Soranoha

鬼桃太郎

おにももたろう

尾崎 紅葉

〔図〕fig50354_01.png
「鬼桃太郎」の図

むかしむかし翁じじは山へ柴刈しばかりに、

媼ばばは洗濯の河にて、

拾いし桃実ももの裏うちより

生れ出いでたる桃太郎、

猿雉子きじ犬を引率いんぞつルビの「いんぞつ」はママして

この鬼ヶ島に攻来せめきたり、

累世よよの珍宝たからを分捕ぶんどりなし、

勝矜かちほこらせて

還かえせし事、

この島末代までの

恥辱なり、

〔図〕fig50354_02.png
「鬼王」の図

あわれ願わくは

武勇勝すぐれたる鬼のあれかし、

其その力を藉かりてなりとも

この遺恨うらみ霽はらさばやと、

時の王鬼おうおに島中に触ふれを下し、

誰たれにてもあれ日本を征伐し、

桃太郎奴めが若衆首わかしゅくびと、

分捕られたる珍宝たからを携え還らんものは、

此この島の王となすべしとありければ、

血気に逸はやる若鬼輩ども、

ひこひこと額の角を蠢うごめかし、

我功名せんと

想おもわざるはなけれども、

いずれも桃太郎が技掚てなみに懲こり、

我はと名乗出づるものも

あらざりけり、

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「鬼王の触」の図

茲ここに阿修羅河あしゅらかわの畔ほとりに世を忍びて、

佗わびしく住みなせる

夫婦の鬼ありけり、

もとは

鬼ヶ島の

城門の

衛司まもりつかさにて

ありけるが、

桃太郎攻入せめいり

の砌みぎり敢あえなくも鉄の門扉とびらを

打摧うちくだかれ、敵軍乱入に

及びし条じょう、其身の懈怠おこたりに因よるものなりとて、

斜ななめならず王鬼の勘気を蒙こうぶり、官を剥はがれ世に疎うとまれ、

今は漁人となって余命を送るといえども、何日いつかは身の罪を償あがのうて再び

世に出でんことを念懸こころがけ、子鬼の角の

束つかの間も忘るる間ひまぞなかりける、

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「夫婦の鬼」の図

さるほどに此触このふれを聞く嬉うれしさ、茨木童子いばらきどうじが

断落きりおとされし我片腕をも見たらん心地して、

此時なりと心ばかりは逸れども、

嚮さきに城門の敗戦やぶれに桃太郎と亘合わたりあわせ、

五十貫目の鉄棒てつのぼうもて、

右の角を根元より

摧折ひしおれたる創きずの今に疼いたむこと頻しきりにして、

不治の疾やまいを得たりければ、

合戦なんど思いも寄らず、

かかる時子だにあらばと

頻りに妻なる鬼を罵ののしりぬ、

されば妻の言いけるは、

伝聞つたえきく日本の桃太郎は、河に流れし桃より

生れて武勇抜群の小児こせがれなり、

尋常なみなみなる鬼胎おにのはらより出でなん鬼児おにのこにては、

彼奴かれめが敵手あいてとならんこと覚束おぼつかなし、妾わらわ夜叉神やしゃじんに一命を

奉ささげて、桃太郎二倍ふたつがけなる武勇の子を祷いのるべしと、

阿修羅河の岸なる夜叉神社に参籠さんろうし、三七日さんしちにちの

夜にして始めて霊夢を蒙り、その払暁あかつき水際みぎわに立出たちいでて

見れば、いと大きなる

苦桃にがもも一顆ひとつ浮波々々ふわふわと浮来うききたりぬ、

〔図〕fig50354_05.png
「夜叉神と阿修羅河」の図

扨さてはと嬉しく抱還いだきかえれば、

待構まちかまえたる夫の喜悦よろこびたとうる方なし、

割さきて見れば果せるかな、核さねおのずから飛とんで

坐上ざじょうに躍ると見えしが、忽焉たちまち其長そのたけ一丈五尺の

青鬼と変じ、紅皿べにさらのごとき口を開き、

爛々らんらんたる火焔かえんを吐はきて矗すっくと立たったる

其風情、鬼の眼めにさえ恐ろしくも、

また物凄ものすごくぞ見えたりける、

苦桃の裏うちより生まれたればとて

苦桃太郎にがももたろうと名乗らせぬ、

〔図〕fig50354_06.png
「苦桃太郎の誕生」の図

扨さて夫婦所志おもうよしを語りければ

苦桃大いに喜び、

易やすき事かな、我一跨ひとまたぎに日本へ推渡おしわたり、

三指みつゆびにて桃太がそっ首引抜き、

其国の珍宝たからの有らん限り引攫ひきさろうて還るべし、

これより出陣出陣と勇み立てば、夫婦のいうよう、

此条このじょう王鬼に届出とどけいでずして我儘わがままに出立しゅったつせば、

或あるいは功も功とならずして、却かえって咎とがめのあらんも

測り難し、夫婦われらは罪を負う身の

拝謁おめみえ愜かなわざればとて、苦桃太郎単身ひとりして

王城に到らしめ、桃太郎征伐の義を

言上ごんじょうしければ、

王鬼火焔ほのおを吐きて悦よろこぶこと限りなく、

八角に削成けずりなして二百八十八箇かの銀星ぎんのほし打うったる

鉄棒てつのぼうを賜たまい、爾なんじ之これを以もって桃奴ももめが腰骨微塵みじんに砕けよと

ありければ、苦桃太郎冷笑あざわらい、

桃太郎風情の小童こわっぱ十人二十人、虱しらみを拈ひねるよりなお易きに、

安なんぞ武器などの入り候べき、

仮初かりそめにもかかる物を賜う事

頗すこぶる某それがしが武勇を

気遣いたまうに似たり、

無礼を御免おんゆるし候え、

これ御覧ぜよ方々と、

側そばなる鉄の円柱まるばしらを小指もてゆらゆらと

盪揺おしうごかせば、満座斉ひとしく色を失い、

やれ苦桃技掚てなみは見えたり、

止やめよ止めよと震慄おののきけり、

〔図〕fig50354_07.png「苦桃太郎の技掚」の図

王鬼近く苦桃を

招きて、かかる爾なんじが

武勇を以てせば、

桃太郎を

滅ぼさん事

疑いなし、

別に取らす

べきものありと、

自家みずから穿はぎたりし

白虎びゃくこの生皮いきがわもて

造れる褌はかまを解きて投出なげだし

たまえば取とって戴いただき、

双そうの角に引懸ひきかけ、

手振てふり足拍子可笑おかしく

外道舞げどうまいというを舞い、

喜び勇んで退出まかんでけり、

〔図〕fig50354_08.png
「外道舞」の図

明日あしたともなりぬれば

王城より使者向いて、

鉄線はりがねの嚢ふくろに

人間の髑髏されこうべの

附焼つけやき十箇とおを

盛りて、

かの桃太郎が

黍団子きびだんごに擬なぞらえ、

之を兵粮ひょうろうにとて

賜わりぬ、

徂々ゆきゆきて

鬼ヶ島の

堺さかいに

来りたる頃、

魔風遽にわかに颯々さつさつと吹荒ふきすさみ、瀑たきのごとくに

暴雨沃そそぎて天地鳴動し、坤軸こんじくも折るるかと

想うばかりなり、

あら心地好よき光景ありさまやと、少時しばし立留たちとどまって

四方を屹きっと見てあれば、魔王岳まおうがたけの絶頂ぜっちょうに

当りて、電光の閃ひらめく裏うちに金色こんじきの

毒竜どくりょう現われ、此方こなたを目懸けて

箭やを射るごとく飛来とびきたる、

〔図〕fig50354_09.png
「毒竜」の図

やあ小賢こさかしき長虫ながむしの通力立つうりきだて、

寄らば目に物見せんと

力足蹈鳴ふみならして身構うる間まに、

かの毒竜舞下まいさがりて

太郎が前に蜷とぐら屈まくこと十三巻まき、

舌を吐き首を俛たれていうようは、

某は魔王岳の絶頂いただきなる湖水みずうみに

歳とし久しく棲すめる竜王りょうおうなるが、

日本の地に罷在まかりある眷族けんぞくの蛇類へびども、

かの桃太郎が家臣なる雉子の

一類の為ために、食はまるること

年々その数を知らず、

いかにもして此遺恨このうらみ報かえさばやと

思う事久しけれど、孤独ひとりの力及び難く、

無念を呑のんで瞋恚しんいの炎燄ほむらを吐く折から、

将軍此度桃太郎征伐のよしを聞及び、

願わくは御手おんてに随従して微力を竭つくし、

御威勢を以て一族の積る恨みを

散ぜんとて、これまで御おん出迎い

仕つかまつりぬ、あわれ御従軍おんとも御許おんゆるしあらば、

身の面目之これに過すぎじとありければ、

苦桃太郎喜悦浅からず、腰なる髑髏どくろ

一個ひとつ取らせて主従しゅうじゅうの契約ちぎりを結びぬ、

〔図〕fig50354_10.png
「主従の契約」の図

爾時そのとき毒竜のいいけるは、徃時いんじ桃太郎は

雉子猿犬の三郎党さんろうどうを従がえて、

大勝利を得し例ためしに傚ならい、

将軍も亦また好よき郎党を召めしたまわずや、

某それがしが無二の交まじわりを結べる

二頭にひきの勇者つわものあり、もし

御意ぎょいあらば立所たちどころに召寄めしよすべし

との推挙に、千羊せんようの皮は

一狐腋いっこのえきに如しかずの本文ほんもん、

なまじいなる

輩やからは却かえって足手纏あしでまといなれど、

御身おんみが信じて一方の大将とも

なすべき器量ありとせば、早々

その者を

召寄せた

まえという、

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「大狒と狼」の図

恐おそれ多おおき申分には候えども、

類は友を以て聚あつまるの喩たとえ、

某それがし不肖といえども

魔王岳の竜王なり、

凡俗なる狐狸こりの輩ともがらを友と

せんや、まず召寄せて

見参げんざんに入れんと、

二振ふたふり三振みふり尾を掉ふれば

響ひびき宛然さながら金鈴のごとし、

之を合図に北方ほくほうより忽然こつぜんとして

白毛びゃくもう朱面しゅめんの大狒おおひひ飛来とびきたり、

西方さいほうよりは牛かと見紛みまごうばかりの

狼おおかみ躍出おどりいでて、一斉に太郎が前に額ぬかずけば、

苦桃岩角に腰打懸うちかけ、

鴆ちんの羽扇はおうぎにて麾さしまねき、実げに頼もしき

器量骨格こつがら、狒は猿の首領かしらにして

狼は犬の強敵ごうてきたり、

之に加うるに毒竜あれば、

桃太郎を一戦に撃破うちやぶらん事、鉄槌てっついを以て

土器かわらけを摧くだくがごとし、いざ引出物取らせんと、

また二箇ふたつの髑髏どくろを与え、いでや出陣と立上たちあがれば、

毒竜再び策を献じていわく、某に飛行ひぎょう自在の術の候、

瞬時またたくまにして日本国に到るべしと、虚空に向って呼吸いきを吐けば、

不思議や黄雲遽然にわかに蒸して眼前に聚あつまりぬ、主従之に打乗り、

宙を飛ぶこと西遊記の絵のごとく、一昼夜にして眼界果はてしなき

大洋おおうなばらの上にぞ来りける、

〔図〕fig50354_12.png
「飛行自在の術」の図

苦桃太郎不審を起し、我等神通力を以てかく飛行しながら、

未だ日本の地に着かざる理りなし、毒竜爰ここは鬼ヶ島を去ること若干里いくばくぞ、

さん候、大約おおよそ十二万三千四百

五十六億七千八百九十里、

おっと其それは行過ゆきすぎたり、

戻せ戻せと逆飛雲の法を

行なわせて、無二無三に退もどるほどに

還るほどに、また戻過もどりすぐること

九十八万七千六百五十四億

三万二千と一百里、これではならぬと

また出直して、行けば行過ぎ、

戻れば戻過ぎ、行つ戻りつ、

戻りつ行きつ、左へ翔かけり右へ走り、

四面八角縦横無尽に飛廻とびまわるほどに、

流石さすがの毒竜の魔力まりきも限かぎりあれば次第に疲れ、

雲は弱りて薄れ行き、

今は古綿のごとく此処ここも寸断ちぎれ彼所かしこも寸断れて、

放下ほけたる空隙あなより践外ふみはずして、狒ひひ狼おおかみは敢あえなくも

泡立あわだつ海に落入りて、鰐魚わにの餌食えじきとなりけらし。

〔図〕fig50354_13.png
「狒狼が海に落入」の図

苦桃太郎之を見るより奮然として怒いかりを為なし、

おのれ毒竜、爾なんじが魯鈍うつけの故ゆえを以て、

股肱ここうの臣を喪うしないたるぞ、

軍陣の門出かどでに

前徴さいさき悪し、

憎にっくき奴と

拳こぶしを固めて、

毒竜の真額まっこう

砕けよと

乱打つづけうちに撃うちければ、

もとより暴気あらきの

毒竜は発憤いかりの眼まなこに

朱を濺そそぎ、金の鱗うろこを

逆さかだてたるは木葉このはに風の吹ふくごとし、

〔図〕fig50354_14.png
「毒龍が苦桃太郎を巻裹める」の図

やあ小憎きおのれが大将面づら、

いで竜王が本事てなみを見よと、

十間じっけん余りの尾を風車かざぐるまのごとくに

舞わして、苦桃太郎を七巻ななまきに巻裹まきくるめ、

骨も微塵と固緊しめつくれば、物々しやと苦桃太郎、

惣身そうみにうんと力を籠こむれば、さしもの毒竜弗ふっつと断きれ、

四段よだんとなって仆たおるれば、

魔力まりき忽たちまち解けて

雲は吹消ふきけすごとくなくなれば、

何かは以て堪たまるべき、

苦桃太郎迢々はるかの虚空より

足場を失い、

小石のごとく真一文字に舞下まいさがりて、

漫々たる大海だいかいへぼかん!

〔図〕fig50354_15.png
「苦桃太郎の落下」の図

〔図〕fig50354_16.png「おにが嶋の文字にて」書かれた『鬼桃太郎』の序文(紅葉筆)

「おにが嶋の文字にて」書かれた『鬼桃太郎』の序文(紅葉筆)

底本 / Source edition

底本:「妖怪文藝〈巻之弐〉 響き交わす鬼」小学館文庫、小学館
2005(平成17)年10月1日初版第1刷発行
底本の親本:「名著複刻 日本児童文学館1」ほるぷ出版
1974(昭和49)年9月
初出:「鬼桃太郎」幼年文學叢書、博文館
1891(明治24)年10月11日印刷出版
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「火焔」に対するルビの「かえん」と「ほのお」の混在は、底本通りです。
※挿絵は、底本の親本から富岡永洗(1864(元治元)年~1905(明治38)年)のものをとりました。
※誤植を疑った箇所を、親本の表記にそって、あらためました。
※改行は、底本通りです。
入力:田中哲郎
校正:みきた
2018年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
/works/050354_000091/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/050354_000091/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/050354_000091/

尾崎 紅葉「鬼桃太郎」(新字新仮名)、底本『妖怪文藝〈巻之弐〉 響き交わす鬼』小学館文庫、小学館、2005年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050354_000091, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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