Soranoha

三河の山村

みかわのさんそん

折口 信夫

早川(孝太郎)さんが遠慮をして居りますから私が代つて御話申し上げます。早川さんは、御承知の新興大和絵画会の会員でございまして、そのお描きになつた絵が今度の展覧会で、何やら褒美を受けられた相であります。その絵の解説を申し上げたいと思ひます。

三河の山村の雪景色には、他所には見られない特色がある様に思はれます。三河を歩いて居りまして一番心をひかれるのは雪景色、殊に春のはだれの様子には何とも言はれないものがありまして、殊に心をひかれました。こんなことを話し出しますと何だかせんちめんたるな心がおこつて来ますが、一体今迄の民俗学にはこのせんちめんたるが多分に這入つて居りました。我々はそれを卒業しようと心掛けて来たのですが、今度がその「民族」との別れでありますから、まう一遍だけ、そのせんちめんたるを使はしていたゞきます。

山一つ越して信州へ這入るともう雪の様子が違つてしまひます。三河でも段々平野の方へ出ると雪景色も明るくなりますが、山の方に這入ると憂鬱なものがあります。人の顔附きも同様でございます。かういふ雪の山村を二人で寂しく歩いて居りまして、その残雪の様子にひどく胸打たれた経験がございます。

かうした残雪を描かれたのがこの早川さんの絵です。家の横手にある沢の様子に非常に特色があると思ひます。信州・遠州・飛州などの小沢にはかうした感じはございません。早川さんの絵にも個性が、はつきり握んだ土地の個性が出て来たのだと思ひます。私が、かうしたはだれの時に三河を歩いたのも、又三河の花祭りを知つたのも、皆早川さんの手引きでございました。その御蔭で漸く考へに一寸見当が立つやうになりました。近いうちに三河の陰鬱な舞の本が早川さんによつて出ますが、さうしたものを味はふ予備の知識を作るためにも、此絵は大切なものとなると思ひます。三河を歩いたのは早川さんが第一で、怪しまれる程歩き廻つて居られます。その次には私が歩いて居ります。歩いて来た気持ちの中では残雪の気持ちが、余程あくがれになつてゐると思ひます。

「民族」の集りが、今度「民俗学」に変ると共にかうしたせんちめんとに属する表現法を止めたいと思ひます。「民族」の最後としてこんな話をさせていたゞきました。

底本 / Source edition

底本:「折口信夫全集 21」中央公論社
1996(平成8)年11月10日初版発行
底本の親本:「折口信夫全集 第十七卷」中央公論社
1967(昭和42)年3月25日発行
初出:「民俗学 第一巻第二号」
1929(昭和4)年8月発行
※底本の題名の下に書かれている「昭和四年八月「民俗学」第一巻第二号」はファイル末の「初出」欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:フクポー
2018年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/047722_000933/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/047722_000933/

折口 信夫「三河の山村」(新字旧仮名)、底本『折口信夫全集 21』中央公論社、1996年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047722_000933, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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