど<ruby><rb>美男</rb><rt>びなん</rt></ruby>の上に<ruby><rb>温順</rb><rt>おとなし</rt></ruby>やと<ruby><rb>同</rb><rt>おなじ</rt></ruby>事なら<ruby><rb>斯</rb><rt>あゝ</rt></ruby>いふ人に娘を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>たき物なりと<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>大家とは知ざれば<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に思ひゐたるが息子殿には<ruby><rb>不束</rb><rt>ふつゝか</rt></ruby>なる娘お光を夫程に<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>て給はるからは此方も今は<ruby><rb>推辭</rb><rt>いなむ</rt></ruby>に<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>なし<ruby><rb>吾儕</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>承諾</rb><rt>しようだく</rt></ruby>致したが<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>は如何と<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り問れてお光は先程より父と<ruby><rb>客</rb><rt>きやく</rt></ruby>との<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>り昨日見染めた其人は然る<ruby><rb>大商人</rb><rt>おほあきうど</rt></ruby>の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>にてしがない<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>に<ruby><rb>追</rb><rt>おは</rt></ruby>るゝゆゑ<ruby><rb>繕</rb><rt>つくろ</rt></ruby>ひもせず<ruby><rb>花香</rb><rt>はなか</rt></ruby>もなき此身の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>がお目に<ruby><rb>止</rb><rt>とま</rt></ruby>り夫程迄に戀慕うて下さるといふ有難さ<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なやと<ruby><rb>計</rb><rt>ばかり</rt></ruby>にて<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさ<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>る<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしさに<ruby><rb>塵</rb><rt>ちり</rt></ruby>のみ<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>りてゐたるゆゑ今改めて<ruby><rb>父親</rb><rt>ちゝおや</rt></ruby>に問れたりとて<ruby><rb>回答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>も出來ず<ruby><rb>押默止</rb><rt>おしだまつ</rt></ruby>てゐる<ruby><rb>横顏</rb><rt>よこがほ</rt></ruby>を見やりて父は打笑ひ<ruby><rb>勝</rb><rt>ませ</rt></ruby>た樣でも<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>幼稚</rb><rt>こども</rt></ruby><ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>縁談の事<ruby><rb>等</rb><rt>など</rt></ruby>は<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しいのが先に立ゆゑ<ruby><rb>判然</rb><rt>はつきり</rt></ruby><ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>も出來ぬ物だが一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>連添</rb><rt>つれそふ</rt></ruby><ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の事<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>な者をば<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>やりに行とは決して言はせねど<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>向ふは<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>をば見染た程の事といひ<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>も<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>を能く見たれば<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>も定めし見たで<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>う<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば<ruby><rb>見合</rb><rt>みあひ</rt></ruby>も濟だと言物<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に息子殿は<ruby><rb>戀病</rb><rt>こひやみ</rt></ruby>で早く<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>が聞たいと<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>どのも急がるれば<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>で<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>に<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>をせずに<ruby><rb>回答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>ねと言るゝ程猶<ruby><rb>彌増</rb><rt>いやます</rt></ruby><ruby><rb>未通女心</rb><rt>おぼこごゝろ</rt></ruby>の<ruby><rb>初戀</rb><rt>はつこひ</rt></ruby>に<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>ふお方と縁の<ruby><rb>糸</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>んで<ruby><rb>解</rb><rt>とけ</rt></ruby>て末長く添るゝ事も父親が<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>とあれば<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>斯々と言んとすれど<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>しが斯ては<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>じと思ふよりハイ<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は<ruby><rb>彼方</rb><rt>あのかた</rt></ruby>なれば實に嬉しう御座りますと有か無かは聲出して思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きつ</rt></ruby>てぞ言たる儘發と<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>紅葉</rb><rt>もみぢ</rt></ruby>して座にも<ruby><rb>得堪</rb><rt>えたへ</rt></ruby>ず勝手の方へ<ruby><rb>逃</rb><rt>にぐ</rt></ruby>るが如く行たるは<ruby><rb>娘意</rb><rt>むすめごころ</rt></ruby>ぞ然も有可し父は見やりて打笑ひお<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>の如く娘お光も承知した事なれば吉日を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>び<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>のお<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかはせ</rt></ruby>も致さんと言れて忠兵衞<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>撫下</rb><rt>なでおろ</rt></ruby>し夫<ruby><rb>拜承</rb><rt>うけたまは</rt></ruby>り<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>しました實は<ruby><rb>云々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>若旦那に誓つて置し事なれば<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し御<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>のない時は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>んと<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>の中で一方<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ず心配を致して居しが<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>は<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby><ruby><rb>左樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>御座らば立歸り<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ばせし上又<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて出まする事に仕つれば<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby><ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby>お頼申すと<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びを<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れを告<ruby><rb>取散</rb><rt>とりちらせ</rt></ruby>し辨當など<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>をなして<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>の如く風呂敷に押包せ<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>に<ruby><rb>脊負</rb><rt>せおは</rt></ruby>せ<ruby><rb>勇</rb><rt>いさみ</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>んで歸りけるが和吉は<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>側</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に在て<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>が話しを<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の息子が<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>より歸りし<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>も今日は又<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>まで忠兵衞が來りて<ruby><rb>汚</rb><rt>むさ</rt></ruby>き<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>たる事までも今はさつぱり<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りしが餘り<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しの出來すぎて花見は又も<ruby><rb>廢止</rb><rt>やめ</rt></ruby>になり<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝひ</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き音羽より<ruby><rb>辨當箱</rb><rt>べんたうばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>脊負</rb><rt>しよひ</rt></ruby><ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>せしに<ruby><rb>幼稚意</rb><rt>こどもごゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>を恨む<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>もなかりけり

## 第四回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞は歸ると其儘今日の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>を<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>なく話したりけるに<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby><ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>はほゝ<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>み<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りか<ruby><rb>心操</rb><rt>こゝろばえ</rt></ruby>も又其<ruby><rb>素生</rb><rt>すじやう</rt></ruby>も<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐれ</rt></ruby>たる女で有らば言分なし追て<ruby><rb>𫥇人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>を立表向<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすなれど<ruby><rb>善</rb><rt>ぜん</rt></ruby>は<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>げ且は<ruby><rb>一子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>にも安心を<ruby><rb>爲</rb><rt>させ</rt></ruby>るが<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby><ruby><rb>造</rb><rt>つく</rt></ruby>り明日<ruby><rb>遞與</rb><rt>わたし</rt></ruby>て<ruby><rb>變改</rb><rt>へんがい</rt></ruby>なき樣致してと云れて忠兵衞<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>つ<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>が前を<ruby><rb>退</rb><rt>まが</rt></ruby>ると其まゝ長三郎が部屋へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き先方がこと<ruby><rb>兩親</rb><rt>りやうしん</rt></ruby>がこと萬事<ruby><rb>上首尾</rb><rt>じやうしゆび</rt></ruby>なるよしを<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>れば是さへ喜びて<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby>心地は能く成けり忠兵衞<ruby><rb>直</rb><rt>たゞち</rt></ruby>に<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へる中に其日は<ruby><rb>暮行</rb><rt>くれゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby><ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に品々を<ruby><rb>釣臺</rb><rt>つりだい</rt></ruby>三<ruby><rb>荷</rb><rt>が</rt></ruby>に<ruby><rb>積登</rb><rt>つみのぼ</rt></ruby>せ我家の<ruby><rb>記章</rb><rt>しるし</rt></ruby><ruby><rb>染拔</rb><rt>そめぬき</rt></ruby>たる大紋付の<ruby><rb>半纒</rb><rt>はんてん</rt></ruby>を着せたる<ruby><rb>漢</rb><rt>をとこ</rt></ruby><ruby><rb>六個</rb><rt>むたり</rt></ruby>に<ruby><rb>擔</rb><rt>かつ</rt></ruby>がせ音羽へ至り路次口に<ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>せ置つゝ進入り<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>たる上<ruby><rb>𫥇人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>を立て<ruby><rb>良辰</rb><rt>よきひ</rt></ruby>を撰び結納持參なす可き所ろ思ひ<ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby><ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>が<ruby><rb>吉日</rb><rt>きちにち</rt></ruby>と主人も申し候へば<ruby><rb>差附</rb><rt>さしつけ</rt></ruby>がましく候へど今日<ruby><rb>品々</rb><rt>しな〲</rt></ruby>持參したれば何卒お<ruby><rb>受取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>下されと水引掛し<ruby><rb>目録書</rb><rt>もくろくがき</rt></ruby>を出せば大藤受取て世に<ruby><rb>婚禮</rb><rt>こんれい</rt></ruby>には<ruby><rb>用</rb><rt>もち</rt></ruby>ひる<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>と又<ruby><rb>忌</rb><rt>いむ</rt></ruby><ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>き日と有といへども<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も<ruby><rb>附會</rb><rt>ふくわい</rt></ruby>の<ruby><rb>説</rb><rt>せつ</rt></ruby>の多くて取可き所ろも<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>になし然は云へ<ruby><rb>世俗</rb><rt>せぞく</rt></ruby>に從はずば<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>の方の<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>にやと思ふ計りに<ruby><rb>良辰</rb><rt>よきひ</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>みてと言はしたれど<ruby><rb>此方</rb><rt>このはう</rt></ruby>にては<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より日には<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなければ今日<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby><ruby><rb>幾久</rb><rt>いくひさ</rt></ruby>しく受納致すと目録書を<ruby><rb>押頂</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>けば忠兵衞は<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>なる者を<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこ</rt></ruby>み三荷の<ruby><rb>釣臺</rb><rt>つりだい</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>ばせて油團を掲げ其中より<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>したる<ruby><rb>柳樽</rb><rt>やなぎだる</rt></ruby>も<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>喜多留</rb><rt>きたる</rt></ruby>と<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>しゝは妻を<ruby><rb>娶</rb><rt>めとる</rt></ruby>の祝言にや<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>を<ruby><rb>白髮</rb><rt>しらが</rt></ruby>とかい附しは麻の如くに<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby><ruby><rb>白髮</rb><rt>しらが</rt></ruby>まで<ruby><rb>消光</rb><rt>くらす</rt></ruby>なる可し其の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>鯣</rb><rt>するめ</rt></ruby>を<ruby><rb>壽留女</rb><rt>するめ</rt></ruby>とするなど<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>古實</rb><rt>こじつ</rt></ruby>なる<ruby><rb>書振</rb><rt>かきぶり</rt></ruby>の二樽五種とは言ながら<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に<ruby><rb>製</rb><rt>したて</rt></ruby>たれば只さへ<ruby><rb>狹</rb><rt>せま</rt></ruby>き此家は所せまきまで<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べ立られ<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>る<ruby><rb>間</rb><rt>ひま</rt></ruby>さへ有らざりけり<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は何やら娘お光に<ruby><rb>私語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby><ruby><rb>示</rb><rt>しめ</rt></ruby>せばお光は心得<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby>づつかの<ruby><rb>祝儀</rb><rt>しうぎ</rt></ruby>を包み與ふるほどに<ruby><rb>六個</rb><rt>むたり</rt></ruby>の者は<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>を經て禮を演べ早用なしと忠兵衞が<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>るに<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>釣臺を<ruby><rb>擔</rb><rt>かつい</rt></ruby>で本町へと歸りける跡に忠兵衞<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>より金子二百兩<ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し此方の<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みに<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>を無理に願ひし事なればお<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>其他に和君の方へ<ruby><rb>御物入</rb><rt>おんものいり</rt></ruby>を掛ましてはと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふよりして此金は<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>に記しゝ<ruby><rb>帶代</rb><rt>おびだい</rt></ruby>に差上ますれば失敬ながら<ruby><rb>御受納</rb><rt>ごじゆなふ</rt></ruby>の上是を以てお<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>の<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>希</rb><rt>こひね</rt></ruby>がふと言ば大藤<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>ばみ甲斐なく<ruby><rb>消光</rb><rt>くらす</rt></ruby>浪人ゆゑ<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>への程も<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なしと思うて<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>は言るゝかは<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ざるなれど武左衞門支度金を<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>をば<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に遣たと言れなば<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>には非して金に其身を<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>しける<ruby><rb>妾々</rb><rt>めかけてかけ</rt></ruby>も同樣にて<ruby><rb>末代</rb><rt>まつだい</rt></ruby>までも家名の<ruby><rb>汚</rb><rt>けが</rt></ruby>れ娘持身は殊更に<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby><ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へるか嫁に<ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>か<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ねば成ぬは<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れし日より知てをりたる事なれば其<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>にと<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>てより貯へ置たり金子ありて<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>の中にも失はざれば今度の支度に事<ruby><rb>缺</rb><rt>かゝ</rt></ruby>ず<ruby><rb>此事</rb><rt>このこと</rt></ruby>はしもお光はまだ知ねば共に是を見て<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>せと言ながら<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と立上り床の間に<ruby><rb>飾置</rb><rt>かざりおき</rt></ruby>たる<ruby><rb>破果</rb><rt>やれはて</rt></ruby>し<ruby><rb>具足櫃</rb><rt>ぐそくびつ</rt></ruby>の<ruby><rb>葢</rb><rt>ふた</rt></ruby>かい遣り除け<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>つて一包の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>取出</rb><rt>とりいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>に示し爰に百兩あるからは必ず<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>無用なりと浪人しても流石は<ruby><rb>武士</rb><rt>ものゝふ</rt></ruby>用意の金を貯へは<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に色も香も<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き山吹色とぞ<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>れたり娘は<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>たる金今日まで<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>しも<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>給はで貯へ置て下さるも此身の上を<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>めし</rt></ruby>親の<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>こそ有難けれど又今更に有難涙忠兵衞<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なく御浪人なるお身の上を<ruby><rb>輕視</rb><rt>かろしめ</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>と申すにあらねど主人が<ruby><rb>寸志</rb><rt>すんし</rt></ruby>を其儘に申し述しが支度金とお<ruby><rb>見做</rb><rt>みなし</rt></ruby>ありては面目なく<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>にお<ruby><rb>嗜</rb><rt>たしな</rt></ruby>みの大金を<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>致し<ruby><rb>汗顏</rb><rt>かんがん</rt></ruby>の外は之なく候へば此二包は持歸り主人に<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と申し聞候なればお<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>をと云ば武左衞門<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を<ruby><rb>和柔</rb><rt>やはらげ</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とよ<ruby><rb>此儕</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>心志</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>の徹らば<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>る可き然ども<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>持參せし金を其まゝ<ruby><rb>持返</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>らば<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は<ruby><rb>幼稚</rb><rt>こども</rt></ruby>の<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>に<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく主人に言譯あらざる可し<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては一度<ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>したれど<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は見らるゝ如くにて<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に人もなければ結納持せて遣難し依て此まゝ此金は其<ruby><rb>婿殿</rb><rt>むこどの</rt></ruby>に<ruby><rb>上下料</rb><rt>かみしもれう</rt></ruby>に送りたりとて返し給ひぬ然すれば<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>の役目も<ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>んと信あり義あり何から何まで拔目のあらざる<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ忠兵衞は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>拜々</rb><rt>はい〱</rt></ruby>と言受なして金を納め我家へ歸り<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の者に一伍一什を告ければ二人は<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>武士</rb><rt>ぶし</rt></ruby>は武士いと<ruby><rb>見上</rb><rt>みあげ</rt></ruby>たる親子の者と思へばいよ〱<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>もしく婚姻する日を急ぐ物から<ruby><rb>大家</rb><rt>たいけ</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>出入</rb><rt>でいり</rt></ruby>の者まで萬事行屆かする其爲に支度に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝり</rt></ruby>て日を送りまだ當日さへ<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めざりけり<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も此方は<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>に<ruby><rb>開闢</rb><rt>かいびやく</rt></ruby><ruby><rb>以來</rb><rt>いらい</rt></ruby>見し事なき釣臺三荷の結納物を<ruby><rb>擔</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ入ける<ruby><rb>爲體</rb><rt>ていたらく</rt></ruby>に長家の者は目を<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かし<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>へ行やと思ひしに思ひ掛なき大藤の家へと<ruby><rb>擔入</rb><rt>かきいれ</rt></ruby>たりければ偖は娘のお光さんが<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>ぞへ<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に行事かアノ結納の容子では先は大家の思はるゝが<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby><ruby><rb>彼兒</rb><rt>あのこ</rt></ruby>は<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>が能く音羽小町と<ruby><rb>綽名</rb><rt>あだな</rt></ruby>にさるゝ程にてあれば<ruby><rb>氏</rb><rt>うぢ</rt></ruby>なくて玉の輿に乘る<ruby><rb>果報</rb><rt>くわはう</rt></ruby><ruby><rb>愛度</rb><rt>めでたく</rt></ruby>其日<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>の賣卜者の娘が大家の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に成なら親父殿まで浮び上り<ruby><rb>左團扇</rb><rt>ひだりうちは</rt></ruby>に成で有らうと然ぬだに口やかましきは<ruby><rb>棟割長屋</rb><rt>むねわりながや</rt></ruby>の<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならひ</rt></ruby>とて老婆も<ruby><rb>嚊</rb><rt>かゝ</rt></ruby>も小娘もみな路次口に<ruby><rb>立集</rb><rt>たちつど</rt></ruby>ひ<ruby><rb>姦</rb><rt>かしまし</rt></ruby>と讀むじだらくの<ruby><rb>口唇</rb><rt>くちびる</rt></ruby><ruby><rb>翻</rb><rt>かへ</rt></ruby>す<ruby><rb>餞舌</rb><rt>おちやつぴい</rt></ruby><ruby><rb>塒</rb><rt>ねぐら</rt></ruby><ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>むる小雀の<ruby><rb>群立騷</rb><rt>むらだちさわ</rt></ruby>ぐ如くなり斯くとはいざや<ruby><rb>白髮交</rb><rt>しらがまじり</rt></ruby>の髮を結びて手拭<ruby><rb>冠</rb><rt>かぶ</rt></ruby>り<ruby><rb>拭</rb><rt>たへ</rt></ruby>の<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>端折</rb><rt>はしをり</rt></ruby><ruby><rb>片手</rb><rt>かたて</rt></ruby>に<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>びし岡持下げ足元輕く立歸る<ruby><rb>老婆</rb><rt>らうば</rt></ruby>は長屋の<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金營業仕舞て<ruby><rb>這入來</rb><rt>はひりく</rt></ruby>る<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見るより<ruby><rb>夥多</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>が<ruby><rb>和女</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の事といひ常から親しくなさるゝゆゑ<ruby><rb>彼所</rb><rt>あすこ</rt></ruby>の事は御存じだらうが<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>是々と結納を<ruby><rb>賣卜者</rb><rt>うらなひしや</rt></ruby>の家へ持込だか先は<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>だか御存かへと問れて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は寢耳に水<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>さん方も知ての通り<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は子もなく<ruby><rb>本夫</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>遲</rb><rt>おく</rt></ruby>れ<ruby><rb>一箇</rb><rt>ひとり</rt></ruby>者ゆゑ營業に出るとき家に錠を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>し<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>へ<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>ればまたヤレ火を呉れの湯を呉のと<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひに行て一つ家も同じ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にはしてゐる故夫程立派な<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>が來る程ならば<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>にも何とか<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が有りさうな物で有るのに無のは<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>吾儕が聞て上やうと先に<ruby><rb>進</rb><rt>すゝめ</rt></ruby>ば<ruby><rb>夥多</rb><rt>おほぜい</rt></ruby>は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に從ひ<ruby><rb>雜路々々</rb><rt>ぞろ〱</rt></ruby>と皆門口まで來りしが<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れて<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>が家々に思ひ〱に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>にけるお金は<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>より聲を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>這入ば長屋の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず最美事なる品々が所狹まで並びゐたるに<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>した者と<ruby><rb>裡問</rb><rt>うちとへ</rt></ruby>ば武左衞門は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>より今日までの事<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>演べ<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の事ありて急に今日結納の<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>せをばしたれば<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の日は先方より<ruby><rb>言越</rb><rt>いひこし</rt></ruby>參らば直にしても致せるやうに爲て置たく就ては娘が<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>の<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby><ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>も<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>も<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby><ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>其外一<ruby><rb>式</rb><rt>しき</rt></ruby><ruby><rb>新撰</rb><rt>あたらし</rt></ruby>く<ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へんとは思へども是等に男は<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>に立ず然とて<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby><ruby><rb>縁者</rb><rt>えんじや</rt></ruby>とても有らねば<ruby><rb>萬事</rb><rt>ばんじ</rt></ruby>を頼みたく今日は<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>の歸りをば實は<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>で待てゐたりと言ばお金は<ruby><rb>斑</rb><rt>まばら</rt></ruby>なる<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>して打笑ひ然いふ目出度お話と聞ては<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>も實に<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく斯いふ事を申すのもチト<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>では有りますが常にお<ruby><rb>柔</rb><rt>やさ</rt></ruby>しいお<ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby>さん<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>は自分の子の樣に思つてゐませば<ruby><rb>營業</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>を休んでなりと<ruby><rb>駈歩行</rb><rt>かけあるき</rt></ruby>御用を達て<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ますよ是といふのも<ruby><rb>親孝行</rb><rt>おやかうかう</rt></ruby>を<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>や<ruby><rb>佛</rb><rt>ほとけ</rt></ruby>がお守りなすつて此上もない<ruby><rb>幸福</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>が參つた事で御座りませうとお金も共に<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び是より後は營業を<ruby><rb>終了</rb><rt>しまう</rt></ruby>とお光の方に至り萬事の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>買物</rb><rt>かひもの</rt></ruby>なんどに<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby><ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せば親子は喜び<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby><ruby><rb>代</rb><rt>がは</rt></ruby>りに當日はお金も其所の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>に<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みよろしく<ruby><rb>頼</rb><rt>たのむ</rt></ruby>と此者の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>も<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby>も<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へやりしにお金はいよ〱嬉しさ<ruby><rb>増</rb><rt>ま</rt></ruby>し<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>たらだら此事を長家は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>へも<ruby><rb>吹聽</rb><rt>ふいちやう</rt></ruby>なせば其邊へ<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>の立行て或は之れを<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>むあり或は之を<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>むもありて<ruby><rb>衆口</rb><rt>しうこう</rt></ruby><ruby><rb>喋々</rb><rt>てふ〱</rt></ruby><ruby><rb>當分</rb><rt>たうぶん</rt></ruby>はお光の事のみ云あへるを<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に入たる家主の庄兵衞<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に安からず思うて一人心を定め此<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>を<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げんと<ruby><rb>謀</rb><rt>たくみ</rt></ruby>し<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby><ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>に當り<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>にお光が<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り<ruby><rb>赤繩</rb><rt>せきじよう</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>たる所より<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つて<ruby><rb>奸</rb><rt>かん</rt></ruby>を<ruby><rb>鋤</rb><rt>す</rt></ruby>き<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に<ruby><rb>砂石</rb><rt>しやせき</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>むてふ<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>爽快</rb><rt>さうくわい</rt></ruby>なる物語は<ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>回</rb><rt>くわい</rt></ruby>を次ぎ章を改め漸次々々に説分くべし

## 第五回

<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>明瞭</rb><rt>あきらか</rt></ruby>ならんとすれば<ruby><rb>浮雲</rb><rt>ふうん</rt></ruby>之を<ruby><rb>覆</rb><rt>おほ</rt></ruby>ひ花<ruby><rb>美麗</rb><rt>うるはし</rt></ruby>からんとすれば風雨之を<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>る<ruby><rb>寸善</rb><rt>すんぜん</rt></ruby><ruby><rb>尺魔</rb><rt>せきま</rt></ruby>の<ruby><rb>俚言</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>むべなる哉大藤武左衞門の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お光は孝行の<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>は<ruby><rb>孤</rb><rt>こ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>隣家</rb><rt>となり</rt></ruby>の<ruby><rb>老婆</rb><rt>らうば</rt></ruby>が<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の事如斯と<ruby><rb>徇</rb><rt>ふれ</rt></ruby><ruby><rb>歩行</rb><rt>あるく</rt></ruby>より思はぬ事の起りて喜ぶ幸ひも今ふり<ruby><rb>變</rb><rt>かは</rt></ruby>る<ruby><rb>災禍</rb><rt>わざはひ</rt></ruby>の<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>を如何と尋るに此裏長家の家主を庄兵衞というて<ruby><rb>今茲</rb><rt>ことし</rt></ruby><ruby><rb>廿年</rb><rt>はたち</rt></ruby>餘り二つに成り未だ定まる<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>もなく母のお<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>と<ruby><rb>二個消光</rb><rt>ふたりぐらし</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>ども茲等は<ruby><rb>場末</rb><rt>ばずゑ</rt></ruby>にて果敢々々しき<ruby><rb>店子</rb><rt>たなこ</rt></ruby>もなければ僅か<ruby><rb>許</rb><rt>ばかり</rt></ruby>の家主にては<ruby><rb>生計</rb><rt>たつき</rt></ruby>の立ぬ所より庄兵衞は<ruby><rb>片手</rb><rt>かたて</rt></ruby>業に貸本をもて營業と爲ぬ又同町に山田<ruby><rb>元益</rb><rt>げんえき</rt></ruby>といふ<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>あり是は<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>れ庄兵衞が兄にて<ruby><rb>幼名</rb><rt>をさなゝ</rt></ruby>を庄太郎といひしが<ruby><rb>性來</rb><rt>しやうらい</rt></ruby><ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>からぬ<ruby><rb>品行</rb><rt>おこなひ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>賭博</rb><rt>とばく</rt></ruby>を好み<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>を飮み親に<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>を掛ることも度々あれば父は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>久離</rb><rt>きうり</rt></ruby>を切て<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>せしに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>方々</rb><rt>はう〲</rt></ruby>を<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよふ</rt></ruby>うち少く醫師の道を覺え町内へ來て山田元益と<ruby><rb>表札</rb><rt>へうさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>掲</rb><rt>あ</rt></ruby>げ<ruby><rb>門戸</rb><rt>もんこ</rt></ruby>を張れども<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>き<ruby><rb>庸醫</rb><rt>ようい</rt></ruby>なれば病家は<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>も<ruby><rb>稀々</rb><rt>まれ〱</rt></ruby>にて<ruby><rb>生計</rb><rt>くらし</rt></ruby>の立つほど有らざれば<ruby><rb>内實</rb><rt>ないじつ</rt></ruby><ruby><rb>賭博</rb><rt>とばく</rt></ruby>を旨とすれば父の<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>はいよ〱強く<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby><ruby><rb>免</rb><rt>ゆれ</rt></ruby>ん樣もあらねば<ruby><rb>其儘</rb><rt>そのまゝ</rt></ruby>にして過行しが去年父親は<ruby><rb>死去</rb><rt>みまかり</rt></ruby>しに母は<ruby><rb>女氣</rb><rt>をんなげ</rt></ruby>の心<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>き所へ<ruby><rb>持込</rb><rt>もちこみ</rt></ruby><ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>せしかば故なく<ruby><rb>濟</rb><rt>すん</rt></ruby>で今ははや<ruby><rb>往通</rb><rt>ゆきかよひ</rt></ruby>をなす中に成しに元益は兄といふを笠に<ruby><rb>打着</rb><rt>うちき</rt></ruby>て庄兵衞に<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>を言うこと度々なれど庄兵衞意に心能らず思うて<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひせし後は久しく<ruby><rb>往通</rb><rt>ゆきかよひ</rt></ruby>もなさで居しが庄兵衞は<ruby><rb>疾</rb><rt>とう</rt></ruby>より大藤の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お光に<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>なしつゝ忍び〱<ruby><rb>袖褄</rb><rt>そでつま</rt></ruby>を引者ながら彼方は<ruby><rb>路傍</rb><rt>ろばう</rt></ruby>の柳に<ruby><rb>等</rb><rt>ひとし</rt></ruby>く<ruby><rb>浮氣</rb><rt>うはき</rt></ruby>の風の吹くまに〱<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>く女に非れば<ruby><rb>打腹立</rb><rt>うちはらだち</rt></ruby>て<ruby><rb>言懲</rb><rt>いひこら</rt></ruby>さんとは思へども家主なればと<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へて程よく<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎら</rt></ruby>はし其まゝにして過すに庄兵衞<ruby><rb>情慾</rb><rt>じやうよく</rt></ruby>いよ〱<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>りお光は我を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ふにあらねど未だ<ruby><rb>未邊女氣</rb><rt>おぼこぎ</rt></ruby>のうら<ruby><rb>羞</rb><rt>はづか</rt></ruby>しく<ruby><rb>發揮</rb><rt>はき</rt></ruby>と<ruby><rb>問答</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を爲さざるなる可し就ては<ruby><rb>氣永</rb><rt>きなが</rt></ruby>く<ruby><rb>口説</rb><rt>くどく</rt></ruby>時は竟に意に從ふならんと思ふにも<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ず其娘は今度本町の小西屋へ<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby><ruby><rb>究</rb><rt>きま</rt></ruby>り箇樣々々と<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金が話したるを聞より此方の庄兵衞は今迄<ruby><rb>手活</rb><rt>ていけ</rt></ruby>の花とのみ思ひゐたりし女をば他へ取るゝ無益しさ如何はせんと<ruby><rb>取置</rb><rt>とつおい</rt></ruby>つ<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだき</rt></ruby>つ<ruby><rb>寢食</rb><rt>しんしよく</rt></ruby>も忘るゝ計に考へしが<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>思ひ附きお光をば手に入んこと外になし此<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げせば<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>自然</rb><rt>おのづから</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>かん<ruby><rb>噫</rb><rt>あゝ</rt></ruby>然なりと思案せしが此<ruby><rb>方策</rb><rt>はうさく</rt></ruby>に<ruby><rb>困</rb><rt>こう</rt></ruby>じ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては惡き事に掛ては<ruby><rb>敏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>き者は兄の元益是に相談なして見ばやと先元益が方へ至るに<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>の<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>たるか<ruby><rb>寢卷</rb><rt>ねまき</rt></ruby>一枚奧の間に<ruby><rb>煤</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぶりゐたるが夫と見て<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>かと思へば弟の庄兵衞何と思つて出て來たか知ねど兄に<ruby><rb>無禮</rb><rt>ぶれい</rt></ruby>を云ひ<ruby><rb>謝罪</rb><rt>わび</rt></ruby>にも來ねば此方もまた今日まで出入も<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>なかつたが一體何で來たのだと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れて此方は<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>掻</rb><rt>か</rt></ruby>きツイ先頃はお互に<ruby><rb>蟲</rb><rt>むし</rt></ruby>の居所の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い所から言葉<ruby><rb>戰</rb><rt>たゝか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たれども考へ見れば<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>が惡いと<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>謝罪</rb><rt>あやまつ</rt></ruby>た上からは主は素より<ruby><rb>舍兄</rb><rt>あに</rt></ruby>のこと心持をば取直し何卒力に成て下せへと云ば元益<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>て然事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>さへ<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>つた事なら素より<ruby><rb>同胞</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>何を云ふ然し改まつて力に成てと言のは<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>いふ次第だかと問れて庄兵衞はお光が事一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を打明し斯いふ<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>を入れ其<ruby><rb>婚禮</rb><rt>こんれい</rt></ruby>を<ruby><rb>茶々風茶</rb><rt>ちや〱ぷうちや</rt></ruby>に<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たらば女は<ruby><rb>吾儕</rb><rt>われ</rt></ruby>の物と<ruby><rb>究</rb><rt>きはめ</rt></ruby>てはゐるが手段に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り其所で兄貴に相談に來たが<ruby><rb>趣向</rb><rt>しゆかう</rt></ruby>は<ruby><rb>無物</rb><rt>なきもの</rt></ruby>かと問はれて元益笑ひ出し世に<ruby><rb>自惚</rb><rt>うぬぼれ</rt></ruby>と<ruby><rb>瘡氣</rb><rt>かさけ</rt></ruby>のない者はないとぞ言に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はずお光は未だ手に入ねば此<ruby><rb>婚禮</rb><rt>こんれい</rt></ruby>が<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>に成てもお主の方へ來るか來ねへか其所の所は<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬが是を破つて自分の方へ引入やうとは<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>に弟感心したゆゑ力に成て其<ruby><rb>婚禮</rb><rt>こんれい</rt></ruby>を<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>にしやう。夫ぢやア<ruby><rb>爲</rb><rt>やつ</rt></ruby>て下さるか<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby>も<ruby><rb>吾儕</rb><rt>われ</rt></ruby>がことを<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>て見せようが此<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>では<ruby><rb>如何</rb><rt>どう</rt></ruby>も<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>も<ruby><rb>詮方</rb><rt>しかた</rt></ruby>がねへ付ては<ruby><rb>身姿</rb><rt>みなり</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こせへ</rt></ruby>るだけ金をば五兩貸てくれ。ムヽ五兩と云ては<ruby><rb>吾儕</rb><rt>おれ</rt></ruby>の身では大金ながら<ruby><rb>後刻</rb><rt>のち</rt></ruby>までに<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>調達</rb><rt>こしらへ</rt></ruby><ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby>て<ruby><rb>來</rb><rt>くる</rt></ruby>が然して金の入用と<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>の手段は如何いふ<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>か安心するため聞せてと云ば元益庄兵衞の耳の<ruby><rb>邊</rb><rt>ほとり</rt></ruby>へ口さし寄せ何事やらん<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>霎時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>私語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby><ruby><rb>示</rb><rt>しめ</rt></ruby>すを聞中に此方は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>笑ひ出し聞了つては横手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>ち成程々々<ruby><rb>奇々</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>妙計</rb><rt>めうけい</rt></ruby>必ず當るに相違なし夫なら直に金の<ruby><rb>算段</rb><rt>さんだん</rt></ruby>。<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>相違のない樣に直に調達致して來ようとつかと<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ出たるは其日も已に<ruby><rb>暮合</rb><rt>くれあひ</rt></ruby>すぎなり<ruby><rb>开</rb><rt>そ</rt></ruby>も此家には妻子もなく<ruby><rb>一個住</rb><rt>ひとりずみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>玄關番</rb><rt>げんくわんばん</rt></ruby>を兼た<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の男一人在れど是さへも使に出たる後なれば<ruby><rb>同胞</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>如何なる<ruby><rb>密談</rb><rt>みつだん</rt></ruby>せしや<ruby><rb>知者</rb><rt>しるもの</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>て無りけり斯て後庄兵衞は<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくあさ</rt></ruby>五兩の金を<ruby><rb>調達</rb><rt>こしらへ</rt></ruby>兄元益に<ruby><rb>遞與</rb><rt>わたせ</rt></ruby>しに此方は心得其金もて<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>に入たる<ruby><rb>黒紋附</rb><rt>くろもんつき</rt></ruby>の小<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby><ruby><rb>羽織</rb><rt>ばおり</rt></ruby>を受出し近所の<ruby><rb>竹輿屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>へ<ruby><rb>吩咐</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>て醫師<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>。三人<ruby><rb>仕立</rb><rt>したて</rt></ruby><ruby><rb>切棒</rb><rt>きりぼう</rt></ruby>の<ruby><rb>竹輿</rb><rt>かご</rt></ruby><ruby><rb>路次口</rb><rt>ろじぐち</rt></ruby>へ<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>させ<ruby><rb>自己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は夫に乘り方々と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>させながら本町へこそ到りけれ<ruby><rb>竹輿舁</rb><rt>かごかき</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て心得ゐれば同町三丁目の<ruby><rb>藥種</rb><rt>やくしゆ</rt></ruby>店小西屋長左衞門の前に<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>し戸を<ruby><rb>引開</rb><rt>ひきあけ</rt></ruby>て直しける<ruby><rb>雪踏</rb><rt>せつた</rt></ruby>の<ruby><rb>鼻緒</rb><rt>はなを</rt></ruby>の<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>き心を隱す元益が出てしづ〱進み入に店の者等は之を見れば<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>三十路</rb><rt>みそぢ</rt></ruby>に<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ざれど<ruby><rb>人品</rb><rt>じんぴん</rt></ruby><ruby><rb>骨柄</rb><rt>こつがら</rt></ruby><ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しからず<ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>に丸の中に<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききやう</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>附</rb><rt>つき</rt></ruby>たる<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>を着なし<ruby><rb>竹輿</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>體裁</rb><rt>ていさい</rt></ruby><ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>の容子を見ても何某と稱るゝ御殿醫先生ならんと思へば一同<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ひまづ此方へと<ruby><rb>上座</rb><rt>じやうざ</rt></ruby>へ<ruby><rb>招</rb><rt>せう</rt></ruby>すに元益更に辭する色なく<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>鷹揚</rb><rt>おうやう</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>して打ち通りつゝ座に附ば今日は<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞が不在なるに依り<ruby><rb>帳場</rb><rt>ちやうば</rt></ruby>にゐる主人長左衞門は立出て<ruby><rb>敬々</rb><rt>うや〱</rt></ruby>しく<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なしお<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>よと云ければ<ruby><rb>和吉</rb><rt>わきち</rt></ruby>は番茶を<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>に<ruby><rb>汲</rb><rt>く</rt></ruby>みイザと計りに進めけり<ruby><rb>發時</rb><rt>そのとき</rt></ruby><ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は此方に向ひ御用の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>は如何なる品と問へば元益<ruby><rb>茶碗</rb><rt>ちやわん</rt></ruby>をば先下に置き<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より一枚の紙取出し如何も少々の<ruby><rb>買物</rb><rt>かひもの</rt></ruby>にて氣の毒ながら此方の店は<ruby><rb>藥種</rb><rt>やくしゆ</rt></ruby>が能きゆゑ<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>遠方</rb><rt>ゑんぱう</rt></ruby>よりして參りたれば此の十一<ruby><rb>味</rb><rt>み</rt></ruby>を何れもみな一<ruby><rb>兩目</rb><rt>りやうめ</rt></ruby>づつ<ruby><rb>調合</rb><rt>てうがふ</rt></ruby>なし<ruby><rb>極細末</rb><rt>ごくさいまつ</rt></ruby>にして<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひたいと出すは<ruby><rb>身姿</rb><rt>みなり</rt></ruby>も能き事ゆゑ定めし高金の品のみならんと思うて開き<ruby><rb>讀下</rb><rt>よみくだ</rt></ruby>せば然に非ずして<ruby><rb>極安</rb><rt>ごくやす</rt></ruby>き物のみなれば<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れながら<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>を仕つりぬ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>藥研</rb><rt>やげん</rt></ruby>に掛ます<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>霎時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>お待ち下されと云つゝ夫を和吉に<ruby><rb>遞與</rb><rt>わたし</rt></ruby><ruby><rb>製造</rb><rt>せいざう</rt></ruby>方へ廻させしは多少を<ruby><rb>論</rb><rt>ろん</rt></ruby>ぜぬ<ruby><rb>商個</rb><rt>あきうど</rt></ruby>の是ぞ實に<ruby><rb>招牌</rb><rt>かんばん</rt></ruby>なる<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>し<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>細末</rb><rt>さいまつ</rt></ruby>の出來る間と元益に<ruby><rb>四方八方</rb><rt>よもやま</rt></ruby>の話しを爲ながらも餘りに<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>と思ふ故此方に向ひて<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進めちと<ruby><rb>失禮</rb><rt>しつれい</rt></ruby>な事では御座れど<ruby><rb>營業</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>ゆゑに貴君樣に伺ひまするは外でもなき只今<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ<ruby><rb>附</rb><rt>つけ</rt></ruby>られし彼お藥の調合にて弊家共も代を<ruby><rb>累</rb><rt>かさ</rt></ruby>ね此營業を致しをれども箇樣な藥の合せ方初めて<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>致しますが一體是は何病に<ruby><rb>驗</rb><rt>きゝ</rt></ruby>ますものか<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>からずばお教へなされて下されませと云ば元益打笑ひ成程是は貴主方が見ても一向解らぬも道理にこそあれ此藥は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>漢方家</rb><rt>かんぱうか</rt></ruby>の<ruby><rb>配劑</rb><rt>はいざい</rt></ruby>ならず<ruby><rb>愚老</rb><rt>ぐらう</rt></ruby>先年長崎にて<ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>修業を爲しをり<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>阿蘭陀</rb><rt>おらんだ</rt></ruby>の名醫より<ruby><rb>傳習</rb><rt>でんじゆ</rt></ruby>したりし<ruby><rb>稀代</rb><rt>きたい</rt></ruby>の<ruby><rb>妙藥</rb><rt>めうやく</rt></ruby>テレメンテーナと<ruby><rb>稱物</rb><rt>いふもの</rt></ruby>にて則ち<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>の<ruby><rb>良劑</rb><rt>りやうざい</rt></ruby>なり然れども今の<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby><ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>阿蘭陀</rb><rt>おらんだ</rt></ruby>人より傳へられたる<ruby><rb>奇藥</rb><rt>きやく</rt></ruby>を<ruby><rb>二種</rb><rt>ふたいろ</rt></ruby><ruby><rb>加</rb><rt>くは</rt></ruby>ゆるゆゑ如何程<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>なりともたゞ一二服を服用すれば<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby>全快なさんこと<ruby><rb>霜</rb><rt>しも</rt></ruby>に<ruby><rb>沸湯</rb><rt>にえゆ</rt></ruby>を注ぐに等き世にも<ruby><rb>怪有</rb><rt>けう</rt></ruby>なる<ruby><rb>奇劑</rb><rt>きざい</rt></ruby>なるは是迄<ruby><rb>夥多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の人に用ゐ<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby><ruby><rb>功驗</rb><rt>こうけん</rt></ruby>を示せしより今度<ruby><rb>音羽</rb><rt>おとは</rt></ruby>町の<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>大藤武左衞門の娘お光が<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby><ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>の<ruby><rb>患</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひありとて<ruby><rb>愚老</rb><rt>ぐらう</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>をば頼に來しゆゑ<ruby><rb>診察</rb><rt>しんさつ</rt></ruby>するに數年の病のかうぜしなれば<ruby><rb>我妙藥</rb><rt>わがめうやく</rt></ruby>の力にても<ruby><rb>到底</rb><rt>つまり</rt></ruby>全快<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なければ一時は之を<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>りしが父なる者の云るには今度<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>は江戸向の大家の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>まれしが<ruby><rb>病</rb><rt>やまひ</rt></ruby>有ては相談も出來ねば<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>し<ruby><rb>疾</rb><rt>は</rt></ruby>や<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>を取交し近日<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんれい</rt></ruby>致す事に成しに依ては<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>病</rb><rt>やまひ</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>らば如何にせん故に<ruby><rb>根切</rb><rt>ねきり</rt></ruby>にあらずともと<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれたるより今日わざ〱此方へ參りし事なりとまづ<ruby><rb>大略</rb><rt>あらま</rt></ruby>しを語りけり

## 第六回

其道を以て<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>る時は君子と雖も計り得るに<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>しとかや扨も山田<ruby><rb>元益</rb><rt>げんえき</rt></ruby>はお光の<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんれい</rt></ruby>を<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げるため此小西屋の店へ來り<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>なるよし餘所ながら<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>出せば<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>を初め並ゐる店の者共等も<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあは</rt></ruby>せてゐたりけるに<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>たりと<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>み<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>も<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に打向ひ今の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の行先は<ruby><rb>大身代</rb><rt>だいしんだい</rt></ruby>の由なれば此<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく成らば<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>計りが<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>ないで<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>まで<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>び上る事ゆゑ是非とも是を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby><ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>たし然ども<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>たる病氣が一日二日の中に起らば<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>なしゝ<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>も<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>になりて<ruby><rb>寶</rb><rt>たから</rt></ruby>の山へ入ながらにして手を<ruby><rb>空</rb><rt>むなし</rt></ruby>く<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>るが如き事ある可し因て<ruby><rb>到底</rb><rt>たうてい</rt></ruby><ruby><rb>治</rb><rt>なほ</rt></ruby>らずとも藥の<ruby><rb>功驗</rb><rt>きゝめ</rt></ruby>で二月三月起らずにゐれば其後に<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>する事ありとも<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>までには<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>人情</rb><rt>にんじやう</rt></ruby>と云が<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>り來れば<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>ありとて<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>には成る<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづかひ</rt></ruby>も有まいからと云れて見れば其やうな物とも思ひ<ruby><rb>上治</rb><rt>うはなほ</rt></ruby>して致してやらねば其親子が<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>得たる<ruby><rb>出世</rb><rt>しゆつせ</rt></ruby>の道の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げ爲やう思はるれば先の家へは氣の毒ながら<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>までには爲たりしと何氣なき<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>す<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>藥の<ruby><rb>細末</rb><rt>さいまつ</rt></ruby>出來しとて<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>來るより受取つ錢を拂ひて長居は惡しと<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>をなして元益は店を<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>竹輿</rb><rt>かご</rt></ruby>に乘り<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく行しと舌を<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>き我家を差て歸りけり<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>つて長左衞門思ひ掛けざる醫師の<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しに<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れて言葉も出ず<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として望みをりしが<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>さへ見ず<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>し頃やう〱<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>に歸りつゝ<ruby><rb>慌忙</rb><rt>あわてゝ</rt></ruby><ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>に走り入り今の次第を<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>と話すに妻も且<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ且は驚く計りにて<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby><ruby><rb>交</rb><rt>かたみ</rt></ruby>に<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を合せたゞ<ruby><rb>吐息</rb><rt>といき</rt></ruby>のみ<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby>ゐたりぬ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る所ろへ<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>の忠兵衞外より歸り來り居間へ至るに長左衞門は<ruby><rb>待兼</rb><rt>まちかね</rt></ruby>たりし<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>にてオヽ忠兵衞か<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>かりし<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は此家に長の年月<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>て居て今にては<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>とまで用ゐらるゝ<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>で有る故に大事の〱<ruby><rb>一個息子</rb><rt>ひとりむすこ</rt></ruby>へ取る<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>も<ruby><rb>吾儕等</rb><rt>わしら</rt></ruby><ruby><rb>三個</rb><rt>みたり</rt></ruby>は<ruby><rb>皆目</rb><rt>かいもく</rt></ruby>見ず和郎に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>した今度の一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby>それを何ぞや<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>りもせず何故あつて<ruby><rb>彼樣</rb><rt>あのよう</rt></ruby>な<ruby><rb>病持</rb><rt>やまひもち</rt></ruby>をば<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきず</rt></ruby>り込み<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>までも<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>せしぞ<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>叶</rb><rt>かなう</rt></ruby>たる者にてあらばとは<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>たれど惡ひ病があつても<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>いと我々夫婦は決して云ぬに<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は左樣な<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>とも知ずに<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>を組せし<ruby><rb>無念</rb><rt>ぶねん</rt></ruby>か又は知ども<ruby><rb>當座</rb><rt>たうざ</rt></ruby>のみ<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>との不實心で知て居ながら<ruby><rb>横着</rb><rt>わうちやく</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きはめ</rt></ruby>し<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>か<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>ま<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>と腹の立まゝ<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>から<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>にまくり<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ忠兵衞<ruby><rb>呆氣</rb><rt>あつけ</rt></ruby>に<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>るゝ<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>少も<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>行ざれどもお光の事とは大方に<ruby><rb>推</rb><rt>すゐ</rt></ruby>せばいよ〱<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>り<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>して問けるに<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は今方店へ來し醫師が<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>たるテレメンテーナの藥の事より大藤の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>は<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>と話したるが和郎は大事な主人の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>が<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>なんどで<ruby><rb>轉倒</rb><rt>ひつくりかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>へ<ruby><rb>汚</rb><rt>むさ</rt></ruby>き<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby><ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>載</rb><rt>のせ</rt></ruby>られ恥を世の中へ<ruby><rb>晒</rb><rt>さら</rt></ruby>してゐても大事ないかと<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りの<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>も無理ならず此方も是を<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>なす者の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と知ねば<ruby><rb>彼奸計</rb><rt>かのかんけい</rt></ruby>を<ruby><rb>信實</rb><rt>まこと</rt></ruby>となし<ruby><rb>貴妃</rb><rt>きひ</rt></ruby>小町にも勝るとも劣はせじと思ふ程なる美人であれば其樣な病も<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より有るまじと思ふが故に<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby><ruby><rb>隣家</rb><rt>となり</rt></ruby>の人にも更に平常の<ruby><rb>行跡</rb><rt>ぎやうせき</rt></ruby>さへも聞事なく<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>を<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>しは身の<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまり</rt></ruby>この娘にして其病ありとは<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>人は見掛に<ruby><rb>依</rb><rt>よら</rt></ruby>ざる物かと<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>なしてゐたりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>惡病のあると知らば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>若旦那</rb><rt>わかだんな</rt></ruby>がどの樣に<ruby><rb>戀慕</rb><rt>こひした</rt></ruby>ひて居給ふとも決してお世話は致すまじきに全く知ずに<ruby><rb>爲</rb><rt>なせ</rt></ruby>し事故<ruby><rb>不行屆</rb><rt>ふゆきとゞき</rt></ruby>の其<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>は平に御<ruby><rb>勘辨</rb><rt>かんべん</rt></ruby>下さる可し<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して此上の御<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>は何の思案に及ぶ可き<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>婚姻を<ruby><rb>變改</rb><rt>へんがい</rt></ruby>してと言はれて忠兵衞<ruby><rb>度</rb><rt>と</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby><ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>では御座りますれど先から好みし<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>ならず此方よりして若旦那が<ruby><rb>見染</rb><rt>みそめ</rt></ruby>て無理に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひに行き此<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>の目の黒い中に如何なる事ありとも<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>はされぬと<ruby><rb>受合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>しを今更<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>と申しては參り兼れば此事のみはと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>を<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>ば無理に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしとて婚姻なしゝ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にもなく本の<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>だけ<ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>した事にてあれば仔細有まじ夫をば<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>は<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は病氣を知ての事か。全く以て是から先に行て呉るか。サア。サア夫はの<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby><ruby><rb>臺詞</rb><rt>ぜりふ</rt></ruby>忠兵衞今は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば左樣御座らば此由を若旦那へ一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>話してと云ども<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は更に<ruby><rb>肯</rb><rt>きか</rt></ruby>ず何の<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に話すに及ばう<ruby><rb>如何</rb><rt>いかに</rt></ruby><ruby><rb>戀慕</rb><rt>こひした</rt></ruby>ふ美人でも<ruby><rb>覆轉</rb><rt>ひつくりかへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>を吹く者と知なば<ruby><rb>戀路</rb><rt>こひぢ</rt></ruby>は<ruby><rb>覺</rb><rt>さめ</rt></ruby>ん<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>は<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>が<ruby><rb>能樣</rb><rt>よきやう</rt></ruby>に言ゆゑ<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>は音羽町へ早く<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ねとせり立られ忠兵衞今は理の<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>られたれば一句も出ず<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby><ruby><rb>投首</rb><rt>なげくび</rt></ruby><ruby><rb>腕組</rb><rt>うでぐみ</rt></ruby>して進まぬ足を進めつゝ音羽を差て行にける神ならぬ身の此方には<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>る<ruby><rb>災禍</rb><rt>わざはひ</rt></ruby>の<ruby><rb>配</rb><rt>おこ</rt></ruby>り來て無き名を<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>しと<ruby><rb>露知</rb><rt>つゆしら</rt></ruby>ぬお光が<ruby><rb>嫁入</rb><rt>よめいり</rt></ruby>の支度の<ruby><rb>好惡</rb><rt>よしあし</rt></ruby>父親とも又お金とも相談して<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へければ<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>諸道具</rb><rt>しよだうぐ</rt></ruby>今は殘らず<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひたるに大家の事故先方にては<ruby><rb>夥多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の支度ある事にて未だ<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>はぬか<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の日をば<ruby><rb>何日</rb><rt>いつ</rt></ruby>とて云うて來ぬかモウ今日あたりは<ruby><rb>來然</rb><rt>きさう</rt></ruby>な物と<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>もまた戀しい人と二世の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby><ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>ぶに附て<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさの<ruby><rb>一日</rb><rt>ひとひ</rt></ruby>を<ruby><rb>千秋</rb><rt>ちあき</rt></ruby>と思へども言はるゝ度に<ruby><rb>恥</rb><rt>はづ</rt></ruby>かしさの先立なれば<ruby><rb>果敢々々</rb><rt>はか〲</rt></ruby>しき<ruby><rb>回答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>もなくて<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>はゆげ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る所ろへ門の戸開け<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>來るは小西屋の一番<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞なれば夫と見るより<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>は<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>ゑま</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に迎へ上げ忠兵衞どのか能く來ませし今日等は定めし婚姻の<ruby><rb>日限</rb><rt>にちげん</rt></ruby><ruby><rb>究</rb><rt>きめ</rt></ruby>にお出が有らうと今も今とて娘と<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby><ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>を致して<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りし所ろマア〱此所へコレ娘何を<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うつかり</rt></ruby>致してをるお茶を上ぬか如何ぞやと<ruby><rb>待遇振</rb><rt>もてなしぶり</rt></ruby>の<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き程<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>はいよ〱<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ぢ<ruby><rb>言出惡</rb><rt>いひいでにく</rt></ruby>く<ruby><rb>背後</rb><rt>そびら</rt></ruby>には<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>する<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに在りたるが斯ては<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>じと口を開き決してお構ひ下さるな今日はチト申上兼し次第が有て參りたり夫と申すは餘の事ならずお<ruby><rb>娘御樣</rb><rt>むすめごさま</rt></ruby>とお約束を致しましたる<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>方の主人の<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>長三郎こと實は先日より病氣に附き<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>醫藥を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>ぶ物から<ruby><rb>功驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>は<ruby><rb>毫</rb><rt>すこ</rt></ruby>しもあらずして次第<ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>り行き昨今にては<ruby><rb>到底</rb><rt>とても</rt></ruby>此世の人には非じと醫師も云ひ<ruby><rb>吾儕共</rb><rt>わたくしども</rt></ruby>も思ひますれば<ruby><rb>節角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>お娘御を<ruby><rb>迎</rb><rt>むかへ</rt></ruby>申しても<ruby><rb>祝盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>さへも致さぬうち<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>と<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>のが<ruby><rb>最惜</rb><rt>いとほし</rt></ruby>ければ此度の縁はなきものと思し<ruby><rb>絶念下</rb><rt>あきらめくだ</rt></ruby>さるやと申して參れと長左衞門が<ruby><rb>吩咐</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>に依て<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>參りましたるが<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>にお氣の毒の次第にてと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>たる<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ<ruby><rb>飛出</rb><rt>とびだ</rt></ruby>し<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>をも見ずして<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>行きけり此方の<ruby><rb>父女</rb><rt>おやこ</rt></ruby>は思ひも因ぬ<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞が斷りに<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>かと計り驚きつ又は<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れて<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあは</rt></ruby>せ<ruby><rb>少時</rb><rt>しばし</rt></ruby>言葉もあらざりしがお光は<ruby><rb>呀</rb><rt>わつ</rt></ruby>と聲立て其所へかつぱと打伏つ<ruby><rb>前後</rb><rt>ぜんご</rt></ruby><ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby>なき<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びぬ父も<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に目を<ruby><rb>潤</rb><rt>うるほ</rt></ruby>せしが此方に向ひてコリヤ娘必ず泣な我も泣じ<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>を<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>て此年月<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>取んと思ふ所へ幸ひなるかなと今度の婚姻<ruby><rb>無上</rb><rt>こよなき</rt></ruby><ruby><rb>親娘</rb><rt>おやこ</rt></ruby>が悦びを思ひ附ても<ruby><rb>亡</rb><rt>な</rt></ruby>き母が<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>て<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>なば<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>や<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>悦ぶならんと今日迄も樂しみ居たる甲斐もなく<ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るとの<ruby><rb>變改</rb><rt>へんがい</rt></ruby>如何なる事に<ruby><rb>原因</rb><rt>もとゐ</rt></ruby>候や知らねど一度約束して<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>までも取<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>せしに<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>言來る所を見れば<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>大家の<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆゐしよ</rt></ruby>ある家のと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>ても町人は町人だけで<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なし必ず<ruby><rb>喃々</rb><rt>くよ〱</rt></ruby>思ふなよと<ruby><rb>勵</rb><rt>はげま</rt></ruby>しながら父親も同じ袂を<ruby><rb>潤</rb><rt>うるほ</rt></ruby>はしぬ娘はやう〱顏を<ruby><rb>揚</rb><rt>あ</rt></ruby>げ女と生れし<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なさは<ruby><rb>百年</rb><rt>もゝとせ</rt></ruby>の苦樂他人に在りと常から教を受まつれば<ruby><rb>本夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>ば<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>を<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>して<ruby><rb>朝暮</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby>仕へんと思ひし事も<ruby><rb>空頼</rb><rt>そらだの</rt></ruby>み仇し<ruby><rb>縁</rb><rt>えにし</rt></ruby>に成ることゝ知ば年頃貧苦の中にも失ひ給はで<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>祕置</rb><rt>ひめおか</rt></ruby>れたる用意金を盡して爲し支度さへ今<ruby><rb>浪費</rb><rt>むだづかひ</rt></ruby>に成りたるは<ruby><rb>悔</rb><rt>くやし</rt></ruby>き限りに候へど夫も是非なきことながらモウ<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>を取<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>せし後にてあれば<ruby><rb>同衾</rb><rt>ひとつね</rt></ruby>は<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ねど已に夫婦で有ると今故なく離縁されては<ruby><rb>吾女</rb><rt>わたし</rt></ruby>は世間へ此顏が向られませねば如何なる<ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>如何なる<ruby><rb>粗想</rb><rt>そさう</rt></ruby>で離縁されしか其趣きを小西屋へ一度掛合<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わしら</rt></ruby>の<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>の明りの立やうに<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>なされて下されませと<ruby><rb>理</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り<ruby><rb>迫</rb><rt>せめ</rt></ruby>たるお光の<ruby><rb>述懷</rb><rt>じゆつくわい</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>り樂みし<ruby><rb>赤繩</rb><rt>せきじよう</rt></ruby><ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に絶しと知ぬは憐れといふも<ruby><rb>魯</rb><rt>おろか</rt></ruby>なりけり

## 第七回

父は<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を拂ひつゝ娘に向ひて又云やう其<ruby><rb>述懷</rb><rt>じゆつくわい</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>さる</rt></ruby>事ながら<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>此先が武士なりせば今更になり<ruby><rb>箇樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>な事を<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なくて云ても<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>るまじよし又云て來たればとて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>も<ruby><rb>承引</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>其明の立ざる中は使の者を<ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby><ruby><rb>阿容々々</rb><rt>をめ〱</rt></ruby>返す可き然るを先が町人にて<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>町人と<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>る者は利に<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>走りて恥を思はず義理には<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き者なるゆゑ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る事さへ云出すならん然るを此方は人がましき者と思うて<ruby><rb>理窟</rb><rt>りくつ</rt></ruby>を<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>は<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>乞食</rb><rt>かたひ</rt></ruby>に<ruby><rb>棒打</rb><rt>ぼううち</rt></ruby>にて<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>も役に立ざれば腹の立のは無理ならねど此は是までの事と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>必ず案じる事なかれと<ruby><rb>説</rb><rt>とけ</rt></ruby>ど<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>せど娘氣の亂れ染ては<ruby><rb>麻糸</rb><rt>あさいと</rt></ruby>の<ruby><rb>解</rb><rt>とく</rt></ruby>よしもなき其<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>から隣の家の<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金例の如く<ruby><rb>營業</rb><rt>なりはひ</rt></ruby>を<ruby><rb>終了</rb><rt>しまう</rt></ruby>て今がた歸り來り我家へ入て荷を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>し<ruby><rb>重能</rb><rt>ぢうのう</rt></ruby><ruby><rb>代</rb><rt>がは</rt></ruby>りの<ruby><rb>石決明貝</rb><rt>あはびがひ</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へ隣の家へ至り火を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと行き見れば年が年中<ruby><rb>物爭</rb><rt>ものあらそ</rt></ruby>ひ一つなしたる事もなき家には<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく親と子がさも<ruby><rb>不快氣</rb><rt>ふくわいげ</rt></ruby>なる<ruby><rb>面地</rb><rt>おもゝち</rt></ruby>して然も<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>しゐればお金は不審と<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby><ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>からして親子中の<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>と云のは音羽中へ<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞい</rt></ruby>て親に孝行な其お光さんが何した譯でと問ど親子は<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>の外に<ruby><rb>回答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>もあらざれば一所に置ては<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>というてお金は無理やりにお光を我家へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>つ何で<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>をなされたと問ばお光は面はゆ<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に物<ruby><rb>爭</rb><rt>あら</rt></ruby>そひせし<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>ならず<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>泪を<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>してゐたるは斯樣々々の次第なりと婚姻<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>に成し事を<ruby><rb>包</rb><rt>つゝま</rt></ruby>ず告ればお金は驚きあれ程までに手を下て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひに來りし小西屋で<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby><ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に斷りに來のは何とも<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬと云たる<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければお光を慰め家へ歸し<ruby><rb>吾儕</rb><rt>おのれ</rt></ruby>も大藤武左衞門に會つて<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みを<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby>にける物語<ruby><rb>二枝</rb><rt>ふたつ</rt></ruby>に<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>る<ruby><rb>不題</rb><rt>こゝにまた</rt></ruby>忠兵衞は主命なれば詮方なく<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>云難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>き事の由を親子の者に云傳へ<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>をば<ruby><rb>遁</rb><rt>にげ</rt></ruby>も出せしが<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し<ruby><rb>追掛</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>らる事もやと<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>の恐れに<ruby><rb>眞暗</rb><rt>まつくら</rt></ruby><ruby><rb>散方</rb><rt>さんばう</rt></ruby>跡をも見ずして我家へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り向ふの始末<ruby><rb>斯々</rb><rt>かう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひけり夫婦は聞て先は<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>此事<ruby><rb>一子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に云ん物と思へど未だ暇に<ruby><rb>乏</rb><rt>とぼ</rt></ruby>しく咄しもせねば<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>まづ<ruby><rb>一子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>をと云れて<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>ど<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>ながら<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>とも云ねば部屋へ行き<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby><ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>へ一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby>の<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>の來たりしことよりして<ruby><rb>親公</rb><rt>おやご</rt></ruby>のいかりに詮方なく向ふを<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り歸へりしまで<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>をはなしけるにきく長三郎は<ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby>に<ruby><rb>髮揷</rb><rt>かざし</rt></ruby>の花をば散したる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>せられて<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしよく</rt></ruby>を<ruby><rb>變</rb><rt>か</rt></ruby>へ膝をすゝめコレ<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>どの忠兵衞どのそも〱大藤の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>おみつは父母の女房にするというて<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>いひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>しことならずこの長三郎が<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>見染</rb><rt>みそめ</rt></ruby><ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>を以て<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>まで取交したるなかなれば假令<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>の病ありとも<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>が<ruby><rb>能</rb><rt>よい</rt></ruby>というならばそれまでにして<ruby><rb>父母</rb><rt>ちゝはゝ</rt></ruby>も<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>て<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>や<ruby><rb>右</rb><rt>かう</rt></ruby>いふ<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>有るまじ夫をして病有るものはと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>ならば一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>は我に話して縁組を<ruby><rb>變更</rb><rt>へんがへ</rt></ruby>す可きに然なくてその當人なる<ruby><rb>我耳</rb><rt>わがみゝ</rt></ruby>へは<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>も入ず和郎をもて變更さするは如何なることぞ父母も父母なり和郎も和郎あまりと<ruby><rb>云</rb><rt>いへ</rt></ruby>ば餘りなる<ruby><rb>壓制業</rb><rt>おしつけわざ</rt></ruby>とや云<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>けれ又一<ruby><rb>方</rb><rt>ぱう</rt></ruby>より云時はお光に<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る病ありとも开は大道にて<ruby><rb>轉覆</rb><rt>ひつくりかへ</rt></ruby>り<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>を<ruby><rb>吹</rb><rt>ふき</rt></ruby>たる所をば見たるに非で店へ來し<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れの者やら名も知ぬ醫師が云たることなれば是また證據と爲に足ず然るに夫を<ruby><rb>眞實</rb><rt>まこと</rt></ruby>となし斷りたりしは<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>千萬此方は<ruby><rb>現</rb><rt>げん</rt></ruby>に見たるといふ證據あらねば其<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>の云しが<ruby><rb>嘘</rb><rt>う</rt></ruby>そにて大藤の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>に病の氣も有らぬを<ruby><rb>疾</rb><rt>はやり</rt></ruby>て斷り後に至り斯と心の就く事あらば<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なき<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず本町の小西屋こそ大<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>で有りながら事理の<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>りし者なきや出所不定の醫師の言葉に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひて病もなき<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>を病有とぞ思ひ詰め<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>までも取交せし其<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby>を斷りしは<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ふ可き事なりと世間の人の口の端に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし時は我身と父母の<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>のみならず小西屋の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>の附ことならずや故に縁談<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>の事は<ruby><rb>吾子</rb><rt>わたし</rt></ruby>は決して<ruby><rb>承引</rb><rt>うけひき</rt></ruby>難し然れども其實病あつて父母がお光を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひ給ふと云事なれば長三郎は<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>焦</rb><rt>こが</rt></ruby>れて死する迄も是非縁組とは云ざるなれば<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby><ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>と云る證據を上て來て見せなば此のまゝ<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しもせん<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し然もなくは醫師の云ひし言葉は<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>と思ふゆゑ父母に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りて病に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝは</rt></ruby>らずお光を如何でも女房に爲ねば成らぬと<ruby><rb>居丈高</rb><rt>ゐだけだが</rt></ruby><ruby><rb>辯舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby><ruby><rb>尖</rb><rt>するど</rt></ruby>く<ruby><rb>演立</rb><rt>のべたて</rt></ruby>たる<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>の當然に忠兵衞は一<ruby><rb>句</rb><rt>く</rt></ruby>も出ず首を<ruby><rb>垂</rb><rt>た</rt></ruby>れ<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ見れば長三郎が云に違はず<ruby><rb>渠</rb><rt>かの</rt></ruby>お光の病氣といふは何處の者やら<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>らぬ醫師が云し<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>實際</rb><rt>じつさい</rt></ruby>見たる譯ならねば今に成ては其病の有無とても<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>れずと<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby><ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひの<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>來れば晴る程なほ面目なきは<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>よりしてお光が上を能も<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>らぬ<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまり</rt></ruby>なりしと思ひ附ては中々に<ruby><rb>辯譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>なけれど<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を揚げお年若には<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>給はで事理<ruby><rb>明瞭</rb><rt>あきらか</rt></ruby>なる今のお言葉御尤にて<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>す可き<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>とても候はず然ども<ruby><rb>今將</rb><rt>いまは</rt></ruby>た<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>樣が旦那樣御夫婦に<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せられてはお家の<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>事も忠兵衞が<ruby><rb>不行屆</rb><rt>ふゆきとゞき</rt></ruby>に<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>りし事ゆゑ一度は斷り候えども如何樣とも爲し彼娘の病氣の有無を問合せ<ruby><rb>再回</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>御縁</rb><rt>ごえん</rt></ruby>の<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>ばる樣致しますれば暫時く<ruby><rb>吾輩</rb><rt>おのれ</rt></ruby>にお預け下されませと思ひ入りてぞ<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>けるに長三郎は面を<ruby><rb>和</rb><rt>やはら</rt></ruby>げ夫ほどまでに云なりせば<ruby><rb>此回</rb><rt>このたび</rt></ruby>は許し<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はす可ければ今日よりして五日の中に<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>病氣有る物ならば有とぞ云る<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>な證據を取て其<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>吾輩</rb><rt>おのれ</rt></ruby>に云ね又無時には<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby><ruby><rb>再回</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>びて<ruby><rb>高砂</rb><rt>たかさご</rt></ruby>を<ruby><rb>謠</rb><rt>うたへ</rt></ruby>る樣に<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ふ可し夫も五日の中に限りぬ<ruby><rb>設</rb><rt>も</rt></ruby>し日限を過す時は我も<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>爲難</rb><rt>しがた</rt></ruby>ければ<ruby><rb>双親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>に向ひ此事を<ruby><rb>詳細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>云て意中を聞ん<ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>も是を心得てと<ruby><rb>嚴重</rb><rt>きびしく</rt></ruby>云れて忠兵衞は<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なけれど言受し部屋を<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>き<ruby><rb>投首</rb><rt>なげくび</rt></ruby>なし五日の中に善惡二つを身一つにして分る事の<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>難</rb><rt>かた</rt></ruby>ければ思案に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>るに<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>よりも部屋の外にて<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>が<ruby><rb>問答</rb><rt>もんだふ</rt></ruby><ruby><rb>立聞</rb><rt>たちぎき</rt></ruby>せし和吉は密と忠兵衞の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ差寄り<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>を控へ人なき座敷へ引入て<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は<ruby><rb>彼所</rb><rt>あれ</rt></ruby>で聞ましたが思ひ設けぬ今度の一件<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わし</rt></ruby>も<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>に若旦那のお供をなして彼所へゆき夫から和君のお出の時もお供を致して<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>からの事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しつ</rt></ruby>てゐるにあの娘御に限ては<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>いふ病の有る事とは思はれざれど有といひ<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>若旦那の<ruby><rb>被仰處</rb><rt>おつしやるところ</rt></ruby>も道理と思へど五日の中にどうして<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>り給ふか<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>も共に案じられてと云ば忠兵衞<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>て年より<ruby><rb>怜悧</rb><rt>さかしき</rt></ruby><ruby><rb>和郎</rb><rt>そなた</rt></ruby>の心配吾儕も<ruby><rb>切迫</rb><rt>せつぱ</rt></ruby>に<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つた故<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>云るゝ通り五日をば承知をなして受合たれど何を<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>にも雲を<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>。然いふ譯なら此事は<ruby><rb>秒時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>吾儕にお任せなさい彼近所へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>夫とはなく病が有か<ruby><rb>非</rb><rt>あらざ</rt></ruby>るかを聞定て來て參ますから成程是は<ruby><rb>大人</rb><rt>おとな</rt></ruby>より<ruby><rb>幼稚</rb><rt>こども</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>が遠慮がなくて聞には<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よか</rt></ruby>らうから何分頼と<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>に云はれて心得<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby><ruby><rb>優</rb><rt>ませ</rt></ruby>たる和吉は其儘に立出音羽へ至しが<ruby><rb>何處</rb><rt>いづこ</rt></ruby>で<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>んと思案に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>大藤が住居なる路次へ思はず入にけり

## 第八回

<ruby><rb>怜悧</rb><rt>りかう</rt></ruby>な樣でも幼稚なる和吉は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を立出て音羽の町へ至りつゝ路地へは入しが何處で聞んと<ruby><rb>其所等</rb><rt>そこら</rt></ruby><ruby><rb>迂路々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby>爲しゝ<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>但</rb><rt>と</rt></ruby>見れば大藤が<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の家にて老婆一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby><ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>夜食</rb><rt>やしよく</rt></ruby>と云へど未だ暮ぬ長日の頃の<ruby><rb>飯急</rb><rt>めしいそ</rt></ruby>ぎ和吉は見やりて<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby><ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>をなして内へ這入ば小僧さん<ruby><rb>糊</rb><rt>のり</rt></ruby>ならばモウ無よイエ〱糊では有りませんがチト物が<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はりたくてと云はしたれど<ruby><rb>究</rb><rt>きまり</rt></ruby>が<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>文字々々</rb><rt>もじ〱</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>ながら四邊を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>り聲を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め變な事をお聞申す樣ですが<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>のお家の大藤武左衞門樣の娘のお光さんは<ruby><rb>癲癇病</rb><rt>てんかんびやう</rt></ruby>だといふ事です全く然で御座りますかと問ば此方は其<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が婚姻<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>の事に就き胸の<ruby><rb>有也無也</rb><rt>うやむや</rt></ruby>晴ざるをり今癲癇と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れては<ruby><rb>口惜</rb><rt>くやしく</rt></ruby>もあれ<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しければ<ruby><rb>赫</rb><rt>かつ</rt></ruby>と怒つて<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>を<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby><ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と立上り<ruby><rb>飛掛</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>り和吉が<ruby><rb>首筋</rb><rt>くびすぢ</rt></ruby><ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby>より早く其所へ引附目を<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>らしコレ小僧<ruby><rb>和主</rb><rt>てまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>の者かは知ねど大藤の娘お光さんに癲癇が有るるとは何の<ruby><rb>謔言</rb><rt>たはごと</rt></ruby><ruby><rb>彼</rb><rt>あの</rt></ruby>お光さんは<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>く親孝心で<ruby><rb>優</rb><rt>やさし</rt></ruby>くて癲癇所ろか病氣は<ruby><rb>微塵</rb><rt>みぢん</rt></ruby><ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かない人を癲癇病とは何の事一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby>何處から聞て來た<ruby><rb>而</rb><rt>そし</rt></ruby>て<ruby><rb>和主</rb><rt>てまへ</rt></ruby>は何處の者だサア云聞んと老婆の<ruby><rb>憤激</rb><rt>ふんげき</rt></ruby>和吉は<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>き<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>き<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>被仰</rb><rt>おつしやら</rt></ruby>れては一言も御座りませねば申し升が何卒此手を放して下さい<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>がはずんで<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りませぬと云ばお金は手を<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>め<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>して如何だと<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>れ今は<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>もならざれば<ruby><rb>自己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は本町小西屋の<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>なることより婚姻とまで<ruby><rb>極</rb><rt>きまり</rt></ruby>しが<ruby><rb>今朝</rb><rt>こんてう</rt></ruby><ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>來りて大藤の娘お光は<ruby><rb>云々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>と云たりしに<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>長左衞門は大きに驚き<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>の忠兵衞をもて此方へ斷りに<ruby><rb>遣</rb><rt>よこ</rt></ruby>せしが子息長三郎は聞て<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り忠兵衞を<ruby><rb>説破</rb><rt>せつぱ</rt></ruby>して五日の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>の<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>を<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>て來る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>にと云れて困り切たる<ruby><rb>景状</rb><rt>ありさま</rt></ruby>見るに忍びず<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>が<ruby><rb>負擔</rb><rt>うけおひ</rt></ruby>爰迄聞に來りしと<ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を<ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>て<ruby><rb>泪組</rb><rt>なみだぐ</rt></ruby>み<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聞てお金の驚き息子が見染めて取ぬまでも二百兩といふ<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby>を<ruby><rb>支度金</rb><rt>したくきん</rt></ruby>にまで<ruby><rb>遣</rb><rt>よこ</rt></ruby>した小西屋今日に成り婚姻を<ruby><rb>變更</rb><rt>へんがへ</rt></ruby>するとは物の不思議と思つてゐたが<ruby><rb>此咄</rb><rt>このはなし</rt></ruby>でやう〱<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>は<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>つたり然ども醫師といふ奴が<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>彼所</rb><rt>かしこ</rt></ruby>へ行し<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>あらぬことさへ<ruby><rb>並</rb><rt>ならべ</rt></ruby>しは<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へても<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずモシ小僧どん其醫師の<ruby><rb>年齡</rb><rt>としごろ</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>その他に是ぞと云ふ目印はハイ<ruby><rb>登時</rb><rt>そのとき</rt></ruby><ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>は家にゐたゆゑお茶も出たり話にも<ruby><rb>聞惚</rb><rt>きゝほ</rt></ruby>れよく〱見ましたが年の頃は二十七八<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>顏にして色黒く<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>は<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>くて<ruby><rb>眉毛</rb><rt>まゆげ</rt></ruby><ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>く<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby><ruby><rb>尖</rb><rt>するど</rt></ruby>く其上に左の<ruby><rb>目尻</rb><rt>めじり</rt></ruby>に<ruby><rb>豆粒程</rb><rt>まめつぶほど</rt></ruby>の大きな<ruby><rb>黒子</rb><rt>ほくろ</rt></ruby>が一つあり黒<ruby><rb>羽二重</rb><rt>はぶたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>衣物</rb><rt>きもの</rt></ruby>にて紋は丸の中に<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききやう</rt></ruby>と言れてお金は横手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>ち其の<ruby><rb>人體</rb><rt>にんてい</rt></ruby>で考へれば醫師と云るは町内の元益<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>に<ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>つたりと云は<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>のみならず<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>羽二重に桔梗の紋は<ruby><rb>掛替</rb><rt>かけがへ</rt></ruby>のなき一丁<ruby><rb>羅</rb><rt>ら</rt></ruby><ruby><rb>渠奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>小西屋の<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>へ行き隣の女に惡名を付しは<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>弟なる此家主の庄兵衞めに頼れての<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>なる可し<ruby><rb>渠</rb><rt>かの</rt></ruby>庄兵衞は<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>よりお光さんには深く<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>し度々<ruby><rb>口説</rb><rt>くどけ</rt></ruby>ど云う事を<ruby><rb>肯</rb><rt>きか</rt></ruby>ぬ所より遺恨を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み元益坊主を頼込み此婚姻を<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>をしようと無き事<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せし物なる可し夫にて思ひ合すれば先刻<ruby><rb>營業</rb><rt>あきなひ</rt></ruby>の歸り<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>元益坊主の裏手を通ると<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の<ruby><rb>障子</rb><rt>しやうじ</rt></ruby>を<ruby><rb>開放</rb><rt>あけはな</rt></ruby>し庄兵衞と二人して<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んで酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のん</rt></ruby>でをり<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>は<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>よく行て來たゆゑ<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby>破談に成るだらうと咄してゐたは氣が付ねど常には<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>き<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>今日のみ一つ座敷に在て酒<ruby><rb>汲交</rb><rt>くみかは</rt></ruby>すは<ruby><rb>稀代</rb><rt>きたい</rt></ruby>なことと思つてゐたが咄しの樣子と<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ合すればいよ〱<ruby><rb>渠奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>に相違ない惡さも惡き<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の者如何してくりようと<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り向ふを<ruby><rb>佶</rb><rt>きつ</rt></ruby>と見詰たる手先に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>る<ruby><rb>箸箱</rb><rt>はしばこ</rt></ruby>をば<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>みながらに<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しいと怒りの餘り<ruby><rb>打氣</rb><rt>うつき</rt></ruby>もなく<ruby><rb>側</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼんやり</rt></ruby><ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>りゐて獨言をば聞ゐたる和吉の<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>箸箱</rb><rt>はしばこ</rt></ruby>にて<ruby><rb>發矢</rb><rt>はつし</rt></ruby>と<ruby><rb>打</rb><rt>うて</rt></ruby>ば打れて驚きお金は氣にても<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひしかと思へばキヤつと云さまに其所を飛出し<ruby><rb>遁行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>ける此聲により<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金はやう〱夫と心付き其の人にてもあらざるに怒りの餘り打たるは<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なけれど<ruby><rb>聞捨</rb><rt>きゝすて</rt></ruby>には成ぬは今の元益の一條<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>此事をお光さんにと云よりお光は<ruby><rb>翌日</rb><rt>あした</rt></ruby>の<ruby><rb>仕掛</rb><rt>しかけ</rt></ruby>か<ruby><rb>米淅桶</rb><rt>こめかしをけ</rt></ruby>を手に<ruby><rb>携</rb><rt>さげ</rt></ruby>て井戸端へとて行ん物とお金の前を通り掛ればお金は夫と見るよりもお光を<ruby><rb>呼入</rb><rt>よびいれ</rt></ruby>今の次第和吉が來りし事よりして斷りたるは<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>と云<ruby><rb>觸</rb><rt>ふら</rt></ruby>したる元益が<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>よる</rt></ruby>こと是はまた家主庄兵衞が<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>に出で<ruby><rb>云々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>なりし一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>るを聞お光<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>の事の原因はやう〱<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>りし物ながら<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>に堪ぬは家主が其<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>は<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>き如何はせんと計りにて涙に<ruby><rb>暮</rb><rt>くる</rt></ruby>る女氣の袖を<ruby><rb>濕</rb><rt>しめ</rt></ruby>らせゐたりしが<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>つて顏を揚げ<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>の破談は如何した事と親子二個が一<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>ならず心配致して居し所ろ今<ruby><rb>拜諾</rb><rt>うけたまは</rt></ruby>りしお話しにて<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>が無き名を負たりし次第はきつぱり<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>りましたが今此事を親父さんに話しを致せば武士<ruby><rb>堅氣</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>無實の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby><ruby><rb>附</rb><rt>つけ</rt></ruby>られてはと怒つてどんな間違に<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>うも知ねば<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>にても氣の<ruby><rb>落附</rb><rt>おちつい</rt></ruby>た其時に吾儕が<ruby><rb>徐々</rb><rt>なんとか</rt></ruby>に云ますから何卒<ruby><rb>和君</rb><rt>あなた</rt></ruby>からはお話なくハイ夫は承知しましたが餘り<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>い<ruby><rb>爲方</rb><rt>しかた</rt></ruby>ゆゑ明日に成たら親父に話して急度掛合にと<ruby><rb>飽</rb><rt>あく</rt></ruby>まで<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>る親切を<ruby><rb>謝</rb><rt>しや</rt></ruby>しつゝお光は<ruby><rb>泣顏</rb><rt>なきがほ</rt></ruby>隱し井戸端へ行き<ruby><rb>釣上</rb><rt>つりあぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>竿</rb><rt>さを</rt></ruby>を直なる身の上も<ruby><rb>白精</rb><rt>しらげ</rt></ruby>の<ruby><rb>米</rb><rt>よね</rt></ruby>と事變り腹いと黒き其人が<ruby><rb>堀拔</rb><rt>ほりぬき</rt></ruby>井戸の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き<ruby><rb>謀計</rb><rt>たくみ</rt></ruby>に掛り無實の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を蒙りたるも<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>まで<ruby><rb>澄</rb><rt>すむ</rt></ruby>か<ruby><rb>濁</rb><rt>にごる</rt></ruby>か分らざりしが今は<ruby><rb>譯</rb><rt>わか</rt></ruby>れど<ruby><rb>濡衣</rb><rt>ぬれぎぬ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほす</rt></ruby>よしもなき身の<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>と思ひ廻せば廻すほど又も<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>の種なるを思ひ返へしてゐる<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>から後の方より<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きモシお光さんお光さんと云者のある誰ならんと<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへり</rt></ruby>つゝ打見やれば元益方にて<ruby><rb>祝酒</rb><rt>いはひざけ</rt></ruby>を<ruby><rb>汲交</rb><rt>くみかは</rt></ruby>しゐて歸り來る庄兵衞なれば此方は發と怒りの餘に飛附てと<ruby><rb>逸</rb><rt>はや</rt></ruby>る<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>を<ruby><rb>押鎭</rb><rt>おししづ</rt></ruby>め誰かと思へば<ruby><rb>大家</rb><rt>おほや</rt></ruby>さん<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>御機嫌で御座りますねヘイヤ<ruby><rb>澤山</rb><rt>たんと</rt></ruby>もやらねど今<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>で<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>一杯やつたばかりさ夫は<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby>とお光さん今日<ruby><rb>新版</rb><rt>しんぱん</rt></ruby>の本が<ruby><rb>出來</rb><rt>でき</rt></ruby>て未だ<ruby><rb>封切</rb><rt>ふうきり</rt></ruby>もしないのが澤山あるが日が<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>たら<ruby><rb>迫</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>畫</rb><rt>ゑ</rt></ruby>だけも見にお出<ruby><rb>而</rb><rt>そし</rt></ruby>て今夜は<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>は大師河原の親類へ泊り<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>にと行て留守<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>には<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby><ruby><rb>一人限</rb><rt>ひとりぎり</rt></ruby>ゆゑ必ずお出の色目<ruby><rb>遣</rb><rt>づか</rt></ruby>ひお光は<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>したく思ふ<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から云々と<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>はれて大きに<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に喜び其<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>ならず母親も<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>と云るは<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>よしと早くも<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>し<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこり</rt></ruby><ruby><rb>笑</rb><rt>ゑ</rt></ruby>み夫は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし面白ふ御座りませうが<ruby><rb>甲夜</rb><rt>よひ</rt></ruby>のうちは<ruby><rb>親父</rb><rt>おとつさん</rt></ruby>も起きてをり世間も何だか<ruby><rb>騷々</rb><rt>さう〲</rt></ruby>しく本も<ruby><rb>讀</rb><rt>よん</rt></ruby>でも身に成ませねば<ruby><rb>二更</rb><rt>よつ</rt></ruby>でも打て親父が寢てから<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と忍んでゆき<ruby><rb>御本</rb><rt>ごほん</rt></ruby>を<ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>致しますから<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>夫までお寢なさらずにお待なすつて下さいと<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>男の顏<ruby><rb>横目</rb><rt>よこめ</rt></ruby>で見たはお光の方に深き意の有とも知ず音羽小町と言るゝ程の<ruby><rb>美人</rb><rt>びじん</rt></ruby>にてらされ庄兵衞五<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby><ruby><rb>蕩</rb><rt>とろけ</rt></ruby>る如く<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>もピンシヤン<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>る娘が今日に限つて自分の<ruby><rb>方</rb><rt>はう</rt></ruby>から夜が<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>たらば忍んで行うと言のは夢か<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>かや是も<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby>小西屋が破談に成た故で有うあゝ悦ばし嬉しとて手の<ruby><rb>舞</rb><rt>まひ</rt></ruby>足の<ruby><rb>踏</rb><rt>ふむ</rt></ruby>所も知ざるまでに<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び夫では<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>に待てゐるから<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>で有るよと念を<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby><ruby><rb>莞爾</rb><rt>にこ〱</rt></ruby>顏して我家へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しあとにお光はまた<ruby><rb>米</rb><rt>こめ</rt></ruby><ruby><rb>淅了</rb><rt>とぎをは</rt></ruby>り我家の中に入し頃は護國寺の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>入相</rb><rt>いりあひ</rt></ruby>を<ruby><rb>告</rb><rt>つげ</rt></ruby>ければ<ruby><rb>其所等</rb><rt>そこら</rt></ruby><ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby><ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>に火を照し附け明るけれど<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>からぬ身を暗くされし無念に父の武左衞門心濟ねば<ruby><rb>鬱々</rb><rt>うつ〱</rt></ruby>と今日も<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>てお光に向ひ面白からぬ事のみにて<ruby><rb>身體</rb><rt>からだ</rt></ruby>も惡く覺ゆるに床をば<ruby><rb>延</rb><rt>のべ</rt></ruby>て少の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>足を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝい</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>ぬかと言れてハイと答へながら押入<ruby><rb>開</rb><rt>あけ</rt></ruby>て取出す蒲團は薄き物ながら恩いと厚き<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>に我身の上より苦勞を掛け<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ此上にもお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげき</rt></ruby>を掛る不孝の<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なさと口には言ねど心の中思ひ<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>けて蒲團を<ruby><rb>敷</rb><rt>しき</rt></ruby>イザと<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝむ</rt></ruby>る<ruby><rb>箱枕</rb><rt>はこまくら</rt></ruby>のみならぬ身の親父が横に成たる<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ廻り腰より足を<ruby><rb>摩</rb><rt>さす</rt></ruby>り<ruby><rb>行手</rb><rt>ゆくて</rt></ruby><ruby><rb>弱</rb><rt>よわき</rt></ruby><ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>も今宵<ruby><rb>此仇</rb><rt>このあだ</rt></ruby>を<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>さんお光の精神是ぞ親子が一世の別れと<ruby><rb>究</rb><rt>きはま</rt></ruby>る心は如何ならん<ruby><rb>想像</rb><rt>おもひやる</rt></ruby>だに<ruby><rb>悼</rb><rt>いたま</rt></ruby>しけれ

## 第九回

<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しき介抱に<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>緩</rb><rt>ゆる</rt></ruby>みし武左衞門<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>に<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>てすや〱と眠りし容子にお光は<ruby><rb>長息</rb><rt>といき</rt></ruby>夜具打掛て<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>退</rb><rt>のき</rt></ruby><ruby><rb>側</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に在し硯箱を出して墨を<ruby><rb>摺流</rb><rt>すりなが</rt></ruby>す音も<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>り<ruby><rb>卷紙</rb><rt>まきがみ</rt></ruby>へ思ふ事さへ<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby>つゞる身生<ruby><rb>命毛</rb><rt>いのちげ</rt></ruby>の筆より先へ切てゆく<ruby><rb>冥途</rb><rt>めいど</rt></ruby>の旅と死出の空我身は今ぞ亡き者と覺悟をしても親と子がたゞ二人なる此住居然るを<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わがみ</rt></ruby>が先立てば誰とて後で<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>の御介抱をば申し上ん夫を思へば<ruby><rb>捨兼</rb><rt>すてかね</rt></ruby>る生命を捨ねば惡名を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝぐ</rt></ruby>に難き<ruby><rb>薄命</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby>お目覺されし其後に此<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>を見給はゞ嘸驚きもなさる可く又お歎もなさる可しと思ひ廻せば<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>すほど死で行身は<ruby><rb>悲歎</rb><rt>かなしみ</rt></ruby>もあらねど後へお殘りなさる其悲歎は如何ならん不孝はお<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し下されと口には云ねど意の中おもひ<ruby><rb>續</rb><rt>つゞけ</rt></ruby>て<ruby><rb>打詫</rb><rt>うちわぶ</rt></ruby>る涙は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>にせぐり來て<ruby><rb>呀</rb><rt>わつ</rt></ruby>と計に泣出さんと爲しが父や目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>さんと袖を<ruby><rb>噛〆</rb><rt>かみしめ</rt></ruby><ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>ゆるは泣より<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>き手の<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ筆の<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>びも自在ならねど<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>の事を記し終りて<ruby><rb>確</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>じ枕元なる<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の臺に<ruby><rb>乘置</rb><rt>のせおき</rt></ruby><ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>しばし又も<ruby><rb>泪</rb><rt>なんだ</rt></ruby>に暮たりしが斯ては果じ我ながら<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>の泪と氣を<ruby><rb>取直</rb><rt>とりなほ</rt></ruby>し袖もて<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>ひ立上り母の<ruby><rb>紀念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の<ruby><rb>懷劍</rb><rt>くわいけん</rt></ruby>を取出し拔て<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の<ruby><rb>火影</rb><rt>ほかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>佶</rb><rt>きつ</rt></ruby>と鍔元より<ruby><rb>切先</rb><rt>きつさき</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て打返し見れども見れども<ruby><rb>曇</rb><rt>くもり</rt></ruby>なき<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は<ruby><rb>業物</rb><rt>わざもの</rt></ruby>切味と見惚て莞爾と<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に納めて<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ忍ばせ父の<ruby><rb>寢顏</rb><rt>ねがほ</rt></ruby>を見て<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>ながらなる<ruby><rb>辭別</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby><ruby><rb>愁然</rb><rt>しうぜん</rt></ruby>として居たる折早くも二<ruby><rb>更</rb><rt>かう</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>は<ruby><rb>耳元</rb><rt>みゝもと</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>く聞ゆるにぞ<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>來りと立上り<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>せぬ樣に<ruby><rb>上草履</rb><rt>うはざうり</rt></ruby>を足に<ruby><rb>穿</rb><rt>うが</rt></ruby>つて我家を<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>拔出</rb><rt>ぬけい</rt></ruby>で<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>の庄兵衞方へ至り見れば<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>に待たることゆゑ<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>もやらず茶を<ruby><rb>沸</rb><rt>わか</rt></ruby>し菓子を<ruby><rb>整</rb><rt>とゝ</rt></ruby>のへ<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>り居て<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>と見るよりお光さんか<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めし<ruby><rb>甲夜</rb><rt>よひ</rt></ruby>からお出で有らうと<ruby><rb>待草臥</rb><rt>まちくたびれ</rt></ruby>て居りたるにと云へばお光も<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にこやか</rt></ruby>に<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>も早く來たいのは<ruby><rb>山々</rb><rt>やま〱</rt></ruby>なれど<ruby><rb>父親</rb><rt>おとつさん</rt></ruby>がお寢なさらぬので家が出られず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>を<ruby><rb>揉</rb><rt>もん</rt></ruby>でゐた所ろ<ruby><rb>今方</rb><rt>いまがた</rt></ruby>お<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>みなされたのでやう〱出て<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りましたと云つゝ上りて<ruby><rb>火鉢</rb><rt>ひばち</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>身をひつたりと<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよせ</rt></ruby>て<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>れば庄兵衞<ruby><rb>魂魄</rb><rt>たましひ</rt></ruby>も飛して<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>を<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>しながら見れば見るほど<ruby><rb>美</rb><rt>うつ</rt></ruby>くしきお光はいとゞ<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>はゆげの<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>に<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>も<ruby><rb>心中</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>めき<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>んとしては<ruby><rb>口籠</rb><rt>くちごも</rt></ruby>る究りの<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>きを<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さんと思へば立て<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>より<ruby><rb>新</rb><rt>あたら</rt></ruby>しき<ruby><rb>本</rb><rt>ほん</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>取り出し之を<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>と<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ<ruby><rb>置</rb><rt>おけ</rt></ruby>ばお光は<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>し<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>を<ruby><rb>引寄</rb><rt>ひきよせ</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに見る<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>で茶を<ruby><rb>汲</rb><rt>く</rt></ruby>み<ruby><rb>菓子</rb><rt>くわし</rt></ruby>を<ruby><rb>薦</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めながら其の<ruby><rb>横顏</rb><rt>よこがほ</rt></ruby>をつく〲と<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めて<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>に<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふやう<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>の方から<ruby><rb>更</rb><rt>ふく</rt></ruby>るを待ち<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>を寢かして<ruby><rb>來</rb><rt>く</rt></ruby>る<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>なは<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>らん積ならん<ruby><rb>何</rb><rt>いつ</rt></ruby>まで<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>してゐたらばとて<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>しなければ<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>より<ruby><rb>誘</rb><rt>いざな</rt></ruby>ひ立ねば<ruby><rb>未通女</rb><rt>をとめ</rt></ruby>の事ゆゑ<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶせ</rt></ruby>にも<ruby><rb>思</rb><rt>おもふ</rt></ruby><ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>しと<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>し<ruby><rb>押入</rb><rt>おしいれ</rt></ruby>より<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>取出し其所へ<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby><ruby><rb>敷延</rb><rt>しきのべ</rt></ruby>てお光に向ひ<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>御免</rb><rt>ごめん</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>るゆゑ<ruby><rb>和女</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>緩慢</rb><rt>ゆつくり</rt></ruby><ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらん</rt></ruby>なさいと言つゝ<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の中に入しが何でう<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りに着る可き<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>のみ<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>居</rb><rt>ゐる</rt></ruby>うち又告<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>る<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>の音は子の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>なれどもお光は<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>ずいよ〱<ruby><rb>本</rb><rt>ほん</rt></ruby>に<ruby><rb>見入</rb><rt>みいる</rt></ruby><ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に庄兵衞今は<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>りかね<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>より手を<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>しお光の手を取りぐつと引ば此方は發と<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>らめしが<ruby><rb>振拂</rb><rt>ふりはら</rt></ruby>ひもせず讀さしたる本をば顏へ<ruby><rb>押當</rb><rt>おしあて</rt></ruby>ながら引るゝ儘に床の上へ倒れ掛りし<ruby><rb>姫柳</rb><rt>ひめやなぎ</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>に揉るゝ<ruby><rb>景状</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり庄兵衞是は首尾よしと思ふ間もなく娘のお光夜具の<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>をば庄兵衞の顏へすつぽり掛けながら口の所を<ruby><rb>左手</rb><rt>ゆんで</rt></ruby>にて押へ附れば庄兵衞は<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>の<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>りて<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>さに何をするぞと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せもせず右手に<ruby><rb>懷劍</rb><rt>くわいけん</rt></ruby><ruby><rb>拔</rb><rt>ぬく</rt></ruby><ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>もなく<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>をも<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>れと<ruby><rb>脇腹</rb><rt>わきばら</rt></ruby>へ<ruby><rb>愚刺</rb><rt>ぐさ</rt></ruby>と計りに<ruby><rb>差貫</rb><rt>さしつらぬ</rt></ruby>けば何ぞ<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>らん庄兵衞は<ruby><rb>呀</rb><rt>あつ</rt></ruby>と叫も口の中押へ附られ聲出ず苦き儘に<ruby><rb>悶</rb><rt>もがき</rt></ruby>けるをお光は上へ<ruby><rb>跨</rb><rt>またが</rt></ruby>りて思ひの儘にゑぐりければ七<ruby><rb>轉</rb><rt>てん</rt></ruby>八<ruby><rb>倒</rb><rt>たう</rt></ruby>四<ruby><rb>肢</rb><rt>し</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふるは</rt></ruby>し<ruby><rb>虚空</rb><rt>こくう</rt></ruby>を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで<ruby><rb>息絶</rb><rt>いきたへ</rt></ruby>たりお光はほつと<ruby><rb>長息</rb><rt>といき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>き<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>かい<ruby><rb>退</rb><rt>のけ</rt></ruby>てよく〱見れば全く息は<ruby><rb>絶果</rb><rt>たえはて</rt></ruby>て四邊は<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>のから<ruby><rb>紅</rb><rt>くれな</rt></ruby>ゐ見るもいぶせき<ruby><rb>景状</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり<ruby><rb>不題</rb><rt>こゝに</rt></ruby><ruby><rb>大藤</rb><rt>おほふぢ</rt></ruby><ruby><rb>武</rb><rt>ぶ</rt></ruby>左衞門は娘が出しを<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>も知ず<ruby><rb>臥</rb><rt>ふし</rt></ruby>てをりしが甲夜よりして枕に着たるゆゑなるか夜半の鐘に<ruby><rb>不斗</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を覺し見れば<ruby><rb>側</rb><rt>かたへ</rt></ruby>にお光のをらぬに<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>雪隱</rb><rt>せついん</rt></ruby>へでも行きたるかと思うてやほら<ruby><rb>寢返</rb><rt>ねがへ</rt></ruby>りなし<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>のま</rt></ruby>んと枕元を見る<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の<ruby><rb>臺</rb><rt>だい</rt></ruby>の上に<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby>の事と記したる一<ruby><rb>封</rb><rt>ぷう</rt></ruby>ありて然も之れ娘お光の<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>なれば一目見るより大きに驚き直に<ruby><rb>飛起</rb><rt>とびおき</rt></ruby>封じ目を開く<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby><ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと讀下す其の<ruby><rb>文體</rb><rt>ぶんてい</rt></ruby>は此度の小西屋の婚姻<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>の儀は家主庄兵衞の爲る業にて<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は日頃より<ruby><rb>如此</rb><rt>しか〲</rt></ruby>の<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>ありしが<ruby><rb>开</rb><rt>そ</rt></ruby>を聞入ぬ所ろより兄元益と云へる者と語ひ今朝同人を小西屋へやりテレメンテーナの事を言せ<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>に成たる事是等は絶て知ざりしが<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>和吉と云る小僧が<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>のお金の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ來り聞に參し其<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>に<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の事を話しお金は<ruby><rb>營業</rb><rt>なりはひ</rt></ruby>よりの歸り道二人が話しの<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を聞き殘らず<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>に話したるより其無念やる方なく<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を殺して身の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝが</rt></ruby>ん物と思ふより庄兵衞に會ひ云々と申すに因て<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>なれば只今よりして彼方へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>を殺して身の明を立んと思へど我私しの<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を以て他人を殺さば<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>のが</rt></ruby>るところもなければ<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>て<ruby><rb>憂恥</rb><rt>うきはぢ</rt></ruby><ruby><rb>晒</rb><rt>さら</rt></ruby>さんより其の場を去ず<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>して相果て申せば<ruby><rb>先立</rb><rt>さきだち</rt></ruby>まする不孝はお許し下されかしと今死る身を<ruby><rb>氣丈</rb><rt>きぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>筆の前後少も<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れず一<ruby><rb>伍</rb><rt>ぶ</rt></ruby><ruby><rb>一什</rb><rt>しじふ</rt></ruby>を記しあるにぞ見る武左衞門一<ruby><rb>句毎</rb><rt>くごと</rt></ruby>に或は驚き或は<ruby><rb>嘆</rb><rt>たん</rt></ruby>じ又悲しみ又は感じ<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>言葉もいでざりしは<ruby><rb>女兒</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の生命に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝは</rt></ruby>る<ruby><rb>大事</rb><rt>だいじ</rt></ruby><ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>なすべき所に非ずと思へば<ruby><rb>寢衣</rb><rt>ねまき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にして我家を立出で家主の門口へ行き戸を<ruby><rb>引開</rb><rt>ひきあけ</rt></ruby>見ればお光は<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>にはや庄兵衞をば<ruby><rb>刺留</rb><rt>しとめ</rt></ruby>つゝ今や<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>をなさんとする<ruby><rb>景樣</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なるに大きに<ruby><rb>慌忙</rb><rt>あわて</rt></ruby>ヤレ<ruby><rb>待</rb><rt>まて</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しと<ruby><rb>大聲</rb><rt>おほごゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>んと<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>しが<ruby><rb>夜隱</rb><rt>やいん</rt></ruby>のこと<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>も長家へ<ruby><rb>漏聞</rb><rt>もれきこ</rt></ruby>え目を覺まされなば一大事と思へば<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ立寄て<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby><ruby><rb>持</rb><rt>もつ</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を<ruby><rb>確</rb><rt>しつか</rt></ruby>り<ruby><rb>禁</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め聲を<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めて云るやう<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby><ruby><rb>逸</rb><rt>はやま</rt></ruby>る事なかれ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の事は<ruby><rb>書置</rb><rt>かきおき</rt></ruby>にて<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>諒知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なしたりし<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は大藤武左衞門の娘だけあり無き名を<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>し<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>晴</rb><rt>はら</rt></ruby>す其爲に<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を振つて<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>を<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>す實に見上げたる<ruby><rb>和女</rb><rt>そなた</rt></ruby>が<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>年まだ<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>に足らざる少女の爲可き<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>にはあらざりける男<ruby><rb>勝</rb><rt>まさり</rt></ruby>の<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>こそ親<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しき<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>女然れども人を殺し置き<ruby><rb>自儘</rb><rt>じまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>生害</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>なすと云は天下の大法知ぬに<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>て<ruby><rb>武士</rb><rt>ぶし</rt></ruby>たる者の爲こと成ず依て<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>とゞま</rt></ruby>り<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>るを待ち<ruby><rb>奉行所</rb><rt>ぶぎやうしよ</rt></ruby>へ名乘て出て<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>なる<ruby><rb>處分</rb><rt>しよぶん</rt></ruby>を受るが<ruby><rb>至當</rb><rt>したう</rt></ruby>なれば先其<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>を<ruby><rb>納</rb><rt>をさめ</rt></ruby>ずやと<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>節</rb><rt>をり</rt></ruby>にも老功なれば物に動ぜず<ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby><ruby><rb>演</rb><rt>のべ</rt></ruby>て<ruby><rb>諭</rb><rt>さと</rt></ruby>せし父が<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>にお光はやう〱承知して<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>の<ruby><rb>血</rb><rt>のり</rt></ruby>を<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に<ruby><rb>納</rb><rt>をさめ</rt></ruby>て<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に<ruby><rb>帶</rb><rt>おぶ</rt></ruby>れば父は<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたたび</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>に向ひ此家に長居する時は<ruby><rb>眞夜中</rb><rt>まよなか</rt></ruby>なりとも如何なる人に知れて<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>の<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>を受んと言も計られねば早く立去り<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をしてと云にお光も心得て父<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に家を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の戸立て我屋へ歸り武左衞門は此一件を<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>も<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めたる<ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby>一通を<ruby><rb>造</rb><rt>つく</rt></ruby>りし上親子支度をなす中に<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>近く東の方の白み來るに時刻よしと音羽を立出奉行所へと<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに足を<ruby><rb>急</rb><rt>いそが</rt></ruby>せしが<ruby><rb>知者</rb><rt>しるもの</rt></ruby><ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>てあらざりけり夜明し後に長家の者は一同<ruby><rb>起出</rb><rt>おきいで</rt></ruby>夫々の<ruby><rb>業</rb><rt>げふ</rt></ruby>に<ruby><rb>就</rb><rt>つけ</rt></ruby>ども家主の庄兵衞方は戸も明ず夫のみならず長家中では<ruby><rb>早起</rb><rt>はやおき</rt></ruby>なりと評判する武左衞門の家も戸が<ruby><rb>開</rb><rt>あか</rt></ruby>ねば不思議に思ひて起して見んとお金を<ruby><rb>首</rb><rt>はじめ</rt></ruby>四五人が先家主の方へ至り雨戸を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝき</rt></ruby>て呼物から<ruby><rb>答</rb><rt>いらへ</rt></ruby>はなきゆゑ戸へ手を掛れば<ruby><rb>瓦羅利</rb><rt>からり</rt></ruby>と開くにいよ〱<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>と進み<ruby><rb>這入</rb><rt>はひれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は如何に<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>庄兵衞は何者にか<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>されたる物と見え<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>に<ruby><rb>染</rb><rt>そま</rt></ruby>りて<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れゐるをば見て驚き<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby><ruby><rb>見合</rb><rt>みあは</rt></ruby>する計りなり就ては大藤武左衞門の家も未だに戸が開ねば是さへ<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>やと一同が疑ふ餘り<ruby><rb>彼方</rb><rt>あなた</rt></ruby>へ至り戸を引開れば是はまた家は<ruby><rb>裳脱</rb><rt>もぬけ</rt></ruby>のから<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby><ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>つゝ<ruby><rb>馴</rb><rt>なれ</rt></ruby>にし<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby><ruby><rb>蒲團</rb><rt>ふとん</rt></ruby>も其まゝあれど主はゐず<ruby><rb>怪有</rb><rt>けふ</rt></ruby>なる事の<ruby><rb>景況</rb><rt>ありさま</rt></ruby>に是さへ<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ざりけり

## 第十回

長屋の者の一同は<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>き二つの<ruby><rb>珍事</rb><rt>ちんじ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>にも家主庄兵衞が殺されたるは<ruby><rb>大變</rb><rt>たいへん</rt></ruby>なりと其の<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>山田元益の許へも斯と<ruby><rb>報知</rb><rt>しらせ</rt></ruby>るに元益驚き<ruby><rb>駈</rb><rt>はせ</rt></ruby>來り家内を改め見たる所ろ何一つだに<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>をなしたる物も<ruby><rb>非</rb><rt>あらざ</rt></ruby>れば<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の業ならず<ruby><rb>遺趣切</rb><rt>ゐしゆぎり</rt></ruby>ならんと思ふ所へ大師河原へ泊りに行し母のお<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>は歸り來り夫と見るより<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>に<ruby><rb>取附</rb><rt>とりつき</rt></ruby>前後<ruby><rb>不覺</rb><rt>ふかく</rt></ruby>に<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びしが<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>有る可きにあらざれば此<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きを<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出<ruby><rb>檢視</rb><rt>けんし</rt></ruby>を<ruby><rb>乞</rb><rt>こ</rt></ruby>うて其上に山田と計て死骸をば<ruby><rb>泣々</rb><rt>なき〱</rt></ruby>寺へ<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りけり<ruby><rb>不題</rb><rt>こゝにまた</rt></ruby>其頃の北町奉行は大岡越前守<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>というて<ruby><rb>英敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby><ruby><rb>活斷</rb><rt>くわつだん</rt></ruby><ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>勝</rb><rt>まさ</rt></ruby>り善惡<ruby><rb>邪正</rb><rt>じやせい</rt></ruby>を照すこと<ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby><ruby><rb>照魔鏡</rb><rt>せうまきやう</rt></ruby>の如くなる實に<ruby><rb>稀代</rb><rt>きだい</rt></ruby>の人なりしが此頃音羽七丁目の浪人大藤武左衞門父子奉行所へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこん</rt></ruby>で娘お光こと<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby><ruby><rb>個樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>の譯ありて家主庄兵衞を手に掛けたれば<ruby><rb>相當</rb><rt>さうたう</rt></ruby>の<ruby><rb>御處分</rb><rt>ごしよぶん</rt></ruby>下されかしと<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めつゝ<ruby><rb>自首</rb><rt>じしゆ</rt></ruby>して出しに忠相ぬし<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>は<ruby><rb>捨置</rb><rt>すておか</rt></ruby>れぬ事共なりと先親子をば<ruby><rb>止</rb><rt>と</rt></ruby>め置き音羽の方をば<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>らするに<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず庄兵衞は何者にか殺されしとて<ruby><rb>檢視</rb><rt>けんし</rt></ruby>を願ひ出たる<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>かは其の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>よりして大藤親子は<ruby><rb>欠落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>なして<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知ねば<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>や父子の業ならずやと<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>なすよし<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えければ又小西屋方を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>はするに茲は<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>の<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>和吉<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ至り<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より大きに驚き<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>立歸りて<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>に<ruby><rb>如此</rb><rt>しか〲</rt></ruby>の由<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>たりしに忠兵衞もまた<ruby><rb>驚嘆</rb><rt>きやうたん</rt></ruby>し此事<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>夫婦を<ruby><rb>首</rb><rt>はじ</rt></ruby>め<ruby><rb>息子</rb><rt>せがれ</rt></ruby>長三郎にも<ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>したるに息子は然もこそあらんと思ひ夫婦は<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>を<ruby><rb>悔</rb><rt>く</rt></ruby>い<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>婚姻を結んとて翌日忠兵衞を音羽町へ<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>たりしが此時<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に家主は殺され<ruby><rb>父子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>は<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>知</rb><rt>しれ</rt></ruby>ぬとて長家は<ruby><rb>鼎</rb><rt>かなへ</rt></ruby>の<ruby><rb>沸</rb><rt>わく</rt></ruby>が如く<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>なせば<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく立返へりつゝ云々と<ruby><rb>三個</rb><rt>みたり</rt></ruby>に告て<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>にお光の<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>を案じゐるよし<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に知たる忠相ぬし<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>りつく〲思ふ樣お光は<ruby><rb>奇才</rb><rt>きさい</rt></ruby><ruby><rb>容貌</rb><rt>ようばう</rt></ruby>とも人に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れし<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず武士の<ruby><rb>眞意</rb><rt>しんい</rt></ruby>を能く<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へ<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つて仇を<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>すに其父もまた<ruby><rb>清廉</rb><rt>せいれん</rt></ruby>にて是を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>さず<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのつ</rt></ruby>て出る親子<ruby><rb>微妙者</rb><rt>いみじきもの</rt></ruby>なれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>お光を<ruby><rb>扶</rb><rt>たすけ</rt></ruby>てやらんとは思へども天下の<ruby><rb>大法</rb><rt>たいはふ</rt></ruby>人を殺さば殺さるゝ其條目は<ruby><rb>脱</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難し如何はせんと計りにて<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>たるがやう〱思ひ<ruby><rb>附</rb><rt>つく</rt></ruby>ことありてや<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>有司</rb><rt>いうし</rt></ruby>に命じ庄兵衞の母お<ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>。山田元益。<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金。小西屋長左衞門。を呼出し初て<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を開きける此<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>彼方此方へ通ずるに元益親子は庄兵衞の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>の御<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>なる可しと思へどもお金の呼出さるゝを<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかし</rt></ruby>みつゝ<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>ひ出また小西屋は何ごとやらんと<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>くよりして長左衞門病氣と稱して出もせず其代人は<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>和吉を<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>に連れ奉行所へ出<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ和吉を待せ進みける斯て大岡忠相ぬしは一同白洲へ呼込たる後お光親子を<ruby><rb>繩附</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>にて其所へ引出せば此方は見やりて思ひ掛ずと驚くの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>なし<ruby><rb>登時</rb><rt>そのとき</rt></ruby>忠相ぬし一同に向ひ山田元益母勝の<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へに依て家主庄兵衞を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したる<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>を<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>せし所ろ同長屋の<ruby><rb>浪人</rb><rt>らうにん</rt></ruby>大藤武左衞門が娘お光の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なるよし<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>自ら名乘出たるに依て明なれば今日<ruby><rb>審判</rb><rt>しんばん</rt></ruby>を開かんとす<ruby><rb>此旨</rb><rt>このむね</rt></ruby>一同心得よと<ruby><rb>宣告</rb><rt>のりしめ</rt></ruby>さるゝに此方の者は思ひ依ざる人殺しも<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>疑</rb><rt>うた</rt></ruby>がひ居たりしに元益親子は進み出庄兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>なしたるはお光なりとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知ねど<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>親子は其の朝より<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>知ずに成しかば<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby>やと思ひ居たるに<ruby><rb>疾</rb><rt>はやく</rt></ruby>も名乘て出る<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き候外はなし就ては上のお慈悲を以て亡庄兵衞が<ruby><rb>草葉</rb><rt>くさば</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>の追善にさへなりますやう御<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>ひこそ願はしけれと申し上るに<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>ぬし承知しながら此方に向かひ小西屋長左衞門代忠兵衞其方々にては此お光を<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>はんと<ruby><rb>言入</rb><rt>いひいれ</rt></ruby><ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby>までも取交せしを如何なれば<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>變更</rb><rt>へんかう</rt></ruby>せしぞ此事<ruby><rb>逐一</rb><rt>ちくいち</rt></ruby>申し上よと言れて忠兵衞おそる〱一<ruby><rb>端</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>とは約したれど箇樣々々の<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>來りて彼お光こそ<ruby><rb>癲癇病</rb><rt>てんかんやみ</rt></ruby>なりとテレメンテーナと言ふ藥のことを<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>たる上に又言やう依て主人は大きに驚き其後の<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>は<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>なりと申上れば<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>ぬし然もあらん然もある可しお光が訴へも夫に<ruby><rb>符合</rb><rt>ふがふ</rt></ruby>し<ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>き名を<ruby><rb>負</rb><rt>おひ</rt></ruby>て<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>の<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>に成しは庄兵衞が日頃よりして<ruby><rb>我戀</rb><rt>わがこひ</rt></ruby>の<ruby><rb>協</rb><rt>かなは</rt></ruby>ぬことを無念に思ひ兄元益を彼方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>病と言せしより事の茲には及べるなりと深くも<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思ひつゝ<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>こそ庄兵衞を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>なしたるならめ如何元益其方弟の頼を受け小西屋へ行きし事あるかと問れて此方は<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>を<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>這</rb><rt>こ</rt></ruby>はお奉行のお言葉とも覺えず<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>不肖</rb><rt>ふせう</rt></ruby>ながら山田元益<ruby><rb>仁術</rb><rt>にんじゆつ</rt></ruby>とする<ruby><rb>醫道</rb><rt>いだう</rt></ruby>をもて身の<ruby><rb>營業</rb><rt>なりはひ</rt></ruby>となすものが<ruby><rb>爭</rb><rt>いか</rt></ruby>で左樣な惡き事に<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby>致して<ruby><rb>濟</rb><rt>すむ</rt></ruby>可きかは此<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby><ruby><rb>御賢察</rb><rt>ごけんさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>希</rb><rt>こひねが</rt></ruby>ふと口には<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に言物から<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>の中には<ruby><rb>密計</rb><rt>みつけい</rt></ruby>の早くも<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ夫ゆゑに弟は<ruby><rb>最期</rb><rt>さいご</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>たるかと<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>くの外あらざりけり忠相ぬしは<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづい</rt></ruby>て醫師の<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>然も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>可しコレ金庄兵衞の爲に元益が小西屋へ至りしとは其方が言出しお光に語りし所ろより此<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>には及びしが夫には確な<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>があるか。ハイ外に<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>とても御座りませねど<ruby><rb>吾儕</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が<ruby><rb>營業</rb><rt>あきなひ</rt></ruby>よりの歸り<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>元益方の<ruby><rb>裏手</rb><rt>うらて</rt></ruby>を<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>ると箇樣々々の話しをば。イヤ<ruby><rb>夫計</rb><rt>そればかり</rt></ruby>では證據に成らぬ外に<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なことはないか今日<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびだ</rt></ruby>しゝ忠兵衞も其日は家に居らずして來りし醫師をば見ずと<ruby><rb>言</rb><rt>いへ</rt></ruby>り依て確な事にあらねば<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なりとは申されぬ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と考へ申上げよと言れてお金は小首を傾け<ruby><rb>霎時</rb><rt>しばし</rt></ruby>考へゐたりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上げ外に<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>と申しまするは小西屋の<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby><ruby><rb>和吉</rb><rt>わきち</rt></ruby>と申すが<ruby><rb>吾儕方</rb><rt>わたくしかた</rt></ruby>へ參りしをり店へ來りてお光さんに<ruby><rb>癲癇</rb><rt>てんかん</rt></ruby>があると言たる<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>は<ruby><rb>年齡</rb><rt>としごろ</rt></ruby><ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>にて又<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>は<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>然も<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>には<ruby><rb>丸</rb><rt>まる</rt></ruby>の中に<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききやう</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>が<ruby><rb>附</rb><rt>つい</rt></ruby>てゐたと申に因て日頃より見知る山田元益に<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby><ruby><rb>計</rb><rt>ばかり</rt></ruby>でなく<ruby><rb>羽織</rb><rt>はおり</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>も相違なければ確に夫とお光さんに話しを致して候ひしが其<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>こそは小西屋の小僧和吉が見知をれば御呼出に相成ば即座に<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>り申す可しと云うに忠相ぬし此方に向かひ長左衞門代忠兵衞其の和吉といふ召仕は只今にても宅にをるか。ヘイ未だ召仕をりまして今日も同道致し只今お<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へをりまする。ムヽ夫は實によい<ruby><rb>手都合</rb><rt>てつがふ</rt></ruby>ソレ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこめ</rt></ruby>の聲の<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby><ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby>和吉は呼び入れらるゝに<ruby><rb>巍々</rb><rt>ぎゝ</rt></ruby><ruby><rb>堂々</rb><rt>だう〱</rt></ruby>たる政府の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>一同<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>び<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に和吉は見るより<ruby><rb>幼稚意</rb><rt>こどもごころ</rt></ruby>に大きに恐れハツと計りに平伏せしが<ruby><rb>側</rb><rt>かたへ</rt></ruby>を見れば<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>つ頃店へ來りてお光のことを<ruby><rb>云々</rb><rt>しか〲</rt></ruby>言たる醫師の居るにぞ又<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きてヤア<ruby><rb>和主</rb><rt>おまへ</rt></ruby>はと一言いひしが御<ruby><rb>場所柄</rb><rt>ばしよがら</rt></ruby>あとは言葉も出さざりけり此方の元益<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>の證據のあらざれば<ruby><rb>仁術</rb><rt>にんじゆつ</rt></ruby>をもて業となす醫師ゆゑ惡き<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby>はせずと奉行に向ひ<ruby><rb>立派</rb><rt>りつぱ</rt></ruby>に云ひ<ruby><rb>眩</rb><rt>くろ</rt></ruby>めんとこそ計りしが今<ruby><rb>我面</rb><rt>わがかほ</rt></ruby>を見知たる和吉が出しに<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>と計り<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れて<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしよく</rt></ruby><ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby>の如くに<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ出せば<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>ぬしを<ruby><rb>首</rb><rt>はじめ</rt></ruby>として並居る一同<ruby><rb>母親</rb><rt>はゝおや</rt></ruby>のお勝も<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は其の醫師は元益なりしかと計りに<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れて<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せゐたりぬ<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>ぬしは呼び出せし和吉に<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>はあらずして<ruby><rb>元益</rb><rt>げんえき</rt></ruby>の方へ打向ひ其方<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>も申す通り<ruby><rb>醫</rb><rt>い</rt></ruby>は<ruby><rb>仁術</rb><rt>にんじゆつ</rt></ruby>を以て業となせば小西屋方へ行たることは決してあるまじと思ふゆゑ和吉は茲へ呼び出したれど<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>を爲にも及ばじ依て小西屋へ參りし<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>は何れの者やら<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らずとせん<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て其方も醫師の事ゆゑ今<ruby><rb>越前</rb><rt>ゑちぜん</rt></ruby>が問たきことありそも〱醫師は<ruby><rb>螢雪</rb><rt>けいせつ</rt></ruby>の學の<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>に年を<ruby><rb>重</rb><rt>かさね</rt></ruby>人の<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>る者ゆゑ天下の<ruby><rb>條目</rb><rt>でうもく</rt></ruby><ruby><rb>成敗</rb><rt>せいはい</rt></ruby>の道も少は心得つらんが中にも重き<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>といふは<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby><ruby><rb>妨</rb><rt>さまだ</rt></ruby>げの<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>なり之をば<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>く爲時は<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>の刑に處する可し又<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>くなす其時は遠島と<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>が<ruby><rb>制規</rb><rt>せいき</rt></ruby>なるが其方之等を知たるかと時に取ては<ruby><rb>氣轉</rb><rt>きてん</rt></ruby>の問條此方は聞も及ばざれど名高き奉行は<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>の<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>に<ruby><rb>僞</rb><rt>いつ</rt></ruby>はりあらじとおもひしかば如何にも<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの通りにて心得ゐるよし答へけり

## 第十一回

<ruby><rb>登時</rb><rt>そのとき</rt></ruby>大岡忠相ぬし<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby>元益に向ひて云やう其方<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>は庄兵衞の殺されたるより其の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を<ruby><rb>討</rb><rt>うつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと願ひ出たるをり武左衞門<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の者は<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく庄兵衞を殺したりと訴へ出たらば<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>と言は武左衞門の娘光なる事云ずして<ruby><rb>明瞭</rb><rt>あきらか</rt></ruby>なり因て光をば<ruby><rb>處刑</rb><rt>しよけい</rt></ruby>せんとは思へども處刑<ruby><rb>爲難</rb><rt>しがた</rt></ruby>き次第あり开は如何と<ruby><rb>尋</rb><rt>たづぬ</rt></ruby>るに只今も申す通り婚姻<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げの<ruby><rb>罪科</rb><rt>ざいくわ</rt></ruby>は重くて死罪輕くて<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>なり然るに庄兵衞事<ruby><rb>自己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>みつに<ruby><rb>戀慕</rb><rt>れんぼ</rt></ruby>して小西屋との婚姻を<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げんと<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>の者やら<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>らざる醫師を遣し世に有りしとも覺えざるテレメンテーナといふ藥の事を<ruby><rb>吹聽</rb><rt>ふいちやう</rt></ruby>し結納までも取<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>せし婚姻を妨げ致す段その罪最も重ければ光の手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>ずとも<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に於て死罪に處し<ruby><rb>處刑場</rb><rt>しおきば</rt></ruby>の土と<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>可きところ<ruby><rb>高運</rb><rt>かううん</rt></ruby>にも光が手に掛りたれば<ruby><rb>捨札</rb><rt>すてふだ</rt></ruby>に惡名を殘し非人に<ruby><rb>左右</rb><rt>さいう</rt></ruby>せらるゝ事なく<ruby><rb>席薦</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>の上にて相<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>先祖<ruby><rb>累代</rb><rt>るゐだい</rt></ruby>の<ruby><rb>香華院</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby>に葬られ<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby><ruby><rb>廟食</rb><rt>べうしよく</rt></ruby>の<ruby><rb>快樂</rb><rt>けらく</rt></ruby>を受るは之れ則ち光が<ruby><rb>賜物</rb><rt>たまもの</rt></ruby>にして<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby><ruby><rb>乍</rb><rt>ながら</rt></ruby>も仇ならず<ruby><rb>反</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>とこそ思ふ可けれ依て元益親子は光を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>む事を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>て<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く庄兵衞が<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>吊</rb><rt>とむら</rt></ruby>ふ可し元益は又其母勝こと<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby><ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>て<ruby><rb>相續人</rb><rt>さうぞくにん</rt></ruby>の庄兵衞に<ruby><rb>死別</rb><rt>しにわか</rt></ruby>れ然こそ<ruby><rb>便</rb><rt>びん</rt></ruby>なく思ふ可ければ元益は<ruby><rb>醫業</rb><rt>いげふ</rt></ruby>を<ruby><rb>廢</rb><rt>はい</rt></ruby>して<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に音羽町の町役人となり庄兵衞の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を相續して<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby><ruby><rb>勝</rb><rt>かつ</rt></ruby>に<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby>を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し大事に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て遣す可し大藤武左衞門娘みつ事は<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby><ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げを爲たる庄兵衞<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に於て<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby>にも行ふ可きの所ろ上へはお<ruby><rb>手數</rb><rt>てかず</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>ずして十八年の少女には<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく武士の娘とは言ながら<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つて庄兵衞を<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>即座</rb><rt>そくざ</rt></ruby>に<ruby><rb>自害</rb><rt>じがい</rt></ruby>し<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>んと爲しは上のお<ruby><rb>手數</rb><rt>てかず</rt></ruby>を<ruby><rb>省</rb><rt>はぶ</rt></ruby>くの<ruby><rb>御奉公</rb><rt>ごほうこう</rt></ruby><ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby>なる<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>なり父武左衞門は<ruby><rb>自儘</rb><rt>じまゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>なんとする娘を止め<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を引連<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>て<ruby><rb>自首</rb><rt>じしゆ</rt></ruby>する段<ruby><rb>法度</rb><rt>はつと</rt></ruby>を重じ上を<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>ふ武士の<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>さもあるべし因て兩人は人殺しの<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>さし<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>せば此旨<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>く心得よ夫と<ruby><rb>指揮</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に小役人は二人が<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby>を<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しけり忠相ぬし忠兵衞に打向ひ小西屋長左衞門代人忠兵衞其方事<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の申し附とは言<ruby><rb>乍</rb><rt>ながら</rt></ruby><ruby><rb>出所</rb><rt>しゆつしよ</rt></ruby><ruby><rb>不定</rb><rt>ふぢやう</rt></ruby>の<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>の言葉を<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じ<ruby><rb>結納</rb><rt>ゆひなふ</rt></ruby><ruby><rb>取交</rb><rt>とりかは</rt></ruby>し迄<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>たる婚姻を<ruby><rb>破談</rb><rt>はだん</rt></ruby>に致すこと<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>千萬なる事なれど<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>の相分り光に病のあらざる事<ruby><rb>判然</rb><rt>はんぜん</rt></ruby>致す上は長左衞門<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>長三郎に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>ても光を<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に致さん事仔細あるまじければ只今より親子の者を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き親類方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>き其所にて萬事支度を整へ吉日を撰んで婚姻を<ruby><rb>取結</rb><rt>とりむす</rt></ruby>ぶ可し光は天晴の者なれば此度は<ruby><rb>斯云</rb><rt>かくいふ</rt></ruby>越前守<ruby><rb>冰人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>と<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>て取すれば早々婚姻を行ふ方よからん此事<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>に忠兵衞のみならず光親子の者も心得て能からうと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>ありしはお光親子は家主庄兵衞を手に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>たる者なれば<ruby><rb>解放</rb><rt>ときはな</rt></ruby>せしとて<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby><ruby><rb>音羽</rb><rt>おとは</rt></ruby>へ<ruby><rb>返</rb><rt>かへ</rt></ruby>さば如何なる<ruby><rb>災禍</rb><rt>わざはひ</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>らんも計られず又<ruby><rb>渠</rb><rt>かの</rt></ruby><ruby><rb>親子</rb><rt>しんし</rt></ruby>も家主を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>せし土地へは歸り難しと<ruby><rb>推</rb><rt>すゐ</rt></ruby>して斯は言しなるべし忠相ぬし又も忠兵衞に<ruby><rb>打向</rb><rt>うちむか</rt></ruby>ひ此度は<ruby><rb>珍事</rb><rt>ちんじ</rt></ruby><ruby><rb>忽地</rb><rt>たちまち</rt></ruby>にして斯善惡を分ちし事一は<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby>お金が<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>と<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でつち</rt></ruby>和吉の忠義に<ruby><rb>依</rb><rt>よれ</rt></ruby>ば和吉は此まゝ引連歸りて目を<ruby><rb>掛</rb><rt>か</rt></ruby>け<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>ふは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>なる可く金はまた<ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby><ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>と共に<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>方へ預け置き<ruby><rb>爾來</rb><rt>じらい</rt></ruby><ruby><rb>光</rb><rt>みつ</rt></ruby>が召使いとして一生を<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>く<ruby><rb>消光</rb><rt>おくら</rt></ruby>す可し是にて一件<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>したりと述給ふ程に小役人は<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>一同立ませいと<ruby><rb>諸聲</rb><rt>もろごゑ</rt></ruby><ruby><rb>合</rb><rt>あは</rt></ruby>して言にける實に<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>りなき<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>は人を損せず理を<ruby><rb>迫</rb><rt>せめ</rt></ruby>て<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と知せる天下の<ruby><rb>大法</rb><rt>たいはふ</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>亡</rb><rt>な</rt></ruby>き身とまで<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>せしおみつ親子は<ruby><rb>不測</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に助り然のみならず<ruby><rb>戀</rb><rt>こひ</rt></ruby>しと言<ruby><rb>郎</rb><rt>をとこ</rt></ruby>の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>づくやう<ruby><rb>再度</rb><rt>ふたゝび</rt></ruby><ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>ぶ<ruby><rb>赤繩</rb><rt>せきじよう</rt></ruby>に<ruby><rb>有難泪</rb><rt>ありがたなみだ</rt></ruby>は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>なる<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>を<ruby><rb>濕</rb><rt>しめ</rt></ruby>らす其<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びお勝は<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て庄兵衞の<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>きを知て小西屋へ行しは兄の元益なれば是も如何なる<ruby><rb>祟</rb><rt>たゝり</rt></ruby>や有んと元益と共に<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>からず思ひゐたるに<ruby><rb>慈悲深</rb><rt>じひぶか</rt></ruby>く山田が事は問給はで是を庄兵衞が<ruby><rb>代</rb><rt>かは</rt></ruby>りとなし<ruby><rb>養親</rb><rt>やうしん</rt></ruby>が<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>托</rb><rt>たく</rt></ruby>し給ふに<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>は<ruby><rb>生</rb><rt>いき</rt></ruby>たる<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>して<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>に<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を<ruby><rb>埋</rb><rt>うづむ</rt></ruby>る<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>り又忠兵衞は忠相ぬしが<ruby><rb>活機</rb><rt>くわつき</rt></ruby><ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby><ruby><rb>凡</rb><rt>ぼん</rt></ruby>ならで<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby><ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び<ruby><rb>𫥇人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>とまで成給はんと<ruby><rb>述給</rb><rt>のべたま</rt></ruby>はるの有難さは是のみならず和吉お金も思ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>なきお奉行のお聲掛りは一世の<ruby><rb>榮</rb><rt>はれ</rt></ruby><ruby><rb>巨萬</rb><rt>きよまん</rt></ruby>の金を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしにも勝る嬉しさ喜ばしさ何れも<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>なき一同は<ruby><rb>打連</rb><rt>うちつれ</rt></ruby><ruby><rb>御門</rb><rt>ごもん</rt></ruby>を出にけり斯て元益は音羽町へ立歸り我家を<ruby><rb>終了</rb><rt>しまひ</rt></ruby>て母の方へ同居なし<ruby><rb>醫業</rb><rt>いげふ</rt></ruby>を<ruby><rb>廢止</rb><rt>はいし</rt></ruby>て家主となり名も庄兵衞と改めて<ruby><rb>先非</rb><rt>せんぴ</rt></ruby><ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby><ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならず能く母親に仕へつゝ長屋の者をも<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれ</rt></ruby>みしに其の家次第に<ruby><rb>豐</rb><rt>ゆたか</rt></ruby>になり他人の信用も得たりければ或者の世話に依て妻を<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>へ之が<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>に男女<ruby><rb>夥多</rb><rt>あまた</rt></ruby>の子を<ruby><rb>産</rb><rt>うま</rt></ruby>せいよいよ<ruby><rb>榮</rb><rt>さか</rt></ruby>え行けるに母のお勝も大いに<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>し常に<ruby><rb>念佛</rb><rt>ねんぶつ</rt></ruby>三<ruby><rb>昧</rb><rt>まい</rt></ruby>の<ruby><rb>道場</rb><rt>だうぢやう</rt></ruby>に遊び<ruby><rb>亡</rb><rt>な</rt></ruby>き庄兵衞が<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>善根</rb><rt>ぜんこん</rt></ruby>を事としたれば九十餘<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>の<ruby><rb>長壽</rb><rt>ちやうじゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>保</rb><rt>たも</rt></ruby>ち<ruby><rb>大往生</rb><rt>だいわうじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>素懷</rb><rt>そくわい</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>たりと<ruby><rb>不題</rb><rt>こゝにまた</rt></ruby>忠兵衞はおみつ親子お金和吉を<ruby><rb>伴</rb><rt>ともなひ</rt></ruby>て奉行所を下り主人方の親類呉服町の何某屋へ至り今番所の歸りにて<ruby><rb>箇樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の始末なれば是なる<ruby><rb>三個</rb><rt>みたり</rt></ruby>を暫しが<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り呉よと言けるに爰の<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>も此話しは<ruby><rb>朧氣</rb><rt>おぼろげ</rt></ruby>ながら聞ゐたれば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>即座</rb><rt>そくざ</rt></ruby>に<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>せしを喜び<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>も<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>はあらずして三<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby>を奧の座敷へ通しぬ扨忠兵衞は和吉を<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>主人の方に立歸り<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>夫婦長三郎の前にて<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>奉行所の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>をば<ruby><rb>逐</rb><rt>ちく</rt></ruby>一<ruby><rb>演説</rb><rt>えんぜつ</rt></ruby>したる上三<ruby><rb>個</rb><rt>たり</rt></ruby>を<ruby><rb>呉服</rb><rt>ごふく</rt></ruby>町の親類方へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て歸りたるまで委細のことを述たるに親子はおみつが庄兵衞を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころせ</rt></ruby>しことを<ruby><rb>首</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て<ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>容儀</rb><rt>きりやう</rt></ruby><ruby><rb>優</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れし<ruby><rb>耳</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず又<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろばえ</rt></ruby>も人に<ruby><rb>優</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は武士の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>ほどありて斯る<ruby><rb>擧動</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>せ</rt></ruby>しこと小西屋の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>と爲といふとも<ruby><rb>羞</rb><rt>はづか</rt></ruby>しからぬ女なりと長三郎は<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に<ruby><rb>戀慕</rb><rt>こひしたふ</rt></ruby>心の<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>りゆき夫婦は夫とも<ruby><rb>意附</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>で<ruby><rb>醫師</rb><rt>いしや</rt></ruby>の言たる言葉を信とし<ruby><rb>縁談</rb><rt>えんだん</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り此<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>に及びたるをば<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>の外には更にあらざりけり然ども大藤親子の者<ruby><rb>糊賣</rb><rt>のりうり</rt></ruby><ruby><rb>老婆</rb><rt>ばうも</rt></ruby>お金まで彼方に在ては<ruby><rb>捨置難</rb><rt>すておきがた</rt></ruby>しと<ruby><rb>三個</rb><rt>みたり</rt></ruby>が衣類其の他をも此方より持せやり忠兵衞をして音羽町の二軒の家を終了せて<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>の<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>を爰に<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>び小西屋には裏手の<ruby><rb>明地</rb><rt>あきち</rt></ruby>へ更に武左衞門が<ruby><rb>隱居所</rb><rt>いんきよじよ</rt></ruby>を<ruby><rb>營</rb><rt>いとな</rt></ruby>み<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>の其の上は爰より<ruby><rb>嫁入</rb><rt>よめいり</rt></ruby>をさせんと計りぬ然るに大岡忠相ぬしは町奉行の身を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>て之が<ruby><rb>𫥇人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>に立んと言しは元益等が<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふくま</rt></ruby>んをば恐れての事ならんか町人の身として奉行を<ruby><rb>𫥇人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>に立んこと世に<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>なき譯なればと親類一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>連署</rb><rt>れんしよ</rt></ruby>して此<ruby><rb>件</rb><rt>くだり</rt></ruby>は<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>し終りぬ<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>するうち<ruby><rb>新築</rb><rt>しんちく</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>せしかば親子お金を其所に移し<ruby><rb>黄道吉日</rb><rt>くわうだうきちにち</rt></ruby>を<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>びて立派に<ruby><rb>婚姻</rb><rt>こんいん</rt></ruby>を<ruby><rb>取結</rb><rt>とりむす</rt></ruby>ぶに<ruby><rb>二個</rb><rt>ふたり</rt></ruby>は<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はれし中なれば其親みは一方ならす男女<ruby><rb>夥</rb><rt>あまた</rt></ruby>の子を<ruby><rb>擧</rb><rt>まう</rt></ruby>けしに中なる一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby>は成長の後<ruby><rb>有馬家</rb><rt>ありまけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され家臣と成て大藤の家名を再興し武左衞門は一生を<ruby><rb>安樂</rb><rt>あんらく</rt></ruby>に送りお金は<ruby><rb>終身</rb><rt>しうしん</rt></ruby><ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>なく此家に<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>へ<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>忠兵衞は此度の一件に附き<ruby><rb>盡力</rb><rt>じんりよく</rt></ruby><ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならざれば<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>として<ruby><rb>宅持</rb><rt>たくもち</rt></ruby>の通ひ<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>となり和吉も<ruby><rb>種々</rb><rt>くさ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>ありしが三年の後長左衞門夫婦は隱居し長三郎は<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>となり和吉は<ruby><rb>元服</rb><rt>げんぷく</rt></ruby>して二番<ruby><rb>管伴</rb><rt>ばんたう</rt></ruby>となり其家ます〱<ruby><rb>榮</rb><rt>さか</rt></ruby>えたり

大岡<ruby><rb>忠相</rb><rt>たゞすけ</rt></ruby>ぬしが<ruby><rb>勤役</rb><rt>きんやく</rt></ruby>中の<ruby><rb>捌</rb><rt>さばき</rt></ruby>にて人の<ruby><rb>耳目</rb><rt>じもく</rt></ruby>を驚かせし事<ruby><rb>枚擧</rb><rt>まいきよ</rt></ruby>するに<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>あらざるほど多き物から中にも殊に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れたるは天一<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>が<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>なり之は物の本にも作り又<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>にても<ruby><rb>脚色</rb><rt>しくみ</rt></ruby><ruby><rb>講談</rb><rt>かうだん</rt></ruby><ruby><rb>落語</rb><rt>らくご</rt></ruby>は更にも言ず其他<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の物にも見え其の筋に<ruby><rb>大同小異</rb><rt>だいどうせうい</rt></ruby>ありと雖も其主意とする所は<ruby><rb>微賤</rb><rt>びせん</rt></ruby>の一<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりよ</rt></ruby>吉宗ぬしの<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>と稱し<ruby><rb>政府</rb><rt>せいふ</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>る事急にして其<ruby><rb>證跡</rb><rt>しようせき</rt></ruby>も明かなれば天下の<ruby><rb>有司</rb><rt>いうし</rt></ruby>彼に<ruby><rb>魅入</rb><rt>みいれ</rt></ruby>られ既にお<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>仰</rb><rt>あふ</rt></ruby>がんと爲たりしを一人大岡越前守のみ夫が<ruby><rb>邪曲</rb><rt>じやきよく</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>身命</rb><rt>しんめい</rt></ruby>を<ruby><rb>投打</rb><rt>なげうち</rt></ruby>て<ruby><rb>既往</rb><rt>きわう</rt></ruby><ruby><rb>今來</rb><rt>こんらい</rt></ruby>を尋ね遂に<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>を<ruby><rb>看破</rb><rt>みやぶ</rt></ruby>つて<ruby><rb>處刑</rb><rt>しよけい</rt></ruby>せしといふ<ruby><rb>有名</rb><rt>いうめい</rt></ruby>の談話にて<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る奸物を<ruby><rb>發顯</rb><rt>みあらはす</rt></ruby>こと忠相ぬしの外能く<ruby><rb>凡庸</rb><rt>よのつね</rt></ruby>の奉行の爲し得可きことにあらねば傳へて<ruby><rb>美談</rb><rt>びだん</rt></ruby>となす物から又聞く所ろに依ば彼天一坊なる者は實に吉宗ぬしの<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>に相違なく將軍未だ紀州に在るとき<ruby><rb>侍女</rb><rt>じぢよ</rt></ruby>と<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>を結びて<ruby><rb>懷姙</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>なしゝ一子なるが<ruby><rb>民間</rb><rt>みんかん</rt></ruby>に成長して後<ruby><rb>未見</rb><rt>みけん</rt></ruby>の<ruby><rb>父君</rb><rt>ちゝぎみ</rt></ruby>將軍と成しかば證據<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて訴へ出たるなればよしお<ruby><rb>世繼</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>とせざるまでも<ruby><rb>登用</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>てもて<ruby><rb>生涯</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>を安く送らん事<ruby><rb>最々</rb><rt>いと〱</rt></ruby><ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>ながら忠相ぬしつら〱<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を見るに<ruby><rb>貴介</rb><rt>きかい</rt></ruby><ruby><rb>公子</rb><rt>こうし</rt></ruby>の<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>に<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なく<ruby><rb>奸佞</rb><rt>かんねい</rt></ruby>面に顯れ居れば<ruby><rb>意</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>せぬ<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>なりと夫が<ruby><rb>成立</rb><rt>なりたち</rt></ruby>よりの事柄を探り看るに實に忠相ぬしが思ふに違はず<ruby><rb>腹黒</rb><rt>はらくろ</rt></ruby>にして<ruby><rb>品行</rb><rt>ひんかう</rt></ruby>能らず天下の<ruby><rb>主個</rb><rt>あるじ</rt></ruby>と爲は更なり<ruby><rb>落胤</rb><rt>らくいん</rt></ruby>として<ruby><rb>所領</rb><rt>しよりやう</rt></ruby>の少も<ruby><rb>宛行</rb><rt>あておこな</rt></ruby>ふて<ruby><rb>扶助</rb><rt>ふじよ</rt></ruby>する時は後に到りて徳川の爲に害をば爲可き者と早も見て取り知たれば我思ふよし云々と<ruby><rb>吉宗</rb><rt>よしむね</rt></ruby>ぬしに<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじやう</rt></ruby>せしに君又<ruby><rb>英敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby><ruby><rb>明才</rb><rt>めいさい</rt></ruby>にていよ〱<ruby><rb>政治</rb><rt>せいぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>改良</rb><rt>かいりやう</rt></ruby>して<ruby><rb>公方</rb><rt>くばう</rt></ruby>の職を<ruby><rb>萬世</rb><rt>ばんせい</rt></ruby><ruby><rb>不朽</rb><rt>ふきう</rt></ruby>に傳へんといふ<ruby><rb>素志</rb><rt>そし</rt></ruby>なれば今大岡の言るを聞如何我<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>なればとて然る<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>を<ruby><rb>採用</rb><rt>さいよう</rt></ruby>し後に<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>をば<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>さんこと<ruby><rb>武將</rb><rt>ぶしやう</rt></ruby>の所爲に有ざれば天下の爲に彼をして<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>僞者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>と<ruby><rb>言詰</rb><rt>いひつめ</rt></ruby>て<ruby><rb>宜敷</rb><rt>よろしく</rt></ruby><ruby><rb>刑</rb><rt>けい</rt></ruby>に行ふ可し是を爲す者其方の外には決して有可からず能せよかしと<ruby><rb>内命</rb><rt>ないめい</rt></ruby>ありしに忠相ぬしも<ruby><rb>推辭</rb><rt>いなむ</rt></ruby>に<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>なく遂に天一をして<ruby><rb>僞者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>とし<ruby><rb>二葉</rb><rt>ふたば</rt></ruby>の中に<ruby><rb>摘</rb><rt>つみ</rt></ruby>たるなりとの事實に然るか<ruby><rb>否</rb><rt>いなや</rt></ruby>を編者未だ<ruby><rb>識別</rb><rt>しきべつ</rt></ruby>すること<ruby><rb>能</rb><rt>あた</rt></ruby>ざれど<ruby><rb>設</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>果</rb><rt>はた</rt></ruby>して<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>ならしめば<ruby><rb>吉宗</rb><rt>よしむね</rt></ruby>ぬしが<ruby><rb>賢明</rb><rt>けんめい</rt></ruby>なるは<ruby><rb>言計</rb><rt>いふばか</rt></ruby>りもなく<ruby><rb>僞</rb><rt>にせ</rt></ruby>を<ruby><rb>僞</rb><rt>にせ</rt></ruby>として其の<ruby><rb>惡</rb><rt>あく</rt></ruby>を<ruby><rb>訐</rb><rt>あば</rt></ruby>き<ruby><rb>奸</rb><rt>かん</rt></ruby>を<ruby><rb>鋤</rb><rt>すき</rt></ruby><ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>滅</rb><rt>めつ</rt></ruby>するは之奉行職の<ruby><rb>本分</rb><rt>ほんぶん</rt></ruby>なれば<ruby><rb>僞者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>の天一坊を<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあらは</rt></ruby>すは然のみ大功とは稱するに足ねど<ruby><rb>眞</rb><rt>しん</rt></ruby>の天一坊を<ruby><rb>僞</rb><rt>にせ</rt></ruby>として<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>天下の爲に是を<ruby><rb>滅</rb><rt>めつ</rt></ruby>せしは<ruby><rb>智術</rb><rt>ちじゆつ</rt></ruby>萬人に越え<ruby><rb>才學</rb><rt>さいがく</rt></ruby>四海に並ぶ者なき忠相ぬしに有らざれば<ruby><rb>誰人</rb><rt>たれびと</rt></ruby>か能く<ruby><rb>此機變</rb><rt>このきへん</rt></ruby>を行なひ君をしていよ〱<ruby><rb>賢明</rb><rt>けんめい</rt></ruby>ならしめ民をしてます〱<ruby><rb>欣慕</rb><rt>きんぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を起さしむるに至らん<ruby><rb>空前絶後</rb><rt>くうぜんぜつご</rt></ruby>の名奉行なるがゆゑ後に年功に依て三千石より一萬石に<ruby><rb>加増</rb><rt>かぞう</rt></ruby>し大名の中に加へられたり然ども町奉行にして大名に<ruby><rb>任</rb><rt>にん</rt></ruby>ぜられたるも<ruby><rb>先例</rb><rt>せんれい</rt></ruby>なく大名にして町奉行を<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>たるも<ruby><rb>先例</rb><rt>せんれい</rt></ruby>なければ此時忠相ぬしは町奉行を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>られて<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に寺社奉行に任ぜられしなど未だ<ruby><rb>例</rb><rt>ためし</rt></ruby>なき<ruby><rb>美目</rb><rt>びもく</rt></ruby>を<ruby><rb>施</rb><rt>ほどこ</rt></ruby>し<ruby><rb>士庶</rb><rt>ししよ</rt></ruby>人をして其徳を<ruby><rb>慕</rb><rt>したは</rt></ruby>せ今に至るまでも名奉行と言る時は只に忠相ぬし一<ruby><rb>個</rb><rt>にん</rt></ruby>に<ruby><rb>止</rb><rt>とゞま</rt></ruby>るが如く思ひ大岡越前守の名は三歳の小兒といへども之を<ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby><ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>に<ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby>を<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝへ</rt></ruby>るこそ<ruby><rb>人傑</rb><rt>じんけつ</rt></ruby>の<ruby><rb>才</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>稀世</rb><rt>きせい</rt></ruby>の人といふ可し是等を今茲に<ruby><rb>喋々</rb><rt>てふ〱</rt></ruby>する事殊に<ruby><rb>無益</rb><rt>むえき</rt></ruby>の<ruby><rb>辯</rb><rt>べん</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たれど前にも<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>たるが如く此小西屋の裁判は忠相ぬし<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>の<ruby><rb>捌</rb><rt>さばき</rt></ruby>にして是より<ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に其名を<ruby><rb>轟</rb><rt>とゞろ</rt></ruby>かし<ruby><rb>末世</rb><rt>まつせ</rt></ruby>奉行の<ruby><rb>鑑</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>と成たる<ruby><rb>明斷</rb><rt>めいだん</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>ちなみ</rt></ruby>て忠相ぬしが<ruby><rb>履歴</rb><rt>りれき</rt></ruby>とその<ruby><rb>勳功</rb><rt>くんこう</rt></ruby>の<ruby><rb>大略</rb><rt>あらまし</rt></ruby>とを豫て傳へ<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>異説</rb><rt>いせつ</rt></ruby>天一<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>さへ<ruby><rb>書記</rb><rt>かきしる</rt></ruby>して<ruby><rb>看客</rb><rt>かんかく</rt></ruby>の<ruby><rb>覽</rb><rt>らん</rt></ruby>に<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>ふるなれば看客此一回を<ruby><rb>熟讀</rb><rt>じゆくどく</rt></ruby>して忠相ぬしが人と成り<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>にをさめ而して後に前段の<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>の場を見たまはゞ<ruby><rb>宛然</rb><rt>さながら</rt></ruby>越前守を目前にみるが如きの思ひある可し然れども編者が<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby><ruby><rb>鈍</rb><rt>にぶ</rt></ruby>き上<ruby><rb>緒數</rb><rt>ちよすう</rt></ruby><ruby><rb>毎回</rb><rt>まいくわい</rt></ruby><ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>りあれば<ruby><rb>其情</rb><rt>そのじやう</rt></ruby><ruby><rb>充分</rb><rt>じうぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>寫</rb><rt>うつ</rt></ruby>す事<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し恐らくは<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>を<ruby><rb>斷</rb><rt>きつ</rt></ruby>て牛を<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>すの嘆なき能はず夫等は偏へに<ruby><rb>御海容</rb><rt>みゆるし</rt></ruby>を乞ふのみ

小西屋一件終

  


## 雲切仁左衞門一件

  


<ruby><rb>雲切仁左衞門</rb><rt>くもぎりにざゑもん</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>當</rb><rt>まさ</rt></ruby>に<ruby><rb>秋霜</rb><rt>しうさう</rt></ruby>となるとも<ruby><rb>檻羊</rb><rt>かんやう</rt></ruby>となる勿れと此言や<ruby><rb>男子</rb><rt>だんし</rt></ruby>たる者の<ruby><rb>本意</rb><rt>ほんい</rt></ruby>と思ふは<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て其方向を<ruby><rb>誤</rb><rt>あやま</rt></ruby>るの<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>にして<ruby><rb>性</rb><rt>せい</rt></ruby>は善なる<ruby><rb>孩兒</rb><rt>がいじ</rt></ruby>も生立に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ其質を<ruby><rb>變</rb><rt>へん</rt></ruby>じて大惡無道の賊となるあり然ば雲切仁左衞門<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>も其一にして今の世までも惡名を殘したる其<ruby><rb>物譚</rb><rt>ものがたり</rt></ruby>を茲に説出すに頃は<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>年中<ruby><rb>甲州</rb><rt>かふしう</rt></ruby><ruby><rb>原澤村</rb><rt>はらざはむら</rt></ruby>に佐野<ruby><rb>文右衞門</rb><rt>ぶんゑもん</rt></ruby>と<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>て<ruby><rb>有徳</rb><rt>うとく</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>す百姓あり或時文右衞門は甲府表に出て所々見物なし日も西山に傾むきける故に<ruby><rb>佐倉屋</rb><rt>さくらや</rt></ruby>五郎<ruby><rb>右衞門</rb><rt>ゑもん</rt></ruby>といふ穀物問屋へ一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>を<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>たり此佐倉屋と云は文右衞門より毎<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby><ruby><rb>米穀</rb><rt>べいこく</rt></ruby>を送りける故<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby>心安き<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>に付<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>奧へ<ruby><rb>請</rb><rt>しやう</rt></ruby>じ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>饗應</rb><rt>きやうおう</rt></ruby>なしけるが此の家の娘におもせといふは<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>十六歳にして<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>も十人並に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れし故文右衞門は年若にて未だ妻もなき身なれば<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>此娘</rb><rt>このむすめ</rt></ruby>に<ruby><rb>執心</rb><rt>しふしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に文を送しにおもせも文右衞門が男<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby><ruby><rb>優</rb><rt>いう</rt></ruby>に<ruby><rb>艷</rb><rt>やさし</rt></ruby>く甲府の中にも多く有まじき<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に人知ず<ruby><rb>返書</rb><rt>へんしよ</rt></ruby>を取り<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>し二世の<ruby><rb>誓</rb><rt>ちかひ</rt></ruby>を立たりけり然るにおもせの親五郎右衞門は此<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>より一度は<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りけれ共佐野文右衞門は<ruby><rb>有福</rb><rt>いうふく</rt></ruby>の<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しと言殊には人<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>も<ruby><rb>宜</rb><rt>よき</rt></ruby>若者なれば人を以て<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の上おもせを文右衞門の方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せしにより思ひ思はれし中なれば兩人の<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び大方ならず<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>睦敷</rb><rt>むつまじく</rt></ruby>暮しけるに程なく<ruby><rb>懷妊</rb><rt>くわいにん</rt></ruby>して一人の男子を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け其名を文藏と呼て夫婦の<ruby><rb>寵愛</rb><rt>ちようあい</rt></ruby><ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>ばかりなく<ruby><rb>蝶</rb><rt>てふ</rt></ruby>よ花よと<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てけるに<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>文藏も三歳になりし<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>父の文右衞門<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>の心地にて<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>けるが次第に病氣<ruby><rb>差重</rb><rt>さしおも</rt></ruby>り<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby><ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を盡しけれ共其<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>なく<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に享保元年八月十八日歸らぬ旅に<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きけり<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て女房おもせは深く<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きしが今更<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なきことと村中の者共打<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>て成田村なる<ruby><rb>九品寺</rb><rt>くほんじ</rt></ruby>へ<ruby><rb>葬送</rb><rt>さうそう</rt></ruby>なし一<ruby><rb>偏</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の<ruby><rb>烟</rb><rt>けふり</rt></ruby>として<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>弔</rb><rt>とふら</rt></ruby>ひたり此おもせは<ruby><rb>至</rb><rt>いたつ</rt></ruby>て<ruby><rb>貞節者</rb><rt>ていせつもの</rt></ruby>にて男<ruby><rb>勝</rb><rt>まさ</rt></ruby>りなりければ未だ<ruby><rb>年若</rb><rt>としわか</rt></ruby>なれども<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>家を立てゝ三歳なる文藏を<ruby><rb>守立</rb><rt>もりたて</rt></ruby>て奉公人の<ruby><rb>取締</rb><rt>とりしまり</rt></ruby>も<ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>きしかば<ruby><rb>漸次々々</rb><rt>しだい〱</rt></ruby>に<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よく</rt></ruby>なりし故所々へ貸金<ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby>もいたし番頭に忠兵衞と<ruby><rb>言者</rb><rt>いふもの</rt></ruby>を召抱へて益々<ruby><rb>内福</rb><rt>ないふく</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しける然るに享保十一年には<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>文藏二十四歳となりければ<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>をとらんと<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじよ</rt></ruby>の心<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>き者を頼みて<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>せしが兎角<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>し<ruby><rb>短</rb><rt>みじか</rt></ruby>しにて<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>も<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>はざるうち文藏は忠兵衞を召連れ<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby>へ米の拂ひ代金を受取に到りて<ruby><rb>駿</rb><rt>すん</rt></ruby>府町の<ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>なる<ruby><rb>常陸</rb><rt>ひたち</rt></ruby>屋佐兵衞と云者の方へ泊りし所佐兵衞が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に佐五郎といふものありて歳も同じ頃なれば心<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>く致しけるに佐五郎思ふには<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>には致せども文藏事は餘りに<ruby><rb>手堅</rb><rt>てがた</rt></ruby>く何時も金錢を大切に致し一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に遣ふといふことなし<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby><ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むれ共大の<ruby><rb>堅固</rb><rt>かたや</rt></ruby>にて一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>ず然ども此の度は是非とも<ruby><rb>誘引</rb><rt>さそひ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>さんと文藏に向ひ<ruby><rb>此處</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の二丁町は天下御免の場所ゆゑ一度は<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>あれと無理に<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>むる故毎度の<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>め<ruby><rb>然々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るも氣の毒と思ひ<ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby><ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆふぐれ</rt></ruby>より兩人同道にて二丁町へ到り<ruby><rb>其處此處</rb><rt>そこここ</rt></ruby>と見物して<ruby><rb>行歩</rb><rt>あるく</rt></ruby>中常盤屋と書し<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>の下りし<ruby><rb>格子</rb><rt>かうし</rt></ruby>の中におときといふ女の居りしが文藏<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>恍惚</rb><rt>みとれ</rt></ruby>し<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>に<ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>みける佐五郎ははやくも<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か文藏に<ruby><rb>私語</rb><rt>さゝやき</rt></ruby>其家へ上りしが<ruby><rb>病</rb><rt>やみつき</rt></ruby>にて文藏は<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>になり<ruby><rb>日夜</rb><rt>にちや</rt></ruby>おときの方へ<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>ける故番頭の忠兵衞は以ての外の事なりと思ひ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>を加ゆると雖も<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>用ひる<ruby><rb>面色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなく言ば言程<ruby><rb>猶々</rb><rt>なほ〱</rt></ruby><ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>りて多分の金子を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>るにより忠兵衞も持餘せし故<ruby><rb>國元</rb><rt>くにもと</rt></ruby>へ歸りて母親へ右の段を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるに母のおもせは<ruby><rb>眞赤</rb><rt>まつか</rt></ruby>になり夫は以ての外の事<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>なき後は我等が<ruby><rb>育</rb><rt>そだて</rt></ruby>あげし文藏なれば母親の<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>く育しと言れては世間の手前<ruby><rb>濟難</rb><rt>すみがたく</rt></ruby>殊には又畜生同然の遊女などに<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひては<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>へ對しても申譯なしと大に<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りしを忠兵衞は<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め置夫より親類中へも<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>をなし一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>文藏を<ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>より連れ歸り打寄て<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>異見に及びしかど文藏は何時かな思ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きる</rt></ruby>樣子もなく<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>不孝と<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>れ勘當受る共是非に及ばずと思ひ切て申ける故<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば忠兵衞も致し方なく<ruby><rb>然程</rb><rt>さるほど</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>詰給</rb><rt>つめたま</rt></ruby>ふ上は暫時私しへ御<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ有べし必ず思し<ruby><rb>召違</rb><rt>めしちが</rt></ruby>ひ有て<ruby><rb>短氣</rb><rt>たんき</rt></ruby>の事など爲給ふなと種々に<ruby><rb>諭</rb><rt>さとし</rt></ruby>置きて忠兵衞は<ruby><rb>御家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>のおもせが機嫌を<ruby><rb>見合</rb><rt>みあは</rt></ruby>せ文藏樣は只一人の御子と云那程までに<ruby><rb>御執心</rb><rt>ごしふしん</rt></ruby>の事なれば彼女を<ruby><rb>請出</rb><rt>うけいだ</rt></ruby>し御<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>になされて然べし<ruby><rb>欠替</rb><rt>かけがへ</rt></ruby>のなき御子の事<ruby><rb>萬一</rb><rt>もし</rt></ruby>御<ruby><rb>不了簡抔</rb><rt>ふれうけんなど</rt></ruby>あらば何と<ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ候や<ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>の所を<ruby><rb>貴方樣</rb><rt>あなたさま</rt></ruby>も<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と御考へ遊ばし<ruby><rb>曲</rb><rt>まげ</rt></ruby>て御聞入あるべしと詞を盡して申勸めしかば母おもせは<ruby><rb>女郎</rb><rt>ぢよらう</rt></ruby>は<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしやう</rt></ruby>同前と思へ共只一人の子と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>支配人</rb><rt>しはひにん</rt></ruby>の忠兵衞が申勸る事故詮方なく然る上は<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばず其女を受出申べし我等は<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>を致さんと<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby>申けるを忠兵衞は是を聞御<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>の<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>なれ共<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>受出して御覽あるべし<ruby><rb>強</rb><rt>あなが</rt></ruby>ち女郎と申ても畜生同樣の者ばかりも是なしと段々母親を<ruby><rb>説諭</rb><rt>ときさと</rt></ruby>して文藏に<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の段<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しければ文藏は天へも上る<ruby><rb>心地</rb><rt>こゝち</rt></ruby>して<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しく忠兵衞を神か佛の樣に<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み夫より文藏は忠兵衞を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して<ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>へ赴き<ruby><rb>彼常盤屋</rb><rt>かのときわや</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て身請の事を亭主へ懸合金百十五兩にて<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>お<ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>を身請と<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひしかば忠兵衞は常盤屋の亭主に向ひ斯の如く身請をなす上は彼の女の身元は何れ成や<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と尋ねけるに亭主は是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>御道理の御尋ねなり彼女の身元は當國<ruby><rb>木綿島</rb><rt>もめんじま</rt></ruby>村の生れにて<ruby><rb>甚太夫</rb><rt>じんだいふ</rt></ruby>と云者の娘なれば<ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>へ渡りを付て<ruby><rb>御引取</rb><rt>おんひきとり</rt></ruby>成るべしと申ゆゑ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より忠兵衞は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>甚太夫の方へ<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>しに父甚太夫も大いに喜び萬事すら〱と根引も<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>しかば文藏お時の兩人を<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby>忠兵衞は<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>原澤村へと急ぎ立歸りしに母のおもせは<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なる者を連來やと<ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby>案じ居ける所へ皆々歸り來りければ早速忠兵衞を招きて樣子を尋ねしに右のお時は木綿島村の<ruby><rb>甚太夫</rb><rt>じんだいふ</rt></ruby>といふ百姓にても<ruby><rb>家柄</rb><rt>いへがら</rt></ruby>の者の娘なりしが<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>未進</rb><rt>みしん</rt></ruby>に付據ころなく常磐屋へ<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め奉公に出して未だ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>もなきに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>くして此方の旦那樣に受出され勤めの月日もなき故外の遊女とは大に<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby><ruby><rb>人品</rb><rt>ひとがら</rt></ruby>もよしと申に付少しは安心なし居たるに何樣文藏は申に及ばず<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>にも<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>へ奉公人迄<ruby><rb>行渡</rb><rt>ゆきわた</rt></ruby>りの能ければ母のおもせは思ひの外歡びて近所の者へも私しの<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>は夫婦中も<ruby><rb>睦敷</rb><rt>むつまじく</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に私しを大切になし<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候事若き者には<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしくお前樣方も嫁を取るゝならば女郎が<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しきなどと今は<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>なれば家内<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しく暮し居たりけり

## 第二回

<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに<ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>五十歳ばかりの男來りて忠兵衞に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>私し事は<ruby><rb>木綿島村</rb><rt>もめんしまむら</rt></ruby>の甚太夫殿より頼まれて來りし者なるがお時樣の<ruby><rb>父公</rb><rt>ちゝご</rt></ruby>甚太夫殿此節<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に大病とて<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>居られ候間此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>お時樣へ御咄し下さるべしと申<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>忠兵衞は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>に此段をお時へ咄しければお時は是を聞て<ruby><rb>驚愕</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし如何<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby><ruby><rb>急病</rb><rt>きふびやう</rt></ruby>にやと甚だ案じ<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き夫文藏へ此事を語りしに文藏も驚き外ならぬ<ruby><rb>事故</rb><rt>ことゆゑ</rt></ruby>手代忠兵衞へ如何せんと相談なせば忠兵衞は打案じ此度お時樣爰へ來り<ruby><rb>給</rb><rt>たま</rt></ruby>ひ今<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>親公</rb><rt>おやご</rt></ruby>の病氣なりとて行給はゞ世間の聞えも惡し是は御夫婦連にて<ruby><rb>身延</rb><rt>みのぶ</rt></ruby>へ<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>とて御出の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しからんと申にぞ其段母へも咄しければ母は大の<ruby><rb>堅法華</rb><rt>かたほつけ</rt></ruby>の事なる故<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もの事なりとて<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>せしに付お時は大に喜び<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>其用意をなし名主林右衞門へも頼み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>て近所へは<ruby><rb>身延</rb><rt>みのぶ</rt></ruby><ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>と<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>し忠兵衞へ跡の事<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby><ruby><rb>言含</rb><rt>いひふく</rt></ruby>め文藏お時は下男吉平が實<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>なる者故是を<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby>て主從三人頃は享保十二年十月十日<ruby><rb>原澤村</rb><rt>はらさはむら</rt></ruby>を出立なし夫より<ruby><rb>鰍澤</rb><rt>かぢかさわ</rt></ruby>の御<ruby><rb>關所</rb><rt>せきしよ</rt></ruby>へ掛るが<ruby><rb>路順</rb><rt>みちじゆん</rt></ruby>なり都て甲州は<ruby><rb>二重</rb><rt>ふたへ</rt></ruby>の御關所あり土地は<ruby><rb>御代官</rb><rt>ごだいくわん</rt></ruby>の支配ゆゑ御關所手形を願ふべきなれども<ruby><rb>日數</rb><rt>ひかず</rt></ruby>も掛るにより御關所をば<ruby><rb>拔道</rb><rt>ぬけみち</rt></ruby>を廻りて通らず<ruby><rb>切石</rb><rt>きりいし</rt></ruby><ruby><rb>下山</rb><rt>しもやま</rt></ruby>と急ぎ來りしが猶身延へも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ず<ruby><rb>萬澤</rb><rt>まんざは</rt></ruby>の御關所へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りしが是又手形なくては通行ならず依て此處をも廻り道をして行んと思へども土地<ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>の事ゆゑ茶屋へ寄り<ruby><rb>問合</rb><rt>とひあは</rt></ruby>せて通らんと思ひ立寄しに此茶屋に先より三人連の男<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>み居たりしが今文藏の一<ruby><rb>群</rb><rt>むれ</rt></ruby>來りて御關所の拔道を通る樣子を聞何か三人私語合ひ此處を<ruby><rb>出立</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居たり此三人の中<ruby><rb>頭立</rb><rt>かしらたち</rt></ruby>たる一人は甲州にて名高き<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby><ruby><rb>韮崎</rb><rt>にらさき</rt></ruby><ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby>の雲切仁左衞門といふ者なり<ruby><rb>若年</rb><rt>じやくねん</rt></ruby>の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>より心<ruby><rb>剛</rb><rt>がう</rt></ruby>にして<ruby><rb>眞影流</rb><rt>しんかげりう</rt></ruby>の<ruby><rb>劔術</rb><rt>けんじゆつ</rt></ruby>を好み<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱれ</rt></ruby><ruby><rb>遣人</rb><rt>つかひて</rt></ruby>なりしが或時<ruby><rb>雷</rb><rt>らい</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>て四方眞暗となりしに仁左衞門は事ともせず<ruby><rb>拔打</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に<ruby><rb>覆</rb><rt>おほ</rt></ruby>ひ下りし雲の中を切けるに<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>や<ruby><rb>鼬</rb><rt>いたち</rt></ruby>の如き獸二ツになつて<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>けるゆゑ人々大いに驚き是より雲切仁左衞門と<ruby><rb>渾名</rb><rt>あだな</rt></ruby>せり今一人は手下にて肥前の<ruby><rb>小猿</rb><rt>こさる</rt></ruby>といふ者<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>一人は同く肥前長崎<ruby><rb>在方村</rb><rt>ざいかたむら</rt></ruby>と云ふ所の<ruby><rb>出生</rb><rt>しゆつしやう</rt></ruby><ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ふ見ずの三吉と云者なり扨て文藏夫婦は此茶屋にて<ruby><rb>拔道</rb><rt>ぬけみち</rt></ruby>の樣子を聞<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を雇ひて<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby><ruby><rb>萬澤</rb><rt>まんざは</rt></ruby>の廻り道へ<ruby><rb>來掛</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>るを見て小猿は仁左衞門に向ひ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は必ず<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>鳥</rb><rt>とり</rt></ruby>なれば五兩や十兩には<ruby><rb>有付</rb><rt>ありつく</rt></ruby>べしと云を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>より三吉は面白し〱<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きやつ</rt></ruby>を威して<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>んと<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>出すを仁左衞門は押<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>め汝が<ruby><rb>器</rb><rt>うつは</rt></ruby>は<ruby><rb>小細々々</rb><rt>ちひさい〱</rt></ruby>今懷中の物を取のみにては面白からず後の<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>にする<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>あり<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>其方兩人は<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>に致せと言付萬澤の御關所を通りて先へ行拔今や來ると待居たり文藏夫婦の者は斯る事のありとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>ず甚太夫が病氣の事を案じ急ぎて來懸りしに向ふ見ずの三吉<ruby><rb>肥前</rb><rt>ひぜん</rt></ruby>の小猿兩人は<ruby><rb>目明</rb><rt>めあか</rt></ruby>し<ruby><rb>風俗</rb><rt>ふう</rt></ruby>に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ其所へ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>と出立汝等女を連て天下の御<ruby><rb>關所</rb><rt>せきしよ</rt></ruby>を廻り<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>せし事<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なりと<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>れば文藏夫婦は是を聞て<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>なし兩手を地に突何卒御見<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>し下されよと詫けれ共<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>聞入ず大切なる御關所何と存じ<ruby><rb>拔道</rb><rt>ぬけみち</rt></ruby>を致せしやと申故兩人は<ruby><rb>途方</rb><rt>とはう</rt></ruby>に暮て<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へも出來ざれば三吉小猿は<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>役所へ來れとお時文藏並に<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の吉平三人へ繩を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>ければ三人は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>に夢見し心地にて<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>られつゝ行所に身の<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>六尺有餘の<ruby><rb>大男</rb><rt>おほをとこ</rt></ruby><ruby><rb>黒羽二重</rb><rt>くろはぶたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>小袖</rb><rt>こそで</rt></ruby>に黒八丈の羽織<ruby><rb>朱鞘</rb><rt>しゆざや</rt></ruby>の<ruby><rb>大小</rb><rt>だいせう</rt></ruby><ruby><rb>十手</rb><rt>じつて</rt></ruby><ruby><rb>取繩</rb><rt>とりなは</rt></ruby>を<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に<ruby><rb>提</rb><rt>さげ</rt></ruby>のさ〱と出來りしに小猿三吉は<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞめ</rt></ruby>是は〱御役人樣<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の者を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>候と申しければ彼役人打笑て夫は我等請取て一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>んと云ながら文藏に向ひ其方は何國の者にて何用有て<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ行にや<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状致せと申けるに文藏はがた〱<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>へながら私しは<ruby><rb>原澤村</rb><rt>はらざはむら</rt></ruby>百姓文藏と申者に候が是なる妻の里<ruby><rb>木綿島村</rb><rt>もめんじまむら</rt></ruby>の父が急病ゆゑ<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby>候間何卒御慈悲にて御通し下され候樣願ひ奉つると<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>ければ彼の侍士は點頭其は<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の事なり此<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は御法通り<ruby><rb>磔</rb><rt>はりつ</rt></ruby>けなれば何卒助けて<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>と<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し工風の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に見えしが汝等<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>孝行の<ruby><rb>志</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>ざしにめで我一<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>し遣はさん併ながら手先の者共へ<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかだい</rt></ruby>にても遣はさねば相成らずと申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>文藏は<ruby><rb>蘇生</rb><rt>よみがへり</rt></ruby>たる心地にて大に喜びこれこそ地獄の沙汰も<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>次第と<ruby><rb>目明</rb><rt>めあか</rt></ruby>し方の兩人へ<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せし有金三十七兩を殘らず差し出だしければ彼の役人どもは其の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を請取り此の事決して<ruby><rb>口外</rb><rt>こうぐわい</rt></ruby>致すまじと申渡し何國ともなく立去けり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば文藏夫婦は役人の後影を伏拜み實に有難き御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>なり然ながら我々身延山を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りし<ruby><rb>佛罰</rb><rt>ぶつばつ</rt></ruby>にて空恐しき目に逢しならん早々御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>をすべしと下<ruby><rb>男</rb><rt>なん</rt></ruby>吉平へ申付て原澤村へ<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへり</rt></ruby>させ<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>忠兵衞へ内談の上金子を取寄せ身延山へも金十兩を<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めて御<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>をなし<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>日數を<ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>て駿州<ruby><rb>木綿島村</rb><rt>もめんじまむら</rt></ruby>へ十月十五日に着たりける然るに<ruby><rb>甚</rb><rt>じん</rt></ruby>太夫は<ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>痰持</rb><rt>たんもち</rt></ruby>にて急にせり<ruby><rb>迫</rb><rt>つめ</rt></ruby>けるが三四日の内に思ひの外<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby>し先<ruby><rb>常體</rb><rt>つねてい</rt></ruby>なれば夫婦は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>對面なせしに甚太夫は兩人が<ruby><rb>遠方</rb><rt>ゑんぱう</rt></ruby>の所を<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に尋ね來りし事を深く喜び彼是と<ruby><rb>饗應</rb><rt>もてなす</rt></ruby>にぞ夫婦も安心し此度<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて少々<ruby><rb>入費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>も是ありしにより甚だ少しながらと金子二十兩を土産に贈りければ甚太夫は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>其の志ざしを感じ<ruby><rb>緩々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby><ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>ありて<ruby><rb>旅勞</rb><rt>たびつか</rt></ruby>れを休められよと言に夫婦の者は一兩日<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりう</rt></ruby>なし頓て<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して木綿島村を出立し三人打<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へこそは歸りけれ<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば文藏夫婦は此度廻り道をなして金子を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひし事必らず<ruby><rb>口外</rb><rt>こうぐわい</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>べからずと吉平へも<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>口止</rb><rt>くちどめ</rt></ruby>して濟し居たりしが<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>る者もなく其年も<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>十二月となりて<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>の上<ruby><rb>納</rb><rt>なふ</rt></ruby>金を<ruby><rb>下作</rb><rt>したさく</rt></ruby>より<ruby><rb>集</rb><rt>あつめ</rt></ruby>けるを文藏の代になりては<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>して<ruby><rb>毎年</rb><rt>いつ</rt></ruby>も<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>年々<ruby><rb>實入</rb><rt>みいり</rt></ruby>も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふゑ</rt></ruby>るに<ruby><rb>往々</rb><rt>ゆく〱</rt></ruby>は<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>甚太夫も<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ引取べしと<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>も申により喜び居たりけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>雲切仁左衞門は彼三十七兩の金を小猿<ruby><rb>向見</rb><rt>むかふみ</rt></ruby>ずの兩人へ十兩宛<ruby><rb>分與</rb><rt>わけあた</rt></ruby>へ己は十七兩の金を<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>になし日々<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>び<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけるが仁左衞門は兩人に向ひ此上某し大金を儲ける<ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>を考へ置たり此事<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby>行時は此後<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>止</rb><rt>やめ</rt></ruby>其金を以て<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>安樂</rb><rt>あんらく</rt></ruby>に暮しなん若又惡事露顯する時は互ひに命を落す<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>なり今一<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>きなすべしと申ければ兩人は<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>に及ばず然ば大金<ruby><rb>儲</rb><rt>まうけ</rt></ruby>に掛らんと其<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>をなし居たり然るに其年の十二月五日原澤村の<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>用右衞門の方へ<ruby><rb>木綿合羽</rb><rt>もめんがつぱ</rt></ruby>を着したる旅の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>一人入來り其方へ少々尋ね度<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>ありと申にぞ名主用右衞門は何事なるやと思ひ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>座敷へ通して茶<ruby><rb>烟草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>を出し<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に及びける處彼<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>用右衞門に向ひ當村に文藏と申者はなきやと尋ぬるに用右衞門何<ruby><rb>樣</rb><rt>さま</rt></ruby>文藏と申者當村に<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>在候と答へければ侍士は點頭其文藏が身の上に近頃何ぞ<ruby><rb>後暗</rb><rt>うしろぐら</rt></ruby>き事はなきや其方より内<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し致すべしと申けるに用右衞門は大に驚き文藏儀平常<ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>にて<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>き者ゆゑ然樣の事有べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なしと思へども先彼侍士を<ruby><rb>欵待</rb><rt>もてなし</rt></ruby>置て早々文藏方へいたり只今我等方へ御侍士一人御入にて<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の御尋ねあり貴樣に後暗き事の有べき樣なけれど一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>申聞ると申せしに文藏は<ruby><rb>内心</rb><rt>ないしん</rt></ruby>ぎよつとなせしかども<ruby><rb>素知</rb><rt>そしら</rt></ruby>ぬ體にて其は一向心當りもなしと申を用右衞門は<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へられよと尋ねけれども文藏<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に見えしかば用右衞門も<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby>と思ひ立歸りて<ruby><rb>此旨</rb><rt>このむね</rt></ruby>を侍士へ申<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>けるに然らば此段申上べしと云て侍士は立歸たり因て名主用右衞門は<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>の事に思ひ<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に心<ruby><rb>痛</rb><rt>つう</rt></ruby>してぞ居たりける

## 第三回

さて又同く十月二十七日の<ruby><rb>暮方</rb><rt>くれがた</rt></ruby>名主用右衞門方へ五六人の侍士來りし<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>用右衞門<ruby><rb>肝</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>して出<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>ひける所<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>に立し者<ruby><rb>此御</rb><rt>このお</rt></ruby>侍士を案内せし<ruby><rb>我々</rb><rt>われ〱</rt></ruby>は江戸南町奉行大岡越前守樣御組中田甚太夫殿の<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の<ruby><rb>岡引</rb><rt>をかぴき</rt></ruby>なりと云ければ用右衞門は<ruby><rb>増々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>驚きけり（<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>此處へ來りし役人體の者は雲切仁左衞門の<ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby>なる三吉小猿の兩人にて<ruby><rb>甲府邊</rb><rt>かふふへん</rt></ruby>の者三四人を<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>五百文づつにて雇ひ供に召連たるなり）時に<ruby><rb>小猿</rb><rt>こざる</rt></ruby>の甚太夫は用右衞門を呼び<ruby><rb>當村</rb><rt>たうむら</rt></ruby>の百姓文藏方へ案内致すべしと申故用右衞門は<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>廻りて<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>百姓<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>組合の者<ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby>大勢呼集め是は先日のことならんと恐る〱案内致しけるに此文藏の宅は<ruby><rb>長屋門</rb><rt>ながやもん</rt></ruby>にて土藏七戸前其外<ruby><rb>納屋等</rb><rt>なやとう</rt></ruby>數多ありて番頭忠兵衞初め下男十人下女五人馬三疋の<ruby><rb>大福家</rb><rt>だいふくか</rt></ruby>なりし處夜五ツ時<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby><ruby><rb>御用</rb><rt>ごよう</rt></ruby><ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>を先に立<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby><ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>一同に案内して入來りしゆゑ文藏は<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>ならんと大いに驚きし中<ruby><rb>上意</rb><rt>じやうい</rt></ruby>と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>主人夫婦を高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めければ母は<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>しながら如何の譯にて候や<ruby><rb>悴儀</rb><rt>せがれぎ</rt></ruby>は御<ruby><rb>召取</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に相成べき<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>さを致す者にあらずと<ruby><rb>泣々</rb><rt>なく〱</rt></ruby><ruby><rb>詫言</rb><rt>わびごと</rt></ruby>なしけるを小猿の甚太夫は母に向ひ文藏夫婦は<ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby>る十月中萬澤の御關所を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り道を致し候江戸<ruby><rb>町奉行</rb><rt>まちぶぎやう</rt></ruby>大岡越前守殿へ相聞え今日<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に向ひたり其節<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>に召連し下男なる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き是亦差出すべしとて吉平をも召捕ければ母のおもせは<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と歎きけれ共小猿の甚太夫は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>其方何樣に歎くとも江戸表よりの御<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>差免</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>し<ruby><rb>難</rb><rt>がたし</rt></ruby><ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し子の罪は親に懸らざれど母をば村役人へ<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預け<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>奉公人は番頭忠兵衞<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め殘らず是又村役人へ預申付るなり<ruby><rb>居宅</rb><rt>ゐたく</rt></ruby>の儀は村の百姓共申合せ<ruby><rb>晝夜番</rb><rt>ちうやばん</rt></ruby>を致すべしと申渡し家内<ruby><rb>諸式</rb><rt>しよしき</rt></ruby><ruby><rb>米倉迄</rb><rt>こめぐらまで</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず改めの上中田甚太夫の<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>を付其外<ruby><rb>帳面</rb><rt>ちやうめん</rt></ruby>へ<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>るに米千八百五俵<ruby><rb>麥</rb><rt>むぎ</rt></ruby>五百三十俵並に<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby><ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby><ruby><rb>數</rb><rt>す</rt></ruby>十<ruby><rb>棹</rb><rt>さを</rt></ruby>村役人<ruby><rb>立合</rb><rt>たちあひ</rt></ruby>にて改め<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>其夜<ruby><rb>寅半刻</rb><rt>なゝつはんどき</rt></ruby>事濟に相成<ruby><rb>山駕籠</rb><rt>やまかご</rt></ruby>三<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>を申付て是へ文藏夫婦に下男吉平を<ruby><rb>乘</rb><rt>のせ</rt></ruby><ruby><rb>明日</rb><rt>みやうにち</rt></ruby><ruby><rb>巳刻迄</rb><rt>よつどきまで</rt></ruby>に當所の御<ruby><rb>代官</rb><rt>だいくわん</rt></ruby><ruby><rb>簑</rb><rt>みの</rt></ruby><ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>之助殿御<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ召連て罷り出べしと<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申渡し村役人共より預り<ruby><rb>書面</rb><rt>しよめん</rt></ruby>を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>小猿の中田甚太夫は我手の者共を召連<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りけり因て<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>する内に夜も<ruby><rb>明離</rb><rt>あけはな</rt></ruby>れければ名主用右衞門は文藏に向ひ<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>申は<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なき事ながら此間御役人御出にて御<ruby><rb>内</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しの節に<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひなば又々如何樣にも<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>の致し方も是あるべき所其節心付かざるこそ<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>の事共なれ今と成ては<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>に及ばずと申けるに母のおもせを始め<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>何といふべき<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>もなく<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>び歎き<ruby><rb>悲</rb><rt>かなし</rt></ruby>むより外はなかりけり

## 第四回

扨も文藏夫婦並に<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>吉平は<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>大勢村の者を差添御代官簑笠之助殿御役宅へ<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出昨夜御預の<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>を同道仕つり候と申立ければ御代官所にては不審に思ひ其儀一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>此方に於て<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>なき事なりと申されける故<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby><ruby><rb>用</rb><rt>よう</rt></ruby>右衞門は進<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>昨夜大岡越前守樣御組の由中田甚太夫と申され候御仁が御<ruby><rb>召取</rb><rt>めしとり</rt></ruby>なされ<ruby><rb>明朝</rb><rt>みやうてう</rt></ruby><ruby><rb>當御役所</rb><rt>たうおやくしよ</rt></ruby>へ差出し候樣にと仰せ付られ候に付則ち召連候と申せしかば<ruby><rb>御代官</rb><rt>ごだいくわん</rt></ruby>の方にては是を聞れて<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の事共なりと大岡の下役人共當地へ來り一應の斷りもなく<ruby><rb>支配所</rb><rt>しはいしよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこみ</rt></ruby>候段何共<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>行ざる儀なり其上前以て内談もなく當役所へ三人の囚人を引渡し候儀<ruby><rb>旁々</rb><rt>かた〲</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>意</rb><rt>い</rt></ruby>を<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>ず然れども囚人と<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば打捨置がたしとて此段甲府御城代<ruby><rb>八木丹波守</rb><rt>やぎたんばのかみ</rt></ruby>殿酒井大和守殿へ申<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>されける故評議の上先御<ruby><rb>勘定奉行</rb><rt>かんぢやうぶぎやう</rt></ruby>へ差出し然るべしとの事に付<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より江戸表御勘定奉行酒井壹岐守殿へ<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>されければ酒井殿の方にても<ruby><rb>關所破</rb><rt>せきしよやぶ</rt></ruby>りとあるからは輕からぬ科人なり然れ共大岡殿の<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>にて<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>し者なるを此方にて<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>は成り難し兎に角大岡へ引渡候方ならんとの事にて越前守殿御役所へ引渡と相成たり<ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て大岡殿村役人を<ruby><rb>召出</rb><rt>めしいだ</rt></ruby>され一應糺されけるに十二月廿七日夜御組の中田甚太夫殿と申す御仁御出張にて<ruby><rb>文藏夫婦</rb><rt>ぶんざうふうふ</rt></ruby><ruby><rb>御召捕</rb><rt>おんめしとり</rt></ruby>相成御代官へ引渡し候樣<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ渡され<ruby><rb>米穀</rb><rt>べいこく</rt></ruby>金銀<ruby><rb>諸道具</rb><rt>しよだうぐ</rt></ruby>藏<ruby><rb>等迄</rb><rt>とうまで</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず封印の上御引取相成候間其通り御代官所へ<ruby><rb>召連</rb><rt>めしつれ</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出候處一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>御存じ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>なきとの事にて<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>より御勘定奉行へ御引渡し<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>なり<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>當御役所へ相廻候と申立るを<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ越前守殿<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>中田甚太夫を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され其方名前を僞りしは何か<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>にても有者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>か又は盜賊の<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>みならん何れにも<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致すべしと<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て文藏夫婦を呼出し越前守殿文藏を見られ其方儀<ruby><rb>去</rb><rt>さる</rt></ruby>十二月二十七日の夜當方の<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>と<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>し者に召捕れ候趣き其節の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>明白に申立よと尋ねられければ文藏は<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流しながら其節は名主用右衞門案内にて私宅へ御役人樣御出成れ一言の<ruby><rb>御糺</rb><rt>おたゞ</rt></ruby>しもなく私し夫婦を<ruby><rb>御召捕</rb><rt>おめしとり</rt></ruby>相成しは<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>なり私し母并に下人共は村役人へ御預け<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の番は村方<ruby><rb>百姓等</rb><rt>ひやくしやうら</rt></ruby>へ<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ<ruby><rb>諸色</rb><rt>しよしき</rt></ruby><ruby><rb>土藏</rb><rt>どざう</rt></ruby>とも殘らず御役人樣<ruby><rb>御封印</rb><rt>ごふういん</rt></ruby>にて其後御引取の所<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>明日<ruby><rb>巳刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby>簑笠之助樣御役所へ相送り候樣仰せ渡され候て御役人樣御<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>り相成候然るに簑笠之助樣御役にては一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>御存</rb><rt>ごぞん</rt></ruby>じ是なき<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>られ候と<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申上しかば大岡殿名主用右衞門へ對はれ此儀は何ぞ文藏へ<ruby><rb>意趣遺恨</rb><rt>いしゆゐこん</rt></ruby>にても是ある者の<ruby><rb>心當</rb><rt>こゝろあた</rt></ruby>りはなきやと申さるゝに用右衞門<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>考へ文藏儀は至て<ruby><rb>實體</rb><rt>じつたい</rt></ruby>なる者ゆゑ<ruby><rb>意趣遺恨等</rb><rt>いしゆゐこんとう</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うく</rt></ruby>べき者に候はず然れども去年十二月五日何れより<ruby><rb>御出</rb><rt>おいで</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ候や御侍士樣御一人私し方へ御越にて文藏に何ぞ不審なる儀はなきやと御尋ねゆゑ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>文藏へ<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり合せ候處一向<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>も覺え是なく候と申候に付其段申上候に其御士儀何か御考への<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて御歸り成され候然るに其の後二十七日の日斯樣々々の次第に候と申立ければ大岡殿又用右衞門へ尋ねらるゝ<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>其方の支配なれば文藏が<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>も<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>しり</rt></ruby>つらん何ぢやと申されしに用右衞門<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の如く私し支配に候へば文藏の樣子は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じ<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>にも申上候通り<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>なる者にて<ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby><ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く又女房と申候は<ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>二丁町の<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby>なりしを請出し候が是又心懸よき女にて奉公人より<ruby><rb>小前</rb><rt>こまへ</rt></ruby>百姓共迄も<ruby><rb>平常</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>候て家内<ruby><rb>和合</rb><rt>わがふ</rt></ruby>いたし居候と申立ければ大岡殿然れども文藏夫婦の者近頃何方へ<ruby><rb>歟</rb><rt>か</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し事は是なきやと尋ねられしに用右衞門去年十月中に夫婦<ruby><rb>身延山</rb><rt>みのぶさん</rt></ruby>へ參詣仕つり候儀<ruby><rb>御座</rb><rt>ござ</rt></ruby>ると申立れば大岡殿其儀二十七日に召捕候節吟味は致さずや又萬澤の御關所<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>には萬澤<ruby><rb>狐</rb><rt>ぎつね</rt></ruby>と申居るが故殊によりて化される事も有なり其節途中に於て何ぞ<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby>事はなかりしやと尋ねらるゝを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>文藏は大いに驚き恐れながらと進み出御奉行樣の御眼力誠に恐れ入奉つり候其節萬澤の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>にて目明し二人に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>私し共三人に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>候處へ御役人樣御出ゆゑ<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>六</rb><rt>むづ</rt></ruby>かしからんと思ひし<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>地獄</rb><rt>ぢごく</rt></ruby>の<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>も<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>次第とやらにて有金三十七兩を差出し御内分に成下され<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>申候然るに十二月二十七日の夜御役人樣御出御座候處右は<ruby><rb>萬澤</rb><rt>まんざは</rt></ruby>にて出會候目明の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>似寄</rb><rt>により</rt></ruby>候と申を大岡殿<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れしが<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>同心山本彌太夫を呼出され文藏宅の樣子を改め來るべしと申付られしにより彌太夫は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>原澤村</rb><rt>はらさはむら</rt></ruby>名主用右衞門同道にて甲州原澤村なる文藏の宅に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんとう</rt></ruby>忠兵衞を呼出して家内土藏の<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>を<ruby><rb>切解</rb><rt>きりとき</rt></ruby><ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby><ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>等一々改むる時忠兵衞は<ruby><rb>文庫</rb><rt>ぶんこ</rt></ruby>藏の<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>を明此中に金千百八十兩<ruby><rb>入置</rb><rt>いれおき</rt></ruby>候と申に右の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>えざれば大いに仰天し幾度となく探し求むれども少しの金と違ひ<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby>の事故<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れべきやうもなく如何にも不思議のことなりと<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果たる趣を彌太夫は見て扨は奉行衆の<ruby><rb>鑑定</rb><rt>かんてい</rt></ruby>通り盜賊の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>にて似役人をなせしならんと思ひ早速立歸りて右の趣き<ruby><rb>巨細</rb><rt>こさい</rt></ruby>に申し立てければ大岡殿然らば文藏夫婦の者外に惡事もあらざるゆゑ助け遣さんと思はれけれども<ruby><rb>關所破</rb><rt>せきしよやぶ</rt></ruby>りと言ては<ruby><rb>磔</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>に成べき大法ゆゑ<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に工夫ありて又々文藏夫婦を呼出され其方夫婦とも顏色<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>の外惡し如何致せしやと申されければ文藏は恐る〱<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上私し共儀此間中より病氣に御座候と申立るに<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>のことなり此上病氣<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>りては成ずと有て宿預けに申付られたり斯る<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>を<ruby><rb>宿預</rb><rt>やどあづ</rt></ruby>けといふは誠に深き<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>なりと見聞人毎に泪を流し大岡殿の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>を感じけり又大岡殿には其中に<ruby><rb>似</rb><rt>にせ</rt></ruby>役人をせし<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を吟味せんと所々<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>を申付られけり扨又彼の雲切仁左衞門肥前の<ruby><rb>小猿</rb><rt>こざる</rt></ruby>向ふ見ずの三吉の三人は<ruby><rb>似</rb><rt>にせ</rt></ruby>役人となりて原澤村の<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>始めを首尾よく欺むき文藏方にて金千百八十兩<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取しかば仁左衞門は三吉<ruby><rb>小猿</rb><rt>こざる</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>に仕合よく<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し<ruby><rb>智嚢</rb><rt>ちなう</rt></ruby>古の<ruby><rb>諸葛孔明</rb><rt>しよかつこうめい</rt></ruby>我朝の楠<ruby><rb>正成</rb><rt>まさしげ</rt></ruby>も及ぶまじとは云ふものゝ是まで<ruby><rb>夜盜</rb><rt>よたう</rt></ruby><ruby><rb>追剥</rb><rt>おひはぎ</rt></ruby>人殺し等の數擧て算へ難し此上盜賊をなさば<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>には首をも失はん<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば汝等に此金を三百兩<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はし殘り五百兩は我が物となし此<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>盜賊を止め此金子を<ruby><rb>以</rb><rt>もつて</rt></ruby><ruby><rb>各々</rb><rt>おの〱</rt></ruby><ruby><rb>金堅氣</rb><rt>かねかたぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>業</rb><rt>たつき</rt></ruby>を始め町人になり百姓になり<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>次第に有附べし併此以後は三人共に<ruby><rb>音信不通</rb><rt>いんしんふつう</rt></ruby>になし<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>途中などにて出會とも<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>も致すまじと約束を定め<ruby><rb>分殘</rb><rt>わけのこ</rt></ruby>りの八十兩は<ruby><rb>當座</rb><rt>たうざ</rt></ruby>の祝ひに<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ふべしとて三人一同に江戸表へ出立なし先吉原を始め品川或ひは深川と所々にて<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>びけるが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て彼八十兩を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>しかば三人は約束の如く思ひ〱に別れけり夫より雲切仁左衞門は本郷六丁目へ<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>して家名を甲州屋と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby><ruby><rb>米商賣</rb><rt>こめしやうばい</rt></ruby>を始めけるが元より<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>めなき者ゆゑ次第に<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なし此所彼處の屋敷又は大町人などの<ruby><rb>舂入</rb><rt>つきいれ</rt></ruby>を<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>合ければ<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に手<ruby><rb>繰</rb><rt>くり</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>金銀も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふゆ</rt></ruby>るに<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>地面を求めて<ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>をなし今は男女五六人の暮しに成し處近所の者の世話にて女房を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>家内<ruby><rb>睦</rb><rt>むつ</rt></ruby>まじく<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>致しけり扨又<ruby><rb>肥前</rb><rt>ひぜん</rt></ruby>の小猿は本町二丁目にて<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>家を<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>め名を肥前屋小兵衞と改め<ruby><rb>糶呉服</rb><rt>せりごふく</rt></ruby>を初めければ<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>所々</rb><rt>しよ〱</rt></ruby>の屋敷に出入も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふえ</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>と勝手も<ruby><rb>能成</rb><rt>よくなり</rt></ruby><ruby><rb>凡夫</rb><rt>ぼんぷ</rt></ruby><ruby><rb>盛</rb><rt>さかん</rt></ruby>なるときは神も<ruby><rb>祟</rb><rt>たゝ</rt></ruby>らずといふこと<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なるかな各自仕合能<ruby><rb>光陰</rb><rt>つきひ</rt></ruby>を送りたり然るに小兵衞は尾張町の呉服<ruby><rb>店</rb><rt>だな</rt></ruby><ruby><rb>龜屋</rb><rt>かめや</rt></ruby>の番頭仁兵衞といふ者に<ruby><rb>取入</rb><rt>とりいり</rt></ruby>呉服物を二三百兩づつ預りて<ruby><rb>商賣</rb><rt>しやうばい</rt></ruby>しける所に此仁兵衞<ruby><rb>頓死</rb><rt>とんし</rt></ruby>して一向<ruby><rb>勘定合</rb><rt>かんぢやうあひ</rt></ruby>の分らざるを<ruby><rb>僥倖</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>に肥前屋小兵衞は二百八十兩程の<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>を<ruby><rb>只取</rb><rt>たゞとり</rt></ruby>になし是より増々仕合せ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>相成けるに付<ruby><rb>間口</rb><rt>まぐち</rt></ruby>三間半の店を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>き番頭手代小僧共五六人<ruby><rb>召仕</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひ何れも江戸者を抱へるゆゑ何事も商賣向に<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るく<ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なすに付て小兵衞は女房を<ruby><rb>持</rb><rt>もた</rt></ruby>んと思ひ是も<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>して御殿女中の下りを尋ね宿の妻として<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>よく<ruby><rb>日増</rb><rt>ひまし</rt></ruby>に内<ruby><rb>福</rb><rt>ふく</rt></ruby>と成たりけり夫に引替向ふ見ずの三吉は三百兩の金を配分されしかば其金を懷中して所々を<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいくわい</rt></ruby>なし<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら賭博に身を入又大酒を呑己が有に任せて女郎<ruby><rb>藝者</rb><rt>げいしや</rt></ruby>を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>金銀を<ruby><rb>土砂</rb><rt>つちすな</rt></ruby>の如く<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ捨る故に程なく三百兩の金も遣ひなくし今は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>丸の内の本多家の<ruby><rb>大部屋</rb><rt>おほべや</rt></ruby>へ<ruby><rb>轉</rb><rt>ころ</rt></ruby>げ込<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>を貰ひて<ruby><rb>喰居</rb><rt>くひゐ</rt></ruby>たりしが<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>寒さに向ふ時節なれど着物は<ruby><rb>古浴衣</rb><rt>ふるゆかた</rt></ruby>一ツゆゑ如何共爲方なく<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>大部屋を立出し頃は享保十六年十一月なりしが三吉は<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>工夫して<ruby><rb>本所</rb><rt>ほんじよ</rt></ruby>柳原<ruby><rb>町</rb><rt>まち</rt></ruby>に<ruby><rb>舂</rb><rt>つき</rt></ruby>屋の權兵衞といふ者あり此者は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>知人</rb><rt>しりびと</rt></ruby>なる故是を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みて欺かばやと思ひ常盤橋御門を出てふら〱本町二丁目へ<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りし所に<ruby><rb>左側</rb><rt>ひだりがは</rt></ruby>に肥前屋と書たる<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り居たりしかば是も<ruby><rb>肥前</rb><rt>ひぜん</rt></ruby>の者ならん彼の小猿めも<ruby><rb>同</rb><rt>おな</rt></ruby>じ國なりしが今は<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>成しや我は元同國片村の名主の腹より出たる者なるが此體に成果たり併し此間迄は三百兩の金を持居たれども今は一文もなしなどと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら通る所に肥前屋より<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>を一人供に連て<ruby><rb>出行</rb><rt>いでゆく</rt></ruby>者の體小猿に<ruby><rb>髣似</rb><rt>よくに</rt></ruby>たりしかば三吉は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>て能々是を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひみるに小猿に相違なきゆゑ心中に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びしに小兵衞もちらりと振り返り見て<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>は三吉めなりと思ひ恐れしにぞ知ぬ顏にて<ruby><rb>早足</rb><rt>はやあし</rt></ruby>に行過る所を三吉は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>後より尾來るゆゑ小兵衞は彌々恐れ種々に<ruby><rb>逃廻</rb><rt>にげまは</rt></ruby>ると雖も三吉は<ruby><rb>尾慕</rb><rt>つきした</rt></ruby>ひければ小兵衞は足に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて逃歩き夜に入て漸々歸り我が家の<ruby><rb>表口</rb><rt>おもてぐち</rt></ruby>より入時後に<ruby><rb>尾</rb><rt>つき</rt></ruby>て三吉は<ruby><rb>直</rb><rt>つ</rt></ruby>と入來り御免なさいと言ながら<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>に腰を掛私しは元御<ruby><rb>知己</rb><rt>ちかづき</rt></ruby>の者なれば此家の旦那に御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り度と申に番頭手代はじろ〱顏を見ながら其の段主人へ申通じけるに小兵衞は殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り入只今<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>にて何方へ參り候や<ruby><rb>相知</rb><rt>あひしれ</rt></ruby>ずと申べしと言付ければ手代は立出其<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>申聞るを聞き三吉然らば御<ruby><rb>歸</rb><rt>かへり</rt></ruby>迄<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまつ</rt></ruby>申<ruby><rb>可</rb><rt>べし</rt></ruby>と言て上り<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>一向<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かぬ故小兵衞も是非なく密と<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>の方より出て<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ廻り只今歸りし<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて三吉を見付是は<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしやと表へ呼出し向ふ横町の<ruby><rb>鰻屋</rb><rt>うなぎや</rt></ruby>へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りて物語りけるに三吉は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進め<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>面目なき<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>なれども誠に此體なれば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>少々の合力を御頼み申と<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>られ小兵衞は是非なく懷中に在合し金六兩三分を殘らず出し<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しければ三吉は大に<ruby><rb>歡</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び昔し<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>とて御無心申せしに<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>多分の金子御貸下され忝けなし是を<ruby><rb>元手</rb><rt>もとで</rt></ruby>に一商賣に有附今の御恩を<ruby><rb>報</rb><rt>はう</rt></ruby>ぜんと口から出次第申しけるを小兵衞は打聞此後は豫て申合せし通り必ず<ruby><rb>我等</rb><rt>われら</rt></ruby>方へ參られ候事無用なりと申せしかば三吉は<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を<ruby><rb>掻</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの如く此後は決して<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちよる</rt></ruby>まじと<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く約束なし猶又<ruby><rb>綿入羽織</rb><rt>わたいればおり</rt></ruby>一ツを貰ひ夫より本所柳原町なる舂屋權兵衞を尋けるに權兵衞は<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>引込</rb><rt>ひきこみ</rt></ruby>たる由<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の者申故三吉は力なく又々<ruby><rb>安宅</rb><rt>あたけ</rt></ruby>の方へ到りしに當時は所々に<ruby><rb>切店</rb><rt>きりみせ</rt></ruby>有て引込ける故ぶらりと是へ上り大に酒を<ruby><rb>飮</rb><rt>のみ</rt></ruby>一分ばかりも遣ひ其夜は遊びて翌朝立出<ruby><rb>朝飯</rb><rt>あさめし</rt></ruby>を表にて<ruby><rb>喰居</rb><rt>くひゐ</rt></ruby>たりし時<ruby><rb>防</rb><rt>ふせ</rt></ruby>ぎ傳吉といふ者に出合互に昔し<ruby><rb>語</rb><rt>がた</rt></ruby>りをなし夫より此傳吉方に<ruby><rb>食客</rb><rt>ゐさふらふ</rt></ruby>となり居けるが此傳吉は先年甲州へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ける折雲切仁左衞門方に少しの中居たる事ありて三吉と<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>同樣にせし者なり<ruby><rb>夫故</rb><rt>それゆゑ</rt></ruby>今傳吉方に<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>び居たるに傳吉は三吉が金を持て居る事を見し故是を<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>りて<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>を<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めしかば固より好む事ゆゑ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>引懸</rb><rt>ひつかゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>專</rb><rt>もつぱ</rt></ruby>ら博奕をなして居たりけり

## 第五回

斯て彼三吉は又々<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくえき</rt></ruby>に<ruby><rb>引懸</rb><rt>ひきかゝ</rt></ruby>り肥前屋小兵衞方にて貰ひし<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>六兩は殘らず<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>て仕舞元の通りの<ruby><rb>手振</rb><rt>てぶり</rt></ruby>となりけれ共<ruby><rb>綿入</rb><rt>わたいれ</rt></ruby>羽織ばかりは殘り有事故種々<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>なし此上は如何共<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なければ元へ立歸るより外なしと本町二丁目なる<ruby><rb>肥前屋</rb><rt>ひぜんや</rt></ruby>小兵衞の方へ行御<ruby><rb>免下</rb><rt>めんくだ</rt></ruby>されと店へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>るゆゑ番頭大に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>り<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>の御出に候へども主人小兵衞儀は<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>にて御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り候事相<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はずと斷りけるを三吉然らば御歸り迄御待申べしとて以前の如く<ruby><rb>居込</rb><rt>ゐこむ</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>故今日は<ruby><rb>遠方</rb><rt>ゑんぱう</rt></ruby>へ參りしにより歸りの程も<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り難しと申ければ三吉は我等是非々々御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らねば相成<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>き用事あり二日にても十日にても御歸宅を<ruby><rb>相待</rb><rt>あひまち</rt></ruby>申べしと歸氣色はなかりしにぞ店の者は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし殊に小兵衞の女房は<ruby><rb>御殿下</rb><rt>ごてんさが</rt></ruby>り故此體を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き見て甚だ驚き小兵衞へ<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>歸し給へと<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りしかば小兵衞も<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>千萬に思ひ番頭を以て主人小兵衞儀は仕入方に<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り候間何日<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby><ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り歸り申べくや程合も計り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く候に付先々御歸りありて四五日も<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>候はゞ又々<ruby><rb>御入</rb><rt>おんいり</rt></ruby>下さるべしと云せければ三吉は是を聞て<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を立今こそ肥前屋の旦那などと<ruby><rb>横柄面</rb><rt>わうへいづら</rt></ruby>をして居れども元はといへば<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>と同樣に人をゆすり取又は<ruby><rb>追落</rb><rt>おひおと</rt></ruby>しをしたる事もあり今己が斯の如く<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>ぶれたればとて其<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby>みを以て少々の<ruby><rb>見繼</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>位はなしても<ruby><rb>能</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり若今己が御手に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は同罪なりと大聲を出すにぞ小兵衞は<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>なし此<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>にてはとても<ruby><rb>素直</rb><rt>すなほ</rt></ruby>には歸るまじと夫より旅の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をし又裏口より<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>門の外より今歸りしと聲を懸ながら内へ入けるに人々<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>の御歸りと言を聞三吉は<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>より待居し事なれば小兵衞に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ少々御咄し申度事ありといふに小兵衞は三吉を<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby>の間へ<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>女房へも<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあは</rt></ruby>せ此人は<ruby><rb>舊</rb><rt>もと</rt></ruby>國元にての久々馴染なれば今宵は奧座敷にて<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しを致すべしと兩人は一間に入て<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>するに小兵衞は三吉に<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ貴樣は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>りても見られよ一人二三百兩<ruby><rb>分取</rb><rt>わけとり</rt></ruby>なし此の上は各自<ruby><rb>家業</rb><rt>かげふ</rt></ruby>に有附べし因ては以後<ruby><rb>音信</rb><rt>いんしん</rt></ruby>不通と云事を仁左衞門始三人<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く言葉を<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>して別かれしにあらずや然るに<ruby><rb>此間</rb><rt>このあひだ</rt></ruby>も六兩三分と言金子を譯なく<ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>し間もなく其形にて又々<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らるゝ事餘りなる仕方なり<ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しとは違ひ今は<ruby><rb>眞面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>に日々の<ruby><rb>利潤</rb><rt>りじゆん</rt></ruby>を以て其日を送る我等なれば最早此上は<ruby><rb>何共</rb><rt>なんとも</rt></ruby><ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>なしと云けるを三吉<ruby><rb>額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ夫は道理の事ながら我等<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎても不運にして斯の體と相成ども今一度商賣に取付度<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>昔</rb><rt>むか</rt></ruby>しの好みを以て<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ給はれと申ければ<ruby><rb>小猿</rb><rt>こさる</rt></ruby>は暫く考へ<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば雲切仁左衞門方へも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て頼み見られよと言けるに三吉其事も<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>はぬにはなけれ共<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>仁左衞門は<ruby><rb>何所</rb><rt>いづれ</rt></ruby>に居るや一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>を知ず若御存じあらば教へ<ruby><rb>給</rb><rt>たま</rt></ruby>はれと申せしかば當時仁左衞門は本郷六丁目にて甲州屋仁左衞門と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>大富家なり是へ便て<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>あらば又<ruby><rb>好</rb><rt>よき</rt></ruby><ruby><rb>話</rb><rt>はな</rt></ruby>しも有べし<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も我等は仁左衞門と申合せし以來出會は致さゞれども<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>ながら樣子を<ruby><rb>承</rb><rt>うけ</rt></ruby>たまはり居るなりと<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しけるに三吉は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び然らば<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>にも<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>本郷へ行んといふを<ruby><rb>小猿</rb><rt>こざる</rt></ruby>は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>てとてものことに百兩ばかりも<ruby><rb>誣頼</rb><rt>ねだり</rt></ruby>夫にて取付商賣をいたさるべし是までの如くにてはならぬゆゑ<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>認</rb><rt>みと</rt></ruby>めし事を致されよと言ければ三吉<ruby><rb>納得</rb><rt>なつとく</rt></ruby>なし先以<ruby><rb>御教</rb><rt>おんをしへ</rt></ruby>忝けなし<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し如何いたして<ruby><rb>誣頼</rb><rt>ねだり</rt></ruby>申べきやと聞に小猿夫は<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>出入は申すまじと堅く申合せし事なれ共斯樣々々の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>にて<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく參りたりと申されよと<ruby><rb>言含</rb><rt>いひふく</rt></ruby>めしかば三吉は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>して立歸り翌日本郷六丁目へ尋ね行て表より甲州屋仁左衞門殿とは此方にて候やと申入ければ番頭は然樣に御座候と答ふるに<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>らば御主人仁左衞門殿へ<ruby><rb>御目</rb><rt>おんめ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りたし<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せ入られ下さるべしと言入しかば仁左衞門何心なく<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby><ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>るに以前の三吉なれば<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>い<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>が來りしと思へども<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく先一間へ連行其方は何故<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね來りしやと申に三吉は<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby><ruby><rb>無氣</rb><rt>なげ</rt></ruby>に私し事<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>事なす事手違ひになりて誠に難澁仕つり今は早行べき所もなく<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て兄弟分の<ruby><rb>小猿</rb><rt>こざる</rt></ruby>にも借金百兩ばかりも出來此上如何とも<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し方なき折から此度大岡樣の御手に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れし所小猿が<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>にて岡引衆を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み旦那衆へ内々百兩<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りて<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>しにして貰ふ筈なれども右の金子に<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>へ候間<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>百兩御<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>下さるべし其百兩の金子なくては<ruby><rb>岡引衆</rb><rt>をかびきしう</rt></ruby>も<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>承知いたされず御手に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>候はゞ萬一<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に懸り<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>し紛れに古への原澤村の一件などを申し出す<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>じきとも云難く然すれば御<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>の身に<ruby><rb>關</rb><rt>かゝ</rt></ruby>はる事故<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>にも見遁して貰ふより外なし其<ruby><rb>手段</rb><rt>しゆだん</rt></ruby>は金子なりと<ruby><rb>眞顏</rb><rt>まがほ</rt></ruby>に成て語りければ仁左衞門も<ruby><rb>其事</rb><rt>そのこと</rt></ruby>に至らば誠に身の大事なりと心に納め是非なく百兩<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>して相渡しける故三吉は大に<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の親なりと押戴き其の金を懷中し立出けるが百兩といふ<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を只取になせし故<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に吉原町へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>て拾兩ばかり遣ひ<ruby><rb>奢</rb><rt>おご</rt></ruby>り<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>し殘り九十兩を持てぶら〱淺草へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>ける處<ruby><rb>遠乘馬</rb><rt>とほのりうま</rt></ruby>十四五疋<ruby><rb>烈敷</rb><rt>はげしく</rt></ruby><ruby><rb>乘來</rb><rt>のりきた</rt></ruby>りしかば三吉後へ<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>んとする<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>其の馬一疋<ruby><rb>斜</rb><rt>なゝ</rt></ruby>めに駈出し<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>の者を踏倒す故三吉は<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>て漸々<ruby><rb>馳拔</rb><rt>はせぬけ</rt></ruby>諏訪町へ來り酒屋へ這入て懷中を見るにいつ落せしや九十兩の<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>見えざりければ三吉は<ruby><rb>駭驚仰天</rb><rt>びつくりぎやうてん</rt></ruby>して立歸り<ruby><rb>猿眼</rb><rt>さるまなこ</rt></ruby>に成て能々尋ねけれ共<ruby><rb>人通</rb><rt>ひとゞほ</rt></ruby>り多き所ゆゑ一向に<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなし依て又々元の手ふりとなりければ<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び本郷の甲州屋へ行仁左衞門に右の事を<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>りて無心を<ruby><rb>言</rb><rt>いひ</rt></ruby>けるに仁左衞門は大いに<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>に思ふと雖も詮方なく又々金子を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しけるが是をも又遣ひ<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>て本町の小猿の方へ<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>をいひ又本郷の仁左衞門と兩家へ打て<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひに無心を<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>と言ば以前の事を大聲にて<ruby><rb>並</rb><rt>ならべ</rt></ruby>る故仁左衞門も<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど困り入けるが<ruby><rb>急度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなし本町の肥前屋へ來り<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>相談に及びけるは彼三吉事とても<ruby><rb>生置</rb><rt>いけおき</rt></ruby>ては我々が身の<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>りなれば<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を以て<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を切て捨んと<ruby><rb>談合</rb><rt>だんがふ</rt></ruby>なし夫より三吉を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>し久々なれば三人同道して御殿山の花見に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>べしと申しければ三吉大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>行んと三人<ruby><rb>打連立</rb><rt>うちつれだち</rt></ruby>頃は享保十七年三月十八日御殿山にて花見をなし酒の<ruby><rb>機嫌</rb><rt>きげん</rt></ruby>に<ruby><rb>古</rb><rt>いにし</rt></ruby>への物語りなどして品川より<ruby><rb>藝者</rb><rt>げいしや</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>大酒盛となりて騷ぎ散す中<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>も<ruby><rb>暮相</rb><rt>くれあひ</rt></ruby>と成ければ仁左衞門は<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て身を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>し我等は<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく用事あれば泊る事はならざれども<ruby><rb>淺</rb><rt>あつ</rt></ruby>さり遊んで歸らんと夫より<ruby><rb>新宿</rb><rt>しんじゆく</rt></ruby>の相摸屋へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りしが其夜九ツ時分品川を三人連にて立出<ruby><rb>高輪</rb><rt>たかなわ</rt></ruby>へ來りし時仁左衞門<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>コレ三吉汝は<ruby><rb>先年</rb><rt>せんねん</rt></ruby>甲州にて金子<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>せし砌方々申合せしを一向に用ひず我等兩人へ<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を懸る事<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>に及ぶ如何に<ruby><rb>惡逆無道</rb><rt>あくぎやくむだう</rt></ruby>の<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>なり共恥を知ざるは<ruby><rb>人間</rb><rt>にんげん</rt></ruby>にあらずといふ儘に<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとらへ</rt></ruby>ければ三吉は大に驚き<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいだ</rt></ruby>さんとする所を肥前の小猿<ruby><rb>飛懸</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>拔打</rb><rt>ぬきうち</rt></ruby>に右の腕を打落すに雲切仁左衞門は<ruby><rb>大脇差</rb><rt>おほわきざし</rt></ruby>を引拔て三吉が眞向より<ruby><rb>殼竹割</rb><rt>からたけわり</rt></ruby>に切割りければ三吉は<ruby><rb>吁</rb><rt>うん</rt></ruby>とも<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>ず二ツに成て死したりけり仁左衞門は小猿に向ひ<ruby><rb>先々</rb><rt>まづ〱</rt></ruby>是にて<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>せりとて彼死骸を<ruby><rb>海</rb><rt>うみ</rt></ruby>へ<ruby><rb>投込</rb><rt>なげこみ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りしゆゑ此事知る者なかりしが<ruby><rb>固</rb><rt>もと</rt></ruby>より同氣<ruby><rb>相求</rb><rt>あひもとむ</rt></ruby>る者ども故是より折々は<ruby><rb>出會</rb><rt>いであひ</rt></ruby>けるに兩人とも三吉に金子を多く<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>れしかば<ruby><rb>勝手向</rb><rt>かつてむき</rt></ruby><ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>になりしより今一度<ruby><rb>大稼</rb><rt>おほかせ</rt></ruby>ぎをなし<ruby><rb>是限</rb><rt>これかぎり</rt></ruby>にせんと兩人申合せて又々<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>しけること是非なけれ

## 第六回

偖又<ruby><rb>其頃</rb><rt>そのころ</rt></ruby>兩換町に<ruby><rb>島屋</rb><rt>しまや</rt></ruby>治兵衞とて兩替屋ありけるが<ruby><rb>肥前屋</rb><rt>ひぜんや</rt></ruby>小兵衞は此家へ<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>兩換の事にて行店の者にも<ruby><rb>心安</rb><rt>こゝろやす</rt></ruby>く成て<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と樣子を窺ふに概略勝手も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>りしかば是ぞ<ruby><rb>好</rb><rt>よか</rt></ruby>らんと思ひ仁左衞門へ島屋の事を<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りければ夫こそ<ruby><rb>屈竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>の事なりとて兩人<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>同く十七年十月二十八日の夜<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>は車軸を流し<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>は<ruby><rb>眞闇</rb><rt>まつくら</rt></ruby>なれば是ぞ幸ひなりと兩人は<ruby><rb>黒裝束</rb><rt>くろしやうぞく</rt></ruby>に目ばかり<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>にて島屋の店へ忍び入<ruby><rb>金箱</rb><rt>かねばこ</rt></ruby>に手を掛出さんとする<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>番頭太藏は<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を覺まし大音に<ruby><rb>盜人々々</rb><rt>どろばう〱</rt></ruby>と聲を立るゆゑ仁左衞門小猿は<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいで</rt></ruby>んとする所に大勢<ruby><rb>追來</rb><rt>おひきた</rt></ruby>りしかば<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず三人程<ruby><rb>切拂</rb><rt>きりはら</rt></ruby>ひて其場を<ruby><rb>逃去</rb><rt>にげさり</rt></ruby>金はまんまと奪ひ取<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>よしと兩人五百兩宛<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>して悦び別れけり然ば<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>兩替屋にては翌朝<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>町奉行所へ訴へ出ければ大岡殿島屋の<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby>を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され一通り尋ねらるゝに<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い者左吉重次郎千次郎の三人<ruby><rb>手負</rb><rt>ておひ</rt></ruby>の趣き又盜まれし千兩は一昨日<ruby><rb>蓮池</rb><rt>はすいけ</rt></ruby>御藏より受取候金子にて殘らず私し方の<ruby><rb>極印</rb><rt>ごくいん</rt></ruby>を打置候と見本の金を差出せし故大岡殿夫より江戸中兩換屋は申に及ばず<ruby><rb>諸商人</rb><rt>しよあきんど</rt></ruby>共迄一同に<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby><ruby><rb>觸示</rb><rt>ふれしめ</rt></ruby>されけり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又肥前屋小兵衞は<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みし金の五百兩を<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>して大に歡びしが是ぞ<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>の歸する處にして右の<ruby><rb>町觸</rb><rt>まちぶれ</rt></ruby>の出し日は留守にて心得ず越後屋に<ruby><rb>反物</rb><rt>たんもの</rt></ruby>の<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>百三十兩あるを跡の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>なれば先是を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>はんと思ひ越後屋へ右の<ruby><rb>小判</rb><rt>こばん</rt></ruby>を持參し拂ひけるに越後屋にては甚だ<ruby><rb>心中</rb><rt>しんちう</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひけれ共<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>間違もなき肥前屋小兵衞<ruby><rb>事故</rb><rt>ことゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>へ申も如何なりと<ruby><rb>此段</rb><rt>このだん</rt></ruby>を奉行所へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へければ早速右の百三十兩を取上られて改めの上兩替町の島屋治兵衞を呼出され<ruby><rb>此金</rb><rt>このかね</rt></ruby>を見よと渡さるゝに治兵衞は改め見て此金に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座なく候と申立しかば<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>本町二丁目の肥前屋小兵衞へ捕方を<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむけ</rt></ruby>らるゝに捕方の面々肥前屋へ<ruby><rb>行向</rb><rt>ゆきむか</rt></ruby>ひ上意と聲を懸ける故家内の者共大に驚きけるを小兵衞今は<ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>なりと思ひ一尺八寸の刀を<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby>捕手の者へと打懸るに<ruby><rb>左右</rb><rt>さいう</rt></ruby>より立寄し二人<ruby><rb>飛違</rb><rt>とびちが</rt></ruby>ひ十手を以て請流しける中一人の同心<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ廻りて<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>を打落し右の手を<ruby><rb>捻上</rb><rt>ねぢあげ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に召捕て奉行所へ<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby>ければ大岡殿小兵衞を見られ其方事去る十月二十八日夜兩替町島屋治兵衞方へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>三人に手を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せ金子千兩を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>しならんと尋ねられけるに小兵衞は<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ所なり何日迄陳じ居て<ruby><rb>拷門</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>らんよりは速かに<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>し罪に<ruby><rb>歸</rb><rt>き</rt></ruby>せんと覺悟をなして其夜の<ruby><rb>事共</rb><rt>ことども</rt></ruby>一々白状に及びたり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>本郷の甲州屋仁左衞門は本町の肥前屋小兵衞が<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れし事を聞ける故<ruby><rb>南無三</rb><rt>なむさん</rt></ruby>と思ひしが<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby><ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなすに所詮我此所を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れたり共<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby><ruby><rb>爭</rb><rt>いかで</rt></ruby>か<ruby><rb>免</rb><rt>まぬ</rt></ruby>かるべきと<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>覺悟を極め我思ふ<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>ありとて妻へ離縁状を渡し又番頭其外店の者一同へ金を與へて<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し夫より南町奉行大岡殿の<ruby><rb>役宅</rb><rt>やくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出私し儀は元雲切仁左衞門と申<ruby><rb>是々</rb><rt>これ〱</rt></ruby>の惡事ありと<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びたり依て大岡殿<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が勇氣を深く感ぜられ<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>惡人ながらも<ruby><rb>英雄</rb><rt>えいゆう</rt></ruby>なり能こそ<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>に名乘出しと申されて其日は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>と相成けり<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>仁左衞門小猿の兩人を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され其方共江戸へ出でざるうちは何方に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り<ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>しぞと尋られし處仁左衞門私し儀は甲州に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>仕り候と申立ければ大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば汝等享保十一年十二月廿七日<ruby><rb>似</rb><rt>にせ</rt></ruby>役人と相成て原澤村の百姓文藏夫婦を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>て金を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取候に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>は有まじと申されければ小猿は<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かはり</rt></ruby>て俯向居たるに仁左衞門は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ何樣世の人<ruby><rb>賢奉行</rb><rt>けんぶぎやう</rt></ruby>と<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>進</rb><rt>まゐら</rt></ruby>する程有て御明察の通り私共儀享保十一年十月萬澤の御<ruby><rb>關所</rb><rt>せきしよ</rt></ruby><ruby><rb>手前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>に<ruby><rb>休</rb><rt>やすみ</rt></ruby>居候處に原澤村の大盡夫婦にて<ruby><rb>廻道</rb><rt>まはりみち</rt></ruby>せしを付込<ruby><rb>似</rb><rt>にせ</rt></ruby>役人と相成三吉小猿を<ruby><rb>目明</rb><rt>めあかし</rt></ruby>となし私儀は御役人の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて夫婦を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>金子三十七兩を出させ其場を<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのがし</rt></ruby>申候其後十二月<ruby><rb>初旬</rb><rt>はじめ</rt></ruby><ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby>の者を原澤村の名主方迄<ruby><rb>遣</rb><rt>つかはし</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>を<ruby><rb>探置</rb><rt>さぐりおき</rt></ruby>同月廿七日又候似役人と相成名主方へ罷越案内致され<ruby><rb>彼大盡</rb><rt>かのだいじん</rt></ruby>夫婦を召捕家内は申すに及ばず土藏へ<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>を<ruby><rb>附置</rb><rt>つけおき</rt></ruby>有金千百八十兩<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby>申候此時盜取し金を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>に致し<ruby><rb>銘々</rb><rt>めい〱</rt></ruby>家業に有付以後は<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>相止</rb><rt>あひやめ</rt></ruby>申可と三人申合せ小猿三吉の兩人へ三百兩宛私は五百兩<ruby><rb>分取</rb><rt>わけとり</rt></ruby>候て夫より御當地へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>小猿は呉服店私しは<ruby><rb>穀物見世</rb><rt>こくもつみせ</rt></ruby>を出し候處彼三吉儀は三百兩の金子を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>候ては私し共兩人を尋ね來り<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>を申事度々に及び甚だ<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>仕つるにより小猿と申合せ<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく御殿山の花見と申し三吉を<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>して<ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆき</rt></ruby>高輪にて切殺し死骸は海へ打捨申候然れども<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>にて三吉に兩人とも<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を荒され借金多く相成候に付今一度<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を致し身代を<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>し商賣を致し候はんと存じ小猿と申合せ十月二十八日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>兩替町</rb><rt>りやうがへちやう</rt></ruby><ruby><rb>島屋</rb><rt>しまや</rt></ruby>治兵衞方へ忍び入金千兩盜み取り五百兩宛<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>仕つり是を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みをさめと存じ候處其金は<ruby><rb>目印</rb><rt>めじるし</rt></ruby>の<ruby><rb>極印</rb><rt>ごくいん</rt></ruby>ありしとは夢にも存じ申さず小兵衞が<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ候より事<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ斯の<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>に相成候段是ぞ<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>にて恐れ入奉り候と少しも<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>なく一々白状に及びける故大岡殿<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なりと申され又小兵衞に向はれ只今仁左衞門が申に相違なきやと尋ねらるゝに小兵衞も<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>なしと<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>をなし<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも相違之なき旨申立しかば<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>申付られ仁左衞門小猿の兩人は鈴が森にて<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>の刑に行はれたり<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby>原澤村の百姓文藏夫婦を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>され其の方共身延山へ參詣の<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>關所を通るのは<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>と存じ廻り道を致し候と申せども此儀甚だ<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>千萬なり此萬澤村には昔より<ruby><rb>惡狐</rb><rt>あくこ</rt></ruby>ありて是を萬澤<ruby><rb>狐</rb><rt>ぎつね</rt></ruby>といふよしを<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>聞居たり然れば其方共萬澤の關所<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>りにては是なく<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く萬澤狐に<ruby><rb>誑</rb><rt>たば</rt></ruby>かされ萬澤の裏道を<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよひ</rt></ruby>しならん依て其虚に乘じ<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうどく</rt></ruby>に金子三十七兩<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>はれしに相違なからん然すれば何ぞ關所破りといふにあらんや然れば汝等に罪なきにより御<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなしと申し渡されしかば文藏夫婦は<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ふも更なり名主組頭を始め<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>の村役人共一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby>夢かとばかり<ruby><rb>打喜</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び大岡殿の<ruby><rb>仁心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>を感じけるとなり

雲切仁左衞門一件終

  


## 津の國屋お菊一件

  


<ruby><rb>津</rb><rt>つ</rt></ruby>の<ruby><rb>國</rb><rt>くに</rt></ruby><ruby><rb>屋</rb><rt>や</rt></ruby>お<ruby><rb>菊</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>一ツ<ruby><rb>賣</rb><rt>うれ</rt></ruby>ぬ日はなし江戸の春とは<ruby><rb>幕府</rb><rt>ばくふ</rt></ruby>の<ruby><rb>盛世</rb><rt>さかん</rt></ruby>なる大都會の樣を<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>十七文字に<ruby><rb>綴</rb><rt>つゞ</rt></ruby>りたる古人の秀逸にして其町々の繁昌は<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を盡し難く<ruby><rb>別</rb><rt>わけ</rt></ruby>て神田は<ruby><rb>土地柄</rb><rt>とちがら</rt></ruby>とて人の心も<ruby><rb>廣小路</rb><rt>ひろこうぢ</rt></ruby>横筋違いの僻みなき<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>なる橋の名の如く<ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>昌平</rb><rt>しやうへい</rt></ruby>の御代なれや<ruby><rb>甍</rb><rt>いらか</rt></ruby><ruby><rb>双</rb><rt>なら</rt></ruby>べし軒續き客足絶ぬ<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>は津國屋松右衞門とて小間物を商ひ<ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の<ruby><rb>活計</rb><rt>くらし</rt></ruby>をなし妻お八重との<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>に二人の子を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>け長男を松吉と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び既に嫁をも娶り妹をお粂と<ruby><rb>名付</rb><rt>なづけ</rt></ruby>是も淺草田原町なる花房屋彌吉方へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづけ</rt></ruby><ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>も好とて夫婦<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>安心なし最早悴松吉に世を讓り<ruby><rb>氣樂</rb><rt>きらく</rt></ruby><ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>をせんものと思ひ居たりし<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>から不￼<ruby><rb>目違</rb><rt>めちがひ</rt></ruby>の品を<ruby><rb>買込</rb><rt>かひこみ</rt></ruby>みす〱損毛をなせしが始にて二三度<ruby><rb>打續</rb><rt>うちつゞ</rt></ruby>き商ひの<ruby><rb>手違</rb><rt>てちが</rt></ruby>ひより松右衞門は心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>め<ruby><rb>遂</rb><rt>つひ</rt></ruby>に病氣となりてたうとう床に着きければ家内の心配<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>ならず醫者よ<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>と<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>に手を盡し<ruby><rb>看護</rb><rt>みとり</rt></ruby>に怠り無りしかども松右衞門は<ruby><rb>定業</rb><rt>ぢやうごふ</rt></ruby>にや四十二歳を一期となし<ruby><rb>果敢</rb><rt>はか</rt></ruby>なく此世を<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>にける不仕合せも<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>けば續くものにて<ruby><rb>惣領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>の松吉も<ruby><rb>風邪</rb><rt>かぜ</rt></ruby>の心地とて打臥しが是も程なく<ruby><rb>冥土</rb><rt>よみぢ</rt></ruby>の客となりしかば跡に殘りし母と<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>の悲歎云うばかりなく涙に<ruby><rb>暮果</rb><rt>くれはて</rt></ruby><ruby><rb>暗夜</rb><rt>あんや</rt></ruby>に<ruby><rb>燈火</rb><rt>ともしび</rt></ruby>を失ひたる如く只<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>として居たりけり然ば段々と打ち續きたる<ruby><rb>冗費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>に今は<ruby><rb>家藏</rb><rt>いへくら</rt></ruby>も云に及ばず假令家財雜具迄も<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>へばとて<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>借金</rb><rt>しやくきん</rt></ruby>の方に引足ず母子倶々種々に心を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>けども女の身と云殊に<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby>の事なれば如何とも<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく何分是は淺草なる娘の方へ相談なすに<ruby><rb>如</rb><rt>しく</rt></ruby>ことなしとて早々娘を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>て相談しけるに此お粂は<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>生質</rb><rt>うまれだて</rt></ruby><ruby><rb>善</rb><rt>よか</rt></ruby>らぬ者なれば唯手前勝手の事のみ言て一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>もなさゞれば母は大いに<ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>なし親の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>見返</rb><rt>みかへ</rt></ruby>らぬとは鳥獸に<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>りし<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>親でもなし子でもなし見下果たる<ruby><rb>人非人</rb><rt>にんぴにん</rt></ruby>と<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>をなせども又外に<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>べき樣も有ざれば<ruby><rb>家財雜具</rb><rt>かざいざふぐ</rt></ruby>を人手に渡し其身は嫁と<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>に淺草諏訪町にて裏店を<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby><ruby><rb>注</rb><rt>すゝぎ</rt></ruby><ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby><ruby><rb>賃仕事</rb><rt>ちんしごと</rt></ruby>をなし細き煙を<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>けるが嫁のお菊は<ruby><rb>老實</rb><rt>まめ〱</rt></ruby>しく立働き<ruby><rb>孝養</rb><rt>かうやう</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>り無りしかば母のお八重も大に喜こび<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>しくこそ<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しけれ此お菊は未だ<ruby><rb>二十</rb><rt>はたち</rt></ruby>を一ツ二ツ<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>し<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>なれば後家を立さするも<ruby><rb>愍然</rb><rt>ふびん</rt></ruby>ゆゑ聟養子を取か然なくば外に<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづけ</rt></ruby>なば一生の身の<ruby><rb>治</rb><rt>をさま</rt></ruby>りにも成べしと<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>は勿論懇意の者共迄も<ruby><rb>色々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>勸むると雖もお菊は一向<ruby><rb>承引</rb><rt>うけがは</rt></ruby>ず母樣始め皆樣の仰を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>くには有ねども今更<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>を迎へなば<ruby><rb>亡夫</rb><rt>なきをつと</rt></ruby>に言譯なく夫とても<ruby><rb>母樣</rb><rt>はゝさま</rt></ruby>の御心休めに成事ならば<ruby><rb>更々</rb><rt>さら〱</rt></ruby><ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひは致さね<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>今聟を<ruby><rb>取</rb><rt>とる</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>は其人に氣兼ありて母樣への孝行も<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>る道理なれば少しも望みに候はず又<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづく</rt></ruby>などとは思ひも<ruby><rb>寄</rb><rt>よら</rt></ruby>ぬ事何卒此事ばかりは<ruby><rb>御免</rb><rt>おゆる</rt></ruby>しをと一向<ruby><rb>承引</rb><rt>うけひく</rt></ruby><ruby><rb>氣色</rb><rt>けしき</rt></ruby>もなければ<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>始め人々も其孝貞を深く感じ再度勸むる言葉もなく其意に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて打過けり斯て<ruby><rb>光陰</rb><rt>つきひ</rt></ruby>の<ruby><rb>經</rb><rt>たつ</rt></ruby>程に姑女お八重は是まで<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby><ruby><rb>辛苦</rb><rt>しんく</rt></ruby>せし<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れにや持病の<ruby><rb>癪</rb><rt>しやく</rt></ruby>に<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby><ruby><rb>漸次</rb><rt>しだい</rt></ruby>に病氣差重りしにぞお菊は大いに心を痛め種々<ruby><rb>療養</rb><rt>れうやう</rt></ruby>に手を盡し<ruby><rb>神佛</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>へも祈りしかど其<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>も<ruby><rb>甞</rb><rt>かつ</rt></ruby>てなく後には<ruby><rb>半身</rb><rt>はんしん</rt></ruby>叶はず腰も立ねば三度の<ruby><rb>食</rb><rt>しよく</rt></ruby>さへ人手を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby>るほどなれどもお菊は少しも怠らず晝は<ruby><rb>終日</rb><rt>ひねもす</rt></ruby><ruby><rb>賃仕事</rb><rt>ちんしごと</rt></ruby>或ひは<ruby><rb>注</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby>をなし夜は<ruby><rb>終夜</rb><rt>よもすがら</rt></ruby><ruby><rb>糸繰</rb><rt>いとくり</rt></ruby>などして藥の<ruby><rb>代</rb><rt>しろ</rt></ruby>より口に適ふ物等を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ二年餘りの其間を只一日の如く<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>に手を盡せども全快の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>は見えず彼是する中に享保四年も早十二月の<ruby><rb>中旬</rb><rt>なかば</rt></ruby>と成しに<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>の病人にて<ruby><rb>入費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>等も多く<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>女の手一ツにては三度の<ruby><rb>食事</rb><rt>しよくじ</rt></ruby>さへ成難く諸方の<ruby><rb>借方</rb><rt>かりかた</rt></ruby>は段々と言延したれ共<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>此暮には<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て半金づつ成共拂はねば濟ず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばとて外に<ruby><rb>詮術</rb><rt>せんすべ</rt></ruby>もなく相談相手になる筈の人は田原町へ縁付し娘お<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>なれ共母が長々の病氣の中も<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>一度<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に來りしばかりにて其節も心配の樣子もなく<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の咄などしてそは〱と戻りし<ruby><rb>限</rb><rt>きり</rt></ruby>其後は見舞の<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>だに<ruby><rb>差越</rb><rt>さしこさ</rt></ruby>ず如何に不人情成ばとて<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>の病氣を案じぬとは人非人とも<ruby><rb>無義道</rb><rt>むぎだう</rt></ruby>とも<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へがたき者なりと心の内には思へ共<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby>にも出さず只一<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>に<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎけれど<ruby><rb>燒石</rb><rt>やけいし</rt></ruby>へ水の<ruby><rb>譬</rb><rt>たとへ</rt></ruby>の如くなれば<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>やせん<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>やと<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り心を苦しめしが<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>此事母樣の御<ruby><rb>耳</rb><rt>みゝ</rt></ruby>に入ては猶々病氣の障りと包む程<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>心苦しく思案に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>て居る中に早十二月も廿五日と<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りしかば今四五日の間に金子<ruby><rb>調達</rb><rt>てうだつ</rt></ruby>なさゞれば一夜明るより母樣に藥も<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせられず<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて何程<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へても<ruby><rb>降</rb><rt>ふつ</rt></ruby>て來る金も有まじ<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>田原町へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り是程迄に難儀の譯を<ruby><rb>打明</rb><rt>うちあけ</rt></ruby>て頼みなば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>日常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>は<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>も<ruby><rb>切</rb><rt>きる</rt></ruby>に切れぬ親子の中<ruby><rb>豈夫</rb><rt>よもや</rt></ruby><ruby><rb>餘事</rb><rt>よそごと</rt></ruby>とは見過ごすまじ是も母への孝行なれば出來ぬ迄も一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>相談致すべしと心を決し母の機嫌を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ふに<ruby><rb>折節</rb><rt>をりふし</rt></ruby>母は<ruby><rb>氣分</rb><rt>きぶん</rt></ruby>宜げにすや〱と寢入たる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>なれば是<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひと悦びつゝ諏訪町より田原町迄<ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>き道にも有ねば<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>は暮たれども<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に一走りと<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>を<ruby><rb>點</rb><rt>とも</rt></ruby>し<ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じ上たる藥をば歸りて<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>せる樣に<ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>し置立出んとなせし時<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>しけん風も無に今<ruby><rb>燈</rb><rt>とも</rt></ruby>したる行燈の<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>ければ心<ruby><rb>宜</rb><rt>よか</rt></ruby>らぬ事とは思ひながらも又元の如く灯を<ruby><rb>燈</rb><rt>とも</rt></ruby>し門の戸を<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>く<ruby><rb>閉</rb><rt>しめ</rt></ruby>て立出たり折柄<ruby><rb>師走</rb><rt>しはす</rt></ruby>の末なれば<ruby><rb>寒風</rb><rt>かんぷう</rt></ruby><ruby><rb>肌</rb><rt>はだへ</rt></ruby>を<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>く如きを追々の難儀に衣類は殘ず<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ今は<ruby><rb>垢染</rb><rt>あかじみ</rt></ruby>たる袷に<ruby><rb>前垂帶</rb><rt>まへだれおび</rt></ruby>をしめたるばかり<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>夜風は<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎ難きを<ruby><rb>耐忍</rb><rt>たへしの</rt></ruby>びて田原町に到りけるに見世には客有りて<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>の樣子なれば裏へ廻りて勝手口より<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に<ruby><rb>差覗</rb><rt>さしのぞ</rt></ruby>くに今日は<ruby><rb>餅搗</rb><rt>もちつき</rt></ruby>と見えて<ruby><rb>備</rb><rt>そなへ</rt></ruby>を取もあれば<ruby><rb>熨斗</rb><rt>のし</rt></ruby>を延もあり或は<ruby><rb>鱠</rb><rt>なます</rt></ruby>を打者も在て大勢の手傳ひ<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>に<ruby><rb>居並</rb><rt>ゐなら</rt></ruby>び大取込の樣子を見てお菊は太息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>神田に居る時は我が家が<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>賑</rb><rt>にぎは</rt></ruby>しかりしが世が世なればとて<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の間に此樣に<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶれ</rt></ruby>るも前世よりの約束事成べし夫に付ても此の家に<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづき</rt></ruby>しお粂殿是程の<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>に在<ruby><rb>乍</rb><rt>ながら</rt></ruby>一人の母さまの<ruby><rb>貧苦</rb><rt>ひんく</rt></ruby>を<ruby><rb>餘所</rb><rt>よそ</rt></ruby>に見るとは何云心の人なるぞ殊には自分の<ruby><rb>身勝手</rb><rt>みがつて</rt></ruby>のみ<ruby><rb>云散</rb><rt>いひちら</rt></ruby>すは鬼か<ruby><rb>蛇</rb><rt>じや</rt></ruby>か思へば〱<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なやと愚痴の出るも道理なり偖裏口より入んと思ふに<ruby><rb>灯</rb><rt>あかり</rt></ruby>は<ruby><rb>萬燈</rb><rt>まんどう</rt></ruby>の如く大勢なる他人の居る中へ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>窶然</rb><rt>みすぼらし</rt></ruby>き姿にて<ruby><rb>這入</rb><rt>はひら</rt></ruby>ん事此家の手前も有ば<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>せんと<ruby><rb>少間</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>彳</rb><rt>たゝず</rt></ruby>み居たりしに<ruby><rb>傍</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に寢て居し一疋の犬<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく思ひてや齒を剥出し<ruby><rb>吠付</rb><rt>ほえつく</rt></ruby>にぞお菊は驚き思はずも裏口の障子を<ruby><rb>引明</rb><rt>ひきあけ</rt></ruby><ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこま</rt></ruby>んと<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>に臺所に居たる男共<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとが</rt></ruby>め誰だ〱と言ながら立出<ruby><rb>窶然</rb><rt>みすぼらし</rt></ruby>き姿を見て<ruby><rb>乞食</rb><rt>こつじき</rt></ruby>とや思ひけんコリヤ今頃に來たとて餘り物もなし貰ひ度ば<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>早く<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>よと云れてお菊は<ruby><rb>忽然</rb><rt>たちまち</rt></ruby><ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>り口惜<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>哽</rb><rt>むせ</rt></ruby>びながらも好序と思へば涙を隱し成程<ruby><rb>斯樣</rb><rt>かやう</rt></ruby>な見苦敷<ruby><rb>姿</rb><rt>なり</rt></ruby>をして參りし故<ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>との御見違へサラ〱御無理ならねども私し事は津國屋の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>菊と申者にて此御<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby>の御新造樣に少し御噺申度事有て參りたれば此<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>御<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>じ下さるべしと云に彼の男はじろ〱と顏を見ながら奧へ入しが<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て立出<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>の御出なれども今日は<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりあし</rt></ruby>く餅搗にて客も大勢あり一方成ぬ取込故御目に掛りて御<ruby><rb>噺</rb><rt>はなし</rt></ruby>も成難く御<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>ながら御用もあらば明日にも御出あるべしと云にぞお菊は餘りの<ruby><rb>仕方</rb><rt>しかた</rt></ruby>と腹は立共色にも見せず<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて男に向ひ今宵は御取込にて御話も成ずと有て<ruby><rb>推</rb><rt>おし</rt></ruby>て申も<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なれども御母樣の御身の上に<ruby><rb>就</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>きふ</rt></ruby>に御話申さねば成ぬ事故<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>なりとも御目に掛り<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>存じますれば御<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>ながら最一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>御取次下されよと頼みけるに彼男は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>て奧へ入しのみ待ども〱何の<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>もなく彼是する<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>淺草寺の初夜を<ruby><rb>報</rb><rt>つぐ</rt></ruby>る鐘耳元に響き渡り<ruby><rb>寒風</rb><rt>かんぷう</rt></ruby><ruby><rb>肌膚</rb><rt>はだへ</rt></ruby>を<ruby><rb>刺</rb><rt>さす</rt></ruby>が如く一<ruby><rb>入</rb><rt>しほ</rt></ruby><ruby><rb>待遠</rb><rt>まちどほ</rt></ruby>く思ふに就我家の事を<ruby><rb>氣遣</rb><rt>きづか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>母樣が御目を覺され此身の居らぬを尋ねはし給はぬか然共<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>是迄來りしを話も<ruby><rb>爲</rb><rt>なさ</rt></ruby>ずに歸らん事餘りに<ruby><rb>殘惜</rb><rt>のこりをし</rt></ruby>と猶も返事を待程に<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>にして十六七の下女立出<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ御通りなされと言にぞお菊は悦び<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て通るに勝手の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>なる一間へ<ruby><rb>誘</rb><rt>いざな</rt></ruby>ひ今に御新造樣お逢なるべしと云<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>立去</rb><rt>たちさり</rt></ruby>しが茶一ツ出さず小半時ばかり立て<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>此家の女房お粂立出て<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>珍</rb><rt>めづら</rt></ruby>しや<ruby><rb>適</rb><rt>たま</rt></ruby>の御出に<ruby><rb>折惡</rb><rt>をりあし</rt></ruby>く取込にて大に御待せ申せしと言ばお菊は<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby>私しこそ御<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しき中へ參り御<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>をお<ruby><rb>缺</rb><rt>かゝ</rt></ruby>せ申し御氣の毒なりと互に挨拶<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>りてお菊は膝を進め早速ながら今宵<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>參りしこと餘の儀にあらず御前樣にも豫て御存じの通り母樣の<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の御病氣<ruby><rb>假初</rb><rt>かりそめ</rt></ruby>ながらも三年越なれば<ruby><rb>入費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>多きゆゑ私しの手一ツにては勿々<ruby><rb>引足</rb><rt>ひきたら</rt></ruby>ず御醫者樣の御禮も此春より未だ少しも致さねば此春には<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て金子の一兩も<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>ねば來春からは母樣へ御藥も<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>られぬ<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>米</rb><rt>こめ</rt></ruby><ruby><rb>薪</rb><rt>まき</rt></ruby>其外とも追々拂ひが滯ほり其<ruby><rb>催促</rb><rt>さいそく</rt></ruby>をされる度一時<ruby><rb>延</rb><rt>のば</rt></ruby>しに致し居れども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>此暮には是非半金も<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>ねばならず夫故<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>心配致せど何分私しの<ruby><rb>稼</rb><rt>かせぎ</rt></ruby>では其日々々を暮す迄にも<ruby><rb>引足</rb><rt>ひきたら</rt></ruby>ず其中にも私しは三度の物を一度<ruby><rb>喫</rb><rt>たべ</rt></ruby>る樣に致て<ruby><rb>少</rb><rt>すこし</rt></ruby>にても母樣の御口に適物を調へて<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>んと思へども夫さへ心の儘ならず<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども<ruby><rb>鰻</rb><rt>うなぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>進</rb><rt>あげ</rt></ruby>たらお力も付ふかと存<ruby><rb>夜業</rb><rt>よなべ</rt></ruby>に糸を<ruby><rb>繰</rb><rt>くり</rt></ruby>し代にて鰻を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>に行かんとせしが<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>思へばお<ruby><rb>夜食</rb><rt>やしよく</rt></ruby>のお米も<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば詮方なく<ruby><rb>進度</rb><rt>あげたき</rt></ruby>鰻も買うこと成ず是程<ruby><rb>切</rb><rt>せつ</rt></ruby>なき譯なれば御相談は爰の處お前樣もお<ruby><rb>良人</rb><rt>つれあひ</rt></ruby>のお手前もあらんが唯今申通りの譯なれば御氣の毒なれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>何卒金子三兩夫共<ruby><rb>御都合</rb><rt>ごつがふ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>くば二兩にても<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>く母樣の御病氣の御全快迄御貸下さる樣御願ひ申上ますと<ruby><rb>拜</rb><rt>をが</rt></ruby>みつ泣つ頼み<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>此金子の出來し事を母樣へ早く御<ruby><rb>知</rb><rt>しら</rt></ruby>せ申せば何程か御<ruby><rb>喜悦</rb><rt>よろこび</rt></ruby>ならん何分にも此場を御<ruby><rb>救助</rb><rt>すくひ</rt></ruby>下されと詞を盡して頼みけるをお粂は<ruby><rb>碌々</rb><rt>ろく〱</rt></ruby>耳にも入ず<ruby><rb>適々</rb><rt>たま〱</rt></ruby>の御無心と云殊には母のことなれば<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>にも都合して<ruby><rb>上度</rb><rt>あげたき</rt></ruby>は山々なれども<ruby><rb>當暮</rb><rt>たうくれ</rt></ruby>は未だ<ruby><rb>掛先</rb><rt>かけさき</rt></ruby>より少も拂ひが集まらず<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby>不都合だらけにて<ruby><rb>頓</rb><rt>とん</rt></ruby>と金子は手廻り兼ればお氣の毒ながら御<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り申ます<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>私し<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>の身にて人の<ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby>など致す程の<ruby><rb>器量</rb><rt>きりやう</rt></ruby>はなし<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>にて御都合成れよと取付端もなき<ruby><rb>返</rb><rt>へん</rt></ruby>答にお菊は餘りの事と<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>少間</rb><rt>しばし</rt></ruby>言葉も無りしが<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>とて外々へ相談<ruby><rb>爲</rb><rt>なす</rt></ruby>べき當も無ければ口惜さを<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ成程<ruby><rb>當暮</rb><rt>たうくれ</rt></ruby>は御不都合との事なれば是非もなき次第なり斯樣申さば御聞取りによりて御腹も立れんが<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら此御<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>にて<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>二兩か三兩の金子なれば<ruby><rb>御都合</rb><rt>ごつがふ</rt></ruby>の成ぬ事も有まじ又御前樣の爲にも<ruby><rb>掛替</rb><rt>かけがへ</rt></ruby>なき一人の母樣が御<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>にも<ruby><rb>係</rb><rt>かゝは</rt></ruby>る大事の時故今一應<ruby><rb>御思案</rb><rt>ごしあん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ何卒此場を御<ruby><rb>救助</rb><rt>すくひ</rt></ruby>下さるべし然すれば何程か御孝行にも相成べし此場さへ<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>げば<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の處は私しの命に代ても母樣に御不自由はさせ申まじ何分にも茲の處を御願ひ申と涙を流して頼みけれども女房お粂は<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>で<ruby><rb>會釋</rb><rt>あしらひ</rt></ruby><ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>も孝行是も孝行と其<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby><ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に金を貸ては私どもの<ruby><rb>腮</rb><rt>あご</rt></ruby>が<ruby><rb>干上</rb><rt>ひあが</rt></ruby>る元々神田に居られし時は不自由もなき<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>成しを母樣始めお前方の仕樣の惡さに今の困窮然ば御自分の<ruby><rb>不始末</rb><rt>ふしまつ</rt></ruby>から不自由<ruby><rb>成</rb><rt>なさる</rt></ruby>る事なれば<ruby><rb>私共</rb><rt>わたしども</rt></ruby>の<ruby><rb>知</rb><rt>しる</rt></ruby>事ではなし今私が<ruby><rb>構立</rb><rt>かまひだて</rt></ruby>をして倶に<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんばふ</rt></ruby>する時は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>に對して何と云譯が成べきぞ然はなく共お粂の<ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>は<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>なりと云るゝ度の<ruby><rb>肩身</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の<ruby><rb>狹</rb><rt>せま</rt></ruby>さ恥しさ御氣に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>るかは知ね共私し共は<ruby><rb>寢衣</rb><rt>ねまき</rt></ruby>にも着られぬ樣な<ruby><rb>衣物</rb><rt>きもの</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>も<ruby><rb>窶然</rb><rt>みすぼらし</rt></ruby>き姿にてお前に致せ母にせよ私しの家へ來られては内外の手前も面目なし此以後共に<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>の御用もなきに御出は御無用と<ruby><rb>厭</rb><rt>あく</rt></ruby>まで<ruby><rb>惡口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>を<ruby><rb>吐散</rb><rt>はきちら</rt></ruby>し<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>しむるを先刻よりお菊は無念<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へしが思はずワツと泣出しお前はな〱<ruby><rb>強欲</rb><rt>がうよく</rt></ruby><ruby><rb>非道</rb><rt>ひだう</rt></ruby>の大惡人今<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>母樣の御命に迄<ruby><rb>係</rb><rt>かゝは</rt></ruby>る<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby><ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>を見返らぬのみならず<ruby><rb>罪科</rb><rt>つみとが</rt></ruby>もなき母樣を<ruby><rb>然</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>惡樣</rb><rt>あしさま</rt></ruby>に云なすとは<ruby><rb>何云</rb><rt>どういふ</rt></ruby><ruby><rb>貴妹</rb><rt>おまへ</rt></ruby>のお心やらシテ又今のお<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>では<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>此後母樣が<ruby><rb>死給</rb><rt>しにたま</rt></ruby>ふ共<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はぬとか私の爲には義理ある<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby><ruby><rb>貴妹</rb><rt>おまへ</rt></ruby>の爲には實の母樣假令何でも人間の<ruby><rb>皮</rb><rt>かは</rt></ruby>を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りし者ならば<ruby><rb>其</rb><rt>そん</rt></ruby>な非道は云れぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>貴妹の樣な恩知ずの人には此上頼みもすまじ此末共に親類とは思はぬなりと腹<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れ思ふが<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>に云<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>し<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>もなく立歸るをお粂は顏を<ruby><rb>膨</rb><rt>ふく</rt></ruby>らしてアヽ其樣な<ruby><rb>貧乏神</rb><rt>びんばふがみ</rt></ruby>は<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へ寄せるも<ruby><rb>不吉</rb><rt>ふきち</rt></ruby>なり早く退出せ追出せと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながらそこ〱に奧の方へぞ入にける

## 第二回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て津國屋の老母お八重は<ruby><rb>偶然</rb><rt>ふと</rt></ruby>目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見るに<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>お菊の見えざれば如何せしやと<ruby><rb>延上</rb><rt>のびあが</rt></ruby>りて見廻せども勝手にも居ざる<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思ふ樣我長々の病氣にて<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>も立ず身體自由ならぬ大病を斯る<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>の其中にお菊が手一ツにて今日と<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>翌日</rb><rt>あす</rt></ruby>と暮せど<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なる借金に切なき事も多からんに孝行深き<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>苦敷</rb><rt>くるしき</rt></ruby>顏も見せねども<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>節季</rb><rt>せつき</rt></ruby>に押し移れば<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし苦勞を<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>る成ん此事病氣の中にも<ruby><rb>案事</rb><rt>あんじ</rt></ruby>られ少しなりとも手助けと思へど叶はぬ病の身我さへなくば何方へなりとも<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづい</rt></ruby>て此苦勞はさせまじきものを<ruby><rb>可哀</rb><rt>かあい</rt></ruby>や我故<ruby><rb>身形</rb><rt>みなり</rt></ruby>も<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>はず<ruby><rb>此寒空</rb><rt>このさむそら</rt></ruby>に<ruby><rb>袷</rb><rt>あはせ</rt></ruby>一ツ寒き樣子は見せねども此頃は苦勞の故か<ruby><rb>面痩</rb><rt>おもやせ</rt></ruby>も見えて<ruby><rb>一入</rb><rt>ひとしほ</rt></ruby>不便に思ふなり今宵は<ruby><rb>何方</rb><rt>いづかた</rt></ruby>へ行しにや最早<ruby><rb>初更</rb><rt>しよや</rt></ruby>近きに<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り<ruby><rb>來</rb><rt>こ</rt></ruby>ねば晝は身<ruby><rb>形</rb><rt>なり</rt></ruby>の<ruby><rb>窶然</rb><rt>みすぼらし</rt></ruby>く金の<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>にも出<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるか</rt></ruby>れぬ故夜に入て才覺に出行しか女の夜道は<ruby><rb>不用心</rb><rt>ぶようじん</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>惡者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>に<ruby><rb>出會</rb><rt>であ</rt></ruby>はぬか<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>は持ち行しか是と云も皆我が身の<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby>故なり<ruby><rb>生甲斐</rb><rt>いきがひ</rt></ruby>もなき身を<ruby><rb>存命</rb><rt>ながらへ</rt></ruby>孝行の<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>に苦勞をさせんよりは<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby><ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>ぬるぞ<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>ならん今宵の留守を幸ひに首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝつ</rt></ruby>て死なんものと<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>り廻りけるに<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>細帶</rb><rt>ほそおび</rt></ruby>の手に<ruby><rb>障</rb><rt>さは</rt></ruby>れば是幸ひと<ruby><rb>手繰寄</rb><rt>たぐりよせ</rt></ruby><ruby><rb>枕元</rb><rt>まくらもと</rt></ruby>なる柱の根へ<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby><ruby><rb>布團</rb><rt>ふとん</rt></ruby>を<ruby><rb>積重</rb><rt>つみかさ</rt></ruby>ね其上へ<ruby><rb>稍</rb><rt>やつ</rt></ruby>と<ruby><rb>這上</rb><rt>はひあが</rt></ruby>り<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>の<ruby><rb>兩端</rb><rt>りやうはし</rt></ruby>を柱の上へ<ruby><rb>縛付</rb><rt>しばりつけ</rt></ruby>首に卷つゝ南無阿彌陀佛の<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>諸倶</rb><rt>もろとも</rt></ruby>夜着の上より<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び落れば其<ruby><rb>途端</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に首<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>れ終にぞ息は<ruby><rb>絶</rb><rt>た</rt></ruby>えたりける<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby>お菊は田原町にて金の相談せしに金を<ruby><rb>貸</rb><rt>かさ</rt></ruby>ぬのみか<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の惡口<ruby><rb>雜言</rb><rt>ざふごん</rt></ruby>を云れ<ruby><rb>腹立紛</rb><rt>はらたちまぎ</rt></ruby>れに<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り散し<ruby><rb>愛想盡</rb><rt>あいそづか</rt></ruby>して立出しが外に便るべき先<ruby><rb>無</rb><rt>なけ</rt></ruby>れば如何はせんと<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>しながら歸る道にて<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に<ruby><rb>胸騷</rb><rt>むなさわ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>心付是迄遂に夜に入て家を明ける事なきに今日は<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>宵の間にと思ひしが存じの外に手間取しゆゑ母樣は目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>されしならん<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば我が歸りの<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>きを案じ<ruby><rb>持病</rb><rt>ぢびやう</rt></ruby>にても<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>しは<ruby><rb>爲給</rb><rt>したま</rt></ruby>はぬかと思へば<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>も<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>ならずと足を早めて我が家に<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り來て見るに是は如何に老母は首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>りて<ruby><rb>死居</rb><rt>しにゐ</rt></ruby>るにぞお菊は驚き<ruby><rb>周章</rb><rt>あわて</rt></ruby>て<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>り付涙とともに<ruby><rb>呼叫</rb><rt>よびさけ</rt></ruby>べど最早<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に事切て手足も氷のごとく<ruby><rb>蘇生</rb><rt>よみがへる</rt></ruby>べきの樣もなければお菊の<ruby><rb>愁傷</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>一方ならずワツとばかりに<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>む聲を聞付<ruby><rb>隣家</rb><rt>りんか</rt></ruby>の人々何事やらんと<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>駈着</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>此體を見て大いに<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>憂</rb><rt>うれ</rt></ruby>ひに沈みしお菊を助け起し<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>恤</rb><rt>いたは</rt></ruby>り且慰め相談なし此由早速<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へ訴へ出べきや又内分に<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>すべきか何にも致せ娘のことなれば田原町へ此由申遣し其上にて何れとも計ふべしとて直樣一人の男田原町へ<ruby><rb>駈行</rb><rt>かけゆき</rt></ruby>老母が<ruby><rb>變死</rb><rt>へんし</rt></ruby>の樣子を知らせければ早速娘夫婦は來りて<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>檢</rb><rt>あらた</rt></ruby>めし後お粂はお菊に向ひ母樣が變死の<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>仔細ぞ有ん<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なりと問ばお菊は涙を<ruby><rb>押拭</rb><rt>おしぬぐ</rt></ruby>ひ私し<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>の中に此如く<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>給ひしと答へしをお<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>は<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>にては有まじ病氣に<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れし母樣ゆゑ<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>自身にて首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り給ふ程の<ruby><rb>氣力</rb><rt>きりよく</rt></ruby>は<ruby><rb>無</rb><rt>なき</rt></ruby><ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>する處長々の病氣に<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>も<ruby><rb>夏蠅</rb><rt>うるさし</rt></ruby>と思ひお前が<ruby><rb>縊</rb><rt>くび</rt></ruby>り殺したる成べしと思ひ<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>なき<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を<ruby><rb>言懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>られお菊は<ruby><rb>口惜</rb><rt>くやし</rt></ruby>きこと限りなく<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を立直し是は思ひも依ぬ事を<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せらるゝもの<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby><ruby><rb>云掛</rb><rt>いひかゝり</rt></ruby>されるも程がある<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>ない母樣を何故に殺すべき<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>の御病氣なれば我が<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>に<ruby><rb>代</rb><rt>かへ</rt></ruby>てでも御<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby>あるやうにと神に祈り佛を念じ永の年月及ぶだけ<ruby><rb>看病</rb><rt>みとり</rt></ruby>に心を盡せし事は私が口から申さずとも御長家中の人々も能御存じなり夫程辛苦なしながら何しに手に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>しませう<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに他の事と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>難題を<ruby><rb>云懸</rb><rt>いひかけ</rt></ruby>られては私しの一分立難し何を證據に私しの<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なりと云るゝとや<ruby><rb>血眼</rb><rt>ちまなこ</rt></ruby>になりて言けるにぞお<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>の<ruby><rb>良人</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>は<ruby><rb>押止</rb><rt>おしとゞ</rt></ruby>め今此處にて爭ひしとて<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>方なき事なり我等も<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>あれば出る處へ出て<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>すべしと<ruby><rb>言置</rb><rt>いひおき</rt></ruby>家主相長屋の者へも我等<ruby><rb>所存</rb><rt>しよぞん</rt></ruby>あれば今晩の始末<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に御奉行へ訴へ出る間<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>より御<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>ある迄はお菊を屹度お預け申すなりと<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>て夫婦<ruby><rb>連立</rb><rt>つれだち</rt></ruby>田原町へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>り<ruby><rb>即刻</rb><rt>そくこく</rt></ruby>老母變死の始末より此儀は<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>菊と申者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby>仕つり候間御吟味願ひ上奉つるとの趣きを訴訟に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め月番の町奉行大岡越前守御役所へ訴へ出たりけり是により<ruby><rb>諏訪</rb><rt>すは</rt></ruby>町の家主長屋の者どもも<ruby><rb>内分</rb><rt>ないぶん</rt></ruby>に<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>せることもならねば一同相談を爲すにお菊が<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby>の孝心<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>母を殺すやうなる事は<ruby><rb>有間敷</rb><rt>あるまじ</rt></ruby>けれ共<ruby><rb>皮想</rb><rt>うへ</rt></ruby>から見えぬが人心なれば若や田原町なる夫婦の者の言如く成んも<ruby><rb>計</rb><rt>はかり</rt></ruby>難し先お菊に<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>したる番人を付置て此始末を早々訴へ申すべしとて月番の大岡越前守殿<ruby><rb>御役宅</rb><rt>おやくたく</rt></ruby>へ<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>を以て訴へにこそ及びけれ

## 第三回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て其<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>淺草諏訪町へ<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>の役人出張相成老母の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と吟味ありてお菊を始め同長屋の者の<ruby><rb>口書</rb><rt>くちがき</rt></ruby>を取お菊を<ruby><rb>腰繩</rb><rt>こしなは</rt></ruby>にて<ruby><rb>引連</rb><rt>ひきつれ</rt></ruby>られ<ruby><rb>即日</rb><rt>そくじつ</rt></ruby>の吟味となり願人淺草田原町小間物商賣花房屋彌吉同人妻粂并に淺草諏訪町家主組合長屋の者殘らず召出され一同白洲へ<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびごみ</rt></ruby>になりしかば一番にお菊は腰繩にて引出され<ruby><rb>砂利</rb><rt>じやり</rt></ruby>に<ruby><rb>蹲</rb><rt>うづく</rt></ruby>まる時越前守殿<ruby><rb>出座</rb><rt>しゆつざ</rt></ruby>あつて願人花房屋彌吉同人妻粂と呼れ其方共願ひ出たる通り菊事<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるに相違なきやと申さるれば彌吉は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上仰の通り老母儀長々の病氣なる故此者<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびやう</rt></ruby>致さん事を<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさく</rt></ruby>存じ人知れず締殺し候に相違之なく然るを自殺の樣に申立候共<ruby><rb>長病</rb><rt>ちやうびやう</rt></ruby>に<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れ候者自身に首は<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>る程の氣力あるべき樣も御座なく是第一の<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>にて候私し妻事は昨夜<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>にも<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め上候通り右老母が實の娘に御座候へば何分にも御<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>願ひ奉つり候と申立けるを越前守殿聞れてお菊に向はれ如何に菊其方は何故に<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を締殺したるや<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申立よとありけるにお菊はしとやかに申樣<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら申上奉つり候私事<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を締殺し候覺え<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>御座なく元私し事は<ruby><rb>賤</rb><rt>いやし</rt></ruby>き者の娘にて津國屋が<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby>神田に<ruby><rb>住居</rb><rt>ぢうきよ</rt></ruby>致せし節同人店に居候中兩親も死に<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>候ひしを不便に思ひ私しを引取嫁に<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候大恩は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>私し一生の中に報じられ<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじく</rt></ruby>と存じ心の及ぶだけは孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>し度心得に候處<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あ</rt></ruby>しく<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>を<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>の中に失ひ其上借財多く出來<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>ことを得ず家財殘らず<ruby><rb>分散</rb><rt>ぶんさん</rt></ruby>いたし<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>と兩人にて淺草諏訪町に<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>を借受賃仕事或は洗濯など致し<ruby><rb>纔</rb><rt>わづか</rt></ruby>に露命を<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>ぎ居候中又もや姑の三年越の<ruby><rb>長煩</rb><rt>ながわづら</rt></ruby>ひに<ruby><rb>入費</rb><rt>ものいり</rt></ruby>も<ruby><rb>莫大</rb><rt>ばくだい</rt></ruby>にて困窮に困窮を重候へ共茲ぞ恩の報じ<ruby><rb>際</rb><rt>どき</rt></ruby>と存じ夜の目も眠ず<ruby><rb>賃苧</rb><rt>ちんを</rt></ruby>をうみて看病<ruby><rb>怠</rb><rt>おこ</rt></ruby>たりなく致せし事は家主始同長屋の者をお尋ありても相知申すべく候<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の暮を致し居候に付<ruby><rb>當暮</rb><rt>たうくれ</rt></ruby>には藥代其外諸方の買掛り都合六七兩にも相成申候事ゆゑ此<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>半金</rb><rt>はんきん</rt></ruby>も遣はさず候はねば來春よりは<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>に藥を飮せること成難く然りとて私しの働きにては夫だけの金子<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>ひ申さず途方に暮居り候然る處是に居る彌吉妻粂事は私し<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>の實の娘に御座候へども私し方不仕合せに相成<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>が三<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>越</rb><rt>ごし</rt></ruby><ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ居候ところ其中<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>一度見舞に參りしのみにて其後使一度さし越候事御座なく候因て此度の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の次第申候とも相談は致しくれ<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじく</rt></ruby>とは存ぜしなれども<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby><ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>にも係り候事故何とか又話も出來申すべきやと存じ昨夜<ruby><rb>宵</rb><rt>よひ</rt></ruby>の内<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>事快よく眠り居しに付此間に參りて相談致すべしと田原町へ到り右の<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>を委細に話し金子三兩<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ずば二兩にても宜しく貸<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れる樣然うなき時は母に藥も飮されずと頼みし所<ruby><rb>取付</rb><rt>とりつく</rt></ruby><ruby><rb>端</rb><rt>は</rt></ruby>もなき返答の上大いに私しを<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しめ候然れども外に頼むべき方も御座なく候故<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>さを<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へ猶種々頼み入候へども一向<ruby><rb>取合</rb><rt>とりあひ</rt></ruby>も致さず候まゝ是非なく立歸りし所如何なる<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>か姑事首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り居候ゆゑ打驚き種々<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>いたし<ruby><rb>呼生</rb><rt>よびいかし</rt></ruby>しかども其甲斐なく候故途方に暮居し處此物音を聞付て相長屋の人々集り來り<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby><ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の事なればとて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>田原町へ右の樣子を申遣せし處彌吉<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>同道にて參り死骸を<ruby><rb>檢</rb><rt>あらた</rt></ruby>め<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しの<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>成と申かけ其由訴へ出し事にて何を證據に然樣の儀を申立候<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>私し命を召れ候とも<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>せし覺え<ruby><rb>毫程</rb><rt>つゆほど</rt></ruby>も御座なく候何卒私しの<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>御察し下され度願上候と<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby><ruby><rb>包</rb><rt>つゝま</rt></ruby>ず思ひ込で申立ければ越前守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづか</rt></ruby>れ諏訪町の家主其外長屋の者に向はれ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>菊が申立し通りなるかと尋ねらるゝに<ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby><ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め皆々恐る〱進み出只今菊が申上候通り常々<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が孝行なることは長屋一統感心致し居候然るを<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>殺候者<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>なりと彌吉夫婦の者より願出候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>私ども一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby>心得難く存じ候と申立れば越前守殿は彌吉夫婦を見られ昨夜菊事其方が家へ金子<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>に參りし哉と<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝにお粂は<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の答へを待ず<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の通り昨夜私し方へ金子用立<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>候樣申參り候へども當暮は<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>物入</rb><rt>ものいり</rt></ruby>も多く其上懸先より<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも拂ひを請取らず<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>彌吉も<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>致居候中ゆゑ假令私し身内の者なりとも<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を貸くれと申すも餘り心なきことと存じ<ruby><rb>斷</rb><rt>ことわ</rt></ruby>り申候と云ひける時越前守殿其方は母の<ruby><rb>病中</rb><rt>びやうちう</rt></ruby>に一度見舞に參りしと菊が申立しが夫に相違なきやと<ruby><rb>訊尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>られければお粂は少し<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>の<ruby><rb>淀</rb><rt>よど</rt></ruby>みしが私し方甚だ<ruby><rb>無人</rb><rt>ぶにん</rt></ruby>にて私し店に居申さず候ては用向差支へ候ゆゑ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>一度見舞に參り候と申立るに越前守殿夫は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>の事なりと云るればお粂は指を<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ居しが去年の四月<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>と覺え候と申立る此時越前守殿は彌吉に向はれ彌吉其方は一度も<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>に參らざりしやと尋ねらるれば彌吉は大に<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>なし私し事は日々出入場の用向<ruby><rb>繁多</rb><rt>はんた</rt></ruby>にて存じながら不沙汰致し粂を名代に遣せしのみと申立けるに越前<ruby><rb>殿</rb><rt>との</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>さら</rt></ruby>ば菊が<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうと</rt></ruby>を締殺せしと<ruby><rb>申事</rb><rt>まをすこと</rt></ruby>は何ぞ證據にてもある哉と<ruby><rb>糺問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに彌吉夫婦は言葉を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろへ</rt></ruby>外に證據とては御座なく候へども三年<ruby><rb>越</rb><rt>ごし</rt></ruby><ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ居候者が自身に首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>る程の氣力は御座なく候はん其上菊事私し方にて金子<ruby><rb>調達</rb><rt>てうたつ</rt></ruby>致さず候を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存じて母を<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>し候事と存じられ候へば<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>菊を御吟味下され度願上奉つると申立るを越前守殿打聞れ<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>汝等は理も非も知らざる<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に無法者なる哉汝只今何と申せしぞ去年の四月只一度<ruby><rb>見舞</rb><rt>みまひ</rt></ruby>しのみと申したるにはあらずや然れば母の<ruby><rb>容體</rb><rt>ようだい</rt></ruby>今頃は氣力衰へたるか増たるかは知らざる成べし然るを<ruby><rb>長病</rb><rt>ちやうびやう</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>氣力</rb><rt>きりよく</rt></ruby><ruby><rb>衰</rb><rt>おとろ</rt></ruby>へ自身に首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>ることは成ずなどと<ruby><rb>當推量</rb><rt>あてすゐりやう</rt></ruby>を申立夫のみ成ず金子を貸ぬと<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>を遺恨に存じ<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を殺せしなどと申せども<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>樣の儀が證據に相成べきか萬一<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>が爲菊が殺したるにもせよ母の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>に<ruby><rb>係</rb><rt>かゝは</rt></ruby>ると申たるに金を貸ぬは<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>が心得違ひより母を殺す譯に相當り汝が手にて殺せしも<ruby><rb>同然</rb><rt>どうぜん</rt></ruby>なり我人を遣はして死骸を能々<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>させしに其の死せし體自身に首を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>たるに相違なし其上家主惣長家の者一同の申處皆菊を<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>ざるはなし今菊が申す處は皆理の<ruby><rb>當然</rb><rt>たうぜん</rt></ruby>にして汝等が申條は甚だ不都合なり<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>母の三年越に<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ふを假令何程商賣が<ruby><rb>閙敷</rb><rt>せはしく</rt></ruby>とて一度見舞し<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>にても容體を<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>ざるとは餘りと申せば不孝の至りと云べし彌吉は<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>なるが粂は實の娘なり然れば<ruby><rb>母親</rb><rt>はゝおや</rt></ruby>の困窮と言ひ病氣と聞ば菊より借用致し度由申入ずとも<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>が<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を半<ruby><rb>分分</rb><rt>ぶんわけ</rt></ruby>にしてなりと<ruby><rb>救助</rb><rt>すくふ</rt></ruby>べきが至當なり<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>を<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>二三兩の金をも貸ず只今に至り證據もなき事を<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ申立候<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>不屆者めと<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらま</rt></ruby>れしかば彌吉夫婦は<ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>出し恐れ入て居たりける

## 第四回

其時越前守殿<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて彌吉夫婦に向はれ汝等<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>菊を疑ふ樣子ある故<ruby><rb>具</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に申聞すべし我菊が<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>の死骸を<ruby><rb>檢査</rb><rt>あらため</rt></ruby>さする<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に<ruby><rb>家探</rb><rt>やさが</rt></ruby>しを致させしに夜具衣類迄姑女の着たるは<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>垢染</rb><rt>あかじみ</rt></ruby>も爲ず綿なども澤山に入てあり又菊が分は<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今夫に着て居る外は何一ツなきが<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ども破れたる<ruby><rb>骨柳</rb><rt>こり</rt></ruby>一ツあり其中に<ruby><rb>反古</rb><rt>ほご</rt></ruby>を<ruby><rb>裏返</rb><rt>うらかへ</rt></ruby>して<ruby><rb>綴</rb><rt>とぢ</rt></ruby>たる帳面一册あり<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見るに<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>が日々の容體大小便の度數迄<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby><ruby><rb>記載</rb><rt>しるし</rt></ruby>てありしとて<ruby><rb>即</rb><rt>すなは</rt></ruby>ち是へ差出せり<ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て披き見るに其の深切に認め有事此一條を以ても菊が姑を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>さゞる事分明なり斯ても菊が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なりと疑ふ<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby>と申されしかば彌吉も粂も恐れ入て<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>面目なく聊かも<ruby><rb>疑念</rb><rt>ぎねん</rt></ruby>是なき段申立たり依て越前守殿お菊が<ruby><rb>腰繩</rb><rt>こしなは</rt></ruby>を<ruby><rb>宥</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し解せられ諏訪町の家主<ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>の者に向はれ<ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>も聞通り老母を殺せし事菊が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に非ず自害に相違なし去ながら何故に斯る<ruby><rb>成行</rb><rt>なりゆき</rt></ruby>に成しやらん汝等思ひ<ruby><rb>當</rb><rt>あた</rt></ruby>ることはなきかと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに家主其外は言葉を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ何故と申儀<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と存じ候はねども<ruby><rb>常々</rb><rt>つね〲</rt></ruby><ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>が我々に申候には嫁が<ruby><rb>孝行</rb><rt>かうかう</rt></ruby>に致して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>るは<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しけれども生甲斐なき我が身が居るゆゑ孝行なる嫁に<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>老先</rb><rt>おいさき</rt></ruby>の有者を此儘に<ruby><rb>朽</rb><rt>くち</rt></ruby>さするは<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>なり是を思へば早く死ぬるが増ならん<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>申により<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>寄</rb><rt>よつ</rt></ruby>ては<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>め候ひしが若や是までの言葉の通り嫁に苦勞を爲ん事を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひ自ら縊れ死したるにもや候はんと申立ければ越前守殿は我も然樣思ふなり然る上は老母の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は其儘菊に下さるべし又今迄身<ruby><rb>貧</rb><rt>ひん</rt></ruby>なる處姑女に<ruby><rb>事</rb><rt>つか</rt></ruby>へ孝行を<ruby><rb>盡</rb><rt>つく</rt></ruby>せし段<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>にも定めて御<ruby><rb>滿足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>に思召ならん依て御<ruby><rb>褒美</rb><rt>はうび</rt></ruby>として銀五枚取せ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>すと申渡され諏訪町家主組合長屋の者一同に下られ又彌吉粂事は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>母姑女の續き合に在ながら其身の<ruby><rb>吝</rb><rt>しはき</rt></ruby>より<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby><ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の場所も見返らず<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ老母自害致し候<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>をも見出さずお菊が仕業なりと申立<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ御苦勞を懸し段麁忽不義の致し方に付重き御<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めにも申付べきの處格別の御<ruby><rb>憐愍</rb><rt>れんみん</rt></ruby>を以て<ruby><rb>重過料</rb><rt>おもくくわれう</rt></ruby>申付ると有て此事は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>に及びけるが<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に越前守殿ならずば斯手早く黒白も判るまじと人々申合りしとぞ<ruby><rb>昔時</rb><rt>むかし</rt></ruby><ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby><ruby><rb>漢</rb><rt>かん</rt></ruby>の代に是と<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>似たることあり<ruby><rb>趙氏</rb><rt>てうし</rt></ruby>の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>若き時夫を<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby><ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>も無りしが其後<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>を持ず姑に<ruby><rb>事</rb><rt>つか</rt></ruby>へて孝行を盡くしけるに元より其<ruby><rb>家</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>貧</rb><rt>まづし</rt></ruby>ければ<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>をうみ<ruby><rb>機</rb><rt>はた</rt></ruby>を織て朝夕<ruby><rb>姑女</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>を養ふ事<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の世に在し時よりも<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>かりしかば姑女の思ひけるは<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>は<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>年若くして<ruby><rb>鰥</rb><rt>やもめ</rt></ruby>となり一人の子供もなきに<ruby><rb>久敷</rb><rt>ひさしく</rt></ruby>我に事へて孝行成は嬉けれども<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て年寄ば頼む方もなくならんこそ<ruby><rb>最惜</rb><rt>いとをし</rt></ruby>けれ孝行なる嫁の<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>を我故に<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>迄か苦しめて世に<ruby><rb>存命</rb><rt>ながらへ</rt></ruby>んよりはとて<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝり</rt></ruby>て死したりしに此姑に一人の娘ありて我が母を嫁の<ruby><rb>締殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>したるならんと思ひ時の<ruby><rb>鎭臺</rb><rt>ちんだい</rt></ruby>へ訴へ出けるに鎭臺<ruby><rb>不詮議</rb><rt>ふせんぎ</rt></ruby>にて孝行なる嫁を罪に行ひけるに天其不政を<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>み給ひしが其處三年の間<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふる</rt></ruby>事なく<ruby><rb>飢饉</rb><rt>ききん</rt></ruby>成しにより其後鎭臺を代られたり後の鎭臺此事を<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>みて<ruby><rb>或博士</rb><rt>あるはかせ</rt></ruby>に<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>はするに<ruby><rb>日外</rb><rt>いつぞや</rt></ruby><ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>して殺されたる嫁の<ruby><rb>祟</rb><rt>たゝ</rt></ruby>り成んと云ければ鎭臺には大に駭かれ<ruby><rb>塚</rb><rt>つか</rt></ruby>を<ruby><rb>建</rb><rt>たて</rt></ruby>て是を<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>り訴へたる娘を罪に行ひ<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の鎭臺の官を<ruby><rb>剥</rb><rt>はが</rt></ruby>れしかば天も<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>有てや是より<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby><ruby><rb>降</rb><rt>ふり</rt></ruby>出して三日三晩<ruby><rb>小止</rb><rt>こやみ</rt></ruby>なく因て草木も<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の色を生ぜしとかや趙氏が妻とお菊が孝心は和漢一<ruby><rb>對</rb><rt>つゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>美談</rb><rt>びだん</rt></ruby>と<ruby><rb>謂</rb><rt>いつ</rt></ruby>つべし

津の國屋お菊一件終

  


## 水呑村九助一件

  


<ruby><rb>水呑村九助</rb><rt>みづのみむらきうすけ</rt></ruby><ruby><rb>一件</rb><rt>いつけん</rt></ruby>

## 第一回

<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>聖代</rb><rt>せいだい</rt></ruby>には<ruby><rb>麟鳳</rb><rt>りんほう</rt></ruby><ruby><rb>來儀</rb><rt>らいぎ</rt></ruby>し<ruby><rb>仁君</rb><rt>じんくん</rt></ruby>の代には<ruby><rb>賢臣</rb><rt>けんしん</rt></ruby><ruby><rb>聚</rb><rt>あつま</rt></ruby>ると<ruby><rb>理</rb><rt>うべ</rt></ruby>なるかな我が<ruby><rb>朝</rb><rt>てう</rt></ruby><ruby><rb>徳川</rb><rt>とくがは</rt></ruby>八代將軍<ruby><rb>有徳院殿</rb><rt>いうとくゐんでん</rt></ruby>の御代に八賢士あり<ruby><rb>土屋相摸守</rb><rt>つちやさがみのかみ</rt></ruby><ruby><rb>松平右近將監</rb><rt>まつだひらうこんしやうげん</rt></ruby><ruby><rb>加納遠江守</rb><rt>かなふとほたふみのかみ</rt></ruby><ruby><rb>小笠原若狹守</rb><rt>をがさはらわかさのかみ</rt></ruby><ruby><rb>水野山城守</rb><rt>みづのやましろのかみ</rt></ruby><ruby><rb>堀田相摸守</rb><rt>ほつたさがみのかみ</rt></ruby><ruby><rb>大岡越前守</rb><rt>おほをかゑちぜんのかみ</rt></ruby><ruby><rb>神尾若狹守</rb><rt>かんをわかさのかみ</rt></ruby>是なり然るに其有徳院殿の御代<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二年大岡越前守町<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>と成始めて工夫の<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>きあり其原因を尋るに本多長門守<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>遠州<ruby><rb>榛原</rb><rt>はいばら</rt></ruby>郡水呑村千五百石の<ruby><rb>村名主</rb><rt>むらなぬし</rt></ruby>九郎右衞門が實の弟に九郎兵衞と云者<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>より<ruby><rb>心</rb><rt>こゝろ</rt></ruby><ruby><rb>正</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しからず其が<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>所に<ruby><rb>眞言宗</rb><rt>しんごんしう</rt></ruby>大石山不動院と云寺<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>此住寺も又大の<ruby><rb>道樂</rb><rt>だうらく</rt></ruby>者にて同氣相求るの<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>泄</rb><rt>もれ</rt></ruby>ず九郎兵衞と<ruby><rb>平生</rb><rt>つね</rt></ruby>に親しくなしけるが九郎兵衞は豫て<ruby><rb>袋井宿</rb><rt>ふくろゐじゆく</rt></ruby><ruby><rb>三笠屋</rb><rt>みかさや</rt></ruby><ruby><rb>甚</rb><rt>じん</rt></ruby>右衞門が<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ遊女お芳を買<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby><ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>ひに惡からず思ひ居たりしうち或時不<ruby><rb>動院</rb><rt>どうゐん</rt></ruby>と<ruby><rb>馴合</rb><rt>なれあひ</rt></ruby>彼のお芳を盜み出し寺へ<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ置しが其後<ruby><rb>彌生</rb><rt>やよひ</rt></ruby>の<ruby><rb>節句</rb><rt>せつく</rt></ruby>となりて庭にてお芳に田樂を<ruby><rb>燒</rb><rt>やか</rt></ruby>せ法印始九郎兵衞其外土地の<ruby><rb>破落戸</rb><rt>ならずもの</rt></ruby>五六人集り酒を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>皿小鉢</rb><rt>さらこばち</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き或は<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>ひ或は<ruby><rb>踊</rb><rt>をど</rt></ruby>りなどして樂みけり<ruby><rb>却説</rb><rt>さても</rt></ruby>袋井の甚右衞門は<ruby><rb>此程</rb><rt>このほど</rt></ruby>お芳の<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>なせしは<ruby><rb>的</rb><rt>てつ</rt></ruby>きり九郎兵衞の所業ならん然すれば不動院などに匿れ居るも知れずと<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は<ruby><rb>商賣柄</rb><rt>しやうばいがら</rt></ruby>だけ<ruby><rb>敏</rb><rt>はや</rt></ruby>くも<ruby><rb>勘</rb><rt>かん</rt></ruby>を付村の<ruby><rb>探訪</rb><rt>めあかし</rt></ruby><ruby><rb>薩摩傳助</rb><rt>さつまでんすけ</rt></ruby><ruby><rb>赤貝</rb><rt>あかがひ</rt></ruby>六藏の二人を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>咽</rb><rt>のど</rt></ruby>の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>きし體にて此寺へ這入り水を<ruby><rb>乞</rb><rt>こひ</rt></ruby>て<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>んとし<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ居たるにお芳は<ruby><rb>味噌</rb><rt>みそ</rt></ruby>が<ruby><rb>足</rb><rt>たら</rt></ruby>ぬとて臺所へ來り<ruby><rb>老僕</rb><rt>おとな</rt></ruby>に味噌を出させるを甚右衞門は見付け<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>はお芳にあらずやと言ひざま<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひきとら</rt></ruby>へ直に召し<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby><ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へんと言ふを不動院が聞付て中へ立入りしかば然ば御<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>に御<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ申すとて夫より<ruby><rb>懸合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>の上金三十五兩今宵中に<ruby><rb>才覺</rb><rt>さいかく</rt></ruby>して渡すべしと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>を極め甚右衞門外兩人の者も其の夜は寺に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>りける此日は三月節句の事なれば<ruby><rb>村方</rb><rt>むらかた</rt></ruby><ruby><rb>所々</rb><rt>じよ〱</rt></ruby>にて宵の中は<ruby><rb>田舍唄</rb><rt>ゐなかうた</rt></ruby>又は三味線など<ruby><rb>彈</rb><rt>ひき</rt></ruby>て賑ひ名主九郎右衞門方へも<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>佐治右衞門<ruby><rb>周藏</rb><rt>しうざう</rt></ruby><ruby><rb>忠内</rb><rt>ちうない</rt></ruby>七左衞門等<ruby><rb>入來</rb><rt>いりきた</rt></ruby>り座頭に儀太夫を語せ樂みながら<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>をなし夜九ツ<ruby><rb>時</rb><rt>どき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぐ</rt></ruby>る頃佐治右衞門忠内の兩人は<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して歸り家内も<ruby><rb>寢靜</rb><rt>ねしづ</rt></ruby>まりて夜も八ツ時と思しき<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby><ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>の方より一人の<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入り年<ruby><rb>貢</rb><rt>ぐ</rt></ruby>の取集め金五六十兩<ruby><rb>用箱</rb><rt>ようばこ</rt></ruby>に有けるを盜み出さんとする<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>に<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>九郎右衞門は目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>しヤレ<ruby><rb>泥坊</rb><rt>どろばう</rt></ruby>と聲を立しかば盜賊は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし<ruby><rb>用箪笥</rb><rt>ようだんす</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へて<ruby><rb>逃出</rb><rt>にげいで</rt></ruby>んとするを九郎右衞門<ruby><rb>飛懸</rb><rt>とびかゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>さじものをと押へるを<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>突退</rb><rt>つきのけ</rt></ruby>つゝ互に組付<ruby><rb>英々</rb><rt>えい〱</rt></ruby>と<ruby><rb>揉</rb><rt>もみ</rt></ruby>合聲に驚き家内の者ども<ruby><rb>馳來</rb><rt>はせきた</rt></ruby>り<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>よ<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>よと<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はり〱<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めたり然ども面體は<ruby><rb>眞黒</rb><rt>まつくろ</rt></ruby>に<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>を<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬり</rt></ruby>たるゆゑ何者とも見分らず此<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎを聞し<ruby><rb>周藏</rb><rt>しうざう</rt></ruby>七左衞門の兩人も馳來り勝手より<ruby><rb>手燭</rb><rt>てしよく</rt></ruby>を取寄る此時村の<ruby><rb>小使</rb><rt>あるき</rt></ruby>三五郎は<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>に<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>て居たりしが<ruby><rb>物音</rb><rt>ものおと</rt></ruby>に驚き<ruby><rb>金盥</rb><rt>かなだらひ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩立</rb><rt>たゝきたて</rt></ruby>しかば一村二百軒の百姓<ruby><rb>夫</rb><rt>そり</rt></ruby>やこそ名主殿へ盜賊が<ruby><rb>這入</rb><rt>はひつ</rt></ruby>たぞ<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>て<ruby><rb>打殺</rb><rt>うちころ</rt></ruby>せと<ruby><rb>銘々</rb><rt>めい〱</rt></ruby><ruby><rb>得物々々</rb><rt>えもの〱</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて其處へ來りヤア盜人は面を<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>にて<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬり</rt></ruby>たるぞ<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>ひて見よと<ruby><rb>聲々</rb><rt>こゑ〲</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り盜人の面を水にて洗ひ落せば這は如何に弟九郎兵衞なりしかば<ruby><rb>座中</rb><rt>ざちう</rt></ruby>の人々<ruby><rb>惘</rb><rt>あき</rt></ruby>れ<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>て<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>脱々</rb><rt>ぬけ〱</rt></ruby>に歸りける<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>の兩人は<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく跡に<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>りて兄九郎右衞門は<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>へ<ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>すと云うを<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>と取扱ひ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>涙金</rb><rt>なみだきん</rt></ruby>として金五兩<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>とこそなりにけれ是に因て袋井の者三人はお芳を<ruby><rb>引立</rb><rt>ひきたて</rt></ruby><ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>歸る然ば九郎兵衞は<ruby><rb>仕損</rb><rt>しそん</rt></ruby>ぜしを<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しく思ひ仁田村の八と云ふ<ruby><rb>獵人</rb><rt>かりうど</rt></ruby>の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひつこし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>る處へ手先の<ruby><rb>幸</rb><rt>かう</rt></ruby>八と云ふ者此事を<ruby><rb>嗅付</rb><rt>かぎつ</rt></ruby>け<ruby><rb>郡代役所</rb><rt>ぐんだいやくしよ</rt></ruby>へ引行入牢させけるを<ruby><rb>兄</rb><rt>あに</rt></ruby>九郎右衞門聞<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>取繕</rb><rt>とりつくろ</rt></ruby>ひをなしけるに因つて<ruby><rb>領分構</rb><rt>りやうぶんかま</rt></ruby>ひとなり九郎兵衞は夫より駿河國<ruby><rb>府中</rb><rt>ふちう</rt></ruby>に知る人<ruby><rb>在</rb><rt>ある</rt></ruby>により<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>と尋ね行き此處に三ヶ月程居たれども<ruby><rb>兎角</rb><rt>とかく</rt></ruby>人請惡く<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>難きに付<ruby><rb>煮染</rb><rt>にしめ</rt></ruby>たる樣な<ruby><rb>單衣</rb><rt>ひとへもの</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>縫止</rb><rt>ぬひとめ</rt></ruby>のはせ返りし<ruby><rb>菅笠</rb><rt>すげがさ</rt></ruby>と錢は<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>百廿四文ばかりの身上にて<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>江戸へ行んとせしが又甲斐國へ赴かんと<ruby><rb>籠坂峠</rb><rt>かごさかたうげ</rt></ruby>まで到りしが頃は六月の大暑<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>榎</rb><rt>えのき</rt></ruby>の<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>に<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby><ruby><rb>清水</rb><rt>しみづ</rt></ruby>を<ruby><rb>掬</rb><rt>むす</rt></ruby>びて顏の<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を流し足を洗ひ<ruby><rb>嗽</rb><rt>うがひ</rt></ruby>などして<ruby><rb>暑</rb><rt>あつさ</rt></ruby>を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>らひ居たり此處は景色もよく後ろは<ruby><rb>須走</rb><rt>すはし</rt></ruby>り前は<ruby><rb>山中</rb><rt>やまなか</rt></ruby>の湖水と<ruby><rb>打眺</rb><rt>うちなが</rt></ruby>め居る彼方の<ruby><rb>坂</rb><rt>さか</rt></ruby>より<ruby><rb>行衣</rb><rt>ぎやうい</rt></ruby>に<ruby><rb>襷</rb><rt>たすき</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>て<ruby><rb>金剛杖</rb><rt>こんがうづゑ</rt></ruby>を突ながら<ruby><rb>鈴</rb><rt>すゞ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に來る富士同者あり<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>も此處に休み水を<ruby><rb>呑</rb><rt>のみ</rt></ruby>足を投出し居るに九郎兵衞是を見て嗚呼<ruby><rb>御前</rb><rt>おまへ</rt></ruby>は<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>ましい<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>は今此<ruby><rb>湖水</rb><rt>こすゐ</rt></ruby>に身を投やうか此帶で首を<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>らうかと思ひ居たりと云ふを富士同者イヤ<ruby><rb>若衆</rb><rt>わかいしゆ</rt></ruby>夫は大きな<ruby><rb>了簡違</rb><rt>れうけんちが</rt></ruby>ひ誰しも<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い時は一日に<ruby><rb>迫詰</rb><rt>せりつめ</rt></ruby>て<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>氣にもなる者一體此方の國は何處で名は何とゝ聞かれ九郎兵衞は口から出任せ我が家には<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>の<ruby><rb>茶釜</rb><rt>ちやがま</rt></ruby>も<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>に<ruby><rb>大層</rb><rt>たいそう</rt></ruby>を云一萬兩程<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>から<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>を請たりと話すを同者<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>と思ひ私は<ruby><rb>相摸領</rb><rt>さがみりやう</rt></ruby>御殿場の者にて<ruby><rb>小前</rb><rt>こまへ</rt></ruby>の百姓條七と云者だが<ruby><rb>上田</rb><rt>じやうでん</rt></ruby>が六石三斗中田が七枚半山が七ツ<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>三人<ruby><rb>暮</rb><rt>ぐらし</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>十日や廿日は<ruby><rb>麥飯</rb><rt>むぎめし</rt></ruby>さへ<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なれば<ruby><rb>貴殿</rb><rt>あなた</rt></ruby>一人位は苦にはせぬ其中に何<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひでもするか但しは<ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>にでも出るかよも死ぬには<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>で有うから<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>へ御座れと<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に云ければ九郎兵衞夫は千萬<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと追從たら〱<ruby><rb>連立</rb><rt>つれたち</rt></ruby>つゝ御殿場へ來りて條七方の<ruby><rb>同居</rb><rt>どうきよ</rt></ruby>となり<ruby><rb>半年</rb><rt>はんねん</rt></ruby>ばかりも<ruby><rb>厄介</rb><rt>やくかい</rt></ruby>に成し中條七は馬を一<ruby><rb>匹</rb><rt>ぴき</rt></ruby><ruby><rb>飼</rb><rt>かひ</rt></ruby>て<ruby><rb>追</rb><rt>おは</rt></ruby>せける故九郎兵衞も今は行處なければ條七の弟分になつて三年程<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぐ中<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に條七女房お<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>と云ふは三歳になる<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>お里もありながら何時しか九郎兵衞と<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしき</rt></ruby>中と成しにぞ或日九郎兵衞と云合せ<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の<ruby><rb>鎭守</rb><rt>ちんじゆ</rt></ruby><ruby><rb>白旗</rb><rt>しらはた</rt></ruby><ruby><rb>明神</rb><rt>みやうじん</rt></ruby>の<ruby><rb>森</rb><rt>もり</rt></ruby>にて<ruby><rb>白鳥</rb><rt>はくてう</rt></ruby>を一羽取是を<ruby><rb>料理</rb><rt>れうり</rt></ruby>して<ruby><rb>鴈</rb><rt>がん</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り食せけるに不思議や條七は五十日<ruby><rb>經</rb><rt>たつ</rt></ruby>か<ruby><rb>經</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ぬに<ruby><rb>髮</rb><rt>かみ</rt></ruby>も<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬけ</rt></ruby><ruby><rb>癩病</rb><rt>らいびやう</rt></ruby>の如く<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby>も變り人<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあひ</rt></ruby>も出來ぬやうに成ければお<ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>は仕濟したりと打<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び條七に打<ruby><rb>向</rb><rt>むか</rt></ruby>ひお前は<ruby><rb>入聟</rb><rt>いりむこ</rt></ruby>の身斯る<ruby><rb>業病</rb><rt>ごふびやう</rt></ruby>になりては<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>へ<ruby><rb>濟</rb><rt>すま</rt></ruby>ず早く實家へ歸り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よと<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>つれなくも言ければ條七も<ruby><rb>詮方</rb><rt>せんかた</rt></ruby>なく<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>の業と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>るより外なしと女房娘を九郎兵衞に頼み<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の事まで<ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に話しける九郎兵衞故意と斷り云しか共女房の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>共打寄<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>癩病</rb><rt>らいびやう</rt></ruby>にては村へ置れぬ<ruby><rb>定法</rb><rt>ぢやうはふ</rt></ruby>なれば是非共跡を<ruby><rb>引受</rb><rt>ひきうけ</rt></ruby>られよと折入て<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>しにより九郎兵衞は<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>して入夫となり六石三斗の<ruby><rb>田地</rb><rt>でんち</rt></ruby>を<ruby><rb>質入</rb><rt>しちいれ</rt></ruby>なし金十兩<ruby><rb>借請</rb><rt>かりうけ</rt></ruby>條七に<ruby><rb>渡</rb><rt>わたし</rt></ruby>ければ條七は是非なく<ruby><rb>金毘羅參</rb><rt>こんぴらまいり</rt></ruby>と云箱を<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>數年<ruby><rb>住馴</rb><rt>すみなれ</rt></ruby>し<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>を<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>けり然ば九郎兵衞は是より百姓になり<ruby><rb>消光處</rb><rt>くらすところ</rt></ruby>に<ruby><rb>良</rb><rt>よか</rt></ruby>らぬ事のみ多ければ村方にても<ruby><rb>持餘</rb><rt>もてあま</rt></ruby>し<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果ては居けれども九郎兵衞は<ruby><rb>狡猾</rb><rt>わるかしこ</rt></ruby>き者故<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>越度</rb><rt>をちど</rt></ruby>を見せず<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>の<ruby><rb>腰押</rb><rt>こしおし</rt></ruby>或ひは<ruby><rb>賭博</rb><rt>かけごと</rt></ruby>の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>などして<ruby><rb>食客</rb><rt>ゐさふらふ</rt></ruby>の五六人は<ruby><rb>絶</rb><rt>たえ</rt></ruby>す追々<ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby>も<ruby><rb>賣拂</rb><rt>うりはら</rt></ruby>ひ水呑同樣の<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>となり凡十四五年居る中<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>も<ruby><rb>死亡</rb><rt>みまかり</rt></ruby>今では娘と<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>兩人差向ひてに漸々其の日を<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りけり茲に又<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby>水<ruby><rb>呑村</rb><rt>のみむら</rt></ruby><ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>九郎右衞門は五ヶ年以前<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>なし名主<ruby><rb>跡役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>は當村の惣左衞門と云者に申付られしかば<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>九助は當年廿歳に<ruby><rb>成共</rb><rt>なれども</rt></ruby>今は<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>に<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>て<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>なし借金も多かりしゆゑ母は氣病が<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に大病となり今は此世の<ruby><rb>頼</rb><rt>たのみ</rt></ruby>も少く或日<ruby><rb>枕邊</rb><rt>まくらべ</rt></ruby>近く九助を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>死なれし以來種々不幸が<ruby><rb>打續</rb><rt>うちつゞき</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>となりしこと如何にも殘念なれば其方<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>して<ruby><rb>田畑</rb><rt>でんぱた</rt></ruby>も元の如くに取<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>し河口九郎右衞門が<ruby><rb>名跡</rb><rt>みやうせき</rt></ruby>を建呉よ又<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>九郎兵衞は當時<ruby><rb>駿河國</rb><rt>するがのくに</rt></ruby>御殿場に居る由今は心も直りしならんと思へば其方の爲には<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>の<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>なる故一度は<ruby><rb>公父</rb><rt>てゝご</rt></ruby>の<ruby><rb>戒名</rb><rt>かいみやう</rt></ruby>を屆け呉よと涙と<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>に九助が手を取り顏を<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と打<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>め<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>も<ruby><rb>絶々</rb><rt>たえ〲</rt></ruby>に<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>なすにぞ九助は<ruby><rb>迫來</rb><rt>せきくる</rt></ruby>涙を<ruby><rb>呑込々々</rb><rt>のみこみ〱</rt></ruby>何とて然樣に心<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>き事を云るゝや何卒氣を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まし少しも早く<ruby><rb>全快</rb><rt>ぜんくわい</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>給へとて種々に<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>りけれども<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に介抱の<ruby><rb>驗</rb><rt>しるし</rt></ruby>もなく母は正徳元年七月二十一日病死し<ruby><rb>菩提所</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby><ruby><rb>不動院</rb><rt>ふどうゐん</rt></ruby>に<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り<ruby><rb>月堂</rb><rt>げつだう</rt></ruby><ruby><rb>貞飾</rb><rt>ていしよく</rt></ruby><ruby><rb>信女</rb><rt>しんによ</rt></ruby>と云戒名に<ruby><rb>哀</rb><rt>あはれ</rt></ruby>を止めけり村方にては九助の孝心を感じ<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>始め皆々<ruby><rb>打寄</rb><rt>うちより</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く世話をなし後<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>にぞ弔ひける夫より後九助は<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>となり<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>に<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しける中にも<ruby><rb>亡父母</rb><rt>ばうふぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>片時も忘れず朝夕の<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby><ruby><rb>怠</rb><rt>おこた</rt></ruby>りなく<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め一人工風を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たり然るに此時江戸へ<ruby><rb>出訴</rb><rt>しゆつそ</rt></ruby>の事<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>出府致すべき處<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>取込</rb><rt>とりこみ</rt></ruby>のことあるにより<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>を村方より立ると云を九助は聞込何卒<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>しを飛脚に<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>て下されと云ければ<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>して申付しゆゑ幸ひ御殿場へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby><ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>九郎兵衞にも<ruby><rb>逢度</rb><rt>あひたく</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>をなし家内の事を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>頼み股引脚半草鞋にて御用と云<ruby><rb>繪府</rb><rt>ゑふ</rt></ruby>を首に掛沼津<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>より足高山の<ruby><rb>裾通</rb><rt>すそどほ</rt></ruby>りを行ける後から旦那々々馬を取つせへ安價く乘せへ<ruby><rb>戻</rb><rt>もどり</rt></ruby>だから<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>だと云を聞付け九助は<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>馬士殿是から御殿場へは<ruby><rb>何位</rb><rt>どのくらゐ</rt></ruby>あらふ日一ぱいに行れ樣かアヽ御殿場迄は四里半だから少し<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>ますべい御殿場より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>る樣な村も無から御殿場迄行つせい私は御殿場へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>る馬だ三百文に<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>るから四里半<ruby><rb>乘</rb><rt>のら</rt></ruby>つせへと云ふ九助も<ruby><rb>獨</rb><rt>ひと</rt></ruby>り旅では有是非御殿場へと思へば幸ひと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>め馬に乘て馬士と話し行處に向ふより横に乘たる<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>馬六七<ruby><rb>疋</rb><rt>ひき</rt></ruby><ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>を揃へて來るを<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の馬士<ruby><rb>見付</rb><rt>みつけ</rt></ruby>て是御用だ繪符だ〱若い<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>オイ〱と云ふに<ruby><rb>面々</rb><rt>めん〱</rt></ruby>ばた〱と<ruby><rb>飛下</rb><rt>とびおり</rt></ruby>る故九助は是サ馬士殿<ruby><rb>下</rb><rt>おろさ</rt></ruby>ず共<ruby><rb>宜</rb><rt>いゝ</rt></ruby>に<ruby><rb>憫然</rb><rt>かあひさう</rt></ruby>な何さ<ruby><rb>惣體</rb><rt>そうたい</rt></ruby>に根方の<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>はずるいから<ruby><rb>時々</rb><rt>とき〲</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>に合せて置ねへと成やせん時に旦那<ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>なら箱根を御<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れさうなものだに<ruby><rb>矢倉澤通</rb><rt>やぐらざはとほり</rt></ruby>は何か御用でも御座りますか今宵は御殿場一番の富士屋へ御泊申ませう<ruby><rb>何程</rb><rt>なんぼ</rt></ruby><ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>でも御泊り成れて御覽じませ海道にも餘り<ruby><rb>御座</rb><rt>ござり</rt></ruby>やせんと云に九助はノウ馬士殿私は<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>る人が有が此方に聞たら知れやうか<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>で御座ります然れば元は御殿場の者ではない<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>十五六年<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>に來て今では村の人に成たとの<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>しイヤ御殿場も<ruby><rb>上下</rb><rt>かみしも</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>て二百軒餘有から名を聞ぬ中は知れやせん成程然樣で有う元は<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby>の者在所に居る時は九郎兵衞と云たが今は何と云かと云顏を<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の馬士は<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見て<ruby><rb>手綱</rb><rt>たづな</rt></ruby>を止め然いふ此方は遠州<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby><ruby><rb>水呑村</rb><rt>みづのみむら</rt></ruby>から來なされたか如何にも我は水呑村の百姓なりハヽア<ruby><rb>胡瓜</rb><rt>うり</rt></ruby>の種は盜とも人種は盜まれぬとハテ見れば見る程<ruby><rb>違</rb><rt>ちがひ</rt></ruby>ない十六年<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>わかれ</rt></ruby>た兄九郎右衞門が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の九助ぢやなお前は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>の九郎兵衞樣かと<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>馬より<ruby><rb>轉</rb><rt>まろ</rt></ruby>び<ruby><rb>落手</rb><rt>おちて</rt></ruby>に手を取<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>し<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせび</rt></ruby>けり<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>くして<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>云樣話は<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>で出來るから日の<ruby><rb>暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>ぬ中<ruby><rb>馬</rb><rt>うま</rt></ruby>に<ruby><rb>騎</rb><rt>のら</rt></ruby>つせへ<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>樣と知ては<ruby><rb>勿體</rb><rt>もつたい</rt></ruby>ない<ruby><rb>馬鹿</rb><rt>ばか</rt></ruby>を云へ<ruby><rb>御殿場迄</rb><rt>ごてんばまで</rt></ruby>の<ruby><rb>旦那殿</rb><rt>だんなどの</rt></ruby>と<ruby><rb>讓合</rb><rt>ゆづりあ</rt></ruby>う中何時か我家の<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ來りしが日は西山へ入て<ruby><rb>薄暗</rb><rt>うすくら</rt></ruby>ければ外より是お里<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby>の兄が來たと云にお里は<ruby><rb>應</rb><rt>あい</rt></ruby>と云出る此家の<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>へ昔は然るべき百姓とも云るれど今は<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ<ruby><rb>茅</rb><rt>かや</rt></ruby>の<ruby><rb>軒端</rb><rt>のきば</rt></ruby>の<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>きて<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>に<ruby><rb>緘</rb><rt>から</rt></ruby>む<ruby><rb>蔦葛</rb><rt>つたかづら</rt></ruby><ruby><rb>糸瓜</rb><rt>へちま</rt></ruby>の花の<ruby><rb>亂</rb><rt>みだ</rt></ruby>れ<ruby><rb>咲</rb><rt>ざ</rt></ruby>き<ruby><rb>住荒</rb><rt>すみあら</rt></ruby>したる<ruby><rb>賤</rb><rt>しづ</rt></ruby>が家に娘のお里は十七歳<ruby><rb>縹致</rb><rt>きりやう</rt></ruby>は人に<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れしかど<ruby><rb>容體</rb><rt>なりふり</rt></ruby>もなく<ruby><rb>缺茶碗</rb><rt>かけぢやわん</rt></ruby>に<ruby><rb>澁茶</rb><rt>しぶちや</rt></ruby>を<ruby><rb>酌</rb><rt>くん</rt></ruby>で差出す<ruby><rb>盆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>も<ruby><rb>手薄</rb><rt>てうす</rt></ruby>な<ruby><rb>貧家</rb><rt>ひんか</rt></ruby>の<ruby><rb>容體</rb><rt>ありさま</rt></ruby>其の内に九助は<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>を<ruby><rb>解</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を洗ひて上に<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り先お里へも<ruby><rb>夫々</rb><rt>それ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>して<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>の<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>る話しをなす中に<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>てお里が<ruby><rb>給仕</rb><rt>きふじ</rt></ruby>にて<ruby><rb>麥飯</rb><rt>むぎめし</rt></ruby>を<ruby><rb>食終</rb><rt>くひをは</rt></ruby>りし後九助は金二兩<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>に出し九郎右衞門が<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>并びに<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>樣の<ruby><rb>分米</rb><rt>ぶんまい</rt></ruby>の<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby>十二石手を付ずに今以て村<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けに成て居ますと話すを九郎兵衞は聞て大いに悦び<ruby><rb>我等儀</rb><rt>われらぎ</rt></ruby><ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>の<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあは</rt></ruby>せ故今は<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>忘れ難く何か此上は娘お里を手前の女房になし親の<ruby><rb>名跡</rb><rt>みやうせき</rt></ruby>を立て呉と<ruby><rb>潸々</rb><rt>さめ〲</rt></ruby>と<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>せしかば九助は母の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>もあり殊に<ruby><rb>亡後</rb><rt>なきのち</rt></ruby>は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>は親なりお前樣は村方の處を何なりと<ruby><rb>片付</rb><rt>かたづけ</rt></ruby>て置れよ私しは江戸の用事<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>次第<ruby><rb>引返</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>し<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>御同道</rb><rt>ごどうだう</rt></ruby>致しませうと一<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>して申合せ<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>江戸へ赴きける九郎兵衞は跡にて村役人<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め親類へも<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>話せば皆々は<ruby><rb>厄病神</rb><rt>やくびやうがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ふ樣に心得居屋敷并に少の<ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>は親類へ引取九郎兵衞親子は九助が戻りを待居たり

## 第二回

偖も九助は江戸の用向<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく<ruby><rb>相辨</rb><rt>あひべん</rt></ruby>じ歸り<ruby><rb>掛</rb><rt>がけ</rt></ruby>に又々御<ruby><rb>殿場</rb><rt>てんば</rt></ruby>へ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>伯父九郎兵衞の親子を同道なし<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>水呑村へ立歸り夫より直に當時の<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>惣左衞門方へ九郎兵衞同道にて參りければ惣左衞門は昔より九郎兵衞と<ruby><rb>相口</rb><rt>あひくち</rt></ruby>故<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>役場</rb><rt>やくば</rt></ruby>へ申立歸村の儀を取計ひ<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りの田地十二石餘り九郎兵衞へ相渡し娘お里を九助が妻と致させて是より<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎける然れども只今は親九郎右衞門が<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづ</rt></ruby>りの田地は<ruby><rb>質</rb><rt>しち</rt></ruby>に入てあるゆゑ伯父の田地のみにて萬事足ぬ勝なる上九郎兵衞も<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>地金</rb><rt>ぢがね</rt></ruby>を出し九助を<ruby><rb>意地</rb><rt>いぢ</rt></ruby>め<ruby><rb>入聟</rb><rt>いりむこ</rt></ruby>同樣に<ruby><rb>囂</rb><rt>やか</rt></ruby>ましく<ruby><rb>朝夕</rb><rt>てうせき</rt></ruby>云ける故九助も何卒<ruby><rb>亡</rb><rt>なき</rt></ruby>母が<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>の如く田地を請け<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>し度と<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て心<ruby><rb>懸</rb><rt>がけ</rt></ruby>居たることなれば江戸へ出て一<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎなさんと思ひ九郎兵衞とも種々相談なせし上女房お里にも<ruby><rb>得心</rb><rt>とくしん</rt></ruby>させ夫より九助は支度をなし江戸表にて奉公すべしと<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して出立なし<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>藤枝</rb><rt>ふぢえだ</rt></ruby>より<ruby><rb>岡部</rb><rt>をかべ</rt></ruby>を過て宇都谷<ruby><rb>峠</rb><rt>たうげ</rt></ruby>に到れば<ruby><rb>絶頂</rb><rt>ぜつちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>庵室</rb><rt>あんしつ</rt></ruby><ruby><rb>地藏尊</rb><rt>ぢざうそん</rt></ruby>の<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>に<ruby><rb>西行</rb><rt>さいぎやう</rt></ruby>の<ruby><rb>袈裟掛</rb><rt>けさかけ</rt></ruby>松あり其所の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>へ年の頃五十位と見ゆる旅<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>のやつれたるが十歳許りの女の子を引立來り彼の<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>剥出</rb><rt>むきだ</rt></ruby>し是サ此子は<ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>い事はない此伯父と一所に<ruby><rb>歩行々々</rb><rt>あゆめ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきずり</rt></ruby>行を娘はアレ〱<ruby><rb>勘忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby>して下されませ<ruby><rb>母樣</rb><rt>かゝさま</rt></ruby>が待て居ますと<ruby><rb>泣詫</rb><rt>なきわび</rt></ruby>るを<ruby><rb>旅僧</rb><rt>たびそう</rt></ruby>は<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>囂</rb><rt>やか</rt></ruby>ましい<ruby><rb>強情者</rb><rt>がうじやうもの</rt></ruby>めと<ruby><rb>無理無體</rb><rt>むりむたい</rt></ruby>に<ruby><rb>引摺々々</rb><rt>ひきずり〱</rt></ruby>行處へ九助は何<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なく<ruby><rb>行掛</rb><rt>ゆきかゝ</rt></ruby>りければ彼の娘は九助を見るより大いに悦び<ruby><rb>小杉</rb><rt>こすぎ</rt></ruby>の伯父樣此<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>が<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>ますアレ〱<ruby><rb>伯父樣々々</rb><rt>をぢさま〱</rt></ruby>と云れて九助は何ぢやと<ruby><rb>立止</rb><rt>たちとゞまる</rt></ruby>を旅僧は是を見と等く是は<ruby><rb>堪</rb><rt>たまら</rt></ruby>ぬと其儘後をも見ずに<ruby><rb>逃行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>けり斯て彼の娘は九助に向ひ御前樣の御<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>にて助かりたり今の坊主は私しを<ruby><rb>無理無體</rb><rt>むりむたい</rt></ruby>に引立て<ruby><rb>柴屋寺</rb><rt>しばやでら</rt></ruby>の<ruby><rb>畑屋</rb><rt>はたや</rt></ruby>から茲迄連て來ましたゆゑ<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>と存じ小杉の伯父樣と申ましたので御座いますと云ひけるにぞ九助は<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>子供に<ruby><rb>似合</rb><rt>にあは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>利發者</rb><rt>りはつもの</rt></ruby>家は<ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>ぞと尋ぬるに<ruby><rb>阿部川宿</rb><rt>あべがはじゆく</rt></ruby>の<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>といふ者の娘<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>と申者なりと申せば九助は<ruby><rb>憐然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思ひサア〱<ruby><rb>宅迄</rb><rt>うちまで</rt></ruby>送つて<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>らんと手を引つゝ阿部川宿の<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>到</rb><rt>いたり</rt></ruby>見るに母は<ruby><rb>中氣</rb><rt>ちうき</rt></ruby>にて手足<ruby><rb>協</rb><rt>かなは</rt></ruby>ず一人の娘を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の樣子なり娘お節は母に向ひ右の次第を<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>話せば母は大いに驚き<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び九助に逢て<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>今宵は此家に泊り給へと<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めけるゆゑ其夜は其處へ泊りしに娘お節は<ruby><rb>米</rb><rt>こめ</rt></ruby>をとぎ<ruby><rb>味噌</rb><rt>みそ</rt></ruby>を<ruby><rb>摺</rb><rt>す</rt></ruby>り<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>忠實</rb><rt>まめ〱</rt></ruby>しく<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>如何にも孝子と見えけるゆゑ九助も<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>勝手元迄</rb><rt>かつてもとまで</rt></ruby><ruby><rb>手傳</rb><rt>てつだ</rt></ruby>ひて少し<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら<ruby><rb>母公</rb><rt>はゝご</rt></ruby>に何ぞ<ruby><rb>進</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らせられよと錢一<ruby><rb>貫文</rb><rt>くわんもん</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>ければ母子は有難<ruby><rb>涙</rb><rt>なみ</rt></ruby>だを流し幾度となく<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>みたり扨も翌朝九助は<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して此屋を立出<ruby><rb>道中</rb><rt>だうちう</rt></ruby>を急ぎ日ならず江戸に着ければ<ruby><rb>知己</rb><rt>しるべ</rt></ruby>の<ruby><rb>周旋</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて日本橋<ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>町三丁目の番人に<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へられ<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>けるが元來<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>の九助故町内の<ruby><rb>氣請</rb><rt>きうけ</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>月に三貫文の外に<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby><ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらんぢ</rt></ruby>其他荒物<ruby><rb>飴</rb><rt>あめ</rt></ruby>など賣ける中<ruby><rb>駿河</rb><rt>するが</rt></ruby>町越後屋三家の<ruby><rb>掃除</rb><rt>さうぢ</rt></ruby>を引請しにより彼是月に二兩位に成りしとぞ或夜<ruby><rb>廻</rb><rt>まはり</rt></ruby>の節<ruby><rb>霜月</rb><rt>しもつき</rt></ruby><ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>の事にて寒氣<ruby><rb>烈敷</rb><rt>はげしく</rt></ruby>雪は<ruby><rb>霏々</rb><rt>ちら〱</rt></ruby>と降出しゝ中を石町の鐘と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>子刻</rb><rt>ねのこく</rt></ruby>の拍子木を打乍ら<ruby><rb>小路々々</rb><rt>こうぢ〱</rt></ruby>を廻らんと<ruby><rb>桐山</rb><rt>きりやま</rt></ruby>三<ruby><rb>甫</rb><rt>ほ</rt></ruby>が見世の<ruby><rb>角迄</rb><rt>かどまで</rt></ruby>來りし時足の<ruby><rb>爪先</rb><rt>つまさき</rt></ruby>へ引掛る物ありしゆゑ何心なく取上見れば<ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>なりしかば町内を廻り<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>取出し<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>め見れば小判八十兩ありて外には<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>もなきゆゑ<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きながら<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>町役人へ屆けしに<ruby><rb>行事</rb><rt>ぎやうじ</rt></ruby>打寄相談の上<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へ出<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>町内へも札を出し公儀にても<ruby><rb>御詮議</rb><rt>ごせんぎ</rt></ruby>ありし處更に<ruby><rb>請取</rb><rt>うけと</rt></ruby>る人の出ることもなく一年<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby><ruby><rb>經</rb><rt>へ</rt></ruby>て後番人九助儀町役人共<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>町奉行所へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出べき旨<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>に付家主五人<ruby><rb>組</rb><rt>ぐみ</rt></ruby>名主同道にて<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出けるは<ruby><rb>舊冬</rb><rt>きうたう</rt></ruby>九助が<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひし金八十兩<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず下し置れしにより九助始め町役人一同有難く<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>して歸り<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に九助は<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>かとばかり<ruby><rb>打悦</rb><rt>うちよろこ</rt></ruby>び居たりし處其夜<ruby><rb>子刻</rb><rt>ねのこく</rt></ruby>頃廿四五の男<ruby><rb>番屋</rb><rt>ばんや</rt></ruby>をホト〱<ruby><rb>敲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きて入來り御目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るは<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>てなれど<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し事<ruby><rb>去年</rb><rt>きよねん</rt></ruby>の冬金子を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したるは<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>なりと段々譯を咄し其節請取に罷出ませうとは存じたれども大金を<ruby><rb>粗末</rb><rt>そまつ</rt></ruby>に致したる儀に聞えも<ruby><rb>惡</rb><rt>わる</rt></ruby>く其の上世間へパツと<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>致しては<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>も出來ぬ故彼是と心を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>めながら今日まで<ruby><rb>待合</rb><rt>まちあは</rt></ruby>せて居ましたが今日<ruby><rb>承</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はればお前樣へ<ruby><rb>公儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>より下され候由に付右の<ruby><rb>御談</rb><rt>おはなし</rt></ruby>を申上<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>と云ふ其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>は私し一人の<ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>を持ますが<ruby><rb>當年</rb><rt>たうねん</rt></ruby>七十三歳其上<ruby><rb>病氣</rb><rt>びやうき</rt></ruby>にて久々<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>致し居り只今にも<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>にますれば<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>り方も出來<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>ます故御前樣へ<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>下されしを御<ruby><rb>無心</rb><rt>むしん</rt></ruby>申も如何なれど<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>其金をと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流して申にぞ九助は<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby><ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>故我が身の上に<ruby><rb>引當</rb><rt>ひきあて</rt></ruby>て<ruby><rb>氣</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>八十兩の金を取出し扨々夫は<ruby><rb>御難儀</rb><rt>ごなんぎ</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に御老母の病氣<ruby><rb>養生</rb><rt>やうじやう</rt></ruby>の爲に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したる金を<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>いと云るゝ<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き御<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>千萬<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>此金は<ruby><rb>去冬</rb><rt>きよふゆ</rt></ruby>夜廻りの<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>我等拾ひ<ruby><rb>町内</rb><rt>ちやうない</rt></ruby>より御訴へ申上置し所<ruby><rb>落主</rb><rt>おとしぬし</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>きゆゑ今日我等へ下されしなれば<ruby><rb>親公</rb><rt>おやご</rt></ruby>の爲と有ば<ruby><rb>進</rb><rt>しん</rt></ruby>ぜ申べし町所家主名前は何と云るゝと<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば彼の者然ればなり町所名前などを申位なら去年<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の節訴へて<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>きますが私しは奉公の身の上なれば金は入らねど<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>老母</rb><rt>らうぼ</rt></ruby>の病を治し度一心にて出ましたに名前を申さねば御渡し下されぬとなら<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>もなしと涙にむせぶ有樣如何にも<ruby><rb>實情</rb><rt>じつじやう</rt></ruby>に見えければ九助は感じ扨々御前は孝心<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>き御人故<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>して進ぜませうと<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>渡せしにぞ彼の者大いに<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び全く御<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>にて老母の<ruby><rb>療治</rb><rt>れうぢ</rt></ruby>も出來ますと<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き〱<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>からず<ruby><rb>御禮</rb><rt>おれい</rt></ruby>に上りますが少しも早く母へ見せ悦ばせ度存じますと<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に禮を述てぞ歸りける依て九助は本意なく思へ共親孝行の爲とあれば更に<ruby><rb>惜</rb><rt>をし</rt></ruby>共せず<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の<ruby><rb>締</rb><rt>しまり</rt></ruby>をなさんと<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>に上り口の<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby><ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>などの中に何やら<ruby><rb>帛</rb><rt>ふくさ</rt></ruby>に<ruby><rb>包</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>しものありて其<ruby><rb>匂</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>芬々</rb><rt>ふん〱</rt></ruby>たり<ruby><rb>不審</rb><rt>いぶかり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>きて見れば金の五六寸四方の<ruby><rb>箱</rb><rt>はこ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>名香</rb><rt>めいかう</rt></ruby>あり是は<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の人が落して行しならん今に心付ば取に來るべしと思しが待てども參らざれば其の夜は<ruby><rb>寢</rb><rt>いね</rt></ruby>翌朝九助<ruby><rb>茶</rb><rt>ちや</rt></ruby>を<ruby><rb>飮</rb><rt>のん</rt></ruby>で居る處へ二丁目の番人作兵衞といふ者來り<ruby><rb>四方</rb><rt>よも</rt></ruby>山の<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>の中此<ruby><rb>匂</rb><rt>にほひ</rt></ruby>を<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎ不審に思ひながら歸ると程なく<ruby><rb>定廻</rb><rt>ぢやうまは</rt></ruby>りの<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>來りて行事を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>名香</rb><rt>めいかう</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>につき内々の御<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べゆゑ<ruby><rb>藥屋</rb><rt>くすりや</rt></ruby>共へ吟味致す樣申付るを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>番人作兵衞は勝手より<ruby><rb>這出</rb><rt>はいいで</rt></ruby>旦那樣<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>の事が御座ります三丁目の番の所にて云々と話せば同心は夫と九助を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>て<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>なすに其の品は昨夜<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を買に來りし者が落して參りし故取置ましたと言にぞ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>取寄て見改めたるに内々御<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>の品に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく因て送り<ruby><rb>状</rb><rt>じやう</rt></ruby>を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め九助を町奉行所へ送りたり時に享保二年九月廿一日大岡越前守殿町奉行始めての<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>なれば別て<ruby><rb>與力</rb><rt>よりき</rt></ruby><ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>の役々<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に控へし所へ九助は<ruby><rb>怖々</rb><rt>おづ〱</rt></ruby>罷出るに越前守殿之を見られ其方手元に之有し<ruby><rb>伽羅</rb><rt>きやら</rt></ruby>一兩目餘入たる金の<ruby><rb>香箱</rb><rt>かうばこ</rt></ruby>は細川越中守方より訴へに及びし<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の品なり其方如何して<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>致せしや有<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>に申せと云はれしかば九助は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上私し小屋へ十九日の夜<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>過<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>草鞋を<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>に參りし者が歸りし後に右の品が御座りしゆゑ其者が落せしことと思ひ取に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>らば<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>さんと存じて<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>ましたと申立るに越前守殿否其方は町内の番人も致す身ゆゑ落し物と知らば町役人共へ話聞せ其の上にて町内へ<ruby><rb>札</rb><rt>ふだ</rt></ruby>でも出すか又は<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>へ訴ふべき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるを何故其儘に差置たるぞと有ば九助ヘイ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら大方<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に取りに<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りませうかと<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>まして其儘<ruby><rb>姑</rb><rt>しばら</rt></ruby>く差置ましたと云に越前守殿<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>其方は町役人の下を<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>ながら申分が<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>いぞ大方金でも取て人から<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>りたるならんと申さるれば九助は<ruby><rb>眞面</rb><rt>まがほ</rt></ruby>に成イヱ〱全く以て然樣な儀には御座りませぬと云にぞ大岡殿は町役人共へ九助が日頃町内の<ruby><rb>勤方</rb><rt>つとめかた</rt></ruby>は如何やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>られしに九助儀は極の正直者にて去年の十一月<ruby><rb>下旬</rb><rt>げじゆん</rt></ruby>夜廻りの時金八十兩<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ其の節私し共へ申聞し上御訴へに及び置し處<ruby><rb>落主</rb><rt>おとしぬし</rt></ruby>之無きに付一昨十九日右金子を九助へ下し置れましたと申立るに越前守殿ジツと九助が顏を見られしか<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby><ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へよと申さるゝ時<ruby><rb>常盤橋</rb><rt>ときはばし</rt></ruby>御門番松平<ruby><rb>近江守殿</rb><rt>あふみのかみどの</rt></ruby><ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんがしら</rt></ruby><ruby><rb>夏目</rb><rt>なつめ</rt></ruby>五郎右衞門より差出したる者兩人足輕<ruby><rb>小頭</rb><rt>こがしら</rt></ruby>一人<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>六七人附<ruby><rb>添</rb><rt>そひ</rt></ruby>罷出しに其者共の<ruby><rb>風俗</rb><rt>ふうぞく</rt></ruby>何れも<ruby><rb>棧留</rb><rt>さんとめ</rt></ruby>綿入の上へ青梅の<ruby><rb>袷</rb><rt>あはせ</rt></ruby>羽織を着年は廿四五歳にて差出しの書面は左の通り

覺

一<ruby><rb>此者</rb><rt>このもの</rt></ruby>共儀<ruby><rb>今曉</rb><rt>こんげう</rt></ruby><ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつどき</rt></ruby>頃主人近江守<ruby><rb>持場</rb><rt>もちば</rt></ruby>御橋の中程に於て<ruby><rb>口論</rb><rt>こうろん</rt></ruby><ruby><rb>箇間敷</rb><rt>がましき</rt></ruby>儀申<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>り居候故番所より<ruby><rb>聲掛</rb><rt>こゑかけ</rt></ruby>追拂はんと致せし處一圓<ruby><rb>退去</rb><rt>たいきよ</rt></ruby>仕つらず互いに<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み合金八十兩を<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>自分の物の由申爭ひ候段御<ruby><rb>場所柄</rb><rt>ばしよがら</rt></ruby>をも<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず不屆きの次第故<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>取押へ町名家主等<ruby><rb>相尋</rb><rt>あひたづ</rt></ruby>ね候へ共何か<ruby><rb>取留</rb><rt>とりとま</rt></ruby>らぬ申<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>にて<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>存じ候間其儘差出候に付御吟味下さるべく候以上

<ruby><rb>松平</rb><rt>まつだひら</rt></ruby>近江守<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby><ruby><rb>番頭</rb><rt>ばんがしら</rt></ruby>

九月廿二日<ruby><rb>夏目</rb><rt>なつめ</rt></ruby>五郎右衞門

<ruby><rb>同人</rb><rt>どうにん</rt></ruby>家來<ruby><rb>給人</rb><rt>きふにん</rt></ruby><ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby>

<ruby><rb>荒川源助</rb><rt>あらかはげんすけ</rt></ruby>

大岡越前守樣

御役所

<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>讀終</rb><rt>よみをは</rt></ruby>る時役人立出て兩人<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>松平近江守殿家來は早々退けり時に越前守殿二人の者を見られ<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>共身分は何なりやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝ一人進み出私しは下谷山崎町源次郎と申者私しの<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を此者が<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>の金なりと申て<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby>に取んと致せし故<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に大きな<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を出し御見付にて<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られ候と申立るに今一人も進み出<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら申します私しは神田佐久間町一丁目<ruby><rb>番組</rb><rt>ばんぐみ</rt></ruby><ruby><rb>宿屋</rb><rt>やどや</rt></ruby>上州屋<ruby><rb>軍助</rb><rt>ぐんすけ</rt></ruby>方手代利三郎と申者私の金を此源次郎我が金だと申候と又々<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はんと爲すゆゑ越前守殿兩人共<ruby><rb>默</rb><rt>だま</rt></ruby>れと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>られ其方共此金子八十兩は如何樣の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>で<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふぞ<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>でも<ruby><rb>取</rb><rt>とつ</rt></ruby>たか又は拾つたのかと申さるゝに兩人はハイとばかりにて答へも爲ざればコリヤ<ruby><rb>何致</rb><rt>どういた</rt></ruby>したサア<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと有ければ<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>利三は<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上夫は私しの親共より<ruby><rb>讓</rb><rt>ゆづり</rt></ruby>金なりと云に越前守殿然すれば汝等は兄弟か兩人<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby>と云ば越前守殿ソレ<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れとの聲に<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>兩人を<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby>小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>め左右へ引<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>たり此時九助は其者の顏を見て<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なしコレ〱<ruby><rb>貴殿</rb><rt>こなた</rt></ruby>ゆゑに私は此<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>御番所へ送られ<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>致せり貴殿が落して置た<ruby><rb>帛紗包</rb><rt>ふくさつゝみ</rt></ruby>大方取に來るで有うと思ひ今日迄<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>て居しにヤレ〱<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しやと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流しながら<ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>に向ひ右の<ruby><rb>帛紗</rb><rt>ふくさ</rt></ruby>包を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したるは此者なりと申立るに大岡殿其者に向はれ汝は此帛紗包を<ruby><rb>室町</rb><rt>むろまち</rt></ruby>三丁目番小屋の前に<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ置たる由<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすん</rt></ruby>だか但しは<ruby><rb>同類</rb><rt>どうるゐ</rt></ruby>の手から請取たかと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるゝに盜賊は<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>いて一向存じ申さず殊に<ruby><rb>那者</rb><rt>あのもの</rt></ruby>は見た事もなき人なりと云九助は大いに<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたち</rt></ruby>全く<ruby><rb>那</rb><rt>あの</rt></ruby>者が<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を買に參りしと申せしは<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り今は何を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>しませう去年<ruby><rb>夜廻</rb><rt>よまは</rt></ruby>りの節金八十兩拾ひたるを此程御番所より<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>きし其夜此者が參り斯々申て其金を持歸りし後に其<ruby><rb>帛紗包</rb><rt>ふくさつゝみ</rt></ruby>が落て有しと申に夫は此金かと<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>投出</rb><rt>なげだ</rt></ruby>さるゝを九助は見て是で御座りますと申にぞ越前守殿<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづか</rt></ruby>れ九助<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>り<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>る此上我が金だと云者有ば<ruby><rb>公儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ訴にて渡せ<ruby><rb>決</rb><rt>けつし</rt></ruby>て<ruby><rb>相對</rb><rt>あひたい</rt></ruby>で渡すなハテサテ正直な奴も有ばあるもの御用<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすん</rt></ruby>だぞ<ruby><rb>連歸</rb><rt>つれかへ</rt></ruby>れと有ければ町役人共九助を連て歸りけり

## 第三回

斯て九助は五ヶ年の間<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby>をなし殊に<ruby><rb>今度</rb><rt>このたび</rt></ruby>奉行所より<ruby><rb>賜</rb><rt>たまは</rt></ruby>りし金を合すれば百六七十兩の金子にも成しゆゑ<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>歸</rb><rt>かへり</rt></ruby><ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>ての望みの如く<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>の跡を立んと出立の<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>して<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>始めへの<ruby><rb>土産物</rb><rt>みやげもの</rt></ruby>を<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>整</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へ江戸錦繪淺草海苔<ruby><rb>館林</rb><rt>たてばやし</rt></ruby><ruby><rb>團扇</rb><rt>うちは</rt></ruby>其外<ruby><rb>田舍</rb><rt>ゐなか</rt></ruby><ruby><rb>相應</rb><rt>さうおう</rt></ruby>の品々を<ruby><rb>買求</rb><rt>かひもと</rt></ruby>め<ruby><rb>荷造</rb><rt>にづく</rt></ruby>りをして町内の<ruby><rb>飛脚屋</rb><rt>ひきやくや</rt></ruby><ruby><rb>十七屋</rb><rt>とをつや</rt></ruby>より先へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>し夫より<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>家主<ruby><rb>町代</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>は申に及ばず<ruby><rb>懇意</rb><rt>こんい</rt></ruby>の先々へ<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>に參りしに何れも<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>をぞ呉れしかば<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>二百兩近くの金を<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>へ入古郷を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て旅立ちしが先<ruby><rb>阿部川</rb><rt>あべかは</rt></ruby>へ立寄先年のお<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>を尋ねけるに二三年以前<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>娘お節は<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>へ引取れし由<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>變り果たる浮世かなと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら<ruby><rb>鞠子</rb><rt>まりこ</rt></ruby>の<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>も<ruby><rb>越</rb><rt>こえ</rt></ruby>宇都谷<ruby><rb>峠</rb><rt>たうげ</rt></ruby>に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りしに<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>の<ruby><rb>細道</rb><rt>ほそみち</rt></ruby><ruby><rb>時雨</rb><rt>しぐれ</rt></ruby>來て心<ruby><rb>細</rb><rt>ほそ</rt></ruby>くも<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>にも夢にも人に逢ぬ<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>と<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>り〱て岡部より<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>藤枝</rb><rt>ふぢえだ</rt></ruby>に來りし頃<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>になり先になり<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>なる者二三人付<ruby><rb>添</rb><rt>そひ</rt></ruby>來れば<ruby><rb>故譯</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>相良街道</rb><rt>さがらかいだう</rt></ruby>へは<ruby><rb>這入</rb><rt>はひら</rt></ruby>ず既に瀬戸川迄來りし時日は<ruby><rb>西山</rb><rt>せいざん</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづみ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共兩人<ruby><rb>前後</rb><rt>あとさき</rt></ruby>より引<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>み御旅人<ruby><rb>酒代</rb><rt>さかて</rt></ruby>を貰ひ度と云に九助は<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と云譯をすれ共兩人の<ruby><rb>惡漢</rb><rt>わるもの</rt></ruby>更に聞入ず<ruby><rb>直</rb><rt>つ</rt></ruby>と立寄て左右より手を<ruby><rb>引張</rb><rt>ひつぱり</rt></ruby>し故今は是非なく<ruby><rb>盜賊々々</rb><rt>どろばう〱</rt></ruby><ruby><rb>人殺々々</rb><rt>ひとごろし〱</rt></ruby>と<ruby><rb>呼叫</rb><rt>よびさけ</rt></ruby>ぶに向ふより<ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>に島田講中と<ruby><rb>書</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>水</rb><rt>みづ</rt></ruby>の丸の合<ruby><rb>印</rb><rt>じるし</rt></ruby>の小田原<ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>を<ruby><rb>提</rb><rt>さげ</rt></ruby>半<ruby><rb>合羽</rb><rt>かつぱ</rt></ruby>の穴より<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の大脇差を顯はし<ruby><rb>水晶</rb><rt>すゐしやう</rt></ruby>の<ruby><rb>長總</rb><rt>ながふさ</rt></ruby>の<ruby><rb>珠數</rb><rt>じゆず</rt></ruby>を首に懸し一<ruby><rb>個</rb><rt>こ</rt></ruby>の男<ruby><rb>來懸</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りしが此<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見るより物をも云ず忽ち一人の盜賊の<ruby><rb>腕首</rb><rt>うでくび</rt></ruby><ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで瀬戸川へ<ruby><rb>眞逆</rb><rt>まつさかさ</rt></ruby>まに投込ば<ruby><rb>生死</rb><rt>しやうし</rt></ruby>は知れず成にけり後に殘りし惡漢<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>我等が仕事の<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>るなと兩人<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく<ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby>掛るを彼男は<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へ汝等は往來に<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を張旅人の<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby><ruby><rb>胴亂</rb><rt>どうらん</rt></ruby>に目を掛けて<ruby><rb>追剥</rb><rt>おひはぎ</rt></ruby><ruby><rb>強盜</rb><rt>がうたう</rt></ruby>を爲んとする<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>らずめ己を<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>とか思ふ東海道五十三次<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>に聞えて隱れのない<ruby><rb>題目講</rb><rt>だいもくかう</rt></ruby>の<ruby><rb>講頭</rb><rt>かうかしら</rt></ruby>水田屋藤八を見忘れたか汝等能く聞け<ruby><rb>身延山</rb><rt>みのぶさん</rt></ruby>の<ruby><rb>會式</rb><rt>ゑしき</rt></ruby><ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り罪作りとは思へども見るに忍びぬ此場の<ruby><rb>時宜</rb><rt>しぎ</rt></ruby><ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>は<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け船七十五里の<ruby><rb>遠江灘</rb><rt>とほたふみなだ</rt></ruby><ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>の水先押<ruby><rb>曲</rb><rt>まげ</rt></ruby>て尻を十<ruby><rb>分</rb><rt>ぶん</rt></ruby><ruby><rb>卷</rb><rt>まく</rt></ruby>り<ruby><rb>帆</rb><rt>ほ</rt></ruby>に早く<ruby><rb>湊</rb><rt>みなと</rt></ruby>へ<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>込て命ばかりの掛り船ドリヤ<ruby><rb>梶</rb><rt>かぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>採</rb><rt>とら</rt></ruby>ふかヱイと二人を左右へ一度に投付れば<ruby><rb>惡漢共</rb><rt>わるものども</rt></ruby>は<ruby><rb>天窓</rb><rt>あたま</rt></ruby>を抱へ雲を<ruby><rb>霞</rb><rt>かすみ</rt></ruby>と逃失けり藤八は後見送りおつなせりふの<ruby><rb>機會</rb><rt>はずみ</rt></ruby>からヤア逃るは〱時に御旅人<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>は無かと九助を<ruby><rb>勞</rb><rt>いたは</rt></ruby>り介抱なし先々今宵は私が<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ御泊り成いと夫より九助を同道して藤八は我が家へ來り<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>よりサア御客だ御湯を取れと亭主の聲に家内の者は<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>てソリヤ旦那樣が<ruby><rb>御歸</rb><rt>おかへり</rt></ruby>と云つゝ一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>出迎</rb><rt>でむかう</rt></ruby>を藤八は是々途中から御客を連て來たと云<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に十六七の娘<ruby><rb>甲斐々々</rb><rt>かひ〲</rt></ruby><ruby><rb>敷</rb><rt>しく</rt></ruby><ruby><rb>盥</rb><rt>たらひ</rt></ruby>に湯を取て<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>來り御洗ひ成れましと顏を見るより彼の娘はヤアお前は水呑村の九助樣と<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>すれば九助も驚き<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>云<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>は阿部川のお節殿と<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>足を洗ふ<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>娘は藤八に向ひ旦那樣此お方は先年<ruby><rb>御恩</rb><rt>ごおん</rt></ruby>を請た御人で御座りますと聞て藤八も驚き<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば豫て話の九助殿人を助けたれば又<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けらるゝアヽ<ruby><rb>陰徳</rb><rt>いんとく</rt></ruby>あれば<ruby><rb>陽報</rb><rt>やうはう</rt></ruby>ありとはテモ不思議と是より座敷に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り互に<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>の物語りをなし九助殿<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>は私が送つて<ruby><rb>進度</rb><rt>あげたい</rt></ruby>が<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころない用事が有る故參る事は出來ず去りながら又途中にて<ruby><rb>何樣</rb><rt>どのやう</rt></ruby>な事が有まいものでもなし然る時は百日の<ruby><rb>説法</rb><rt>せつぽふ</rt></ruby><ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>一ツとやらなれば金子などは先私に預けて<ruby><rb>明後日頃</rb><rt>あさつてごろ</rt></ruby>村方の親類衆でも<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はさるゝか又<ruby><rb>確乎</rb><rt>たしか</rt></ruby>な使をお<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れよ其時の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>には幸ひ<ruby><rb>御延</rb><rt>みのぶ</rt></ruby>の<ruby><rb>貫主</rb><rt>くわんしゆ</rt></ruby>樣に<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>の裏書を願つて書て頂いた是は私が<ruby><rb>骸</rb><rt>からだ</rt></ruby>にも<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>られぬ大切の品なれどお前に渡すサア金と引替に致さんと藤八が<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に九助も<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>し百八十兩の金を<ruby><rb>預置</rb><rt>あづけおき</rt></ruby><ruby><rb>何角</rb><rt>なにか</rt></ruby>と<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に禮を延べ又家内へも<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か心付などして藤八方を翌日<ruby><rb>辰刻頃</rb><rt>たつどきごろ</rt></ruby>出立古郷水呑村へぞ歸りける<ruby><rb>土産物</rb><rt>みやげもの</rt></ruby>は<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby>にて先へ送りし事故<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>九郎兵衞女房お里も待居たる處なれば皆々<ruby><rb>出迎</rb><rt>でむか</rt></ruby>ひ悦び<ruby><rb>合</rb><rt>あふ</rt></ruby>に九助は其足にて<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>惣左衞門是は先年病死して<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby><ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby>當時名主役<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め居るゆゑ同人方へ參り其外<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>左治衞門<ruby><rb>周藏</rb><rt>しうざう</rt></ruby>始め村中一同へ廻り歸村の旨申聞ける故先方よりも皆々大勢<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びに來り中にも九郎兵衞は江戸の<ruby><rb>首尾</rb><rt>しゆび</rt></ruby>を聞ゆゑ九助も段々始終の話より歸り掛けの道中にて<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>島田<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>の水田屋が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby><ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>の話等を爲し明日は金を請取に參るとて十界の曼陀羅を<ruby><rb>佛壇</rb><rt>ぶつだん</rt></ruby>へ上置其夜は九助も<ruby><rb>旅勞</rb><rt>たびつか</rt></ruby>れゆゑ前後も知らず休みしが翌朝<ruby><rb>佛壇</rb><rt>ぶつだん</rt></ruby>を見れば日蓮上人<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>十界の曼陀羅見えざるにより家内は<ruby><rb>大騷</rb><rt>おほさわ</rt></ruby>ぎとなりて直樣菩提所<ruby><rb>不動院</rb><rt>ふどうゐん</rt></ruby>を招き<ruby><rb>卜筮</rb><rt>うらなひ</rt></ruby>を頼みけるに此は色情より事起りて盜人は家内にあり<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>成べし後には<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>出入にも成ん隨分身を<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>まれよと云て歸りしが此時<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の醫師高田<ruby><rb>玄伯</rb><rt>げんぱく</rt></ruby>通り掛しをも呼込み又々<ruby><rb>占考</rb><rt>うらなひ</rt></ruby>を頼みけるに<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>六文を並べて<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ひ此盜賊は男で御座ると云ながら<ruby><rb>歸去</rb><rt>かへりさり</rt></ruby>けるにぞ九助は種々と工夫し其儘四里廿一丁を一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>に飛が如く水田屋へ到り息を<ruby><rb>繼々</rb><rt>つぎ〱</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の話をなしければ藤八は先<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へと云まゝ九助は座敷へ通りけるに<ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>に十界の曼陀羅を<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>り左右に<ruby><rb>燈明</rb><rt>とうみやう</rt></ruby><ruby><rb>香花</rb><rt>かうげ</rt></ruby>を備へ有しかば是はと驚き問に藤八は<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>ればなり今朝御親類の周藏と云る人此<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>と引替に金は持參致されしと聞てそれは老人で御座るかと云ふに藤八<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>皆未<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い御人其外に<ruby><rb>喜平治</rb><rt>きへいぢ</rt></ruby>にも來られしと語るに九助夫は皆<ruby><rb>年齡</rb><rt>とし</rt></ruby>が違ひますと聞藤八ハヽア<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>違ふ筈だ跡で此方にも少し<ruby><rb>胡亂</rb><rt>うろん</rt></ruby>の儀思ひ當る事も御座れば<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が明日參つて吟味致さんにより村中の者を御<ruby><rb>招</rb><rt>まねぎ</rt></ruby>あれと申故左樣なら御苦勞ながら<ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>に致して招き置ん程に<ruby><rb>何分御頼</rb><rt>たの</rt></ruby>み申と約束して立歸り九助は<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>に向ひ<ruby><rb>折惡敷</rb><rt>をりあしく</rt></ruby>先方が<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>にて<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らざれども<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>家内の者村中の世話になりし事ゆゑ名主組頭<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>を始め招いて<ruby><rb>濁酒</rb><rt>にごりざけ</rt></ruby>でも<ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>せ<ruby><rb>度</rb><rt>たし</rt></ruby>と相談の上人を廻し支度をして待うち翌日に成しかば名主<ruby><rb>鵜川惣内</rb><rt>うがはそうない</rt></ruby>後家お深組頭周藏佐治右衞門<ruby><rb>傳兵衞</rb><rt>でんべゑ</rt></ruby><ruby><rb>木祖</rb><rt>きそ</rt></ruby>兵衞親類には千右衞門喜平治<ruby><rb>金助</rb><rt>きんすけ</rt></ruby>大八丈右衞門兩<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の善右衞門<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>四郎辰六<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>右衞門其<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>多人數</rb><rt>たにんず</rt></ruby>入來り九郎兵衞八右衞門<ruby><rb>久</rb><rt>きう</rt></ruby>七八内忠七六之助などは<ruby><rb>分家</rb><rt>ぶんけ</rt></ruby>故皆々勝手働き先代が<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>し百姓三五郎辰八等は水を<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>米を<ruby><rb>炊</rb><rt>かし</rt></ruby>ぎ村方大半<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>ての<ruby><rb>大饗應</rb><rt>おほふるまひ</rt></ruby>故村の<ruby><rb>鎭守</rb><rt>ちんじゆ</rt></ruby><ruby><rb>諏訪</rb><rt>すは</rt></ruby>大明神の<ruby><rb>神主</rb><rt>かんぬし</rt></ruby><ruby><rb>高原備前</rb><rt>たかはらびぜん</rt></ruby>并びに醫師<ruby><rb>玄伯等</rb><rt>げんぱくら</rt></ruby>を上座に居て料理の<ruby><rb>種々</rb><rt>くさ〲</rt></ruby>は<ruby><rb>興津鯛</rb><rt>おきつだひ</rt></ruby>の<ruby><rb>吸物</rb><rt>すひもの</rt></ruby><ruby><rb>鰯</rb><rt>いわし</rt></ruby>に<ruby><rb>相良布</rb><rt>さがらめ</rt></ruby>の<ruby><rb>奴茹</rb><rt>ぬた</rt></ruby>の大<ruby><rb>鮃濱燒</rb><rt>ひらめはまやき</rt></ruby><ruby><rb>鰌</rb><rt>どぜう</rt></ruby>の<ruby><rb>鼈煑</rb><rt>すつぽんに</rt></ruby>などにて<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>を始め<ruby><rb>一順</rb><rt>ひとゝほり</rt></ruby><ruby><rb>盃盞</rb><rt>さかづき</rt></ruby>も廻りしかば九助は<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と座を立裏口へ出て待處に水田屋藤八<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に來りければ<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の小座敷へ案内なし三五郎を<ruby><rb>相手</rb><rt>あひて</rt></ruby>に<ruby><rb>差置</rb><rt>さしおき</rt></ruby>伯父九郎兵衞の前は<ruby><rb>道連</rb><rt>みちづれ</rt></ruby>の人が尋ねて參りしと申<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>しに藤八は<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て酒宴の席を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>き見れば二ツ<ruby><rb>髷</rb><rt>まげ</rt></ruby>の後家の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に居る<ruby><rb>巴</rb><rt>ともゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>たる黒の羽織を着せし者と其<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に居る<ruby><rb>花色</rb><rt>はないろ</rt></ruby>の<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby><ruby><rb>酌</rb><rt>しやく</rt></ruby>をして居る兩人なりと云に<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>れは當時の名主<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby>今一人は名主の手代<ruby><rb>源藏</rb><rt>げんざう</rt></ruby>と云者なり扨々<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き奴かな今に目に物見せて呉んと云つゝ<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏色にて九助は座敷へ出今日皆々樣を御<ruby><rb>呼立</rb><rt>よびたて</rt></ruby>申せども是と云<ruby><rb>興</rb><rt>きよう</rt></ruby>もなく候へば只々御<ruby><rb>氣根</rb><rt>きこん</rt></ruby>に御<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り下されよと云に周藏は取<ruby><rb>敢</rb><rt>あへ</rt></ruby>ず此周藏佐治右衞門を始め神主樣御醫師樣<ruby><rb>親方</rb><rt>おやかた</rt></ruby>の後家樣其外<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>十分に<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>されたサア〱勝手の<ruby><rb>手傳衆</rb><rt>てつだひしう</rt></ruby>大勢ぢや御<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゆ</rt></ruby>も一ツ御<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り成れと<ruby><rb>猪口</rb><rt>ちよく</rt></ruby>を<ruby><rb>指</rb><rt>させ</rt></ruby>ば傳兵衞も又<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>九助殿此傳兵衞も今は<ruby><rb>隱居</rb><rt>いんきよ</rt></ruby>しましたが<ruby><rb>先親方</rb><rt>せんおやかた</rt></ruby>九郎右衞門殿の頃より懇意とは申ながら當年八十一歳で御座る<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>サ<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>も致さぬが何と九助殿江戸も私が若い時とは<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>に<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby>月に<ruby><rb>増</rb><rt>まし</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>で御座らう何と<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしい事はないかなと云ふ<ruby><rb>機</rb><rt>しほ</rt></ruby>に九助は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進め<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>何も珍らしき事も御座らぬが<ruby><rb>差當</rb><rt>さしあた</rt></ruby>り<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>と申は私が江戸表にて千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby><ruby><rb>萬苦</rb><rt>ばんく</rt></ruby>して<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へた金子が一昨夜<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>ました其譯は定めし皆々樣も御<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れたで御座らうが其金子は<ruby><rb>島田宿</rb><rt>しまたじゆく</rt></ruby>の水田屋へ預け置右の代りに持て參りし<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の<ruby><rb>日蓮樣</rb><rt>にちれんさま</rt></ruby>の<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>一昨夜<ruby><rb>中</rb><rt>ちう</rt></ruby>に私が所で<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>し誠に五年の辛苦は水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>と成ましたと語るに一座の者共夫は<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>か<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>爲樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>は無事哉と云ば九助はイヱ夫に就て御話が御座ります<ruby><rb>天道</rb><rt>てんだう</rt></ruby>と云者は<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はれぬもので<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>の<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を照らし給ふ故其盜人が知ましたと云を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>惣内<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>はハツと<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を赤らめしを<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>の佐治右衞門は氣も<ruby><rb>付</rb><rt>つか</rt></ruby>ず進み出夫は他國の<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>か村内の者か<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き奴なり<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>吟味さつしやれと<ruby><rb>張肱</rb><rt>はりひぢ</rt></ruby>を爲に九助はイエサ<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>でも御座りません<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>のと惣内の<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見れば惣内<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>けるを思ひ切て茲に御座る<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>樣ハイ惣内殿シテ同類は<ruby><rb>手代</rb><rt>てだい</rt></ruby><ruby><rb>物書</rb><rt>ものかき</rt></ruby>の源藏と<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>るを聞より名主の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>お深は<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたち</rt></ruby>ナニ九助殿<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby>は親類と<ruby><rb>云</rb><rt>いひ</rt></ruby><ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>年<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>でも惣内は村役も致す者<ruby><rb>滿座</rb><rt>まんざ</rt></ruby>の中での<ruby><rb>泥坊</rb><rt>どろばう</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はり<ruby><rb>酒興</rb><rt>しゆきよう</rt></ruby>と云ては<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>ませぬと<ruby><rb>詰寄</rb><rt>つめよせ</rt></ruby>るを九助は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>私は氣違ひでもなく酒亂でもなければ<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>の<ruby><rb>無</rb><rt>ない</rt></ruby>事は申しません<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取り島田宿の中町水田屋藤八方へ參られて九助が親類周藏と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>られしは惣内殿喜平次と<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りしは源藏右兩人曼陀羅を證據に百八十兩を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取と云を源藏は<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>是此源藏を盜人とは大それた何を證據にと目に<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たつ</rt></ruby>れば惣内<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby><ruby><rb>立直</rb><rt>たてなほ</rt></ruby>し名主役の惣内を盜人などとは<ruby><rb>言語同斷</rb><rt>ごんごどうだん</rt></ruby>なり九助品に依り<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>に因ては<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby><ruby><rb>成難</rb><rt>なりがた</rt></ruby>しと聞<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>四方より九助を取<ruby><rb>卷</rb><rt>まき</rt></ruby>たり

## 第四回

是を<ruby><rb>機</rb><rt>しほ</rt></ruby>に九郎兵衞は此方より<ruby><rb>飛</rb><rt>とん</rt></ruby>で出九助の<ruby><rb>髻</rb><rt>もとゞ</rt></ruby>りを<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>み取て<ruby><rb>捻伏</rb><rt>ねぢふせ</rt></ruby><ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>を<ruby><rb>喰切</rb><rt>くひしめ</rt></ruby><ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めて<ruby><rb>散々</rb><rt>さん〲</rt></ruby>に叩き<ruby><rb>居</rb><rt>すゑ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れは<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>い<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>江戸へ出て金を<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>親父が<ruby><rb>質田</rb><rt>しちた</rt></ruby>を<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>すの又は百八十兩<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたの貰つたのと<ruby><rb>虚言</rb><rt>うそ</rt></ruby>八百を<ruby><rb>吹散</rb><rt>ふきちら</rt></ruby>し其實一文なしで家へのたり<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>其上名主殿を始め源藏までを<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はり<ruby><rb>組頭衆</rb><rt>くみがしらしう</rt></ruby>や<ruby><rb>年寄衆</rb><rt>としよりしう</rt></ruby>へ此<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>が何の<ruby><rb>面向</rb><rt>かほむけ</rt></ruby>が成ものか<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby><ruby><rb>猛々敷</rb><rt>たけ〱しい</rt></ruby>とは汝が事なり兄九郎右衞門殿の<ruby><rb>位牌</rb><rt>ゐはい</rt></ruby>へ對して此九郎兵衞が云<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ぬ汝が親九郎右衞門に<ruby><rb>成代</rb><rt>なりかは</rt></ruby>り此伯父が勘當する出て<ruby><rb>失</rb><rt>うせ</rt></ruby>ろと猶も<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>なす處へ<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く〱と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>一間より<ruby><rb>直</rb><rt>つゝ</rt></ruby>と出るや<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>や九郎兵衞を取て<ruby><rb>突退</rb><rt>つきの</rt></ruby>け名主手代を左右へ<ruby><rb>押分</rb><rt>おしわけ</rt></ruby>て<ruby><rb>動乎</rb><rt>どつか</rt></ruby>と<ruby><rb>居</rb><rt>すわ</rt></ruby>りし男を見れば下に<ruby><rb>結城紬</rb><rt>ゆふきつむぎ</rt></ruby>の小袖二ツ上は<ruby><rb>紺紬</rb><rt>こんつむぎ</rt></ruby>に二ツ<ruby><rb>井桁</rb><rt>ゐげた</rt></ruby>の<ruby><rb>紋所</rb><rt>もんどころ</rt></ruby><ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>し小袖を着五本手縞の<ruby><rb>半合羽</rb><rt>はんかつぱ</rt></ruby>を<ruby><rb>羽折</rb><rt>はをり</rt></ruby><ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の大脇差を手に持たり是別人ならず島田宿の旅籠屋水田屋藤八成ば別て惣内源藏の兩人は<ruby><rb>愕然</rb><rt>ぎよつ</rt></ruby>としたる樣子にて<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむき</rt></ruby>居るに藤八は一同へ向ひ茲な名主惣内殿并に手代の源藏兩人<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>と見たは違ひなしコレ名主手代の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>此九助殿の親類周藏嘉平次と<ruby><rb>云</rb><rt>いつ</rt></ruby>て確な<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>日蓮樣の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を持參なし引<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>にして百八十兩の金を能も<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取れたなイヤサ東海道五十三<ruby><rb>次</rb><rt>つぎ</rt></ruby>品川から<ruby><rb>大津</rb><rt>おほつ</rt></ruby>まで名を賣て居る此水田屋藤八を能も<ruby><rb>誑</rb><rt>だま</rt></ruby>し<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>つたなサア此上は<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の役所へ<ruby><rb>拘引</rb><rt>おびき</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>し<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>の皮を<ruby><rb>剥</rb><rt>むい</rt></ruby>て<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>らなければ此藤八の蟲が<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつか</rt></ruby>ぬ未だ此上にも爭はゞ<ruby><rb>片端</rb><rt>かたはし</rt></ruby>から覺悟をしろと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>られし惣内源藏の兩人は今更何とも言葉なく穴へも<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>たき樣子なり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>どもお<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>九郎兵衞は<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>より進出コレ此方は藤八殿とやら千五百石の<ruby><rb>束</rb><rt>たばね</rt></ruby>もする庄屋役を<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>年若</rb><rt>としわか</rt></ruby>なればとて盜賊<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はりは何事ぞ是には<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>な證據でも有ての事か是サ組頭<ruby><rb>默言</rb><rt>だまつ</rt></ruby>て御座つては<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>ますまいと<ruby><rb>怒</rb><rt>たけ</rt></ruby>り立れば組頭の周藏傳兵衞も<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ居しが漸々進み出コレ藤八殿餘り<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>きな聲をさつしやるな<ruby><rb>小聲</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>でも<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>ります先當時の<ruby><rb>役頭</rb><rt>やくがしら</rt></ruby>を盜賊<ruby><rb>呼</rb><rt>よばは</rt></ruby>り<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>な證據なくては云れぬ事<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に九助が親類と<ruby><rb>私等</rb><rt>わしら</rt></ruby>が名をも<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>られては<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>以て<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>と云<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>より嘉平次も<ruby><rb>然樣々々</rb><rt>さやう〱</rt></ruby>我等は百姓<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>も致す者<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>と申て名を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り<ruby><rb>眞間</rb><rt>まんま</rt></ruby>と<ruby><rb>欺</rb><rt>だまし</rt></ruby>て<ruby><rb>御在</rb><rt>ござ</rt></ruby>つたりと云を藤八<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも是を御覽じろと一通の書付を<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し其節證據の曼陀羅を取替行るゝ事故請取も<ruby><rb>糸瓜</rb><rt>へちま</rt></ruby>も入ぬ譯なれど深切づくの<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り物<ruby><rb>生若</rb><rt>なまわか</rt></ruby>い衆の御出に付<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>の爲<ruby><rb>取</rb><rt>とら</rt></ruby>ずとも<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>い請取までサア御覽じろと差出すを各々取上げ<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見るに

<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼえ</rt></ruby>

一金百八十兩也

右九助よりの預け金<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>申候<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby><ruby><rb>實正</rb><rt>じつしやう</rt></ruby>なり後日の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>請取證</rb><rt>うけとりしよう</rt></ruby><ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て如件

水呑村九助親類

十一月二日<ruby><rb>周藏</rb><rt>しうざう</rt></ruby>　<ruby><rb>印</rb><rt>いん</rt></ruby>

<ruby><rb>喜平次</rb><rt>きへいじ</rt></ruby>　<ruby><rb>印</rb><rt>いん</rt></ruby>

<ruby><rb>水田屋</rb><rt>みづたや</rt></ruby>藤八樣

周藏喜平次始め一同此請取を見て此<ruby><rb>手跡</rb><rt>しゆせき</rt></ruby>は源藏なり周藏が<ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎやう</rt></ruby>は<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>惣内殿の印形喜平次のは源藏が<ruby><rb>判</rb><rt>はん</rt></ruby><ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は如何にと周藏はお深に對ひコレお深殿此通りだが<ruby><rb>未</rb><rt>まだ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>をして周藏や喜平次が名を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>るとはハテ<ruby><rb>大盜賊</rb><rt>おほどろばう</rt></ruby>と惣内を<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>めば<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>お深は<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へず悴惣内を押伏せ<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>なせば源藏は堪り兼逃出す所を九助が親より召使ひの三五郎飛で出<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby><ruby><rb>襟髮</rb><rt>えりがみ</rt></ruby><ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで<ruby><rb>捻倒</rb><rt>ねぢたふ</rt></ruby>しコリヤヽイ源藏汝は<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も〱己が旦那を馬鹿にしたな<ruby><rb>汝</rb><rt>うぬ</rt></ruby>は水呑村の水呑百姓なりしを<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>旦那の御蔭にて一人前の百姓に取立られたる其<ruby><rb>恩儀</rb><rt>おんぎ</rt></ruby>を忘れ<ruby><rb>盜人</rb><rt>ぬすびと</rt></ruby>に同意爲す爰な<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしやう</rt></ruby>めと云聲聞て勝手に働き居りし若い者又は九助が<ruby><rb>家附</rb><rt>いへつき</rt></ruby>の親類小前の<ruby><rb>輩</rb><rt>ともが</rt></ruby>ら十二三人<ruby><rb>襷懸</rb><rt>たすきがけ</rt></ruby>にて面々飛出し<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>大騷ぎとなりし故藤八は兩手を<ruby><rb>上</rb><rt>あ</rt></ruby>げ是々皆なの<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>先々</rb><rt>まあ〱</rt></ruby><ruby><rb>靜</rb><rt>しづか</rt></ruby>にせられよ此れ處か<ruby><rb>未々</rb><rt>まだ〱</rt></ruby>お<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>がある是を惣内殿<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>覺えが有うなと<ruby><rb>投出</rb><rt>なげいだ</rt></ruby>す<ruby><rb>姫路</rb><rt>ひめぢ</rt></ruby>革の三徳を見て惣内はヤア是はと云を藤八はオヽ<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>する<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby><ruby><rb>貴方</rb><rt>きさま</rt></ruby>が歸つた其跡に落して置た此三徳中は六<ruby><rb>韜</rb><rt>たう</rt></ruby>三略の卷ドリヤ〱讀で聞せやう皆の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>さずにマア落付て聞給へダガ九郎兵衞殿<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>の娘も偖々<ruby><rb>枇杷葉湯</rb><rt>びはえふたう</rt></ruby>誰にも<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>にも大振舞情の深い人さんぢや<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby>又庄屋の<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>樣よ此方の<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>も<ruby><rb>物喰</rb><rt>ものくひ</rt></ruby><ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>何を喰ても<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>るめへサア聞なせへ〱

一<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby>申上參せ候扨々思ひ掛なく九<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby><ruby><rb>出拔</rb><rt>だしぬけ</rt></ruby>に歸國致し途方に暮參せ候豫々夫婦になり度<ruby><rb>祈</rb><rt>いのり</rt></ruby>居候へども此の後は<ruby><rb>寛々</rb><rt>ゆる〱</rt></ruby>御げんもじも<ruby><rb>心元</rb><rt>こゝろもと</rt></ruby>なく<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby>參せ候

藤八サア聞なせへ是が<ruby><rb>序開</rb><rt>じよびら</rt></ruby>き是からが追々魂丹だと一調子張上て

此上は當處を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちの</rt></ruby>き<ruby><rb>鳥</rb><rt>とり</rt></ruby><ruby><rb>棲</rb><rt>すま</rt></ruby>ぬ山の<ruby><rb>奧</rb><rt>おく</rt></ruby><ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby><ruby><rb>臥</rb><rt>ふ</rt></ruby>す<ruby><rb>野邊</rb><rt>のべ</rt></ruby>も<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ひなく御連添下され度夫のみ念じ上參らせ候右に付九助事江戸にて百八十兩<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる金子島田<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>中町の<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>にて水田屋藤八と申方へ預け置割符の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>持歸り申候

藤八<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ村の<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby><ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>が<ruby><rb>芋</rb><rt>いも</rt></ruby>にも<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>さうなもので御座らうサア〱茲が<ruby><rb>肝腎</rb><rt>かんじん</rt></ruby>だ

其曼陀羅を持參致せば誰にても右の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>に渡し候由<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候まゝ<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に其曼陀羅を<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>樣へ御渡し申候間金子首尾能御請取下され<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>金子さへ有ば<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>の浦にても心の儘と存候へば一時も早く<ruby><rb>立退度</rb><rt>たちのきたく</rt></ruby>夫のみ祈り居參せ候猶委細の事は源藏殿より御<ruby><rb>聞下</rb><rt>きゝくだ</rt></ruby>さるべく候何も心<ruby><rb>急</rb><rt>せか</rt></ruby>れ候へば先は<ruby><rb>荒々</rb><rt>あら〱</rt></ruby>申上參せ候めで<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>かしく

さ　<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>　より

<ruby><rb>惣樣</rb><rt>そうさま</rt></ruby>へ

と<ruby><rb>讀了</rb><rt>よみをは</rt></ruby>り藤八サア是でも<ruby><rb>汝等</rb><rt>うぬら</rt></ruby>は爭ふかと云れて九郎兵衞は今更面目なさに娘お里を引据此猥婬者めと人前<ruby><rb>繕</rb><rt>つくら</rt></ruby>ふ<ruby><rb>打擲</rb><rt>ちやうちやく</rt></ruby>に<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>のお深も猶惣内を打<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>る故一同見ても居られず<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>周藏佐治右衞門傳兵衞<ruby><rb>木祖兵衞</rb><rt>きそべゑ</rt></ruby>長百姓喜平次善右衞門<ruby><rb>神主</rb><rt>かんぬし</rt></ruby><ruby><rb>備前</rb><rt>びぜん</rt></ruby><ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>玄伯等<ruby><rb>各自</rb><rt>おの〱</rt></ruby>中に<ruby><rb>立入</rb><rt>たちいり</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>共に預りて此日は皆々引取しがお里は組頭周藏へ預け其夜<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又周藏方へ惣内始め寄合て心得違ひの趣きに<ruby><rb>扱</rb><rt>あつか</rt></ruby>ひを入れ百八十兩の金子を殘らず<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>しければ九助はお里を是迄の縁と<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>殊に伯父の娘なれば<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しき事も成難しと千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby>萬<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>して<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>たる金の中を五十兩<ruby><rb>分與</rb><rt>わけあた</rt></ruby>へ<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>なせしかば村中の者共も又中に立入<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>和談</rb><rt>わだん</rt></ruby>の上お里を惣内の女房とし續て伯父の九郎兵衞も惣内方へ<ruby><rb>介抱人</rb><rt>かいはうにん</rt></ruby>に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>お深と夫婦になりて<ruby><rb>消光</rb><rt>くらし</rt></ruby>居たり其後九助は親九郎右衞門が質に入置たる田地を請戻し<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>の<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby>三五郎を<ruby><rb>鍬頭</rb><rt>くはがしら</rt></ruby>として元の如くに家を起しければ家付きの親類周藏喜平次を始<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>にては<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじいう</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>島田宿</rb><rt>しまだしゆく</rt></ruby>の水田屋へ到りて種々相談の上<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>のお節を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ度由を云入ければ藤八も一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby>の<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>を感じ喜びお節を己が<ruby><rb>養女</rb><rt>やうぢよ</rt></ruby>として<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>も立派に調へ水呑村九助方へぞ送りける茲に又惣内は九郎兵衞に<ruby><rb>惡智慧</rb><rt>わるぢゑ</rt></ruby>を加れ村中の<ruby><rb>山林</rb><rt>さんりん</rt></ruby>を<ruby><rb>賣</rb><rt>うり</rt></ruby>或ひは<ruby><rb>質入</rb><rt>しちいれ</rt></ruby>などにせし事<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れければ村方小前一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby>百五十軒<ruby><rb>集合</rb><rt>しふがふ</rt></ruby>して惣内が<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>算</rb><rt>かぞ</rt></ruby>へ<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby><ruby><rb>那樣成</rb><rt>あのやうなる</rt></ruby>名主は役に立ずと<ruby><rb>連判</rb><rt>れんばん</rt></ruby>を以て組頭へ差出せしに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>共<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>め扱ひけれども<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>一同<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>せざれば<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby><ruby><rb>役場</rb><rt>やくば</rt></ruby>へ申立て惣内は名主<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>取<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>られたり扨又惣百姓<ruby><rb>連印</rb><rt>れんいん</rt></ruby>を以て九助は親の跡故是非跡役仰付らるゝ樣にと本多長門守殿郡奉行へ<ruby><rb>願書</rb><rt>ねがひしよ</rt></ruby>を差出しければ願ひの通り川口九助へ名主申付られ村方の者喜び睦しく暮しけり

## 第五回

茲に又<ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>の<ruby><rb>加番衆</rb><rt>かばんしゆ</rt></ruby>松平玄蕃頭殿の<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>に石川安五郎と云ふ<ruby><rb>若侍士</rb><rt>わかざむらひ</rt></ruby>ありしが駿府二丁目の小松屋の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ遊女<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>が<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ通ひ互ひに深くなるに付<ruby><rb>廓</rb><rt>さと</rt></ruby>の金には<ruby><rb>迫</rb><rt>つま</rt></ruby>るの習ひ後には<ruby><rb>揚代金</rb><rt>あげだいきん</rt></ruby>も<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほり<ruby><rb>娼妓</rb><rt>しやうぎ</rt></ruby>が<ruby><rb>櫛笄</rb><rt>くしかうがひ</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>までも<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>しての立引に<ruby><rb>毎晩</rb><rt>まいばん</rt></ruby>通ひ居たりしが<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>二階を<ruby><rb>謝斷</rb><rt>せかれ</rt></ruby>しが<ruby><rb>煩惱</rb><rt>ぼんなう</rt></ruby>の犬に<ruby><rb>追</rb><rt>おは</rt></ruby>れ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>懲</rb><rt>こり</rt></ruby>ずまに忍び通ひける<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>或夜</rb><rt>あるよ</rt></ruby><ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い者共の目に<ruby><rb>懸</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>引捕</rb><rt>ひつとら</rt></ruby>へられ<ruby><rb>桶伏</rb><rt>をけふせ</rt></ruby>にぞせられける是は<ruby><rb>据風呂桶</rb><rt>すゑふろをけ</rt></ruby>を<ruby><rb>伏</rb><rt>ふせ</rt></ruby>其上へ大いなる石を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>鐵砲を<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby>其穴より<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>に食物を入るのみ其樣彼の<ruby><rb>軍鷄籠</rb><rt>とうまるかご</rt></ruby>を伏たる如くなり<ruby><rb>古昔</rb><rt>むかし</rt></ruby><ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>と<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>へ<ruby><rb>大門</rb><rt>おほもん</rt></ruby>御免の場所には之ありしとなり然ば<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>は大いに<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>きしが或日<ruby><rb>饅頭</rb><rt>まんぢう</rt></ruby>二ツを紙に包み<ruby><rb>禿</rb><rt>かむろ</rt></ruby><ruby><rb>躑躅</rb><rt>つゝじ</rt></ruby>を<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と<ruby><rb>招</rb><rt>まね</rt></ruby>き是を<ruby><rb>桶</rb><rt>をけ</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>より入れさするに安五郎<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと何心なく<ruby><rb>饅頭</rb><rt>まんぢう</rt></ruby>を二ツに<ruby><rb>割</rb><rt>わる</rt></ruby>に中に<ruby><rb>少</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さく<ruby><rb>疊</rb><rt>たゝみ</rt></ruby>し紙ありければ<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見るに

<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby><ruby><rb>子刻頃</rb><rt>こゝのつどきごろ</rt></ruby><ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>を<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>候<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>り<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は大門番重五郎が<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>にてお前樣は柴屋町へ先へ御出なされお<ruby><rb>待合</rb><rt>まちあ</rt></ruby>はせ下さるべし何事も御げんもじの節と申<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>し參らせ候かしく

と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>安五郎は此兩三日<ruby><rb>桶伏</rb><rt>をけふせ</rt></ruby>の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby><ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>もやらず居る處成ば文を見て扨は重五郎<ruby><rb>日頃</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>我に<ruby><rb>辛</rb><rt>つら</rt></ruby>く當りしは<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>し事かと<ruby><rb>龍門</rb><rt>りうもん</rt></ruby>の<ruby><rb>鯉</rb><rt>こひ</rt></ruby>天へ<ruby><rb>昇</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り<ruby><rb>無間地獄</rb><rt>むげんぢごく</rt></ruby>の<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>彌陀如來</rb><rt>みだによらい</rt></ruby>の<ruby><rb>御來迎</rb><rt>ごらいかう</rt></ruby>ありて助を得たる心地して大いに悦び今や<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>と待居たりしが心の<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆるみ</rt></ruby>よりとろ〱と<ruby><rb>睡眠</rb><rt>まどろむ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby><ruby><rb>雷</rb><rt>らい</rt></ruby>の落たる如き物音に夢は<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れて<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見れば<ruby><rb>晴</rb><rt>はれ</rt></ruby>渡りたる北斗の<ruby><rb>光</rb><rt>ひかり</rt></ruby><ruby><rb>晃々</rb><rt>ぴか〱</rt></ruby>として<ruby><rb>襟元</rb><rt>えりもと</rt></ruby>へ落る<ruby><rb>木滴</rb><rt>きしづく</rt></ruby>に心付見れば<ruby><rb>桶</rb><rt>をけ</rt></ruby>は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に打返して有しにぞ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>かなたこなた</rt></ruby>と見廻す中彼の重五郎は柳の<ruby><rb>小蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>より<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と立出小聲にてアヽ<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby>安五郎樣私は<ruby><rb>白妙樣</rb><rt>しろたへさま</rt></ruby>には<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ縁の有者此の處にての<ruby><rb>長談</rb><rt>ながばなし</rt></ruby>は無益なり少しも早く<ruby><rb>鞠子</rb><rt>まりこ</rt></ruby>の奧の<ruby><rb>柴屋寺</rb><rt>しばやでら</rt></ruby>へ御出成れて御待あれ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は白妙樣から御<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>有ん私しも後より<ruby><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>の供をして<ruby><rb>追着</rb><rt>おひつき</rt></ruby>ます早う〱と云ければ安五郎はオヽ何も云ぬ重五郎殿<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けないと空を<ruby><rb>霞</rb><rt>かすみ</rt></ruby>に<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ出<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て阿部川を<ruby><rb>打越</rb><rt>うちこえ</rt></ruby>て柴屋寺へと<ruby><rb>急</rb><rt>いそぎ</rt></ruby>ける（柴屋寺と言は柴屋宗長が<ruby><rb>庵室</rb><rt>あんしつ</rt></ruby>にして今<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>と）既に其夜も<ruby><rb>子刻</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>の<ruby><rb>拍子木</rb><rt>ひやうしぎ</rt></ruby><ruby><rb>諸倶</rb><rt>もろとも</rt></ruby>家々の<ruby><rb>軒行燈</rb><rt>のきあんどん</rt></ruby>も早引て<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の中も<ruby><rb>寂寞</rb><rt>ひつそり</rt></ruby>と<ruby><rb>往來</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>の人も<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>も丁度<ruby><rb>吉野屋</rb><rt>よしのや</rt></ruby>の<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>て<ruby><rb>傾城</rb><rt>けいせい</rt></ruby>白妙名に<ruby><rb>裏表</rb><rt>うらうへ</rt></ruby>の<ruby><rb>墨染</rb><rt>すみぞめ</rt></ruby>の衣を<ruby><rb>假</rb><rt>かり</rt></ruby>の隱れ<ruby><rb>簑</rb><rt>みの</rt></ruby><ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>の上に<ruby><rb>網代笠</rb><rt>あじろがさ</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>くも忍ぶ大門口<ruby><rb>相￼</rb><rt>あひづ</rt></ruby>の<ruby><rb>咳</rb><rt>せき</rt></ruby>に重五郎其所へ御座るは<ruby><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>かと言れて白妙<ruby><rb>回顧</rb><rt>ふりむき</rt></ruby>オヽ重さんか安さんはへ其安さんは<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>に<ruby><rb>鞠子</rb><rt>まりこ</rt></ruby>へ行て待てゞ在ば<ruby><rb>暫時</rb><rt>ちつと</rt></ruby>も早くと<ruby><rb>打連立</rb><rt>うちつれだち</rt></ruby><ruby><rb>彌勒</rb><rt>みろく</rt></ruby>町を<ruby><rb>後</rb><rt>あ</rt></ruby>とになし渡り求むる阿部川の此方の岸へ<ruby><rb>着</rb><rt>つく</rt></ruby><ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>へ<ruby><rb>飛乘</rb><rt>とびの</rt></ruby>る<ruby><rb>機會</rb><rt>とたん</rt></ruby>に<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>からヤレ<ruby><rb>待居</rb><rt>まちを</rt></ruby>らう重五郎と<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>來るは別人ならず<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>の宿の<ruby><rb>落破戸</rb><rt>ならずもの</rt></ruby>儀右衞門と云男なり<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>も白妙が<ruby><rb>馴染客</rb><rt>なじみきやく</rt></ruby>にて是迄多くの金銀を遣ひ手にも入ず白妙を今失ひては<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちをし</rt></ruby>しと<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>來り<ruby><rb>逃亡者</rb><rt>かけおちもの</rt></ruby>を渡せばよし萬一渡さずば汝れ迄刀の<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>にして遣ると氷の如き一刀<ruby><rb>引拔</rb><rt>ひきぬき</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に重五郎を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>し心<ruby><rb>急</rb><rt>せき</rt></ruby>たる其餘り<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>入を落せしを氣も付ず<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>晦</rb><rt>くら</rt></ruby>まして<ruby><rb>逃去</rb><rt>にげさ</rt></ruby>りけり其<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>に船は向うへ着しかば白妙は急ぎ船より上りて柴屋寺へ馳來り安五郎に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>今何者か追來たり斯々なりと物語り何分此所は危ふしと云にぞ安五郎も打驚き然らば早々<ruby><rb>落延</rb><rt>おちのび</rt></ruby>んと白妙の手を取此所を立出て島田宿なる水田屋藤八方へ到り豫て<ruby><rb>侠氣</rb><rt>をとこぎ</rt></ruby>の事を聞及べば是迄の始末を語り當分我等兩人を<ruby><rb>匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>ひ呉る樣にと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby><ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みけるに男を<ruby><rb>磨</rb><rt>みが</rt></ruby>く藤八ゆゑ<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>はなしけれども當所は<ruby><rb>街道端</rb><rt>かいだうはた</rt></ruby>にて人の目にも付易し幸ひ<ruby><rb>相良領</rb><rt>さがらりやう</rt></ruby>の水呑村にて九助と云ふは我等が親類なれば同所へ行て居られよ其中には二丁町の方は片を付て進ぜますと受合九助への<ruby><rb>手紙</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を<ruby><rb>書</rb><rt>かい</rt></ruby>て渡せば二人は<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を述て直樣水呑村へと立出けり爰に水呑村の鵜川惣内は名主<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>の後<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>村中の<ruby><rb>氣請</rb><rt>きうけ</rt></ruby><ruby><rb>惡</rb><rt>あし</rt></ruby>く<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>九助の金の一件より盜賊の<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>は<ruby><rb>消</rb><rt>きえ</rt></ruby>ず身代は日に増に<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>きけるが是に引かへ九助方は<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>繁昌</rb><rt>はんじやう</rt></ruby>なすを見るに付聞に付口惜さ限りなく何事か<ruby><rb>有</rb><rt>あれ</rt></ruby>かしと窺ひ居たりし中金谷村に<ruby><rb>大法會</rb><rt>だいほふゑ</rt></ruby>ありて<ruby><rb>續合</rb><rt>つゞきあひ</rt></ruby>の事故九助惣助九郎兵衞お里等も其席へ到りしに此時九助は<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>の<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れに<ruby><rb>紙入</rb><rt>かみいれ</rt></ruby>を忘れて<ruby><rb>小便</rb><rt>せうべん</rt></ruby>に立しを惣内九郎兵衞は<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>ながら<ruby><rb>竊</rb><rt>そつと</rt></ruby><ruby><rb>其紙入</rb><rt>そのかみいれ</rt></ruby>を取<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し法事も濟し後<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ顏にて其場を立<ruby><rb>去</rb><rt>さり</rt></ruby>途中へ出て彼の紙入を改め見るに金五兩二分と島田宿の水田屋藤八より九助へ送りし手紙あり是は何かの種に成んと九郎兵衞は<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>なし五兩二分の金を得たれば<ruby><rb>久々</rb><rt>ひさ〲</rt></ruby>にて一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby><ruby><rb>飮</rb><rt>のま</rt></ruby>ふと<ruby><rb>或料理屋</rb><rt>あるれうりや</rt></ruby>に<ruby><rb>立入</rb><rt>たちいり</rt></ruby>九郎兵衞惣内夫婦三人<ruby><rb>車座</rb><rt>くるまざ</rt></ruby>になり<ruby><rb>獻</rb><rt>さし</rt></ruby>つ<ruby><rb>酬</rb><rt>おさへ</rt></ruby>つ<ruby><rb>數刻</rb><rt>すうこく</rt></ruby><ruby><rb>酌交</rb><rt>くみかは</rt></ruby>せしが<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>戌刻過</rb><rt>いつゝすぎ</rt></ruby><ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く此家を立出九郎兵衞は殊の外の<ruby><rb>酒機嫌</rb><rt>さけきげん</rt></ruby>にて<ruby><rb>踉々</rb><rt>よろ〱</rt></ruby><ruby><rb>蹌々</rb><rt>ひよろ〱</rt></ruby>とし乍ら<ruby><rb>下伊呂村</rb><rt>しもいろむら</rt></ruby>の<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れへ<ruby><rb>來掛</rb><rt>きかゝ</rt></ruby>りし頃は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつ</rt></ruby>に近くて<ruby><rb>宵闇</rb><rt>よひやみ</rt></ruby>なれば足元も<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>くお里は大いに<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>しと河原の石に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を掛るに九郎兵衞惣内も同く石に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>を<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby><ruby><rb>火打道具</rb><rt>ひうちだうぐ</rt></ruby>を取出し<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>くゆらせ居たりしが九郎兵衞は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>が廻り<ruby><rb>頻</rb><rt>しきり</rt></ruby>にほく〱<ruby><rb>居眠</rb><rt>ゐねふる</rt></ruby>に<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其所へ<ruby><rb>正體</rb><rt>しやうたい</rt></ruby>もなく<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>たり依て惣内お里は夫に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし何か<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>の<ruby><rb>醒</rb><rt>さめ</rt></ruby>る藥はなきやと考へしに惣内は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>心付此宿外れに藥種屋有ば夜中ながらも<ruby><rb>呼起</rb><rt>よびおこ</rt></ruby>して早々藥を求め來らんお里は其<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>九郎兵衞殿を<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>せよと言置て尻引からげ<ruby><rb>馳行</rb><rt>はせゆき</rt></ruby>けり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>なきだに<ruby><rb>白晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>さへ人通りなき相良の<ruby><rb>裏道</rb><rt>うらみち</rt></ruby>殊に夜中なれば人里遠く<ruby><rb>麥搗歌</rb><rt>むぎつきうた</rt></ruby><ruby><rb>鳥</rb><rt>とり</rt></ruby>の<ruby><rb>宵鳴</rb><rt>よひなき</rt></ruby>遙かに聞え前は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby>大井川<ruby><rb>海道</rb><rt>かいだう</rt></ruby>一の早瀬にて<ruby><rb>蛇籠</rb><rt>じやかご</rt></ruby>を洗ふ波の音は狼みの<ruby><rb>遠吼</rb><rt>とほぼえ</rt></ruby>と<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に<ruby><rb>物凄</rb><rt>ものすご</rt></ruby>くお里は<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに氣を<ruby><rb>揉</rb><rt>もめ</rt></ruby>ども九郎兵衞は前後も知らず<ruby><rb>高鼾</rb><rt>たかいびき</rt></ruby>折から川の向よりザブ〱と水を<ruby><rb>分</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ來る者ある故お里は是を<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見るに<ruby><rb>生憎</rb><rt>あひにく</rt></ruby>曇りて<ruby><rb>黒白</rb><rt>あやめ</rt></ruby>も分ず<ruby><rb>怖々</rb><rt>こは〱</rt></ruby>ながら<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>つぐみ</rt></ruby>居れば<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の者は河原へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>より一人の女を下しコレ聞よ<ruby><rb>逃亡者</rb><rt>かけおちもの</rt></ruby>と昨日から<ruby><rb>付纒</rb><rt>つきまと</rt></ruby>ひつゝやう〱と此所へ<ruby><rb>引摺</rb><rt>ひきず</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こむ</rt></ruby>までは大に<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を折せたぞサア是からは<ruby><rb>汝</rb><rt>うぬ</rt></ruby>が身を<ruby><rb>彌勒町</rb><rt>みろくまち</rt></ruby>なる吉野屋へ<ruby><rb>拘引</rb><rt>つれ</rt></ruby>て行て渡さうかそれより<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に濱松へ賣て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>るが<ruby><rb>早道</rb><rt>はやみち</rt></ruby>だイヤ〱<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるけ</rt></ruby>と引立るに女は<ruby><rb>涙聲</rb><rt>なみだごゑ</rt></ruby><ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>はせ私は其樣な者ではない二世<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>し夫の有身金が<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>くば此<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>に知る人あれば其家まで行たる上は<ruby><rb>幾干</rb><rt>いくら</rt></ruby>でも<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みの通り上ます程に何卒<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して〱と詫るを何だ<ruby><rb>喧</rb><rt>やかま</rt></ruby>しい<ruby><rb>贅言</rb><rt>たはごと</rt></ruby>云ずと此<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>を叔父だと<ruby><rb>云</rb><rt>ぬか</rt></ruby>せば<ruby><rb>濟</rb><rt>すむ</rt></ruby>事だと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>る聲の耳に<ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>九郎兵衞は不￼目を<ruby><rb>覺</rb><rt>さま</rt></ruby>し猶も樣子を<ruby><rb>打聞</rb><rt>うちきく</rt></ruby>に<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>る一人の女の聲扨は我今<ruby><rb>眠</rb><rt>ねぶ</rt></ruby>りし中<ruby><rb>惡物</rb><rt>わるもの</rt></ruby>共がお里を<ruby><rb>捕</rb><rt>とら</rt></ruby>へ<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>さんとなす事ぞと寢ぼけ眼に立上り<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>さじと聲を知るべに打掛れば彼の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>は驚きながら見付られては後日の<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げムヽと<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に落し松の<ruby><rb>小枝</rb><rt>こえだ</rt></ruby>を取より早くオヽ<ruby><rb>合點</rb><rt>がつてん</rt></ruby>と受止つゝ<ruby><rb>強氣</rb><rt>がうき</rt></ruby><ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>に打合に年は寄ても<ruby><rb>我慢</rb><rt>がまん</rt></ruby>の九郎兵衞茲に<ruby><rb>專途</rb><rt>せんど</rt></ruby>と戰へども<ruby><rb>血氣</rb><rt>けつき</rt></ruby><ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>んの曲者に<ruby><rb>薙立</rb><rt>なぎたて</rt></ruby>られて<ruby><rb>堪得</rb><rt>たまりえ</rt></ruby>ず流石の九郎兵衞<ruby><rb>蹣々</rb><rt>よろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>蹌</rb><rt>よろめ</rt></ruby>く處を<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>打無念々々と<ruby><rb>跡退</rb><rt>あとじさ</rt></ruby>り既に斯よと見えける處へ惣内は<ruby><rb>息切</rb><rt>いきせき</rt></ruby>と引返し來り<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ふ聲を聞や<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>ヤア<ruby><rb>叔父樣</rb><rt>をぢさん</rt></ruby>か惣内か此奴はお里を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>し<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>なるぞと<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>はるに惣内心得<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を拔より早く切付れば<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>不敵の曲者も二人が太刀先に<ruby><rb>恊</rb><rt>かな</rt></ruby>ひ難く河原の方へ<ruby><rb>逃行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>しが以前の女の<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよひ</rt></ruby>居たるを其儘に引抱へ又<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>出せば九郎兵衞は遣らじと後より<ruby><rb>飛</rb><rt>とび</rt></ruby>掛れば<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>敷やと惡漢は女を<ruby><rb>撞</rb><rt>どう</rt></ruby>と投出す<ruby><rb>機會</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に切込九郎兵衞が<ruby><rb>刄</rb><rt>やいば</rt></ruby>に<ruby><rb>叫</rb><rt>あつ</rt></ruby>と一聲<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>び女の體は二ツになり<ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>の最期に惣内はお里と心得心も<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>女房の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>めと追詰々々切<ruby><rb>結</rb><rt>むす</rt></ruby>び九郎兵衞<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>曲者を<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に其場へ切<ruby><rb>伏</rb><rt>ふせ</rt></ruby>たり斯て兩人はホツと一<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>つく</rt></ruby>處へお里も<ruby><rb>遁</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>來り其所に御<ruby><rb>在</rb><rt>いで</rt></ruby>は父樣かといふ聲<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>てオヽお里か能マア無事でと親子三人<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>のないのを悦び合中<ruby><rb>遠山影</rb><rt>とほやまかげ</rt></ruby>に差<ruby><rb>昇</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る月の明りに<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見て然すれば此等の者共はと男女の死骸に<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>する色を見てとり九郎兵衞は<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby><ruby><rb>兩人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>てより<ruby><rb>望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>の如く江戸へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>充分</rb><rt>しつかり</rt></ruby>金を<ruby><rb>貯</rb><rt>ため</rt></ruby>るがよい己も其中後より行んと彼の兩人の着類を<ruby><rb>剥取</rb><rt>はぎとり</rt></ruby>惣内お里へ<ruby><rb>着替</rb><rt>きかへ</rt></ruby>させ跡の始末は斯々と耳に口<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>囁</rb><rt>さゝや</rt></ruby>きつゝ<ruby><rb>暫時</rb><rt>ちつと</rt></ruby>も<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>く立去れと指揮に<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>夫婦の者は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby><ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>し九助の金の遣ひ殘りを受取て親父樣無事でと打分れ江戸の方へぞ急ぎける斯て九郎兵衞は二人の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を切落し<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>に小高き<ruby><rb>岳</rb><rt>をか</rt></ruby>の有しかば<ruby><rb>小松</rb><rt>こまつ</rt></ruby>の根を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほり</rt></ruby>て<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>め又死骸の傍邊へは彼盜し<ruby><rb>紙入</rb><rt>かみいれ</rt></ruby>を落し置是で<ruby><rb>好</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>翌朝<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>の役場へ出惣内夫婦昨夜<ruby><rb>大井河原</rb><rt>おほゐがはら</rt></ruby>下伊呂村にて切殺され<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりある</rt></ruby>由人の知せにより<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby><ruby><rb>馳付</rb><rt>はせつけ</rt></ruby>見屆候處全く同人夫婦に相違無之其傍邊に九助の紙入<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>之有</rb><rt>これある</rt></ruby>により同人所<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>と存じ候旨訴へに及びけり<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又九助の女房お節は<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>は<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>の七<ruby><rb>回忌</rb><rt>くわいき</rt></ruby>にも當るに付上<ruby><rb>新田</rb><rt>しんでん</rt></ruby>村<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>の<ruby><rb>住職</rb><rt>ぢうしよく</rt></ruby><ruby><rb>大源</rb><rt>だいげん</rt></ruby>和尚と申は<ruby><rb>善知識</rb><rt>ぜんちしき</rt></ruby>にて人の<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんきやう</rt></ruby>も大方ならずと承まはれば是へ<ruby><rb>布施</rb><rt>ふせ</rt></ruby>を上て<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>を願ひ度と夫九助へ頼みければ九助も其孝心を感じて今金谷村より歸りし<ruby><rb>草臥足</rb><rt>くたびれあし</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず再び白米五升と<ruby><rb>鳥目</rb><rt>てうもく</rt></ruby>二<ruby><rb>貫文</rb><rt>くわんもん</rt></ruby>を自身に<ruby><rb>背負</rb><rt>せおひ</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>大<ruby><rb>源和尚</rb><rt>げんをしやう</rt></ruby>へ回向を頼みしかば和尚も其<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>を感じ<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>供養</rb><rt>くやう</rt></ruby>をなして後九助の額を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と見<ruby><rb>貴殿</rb><rt>こなた</rt></ruby>は大なる<ruby><rb>厄難</rb><rt>やくなん</rt></ruby>あり是は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難きにより<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>みを第一に致されよと申を聞て九助は大に驚き<ruby><rb>立歸</rb><rt>たちかへ</rt></ruby>りしが途中下<ruby><rb>伊呂村</rb><rt>いろむら</rt></ruby>の<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>にて一人の武士に出<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>たり武士は<ruby><rb>小腰</rb><rt>こごし</rt></ruby>を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>め<ruby><rb>若</rb><rt>もし</rt></ruby><ruby><rb>斯樣々々</rb><rt>かやう〱</rt></ruby>の女に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>給はずやと<ruby><rb>問掛</rb><rt>とひかけ</rt></ruby>られ九助は一向見掛ぬ旨<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へれば彼者又水呑村に九助殿と申人が御座るかと<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>ハイ其九助は私しで御座ると云に夫は<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>い某しは松平<ruby><rb>玄蕃守</rb><rt>げんばのかみ</rt></ruby>家來石川安五郎と申者樣子有て今御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>申處なりと<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>より<ruby><rb>書簡</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を出して渡し何れ妻を尋ね出して後其方へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>らんにより其節はよきに頼むと<ruby><rb>約</rb><rt>やく</rt></ruby>しつゝ安五郎は又々後の方へ<ruby><rb>引返</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>しける九助は彼の手紙を見れば島田宿の藤八よりの<ruby><rb>名宛</rb><rt>なあて</rt></ruby>なれば<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き見るに安五郎<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>の兩人を<ruby><rb>匿</rb><rt>かく</rt></ruby>まひ<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>よとの頼み故其儘懷中なし夜に入しかば急ぎ歸る河原にや何やら<ruby><rb>跌</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きしが<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>とも氣が付ず行過たり彼の安五郎は九助に<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>れ妻の行方を尋る中<ruby><rb>彌生</rb><rt>やよひ</rt></ruby>の空も十九日<ruby><rb>子待</rb><rt>ねまち</rt></ruby>の月の<ruby><rb>稍</rb><rt>やゝ</rt></ruby>出て<ruby><rb>朧</rb><rt>おぼろ</rt></ruby>ながらに差かゝる<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>の<ruby><rb>柳</rb><rt>やなぎ</rt></ruby><ruby><rb>戰々</rb><rt>そよ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>吹亂</rb><rt>ふきみだ</rt></ruby>れしも物<ruby><rb>寂寞</rb><rt>さびしく</rt></ruby><ruby><rb>水音</rb><rt>みづおと</rt></ruby><ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>き大井川の此方の<ruby><rb>岡</rb><rt>をか</rt></ruby>へ來<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るに何やらん二<ruby><rb>疋</rb><rt>ひき</rt></ruby>の犬が<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひ居しが安五郎を見ると<ruby><rb>齊</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく<ruby><rb>咥</rb><rt>くは</rt></ruby>へし物を取<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し何所ともなく<ruby><rb>逃行</rb><rt>にげゆき</rt></ruby>けり安五郎は彼の<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>を何やらんと立寄見れば女の生首に犬の齒形の殘りて居れば驚きながら<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>よく〱見るに<ruby><rb>見違方</rb><rt>まがうかた</rt></ruby>なき<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>が首故ヤヽ是はと<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし首を<ruby><rb>抱</rb><rt>だき</rt></ruby>上げ<ruby><rb>胡鷺々々</rb><rt>うろ〱</rt></ruby>聲コリヤ白妙<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>いふ事で此有樣何者の所業ぞや何國に<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>を隱すとも此<ruby><rb>讐</rb><rt>あだ</rt></ruby>を討ずに置べきやと血眼になりて<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>れども歎くに甲斐なき此場の<ruby><rb>時宜</rb><rt>しぎ</rt></ruby><ruby><rb>實</rb><rt>げ</rt></ruby>に<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れを<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めける

## 第六回

時に後ろの方に當り<ruby><rb>生者必滅</rb><rt>しやうじやひつめつ</rt></ruby><ruby><rb>會者定離</rb><rt>ゑしやじやうり</rt></ruby><ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>皆是<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby><ruby><rb>果報</rb><rt>くわはう</rt></ruby>南無阿彌陀佛と唱ふる聲に安五郎は<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り見れば<ruby><rb>墨染</rb><rt>すみぞめ</rt></ruby>の衣に<ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>の<ruby><rb>頭巾</rb><rt>づきん</rt></ruby>を<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>まで掛け杖に縋りし一人の道人なりしにぞ安五郎は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立寄<ruby><rb>貴僧</rb><rt>きそう</rt></ruby>は何所の御出家なるか知らねども是なるは<ruby><rb>某</rb><rt>それが</rt></ruby>しの妻にて候が如何なる前世の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>にや今日<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも何者にか首を切られ<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>さへ見えぬ此<ruby><rb>形容</rb><rt>かたち</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御情に御<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>ひ下され度と涙ながらに頼みければ出家は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby>其は心<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>き事かな<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>生死の<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひを離れて<ruby><rb>涅槃</rb><rt>ねはん</rt></ruby>の道に引導すべければ是より我が<ruby><rb>庵</rb><rt>いほり</rt></ruby>に參られよとて夫より上新田村の無量庵へ<ruby><rb>同伴</rb><rt>どうはん</rt></ruby>なし<ruby><rb>懇切</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に弔ひければ安五郎は<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>其身は<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>く由申<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>して立出たり扨又郡奉行松本理左衞門方にては九郎兵衞の訴により九助を<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>べしと下<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>手代黒崎又左衞門市田武助の兩人に申付て<ruby><rb>手先</rb><rt>てさき</rt></ruby>の者を召<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>九郎兵衞の<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>にて九助方へ<ruby><rb>踏込</rb><rt>ふみこみ</rt></ruby>來り上意と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>忽ち九助を高手小手に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めければ九助は<ruby><rb>膽</rb><rt>きも</rt></ruby>を<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>し是は何事なりやと云けるを役人は<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>み何事とは<ruby><rb>白々</rb><rt>しら〲</rt></ruby>し其方昨夜大井河原下伊呂村の<ruby><rb>辨天堂</rb><rt>べんてんだう</rt></ruby>の前にて<ruby><rb>先名主</rb><rt>せんなぬし</rt></ruby>惣内夫婦を<ruby><rb>切殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>したる<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>九郎兵衞が<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>に因て<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>なれば則ち<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとる</rt></ruby>なりと云ければ九助は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>驚て此九助人などを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>しましたる<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えは決して御座なく是は定めし人<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひならんと<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>言解</rb><rt>いひとき</rt></ruby>ける<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>より女房お節も<ruby><rb>取縋</rb><rt>とりすが</rt></ruby>り九助は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しなど致す者では御座りませぬ何卒御<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れて下されと<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>に<ruby><rb>泣詫</rb><rt>なきわび</rt></ruby>る斯る處へ<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>の三五郎も<ruby><rb>馳</rb><rt>はせ</rt></ruby>來り其所へ<ruby><rb>平伏</rb><rt>ひれふし</rt></ruby>御役人樣九助儀は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>人など殺す樣な者では御座りませぬと<ruby><rb>右左</rb><rt>みぎひだり</rt></ruby>より取付<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>るを役人は其方共の存じたる事に非ずと取て<ruby><rb>突退</rb><rt>つきの</rt></ruby>け九助を引立る故九助は是非なき事と<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>めお節三五郎の兩人に對ひ必ずともに<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぐに及ばず我が身に覺えなき事なれば御役人樣の前で申<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>をなし今に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ると宥めるを<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>共は<ruby><rb>贅言</rb><rt>たはごと</rt></ruby>云せず引立よと<ruby><rb>遠慮會釋</rb><rt>ゑんりよゑしやく</rt></ruby>もあら〱しく<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>に<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>を取せ<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の城下へ引立行き郡奉行役所の<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ引出したり此時上座には<ruby><rb>松本</rb><rt>まつもと</rt></ruby>理左衞門下役手代左右に<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>び理左衞門<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>みコリヤ九助<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が伯父九郎兵衞の訴へに依ば其方儀昨夜下伊呂村に於て惣内夫婦を<ruby><rb>斬殺</rb><rt>きりころ</rt></ruby>し後日に知ざる樣<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>を切落し取<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し置たる由<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状せよと云ければ九助は首を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>全く以て然樣の<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え御座なく<ruby><rb>元來</rb><rt>もとより</rt></ruby>惣内夫婦に意趣もなければ殺す道理がと<ruby><rb>半分</rb><rt>はんぶん</rt></ruby>云せず理左衞門は大聲に<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby><ruby><rb>愚人</rb><rt>たはけ</rt></ruby>め今朝<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>吟味の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に汝が鼻紙入の落てありしのみならず其紙入の中には<ruby><rb>島田屋</rb><rt>しまだや</rt></ruby>の藤八方より汝へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>りたる手紙も<ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby><ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に汝の衣服の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血の付たるを女房に洗はせ<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>へ<ruby><rb>干</rb><rt>ほし</rt></ruby>て置たと有是等が<ruby><rb>確</rb><rt>たし</rt></ruby>かな<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なり然れども<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ爭ふか<ruby><rb>不屆者</rb><rt>ふとゞきもの</rt></ruby>めと言れて九助は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ果私しの紙入は昨日<ruby><rb>金谷</rb><rt>かなや</rt></ruby>村<ruby><rb>法事</rb><rt>ほふじ</rt></ruby>の場所にて<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>なし又衣類のすそへ血の付は金谷村の法事より歸りて後再び上新田村の<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>へ相越し妻が<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>を頼み夫より戻りの<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>大井村の河原にて宵闇の<ruby><rb>暗紛</rb><rt>くらまぎ</rt></ruby>れに<ruby><rb>躓</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きしにて<ruby><rb>生醉</rb><rt>なまゑひ</rt></ruby>の寢て居し事と存じ其儘罷歸り今朝見ればすそは血だらけ故<ruby><rb>始</rb><rt>はじめ</rt></ruby>て驚きまして御座ると云に理左衞門<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>は<ruby><rb>胡論</rb><rt>うろん</rt></ruby>なる申條言解<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>いぞ茲を何處と心得て然樣な前後揃ぬ儀を申す全く汝が殺したに相違有まいサア<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申せ云ぬに於は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>挫</rb><rt>ひし</rt></ruby>ぎ石を<ruby><rb>抱</rb><rt>だか</rt></ruby>せても云するぞと<ruby><rb>威猛高</rb><rt>ゐたけだか</rt></ruby>に叱り付けれども九助は決して僞りは申上ませぬと云を理左衞門は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも聞入ず追々吟味致さんが先今日は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付るとて此日は調もなかりける扨も九郎兵衞は早く九助を殺して己が<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>を遁れんと思ひ<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>質入</rb><rt>しちい</rt></ruby>れなし<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>金を拵へて郡奉行松本理左衞門を始め手代四人へ<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>しけるに下役の<ruby><rb>黒崎</rb><rt>くろざき</rt></ruby>又左衞門は<ruby><rb>異儀</rb><rt>いぎ</rt></ruby>なく承知なし又々願上の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>を内々<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>しければ九郎兵衞は渡りに舟と再び<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんじよ</rt></ruby>を差出せしゆゑ翌日差紙にて九郎兵衞夫婦並に村役人付<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>る處に九助も<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>より繩付にて引出され又前日の如く<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく<ruby><rb>責問</rb><rt>せめとひ</rt></ruby>けるに九助は夢さら覺えなき事故是は餘の者の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に相違之なしと申立れ共理左衞門ナニ惣内夫婦に<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>はないと申せども遺恨ありしに違ひないソレ九郎兵衞が願書を<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せいとて是を讀むに

一水呑村<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>名主惣内<ruby><rb>後見</rb><rt>こうけん</rt></ruby>九郎兵衞并に<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>深申上奉つり候<ruby><rb>當名主</rb><rt>たうなぬし</rt></ruby>九助と申者は私共の<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>に御座候處<ruby><rb>數年</rb><rt>すねん</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に付家内相談の上江戸表に奉公<ruby><rb>稼</rb><rt>かせ</rt></ruby>ぎに罷出候<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>は私共并に九助妻里のみ<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞき</rt></ruby>も相成兼候故右惣内方より<ruby><rb>時々</rb><rt>じゝ</rt></ruby><ruby><rb>合力</rb><rt>がふりよく</rt></ruby><ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>くに<ruby><rb>取續</rb><rt>とりつゞき</rt></ruby>罷在候處五ヶ年目に九助歸村仕つり<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>里惣内と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候と申立<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby><ruby><rb>相付</rb><rt>あひつけ</rt></ruby>私し共親子を追出し候故私し儀惣内方<ruby><rb>後見</rb><rt>こうけん</rt></ruby>も致し<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>候間<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>人に相成<ruby><rb>娘儀</rb><rt>むすめぎ</rt></ruby>は惣内妻に致させ候然る處九助儀は江戸表より<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>仕つり候哉又は<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>より<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐ</rt></ruby>り候哉<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>と申女を<ruby><rb>引入</rb><rt>ひきいれ</rt></ruby><ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>後妻</rb><rt>こうさい</rt></ruby>に仕つり候全く此節を妻に<ruby><rb>致</rb><rt>いたす</rt></ruby>べく<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>にて私し共親子に<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>付</rb><rt>つけ</rt></ruby>追出し候儀と存じ奉つり候其後右九助多分の金子にて質地取戻し<ruby><rb>其上</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>新</rb><rt>あら</rt></ruby>たに<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby><ruby><rb>買請</rb><rt>かひうけ</rt></ruby>當時名主役<ruby><rb>仕</rb><rt>つかま</rt></ruby>つり候へ共<ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby><ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>宜しからざる儀共多く有之に付惣内<ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>願ひも致させ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>小前</rb><rt>こまへ</rt></ruby>の百姓共<ruby><rb>時々</rb><rt>とき〲</rt></ruby>寄合も有之由之に依て<ruby><rb>其等</rb><rt>それら</rt></ruby>の儀を無念に存じ當九助<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>惣内夫婦<ruby><rb>金谷村</rb><rt>かなやむら</rt></ruby>よりの歸を<ruby><rb>待受</rb><rt>まちうけ</rt></ruby><ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致し首は<ruby><rb>切捨</rb><rt>きりすて</rt></ruby><ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>し候へ共兩人とも衣類に覺え之ある<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず悴共の事故<ruby><rb>手足</rb><rt>てあし</rt></ruby><ruby><rb>骸等</rb><rt>からだとう</rt></ruby>にも覺え之あり相違なき儀に御座候<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>死骸の傍邊に九助<ruby><rb>紙入</rb><rt>かみいれ</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>有之</rb><rt>これあり</rt></ruby>又紙入の中には島田宿藤八より九助へ送り候手紙も有之候事其節御檢使樣方御改め通りに御座候全く九助<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>惣内夫婦を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>候に相違無之儀と存じ奉つり候に付<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御慈悲を以て兩人の<ruby><rb>解死人</rb><rt>げしにん</rt></ruby><ruby><rb>御吟味下</rb><rt>ごぎんみくだ</rt></ruby>し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ候樣仕つり度依之此段願ひ上奉つり候以上

水呑村<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>名主惣内後見

享保二年二月廿三日<ruby><rb>願人</rb><rt>ねがひにん</rt></ruby>　　　　九郎兵衞

<ruby><rb>同人</rb><rt>どうにん</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>

ふか

<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>肩書　　善兵衞

仁右衞門

<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>肩書　　傳兵衞

木祖兵衞

サア何ぢや<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>五ヶ年の間江戸へ<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に出し<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>家内の者惣内が扶持を受し恩をも思はず惣内に<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を負せ己れが<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>にて<ruby><rb>語合</rb><rt>かたらひ</rt></ruby>し女を妻に致さんが爲罪なき伯父の娘恩ある<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby>へ惡名を付<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>に及びし段不屆き至極と<ruby><rb>窘付</rb><rt>きめつけ</rt></ruby>るを九助は<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の事に思ひ恐ながら全く以て遺恨などとは存も付ませぬ儀にて<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に惣内と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>ある女房<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>い<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>とは存候へ共現在伯父九郎兵衞が娘故義理を<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ不義せし者へ<ruby><rb>金迄</rb><rt>かねまで</rt></ruby>付け<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が存念通り惣内方へ遣す程の儀に御座れば何しに恨を殘しませうぞ何分<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>の<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>願ひ奉つると申を<ruby><rb>理左衞門</rb><rt>りざゑもん</rt></ruby>は<ruby><rb>默言</rb><rt>だまれ</rt></ruby>と<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り其方伯父九郎兵衞へ金子を遣し<ruby><rb>一旦</rb><rt>いつたん</rt></ruby><ruby><rb>奇麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に里を<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致したなれ共惣内方へ<ruby><rb>再縁</rb><rt>さいえん</rt></ruby>なせしを見て<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>を遺せしならん又金子等<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したも定めし<ruby><rb>扱人</rb><rt>あつかひ</rt></ruby>の<ruby><rb>差略</rb><rt>さりやく</rt></ruby>で有う彼是を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存じ惣内夫婦の者を殺し疑ひの心を晴ぬ爲に兩人の首を<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかくせ</rt></ruby>し<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>に相違はない恨はないなどと申がコリヤ云譯は<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>い<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は何處へ隱したサア<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申せと<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>め付るに九助はイヘ決して覺えは御座りません<ruby><rb>此間</rb><rt>このあひだ</rt></ruby>も申上ます通り十九日に<ruby><rb>金谷村</rb><rt>かなやむら</rt></ruby>へ參り又<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>より上新田村に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>りて夜に入<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>彼方に居し故人を殺したる覺えは御座りません<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>猶更</rb><rt>なほさら</rt></ruby>兩人が首の有處存じ居る筈がと云んとするを理左衞門默止と止めコレ九助其方<ruby><rb>他行先</rb><rt>たぎやうさき</rt></ruby>が怪しい<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>の趣きにては其方<ruby><rb>名主役</rb><rt>なぬしやく</rt></ruby>に相成り私慾を構へ村方難儀に付村役人小前の者共相談の上<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>を願ひ惣内に<ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>致さんと申<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>を聞無念に存じ惣内夫婦を殺したに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>ないぞと<ruby><rb>押付</rb><rt>おしつけ</rt></ruby>るに九助は<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>せずイヘ〱<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>な儀は<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby><ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え無之先惣内山林の竹木を隱し<ruby><rb>伐</rb><rt>ぎり</rt></ruby>仕つり其外小前へ勘定に<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>が御座りまして<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>仕つりし事は<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に御役所にても御調御座りました儀又私し儀は<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby><ruby><rb>總</rb><rt>そう</rt></ruby>百姓の<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めにより<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく親共勤めましたる跡故名主役を相勤めます殊に惣内<ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>の<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の儀などは一向承まはりし事も御座なく假令右體の儀御座ればとてそれを<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>もなく右體の儀は<ruby><rb>跡形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>もなき<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り事と存ずると云語を<ruby><rb>繼</rb><rt>つぎ</rt></ruby>組頭周藏進み出只今名主九助申上まする通り<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby><ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>の相談などと申<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>は<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>思ひも付ぬ事其は九郎兵衞が僞はりにして九助は<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より正直者に御座れば<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御慈悲を願ひ上ますと言を又默言と叱り付汝は<ruby><rb>何者</rb><rt>なにもの</rt></ruby>だと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>にハイ<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>で御座ります名は何と云うヘイ周藏と申しますと答ふるに理左衞門コリヤ<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>には<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねぬ<ruby><rb>控</rb><rt>ひかへ</rt></ruby>て居れ<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>な<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>と<ruby><rb>白眼付</rb><rt>にらみつける</rt></ruby>をイエ九助の<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>なる事は村中の譽者にて誰知らぬ人も御座りませぬと云を理左衞門又<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ口を<ruby><rb>利</rb><rt>きく</rt></ruby>か<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>を云付るぞと<ruby><rb>威</rb><rt>おど</rt></ruby>せば周藏は吃驚し老人の事故<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ居るを後より三五郎<ruby><rb>這出</rb><rt>はいいで</rt></ruby>て只今<ruby><rb>組頭</rb><rt>くみがしら</rt></ruby>周藏申上しに相違なく九助儀は一文一錢の勘定も粗末は御座なく<ruby><rb>小前</rb><rt>こまへ</rt></ruby>の者共へ<ruby><rb>憐</rb><rt>あはれみ</rt></ruby>を掛けと云を理左衞門<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>又何ぢやと有れば三五郎はハイ私しは百姓代三五郎と申者で御座りますと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に理左衞門ナニ百姓代と申か控て居れと云ふをイヤ控ますまい九助が事は<ruby><rb>村役人</rb><rt>むらやくにん</rt></ruby>へ御<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>なされませ隣村の名主共へ御尋ねなされても日來の<ruby><rb>行状</rb><rt>ぎやうじやう</rt></ruby>は知れますと申を理左衞門<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>三五郎と云をイヘ默止ますまいと云ば何役人へ對ひ不屆の一言牢へ<ruby><rb>打込</rb><rt>うちこむ</rt></ruby>ぞと<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付れば三五郎はハイ〱牢へでも<ruby><rb>檻</rb><rt>をり</rt></ruby>でも勝手の處へ入度ば入さつしやい何ぼ御奉行でも<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>には御座るまい<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>などを云つしやるなと<ruby><rb>肱</rb><rt>ひぢ</rt></ruby>を張ば理左衞門大いに怒りヤイ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ役人に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の口<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>きな奴ソレ<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>をなすに三五郎は理左衞門を睨み<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>縛</rb><rt>しばら</rt></ruby>つしやい私は<ruby><rb>痩</rb><rt>やせ</rt></ruby>ても<ruby><rb>枯</rb><rt>かれ</rt></ruby>ても三石八斗八升の御<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby><ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>水呑村の三五郎と云殿樣の御百姓で御座ります<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby><ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>ぐらい<ruby><rb>片贔屓</rb><rt>かたひいき</rt></ruby>な御<ruby><rb>捌</rb><rt>さばき</rt></ruby>は見た事が御座らぬと云うにぞ理左衞門堪へ兼イヤ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>れと云聲の<ruby><rb>下々</rb><rt>した〱</rt></ruby>役人はつと<ruby><rb>立掛</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>るを周藏木祖兵衞種々と<ruby><rb>詫入</rb><rt>わびいり</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>三五郎を外の<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ出しゝかば跡は<ruby><rb>寂寞</rb><rt>ひつそり</rt></ruby>となり理左衞門<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>コリヤ九助<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>を左りに云<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬけ</rt></ruby>んと爲る共二十日の<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby>其方が衣類の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>へ<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>其上<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れが紙入藤八よりの手紙が入てありしを<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して置たからには<ruby><rb>云譯</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>は有まいぞと言ふに九助は其儀は此<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>より申上ます通り私し妻の母の<ruby><rb>法事</rb><rt>ほふじ</rt></ruby>と<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>せんとするを理左衞門はコレ又同じ事を<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>申たとて<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>にはならぬ全く惣内夫婦を殺したに相違なけれど<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby><ruby><rb>大體</rb><rt>たいてい</rt></ruby>のことでは<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>すまじ<ruby><rb>牢問</rb><rt>らうどひ</rt></ruby>申付るぞとて此方を向コリヤ九郎兵衞夫婦氣遣<ruby><rb>爲</rb><rt>す</rt></ruby>るな子供等が<ruby><rb>解死人</rb><rt>げしにん</rt></ruby>は取つて遣すぞ立て〱追て呼出すと申渡したり

## 第七回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし程に九郎兵衞は理左衞門を始め下役人又々<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ奉行へ金十五兩下役人へ三兩づつ<ruby><rb>牢屋掛</rb><rt>らうやがか</rt></ruby>りへ金二分づつを<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>りしゆゑ九助は石を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>く事十三度其外種々樣々に品を替て責られし故今は一<ruby><rb>命</rb><rt>めい</rt></ruby>も<ruby><rb>危</rb><rt>あやふ</rt></ruby>きとの事を妻のお節は<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>及び有るにもあられぬ思ひなれば村役人<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>お慈悲願ひに出けれども其<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>役場にて<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りを請る<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも取上らるゝ事などなく又<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>の村役人共も其<ruby><rb>度毎</rb><rt>たびごと</rt></ruby>に九助の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に之なき趣きを申立れども<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なき故取<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>られず皆々<ruby><rb>歎息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>の外なかりしに<ruby><rb>獨</rb><rt>ひとり</rt></ruby>三五郎は<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>の<ruby><rb>主筋</rb><rt>しうすぢ</rt></ruby>故何分九助が<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の災難を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れさせ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>思ひ此上は家老方へ御<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>き申より外なしと<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>心掛居ける中<ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>本多家の<ruby><rb>長臣</rb><rt>ちやうしん</rt></ruby><ruby><rb>都築外記</rb><rt>つゞきげき</rt></ruby>中村<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>用人<ruby><rb>笠原</rb><rt>かさはら</rt></ruby>常右衞門の三人が<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の<ruby><rb>用達</rb><rt>ようたし</rt></ruby>町人<ruby><rb>織田</rb><rt>おだ</rt></ruby>七兵衞が<ruby><rb>下淀川</rb><rt>しもよどがは</rt></ruby>村の<ruby><rb>下屋敷</rb><rt>しもやしき</rt></ruby>へ參られ<ruby><rb>終日</rb><rt>しゆうじつ</rt></ruby><ruby><rb>饗應</rb><rt>きやうおう</rt></ruby>になる由を聞出し今日ぞ旦那さまをお助申時なりと大に悦び一<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>の願書を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め天へも<ruby><rb>登</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る心地にて梅ヶ<ruby><rb>橋</rb><rt>はし</rt></ruby>といふ處に待<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>しに聞しに<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず夜に<ruby><rb>入</rb><rt>いる</rt></ruby>と右三人の<ruby><rb>供人</rb><rt>ともびと</rt></ruby><ruby><rb>定紋付</rb><rt>ぢやうもんつき</rt></ruby>の<ruby><rb>箱挑灯</rb><rt>はこちやうちん</rt></ruby>を先に立<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>を照して來りける故三五郎は<ruby><rb>土橋</rb><rt>どばし</rt></ruby>の口に平伏し<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら願書御取上願ひ奉ると差出すを<ruby><rb>都築外記</rb><rt>つゞきげき</rt></ruby>は願の筋有ば其支配の役人より<ruby><rb>向々</rb><rt>むき〱</rt></ruby>の役人へ願ひ出よと<ruby><rb>差戻</rb><rt>さしもど</rt></ruby>せど三五郎は猶さし出し其御役人方御取上げ御座らぬにより<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなく<ruby><rb>貴所</rb><rt>あなた</rt></ruby>さまへ御願ひ申上ますとて<ruby><rb>動</rb><rt>うご</rt></ruby>かねば籤九<ruby><rb>度山</rb><rt>どやま</rt></ruby><ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby>中村<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>はイヤ<ruby><rb>外記</rb><rt>げき</rt></ruby>殿<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>は取上るに及びますまい<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちすて</rt></ruby>て歸られよと云を外記は<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>一通り聞たる上相計らはんと屋敷へ連歸り<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を聞<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>し三五郎が忠義を<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>なし家來を付て理左衞門方へ遣はし此者儀は忠義者<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby><ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>吟味を遂られよと申送りしかば<ruby><rb>松本</rb><rt>まつもと</rt></ruby>理左衞門も<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まる<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>に及び<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>夫より三五郎を呼出し汝<ruby><rb>支配</rb><rt>しはい</rt></ruby>の奉行を<ruby><rb>差越</rb><rt>さしこし</rt></ruby>御家老<ruby><rb>外記</rb><rt>げき</rt></ruby>殿へ<ruby><rb>直訴</rb><rt>ぢきそ</rt></ruby>に及び候段<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>の奴なりと<ruby><rb>眼玉</rb><rt>めだま</rt></ruby>を<ruby><rb>剥出</rb><rt>むきだ</rt></ruby>し<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付ればヘイ如何樣に申上ましても御取<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>御座らず九助儀は<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>に陷ります事見るに堪兼候と云を理左衞門大音上げ<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>此方は善惡を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>す奉行<ruby><rb>職</rb><rt>しよく</rt></ruby>なるぞ私しが事で濟ものか九助事は確乎なる證據有により<ruby><rb>數日</rb><rt>すじつ</rt></ruby>吟味なす所なり如何に<ruby><rb>土民</rb><rt>どみん</rt></ruby>なればとて<ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby>を<ruby><rb>辨</rb><rt>わきま</rt></ruby>へぬ申條牢舍申付べき奴なれども彼老<ruby><rb>中</rb><rt>ぢう</rt></ruby>より忠義の者と申越されし故村役人へ<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>預け<ruby><rb>置</rb><rt>おく</rt></ruby>此上<ruby><rb>直訴</rb><rt>ぢきそ</rt></ruby>にも及ぶ時は村役人共<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申付ると<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り<ruby><rb>散</rb><rt>ち</rt></ruby>らし歸しければ三五郎は殘念には思へども今更<ruby><rb>仕樣</rb><rt>しやう</rt></ruby>もなく<ruby><rb>寥々</rb><rt>すご〱</rt></ruby>と村役人に<ruby><rb>伴</rb><rt>ともな</rt></ruby>はれ我が家へこそは歸りけれ<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>又九助は<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>牢問</rb><rt>らうどひ</rt></ruby>に<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>骨節</rb><rt>ほねふし</rt></ruby>も<ruby><rb>挫</rb><rt>ひし</rt></ruby>げるばかりに弱り果今は<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>も<ruby><rb>絶々</rb><rt>たえ〲</rt></ruby>と成て頼みなき世の有樣に<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思ひ<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>らす樣如何なれば<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>りし事ぞ是も前世の<ruby><rb>業因</rb><rt>ごふいん</rt></ruby>ならんと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>ながらも<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りと云へば<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なし是<ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>九郎兵衞が<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を以て役人の手を<ruby><rb>借</rb><rt>かり</rt></ruby><ruby><rb>無理無體</rb><rt>むりむたい</rt></ruby>に我を殺さんとなす成ん然すれば何程<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪</rb><rt>たへ</rt></ruby>るとも<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>には命を失はずには置れまじ此上は一日も早く<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝこそ<ruby><rb>優</rb><rt>まし</rt></ruby>ならめ<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら如何なる因果の報いにや我<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>にて父に<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れ<ruby><rb>艱難辛苦</rb><rt>かんなんしんく</rt></ruby>の其中に又母をも<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひしかど兩親の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を大事に守り江戸にて五ヶ年の千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby><ruby><rb>萬苦</rb><rt>ばんく</rt></ruby>も水の<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby><ruby><rb>蟻</rb><rt>あり</rt></ruby>の<ruby><rb>塔</rb><rt>たふ</rt></ruby>を<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby><ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>の<ruby><rb>粟</rb><rt>あは</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>くふ</rt></ruby>が如く五體の<ruby><rb>膏血</rb><rt>かうけつ</rt></ruby>を<ruby><rb>絞</rb><rt>しぼ</rt></ruby>り<ruby><rb>蓄</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる金が今思へば我が身の<ruby><rb>讐敵</rb><rt>あだがたき</rt></ruby>とは云ものゝ親の<ruby><rb>勤</rb><rt>つとめ</rt></ruby>し<ruby><rb>村長役</rb><rt>むらをさやく</rt></ruby>を勤なば親々が<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby>の悦びと思込しが却て怨みを受る<ruby><rb>基</rb><rt>もとゐ</rt></ruby>となり無實の大<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>りたるか<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なきは九郎兵衞殿如何なる前世の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby><ruby><rb>同士</rb><rt>どうし</rt></ruby>か<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby><ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を分し伯父<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>の中で有<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら娘や<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>が<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>なりと後家のお深に<ruby><rb>昏</rb><rt>くる</rt></ruby>められ<ruby><rb>解死人</rb><rt>げしにん</rt></ruby>願ひは何事ぞと姑くは人をも<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>み身をも<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みて<ruby><rb>泣沈</rb><rt>なきしづ</rt></ruby>みしが<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>我ながら<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>なり此上<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>ければとても存命思ひも寄ず此苦みを<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>んよりは惣内夫婦を殺したりと身に引受て白状なし<ruby><rb>娑婆</rb><rt>しやば</rt></ruby>の<ruby><rb>苦患</rb><rt>くげん</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のがれ</rt></ruby>んものと心を爰に決せしが<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>るにても罪に陷り<ruby><rb>尸</rb><rt>かばね</rt></ruby>を野原に<ruby><rb>晒</rb><rt>さら</rt></ruby>さん事我が恥よりも先祖に對し面目なし嘸や跡にてお節を<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め三五郎等が<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>くで有んと<ruby><rb>越方</rb><rt>こしかた</rt></ruby><ruby><rb>行末</rb><rt>ゆくすゑ</rt></ruby>を思ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り又も泪に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>し<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby><ruby><rb>鐵棒</rb><rt>かなぼう</rt></ruby>の音と諸共に松本理左衞門は<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>二人下男五六人召連<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby><ruby><rb>獄屋</rb><rt>ごくや</rt></ruby>に來り<ruby><rb>鍵番</rb><rt>かぎばん</rt></ruby>に戸口を明けさせ九助を引立て拷問所へ引出し理左衞門は<ruby><rb>上座</rb><rt>じやうざ</rt></ruby>に直り是迄<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby>拷問に及べども<ruby><rb>酢</rb><rt>す</rt></ruby>の<ruby><rb>蒟蒻</rb><rt>こんにやく</rt></ruby>のと云<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め今に白状致さぬ故今日は此理左衞門が自身に<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>を見聞せん<ruby><rb>強情</rb><rt>しぶとい</rt></ruby><ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>めと一<ruby><rb>調子</rb><rt>てうし</rt></ruby>引上げコリヤ者共九助を拷問せよ一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>汝等</rb><rt>なんぢら</rt></ruby>が<ruby><rb>手弱</rb><rt>てよわ</rt></ruby>い故なり今日は我が見る前なれば責殺しても苦ふないヤイ九助覺悟を致せ<ruby><rb>湯責</rb><rt>ゆぜめ</rt></ruby><ruby><rb>火</rb><rt>ひ</rt></ruby>責水責<ruby><rb>鐵砲</rb><rt>てつぱう</rt></ruby>責<ruby><rb>海老</rb><rt>えび</rt></ruby><ruby><rb>熊手</rb><rt>くまで</rt></ruby><ruby><rb>背割</rb><rt>せわり</rt></ruby><ruby><rb>木馬</rb><rt>もくば</rt></ruby>しほから火の<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>四十八<ruby><rb>具</rb><rt>ぐ</rt></ruby>の責に掛るぞヤイ〱責よ〱との聲諸とも<ruby><rb>獄卒</rb><rt>ごくそつ</rt></ruby>共ハツと云樣<ruby><rb>無慘</rb><rt>むざん</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>九助を<ruby><rb>眞裸</rb><rt>まつぱだか</rt></ruby>にして<ruby><rb>階子</rb><rt>はしご</rt></ruby>の上に<ruby><rb>仰向</rb><rt>あふむけ</rt></ruby>に寢かし槌の枕をさせ<ruby><rb>荒繩</rb><rt>あらなは</rt></ruby>にて<ruby><rb>縊</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り付大<ruby><rb>釜</rb><rt>がま</rt></ruby>に<ruby><rb>汲</rb><rt>くみ</rt></ruby>込みし大川の水を理左衞門<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>見て夫々<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>水を喰はせろ用捨する奴は同罪なるぞときよろつく<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>と共に下知し既に水責に及んとする處に九助は豫て覺悟の事なれば是御役人樣先々<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>を暫く御待下されよと云に理左衞門はイヤ成ぬ此間より數日の責に白状せぬ<ruby><rb>強情者</rb><rt>がうじやうもの</rt></ruby><ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>今日は骨を<ruby><rb>挫</rb><rt>ひし</rt></ruby>き肉を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きても言さにや置ぬ<ruby><rb>譫言</rb><rt>たはごと</rt></ruby><ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>すな夫責よと下知なすを九助は猶も<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>し氣に其責には及びませぬ只今白状致しますと云に理左衞門はナニ白状致すとか然ば<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に白状致せハイ今日迄<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>じましたが我程御役人樣の御察の通り惣内夫婦を殺しましたに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>御座りませぬ此上は<ruby><rb>如何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>に御<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>も<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みとは存ませぬと煮立涙と諸共に白状に及びしかば理左衞門は打笑ひ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>夫に相違は有まいな夫見よ疾から然樣申さば責られて痛いめはせぬのに<ruby><rb>何程</rb><rt>なにほど</rt></ruby><ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りても天の御<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>人を殺して知れずに居るものかソレ役所へ引廻せとて役所へ<ruby><rb>引行</rb><rt>ひきゆき</rt></ruby><ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>下役人に口書を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めさせ白洲に於て是を讀み上る

一<ruby><rb>私</rb><rt>わたく</rt></ruby>し儀<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby><ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby><ruby><rb>有之</rb><rt>これあり</rt></ruby>候に付三月十九日の夜<ruby><rb>下伊呂</rb><rt>しもいろ</rt></ruby>村大井川端にて惣内并に同人妻を切害仕り候に<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か相違<ruby><rb>無之</rb><rt>これなく</rt></ruby><ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいり</rt></ruby><ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つり候之に依て如何樣の御仕置に仰付られ候とも<ruby><rb>御領主樣</rb><rt>ごりやうしゆさま</rt></ruby>へ對し<ruby><rb>御恨</rb><rt>おんうらみ</rt></ruby>は少も御座なく候以上

水呑村名主

享保二年四月廿四日九助

理左衞門コリヤ九助サア<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>致せと書付を<ruby><rb>差出</rb><rt>さしいだ</rt></ruby>せば九助は是を見てワツとばかりに血の涙を流しながら爪印を<ruby><rb>爲</rb><rt>なし</rt></ruby>たりけり因てり理左衞門は<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>九郎兵衞夫婦を呼出し兩人に向ひ其方共願ひに因て九助を<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>吟味致す處其方<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内夫婦を大井河原に於て<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致したる段相違なき趣き<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及ぶ同日<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>爪印<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>たる上は<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby><ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>仰付らるゝ惣内夫婦の<ruby><rb>解死</rb><rt>げし</rt></ruby>人は取て<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はすぞ然樣に相心得よと然も<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>たり<ruby><rb>面</rb><rt>がほ</rt></ruby>に申ける九郎兵衞夫婦は有難き旨を申上九助を<ruby><rb>八打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>みサア九助汝は〱<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>き奴なり御役人樣の御<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby><ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>らぬ鏡に移るがゆゑ神國の御罰にて今白状に及びたるが能氣味なりと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るを女房お深も<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>にコレ九助<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>も嫁のお里に惡名を付け其上に悴惣内夫婦の者を殺したる爰な大<ruby><rb>惡人</rb><rt>あくにん</rt></ruby>めと泣聲に成て<ruby><rb>窘付</rb><rt>きめつけ</rt></ruby>れども九助は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>て物言ず居たりしは誠に覺悟を極しと見え<ruby><rb>最</rb><rt>いとゞ</rt></ruby><ruby><rb>哀</rb><rt>あはれ</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>りける

## 第八回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>も郡奉行松本理左衞門は夫々申渡し<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>退座</rb><rt>たいざ</rt></ruby>せんとなしける處に百姓三五郎申上ますと云ながら<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>へ<ruby><rb>飛込</rb><rt>とびこむ</rt></ruby>ゆゑ下役どもソレと<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさへ</rt></ruby>るを猶も聞入ず<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby><ruby><rb>揚</rb><rt>あげ</rt></ruby>今は何をか<ruby><rb>隱</rb><rt>かくし</rt></ruby>申さん惣内夫婦を殺せしは全く私しなり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御所刑に<ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>られ下さるべしと云ば理左衞門は面色を變三五郎を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>其方は<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつ</rt></ruby>て前後<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>はぬ儀を家老中へ<ruby><rb>直訴</rb><rt>ぢきそ</rt></ruby>に及び甚だ<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>き至極に付入牢申付べき奴なれ共<ruby><rb>古主</rb><rt>こしゆ</rt></ruby>九助が事の願ひ忠義らしく聞ゆる故村役人に預け遣はしたり然るに又<ruby><rb>右體</rb><rt>みぎてい</rt></ruby>の儀を申出る<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>なり村役人共其奴を引立歸れ御取上は無ぞと叱り付るを三五郎は否々彼の人殺しは私しに相違なく夫を人違ひ成れては御役儀が立ますまいと<ruby><rb>窘</rb><rt>きめ</rt></ruby>付れば理左衞門は爰な強情者め其惣内夫婦を殺しましたは私しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>ないと<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に九助が白状に及び<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印迄</rb><rt>つめいんまで</rt></ruby>相濟たり夫を今更人殺は汝なりと名乘出る事<ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>でも致したか然なくば<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>九助<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>中の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby>名乘て出ぬ此奴察する處人殺は<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>なりと忠義めかして名乘出るならば九助めは助る事も有うかなどとの奸計ならん早々村役人共引立よと<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>に三五郎は又否決して立ますまい私しも<ruby><rb>解死</rb><rt>げし</rt></ruby>人に成事を好んで出しからに<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>の無事は申立ず<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より九助は慈悲深き生れ付故勿々人など殺すべき者に之なく全く<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の嚴しきと私しを<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>け樣との兩條にて白状致せし事に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なく既に九助が今日<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby>と聞えし故科なき者を殺すは如何にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に付止を得ず名乘出しなり因て下死人は此三五郎めに<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝか</rt></ruby>も違ひ御座らぬと白洲に<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふし</rt></ruby>少しも動かねば役人は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>村役人共持餘し叱りつ<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>めつ漸々に白洲を引立<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>人の<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りへ引出したり時に九助が女房お節は今日九助が<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に依て<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>近々所刑になるとの事を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>狂氣</rb><rt>きやうき</rt></ruby>の如く<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみ歎きしが<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては夫の命乞をせんものと相談の爲島田宿の水田屋藤八が<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ行んと<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>せし途中にて<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby>よく藤八に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>ければお節は大いに悦び九助は斯々なりと咄すに藤八も<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばなり私も其事にて出來りしと云つゝ兩人同道して直に役所へ來りしに白洲は引たれども外の<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>りの中に九助は<ruby><rb>繩付</rb><rt>なはつき</rt></ruby>の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>居けるを見て藤八お節は走り<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>んとすれど<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>り來る涙に言葉もなかりけり

<ruby><rb>牢内</rb><rt>らうない</rt></ruby>より出入の節<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>人の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ<ruby><rb>親戚</rb><rt>みより</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よす</rt></ruby>る事は<ruby><rb>法度</rb><rt>はつと</rt></ruby>なれど江戸と<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひ村方の人足のみにて知り<ruby><rb>合</rb><rt>あひ</rt></ruby>の百姓ども故知らぬ顏にて<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>くゆらし居たりしとぞ

扨も九助は<ruby><rb>數日</rb><rt>すじつ</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>の<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへかね</rt></ruby>身に覺えなき人殺しの罪を白状に及ぶ程のことなれば<ruby><rb>總身</rb><rt>そうしん</rt></ruby><ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>頬骨</rb><rt>ほゝぼね</rt></ruby>高く眼は<ruby><rb>窪</rb><rt>くぼ</rt></ruby>み色<ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby><ruby><rb>髯髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby><ruby><rb>蓬々</rb><rt>ぼう〱</rt></ruby>としたる體彼の<ruby><rb>俊寛僧都</rb><rt>しゆんくわんそうづ</rt></ruby>が鬼界ヶ島の<ruby><rb>俤</rb><rt>おもか</rt></ruby>げも<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>やとばかり思はれて藤八お節も目も眩み心も消え入る體なりしが<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に涙を<ruby><rb>拂</rb><rt>はら</rt></ruby>ひて藤八に<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりより</rt></ruby>コレ九助殿變り果たる此姿見るに付ても日々の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>は<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かしと思ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>やら</rt></ruby>るゝなり併ながら何云譯で人殺しと白状致されしやら如何に<ruby><rb>責</rb><rt>せめ</rt></ruby>らるゝが<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しいとて殺しもせぬ者を殺したとは<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんばう</rt></ruby><ruby><rb>甲斐</rb><rt>がひ</rt></ruby>のなき事ぞ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>が<ruby><rb>舍利</rb><rt>しやり</rt></ruby>になればとて知らぬ事は<ruby><rb>何處迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>も知らぬとは何故云はれぬぞと云を九助は聞終<ruby><rb>瀧</rb><rt>たき</rt></ruby>の如く涙を流し是は〱藤八樣御<ruby><rb>心切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なる其お<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby><ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より人は殺さねど日々夜々の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>白状なさねばとて<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も助かる<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>にあらずと<ruby><rb>斷念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>し故一時も早く此世の苦痛を遁んと覺悟を<ruby><rb>極</rb><rt>きは</rt></ruby>めし此九助<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>是迄</rb><rt>これまで</rt></ruby>の約束<ruby><rb>事</rb><rt>ごと</rt></ruby>コリヤお節是が一<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>の別れぞと聞てお節は殊さらに<ruby><rb>絶入</rb><rt>たえいる</rt></ruby>ばかりに泣伏を藤八はコレ〱お節<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>した者だ<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>て九助が死なぬ中<ruby><rb>逢</rb><rt>あは</rt></ruby>せて<ruby><rb>遣度</rb><rt>やりたく</rt></ruby><ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>と是迄<ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby><ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>付しに何にも言ず<ruby><rb>泣</rb><rt>なき</rt></ruby>居ては<ruby><rb>切角</rb><rt>せつかく</rt></ruby>逢し<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>もなし云<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby>事の有ならば<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く云てと急立るにお節は漸々顏を<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の姿を打まもり又も玉なす涙の<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>聲さへ出ず<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>り<ruby><rb>寄</rb><rt>より</rt></ruby>私も一所に死にたしと身を<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>はして歎く<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby><ruby><rb>道理</rb><rt>ことわり</rt></ruby>せめて哀れなり九助も<ruby><rb>瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>を<ruby><rb>屡瞬</rb><rt>しばたゝ</rt></ruby>き是お節<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>は此九助と夫婦に成たるは<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>よりの惡縁ならん我は天地の<ruby><rb>神祇</rb><rt>しんぎ</rt></ruby>も<ruby><rb>照覽</rb><rt>せうらん</rt></ruby>あれ人など殺せし覺えは<ruby><rb>露聊</rb><rt>つゆいさゝ</rt></ruby>かもなきなれど是皆伯父九郎兵衞が<ruby><rb>惡巧</rb><rt>わるたく</rt></ruby>みより無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>る事と<ruby><rb>推量</rb><rt>すゐりやう</rt></ruby>はなしながら<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なき故<ruby><rb>辯解</rb><rt>いひわけ</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ず是と云も先立れし親々への孝行と思ばこそ不義<ruby><rb>淫奔</rb><rt>いたづら</rt></ruby>せし<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>お里憎ひ奴とは思へども眼前伯父の手前もあり向ふよりこそ取る金を<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>からして金まで付<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>なしたる其<ruby><rb>情</rb><rt>なさ</rt></ruby>けは<ruby><rb>結句</rb><rt>けつく</rt></ruby>此身の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>となり役人<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>の詞にも<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby><ruby><rb>協</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬと云れしなれば此<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby><ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ど其方は此事の御<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>はよも有まい程に御所刑濟ば<ruby><rb>田畑</rb><rt>でんばた</rt></ruby><ruby><rb>居屋敷</rb><rt>ゐやしき</rt></ruby><ruby><rb>家作</rb><rt>かさく</rt></ruby><ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby>は其方へ下さるゝで有うゆゑ殘らず其を<ruby><rb>賣代</rb><rt>うりしろ</rt></ruby>なし其金を<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>藤八樣へ相談申て何方なりと再び縁を<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めよや其後<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>我事を思ひ出せし日もあらば只一<ruby><rb>遍</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>をと云ばお節は<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしげに九助の<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を打まもり夫は又<ruby><rb>聞</rb><rt>きこ</rt></ruby>えぬ<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>ぞや御前に別れて<ruby><rb>外々</rb><rt>ほか〱</rt></ruby>へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづく</rt></ruby>やうな私ぢやない氣の<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>い事を云ず共コレ<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby><ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>九助が<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby>をと云後より<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>立出コリヤ〱<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>へ逢せて遣るは役人の<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>くど〱と<ruby><rb>何時迄</rb><rt>いつまで</rt></ruby>居るのだサア立々と聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>るに藤八は懷中より金二分を出し密と<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>へ入れ何分にも九助が事お慈悲の<ruby><rb>御取扱</rb><rt>おとりあつか</rt></ruby>ひを願ひ上ますと<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に申ければ下役人<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>夫は案じるな<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>は大切に致さねば<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ぬことは<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>からも<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>御<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>の有儀なり併し今<ruby><rb>遇</rb><rt>あは</rt></ruby>せた事は他へ云まいぞと<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>九助を引立れば藤八お節は<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>にもと<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>なし兩人は九助を見送るに九助も此方を<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかへ</rt></ruby>り互ひに<ruby><rb>見交</rb><rt>みかは</rt></ruby>す顏と顏<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>今生</rb><rt>こんじやう</rt></ruby>の<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>と三人が涙は<ruby><rb>玉霰</rb><rt>たまあられ</rt></ruby>見送り見返り別れけり藤八は我と心を<ruby><rb>勵</rb><rt>はげ</rt></ruby>まして<ruby><rb>宜々</rb><rt>よし〱</rt></ruby>お節是からは御<ruby><rb>家老邸</rb><rt>からうやしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこん</rt></ruby>で藤八が命を<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>に<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>一度御願申て此公事を<ruby><rb>引繰返</rb><rt>ひつくりかへ</rt></ruby>さで置べきや<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>ぢや〱と立上るを私も<ruby><rb>倶</rb><rt>とも</rt></ruby>に命を<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>とお節も<ruby><rb>續</rb><rt>つゞい</rt></ruby>て立上り是非ともお願ひ申た上お<ruby><rb>聞入</rb><rt>きゝいれ</rt></ruby>のない時は御家老樣の御<ruby><rb>玄關</rb><rt>げんくわん</rt></ruby>で其儘<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>を<ruby><rb>喰切</rb><rt>くひきり</rt></ruby>つゝ死して夫の<ruby><rb>身代</rb><rt>みがは</rt></ruby>りにと云ば藤八<ruby><rb>打點頭</rb><rt>うちうなづき</rt></ruby>オヽ<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>云た其<ruby><rb>位</rb><rt>くらゐ</rt></ruby><ruby><rb>度胸</rb><rt>どきよう</rt></ruby>を<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>ねば<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>は破れぬサア〱來いと出立る機會に此所へ息せきと島田宿なる<ruby><rb>問屋場</rb><rt>とひやば</rt></ruby>の五助と<ruby><rb>言</rb><rt>いふ</rt></ruby>者<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>來り<ruby><rb>大汗</rb><rt>おほあせ</rt></ruby>たら〱コリヤ藤八殿々々々名主樣より<ruby><rb>至急用</rb><rt>しきふよう</rt></ruby>の御手紙早々御歸りなされましと聞て藤八<ruby><rb>何事</rb><rt>なにごと</rt></ruby>と<ruby><rb>状箱</rb><rt>じやうばこ</rt></ruby><ruby><rb>取上</rb><rt>とりあ</rt></ruby>げ開き見れば

<ruby><rb>急使</rb><rt>きふし</rt></ruby>を以<ruby><rb>啓達</rb><rt>けいたつ</rt></ruby><ruby><rb>令</rb><rt>せし</rt></ruby>め候<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>道中御奉行樣御<ruby><rb>觸</rb><rt>ふれ</rt></ruby>有之候將軍<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby>御<ruby><rb>代替</rb><rt>だいがは</rt></ruby>り御<ruby><rb>巡見使</rb><rt>じゆんけんし</rt></ruby><ruby><rb>松平縫殿頭</rb><rt>まつだひらぬひのかみ</rt></ruby>樣<ruby><rb>梶川</rb><rt>かぢかは</rt></ruby>庄右衞門樣御<ruby><rb>先觸</rb><rt>さきぶれ</rt></ruby>參り<ruby><rb>來月</rb><rt>らいげつ</rt></ruby><ruby><rb>中旬頃</rb><rt>ちうじゆんごろ</rt></ruby>御<ruby><rb>止宿</rb><rt>ししゆく</rt></ruby>の由に御座候尤も此度は先々の御巡見とは違ひ<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>に御<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>も入<ruby><rb>公事訴訟</rb><rt>くじそしよう</rt></ruby>其外<ruby><rb>奸曲</rb><rt>かんきよく</rt></ruby><ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby>の節も御<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>有之に付所々より願ひ出候者も多く御手間取成れ候由故<ruby><rb>道端</rb><rt>みちばた</rt></ruby><ruby><rb>譜請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>御<ruby><rb>宿割等</rb><rt>やどわりとう</rt></ruby>申付候之に依て<ruby><rb>貴樣</rb><rt>きさま</rt></ruby><ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>致さるべく候以上

四月廿四日名主　　儀右衞門

問屋　　六郎右衞門

水田屋藤八殿

と讀上しが此藤八は<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>肝煎と言宿人足の世話をもしける故是は又惡い處へ<ruby><rb>御巡見</rb><rt>ごじゆんけん</rt></ruby>ハテ急に歸らねば<ruby><rb>成</rb><rt>なら</rt></ruby>ずコレ五助や御巡見樣は<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ<ruby><rb>山向</rb><rt>やまむかう</rt></ruby>かハイ藝州の<ruby><rb>御飛脚</rb><rt>おひきやく</rt></ruby>の噺には<ruby><rb>櫓澤</rb><rt>やぐらざは</rt></ruby>通りが一昨日頃で有うと申ましたと<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>て藤八ハテ<ruby><rb>御巡見</rb><rt>ごじゆんけん</rt></ruby><ruby><rb>街道</rb><rt>かいだう</rt></ruby>は<ruby><rb>櫓澤</rb><rt>やぐらさは</rt></ruby>竹の下スリヤ今頃は沼津吉原富士の根方邊と手を組で<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>の<ruby><rb>容子成</rb><rt>ようすなり</rt></ruby>しが<ruby><rb>礑</rb><rt>はた</rt></ruby>と横手を<ruby><rb>拍</rb><rt>うち</rt></ruby>是お節願うてもなき幸ひが出來たぞ<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby>是が<ruby><rb>矢張</rb><rt>やつぱり</rt></ruby>天道樣の御<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けぢやヤレ嬉しや<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなやサア己と一所に來やれと云どお節は<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずデモマア九助が切れる故御家老樣へと<ruby><rb>半</rb><rt>なか</rt></ruby>ばも<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>せずナニ願ひも<ruby><rb>糸瓜</rb><rt>へちま</rt></ruby>も入ものかと云節お節は未だ解せずデモ<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>が濟だ上は捨て置たら夫の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>故<ruby><rb>御駕籠</rb><rt>おかご</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>てと藤八一人呑込でお節を<ruby><rb>急立</rb><rt>せきたて</rt></ruby><ruby><rb>連行</rb><rt>つれゆく</rt></ruby>にぞお節は一向樣子が解らず<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>何處へ行のだと不審の顏に藤八はハテ知れた事今度の御<ruby><rb>巡見</rb><rt>じゆんけん</rt></ruby>使は上樣の御代替りの御名代云ば<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>最明寺</rb><rt>さいみやうじ</rt></ruby>諸國の<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby><ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>す爲にと御座る御役人九助が事を<ruby><rb>御駕籠訴</rb><rt>おかごそ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby>か行ぬか天下の吟味<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はぬ迄も願つて見ん夫で行ねば是非もない<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が<ruby><rb>大事</rb><rt>だいじ</rt></ruby>と思ふなら己と一所に願ひ出よと聞てお節は<ruby><rb>飛立</rb><rt>とびたつ</rt></ruby>思ひ夫なら父樣<ruby><rb>寸時</rb><rt>ちつと</rt></ruby>も早ふ御駕籠訴とやら云事をイヤサ何も彼も己に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せて一<ruby><rb>所</rb><rt>しよ</rt></ruby>に來い<ruby><rb>細工</rb><rt>さいく</rt></ruby>は<ruby><rb>流々</rb><rt>りう〱</rt></ruby><ruby><rb>仕上</rb><rt>しあげ</rt></ruby>を見やれサア〱早く支度してと云にお節も一<ruby><rb>生懸命</rb><rt>しやうけんめい</rt></ruby>村役人へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>の身なれど跡は野となれ山坂を足に任せて走り行相良の城下を放れつゝ夫九助が<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby>と思ふ計りの<ruby><rb>力草</rb><rt>ちからぐさ</rt></ruby>島田宿迄一息に來りし頃は夜も<ruby><rb>戌刻</rb><rt>いつゝ</rt></ruby>水田屋へこそ着にけり

## 第九回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て藤八はお節を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>して島田宿の我が家へ歸り<ruby><rb>宿場</rb><rt>しゆくば</rt></ruby>の<ruby><rb>用向</rb><rt>ようむき</rt></ruby>萬事の儀は弟岡崎屋藤五郎へ頼み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby><ruby><rb>寄場</rb><rt>よせば</rt></ruby>へ人を走らせ雲助<ruby><rb>頭</rb><rt>がしら</rt></ruby><ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>の幸八を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby><ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>二<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>人足三人づつ尤も通し駕籠なれば<ruby><rb>大丈夫</rb><rt>だいぢやうぶ</rt></ruby>な者をと<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>に幸八は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>なしシテ又親方<ruby><rb>何處迄</rb><rt>どこまで</rt></ruby>御出と<ruby><rb>聞</rb><rt>きく</rt></ruby>に藤八は<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ばサ先は<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と知れぬが<ruby><rb>大概</rb><rt>おほかた</rt></ruby>箱根<ruby><rb>前後</rb><rt>ぜんご</rt></ruby><ruby><rb>位</rb><rt>ぐらゐ</rt></ruby>と思へば<ruby><rb>能</rb><rt>よし</rt></ruby>と云を聞て幸八は<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>其夜の中に<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>から<ruby><rb>撰</rb><rt>えらん</rt></ruby>で呉服屋の六<ruby><rb>團扇</rb><rt>うちは</rt></ruby>の源<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>七箱根傳助小僧の吉品川の松<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も當宿の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>こき六人<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>へは<ruby><rb>赤合羽</rb><rt>あかがつぱ</rt></ruby>を<ruby><rb>羽折</rb><rt>はをり</rt></ruby>各自向ふ<ruby><rb>鉢卷</rb><rt>はちまき</rt></ruby>をなし<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に<ruby><rb>挾</rb><rt>はさみ</rt></ruby>しは<ruby><rb>叺莨入</rb><rt>かますたばこいれ</rt></ruby>手には竹の<ruby><rb>息杖</rb><rt>いきづゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>曉寅刻</rb><rt>あけなゝつ</rt></ruby>に皆門口へ來て親方御支度は<ruby><rb>宜</rb><rt>よし</rt></ruby>かと大聲に云ば水田屋の<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>は立出是は御苦勞々々々今<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>は御出なさると云中藤八出來りしが先其<ruby><rb>打扮</rb><rt>いでたち</rt></ruby>は<ruby><rb>紺縞</rb><rt>こんじま</rt></ruby>の上田の<ruby><rb>袷</rb><rt>あはせ</rt></ruby>に<ruby><rb>紺紬</rb><rt>こんつむぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>盲縞</rb><rt>めくらじま</rt></ruby>の羽織<ruby><rb>濃</rb><rt>こひ</rt></ruby>御<ruby><rb>納戸</rb><rt>なんど</rt></ruby>の半合羽を着<ruby><rb>鮫鞘</rb><rt>さめざや</rt></ruby>の大<ruby><rb>脇差</rb><rt>わきざし</rt></ruby>を帶し<ruby><rb>晒</rb><rt>さらし</rt></ruby>の手拭を首に<ruby><rb>捲付</rb><rt>まきつけ</rt></ruby>門口へ出て何も<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>今度は此の藤八が一世一代命を<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>の願ひ<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>娘を連て<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ねばならぬ近くて<ruby><rb>沼津</rb><rt>ぬまづ</rt></ruby>か<ruby><rb>三島</rb><rt>みしま</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>とほ</rt></ruby>くて小田原<ruby><rb>大磯</rb><rt>おほいそ</rt></ruby>なり夫迄は行まいが<ruby><rb>太儀</rb><rt>たいぎ</rt></ruby>ながら手前<ruby><rb>達</rb><rt>たち</rt></ruby><ruby><rb>精</rb><rt>せい</rt></ruby>出して<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>骨は<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすま</rt></ruby>ぬと云に雲助共聞て口々に何親方の事だから<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>時にでも<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>折</rb><rt>をら</rt></ruby>ずば何時恩を返すときが有うナアと云時下女が<ruby><rb>熱</rb><rt>あつ</rt></ruby>がんの酒と茶碗を<ruby><rb>持出</rb><rt>もちいだ</rt></ruby>せば雲助どもは是は有難う御座りますと手ん〲に五六<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>ヅツ<ruby><rb>引</rb><rt>ひつ</rt></ruby>かける所へ藤八ソレ<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>と<ruby><rb>銘々</rb><rt>めい〱</rt></ruby>に金二分<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>やる</rt></ruby>に雲助はイエ親方是は入やせんと<ruby><rb>辭退</rb><rt>じたい</rt></ruby>なすを馬鹿を云な<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>が<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>て<ruby><rb>呑</rb><rt>のま</rt></ruby>れるものか又骨折は別だぞと云中お節も出來たるに女房娘を始めとして皆々<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>へ送り出<ruby><rb>風呂敷包</rb><rt>ふろしきづつみ</rt></ruby>は駕籠に付サア〱急いで<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>て<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>と云に何れも<ruby><rb>合點</rb><rt>がつてん</rt></ruby>と二<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>の駕籠を<ruby><rb>舁上</rb><rt>かきあげ</rt></ruby>れば<ruby><rb>御機嫌能</rb><rt>ごきげんよ</rt></ruby>うと一同に見送る中に女房は<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>お節が頼み事<ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>成就</rb><rt>じやうじゆ</rt></ruby>なす樣にと云に藤八<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>に<ruby><rb>拔</rb><rt>ぬか</rt></ruby>りが有者かと<ruby><rb>夜明烏</rb><rt>よあけがらす</rt></ruby>と<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに<ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>ぐらを放れ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆく</rt></ruby><ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>は花の島田を<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>になし<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぐに<ruby><rb>瀬戸</rb><rt>せと</rt></ruby>の<ruby><rb>染領</rb><rt>そめりやう</rt></ruby>や<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>き小川を打渡り心は<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>一<ruby><rb>遍</rb><rt>ぺん</rt></ruby>の實意ぞ深き<ruby><rb>洲崎村</rb><rt>すさきむら</rt></ruby>五里の<ruby><rb>八幡</rb><rt>やはた</rt></ruby>も駕籠の中<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>を<ruby><rb>籠</rb><rt>こめ</rt></ruby>し櫻山<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>る<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>に風<ruby><rb>薫</rb><rt>かほ</rt></ruby>る時は<ruby><rb>卯月</rb><rt>うづき</rt></ruby>の末の空花の<ruby><rb>藤枝</rb><rt>ふぢえだ</rt></ruby>はや過て岡部に續く<ruby><rb>宇都</rb><rt>うつ</rt></ruby>の山<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>の細道<ruby><rb>十團子</rb><rt>とほだんご</rt></ruby>夢か<ruby><rb>現</rb><rt>うつゝ</rt></ruby>にも人にも<ruby><rb>遇</rb><rt>あは</rt></ruby>ぬ宇都の谷と彼の<ruby><rb>能因</rb><rt>のういん</rt></ruby>が昔を今に<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>も變らぬ梅若葉<ruby><rb>鞠子</rb><rt>まりこ</rt></ruby>の宿を通り拔<ruby><rb>阿部川</rb><rt>あべかは</rt></ruby>にこそ來りけれ藤八お節の兩人は<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>の茶屋へ駕籠を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>させ暫時<ruby><rb>憩</rb><rt>いこ</rt></ruby>ひながら藤八は茶屋の亭主に向ひ此度<ruby><rb>公方樣</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>御代替の<ruby><rb>御巡見樣</rb><rt>ごじゆんけんさま</rt></ruby>御通りの由<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>何處</rb><rt>どこ</rt></ruby>らまで御出成れたで有うと問に茶屋の亭主はハイ此間からの<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎで御座りますが未だ<ruby><rb>此邊</rb><rt>このへん</rt></ruby>へ御出は御座りませぬ<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>昨日<ruby><rb>雲州</rb><rt>うんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>御飛脚</rb><rt>おひきやく</rt></ruby>が<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>には箱根を一昨日とやら御<ruby><rb>越</rb><rt>こし</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れまして富士の根方廻はりが二三日掛ると仰られましたから今日<ruby><rb>邊</rb><rt>あた</rt></ruby>りは三島で御座りませうと云を聞と等く藤八は又々<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>げと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>るに雲助ども<ruby><rb>合點</rb><rt>がつてん</rt></ruby>と駕籠<ruby><rb>舁上</rb><rt>かきあぐ</rt></ruby>れば<ruby><rb>木枯</rb><rt>こがらし</rt></ruby>の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>を<ruby><rb>那方</rb><rt>あなた</rt></ruby>に此方なる<ruby><rb>賤機山</rb><rt>しづはたやま</rt></ruby>を心指て行手は名に負駿河の府中<ruby><rb>午刻</rb><rt>まひる</rt></ruby>も過て<ruby><rb>巴河</rb><rt>ともえがは</rt></ruby><ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>にぞ知るゝ<ruby><rb>濱續</rb><rt>はまつゞ</rt></ruby>き清水<ruby><rb>久能</rb><rt>くのう</rt></ruby>は右の方は左にとりて富士見山<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>る夏野の<ruby><rb>草薙</rb><rt>くさなぎ</rt></ruby>の宮を力に<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>み<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>の宿や<ruby><rb>興津川</rb><rt>おきつがは</rt></ruby><ruby><rb>薩陲峠</rb><rt>さつたたうげ</rt></ruby>は七ツ過<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>も<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き倉澤の<ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>の建場を提灯<ruby><rb>燈</rb><rt>つけ</rt></ruby>由井の宿なる<ruby><rb>夷子屋</rb><rt>えびすや</rt></ruby>に其夜は駕籠を<ruby><rb>舁込</rb><rt>かきこん</rt></ruby>だり斯て藤八宿屋の<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の樣子を聞くに今宵は原の御泊なりと云に<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>心も<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>夫より願書を認め是お節明日中には<ruby><rb>御巡見樣</rb><rt>ごじゆんけんさま</rt></ruby>方へ御願ひ申上るにより必ず氣を大丈夫に持申上る事を能考へ置と云ばお節は<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>打喜び<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に何から何まで厚い御世話有難う御座りますと言けるが<ruby><rb>終夜</rb><rt>よもすがら</rt></ruby><ruby><rb>寢</rb><rt>ね</rt></ruby>も遣らず心<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby><ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>一番<ruby><rb>鳥</rb><rt>どり</rt></ruby>の<ruby><rb>鳴</rb><rt>なく</rt></ruby>や否や起出つゝ支度調へ藤八<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby><ruby><rb>曉</rb><rt>あけ</rt></ruby><ruby><rb>寅刻比</rb><rt>なゝつごろ</rt></ruby>より宿屋を乘出し<ruby><rb>蒲原</rb><rt>かんばら</rt></ruby>の<ruby><rb>驛外</rb><rt>しゆくはづれ</rt></ruby>にて夜も<ruby><rb>明渡</rb><rt>あけわた</rt></ruby>り<ruby><rb>辨慶</rb><rt>べんけい</rt></ruby>清水六代御前松並木も打越て<ruby><rb>岩淵</rb><rt>いはぶち</rt></ruby>の渡りに來り<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>休息なし<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て富士川の<ruby><rb>逆卷</rb><rt>さかまく</rt></ruby>水も押渡り岩をも<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>す<ruby><rb>念力</rb><rt>ねんりき</rt></ruby>の岩手の村や四日市見上る方は富士の峯<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby><ruby><rb>取止</rb><rt>とりとめ</rt></ruby>て<ruby><rb>鶴芝</rb><rt>つるしば</rt></ruby>龜芝青々と<ruby><rb>齡</rb><rt>よはひ</rt></ruby>ぞ永く打續き麓の<ruby><rb>裾野</rb><rt>すその</rt></ruby>末廣く天神山や馬場川口<ruby><rb>柴橋</rb><rt>しばはし</rt></ruby>大宮<ruby><rb>木綿島</rb><rt>もめんじま</rt></ruby>吉原<ruby><rb>驛</rb><rt>じゆく</rt></ruby>も打過て<ruby><rb>日脚</rb><rt>ひあし</rt></ruby>も永き<ruby><rb>畷道</rb><rt>なはてみち</rt></ruby><ruby><rb>未刻</rb><rt>ひつじ</rt></ruby><ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>りに來懸たり斯る折から遙か彼方より露拂ひ右左に立下に〱笠をとれ馬の<ruby><rb>牽綱</rb><rt>ひきつな</rt></ruby>を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>よと<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>し來れるは將軍家<ruby><rb>御朱印</rb><rt>ごしゆいん</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>の長持なり藤八は未だ<ruby><rb>御巡見使</rb><rt>ごじゆんけんし</rt></ruby>の來らるゝとは思はぬ故<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたへ</rt></ruby>の<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>に<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>何方樣</rb><rt>どなたさま</rt></ruby>の御通行ぢやと問に馬士は打笑ひ是を知られぬか御順見樣ぢや<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>く<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>さツしやれと云を聞藤八は何<ruby><rb>御順見樣</rb><rt>ごじゆんけんさま</rt></ruby>ぢやヤレ嬉しやと駕籠から<ruby><rb>轉</rb><rt>ころ</rt></ruby>げ落ぬ<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに<ruby><rb>下立</rb><rt>おりたち</rt></ruby>コリアお節サア〱<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>と一所に此方に居やれと道の<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に兩人<ruby><rb>跪居</rb><rt>つくばひゐ</rt></ruby>る中麻上下を着せし<ruby><rb>驛</rb><rt>しゆく</rt></ruby>役人ども先に立下に〱と往來の者を制しながら來るに程なく<ruby><rb>正使</rb><rt>せいし</rt></ruby>御目付代御使番高二千石松平縫殿頭殿<ruby><rb>先箱</rb><rt>さきばこ</rt></ruby><ruby><rb>赤熊</rb><rt>しやくま</rt></ruby>二本道具<ruby><rb>徒士</rb><rt>かち</rt></ruby><ruby><rb>小姓</rb><rt>こしやう</rt></ruby>馬廻り持槍は片鎌の黒羅紗<ruby><rb>長柄</rb><rt>ながえ</rt></ruby><ruby><rb>簑箱</rb><rt>みのばこ</rt></ruby><ruby><rb>對箱</rb><rt>つゐばこ</rt></ruby>草履取引馬<ruby><rb>鞍覆</rb><rt>くらおひ</rt></ruby>は黒羅紗丸に<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>の<ruby><rb>紋所</rb><rt>もんどころ</rt></ruby>引續いて公用人給人其外上下七八十人萬石以上の<ruby><rb>格式</rb><rt>かくしき</rt></ruby>なり<ruby><rb>副使</rb><rt>ふくし</rt></ruby>は御勘定梶川庄右衞門殿槍挾箱長柄其外引揃へ行列正しく通行あるに藤八は夫と見るより<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て用意の<ruby><rb>訴状</rb><rt>そじやう</rt></ruby>を青竹に<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>み往來の傍らに平伏なし大音上で願ひ上ますと青竹を差出せば松平<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>殿駕籠を止めよと聲を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>らるれば<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby>の侍士石井彌兵衞右の訴状を受取り<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の中へ差出すを縫殿頭殿一通<ruby><rb>披見</rb><rt>ひけん</rt></ruby>致され彌兵衞兩人を是へ<ruby><rb>呼</rb><rt>よべ</rt></ruby>と申さるゝに彌兵衞は<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりコリヤ兩人共近ふ出よとの<ruby><rb>指揮</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に隨ひ藤八お節ハツと進みて平伏す時に縫殿頭殿コレ彌兵衞<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>にて樣子を<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>と願書を渡されしかば彌兵衞は左の手に願書を持ちながら<ruby><rb>跪踞</rb><rt>つまだち</rt></ruby>其方儀は願書の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>有</rb><rt>ある</rt></ruby>通り當國島田の藤八と申者か又夫なる女はと問に藤八ハツと答へ是は私が養女節と申者にて遠州<ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はいばらごほり</rt></ruby><ruby><rb>相良領</rb><rt>さがらりやう</rt></ruby>水呑村九助妻なりと申立れば縫殿頭殿是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ其方共顏を上よと有しに兩人は恐る〱少し<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>上</rb><rt>あぐ</rt></ruby>る時<ruby><rb>駕籠</rb><rt>のりもの</rt></ruby>の中より<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と見らるゝに（此時は<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>誠心</rb><rt>せいしん</rt></ruby>の<ruby><rb>虚實</rb><rt>きよじつ</rt></ruby><ruby><rb>眞僞</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に<ruby><rb>表</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝを見分る<ruby><rb>緊要</rb><rt>きんえう</rt></ruby>の場なりとぞ）兩人は氣を<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>て<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へながら願書御取上の<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>は如何や又<ruby><rb>咎</rb><rt>とがめ</rt></ruby>にても<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>る事<ruby><rb>歟</rb><rt>か</rt></ruby>と心配し居しに<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て縫殿頭殿彌兵衞を呼れ兩人が體を見るに僞らざる樣子<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>面に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>るゝにより願書の趣き一通り<ruby><rb>糺明</rb><rt>たゞし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>れ駕籠をと有に<ruby><rb>徐々</rb><rt>しづ〱</rt></ruby><ruby><rb>乘籠</rb><rt>のりもの</rt></ruby>を<ruby><rb>舁出</rb><rt>かきいだ</rt></ruby>すにぞ彌兵衞は跡に殘り其方どもの訴状御取上げ是ある間今夜の<ruby><rb>御本陣</rb><rt>ごほんぢん</rt></ruby>は吉原<ruby><rb>驛</rb><rt>じゆく</rt></ruby>なるにより汝等同所に到り下宿して御沙汰を相待べしと申渡すを兩人ハツと<ruby><rb>鰭伏</rb><rt>ひれふす</rt></ruby><ruby><rb>時</rb><rt>とき</rt></ruby>彌兵衞は吉原驛の役人を呼<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>なる兩人の者共<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよひ</rt></ruby>御吟味の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>有之に付其方共に<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>預</rb><rt>あづく</rt></ruby>る間願人共を<ruby><rb>粗略</rb><rt>そりやく</rt></ruby>に致すなと申渡し其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>駕籠に<ruby><rb>追尾</rb><rt>おひつき</rt></ruby>けり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば藤八はヤヽ御取上下さると歟ハヽア有難や嬉しやと涙を流し頭を大地へ<ruby><rb>摺付々々</rb><rt>すりつけ〱</rt></ruby><ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>めばお節も餘りの嬉しさにウンと後へ<ruby><rb>仰向反</rb><rt>のけぞり</rt></ruby>し<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>し正氣を失たり

<ruby><rb>俚諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>富</rb><rt>とみ</rt></ruby>を取て目を廻し身代に苦みし者<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>金の<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>に<ruby><rb>有付</rb><rt>ありつき</rt></ruby>ヤレ〱嬉しやと思ひ病氣付事あり是心の<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆるみ</rt></ruby>より出るとかや茲に畏くも　人皇百九代　<ruby><rb>後水尾</rb><rt>ごみづのを</rt></ruby>天皇には至て和歌を好ませられ<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>三十六<ruby><rb>歌仙</rb><rt>かせん</rt></ruby>を御<ruby><rb>撰</rb><rt>えら</rt></ruby>み遊ばされし事あり此事<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>の人の知る所なり時に<ruby><rb>元和</rb><rt>げんな</rt></ruby>九年徳川二代將軍家御<ruby><rb>上洛</rb><rt>じやうらく</rt></ruby>あられしかば京都の<ruby><rb>繁華</rb><rt>はんくわ</rt></ruby><ruby><rb>前代未聞</rb><rt>ぜんだいみもん</rt></ruby>なり然るに其年の十月頃時の<ruby><rb>關白</rb><rt>くわんぱく</rt></ruby>二條左大臣殿の<ruby><rb>諸大夫</rb><rt>しよたいふ</rt></ruby>にて<ruby><rb>取高</rb><rt>とりだか</rt></ruby>七石二人<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>なる<ruby><rb>河島伯耆守</rb><rt>かはしまはうきのかみ</rt></ruby>と云る人<ruby><rb>或日</rb><rt>あるひ</rt></ruby>只一人<ruby><rb>祇園</rb><rt>ぎをん</rt></ruby>の社へ參詣なし祇園<ruby><rb>豆腐</rb><rt>どうふ</rt></ruby>と云を賣る家に立寄しに一人の女<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby><ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>を持出いざ御上り成れましと出す時その女

<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>ならば<ruby><rb>梢</rb><rt>こずゑ</rt></ruby>にとめてあすや<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>んよるのあらしの<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>ばかりして

と<ruby><rb>詠</rb><rt>えい</rt></ruby>じける故<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>公家</rb><rt>くげ</rt></ruby>の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>感心し<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>の<ruby><rb>墨斗</rb><rt>やたて</rt></ruby>を取出し今一度<ruby><rb>吟</rb><rt>ぎん</rt></ruby>じ聞せよと云に女は恥らひし體にて<ruby><rb>口籠</rb><rt>くちごも</rt></ruby>るを河島<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>の名は何と云ぞと聞に女はヘイかぢと申ますと答しかば夫より河島立歸り二條殿へ右の歌を差上しに二條家<ruby><rb>御感</rb><rt>ぎよかん</rt></ruby>の餘り其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby><ruby><rb>奏聞</rb><rt>そうもん</rt></ruby>なし給へば<ruby><rb>賤敷</rb><rt>いやしき</rt></ruby>女にも<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る<ruby><rb>風流</rb><rt>ふうりう</rt></ruby>有けるよと<ruby><rb>即座</rb><rt>そくざ</rt></ruby>に御<ruby><rb>歌</rb><rt>うた</rt></ruby>所へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はされ<ruby><rb>歌仙</rb><rt>かせん</rt></ruby>へ<ruby><rb>加</rb><rt>くは</rt></ruby>へさせられ又<ruby><rb>北面</rb><rt>ほくめん</rt></ruby><ruby><rb>北小路</rb><rt>きたこうぢ</rt></ruby>從五位下<ruby><rb>東大寺</rb><rt>とうだいじ</rt></ruby>の<ruby><rb>長吏</rb><rt>ちやうり</rt></ruby><ruby><rb>若狹守藤原保忠</rb><rt>わかさのかみふぢはらやすたゞ</rt></ruby>　<ruby><rb>勅使</rb><rt>ちよくし</rt></ruby>として祇園へ<ruby><rb>至</rb><rt>いた</rt></ruby>り　勅使なりと聲を掛ければ茶屋にては<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>廻るを　勅使は此家に<ruby><rb>梶</rb><rt>かぢ</rt></ruby>と申女<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>る由此所へ<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>しませいと云るゝに<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎやうてん</rt></ruby>しながら何事やらんと<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>連出しかば　勅使は其方は<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby>に<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>ひし者<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>汝が<ruby><rb>詠歌</rb><rt>えいか</rt></ruby><ruby><rb>殿下</rb><rt>でんか</rt></ruby>へ相聞え其上　<ruby><rb>當吟</rb><rt>たうこん</rt></ruby>の　<ruby><rb>叡覽</rb><rt>えいらん</rt></ruby>に<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>へられし所<ruby><rb>名歌</rb><rt>めいか</rt></ruby>なりとて仙歌へ御<ruby><rb>加</rb><rt>くは</rt></ruby>へ遊ばされ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又　<ruby><rb>叡感</rb><rt>えいかん</rt></ruby>の餘り　御<ruby><rb>宸筆</rb><rt>しんひつ</rt></ruby>を下し<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>る有難く<ruby><rb>頂戴</rb><rt>ちやうだい</rt></ruby>せよと<ruby><rb>函</rb><rt>はこ</rt></ruby>を出せばおかぢは<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞき</rt></ruby><ruby><rb>拜見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>して涙を流し斯る<ruby><rb>卑</rb><rt>いやし</rt></ruby>き<ruby><rb>賤</rb><rt>しづ</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>め</rt></ruby>が<ruby><rb>腰折</rb><rt>こしをれ</rt></ruby>も和歌の<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>とて<ruby><rb>恐多</rb><rt>おそれおほ</rt></ruby>くも<ruby><rb>關白殿下</rb><rt>くわんぱくでんか</rt></ruby>へ聽えしも有難さ云ん方なきに況てや十<ruby><rb>善</rb><rt>ぜん</rt></ruby>萬<ruby><rb>乘</rb><rt>じよう</rt></ruby>の君より御<ruby><rb>宸筆</rb><rt>しんぴつ</rt></ruby>とはと云つゝ前へがツくり<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>致すと思ひしに<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby><ruby><rb>死果</rb><rt>しにはて</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしとぞ依て<ruby><rb>遺骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>は<ruby><rb>洛外</rb><rt>らくぐわい</rt></ruby><ruby><rb>壬生</rb><rt>みぶ</rt></ruby>の<ruby><rb>法輪寺</rb><rt>ほふりんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り今におかち女の<ruby><rb>墳</rb><rt>はか</rt></ruby><ruby><rb>同寺</rb><rt>どうじ</rt></ruby>にありて此<ruby><rb>和歌</rb><rt>わか</rt></ruby><ruby><rb>殘</rb><rt>のこり</rt></ruby>けるとかや

然ばお節が目を<ruby><rb>暈</rb><rt>まは</rt></ruby>せしとて<ruby><rb>大騷動</rb><rt>おほさうどう</rt></ruby>となり人々<ruby><rb>立騷</rb><rt>たちさわ</rt></ruby>ぐにぞ<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>殿是を聞れ女が<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>を感心有て<ruby><rb>印籠</rb><rt>いんろう</rt></ruby>の中なる氣付を出し<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby>の者に渡され立歸りて是を與へよとありしにぞ<ruby><rb>駕籠脇</rb><rt>かごわき</rt></ruby>の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さふらひ</rt></ruby>立<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りて彼の<ruby><rb>藥</rb><rt>くすり</rt></ruby>を與へしかば藤八は<ruby><rb>押戴</rb><rt>おしいたゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>有難き仕合なりとて宿役人<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby><ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>なせしに<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>氣の付ければ<ruby><rb>驛</rb><rt>しゆく</rt></ruby>役人同道にて<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に吉原<ruby><rb>驛</rb><rt>じゆく</rt></ruby><ruby><rb>伊豆</rb><rt>いづ</rt></ruby>屋<ruby><rb>甚</rb><rt>じん</rt></ruby>助方へ<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り本陣の御沙汰を今や<ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>しと待居たり既に其<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>も<ruby><rb>暮近</rb><rt>くれちか</rt></ruby>き頭一人<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>八ツ<ruby><rb>字蔦</rb><rt>じつた</rt></ruby>と云字の<ruby><rb>目引</rb><rt>めひき</rt></ruby>に<ruby><rb>紺</rb><rt>こん</rt></ruby>の<ruby><rb>看板</rb><rt>かんばん</rt></ruby><ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たる<ruby><rb>小</rb><rt>こ</rt></ruby>者を連て伊豆屋へ來り藤八お節<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>致すべしと云渡せば兩人は<ruby><rb>驚破</rb><rt>すは</rt></ruby>やと悦び宿役人同道して本陣の<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>口へ廻り右の段を申<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>けるに<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>あつて是へ通せと有ければ本陣の次の<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>先へ兩人を呼出す此時<ruby><rb>正面</rb><rt>しやうめん</rt></ruby>には松平<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>殿少し下りて右の座へ<ruby><rb>梶川</rb><rt>かじかわ</rt></ruby>庄右衞門殿次には<ruby><rb>公用人</rb><rt>こうようにん</rt></ruby>櫻井文右衞門田村治兵衞此方には川上<ruby><rb>貞</rb><rt>さだ</rt></ruby>八石川彌兵衞<ruby><rb>浦野</rb><rt>うらの</rt></ruby><ruby><rb>紋</rb><rt>もん</rt></ruby>兵衞<ruby><rb>縁側際</rb><rt>えんがはぎは</rt></ruby>には<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>五六人<ruby><rb>非常</rb><rt>ひじやう</rt></ruby>を<ruby><rb>警</rb><rt>いま</rt></ruby>しめ<ruby><rb>廣庭</rb><rt>ひろには</rt></ruby>には吉原宿名主問屋<ruby><rb>本陣</rb><rt>ほんぢん</rt></ruby>組頭宿役人並居たり公用人櫻井文右衞門兩人が<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>を以て<ruby><rb>入側</rb><rt>いりかは</rt></ruby>に進み出島田宿藤八同人養女節と<ruby><rb>呼</rb><rt>よぶ</rt></ruby>時用人ハツと平伏なすを見て其方共儀遠州水呑村名主九助と申者の身分に因て今日御<ruby><rb>駕籠訴</rb><rt>かごそ</rt></ruby>に及びし段御<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>に相なりしは今度上樣御<ruby><rb>代替</rb><rt>だいかはり</rt></ruby>に付御<ruby><rb>仁政</rb><rt>じんせい</rt></ruby>の始め諸國へ御<ruby><rb>巡見使</rb><rt>じゆんけんし</rt></ruby>を相立てらるゝは御<ruby><rb>領</rb><rt>りやう</rt></ruby><ruby><rb>私領</rb><rt>しりやう</rt></ruby>とも忠信<ruby><rb>孝義</rb><rt>かうぎ</rt></ruby>の者を見いだし且つは其所の役人<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby><ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>等之れあり下々の者<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>致す向もあらば夫々御<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけ</rt></ruby>らるゝ御<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>なり依て上樣御<ruby><rb>目代</rb><rt>もくだい</rt></ruby>との仰を蒙り<ruby><rb>駿</rb><rt>すん</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>ゑん</rt></ruby>三<ruby><rb>尾</rb><rt>び</rt></ruby>の四ヶ國の<ruby><rb>巡見使</rb><rt>じゆんけんし</rt></ruby>として松平縫殿頭<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこ</rt></ruby>せし處なり然ば其方共願ひの筋江戸表へ御差出に相成天下の御<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>にも相成に付願書の趣き一通り御<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>有之により有難く存ずべしとの仰にけり扨是より一通り<ruby><rb>糺問</rb><rt>たゞし</rt></ruby>の上藤八お節の兩人江戸表へ<ruby><rb>差立</rb><rt>さしたて</rt></ruby>となりたり

## 第十回

<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>任</rb><rt>にん</rt></ruby>ずるに其人を<ruby><rb>擇</rb><rt>えら</rt></ruby>めば<ruby><rb>黜陟</rb><rt>ちつちよく</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あき</rt></ruby>らかにして<ruby><rb>刑罰</rb><rt>けいばつ</rt></ruby><ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>らざるなく<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に百姓をして<ruby><rb>鼓腹</rb><rt>こふく</rt></ruby><ruby><rb>歡呼</rb><rt>くわんこ</rt></ruby>せしむ<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわ</rt></ruby>ざに曰其人を知らんと欲すれば其の<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>ふ者を<ruby><rb>觀</rb><rt>み</rt></ruby>よと故に八代將軍<ruby><rb>吉宗</rb><rt>よしむね</rt></ruby>公は徳川氏中<ruby><rb>興</rb><rt>こう</rt></ruby>の君と<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝ</rt></ruby>へ奉つる程の<ruby><rb>賢明</rb><rt>けんめい</rt></ruby>に<ruby><rb>在</rb><rt>まし</rt></ruby>ませば其下皆其<ruby><rb>任</rb><rt>にん</rt></ruby>に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>はざるなく今般の巡見使松平<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>殿も藤八お節が<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>を一<ruby><rb>目</rb><rt>もく</rt></ruby>して其事<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りならざるを知り<ruby><rb>即夜</rb><rt>そくや</rt></ruby><ruby><rb>旅館</rb><rt>りよくわん</rt></ruby>に<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>一通り<ruby><rb>糾問</rb><rt>たゞし</rt></ruby>に取掛られたり然れば藤八お節の兩人は願ひの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き御<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>に相成し事<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流し平伏してぞ居たりける時に<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>殿公用人櫻井文左衞門藤八に向ひ夫なる節と申女は如何なる身分の者にて其方養女に致せしぞと申すに藤八<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を上げ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は當<ruby><rb>阿部川驛</rb><rt>あべかはじゆく</rt></ruby>の勘五郎と申百姓の娘にして右勘五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>と申者は私し妹に候へ共實は<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>きに<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>りなり候然る處同人儀<ruby><rb>幼年</rb><rt>えうねん</rt></ruby>の頃より<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby>の者にて五歳の時<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>勘五郎に<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れ母<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>が手一ツで<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てし處九歳の<ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>又母<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>中<ruby><rb>症</rb><rt>しやう</rt></ruby>に相成候て幼少の身にて日々<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>の人に<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>の物を<ruby><rb>商</rb><rt>あきな</rt></ruby>ひ其<ruby><rb>餘力</rb><rt>よりよく</rt></ruby>を以て母を<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ居候に付私し如何にも<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に存じ親子共引取べき旨<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>申聞候へ共今更<ruby><rb>厄介</rb><rt>やつかい</rt></ruby>に相成候は<ruby><rb>不本意</rb><rt>ふほんい</rt></ruby>なりとて聞入申さず五ヶ年の<ruby><rb>長病</rb><rt>ちやうびやう</rt></ruby>を只一日の如く<ruby><rb>甲斐々々</rb><rt>かひ〲</rt></ruby>しく<ruby><rb>看護</rb><rt>みとり</rt></ruby>仕つりし其孝行を<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の人も<ruby><rb>聞傳</rb><rt>きゝつた</rt></ruby>へて<ruby><rb>賞</rb><rt>ほめ</rt></ruby>者にせられしが遂に其<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なく十四歳の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎ</rt></ruby>り右母<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>仕つり他に<ruby><rb>頼</rb><rt>たよ</rt></ruby>るべき處もなきにより夫より節を私し方へ引取し事なりと申せば文左衞門ムヽ扨は<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>の事故<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>に致して九助方へ<ruby><rb>縁付</rb><rt>えんづけ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したかと申に藤八は仰の通りなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>夫には<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>の御<ruby><rb>咄</rb><rt>はなし</rt></ruby>あり右節事母<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>を<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>の中十歳の<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby><ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され既に<ruby><rb>何國</rb><rt>いづく</rt></ruby>へか連られべき處九助儀江戸表<ruby><rb>出府</rb><rt>しゆつふ</rt></ruby>の節其場所を通り合せ此<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>を救ひ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し其夜節方へ一宿仕つり<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>と孝心の程を感じ九助より<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>一貫文<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はして<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby>九助は江戸表へ出立いたせし由其後<ruby><rb>節儀</rb><rt>せつぎ</rt></ruby>私し方へ引取し處<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>其節の事共を物語り今一度其人に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>を申<ruby><rb>度</rb><rt>たき</rt></ruby><ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby><ruby><rb>日來</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>申居しに夫より五ヶ年を相<ruby><rb>立</rb><rt>たち</rt></ruby>私しは<ruby><rb>日蓮宗</rb><rt>にちれんしう</rt></ruby>故十月<ruby><rb>會式</rb><rt>ゑしき</rt></ruby>に甲州<ruby><rb>身延山</rb><rt>みのぶさん</rt></ruby>へ參詣の<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り瀬戸川迄歸り來りし時<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby>し旅人<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>故見兼まして其<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>を<ruby><rb>追散</rb><rt>おひちら</rt></ruby>し私し儀<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>の事に付右の旅人を連戻り<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>候<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>是なる節は其旅人を見るより<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>致し此が以前の<ruby><rb>恩人</rb><rt>おんじん</rt></ruby>水呑村の九助なりと申により私しも<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>ならず思ひ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはるに九助儀大金を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致し居る由故<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>送り屆け度と存候處私し儀<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき宿の用にて同道致し<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>るに付<ruby><rb>無用心</rb><rt>ぶようじん</rt></ruby>ゆゑ金子は私し<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>へは日蓮上人の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を渡し置右を<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に持參致さば金子は<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>に渡すべき約束仕つり九助は<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>仕つりしなり其譯は私しの宿より九助村方迄は六里程の<ruby><rb>行程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>にて大井<ruby><rb>河原</rb><rt>がはら</rt></ruby><ruby><rb>續</rb><rt>つゞき</rt></ruby>ゆゑ甚だ街道<ruby><rb>物騷</rb><rt>ぶつさう</rt></ruby>に存じ昨日の如く<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>にも付られなば<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>故村方へ立歸り親類共にても兩三人<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>にて來らば大<ruby><rb>丈夫</rb><rt>ぢやうぶ</rt></ruby>と心得斯の通り取計ひしと申ければ文左衞門シテ其金は何程にて其<ruby><rb>滯</rb><rt>とゞこ</rt></ruby>ほりなく九助に渡せしやと問に藤八は然ばにて候其金高は百八十兩にて其<ruby><rb>翌日九助が親類なりとて周藏</rb><rt>しうざう</rt></ruby><ruby><rb>喜平</rb><rt>きへい</rt></ruby>次と申者兩人彼の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>仕つりし故引替に渡し遣せし處其日の<ruby><rb>未刻頃</rb><rt>やつどきごろ</rt></ruby>に九助私し方へ參り昨日<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り歸りし<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby><ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致し申譯なき仕合せなりとて如何にも<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>の體に申故其<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>は先刻<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>の者持參致し<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>り金と<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>手前へ<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と請取まで<ruby><rb>取置</rb><rt>とりおき</rt></ruby>し趣き申聞候と云を聞文左衞門は夫は親類と申て請取に參つたは<ruby><rb>僞者</rb><rt>にせもの</rt></ruby>だなと云に藤八は<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>に御座ります因て私し九助と<ruby><rb>計略</rb><rt>はかりごと</rt></ruby>を<ruby><rb>示合</rb><rt>しめしあは</rt></ruby>せ九助<ruby><rb>歸國</rb><rt>きこく</rt></ruby>の<ruby><rb>祝</rb><rt>いは</rt></ruby>ひと申<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>を致させ村中の者を<ruby><rb>呼寄</rb><rt>よびよせ</rt></ruby>私し<ruby><rb>竊</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に參りて見まするに周藏と名乘りしは村の名主源藏又喜平次と申せしは右名主の手代源藏と申者にて<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>又<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に不思議な事は<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>二人が戻りし後に三<ruby><rb>徳</rb><rt>とく</rt></ruby>が<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>てありしが其中に九助の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>と申者九助が<ruby><rb>留守中</rb><rt>るすちう</rt></ruby>名主惣内と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みて同人へ送り彼の金を<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>取其後村方を<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゆつぽん</rt></ruby>致す<ruby><rb>申合</rb><rt>まをしあは</rt></ruby>せの<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby><ruby><rb>在</rb><rt>あり</rt></ruby>しにより私し是を以て九助の<ruby><rb>證人</rb><rt>しようにん</rt></ruby>となり右の金子を<ruby><rb>取返</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>し候處九助妻と申者は九助の<ruby><rb>厄介</rb><rt>やつかい</rt></ruby>になり居る伯父九郎兵衞の娘にて九助とは<ruby><rb>從弟續</rb><rt>いとこつゞ</rt></ruby>きに候と云ば文左衞門はハテサテ<ruby><rb>込入</rb><rt>こみいり</rt></ruby>し儀ぢやなと言を藤八は又語を繼ぎ其上九助伯父九郎兵衞と申者も名主惣内母<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し居り<ruby><rb>尋常</rb><rt>なみ〱</rt></ruby>ならぬ中ゆゑ親類<ruby><rb>内</rb><rt>ない</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上にて里へ金五十兩付て<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>いたし其後惣内と夫婦に相なり伯父九郎兵衞も<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>人と名を付惣内母へ後家<ruby><rb>入夫</rb><rt>にふふ</rt></ruby>に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>しなり又九助の親類共は私し<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>節を九助の妻に致し度段相談仕つるにより一方ならぬ深き<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>と存じ私し養女に致し同人方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はせしなりと事<ruby><rb>細密</rb><rt>こまか</rt></ruby>に申ければ文左衞門は<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby><ruby><rb>相別</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りたりとて夫よりお節に向ひ其方只今藤八が申通に相違無かと云にお節はハイ相違は御座りませぬと申時文左衞門シテ此度九助が<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>と云譯は人<ruby><rb>殺</rb><rt>ごろし</rt></ruby>の<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>とて無實の罪に陷たる趣き<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>に見ゆるが<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>又<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじやう</rt></ruby>を以て<ruby><rb>委敷</rb><rt>くはしく</rt></ruby>申立よと有る藤八は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進め右惣内名主役<ruby><rb>勤中</rb><rt>つとめちう</rt></ruby><ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby><ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>宜らざる儀之ある旨<ruby><rb>小前</rb><rt>こまへ</rt></ruby>百姓一同より申立により名主<ruby><rb>退役</rb><rt>たいやく</rt></ruby>と相なり猶村中相談の上九助儀を惣内<ruby><rb>跡役</rb><rt>あとやく</rt></ruby>に御領主樣へ願ひ出九助儀名主役仰付られ相勤居候處當三月十九日夜下伊呂村大井河續きの河原に於て右惣内夫婦何者の爲に<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せられしか二人共に首は切て取<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>ばかり殘り居りしを伯父九郎兵衞惣内の<ruby><rb>母諸共</rb><rt>はゝもろとも</rt></ruby>九助が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>出しに依て<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ晝夜<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>きにより九助は是に<ruby><rb>堪難</rb><rt>たへがた</rt></ruby>く<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>ならぬ事を身に引受<ruby><rb>無理</rb><rt>むり</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びしかば終に<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>極</rb><rt>きはま</rt></ruby>り<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>印も<ruby><rb>相濟</rb><rt>あひすみ</rt></ruby>明日頃御所<ruby><rb>刑</rb><rt>おき</rt></ruby>に相成由ゆゑ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>火急</rb><rt>くわきふ</rt></ruby>に願ひ奉つると申立るを<ruby><rb>縫殿頭殿</rb><rt>ぬひのかみどの</rt></ruby>先刻より<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>聞居られしが頓て<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を進められ夫は何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>の有さうな事シテ然樣に<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛るには何か<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>がなくてはならず何ぞ<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難き證據にても有しやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに藤八<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで答ふる樣先月二十日は節が<ruby><rb>實母</rb><rt>じつぼ</rt></ruby>の七年<ruby><rb>忌</rb><rt>き</rt></ruby>祥當なるにより大井川の東上新田村と申處に<ruby><rb>尊</rb><rt>たふと</rt></ruby>き<ruby><rb>御僧</rb><rt>ごそう</rt></ruby>が在る故何卒母の<ruby><rb>供養</rb><rt>くやう</rt></ruby>を頼み度と夫九助に申せしに九助も姑の事に付金谷村より歸りし<ruby><rb>草臥足</rb><rt>くたびれあし</rt></ruby>をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず自身に<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻過</rb><rt>なゝつすぎ</rt></ruby>より右の寺へ參る其夜<ruby><rb>亥刻近</rb><rt>よつどきちか</rt></ruby>き頃<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>り來る途中<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>伊呂村の河原にて死人に<ruby><rb>跪</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きたれども<ruby><rb>宵闇</rb><rt>よひやみ</rt></ruby>なれば物の<ruby><rb>文色</rb><rt>いろ</rt></ruby>も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らず殊に<ruby><rb>夜陰</rb><rt>やいん</rt></ruby>の事故氣の<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby>まゝ早々<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>へ戻りて其夜は<ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby>翌朝<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の戸を<ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>候節衣類の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に血の付居しを妻<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>が心付如何なる事ぞと申せしに九助も驚き昨夜<ruby><rb>河原</rb><rt>かはら</rt></ruby>にて<ruby><rb>跪</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きしが酒に<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>し人の<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ<ruby><rb>伏居</rb><rt>ふしゐ</rt></ruby>る事と思ひしに<ruby><rb>怪我人</rb><rt>けがにん</rt></ruby>にてもありしかと<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>り居し時九郎兵衞が案内にて<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>捕方</rb><rt>とりかた</rt></ruby>入來り<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>を<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>せず召捕<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付られしに依り私ども大に驚き<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>樣子を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候へば九郎兵衞夫婦<ruby><rb>田地</rb><rt>でんち</rt></ruby>を質に<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>金子を役人<ruby><rb>衆</rb><rt>しう</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>したと申事是は人の<ruby><rb>噂</rb><rt>うはさ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>とは申上兼れ共九郎兵衞夫婦の者<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しく存じ候と事<ruby><rb>細密</rb><rt>こまか</rt></ruby>に<ruby><rb>長々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>と申立ければ<ruby><rb>縫殿頭殿</rb><rt>ぬひのかみどの</rt></ruby>にはシテ其法事を頼に參りし寺の名は<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>と申又其事<ruby><rb>故</rb><rt>がら</rt></ruby>を申立なば定めし其<ruby><rb>和尚</rb><rt>をしやう</rt></ruby>をも<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>し九助が寺へ參りし<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby><ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>の<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>等も取<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞし</rt></ruby>ありしならんと申さるゝに藤八<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其儀を九助より度々申立ると雖役人衆<ruby><rb>一向</rb><rt>いつかう</rt></ruby>取<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>も御座なく只<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>致せ〱とのみ日々<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>何分<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪</rb><rt>たへ</rt></ruby>かね候に付餘儀なく身に覺もなき人<ruby><rb>殺</rb><rt>ごろし</rt></ruby>の趣きを白状致せしと此所に居る節と私へ九助より申しましたと云時お節も<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>をあげ<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今藤八が申上し通りゆゑ夫の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を何卒御助け下る樣にと申に縫殿頭殿コリヤ其方ども九助<ruby><rb>入牢中</rb><rt>じゆらうちう</rt></ruby><ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>して<ruby><rb>會</rb><rt>あひ</rt></ruby>其<ruby><rb>話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聞きしぞよもや白洲で話したでも有まいと尋ねられしかば節はハツと<ruby><rb>語</rb><rt>ご</rt></ruby>が<ruby><rb>閉</rb><rt>ふさ</rt></ruby>がり只もぢ〱して居る故藤八は又進み<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>右の一件は一昨日<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おじひ</rt></ruby>願ひに節を召連れ領主役場の<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ參りし<ruby><rb>際</rb><rt>とき</rt></ruby>九助は<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>に成とて腰掛の<ruby><rb>圍</rb><rt>かこひ</rt></ruby>の中に居し故實は下役人へ少の<ruby><rb>贈物</rb><rt>おくりもの</rt></ruby>を致し其人の心入にて<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>の小<ruby><rb>蔭</rb><rt>かげ</rt></ruby>で此世の<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>を致せとて<ruby><rb>遇</rb><rt>あは</rt></ruby>せられ其<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし儀にて既に御所刑も<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>とか申事なれば只今頃九助は何なりましたか何卒して助け<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し度此段<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ奉つると如何にも<ruby><rb>火急</rb><rt>くわきふ</rt></ruby>の<ruby><rb>歎願</rb><rt>たんぐわん</rt></ruby>に聞ゆれども未だ盡さゞる所あるにより縫殿頭殿は<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>れ其方<ruby><rb>最初</rb><rt>さいしよ</rt></ruby>九助江戸奉公中に百八十兩と云大金を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたと有が右は如何樣の儀で貯しぞと申さるゝに藤八其儀<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはりし處江戸<ruby><rb>駿河</rb><rt>するが</rt></ruby>町の町内抱へ番人を<ruby><rb>相勤</rb><rt>あひつと</rt></ruby>め<ruby><rb>店先</rb><rt>みせさき</rt></ruby>にて<ruby><rb>小商</rb><rt>こあきな</rt></ruby>ひ仕つり千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby>萬苦致して貯へし由申聞し<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby>と云ふに松平殿なる<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>町内の番人などと云は<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby>金の出來る者と聞込んだが<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か五年<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りの中に百八十兩とは餘り<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby>の事ならずやと有にお節は其儀は九助が毎度話しますには金八十兩町内に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し物が御座りしとか其落主が知れませぬ故御<ruby><rb>奉行</rb><rt>ぶぎやう</rt></ruby>樣へ訴へました處其後も落し人が出ませぬにより大岡樣とやら申御奉行樣より拾ひ主九助は<ruby><rb>正直者</rb><rt>しやうぢきもの</rt></ruby>との御<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby>の上右の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>八十兩を其儘<ruby><rb>戴</rb><rt>いたゞ</rt></ruby>きしが其節も何か<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と取込だ事が御座りしとか申事其後歸國の節<ruby><rb>越後屋</rb><rt>ゑちごや</rt></ruby>とやらから金二十兩程貰ひ町内地主樣家主樣から十兩ヅツ貰ひ自分が<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へし金も四五十兩餘にて其<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>町内の方々より<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>を<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>られ都合百五十兩程に成しとの事成と云に<ruby><rb>縫殿頭殿</rb><rt>ぬひのかみどの</rt></ruby>如何樣藤八其<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby>に相違無かと申されしかば藤八其儀は節が只今申上し通り<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>相違は御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>何卒御<ruby><rb>慈悲</rb><rt>じひ</rt></ruby>の吟味願ひ奉つると申時縫殿頭殿<ruby><rb>副使</rb><rt>ふくし</rt></ruby>の<ruby><rb>梶川</rb><rt>かぢかは</rt></ruby>庄右衞門殿に向はれ御聞なされた<ruby><rb>通</rb><rt>とほり</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>が願ひの<ruby><rb>赴</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き相違なく聞こゆるによりとに<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby>領主の所置を差止置此段江戸表御老中方へ早々<ruby><rb>御用状</rb><rt>ごようじやう</rt></ruby>にて申<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し<ruby><rb>公邊</rb><rt>かみ</rt></ruby>の御<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby>に任せ候方よからんと存ずるが如何やと有るに梶川氏も同意の趣き申さるにより<ruby><rb>縫殿頭殿</rb><rt>ぬひのかみどの</rt></ruby>又藤八お節に向れコレヤ藤八節兩人の者此度江戸表へ差送り天下の御吟味に成る間然樣相心得一<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby>下宿へ下り<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へ居れと申し渡されければ兩人はハツと平伏し<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>び涙に<ruby><rb>昏</rb><rt>くれ</rt></ruby>たりける夫より<ruby><rb>松平殿</rb><rt>まつだひらどの</rt></ruby>は給人竹中直八郎を<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>されて其方は江戸表へ兩人を<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>なし<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ<ruby><rb>連參</rb><rt>つれまゐ</rt></ruby>り<ruby><rb>御用状</rb><rt>ごようじやう</rt></ruby>を御月番の老中方へ差出し御下知次第掛の奉行へ兩人を引渡し候上<ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び<ruby><rb>旅行</rb><rt>りよかう</rt></ruby>先へ來るべしと申付られ又給人<ruby><rb>牧野</rb><rt>まきの</rt></ruby>小左衞門を呼出され其方は<ruby><rb>早追</rb><rt>はやおひ</rt></ruby>にて遠州<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>へ參り<ruby><rb>長門守</rb><rt>ながとのかみ</rt></ruby>用人共へ此書状を相渡すべし是は水呑村百姓一件江戸表へ<ruby><rb>差立</rb><rt>さしたて</rt></ruby><ruby><rb>再</rb><rt>ふたゝ</rt></ruby>び吟味に相成事故此方より遣す書状<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>は申さぬ筈なれども本人の<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>相<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>候などと<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>申<ruby><rb>間敷</rb><rt>まじき</rt></ruby>にも非ず其節は此儀を<ruby><rb>拒</rb><rt>こば</rt></ruby>めば主人長門守爲にも<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなる</rt></ruby>まじき段<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>申渡し<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby><ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かゝり</rt></ruby>の諸役人迄<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず<ruby><rb>迅速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に出府致す樣に申渡すべし早々急げと云れしかば<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり候とて牧野小左衞門は吉原<ruby><rb>宿</rb><rt>じゆく</rt></ruby>役人に<ruby><rb>早駕籠</rb><rt>はやかご</rt></ruby>一<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>申渡し其夜の<ruby><rb>子刻過</rb><rt>こゝのつすぎ</rt></ruby>に吉原宿を<ruby><rb>乘出</rb><rt>のりいだ</rt></ruby>し<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の<ruby><rb>城下</rb><rt>じやうか</rt></ruby>へと急ぎけり

## 第十一回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又水呑村の百姓三五郎は主人九助が無實の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れさせんと種々<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をなしけれども領主の役人共<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>取上げなく却て當時村<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>の身となりしかばいとゞ<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>至極に思ひ此上は<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の<ruby><rb>應護</rb><rt>おうご</rt></ruby>に非ずんば<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難かるべしとて一七日の間荒行を始め<ruby><rb>晝夜</rb><rt>ちうや</rt></ruby>共に六ツ時に<ruby><rb>水垢離</rb><rt>みづこり</rt></ruby>を取て鎭守へ百度參りを致しける其七日の<ruby><rb>滿</rb><rt>まん</rt></ruby>ずる日の<ruby><rb>暮方</rb><rt>くれがた</rt></ruby>山の上よりして<ruby><rb>颯</rb><rt>さつ</rt></ruby>と<ruby><rb>吹下</rb><rt>ふきおろ</rt></ruby>す風に飄然と眼の前に<ruby><rb>吹落</rb><rt>ふきおと</rt></ruby>す一枚の<ruby><rb>牌</rb><rt>ふだ</rt></ruby>あり手に取て見るに<ruby><rb>立春</rb><rt>りつしゆん</rt></ruby><ruby><rb>大吉</rb><rt>だいきち</rt></ruby><ruby><rb>護摩祈祷</rb><rt>ごまきたう</rt></ruby><ruby><rb>守護</rb><rt>しゆご</rt></ruby><ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>と記したれば三五郎は心に思ふやう彼の<ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>と云ば<ruby><rb>東照宮</rb><rt>とうせうぐう</rt></ruby>より御<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆゐしよ</rt></ruby>ある寺にして當國の<ruby><rb>諸侯</rb><rt>しよこう</rt></ruby>も御歸依寺也因ては可睡齋へ參り<ruby><rb>委曲</rb><rt>くはしき</rt></ruby>事を話し實意を<ruby><rb>打明</rb><rt>うちあけ</rt></ruby>て御願ひ申なば<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby>の事<ruby><rb>協</rb><rt>かなは</rt></ruby>ぬ儀は有まじ然なり〱と其儘<ruby><rb>駈出</rb><rt>かけいだ</rt></ruby>して見付驛なる<ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>の臺所へ<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby>三五郎は手を<ruby><rb>突</rb><rt>つき</rt></ruby>何卒御<ruby><rb>住持樣</rb><rt>ぢうぢさま</rt></ruby>に御目通りを願ひ度と云けるに<ruby><rb>役僧</rb><rt>やくそう</rt></ruby>は其方は何者なるやと<ruby><rb>問</rb><rt>とふ</rt></ruby>に三五郎ハイ私しは相良領水呑村の百姓三五郎と申者御住持樣へ<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に御目通の上御願ひ申上度儀御座るにより參りしなり<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>御<ruby><rb>執次下</rb><rt>とりつぎくだ</rt></ruby>さるべしと申ければ役僧は<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>に申ても<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>るものを百姓の<ruby><rb>分際</rb><rt>ぶんざい</rt></ruby>として御<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に申上たしなどとは無禮なりと少し<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りを<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>みて汝は當山を何と心得居る<ruby><rb>駿</rb><rt>すん</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>ゑん</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>さん</rt></ruby>三ヶ國の<ruby><rb>總祿所</rb><rt>そうろくしよ</rt></ruby>八百ヶ寺の<ruby><rb>觸頭</rb><rt>ふれがしら</rt></ruby>寺社奉行直支配の寺なるぞ<ruby><rb>其住職</rb><rt>そのぢうしよく</rt></ruby>の<ruby><rb>大和尚</rb><rt>おほをしやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>直談</rb><rt>ぢきだん</rt></ruby>致などとは不屆至極なりと云に三五郎は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>夫は御前樣の仰なくとも承知で御座る<ruby><rb>寺社</rb><rt>じしや</rt></ruby>奉行樣の御直支配は<ruby><rb>扨置</rb><rt>さておき</rt></ruby><ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>宮樣</rb><rt>みやさま</rt></ruby>御門跡樣でも御願申上からは御<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>下されぬと云儀は<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら御座るまじ御<ruby><rb>釋迦樣</rb><rt>しやかさま</rt></ruby>は<ruby><rb>淨飯王</rb><rt>じやうはんわう</rt></ruby>と云天子樣の御子なるが世を御<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひの爲なれば<ruby><rb>惡病人</rb><rt>あくびやうにん</rt></ruby>は勿論五十二類の者迄にも御<ruby><rb>教化</rb><rt>けうげ</rt></ruby>遊ばされしと承りしと云に役僧は<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby><ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り其方は<ruby><rb>高慢</rb><rt>かうまん</rt></ruby>の儀を云<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>かな<ruby><rb>釋迦</rb><rt>しやか</rt></ruby>の時は釋迦の時今の<ruby><rb>時代</rb><rt>ときよ</rt></ruby>は又今の時代なりと申を三五郎は何分承知せず然樣なら御<ruby><rb>釋迦樣</rb><rt>しやかさま</rt></ruby>の時は<ruby><rb>極樂</rb><rt>ごくらく</rt></ruby>へ<ruby><rb>遣</rb><rt>やり</rt></ruby>今の時代は地獄へ御<ruby><rb>引導</rb><rt>いんだう</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れますか<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながら<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>の御身分は何と御<ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れますぞと<ruby><rb>顏色</rb><rt>かほいろ</rt></ruby><ruby><rb>變</rb><rt>かへ</rt></ruby>て言ひければ役僧は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>な奴なり<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は大方<ruby><rb>搖</rb><rt>ゆす</rt></ruby>り<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>に相違は有まいコリヤ男共此<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>を<ruby><rb>追出</rb><rt>おひいだ</rt></ruby>せ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き出せといふ聲を聞より下男共は手に〱<ruby><rb>棒縢</rb><rt>ばうちぎり</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて追立んとすれども三五郎は少しも<ruby><rb>騷</rb><rt>さわ</rt></ruby>がず<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝく</rt></ruby>なら<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>に<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>かつせい何を以て出家の口から私を<ruby><rb>搖</rb><rt>ゆす</rt></ruby>りだの<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>だのとは云つしやる<ruby><rb>昆虫</rb><rt>むしけら</rt></ruby>迄も殺さぬを<ruby><rb>殺生戒</rb><rt>せつしやうかい</rt></ruby>とは申さずや罪なき一人の百姓を打<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝか</rt></ruby>んとは出家に<ruby><rb>似氣</rb><rt>にげ</rt></ruby>なき成れ方お釋迦樣は親を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し<ruby><rb>主</rb><rt>しう</rt></ruby>を殺す五<ruby><rb>逆</rb><rt>ぎやく</rt></ruby>の<ruby><rb>罪人</rb><rt>ざいにん</rt></ruby>でも<ruby><rb>濟度</rb><rt>さいど</rt></ruby>なさるゝに此御寺を見込て御願ひに參りし<ruby><rb>土民</rb><rt>どみん</rt></ruby>の申事を御聞<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby>なき時は是非に<ruby><rb>及</rb><rt>およば</rt></ruby>ねども兎に角<ruby><rb>和尚樣</rb><rt>をしやうさま</rt></ruby>に御目に掛り一<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り願ひ上げ<ruby><rb>協</rb><rt>かなは</rt></ruby>ぬ時は<ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>る分の事私より決して手出は致さぬと云つゝ其所に居し<ruby><rb>凝</rb><rt>こる</rt></ruby>にぞ<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby><ruby><rb>番僧</rb><rt>ばんそう</rt></ruby>は<ruby><rb>立騷</rb><rt>たちさわ</rt></ruby>ぐを<ruby><rb>方丈</rb><rt>はうぢやう</rt></ruby>聞かれ何事なるやと<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに水呑村百姓三五郎と申者御逢を願ひ度と申<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しが百姓の<ruby><rb>分際</rb><rt>ぶんざい</rt></ruby>にて御<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に御目通りは叶ひ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>しと申せしかば<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の仕合なりと言に<ruby><rb>方丈</rb><rt>はうぢやう</rt></ruby>は其者是へ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>せと申さるゝゆゑ<ruby><rb>侍者</rb><rt>じしや</rt></ruby>の坊主<ruby><rb>立出</rb><rt>たちいで</rt></ruby>コレ<ruby><rb>各々方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby><ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>まられよコリヤ百姓<ruby><rb>和尚樣</rb><rt>をしやうさま</rt></ruby>御<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>るゝに因て此方へ通るべしと言を聞て三五郎是は有難しと後に<ruby><rb>尾</rb><rt>つい</rt></ruby>て大方丈を<ruby><rb>通拔</rb><rt>とほりぬけ</rt></ruby><ruby><rb>鼓樓</rb><rt>ころう</rt></ruby>の下を<ruby><rb>潜</rb><rt>くゞ</rt></ruby>りて和尚の座敷の<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出平伏なすに此時<ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>は靜かに<ruby><rb>緋</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>の袖をかき合せながら三五郎を見遣られ<ruby><rb>相良領</rb><rt>さがらりやう</rt></ruby>の百姓三五郎とやら<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby>へ如何なる用事あつて參りしぞと尋ねらるゝにぞ三五郎はハツと答へ<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>より無禮の儀ども申上しを<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとが</rt></ruby>めもなく却て御<ruby><rb>目見</rb><rt>めみえ</rt></ruby><ruby><rb>仰付</rb><rt>おほせつけら</rt></ruby>れし事<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>有難き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せなり方<ruby><rb>丈</rb><rt>ぢやう</rt></ruby>樣へ御願ひと申すは<ruby><rb>別儀</rb><rt>べつぎ</rt></ruby>にあらず私し主人儀無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おちい</rt></ruby>り近々御所置に<ruby><rb>相成</rb><rt>あひなる</rt></ruby>に付何卒御<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>の袖を御<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>なされて御たすけ下さる樣に願に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出しと云ければ<ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>は<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>め夫は如何樣の儀なるやと<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに三五郎は九助が是までの<ruby><rb>事柄</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじふ</rt></ruby>物語り右に付私し儀<ruby><rb>主人</rb><rt>しゆじん</rt></ruby>の身代り御仕置に相成樣願しかど夫さへ御<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby>なければ此上は何卒<ruby><rb>貴僧</rb><rt>あなた</rt></ruby>樣の御慈悲<ruby><rb>御情</rb><rt>おなさけ</rt></ruby>で九助が一命<ruby><rb>御助</rb><rt>おんたす</rt></ruby>け成れて下さらば<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に有難う御座りますと申せば可<ruby><rb>睡齋</rb><rt>すゐさい</rt></ruby><ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>てイヤ<ruby><rb>佛道</rb><rt>ぶつだう</rt></ruby>は人を助くるが<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>なりとて<ruby><rb>王法</rb><rt>わうはふ</rt></ruby>有りての佛法なれば國の<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>に口出しはならず又役人と雖も<ruby><rb>筋道</rb><rt>すぢみち</rt></ruby>なくして人を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>すべきや其九助と云者<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>此<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>人を殺さず共是迄に何か惡事が有か但し<ruby><rb>前世</rb><rt>ぜんせ</rt></ruby>で人でも殺したる<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>の<ruby><rb>報</rb><rt>むく</rt></ruby>いなるべし然すれば何も<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>むには及ばず皆是因果の<ruby><rb>歴然</rb><rt>れきぜん</rt></ruby>なり<ruby><rb>雜法轉輪</rb><rt>ざつはふてんりん</rt></ruby>と<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>めよと言るゝに三五郎は押返し<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>でも御座らんが<ruby><rb>其處</rb><rt>そこ</rt></ruby>が御<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>の役<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>の座へ<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>る者を何卒御救ひ成れて下されよと<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>に頼みけれども可睡齋は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>汝よく<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>よ佛法と言共今は末法なり<ruby><rb>釋迦</rb><rt>しやか</rt></ruby>の時代とは事<ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>り<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby>が如き<ruby><rb>不徳</rb><rt>ふとく</rt></ruby>にては<ruby><rb>勿々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>有罪の者を<ruby><rb>現世</rb><rt>げんせ</rt></ruby>にて救う事は成<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し因て國法を立て是を<ruby><rb>仕置</rb><rt>しおき</rt></ruby>す然れば及ずながら<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby>は救ひも遣さうが現世の罪人を救う事は協はずと申さるれば三五郎は猶も<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>に<ruby><rb>摺付</rb><rt>すりつけ</rt></ruby>其處が御衣役御<ruby><rb>圓頂役</rb><rt>つむりやく</rt></ruby>なれば諸役人も一<ruby><rb>了簡</rb><rt>りうけん</rt></ruby><ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>り殊には御<ruby><rb>寺格</rb><rt>じかく</rt></ruby>と申彼是助る儀も御座らんにより何卒<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby><ruby><rb>成下</rb><rt>なしくだ</rt></ruby>さるゝ樣<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ奉つる此事御聞入下さらば<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>私しの<ruby><rb>骸</rb><rt>からだ</rt></ruby>は如何樣に相なるとも聊かも<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しからず何卒主人の一命をと涙を流し手を合せ<ruby><rb>鰭伏々々</rb><rt>ひれふし〱</rt></ruby>歎く<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>忠義の心<ruby><rb>底</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れしかば可睡齋も感心なし<ruby><rb>善哉々々</rb><rt>よきかな〱</rt></ruby>汝が<ruby><rb>志操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>感心致したり<ruby><rb>力</rb><rt>ちから</rt></ruby>の及ぶ<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は救ひ遣はさんと云しかば三五郎はハツとばかりに平伏なし有難<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>び<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告て<ruby><rb>臺所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>へ下り<ruby><rb>所化</rb><rt>しよけ</rt></ruby>へも<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く禮を<ruby><rb>述</rb><rt>のべ</rt></ruby>居たる處へ奧の方より<ruby><rb>侍僧</rb><rt>じそう</rt></ruby><ruby><rb>出來</rb><rt>いできた</rt></ruby>り明日は<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>の御供<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>ひにて相良まで御出あるにより<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby><ruby><rb>仲間</rb><rt>ちうげん</rt></ruby>を<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>すべしと申渡しけるを三五郎は聞て<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>身に<ruby><rb>染々</rb><rt>しみ〲</rt></ruby>と有難く思ひて立歸れり時に享保二年四月廿七日今日は九助の一件<ruby><rb>落着</rb><rt>らくちやく</rt></ruby>なし<ruby><rb>死罪</rb><rt>しざい</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>と相定り<ruby><rb>家老中</rb><rt>からうぢう</rt></ruby>諸役人町役所立會の上申渡す事故本多長門守家老本多外記既に支度に及びて<ruby><rb>玄關先</rb><rt>げんくわんさき</rt></ruby>に<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>巳刻</rb><rt>よつ</rt></ruby>の太鼓を相待處へ<ruby><rb>對</rb><rt>つゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>先箱</rb><rt>さきばこ</rt></ruby><ruby><rb>天鵞絨</rb><rt>びろうど</rt></ruby><ruby><rb>袋入</rb><rt>ふくろいり</rt></ruby>の立傘等を持ち<ruby><rb>緋網代</rb><rt>ひあじろ</rt></ruby>の<ruby><rb>乘物</rb><rt>のりもの</rt></ruby>にて可睡齋城門へ<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこみ</rt></ruby>來るゆゑ門番人下座をなしながら<ruby><rb>可睡齋樣</rb><rt>かすゐさいさま</rt></ruby>と呼上れば<ruby><rb>執次</rb><rt>とりつぎ</rt></ruby>の者は立出て書院へ案内す可睡齋は外記に對面して時候の<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby><ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>り後に九助が<ruby><rb>命乞</rb><rt>いのちごひ</rt></ruby>の趣きを申入らるゝに外記は<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の趣き委細承知仕つり候へ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>既に<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>たる上は今更致方なく候間然樣に思召るべしと云を可睡齋押返し<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby><ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>推參</rb><rt>すゐさん</rt></ruby>致し右の趣き御<ruby><rb>聞濟</rb><rt>きゝずみ</rt></ruby>是なきに於ては<ruby><rb>退院</rb><rt>たいゐん</rt></ruby>致すべき<ruby><rb>存寄</rb><rt>ぞんじより</rt></ruby>に候と思ひ入て申されけるにぞ外記は殊の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby><ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に思ひ然樣の思召ならば<ruby><rb>曲</rb><rt>まげ</rt></ruby>て一等罪を<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>く致すは<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>二人迄の人殺しあればとても助命の儀は<ruby><rb>相成難</rb><rt>あひなりがた</rt></ruby>し<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れ共に是より出席致し今一應吟味の上罪を一段輕く申付る樣取り計はんと申に可睡齋も<ruby><rb>止</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず何分にも九助が助命に<ruby><rb>相成樣</rb><rt>あひなるやう</rt></ruby>御取計ひをば頼入候なりと<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>く申<ruby><rb>置</rb><rt>おか</rt></ruby>れ<ruby><rb>旅宿</rb><rt>りよしゆく</rt></ruby>なる相良の功徳寺へ引取けり斯て程なく巳刻の太鼓も<ruby><rb>鳴</rb><rt>なり</rt></ruby>たる故外記は役所に出けるに<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>同役</rb><rt>どうやく</rt></ruby>の中村<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>用人小笠原常右衞門柳生源藏大目附武林軍右衞門<ruby><rb>物頭</rb><rt>ものがしら</rt></ruby>には里見￼右衞門橋本九兵衞目付朝比奈七之助<ruby><rb>徒</rb><rt>かち</rt></ruby>目付岩本大藏勘定奉行兼郡奉行松本理左衞門代官黒崎又左衞門市田武助町奉行<ruby><rb>緒方</rb><rt>をがた</rt></ruby><ruby><rb>求馬</rb><rt>もとめ</rt></ruby>等出席ありて<ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>共は白洲を固めたり

## 第十二回

<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>又白洲の<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>には町奉行下役郡方手代々官迄殘らず<ruby><rb>綺羅</rb><rt>きら</rt></ruby>びやかに居並び今日は九助に切繩を掛て引<ruby><rb>据</rb><rt>すゑ</rt></ruby>九郎兵衞夫婦村役人周藏喜平次木祖兵衞三五郎下伊呂村名主藤兵衞組頭<ruby><rb>惣體</rb><rt>そうたい</rt></ruby>引合人殘らず罷り出村役人より<ruby><rb>去</rb><rt>さんぬ</rt></ruby>る廿四日<ruby><rb>節儀</rb><rt>せつぎ</rt></ruby><ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくてん</rt></ruby>いたせし旨屆け出一同<ruby><rb>外記</rb><rt>げき</rt></ruby>が出席を待けるに可睡齋との<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>に依て<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby><ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>なし漸々只今出席にて<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>の人々へ<ruby><rb>會釋</rb><rt>ゑしやく</rt></ruby>して上席に直りしかば松本理左衞門は進み寄九助が爪印を差出すを外記は取上げ口書を<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>見て九助儀<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>まで白状致し口書へ爪印までなすからは聊かも相違は有まじ然れ共爪印は<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>なり手を<ruby><rb>逆</rb><rt>ぎやく</rt></ruby>に致し押たるは怪しむべし此儀吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby>られしかとあるに理左衞門は<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を<ruby><rb>寄</rb><rt>よせ</rt></ruby><ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの通り<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>なれども夫は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>手勝手にて押たるも知れず<ruby><rb>左角</rb><rt>とかく</rt></ruby>白状が證據にて爪印は<ruby><rb>實</rb><rt>まこと</rt></ruby>の<ruby><rb>掟</rb><rt>おきて</rt></ruby>までなれば其邊の尋は致し申さずと答ふるにぞ外記は<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>否々左樣の取計は有之まじ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>白状致すとも口書爪印なければ<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>には致さぬ<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なり然るを白状さへなせば爪印は何でも<ruby><rb>宜</rb><rt>よい</rt></ruby>と申ては爪印を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>せるに及ず是は其身の中<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>にて<ruby><rb>證印</rb><rt>しよういん</rt></ruby><ruby><rb>爲</rb><rt>な</rt></ruby>す事なれば爪印は輕からぬ儀ゆゑ猶一通り<ruby><rb>糾</rb><rt>たゞ</rt></ruby>され然るべく存ずる也とあるにぞ理左衞門は是非なく九助に向ひコリヤ九助其方儀此程爪印の節<ruby><rb>掌</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を上へ返して押たる者と相見え爪印が<ruby><rb>逆</rb><rt>さかさ</rt></ruby>に成て居るはコリヤ如何の譯なりやと云ければ九助はハツトばかりにて一言の<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>もなく只<ruby><rb>落涙</rb><rt>らくるゐ</rt></ruby>に<ruby><rb>沈</rb><rt>しづ</rt></ruby>み<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむい</rt></ruby>て居たるにぞ理左衞門は<ruby><rb>迫込</rb><rt>せきこん</rt></ruby>でコリヤ何ぢや御重役方よりの御不<ruby><rb>審</rb><rt>しん</rt></ruby>なるぞ<ruby><rb>汝</rb><rt>おの</rt></ruby>れ何心なく押たのか<ruby><rb>但</rb><rt>たゞし</rt></ruby><ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>に<ruby><rb>痛所</rb><rt>いたみしよ</rt></ruby>にても有て<ruby><rb>逆</rb><rt>ぎやく</rt></ruby>に押たるやコリヤ何ぢや〱と<ruby><rb>迫</rb><rt>せき</rt></ruby>立れど九助は一向無言にて只<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>の<ruby><rb>顏色</rb><rt>ぐわんしよく</rt></ruby>をなし<ruby><rb>切齒</rb><rt>はがみ</rt></ruby>を爲しながら涙を流し居たりける外記は<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>ぞ有んと上座より聲を掛け如何に九助<ruby><rb>不分明</rb><rt>ふぶんみやう</rt></ruby>なる爪印の致方眞實に申すべしと有しかば九助はハツと<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>を上げて家老中の席を然も<ruby><rb>恨</rb><rt>うらめ</rt></ruby>し<ruby><rb>氣</rb><rt>げ</rt></ruby>に見上げしが外記の方に向ひ<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は御當家の御重役程有て<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ御尋ね下されたり實の處は人を殺したる覺えは御座らねども責苦の嚴敷故に<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>實事を申上たりとも必ず御取上はなき事と心得<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>一思ひに<ruby><rb>斬</rb><rt>きら</rt></ruby>れし方が増ならんと覺悟を極め無實の罪を引受て兩人の者を殺せしと<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>は致せしなれども此身にとりて覺えなきこと故至極<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に存じ爪印の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら上を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>む心より我を忘れて<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>に<ruby><rb>捺</rb><rt>おし</rt></ruby>まして御座ると申ければ理左衞門大いに<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり大の<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>むき</rt></ruby>出して九助を<ruby><rb>發打</rb><rt>はつた</rt></ruby>と<ruby><rb>睨付</rb><rt>ねめつけ</rt></ruby>コリヤ〱其方は只今御重役の一言にのさばり若や命も助るかと<ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>にも今となりて<ruby><rb>諄言</rb><rt>よまひごと</rt></ruby>を申條<ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>なりと大聲にて<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り付外記に向ひ只今御聞の通りなれば何も<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>は御座候はずと云ふを外記は否々<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby>やら少し吟味が殘つたかと考ると言ふ時同役の中村<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>進み出否外記殿此上御尋ねなさるゝに及ばず<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>如何樣に<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>が<ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>いと申たとて身に覺えのなき者ならば白状は致すまじ然るを今此方にて<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>致す詞の<ruby><rb>緒</rb><rt>を</rt></ruby>に付て<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>申は<ruby><rb>可謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby>引れ者の小<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>とやら取に足ずと申せしかば外記も<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>默止</rb><rt>もくし</rt></ruby>居たりしを理左衞門は得たりと九助に向ひ其方は<ruby><rb>言語道斷</rb><rt>ごんごだうだん</rt></ruby>の惡人なり先日獄屋に於て白状致せしを今又<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の<ruby><rb>空言</rb><rt>そらごと</rt></ruby>を申上ば<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby><ruby><rb>又</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>き肉を<ruby><rb>醢</rb><rt>ひしほ</rt></ruby>にしても云さすぞ少しく<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>き<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かく</rt></ruby>れば直樣事を兩端に申立る<ruby><rb>條</rb><rt>でう</rt></ruby>不屆至極なりと<ruby><rb>勃然</rb><rt>やつき</rt></ruby>となりて怒るにぞ九助は二言と<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>もせず居たりしかば理左衞門は家老中へ<ruby><rb>對</rb><rt>むか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>此期</rb><rt>このご</rt></ruby>に及んで斯の如きの<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>言語同斷の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>今日御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>に行ひ然るべしと申時<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>は<ruby><rb>點頭</rb><rt>うなづき</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>樣<ruby><rb>御法</rb><rt>ごはふ</rt></ruby>の如く申渡て宜からんと云を聞理左衞門は開き直りて高らかに

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>名主惣内妻さとは<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>に有之候へども一旦<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致し候上は<ruby><rb>違論</rb><rt>ゐろん</rt></ruby>之なき筈の處右體の儀を根に持惣内へ<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>み去る二月十九日下伊呂村<ruby><rb>辨天堂</rb><rt>べんてんだう</rt></ruby>前大井河原に於て右惣内さと兩人を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致し候段不屆至極に付水呑村下伊呂村引廻の上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

と申渡し又水呑村先名主惣内<ruby><rb>介抱人</rb><rt>かいはうにん</rt></ruby>九郎兵衞并に同人妻村方役人及び<ruby><rb>下伊呂</rb><rt>しもいろ</rt></ruby>村役人共と呼時一同ハツと答ふるにぞ理左衞門は何れもへ向ひ九助儀先名主惣内夫婦に遺恨是れあり殺害に及び候段一々<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びしに不屆<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に付<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>仰付らるゝなり左樣存ぜよ其外の者共は<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>も之なきにより<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなしと申渡せば<ruby><rb>皆々</rb><rt>みな〱</rt></ruby>ハツと平伏なし一<ruby><rb>件</rb><rt>けん</rt></ruby><ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>の者共は退きけり此時家老<ruby><rb>外記</rb><rt>げき</rt></ruby>は<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby><ruby><rb>少</rb><rt>すく</rt></ruby>なからず思へども證據も之なき事故<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>ても<ruby><rb>論</rb><rt>ろん</rt></ruby>じ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>く其<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>を退き<ruby><rb>可睡齋</rb><rt>かすゐさい</rt></ruby>の旅宿に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>り<ruby><rb>對面</rb><rt>たいめん</rt></ruby>の上天下の<ruby><rb>大法</rb><rt>たいはふ</rt></ruby>は<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>り難き趣きを申述<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby><ruby><rb>念頃</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に<ruby><rb>法養</rb><rt>ほふやう</rt></ruby>の事を頼みける然ば<ruby><rb>無殘</rb><rt>むざん</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>水呑村の九助は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>覺悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>とは言ながら我が罪ならぬ無實の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>今更<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>んで<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かひ</rt></ruby>なしと雨なす涙に面を<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>し首うな<ruby><rb>垂</rb><rt>たれ</rt></ruby>て面目なげに目を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>口には<ruby><rb>稱名</rb><rt>しようみやう</rt></ruby><ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>へ<ruby><rb>未來</rb><rt>みらい</rt></ruby>を頼み彌陀如來<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はせ給へと口の内今ぞ一期と<ruby><rb>看念</rb><rt>かんねん</rt></ruby>なし<ruby><rb>水淺黄色</rb><rt>みづあさぎいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>袷</rb><rt>あはせ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>切繩</rb><rt>きりなは</rt></ruby>を<ruby><rb>懸</rb><rt>かけ</rt></ruby>馬の上に<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>り付られ眞先には捨札<ruby><rb>紙幟</rb><rt>かみのぼり</rt></ruby>を立與力同心<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>をなし<ruby><rb>非人</rb><rt>ひにん</rt></ruby><ruby><rb>乞食</rb><rt>こつじき</rt></ruby>取込で<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の町へ引出されしは<ruby><rb>屠所</rb><rt>としよ</rt></ruby>の歩行の未の上刻是を見んとて<ruby><rb>群集</rb><rt>むれつど</rt></ruby>ふ老若男女おしなべて<ruby><rb>哀</rb><rt>あはれ</rt></ruby>の者よ<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>やと云ぬ者こそなかりけれ<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る所に向ふよりして<ruby><rb>早駕籠</rb><rt>はやかご</rt></ruby>一<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ワヤ〱と<ruby><rb>舁來</rb><rt>かききた</rt></ruby>り人足どもは夫御早なり<ruby><rb>片寄々々</rb><rt>かたよれ〱</rt></ruby>御用々々と聲を懸つゝ制しければ<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>し者は道の<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らへ寄居るを早の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby><ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>者と聞より<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>簾</rb><rt>すだれ</rt></ruby>を<ruby><rb>撥退</rb><rt>はねのけ</rt></ruby>見るに先に立たる捨札に水呑村九助と書付けありしかば<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>の<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>役人是へ〱と聲を掛しかば仕置掛りの者ども<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なし當日の<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>與力村上權左衞門田中大七の兩人馬より下り立駕籠の前に來りて<ruby><rb>拙者</rb><rt>せつしや</rt></ruby>共は<ruby><rb>本多長門守</rb><rt>ほんだながとのかみ</rt></ruby>家來村上權左衞門田中大七と申者今日人殺し<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>水呑村名主九助儀<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>の仕置に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby><ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>申付られ只今<ruby><rb>刑場</rb><rt>けいぢやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>む所に候然るに<ruby><rb>貴所樣</rb><rt>きしよさま</rt></ruby>には如何の御方にて又何等の御用之あり拙者共を御<ruby><rb>呼留</rb><rt>よびとめ</rt></ruby><ruby><rb>成</rb><rt>なさ</rt></ruby>れ候やと申に早打ちの侍士<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこ</rt></ruby>と笑ひ<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>の御<ruby><rb>訊問</rb><rt>たづね</rt></ruby>拙者儀は御代替りにつき將軍家の御目代<ruby><rb>巡見使</rb><rt>じゆんけんし</rt></ruby>松平縫殿頭殿家來牧野小左衞門と申者此度<ruby><rb>御領内</rb><rt>ごりやうない</rt></ruby>水呑村名主九助一件江戸表へ御差出の御用状<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>致したり當地<ruby><rb>重役衆</rb><rt>ぢうやくしう</rt></ruby>に<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby><ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>る間<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>者は是より引返されよと申せば兩人の<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>答る樣御巡見樣よりの御<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>とあれば<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>も有之間じく候え共拙者共<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>に候へば此處に控へ<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあ</rt></ruby>り重役共の下知次第引取るべし<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>引返</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>し候儀は御差￼に隨ひ難しと申ければ小左衞門は是は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもつとも</rt></ruby>なる儀某し早々重役衆に御<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>し申べし沙汰の有<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>御<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へあれと云<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>駕籠を<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>がせんとなす時兩人は<ruby><rb>暫</rb><rt>しば</rt></ruby>しと聲掛今日は當所<ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby><ruby><rb>落着日</rb><rt>らくちやくび</rt></ruby>に付役人共町役所に<ruby><rb>相詰</rb><rt>あひつめ</rt></ruby>居るにより<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に役所へ御出有て<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るべしと申にぞ小左衞門承知なし町役所へと急ぎ行<ruby><rb>頓</rb><rt>やが</rt></ruby>て遠州<ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はへばらごほり</rt></ruby><ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の城下<ruby><rb>根來</rb><rt>ねごろ</rt></ruby>町役所へ<ruby><rb>横着</rb><rt>よこづけ</rt></ruby>に<ruby><rb>乘込</rb><rt>のりこみ</rt></ruby>たり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば詰合の役人共大いに驚き何事やらんと早速尋ぬるに諸國巡見使松平<ruby><rb>縫殿頭</rb><rt>ぬひのかみ</rt></ruby>使者牧野小左衞門なりと云ながら駕籠より立出刀<ruby><rb>引提</rb><rt>ひきさげ</rt></ruby>役所の上座へ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>りければ諸役人下座へ引下り一同<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す時に小左衞門重役衆と聲を掛るに家老本田外記中村<ruby><rb>主計</rb><rt>かずへ</rt></ruby>進み出一通り<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby><ruby><rb>畢</rb><rt>をは</rt></ruby>る時兩人は何等の御用に候や伺ひ奉つらんと申ければ小左衞門は<ruby><rb>状</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め今度主人縫殿頭より使者の趣きは長門守殿御<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>水呑村百姓名主九助一件に付用人共より<ruby><rb>各自方</rb><rt>おの〱がた</rt></ruby>への御用<ruby><rb>状</rb><rt>じやう</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>御披見</rb><rt>ごひけん</rt></ruby>成れよと首に掛たる御用状を相渡せば<ruby><rb>外記</rb><rt>げき</rt></ruby>は之を請取<ruby><rb>封</rb><rt>ふう</rt></ruby>押切て讀上るに

<ruby><rb>以剪紙</rb><rt>きりがみをもつて</rt></ruby><ruby><rb>得御意</rb><rt>ぎよいえ</rt></ruby>候<ruby><rb>然</rb><rt>しかれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>今般</rb><rt>こんぱん</rt></ruby>主人縫殿頭儀<ruby><rb>台命</rb><rt>たいめい</rt></ruby>を蒙り<ruby><rb>駿</rb><rt>すん</rt></ruby><ruby><rb>遠</rb><rt>ゑん</rt></ruby>三<ruby><rb>尾</rb><rt>び</rt></ruby><ruby><rb>濃</rb><rt>のう</rt></ruby>四ヶ國巡見として罷越し駿州吉原宿<ruby><rb>泊</rb><rt>とまり</rt></ruby>の節長門守殿御<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>水呑村名主九助妻<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>并に駿州島田宿藤八と申者<ruby><rb>愁訴</rb><rt>しうそ</rt></ruby>の趣き吟味に及び候所<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby><ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>の筋有之に付右の段江戸表御老中方へ縫殿頭より御屆けに及び右節藤八とも<ruby><rb>差立</rb><rt>さしたて</rt></ruby>相成候間本人九助并に九郎兵衞夫婦下伊呂村々役人其外<ruby><rb>掛合</rb><rt>かゝりあひ</rt></ruby>の者一同勘定奉行兼郡奉行松本理左衞門始め掛り役人殘らず江戸表へ早々差出し三番町松平縫殿頭屋敷迄<ruby><rb>相送</rb><rt>あひおく</rt></ruby>らるべく旨申入候<ruby><rb>樣</rb><rt>やう</rt></ruby>縫殿頭申付候之に依て此段御<ruby><rb>達</rb><rt>たつし</rt></ruby>に及び候以上

松平縫殿頭家來

四月廿六日櫻井文左衞門

田村治太夫

本多長門守樣

御用人中

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如き文面に詰合の役人共は一同<ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>たるばかりなりしが<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に役所は大<ruby><rb>騷動</rb><rt>さうどう</rt></ruby>となり<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>人九助は早々引き返させよと早馬にて<ruby><rb>乘着</rb><rt>のりつけ</rt></ruby>させ又<ruby><rb>領主</rb><rt>りやうしゆ</rt></ruby>には在國故家老共より申達し巡見使へは<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まり奉つるとの御請書を差出し郡奉行其外<ruby><rb>掛役々</rb><rt>かゝりやく〱</rt></ruby>へは出立の儀申渡す等其<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby><ruby><rb>鼎</rb><rt>かなへ</rt></ruby>の<ruby><rb>沸</rb><rt>わく</rt></ruby>が如くなり茲に又九助は引廻しの馬の上に<ruby><rb>縛</rb><rt>くゝ</rt></ruby>られ既に<ruby><rb>相良</rb><rt>さがら</rt></ruby>の城下<ruby><rb>外</rb><rt>はづれ</rt></ruby>まで引れ來り今<ruby><rb>刑場</rb><rt>けいぢやう</rt></ruby>へ<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>まんとする時江戸の方より來りし<ruby><rb>早打</rb><rt>はやうち</rt></ruby>の<ruby><rb>侍士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>引止</rb><rt>ひきとめ</rt></ruby>られ檢使の役人を始め<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby>其所に<ruby><rb>待居</rb><rt>まちゐ</rt></ruby>ければ此は如何なる事やと思ひける中程もあらせず城下の方より<ruby><rb>汗馬</rb><rt>かんば</rt></ruby>に<ruby><rb>鞭</rb><rt>むち</rt></ruby>を<ruby><rb>當</rb><rt>あて</rt></ruby>御巡見使よりの御<ruby><rb>差￼</rb><rt>さしづ</rt></ruby>なり九助を早々<ruby><rb>引戻</rb><rt>ひきもど</rt></ruby>せと<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>に呼はるを<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby>檢使の役人を始め<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>の人々<ruby><rb>驚破</rb><rt>すは</rt></ruby>とて其儘城下へ引返せば九助は今死ぬる身と思ひ定めしに<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>に引返せし事如何なる譯やと夢に夢見し心地して<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>茫然</rb><rt>ばうぜん</rt></ruby>たる<ruby><rb>計</rb><rt>ばか</rt></ruby>りなり斯て四月廿八日<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>九助を<ruby><rb>還羅鷄籠</rb><rt>とうまるかご</rt></ruby>に乘せ<ruby><rb>徒目附</rb><rt>かちめつけ</rt></ruby><ruby><rb>足輕</rb><rt>あしがる</rt></ruby>目附等<ruby><rb>警固</rb><rt>けいご</rt></ruby>なし其の外松本理左衞門黒崎又左衞門<ruby><rb>市田</rb><rt>いちだ</rt></ruby>武助<ruby><rb>栗坂</rb><rt>くりさか</rt></ruby>藤兵衞<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>掛の役人<ruby><rb>何</rb><rt>いづれ</rt></ruby>も<ruby><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>打乘</rb><rt>うちのり</rt></ruby>又九郎兵衞夫婦村役人共大勢付<ruby><rb>添</rb><rt>そひ</rt></ruby>本多家用人<ruby><rb>笠原</rb><rt>かさはら</rt></ruby>常右衞門惣取締として江戸表へ出立なしたりけり

## 第十三回

偖又松平縫殿頭殿の給人竹中直八郎は藤八お節が<ruby><rb>願書</rb><rt>ぐわんしよ</rt></ruby>并びに御<ruby><rb>用状</rb><rt>ようじやう</rt></ruby>等江戸表へ<ruby><rb>持參</rb><rt>ぢさん</rt></ruby>し御用番の老中松平<ruby><rb>右近將監</rb><rt>うこんしやうげん</rt></ruby>殿へ差出し御下知に依てお節藤八の兩人は町奉行大岡越前守殿へ引渡せり然ば越前守殿には藤八お節を一通り吟味の上小傳馬町三丁目竹屋權八方へ預けられ其後五月十二日に九助九郎兵衞を始め<ruby><rb>關係</rb><rt>かゝりあひ</rt></ruby>の者一同本多家より差送りに成しかば九助は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>九郎兵衞夫婦并に村役人共は馬喰町三丁目伊勢屋惣右衞門方へ<ruby><rb>下宿</rb><rt>げしゆく</rt></ruby>申付られ下伊呂村役人は<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>め宿淺草平右衞門町坂本屋傳右衞門方へ下宿松本理左衞門始め掛役人は主人方へ預けに相成たり却て<ruby><rb>説</rb><rt>とく</rt></ruby><ruby><rb>駿河</rb><rt>するがの</rt></ruby>國府中<ruby><rb>彌勒</rb><rt>みろく</rt></ruby>町二丁目なる小松屋にては<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>が<ruby><rb>家出</rb><rt>いへで</rt></ruby>せしとて大に驚き手を廻して諸所方々を尋ね<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>せしに<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>知れざれば此は<ruby><rb>必定</rb><rt>ひつぢやう</rt></ruby><ruby><rb>桶伏</rb><rt>をけふせ</rt></ruby>にしたる石川安五郎が<ruby><rb>爲業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に相違有まじと人々言居ける所に<ruby><rb>大門</rb><rt>おほもん</rt></ruby>番の重五郎が<ruby><rb>阿部</rb><rt>あべ</rt></ruby>川の<ruby><rb>河原</rb><rt>かはら</rt></ruby>にて何者にか切殺され<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は河原に有之との事なれば此は<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は番人の事ゆゑ<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈行</rb><rt>おひかけゆき</rt></ruby><ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されしものならんとて<ruby><rb>早速</rb><rt>さつそく</rt></ruby>河原に行て見るに重五郎が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らに<ruby><rb>萌黄羅紗</rb><rt>もえぎらしや</rt></ruby>の<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>て居たる故中を改むるに<ruby><rb>巴屋</rb><rt>ともゑや</rt></ruby>儀左衞門樣と云書状二三通外に<ruby><rb>買物樣</rb><rt>かひものやう</rt></ruby>に<ruby><rb>手控小帳</rb><rt>てひかへこちやう</rt></ruby>あり依て小松屋より駿府町奉行桑山下野守殿へ訴へければ<ruby><rb>支配内</rb><rt>しはいうち</rt></ruby>なるにより先<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>宿の巴屋儀左衞門を<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>にて呼出し<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>ありし處儀左衞門心中に驚けども<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るだけ遁ば<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんものと私し儀は十六日に<ruby><rb>彌勒</rb><rt>みろく</rt></ruby>町へ參り其節吉野屋と申大門前の酒屋の表にて<ruby><rb>大神樂</rb><rt>だいかぐら</rt></ruby>の<ruby><rb>舞居</rb><rt>まひをり</rt></ruby>しを<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>見物致し候中<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>入を<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>れしと見えて御座らぬ故諸所尋ね中に候と申を<ruby><rb>桑山</rb><rt>くはやま</rt></ruby>殿然樣では有まじ<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>其方が樣子を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>せしに小松屋の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby><ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>に<ruby><rb>執心</rb><rt>しふしん</rt></ruby>して只今迄も度々安五郎とか申者と<ruby><rb>口論</rb><rt>こうろん</rt></ruby>にも及びし趣き聞えたり然すれば汝大門番重五郎を殺す心は有まじけれど<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>安五郎白妙が<ruby><rb>逃亡</rb><rt>たうばう</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>し節何か<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>にて殺したに相違は有まじ<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まず申立よと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>らるれども儀左衞門は<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>せず<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつたく</rt></ruby>以て殺せし覺えは御座なく尤も白妙と申遊女は兩三度も呼て遊し事御座候へども私しは<ruby><rb>妻子</rb><rt>さいし</rt></ruby>も有身に候へば人を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>す迄には<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ申さず煙草入は全く<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれし品に相違御座なくと云ければ<ruby><rb>桑</rb><rt>くは</rt></ruby>山殿には打笑みコリヤ能思うても見よ其煙草入は實盜み取られしものならば<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>か其<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしよ</rt></ruby>より二十町内外の處に有べき筈なし其方が申處にては煙草入は安五郎重五郎兩人の中にて<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取し樣に聞ゆるが<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と然樣かコリヤ汝が<ruby><rb>行状</rb><rt>ぎやうじやう</rt></ruby><ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>知たり日頃<ruby><rb>不正</rb><rt>よろしから</rt></ruby>ざる趣きなれば<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>はしき<ruby><rb>廉々</rb><rt>かど〱</rt></ruby>少からず<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>中<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>申付ると言渡されけり此儀左衞門の女房をお<ruby><rb>粂</rb><rt>くめ</rt></ruby>と云しが<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が此の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>は<ruby><rb>必竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>安五郎が<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>なれば<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>が<ruby><rb>在處</rb><rt>ありところ</rt></ruby><ruby><rb>知</rb><rt>し</rt></ruby>れる上は夫が無<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>の難は<ruby><rb>遁</rb><rt>のがれ</rt></ruby>なんにより<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>して安五郎を尋ね<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>し<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を助けんには<ruby><rb>神佛</rb><rt>しんぶつ</rt></ruby>の<ruby><rb>加護</rb><rt>かご</rt></ruby>に非ざれば<ruby><rb>爲難</rb><rt>なしがた</rt></ruby>し幸ひ遠州秋葉三尺<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>の<ruby><rb>應護</rb><rt>おうご</rt></ruby>を<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>らん者と一<ruby><rb>￼</rb><rt>づ</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby>しかば夫よりして秋葉山へ<ruby><rb>遙々</rb><rt>はる〲</rt></ruby>と登しが本社は<ruby><rb>女人禁制</rb><rt>によにんきんせい</rt></ruby>なるゆゑ上る事ならず因て<ruby><rb>玉垣</rb><rt>たまがき</rt></ruby>の外にて<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>り居しに<ruby><rb>早晩</rb><rt>いつしか</rt></ruby>夜に入ければいざや私が家へ戻らんと<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>の道へ來<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るに<ruby><rb>茶店</rb><rt>ちやみせ</rt></ruby>の<ruby><rb>仕舞</rb><rt>しまひ</rt></ruby>たるが在しにぞ是れ<ruby><rb>屈竟</rb><rt>くつきやう</rt></ruby>なりと<ruby><rb>笹</rb><rt>さゝ</rt></ruby>の葉を<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>に<ruby><rb>￼</rb><rt>まと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>にて<ruby><rb>頭</rb><rt>かし</rt></ruby>らを<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み此處に<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>通夜をなし一心に<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が災難を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れる樣になさしめ給へと<ruby><rb>立願</rb><rt>りふぐわん</rt></ruby>をぞ<ruby><rb>籠</rb><rt>こめ</rt></ruby>たりける此所は名に<ruby><rb>負</rb><rt>おふ</rt></ruby><ruby><rb>周智郡</rb><rt>すちごほり</rt></ruby>大日山の<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>き秋葉山の<ruby><rb>絶頂</rb><rt>ぜつちやう</rt></ruby>なれば<ruby><rb>大樹</rb><rt>だいじゆ</rt></ruby><ruby><rb>高木</rb><rt>かうぼく</rt></ruby><ruby><rb>生茂</rb><rt>おひしげ</rt></ruby>り晝さへ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>き<ruby><rb>木下闇</rb><rt>このしたやみ</rt></ruby>夜は猶さらに月<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>く<ruby><rb>森々</rb><rt>しん〱</rt></ruby>として<ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆく</rt></ruby>樣に如何にも<ruby><rb>天魔</rb><rt>てんま</rt></ruby><ruby><rb>邪神</rb><rt>じやしん</rt></ruby>の<ruby><rb>棲巣</rb><rt>すみか</rt></ruby>とも云べき<ruby><rb>峯</rb><rt>みね</rt></ruby>には<ruby><rb>猿猴</rb><rt>ましら</rt></ruby>の木傳ふ聲谷には流水<ruby><rb>滔々</rb><rt>たう〱</rt></ruby>と<ruby><rb>而</rb><rt>して</rt></ruby><ruby><rb>木魂</rb><rt>こだま</rt></ruby>に<ruby><rb>響</rb><rt>ひゞき</rt></ruby><ruby><rb>遠寺</rb><rt>ゑんじ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>も<ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby>物<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>く遙に聞ば<ruby><rb>野路</rb><rt>のぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>狼</rb><rt>おほかみ</rt></ruby><ruby><rb>吼</rb><rt>ほえ</rt></ruby>て青嵐<ruby><rb>颯々</rb><rt>さつ〱</rt></ruby>と<ruby><rb>梢</rb><rt>こずゑ</rt></ruby>を鳴し稍丑滿頃とも思ふ頃<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しや<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>の方よりがさ〱わさ〱と<ruby><rb>小笹</rb><rt>をさゝ</rt></ruby><ruby><rb>茅原</rb><rt>かやはら</rt></ruby><ruby><rb>押分</rb><rt>おしわけ</rt></ruby>て來る<ruby><rb>氣態</rb><rt>けはひ</rt></ruby>なればお粂は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>氣を<ruby><rb>鎭</rb><rt>しづ</rt></ruby>めて<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>今頃<ruby><rb>登山</rb><rt>とざん</rt></ruby>なすからは<ruby><rb>強盜</rb><rt>がうたう</rt></ruby>か但し又我が如き心願にて夜參りする者なるか何にもせよ<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶ</rt></ruby>かしと<ruby><rb>星明</rb><rt>ほしあか</rt></ruby>りに<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見れば旅人と<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>しく<ruby><rb>菅笠</rb><rt>すげがさ</rt></ruby><ruby><rb>眞白</rb><rt>まつしろ</rt></ruby>に光りたり<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又彼の石川安五郎は上新田村の<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>を出立<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>豐浦</rb><rt>とようら</rt></ruby><ruby><rb>雲里</rb><rt>うんり</rt></ruby>の方へ行んものと道を急ぎしに￼らずも<ruby><rb>踏迷</rb><rt>ふみまよ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>喘</rb><rt>あへ</rt></ruby>ぎ〱<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>秋葉の<ruby><rb>寶前</rb><rt>はうぜん</rt></ruby>に來りしが此時は<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>眞</rb><rt>ま</rt></ruby>夜中にてゴーン〱と<ruby><rb>鳴</rb><rt>なり</rt></ruby>しは<ruby><rb>丑刻</rb><rt>やつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>なれば<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby>何へも行難し<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>へ下れば<ruby><rb>狼</rb><rt>おほかみ</rt></ruby>多く又夜<ruby><rb>深</rb><rt>ふけ</rt></ruby>に本坊を<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>す共起はせまじ幸ひ此茶店にて夜を明さんと<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きつゝ<ruby><rb>茶店</rb><rt>ちやみせ</rt></ruby>に入てお粂が<ruby><rb>通夜</rb><rt>つや</rt></ruby>して<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>共知らず上り<ruby><rb>込</rb><rt>こん</rt></ruby>だり扨もお粂は<ruby><rb>大膽不敵</rb><rt>だいたんふてき</rt></ruby>の女なれば先方の心は知らざれ共<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>さは<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>し<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>堪</rb><rt>こらへ</rt></ruby>て居る中<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>寅刻</rb><rt>なゝつ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>も聞え月は<ruby><rb>梢</rb><rt>こずゑ</rt></ruby>の間に<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ木の間〱も<ruby><rb>現々</rb><rt>あり〱</rt></ruby>と<ruby><rb>茶店</rb><rt>さてん</rt></ruby>の中まで見え<ruby><rb>透</rb><rt>すく</rt></ruby>ゆゑ安五郎は<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>を見返れば<ruby><rb>笹簑</rb><rt>さゝみの</rt></ruby><ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>たる者の居るにぞ是はと<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>し然るにても斯る山中に人の居るこそ<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶか</rt></ruby>しけれ但し<ruby><rb>妖怪</rb><rt>えうくわい</rt></ruby>の<ruby><rb>所爲</rb><rt>しよゐ</rt></ruby>なるかと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひつゝ聲を掛け夫なる者は何者ぞ<ruby><rb>旅人</rb><rt>りよじん</rt></ruby>か又は<ruby><rb>山賊</rb><rt>さんぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>類</rb><rt>たぐゐ</rt></ruby>なるか<ruby><rb>狐狸</rb><rt>こり</rt></ruby>なるか<ruby><rb>應</rb><rt>こた</rt></ruby>へをせよと<ruby><rb>傍</rb><rt>かたは</rt></ruby>らへ<ruby><rb>摺寄</rb><rt>すりよ</rt></ruby>ればお粂は<ruby><rb>疾</rb><rt>とく</rt></ruby>より心得居し事ゆゑ一向<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かずアイサ私しは<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby><ruby><rb>山賊</rb><rt>さんぞく</rt></ruby>の類でなく又<ruby><rb>狐狸</rb><rt>こり</rt></ruby>にても候はず<ruby><rb>大願</rb><rt>だいぐわん</rt></ruby>有て當山へ<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>りし者なり本社<ruby><rb>拜殿</rb><rt>はいでん</rt></ruby>は女人<ruby><rb>禁制</rb><rt>きんせい</rt></ruby>故此<ruby><rb>茶屋</rb><rt>ちやや</rt></ruby>にて<ruby><rb>通夜</rb><rt>つや</rt></ruby>を致し候因て貴所には何れの御方にて候哉と<ruby><rb>問返</rb><rt>とひかへ</rt></ruby>され安五郎は又驚き<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby>女子には<ruby><rb>珍</rb><rt>めづ</rt></ruby>らしき者かな如何なる<ruby><rb>心願</rb><rt>しんぐわん</rt></ruby>かは知らねども斯る<ruby><rb>深山</rb><rt>しんざん</rt></ruby>へ<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>らるゝ事<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ入たり某しは信州へ<ruby><rb>秋葉越</rb><rt>あきばごえ</rt></ruby>して參らんと思へども一人<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>てはなく斯る<ruby><rb>深山</rb><rt>しんざん</rt></ruby>に<ruby><rb>踏迷</rb><rt>ふみまよ</rt></ruby>ひ漸々是まで參りし者なれば<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず心を<ruby><rb>隔</rb><rt>おき</rt></ruby>給ふな<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>夜明</rb><rt>よあけ</rt></ruby>にも間はあるまじ夫までは<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>此所に<ruby><rb>休息</rb><rt>きうそく</rt></ruby>致さん又其<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>には定めて此<ruby><rb>近邊</rb><rt>きんぺん</rt></ruby>の御人成んと聞にお粂も此人<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>などにあらずと安心し<ruby><rb>打解</rb><rt>うちとけ</rt></ruby>し<ruby><rb>體</rb><rt>さま</rt></ruby>にて<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ寄私しは駿州<ruby><rb>江尻</rb><rt>えじり</rt></ruby>の者なりと云ながら<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見て<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なしヤア此方樣は石川安五郎樣と云に安五郎も<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>し見て然樣云其方も何やら見た樣な<ruby><rb>御内儀</rb><rt>ごないぎ</rt></ruby>其許はと云をお粂は聞私しは江尻宿の<ruby><rb>絹商人</rb><rt>きぬあきうど</rt></ruby>にて<ruby><rb>巴屋</rb><rt>ともゑや</rt></ruby>儀左衞門が女房粂と申者此方樣故に夫儀左衞門は<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby><ruby><rb>大門番</rb><rt>おほもんばん</rt></ruby>の重五郎を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したとて今は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>の<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>み夫も誰故此方樣が小松屋の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby><ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくでん</rt></ruby>し夫のみならず大門番の重五郎を殺し<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>へ<ruby><rb>塗</rb><rt>なす</rt></ruby>られし<ruby><rb>殘念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>さに何卒此方樣に<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>をつと</rt></ruby>が<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>されんと此<ruby><rb>秋葉</rb><rt>あきは</rt></ruby>樣へ<ruby><rb>誓願</rb><rt>せいぐわん</rt></ruby><ruby><rb>込</rb><rt>こめ</rt></ruby>たる一心<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きて今<ruby><rb>此處</rb><rt>ここ</rt></ruby>にて出會しも<ruby><rb>嗚呼</rb><rt>あゝ</rt></ruby><ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けなしと<ruby><rb>宮居</rb><rt>みやゐ</rt></ruby>の方を<ruby><rb>伏拜</rb><rt>ふしをが</rt></ruby>むを見て安五郎はアヽ若コレ御内儀<ruby><rb>粗忽</rb><rt>そそう</rt></ruby>な事を申されな小松屋の遊女<ruby><rb>白妙</rb><rt>しらたへ</rt></ruby>を連て<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>しは此安五郎に<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひなけれど然ながら其節我は<ruby><rb>鞠子</rb><rt>まりこ</rt></ruby>の<ruby><rb>柴屋寺</rb><rt>しばやでら</rt></ruby>へ先に參りて<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>の來るを<ruby><rb>待</rb><rt>まつ</rt></ruby>て居し故其場の樣子は知らず<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>にて白妙に聞くに彼の大門番の重五郎といふは<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しらたへ</rt></ruby>が親元遠州<ruby><rb>濱松</rb><rt>はままつ</rt></ruby><ruby><rb>天神町</rb><rt>てんじんまち</rt></ruby>松下<ruby><rb>專庵</rb><rt>せんあん</rt></ruby>と云醫師に<ruby><rb>召遣</rb><rt>めしつかは</rt></ruby>れし<ruby><rb>古主筋</rb><rt>こしゆすぢ</rt></ruby>故其夜の<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>をなして白妙を<ruby><rb>逃</rb><rt>にが</rt></ruby>したが又儀左衞門殿も<ruby><rb>一體</rb><rt>いつたい</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>が<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の客にて是も其夜白妙を<ruby><rb>阿部河原</rb><rt>あべがはら</rt></ruby>まで<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>來られ重五郎と<ruby><rb>問答</rb><rt>もんだふ</rt></ruby>中白妙は<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>に<ruby><rb>飛乘</rb><rt>とびのり</rt></ruby><ruby><rb>柴屋寺</rb><rt>しばやでら</rt></ruby>まで參りしなり其後樣子を聞ば重五郎は<ruby><rb>船場</rb><rt>ふなば</rt></ruby>にて<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の由<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby><ruby><rb>全</rb><rt>まつた</rt></ruby>く儀左衞門殿が手に<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>られしに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なし然れば御内儀必ず我を<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>み給ふな是皆<ruby><rb>自業自得</rb><rt>じごふじとく</rt></ruby>と<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>められよと申をお粂は聞も<ruby><rb>終</rb><rt>をは</rt></ruby>らず<ruby><rb>濶</rb><rt>くわつ</rt></ruby>と<ruby><rb>急込</rb><rt>せきこみ</rt></ruby>是は<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひけふ</rt></ruby>なり安五郎殿白妙と<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby>せしのみか何が<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>で重五郎を家來筋と<ruby><rb>言</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝや<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>に口なし<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby><ruby><rb>爰</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にて<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>や<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>云とも<ruby><rb>理非</rb><rt>りひ</rt></ruby>は<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>明</rb><rt>あけ</rt></ruby>なば<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>にも<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby>まで同道なし<ruby><rb>善惡</rb><rt>ぜんあく</rt></ruby>を分てお<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ申さにやならぬと<ruby><rb>血眼</rb><rt>ちまなこ</rt></ruby>になりて申にぞ安五郎は<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なし我等とても段々の<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあはせ</rt></ruby><ruby><rb>折角</rb><rt>せつかく</rt></ruby><ruby><rb>連退</rb><rt>つれのい</rt></ruby>たる白妙には<ruby><rb>死別</rb><rt>しにわか</rt></ruby>れ今は<ruby><rb>浮世</rb><rt>うきよ</rt></ruby>に<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>みもなければ<ruby><rb>信州</rb><rt>しんしう</rt></ruby>の<ruby><rb>由縁</rb><rt>ゆかり</rt></ruby>の者を頼み<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby><ruby><rb>遁世</rb><rt>とんせい</rt></ruby>を<ruby><rb>遂</rb><rt>とぐ</rt></ruby>べしと存ずるなり何とて<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを申べきと問答の中に<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby><ruby><rb>曉</rb><rt>あけがた</rt></ruby>に<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>くなりければ安五郎は<ruby><rb>急</rb><rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>立去</rb><rt>たちさら</rt></ruby>んとしけるをお粂は<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>待</rb><rt>また</rt></ruby>れよと引<ruby><rb>止</rb><rt>とめ</rt></ruby>る故安五郎は<ruby><rb>面倒</rb><rt>めんだう</rt></ruby>なりと<ruby><rb>突飛</rb><rt>つきとば</rt></ruby>すを又も<ruby><rb>飛付</rb><rt>とびつく</rt></ruby>女の一<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby><ruby><rb>止</rb><rt>とま</rt></ruby>らぬ遣らじと<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>ひける中茶屋の<ruby><rb>簀</rb><rt>す</rt></ruby>の<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>を<ruby><rb>撞乎</rb><rt>どつかり</rt></ruby><ruby><rb>踏拔</rb><rt>ふみぬき</rt></ruby><ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>り合て<ruby><rb>挑</rb><rt>いど</rt></ruby>みける此物<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby><ruby><rb>本坊</rb><rt>ほんばう</rt></ruby>へ聞えしにや何事ならんと<ruby><rb>朝</rb><rt>あさ</rt></ruby><ruby><rb>看經</rb><rt>かんきん</rt></ruby>の<ruby><rb>僧侶達</rb><rt>そうりよたち</rt></ruby>下男諸共十六七人手に〱<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>を<ruby><rb>携</rb><rt>たづさ</rt></ruby>へて<ruby><rb>駈付</rb><rt>かけつけ</rt></ruby>見れば是は如何に餘りし<ruby><rb>黒髮</rb><rt>くろかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>振亂</rb><rt>ふりみだ</rt></ruby>せし廿四五歳の女と三十<ruby><rb>近</rb><rt>ぢか</rt></ruby>き<ruby><rb>色白</rb><rt>いろしろ</rt></ruby>き男と<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>つほぐれつ爭ひ居たしかば扨は<ruby><rb>此奴等</rb><rt>こやつら</rt></ruby><ruby><rb>色事</rb><rt>いろごと</rt></ruby>の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんくわ</rt></ruby>にてもなすかや併し見て居られぬとて漸々に<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>を<ruby><rb>引分</rb><rt>ひきわけ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の樣子を聞て所の<ruby><rb>代官</rb><rt>だいくわん</rt></ruby><ruby><rb>首藤</rb><rt>すどう</rt></ruby>源兵衞より<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>御代官二<ruby><rb>股</rb><rt>また</rt></ruby>の<ruby><rb>陣屋</rb><rt>ぢんや</rt></ruby><ruby><rb>大草</rb><rt>おほくさ</rt></ruby>太郎左衞門殿へ差出し一通り吟味の上駿府へ<ruby><rb>差送</rb><rt>さしおく</rt></ruby>りに相なり石川安五郎は<ruby><rb>揚</rb><rt>あが</rt></ruby>り屋入申付られ其後同所町奉行<ruby><rb>桑山下野守</rb><rt>くはやましもつけのかみ</rt></ruby>殿<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>ありしかど重五郎を殺せし覺えなく又<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>が<ruby><rb>身寄</rb><rt>みより</rt></ruby>の者の申立るにより白妙が親<ruby><rb>濱松</rb><rt>はままつ</rt></ruby>の松下<ruby><rb>專庵</rb><rt>せんあん</rt></ruby><ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>を呼出し<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>有けれども事<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby><ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と分らず小松屋よりは安五郎<ruby><rb>多分</rb><rt>たぶん</rt></ruby><ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>へ賣たで有んとの訴へなり又儀左衞門の女房も訴へ出しに付<ruby><rb>無量庵柴屋寺</rb><rt>むりやうあんしばやでら</rt></ruby>を呼出さねば分らずとて江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ差出しに相成たり時に石川安五郎廿七歳<ruby><rb>江尻宿</rb><rt>えじりじゆく</rt></ruby><ruby><rb>商人</rb><rt>あきうど</rt></ruby><ruby><rb>巴屋儀</rb><rt>ともゑやぎ</rt></ruby>左衞門三十一歳同人妻粂二十五小松屋小兵衞并<ruby><rb>彌勒</rb><rt>みろく</rt></ruby>町々役人江尻宿々役人<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそへ</rt></ruby>江戸町奉行大岡越前守殿へ差送られしかば<ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>町奉行<ruby><rb>桑山殿</rb><rt>くはやまどの</rt></ruby>よりの<ruby><rb>調書</rb><rt>しらべがき</rt></ruby>を以て<ruby><rb>一通</rb><rt>ひととほり</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>これあり安五郎は<ruby><rb>揚屋</rb><rt>あがりや</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>いり</rt></ruby>儀左衞門は<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゆらう</rt></ruby>同人女房粂は長屋預け申付られ駿府御代官太田三郎四郎殿へ柴屋寺<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>を差出す樣又遠州<ruby><rb>相良本多</rb><rt>さがらほんだ</rt></ruby>長門守殿家來へ同領内上<ruby><rb>新田</rb><rt>しんでん</rt></ruby>村<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>を差出すべき旨差紙を出されたり

## 第十四回

<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二丁酉年五月十八日南町奉行大岡越前守殿白洲へ一件の者一同呼出され一々呼込になりしが<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>には本多長門守殿留守居始め郡奉行代官等今度吟味掛りの者ども白洲右の方に九郎兵衞夫婦左の方には藤八お節少し<ruby><rb>引放</rb><rt>ひきはな</rt></ruby>れて<ruby><rb>本繩</rb><rt>ほんなは</rt></ruby><ruby><rb>足枷</rb><rt>あしほだ</rt></ruby>に掛り九助平伏す時に大岡越前守殿本多長門守<ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>と呼れ九郎兵衞が願書を是れへ差出せと申さるゝに本多家の<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby>ハツと答へて<ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>より取出し<ruby><rb>目安</rb><rt>めやす</rt></ruby>方へ差出すを大岡殿の御覽に入目安方之を讀上る

一本多長門守領分遠州<ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はいばらごほり</rt></ruby>水呑村百姓九郎兵衞同人<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>右兩人願ひ上奉つり候當村名主九助儀は私しども<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>に御座候に付私し娘里儀を九助と<ruby><rb>娶合</rb><rt>めあはせ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>候處右九助儀先年江戸表奉<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出候に付里并びに私しども跡へ殘り居り九助留守中取續き方<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>仕つり候を親類<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby>儀毎度世話致呉候然る處九助歸國仕つり候てより種々<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>申掛自分旅行中島田宿藤八<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかひ</rt></ruby><ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>と申者と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>貞節</rb><rt>ていせつ</rt></ruby>に<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby><ruby><rb>相守</rb><rt>あひまもり</rt></ruby>居候里に種々<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を付<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>致すべく段申重々<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>に御座候間其節異見差加へ候へども却て私しを恨み<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に思ふか<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内と里と不<ruby><rb>義</rb><rt>ぎ</rt></ruby>致居る旨申掛<ruby><rb>離別</rb><rt>りべつ</rt></ruby>致候故私しども親子<ruby><rb>道路</rb><rt>だうろ</rt></ruby>に<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>も仕つるべく候處惣内儀見兼候儘私し共を<ruby><rb>引取</rb><rt>ひきとり</rt></ruby><ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby><ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>其後百姓共取持にて惣内へ里を<ruby><rb>娶合</rb><rt>めあはせ</rt></ruby>候然るに九助は是を<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存じ私し方へは不通に仕つり其上惣内夫婦を<ruby><rb>付狙</rb><rt>つけねら</rt></ruby>ひ候事と相見え金谷村へ惣内夫婦罷越候歸りを<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>より<ruby><rb>尾</rb><rt>つけ</rt></ruby>來り夜に<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>れて兩人を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>仕つり立<ruby><rb>退</rb><rt>のき</rt></ruby>候へども<ruby><rb>天命</rb><rt>てんめい</rt></ruby><ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れ難く其場に九助<ruby><rb>懷中物</rb><rt>くわいちうもの</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>有之</rb><rt>これあり</rt></ruby>同人衣類の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>へも<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を引居候に付此<ruby><rb>儀</rb><rt>ぎ</rt></ruby>御訴へ申上候により召捕られ御領主御役人樣<ruby><rb>御吟味</rb><rt>ごぎんみ</rt></ruby>の處九助儀包み<ruby><rb>課</rb><rt>おほ</rt></ruby>せず<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及び申候然る所今に又々召出され御吟味を蒙り候<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby><ruby><rb>御慈悲</rb><rt>おんじひ</rt></ruby>を以て惣内夫婦解死人に仰付られ下し置れ候はゞ<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがた</rt></ruby>き<ruby><rb>仕合</rb><rt>しあは</rt></ruby>せに存じ奉つり候以上

遠江國榛原郡水呑村百姓

享保二年五月九郎兵衞（印）

同人妻　　ふか（爪印）

<ruby><rb>大岡越前守殿</rb><rt>おほをかゑちぜんのかみどの</rt></ruby>是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れコリヤ九郎兵衞云願書の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きにては<ruby><rb>嘸</rb><rt>さぞ</rt></ruby>かし<ruby><rb>無念</rb><rt>むねん</rt></ruby>に有ん如何にも不便のことなり女房<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>も一人の<ruby><rb>子息</rb><rt>しそく</rt></ruby>を殺され<ruby><rb>老行</rb><rt>おいゆく</rt></ruby>夫婦の<ruby><rb>路頭</rb><rt>ろとう</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ふは後世の杖を<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>れ<ruby><rb>嬰兒</rb><rt>えいじ</rt></ruby>の<ruby><rb>乳房</rb><rt>ちぶさ</rt></ruby>を隱されたるやうなるべし<ruby><rb>併</rb><rt>しかし</rt></ruby>此事<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>九助が殺したると聞受難と申さるゝに兩人は<ruby><rb>憤然</rb><rt>ふんぜん</rt></ruby>となり<ruby><rb>否々</rb><rt>いや〱</rt></ruby>相違御座りませんと云ふ大岡殿コリヤ九郎兵衞夫婦其方共が<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>や娘の殺されし所は何と云地所なるやと有に九郎兵衞はヘイ<ruby><rb>大井川</rb><rt>おほゐがは</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby><ruby><rb>下伊呂村</rb><rt>しもいろむら</rt></ruby><ruby><rb>辨天堂</rb><rt>べんてんだう</rt></ruby>の前なりと云ければ而て<ruby><rb>其</rb><rt>そ</rt></ruby>の<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>伊呂村辨天堂の前より水呑村迄は何程なるや又惣内夫婦は其日何用有て何時に<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>を<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>しぞと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに金谷村に<ruby><rb>法用</rb><rt>はふよう</rt></ruby>有て<ruby><rb>晝前</rb><rt>ひるぜん</rt></ruby><ruby><rb>巳時頃</rb><rt>よつどきごろ</rt></ruby>より參りしと申しければ大岡殿には<ruby><rb>其節</rb><rt>そのせつ</rt></ruby>九郎兵衞夫婦は<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>に居しやと尋ねらるに私しども兩人も法用の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>へ<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>仕つりたしと申せしかば然らば歸りの<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>も同道ならんに悴夫婦の<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に<ruby><rb>遭</rb><rt>あひ</rt></ruby>し時<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>見ても居る間じ如何せしぞと<ruby><rb>問詰</rb><rt>とひつめ</rt></ruby>られ九郎兵衞はグツと<ruby><rb>差迫</rb><rt>さしせま</rt></ruby>りしが然あらぬ面にてヘイ其節は私し共兩人は<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby>先へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしゆゑ悴夫婦の殺されし事は存じ申さず<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>村</rb><rt>むら</rt></ruby>の者が知らせに驚き其場所へ到り見屆け候處兩人は<ruby><rb>數</rb><rt>すう</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>所</rb><rt>しよ</rt></ruby>の<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>にて<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は御座なくと申せば大岡殿ナニ首が<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>致し居りしや夫は又如何なる事ぞと<ruby><rb>問</rb><rt>とは</rt></ruby>るゝを九郎兵衞是は<ruby><rb>後日</rb><rt>ごにち</rt></ruby><ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>の時首さへ無れば知れまじとて九助<ruby><rb>取隱</rb><rt>とりかく</rt></ruby>せしなりと云ば大岡殿シテ又首のなき者を<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>夫婦と何して知りしぞと有に九郎兵衞夫は衣類<ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>にて<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りしと申せば大岡殿ナニ<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby><ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>で分つたと申か成ほど我が子なれば衣類恰好の<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えあるは<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>なり<ruby><rb>扨々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>な事を致した九助へ吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とげ</rt></ruby><ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>死人を取て遣すぞと云るゝゆゑ九郎兵衞夫婦は<ruby><rb>〆</rb><rt>しめ</rt></ruby>たりと思ひ<ruby><rb>莞爾々々</rb><rt>にこ〱</rt></ruby><ruby><rb>面</rb><rt>がほ</rt></ruby>に居たりけり大岡殿は九助に向はれ面を上いと云れ同人の<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見らるゝに年の<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>三十歳ばかり<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へ<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby><ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby><ruby><rb>顯</rb><rt>あら</rt></ruby>はれ<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかさま</rt></ruby>數日<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に苦しみし體なり扨又女房お節を見らるゝに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>とても<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby><ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>に<ruby><rb>人間</rb><rt>にんげん</rt></ruby>の<ruby><rb>潤</rb><rt>うるほ</rt></ruby>ひなく<ruby><rb>色</rb><rt>いろ</rt></ruby><ruby><rb>蒼然</rb><rt>あをざめ</rt></ruby>て兩眼を<ruby><rb>泣脹</rb><rt>なきはら</rt></ruby>し<ruby><rb>櫛卷</rb><rt>くしまき</rt></ruby>に髮を取りあげ如何にも<ruby><rb>痩衰</rb><rt>やせおとろ</rt></ruby>へたる<ruby><rb>其體</rb><rt>そのてい</rt></ruby>千辛萬苦の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>自然と面に顯はれたり<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>の<ruby><rb>頭</rb><rt>かうべ</rt></ruby>に<ruby><rb>舍</rb><rt>やど</rt></ruby>り給ふ天神地祇云ず<ruby><rb>語</rb><rt>かたら</rt></ruby>ず<ruby><rb>神明</rb><rt>しんめい</rt></ruby>の<ruby><rb>加護</rb><rt>かご</rt></ruby>にや大岡殿夫婦の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby><ruby><rb>最</rb><rt>いと</rt></ruby><ruby><rb>憐然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思されコリヤ九助其の方は如何なる<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>有て親類<ruby><rb>縁者</rb><rt>えんじや</rt></ruby>たる惣内夫婦を<ruby><rb>大井河原</rb><rt>おほゐがはら</rt></ruby>に於て殺したるぞ願人九郎兵衞夫婦よりの願書前に<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せたれば<ruby><rb>承知</rb><rt>しようち</rt></ruby>ならん一々覺え有るか何ぢやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに九助ははら〱と涙を流し<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らず<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>の御<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べに相成し事<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>有難く存じ奉つる然らば現在の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>申上候はんが私し儀何等の意趣も之なき惣内夫婦を<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>し申べき此儀何卒御<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby><ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ奉つると申しければ大岡殿<ruby><rb>倩々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>聞れ汝は然樣に覺え無事を<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆゑ</rt></ruby>に人殺しと<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及び<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>まで致したるぞと是に九助は<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>めし氣に本多家の役人を見遣り御意の通り私し一向覺え御座なき<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>き委細に申上げ候へども御領主の<ruby><rb>役人衆</rb><rt>やくにんしゆ</rt></ruby>御聞入是なく毎日々々の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby>石を抱せ<ruby><rb>海老</rb><rt>ゑび</rt></ruby>に掛らるゝ事既に十三度に及び<ruby><rb>皮肉</rb><rt>ひにく</rt></ruby>も<ruby><rb>切破</rb><rt>きれやぶ</rt></ruby>れ<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>も<ruby><rb>碎</rb><rt>くだく</rt></ruby>るばかりの<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪兼</rb><rt>たへがね</rt></ruby>是非なく無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おち</rt></ruby>し所此度是なる<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>節恐れ多くも松平縫殿頭樣へ御<ruby><rb>駕籠訴</rb><rt>かごそ</rt></ruby>仕つりしより江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ召出され<ruby><rb>再應</rb><rt>さいおう</rt></ruby>の御<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に<ruby><rb>預</rb><rt>あづか</rt></ruby>ること有難仕合に私し<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>の女房が願を御取上げ相成し事一夫一婦の願ひをも<ruby><rb>捨給</rb><rt>すてたま</rt></ruby>はぬ<ruby><rb>聖代</rb><rt>せいだい</rt></ruby><ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>き御代とは申ながら土民の事に付天下の御役人樣へ御<ruby><rb>苦勞</rb><rt>くらう</rt></ruby>掛奉つる事<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby>の<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>も恐しく此末の申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby><ruby><rb>立</rb><rt>たゝ</rt></ruby>ず此儘死罪に相成とも少も御<ruby><rb>怨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>とは存奉つらずと申立ければ大岡殿コリヤ九助其方は然樣に申ても一<ruby><rb>向</rb><rt>かう</rt></ruby>に<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>方もなき儀を九郎兵衞とても<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へは爲まじ<ruby><rb>虚</rb><rt>きよ</rt></ruby>は<ruby><rb>實</rb><rt>じつ</rt></ruby>を以て爲すと云ことありと云るゝに九助は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝ</rt></ruby>しみ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら私し儀は以前五ヶ年<ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>江戸へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出奉公仕つり金百八十兩<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へ國<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りし處江戸稼ぎの留守中先妻里儀<ruby><rb>先名主</rb><rt>せんなぬし</rt></ruby>惣右衞門悴惣内と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>仕つり<ruby><rb>剩</rb><rt>あまつ</rt></ruby>さへ私しの金子を其翌日惣内に<ruby><rb>騙取</rb><rt>かたりとら</rt></ruby>せしを<ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>に<ruby><rb>控居</rb><rt>ひかへを</rt></ruby>る藤八が<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らひにて金子は<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず取<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>し候間先妻里の<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>はあれども<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>中故右金子の中を分手當も仕つり<ruby><rb>離別</rb><rt>りべつ</rt></ruby>致せし所同村百姓共の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>にて不義の相手惣内方へ取持仕つり又伯父九郎兵衞儀も<ruby><rb>幸</rb><rt>さいは</rt></ruby>ひ惣内親惣左衞門は<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby><ruby><rb>母親</rb><rt>はゝおや</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>ばかりゆゑ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が方へ參り度と申に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ里に付て伯父をも遣はせしなり<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら私しが<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く何卒御<ruby><rb>賢慮</rb><rt>けんりよ</rt></ruby>を願ひ奉つり候<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存ずる心底ならば<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の先妻は申に及ばず伯父九郎兵衞へ千辛萬苦致して<ruby><rb>貯</rb><rt>たくは</rt></ruby>へたる金を遣はす理の御座るべき是れ私しが<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>まぬ<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に候と申せば大岡殿には五年に二百兩に近き<ruby><rb>大金</rb><rt>たいきん</rt></ruby>を貯へたる稼は武家町人は何れへ<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>致したるぞと有るに九助然れば御<ruby><rb>恥</rb><rt>はづか</rt></ruby>しきことながら日本橋室町三丁目のといふ時大岡殿如何さま番人の九助なりしと云るれば九助は然樣に候と<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>るに大岡殿成程今はみいらの如くに<ruby><rb>骸</rb><rt>からだ</rt></ruby>は<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>かれ昔の<ruby><rb>形容</rb><rt>なりかたち</rt></ruby>なきゆゑ心付ざりしが其<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>は正直過て上の御厄介になりたる<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>今<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby>昔しの事を彼是と<ruby><rb>勘考</rb><rt>かんかう</rt></ruby>するに今度の儀も<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>汝が身の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>に成しかも量り難し水清ければ<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby><ruby><rb>棲</rb><rt>すま</rt></ruby>ず人明らかならば<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>はり少なしとは汝が事ならん扨々<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>と<ruby><rb>姑</rb><rt>しば</rt></ruby>らく<ruby><rb>默止</rb><rt>もくし</rt></ruby>て居られしかば<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>は<ruby><rb>寂</rb><rt>しん</rt></ruby>と<ruby><rb>靜</rb><rt>しづ</rt></ruby>まりたり<ruby><rb>良</rb><rt>やゝ</rt></ruby>有りて大岡殿再び九助に向はれ番人を<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>め中天より<ruby><rb>授</rb><rt>さづ</rt></ruby>かる金とは云ながら千<ruby><rb>辛</rb><rt>しん</rt></ruby>萬<ruby><rb>苦</rb><rt>く</rt></ruby>せし金の中八十兩と申大金を不義の<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>并に伯父九郎兵衞へ能く分て遣はせしぞ<ruby><rb>伯父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>は母方か<ruby><rb>父方</rb><rt>ちゝかた</rt></ruby>かと問はるゝに九助こたへて<ruby><rb>亡夫</rb><rt>ばうふ</rt></ruby>九郎右衞門まで七代の間水呑村<ruby><rb>名主</rb><rt>なぬし</rt></ruby>を仕つり九郎兵衞は九郎右衞門の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとゝ</rt></ruby>なれ共一<ruby><rb>體</rb><rt>たい</rt></ruby><ruby><rb>若年</rb><rt>じやくねん</rt></ruby>よりといはんとせしが伯父の<ruby><rb>讒訴</rb><rt>ざんそ</rt></ruby>は如何とぞ心ろ付<ruby><rb>亡夫</rb><rt>ばうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>を受け十七年の間<ruby><rb>相摸</rb><rt>さがみ</rt></ruby>國御<ruby><rb>殿場</rb><rt>てんば</rt></ruby>村に居りしを私し親共死去の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>戒名</rb><rt>かいみやう</rt></ruby>を<ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>け呉よとの<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>も有之に付其後村方の<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきやく</rt></ruby><ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に九郎兵衞の在所を尋<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>同人御殿場にて<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひし娘里諸共<ruby><rb>古郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ引取候と申ければ大岡殿には<ruby><rb>父</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>なき後は伯父を父に代るの心得<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>なことぞ而て又<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>は其の右に如何なる<ruby><rb>縁續</rb><rt>えんつゞ</rt></ruby>きなるやと言るゝに九助はヘイ<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>方の伯父<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>なれども惣左衞門<ruby><rb>死去</rb><rt>しきよ</rt></ruby>せし後當時又九郎兵衞に<ruby><rb>連添</rb><rt>つれそひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>れば伯母とは云候と申せば大岡殿<ruby><rb>成程</rb><rt>なるほど</rt></ruby>汝が申口にては惣内を<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>する程の<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>も有まじなれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>汝の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を引又<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>鼻紙</rb><rt>はながみ</rt></ruby>入が<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>人の<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>て在しと申が此儀は如何なるぞと<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さるゝに九助は其儀は同日私し儀も金谷村の<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>へ參り居り<ruby><rb>混雜</rb><rt>こんざつ</rt></ruby>の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>鼻紙入を<ruby><rb>置忘</rb><rt>おきわす</rt></ruby>れ小用に立し中<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>仕まつりしにより諸所相<ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>し候へども一向に見當り申さず<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく歸宅仕つりしところ其節私し妻の實母年回に付上新田村なる<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>の<ruby><rb>大源和尚</rb><rt>だいげんをしやう</rt></ruby>へ供養を頼み度と<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>申候により私しの爲にも<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>の儀故<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたびれ</rt></ruby>足をも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はず<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻過</rb><rt>なゝつすぎ</rt></ruby>より右の寺へ參り暫時物語等致し居<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんぐわい</rt></ruby><ruby><rb>遲</rb><rt>おそ</rt></ruby>なはり夜<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby><ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>き<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>上伊呂村迄歸り來りし時河原にて何やらに<ruby><rb>跪</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きたれども<ruby><rb>宵闇</rb><rt>よひやみ</rt></ruby>なれば物の<ruby><rb>文色</rb><rt>あいもん</rt></ruby>は分らず<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>人の樣子ゆゑ<ruby><rb>酒</rb><rt>さけ</rt></ruby>に<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>し者の<ruby><rb>臥</rb><rt>ふせ</rt></ruby>り居し事と心得氣の<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby>まゝ能も<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>さず早々歸宅仕り其夜は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby><ruby><rb>打臥</rb><rt>うちふし</rt></ruby><ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくてう</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>おき</rt></ruby>出門の戸を明候折<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の付居しを妻節が見付如何いたせしやと申され私しも<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ然すれば昨夜河原にて<ruby><rb>跪</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きしは生醉に之なく怪我人にても有しや<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>昨日金谷村<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>にて鼻紙入を失ひ種々相尋候へども<ruby><rb>見當</rb><rt>みあた</rt></ruby>らずなど物語り居し<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から九郎兵衞が<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>にて御領主の役人入來り有無を云せず<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れ申候然れば右鼻紙入の紛失と云ひ其夜切害人の<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し之有し事ども如何にも<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>と存候間其邊を御吟味下さるゝ樣御領主の<ruby><rb>役人衆</rb><rt>やくにんしゆ</rt></ruby>へ度々申立候へども更に御取上御座なく<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ〱</rt></ruby>人<ruby><rb>殺</rb><rt>ごろ</rt></ruby>しの儀を白状せよとのみ嚴しく仰聞られ其後<ruby><rb>種々</rb><rt>さま〲</rt></ruby>の<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛る事二十五度の中石を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き<ruby><rb>海老責</rb><rt>えびぜめ</rt></ruby>になる事十三度何程申<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>致し候とも<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>しも御聞入なく候まゝ<ruby><rb>寧</rb><rt>いつそ</rt></ruby>此世の<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れんと存じ身に覺えなき罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おち</rt></ruby>候と申ければ大岡殿には而て其方鼻紙入<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>は之なきやと云はるゝに九助夫等の儀は一向御<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しは御座なくと申せば越前守殿<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>考られコリヤ九助其方は當時の妻節とは<ruby><rb>豫々</rb><rt>かね〱</rt></ruby><ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>致し居しゆゑ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を入んが爲先妻へ無實の<ruby><rb>汚名</rb><rt>をめい</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せ<ruby><rb>追</rb><rt>おひ</rt></ruby>出したる<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby>九郎兵衞よりの<ruby><rb>訴状面</rb><rt>そじやうめん</rt></ruby>に見ゆるが此儀申<ruby><rb>解</rb><rt>わけ</rt></ruby>ありやと有に九助は全く以て<ruby><rb>右樣</rb><rt>みぎやう</rt></ruby>の事は御座なくと委細の<ruby><rb>事故</rb><rt>ことがら</rt></ruby>を申立んとする機後に控へし藤八<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら其儀は私しより申上んと進み出全く申樣の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>には御座なく先以て是なる節と申女は私し<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>の娘にて<ruby><rb>駿河</rb><rt>するが</rt></ruby>國阿部川出生の者に候所姉<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>相<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby><ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の身を以て母の長病を<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいはう</rt></ruby>致せし孝行<ruby><rb>大人</rb><rt>おとな</rt></ruby>も及び難く然るに<ruby><rb>或時</rb><rt>あるとき</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>されしを九助江戸へ出府の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby><ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて渠が<ruby><rb>厄難</rb><rt>やくなん</rt></ruby>を救ひ遣し其後五年過て九助儀は百八十兩餘の大金を所持仕つり江戸より歸國の<ruby><rb>旅中</rb><rt>りよちう</rt></ruby><ruby><rb>瀬戸川</rb><rt>せとがは</rt></ruby>にて難儀の<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>私し儀身延山へ參詣の歸り掛け幸ひに行逢見兼しまゝ<ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>共を<ruby><rb>追散</rb><rt>おひちら</rt></ruby>し私し方へ伴ひ立歸りしなり其<ruby><rb>頃</rb><rt>ころ</rt></ruby>は私し姉儀<ruby><rb>病死</rb><rt>びやうし</rt></ruby>仕つりしにより節は私し方へ引取置候處九助と<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見合せ<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に不思議の<ruby><rb>再會</rb><rt>さいくわい</rt></ruby>を喜び候と言を聞れ大岡殿は扨々人を助れば助けらるゝ天の<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐみ</rt></ruby><ruby><rb>爭</rb><rt>あらそ</rt></ruby>はれぬものと申さるゝに藤八は<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の如く九助儀大金を持て歸村の程<ruby><rb>覺束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>なしと私し儀存じ右の金を預り歸村後兩三人<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>にて<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>に參り申べしと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>いたし私しより日蓮上人<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を九助に渡し右を證據に金子と取<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候筈の所翌日九助の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>周藏喜平次と申者の由にて曼陀羅を持參仕つりし故預りし金子を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し遣せしに其日の<ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆふぐれ</rt></ruby>九助<ruby><rb>蒼</rb><rt>あを</rt></ruby>くなりて馳來りしに付何事にやと相<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね候所曼陀羅<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の次第斯樣々々と<ruby><rb>片息</rb><rt>かたいき</rt></ruby>になつて申聞候により私し工夫仕つりし所此儀他村の者の知べき程の<ruby><rb>間合</rb><rt>まあひ</rt></ruby>之なく何れ村中の者ならんと心付候まゝ同人歸村の<ruby><rb>祝</rb><rt>いは</rt></ruby>ひと名付水呑村惣中を呼集め大<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるまひ</rt></ruby>致すべく其節私し<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに參り見候はゞ右曼陀羅を盜み取私し方へ<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>に參り候者相知申べしと<ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>仕つり九助儀は<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>水呑村へ立歸り歸國の振舞と申翌日村中を呼集め酒宴<ruby><rb>最中</rb><rt>さいちう</rt></ruby>私し儀密に同人方へ參り<ruby><rb>勝手</rb><rt>かつて</rt></ruby>より<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ見候處昨日九助<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>周藏と名乘しは名主惣内<ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>平次と申せしは同人手代源藏と申者に付九助へ其<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>申聞<ruby><rb>取押</rb><rt>とりおさ</rt></ruby>へて吟味仕りしに九助<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>中同人<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>事惣内と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及び居九助<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>り候曼陀羅を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取惣内へ<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り遣はし惣内儀源藏と申合せ私し方へ參り金子<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>是なき旨<ruby><rb>相顯</rb><rt>あひあらは</rt></ruby>れ候<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>しながら村中の者共名主の事ゆゑ氣の毒に存じ中へ立入<ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>取<ruby><rb>扱</rb><rt>あつか</rt></ruby>ひ里儀は何となく<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>と云事に相成九助より申上し通り金子は惣内より<ruby><rb>取戻</rb><rt>とりもど</rt></ruby>し候まゝ右の中ちを五十兩九郎兵衞里兩人の<ruby><rb>養育料</rb><rt>やういくれう</rt></ruby>として<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候儀に御座候其後九助同村の周藏喜平次木<ruby><rb>祖</rb><rt>そ</rt></ruby>兵衞等が<ruby><rb>取持</rb><rt>とりもち</rt></ruby>にて私し<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>節儀を九助と<ruby><rb>配偶</rb><rt>めあはせ</rt></ruby>たき由申により私し養女に仕つり同人方へ<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せし儀に御座れば何も<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>徒</rb><rt>いたづ</rt></ruby>ら者のと私養女に<ruby><rb>難曲</rb><rt>なんくせ</rt></ruby>を付るに及ぬ事<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>は村役に御聞下されなば<ruby><rb>委細</rb><rt>くはしく</rt></ruby>御分りに相成候と云にぞ大岡殿コリヤ周藏木祖兵衞百姓<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby><ruby><rb>喜</rb><rt>き</rt></ruby>平次今藤八が申通りに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>なきやと有に三人の者共一同に<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>相違之なくと申せしかば大岡殿<ruby><rb>然</rb><rt>しから</rt></ruby>ば九助が申處一々理のある樣に相聞ゆ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追</rb><rt>おつ</rt></ruby>て吟味に及ぶと申さるゝ時<ruby><rb>下役</rb><rt>したやく</rt></ruby>の者一同立ませいと聲を掛其日は白洲を<ruby><rb>閉</rb><rt>とぢ</rt></ruby>られけり

## 第十五回

<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>て又<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二年五月廿六日<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>共明廿七日<ruby><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby>の<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby><ruby><rb>評定</rb><rt>ひやうぢやう</rt></ruby>所へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出べき旨<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>あり依て願人相手方<ruby><rb>殘</rb><rt>のこ</rt></ruby>らず評定所<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしかけ</rt></ruby>へ<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>より相<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>る抑も評定所に於て<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>のありしは寛永八年二月二日町奉行島田<ruby><rb>彈正忠殿</rb><rt>だんじやうのちうどの</rt></ruby><ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>へ老中方其外役々<ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby><ruby><rb>公事沙汰</rb><rt>くじさた</rt></ruby>ありしが始めにて其後<ruby><rb>酒井</rb><rt>さかゐ</rt></ruby><ruby><rb>雅樂頭</rb><rt>うたのかみ</rt></ruby>酒井<ruby><rb>讃岐守</rb><rt>さぬきのかみ</rt></ruby>殿并に老中方の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ寄合れしに寛永十二年十一月十日御<ruby><rb>城内</rb><rt>じやうない</rt></ruby>に評定所を定められ十二月二日より評定所に於て役々寄合あり夫より毎月二日十二日廿二日を定日とせられ<ruby><rb>元祿</rb><rt>げんろく</rt></ruby>二巳年八月廿五日より必ず御<ruby><rb>目付</rb><rt>めつけ</rt></ruby>は立合事に相成しなり<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば此日も<ruby><rb>老若方</rb><rt>らうにやくがた</rt></ruby>を始として兩御目付三奉行<ruby><rb>諸有司</rb><rt>しよいうし</rt></ruby>小役人に<ruby><rb>到</rb><rt>いた</rt></ruby>るまで皆其家々の<ruby><rb>定紋</rb><rt>ぢやうもん</rt></ruby>付きたる<ruby><rb>箱提灯</rb><rt>はこぢやうちん</rt></ruby>を<ruby><rb>燈</rb><rt>とぼ</rt></ruby>し立行列正しく評定所へ出席せられ<ruby><rb>威儀</rb><rt>ゐぎ</rt></ruby><ruby><rb>嚴重</rb><rt>げんぢう</rt></ruby>に列座さるゝ有樣實にや日本の<ruby><rb>政所</rb><rt>まんどころ</rt></ruby><ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>らぬ鏡の天下の善惡<ruby><rb>邪正</rb><rt>じやしやう</rt></ruby>を明らかに<ruby><rb>吐出</rb><rt>はきだ</rt></ruby>す流れる<ruby><rb>龍</rb><rt>たつ</rt></ruby>の口<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>又諸國よりの<ruby><rb>訴訟</rb><rt>そしよう</rt></ruby>人共<ruby><rb>士農工商</rb><rt>しのうこうしやう</rt></ruby><ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby><ruby><rb>沙門</rb><rt>しやもん</rt></ruby><ruby><rb>醫者</rb><rt>いしや</rt></ruby><ruby><rb>山伏</rb><rt>やまぶし</rt></ruby>の諸民に至るまで皆々相詰<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあれ</rt></ruby>ば程なく本多長門守<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>遠州<ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はいばらごほり</rt></ruby>水呑村九助一件<ruby><rb>這入</rb><rt>はひり</rt></ruby>ませいと<ruby><rb>呼込</rb><rt>よびこみ</rt></ruby>になり一同ハツと答へ願人相手方其外村役人共付<ruby><rb>添</rb><rt>そひ</rt></ruby>白洲へ<ruby><rb>繰込</rb><rt>くりこむ</rt></ruby>九助は領主より<ruby><rb>引渡</rb><rt>ひきわた</rt></ruby>しの<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>いまだ<ruby><rb>足枷</rb><rt>あしほだ</rt></ruby>を打れ<ruby><rb>繩目</rb><rt>なはめ</rt></ruby><ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>栗石</rb><rt>くりいし</rt></ruby>の上に<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>かしこま</rt></ruby>り其次に女房節<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>藤八とも<ruby><rb>謹</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>す又右の方には訴訟人九郎兵衞夫婦其外引合の者村役人等居並びしが何れも遠國<ruby><rb>邊鄙</rb><rt>へんぴ</rt></ruby>の者始めて天下の決斷所へ出ければ白洲の<ruby><rb>巍々堂々</rb><rt>きらびやか</rt></ruby>なるに<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きようふ</rt></ruby>なし<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>居たりける又た本多家の役人松本理左衞門始め吟味掛りの者一同<ruby><rb>留守居</rb><rt>るすゐ</rt></ruby><ruby><rb>付添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby><ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>へ<ruby><rb>罷</rb><rt>まかり</rt></ruby>出左の方には目安方與力其上に<ruby><rb>留役衆</rb><rt>とめやくしゆう</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>の左右には十手<ruby><rb>捕繩</rb><rt>とりなは</rt></ruby>を持同心<ruby><rb>跪踞</rb><rt>ひざまづき</rt></ruby>居る時に<ruby><rb>警蹕</rb><rt>けいひつ</rt></ruby>の聲と<ruby><rb>諸</rb><rt>もろ</rt></ruby>ともに月番の老中<ruby><rb>志州</rb><rt>ししう</rt></ruby><ruby><rb>鳥羽</rb><rt>とば</rt></ruby>の城主高六萬石從四位侍從松平右近<ruby><rb>將監</rb><rt>しやうげん</rt></ruby>源<ruby><rb>乘包</rb><rt>のりかね</rt></ruby>殿上座に<ruby><rb>着座</rb><rt>ちやくざ</rt></ruby>あり右の方三<ruby><rb>疊</rb><rt>でふ</rt></ruby><ruby><rb>程</rb><rt>ほど</rt></ruby>下り若年寄上州<ruby><rb>館林</rb><rt>たてばやし</rt></ruby>の城主高五萬石從五位<ruby><rb>に朝散太夫</rb><rt>てうさんのたいふ</rt></ruby>太田備中守源<ruby><rb>資晴</rb><rt>すけはる</rt></ruby>殿引き續いて寺社奉行<ruby><rb>丹羽</rb><rt>たんば</rt></ruby>國永井郡<ruby><rb>園部</rb><rt>そのべ</rt></ruby>の領主高二萬六千七百石從五位朝散太夫小出信濃守<ruby><rb>藤原英貞</rb><rt>ふぢはらひでさだ</rt></ruby>殿大目付には上田<ruby><rb>周防</rb><rt>すはうの</rt></ruby>守<ruby><rb>義隣</rb><rt>よしちか</rt></ruby>殿町奉行中山出雲守殿大岡越前守殿<ruby><rb>公事方勘定</rb><rt>くじかたかんぢやう</rt></ruby>奉行<ruby><rb>駒木根</rb><rt>こまぎね</rt></ruby><ruby><rb>肥後</rb><rt>ひごの</rt></ruby>守殿<ruby><rb>筧</rb><rt>かけひ</rt></ruby><ruby><rb>播磨</rb><rt>はりまの</rt></ruby>守殿御目付杉浦貞右衞門殿浦井權九郎殿出座あり大岡殿正面<ruby><rb>端近</rb><rt>はしちか</rt></ruby>く進み出られ右の方に中山殿其の右に大目付御目付立合たり其外勘定吟味役衆<ruby><rb>祐筆</rb><rt>いうひつ</rt></ruby>衆勘定衆兩支配勘定に至る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby><ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>立合の役々出席あり此時大岡越前守殿本多長門守家來松本理左衞門と呼れ其方儀は長門守郡方役人として此度九助一件<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>いたし候<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きの處其方<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><ruby><rb>強</rb><rt>つよ</rt></ruby>く因て九助事<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>致し罪に伏せしと有<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に<ruby><rb>相違無</rb><rt>さうゐなき</rt></ruby>やと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに理左衞門<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上仰の如く九助儀吟味仕つりし處明白に白状致し罪に<ruby><rb>相伏</rb><rt>あひふく</rt></ruby>し<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしよ</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>迄仕つり<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>の<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>申し渡し相<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>候處九助妻節并に舅藤八<ruby><rb>何樣</rb><rt>いかやう</rt></ruby>の儀を<ruby><rb>存付</rb><rt>ぞんじつき</rt></ruby>候にや一旦罪に伏したる九助儀を今更公儀へ御苦勞を掛奉つり候儀恐れ入り奉つり候全く九助<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby><ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>藤八とも<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>成者共なりと申ければ大岡殿成程其方が申如く一旦<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>たるを<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>らんと爲事<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>を頼みざる段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の至りなるが併し理左衞門天下の政事も大小名の家の<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>も<ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>に二ツは是なく其方は長門守家にては此越前守同樣の役儀をも勤れば決斷には如才有まじ<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby><ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の命の重き事は申さずとも承知ならん然ばよく〱吟味に念を<ruby><rb>入</rb><rt>いれ</rt></ruby><ruby><rb>囚人</rb><rt>めしうど</rt></ruby>九助が罪を<ruby><rb>訊糺</rb><rt>とひたゞ</rt></ruby>し罪に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふく</rt></ruby>せざる中は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を罪せず<ruby><rb>況</rb><rt>いは</rt></ruby>んや罪の<ruby><rb>疑</rb><rt>うたがは</rt></ruby>しきは輕く<ruby><rb>賞</rb><rt>しやう</rt></ruby>の疑しきは重くすと是賞を重んじ罪を<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>くする事の理なり其方共が<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>は定めて九助の衣類の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>の<ruby><rb>染</rb><rt>そみ</rt></ruby>たると<ruby><rb>鼻紙</rb><rt>はながみ</rt></ruby>入の落てありしとを以て<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>となし人殺しは九助と<ruby><rb>牢問</rb><rt>らうどひ</rt></ruby>に及びしならん依て九助は<ruby><rb>呵責</rb><rt>かしやく</rt></ruby>の<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>に<ruby><rb>堪</rb><rt>たへ</rt></ruby>兼て其罪に<ruby><rb>陷入</rb><rt>おとしいれ</rt></ruby>しを其方は一途に人殺しは九助なりと心得しに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>有まじと申さるゝを理左衞門は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>が落度にならんを<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て云張んと思ひければ<ruby><rb>否々</rb><rt>いへ〱</rt></ruby><ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>なく吟味仕つりし所全く<ruby><rb>意趣</rb><rt>いしゆ</rt></ruby>有て惣内夫婦を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>せし趣き白状仕つり其上爪印まで相濟候なりと云に大岡殿イヤサ其所が<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby><ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>を<ruby><rb>畫</rb><rt>ゑがき</rt></ruby>てならざれば<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て<ruby><rb>狗</rb><rt>く</rt></ruby>に<ruby><rb>類</rb><rt>るゐ</rt></ruby>すと云が如く似て非なる者の間違ひ安き所なり因て篤と<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby>せざれば無實に人を殺す事<ruby><rb>往々</rb><rt>まゝ</rt></ruby>あり是等は此上もなき天の<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>む處なり餘り<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛らるれば<ruby><rb>所詮</rb><rt>しよせん</rt></ruby>斯る<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>せん</rt></ruby>よりはなどと罪なき者も覺悟に及ぶ事あり是を屈死と云其方是等の儀は申さずとも心得あるべきなれどもいまだ吟味に足ざる所ありと申されしかば理左衞門は<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>私し<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>候處にては<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>の一儀<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>にても九助が人殺し明白なるに況んや其日他行仕つりしと翌朝九郎兵衞夫婦訴へ出其場所に<ruby><rb>鼻紙入</rb><rt>はながみいれ</rt></ruby>の<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>てありしかば何より<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>な<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>なりと申<ruby><rb>張</rb><rt>は</rt></ruby>るを大岡殿<ruby><rb>押返</rb><rt>おしかへ</rt></ruby>されコリヤ理左衞門夫が其方<ruby><rb>役儀</rb><rt>やくぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>きと申者九助が<ruby><rb>殺</rb><rt>ころし</rt></ruby>たる惣内夫婦が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は數ヶ所の<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>とあり然すれば右の<ruby><rb>血汐</rb><rt>ちしほ</rt></ruby>九助が<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby><ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず外々へも<ruby><rb>掛</rb><rt>かゝ</rt></ruby>るべきに左はなく<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>ばかりへ<ruby><rb>着</rb><rt>つき</rt></ruby>しも<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>なり又九助が申立には其夜<ruby><rb>上新田村</rb><rt>かみしんでんむら</rt></ruby>より歸り掛下伊呂村へ來懸りし<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>躓</rb><rt>つまづ</rt></ruby>き其の節何者か<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>れ居りしに血汐を引たりとあり然ば九助出先<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>をも呼出し九助が<ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>の<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>をも<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>申べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なるに其儀是なきよし又<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>の傍邊に同人の<ruby><rb>鼻紙</rb><rt>はながみ</rt></ruby>入が落てありし趣きなれども右の品は同日<ruby><rb>晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>の中九助儀<ruby><rb>金谷村</rb><rt>かなやむら</rt></ruby>の法會の席にて<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ひし品なりと申然すれば同人に<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>ある者是を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取人殺しの<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>を九助に<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せんと其場所へ落し置しも<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>し依ては鼻紙入<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>の事柄をも篤と<ruby><rb>取糺</rb><rt>とりたゞ</rt></ruby>すべきの處是以て一向其沙汰なく<ruby><rb>只々</rb><rt>たゞ</rt></ruby><ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>たると落てありし鼻紙入とを以て<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろ</rt></ruby>しは九助なりと見<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby><ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛し事甚だ其意を得ざる<ruby><rb>取計</rb><rt>とりはから</rt></ruby>ひなりとありしかば理左衞門其儀は九助何樣申立候とも<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>に<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>を<ruby><rb>引居</rb><rt>ひきをり</rt></ruby>候<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>か所持の品も落て在しからは全く九助が<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>之なく<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に掛かり候とて身に覺えなき事は<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>仕つらざる筈なり<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>より申上候通り<ruby><rb>口書書</rb><rt>こうしよがき</rt></ruby><ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>まで相<ruby><rb>濟</rb><rt>すみ</rt></ruby>候は全く<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が白状に因ての儀に候と<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>にても同じ事を申立るにより越前守殿心の中には扨々<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>なる者とは思はれしかど<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>和</rb><rt>やは</rt></ruby>らげられ然らば吟味の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>刄物</rb><rt>はもの</rt></ruby>は何なる品にて<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致せしや又九助が家内の刄物等<ruby><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>いたし血の跡にても殘り居<ruby><rb>怪敷</rb><rt>あやしく</rt></ruby>思ふ品にても是ありしや其邊の<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby><ruby><rb>屆</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きしやと有しに理左衞門はグツと言し<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby><ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>なければ大岡殿サテ此儀は何ぢやと再<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby><ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるれども理左衞門は<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしよく</rt></ruby><ruby><rb>青</rb><rt>あを</rt></ruby>くなり<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>くなり額に<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>の<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>を<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>しうぢ〱として<ruby><rb>返答</rb><rt>へんたふ</rt></ruby>なさゞるより大岡殿少し<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>張上</rb><rt>はりあげ</rt></ruby>られコリヤ理左衞門其方は<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より某しが相尋問る事ども一向に<ruby><rb>應</rb><rt>こた</rt></ruby>へなきは<ruby><rb>糺明</rb><rt>きうめい</rt></ruby><ruby><rb>行屆</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>かざる儀と存ずる<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>其<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の取<ruby><rb>調</rb><rt>しらべ</rt></ruby>もなきは役柄に不似合の<ruby><rb>致方</rb><rt>いたしかた</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>至極なり只九郎兵衞が申立のみを取上九助を<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>に及びし事夫は<ruby><rb>本田家</rb><rt>ほんだけ</rt></ruby>の<ruby><rb>作法</rb><rt>さはふ</rt></ruby>なるや<ruby><rb>政事</rb><rt>せいじ</rt></ruby>は大小有とも法は天下の法なり人の<ruby><rb>道</rb><rt>みち</rt></ruby>は天下の道なり道と法とは私しに<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>ますべからず然るに其の方の如きが<ruby><rb>裁許</rb><rt>さいきよ</rt></ruby><ruby><rb>不穿鑿</rb><rt>ふせんさく</rt></ruby>は云までもなく法外の<ruby><rb>裁斷</rb><rt>さいだん</rt></ruby>と申すべし其の方も領主の<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby><ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>を預かる者ならずや斯る<ruby><rb>無智</rb><rt>むち</rt></ruby><ruby><rb>短才</rb><rt>たんさい</rt></ruby>の<ruby><rb>輩</rb><rt>とも</rt></ruby>がらに此重き役儀を申し付るこそ重役も<ruby><rb>左程</rb><rt>さほど</rt></ruby>目の無きものどもにもあるまじ殊に其の方が<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby><ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>まで<ruby><rb>愚鈍</rb><rt>うつけ</rt></ruby>者とも見えず是程の<ruby><rb>辨</rb><rt>わき</rt></ruby>まへなきこともあるべからず是には何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>あらんとじり〱<ruby><rb>眞綿</rb><rt>まわた</rt></ruby>で首を<ruby><rb>締</rb><rt>しめ</rt></ruby>るが如き<ruby><rb>糺問</rb><rt>きうもん</rt></ruby>に理左衞門ハツとばかりに<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を吐き自然惣身<ruby><rb>戰慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>出しは見<ruby><rb>苦</rb><rt>ぐる</rt></ruby>しかりし<ruby><rb>體裁</rb><rt>ありさま</rt></ruby>なり大岡殿には又黒崎又左衞門市田武助の兩人に對はれ其の方どもは理左衞門が下役として九助の所刑方萬事申<ruby><rb>談</rb><rt>だん</rt></ruby>じたる趣き<ruby><rb>倶々</rb><rt>とも〲</rt></ruby>不吟味なるぞと言るゝに又左衞門其の儀は私くし事毎度同役武助と申合せ種々<ruby><rb>異見</rb><rt>いけん</rt></ruby>も仕まつり役儀と申ながら餘り手<ruby><rb>強</rb><rt>づよ</rt></ruby>くばかり致しては<ruby><rb>實意</rb><rt>じつい</rt></ruby>の吟味に之なき段申聞ると雖も<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>立腹</rb><rt>りつぷく</rt></ruby>仕まつり私し九助へ<ruby><rb>荷擔</rb><rt>かたん</rt></ruby>致し<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>の樣にも申され<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>に付上役の儀ゆゑ<ruby><rb>餘儀</rb><rt>よぎ</rt></ruby>なく其<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>申通りに仕つり候と申ければ大岡殿夫は<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby>其方共が<ruby><rb>不詮議</rb><rt>ふせんぎ</rt></ruby>なり左程に思はば<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby><ruby><rb>重役</rb><rt>ぢうやく</rt></ruby>に訴へぬぞ<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>たり共<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>に違ふことありと知つゝ重役へも訴へぬは<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>心得違</rb><rt>こゝろえちがひ</rt></ruby>なりと云れしかば兩人一言もなく<ruby><rb>恐入</rb><rt>おそれいつ</rt></ruby>て平伏す因て大岡殿また九郎兵衞夫婦を<ruby><rb>見遣</rb><rt>みや</rt></ruby>られ只今<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはる通り九助が裾に血の付て居るの鼻紙入が落てありしのとばかりでは甚はだ<ruby><rb>分明</rb><rt>ぶんみやう</rt></ruby>ならず然ば<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりよ</rt></ruby>いたし事故明白に申立よと有りしにぞ九郎兵衞は<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>らしく<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby><ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上げ<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内夫婦を殺せし者九助より外には御座なく其<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>と申は先悴惣内が女房里は九助よりも申上し通り同人の先<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>に御座候處九助儀只今の妻節と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたせ</rt></ruby>居し故私し共<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>子を<ruby><rb>邪魔</rb><rt>じやま</rt></ruby>に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>なき者に罪を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せ<ruby><rb>離縁</rb><rt>りえん</rt></ruby>仕つりしにより私し共<ruby><rb>路頭</rb><rt>ろとう</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ひ候を村内の者共<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>勸</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めに<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ里儀を惣内妻に<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>候夫を九助儀今<ruby><rb>更</rb><rt>さら</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>にも<ruby><rb>遺恨</rb><rt>ゐこん</rt></ruby>に存親類中も<ruby><rb>不通</rb><rt>ふつう</rt></ruby>に相成<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>同人名主役申付られしより<ruby><rb>村長</rb><rt>むらをさ</rt></ruby>の<ruby><rb>權威</rb><rt>けんゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ<ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby><ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>多く小前の者ども<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>仕つるに付村中寄り合ひ又々惣内を<ruby><rb>歸役</rb><rt>きやく</rt></ruby>致させんと<ruby><rb>内談</rb><rt>ないだん</rt></ruby>いたせし儀を何時か九助<ruby><rb>承知</rb><rt>うけたま</rt></ruby>はり其事を<ruby><rb>憤</rb><rt>いきど</rt></ruby>ほり<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>み居り候ゆゑ下伊呂村<ruby><rb>辨天堂</rb><rt>べんてんだう</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まへ</rt></ruby>に<ruby><rb>待伏</rb><rt>まちぶせ</rt></ruby>致し惣内夫婦を殺したるに<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>相違御座なく何卒明白の御吟味<ruby><rb>偏</rb><rt>ひとへ</rt></ruby>に願ひ奉つると<ruby><rb>矢張</rb><rt>やはり</rt></ruby>同じ事を申立れば大岡殿是を聞れ心に思はれけるは老中方始め諸役人の前にて今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>明白の吟味を聞せんと<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>を<ruby><rb>發</rb><rt>はつ</rt></ruby>せられオヽ九郎兵衞<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby>こそ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>に申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>たりコリヤ九助其方は只今九郎兵衞が申立に<ruby><rb>因</rb><rt>よれ</rt></ruby>ば<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>伯父女房とも無體に追出したる樣なり此儀<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なるぞと問るゝに九助は<ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>んで<ruby><rb>答</rb><rt>こたふ</rt></ruby>るやう<ruby><rb>其等</rb><rt>それら</rt></ruby>の儀は先日御詮議の節も申上し通り先妻里儀は惣内と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>仕つりし<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>か藤八へ預け候金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取べき<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を盜み惣内へ<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り又<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby><ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゆえん</rt></ruby>の席にて藤八に<ruby><rb>見顯</rb><rt>みあら</rt></ruby>はされ候處惣百姓共<ruby><rb>取扱</rb><rt>とりあつか</rt></ruby>ひにて<ruby><rb>惡名</rb><rt>あくみやう</rt></ruby>を付ず離縁いたし又當時の妻節義と私し密通など致し候事<ruby><rb>毛頭</rb><rt>もうとう</rt></ruby>是なく妻に<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ受候は斯々なり加之私し名主役申付られ候以來<ruby><rb>私欲</rb><rt>しよく</rt></ruby><ruby><rb>押領等</rb><rt>あふりやうとう</rt></ruby>の儀仕つりし<ruby><rb>覺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>え<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも御座なく候と<ruby><rb>巨細</rb><rt>こさい</rt></ruby>の<ruby><rb>手續</rb><rt>てつゞき</rt></ruby>明かに申立猶御不審の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>も候はゞ村役人へ御尋問下さらば事<ruby><rb>故</rb><rt>がら</rt></ruby>委細御分りに<ruby><rb>相</rb><rt>あひ</rt></ruby>なるべしと申立しかば越前守殿其事故は先日も申立たる<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>なれども<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>里惣内と不義致せしと申は<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>としたる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>にてもありしかとあるに九助其儀は藤八へ御<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね願ひ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つると申に大岡殿<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に藤八其方委細の事を心得居かと申されければ藤八<ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み出右の儀は先日申上し通り九助<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>にて村中<ruby><rb>惣振舞</rb><rt>そうふるまひ</rt></ruby>の節惣内事<ruby><rb>強</rb><rt>がう</rt></ruby>情を申<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>り居に付き其前日私方へ<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りに<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>りし時<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby>し里よりの<ruby><rb>文</rb><rt>ふみ</rt></ruby>を取出し何れもの前にて<ruby><rb>讀聞</rb><rt>よみきか</rt></ruby>せ其<ruby><rb>文言</rb><rt>もんごん</rt></ruby>は九助事江戸<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>より<ruby><rb>持歸</rb><rt>もちかへ</rt></ruby>り候金百八十兩<ruby><rb>島田宿</rb><rt>しまだじゆく</rt></ruby>藤八へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>け是あり曼陀羅と引替に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>す<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby><ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>曼陀羅を<ruby><rb>盜取</rb><rt>ぬすみとり</rt></ruby><ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>し候間右の金子を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>其後兩人にて<ruby><rb>逃亡</rb><rt>かけおち</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>さんとあるゆゑ一座の者共大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き惣内も<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に一言もなく<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>いたし候と申ければ大岡殿シテ其文は其方今に<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>て居るかと云はるゝに藤八<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby>其後村中役人<ruby><rb>立會</rb><rt>たちあひ</rt></ruby><ruby><rb>相談</rb><rt>さうだん</rt></ruby>の上里の離縁状に<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て惣内方へ遣したりと云に大岡殿然らば九郎兵衞が申立とは大いに<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>いたし居なり此義節は如何心得居るや<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>申立よと有しかばお節は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>る〱<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を上私し先年<ruby><rb>駿河國</rb><rt>するがのくに</rt></ruby>阿部川村に母と一所に居十一歳の節一人の<ruby><rb>出家</rb><rt>しゆつけ</rt></ruby>に<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され<ruby><rb>宇都</rb><rt>うつ</rt></ruby>の<ruby><rb>谷</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>地藏堂</rb><rt>ぢざうだう</rt></ruby>まで<ruby><rb>引行</rb><rt>ひきゆか</rt></ruby>れし處幸ひ向ふより<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>る<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>人のあるにより時に取ての<ruby><rb>作意</rb><rt>さくい</rt></ruby>にて<ruby><rb>小杉</rb><rt>こすぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>叔父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>樣と<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby>を掛しにより彼の<ruby><rb>僧</rb><rt>そう</rt></ruby>は<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き私しを<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>して<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>出せしかば其旅人に<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>はれ阿部川の宿まで<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>し時<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めて九助と申事を<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby><ruby><rb>日暮</rb><rt>ひぐれ</rt></ruby>方に相成りしまゝ一<ruby><rb>禮</rb><rt>れい</rt></ruby>の心にて一夜を<ruby><rb>泊</rb><rt>とめ</rt></ruby>候ひし處<ruby><rb>却</rb><rt>かへつ</rt></ruby>て私し<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の體を見兼<ruby><rb>餘計</rb><rt>よけい</rt></ruby>の<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を<ruby><rb>惠</rb><rt>めぐ</rt></ruby>まれ其後五ヶ年の後九助江戸より歸國の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>藤八方へ一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>致せし時私しも藤八方に居不思議に<ruby><rb>再會</rb><rt>さいくわい</rt></ruby>仕つりしかど其節は<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>にて<ruby><rb>胡麻灰</rb><rt>ごまのはひ</rt></ruby>に出合九助<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>致す<ruby><rb>趣意</rb><rt>おもむき</rt></ruby>に付金子のことに心<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ仕つり居り先年の禮さへ<ruby><rb>熟々</rb><rt>しみ〲</rt></ruby>申候<ruby><rb>間合</rb><rt>まあひ</rt></ruby>御座なく候まゝ不義など致し候事は<ruby><rb>努々</rb><rt>ゆめ〱</rt></ruby>御座なく候と<ruby><rb>巨細</rb><rt>ことこまやか</rt></ruby>に申立けるにぞ大岡殿なる程<ruby><rb>齒</rb><rt>は</rt></ruby>に<ruby><rb>布</rb><rt>きぬ</rt></ruby><ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せぬ明白なる<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>なりコリヤ藤八節を九助方へ遣せしは水呑村々役人共其方へ掛合て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>しと有が如何やと尋問らるゝに藤八ヘイ<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎよい</rt></ruby>の通り九助<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>中周藏左次右衞門<ruby><rb>木祖</rb><rt>きそ</rt></ruby>兵衞喜平次<ruby><rb>與</rb><rt>よ</rt></ruby>右衞門大八<ruby><rb>善</rb><rt>ぜん</rt></ruby>右衞門<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>四郎八人の代として周藏喜平次の兩人<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なかうど</rt></ruby>となり私し<ruby><rb>姪</rb><rt>めひ</rt></ruby>を<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て<ruby><rb>所望</rb><rt>しよまう</rt></ruby>に付遣せしに相違御座なく然も此度周藏喜平次木祖兵衞<ruby><rb>等</rb><rt>など</rt></ruby>罷出居により何卒御尋<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてま</rt></ruby>つり候と申<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>大岡殿コリヤ水呑村々役人周藏木祖兵衞喜平次と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>るゝに何れも平伏なせば大岡殿は<ruby><rb>只</rb><rt>たゞ</rt></ruby>今藤八が申立る通り相違なきやと有に何れも<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せの通りなりと申ければ大岡殿然らば節と九助夫婦の儀は<ruby><rb>夫是</rb><rt>それこれ</rt></ruby>の<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby>にて<ruby><rb>繋</rb><rt>つなが</rt></ruby>れし天地<ruby><rb>和合</rb><rt>わがふ</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>にて<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>の申口により事分明なり九助其方島田宿<ruby><rb>泊</rb><rt>とまり</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>盜賊</rb><rt>たうぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>とは如何なる<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>ぞ又百八十兩と申ては大金なるに其方<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>も<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>き藤八へ預けしは如何の手續なりしや<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申せと尋問らるに九助は先日も申上し通り百八十兩<ruby><rb>餘</rb><rt>あま</rt></ruby>りの大金を江戸表より<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>仕つり歸國の節<ruby><rb>箱根</rb><rt>はこね</rt></ruby>山向ふより<ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>き者兩三人後になり先になり付參り<ruby><rb>既</rb><rt>すで</rt></ruby>に<ruby><rb>瀬戸川</rb><rt>せとがは</rt></ruby>まで來かゝりし時は三人の者<ruby><rb>難題</rb><rt>なんだい</rt></ruby>を申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>甚だ<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>仕つり一命にも及ばんとなす<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>是なる藤八<ruby><rb>身延</rb><rt>みのぶ</rt></ruby>山<ruby><rb>參詣</rb><rt>さんけい</rt></ruby>の歸り掛け幸ひ其處へ<ruby><rb>差掛</rb><rt>さしかゝ</rt></ruby>り私し<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>の體を見兼右の三人を<ruby><rb>片端</rb><rt>かたはし</rt></ruby>より<ruby><rb>擲</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>倒</rb><rt>たふ</rt></ruby>して私しを<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ひ呉同道致し同人宅まで立歸りし處只今節より申上し通り阿部川村の<ruby><rb>兆</rb><rt>てう</rt></ruby>と申者の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>節が<ruby><rb>居合</rb><rt>をりあは</rt></ruby>せ藤八は同人<ruby><rb>叔父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>なる由<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはり候處其翌日藤八申には水呑村まで送り度は<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>ずれども<ruby><rb>據</rb><rt>よんど</rt></ruby>ころなき用事あるにより用心の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の金を藤八方へ預け置き歸村の上親類共にても兩三人同道にて請取に參るべし夫迄の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>に此<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を渡し置ん此品は<ruby><rb>身延</rb><rt>みのぶ</rt></ruby>山代<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby><ruby><rb>貫主</rb><rt>くわんしゆ</rt></ruby>の極ある日蓮上人<ruby><rb>直筆</rb><rt>ぢきひつ</rt></ruby>の曼陀羅なり一時も<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>されぬ大切の品なれ共金の<ruby><rb>引替</rb><rt>ひきかへ</rt></ruby>の爲<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>んと申<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が<ruby><rb>思操</rb><rt>こゝろざし</rt></ruby>の<ruby><rb>信實</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じ命にも<ruby><rb>替難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>き大金を<ruby><rb>預</rb><rt>あづ</rt></ruby>けし事なりと申せしかば大岡殿人々の申立を篤と聞れ如何樣一々<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に聞ゆるなり扨九郎兵衞<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>の兩人只今<ruby><rb>承</rb><rt>うけた</rt></ruby>まはる<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り其方共の申立とは<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>致し居るぞ汝等公儀を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>訴訟</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>出る條<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとどき</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なりと<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>まれけるに兩人ハツと云て<ruby><rb>慄</rb><rt>ふるへ</rt></ruby>出せしがお深は猶<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>に<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>何と申上候共九助と節の不義致せし事は相違御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>と何かまだ云んとするを大岡殿<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>には問ぬぞ其方は先名主惣左衞門が後家にあり<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら誰か<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なかうど</rt></ruby>にて九郎兵衞の<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>にや成しやと申さるゝにお<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>はシヤア〱として<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby><ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も<ruby><rb>媒酌人</rb><rt>なかうど</rt></ruby>は御座なくと云に大岡殿<ruby><rb>大音</rb><rt>だいおん</rt></ruby>にて大<ruby><rb>白痴</rb><rt>たはけ</rt></ruby>め天有ば地あり<ruby><rb>乾坤</rb><rt>けんこん</rt></ruby>和合<ruby><rb>陰陽</rb><rt>いんやう</rt></ruby><ruby><rb>合體</rb><rt>がつたい</rt></ruby>して夫婦となる一夫一婦と雖も私しに<ruby><rb>結婚</rb><rt>けつこん</rt></ruby>なすべからず<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るを汝等が子供達夫婦になりたれば其親々も夫婦になつて<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しうないと<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふか汝等が<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見るに九助の留守中<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内儀里と<ruby><rb>不義</rb><rt>ふぎ</rt></ruby>を致せしは汝等兩人が<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て不義致し<ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>を<ruby><rb>見習</rb><rt>みなら</rt></ruby>ひしなるべし<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>の<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>ぢや九郎兵衞申開きありやと云れしかばグツと<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>一言もなく<ruby><rb>尻込</rb><rt>しりごみ</rt></ruby>なすにより追々吟味に及ぶ下れと云るゝ時下役の者立ませいと<ruby><rb>聲</rb><rt>こゑ</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>一同<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を下られけり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば老中方初め諸役人も今日の吟味大岡殿の<ruby><rb>明察</rb><rt>めいさつ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>りならんと<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じられたり

## 第十六回

<ruby><rb>其後</rb><rt>そののち</rt></ruby>又々評定所の白洲を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>かれ以前の如く老中方<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>め諸役人出座ありし時<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>に<ruby><rb>控</rb><rt>ひか</rt></ruby>へたる遠州<ruby><rb>榛原</rb><rt>はいばら</rt></ruby>郡上新田村<ruby><rb>禪宗</rb><rt>ぜんしう</rt></ruby><ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>の<ruby><rb>大源和尚</rb><rt>だいげんをしやう</rt></ruby><ruby><rb>進</rb><rt>すゝ</rt></ruby>み出<ruby><rb>彼方</rb><rt>あれ</rt></ruby>に罷仕る九郎兵衞と申者と何卒<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby>が<ruby><rb>掛合</rb><rt>かけあひ</rt></ruby>を御免下されなば御吟味<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>も早く御分りに相成申べしと申<ruby><rb>立</rb><rt>たて</rt></ruby>けるに大岡殿其儀は<ruby><rb>何成</rb><rt>なになり</rt></ruby>共<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>からず<ruby><rb>差免</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>すとありしかば無量庵は<ruby><rb>少</rb><rt>すこ</rt></ruby>し白洲の方に向ひコレ九郎兵衞定めて<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby>を<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えあらんと云れて九郎兵衞は無量庵を下より見上げ何か<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>せし樣子なりしかば無量庵は<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>是九郎兵衞<ruby><rb>愚僧</rb><rt>ぐそう</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>ては一言の申譯は有まいと言に九郎兵衞は然あらぬ<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にて<ruby><rb>合點</rb><rt>がてん</rt></ruby>の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>貴僧</rb><rt>きそう</rt></ruby>が一言<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>より<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば上新田村無量庵の<ruby><rb>庵主</rb><rt>あんしゆ</rt></ruby>とか申事<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も水呑村より三里に<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>き<ruby><rb>隣村</rb><rt>りんそん</rt></ruby>なれども此九郎兵衞<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>歸依</rb><rt>きえ</rt></ruby>なければ御<ruby><rb>坊</rb><rt>ばう</rt></ruby>の<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>を見るは此御白洲が<ruby><rb>始</rb><rt>はじ</rt></ruby>めてなり一言も有のないのと言るゝは如何なる事やと<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>いて<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>たりしかば無量庵は然樣で有う<ruby><rb>人間</rb><rt>にんげん</rt></ruby>と<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れて<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>を知らぬを<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしやう</rt></ruby>に<ruby><rb>等</rb><rt>ひと</rt></ruby>しと云己等如き恩も<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>も知らぬ<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby>に<ruby><rb>劣</rb><rt>おと</rt></ruby>りし者は<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れしやも知れず某しは<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby><ruby><rb>相摸</rb><rt>さがみ</rt></ruby>の國<ruby><rb>御殿場</rb><rt>ごてんば</rt></ruby>村の百姓條七がなれの<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>なり抑其方は<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby><ruby><rb>請</rb><rt>うけ</rt></ruby>し身にて一<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>の<ruby><rb>泊</rb><rt>とま</rt></ruby>る家さへなきを我<ruby><rb>富士詣</rb><rt>ふじまう</rt></ruby>での<ruby><rb>下向</rb><rt>げかう</rt></ruby>の<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby><ruby><rb>駕籠坂</rb><rt>かごさか</rt></ruby><ruby><rb>峠</rb><rt>たうげ</rt></ruby>にて始めて<ruby><rb>出會</rb><rt>であひ</rt></ruby><ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>死</rb><rt>しな</rt></ruby>んと云を<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に思ひ<ruby><rb>連戻</rb><rt>つれもど</rt></ruby>り我が宿に差置六七年<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>し中其恩義を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ我が女房と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>なし此條七を追出し田地家<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby><ruby><rb>家財迄</rb><rt>かざいまで</rt></ruby><ruby><rb>奪</rb><rt>うばひ</rt></ruby>取んと<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかり</rt></ruby>て<ruby><rb>白鳥</rb><rt>はくてう</rt></ruby>を<ruby><rb>鷺</rb><rt>さぎ</rt></ruby>なりと<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>せ我を<ruby><rb>癩病</rb><rt>らいびやう</rt></ruby>になし妻子親族に<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>ませたり故に餘儀なく我古郷を立去て原の<ruby><rb>白隱禪師</rb><rt>はくいんぜんし</rt></ruby>の御弟子となり日毎に<ruby><rb>禪道</rb><rt>ぜんだう</rt></ruby>の<ruby><rb>教化</rb><rt>けうげ</rt></ruby>を得て忽ち<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>く<ruby><rb>悟道</rb><rt>ごだう</rt></ruby>の<ruby><rb>明門</rb><rt>みやうもん</rt></ruby><ruby><rb>無位</rb><rt>むゐ</rt></ruby><ruby><rb>眞人</rb><rt>しんじん</rt></ruby>至極に<ruby><rb>治</rb><rt>ぢ</rt></ruby>したる白鳥の毒氣殊更<ruby><rb>師</rb><rt>し</rt></ruby>の坊より<ruby><rb>大源</rb><rt>たいげん</rt></ruby>と法名を<ruby><rb>賜</rb><rt>たま</rt></ruby>はり無量庵の主に<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>りたり然るに汝は<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりやく</rt></ruby><ruby><rb>首尾能</rb><rt>しゆびよく</rt></ruby><ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>ひしと心得我が女房を<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>となし我が娘里を子と<ruby><rb>呼</rb><rt>よび</rt></ruby>て<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>に我が家を<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>なせしが其後<ruby><rb>博奕</rb><rt>かけごと</rt></ruby>に<ruby><rb>身代</rb><rt>しんだい</rt></ruby>を失ひ御殿場を立退しと聞えたり<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>すれば惣内の妻の里は汝が娘に<ruby><rb>非</rb><rt>あら</rt></ruby>ずして此<ruby><rb>坊主</rb><rt>ばうず</rt></ruby>が娘なり夫に付て我感ずる處あり<ruby><rb>彼</rb><rt>かの</rt></ruby>大井河原<ruby><rb>辨天堂</rb><rt>べんてんだう</rt></ruby>の前にて<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>し二人の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は惣内里には有べからず定めし是には<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>のあらんサア返答せよ何とするやと<ruby><rb>板縁</rb><rt>いたえん</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たゝい</rt></ruby>て<ruby><rb>詰</rb><rt>つめ</rt></ruby>ければ九郎兵衞發と<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>しながらも汝こそ不屆者なれコリヤ條七汝は<ruby><rb>癩病</rb><rt>らいびやう</rt></ruby>となり妻子の<ruby><rb>捨</rb><rt>すて</rt></ruby>處に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りしを此九郎兵衞が引取世話をして遣せしを<ruby><rb>忝</rb><rt>かたじ</rt></ruby>けないとも言ず恩を仇なる其惡口然樣なる<ruby><rb>邪心</rb><rt>じやしん</rt></ruby>者故<ruby><rb>惡病</rb><rt>あくびやう</rt></ruby>をも引請しなり我が身の<ruby><rb>因果</rb><rt>いんぐわ</rt></ruby>も<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>ぜぬ<ruby><rb>無得心</rb><rt>むとくしん</rt></ruby>者と云ふ無量庵<ruby><rb>呵々</rb><rt>から〱</rt></ruby>と<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ汝今愚僧をば見た事もなしと云しが扨々俗家に云<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>人<ruby><rb>猛々</rb><rt>たけ〲</rt></ruby>しとは汝が事なり今更<ruby><rb>斯</rb><rt>かゝ</rt></ruby>る惡人に<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>す<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>はなけれども<ruby><rb>釋迦</rb><rt>しやか</rt></ruby>は又三界の<ruby><rb>森羅</rb><rt>しんら</rt></ruby>萬<ruby><rb>象</rb><rt>しやう</rt></ruby><ruby><rb>捨給</rb><rt>すてたま</rt></ruby>はず汝の如き大惡人<ruby><rb>善</rb><rt>ぜん</rt></ruby>道に<ruby><rb>導</rb><rt>みちび</rt></ruby>き度思ふがゆゑ及ばずながら出家に<ruby><rb>列</rb><rt>つら</rt></ruby>なる大源が申處を<ruby><rb>能々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>承まはれ此上は汝<ruby><rb>積惡</rb><rt>せきあく</rt></ruby>を<ruby><rb>懺悔</rb><rt>ざんげ</rt></ruby>なし本心に立歸れと<ruby><rb>睨付</rb><rt>にらみつけ</rt></ruby>られ九郎兵衞は一言もなく<ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>せし樣子を大岡殿<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と見られコリヤ九郎兵衞今大源が申を<ruby><rb>聞</rb><rt>きけ</rt></ruby>ば汝は<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>強惡</rb><rt>がうあく</rt></ruby>言語に絶たる者なり依て吟味中入牢申付るとの聲の下より同心ばら〱と<ruby><rb>立掛</rb><rt>たちかゝ</rt></ruby>り<ruby><rb>高手</rb><rt>たかて</rt></ruby><ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>に<ruby><rb>縛</rb><rt>いまし</rt></ruby>めたり又ふか儀も九郎兵衞と密通に及び萬事<ruby><rb>宜</rb><rt>よろし</rt></ruby>からざる致方不屆至極なり依て<ruby><rb>手錠</rb><rt>てぢやう</rt></ruby><ruby><rb>宿預</rb><rt>やどあづ</rt></ruby>け申付ると有て是又手<ruby><rb>鍔</rb><rt>がね</rt></ruby><ruby><rb>腰繩</rb><rt>こしなは</rt></ruby>に掛られけり夫より大岡殿九助に向はれ其方<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>吟味を<ruby><rb>遂</rb><rt>とぐ</rt></ruby>る處一々<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に申立ると雖も其方儀先頃無量庵へ<ruby><rb>闇夜</rb><rt>あんや</rt></ruby>の<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>提灯</rb><rt>ちやうちん</rt></ruby>の用意もなく參りしとあり其<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby><ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と申立よと云れければ九助夫は去る三月十九日は私し妻節が實母七回<ruby><rb>忌</rb><rt>き</rt></ruby>の<ruby><rb>逮夜</rb><rt>たいや</rt></ruby>に當り候間上新田村無量庵の住寺は<ruby><rb>生佛</rb><rt>いきぼとけ</rt></ruby>の樣に<ruby><rb>近郷</rb><rt>きんがう</rt></ruby>近村にて申<ruby><rb>唱</rb><rt>とな</rt></ruby>ふるにより何卒<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>を頼み度旨申聞候故私しは金谷村より歸りし<ruby><rb>草臥足</rb><rt>くたびれあし</rt></ruby>なれ共其<ruby><rb>孝心</rb><rt>かうしん</rt></ruby>に<ruby><rb>愛</rb><rt>めで</rt></ruby>無量庵大源和尚の庵へ參りし頃は<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふ</rt></ruby><ruby><rb>申刻過</rb><rt>なゝつどきすぎ</rt></ruby>にして暫時物語いたせし間歸宅は其夜<ruby><rb>亥刻頃</rb><rt>よつどきごろ</rt></ruby>と申に大岡殿又無量庵に向はれ九助が參りし<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby><ruby><rb>歸宅</rb><rt>きたく</rt></ruby>の刻限とも<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるに九助同樣の答へなり時に九助は無量庵に向ひ其節<ruby><rb>那方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の仰せには<ruby><rb>厄難</rb><rt>やくなん</rt></ruby>の<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby>あるにより<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>愼</rb><rt>つゝし</rt></ruby>めとの事故<ruby><rb>何</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>たなら<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>るゝ事やと<ruby><rb>御聞</rb><rt>おきゝ</rt></ruby>申たれば前世の<ruby><rb>因縁</rb><rt>いんえん</rt></ruby>に<ruby><rb>因</rb><rt>より</rt></ruby>此世に於て<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あふ</rt></ruby>なれば遁るゝ事はなり難し然ども命には<ruby><rb>恙</rb><rt>つゝが</rt></ruby>ないとの<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>なりしが今日までは<ruby><rb>先</rb><rt>まづ</rt></ruby><ruby><rb>露命</rb><rt>ろめい</rt></ruby>を<ruby><rb>繋</rb><rt>つない</rt></ruby>で居りしなりと云を聞れ大岡殿然らば汝無量庵より<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしかとあるに九助仰の如く其夜<ruby><rb>戌刻過</rb><rt>いつゝどきすぎ</rt></ruby>同所を立出一里ばかり參りし大井川の河原を打越下伊呂村の<ruby><rb>堤</rb><rt>つゝみ</rt></ruby>へ掛りし時は空も<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>り<ruby><rb>眞闇</rb><rt>まつくら</rt></ruby>にて<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>は見えねども急ぎて歸る途中思はず<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>に<ruby><rb>突當</rb><rt>つきあた</rt></ruby>り段々樣子を承はりしに<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の女の<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>を尋る由其人は駿府御城番樣の御家來なる石川安五郎と申御方の趣きにて私し妻節の里水田屋藤八の手紙を持て私し方へ<ruby><rb>尋</rb><rt>たづね</rt></ruby><ruby><rb>參</rb><rt>まい</rt></ruby>る處なりしとて右の手紙を見せられし故<ruby><rb>同道</rb><rt>どうだう</rt></ruby>致さんと存ぜしに<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の女の<ruby><rb>在處</rb><rt>ありか</rt></ruby><ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ知れぬにより尋ね出し<ruby><rb>同伴</rb><rt>どうはん</rt></ruby>の上<ruby><rb>參</rb><rt>まゐる</rt></ruby>と申され<ruby><rb>右等</rb><rt>みぎら</rt></ruby>の話にて甚だ手間取亥の刻近き頃たどり參りし處辨天堂の前にて<ruby><rb>躓</rb><rt>つまづ</rt></ruby>きたれども<ruby><rb>刻限</rb><rt>こくげん</rt></ruby>は延引致し氣は<ruby><rb>急</rb><rt>せく</rt></ruby>により死人共<ruby><rb>心付</rb><rt>こゝろづか</rt></ruby>ず其儘歸宅いたし翌朝相良へ御<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>に相成し事は此程申上し通りに候と申せば大岡殿シテ其<ruby><rb>武士</rb><rt>さぶらひ</rt></ruby>の連の女の<ruby><rb>在所</rb><rt>ありか</rt></ruby>は知れたるかと問るゝに九助ヘイ其儀は只今申上し通り私し事は相良へ<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとら</rt></ruby>れしにより其後の儀は一向存じ申さず然ども藤八は<ruby><rb>存</rb><rt>ぞんじ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>をる</rt></ruby>やも<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>り難しと申ければ大岡殿又藤八と呼れ其方安五郎とは如何樣の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby><ruby><rb>有</rb><rt>あり</rt></ruby>て九助方へ手紙を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て遣したるやと有に藤八は其安五郎殿が<ruby><rb>連立</rb><rt>つれだち</rt></ruby>參られし<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>と<ruby><rb>云</rb><rt>いふ</rt></ruby>女は私し<ruby><rb>遠縁</rb><rt>とほえん</rt></ruby>の者濱松天神町なる<ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>の娘に候間此縁を以て九助が方へ手紙を<ruby><rb>添</rb><rt>そへ</rt></ruby>て送りし處其翌日安五郎が私し方へ參られ申聞らるゝには大井河原にて我が女房の首を<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろひ</rt></ruby>たる節<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>く無量庵の大源和尚通り掛られしより<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>を頼みたるに<ruby><rb>憫然</rb><rt>あはれ</rt></ruby>に思はれ首を<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>り<ruby><rb>呉</rb><rt>くれ</rt></ruby>られしと物語りを聞居し處へ又水呑村の<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>九助が大難を受たりとの知せに付<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>致せし儘安五郎殿へは<ruby><rb>早々</rb><rt>さう〱</rt></ruby>に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>を<ruby><rb>成</rb><rt>なし</rt></ruby>直樣水呑村へ<ruby><rb>飛</rb><rt>とぶ</rt></ruby>が如くに參りし故<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>の事は一向に心得申さずと云ふ然るに<ruby><rb>當時</rb><rt>そのころ</rt></ruby>石川安五郎の一件駿府町奉行にて<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしらべ</rt></ruby>られ<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>大門番の重五郎は巴屋儀左衞門が殺せしとの事なれども白妙其外種々引合も多く是に因て江戸町奉行大岡殿へ引渡し相成しかば九助方<ruby><rb>引合</rb><rt>ひきあひ</rt></ruby>として今日石川安五郎も呼出され白洲の<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがは</rt></ruby>に控へ居たり然ば大岡殿石川安五郎と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>れ其方儀妻を同道致し遠州濱松へ罷越たる趣きに相違なきやと有に石川安五郎はハツト<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>なし仰の如く私し妻の實家は遠州濱松天神町松島專庵と申町醫師に候間同人方へ參る心得にて同道仕り候<ruby><rb>尤</rb><rt>もつとも</rt></ruby>主人へは湯治仕つる旨屆け候て罷越たるに相違御座なくと申立たり

<ruby><rb>因</rb><rt>ちなみ</rt></ruby>に云此石川安五郎は駿府御城番松平<ruby><rb>玄蕃頭</rb><rt>げんばのかみ</rt></ruby>殿家來と云且水田屋藤八よりの内談も有しにより<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へ主小松屋の方にても<ruby><rb>亡逃</rb><rt>かけおち</rt></ruby>屆を願ひ下になし安五郎の方へ身請せし事に取計ひし故今度安五郎は<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>を妻と申立しことなり<ruby><rb>看客</rb><rt>かんかく</rt></ruby><ruby><rb>怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>み給ふ事なかれ

扨又大岡殿<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝは其筋<ruby><rb>本道</rb><rt>ほんだう</rt></ruby>を<ruby><rb>往</rb><rt>ゆか</rt></ruby>ずして大井川の川下へ掛り九助方へ立寄んと致せし者なるやと<ruby><rb>云</rb><rt>いは</rt></ruby>るゝに<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば私し妻儀は水田屋藤八親族の者に候へば同人方へ立寄り夫より同人<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>の水呑村名主九助の方へも立寄候心得にて大井川を相良の方へ參らんと存じ島田より馬を<ruby><rb>傭</rb><rt>やと</rt></ruby>ひ<ruby><rb>未刻</rb><rt>やつどき</rt></ruby><ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>同所を出立<ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し<ruby><rb>河袋</rb><rt>かはぶくろ</rt></ruby>と申處迄は私し儀馬に<ruby><rb>附添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>參りたるが山王の宮脇にて小便を致し居る中見失ひ候に付後を<ruby><rb>追掛</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>しに上新田村の土手に右の馬は<ruby><rb>草</rb><rt>くさ</rt></ruby>を<ruby><rb>喰</rb><rt>く</rt></ruby>ひ居候が妻も<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>も<ruby><rb>行衞</rb><rt>ゆくゑ</rt></ruby>更に知れ申さず候間東西を尋ね廻り<ruby><rb>往來</rb><rt>わうらい</rt></ruby>の人々に承はるに今此先へ馬士が女を引立て行たりと申により猶ほ<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を<ruby><rb>追駈</rb><rt>おつかけ</rt></ruby>候中とくに日は暮<ruby><rb>方角</rb><rt>はうがく</rt></ruby>も<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>らず<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよひ</rt></ruby><ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りしうち<ruby><rb>￼</rb><rt>はか</rt></ruby>らずも九助に出會段々の物語りに<ruby><rb>手間取</rb><rt>てまどり</rt></ruby>追々夜も<ruby><rb>更行</rb><rt>ふけゆく</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ月も出しかば夫を便りに<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し廻る中大井川の彼方なる岡の方に何やら犬の<ruby><rb>噬</rb><rt>くはへ</rt></ruby>て爭ひ居し<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>ゆゑ<ruby><rb>立寄</rb><rt>たちより</rt></ruby>しに犬は其品を置て一<ruby><rb>驂</rb><rt>さん</rt></ruby>に<ruby><rb>逃</rb><rt>にげ</rt></ruby>行しまゝ右の品を取上見るに女の<ruby><rb>生首</rb><rt>なまくび</rt></ruby>なり<ruby><rb>仍</rb><rt>よつ</rt></ruby>て<ruby><rb>月影</rb><rt>つきかげ</rt></ruby>に<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>して猶<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>改し處<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ方なき妻白妙が首に候間何者の所業なるやと一時は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>も一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>に相成我を忘れて<ruby><rb>周章</rb><rt>しうしやう</rt></ruby>仕つり居候<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>から上新田村<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>の住僧通り合はせ皆是前世の約束なりと御<ruby><rb>教化</rb><rt>けうげ</rt></ruby>ありて右の首を無量庵に葬り呉られ候と云に大岡殿シテ<ruby><rb>其邊</rb><rt>そのへん</rt></ruby>に男の首は<ruby><rb>無</rb><rt>なか</rt></ruby>りしやと申されければ安五郎否男の首は<ruby><rb>見當</rb><rt>みあた</rt></ruby>り申さず候へ共其後大井川邊に男女首なき死骸是ある趣き承まはりし故同所へ罷越見候處女の方は妻の<ruby><rb>恰好</rb><rt>かつかう</rt></ruby>に<ruby><rb>似寄</rb><rt>により</rt></ruby>候へども衣類相違仕つり居により<ruby><rb>不思議</rb><rt>ふしぎ</rt></ruby>に存じ候中右の死骸は水呑村元名主惣内夫婦のよしにて既に人殺し九助<ruby><rb>捕押</rb><rt>とりおさへ</rt></ruby>に相成候趣きに付外に妻の死骸は見當り申さず其儘に打過申候と答へしかば大岡殿<ruby><rb>始終</rb><rt>しじう</rt></ruby>を<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>れ<ruby><rb>何樣</rb><rt>なにさま</rt></ruby><ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>ぞあるべし<ruby><rb>偖々</rb><rt>さて〱</rt></ruby><ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>の至り<ruby><rb>也</rb><rt>なり</rt></ruby><ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て其方が妻の敵は一向知れぬかと有に安五郎<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其後一向に手掛りも御座なく候と答ふるゆゑ<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>吟味に及ぶとて一同<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>を<ruby><rb>下</rb><rt>さげ</rt></ruby>られ老中方始め<ruby><rb>役々</rb><rt>やく〱</rt></ruby><ruby><rb>退出</rb><rt>たいしゆつ</rt></ruby>せられけり

## 第十七回

<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に又遠州水呑村の<ruby><rb>先名主</rb><rt>せんなぬし</rt></ruby>惣内夫婦は九郎兵衞が計ひに任せて江戸表へ出府なし<ruby><rb>靈岸島</rb><rt>れいがんじま</rt></ruby><ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>に國者の居るを便りて參り此者の世話にて八町<ruby><rb>堀</rb><rt>ぼり</rt></ruby><ruby><rb>長澤</rb><rt>ながさは</rt></ruby>町の<ruby><rb>裏店</rb><rt>うらだな</rt></ruby>を借受<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby>は甚兵衞と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>し又里はお<ruby><rb>豐</rb><rt>とよ</rt></ruby>と改め<ruby><rb>少々</rb><rt>せう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>小商</rb><rt>こあきな</rt></ruby>ひを始めしが素より<ruby><rb>爲馴</rb><rt>しなれ</rt></ruby>ざる事にて<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>め<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>を<ruby><rb>勞</rb><rt>つから</rt></ruby>し爲る事成す事<ruby><rb>損毛</rb><rt>そんまう</rt></ruby>のみ多く<ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>此頃は<ruby><rb>必至</rb><rt>ひつし</rt></ruby>と<ruby><rb>差迫</rb><rt>さしせま</rt></ruby>り今日にも<ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>ける是ぞ<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に天の<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しみを受し者なればお里のお豐は<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby>をし又惣内の甚兵衞は<ruby><rb>日傭</rb><rt>ひよう</rt></ruby>に<ruby><rb>駈歩行</rb><rt>かけあるき</rt></ruby><ruby><rb>手紙使</rb><rt>てがみづかひ</rt></ruby>や<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby>こね<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>取又は<ruby><rb>荷物</rb><rt>にもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>擔</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ何事に依ず<ruby><rb>追取稼</rb><rt>おつとりかせぎ</rt></ruby>を爲し漸々其日を送りしが或日<ruby><rb>番町邊</rb><rt>ばんちやうへん</rt></ruby>の<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>の<ruby><rb>中間部屋</rb><rt>ちうげんべや</rt></ruby>に<ruby><rb>小博奕</rb><rt>こばくち</rt></ruby>ありて<ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby>立入しに思ひの外<ruby><rb>利運</rb><rt>りうん</rt></ruby>を得たり<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>む道なれば其後は彼方此方と<ruby><rb>博奕場</rb><rt>ばくちば</rt></ruby>を<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>けるに斯る<ruby><rb>惡黨</rb><rt>あくたう</rt></ruby>も<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>の向事ありしにや三度に二度は必らず<ruby><rb>勝</rb><rt>かち</rt></ruby>て少しく<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の<ruby><rb>暖</rb><rt>あたゝ</rt></ruby>まりしかば<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>能事</rb><rt>よきこと</rt></ruby>に思ひ追々<ruby><rb>大賭場</rb><rt>おほとば</rt></ruby>へも立入<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>の仲間に入たりけり然るに六月<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>より七月へかけて四五度<ruby><rb>續</rb><rt>つゞ</rt></ruby>けて<ruby><rb>打負</rb><rt>うちまけ</rt></ruby>しより又々大いに<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>なし一時勝たる<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby><ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へし夫婦の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>は申に及ばず<ruby><rb>家財</rb><rt>かざい</rt></ruby><ruby><rb>道具</rb><rt>だうぐ</rt></ruby>を<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby><ruby><rb>賣盡</rb><rt>うりつく</rt></ruby>し今は<ruby><rb>必至</rb><rt>ひつし</rt></ruby>の場合に至りければ何がなして<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へ大<ruby><rb>賭場</rb><rt>とば</rt></ruby>を<ruby><rb>張</rb><rt>はら</rt></ruby>んと思ひ日夜<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>なし居たりしが茲に甚兵衞は先頃より<ruby><rb>日雇</rb><rt>ひよう</rt></ruby>などに<ruby><rb>雇</rb><rt>やと</rt></ruby>はれし<ruby><rb>南茅場</rb><rt>みなみかやば</rt></ruby>町の<ruby><rb>木村道庵</rb><rt>きむらだうあん</rt></ruby>と云醫師あり<ruby><rb>獨身</rb><rt>どくしん</rt></ruby>なれども大の<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしよく</rt></ruby>者ゆゑ小金を持て居るよしを甚兵衞聞出しければ彼が<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>へ忍び入て物せんと茲に<ruby><rb>惡心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>を生じ<ruby><rb>旦暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby><ruby><rb>道庵</rb><rt>だうあん</rt></ruby>が<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>の樣子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>或夜</rb><rt>あるよ</rt></ruby><ruby><rb>戌刻頃</rb><rt>いつゝごろ</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>りて見れば表は<ruby><rb>錠前</rb><rt>ぢやうまへ</rt></ruby>を<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>しありしかば甚兵衞勝手は<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て覺え居れば今日こそ<ruby><rb>好機</rb><rt>よきをり</rt></ruby>なれと<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>へ<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>り水口を<ruby><rb>押</rb><rt>おし</rt></ruby>て見れば<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>の如く<ruby><rb>掛錠</rb><rt>かけがね</rt></ruby><ruby><rb>掛</rb><rt>か</rt></ruby>けざる樣子故シテ<ruby><rb>遣</rb><rt>やつ</rt></ruby>たりと<ruby><rb>直</rb><rt>つい</rt></ruby>と入り<ruby><rb>居間</rb><rt>ゐま</rt></ruby>の<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>を<ruby><rb>引明</rb><rt>ひきあけ</rt></ruby>て金三四十兩<ruby><rb>懷中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に入れ<ruby><rb>立上</rb><rt>たちあが</rt></ruby>る處に<ruby><rb>横面</rb><rt>よこつら</rt></ruby>へ<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>りと<ruby><rb>觸</rb><rt>さは</rt></ruby>る物あり何かと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ひ見れば<ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>單物</rb><rt>ひとへもの</rt></ruby><ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>二三枚と倶に<ruby><rb>衣紋竹</rb><rt>えもんだけ</rt></ruby>に掛てありしにぞ<ruby><rb>毒</rb><rt>どく</rt></ruby><ruby><rb>喰</rb><rt>くは</rt></ruby>ば<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>迄と是をも<ruby><rb>引外</rb><rt>ひきはづ</rt></ruby>して懷中へ<ruby><rb>捻込</rb><rt>ねぢこみ</rt></ruby><ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ人足の<ruby><rb>絶間</rb><rt>たえま</rt></ruby>を考へ又元の水口より立出<ruby><rb>何喰</rb><rt>なにくは</rt></ruby>ぬ<ruby><rb>顏</rb><rt>かほ</rt></ruby>にて我が家を<ruby><rb>指</rb><rt>さし</rt></ruby>て立歸りたり<ruby><rb>道庵</rb><rt>だうあん</rt></ruby>は此日<ruby><rb>病家</rb><rt>びやうか</rt></ruby>にて<ruby><rb>手間</rb><rt>てま</rt></ruby>取<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつどき</rt></ruby>近き頃歸り來り<ruby><rb>灯</rb><rt>あかり</rt></ruby>を<ruby><rb>點</rb><rt>とも</rt></ruby>して<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見るに座敷を取<ruby><rb>散</rb><rt>ちら</rt></ruby>しあれば<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に思ひ其<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>を改めしに金子四十三兩と<ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>單物</rb><rt>ひとへもの</rt></ruby>又<ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>千<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>の單物<ruby><rb>眞岡</rb><rt>まをか</rt></ruby><ruby><rb>中形</rb><rt>ちうがた</rt></ruby>の<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>三枚<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんじつ</rt></ruby>せり因て家主孫八へ<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>を<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>して訴へに及しに<ruby><rb>翌</rb><rt>よく</rt></ruby>日定廻りの<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>孫八方へ出張にて<ruby><rb>道庵</rb><rt>だうあん</rt></ruby>へ心當りの<ruby><rb>有無</rb><rt>うむ</rt></ruby>を<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね有しかば<ruby><rb>道庵</rb><rt>だうあん</rt></ruby><ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>に心當りは御座なくと申に然らば日頃出入致す<ruby><rb>貧乏人</rb><rt>びんばふにん</rt></ruby>又は心<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>く致し<ruby><rb>朝夕</rb><rt>てうせき</rt></ruby><ruby><rb>小遣錢</rb><rt>こづかひぜに</rt></ruby>などを<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby><ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>せし者はなきやと有に道庵は<ruby><rb>暫時</rb><rt>しばし</rt></ruby><ruby><rb>考</rb><rt>かんが</rt></ruby>へ別に是ぞと申者も御座<ruby><rb>無</rb><rt>なく</rt></ruby>候へども<ruby><rb>貧困人</rb><rt>ひんこんにん</rt></ruby>は三四人迄出入致し申候其者の名前一人は<ruby><rb>先妻</rb><rt>せんさい</rt></ruby>の<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>源次郎と申只今本郷<ruby><rb>金助</rb><rt>きんすけ</rt></ruby>町に罷り在當年四十五六歳に相<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>家内<ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>には候へども<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby>者にて金子<ruby><rb>貸遣</rb><rt>かしつかは</rt></ruby>し候ても<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>の時日には<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby><ruby><rb>返濟</rb><rt>へんさい</rt></ruby>致し殊に當時御小人目付を<ruby><rb>勤居</rb><rt>つとめをる</rt></ruby>其外には傳八と申して私し方に二三年も<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>致し是も<ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>者にて金の番人に致すとて心遣ひのなき者にて深川一<ruby><rb>色</rb><rt>しき</rt></ruby>町に<ruby><rb>八百屋</rb><rt>やほや</rt></ruby>を仕つり當時は妻をも<ruby><rb>持居</rb><rt>もちを</rt></ruby>り候又<ruby><rb>小網</rb><rt>こあみ</rt></ruby>町三丁目河内屋と申<ruby><rb>古着</rb><rt>ふるぎ</rt></ruby>屋の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>に九郎兵衞と申<ruby><rb>藥種</rb><rt>やくしゆ</rt></ruby>屋の若い者にて<ruby><rb>以前</rb><rt>いぜん</rt></ruby>より出入を仕つり今に<ruby><rb>毎日</rb><rt>まいにち</rt></ruby>の樣に參る者あれども是も至て正直者なりと云ば<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>は<ruby><rb>最</rb><rt>もう</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に<ruby><rb>朝夕</rb><rt>あさゆふ</rt></ruby>出入る者は無かと申ければ道庵<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>打案</rb><rt>うちあん</rt></ruby>じ八丁堀長澤町に居る甚兵衞と申者<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>遠州<ruby><rb>邊</rb><rt>へん</rt></ruby>の<ruby><rb>生</rb><rt>うま</rt></ruby>れの由其日稼の<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきう</rt></ruby>にて<ruby><rb>折々</rb><rt>をり〱</rt></ruby><ruby><rb>日雇</rb><rt>ひやと</rt></ruby>ひにも致し<ruby><rb>召遣</rb><rt>めしつか</rt></ruby>ひし事御座れ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>此者も<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしよ</rt></ruby>に居し頃は名主役も<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めし由に承まはりしが成程日<ruby><rb>傭取</rb><rt>ようとり</rt></ruby>には人<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>も宜しく折に觸ては<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>居をも頼みし事御座候へど<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも曲りし心はなき樣に存られ是まで安心致し居其外<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>内外心安く致す者も御座らぬと申立るに同心はシテ其甚兵衞とやらんは一人者か又<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>持かとの<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>に女房<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>なりと<ruby><rb>答</rb><rt>こたへ</rt></ruby>しかば<ruby><rb>道庵</rb><rt>だうあん</rt></ruby>の申<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>を一々<ruby><rb>書留</rb><rt>かきとめ</rt></ruby>て道庵を歸し<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby><ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>の上先八丁堀長澤町の<ruby><rb>自身番屋</rb><rt>じしんばんや</rt></ruby>へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆき</rt></ruby><ruby><rb>家主</rb><rt>いへぬし</rt></ruby>源兵衞を呼出し<ruby><rb>店子</rb><rt>たなこ</rt></ruby>甚兵衛の<ruby><rb>身元</rb><rt>みもと</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しけるに<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は當四月同人店へ引<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>り夫婦<ruby><rb>共</rb><rt>とも</rt></ruby>三州者の由にて<ruby><rb>隨分</rb><rt>ずゐぶん</rt></ruby><ruby><rb>實體</rb><rt>じつてい</rt></ruby>らしく相見え候へ共女房は此節<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひ居るとの事に付早速甚兵衞を<ruby><rb>自身番屋</rb><rt>じしんばんや</rt></ruby>へ呼出し段々と<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>に及ぶ中外一人の<ruby><rb>同心</rb><rt>どうしん</rt></ruby>は甚兵衞の家内を<ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>ぶるに道庵方にて<ruby><rb>紛失</rb><rt>ふんしつ</rt></ruby>せし單物一枚出たる故女房は家主へ<ruby><rb>預</rb><rt>あづけ</rt></ruby>甚兵衞は直に<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby><ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>懷中</rb><rt>くわいちう</rt></ruby>其外所々改めし所<ruby><rb>胴卷</rb><rt>どうまき</rt></ruby>に金十二兩餘あり又同人宅の<ruby><rb>床下</rb><rt>ゆかした</rt></ruby>に金二十八兩是あり都合四十兩の金出しにより其金を<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>せし事故を糺されしに申口<ruby><rb>不分明</rb><rt>ふぶんめい</rt></ruby>故町奉行所へ送りになり入牢申付られたり因て女房は大いに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き己病中なれども夫の罪の<ruby><rb>輕</rb><rt>かる</rt></ruby>く濟やうにとて<ruby><rb>茅場町</rb><rt>かやばちやう</rt></ruby>の<ruby><rb>藥師</rb><rt>やくし</rt></ruby>に<ruby><rb>朝參</rb><rt>あさまゐ</rt></ruby>りを始めし所或日<ruby><rb>俄</rb><rt>にはか</rt></ruby>雨に逢堂前にて<ruby><rb>晴間</rb><rt>はれま</rt></ruby>を<ruby><rb>待</rb><rt>まち</rt></ruby>し中<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby>も<ruby><rb>雨舍</rb><rt>あまやどり</rt></ruby>に<ruby><rb>駈込</rb><rt>かけこみ</rt></ruby><ruby><rb>不￼</rb><rt>ふと</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>しゆ〲</rt></ruby>の物語より親子の<ruby><rb>名乘</rb><rt>なのり</rt></ruby>をなしお里は今さら夢の<ruby><rb>覺</rb><rt>さめ</rt></ruby>たる如く<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうくわい</rt></ruby>して惣内と<ruby><rb>姦通</rb><rt>かんつう</rt></ruby>せし事の始より九助を<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し夫より<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>して江戸表へ<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby><ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby><ruby><rb>難澁</rb><rt>なんじふ</rt></ruby>をする迄の事どもを<ruby><rb>詳</rb><rt>つぶさ</rt></ruby>に語りければ<ruby><rb>大源和尚</rb><rt>だいげんをしやう</rt></ruby>は大いに驚き此日はお里に分れ其後和尚は<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>にてお里より聞たる<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>の事を申立しにより<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>の上終に甚兵衞は<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>課</rb><rt>おほ</rt></ruby>せず因て元惣内と申せし事より其外人殺し等の事まで<ruby><rb>明細</rb><rt>めいさい</rt></ruby><ruby><rb>白状</rb><rt>はくじやう</rt></ruby>に及びしとぞ

## 第十八回

享保二<ruby><rb>丁酉年</rb><rt>ひのとゝりどし</rt></ruby>十月廿二日<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby>一<ruby><rb>統</rb><rt>とう</rt></ruby>又々<ruby><rb>評定所</rb><rt>ひやうぢやうしよ</rt></ruby>へ呼出しに相成前規の通役人方出座にて<ruby><rb>公事</rb><rt>くじ</rt></ruby>人名前一々呼立濟て大岡越前守殿九郎兵衞を見られ其方願書の趣き<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby><ruby><rb>取調</rb><rt>とりしら</rt></ruby>べし所<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>もなし然らば<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>人殺は九助とも定め難きを<ruby><rb>麁忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>の訴へに及び候段<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞ</rt></ruby>き<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>なり夫人の命の<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>きことは云迄もなきを只衣類の血と鼻紙入の落て有しを以て<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>となし申立ると雖も<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>もなき兩人の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>故<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>なる證據とは申難し別に何ぞ確なる證據にてもありやと申さるゝにお<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>は九郎兵衞が<ruby><rb>答</rb><rt>こた</rt></ruby>へをも待ず進み出御<ruby><rb>道理</rb><rt>だうり</rt></ruby>の御尋問<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内は<ruby><rb>幼少</rb><rt>えうせう</rt></ruby>の頃私しが毎度<ruby><rb>灸</rb><rt>きう</rt></ruby>を<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>ゑしによりて灸<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>これ有又子供同士の口論に<ruby><rb>鎌</rb><rt>かま</rt></ruby>で<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を付られし痕も御座候へば<ruby><rb>縱令</rb><rt>たとへ</rt></ruby><ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>はなくとも悴と申者は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>と見<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>しと申ければ大岡殿シテ其<ruby><rb>疵痕</rb><rt>きずあと</rt></ruby>は何れに有やと尋問らるゝに左りの<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>より脊へかけ四寸程もありと云へば大岡殿又<ruby><rb>里</rb><rt>さと</rt></ruby>が<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>の<ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>は何ぢやとあるにお深是は<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>とは申ながら私しには<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と知れませぬと答へしかば大岡殿は九郎兵衞に向はれコレ其方は永く<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>ひし<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>なれば<ruby><rb>見覺</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えが有ん何ぞ<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>はなきやと申さるゝに九郎兵衞答へて<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>は<ruby><rb>現在</rb><rt>げんざい</rt></ruby>一人の娘なれば何見違ふことの候べき<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>と申又衣類と云と申を大岡殿コレ九郎兵衞娘が<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>に<ruby><rb>疵處</rb><rt>きずしよ</rt></ruby>其外證據はなきやと云るゝに九郎兵衞は然樣で御座ると云ば大岡殿<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と左樣かと<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>るゝに九郎兵衞仰の通りなりと答へしかば大岡殿コリヤ村役人周藏木祖兵衞惣内夫婦<ruby><rb>横死</rb><rt>わうし</rt></ruby>の節<ruby><rb>檢使</rb><rt>けんし</rt></ruby>と<ruby><rb>立會</rb><rt>たちあひ</rt></ruby>の上にて其方共も改めたで有ん兩人の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby><ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>なりやと有に周藏木祖兵衞は首を上仰の通り御領主の役人檢使の節改めし處<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>より<ruby><rb>脊</rb><rt>せ</rt></ruby>へかけ<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>が有之候へ共惣内は何時の間に斯る大<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へしやと一同<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>に存じたりと申せば大岡殿は<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て女の方は何ぢや<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを申な此方にも聞込し儀も有ぞ<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申立よと申さるゝに周藏木祖兵衞の兩人は其女の<ruby><rb>骸</rb><rt>かばね</rt></ruby>も<ruby><rb>改</rb><rt>あらた</rt></ruby>めし處身肉に<ruby><rb>疵等</rb><rt>きずとう</rt></ruby>は御座らねども只二の腕に安五郎二世と<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>が御座候と申を大岡殿聞れてナニ安五郎二世と有たかコリヤ九郎兵衞其方が<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>は以前<ruby><rb>賣女</rb><rt>ばいぢよ</rt></ruby>でも致したか安五郎二世と有は九助か惣内の<ruby><rb>幼名</rb><rt>えうみやう</rt></ruby>にても有しかと申さるゝに九郎兵衞は<ruby><rb>以外</rb><rt>いぐわい</rt></ruby>の事なれば答へに<ruby><rb>當惑</rb><rt>たうわく</rt></ruby>なせしが<ruby><rb>否</rb><rt>いへ</rt></ruby>然樣なものでは御座らぬと申をお深は傍邊よりモシ九郎兵衞殿其<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>は此<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>ソレ<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さく有たと云れたではないかと九郎兵衞へ<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>で知らせる樣子なるを大岡殿は見て取れ大<ruby><rb>音</rb><rt>おん</rt></ruby>に<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>此出<ruby><rb>過者</rb><rt>すぎもの</rt></ruby>め<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>に<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>はせぬぞ只今九郎兵衞が申には里の<ruby><rb>骸</rb><rt>からだ</rt></ruby>に<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>は無いとあり又汝も<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>ではあれど知らぬと答へしには非ずや然るを今村役人共が申立るを聞て九郎兵衞に<ruby><rb>取拵</rb><rt>とりこしら</rt></ruby>へごとを云はせんとする<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>不屆きなり安五郎と云は是に居る松平玄蕃頭家來石川安五郎なるぞ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby><ruby><rb>駿府</rb><rt>すんぷ</rt></ruby>二丁目小松屋の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝへ</rt></ruby><ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>と申を身請して妻と致し右妻の古郷へ夫婦連にて<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby><ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>大井川の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>にて何者の<ruby><rb>所業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>共知れず殺され其<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は<ruby><rb>下伊呂</rb><rt>しもいろ</rt></ruby>村の<ruby><rb>岡</rb><rt>をか</rt></ruby>にて<ruby><rb>犬</rb><rt>いぬ</rt></ruby>がくはへ<ruby><rb>爭</rb><rt>あらそひ</rt></ruby>居たりしを見付しと安五郎申たり又今一人男の<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>は同所を少し<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れし<ruby><rb>岡</rb><rt>をか</rt></ruby>の<ruby><rb>小松</rb><rt>こまつ</rt></ruby>の根がたを犬の<ruby><rb>掘</rb><rt>ほり</rt></ruby>し跡より<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ出たるが其者は<ruby><rb>藤枝宿</rb><rt>ふぢえだじゆく</rt></ruby>の<ruby><rb>馬丁</rb><rt>うまかた</rt></ruby>松五郎と申者の由是亦同村の者ども申立たり然すれば九郎兵衞<ruby><rb>親子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>の<ruby><rb>奸計</rb><rt>かんけい</rt></ruby>にて右の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>へ惣内夫婦の<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>き</rt></ruby>せ<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>兩人の首を取隱し九助を罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと謀計し事<ruby><rb>鏡</rb><rt>かゞみ</rt></ruby>に<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>の<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>るが如し依ては惣内夫婦の者<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>いたし居ならん<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>至極の<ruby><rb>奴輩</rb><rt>やつばら</rt></ruby>なり汝等が<ruby><rb>巧</rb><rt>たく</rt></ruby>み此越前が<ruby><rb>白眼</rb><rt>にらみ</rt></ruby>し處決して相違あるまじ如何に〱と申さるれ共九郎兵衞は猶も<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れず<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>は御奉行樣の仰共存せず現在我子供等の<ruby><rb>存命</rb><rt>ぞんめい</rt></ruby>致し居る者を人手に掛し抔と<ruby><rb>忌</rb><rt>いま</rt></ruby>はしき儀を訴出る者の有<ruby><rb>可</rb><rt>べき</rt></ruby>や<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>には九助が申上る事<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>御取上に相成只々私しを御<ruby><rb>叱</rb><rt>しかり</rt></ruby>は<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>ながら御奉行樣の<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>と申ものと云を大岡殿聞ナニ九郎兵衞依怙贔屓と申か能承はれ天下の<ruby><rb>裁斷</rb><rt>さいだん</rt></ruby>を<ruby><rb>爲</rb><rt>する</rt></ruby>者<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かたりとも私しの<ruby><rb>意</rb><rt>い</rt></ruby>を以て<ruby><rb>依怙</rb><rt>えこ</rt></ruby>の<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>をなすべきや<ruby><rb>都</rb><rt>すべ</rt></ruby>て汝が申立は僞り飾ゆゑ本末不都合の事而已多く<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>の惣内は九助が留守中に里と不義致し<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>は惣内母と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及び居しは<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby>子供等が不義を汝等が<ruby><rb>執持</rb><rt>とりもち</rt></ruby>致せしも同前なり<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに九助は其等の儀を<ruby><rb>怒</rb><rt>いから</rt></ruby>ずして速かに離別に及び父が<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>んじ<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の伯父女房等に<ruby><rb>大切</rb><rt>たいせつ</rt></ruby>の金子を<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>遣たるを好事として<ruby><rb>義理</rb><rt>ぎり</rt></ruby>も人情もなき惣内方へ入<ruby><rb>込</rb><rt>こみ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>にても<ruby><rb>尚</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>倦足</rb><rt>あきたら</rt></ruby>ず無罪の九助を<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し罪科に行はせんと<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>し段人面獸心とは汝がことなり今見よ<ruby><rb>確成</rb><rt>たしかなる</rt></ruby><ruby><rb>證據</rb><rt>しようこ</rt></ruby>を出し二言とは<ruby><rb>吐</rb><rt>はか</rt></ruby>せぬぞ又同じ<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>を着たるは一<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>に<ruby><rb>往々</rb><rt>まゝ</rt></ruby>ある事<ruby><rb>加之</rb><rt>そのうへ</rt></ruby>女が死骸も他人にて<ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>に相違なし然らば惣内里では有まじサア<ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状致せ<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby>強情を申<ruby><rb>居</rb><rt>をり</rt></ruby>只今にも惣内夫婦が出たなら<ruby><rb>汝</rb><rt>われ</rt></ruby>は何と申譯致んぞと申さるゝにお深は又進み出恐れながら女は<ruby><rb>別人</rb><rt>べつじん</rt></ruby>かは存ぜねども悴儀は<ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>のみ<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>たるのみに是なく<ruby><rb>帶</rb><rt>おび</rt></ruby><ruby><rb>脚絆</rb><rt>きやはん</rt></ruby>迄相違御座らぬと左右強情に<ruby><rb>言張</rb><rt>いひはる</rt></ruby>に大岡殿大聲に又しても入ざる<ruby><rb>差出</rb><rt>さしで</rt></ruby>口<ruby><rb>默止</rb><rt>だまれ</rt></ruby>其日は九郎兵衞同道にて惣内夫婦<ruby><rb>金谷</rb><rt>かなや</rt></ruby>村の<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>へ<ruby><rb>參</rb><rt>まゐ</rt></ruby>り歸りも同道なりしに九郎兵衞は<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby>より聊か先へ戻りしと申ではないか<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>るに惣内は<ruby><rb>己</rb><rt>おのれ</rt></ruby>の女房の<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し態々他の女を<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>て<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>される程の間合もあるまじ夫を<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て申なら里は宅へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>りしかと有にお深<ruby><rb>否</rb><rt>いゝへ</rt></ruby><ruby><rb>歸</rb><rt>かへ</rt></ruby>りは致さぬと云にぞ大岡殿此<ruby><rb>頑愚</rb><rt>たはけ</rt></ruby>め己が連出したる<ruby><rb>女房</rb><rt>にようばう</rt></ruby>里を脇へ遣し又他の女を連て殺されたなどと<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>に自由に<ruby><rb>成</rb><rt>なる</rt></ruby>と思ふか<ruby><rb>公儀</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り<ruby><rb>掠</rb><rt>かすめ</rt></ruby>んとする<ruby><rb>横道</rb><rt>わうだう</rt></ruby>者めコリヤ安五郎<ruby><rb>今</rb><rt>いま</rt></ruby>一應白妙が事故を九郎兵衞始めへ申<ruby><rb>聞</rb><rt>きか</rt></ruby>せよと有に安五郎ハツト答て其儀は<ruby><rb>先日</rb><rt>せんじつ</rt></ruby>よりも申上し通り<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきやう</rt></ruby>へ參る<ruby><rb>途中</rb><rt>とちう</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>白妙を<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>に<ruby><rb>奪</rb><rt>うばは</rt></ruby>れ其後首ばかりを下伊呂村の<ruby><rb>岡</rb><rt>をか</rt></ruby>にて<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ひ<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>新田村の無量庵へ頼み<ruby><rb>葬</rb><rt>はうむ</rt></ruby>りしとの手續きを委細に申述ければ大岡殿コリヤ九郎兵衞<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふか</span><ruby><rb>那</rb><rt>あれ</rt></ruby>を<ruby><rb>聞</rb><rt>きい</rt></ruby>たか<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て又安五郎其方が妻には二の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に安五郎二世と<ruby><rb>黥</rb><rt>いれず</rt></ruby>みあると云が<ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>かとあるに安五郎はハツと云て<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby>しければ大岡殿コレ安五郎其河原の男女の死骸は<ruby><rb>察</rb><rt>さつ</rt></ruby>する<ruby><rb>處</rb><rt>ところ</rt></ruby>馬士が其方の妻を<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>さんとする<ruby><rb>折</rb><rt>をり</rt></ruby><ruby><rb>人違</rb><rt>ひとちが</rt></ruby>ひ等にて九郎兵衞か惣内の中にて兩人を殺し其始末に<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りし處より首を切て知れぬ樣になさん<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby>衣類を着せ<ruby><rb>替</rb><rt>かへ</rt></ruby>九助を罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと致せしものと思はる然すれば其方の女房の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>は是に居る九郎兵衞なるぞと云るゝに九郎兵衞は思はずハツと云て<ruby><rb>顏色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby>變りたり大岡殿是に<ruby><rb>構</rb><rt>かまは</rt></ruby>れずコリヤ<ruby><rb>藤枝宿</rb><rt>ふぢえだじゆく</rt></ruby><ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>儀左衞門并に<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>權兵衞馬持八藏と呼れコレ八藏其方召使松五郎と申馬士の首は下伊呂村の岡にありて死骸は見えざる趣きを<ruby><rb>注進</rb><rt>ちうしん</rt></ruby>せしが其後も見當らぬかと問るゝに八藏<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>の<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>り首のみ見當りしにより其後<ruby><rb>體</rb><rt>からだ</rt></ruby>をも所々<ruby><rb>相探</rb><rt>あひさが</rt></ruby>し候へ共一向に知れ申さず尤も<ruby><rb>下伊呂村</rb><rt>しもいろむら</rt></ruby>の河原に男女の死骸これある趣きに付<ruby><rb>樣子</rb><rt>やうす</rt></ruby>相<ruby><rb>尋</rb><rt>たづ</rt></ruby>ね候處夫は<ruby><rb>最寄</rb><rt>もより</rt></ruby>の百姓夫婦なりとか申ことゆゑ其外には心あたりも御座なくと申にぞ大岡殿<ruby><rb>然樣</rb><rt>さう</rt></ruby>して其松五郎の出生は何國にて<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>の行状は如何なる者なるぞと有に八藏<ruby><rb>然</rb><rt>され</rt></ruby>ば其松五郎儀は信州伊奈郡の者とのみ申居しが道中馬士などは<ruby><rb>素</rb><rt>もと</rt></ruby>より本國も<ruby><rb>聢</rb><rt>しか</rt></ruby>と相知申さず<ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>は然まで惡人とも心得ざりし處<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby>跡にて承まはるに一體<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>など致せし者との由なりと申ければ大岡殿コレ九郎兵衞八藏の申立を聞しや<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の通り女は安五郎が女房男は<ruby><rb>藤枝</rb><rt>ふぢえだ</rt></ruby>宿の馬士松五郎に<ruby><rb>相違</rb><rt>さうゐ</rt></ruby>も有まじ<ruby><rb>斯</rb><rt>かく</rt></ruby>の如く<ruby><rb>明白</rb><rt>めいはく</rt></ruby>に<ruby><rb>相分</rb><rt>あひわか</rt></ruby>りたる上は<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつすぐ</rt></ruby>に申上よ<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りを云ば<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>を申付るぞ骨を<ruby><rb>碎</rb><rt>くだ</rt></ruby>きても云せずに置べきや如何に〱と有に九郎兵衞は猶も<ruby><rb>強情</rb><rt>おしつよ</rt></ruby>く是は<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>に以て御<ruby><rb>無體</rb><rt>むたい</rt></ruby>なる仰<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>私し申上る儀に聊かも僞りは御座なくと<ruby><rb>云張</rb><rt>いひはる</rt></ruby>にぞ大岡殿<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>僞りなしとは云さぬぞコレ〱本多長門守家來共只今承まはる通り大井河原の男女の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>は<ruby><rb>推察</rb><rt>すゐさつ</rt></ruby>する所石川安五郎妻と今一人は其を<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>せし<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>松五郎に相違有まじ依ては其方共の<ruby><rb>決斷</rb><rt>けつだん</rt></ruby>甚だ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>く<ruby><rb>依怙贔屓</rb><rt>えこひいき</rt></ruby>の<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>に聞ゆるぞ此申譯があらば申聞よとあるに本多家の役人共追々吟味<ruby><rb>詰</rb><rt>づめ</rt></ruby>の樣子を聞今さら何とも<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずべき樣なく<ruby><rb>赤面</rb><rt>せきめん</rt></ruby><ruby><rb>閉口</rb><rt>へいこう</rt></ruby>なし甚だ恐れ入候旨答へければ大岡殿には<ruby><rb>彌々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>以て申<ruby><rb>譯</rb><rt>わけ</rt></ruby>なきやと申さるゝに三人口を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>へ何とも申譯御座なくと申にぞ越前守殿只今に相成申譯なしと申せども其奉行頭人たる者<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ち有ば則ち領主の罪領主の罪は則ち將軍家の罪なり民は國の<ruby><rb>源</rb><rt>もと</rt></ruby>無罪の民を<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>する時は<ruby><rb>士</rb><rt>し</rt></ruby>以て<ruby><rb>徒</rb><rt>と</rt></ruby>たるべし一夫<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどほ</rt></ruby>りを<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>めば三年雨降ずと云<ruby><rb>先哲</rb><rt>せんてつ</rt></ruby>の語あり百姓は國の寶人の命は千萬金にも<ruby><rb>換難</rb><rt>かへがた</rt></ruby>し然るを<ruby><rb>正直</rb><rt>しやうぢき</rt></ruby><ruby><rb>篤實</rb><rt>とくじつ</rt></ruby>なる九助を無實の罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>し入しは奉行の<ruby><rb>不明</rb><rt>ふめい</rt></ruby>なり其不明なる者に<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き役儀を申付たるは其領主の<ruby><rb>落度也</rb><rt>おちどなり</rt></ruby>夫此度の一件は其方共必ず九郎兵衞より<ruby><rb>賄賂</rb><rt>わいろ</rt></ruby>を請しに相違有まじと<ruby><rb>正鵠</rb><rt>ほし</rt></ruby>をさゝれて理左衞門はグツト言て暫く<ruby><rb>無言</rb><rt>むごん</rt></ruby>なりしが<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby><ruby><rb>然樣</rb><rt>さやう</rt></ruby>の儀は御座なくとぐづ〱答ければ大岡殿<ruby><rb>假令</rb><rt>たとへ</rt></ruby>其方<ruby><rb>陳</rb><rt>ちん</rt></ruby>ずるとも不吟味の罪は<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬぞ此上にも申<ruby><rb>掠</rb><rt>かすめ</rt></ruby>んとなさば餘儀なく<ruby><rb>拷問</rb><rt>がうもん</rt></ruby>にも掛ねばならず然すれば武士の<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじよく</rt></ruby>は申に及ばず主人へ猶<ruby><rb>恥</rb><rt>はぢ</rt></ruby>を與る道理なりサア尋常に申立よと言るゝに理左衞門最早<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れぬ所と覺悟をなし實は九郎兵衞より<ruby><rb>時候</rb><rt>じこう</rt></ruby>見舞として<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>か<ruby><rb>到來</rb><rt>たうらい</rt></ruby>せしと申ければ大岡殿其は何程<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ひしと云に理左衞門金十五兩貰ひたりと申せば大岡殿ナニ金十五兩とやコレ理左衞門時候見舞とあらば<ruby><rb>魚鳥</rb><rt>ぎよてう</rt></ruby>の類か他國の<ruby><rb>産物</rb><rt>さんぶつ</rt></ruby>ならば<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby><ruby><rb>役柄</rb><rt>やくがら</rt></ruby>をも<ruby><rb>顧</rb><rt>かへり</rt></ruby>みず金子を<ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>なせしは即ち<ruby><rb>賄賂也</rb><rt>わいろなり</rt></ruby>下役黒崎又左衞門市田武助其方共も<ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>致せしならんと有に兩人は今上役の理左衞門が白状なせし上は<ruby><rb>密</rb><rt>かく</rt></ruby>すも<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>なし</rt></ruby>と思ひ上役の申付に<ruby><rb>違背</rb><rt>ゐはい</rt></ruby>も如何と存じ金三兩づつ受納せしと言ければ大岡殿假令上役の申付なりとて<ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>の金を受しは<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>の<ruby><rb>不屆</rb><rt>ふとゞき</rt></ruby>なり三人共<ruby><rb>揚</rb><rt>あが</rt></ruby>り屋入申付ると言れ又九郎兵衞の方を見られてコリヤ九郎兵衞只今其方へ見するものが有夫を見て驚くなソレ〱彼の兩人を引出せとの<ruby><rb>指揮</rb><rt>さしづ</rt></ruby>に<ruby><rb>隨</rb><rt>したが</rt></ruby>ひ同心は惣内を<ruby><rb>本繩</rb><rt>ほんなは</rt></ruby>に掛引出せば<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>より女房お里も<ruby><rb>手鎖</rb><rt>てがね</rt></ruby>にて家主付添立出る九郎兵衞夫婦は是を見るよりもハツト<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>呆</rb><rt>あきれ</rt></ruby>たる體なるにぞ大岡殿は何と九郎兵衞夫婦の者此兩人は知らぬ者か當春大井川の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>下伊呂村に於て九助の爲に<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>されしと汝等が<ruby><rb>訟訴</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>出たる惣内夫婦は今江戸本八丁堀長澤町と云所に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby>又々<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の儀有て<ruby><rb>召捕</rb><rt>めしとり</rt></ruby>吟味なせしに<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>白状に<ruby><rb>及</rb><rt>および</rt></ruby>たり<ruby><rb>然</rb><rt>さり</rt></ruby>ながら<ruby><rb>相果</rb><rt>あひはて</rt></ruby>たる惣内<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>此世に居べき<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>なければ是は必定<ruby><rb>幽靈</rb><rt>いうれい</rt></ruby>か又は<ruby><rb>狐狸</rb><rt>こり</rt></ruby>の類か惣内に化たるか<ruby><rb>予</rb><rt>よ</rt></ruby>が目には見分らず汝等は親子の事故<ruby><rb>目利</rb><rt>めきゝ</rt></ruby>も<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>知れるで有う幽靈か又<ruby><rb>化生</rb><rt>けしやう</rt></ruby>か何ぢや汝等が目には何と見えるコレ九郎兵衞ふか頭を上て<ruby><rb>能</rb><rt>よく</rt></ruby><ruby><rb>見留</rb><rt>みとめ</rt></ruby>よコリヤ惣内此程申立し如く大井川の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>にて人殺しをせし趣き今一<ruby><rb>應</rb><rt>おう</rt></ruby>申聞よと聞るゝに今さら面目なき體にて私し儀里と夫婦に相成しより<ruby><rb>段々</rb><rt>だん〱</rt></ruby>村中の<ruby><rb>氣請</rb><rt>きうけ</rt></ruby>の<ruby><rb>惡敷</rb><rt>あしく</rt></ruby>なり役儀は九助へ申付られ家も<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しく成行中にて母は日増しに<ruby><rb>奢</rb><rt>おごり</rt></ruby><ruby><rb>増長</rb><rt>ぞうちやう</rt></ruby>し<ruby><rb>追々</rb><rt>おひ〱</rt></ruby><ruby><rb>困窮</rb><rt>こんきう</rt></ruby>に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>りし折から九助が江戸表にて金子を<ruby><rb>蓄殖</rb><rt>たくはえ</rt></ruby>たる趣きを聞て<ruby><rb>羨敷</rb><rt>うらやましく</rt></ruby>存じ私し夫婦も江戸へ<ruby><rb>出稼</rb><rt>でかせ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby>は存じたれども<ruby><rb>外聞</rb><rt>ぐわいぶん</rt></ruby>も惡く彼是<ruby><rb>延引</rb><rt>えんいん</rt></ruby>致し居中金谷村に<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>ありて九郎兵衞<ruby><rb>諸共</rb><rt>もろとも</rt></ruby>里を連て<ruby><rb>罷越</rb><rt>まかりこし</rt></ruby>歸宅の節夜分大井川の端迄參りし處九郎兵衞は酒の<ruby><rb>醉</rb><rt>ゑひ</rt></ruby>にて河原の石に<ruby><rb>凭</rb><rt>もたれ</rt></ruby>て<ruby><rb>熟睡</rb><rt>じゆくすゐ</rt></ruby>いたし<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の<ruby><rb>覺</rb><rt>さめ</rt></ruby>ぬゆゑ私し儀藥を買に參り<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby>に戻り來りしに九郎兵衞は何者かを相手に<ruby><rb>戰</rb><rt>たゝか</rt></ruby>ひ居により<ruby><rb>左</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>右</rb><rt>かく</rt></ruby><ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けんと存じ<ruby><rb>宵闇</rb><rt>よひやみ</rt></ruby>の<ruby><rb>暗紛</rb><rt>くらまぎ</rt></ruby>れに切付たるは女の聲ゆゑ偖は女房を切たるかと<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>たる處に<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>より男一人打て掛りしを兩人して<ruby><rb>追廻</rb><rt>おひまは</rt></ruby>し漸々に<ruby><rb>討留</rb><rt>うちとめ</rt></ruby><ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見れば男も女も知らぬ者に付大いに驚きしを九郎兵衞は<ruby><rb>了簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>ありとて私し共の衣類と<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>等の衣類<ruby><rb>着替</rb><rt>きかへ</rt></ruby>させ一時も早く<ruby><rb>立退</rb><rt>たちの</rt></ruby>く樣にと申故<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>も<ruby><rb>氣遣敷</rb><rt>きづかはしく</rt></ruby>は存ずれども九郎兵衞が申<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せ其所より<ruby><rb>直樣</rb><rt>すぐさま</rt></ruby>江戸表へ罷出改名とう致し居候なりと申立ければ大岡殿コレ九郎兵衞<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が申は<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りか惣内が白状に相違有まじ<ruby><rb>左右</rb><rt>とかく</rt></ruby><ruby><rb>未練</rb><rt>みれん</rt></ruby>に爭はずとも<ruby><rb>最早</rb><rt>もはや</rt></ruby><ruby><rb>有體</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状致せと申さるゝに<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby><ruby><rb>奸惡</rb><rt>かんあく</rt></ruby>の九郎兵衞も茲に至て初めて<ruby><rb>觀念</rb><rt>くわんねん</rt></ruby>なし今は何をか包み申さん只今惣内が申上しに相違御座なく<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>が藥を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へに參りし跡にて女の<ruby><rb>泣聲</rb><rt>なきごゑ</rt></ruby>致すにより里が<ruby><rb>勾引</rb><rt>かどはか</rt></ruby>され候事<ruby><rb>哉</rb><rt>や</rt></ruby>と存じ惡者と<ruby><rb>戰</rb><rt>たゝか</rt></ruby>ひ居候中惣内<ruby><rb>立戻</rb><rt>たちもど</rt></ruby>り來兩人にて其者を<ruby><rb>追掛</rb><rt>おひかけ</rt></ruby>河原の方へ到り<ruby><rb>暗紛</rb><rt>くらまぎ</rt></ruby>れの<ruby><rb>出會頭</rb><rt>であひがしら</rt></ruby>に切込たれば女の<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>ぶ聲に里を切しことやと驚きながら<ruby><rb>漸々</rb><rt>やう〱</rt></ruby><ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の男をも<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>仕つり其<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>月も出候に付<ruby><rb>熟々</rb><rt>よく〱</rt></ruby>見候へば男女兩人とも存ぜぬ者ゆゑ一時當惑は致せしが今更致し方も無之ゆゑ茲に<ruby><rb>惡計</rb><rt>あくけい</rt></ruby>を考へ出し<ruby><rb>豫</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>妬</rb><rt>ねた</rt></ruby>ましき九助に此人殺しの<ruby><rb>科</rb><rt>とが</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>おは</rt></ruby>せ<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を<ruby><rb>亡</rb><rt>なき</rt></ruby>者にせんと存じ惣内夫婦の者の衣類を死人へ<ruby><rb>着替</rb><rt>きせかへ</rt></ruby>惣内お里兩人が影を<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>させ其日<ruby><rb>法會</rb><rt>ほふゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>にて盜み<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>たる九助の<ruby><rb>鼻紙入</rb><rt>はながみいれ</rt></ruby>を後の證據に死骸の<ruby><rb>傍邊</rb><rt>かたはら</rt></ruby>に落し置又<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>夫婦と申立る爲死人の首を<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>小半道程傍なる<ruby><rb>丘</rb><rt>をか</rt></ruby>の小松の根へ<ruby><rb>隱</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>埋</rb><rt>うづ</rt></ruby>め<ruby><rb>置</rb><rt>おき</rt></ruby>扨惣内夫婦切害に逢たる旨領主の郡奉行へ訴へ出二十兩餘の<ruby><rb>賄賂</rb><rt>まいない</rt></ruby>を<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ九助を殺さんと致せしは如何なる<ruby><rb>天魔</rb><rt>てんま</rt></ruby>の<ruby><rb>魑入</rb><rt>みいり</rt></ruby>しやと今更<ruby><rb>後悔仕</rb><rt>こうくわいつかま</rt></ruby>つるも<ruby><rb>詮</rb><rt>せん</rt></ruby>なき事なれば<ruby><rb>切</rb><rt>せめ</rt></ruby>ては<ruby><rb>罪障</rb><rt>ざいしやう</rt></ruby><ruby><rb>消滅</rb><rt>せうめつ</rt></ruby>の<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>懺悔</rb><rt>ざんげ</rt></ruby>仕つるなり因ては御殿場村の條七娘里儀の不義も何も<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>も<ruby><rb>引纏</rb><rt>ひきまとめ</rt></ruby>て惡事は此九郎兵衞なれば御<ruby><rb>法</rb><rt>はふ</rt></ruby><ruby><rb>通</rb><rt>どほ</rt></ruby>りの御<ruby><rb>所刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>を願ひ奉つると<ruby><rb>委細</rb><rt>ゐさい</rt></ruby>白状に及びしかば大岡殿<ruby><rb>神妙</rb><rt>しんめう</rt></ruby>なりと有て又お深に向はれ<ruby><rb>只今</rb><rt>たゞいま</rt></ruby>九郎兵衞が申通り相違なきやと<ruby><rb>尋問</rb><rt>たづね</rt></ruby>らるゝに最早一<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby>の<ruby><rb>強情</rb><rt>がうじやう</rt></ruby>も<ruby><rb>言難</rb><rt>いひがた</rt></ruby>く恐れ入たりと申にぞ大岡殿夫れ見よ天に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>なしと雖も是を見天に耳なしと雖も是を<ruby><rb>聞</rb><rt>きゝ</rt></ruby><ruby><rb>正邪</rb><rt>せいじや</rt></ruby><ruby><rb>判然</rb><rt>はんぜん</rt></ruby>たるは天道の照し給ふ處なり其罪成ぬ九助が無實は今日<ruby><rb>顯然</rb><rt>げんぜん</rt></ruby>たる上からは<ruby><rb>出牢</rb><rt>しゆつらう</rt></ruby>を申付村役人共へ預け<ruby><rb>遣</rb><rt>つかは</rt></ruby>す其外松本理左衞門始め吟味方役人并に九郎兵衞ふか惣内里等は<ruby><rb>爪印</rb><rt>つめいん</rt></ruby>申付ると有て何れも口書爪印とぞなりにける

## 第十九回

時に<ruby><rb>享保</rb><rt>きやうほ</rt></ruby>二年十二月廿五日一<ruby><rb>同</rb><rt>どう</rt></ruby><ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に於て申渡され左の通り

<ruby><rb>本多長門守</rb><rt>ほんだながとのかみ</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>

<ruby><rb>松本</rb><rt>まつもと</rt></ruby><ruby><rb>理</rb><rt>り</rt></ruby>左衞門

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>き役儀をも勤ながら百姓九郎兵衞より<ruby><rb>賄賂</rb><rt>わいろ</rt></ruby>の金銀を<ruby><rb>受</rb><rt>うけ</rt></ruby><ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>が<ruby><rb>爲</rb><rt>ため</rt></ruby><ruby><rb>不都合</rb><rt>ふつがふ</rt></ruby>の吟味に及び<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>なき九助を一<ruby><rb>旦</rb><rt>たん</rt></ruby><ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>に申付候條<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付大小<ruby><rb>取上</rb><rt>とりあげ</rt></ruby><ruby><rb>主家</rb><rt>しうか</rt></ruby><ruby><rb>門前拂</rb><rt>もんぜんばらひ</rt></ruby>申付る

本多長門守家來

<ruby><rb>黒崎</rb><rt>くろざき</rt></ruby>又左衞門

<ruby><rb>市田武助</rb><rt>いちだぶすけ</rt></ruby>

其方<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>支配とは申ながら松本理左衞門申<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむ</rt></ruby>きに<ruby><rb>相任</rb><rt>あひまか</rt></ruby>せ<ruby><rb>賄賂</rb><rt>わいろ</rt></ruby>の金銀<ruby><rb>受納</rb><rt>じゆなふ</rt></ruby>致せし<ruby><rb>而已</rb><rt>のみ</rt></ruby>ならず不<ruby><rb>都合</rb><rt>つがふ</rt></ruby>の吟味に及び候條不屆至極に付<ruby><rb>主家</rb><rt>しうか</rt></ruby>門前拂申付る

<ruby><rb>本多</rb><rt>ほんだ</rt></ruby>長門守<ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>

<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby><ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はいばらごほり</rt></ruby>水呑村百姓

九郎兵衞

<ruby><rb>酉</rb><rt>とり</rt></ruby>五十七歳

其方儀若年より<ruby><rb>不身持</rb><rt>ふみもち</rt></ruby>に付兄九郎右衞門<ruby><rb>勘當</rb><rt>かんだう</rt></ruby>を受け<ruby><rb>相摸國</rb><rt>さがみのくに</rt></ruby>御<ruby><rb>殿場</rb><rt>てんば</rt></ruby>村百姓條七世話に相成居候中<ruby><rb>惡法</rb><rt>あくはふ</rt></ruby>を以て條七を難病に罹らせ同人<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>鐵</rb><rt>てつ</rt></ruby>と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>の上條七を追出し<ruby><rb>家屋敷</rb><rt>いへやしき</rt></ruby><ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby><ruby><rb>家財等</rb><rt>かざいとう</rt></ruby>迄<ruby><rb>押領</rb><rt>あふりやう</rt></ruby>致し條七娘里を押て自分養女に致し<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>九助が信實にて古郷へ連歸り候節九助へ里を<ruby><rb>娶合</rb><rt>めあはせ</rt></ruby><ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby><ruby><rb>不如意</rb><rt>ふによい</rt></ruby>に付九助江戸表へ奉公に出候留守中娘さと村役人惣内と不義致し其身も惣内母<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふか</span>と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及び九助より<ruby><rb>配分</rb><rt>はいぶん</rt></ruby>の金子を取り里を惣内妻に致し其後下伊呂村にて石川安五郎<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby><ruby><rb>并</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>松五郎を切殺し惣内夫婦を密かに立退せ同人夫婦<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に<ruby><rb>逢</rb><rt>あひ</rt></ruby>し趣きに訴へ出九助を罪に<ruby><rb>陷</rb><rt>おと</rt></ruby>さんと<ruby><rb>謀計</rb><rt>はかり</rt></ruby>上を<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>りし<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>公儀を恐れざる種々惡事<ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby><ruby><rb>不屆至極</rb><rt>ふとゞきしごく</rt></ruby>に付死罪の上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>本多長門守</rb><rt>ほんだながとのかみ</rt></ruby><ruby><rb>領分</rb><rt>りやうぶん</rt></ruby>

<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby><ruby><rb>榛原郡</rb><rt>はいばらごほり</rt></ruby>水呑村<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>名主

<ruby><rb>當時</rb><rt>たうじ</rt></ruby>八町<ruby><rb>堀</rb><rt>ぼり</rt></ruby><ruby><rb>長澤</rb><rt>ながさは</rt></ruby>町

<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>だな</rt></ruby>惣内事

甚兵衞

<ruby><rb>酉</rb><rt>とり</rt></ruby>二十七<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>

其方儀村役中<ruby><rb>不正</rb><rt>ふせい</rt></ruby>の儀多く<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に九助妻里と<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及び九助<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるゐ</rt></ruby>と<ruby><rb>僞</rb><rt>いつは</rt></ruby>り水田屋藤八方より金子百八十兩餘<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取り其後下伊呂村にて石川安五郎妻<ruby><rb>并</rb><rt>なら</rt></ruby>びに<ruby><rb>馬士</rb><rt>まご</rt></ruby>松五郎の兩人を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>なし九郎兵衞と申合せ<ruby><rb>其所</rb><rt>そこ</rt></ruby>より<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゆつぽん</rt></ruby><ruby><rb>致</rb><rt>いた</rt></ruby>し甚兵衞と<ruby><rb>改名</rb><rt>かいめい</rt></ruby>の上長澤町源兵衞<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>に<ruby><rb>罷在</rb><rt>まかりあり</rt></ruby><ruby><rb>裏茅場町</rb><rt>うらかやばちやう</rt></ruby><ruby><rb>醫師</rb><rt>いし</rt></ruby>木村道庵方へ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び入金子四十三兩<ruby><rb>其外</rb><rt>そのほか</rt></ruby><ruby><rb>衣類</rb><rt>いるゐ</rt></ruby>品々<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取候<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby><ruby><rb>重々</rb><rt>ぢう〱</rt></ruby>不屆<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に付<ruby><rb>引廻</rb><rt>ひきまは</rt></ruby>しの上<ruby><rb>獄門</rb><rt>ごくもん</rt></ruby>申付る

本多長門守領分

<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby><ruby><rb>榛原</rb><rt>はいばら</rt></ruby>郡水呑村先名主

惣左衞門<ruby><rb>後家</rb><rt>ごけ</rt></ruby>

ふか

酉四十六歳

其方儀<ruby><rb>悴</rb><rt>せがれ</rt></ruby>惣内不屆の儀を<ruby><rb>押隱</rb><rt>おしかく</rt></ruby>し九郎兵衞を<ruby><rb>後見</rb><rt>こうけん</rt></ruby>人と名付我が家へ入れ<ruby><rb>密通</rb><rt>みつつう</rt></ruby>に及びし而已ならず同人と申合九助へ<ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の申<ruby><rb>掛</rb><rt>かけ</rt></ruby>をなし亡なはんとせし段不屆至極に付<ruby><rb>村拂</rb><rt>むらはらひ</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>惣内</rb><rt>そうない</rt></ruby><ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>

さと

酉二十一歳

<ruby><rb>其方</rb><rt>そのはう</rt></ruby>儀<ruby><rb>養父</rb><rt>やうふ</rt></ruby>九郎兵衞申付とは云ながら夫九助が<ruby><rb>所持</rb><rt>しよぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>曼陀羅</rb><rt>まんだら</rt></ruby>を<ruby><rb>盜</rb><rt>ぬすみ</rt></ruby>惣内へ相<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し藤八より金子を<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り取せ候段不屆至極に付<ruby><rb>遠島</rb><rt>ゑんたう</rt></ruby>をも<ruby><rb>仰</rb><rt>おほせ</rt></ruby>付らるべきの所<ruby><rb>實父</rb><rt>じつぷ</rt></ruby>條七當時出家大源が<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>ひに<ruby><rb>依</rb><rt>より</rt></ruby><ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>一等を<ruby><rb>宥</rb><rt>ゆる</rt></ruby>させられ<ruby><rb>輕構</rb><rt>けいかまひ</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby><ruby><rb>江尻宿</rb><rt>えじりじゆく</rt></ruby>百姓

儀左衞門

酉三十二歳

<ruby><rb>其方儀</rb><rt>そのはうぎ</rt></ruby>石川安五郎小松屋<ruby><rb>遊女</rb><rt>いうぢよ</rt></ruby><ruby><rb>白妙</rb><rt>しろたへ</rt></ruby>同道にて<ruby><rb>立退</rb><rt>たちのき</rt></ruby>候節私しの<ruby><rb>趣意</rb><rt>しゆい</rt></ruby>を以て<ruby><rb>追掛</rb><rt>おひかけ</rt></ruby><ruby><rb>彌勒</rb><rt>みろく</rt></ruby>町番人重五郎と申者<ruby><rb>支</rb><rt>さゝ</rt></ruby>へ候を<ruby><rb>切害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>に及び候段<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>に付死罪申付る

同人妻

くめ

酉二十四歳

其方儀重五郎<ruby><rb>切害人</rb><rt>せつがいにん</rt></ruby>は石川安五郎とのみ心得<ruby><rb>強</rb><rt>しひ</rt></ruby>て<ruby><rb>訴</rb><rt>うつた</rt></ruby>へに及び候條心得違ひなり之に依て<ruby><rb>嚴敷</rb><rt>きびしく</rt></ruby><ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>り置く

<ruby><rb>松平玄蕃頭</rb><rt>まつだひらげんばのかみ</rt></ruby><ruby><rb>家來</rb><rt>けらい</rt></ruby>

石川安五郎

酉二十六歳

其方儀<ruby><rb>吟味</rb><rt>ぎんみ</rt></ruby>致し候處<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby>の<ruby><rb>惡事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>無之とは申ながら不行屆の儀も有之候故主人方にて<ruby><rb>遠慮</rb><rt>ゑんりよ</rt></ruby>申付る

<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby><ruby><rb>相良領</rb><rt>さがらりやう</rt></ruby>水呑村名主

九助

酉二十七歳

其方儀吟味<ruby><rb>相遂</rb><rt>あひとげ</rt></ruby>候所<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも惡事是なく且亡父の<ruby><rb>遺言</rb><rt>ゆゐごん</rt></ruby>を<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>り不埓の伯父を<ruby><rb>呼戻</rb><rt>よびもど</rt></ruby>し養ひ候而已ならず其後大金をも<ruby><rb>分與</rb><rt>わけあた</rt></ruby>へし所<ruby><rb>數月</rb><rt>すげつ</rt></ruby><ruby><rb>無實</rb><rt>むじつ</rt></ruby>の罪にて入<ruby><rb>牢</rb><rt>らう</rt></ruby>致し居し段<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>に<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめさ</rt></ruby>れ且つ至孝の者に付<ruby><rb>苗字</rb><rt>めうじ</rt></ruby><ruby><rb>帶刀</rb><rt>たいたう</rt></ruby><ruby><rb>差許</rb><rt>さしゆる</rt></ruby>す樣領主へ仰付らる之に<ruby><rb>依</rb><rt>よつ</rt></ruby>て村役の儀は前々之通り心得べし

九助妻

せつ

酉十九歳

<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby><ruby><rb>島田宿</rb><rt>しまだじゆく</rt></ruby>

水田屋藤八

其方共儀<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby><ruby><rb>夫等</rb><rt>をつとら</rt></ruby>の<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>を歎き<ruby><rb>艱難辛苦</rb><rt>かんなんしんく</rt></ruby>の上公儀<ruby><rb>巡見使</rb><rt>じゆんけんし</rt></ruby>へ<ruby><rb>訴</rb><rt>うつたへ</rt></ruby>出申立<ruby><rb>明了</rb><rt>あきらか</rt></ruby>なるにより善惡判然と相<ruby><rb>顯</rb><rt>あらは</rt></ruby>れ九助の<ruby><rb>寃罪</rb><rt>ゑんざい</rt></ruby>を<ruby><rb>雪</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎし<ruby><rb>信義</rb><rt>しんぎ</rt></ruby><ruby><rb>貞操</rb><rt>ていさう</rt></ruby>の段厚く<ruby><rb>譽</rb><rt>ほめ</rt></ruby><ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>く

<ruby><rb>遠州</rb><rt>ゑんしう</rt></ruby><ruby><rb>上新田村</rb><rt>かみしんでんむら</rt></ruby>

<ruby><rb>無量庵</rb><rt>むりやうあん</rt></ruby><ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>

大源

<ruby><rb>駿州</rb><rt>すんしう</rt></ruby><ruby><rb>鞠子宿</rb><rt>まりこじゆく</rt></ruby>

<ruby><rb>柴屋</rb><rt>しばや</rt></ruby>寺<ruby><rb>住持</rb><rt>ぢうぢ</rt></ruby>

宗久

其方共儀<ruby><rb>不埓</rb><rt>ふらち</rt></ruby>の<ruby><rb>筋</rb><rt>すぢ</rt></ruby>も之なし<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>ひなし

其外<ruby><rb>双方</rb><rt>さうはう</rt></ruby><ruby><rb>付添</rb><rt>つきそひ</rt></ruby>の役人共<ruby><rb>右</rb><rt>みぎ</rt></ruby>の通り申<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>せしにより其<ruby><rb>旨</rb><rt>むね</rt></ruby><ruby><rb>心得</rb><rt>こゝろえ</rt></ruby>よと申渡されける實にや大岡殿の<ruby><rb>裁斷</rb><rt>さいだん</rt></ruby><ruby><rb>明鏡</rb><rt>めいきやう</rt></ruby>に物を<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>すが如く<ruby><rb>後世</rb><rt>こうせい</rt></ruby>其<ruby><rb>才量</rb><rt>さいりやう</rt></ruby>を<ruby><rb>稱</rb><rt>たゝ</rt></ruby>へるも<ruby><rb>宜</rb><rt>むべ</rt></ruby>なる<ruby><rb>哉</rb><rt>かな</rt></ruby>

水呑村九助一件終