Soranoha

黒岩涙香のこと

くろいわるいこうのこと

平林 初之輔

一

黒岩涙香の名をきいて、いちばん先に思い出すのは彼が在命中の『万朝報よろずちょうほう』である。何というタイプか知らないが、平べったい活字で、トップからボトムまで、ぎっしりつめこんだ四頁の新聞によって、当時の私は、政治問題、社会問題に関するほとんどすべての知識と思想とを養われていたのだった。『万朝報』の下す批判は、私には時事問題を判断する尺度となっていた。

ジャーナリストとしての黒岩涙香は、非常に内容の豊富な、少ない数面に何から何まであまさずつめこんだ、マイクロコスモス〔小宇宙〕ともいうべき独特の新聞をつくることに成功していたと同時に、時には、まるで普通の新聞紙の型を破って、突飛な編集ぶりを示すことによって読者をあっと言わせた。南北朝正潤せいじゅん問題が起こったとき、一頁にわたる大論文を署名してかかげたことなどはその代表的なものである。

政論家としての黒岩涙香は、だいたい進歩思想家として一貫していたように思う。そしてだいたい政府攻撃の立場にたっていたようである。選挙の時など、彼の『万朝報』のスタッフを率いて応援演説に行くと、反対党は、彼の熱弁をおそれて戦慄したということである。欧州戦争の末期に、『万朝報』は、執拗に仏国出兵を主張した。これは仏国政府との間に妙な関係があったのだという説があった。いまだに私はその真偽は知らぬが、恐らくそれは事実だろうと思う。それにしても、私はその当時まだ欧州戦争のほんとうの性質――それが帝国主義国家間の略奪戦争であったという性質――を知らず、よほどフランスびいきだったので(これは弱いものにひいきするという人類に共通の心理からだったのか、連合国の正義人道のプロパガンダのおかげかはっきりおぼえていないが)、仏国出兵の主張にも共鳴したのであった。

思想家としては、天人論の著者として、彼の名は当時の青年の心に強い影響を与えた。一種の哲人主義の思想が、露骨な政権争奪以外に何の背景もない人たちの思想にくらべて若いインテリゲンチャの心をひいたものだと思う。

それでいて、この人は、ビジネスにも抜け目がなくて、決して金銭に超越している人ではなかったということである。そういう人はどこもあまりよく言われないのが通例であるが彼もその例にもれず、晩年にはあまり評判がよくなかったようである。しかし、新聞のエディターとして、また政界にも活躍しようとする野心をもっていたらしい人として、利益問題に超越してなどおれないことは、無理もない話であるのだが。

二

黒岩周六〔本名〕といえば、いま生きていたら、大亜細亜主義の大旆たいはいでも振りかざして政府を泣かせることを職業とするムッソリーニ式英雄を思い出すが、黒岩涙香というペンネームをきくと、どうしても噫ああ無情や鉄仮面の読者を思い出す。

実際、彼は黒岩という世にも頑固な姓と、涙香という世にもやさしきペンネームとの持ち主であったように、性格や趣味も非常に多方面的であったらしい。中でもいちばん私に興味のあるのは、彼が、非常に賭博の研究家で、古今東西の賭博に関する知識は驚くべきものであったということ、そして単に知識が深いのみならず、実際にも賭博が非常に好きであったということである。S氏の話にもあると思うが(私はそばできいていたので)彼が講和会議へ随行したとき、欧州へ旅をして、まず第一に彼が憧憬のまととなったのは世界の賭博の本場であるモナコであったということである。そして汽車の中で、通訳として随行していたS氏にノートブックを幾冊となく買わせ、何をするかと思うと、帽子をぬいで、その中へ骰子さいころを二ついれて、帽子を揺り動かしては中の骰子をころがして二つの骰子の表へ出た数の和を記していき、それを記したノートブックが欧州旅行中に十数冊もたまったということである。きつとプロバビリティの研究あるいは賭博のテクニックでいうと数学的見込エスペランスマテマテックの研究をしていたことであろう。何にしろ、その執念深いとも言うべき精力と忍耐とは驚嘆すべきものである。このエネルギーがジャーナリストとして彼を成功させ、また激務の中に、三四十にも上るであろう翻訳と創作とを生産させたのだ。

三

明治文学史上、彼は彼の翻訳に見る一種の立体的な、説得力に富んだ文体を創造したスタイリストとして記憶されねばなるまい。それと同時にガボリオ、ボアゴベ等のごとき有名な探偵小説作家の作品を紹介し、近代的探偵小説を日本の文壇に移植した点で特筆大書する価値が十分にある。彼の作品を読んだ人は一様に記憶しているであろうか、彼の筆力には不思議な魅力がある。粗雑なようで優婉ゆうえんであり、ごちごちしているようで精緻を極め一度ページを開いたが最後、文字通り巻を蔽ふ能あたわざらしめる。私は一時、彼の文章にすっかり征服されて、自分の文章が彼の文章と同じようなスタイルになってしまったことがある。もっとも質においては雲泥の差があったことは言うまでもないが。

彼の小説をはじめて読んだのは十二三の時で、『怪しの物』というのであった。それから二度目は、今から十年ほど前のことで『有罪無罪』をきっかけに、一二ヶ月の間に、手に入る限りの彼の作品は全部読んだ。すっかり病みつきになって、貸本屋に彼の本がなくなると、古本屋や夜店をあさりあるいて探したものだ。それでも彼の本がなくなると、もう宇宙間に読む本がなくなったような淋しさをおぼえたものである。とりわけ今になっても面白かったと思うものは、鉄仮面、死美人、非小説、噫ああ無情等である。

涙香が死んでからしばらくしてから、珍本を漁あさることに熱心な木村毅君が、涙香の翻訳に用いた探偵小説の原著を発見して二三十冊も買いこんだことがあった。多くシーショア・ライブラリーという十銭本だった。私もそのうちの数冊を、わけてもらって読んだことがある。中にいろいろ鉛筆で書き入れがしてあるのがとりわけ興味をひいた。この書物は今でも私の知人の間にばらばらに幾分のこっているはずである。

木村毅君で思い出すのは、同じく私のクラスメイトで、町田歌三君が、涙香の書物を出版していた扶桑堂の主人で、同君は、自分で縮刷本の表紙の図案なども書いていたのだった。その町田君も昨年逝くなった。

近く同君のためにも友人仲間で追悼会を催したいと思っている。

底本 / Source edition

底本:「平林初之輔探偵小説選2[#「2」はローマ数字、1-13-22]〔論創ミステリ叢書2〕」論創社
2003(平成15)年11月10日初版第1刷発行
初出:「探偵趣味 第二年第一〇号」
1926(大正15)年11月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年12月8日作成
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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平林 初之輔「黒岩涙香のこと」(新字新仮名)、底本『平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕』論創社、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 048011_000221, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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