「馬車」は横光利一さんのもつとも特異な作品の一つである。横光さんの作品の基底には、いつも humain なものと surhumain なものとがふしぎに交錯してゐるが、それがどちらがどちらだか分らないくらゐな點にまで達するとき、その作品は大概成功してゐる。ことに「馬車」においてはその效果がいちじるしい。物語は、先づ、半陰影のうちに展開する。その無意味なやうな薄暗がりのなかに何者かがくんづほぐれつして爭つてゐる。それは人間であらうか、それとも怪物であらうか? また見知らぬ植物かとも見える。読者はただ息をつめてゐる。が、物語が結末に近づくにつれて、どこからともなく聖らかな光が射し込んでくる。そしてその光は、結末になるや、突然まぶしいくらゐに輝きだし、諸人物の上をくまなく照らし、そして私達にはその光はずつと向うの、物語のうすぐらい冒頭にまで達してゐるかのやうに思はれてくる。私は、人々がレンブラントを光の畫家と云ふごとき意味にて、この「馬車」一篇を光の傑作であると云ひたい。
「馬車」
「ばしゃ」
堀 辰雄
底本 / Source edition
1982(昭和57)年9月30日初版第1刷発行
底本の親本:「堀辰雄小品集・薔薇」角川書店
1951(昭和26)年6月15日発行
初出:「限定出版四季社・江川書房季報 第九号」
1934(昭和9)年7月15日発行入力:tatsuki
校正:染川隆俊
2010年3月5日作成
2014年2月11日修正
青空文庫作成ファイル:
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堀 辰雄「「馬車」」(旧字旧仮名)、底本『堀辰雄作品集第五卷』筑摩書房、1982年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048301_001030, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079