Soranoha

蒼馬を見たり

あおうまをみたり

石川 三四郎

芙美子さん

大空を飛んで行く鳥に足跡などはありません。淋しい姿かも知れないが、私はその一羽の小鳥を訳もなく讃美する。

同じ大空を翔けつて行くやつでも、人間の造つた飛行機は臭い煙を尻尾の様に引いて行く。技巧はどうしても臭気を免れません。

大きくても、小さくても、賑やかでも、淋しくても、自然を行く姿には真実の美がある。魂のビブラシヨンが其儘現はれる。それが人を引きつけます。それが人の心をそそります。

それです。私は芙美子さんの詩にそれを見出して感激してゐるのです。文芸といふものに縁の遠い私は、詩といふものを余り読んだことがありません。その私が、何時でも、貴女の書かれたものに接する度に、貪る様に読みふけるのです。

私は文芸としての貴女の詩を批評する資格はありません。また其様な大それた考を持ち合せて居りません。けれども愛読者の一人として私の感激を書かして頂くのです。

芙美子さん、

貴女はまだ若いのに隨分深刻な様々な苦労をなされた。けれども貴女の魂は、荒海に転げ落ちても、砂漠に踏み迷つても、何時でも、お母さんから頂いた健やかな姿に蘇へつて来た。長い放浪生活をして来た私は血のにじんでゐる貴女の魂の歴史がしみじみと読める心地が致します。

貴女の詩には、血の涙が滴つてゐる。反抗の火が燃えてゐる。結氷を割つた様な鋭い冷笑が響いてゐる。然もそれが、虚無に啼く小鳥の声の様に、やるせない哀調をさへ帯びてゐる。

芙美子さん

私は貴女の詩に於て、ミユツセの描いた巴里の可愛ひ娘子を思ひ出す。そのフランシな心持、わだかまりの無い気分! 私は貴女の詩をあのカルチエ・ラタンの小さなカフエーの詩人達の集りに読み聞かせてやりたい。

だがね芙美子さん、貴女の唄ふべき世界はまだ無限に広い。その世界に触れる貴女の魂のビブラシヨンは是れから無限の深さと、無限の綾をなして発展しなければなりません。これからです。どうか世間の事なぞ顧みないで、貴女自身の魂を育ぐむことに精進して下さい。それは、どんな偉い人でも、貴女以外の誰にも代ることの出来ない貴女一人の神聖な使命です。

昭和四年三月十六日夜

石川三四郎

底本 / Source edition

底本:「蒼馬を見たり」日本図書センター
2002(平成14)年11月25日初版第1刷発行
底本の親本:「蒼馬を見たり」南宋書院
1929(昭和4)年6月15日発行
入力:鈴木厚司
校正:noriko saito
2008年10月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/049430_001170/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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石川 三四郎「蒼馬を見たり──01 序」(新字旧仮名)、底本『蒼馬を見たり』日本図書センター、2002年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 049430_001170, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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