Soranoha

慶応義塾学生諸氏に告ぐ

けいおうぎじゅくがくせいしょしにつぐ

福沢 諭吉

左の一編は、去月廿三日、府下芝区三田慶応義塾邸内演説館において、同塾生褒賞試文ほうしょうしぶん披露の節、福沢先生の演説を筆記したるものなり。

余かつていえることあり。養蚕ようさんの目的は蚕卵紙たねがみを作るにあらずして糸を作るにあり、教育の目的は教師を作るにあらずして実業者を作るにあり、と。今、この意味をおしひろめて申さんに、そもそも我が開国の初より維新後にいたるまで、天下の人心、皆西洋の文明を悦よろこびて、これに移らんとするに急なれば、人を求むることもまた急にして、いやしくも横文字読む人とあれば、その学芸の種類を問わず、その人物のいかんにかかわらず、これを用いたれども、限なきの用に供するに限あるの人をもってす、もとより引足るべきにあらず。かつその時の学者なるものは、何学を学びたる何学士と申すわけにもあらずして、実際にのぞみて知らざる事も多ければ、これにては行くすえ頼母たのもしからずとて、ここにおいてか教育の説起り、新たに学者を作り出ださんことに熱心して、朝野ともに人を教うるに忙わしく、維新以来十数年の間、かつて少しも怠ることなし。

当初の考には、我が日本国の不文不明なるは教育のあまねからざるがためのみ、教育さえ行届けば文明富強は日を期していたすべし、との胸算きょうさんにてありしが、さて今日にいたりて実際の模様を見るに、教育はなかなかよく行きとどきて字を知る者も多く、一芸一能に達したる専門の学者も少なからずして、まずもって前年の所望はやや達したる姿なれども、これがために国の文明富強をいたしたるの証拠とては、はなはだ少なきが如し。その事情を語るには言げん長ければ、手近く一例をあげて示さんに、一国の富は一個人の富の集まりたるものなりとの事は、争うべからざるものならん。

さればかの文明富強の根本たる教育を受けたる者が、国を富ますためには、まずもって自身の富をいたすの必要なるは申すまでもなきことなるに、世間の実際はこれに反し、およそ我が国の学者として大いに資産を作り出だしたるものを見ず。いかなる専門の一芸一能を手に入れたる人物にても、一事一業を起して富をいたしたるの談を聞かず。

あるいはたまたま豊に生活して多少の余財ある者もあるべしといえども、その財は、本人が教育上に授けられたる芸能を天下の殖産社会に活用して得たる財にはあらずして、幸に官途に用いられ、さしたる用もなけれども、きまりの俸給に衣食して、少々ずつその余りを積み貯えたるものより外ならず。その有様は、心身に働なき孤児・寡婦が、遺産の公債証書に衣食して、毎年少々ずつの金を余ますものに等し。天下の先覚、憂世の士君子と称し、しかもその身に抜群の芸能を得たる男子が、その生活はいかんと問われて、孤児・寡婦のはかりごとを学ぶとは、驚き入ったる次第にして、文明活溌の眼まなこをもって評すれば、ただ憐むべきのみ。

試みに西洋諸国の工商社会を見れば、某なにがしは何々の工事を企てて何十万円を得たり、某は何々の商売に何百万の産をなしたりという、その人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小しょうしょう教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者にして、世に名声も香かんばしきことなれども、少壮の時より政府の官につき、月給を蓄積して富豪の名を成したる者あるを聞かず。もしもこれあれば、いわゆる守銭奴として世に齢よわいせられざることならん。されば今日こんにち、我が日本国の教育を蒙りたる学者は、とうてい殖産の社会に適用すべき者にあらず。殖産に不適当なる人物なれば、いかなる卓識の先生も、いかなる専門芸能の学士も、碁客ごかく将棋師に等しくして、とても一家の富を起すに足らず。一家富まざれば一国富むの日あるべからず。教育の目的、齟齬そごしたるものというべし。

日本の教育がなにゆえにかくも齟齬したるやと尋ぬるに、教育さえ行きとどけば、文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に用うるの工風を忘れたるの罪なりと答えざるをえず。人間世界は存外に広くして存外に俗なるものなり。文明の頂上と称する国々に於てもなおかつ然り。まして日本の如き、その文明の実価はともかくも、西洋流の文明についてはすべて不案内なるこの人民に向い、高尚なる学校教場の知見を丸出しにして実地の用に適せしめんとするも、浮世のように行わるべからざるは明白なる時勢とも心付かずして、我が国人は教育の熱心自から禁ずること能わず、次第次第に高きを勉めて止まるを知らず、俗世界はいぜんとして卑ひくく、教育法はますます高く、学校はあたかも塵俗外じんぞくがいの仙境にして、この境内に閉居就学すること幾年なれば、その年月の長きほどにますます人間世界の事を忘却して、ひそかにこれを軽蔑するがゆえに、浮世の人もまた学者とともに語るを厭いとい、工業にも商売にもこれとともに事をともにせんとするものとては一人もなく、ただ学者と聞けば例の仙人なりと認めて、ただ外面にこれを尊敬するの風を装い、「敬してこれを遠ざくる」のみなれば、学者もまたこれに近づくを屑いさぎよしとせず、さりとて俗を破りて独立の事業をくわだつるの気力もなく、まずその身に慣れたる学校世界に引籠りて人を教うる業につく、すなわち学校の教育により学校の教員を生ずること多きゆえんにして、したがって教えられて、したがって教員となり、際限あることなし。

ひっきょうするに、数年来、世の教育家なる者が、学問を尊び俗世界を賤しむこと、両様ともにはなはだしきにすぎ、高尚至極なる学問の型の中に無理に凡俗を包羅ほうらして、新奇の形を鋳冶ちゅうやせんとして、かえってその凡俗を容るることはできずして、大切なる教育を孤立せしめ、自から偏窟に陥りたるものといわざるをえず。自今以後とても、教育家がこの辺に心付かずして、ただ教育法の高尚なるを求め、国民の智徳の高さと文明の学理の高さと、ほぼ相あい当あたらしむべきの要を知らずして、今のままの方向に進みたらんには、国中ますます教師を生ずるのみにして、実業につく者なく、はじめにいえる如く、蚕を養うて蚕卵を生じ、その卵を孵化してまた卵を生じ、ついに養蚕の目的たる糸を見ざるに等しきの奇観を呈することあるべし。

我が慶応義塾の教育法は、学生諸氏もすでに知る如く、創立のその時より実学を勉め、西洋文明の学問を主として、その真理原則を重んずることはなはだしく、この点においては一毫いちごうの猶予ゆうよを仮かさず、無理無則、これ我が敵なりとて、あたかも天下の公衆を相手に取りて憚はばかるところなく、古学主義の生存するところを許さざるほどに戦う者なりといえども、また一方より見れば、学問教育を軽蔑することもまた、はなはだし。

けだしそのこれを軽蔑するとは、学理を妄談なりとして侮あなどるに非ず、ただこれを手軽にみなして、いかなる俗世界の些末事さまつじに関しても、学理の入るべからざるところはあるべからずとの旨を主張し、内にありては人生の一身一家の世帯より、外に出ては人間の交際、工商の事業にいたるまで、事の大小遠近の別なく、一切万事、我が学問の領分中に包羅ほうらして、学事と俗事と連絡を容易にするの意なり。語をかえていえば、学問を神聖に取扱わずして、通俗の便宜に利用するの義なり。

ゆえに本塾の教育は、まず文学を主として、日本の文字文章を奨励し、字を知るためには漢書をも用い、学問の本体はすなわち英学にして、英字、英語、英文を教え、物理学の普通より、数学、地理、歴史、簿記法、商法律、経済学等に終り、なお英書の難文を読むの修業として、時としては高尚至極の原書を講ずることもあり。また道徳の課にいたりては、特別に何主義を限らず、ただ教師朋友相互の責善せきぜん談話をもって根本となし、その読むところの書は人々の随意に任じ、嘉言善行の実をしておのずから塾窓の中に盛ならしむるを勉むるのみ。

かくの如くして多年の成跡を見るに、幾百の生徒中、時にあるいは不行状の者なきに非ずといえども、他の公私諸学校の生徒に比して、我が慶応義塾の生徒は徳義の薄き者に非ず、否いなその品行の方正謹直にして、世事に政談にもっとも着実の名を博し、塾中、つねに静謐せいひつなるは、あるいは他に比類を見ること稀まれなるべし。

明治十九の歳華さいかすでに改まりて、慶応義塾の教育法は大いに改まるに非ずといえども、一陽来復とともにこの旧教育法に新鮮の生気をあたうるはまたおのずから要用なるべし。その生気とは何ぞや。本塾の実学をしてますます実ならしめ、細大洩もらさず、すべて実際の知見を奨励し、満塾の学生をして即身そくしん実業の人とならしめ、かの養蚕の卵より卵を生ずるに等しく、本塾に卒業したる者がただわずかに学校の教師となるか、または役人となりて、孤児・寡婦の生計を学ぶなどいう無気無腸のそしりを免かれ、独立男子の名にはずることなからしむるの工風なり。

従来、本塾出身の学士が、善く人事に処して迂闊うかつならずとのことは、つねに世に称せらるるところなれども、吾々はなおこれに安んずるを得ず。よって本月初旬より、内外の社員教員相ともに談じたることもあれば、自今都合次第にしたがい、教場また教則に少しく趣を変ずることもあるべし。学生諸氏は決してこれを怪しむなかれ。吾々は諸氏の自尊自重を助成する者なり。

本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭ぜになき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途の営業もまた容易なるべく、幸にして資本ある者は、新たに一事業を起して独立活動を試みんべく、あるいは地方の故郷に帰りて、ただちに父兄を助け、または家を相続して、たしかに遺産を保護し、また増殖するの知見と胆力とを得せしめんと欲する者なり。本来無き家産を新たに起すは、もとより難しといえども、すでに有る家産を守るもまた、はなはだ易からずして、その難易はいずれとも明言し難きほどのものなれば、貧富ともに勉むべきは学問にして、ただその教場をして仙境ならしめざること、吾々のつねに注意して怠らざるところなれば、学生諸氏もおのおの自から心してこの注意を空しゅうせしむるなかれ。

底本 / Source edition

底本:「福沢諭吉教育論集」岩波文庫、岩波書店
1991(平成3)年3月18日第1刷発行
底本の親本:「福沢諭吉選集 第3巻」岩波書店
1980(昭和55)年12月18日第1刷発行
初出:「時事新報」時事新報社
1886(明治19)年2月2日発行
※本作品は「修業立志編」に「學問の要は實學にあり」として収録されています。
入力:田中哲郎
校正:noriko saito
2009年1月13日作成
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書誌 / Bibliography
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福沢 諭吉「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」(新字新仮名)、底本『福沢諭吉教育論集』岩波文庫、岩波書店、1991年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 049756_000296, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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