## 序詩

空の上に、雲雀は唄を唄つてゐる

渦を巻いてゐる太陽の

<ruby><rb>光波</rb><rt>なみ</rt></ruby>にまかれて

唄つてゐる――

  


## 時雨唄

雨降りお月さん

<ruby><rb>暈</rb><rt>かさ</rt></ruby>下され

<ruby><rb>傘</rb><rt>からかさ</rt></ruby>さしたい

死んだ<ruby><rb>母</rb><rt>かか</rt></ruby>さん、<ruby><rb>後母</rb><rt>あとかか</rt></ruby>さん

時雨の降るのに

下駄下され

<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で米<ruby><rb>磨</rb><rt>と</rt></ruby>ぐ

死んだ母さん、後母さん

<ruby><rb>柄杓</rb><rt>ひしやく</rt></ruby>にざぶざぶ

水下され

釣瓶が重くてあがらない

死んだ母さん、後母さん

親孝行するから

足袋下され

足が凍えて歩けない

死んだ母さん、後母さん

奉公にゆきたい

味噌下され

<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>に御飯が通らない

死んだ母さん、後母さん

## 曲り角

銀行員のＦさんは

新しい背広を着て――大足に出ていつた

黒いソフト、光る靴

暖い日の

午前九時頃

曲り角でバツタリ

Ａ子さんと行き逢つた

（オヤ！　オヤ！）

すらりとした――

桃割れ、白い歯

Ｆさんの顔

Ａ子さんの眼

（オヤ！　オヤ！）

二人はすれ違ふ

胸の動悸

## 柿の木のエピソード

背戸の畑の柿が赤くなつて来ると毎日烏が集つて来て喰つてゐた

子供に番をさせて置いても

烏は毎日来た

親父は洗濯竿の先へ

鶏の羽根をぶら下げて

柿の木の傍へ

立てて置いた

鶏の羽根が

ふわふわ動いてゐる

烏は遠くから見てゐて

来なかつた

時折、別な烏が来ても

鶏の羽根が動くとすぐに飛んでゆく

親父も子供も

安心して喜んでゐた

一晩風が吹いた

朝の暗い内から柿の木で烏が鳴いてゐた

洗濯竿が畑の中に倒れてゐる

子供は駈けて来て親父に<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>した

## 曼陀羅華

何処から種が飛んで来たのか

畑の中に

<ruby><rb>曼陀羅華</rb><rt>まんだらげ</rt></ruby>が生えてゐる

百姓は

抜いて捨てようと思つてゐる中に

夏が来た

曼陀羅華は

葉と葉の<ruby><rb>間</rb><rt>あはひ</rt></ruby>から

白い花を咲かうとしてゐる

百姓は

花なんか咲かせて置くもんかと

<ruby><rb>独言</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を云つてゐた

たうとう秋になつて了つた

曼陀羅華の花は

すつかり実になつてゐる

百姓は憤つて――手をかけると

皆んな実は畑の中へ

ぱらぱらはぢけて飛んだ

## 二人

歳の暮れも押し迫つて来てゐるのに

間借りしてゐる二人は

これからさき、どうすればいいのか

途方にくれてゐる

二人は

小さな火鉢を中にして

痛切に――お互に――暮しませうと云つてゐるが

矢張り涙にくれてゐる

二人は

<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆふべ</rt></ruby>も、同じやうな夢を見た

銀貨だの、米だの、肉だの、炭だの

<ruby><rb>凩</rb><rt>こがらし</rt></ruby>は屋根を鳴らして吹いてゐる

## 家鴨

うしろの田の中に家鴨の子が

<ruby><rb>田螺</rb><rt>たにし</rt></ruby>を拾つて喰つてゐると

<ruby><rb>雁</rb><rt>がん</rt></ruby>が来た

一所に連れてつてやるから

勢一杯<ruby><rb>翼</rb><rt>はね</rt></ruby>をひろげて飛んで見ろと

雁が云つた

家鴨の子は一生懸命飛んで見たが

体が重くてぼたりぼたり落ちて了ふ

雁は笑ひ笑ひ飛んで行つて了つた

家鴨の子は泣き泣き<ruby><rb>小舎</rb><rt>こや</rt></ruby>の前に帰つて来た

親家鴨は

桶の中へ首を入れて水を呑んでゐた

子家鴨は

別な<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い翼をつけて呉れろと

大声で泣いてゐる

親家鴨は仕様なしに

そつちの方を向いて

聞えぬ振りをしてゐた

## 深淵

ヨーイトマーケ

ヨーイトマイタ――と深川の道路ツ<ruby><rb>端</rb><rt>ばた</rt></ruby>に

<ruby><rb>印袢纒</rb><rt>しるしはんてん</rt></ruby>を着た

女の声が唄つてゐる

砂塵を捲いてタクシーは

轣き殺すほどの勢ひに――人々はどやどやと

街路樹の下に

右に左に<ruby><rb>避</rb><rt>よ</rt></ruby>けてゐる

下町の深淵の中に沈んでゐる

力のぬけた、だるい顔

ガソリンのむかつく<ruby><rb>臭気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>嗅ぎながら

女の声は唄つてゐる

灰色の中に住んでゐる LABORER の――声は次第に疲れてゐた――印袢纒の女の声は疲れてゐた

冬の日は

<ruby><rb>一間</rb><rt>いつけん</rt></ruby>ばかり残つてゐる

## 生姜畑

枯れ山の芒ア穂に出てちらつくが

帯に襷にどつちにつかず

赤い畑の<ruby><rb>唐辛</rb><rt>たうがらし</rt></ruby>

石を投げたら二つに割れた

石は<ruby><rb>磧</rb><rt>かはら</rt></ruby>で

光つてる

<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>が<ruby><rb>嬶</rb><rt>かかあ</rt></ruby>の連ツ子は

しよなりしよなりと

もう光る

生姜畑の闇の晩

背戸へ出て来て

光つてる

## 酒場の前

特殊部落の――若い娘のお<ruby><rb>喜乃</rb><rt>きの</rt></ruby>

<ruby><rb>少</rb><rt>ちつ</rt></ruby>とも人ずれしないほんたうに<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い綺縹のお喜乃

<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>からぼんやり、酒場の前に立つてゐる

お喜乃よ

もう晩方だ、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰つたら<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いではないか

酒場の<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>から年配の男が首を出して云つた

アイ、帰るよ、だがな伯父さん

権さん今日は来なかつたか

年配の男は権と同じ工場の<ruby><rb>古参</rb><rt>ふるひ</rt></ruby>職工だ

<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>の風に吹かれて職工の群は帰つてゆく。

権か、来ない、来ない

ありやあなア、お喜乃よ、権はもう大坂へ帰るんぢや

知らん、知らん、そなことない

伯父さん、お前嘘だらう

お喜乃は暖簾の傍へ寄つて来た

おぬしに、嘘云つてどうする

お喜乃よ、権はなア、工場から暇が出たんだ

お喜乃はすり寄つて年配の男の顔を<ruby><rb>見凝</rb><rt>みつ</rt></ruby>めた

伯父さん、そりやアほんたうか

年配の男は黙つてお喜乃の顔を見てゐる。

酒場の中からどんたりどんたり話声が聞えて来る

<ruby><rb>空樽</rb><rt>たる</rt></ruby>に腰を掛けて<ruby><rb>冷酒</rb><rt>ひや</rt></ruby>をあふつてゐた

目の苦茶苦茶した浅黄服を着た男が

<ruby><rb>微酔</rb><rt>ほろゑひ</rt></ruby>機嫌で酒場の中から出て来た

オ、お喜乃か、ウム、美い綺縹だな

オイ兄え（年配の男に）<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア一足先き<ruby><rb>帰</rb><rt>けへ</rt></ruby>るよ

千鳥足で行つて了つた

ホ、権が来だ！

年配の男は、向ふを見ながらお喜乃に<ruby><rb>顋</rb><rt>あご</rt></ruby>でしやくつた

権はひよつこり酒場の前にやつて来た

お喜乃は駈け寄つて権の手を握つた

権さん

お前どうした、工場から暇が出たのか

お喜乃は悲しさうに権の顔を眺めてゐる

権もお喜乃の顔を眺めてゐる

お喜乃の目からはらはらと涙が<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れた

権さん、工場やめてどうする

嘘だ、嘘だ

お前大坂へ帰へつちやンだらう

お喜乃はほろほろ声になつてゐる

夕焼の空は一面に赤く燃え立つてゐた

権は何んにも云はずに下を向いて立つてゐる

権さん、お前、大坂へ帰るなら

わたしも、一所に連れてつてお呉れな

又してもお喜乃の声は顫えてゐる

お喜乃は夕方になると赤い花<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>をさして、酒場の前に立つてゐたが

権はそれつきり遂ひぞ酒場に来なかつた

## 忠義の犬

日比谷公園の

広ツ場に

編みあげの赤い靴を穿き

<ruby><rb>祖母</rb><rt>おばあ</rt></ruby>さんに連れられて

<ruby><rb>美晴子</rb><rt>みはるこ</rt></ruby>さんが遊んでる

浅い弱い春の日は

鏡のやうに晴れてゐた

中学生が五六人

テニスネツトを引つ張つて

組に分れて遊んでる

軽くボールはぽんぽんと

向ふにこつちに飛んでゐた

祖母さんは、遠くの方へ<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>つ去つて

腰をかがめて見せてゐる

テニスコートの

向ふから

足の太い、毛の長い

強さうな

犬がさつさと<ruby><rb>歩</rb><rt>や</rt></ruby>つて来た

美晴子さんは、活動の『忠義の犬』を思ひ出し

丸い目をして見て居つた

あの犬も忠義の犬になるか知ら

同じやうに耳も垂れてゐるし

口も大きいし――

美晴子さんは

目をはなさずに眺めてゐる

中学生のラケツトが<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>んな<ruby><rb>途端</rb><rt>はづみ</rt></ruby>かぐんと来て

犬の<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に落つこちた

犬は走つてラケツトを

口に<ruby><rb>銜</rb><rt>くは</rt></ruby>へて立つてゐる

美晴子さんは

小さな声で祖母さんに

『忠義の犬』の話をした

## 小さな出来事

足の短い<ruby><rb>狛犬</rb><rt>こまいぬ</rt></ruby>はポチに噛ませてやりませう

糸のたるんだ風船と空気のぬけた<ruby><rb>護謨毬</rb><rt>ごむまり</rt></ruby>はタマに噛ませてやりませう

<ruby><rb>弾機</rb><rt>ばね</rt></ruby>の廻らぬ自働車は<ruby><rb>銑葉</rb><rt>ぶりき</rt></ruby>の台へ載せたまま馬車に轣かせてやりませう

<ruby><rb>翼</rb><rt>はね</rt></ruby>のゆがんだ<ruby><rb>木兎</rb><rt>みみづく</rt></ruby>は牛に踏ませてやりませうか、馬に踏ませてやりませうか、うしろの沼へ捨てませうか

飛べなくなつた飛行機と共に窓から投げませう

<ruby><rb>硝子</rb><rt>がらす</rt></ruby>の中の人形も<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>はお<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>やりませう

<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>つかの島へ着くやうに

島の人形になるやうに

桐の小函に帆をかけて――大川の水に流してやりませう

## 蝙蝠

<ruby><rb>蝙蝠</rb><rt>かうもり</rt></ruby>よ、蝙蝠よ

井戸端に蚊柱が立つてゐる

早く来て喰はないか

蝙蝠の家は何処だ

山か里か

何故<ruby><rb>咄</rb><rt>はな</rt></ruby>さぬ

蚊柱が立たば

迎ひに行くぞ

すぐに来て喰へよ

呼んでも、呼んでも

蝙蝠は居ない

臍をまげて隠れてゐる

臍をまげた蝙蝠に

蚊柱は喰はせるな

早くバケツで水かけろ

螢の親父が飛んでゐる

蚊柱が立つても

蝙蝠に咄すな

呼んでも呼んでも来ない

蝙蝠が来たなら

<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>になつて追つ<ruby><rb>蒐</rb><rt>か</rt></ruby>けろ

## 縁側

彼はお針をしてゐる妻君に

爪の伸びた手を出して

鋏を借せと云つた

鋏は妻君の膝のあたりにある

若い妻君は

彼の手を眺めるやうに見て

笑ひながら

鋏をとつて渡した

彼は日の当つてゐる縁側に<ruby><rb>胡座</rb><rt>あぐら</rt></ruby>をかいて

パチリパチリ切り初めた

爪は遠くまで飛んで

皆んな庭の上に落ちる

妻君はそーつと彼の<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に来て

顔を覘いてゐた

彼は爪の奇麗になつた手を出して見せた

若い妻君は黙つて立つて笑つてゐる

## わしの隣人

## 彦兵衛

彦兵衛が、家の前の畑に

<ruby><rb>蘿蔔</rb><rt>だいこん</rt></ruby>の種を蒔いてゐると

郵便配達が来た

彦兵衛は汚れた手で

葉書を受け取つて眺めてゐる

配達は行つて了つた

電車の車掌に及第した

東京の忰からの葉書だ

彦兵衛の顔はにこにこした

<ruby><rb>囲爐裡</rb><rt>いろり</rt></ruby>の中に

麦鍋が

<ruby><rb>泡</rb><rt>あぶく</rt></ruby>立つて煮え<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れてる

## お霜

お霜が畠に<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じやがたらいも</rt></ruby>を掘つてゐると

馬を牽いた男が

<ruby><rb>弄戯</rb><rt>からか</rt></ruby>つて通つてゆく

お霜が土手に足を出して休んでゐると

<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の男が馬を牽いて帰つて来た

また弄戯つて通つてゆく

お霜がもう帰らうとすると

藪の中に

男は首を出してゐた

## 留さん

東京で<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>る――サイノロジーと云ふ

田舎にはない新言葉

西洋の煙草の名でもあるか知らと

留さんは思つてゐた

留さんが田うなひに出て行つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で

頬の赤い<ruby><rb>嬶</rb><rt>かかあ</rt></ruby>が長々と昼寝をしてゐる

ボーリン衝きの若い監督は

サイノロジーと云つて笑つて行く

留さんは<ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>せずで解せずで堪らない

その晩、夕飯を喰ひながら嬶に咄した

嬶は飴菓子を噛りながら

これも解せずで――首を<ruby><rb>抂</rb><rt>ま</rt></ruby>げた

## お艶

お<ruby><rb>艶</rb><rt>つや</rt></ruby>が風呂にはいつてゐると

若い男が

だましに来た

小さな声でだましてゐる

お艶がざぶり湯をかけてやると

男はうろうろしてゐたが

裏から

すーつと逃げて行つた

馬は<ruby><rb>厩</rb><rt>うまや</rt></ruby>に

<ruby><rb>馬堰棒</rb><rt>ませんぼ</rt></ruby>を

がらんがらんと鳴らしてゐる

天の川は北から西へ流れてゐた

## 六蔵

六蔵が家の前に立つて

田の稲を眺めながら

<ruby><rb>群雀</rb><rt>すずめ</rt></ruby>のことを考へてゐると――

群雀の<ruby><rb>一団</rb><rt>ひとかたまり</rt></ruby>が飛んで来て

稲の上に

かぶさるやうに下りた

六蔵は駈けて行つて<ruby><rb>鳴子</rb><rt>なるこ</rt></ruby>の綱を引つ張つた

群雀はパツと飛び上つて行つて了つた

こんな日が幾日も続いた

田に稲がなくなると群雀は来なくなつた

六蔵は何んにも考へずに

寝そべつて煙草を吹かしてゐる

## 米松

<ruby><rb>米松</rb><rt>よねまつ</rt></ruby>が鍬を担いで野良から

<ruby><rb>昼餉</rb><rt>ひる</rt></ruby>に帰つて来た

裏戸が開けつ放しになつてゐる

鶏が<ruby><rb>竈</rb><rt>へつつい</rt></ruby>の上へあがつて

鍋の中から

麦飯をつつき散らして喰つてゐた

隣の<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>が家に小間物屋が来てゐる

<ruby><rb>嬶</rb><rt>かかあ</rt></ruby>の笑ふ声が聞えた

米松は忌々しげに泥手で煙草を吸つてゐる

嬶は<ruby><rb>西瓜</rb><rt>すゐくわ</rt></ruby>を喰ひながら

帯の<ruby><rb>間</rb><rt>あはひ</rt></ruby>に<ruby><rb>巾着</rb><rt>きんちやく</rt></ruby>の紐をぶら下げて帰つて来た

鶏が厩の前へ駈けて来て立つてゐる

## 娘と劉さん

## Ⅰ

娘

劉さん

赤ん坊が生れたならばどうしませう

何処へたのんで育てませう

劉

ワタシ　ワカラナイ　アナタ　スル　ヨロシー

娘

横浜の叔母さん<ruby><rb>所</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ遣りませう

新しい<ruby><rb>一裑</rb><rt>ひとつみ</rt></ruby>の<ruby><rb>一</rb><rt>ひとつ</rt></ruby>も着せて遣りませう

## Ⅱ

娘

叔母さんに断られたらどうしませう

劉

ワタシ　クニ　トホイ　ワカリマセン

娘

悲しいけれど捨てませう

顔の見えない闇の晩

ミルクの<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>を<ruby><rb>哺</rb><rt>くく</rt></ruby>ませて――公園のベンチの上に捨てませう

## Ⅲ

娘

お月夜の晩であつたらどうしませう

お月夜が続いて居たらどうしませう

育てませうか捨てましよか

劉

ワタシ　ニホン　タツ　アナタ　タノム

娘

薄情な、薄情な劉さん

思ひ切つて――悲しいけれど捨てませう

ベンチの上に青々と月がさしたら泣くでせう

わたしの顔を屹度眺めて泣くでせう

劉さん

劉さん

その時のわたしの心はどんなでせう

## 磯の上

親恋しがりの子雀よ

親が恋しく

海へ来たのか

海へはいつて蛤に<ruby><rb>化</rb><rt>な</rt></ruby>つて了つた親雀は

お前のことは

もう忘れてゐるぞ

幾ら待つてゐても

元の親には逢はれないのだ

帰れ、帰れ

海の端で日が暮れたら

子雀よ

ほんたうにはぐれ雀になつて了ふぞ

親の古巣に

妹はどうした、姉は居ないか

もう日は山から暮れて来る

海<ruby><rb>鵯</rb><rt>ひよどり</rt></ruby>よ

子雀は磯にとまつて動かない

だまして山へ帰さぬか

## 百姓の足

百姓の足は怖いから

見たら逃げろと

親蛙が咄して聞かせた

子蛙は毎日

<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>の上に匍ひ上つて眺めてゐたが

百姓の足は来なかつた

ある夕方

子蛙が沼の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>で遊んでゐると

百姓が鍬を担いでやつて来た

百姓の大きな足が

子蛙の<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から

ずしんずしんと地響を打つて歩いて来る

子蛙は堪らなくなつて

沼の中に飛び込んで顫え顫え隠れてゐた

百姓はずんずん行つて了つた

子蛙が<ruby><rb>眼子菜</rb><rt>ひるも</rt></ruby>の茎に<ruby><rb>捉</rb><rt>つかま</rt></ruby>つて泣いてゐると

親蛙は田の中から跳ねて来て

一所に連れて帰つた

怖い百姓の足が毎日田の中に這入つて来た

百姓はたうとう子蛙の居所までも

跡方なしに耕して了つた

それでも子蛙は生れた田の中が

自分の家だと思つて居たら

皆な怖い足の百姓のものだと親蛙に聞かされた

## 手

若い女は

水菓子屋の表に立つて

パイナツプルを買つてゐる

若い男は

店の中にはいつて

パイナツプルを買つてゐる

男が取り次いでくれた

パイナツプルを受けとるとき

女の手が顫えた

男の手

女の手

女の手は顫える

## 畑ン中　　　（ある農夫の歌の VARIATION）

真昼間でごわせう

<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>ン中に、<ruby><rb>田鼠</rb><rt>むぐらもち</rt></ruby>が一匹

<ruby><rb>斑犬</rb><rt>ぶち</rt></ruby>に掘りぞべられて

イヤハヤ

むんぐらむんぐら居やあした

畑の土は、<ruby><rb>開闢</rb><rt>かいびやく</rt></ruby>このかた、黒いもんか

どなもんか

<ruby><rb>真</rb><rt>まこと</rt></ruby>の所、烏に聞いて見やあすべい

畑ン中は、青空天上、不思議はごわすめえ

喉笛鳴らした、ケーケーケー

<ruby><rb>鶏</rb><rt>かしは</rt></ruby>が走つた

こりやまた事かと<ruby><rb>魂消</rb><rt>たまげ</rt></ruby>払つて居りやあした

<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>あけづ</rt></ruby>が一匹

追つかけ廻つた、<ruby><rb>啄</rb><rt>つつ</rt></ruby>くわ啄くわ

ぶつ飛びあがつた、飛んだわ飛んだわ

蜻蛉は<ruby><rb>御運</rb><rt>ごうん</rt></ruby>でござりあした

地主様の一人娘が

娘に<ruby><rb>二種</rb><rt>ふたいろ</rt></ruby><ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>にごわせう

どどの詰りが

エヘン

孕み女になりやあした

畑ン中の豆ン花<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>なもんだ

朝つぱらから何事ぶたずに

べろりと咲いてござりやあす

## 山火事

野兎の子と<ruby><rb>雉</rb><rt>きぢ</rt></ruby>の子と住んでる山が山火事だ

早く逃げぬか

焼け死ぬぞ

<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>鳴き鳴き雉の子は

飛んで逃げた

野兎の子はどうした

山の上に走り腐つて逃げたのが

野兎の子でなかつたか

あれは宿なしの山<ruby><rb>鼬</rb><rt>いたち</rt></ruby>だ

鼬だと鼻ン先が黒い筈だ

黒いとも、黒いとも

真黒だ

駈けてつて見ろ

山一面に火の海だ

逃げ道がなくなる

野兎の子はどうした

山に居るのか居ないのか

息を切つて逃げて来た

<ruby><rb>何方</rb><rt>どつち</rt></ruby>の方へ逃げてつた

雉の子が飛んでつた山の方へ

夢中になつて走つたぞ

## 己の家

## 一　その頃

<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が東京から帰つてゆくと

鶏<ruby><rb>小舎</rb><rt>ごや</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に

<ruby><rb>無花果</rb><rt>いちぢく</rt></ruby>が紫色に熟してゐた

己の家の<ruby><rb>穀倉</rb><rt>こくぐら</rt></ruby>には

米と麦が

向ひ合つて重ねてあつた

己は背戸の杉山に

懸巣が来て鳴くのが

うれしくて堪らなかつた

己が馬に乗つて野にゆくと

頬白は

藪の上に囀つてゐた

己は座敷の丸窓を開けて

紅い芙蓉の花を眺めながら

毎日、本を読んで遊んでゐた

<ruby><rb>丁爺</rb><rt>ていぢー</rt></ruby>が餅を搗いて持つて来て呉れた

己が飛行機の話をすると

ほんたうとは思はずに帰つて行つた

己は<ruby><rb>巻莨</rb><rt>シガー</rt></ruby>を吹かしながら

村の子供等を集めて

庭の植込の中を歩き廻つて遊んだ

己は日暮方になると

裏の<ruby><rb>田甫</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>の中に立つて

バーンスの詩の純朴に<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほほゑ</rt></ruby>んでゐた

己は百年も二百年も

<ruby><rb>斯</rb><rt>かう</rt></ruby>して生きてゐたいと思つた

## 二　篠藪

<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>ででむし</rt></ruby>よ

黙り腐つた蝸牛よ、渦を巻いてゐる蝸牛よ

何が恋しい

篠藪に

さら、さら、さらと雨が降る

<ruby><rb>夢現</rb><rt>ゆめうつつ</rt></ruby>に

己は暮らした

蝸牛よ

己に悲しいコスモスの

花と花とに雨が降る

もう、己の家は<ruby><rb>最終</rb><rt>をはり</rt></ruby>だ

蝸牛よ

田も売らう、畑も売らう

篠藪に

さら、さら、さらと雨が降る

## 三　霜の朝

<ruby><rb>厩</rb><rt>うまや</rt></ruby>の前の葱畑に霜が真白に降つてゐた

己が顔を洗つてゐると

<ruby><rb>鵯</rb><rt>ひよどり</rt></ruby>が来て

南天の実を食つてゐる

己が売つて了つた馬を

<ruby><rb>博労</rb><rt>ばくらう</rt></ruby>が下駄を穿いて牽きに来た

馬は博労に牽かれて門を出ながら

悲しさうに厩の方を振り向いて見てゐた

己は門の外まで駈けて行つて見た

冷たい朝日がさしてゐる

田甫の中を

馬は首を垂れて博労に牽かれて行つた

己は茫然として縁側に腰を掛けてゐた

鵯が南天の木から

<ruby><rb>囲垣</rb><rt>ゐがき</rt></ruby>の椿の木へ飛んで行つて

己の方を向いて鳴いてゐた

己の家の囲垣は樫の木を売つて了つてから

ほんたうにみそぼらしくなつて了つた

緑青の<ruby><rb>食</rb><rt>は</rt></ruby>んだ<ruby><rb>銅</rb><rt>あかがね</rt></ruby>の門の<ruby><rb>垂木</rb><rt>たるき</rt></ruby>から

霜解の雫がじたじたと落ちてゐる

## 四　何処へ

己が売つて了つた田の中で

<ruby><rb>水鶏</rb><rt>くひな</rt></ruby>が鳴いてゐる

己は悲しくなつて田の方を見ないで通つて来た

<ruby><rb>元</rb><rt>もと</rt></ruby>己が家の畑の中に

青々と麦が育つてゐる

己は悲しくなつて畑の方を見ないで通つて来た

己が<ruby><rb>借金</rb><rt>かり</rt></ruby>の為めにとられた杉山が

真黒になつて茂つてゐる

己は悲しくなつて山の方を見ないで通つて来た

己は悲しくなつてもうこの村には居られない

己は<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ行かう

何故己は死ねずに

この村に居るだらう

## 五　暗い心

己が持つてゐた<ruby><rb>亡父</rb><rt>おや</rt></ruby>の形見の煙草入を

質屋の隠居が

毎日持ち歩いて吸つてゐる

己は、それを見るたび胸が一杯になつた

己が着てゐた夏<ruby><rb>外套</rb><rt>インバ</rt></ruby>を

古着屋の<ruby><rb>婆</rb><rt>をばばあ</rt></ruby>が

毎日負ひ歩いて見せてゐる

己はそれを聞くたび胸が一杯になつた

己の家で飼つて置いた鶏を

己が売つてやると

すぐ縊られて喰はれてゐる

己は鶏の羽根を見て胸が一杯になつた

己はもう希望も欲もなんにも無くなつて了つた

生きたくも死にたくもなんともない

この村にさへ居なかつたら

己の心はのんびりしよう

## 六　風が吹く

己の家のうしろの沼に風が吹く

実にしみじみ風が吹く

見れば見るほど

風が吹く

山の方から風が吹く

広い河原の

<ruby><rb>砂利</rb><rt>ざり</rt></ruby>石に

風は鳴り鳴り吹いて来る

己が生れたこの村の

井戸の釣瓶に

風が吹く

風は鳴り鳴り吹いてゐる

## 七　丁爺

己は少年の頃

<ruby><rb>穀倉</rb><rt>こくぐら</rt></ruby>の廂へあがつて雀の巣を毀したことを覚えてゐる

巣を毀された親雀は、日が暮れて了つても廂の上にとまつてゐたことも覚えてゐる

穀倉は田を売つて了つた同じ年に己が売つて了つた

穀倉の跡には青い<ruby><rb>蓬</rb><rt>よもぎ</rt></ruby>が生えてゐる

己は庭へ出て見るたび熱い涙が胸にこみあげて来た

己は門の屋根の<ruby><rb>銅</rb><rt>あかがね</rt></ruby>を剥して売らうと考へた

己は靴を穿いて<ruby><rb>古金屋</rb><rt>ふるがねや</rt></ruby>のある町の方へ出掛けて行つた

途中で丁爺に遭つた

己は仕方なくて銅の話をした

『お前さまの親御に御恩は返えせねえから、せめて――お前さまのお家でも繁昌させてえと――鎮守様にも御願をたててゐるでがす――』

丁爺は悲しい顔をして己の顔を見てゐた

己もほんたうに悲しくなつた

己は古金屋へ行かずに帰つて来た

己は庭木を売らうと思つて植木屋をよんで来た

丁爺が来た

丁爺の目には涙が一杯に浮んでゐた

己は堪らなくなつて家の中に駈け込んで一人で泣いた

西風が稲の上に毎日吹いた

丁爺は己の家の庭へ来て

いつも悲しい顔で立つて眺めてゐた

己は丁爺に

古くから己の家にあつた紫檀の蓋の湯呑を<ruby><rb>与</rb><rt>や</rt></ruby>つた

『お前さまの形見でがな――』

丁爺も己も一所に泣いた

百姓はうれしさうに馬を牽いて歩いてゐる

己に楽みのない収穫の秋がたうとう来た

己は朝の<ruby><rb>未</rb><rt>まあ</rt></ruby>だ薄暗い内に

ズツクの鞄を<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>ひて汽車に乗つた

腰の<ruby><rb>屈</rb><rt>かが</rt></ruby>んだ丁爺は改札口の<ruby><rb>欄干</rb><rt>てすり</rt></ruby>に伸び上り伸び上り

『お前さま、御無事で暮らして下せえ』と己に云つて泣いてゐた

## 八　頬白

己が野へ行くたび

藪の上にとまつて鳴いてゐた

頬白よ

己はお前のことをほんたうに懐しく思ふ

己はこの村に家も屋敷もなくなつて了つた

己は東京の友達を<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>つてゆく

今日は別れだ

頬白よ

お前は達者でゐて呉れよ

己は東京から

二度この村へ帰つて来られるかどうか

今のところでは解らない

帰つて来ないとしても

お前はいつまでも達者でゐて呉れよ

己が東京へ行つて

何処に住むようになるか未だ解らない

本郷に住んでも浅草に住んでも

この村のことは忘れて了つても

頬白よ

己はお前が懐しくて忘られない

畑の麦が黄ばんでも、田の稲が黄ばんでも

<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>のものは喰はないで呉れよ

この村には

もう己の<ruby><rb>田畑</rb><rt>てんばた</rt></ruby>はない

お前は何を喰つて暮らすだらう

虫でも拾つて喰つて生きてゐて呉れろよ

己が東京にも<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>かねて

東京に居ないと聞いても

頬白よ

決して悲しんで呉れるな

お前は達者でいつまでもこの村で暮して呉れろよ

## 九　猫よ

東京に来て見たものの――<ruby><rb>生活</rb><rt>くらせ</rt></ruby>る<ruby><rb>的</rb><rt>あて</rt></ruby>はない

<ruby><rb>郷里</rb><rt>くに</rt></ruby>に家でも――あるではなし

どうしよう

木更津に――お前の伯父がある筈だ

己も一所に

連れて行つて呉れぬか

猫よ

## 十　夏

卯の花が咲く

<ruby><rb>杜鵑</rb><rt>ほととぎす</rt></ruby>が啼く

夏が来た

沼の中に<ruby><rb>菖蒲</rb><rt>あやめ</rt></ruby>の花も咲いてゐる

どつちにしろここには永く居られない

己に約束の夏が来た

この家は明日にも空けて返さねばならぬ

己に余裕の金があらば

せめて夏中でも

ここの葛飾で暮らしたかつた

己はもう諦めて神戸へ行かう

己がたつて行つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で

誰が来てこの家に住むだらう

自分の家を<ruby><rb>失</rb><rt>なくし</rt></ruby>て了つた己は

他人の家でも住み馴れた家は恋しい

一生涯借家住ひで暮らさねばならない己は

旅烏のやうだ

去年の夏は東京に居て今年の今は葛飾に居る

他人の知らない涙が

己の胸にはいつも一杯に溜つてゐる

これが自分のものと<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つた家があつたなら

己はどんなに嬉しいだらう

また住み馴れたこの家をたつて

知らぬ他国に行かねばならぬ

己に悲しい夏が来た