Soranoha

実悪役者を望む

じつあくやくしゃをのぞむ

折口 信夫

大谷友右衛門は、松本幸四郎と共に、立役らしい本当の姿を持つた人だと思ひます。最大の欠点は、口元にあるらしく、そのために一寸しまらない感じを与へます。死んだ片市の敵役を見ましたが、この人は眼があまりに善良なため、その人らしくなりませんでした。

友右衛門は、そんな風に、本然の姿から云へば立役・実悪と言つた風なものが向くと思ふのですが、口が邪魔をして、そこへ行けません。そこで、今日の彼には、はまり役を持つやうな強い線が出来てこないのではないでせうか。

友右衛門は当然松助の後継者であるやうに言はれてゐます。実際、彼もよく松助を真似たものでした。しかし、松助の死後その手本を失つてしまひましたし、友右衛門の器量ウツハから言つて、松助の後を行くべき人でないやうにも思はれます。

世間では、義太夫の肚があると申しますが、成る程台詞になまりのない点ではさう思はれますし、東京役者中での竹本役者には違ひありませんが、かんじんな自分の道、役所をしつかり握つてゐないので、折角の知識も縦横に駆使されると言つた所までには行つて居りません。丁度、幸四郎が実悪にならないやうに、友右衛門もその本領らしい実悪にならないので、惜しいことだ、と思ひます。歌舞妓劇の存在してゐる以上、実悪のやうな偶像同然なものもあつて欲しいのだし、東京には、さう言ふ向きの役者がゐないしするのだから、是非その方へ進んで貰ひたいものです。せめて延若だけでも、「悪」が出てくれゝばいゝのですが。

性質が善良だから出来ない、と言ふ考へ方は間違つてゐます。昔から、どう言ふものか敵役の名人と云はれた人は善良な人物だつたやうです。

ですから、私が友右衛門によつて見たい役は、自然、さう言ふ範囲の役に限られます。「大判事」だとか、「斎藤太郎左衛門」だとか「金藤次」だとか――芝居の方では何と言ふか知れませんが、老け役の立役、それを友右衛門に演つて貰ひたい、と思ひます。春藤玄蕃などは向きますまい。友右衛門は、もつと大きな輪廓を持つてゐるやうです。しかし、本当を言へば、新作に適した役者らしい気がしないこともありません。

要するに、今の所、大谷友右衛門と言ふ名の方が、彼の芸より大きいやうです。切に勉強を祈ります。

何時までも松助の幽霊に捉はれてゐないこと。

口のしまらない、と言ふ欠点を諒解して、その矯正につとめ、一日も早く実悪らしい実悪、大きな立役に誕生することを望んでやみません。

底本 / Source edition

底本:「折口信夫全集 22」中央公論社
1996(平成8)年12月10日初版発行
底本の親本:「かぶき讃」創元社
1953(昭和28)年2月20日
初出:「演芸画報 第二十六年第十二号」
1932(昭和7)年12月発行
※初出時の署名は「釈迢空」です。
※底本の題名の下に書かれている「昭和七年十二月「演芸画報」第二十六年第十二号」はファイル末の「初出」欄に移しました。
※初出時のルビは平仮名です。
入力:門田裕志
校正:酒井和郎
2019年1月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/047805_000933/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/047805_000933/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/047805_000933/

折口 信夫「実悪役者を望む」(新字旧仮名)、底本『折口信夫全集 22』中央公論社、1996年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047805_000933, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite