Soranoha

東京宝塚劇場の再開に憶う

とうきょうたからづかげきじょうのさいかいにおもう

小林 一三

私は、関西で創立した宝塚歌劇を、何んとか東都に進出させ度いとかんがえて東京の市村座・歌舞伎座・新橋演舞場・帝国劇場等に出演させて、その様子を見て居りましたところ、充分成功する見透しがついたので、昭和七年、今の東宝株式会社の前身、株式会社東京宝塚劇場を設立し、日比谷の一角に、宝塚歌劇が常打できる東京宝塚劇場の建設にかかったのであります。

それが昭和八年末竣成して、あくる昭和九年一月一日より宝塚歌劇をもって、華々しく開場しました。爾来、御家族ともども楽しんで頂ける娯楽、すなわち清く正しく美しくをモットーに、家庭共楽の殿堂、大衆娯楽の陣営として、宝塚歌劇を上演してまいったのであります。そして宝塚歌劇の上演しない月は、芸術座、春秋座、新国劇と、国民劇と国民劇の育成を目的とした東宝劇団等の出演をもって東都の新名所となったのでありますが、戦争のために遂に昭和十九年には休場する事態に立ちいたりました。

次いで終戦となり、昭和二十年十二月廿四日に進駐軍のため接収され、比島戦線にて活躍して散った米国の新聞記者のアーニイ・パイルの名を冠したアーニイ・パイル劇場として、永らく米軍の用に供しておったのでありますが、その間紆余曲折はありましたが、幸い昭和三十年一月二十七日をもって接収を解除され東宝の手に戻ったのであります。

そして久方振りに宝塚歌劇を上演、軒高く五線譜の淡い薄緑のネオンが輝き、美しい歌声のもれる劇場となりました。この日の来るのを、千秋の思いで待ちこがれていたのは、私のみではないと信じます。今後、東宝の宝塚本営として、私が創設しました四十年昔の宝塚の理想を発揮しうる時代が来ることを確信しております。(三〇・四・一五 東京宝塚劇場にて)

底本 / Source edition

底本:「宝塚漫筆」阪急電鉄
1980(昭和55)年2月15日発行
底本の親本:「宝塚漫筆」実業之日本社
1955(昭和30)年6月20日発行
入力:鈴木厚司
校正:川山隆
2007年12月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/046656_001256/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/046656_001256/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/046656_001256/

小林 一三「東京宝塚劇場の再開に憶う」(新字新仮名)、底本『宝塚漫筆』阪急電鉄、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 046656_001256, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite