Soranoha

談片

だんぺん

田山 花袋、田山 録弥

さうですね、避暑についての話と言つても、別に面白いこともありませんね。まア暑さを避けるのなら、何と言つても、標高の大きい山岳地方に行くに限ると思ひますね。千米突メートル以上の山の上にゐれば、いつだつて暑いなんていふ気はしませんからね。

しかし、余り世離れては、避暑といふ目的に副そはなくなるかも知れませんね。矢張、都会の人達が大勢行くやうなところでなくては面白くないんでせうからね。涼しくさへあれば好いといふんではないでせうからね。軽井沢や日光あたりが普通に持て囃はやされる訳ですね。

しかし、段々新しい避暑地を開くことは必要だと思ひますね。今では、あの信越の境にある野尻湖なども非常に好いところになつたツて言ふぢやありませんか。何しろ、あそこは好い高原ですからね。

日光の湯本の奥から菅沼すがぬま、笈沼まるぬまを経て、上州じやうしうの尾瀬沼に行く間なども、夏は涼しいところだと思ひますね。あそこなども今に屹度きつと開けるだらうと思ひます。上越線の汽車が出来た暁には、決して今までのやうな少数の専門家にばかり占領されてはゐないだらうと思ひます。あそこなら蚊もゐないし、暑さも八十度以上にはのぼらないし、渓流も、湖水も、温泉もすべて揃つてゐますからね。

上州の吾妻あがつまの渓谷から草津を経て、白根しらね、万座まんざ、更に渋峠しぶたうげを越して信州に出る間も段々避暑地として目をつけられて来てゐるやうです。浅間の裏のひろい高原にも此頃では大分別荘らしいものが出来たといふ話ですが、あそこは少し樹木が乏しくはありませんか、それから八ヶ岳の此方の松原湖附近も、此頃では大分人の口にのぼるやうになりましたね。あそこも静かな涼しい好いところですね。あれから本沢温泉に行つて、八ヶ岳の向うの諏訪すはの山裏に行くのも面白いですね。富士見高原は設備はまだ大して好いとはいへないけれども、あそこも夏知らずです。色の濃い美しい桔梗の花が到るところに咲いてゐます。

日光火山群の前衛を成してゐる山の中にも避暑地に好いところがあります。古峰こぶヶ原はらあたりもそのひとつです。那須野の黒羽くろばねの向うにある雲巌寺うんがんじなども世の塵の至らない別天地だと思ひます。

山が面倒なら、北へ向つて旅行するのも、避暑の一法です。北海道あたりへ行けば、何処でも涼しいです。蚊も多くをりません。樺太旅行なども、夏の旅行としては好いでせう。東北地方では、金華山、鮎川、あすこいらもわるくありません。一の関の先きの須川岳、あの山の上の温泉あたりに行けば七十度を越ゆることは滅多にないでせう。

裏日本では、羽前うぜんの三瀬から越後の村上あたりまで出て来る海岸路が涼しいところです。途中に温海あつみといふ温泉があります。小塩原と言つたやうなところです。瀬波せなみあたりも好いところです。

鯨波くぢらなみは少し雑沓しすぎる。あそこよりも設備はないが、親不知おやしらずあたりの方が、山も大きいし海も怒濤に富んでゐて、感じが好い。若狭の四湖のひとつである久々子湖くゝしこの海岸あたりも、汽車が出来たので、大分行く人が多くなつてゐるといふ話です。

東京の近くでは、海岸はもう面白いところもないでせう。房州あたりも、此頃は随分わるくなりましたからね。三浦半島あたりでももうすつかり開けすぎて了ひましたよ。さア、何処でせうね? 東京近くでは? 矢張、伊豆半島あたりですかね。湯ヶ島の温泉などは夏は涼しいでせうね。

最近に隠岐おきに行つて見ましたがね。あそこは面白いところですね。避暑に出かけて行つても、一月ぐらゐ落附いてゐる気なら、却つて東京近所にゐるよりも好いでせうね。島後たうごの西郷港など何とも言はれませんね。佐渡よりももつと面白いですね。あの港内で小舟でも操つて夜風にでも吹かれてゐたら、夏なんか何処かに行つて了ふでせうね。それに、烏賊いか釣舟の灯ひが綺麗ですよ。三隻づゝ一組になつて、それが二三十間おきぐらゐに、一里も二里もつゞいて並んでゐるんですからね。丸で銀座通りでも歩いてゐるやうですよ。『波の上にも都があるとはこのことだ!』汽船の甲板の上にゐると、こんな言葉がひとり手に口に上つて来るほどです。伊豆あたりでも、烏賊釣の灯は美しいけれども、とてもあんなもんぢやありません。それに、島前たうぜんの地形が面白い。そこでは三つの島で海が囲まれてゐて、その中は丸で湖水のやうになつてゐますからね。島前の菱浦から西郷港に来る間の海山の眺めは、日本でも沢山はあるまいと思はれるほど景色の好いところですよ。まア、あそこいらに行つて、野調に富んだドツサリ節ぶしでも聞いてゐれば、夏なんか何処かに行つて了ふでせうね。

底本 / Source edition

底本:「定本 花袋全集 第二十七巻」臨川書店
1995(平成7)年7月10日発行
底本の親本:「海をこえて」博文館
1927(昭和2)年11月25日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:きゅうり
校正:岡村和彦
2020年2月21日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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田山 花袋、田山 録弥「談片」(新字旧仮名)、底本『定本 花袋全集 第二十七巻』臨川書店、1995年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 049081_000214, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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