Soranoha

畑の祭

はたけのまつり

北原 白秋

山景

崖の上の麦畠

真赤なお天道てんとうさんが上あがらつしやる。やつこらさと

鍬を下ろすと、ケンケンケンケン……

鶺鴒みそつちよめが鳴きくさる、

崖がけの上の麦畠むぎばたけ、

天気は快よし、草つ原ぱらに露がいつぱいだで、

そこいら中ぢゆうギラギラしてたまんねえ。

九右衛門くゑもんさん、麦は上作だんべえ、

蚕豆そらまめもはぢきれさうだ。

ええら、いい凪だな、沖ぢやまだ眠つてゐるだが、

俺おれちの崖の下は真蒼だ、

――そうれ、また、さらさら、ざぶん、ざぶん、んん……

尖とんがり岩に波がぶつかる、

怖おつかねえほど静かぢやねえかよ、

まるで、はあ、鮑の殻見たいにチラチラするだね。

南風はえが吹きあげる。

やれ、やれ、今日けふも朝つぱらからむんむんするだぞ。

何でも構うこたねえ、

胸をづんと張りきつてな、うんとかう息を吸ひ込んで見るだ。

熟うれ返つた麦の穂がキンラキラして、

うねつたり、凹くぼんだり、

扁平ひらべつたく押おつかぶさると、

阿魔女あまつちよでも、何でも、はあ、圧おつ倒してやつたくなるだあ。

真赤なお天道さんが燃えあがる、

雲がむくむく燥わめき出す、

狂ひ出すと――吃驚びつくらしただが、

畔くろの仔牛こうしが鳴き出す、

わあといふ声がする、

村中で穀物を扱しごき出す、

ぢつとして居らんねえ、

俺おれちも豆でも挘もぎるべえ。

赤ちやけた麦と蚕豆、

ぐんぐん押しわけてゆくてえと、

たまんねえだぞ……素つ裸で、

地面ぢべたにしつかり足をつける、うんと踏んばろ、――

まん円いお天道さんが六角に尖とがつて

四方八方真黄色に光り出す。――

そこで、俺ちも小便せうべんをする。

赤ちやけた麦と蚕豆、

ほうれ見ろ、旦那さあが

手に一杯いつぺえ何だか拡げて

読んで行かつしやるだ、旦那さあ、

大でつけえ新聞だね、東京の新聞けえ、

紙がぷんぷん匂ふだ。

おやあ、蝉が鳴いてるだな、

どうしただか、これ、ふんとに奇異ふしぎだぞ、

熟うれ返つた麦ん中で真面目まじめくさつて鳴いてるだ、

あつはつはつ……これ、ふんとに不思議ふしぎだぞ、

何んでも、はあ、地面ぢべたにかぢりついて

一生懸命に鳴いてるだ。

夏が来ただな、夏が来ただな、

海から山から夏が来ただな。

あつはつはつはつ……

あつはつはつはつ……

崖の下の蚕豆畑

真赤なお天道てんとうさんが沈まつしやる……それだのにまだ、

紅雀べにすずめが鳴きしきる。

輝く崖の上の麦畠、

くわつと燃え立つ杉の木、松の木、朱欒ざぼんの木。

うねつた坂から、

刈穂かりほを背負せおつた大きな火の玉男をとこがをどつてゆく。

やつこらさ、やつこらさ。……

俺おれちが畑はたけは窪地くぼちの日かげ、

薄暗い三角畑はたけのゆきまつり、

夜よが明けても、日が暮れても、陰気な畑はたけ。

辣韮らつきようと蚕豆そらまめと、

ずり落おちた崖土がけつちに、無性むしやう矢鱈やたらに匍はひ廻まはつたお薯いもの蔓つる、

地がじめ〱、風がじめ〱、

たまさか、真黄色まつきいろに照り反かへす

大船たいせんの帆は見えても、

海も見えずよ、

憖なまじひ、波の音ばかりが

ぐわうと空すきつ腹ぱらを掻き廻まはす、

俺おれちの畑はたけは窪地くぼちの日かげ。

真赤なお天道てんとうさんが沈まつしやるだに、

いつまで、そん中なかで挘もぎつてるだ。

重い暗い蚕豆、

影のふかい蚕豆、

蚕豆が汝われか、さういふ俺ちが蚕豆か、

はや、訳わけがわかんねえ。

日が暮れるだあに、何時いつまで唖おほしになつてるだ。

影のふかい蚕豆、

青臭い蚕豆、

蚕豆に触さはれば、

睾丸きんたまの下から、リリリリ……

鈴虫が鳴きしきる。

やれ、痛いたや、勿体もつたいなや、

思はず拝おがめば、溜たまんねえで、

涙がながるる、

ええ、畜生め、

なけなしの霊魂たましひづらまでが

光るやうだぞい、蚕豆。

青臭い蚕豆、

鬱陶うつたうしい蚕豆。

日が暮れるだあに、

いつまで挘もぎつても挘りきれぬ蚕豆、

蚕豆は三段歩さんだんぶ、

俺ちの畑で、

俺ちが蒔まいて、育てて、

肥こやしたのによ、

何が鬱ふさぐことのあるべえ、

寂しいか、切せつねえか、

訳わけはわかんねえだが、涙がながるる。

小便でもしてけつかれ。

真赤なお天道てんたうさんが沈まつしやる……三崎の丘から

海のどん底まで鐘がごうんと落つこちる。

くわつと燃え立つ杉の木、松の木、朱欒ざぼんの木。

麦が煽つて照りかへすと、

火のやうな裸馬はだかうまが、

や、や、や、や、手綱たづなを振りもぎつて崖の上を飛んでゆく、

怪我けがはしねいか権作ごんさくさん。

大丈夫だいぢやうぶだ、大丈夫だ、大丈夫だ。

お婆らが登つてゆく路

暗い坂から坂の頂辺てつぺんを見れば、

「台だい」の空火事じや、野は火事じや。

山の段々畑だんだんばたみな火事じや。

やつこらさつさ、やつこらさ。

白髪しらがのお婆ばゞらがやつこらさ。

もう日が暮れるぞ、危あぶないぞ、

石ころ坂ののぼり坂、

木の葉はきらめく、麓は真つ闇、

時雨はさんざと、

崖土がけつちやこぼれる、やつこらさ。

栗鼠りすの眼が光るぞ、

暗い坂、のぼり坂、山葡萄えびどろの実が熟うれた。

涙垂らすな、お勘婆かんばゞ、

やれ、汝われも尻拭け、お時婆ときばば、

慾よくばれ、気ばれ、白髪染しらがぞめ塗ぬれ、お熊婆くまばば。

やれ、上見りや限きりやなし、下見りや限きりやなし、

諦あきらめさんせの、因果いんぐわなもんだよ、

泣いても焦ぢれても、死おちたらお陀仏おだぶつ、

やつこらさつさ、やつこらさ、

長命ながいきや為すまいぞ地獄の夕焼。

天竺てんぢくは火事じや、世よは火事じや、

俺わしらが一生はなほ火事じや、

やれ、もひとつくだれ、下くだり坂ざか、

やれ、もひとつあがれ、上のぼり坂ざか、

やつこらさつさ、やつこらさ。

くわつと出でた、畑はたに出た、

粟穂あはぼが真赤まつかに。麓ふもとの女郎屋にや灯ひがついた。

畑道はたみちやうねり道

こほろぎはこほろころ、

やつこらさつさ、やつこらさ、

やれ、蜻蛉とんぼが飛んだ、火が飛んだ。

電信柱でんしんばしらに燃えついた。

お薯いもはころげる。畑はたけぢや逃げ出す、

追つかけて取とつちめろ、お婆ばばも好すきだよ、お若いの。

ふはつはつは、いつひつひ。

天竺てんぢくは火事じや、世よは火事じや、

長命ながいきや、耻はぢかい、地獄の夕焼、

やれ、もひとつくだれ、下り坂

やれ、もひとつあがれ、上り坂

やつこらさつさ、やつこらさ。

丘の三角畑

鍬打つ、鍬打つ、

裸で鍬打つ、

空は円天井、

地面ぢべたは三角、

光は薔薇いろ、藍いろ、利休茶。

鍬打つ、鍬打つ、

並んで鍬打つ。

とべらの木は山形やまがた、

反射てりかへしは三角、

光は銀いろ、薔薇いろ、灰いろ。

鍬打つ、鍬打つ。

離れて彼方此方あちこち、

黙だまつて鍬打つ、

向うにライ麦、こちらに人参。

光は利休茶、緑に、金色こんじき。

鍬打つ、鍬打つ、

うしろむきに鍬打つ、

一心に鍬打つ、

打たずにやゐられぬ、

とべらの木の周囲まはりを廻つて鍬打つ。

光は薔薇いろ、空いろ、利休茶。

鍬打つ、鍬打つ、

近寄つて鍬打つ、

キラキラするのは巡査のサアベル、

畑はたけの上では蒸汽が旗振る。

光は薔薇いろ、湾内わんないや真青まつさを。

鍬打つ、鍬打つ、

振りかへつて鍬打つ、

とべらの木の下ではあかんぼがすやすや、

鶏がコケツコツコ。

光は薔薇いろ、藍いろ、利休茶。

鍬打つ、鍬打つ、

向きあつて鍬打つ、

拝おがんで鍬打つ、

打たずにやゐられぬ、心しんから鍬打つ。

光は薔薇いろ、向日葵ひぐるま、金色こんじき。

ぎあとあかんぼが啼き出した。

道路

道路だうろが朱しゆのやうに蜒うねつてゆく。

南は高い粟畑ばたけ、

重く垂れ下がつた穂波がしみじみ、

雉猫きじねこの尻尾しつぽを振る、

無数に寂しく、熱あつく。

道路は照りかへる。

一方は牛蒡、人参、里芋畑、

爽かな野菜がぷんぷん、

地から畝うねから真つ青さをだ。

こほろぎも鳴く。……

田舎だね、鍬をかついで、

四角な西洋館のかげから

大きな百姓の姿が躍つて来る、

顔から胸までうつぴろげて

輝かがやく秋の空をふり仰ぐ。『今日は』

もう日が暮れるのだ、老年としよりの異人さんが

白いヘルメツトに、気がるな紺背広の

太ふとつ腹を突き出して、

向ふの松林を過よぎつてゆく、

犬が二匹火の玉見たいに飛んでゆく。

百舌が鳴く、くゐい、くゐい、くゐい、りりり……

まん円い真赤まつかな太陽が、今、

蜒うねつて上あがつた段々畑の珊瑚樹に

くわつと燃えあがる、――

海には帆が光る、光る、光る。

朱のやうな道路が躍をどつてゆく、

丘から丘へ、谷から畑へ、

まるで、人間なら泥酔漢よつたんぼだ。

それでも、しんから輝く一本路いつぽんみち、

野菜がぷんぷん、粟がそよそよ。

日が愈々暮れてゆくのだ、怪しい馬糞には、

絹灑きぬごしの余光が反かへり、

露が早やしんみりと草つ葉をよぢのぼる。

而して崖がけの暗いかづらに

玉虫がぢつと、来て留とまつた、凄いほど美しい凝視ぎようし。

崖

崖がけは梢やゝ倦みそめぬ、蔦つたかづらの

厚く青き悲みは満ち傾かたぶきぬ。

光は十方じつぱう無碍むげに歎なげきつつ、まづ、

最上層さいじやうそうの大きなる葉にふりそそぐ。

葉は今驚く、光の重みに堪へかねつつ、

下なる円葉まろばに照り傾く、その光

滾こぼれもあへず、下葉したはの面おもてをゆり動かせば、

その次つぎの葉は更に強く、光り、且つ、揺ゆれくつがへる、

葉よりは葉へ、かづらみながら

ただ燦爛さんらんと流るる如く、躍る如く。

その間まも、銀の輪わを画ゑがくもの

空に響く、何ともわかず、

麗らかに甘く、くるしく、湿気しめりさへ帯びて、

その輪は次第に一点てんに縮まらんとす。

静けさや、かづらの葉、

光は溢あふれつくして、また元のままに落ちつけば、

数しれぬ鈴なりの葉もまた静まる。

時に輪わは点てんとなり、うつくしき虫となり、

光りつつ、熟視みつめつつ、

その中の青く青く最も厚く

光沢つやふかき葉の中心ちうしんにぢつと留とどまる。

微妙びめう端厳たんごんの緑玉エメロウド。

正午すこし前

虫はいま金きんとなる。

馬

不思議なる夕ゆふべかな、その光は、

高く、熱あつく、遠近をちこちを染め、

そして幽かすかに、

今し、思ひがけなき坂の上に

虔つゝましき馬を立たす。

馬は光る珊瑚樹さんごじゆと

照りかへる村の間あひだに見ゆ。

小さく赤く、

をりをりに耀かがやくは息つけるにか。

馬は動く、いつくしく。

静かなり、ただ遥かなり。

なにものの響をか、その中に

馬は霊たましひかたむけて聴入きゝいる如し、

金色こんじきに閃めくはその智慧ちゑか、

馬は赤く休やすらひぬ。

その時雲間くもまより、

大きなる日輪にちりん半なかば現はれ

遜へりくだる馬の上に虹ふりそそぐ。

赤き赤き赤金光しやくきんくわう。

あなあはれ、馬は焔ほのほとなる。

畏かしこくもうつくしき夕ゆふべかな、悲しき馬は

微妙びめう端厳たんごんなるその馬は

見るまに不浄の五体より光を放ち

仏の如き眩まばゆさにしばしわななく。

南無馬頭観世音、頓生菩提。

馬は赤く浮かびあがる。

何たる法悦。馬は燦爛と天へ昇る。

秋の麝香

秋なり、豊ゆたかなる、掻きわけ難きかなしみは

草と金きんの毛莨きんぽうげと、

もろもろの悪の麝香にぞ醸かもさるる。

こは路傍なり、猫目石ねこめいしの奢りかがやく

夕暮の崖の下なり、

熱あつくちらばる花の中に、流石さすが女の

稚いとけなけれどなまめかしく、而も無心むしんに、

童わらべは薔薇色ばらいろ薄きシヤツをかきあげつる、

尻も真白く、

病める、悲しき、取りみだしたるその溜息ためいき。

大きなる朱の太陽は空にかがやく。

凡ては歎き、小躍りし、光り、驚き、飛び去れり、

さて芳かんばしく鳴り響く、子供ごころに。

その児はこの時、叢に顔さしあてつ、

ただ一心にさしのぞく、

美くしき譬へがたなき恍惚くわうこつの奥の香かをりを。

挑むは季節、触ふるるは鋭き草の尖さき、

沈まむとする太陽光はますます赤く。

童わらべが髪に燃もえつきて仏ほとけの如く透徹とほらしめ、

またしばし、輝かす、ふくらかに臀部しりの円まろみの

滑すべりよく、白く、冷つめたき肉にくづきを、銀ぎんのうぶ毛を。

墓

墓場は輝かがやく、何かを感ず。

墓場は銀光ぎんくわう燦爛さんらんたり。

秋なり、絶えず微風びふうはきたる、

麗うるはしき息の如く。

墓場は銀光ぎんくわう燦爛さんらんたり。

冷ひややかに、よろこばしく。

草は光り、跳はねあがる、

一心の弾機ばね。

墓場は銀光燦爛たり、

驚きは拡がる。

そが中にただひとつ、飛び跳はぬるもの、

そは誰が愛せし白猫ぞや。

虔つつましき一時ひととき、墓場は何かを感ず、

墓場は銀光燦爛たり。

鰌

鰌どぜうはいま赫耀かくやく燦爛さんらんたる光に住む。

鰌のをどるは苦しきなり。

耀かがやく沼は彼らを一団いちだんの焔ほのほと縮ちぢむ。

深く燃え立つ悲哀かなしみは彼らを擾みだす。

鰌はをどれり、葦はそよがず、

ただ朱しゆの太陽円く閃めく。

鰌のをどるは苦しきなり、

耀く沼ぬまは彼らを一団いちだんの焔と縮む。

黒く、いみじき力ちから重なる。

泥沼どろぬまはこれ金銀瑠璃こんごんるり

悪あくの驕奢おごりは言葉なくして

幻想界に身をうねらす。

鰌は一時いちじに相あひつるむ、如何なる波も

狂へる彼らを離すことなし、

歓楽くわんらくあまらば彼らはおのづと解けむ。

鰌のをどるは一心なり。

鰌の五感は鳴り響けり、

彼らは粗野そやなり、真しんに驚く、

鰌のをどるは苦しきなり、

彼いま燦爛かくやくたる光に飛ぶ。

遠樹

遠樹ゑんじゆは金の甲かぶとなり、

明あかるけれども影かげふかく

高きにゐれども眼に低し、

ただ秋風ぞ彼を吹く。

遠樹にかゝる三日の月、

遠樹にのこる昼の雨、

遠樹の暮くれてかゞやくは、

かうかうとしてかつ寂さびし。

遠樹のかげをゆく人は、

身も金色こんじきに光るらん、

遠樹の雨を眺むれば

幽かすけき煙、野にぞ沁む。

遠樹の上にちらばるは、

これ釣舟の銀の櫂かい、

消ゆかにしてはまたいくつ、

光りて鳥も飛びゆけり。

遠樹にかかる三日の月、

遠樹にのこる昼の雨、

遠樹の空にわだつみの、

波かぎりなくうちつゞく。

遠樹の赤さ、野の暗くらさ、

かうかうと吹く秋の風。

遠望ゑんばうの中かげゆれて、

祈るがごとし、いつくしく。

遠樹は遂に遠樹なり、

明るけれどもゆめふかく、

高きに動ゆらげどなほ重し、

遠樹の背せにぞ虹にじかかる。

海光

城ヶ島の落日

太陽が落ちかゝつた。大きな大きな大火輪だいくわりんが、

炎々えん〱と思ひあまつて廻転する。

雲は微塵気みぢんけも無いが、虚空こくうにはたゞ、

渦うづまく黄金色わうごんしよくの光ばかりが響き廻まはる。

その下に真碧まつさをな海が波うつ。輝き返る。

無窮に無辺際むへんざいに円く円く遥かに。

さく〱、さく〱、䦧寂ひつそりするとまた、

さく〱、さく〱、……

山の下では一心いつしんに誰かゞ草を刈つてゆく。

波の音にもうち消されないで、その音が

四辺あたりに響き返る、さく〱、……

刈らずにゐられないで刈る、鎌が

触さはりさへすれば火が出さうに動いてゆく。

夕方ゆふがただし、外ほかに人間はゐないし、全まつたく

心の底から、力ちからいつぱいに動いてゆく。さく〱……

『凪なぎだね、まるで海がならした地面ぢべたのやうだ。

こんな上天気じやうてんきはこの城じやうヶ島しまにも滅多めつたに無ねえ。

彼岸ひがんだといふのに、暑いことはこれ、

腕うでも両足りやうあしも汗あせでびつしよりだ。

やあ、えゝら、大でつかいお天道てんたうさんだなあ、

何なんの事こと、まるで朱盆しゆぼんをぶん廻すやうだぞ。』

男をとこが網小屋あみごやの横から手を翳かざす、と海には

鵜うの鳥が数すう百羽ぱ、

雌鳥めんどりを追つかけて一直線に翔かけてゆく、

たちまち、朱しゆの波の間なかに吸はれる。

くわつと四方八方が明るくなる。

不思議な日だ。たつた舟が一つ、

前面を一心に漕いでゆく。波が飛沫しぶきをあげる。

大きな大きな人間が

くつきりと黒く、金色こんじきに浮きあがる。と、

遥かに目路めぢから細い岬が尖とがりだす。

日輪にちりんが廻まはる、廻る、廻る、恐おつそろしいほど真赤まつかな太陽が

今こそ心しんの心しんから輝く。三つ四つ五つ、

二十、三十、五十、

はては空いつぱいに飛び廻る真蒼まつさをな太陽の幻覚げんかく。

海を見れば海にも団々だん〲。

山を振りかへれば山には更に緑色りよくしよくの大火輪だいくわりんが団々だん〲、閃々せん〱、

輝く草の傾斜けいしやを転ころがり廻まはる。何たる壮観さうくわん。

男をとこはやつこらさと、刈草かりくさを脊負つた。

幻覚げんかくが納をさまると、朱紅しゆべにのやうに

落おちつきかへつた太陽がまん円まるく、平ひらべつたく、

大きく大きく、伊豆の岬へ落ちる。

今まで輝き狂つてゐた空の下から

在る可き山が在る可き処に確乎かくこと姿を曳きはへる、

太陽が紅あかく〱、その向むかふには入いつてゆく。……

悲しい悲しい底光そこびかりの赤金光しやつきんくわう、

三角さんかくの頂点ちやうてん。

波が一時いちじに騒ざわめいて渚なぎさに寄せる。……

而さうして何時いつかしら何なにかを計画たくらむでゐたある力が

周囲まはりから暗く、鼠色ねずみいろに圧おし寄せる。

灰と赤の鋸のこぎりのギザ〱雲が一線ひとすぢ、

遠い岬に曳きはへる、と、余光よくわうの火焔くわえんが

更にパツと虚空こくうの八方はつぱうに反射はんしやする。

『愈々いよ〱沈しづまつしやつたゞ、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ。』

男をとこが丘をかの上へ登りきつて了ふと、

今まで目にも見えなかつた沖の小舟が、

黒胡麻くろごまのやうにチラ〱、チラ〱、

遥はるかに一列いちれつ綴つづられてゆく、千も万も、幽かに幽かに、

――生活くらしむきが立たねば、夜よも遅くまで、

泣いて烏賊いかつる、その舟の火の、やゝありて、イルミネエシヨン。

新月

断崖きりぎしの松の木に

月ほそくかゝりたり、

ほそき月、

金無垢きんむくの月。

入海いりうみの波間なみまにも

また、月はしづきゆく

沈々ちん〱と

金きんの鈎はり。

金無垢きんむくのするどさよ、

絹灑きぬごしの雨ののち、

しんじつに

走りいづるその蒼あをさ。

島黒く、海黒き

真しんの闇、

舟ひとつすゝみゆく、

そのうへにほそき月。

なにかわかね、

魚族うろくづは目をさまし、

鈴虫は一心いつしんに鳴きしきる。

虔つつしみの極きはまり。

闇の夜は断崖きりぎしも、松の木も、

かげわかず、ゆく舟も見えわかず、

ただ光るほそき月、

金無垢きんむくのほそき月。

鰻

金光燦爛たる夜よの海のほとり、

虔つゝましき胸壁の中うち、いと暗き芝生のあたり、

鰻はめざめつ、囚はれの身より逃れて

今こそ動け、幽かなる声の声、響の響。

空には金無垢のほそき新月、

大きなる銀星連つれて走りゆく、気も澄むばかり、

その時鰻は転ころび出づ、鰻ならでは

そのうれしさを誰か知らむ、鰻はすべる。

鰻のすべるは蛇のすべるに異ならねど、

こはもと海のものなれば、陸くがには馴れず、

凡て寂しく、痛々いたいたしく、草につまづき、

闇に燃え立つくれなゐの花にからまる。

鰻はさあれ一心にゆり動く、驚喜のあまり、

花より花をすりぬけつ、泣かむばかりに、

現はれ歎けばをりをり金の鰻となり、

をりをり消えては草葉の露をこぼす。

深く深く、現世うつしよに命あり叡智あるもの、

皆真に光りいづべき縁えにしあり、ただの鰻も

ここに万歓極まりて涙を落す。

この時彼方に燦爛とかがやくは大海の波。

静けさや、壮厳微妙の夜の鰻、

彼こそは実げに光り滾こぼるる力の電池、

渾身これ滑すべりながるる精霊の姿そのまま、

闇を飛び越え、また、燃え立つくれなゐの花を飛び超ゆ。

雨中小景

雨はふる、ふる雨の霞がくれに

ひとすぢの煙けぶり立つ、誰たれが生活たつきぞ、

銀鼠ぎんねずにからみゆく古代紫、

その空に城ヶ島近く横たふ。

なべてみな空あだなりや、海の面おもてに

輪わをかくは水脈みをのすぢ、あるは離れて

しみじみと泣きわかれゆく、

その上にあるかなきふる雨の脚あし。

遥なる岬には波もしぶけど、

絹漉きぬごしの雨の中うち、蜑あま小舟をぶねゆたにたゆたふ。

棹あげてかぢめ採とりゐる

北斎の蓑と笠、中にかすみて

一心に網うつは安からぬけふ日びの惑まどひ。

さるにてもうれしきは浮世なりけり。

雨の中うち、をりをりに雲を透かして

さ緑に投げかくる金きんの光は

また雨に忍び入る。音ねには刻きざめど

絶えて影せぬ鶺鴒せきれいのこゑをたよりに。

波

波は高くうねる、をりをり、

曇つた燻銀いぶしぎんの中から

金の蹠あしのうらをちらつかす。

可憐に、寂しく。

白い太陽が

海の空にある。

限りもない波は波のうへに重なり、

光は光のうへに暗く、

倦怠けんたいと愁うれひが重なる。

ゆるく吹いてくる風にも、

恍惚うつとりと、

悩ましいものがある。

人間のえしらぬ匂にほひが。

波がなだれる、無数の

女が仰向あほむけになる、

ふくらかな胸が白く

幅はばいつぱい反りあがる、と、そろつて

うしろへなだれる、

股もゝが浮く、蹠あしのうらが

金きんいろにちらつく。

いつまでもいつまでも、

波は波に重かさなり、

光は光に重なる、

陰影かげの上に暗く。

波は高くうねる、をりをり

曇つた燻銀いぶしぎんの中から

金きんの蹠あしのうらをちらつかす、

可憐に、寂しく。

海雀

海雀うみすずめ、海雀うみすずめ、

銀ぎんの点点てん〱、海雀、

波ゆりくればゆりあげて、

波ひきゆけばかげ失うする、

海雀、海雀、

銀ぎんの点点てん〱、海雀。

海景

帆が辷すべる、その数が凡そ七八十、

はじめ白く、閃閃せん〱と黄色きいろく、赤く、

晴れわたつた大海の真中まんなかに

帆が辷すべる、自然しぜんと一つの輪わが出来る。

何時か、大きな帆の女王ぢよわうを中心に

遂に白く白く旋転せんてんする。

その上に日光の五色の反射はんしや。

帆が辷すべる、遥かの鋸形のこぎりがたの連山れんざんから、空には、

薔薇いろの霞が流れこみ、夏の雲が、

むくむくと銀と灰とに湧きあがる。

帆が辷る、だんだん沖の方へ走つてゆく、

帆が辷すべる無窮むきうに、無辺際むへんざいに。

藍碧の円い海が拡がる。

その間を帆が走る、輪を作つて、一斉に、

独楽こまのやうに廻り出だす。

何なにらかの力が底から加くははる。

帆が廻まはる、廻るうちに、帆の側面が

何か強い力で内にひかれる……、波が時時とき〲、

思ひあまつて飛沫ひまつをあげる。

而も日中、晴れわたつた壮厳さうごん微妙びめうの海に、

一心に帆が廻る。光と輪わとの舞踏ダンス。

帆が辷すべる、何処どこへゆくのか、辷すべつてゆく。

恐ろしい力で辷すべつて行く。

密集みつしふし、旋転し、

離れ去らむとし

今や今や廻り澄まうとして

言葉も、色も、光も、

感極まつた霊たましひの法悦はふえつ。

帆が辷すべる、何処どこへゆくのか、辷すべつてゆく、

恐ろしい力で辷すべつてゆく。

油壺

燦爛さんらんと世界が光る、さうして

深く黙もだした油壺あぶらつぼの入江いりえに

青い銀ぎんの笑わらひがはぢぎれると、また

漣さざなみは心の底から

岸辺きしべの小舟をうちゆるがす。

いつまでもいつまでもゆるがす、

不変ふへんにうつくしく。

あつ、はつ、はつ、は、

あつ、はつ、はつ、は。

ただ寂然ひつそりと、無言むごんの

大きな笑わらひが空に伝はる。……

其処そこには白金はつきんの日輪にちりんが小ちひさく

ただ光つて廻るばかし、

時折ときをり、微風びふうが翼はねをかへして

雪のやうに散乱さんらんする。

いつまでもいつまでもあるかなく、

いつまでもうつくしく。

裸はだかの子供も心の底から

あづけた身体からだをうちゆるがす、

たつた、ひとり。纜もやつた舟から

辷すべりかかつた櫓櫂ろかいが波を擽くすぐる、

いつまでもいつまでも擽ぐる、

不変ふへんにうつくしく。

あつ、はつ、はつ、は、

あつ、はつ、はつ、は。

何処どこかで環くわんが鳴る、

岸きしと舟とを纜もやつた綱つなが、

何かの環くわんをひつぱるのだ。

心がゆらげばゆらぐほど、

小舟がゆらげばゆらぐほど、

環くわんが鳴る、何かしら鳴る。

いつまでもいつまでもたよりなく、

何かしらうつくしく。

あつ、はつ、はつ、は、

あつ、はつ、はつ、は。

漣さざなみは心の底から

子供の小舟をうちゆるがす。

頭あたまの上には暗い大きな松が

むかしむかしの話をする。

その松には鳥がゐる。

いつまでもいつまでもうつくしく、

たつた一羽いちは、うつくしく。

あつ、はつ、はつ、は、

あつ、はつ、はつ、は。

小舟がゆらげばお臍へそがゆらぐ、

お臍へそがゆらげば小舟がゆらぐ、

いつまでもいつまでも恐ろしく、

いつまでもただ一人ひとり。

子供はふいと泣き出した、

声を放つて。……

銃猟

燦爛と海は今光りかがやく、

何ものぞ、空を飛び翔かけるは、

ただ、これ一面のうねりなり、泣くによしなき

銀の油の溶け合はむ、照り反かへさんと狂ふのみ。

凡ては眩まぶし、痛々いた〱し、笑ふよしなし、

小船は動き、輪に廻まはり、また一線いつせんに歎けども

落ちつかむ、狙ねらひ射うたむとぞ燥あせれども、

照星は照尺を超え、

銀ぎんの櫓櫂は日輪光にちりんくわうに欺かる。

光りかがやく何物かまた飛びめぐる、

雲母摺きららずりなる空高く、また、低く、

恐怖おそれは銀の翼つばさより響を拡げ、

声なき舟は一心に波に燦きらめく。

銃音つつおと響く、弾丸たまは光れり、――

快こころよき手てごたへは空に驚く、

耀かがやきは矢と飛び下る。

擾乱ぜうらんは水面すゐめんに起つ。

凡ては眩まぶし、痛々し、笑ふよしなし、

傷ける鳥と狂へる舟は

燦爛赫耀くわくやく、

今こそ互に相憎め、言葉なき言葉激しく、

さてしばし、

深くひそめる鳥はまた飛び去らむとし、

たちまちに眼めをつらぬかる。

消防整列

玲瓏れいろうたり、燦爛さんらんたり、不尽ふじの山、

麗うららや大海はるかに辷りあがる。

消防渚に整列し、

まづ不尽山に一礼す。

纏まとひは金的きんてき、梯子は青竹、

てつぺん玲瓏、人間さんらん、

はつと逆さかさで大の字形なり。

耀く人数にんずはかたまりころげて

しみじみ喞筒ポムプをうち動かす。

喞筒ポムプは一台、一念、一向

喞筒ポムプの水はりうりうたり

玲瓏たり、さんらんたり、不尽の山、

喞筒の筒口つゝぐちりうりうたり。

水はひとずぢ、真実一心、

専もつぱら目的めあては不尽の山、

弾はぢき飛ばした、ぶん流せ。

よしか、それきた、

動かす喞筒ポムプは飛び切り上等。

りうりうたり、さんらんたり。

驚き飛び立つ千鳥と鴎。

それ、雪がけし飛ぶ、

愈霊山おやまが流れるぞ。

玲瓏たり燦爛たり、相模灘、

もう一息だぞ、えんやらえんや。

真実一念、十方玲瓏、

喞筒ポムプの水はりうりうたり、

れいろうたり、さんらんたり、

えんやらえんや、えんやらえんや、

消防整列、一心一向、

消けえて失なくなれ不尽の山、やあれ、やあれ、えんやらな。……

湾光

盥たらひは数知れず光に動く。

盥の上には子供座すはれり、

裸の子供は腕をひろげて

盥を廻す。晴れわたる海の面に。

正午なり、深くひそめる

精霊せうりやうの醒めゆく時なり、

銀星は空にあらはれ、

麗うるはしき人ごゑは湾にあつまる。

盥はしづかに迅はやさを増す。

盥は光れり、独楽こまのごとく、

一斉いつせいに、燦爛たるその飛沫しぶき。

夏なり、碧瑠璃へきるりの海は

円く、緑みどりの崖をうつす、

天心てんしんにかゞやくは、一いちの日輪にちりん。

その時ふと、笑ごゑは中より起る。

大きく大きく、笑ひくづるゝ純真じゆんしん。

生洲

小笠原にて

大きなる月は

まんまろく転ころび出でたり。

護謨ゴムの葉は豊ゆたかに動く。

いざや歩まん、二人ふたりして。

生洲いけすには瑠璃るりのさゞなみ、

ゆれゆれて金きんの輪わとなる、

ああいまし、

麗うつくしき玳瑁たいまいの雄をは

雌めの上にそつと重なる。

静かなれ、深く潜すめかし、

月はいま蒼あをき暈かさきる、

磯煙草いそたばこみどりにゆらぐ。

ああ、しばし

玳瑁たいまいは幸福しあはせに住む。

声もなし、さあれ、うつくし、

何物なにものか、光りとろけて

霊たましひをゆするがごとし、

玳瑁たいまいはふたつ重なる。

護謨ゴムの葉は豊かに動く。

いざや眠むらん、二人ふたりして。

雑謡

畑の祭

大正二年九月某日、相州三崎は諸磯神明宮祭礼当日の事、上層に人形、下段にお囃子の一座を乗せた一台の山車は漁師と百姓とを兼ねた素朴な村人の手に曳かれてゆく。先づその山車は鎌倉街道から横にそれて、一小岬の突鼻の神明宮まで、黍畑や粟畑の高い丘道をうねつてゆく。而も日中、日は天心にかかつてゐる。径は緩い傾斜を登つたり下りたりしてゆく。崖の高みを行くのでその両方に真碧な海が見える。径が山車の幅より狭い位なので、松や蜜柑にぶつかつたり何かする。而して畑の上でも何でも溝はず曳いてゆく。ぶつつかる時は人形の背後に居る奴が高い処からぽきぽきと松の枝でも木槿でも手当り次第にへし折つたり、押し曲げたりする。馬鈴薯は馬鹿囃子に浮かれて大喜びだが、立樹は可哀想だ。山車が進んでゆくと、そこから神明宮と相対した油壺の入江が見え、向ふの丘の上に破れかかつた和蘭風の風車が見えてくる。その下に大学の臨海実験所の白い雅致のある洋館がある。芝生が見えキミガヨランが見え、短艇が二三艘浮いて見える。まるで南伊太利あたりの風景にでも接するやうである。愈丘の畑をすべり下りると平たい、かつと明るい渚に出る。右も左も渚である。ここに神明宮の鳥居がある。そこから円い穏かな丘の登り道になつて、その向ふが愈海になつてゐる。社前の渚には漁船が幾艘も引揚げてある。その間であかい西瓜店や何かが出る。ここで山車を休まして、一同は赤々と日が暮れるまで盛んに酔つぱらつて踊つたり唄つたりする。中には白痴もゐるし、剽軽者もゐる。万祝衣きた大禿頭もゐる。而してここの神主は平素は三崎遊廓の検黴のお医者である。凡てが如何にも馬鈴薯式なので村の祭とか田舎とか云つたりするより却て「畑の祭」とした方が適当かも知れない。この俗謡調はその山車のお囃子として作つて見たのである。

やれやあ引、さの、せえい、せえい、せえええい、

三浦三崎は女の夜業よばひ、男後生楽ごしやうらく寝ねてまちる、

ようい、ようい、よやさのせえい。

ええ、そりや、なあ、

秋が来たぞよ、三崎みさき諸磯もろいその段々畑だんだんばたけから百舌もずが出たで、

えええ、や、ほろほにや、や、ほろほ、

くゐくゐいろうにや、くゐろうにや。

やあれ、日はよし、地ぢはよし、海や凪ぐし、

今年や豊年歳、穂に穂が咲いた、

やあれ、テケテケ、チヤンチキ、チヤンチキナ、

ありやりや、こりやりや、これわいさのせえい。

五郎作よ。太郎兵衛よ、杢十よ、ちよいと来なせ、

丘や畑は万作じや、おや、俺おらちの陸穂おかぼもやつと熟うれた。

やれ、南瓜かぼちやも飛び出せ、牛蒡も踊り出せ、

枝豆、隠元いんげん、ささぎ豆、

なた豆、落花生に胡麻の種、

莢さやがはぢけた、赤ちやけた、

化猫ばけねこ、雉猫きじねこ、かま鼬いたち、粟が尻尾しつぽを黄に垂れた。

稗ひえは真黒まつくろ、真黒、くろんぼ、玉蜀黍たうもろこしや赤髯、赤髯毛唐人が股くら毛。

蜻蛉とんぼがからんだ、螽蟖ばつたがセ、栗鼠りすが駈け出す、鳶とんびがセ、

お薯いももころげ出せ、馬鈴薯じやがいも、里芋、つくね芋。

子を生め、子を生め、山の芋。

こちのお嚊かかもどんと殖ふやせ、

俺おれちも壮健がんぢやうで、うんと肥こやせ、

種蒔け、種蒔け、蒔かずにやゐられぬ、蒔かねば憂うさやの、子種はどつさり、畑は上々で、畝高うねだかで、

水もよくきく、肥料こやしもよくきく、

種蒔け、種蒔け、づんと殖ふやせ、

そこら一面鋤いて返せ。

子をうめ、子をうめ、土つちの芋。

やれ、その子は誰だれが子だ、俺おらが子だ、

汝おめちの畑にできた子だ、

それでも誰が子か知んねえだ、

麦だか、粟だか、芋だか、稗だか、子種はどつさり、畑はひとつよ、

誰だれが子でもよかんべ、出来た子は俺おれが子。

やあれ、なあ、三崎やよいとこ、女の夜業ばひ、

ええ、凪にやええ、凪にや鱶ふか釣り、夜中は寝まる、

たまに風吹きや畑うち、

うんとこしよ、どつこいしよ、

惚れたその時や命もいらぬ、

いやで別れりや離きれよとままよ、

翌あすの晩にはまたできる、

おおさ、やれ、やれ、三崎よいとこ、男の後生楽、

子を生め、子を生め、土つちの芋。

やあれ、曳け、笛吹け、鉦かねうてよ、

太皷どんどと打つて囃せ、

子供は真まつ先さき、地主ぢぬしどんの音頭で、

花笠そろへた、団扇をそろへた、よいと曳けよ、

お婆ばばも来こ、お嚊かかも後押せ、

畑の真中まんなか、お囃子はやしや、チヤンチキ、チヤンチキ、

浮かれて、はしやいで食たべ酔うて、

而しかも生真面目きまじめで泣いて通とほろ。

やあれ、曳け、山車だしよ曳け、海が見ゆる、

沖はええ、沖はてるてる、風車かざぐるまは廻る、磯の神明様しんめいさまの片時雨かたしぐれ、

ようい、ようい、よういとなあ、

ええ、そりや、退ずらした、

お巡査まはりさんが逃げ出す、

神主かんぬしさんも笑ひ出す、

支つかえる、支える、松の木に、木槿むくげも邪魔じやまだよ、

切ろやれ、捨すちよやれ、やあ、

蜻蛉とんぼがからんだ、螽蟖ばつたがセ、栗鼠りすが駈けだす、鳶がセ、

お薯もころげ出せ、馬鈴薯じやがいも、里芋、つくね芋、

子を生め、子を生め、山の芋、

南瓜かぼちやも飛び出せ、牛蒡も踊り出せ、この冥加めうがえな、

あれわいせの、これわいせの、この冥加。

さあさ、浮いた。浮いた。

百姓唄

逢ひたかんべ、見たかんべ、添つたらよかんべ、

家うちに知れたらやかましかんべ、

世間がわるかんべ。

おさ、やれ、やれ。

何だつべこべ、惚れたがどうしただ、

家で知つたちゆて添はずにやをかねえだ、

世間が何だんべ。

おさ、やれ、やれ。

草の葉つぱ

草の葉つぱは風吹きや戦そよぐ、

地からしんしん揺り動く。

一切合切さいがつさい投げいだせ、

私わたしももとより泣き上戸。

草の葉つぱは雨降りや生いきる。

地までさんざと濡れしとる。

一切合切づぶ濡れだ、

私わたしももとより一途づもの。

草の葉つぱは日が照りや躍る、

地から底から沁しみ光る。

一切合切照りかへせ、

私ももとより命がけ。

三浦三崎

その日ぐらしの山樵やまがつが

斧鉞まさかりよかついでたゞ涙。

通草あけびも真赤まつかにはぢきれた、

鳥もケンケン飛んでゆく、

うんとこどつこい、よいとこな。

急いで下おりなきや日が暮れる。

うんとこどつこい、よいとこな。

朝は元気な船頭衆も

夕日が転ころがりや空矢声からやごゑ。

浮気な沙魚ふかめにや逃げられる、

漕いでも漕いでも波の上、

えんやらほいほい、えんやらほい、

急いで上あがらにや子が喚わめく、

えんやらほいほい、えんやらほい。

郵便飛脚は命がけ、

いつさん走りに、豆畑、

三浦三崎にや燈ひがついた。

小便しよんべんする間まも気が揉める、

えつさつさ、えつさつさ、

急いで駆かけなきや首が切れる、

えつさつさ、えつさつさ。

城ヶ島の娘

むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、

おまへは裸で海のそこ、

朝も早うから海のそこ、

素足すあしちらちら、真逆様まつさかさまに

波を潜もぐれば、青波ばかり。

むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、

鮑あはび取ろとて海のそこ、

潜水眼鏡もぐりめがねで波のそこ、

あちらこちらといのちをちぢめ、

泳ぎ廻れど青波ばかり。

むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、

海はしんしん、おへそはひえる。

息がつまれど波のそこ、

岩にべつたりしがみつく、

しがみついても青波ばかり。

むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、

さぞや痛いたかろ、虎魚おこぜの針に、

足を刺されて、揺りあげられて、

浮いて上れど青波ばかり、

前もうしろも青波ばかり。

むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、

おまへは裸で海のそこ、

波にや揉まれる、生活くらしはたたず、

鮑取ろとて潜もぐつて見たが、

鮑取らいで子ができた。

城ヶ島の雨

雨はふるふる、城ヶ島の磯に、

利休鼠の雨がふる。

雨は真珠か、夜明の霧か、

それともわたしの忍び泣き。

舟はゆくゆく通り矢のはなを、

濡れて帆をあげたぬしの舟。

ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる。

唄は船頭さんの心意気。

雨はふるふる、日はうす曇る。

舟はゆくゆく、帆がかすむ。

〔『白秋詩集 第二巻』「畑の祭 補遺」より〕

小鳥

小鳥は飛ぶ、彼はその飛ぶことすらも

曾て悟らざるがごとし、

小鳥は飛ぶ、金色の光に飛ぶ。

小鳥はただ飛ぶ、形なき一線に飛ぶ。

さながら翼はねつけし独楽こまの

とめてとまらぬその迅はやさ。

かぎりなき大海の上、

ただひとつころがれる日輪の

朱紅しゆべにの円まろさ。

小鳥は飛ぶ、一線にその面めんを横ぎる。

かなしくも突き抜けむとす。

小鳥はこの時まさしく小鳥の姿となる。

底本 / Source edition

底本:「白秋全集 3」岩波書店
1985(昭和60)年5月7日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:飛鷹美緒
校正:岡村和彦
2012年11月24日作成
2014年4月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/049618_000106/

北原 白秋「畑の祭」(新字旧仮名)、底本『白秋全集 3』岩波書店、1985年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 049618_000106, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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