小酒井さんの「肉腫」という作（新青年掲載）依然として結構な作品です。探偵小説的加工の無いのが、一つの特色を<ruby><rb>為</rb><rt>な</rt></ruby>して居ります。<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも有りそうな事件と云うより有った事件を有りのままに纏めた――こう云い<ruby><rb>度</rb><rt>た</rt></ruby>いような作品です。医師その人に成心が無く、威嚇的で無かったということも、この作品を快くしました。一種微妙な人間性を、直截簡潔の筆で描き、醒気を紙面へ<ruby><rb>漲</rb><rt>みなぎ</rt></ruby>らせたのは、小酒井さんとしては常套手段、それでいて<ruby><rb>矢張</rb><rt>やは</rt></ruby>り結構であります。ただ末段に至りまして、手術をされた人間が、肉腫への憎悪に夢中になり、自分の腕の切られたのも忘れ、その腕を出せというあたり――この作中での正念場――そこが余りに略筆され、<ruby><rb>些</rb><rt>いささ</rt></ruby>か明瞭を欠きましたが、<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は私の頭がひどく<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby>時疲れていたので意味が取れなかったのかもしれません。で「？」この印を記して置きます。

羽志主水さんの「監獄部屋」（新青年掲載）は、村島帰之さんの喜びそうな作、そうして私にも有難い作です。だが二つばかり気になることは「贋勅使」という<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>言葉と「高間の初蔵」という言葉です。事件の眼目は贋勅使にあります。だから此場合此言葉は、使わない方が<ruby><rb>可</rb><rt>よ</rt></ruby>いようです。いずれ荒っぽい土木工場などへ、贋勅使となって入り込むような人間、肩書があるに相違ありません。だから努めて此場合、肩書を出さない方が可いようです。これ等の言葉があった<ruby><rb>為</rb><rt>た</rt></ruby>め、<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>作の味が古態を帯びました。何んでも無いようなことではあるが、何んでもないことではありませんね。こういう点に留意するのが、文章道のカナメです。……などと如何にも此私が、文章道の苦労人らしく、こんな注意をするというものは、それこそ場違いかもしれませんなあ。本当の参事官の一行が一週間後にやって来た時、<ruby><rb>悄</rb><rt>しょ</rt></ruby>げきって多くの工人達が「疑惑に充ちた冷眼」で、見迎えたというあのあたりは、素晴らしく精彩を発揮して居ります。「疑惑に充ちた」という言葉など、使えそうで使えない言葉です。この言葉があった為め、疑惑に充ちた工人の姿が、私の眼前に一整に、見えて来たものでございますよ。贋勅使だと<ruby><rb>宣</rb><rt>のべ</rt></ruby>る<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>、贋勅使の一行が、贋勅使に見えなかったのは、勝れた作者の技倆でしょう。<ruby><rb>尤</rb><rt>もっと</rt></ruby>も<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>れが解って<ruby><rb>了</rb><rt>しま</rt></ruby>っては、この作の値打は消えますがね。

羽志主水？　聞かない名です。こっそり雨村さんへ手紙を出し、その本名を聞こうかしら？　この材料、この作風、日本探偵小説界に、一新境地を開いたと迄、大袈裟な言葉使いはしませんが、宝石の知識も無い癖に、宝石のことなどを書きたがる、去勢されたる探偵小説家へは、好い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みせしめ</span>の作品であると、これくらいは云ってもいいでしょう。だが不幸にも日本に於ける、探偵小説愛読者は、去勢されたる探偵小説家の、去勢される探偵小説を、ひどく愛読するようです。で恐らく此作は一般受けはしますまい。羽志主水さん困まりましたなあ。けっきょく<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>の歩いている道は、ロマン・ローランの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せりふ</span>では無いが、薔薇の花で飾られた、<ruby><rb>坦々</rb><rt>たんたん</rt></ruby>たる大道ではありませんねえ。いや<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>く困難な道です。併しご心配なさいますな、時世はドンドン変って行きます。間も無く<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>ういう作品が、喜ばれる時代が参りましょう。え、何んですって？　来そうも無いって？　冗談云っちゃあ<ruby><rb>不可</rb><rt>いけ</rt></ruby>ません。眼の前まで来ていまさあ。もし来なかったら来させましょうよ。