一

<ruby><rb>清造</rb><rt>せいぞう</rt></ruby>はその朝になって、やっとにぎやかな町に出ました。それは、清造の生まれた<ruby><rb>山奥</rb><rt>やまおく</rt></ruby>の村を出てから、もう九日目くらいのことでした。それまでにも、小さな町や村は通ったことがありましたが、これほどにぎやかな町に出たのはこれがはじめてです。町の<ruby><rb>両側</rb><rt>りょうがわ</rt></ruby>には新しい家がならんでいました。そうしてそれらの<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>には、うまそうなおかしだの、おもちゃのようにきれいなかんづめだの、赤や青のレッテルをはったびんなどが、みがきたてたガラスの中にかざってありました。

すきとおるような、冬の朝の日の光に、それらの店やびんやおかしが、美しく<ruby><rb>光</rb><rt>ひか</rt></ruby>っていました。店の前に立てた、<ruby><rb>赤地</rb><rt>あかじ</rt></ruby>に白くそめ出した長い<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>が、氷をふくんだような朝の風に、はたはたと寒そうに鳴っていました。

ほんとうは、それはまだ、東京の<ruby><rb>郊外</rb><rt>こうがい</rt></ruby>の、ちょっとした<ruby><rb>新開地</rb><rt>しんかいち</rt></ruby>にしかすぎません。けれども、今まで山の中にばっかり<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>って、あまり町を見たことのない清造の目には、それがどんなに美しくうつったことでしょう。清造はすっかり<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きました。そうしてこの町をひいていく、<ruby><rb>馬力</rb><rt>ばりき</rt></ruby>や<ruby><rb>牛車</rb><rt>ぎゅうしゃ</rt></ruby>がどんなに長くつづいているのだろう。こんなたくさんの車や人が、どこからこうして出てくるのだろう。――おまけにその間を、自動車が、ブーッ、ブッと、すさまじい音をたてて、新開地のでこぼこ道を、がたがたゆれながら、<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いよく走っていきます。清造はまったくびっくりしてしまいました。

しかし、これでやっと東京へ<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>いたのだ、と思うと、かれはやはりうれしくなりました。どんなに<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい人でも、東京へさえいけば、なにか<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く道もあるし、りっぱになれるということを村の人たちから聞かされていたからです。けれどもそうして働くには、どこへいって、どんな人に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んだらいいのか清造にはわかりませんでした。

町の<ruby><rb>両側</rb><rt>りょうがわ</rt></ruby>の店をのぞきながら歩いても、それらの店の人たちはみんな、朝のかざりつけにせわしそうに働いていました。ぼろぼろによごれた、きたない着物をきている、ちっぽけな子どもなんかに目もくれる人はありません。それほどみんなはせわしかったのです。<ruby><rb>往来</rb><rt>おうらい</rt></ruby>にはつめたい風が吹いているし、今はもう<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れの<ruby><rb>売出</rb><rt>うりだ</rt></ruby>しの<ruby><rb>時節</rb><rt>じせつ</rt></ruby>です。

清造はだまってぼつぼつ歩いていました。お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>もぺこぺこに<ruby><rb>減</rb><rt>へ</rt></ruby>っていましたが、なにか買って食べるお金なんか一<ruby><rb>文</rb><rt>もん</rt></ruby>も持っていなかったのです。めし屋の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のれん</span>の中からは、<ruby><rb>味噌汁</rb><rt>みそしる</rt></ruby>やご<ruby><rb>飯</rb><rt>はん</rt></ruby>の<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りがうえきった清造の<ruby><rb>鼻先</rb><rt>はなさき</rt></ruby>に、しみつくようににおってきました。しかし清造はぺこぺこにへこんだお腹をそっとおさえて、悲しそうにいき過ぎるよりほかにしかたがありませんでした。

このにぎやかな町にはいってから、五、六<ruby><rb>町</rb><rt>ちょう</rt></ruby><ruby><rb>歩</rb><rt>ある</rt></ruby>くうちに清造はどこの店も、自分にはまるで<ruby><rb>用</rb><rt>よう</rt></ruby>のないものだということを、小さな頭にさとりました。<ruby><rb>唐物屋</rb><rt>とうぶつや</rt></ruby>だの<ruby><rb>呉服店</rb><rt>ごふくてん</rt></ruby>などに、どんなにきれいなものがかざってあっても、今の清造にはなんの<ruby><rb>興味</rb><rt>きょうみ</rt></ruby>もありません。<ruby><rb>金物屋</rb><rt>かなものや</rt></ruby>や<ruby><rb>桶屋</rb><rt>おけや</rt></ruby>はそれ以上に用のないものでした。といって、あのうまそうなおかしだの、にしめだののならべてある店の前に立つと、ただ<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しくなってくるばかりです。

「どこにもおれには用はねえだ。」かれはそう思うと、このにぎやかな町が、にわかにさびしいものになってしまったように感じました。そうして、きのうまで歩いて来た、林だの畑ばかりつづいたいなか道が、かえって<ruby><rb>恋</rb><rt>こい</rt></ruby>しくなってきました。そこでもかれはむろん、うえ<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れて歩いていました。しかし、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>がへって、からだが<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れてふらふらしてくると、清造はどこか道ばたの木の根でも、お<ruby><rb>堂</rb><rt>どう</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>にでも腰をおろして、ごろりと横になるのでした。そうしてふと目をつぶると、頭の中がしいんとして、いつも同じように、自分がいままで遊んでいた、村のはずれにある、あの大きな<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>が目の前に<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんできました。

清造はそのふるびたさびしい沼のふちに、たったひとりで遊んでいました。沼には<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あし</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よし</span>の黄色い<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>が<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れてかさなりあっているところや、青黒い水が、どんよりと深くよどんでいるような<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>がありました。水鳥がむれて<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>いでいる時も、あめんぼが勢いよく走っている時もありました。しかし清造には、この<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>のあたりが、一番しずかでだれにもいじめられずに遊んでいられる場所だったのです。

清造はさびしくなると立ちよって、沼に石を<ruby><rb>投</rb><rt>な</rt></ruby>げこみました。すると、やがて大きなあわがひとつぽっくりと<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんで、ぽっと消えると、後からまた、小さなあわが、ぶくぶくと、たくさん浮かんできます。これはなんだか、沼が清造に話をでもするように思われました。だから清造は、沼のふちに遊びにきて帰る時には、かならず石を一つ投げこんであわがすっかり浮かびきるまでながめてから、<ruby><rb>自分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>の家に帰るのでした。

ことしの夏、この山奥の小さな村に悪い病気がはやった時、清造の<ruby><rb>両親</rb><rt>りょうしん</rt></ruby>は<ruby><rb>一時</rb><rt>いちじ</rt></ruby>に病気のためになくなりました。まだやっと十三になったばかりの清造は、悲しみとさびしさの中にとほうにくれてしまいました。

秋になって、<ruby><rb>百姓仕事</rb><rt>ひゃくしょうしごと</rt></ruby>が、少しせわしくなってから、清造は、近所の家に手伝いにいって食べさせてもらっていました。しかし、この村はどの家も、どの家もまったく<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しをしているので、どこでも清造ひとりを<ruby><rb>余計</rb><rt>よけい</rt></ruby>に<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>っておけるような家はなかったのです。

「おめえのような人間は、いまのうちに東京さいって、なにかしたらいいだ。気だても<ruby><rb>素直</rb><rt>すなお</rt></ruby>だから、どこさでもおいてくれべえ。こんな村に子どもひとりして暮していたってしようがない。早くいくがいいよ。」

秋の<ruby><rb>刈入</rb><rt>かりい</rt></ruby>れがすんで、<ruby><rb>手伝</rb><rt>てつだ</rt></ruby>い仕事がなくなると、村のひとたちはだれも清造にこういうのでした。清造はそれを聞くと<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくなって、沼のふちへ来て<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>いていました。そうして<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby>は、石を二度、沼の中に投げこみました。ゆっくりと間を置いて、はじめのあわが<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまうと、また投げるのです。そのあわをじっと見てると、死んでいった父と母が、あわの中からなにかささやくように思われました。

清造が毎日、沼のふちに来てぼんやりして<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しているので、村の人もとうとうかまわなくなりました。食べられなくなった清造は、ついに村を出なければならなくなったのです。そうしてかれは、道を歩いて<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れてくると、横になって目をつぶりました。さびしい沼が、ふと浮かんで、ふたつのあわが浮かんで消えるのがはっきり見えました。それを見ると、かれはふしぎに<ruby><rb>元気</rb><rt>げんき</rt></ruby>を<ruby><rb>回復</rb><rt>かいふく</rt></ruby>するのでした。

二

お<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>ちかくまで、清造は、長い町を歩きました。町はずれのむこうの方に、<ruby><rb>汽車</rb><rt>きしゃ</rt></ruby>の通る土手の見えるへんまでくると、その町は少しさびれてきました。清造はぺこぺこにへったお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>をかかえて、もう目がまわりそうにだるいのをこらえながら歩いてくると、ふと道の<ruby><rb>片側</rb><rt>かたがわ</rt></ruby>に、いろいろな<ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>のかかっている店がありました。それは正月を目の前にひかえて、せわしくなった<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>でした。凧屋の主人は、店の中にひとりすわって<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はり</span>上げた凧に<ruby><rb>糸目</rb><rt>いとめ</rt></ruby>をつけたり、<ruby><rb>骨組</rb><rt>ほねぐみ</rt></ruby>をなおしたりして働いていました。

清造はもう<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきってしまったので、凧屋の前に立って、凧の絵を見るようにして休んでいました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ろう</span>をぬった<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひげだるま</span>の目は、むこうの<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>でぴかぴか光っているし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すさのおのみこと</span>は刀を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いて八頭の<ruby><rb>大蛇</rb><rt>だいじゃ</rt></ruby>を切っていました。<ruby><rb>自来也</rb><rt>じらいや</rt></ruby>や<ruby><rb>同心格子</rb><rt>どうしんこうし</rt></ruby>や<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby>に月は、いせいよく、店の上にぶらさがってふわふわ動いていました。清造はそんな<ruby><rb>凧</rb><rt>たこ</rt></ruby>を見たのは、はじめてでした。

<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>のおやじさんは、ただせわしそうに下をむいて熱心に糸目をつけているので、清造もおびえずに、店さきに近よって、じっと店の中のいろいろな絵をながめまわしました。くるくると目のまわるようにできている、さんばそうの<ruby><rb>凧</rb><rt>たこ</rt></ruby>がありました。店の中に風が吹きこんで来るとたんに、さんばそうの目がくるりとひとつまわりました。清造は、「あっ」といって驚いて目をつぶると、いきなりまた、<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の沼が目の前に浮かんで来たのです。そうして、大きな大きなあわがひとつぽっかりと浮かび上がったのを見たと思うと、清造にはなんにもわからなくなってしまいました。

「<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>、どうしたんだ。しっかりしろよ。」

遠いところで<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んでいるのが、だんだん近くなって来て、<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>い声が耳のそばでひびくのを聞いた時に、清造は、はっとわれに返りました。気がついてみると、それは<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>の店の<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>でした。<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>のわきのせまい<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>にあおむけにねかされて、<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>もとに、さっき店でみたおやじさんがすわっていて、そのうしろにはあかんぼうをおぶったおかみさんが、立っていました。

「どうした、気がついたか。」

ひげの少しのびたおやじさんが笑いながら聞きました。清造にはなんのことだかわからないので、やっとからだを<ruby><rb>起</rb><rt>おこ</rt></ruby>しながら、あたりをきょろきょろ見まわしました。

「はは、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いているな。おまえはな、さっき店の前に立って、<ruby><rb>凧</rb><rt>たこ</rt></ruby>の絵を見ているうちに、ううんといってぶっ<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れてしまったんだ。それでおれが驚いて、あわててここへかつぎこんで、<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいほう</rt></ruby>してやったんだ。どうした、どこかからだでも悪いのか。」

おやじさんは、顔のこわい<ruby><rb>割合</rb><rt>わりあい</rt></ruby>にやさしい声を出して聞きました。

「ううむ。」

清造はやっと顔を横にふりました。

「ははあ、それじゃあ腹がへったんだな、え、おい、そうだろう。」

おやじさんはまた聞きなおしました。清造はしばらくだまって下をむいていましたが、

「え、おい、そうだろう。」

とまたいわれたとき、

「うん。」と思わずうなずきました。

「かわいそうじゃないか、こんな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちび</span>が腹がへって<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れるなんて。」と、おやじさんは、おかみさんの方をむきながら、

「なにか<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>わしてやりな。なあに、悪いことをするやつなら、ひもじくなって倒れなんかしやぁしねえ。早くなにか食わせてやれ。」

といいました。

まもなく、あたたかい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おつけ</span>とご<ruby><rb>飯</rb><rt>はん</rt></ruby>をおかみさんがもって来てくれました。清造は、なん日目かというより、もういく月目かで、そんなにあたたかい<ruby><rb>湯気</rb><rt>ゆげ</rt></ruby>の立つ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おつけ</span>のおわんを手にしたのでした。ご飯がすむと清造は店に来て、糸目をつけているおやじさんの前にすわっていました。

おやじさんは、下をむいて手を動かしながら、清造にいろいろなことを聞きました。

「ふふん、それでおまえは東京に出て来て、どこにも<ruby><rb>頼</rb><rt>たよ</rt></ruby>る人はないのか。」

と、<ruby><rb>最後</rb><rt>さいご</rt></ruby>に聞かれたとき、

「だれもねえだ。」

と、清造は答えました。そのとき、かれの頭には、けさがた通った町の店の人たちが、せわしそうに<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>くだけで、自分なんかには目もくれなかったことをふと思い出しました。

「東京って、そんな<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>やさしいとこじゃないよ。みんなぶっ<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>しっこをして<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しているんだ。しかし、おまえみたいに帰る家もなくっちゃ<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>っちまう。しかたがない、わしの家も<ruby><rb>当分</rb><rt>とうぶん</rt></ruby>はまだせわしいから<ruby><rb>手伝</rb><rt>てつだ</rt></ruby>っていな。そのうち、どこか<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>にでもいったらいいだろう。」

おやじさんは<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>にいってくれました。

三

清造はその日から、小さな<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>の小僧になりました。おやじさんは親切ないい人でした。夜になって<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">夜なべ仕事</span>などをしているときには、いろいろ<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>のおもしろい話などを聞かせてくれました。そうして、町の中に、こんなに<ruby><rb>電信柱</rb><rt>でんしんばしら</rt></ruby>やなにかが立たなかった<ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>には、東京でも、どんなに大きな<ruby><rb>凧</rb><rt>たこ</rt></ruby>を上げたかを話したりして、

「しかしもう、これから<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>はだめだ。おまえなんかも、なにかいい<ruby><rb>好</rb><rt>す</rt></ruby>きなことを考えた方がいいよ。」

といいました。それを聞くと清造は、いつも悲しくなりました。東京の<ruby><rb>市中</rb><rt>しちゅう</rt></ruby>へ使いにいって、あのものすごい<ruby><rb>雑沓</rb><rt>ざっとう</rt></ruby>に出あうと、かれは自分をどうしていいかわからないのに、この親切なおやじさんと<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れるようになるのがいやだったのです。おかみさんもいい人でした。しかし、<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい暮しをしている人は、時々自分でも思いがけないように腹をたてるものです。おかみさんにもそんな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くせ</span>がありました。清造はかんではき出すような<ruby><rb>小言</rb><rt>こごと</rt></ruby>をいわれると、店の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>で<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>いていました。そういうとき、だまってじっと目をつぶると、いつもあの沼と、沼に<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かぶあわがかならず目に浮かんできました。

お正月がすぎると、<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>では五月ののぼりの<ruby><rb>鯉</rb><rt>こい</rt></ruby>やなにかをつくりはじめました。そうして五月もすむと、<ruby><rb>今度</rb><rt>こんど</rt></ruby>は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うちわ</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せんす</span>をつくりはじめたのです。その<ruby><rb>時分</rb><rt>じぶん</rt></ruby>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うちわ</span>の<ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>には、庭の池に<ruby><rb>築山</rb><rt>つきやま</rt></ruby>があったり、ほたるが飛んでいたりするのがたくさんありました。清造はそういう絵を張っていると、いつでもあの沼のことを思い出しました。そこでかれはじっと目をつぶると、沼にはあわが<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんで来ます。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あし</span>の葉の<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れている時もありました。はすの花の<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いているときもあるし、ほたるの飛んだ<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>もあったし、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上に雪のつもっているときもありました。

あるとき、清造は、<ruby><rb>張</rb><rt>は</rt></ruby>りそこなった<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うちわ</span>の裏に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あし</span>の<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れた沼のおもてに、大きなあわの<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんだ絵をかいてみました。それはまったく、子どものかいた<ruby><rb>無邪気</rb><rt>むじゃき</rt></ruby>な絵でした。けれどもおやじさんはそれを見ると、

「うまい、感心だ。」といって、よろこびました。そうして、「もう一枚かいてみろ。」と、今度は新しい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せんす</span>をくれました。清造はしばらく目をつぶってから、<ruby><rb>青黒</rb><rt>あおぐろ</rt></ruby>くよどんだ水の上に、大きなあわがふたつぽかりと<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんだところをかきました。

「おまえはいまにきっと<ruby><rb>名人</rb><rt>めいじん</rt></ruby>になれる。おれが先生に<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んでやる。」

おやじさんは自分の子のことのように喜びました。そうして、おやじさんの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひいき</span>になっている、えらい絵の先生のところに清造をつれていきました。その先生は<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>に凧を<ruby><rb>張</rb><rt>は</rt></ruby>らせて、自分でそれに絵をかいてやるのを<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみにしている人でした。だから、おやじさんのいうことをすぐに聞いて、自分の<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>にしました。

四

それから十何年かたちました。ある日、清造が石を投げた沼のふちにりっぱな<ruby><rb>青年</rb><rt>せいねん</rt></ruby>が立って、じっと水のおもてをながめていました。青年はやがて石を一つとって投げました。やがて大きなあわがぽかりとひとつ<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かびました。それからつづいて小さなあわがぶくぶくとたちました。しばらくたって青年はまた石を投げました。あわはさっきと同じようにたちました。青年はいうまでもなく清造でした。かれは『沼』という<ruby><rb>題</rb><rt>だい</rt></ruby>の絵を<ruby><rb>展覧会</rb><rt>てんらんかい</rt></ruby>に出して、いちやくして<ruby><rb>有数</rb><rt>ゆうすう</rt></ruby>な<ruby><rb>画家</rb><rt>がか</rt></ruby>となりました。

清造の先生も、<ruby><rb>凧屋</rb><rt>たこや</rt></ruby>の老人もそれをどんなに喜んだことでしたろう。しかし、清造はそのときの喜びより、いまここにこうして来て、沼のおもてに<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんだ昔のとおりのあわを見たときの方が、はるかに強くうれしかったのです。

そこにはかれの父も母もいるし、そうしてかれはなにかしれない力を<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えてくれるものもあるような気がしたからです。（昭３・１）