Soranoha

心の調べ

こころのしらべ

宮城 道雄

どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の心の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません、雰囲気と申しますか、声の感じですね。

箏の音色も同じことで、弾ずる人の性格ははっきりとそのまま糸の調べに生きてまいります。心のあり方こそ大切と思います。七歳の年までに私を慰めてくれた月や花、鳥などが、私の見た形ある最後のものでした。それが今でも、美しく大切に心にしまってありますが、その二年後に箏を習い始めてから今日まで、私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならない、という信念で生きてまいりました。私のきた道――芸に生きてきたことを幸福と思いますし、また身体が不自由であったために、芸一筋に生きられたと感謝しております。

と申しても、私にはやっぱり眼が必要でした。私の眼は家内でした。貧乏がひどかったので、質屋にもずいぶん通ったり、いろいろな苦労をかけましたが、三十年の月日を通じて、生活の面で私はずっと家内におぶさりっきりです。家内は若い時分はよく箏をひきましたが、いつの頃からかすっかりやめて、私の眼となることだけに生きるようになりました。そして、私の仕事に対する、なかなかの大批評家になりました。母心の適切な批評をしてくれます。他の人と外へ出かけたときでも、何か遠くから家内が見守ってくれていることを私は感じます。それだけで、私は安心して仕事ができます。手をとってくれる年月が永くなるにつれて、母という感じが家内に加わって、私は頼りきって修業をつづけております。

底本 / Source edition

底本:「心の調べ」河出書房新社
2006(平成18)年8月30日初版発行
初出:「水の変態」宝文館
1956(昭和31)年8月1日
入力:貝波明美
校正:小林繁雄
2007年8月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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宮城 道雄「心の調べ」(新字新仮名)、底本『心の調べ』河出書房新社、2006年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047112_001288, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite