Soranoha

愛ちやんの夢物語

あいちゃんのゆめものがたり

キャロル ルイス

はしがき

此書これは有名いうめいなレウィス、キァロルと云いふ人ひとの筆ふでに成なつた『アリス、アドヴェンチュアス、イン、ワンダーランド』を譯やくしたものです。邪氣あどけなき一少女せうぢよの夢物語ゆめものがたり、滑稽こつけいの中うち自おのづから教訓けうくんあり。むかし、支那しなの莊周さうしうといふ人ひとは、夢ゆめに胡蝶こてふと化なつたと云いふ話はなしがありますが、夢ゆめなればこそ、漫々まん〱たる大海原おほうなばらを徒渉かちわたりすることも出來できます、空飛そらとぶ鳥とりの眞似まねも出來できます。世よに夢ゆめほど面白おもしろいものはありません。今いま少時しばし、姊ねえさんの膝ひざを枕まくらの假寐かりねに結むすんだ愛あいちやんの夢ゆめ、解といてほどけば美うつくしい花はなの數々かず〱、色鮮いろあざやかにうるはしきを摘つみなして、この一篇ぺんのお伽噺とぎばなしは出來できあがつたのです。

明治四十二年十二月譯者

第一章 兎うさぎの穴あなへ

愛あいちやんは、姊ねえさんと堤どての上うへにも坐すわり勞つかれ、その上うへ、爲することはなし、所在しよざいなさに堪たへ切きれず、再三さいさん姊ねえさんの讀よんでる書物ほんを覘のぞいて見みましたが、繪ゑもなければ會話はなしもありませんでした。愛あいちやんは、『繪ゑもなければ會話はなしもない書物ほんが何なんの役やくに立たつだらうか?』と思おもひました。

それで愛あいちやんは、慰なぐさみに雛菊ひなぎくで花環はなわを造つくつて見みやうとしましたが、面倒めんだうな思おもひをしてそれを探さがしたり摘つんだりして勘定かんぢやうに合あふだらうかと、(暑あつい日ひで直すぐに眠ねむくなつたり、懵然ぼんやりするものだから一心しんに)心こゝろの中うちで考かんがへてゐますと、突然とつぜん可愛かあいい眼めをした白兎しろうさぎが、その傍そばに驅かけ寄よつて來きました。

が、これぞと云いふ程ほどの事こともありませんでした。又また愛あいちやんは、兎うさぎが途みちから駈かけ出だして來きて、『あァ〱遲おそくなつた』なんて云いふだらうとは些ちつとも思おもひませんでした。(後あとからよく考かんがへて見みれば不思議ふしぎだが、其時そのときにはそれが全まつたく通常あたりまへのやうに思おもはれました)が、其時そのとき兎うさぎは實際じつさい襯衣チヨツキの衣嚢ポケツトから時計とけいを取出とりだして、それを見みてゐましたが軈やがて駈かけ出だしました、愛あいちやんも亦また駈かけ出だしました。愛あいちやんは兎うさぎが襯衣チヨツキの衣嚢ポケツトから時計とけいを取出とりだして、面白おもしろさうにそれを燒やいて了しまうなんてことを、是これまで决けつして見みたことがないわと心こゝろに一寸ちよつと思おもひました。愛あいちやんは野原のはらを横斷よこぎつて其後そのあとを追蒐おツかけて行いつて、丁度ちやうどそれが生垣いけがきの下したの大おほきな兎穴うさぎあなに跳とび下おりるのを見みました。

直すぐ其後そのあとから愛あいちやんも下おりて行ゆきました。今度こんどは何どうして出でて來こやうかと云いふやうなことは些ちつとも考かんがへずに。

〔図〕fig49853_01.png
白兎の図

兎うさぎの穴あなは暫しばらくの間あひだ隧道トンネルのやうに眞直まつすぐに通つうじて居ゐました。止とまらうと思おもふ隙ひまもない程ほど急きふに、愛あいちやんは非常ひじように深ふかい井戸ゐどの中なかへ落おちて、びッしよりになりました。

井戸ゐどが深ふかかつたのか、それとも自分じぶんの落おちるのが極きはめて徐のろかつた所爲せゐか、落おち切きつてから身みの周まはりを見廻みまはし、此先このさき何どうなるだらうかと疑うたがひ出だした迄までには隨分ずゐぶん長ながい間あひだ經たちました。最初さいしよ愛あいちやんは下したを見み、それから今迄いまゝでの事ことを知しらうとしましたが、眞暗まツくらで何一なにひとつ見みえませんでした。乃そこで愛あいちやんは井戸ゐどの四方はうを見みて、其處そこが蠅帳はへちやうや棚たなで一ぱいになつてることを知しりました。此處彼處こゝかしこに地圖ちづも見みえれば、木釘きくぎには數多あまたの繪ゑも掛かゝつて居ゐました。過すぎがてに愛あいちやんは、棚たなの一ひとつから一個この甕かめを取下とりおろしました、それには『橙糖菓オレンジたうくわ』と貼紙はりがみしてありましたが、空からだつたので大おほいに失望しつばうしました。愛あいちやんは脚下あしもとの生物いきものを殺ころすのを恐おそれて其甕そのかめを放はふり出ださうとはせず、其處そこを通とほりがけに蠅帳はへちやうの一ひとつに其それを藏しまひました。

『よし、此この流ながれに隨ついて行ゆけば、梯子段はしごだんを轉ころがり落おちる氣遣きづかひもなし!家うちに居ゐる皆みンながどの位くらゐ私わたしを大膽だいたんだと思おもふでせう!さうだ、斯麽こんな事こと何なんにも話はなすまい、縱令よし屋根やねの上うへから落おちても!』愛あいちやんは自みづから斯麽こんな事ことを思おもひました。(どれが眞實ほんとのことやら)

下くだるわ、〱、〱。流ながれは何處どこまで行いつても盡つきないのかしら?『今いままでに私わたしは幾いく哩マイル落おちたかしら?』と愛あいちやんは聲高こわだかに云いひました。『私わたしは何處どこか地球ちきうの中心ちゆうしん近ぢかくへ出でなければならない。オヤ、どうも四千哩マイル下おりたらしいよ―』(愛あいちやんは學校がくかうの課業くわげふに斯かういふ風ふうな種々いろ〱な事ことを習まなびました、そしてこれが自分じぶんの智識ちしきを示しめすに甚はなはだ好いい機會きくわいではなかつたが、誰だれも聞きいてるものがなかつたので一層そう復習ふくしふをするに好いい都合つがふでした)『――さア、大分だいぶ人里ひとざと遠とほく離はなれた――緯度ゐどや經度けいどは何どの邊へんまで來きてるでせう?』(愛あいちやんは緯度ゐどが何なにか、經度けいどが何なにか、其麽そんな事ことは些ちつとも知しりませんでした、が其言葉そのことばを立派りつぱな崇重そうちやうな言葉ことばだと思おもつて居ゐました)

愛あいちやんは又また直たゞちに斯かう云いひ出だしました。『私わたしは若もしや地球ちきうを貫つらぬいて一直線ちよくせんに落おちて行ゆくのぢやないかしら!逆さかさになつて歩あるいてる人間にんげんの中なかへ出でて行いつたらどんなに可笑をかしいでせう!オー可厭いやなこと、私わたしは――』(と云いつて、今度こんどは正たゞしい言葉ことばが出でなかつたものだから、其處そこに誰だれも聞きいてるものゝないのを、寧むしろ喜よろこびました)『――でも私わたしは其その國くにが何なんといふ國くにだか其その人達ひとたちに訊きいてやりたいわ。ねえ阿母おかアさん、ニューズィーランドでせう、それともオーストレリア?』

(さう云いつて阿母おかアさんに寄よりかゝらうとしました――皆みなさんが空中くうちゆうを落おちて行ゆく時ときに寄よりかゝることを想像さうざうして御覽ごらんなさい!そんな事ことが出來できるものでせうか?)『それで阿母おかアさんは、私わたしを何なんといふ莫迦ばかな娘こだとお思おもひでせう!もう决けつしてお尋たづねしまい、屹度きつと何處どこかに書かいてあるわ』

下くだるわ、〱、〱。所在しよざいなさに、愛あいちやんは又また話はなし初はじめました。『玉たま(猫ねこの名な)が屹度きつと今夜こんや私わたしを探さがしてよ!皆みンなが夕飯ゆうはん時分じぶんに牛乳皿ぎうにうざらを出だしてやるのを憶おぼえてゝくれゝば可いいが。玉たまや、さう〱、お前まへも一緒しよに來くれば好よかつたね!空中くうちゆうには鼠ねずみは居ゐないだらうけど、蝙蝠かうもりなら捕つかまへられる、それは鼠ねずみに酷よく似にてゐるのよ。でも猫ねこが蝙蝠かうもりを食たべるかしら?』ところで愛あいちやんは徐々そろ〱眠ねむくなり、夢ゆめでも見みてるやうに『猫ねこが蝙蝠かうもりを食たべるかしら?猫ねこが蝙蝠かうもりを食たべるかしら?』と頻しきりに云いつてゐましたが、時々とき〲反對あべこべに、『蝙蝠かうもりが猫ねこを食たべるかしら?』なんて云いひました、それで愛あいちやんは、どつちが何どうとも其質問そのしつもんに答こたへることが出來できませんでした。愛あいちやんは自分じぶんが轉寐うたゝねしながら、玉たまと手てに手てを取とつて歩あるいて居ゐるのを夢ゆめに見みて、『さァ玉たまちやん、眞實ほんとの事ことをお云いひ、お前まへこれまでに蝙蝠かうもりを食たべたことがあるかい?』と一生懸命しやうけんめいになつて云いつて居ゐますと、急きふに、がさッ!〱!といふ音おとがして、愛あいちやんは棒ぼうッ切きれや枯葉かれはの積つみ堆かさなつた上うへに下おりて來きて、水みづの流ながれは此處こゝに盡つきました。

愛あいちやんは些ちツとも怪我けがをしませんでした、一寸ちよツと跳とび上あがつて上うへを見みましたが頭あたまの上うへは眞暗まツくらでした。愛あいちやんの前まへには、も一ひとつ長ながい路みちがあつて、白兎しろうさぎがまだ急いそいで駈かけて行ゆくのが見みえました。逡巡ぐづ〲してゐずに愛あいちやんは風かぜのやうに走はしりました、兎うさぎが角かどを曲まがらうとした時ときに、『あれッ、私わはしルビの「わはし」はママの耳みゝと髯ひげは何どうしたんだらう、遲おそいこと』と云いふのを聞ききました。愛あいちやんは其後そのあとから直すぐに其角そのかどを曲まがりましたが、もう兎うさぎの姿すがたは見みえませんでした。愛あいちやんは屋根やねからずらりと一列れつに吊つられた洋燈ランプの輝かゞやいてる、長ながくて低ひくい大廣間おほびろまに出でました。

大廣間おほびろまの周圍しうゐには何枚なんまいとなく戸とがありましたが、何いづれも皆みな閉しまつて居ゐました。愛あいちやんは一方ぱうは下した、一方ぱうは上うへと一枚まい毎ごとに檢しらべてから、その眞中まんなかへ行いつて見みました、どうしたら再ふたゝび出でられるだらうかと怪あやしみながら。

突然とつぜん愛あいちやんは、全然すつかり丈夫じやうぶな硝子ガラスで出來できた小ちひさな三脚きやく洋卓テーブルの所ところへ來きました。其上そのうへには小ちひさな黄金造こがねづくりの鍵かぎが只たツた一ひとつあつたばかり、愛あいちやんは最初さいしよ、此この鍵かぎが大廣間おほびろまの戸との何いづれか一枚まいに附屬ふぞくしてるに違ちがひないと思おもひました、が悲かなしいことには、其錠そのぢやうが大おほき過すぎても亦また小ちひさすぎても、何いづれにせよ何どの戸とをも開あけることの出來できないことです。けれども次つぎに愛あいちやんは前まへに氣きのつかなかつた窓帷カーテンの所ところへ來きました、其背後そのうしろには殆ほとんど五尺しやく位ぐらゐの高たかさの小ちひさな戸とがありました、愛あいちやんは其その小ちひさな黄金こがねの鍵かぎを其錠そのぢやうに試こゝろみ、それがぴッたり合あつたので大悦おほよろこび!

愛あいちやんは戸とを開あけて、それが鼠穴ねずみあな位ぐらゐの小ちひさな路みちに通つうじて居ゐることを知しり、膝ひざをついて前まへに見みたことのある美うつくしい花園はなぞのを、其その路みちについて覘のぞき込こみました。愛あいちやんは何どうかして此この暗くらい穴あなから出でて、美うつくしい花壇くわだんや、清冽きれいな泉いづみの邊ほとりに徜徉さまよひたいと頻しきりに望のぞみました、が其戸口そのとぐちからは頭あたまを出だすことさへも出來できませんでした、可哀相かあいさうに愛あいちやんは、『縱令よし私わたしの頭あたまばかり拔ぬけ出だしても、肩かたが無なくては何なんにもならない』と思おもひました。『何なにが何なんでも望遠鏡ばうゑんきやうのやうに篏はめ込こまれては堪たまらない!些ちよツと始はじめさへ解わかればもう占しめたものだ』此頃このごろでは身みにふりかゝる種々いろ〱の難事なんじを、愛あいちやんは何なんでも一ひとつとして出來できないことはないと思おもふやうになりました。

此この小ちひさな戸との傍そばに待まつて居ゐても仕方しかたがないと、愛あいちやんは洋卓テーブルの所ところへ戻もどつて行ゆきました、半なかばは他たの鍵かぎを見出みいだしたいと望のぞみながら、さもなければ兎とに角かく、人間にんげんを望遠鏡ばうゑんきやうのやうに篏はめ込こむ何なにか規則きそくの書物ほんでもありはしないかと。今度こんどは其上そのうへに小ちひさな瓶びんが一本ぽんありました、(『確たしかに前まへには此處こゝに無なかつた』と愛あいちやんが云いひました)瓶びんの頸くびには、『召上めしあがれ』と美事みごとに大だい字で刷すつた貼紙はりがみが結むすびつけてありました。

『召上めしあがれ』と云いふのだから此程これほど結構けつこうなことはないが、悧巧りこうな小ちひさな愛あいちやんは大急おほいそぎで其それを飮のまうとはしませんでした。『否いゝえ、先まァ見みてから、其上そのうへ「毒どく」か毒どくでないかを確たしかめなくては』と云いひました、それと云いふのも愛あいちやんが、友達ともだちから教をしへられた瑣細ささいな道理だうりを憶おぼえて居ゐなかつたため、野獸やじうに食くひ殺ころされたり、其他そのた正體えたいの知しれぬものに害がいされたりした子供こどもの話はなしを種々いろ〱讀よんでゐたからです。その瑣細ささいな道理だうりと云いふのは例たとへば、眞赤まツかに燒やけた火箸ひばしを長ながい間あひだ持もつてると火傷やけどするとか、又または指ゆびを小刀ナイフで極ごく深ふかく切きると何時いつでも血ちが出でるとか云いふことです。それから又また『毒どく』と記しるしてある瓶びんから澤山たくさん飮のめば、それが屹度きつと晩おそかれ早はやかれ體からだの害がいになるものだと云いふことを决けつして忘わすれませんでした。

しかし、此この瓶びんには『毒どく』とは書かいてありませんでした、其故それゆゑ愛あいちやんは思おもひ切きつてそれを味あぢはつて見みました、ところが大變たいへん味あぢが好よかつたので、⦅それは實際じつさい櫻實漬さくらんばうづけ、カスタード(牛乳ぎうにうと鷄卵たまごとに砂糖さたうを入いれて製せいしたるもの)、鳳梨パイナツプル、七面鳥めんてうの燒肉やきにく、トッフィー(砂糖さたうと牛酪バターで製せいして固かたく燔やいた菓子くわし)、それに牛酪バターつきの𤍠あつい炕麺麭やきぱん、と云いふやうなものを一緒しよにしたやうな一種しゆ妙めうな味あぢがしました⦆早速さつそくそれを飮のんで了しまひました。

*        *        *

*        *

『まア好いい氣持きもちだこと!望遠鏡ばうゑんきやうのやうに締しめつけられるやうだわ』と愛あいちやんが云いひました。

眞箇ほんとにそんなでした。愛あいちやんは今いま僅わずか一尺しやくあるかなしの身長せいになつたので、これなら其その美うつくしい花園はなぞのに此この小ちひさな戸口とぐちから拔ぬけて行ゆかれると思おもつて、その顏かほは嬉うれしさに輝かゞやきました。それでも最初さいしよ暫しばらくは、もつと收縮しうしゆくするだらうと待まつて居ゐました。愛あいちやんは些やや薄氣味惡うすぎみわるくなつて來きたと見みえて、『出でて行いつた先さきで、私わたしは蝋燭らふそくのやうに消きえ失うせて了しまうのではないかしら、まァ何どうなるでせう?』と呟つぶやいて、試こゝろみに蝋燭らふそくが吹ふき消けされた後あとの燄ほのふの樣さまを想像さうざうして見みました、前まへに其麽そんな物ものを見みたことを記憶きおくして居ゐませんでしたから。

暫しばらくしてから、もう何なんともないことを知しつて、愛あいちやんは直たゞちに花園はなぞのへ行ゆかうと决心けつしんしました、が可哀相かあいさうに愛あいちやんは、戸口とぐちまで來きてから、其その小ちひさな黄金こがねの鍵かぎを忘わすれたことに氣きがついて、それを取とりに洋卓テーブルの所ところへ戻もどつて行いつた時ときには、もう何どうしてもそれに手てが達とゞきませんでした。硝子ガラスを透すいて明あきらかにそれが見みえてるので、愛あいちやんは一心しんに洋卓テーブルの一脚きやくに攀登よぢのぼらうとしましたが滑々すべ〲してゝ駄目だめでした。可哀相かあいさうに愛あいちやんは、終しまひには試ためし草臥くたびれて、坐すわり込こんで泣なき出だしました。

『そんなに泣ないたつて仕方しかたがない』と愛あいちやんは些やや鋭するどい聲こゑで獨語ひとりごとを云いひました。『時間じかんさへ經たてば可いいわ!』愛あいちやんは何時いつも自分じぶんに良いい忠告ちゆうこくをし、(それに從したがふことは滅多めつたにないが)時ときには涙なみだの出でる程ほど我われと我わが身みを責せめることもありました。甞かつて自分じぶん一人ひとりで毬投まりなげをして居ゐて、吾われと吾われを騙だましたといふので、自分じぶんの耳みゝを叩たゝかうとしたことを思出おもひだしました、それといふのも此この不思議ふしぎな子供こどもが、一人ひとりでありながら、假かりに二人ふたりだと思おもつてることが甚はなはだ好すきだつたからです。『二人ふたりだと思おもつても駄目だめよ!と云いつて、一人ひとりだけ立派りつぱな人ひとにするんでは滿つまらないわ!』と愛あいちやんは可哀相かあいさうにもさう思おもひました。

忽たちまち愛あいちやんは洋卓テーブルの下したに在あつた小ちひさな硝子ガラス筺ばこに眼めがつきました。開あけて見みると、中なかには極ごく小ちひさな菓子くわしがあつて、それに『お上あがり』と美事みごとに小ちひさな乾葡萄ほしぶだうで書かいてありました。『よし、食たべやう、若もし其爲そのために私わたしが、もつと大おほきくなれば鍵かぎに手てが達とゞくし、又また若もし小ちひさくなれば戸との下したを匍ははれる、何方どツちにしろ私わたしは其花園そのはなぞのに出でられる、何どうなつても關かまはない!』と愛あいちやんが云いひました。

愛あいちやんは少すこし食たべて、氣遣きづかはしさうに『何方どツち?何方どツち?』と呟つぶやいて、何方どツちへ大おほきくなつたかと思おもつて頭あたまの天邊てツぺんへ手てをやつて見みましたが、矢張やツぱり大おほきさが同おなじなので落膽がつかりしました。確たしかに、これは大抵たいていの子供こどもが菓子くわしを食たべる時ときに起おこることだが、愛あいちやんは何なにか素晴すばらしいことが起おこるのをばかり望のぞんで居ゐて、通常あたりまへの道みちで進すゝんで行ゆくのは、一生しやうに取とつて全まつたく鈍のろくさくて莫迦氣ばかげてるやうに思おもはれました。

それから愛あいちやんは食たべ初はじめると、直ぢきに其菓子そのくわしを平たひらげて了しまひました。

第二章 涙なみだの池いけ

『奇妙々々きめう〱!』と愛あいちやんが叫さけびました(非常ひじやうに驚おどろいた爲ために何なんと云いつて可いいか些ちよつと解わからず)『今いま私わたしは一番ばん大おほきい望遠鏡ばうゑんきやうのやうに、何時いつも外そとへ向むいたッきりだわ!左樣さやうなら、足あしよ!(足あしを見下みおろした時ときに、それが何處どこか遠とほくの方はうへ行いつて了しまつたと見みえて、殆ほとんど見みえませんでした)。『オヤ、可哀相かあいさうに私わたしの小ちひさな足あしは!今いま、誰だれがお前まへに靴くつや靴足袋くつしたを穿はかしてくれるでせう?私わたしには迚とても出來できないわ!でも、餘あンまり遠とほッ離ぱなれて居ゐるんですもの。お前まへ精せい一ぱい遣やつて御覽ごらん――だけど、私わたし深切しんせつにしてやつてよ。でなければ、屹度きつと足あしが云いふことを聞きかないわ!屹度きつとさうよ。耶蘇降誕祭クリスマスの度毎たんびに私わたしは新あたらしい長靴ながぐつを一足そくづつ買かつてやらう』と愛あいちやんが思おもひました。

それから愛あいちやんは、それをするには何どういふ風ふうにしたら可いいだらうかと工夫くふうを凝こらし初はじめました、『それには乘物のりものへ乘のつて行ゆかなければならない』と思おもつたものゝ、『足あしに贈物おくりものをするなんて餘程よツぽど可笑をかしいわ!宛名あてなが何どんなに變へんでせう!

愛あいちやんの右みぎの足あし樣さまへ

火消壺ひけしつぼの傍そばの、

竈雜布へツつひざふきんを献さゝぐ。

(愛あいちやんの優やさしい心根こゝろねから)。

まア、何なんといふ莫迦ばかな事ことを私わたしは云いふてるんでせう!』

折をりしも愛あいちやんは、大廣間おほびろまの屋根やねで頭あたまを打うちました。實際じつさい愛あいちやんは今いま九尺しやく以上いじやうも身長せいが高たかくなつたので、直すぐに小ちひさな黄金こがねの鍵かぎを取とり上あげ、花園はなぞのの入口いりくちへ急いそいで行ゆきました。

可哀相かあいさうな愛あいちやん!横よこになつて一ひとつの眼めで花園はなぞのを覘のぞき込こむことしか出來できず拔ぬけ出でることは前まへよりも一層そう六ヶ敷しくなつたので、愛あいちやんは坐すわり込こんで又また泣なき出だしました。

『耻はづかしくもなく能よく泣なけたものですね』と愛あいちやんが云いひました。『そんな大おほきな體なりをしてさ!』(愛あいちやんはよく斯かう云いひます)『泣なくなんテ!お默だまんなさい、よ!』云いつても矢張やつぱり同おなじやうに泣ないて居ゐて!涙なみだの一斗とも流ながした揚句あげく、到頭とうとう其處そこに深ふかさ殆ほとんど四五寸すんの大おほきな池いけが出來できて、大廣間おほひろまが半分はんぶんも浸つかつて了しまひました。

すると遠とほくの方はうでパタ〱と小ちひさな跫音あしおとのするのが聞きこえました、愛あいちやんは急いそいで眼めを拭ふいて何なにか來きたのだらうかと見みてゐました。歸かへつて來きたのは兎うさぎで、綺羅美きらびやかな服裝なりをして、片手かたてには白しろい山羊仔皮キツドの手套てぶくろを一對つい、片手かたてには大おほきな扇子せんすを持もつて、『あァ、公爵夫人こうしやくふじん、公爵夫人こうしやくふじん!あァ、辛抱しんばうして待まつて居ゐたら此麽こんな情なさけない目めに合あやしなかつたらうに!』と呟つぶやきながら、大急おほいそぎで駈かけて來きました。愛あいちやんは頗すこぶる失望しつばうして誰だれかに助たすけて貰もらはうと思おもつてた矢先やさきでしたから兎うさぎが傍そばへ來きたのを幸さいはひ、低ひくい怕々おど〱した聲こゑで、『萬望どうぞ、貴方あなた――』と云いひかけました。すると兎うさぎは何なんと思おもつたか大急おほいそぎで、白しろい山羊仔皮キツドの手套てぶくろも落おとせば扇子せんすも打捨うツちやつて、一目散もくさんに闇やみの中なかへ駈かけ込こみました。

〔図〕fig49853_02.png
白兎と愛ちやんの図

愛あいちやんは扇子せんすと手套てぶくろとを取とり上あげ、大廣間おほひろまが甚はなはだ暑あつかつたので、始終しゞゆう扇子せんすを使つかひながら話はなし續つゞけました。『まァ今日けふは餘程よつぽど奇妙きめうな日ひよ!昨日きのふは何なんの事こともなかつたんだのに、昨夜ゆふべの中うちに私わたしは何どうかなつたのかしら?さうねえ、今朝けさ起おきた時ときには何なんともなかつたかしら?、何なんだか氣きが些ちつと變へんなやうでもあるし、と云いつて、若もし私わたしが同おなじやうでなかつたら何どうなるんでせう、此この世よの中なかで誰だれが私わたしなんでせう!まァ、それは大おほきな謎なぞだわ!』そして愛あいちやんは、自分じぶんの同年齡おないどしで自分じぶんの知しつてる子供こどもを殘のこらず片かたッ端ぱしから考かんがへ始はじめました、若もしも自分じぶんが其中そのかなルビの「そのかな」はママの誰だれかと變かへられたのではないかと思おもつて。『私わたし、確たしかに花はなちやんではなくッてよ』と云いつて愛あいちやんは、『でも、彼娘あのこの髮けは彼麽あんなに長ながい縮ちゞれッ髮けだけど、私わたしのは一本ぽんだつて縮ちゞれちや居ゐないもの。それから又また、私わたしは確たしかに松子まつこさんでもなくッてよ、だッて、私わたしは何なんでも知しつてるけども、彼娘あのこは、あァ、彼娘あのこは些ちつとしか知しらしないわ!第だい一彼娘あのこは彼娘あのこ、私わたしは私わたしよ、それから――あァ何なんだか譯わけが解わからなくなつて了しまつた!私わたしが平常ふだん知しつてた事ことを皆みな知しつてるか何どうか試ためして見みやう。斯かうと、四五十二、四六十三、四七――オヤ!そんな割合わりあひでは二十にならないわ!けど、乘算じようざん九々表ひやうも當あてにならないのね。今度こんどは地理ちりの方はうよ。倫敦ロンドンは巴里パリーの首府しゆふなり、巴里パリーは羅馬ローマの首府しゆふなり、又また羅馬ローマは――ア、皆みな間違まちがつてるわ、屹度きつと!私わたしは松子まつこさんに變かへられたのだわ!私わたし試やつて見みやう「何どうして磨みがく、小ちひさな――」を』乃そこで愛あいちやんは恰度ちやうどお稽古けいこの時ときのやうに前掛まへかけの上うへへ兩手りやうてを組くんで、それを復習ふくしうし初はじめました、が其聲そのこゑは咳嗄しわがれて變へんに聞きこえ、其一語々々そのいちご〱も平常いつもと同おなじではありませんでした。――

『何どうして磨みがく、小ちひさな鰐わにが、

輝かゞやく尾ををば、

浴あびるわ浴あびるわナイルの河水かすゐ

黄金こがねの鱗うろこの一枚まいごとに!』

『嬉うれしさうにも齒並はなみを見みせて、

爪つめをば殘のこらず、

綺麗きれいにひろげて小魚こうをを招まねく、

愛嬌あいきやうこぼるゝ可愛かあいい頥あごで!』

『屹度きつと間違まちがつてるわ』と憐あはれな愛あいちやんが云いひました、眼めには涙なみだを一ぱい溜ためて、『私わたしは屹度きつと松子まつこさんになつたのよ、あの窮屈きうくつな小ちひさな家うちへ行いつて住すまなければならないのかしら、翫具おもちや一箇ひとつ有ありやしないわ!それで、お稽古けいこばかり澤山たくさんさせられてさ!あァ斯かうしやう、私わたしが若もし松子まつこさんだつたら此處ここに斯かうして止とゞまつて居ゐやう!他人ひとの頭あたまを接合くツつけたつて駄目だめだわ、「復またお出いで、ね、一體たい誰だれが自分じぶんなんだか?」能よく氣きをつけて居ゐやう、「それが解わかつたら來くるわ、それでなければ私わたしが他ほかの人ひとになるまで此處こゝに居ゐやう」――だけど、ねえ!』と愛あいちやんは叫さけんで、急きふに泣なき出だしました、『誰だれか頭あたまを下したへおろしてくれゝば可いいなァ!もう唯たツた一人法師ひとりぽつちで居ゐるのは可厭いやになつて了しまつたわ!』

斯かう云いつて兩手りやうてを見みると、驚おどろくまいことか、愛あいちやんは話はなしをしてる中うちに何時いつか兎うさぎの小ちひさな白しろい山羊仔皮キツドの手套てぶくろを穿はめて居ゐたのです。『何どうして穿はめたのかしら?』と思おもひました。『私わたし、復また小ちひさくなるんだわ』愛あいちやんは起おき上あがり、身長せいを度はからうと思おもつて洋卓テーブルの所ところへ行ゆきました、自分じぶんで思おもつてた通とほり殆ほとんど二尺しやくも高たかくなつて居ゐましたが、急きふに又また縮ちゞみ出だしました。愛あいちやんは直たゞちに此これが扇子せんすを持もつて居ゐた所爲せいだと云いふ事ことを知しつて急いそいで其扇子そのせんすを捨すてました、恰あだかも縮ちゞむのを全まつたく恐おそれるものゝ如ごとく。

『それは狹せまい遁路にげみちだつたのよ!』と云つて愛あいちやんは、急きふな變化かはりかたには一方ひとかたならず驚おどろかされましたが、それでも我わが身みの然さうして其處そこに在あつたことを大層たいそう悦よろこんで、『さァ花園はなぞのの方はうへ!』と云いつて全速力ぜんそくりよくで小ちひさな戸との方はうへ駈かけ戻もどりました。しかし悲かなしいことには、小ちひさな戸とは又また閉しまつてゐて、小ちひさな黄金こがねの鍵かぎが以前もとのやうに硝子ガラス洋卓テーブルの上うへに載のつてゐました、『前まへより餘程よつぽど不可いけないわ』と此この憐あはれな愛あいちやんが思おもひました、『だッて、私わたしは先さツきには斯麽こんなに小ちひさかなかつたんですもの、なかつたんですもの!眞箇ほんとに餘程よつぽど酷ひどいわ、さうよ!』

云いひ終をはるや愛あいちやんの片足かたあしは滑すべつて、水みづの中なかへぱちやん!愛あいちやんは鹹水しほみづの中なかへ頥あごまで浸つかりました。初はじめ、愛あいちやんは兎とに角かく海うみの中なかへ落おちたんだと思おもつて、『そんなら汽車きしやへ乘のつて歸かへれるわ』と獨語ひとりごとを云いひました(愛あいちやんは生うまれてから是迄これまでに只たつた一度どしか海岸かいがんへ行いつたことがないので、勝手かつてに斯かう獨斷ひとりぎめをして居ゐました。英吉利イギリスの海岸かいがんへ行ゆけば何所どこにでも、海うみの中なかに泳およいでる澤山たくさんの機械きかいが見みられる、子供等こどもらは木きの鍬くわで沙すなッ掘ぽじりをしてゐる、そして一列れつに並ならんでる宿屋やどや、それから其その後うしろには停車場ステーシヨン)併しかし愛あいちやんは直ぢきに、自分じぶんが涙なみだの池いけに落おちたんだと云いふことに氣きがつきました。其池そのいけは、愛あいちやんの身長せいが九尺しやくばかりに伸のびた時ときに、濡ぬれ法師ばうずになつた池いけです。

『そんなに泣なくのは止よさう!』と云いつて愛あいちやんは、出口でぐちを見出みいださうとして泳およぎ廻まはりました。『私わたしは今いま屹度きつと罰ばつせられるんだわ、斯かうして自分じぶんの涙なみだの中なかに溺おぼれるなンて―眞箇ほんとに奇態きたいだわ!けども今日けふは何なにも彼かも皆みんな變へんよ』

折をりも折をり、愛あいちやんは少すこしく離はなれて池いけの中なかで何なにかゞ水音みづおとを立たてゝるのを聞ききつけ何なんだらうかと思おもひつゝ傍そばへ〱と泳およいで行ゆきました。初はじめ愛あいちやんは、それが海象かいざうか河馬かばに違ちがひないと思おもひました。が今いまの我わが身みの小ちひさいことに氣きがつくと共ともに、それが矢張やつぱり自分じぶんのやうに滑すべり落おちた一疋ぴきの鼠ねずみに過すぎないことを知しりました。『さて此この鼠ねずみに何なにを話はなしてやらうかしら?大抵たいてい皆みんな變へんな事ことばかりだが、兎とに角かく話はなしても關かまはないだらう』と愛あいちやんが思おもひました。乃そこで愛あいちやんが云いふには、『鼠ねずちやん、お前まへ此この池いけの出口でぐちを知しつてゝ?私わたし全然すつかり泳およぎ草臥くたびれて了しまつてよ、鼠ねずちやん!』(愛あいちやんはこれが鼠ねずみと話はなしをする正たゞしい方法はうはふだと思おもひました。嘗かつて此麽こんな事ことをしたことはないのですが、兄にいさんの拉典語ラテンごの文典ぶんてんに、『鼠ねずみは――鼠ねづみの――鼠ねずみに―鼠ねずみを――おゥ鼠ねずちやん!』と書かいてあつたのを覺おぼえて居ゐましたから)鼠ねずみは些やや訝いぶかしげに愛あいちやんの方はうを見みて、其その小ちひさい片方かたはうの眼めを瞬またゝくやうに見みえましたが、何なんとも云いひませんでした。

『屹度きつとそれは英語えいごを知しらないんだ』と愛あいちやんは思おもつて、『あァ解わかつた佛蘭西フランスの鼠ねずみだわ、ウィリアム第だい一世せいと一緒しよに來きた』(歴史れきしを習ならつたけれども愛あいちやんは、何なにが何年位なんねんぐらゐ前まへに起おこつた事ことか判然はツきりと知しりませんでした)乃そこで又また愛あいちやんが云いふには、『私わたしの猫ねこは何處どこに居ゐるでせう?』それは佛語ふつご教科書けうくわしよの一番ばん初はじめの文章ぶんしようでした。鼠ねずみは水みづの中なかから一ト跳とびはねて、なほも跳とび出だしさうに全身ぜんしんを振ふるはして居ゐました。『あら御免ごめんよ!』と愛あいちやんは急いそいで叫さけびました、此この憐あはれな動物どうぶつの機嫌きげんをそこねた事ことを氣遣きづかつて。『私わたしはお前まへが猫ねこを好すかないことを全まつたく忘わすれて了しまつてゐたの』

『猫ねこは可厭いや!』と鋭するどい激げきした聲こゑで鼠ねずみが云いひました。『若もしお前樣まへさまが私わたしだつたら猫ねこを好すくの?』

『まァ可厭いやなこと』と優やさしい聲こゑで云いつて愛あいちやんは、『怒おこッちや可厭いやよ。だけど、私わたしはあの玉たまちやんを見みせてあげたいわ、若もしお前まへが玉たまちやんを只たつた一ト目めでも見みやうものなら屹度きつと猫ねこが好すきになつてよ、そりや玉たまちやんは可愛かあいらしくつて大人おとなしいわ』と半なかば呟つぶやきながら涙なみだの池いけを物憂ものうげに泳およぎ廻まはりました、『それから、玉たまちやんは圍爐裏ゐろりの傍そばにさも心地好こゝちよささうに、咽喉のどをゴロ〱云いはせながら坐すわつて、前足まへあしを舐なめたり、顏かほを洗あらつたりしてゐるの――飼かつて見みれば可愛かあいいものよ――鼠捕ねずみとりの名人めいじんだわ――オヤ、御免ごめんよ!』と又また愛あいちやんが叫さけびました。今度こんどは鼠ねずみが全身ぜんしんの毛けを逆立さかだつて居ゐたので、愛あいちやんは屹度きつと鼠ねずみが甚ひどく怒おこつたに違ちがひないと思おもひました。『そんなにお前まへが嫌きらひなら、もう玉たまちやんのことは話はなさないわ!』

『さう、眞箇ほんとうに!』怖おそれて尻尾しツぽの先さきまでも顫ふるへてゐた鼠ねずみが叫さけびました。』若もし私わたしが斯麽こんな事ことを話はなしたが最期さいご!私わたしの一家族かぞくは殘のこらず猫ねこを仇敵かたきに念おもふ。えッ、あの不潔ふけつな、下等動物かとうどうぶつめ!もう二度どと云いふのは御免ごめんだ!』

『私わたしもさ!』と云いつて愛あいちやんは大急おほいそぎで話はなしを外そらしました。『え――好すき――い――い――犬いぬを?』鼠ねずみが返辭へんじをしなかつたので、愛あいちやんは又また一心しんになつて續つゞけました。『私わたしの家うちの近所きんじよに、それは綺麗きれいな犬いぬが居ゐてよ、お前まへに見みせてやりたいわ!可愛かあいい清すゞしい眼めをした獵犬かりいぬよ、知しつてゝ、こんなに長ながい縮ちゞれた茶色ちやいろの毛けの!何なんでも投なげてやると取とつて來きてよ、御馳走ごちそうなんぞ遣やるとチン〱するわ――私わたし、よくは知しらないけど――それは百姓ひやくしやうの犬いぬで、大變たいへん役やくに立たつんですッて、一疋ぴき百圓ゑんよ!それが皆みんな鼠ねずみを殺ころすんですッて――ナニ、否いゝえ!』と痛いたましげな聲こゑで愛あいちやんが叫さけびました、『又また氣きに觸さはつたかしら!』鼠ねずみが池いけの水みづを攪かき亂みだし、一生懸命しやうけんめいに泳およぎ去さらうとするのを、愛あいちやんは靜しづかに呼よび止とめました。『鼠ねずちやん!戻もどつてお出いでよ、可厭いやなら、もう猫ねこや犬いぬの事ことを話はなさないから!』鼠ねずみはこれを聞きいて振返ふりかへり、靜しづかに再ふたゝび愛あいちやんの所ところへ泳およいで來きましたが、其顏そのかほは眞青まツさをでした、(愛あいちやんはそれを甚はなはだ氣きの毒どくに思おもひました)鼠ねずみは低ひくい慄ふるへ聲ごゑで、『あの岸きしへ行ゆかうぢやありませんか、それから身みの上うへ談ばなしをしませう、然さうすれば何故なぜ私わたしが猫ねこや犬いぬが嫌きらひか解わかります』と云いひました。

恰度ちやうど立去たちさるべき時ときが來きました、池いけにはそろ〱其中そのなかに落おち込こんだ澤山たくさんの鳥とりや動物どうぶつが群集ぐんじゆうして居ゐました。家鴨あひるやドード鳥てう、ローリー鳥てうや小鷲こわし、其他そのほか種々いろ〱の珍めづらしい動物どうぶつが居ゐましたが、愛あいちやんの水先案内みづさきあんないで、皆みんな隊たいを成なして殘のこらず岸きしに泳およぎつきました。

第三章 候補コーカス競爭レースと長話ながばなし

岸きしの上うへに集あつまつた一隊たいは、それこそ滑稽こつけいで觀物みものでした――鳥とりの諸羽もろはは泥塗どろまみれに、動物けものは毛皮もうひと毛皮もうひと膠着くツつかんばかりに全濡びしよぬれになり、雫しづくがたら〱落おちるので體からだを横よこに捩ひねつて、氣持惡きもちわるさうにしてゐました。

最初さいしよの問題もんだいは、云いふまでもなく何どうして再ふたゝびそれを乾燥かはかさうかと云いふことで、その爲ため皆みンなで相談會さうだんくわいを開ひらきました、暫しばらくして愛あいちやんは、宛まるで前まへから皆みんなを知しつてでも居ゐたやうに、臆面おくめんもなく親したしげに話はなし出だしました。

乃そこで愛あいちやんは隨分かなり長ながい間あひだローリー鳥てうと議論ぎろんをしました、ローリー鳥てうは終つひには澁しぶッ面つらして拗すねて背中せなかを向むけて、『私わたしはお前まへより年上としうへだよ、私わたしの方はうが能よく知しつてるサ』と只たゞ斯かう云いつたばかりなので、此この愛あいちやんはローリー鳥てうが果はたして幾いくつ年としとつて居ゐるか、それを聞きかない中うちは承知しようちしませんでした、がローリー鳥てうが何どうしても其年齡そのとしを云いふのを拒こばんだものですから、終つひには仕方しかたなく默だまつて了しまひました。

到頭とう〱、其中そのうちでも權勢家けんせいかの一人ひとりらしく見みえた鼠ねずみが、『坐すわり給たまへ諸君しよくん、まァ聞きき給たまへ、僕ぼくが直ぢきにそれの乾かわくやうにして見みせる!』と呶鳴どなりました。多勢おほぜいのものは殘のこらず言下ごんかに、鼠ねずみを中心まんなかにして大おほきな輪わを作つくつて坐すわりました。愛あいちやんは怪訝けゞんな顏かほしながら眼めを離はなさず見みて居ゐました、でも早速さつそく乾燥かわかさなければ屹度きつと惡わるい風邪かぜを引ひくと思おもひましたから。

〔図〕fig49853_03.png
鼠の演説の図

『エヘン!』と一つ咳拂せきばらひして、鼠ねずみは尊大そんだいに構かまへて、『諸君しよくん宜よろしいか?最もつとも乾燥無味かんさうむみなものは是これです、まァ默だまつて聞きき給たまへ、諸君しよくん!「ウィリアム第だい一世せい、其人そのひとの立法りつぱふは羅馬ローマ法皇はふわうの御心みこゝろに愜かなひ、忽たちまちにして首領しゆれうの必要ひつえうありし英人えいじんの從したがふ所ところとなり、近ちかくは纂奪さんだつ「纂奪」はママ及および征服せいふくを恣ほしひまゝにするに至いたりました。エドウィン、モルカー、マーシア及およびノーザンブリア伯はく、皆みな然しかりです――」』

『ウム!』と云いつてローリー鳥てうは慄ふるへ上あがりました。

『何なんです!』と鼠ねずみは顏かほをしかめたが、頗すこぶる丁寧ていねいに、『何なにか仰おツしやいましたか?』

『私わたしではない!』とローリー鳥てうが急いそいで云いひました。

『貴方あなたに違ちがひありません』と鼠ねずみが云いひました。『――さて、「エドウィンとモルカー、マーシア及およびノーザンブリア伯はくが彼かれに盟ちかひました。するとカンタベリーの忠節ちゆうせつなる大僧正だいそうじようスチガンド氏しすら、それを當然たうぜんの事ことだと思おもひました――」』

『それを?』と家鴨あひるが云いひました。

『それをさ』と鼠ねずみは些やや意地惡いぢわるく答こたへて、『無論むろん君きみも「それ」の譯わけを知しつてるだらう』

『それは能よく解わかつてる、大方おほかた蛙かはづか蟲むしぐらゐのものだらう』と云いつて家鴨あひるは『しかし、僕ぼくの訊きくのは大僧正だいそうじようが何どうしたと云いふのだ?』

鼠ねずみは此この質問しつもんを聞きき流ながして速すみやかに云いひ續つゞけました、『――エドガーアセリングと共ともに、行ゆきてウィリアムに面謁めんえつし、王冠わうくわんを捧さゝげたのは當然たうぜんのことです。ウィリアムの行動かうどうは最初さいしよ禮れいに適かなふたものでした。併しかしながら彼かのノルマンの倨傲きよがう――何どうかしましたか?』と云いつて愛あいちやんの方はうを振向ふりむきました。

『矢張やつぱり濡ぬれてるは、些ちツとも乾かわかなくッてよ』と愛あいちやんが悲かなしさうに云いひました。

『然さらば』とドード鳥てうが嚴格げんかくに云いつて立上たちあがり、『此この會議くわいぎの延期えんきされんことを動議どうぎします。蓋けだし、もつと早はやい有効いうかうな治療ちれう方法はうはふが――』

『英語えいごで云いひ給たまへ!』と云いつて小鷲こわしは、『そんな長ながッたらしい事ことは半分はんぶんも解わからない、幾いくら云いつたつて駄目だめだ、何いづれも信しんずるに足たらん!』云いつて微笑びせうを秘かくすために頭あたまを下さげました。他たの數多あまたの鳥とりの中うちには故意わざと聞きこえよがしに窃笑ぬすみわらひをしたのもありました。

『余輩よはいの云いはんと欲ほつする所ところのものは』と憤激ふんげきしてドード鳥てうが云いひました、『吾々われ〱を乾かわかせる唯一ゆゐいつの方法はうはふは候補コーカス競爭レース(西洋せいやう鬼おにごつこ)である』

『候補コーカス競爭レースとは?』と愛あいちやんが云いひました。愛あいちやんは別段べつだん其それを知しりたくはなかつてのですが、ドード鳥てうが恰あだかも誰だれかゞ何なにか話ははルビの「はは」はママすだらうと思おもつて言いひ澱よどみましたが、他ほかに誰だれも何なんとも言いはうとするものがなかつたので。

『さて』ドード鳥てうが云いふには、『それを説明せつめいする唯一ゆゐいつの方法はうはふはそれを行おこなふことである』(若もし皆みなさんが冬ふゆの或ある日ひ、自みづから其それを試こゝろみんと欲ほつするならば、ドード鳥てうがそれを如何いかにして行やつたかを話はなしませう)

最初さいしよドード鳥てうは、一いつの輪わを描かいて競爭レース進路コースを定さだめました、(「輪わの形かたちは些やや正確せいかくでなくても關かまはない」とドード鳥てうが云いひました)それから其處そこに居ゐた一隊たいのものが皆みンな、其進路そのコースに沿そうて其方そつち此方こつちに排置はいちされました。『一、二、三、進すゝめ』の號令がうれいもなく、各自てんでに皆みな勝手かつてに走はしり出だして勝手かつてに止とまりましたから、容易よういに競爭きやうさうの終をはりを知しることが出來できませんでした。けれども各自てんでに一時間半じかんはんか其所そこいら走はしり續つゞけた時ときに、全まつたく乾かわいて了しまひました、ドード鳥てうは急きふに、『止やめッ!』と叫さけびました。乃そこで皆みンな息喘いきせきながら其周圍そのしうゐへ集あつまつて來きて、『だが、誰だれが勝かつたの?』と各自てんでに訊ききました。

此この質問しつもんには、ドード鳥てうが大思想家だいしさうかでないため答こたへることが出來できず、一本ぽんの指ゆびで其額そのひたひを抑おさえ、長ながい間あひだ立たつて居ゐました(よく繪ゑにある沙翁シエークスピアのやうな姿勢しせいをして)其間そのあひだ他たのものも皆みな默だまつて待まつてゐました。終つひにドード鳥てうが口くちを開ひらいて、『各自てんでに皆みンな勝かつた、皆みんな褒美はうびが貰もらへる』

『しかし誰だれが褒美ほうびを呉くれるんですか?』と異口同音いくどうおんに尋たづねました。

『左樣さやう、無論むろん、彼娘あのこが』と愛あいちやんを指ゆびさしながらドード鳥てうが云いつたので、其その一隊たいが殘のこらず一時じに愛あいちやんの周まはりを取圍とりかこみました。『褒美はうび!褒美はうび!』とガヤ〱叫さけびながら。

愛あいちやんは當惑たうわくして、知しらず〱衣嚢ポケツトに片手かたてを入いれ、乾菓子ひぐわしの箱はこを取出とりだし、(幸さいはひ鹹水しほみづは其中そのなかに浸込しみこんで居ゐませんでした)褒美はうびとして周圍しうゐのものに殘のこらず其それを渡わたしてやりました。丁度ちやうど一個ひとつと一片ひとかけ宛づゝ。

『しかし彼娘あのこは自分じぶんから自分じぶんに褒美はうびを貰もらはなければならない』と鼠ねずみが云いひました。

『無論むろん』とドード鳥てうが莫迦ばかに眞面目まじめになつて答こたへました。

『お前まへは未まだ他ほかに何なにか衣嚢ポケツトに持もつてるの?』と云いひ足たして、愛あいちやんの方はうを振向ふりむきました。

『只たツた指環ゆびわを一箇ひとつ』と愛あいちやんが悲かなしさうに云いひました。

『皆みんな渡わたしてお仕舞しまひ』とドード鳥てうが云いひました。

それから再ふたゝび皆みんなが集あつまつた時ときに、ドード鳥てうは嚴おごそかに指環ゆびわを示しめして、『吾輩わがはいは此この優美いうびなる指環ゆびわを諸君しよくんの受納じゆなふせられんことを望のぞむ』此この短みじかい演説えんぜつが濟すむと一同どう拍手喝采はくしゆかつさいしました。

愛あいちやんは何なにから何なにまで可笑をかしくて堪たまりませんでした、が皆みんな揃そろひも揃そろつて眞面目まじめくさつてるので、眞逆まさか自分じぶん獨ひとり笑わらふ譯わけにも行ゆきませんでした。何なんと云いつて可いいか解わからぬので、愛あいちやんは只たゞ一禮れいし、成なるべく嚴格げんかくな容貌かほつきをして指環ゆびわを取出とりだしました。

それから乾菓子ひぐわしを食たべました。大おほきな鳥とりは其味そのあぢが解わからないと云いつて訴こぼす、小ちひさな鳥とりは哽むせて背中せなかを叩たゝいて貰もらう、それは〱大騷おほさわぎでした。それが濟すむと、皆みんな復また輪わになつて坐すわり、もツと何なにか話はなしてくれと鼠ねずみに迫せまりました。

『お前まへ身みの上話うへばなしをする約束やくそくではなくッて』と云いつて愛あいちやんは、『何故なぜ嫌きらひなのサ――ネとイが』と後あとから咡さゝやくやうに云いひました、又また鼠ねずみが怒おこりはしないかと氣遣きづかはしげに。

『私わたしのは長ながくて其上そのうへ可哀相かあいさうなの』と云いつて、鼠ねずみは愛あいちやんの方はうへ振向ふりむきながら長太息ためいきを吐つきました。

『長ながいの、さう』と云いつて愛あいちやんは、鼠ねずみの尾をを不思議ふしぎさうに眺ながめて、『でも、何故なぜ可哀相かあいさうなの?』愛あいちやんの鼠ねずみが話はなしをしてる間あひだ始終しゞゆう謎なぞでも聞きいてるやうな氣きがしました、それで愛あいちやんの考かんがへでは、其話そのはなしといふのは何なにか斯麽こんな風ふうなものだらうと思おもひました。――

『福公ふくこうが

家うちで鼠ねずみに

逢あつて

云いふに

は、「一

緒しよに芝しばッ

原ぱらへ來こ

い、罰ばつ

してや

るから――

サア、も

う何なんと

云いつて

も駄目だめ

だ。何ど

うして

も訊問じんもん

の必要ひつえう

がある、

今朝けさか

ら眞箇ほんと

に何なんに

も爲しな

いのだ

もの」

すると、

鼠ねずみが小人こびと

に云いふに

は「こん

な訊問じんもんが

何なんにな

るか、檢けん

事じもな

ければ

判事はんじも

ない、徒いたづ

らに吾々われ〱

の息いきを

費つひやすば

かりだ」

「僕ぼくが判はん

事じにな

つてや

らう、檢けん

事じにもな

つてやら

う」と云い

つて狡猾かうかつ

な福公ふくこうは、

「吾輩わがはいが總すべ

ての訴訟そせう

を判さばく、

可いいか、

汝なんぢに死し

刑けいの宣せん

告こくをす

る」』

『お前まへの知しつた事ことではない』と鼠ねずみは眞面目まじめになつて愛あいちやんに云いつて、『何なにを考かんがへてるのか?』

『え、何なんですか』と愛あいちやんは丁寧ていねいに答こたへて、『貴方あなたはこれで五度たびお辭儀じぎをしましたね?』

『しない!』と鼠ねずみは怒おこつて叫さけびました。

『皆みなさん!』と云いつて愛あいちやんは、尚なほ續つゞけやうとして氣遣きづかはしげに身みの周まはりを見廻みまはし、『さア、これで解散かいさんしやうぢやありませんか!』

『そんな事ことをする必要ひつえうはない』と云いひさま、鼠ねずみは起たち上あがつて歩あるき出だしました。

『莫迦ばかなことを云いふ、それは私わたしを侮辱ぶじよくすると云いふものだ!』

『そんな譯わけぢやなくッてよ』と優やさしくも愛あいちやんが辯疏いひわけしました。『眞箇ほんとに腹立はらだちッぽいのね、もう怒おこつてゝ!』

鼠ねずみは只たゞ齒軋はぎしりしたばかり。

『お出いでよ、話はなしてお了しまひな!』と愛あいちやんが背後うしろから呼よびかけました。他ほかの者ものも皆みな聲こゑを合あはせて、『さうだとも〱!』併しかし鼠ねずみは只たゞ口惜くやしさうに頭あたまを振ふつて、さッさと歩あるいて行いつて了しまひました。

『まァ、行いつて了しまつた、可哀相かあいさうに!』鼠ねずみの姿すがたが全まつたく見みえなくなるや否いなや、ローリー鳥てうは斯かう云いつて長太息ためいきを吐つきました。乃そこで初はじめて機會きくわいを得えて、一疋ぴきの年老としとつた蟹かにが自分じぶんの娘むすめに云いひ聞きかせるには、『あァ、お前まへね!よく憶おぼえてお居ゐで、これは、お前まへの惡性あくしやうは何どうしても直なほすことが出來できないと云いふ好いい一つの教訓けうくんだから!』『何なんですッて阿母おかアさん!』と其その若わかい蟹かにが怒おこつて咬かみつくやうに云いひました。『年甲斐としがひもない、お愼つゝしみなさい!』

『あァ、此處こゝに玉たまちやんが居ゐれば可いいにねえ!』と別段べつだん誰だれに云いふともなく愛あいちやんが聲高こわだかに云いひました。

『玉たまちやんて誰だれのこと、え、誰だれ?』とローリー鳥てうが云いひました。

愛あいちやんは素もとより、其その可愛かあいい猫ねこのことを話はなさう話はなさうと思おもつてた所ところだッたので、𤍠心ねつしんに答こたへて云いふには、『玉たまちやんは私わたしの猫ねこよ。鼠捕ねずみとりの名人めいじんだわ!あァ然さうだ、鳥とりを追おッ驅かける所ところを見みせてあげたいのね!それこそ玉たまちやんは其それを見みるが早はやいか、直すぐに小鳥ことりなどは捕とつて食たべて了しまつてよ!』

此この話はなしは一同どうに著いちじるしき感動かんどうを與あたへました。中なかには遁出にげだした鳥とりさへあり、年老としとつた一羽わの鵲かさゝぎは用心深ようじんぶかくも身仕舞みじまひして、『家うちへ歸かへらう、夜露よつゆは咽喉のどに毒どくだ!』と云いひ出だしました。又また金絲雀かなりやは顫ふるへ聲ごゑで、『お歸かへりよ、皆みンな!もう寢ねる時分じぶんぢやないか!』と其子供等そのこどもらを呼よびました。種々いろ〱の口實こうじつを設まうけて、皆みンな殘のこらず立去たちさつた後あとには、唯たツた愛あいちやん一人ひとりになつて了しまひました。

『玉たまちやんの事ことを話はなさなければ可よかつた』と悲かなしげな聲こゑで愛あいちやんが呟つぶやきました。『誰だれも此處こゝに居ゐたもので、玉たまちやんの好すきなものはないと見みえる、だけど、屹度きツと玉たまちやんは世界中せかいぢゆうで一番ばん良いい猫ねこに違ちがひないわ!おゥ可愛かあいい玉たまちやん!私わたしは今迄いまゝでのやうに始終しゞゆうお前まへの傍そばに居ゐられるかしら!』云いつて憐あはれな愛あいちやんは、心細こゝろぼそくなつて急きふに又また泣なき出だしました。

暫しばらくして愛あいちやんは遠とほくの方はうで、パタ〱小ちひさな跫音あしおとのするのを聞ききつけ一心しんに其方そのはうを見戌みまも「見戌」はママつて居ゐました、鼠ねずみが機嫌きげんを直なほして、戻もどつて來きて、彼あの話はなしを終しまひまでして呉くれゝば可いいがと思おもひながら。

第四章 蜥蜴とかげの『甚公じんこう』

來きたのは白兎しろうさぎでした、再ふたゝび駈かけ戻もどつて來きて、恰あだかも何なにか遺失物おとしものでもした時ときのやうにきよろ〱四邊あたりを見廻みまはしながら、『公爵夫人こうしやくふじん!公爵夫人こうしやくふじん!オヤ、私わたしの可愛かあいい足あしは!私わたしの毛皮けがはや髯ひげは!何なんと云いつても屹度きつと夫人ふじんは私わたしを罰ばつするに違ちがひない!何處どこへ其それを落おとしたかしら?』と呟つぶやくのを聞きいて、愛あいちやんは立所たちどころに屹度きつと兎うさぎが扇子せんすと白しろい山羊仔皮キツドの手套てぶくろとを探さがして居ゐるに違ちがひないと思おもつて、深切しんせつにも其それを尋たづねてやりましたが、何處どこにも見みえませんでした。――あの涙なみだの池いけで泳およいでからは何なにも彼かも變かはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルも小ちひさな戸とのあつた大廣間おほびろまも全まつたく何處どこへか消きえ失うせて了しまひました。

忽たちまち兎うさぎは愛あいちやんの居ゐるのに氣きがつき、聲こゑを怒いからして呼よびかけました、『オヤ、梅子うめこさん、其處そこに何なにをしてるの?早はやく行いつて手套てぶくろと扇子せんすとを持もつてお出いで!早はやくさ!』愛あいちやんの驚おどろきは如何いかばかりでしたらう、直すぐに兎うさぎの指ゆびさした方はうへ向むかつて駈かけ出だしました、間違まちがつてるのも何なにも關かまはず。

『私わたしを小間使おこまだと思おもつてるのよ』と愛あいちやんは駈かけながら獨語ひとりごとを云いひました。『喫驚びツくりして人ひとの見境みさかひもないんだわ!だけど、扇子せんすと手套てぶくろは持もつて來きてやつた方はうが可いいわ――さうよ、若もし有あつたら』云いひ終をはると同時どうじに小綺麗こぎれいな小ちひさな家うちへ來きて居ゐました、其入口そのいりくちにはぴか〱した眞鍮しんちゆうの表札へうさつに『山野兎やまのうさぎ』と其名そのなが彫ほりつけてありました、愛あいちやんは聲こゑもかけずに二階かいへ駈かけ上あがりました、眞實ほんとの梅子うめこさんに逢あつて、扇子せんすと手套てぶくろとを見付みつけない前さきに戸外おもてへ追出おひだされやしないかと氣遣きづかひながら。

『奇態きたいだこと、兎うさぎの使つかひに來くるなンて!』と獨語ひとりごとを云いつて、『今度こんどは屹度きつと玉たまちやんが私わたしを使つかひにやるだらう!』云いつて愛あいちやんは其時そのときの事ことを種々いろ〱想像さうざうして見みました、『「愛あいちやん!まァ此處こゝへお出いで、用ようがあるんだからサ!」「一寸ちよツとお入はいり、乳母ばアやも!私わたしが歸かへつて來くるまで鼠ねずみが逃にげ出ださないやうに、此この鼠穴ねずみあなを番ばんしてお居ゐで」だけど』と云いつて尚なほ、『若もし斯麽こんな風ふうに人ひとを使つかふやうでも、皆みんなが玉たまちやんを家うちに置おいて呉くれるかしら!』

やがて愛あいちやんは整然きちんと片付かたづいた小ちひさな部屋へやへ行ゆきました、窓まどの中うちには洋卓テーブルもあり、其上そのうへには(愛あいちやんの望のぞみ通どほり)一本ぽんの扇子せんすと二三の小ちひさな白しろい山羊仔皮キツドの手套てぶくろとが載のつてゐました。愛あいちやんは其扇子そのせんすと手套てぶくろとを取上とりあげ、將まさに其處そこを立去たちさらうとして、姿見鏡すがたみの傍そばにあつた小ちひさな壜びんに眼めが止とまりました。今度こんどは『召上めしあがれ』と書かいた貼紙はりがみがありませんでしたが、それにも拘かゝはらず愛あいちやんは栓せんを拔ぬいて直たゞちに唇くちびるに宛あてがひました。『屹度きつと今いまに好いい心持こゝろもちになるに違ちがひない』と獨語ひとりごとを云いつて、『私わたしの食たべたり飮のんだりするものは何時いつでも然さうですもの、何どんなものだかこれも一つ試ためして見みよう、好いい鹽梅あんばいにも一度ど私わたしが大おほきくなつて呉くれゝば可いいが、全まつたく斯麽こんな小ちひさな容體なりをしてるのは可厭いやだわ!』

實際じつさい思おもつたよりも早はやく、それを半分はんぶん飮のまない中うちに愛あいちやんは頭あたまが天井てんじやうにつかへたのを知しり、首くびの折をれない用心ようじんに屈かゞんで、急いそいで壜びんを下したに置おき、『もう澤山たくさんよ――もう伸のびたかないわ――此この通とほり、戸外おもてへ出でられなくなつて了しまつてよ――眞箇ほんとにあんなに飮のまなければ好よかつた!』と獨語ひとりごとを云いひました。

可哀相かあいさうに!それは最もう後あとの祭まつりでした!愛あいちやんは段々だん〱大おほきくなるばかり、見みる間まに床ゆかの上うへへ跪ひざまづかなければならなくなつて、其爲そのために部屋へやは忽たちまち一寸すんの隙間すきまもない程ほどになりました、愛あいちやんは仕方しかたなく片方かたはうの肘ひぢは戸とに凭もたれ、片方かたはうの腕うでは頭あたまの下したへ敷しいて横よこになりましたが、それでも尚なほ寸々ずん〲伸のびて行いつて、一番ばん終しまひには、愛あいちやんは片腕かたうでを窓まどの外そとに突出つきだし、片足かたあしを煙突えんとつの上うへへ出だしました、『どんな事ことがあつても最もうこれが止とまりだらう、これで何どうなるのかしら?』と呟つぶやきました。

愛あいちやんの爲ためには勿怪もツけの幸さいはひ、小ちひさな魔法壜まはふびんは今いま充分じうぶん其功能そのこうのうを顯あらはし終をはつたので、愛あいちやんも最もうこれより大おほきくはなりませんでした、が、それは非常ひじように不愉快ふゆくわいで、恐おそらくは再ふたゝび其部屋そのへやから出でられる機會きくわいがないと知しつた時ときには、何どんなに愛あいちやんはつく〲身みの不幸ふかうを感かんじたでせう。

『家うちに居ゐた方はうが幾いくら面白おもしろかつたか知しれないわ』と呟つぶやいて、最早もうこれで大おほきくもならなければ小ちひさくもなれず、其上そのうへ鼠ねずみや兎うさぎに追おひ使つかはれるんなら。私わたしは兎うさぎの穴あなを下おりて來こなければ好よかつた――でも――でも――奇妙きめうだわ、こんな生活せいくわつ!これから何どうなるのかしら!私わたしは何時いつもお伽噺とぎばなしを讀よむ度たびに、有ありさうにもない突飛とつぴな事ことばかり想像さうざうするのよ、今いまも其最中そのさいちゆうなの!屹度きつと私わたしの事ことを書かいた本ほんが出來できるわ、屹度きつと!私わたしが大おほきくなつたら一ひとつ書かいてやらう――けど、今いま最早もう大おほきくなつたんだわね』と悲かなしげな聲こゑで、『もう大おほきくならうとしても隙すきがないわ』

『これから先さき决けつして最もう今いまより齡としを加とらないのかしら?』と思おもつて愛あいちやんは、『そんなら可いいけど、一つ――决けつしてお婆ばアさんにはならず――けども――始終しゞゆうお稽古けいこをしなければならないのですもの!それが一ひとつ可厭いやだわね!』『オヤ、莫迦ばかな愛あいちやんだこと!』と自分じぶんで自分じぶんに云いつて、『何どうして此處こゝでお稽古けいこが出來できて?まァ部屋へやもありやしないわ、それから教科書けうくわしよだッて!』

斯かうして愛あいちやんは自問自答じもんじたふを續つゞけて居ゐましたが、暫しばらくして外そとの方はうで何なにか聲こゑがするのを聞ききつけ、話はなしを止やめて耳みゝを欹そばだてました。

『梅子うめこさん!梅子うめこさん!直すぐに手套てぶくろを持もつて來きて頂戴てうだい!』と云いふ聲こゑがして、軈やがてパタ〱と梯子段はしごだんを上のぼる小ちひさな跫音あしおとがしました。愛あいちやんはそれが自分じぶんを見みに來きた兎うさぎだと知しつて、屋おくをも搖ゆるがさんばかりにガタ〱慄ふるへ上あがりました、自分じぶんは兎うさぎよりも殆ほとんど千倍せんばいも今いま大おほきくなつて居ゐるのだから何なにも怖おそれる理由わけはないのですが、そんな事ことは全然すツかり忘わすれて了しまつて。

忽たちまち兎うさぎは戸とに近ちかづき、それを開あけやうとして中なかの方はうへ押おしましたが、愛あいちやんの肘ひぢが緊乎しツかり支つかへて居ゐて駄目だめでした。『仕方しかたがない、廻まはつて窓まどから這入はいらう』愛あいちやんは兎うさぎが斯かう獨語ひとりごとを云いふのを聞ききました。

『それも駄目だめだ』と心こゝろ秘ひそかに思おもつてる中うち、愛あいちやんは兎うさぎが窓まどの下したへ來きたのを知しり、急きふに片手かたてを伸のばして只たゞ當あてもなく空くうを掴つかみました。何なんにも捕つかまらなかつたが小ちひさな叫さけび聲ごゑと地響ぢひゞきと硝子ガラスの破こわれる音おととを聞ききました、其物音そのものおとで愛あいちやんは、兎うさぎが屹度きつと胡瓜きうりの苗床なへどこの中なかへでも落おち込こんだに違ちがひないと思おもひました。

それから怒氣どきを含ふくんだ聲こゑが聞きこえました――兎うさぎの――『小獸ちびや小獸ちびや!お前まへ何處どこに居ゐるんだい?』すると聞きき慣なれない聲こゑで、『此處こゝに居ゐるよ!林檎りんごを掘ほつて!』

『林檎りんごを掘ほつてるッて、眞箇ほんとか!』と兎うさぎが腹立はらだゝしげに云いひました。『オイ、來きて助たすけて呉くれ!』(猶なほ硝子ガラスの破われる音おとがする)

『何どうしたんだい、小獸ちび、何なんだい窓まどのは?』

『オヤ、腕うでぢやないか、え!(彼かれはそれを『うンで』と發音はつおんしました)

『腕うでだ、莫迦ばか!そんな大おほきな腕うでがあるものか?なんだ、窓まど一ぱいぢやないか!』

『さうさ、お前まへ、けど、何なんと云いつたつて腕うでに違ちがひないサ』

『兎とに角かく、其儘そんなりで置おいちや仕樣しやうがない。行いつて取とつて了しまはう!』

後あとは暫しばらく森しんとして、愛あいちやんは只たゞ折々をり〱こんな咡さゝやきを聞ききました、『眞箇ほんとだ、可厭いやになつちまう、さうだとも、全まツたくさ!』『僕ぼくの云いつた通とほりにお爲しよ、卑怯ひけうだね!』終つひに愛あいちやんは再ふたゝび其手そのてを伸のばしてモ一度ど空くうを掴つかみました。今度こんどは二ふたつの叫さけび聲ごゑがして、又また硝子ガラスのミリ〱と破われる音おとがしました。『胡瓜きうりの苗床なへどこが幾いくつあるんだらう!』と愛あいちやんは思おもひました。『彼等かれらは次つぎに何なにをするかしら!引ひき下おろせるなら窓まどから私わたしを引ひき下おろして呉くれゝば好いいが!もう長ながく此麽こんな處ところに居ゐたくない!』

愛あいちやんはそれから暫しばらくの間あひだ待まつて居ゐましたが何なんにも聞きこえませんでした。良久やゝあつて小ちひさな二輪車りんしやの響ひゞきがしたと思おもふと、皆みんなで一緒しよに話はなしをする好いい澤山たくさんの聲こゑが一時じに耳みゝに入いりました、愛あいちやんは其言葉そのことばを聞きき分わけました、『何處どこにモ一つ梯子はしごがある?――何故なぜ私わたしは一つしか持もつて來こなかつたんだらう。甚公じんこうが未まだ持もつてる――甚公じんこうが!それを此處こゝへ持もつて來こい、丁稚でつち!其隅そのすみへ置おけ――先まァ皆みんな一緒しよに縛しばれ――皆みんなだッて半分はんぶんも達とゞきやしない――あァ!それで可いい、別々べつ〱にしては駄目だめだ――さァ、甚公じんこう!此この繩なはを持もつてろ――屋根やねは大丈夫だいじやうぶかしら?――其その緩ゆるい屋根瓦やねがはらに氣きをつけろ――ソラ落おちるぞ!頭あたまの上うへへ!(恐おそろしい響ひゞき)――オヤ誰だれがそんな事ことをしたんだ?――甚公じんこうだらう――煙突えんとつを下おりて行ゆくのは誰だれだ?――否いゝえ、私わたしぢやない!お前まへだ!――でも私わたしぢやない、甚公じんこうが下おりて行ゆくんだ――さァ甚公じんこう!旦那だんなが然さう云いつたよ、お前まへに煙突えんとつを下おりて行ゆけッて!』

『あァ!それで甚公じんこうが煙突えんとつを下おりて來きたんだわ?』と愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて、『オヤ、皆みんなが甚公じんこうの上うへへ何なにも彼かも積つんでるわ!私わたしは永ながく甚公じんこうの居ゐる所ところには居ゐまい。此この圍爐裡ゐろりは屹度きつと狹せまいわ、どれ、一寸ちよツと蹴けつて見みやう!』

〔図〕fig49853_04.png
蜥蜴の甚公の図

愛あいちやんは思おもひ切きつて遙はるか下したの方はうへ其煙突そのえんとつを蹴落けおとしました、暫しばらくすると小ちひさな動物どうぶつ(愛あいちやんには何なんだか解わかりませんでした)が、直すぐ其煙突そのえんとつの中なかで攀登よぢのぼらうとして引ひッ掻かく音おとを聞ききました、乃そこで愛あいちやんは、『これが甚公じんこうかしら』と獨語ひとりごとを云いつて又また一つ劇はげしく蹴けつて、それから何どうなる事ことかと見みて居ゐました。

愛あいちやんは最初さいしよ多勢おほせいが一緒しよに、『甚公じんこうが出でた!』と云いふのを聞ききました、それから兎うさぎの聲こゑばかりで――『捕つかまへろ、ソレ生垣いけがきの所ところへ!』やがて又またがや〱と――『頭あたまを抑おさへろ――サァ、文公ぶんこう――殺ころすな――何どうしたんだ、え?何どうかしたのか?云いはないかよ!』

終つひに小ちひさな脾弱ひよわい金切聲かなきりごゑで(それが甚公じんこうだと愛あいちやんは思おもひました)『さァ、私わたしには解わからない――もう、有ありがたう、もう可いい――でも腹はらが立たつて話はなせない――皆みんな知しつてるけど、何なんだかごちや〱で雜物箱がらくたばこのやうだ、私わたしは烽火のろしのやうに空そらへ上あがつて行ゆく!』

『然さうだ!』と他ほかの者ものが云いひました。

『此この家うちを燒やき潰つぶせ!』と兎うさぎの聲こゑ。愛あいちやんは精せい一ぱい大おほきな聲こゑで、『其麽そんな事ことをすれば玉たまちやんを使嗾けしかけるから可いいわ!』と叫さけびました。

直たゞちに皆みんな息いきを殺ころして默だまつて了しまひました、愛あいちやんは心こゝろに思おもふやう、『彼等かれらはこの次つぎに何なにをするだらう!若もし生しやうがあるものなら屋根やねを取除とりのけるやうな莫迦ばかはしないだらう』程ほど經へて彼等かれらは再ふたゝび動うごき出だしました、愛あいちやんは兎うさぎが、『一ひとッ車くるまあれば可いい、さァ、行やらう』と云いふのを聞ききました。

『一ッ車くるま、何なんだらう?』とは思おもつたものゝ考かんがへてる隙ひまもなく、軈やがて砂礫されきの雨あめが窓まどに降ふりかゝると見みる間まに、二三人にんして愛あいちやんの顏かほを打擲ちやうちやくしました。

『最もう爲しないから』と愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて、『皆みんなも最もうそんな事ことをしないでお呉くれ!』と叫さけびました。すると又また皆みんな默だまつて了しまつたので四邊あたりが森しんとしました。

小石こいしが床ゆかの上うへに落おち散ちつた時ときに、それが殘のこらず小ちひさな菓子くわしと變かはつたのを見みて、愛あいちやんは大層たいそう驚おどろきました、が又また同時どうじに好いい事ことを考かんがへつきました。『若もし此この菓子くわしを一ひとつ食たべたなら屹度きつと私わたしの大おほきさが變かはつて來くるに違ちがひない、大抵たいてい大おほきくなる氣遣きづかひはなからう。小ちひさくなるに定きまつてる』と愛あいちやんは思おもひました。

其故それゆゑ愛あいちやんは其菓子そのくわしを一個ひとつ嚥のみ込こみました、ところが直すぐに縮ちゞみ出だしたのを見みて喜よろこぶまいことか、戸口とぐちから出でられる位くらゐ小ちひさくなるや否いなや家うちから駈かけ出だして、戸外そとに待まつてる筈はづの小ちひさな動物どうぶつや鳥とりの全群ぜんぐんを探さがしました。憐あはれな小ちひさな蜥蜴とかげの甚公じんこうが眞中まンなかに居ゐて、二匹ひきの豚ぶたに支さゝへられながら一本ぽんの壜びんから何なんだか出だして貰もらつて居ゐましたが、愛あいちやんの姿すがたを見みると直すぐに皆みんな其方そのはうへ突進とつしんしました、すると愛あいちやんは何なんと思おもつたか一生懸命しやうけんめいに逃にげ出だして忽たちまち欝蒼こんもりした森もりの中なかへ無事ぶじに駈かけ込こみました。

『先まづ第一だいいちに、復また元もとの身長せいにならなくては』と、森もりの中なかを徜徉さまよひながら愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて、『それから第だい二には、あの美うつくしい花園はなぞのに行ゆく道みちを探さがさなくてはならないが、何なにか良いい工夫くふうはないかしら』

彼此かれこれと種々いろ〱優すぐれた簡便かんべんな方法はうはふを稽かんがへては見みたものゝ、只たゞ厄介やくかいな事ことには何どうして其それを實行じつこうすべきかと云いふ名案めいあんを持もたなかつたことです。愛あいちやんは心配しんぱいさうに木々きゞの間あひだを覗のぞき廻まはつてゐましたが、軈やがて其頭そのあたまの眞上まうへにあつた小ちひさな尖とがつた木きの皮かはに、ひよいと眼めが着つきました。

恐おそろしく大おほきな犬いぬころが、大おほきな圓まるい眼めをして愛あいちやんを見下みおろして居ゐました、愛あいちやんに觸さわらうとして前足まへあしを一本ぽん恐おそる〱伸のばして。愛あいちやんは媚あまへるやうな聲こゑで、『まァ、可哀相かあいさうに!』と云いつて、思おもはず口笛くちぶえを吹ふかうとしました、が、待まてよ、若もし其犬そのいぬころが飢うゑて居ゐては、幾いくらお世辭せじをつかつても屹度きつと噛かみ殺ころされて了しまうに違ちがひないと思おもつて、心配しんぱいの餘あまりガタ〱慄ふるへてゐました。

われ知しらず愛あいちやんは小枝こえだの切きれッ端ぱしを拾ひろひ上あげ、それを犬いぬころの方はうへ出だしてやると、犬いぬころは直たゞちに四ッ足あし揃そろへて空くうに跳とび上あがりさま、喜よろこび勇いさんで其枝そのえだに吠ほえつきました、乃そこで愛あいちやんは跳とびつかれては大變たいへんだと大おほきな薊あざみの後うしろへ身みをかはしました。一ト廻まはりして愛あいちやんが他ほかの方はうへ現あらはれた時ときに、犬いぬころはモ一度ど枝えだを目蒐めがけて跳とびかゝり、それに掴つかまらうとして餘あまり急いそいだ爲ため、過あやまつて筋斗返とんぼがへりを打うちました。其時そのとき愛あいちやんは犬いぬころが、馬車馬ばしやうまの眞似まねをして遊あそぶのが大好だいすきだと云いふことを思おもひ出だしたので、踏ふみつけられては大變たいへんだと再ふたゝび薊あざみの周圍しうゐを廻まはりました、犬いぬころは其枝そのえだへ跳とびうつるばかりになつて、嬉うれしさうに絶たえず戯たはむれたり吠ほえたりして、呼吸苦いきぐるしい所爲せゐか、ゼイ〱云いひながら、其口そのくちからは舌したを垂たれ、又また其その大おほきな眼めを半なかば閉とぢてゐました。

〔図〕fig49853_05.pngわれ知しらず愛あいちやんは小枝こえだの切きれツ端ぱしを拾ひろひ上あげ、それを犬いぬころの方はうに出だしてやりました、

われ知しらず愛あいちやんは小枝こえだの切きれツ端ぱしを拾ひろひ上あげ、それを犬いぬころの方はうに出だしてやりました、

愛あいちやんは今いまこそ逃にげるに好いい時ときだと思おもつて遽にはかに駈かけ出だし、終つひには疲つかれて息いきも絶きれ、犬いぬころの遠吠とほゞえが全まつたく聞きこえなくなるまで走はしり續つゞけました。

『でも、可愛かあいい犬いぬころだッたわね!』息やすまうとして毛莨キンポーゲに凭より掛かゝつた時ときに、其葉そのはの一枚まいを取とつて扇あふぎながら愛あいちやんが云いひました、『私わたしが若もしそんな事ことをする年頃としごろならば、ねえ!――もつと澤山たくさん惡戯わるさを教をしへてやつたもの!復また大おはルビの「おは」はママきくならなければならないのだが!しかし――何どうしたら可いいでせう?屹度きつと何なにか食たべるか飮のむかすれば可いいに違ちがひないわ、けれども茲こゝに大問題だいもんだいがあるのよ、何なに?』

大問題だいもんだいと云いふのは確たしかに『何なに?』と云いふことでした。愛あいちやんは自分じぶんの周圍しうゐにある草くさの花はなや葉はを殘のこらず見みましたが、此この場合ばあひ食たべたり飮のんだりして可いいやうな適當てきたうの物ものを見出みいだすことが出來できませんでした。所ところが不圖ふと傍わきを見みると自分じぶんの身長せいくらゐもある大おほきな菌きのこが出でて居ゐるのに氣きがつくや、早速さつそく其兩面そのりやうめんと後うしろとを見終みをはつたので、次つぎには其頂そのいたゞきに何なにがあるかを能よく檢査けんさする必要ひつえうが起おこつて來きました。

愛あいちやんは爪先つまさきで立上たちあがり、菌きのこの縁ふちを殘のこる隈くまなく見みて居ゐる中うち、端はしなくも其その眼めは直たゞちに大おほきな青あをい芋蟲いもむしの眼めと出合であひました。芋蟲いもむしは腕うでを組くんで其頂そのいたゞきに坐すわり、悠々いう〱と長ながい水煙草みづたばこの煙管きせるを喫ふかしてゐて、愛あいちやんや其他そのたの物ものにも一切いつさい眼めをくれませんでした。

第五章 芋蟲いもむしの訓誨くんくわい

芋蟲いもむしと愛あいちやんとは互たがひに暫しばらく默だまつて睨にらめツ競こをして居ゐましたが、終つひに芋蟲いもむしが其口そのくちから煙管きせるを離はなして、舌したッたるいやうな眠ねむさうな聲こゑで、

『誰だれだい?』と言葉ことばをかけました。

こんな事ことではなか〱談話はなしの口切くちきりにはなりませんでしたが、それでも愛あいちやんは些やや羞はにかみながら、『私わたし――さうね、今いま――それは今朝けさ起おきた時ときから私わたしが誰だれだか位ぐらゐは知しつゝてよ、けれども是迄これまでに何遍なんぺんルビの「なんぺん」はママも變かはつてるからね』

『何なんだつッて?』芋蟲いもむしは嚴いかめしさうに云いつて、

『お前まへ何者なにものだ!』

『何なんだか解わからないの、自分じぶんで自分じぶんが』と云いつて愛あいちやんは、『でも、自分じぶんが自分じぶんでないんだもの、ね』

『解わからないなァ』と芋蟲いもむしが云いひました。

〔図〕fig49853_06.png
芋蟲の図

『けど、もつと分明はつきり云いへと云いつたつてそれは無理むりよ』愛あいちやんは極きはめて愼つゝましやかに答こたへて、『でも、私わたしは初はじめッから自分じぶんで自分じぶんが解わからないんですもの、幾度いくども大おほきくなつたり小ちひさくなつたりしたんで、何なにが何なんだか滅茶苦茶めちやくちやになつて了しまつてよ』

『そんな筈はづはない』と芋蟲いもむしが云いひました。

『では、未まだお前まへはそれを知しらないんだわ』と云いつて愛あいちやんは、『でも、お前まへが蛹さなぎに化なつてから――何時いつかしら屹度きつと解わかるわ――それから更また蝶てふになる時ときに、お前まへはそれを幾いくらか變へんだと思おもふに違ちがひないわ?』

『些ちつとも、何なんとも思おもやしない』と芋蟲いもむしが云いひました。

『まァ、お前まへの感覺かんかくは何どうかしてるんだわ』と云いつて愛あいちやんは、『私わたしには何どうしても變へんに思おもはれてよ』

『お前まへに!』と芋蟲いもむしは輕蔑けいべつして、『一體たいお前まへは誰だれだい?』

爰こゝで復また話談はなしが後戻あともどりをしました。愛あいちやんは芋蟲いもむしがこんな詰つまらぬ念ねんを押おすので少すこし焦心じれッたくなつて、やゝ後退あとじさりして極きはめて眞面目まじめに構かまへて、『お前まへこそ誰だれだ、一體たい前さきに話はなすのが當然あたりまへぢやなくッて』

『何なにッ?』と芋蟲いもむし。

乃そこで種々いろ〱押問答おしもんだふしましたが、愛あいちやんの方はうでも別段べつだん巧うまい理屈りくつも出でず、殊ことに芋蟲いもむしが非常ひじように不興ふきようげに見みえたので、愛あいちやんは早速さつそく戻もどりかけました。

『お還かへりよ!』と芋蟲いもむしが後あとから呼よびかけて、『大事だいじな事ことを云いひ殘のこしたからサ!』

これは確たしかに有望いうばうだと思おもつて、愛あいちやんは振向ふりむきさま再ふたゝび歸かへつて來きました。

『さう怒おこるものぢやない』と芋蟲いもむしが云いひました。

『其それッ限きり?』と愛あいちやんはグツト怒いかりを嚥のみ込こんで云いひました。

『否いゝえ』と芋蟲いもむし。

愛あいちやんは他ほかに別段べつだん用事ようじもなかつたので、大方おほかた終しまひには何なにか良いい事ことを話はなして呉くれるだらうと思おもつて悠然ゆつくり待まつてゐました。暫しばらくの間あひだ芋蟲いもむしは話はなしもしないで莨たばこの煙けむを吹ふいて居ゐましたが、終つひには腕組うでぐみを止やめて再ふたゝび其口そのくちから煙管きせるを離はなし、

『それでもお前まへは變かはつたと思おもへるか、え?』

『さうらしいのよ』と云いつて愛あいちやんは、『でも、習慣しふくわんになつて了しまつて憶おぼえて居をられないわ――だッて、十分ぷん間かんを全まつたく同おなじ大おほきさで居ゐられないのですもの』

『憶おぼえて居ゐないッて、何なにを?』と芋蟲いもむしが云いひました。

『私わたし、「小ちひさな蜜蜂みつばち」の唱歌しようルビの「しよう」はママを云いつて見みたの、けど、皆みんな違ちがつて居ゐたのよ!』と愛あいちやんは大層たいさう悲かなしげな聲こゑで答こたへました。

「『裏うらの老爺ぢいさん」を復誦ふくせうして御覽ごらん』と芋蟲いもむしが云いひました。

愛あいちやんは兩手りやうてを擴ひろげて、歌うたひ初はじめました。――

若わかい男をとこの云いふことにや、

『裏うらの老爺ぢいさん、白髮しらがになつた、

それでも、頭あたまで立たつては居ゐるが――

幾歳いくつになつたか憶おぼえてゐるか?』

裏うらの老爺ぢいさんの云いふことにや、

『若わかい時分じぶんにや一生懸命いつしやうけんめい、

腦味噌のうみそ痛いためぬ算段さんだんばかり、

斯かうした平氣へいきも、それがため』

若わかい男をとこの云いふことにや、

『老爺ぢいさん、此頃このごろ莫迦ばかげて肥こえた、

それでも、妄やたらに、戸板といたの上うへで、

筋斗返とんぼがへりするとは何どうした譯わけだ?』

白髮頭しらがあたまを振ふり立たてゝ、

裏うらの老爺ぢいさんの云いふことにや、

『手足てあしへ貼はッ置といた膏藥こうやくの所爲せゐで――

一錢せんで一ひト箱はこ――二箱ふたはこ賣うろか?』

若わかい男をとこの云いふことにや、

『蝋らふより軟やらかい頥をとがひしてゝ

骨ほねから嘴くちから、すッかり揃そろた――

そんな鵞鳥がてうが何どうして造つくつた?』

裏うらの老爺ぢいさんの云いふことにや

『これでも、若わかい時ときや、芝しばッ原ぱらへ出でかけ、

偶たまには、嚊かゝァと角力すまふをとつた、

腕うでの力ちからの今いま猶なほあれば』

若わかい男をとこの云いふことにや、

『年齡としの加减かげんで眼めは霞かすんでも、

鼻はなッ粱ぱしら「粱」はママで鰻うなぎの藝當げいたう――

感心かんしんする程ほど、上手じやうずな技倆てなみ』

裏うらの老爺ぢいさんの云いふことにや、

『これで、三みツつの問答もんだうが終をへた、

文句もんく云いはずに、さッさと歸かへれ、

歸かへらにや、蹴けるぞよ、梯子段はしごだんの下したへ!』

『それは間違まちがつてる』と芋蟲いもむしが云いひました。

『間違まちがつてるかも知しれないわ』と愛あいちやんは恐おそる〱云いつて、『二言ふたことや三言みことは變かへたのよ』

『始はじめから終しまひまで間違まちがつてる』と斷乎きつぱり芋蟲いもむしが云いひました。それから双方さうはうとも口くちを噤つぐんで了しまつたので、暫しばらくの間あひだ又また森しんとしました。

やがて芋蟲いもむしから、

『どの位ぐらゐ大おほきくなりたいのか?』と訊ききました。

『特別とくべつ然さう大おほきくなりたかないの』と答こたへて愛あいちやんは忙いそがしさうに、『他ほかの人ひともこんなに度々たび〲變かはるかしら、え』

『知しらないねえ』と芋蟲いもむし。

愛あいちやんは何なんとも云いひませんでした、生うまれてから今いままでに斯麽こんな無愛想ぶあいさうな事ことを云いはれたことがなかつたので、愛あいちやんは甚はなはだ面白おもしろからず思おもひました。

『お前まへそれで滿足まんぞくかい?』と芋蟲いもむし。

『然さうねえ、も少すこし大おほきくなりたいの、知しらず識しらずの中うちに』と云いつて愛あいちやんは、『三寸ずんばかりぢや見窄みすぼらしくッて不可いけないわ』

『それで結構けつこうさ!』と芋蟲いもむしは氣短きみじかに云いつて、ツイと伸のし上あがると(それが丁度ちやうど三寸ずんの高たかさでした)。

『其位そのくらゐぢや滿足まんぞくは出來できないわ』と痛いたましげな聲こゑで憐あはれな愛あいちやんが呟つぶやいて、さて思おもふやう、『何どうかして芋蟲いもむしを怒おこりッぽくしない工夫くふうはないものかしら』

『今いまに習慣しうくわんで何なんともないやうになつて了しまう』と云いつて芋蟲いもむしは、口くちに煙管きせるを啣くわへて再ふたゝび喫のみ初はじめました。

今度こんども愛あいちやんは、芋蟲いもむしが復また話はなし出だすまで辛抱しんばうして待まつて居ゐました。良久しばらくして芋蟲いもむしは口くちから煙管きせるを離はなし、二つ三つ欠あくびをして身振みぶるひしたかと思おもふと、軈やがて菌きのこの下したを草くさの中なかへ這ひ込こみました、只たゞ斯かう云いひ殘のこして、『一方ぱうへばかり、もッと高たかく、それから一方ぱうは、ずッと短みじかくしてやらう』

『一方ぱうッて何なんの?モ一方ぱうッて何方どつち?』と愛あいちやんは考かんがへました。

『菌きのこのさ』と芋蟲いもむしは、恰あだかも愛あいちやんに問とはれたかの如ごとく聲高こわだかに云いつて、直ぢきに見みえなくなりました。

愛あいちやんは暫しばらく立停たちどまり、其兩面そのりやうめんを知しらうとして一心しんに菌きのこを眺ながめて考かんがへ込こみました、それが全まつたく眞圓まんまるだつたので、これは甚はなはだ厄介やくかいな難問題なんもんだいだと思おもひました。が、やがて愛あいちやんは、伸のびるだけ遠とほくへ兩腕りやううでを伸のばして、其端そのはしを一ト片かけ叩たゝき落おとしました。

『さァ、何方どつちが何方どつち?』と呟つぶやいて、功能こうのうを試ためすために右手めてに持もつた一ト片かけを少すこし舐なめました、すると愛あいちやんは忽たちまち、其顎そのあごの下したを強したゝか打うたれたのに氣きがついて、不圖ふと見みると、顎あごと足あしと鉢合はちあはせをしてゐました。

愛あいちやんは此この急激きふげきな變化へんくわに一方ひとかたならず驚おどろかされました、逡巡ぐづ〲してる場合ばあひではないと知しつて、直たゞちに他たの手てに持もつた一ひト片かけを食くはうとしましたが、顎が足あしに緊乎しツかりと接合くツついて了しまつてるので、殆ほとんど口くちを開あくことも出來できませんでした、辛やつとのことで左手ゆんでの一ひト片かけを少すこしばかり嚥のみ込こみました。

*      *      *      *

*      *      *      *

『オヤ、私わたしの頭あたまは何處どこかへ行いつて了しまつたわ』愛あいちやんは雀躍こおどりして喜よろこんだ甲斐かひもなく、其その喜よろこびは忽たちまち驚おどろきと變へんじました、愛あいちやんは自分じぶんの肩かたが何處どこにも見みえなくなつたのに氣きがついて、方々はう〲探さがし廻まはり、下したを見みると驚おどろく程ほど首くびが長ながくなつて居ゐて、宛まるでそれは、遙はるか眼下がんかに横よこたはれる深緑しんりよくの木この葉はの海うみから抽ぬき出でて居ゐる莖くきのやうに見みえました。

『あの緑みどりの織物おりものは皆みんな何なんでせう?』と云いつて愛あいちやんは、『何處どこへ私わたしの肩かたは行いつて了しまつたのかしら?オヤ、可哀相かあいさうに、何どうしたんでせう、私わたしの手ても見みえないわ?』愛あいちやんは斯かう云いひながらそれを振ふつて見みましたが、別べつに變かはつた事こともなく、只たゞ遠方ゑんぱうの緑みどりの葉はの中なかで、それが僅わづかばかり動うごいてゐました。

頭あたまへ其手そのてを上のせることは迚とても出來できさうもないので、愛あいちやんは頭あたまを下さげて手てに達とゞかせやうとして、今度こんどは自分じぶんの首くびが蛇へびのやうに容易よういに遠とほくの方はうへ曲まがり廻まはるのを見みて大變たいへん喜よろこびました。愛あいちやんは軟やはらかい梢こずゑを押おし分わけて、其首そのくびを突つッ込こみ、半圓はんゑんを描えがきながら巧たくみに青葉あをばの中なかに濳もぐらうとしました、愛あいちやんは此時このときまで、木この葉はは只たゞ樹きの頂上てうじやうにのみあるものだと思おもつてゐました、木きの下したに徉徜さまよ「徉徜」はママつてると何處どこともなく叱しッと云いふ聲こゑがしたので、思おもはず愛あいちやんは後退あとじさりしました、ト一羽はの大おほきな鳩はとが顏かほに飛とびついて、翼つばさを以もつて激はげしく愛あいちやんを搏うちました。

『蛇へびだ!』と鳩はとが叫さけびました。

『蛇へびぢやないわ!』と愛あいちやんは腹立はらだゝしげに云いつて、『大おほきなお世話せわよ!』

『ナニ蛇へびだ、蛇へびだ!』と繰返くりかへしましたが鳩はとは、以前まへよりも餘程よほど優やさしく、其上そのうへ可哀相かあいさうに歔欷すゝりなきまでして、『私わたしは種々いろ〱經驗ためしたが、蛇へびに似寄によつたものは他ほかに何なにもない!』

『お前まへの云いふことは少ちつとも解わからない』と愛あいちやんが云いひました。

『私わたしは所有あらゆる木きの根ねを驗しらべました、堤防どても試みました、それから垣かきも』と云いひ足たして、鳩はとは愛あいちやんには關かまはず、『けど蛇へびは!誰だれでも嫌きらひだ!』

愛あいちやんは益々ます〱何なんの事ことだか譯わけが解わからなくなりましたが、鳩はとの言葉ことばの終をはるまで何なんにも云いふまいと控ひかへてゐました。

『縱令よし、それが全まつたく卵たまごを孵かへす邪魔じやまをしないにせよ』と云いつて鳩はとは、『それにしても、私わたしは晝夜ちうや蛇へびを見張みはらなければならない!さう云いへば、私わたしはこの三週間しうかん些ちツとも羊ひつじの影かげも見みないが!』

『まァ、氣きの毒どくだわねえ』愛あいちやんは徐々そろ〱その意味いみが解わかつて來きました。

『何時いつでも森もりの中なかの一番ばん高たかい木きに登のぼつて』と云いつて鳩はとは、金切聲かなきりごゑを張上はりあげて、『これなら大丈夫だいじやうぶだと思おもつてると屹度きつと、彼奴あいつが宙ちうからぶらりと下さがつて來くる!ソラ、蛇へびだ!』

『でも、私わたしは蛇へびぢやなくッてよ、さうよ!』と云いつて愛あいちやんは、『私わたしはね――私わたしはね――』

『え、お前まへは何なに?』と鳩はとが云いつて、『何なにか發明はつめいでもする人ひとかね!』

『私わたし――私わたしは小ちひさな娘むすめよ』と云いつて愛あいちやんは、一日にちの中うちに何遍なんべんも變化へんくわしたことを思おもひ出だして、些やや顧慮うしろめたいやうな氣きがしました。

『さうか、眞箇ほんとうに!』と鳩はとは甚ひどく輕蔑けいべつした口調くてうで、『これまでに澤山たくさん小ちひさな女をんなの子こを見みたが、人間にんげんはそんな首くびをしちや居ゐない!いや〱!お前まへは蛇へびだ、何なんと辯疏いひわけしても駄目だめだ。お前まへは未まだ卵たまごの味あぢを知しるまい!』

『知しつてるわよ、私わたし、卵たまごを食たべたわ、眞箇ほんとうよ』と極きはめて正直しやうぢきな愛あいちやんが云いひました、『小ちひさな女をんなの兒こだつて蛇へびのやうに矢張やツぱり卵たまごを食たべるわ、けど』

『何どうだか』と云いつて鳩はとは、『若もし然さうなら、彼等かれらも蛇へびの一種しゆだ、さうだらう』

愛あいちやんは呆氣あつけにとられて暫しばらく凝ぢツと默だまつて居ゐました、そこで鳩はとが又また、『お前まへは卵たまごを狙ねらつてるナ、的然ちやんと知しつてるから。お前まへが小ちひさな女をんなの兒こであらうと、假令よし又また蛇へびであらうと、それは一向かう差支さしつかへないやうなものだが!と云いひ續つゞけました。

『大變たいへん差支さしつかへるわ』と愛あいちやんは急いそいで云いつて、『卵たまごなど狙ねらつちや居ゐなくつてよ、そんな、そんな卵たまごなんて欲ほしかないわ。生なまなもの厭いやなこッた』

『巧うまい事こと云いつてら!』と云いひ捨すてゝ鳩はとは再ふたゝび巣すに落着おちつきました、愛あいちやんは首くびが枝えだから枝えだに絡からみさうなので、出來できるだけ森もりの中なかに屈かゞんでゐましたが、歩あるく時ときには屡々しば〱足あしを停とめて、それを彼方あちら此方こちらへ曲まげなければなりませんでした。軈やがて愛あいちやんは猶なほ其兩手そのりやうてに菌きのこの缺片かけを持もつてゐたのに氣きがついて、怕おそる〱再ふたゝびそれを食たべ初はじめました、初じルビの「じ」はママめは一方ぱうを、それから他ほかの方はうを交かはる〲舐なめて、普通ふつうの身長せいになるまでには幾度いくたび大おほきくなつたり小ちひさくなつたりしたか知しれませんでした。

長ながい間あひだかゝつて辛やつと元もとの大おほきさになるや、愛あいちやんは常つねの如ごとく獨語ひとりごとを云いひ初はじめました、『まァこれで安心あんしんした、餘あまり變かはるので何なにが何なんだか譯わけが解わからなくなつて了しまつたわ!一分間ぷんかんと同おなじで居ゐないのですもの!けど、最もう今いまは元もとの大おほきさよ、これから彼あの美うつくしい花園はなぞのに這入はいりさへすれば可いいんだ――何どうしたら入はいれるかしら?』其時そのとき愛あいちやんは突然とつぜん打開うちひらいたる廣場ひろばに出でました、其所そこには漸やうやく四寸位すんぐらゐの高たかさの小家こいへがありました、『誰だれが住すんでも關かまはないのだらう』と愛あいちやんは思おもひました、『此位このくらゐの身長せいでは駄目だめよ、さうだ、一ひとつ彼等かれらを驚おどろかしてやらう!』と云いつて愛あいちやんは、再ふたゝび右手みぎての一ひト片かけを舐なめ初はじめました、それから九寸位すんぐらゐの高たかさになるまでは、何どうしても其家そのいへの側そばへ近寄ちかよりませんでした。

第六章 豚ぶたに胡椒こせう

暫時しばらくの間あひだ愛あいちやんは立たつて其家そのいへを眺ながめながら、さてこれから何どうしたものだらうと思案しあん最中さいちゆう、突然とつぜん一人ひとりの歩兵ほへいが制服せいふくを着つけて森もりの中なかから驅かけ出だして來きました――(制服せいふくを着つけて居ゐたので一見けん歩兵ほへいと云いふことが解わかりましたが、さもなければ、只たゞ其顏そのかほだけで判斷はんだんしたなら、或あるひは愛あいちやんは其その者ものを魚うをと稱よんだかも知しれませんでした)――拳こぶしで荒々あら〱しく戸とを敲たゝくと、戸とは中なかから制服せいふくを着つけた、圓顏まるがほで蛙かはづのやうに大おほきい眼めをしたモ一人ひとりの歩兵ほへいの手てで開ひらかれました。歩兵ほへいは二人共ふたりとも、其その縮ちゞれた髮かみの毛けに殘のこらず火藥くわやくを仕込しこんで居ゐるやうに愛あいちやんは思おもひました。愛あいちやんは何なにも彼かも不思議ふしぎで堪たまらず、森もりの外そとに這はひ出だして、聞きこゆる事こともやと耳みゝを欹そばだてました。

魚うをの顏かほした歩兵ほへいは其腋そのわきの下したから殆ほとんど自分じぶんの身長せい位ぐらゐもありさうな大おほきな手紙てがみを取とり出だして、此これをモ一人ひとりの歩兵ほへいに手渡てわたしながら嚴おごそかな口調くてうで、※「※」は底本では「』」の転倒公爵夫人こうしやくふじんの許もとへ毬投まりなげのお催もよほしあるに就つき、女王樣じよわうさまよりの御招待状ごせうたいじやう』。すると今度こんどは蛙かはづの歩兵ほへいが、同おなじ嚴おごそかな口調くてうで繰返くりかへしました、只たゞ僅わづか言葉ことばの順じゆんを變かへて、『女王樣ぢよわうさまより。球投まりなげのお催もよほしあるにつき公爵夫人こうしやくふじんへの御招待状ごせうたいじやう』

云いつて二人ふたりが互たがひに丁寧ていねいにお辭儀じぎをし合あつた時ときに、双方さうはうの縮髮ちゞれけが一緒しよに絡からみつきました。

愛あいちやんはこれを見みて哄笑おほわらひしました、しかし其聲そのこゑを聞ききつけられては大變たいへんだと思おもつて急いそいで復また森もりの中なかへ駈かけ戻もどりました。良久しばらくして覘のぞいて見みると魚うをの歩兵ほへいの姿すがたはなくて、モ一人ひとりの方はうが戸との側そばに地面ぢべたの上うへに坐すわつて、茫然ぼんやり空そらを凝視みつめてゐました。

愛あいちやんは恐おそる〱傍そばまで行いつて戸とを敲たゝきました。

〔図〕fig49853_07.png
蛙の歩兵と魚の歩兵の図

『そんな箇所ところを敲たゝく必要ひつえうはない』と云いつて歩兵ほへいは、『私わたしがお前まへと同おなじ戸との傍そばに居ゐるではないか、それに中なかで彼麽あんな噪さわぎをして居ゐるのに、何なにが聞きこえるものか』確たしかに中なかでは恐おそろしい大噪おほさわぎをして居ゐました――絶たえず吼ほえたり、嚏くさめをしたり、それから時々とき〲悽すさまじい音おとがしたり、宛まるで皿さらや鍋なべが粉々なこ〲ルビの「なこ〲」はママに打碎うちくだかれるやうに。

『萬望どうぞ、そんなら』と云いつて愛あいちやんは、『何どうすれば中なかへ這入はいれるの?』

『敲たゝく以上いじやうは何なにか意味いみが無なくてはならない』と云いつて歩兵ほへいは、愛あいちやんに關かまはず續つゞけました、『若もし吾々われ〱二人ふたりの間あひだに戸とがあつたとしたら。譬たとへばお前まへが中なかに居ゐて敲たゝいたとする、さうすれば私わたしはお前まへを外そとへ出だしてやると云いふものだらう、ね』斯かう話はなしてる間まも彼かれは絶たえず空そらを仰視みあげて居ゐるので、愛あいちやんは眞個ほんとうに無作法ぶさはふな者ものもあればあるものだと思おもひました。『けど屹度きつと然さうしないやうには出來できないんだわ』と愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて、『だッて彼あの眼めが彼麽あんなに頭あたまの天邊てツぺんについてるんですもの。でも、兎とに角かく私わたしの質問しつもんには答こたへて呉くれてよ。――何どうしたら中なかへ這入はいれて?』と再ふたゝび聲高こわだかに云いひました。

『私わたしは只たゞ此處こゝに坐すわつて居ゐれば可いいンだ、明日あしたまで――』と歩兵ほへいが云いひました。

此時このとき家いへの戸とが開あいて、大おほきな皿さらが歩兵ほへいの頭あたまの上うへを眞直まつすぐに、それから鼻はなの尖さきを掠かすつて、背後うしろにあつた一本ぽんの木きに當あたつて粉々こな〲に破こわれました。

『其又そのまた明日あしたも、大抵たいてい』と歩兵ほへいが同おなじ調子てうしで續つゞけました、恰あだかも全まつたく今いま何事なにごともなかつたかの如ごとくに。

『何どうしたら中なかへ這入はいれて?』と以前まへよりも一層そう大おほきな聲こゑで再ふたゝび愛あいちやんが訊たづねました。

『お前まへ、何どうしても這入はいりたいのか?』と云いつて歩兵ほへいは、『それが第だい一の難題なんだいサ』

それは全まつたく其それに違ちがひなかつたが、只たゞ愛あいちやんは然さう云いはれたのが口惜くやしくて堪たまらず、『まァ、怖おそろしいこと、澤山たくさん動物どうぶつが喧嘩けんくわしてるンですもの。其麽そんな所ところへ行ゆく者ものは狂人きちがひだわ!』と呟つぶやきました。

歩兵ほへいは得えたり賢かしこしと、『私わたしは何時迄いつまでも何時迄いつまでも、毎日々々まいにちまいにち此處こゝに坐すわつて居ゐれば可いいンだ』と繰返くりかへしました。

『そんなら、私わたしは何どうするの?』と愛あいちやんが云いひました。

『どうともお前まへの勝手かつてサ』云いつて歩兵ほへいは口笛くちぶえを吹ふき初はじめました。

『それぢや、話はなしにならないわ』と愛あいちやんは自棄やけになつて、『何なんて、愚物ばかなんだらう!』と云いひながら、戸とを開あけた中なかへ這入はいりました。

這入はいると眞直まつすぐに大おほきな厨房だいどころへ行ゆきました。厨房だいどころは隅すみから隅すみまで烟けむりで一ぱいでした、公爵夫人こうしやくふじんは中央まんなかの三脚几きやくきに凭よつて坊ぼッちやんに乳ちゝを飮のまして居ゐました、それから料理人クツクは圍爐裡ゐろりの彼方むかふで、肉汁スープでも一ぱい入はいつてゐさうな大鍋おほなべを掻かき廻まはして居ゐました。

『まァ、澤山たくさん胡椒こせうが入はいつてること、肉汁スープの中なかに!』愛あいちやんは斯かう云いひながら大變たいへん嚏くさめをしました。

四邊あたりは其香そのにほひで大變たいへんでした。公爵夫人こうしやくふじんでさへも、坊ぼッちやんと殆ほとんど交かはる〲嚏くさめをして、噎むせる苦くるしさに互たがひに頻切しツきりなしに泣ないたり喚わめいたりして居ゐました。厨房だいどころに居ゐるもので嚏くさめをしないのは只たゞ料理人クツクと、それから竈へツつひの上うへに坐すわつて、耳みゝから耳みゝまで剖さけた大おほきな口くちを開あいて、齒はを露出むきだして居ゐた一疋ぴきの大猫おほねこばかりでした。

『後生ごしやうですから話はなして下ください』と些やや改あらたまつて愛あいちやんが云いひました、然さうした素振そぶりで話はなしかけても可いいか何どうか全まつたく解わからなかつたので、『何故なぜその猫ねこは其麽そんなに齒はを露出むきだしてゐるのですか?』

『それは朝鮮猫てうせんねこです』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『コレ、豚ぶた!』

夫人ふじんが急きふに大聲おほごゑで斯かう云いつたので、愛あいちやんは喫驚びツくりして跳とび上あがりました。

が直ぢきにそれは坊ぼツちやんに云いつたので、自分じぶんに云いはれたのではないと知しつて、元氣げんきづき又また云いひ出だしました、

『私わたしは今迄いまゝで、朝鮮猫てうせんねこが始終しじゆう齒はを露出むきだして居ゐるなんて事ことを些ちつとも知しりませんでした、眞個ほんとに知しらずに居ゐましたわ、猫ねこが齒はを露出むきだすなんて事ことを』

『どの猫ねこでも皆みんな然さうです』と公爵夫人こうしやくふじんは云いつて又また、『大抵たいていのが爲します』

『私わたしは些ちつとも知しりませんでした』と丁寧ていねいに云いつて、愛あいちやんは談話はなしの乘勢はずんで來きたのを大層たいそう喜よろこびました。

『お前まへは薩張さつぱり未まだ何なにも知しらないね』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それは眞個ほんとうの、事ことなんです』

愛あいちやんは念ねんを押おすやうに云いはれたのを面白おもしろからず思おもつて、何なにか他ほかの話題はなしを始はじめやうとして、彼あれか此これかと考かんがへて居ゐました。愛あいちやんが此この事ことを一ひとつ話はなさうと定きめる中うちに、料理人クツクは圍爐裏ゐろりから肉汁スープの鍋なべを取とり外はづして、手當てあたり次第しだいに何なにも彼かも投なげ始はじめました、公爵夫人こうしやくふじんに達とゞく程ほどでしたから無論むろん坊ぼツちやんにも當あたりました。火箸ひばしが眞まッ先さきに飛とんで來きて、それから續つゞいて肉汁スープ鍋なべや、皿さらや小鉢こばちの雨あめが降ふつて來きました。公爵夫人こうしやくふじんは、其等それらが我わが身みを打うつをも平氣へいきで居をりました。坊ぼッちやんは最早もうオイ〱泣ないてばかりゐて、何なんにも云いはないので、怪我けがをしたのかしないのか一向かう譯わけが解わかりませんでした。

『オヤ、何どうしてたの、氣きをおつけなね!』と叫さけびながら愛あいちやんは怖おそれ戰慄をのゝいて跳はね廻まはりました。『オヤ、其處そこに彼かれの大事だいじな鼻はなが歩あるいて行いつてよ』通常なみ〱ならぬ大おほきな肉汁スープ鍋なべが其その側そばに飛とんで來きて、正まさにそれを取とつて去いつて了しまつたのです。

『若もし、人ひと各々おの〱その仕事しごとに專念せんねんなる時ときは』と公爵夫人こうしやくふじんは咳嗄しわがれた銅鑼聲どらごゑで云いつて、『世界せかいは常つねよりも迅すみやかに回轉くわいてんします』

『何方どつちにしても利益とくはないでせう』と愛あいちやんが云いひました、自分じぶんの知慧嚢ちゑぶくろの幾分いくぶんを示しめす機會きくわいに到いたつたのを大變たいへん喜よろこばしく思おもつて、『まァ、考かんがへても御覽ごらんなさい、夜晝よるひる爲するなんて何どんな仕事しごとでせう!貴方あなたは地球ちきうが其地軸そのちゞくを回轉くわいてんするに二十四時間じかんを要えうする――』

『ナニ、挫くじくと云いふのか』公爵夫人こうしやくふじんは愛あいちんや「愛あいちんや」はママが、地軸ちゞくと云いつたのを挫くじくと聞きき違ちがへて、『娘むすめの頭あたまを捩斷ちぎつて了しまへ』と云いひました。

愛あいちやんは、若もしや料理人クツクがそれを覺さとりはしないかと、稍々やゝ氣遣きづかはしげにその方はうを眺ながめました、が、料理人クツクは忙いそがはしげに肉汁スープを掻かき廻まはして居ゐて、それを聞きいて居ゐないやうに見みえたので、愛あいちやんは再ふたゝび思おもひ切きつて云いひ續つゞけました、『二十四時間じかんだつたわ、確たしか、ハテ、それとも、十二時間じかんだつたかしら?私わたしは――』

『五月蠅うるさいね』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『そんな事ことに關かまつては居ゐられない!』乃そこで夫人ふじんは再ふたゝび其子供そのこどもに乳ちゝを飮のませ始はじめました、一種しゆの子守歌こもりうたを唱うたひながら、一ト節ふし終をへるとは「終をへるとは」はママ其子そのこを搖ゆすり上あげて、

『子供こどもの時分じぶんにや嚴きびしく仕込しこめ、

嚏くさめをしたらば背中せなかを敲たゝけ、

憂うき目めを見みるのも心こゝろがら、

苦くるしい事ことには耐たへ忍しのべ』

合唱がつしよう

(其所そこで料理人クツクと赤子あかごが一緒しよに)、――

『良いい子こだ!良いい子こだ!良いい子こだよ!』

公爵夫人こうしやくふじんは其その第だい二節せつを唱うたふ間まも、絶たえず赤子あかごを甚ひどく搖ゆすり上あげたり搖ゆすり下おろしたりしたものですから、可哀相かあいさうに小ちひさなのが泣なき叫さけぶので、愛あいちやんは殆ほとんど其その一語々々いちご〱を聽きき取とることが出來できませんでした、――

『それ故ゆゑ、嚴きびしく云いふたぢやないか、

嚏くさめすれや背中せなかを打うちますよ、

何どうして其麽そんなに好すきなんだらう、

いつでも〱胡椒こせうばかり!』

合唱がつしよう

『良いい子こだ!良いい子こだ!良いい子こだよ!』

『さァ!お前まへ少すこしあやして御覽ごらん、好すきなら!』公爵夫人こうしやくふじんは赤子あかごを投なげ出だしながら愛あいちやんに、『私わたしはこれから行いつて、女王樣ぢよわうさまと毬投まりなげをする仕度したくをしなければなりません』云いつて急いそいで、部屋へやの外そとへ出でて行ゆきました。料理人クツクは夫人ふじんが出でて行いつた時ときに、其後そのあとから鍋なべを投なげつけました、それでも好いい鹽梅あんばいに當あたりませんでした。

愛あいちやんは不器用ぶきような手てつきで赤子あかごを取とりました、それは妙めうな格好かくかうをした小ちひさな動物どうぶつで、其それが付ついてるまゝに其腕そのうでや脚あしを皆みんな外そとへ出だすと、『恰度ちやうど海盤車ひとでのやうだ』と愛あいちやんは思おもひました。此この哀あはれな小ちひさな物ものは、愛あいちやんが捕つかまへた時ときに蒸氣じやうき機關きくわんのやうな恐おそろしい鼻息はないきをしました、それからわれと我わが體からだを二つに折をり重かさねたり、又また眞直まつすぐに伸のばしたりなどしたものですから、最初さいしよ辛やつと一二分ふん間かんそれを抱だいて居ゐたのも、却々なか〱容易よういなことではありませんでした。

好いい工合ぐあひにそれを抱だく方法はうはふを考かんがへつくや否いなや、(それを瘤こぶのやうに丸まるめて了しまつて、それから其それが解とけないやうに、其その右みぎの耳みゝと左足ひだりあしとを緊乎しツかりと持もつて)愛あいちやんはそれを廣場ひろばへ持もつて行ゆきました。『若もし私わたしが此子このこを一緒しよに伴つれて行ゆかなかつたならば』と思おもふや愛あいちやんは、『皆みんなが一日にち二日かで其それを殺ころして了しまふに違ちがひない、それとも打棄うツちやり放ぱなしにして置おいても大丈夫だいじやうぶかしら?』愛あいちやんが尻上しりあがりに斯かう云いひますと、其その小ちひさな物ものが唸うなり出だしました(今度こんどは嚏くさめをせずに)。『唸うなつちや可厭いやよ、唸うなつて居ゐたつて何なんだか解わかりやしなくッてよ』と愛あいちやんが云いひました。

赤子あかごが復また唸うなつたので、何どうかしたのではないかと、愛あいちやんは氣遣きづかはしげに其顏そのかほを覘のぞき込こみました。紛まがふ方かたなく其處そこには、普通あたりまへの鼻はなよりも獅子しゝッ鼻ぱなに酷似そつくりの、甚ひどくそッくり反かへつた鼻はながありました、又また其眼そのめも赤子あかごにしては非常ひじように小ちひさすぎました、全まつたく愛あいちやんは、其その容貌かほつきを見みるのも可厭いやになつて了しまひました。『でも、屹度きつと歔欷すゝりなきしてるのだ』と思おもつたもんですから、若もしや涙なみだが出でては居ゐないかと、再ふたゝび其兩眼そのりやうがんを見みました。

ところが、一滴てきの涙なみだもありませんでした。『若もしもお前まへが豚ぶたになつて了しまうならば、ねえ』と愛あいちやんは眞面目まじめに云いつて、『さうすれば世話せわがなくて可いいけれど、ねえ!』憐あはれな小ちひさな物ものが再ふたゝび歔欷すゝりなきしました(否いや、唸うなりましたが、何なんと云いつたのだか解わかりませんでした)、乃そこで兩方りやうはうとも暫しばらくの間あひだ默だまつてゐました。

愛あいちやんは熟じツと考かんがへ初はじめました、『さて、私わたしがそれを家うちへ伴つれて行いつて何どうしやう?』やがて又また甚ひどく唸うなつたので、愛あいちやんは驚おどろいて其顏そのかほに見入みいりました。今度こんどこそは何なんと云いつても、寸分すんぶん豚ぶたに相違さうゐありませんでしたから、愛あいちやんも最もう其それを伴つれて行ゆくのは全まつたく莫迦氣ばかげたことだと思おもひました。

乃そこで、愛あいちやんは其その小ちひさな動物どうぶつを下したへ置おき、屹度きつとそれが徐しづかに森もりの中なかへ逃にげ込こむだらうと思おもつて見みてゐました。『若もしそれが大おほきくなつたら』と獨語ひとりごとを云いつて、『隨分ずゐぶん醜みにくい子供こどもになるでせう、けど、何方どつちかと云いへば大人おとなしい豚ぶたよ』云いつて愛あいちやんは、豚ぶたにでもなりさうな、自分じぶんの知しれる限かぎりの他たの子供等こどもらの身みの上うへをよく〱考かんがへながら、『若もし誰だれかゞ、巧うまく彼等かれらを變かへる方法はうはふを知しつて居ゐたならば――』と我われとわれに云いつて、恰あだかも其時そのとき朝鮮猫てうせんねこが、二三尺じやく距へだたつた樹きの枝えだの上うへに坐すわつて居ゐるのを見みて、少すくなからず驚おどろかされました。

〔図〕fig49853_08.png猫ねこは愛あいちやんを見みて、唯たゞその齒並はなみを見みせたばかり

猫ねこは愛あいちやんを見みて、唯たゞその齒並はなみを見みせたばかり

猫ねこは愛あいちやんを見みて、唯たゞその齒並はなみを見みせたばかりでした。優おとなしさうだと愛あいちやんは思おもひました、矢張やつぱり其それが大層たいそう長ながい爪つめと澤山たくさんの齒はとを持もつてゐたので、鄭重ていちやうにしなければならないとも考かんがへました。

『猫兒プスや』猫ねこの氣きに入るか何どうかは解わかりませんでしたが、兎とに角かく愛あいちやんは些やや恐おそる〱斯かう呼よびかけました。けれども猫ねこは、只たゞ以前まへよりも稍々やゝ廣ひろく齒はを出だして見みせたばかりでした。『まァ、大層たいそう悦よろこんでること』愛あいちやんは然さう思おもつて猶なほも言いひ續つゞけました。『教をしへて頂戴てうだいな、ね、私わたしは此處こゝから何方どつちへ行いけば可いいの?』

『それは云いふまでもなく、お前まへの往ゆく所ところに依よるさ』と猫ねこが云いひました。

『所處どこへでも關かまやしないわ――』と愛あいちやんが云いひました。

『それなら、何方どつちの道みちへ行いつたつて關かまやしない』と猫ねこが云いひました。

『――私わたしが何處どこかへ出でられるまで』と愛あいちやんは説明せつめいのやうに附加つけくはへました。

『あァ、それでも可いいさ、只たゞ長ながく歩あるきたいのなら』と猫ねこが云いひました。

愛あいちやんもこれには何なんとも抗辯こうべんし兼かねて、今度こんどは他ほかの事ことを聞きき初はじめました。

『此邊このへんにはどんな種類しゆるゐの人間にんげんが住すんでるの?』

『其邊そのへんには』と云いひながら猫ねこは、其右そのみぎの前足まへあしを振ふつて弧こを描えがき、『帽子屋ぼうしやが住すんで居ゐる、それから其方そつちの方はうには』と他ほかの前足まへあしを振ふつて、『三月兎ぐわつうさぎが住すんでゐる。何方どつちでもお前まへの好すきな方はうを訪たづねて御覽ごらん、何方どつちも皆みんな狂人きちがひだから』

『でも、私わたし、狂人きちがひの中なかへなぞ行ゆきたかなくッてよ』と愛あいちやんが云いひました。

『ナニ、そんな事ことを云いつても駄目だめだ』と猫ねこが云いひました、『自分達じぶんたちだつて皆みんな斯かうして居ゐたつて狂人きちがひなんだ。私わたしも狂人きちがひ。お前まへも狂人きちがひ』

『何どうして私わたしが狂人きちがひだつてことが解わかつて?』

と愛あいちやんが云いひました。

『だつて、然さうぢやないか』と猫ねこが云いつて、『さもなければ、お前まへは此麽こんな所ところへ來こなくても可いいぢやないか』

愛あいちやんは全まつたく、何なんと答こたへのせんやうもありませんでしたが、それでも猶なほ、『それから、お前まへの狂人きちがひだと云いふことは何どうして解わかつて?』と云いひつぎました。

『さうねえ』と云いつて猫ねこは、『犬いぬは狂人きちがひでない。さう云いつたら嬉うれしいかい?』

『然さうよ』と愛あいちやんが云いひました。

『それならねえ』と猫ねこは續つゞけて云いつて、『お前まへは、犬いぬが怒おこる時ときには唸うなり、喜よろこぶ時ときには其尾そのをを振ふるのを見みたらう。ところが今いま、私わたしは喜よろこぶ時ときに唸うなり、怒おこる時ときに尾をを振ふる。だから私わたしは狂人きちがひさ』

『それは咽喉のどをゴロ〱させるんだわ、唸うなるんぢやなくつてよ』と愛あいちやんが云いひました。

『何なんとでも好すきなやうに云いふさ』と猫ねこは云いつて、『お前まへは今日けふ、女王樣ぢよわうさまと毬投まりなげをしないの?』

『私わたし、それが大好だいすき』と愛あいちやんが云いつて、『だけど、私わたしは未まだ招待せうたいされないのよ』

『又また其處そこで逢あはうね』と云いつて猫ねこは姿すがたを掻かき消けしました。

愛あいちやんは此これを左程さほどに驚おどろきませんでした、種々いろ〱の不思議ふしぎな出來事できごとには全然すつかり慣なれて了しまつて。それが居ゐた所ところを見みて居ゐますと、突然とつぜん復また其それが現あらはれました。

『時ときに、赤子あかごは何どうしたかしら?』と猫ねこが云いつて、『私わたしは聞きくのを殆ほとんど忘わすれて居ゐました』

『豚ぶたになつてよ』と愛あいちやんは徐しづかに云いひました、恰あだかも然さうなるのが當然あたりまへであるかのやうに。

『大方おほかた然さうだらうと思おもつた』と云いつて猫ねこは再ふたゝび消きえ失うせました。

愛あいちやんは、軈やがて又またそれが現あらはれるだらうと豫期よきして、暫しばらくの間あひだ待まつてゐました、が、それは到頭とうとう姿すがたを見みせませんでした、良久しばらくして愛あいちやんは、三月兎ぐわつうさぎが住すんでると云いはれた方はうへ歩あるいて行ゆきました。『私わたしは甞かつて帽子屋ばうしやを見みたことがある』と獨語ひとりごとを云いつて、『三月兎ぐわつうさぎとは大變たいへん面白おもしろいのね、大方おほかたこれが五月ぐわつなら狂人きちがひになつて暴あばれ廻まはるだらう――假令たとひ三月ぐわつ程ほどではなくとも』愛あいちやんは斯かう云いつて上うへを見みると、復また其猫そのねこが木きの枝えだの上うへに坐すわつてゐました。

『お前まへは豚ぶたと云いつたのか、それとも贅肉むだと云いつたのか?』と猫ねこが云いひました。

『豚ぶたッて云いつたのよ』と愛あいちやんは答こたへて、私わたしはお前まへが何時いつまでも然さうして出でて居ゐないで、急きふに失なくなつて呉くれゝば可いいと思おもつてるのよ、眞個ほんとうに眩暈めまひがするわ』

『可よし』と云いひながら、猫ねこは今度こんど徐々そろ〱消きえ失うせました、尾をの尖端とつぱなから引ひツ込こみ初はじめて、體からだが全然すつかり見みえなくなつて了しまつても、一番ばん終しまひに猶なほ暫しばらくの間あひだ、其その露出むきだした齒はばかりは殘のこつて居ゐました。

『でも!私わたしは度々たび〱齒はを出だして居ゐない猫ねこを見みてよ』と愛あいちやんは云いはうとしたものゝ、『齒はを露出むきだしてるものは猫ねこの他ほかに!私わたしが是迄これまでに見みたものゝ中うちで一番ばん奇妙きめうなのは』

愛あいちやんは幾いくらも歩あるかない中うちに、三月兎ぐわつうさぎの家いへの見みえる所ところへ來きました、それは耳みゝのやうな格好かくかうをした煙突えんとつもあれば、毛皮葺けがはぶきの屋根やねまである整然ちやんとした家うちに違ちがひありませんでした。それは莫迦ばかげて大おほきな造つくりでした、愛あいちやんは又また左手ひだりてに持もつて居ゐた菌きのこの一ト片かけを舐なめて、殆ほとんど二尺しやくの高たかさに達たつした迄までは、きまりが惡わるくてその側そばへ思おもひ切きつて近寄ちかよれませんでした、二尺しやくになつた時ときですらも愛あいちやんは、些やや臆おくしながら其方そのはうへ歩あるいて行ゆきました、『屹度きつとそれは何どうしても暴あばれる狂人きちがひに違ちがひない!私わたしはそれよりも寧むしろ帽子屋ばうしやを見みに行ゆきたいわ!』と云いひながら。

第七章 狂人きちがひの茶話會さわくわい

其家そのいへの前まへなる一本ぽんの木きの下したには洋卓テーブルが一脚きやく置おいてあつて、三月兎ぐわつうさぎと帽子屋ばうしやとが其處そこで茶ちやを飮のんで居ゐると、一疋ぴきの福鼠ふくねずみが其間そのあひだへ來きて坐すわつて居ゐましたが、軈やがて熟よく眠ねむつて了しまつたので、他ほかの者ものらは好いい幸さいはひに其それを坐布團ざぶとんにして其上そのうへに彼等かれらの肘ひぢを載のせ、其頭そのあたまを越こえて向むかひ合あはせになつて話はなしてゐました。『福鼠ふくねずみはさぞ心地こゝろもちが惡わるいだらう』と愛あいちやんは思おもひました、『只たゞ眠ねむつてるばかりで氣きが付つかないんだわ』

洋卓テーブルは大おほきなものでした、が、彼等かれらは三つとも皆みんな其その一ト隅すみに一緒しよに群集かたまつて居ゐました。『空あいてないよ!空あいてないよ!』と彼等かれらは愛あいちやんが來くるのを見みた時ときに叫さけびました、『澤山たくさん空あいてる!』と愛あいちやんは怒おこつて云いひながら、洋卓テーブルの片端かたはしにあつた大おほきな肘懸椅子ひぢかけいすに腰こしを卸おろしました。

『酒さけを持もつて來こい』と三月兎ぐわつうさぎが催促さいそくがましい口調くてうで云いひました。

愛あいちやんは洋卓テーブルの周圍しうゐを殘のこらず見廻みまはしましたが、其上そのうへには茶ちやの他ほかに何なにもありませんでした。『酒さけなンて無なくッてよ』と愛あいちやんが注意ちういしました。

『其處そこには無ないサ』と三月兎ぐわつうさぎが云いひました。

『それを持もつて來こいなンて不作法ぶさはふな』と愛あいちやんが腹立はらだゝしげに云いひました。

『招待せうだいされもしないで坐すわり込こむなンて不作法ぶさはふな』と三月兎ぐわつうさぎが口返答くちへんたふしました。

『お前まへの洋卓テーブルだとは知しらなかつたのよ』と愛あいちやんは云いつて、『それは三人にんばかりでなく、もつと多勢おほぜいのために置おかれてあるんだわ』

『お前まへの髮かみは刈からなくッては』帽子屋ばうしやは暫しばらくの間あひださも珍めづらしさうに愛あいちやんを眺ながめて居ゐましたが、軈やがて先まづ斯かう云いひ出だしました。

『禮儀れいぎ正たゞしくおしなさい』と愛あいちやんは些やや嚴格げんかくに云いつて、『何なんです、他人ひとに對たいして亂暴らんばうな』

帽子屋ばうしやはこれを聞きいて著いちじるしく其その眼めを瞪みはりました、が、云いつたことは、『何故なぜ嘴太鴉はしぶとがらすが手習机てならひづくゑに似にてるか?』と、只たゞこれだけでした。

『さうね、今いま、五六本ぽん扇あふぎが欲ほしい』と愛あいちやんは思おもひました。『私わたしは皆みんなで謎なぞかけして遊あそぶのが大好だいすき。――私わたしにだつて其それが解とけると思おもふわ』と續つゞいて聲高こわだかに云いひました。

『ナニ、其それがお前まへに答こたへられるッて』と三月兎ぐわつうさぎが云いひました。

『さうですとも』と愛あいちやん。

『そんなら、何なんと云いふことだか當あてゝ御覽ごらん』と三月兎ぐわつうさぎが續つゞけました。

『當あてるわ』と愛あいちやんは言下ごんかに答こたへて、『屹度きつと――屹度きつと私わたしの云いふ通とほりに違ちがひないわ――さうでせう、ねえ』

『ナニ、さうぢやない!』と帽子屋ばうしやが云いひました。『何故なぜッて、斯かうも云いへるぢやないか、「私わたしが食くふところの物ものを見みる」とも、又また、「私わたしが見みるところの物ものを食くふ」とも!』

『斯かうも云いへるさ』と云いつて三月兎ぐわつうさぎが附加つけくわへました、『「私わたしが買かふところの物ものを好このむ」と云いつても、「私わたしが好このむところの物ものを買かふ」と云いつても同おなじ事ことだ!』

『斯かうも云いへるさ』と福鼠ふくねずみが附言つけたしました、宛まるで寢言ねごとでも云いふやうに、『「私わたしは眠ねむつて居ゐる間まも呼吸いきをしてる」と云いつても、「私わたしは呼吸いきをしてる間まも眠ねむつてゐる」と云いつても同おなじことだ!』

『それはお前まへと同おなじことだ』と帽子屋ばうしやが云いひました、これで談話はなしはぱつたり止やんで、其その連中れんぢゆうは霎時しばし默だまつて坐すわつて居ゐました、其間そのあひだ愛あいちやんは嘴太鴉はしぶとがらすと、それから多おほくも無なかつた手習机てならひづくゑについて想おもひ起おこしたことの數々かず〱を、繰返くりかへし繰返くりかへし考かんがへました。

帽子屋ばうしやが先まづ其その沈默ちんもくを破やぶりました。『何日いくにちだね?』と云いつて愛あいちやんの方はうを振向ふりむき、衣嚢ポケツトから時計とけいを取とり出だし、不安ふあんさうにそれを眺ながめて、時々とき〲振ふつては耳みゝの所ところへそれを持もつて行ゆきました。

愛あいちやんは暫しばらく考かんがへてから云いひました、『四日か』

『二日か違ちがつてる!と帽子屋ばうしやが長太息ためいきを吐つきました。『牛酪バターは役やくに立たたないとお前まへに云いふて置おいたぢやないか!』と言いひたして、腹立はらだたしげに三月兎ぐわつうさぎの方はうを見みました。

『それは上等じやうとうの牛酪バターでした』と三月兎ぐわつうさぎは優おとなしやかに答こたへました。

『さうか、だけど屹度きつと、屑くづが同おなじ位ぐらゐ入はいつて居ゐたに違ちがひない』帽子屋ばうしやは不平ふへいたら〲で、『麺麭パン庖丁ナイフで其中そのなかへ押おし込こんだナ』

三月兎ぐわつうさぎは時計とけいを取とつて物思ものおもはしげにそれを眺ながめました、それから彼かれはそれを茶碗ちやわんの中なかへ浸ひたして又またそれを見みてゐました、併しかし彼かれは自分じぶんが最初さいしよ云いつた『それは上等じやうとうの牛酪バターでした』と云いふ言葉ことばより他ほかに何なにも、もつと好いい言いふことを考かんがへつきませんでした。

愛あいちやんは、さも不思議ふしぎさうに自分じぶんの肩かたを左顧右盻とみかうみしてゐました。『可笑をかしな時計とけい!』斯かう云いつて又また、『日ひが解わかつて、それで時ときが解わからないなンて!』

『何故なぜだらう』と帽子屋ばうしやは呟つぶやいて、『お前まへの時計とけいで何年なんねんだかゞ解わかるかい?』

『無論むろん解わからないわ』と愛あいちやんは極きはめて速すみやかに答こたへて、『けど、それは全まつたくそんなに長ながい間あひだ同おなじ年としでゐるからだわ』

『それでは私わたしと同おなじことだ』と帽子屋ばうしやが云いひました。

愛あいちやんは宛然まるで狐きつねに魅つままれたやうな氣きがしました。帽子屋ばうしやの云いつた事ことは何なにが何なんだか譯わけが分わかりませんでした、併しかしそれはそれでも確たしかに英語えいごでした。『私わたしには些ちツとも解わかりませんの』と愛あいちやんは出來できるだけ丁寧ていねいに云いひました。

『福鼠ふくねずみが又また睡ねむつてゐる』と云いひさま、帽子屋ばうしやは其その鼻はなの上うへへ少すこし熱あついお茶ちやを注つぎました。

福鼠ふくねずみは耐たへ切きれずに其その頭あたまを振ふつて、眼めも開あかないで云いふことには、『勿論もちろん、今いま私わたしが云いはうと思おもつて居ゐた所ところだ』

『お前まへにまァ謎なぞが解わかつたのか?』帽子屋ばうしやは再ふたゝび愛あいちやんの方はうへ振向ふりむいて云いひました。

『否いゝえ、私わたしは止よしたの』と愛あいちやんは答こたへて、『其その答こたへは何なに?』

『些ちツとも解わからない』と帽子屋ばうしやが云いひました。

『私わたしにもサ』と三月兎ぐわつうさぎ。

愛あいちやんは物憂ものうさうに長太息ためいきを吐つきました。『此この時間じかんで、もつと何なにか好いいことをした方はうが可いいわ、解とけもしない謎なぞをかけて空むだに浪費つぶすよりは』と愛あいちやんが云いひました。

『私わたしのやうによくお前まへが時間じかんを知しつてるなら、時間浪費じかんつぶしに話はなしなぞしないが可いい。それは彼人あれさ』と帽子屋ばうしやが云いひました。

『彼人あれッて云いつたつて、誰だれのことだか分わかりやしないわ』と愛あいちやん。

『無論むろんお前まへには解わからないサ!』帽子屋ばうしやは輕蔑けいべつするものゝ如ごとく、其その頭あたまを突つき出だして云いひました。『宜いいかい、决けつして最もう時間じかんの事ことを口くちにしないが可いい!』

『多分たぶん最もう』と愛あいちやんは恐おそる〱答こたへました、『だけど、私わたしが音樂おんがくを習ならふ時ときには、時ときを打うたなくてはならないわ』

『それで!其理由そのわけは』と帽子屋ばうしやが云いひました。『打うち續つゞけやしないだらう。次つぎに打うつまでには可かなり間あひだがある、其その中うちに人ひとは思おもひ〱の仕事しごとをする。例たとへば、それが朝あさの九時じであつたと假定かていして、丁度ちやうど其時そのときに稽古けいこを初はじめる、時々とき〲何時なんじになつたかと思おもつて見みる、時計とけいの針はりは廻めぐつて行ゆく!一時半じはんに晝食ちうじき!』

(『然さうしたものかねえ』と三月兎ぐわつうさぎが咡さゝやくやうに獨語ひとりごとを云いひました)

『それは眞個ほんとうに結構けつかうな事ことだわ』と愛あいちやんは分別ふんべつありげに云いつて、『けど、それなら――それでもお腹なかは空すかないかしら』

『空すかないだらう、多分たぶん』と帽子屋ばうしやが云いつて、『お前まへの思おもふ通とほり一時半じはんまで續つゞけられるさ』

『お前まへも然さうするの?』と愛あいちやんが訊たづねました。

帽子屋ばうしやは痛いたましげに其頭そのあたまを振ふり、『私わたしではない!』と答こたへて、『自分等じぶんらは去さる三月ぐわつ喧嘩けんくわをした――丁度ちやうど彼あれが狂人きちがひになる以前まへさ――』(三月兎ぐわつうさぎの方はうを茶匙ちやさじで指さして)――『それは心臟ハートの女王クイーンに依よつて開ひらかれた大會議だいくわいぎがあつて、私わたしが斯かういふ歌うたを唄うたつた時ときでした

「燦然きら〱、々々〱〱、小ちひさな蝙蝠かうもり!

何どうしてそんなに光ひかるのか!」

お前まへも此この歌うたを知しつてるだらう?』

『何なんだか聞きいたことがあるやうだわ』と愛あいちやんが云いひました。

『其先そのさきは、それ』と帽子屋ばうしやが續つゞけて、『こんな風ふうだ、――

「世界せかいの上うへに飛とんでゐる

空そらにふか〱茶盆ちやぼんのやうに。

きら〱、きら〱――」

乃そこで福鼠ふくねずみが身振みぶるひして、寢ねたまゝで唄うたひ初はじめました『きら〱、きら〱、きら〱、きら〱、――』餘あまり長ながく續つゞけて居ゐるので、皆みんながそれを抑おさえつけて止やめさせました。

『さァ、辛やつと第だい一の節せつが終をへた』と帽子屋ばうしやが云いつて、『其時そのときに女王クイーンは跳とび上あがり、「時ときを打殺うちころしてるのは彼あれだ!其頭そのあたまを刎はねて了しまへ!」と叫さけびました』

『何なんと云いふ野蠻やばんな事ことでせう!』と愛あいちやんが叫さけびました。

『それから後のちは』と帽子屋ばうしやは悲かなしげな調子てうしで、『私わたしの云いふことを聞きかなくなつて了しまつて!まァ、何時いつでも六時じのところに止とまつてゐる』

愛あいちやんは、礑はたと思おもひ當あたることあるものゝ如ごとく、『それで此處こゝに此麽こんなに澤山たくさん茶器ちやきがあるのねえ?』と訊たづねました。

『まァ、そんなものサ』と帽子屋ばうしやは長太息ためいきして、『それは何時いつもお茶ちや時分じぶんだ、それで、間あひだに其器そのうつはを洗あらふ時間じかんもない』

『それならお前まへは始終しゞゆう動うごき廻まはつてるの?』と愛あいちやんが云いひました。

『全まつたくそうだ』と帽子屋ばうしやは云いつて、『其その器うつはが始終しゞゆう使つかはれてるやうに』

『それは兎とに角かく、終しまひから復また始はじめに還かへるのには何どうしたら可いいの?』と愛あいちやんが突飛とつぴなことを訊たづねました。

『然さうするには話題はなしを變かへるサ』と欠あくびをしながら三月兎ぐわつうさぎが云いつて、『もう、此麽こんな事ことには厭あきて來きた。其その若夫人わかふじんに何なにか一ひとつ話はなして貰もらはうぢやないか』

『お氣きの毒どくだが一ひとつも知しらないの』と云いつて愛あいちやんは、些やや其その發議はつぎに對たいして警戒けいかいしました。

『そんなら福鼠ふくねずみだ!』と彼等かれら二人ふたりは叫さけんで、『起おきろ、福鼠ふくねずみ!』と云いひさま、同時どうじに兩方りやうはうからそれを抓つねりました。

福鼠ふくねずみは徐しづかに其その眼めを見開みひらき、『眠ねむつちや居ゐない』と咳嗄しはがれた脾弱ひよわい聲こゑで、

『お前達まへたちの饒舌しやべつて居ゐたことは皆みんな知しつてる』

『一ひとつ話はなせ!』と三月兎ぐわつうさぎ。

『さう、萬望どうぞ!』と愛あいちやんが頼たのみました。

『さァ、早はやく』と帽子屋ばうしやは促うながして、『それでないと、又またお前まへが眠ねむつて了しまふからさ』

『昔々むかし〱或ある所ところに三人にんの小ちひさな姉妹きやうだいがありました』と福鼠ふくねずみは大急おほいそぎで初はじめて、『其名そのなを、榮えいちやん、倫りんちやん、貞ていちやんと云いつて、三人にんとも皆みんな井戸ゐどの底そこに住すんでゐました――』

『何なにを食たべて生いきてたの?』と常つねに飮食いんしよくの問題もんだいに多大たゞいの興味きようみを有もつて居ゐた所ところの愛あいちやんが訊たづねました。

『糖蜜たうみつを舐なめて』と福鼠ふくねずみが暫しばらく考かんがへてから云いひました。

『そんな事ことが出來できるもンですか』と云いつて愛あいちやんは優容しとやかに、『では、皆みんな病氣びやうきになつたでせう』

『さう〱、大變たいへんな病氣びやうき』と福鼠ふくねずみが云いひました。

愛あいちやんは、こんな怖おそろしい事ことをしても生いきて居ゐられるものだらうかと、少すこしく自分じぶんの身みについて想像さうざうを廻めぐらしましたが、益々ます〱譯わけが分わからなくなるばかりでした、ところで、『だけど何故なぜ、井戸ゐどの底そこに住すんでゐたんでせう?』

『もつとお茶ちやを呉くれ』と三月兎ぐわつうさぎが切せつに愛あいちやんに願ねがひました。

『もう些ちつとも無ないわ』と愛あいちやんは焦心ぢれッたさうに答こたへて、『そんなに私わたし、進上あげられなくッてよ』

『ナニ、少ちつとばかりは進上あげられないッて』と帽子屋ばうしやが云いつて、『何なんにも無ないのを呉くれるのは難むづかしいけど、澤山たくさん有あるのを呉くれるのは容易よういなことだ』

『大おほきなお世話せわよ』と愛あいちやんが云いひました。

『私わたしを誰だれだと思おもつてるか?』と帽子屋ばうしやが威丈高ゐたけだかに問とひました。

愛あいちやんは云いふべき言葉ことばもなく、幾いくらかのお茶ちやと麺麭パンと牛酪バターとを出だして、福鼠ふくねずみの方はうに振向ふりむき、『何故なぜ皆みんな井戸ゐどの底そこに住すんでゐたの?』と問とひ返かへしました。

福鼠ふくねずみは又またそれについて暫しばらく考かんがへて居ゐましたが軈やがて、『それは糖蜜井戸たうみつゐどでした』

『そんなものは無なくッてよ!』と愛あいちやんは頗すこぶる腹立はらだたしげに云いひました、帽子屋ばうしやと三月兎ぐわつうさぎとは、『叱しッ!叱しッ!』と續つゞけさまに叫さけびました。福鼠ふくねずみは自棄やけになつて、『そんな失敬しつけいな事ことをするなら談話はなしを止やめて了しまうから可いい』

『もう爲しないから、萬望どうぞ話はなして頂戴ちやうだいな』と愛あいちやんは極ごく謙遜けんそんして、『二度どと喙くちを容いれないわ。屹度きつとそんな井戸ゐどが一ひとつ位くらゐあつてよ』

『然さうさ、一つ位くらゐ!』と福鼠ふくねずみは焦心ぢれッたさうに云いつて、又また話はなし續つゞけました、『其故それゆゑ此等これら三人にんの姉妹きやうだいは――皆みんなで描えがくことを學まなんで居ゐました――』

『何なにを描えがいて居ゐたの?』と約束やくそくしたことを全まつたく忘わすれて、愛あいちやんが云いひました。

『糖蜜たうみつを』今度こんどは些ちつとも考かんがへずに福鼠ふくねずみが云いひました。

『清潔きれいな洋盃カツプを呉くれ』と帽子屋ばうしやが喙くちを容いれて、『皆みんなで一ひとつ場所ばしよを取交とりかへやうぢやないか』

彼かれは斯かう云いつて動うごき出だしました、福鼠ふくねずみが其後そのあとに隨ついて行ゆきました、三月兎ぐわつうさぎは福鼠ふくねずみの居ゐた場所ばしよへ移うつりました、愛あいちやんは厭々いや〱ながら三月兎ぐわつうさぎの居ゐた所ところへ行ゆきました。帽子屋ばうしやが唯たッた一人ひとり場所ばしよを取とり交かへた爲ために一番ばん好いいことをしました、愛あいちやんは以前まへよりも餘よッ程ぽど割わりが惡わるくなりました、だつて、三月兎ぐわつうさぎが丁度ちやうど其時そのとき自分じぶんの皿さらへ牛乳壺ぎうにうつぼを有ありッたけ空あけて了しまつたのですもの。

愛あいちやんは再ふたゝび福鼠ふくねずみに腹はらを立たたせまいと、極きはめて愼つゝましやかに、『私わたしには解わかりませんわ。何所どこから皆みんな糖蜜たうみつを汲くんで來きたのでせう?』

『お前まへは水井戸みづゐどから水みづを汲くむだらう』と帽子屋ばうしやが云いつて、『それで解わかるぢやないか、糖蜜井戸たうみつゐどからは糖蜜たうみつが汲くめるサ――え、さうぢやないか、莫迦ばかな?』

未まだ其言葉そのことばの終をはらぬ中うちに愛あいちやんは、『だけど、皆みんなが井戸ゐどの中なかに居ゐては』と福鼠ふくねずみに云いひました。

『無論むろん皆みんなが居ゐたさ』と云いつて福鼠ふくねずみは、『――井戸ゐどの中なかに』

答こたへられたが愛あいちやんには愈々いよ〱合點がてんがゆかず、福鼠ふくねずみの饒舌しやべるがまゝに委まかせて、少時しばらくの間あひだ敢あへて喙くちを容いれやうともしませんでした。

『皆みんなで描えがくことを習ならつて居ゐました』と福鼠ふくねずみは言いひ續つゞけて、欠あくびをしたり、その眼めを擦こすつたり、さぞ眠ねむさうに、『皆みんなで種々いろ〱なものを描えがいて居ゐました――ネの字じのつくものは何なんでも――』

『何故なぜネの字じのつくものばかり?』と愛あいちやんが云いひました。

『何故なぜ、それでないのぢや不可いけないか?』と三月兎ぐわつうさぎが云いひました。

愛あいちやんは默だまつて居ゐました。

福鼠ふくねずみは又またその眼めを閉とぢ、そろ〱坐睡ゐねむりを初はじめました、が、帽子屋ばうしやに抓つねられて喫驚びツくりして跳とび上あがり、『――ネの字じがつくんだ、例たとへば、鼠罠ねずみわなとか、舟ふねとか、金かねとか、種たねとか――擧あげ來きたれば山程やまほどある――お前まへは其麽そんな物ものが畫ゑに描かかれたのを見みたことがあるか?』

『まア、私わたしに訊きくの』と愛あいちやんはさも迷惑めいわくさうに云いつて、『私わたし知ゝらなくつてよ――』

『話はなせないねえ』と帽子屋ばうしやが云いひました。

輕蔑けいべつせられて愛あいちやんは堪たへ切きれず、忌々いま〱しさうに起たち上あがつて、さつさと歩あるき出だしました、福鼠ふくねずみは眠ねむつてゐるし、誰だれ一人ひとりとして愛あいちやんの出でて行ゆくのを氣きにするものはありませんでした、皆みんなが呼よび戻もどすだらうと思おもつて、愛あいちやんが後あとを振ふり返かへつて見みると、驚おとろルビの「おとろ」はママくまいことか、皆みんなで急須きふすの中なかへ福鼠ふくねずみを押おし込こまうとして居ゐました。

『何なんでも可いい、もう二度どと其處そこへは行ゆかないから!』云いひながら愛あいちやんは、森もりの中なかを徒歩おひろひて行ゆきました。『莫迦ばかげた茶話會さわくわいよ、初はじめて見みたわ!』

云いひ終をはるや愛あいちやんは、一本ぽんの木きに戸とがあつて、其中そのなかへ眞直まつすぐに這入はいれるのに氣きがつきました。愛あいちやんは『これは奇妙きめうだ!』と思おもひました。『何どうして今日けふは此麽こんなに奇妙きめうな事ことばかりなんでせう。直すぐに中なかへ行ゆかれさうだわ』云いつて愛あいちやんは這はひ込こみました。

再ふたゝび愛あいちやんは細長ほそながい大廣間おほびろまの中なかの、あの小ちひさな硝子ガラス洋卓テーブルの眞近まぢかへ出でました。『まア、今度こんどは巧うまくやらう』と獨語ひとりごとと「獨語ひとりごとと」はママ云いひながら、其その小ちひさな黄金こがねの鍵かぎを取とつて、花園はなぞのに通つうずる戸とを打うち開ひらきました。それから愛あいちやんは菌きのこを甜な「甜な」はママめて(衣嚢ポケツトの中なかに有あつたもう一ト片かけの)殆ほとんど一尺しやくばかりの身長せいになつて、その小ちひさな路みちを下くだつて行ゆき、軈やがて――愛あいちやんは遂つひに赫灼かくしやくとして目めも綾あやなる花壇くわだんや、清冽せいれつ掬きくすべき冷泉れいせんのある、其その美うつくしき花園はなぞのに入いることを得えました。

第八章 女王樣ぢよわうさまの毬投場まりなげば

一本ぽんの大おほきな薔薇ばらの木きが、殆ほとんど其花園そのはなぞのの中央ちゆうわうに立たつてゐて、白しろい花はなが幾いくつもそれに咲さいてゐましたが、其處そこには三人にんの園丁えんていが居ゐて、忙いそがはしげにそれを赤あかく彩色さいしきしてゐました。愛あいちやんは處こルビの「こ」はママれは奇妙きめうだと思おもつて、近寄ちかよつて凝じつと見みてゐますと、やがて其中そのなかの一人ひとりが云いふことには、『意きをお注つけよ、何なんだね、五點フアイブ!こんなに私わたしに顏料ゑのぐを撥はねかして!』

『そんな事ことを云いつたつて仕方しかたがない』と拗すねた調子てうしで五點フアイブが云いひました。『七點セヴンが私わたしの肘ひぢを衝ついたんだもの』

云いはれて七點セヴンは空嘯そらうそぶき、『さうだよ、五點フアイブ!何時いつでも惡わるい事ことは他人ひとの所爲せゐにするさ!』

〔図〕fig49853_09.png
園丁の図

『然さう怒おこつたものぢやない!』と云いつて五點フアイブは『私わたしは昨日きのふ女王樣ぢよわうさまが、何どうしてもお前まへは首くびを刎はねられるやうな惡わるい事ことをしたと云いはれるのを聞きいた!』

『何どうしてさ?』と最初さいしよ話はなし出だしたのが云いひました。

『お前まへの知しつた事ことぢやない!』と五點フアイブ。『そんなら私わたしは彼あれに話はなしてやらう――玉葱たまねぎの代かはりに欝金香うつこんかうの根ねを料理人クツクの許ところへ持もつて行いけッて』

七點セヴンは彼かれの刷毛はけを投なげ出だし、『さア、何なんでも惡わるい事ことは――』圖はからずも其視線そのしせんが、立たつて皆みんなの爲することを見みてゐた愛あいちやんの視線しせんと衝突ぶつかり合あつたので、急いそいで彼かれはそれを外そらしました、他ほかの者ものは云いひ合あはせたやうに四邊あたりを見廻みまはし、それから一齊せいに腰こしを低ひくめてお辭儀じぎをしました。

『話はなして聞きかしてお呉くれな』と愛あいちやんは恐おそる〱云いつて、『何故なぜ其麽そんなに薔薇ばらの花はなを彩色さいしきするの?』

『五點フアイブと七點セヴンとは何なんとも云いはないで二點ツウの方はうを見みました。二點ツウは小ちひさな聲こゑで『何故なぜッて、斯かうです、お孃じやうさん、これは元來ぐわんらい赤あかい薔薇ばらの木きであつたんですが私わたしどもが過あやまつて白しろいのを一つ雜まぜたのです、それで、若もし其それが女王樣ぢよわうさまのお目めにとまらうものなら、私共わたしどもは一人ひとり殘のこらず皆みんな頭あたまを刎はねられて了しまひます。それですから、ねえ、お孃じやうさん、私共わたしどもは女王樣ぢよわうさまのお出いでになる以前まへに、一生懸命しやうけんめいにそれを塗ぬつて置おくんです、それ――』此時このとき恰あだかも花園はなぞのの向むかふを氣遣きづかはしげに眺ながめて居ゐた五點フアイブが、『女王樣ぢよわうさまが!女王樣ぢよわうさまが!』と叫さけんだので、三人にんの園丁えんていは直樣すぐさま各自てんでに平伏ひれふしました。續つゞいて多おほくの跫音あしおとがしたので、愛あいちやんは女王樣ぢよわうさまのお顏かほを拜はいせんとして𤍠心ねつしんに方々はう〲を見廻みまはしました。

最初さいしよ、十人にんの兵士へいしが棍棒こんぼうを携たづさへて來きました、此等これらは皆みんな三人にんの園丁えんていのやうな恰好かつかうをして居ゐて、長楕圓形ちやうだゑんけいで平ひらたくて、隅々すみ〲からは其その手足てあしが出でて居ゐました、次つぎに來きたのは十人にんの朝臣てうしんで、此等これらは一人ひとり殘のこらず數多あまたの菱形金剛石ダイアモンドを鏤刻ちりばめて、先さきの兵士へいしと同おなじやうに二列れつになつて歩あるいて來きました。此等これらの後あとから皇子わうじが見みえました、丁度ちやうど十人にん在ゐらせられて、小ちひさな可愛かあいい方々かた〲が最いとも樂たのしげに、手てに手てを取とつてお二人ふたかたづゝ跳とんでお出いでになりました、何いづれも皆みんな心臟ハートで飾かざりたてられてゐました。次つぎに來きたのは多おほくの賓客まらうどで、大抵たいていは王樣わうさまと女王樣ぢよわうさまとで、その中なかに愛あいちやんは白兎しろうさぎの居ゐるのを看みて取とりました、それはさも忙いそがしさうに、氣短きみじがに「氣短きみじがに」はママ話はなしながら、云いはれる事々こと〲に笑わらひ興きようじて、愛あいちやんには氣きも止とめずに行ゆき過すぎました。それから續つゞいて心臟ハートの軍人ネーブが、眞紅しんくの天鵞絨びろうどの座布團ざぶとんの上うへに、王樣わうさまの冠かんむりを戴のせて持もつて來きました、此この壯麗さうれいな行列ぎやうれつの總殿さうしんがりには、心臟ハートの王樣わうさまと女王樣ぢよわうさまとが在ゐらせられました。

愛あいちやんは自分じぶんも亦また、三人にんの園丁えんていのやうに平伏ひれふさなければならないか何どうかは些ちと疑問ぎもんでしたが、甞かつて行列ぎやうれつに出逢であつた場合ばあひ、かうした規則きそくのあることを聞ききませんでした、『行列ぎやうれつなンて一體たい何なんの必要ひつえうがあるのかしら』と思おもふと同時どうじに、『若もし人民じんみんどもが皆みんな平伏ひれふさなければならない位くらゐなら、寧いつそ行列ぎやうれつを見みない方はうが益ましぢやないの?』其故それゆゑ愛あいちやんは自分じぶんの居ゐた所ところに靜しづかに立停たちどまつて待まつてゐました。

行列ぎやうれつが愛あいちやんと相對峙あひたいぢする迄まで進すゝんで來きた時ときに、彼等かれらは一齊せいに止とゞまつて愛あいちやんを打眺うちながめました、女王樣ぢよわうさまは嚴肅げんしゆくに、『こは何者なにものぞ?』と心臟ハートの軍人ネーブにまで申まをされました。心臟ハートの軍人ネーブはお辭儀じぎをしたばかりで、笑わらつて答こたへませんでした。

『痴人ばかめ!』女王樣ぢよわうさまは焦心ぢれッたさうに御自身ごじしんの頭あたまを突つき出だして申まをされました、それから愛あいちやんに振向ふりむいて、『何なんと申まをす名なぢや?子供こども』

『私わたしの名なは愛子あいこです、陛下へいかよ』愛あいちやんは頗すこぶる恭々うや〱しく申まをし上あげました、しかし愛あいちやんは心こゝろの中うちでは、『高たかの知しれた、彼等かれらは骨牌かるたの一組ひとくみに過すぎないぢやないか。ナニ恐おそれることがあるものか』と思おもつて居ゐました。

『して此等これらは何者なにものか?』女王樣ぢよわうさまは薔薇ばらの木きの周まはりに平伏ひれふしてゐた三人にんの園丁えんていどもを指ゆびさして申まをされました、何故なぜと云いふに、彼等かれらは俯伏うつぶせに臥ねてゐるし、その脊中せなかの模樣もやうが一組ひとくみの其他そのたのものと同おなじことであつて、女王樣ぢよわうさまには何どれが、園丁えんていか、兵士へいしか、朝臣てうしんか、又また御自分ごじぶんのお子供衆こどもしゆうのお三方さんかたであつたかを、お判別みわけになることがお出來できになりませんでしたから。

『如何どうして私わたしが存ぞんじて居をりませう?』云いつて愛あいちやんは自みづから其勇氣そのゆうきに驚おどろきました。『それは私わたしの知しつた事ことではありません』

女王樣ぢよわうさまは滿面まんめん朱しゆをそゝいだやうに眞赤まつかになつてお怒いかりになりました、暫時しばしの間あひだ野獸やじうの如ごとく愛あいちやんを凝視みつめてお在ゐでになりましたが、軈やがて、『頭あたまを刎はね飛とばすぞ!刎はね――』と叫さけばれました。

『莫迦ばかなことを!』と愛あいちやんは大聲おほごゑで嚴然げんぜんと云いひました。女王樣ぢよわうさまは默だまつて了しまはれました。

王樣わうさまは其そのお手てを女王樣ぢよわうさまの腕かひなにかけされられ、恐おそる〱申まをされました、『考かんがへても御覽ごらんなさい、え、高たかが一人ひとりの子供こどもではないか!』

女王樣ぢよわうさまは怒氣どきを含ふくませられ、王樣わうさまから振向ふりむいて軍人ネーブに申まをされました、『其奴等そやつらを顛覆ひつくりかへせ!』

軍人ネーブが顛覆ひつくりかへしました、極きははめて「極きははめて」はママ注意ちういして、片脚かたあしを以もつて。

『起おきよ!』女王樣ぢよわうさまが鋭するどい大おほきな聲こゑで申まをされました。三人にんの園丁等えんていらは直たゞちに跳とび起おき、王樣わうさまと、女王樣ぢちわうさまルビの「ぢちわうさま」はママと、皇子方わうじがたと、それから其他そのたの者ものとに、各々おの〱お辭儀じぎをし初はじめました。

『そんな事ことは止やめ!』と女王樣ぢよわうさまは叫さけんで、『眩暈めまひがする』それから薔薇ばらの木きに振向ふりむいて、『何なにをお前方まへがたは此處こゝでして居ゐたのか?』

『何卒なにとぞお宥ゆるし下ください、陛下へいかよ』二點ツウは極きはめて謙遜けんそんした調子てうしで云いつて片膝かたひざをつき、『私わたしどもの爲して居をりましたことは――』

『宜よろしい解わかつた!』言いつて女王樣ぢよわうさまは少時しばし薔薇ばらの花はなを檢査けんさして居をられました。

『皆みんな頭あたまを刎はねて了しまへ!』やがて行列ぎやうれつが動うごき出だしました。三人にんの兵士へいしは不幸ふこうな園丁等えんていらを刑けいに處しよするために後あとに殘のこりました。園丁等えんていらは保護ほごを願ねがひに愛あいちやんの許もとへ駈かけて來きました。

『刎はねられやしない大丈夫だいじやうぶよ!』云いつて愛あいちやんは、傍そばにあつた大おほきな植木鉢うゑきばちの中なかへ彼等かれらを入いれました。三人にんの兵士へいしはそれを見みながら二三分間ぷんかん彷徨うろ〱して居ゐましたが、やがて徐しづかに他たの者ものの後あとに隨ついて進すゝんで行ゆきました。

『殘のこらず頭あたまを刎はねたか?』と女王樣ぢよわうさまが叫さけばれました。

『殘のこらず頭あたまは御座ございません、陛下へいかのお望のぞみ通どほり!』と兵士へいしは叫さけんで答こたへました。

『よろしい!』と女王樣ぢよわうさまがお叫さけびになりました。『汝なんぢ、毬投まりなげを仕つかまつるか?』

兵士等へいしらは默だまつて愛あいちやんの方はうを見みました、此この問とひは明あきらかに愛あいちやんに對たいしてゞした。

『はい!』と愛いルビの「い」はママちやんが叫さけびました。

『お出いで、そんなら!』と女王樣ぢよわうさまが聲高こわだかに申まをされました。愛あいちやんは其行列そのぎやうれつに加くははつたものゝ、これから何どうする事ことかと大層たいさう怪訝けゞんがつて居ゐました。

『それは――それは好いい日和ひよりでした!』愛あいちやんの傍そばで小ちひさな聲こゑがしました。愛あいちやんは白兎しろうさぎの側そばに隨ついて歩あるいて居ゐたのです、白兎しろうさぎは心配しんぱいさうに愛あいちやんの顏かほを覘のぞき込こみました。

『オヤ!』と云いつて愛あいちやんは、『――何處どこに公爵夫人こうしやくふじんがお在ゐでになるの?』

『叱しッ!叱しッ!』小ちひさな聲こゑで忙いそがしさうに兎うさぎが云いひました。云いつて兎うさぎは氣遣きづかはしげに自分じぶんの肩かたを幾度いくども見みました、それから爪先つまさきで立たち上あがり、愛あいちやんの耳元みゝもと近ちかく口くちを寄よせて、『愛あいちやんが死刑しけいの宣告せんこくの下もとにある』と云いふことを咡さゝやきました。

『何どうして?』と愛あいちやん。

『「何なんと可哀相かあいさうに!』とでもお前まへは云いつたのか?』と兎うさぎが訊ききました。

『否いゝえ、云いやしなくッてよ』と愛あいちやんが云いひました、『些ちつとも可哀相かあいさうだとは思おもはないわ。私わたしは「何どうして?」と云いつたのよ』

『娘むすめが女王樣ぢよわうさまの耳みゝを毆なぐつた――』と兎うさぎが云いひ初はじめました。愛あいちやんはきやッ〱と笑わらひました。『オイ、默だまれ!』と云いつて兎うさぎは咡さゝやくやうな調子てうしで、『女王樣ぢよわうさまがお前まへの事ことをお訊ききになつた!お前まへは女王樣ぢよわうさまが些やや遲おくれてお出いでになつたことを知しつてるだらう、それで女王樣ぢよわうさまの仰あふせらるゝには――』

『もとへ!』と雷らいのやうな聲こゑで女王樣ぢよわうさまが叫さけばれました。人々ひと〲は互たがひに衝突ぶつかりまはりながら、四方八方しはうはつぱうに駈かけめぐりました。暫しばらくして皆みんなが各々おの〱元もとの位置ゐちにつくや、競技ゲームが始はじまりました。愛あいちやんは是迄これまでにこんな奇妙きめうな毬投場まりなげばを見みたことがないと思おもひました。それは隅すみから隅すみまで數多あまたの畦畝うねになつて居ゐました、其球そのボールは生いきた針鼠はりねずみ、槌つちは生いきた紅鶴べにづるで、それから兵士等へいしらは二列れつになつて、緑門アーチを造つくる爲ために手てを擧あげ足あしを欹そばだてました。

愛あいちやんの先まづ氣きがついた第だい一の困難こんなんは、其その紅鶴べにづるを取扱とりあつかふことでありました。愛あいちやんは其その體からだを巧うまく自分じぶんの腋わきの下したへ壓おし込こみ、其その足あしは垂たれるがまゝになし、首くびをば眞直まつすぐに伸のし出ださせ、其その頭あたまを以もつて針鼠はりねずみを打うたうとしましたが、それが身みを捻ひねつて、妙めうな容貌かほつきをして、愛あいちやんの顏かほを見みたので、愛あいちやんは可笑をかしさに堪たへ切きれず、哄笑ふきだしました。軈やがて今度こんどは、愛あいちやんが其その頭あたまを下したへやり、再ふたゝび始はじめやうとすると針鼠はりねずみが、自分じぶんを仲間外なかまはづれにしたと云いつて大おほいに怒いかり、將まさに匍はひ去さらうとする素振そぶりが見みえました。見渡みわたす限かぎり、愛あいちやんが針鼠はりねずみを送おくらうと思おもふ所ところには總すべて畦畝うねがあつて、二列れつになつた兵士へいしが常つねに起おきて、毬投場グラウンドの他たの部分々々ぶゝん〱を歩あるいてゐました。愛あいちやんは忽たちまちそれが實じつに難むづかしい競技ゲームだと云いふことを思おもひ定さだめました。

競技者プレーヤーは皆みんな自分じぶんの番ばんの來くるのを待またずして同時どうじに遊あそび戯たはむれ、絶たえず爭あらそつて、針鼠はりねずみを取とらうとして戰たゝかつてゐますと、軈やがて女王樣ぢよわうさまが甚いたくお腹立はらだちになり、地鞴踏ぢだんだふみながら、『彼かれの頭あたまを刎はねよ!』さもなければ『其娘そのこの頭あたまを刎はねよ!』と一時じにお叫さけびになりました。

愛あいちやんは心中しんちゆう頗すこぶる不安ふあんを感かんじました、確たしかに愛あいちやんは未まだ女王樣ぢよわうさまとは試合しあひをしませんでしたが、何時いつか其時そのときが來くるだらうと思つて居ました、『さうなつたら私わたしは何どうすれば可いいかしら?彼あの方々かた〲は怖おそろしくも、此處こゝに居ゐる人々ひと〲の頭あたまを刎はねたがつて居をられるが、それにしては甚はなはだ不思議ふしぎな事ことにも、生いき殘のこつてる者もののあることだわ!』

愛あいちやんは何處どこか遁路にげみちをと思おもつて探さがしましたが、不思議ふしぎにも、見みつからないやうには何處どこへも行ゆかれませんでした。やがて愛あいちやんは空中くうちゆうに奇態きたいなものゝ現あらはれてるのに氣きがつきました、それは最初さいしよ甚はなはだ愛あいちやんを惑まどはしましたが、暫しばらく見みてゐる中うち、露出むきだしの齒はだと云いふことが分わかり、愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いひました『朝鮮猫てうせんねこだわ、先まづこれで談話はなし對手あひてが出來できた』

『其後そのごは御無沙汰ごぶさた、御機嫌ごきげんよう?』口切くちきりに猫ねこが斯かう云いひました。

愛あいちやんは其兩眼そのりやうがんが現あらはれるのを待まつて、首肯うなづきました。『それに話はなしするのは無駄むだだわ、其兩耳そのりやうみゝの出でない中うちは、少すくなくとも片耳かたみゝ出でない中うちは』と思おもつて居ゐると、忽たちまら「忽たちまら」はママ全頭ぜんとうが現あらはれたので、愛あいちやんは持もつて居ゐた紅鶴べにづるを下おろし、競技ゲームの數かずを數かぞへ初はじめました、自分じぶんの云いふ事ことに耳みゝを傾かたむけるものが出來できたのを大層たいそう悦よろこばしく思おもつて。猫ねこは今いまそれで充分じうぶんだと思おもつたか、もうそれ以上いじやうは姿すがたを見みせませんでした。

『あれでは皆みんなが全まつたく都合つがふよく遊あそべる筈はづがないわ』と愛あいちやんは些やや不平ふへいがましく、『自分じぶんの云いふことさへ自分じぶんに聞きこえない程ほど、恐おそろしく爭あらそつてるんですもの――特とくにこれと云いふ規則きそくもないらしいのね、些ちつとでも若もしあるとしたならば、誰だれもそれに氣きがついてゐないんだわ――その考かんがへがないため、どの位くらゐ皆みんなが秩序しだらなく周章狼狽あはてまはるか知しれないのよ、例たとへば競技場グラウンドの他たの端はしに行ゆくのには、是非ぜひとも拔ぬけて行ゆかなければならない緑門アーチがあると云いふものだわ――私わたしは唯今たゞいま、女王樣ぢよわうさまの針鼠はりねずみで蹴鞠けまりをしやうとしたの、さうしたら、それが私わたしの來くるのを見みて逃にげて了しまつてよ!』

『お前まへは女王樣ぢよわうさまがそんなに好すきかい?』低ひくい聲こゑで猫ねこが訊ききました。

『否いゝえ、些ちつとも』と云いつて愛あいちやんは、『女王樣ぢよわうさまは隨分ずゐぶん――』丁度ちやうど其時そのとき愛あいちやんは女王樣ぢよわうさまが其背後そのうしろへ近寄ちかよつて、立聞たちぎゝしてお在ゐでになるのに氣きがつきましたから、わざと紛まぎらはして『――多分たぶんお勝かちになるでせう、競技ゲームの濟すむまでは瞭然はつきり云いへないけど』

女王樣ぢよわうさまは微笑ほゝゑんで行ゆき過すごされました。

『話はなしをしてるのは誰だれか?』王樣わうさまが愛あいちやんに近ちかづきながら申まをされました、それから、さも珍めづらしさうに猫ねこの頭あたまを見みてお在ゐでになりました。

『それは私わたしのお友達ともだちです――朝鮮猫てうせんねこです』と云いつて愛あいちやんは、『恐おそれながら御紹介ごせうかい申まをし上あげます』

『そんな容貌かほつきをしたものは全まつたく好このまん』と王樣わうさまが申まをされました、『それは何時いつでも勝手かつてにわが手てを接吻キツスする』

『私わたしは致いたしません』と猫ねこがお斷ことはり申まをし上あげました。

『無禮者ぶれいものめ』と王樣わうさまが申まをされました、『其顏そのかほは何なんだ!』云いつて愛あいちやんの背後うしろへお出いでになりました。

『猫ねこだとて王樣わうさまを拜はいして差支さしつかへない』と愛あいちやんが云いひました。『私わたしは或ある書物しよもつでそれを讀よみました、何處どこであつたか憶おぼえて居ゐませんが』

『宜よろしい、移うつすから』决然けつぜんとして王樣わうさまが申まをされました。やがて其處そこをお通とほりになつた女王樣ぢよわうさまにお聲こゑをかけさせられ、『ねえ!此この猫ねこを何處どこかへ遣やつては呉くれまいか?』

女王樣ぢよわうさまは事ことの大小だいせうに拘かゝはらず、總すべての困難こんなんを解决かいけつする唯一ゆゐいつの方法はうはふを御存ごぞんじでした。『彼かれの頭あたまを刎はねよ!』と四邊あたりも見みずに申まをされました。

『然しからば、死刑執行者しけいしつかうしやを伴つれて參まゐらう』と切せつに申まをされて、王樣わうさまは急いそいで行いつてお仕舞しまひになりました。

愛あいちやんは歸かへらうとしましたが、怒いかり號さけぶ女王樣ぢよわうさまのお聲こゑが遠とほくに聞きこえたので、如何どうなることかと猶なほも競技ゲームを見みてゐました。愛あいちやんは既すでに三人にんの競技者プレーヤーが、その順番じゆんばんを過あやまつた爲ために、女王樣ぢよわうさまから死刑しけいの宣告せんこくを下くだされたと云いふことを聞ききました。やがて愛あいちやんは、何時いつになれば自分じぶんの番ばんだか一向かう譯わけの分わからぬ此麽こんな競技ゲームを見みてゐるのが莫迦々々ばか〱しくなつて來きたので、それよりも自分じぶんの針鼠はりねずみを探さがしに行ゆきました。

針鼠はりねずみは他たの針鼠はりねずみと鬪たゝかつてゐました、それが愛あいちやんには、二疋ひきの針鼠はりねずみが他たの一疋ぴきの針鼠はりねずみを好いいやうに使つかつて、互たがひに勝負しやうぶを爭あらそつてるやうに見みえました、只一たゞひとつ厄介やくかいな事ことには、愛あいちやんの紅鶴べにづるが花園はなぞのの他たの側がはに越こして行いつて了しまつてたことで、其處そこに愛あいちやんは、それが空むなしく一本ぽんの木きに飛とび上あがらうとして、それを試こゝろみてるのを見みました。

愛あいちやんが紅鶴べにづるを捕とらへて持もち歸かへつた時ときには、已すでに鬪たゝかひが終をへて居ゐて、二疋ひきの針鼠はりねずみの姿すがたは見みえませんでした、『が、それは何どうでも可いいとして、緑門アーチも皆みんな競技場グラウンドの此方側こつちがはから何處どこかへ行いつて了しまうかしら』と愛あいちやんは思おもひました。乃そこでそれが再ふたゝび逃にげ出だせないやうに、愛あいちやんはそれを腋わきの下したへ壓おし込こみ、それからその友達ともだちと猶なほも談話はなしを續つゞけやうとして戻もどつて行ゆきました。

愛あいちやんが朝鮮猫てうせんねこの所ところへ歸かへつて行いつた時ときに、其周圍そのしうゐにゐた大勢おほぜいの群集ぐんじゆを見みて一方ひとかたならず驚おどろきました、其處そこには死刑執行者しけいしつかうしやと、王樣わうさまと、それから女王樣ぢよわうさまとの間あひだに、一いつの爭論さうろんが始はじまつてゐました、皆みんな他ほかの者ものが全まつたく默だまつて、極きはめて不快ふくわいな容貌かほつきをしてゐるにも拘かゝはらず、女王樣ぢよわうさまは何なにから何なにまで一人ひとりで饒舌しやべつて居をられました。

愛あいちやんは姿すがたを見みせるや否いなや、其その問題もんだいを解决かいけつするやうにと三人にんから歎願たんぐわんされました。乃そこで彼等かれらは愛あいちやんに其その爭論さうろんを繰返くりかへして聞きかせました、皆みんなが殘のこらず各々おの〱一時いちじに話はなすので、それを一々いち〱正確せいかくに聽きき取とることは、愛あいちやんにとつて非常ひじような困難こんなんでありました。

死刑執行者しけいしつかうしやの論據ろんきよは斯かうでした、それから斬きり離はなさるべき體からだがなければ、頭あたまを切きることは出來できない、甞かつてそんな事ことをしたこともなければ、これから後さきとても一生涯しやうがいそんな事ことの有あらう筈はづがない。

王樣わうさまの論據ろんきよは斯かうでした、頭あたまのあるものなら何なんでも頭あたまを刎はねることが出來できる、死刑執行者しけいしつかうしやの云いふところも強あながち間違まちがつては居ゐない。

女王樣ぢよわうさまの論據ろんきよは斯かうでした、若もし何事なにごとにせよ、全まつたく時間じかんを要えうせずして成なし了をうせられなかつたなら、所有あらゆる周圍しうゐの誰たれでもを死刑しけいに處しよする。(全隊ぜんたいの者ものをして眞面目まじめならしめ、又また氣遣きづかはしめたところのものは、此この最後さいごの言葉ことばでした)

愛あいちやんは只たゞ斯かう云いふ他ほかには何なんにも考かんがへつきませんでした、『それは公爵夫人こうしやくふじんの受持うけもちよ、其その事ことなら夫人ふじんに訊たづねた方はうが可いいわ』

『夫人ふじんは牢屋らうやに居ゐる』と云いつて女王樣ぢよわうさまは死刑執行者しけいしつかうしやに、『此處こゝへ伴つれて參まゐれ』乃そこで其その死刑執行者しけいしつかうしやが箭やの如ごとく走はしり去さりました。

猫ねこの頭あたまは彼かれが行いつて了しまうと消きえ失うせ始はじめて、彼かれが公爵夫人こうしやくふじんを伴ともなひ來きたつた時ときに、それが全まつたく消きえ失うせて居ゐました、それ故ゆゑ王樣わうさまと死刑執行者しけいしつかうしやとは、其他そのたの仲間なかまの者等ものらが皆みんな競技ゲームに歸かへつて行いつた後あとで、妄やたらに上下うへしたを探さがし廻まはりました。

第九章 海龜うみがめの話はなし

『まア、何なんといふ嬉うれしいことでせう、復また逢あつたのねえ!』云いつて公爵夫人こうしやくふじんは可愛かあいさの餘あまり、腕かひなと腕かひなと觸ふれるばかりに摺寄すりよつて、二人ふたりは一緒しよに歩あるいて行ゆきました。

愛あいちやんは、夫人ふじんが斯かかる快活くわいくわつな氣性きしやうになつたのを見みて甚はなはだ喜よろこび、あの厨房だいどころで出逢であつた時ときに、夫人ふじんが彼麽あんなに野蠻やばんめいた事ことをしたのは、全まつたく胡椒こせうの所爲せゐであつたのだと思おもひました。『私わたしが公爵夫人こうしやくふじんになつたら』と愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて(甚はなはだ得意とくいな口振くちぶりではなかつたが)『全まつたく厨房だいどころには胡椒こせうを置おかないことにしやう、肉汁スープにはそれが無なくつても可いいわ――屹度きつと何時いつでも胡椒こせうが人ひとの氣きを苛々いら〱させるに違ちがひない』と云いひ足たして一ひとつの新規則しんきそくを發見はつけんしたことを非常ひじように喜よろこびました、『が、酢すならば酸すッぱくなるし――カミツレ草さうならば苦にがくするし――ト云いつて――ト云いつて砂糖さたうやなどでは子供こどもを甘あまやかして了しまうし。皆みんなが然さう知しつてれば可いいけれども、然さうすれば其麽そんなに吝々けち〱しないだらうに、ねえ――』

愛あいちやんは此時このとき迄までに、全まつたく公爵夫人こうしやくふじんを忘わすれて了しまつてゐたので、耳元みゝもとで夫人ふじんの聲こゑを聞きいた時ときには些すこしく驚おどろきました。『何なにを考かんがへてるの、え、話はなすことも何なにも忘わすれて了しまつてさ。私わたしは今いまそれについて徳義とくぎが何どうの斯かうのとは言いはない、些すこしは知しつてるけれども』

『全まつたく知しらないのでせう』と愛あいちやんは思おもひ切きつて云いひました。

『でも、お前まへ!』と公爵夫人こうしやくふじんは云いつて、『何事なにごとでも徳義とくぎで持もつてるのさ、よく氣きをつけて御覽ごらん』夫人ふじんは尚なほも愛あいちやんの傍そばへ近寄ちかよりました。

愛あいちやんはそんなに近寄ちかよられるのを非常ひじように厭いやがりました、第だい一、公爵夫人こうしやくふじんが甚はなはだ醜みにくい容貌ようばうでしたから、それから第だい二には、夫人ふじんが愛あいちやんの肩かたの上うへに、其その可厭いやな尖とがつた頤あごを息やすめる程ほど、全まつたく身長せいが高たかかつたものですから。それでも愛あいちやんは粗暴そばうな振舞ふるまひを好このみませんでしたから、出來できるだけそれを耐たへ忍しのんで居ゐました。『競技ゲームは今いま、些やや好いい工合ぐあひに行いつて居ゐる』云いつて愛あいちやんは少すこしく談話はなしを機はずませやうとしました。

『さう』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それにも徳義とくぎがある――「それは、それは友愛いうあいです、それは友愛いうあいです、それは此世このよを圓滑ゑんくわつにするところのものです!」』

『誰だれかゞ云いつたわ』と愛あいちやんは咡さゝやいて、『自分じぶんの稼業しやうばいに忠實ちゆうじつなものは誰だれでも成功せいこうする!』

『あア、さう!それは同おなじやうな事ことだ』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは愛あいちやんの肩かたに、其その尖とがつた小ちひさな頥あごの滅込めりこむ「滅込めりこむ」はママほど力ちからを入いれて云いひ足たしました、『それから其それの徳義とくぎは――」嗅官しうくわんに注意ちういをするのは、やがて其その音聲おんせいに注意ちういをするのと同おなじことです」』

『まア、何事なにごとに依よらず、徳義とくぎを見出みいだすことの好すきな人ひとだこと!』と愛あいちやんは思おもひました。

『お前まへは、何故なぜ私わたしがお前まへを抱だかないかと、不思議ふしぎに思おもつてるに違ちがひない』良久やゝあつて公爵夫人こうしやくふじんは、『其その理由わけは、私わたしがお前まへの紅鶴べにづるの性質せいしつを危あやぶんでるからなの。一ひとつ試ためして見みやうかしら?』

『啄つツつくわ』と、愛あいちやんは注意ちういしたものゝ、全まつたく試ためしても關かまはないと云いふ風ふうで。『然さう〱』云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、紅鶴べにづると芥子菜からしなとは何方どちらもつッつく。其それの徳義とくぎは――『類るゐを以もつて集あつまる」』

『でも、芥子菜からしなは鳥とりではなくつてよ』と愛あいちやんが云いひました。

『然さうとも』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは『なか〱明瞭はつきりとお前まへは物事ものごとを判別はんべつする!』

『それは鑛物くわうぶつだと思おもひます』と愛あいちやんが云いひました。

『無論むろんさうさ』と公爵夫人こうしやくふじんは、直たゞちに愛あいちやんの云いふことに賛成さんせいしました、

『此この近所きんじよに大おほきな芥子菜からしな鑛山くわうざんがある。それで、其それの徳義とくぎは――「私わたしのが多おほければ多おほいだけお前まへのが少すくない」』

『えゝ、知しつて居ゐてよ!』と愛あいちやんが叫さけびました、この最後さいごの言葉ことばには頓着とんちやくせずに。『それは植物しよくぶつだわ。些ちつとも人間にんげんのやうな恰好かつかうをしちや居ゐなくつてよ』

『お前まへの云いふ通とほりだ』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それで、其それの徳義とくぎは――「廋かくすより露あらはるゝはなし」――尚なほ言いひ換かへれば――「外見ぐわいけんを飾かざるな、幾いくら體裁ていさいばかり繕つくろつても駄目だめだ、蛙かはづの子こは矢やツ張ぱり蛙かはづさ」』

『大變たいへん能よく解わかりました』と愛あいちやんは甚はなはだ丁寧ていねいに云いつて、『書かいて置おきませう、覺おぼえて居ゐるやうに』

『それ程ほどのものではない』と公爵夫人こうしやくふじんが嬉うれしさうに答こたへました。

『もう其その話はなしなら澤山たくさんよ』と愛あいちやん。

『そんなら、止よさう!』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『今いま云いつた事ことは皆みんな、私わたしがお前まへへの贈物おくりものです』

『安やすい贈物おくりものだ!』と愛あいちやんは思おもひました。『私わたしは誕生日たんじやうびに此麽こんな吝けちな贈物おくりものをして貰もらひたくない!』併しかし愛あいちやんは敢あへてそれを聲こゑに出だして言いひませんでした。

『復また考かんがへてる?』と公爵夫人こうしやくふじんは、其その尖とがつた小ちひさな頤あごでモ一度ど衝ついて云いひました。

『私わたし、考かんがへる權利けんりがあつてよ』と愛あいちやんが劍突けんつくを啗くはせました、少すこし煩悶懊惱むしやくしやし出だしてゐたものですから。

『丁度ちやうど此位このくらゐの權利けんりだらう』と云いつて公爵夫人こうしやくふじんは、『豚ぶたが跳とぶくらゐのサ、それで、ト――』

併しかし此時このとき、愛あいちやんは驚おどろくまいことか、公爵夫人こうしやくふじんが其その好すきな「徳義とくぎ」と云いふ言葉ことばを云いひさして聲こゑが消きえ失うせ、愛あいちやんの腕かひなに鎖くさりのやうに結むすびついて居ゐたその腕かひなが顫ふるへ出だしたのですもの。見みると、自分じぶんの前まへには女王樣ぢよわうさまが、腕うでを拱こまねいて立たつて居をられました、苦蟲にがむしを噛かみつぶしたやうな可厭いやな顏かほして。

『御機嫌ごきげん如何いかゞに在ゐらせられますか、陛下へいかよ!』公爵夫人こうしやくふじんが低ひくい脾弱ひよわい聲こゑでお伺うかゞひ申上まをしあげました。

『汝なんぢ、覺悟かくごをせよ』女王樣ぢよわうさまは唐突いきなり聲こゑを怒いからし、斯かう云いひながら地韛踏ぢだんだふんで、『頭あたまを刎はねるが、宜いか、唯たつタ今いま!さァ!』

公爵夫人こうしやくふじんは、さつさと行いつて了しまひました。

『競技ゲームに參まゐれ』と女王樣ぢよわうさまが愛あいちやんに申まをされました、愛あいちやんは驚おどろきの餘あまり一言ひとことをも云いひ得えませんでしたが、徐しづかに其その後あとに隨ついて毬投場まりなげばへ行ゆきました。

他たの數多あまたの賓客まらうどは女王樣ぢよわうさまのお留守るすにつけこんで、樹蔭こかげに息やすんで居をりました、が、女王樣ぢよわうさまのお姿すがたを拜はいするや否いなや、急いそいで復また競技ゲームに取とりかゝりました。女王樣ぢよわうさまは只たゞ彼等かれらが一分ぷんでも遲おくれゝば、其それが彼等かれらの生命いのちに關かゝはつて來くると云いふことだけを注意ちういされました。

彼等かれらが競技ゲームをしてる間あひだも、始終しゞゆう女王樣ぢよわうさまは他たの競技者プレーヤーと爭あらそひを止やめませんでした、それで、『彼かれの頭あたまを刎はねよ!』とか、『その娘むすめの頭あたまを刎はねよ!』とか叫さけんで居をられました。女王樣ぢよわうさまが宣告せんこくせられた人々ひと〲は、數多あまたの兵士へいしに依よつて禁錮きんこの中なかに入いれられました、兵士へいしは勿論もちろんこれを爲なすためには緑門アーチを形造かたちづくつてることを止やめねばなりませんでした、其故それゆゑ半時間はんじかんか其所そこいら經たつと緑門アーチは一ひとつ殘のこらず無なくなつて了しまひました。それから競技者プレーヤーは悉ことごとく、王樣わうさまと女王樣ぢよわうさまと愛あいちやんとを除のぞいては、禁錮きんこの中なかに入いれられ、死刑しけいの宣告せんこくを待まつばかりでした。

それから女王樣ぢよわうさまは、急きふに立たち去さられやうとして愛あいちやんに、『お前まへは海龜うみがめを見みたことがあるか?』

『否いゝえ、どんなのが海龜うみがめですか些ちつとも存ぞんじません』と愛あいちやんが云いひました。

『それで海龜うみがめ肉汁スープが出來できる』と女王樣ぢよわうさまが申まをされました。

『私わたしは一ひとつも見みたことがありません、一ひとつどころか頭あたまさへも』と愛あいちやんが云いひました。

『そんならお出いで』と云いつて女王樣ぢよわうさまは、『それがお前まへに身みの上話うへばなしをするだらうから』

一緒しよに行ゆかうとした時ときに、愛あいちやんは王樣わうさまが小聲こゞゑで、一體たいに其その仲間なかまの者ものどもに斯かう云いはれるのを聞ききました、『皆みんな放免はうめんする』

『さア、それは好いい鹽梅あんばいだ!』と愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いひました、女王樣ぢよわうさまが宣告せんこくされた死刑しけいの人々ひと〲を、如何いかにも氣きの毒どくに思おもつてた所ところでしたから。

彼等かれらは直たゞちにグリフォン(鷲頭獅身しうとうしゝんの怪物くわいぶつ)の所ところへ來きて、日向ひなたぽつこ「日向ひなたぽつこ」はママしながら寢込ねこんで了しまひました。『起おきよ、懈惰者なまけものが』と云いつて女王樣ぢよわうさまは、『此この若夫人わかふじんを、海龜うみがめを見みに、又またその身みの上話うへばなしを聞ききに伴つれてまゐれ。私わたしは戻もどつて、宣告せんこくして置おいた死刑しけいの面々めん〱を取調とりしらべなければならない』女王樣ぢよわうさまは愛あいちやんばかり一人ひとりグリフォンの所ところへ置おき去ざりにして行いつて了しまはれました。愛あいちやんは全まつたく其動物そのどうぶつの容子ようすを好このみませんでしたが、それでも未まだあの野蠻やばんな女王樣ぢよわうさまの後あとへ隨ついて行ゆくよりは、それと共ともに止とゞまつて居ゐた方はうが幾いくら安全あんぜんだか知しれないと思おもひました、其故それゆゑ愛あいちやんは待まつて居ゐました。

グリフォンは坐すわり込こみ、兩眼りやうがんを擵こすつて、見みえなくなるまで女王樣ぢよわうさまを見戍みまもり、それから得意とくいげに微笑ほゝゑみました。『何なんと滑稽こつけいな!』とグリフォンは、半なかば自分じぶんに、半なかば愛あいちやんに云いひました。

『何なにが滑稽こつけいなの?』と愛あいちやんが云いひました。

『ソレ、あの女王樣ぢよわうさまサ』とグリフォンが云いひました。『みんな女王樣ぢよわうさまの空想くうさうだ、どうして一人ひとりでも死刑しけいに出來できるものか。ねえ。お出いでよ!』

『誰だれでも大抵たいてい「お出いでよ!」さァと云いふものだのに』と思おもひながら愛あいちやんは、徐しづかに其その後あとから隨ついて行ゆきました、『こんな風ふうに云いはれたのは生うまれてから初はじめで「初めで」はママだわ、眞個ほんとうに!』

彼等かれらは遙はるか行ゆかずして、遠方ゑんぱうに海龜うみがめが、爼形まないたなりの小ちひさな岩いはの上うへに、悲かなしさうにも亦また淋さびしさうに坐すわつて居ゐるのを見みました、彼等かれらが段々だん〱近寄ちかよつて來きた時ときに、愛あいちやんは其それが其その心臟しんざうも碎くだけよとばかり大おほきな溜息ためいきを吐つくのを聞ききました。『愛あいちやんは深ふかくそれを憫あはれに思おもひました。『何なにか悲かなしいのでせう!』と愛あいちやんがグリフォンに訊たづねました、グリフォンは以前まへと殆ほとんど同おなじやうな言葉ことばで、『それは皆みんな彼あれの空想くうさうだ、何なにも悲かなしんでるのではない、ねえ。お出いでよ!』

乃そこで彼等かれらは海龜うみがめの傍そばへ行ゆきました、海龜うみがめは大おほきな眼めに一ぱい涙なみだを溜ためて彼等かれらを見みました、が、何なにも云いひませんでした。

『これ此この若夫人わかふじんが』云いつてグリフォンは、『夫人ふじんがお前まへの身みの上話うへばなしを聞ききたいと被仰おツしやッてだ』

『話はなしませう』と云いつて海龜うみがめは太ふとい銅鑼聲どらごゑで、『お坐すわりな、二人ふたりとも、それで私わたしが話はなし終をへるまで、一言ひとことでも饒舌しやべつてはならない』

そこで彼等かれらは坐すわり込こみました、暫しばらくの間あひだ誰だれも話はなしませんでした。愛あいちやんは自みづから思おもふやう、『何時いつ話はなし終をへるんだか私わたしには解わからないわ、話はなし初はじめもしないで居ゐてさ』併しかし愛あいちやんは我慢がまんして待まつてゐました。

『甞かつて』と終つひに海龜うみがめが云いつて、深ふかい長太息ためいきをして、『私わたしは實際じつさい海龜うみがめでした』

長ながき沈默ちんもくに次つぐに僅わづかこれだけの言葉ことばでした、それも時々とき〲グリフォンの『御尤ごもつとも!』と云いふ間投詞かんとうしや、絶たえず海龜うみがめの苦くるしさうな歔欷すゝりなきとに妨さまたげられて絶たえ〲に。愛あいちやんは殆ほとんど立たち上あがらんばかりになつて、『有あり難がたうよ、面白おもしろい話はなしだわ』云いつたものゝ、未まだ後あとが無なければならないと思おもつたものですから、靜しづかに坐すわつて何なにも云いひませんでした。

『私わたしどもは小ちひさい時ときに』と終つひに海龜うみがめが續つゞけました、尚なほ折々をり〱少すこしづゝ歔欷すゝりなきして居ゐたけれども、以前まへよりは沈着おちついて、『私わたしどもは海うみの中なかの學校がくかうへ行ゆきました。校長先生かうちやうせんせいは年老としとつた海龜うみがめでした――私わたしどもは其その先生せんせいを龜かめノ子こ先生せんせいと呼よび慣ならしてゐました。――』

『何故なぜ龜かめノ子こ先生せんせいッて呼よんだの、然さうでないものを?』と愛あいちやんが尋たづねました。

『其その先生せんせいが私わたしどもに教をしへたから、其その先生せんせいを龜かめノ子こ先生せんせいッて呼よんだのさ』と海龜うみがめは腹立はらだゝしげに云いつて、『眞個ほんとうにお前まへは鈍物どんだね!』

〔図〕fig49853_10.png
グリフォンと愛ちやんと海龜の図

『耻はづかしくもなく能よくこんな莫迦ばかげた事ことが訊きかれたものだ』とグリフォンが云いひ足たしました。彼等かれらは雙方さうはうとも默だまつた儘まゝ坐すわつて憐あはれな愛あいちやんを見みてゐました。愛あいちやんは穴あなにも入いりたいやうな氣きがしました。やがてグリフォンが海龜うみがめに云いふには、『もつと先さきをサ!早はやくしないと日ひが暮くれるよ!』促うながされて漸やうやく彼かれは、『全まつたく、私わたしどもは海うみの中なかの學校がくかうへ行いつたのです、お前方まへがたが信しんじないかも知しれないけど―』

『决けつして信しんじないとは云いやしなくッてよ!』と愛あいちやんが喙くちを容いれました。

『では、信しんじて』と海龜うみがめ。

『默だまつて聽きけ!』愛あいちやんが復また饒舌しやべり出だしさうなので、グリフォンが注意ちういしました。海龜うみがめは尚なほも續つゞけて、――

『私わたしどもは最上さいじやうの教育けういくを受うけました――實際じつさい、私わたしどもは毎日まいにち學校がくかうへ行ゆきました――』

『私わたしだつても學校がくかう時代じだいはあつてよ』と云いつて愛あいちやんは、『そんなに自慢じまんしなくッても可いいわ』

『殊更ことさらに!』と少すこし氣遣きづかはしげに海龜うみがめが云いひました。

『さうよ』と云いつて愛あいちやんは、『私達わたしたちは佛蘭西語フランスごと音樂おんがくとを習ならつたわ』

『そんなら洗濯せんだくは?』と海龜うみがめが云いひました。

『全まつたく習ならはないの!』と、愛あいちやんは口惜くやしさう。

『あァ!それならお前まへのは眞個ほんとうに善よい學校がくかうではなかつたのだ』と海龜うみがめは大だいなる確信かくしんを以もつて、『今いま私わたしどもの方はうでは其麽そんなものは皆みんな課目表くわもくへうの終をはりにある、「佛蘭西語フランスごや、音樂おんがくや、それから洗濯せんだく――其他そのた」』

『海うみの底そこに住すんでるのに、そんなに何なにも必要ひつえうはないわ』と愛あいちやん。

『私わたしはそれを習ならふために授業じゆげふを受うけてはゐませんでした』と云いつて海龜うみがめは長太息ためいきし、『私わたしは只たゞ規則きそく通どほりの課程くわていを履ふんだゝけです』

『それは何どんなの?』と愛あいちやんが訊たづねました。

『紡つむぐことゝ扭よることサ、無論むろん、初はじめから』と海龜うみがめは答こたへて、『それから算術さんじゆつの四則そく、――野心やしん、亂心らんしん、醜飾しうしよく、それに嘲弄てうろう』

『「醜飾しうしよく」なンて聞きいたことがないわ』と愛あいちやんが一本ぽん突つッ込こみました。『一體たいそれはどんな事こと!』

グリフォンは驚おどろきの餘あまり其その前足まへあしを兩方りやうはうとも持上もちあげました。『醜飾しうしよくなんて聞きいたことがないね!』と叫さけんで、『お前まへは裝飾さうしよくするッて何なんの事ことだか知しつてるだらう、え?』

『えゝ』と愛あいちやんは生返辭なまへんじをして――、『その意味いみは――す――するッて――何なにかを――もつと綺麗きれいにするッて』

『よし、それなら』とグリフォンは續つゞけて、『若もし醜飾しうよしよくルビの「しうよしよく」はママすると云いふことを知しらないならお前まへは愚人ばかだ』

愛あいちやんは最もう其それについて質問しつもんする勇氣ゆうきも何なにも無なくなつて了しまひ、海龜うみがめの方はうへ振向ふりむき、『其その他ほか何なにを習ならつて!』

『さうね、不思議ふしぎなこと』と海龜うみがめは答こたへて、其その岩いはの上うへに目録もくろくを數かぞへ出だしました、『――不思議ふしぎな事こと、古今こゝんに亘わたれる大海學だいかいがくの、それから懶聲なまけごゑを發だすこと――懶聲なまけごゑの先生せんせいは年老としとつた海鰻はもで、一週しう一度ど來くることになつて居ゐました、彼かれは私わたしどもに懶聲なまけごゑを出だすことゝ、伸のびをすることゝ、それから蜷局とぐろを卷まくことゝを教をしへました』

『それは何なにが好すきだつたの?』と愛あいちやんが云いひました。

『さァ、私わたしにはそれをお前まへにやつて見みせられない』と海龜うみがめは云いつて、『體からだが餘あまり岩疊がんじようだから。それでグリフォンも决けつしてそれを習ならひませんでした』

『時間じかんがなかつたんだもの』と云いつてグリフォンは、『でも、私わたしは古典學こてんがくの先生せんせいの所ところへ行ゆきました。先生せんせいは年老としとつた蟹かにでした、全まつたく』

『私わたしは一度ども其その先生せんせいの所ところへ行ゆきませんでした』と云いつて海龜うみがめは長太息ためいきし、『その先生せんせいは笑わらふことゝ悲かなしむことゝを教をしへてゐたさうです』

『然さうかい、さうかい』と云いつてグリフォンは、自分じぶんの番ばんが來きたと云いはぬばかりに、これも亦また長太息ためいきを吐つきました、それから二疋ひきの動物どうぶつは其その顏かほをその前足まへあしで掩おほひ隱かくしました。

『そんなら一日にちに何時間なんじかんお前まへは稽古けいこをしたの?』と愛あいちやんは話題はなしを變かへやうとして急いそいで云いひました。

『初はじめの日ひは十時間じかん』と海龜うみがめが云いつて、『次つぎの日ひは九時間じかん、それからずッとそんな風ふうに』

『奇妙きめうな仕方しかただわね!』と愛あいちやんが叫さけびました。

『それだから其それが學科がくくわと稱いはれるのです』とグリフォンが注意ちういしました、『然さうして毎日々々まいにち〱習ならひくづしになつて行ゆくのです』

これは全まつたく愛あいちやんには耳新みゝあたらしい事柄ことがらでした、愛あいちやんは暫しばらく考かんがへてゐましたが、『それで十一日目じふいちにちめには日曜にちえふだつたでせう』

『無論むろん然さうでした』と海龜うみがめ。

『では十二日目にちめには何どうしたの?』と愛あいちやんが熱心ねつしんに續つゞけました。

『それで最もう學課がくくわの事ことは澤山たくさんだ』とグリフォンは决然きつぱり云いつて、『何なにか遊戯いうぎについて其娘そのこに話はなしてやれ』

第十章 蝦えびの舞踏ぶたう

海龜うみがめは深ふかくも長太息ためいきを吐ついて、その眼前がんぜんに懸かゝれる一枚まいの屏風岩べうぶいはを引寄ひきよせました。彼かれは愛あいちやんの方はうを見みて、談話はなしをしやうとしましたが、暫しばらくの間あひだ、歔欷すゝりなきのために其その聲こゑが出でませんでした。『宛まるで咽喉のどに骨ほねでも痞つかへてゐるやうだ』と云いつてグリフォンは、其背中そのせなかを搖ゆすつたり衝ついたりし初はじめました。遂つひに海龜うみがめの聲こゑは直なほりましたが、涙なみだは頬ほゝを傳つたはつて――

『お前まへには長ながく海うみの下したに住すんでることが出來できなかつたらう――』(『住すんぢや居ゐなかつたわ』と愛あいちやんが云いひました)『それで多分たぶん蝦えびには紹介せうかいされなかつたらうね――』(愛あいちやんは『何時いつか食たべたことがあつてよ――』と云いひ出だしました、が急いそいで止やめて、『否いゝえ、全まつたくないのよ』と云いひ直なほしました)『――ではお前まへは未まだ蝦えびの舞踏ぶたうが何どんなに面白おもしろいものだか知しらないね!』

『さうよ』と云いつて愛あいちやんは、『それはどんな風ふうな舞踏ぶたう?』

『然さうさね』と云いつてグリフォンは、『最初さいしよ海岸かいがんに沿そうて一列れつをつくる――』

『二列れつさ!』と海龜うみがめは叫さけんで、『多おほくの海豹あざらしや、海龜うみがめなぞが、それから往來わうらいの邪魔じやまになる海月くらげを追おッ拂ぱらふ――』

『それは大抵たいてい二三時間じかんかゝる』とグリフォンが喙くちを容いれました。

『――二度ど進すゝむ――』

『各々おの〱一疋ぴきの蝦えびを相手あひてに!』とグリフォンが叫さけびました。

『勿論もちろん』と海龜うみがめは云いつて、『二度ど進すゝんで、相手あひてを打棄放うつちやりぱなしにする――』

『――蝦えびを變かへて、順々じゆん〲に後あとへ退しざつて來くる』とグリフォンが續つゞけました。

『それで、ねえ』と海龜うみがめは續つゞけて、『お前まへが投なげる――』

『蝦えびを!』と叫さけんでグリフォンは、空中くうちゆうに跳とび上あがりました。

『――精せい一ぱい遙はるかの海うみへ――』

『其後そのあとから泳およいで行ゆく!』とグリフォンが叫さけびました。

『海うみの中なかで筋斗返とんぼがへりをする!』と叫さけんで海龜うみがめは、妄やたらに跳はね廻まはりました。

『も一度ど蝦えびを變かへる!』とグリフォン。

『再ふたゝび陸りくに返かへる、それで――それが第一だいいちの歩調ほてうの總すべてゞある』と海龜うみがめは、遽にはかに其その聲こゑを落おとして云いひました。始終しゞゆう氣きの狂くるつたやうに跳はね廻まはつて居ゐた二疋ひきの動物どうぶつは、極きはめて悲かなしげにも亦また靜しづかに再ふたゝび坐すわり込こみ、愛あいちやんの方はうを眺ながめました。

『それは屹度きつと大層たいそう結構けつかうな舞踏ぶたうに違ちがひないわ』と愛あいちやんが恐おそる〱云いひました。

『少すこし見みたいだらう?』と海龜うみがめが云いひました。

『澤山たくさん見みたいわ、眞個ほんとうに』と愛あいちやん。

『どれ、第一だいいちの歩調ほてうをやつて見みよう!』と海龜うみがめがグリフォンに云いひました。『蝦えびがなくても出來できるだらう、何方どつちが歌うたはう?』

『さうだ、お前まへ、歌うたへ』とグリフォンが云いひました。『私わたしは全然すつかり言葉ことばを忘わすれて了しまつた。

乃そこで彼等かれらは正式せいしきに愛あいちやんの周まはりをぐる〱踊をどり廻まはりました、餘あまり近ちかづき過すぎて時々とき〲その趾あしゆびを踏ふんだり、拍子ひやうしを取とるために前足まへあしを振ふつたりして、其その間あひだ海龜うみがめは極ごく徐しづかに又また悲かなしげに斯かう歌うたひました、――

『もつと素早すばやく何故なぜゆけぬ?』と蝸牛でゝに向むかつて胡粉ごふんが云いつた、

『海豚いるかが背後うしろで、尻尾しつぽを踏ふむに。

蝦えびと龜かめとが一生懸命しやうけんめいに進すゝんで行ゆくは!

皆みんな待まつてる磧かはらの上うへに――さア〱一緒しよに來きて踊をどらぬか?

お出いでよ、お出いで、お出いでよ、お出いで、さア〱一緒しよに來きて踊をどらぬか?

お出いでよ、お出いで、お出いでよ、お出いで、さア〱一緒しよに來きて踊をどらぬか?

『ほんとに知しらぬか其その嬉うれしさを、

手玉てだまに取とられて海うみの方はうへ遠とほく、蝦えびと一緒しよに投なげられる時ときの!』

蝸牛かたつむりめが答こたへて云いつた、『早はやい、早はやい!』と横目よこめで睨ねめて――

眞白ましろな胡粉ごふんに心しんから謝しやして、それでも踊をどりの仲間なかまにや入いらず。

仲間なかまにならぬか、仲間なかまにおなり、仲間なかまにおなりよ、仲間なかまにおなり、一緒しよに入はいつて踊をどらんせ。

『遠とほくへ行いツ了ちまつて何どうする積つもり?』と、同おなじ鱗うろこの友達ともだちが云いつた。

『も一ひとつ海岸かいがんが、向むかふの方はうに。

英吉利イギリス離はなれて佛蘭西フランスに近ちかく――

歸かへるな可愛かあいい、蒼白あをじろい蝸牛でゝよ、さア〱一緒しよに來きて踊をどらんせ。

踊をどれよ、踊をどれ、 踊をどれよ、踊をどれ、さア〱一緒しよに來きて踊をどらぬか?

踊をどれよ、踊をどれ、 踊をどれよ、踊をどれ、さア〱一緒しよに來きて踊をどらぬか?』

『有難ありがたう、見みてると却々なか〱面白おもしろい舞踏ぶたうだわ』と云いつて愛あいちやんは、漸やうやくそれが濟すんだのを嬉うれしく思おもひました、『私わたしも其その奇妙きめうな胡粉ごふんの歌うたが大好だいすきよ!』

『ナニ、胡粉ごふんだつて』と云いつて海龜うみがめは、『彼等かれらが――勿論もちろん、お前まへはそれを見みたことがあるんだらう?』

『然さうよ』と云いつて愛あいちやんは、度々たび〱それを見みてよ、御馳ごち――』云いひかけて急きふに口くちを噤つぐんで了しまひました。

『何處どこに御馳ごちなンてものがあるか』と云いつて海龜うみがめは、『だが、若もしお前まへがそんなに度々たび〱それを見みたならば、無論むろんお前まへはそれの好すきな物ものを知しつてるだらう』

『えゝ、知しつてゝよ』と愛あいちやんは小癪こしやくにも答こたへて、『其その中なかに尾をのやうなものがあるのは――それは皆みんな屑くづですッて』

『屑くづだなんて云いつては間違まちがひだ』と海龜うみがめが云いひました、『屑くづは皆みんな海うみの中なかで洗あらひ流ながす。でも、其その中なかには尾をのやうなものがある、其その理由わけは――』海龜うみがめは欠あくびをして、それから目めを瞑つぶり、『其理由そのわけを悉皆すつかり娘むすめに話はなしてやれとグリフォンに云いひました。

『その理由わけは』と云いつてグリフォンは、『それは何時いつでも蝦えびと一緒しよに舞踏ぶたうをする。其故それゆゑ皆みんな海うみの中なかへ放はふり込こまれる。それで長ながい道程みちのりを墜おちて行ゆかなければなりませんでした。そのため中なかに先まづ尾をのやうなものがあるので、その尾をは再ふたゝび外そとへ出だすことは出來できません。それだけの事ことです』

『ありがたう』と云いつて愛あいちやんは、『隨分ずゐぶん面白おもしろいのね。今いままで知しらなかつたのよ、そんなに澤山たくさん胡粉ごふんのことについては』

『好すきなら、もつと幾いくらでも話はなす』とグリフォンが云いひました。『それが胡粉ごふんと稱よばれる理由わけは?』

『未まだ其麽そんな事ことを考かんがへて見みたことがなくつてよ』と云いつて愛あいちやんは、『何故なぜさ?』

『それは長靴ながぐつにもなれば短靴たんぐつにもなる』とグリフォンが頗すこぶる嚴おごそかに答こたへました。

愛あいちやんは何なにが何なんだか薩張さつぱり道理わけが解わからず、『長靴ながぐつにもなれは「なれは」はママ半靴はんぐつにもなる!』と不審いぶかしげな調子てうしで繰返くりかへしました。

『それ、お前まへの靴くつは何なんで然さうなつてる?』と云いつてグリフォンは、『何なんだと云いふことさ、そんなに光ひかつてるのは?』

愛あいちやんはそれを見みながら暫しばらく考かんがへて居ゐましたが、『それは全まつたく靴墨くつずみの所爲せゐだわ』

『海底かいていの長靴ながぐつと半靴はんぐつは』とグリフォンが重々おも〱しい聲こゑで續つゞけて、『胡粉ごふんを着つけてる。何どうだ、解わかつたらう』

『そんなら、それは何なにから製造つくられるの?』と愛あいちやんはさも物珍ものめづらしさうに訊たづねました。

『靴底魚したひらめと鰻うなぎとでサ、勿論もちろん』とグリフォンは些やや焦心じれッたさうに答こたへて、『蝦えびッ子こに聞きけ』

『若もし私わたしが胡粉ごふんだつたら』と云いつて愛あいちやんは、猶なほ其その歌うたのことを思おもひながら、『私わたしなら海豚いるかに云いつてやつたものを、「お歸かへりよ、お前まへなんぞとは一緒しよに居ゐたくもない!」ッて』

『皆みんな仕方しかたなしに一緒しよに居ゐたんだ』と海龜うみがめが云いひました、『どんな賢かしこい魚さかなでも、海豚いるかを伴つれなくては何處どこへも行ゆけやしないもの』

『然さうかしら?』と如何いかにも驚おどろいたやうに愛あいちやんが云いひました。

『無論むろん然さうとも』と云いつて海龜うみがめは、『だから、若もし或ある魚さかなが私わたしの所ところへ來きて、旅行りよかうに出懸でかけるンですがと話はなすならば、私わたしは何時いつでも「どんな海豚いるかと一緒しよに?」と訊たづねる』

『ナニ、「射いるか」ですッて?』と愛あいちやんが云いひました。

『今いま云いつた通とほりさ』と海龜うみがめは腹立はらだゝしげに答こたへました。乃そこでグリフォンが、『さァ、何なにかお前まへの冐險談ばうけんだんを聞きかう』

『冐險談ばうけんだんをしませうか――今朝けさから初はじめて』と云いつて愛あいちやんは些やや恐おそる々々「恐おそる々々」はママ、『でも、昨日きのふにまで後戻あともどりするには及およばなくつてよ、何故なぜッて、私わたしは其時そのときには異ちがつた人間にんげんだつたのですもの』

『何どう云いふ理由わけだか皆みんな云いつて御覽ごらん』と海龜うみがめが云いひました。

『否いゝえ、否いゝえ!冐險談ばうけんだんが先さき』云いつてグリフォンは焦心じれッたさうに、『説明せつめいなンて、時間じかんばかり要かゝつて仕方しかたがない』

乃そこで愛あいちやんは、最初さいしよ白兎しろうさぎを見みた時ときからの冐險談ばうけんだんを彼等かれらに話はなして聞きかせました。初はじめの中うちは些やや心後きおくれして默だまつて居ゐますと、二疋ひきの動物どうぶつがその側そばに近寄ちかよつて來きました、右みぎと左ひだりに一疋ぴき宛づゝ、眼めと口くちとを開けるだけ大おほきく開あいて、でも、愛あいちやんは元氣げんきを出だして話はなし續つゞけました。其その聽衆てうしゆうは愛あいちやんが毛蟲けむしに、『裏うらの老爺ぢいさん』を復誦ふくせうして聞きかす段だんになる迄までは、全まつたく靜しづかにしてゐましたが、全然まるで間違まちがつたことばかり言いふので、海龜うみがめは呆あきれ返かへつて、『可笑をかしなこと』

『眞個ほんとうに莫迦ばかげて居ゐる』とグリフォンが云いひました。

『殘のこらず違ちがつてる!』と考かんがへ拔ぬいた揚句あげく、海龜うみがめが復また云いひました。『もう一度ど復誦ふくせうして呉くれッて、娘むすめに然さう云いへ』其それは恰あだかも愛あいちやん以上いじやうに或ある權威けんゐを持もつてゞも居ゐるかのやうに、グリフォンの方はうを顧かへりみました。

『立たつて、やり直なほせ、今度こんどは「懶惰者なまけものの聲こゑ」を』とグリフォンが云いひました。

『まァ、可厭いやな動物どうぶつだこと、人ひとに命令いひつけたり、人ひとに學課がくくわのやり直なほしをさせたりして!』と愛あいちやんは思おもひました。『丁度ちやうど學校がくかうに居ゐるやうだわ』云いつて愛あいちやんは立たち上あがり、それを復誦ふくせうし初はじめました、が、全まつたく夢中むちゆうに蝦えびの舞踏ぶたうのことばかり思おもつてゐて、自分じぶんで自分じぶんが何なにを云いつてるのか、殆ほとんど知しりませんでした、其故それゆゑその詞ことばは甚はなはた「甚はなはた」はママ奇妙きめうなものになつて了しまひました。

『あれは確たしかに、蝦えびの聲こゑ、

「莫迦ばかに眞赤まつかに燒やけすぎた、頭あたまに砂糖さたうをかけてくれ」

鶩あひるが瞼まぶたでするやうに、蝦えびは自みづから其その鼻はなで

帶おびしめ鈕ぼたんかけ身みを固かため、趾あしゆび殘のこらず裏返うらがへす。

濵はまの眞砂まさごの乾上ひあがる時ときは、樂たのしさうにも雲雀ひばりのやうに、

鱶ふかの奴やつらの惡口わるくち云いへど、

潮しはルビの「しは」はママが上あがつて數多あまたの鱶ふかが、

來くれば臆病おくびやうな顫ふるへ聲ごゑ』

『それは私わたしが子供こどもの時ときに、始終しゞゆう口癖くちぐせのやうに云いつて居ゐたのとは異ちがふ』とグリフォンが云いひました。

『然さうさ、私わたしもこれまで聞きいたことがない』と云いつて海龜うみがめは、『妙めうな寐言ねごとだこと』

愛あいちやんは何なんにも云いはず、兩手りやうてで顏かほを抑おさえて坐すわり込こみました、何どうなることかと心配しんぱいしながら。

『どうか説明せつめいして貰もらひたいものだ』と海龜うみがめが云いひました。

『あの娘こに説明せつめいが出來できるものか』と慌あはたゞしく云いつてグリフォンは、『それよりも次つぎの節せつを願ねがひませう』

『だが、趾あしゆびの事ことだらうね?』と海龜うみがめが念ねんを押おしました。何どうして鼻はなで其それを裏返うらがへすことが出來できたかえ?』

『それは舞踏ぶたうの第一だいいちの姿勢しせいだわ』と云いつたものゝ愛あいちやんは、全まつたく當惑たうわくしたので、切しきりに話頭はなしを更かへやうとしました。

『次つぎの節せつを願ねがひます』とグリフォンが再ふたゝび云いひました、『それは「庭にはを通とほる時とき」と云いふのが始はじめだ』

愛あいちやんは决けつして逆さからはうとはしませんでした、屹度きつと殘のこらず間違まちがふだらうとは思おもひましたが、それでも尚なほ顫ふるへ聲ごゑで、――

『庭にはを通とほる時とき、ちらと見みた、

豹へうと梟ふくろが饅頭まんぢうの分配ぶんぱい、

豹へうは外皮かはやら、肉にくやら、肉汁スープ、

梟ふくろは馳走ちさうに皿さら貰もらうた。

饅頭まんぢうが終をへたら、お土産みやげに、

梟ふくろは衣嚢かくしに匙さじ入いれた、

豹へうは小刀ナイフと肉叉にくさじを、

藏しまうて、どうやら酒宴さかもりが――』

『品物しなものばかり列ならべ立たてたつて何なんの役やくに立たつか?』と海龜うみがめは遮さへぎつて、『幾いくら云いつても説明せつめいしないから。こんなに錯雜紛糾ごたくさしたことを聞きいたことがない!』

『さうさ、だから廢止よした方はうが餘よッ程ぽど可いい』とグリフォンが云いひました、愛あいちやんもそれには大賛成だいさんせいでした。

『蝦えびの舞踏ぶたうのモ一ひとつの歩調ほてうをやつて見みやうか?』とグリフォンは續つゞけて、『それとも海龜うみがめにも一ひとつ歌うたを謳うたつて貰もらはうか?』

『然さうね、歌うたの方はうが好いいわ、萬望どうぞ、海龜うみがめの』と愛あいちやんが熱心ねつしんに答こたへました、グリフォンは頗すこぶる不滿ふまんさうに、『フム!面白おもしろくでもない!「海龜うみがめ肉汁スープ」なんぞ、何なんだ老耄奴おいぼれめが?』

海龜うみがめは深ふかくも長太息ためいきを吐ついて、歔欷すゝりなきしながら咽むせぶやうな聲こゑで、かう歌うたひました、――

『見事みごとな肉汁スープ、澤山たくさんで溢こぼれさう、

温あつたかさうな皿さらに!

跼こゞまにや吸すへぬ?

晩ばんの肉汁スープ、見事みごとな肉汁スープ!

晩ばんの肉汁スープ、見事みごとな肉汁スープ!

見みい――ごとなスウ――ウプ!

見みい――ごとなスウ――ウプ!

ばア――あン――の――スウ――ウプ、

見事みごとな、見事みごとな、肉汁スープ!』

『見事みごとな肉汁スープ、魚さかなは誰だれの、

競技ゲームか、それとも何なんの皿さら?

二錢せんでも廉價やすい?

見事みごとな肉汁スープ!

一錢せんで賣うりよか?

見みい――ごとなスウ――ウプ!

見みい――ごとなスウ――ウプ!

ばア――あン――の――スウ――ウプ、

見事みごとな、見みい――ごとな肉汁スープ!』

『モ一度いちど合唱がつせうを!』とグリフォンが叫さけびました、海龜うみがめがそれを繰返くりかへさうとした時ときに丁度ちやうど、『審問しんもん始はじめ!』の叫さけび聲ごゑが遠方えんぱうに聞きこえました。

『それッ!』と云いひさまグリフォンは、愛あいちやんの手てを取とつて急いそぎ立去たちさりました、歌うたの終をはるを待またずして。

『何なんの審問しんもん?』愛あいちやんは喘あへぎ〱駈かけました、グリフォンは只たゞ『それッ!』と叫さけんだのみで、益々ます〱速はやく走はしりました、風かぜが持もて行ゆく唄うたの節ふし、――

『ばア――あン――のスウ――ウプ、

見事みごとな、見事みごとな、肉汁スープ!』

第十一章 栗饅頭くりまんぢうの裁判さいばん

心臟ハートの王樣わうさまと女王樣ぢよわうさまとがお着ちやくになり、其その玉座ぎよくざにつかせられました時とき、多勢おほぜいのものどもが其周そのまはりに集あつまつて來きました――骨牌カルタの一ひト包つゝみと同おなじやうな、小鳥ことりや獸けものが殘のこらず、軍人ネーブは鎖くさりに繋つながれて、御前ごぜんに立たつてゐました、左右さいうから二人ふたりの兵士へいしに護衞ごゑいされて、王樣わうさまのお側そばには、片手かたてに喇叭らつぱ、片手かたてに羊皮紙やうひしの卷物まきものを持もつた白兎しろうさぎが居ゐました。法廷ほふていの眞中まんなかには一脚きやくの洋卓テーブルがあつた、其上そのうへには栗饅頭くりまんぢうの大おほきな皿さらが載のつてゐました、見みるからに美味うまさうなので、愛あいちやんは何どうかしてそれを食たべて見みたくて堪たまりませんでした――『審問しんもんが始はじまれば可いいが』とも、亦また、『その菓子くわしを廻まはして欲ほしいナ!』とも思おもひましたが、却々なか〱そんな機會きくわいの來きさうにもありませんでした、愛あいちやんは所在しよざいなさに四邊あたりを眺ながめ初はじめました。

〔図〕fig49853_11.png法廷

法廷

愛あいちやんは甞かつて法廷ほふていに行いつたことがありませんでした、只たゞそれを書物しよもつで讀よんだばかりでしたが、それでも其處そこにある大抵たいていの物ものの名なを知しることが出來できたので、非常ひじやうに悦よろこんでゐました。『あれが裁判官さいばんくわんだわ』愛あいちやんは獨語ひとりごとを云いつて、

『だつて、大おほきな鬘かつらを着つけてゝよ』

裁判官さいばんくわんは序つひでに、王樣わうさまがなされました。王樣わうさまは鬘かつらの上うへに其その冠かんむりを戴いたゞき、如何いかにも不愉快ふゆくわいさうに見みえました、それのみならず、それは少すこしも似合にあひませんでした。

『それから、あれが裁判官さいばんくわんの席せきなのよ』と愛あいちやんは思おもひながら、『それで、あの十二の動物どうぶつは』(愛あいちやんは否いやでも應おうでも動物どうぶつと云いはない譯わけには行ゆきませんでした、でも其その中なかには動物どうぶつも居ゐれば、亦また鳥とりも居ゐたのですもの)『屹度きつと陪審人ばいしんにんなんだわ』愛あいちやんは此この最後さいごの詞ことばを獨語ひとりごとのやうに二三度ど繰返くりかへし〱、些やや誇顏ほこりがはルビの「ほこりがは」はママに云いひました、何故なぜといふに、自分じぶん位ぐらゐの年齡格好としかつかうの小娘こむすめで、全まつたく其意味そのいみを知しつてるのは甚はなはだ稀まれだと實際じつさい愛あいちやんは然さう思おもつてゐましたから。けれども『陪審官ばいしんくわん』と云いつた方はうが一層そう正たゞしいのです。

十二の陪審人ばいしんにんは皆みんな忙いそがしさうに石盤せきばんに書かいてゐました。『何なにを皆みんなで爲してるんでせう?』と愛あいちやんはグリフォンに咡さゝやいて、『審問しんもんが始はじまらないので、未まだそんなに何なにも書かくことがないんだわ』

『銘々めい〱自分じぶんの名なを書かいてるんだ』とグリフォンが答こたへて、『審問しんもんの濟すむまでに忘わすれて了しまふと困こまるから』

『愚物ばかだわねえ!』と愛あいちやんは大おほきな聲こゑで齒痒はがゆさうに云いひ出だしましたが、『默だまれ!』と白兎しろうさぎが叫さけんだので、急いそいで止やめました。王樣わうさまは眼鏡めがねをかけ、誰だれが話はなしたのかと思おもつて、きよろ〱四邊あたりを見廻みまはされました。

愛あいちやんは陪審人ばいしんにんが殘のこらず其その石盤せきばんに、『愚物ばかだわねえ!』と書かきつけてゐるのを、皆みんなの肩越かたごしに全然すつかり能よく見みました、それのみならず愛あいちやんは、其その中うちの一ひとつが「愚物ばか」と何どう書かいて可いいか分わからないので、その隣となりのに聞きいてたことまでも知しりました、『きれいに汚よごれて了しまふだらう、石盤せきばんが、審問しんもんの濟すむまでには!』と愛あいちやんは思おもひました。

陪審人ばいしんにんの一ひとつが鉛筆えんぴつを軋きしらせました。立たつことを許ゆるされないにも拘かゝはらず愛あいちやんは、法廷ほふていを廻まはつて其その背後うしろへ行ゆき、隙すきを狙ねらつて手早てばやくそれを取とり去さりました。餘あまりに敏捷すばしこくやられたので、可哀相かあいさうに小ちひさな陪審人ばいしんにんは(それは蜥蜴とかげの甚公じんこうでした)茫然ぼんやりして了しまひました、隈くまなく探さがし廻まはつたが見當みあたらず、餘儀よぎなく其その日ひはそれから一本ぽんの指ゆびで書かいてゐました、が、それは殆ほとんど用ようをなしませんでした、石盤せきばんに何なんの痕跡あとも殘のこらぬので。

『使者ししやよ、其その告訴こくそを讀よめ!』と王樣わうさまが申まをされました。

乃そこで白兎しろうさぎは三度たび喇叭らつぱを吹ふき、それから羊皮紙やうひしの卷物まきものを開ひらいて、次つぎのやうに讀よみました。

『心臟ハートの女王樣ぢよわうさま、栗饅頭くりまんぢうを製つくつた、

夏なつの日ひに皆みんな、

心臟ハートの軍人ネーブ、栗饅頭くりまんぢうを盜ぬすんで、

皆みんな持もつて逃にげた!』

『判决はんけつは』と王樣わうさまが陪審官ばいしんくわんに申まをされました。

『未まだ、〱!』と兎うさぎは急いそいで遮さへぎつて、『其その以前まへに爲すべき事ことが澤山たくさんあります!』

『第一だいいちの證人しようにんを喚よび出だせ』と王樣わうさまが申まをされました。白兎しろうさぎは三度たび喇叭らつぱを吹ふいて『第一だいいちの證人しようにん!』と聲こゑをかけました。

第一だいいちの證人しようにんは帽子屋ばうしやでした。彼かれは片手かたてに茶碗ちやわん、片手かたてに牛酪麺麭バターパンを一ひト片かけ持もつて入はいつて來きました。『お免ゆるしあれ、陛下へいかよ』と云いつて彼かれは、『こんな物ものを持もち込こみまして、でも、お喚よび出だしになりました時とき、お茶ちやを飮のみかけて居ゐましたものですから。』

『濟すんで居ゐた筈はづだが』と王樣わうさまが申まをされました。『何時いつ始はじめたのか?』

帽子屋ばうしやは、福鼠ふくねずみと手てに手てを取とつて、其その後あとから續つゞいて法廷ほふていに入はいつて來きた三月兎ぐわつうさぎを見みて、『三月ぐわつの十四日かだつたと思おもひます』と云いひました。

『十五日にち』と三月兎ぐわつうさぎが云いひました。

『十六日にち』と福鼠ふくねずみが云いひました。

『それを書かきつけとけ』と王樣わうさまが陪審官ばいしんくわんに申まをされました、陪審官ばいしんくわんは熱心ねつしんにその石盤せきばんに三つの日ひを書かきつけました、それから何なんでも關かまはず其その答こたへを列記れつきしました。

『お前まへの帽子ばうしを脱ぬげ』と王樣わうさまが帽子屋ぼうしやに申まをされました。

『私わたしのではありません』と帽子屋ばうしやが云いひました。

『盜ぬすんだナ!』と王樣わうさまは陪審官ばいしんくわんを顧かへりみながら叫さけばれました、陪審官ばいしんくわんは絶たえず事實じゞつの備忘録びばうろくを作つくつてゐました。

『私わたしは賣うる爲ためにそれを持もつてるのです』と帽子屋ばうしやが説明せつめいのやうに言いひ足たしました、『自分じぶんの物ものは一個ひとつも持もちません。私わたしは帽子屋ばうしやですもの』

乃そこで女王樣ぢよわうさまは眼鏡めがねをかけ、氣味きみの惡わるい程ほど帽子屋ばうしやを凝視みつめられました、帽子屋ばうしやは眞まッ蒼さをになつて顫ふるへてゐました。

『證據しやうこやある』と王樣わうさまが申まをされました、『怕おそれることはない、早はやく云いへ、さもなければ即座そくざに死刑しけいだ』

これでは全まつたく證人しようにんの元氣げんきづかう筈はづがありませんでした、矢やッ張ぱりぶる〱顫ふるへながら、氣遣きづかはしげに女王樣ぢよわうさまの方はうを見みて居ゐましたが、やがて無我夢中むがむちゆうで、持もつて居ゐた茶腕ちやわん「茶腕」はママを牛酪麭麺バターぱん「麭麺」はママと間違まちがへて、一ト破片かけ大おほきく齧かじりました。

すると忽たちまち愛あいちやんは妙めうな心地きもちがして來きたので、何どうしたことかと甚はなはだ不審ふしんに思おもつて居ゐますと、復またもや段々だん〱大おほきくなり初はじめました、愛あいちやんは最初さいしよ立たち上あがつて法廷ほふていを出でやうとしましたが、考かんがへ直なほして今度こんどは、空場所あきばしよのある間あひだ斯かうして居ゐやうと决心けつしんしました。

『そんなに押おすな』と愛あいちやんの次つぎに坐すわつて居ゐた福鼠ふくねずみが云いひました。『呼吸いきも吐つけやしない』

『仕方しかたがないわ』と愛あいちやんは優やさしい聲こゑで、『大おほきくなるんですもの』

『お前まへには此處こゝで大おほきくなる權利けんりは些ちつとも無ない』と福鼠ふくねずみが云いひました。

『莫迦ばかなことをお言いひでない』と云いつて愛あいちやんは大膽だいたんにも、『お前まへだつても大おほきくなつてるぢやないの』

『然さうさ、だけど私わたしの大おほきくなり方かたは法ほふに適かなつてる』と云いつて福鼠ふくねずみは、『そんな滑稽をかしな風ふうぢやない』乃そこで忌々いま〱しさうに立たち上あがり、法廷ほふていの他たの側かはに越こえて行ゆきました。

此間このあひだも始終しゞゆう女王樣ぢよわうさまは决けつして帽子屋ばうしやから眼めを離はなされませんでした。丁度ちやうど福鼠ふくねずみが法廷ほふていを横切よこぎつた時ときに、女王樣ぢよわうさまは廷丁てい〱の一人ひとりに、『この以前まへの音樂會おんがくくわいの、演奏者えんそうしやの名簿めいぼを持もつて參まゐれ』と仰あふせられました、これを聞きいて憐あはれな帽子屋ばうしやは、慄ふるへ戰をのゝいて、穿はいてた靴くつも何なにも脱ぬいで了しまひました。

『證據しようこやある』と王樣わうさまは腹立はらだたしげに繰返くりかへされました、『無ないなら死刑しけいだ、有あるか無ないか早はやく申まをせ』

『お助たすけ下くださいませ、陛下へいかよ』と帽子屋ばうしやは顫ふるへ聲ごゑで、『――お茶ちやを飮のんでは居ゐませんでした――もう殆ほとんど一週間しうかん以上いじやうも飮のみません――オヤ、牛酪麺麭バターぱんが莫迦ばかに薄うすくなつた――一寸ちよつとの間まに――』

『一寸ちよつとの間まに何なにが?』と王樣わうさまが申まをされました。

『初はじめ、お茶ちやと申まをしたのです』と帽子屋ばうしやが瞹昧あいまいに答こたへました。

『勿論もちろん一寸ちよつとと云いふ詞ことばの初はじめにもチがつくが!』と王樣わうさまが棘々とげ〱しく申まをされました。『我われを侮辱ぶじよくするか?え!』

『お助たすけ下くださいませ』と帽子屋ばうしやは續つゞけて、『何なんだか澤山たくさん其その後うしろにちら〱して居ゐます――談はなしをしたのは三月兎ぐわつうさぎだけです――』

『しません!』と三月兎ぐわつうさぎが大急おほいそぎで遮さへぎりました。

『した!』と帽子屋ばうしや。

『しない!』と三月兎ぐわつうさぎ。

『屹度きつとしないと申まをすか』と云いつて王樣わうさまは、『もう止よせ』

『まァ、それは兎とに角かく、福鼠ふくねずみが云いふには――』と帽子屋ばうしやは續つゞけて、若もしや復また打消うちけされはしないかと、心配しんぱいさうに四邊あたりを見廻みまはしましたが、福鼠ふくねずみは打消うちけすどころか、もう疾とツくに熟睡ねこんで居ゐました。

『其その後ご』と帽子屋ばうしやは云いひ續つゞけて、『私わたしはもッと牛酪麺麭バターぱんを切きりました――』

『併しかし何なにを福鼠ふくねずみが云いつたのか?』と陪審官ばいしんくわんの一人ひとりが訊たづねました。

『思おもひ出だせません』と帽子屋ばうしやが云いひました。

『憶おぼえてる筈はづだが』と云いつて王樣わうさまは、『さもなければ汝なんぢを死刑しけいに處しよす』

不憫ふびんにも帽子屋ばうしやは、其その茶腕ちやわん「茶腕」はママと牛酪麺麭バターぱんとを落おとして了しまひ、片膝かたひざついて、『お助たすけ下くださいませ、陛下へいかよ』と初はじめました。

『お前まへは如何いかにも可哀相かあいさうなものだ』と王樣わうさまが申まをされました。

乃そこで一疋ぴきの豚ぶたが何なんとか云いつて喝采かつさいしましたが、直たゞちに廷丁てい〱のために制止とめられました。(それは漢語交かんごまじりで些やや六ヶ敷しい言葉ことばでしたが、説明せつめいすれば、皆みんなで、大おほきな麻布あさの袋ふくろの中なかへ、最初さいしよ頭あたまを切きつた豚ぶたを窃そつと入いれ、その口くちを緊乎しつかと糸いとで縛しばり、それから其その上うへに坐すわれと云いふことでした)

『然さうしたら甚麽どんなに面白おもしろいでせう』と愛あいちやんは思おもひました。『私わたしは審問しんもんの終をはりに「傍聽人ばうちやうにんが喝釆かつさい「喝釆」はママしやうとして、直たゞちに數多あまたの廷丁てい〱どもに制止とめられた」と云いふことを、屡々しば〱新聞しんぶんで讀よんでは居ゐましたが、それが何どう云いふ意味いみだか解わかりませんでした。』

『宜よろしい、下さがれ』と王樣わうさまがお續つゞけになりました。

『もう是これより下さがれません』と帽子屋ばうしやが言いひました。『御覽ごらんの通とほり床ゆかの上うへに居をります』

『然しからば坐すわれ』と王樣わうさまがお答こたへになりました。

乃そこで他たの豚ぶたが喝釆かつさい「喝釆」はママしましたが、制止とめられました。

『さァ、もう可いい!』と愛あいちやんは思おもひました。『これで安心あんしん』

『私わたしはお茶ちやを濟すませて了しまひたう御座ございます』と云いつて帽子屋ばうしやは氣遣きづかはしげに、女王樣ぢよわうさまの方はうを見みました、女王樣ぢよわうさまは演奏者えんそうしやの名簿めいぼを讀よんで居をられました。

『行いつても宜いい』と王樣わうさまが申まをされました、帽子屋ばうしやは急いそいで法廷ほふていを出でました、靴くつをも穿はきあへず。

『――それ、其その頭あたまを刎はねとばせ』と女王樣ぢよわうさまが一人ひとりの廷丁てい〱に申まをされました、が帽子屋ばうしやの姿すがたは、廷丁てい〱が戸口とぐちまで行ゆかない中うちに見みえなくなりました。

『次つぎなる證人しようにんを喚よべ!』と王樣わうさまが申まをされました。

次つぎなる證人しようにんは公爵夫人こうしやくふじんの料理人クツクでした。料理人クツクは片手かたてに胡椒こせうの箱はこを持もつて居ゐました、愛あいちやんは已すでに彼かれが法廷ほふていに入はいらぬ前まへに、戸口とぐちに近ちかく、通路とほりみちに居ゐた人民じんみんどもが、急きふに嚏くさめをし初はじめたので、直たゞちにそれが誰だれであつたかを推察すゐさつしました。

『證據しようこは』と王樣わうさまが申まをされました。

『御座ございません』と料理人クツク。

王樣わうさまは氣遣きづかはしげに白兎しろうさぎを御覽ごらんになりました、白兎しろうさぎは低聲こゞゑで、『陛下へいかは此この證人しようにんの相手方あひてかたの證人しようにんを詰問きつもんせらるゝ必要ひつえうがあります』

『よし、さらば、詰問きつもんせん』王樣わうさまは冱々さえ〲しからぬ御容子ごようすにて、腕うでを拱くみ、眉まゆを顰ひそめ、兩眼りようがん殆ほとんど茫乎ぼうツとなる迄まで、料理人クツクを凝視みつめて居をられましたが、やがて太ふとい聲こゑで、『栗饅頭くりまんぢうは何なにから製つくられるか?』

『多おほくは、胡椒こせうで』と料理人クツクが云いひました。

『糖蜜たうみつで』と彼かれの後うしろで眠ねむさうな聲こゑが云いひました。

『其その福鼠ふくねずみを彩色いろどれ』と女王樣ぢよわうさまが金切聲かなきりごゑで叫さけばれました。『其その福鼠ふくねずみを斬きれ!其その福鼠ふくねずみを法廷はふていから逐おひ出だせ!それ、抑おさえよ!そら抓つねろ!其その髯ひげを引ひッ張ぱれ』

暫しばらくの間あひだ全まつたく法廷ほふていは上うへを下したへの大騷おほさわぎでした。福鼠ふくねずみを逐おひ出だして了しまひ、皆みんなが再ふたゝび落着おちついた時とき迄までに、料理人クツクは行方ゆきがた知しれずなりました。

『關かまはない!』悠然いうぜんとして王樣わうさまが申まをされました。『次つぎなる證人しようにんを喚よべ』それから王樣わうさまは低ひくい聲こゑで女王樣ぢよわうさまに、『實際じつさい、あの、御身おんみは次つぎなる證人しようにんの相手方あひてかたの證人しようにんを詰問きつもんしなければならない。甚ひどく頭痛づつうがして來きた!』

云いひながらも王樣わうさまは、名簿めいぼを彼方此方かなたこなたと索さがして居をられました、ところで愛あいちやんは、次つぎなる證人しようにんが何どんなのだらうかと頻しきりに見みたく思おもひながら、凝じつと白兎しろうさぎを瞻戍みまもつて居ゐました、が軈やがて、『――でも未まだ充分じうぶん證據しようこが擧あがらないのですもの』と獨語ひとりごとを云いひました。愛あいちやんの驚おどろきや如何いかばかり、白兎しろうさぎが、その細ほそい金切聲かなきりごゑを張上はりあげて、『愛子あいこ!』と其その名なを讀よみ上あげました時ときの。

第十二章 愛あいちやんの證據しようこ

『はい!』と叫さけんだものゝ愛あいちやんは、餘あまりに狼狽あはてたので自分じぶんが此所こゝ少時しばらくの間あひだに、如何いかばかり大おほきくなつたかと云いふことを全然すつかり忘わすれて、遽にはかに跳とび上あがりさま、着物きものの裾すそで裁判官さいばんくわんの席せきを拂はらひ、陪審官ばいしんくわんをば殘のこらず、下したなる群集ぐんじゆの頭上づじやうに蹴轉けころがしました。愛あいちやんは其處そこに彼等かれらの這はひ廻まはるのを見みて、偶々たま〱自分じぶんが以前まへの週しうに、數多あまたの金魚鉢きんぎよばちを轉ひッ覆くりかへした時ときの態ざまを想おもひ起おこしました。

『萬望どうぞ、お宥ゆるしを願ねがひます』と愛あいちやんは消魂けたゝましい聲こゑで叫さけんで、再ふたゝび手早てばやく彼等かれらを拾ひろひ上あげました。絶たえず金魚きんぎよの事ことばかり考かんがへてゐたので、直たゞちに彼等かれらを集あつめ、各々おの〱その席せきへ歸かへしてやらなければならない、さもなければ皆みんな死しんで了しまうだらう、と愛あいちやんは只たゞ懵然ぼんやりさう思おもつてたものですから。

『審問しんもんを進すゝめることが出來できない』と王樣わうさまは極きはめて嚴格げんかくな聲こゑで、『陪審官ばいしんくわんが殘のこらずその位置ゐちに復ふくするまでは――殘のこらず』と頗すこぶる詞ことばを強つよめて繰返くりかへし、屹然きつと愛あいちやんの方はうを御覽ごらんになりました。

愛あいちやんは先まづ裁判官さいばんくわんの席せきを見み、それから大急おほいそぎで蜥蜴とかげを逆さかさまに置おきました。憐あはれな小ちひさな物ものは、全まつたく自由じゆうに動うごくことが出來できないので、只たゞ悲かなしさうに其尾そのをばかり振ふつてゐました。愛あいちやんは又また直たゞちにそれを以前もとのやうに置おき直なほし、『何方どつちにしたつて大たいした違ちがひはなくつてよ』と獨語ひとりごとを云いひました、『これは何どうしても矢張やつぱり、他ほかの者ものと同おなじ方法はうはふで審問しんもんするに限かぎるわ』

陪審官等ばいしんくわんらは些やや身體からだの顫ふるえが止とまるや否いなや、再ふたゝび石盤せきばんと鉛筆えんぴつとを渡わたされたので、皆みんな一心しんに事ことの始末しまつを書かき出だしました、獨ひとり蜥蜴とかげのみは其口そのくちを開あいたまゝ、徒いたづらに法廷はふていの屋根やねを見上みあげて、爲なすこともなく茫然ぼんやり坐すわつてゐました。

『此この事件じけんに關くわんして、其方そのはうの存ぞんじて居をることは!』と王樣わうさまが愛あいちやんに申まをされました。

『何なんにも存ぞんじません』と愛あいちやん。

『屹度きつと何なんにも存ぞんぜぬか?』と王樣わうさまが固かたく念ねんを押おされました。

『全まつたく何なんにも存ぞんじません』と愛あいちやん。

『それは極きはめて必要ひつえうな事ことだ』と王樣わうさまは陪審官ばいしんくわん一同どうを顧かへりみて申まをされました。彼等かれらが將まさにこれを石盤せきばんに書かきつけんとした時ときに、白兎しろうさぎは啄くちを容いれて、『不必要ふひつえうで御座ございます、陛下へいかよ、申まをす迄までもなく』と甚はなはだ恭うや〱しく、併しかし眉まゆを顰ひそめて申まをし上あげました。

『不必要ふひつえう、勿論もちろん、左樣さやう』と王樣わうさまは口早くちばやに云いつて、尚なほも低聲こゞゑで獨語ひとりごとを申まをされました、『不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――』と宛あだかも何どの詞ことばが最もつとも善よく發音はつおんされるかを試驗しけんするやうに。

或ある陪審官ばいしんくわんはそれを『必要ひつえう』と書かきつけ、又また或者あるものは『不必要ふひつえう』と書かきつけました。愛あいちやんは彼等かれらの石盤せきばんを見越みこせる程ほど近ちかくに居ゐたので、全然すつかりそれが分わかりました、『併しかしそれは何どうでも關かまはないわ』と密ひそかに然さう思おもひました。

此時このとき、今いままで何なにか其その備忘録ノートブツクに忙いそがしさうに書かいて居をられた王樣わうさまが、『默だまれ!』と叫さけんで、やがて御所持ごしよぢの書物しよもつをお開ひらきになり、『第だい四十二條でう。その身長せい一哩マイルより高たかき者ものは法廷はふていを去さるべし』とお讀よみになりました。

皆みんなが愛あいちやんの方はうを見みました。

『私わたしの身長せいは一哩マイルなくッてよ』と愛あいちやんが云いひました。

『ある』と王樣わうさま。

『殆ほとんど二哩マイルも高たかい』と女王樣ぢよわうさまがお附加つけたしになりました。

『何なんにしても、私わたしは出でて參まゐりません、兎とに角かく』と云いつて愛ちやんは、『のみならず、それは正たゞしい規則きそくではありません、唯たつた今いま考案かうあんされたのですもの』

『それは此この書物ほんにある最もつとも古ふるい規則きそくだ』と王樣わうさまが申まをされました。

『そんなら、それは屹度きつと一番ばんに違ちがひありません』と愛あいちやん。

王樣わうさまは眞蒼まつさをになつて、急いそいで其その備忘録ノートブツクを閉とぢ、『判决はんけつは』と陪審官ばいしんくわんに申まをされました、低ひくい顫ふるへ聲ごゑで。

『まだ〱もつと多おほくの證據しようこが御座ございます、陛下へいかよ』と云いつて白兎しろうさぎは、遽にはかに跳とび上あがり、『此この文書もんじよは只今たゞいま拾ひろひましたのです』

『何なにが其中そのなかに書かいてあるか?』と女王樣ぢよわうさまが申まをされました。

『私わたしは未まだそれを開ひらきません』と云いつて白兎しろうさぎは、『だが、それは手紙てがみのやうです、囚人しうじんの手てになつた、――何者なにものかに宛あてた』

『それに違ちがひない』と王樣わうさまが申まをされました、『名宛なあてが書かいてないとすれば、屹度きつと』

『誰だれにとも指定していしてないのか?』と陪審官ばいしんくわんの一人ひとり。

『全まつたく指定していしてありません』と云いつて白兎しろうさぎは、『實際じつさい、表面ひやうめんには何なんにも書かいてありません』それから其その文書もんじよを開ひらいて、『全まつたく手紙てがみではありません、それは歌うたの一節せつです』

『それが囚人しうじんの筆蹟ひつせきなのか?』とモ一人ひとりの陪審官ばいしんくわんが訊たづねました。

『否いゝえ、然さうではありません』と云いつて白兎しろうさぎは、『實じつに不思議ふしぎだ』(陪審官ばいしんくわんは皆みんな途方とはうに暮くれて了しまひました)

『誰だれか他ほかの者ものの僞筆ぎひつに相違さうゐない』と王樣わうさまが申まをされました。(陪審官ばいしんくわんは殘のこらず目めを瞪みはりました)

『願ねがはくは陛下へいかよ』と云いつて軍人ネーブは、『私わたしが書かいたのでは御座ございません、その證據しようこには、終しまひに名なも何なにも書かいて御座ございません』

『若もしも汝なんぢがそれに署名しよめいしなかつたとすれば』と云いつて王樣わうさまは、『尚々なほ〱惡わるい、汝なんぢの惡戯いたづらに相違さうゐない、さもなければ正直しようぢきに署名しよめいして置おくべき筈はづだ』

爰こゝに於おいてか滿座まんざ悉こと〲く拍手はくしゆ喝釆かつさい「喝釆」はママしました、それは眞しんに王樣わうさまが其日そのひに仰おほせられた中うちの最もつとも巧たくみみなる「巧たくみみなる」はママお言葉ことばでした。

『それが何なにより罪つみのある證據しようこだ、云いふ迄までもなく』と女王樣ぢよわうさまが申まをされました、『關かまはない、刎はねろ――』

『そんなものは證據しようこにはなりません!』と愛あいちやんが云いひました。『何なんだか譯わけが解わからないのですもの!』

『それを讀よめ』と王樣わうさまが申まをされました。

白兎しろうさぎは眼鏡めがねをかけ、『何處どこから初はじめて宜よろしいのですか?陛下へいかよ』とお訊たづね申まをし上あげました。

『初はじめから始はじめて』と王樣わうさまは嚴格げんかくに、『それから、ずつと終しまひまで、濟すんだから止やめ』

法廷はふていは水みづを打うてる如ごとく靜しづかになりました、乃そこで白兎しろうさぎが次つぎの歌うたを讀よみ出だしました、

『何時いつか彼處あそこへ行いつた時とき、

私わたしの事ことども話はルビの「は」はママしたと、

見事みごとな手紙てがみを寄越よこしたが、

泳およげないとの辯疏いひわけで。

私わたしの行ゆけぬと云いつたのが、

(何なにより嘘うそではない證據しようこ)

それをも責せめよと云ふのなら、

一體たいお前まへは何どうする氣き?

一個ひつとルビの「ひつと」はママ遣やつたに、又また二ふたつ、

三みつ四よつ慾よくには限かぎりなく、

殘のこらずお前まへの懷ふところへ、

以前もとは私わたしのものだけど。

斯かうして二人ふたりが共々とも〲に、

若もしや連累まきぞへされたとて、

お前まへがついてれや大丈夫だいじやうぶ、

何時いつかは疑うたがひ睛は「睛は」はママれるだらう。

私わたしもお前まへと同おなじこと、

(フイと恁麽こんな氣きになつたのも)

唯たつタ一ひとつの邪魔者じやまものが、

中間なかへ入はいつてした所業しわざ。

親したしいからとて油斷すな、

何時いつになつても變かはりなく、

他人ひとに隱かくした此この秘密ひみつ、

『お前まへと私わたしの間あひだだけ』

『それこそ大事だいじな證據しようこの一ひとつである』と王樣わうさまは揉手もみでをしながら、『さらば陪審官ばいしんくわんに――』

『若もし誰だれでも其その説明せつめいの出來できたものに』と愛あいちやんが云いひました、(此所こゝ少時しばらくの間あひだに大變たいへん大おほきくなつたので、誰たれ憚はゞかる所ところもなく大膽だいたんに喙くちを容いれて)、私わたしは十錢せん與あげてよ。私わたしはそれに些ちつとも意味いみがあるとは信しんじないわ』

〔図〕fig49853_12.png
裁判の図

陪審官ばいしんくわんは殘のこらずその石盤せきばんに、『娘むすめはそれに些ちつとも意味いみがあるとは信しんじない』と書かきつけました、併しかし誰たれ一人ひとりとして其その文書もんじよを説明せつめいしやうとはしませんでした。

『若もしそれに何なんの意味いみも無ないとすれば』と云いつて王樣わうさまは、『それは面倒めんだうくさくなくて可いい、何事なにごとかを知しらうとしないで濟すむから。『どうも解わからん』と續つゞけて、其その膝ひざの上うへに歌うたを展ひろげ、片眼かためで見みながら、『併しかし何なにか其それには意味いみがあるやうに思おもはれる。「――泳およげないとの辯疏いひわけで――」其方そのはうには泳およげぬか、え?』云いつて軍人ネーブの方はうを御覽ごらんになりました。

軍人ネーブは悲かなしげに其その頭あたまを振ふつて、『私わたしはそれが好すきのやうに見みえますか?』と云いひました。『骨牌カルタが何どうして泳およげるものですか)

『宜よろしい、それなら』と云いつて王樣わうさまは、頻しきりに口くちの中うちで其その歌うたを繰返くりかへして居をられました、「何なにより嘘うそではない證據しようこ――」それは勿論もちろん陪審官ばいしんくわんで――「それをも責せめよと云いふのなら」――それは女王ぢよわうに違ちがひない「一體たいお前まへは何どうする氣き?」――何どうする、眞個ほんとうに!――「一ひとつ遣やつたに、又また二ふたつ――」さて、それは屹度きつと涙なみだながらに遣やつたに違ちがひない、どうだ――』

『未まだ先さきに、「殘のこらずお前まへの懷ふところへ」と云いふのがあつてよ』と愛あいちやんが云いひました。

『それ、其處そこに!』と云いつて王樣わうさまは、洋卓テーブルの上うへの栗饅頭くりまんぢうを指ゆびさしながら、得意とくいげに申まをされました。『何なんと此程これほど見事みごとな物ものがあらうぞや。それから又また――「フイと恁麽こんな氣きになつたのも――」そんな氣きになる筈はづはないが、え、なつたのではなからうが?』と女王樣ぢよわうさまは申まをされました。

『决けつして、なつたことはない』と云いつて女王樣ぢよわうさまは亂暴らんぼうにも、蜥蜴とかげを目めがけてインキ壺つぼを投なげつけられました。(不幸ふかうなる小ちひさな甚公じんこうは、何なんにも痕跡あとの殘のこらぬのを知しつて、一本指ぽんゆびで石盤せきばんへ書かくことを止やめました、ところで、その顏かほからインキの垂たれてるのを幸さいはひ、今度こんどは一生懸命しやうけんめいにインキを用もちゐて再ふたゝび書かき初はじめました)

『どうだ、何なんとも言葉ことばが出でないだらう』と云いつて王樣わうさまは、微笑ほゝゑみながら法廷はふていを見廻みまはされました。法廷はふていは森しんとしました。

『さァ、どうだ』と又また云いひ足たして、『判决はんけつは』

『まだ、〱!』と女王樣ぢよわうさまが申まをされました。『宣告せんこくが前さきで、――判决はんけつはそれから後のちのことだ』

『何なんですッて!』と愛あいちやんは聲高こわだかに云いつて、『最初さいしよ宣告せんこくをするッて!』

『默だまれ!』と眞赤まつかになつて女王樣ぢよわうさまが申まをされました。

『默だまりません』と愛あいちやん。

『頭あたまを刎はねるぞ!』と女王樣ぢよわうさまが聲こゑのあらん限かぎり叫さけばれました。誰だれ一人ひとりとして縮ちゞみ上あがらぬものはありませんでした。

『誰だれがお前まへの云いふことなぞを聞きくものか?』と云いつて愛あいちやんは、(此時このときまでに大おほきくなれるだけ充分じうぶん大おほきくなつてゐました)『お前まへは骨牌カルタの一組ひとくみに過すぎないではないか!』

此この時とき、全まつたくその一組ひとくみが空中くうちゆうに舞まひ上あがり、それから復また愛あいちやんの上うへに飛とび降おりて來きました。愛あいちやんは驚おどろきの餘あまり、怒いかり叫さけび、其等それらを拂はらひ除のけやうとして、身みは堤どての上うへに、姊ねえさんの膝ひざを枕まくらに臥ねて居ゐたのに氣きがつきました、姊ねえさんは靜しづかに、顏かほに散ちり來くる木この葉はを拂はらつて居をりました。

『お起おきよ、愛あいちやん!』と姊ねえさんが云いひました。『まッ、大變たいへん長ながく眠ねむつて居ゐたのね!』

『然さう、私わたし、恁麽こんな奇妙きめうな夢ゆめを見みてよ!』と云いつて愛あいちやんは、姊ねえさんに憶おぼえて居ゐたゞけを悉皆すつかり話はなしました。それは皆みなさんが是迄これまで讀よんで來きた所ところの、種々しゆ〲不思議ふしぎな冐險談ばうけんだんでした。愛あいちやんが語かたり終をへた時ときに、姊ねえさんは頬摺ほゝずりしながら、『まァ、眞個ほんとうに奇態きたいな夢ゆめだこと、さァ、お茶ちやを飮のみに行ゆきませうね、もう遲おそいから、乃そこで愛あいちやんは、起おき上あがるや否いなや駈かけ出だしました、駈かける間まも、熟々つく〲奇妙きめうな夢ゆめであつたことを考かんがへながら。

――――――――――――――――――――――

然しかし其その姊ねえさんは愛あいちやんが行いつて了しまつても、頬杖ほゝづゑついて沈しづみゆく夕日ゆふひを見みながら、可愛かあいい愛あいちやんの事ことから、又またその種々しゆ〲不思議ふしぎな冐險談ばうけんだんを考かんがへながら、やがて又また姊ねえさんも其それに似にたやうな夢ゆめを見初はじめました、その夢ゆめは、――

最初さいしよ、姊ねえさんは可愛かあいい愛あいちやんの夢ゆめを見み、それから又また其その膝ひざに抱だきついた小ちひさな手てやら、その清すゞしい可愛かあいい眼めが自分じぶんの眼めを見みつめてゐるのを夢ゆめに見みました――物言ものいふ聲こゑも聞きこえました、又またその眼めの中なかに入いりさうな後おくれ毛げを拂はらひ除のけやうとして其その頭あたまを振ふつてる所ところを見みました――それから又また一心しんに何なにか聽きいてるやうにも見みえました、姊ねえさんの周圍しうゐには殘のこらず其その妹いもとの夢ゆめに見みたやうな奇妙きめうな動物どうぶつが生いきて居ゐました。

長ながい草くさが白兎しろうさぎの駈かけ過すぎた時ときに其足そのあしにサラ〱と鳴なりました――鼠ねずみは驚おどろいて傍そばなる池いけの中なかへ逃にげ込こみ、水煙みづけむりを立たてました――姊ねえさんは三月兎ぐわつうさぎと其その友達ともだちとが何時いつになつても盡つきない麺麭ぱんを分配ぶんぱいした時ときに、茶碗ちやわんの鳴なるのを聞きき、女王樣ぢよわうさまが其その不幸ふかうな賓客まらうどを死刑しけいにせよと命せいルビの「せい」はママぜられる金切聲かなきりごゑも聞きこえました――も一度いちど豚ぶたの仔こが公爵夫人こうしやくふじんの膝ひざに居ゐて嚏くさめをし、其その間あひだ、皿小鉢さらこばちが其その周まはりに碎くだけました――再ふたゝびグリフォンの叫さけび聲ごゑ、蜥蜴とかげの鉛筆えんぴつを軋きしらす音おと、壓潰おしつぶされて窒息ちつそくした豚ぶた、不幸ふかうな海龜うみがめの絶たえざる歔欷すゝりなきとがゴタ〱に其處そこいらの空中くうちゆうに浮うかんで見みえました。

乃そこで姊ねえさんは目めを瞑つぶつて坐すわりました、而そして些やや不思議ふしぎな世界せかいのあることを信しんじました、ところで、再ふたゝび眼めを開ひらけば、總すべてが塵ちりの浮世うきよに變かはるに相違さうゐないとは知しりつゝも――草くさは只たゞ風かぜにサラ〱と鳴なり、池いけは葦あしの戰そよぎに美うつくしい小波さゞなみが立たちました――ガラ〱鳴なる茶碗ちやわんはチリン〱と響ひゞく鈴すゞに、女王樣ぢよわうさまの金切聲かなきりごゑは牧童ぼくどうの聲こゑと變へんじました――而そして赤兒あかごの嚏くさめ、グリフォンの鋭するどい聲こゑ、其他そのた不思議ふしぎな聲々こゑ〲は、喧かしましき田畑たはたの人聲ひとごゑと(愛あいちやんの知しつてる)變へんじました、――遠方ゑんぱうに聞きこゆる家畜かちくの唸うなり聲ごゑは、海龜うみがめの重々おも〱しき歔欷すゝりなきであつたのです。

最後さいごに姊ねえさんは、これが全まつたく妹いもとの見みた夢ゆめに同おなじだと云いふことを思おもひ、自分じぶんが大人おとなになつた時とき(斯麽こんな無邪氣むじやきな心こゝろの少すこしでも殘のこつて居ゐたいものだと願ねがひました。而さうして他たの小ちひさな子供等こどもたちを集あつめて、これらの不思議ふしぎな世界せかいの夢ゆめの面白おもしろい話はなしをしたなら、自分じぶんの過すぎ來こし夏なつの日ひの想出おもひでの如何いかばかり、多おほくの子供こどもを喜よろこばすことだらうかと思おもひ、一方ひとかたならず愉快ゆくわいを感かんじました。

愛ちやんの夢物語 終

底本 / Source edition

底本:「愛ちやんの夢物語」内外出版協會
1910(明治43)年2月1日発行
1910(明治43)年2月12日発行
※国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
※「※[#「女+(「第-竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA]」と「姉」、「あァ」と「あア」、「さァ」と「さア」と「サァ」と「サア」、「まァ」と「まア」と「先《ま》ァ」、「もツと」と「もッと」、「嘗」と「甞」、「双方」と「雙方」、「糸」と「絲」、「熱」と「※[#「執/れんが」、U+24360]」、「頤」と「※[#「ぼう+臣+頁」、第4水準2-92-28]」の混在は底本通りです。
※「鼠」に対するルビの「ねずみ」と「ねづみ」、「褒美」に対するルビの「はうび」と「ほうび」、「牛酪麺麭」に対するルビの「バターぱん」と「バターパン」の混在は、底本通りです。
※ルビの片仮名の拗音、促音は、本文に準じて小書きしました。
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
※下記の括弧の不整合は、底本通りです。(頁数‐行数は底本のものです)
15頁‐4行 『今私は……       【』欠落】
27頁‐4行 』若し私が        【』は『か?】
50頁‐12行 ……大きくなつたんだわね』【始まりの『なし】
53頁‐3行 『オヤ、……       【終わりの』なし】
68頁‐5行 「『裏の老爺さん……   【「『は『「?】
101頁‐2行 ……するわ』       【始まりの『なし】
107頁‐4行 『二日……        【終わりの』なし】
124頁‐5行 『五点と七点……     【終わりの』なし】
131頁‐6行 『「何と可哀相に!』   【』が」?】
144頁‐12行 ……徳義は――」    【」は「?】
145頁‐9行 ……集まる」』      【始まりの「なし】
152頁‐7行 『愛ちやんは……     【『は不要?】
164頁‐3行 『私は全然……      【終わりの』なし】
164頁‐9行 『海豚が……       【終わりの』なし】
166頁‐5行 ……御馳――』      【始まりの『なし】
167頁‐2行 『其理由を……      【終わりの』なし】
173頁‐7行 出来たかえ?』      【始まりの『なし】
200頁‐1行 『何時か……       【終わりの』なし】
202頁‐6行 ……信じないわ』     【始まりの『なし】
203頁‐2行 『それは面倒……     【終わりの』なし】
203頁‐8行 『骨牌が何うして泳げるものですか)【『)と開括弧と閉括弧が異なる】
204頁‐1行 どうだ――』       【始まりの『なし】
206頁‐11行 『まア……       【終わりの』なし】
209頁‐5行 (斯……         【(不要?】
入力:田中哲郎
校正:みきた
2018年6月29日作成
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TEI
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書誌 / Bibliography
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キャロル ルイス「愛ちやんの夢物語」(旧字旧仮名)、底本『愛ちやんの夢物語』内外出版協會、1910年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 049853_001393, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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