Soranoha

沼森

ぬまもり

宮沢 賢治

石ヶ森の方は硬くて瘠せて灰色の骨を露はし大森は黒く松をこめぜいたくさうに肥ってゐるが実はどっちも石英安山岩デサイトだ。

丘はうしろであつまって一つの平らをこしらへる。

もう暮れ近く草がそよぎ防火線もさびしいのだ。地図をたよりもさびしいことだ。

沼森平といふものもなかなか広い草っ原だ。何でも早くまはって行って沼森のやつの脚にかゝりそれからぐるっと防火線沿ひ、帰って行って麓の引湯にぐったり今夜は寝てやるぞ。

何といふこれはしづかなことだらう。

落葉松ラリックスなど植えたもんだ。まるでどこかの庭まへだ。何といふ立派な山の平だらう。草は柔らか向ふの小松はまばらです、そらはひろびろ天も近く落葉松ラリックスなど植えたもんだ。

はてな、あいつが沼森か、沼森だ。坊主頭め、山山は集ひて青き原をなすさてその上の丘のさびしさ。ふん。沼森め。

これはいかんぞ。沼炭だぞ、泥炭があるぞ、さてこそこの平はもと沼だったな、道理でむやみに陰気なやうだ。洪積ごろの沼の底だ。泥炭層を水がちょろちょろ潜ってゐる。全体あんまり静かすぎる、おまけに無暗に空が暗くなって来た。もう夕暮も間近いぞ。柏の踊りも今時だめだ、まばらの小松も緑青を噴く。

沼森がすぐ前に立ってゐる。やっぱりこれも岩頸だ。どうせ石英安山岩、いやに響くなこいつめは。いやにカンカン云ひやがる。とにかくこれは石ヶ森とは血統が非常に近いものなのだ。

それはいゝがさ沼森めなぜ一体坊主なんぞになったのだ。えいぞっとする 気味の悪いやつだ。この草はな、この草はな、こぬかぐさ。風に吹かれて穂を出して烟って実に憐れに見えるぢゃないか。

なぜさうこっちをにらむのだ、うしろから。

何も悪いことしないぢゃないか。まだにらむのか、勝手にしろ。

柏はざらざら雲の波、早くも黄びかりうすあかり、その丘のいかりはわれも知りたれどさあらぬさまに草むしり行く、もう夕方だ、はて、この沼はまさか地図にもある筈だ。もしなかったら大へんぞ。全く別の世界だぞ、

気を落ちつけて(黄のひかり)あるある、あるには有るがあの泥炭をつくったやつの甥か孫だぞ、黄のひかりうすあかり鳴れ鳴れかしは。

底本 / Source edition

底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・劇・その他 本文篇」筑摩書房
1995(平成7)年11月25日初版第1刷発行
※底本の本文は、草稿による。
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2008年8月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/048202_000081/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/048202_000081/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/048202_000081/

宮沢 賢治「沼森」(新字旧仮名)、底本『【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話Ⅴ・劇・その他 本文篇』筑摩書房、1995年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048202_000081, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite