人物

押川　進　　三十一

妻なる子　　二十四

持山六郎　　三十二

妻なぞえ　　二十五

陽々軒女将　三十五

摺沢　　　　六十

紙屋　　　　二十五

印刷屋　　　十八

製本屋　　　四十五

彦　　　　　十六

場所

東京の裏街の二階家。電話もない小出版社、北極書院の事務所兼住宅。階下は玄関とも三間で、中央の八畳に、テーブルを二つ並べ、これが主人押川進の事務を取るところ。部屋の周囲には、堆高き書籍の山。

  


## 一

押川進がテーブルに倚つて、<ruby><rb>切</rb><rt>しき</rt></ruby>りに帳簿を調べてゐる。

なる子が左手からはひつて来る。

なる子　　お酒屋だけなんとかならないでせうか。

押川　　ならないね。

なる子　　半分だけでいゝわ。

押川　　駄目だ。

なる子　　四十円なにがしよ。

押川　　問題はなにがしにあるんぢやない。一銭も、そつちいは出せないよ。

なる子、黙つて去る。

押川、口笛を吹きはじめる。が、算盤の手は休めずに、時々、厳粛な顔をして、帳簿をのぞき込む。

玄関の格子が開く。紙屋である。

押川　　あ、今、電話をかけようと思つてたんだ。もう少し<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にしてくれないか。

紙屋　　何時頃ならよろしいでせう。

押川　　さあ、その時間になつてみないとわからないが、まあ、十二時過ぎとしといてみてくれ。

紙屋　　それや困りますなあ。

押川　　困る！　ぢや、きつかりでもいゝや。

紙屋　　間違ひなく頂けませうか。

押川　　そんなことを訊いてどうするんだ、君、そこは信用ぢやないか。

紙屋　　その信用が、どうもね。

押川　　ぢや、仕方がない。結果を見よう。今ちよつと<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しいから、またゆつくり……（算盤を置きはじめる）

紙屋　　（出て行きながら）なんべんも無駄足をさせないで下さいよ。

やがてまた、なる子が、通帳をもつて現はれる。

なる子　　ねえ、あなた、この分ですけどね、十円だけ入れといてやりませうよ。

押川　　なんだ、肴屋か。何処も公平に行かうぢやないか。今年は総て延期だ。ゐるのかい。

なる子　　えゝ。なんとかしてくれつて云ふの。

押川　　そつちでどうかしろつて云へ。

なる子　　小さな店なんだから、可哀想だわ。

押川　　向うでもさう云つてるだらう。いゝから、追つ払つた、追つ払つた。

なる子、引退る。

入れ代りに、玄関が開く。印刷屋である。

押川　　あ、今、電話をかけようと思つてたんだ。もう少し<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にしてくれ給へ。

印刷屋　　後つたつて、もう日が暮れちまひますぜ。

押川　　なんだい、それや。日暮れて路遠しの<ruby><rb>洒落</rb><rt>しやれ</rt></ruby>か。君んところなんか、まだ近い方だぜ。品川から三度もやつて来た人がゐるよ。

印刷屋　　<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>がありやまだいゝですよ。こつちは、あんたのとこだけですから、この方面ぢや……。

押川　　勉強が足りないからさ。また、どつか紹介するよ。その代り、もう<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>待ち給へ。

印刷屋　　<ruby><rb>戯談</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>云つちやいけない。今度つていふ今度は、大将が承知しませんよ。

押川　　さうかなあ。さうでもあるまい。ぢや、兎に角、十二時前後に来て見てくれ給へ。都合によつちや、なんとかするから……。

印刷屋　　大丈夫ですか。

押川　　僕に僕の保証をさせるのかい。知らないよ。おい、今少し、忙しいんだ。話は後からにしてくれ。（仕事にかゝる）

印刷屋　　（帰りかけて）ちえツ、しやうがねえなあ……。

押川は、また口笛を吹き、今度は、算盤を投げ出して、煙草に火をつける。

なる子がはひつて来る。

なる子　　困つちやつたわ。あたし、すつかり忘れてたの。

押川　　丁度いゝぢやないか。

なる子　　（書付を出し）これよ、ほら……。

押川　　なんだ、向うで覚えてるのか。

なる子　　先月、あんたが脳貧血を起した、あん時のよ。

押川　　往診弐円、注射壱円、頓服散薬五拾銭……。

なる子　　看護婦さんが来てるのよ。

押川　　<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>ほど伺ひますつて……。

なる子　　また来やしないでせうね。

押川　　おい、そつちはそつちで、引受けるつて約束だらう。いちいち相談に来るなよ。

なる子、引込む。

玄関が開く。今度は、製本屋である。

押川　　やあ、失敬々々、今電話をかけようと思つたんだ。済まないが、今夜出来るだけ遅く出直して来て貰ひたいんだがなあ。

製本屋　　弱つたなあ。

押川　　もう、<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>はないの。

製本屋　　なに、<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>がなくつたつて、来るにや来ますが、一体、出来るんですか、出来ないんですか。

押川　　はつきり云へつて云ふのかい。

製本屋　　えゝ。

押川　　出来さうもないよ。

製本屋　　ぢや、どうするんです。

押川　　さあ、どうしたもんだらうね。

製本屋　　話を<ruby><rb>決</rb><rt>き</rt></ruby>めて頂きたいんですがね。

押川　　と、云ふと？

製本屋　　あんたの方で、さう出て来るなら、こつちにも考へがあるつてことさ。

押川　　<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しなことを云ふね。僕の方で、どう出たね。<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>に相談してるんぢやないか。君も製本屋だ。さうだらう。本屋が困つてれば、君も困るのは当り前ぢやないか。そこをなんとか切り抜けるのには、お互、智慧を<ruby><rb>藉</rb><rt>か</rt></ruby>し合はなけれやならない。君の智慧を<ruby><rb>藉</rb><rt>か</rt></ruby>りようつていふんぢやないか。わからないかい。

製本屋　　わかつてますよ。たゞ、そんな智慧は、こちとらにやねえからしやうがねえ。

押川　　ない。そいぢや、僕が<ruby><rb>藉</rb><rt>か</rt></ruby>さう。君のところは、僕のとこより、<ruby><rb>楽</rb><rt>らく</rt></ruby>だ。

製本屋　　<ruby><rb>巫山戯</rb><rt>ふざけ</rt></ruby>ちやいけねえ。

押川　　どうして？　君のところは、方々へ払ひを<ruby><rb>五月</rb><rt>いつつき</rt></ruby>も溜めてるかい。貧乏臭い話はしたくないが、まあ勝手へ廻つて帳面を見て来給へ。

製本屋　　そんなことをしなくつたつて、大抵わかつてるがね。

押川　　有難う。ぢや、なんにも云はずに、待つてくれ給へ。

製本屋　　今日はどうしても駄目かね。

押川　　さあ、それが、まだわからないんだ。集金の都合が、どうなるか……。

製本屋　　なにしろ、こつちも苦しいんだから、ぢや、かうしませう。今夜遅く、もう一度寄つてみるからね、出来るだけ入れておくんなさい。

押川　　よろしい。ぢや、失敬。

製本屋、去る。

押川、起ち上つて、部屋中を歩きまはる。時々、積み上げた本を、あれこれと抜き取つて、ぱらぱらと頁を繰りなどする。

なる子がはひつて来る。

押川　　（本を一冊、妻の方に差出し）いゝね、この装幀は……。ナンセンス物には惜しいくらゐだ。

なる子　　さうよ、初めからどれもみんな御自分でなさればよかつたんだわ。

押川　　<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>な絵かきなんかに頼むよりね。

なる子　　<ruby><rb>品</rb><rt>ひん</rt></ruby>がいゝわ、第一……。

押川　　品がね。それより、目につき易いだらう、並べてあつてさ。適度に刺戟的だ。

なる子　　ぱツとしたところがあるわね。

押川　　「知識の花弁」といふところだ。

なる子　　持山さん、まだ御覧にならないんでせう。

押川　　あいつは、装帳なんかどうでもいゝんだよ。てんで趣味はないらしい。珍しい男さ。第一、自分の本を、手元に一冊も置いてないなんて、あきれるよ。

なる子　　売つておしまひになるんでせう。

押川　　さうさ。古本屋へ行つて、かう云ふんだとさ――「この本は、まだ出たてだが、五割引ならいゝだらう」つて……。

なる子　　聞いたわ、その話……。すると、亭主が、「この著者のもんでは、どうも」つて云ふんでせう。

押川　　その話を聞いて、おれもうつかり笑つたけど、実際、笑ひごとぢやないよ。

なる子　　それはさうと、まだ買物が少しあるんだけど……。

押川　　来年のことにしろよ。

なる子　　二三円でいゝの。

押川　　今、すつからかんだつて云つてるぢやないか。彦の奴、一旦帰つて来りやいゝのに……。

なる子　　あゝあ、くたびれた。

押川　　同感だ。しかし、もうお前の方の<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>はついたのかい。

なる子　　ついたやうなもんだわ。

押川　　それぢやよし。もう別に用がないなら、夜店でもひやかして来い。

なる子　　あなたの方はまだなの。

押川　　これからだ。

なる子　　しつかりおやんなさい。どれ、こつちはあたしがゐても仕様がないから、お<ruby><rb>炬燵</rb><rt>こた</rt></ruby>にでもはひつてくるわ。

押川　　<ruby><rb>風邪</rb><rt>かぜ</rt></ruby>を引くなよ。

なる子　　大丈夫、蒲団を着てるから。

押川　　なんだ、もう寝るのか。

なる子　　いけない？

押川　　いゝとも、いゝとも。ゆつくりお<ruby><rb>寝</rb><rt>やす</rt></ruby>み。

なる子　　ぢや、除夜の鐘が鳴つたら起してね。七輪にお湯が沸いててよ。

なる子去る。

押川はテーブルにつき、また帳簿を繰りはじめる。

やがて、玄関が開き、持山六郎がはひつて来る。

持山　　まだ仕事かい。

押川　　うん。まあ上れ。

持山　　なかなか寒い。

押川　　あゝ、寒い。

持山　　（椅子に掛けながら）静かだね。

押川　　（相変らず帳簿の上に目を落し）あゝ。

持山　　どうだい、景気は。

押川　　大したこともない。（間）本が出たよ。

持山　　本？　どの本？

押川　　<ruby><rb>呑気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な奴だなあ。「蛇の足」さ。

持山　　あゝ、俺のか。ちつたあ売れるかい。

押川　　<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>てるなよ。やつと配本を済ましたばかりだ。

持山　　十冊ばかり持つてくぜ。

押川　　待てよ。今、古本に出されちや困るよ。

持山　　細君は？

押川　　二階だ。

持山　　余裕綽々ぢやないか。

押川　　ふん。ざつとね。実は、ぐたぐたになつて寝てるんだ。

持山　　ほう。これはまた、しほらしいね。といふのが、僕のところぢや、かういふわけなんだ……。

押川　　ちよつと……。今、こいつを済ましちまふから。

持山　　（手持無沙汰さうに、煙草を出して、火を点ける）

押川　　（算盤を弾く。やがて）これでよしと……。（急に調子を更へて）いよいよ今年も終りだね。

持山　　（面喰つて）あゝ、終りだ。よく出来たもんだ。

押川　　几帳面にね。（間）ところで、ちよつと、一時間ばかり、出かけて来なきやならないんだが、君、さし支へがなかつたら、留守を頼みたいんだがな。

持山　　いゝよ。君さへさし支へなければ。

押川　　（咄嗟に呑みこめず）うん、ぢや、頼む。茶が欲しかつたら、台所に湯が沸いてるから。

持山　　もうお客さんはないかね。

押川　　それが、あると思ふがね。よろしくやつといてくれ。

持山がきよとんとして、後を見送つてゐる間に、押川は玄関で二重廻しを着、帽子を持つたまゝ、外へ出る。

持山　　おい、それでなにかい……。

押川の姿は、見えなくなる。

とりのこされて、持山六郎は、はじめて責任の重大なるを感じたるが如く、腰を浮かせて、あたりを見廻してゐる。

## 二

持山六郎が、主人然とテーブルに就き、陽々軒の女将が、火鉢の傍に椅子を引き寄せて、背中を丸めてゐる。

持山　　偶然つていふものは、妙なもんですね。僕が降りる、向うが乗るさ、電車にですよ。こつちで気がつかなけれや、それまでぢやありませんか。「おい、どこへ行くんだ」と声をかけると、<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>さん、ちよつと驚いたには驚いたらしいがね。<ruby><rb>洒々</rb><rt>しやあ〱</rt></ruby>とかうぬかすぢやありませんか――「こんな晩に、あたしひとりでうちにゐられますか」……。もつともな話だから、僕も亦、ふらふらと、電車に乗り込んだわけです。こんな晩に、僕だつて、ひとりでうちにゐたくありませんからね。（そこで、<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>が何か云はうとする）いや、そのことなら、もう分りましたよ。<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>は、黙つて帰り給へ。

女将　　でも、ほんとに、あなたは押川さんとどういふ御関係なんです？

持山　　どういふ関係に見えますね？

女将　　このお店にいらつしやる<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>ぢやないでせう。

持山　　僕は店員といふわけぢやないが、まあ、それに類したものです。此処に積んである本は、<ruby><rb>大方</rb><rt>おほかた</rt></ruby>僕が書いたの。

女将　　あら、さうですか。ぢや、先生ですね。

持山　　同時に、押川とは学校友達でね。まあ、無二の親友さ。

女将　　へえ、そんなに御懇意なんですか。そんなら、あなた、なんとかして下さいよ。奥さんには内証だつておつしやるから、今まで伺はずにゐたんですよ。

持山　　内証話は、大きな声でするもんぢやない。で、勘定はいくら？

女将　　（書付を出し）<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶ</rt></ruby>溜つてるんですよ。

持山　　百円足らずですね。

女将　　チップはついてをりません。

持山　　さあ、今、ちよつと持ち合せはないが、押川が帰つたら、相談してみませう。

女将　　あらいやだ。そんなら、あなたにお願ひしなくたつていゝんですわ。

持山　　僕もそのうち行きますよ。

女将　　どうぞ……。洋酒は吟味してございます。

持山　　やあ、それぢや、また、何れ……。どうぞ、僕におかまひなく……。

女将　　あなたは、押川さんをお待ちになつてるんでせう。

持山　　いや、別に待つてもゐないが、<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>、留守番を頼まれたんでね。なに、ぶらつと金を借りに来たら、それを云ひ出さないうちに、<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>さん、出かけちまつたんだ。僕は、今日は、急がないから、かうしてるだけさ。ほんとに、御遠慮なく……。

女将　　えゝ。でも、このまゝぢや帰れませんから……。

持山　　君んところは、洋食の方もやつてるんですね。

女将　　えゝ、この辺ぢやどうしてもね、その方が<ruby><rb>主</rb><rt>しゆ</rt></ruby>になりますわ。

持山　　女給さんは幾人ゐるの？

女将　　今、三人ですの。

この時、玄関が開く。押川である。黙つて、立つてゐる。

持山　　何か忘れもんでもしたのか。

押川　　（しぶしぶ上りながら）いや。（<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>に）<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>来たんだ。

女将　　お留守にどうも……。今日お寄り下さるつてお話でしたから、ついさつきまでお待ちしてたんですけれど……。

押川　　寄つて来たよ。

女将　　あら、ほんとですか。

押川　　譃だと思ふなら帰つてみ給へ。金はお豊に預けて来たよ。全部ぢやないが、現金でだ。偽札だつたら日本銀行を訴へてくれ。

女将　　からかつてるんだわね。

押川　　とにかく、帰つてみ給へ。

女将　　帰りますから、幾ら置いて来て下すつたの？

押川　　十円ばかりだ。

女将　　あら、それぢや困るわ。

押川　　困る？　ほんとに困る？　おれも困る。

持山　　それみ給へ。世間はみんな困つてる。ねえ、お<ruby><rb>女将</rb><rt>かみ</rt></ruby>さん、そこに積んである本をみてごらん。みんな定価がついてる。<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の上のが、あれで一冊一円八十銭、そこの赤い函にはひつてるのが、九十銭、向うの金文字入りが、ああ見えて、一円二十銭……（押川に）今度のはいくら？

押川　　六十銭……。

持山　　（取りに行き）これ……。一冊、進呈しよう。わりに面白いよ。僕のペンネーム……（著者の名前を指す）

玄関が開く。摺沢がはひつて来る。

摺沢　　今晩は……。

押川　　やあ、どうもわざわざ……。今日、お電話をしようと思つてたんですけど……つい……。

摺沢　　いえ、なに、お<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しいところを、そんな……。

押川　　まあ、お上り下さい。かまはないんです。

女将　　ぢや、どうしませうね。

押川　　どうしよう？　まあ、ちよつと待つててみ給へ。さあ、どうぞ……（持山に、書物をのせた椅子を指し）ちよつと、そいつをおろしてくれ。

持山　　（指図通りにして）これへどうか……。

摺沢　　（大きな鞄を抱へて上つて来る）<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>です。益々御盛大で……。

押川　　えゝ、お蔭で……。（持山に）あゝ、この方はね、摺沢さん……ほら……あれさ。

持山　　あゝ、僕、持山六郎です。

押川　　親友です。同時に……。

摺沢　　やあ、これは……。

押川　　（持山に）話さなかつたかしら……摺沢さんは、僕の大事な金主だよ。

持山　　あゝ、なるほど……。押川が大変御厄介になつて……。

摺沢　　いや、どういたしまして……。

押川　　六年前に、僕がこの仕事をはじめる時、二千円といふ資本を出して下すつたのはこの<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>だ。それが面白いぢやないか。お互は赤の他人なんだぜ。

摺沢　　いやあ。

押川　　全くさ。ある偶然の機会に、僕は、一二度会つたきりのこの<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に、今度かういふ仕事をはじめたいんだが、実は金が無いんでといふやうな話をしたんだ。

摺沢　　その通りでしたよ。

押川　　するとね、驚くぢやないか。わたしが<ruby><rb>一肌</rb><rt>ひとはだ</rt></ruby>脱ぎませうつていふわけでね、即座に小切手を書いて下さつたもんだ。無論、証書へ判だけは捺した。

持山　　無抵当でね。

摺沢　　それがです。わたくし、<ruby><rb>予々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>、出版といふ仕事に興味をもつてをりまして……。

押川　　御自分では経験もないしするから、つまり、僕の事業を<ruby><rb>授</rb><rt>たす</rt></ruby>けながら……。

摺沢　　わたくしも、ひと儲けしたいと思ひまして……。

押川　　早く云へば、僕の腕に……。

摺沢　　二千円、賭けさせていたゞきましたんです。

持山　　と云ふと、つまり……。

押川　　一種の投機さ。

持山　　それはわかつてるが……。

押川　　利子のことかい。

持山　　うん、そこまでは聞かなくつていゝが……。

押川　　いや、話すよ。ねえ、摺沢さん、こゝだけの話だからいゝでせう。

摺沢　　細かいことは、御勘弁を願ひます。

押川　　大ざつぱに云ひませう。六年目の今日、元利合計、九千なにがしになつてゐるんだ。

女将　　まあ……。

持山　　ふん、利殖としては悪くないね。

押川　　それが、まだ、一文も払つてないんだ。

持山　　もう少し、待つて頂くさ。<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>が見えてるんだもの。

摺沢　　いえ、それやもう、お待ちすることはいくらでもお待ちいたしますんです。

押川　　この手だからね。証書を書き替へさへすれやいゝんでせう。

摺沢　　用意して来てをります。

持山　　凄いね。失礼ですが、御商売は？

押川　　おい、馬鹿なことを訊くなよ。

玄関が開く。さつきの製本屋である。

押川　　ちよつと、そこで待つててくれ。今行くから……。

持山　　僕も、最近、何か一つ、商売をはじめようと思つてるんですが、あなたのお考へでは、どういふ種類の……。

摺沢　　さやうですな。今の御商売が一番結構だと思ひますな。

持山　　さうですか。実は、それについて、困ることは、資本のないことで……。

玄関が開く。例の印刷屋である。

持山　　（その方に）あゝ、和光さんだね。少し待つてくれ給へ。（摺沢に）どうでせう、ひとつ……二千円ばかり……。

押川　　おい、まてよ。こつちに少し話があるんだ。ところで、摺沢さん、御覧の通り、この店ではもう<ruby><rb>手狭</rb><rt>てぜま</rt></ruby>なくらゐ、本の数も<ruby><rb>殖</rb><rt>ふ</rt></ruby>えましたし……。

摺沢　　いや、さつきから、それを拝見して、ひそかに喜んでゐるやうな次第です。

押川　　ですからして、こゝを、なんとか、切り抜けさせて下さい。なにしろ、今迄は、資本を寝かす一方でして、もう<ruby><rb>一息</rb><rt>ひといき</rt></ruby>といふところで、動きがとれなくなるのが、どうも残念なんです。あと千円もあれば、この暮れがどうにか……。

摺沢　　押川さん、それや、いけません。わたしは、たゞ本年度の利息を頂戴に上つたんです。

押川　　ですから……。

摺沢　　それも、待てとおつしやれば、よろしい、それはお待ちしませう。

押川　　ですから……。

玄関が開く。さつきの紙屋である。

押川　　そこは狭いね。上り給へ、みんな、上つてくれ給へ。まとめて片づけよう。和光さん、寒いから、外套を着たまゝでいゝよ。（摺沢に）ですから、お<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に、もう千円だけ、是非、この際……。

製本屋、印刷屋、紙屋の順に上つて来る。椅子がないので、みんな立つたまゝでゐる。女将が起ち上つて、製本屋に椅子を薦めなどする。

押川　　（持山に）君、ちよつとそつちを頼む。（摺沢に）さういふわけですから……（<ruby><rb>従</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来いといふ合図をして、自分から先へ席を立ち、隣りの部屋に行く。摺沢、仕方がなく、その後に従ふ。鞄を忘れずに持つて行く）御承知の通り、出版といふ仕事は、当つたら、その機会をつかんで……。

摺沢　　いや、それはもう、わたしには専門の知識は……。

押川　　ざつくばらんにお話しますとね……（後は聞えない）

持山　　（思ひ出したやうに）では、君たちの御用は？

製本屋　　もうわかつてるんですから……。

持山　　（印刷屋に）君は、和光さん。

印刷屋　　へゝゝゝゝ。

持山　　あゝ、さう、わかつた。君は、何屋さんだい。

紙屋　　紙屋です。

持山　　紙屋さんは、もう済んでるんぢやないの。

紙屋　　いえ、とんだこつてす。

持山　　まあ、さう怒るなよ。今、向うの話がつき次第、払ふものは払ふから、一服やつててくれ給へ。あの人の<ruby><rb>抱</rb><rt>かゝ</rt></ruby>へてる鞄をみ給へ。君たちが五人や十人来たつて、びくともしさうにないだらう。あの人が、摺沢さんつて云ふ多額納税者だ。北極書院の隠れたる金主だから覚えとき給へ。

押川　　（突然語調を強めて）しかし、さうして下さらなきや、僕の仕事はぺしやんこですよ。

摺沢　　（落ちつき私つて）<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>むを得ません。あなたが損をなさるんですよ。

持山　　（一同に）駄目だ。見込みはなささうだ。諸君、気の毒だが、これで引きとつてくれ給へ。僕は、僕の名誉にかけて諸君に誓ふ、北極書院が潰れる日は、持山六郎の破滅の日だ。諸君にこのうへ迷惑はかけない。諸君への支払ひに対しては、僕が共同の責任を負ふ。

摺沢　　（押川から遠ざかり）いやいや、もうその話は何度うかゞつてもおんなじです。ぢや、兎に角、証書を書換へておきませう。（テーブルの方へ近づく）

押川　　（その後から追ひ縋るやうに）僕はもう、そんな証書に判は捺しませんよ。

摺沢　　（相変らず冷静に）では、お約束通り、財産差押へを致しませうか。

押川　　どうぞ御勝手に……。

持山　　どうしたんだい。さうお互ひに、短気を起しちやいかんよ。摺沢さん、この男のいゝところは、こゝなんです。どんな場合にでも、一直線の道を歩く。正々堂々と、障碍にぶつかつて行くんです。お気を<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くなさらないで下さい。押川、君もちつと相手を考へろよ。摺沢さんを、敵にしちや損だ。ねえ、摺沢さん。

摺沢　　（何事もなかつたやうに）いやなに、わたしも、押川さんのさういふところを見込んで、<ruby><rb>一肌</rb><rt>ひとはだ</rt></ruby>脱いだ訳なんですから、心のなかでは、何とも思つてやしません。

持山　　（他のものに）諸君も、お聞きのやうなわけだ。<ruby><rb>今日</rb><rt>けふ</rt></ruby>のところは、みんな、厭な顔をしないで別れようぢやないか。

製本屋　　どうかして貰ふまでは、動かないつもりですがね、あつしや……。

押川　　動かずにゐ給へ。

持山　　また、それだ。喧嘩をするなよ、喧嘩を……。かういふ時には、<ruby><rb>根気</rb><rt>こんき</rt></ruby>が大事だ。みんな根気くらべだ。

摺沢　　では、急ぎますから、ひとつ、形式だけ整へて置きませう。

持山　　硯ですか。（硯の蓋をあけてやる）

摺沢　　大体書き入れてはありますが……。（鞄をあけ、書類を出す）

紙屋　　ぢや、かうしていたゞけませんか。講義録と、最後の「蛇の足」の分だけ、あの紙はほかから取つたもんですから……。

押川　　わかつてる。誠に申訳がない。

印刷屋　　こつちは、すつかり当てにしてたんで、どうも……。

持山　　わかつてるつて云つたぢやないか。

女将　　あたしや、そいぢや、御暇しませう。

持山　　まあ、いゝぢやないですか。

女将　　いえ、またつてことにしますわ。

持山　　さうかね。

押川　　ぢや、頼む。みんなによろしく。

持山　　（女将を送つて出ながら）もう少したつと、集金の小僧が帰つて来るんだがね。ことによつたら、君の方だけ、幾分入れられると思ふんだがなあ。

女将　　さうですか。そんなら……。

押川　　絶対駄目だ。集りつこないよ。さつき電話で方々当つてみたんだ。

持山　　（この時、何を思つたか、突然、厳粛な調子になり）さうときまれば、みんなもう諦めるより外はない。僕も諦めた。さ、諸君は、其処にさうして<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つてゐる必要はない。それとも、押川の<ruby><rb>懐</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ、天から<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>が降つて来るとでも思つてるのか。が、待ち給へ。僕が一つ、名案を授けよう。

摺沢　　（さつきから、書類に何か書き入れてゐたが、この時）押川さん、では、こゝへ御判をひとつ……。

押川　　（証書を受取つて読む）

持山　　名案といふのは、外でもない。非常手段だ。諸君がそれほど欲しがつてゐるものなら、その一念で、なんとかならうぢやないか。

摺沢　　（書類を指し）此処と、こゝへ、どうぞ……。

持山　　しかし、非常手段といふからには、失敗を覚悟しなけれあならん。たとひそれが空想であつたにしろ、諸君は、いつ時、胸を躍らすに違ひない。罪ならば罪で、僕がたゞ一人、その罪を着よう。（と云ひながら、片手を伸ばして、摺沢が蓋を開けたまゝ側らに置いた例の鞄を引寄せ、悠々と、中にある札束を掴み出す）えゝと、みんな受取を出し給へ。

一同は、あつけに取られながら、それでも、順々に書付を出す。

持山　　君からだね、六百二十七円……八十何銭はどうでもいゝだらう。（札を数へながら）一、二、三、四、……あゝ、面倒臭い。勝手に、めいめいで分け給へ！

この壮絶なる一句と共に、紙幣の束が、次ぎ次ぎに、集金人たちの眼前に投げ出される。

その少し前から、摺沢と押川とは、この異様な光景を、訝しげに眺めてゐたが、摺沢の眼は、次第に空ろになり、はツと気がついて側を見る。そこからは、鞄が何時の間にか消え去つてゐる。

摺沢　　（愕然として）あ、わたしの鞄！　それ、わたしの……（と、叫びながら、テーブルの上下に散乱した紙幣を、無我夢中で掻き集める）なにをするんだ、この人は……。<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからん。みんなどいてくれ、さ、どいてくれ。さ、どいてくれ。誰も<ruby><rb>触</rb><rt>さは</rt></ruby>つちやいかん。近所に交番はないか……。

持山　　（愉快さうに）どうだい、年末の余興としては、ちよつといゝ思ひつきだらう。

摺沢　　もう、その辺に落ちてないかね。誰も足の下へ入れてやしないかね。

持山　　大丈夫、そんな<ruby><rb>素捷</rb><rt>すばし</rt></ruby>つこい奴は、一人もゐませんよ。ゆつくりお拾ひなさい。さて、諸君、胸がちつとはすつとしたでせう。いゝ年をお迎へなさい。

摺沢は、あらまし紙幣を拾ひ集めたらしく、この時、一同の顔面は、そろそろ硬直が旧に復して、押川、紙屋、印刷屋、製本屋、照れたやうな、淋しいやうな、そのくせ、善心そのものゝやうな微笑を口辺に浮び上らせる。そして、摺沢が、一心不乱に数へてゐる紙幣の一枚々々の上に、それぞれの輝いた視線が集中し、遂に、一座の悉くは、期せずして、摺沢のする通りに、頭を上下に動かし、無心に紙幣を数へはじめる。

## 三

前場の人物は、押川と持山とを除き、既にみな帰つたあとである。持山は、座蒲団の上に、寝転んでゐる。押川は、勝手に行つて茶器を運んで来る。

持山　　細君はうまくやつてるね。

押川　　うん。

持山　　君の計らひだらうな。

押川　　世帯の方は、どうやらやり繰りをつけて、夕方から<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>へもぐり込んぢまつた。店の方はどうだといふから、こつちはおれが引受けると返事をした。安心して<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>てるだらう。除夜の鐘が鳴つたら起すことになつてゐる。

持山　　おれの女房は、今頃は、何処をうろついてるか。これも、除夜の鐘が鳴つたら、此処へ来いと云つてある。

押川　　お蔭で助かつたよ。やりきれん。

持山　　なに、おれの戦法は、二度<ruby><rb>効</rb><rt>き</rt></ruby>かんのでね。

押川　　鮮やかなもんだ。

持山　　貧友の<ruby><rb>誼</rb><rt>よし</rt></ruby>みといふやつさ。こつちは、何処で<ruby><rb>断</rb><rt>ことわ</rt></ruby>るのもおんなじだ。相手の顔が違ふだけさ。あたりが、馬鹿に静かになつた。おい、炭は何処にある？

押川　　今持つて来る。

持山　　（時計を見て）あ、もう、そろそろ、除夜だぜ、あと、二分……十五秒……。（ラヂオの時報を真似て）あと、一分五十秒……三十秒……二十秒……十秒……あと五秒……鳴らねえや。

長い間。

押川　　（勝手から炭取りを運び）鳴つてるかい。

持山　　坊主<ruby><rb>居睡</rb><rt>ゐねむ</rt></ruby>りか。

押川　　時計眠とぼけだ。おや、玄関が開いたやうだね。

持山　　錯覚だ。

押川　　いや、慥かに、玄関に誰か来てるよ。声は聞えないが、人のゐる気配がする。（出てみる）そらみろ、やあ、お待ちしてゐました。さあ、どうぞ。

持山　　あゝ、もう来やがつたな。時間まで待ちきれずにか。上れ、上れ。

押川　　コートはそのまゝでいゝでせう。部屋ん中も、なかなか寒いですよ。

持山の妻なぞえがはひつて来る。

持山　　早いぞ。まだ鳴らないぢやないか。

なぞえ　　鳴つたわよ、とつくに。

押川　　さうだらう、変だと思つた。

持山　　まあいゝや。浅草かい。

なぞえ　　当つたわ。変なもんね、やつぱり足が向いちまふの。去年も<ruby><rb>一昨年</rb><rt>をとゝし</rt></ruby>も、ほら、行つたわね。

持山　　鐘を聴きにね。

押川　　しかし、此処にゐて聞えない筈はないんだがなあ。

なぞえ　　除夜の鐘？　風向きで、さういふこともあるわ。こら、手がこんなよ。（夫の手に触る）

押川、二階に駈け上る。

なぞえ　　いやな方ねえ。なにをぼんやりしてらしつたの？

持山　　ぼんやりしてれば、聞える筈だ。するとあの騒動の<ruby><rb>最中</rb><rt>さいちう</rt></ruby>かな。

なぞえ　　騒動つて、なにかあつたの？

持山　　いや、別に……。何処でもある程度のもんさ。浅草は、相変らずかい？

なぞえ　　さうね、相変らずつていふんでせうね。あたし、喜劇<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>ちやつた。<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しくもなんともないの。

持山　　喜劇でね。そいつあ変つたもんだな。

なぞえ　　ほかの<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>は、そいでも笑つてたわ。

持山　　さうだらう。喜劇を見せられたら、笑ふのが礼儀だ。時に、どうする、今夜は、此処へ泊つてかうか。

なぞえ　　どうでも。夜具はそろつてゐるかしら……。

持山　　そいつは、向うで心配するだらう。旅で正月をするのも久し振りだね。

なぞえ　　えゝ。

持山　　（二階の方を見上げて）あ、押川夫人のお眼覚めだ。

なぞえ　　なに、寝てらしつたの？

持山　　受持ちが違ふんださうだ。

なぞえ　　よく眠られるわね。でも、こちら、うちみたいなことはないでせう。

持山　　さあ、わからんね。

押川が降りて来る。

押川　　ぐつすり<ruby><rb>眠込</rb><rt>ねこ</rt></ruby>んでるから感心だよ。健康なのもそのお蔭だ。奥さんはよくおやすみになる方ですか。

なぞえ　　むらがありますの。<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>られないとなると、どうしても<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>つかれませんの。この人ですわ、人に<ruby><rb>喋</rb><rt>しやべ</rt></ruby>らしといて、ぐうぐう鼾をかいてるのは。

持山　　ほかのことを考へてるより、罪はないさ。

押川の妻、なる子が現はれる。

なる子　　いらつしやいませ。どうも、失礼いたしました。もつと早く起してくれゝばいいんですのに……。お寒いわね。あら、こんな火ぢや駄目だわ……瓦斯で起して来ませう。

持山　　（押川の顔をつくづく眺め）どうだらう、五十円ばかり、どうかならんかね。

押川　　（これもぢつと持山の顔を見据ゑ）あゝ、さう云へば、チビがまだ帰つて来ないや。

持山　　途中で<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>はれちまつたかな。

押川　　小さな口だけ廻らしたんだが、五十円にもなれあ大手柄だ。

持山　　ぢや、かうしよう、五十円未満だつたらおれが持つて行く。それ以上は、君が取れ。

押川　　もう金の話はよせよ。

なぞえ　　ほんとだわ。

持山　　なんだ、自分で云ひ出したんぢやないか。旅行する金を工面しろつて……。

なる子が、十能をもつて現はれ、火鉢に火をつぐ。

なる子　　（なぞえに）お正月の御馳走はもうお出来になつて？

押川　　それを今、云つてるんだがね、お二人は、これから大島へ旅行ださうだ。

持山　　大島もいゝね。僕は、伊東ぐらゐのつもりでゐたんだが……。

この<ruby><rb>白</rb><rt>せりふ</rt></ruby>の間に、遥か、鐘の音が響いて来る。一同は顔を見合はす。

持山　　おや、鳴つてるね。

押川　　鳴つとる。

なる子　　鳴つてるわ。

なぞえ　　さうよ。

持山　　さうよたあ、なんだい。

なぞえ　　だつて、外は寒くつて、時間なんか待つてゐられなかつたんですもの。

押川　　なるほど。必要のない譃つてものは、女性的だからな。

なる子　　なに、除夜の鐘がもう鳴つたつて、奥様がおつしやつたの。

押川　　（にやにやしながら）二度聴くのも<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くないな。

なる子　　ぢや、さつきの夢は今年の夢ぢやなかつたんだわ。

持山　　さては、惜しい夢かな。

なる子　　まあね。

なぞえ　　伺ひたいわ。

なる子　　云つてみませうか。

押川　　夢の話なんか、つまらん。

持山　　現金なことを云ふな。夜が明けるまでは、大分間があるぜ、奥さんの夢物語でも聴いて、ねむくなつたら、そのへんに寝かして貰はうぢやないか。

なぞえ　　まあ、失礼な……。

なる子　　あら、子守歌の代りになれば、光栄ぢやありませんか。おなか、お<ruby><rb>空</rb><rt>す</rt></ruby>きにならない。おかちんでも焼きませうか。（餅と餅網を取りに行く）

なぞえ　　（この間、なぞえは、夫の洋服の肩にかゝつてゐるフケを、やけに払ひ落しながら）さつきから、あたし、おなかがぺこぺこなの。

持山　　しつかりしろよ。

なる子が現はれる。

なる子　　（餅を一つ一つ網の上に並べながら）おや、聴いて下さる。どうせ夢だから、辻棲の合はないところがあつてよ。

押川　　夢のせゐにするない。

なる子　　黙つていらつしやい。（文字通り夢を追ひながら）処は何処だかわからないの。なんでも、ビルディングがまはりに聳えてるやうな町の中よ。押川と一緒に歩いてゐますの。あたしは、馬鹿に急いでて、なんの用があるんだか、早く歩きたくてしやうがないんでせう。それに、この人つたら、ゆつくりゆつくり、まるで散歩かなんかするやうに、ステッキを振つて歩いてるんですの。そのうちに、晴れてゐた空が急に曇つて来て、雪のやうなもんが降り出したんですけれど、別にそれが顔にあたつても<ruby><rb>冷</rb><rt>つめた</rt></ruby>くはないんですの。夢でよくさういふことありますわね。それと、その雪のやうなもんが、地べたへ積ると、白くなる筈だのに、それが、かう、薄茶色に、紫がかつたやうな、さうかと思ふと、ところどころ、黒いぽつぽつが見えたりして、どうも<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しいんですの。さう思ふと、押川も、おやつていふやうな顔をして、あたりを眺めまはしてゐるでせう。すると、だしぬけに、「原稿が降つて来た、原稿が降つて来た。早く拾へ。早く……。風呂敷かなんか持つてないか」つて怒鳴り出しましたの。あたしが、それでも、そんな筈はないと思つて、よく地べたの上をみますと、まあ、どうしたと云ふんでせう、道いつぱいに、お<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>が積つてるんですわ。

押川　　大きな声を出すなよ。

なる子　　（餅が焦げ出したので、慌ててそれをひつくり返す。なぞえも、手伝ひはじめる）で、あたしも、これはと思つて……（男たちは思はず吹出す）どうして？　これはと思ふのが<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しくて？

持山　　まあいゝですよ。

なる子　　これは警察へ届けなくつちやいけないかしらと思つてると、押川は、「なにを愚図々々してるんだ。おれが天から授かつた原稿を、一枚でも失くしたら取返しがつかん」さういひながら、片手でそれを掻き集めながら、もう一方の手で拾つた一枚を夢中で読んでるんですの。「<ruby><rb>戯談</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>ぢあないわ、これは、みんな拾円札よ」つて、あたしが、それこそいくら云つても、きかないんですよ。「素晴しく面白い。傑作だ。当るぞ」――そんなことを、繰返して云つてるもんで、あたし、たうとう、じれつたくなつて、自分でどんどん拾ひ出しましたの。<ruby><rb>生憎</rb><rt>あひにく</rt></ruby>風呂敷は一枚きり持つてゐないんですけれど、袂や懐や、帯の間へ、出来るだけねぢこんで……（男たちまた笑ふ）いゝぢやありませんか、ほんとなんですもの。でも、そんなことぢや、とても追つつきつこありませんわ。全く途方に暮れて、これが、せめてうちの庭だつたらと思ひましたわ。（一同笑ふ）さうかうしてゐるうちに、向うから、一人、男がやつて来ました。「やあ、これは、これは、お手伝ひしませうか」とかなんとか云つて、その人、夕刊を持つてたもんで、そん中へ、またいつぱい包んで、あたしの手に渡すんですの。それをまた、あたしも、不思議には思はないんですのね。「恐れ入ります」つていふわけよ。（笑ふ）すると、その男も、こいつはきりがないと思つたんでせうね。「待つていらつしやい。その辺にゐる人をみんな呼んで来ますから」つて、大急ぎで走り出さうとしますから、あたし、そんなことされたら大変だと思つて、（一同だんだん厳粛な顔になる）「待つて頂戴。それより、タクシイを一台、見つけて下さいませんか」つて、さう云ひますと、「タクシイよりトラックがいいでせう」……。

持山　　同感だな。

なる子　　すぐに、トラックが二台、来ましたの。その男の人は、どつかから、箒を持つて来ましたわ。押川はどうしたかと思ふと、だんだん積つて来るお<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>の中に埋つて、首だけ出してますの。片手にはやつぱり、お札を一枚持つて、しきりになんか読み耽つてるといふ風でせう。あきれちまひましたわ。（間）それからあと、ちよつと思ひ出せないんですけれど、なにしろ、あたしたちは、お札を山と積んだトラックの、そのまた上へ乗つて、たしかお濠端を走つてゐます。通る人が、みんな振り返つて見るんですわ。そん時、ふつと、「あゝ、さつきの男の人に、もつとお礼を云ふんだつた」と気がつき、<ruby><rb>何気</rb><rt>なにげ</rt></ruby>なく後ろを向くと、遥か向うの方で、その男の人が、にこにこ笑ひながら、こつちを見てゐるんです。それが、可笑しいのね。持山さん、あなたなのよ。

持山　　わあ！

なる子　　（焼けた餅を皿に盛り）いかゞ、焼けましたわ。

押川　　それから、どうしたんだい？

なる子　　そこで、あんたの背中を叩いて、あたし、さう云つたのよ。――「さつきの人、あれごらんなさい。持山さんよ」つて……。

押川　　さうしたら？

なる子　　あんたのいふことがいゝわ。――「持山ならそれくらゐのことはするよ」ですつて……。

持山　　また、わあだ！

この時、玄関の格子があいて、のつそりはひつて来たのが小僧の彦である。

押川　　どうした。

彦　　たうとう、渋谷の方は廻りきれませんでした。

押川　　あゝ、あつちはどうでもいゝや。それで……

彦　　はじめ文隆堂へ行つたんですが、今年は駄目だつていふんです。

押川　　さうだらう、あとは？

彦　　先進館は、半分くれました。十五円です。（書類を出す）

押川　　上等だ。

彦　　忠孝社は講義録だけで、八円五十銭……。

押川　　いちいち云はなくつてもいゝ。

彦　　目白ぢや、どうにもならないんです。火事があつて、<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>れないんです。廻り道をしたら自転車のチェーンが<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れて、<ruby><rb>真暗</rb><rt>まつくら</rt></ruby>なもんで、なかなか……。

押川　　よし、よし、早くしろ。なにか食つたか。

彦　　それがです、蕎麦屋が何処も満員で……。

押川　　話はあとにしろ。出すものは出して、さつさと寝給へ。

彦　　へえ、ですけれど、年の暮つて、何処でも大変なもんですね。大塚の近所ぢや交番に……。

なる子　　さ、おかちんをあげるから、あつちへ行つておあがり。お金を落しやしないだらうね。

彦　　へえ。大丈夫です。これぱつち、持つて歩くのは平気ですよ。

持山　　大きく出るぞ。どれつぱつちだい、云つてみろ。

彦　　まだ、数へてみませんが……。

持山　　どら、貸せ。おれが勘定してやる。算盤を持つて来い。（彦、鞄を出す）

なぞえ　　余計なことおよしなさいよ。

持山　　（鞄から紙幣貨幣を掴み出し）さつきと、<ruby><rb>手触</rb><rt>てざは</rt></ruby>りが違はあ。おや、案外、集めたぞ。（一同のぞき込む）待てよ。先づ、分類してみよう。これが十円、これが五円、これが……と、一円札といふもんは少くなつたね。次は五十銭……十銭……五銭……あと銅貨だ……。さあ、みんなで、いくら……。当てた、当てた。

なる子　　おかちんが固くなりますよ。

持山　　これで三十……三十……六十。<ruby><rb>細</rb><rt>こまか</rt></ruby>いので……。<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶ</rt></ruby>あるぞ……。十、二十、三十……九十……と……四……五……六……。二十……七……。間違ひないね。帳面と引合せよう。あとにするか。ところで、押川、こいつは、一体、どうする。困るだらうな。

押川　　うん、いや、別に、……。さつき云つた通りにすれやいゝだらう。

持山　　五十円、貰つとくか。が、まあ、よさう。さ、奥さん、みんなそつちいしまつといて下さい。どれ、餅でも食はう。（餅を食ひはじめる）

押川　　どうだい、いつそ、みんなで、大島へ出かけようか。あとはどうにかならあ。無二の貧友が餅を頬張つて、楽しい旅を諦めようとしてる、これが、黙つてみてゐられるかだ。

持山　　（急に、泣きたいやうな顔をして、いきなり、押川の方に手を差出し、二人が真面目に握手をしたと思ふと、彼は、どさりと仰向けにひつくり返り、無理に、頓狂な声を立てて笑ふ。手足をばたばたと振り動かし、笑ひが止まらぬ風を粧ひながら、実は笑ひが止ることを防いでゐるのだ。）

幕