買ひものといふ事は、女性とは大変に密接な関係があるやうである。買ひものをする女の心持や態度は、千種万様である。

娘の頃は学用品や身の廻りの<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>した買物、女学校でも卒業すると、反物の選び方に腐心するやうになるが、家庭にはいつて、買物の範囲はグツとひろめられて来る。

新家庭時代、少くともそれから<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くの間は八百屋、魚屋、それから醤油はどれがよいとか、紙は何が徳用だとか云ふやうなこま〲した買物に興味を持つ時代もあるが、次第にこれが日常の常習になつてしまふと、<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>りきつた面倒なものとなつてしまふ。

それよりも、日常の生活の必需品でないもの、生活品の中でも、菓子、果物というやうになれば、そこに選択の余地があつて少し許りの興味はひく。けれど、女性が一番楽しみを交へて、といふよりは楽んで買ふのは、やはり服装に関した品物であらう。

生活してゆくための費用の中から、<ruby><rb>半襟</rb><rt>はんえり</rt></ruby>一つでも余裕を見出した時の嬉しさ、もつと大きな買物をするときの輝かしい喜び、選択する間の希望にみちた心、そして買つて来て、幾度か箪笥の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>に<ruby><rb>納</rb><rt>しま</rt></ruby>つたり、出したりして眺める時の心持。

よかつたとか、悪かつたとか云ひ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら、実は<ruby><rb>押</rb><rt>おさ</rt></ruby>へ<ruby><rb>難</rb><rt>がた</rt></ruby>い愛着を其品物に感じて居るなつかしみ。

かうした事を云ひ出したらきりがないかも知れない。

今の三越呉服店が三井呉服店であつた其前身の越後屋時代には、十円以上買物をした人は別室で一人一人<ruby><rb>膳部</rb><rt>ぜんぶ</rt></ruby>が出たものであつたといふ。

私が子供の時に行つた時は、金額の制限がいくらになつて居たか知らないが、何でも、<ruby><rb>紫縮緬</rb><rt>むらさきぢりめん</rt></ruby>の被布を買つて貰つた嬉しさと、少し薄暗いやうな部屋に、ピカ〱光る着物を着た番頭に「<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>こちらへ」と案内されて、塗つたお膳の上の<ruby><rb>煮肴</rb><rt>にざかな</rt></ruby>に<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>をつけた事だけをかすかに記憶して居る。

それが顧客の購買力が増すにつれて、いつか廃止されるやうになり、<ruby><rb>其次</rb><rt>そのつぎ</rt></ruby>は、何円以上は手拭、風呂敷、メリンスの風呂敷といふやうに、買物額に応じて品物を添へて貰つたものであつたがもうそれも廃せられて、今は得意先に盆暮に配られる十二支の風呂敷の他に、木綿風呂敷や手拭は見かけないやうになつた。

それほど、次第に多くの人が呉服物を買ふやうになつたのである。

そして、其大部分は女の人が買つてゆくのである。

はじめ買物する人の便宜のために設けられた大呉服店の食堂といふのは、今では、食事そのものを<ruby><rb>半</rb><rt>なかば</rt></ruby>以上の目的にして出掛ける子供連れの客や、近所に用達に行つた人の簡便な食事場となつている。

時間をつぶして、電車代をかけて、おまけにおすしの一つも食べては、少し位割安なものを買つた<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>が、結局高いものになるから、近所で間に合わせておきませう、などと云つた時代もあつたが、人々の趣味性の向上からか、何でも大呉服店のマークが附いて居ないと幅が利かないといふ<ruby><rb>訳</rb><rt>わけ</rt></ruby>なのか、時にも費用にもかまはず、今は皆下町に足を運ぶやうである。

それ故食堂に入つて、中に居る人、其注文の品、そんなものを観て居ると、本当に<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>で、平素の生活状態や、趣味<ruby><rb>嗜好</rb><rt>かうし</rt></ruby>といふやうなものが、さながらの縮図となつて展開されて来る。

そして、一般に現代の向はうとしてゆく趣味なども<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>でよく見あらはされるのである。

此頃は買物をしても大抵包紙でつゝんで提げられるやうにしてくれるから、下町に買物にゆくには風呂敷を用意しなくても、<ruby><rb>可成</rb><rt>かなり</rt></ruby>な分量を手に提げて電車にのれるだけはいくらでも買物をする事が出來る。

大きな風呂敷包をこさえて、それを夫人や令嬢が自身で持つのを<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>つて、女中や書生のお伴をつれた人が銀座通りなどを歩いて居た図は、もう此頃は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど見られない。これも一つの時代の進歩であらうか。

私の育つ頃などは嫁入前の娘はお豆腐を買ひに行つたりする事はなりません、みつともないと云はれたものである。

指環や書物を買ひにゆくのは自慢で、<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby>豆腐一挺買ひに行つてはならないのか、理屈が分らないと反抗したのを覚えて居るが、今は貴婦人の商売人もあり、辻でビラをまき、物を売る事もあるやうになつた。

おさむらひ<ruby><rb>気質</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>がすたれて、次第に実力で押し通す時代が現出されて居る時、買物をする女の心も、昔のやうに浮々としないで根拠のあるものになつてゆくのであらう。