登場人物

官女　<ruby><rb>玉虫</rb><rt>たまむし</rt></ruby>

その妹　<ruby><rb>玉琴</rb><rt>たまこと</rt></ruby>

<ruby><rb>那須与五郎宗春</rb><rt>なすのよごろうむねはる</rt></ruby>

旅僧　<ruby><rb>雨月</rb><rt>うげつ</rt></ruby>

官女　<ruby><rb>呉羽</rb><rt>くれは</rt></ruby>の<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>

同　綾の局

浜の女房　おしお

那須の家来　<ruby><rb>弥藤二</rb><rt>やとうじ</rt></ruby>

ほかに那須の家来。浜のわらべなど

  


（一）

寿永四年五月、<ruby><rb>長門国</rb><rt>ながとのくに</rt></ruby>壇の浦のゆうぐれ。あたりは一面の砂地にて、所々に<ruby><rb>磯馴松</rb><rt>そなれまつ</rt></ruby>の大樹あり。正面には海をへだてて文字ヶ関遠くみゆ。浪の音、水鳥の声。

（平家没落の後、官女は零落してこの海浜にさまよい、いやしき<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>して世を送るも哀れなり。呉羽の局、綾の局、いずれも三十歳前後にて花のさかりを過ぎたる<ruby><rb>上﨟</rb><rt>じょうろう</rt></ruby>、磯による<ruby><rb>藻屑</rb><rt>もくず</rt></ruby>を籠に拾う。）

呉羽　のう、綾の局。これほど拾いあつめたら、あす一日の<ruby><rb>糧</rb><rt>かて</rt></ruby>に不足はござるまい。もうそろそろと戻りましょうか。

綾の局　この長の日を立ち暮して、おたがいに<ruby><rb>苛</rb><rt>いこ</rt></ruby>うくたびれました。

呉羽　今更いうも愚痴なれど、ありし雲井のむかしには、夢にも知らなんだ<ruby><rb>賤</rb><rt>しず</rt></ruby>の<ruby><rb>手業</rb><rt>てわざ</rt></ruby>に、命をつなぐ今の身の上。浅ましいとも悲しいとも、云おうようはござらぬのう。

綾の局　まだうら若い上﨟たちは、泣顔かくす<ruby><rb>化粧</rb><rt>けわい</rt></ruby>して、ゆききの人になさけを売り、とにもかくにも日を送れど、盛りを過ぎし我々は見かえる人もあらばこそ、唯おめおめと暮しては、<ruby><rb>飢</rb><rt>かつ</rt></ruby>えて死なねばなりませぬ。

呉羽　せめて一日でも生きたいと、こうして働いてはいるものの、これがいつまで続こうやら……。（嘆息しつつ空を仰ぐ。）おお、こんなことを云うているひまに、やがて日も暮れまする。

綾の局　ほんに空も陰って来ました。このごろの<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>くせで、冷たい潮風が吹いて来ると、つづいて雨の来るのが習い。<ruby><rb>湿</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れぬうちに戻りましょうか。

呉羽　<ruby><rb>苫屋</rb><rt>とまや</rt></ruby>に雨の漏らぬように、軒のやぶれもつくろうて置かねばなりますまい。

綾の局　召仕いもなき佗び住居は、なにやらかやら心せわしいことでござるのう。

（二人は籠をたずさえてとぼとぼとあゆみ去る。浜のわらべ甲乙丙の三人いず。乙は赤き蟹を糸に縛りて持ったり。）

童乙　どうじゃ。<ruby><rb>平家蟹</rb><rt>へいけがに</rt></ruby>はまだいるかの。

童甲　あいにくに夕潮が一杯じゃ。これでは蟹も上がりそうもないぞ。

童丙　では、あすの朝、潮の<ruby><rb>干</rb><rt>ひ</rt></ruby>た頃に捕りに来ようかのう。

（弥平兵衛宗清、四十余歳、今は仏門に入りて雨月という。旅姿、笠と杖とを持ちていず。）

雨月　これ、これ、平家蟹とは……。どのような蟹じゃな。

童乙　これじゃ。見さっしゃれ。

（蟹を見せる。雨月はじっと視る。）

雨月　この蟹をなぜ平家と云うのか。

童甲　この壇の浦で平家が亡びてから、ついぞ見たことのない、こんな蟹が沢山に寄って来ましたのじゃ。

童乙　蟹の甲には人の顔がみえています。

童丙　これ、このように、おこった顔をしています。

（指さし示せば、雨月はつくづく視て、思わずぞっとする。）

雨月　おお、なるほど蟹の甲にはありありと人の顔……。しかも凄まじい<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>の<ruby><rb>形相</rb><rt>ぎょうそう</rt></ruby>……。平家がここでほろびた後に、このような不思議の蟹が……。

三人　そうじゃ、そうじゃ。

雨月　白きは源氏……赤きは平家の旗の色……。あかき甲にいかれる顔は……。平家の方々のたましいが、蟹に宿って迷いいずるか。

童甲　じゃによって、平家蟹といいますのじゃ。

（雨月は黙して蟹をながめている。）

雨月　これ、子供よ。浜育ちとはいいながら、<ruby><rb>無益</rb><rt>むやく</rt></ruby>の<ruby><rb>殺生</rb><rt>せっしょう</rt></ruby>はせぬものじゃ。この蟹を海へ放してやれ。その代りにわしがよいものをやりましょうぞ。

童乙　よい物をくださるなら、すぐに放してやりましょう。

雨月　おお、聞き分けのよい児じゃ。その代りには何がよかろうぞ。おお、これがよい。（腰をさぐりて<ruby><rb>糒</rb><rt>ほしい</rt></ruby>を入れたる麻の袋をとり出す。）さあ、これをやる程に、蟹は早う放してやったがよい。

（童は袋より糒をすくい出して見る。）

童乙　これはなんでござるな。

雨月　それは糒というもので、水か湯にひたしてたべるのじゃ。

童乙　ありがとうござりました。

（童は蟹の糸をときて、うしろの海に放ちやる。）

雨月　この後もあの蟹を捕えてはならぬ。平家のたましいが<ruby><rb>乗憑</rb><rt>のりうつ</rt></ruby>っているからは、どのようなおそろしい祟りがあろうも知れぬぞ。

三人　あい。あい。

（わらべ等は去る。雨月はあとを見送る。）

雨月　日暮れてあたりに人もなし、忍ぶ身には丁度幸いじゃ。海に沈みし御一門の尊霊に、よそながら<ruby><rb>御回向</rb><rt>ごえこう</rt></ruby>申そうか。

（雨月は浜辺にひざまずき、<ruby><rb>数珠</rb><rt>じゅず</rt></ruby>を繰りつつ、海にむかって回向す。官女玉虫、廿歳、<ruby><rb>下髪</rb><rt>さげがみ</rt></ruby>、<ruby><rb>被衣</rb><rt>かつき</rt></ruby>をかぶりて出で、松の木かげに立ちて窺いいるうちに、雨月は回向を終りて起たんとす。）

玉虫　あ、もし……。

（雨月はたちどまりてすかし視る。）

雨月　どなたでござりまするな。

玉虫　おお、宗清殿……。わらわじゃ。玉虫じゃ。

（近寄りて被衣を取る。かくと見るより雨月は再び土にひざまずく。）

雨月　いかにも<ruby><rb>弥平兵衛宗清</rb><rt>やへいびょうえむねきよ</rt></ruby>、不思議なところでお目にかかりました。

玉虫　なんの不思議なことがあろう。ここは平家が沈んだ海じゃ。平家にゆかりある者は、ここを去ってどこへ行こうぞ。見ればお身はさまを替えて、仏の<ruby><rb>御</rb><rt>み</rt></ruby>弟子となったよな。

雨月　平家没落の後、甥の景清にいざなわれ、肥後の<ruby><rb>山家</rb><rt>やまが</rt></ruby>にかくれて居りましたが、亡き方々の菩提をとむらう為め、御覧の通りにさまをかえて、今は世をすて武士を捨て、ただ阿弥陀仏を念じながら、諸国をめぐって居りまする。

玉虫　さりとは<ruby><rb>殊勝</rb><rt>しゅしょう</rt></ruby>なことじゃ。（嘲るごとくに打笑む。）して、景清はなんとした。

雨月　かれは思い立ったることありとて、わたくしが頻りに止むるもきかず、鎌倉へ忍んでくだりました。

玉虫　むむ、鎌倉へ……。家重代という<ruby><rb>痣丸</rb><rt>あざまる</rt></ruby>の銘刀を身につけて行ったであろうな。

雨月　おおかた左様でござりましょう。

玉虫　さすがは景清、あっぱれの者じゃ。その痣丸に源氏の血を……。大方そうであろうの。

雨月　そのように申して居りました。

玉虫　（心地よげにうなずく。）聞くもなかなかに勇ましい。たとい景清ならずとも、武士たるものにはそれほどの覚悟が無うてはなるまい。のう、宗清。過ぎし<ruby><rb>弥生</rb><rt>やよい</rt></ruby>の廿四日、平家の一門はことごとくこの海に沈んだ。きのうきょうとは思えども、数うれば早やふた月を過ぎて、きょうはあたかも御命日じゃぞ。あれ、あの向うに……松林の薄黒う見ゆるは……文字ヶ関から<ruby><rb>大里</rb><rt>だいり</rt></ruby>の浜、あれをうしろにして味方の<ruby><rb>兵船</rb><rt>ひょうせん</rt></ruby>はおよそ五百艘、さながら大鳥がつばさをひろげたように、左右に開いて陣取っていたのじゃ。

雨月　今わたくしが踏んでいる浜辺には、源氏の大軍が真黒にたむろして居りました。まして海の上には兵船およそ三千艘、すくなくも味方の五六倍はあったと覚えまする。それが一度に漕ぎよせて来る。なにを申すも<ruby><rb>多勢</rb><rt>たぜい</rt></ruby>に<ruby><rb>無勢</rb><rt>ぶせい</rt></ruby>……。（嘆息する。）わずか一日のいくさで……。思えば<ruby><rb>果敢</rb><rt>はか</rt></ruby>ないことでござりました。

玉虫　とは云え、平家は最期まで勇ましゅう闘うたぞ。打物は折れ、矢種はつき、船はくだけ、人は沈んで果つるまで、一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>も卑怯に降参するものなく、口々にかたきを呪うて死んだ。（恨みの眉をあげる。）お身はまだ知るまいが、あめ風あれて浪高い夜には、海に数しれぬ<ruby><rb>鬼火</rb><rt>おにび</rt></ruby>あらわれ、あまたの人の泣く声も悲しげにきこゆるぞ。海にほろびたる平家の一門、かばねは<ruby><rb>千尋</rb><rt>ちひろ</rt></ruby>の底に葬られても、たましいは此世にとどまって、百年も千年も尽きぬ恨みをくり返すのであろうよ。

雨月　<ruby><rb>繋念</rb><rt>けねん</rt></ruby>五百<ruby><rb>生</rb><rt>しょう</rt></ruby>、一念無量劫とは申しながら、罪ふかいは<ruby><rb>修羅</rb><rt>しゅら</rt></ruby>の妄念でござりまする。とは云え、世になき人の執念は、法華経の<ruby><rb>功力</rb><rt>くりき</rt></ruby>によって、<ruby><rb>成仏</rb><rt>じょうぶつ</rt></ruby><ruby><rb>解脱</rb><rt>げだつ</rt></ruby>のすべもあれど、容易に度しがたいは、世にある人の執念……。甥の景清にも一切の<ruby><rb>執着</rb><rt>しゅうちく</rt></ruby>を去って、復讐の企てなど思い切りまするよう、いくたびか意見申したれど……。

玉虫　景清は<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かなんだか。おお、そうであろう。そのようななま悟りの説法めいたことは、わらわとても肯くまいぞ。

雨月　では、お前さまも……。

玉虫　わらわも源氏を呪うているのじゃ。

雨月　源氏を呪うて……。

玉虫　なにを驚くことがあろう。煩悩もあり、執着もあればこそ、人はこの世に生きているのじゃ。執念は人の命じゃ。一切の煩悩や執着を捨つるほどなら、冷たい土の下に眠っているがましであろう。

雨月　憚りながら、それは凡夫の迷い……。

玉虫　はて、くどう云やるな。お身とわらわとは心が違うぞ。

（<ruby><rb>細雨</rb><rt>こさめ</rt></ruby>ふりいず、玉虫は空を仰ぐ。）

玉虫　<ruby><rb>五月</rb><rt>さつき</rt></ruby>の習い、また雨となったか。これ、宗清、お身は行手をいそぐ身でもあるまい。こよいは一と夜逗留し、晴れ間を待って出立しや。

雨月　して、おまえ様のお住居は……。

玉虫　この浜づたいに五六町……。あれ、あの一本松が目じるしじゃ。

雨月　では、先帝のみささぎに参拝して、それからおたずね申しまする。

玉虫　強くふらぬ間に戻って来や。

（玉虫わかれて去る。雨月は見送る。）

雨月　さらでも<ruby><rb>女子</rb><rt>おなご</rt></ruby>は罪ふかいと聞いたるに、源氏を<ruby><rb>呪詛</rb><rt>のろい</rt></ruby>の<ruby><rb>調伏</rb><rt>ちょうぶく</rt></ruby>のと、<ruby><rb>執念</rb><rt>しゅうね</rt></ruby>く思いつめられたは、あまりと云えばおそろしい。今宵逗留せよと云われたを幸い、今一度あなたのお目にかかって、迷いの<ruby><rb>雲霧</rb><rt>くもぎり</rt></ruby>の<ruby><rb>霽</rb><rt>は</rt></ruby>るるように、御意見申すが法師の務めじゃ。（思案して）まずその前に御陵に参拝いたそうか。

（浪の音高くきこゆ。）

雨月　おお、日暮れて浪が高うなった。空は暗し、雨はふる……。鬼火の迷いいずるというは、今宵のような夜であろう。南無阿弥陀仏、なむ阿弥陀仏。

（海にむかいて再び合掌す。那須の家来二人うかがいいず。）

家来甲　怪しい旅僧……。

家来乙　むむ。

（二人走りかかって捕えんとす。）

雨月　なにゆえの狼籍……。愚僧決して怪しいものではござらぬ。

家来甲　ええ、海にむかって回向するは……。

家来乙　まさしく平家にゆかりの者じゃ。

（二人は無理に引立てんとするを、雨月はゆかじと争いて、遂に二人を投げ倒す。二人はかなわじと見て逃げ去る。雨月は法衣の塵をはらいて、にが笑い。）

雨月　一旦仏門に入ったるからは、むかしの武士は捨てた筈じゃに、われを忘れて荒気の振舞。<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>の手前も面目ない。悟るというはむずかしいもののう。

（二）

浦の苫屋、二重屋体にて竹縁朽ちたり。正面の上のかたは板羽目にて、上に祭壇を設け、<ruby><rb>注連</rb><rt>しめ</rt></ruby>を張れり。中央の出入り口にはやぶれたる<ruby><rb>簾</rb><rt>すだれ</rt></ruby>を垂れたり。下の方もおなじく板羽目。庭前の下のかたに丸太の門口、<ruby><rb>蠣殻</rb><rt>かきがら</rt></ruby>の附きたる垣を結えり。垣のそとには松の大樹ありて、うしろには壇の浦の海近くみゆ。

（浜の女房おしお、さざえの殻の燈台に火をともしつつ独り言。）

おしお　やがてもう暮れるというに、<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>の方々は何をしてござるのやら……。このごろの<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>くせで、又降って来たようじゃが……。

（雨すこしく降る。玉虫帰りきたる。）

玉虫　今戻りました。

おしお　おお、お帰りなされましたか。あいにく降ってまいったので、さぞお困りでござりましょう。

玉虫　降りみ降らずみはこの頃の習い、さしたる雨でもござりませぬ。（ぬれたる被衣をぬぎて縁に上がる。）いつもいつも留守を頼み、ありがとうござりました。して、<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>はまだ戻りませぬか。

おしお　まだお帰りにはなりませぬ。

玉虫　このごろは兎角にそわそわしておちつかず、内を外にして出あるいているは、どうしたことであろうかのう。

（眉をひそむれば、おしおは打笑う。）

おしお　それも<ruby><rb>生業</rb><rt>なりわい</rt></ruby>じゃ、是非もござりますまい。

玉虫　生業とは……。

おしお　え。（口ごもる。）

玉虫　妹がどのような生業をして居りまするぞ。

おしお　さあ、うっかりと口をすべらしたはわたくしのあやまり、どうぞ御勘弁くださりませ。

玉虫　いや、詫びることはない、あからさまに云うて下さればよいのじゃ。

（玉虫の妹玉琴、十七八歳、被衣をかぶりて下のかたより出で、<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>に立ちて内の問答をぬすみ聞く。玉虫はおしおの返答なきに、すこしく思案する。）

玉虫　おしおどの、包まずに云うてくだされ。平家ほろびし後は官女達もちりぢりばらばら、ここらあたりにさまようて、あるに甲斐なく世を送る。そのなかには恥を忍んで、のぼり下だりの旅人や、出船入船の<ruby><rb>商人</rb><rt>あきうど</rt></ruby>を相手に、色をあきなうもあると聞く。妹ももしや其のような…。

おしお　さあ。

玉虫　これ、しかと返事をして下されぬか。

（迫り問うに、おしおいよいよ迷惑す。玉琴は門をあけて走り入る。）

玉琴　<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>さま……ゆるして下さりませ。

玉虫　むむ。さては推量にたがわず、姉に隠していつの間にか、遊女や白拍子のながれを汲み、色をあきなう身となったか。

玉琴　そのお叱りはとくより知っていれど、むかしに変る今の身の上、唯うかうかとしていては<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>ふたりが何となりましょうぞ。<ruby><rb>飢</rb><rt>かつ</rt></ruby>えて死ぬる場になっては、恥も外聞も厭わばこそ、其日その日の<ruby><rb>糧</rb><rt>かて</rt></ruby>がほしさに……。

おしお　おお、それもごもっとも、みやこ育ちのおまえ様がたが、ここらの浜辺に流浪なされては、ほかに世渡りのすべもなし、<ruby><rb>御容貌</rb><rt>ごきりょう</rt></ruby>のよいのを幸いに、ゆききの人になさけを売る。つらい勤めもお身のためじゃ。時の用には鼻もそぐと、下世話にいうは此事でござりましょう。

玉琴　姉さま、推量してくださりませ。

おしお　かならずお叱りなされまするな。

（とりなし顔に云えど、玉虫は耳にもかけず。）

玉虫　これ、妹。もっともらしゅう云訳するが、かかる境涯におちぶれても、お前はまだまだ命が惜しいか。

玉琴　おなごの未練なこころからは、命が惜しゅうござりまする。

玉虫　恥をさらしても生きたいか。

玉琴　死ぬほどならばこの三月、平家滅亡の日に死にまする。

おしお　ほんに左様でござります。平家滅亡のおりから、海に沈んだ官女達も多いとやら……。そのなかを無事にながらえたは、よくよく御運がよいのでござりましょうぞ。御運がよいと云えば……もし、玉琴さま。あのお方のことを申上げたら、姉上様の御機嫌がなおろうも知れますまい。

玉琴　いや、いや。それは……。

おしお　はて、お隠しなさるには及びませぬ。（玉虫にむかいて。）人は<ruby><rb>七転</rb><rt>ななころ</rt></ruby>び<ruby><rb>八起</rb><rt>やお</rt></ruby>きとやら申しまして、悪いあとには又よいことが来るものでござります。まあ、お聞きなされませ。<ruby><rb>妹御</rb><rt>いもとご</rt></ruby>さまは数ある客人のなかで、立派なおさむらい様と深いおなじみ……。やがては奥方に御出世なさろうも知れませぬ。そうなる時にはお前さまも、今の御苦労を打ち忘れて安楽な御身分にもなれましょうぞ。

玉虫　して、そのさむらいというは……。

おしお　はい、あの……。

玉琴　あ、これ……。（云うなと制す。）

おしお　那須与五郎というお方……。

玉虫　那須与五郎……。（思案する。）平家の残党詮議のために、那須の一党は今なおここにとどまり、陣屋をかまえていると聞く。与五郎というも恐らくはその身内であろうな。

おしお　なんでも大将の御舎弟じゃとかうけたまわりました。のう、玉琴さま……。

（玉琴答えず、恐るるごとくに差し俯向く。玉虫はいよいよ気色をかえる。）

玉虫　なに、大将の弟……与市の弟じゃと……。（つと起って妹の襟髪をとる。）人もあろうに、源氏方……しかも那須の一門に、<ruby><rb>狎</rb><rt>な</rt></ruby>れ馴染んだる憎い奴……。一<ruby><rb>刻</rb><rt>とき</rt></ruby>もここには置かれぬ。さあ出てゆきゃ、出て行こうぞ。

玉琴　ええ。

おしお　さりとはきつい御腹立ち……。まあ、まあ、お待ちなされませ。

玉虫　お前の知ったことではない。玉琴、再びそなたには逢わぬぞや。

（突き放して起たんとす。玉琴は姉の袂にすがる。）

玉琴　では、<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>の縁を切って……。

玉虫　姉妹はおろか、人間同士の縁も切った。おのれは畜生……。見るも汚れじゃ。

（袂を払って奥に入る。玉琴は泣き伏す。おしおは呆れる。）

おしお　やれ、やれ、飛んでもないことになりましたのう。お詫びの種にもなろうかと、那須の殿様のことをうかうか申上げたら、却って御腹立ちは募るばかり。口はわざわいの<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>ということを今知って、悔んでもあとの祭じゃ。玉琴さま、料簡してくださりませ。

玉琴　いえ、いえ、詫びるには及びませぬ。遅かれ速かれ知ること……。その折にはどう云おう、こう云おうと、色々の云訳をかんがえて置きながら、いざというときには口へも出ず。たった一人の姉妹の勘当受けて、こりゃ何としたものであろうか。

（玉琴泣き入るを、おしおは慰める。）

おしお　一旦はあのように御立腹なされても、根が血をわけた御姉妹、自然とお心の解けるは知れたことでござります。とは云え、あのはげしいお顔色では、今が今、すぐにはお詫びもかないますまい。ともかくも今夜だけは、わたくしの宿までお越しなされませ。はて、泣いてござっては済まぬ。まあ、まあ、お立ちなされませ。

（なだめながら手を取れば、玉琴はしおしお起ち上がる。）

玉琴　とは云え、もう一度お詫びをして……。

おしお　はて、今とやこうと申上げては、却って御機嫌にさからうようなもの。まあ、わたくしにまかせてお置きなされませ。

（玉琴の手をひきて門に出で、ふた足三足行きかかれば、向うより那須の家来弥藤二は<ruby><rb>松明</rb><rt>たいまつ</rt></ruby>をふり照らしていず。双方ゆき逢う。）

弥藤二　おお、玉琴殿ではござらぬか。

おしお　おまえは那須の御家来衆……。

弥藤二　玉琴どのをお迎いにまいった。

（今までしおれたる玉琴は、那須の迎いと聞きて俄かにいそいそする。）

玉琴　おお、弥藤二どの……。ようぞ迎いに来てくだされた。

弥藤二　与五郎どのもお待ち兼ねでござるぞ。早うまいられい。

玉琴　すぐにお供いたしましょう。

おしお　丁度よいところへお迎いじゃ。では、御陣屋へ行かしゃりますか。

玉琴　おしお殿、先へまいりまするぞ。

弥藤二　いざ、お越しなされい。

（弥藤二は先に立ち、玉琴附添いていそぎ行く。取り残されたるおしおはあとを見送る。）

おしお　玉琴どのも現金な……。那須のおむかいと聞いたらば、泣顔が急に笑顔となって、早々に出てゆかれた。あれでは姉様の勘当をうけるも無理はない。おお、鐘がきこえる。今が<ruby><rb>逢魔</rb><rt>おうま</rt></ruby>が時というのじゃ。どれ、早う戻りましょう。

（おしおはつぶやきつつ去る。雨の音さびしく、奥より玉虫は以前とかわりし白の着附、緋の袴、<ruby><rb>小袿</rb><rt>こうちき</rt></ruby>にて、<ruby><rb>檀扇</rb><rt>ひおうぎ</rt></ruby>を持ちていず。遠寺の鐘の声きこゆ。玉虫は鐘の音を指折りかぞえて独り語。）

玉虫　今鳴る鐘は<ruby><rb>酉</rb><rt>とり</rt></ruby>の刻……。平家の方々が見ゆるころじゃ。

（縁に出でてあたりを視る。垣のかげより大いなる平家蟹這いいず。）

玉虫　おお、新中納言殿……。こよいも時刻をたがえずに、ようぞまいられた。これへ……これへ……。（檜扇にてさしまねけば、蟹は縁の下へ這い寄る。）余の方々はなんとされた。つねよりも遅いことじゃ。

（上のかたの木かげよりも、おなじく平家蟹あらわる。）

玉虫　おお、能登どのか。今宵は知盛の卿に先を越されましたぞ。（打笑む。）

（左右よりつづいて二三匹、四五匹の蟹あらわれいず。）

玉虫　おお、<ruby><rb>教盛</rb><rt>のりもり</rt></ruby>の卿、行盛の卿……。有盛、経盛、<ruby><rb>業盛</rb><rt>なりもり</rt></ruby>の方々……。みな打揃うて見えられましたの。（縁に腰をかける。蟹はその足もとにむらがり寄る。）このごろの短か夜とは云いながら、あすの朝まではまだまだ長い。今宵はなにを語って明かしましょうぞ。（蟹にむかって問い、又うなずく。）毎夜毎夜の物語も、つまるところは平家の恨みじゃ。この恨みは一年二年、五年十年語りつづけても、容易に尽きることではあるまい。（蟹を見て、ひとりうなずく。）そうじゃ、そうじゃ。源氏が栄えてあるかぎりは、平家の恨みは消え失せまい。おお、それで思い出した。最前浜辺で宗清にゆき逢い、その物語によるときは、景清は姿をかえて鎌倉にくだり、家重代の痣丸に源氏の血を染めるとのことでござりまするぞ。ほほ、勇ましい覚悟ではござりませぬか。万一、景清が仕損じても、平家一門の<ruby><rb>呪詛</rb><rt>のろい</rt></ruby>によって、源氏のゆくすえも大方は知れて居りまする。（云いかけて、又うなずく。）おお、云うまでもござらぬ。まず当のかたきの義経をほろぼして、次は範頼……次は頼朝……。おお、まだある。頼朝には頼家という小倅があるとやら……これも、助けては置かれぬ奴、勿論呪い殺しまする。その<ruby><rb>弟</rb><rt>おとと</rt></ruby>も……又その子も……その孫も……。二代三代四代の末までも執念く祟って、かりにも源氏の血をひくやからは、男も女も根絶しにして見せましょうぞ。

（云う声はしだいにうわ<ruby><rb>嗄</rb><rt>が</rt></ruby>れて、<ruby><rb>鬢髪</rb><rt>びんぱつ</rt></ruby>そよぎ、顔色すさまじ、下の方の木かげより以前の雨月忍び出で、息をのんで内の様子を窺う。玉虫はかくとも知らず、更に祭壇のかたを指さす。）

玉虫　あれ、見られい。<ruby><rb>唐</rb><rt>から</rt></ruby>天竺日本にあらとあらゆる阿修羅の<ruby><rb>眷族</rb><rt>けんぞく</rt></ruby>を、一つところに封じ籠めて、夜な夜なかたきを呪うて居りまするぞ。やがてその<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>を……。

（この時、俄かに風ふき来たりて、燈台の火ふっと消ゆ。闇のなかにて玉虫の声。）

玉虫　おお、源氏の運も風の前のともしびじゃ。忽ちこのように消ゆるであろうぞ。ほほほほ。

（向うより那須与五郎宗春、二十歳、烏帽子、<ruby><rb>直垂</rb><rt>ひたたれ</rt></ruby>にて蓑をつけ、<ruby><rb>松明</rb><rt>たいまつ</rt></ruby>を持ち、あとより玉琴も蓑をつけ、附添うていず。この火のひかりを望みて、玉虫は起って奥に入り、雨月も木かげに身をひそむ。平家蟹もすべて消ゆ。与五郎等は<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>に来たりて、内をうかがう。）

与五郎　はて、不思議や。家の内は真の闇じゃ。

玉琴　姉様はどこへお出でなされたか。まずともかくもお通りなされませ。

与五郎　むむ。

（両人は内に入りて、あたりを照し視る。）

与五郎　おお、燈台はあれにある。<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかし</rt></ruby>をつけられい。

玉琴　心得ました。

（両人は蓑をぬぎ、玉琴は縁にあがりて、松明の火を燈台に移す。与五郎はその松明を打消して、おなじく縁にあがり、両人座を占める。）

与五郎　姉御はいずかたへ参られたであろうな。

玉琴　さあ、近所へ物買いにゆかれたか。但しは奥に……。（起って奥をうかがう。）奥も暗がりでよくは見えぬ。もし、姉様……姉上様……。

玉虫　そういうは誰じゃ。わらわはこれに居りまする。

（玉虫は小袿をぬぎ、白小袖、緋の袴にて、奥よりいず。）

玉琴　おお、姉様……。それにおいでなされましたか。

玉虫　又しても姉という。そなたとは、すでに縁切っているのじゃ。

（云いつつ悠然と座に直る。与五郎は一と膝すすめて会釈す。）

与五郎　姉上には初めて御意得申す。それがしは<ruby><rb>下野</rb><rt>しもつけ</rt></ruby>の国の住人、那須与市宗隆の<ruby><rb>弟</rb><rt>おとと</rt></ruby>、同苗与五郎宗春。

玉虫　その与五郎どのが何用あってここへはまいられた。

与五郎　妹御を所望にまいった。仔細はおおかた御存じでござろう。平家没落の後は、ゆかりの人々も<ruby><rb>寄辺</rb><rt>よるべ</rt></ruby>をうしない、それの姫君、なにがしの女房と呼ばるる、やんごと無き上﨟達もおちぶれて、たよりなきままに恥を忍び、<ruby><rb>浮川竹</rb><rt>うきかわたけ</rt></ruby>の憂きに沈めて、<ruby><rb>傾城</rb><rt>けいせい</rt></ruby>遊女の群れにも入りたもう。さりとはいたわしき限りよと、あわれを覚えしが恋の初め、はからずもこの玉琴殿と、浅からぬ<ruby><rb>縁</rb><rt>えにし</rt></ruby>をむすび申した。

玉虫　むむ、それゆえに<ruby><rb>妹</rb><rt>いもと</rt></ruby>をくれいと云わるるか。一旦縁を切ったる妹、わらわがとこう云うべき筋はござらぬ。勝手に連れて行かれたがよかろう。

（玉琴も進みいず。）

玉琴　さあ、それに就いてお願いがござりまする。これまでお目をかすめた罪は、いくえにもお詫びを申しますれば……。

玉虫　勘当をゆるせと云やるか。

玉琴　与五郎どのは今宵かぎり、俄かにここを引揚げて、本国の那須へ帰られまする。わらわも共に連れて行こうというありがたいおことば。就いては勘当のおわびを願い、おまえも共々に関東へ……。

玉虫　え、わらわも共に関東へ……。那須へ一緒にゆけと云やるか。

玉琴　わが身ばかり出世して、お前をすてて行かれましょうか。

与五郎　共々にお越し下さらば、それがしに取っても義理の姉上、決して疎略には存じ申さぬ。玉琴が<ruby><rb>切</rb><rt>せつ</rt></ruby>なる願い、なにとぞ勘当をゆるされて、われわれと共に本国にくだり、安らけく世を送られい。那須は草ふかき村里なれど、歌によむ白河の関にも遠からず、那須野が原には<ruby><rb>殺生石</rb><rt>せっしょうせき</rt></ruby>の旧蹟もござる。<ruby><rb>二荒</rb><rt>ふたら</rt></ruby>の宮には春の桜、塩原の<ruby><rb>温泉</rb><rt>いでゆ</rt></ruby>には秋のもみじ、四季とりどりの眺めにも事欠かず、よろずに御不自由はござりませぬ。

玉虫　御芳志は千万かたじけない。ついては玉琴。まずそなたに問いたいことがある。もしわらわが飽くまでも不承知と云うたら、そなたはどうしやるぞ。

玉琴　さあ。

玉虫　わらわを捨てても、与五郎どのと一緒にゆくであろうな。

（玉琴黙して答えず。玉虫はうなずく。）

玉虫　返事のないは、大方そうであろうの。よい、よい。それほどまでに思い合うた二人が仲を今更ひき裂くこともなるまい。わらわが許して<ruby><rb>女夫</rb><rt>めおと</rt></ruby>にしましょうぞ。

玉琴　え。では、勘当をお赦しあって……。

玉虫　姉が<ruby><rb>媒酌</rb><rt>なかだち</rt></ruby>して杯をさせましょう。

玉琴　ありがとうござりまする。

玉虫　まあ、しばらく待ちゃ。

（玉虫は起って、再び奥に入る。与五郎と玉琴は顔を見あわせる。）

玉琴　ここへ引返して来るみちみちも、どうあろうかと案じていたに、姉さまの御機嫌も思いのほかに早う直って、こんな嬉しいことはござりませぬ。

与五郎　しいてとやこう申されたら、それがしも刀の手前、われから姉妹の縁切って、そなたを連れ帰ろうと存じたるに、玉虫殿のこころも早う解けて、われも満足。祝言は追ってのこととは思えども、今この場合、姉御の<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>にさかろうもいかが。兎も角もここで杯しようぞ。

玉琴　どうぞそうして下さりませ。

与五郎　そなたの頼みじゃ、なんなりともきこうよ。

玉琴　あい。世にたよりない我々姉妹、この末ともにかならず見捨てて下さりまするな。

与五郎　坂東武者は弓矢ばかりか、なさけにかけても意地は強い。一度誓いしことばの末は、<ruby><rb>尽未来</rb><rt>じんみらい</rt></ruby>まで変るまいぞ。

玉琴　おお。

（与五郎の手をとって押しいただく、奥より玉虫は<ruby><rb>三方</rb><rt>さんぽう</rt></ruby>と<ruby><rb>土器</rb><rt>かわらけ</rt></ruby>を持ちていず。）

玉虫　世にありし昔ならば、かずかずの儀式もあるべきに、花やもみじの色もなき浦の苫屋のわび住居。心ばかりの三三九度じゃ。

（三方を両人のあいだに据うれば、両人は形をあらためて一礼す。玉虫は更に祭壇より神酒を入れたる<ruby><rb>甕</rb><rt>かめ</rt></ruby>を取りおろし、うやうやしく押しいただきて、しばしは口のうちにて何事をか念ず。）

玉虫　<ruby><rb>女子</rb><rt>おなご</rt></ruby>ばかり住む家に、酒のたくわえは無けれども、幸いにここに<ruby><rb>神酒</rb><rt>みき</rt></ruby>がある。めでたい折柄にはふさわしかろう。さかずきは女子から……。

玉琴　あい。

（玉琴はまず土器を取り、玉虫は酌に立つ。つづいて与五郎も飲む。かたのごとくに杯のやりとりあり。）

玉虫　おお、これでめでとう祝儀も済んだ。これからは色なおしに、わらわが一とさし舞いましょう。

（玉虫は檜扇を持ちて起ちあがり、はじめはしずかに舞う。）

唄〽世は治まりて、西海の浪しずかなり、岸の姫松はみどりの枝をかわして、沖にあそぶ<ruby><rb>鴎</rb><rt>かもめ</rt></ruby>の影白し。見渡すかぎり、山も海も遠く連なりて、画くがごとき眺めかな。

（このあたりより舞はようやく急なり。）

唄〽ときに不思議や、一天にわかに掻きくもり、<ruby><rb>潮</rb><rt>うしお</rt></ruby>はどうどうと怒り立ち、百千の悪鬼<ruby><rb>羅刹</rb><rt>らせつ</rt></ruby>は海の底よりあらわれたり。

（玉虫は足拍子を強くふみて、両人に向ってじりじりと詰めよる。与五郎と玉琴は毒酒にあたりし<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>にて、身神俄かに悩乱す。）

唄〽口にはほのおの息をふき、手にはくろがねの<ruby><rb>矛</rb><rt>ほこ</rt></ruby>をふるい、恨み重なるかたきの奴原、一人も余さず地獄へ<ruby><rb>堕</rb><rt>おと</rt></ruby>せと、熱湯の池、つるぎの山、追い立て追い立て急ぎゆく。凄まじかりける次第なり。

（玉虫は舞いながら、檜扇をあげて与五郎を丁々と打つ。玉琴は這い寄って支えんとするを、玉虫はおなじく打つ。与五郎は太刀を抜きてよろめきながら斬ってかからんとすれども、身は自由ならず、いくたびか倒れて遂に縁よりまろび落つ。玉琴はこれを救わんとして、おなじく庭にまろび落つ。玉虫は舞いおわりて、こころよげにみおろしつ。）

玉虫　与五郎、玉琴、苦しいか。

与五郎　今かの酒を飲むとひとしく、俄かに身神悩乱して……ふたりが二人ながら苦痛に堪えぬは……。

玉琴　<ruby><rb>女夫</rb><rt>めおと</rt></ruby>が祝言のさかずきは……命をちぢむる毒酒なりしか。

玉虫　ひとに洩れては<ruby><rb>願望</rb><rt>がんもう</rt></ruby>のさまたげと、現在の妹にも秘し隠したれば、おなじ家のうちに住みながら、玉琴もまだ知るまい。西海に沈みたる平家のうらみを報いんために、神壇を築いてひそかに源氏を呪い、神酒を供えてもろもろの悪鬼羅刹を祭る。そち達ふたりが飲んだる酒は、即ちそれじゃ。

玉琴　して、その神酒が毒酒とは……。

玉虫　平家蟹の甲を裂いて、その肉を酒にひたし、神への<ruby><rb>贄</rb><rt>にえ</rt></ruby>にささげしものぞ。

玉琴　ええ。

玉虫　男はもとより源氏方、女は肉身の姉を見すてて、かたきに心を通わす奴、呪いの<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>をためすには屈竟と、最前神酒をとりし時、わが呪いの首尾よく成就するならば、この酒変じて毒となり、まのあたりに二人の命を奪えと、ひそかに念じてすすめたるに、酒は果して毒となった。はははははは。

与五郎　源氏<ruby><rb>調伏</rb><rt>ちょうぶく</rt></ruby>の奇特をためさん為に、われわれに毒酒を盛りしか……。女の愛に心ひかされ、油断せしが一生の不覚……。さるにても、源氏に仇なす奴……。おのれ、そのままには……。

（刀を杖に起たんとして又倒る。）

玉虫　はて、騒ぐまい。お身にはまだ云い聞かすことがある。過ぎし屋島のたたかいに、風流を好む平家の殿ばらは、船に扇のまとを立てさせ、官女あまたある中にも、この玉虫が選みいだされ、<ruby><rb>船端</rb><rt>ふなばた</rt></ruby>に立って檜扇をかざし、敵をまねいて射よという。やがて源氏の武者一騎、<ruby><rb>萌葱</rb><rt>もえぎ</rt></ruby>おどしの鎧きて、<ruby><rb>金覆輪</rb><rt>きんぷくりん</rt></ruby>の鞍置いたる黒駒にまたがり、浪打ちぎわより乗入ったり。

与五郎　おお、それぞわが兄……<ruby><rb>那須与市宗隆</rb><rt>なすのよいちむねたか</rt></ruby>……。

玉虫　おお、那須与市ということは後にて知った。兎にも角にもおぼえある武士ならん、いかに射るぞと見てあれば、かれは<ruby><rb>鏑矢</rb><rt>かぶらや</rt></ruby>を取ってつがえ、よっ引いて<ruby><rb>飄</rb><rt>ひょう</rt></ruby>と放つ。さすがに狙いはあやまたず、扇のかなめを射切ったれば、扇は空にまいあがり、風にもまれて海に落つ。（無念の声をふるわせる。）これぞ敗けいくさの前兆と、味方は<ruby><rb>愁</rb><rt>うれ</rt></ruby>い……敵は勇む。わらわも無念に堪えかねて、扇と共に沈まんかと一旦は覚悟したれど、おもい直してきょうまでもおめおめとながらえしぞ。その与市の弟と名乗る奴、<ruby><rb>測</rb><rt>はか</rt></ruby>らずここへ来たりしからは、いかで無事に帰そうか。

与五郎　さては扇のまとのうらみによって……。

玉虫　おのれはかたきの末じゃ。兄の与市めも遅かれ速かれ、共に地獄へ送ってやろうぞ。

（いよいよ心地よげに笑う。与五郎は無念の歯をかめども、苦痛はしだいにはげしく、ただ苦しき息をつくのみ。玉琴は這い寄る。）

玉琴　与五郎どの……。おん身をここへ誘うて来ずば、こうしたことにもなるまいものを……。

与五郎　おお、この上は是非も無し、かれは生きて源氏を呪わんと云う……われは死して彼を呪わん。玉虫……。おのれもやがて思い知ろうぞ。

玉虫　人に執念のないものは無い。われもひとを恨めば、ひとも我を恨もう。つまりは五分五分じゃ。恨まば恨め、七生の末までも恨むがよい。

与五郎　おのれ……。

（起たんとしてよろめくを、玉琴は支えんとしてすがりつく。）

与五郎　最早これまで……。玉琴……。

玉琴　与五郎どの……。

（与五郎は刀をとりなおして玉琴の胸を刺し、返す刀にてわが腹に突き立て、引きまわして倒る。下のかたの木かげより雨月再びうかがい出で、垣の外にひざまずきて合掌す。玉虫は見咎める。）

玉虫　そこにいるは誰じゃ。

雨月　（しずかに。）わたくしでござりまする。

玉虫　むむ、宗清か。遠慮はない、これへ来や。

雨月　いや、まいりますまい。わたくしは<ruby><rb>御仏</rb><rt>みほとけ</rt></ruby>に仕えまする者。仏道と魔道とは相さること億万里、お前様のそばへは参られませぬ。

玉虫　それ程わらわがおそろしいか。

雨月　怖ろしいとも存じませぬが、<ruby><rb>瞋恚</rb><rt>しんい</rt></ruby><ruby><rb>執着</rb><rt>しゅうぢゃく</rt></ruby>が凝りかたまって、生きながら魔道におちたるお前さまは、修行の浅いわれわれの力で、お救い申すことはかないませぬ。おいたわしゅうござりますれど、もうおわかれ申しまする。

（<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>すずしく云い放ちて、雨月は数珠にてわが身を払いきよめ、笠をかたむけてしずかにあゆみ去る。又もや雨はげしく降りいず。玉虫は起ちあがりて、二つの死骸を見おろす。）

玉虫　<ruby><rb>呪詛</rb><rt>のろし</rt></ruby>のしるしあらわれて、ここにふたつの<ruby><rb>生贄</rb><rt>いけにえ</rt></ruby>をならべた。源氏の運も長からず、一代…二代……。（指折りかぞえて。）おそくも三代の末までには……。かならず根絶やしにして見しょうぞ。（物すごき笑みをもらしつ。）さるにても、妹はともあれ、与五郎は那須の一族。かれを此のように殺したからは、敵も安穏には捨て置くまい。やがて射手の向うは知れたこと……。わらわの身を隠すべきところは……。

（浪の音たかく、一匹の平家蟹這い出で、縁にのぼる。）

玉虫　おお、蟹……。わらわを案内してたもるか。して、どこへ……。海へゆくのか。よい、よい。（蟹は消ゆ。浪の音いよいよ高し。）

玉虫　や、蟹はいつの間にか……。（あたりを見廻して。）おお、新中納言どの……。能登守どの……。また見えられたか。いざ御一緒に……わらわも海へまいりまする。おおそうじゃ。浪の底にも都はある。わらわも役目を果たしたれば、これからはお宮仕え。さあ、お供いたしまする。

（眼にもみえぬ人に物いう如く、玉虫はひとり語りつつ庭に降り立ち、表のかたへ迷い出でんとする時、向うより那須の家来弥藤二は松明を持ちて再びいず。）

弥藤二　若殿……。お迎い……。

（云いつつ<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>をあけんとして、出逢いがしらに玉虫に突きあたる。玉虫は物をも云わず、その松明をうばい取る。弥藤二おどろきて支えんとするを、玉虫は無言にて突き退け、片手に松明をふりかざして、緋の袴を長くひきつつ、足もしどろに迷いゆく。弥藤二は呆れてあとを見送る。浪の音、雨の音。）――幕――

（明治四十四年九月執筆／明治四十五年四月、浪花座で初演）