Soranoha

又復与太話

またまたよたばなし

国枝 史郎

日本の新興探偵小説界、宝石などは扱わないと云われる。ようござんす、認めましょう、しかし宝石に類したものばかりを扱っているではありませんか。文字にとらわれずに精神をご覧下さい。

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甲賀三郎氏の批評ぶり、頸烈の度を加えて来ました。一種の壮快さを覚えます。しかし少々趣味にとらわれ、潔癖の押売りをするようです。

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その組立から云う時も、その文章から云う時も平林氏の「犠牲者」は、寧むしろ欠点の多い作です。そういう欠点は有乍ながらも尚なお素晴らしい作なのです。完全無欠という様な批評はこの作へは下せますまい。

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悲劇は人生の上っ面を撫で喜劇は人生の底に触れる。少し大袈裟な引例ですが、シェクスピアとモリエルとを比べても、何んだかそんなように感じられます。牧逸馬氏の軽快なコントが、案外人生に触れているのも、一例として可よいようです。

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否定に立つか? 肯定に立つか? これは困難な問題でしょうが、少くも在来の探偵小説の型を、否定しようと企てる所に、新興探偵小説の、意義があるのでは無いでしょうか? 企てている者きわめて寥々りょうりょう。

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新青年の合作「五階の窓」甲賀氏作迄まで読みましたが、眼を驚かすばかりの名作です。江戸川氏は例に由よって名文を以もって、平林氏は厳密の解剖を以て、森下氏は素晴らしい事情通を以て、甲賀氏は温和な人情味とフロイドの精神分析学とを以て。――さていよいよ私の番だが、誓って無類の此この作を、迚とてもたまらない悪作にして見せます。

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日本の探偵創作家と、日本の探偵翻訳家と、どっちへ頭を下げるかというに、もうもう是これは問題にもならない。翻訳家の方へ頭を下げます。

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可よい標語が復また出来ました。「猟奇小説」というのです。

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あくどい作も好きですが、松本泰氏の作のような、水際立った清ソな作も、又非常に大好きです。併しかし松本氏はその作風のため、現在では損をしています。しかも頑として作風を変えません。将まさに壮烈と云う可べきでしょう。

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文芸春秋にだったと思いますが、中村星湖氏が斯こういう意味のことを書かれたように記憶しています。「よい文学とよい批評と、よい生活とを欲している」と。その時私は思いました。「よい文学もタマには見られ、よい批評もマレには聞かされるが、よい生活だけは得られそうもないなあ」と。そうして更さらに附け加えました。「文筆労働者の私としては、もう一つの要求があるのです、よい編集者が欲しいのです」と。沢山原稿料を下さるのも、よい編集者には相違ありませんが、更に一層のよい編集者は作者に勇気を与えてくれます。つまり信頼してくれるのです。そういう編集者があるでしょうか? 私の知っている範囲でも、たしかに十人はございます。――と斯う書くと日本中の編集者、それは俺だろう俺だろうと、顔を出されるかも知れませんが、私はもう一度云って置きます、十人ぐらいしか知らないのですと。しかしあんまり信頼されると、又是ヘンなものになるようです。或雑誌の或編集者が、こんな手紙を下さいました。「原稿紙は六枚でそれこそ読者が飛び上がる程面白い作を書くように」と。そこで私はその手紙を机の上へおっぴろげ、大変慇懃に独語しました。「このヤクザな大衆作家を、チェホフやモーパッサンと同じように、評価して下すったのは名誉です。しかしどんなに高く踏んでも、チェホフやモーパッサンには手が届きません。どうもね、原稿紙六枚では」そこで私は懇切におことわりの手紙を出しました。

底本 / Source edition

底本:「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」作品社
2005(平成17)年9月15日第1刷発行
底本の親本:「探偵趣味」
1926(大正15)年7月
初出:「探偵趣味」
1926(大正15)年7月
入力:門田裕志
校正:きゅうり
2019年3月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
/works/047270_000255/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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国枝 史郎「又復与太話」(新字新仮名)、底本『国枝史郎探偵小説全集 全一巻』作品社、2005年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047270_000255, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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