Soranoha

六号室

ろくごうしつ

チェーホフ アントン

(一)

町立病院ちょうりつびょういんの庭にわの内うち、牛蒡ごぼう、蕁草いらぐさ、野麻のあさなどの簇むらがり茂しげってる辺あたりに、小ささやかなる別室べっしつの一棟むねがある。屋根やねのブリキ板いたは錆さびて、烟突えんとつは半なかば破こわれ、玄関げんかんの階段かいだんは紛堊しっくいが剥はがれて、朽くちて、雑草ざっそうさえのびのびと。正面しょうめんは本院ほんいんに向むかい、後方こうほうは茫広ひろびろとした野良のらに臨のぞんで、釘くぎを立たてた鼠色ねずみいろの塀へいが取繞とりまわされている。この尖端せんたんを上うえに向むけている釘くぎと、塀へい、さてはまたこの別室べっしつ、こは露西亜ロシアにおいて、ただ病院びょういんと、監獄かんごくとにのみ見みる、儚はかなき、哀あわれな、寂さびしい建物たてもの。

蕁草いらぐさに掩おおわれたる細道ほそみちを行ゆけば直すぐ別室べっしつの入口いりぐちの戸とで、戸とを開ひらけば玄関げんかんである。壁際かべぎわや、暖炉だんろの周辺まわりには病院びょういんのさまざまの雑具がらくた、古寐台ふるねだい、汚よごれた病院服びょういんふく、ぼろぼろの股引下ズボンした、青あおい縞しまの洗浚あらいざらしのシャツ、破やぶれた古靴ふるぐつと云いったような物ものが、ごたくさと、山やまのように積つみ重かさねられて、悪臭あくしゅうを放はなっている。

この積上つみあげられたる雑具がらくたの上うえに、いつでも烟管きせるを噛くわえて寐辷ねそべっているのは、年としを取とった兵隊上へいたいあがりの、色いろの褪さめた徽章きしょうの附ついてる軍服ぐんぷくを始終ふだん着きているニキタと云いう小使こづかい。眼めに掩おおい被かぶさってる眉まゆは山羊やぎのようで、赤あかい鼻はなの仏頂面ぶっちょうづら、背せは高たかくはないが瘠やせて節塊立ふしくれだって、どこにかこう一癖くせありそうな男おとこ。彼かれは極きわめて頑かたくなで、何なによりも秩序ちつじょと云いうことを大切たいせつに思おもっていて、自分じぶんの職務しょくむを遣やり終おおせるには、何なんでもその鉄拳てっけんを以もって、相手あいての顔かおだろうが、頭あたまだろうが、胸むねだろうが、手当放題てあたりほうだいに殴打なぐらなければならぬものと信しんじている、所謂いわゆる思慮しりょの廻まわらぬ人間にんげん。

玄関げんかんの先さきはこの別室全体べっしつぜんたいを占しめている広ひろい間ま、これが六号室ごうしつである。浅黄色あさぎいろのペンキ塗ぬりの壁かべは汚よごれて、天井てんじょうは燻くすぶっている。冬ふゆに暖炉だんろが烟けぶって炭気たんきに罩こめられたものと見みえる。窓まどは内側うちがわから見悪みにくく鉄格子てつごうしを嵌はめられ、床ゆかは白しろちゃけて、そそくれ立だっている。漬つけた玉菜たまなや、ランプの燻いぶりや、南京虫なんきんむしや、アンモニヤの臭においが混こんじて、入はいった初はじめの一分時ぷんじは、動物園どうぶつえんにでも行いったかのような感覚かんかくを惹起ひきおこすので。

室内しつないには螺旋ねじで床ゆかに止とめられた寐台ねだいが数脚すうきゃく。その上うえには青あおい病院服びょういんふくを着きて、昔風むかしふうに頭巾ずきんを被かぶっている患者等かんじゃらが坐すわったり、寐ねたりして、これは皆みんな瘋癲患者ふうてんかんじゃなのである。患者かんじゃの数すうは五人にん、その中うちにて一人ひとりだけは身分みぶんのある者ものであるが他たは皆みな卑いやしい身分みぶんの者ものばかり。戸口とぐちから第だい一の者ものは、瘠やせて脊せの高たかい、栗色くりいろに光ひかる鬚ひげの、眼めを始終しじゅう泣腫なきはらしている発狂はっきょうの中風患者ちゅうぶかんじゃ、頭あたまを支ささえてじっと坐すわって、一つ所ところを瞶みつめながら、昼夜ちゅうやも別わかず泣なき悲かなしんで、頭あたまを振ふり太息といきを洩もらし、時ときには苦笑にがわらいをしたりして。周辺あたりの話はなしには稀まれに立入たちいるのみで、質問しつもんをされたら决けっして返答へんとうをしたことの無ない、食くう物ものも、飲のむ物ものも、与あたえらるるままに、時々ときどき苦くるしそうな咳せきをする。その頬ほおの紅色べにいろや、瘠方やせかたで察さっするに彼かれにはもう肺病はいびょうの初期しょきが萌きざしているのであろう。

それに続つづいては小体こがらな、元気げんきな、頤鬚あごひげの尖とがった、髪かみの黒くろいネグル人じんのように縮ちぢれた、すこしも落着おちつかぬ老人ろうじん。彼かれは昼ひるには室内しつないを窓まどから窓まどに往来おうらいし、或あるいはトルコ風ふうに寐台ねだいに趺あぐらを坐かいて、山雀やまがらのように止とめ度どもなく囀さえずり、小声こごえで歌うたい、ヒヒヒと頓興とんきょうに笑わらい出だしたりしているが、夜よるに祈祷きとうをする時ときでも、やはり元気げんきで、子供こどものように愉快ゆかいそうにぴんぴんしている。拳こぶしで胸むねを打うって祈いのるかと思おもえば、直すぐに指ゆびで戸との穴あなを穿ほったりしている。これは猶太人ジウのモイセイカと云いう者もので、二十年ねんばかり前まえ、自分じぶんが所有しょゆうの帽子製造場ぼうしせいぞうばが焼やけた時ときに、発狂はっきょうしたのであった。

六号室ごうしつの中うちでこのモイセイカばかりは、庭にわにでも町まちにでも自由じゆうに外出でるのを許ゆるされていた。それは彼かれが古ふるくから病院びょういんにいる為ためか、町まちで子供等こどもらや、犬いぬに囲かこまれていても、决けっして他たに何等なんらの害がいをも加くわえぬと云いうことを町まちの人ひとに知しられている為ためか、とにかく、彼かれは町まちの名物男めいぶつおとことして、一人ひとりこの特権とっけんを得えていたのである。彼かれは町まちを廻まわるに病院服びょういんふくのまま、妙みょうな頭巾ずきんを被かぶり、上靴うわぐつを穿はいてる時ときもあり、或あるいは跣足はだしでズボン下したも穿はかずに歩あるいている時ときもある。そうして人ひとの門かどや、店前みせさきに立たっては一銭せんずつを請こう。或ある家いえではクワスを飲のませ、或ある所ところではパンを食くわしてくれる。で、彼かれはいつも満腹まんぷくで、金持かねもちになって、六号室ごうしつに帰かえって来くる。が、その携たずさえ帰かえる所ところの物ものは、玄関げんかんでニキタに皆みんな奪うばわれてしまう。兵隊上へいたいあがりの小使こづかいのニキタは乱暴らんぼうにも、隠かくしを一々いちいち転覆ひっくりかえして、すっかり取返とりかえしてしまうのであった。

またモイセイカは同室どうしつの者ものにも至いたって親切しんせつで、水みずを持もって来きて遣やり、寐ねる時ときには布団ふとんを掛かけて遣やりして、町まちから一銭せんずつ貰もらって来きて遣やるとか、各めいめいに新あたらしい帽子ぼうしを縫ぬって遣やるとかと云いう。左ひだりの方ほうの中風患者ちゅうぶかんじゃには始終しじゅう匙さじでもって食事しょくじをさせる。彼かれがかくするのは、別段べつだん同情どうじょうからでもなく、と云いって、或ある情誼じょうぎからするのでもなく、ただ右みぎの隣となりにいるグロモフと云いう人ひとに習ならって、自然しぜんその真似まねをするのであった。

イワン、デミトリチ、グロモフは三十三歳さいで、彼かれはこの室しつでの身分みぶんのいいもの、元来もとは裁判所さいばんしょの警吏けいり、また県庁けんちょうの書記しょきをも務つとめたので。彼かれは人ひとが自分じぶんを窘逐きんちくすると云いうことを苦くにしている瘋癲患者ふうてんかんじゃ、常つねに寐台ねだいの上うえに丸まるくなって寐ねていたり、或あるいは運動うんどうの為ためかのように、室へやを隅すみから隅すみへと歩あるいて見みたり、坐すわっていることは殆ほとんど稀まれで、始終しじゅう興奮こうふんして、燥気いらいらして、瞹眛あいまいなある待まつことで気きが張はっている様子ようす。玄関げんかんの方ほうで微かすかな音おとでもするか、庭にわで声こえでも聞きこえるかすると、直すぐに頭あたまを持上もちあげて耳みみを欹そばだてる。誰だれか自分じぶんの所ところに来きたのでは無ないか、自分じぶんを尋たずねているのでは無ないかと思おもって、顔かおには謂いうべからざる不安ふあんの色いろが顕あらわれる。さなきだに彼かれの憔悴しょうすいした顔かおは不幸ふこうなる内心ないしんの煩悶はんもんと、長日月ちょうじつげつの恐怖きょうふとにて、苛責さいなまれ抜ぬいた心こころを、鏡かがみに写うつしたように現あらわしているのに。その広ひろい骨張ほねばった顔かおの動うごきは、如何いかにも変へんで病的びょうてきであって。しかし心こころの苦痛くつうにて彼かれの顔かおに印いんせられた緻密ちみつな徴候ちょうこうは、一見けんして智慧ちえありそうな、教育きょういくありそうな風ふうに思おもわしめた。そうしてその眼めには暖あたたかな健全けんぜんな輝かがやきがある、彼かれはニキタを除のぞくの外ほかは、誰たれに対たいしても親切しんせつで、同情どうじょうがあって、謙遜けんそんであった。同室どうしつで誰だれかが釦鈕ぼたんを落おとしたとか匙さじを落おとしたとか云いう場合ばあいには、彼かれがまず寝台ねだいから起おき上あがって、取とって遣やる。毎朝まいあさ起おきると同室どうしつの者等ものらにお早はようと云いい、晩ばんにはまたお休息やすみなさいと挨拶あいさつもする。

彼かれの発狂者はっきょうしゃらしい所ところは、始終しじゅう気きの張はった様子ようすと、変へんな眼付めつきとをするの外ほかに、時折ときおり、晩ばんになると、着きている病院服びょういんふくの前まえを神経的しんけいてきに掻合かきあわせると思おもうと、歯はの根ねも合あわぬまでに全身ぜんしんを顫ふるわし、隅すみから隅すみへと急いそいで歩あゆみ初はじめる、丁度ちょうど激はげしい熱病ねつびょうにでも俄にわかに襲おそわれたよう。と、やがて立留たちとどまって室内しつないの人々ひとびとを眴みまわして昂然こうぜんとして今いまにも何なにか重大じゅうだいなことを云いわんとするような身構みがまえをする。が、また直ただちに自分じぶんの云いうことを聴きく者ものは無ない、その云いうことが解わかるものは無ないとでも考かんがえ直なおしたかのように燥立いらだって、頭あたまを振ふりながらまた歩あるき出だす。しかるに言いおうと云いう望のぞみは、終ついに消きえず忽たちまちにして総すべての考かんがえを圧去あっしさって、こんどは思おもう存分ぞんぶん、熱切ねっせつに、夢中むちゅうの有様ありさまで、言ことばが迸ほとばしり出でる。言いう所ところは勿論もちろん、秩序ちつじょなく、寐言ねごとのようで、周章あわてて見みたり、途切とぎれて見みたり、何なんだか意味いみの解わからぬことを言いうのであるが、どこかにまた善良ぜんりょうなる性質せいしつが微ほのかに聞きこえる、その言ことばの中うちか、声こえの中うちかに、そうして彼かれの瘋癲者ふうてんしゃたる所ところも、彼かれの人格じんかくもまた見みえる。その意味いみの繋つながらぬ、辻妻つじつまの合あわぬ話はなしは、所詮しょせん筆ふでにすることは出来できぬのであるが、彼かれの云いう所ところを撮つまんで云いえば、人間にんげんの卑劣ひれつなること、圧制あっせいに依よりて正義せいぎの蹂躙じゅうりんされていること、後世こうせい地上ちじょうに来きたるべき善美ぜんびなる生活せいかつのこと、自分じぶんをして一分ぷん毎ごとにも圧制者あっせいしゃの残忍ざんにん、愚鈍ぐどんを憤いきどおらしむる所ところの、窓まどの鉄格子てつごうしのことなどである。云いわば彼かれは昔むかしも今いまも全まったく歌うたい尽つくされぬ歌うたを、不順序ふじゅんじょに、不調和ふちょうわに組立くみたてるのである。

(二)

今いまから大凡おおよそ十三四年ねん以前いぜん、この町まちの一番ばんの大通おおどおりに、自分じぶんの家いえを所有もっていたグロモフと云いう、容貌ようぼうの立派りっぱな、金満かねもちの官吏かんりがあって、家いえにはセルゲイ及およびイワンと云いう二人ふたりの息子むすこもある。所ところが、長子ちょうしのセルゲイは丁度ちょうど大学だいがくの四年級ねんきゅうになってから、急性きゅうせいの肺病はいびょうに罹かかり死亡しぼうしてしまう。これよりグロモフの家いえには、不幸ふこうが引続ひきつづいて来きてセルゲイの葬式そうしきの終すんだ一週間しゅうかん目め、父ちちのグロモフは詐欺さぎと、浪費ろうひとの件かどを以もって裁判さいばんに渡わたされ、間まもなく監獄かんごくの病院びょういんでチブスに罹かかって死亡しぼうしてしまった。で、その家いえと総すべての什具じゅうぐとは、棄売すてうりに払はらわれて、イワン、デミトリチとその母親ははおやとは遂ついに無む一物ぶつの身みとなった。

父ちちの存命中ぞんめいちゅうには、イワン、デミトリチは大学だいがく修業しゅうぎょうの為ためにペテルブルグに住すんで、月々つきづき六七十円えんずつも仕送しおくりされ、何なに不自由ふじゆうなく暮くらしていたものが、忽たちまちにして生活くらしは一変ぺんし、朝あさから晩ばんまで、安値あんちょくの報酬ほうしゅうで学科がっかを教授きょうじゅするとか、筆耕ひっこうをするとかと、奔走ほんそうをしたが、それでも食くうや食くわずの儚はかなき境涯きょうがい。僅わずかな収入しゅうにゅうは母ははの給養きゅうようにも供きょうせねばならず、彼かれは遂ついにこの生活せいかつには堪たえ切きれず、断然だんぜん大学だいがくを去さって、古郷こきょうに帰かえった。そうして程ほどなく或人あるひとの世話せわで郡立学校ぐんりつがっこうの教師きょうしとなったが、それも暫時ざんじ、同僚どうりょうとは折合おりあわず、生徒せいととは親眤なじまず、ここをもまた辞じしてしまう。その中うちに母親ははおやは死しぬ。彼かれは半年はんとしも無職むしょくで徘徊うろうろしてただパンと、水みずとで生命いのちを繋つないでいたのであるが、その後ご裁判所さいばんしょの警吏けいりとなり、病やまいを以もって後のちにこの職しょくを辞じするまでは、ここに務つとめを取とっていたのであった。

彼かれは学生時代がくせいじだいの壮年そうねんの頃ごろでも、生得せいとく余あまり壮健そうけんな身体からだでは無なかった。顔色かおいろは蒼白あおじろく、姿すがたは瘠やせて、しょっちゅう風邪かぜを引ひき易やすい、少食しょうしょくで落々おちおち眠ねむられぬ質たち、一杯ぱいの酒さけにも眼めが廻まわり、ままヒステリーが起おこるのである。人ひとと交際こうさいすることは彼かれは至いたって好このんでいたが、その神経質しんけいしつな、刺激しげきされ易やすい性質せいしつなるが故ゆえに、自みずから務つとめて誰たれとも交際こうさいせず、随したがってまた親友しんゆうをも持もたぬ。町まちの人々ひとびとのことは彼かれはいつも軽蔑けいべつして、無教育むきょういくの徒と、禽獣的生活きんじゅうてきせいかつと罵ののしって、テノルの高声たかごえで燥立いらだっている。彼かれが物ものを言いうのは憤懣ふんまんの色いろを以もってせざれば、欣喜きんきの色いろを以もって、何事なにごとも熱心ねっしんに言いうのである。で、その言いう所ところは終ついに一つことに帰きしてしまう。町まちで生活せいかつするのは好このましく無ない。社会しゃかいには高尚こうしょうなる興味インテレースが無ない。社会しゃかいは瞹眛あいまいな、無意味むいみな生活せいかつを為なしている。圧制あっせい、偽善ぎぜん、醜行しゅうこうを逞たくましゅうして、以もってこれを紛まぎらしている。ここにおいてか奸物共かんぶつどもは衣食いしょくに飽あき、正義せいぎの人ひとは衣食いしょくに窮きゅうする。廉直れんちょくなる方針ほうしんを取とる地方ちほうの新聞紙しんぶんし、芝居しばい、学校がっこう、公会演説こうかいえんぜつ、教育きょういくある人間にんげんの団結だんけつ、これらは皆みな必要ひつよう欠かぐ可べからざるものである。また社会しゃかい自みずから悟さとって驚おどろくようにしなければならぬとかなどとのことで。彼かれはその眼中がんちゅうに社会しゃかいの人々ひとびとをただ二種しゅに区別くべつしている、義者ぎしゃと、不義者ふぎしゃと、そうして婦人ふじんのこと、恋愛れんあいのことに就ついては、いつも自みずから深ふかく感かんじ入いって説とくのであるが、さて自身じしんにはいまだ一度ども恋愛れんあいちょうものを味あじおうたことは無ないので。

彼かれはかくも神経質しんけいしつで、その議論ぎろんは過激かげきであったが、町まちの人々ひとびとはそれにも拘かかわらず彼かれを愛あいして、ワアニア、と愛嬌あいきょうを以もって呼よんでいた。彼かれが天性てんせいの柔やさしいのと、人ひとに親切しんせつなのと、礼儀れいぎのあるのと、品行ひんこうの方正ほうせいなのと、着古きぶるしたフロックコート、病人びょうにんらしい様子ようす、家庭かていの不遇ふぐう、これらは皆みな総すべて人々ひとびとに温あたたかき同情どうじょうを引起ひきおこさしめたのであった。また一面めんには彼かれは立派りっぱな教育きょういくを受うけ、博学はくがく多識たしきで、何なんでも知しっていると町まちの人ひとは言いうている位くらい。で、彼かれはこの町まちの活いきた字引じびきとせられていた。

彼かれは非常ひじょうに読書どくしょを好このんで、しばしば倶楽部くらぶに行いっては、神経的しんけいてきに髭ひげを捻ひねりながら、雑誌ざっしや書物しょもつを手当次第てあたりしだいに剥はいでいる、読よんでいるのではなく咀かみ間合まにあわぬので鵜呑うのみにしていると云いうような塩梅あんばい。読書どくしょは彼かれの病的びょうてきの習慣しゅうかんで、何なんでも凡およそ手てに触ふれた所ところの物ものは、それがよし去年きょねんの古新聞ふるしんぶんであろうが、暦こよみであろうが、一様ように饑うえたる者もののように、きっと手てに取とって見みるのである。家いえにいる時ときもいつも横よこになっては、やはり、書見しょけんに耽ふけっている。

(三)

ある秋あきの朝あさのこと、イワン、デミトリチは外套がいとうの襟えりを立たてて泥濘ぬかっている路みちを、横町よこちょう、路次ろじと経へて、或ある町人ちょうにんの家いえに書付かきつけを持もって金かねを取とりに行いったのであるが、やはり毎朝まいあさのようにこの朝あさも気きが引立ひきたたず、沈しずんだ調子ちょうしで或ある横町よこちょうに差掛さしかかると、折おりから向むこうより二人ふたりの囚人しゅうじんと四人にんの銃じゅうを負おうて附添つきそうて来くる兵卒へいそつとに、ぱったりと出会でっくわす。彼かれは何時いつが日ひも囚人しゅうじんに出会でっくわせば、同情どうじょうと不愉快ふゆかいの感かんに打うたれるのであるが、その日ひはまたどう云いうものか、何なんとも云いわれぬ一種しゅのいやな感覚かんかくが、常つねにもあらずむらむらと湧わいて、自分じぶんもかく枷かせを箝はめられて、同おなじ姿すがたに泥濘ぬかるみの中なかを引ひかれて、獄ごくに入いれられはせぬかと、遽にわかに思おもわれて慄然ぞっとした。それから町人ちょうにんの家いえよりの帰途かえり、郵便局ゆうびんきょくの側そばで、予かねて懇意こんいな一人ひとりの警部けいぶに出遇であったが警部けいぶは彼かれに握手あくしゅして数歩すうほばかり共ともに歩あるいた。すると、何なんだかこれがまた彼かれには只事ただごとでなく怪あやしく思おもわれて、家いえに帰かえってからも一日中にちじゅう、彼かれの頭あたまから囚人しゅうじんの姿すがた、銃じゅうを負おうてる兵卒へいそつの顔かおなどが離はなれずに、眼前がんぜんに閃付ちらついている、この理由わけの解わからぬ煩悶はんもんが怪あやしくも絶たえず彼かれの心こころを攪乱かくらんして、書物しょもつを読よむにも、考かんがうるにも、邪魔じゃまをする。彼かれは夜よるになっても灯あかりをも点つけず、夜よもすがら眠ねむらず、今いまにも自分じぶんが捕縛ほばくされ、獄ごくに繋つながれはせぬかとただそればかりを思おもい悩なやんでいるのであった。

しかし無論むろん、彼かれは自身じしんに何なんの罪つみもなきこと、また将来しょうらいにおいても殺人さつじん、窃盗せっとう、放火ほうかなどの犯罪はんざいは断だんじてせぬとは知しっているが、また独ひとりつくづくとこうも思おもうたのであった。故意こいならず犯罪はんざいを為なすことが無ないとも云いわれぬ、人ひとの讒言ざんげん、裁判さいばんの間違まちがいなどはあり得うべからざることだとは云いわれぬ、そもそも裁判さいばんの間違まちがいは、今日こんにちの裁判さいばんの状態じょうたいにては、最もっともあり得うべきことなので、総そうじて他人たにんの艱難かんなんに対たいしては、事務上じむじょう、職務上しょくむじょうの関係かんけいをもっている人々ひとびと、例たとえば裁判官さいばんかん、警官けいかん、医師いし、とかと云いうものは、年月ねんげつの経過けいかすると共ともに、習慣しゅうかんに依よって遂ついにはその相手あいての被告ひこく、或あるいは患者かんじゃに対たいして、単たんに形式以上けいしきいじょうの関係かんけいをもたぬように望のぞんでも出来できぬように、この習慣しゅうかんと云いう奴やつがさせてしまう、早はやく言いえば彼等かれらは恰あだかも、庭にわに立たって羊ひつじや、牛うしを屠ほふり、その血ちには気きが着つかぬ所ところの劣等れっとうの人間にんげんと少すこしも選えらぶ所ところは無ないのだ。

翌朝よくあさイワン、デミトリチは額ひたいに冷汗ひやあせをびっしょりと掻かいて、床とこから吃驚びっくりして跳起はねおきた。もう今いまにも自分じぶんが捕縛ほばくされると思おもわれて。そうして自みずからまた深ふかく考かんがえた。かくまでも昨日きのうの奇くしき懊悩なやみが自分じぶんから離はなれぬとして見みれば、何なにか訳わけがあるのである、さなくてこの忌いまわしい考かんがえがこんなに執念しゅうねく自分じぶんに着纒つきまとうている訳わけは無ないと。

『や、巡査じゅんさが徐々そろそろと窓まどの傍そばを通とおって行いった、怪あやしいぞ、やや、また誰たれか二人ふたり家うちの前まえに立留たちとどまっている、何故なぜ黙だまっているのだろうか?』

これよりしてイワン、デミトリチは日夜にちやをただ煩悶はんもんに明あかし続つづける、窓まどの傍そばを通とおる者もの、庭にわに入いる者ものは皆みな探偵たんていかと思おもわれる。正午ひるになると毎日まいにち警察署長けいさつしょちょうが、町尽頭まちはずれの自分じぶんの邸やしきから警察けいさつへ行いくので、この家いえの前まえを二頭馬車とうばしゃで通とおる、するとイワン、デミトリチはその度毎たびごと、馬車ばしゃが余あまり早はやく通とおり過すぎたようだとか、署長しょちょうの顔付かおつきが別べつであったとか思おもって、何なんでもこれは町まちに重大じゅうだいな犯罪はんざいが露顕あらわれたのでそれを至急しきゅう報告ほうこくするのであろうなどと極きめて、頻しきりにそれが気きになってならぬ。

家主いえぬしの女主人おんなあるじの処ところに見知みしらぬ人ひとが来きさえすればそれも苦くになる。門もんの呼鈴よびりんが鳴なる度たびに惴々びくびくしては顫上ふるえあがる。巡査じゅんさや、憲兵けんぺいに遇あいでもすると故わざと平気へいきを粧よそおうとして、微笑びしょうして見みたり、口笛くちぶえを吹ふいて見みたりする。如何いかなる晩ばんでも彼かれは拘引こういんされるのを待まち構かまえていぬ時ときとては無ない。それが為ために終夜よっぴて眠ねむられぬ。が、もしこんなことを女主人おんなあるじにでも嗅付かぎつけられたら、何なにか良心りょうしんに咎とがめられることがあると思おもわれよう、そんな疑うたがいでも起おこされたら大変たいへんと、彼かれはそう思おもって無理むりに毎晩まいばん眠ねた振ふりをして、大鼾おおいびきをさえ発かいている。しかしこんな心遣こころづかいは事実じじつにおいても、普通ふつうの論理ろんりにおいても考かんがえて見みれば実じつに愚々ばかばかしい次第しだいで、拘引こういんされるだの、獄舎ろうやに繋つながれるなど云いうことは良心りょうしんにさえ疚やましい所ところが無ないならば少すこしも恐怖おそるるに足たらぬこと、こんなことを恐おそれるのは精神病せいしんびょうに相違そういなきこと、と、彼かれも自みずから思おもうてここに至いたらぬのでも無ないが、さてまた考かんがえれば考かんがうる程ほど迷まよって、心中しんちゅうはいよいよ苦悶くもんと、恐怖きょうふとに圧あっしられる。で、彼かれももう思慮かんがえることの無益むえきなのを悟さとり、すっかり失望しつぼうと、恐怖きょうふとの淵ふちに沈しずんでしまったのである。

彼かれはそれより独居どっきょして人ひとを避さけ初はじめた。職務しょくむを取とるのは前まえにもいやであったが、今いまはなお一層そういやで堪たまらぬ、と云いうのは、人ひとが何時いつ自分じぶんを欺だまして、隠かくしにでもそっと賄賂わいろを突込つきこみはせぬか、それを訴うったえられでもせぬか、或あるいは公書こうしょの如ごときものに詐欺さぎ同様どうようの間違まちがいでもしはせぬか、他人たにんの銭ぜにでも無なくしたりしはせぬか。と、無暗むやみに恐おそろしくてならぬので。

春はるになって雪ゆきも次第しだいに解とけた或日あるひ、墓場はかばの側そばの崖がけの辺あたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがいが見付みつかった。それは老婆ろうばと、男おとこの子ことで、故殺こさつの形跡けいせきさえあるのであった。町まちではもう到いたる所ところ、この死骸しがいのことと、下手人げしゅにんの噂うわさばかり、イワン、デミトリチは自分じぶんが殺ころしたと思おもわれはせぬかと、またしても気きが気きではなく、通とおりを歩あるきながらもそう思おもわれまいと微笑びしょうしながら行いったり、知人しりびとに遇あいでもすると、青あおくなり、赤あかくなりして、あんな弱者共よわいものどもを殺ころすなどと、これ程ほど憎にくむべき罪悪ざいあくは無ないなど、云いっている。が、それもこれも直じきに彼かれを疲労つからしてしまう。彼かれはそこでふと思おもい着ついた、自分じぶんの位置いちの安全あんぜんを計はかるには、女主人おんなあるじの穴蔵あなぐらに隠かくれているのが上策じょうさくと。そうして彼かれは一日中にちじゅう、また一晩中ひとばんじゅう、穴蔵あなぐらの中なかに立尽たちつくし、その翌日よくじつもやはり出でぬ。で、身体からだが甚ひどく凍こごえてしまったので、詮方せんかたなく、夕方ゆうがたになるのを待まって、こッそりと自分じぶんの室へやには忍しのび出でて来きたものの、夜明よあけまで身動みうごきもせず、室へやの真中まんなかに立たっていた。すると明方あけがた、まだ日ひの出でぬ中うち、女主人おんなあるじの方ほうへ暖炉造だんろつくりの職人しょくにんが来きた。イワン、デミトリチは彼等かれらが厨房くりやの暖炉だんろを直なおしに来きたのであるのは知しっていたのであるが、急きゅうに何なんだかそうでは無ないように思おもわれて来きて、これはきっと警官けいかんが故わざと暖炉職人だんろしょくにんの風体ふうていをして来きたのであろうと、心こころは不覚そぞろ、気きは動顛どうてんして、いきなり、室へやを飛出とびだしたが、帽ぼうも被かぶらず、フロックコートも着きずに、恐怖おそれに駆かられたまま、大通おおどおりを真ま一文字もんじに走はしるのであった。一匹ぴきの犬いぬは吠ほえながら彼かれを追おう。後うしろの方ほうでは農夫のうふが叫さけぶ。イワン、デミトリチは両耳りょうみみがガンとして、世界中せかいじゅうのあらゆる圧制あっせいが、今いま彼かれの直すぐ背後うしろに迫せまって、自分じぶんを追駈おいかけて来きたかのように思おもわれた。

彼かれは捕とらえられて家いえに引返ひきかえされたが、女主人おんなあるじは医師いしゃを招よびに遣やられ、ドクトル、アンドレイ、エヒミチは来きて彼かれを診察しんさつしたのであった。

そうして頭あたまを冷ひやす薬くすりと、桂梅水けいばいすいとを服用ふくようするようにと云いって、いやそうに頭かしらを振ふって、立帰たちかえり際ぎわに、もう二度どとは来こぬ、人ひとの気きの狂くるう邪魔じゃまをするにも当あたらないからとそう云いった。

かくてイワン、デミトリチは宿やどを借かりることも、療治りょうじすることも、銭ぜにの無ないので出来兼できかぬる所ところから、幾干いくばくもなくして町立病院ちょうりつびょういんに入いれられ、梅毒病患者ばいどくびょうかんじゃと同室どうしつすることとなった。しかるに彼かれは毎晩まいばん眠ねむらずして、我儘わがままを云いっては他ほかの患者等かんじゃらの邪魔じゃまをするので、院長いんちょうのアンドレイ、エヒミチは彼かれを六号室ごうしつの別室べっしつへ移うつしたのであった。

一年ねんを経へて、町まちではもうイワン、デミトリチのことは忘わすれてしまった。彼かれの書物しょもつは女主人おんなあるじが橇そりの中なかに積重つみかさねて、軒下のきしたに置おいたのであるが、どこからともなく、子供等こどもらが寄よって来きては、一冊さつ持もち行ゆき、二冊さつ取去とりさり、段々だんだんに皆みんな何いずれへか消きえてしまった。

(四)

イワン、デミトリチの左ひだりの方ほうの隣となりは、猶太人ジウのモイセイカであるが、右みぎの方ほうにいる者ものは、まるきり意味いみの無ない顔かおをしている、油切あぶらぎって、真円まんまるい農夫のうふ、疾とうから、思慮しりょも、感覚かんかくも皆無かいむになって、動うごきもせぬ大食おおぐいな、不汚ふけつ極きわまる動物どうぶつで、始終しじゅう鼻はなを突つくような、胸むねの悪わるくなる臭気しゅうきを放はなっている。

彼かれの身みの周まわりを掃除そうじするニキタは、その度たびに例れいの鉄拳てっけんを振ふるっては、力ちからの限かぎり彼かれを打うつのであるが、この鈍にぶき動物どうぶつは、音ねをも立たてず、動うごきをもせず、眼めの色いろにも何なんの感かんじをも現あらわさぬ。ただ重おもい樽たるのように、少すこし蹌踉よろけるのは見みるのも気味きみが悪わるい位くらい。

六号室ごうしつの第だい五番目ばんめは、元来もと郵便局ゆうびんきょくとやらに勤つとめた男おとこで、気きの善いいような、少すこし狡猾ずるいような、脊せの低ひくい、瘠やせたブロンジンの、利発りこうらしい瞭然はっきりとした愉快ゆかいな眼付めつき、ちょっと見みるとまるで正気しょうきのようである。彼かれは何なにか大切たいせつな秘密ひみつな物ものをもっていると云いうような風ふうをしている。枕まくらの下したや、寐台ねだいのどこかに、何なにかをそッと隠かくして置おく、それは盗ぬすまれるとか、奪うばわれるとか、云いう気遣きづかいの為ためではなく人ひとに見みられるのが恥はずかしいのでそうして隠かくして置おく物ものがある。時々ときどき同室どうしつの者等ものらに脊せを向むけて、独ひとり窓まどの所ところに立たって、何なにかを胸むねに着つけて、頭かしらを屈かがめて熟視みいっている様子ようす。誰たれかもし近着ちかづきでもすれば、極きまり悪わるそうに急いそいで胸むねから何なにかを取とって隠かくしてしまう。しかしその秘密ひみつは直すぐに解わかるのである。

『私わたくしをお祝いわいなすって下ください。』

と、彼かれは時々ときどきイワン、デミトリチに云いうことがある。

『私わたくしは第だい二等とうのスタニスラウの勲章くんしょうを貰もらいました。この第だい二等とうの勲章くんしょうは、全体ぜんたいなら外国人がいこくじんでなければ貰もらえないのですが、私わたくしにはその、特別とくべつを以もってね、例外れいがいと見みえます。』

と、彼かれは訝いぶかるようにちょっと眉まゆを寄よせて微笑びしょうする。

『実じつを申もうしますと、これはちと意外いがいでしたので。』

『私わたくしはどうもそう云いうものに就ついては、まるで解わからんのです。』

と、イワン、デミトリチは愁うれわしそうに答こたえる。

『しかし私わたくしが早晩そうばん手てに入いれようと思おもいますのは、何なんだか知しっておいでになりますか。』

先もとの郵便局員ゆうびんきょくいんは、さも狡猾ずるそうに眼めを細ほそめて云いう。

『私わたくしはきっとこんどは瑞典スウェーデンの北極星ほっきょくせいの勲章くんしょうを貰もらおうと思おもっておるです、その勲章くんしょうこそは骨ほねを折おる甲斐かいのあるものです。白しろい十字架じかに、黒くろリボンの附ついた、それは立派りっぱです。』

この六号室程ごうしつほど単調たんちょうな生活せいかつは、どこを尋たずねても無ないであろう。朝あさには患者等かんじゃらは、中風患者ちゅうぶかんじゃと、油切あぶらぎった農夫のうふとの外ほかは皆みんな玄関げんかんに行いって、一つ大盥おおだらいで顔かおを洗あらい、病院服びょういんふくの裾すそで拭ふき、ニキタが本院ほんいんから運はこんで来くる、一杯ぱいに定さだめられたる茶ちゃを錫すずの器うつわで啜すするのである。正午ひるには酢すく漬つけた玉菜たまなの牛肉汁にくじると、飯めしとで食事しょくじをする。晩ばんには昼食ひるめしの余あまりの飯めしを食たべるので。その間あいだは横よこになるとも、睡ねむるとも、空そらを眺ながめるとも、室へやの隅すみから隅すみへ歩あるくとも、こうして毎日まいにちを送おくっている。

新あたらしい人ひとの顔かおは六号室ごうしつでは絶たえて見みぬ。院長いんちょうアンドレイ、エヒミチは新あらたな瘋癲患者ふうてんかんじゃはもう疾とくより入院にゅういんせしめぬから。また誰たれとてこんな瘋癲者ふうてんしやの室へやに参観さんかんに来くる者ものも無ないから。ただ二ヶ月げつに一度どだけ、理髪師とこやのセミョン、ラザリチばかりここへ来くる、その男おとこはいつも酔よってニコニコしながら遣やって来きて、ニキタに手伝てつだわせて髪かみを刈かる、彼かれが見みえると患者等かんじゃらは囂々がやがやと云いって騒さわぎ出だす。

かく患者等かんじゃらは理髪師とこやの外ほかには、ただニキタ一人ひとり、それより外ほかには誰たれに遇あうことも、誰たれを見みることも叶かなわぬ運命うんめいに定さだめられていた。

しかるに近頃ちかごろに至いたって不思議ふしぎな評判ひょうばんが院内いんないに伝つたわった。

院長いんちょうが六号室ごうしつに足繁あししげく訪問ほうもんし出だしたとの風評ひょうばん。

(五)

不思議ふしぎな風評ひょうばんである。

ドクトル、アンドレイ、エヒミチ、ラアギンは風変ふうがわりな人間にんげんで、青年せいねんの頃ころには甚はなはだ敬虔けいけんで、身みを宗教上しゅうきょうじょうに立たてようと、千八百六十三年ねんに中学ちゅうがくを卒業そつぎょうすると直すぐ、神学大学しんがくだいがくに入いろうと决けっした。しかるに医学博士いがくはかせにして、外科げか専門家せんもんかなる彼かれが父ちちは、断乎だんことして彼かれが志望しぼうを拒こばみ、もし彼かれにして司祭しさいとなった暁あかつきは、我わが子ことは認みとめぬとまで云張いいはった。が、アンドレイ、エヒミチは父ちちの言ことばではあるが、自分じぶんはこれまで医学いがくに対たいして、また一般ぱんの専門学科せんもんがっかに対たいして、使命しめいを感かんじたことは無なかったと自白じはくしている。

とにかく、彼かれは医科大学いかだいがくを卒業そつぎょうして司祭しさいの職しょくには就つかなかった。そうして医者いしゃとして身みを立たつる初はじめにおいても、なお今日こんにちの如ごとく別段べつだん宗教家しゅうきょうからしい所ところは少すくなかった。彼かれの容貌ようぼうはぎすぎすして、どこか百姓染ひゃくしょうじみて、頤鬚あごひげから、べッそりした髪かみ、ぎごちない不態ぶざまな恰好かっこうは、まるで大食たいしょくの、呑抜のみぬけの、頑固がんこな街道端かいどうばたの料理屋りょうりやなんどの主人しゅじんのようで、素気無そっけない顔かおには青筋あおすじが顕あらわれ、眼めは小ちいさく、鼻はなは赤あかく、肩幅かたはば広ひろく、脊せい高たかく、手足てあしが図抜ずぬけて大おおきい、その手てで捉つかまえられようものなら呼吸こきゅうも止とまりそうな。それでいて足音あしおとは極ごく静しずかで、歩あるく様子ようすは注意深ちゅういぶかい忍足しのびあしのようである。狭せまい廊下ろうかで人ひとに出遇であうと、まず道みちを除よけて立留たちどまり、『失敬しっけい』と、さも太ふとい声こえで云いいそうだが、細ほそいテノルでそう挨拶あいさつする。彼かれの頸くびには小ちいさい腫物はれものが出来できているので、常つねに糊付のりつけシャツは着きないで、柔やわらかな麻布あさか、更紗さらさのシャツを着きているので。そうしてその服装ふくそうは少すこしも医者いしゃらしい所ところは無なく、一つフロックコートを十年ねんも着続きつづけている。稀まれに猶太人ジウの店みせで新あたらしい服ふくを買かって来きても、彼かれが着きるとやはり皺しわだらけな古着ふるぎのように見みえるので。一つフロックコートで患者かんじゃも受うけ、食事しょくじもし、客きゃくにも行ゆく。しかしそれは彼かれが吝嗇りんしょくなるのではなく、扮装なりなどには全まったく無頓着むとんじゃくなのに由よるのである。

アンドレイ、エヒミチが新あらたに院長いんちょうとしてこの町まちに来きた時ときは、この病院びょういんの乱脈らんみゃくは名状めいじょうすべからざるもので。室内しつないと云いわず、廊下ろうかと云いわず、庭にわと云いわず、何なんとも云いわれぬ臭気しゅうきが鼻はなを衝ついて、呼吸いきをするさえ苦くるしい程ほど。病院びょういんの小使こづかい、看護婦かんごふ、その子供等こどもらなどは皆みな患者かんじゃの病室びょうしつに一所しょに起臥きがして、外科室げかしつには丹毒たんどくが絶たえたことは無ない。患者等かんじゃらは油虫あぶらむし、南京虫なんきんむし、鼠ねずみの族やからに責せめ立たてられて、住すんでいることも出来できぬと苦情くじょうを云いう。器械きかいや、道具どうぐなどは何なにもなく外科用げかようの刄物はものが二つあるだけで体温器たいおんきすら無ないのである。浴盤よくばんには馬鈴薯じやがたらいもが投込なげこんであるような始末しまつ、代診だいしん、会計かいけい、洗濯女せんたくおんなは、患者かんじゃを掠かすめて何なんとも思おもわぬ。話はなしには前さきの院長いんちょうはまま病院びょういんのアルコールを密売みつばいし、看護婦かんごふ、婦人患者ふじんかんじゃを手当次第てあたりしだい妾めかけとしていたと云いう。で、町まちでは病院びょういんのこんな有様ありさまを知しらぬのでは無なく、一層そう棒大ぼうだいにして乱次だらしの無ないことを評判ひょうばんしていたが、これに対たいしては人々ひとびとは至いたって冷淡れいたんなもので、寧むしろ病院びょういんの弁護べんごをしていた位くらい。病院びょういんなどに入はいるものは、皆みんな病人びょうにんや百姓共ひゃくしょうどもだから、その位くらいな不自由ふじゆうは何なんでも無ないことである、自家じかにいたならば、なおさら不自由ふじゆうをせねばなるまいとか、地方自治体ちほうじちたいの補助ほじょもなくて、町まち独立どくりつで立派りっぱな病院びょういんの維持いじされようは無ないとか、とにかく悪わるいながらも病院びょういんのあるのは無ないよりも増ましであるとかと。

アンドレイ、エヒミチは院長いんちょうとしてその職しょくに就ついた後のちかかる乱脈らんみゃくに対たいして、果はたしてこれを如何様いかように所置しょちしたろう、敏捷てきぱきと院内いんないの秩序ちつじょを改革かいかくしたろうか。彼かれはこの不順序ふじゅんじょに対たいしては、さのみ気きを留とめた様子ようすはなく、ただ看護婦かんごふなどの病室びょうしつに寐ねることを禁きんじ、機械きかいを入いれる戸棚とだなを二個ふたつ備付そなえつけたばかりで、代診だいしんも、会計かいけいも、洗濯婦せんたくおんなも、元もとのままにして置おいた。

アンドレイ、エヒミチは知識ちしきと廉直れんちょくとを頗すこぶる好このみかつ愛あいしていたのであるが、さて彼かれは自分じぶんの周囲まわりにはそう云いう生活せいかつを設もうけることは到底とうてい出来できぬのであった。それは気力きりょくと、権力けんりょくにおける自信じしんとが足たりぬので。命令めいれい、主張しゅちょう、禁止きんし、こう云いうことは凡すべて彼かれには出来できぬ。丁度ちょうど声こえを高たかめて命令めいれいなどは决けっして致いたさぬと、誰たれにか誓ちかいでも立たてたかのように、くれとか、持もって来こいとかとはどうしても言いえぬ。で、物ものが食たべたくなった時ときには、何時いつも躊躇ちゅうちょしながら咳払せきばらいして、そうして下女げじょに、茶ちゃでも呑のみたいものだとか、飯めしにしたいものだとか云いうのが常つねである、それ故ゆえに会計係かいけいがかりに向むかっても、盗ぬすんではならぬなどとは到底とうてい云いわれぬ。無論むろん放逐ほうちくすることなどは為なし得えぬので。人ひとが彼かれを欺あざむいたり、或あるいは諂へつらったり、或あるいは不正ふせいの勘定書かんじょうがきに署名しょめいをすることを願ねがいでもされると、彼かれは蝦えびのように真赤まっかになってひたすらに自分じぶんの悪わるいことを感かんじはする。が、やはり勘定書かんじょうがきには署名しょめいをして遣やると云いうような質たち。

初はじめにアンドレイ、エヒミチは熱心ねっしんにその職しょくを励はげみ、毎日まいにち朝あさから晩ばんまで、診察しんさつをしたり、手術しゅじゅつをしたり、時ときには産婆さんばをもしたのである、婦人等ふじんらは皆みな彼かれを非常ひじょうに褒ほめて名医めいいである、殊ことに小児科しょうにか、婦人科ふじんかに妙みょうを得えていると言囃いいはやしていた。が、彼かれは年月としつきの経たつと共ともに、この事業じぎょうの単調たんちょうなのと、明瞭あきらかに益えきの無ないのとを認みとめるに従したがって、段々だんだんと厭あきて来きた。彼かれは思おもうたのである。今日きょうは三十人にんの患者かんじゃを受うければ、明日あすは三十五人にん来くる、明後日あさっては四十人にんに成なって行ゆく、かく毎日まいにち、毎月まいげつ同事おなじことを繰返くりかえし、打続うちつづけては行ゆくものの、市中まちの死亡者しぼうしゃの数すうは决けっして減げんじぬ。また患者かんじゃの足あしも依然いぜんとして門もんには絶たえぬ。朝あさから午ひるまで来くる四十人にんの患者かんじゃに、どうして確実かくじつな扶助たすけを与あたえることが出来できよう、故意こいならずとも虚偽きょぎを為なしつつあるのだ。一統計年度とうけいねんどにおいて、一万二千人にんの患者かんじゃを受うけたとすれば、即すなわち一万二千人にんは欺あざむかれたのである。重おもい患者かんじゃを病院びょういんに入院にゅういんさせて、それを学問がくもんの規則きそくに従したがって治療ちりょうすることは出来できぬ。如何いかなれば規則きそくはあっても、ここに学問がくもんは無ないのである。哲学てつがくを捨すててしまって、他たの医師等いしゃらのように規則きそくに従したがって遣やろうとするのには、第だい一に清潔法せいけつほうと、空気くうきの流通法りゅうつうほうとが欠かくべからざる物ものである。しかるにこんな不潔ふけつな有様ありさまでは駄目だめだ。また滋養物じようぶつが肝心かんじんである。しかるにこんな臭くさい玉菜たまなの牛肉汁にくじるなどでは駄目だめだ、また善よい補助者ほじょしゃが必要ひつようである、しかるにこんな盗人ぬすびとばかりでは駄目だめだ。

そうして死しが各人かくじんの正当せいとうな終おわりであるとするなれば、何なんの為ために人々ひとびとの死しの邪魔じゃまをするのか。仮かりにある商人しょうにんとか、ある官吏かんりとかが、五年ねん十年ねん余計よけいに生延いきのびたとして見みた所ところで、それが何なんになるか。もしまた医学いがくの目的もくてきが薬くすりを以もって、苦痛くつうを薄うすらげるものと為なすなれば、自然しぜんここに一つの疑問ぎもんが生しょうじて来くる。苦痛くつうを薄うすらげるのは何なんの為ためか? 苦痛くつうは人ひとを完全かんぜんに向むかわしむるものと云いうでは無ないか、また人類じんるいが果はたして丸薬がんやくや、水薬すいやくで、その苦痛くつうが薄うすらぐものなら、宗教しゅうきょうや、哲学てつがくは必要ひつようが無なくなったと棄すつるに至いたろう。プシキンは死しに先さきだって非常ひじょうに苦痛くつうを感かんじ、不幸ふこうなるハイネは数年間すうねんかん中風ちゅうぶに罹かかって臥ふしていた。して見みれば原始虫げんしちゅうの如ごとき我々われわれに、せめて苦難くなんちょうものが無なかったならば、全まったく含蓄がんちくの無ない生活せいかつとなってしまう。からして我々われわれは病気びょうきするのは寧むしろ当然とうぜんでは無ないか。

かかる議論ぎろんにまるで心こころを圧あっしられたアンドレイ、エヒミチは遂ついに匙さじを投なげて、病院びょういんにも毎日まいにちは通かよわなくなるに至いたった。

(六)

彼かれの生活せいかつはかくの如ごとくにして過すぎ行ゆいた。朝あさは八時じに起おき、服ふくを着換きかえて茶ちゃを呑のみ、それから書斎しょさいに入はいるか、或あるいは病院びょういんに行ゆくかである。病院びょういんでは外来患者がいらいかんじゃがもう診察しんさつを待構まちかまえて、狭せまい廊下ろうかに多人数たにんず詰掛つめかけている。その側そばを小使こづかいや、看護婦かんごふが靴くつで煉瓦れんがの床ゆかを音高おとたかく踏鳴ふみならして往来おうらいし、病院服びょういんふくを着きている瘠やせた患者等かんじゃらが通とおったり、死人しにんも舁かつぎ出だす、不潔物ふけつぶつを入いれた器うつわをも持もって通とおる。子供こどもは泣なき叫さけぶ、通風とおりかぜはする。アンドレイ、エヒミチはこう云いう病院びょういんの有様ありさまでは、熱病患者ねつびょうかんじゃ、肺病患者はいびょうかんじゃには最もっともよくないと、始終しじゅう思おもい思おもいするのであるが、それをまたどうすることも出来できぬのであった。

代診だいしんのセルゲイ、セルゲイチは、いつも控所ひかえじょに院長いんちょうの出でて来くるのを待まっている。この代診だいしんは脊せの小ちいさい、丸まるく肥ふとった男おとこ、頬髯ほおひげを綺麗きれいに剃そって、丸まるい顔かおはいつもよく洗あらわれていて、その気取きどった様子ようすで、新あたらしいゆっとりした衣服いふくを着つけ、白しろの襟飾えりかざりをした所ところは、まるで代診だいしんのようではなく、元老議員げんろうぎいんとでも言いいたいようである。彼かれは町まちに沢山たくさんの病家びょうかの顧主とくいを持もっている。で、彼かれは自分じぶんを心窃こころひそかに院長いんちょうより遙はるかに実際じっさいにおいて、経験けいけんに積つんでいるものと認みとめていた。何なんとなれば院長いんちょうには町まちに顧主とくいの病家びょうかなどは少すこしも無ないのであるから。控所ひかえじょは、壁かべに大おおきい額縁がくぶちに填はまった聖像せいぞうが懸かかっていて、重おもい灯明とうみょうが下さげてある。傍そばには白しろい布きれを被きせた読経台どきょうだいが置おかれ、一方ぽうには大主教だいしゅきょうの額がくが懸かけてある、またスウャトコルスキイ修道院しゅうどういんの額がくと、枯かれた花環はなわとが懸かけてある。この聖像せいぞうは代診だいしん自みずから買かってここに懸かけたもので、毎日曜日まいにちようび、彼かれの命令めいれいで、誰だれか患者かんじゃの一人ひとりが、立たって、声こえを上あげて、祈祷文きとうぶんを読よむ、それから彼かれは自身じしんで、各病室かくびょうしつを、香炉こうろを提さげて振ふりながら廻まわる。

患者かんじゃは多おおいのに時間じかんは少すくない、で、いつも極ごく簡単かんたんな質問しつもんと、塗薬ぬりぐすりか、〔「箆」の「竹かんむり」に代えて「くさかんむり」〕麻子油位ひましあぶらぐらいの薬くすりを渡わたして遣やるのに留とどまっている。院長いんちょうは片手かたてで頬杖ほおづえを突つきながら考込かんがえこんで、ただ機械的きかいてきに質問しつもんを掛かけるのみである。代診だいしんのセルゲイ、セルゲイチが時々ときどき手てを擦こすり擦こすり口くちを入いれる。『この世よには皆みな人ひとが病気びょうきになります、入用いりようなものがありません、何なんとなれば、これ皆みな親切しんせつな神様かみさまに不熱心ふねっしんでありますから。』診察しんさつの時ときに院長いんちょうはもう疾とうより手術しゅじゅつをすることは止やめていた。彼かれは血ちを見みるさえ不愉快ふゆかいに感かんじていたからで。また子供こどもの咽喉のどを見みるので口くちを開あかせたりする時ときに、子供こどもが泣叫なきさけび、小ちいさい手てを突張つッぱったりすると、彼かれはその声こえで耳みみがガンとしてしまって、眼めが廻まわって涙なみだが滴こぼれる。で、急いそいで薬くすりの処方しょほうを云いって、子供こどもを早はやく連つれて行いってくれと手てを振ふる。

診察しんさつの時とき、患者かんじゃの臆病おくびょう、訳わけの解わからぬこと、代診だいしんの傍そばにいること、壁かべに懸かかってる画像がぞう、二十年ねん以上いじょうも相変あいかわらずに掛かけている質問しつもん、これらは院長いんちょうをして少すくなからず退屈たいくつせしめて、彼かれは五六人にんの患者かんじゃを診察しんさつし終おわると、ふいと診察所しんさつじょから出でて行いってしまう。で、後あとの患者かんじゃは代診だいしんが彼かれに代かわって診察しんさつするのであった。

院長いんちょうアンドレイ、エヒミチは疾とうから町まちの病家びょうかをもたぬのを、却かえっていい幸さいわいに、誰だれも自分じぶんの邪魔じゃまをするものは無ないと云いう考かんがえで、家いえに帰かえると直すぐ書斎しょさいに入いり、読よむ書物しょもつの沢山たくさんあるので、この上うえなき満足まんぞくを以もって書見しょけんに耽ふけるのである、彼かれは月給げっきゅうを受取うけとると直すぐ半分はんぶんは書物しょもつを買かうのに費ついやす、その六間ま借かりている室へやの三つには、書物しょもつと古雑誌ふるざっしとで殆ほとんど埋うずまっている。彼かれが最もっとも好このむ所ところの書物しょもつは、歴史れきし、哲学てつがくで、医学上いがくじょうの書物しょもつは、ただ『医者ヴラーチ』と云いう一雑誌ざっしを取とっているのに過すぎぬ。読書どくしょし初はじめるといつも数時間すうじかんは続様つづけさまに読よむのであるが、少すこしもそれで疲労つかれぬ。彼かれの書見しょけんは、イワン、デミトリチのように神経的しんけいてきに、迅速じんそくに読よむのではなく、徐しずかに眼めを通とおして、気きに入いった所ところ、了解りょうかいし得えぬ所ところは、留とどまり留とどまりしながら読よんで行ゆく。書物しょもつの側そばにはいつもウォッカの壜びんを置おいて、塩漬しおづけの胡瓜きゅうりや、林檎りんごが、デスクの羅紗らしゃの布きれの上うえに置おいてある。半時間毎はんじかんごと位くらいに彼かれは書物しょもつから眼めを離はなさずに、ウォッカを一杯ぱい注ついでは呑乾のみほし、そうして矢張やはり見みずに胡瓜きゅうりを手探てさぐりで食くい欠かぐ。

三時じになると彼かれは徐しずかに厨房くりやの戸とに近ちかづいて咳払せきばらいをして云いう。

『ダリュシカ、昼食ひるめしでも遣やりたいものだな。』

不味まずそうに取揃とりそろえられた昼食ひるめしを為なし終おえると、彼かれは両手りょうてを胸むねに組くんで考かんがえながら室内しつないを歩あるき初はじめる。その中うちに四時じが鳴なる。五時じが鳴なる、なお彼かれは考かんがえながら歩あるいている。すると、時々ときどき厨房くりやの戸とが開あいて、ダリュシカの赤あかい寐惚顔ねぼけがおが顕あらわれる。

『旦那様だんなさま、もうビールを召上めしあがります時分じぶんでは御座ござりませんか。』

と、彼女かれは気きを揉もんで問とう。

『いやまだ……もう少すこし待まとう……もう少すこし……。』

と、彼かれは云いう。

晩ばんにはいつも郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチが遊あそびに来くる。アンドレイ、エヒミチに取とってはこの人間ひとばかりが、町中まちじゅうで一人ひとり気きの置おけぬ親友しんゆうなので。ミハイル、アウエリヤヌイチは元もとは富とんでいた大地主おおじぬし、騎兵隊きへいたいに属ぞくしていた者もの、しかるに漸々だんだん身代しんだいを耗すってしまって、貧乏びんぼうし、老年ろうねんに成なってから、遂ついにこの郵便局ゆうびんきょくに入はいったので。至いたって元気げんきな、壮健そうけんな、立派りっぱな白しろい頬鬚ほおひげの、快活かいかつな大声おおごえの、しかも気きの善よい、感情かんじょうの深ふかい人間にんげんである。しかしまた極ごく腹立易はらだちッぽい男おとこで、誰だれか郵便局ゆうびんきょくに来きた者もので、反対はんたいでもするとか、同意どういでもせぬとか、理屈りくつでも並ならべようものなら、真赤まっかになって、全身ぜんしんを顫ふるわして怒立おこりたち、雷らいのような声こえで、黙だまれ! と一喝かつする。それ故ゆえに郵便局ゆうびんきょくに行ゆくのは怖こわいと云いうは一般ぱんの評判ひょうばん。が、彼かれは町まちの者ものをかく部下ぶかのように遇あつかうにも拘かかわらず、院長いんちょうアンドレイ、エヒミチばかりは、教育きょういくがあり、かつ高尚こうしょうな心こころをもっていると、敬うやまいかつ愛あいしていた。

『やあ、私わたしです。』

と、ミハイル、アウエリヤヌイチはいつものようにこう云いいながら、アンドレイ、エヒミチの家いえに入はいって来きた。

二人ふたりは書斎しょさいの長椅子ながいすに腰こしを掛かけて、暫時ざんじ莨たばこを吹ふかしている。

『ダリュシカ、ビールでも欲ほしいな。』

と、アンドレイ、エヒミチは云いう。

初はじめの壜びんは二人共ふたりとも無言むごんの行ぎょうで呑乾のみほしてしまう。院長いんちょうは考込かんがえこんでいる、ミハイル、アウエリヤヌイチは何なにか面白おもしろい話はなしをしようとして、愉快ゆかいそうになっている。

話はなしはいつも院長いんちょうから、初はじまるので。

『何なんと残念ざんねんなことじゃ無ないですかなあ。』

と、アンドレイ、エヒミチは頭かしらを振ふりながら、相手あいての眼めを見みずに徐々のろのろと話出はなしだす。彼かれは話はなしをする時ときに人ひとの眼めを見みぬのが癖くせ。

『我々われわれの町まちに話はなしの面白おもしろい、知識ちしきのある人間にんげんの皆無かいむなのは、実じつに遺憾いかんなことじゃありませんか。これは我々われわれに取とって大おおいなる不幸ふこうです。上流社会じょうりゅうしゃかいでも卑劣ひれつなこと以上いじょうにはその教育きょういくの程度ていどは上のぼらんのですから、全まったく下等社会かとうしゃかいと少すこしも異ことならんのです。』

『それは真実まったくです。』と、郵便局長ゆうびんきょくちょうは云いう。

『君きみも知しっていられる通とおり。』

と、院長いんちょうは静しずかな声こえで、また話続はなしつづけるのであった。

『この世よの中なかには人間にんげんの知識ちしきの高尚こうしょうな現象げんしょうの外ほかには、一ひとつとして意味いみのある、興味きょうみのあるものは無ないのです。人智じんちなるものが、動物どうぶつと、人間にんげんとの間あいだに、大おおいなる限界さかいをなしておって、人間にんげんの霊性れいせいを示しめし、或ある程度ていどまで、実際じっさいに無ない所ところの不死ふしの換かわりを為なしているのです。これに由よって人智じんちは、人間にんげんの唯一ゆいいつの快楽かいらくの泉いずみとなつている。しかるに我々われわれは自分じぶんの周囲まわりに、些いささかも知識ちしきを見みず、聞きかずで、我々われわれはまるで快楽かいらくを奪うばわれているようなものです。勿論もちろん我々われわれには書物しょもつがある。しかしこれは活いきた話はなしとか、交際こうさいとかと云いうものとはまた別べつで、余あまり適切てきせつな例れいではありませんが、例たとえば書物しょもつはノタで、談話だんわは唱歌しょうかでしょう。』

『それは真実まったくです。』と、郵便局長ゆうびんきょくちょうは云いう。

二人ふたりは黙だまる。厨房くりやからダリュシカが鈍にぶい浮うかぬ顔かおで出でて来きて、片手かたてで頬杖ほおづえをして、話はなしを聞きこうと戸口とぐちに立留たちどまっている。

『ああ君きみは今いまの人間にんげんから知識ちしきをお望のぞみになるのですか?』

と、ミハイル、アウエリヤヌイチは嘆息たんそくして云いうた。そうして彼かれは昔むかしの生活せいかつが健全けんぜんで、愉快ゆかいで、興味きょうみのあったこと、その頃ころの上流社会じょうりゅうしゃかいには知識ちしきがあったとか、またその社会しゃかいでは廉直れんちょく、友誼ゆうぎを非常ひじょうに重おもんじていたとか、証文しょうもんなしで銭ぜにを貸かしたとか、貧窮ひんきゅうな友人ゆうじんに扶助たすけを与あたえぬのを恥はじとしていたとか、愉快ゆかいな行軍こうぐんや、戦争せんそうなどのあったこと、面白おもしろい人間にんげん、面白おもしろい婦人ふじんのあったこと、また高加索カフカズと云いう所ところは実じつにいい土地とちで、或ある騎兵大隊長きへいだいたいちょうの夫人ふじんに変者かわりものがあって、いつでも身みに士官しかんの服ふくを着つけて、夜よるになると一人ひとりで、カフカズの山中さんちゅうを案内者あんないしゃもなく騎馬きばで行ゆく。話はなしに聞きくと、何なんでも韃靼人だったんじんの村むらに、その夫人ふじんと、土地とちの某公爵ぼうこうしゃくとの間あいだに小説しょうせつがあったとのことだ、とかと。

『へへえ。』

と、ダリュシカは感心かんしんして聞きいている。

『そうしてよく呑のみ、よく食くったものだ。また非常ひじょうな自由主義じゆうしゅぎの人間にんげんなどもあったッけ。』

アンドレイ、エヒミチは聞きいてはいたが、耳みみにも留とまらぬ風ふうで、何なにかを考かんがえながら、ビールをチビリチビリと呑のんでいる。

『私わたしはどうかすると知識ちしきのある秀才しゅうさいと話はなしをしていることを夢ゆめに見みることがあります。』

と、院長いんちょうは突然だしぬけにミハイル、アウエリヤヌイチの言ことばを遮さえぎって言いうた。

『私わたしの父ちちは私わたしに立派りっぱな教育きょういくを与あたえたです、しかし六十年代ねんだいの思想しそうの影響えいきょうで、私わたしを医者いしゃとしてしまったが、私わたしがもしその時ときに父ちちの言いう通とおりにならなかったなら、今頃いまごろは現代思潮げんだいしちょうの中心ちゅうしんとなっていたであろうと思おもわれます。その時ときにはきっと大学だいがくの分科ぶんかの教授きょうじゅにでもなっていたのでしょう。無論むろん知識ちしきなるものは、永久えいきゅうのものでは無なく、変遷へんせんして行ゆくものですが、しかし生活せいかつと云いうものは、忌々いまいましい輪索わなです。思想しそうの人間にんげんが成熟せいじゅくの期きに達たっして、その思想しそうが発展はってんされる時ときになると、その人間にんげんは自然しぜん自分じぶんがもうすでにこの輪索わなに掛かかっている遁のがれる路みちの無なくなっているのを感かんじます。実際じっさい人間にんげんは自分じぶんの意旨いしに反はんして、或あるいは偶然ぐうぜんなことの為ために、無むから生活せいかつに喚出よびだされたものであるのです……。』

『それは真実まったくです。』

と、ミハイル、アウエリヤヌイチは云いう。

アンドレイ、エヒミチはやはり相手あいての顔かおを見みずに、知識ちしきある者ものの話はなしばかりを続つづける、ミハイル、アウエリヤヌイチは注意ちゅういして聴きいていながら『それは真実まったくです。』と、そればかりを繰返くりかえしていた。

『しかし君きみは霊魂れいこんの不死ふしを信しんじなさらんのですか?』

と、俄にわかにミハイル、アウエリヤヌイチは問とう。

『いや、ミハイル、アウエリヤヌイチ、信しんじません、信しんじる理由りゆうが無ないのです。』と、院長いんちょうは云いう。

『実じつを申もうすと私わたしも疑うたがっているのです。しかしもっとも、私わたくしは或時あるときは死しなん者もののような感かんじもするですがな。それは時時ときどきこう思おもうことがあるです。

こんな老朽ろうきゅうな体からだは死しんでもいい時分じぶんだ、とそう思おもうと、忽たちまちまた何なんやら心こころの底そこで声こえがする、気遣きづかうな、死しぬことは無ないと云いっているような。』

九時じ少すこし過すぎ、ミハイル、アウエリヤヌイチは帰かえらんとて立上たちあがり、玄関げんかんで毛皮けがわの外套がいとうを引掛ひっかけながら溜息ためいきして云いうた。

『しかし我々われわれは随分酷ずいぶんひどい田舎いなかに引込ひっこんだものさ、残念ざんねんなのは、こんな処ところで往生おうじょうをするのかと思おもうと、ああ……。』

(七)

親友しんゆうを送出おくりだして、アンドレイ、エヒミチはまた読書どくしょを初はじめるのであった。夜よるは静しずかで何なんの音おともせぬ。時ときは留とどまって院長いんちょうと共ともに書物しょもつの上うえに途絶とだえてしまったかのよう。この書物しょもつと、青あおい傘かさを掛かけたランプとの外ほかには、世よにまた何物なにものもあらぬかと思おもわるる静しずけさ。院長いんちょうの可畏むくつけき、無人相ぶにんそうの顔かおは、人智じんちの開発かいはつに感かんずるに従したがって、段々だんだんと和やわらぎ、微笑びしょうをさえ浮うかべて来きた。

『ああ、どうして、人ひとは不死ふしの者ものでは無ないか。』

と、彼かれは考かんがえている。『脳髄のうずいや、視官しかん、言語げんご、自覚じかく、天才てんさいなどは、終ついには皆みな土中どちゅうに入はいってしまって、やがて地殻ちかくと共ともに冷却れいきゃくし、何百万年なんびゃくまんねんと云いう長ながい間あいだ、地球ちきゅうと一所しょに意味いみもなく、目的もくてきも無なく廻まわり行ゆくようになるとなれば、何なんの為ためにこんな物ものがあるのか……。』冷却れいきゃくして後のち、飛散ひさんするとすれば、高尚こうしょうなる殆ほとんど神かみの如ごとき智力ちりょくを備そなえたる人間にんげんを、虚無きょむより造出つくりだすの必要ひつようはない。そうして恰あたかも嘲あざけるが如ごとくに、また人ひとを粘土ねんどに化かする必要ひつようは無ない。ああ物質ぶっしつの新陳代謝しんちんたいしゃよ。しかしながら不死ふしの代替だいたいを以もって、自分じぶんを慰なぐさむると云いうことは臆病おくびょうではなかろうか。自然しぜんにおいて起おこる所ところの無意識むいしきなる作用さようは、人間にんげんの無智むちにも劣おとっている。何なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしきと意旨いしとがある。が、作用さようには何なにもない。死しに対たいして恐怖きょうふを抱いだく臆病者おくびょうものは、左さのことを以もって自分じぶんを慰なぐさめることが出来できる。即すなわち彼かの体たいを将来しょうらい、草くさ、石いし、蟇ひきがえるの中うちに入いって、生活せいかつすると云いうことを以もって慰なぐさむることが出来できる。

『それとも物質ぶっしつの変換へんかん……物質ぶっしつの変換へんかんを認みとめて、直すぐに人間にんげんの不死ふしと為なすと云いうのは、恰あだかも高価こうかなヴァイオリンが破こわれた後あとで、その明箱あきばこが換かわって立派りっぱな物ものとなると同おなじように、誠まことに訳わけの解わからぬことである。』

時計とけいが鳴なる。アンドレイ、エヒミチは椅子いすの倚掛よりかかりに身みを投なげて、眼めを閉とじて考かんがえる。そうして今いま読よんだ書物しょもつの中うちの面白おもしろい影響えいきょうで、自分じぶんの過去かこと、現在げんざいとに思おもいを及およぼすのであった。

『過去かこは思出おもいだすのもいやだ、と云いって、現在げんざいもまた過去かこと同様どうようではないか。』

と、彼かれはそれから患者等かんじゃらのこと、不潔ふけつな病室びょうしつの中うちに苦くるしんでいること、などを思おもい起おこす。『まだ眠ねむらないで南京虫なんきんむしと戦たたかっている者ものもあろう、或あるいは強つよく繃帯ほうたいを締しめられて悩なやんで呻うなっている者ものもあろう、また或ある患者等かんじゃらは看護婦かんごふを相手あいてに骨牌遊かるたあそびをしている者ものもあろう、或あるいはヴォッカを呑のんでいる者ものもあろう、病院びょういんの事業じぎょうは総すべて二十年前ねんまえと少すこしも変かわらぬ。窃盗せっとう、姦淫かんいん、詐欺さぎの上うえに立たてられているのだ。であるから、病院びょういんは依然いぜんとして、町まちの住民じゅうみんの健康けんこうには有害ゆうがいで、かつ不徳義ふとくぎなものである。』

と、彼かれは思おもい来きたり、更さらにまた彼かの六号室ごうしつの鉄格子てつごうしの中なかで、ニキタが患者等かんじゃらを打殴なぐっていること、モイセイカが町まちに行いっては、施ほどこしを請こうている姿すがたなどを思おもい出だす。

それよりまた彼かれは医学いがくのこの近ちかき二十五年間ねんかんにおいて、如何いかに長足ちょうそくの進歩しんぽを為なしたかと云いうことを考かんがえ初はじめる。

『自分じぶんが大学だいがくにいた時分じぶんは、医学いがくもやはり、錬金術れんきんじゅつや、形而上学けいじじょうがくなどと同おなじ運命うんめいに至いたるものと思おもうていたが、実じつに驚おどろく可べき進歩しんぽである。大革命だいかくめいとも名なづけられる位くらいだ、防腐法ぼうふほうの発明はつめいによって、大家たいかのピロウゴフさえも、到底とうてい出来得できうべからざることを認みとめていた手術しゅじゅつが、容易たやすく遣やられるようにはなった。今いまでは腹部截開ふくぶせっかいの百度たびの中うち、死しを見みることは一度位どぐらいなものである。梅毒ばいどくも根治こんじされる、その他た遺伝論いでんろん、催眠術さいみんじゅつ、パステルや、コッホなどの発見はっけん、衛生学えいせいがく、統計学とうけいがくなどはどうであろう……。』

我々われわれロシヤの地方団体ちほうだんたいの医術いじゅつはどうであろうか、まず精神病せいしんびょうに就ついて云いうならば、現今げんこんの病気びょうきの類別法るいべつほう、診断しんだん、治療ちりょうの方法ほうほう、共ともに皆みなこれを過去かこの精神病学せいしんびょうがくと比較ひかくするならば、その差さはエリボルスの山やまの如ごとき高大こうだいなるものである。現今げんこんでは精神病者せいしんびょうしゃの治療ちりょうに冷水れいすいを注そそがぬ、蒸暑むしあつきシャツを被きせぬ、そうして人間的にんげんてきに彼等かれらを取扱とりあつかう、即すなわち新聞しんぶんに記載きさいする通とおり、彼等かれらの為ために、演劇えんげき、舞蹈ぶとうを催もよおす。

彼かれはまたかく思考かんがえた。

現時げんじの見解けんかい及および趣味しゅみを見みるに、六号室ごうしつの如ごときは、誠まことに見みるに忍しのびざる、厭悪えんおに堪たえざるものである。かかる病室びょうしつは、鉄道てつどうを去さること、二百露里ヴェルスタのこの小都会しょうとかいにおいてのみ見みるのである。即すなわちここの市長しちょう並ならびに町会議員ちょうかいぎいんは皆みな生物知なまものしりの町人ちょうにんである、であるから医師いしを見みることは神官しんかんの如ごとく、その言いう所ところを批評ひひょうせずして信しんじている。例たとえば、溶解ようかいせる鉛なまりを口くちに入いるるとも、少すこしも不思議ふしぎには思おもわぬであろう。が、もしこれが他たの所ところにおいてはどうであろうか、公衆こうしゅうと、新聞紙しんぶんしとは必かならずかくの如ごとき監獄バステリヤは、とうに寸断すんだんにしてしまったであろう。

『しかしそれがどうである。』

と、彼かれはパッと眼めを開ひらいて自みずから問とうた。

『防腐法ぼうふほうだとか、コッホだとか、パステルだとか云いったって、実際じっさいにおいては世よの中なかは少すこしもこれまでと変かわらないでは無ないか、病気びょうきの数すうも、死亡しぼうの数すうも、瘋癲患者ふうてんかんじゃの為ためだと云いって、舞踏会ぶとうかいやら、演芸会えんげいかいやらが催もよおされるが、しかし彼等かれらをして全まったく開放かいほうすることは出来できないでは無ないか。して見みれば、何なんでも皆みな空むなしいことだ、ヴィンナの完全かんぜんな大学病院だいがくびょういんでも、我々われわれのこの病院びょういんと少すこしも差別さべつは無ないのだ。

しかし俺おれは有害ゆうがいなことに務つとめてると云いうものだ、自分じぶんの欺あざむいている人間にんげんから給料きゅうりょうを貪むさぼっている、不正直ふしょうじきだ、けれども俺おれその者ものは至いたって微々びびたるもので、社会しゃかいの必然ひつぜんの悪あくの一分子ぶんしに過すぎぬ、総すべて町まちや、郡ぐんの官吏共かんりどもでも皆みな詰つまり無用むようの長物ちょうぶつだ。ただ給料きゅうりょうを貪むさぼっているに過すぎん……そうして見みれば不正直ふしょうじきの罪つみは、敢あえて自分じぶんばかりじゃ無ない、時勢じせいにあるのだ、もう二百年ねんも晩おそく自分じぶんが生うまれたなら、まるで別べつの人間にんげんであったかも知しれぬ。』

三時じが鳴なる、彼かれはランプを消けして寐室ねべやに行いった。が、どうしても睡眠ねむりに就つくことは出来できぬのであった。

(八)

二年ねんこのかた、地方自治体ちほうじちたいはようよう饒ゆたかになったので、その管下かんかに病院びょういんの設立たてられるまで、年々ねんねん三百円えんずつをこの町立病院ちょうりつびょういんに補助金ほじょきんとして出だすこととなり、病院びょういんではそれが為ために医員いいんを一人ひとり増ますことと定さだめられた。で、アンドレイ、エヒミチの補助手ほじょしゅとして、軍医ぐんいのエウゲニイ、フェオドロイチ、ハバトフというが、この町まちに聘へいせられた。その人ひとはまだ三十歳さいに足たらぬ若わかい男おとこで、頬骨ほおぼねの広ひろい、眼めの小ちいさい、ブルネト、その祖先そせんは外国人がいこくじんであったかのようにも見みえる、彼かれが町まちに来きた時ときは、銭ぜにと云いったら一文もんもなく、小ちいさい鞄かばん只ただ一個ひとつと、下女げじょと徇ふれていた醜女みにくいおんなばかりを伴ともなうて来きたので、そうしてこの女おんなには乳呑児ちのみごがあった。彼かれは常つねに廂ひさしの附ついた丸帽まるぼうを被かぶって、深ふかい長靴ながぐつを穿はき冬ふゆには毛皮けがわの外套がいとうを着きて外そとを歩あるく。病院びょういんに来きてより間まもなく、代診だいしんのセルゲイ、セルゲイチとも、会計かいけいとも、直すぐに親密しんみつになったのである。下宿げしゅくには書物しょもつはただ一冊さつ『千八百八十一年度ねんどヴィンナ大学病院だいがくびょういん最近さいきん処方しょほう』と題だいするもので、彼かれは患者かんじゃの所ところへ行ゆく時ときには必かならずそれを携たずさえる。晩ばんになると倶楽部くらぶに行いっては玉突たまつきをして遊あそぶ、骨牌かるたは余あまり好このまぬ方ほう、そうして何時いつもお極きまりの文句もんくをよく云いう人間にんげん。

病院びょういんには一週しゅうに二度どずつ通かよって、外来患者がいらいかんじゃを診察しんさつしたり、各病室かくびょうしつを廻まわったりしていたが、防腐法ぼうふほうのここでは全まったく行おこなわれぬこと、呼血器きゅうけつきのことなどに就ついて、彼かれは頗すこぶる異議いぎをもっていたが、それと打付うちつけて云いうのも、院長いんちょうに恥はじを掻かかせるようなものと、何なんとも云いわずにはいたが、同僚どうりょうの院長いんちょうアンドレイ、エヒミチを心秘こころひそかに、老込おいこみの怠惰者なまけものとして、奴やつ、金かねばかり溜込ためこんでいると羨うらやんでいた。そうしてその後任こうにんを自分じぶんで引受ひきうけたく思おもうていた。

(九)

三月がつの末すえつ方かた、消きえがてなりし雪ゆきも、次第しだいに跡あとなく融とけた或夜あるよ、病院びょういんの庭にわには椋鳥むくどりが切しきりに鳴ないてた折おりしも、院長いんちょうは親友しんゆうの郵便局長ゆうびんきょくちょうの立帰たちかえるのを、門もんまで見送みおくらんと室しつを出でた。丁度ちょうどその時とき、庭にわに入はいって来きたのは、今いましも町まちを漁あさって来きた猶太人ジウのモイセイカ、帽ぼうも被かぶらず、跣足はだしに浅あさい上靴うわぐつを突掛つッかけたまま、手てには施ほどこしの小ちいさい袋ふくろを提さげて。

『一銭せんおくんなさい!』

と、モイセイカは寒さむさに顫ふるえながら、院長いんちょうを見みて微笑びしょうする。

辞じすることの出来できぬ院長いんちょうは、隠かくしから十銭せんを出だして彼かれに遣やる。

『これはよくない』と、院長いんちょうはモイセイカの瘠やせた赤あかい跣足はだしの踝くるぶしを見みて思おもうた。

『路みちは泥濘ぬかっていると云いうのに。』

院長いんちょうは不覚そぞろに哀あわれにも、また不気味ぶきみにも感かんじて、猶太人ジウの後あとに尾ついて、その禿頭はげあたまだの、足あしの踝くるぶしなどを眴みまわしながら、別室べっしつまで行いった。小使こづかいのニキタは相あいも変かわらず、雑具がらくたの塚つかの上うえに転ころがっていたのであるが、院長いんちょうの入はいって来きたのに吃驚びっくりして跳起はねおきた。

『ニキタ、今日こんにちは。』

と、院長いんちょうは柔やさしく彼かれに挨拶あいさつして。

『この猶太人ジウに靴くつでも与あたえたらどうだ、そうでもせんと風邪かぜを引ひく。』

『はッ、拝承かしこまりまして御坐ござりまする。直すぐに会計かいけいにそう申もうしまして。』

『そうして下ください、お前まえは会計かいけいに私わたしがそう云いったと云いってくれ。』

玄関げんかんから病室びょうしつへ通かよう戸とは開ひらかれていた。イワン、デミトリチは寐台ねだいの上うえに横よこになって、肘ひじを突ついて、さも心配しんぱいそうに、人声ひとごえがするので此方こなたを見みて耳みみを欹そばだてている。と、急きゅうに来きた人ひとの院長いんちょうだと解わかったので、彼かれは全身ぜんしんを怒いかりに顫ふるわして、寐床ねどこから飛上とびあがり、真赤まっかになって、激怒げきどして、病室びょうしつの真中まんなかに走はしり出でて突立つったった。

『やあ、院長いんちょうが来きたぞ!』

イワン、デミトリチは高たかく呌さけんで、笑わらい出だす。

『来きた来きた! 諸君しょくんお目出めでとう、院長閣下いんちょうかっかが我々われわれを訪問ほうもんせられた! こン畜生ちくしょうめ!』

と、彼かれは声こえを甲走かんばしらして、地鞴踏じだんだふんで、同室どうしつの者等ものらのいまだかつて見みぬ騒方さわぎかた。

『こん畜生ちくしょう! やい殴殺ぶちころしてしまえ! 殺ころしても足たるものか、便所べんじょにでも敲込たたきこめ!』

院長いんちょうのアンドレイ、エヒミチは玄関げんかんの間まから病室びょうしつの内なかを覗込のぞきこんで、物柔ものやわらかに問とうのであった。

『何故なぜですね?』

『何故なぜだと。』と、イワン、デミトリチは嚇おどすような気味きみで、院長いんちょうの方ほうに近寄ちかより、顫ふるう手てに病院服びょういんふくの前まえを合あわせながら。

『何故なぜかも無ないものだ! この盗人ぬすびとめ!』

彼かれは悪々にくにくしそうに唾つばでも吐はっ掛かけるような口付くちつきをして。

『この山師やまし! 人殺ひとごろし!』

『まあ、落着おちつきなさい。』

と、アンドレイ、エヒミチは悪わるかったと云いうような顔付かおつきで云いう。

『よくお聴ききなさい、私わたしはまだ何なんにも盗ぬすんだこともなし、貴方あなたに何なにも致いたしたことは無ないのです。貴方あなたは何なにか間違まちがってお出いでなのでしょう、酷ひどく私わたしを怒おこっていなさるようだが、まあ落着おちついて、静しずかに、そうして何なにを立腹りっぷくしていなさるのか、有仰おっしゃったらいいでしょう。』

『だが何なんの為ために貴下あなたは私わたしをこんなところに入いれて置おくのです?』

『それは貴君あなたが病人びょうにんだからです。』

『はあ、病人びょうにん、しかし何なん百人にんと云いう狂人きょうじんが自由じゆうにそこら辺へんを歩あるいているではないですか、それは貴方々あなたがたの無学むがくなるに由よって、狂人きょうじんと、健康けんこうなる者ものとの区別くべつが出来できんのです。何なんの為ために私わたしだの、そらここにいるこの不幸ふこうな人達ひとたちばかりが恰あだかも献祭けんさいの山羊やぎの如ごとくに、衆しゅうの為ためにここに入いれられていねばならんのか。貴方あなたを初はじめ、代診だいしん、会計かいけい、それから、総すべてこの貴方あなたの病院びょういんにいる奴等やつらは、実じつに怪けしからん、徳義上とくぎじょうにおいては我々共われわれどもより遙はるかに劣等れっとうだ、何なんの為ために我々われわればかりがここに入いれられておって、貴方々あなたがたはそうで無ないのか、どこにそんな論理ろんりがあります?』

『徳義上とくぎじょうだとか、論理ろんりだとか、そんなことは何なにもありません。ただ場合ばあいです。即すなわちここに入いれられた者ものは入はいっているのであるし、入いれられん者ものは自由じゆうに出歩であるいている、それだけのことです。私わたしが医者いしゃで、貴方あなたが精神病者せいしんびょうしゃであると云いうことにおいて、徳義とくぎも無なければ、論理ろんりも無ないのです。詰つまり偶然ぐうぜんの場合ばあいのみです。』

『そんな屁理窟へりくつは解わからん。』

と、イワン、デミトリチは小声こごえで云いって、自分じぶんの寐台ねだいの上うえに坐すわり込こむ。

モイセイカは今日きょうは院長いんちょうのいる為ために、ニキタが遠慮えんりょして何なにも取返とりかえさぬので、貰もらって来きた雑物ぞうもつを、自分じぶんの寝台ねだいの上うえに洗あらい浚ざらい広ひろげて、一つ一つ並ならべ初はじめる。パンの破片かけら、紙屑かみくず、牛うしの骨ほねなど、そうして寒さむさに顫ふるえながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことに歌うたうように喋しゃべり出だす、大方おおかた開店かいてんでもした気取きどりで何なにかを吹聴ふいちょうしているのであろう。

『私わたしをここから出だして下ください。』と、イワン、デミトリチは声こえを顫ふるわして云いう。

『それは出来できません。』

『どう云いう訳わけで。それを聞ききましょう。』

『それは私わたしの権内けんないに無ないことなのです。まあ、考かんがえて御覧ごらんなさい、私わたしが仮かりに貴方あなたをここから出だしたとして、どんな利益りえきがありますか。まず出でて御覧ごらんなさい、町まちの者ものか、警察けいさつかがまた貴方あなたを捉とらえて連つれて参まいりましょう。』

『左様さようさ左様さようさそれはそうだ。』と、イワン、デミトリチは額ひたいの汗あせを拭ふく、『それはそうだ、しかし私わたしはどうしたらよかろう。』

アンドレイ、エヒミチはイワン、デミトリチの顔付かおつき、眼色めいろなどを酷ひどく気きに入いって、どうかしてこの若者わかものを手懐てなずけて、落着おちつかせようと思おもうたので、その寐台ねだいの上うえに腰こしを下おろし、ちょっと考かんがえて、さて言出いいだす。

『貴方あなたはどうしたらよかろうと有仰おっしゃるが。貴方あなたの位置いちをよくするのには、ここから逃出にげだす一方ぽうです。しかしそれは残念ざんねんながら無益むえきに帰きするので、貴方あなたは到底とうてい捉とらえられずにはおらんです。社会しゃかいが犯罪人はんざいにんや、精神病者せいしんびょうしゃや、総すべて自分等じぶんらに都合つごうの悪わるい人間にんげんに対たいして、自衛じえいを為なすのには、どうしたって勝かつことは出来できません。で、貴方あなたの為なすべき所ところは一つです。即すなわちここにいることが必要ひつようであると考かんがえて、安心あんしんをしているのみです。』

『いや、誰たれにもここは必要ひつようじゃありません。』

『しかしすでに監獄かんごくだとか、瘋癲病院ふうてんびょういんだとかの存在そんざいする以上いじょうは、誰たれかその中うちに入はいっていねばなりません、貴方あなたでなければ、私わたくし、でなければ、他ほかの者ものが。まあお待まちなさい、左様さよう今いまに遙はるか遠とおき未来みらいに、監獄かんごくだの、瘋癲病院ふうてんびょういんの全廃ぜんぱいされた暁あかつきには、即すなわちこの窓まどの鉄格子てつごうしも、この病院服びょういんふくも、全まったく無用むようになってしまいましょう、無論むろん、そう云いう時ときは早晩そうばん来きましょう。』

イワン、デミトリチはニヤリと冷笑わらった。

『そうでしょう。』と、彼かれは眼めを細ほそめて云いうた。『貴方あなただの、貴方あなたの補助者ほじょしゃのニキタなどのような、そう云いう人間にんげんには、未来みらいなどは何なんの要ようも無ない訳わけです。で、貴方あなたはよい時代じだいが来こようと済すましてもいられるでしょうが、いや、私わたくしの言いうことは卑いやしいかも知しれません、笑止おかしければお笑わらい下ください。しかしです、新生活しんせいかつの暁あかつきは輝かがやいて、正義せいぎが勝かちを制せいするようになれば、我々われわれの町まちでも大おおいに祭まつりをして喜よろこび祝いわいましょう。が、私わたしはそれまでは待またれません、その時分じぶんにはもう死しんでしまいます。誰たれかの子こか孫まごかは、遂ついにその時代じだいに遇あいましょう。私わたくしは誠心まごころを以もって彼等かれらを祝しゅくします、彼等かれらの為ために喜よろこびます! 進すすめ! 我わが同胞どうぼう! 神かみは君等きみらに助たすけを給たまわん!』と、イワン、デミトリチは眼めを輝かがやかして立上たちあがり、窓まどの方ほうに手てを伸のばして云いうた。

『この格子こうしの中うちより君等きみらを祝福しゅくふくせん、正義せいぎ万歳ばんざい! 正義せいぎ万歳ばんざい!』

『何なにをそんなに喜よろこぶのか私わたくしには訳わけが分わかりません。』と、院長いんちょうはイワン、デミトリチの様子ようすがまるで芝居しばいのようだと思おもいながら、またその風ふうが酷ひどく気きに入いって云いうた。

『成程なるほど、時ときが来くれば監獄かんごくや、瘋癲病院ふうてんびょういんは廃はいされて、正義せいぎは貴方あなたの有仰おっしゃる通とおり勝かちを占しめるでしょう、しかし生活せいかつの実際じっさいがそれで変かわるものではありません。自然しぜんの法則ほうそくは依然いぜんとして元もとのままです、人々ひとびとはやはり今日こんにちの如ごとく病やみ、老おい、死しするのでしょう、どんな立派りっぱな生活せいかつの暁あかつきが顕あらわれたとしても、つまり人間にんげんは棺桶かんおけに打込うちこまれて、穴あなの中なかに投とうじられてしまうのです。』

『では来世らいせいは。』

『何なに、来世らいせい。戯談じょうだんを云いっちゃいけません。』

『貴方あなたは信しんじなさらんと見みえるが私わたしは信しんじてます。ドストエフスキイの中うちか、ウォルテルの中うちかに、小説中しょうせつちゅうの人物じんぶつが云いってることがあります、もし神かみが無なかったとしたら、その時ときは人ひとが神かみを考かんがえ出だそう。で、私わたくしは堅かたく信しんじています。もし来世らいせいが無ないとしたならば、その時ときは大おおいなる人間にんげんの智慧ちえなるものが、早晩そうばんこれを発明はつめいしましょう。』

『フウム、旨うまく言いった。』

と、アンドレイ、エヒミチはいと満足気まんぞくげに微笑びしょうして。

『貴方あなたはそう信しんじていなさるから結構けっこうだ。そう云いう信仰しんこうがありさえすれば、たとい壁かべの中なかに塗込ぬりこまれたって、歌うたを歌うたいながら生活せいかつして行ゆかれます。貴方あなたは失礼しつれいながらどこで教育きょういくをお受うけになったか?』

『私わたくしは大学だいがくでです、しかし卒業そつぎょうせずに終しまいました。』

『貴方あなたは思想家しそうかで考深かんがえぶかい方かたです。貴方あなたのような人ひとはどんな場所ばしょにいても、自身じしんにおいて安心あんしんを求もとめることが出来できます。人生じんせいの解悟かいごに向むかっておる自由じゆうなる深ふかき思想しそうと、この世よの愚おろかなる騒さわぎに対たいする全然ぜんぜんの軽蔑けいべつ、これ即すなわち人間にんげんのこれ以上いじょうのものをいまだかつて知しらぬ最大幸福さいだいこうふくです。そうして貴方あなたはたとい三重じゅうの鉄格子てつごうしの内うちに住すんでいようが、この幸福こうふくをもっているのでありますから。ジオゲンを御覧ごらんなさい、彼かれは樽たるの中なかに住すんでいました、けれども地上ちじょうの諸王しょおうより幸福こうふくであったのです。』

『貴方あなたの云いうジオゲンは白痴はくちだ。』と、イワン、デミトリチは憂悶ゆうもんして云いうた。『貴方あなたは何なんだって私わたくしに解悟かいごだとか、何なんだとかと云いうのです。』と、俄にわかに怫然むきになって立上たちあがった。『私わたくしは人並ひとなみの生活せいかつを好このみます、実じつに、私わたくしはこう云いう窘逐狂きんちくきょうに罹かかっていて、始終しじゅう苦くるしい恐怖おそれに襲おそわれていますが、或時あるときは生活せいかつの渇望かつぼうに心こころを燃もやされるです、非常ひじょうに人並ひとなみの生活せいかつを望のぞみます、非常ひじょうに、それは非常ひじょうに。』

彼かれは室内しつないを歩あるき初はじめたが、やがて小声こごえでまた言いい出だす。

『私わたくしは時折ときおり種々いろいろなことを妄想もうぞうしますが、往々おうおう幻想まぼろしを見みるのです、或人あるひとが来きたり、また人ひとの声こえを聞きいたり、音楽おんがくが聞きこえたり、また林はやしや、海岸かいがんを散歩さんぽしているように思おもわれる時ときもあります。どうぞ私わたくしに世よの中なかの生活せいかつを話はなして下ください、何なにか珍めずらしいことでも無ないですか。』

『町まちのことをですか、それとも一般ぱんのことに就ついてですか?』

『まず町まちのことからして伺うかがいましょう。それから一般ぱんのことを。』

『町まちでは実じつにもう退屈たいくつです。誰だれを相手あいてに話はなしするものもなし。話はなしを聞きく者ものもなし。新あたらしい人間にんげんはなし。しかしこの頃ころハバトフと云いう若わかい医者いしゃが町まちには来きたですが。』

『どんな人間にんげんが。』

『いや、極ごく非文明的ひぶんめいてきな、どう云いうものかこの町まちに来くる所ところの者ものは、皆みな、見みるのも胸むねの悪わるいような人間にんげんばかり、不幸ふこうな町まちです。』

『左様さようさ、不幸ふこうな町まちです。』と、イワン、デミトリチは溜息ためいきして笑わらう。『しかし一般ぱんにはどうです、新聞しんぶんや、雑誌ざっしはどう云いうことが書かいてありますか?』

病室びょうしつの中うちはもう暗くらくなったので、院長いんちょうは静しずかに立上たちあがる。そうして立たちながら、外国がいこくや、露西亜ロシヤの新聞しんぶん雑誌ざっしに書かいてある珍めずらしいこと、現今げんこんはこう云いう思想しそうの潮流ちょうりゅうが認みとめられるとかと話はなしを進すすめたが、イワン、デミトリチは頗すこぶる注意ちゅういして聞きいていた。が忽たちまち、何なにか恐おそろしいことでも急きゅうに思おもい出だしたかのように、彼かれは頭かしらを抱かかえるなり、院長いんちょうの方ほうへくるりと背せを向むけて、寐台ねだいの上うえに横よこになった。

『どうかしましたか?』と、院長いんちょうは問う。

『もう貴方あなたには一言ごんだって口くちは開ききません。』

イワン、デミトリチは素気そっけなく云いう。『私わたくしに管かまわんで下ください!』

『どうしたのです?』

『管かまわんで下くださいと云いったら管かまわんで下ください、チョッ、誰だれがそんな者ものと口くちを開きくものか。』

院長いんちょうは肩かたを縮ちぢめて溜息ためいきをしながら出でて行ゆく、そうして玄関げんかんの間まを通とおりながら、ニキタに向むかって云いうた。

『ここ辺らを少すこし掃除そうじしたいものだな、ニキタ。酷ひどい臭においだ。』

『拝承かしこまりました。』と、ニキタは答こたえる。

『何なんと面白おもしろい人間にんげんだろう。』と、院長いんちょうは自分じぶんの室へやの方ほうへ帰かえりながら思おもうた。『ここへ来きてから何年振なんねんぶりかで、こう云いう共ともに語かたられる人間にんげんに初はじめて出会でっくわした。議論ぎろんも遣やる、興味きょうみを感かんずべきことに、興味きょうみをも感かんじている人間にんげんだ。』

彼かれはその後のち読書どくしょを為なす中うちにも、睡眠ねむりに就ついてからも、イワン、デミトリチのことが頭あたまから去さらず、翌朝よくちょう眼めを覚さましても、昨日きのうの智慧ちえある人間にんげんに遇あったことを忘わすれることが出来できなかった、便宜べんぎもあらばもう一度ど彼かれを是非ぜひ尋たずねようと思おもうていた。

(十)

イワン、デミトリチは昨日きのうと同おなじ位置いちに、両手りょうてで頭かしらを抱かかえて、両足りょうあしを縮ちぢめたまま、横よこに為なっていて、顔かおは見みえぬ。

『や、御機嫌ごきげんよう、今日こんにちは。』院長いんちょうは六号室ごうしつへ入はいって云いうた。『君きみは眠ねむっているのですか?』

『いや私わたくしは貴方あなたの朋友ほうゆうじゃ無ないです。』と、イワン、デミトリチは枕まくらの中うちへ顔かおをいよいよ埋うずめて云いうた。『またどんなに貴方あなたは尽力じんりょくしようが駄目だめです、もう一言ごんだって私わたくしに口くちを開ひらかせることは出来できません。』

『変へんだ。』と、アンドレイ、エヒミチは気きを揉もむ。『昨日きのう我々われわれはあんなに話はなしたのですが、何なにを俄にわかに御立腹ごりっぷくで、絶交ぜっこうすると有仰おっしゃるのです、何なにかそれとも気きに障さわることでも申もうしましたか、或あるいは貴方あなたの意見いけんと合あわん考かんがえを云いい出だしたので?』

『いや、そんなら貴方あなたに云いいましょう。』と、イワン、デミトリチは身みを起おこして、心配しんぱいそうにまた冷笑的れいしょうてきに、ドクトルを見みるのであった。『何なにも貴方あなたは探偵たんていしたり、質問しつもんをしたり、ここへ来きてするには当あたらんです。どこへでも他ほかへ行いってした方ほうがよいです。私わたくしはもう昨日きのう貴方あなたが何なんの為ために来きたのかが解わかりましたぞ。』

『これは奇妙きみょうな妄想もうぞうをしたものだ。』と、院長いんちょうは思おもわず微笑びしょうする。『では貴方あなたは私わたくしを探偵たんていだと想像そうぞうされたのですな。』

『左様さよう。いや探偵たんていにしろ、また私わたくしに窃ひそかに警察けいさつから廻まわされた医者いしゃにしろ、どちらだって同様どうようです。』

『いや貴方あなたは。困こまったな、まあお聞ききなさい。』と、院長いんちょうは寐台ねだいの傍そばの腰掛こしかけに掛かけて責せむるがように首くびを振ふる。

『しかし仮かりに貴方あなたの云いう所ところが真実しんじつとして、私わたくしが警察けいさつから廻まわされた者もので、何なにか貴方あなたの言ことばを抑おさえようとしているものと仮定かていしましょう。で、貴方あなたがその為ために拘引こういんされて、裁判さいばんに渡わたされ、監獄かんごくに入いれられ、或あるいは懲役ちょうえきにされるとして見みて、それがどうです、この六号室ごうしつにいるのよりも悪わるいでしょうか。ここに入いれられているよりも貴方あなたに取とってどうでしょうか? 私わたくしはここより悪わるい所ところは無ないと思おもいます。もしそうならば何なにを貴方あなたはそんなに恐おそれなさるのか?』

この言ことばにイワン、デミトリチは大おおいに感動かんどうされたと見みえて、彼かれは落着おちついて腰こしを掛かけた。

時ときは丁度ちょうど四時過じすぎ。いつもなら院長いんちょうは自分じぶんの室へやから室へやへと歩あるいていると、ダリュシカが、麦酒ビールは旦那様だんなさま如何いかがですか、と問とう刻限こくげん。戸外こがいは静しずかに晴渡はれわたった天気てんきである。

『私わたくしは中食後ちゅうじきご散歩さんぽに出掛でかけましたので、ちょっと立寄たちよりましたのです。もうまるで春はるです。』

『今いまは何月なんがつです、三月がつでしょうか?』

『左様さよう、三月がつも末すえです。』

『戸外そとは泥濘ぬかっておりましょう。』

『そんなでもありません、庭にわにはもう小径こみちが出来できています。』

『今頃いまごろは馬車ばしゃにでも乗のって、郊外こうがいへ行いったらさぞいいでしょう。』と、イワン、デミトリチは赤あかい眼めを擦こすりながら云いう。『そうしてそれから家うちの暖あたたかい閑静かんせいな書斎しょさいに帰かえって……名医めいいに恃かかって頭痛ずつうの療治りょうじでもして貰もらったら、久ひさしい間あいだ私わたくしはもうこの人間にんげんらしい生活せいかつをしないが、それにしてもここは実じつにいやな所ところだ。実じつに堪たえられんいやな所ところだ。』

昨日きのうの興奮こうふんの為ためにか、彼かれは疲つかれて脱然ぐったりして、いやいやながら言いっている。彼かれの指ゆびは顫ふるえている。その顔かおを見みても頭あたまが酷ひどく痛いたんでいると云いうのが解わかる。

『暖あたたかい閑静かんせいな書斎しょさいと、この病室びょうしつとの間あいだに、何なんの差さも無ないのです。』と、アンドレイ、エヒミチは云いうた。『人間にんげんの安心あんしんと、満足まんぞくとは身外しんがいに在あるのではなく、自身じしんの中うちに在あるのです。』

『どう云いう訳わけで。』

『通常つうじょうの人間にんげんは、いいことも、悪わるいことも皆みな身外しんがいから求もとめます。即すなわち馬車ばしゃだとか、書斎しょさいだとかと、しかし思想家しそうかは自身じしんに求もとめるのです。』

『貴方あなたはそんな哲学てつがくは、暖あたたかな杏あんずの花はなの香においのする希臘ギリシヤに行いってお伝つたえなさい、ここではそんな哲学てつがくは気候きこうに合あいません。いやそうと、私わたくしは誰たれかとジオゲンの話はなしをしましたっけ、貴方あなたとでしたろうか?』

『左様さよう昨日きのう私わたくしと。』

『ジオゲンは勿論もちろん書斎しょさいだとか、暖あたたかい住居すまいだとかには頓着とんじゃくしませんでした。これは彼かの地ちが暖あたたかいからです。樽たるの中うちに寐転ねころがって蜜柑みかんや、橄欖かんらんを食たべていればそれで過すごされる。しかし彼かれをして露西亜ロシヤに住すまわしめたならば、彼かれ必かならず十二月がつ所どころではない、三月がつの陽気ようきに成なっても、室へやの内うちに籠こもっていたがるでしょう。寒気かんきの為ために体からだも何なにも屈曲まがってしまうでしょう。』

『いや寒気かんきだとか、疼痛とうつうだとかは感かんじないことが出来できるです。マルク、アウレリイが云いったことがありましょう。「疼痛とうつうとは疼痛とうつうの活いきた思想しそうである、この思想しそうを変へんぜしむるが為ためには意旨いしの力ちからを奮ふるい、しかしてこれを棄すてて以もって、訴うったうることを止やめよ、しからば疼痛とうつうは消滅しょうめつすべし。」と、これはよく言いった語ことばです、智者ちしゃ、哲人てつじん、もしくは思想家しそうかたるものの、他人たにんに異ことなる所ところの点てんは、即すなわちここに在あるのでしょう、苦痛くつうを軽かろんずると云いうことに。ここにおいてか彼等かれらは常つねに満足まんぞくで、何事なにごとにもまた驚おどろかぬのです。』

『では私わたくしなどは徒いたずらに苦くるしみ、不満ふまんを鳴ならし、人間にんげんの卑劣ひれつに驚おどろいたりばかりしていますから、白痴はくちだと有仰おっしゃるのでしょう。』

『そうじゃ無ないです。貴方あなたもいよいよ深ふかく考慮かんがえるように成なったならば、我々われわれの心こころを動うごかす所ところの、総すべての身外しんがいの些細ささいなることは苦くにもならぬとお解わかりになる時ときがありましょう、人ひとは解悟かいごに向むかわなければなりません。これが真実しんじつの幸福こうふくです。』

『解悟かいご……。』イワン、デミトリチは顔かおを顰しかめる。『外部がいぶだとか、内部ないぶだとか……。いや私わたくしにはそう云いうことは少すこしも解わからんです。私わたくしの知しっていることはただこれだけです。』と、彼かれは立上たちあがり、怒おこった眼めで院長いんちょうを睨にらみ付つける。『私わたしの知しっているのは、神かみが人ひとを熱血ねっけつと、神経しんけいとより造つくったと云いうことだけです! また有機的組織ゆうきてきそしきは、もしそれが生活力せいかつりょくをもっているとすれば、総すべての刺戟しげきに反応はんのうを起おこすべきものである。それで私わたくしは反応はんのうしています。即すなわち疼痛とうつうに対たいしては、絶呌ぜっきょうと、涙なみだとを以もって答こたえ、虚偽きょぎに対たいしては憤懣ふんまんを以もって、陋劣ろうれつに対たいしては厭悪えんおの情じょうを以もって答こたえているです。私わたくしの考かんがえではこれがそもそも生活せいかつと名なづくべきものだろうと。また有機体ゆうきたいが下等かとうに成なれば成なるだけ、より少すくなく物ものを感かんずるのであろうと、それ故ゆえにより弱よわく刺戟しげきに答こたえるのである。で、高等こうとうに成なれば随したがってより強つよき勢力せいりょくを以もって、実際じっさいに反応はんのうするのです。貴方あなたは医者いしゃでおいでて、どうしてこんな訳わけがお解わかりにならんです。苦くるしみを軽かろんずるとか、何なんにでも満足まんぞくしているとか、どんなことにも驚おどろかんと云いうようになるのには、あれです、ああ云いう状態ざまになってしまわんければ。』と、イワン、デミトリチは隣となりの油切あぶらぎった彼かの動物どうぶつを差さしてそう云いうた。『或あるいはまた苦痛くつうを以もって自分じぶんを鍛練たんれんして、それに対たいしての感覚かんかくをまるで失うしなってしまう、言ことばを換かえて言いえば、生活せいかつを止やめてしまうようなことに至いたらしめなければならぬのです。私わたくしは無論むろん哲人てつじんでも、哲学者てつがくしゃでも無ないのですから。』と、更さらに激げきして。『ですから、こんなことに就ついては何なにも解わからんのです。議論ぎろんする力ちからが無ないのです。』

『どうしてなかなか、貴方あなたは立派りっぱに議論ぎろんなさるです。』

『貴方あなたが例証れいしょうに引ひきなすったストア派はの哲学者等てつがくしゃらは立派りっぱな人達ひとたちです。しかしながら彼等かれらの学説がくせつはすでに二千年以前ねんいぜんに廃すたれてしまいました、もう一歩ぽも進すすまんのです、これから先さき、また進歩しんぽすることは無ない。如何いかんとなればこれは現実的げんじつてきでない、活動的かつどうてきで無ないからである。こう云いう学説がくせつは、ただ種々しゅじゅの学説がくせつを集あつめて研究けんきゅうしたり、比較ひかくしたりして、これを自分じぶんの生涯しょうがいの目的もくてきとしている、極きわめて少数しょうすうの人ひとばかりに行おこなわれて、他たの多数たすうの者ものはそれを了解りょうかいしなかったのです。苦痛くつうを軽蔑けいべつすると云いうことは、多数たすうの人ひとに取とったならば、即すなわち生活せいかつその物ものを軽蔑けいべつすると云いうことになる。如何いかんとなれば、人間にんげん全体ぜんたいは、餓うえだとか、寒さむさだとか、凌辱はずかしめだとか、損失そんしつだとか、死しに対たいするハムレット的てきの恐怖おそれなどの感覚かんかくから成立なりたっているのです。この感覚かんかくの中うちにおいて人生じんせい全体ぜんたいが含ふくまっているのです。これを苦くにすること、悪にくむことは出来できます。が、これを軽蔑けいべつすることは出来できんです。であるから、ストア派はの哲学者てつがくしゃは未来みらいをもつことが出来できんのです。御覧ごらんなさい、世界せかいの始はじめから、今日こんにちに至いたるまで、ますます進歩しんぽして行ゆくものは生存競争せいぞんきょうそう、疼痛とうつうの感覚かんかく、刺戟しげきに対たいする反応はんのうの力ちからなどでしょう。』と、イワン、デミトリチは俄にわかに思想しそうの連絡れんらくを失うしなって、残念ざんねんそうに額ひたいを擦こすった。

『何なにか肝心かんじんなことを云いおうと思おもって出でなくなった。』

と、彼かれは続つづける。『それじゃ基督ハリストスでも例れいに引ひきましょう、基督ハリストスは泣ないたり、微笑びしょうしたり、悲かなしんだり、怒おこったり、憂うれいに沈しずんだりして、現実げんじつに対たいして反応はんのうしていたのです。彼かれは微笑びしょうを以もって苦くるしみに対むかわなかった、死しを軽蔑けいべつしませんでした、却かえって「この杯さかずきを我われより去さらしめよ」と云いうて、ゲフシマニヤの園そので祈祷きとうしました。』

イワン、デミトリチはかく云いって笑出わらいだしながら坐すわる。

『で仮かりに人間にんげんの満足まんぞくと安心あんしんとが、その身外しんがいに在あるに非あらずして、自身じしんの内うちに在あるとして、また仮かりに苦痛くつうを軽蔑けいべつして、何事なにごとにも驚おどろかぬようにしなければならぬとして、見みて、第だい一貴方あなた自身じしんは何なんに基もとづいて、こんなことを主張しゅちょうなさるのか、貴方あなたは一体たい哲人ワイゼですか、哲学者てつがくしゃですか?』

『いや私わたくしは哲学者てつがくしゃでも何なんでも無ない。が、これを主張しゅちょうするのは、大おおいに各人かくじんの義務ぎむだろうと思おもうのです、これは道理どうりのあることで。』

『いや私わたくしの知しろうと思おもうのは、何なんの為ために貴方あなたが解悟かいごだの、苦痛くつうだの、それに対たいする軽蔑けいべつだの、その他たのことに就ついて自みずから精通家せいつうかと認みとめてお出いでなのですか。貴方あなたは何時いつにか苦くるしんだことでもあるのですか、苦くるしみと云いうことの理解りかいをもってお出いでですか、或あるいは失礼しつれいながら貴方あなたはお幼少ちいさい時分じぶん、打擲ぶたれでもなされましたことがおありなのですか?』

『否いえ、私わたくしの両親りょうしんは、身体上しんたいじょうの処刑しょけいは非常ひじょうに嫌きらっていたのです。』

『私わたくしは父ちちには酷ひどく仕置しおきをされました。私わたくしの父ちちは極ごく苛酷かこくな官員かんいんであったのです。が、貴方あなたのことを申もうして見みましょうかな。貴方あなたは一生涯しょうがい誰だれにも苛責かしゃくされたことは無なく、健康けんこうなること牛うしの如ごとく、厳父げんぷの保護ほごの下もとに生長せいちょうし、それで学問がくもんさせられ、それからして割わりのよい役やくに取付とりつき、二十年以上ねんいじょうの間あいだも、暖炉だんろも焚たいてあり、灯あかりも明あかるき無料むりょうの官宅かんたくに、奴婢ぬひをさえ使つかって住すんで、その上うえ、仕事しごとは自分じぶんの思おもうまま、してもしないでも済すんでいると云いう位置いち。で、生来せいらい貴方あなたは怠惰者なまけもので、厳格げんかくで無ない人間にんげん、それ故ゆえ貴方あなたは何なんでも自分じぶんに面倒めんどうでないよう、働はたらかなくとも済すむようとばかり心掛こころがけている、事業じぎょうは代診だいしんや、その他たのやくざものに任まかせ切きり、そうして自分じぶんは暖あたたかい静しずかな処ところに坐ざして、金かねを溜ため、書物しょもつを読よみ、種々しゅじゅな屁理窟へりくつを考かんがえ、また酒さけを(彼かれは院長いんちょうの赤あかい鼻はなを見みて)呑のんだりして、楽隠居らくいんきょのような真似まねをしている。一言げんで云いえば、貴方あなたは生活せいかつと云いうものを見みないのです、それを全まったく知しらんのです。そうして実際じっさいと云いうことをただ理論りろんの上うえからばかり推おしている。だから苦痛くつうを軽蔑けいべつしたり、何事なにごとにも驚おどろかんなどと云いっていられる。それは甚はなはだ単純たんじゅんな原因げんいんに由よるのです。「空くうの空くう」だとか、内部ないぶだとか、外部がいぶだとか、苦痛くつうや、死しに対たいする軽蔑けいべつだとか、真正しんせいなる幸福こうふくだとか、とこんな言草いいぐさは、皆みなロシヤの怠惰者なまけものに適当てきとうしている哲学てつがくです。で、貴方あなたはこうなのだ、まず歯はが痛いたむと云いう農婦のうふが来くる……と、それがどうしたのだ。疼痛とうつうは疼痛とうつうのことの思想しそうである。かつまた、病気びょうきが無なくてはこの世よに生いきて行ゆく訳わけには行ゆかぬものだ。早はやく帰かえるべし。俺おれの思想しそうとヴォッカを呑のむ邪魔じゃまをするな。とこう云いうでしょう。また或ある若者わかものが来きてどう云いう風ふうに生活せいかつをしたらいいかと相談そうだんを掛かけられる、と、他人たにんはまず一番ばん考かんがえる所ところであろうが、貴方あなたにはその答こたえはもうちゃんと出来できている。解悟かいごに向むかいなさい、真正しんせいの幸福こうふくに向むかいなさい。とこう云いうです。我々われわれをこんな格子こうしの内うちに監禁かんきんして置おいて苦くるしめて、そうしてこれは立派りっぱなことだ、理窟りくつのあることだ、いかんとなればこの病室びょうしつと、暖あたたかなる書斎しょさいとの間あいだに何なんの差別さべつもない。と、誠まことに都合つごうのいい哲学てつがくです。そうして自分じぶんを哲人ワイゼと感かんじている……いや貴方あなたこれはです、哲学てつがくでもなければ、思想しそうでもなし、見解けんかいの敢あえて広ひろいのでも無ない、怠惰たいだです。自滅じめつです。睡魔すいまです! 左様さよう!』と、イワン、デミトリチは昂然こうぜんとして『貴方あなたは苦痛くつうを軽蔑けいべつなさるが、試こころみに貴方あなたの指ゆび一本ぽんでも戸とに挟はさんで御覧ごらんなさい、そうしたら声こえ限かぎり呌さけぶでしょう。』

『或あるいは呌さけばんかも知しれません。』と、アンドレイ、エヒミチは言いう。

『そんなことは無ない、例たとえば御覧ごらんなさい、貴方あなたが中風ちゅうぶにでも罹かかったとか、或あるいは仮かりに愚者ぐしゃが自分じぶんの位置いちを利用りようして貴方あなたを公然こうぜん辱はずかしめて置おいて、それが後のちに何なんの報むくいも無なしに済すんでしまったのを知しったならば、その時とき貴方あなたは他たの人ひとに、解悟かいごに向むかいなさいとか、真正しんせいの幸福こうふくに向むかいなさいとか云いうことの効力こうりょくが果はたして、何程なにほどと云いうことが解わかりましょう。』

『これは奇抜きばつだ。』と院長いんちょうは満足まんぞくの余あまり微笑びしょうしながら、両手りょうてを擦こすり擦こすり云いう。『私わたくしは貴方あなたが総すべてを綜合そうごうする傾向けいこうをもっているのを、面白おもしろく感かんじかつ敬服けいふく致いたしたのです、また貴方あなたが今いま述のべられた私わたくしの人物評じんぶつひょうは、ただ感心かんしんする外ほかはありません。実じつは私わたくしは貴方あなたとの談話だんわにおいて、この上うえも無ない満足まんぞくを得えましたのです。で、私わたくしは貴方あなたのお話はなしを不残のこらず伺うかがいましたから、こんどはどうぞ私わたくしの話はなしをもお聞きき下ください。』

(十一)

かくて後のち、なお二人ふたりの話はなしは一時間じかんも続つづいたが、それより院長いんちょうは深ふかく感動かんどうして、毎日まいにち、毎晩まいばんのように六号室ごうしつに行ゆくのであった。二人ふたりは話込はなしこんでいる中うちに日ひも暮くれてしまうことがままある位くらい。イワン、デミトリチは初はじめの中うちは院長いんちょうが野心やしんでもあるのでは無ないかと疑うたがって、彼かれにとかく遠とおざかって、不愛想ぶあいそうにしていたが、段々だんだん慣なれて、遂ついには全まったく素振そぶりを変かえたのであった。

しかるに病院びょういんの中うちでは院長いんちょうアンドレイ、エヒミチが六号室ごうしつに切しきりに通かよい出だしたのを怪あやしんで、その評判ひょうばんが高たかくなり、代診だいしんも、看護婦かんごふも、一様ように何なんの為ために行ゆくのか、何なんで数時間余すうじかんよもあんな処ところにいるのか、どんな話はなしをするのであろうか、彼処かしこへ行いっても処方書しょほうがきを示しめさぬでは無ないかと、彼方あっちでも、此方こっちでも、彼かれが近頃ちかごろの奇きなる挙動きょどうの評判ひょうばんで持切もちきっている始末しまつ。ミハイル、アウエリヤヌイチはこの頃ごろでは始終しじゅう彼かれの留守るすにばかり行ゆく。ダリュシカは旦那だんなが近頃ちかごろは定刻ていこくに麦酒ビールを呑のまず、中食ちゅうじきまでも晩おくれることが度々たびたびなので困却こまっている。

或時あるとき六月がつの末すえ、ドクトル、ハバトフは、院長いんちょうに用事ようじがあって、その室へやに行いった所ところ、おらぬので庭にわへと探さがしに出でた。するとそこで院長いんちょうは六号室ごうしつであると聞きき、庭にわから直すぐに別室べっしつに入いり、玄関げんかんの間まに立留たちとどまると、丁度ちょうどこう云いう話声はなしごえが聞きこえたので。

『我々われわれは到底とうてい合奏がっそうは出来できません、私わたくしを貴方あなたの信仰しんこうに帰きせしむる訳わけには行ゆきませんから。』

と、イワン、デミトリチの声こえ。

『現実げんじつと云いうことは全まったく貴方あなたには解わからんのです、貴方あなたはいまだかつて苦くるしんだことは無ないのですから。しかし私わたくしは生うまれたその日ひより今日こんにちまで、絶たえず苦痛くつうを嘗なめているのです、それ故ゆえ私わたくしは自分じぶんを貴方あなたよりも高たかいもの、万事ばんじにおいて、より多おおく精通せいつうしているものと認みとめておるです。ですから貴方あなたが私わたくしに教おしえると云いう場合ばあいで無ないのです。』

『私わたくしは何なにも貴方あなたを自分じぶんの信仰しんこうに向むかわせようと云いう権利けんりを主張しゅちょうはせんのです。』院長いんちょうは自分じぶんを解わかってくれ人ての無ないので、さも残念ざんねんと云いうように。『そう云いう訳わけでは無ないのです、それは貴方あなたが苦痛くつうを嘗なめて、私わたくしが嘗なめないということではないのです。詮せんずる所ところ、苦痛くつうも快楽かいらくも移うつり行ゆくもので、そんなことはどうでもいいのです。で、私わたくしが言いおうと思おもうのは、貴方あなたと私わたくしとが思想しそうするもの、相共あいともに思想しそうしたり、議論ぎろんをしたりする力ちからがあるものと認みとめているということです。たとい我々われわれの意見いけんが何どの位くらい違ちがっても、ここに我々われわれの一致ちする所ところがあるのです。貴方あなたがもし私わたくしが一般ぱんの無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんを何どれ程ほどに厭いとうておるかと知しって下くだすったならば、また如何いかなる喜よろこびを以もって、こうして貴方あなたと話はなしをしているかと云いうことを知しって下くだすったならば! 貴方あなたは知識ちしきのある人ひとです。』

ハバトフはこの時とき少すこしばかり戸とを開あけて室内しつないを覗のぞいた。イワン、デミトリチは頭巾ずきんを被かぶって、妙みょうな眼付めつきをしたり、顫ふるえ上あがったり、神経的しんけいてきに病院服びょういんふくの前まえを合あわしたりしている。院長いんちょうはその側そばに腰こしを掛かけて、頭かしらを垂たれて、じっとして心細こころぼそいような、悲かなしいような様子ようすで顔かおを赤あかくしている。ハバトフは肩かたを縮ちぢめて冷笑れいしょうし、ニキタと見合みあう。ニキタも同おなじく肩かたを縮ちぢめる。

翌日よくじつハバトフは代診だいしんを伴つれて別室べっしつに来きて、玄関げんかんの間までまたも立聞たちぎき。

『院長殿いんちょうどの、とうとう発狂はっきょうと御坐ござったわい。』と、ハバトフは別室べっしつを出でながらの話はなし。

『主しゅ憐あわれめよ、主しゅ憐あわれめよ、主しゅ憐あわれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲイチは云いいながら。ピカピカと磨上みがきあげた靴くつを汚よごすまいと、庭にわの水溜みずたまりを避よけ避よけ溜息ためいきをする。

『打明うちあけて申もうしますとな、エウゲニイ、フェオドロイチもう私わたくしは疾とうからこんなことになりはせんかと思おもっていましたのさ。』

(十二)

その後ご院長いんちょうアンドレイ、エヒミチは自分じぶんの周囲まわりの者ものの様子ようすの、ガラリと変かわったことを漸ようやく認みとめた。小使こづかい、看護婦かんごふ、患者等かんじゃらは、彼かれに往遇ゆきあう度たびに、何なにをか問とうものの如ごとき眼付めつきで見みる、行ゆき過すぎてからは私語ささやく。折々おりおり庭にわで遇あう会計係かいけいがかりの小娘こむすめの、彼かれが愛あいしていた所ところのマアシャは、この節せつは彼かれが微笑びしょうして頭あたまでも撫なでようとすると、急いそいで遁出にげだす。郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチは、彼かれの所ところに来きて、彼かれの話はなしを聞きいてはいるが、先さきのようにそれは真実まったくですとはもう云いわぬ。何なんとなく心配しんぱいそうな顔かおで、左様々々さようさよう、左様さよう、と、打湿うちしめって云いってるかと思おもうと、やれヴォッカを止よせの、麦酒ビールを止やめろのと勧すすめ初はじめる。また医員いいんのハバトフも時々ときどき来きては、何故なにゆえかアルコール分子ぶんしの入はいっている飲物のみものを止よせ。ブローミウム加里かりを服のめと勧すすめて行ゆくので。

八月がつにアンドレイ、エヒミチは市役所しやくしょから、少すこし相談そうだんがあるに由よって、出頭しゅっとうを願ねがうと云いう招状しょうじょうがあった、で、定刻ていこくに市役所しやくしょに行いって見みると、もう地方軍令部長ちほうぐんれいぶちょうを初はじめ、郡立学校視学官ぐんりつがっこうしがくかん市役所員しやくしょいん、それにドクトル、ハバトフ、またも一人ひとりの見知みしらぬブロンジンの男おとこ、ずらりと並ならんで控ひかえている。傍そばにいた者ものは直すぐに院長いんちょうにこの人間にんげんを紹介しょうかいした、やはりドクトルで、何なんだとかと云いうポーランドの云いい悪にくい名な、この町まちから三十ヴェルスタばかり隔へだたっている、或ある育馬所いくばしょにいる者もの、今日きょうこの町まちを何なにかの用ようでちょっと通掛とおりかかったので、この場所ばしょへ立寄たちよったとのことで。

『ええ只今ただいま、足下そっかに御関係ごかんけいのある事柄ことがらで、申上もうしあげたいと思おもうのですが。』と、市役所員しやくしょいんは居並いならぶ人々ひとびとの挨拶あいさつが済すむとこう切きり出だした。『あ、エウゲニイ、フェオドロイチの有仰おっしゃるには、本院ほんいんの薬局やっきょくが狭隘せまいので、これを別室べっしつの一つに移転うつしてはどうかと云いうのです。勿論もちろんこれは雑作ぞうさも無ないことですが、それには別室べっしつの修繕しゅうぜんを要ようすると云いうそのことです。』

『左様さよう、修繕しゅうぜんを致いたさなければならんでしょう。』と、院長いんちょうは考かんがえながら云いう。『例たとえば隅すみの別室べっしつを薬局やっきょくに当あてようと云いうには、私わたくしの考かんがえでは、極ごく少額しょうがくに見積みつもっても五百円えんは入いりましょう、しかし余あまり不生産的ふせいさんてきな費用ひようです。』

皆みなはすこし黙もくしている。院長いんちょうは静しずかにまた続つづける。

『私わたくしはもう十年ねんも前まえから、そう申上もうしあげていたのですが、全体ぜんたいこの病院びょういんの設立たてられたのは、四十年代ねんだいの頃ころでしたが、その時分じぶんは今日こんにちのような資力しりょくでは無なかったもので。しかし今日こんにちの所ところでは病院びょういんは、確たしかに市しの資力ちから以上いじょうの贅沢ぜいたくに為なっているので、余計よけいな建物たてもの、余計よけいな役やくなどで随分ずいぶん費用ひようも多おおく費つかっているのです。私わたくしの思おもうには、これだけの銭ぜにを費つかうのなら、遣やり方かたをさえ換かえれば、ここに二つの模範的もはんてきの病院びょういんを維持いじすることが出来できると思おもいます。』

『では一つ遣やり方かたを換かえて御覧ごらんになったら如何いかがです。』

と、市役所員しやくしょいんは活発かっぱつに云いう。

『私わたくしは前さきにも申上もうしあげました通とおり、医学上いがくじょうの事務じむを地方自治体ちほうじちたいの方ほうへ、お渡わたしになってはどうでしょう?』

『地方自治ちほうじちに銭ぜにを渡わたしたら、それこそ彼等かれらは皆みな盗ぬすんでしまいましょう。』と、ブロンジンのドクトルは笑わらい出だす。

『そりゃ極きまってます。』と、市役所員しやくしょいんも同意どういして笑わらう。

院長いんちょうは茫然ぼんやりとブロンジンのドクトルを見みたが。『しかし公平こうへいに考かんがえなければなりません。』と云いうた。

皆みなはまたしばし黙もくしてしまう。その中うちに茶ちゃが出でる。ドクトル、ハバトフは皆みなとの一般ぱんの話はなしの中うちも、院長いんちょうの言ことばに注意ちゅういをして聞きいていたが突然だしぬけに。『アンドレイ、エヒミチ今日きょうは何日なんにちです?』それから続つづいて、ハバトフとブロンジンのドクトルとは下手へたなのを感かんじている試験官しけんかんと云いったような調子ちょうしで、今日きょうは何曜日なんようびだとか、一年ねんの中うちには何日なんにちあるとか、六号室ごうしつには面白おもしろい予言者よげんしゃがいるそうなとかと、交々かわるがわる尋問たずねるのであった。

院長いんちょうは終おわりの問といには赤面せきめんして。『いや、あれは病人びょうにんです、しかし面白おもしろい若者わかもので。』と答こたえた。

もう誰たれも何なんとも質問しつもんをせぬのである。

院長いんちょうは玄関げんかんの間まで外套がいとうを着き、市役所しやくしょの門もんを出でたが、これは自分じぶんの才能さいのうを試験しけんする所ところの委員会いいんかいであったと初はじめて悟さとり、自分じぶんに懸かけられた質問しつもんを思おもい出だし、一人ひとり自みずから赤面せきめんし、一生しょうの中うち今いま初はじめて、医学いがくなるものを、つくづくと情無なさけない者ものに感かんじたのである。

その晩ばん、郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチは彼かれの所ところに来きたが、挨拶あいさつもせずにいきなり彼かれの両手りょうてを握にぎって、声こえを顫ふるわして云いうた。

『おお君きみ、ねえ、君きみは僕ぼくの切せつなる意中いちゅうを信しんじて、僕ぼくを親友しんゆうと認みとめてくれることを証しょうして下くださるでしょうね……え、君きみ!』

彼かれは院長いんちょうの云いわんとするのを遮さえぎって、何なにかそわそわして続つづけて云いう。『私わたしは貴方あなたの教育きょういくと、高尚こうしょうなる心こころとを甚はなはだ敬愛けいあいしておるです。どうぞ君きみ、私わたしの云いうことを聞きいて下ください。医学いがくの原則げんそくは、医者等いしやらをして貴方あなたに実じつを云いわしめたのです。しかしながら私わたしは軍人風ぐんじんふうに真向まっこうに切出きりだします。貴方あなたに打明うちあけて云いいます、即すなわち貴方あなたは病気びょうきなのです。これはもう周囲まわりの者ものの疾とうより認みとめている所ところで、只今ただいまもドクトル、エウゲニイ、フェオドロイチが云いうのには、貴方あなたの健康けんこうの為ためには、須すべからく気晴きばらしをして、保養ほようを専せん一とせんければならんと。これは実際じっさいです。所ところが、丁度ちょうど私わたしもこの節せつ、暇ひまを貰もらって、異かわった空気くうきを吸すいに出掛でかけようと思おもっている矢先やさき、どうでしょう、一所しょに付合つきあっては下くださらんか、そうして旧事ふるいことを皆みんな忘わすれてしまいましょうじゃありませんか。』

『しかし私わたしは少すこしも身体からだに異状いじょうは無ないです、壮健そうけんです。無暗むやみに出掛でかけることは出来できません、どうぞ私わたしの友情ゆうじょうを他たのことで何なんとか証しょうさせて下ください。』

アンドレイ、エヒミチは初はじめの一分時ぷんじは、何なんの意味いみもなく書物しょもつと離はなれ、ダリュシカと麦酒ビールとに別わかれて、二十年来ねんらい定さだまったその生活せいかつの順序じゅんじょを破やぶると云いうことは出来できなく思おもうたが、また深ふかく思おもえば、市役所しやくしょでありしこと、その自みずから感かんじた不愉快ふゆかいのこと、愚おろかな人々ひとびとが自分じぶんを狂人視きょうじんししているこんな町まちから、少すこしでも出でて見みたらば、とも思おもうのであった。

『しかし貴方あなたは一体たいどこへお出掛でかけになろうと云いうのです?』院長いんちょうは問とうた。

『モスクワへも、ペテルブルグへも、ワルシャワへも……ワルシャワは実じつによい所ところです、私わたしが幸福こうふくの五年間ねんかんは彼処あすこで送おくったのでした、それはいい町まちです、是非ぜひ行ゆきましょう、ねえ君きみ。』

(十三)

一週間しゅうかんを経へてアンドレイ、エヒミチは、病院びょういんから辞職じしょくの勧告かんこくを受うけたが、彼かれはそれに対たいしては至いたって平気へいきであった。かくてまた一週間しゅうかんを過すぎ、遂ついにミハイル、アウエリヤヌイチと共ともに郵便ゆうびんの旅馬車たびばしゃに打乗うちのり、近ちかき鉄道てつどうのステーションを差さして、旅行りょこうにと出掛でかけたのである。

空そらは爽さわやかに晴はれて、遠とおく木立こだちの空そらに接せっする辺あたりも見渡みわたされる凉すずしい日和ひより。ステーションまでの二百ヴェルスタの道みちを二昼夜ちゅうやで過すぎたが、その間あいだ馬うまの継場々々つぎばつぎばで、ミハイル、アウエリヤヌイチは、やれ、茶ちゃの杯こっぷの洗あらいようがどうだとか、馬うまを附つけるのに手間てまが取とれるとかと力りきんで、上句あげくには、何いつも黙だまれとか、彼かれこれ云いうな、とかと真赤まっかになって騒さわぎを返かえす。道々みちみちも一分ぷんの絶間たえまもなく喋しゃべり続つづけて、カフカズ、ポーランドを旅行りょこうしたことなどを話はなす。そうして大声おおごえで眼めを剥出むきだし、夢中むちゅうになってドクトルの顔かおへはふッはふッと息いきを吐掛ふっかける、耳許みみもとで高笑たかわらいする。ドクトルはそれが為ために考かんがえに耽ふけることもならず、思おもいに沈しずむことも出来できぬ。

汽車きしゃは経済けいざいの為ために三等とうで、喫烟きつえんをせぬ客車かくしゃで行いった。車室しゃしつの中うちはさのみ不潔ふけつの人間にんげんばかりではなかったが、ミハイル、アウエリヤヌイチは直すぐに人々ひとびとと懇意こんいになって誰たれにでも話はなしを仕掛しかけ、腰掛こしかけから腰掛こしかけへ廻まわり歩あるいて、大声おおごえで、こんな不都合ふつごう極きわまる汽車きしゃは無ないとか、皆みな盗人ぬすびとのような奴等やつらばかりだとか、乗馬じょうばで行ゆけば一日にちに百ヴェルスタも飛とばせて、その上うえ愉快ゆかいに感かんじられるとか、我々われわれの地方ちほうの不作ふさくなのはピン沼ぬまなどを枯からしてしまったからだ、非常ひじょうな乱暴らんぼうをしたものだとか、などと云いって、殆ほとんど他ひとには口くちも開きかせぬ、そうしてその相間あいまには高笑たかわらいと、仰山ぎょうさんな身振みぶり。

『私等わたしら二人ふたりの中うち、何いずれが瘋癲者ふうてんしゃだろうか。』と、ドクトルは腹立はらだたしくなって思おもうた。『少すこしも乗客じょうきゃくを煩わずらわさんように務つとめている俺おれか、それともこんなに一人ひとりで大騒おおさわぎをしていた、誰たれにも休息きゅうそくもさせぬこの利己主義男りこしゅぎおとこか?』

モスクワへ行いってから、ミハイル、アウエリヤヌイチは肩章けんしょうの無ない軍服ぐんぷくに、赤線あかすじの入はいったズボンを穿はいて町まちを歩あるくにも、軍帽ぐんぼうを被かぶり、軍人ぐんじんの外套がいとうを着きた。兵卒へいそつは彼かれを見みて敬礼けいれいをする。アンドレイ、エヒミチは今いま初はじめて気きが着ついたが、ミハイル、アウエリヤヌイチは前さきに大地主おおじぬしであった時ときの、余あまり感心かんしんせぬ風ふうばかりが今いまも残のこっていると云いうことを。机つくえの前まえにマッチはあって、彼かれはそれを見みていながら、その癖くせ、大声おおごえを上あげて小使こづかいを呼よんでマッチを持もって来こいなどと云いい、女中じょちゅうのいる前まえでも平気へいきで下着したぎ一つで歩あるいている、下僕しもべや、小使こづかいを捉つかまえては、年としを寄とったものでも何なんでも構かまわず、貴様々々きさまきさまと頭砕あたまごなし。その上うえに腹はらを立たつと直すぐに、この野郎やろう、この大馬鹿おおばかと悪体あくたいが初はじまるので、これらは大地主おおじぬしの癖くせであるが、余あまり感心かんしんした風ふうでは無ない、とドクトルも思おもうたのであった。

モスクワ見物けんぶつの第だい一着ちゃくに、ミハイル、アウエリヤヌイチはその友ともをまずイウエルスカヤ小聖堂しょうせいどうに伴つれ行ゆき、そこで彼かれは熱心ねっしんに伏拝ふくはいして涙なみだを流ながして祈祷きとうする、そうして立上たちあがり、深ふかく溜息ためいきして云いうには。

『たとい信しんじなくとも、祈祷きとうをすると、何なんとも云いわれん位くらい、心こころが安やすまる、君きみ、接吻せっぷんし給たまえ。』

アンドレイ、エヒミチは体裁悪きまりわるく思おもいながら、聖像せいぞうに接吻せっぷんした。ミハイル、アウエリヤヌイチは唇くちびるを突出つきだして、頭あたまを振ふりながら、またも小声こごえで祈祷きとうして涙なみだを流ながしている。それから二人ふたりはそこを出でて、クレムリに行ゆき、大砲王たいほうおう(巨大な砲)と大鐘王たいしょうおう(巨大な鐘、モスクワの二大名物)とを見物けんぶつし、指ゆびで触さわって見みたりした。それよりモスクワ川向かわむこうの町まちの景色けしきなどを見渡みわたしながら、救世主きゅうせいしゅの聖堂せいどうや、ルミャンツセフの美術館びじゅつかんなんどを廻まわって見みた。

中食ちゅうじきはテストフ亭ていと云いう料理店りょうりてんに入はいったが、ここでもミハイル、アウエリヤヌイチは、頬鬚ほおひげを撫なでながら、ややしばらく、品書しながきを拈転ひねくって、料理店りょうりやを我わが家やのように挙動ふるまう愛食家風あいしょくかふうの調子ちょうしで。

『今日きょうはどんな御馳走ごちそうで我々われわれを食くわしてくれるか。』と、無暗むやみと幅はばを利きかせたがる。

(十四)

ドクトルは見物けんぶつもし、歩あるいても見み、食くっても飲のんでも見みたのであるが、ただもう毎日まいにちミハイル、アウエリヤヌイチの挙動きょどうに弱よわらされ、それが鼻はなに着ついて、嫌いやで、嫌いやでならぬので、どうかして一日にちでも、一時ときでも、彼かれから離はなれて見みたく思おもうのであったが、友ともは自分じぶんより彼かれを一歩ぽでも離はなすことはなく、何なんでも彼かれの気晴きばらしをするが義務ぎむと、見物けんぶつに出でぬ時ときは饒舌しゃべり続つづけて慰なぐさめようと、附纒つきまとい通どおしの有様ありさま。二日かと云いうものアンドレイ、エヒミチは堪こらえ堪こらえて、我慢がまんをしていたのであるが、三日目かめにはもうどうにも堪こらえ切きれず。少すこし身体からだの工合ぐあいが悪わるいから、今日きょうだけ宿やどに残のこっていると、遂ついに思切おもいきって友ともに云いうたのであった、しかるにミハイル、アウエリヤヌイチは、それじゃ自分じぶんも家いえにいることにしよう、少すこしは休息きゅうそくもしなければ足あしも続つづかぬからと云いう挨拶あいさつ。アンドレイ、エヒミチはうんざりして、長椅子ながいすの上うえに横よこになり、倚掛よりかかりの方ほうへ突ついと顔かおを向むけたまま、歯はを切くいしばって、友ともの喋喋べらべら語しゃべるのを詮方せんかたなく聞きいている。さりとも知しらぬミハイル、アウエリヤヌイチは、大得意だいとくいで、仏蘭西フランスは早晩そうばん独逸ドイツを破やぶってしまうだろうとか、モスクワには攫客すりが多おおいとか、馬うまは見掛みかけばかりでは、その真価しんかは解わからぬものであるとか。と、それからそれへと話はなしを続つづけて息いきの継つぐ暇ひまも無ない、ドクトルは耳みみをガンとして、心臓しんぞうの鼓動こどうさえ烈はげしくなって来くる。と云いって、出でて行いってくれ、黙だまっていてくれとは彼かれには言いわれぬので、じっと辛抱しんぼうしている辛つらさは一倍ばいである。所ところが仕合しあわせにもミハイル、アウエリヤヌイチの方ほうが、こんどは宿やどに引込ひっこんでいるのが、とうとう退屈たいくつになって来きて、中食後ちゅうじきごには散歩さんぽにと出掛でかけて行いった。

アンドレイ、エヒミチはやっと一人ひとりになって、長椅子ながいすの上うえにのろのろと落着おちついて横よこになる。室内しつないに自分じぶんただ一人ひとり、と意識いしきするのは如何いかに愉快ゆかいであったろう。真実しんじつの幸福こうふくは実じつに一人ひとりでなければ得うべからざるものであると、つくづく思おもうた。そうして彼かれは此頃このごろ見みたり、聞きいたりしたことを考かんがえようと思おもうたが、どうしたものかやはり、ミハイル、アウエリヤヌイチが頭あたまから離はなれぬのであった。

その後のちは彼かれは少すこしも外出がいしゅつせず、宿やどにばかり引込ひっこんでいた。

友ともはわざわざ休暇きゅうかを取とって、かく自分じぶんと共ともに出発しゅっぱつしたのでは無ないか。深ふかき友情ゆうじょうによってでは無ないか、親切しんせつなのでは無ないか。しかし実じつにこれ程ほど有難迷惑ありがためいわくのことがまたとあろうか。降参こうさんだ、真平まっぴらだ。とは云いえ、彼かれに悪意あくいがあるのでは無ない。と、ドクトルは更さらにまたしみじみと思おもうたのであった。

ペテルブルグに行いってからもドクトルはやはり同様どうよう、宿やどにのみ引籠ひきこもって外そとへは出でず、一日にち長椅子ながいすの上うえに横よこになり、麦酒ビールを呑のむ時ときにだけ起おきる。

ミハイル、アウエリヤヌイチは、始終しじゅうワルシャワへ早はやく行ゆこうとばかり云いうている。

『しかし君きみ、私わたしは何なにもワルシャワへ行ゆく必要ひつようは無ないのだから、君きみ一人ひとりで行ゆき給たまえ、そうして私わたしをどうぞ先さきに故郷こきょうに帰かえして下ください。』アンドレイ、エヒミチは哀願あいがんするように云いうた。

『飛とんだことさ。』と、ミハイル、アウエリヤヌイチは聴入ききいれぬ。『ワルシャワこそ君きみに見みせにゃならん、僕ぼくが五年ねんの幸福こうふくな生涯しょうがいを送おくった所ところだ。』

アンドレイ、エヒミチは例れいの気質きしつで、それでもとは云いい兼かね、遂ついにまた嫌々いやいやながらワルシャワにも行いった。そこでも彼かれは宿やどから出でずに、終日しゅうじつ相変あいかわらず長椅子ながいすの上うえに転ころがり、相変あいかわらず友ともの挙動きょどうに愛想あいそうを尽つかしている。ミハイル、アウエリヤヌイチは一人ひとりして元気げんきよく、朝あさから晩ばんまで町まちを遊あそび歩あるき、旧友きゅうゆうを尋たずね廻まわり、宿やどには数度すうども帰かえらぬ夜よがあった位くらい。と、或朝あるあさ早はやく非常ひじょうに興奮こうふんした様子ようすで、真赤まっかな顔かおをし、髪かみも茫々ぼうぼうとして宿やどに帰かえって来きた。そうして何なにか独語ひとりごとしながら、室内しつないを隅すみから隅すみへと急いそいで歩あるく。

『名誉めいよは大事だいじだ。』

『そうだ名誉めいよが大切たいせつだ。全体ぜんたいこんな町まちに足あしを踏込ふみこんだのが間違まちがいだった。』と、彼かれは更さらにドクトルに向むかって云いうた。『実じつは私わたしは負まけたのです。で、どうでしょう、銭ぜにを五百円えん貸かしては下くださらんか?』

アンドレイ、エヒミチは銭ぜにを勘定かんじょうして、五百円えんを無言むごんで友ともに渡わたしたのである。ミハイル、アウエリヤヌイチはまだ真赤まっかになって、面目無めんぼくないような、怒おこったような風ふうで。『きっと返却かえします、きっと。』などと誓ちかいながら、また帽ぼうを取とるなり出でて行いった。が、大約おおよそ二時間じかんを経たってから帰かえって来きた。

『お蔭かげで名誉めいよは助たすかった。もう出発しゅっぱつしましょう。こんな不徳義ふとくぎ極きわまる所ところに一分ぷんだって留とどまっていられるものか。掏摸すりども奴め、墺探おうたんども奴め。』

二人ふたりが旅行りょこうを終おえて帰かえって来きたのは十一月がつ、町まちにはもう深雪みゆきが真白まっしろに積つもっていた。アンドレイ、エヒミチは帰かえって見みれば自分じぶんの位置いちは今いまはドクトル、ハバトフの手てに渡わたって、病院びょういんの官宅かんたくを早はやく明渡あけわたすのをハバトフは待まっているというとのこと、またその下女げじょと名なづけていた醜婦しゅうふは、この間あいだから、別室べっしつの内うちの或ある処ところに移転いてんした。町まちには、病院びょういんの新院長しんいんちょうに就ついての種々いろいろな噂うわさが立たてられていた。下女げじょと云いう醜婦しゅうふが会計かいけいと喧嘩けんかをしたとか、会計かいけいはその女おんなの前まえに膝ひざを折おって謝罪しゃざいしたとか、と。

アンドレイ、エヒミチは帰来かえり早々そうそうまずその住居すまいを尋たずねねばならぬ。

『不遠慮ぶえんりょな御質問おたずねですがなあ君きみ。』と郵便局長ゆうびんきょくちょうはアンドレイ、エヒミチに向むかって云いうた。

『貴方あなたは何位どのくらい財産ざいさんをお所有もちですか?』

問とわれて、アンドレイ、エヒミチは黙もくしたまま、財嚢さいふの銭ぜにを数かぞえ見みて。『八十六円えん。』

『否いえ、そうじゃないのです。』ミハイル、アウエリヤヌイチは更さらに云直いいなおす。『その、君きみの財産ざいさんは総計そうけいで何位どのくらいと云いうのを伺うかがうのさ。』

『だから総計そうけい八十六円えんと申もうしているのです。それ切ぎり私わたしは一文もんも所有もっちゃおらんので。』

ミハイル、アウエリヤヌイチはドクトルの廉潔れんけつで、正直しょうじきであるのは予かねても知しっていたが、しかしそれにしても、二万円えん位ぐらいは確たしかに所有もっていることとのみ思おもうていたのに、かくと聞きいては、ドクトルがまるで乞食こじきにも等ひとしき境遇きょうぐうと、思おもわず涙なみだを落おとして、ドクトルを抱いだき締しめ、声こえを上あげて泣なくのであった。

(十五)

ドクトル、アンドレイ、エヒミチはベローワと云いう婦おんなの小汚こぎたない家いえの一間まを借かりることになった。彼かれは前まえのように八時じに起おきて、茶ちゃの後のちは直すぐに書物しょもつを楽たのしんで読よんでいたが、この頃ごろは新あたらしい書物しょもつも買かえぬので、古本ふるほんばかり読よんでいる為せいか、以前程いぜんほどには興味きょうみを感かんぜぬ。或時あるとき徒然つれづれなるに任まかせて、書物しょもつの明細めいさいな目録もくろくを編成へんせいし、書物しょもつの背せには札ふだを一々貼付はりつけたが、こんな機械的きかいてきな単調たんちょうな仕事しごとが、却かえって何故なにゆえか奇妙きみょうに彼かれの思想しそうを弄ろうして、興味きょうみをさえ添そえしめていた。

彼かれはその後ご病院びょういんに二度どイワン、デミトリチを尋たずねたのであるがイワン、デミトリチは二度どながら非常ひじょうに興奮こうふんして、激昂げきこうしていた様子ようすで、饒舌しゃべることはもう飽あきたと云いって彼かれを拒絶きょぜつする。彼かれは詮方せんかたなくお眠やすみなさい、とか、左様さようなら、とか云いって出でて来こようとすれば、『勝手かってにしやがれ。』と怒鳴どなり付つける権幕けんまく。ドクトルもそれからは行ゆくのを見合みあわせてはいるものの、やはり行ゆきたく思おもうていた。

前さきには彼かれは中食後ちゅうじきごは、きっと室へやの隅すみから隅すみへと歩あるいて考かんがえに沈しずんでいるのが常つねであったが、この頃ごろは中食ちゅうじきから晩ばんの茶ちゃの時ときまでは、長椅子ながいすの上うえに横よこになる。と、いつも妙みょうな一つ思想しそうが胸むねに浮うかぶ。それは自分じぶんが二十年以上ねんいじょうも勤務つとめをしていたのに、それに対たいして養老金ようろうきんも、一時金じきんもくれぬことで、彼かれはそれを思おもうと残念ざんねんであった。勿論もちろん余あまり正直しょうじきには務つとめなかったが、年金ねんきんなど云いうものは、たとい、正直しょうじきであろうが、無なかろうが、凡すべて務つとめた者ものは受うけべきである。勲章くんしょうだとか、養老金ようろうきんだとか云いうものは、徳義上とくぎじょうの資格しかくや、才能さいのうなどに報酬ほうしゅうされるのではなく、一般ぱんに勤務つとめその物ものに対たいして報酬ほうしゅうされるのである。しからば何なんで自分じぶんばかり報酬ほうしゅうをされぬのであろう。また今更いまさら考かんがえれば旅行りょこうに由よりて、無惨々々むざむざと惜あたら千円えんを費つかい棄すてたのはいかにも残念ざんねん。酒店さかやには麦酒ビールの払はらいが三十二円えんも滞とどこおる、家賃やちんとてもその通とおり、ダリュシカは密ひそかに古服ふるふくやら、書物しょもつなどを売うっている。此際このさい彼かの千円えんでもあったなら、どんなに役やくに立たつことかと。

彼かれはまたかかる位置いちになってからも、人ひとが自分じぶんを抛棄うっちゃっては置おいてくれぬのが、却かえって迷惑めいわくで残念ざんねんであった。ハバトフは折々おりおり病気びょうきの同僚どうりょうを訪問ほうもんするのは、自分じぶんの義務ぎむであるかのように、彼かれの所ところに蒼蠅うるさく来くる。彼かれはハバトフが嫌いやでならぬ。その満足まんぞくな顔かお、人ひとを見下みさげるような様子ようす、彼かれを呼よんで同僚どうりょうと云いう言ことば、深ふかい長靴ながぐつ、此等これらは皆みな気障きざでならなかったが、殊ことに癪しゃくに障さわるのは、彼かれを治療ちりょうすることを自分じぶんの務つとめとして、真面目まじめに治療ちりょうをしている意つもりなのが。で、ハバトフは訪問ほうもんをする度たびに、きっとブローミウム加里カリの入はいった壜びんと、大黄だいおうの丸薬がんやくとを持もって来くる。

ミハイル、アウエリヤヌイチもやはり、しょっちゅう、アンドレイ、エヒミチを訪問たずねて来きて、気晴きばらしをさせることが自分じぶんの義務ぎむと心得こころえている。で、来くると、まるで空々そらぞらしい無理むりな元気げんきを出だして、強しいて高笑たかわらいをして見みたり、今日きょうは非常ひじょうに顔色かおいろがいいとか、何なんとか、ワルシャワの借金しゃっきんを払はらわぬので、内心ないしんの苦くるしくあるのと、恥はずかしくある所ところから、余計よけいに強しいて気きを張はって、大声おおごえで笑わらい、高調子たかちょうしで饒舌しゃべるのであるが、彼かれの話はなしにはもう倦厭うんざりしているアンドレイ、エヒミチは、聞きくのもなかなかに大儀たいぎで、彼かれが来くると何時いつもくるりと顔かおを壁かべに向むけて、長椅子ながいすの上うえに横よこになった切きり、そうして歯はを切くいしばっているのであるが、それが段々だんだん度重たびかさなれば重かさなる程ほど、堪たまらなく、終ついには咽喉のどの辺あたりまでがむずむずして来くるような感かんじがして来きた。

(十六)

或日あるひ郵便局長ゆうびんきょくちょうミハイル、アウエリヤヌイチは、中食後ちゅうじきごにアンドレイ、エヒミチの所ところを訪問ほうもんした。アンドレイ、エヒミチはやはり例れいの長椅子ながいすの上うえ。すると丁度ちょうどハバトフもブローミウム加里カリの壜びんを携たずさえて遣やって来きた。アンドレイ、エヒミチは重おもそうに、辛つらそうに身みを起おこして腰こしを掛かけ、長椅子ながいすの上うえに両手りょうてを突張つッぱる。

『いや今日こんにちは、おお君きみは今日きょうは顔色かおいろが昨日きのうよりもまたずッといいですよ。まず結構けっこうだ。』と、ミハイル、アウエリヤヌイチは挨拶あいさつする。

『もう全快ぜんかいしてもいいでしょう。』とハバトフは欠あくびをしながら言ことばを添そえる、

『平癒なおりますとも、そうしてもう百年ねんも生いきまさあ。』と、郵便局長ゆうびんきょくちょうは愉快気ゆかいげに云いう。

『百年ねんてそうも行ゆかんでしょうが、二十年ねんやそこらは生いき延のびますよ。』ハバトフは慰なぐさめ顔がお。『何なんんでもありませんさ、なあ同僚どうりょう。悲観ひかんももう大抵たいていになさるがいいですぞ。』

『我々われわれはまだ隠居いんきょするには早はやいです。ハハハそうでしょうドクトル、まだ隠居いんきょするのには。』郵便局長ゆうびんきょくちょうは云いう。

『来年らいねん辺あたりはカフカズへ出掛でかけようじゃありませんか、乗馬じょうばで以もってからにあちこちを駆廻かけまわりましょう。そうしてカフカズから帰かえったら、こんどは結婚けっこんの祝宴しゅくえんでも挙あげるようになりましょう。』と片眼かためをパチパチして。『是非ぜひ一つ君きみを結婚けっこんさせよう……ねえ、結婚けっこんを。』

アンドレイ、エヒミチはむかッとして立上たちあがった。

『失敬しっけいな!』と、一言ひとこと呌さけぶなりドクトルは窓まどの方ほうに身みを退よけ。『全体ぜんたい貴方々あなたがたはこんな失敬しっけいなことを言いっていて、自分じぶんでは気きが着つかんのですか。』

柔やわらかに言いう意つもりであったが、意いに反はんして荒々あらあらしく拳こぶしをも固かためて頭上かしらのうえに振翳ふりかざした。

『余計よけいな世話せわは焼やかんでもいい。』ますます荒々あらあらしくなる。

『二人ふたりながら帰かえって下ください、さあ、出でて行ゆきなさい。』

自分じぶんの声こえでは無ない声こえで顫ふるえながら呌さけぶ。

ミハイル、アウエリヤヌイチとハバトフとは呆気あっけに取とられて瞶みつめていた。

『二人ふたりとも、さあ出でてお行いでなさい。さあ。』アンドレイ、エヒミチはまだ呌さけび続つづけている。『鈍痴漢とんちんかんの、薄鈍うすのろな奴等やつら、薬くすりも糸瓜へちまもあるものか、馬鹿ばかな、軽挙かるはずみな!』ハバトフと郵便局長ゆうびんきょくちょうとは、この権幕けんまくに辟易へきえきして戸口とぐちの方ほうに狼狽まごまご出でて行ゆく。ドクトルはその後あとを睨にらめていたが、ゆきなりブローミウム加里カリの壜びんを取とるより早はやく、発矢はっしとばかりそこに投なげ付つける、壜びんは微塵みじんに粉砕ふんさいしてしまう。

『畜生ちくしょう! 行ゆけ! さッさと行ゆけ!』と彼かれは玄関げんかんまで駈出かけだして、泣声なきごえを上あげて怒鳴どなる。『畜生ちくしょう!』

客等きゃくらが立去たちさってからも、彼かれは一人ひとりでまだしばらく悪体あくたいを吻ついている。しかし段々だんだんと落着おちつくに随したがって、さすがにミハイル、アウエリヤヌイチに対たいしては気きの毒どくで、定さだめし恥入はじいっていることだろうと思おもえば。ああ思慮しりょ、知識ちしき、解悟かいご、哲学者てつがくしゃの自若じじゃく、それ将はた安いずくにか在あると、彼かれはひたすらに思おもうて、慙はじて、自みずから赤面せきめんする。

その夜よは慙恨ざんこんの情じょうに駆かられて、一睡すいだもせず、翌朝よくちょう遂ついに意いを决けっして、局長きょくちょうの所ところへと詑わびに出掛でかける。

『いやもう過去かこは忘わすれましょう。』と、ミハイル、アウエリヤヌイチは固かたく彼かれの手てを握にぎって云いうた。『過去かこのことを思おもい出だすものは、両眼りょうがんを抉くじってしまいましょう。リュバフキン!』と、彼かれは大声おおごえで誰たれかを呼よぶ。郵便局ゆうびんきょくの役員やくいんも、来合きあわしていた人々ひとびとも、一斉せいに吃驚びっくりする。『椅子いすを持もって来こい。貴様きさまは待まっておれ。』と、彼かれは格子越こうしごしに書留かきとめの手紙てがみを彼かれに差出さしだしている農婦のうふに怒鳴どなり付つける。『俺おれの用ようのあるのが見みえんのか。いや過去かこは思おもい出だしますまい。』と彼かれは調子ちょうしを一段だんと柔やさしくしてアンドレイ、エヒミチに向むかって云いう。『さあ君きみ、掛かけ給たまえ、さあどうか。』

一分間ぷんかん黙もくして両手りょうてで膝ひざを擦こすっていた郵便局長ゆうびんきょくちょうはまた云出いいだした。

『私わたくしは决けっして君きみに対たいして立腹りっぷくは致いたさんので、病気びょうきなれば拠無よんどころないのです、お察さっし申もうすですよ。昨日きのうも君きみが逆上のぼせられた後のち、私わたしはハバトフと長ながいこと、君きみのことを相談そうだんしましたがね、いや君きみもこんどは本気ほんきになって、病気びょうきの療治りょうじを遣やり給たまわんといかんです。私わたしは友人ゆうじんとして何なにも彼かも打明うちあけます。』と、彼かれは更さらに続つづけて。『全体ぜんたい君きみは不自由ふじゆうな生活せいかつをされているので、家いえと云いえば清潔せいけつでなし、君きみの世話せわをする者ものは無なし、療治りょうじをするには銭ぜには無なし。ねえ君きみ、で我々われわれは切せつに君きみに勧すすめるのだ。どうぞ是非ぜひ一つ聴きいて頂いただきたい、と云いうのは、実じつはそう云いう訳わけであるから、寧むしろ君きみは病院びょういんに入はいられた方ほうが得策とくさくであろうと考かんがえたのです。ねえ君きみ、病院びょういんはまだ比較的ひかくてき、食物しょくもつはよし、看護婦かんごふはいる、エウゲニイ、フェオドロイチもいる。それは勿論もちろん、これは我々われわれだけの話はなしだが、彼かれは余あまり尊敬そんけいをすべき人格じんかくの男おとこでは無ないが、術じゅつに掛かけてはまたなかなか侮あなどられんと思おもう。で願ねがわくはだ、君きみ、どうぞ一つ充分じゅうぶんに彼かれを信しんじて、療治りょうじを専せん一にして頂いただきたい。彼かれも私わたしにきっと君きみを引受ひきうけると云いっていたよ。』

アンドレイ、エヒミチはこの切せつなる同情どうじょうの言ことばと、その上うえ涙なみだをさえ頬ほおに滴たらしている郵便局長ゆうびんきょくちょうの顔かおとを見みて、酷ひどく感動かんどうして徐しずかに口くちを開ひらいた。

『君きみは彼等かれらを信しんじなさるな。嘘うそなのです。私わたしの病気びょうきと云いうのはそもそもこうなのです。二十年来ねんらい、私わたしはこの町まちにいてただ一人ひとりの智者ちしゃに遇あった。所ところがそれは狂人きちがいであると云いう、これだけの事実じじつです。で私わたしも狂人きちがいにされてしまったのです。しかしなあに私わたしはどうでもいいので、からしてつまり何なんにでも同意どういを致いたしましょう。』

『病院びょういんへお入はいりなさい、ねえ君きみ。』

『左様さよう、どうでもいいです、よしんば穴あなの中なかに入はいるのでも。』

『で、君きみは万事ばんじエウゲニイ、フェオドロイチの言ことばに従したがうように、ねえ君きみ、頼たのむから。』

『宜よろしい、私わたしは今いまは実じつ以もって二にっちも三さっちも行ゆかん輪索わなに陥没はまってしまったのです。もう万事休矣おしまいです覚悟かくごはしています。』

『いやきっと平癒なおるですよ。』

格子こうしの外そとには公衆こうしゅうが次第しだいに群むらがって来くる。アンドレイ、エヒミチは、ミハイル、アウエリヤヌイチの公務こうむの邪魔じゃまをするのを恐おそれて、話はなしはそれだけにして立上たちあがり、彼かれと別わかれて郵便局ゆうびんきょくを出でた。

丁度ちょうどその日ひの夕方ゆうがた、ドクトル、ハバトフは例れいの毛皮けがわの外套がいとうに、深ふかい長靴ながぐつ、昨日きのうは何事なにごとも無なかったような顔かおで、アンドレイ、エヒミチをその宿やどに訪問たずねた。

『貴方あなたに少々しょうしょうお願ねがいがあって出でたのですが、どうぞ貴方あなたは私わたくしと一つ立合診察たちあいしんさつをしては下くださらんか、如何いかがでしょう。』と、さり気げなくハバトフは云いう。

アンドレイ、エヒミチはハバトフが自分じぶんを散歩さんぽに誘さそって気晴きばらしをさせようと云いうのか、或あるいはまた自分じぶんにそんな仕事しごとを授さずけようと云いう意つもりなのかと考かんがえて、とにかく服ふくを着換きかえて共ともに通とおりに出でたのである。彼かれはハバトフが昨日きのうのことは噫おくびにも出ださず、かつ気きにも掛かけていぬような様子ようすを見みて、心中しんちゅう一方ひとかたならず感謝かんしゃした。こんな非文明的ひぶんめいてきな人間にんげんから、かかる思遣おもいやりを受うけようとは、全まったく意外いがいであったので。

『貴方あなたの有仰おっしゃる病人びょうにんはどこなのです?、』アンドレイ、エヒミチは問とうた。

『病院びょういんです、もう疾とうから貴方あなたにも見みて頂いただきたいと思おもっていましたのですが……妙みょうな病人びょうにんなのです。』

やがて病院びょういんの庭にわに入いり、本院ほんいんを一周ひとまわりして瘋癲病者ふうてんびょうしゃの入いれられたる別室べっしつに向むかって行いった。ハバトフはその間あいだ何故なにゆえか黙もくしたまま、さッさと六号室ごうしつへ這入はいって行いったが、ニキタは例れいの通とおり雑具がらくたの塚つかの上うえから起上おきあがって、彼等かれらに礼れいをする。

『肺はいの方ほうから来きた病人びょうにんなのですがな。』とハバトフは小声こごえで云いうた。『や、私わたしは聴診器ちょうしんきを忘わすれて来きた、直すぐ取とって来きますから、ちょっと貴方あなたはここでお待まち下ください。』

と彼かれはアンドレイ、エヒミチをここに一人ひとり残のこして立去たちさった。

(十七)

日ひはすでに没ぼっした。イワン、デミトリチは顔かおを枕まくらに埋うずめて寐台ねだいの上うえに横よこになっている。中風患者ちゅうぶかんじゃは何なにか悲かなしそうに静しずかに泣なきながら、唇くちびるを動うごかしている。肥ふとった農夫のうふと、郵便局員ゆうびんきょくいんとは眠ねむっていて、六号室ごうしつの内うちは閴げきとして静しずかであった。

アンドレイ、エヒミチは、イワン、デミトリチの寐台ねだいの上うえに腰こしを掛かけて、大約おおよそ半時間はんじかんも待まっていると、室へやの戸とは開あいて、入はいって来きたのはハバトフならぬ小使こづかいのニキタ。病院服びょういんふく、下着したぎ、上靴うわぐつなど、小腋こわきに抱かかえて。

『どうぞ閣下かっかこれをお召めし下ください。』と、ニキタは前院長ぜんいんちょうの前まえに立たって丁寧ていねいに云いうた。『あれが閣下かっかのお寐台ねだいで。』と、彼かれは更さらに新あたらしく置おかれた寐台ねだいの方ほうを指さして。『何なんでもありませんです。必かならず直すぐに御全快ごぜんかいになられます。』

アンドレイ、エヒミチはここに至いたって初はじめて読よめた。一言ごんも言いわずに彼かれはニキタの示しめした寐台ねだいに移うつり、ニキタが立たって待まっているので、直すぐに着きていた服ふくをすッぽりと脱ぬぎ棄すて、病院服びょういんふくに着換きかえてしまった。シャツは長ながし、ズボン下したは短みじかし、上着うわぎは魚さかなの焼やいた臭においがする。『きっと間まもなくお直なおりでしょう。』と、ニキタはまた云いうてアンドレイ、エヒミチの脱捨ぬぎすてた服ふくを一纏ひとまとめにして、小腋こわきに抱かかえたまま、戸とを閉たてて行ゆく。

『どうでもいい……。』と、アンドレイ、エヒミチは体裁きまり悪わるそうに病院服びょういんふくの前まえを掻合かきあわせて、さも囚人しゅうじんのようだと思おもいながら、『どうでもいいわ……燕尾服えんびふくだろうが、軍服ぐんぷくだろうが、この病院服びょういんふくだろうが、同おなじことだ。』

『しかし時計とけいはどうしたろう、それからポッケットに入いれて置おいた手帳てちょうも、巻莨まきたばこも、や、ニキタはもう着物きものを悉皆のこらず持もって行いった。いや入いらん、もう死しぬまで、ズボンや、チョッキ、長靴ながぐつには用ようが無ないのかも知しれん。しかし奇妙きみょうな成行なりゆきさ。』と、アンドレイ、エヒミチは今いまもなおこの六号室ごうしつと、ベローワの家いえと何なんの異かわりも無ないと思おもうていたが、どう云いうものか、手足てあしは冷ひえて、顫ふるえてイワン、デミトリチが今いまにも起おきて自分じぶんのこの姿すがたを見みて、何なんとか思おもうだろうと恐おそろしいような気きもして、立たったり、いたり、また立たったり、歩あるいたり、ようやく半時間はんじかん、一時間じかんばかりも坐すわっていて見みたが、悲かなしい程ほど退屈たいくつになって来きて、どうしてこんな処ところに一週間しゅうかんといられよう、まして一年ねん、二年ねんなど到底とうてい辛棒しんぼうをされるものでないと思おもい付ついた。そう思おもえばますます居堪いたまらず、衝つと立たって隅すみから隅すみへと歩あるいて見みる。『そうしてからどうする、ああ到底とうてい居堪いたたまらぬ、こんな風ふうで一生しょう!』

彼かれはどっかり坐すわった、横よこになったがまた起直おきなおる。そうして袖そでで額ひたいに流ながれる冷汗ひやあせを拭ふいたが顔中かおじゅう焼魚やきざかなの腥膻なまぐさい臭においがして来きた。彼かれはまた歩あるき出だす。『何なにかの間違まちがいだろう……話合はなしあって見みにゃ解わからん、きっと誤解ごかいがあるのだ。』

イワン、デミトリチはふと眼めを覚さまし、脱然ぐったりとした様子ようすで両りょうの拳こぶしを頬ほおに突つく。唾つばを吐はく。初はじめちょっと彼かれには前院長ぜんいんちょうに気きが付つかぬようであったがやがてそれと見みて、その寐惚顔ねぼけがおには忽たちまち冷笑れいしょうが浮うかんだので。

『ああ貴方あなたもここへ入いれられましたのですか。』と彼かれは嗄しわがれた声こえで片眼かためを細ほそくして云いうた。『いや結構けっこう、散々さんざん人ひとの血ちをこうして吸すったから、こんどは御自分ごじぶんの吸すわれる番ばんだ、結構々々けっこうけっこう。』

『何なにかの多分たぶん間違まちがいです。』とアンドレイ、エヒミチは肩かたを縮ちぢめて云いう。『間違まちがいに相違そういないです。』

イワン、デミトリチはまたも床ゆかに唾つばを吐はいて、横よこになり、そうして呟つぶやいた。『ええ、生甲斐いきがいの無ない生活せいかつだ、如何いかにも残念ざんねんなことだ、この苦痛くつうな生活せいかつがオペラにあるような、アポテオズで終おわるのではなく、これがああ死しで終おわるのだ。非人ひにんが来きて、死者ししゃの手てや、足あしを捉とらえて穴あなの中なかに引込ひきこんでしまうのだ、うッふ! だが何なんでもない……その換かわり俺おれは彼あの世よから化ばけて来きて、ここらの奴等やつらを片端かたッぱしから嚇おどしてくれる、皆みんな白髪しらがにしてしまって遣やる。』

折おりしもモイセイカは外そとから帰かえり来きたり、そこに前院長ぜんいんちょうのいるのを見みて、直すぐに手てを延のばし、

『一銭せんお呉くんなさい!』

(十八)

アンドレイ、エヒミチは窓まどの所ところに立たって外そとを眺ながむれば、日ひはもうとッぷりと暮くれ果はてて、むこうの野広のびろい畑はたは暗くらかったが、左ひだりの方ほうの地平線上ちへいせんじょうより、今いましも冷つめたい金色こんじきの月つきが上のぼる所ところ、病院びょういんの塀へいから百歩ぽばかりの処ところに、石いしの牆かきの繞めぐらされた高たかい、白しろい家いえが見みえる。これは監獄かんごくである。

『これが現実げんじつと云いうものか。』アンドレイ、エヒミチは思おもわず慄然ぞっとした。

凄然せいぜんたる月つき、塀へいの上うえの釘くぎ、監獄かんごく、骨焼場ほねやきばの遠とおい焔ほのお、アンドレイ、エヒミチはさすがに薄気味悪うすきみわるい感かんに打うたれて、しょんぼりと立たっている。と直後すぐうしろに、吐ほっとばかり溜息ためいきの声こえがする。振返ふりかえれば胸むねに光ひかる徽章きしょうやら、勲章くんしょうやらを下さげた男おとこが、ニヤリとばかり片眼かためをパチパチと、自分じぶんを見みて笑わらう。

アンドレイ、エヒミチは強しいて心こころを落着おちつけて、何なんの、月つきも、監獄かんごくもそれがどうなのだ、壮健そうけんな者ものも勲章くんしょうを着つけているではないか。と、そう思返おもいかえしたものの、やはり失望しつぼうは彼かれの心こころにいよいよ募つのって、彼かれは思おもわず両りょうの手てに格子こうしを捉とらえ、力儘ちからまかせに揺動ゆすぶったが、堅固けんごな格子こうしはミチリとの音おともせぬ。

荒凉こうりょうの気きに打うたれた彼かれは、何なにかなして心こころを紛まぎらさんと、イワン、デミトリチの寐台ねだいの所ところに行いって腰こしを掛かける。

『私わたくしはもう落胆がっかりしてしまいましたよ、君きみ。』と、彼かれは顫声ふるえごえして、冷汗ひやあせを拭ふきながら。『全まったく落胆がっかりしてしまいました。』

『では一つ哲学てつがくの議論ぎろんでもお遣やんなさい。』と、イワン、デミトリチは冷笑れいしょうする。

『ああ絶体絶命ぜったいぜつめい……そうだ。何時いつか貴方あなたは露西亜ロシヤには哲学てつがくは無ない、しかし誰たれも、彼かれも、丁斑魚めだかでさえも哲学てつがくをすると有仰おっしゃったっけ。しかし丁斑魚めだかが哲学てつがくをすればって、誰だれにも害がいは無ないのでしょう。』アンドレイ、エヒミチはいかにも情無なさけないと云いうような声こえをして。『どうして君きみ、そんなにいい気味きみだと云いうような笑様わらいようをされるのです。幾いくら丁斑魚めだかでも満足まんぞくを得えられんなら、哲学てつがくをせずにはおられんでしょう。いやしくも智慧ちえある、教育きょういくある、自尊じそんある、自由じゆうを愛あいする、即すなわち神かみの像ぞうたる人間にんげんが。ただに医者いしゃとして、辺鄙へんぴなる、蒙昧もうまいなる片田舎かたいなかに一生しょう、壜びんや、蛭ひるや、芥子粉からしこだのを弄いじっているより外ほかに、何なんの為なすことも無ないのでしょうか、詐欺さぎ、愚鈍ぐどん、卑劣漢ひれつかん、と一所しょになって、いやもう!』

『下くだらんことを貴方あなたは零こぼしていなさる。医者いしゃがいやなら大臣だいじんにでもなったらいいでしょう。』

『いや、どこへ行ゆくのも、何なにを遣やるのも望のぞまんです。考かんがえれば意気地いくじが無ないものさ。これまでは虚心きょしん平気へいきで、健全けんぜんに論ろんじていたが、一朝ちょう生活せいかつの逆流ぎゃくりゅうに触ふるるや、直ただちに気きは挫くじけて落胆らくたんに沈しずんでしまった……意気地いくじが無ない……人間にんげんは意気地いくじが無ないものです、貴方あなたとてもやはりそうでしょう、貴方あなたなどは、才智さいちは勝すぐれ、高潔こうけつではあり、母ははの乳ちちと共ともに高尚こうしょうな感情かんじょうを吸込すいこまれた方かたですが、実際じっさいの生活せいかつに入いるや否いなや、直ただちに疲つかれて病気びょうきになってしまわれたです。実じつに人ひとは微弱びじゃくなものだ。』

彼かれには悲愴ひそうの感かんの外ほかに、まだ一種しゅの心細こころぼそき感かんじが、殊ことに日暮ひぐれよりかけて、しんみりと身みに泌しみて覚おぼえた。これは麦酒ビールと、莨たばことが、欲ほしいのであったと彼かれも終ついに心着こころづく。

『私わたしはここから出でて行ゆきますよ、君きみ。』と、彼かれはイワン、デミトリチにこう云いうた。『ここへ灯あかりを持もって来くるように言付いいつけますから……どうしてこんな真暗まっくらな所ところにいられましょう……我慢がまんし切きれません。』

アンドレイ、エヒミチは戸口とぐちの所ところに進すすんで、戸とを開あけた。するとニキタが躍上おどりあがって来きて、その前まえに立塞たちふさがる。

『どちらへ! いけません、いけません!』と、彼かれは呌さけぶ。『もう眠ねる時ときですぞ!』

『いやちと庭にわを歩あるいて来くるのだ。』と、アンドレイ、エヒミチは怖々おどおどする。

『いけません、いけません! そんなことをさせてもいいとは誰たれからも言付いいつかりません。御存ごぞんじでしょう。』

云いうなりニキタは戸とをぱたり。そうして背せを閉しめた戸とに当あててやはりそこに仁王立におうだち。

『しかし俺おれが出でたってそれが為ために誰だれが何なんと云いう。』アンドレイ、エヒミチは肩かたを縮ちぢめる。『訳わけが分わからん、おいニキタ俺おれは出でなければならんのだ!』彼かれの声こえは顫ふるえる。『用ようがあるのだ!』

『規律きりつを乱みだすことは出来できません、いけません!』とニキタは諭さとすような調子ちょうし。

『何なんだと畜生ちくしょう!』と、この時ときイワン、デミトリチは急きゅうにむッくりと起上おきあがる。『何なんで彼奴きゃつが出ださんと云いう法ほうがある、我々われわれをここに閉込とじこめて置おく訳わけは無ない。法律ほうりつに照てらしても明白あきらかだ、何人なにびとと雖いえども、裁判さいばんもなくして無暗むやみに人ひとの自由じゆうを奪うばうことが出来できるものか! 不埒ふらちだ! 圧制あっせいだ!』

『勿論もちろん不埒ふらちですとも。』アンドレイ、エヒミチはイワン、デミトリチの加勢かせいにとみに力ちからを得えて、気きが強つよくなり。『俺おれは用ようがあるのだ! 出でるのだ! 貴様きさまに何なんの権利けんりがある! 出だせと云いったら出だせ!』

『解わかったか馬鹿野郎ばかやろう!』と、イワン、デミトリチは呌さけんで、拳こぶしを固かためて戸とを敲たたく。『やい開あけろ! 開あけろ! 開あけんか! 開けんなら戸とを打破ぶちこわすぞ! 人非人ひとでなし! 野獣けだもの!』

『開あけろ!』アンドレイ、エヒミチは全身ぜんしんをぶるぶると顫ふるわして。『俺おれが命めいずるのだッ!』

『もう一度ど言いって見みろ!』戸とのむこうでニキタの声こえ。『もう一度ど言いって見みろ!』

『じゃ、エウゲニイ、フェオドロイチでもここへ呼よんで来こい、ちょっと俺おれが来きてくれッて云いっているとそう云いえ……ちょっとでいいからッて!』

『明日あしたになればお出いでになります。』

『何日いつになったって我々われわれを决けっして出だすものか。』イワン、デミトリチは云いう、『我々われわれをここで腐くさらしてしまう料簡りょうけんだろう! 来世らいせいに地獄じごくがなくて為なるものか、こんな人非人共ひとでなしどもがどうして許ゆるされる、そんなことで正義せいぎはどこにある、えい、開あけろ、畜生ちくしょう!』彼かれは嗄しゃがれた声こえを絞しぼって、戸とに身みを投掛なげかけ。『いいか、貴様きさまの頭あたまを敲たたき破わるぞ! 人殺奴ひとごろしめ!』

ニキタはぱッと戸とを開あけるより、阿修羅王あしゅらおうの荒あれたる如ごとく、両手りょうてと膝ひざでアンドレイ、エヒミチを突飛つきとばし、骨ほねも砕くだけよとその鉄拳てっけんを真向まっこうに、健したたか彼かれの顔かおを敲たたき据すえた。アンドレイ、エヒミチはアッと云いったまま、緑色みどりいろの大浪おおなみが頭あたまから打被うちかぶさったように感かんじて、寐台ねだいの上うえに引ひいて行ゆかれたような心地ここち。口くちの中うちには塩気しおけを覚おぼえた、大方おおかた歯はからの出血しゅっけつであろう。彼かれは泳およがんとするもののように両手りょうてを動うごかして、誰たれやらの寐台ねだいにようよう取縋とりすがった。とまたもこの時とき振下ふりおろしたニキタの第だい二の鉄拳てっけん、背骨せぼねも歪ゆがむかと悶もだゆる暇ひまもなく打続うちつづいて、またまた三度目どめの鉄拳てっけん。

イワン、デミトリチはこの時とき高たかく呌声さけびごえ。彼かれも打ぶたれたのであろう。

それよりは室内しつないまた音おともなく、ひッそりと静しずまり返かえった。折おりから淡々あわあわしい月つきの光ひかり、鉄窓てっそうを洩もれて、床ゆかの上うえに網あみに似にたる如ごとき墨画すみえを夢ゆめのように浮出うきだしたのは、謂いおうようなく、凄絶せいぜつまた惨絶さんぜつの極きわみであった、アンドレイ、エヒミチは横よこたわったまま、まだ息いきを殺ころして、身みを縮ちぢめて、もう一度ど打ぶたれはせぬかと待まち構かまえている。と、忽たちまち覚おぼゆる胸むねの苦痛くつう、膓ちょうの疼痛とうつう、誰たれか鋭するどき鎌かまを以もって、刳えぐるにはあらぬかと思おもわるる程ほど、彼かれは枕まくらに強攫しがみ着つき、きりりと歯はをば切くいしばる。今いまぞ初はじめて彼かれは知しる。その有耶無耶うやむやになった脳裡のうりに、なお朧朦気おぼろげに見みた、月つきの光ひかりに輝てらし出だされたる、黒くろい影かげのようなこの室へやの人々ひとびとこそ、何年なんねんと云いうことは無なく、かかる憂目うきめに遭あわされつつありしかと、堪たえ難がたき恐おそろしさは電いなづまの如ごとく心こころの中うちに閃ひらめき渡わたって、二十有余年ゆうよねんの間あいだ、どうして自分じぶんはこれを知しらざりしか、知しらんとはせざりしか。と空そら恐おそろしく思おもうのであったが、また剛情ごうじょう我慢がまんなるその良心りょうしんは、とは云いえ自みずからはいまだかつて疼痛とうつうの考かんがえにだにも知しらぬのであった、しからば自分じぶんが悪わるいのでは無ないのであると囁ささやいて、さながら襟下えりもとから冷水ひやみずを浴あびせられたように感かんじた。彼かれは起上おきあがって声限こえかぎりに呌さけび、そうしてここより抜出ぬけいでて、ニキタを真先まっさきに、ハバトフ、会計かいけい、代診だいしんを鏖殺みなごろしにして、自分じぶんも続つづいて自殺じさつして終しまおうと思おもうた。が、どうしたのか声こえは咽喉のどから出いでず、足あしもまた意いの如ごとく動うごかぬ、息いきさえ塞つまってしまいそうに覚おぼゆる甲斐かいなさ。彼かれは苦くるしさに胸むねの辺あたりを掻かき毟むしり、病院服びょういんふくも、シャツも、ぴりぴりと引裂ひきさくのであったが、やがてそのまま気絶きぜつして寐台ねだいの上うえに倒たおれてしまった。

(十九)

翌朝よくちょう彼かれは激はげしき頭痛ずつうを覚おぼえて、両耳りょうみみは鳴なり、全身ぜんしんには只ただならぬ悩なやみを感かんじた。そうして昨日きのうの身みに受うけた出来事できごとを思おもい出だしても、恥はずかしくも何なんとも感かんぜぬ。昨日きのうの小胆しょうたんであったことも、月つきさえも気味きみ悪わるく見みたことも、以前いぜんには思おもいもしなかった感情かんじょうや、思想しそうを有ありのままに吐露とろしたこと、即すなわち哲学てつがくをしている丁斑魚めだかの不満足ふまんぞくのことを云いうたことなども、今いまは彼かれに取とって何なんでもなかった。

彼かれは食くわず、飲のまず、動うごきもせず、横よこになって黙もくしていた。

『ああもう何なにも彼かもない、誰たれにも返答へんとうなどするものか……もうどうでもいい。』と、彼かれは考かんがえていた。

中食後ちゅうじきごミハイル、アウエリヤヌイチは茶ちゃを四半斤はんぎんと、マルメラドを一斤きん持参もって、彼かれの所ところに見舞みまいに来きた。続つづいてダリュシカも来き、何なんとも云いえぬ悲かなしそうな顔かおをして、一時間じかんも旦那だんなの寐台ねだいの傍そばにじっと立たったままで、それからハバトフもブローミウム加里カリの壜びんを持もって、やはり見舞みまいに来きたのである。そうして室内しつないに何なにか香こうを薫くゆらすようにとニキタに命めいじて立去たちさった。

その夕方ゆうがた、俄然がぜんアンドレイ、エヒミチは脳充血のうじゅうけつを起おこして死去しきょしてしまった。初はじめ彼かれは寒気さむけを身みに覚おぼえ、吐気はきけを催もよおして、異様いような心地悪ここちあしさが指先ゆびさきにまで染渡しみわたると、何なにか胃いから頭あたまに突上つきあげて来くる、そうして眼めや耳みみに掩おおい被かぶさるような気きがする。青あおい光ひかりが眼めに閃付ちらつく。彼かれは今いますでにその身みの死期しきに迫せまったのを知しって、イワン、デミトリチや、ミハイル、アウエリヤヌイチや、また多数おおくの人ひとの霊魂不死れいこんふしを信しんじているのを思おもい出だし、もしそんなことがあったらばと考かんがえたが、霊魂れいこんの不死ふしは、何なにやら彼かれには望のぞましくなかった。そうしてその考かんがえはただ一瞬間しゅんかんにして消きえた。昨日きのう読よんだ書中しょちゅうの美うつくしい鹿しかの群むれが、自分じぶんの側そばを通とおって行いったように彼かれには見みえた。こんどは農婦ひゃくしょうおんなが手てに書留かきとめの郵便ゆうびんを持もって、それを自分じぶんに突出つきだした。何なにかミハイル、アウエリヤヌイチが云いうたのであるが、直すぐに皆みな掻消かききえてしまった。かくてアンドレイ、エヒミチは永刧えいごう覚さめぬ眠ねむりには就ついた。

下男共げなんどもは来きて、彼かれの手足てあしを捉とり、小聖堂こせいどうに運はこび去さったが、彼かれが眼めいまだ瞑めいせずして、死骸むくろは台だいの上うえに横臥よこたわっている。夜よに入いって月つきは影暗かげくらく彼かれを輝てらした。翌朝よくちょうセルゲイ、セルゲイチはここに来きて、熱心ねっしんに十字架じかに向むかって祈祷きとうを捧ささげ、自分等じぶんらが前さきの院長いんちょうたりし人ひとの眼めを合あわしたのであった。

一日にちを経へて、アンドレイ、エヒミチは埋葬まいそうされた。その祈祷式きとうしきに預あずかったのは、ただミハイル、アウエリヤヌイチと、ダリュシカとで。

底本 / Source edition

底本:「明治文學全集 82 明治女流文學集(二)」筑摩書房
1965(昭和40)年12月10日発行
1989(平成元)年2月20日初版第5刷発行
底本の親本:「露国文豪 チエホフ傑作集」獅子吼書房
1908(明治41)年10月
初出:「文藝界」
1906(明治39)年4月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
「此の」は「この」、「又」は「また」、「於て」は「おいて」、「毎も」は「いつも」、「何処」は「どこ」、「恁う」は「こう」、「其」は「その」または「それ」、「是」は「これ」または「ここ」、「丈」は「だけ」、「計り」は「ばかり」、「凝と」は「じっと」、「為た」は「した」、「些し」は「すこし」、「為て」は「して」、「然し」は「しかし」、「猶且」は「やはり」、「其れ」は「それ」、「事」は「こと」、「左に右」は「とにかく」、「儘」は「まま」、「而して」は「そうして」、「了う」は「しまう」、「呉れ」は「くれ」、「悉皆」は「すっかり」、「有った」は「あった」、「恁く」は「かく」、「唯」は「ただ」、「可い」は「いい」または「よい」、「有って」は「あって」または「もって」、「先ず」は「まず」、「施て」は「やがて」、「然るに」は「しかるに」、「此度」は「こんど」、「亦」は「また」、「了った」は「しまった」、「此」は「ここ」または「かく」、「初中終」は「しょっちゅう」、「往々」は「まま」、「居る」は「いる」または「おる」、「是等」は「これら」、「為なければ」は「しなければ」、「抔」は「など」、「偖」は「さて」、「有る」は「ある」、「屡※[#二の字点、1-2-22]」は「しばしば」、「縦令」は「よし」または「たとい」または「よしんば」、「屹度」は「きっと」、「奈何」は「どう」または「いかん」または「いか」、「不好」は「いや」、「為ぬ」は「せぬ」、「有り」は「あり」、「抑も」は「そもそも」、「有たぬ」は「もたぬ」、「這麼」は「こんな」、「此れ」は「これ」、「若し」は「もし」、「那様」は「そんな」、「愈々」は「いよいよ」、「全然」は「すっかり」または「まるきり」または「まるで」、「猶」は「なお」、「密と」は「そっと」、「那麼」は「あんな」または「こんな」、「乃」は「そこで」、「然」は「そう」または「しかし」、「未だ」は「まだ」または「いまだ」、「然う」は「そう」、「※[#「勹<夕」、第3水準1-14-76]卒」は「いきなり」、「有ゆる」は「あらゆる」、「些と」は「ちょっと」、「恰で」は「まるで」、「丈け」は「だけ」、「迄」は「まで」、「宛然」は「まるで」または「さながら」、「猶更」は「なおさら」、「為ねば」は「せねば」、「恁る」は「かかる」、「且つ」は「かつ」、「只管」は「ひたすら」、「茲」は「ここ」、「若」は「もし」、「切て」は「せめて」、「可く」は「よく」、「好く」は「よく」、「全然で」は「まるで」、「此所」は「ここ」、「度い」は「たい」、「毎」は「いつも」、「為よう」は「しよう」、「好い」は「いい」または「よい」、「已」は「すで」、「依然」は「やはり」、「尤も」は「もっとも」、「如何」は「どう」、「而て」は「して」、「然れども」は「けれども」、「唯だ」は「ただ」、「此方」は「このかた」、「度く」は「たく」、「嘗つて」は「かつて」、「其処」は「そこら」または「そこ」、「此処」は「ここ」、「居って」は「おって」、「甚麼」は「どんな」、「可かろう」は「よかろう」、「居らん」は「おらん」、「畢竟」は「つまり」、「可けません」は「いけません」、「最と」は「いと」、「仮令」は「たとい」、「之れ」は「これ」、「嘗て」は「かつて」、「何卒」は「どうぞ」または「どうか」、「仕よう」は「しよう」、「何方」は「どちら」、「居り」は「おり」、「為ない」は「しない」、「然らば」は「しからば」、「抑」は「そもそも」、「那」は「あれ」または「ああ」、「益※[#二の字点、1-2-22]」は「ますます」、「有つ」は「もつ」、「仕て」は「して」、「仕ない」はしない」、「丁と」は「ちゃんと」、「左右」は「とかく」、「居らぬ」は「おらぬ」、「未」は「いまだ」、「少時」は「すこし」または「しばし」または「しばらく」、「匆卒」は「いきなり」または「ゆきなり」、「暫」は「やや」、「然り」は「さり」、「態々」は「わざわざ」、「沁々」は「しみじみ」、「左様」は「そう」、「夫れ」は「それ」、「為ず」は「せず」、「其辺」は「そこら」、「彼方此方」は「あちこち」、「有繋」は「さすが」、「可かん」は「いかん」、「好し」は「よし」、「度」は「たい」、「復」は「また」、「計」は「ばかり」、「况して」は「まして」、「苟も」は「いやしくも」、「那方」は「むこう」、「些と」は「ちと」、「頓に」は「とみに」、「那裏」は「むこう」に、置き換えました。
※「※[#「丿+臣+頁」]は、「頤」に書き換えました。
※「※[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」]」は「抜」に書き換えました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「理窟」と「理屈」、「踏」と「蹈」、「匆」と「※[#「勹<夕」、第3水準1-14-76]」の混在は底本通りです。
※仮名表記と繰り返し記号の使い方の揺れは、底本通りです。
入力:阿部哲也
校正:米田
2011年1月20日作成
2011年3月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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TEI
/works/050220_001155/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/050220_001155/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/050220_001155/

チェーホフ アントン「六号室」(新字新仮名)、底本『明治文學全集 82 明治女流文學集(二)』筑摩書房、1965年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050220_001155, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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