Soranoha

日月喩

にちげつゆ

大町 桂月

天に日月あるは、人に男女あるが如し。日の光は明かにして強く、月の光は清くして麗しく、おのづから陰陽のけぢめあるは、男の徳の剛を貴び、女の徳の柔を貴ぶに譬ふべし。されば、夏の日は畏るべく、冬の日は愛すべしと云ひけむ。げに、夏の日影はげしく照りては、眼もくらみて仰ぎ見ること能はざれども、紅葉かつ散る小春の日和のうらゝかなるまゝに、南の軒の下に横はりて脊をあぶらむは、如何に心ゆくことの限りなるらむ。夏の日はやがて威なり、冬の日はやがて恩なり。寒暑并び行はれて天の時とゝのひ、恩威竝び施して男子の徳全きを得べきなり。父よ父よと、いはけなきまな子に呼ばれつゝ、その紅葉の如き手に虎鬚をよまるれば、三軍を叱咜する鬼將軍の瘢痕ふかき頬にも、覺えずゑくぼはあふれなむ。あくまでも強きは男子の常なれど、武士もしかすがに、物の哀れは知れり。男の徳一に日に比すべきなり。

春の夜ふけて、花の林の間におぼろげにさしたる月は、窓深くたれこめてよろづ嬌羞を帶びたるをとめ子に喩ふべし。銀河一滴の水をこぼさず、桐の葉いまだ秋を告げざる三伏の夕べ、蚊遣火の煙にむせびながら軒の端ちかくさす月は、憂にやつれながら、しかすがに堅く操をまもれる女に似たり。秋風になびく尾花の末にほのめきては、親しむべけれど、川風さむく千鳥なく冬の空にさえては、凛としてまた狎るべからず。女の徳、一に月になぞらふべきなり。

雞の聲のこる茅店の月、離人の膓をたち、雁が音わたる關山の月、征夫の心を傷ましむる媒となりて、物のあはれを添ふるは、なべて女の性の感情ふかきにたとへむ。立ち騷ぐ黒雲に日はかくれて、むら雨はげしく降りしきるとも、晝のひかり猶ほおのづから明かなるは、男の心のなべて智に富むにかたどるべし。月はみづから光をはなつものにあらず。日の光をうけてはじめて光あり。女はみづから立つものにあらず。男に依りてはじめて立つ。すべて女は力よわきものなれば、あくまでもかなしみていたはるべきなり。

また、日の晝にかゞやき、月の夜を照すは、男の外を司り、女の内を治むるに似たり。男には、男の分あり。女には、女の分あり。めゝしきは男の分にあらず、をゝしきも女の分にあらぬなり。伊邪那岐命、伊邪那美命と天の御柱をめぐりてみあひませしときに、伊邪那美命まづ、あなにやし愛男えをとこをとのりたまひて、くみどに興してうみたまへる御子のふさはしからざりしも、たゞごとにはあらざりけり。呉牛月に喘ぐも、日と同じき熱さなるにあらず。月は、ぬば玉の夜、清風そよぐ時にあらはれてこそ人のあはれみも深かるべきに、夕日沈まなくにまだき主じ顏にも出でたらむには、うせなんものは、其光のみにはあらざらむ。女もまた、つゆさしいづることなく、よろづ夫に從ひてぞ、妻たるものの道はたつべかりける。(明治三十二年)

底本 / Source edition

底本:「桂月全集 第一卷 美文韻文」興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年5月28日発行
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2009年1月13日作成
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書誌 / Bibliography
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大町 桂月「日月喩」(旧字旧仮名)、底本『桂月全集 第一卷 美文韻文』興文社内桂月全集刊行會、1922年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048680_000237, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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