Soranoha

夜

よる

原 民喜

樟の大きな影が地面を覆って、薄暗い街燈が霧で曇ってゐた。雨に濡れた落葉がその辺には多い。月が雲の奔流に乗って、時々奇妙な光線を投げかける。そこは坂を登って、横に折れた路で、人はあんまり通らなかった。

しかし、今誰かやって来るらしい靴の音がきこえる。すると今度は反対の方角からまた靴の音がする。と、二つの音は互に一寸立留る。一方が立留ったのと同時に一方も立留った。それから一方が進み出すと、むかふからも進んで来る。生憎、月が隠されてしまったので、相手の姿が何かけしからん塊りのやうに想へる。しかし両方から今度は決然と進んで来る。靴の音がはっきりと近づいてしまふ。その時、チラリと月の光が地面に落ちた。

「キャッ!」

「キャッ!」

二人は同時に電流に打たれたやうに飛上ると、互に反対の方向へ逃げ出してしまふ。相手の逃げて行く跫音がこちらを追跡するやうに響いて、とにかく大通りまでは一呼吸に逃げる。

大通りへ出てしまふと、一人の紳士は早速流しの自動車を呼び留める。それからもう一人の紳士はぶるぶる顫へながら支那そばの屋台店へ首を突込む。

底本 / Source edition

底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年6月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/048486_000293/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/048486_000293/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/048486_000293/

原 民喜「夜」(新字旧仮名)、底本『普及版 原民喜全集第一巻』芳賀書店、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048486_000293, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite