Soranoha

白い呼吸

しろいこきゅう

原 民喜

おでん屋の隅で、ビヤー・ホールの卓上で、或ひは喫茶店のボックスで屡々繰り返される極くありふれた会話の一形式がある。

どうも時代が代ってしまひましたな。今の若い連中なんか何だかまるで僕達には見当がつかない。それにつけても僕達が若い頃は何と云っても恵まれてましたね。――さう云って、四十代の男が二人盃で友情を温めながら夜を更かしてゐる。

どうも僕達だけが悩み通したのだね。今の若い連中なんか僕達よりかずっとガッチリしてる。それだけ時代が変って来たのだね。結局中途半で路頭に迷ふのは僕達なのだね。――三十代の男が二人ストーブで火照った顔をあげて、ジョッキを傾け合ふ。

どうも僕達の時代も終りだな。今の中学生なんかまるでもう僕達とは違ふ。それかと云って親爺連中の云ふことなんか間抜けだと思ふのだが、僕達も結局終には間抜けになるのかね。――さう云って、二十代の男が二人コーヒーのなくなった茶碗を何時までも凝視してゐる。

夜更けのプラット・ホームで終電車を待ってゐる二人の少女がある。彼女達は一刻もぢっとしてゐることなく、絶えず巫山戯ながら男達の口真似をしてゐる。

――どうも時代が変りましたな、エヘン!

――僕達が間抜けで、今の若い連中なんか、その……

こましゃくれた唇から迸る言葉は直ぐに白い呼吸になる。やがて電車が着くと二人はゴム鞠まりのやうに飛んで行った。

底本 / Source edition

底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日初版発行
入力:蒋龍
校正:伊藤時也
2013年1月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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原 民喜「白い呼吸」(新字旧仮名)、底本『普及版 原民喜全集第一巻』芳賀書店、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048467_000293, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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