Soranoha

声と性格

こえとせいかく

宮城 道雄

私は盲人であるので、すべてのことを声で判断する。殊に婦人の美しさとか、若い乙女の純な心とかは、その声や言葉によって感じるわけである。従って、声が美しくて、発音が綺麗であると、話している間に、春の花の美しさとか、鳥の鳴き声をも想像する。

それで、私はなるべく婦人の言葉は優しいことを希望する。あまり漢語などを沢山使わず、ごく平易な、女らしい言葉を用いて貰いたいと思うのである。近ごろは言葉も複雑になって、同じ婦人のうちにも、職業や境遇の相違によって、いろいろ話す言葉も違っているらしい。また年齢によってかなり違うように思う。同じ家庭でも官吏であるとか、実業家であるとか、その他各々の勤めによって、家庭で用いる婦人令嬢の言葉が違うように思われる。また同じ土地のうちでも、場所によって言葉の使い方が違っている。東京を例にとっていえば、山の手と下町とを比較すると、山の手の言葉はどことなく気品があっておちつきがあるが、下町の言葉は多少砕けたところがある。

女学生の言葉には女学生特有のものがあるが、友達同志が打ちとけて話す場合の言葉はごく簡単で親しみがあり、しかも友情を表わしているものがある。例えば「どこそこに行ってよ」「何々してるわよ」とか、同じ返事をするのに「はい」とか「へい」とか言わずに、近ごろは「ええ」という返事をする。こういう言葉はざつのようであるが「よ」とか「ええ」とかいう言葉に、非常に親しみがこもっている。

そうかと思うと、言葉の途中を略して、頭と仕舞の言葉をくっつけて言ってしまうのがある。それも中には、耳だけで聞いて可愛らしい感じのするのもあるが、しかしいくらスピード時代でも、言葉全部を言ったところで、そんなに時間はかからないのだから、やはりまともに言って貰った方が、聞いていて気持がよい。

前にも一寸言ったが、年齢で言葉が違うように、同じ言葉でも年配の人が言って、似合うのと似合わないのとがある。学生の言葉を年輩の人が言ったら、聞いた感じが不似合いなものであろう。また、同じ婦人の中でも子供を持った人と、持たぬ人の言葉を聞いた感じは、どうしても相違があるようである。子供を持った人は、子供に対して情があるせいか、他人に対しても言葉に柔か味があるように思われる。これは一概に言えないが、持たぬ人の中には、同じ話をしていても、どこか言葉の途中に或る冷たさがある人もある。これが実子でなくても、自分の子供として教育した人は、実子を持った人と同様な結果になるわけで、親しみが持てるのである。

婦人の丁寧であることは望ましいことであるが、中には非常に言葉数が多くて、先がわかっているのに、廻りくどく話す人がある。そういう人に対しては、聞いている途中で、早く止めて貰いたいと思うことがよくある。ところがそれと反対に、言葉数が少くて、婦人であるのに無愛想な人がある。殊にこの頃の若い女学生たちは、あまり勉強に熱中しているせいか、お客とか、はじめて会った人に対しても、無愛想な場合があるように思われる。心にもない媚び諂いは気持が悪いが、婦人の声や言葉には多少の愛嬌とか潤いとかがありたいものである。

近ごろの世の中は生活においていろいろ苦労があることと思われるが、生活は荒まないようにありたいと思う。心が荒めば従って言葉までが荒んで来る。言葉なり声なりが荒めば、それによって心の荒みを他人に感じさせ、従って他人をも荒ませることになる。われわれは生活は荒んでも、心まで荒まないように心掛けたいものだと思う。

私は常に音楽を教育する立場として、歌わせていて、発音ということが非常に気になる。私の経験では、発音の綺麗なのは関西に多いと思う。もっとも関西もところや土地によって違うが、京、大阪はアクセントは別として、発音は綺麗なように思う。今の長唄、清元、常磐津その他、元は関西から来て長く江戸に流行って、俗に江戸唄と称せられるものの中に、その道の大家の唄われるのを聞くと、月とか花とか風とかいう言葉には関西のアクセントそのままのものが残っている。

例えば、関東の方では「花」という言葉にしても、「は」よりも「な」の方を上げて発音し、関西の方は「は」よりも「な」の方を下げて発音する。そして、唄われる場合に「はー」と「は」を引張って「はーな」とか「つーき」とかそういう風に唄われるので、アクセントのことなどと一向気にならずに、花なら花の気分が出るように思われる。

このほか、国々によって、婦人の声の出し方が違う。これは自分だけの感じか知らぬが、東北の方の寒い地方へ行くと、人々はあまり口を開かずに声を発する。また、極く南の暖かい方へ行くと、口を開いて話し、更に南洋の方へ行くと、裸体で生活しているように、どこか声に締りがないような気がする。

底本 / Source edition

底本:「心の調べ」河出書房新社
2006(平成18)年8月30日初版発行
初出:「垣隣り」小山書店
1937(昭和12)年11月20日
入力:貝波明美
校正:noriko saito
2007年12月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮城 道雄「声と性格」(新字新仮名)、底本『心の調べ』河出書房新社、2006年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 047110_001288, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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