Soranoha

比喩

ひゆ

原 民喜

机を前にして二人の少年は坐ってゐた。ガラス窓の外には寒さうな山があった。話は杜絶え勝ちだった。時間がここでは悠久に流れてゐた。

「君は馬鹿だよ、僕は君を軽蔑してゐるのだが、ただ便宜上交際ってるのだよ。」と一人は腹の底でさう囁いたが、口に出しては云はなかった。仮りにこんなことが平気で云へて、相手も平気で聞き流して呉れたら、さぞ面白いだらうに、と彼は腹の底で妄想した。相手の少年は鼻で深い呼吸をしながら、何か別のことを考へてゐるらしかった。

「僕は妙な気がするよ、かうして君と僕と此処に坐ってゐるのと、恰度同じやうなものが、何処かこの宇宙の裏側にもう一つあるのではないかと、何時もそんな気がするのだ。」

相手が変なことを云ひ出したので、彼の注意も改まった。

「これは理窟でなしに、僕にたださう想へるのだよ。向ふ側に感じられる世界はガラスのやうに透明で静かだが、やはり僕達と同じもので、僕達と一向異らないのだ。」

彼は相手の言葉がよく解らなかったが、ただ黙って肯いた。

机、山、窓、二人の少年、それらのてんでな妄想、そしてその複写――彼は黙って相手の顔を眺めた。

相手の少年はそれから間もなく死んだ。

さうすると、もう一方の世界はどうなるのかしら――と彼は時々冷やかに考へた。しかし、それは二重の世界を打消さうとするのでもなかった。

底本 / Source edition

底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年6月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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原 民喜「比喩」(新字旧仮名)、底本『普及版 原民喜全集第一巻』芳賀書店、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048498_000293, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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