一九二九年の夏、大西洋に面した西<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>の沿岸にある離れ小島に、二人の東洋人がやって来た。質朴な島の住人が、フランス語で挨拶して見たら、相応な挨拶をフランス語で返すので、これは多分フランス人なんだろうと決め込んで、以来、多少の皮膚の色の曖昧さや、少し黒すぎる髪の毛の色には頓着しないふうであった。

さて、この二人の東洋人が、この夏を過すことに決めた島というのは、大西洋の中に置き忘れられた絶海の一孤島であって、そこには、風車小屋と、羊と、台ランプと、這い薔薇と、伊勢海老と、<ruby><rb>油漬鰯</rb><rt>サルディン</rt></ruby>の工場と、発火信号の大砲と、「<ruby><rb>海の聖母像</rb><rt>マリア・ド・ラ・メール</rt></ruby>」と、灯台と、難破した FORTUNE 号の残骸と、――そのほか、風とか、入江とか、暗礁とか、それ相応のものの外、計らざりき、災難というものさえあったという次第。

そもそも、災難の<ruby><rb>濫觴</rb><rt>らんしょう</rt></ruby>とも、起源ともいうべきその宿とは、先年、鰯をとるといって沖へ出たまま、一向<ruby><rb>報</rb><rt>たよ</rt></ruby>りをよこさぬという七歳を<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>に八人の子供を持つ、<ruby><rb>呑気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な漁師の妻君の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の二階の一室で、<ruby><rb>寄席</rb><rt>キャヴァレ</rt></ruby>の<ruby><rb>口上役</rb><rt>コムメエル</rt></ruby>のような、うっとりするほど派手な着物を着たこの家の若後家が、敷布と水瓶を持って、二人の前に<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>り出た時の仁義によれば、この部屋は、かつて翰林院学士エピナック<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>が、この島、すなわち「ベリイルランメール島の沿革および口碑。――或いは、<ruby><rb>土俗学</rb><rt>フォルクラアル</rt></ruby>より見たるＢ島」という大著述を完成した由緒ある部屋であって、またこの窓からは、ありし日、サラ・ベルナアルが水浴をしているのが、手にとるように見えたこと。さて、今ははや、見る影もないこの衣裳戸棚ではあるが、これは父祖代々五代に<ruby><rb>亙</rb><rt>わた</rt></ruby>って受け継いで来た長い歴史のために破損したのであって、ここに彫り込まれた三人目の漁夫は、大祖父によく似ていると<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>が評判すること。お二人がお寝みになるこの寝台では、お<ruby><rb>祖父</rb><rt>じい</rt></ruby>さんもお<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんも、みな安らかに最後の息を引き取ったこと。もし牛乳がお入用ならば、毎朝<ruby><rb>一立</rb><rt>アン・リットル</rt></ruby>ずつ扉のそとへ置いとくつもりであること。これはぜひ一度ご試飲を願って、そのあとで、お断わりになるなり、お用いになるなりなさるのが至当であって、何故ならば、この島の牛どもが喰べる<ruby><rb>苜蓿</rb><rt>うまごやし</rt></ruby>は塩気を含んでいるため、勢い牛乳も多少の塩味があるというので評判であること。乾物のお買物は、広場の角の家が一番安く、パン屋はその向いの青ペンキ塗の家、酒屋はその向いの「蟹の夢」屋という家に限ること。なぜなれば、この三軒は一<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>の買物ごとに福引券を一枚ずつくれるからで、福引券が貯りましたらば、ご出立の際、わたくしにいただかしてもらいたいこと。もし、この<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>で煮焚きをなさるならば、火をお焚きになる前に、この火掻きで、煙突を二三度ひっぱたいていただきたい、と申すわけは、一昨年からこの煙突の中に雀が二家族巣を作っているからであって、もしかして、雀に<ruby><rb>火傷</rb><rt>やけど</rt></ruby>でもさせたら、さぞ寝覚めのお悪い事であろうと思って、ご注意までに申しあげること。海の方へ向いたこの窓はよく<ruby><rb>閉</rb><rt>し</rt></ruby>まらないが、決して無理に閉めようとしてはならないこと。実は、これを余り手荒く扱うと、窓枠全体がそのままどなたかの頭の上に落ちて来る危険があるのであって、現に昨年の夏も、下宿の<ruby><rb>独逸</rb><rt>ドイツ</rt></ruby>人がこの窓枠の下敷きになって、一夏中、片足を使えないほどの手ひどい目にあったこと……

<ruby><rb>折柄</rb><rt>おりから</rt></ruby>、窓のそとは<ruby><rb>満潮</rb><rt>グラン・マレ</rt></ruby>で、あぶくを載せた上潮の<ruby><rb>蜓</rb><rt>うねり</rt></ruby>が、くどくどと押し返し、巻きかえし、いつ果てるとも見えない有様であった。

二、朝日が昇れば川柳は緑に染まる。タヌの<ruby><rb>水浴着</rb><rt>マイヨオ</rt></ruby>を持たされたコン吉が、漠然たる<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>をしばたたきながら、入江伝いに来て見れば、鰯の<ruby><rb>腸</rb><rt>はらわた</rt></ruby>の匂いを含んだ、やや栄養の良すぎる朝風が糸杉の枝を鳴らし、<ruby><rb>蕭条</rb><rt>しょうじょう</rt></ruby>たる漁村に<ruby><rb>相応</rb><rt>ふさわ</rt></ruby>しからぬ優雅な音をたてているのだが、コン吉はそれほどまでに深く自然の美観を鑑賞する教養がないためか、いたずらに、臭い、臭いといって<ruby><rb>顰蹙</rb><rt>ひんしゅく</rt></ruby>し、この島における印象は、どうも<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでもないところへ漂着したものだというところに落着したのであった。

タヌとはタヌキの略語であって、一<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>にいえば、その外観がなんとなく狸に似ているという、はなはだ平凡な連想から来ているのだが、この人物は、お天気で、喧嘩早くて、調子を<ruby><rb>外</rb><rt>はず</rt></ruby>した歌を真面目な顔をして唄ったり、成年期に達している淑女の<ruby><rb>分際</rb><rt>ぶんざい</rt></ruby>をも顧みず、寝ているコン吉の顔の上を<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>いで通ったり、本業とする天地活写の勉強においても、とかく、静物は動物となり、動物はまた要するに、何が何やらわからないという、はなはだ技術的に飛躍した<ruby><rb>天稟</rb><rt>てんぴん</rt></ruby>天才を持ち、そのほか、<ruby><rb>百貨店</rb><rt>マガザン</rt></ruby>の美しい売子の前で、しばしば故意にコン吉に恥辱を与えるとか、日常の買物は、<ruby><rb>人参</rb><rt>にんじん</rt></ruby>の果てから下着の附け<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>に到るまで、男子としてはなはだ不本懐な労役にコン吉を従事せしめるとか、――コン吉にとってはとかく腹の立つことばかり。

想えば、快活な避暑地や、<ruby><rb>華々</rb><rt>はなばな</rt></ruby>しい遊覧地も数多くあるものを、何を<ruby><rb>選</rb><rt>よ</rt></ruby>り好んで、<ruby><rb>辺鄙</rb><rt>へんぴ</rt></ruby>閑散、いたずらに悠長な、このような絶海の一孤島へ到着したかといえば、これまた、<ruby><rb>端倪</rb><rt>たんげい</rt></ruby>すべからざるタヌの主張によったもので、その主張の根源は、ある一日、たまたまセエヌの<ruby><rb>河岸</rb><rt>かし</rt></ruby>の古絵葉書屋で、この島の風景を発見したというのに他ならないこと。

追い追いはげしくなる<ruby><rb>陽射</rb><rt>ひざ</rt></ruby>しのしたで、コン吉は、セント・エレーヌに流されたナポレオンの心情もかくやとばかり、悲憤の涙にくれるのであった。

三、災難は<ruby><rb>猪</rb><rt>しし</rt></ruby>打ち<ruby><rb>銃</rb><rt>づつ</rt></ruby>の二つ玉。と申しますが、全くのことでございます。いまも申しました通り、そのジュヌヴィヴ伯爵の<ruby><rb>夫人</rb><rt>おく</rt></ruby>さまは、まことにお優しい方で、編物針をくださるときには毛糸を一束くださるとか、粉石鹸をくださるときには下着を一枚そえてくださるとか、財布をくだすったときには、五<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>の銀貨までそえてくだすったような方でございました。災難の起るときというものは仕様のないもので、その日もいつものように、お坊ちゃまを乳母車に乗せて、ビュット・モンマルトルのミミの菓子店へ出かけたのですが、わたくしがちょっとミミと話し込んでいる隙に、お坊ちゃまが、箱の中にあったミミのボンボンをつかみ出して、恋の<ruby><rb>辻占</rb><rt>つじうら</rt></ruby>が刷ってある、あの名代の包紙のまま、一息に<ruby><rb>嚥</rb><rt>の</rt></ruby>み込んでしまったんでございまス。さあ、お<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ飛んで帰って、それから医者を呼ぶやら、<ruby><rb>灌腸</rb><rt>かんちょう</rt></ruby>をするやら、大騒ぎになりましたが、本当に神様も無慈悲な方でございまス。肝心の<ruby><rb>飴</rb><rt>あめ</rt></ruby>の方は出て来ずに、出なくてもいい恋の辻占が、まるで街角の郵便函へ入れた手紙のように、<ruby><rb>生々</rb><rt>なまなま</rt></ruby>と新しいままで下の口から出てまいったんですが、それがまた<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>と、一字ずつはっきりと手に取るように読めるんでございます。今でも覚えておりますが、その恋の辻占の文句は「旦那の接吻は兎の<ruby><rb>早駆</rb><rt>はやが</rt></ruby>け」と申すんでございました。そばにいらした旦那さまは、急に髪の毛の中まで真赤になっておしまいになるし、わたくしとても、このうえどうしてのめのめと、お優しい<ruby><rb>夫人</rb><rt>おく</rt></ruby>さまに毎日顔を合せることができましょう。それから流れ流れて、この島で八人の子供を産むまでの難儀の数々、筆にも紙にも尽せるものではございません。その連れ合いというのも、去年の春の日暮がた、鰯をとるといって沖へ出たまま、乗って行ったボートだけを帰してよこして、自分はいまだに<ruby><rb>報</rb><rt>たよ</rt></ruby>り一つよこさないという<ruby><rb>呑気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な話、とうてい末始終<ruby><rb>手頼</rb><rt>たより</rt></ruby>になるような男ではございません。ところが、あまり不幸なわたくしの境涯に、多分神さまもお憐れみ下すったのでございましょう、このごろ、わたくしは胸の底が<ruby><rb>疼</rb><rt>うず</rt></ruby>くような、なま温いような、<ruby><rb>擽</rb><rt>こそばゆ</rt></ruby>いような、……<ruby><rb>小夜</rb><rt>さよ</rt></ruby>ふけに寝床の中で耳を澄ましますと、わたくしの鼓動が優しくコトコトと鳴るのでございまス。と申しますのは、もうお察しのことと思いますが、何しろ気立てのいい床屋の若い衆なんでして、それが乗馬ズボンをはいて歩いている時なんてものは、いっそ<ruby><rb>脹</rb><rt>ふくら</rt></ruby>っ<ruby><rb>脛</rb><rt>ぱぎ</rt></ruby>にかみついてやりたくなるほど、いい様子なんでございまス。それが今度、海を渡ったキブロンの波止場の近くへ、親方から出店を出さしてもらいまして、一<ruby><rb>升</rb><rt>ビドン</rt></ruby>五<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>のオオ・ド・コロオニュだの、マルセーユできのコティの<ruby><rb>紛白粉</rb><rt>こなおしろい</rt></ruby>だの、……これは内証の話なんですが、ま、そういった商売<ruby><rb>上手</rb><rt>じょうず</rt></ruby>なんでして、わたくしに、ぜひ一度店を見に来て、香水棚の下にカアテンを廻したり、鏡の下に花模様を入れたりしてくれるように頼んでまいったんでございまス。お願いと申しまするのは他でもございません、<ruby><rb>如何</rb><rt>いかが</rt></ruby>でございましょう、<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きが四時間、<ruby><rb>復</rb><rt>か</rt></ruby>えりが十時間、向うにいる日を一日と見て、たった二日だけ子供たちをお預りくださるわけにはまいりますまいか。喰べ物の好みはいわず、贅沢もいわず、朝は早起き、<ruby><rb>戸外</rb><rt>そと</rt></ruby>へ出るのは何より嫌い、二番目の女の子などは、背中の真ん中にあるホックまで独りで掛けるんでございまス。<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の丈夫なことは、まるでブリキで作った<ruby><rb>騎手</rb><rt>ジョッケイ</rt></ruby>のようで、落しても転がしても、決してこわれるようなことはないんでございまス。物覚えのいいのは母親似でございまして、一月生れの末の子などは、もう「仏蘭西万歳」といえるんでございまス。<ruby><rb>如何</rb><rt>いかが</rt></ruby>なものでございましょうか？　これはまあ<ruby><rb>夫人</rb><rt>おく</rt></ruby>さまさっそくご承知くださいまして有難う存じまス。もう、マリアさまのようなあなたさまに、たとえ一日でも二日でも、お預りを願うというのも、ひとえに日ごろの信心のお蔭だと<ruby><rb>有難涙</rb><rt>ありがたなみだ</rt></ruby>にくれる次第でございまス。では、お休みなさいませ。

四、五位<ruby><rb>鷺</rb><rt>さぎ</rt></ruby>のプロムナアドは<ruby><rb>泥鰌</rb><rt>どじょう</rt></ruby>の悩み。<ruby><rb>懇篤</rb><rt>こんとく</rt></ruby>重厚なるジェルメエヌ後家の述懐、涙ぐましき苦業の数々。一つとしてこれを聴く人の断腸の種とならぬものはないのだが、とかく漠然たるコン吉の大脳には、ただもううるさいと響くばかり。<ruby><rb>涯</rb><rt>は</rt></ruby>てなき長広舌の末、この島全体の空気に、何やら<ruby><rb>相応</rb><rt>ふさわ</rt></ruby>しからぬ<ruby><rb>艶</rb><rt>なま</rt></ruby>めかしい匂いを残して、若後家が<ruby><rb>階下</rb><rt>した</rt></ruby>の居間に引きさがったのち、はて、今の話の筋道は一体どんなことであったのか、と首をひねってタヌの様子をうかがうところ、どうやらこれは並々ならぬ災難の前兆、悪運の先駆けと思わざるを得ないというのは、<ruby><rb>粗</rb><rt>あら</rt></ruby>い毛織りの服を着たタヌの胸が優しげな溜息をもらし、洞窟の奥の黒曜石のような眼玉が、あらぬ<ruby><rb>虚空</rb><rt>こくう</rt></ruby>をみつめ、何やら深い物想いに耽っている様子。この溜息こそは、例の端倪すべからざるタヌの空想、即ち災難の前触れ。これは油断のならぬ事になった。急いでそれ相応の防禦の道を講じなくてはなるまいと、コン吉が、まずそれとなく<ruby><rb>鹿爪</rb><rt>しかつめ</rt></ruby>らしい咳ばらいをし、さて、おもむろに舌を動かそうとしたとたん。

コン吉よ、君は子供と<ruby><rb>鱈</rb><rt>たら</rt></ruby>の子を何より嫌いだといい張るが、それは多分、天気晴朗の日に空から降って来たような、天真爛漫な田舎の子供を知らないからなのであろう。まして、ここは海岸の事だから、<ruby><rb>帆立貝</rb><rt>ほたてがい</rt></ruby>のなかから生れたような子供だの、鯨の背中に乗って流れ着いて来たような、うっとりするほどロマンチックな子供も居るに違いないのだ。あたしは、もう今晩は楽しすぎて眠ることができないであろう。コン吉よ、君はどうぞ、寝台の<ruby><rb>帳</rb><rt>リドオ</rt></ruby>を閉めて、あたしに君の顔を見せないようにしてほしいのだ。あたしの楽しい空想や計画は、君の顔を見ると、不思議に破れてしまうからだ。とりわけて、今晩だけは<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>をかかない様にしてもらえないであろうか。また時々、夜中に君を揺り起こして、あたしの計画を聞いてもらうつもりだが、その時はどうぞ、夢のような声で、優しくあたしに賛成してもらいたい。

そういうわけであったのかと、コン吉は今さらながら驚くばかり。あれやこれやと周章狼狽して、<ruby><rb>頓</rb><rt>とみ</rt></ruby>に言葉も出ない有様。磨き粉の買い出しから、子供の pipi の始末まで、はるばる<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>から<ruby><rb>手懸</rb><rt>てが</rt></ruby>けに来るとは、なんたる因果、身の不仕合せ。はるか東のはずれの国にいる悪友共へ、この島の<ruby><rb>牡蠣</rb><rt>かき</rt></ruby>酢が<ruby><rb>乙</rb><rt>おつ</rt></ruby>でござるの、海老の刺身で一杯飲めるのと、いわでもよい<ruby><rb>法螺</rb><rt>ほら</rt></ruby>を絵葉書の裏にぬたくって、<ruby><rb>郵便船</rb><rt>バケボ・ポスト</rt></ruby>に托したのはつい<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>のこと。見ると聞くとは大違いとは、さてはこのへんのことをいったものであろうと、首をかかえて嘆くばかり。

五、<ruby><rb>潮騒</rb><rt>しおさい</rt></ruby>はサラサラ発動機船はポンポン。<ruby><rb>鴎</rb><rt>かもめ</rt></ruby>は雑巾のような漁舟の帆にまつわり、塩虫は岩壁の<ruby><rb>襞</rb><rt>ひだ</rt></ruby>で背中を温める、――いとも<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>なる朝景色。さて、タヌの声に応じて、廊下の襞に背中を擦りつけ、目刺しならびに並んだ八人の子供というものは、どれもこれも、ゆくゆくはアフリカ行きの<ruby><rb>流刑船</rb><rt>エグジレ</rt></ruby>の水夫になるとか、<ruby><rb>闘技場</rb><rt>アレエヌ</rt></ruby>の暗闇に出没して<ruby><rb>追剥</rb><rt>おいはぎ</rt></ruby>を働くとか、女ならば<ruby><rb>碁磐縞</rb><rt>ごばんじま</rt></ruby>の服を着て、けちなルウレットを廻す縁日の<ruby><rb>廻し屋</rb><rt>クルウピエール</rt></ruby>、あるいは<ruby><rb>部落</rb><rt>ゾオン</rt></ruby>にたぐまる<ruby><rb>吸殻</rb><rt>メゴ</rt></ruby>屋の情婦にでもなりかねぬ末たのもしい面相<ruby><rb>骨柄</rb><rt>こつがら</rt></ruby>。いずれも唇をへの字に結び、うわ目でじろじろタヌを見あげながら、むっつり押し黙っているばかり。タヌがロマンチックな<ruby><rb>音色</rb><rt>こわね</rt></ruby>で、いろいろ愛想をすればするほど、じりじりと<ruby><rb>後退</rb><rt>あとしざ</rt></ruby>りをする。猫のように<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぷう</span>とやる、<ruby><rb>踵</rb><rt>くびす</rt></ruby>で壁を蹴る。今度は品を代えて、巴里仕込みの上等のボンボンを口の中に入れてやれば、一<ruby><rb>䑛</rb><rt>しゃぶ</rt></ruby>り䑛ってぽいと吐き出すという<ruby><rb>情</rb><rt>つれ</rt></ruby>ない仕方、世が世であれば、帽子掛けへ猫つるしにつるすとか、どこか固いところをコツンと一つやるとか、コン吉はそれくらいに思ってじりじりするのだが、タヌは<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>からの優しい夢がまだ醒めぬと見え、<ruby><rb>襤褸</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>っ<ruby><rb>屑</rb><rt>くず</rt></ruby>の巣の奥から、眼だけ出した<ruby><rb>二十日鼠</rb><rt>はつかねずみ</rt></ruby>のようなこの子供たちを、世にも<ruby><rb>愛</rb><rt>いと</rt></ruby>しいものを見るような眼付きで眺めながら、根気よく無益な会話を続けているのであった。

「君、キャラメル好き？」「ノン」

「おや！　では、バナナですか？」「ノン」

「<ruby><rb>天婦羅</rb><rt>てんぷら</rt></ruby>などはどうですか？」「ノン」

「パリの絵葉書をあげましょう」「ノン」

「あんたは色鉛筆。あんたはリボン、ね？」「ノン」

「<ruby><rb>鶯</rb><rt>うぐいす</rt></ruby>などはどう？」「ノン」

「じゃ、お馬ですか？」「ノン」

「おや、おや！　あんたはインクで髯を書いたのですね？　これは立派な伍長さんだ」「ノン」

「では、大統領かも知れないな」「ノン」

「ええと、その絵描き、ってのが汽船だけ書いて、ボートを描くのを忘れたものだから、船が港へ着くたびに、船長は陸まで泳いで行かなきゃならない、っていうの。なにしろ、波だってあまり<ruby><rb>上手</rb><rt>うま</rt></ruby>く書けていないから、泳ぐにしたって楽じゃない、って。……面白いでしょう」「ノン」

「おや！　ではお話をよしにして、お医者ごっこをしましょうか？　あたしが……」「ノン」

「そいじゃ、これからギニョールの始まりだ。ほら、右手がギニョール、左手がキャヌウズなの。……さあ、始まり、始まり！」

キャヌウズ――ギニョールさん、ギニョールさん。

ギニョール――あたしはおりませんよ。

キャヌウズ――これはしたり。いない<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>が返事をするとは。

ギニョール――したが<ruby><rb>拙者</rb><rt>せっしゃ</rt></ruby>は出られないのでござる。なぜと申せば、拙者の<ruby><rb>股引</rb><rt>パンタロン</rt></ruby>めを<ruby><rb>鳶</rb><rt>とび</rt></ruby>がさらってまいったゆえ。

キャヌウズ――でも、ここに、あなたに<ruby><rb>宛</rb><rt>あ</rt></ruby>てた書留が一通。

「ノン」

「ははあ。では、前芸はも早これまで。これよりはご<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>の食べっくら。……一番沢山食べたひとには、王様からご<ruby><rb>褒賞</rb><rt>ほうび</rt></ruby>が出るという話」「ノン」

「さあ、さあ、あちらには<ruby><rb>鵞鳥</rb><rt>がちょう</rt></ruby>の<ruby><rb>焼肉羮</rb><rt>サルミ</rt></ruby>とモカのクレエム。小豚に花玉菜、<ruby><rb>林檎</rb><rt>りんご</rt></ruby>の<ruby><rb>砂糖煮</rb><rt>マルメラアド</rt></ruby>。それから、いろいろ……」

「ノン」

「じゃ、どうすればお気にいるのですか？　いっそ、あたし、あっちへ行っちゃいましょうか？」

「ウイ！　ウイ！」

六、八月六日満潮午後三時干潮午前同刻。細い<ruby><rb>毛脛</rb><rt>けずね</rt></ruby>を風になびかせ、だんだら模様の古風な<ruby><rb>水浴着</rb><rt>マイヨオ</rt></ruby>を一着におよんだコン吉は、<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の子のような小さい<ruby><rb>紅蟹</rb><rt>べにがに</rt></ruby>が這い廻る岩の上へ、腰を掛けたり立ち上ったり、まだ明け切らぬ海上を照らす浮き灯台の点滅光をわびしげに眺めながら、かねて貧血症の唇を紫色にし、毛を<ruby><rb>毮</rb><rt>むし</rt></ruby>られたクリスマスの七面鳥のように、全身を鳥肌立てながら、片足を水に入れては躊躇し、また片足を水につけては首をひねり、何やらすこぶる煩悶の<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>に見えるのは、実に次のような<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>のある事であった。

ジェルメェヌ後家の約束に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>わず、この八人の悪魔の突撃隊は、毎朝六時に眼を覚まし、真紅になってわめき立て、<ruby><rb>手鍋</rb><rt>キャスロオル</rt></ruby>をたたき、<ruby><rb>鬣狗</rb><rt>ジャカアル</rt></ruby>のように<ruby><rb>吼</rb><rt>ほ</rt></ruby>え、歯ぎしりし、当歳の赤ん坊までが、「フランス万歳！」と、廻らぬ舌で叫びながら、コン吉とタヌが階段の<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り口に構築したがらくた道具の<ruby><rb>鹿砦</rb><rt>バリカアド</rt></ruby>を乗り越え、押しもみひしめいて階段を押し昇って来る有様は、巴里市民諸君のヴェルサイユ宮殿乱入の<ruby><rb>件</rb><rt>くだり</rt></ruby>もかくやと思われて、ルイ十六世ならぬコン吉も、さながら身の毛もよだつばかり、ついには、蒲団の洞穴の奥に身をすくめ、魂も身にそわぬ二人を引き出し、馬乗りになって眼玉の中へ指を突っ込む。腹の上で<ruby><rb>筋斗</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>を切る、<ruby><rb>鳩尾</rb><rt>みぞおち</rt></ruby>を蹴っ飛ばす、寝巻の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>へ<ruby><rb>雉猫</rb><rt>きじねこ</rt></ruby>を押し込むという乱暴<ruby><rb>狼籍</rb><rt>ろうぜき</rt></ruby>。別の一隊はと見てあれば、<ruby><rb>六絃琴</rb><rt>ギタアル</rt></ruby>を踏み台にして煖炉の棚に這いあがるもあり、掛時計と一緒に墜落するもあり、インキを振りまくもの、窓の外へ枕を投げ出すもの、鞄の中を引っかき廻す、眼鏡を踏みつぶす、果ては羽根布団の腹を<ruby><rb>裁</rb><rt>た</rt></ruby>ち割って、その臓腑を天井に向って投げつければ、寝室はたちまち一面の銀世界。さすがのタヌも、いまは早や天国の夢も<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>め果て、衣裳戸棚の中に避難して、戦後のソンムの村落にも劣らぬ、<ruby><rb>惨憺</rb><rt>さんたん</rt></ruby>たる光景を眺め渡しながら、ただただ溜息をつくばかり。

さればといって、この悪魔の弟子どもを<ruby><rb>戸外</rb><rt>こがい</rt></ruby>に放つならば、とたんに四方八方へかけ出し、これをかき集める苦労というものは、ほとんど筆紙に尽せぬほど。

しかしながら、これらはまだ、二人の苦役としてはなま優しい部類であって、最も始末に終えないのは、この悪魔どもの<ruby><rb>餌</rb><rt>えさ</rt></ruby>に対する偏癖であった。

その朝、コン吉がこの島中を<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ね廻って買い集めた肉や菓子や、あるいは野菜や乾物や、――これらはタヌのはなはだ飛躍した手腕によって、お<ruby><rb>伽噺</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>風の<ruby><rb>羮</rb><rt>スウプ</rt></ruby>となり、童謡風の<ruby><rb>副皿</rb><rt>アントレ</rt></ruby>となったが、八匹の悪魔は、このスウプを<ruby><rb>瞥見</rb><rt>べっけん</rt></ruby>するや否や、

「これは、<ruby><rb>鳥貝</rb><rt>ムウル</rt></ruby>のスウプでない！」と、どなり出した。まず、長男のジャックがどなり、続いて二番目のジャックリイヌが「鳥貝のスウプでない」と金切り声をあげ、三番目がわめき、一番チビの半悪魔までが、「鳥貝のスウプでない！」と拒絶する始末。コン吉とタヌは、王様にしかられた大膳職のように懼れ畏んでスウプの皿を引きさげ、今度は<ruby><rb>青豌豆</rb><rt>あおえんどう</rt></ruby>のそえ物を付けた、<ruby><rb>犢</rb><rt>こうし</rt></ruby>の<ruby><rb>炙肉</rb><rt>やきにく</rt></ruby>の皿を差し出したが、これもまた、

「これは、<ruby><rb>車前草</rb><rt>おんばこ</rt></ruby>の<ruby><rb>擂菜</rb><rt>ピュウレ</rt></ruby>でない！」という<ruby><rb>合唱的叫喚</rb><rt>シュプレッヒ・コオル</rt></ruby>によって撃退された。いろいろとききただして見たところ、この二つがこの島の常食だということが始めて判明したが、この頑迷<ruby><rb>固陋</rb><rt>ころう</rt></ruby>な小仏蘭西人達は、<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>のすべての大仏蘭西人達と同じように、容易に日常の主義を変えないことに、はげしい<ruby><rb>衿持</rb><rt>きんじ</rt></ruby>を持っているものと見え、コン吉とタヌが口を<ruby><rb>酸</rb><rt>すっぱ</rt></ruby>くし、甘くし、木琴のように舌を鳴らして喰べて見せても、一向に動ずる気色がないばかりか、最後に差し出したヴァニイル入りのクレエムなどは、皿のまま放りあげられ、いたずらに天井の壁に、黄色い花模様を描くにとどまったような次第。

コン吉がこの<ruby><rb>朝暁</rb><rt>あさあけ</rt></ruby>に、風邪をひいた<ruby><rb>縞馬</rb><rt>しまうま</rt></ruby>のように、しきりに<ruby><rb>嚔</rb><rt>くさめ</rt></ruby>をしながら、気の早い海水浴を決死の覚悟で企てようとするゆえんは、この島の鳥貝なるものは、一町ほど離れた沖合の小島にのみ群生しているからであって、されば、朝ごと、朝ごと、コン吉は干潮の時間を見計らい、身を切るような冷たい海を泳ぎ渡り、それを採取に出かけるのであった。

一方タヌはといえば、これまた<ruby><rb>擂菜</rb><rt>ピュウレ</rt></ruby>にするため谷を二つ越え、断崖の危ない<ruby><rb>桟橋</rb><rt>さんばし</rt></ruby>を渡って、はるかなる島蔭の灯台の廻りに生えている<ruby><rb>車前草</rb><rt>おんばこ</rt></ruby>を採集に出掛けるのであった。

二人は、海へ行く道と山へ行く道の<ruby><rb>分岐点</rb><rt>ビフュウル</rt></ruby>になる乾物屋の<ruby><rb>横丁</rb><rt>よこちょう</rt></ruby>で、涙ぐましき握手をかわし、一人は海へ、一人は山へ、別れ別れにつらい課役に従うため、そこで訣別するのであった。思いようによれば、これはさながら、千寿姫と安寿丸の悲しい物語にも似ているようで、さすがに猛きコン吉も、その心底、いささか愁然たるものあり。

さて、この悲しい朝夕が、いつまで続くことやら、床屋の香水棚へカアテンを張りに行ったジェルメエヌ後家からは、もう十日にもなるが一向に<ruby><rb>音便</rb><rt>おとさた</rt></ruby>なく、<ruby><rb>小手</rb><rt>こて</rt></ruby>をかざして巴里の方角を眺めやれば、うす薔薇色の雲がたな引き、いかにも快活な空模様であるに引きかえ、この島には雨雲低く垂れ、ねぼけ顔する灯台の回旋光が、雲の下腹を撫でては、<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく高い虚空へ散光するのであった。

七、ドミノ遊びは白と黒との浮世の裏表。

尊敬するお二人様。恋の<ruby><rb>手綱</rb><rt>たづな</rt></ruby>と荒馬の<ruby><rb>鬣</rb><rt>たてがみ</rt></ruby>はつかみ難いと申しますが、わたくしのこの恋心も、たとえばどのように<ruby><rb>上手</rb><rt>じょうず</rt></ruby>な運転手が<ruby><rb>制動機</rb><rt>フェレン</rt></ruby>を掛けたとて、きっと<ruby><rb>停</rb><rt>と</rt></ruby>めることはできないと思うのでございます。実のところを申しあげますと、わたくしの愛する男は、床屋の弟子でも、波止場の力持ちでもございません。それはアントゴメリと申す曲馬団のチャリネなのでございます。ご承知の通り、このような小さな曲馬団などというものは、村々の市の日、または葡萄祭や、麦の刈入れ、時には村長のお嬢さんの結婚式だとか、村道の開通式だとか、わけのわからぬ<ruby><rb>暦</rb><rt>こよみ</rt></ruby>に従って、年がら年中、地図にもないような村々を巡って歩いているものなんでございます。さて、わたくしの愛する男が、<ruby><rb>撞球</rb><rt>たまつき</rt></ruby>の玉のように、<ruby><rb>羅紗</rb><rt>らしゃ</rt></ruby>の台の上をころがって歩いているとしますならば、彼の愛する妻たるわたくしが、どうして同じところにとどまっていられるものでございましょう。

わたくしはお二人様の友情を裏切りましたことを、どれほどか悲しく思っていることでしょう。しかし、わたくしをかり立てて、ここに立ち到らしめたものは、それは恋でございます。ああ、恋よ、恋よ！　恋するものには何事も許されるのだ！　なぜなれば、恋とは人類愛の結晶でありまして、聖書にも「愛するものは<ruby><rb>福</rb><rt>さいわい</rt></ruby>なり」と書かれてあるではございませんか。お二人のお手もとに残した八人の子供は、どうぞ行すえ長くお世話くださるようお願いいたします。念のためにここでわたくしの希望を申しますと、

長男のジャック　――巴里大学の法科に入学させてくだされたく、行すえは弁護士。

二女のジャックリイヌ　――伯爵の<ruby><rb>継嗣</rb><rt>あととり</rt></ruby>にお<ruby><rb>嫁</rb><rt>かたづ</rt></ruby>け下さい。

三男のアンリ　――海軍士官学校へ。

四女のイレーヌ　――オペラの技芸学校へ。

五男のポオル　――マチスとか申す画描きのところに弟子入りさせて下さい。

六女のマリイ　――この子に学問はいりません。

七男のルイ　――安南のＰ・Ｍ・Ｄ木綿会社へ見習いにやって下さい。

八女のソフィ　――実のところ、わたくしも、この子の処置についてはまだ考えてはおりません。しかし、大実業家、又は相当の家柄から養女に望まれましたらば、そこへお<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>し下さる様。

信実なるＡ・ジェルメエヌ。

八、尻尾に火が付けば亀でさえ跳ねる。<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby><ruby><rb>身命</rb><rt>しんめい</rt></ruby>に関する限り、<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>なるコン吉も迂濶のままではいられない。朝は早くから肉や野菜の買い出しにかかり、沖から漁舟が帰るを待ちかねて魚を撰みにゆく、それが終れば、タヌと二人で真白になってパン粉を練り、伸して型で抜き、<ruby><rb>杏</rb><rt>あんず</rt></ruby>の罐を開き、<ruby><rb>鶏</rb><rt>とり</rt></ruby>の毛をむしり、<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>屋へ駈けつけて、鶏の死骸が無事にパン<ruby><rb>焼竈</rb><rt>やきかまど</rt></ruby>に納ったのを見届けて駈けもどり、<ruby><rb>玉菜</rb><rt>ぎょくさい</rt></ruby>をゆで、<ruby><rb>菠薐草</rb><rt>ほうれんそう</rt></ruby>をすりつぶし、<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じゃがいも</rt></ruby>を揚げ、肉に<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>をつけ、その合間には、子供らににッと笑って見せ、お<ruby><rb>襁褓</rb><rt>むつ</rt></ruby>を洗い、<ruby><rb>釦</rb><rt>ボタン</rt></ruby>を付け、尿瓶を掃除し、<ruby><rb>絨氈</rb><rt>じゅうたん</rt></ruby>をたたき、――家中はおろか、海の上までも、まるで<ruby><rb>阿呆鳥</rb><rt>あほうどり</rt></ruby>のように飛び廻るのであった。

この間にタヌは、彼女の創案になる「オルガン遊び」で、悪魔どものお機嫌をうかがうため、例の、調子をはずしたキンキラ声で、近隣の鶏を驚かしているのだ。

そもそも、この「オルガン遊び」というのは、これだけが悪魔どもに受入れられ、ご満足をうる唯一の遊戯であって、オルガンとは年の順に並んだ八人の子供がすなわちそれ。鍵盤は取りも直さず彼等の鼻のあたまなのだ。一番<ruby><rb>年嵩</rb><rt>としかさ</rt></ruby>のジャックは do、ちょうど八番目のチビが si、四番目と五番目は<ruby><rb>年子</rb><rt>としご</rt></ruby>なので、五番目のポオルは fa\# だというわけ。そこで演奏の方法は、タヌがそれらの鍵盤を指で押すのであって、押しさえすれば、そこから、ややそれ相応の<ruby><rb>音</rb><rt>おん</rt></ruby>と歌詞とが出て来るという仕組み。

この不可解な楽器は、十日に余る涙ぐましいタヌの努力によって成ったもので、この八人の無政府主義者も、この遊戯に関する限り、ひたすら恭順の意を表し、誠意を披瀝したのは、誠にもって不思議とも面妖ともいうべき次第であった。この試演に撰ばれた曲というのは、次のような句で始まるのである。

ピエロオさん

ペンを貸しておくれ

月の光で

一<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby>書くんだ……

しかし、この楽器はまだ不完全であったばかりでなく mi の音が演奏中に居睡りをしたり、fa が pipi をするために突然紛失したり、とかく無事に演奏を終えた事がない。

ああ、金言にもあるごとく、坐して喰えば、山のごとき紙幣の束も、いつかは<ruby><rb>零</rb><rt>ぜろ</rt></ruby>となるであろう。まして、多寡の知れた共同の財布が、どうしていつまでも、<ruby><rb>日毎夜毎</rb><rt>ひごとよごと</rt></ruby>のこの大饗宴を持ちこたえることができるであろう。

さて、旬日ののち、<ruby><rb>嚢中</rb><rt>のうちゅう</rt></ruby>わずかに五十<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>を余すとき、悩みに満ちた浅い眠りを続けているコン吉を<ruby><rb>遽然</rb><rt>きょぜん</rt></ruby>と揺り起すものあり。目覚めて見れば、これはまたにわかに活況を呈し、頬の色さえ<ruby><rb>橙色</rb><rt>だいだいいろ</rt></ruby>となったタヌが立っていて、次のような計画をコン吉にもらすのであった。

コン吉よ、これがもし名案でないというならば、この世に名案などというものはないのであろう。君も知っている通り、この村の第一の名物は、サラ・ベルナアルの腐れた<ruby><rb>荘園</rb><rt>シャトウ</rt></ruby>であって、第二は村長の子供自慢である。そこで、あたしは村長を煽動して、現今仏蘭西で流行している「健康児童共進会」を、この島で開催しようと思うのだ。そして、わが家の八人の子供を除く以外の、全部の島の子供に、その前日<ruby><rb>緩下剤</rb><rt>ラキサトール</rt></ruby>を与えて優しく下痢をさせ、一等から八等までの賞金をわれらの手に獲得しようと思うのだ。もしそれが五百<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>ででもあるならば、われわれはそれを旅費にして、<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>かしい巴里へ帰られるというものだ。コン吉よ、これは決して夢ではない。また夢であらしめてはならないのだ。

フレー！　フレー！　コン吉！　巴里へ行く道は近いのだ。ああ、巴里！

九、村の掲示板は古風な拡声器。

健康児童共進会

（種牛共進会は来月に延期。）

資格　当歳より十歳までの児童。ただし、本島産にして、血統の正しきものに限る。

賞金　一等三百法。

二等二百法。

三等百法。

四等より八等まで五十法<ruby><rb>宛</rb><rt>ずつ</rt></ruby>。

時　　一九二九年八月二十五日。午前十時。

所　　当村小学校において。

品質審査　本土より専門小児医来島審査す。

ベリイルランメール島

ソーゾン村長

一〇、子供は家の宝、福運の基。まだ明け切らぬ小学校前の広場には、集りさんじた出品者ならびに出品物の数数およそ二百人。木の切株に掛けるもあり、<ruby><rb>手洟</rb><rt>てばな</rt></ruby>をかむもあり、<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れ劣らぬ浜育ちの、おのがじし声高なる子供自慢、毛並から眼の色、耳の穴まであげつらって、これぞ今日の<ruby><rb>第一等賞</rb><rt>プレミエ・プリ</rt></ruby>と、人はいえば<ruby><rb>吾</rb><rt>われ</rt></ruby>もまた、そうはならぬと、果ては互いの子供の棚おろし、やれ耳がでかすぎるの色気が悪いの、さながら馬市の馬をひやかすようないい草。一方には<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>の夜釣の<ruby><rb>小鯖</rb><rt>こさば</rt></ruby>の目勘定、十字を切るもの、子をあやすもの。そこへ放し飼いの牛までまじって、モウモウ、オギャアオギャアと大変な混雑雑踏。さて、コン吉ならびにタヌは、八人の悪魔を引き具して、門前のマロニエの下に円陣を作り、いとも<ruby><rb>鷹揚</rb><rt>おうよう</rt></ruby>に構えていたのは、多分然るべき勝算があっての事と見受けられた。

さて、式場の一段高いところには、型のごとくコップと水瓶、その下に白木の長テーブルを連ねたのは、この上に出品を並べて審査する手筈。<ruby><rb>下手</rb><rt>しもて</rt></ruby>には<ruby><rb>鰯粕</rb><rt>いわしかす</rt></ruby>の目方を<ruby><rb>衡</rb><rt>はか</rt></ruby>る大秤、壁に切り目を入れた即製の身長測定器、胸囲、身長、体重の平均を年齢別に表した大図表、何やら光るニッケル製の医療器械まで出しそろえ、ものものしくもいかめしい有様であった。

定刻ともなれば、古きフロック・コートに赤白青の村長綬章を<ruby><rb>襷掛</rb><rt>たすきが</rt></ruby>けにした村長が、開会の辞をかねて一席弁じたが、その演説の要旨こそは、さすがのクレマンソーも靴下一枚で一目散の<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>、書かでも御想像を願いたい。

要するにこの結末は長々と書き<ruby><rb>綴</rb><rt>つづ</rt></ruby>るにはおよばないのであろう。読者諸君のお察しの通り、どういう不幸な暗合か、出品した五十人の子供は、わが家の八人の小国民を除く以外、みなそれぞれ適当な下痢を起こし、はなはだ<ruby><rb>香</rb><rt>かん</rt></ruby>ばしからぬ状態にあったので、フランス本土からわざわざ審査に来た小児医は、ただただ鼻をおおって閉口するばかり。当日の賞金は、一等から八等まで、直接の保護者たるコン吉とタヌの手に渡ることになった。

この賞金合計八百五十<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>のうち、四百法だけを今日までの子供らの養育費として受け取り、残りの四百五十法は、今日以来八人の子供を扶養することになった仏蘭西共和国政府へ、改めてコン吉とタヌから、扶養費の一部として献納することになった。

フランスの本土とこの「<ruby><rb>美しき島</rb><rt>ベリイルアンメール</rt></ruby>」をつなぐ定期船は、八月の青いブルタアニュの波を<ruby><rb>舳</rb><rt>へさき</rt></ruby>で蹴りながら、いま岩壁を離れたところだ。村長、村民、<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>屋の若い衆と肉屋の娘、それに八人の子供達が、岩壁の上に立ち並び、みな名残惜しげに手を振り声をあげて別れを惜しむのであったが、この八人の木像どもはいぜんとして唇をへの字に結び、眉根に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を寄せてむっつりと押し黙っているのだ。船からタヌが、

「do\-do ちゃんご機嫌よう！　re\-re ちゃん、時々手紙をくれるのよ！　fa\-fa ちゃん、あまり高い所へ登るんじゃありませんよ」

と、せわしくそれぞれ八人の子供に声を分ち、うるんだ眼でうなずいて見せ、帽子を振り、ハンカチで<ruby><rb>洟</rb><rt>はな</rt></ruby>をかんだ。

船は海老の<ruby><rb>生巣</rb><rt>いけす</rt></ruby>を浮かせた堤防のかたわらを徐行していたが、やがて大きな波の<ruby><rb>蜓</rb><rt>うねり</rt></ruby>に衝き当り、こ憎らしい仏蘭西人がするように、その肩をピクンとさせたと思うと、堤防で囲まれた狭い視野の中から広い大洋へと乗り出すのであった。

この時、岩壁の八人の子供たちが、突然優しい声で唄い出した。

ピエロオさん、

ペンを貸しておくれ、

月の光で、

一<ruby><rb>筆</rb><rt>ふで</rt></ruby>書くんだ……。