Soranoha

手習鑑見物記

てならいかがみけんぶつき

折口 信夫

歌舞妓の春を謳歌するには、稍物寂しいが、其でも尚最後の花盛りに見呆けて愉しむことの出来る「手習鑑」昼夜通しの興行である。無理算段して百花繚乱たる様を見せようとするのは、見物の心を知らぬ興行者の老婆心である。

尚二三度、菊五郎自身が洗ひあげる必要のある「平家の曲」はまだしも、夜の「蛇柳」は全く驚される。歌舞妓の癲癇患者も、之を見たら恐らく其心酔から解脱して、忽に撲滅論者に豹変しさうな実に何とも言へぬものである。三升氏のやうな志篤い紳士が芝居滅亡論の裏書きをしてゐるのは、どう言ふ訳であらう。

手習鑑三場の中、最正しい演出の行はれたのは寺子屋である。だがあまり単純化が行き届き過ぎて、寂寥の感がある。松王・源蔵に扮する菊五・吉右衛両君は、こゝで一つ飛躍の記録を作る野心を持つがよい。小修正だけではいけない時期に到達してゐるのだ。君たちは、其々の型を残した歌舞妓の先人たちと、同じ水準に既に達してゐるのである。宗十郎の千代、委曲を尽して、内面的な演出に煩されて憂鬱にならうとする寺子屋を、明るくしてゐる。理論を知らぬよさである。重要な三場の中、最よいのは、道明寺であり、役として一等傑出してゐるのは、菊五君の桜丸である。奇麗過ぎない中庸を得た顔面もよかつた。救はれぬ責任を自覚して、死んで行く者の静けさを、女子供にも理会させる。

幸四郎君は白太夫より道真がよく、伝授場より道明寺よく、動く道真よりは、魂の入つた天神像の間がよかつた。喜寿の幸四君の晩年における進歩とも言へるし、又動かざる時に、最上のよい天稟を発揮する人だとも言へる。吉右衛君の宿禰太郎は、立役腹を加へる必要がある。こんな事は百も承知の人である。固より元右衛門で行くべきものでなく、団九郎になつても、系譜的な宿禰太郎を外れるのである。

若手連衆の間から、先代羽左衛門・先代梅幸の域に到る力量が発掘せられねばならぬ。又高麗屋本系の三人兄弟も、父翁を凌ぐ優人と早くなつて貰はなければ、君達が上達しても、歌舞妓の日が暮れた後では為方がない。君たちがのほゝんに、江戸持ち越しの芝居街の裏町趣味に溺れてゐる時ではない。

底本 / Source edition

底本:「折口信夫全集 22」中央公論社
1996(平成8)年12月10日初版発行
底本の親本:「時事新報」
1947(昭和22)年5月15日
初出:「時事新報」
1947(昭和22)年5月15日
※初出時の署名は「釈迢空」です。
※底本の表題の下に書かれている「昭和二十二年五月十五日「時事新報」」はファイル末の「初出」欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:酒井和郎
2021年9月27日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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折口 信夫「手習鑑見物記」(新字旧仮名)、底本『折口信夫全集 22』中央公論社、1996年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047811_000933, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite