酒井欽蔵　　　（四十八）

妻　いく　　　（四十五）

娘　加代　　　（二十四）

息子　鉄蔵　　（十八）

娘　美代　　　（十六）

店員　庄市　　（三十）

其他

  


解説　　東京山の手の裏通りに、さゝやかな店を構へてゐる時計商、<ruby><rb>酒井欽蔵</rb><rt>さかゐきんざう</rt></ruby>の一家、物語の中心はこの一家であります。帝都は既に敵機襲来に備へて、警戒管制が敷かれてゐるのです。蒸し暑い真夏の夜のことです。

店先に並んだ大小幾十の時計が一斉に時を刻んでゐる。やがて、オールゴール入りの眼覚し時計が平和なメロデイを奏ではじめる。これは、今、主人欽蔵が店先で修繕をしてゐるのだ。

奥の部屋で

妻いく　　こんな晩に、仕事をする人つてあるか知ら……全く変りもんだよ、お<ruby><rb>父</rb><rt>とつ</rt></ruby>つあんは……。

娘加代　　<ruby><rb>鉄</rb><rt>てつ</rt></ruby>ちやん、もう起しといた方がよかない？　<ruby><rb>若</rb><rt>も</rt></ruby>しか、急に出て行くやうなことがあると、晩御飯も食べないぢや、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>を<ruby><rb>空</rb><rt>す</rt></ruby>かすわよ。

いく　　さあ、お腹もお腹だけど、<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>からあの通り眠つてないんだからね。お握りでもこさへといてやらうよ。

加代　　なんだか元気がなささうなんだもの。いやだわ、あたし。かういふ時は、もつと勇ましさうにしてゝくれなきあ、張合がないぢやないの。

いく　　そこへ行くと、兵隊に行つてただけあつて、<ruby><rb>庄</rb><rt>しやう</rt></ruby>さんなんかきびきびしたもんさ。まるで、お祭へでも出掛けるやうな……。

加代　　さうよ、あれも普通ぢやないけど、鉄ちやんみたいにしてると、人が変に思ふわね。臆病なんだと思はれてよ。

いく　　臆病かね、あれで……。

加代　　ほんとはどうだかわからないわ。十八の子供にしちやあれで、なかなか<ruby><rb>図太</rb><rt>づぶと</rt></ruby>いところがあるんだけど……五円のお小遣ひきりで、北海道を一とまはりして来るなんて、ちよつと出来ない芸当よ。

いく　　（突然、頓狂な声で）あゝ、びつくりした。いやな<ruby><rb>美代</rb><rt>みよ</rt></ruby>ちやんだよ。そんなもの、今頃からくつつけてどうすんの。

娘美代　　（防毒マスクをつけた声で）<ruby><rb>兄</rb><rt>にい</rt></ruby>さんのをちよつと借りたのよ。これをつけて、毒瓦斯の中へ飛び込んで行くんだわ。重いわよ。

いく　　また、兄さんに叱られるから……。

美代　　（マスクを<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>して）ほんとに戦争あるの。嘘見たいでしやうがないわ。お父つあん、だつて、あんな平気な顔してお店に坐つてるぢやないの。

欽蔵　　（はじめて）お美代……。

美代　　なあに？

欽蔵　　鉄蔵を起して来い。

美代　　よく眠てるわよ。

欽蔵　　いゝから起して来い。

時計のねぢを巻く音。オールゴール。

美代が階段を走り上る音。

美代　　兄さん。

鉄蔵　　…………。

美代　　兄さんつたら……。

鉄蔵　　…………。

美代　　可哀さうね。こら、兄さん、起きるのよ。

鉄蔵　　（飛び起きたらしい）

美代　　あら、そんなに<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつく</rt></ruby>りしないだつていゝわ。

鉄蔵　　畜生……。

美代　　お父つあんが起して来いつて云ふんだもの。

鉄蔵　　おやぢ、なにしてるんだ。

美代　　眼覚しを直してるわ。

加代　　（上つて来て）鉄ちやん、眠いでせう。

鉄蔵　　当りめえよ。おやぢ、なんの用があるんだい。

加代　　あんた、あんまり元気がなささうだからよ。心配してるんだわ。きつと。

鉄蔵　　やい、マスクをどうしたんだい、こいつ……入れとけよ。

加代　　お父つあんと喧嘩しちや駄目よ。なに云はれても、ハイハイつて云つてなさい、（間）鉄ちやん、なにぼんやりしてんのよ。

鉄蔵、急に起ち上つて、階段を下りはじめる。

鉄蔵　　お父つあん、なにか用？

欽蔵　　まあ、そこへ坐れ。

鉄蔵　　そんな時計、<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>だつていゝんぢやないか。それより松田さんの懐中、早く頼むつて云はれてるんだぜ。あの人警報班で、時計がないと不自由だらう。

欽蔵　　わかつてる。さつき代りを渡しといたよ。時に、お前からだの具合でも悪いんぢやねえか。

鉄蔵　　どうして？

欽蔵　　浮かねえ顔をしてるからさ。

鉄蔵　　戦争で浮いた顔ができるかい。

欽歳　　出来ないつてのは、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が惜しいからだ。やい、男なら男らしく、腕つ節をみせろ。日本男児は、理窟を云はずに、悦んでお国のために働くんだ。手前は、防護団の一員ぢやねえか。毒瓦斯班といふ大事な役目を云ひつかつてるんだ。葬式へ参列するやうな面をして、そんな任務が勤まると思つてゐるのか。第一、見つともねえぢやねえか。

鉄蔵　　第一、毒瓦斯班なんてものはありやしないよ。防毒班だよ。それから、お父つあんは、僕の面が葬式へ参列するみたいだつて云ふけど、全く、さういふ気がしてるんだ。悲しいやうな、じれつたいやうな、早く云や、面白くもなんともないんだ。

欽蔵　　何が面白くねえんだ。

鉄蔵　　今度の戦争がさ。文明人なら文明人らしい戦争をしたらよささうなもんぢやないか。

欽蔵　　ところが、空中戦なんてえのは、文明が進んだ証拠ぢやねえか。

鉄蔵　　抵抗力のない女子供を、空の上からおどかすなんて、全く、強盗か野蛮人の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>だよ。

欽蔵　　そんなこと云つたつてしやうがねえ。だから、その女子供を、われわれ男が……。

鉄蔵　　（夢中で）僕の声が若し千里先まで聞えるなら「やい貴様達恥を知れ」つて云つてやるよ。

加代　　鉄ちやん、御飯をおあがりよ。

鉄蔵　　なんにも食ひたくないんだ。

加代　　夜中にまた、お腹がすくわよ。交代は十一時なんだから、まだ時間があつてよ。

鉄蔵　　ぢや、<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>ひ<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>めに食つてやらあ。

欽蔵　　敵が攻めて来るからつて、飯が喉へへえらねえやうでどうする。あきれた野郎だ。

沈黙。

波の音に交つて、電話の呼鈴。

「<ruby><rb>小笠原島</rb><rt>をがさはらじま</rt></ruby>東方五キロ、はい聞えます。敵の主力艦隊……はい……航空母艦二隻を有する……はい……千葉監視隊本部へ……はあ……無線電信の故障で……はい……はい、わかりました」

波の音が次第に消えて、再び時計のチクタク。

欽蔵　　戦争が好きだとか嫌ひだとか云つてみたところではじまらねえ。だからよ。どうしても戦争をしなけれやならんと云ふんなら、勝つより<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に道はあるめえ。負けたら最後おれたちや、犬猫同然だ。<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>のやうな、煮えきらねえ男ばかりだつたら、それこそ、勝つ<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>もどうだかわからなくなるぞ。

鉄蔵　　そんなこと云つて、お父つあん、僕たちや、手の出しやうがないぢやないか。爆弾にしろ、毒瓦斯にしろ、相手は喧嘩にならない代物なんだぜ。敵の飛行機は、味方の軍隊がやつつけようとする。それやいゝさ。だけど、僕たちや、地べたの上で、何をしてるんだ。武器を執つて堂々とわたり合ふことも出来ず、たゞ殺されない工夫ばかりしてなきやならないんだ。

欽蔵　　それが<ruby><rb>間違</rb><rt>まちげ</rt></ruby>えだ。<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は、自分のことばかり考へてる。なぜ「殺させない工夫」と云はねえんだ。自分を守るんぢやねえ。<ruby><rb>同胞</rb><rt>きやうだい</rt></ruby>を守るんだ。帝都を守るんだ。日本といふ国を守るんだ。そんなことがわからねえのか。

鉄蔵　　わかりすぎるくらゐわかつてるよ。僕の云ふのは、なんのために働くかといふことぢやない。同じ働くにしても、受身ぢや張合がないと云つてるだけだ。

欽蔵　　なんだ。張合がねえ！

鉄蔵　　言葉は悪るいかも知れないよ。ぢや、なんて云つたらいゝかな。

欽蔵　　なんにもいはないのが一番いゝ。

鉄蔵　　だから、僕は、なんにもいはずにゐたんぢやないか。お父つあんが、余計なことを<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>くからさ。僕は、<ruby><rb>空元気</rb><rt>からげんき</rt></ruby>をつける必要はないんだ。

欽蔵　　みんなが気もちを揃へようと思つたら、ちつたあ、大きな声ぐらゐ出すもんだ。

鉄蔵　　ヨイトマケ、ヨイトマケつてかい。

欽蔵　　畜生、このおれだつて、<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>までも、ぢつとしちやゐねえぞ。防護団の連中に欠員が出来たら、何時でも出掛けてくから、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>さう伝へてくれ。

鉄蔵　　そんなこたあ、云はなくつたつてわかつてるよ。

加代　　食べたくないなんて、随分食べるぢやないの。

美代　　兄さん、お弁当つけて何処へ行くの……。

鉄蔵　　おつ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、<ruby><rb>服部</rb><rt>はつとり</rt></ruby>の息子ね、僕と同じ班なんだぜ。昨日、戦友の<ruby><rb>契</rb><rt>ちぎり</rt></ruby>を結ぼうなんて、レモン・テイイをおごりやがつた。あいつ、センチだからなあ。

美代　　もう、<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたま</rt></ruby><ruby><rb>分</rb><rt>わ</rt></ruby>けてんのね。

いく　　あんな大きなお店でも、息子さんが毒瓦斯の組へはひりなさるのかね。

鉄蔵　　鼻の<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>くやつがとられたんだよ。試験にパスしたんだからしやうがないや。

美代　　あら、どんな試験？

オールゴールの音が次第に消え、波の音がだんだん高く聞え出す。犬吠崎附近の海岸監視哨。波の音。

Ａ　　来たぞ、来たぞ。

Ｂ　　待て、落着いて聴け。

Ｃ　　距離は？

Ａ　　確かにさうだ。ちよつと、<ruby><rb>測</rb><rt>はか</rt></ruby>つてくれ。

Ｂ　　懐中電燈を見せろ。

Ｃ　　おい、伝令。

電話の呼鈴。

声　　銚子第二監視哨報告……午後八時五十分、東北二千五百、重爆三機、高度三千、海岸に沿ひ南進す。

電話の呼鈴。

別の声　　<ruby><rb>東金</rb><rt>とうがね</rt></ruby>防空監視隊本部報告……午後八時五十二分、<ruby><rb>鳴浜</rb><rt>なるはま</rt></ruby>東方三千、重爆三機、高度二千五百、九十九里海岸に沿ひ南進…………。

電話の呼鈴。

別の声　　関東防衛司令部ですか。こちらは、千葉監視隊本部です。

電話の呼鈴……（前の文句に重つて）

防衛司令部

Ａ別の声　　警報係！　非常燈火管制……。

Ｂ別の声　　こちらは防衛司令部です。司令官命令、各部隊は戦闘配備に就け。

Ｃ別の声　　飛行隊は<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに出動せよ。

Ｄ別の声　　消防、防毒機関、直ちに警戒配備につけ。

これに重ねて、遥かに砲声。砲声が消えると、もとの、時計のチクタク。

加代　　あゝ、さうさう、さつきお父つあんの留守に、あの<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>が、ほら、予備の少将つて方がいらしつたわ。時計はまだ出来ないかつて……庄さんもゐないし、あたしぢやわからなかつたの。

欽蔵　　ありや、ヒゲが錆びてたから取替へたんだ。今時間の調節をしてゐるとこなんだが、二三日待つて貰ふよりしやうがねえ。畜生、手がふるへてやがら。敵の飛行機なんかちつとも怖かねえが、どうも、空襲つてものにや慣れてねえからなあ。

急にサイレンの音。

美代　　あ、電気が消えたわ……。

加代　　ぢつとしといで。

いく　　また<ruby><rb>点</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。なんだい、あのサイレンは……。

美代　　来たんだわ。飛行機が来たんだわ。

いく　　ちよいと、あんた……ほんたうですか。

欽蔵　　静かにしろ。雨戸はしめたか。

加代　　二階の電気。

サイレンの音に交つて、（空襲、空襲）とさけぶ警報班員の声。

某地点にある照空隊長の号令。

<ruby><rb>定位</rb><rt>ていゐ</rt></ruby>に就け。

目標、東方上空の爆音。

航速四十。

運転始め。

<ruby><rb>照射</rb><rt>せうしや</rt></ruby>用意。

照空隊分隊長の号令。

Ａ　　第一分隊<ruby><rb>聴音</rb><rt>ちやうおん</rt></ruby>よし。

Ｂ　　第二分隊聴音よし。

Ｃ　　航速四十。

Ａ　　運転始め。

（発電自動車の<ruby><rb>機関</rb><rt>エンジン</rt></ruby>の音）

Ａ　　照射用意、送電。第一分隊<ruby><rb>点燈</rb><rt>てんとう</rt></ruby>よし。

Ｂ　　第二分隊点燈よし。

照空隊長の号令。

統一<ruby><rb>照射</rb><rt>せうしや</rt></ruby>。

十秒照射始め。

用意、<ruby><rb>測</rb><rt>はか</rt></ruby>れ。

照空隊分隊長の号令。

Ａ　　統一照射、十秒照射始め。

Ｂ　　用意、測れ。

Ｃ　　<ruby><rb>零</rb><rt>れい</rt></ruby>五二、四三（射手の報告）

Ａ　　照射。

照空隊長の号令。

目標発見。

目標追随。

聴音機は東方上空を警戒せよ。

高射砲隊長の号令。

目標、東方上空の<ruby><rb>射光内</rb><rt>しやくわうない</rt></ruby>の重爆。

高度千二百。

始め。

航速十秒。

航路<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>五百。

五発。

（砲声続いて五発）弾丸を装填する音。発射。弾丸の空気を裂く音。爆裂する音。薬莢の落ちる音。飛行機の爆音。機関銃の音（空中戦に於ける）やがて凄じい爆弾の音。悲鳴。その余韻に続いて、再び、時計のチクタク。

欽蔵　　出掛けるか。よし、しつかり頼むぞ。

鉄蔵　　<ruby><rb>姉</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さん、水筒……。

加代　　気をつけてね。

美代　　<ruby><rb>兄</rb><rt>にい</rt></ruby>さん……。（泣声になる）

また、爆弾の音、続いて二つ。

美代　　お<ruby><rb>父</rb><rt>とつ</rt></ruby>つあん……。

欽蔵　　大丈夫、大丈夫……。

爆弾、砲声、機関銃、プロペラの音、しばらく<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>まず。あちこちに、悲鳴が聞える。警報班員及び交通班員の声。

警報班員Ａ　　なるべく家の外に出ないで下さい。

交通班員　　避難者は道路の右側をあけて下さい。

消防自動車のサイレン。呼子、拍子木。

Ｂ　　第二小学校附近に毒瓦斯弾を投下しました。防毒マスクを用意して下さい。

Ｃ　　この辺は<ruby><rb>風下</rb><rt>かざしも</rt></ruby>ですから、急いでマスクをつけて下さい。

Ａ　　早く用意をして下さい。

避難する群集の騒音。

加代　　鉄ちやんの組が行くんだわ。

いく　　防毒班つていへばさうだね。あのマスクをしてゐれば、大丈夫なんだらう。

欽蔵　　鉄のことはどうでもいゝ。早く、お前たち、マスクをかけろ。糊刷毛は何処へやつた。

表の戸をたゝく音。

欽蔵　　なんですか。

声　　旦那、わたしです。<ruby><rb>庄市</rb><rt>しやういち</rt></ruby>です。

欽蔵　　あゝ、庄さんか、どうしたい？

庄市　　どうも、この辺は危いですよ。避難した方がよささうです。猛烈な毒瓦斯らしいです。普通のマスクぢや、駄目と見えて、ばた〱やられます。

欽蔵　　何処へ避難するんだい？

庄市　　ですから、わたしが御案内します。早く、みなさん出て下さい。

群集の叫び声、砲声に交つて、愈々はげしくなる。

欽蔵　　やめたよ、庄さん、おれたちは動くまい。行つた先でまたやられやおんなじこつた。それより、救護班の方は忙がしかないかね。

庄市　　あゝ、忙がしいには忙しいやうですが、救護班も今、避難準備をしてゐるところです。なにしろ、一度にどつとやつて来たもんですから……。

欽蔵　　よし、おれはそつちへ行くよ。<ruby><rb>旭市場</rb><rt>あさひいちば</rt></ruby>だつたね、救護所は……いゝから、君はほかを廻れ。おい、お加代、あとを頼むぞ。

加代　　お父つあん、あんたみたいな半病人が行つたつて、なんにもならないわよ。

欽蔵　　馬鹿<ruby><rb>吐</rb><rt>ぬ</rt></ruby>かせ。子供をおぶふぐらゐのこたあ、おれにだつて出来ら。

加代　　<ruby><rb>人手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>が足りなけれや、予備班つていふのがあるんだから、お父つあんなんか行つたつて、追ひ返されるだけよ。

直ぐ近くに、爆音。美代をはじめ、女共のけたゝましい悲鳴。

庄市　　あ、飛行機が落ちた。

欽蔵　　敵のか。

庄市　　さあ……あゝ、燃える、燃える。こりやいけない。

加代　　どこ？　どこ？

しばらく、砲声と、プロペラの爆音。群集のどよめき、電話の呼鈴。

声　　防衛司令部参謀です。敵機主力は千葉方面に一部は東京湾に向つて退却。友軍戦闘機は、これを急追中であります。は？　いえ、まだ、そつちの方面からは情報が上がりません。は？　あゝ、さうですか、敵の航空母艦、艦名はわかりませんか。それや御目出度う。いえ、大したことはありません。

電話の呼鈴。

声　　<ruby><rb>下田</rb><rt>しもだ</rt></ruby>監視哨報告。三十機以上より成る敵の爆撃機編隊はその先頭を以て、只今、<ruby><rb>大島</rb><rt>おほしま</rt></ruby>南端上空を北進中。高度三千。

電話の呼鈴。

別の声　　海軍飛行隊の一部は直ちに出動、大島の上空に於てこれを邀撃せんとす。

電話の呼鈴。やがて、底鳴りのやうなどよめきの中に、時計のチクタク。警報班員の声。

Ａ　　敵機は退却しました。しかし、まだ油断はできません。非常管制を継続します。

Ｂ　　救護所の手は揃ひました。却つて混雑を出しますから、もうどなたも手伝ひを御遠慮下さい。

Ｃ　　毒瓦斯は空気より重いのですから、縁の下へ逃げ込まないで下さい。臭ひがしたら、取りあへず、濡れ手拭で鼻をおさへて下さい。

欽蔵　　それみろ、なんでもありやしない。万事早く片づくところはえれえもんだ。おい、かうして、もしやうがねえ。仕事台をこつちへ持つて来るから、お加代、ちよつと手を貸してくれ。

いく　　こんな<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>りで。あんた……。

欽蔵　　黙つてろ。駄目だよ、そつちをそんなに持ち上げちや……ほら、ピンセツトがおつこちた。どつこいしよつと……坐蒲団をよこせ。こら、お前たちも、うろうろしてないで、針仕事でもしろ。

いく　　<ruby><rb>戯談</rb><rt>じようだん</rt></ruby>ぢやありませんよ。ほんとに、そんな呑気な真似してゝいゝんですか。

加代　　いゝぢやないの、お父つあんはお父つあんで、したいことをさせといてあげたら……あゝしてないと、気が落ちつかないのよ。

美代　　あたし、御不浄へ行つてもいゝか知ら……。

加代　　いけないわよ。

いく　　馬鹿だねえ。さつさと行つといで。明りを<ruby><rb>点</rb><rt>つ</rt></ruby>けつぱなしにしちや駄目だよ。

欽蔵は、また<ruby><rb>眼覚</rb><rt>めざまし</rt></ruby>の修繕にかゝつたらしい。ねぢを巻く音。やがて、例のオールゴールのメロデイ。

いく　　鉄ちやんはどうしてゐるだらうね。

加代　　<ruby><rb>人並</rb><rt>ひとなみ</rt></ruby>のことはするわよ。

いく　　どういふもんだろね。息子が戦争に出る時、母親はこんなぢやいけないと思ふんだけれど、やつぱり、普通の気になり方と違ふんだから……。

加代　　だつて、おつ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、鉄ちやんばかりが危い目に会ふんぢやないわよ。あたしたちも戦争の<ruby><rb>真中</rb><rt>まんなか</rt></ruby>にゐるのよ。

いく　　それやさうだけどもさ。あの子は、毒瓦斯の中へはひつて行くんだつていふぢやないか。それに、なんといつても<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の中とは違ふからね。

欽蔵　　うるせえな、そんなお袋だから、鉄みたいな愚図々々ができちまふんだ。

いく　　それや、あたしだつて、あの子の前でこんな事云やしませんよ。

欽蔵　　思つてることは顔色に出る。

いく　　思つてることだつて、それが全部ぢやありませんからね。あの子が立派な働きをしてくれゝばいゝ、さうも思つてるんですよ。

欽蔵　　立派な働きをして……まあ、どうでもいいや、そんなこたあ……おい、お加代、表の戸棚へはひつてる<ruby><rb>油砥石</rb><rt>あぶらといし</rt></ruby>を持つて来てくれ。それと、<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に、<ruby><rb>機械止</rb><rt>きかいどめ</rt></ruby>の<ruby><rb>捻廻</rb><rt>ねぢまは</rt></ruby>し……。

加代　　表ぢや、まだ人が騒いでるわよ。いやだ、誰か大きな声で泣いてるわ。

その泣声が次第に聞えて来ると、それがまた、だん〱遠ざかる、救護所である。様々な声。うめき声。

男Ａ　　重症患者は、向うのテントへ運んで下さい。

男Ｂ　　もつと担架を持つて来なくつちや駄目だぜ。

女甲　　今、先生が見えますから、少し我慢なすつて下さい。

女乙　　あら、困るわ。今こゝへ置いた繃帯、誰が持つてつたの。

女丙　　ちよつと、オキシフル、もうないぢやないの。

女甲　　先生、先生、この<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>を早く診てあげて下さい。

女丁　　いけません。勝手におはひりになつてはいけません。あとでお会はせします。治療の邪魔になりますから、一切面会は禁じることになつてゐます。

患者　　あ痛い、痛い、痛い……あゝ、苦しい。

その声がかすかに消えると、けたゝましい電話の呼鈴。

声　　<ruby><rb>大磯</rb><rt>おほいそ</rt></ruby>監視哨報告、三機より成る敵の軽爆撃隊は驚くべき快速力を以て、大磯上空を通過せり。高度二千、北進。北進。

防衛司令部参謀の声　　おい通信手、横浜地区司令部へ接続。

遥かに機関砲の音。やがてサイレン。

高射砲隊長Ｂ　　目標、西方上空の射光内の軽爆。

プロペラの爆音。

「高度二千」

「始め」

「航速十五秒」

「航路角六百」

「六発」

（砲声六発）

喊声とも悲鳴ともつかぬどよめき。

防護団分団本部員Ａ　　毒瓦斯弾無数に投下さる。警戒せよ。

Ｂ　　防毒班、防毒班。

Ｃ　　第一班、出動準備。

Ｄ　　第二班、準備。

Ｅ　　第三班。

Ｆ　　<ruby><rb>旭市場</rb><rt>あさひいちば</rt></ruby>の附近だ。救護所だ。

その声の上にかぶさつて呼子拍子木。機関砲の音。

救護班員Ｃ　　患者を運び出せ。

Ｄ　　風の方向は？

Ｅ　　東南…………。

Ｄ　　ようし、避難所は<ruby><rb>佐竹子爵</rb><rt>さたけししやく</rt></ruby>の邸内。

Ｃ　　慌てるな、慌てるな。

Ｆ　　防毒班はまだ来ないか。

Ｃ　　救護班の予備班徴集。

女甲　　さ、しつかりつかまつて下さい。

Ｄ　　担架々々。

Ｅ　　軽症患者は歩かせろ。

女患者Ｂ　　とても駄目だわ。もう<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>が、あゝとても苦しいわ。

Ｄ　　しつかり、しつかり。

Ｅ　　眼をやられるぞ。

女患者Ｄ　　早く連れてつて下さあい。子供を子供を……。

その声がかすかに消えると、それにかぶせてかすかな砲声、時計のチクタク、オールゴール。

加代　　美代ちやん……ちよつとこゝしばつて……あゝ<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>が面倒臭いなあ。お父つあん、今度こそは、こゝにゐちや駄目よ。

欽蔵　　やかましい奴だなあ、さつきも庄市がさう云ひに来たぢやないか。消毒薬がとてもよく効いて、こんなことなら毒瓦斯はちつとも怖くないつて……第一、まだ臭ひもなんにもしやしないぢやないか。軍隊は強いし、防護団の諸君はなか〱訓練が行届いてるし、われわれ非戦闘員はなるだけぢつとしてゐて、お互にぶざまなところを見せ合はない方がいゝんだ。その代り、いざ手がいるとなつたら、どんなことでも引受けるさ。

いく　　なんだい、あの騒々しい音は……。

警報班員の声。

Ａ　　只今、旭市場前に毒瓦斯弾が落ちましたが、この辺は避難の必要ありません。救護班の第一予備員の方は、至急マスクをつけて、旭市場救護所へお集り願ひます。

いく　　加代ちやんの番かい。

加代　　あたしは第二よ。

瞥報班員の別の声。

Ｂ　　救護班第二予備員の方は、至急佐竹子爵邸仮救護所へお集り下さい。

加代　　第二ですか。

Ｂ　　さうです、佐竹子爵邸ですよ。

加代　　はい、わかりました。きつと救護所の引越しだわ。

いく　　<ruby><rb>足袋</rb><rt>たび</rt></ruby>をはいといでよ。

美代　　<ruby><rb>姉</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さん…………。

加代　　行つて参りまあす。

欽蔵　　さう〱、さう<ruby><rb>来</rb><rt>こ</rt></ruby>なくつちや。

戸の開く音。<ruby><rb>戸外</rb><rt>そと</rt></ruby>のどよめきが流れる中を、<ruby><rb>草履</rb><rt>ざうり</rt></ruby>の音を高く、加代は走り出す。

消毒液を撒布する音。

防毒班Ａ　　やあ、まだこの辺は臭いぞ、みんな来てくれ。

Ｂ　　家の中が大変だ。

Ｃ　　逃げ遅れたものはゐないか。

Ｄ　　おい、酒井君、何処へ行くんだ。

鉄蔵　　君達、その辺を頼むぜ。まだ奥の方が残つてるから、僕ちよつと行つて見てくらあ。

酒井鉄蔵は、かうして、ある長屋の路地へ進入して行く。

鉄蔵　　おや、誰か倒れてるぞ。もし〱、どうしたんです。<ruby><rb>小母</rb><rt>をば</rt></ruby>さん、マスクはないんですか。早く逃げなきや駄目ですよ。弱つたな。もう起てないんだね。待ち給へ、おゝい、救護班……救護班来てくれ。苦しいの。さう〱、喉が苦しい。ぢや、しかたがない。僕のマスクを貸してあげよう。さ、その代り大急ぎだ。フウ……フ……いゝですか、しつかりおぶさつて下さい……（咳入る）……うむ。……

鉄蔵は、老婆を負ぶつたまゝ、その場に倒れる。

Ａ　　今、誰か呼んでたやうだぜ……こんなところは、いゝ加減にしとかうよ。酒井君はどうしたんだい。しやうがないなあ、一人で行つちまつちや……おゝい、酒井君……鉄蔵君……。

高射砲の音、遥かに……やがて、遠くで（万歳）といふ歓声。

ＢＣ　　酒井君……鉄蔵君……。

女の声（無論加代である）

加代　　あなた、<ruby><rb>服部</rb><rt>はつとり</rt></ruby>さんのお子息さんでしたね。鉄蔵がどうかいたしましたんですか。

Ａ　　暗くなつてよくわからないんですが、探してるんです。たつた今、一緒にゐたんですけど、なんでも、この奥へ入つて行つたらしいんです。駄目ですよ、まだ毒瓦斯が残つてゐますから……。

Ｂ　　お待ちなさい。今、消毒薬を撒きますから……。

機関銃の音。続いてまた（万歳）といふ声。

加代　　あの黒いのはなんでせう？

Ａ　　懐中電燈をつけませう。

加代　　あ、鉄ちやん……鉄蔵ですわ。鉄ちやん……どうしたの……こんなとこで……。

Ｂ　　無茶だ、こいつ、マスクを脱ぐなんて……。

Ｃ　　酒井君……（半ば憤り）このお婆さんは一体、だれだい？

加代　　鉄ちやん、あんたは、この人を助けようと思つて……。

機関銃の音、ひとしきり。やがて、この音に交つて、電話の呼鈴。

もし、もし、こちらは大島監視哨であります。わが海軍飛行隊は、敵機十数機を射落し（電話の呼鈴）残余十三機は一斉に白旗を掲げたるにより、（電話の呼鈴）これを<ruby><rb>波浮</rb><rt>はぶ</rt></ruby>港外に誘導着水せしめたり。終り。

この報告は二度、電話の呼鈴で遮られ、次第に低く聞える。これに代つて、時計のチクタクがはつきり聞えて来る。

欽蔵　　どうも御苦労様でした。加代は、すると一緒に救護所の方へ行つて居りますんですな。

防毒班Ａ　　えゝ、あちらへは、どなたもおいでにならないやうにつていふ<ruby><rb>御言伝</rb><rt>おことづて</rt></ruby>でした。

欽蔵　　駄目ときまつたなら、遺骸はすぐにこちらへ、引取らしていたゞけませうか。

Ａ声　　さあ、僕にはよくわかりませんが……その事だけなら、お伝へして置きませう。

欽蔵　　何分よろしく。

戸を閉める音。

美代　　お<ruby><rb>父</rb><rt>とつ</rt></ruby>つあん。

欽蔵　　馬鹿野郎！　その<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>はなんだ。今は戦争ぢやねえか。貴様たちは、大体、生きてゐてなんになるんだ。かういふ時は、死ぬのが当り前ぢやねえか。畏れ多い事だが、<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby><ruby><rb>御</rb><rt>ご</rt></ruby>一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>に<ruby><rb>御障</rb><rt>おさは</rt></ruby>りさへなければ、日本国中、誰一人、死んぢやならねえといふ人間はねえんだ。畜生め、承知しねえぞ。

欽蔵は、やけに時計のねぢを捲く。戸の開く昔。人声。

加代　　お父つあん。鉄ちやんを、連れて来ましたよ。おつ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、蒲団を敷いてやつて下さい。

沈黙。時計のチクタク。

遠くで万歳といふ声。電話の呼鈴。

<ruby><rb>東金</rb><rt>とうがね</rt></ruby>監視隊本部報告。両翼を大破せる敵重爆一機、只今、九十九里海岸<ruby><rb>片貝</rb><rt>かたがひ</rt></ruby>町の海上に不時着。直ちに、その乗組員四名を捕虜とす。なほ、他の一機は、同町二千米の沖合に墜落せるものゝ如く、捜索の結果、遂に機影を発見せず。

時計のチクタク。

欽蔵　　白いきれはないか。

加代　　今ガーゼを出します。おつ母さん、<ruby><rb>金盥</rb><rt>かなだらひ</rt></ruby>に水をくんで来て頂戴。それから美代ちやん、二階の机の上の花瓶から<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききやう</rt></ruby>の花を二つぬいて来て……<ruby><rb>萎</rb><rt>しを</rt></ruby>れてないのをね。

近所からのラヂオが聞え出す。

ＪＯＡＫ……こちらは東京放送局であります。只今から、東京防衛司令部発表のニュースを放送いたします……<ruby><rb>今夕</rb><rt>こんゆふ</rt></ruby>、八月八日午後八時五十五分、同じく九時二十分の二回に亙り、帝国の領土上空を襲ひたる敵機は、総数合せて三十六機、疾風暗黒の夜に乗じて<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>に我が攻撃を避け、遂にその数機は、帝都中心圏内に侵入して、若干の損害を与へたるも、天佑、海陸皇軍の作戦を利あらしめ、市民並に隣接諸県官民の沈着剛毅、よく非常防空の<ruby><rb>実</rb><rt>じつ</rt></ruby>を挙げ、<ruby><rb>茲</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に、第一回空襲の敵機を文字通り撃滅し得たり……。

この放送の終らない中に、軍楽隊は荘厳勇壮な君ヶ代マーチ（或いは『海行かば』）が吹奏される。

庄市がかけ込んで来る。

庄市　　旦那、どうもとんだことで……たつた今、救護所でその話を聞いたんです。

欽蔵　　うむ、聞いたか。

庄市　　えらい評判です。

加代　　あたしが見つけたのよ。

庄市　　さうですつてね。あ、あの婆さんは、助かつてますよ。

万歳、万歳。

欽蔵　　（『万歳』といふ声に耳をすまし）やい、鉄蔵、あの『万歳』が聞えるか。あの楽隊が聞えるか。

急に、いくが声をあげて泣き出す。美代も、これにつれて泣く。

庄市　　お<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さん、泣くつて法はないや。名誉の戦死でさあ。

欽蔵　　なに、かまふこたあねえ、泣きてえものは泣け〱。けちな涙たあ、わけがちがはあ。おい、お加代、祝盃だ。<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>でいゝから、一本持つて来い。（胸が一つぱいだといふことがわかる）

マーチ、万歳の声。