Soranoha

小林秀雄小論

こばやしひでおしょうろん

中原 中也

機敏な晩熟児といふべき此の男が、現に存するのだから僕は機敏な晩熟児が如何にして存るママかその様を語らうと思ふ。

この男は意識的なのです。そして意識はどつちみち人を悲しませるものです。然るにその悲しみ方に色々ある。そしてこの男について言つてみれば、この男はその悲しむ段となつてはまるで無意識家と同しなのです。それは私にこの男の意志が間断しないことを知らせます。

けれども、悲しむ段となつてだけ無意識なんてことがありませうか? それは考へられません。それで私が今初めに此の男を意識的だといつたのをなんとか改訂しなければなりません。然り、この男は無意識家なのです。然るに用心深すぎるのです。卑怯なのです。然るにこの男が此の頃大変卑怯ではない人の分る事が分るのはどうしたことでせう?――この男は甞て心的活動の出発点に際し、純粋に自己自身の即ち魂の興味よりもヴァニティの方を一足先に出したのです。そして此の頃大変魂の大事なことが分るといふのには、彼の自己自身の興味に沈溺する善良性は小さくなかつたのです。然るにヴァニティは一歩先に出たのだから、つまりどつちも大きいがヴァニティの方が一歩より大きいのです。――といふのがこの男に先験されたるもの、即ち素質です。

然るに素質は自覚されてからは物性を超越するもの、従て有意的に変るものであります。

偖、機敏な男とは生活の処理のよくつく男といふことゝいつて差支へありません。この男はヴァニティ、即ち自己自身の魂のことを後にしたので生活の処理がつき易かつたのです。そして人はヴァニティの方に傾く即ち堕落する方は楽なのでこの男は長い間機敏を続けてゐました。所がヴァニティの方が魂のことの方より少しゝか先に進まなかつたので、そして両方大きかつたので、或時期に至つて魂のことの方が先になつたのです、晩熟しました。

では今は魂のことの方が先になつたのだから、以前の機敏は右にか左にかともかく変化をうけた筈です。御覧なさいこの頃のこの男は、心は以前より快活なのに、さも物哀れな首条を見せてゐます。――

僕は希望として述べておきますが、まだいまの所ではしやうがない。出来るだけ多くの人に会はぬ方がよろしい。――僕は生意気なことを言つた。…………

底本 / Source edition

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店
2003(平成15)年11月25日初版発行
入力:村松洋一
校正:なか
2010年10月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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中原 中也「小林秀雄小論」(新字旧仮名)、底本『新編中原中也全集 第四巻 評論・小説』角川書店、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050244_000026, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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