医者の友達１・５（夕）

寺内内閣が壊れて、その跡へ政友会内閣が出来かゝるやうな運びになつて、総裁原敬氏の<ruby><rb>白髪頭</rb><rt>はくはつとう</rt></ruby>のなかでは、内閣員の<ruby><rb>顔触</rb><rt>かほぶれ</rt></ruby>が<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か見え隠れしてゐた頃、今の文相中橋徳五郎氏の<ruby><rb>許</rb><rt>ところ</rt></ruby>へ、神戸にゐるお医者さんの桂田<ruby><rb>富士郎</rb><rt>ふじを</rt></ruby>氏から一本の電報が飛込んで来た。

中橋氏は何気なく封を切つて見た。電報には、

「大臣になるなら文部ときめよ。」

と書いてあつた。中橋氏は二三度それを口のなかで読みかへしてゐるうち、嬉しさに覚えず<ruby><rb>綻</rb><rt>ほころ</rt></ruby>びかゝる口もとを強く<ruby><rb>圧</rb><rt>へ</rt></ruby>し曲げるやうにして<ruby><rb>気難</rb><rt>きむつか</rt></ruby>しい顔を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へた。実を言ふと、その二三日前から、中橋氏は今度の内閣には、主だつた椅子の一つが<ruby><rb>屹度</rb><rt>きつと</rt></ruby>自分の方に転げ込んで来るものと腹を<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐた。内務か、農商務か、<ruby><rb>逓信</rb><rt>ていしん</rt></ruby>か。その中のどれでも<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつかへ</rt></ruby>がなく、二つ一緒なら<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いとさへ思つてゐるらしかつたが、桂田氏の電報には思ひがけなく「文部ときめよ」と書いてあつた。

「文部か。文部なら俺でなくたつて――それに第一<ruby><rb>乾児</rb><rt>こぶん</rt></ruby>の者が承知せんよ。」

中橋氏は不足さうに<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言つた。そして自分が間違つて文部にでも入つたら、<ruby><rb>乾分</rb><rt>こぶん</rt></ruby>の山岡順太郎氏などは、あの<ruby><rb>兜虫</rb><rt>かぶとむし</rt></ruby>のやうな顔をしかめて、屹度<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>き出すに相違ないと思つた。

その<ruby><rb>翌</rb><rt>あく</rt></ruby>る朝、中橋氏は総裁の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ呼ばれて往つた。門を入る時には、船や米の値段が差当つての重大問題で、自分でなくてはその解決は<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしいとさへ思つてゐたが、門を出る時には、これからの日本は何よりも教育が大事だと思ひ込んでゐたらしかつた。そして<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰りつくと、直ぐ電報用紙を取りよせて、神戸の桂田氏宛に次のやうな電報を打つた。

「願ひの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>聞き届ける。」

中橋氏は文部大臣になつた。なりはなつたが、何だつて桂田氏が思ひがけなくあんな電報を<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>したのか、訳が分らなかつた。

「事によつたら、桂田め、ちやんと内閣の役割を知つてゐたかも知れないぞ。何しろ医者で脈を取る事を知つてゐるからな。」

中橋氏は腑に落ちなささうな顔をして<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。

最近米国に、ある鉄道事故から右脚を<ruby><rb>傷</rb><rt>いた</rt></ruby>めた男があつた。<ruby><rb>撞木杖</rb><rt>しゆもくつゑ</rt></ruby>をついて町へ出ると、ばつたり友達の一人に出会つた。

「や、久しぶりだね。」友達はづか〱とやつて来て握手をした。「ひどい目に<ruby><rb>遇</rb><rt>あ</rt></ruby>つたんだつてね、ほんとに気の毒だつたね。」

「有難う。」不仕合せな男は撞木杖をつき直しながら頭を下げた。

「その杖が無くつちや歩けないのかい。」友達は気の毒さうに訊いた。

「なあに、医者はもう杖なざ無くたつていゝと言ふんだけど、弁護士が是非ついて居てくれといふもんだからね。」

鉄道会社を相手に訴訟をするには、是非杖をついてゐる必要があつたのだ。医者だの弁護士だのは友達にもつてゐるといろんな<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い事を教へてくれるものだ。

音楽家の大統領１・６（夕）

共和国になりかゝらうとしてゐる<ruby><rb>波蘭</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>では、その最初の大統領に<ruby><rb>洋琴家</rb><rt>ピヤニスト</rt></ruby>のパデレウスキイ氏を選んださうだ。パデレウスキーは何といつても、今では世界切つてのピアノ弾きで、旅行をする折にも手が<ruby><rb>硬</rb><rt>こは</rt></ruby>ばると<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けないからといつて、ピアノを汽車のなかに担ぎ込んで、<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>さへあれば<ruby><rb>鍵盤</rb><rt>キイ</rt></ruby>を打つてゐる人である。

弁護士出の政治家でなければ、政事の実際が判らないもののやうに思ふのは、<ruby><rb>旧</rb><rt>ふる</rt></ruby>い時代の習慣に<ruby><rb>囚</rb><rt>とら</rt></ruby>はれた人達の事である。世界の政治と生活との様式が、根本から改造せられかゝつてゐる今の時代には、統治者が理想家であればある程、目覚ましい国民的飛躍が成し遂げられようといふものだ。この意味においてパデレウスキイの大統領は、必ずしも不適任だとは言はれない。

<ruby><rb>墺太利</rb><rt>オーストリー</rt></ruby>にモツアルトといふ音楽家があつた。ある日の事<ruby><rb>維也納</rb><rt>ウヰンナ</rt></ruby>の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>をぶらついてゐると、変な<ruby><rb>姿</rb><rt>なり</rt></ruby>をした乞食がひよつくり眼の前に現れた。乞食は問はず語りに、色々な哀れつぽい身の上話を<ruby><rb>談</rb><rt>はな</rt></ruby>し出した。すべて乞食の身の上話といふものは、聴き手が乞食でない限り、なか〱面白く聴かれるもので、<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が済むと、どんな人でもがついお<ruby><rb>鳥目</rb><rt>てうもく</rt></ruby>をはずみたくなるものだが、<ruby><rb>生憎</rb><rt>あひにく</rt></ruby>な事にモツアルトはその折<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に少しも持合せてゐなかつた。

音楽家は空つぽのポケツトに両手を突つ込んだまゝ乞食の方へ一寸顎をしやくつて見せた。二人は連れ立つてそこらの<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コーヒー</rt></ruby>店に入つて往つた。音楽家は暖い珈琲と菓子の一皿とを乞食に<ruby><rb>配</rb><rt>あてが</rt></ruby>ひながら、自分は<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に<ruby><rb>恁</rb><rt>よ</rt></ruby>りかゝつて、せつせと作曲に取りかゝつた。乞食が<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうな口もとをして珈琲を<ruby><rb>啜</rb><rt>すす</rt></ruby>つてしまふ頃には、立派な<ruby><rb>舞踏曲</rb><rt>ミニユエト</rt></ruby>の一つが有り合せの<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>に書き綴られてゐた。

「あいにくと今日は持合せが無いので、こんな物を拵へてみた。<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>に持つて往つたら、幾らかになるだらうよ。」

モツアルトはかう言つてその<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>を手渡しした。

乞食はもう一杯珈琲が飲みたかつたのを<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>して外へ出た。そして幾らか気遣ひながら、その<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>をそこらの<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>に持ち込むと、<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>の亭主はそれを見て、にこ〱もので廿円ばかしの原稿料を渡してくれた。乞食は<ruby><rb>物貰</rb><rt>ものもら</rt></ruby>ひに次いでは、音楽家ほど割のいゝ仕事はないと思つたらしかつた。

パデレウスキイが大統領になつたら、<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>に困つてゐる人達は訪ねて往つて身の上話をしてみるのもよからう。よしんば楽譜を呉れないにしても、相手は芸術家の事だ、何か屹度気の利いた言葉でも聴かせてくれるに相違ない。気の利いた言葉は、金にならないまでも、薬にはする事が出来る。

あゝ須磨子１・７（夕）

松井須磨子が死んだ。<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>帰りの姿のまんまで、顔に薄化粧をしてこの世から消えてしまつた。二月前亡くなつた愛人抱月氏の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を慕つて。

自分は抱月氏が亡くなつた当時、この人の愛と芸術との完成は、その数多い門下生でもなければ、友達でもなく、故人にとつてたつた一人の恋人であり、また芸術ででもあつた松井須磨子自らの手で仕上げられなければならぬと言つておいた。

須磨子の平生について幾らか知つてゐる自分は、この女優がある程度までは屹度この仕事を仕上げることが出来ると信じてゐた。須磨子は雪国の信濃に生れただけあつて、降り積る雪を押し分けて香ぐはしい顔を持ち上げる高原の花のやうな<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつき</rt></ruby>と根強さとを持つてゐた。同じ国から生れた島崎藤村氏や吉江孤雁などの芸術に現れたものと、共通の分子をたつぷり持ち合はせてゐた。

ビヨルンソンの小説に出て来る山国の娘には須磨子そつくりと思はれるやうな性格がよくある。子供のやうにやんちやで、<ruby><rb>生</rb><rt>うぶ</rt></ruby>で、一本気で、<ruby><rb>手障</rb><rt>てざは</rt></ruby>りは冷たく静かなやうだが、底には高い潜熱と<ruby><rb>勁</rb><rt>つよ</rt></ruby>い執着をもつてゐた。須磨子にさういふ性格を認めてゐた私は、師匠であり、愛人である抱月氏に別れたこの女優が、石に<ruby><rb>噛</rb><rt>かじ</rt></ruby>りついても、屹度自分に注がれた故人の愛と製作とを完成するだらうと信じてゐたのだ。

ところが、抱月氏の生存当時、須磨子の勝気に<ruby><rb>圧</rb><rt>お</rt></ruby>しひしがれてゐた多くの男と女とは、抱月氏が亡くなると、<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>寄つて<ruby><rb>集</rb><rt>たか</rt></ruby>つてこの女優を<ruby><rb>苛</rb><rt>いぢ</rt></ruby>め出した。この蔭に憎むべき策略と嫉妬とが潜んでゐたのは言ふまでもない。勝気だとはいふものの、須磨子も女である。かういふ自分の周囲を見るにつけて、どれ程か世間の酷薄を恨むだだらう。今になつて自分を苛める人の多くが、かつてはノラを賞め、マグダを賞め、ケテイを賞め、ヷンナ夫人を賞めちぎつた人達であるのを思ふと、今更のやうに抱月氏の胸一つが、<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>ぢよ</rt></ruby>にとつて<ruby><rb>渝</rb><rt>かは</rt></ruby>らぬ人生であり、真実であるのを思はぬ訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつたらう。

それを思ふにつけて、須磨子は自分の上に残された抱月氏の愛と芸術とを完成させるのは非常に難かしい事だと気づいたに相違ない。女は努力を捨てた。雪国の花の<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐる根強い力を捨てた。そして自殺を選んだ。

かくして「愛」は完成された。そして「芸術」は未完成の<ruby><rb>儘</rb><rt>まゝ</rt></ruby>で残された。

須磨子の恋と芸術<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（上）</span>１・８（夕）

亡くなつた松井須磨子については、自分は大きな<ruby><rb>誤解</rb><rt>はきちがひ</rt></ruby>をしてゐた。それは<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>も言つた通り、須磨子は島村抱月氏の歿後、故人が愛と製作の対象として<ruby><rb>労</rb><rt>いた</rt></ruby>はつた<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>ぢよ</rt></ruby>自らの生活なり、芸術なりを、自分の手一つで完成するに相違ないと思つた事だ。実をいふと、抱月氏が亡くなつた当時、もしや須磨子が、といふ考へをほんの一寸持たない事も無かつたが、その次ぎの瞬間、自分は直ぐその平生を思ひ浮べて、いや死ぬまい、須磨子は屹度生き<ruby><rb>存</rb><rt>ながら</rt></ruby>へて自身の生活と芸術の完成に努めるだらうと思つてゐた。

それは抱月氏の手一つで育て上げられた<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>の芸術を完成するといふ事で、須磨子は永久に抱月氏の霊と結婚が出来るのを信じてゐたからだ。無論それには須磨子自身のやんちやで、一本気な感情生活をも思ひ合はさない事もなかつた。

実をいふと、須磨子の感情生活は、決して<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆたか</rt></ruby>な方ではなかつた。<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>は怒つたり、<ruby><rb>拗</rb><rt>す</rt></ruby>ねたり、泣いたり、声を立てて笑ふ<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>はよく知つてゐたが、あのジヨコンダの口もとに見るやうな底の知れない深味のある<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほゝゑみ</rt></ruby>の味ひは<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らうともしなかつた。自分は須磨子が神戸の大黒座でサロメを上演する当時、頼まれて講演に往つた事があつた。その時自分は京役者の坂田藤十郎が、江戸の舞台を踏む時、あちらの水は<ruby><rb>不味</rb><rt>まづ</rt></ruby>くて飲めないからといつて、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>京の水を樽詰にして海道筋を下つたといふ話をした。そして須磨子も水道の水を平気で飲まないで、少しは水の味も解るやうな感能の訓練をして貰ひたいものだといふ事を附け加へておいた。話しが済むで舞台裏へ入ると、そこに立聴きしてゐた抱月氏と須磨子とは、互に顔を見合はせてくつ〱笑つてゐた事があつた。自分は感能の訓練からも、須磨子がその感情生活を一層豊にする事が出来るのを言つた積りだつた。

ところが、だしぬけに抱月氏が亡くなつた。愛の上にも、芸術の上にも、二つのものが一つに生きてゐたのが、今はたつた一人で生きて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなければならなくなつたのだ。須磨子は自分の眼の前で世界が引つくり<ruby><rb>覆</rb><rt>かへ</rt></ruby>つたやうに思つたに相違ない。実際そんな気持を持たないで済まされる筈はなかつた。芸術座が安心して立つてゐる「早稲田」といふ世界は、抱月氏が亡くなると、直ぐと須磨子の方に白い眼を見せ出したのだから。

しかし雪国の花の根強い力と、自分の芸術に対する自信とを<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐる須磨子は、この愛人の「死」と面と向き合つて、もしくは掴み合つても、屹度自分の芸術を完成させようと努力するに相違ないと思つた。何故といつて、須磨子が自分の女優生活を意義のあるものとするには、また自分と自分の芸術とに犠牲的な愛を傾けてくれた抱月氏の短い<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を延長させるには、多くの意味において二人の合作であるその芸術に奉仕し、貞実を尽すより外に<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>がなかつた。二人はかくして永久に霊の結婚が出来るわけだつたのだから。

その感情生活はいふ迄もない事、その全生活において、須磨子は抱月氏の「死」の前で屹度見違へる程変つて来るだらうと、自分はそれを<ruby><rb>待設</rb><rt>まちまう</rt></ruby>けてゐた。しかし待設けたものは来ないで、思ひがけなく須磨子の死が次いで現れた。

須磨子の恋と芸術<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（下）</span>１・９（夕）

須磨子は死んだ。何故自殺までしたかといふ事については<ruby><rb>一昨日</rb><rt>をととひ</rt></ruby>も言つた通りだが、も少し詳しく言ふと、一つには抱月氏が亡くなつた悲しさに堪へられなかつたのと、今一つはその周囲が、世間が余りにこの女優に険しい顔を見せ過ぎたからに相違ない。

須磨子も一旦は「死」の悲しみを突きぬけて、芸術に生きよう、抱月氏の愛を<ruby><rb>完</rb><rt>まつた</rt></ruby>うするためには、女性を捨てて芸術家になり<ruby><rb>畢</rb><rt>をは</rt></ruby>せよう、それより外に道は無いと思ひ込んだらしかつた。そして持前の根強い力で一人ぼつちの寂しい道を<ruby><rb>鑿</rb><rt>き</rt></ruby>り<ruby><rb>拓</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かうとはしたが、女の身にとつて掛替のない愛人の死は<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>へがたない重荷であつた。この場合その周囲が、世間がもつと<ruby><rb>同情</rb><rt>おもひやり</rt></ruby>のある眼で、この女流芸術家を見送つてやつたなら、須磨子は啜り泣きをしながらも、その寂しい旅を続けたかも知れなかつた。

しかし世間はつらかつた。つらい世間の前に立つて、自分をあれ程までに<ruby><rb>労</rb><rt>いた</rt></ruby>はり<ruby><rb>羽含</rb><rt>はぐく</rt></ruby>んでくれた亡き人の犠牲的な愛を思ふと、須磨子は堪へ難い思ひがしたに相違ない。<ruby><rb>性</rb><rt>セツキス</rt></ruby>のない芸術家になり<ruby><rb>畢</rb><rt>をは</rt></ruby>せようとしたこの女優は、象牙の塔から滑り落ちるやうな思ひで、また「女」に帰つて来た。そして恋しい男の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を追うて死に急いだ。

つまり女としての須磨子が、芸術家としての須磨子に勝つたのだ。<ruby><rb>手短</rb><rt>てみじか</rt></ruby>に言ふと芸術が<ruby><rb>性</rb><rt>セツキス</rt></ruby>に敗れたのである。さう考へて来ると、私は自分の須磨子に対する見当違ひを恥ぢると共に、芸術家としての須磨子が、私の思つてゐたほど心境が進んで居なかつたのを悲しまぬ訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かない。

言ふまでもなく抱月氏の死は、須磨子にとつて堪へがたい歎きであつたに相違ない。しかし私はこの女優が芸術家としての修養は、これ程の重い歎きにも堪へ得るだけの感情の<ruby><rb>撓</rb><rt>しな</rt></ruby>やかさを持つてゐるに違ひないと思つてゐた。自分の扮する女主人公の心持を演出するのに、長らく苦労を積んで来た須磨子は、自分の感情を支配し統御するだけの落付きをも、多少は<ruby><rb>了解</rb><rt>のみこ</rt></ruby>んでゐる筈だからと思つてゐた。芸術家の心境が、<ruby><rb>普通</rb><rt>たゞ</rt></ruby>の人と違つてゐるのはこゝの事で、須磨子もこの消息はよく<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>へてゐるものとばかり私は信じてゐた。力のみでは足りない、修養の境地である。――ところが、須磨子はこゝから滑り落ちた。これまでの芸術家から、<ruby><rb>生地</rb><rt>きぢ</rt></ruby>の女にかへつて。

須磨子の自殺は「愛」の完成に達する一つの道に相違ない。しかし私は「愛」と「芸術」との二つが一つのものとなつて、やがて完成される今一つの道があるのを信じて疑はない。その道は遠くて険しいかも知らないが、選ばれた者の道である。須磨子がこの道を辿らなかつたのは、返す〲も惜しまれる。――とはいふものの、抱月氏さへ今暫く生きてゐたら、須磨子もやがてはこの心境に到達する事が出来たのに相違なかつた。それにつけても思ふ、芸術家に一番大切なものは修養と境遇であると。

女としての須磨子に負けた芸術家としての<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>をんな</rt></ruby>は、最後の一刹那にまた頭を持上げて来た。そして自分の「愛」を完成させるのに、最も劇的であり、ロマンチツクである自殺を選んだ。のみならず、自殺に用ふる<ruby><rb>扱帯</rb><rt>しごき</rt></ruby>の色の青と<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>とを比べて、<ruby><rb>紅</rb><rt>べに</rt></ruby>を選ぶやうな用意をさへ尽した。この一刹那に、この女優が<ruby><rb>嘗</rb><rt>かつ</rt></ruby>て舞台に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>した事のある<ruby><rb>沙翁</rb><rt>さおう</rt></ruby>劇の女主人公、<ruby><rb>埃及</rb><rt>エヂプト</rt></ruby>の女王クレオパトラの最後が、強い暗示として閃かなかつたと誰が言ひ得よう。芸術家としての須磨子は、最後の一刹那にまた<ruby><rb>蘇生</rb><rt>いきかへ</rt></ruby>つて来た。

かくして幕は急に切つて落された。須磨子自身の生活は、この一刹那に最も芸術化された。愛は完成され、生活は芸術となつた。しかし須磨子自らの辿つてゐた芸術は、未完成のまゝ残された。

西園寺侯と千円包１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

――「あの人はクレマンソウとは学校友達ださうだよ。」

「さうだつてね。講和大使には打つて附けの人だね。」

「さうともさ。クレマンソウが忘れてゐてさへくれなかつたらね。」

かういふわけから挙国一致で講和大使として近々<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>へ出掛ける筈の西園寺侯が、いつだつたか相国寺の橋本独山和尚に書を頼んだ事があつた。

独山和尚は富岡鉄斎の弟子で、南画もかなり<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>く<ruby><rb>方</rb><rt>ほう</rt></ruby>だ。ある時人に<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>いてくれた自分の<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>が、新画の展覧会に売物に出てゐるのを見て、和尚は急にしかめつ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>になつた。そして言ひ値通りに買ひ取つて、

「<ruby><rb>衲</rb><rt>わし</rt></ruby>の画は売り物ぢやない。」

と言つて、その場で<ruby><rb>破</rb><rt>さ</rt></ruby>いて捨てたといふ事を聞いた。尤も画は和尚のものに相違なかつたが、払つた金は信徒の喜捨金だつたかも知れなかつた。

くれぐれも言つておくが、西園寺侯の頼むだのは書で、画の方ではなかつた。すると間もなく書が書けて来た。立派な出来で、なかには画かと思はれるやうな読みにくい文字もあつたが、それも<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて面白かつた。西園寺侯は執事を呼んで、早速和尚の手もとに謝礼をとゞけるやうに言ひつけた。

「幾ら位包むだものでございませう。」

侯爵は籠の<ruby><rb>金糸雀</rb><rt>かなりや</rt></ruby>のやうに、一寸首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。

「千円も包むかな。」

「はい、承知<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りました。」

執事は頭を下げて次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>に下らうとした。その途端<ruby><rb>篆刻</rb><rt>てんこく</rt></ruby>家の桑名鉄城氏ががつしりした肩を揺がしながら入つて来た。一体殿様だの、物特だのが何か大それた事でも<ruby><rb>仕出来</rb><rt>しでか</rt></ruby>さうとする時には、次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>からよく人が<ruby><rb>留</rb><rt>と</rt></ruby>め<ruby><rb>立</rb><rt>だて</rt></ruby>に出て来るもので、それが二千石の家老であらうが、篆刻家であらうが少しの差支もない。

「御前、千円は少し多過ぎは致しますまいか。幾ら和尚にしましても、書で食つてゐられる訳でもございませず、言はばお素人の事でございますから。」

篆刻家は座につくなりかう言つて、侯爵の顔を見た。そして京都中の「専門家」といふ階級を代表して、お<ruby><rb>公家</rb><rt>くげ</rt></ruby>様に直訴でもしたやうな興奮した気持になつた。

侯爵はじろりと篆刻家を見かへした。

「和尚は素人だから、千円も包まなければならないのだ。それを職業にしてゐる<ruby><rb>黒人</rb><rt>くろうと</rt></ruby>だつたら、<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つた相場といふものがあるからね。」

「成程、恐れ入りましてございます。」

篆刻家は一字幾らと相場の<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つた<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で額を撫であげながら感心した。執事は次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>へ下つて金包を拵へにかゝつた。

西園寺侯は世間の噂に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず、実際悧巧なところがある。何故といつて、相手は素人とは云ひながら、頭を<ruby><rb>円</rb><rt>まる</rt></ruby>めた出家である。格外れなお礼をしておけば、次の世では屹度よい所へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>ける。少くとも田中村の別荘よりは。

海洋自由問題の鍵１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

海洋自由の問題が、英国と米国との間にどうやら<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしいこだはりを拵へさうになつて来た。事によつたら双方とも負けず劣らず軍艦を拵へ出すやうになるかも知れないが、かういふ問題を解決するには、そんな意気込みも無くては叶ふまい。

むかしむかし、<ruby><rb>埃及</rb><rt>エヂプト</rt></ruby>にアマアシスといふ王様があつた。王様にしておくのは勿体ない程の<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>で、数多い学者のなかには、この人のお蔭になつたのも少くはなかつた。ところが、その頃エシオピアにも学問好きの王様があつて、<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>さへあると<ruby><rb>難</rb><rt>むつか</rt></ruby>しい問題を担ぎ出して来て、埃及王と智慧比べをしたものだ。それも<ruby><rb>普通</rb><rt>たゞ</rt></ruby>の智慧比べとは違つて、狭からぬ土地を賭けて、互に領地の<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>取</rb><rt>とり</rt></ruby>をしたものだ。実際今時の武力で領土の遣り取を<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>める状態に比べたなら、王様の智慧比べの方が罪がなくて、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に人を殺さないだけでも良いかも知れない。

エシオピア王はある時素敵に<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしい問題を担ぎ出して来た。それは埃及王がもしか海の水をすつかり飲み干す事が出来たなら、自分の領土にある幾つかの都を譲り渡さう、その代りそれが出来なかつたらエンフワンチイ一帯の土地をそつくり自分の方に渡して欲しいといふのだ。

「海の水を飲み干せといふのだ。どうしたもんだらうて。」

埃及王は賢い筈の家来達を幾人か集めて相談をしたが、誰ひとりいい考へを持つてゐなかつた。埃及王は<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て自分が智慧袋にしてゐる<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシヤ</rt></ruby>の哲学者ビヤスに<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>を立てて訊く事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めた。

ビヤスは多くの友達と一緒にコリンスのある宴会に招かれて往つてゐた。埃及王の<ruby><rb>使者</rb><rt>つかひ</rt></ruby>はそこまで尋ねて往つて使ひの<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>を通じた。

「あれだけ多くの人民を支配し、あれだけ広い土地を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐながら、何が不足でまた海まで飲み干さうといふのだな。」

哲学者は御馳走にくちくなつた腹を抱へて笑ひ笑ひ言つた。

「先生方はお笑ひになるかも知れませんが、それが出来なかつたら、王様の御領内をエシオピア王に捲き上げられてしまふのです。」

<ruby><rb>使者</rb><rt>つかひ</rt></ruby>は小鳥のやうに頼りなささうな目付をした。

「それぢや、エシオピア王にかう言つて返事をするがいい。」と哲学者は即座に言つて聞かせた。「いかにもお言葉通り海は飲み干しませうから、その代り海へ入つて来る世界中の河といふ河の水を、すつかり<ruby><rb>堰</rb><rt>せ</rt></ruby>きとめて戴きたいと言つて。」

その場に居合はす多くの賢人達はそれを聞いてビヤスの頓智にすつかり感心してしまつたといふ事だ。

海洋自由の問題も、どうかしてこんな事で解決はつかないものか知ら。

鴈治郎の涙１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

中村鴈治郎が、もとの<ruby><rb>北陽</rb><rt>ほくやう</rt></ruby>芸妓<ruby><rb>喜代次</rb><rt>きよじ</rt></ruby>を愛してゐた事は知らぬ人もあるまい。その喜代次は松井須磨子の自殺したのと同じ日に、同じ三十四の<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>であの世へ旅立つて往つた。

老年になつてからの恋で、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に女といふものは自分が見捨てさへしなかつたら、俳優のためだつたら地獄のどん底までも<ruby><rb>蹤</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来るものだと信じてゐる鴈治郎は、<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>い女に先立たれて、まるで雷にでも打たれたやうにぽかんとして、

「どないなるのやらう、まるで夢のやうやな。」

と言ひ言ひ暮してゐる。

それを見た<ruby><rb>悪戯者</rb><rt>いたづらもの</rt></ruby>の<ruby><rb>実川</rb><rt>じつかは</rt></ruby>延若は、黙つてはゐなかつた。

「兄さん、そないくよ〱考へてばかしゐても<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>やうおまへんぜ。もつと気を大きく持ちなはれ。」

「<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>もそない思うてんのやが、つい<ruby><rb>那女</rb><rt>あれ</rt></ruby>の事が思はれるもんやよつてな。」

悲しさうに眼をしよぼ〱させる鴈治郎の顔を延若は不思議さうに眺めた。この<ruby><rb>悪戯者</rb><rt>いたづらもの</rt></ruby>の考へでは女に対する仕打は笑ふか、忘れるかしてさへゐればそれでいいので、涙を<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>すなどは贅沢な沙汰に過ぎなかつた。

「兄さん、気晴らしに一遍遊びに<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きまひよかいな。」延若はにや〱笑ひながら靴滑りのやうに曲つた<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>を撫でまはした。「あんたに見せたい〱と思うてる<ruby><rb>妓</rb><rt>こ</rt></ruby>が一人おまんのやぜ。」

「もう〱、そんな話聞くのも厭や。」

鴈治郎は<ruby><rb>老</rb><rt>としよ</rt></ruby>つた尼さんのやうな寂しさうな眼もとをして、<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>をふつた。その<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>は女の涙を拭いてやるために<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>拵へたやうに<ruby><rb>繊細</rb><rt>きやしや</rt></ruby>に出来てゐた。

「でも、<ruby><rb>先方</rb><rt>むかふ</rt></ruby>が、一遍兄さんに会ひたい〱言うてまんのやぜ。」

延若はかう言つて、薬の<ruby><rb>効力</rb><rt>ききめ</rt></ruby>でも見るやうに、じつとこのぼけ<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>し専門の<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>の顔に見入つた。

「さよか、<ruby><rb>先方</rb><rt>むかふ</rt></ruby>がそない言うてるのんやと――」鴈治郎の顔は見る〱<ruby><rb>相好</rb><rt>さうがう</rt></ruby>が崩れた。「会うだけなら一遍会うても構やへんな。」

延若は首を<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>めて嬉しがつた。浮気つぽい鴈治郎の魂を見極めたやうに嬉しがつたが、そんな女といふのは何処にも居ないので、話はそれつきりで、その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>は忘れたやうにけろりとしてゐる。

西園寺侯と鏡１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

松井須磨子が出世狂言『ノラ』の作者、<ruby><rb>那威</rb><rt>ノールウエー</rt></ruby>の詩人イブセンは色々人と<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた癖をたんと持つてゐたが、<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたま</rt></ruby>の好みなぞもその一つで、普通ならば綺麗に櫛の目が立つたのがよかりさうなものだのに、その人は、

「こんな、ちやんとしてゐるのは一向詩人らしくない。」

と言つて、油もつけねば、櫛も入れず、いつも鳥の巣のやうな頭をして得意でゐたものだ。

だから帽子なぞも世間にあり触れたのでは気に入らないで、いつもなかに鏡の仕掛けのあるのを<ruby><rb>冠</rb><rt>かむ</rt></ruby>つてゐた。そして人を訪ねる時玄関先へ来ると、<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに一寸帽子を脱いで、自分の頭をうつして見たものだ。もしか髪の毛がちやんと綺麗に押へつけられてゐでもすると、イブセンは不機嫌な顔をして、

「直ぐもうこれだ。厭になつちまふ。」

と言ひ〱、片手を髪の毛のなかに突つ込んで、なかから兎でも追ひ出すやうに、<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>に<ruby><rb>引</rb><rt>か</rt></ruby>つ<ruby><rb>攪</rb><rt>か</rt></ruby>きまはす。そして頭が鳥の巣のやうに乱れて来ると、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と気に入つたやうに、にやりと笑ひながら案内を頼んだものださうだ。

幕末の志士、佐久間<ruby><rb>象山</rb><rt>しやうざん</rt></ruby>は、あゝいふ気象の激しい人に似合はず、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>にはいつも鏡を忍ばせてゐた。<ruby><rb>独</rb><rt>ひとり</rt></ruby>で黙つて考へ込んでゐる時でも、人と口論する時でも（世の中には人と口論する時の外はいつも黙りこんでゐる人がよくある、象山がそんな人だつたか、どうだかは知らない）どうかすると、思ひ出したやうに<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から鏡を取り出して、じつと見入つたものだ。何だつてそんな真似をするのだと訊くと、象山は馬のやうに長い顔をしかめて、

「人間の心はその儘顔に現れるものだ。<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>はかうして自分を戒めてゐるのだ。」

と言ひ言ひしてゐた。<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に相手が鳥の羽のやうに<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>つ<ruby><rb>片</rb><rt>ぺら</rt></ruby>な事でも言ひ出すと、象山は直ぐと<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>へ手を突つ込んで、

「まあ、一寸お前の顔を見るがいい。」

と、鏡を取出して見せたものだ。そして相手があんぐり口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて、<ruby><rb>齲歯</rb><rt>むしば</rt></ruby>の痛みを覗き込まうとも、そんな事は頓着しなかつた。

講和特使として<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>に出かける西園寺侯に勧める。会議の席上では、まさかの時の用意としてお花さんの鏡を借りてゆく事だ。すれば<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>のいゝ事を言つて自分達の国のためばかり計つてゐる講和委員に、その顔を見せることも出来るし、時折はまた、空色のネクタイの歪むだのを直すことも出来るから。

池上市長と道路１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

近頃の大阪市の道路ほどひどいものを自分はまだ見た事がない。少し雨でも降り続くと、道といふ道は、まるで糠味噌のやうに<ruby><rb>濘</rb><rt>ぬか</rt></ruby>つてしまふ。すべて<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い物には、税がかゝるものだと信じてゐる大阪人は、それでも黙つて<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>して、馬のやうに<ruby><rb>抜脚</rb><rt>ぬきあし</rt></ruby>して、そのなかを歩き廻つてゐる。

十八世紀の初め頃、<ruby><rb>墺太利</rb><rt>オーストリー</rt></ruby>の<ruby><rb>維也納</rb><rt>ウヰンナ</rt></ruby>の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>が<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>どそれで、雨降りの日にでもなると、<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>は大ぬかりにぬかつて、市民は外へ出るのが億劫でならなかつた。その頃の宰相はロブコウヰチ公といふ政治家で、ひどくそれを苦に病んで、幾度か市民あてに訓令を出しは出したが、<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>はいつまで経つても少しも綺麗にはならなかつた。

宰相は一思案した。で、ある日の事市長を官邸に<ruby><rb>招待</rb><rt>せうだい</rt></ruby>した。蛙のやうに<ruby><rb>泥濘</rb><rt>ぬかるみ</rt></ruby>に住む事の好きな市長も、目上の人から<ruby><rb>招待</rb><rt>せうだい</rt></ruby>される有難さは知つてゐた。その日になると、市長はしつくりと礼服を着込み、絹製の<ruby><rb>韈</rb><rt>くつした</rt></ruby>に、おろし立ての靴を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いて、大威張りで出かけて往つた。

宰相はにこ〱顔で出迎へてくれたが、二言三言話してゐるうちに急に顔を曇らせた。

「今日は君とゆつくり落ちついて話したいと思つてゐたのだが、急に<ruby><rb>差逼</rb><rt>さしせま</rt></ruby>つた用事が起きたので、これから出掛けなくつちやならん。ついてはお気の毒だが、私と一緒に馬車に乗つて<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>用談を聞いてはくれまいかね。何ならお宅の前で車をとめるから、君の馬車は返したがいゝぢやないか。」

宰相の馬車に<ruby><rb>相乗</rb><rt>あひのり</rt></ruby>が出来る事だつたら市長は鞄となつても<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はない程だつたので、二つ返事ですぐ承知して、自分の馬車は先へ返した。そして大めかしにめかし込んだ姿で、宰相の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に腰をかけてゐた。宰相は<ruby><rb>途々</rb><rt>みちみち</rt></ruby>馬や、お天気や、英吉利の政治家の噂などそんな下らない事ばかり話して、用談らしい事は一向<ruby><rb>噯</rb><rt>おくび</rt></ruby>にも出さなかつたが、馬車が維也納でも名うての汚い町へ入つて来ると、急に慌て出した。

「これは怖ろしく汚い道へ出た。すつかり道を間違へたものと見える。気の毒だが君には下りて貰はうぢやないか。もう約束の時間に間も無いのに、これからまた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>がへりをしなくちやならないんだから。」

市長は馬車の<ruby><rb>扉</rb><rt>ドア</rt></ruby>をあけて外を見た。町は<ruby><rb>泥田</rb><rt>どろた</rt></ruby>のやうにぬかつてゐた。市長は自分の礼服を見、絹の韈を見、おろし立ての靴を見て泣き出しさうな顔になつた。

「これぢや、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も歩けさうにありませんから、も少し先きまで御一緒に願はれますまいか。」

「それは<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>かん。<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>時間が<ruby><rb>差逼</rb><rt>さしせま</rt></ruby>つてゐるんだから。」

宰相はきつぱりと跳ねつけた。

市長はすつかりあきらめたらしく、いきなり馬車を飛び下りた。そして蛙のやうな恰好をして<ruby><rb>泥濘</rb><rt>ぬかるみ</rt></ruby>のなかを泳ぎ廻つた。宰相は馬車の窓からそれを見おろして声を立てて笑つた。

お蔭で、それから暫くすると、維也納の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>は見違へる程立派になつた。大阪の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>に困つてゐる人達よ、一度雨降りの日に自動車の窓から池上市長や市会議員やを<ruby><rb>泥濘</rb><rt>ぬかるみ</rt></ruby>のなかに<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り出してみたらどんなものだらう。理窟よりも実物教育の判り易いこの人達だけに、案外<ruby><rb>効</rb><rt>ききめ</rt></ruby>があるかも知れない。

狩野博士の<ruby><rb>門違</rb><rt>かどちが</rt></ruby>ひ１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

文学博士狩野<ruby><rb>直喜</rb><rt>なほき</rt></ruby>氏は洛東田中<ruby><rb>町</rb><rt>ちよう</rt></ruby>に住んでゐる。田中町は以前お玉杓子や二十日鼠が棲んでゐた頃は村といつたものだが、大学教授の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>や<ruby><rb>牛乳屋</rb><rt>ミルクホール</rt></ruby>が出来るやうになつてから町といふ事になつた。狩野博士はその町にゐる漢文学の研究者である。

同じ文科大学に勤めてゐる博士小西<ruby><rb>重直</rb><rt>しげなほ</rt></ruby>氏は、鴨河を一つ隔てた塔の段に住んでゐる。ある日の<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>過ぎ、狩野氏はその小西氏を訪ねる約束があるので、<ruby><rb>俥</rb><rt>くるま</rt></ruby>に乗つて<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を出た。田中町から塔の段へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのには、学者の生活のやうな寂しい一筋道を真つ直に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>けばいゝのだが、途中に鴨河が流れてゐて、それに橋が一つ<ruby><rb>架</rb><rt>かゝ</rt></ruby>つてゐる。

俥が橋のなか程まで来ると、<ruby><rb>俥夫</rb><rt>くるまや</rt></ruby>はがたりと梶棒をおろした。狩野氏はそれまで両脚を<ruby><rb>蹴込</rb><rt>けこみ</rt></ruby>に突張つたまま、じつと眼をつむつて、頭のなかで孟子と議論をしてゐたが、不意に俥がとまつたので、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して眼をあけた。見ると孟子は居ないで、孟子よりか少し腕つ節の<ruby><rb>勁</rb><rt>つよ</rt></ruby>さうな<ruby><rb>俥夫</rb><rt>くるまや</rt></ruby>が立つてゐた。

「橋普請がおして、俥は通れまへんさかい、一寸おりとう呉れやす。」

<ruby><rb>俥夫</rb><rt>くるまや</rt></ruby>は汗を拭き〱頭を下げた。

博士は元気よく蹴込から飛びおりた。そして橋普請の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を<ruby><rb>俥夫</rb><rt>くるまや</rt></ruby>が一人でえつちらおつちら重い俥を持ち悩んでゐるのを見ると、もう黙つてゐられなくなつた。

「待て〱。<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>が担いでやらう。」

狩野氏はかう言つて、いきなり俥の輪に手をかけた。そして蟻が物を運ぶやうにして、やつとこさで橋の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>まで俥を担いで来た。

塔の段まで来ると、小西氏の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は直ぐに判つた。客は玄関に立つて案内を頼んだ。すると<ruby><rb>丸髷</rb><rt>まるまげ</rt></ruby>の美しい女が出て来て、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに畳の上に鼻先をすりつけた。

「御主人は<ruby><rb>在</rb><rt>ゐ</rt></ruby>らつしやいますか。」

「あいにくと、<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は<ruby><rb>不在</rb><rt>るす</rt></ruby>でございますので。<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>さまは？」

丸髷は一寸顔をあげた。

「狩野です。いづれまた伺ひますから。」

漢文学の専攻学者は、かう言ひ残して、すぐに俥に乗つた。そして頭のなかでまた孟子と掴み合ひをしながら田中町へ帰つて来た。

その翌る日も狩野氏は俥に乗つて、塔の段の倫理学者を訪ねた。そしてまた橋普請のところへ来ると、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>と同じやうに俥を担いでやつた。

だが、小西氏は相変らず<ruby><rb>不在</rb><rt>るす</rt></ruby>だつた。

「いづれまた伺ひます。」

と、漢学者は何気なく言ひは言つて外へ出たが、幾らか機嫌を悪くしてゐた。

「あんなに約束までしておいたのに、二日も<ruby><rb>不在</rb><rt>るす</rt></ruby>を続けるなんて、<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからん。」

狩野氏はその日は<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>頭の中で倫理学者を<ruby><rb>非難</rb><rt>けな</rt></ruby>し続けてゐた。孟子は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>のいさかひも忘れたやうに、その日は横つちよから、ちよい〱気の利いた助言を言つてくれた。

その翌日、狩野氏は大学の教官室で小西氏の顔を見ると、すぐ口を<ruby><rb>尖</rb><rt>とが</rt></ruby>らせた。

「君もひどい男だね。約束しておいて二日も<ruby><rb>不在</rb><rt>るす</rt></ruby>を食はすなんて。」

倫理学者はけげんさうな顔をした。

「なに、君の方が僕に待ちぼうけを食はせたのぢやないか。」

「え、待ちぼうけだつて。」

「さうだよ。待ちぼうけぢやないかね。」

二人は腑に落ちなささうな顔と顔とを突きつけた。で、よく話合つてみると、狩野氏が訪ねて往つたのは、小西氏のすぐ隣のある銀行家の家だといふ事が<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>つた。

「さうか。隣だつたのか。」

漢学者は頭をかいて恐縮した。その頭のなかでは、孟子が墨子や朱子や王陽明やと一緒に声を立ててからからと笑つてゐた。

<ruby><rb>亡</rb><rt>ばう</rt></ruby>広岡浅子夫人１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

広岡浅子<ruby><rb>刀自</rb><rt>とじ</rt></ruby>が亡くなつた。年中洋服を着て、古くから日本にあるものは、<ruby><rb>凡</rb><rt>すべ</rt></ruby>てやくざ物だとばかり思ひ込んでゐた面白い婆さんだつたのに惜しい事をした。生れつき激しい気性だつたが、晩年に基督教に入つてからは幾らか<ruby><rb>温和</rb><rt>おとな</rt></ruby>しくなつてゐた。尤も宮川経輝氏の話によると、一度軽井沢で実の兄と碁を打つて、折角の信仰がめちやめちやになつたさうだ。碁を打つてめちやめちやになる信仰や<ruby><rb>嚏</rb><rt>くさめ</rt></ruby>をしてけし飛んでしまふ哲学なぞも、牧師の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>にはたんと有るものと見える。

むかし英吉利にダヴヰツド・ヒユウムといふ懐疑派の哲学者があつた。或日エデインバラの<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を歩いてゐる時、どうした<ruby><rb>機</rb><rt>はず</rt></ruby>みか橋から滑り落ちて沼に<ruby><rb>陥</rb><rt>はま</rt></ruby>つた事があつた。馬のやうな正直者すら、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>には橋から滑りおちる事のある世の中だ。哲学者が沼にはまるのに少しも不思議はない筈だ。

ヒユウムは<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうな恰好をして、<ruby><rb>泥濘</rb><rt>ぬかるみ</rt></ruby>のなかを泳ぎまはつた。不信心な哲学者に当てつけたやうに、その日は誰ひとり橋の上を通りかゝる者がなかつた。ヒユウムは人生問題の研究も、何もかも忘れてしまつて、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢゆう泥だらけになつて<ruby><rb>踠</rb><rt>もが</rt></ruby>いたが、さて<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うする事も出来なかつた。

<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と時が経つて、一人のお婆さんがそこを通りかかつた。哲学者は<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうに沼のなかから泣き声を立てた。

「お婆さん、ちよつと手を貸しておくれ。<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>からここに落つこちて困つてゐるんだ。」

お婆さんは信心深い女で、<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>から教会で人を助け上げるのは大層立派な行ひだといふ事を教はつてゐた。それが<ruby><rb>溝</rb><rt>どぶ</rt></ruby>からであらうと、<ruby><rb>墨汁</rb><rt>インキ</rt></ruby>壺からであらうと、そんな事は同じであつた。婆さんは<ruby><rb>前屈</rb><rt>まへかが</rt></ruby>みに手を伸ばしたが、ひよいと泥の中に立つてゐる男の顔を見ると、慌てて手を引つこめた。

「お前さんはヒユウムさんぢやないかね。」婆さんは残り少なの歯を<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>露</rb><rt>む</rt></ruby>いてみせた。「<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>神信心をしない<ruby><rb>罰</rb><rt>ばち</rt></ruby>だよ。いいえ、<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>罰</rb><rt>ばち</rt></ruby>だよ。幾ら助けたいにも、お前さんだと知つちや、助けられないぢやないか。」

懐疑哲学者はべそを掻き出しさうな顔をして、婆さんをふり仰いだ。

「まあさ、そんなに言はないで手を貸しておくれよ、私だつて神信心しない事があるもんかよ。」

「いや、信じなさらない、その証拠にはいつもマリヤ様の<ruby><rb>悪口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>を言うてゐなさる。」

「いや、違ふよ、私は実際信心家なんだ。」

泥だらけの哲学者は、哲学が到底自分を助けてくれないものと気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、その儘泥だらけの信心家になつてしまつた。

「それぢや、そこで<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>教の掟を読みあげてみなさるがいい。さうすりや助けないものでもない。」

「読みあげるともさ。ぢや、お聴きよ。」

哲学者はビスケツトのやうに乾いた唇で、うろ覚えの信仰箇条を読みあげた。すると、婆さんはやつと安心したやうに手を出してヒユウムを引張り上げてくれた。

もしかその婆さんが、広岡浅子夫人だつたら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うだらう。事によると、物干竿でも担ぎ出して来て、この気の毒な哲学者を<ruby><rb>撲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>り殺したかも知れなかつた。

<ruby><rb>新村</rb><rt>しんむら</rt></ruby>博士と閣下１・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

京都大学の文科教授新村<ruby><rb>出</rb><rt>いづる</rt></ruby>博士は、言語学者で、<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>で、おまけに万事によく気がつく方なので、これまでだつて、亡くなつた上田敏氏の未定稿『ダンテの神曲』を刊行した事以外には、滅多に<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじり</rt></ruby>なぞしなかつた。――大きい声では言はれないが、上田氏の『神曲』の邦訳は、あんなに刊行しないで、

「遺稿には神曲の訳本がある。なかなか珍しいものだよ。」

といつた風に、唯噂だけ振り撒いて置く方がよかつたのだ。噂だけの美しい女があるやうに、噂だけの書物があつたつて少しの差支もない。

その新村氏が最近一つの<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじり</rt></ruby>をした。と言つても何も専門の言語学の事ではないのだから、どうか安心して欲しい。話の起りは、この一<ruby><rb>月</rb><rt>げつ</rt></ruby>の年始状からの事で、春早々氏の玄関に投げ込まれた数多い年始状のなかに「榊原<ruby><rb>政職</rb><rt>まさより</rt></ruby>」といふ人から寄こした一枚の葉書があつた。

「榊原政職？　誰の事だらうて。つい、ちよつと思ひ出せないが。」

新村氏は<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシヤ</rt></ruby>語や、<ruby><rb>羅甸</rb><rt>ラテン</rt></ruby>語や、<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>語や、そしてやくざな日本語が福神漬のやうに一杯詰つてゐる頭へ手を当てがつてじつと考へた。

「榊原康政――榊原<ruby><rb>琴洲</rb><rt>きんしう</rt></ruby>――榊原健吉……」

言語学者は榊原と姓のつく者を<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>つ<ruby><rb>端</rb><rt>ぱし</rt></ruby>から記憶のなかに呼び出してみた。一人は徳川の四天王、一人は江戸の国学者、一人は幕末の剣術使ひで、新村氏とはみんな深い<ruby><rb>昵懇</rb><rt>なじみ</rt></ruby>であつたが、不都合な事には、誰一人年賀状を<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>してゐなかつた。

「榊原政職――一体誰の事だらうな。」

その瞬間、新村氏は自分が子供の時分よく、<ruby><rb>自宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ遊びに来てゐた榊原といふ軍人がある事を思ひ出した。

「榊原政職――さうだ〱、てつきりあの軍人に相違なからう。何でも陸軍少将までに<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つて、今は予備になつてゐるやうに聞いたつけが。」

言語学者は早速返しの年賀状を<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めた。活版刷の葉書の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に、一度親しくお目に懸つて、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>御話が伺ひたいと<ruby><rb>添書</rb><rt>そへがき</rt></ruby>までした。宛名には叮嚀に榊原政職閣下と書きつけた。

それから二三日して、新村氏は何かの会でこの話をした。すると、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>でそれを聞いてゐた文科大学のある教授は、眼を一銭銅貨のやうに円くした。

「榊原政職だつて。君はその人を閣下扱ひにしたのかい。」

「したともさ。陸軍少将で、おまけに先輩ぢやないか。」

「はははは……」その教授は口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて笑ひ出した。「君は知らないのかい、榊原政職つていふ男は、考古学教室の助手ぢやないか。」

「え、考古学教室の助手だつて。」

新村氏はかう言つて、その場に女中でもゐたら、直ぐに「閣下」を取返しにやり兼ねないやうな顔をした。――だが、安心するがよい、新村氏が一つ安売したつて、それがために辞書から「閣下」といふ<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>が減る訳でもないし、もしか<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんと</rt></ruby>に不足でもしたら、その折は代りに文部大臣宛のをでも一つ<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>して、

中橋徳五郎どん

と手短に呼んで置く事だ。

<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>で新村氏に耳打する。これが近頃流行のデモクラシイといふ奴さ。

劇の収入２・３（夕）

今度東京の玄文社では家庭小説の募集について五千円の懸賞をするといふ事だ。前後十八回分で、原稿は最初の三回と最後の一回とだけ、あとは筋を運ばせればそれで<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>いといふ事ださうだから、応募者にとつてこんな都合のいゝ事はない。

日本では<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>も<ruby><rb>興行元</rb><rt>しうち</rt></ruby>も成るべく脚本に金を払ふまいとするから、脚本家として<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>を立てるのはなかなか<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしいが、西洋では脚本を一つ書いて、それが当つたとなると、一つぱしの財産が出来るので、若い野心のある作家達は多く脚本家として立たうとする。

仏蘭西写実派小説の<ruby><rb>開山</rb><rt>かいさん</rt></ruby>バルザツクは、随分たんと小説を書いたが、それだけではまだ書き足らないで、脚本の方へも脚を踏み出さうとしてゐた。ある時友達と二人<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>の大通りを歩きながらこんな話をした。

「僕も一つ脚本でも書いてうんと金儲けをしようかな。なに、本さへ出来上つたら、<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあ</rt></ruby>つて百五十回位は舞台に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せて見せるさ。一回の<ruby><rb>揚</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>高</rb><rt>だか</rt></ruby>がざつと五千<ruby><rb>法</rb><rt>フラン</rt></ruby>として、百五十回で七十五万法。そのなかから脚本料に十二パアセントを取るとして、少くとも八万法にはなる筈だね。」

バルザツクは胸算用をしながら寝不足さうな眼をあげて、じつと友達の顔を見た。友達はお附き合ひに調子を合はせた。

「なる程さう聞けばさうなるね。」

「さう聞けばぢやないよ。実際さうなるんだよ。」とバルザツクは大きな頭を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。「この外に劇場以外から入る収入が先づ五千法。それから脚本一冊の<ruby><rb>売価</rb><rt>うりね</rt></ruby>が三法として三万部で、ざつと……」

「もう判つた〱よ。」と友達は手を掉つた。「ほんとに結構な話だから、どうかその中から三法だけ今貸してくれたまへ。」

「うむ……」バルザツクは<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>の絞め殺されるやうな声を出して眼を白黒させた。

桑原博士の人違ひ２・７（夕）

京都文科大学の教授桑原<ruby><rb>隲蔵</rb><rt>じつざう</rt></ruby>氏は、大きい声では言へないが、一寸そそつかしやである。学者には兜虫のやうな<ruby><rb>沈着家</rb><rt>おちつきや</rt></ruby>と<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>のやうなそそつかしやと二<ruby><rb>種</rb><rt>いろ</rt></ruby>の型があるが、桑原氏はどちらかといへば蜻蛉の方である。

桑原氏は岡崎<ruby><rb>町</rb><rt>ちよう</rt></ruby>の入江に住んでゐる、そしてせつせと東洋史を研究してゐる。ある日の事、研究にも<ruby><rb>倦</rb><rt>う</rt></ruby>んだので、桑原氏は両手を伸ばして大きな<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>をした。退屈な東洋史の研究を続けながら、滅多に欠伸なぞしない桑原氏は実際立派な学者だといつていゝ。だが、その日に限つて桑原氏は研究が厭になつた。多くの学者は研究が厭になると、細君の顔を見てにやりとするか、さもなければ<ruby><rb>狗児</rb><rt>いぬころ</rt></ruby>を連れて散歩に出るものである。桑原氏も欠伸を二つして散歩に出た。

<ruby><rb>聖護</rb><rt>しやうご</rt></ruby>院の曲り角まで来ると、向ふから山高帽を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>た一人の岩丈な紳士がやつて来た。

「たしか見たやうな顔だな。」

と桑原氏は思つた。実際その紳士は東洋史のなかにでもまごついてゐさうな四角い、険相な顔をしてゐた。桑原氏はにやつと笑つてみた。紳士もまたにやつと笑つた。

「てつきり<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を訪ねて来るんだな。」

東洋史の専攻学者はさう思つて、そこに立ちどまつた。

「お越し下さるのですか。」

「え」紳士は妙な顔をして返事をした。

「それぢや御一緒に参りませう。なに、散歩だからいゝんです。」

桑原氏はかう言つて<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>がへりをした。さうして紳士と肩を並べながら、誰だつたかなとこの男の名前を考へてみたが、一向に思ひ出せなかつた。

桑原氏の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に近い<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>の曲り角まで来ると、その紳士は大学教授に頓着しないで、真つ直に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かうとした。

「こつちですよ、<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>は。」

「いえ、私はこちらの方で……そんなら失礼致します。」

紳士は一寸帽子の<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>へ手を掛けて挨拶した。桑原氏は<ruby><rb>呆気</rb><rt>あつけ</rt></ruby>にとられてその後姿を見入つた。

ともかくも一応<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰つてみる事にした。<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰つてみたところで、馬鹿らしい事は矢張り馬鹿らしかつた。桑原氏はまたすぽりと帽子をかぶつて表通りへ出た。すると出会ひがしらにばつたりとまた<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の紳士に<ruby><rb>面</rb><rt>かほ</rt></ruby>を合はせた。紳士は、

「やあ、さき程は。」

と言つて一寸お辞儀をした。桑原氏も同じやうに、

「やあ。」

と言ふには言つたが、余り<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しかつたので、

「はゝゝゝ」

と声を立てて笑つた。紳士も一緒になつて笑つた。笑つてよかつた。もしか怒りでもしたら喧嘩になつたかも知れなかつた。喧嘩になると、強い方が勝つのは東洋史にもちやんと出てゐる。

文豪の娘２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

十九世紀の英国作家のなかにジヨン・ウイルソンといふ男がゐた。ブラツクウツド雑誌に立て籠つて、クリストフア・ノウスといふ雅号で、何でもござれといつた風に、いろんな方面に得意の才筆を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>つた男だ。

そのウイルソンに美しい娘が一人あつた。女が<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>になれば、いろんな男が訪ねて来るもので、この作家の応接間には、娘を<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>の若い男が次ぎから次へとやつて来た。そのなかに一人の若い大学教授が<ruby><rb>交</rb><rt>まぜ</rt></ruby>つてゐたが、娘はこの男が気に入つて嬉しい恋仲になつた。

大学教授は<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>結婚を申し込まなければならぬ順序となつたが、残念な事には、この学者は内気な、<ruby><rb>羞恥家</rb><rt>はにかみや</rt></ruby>で、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の書物に書いてある事を紹介する折にも顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>めないでは<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られない程だつたから、自分の恋を打明けるには、<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほほづき</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>から<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>にならない訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつた。

「私には<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も貴方の<ruby><rb>阿父様</rb><rt>おとうさま</rt></ruby>にお目にかゝる勇気がありません。」大学教授は娘の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の応接間で、もうすつかり<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>くなつて、眼に一杯涙をためながら言つた。「どうか、<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>御自身で言つて下さい、後生ですから。」

「阿父様？　阿父さまなら、今書斎にいらつしてよ、往つてらつしやいな。」

娘は幾らか<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>ひ気味で、平気な顔をして言つた。

「とても〱。私がお目に懸つたら、<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つてとんちんかんの御挨拶をしてしまひますよ。」若い学者は深い溜息をついた。「貴女往つて打明けて下さい。私はこゝでお待ちしてゐますから。」

娘は笑ひ〱父の書斎に入つて往つた。父は<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>にもたれて何か<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと書きなぐつてゐた。娘は<ruby><rb>嬌</rb><rt>あま</rt></ruby>えるやうに父の手をとつた。そして教授がたつた今自分に結婚を申込んだ事を話して、

「あの方は大層内気でいらつしやるから、御自分には阿父様に申しあげかねると<ruby><rb>仰有</rb><rt>おつしや</rt></ruby>つてよ。」

と附け足した。

「さうか、そんな方だつたら丁寧に気をつけて上げなくちやなりませんぞ。」

と作家は娘の顔を見ながら言つた。

「それぢや口づからも何だから、<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>に返事を書いて、<ruby><rb>針</rb><rt>ぴん</rt></ruby>でお前の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>にとめておくとしませう。」

作家は机の上の<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>を取つて何か書いた。そして、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>それを<ruby><rb>針</rb><rt>ぴん</rt></ruby>でもつて娘の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>に縫ひとめた。

「阿父様の御返事は私の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>に書いてあつてよ。」

娘は上機嫌で応接間にかへつて来た。内気な教授は<ruby><rb>後方</rb><rt>うしろ</rt></ruby>にまはつて見た。<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみきれ</rt></ruby>には、

「謹呈　作者より」

と書いてあつた。

百円札２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

鵜崎鷺城氏は人物批評家であるが、惜しい事には貧乏である。いつだつたか、氏の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に何かがあつて国民党の犬養毅氏が訪ねて来た事があつた。犬養氏は剣術使ひのやうな凄い眼つきをして狭い鵜崎氏の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>を物珍しさうにきよろきよろ見廻してゐた。

そのかへり<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>に犬養氏は国民党本部へ立ち寄つた。そして<ruby><rb>乾魚</rb><rt>ひうを</rt></ruby>のやうな痩せた<ruby><rb>体躯</rb><rt>からだ</rt></ruby>をぐたりと椅子の上に下すと、居合はせた党員の誰彼を見て言つた。

「<ruby><rb>蝸廬</rb><rt>くわろ</rt></ruby>といふ語があるね、僕も書物のなかではよくこの<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>に接してはゐるが、今日は眼の前にその蝸廬といふものを見て来たよ。」

「へえ、どんな者が住むでゐました。」

少し<ruby><rb>小金</rb><rt>こがね</rt></ruby>を持つてゐるらしい党員の一人が不思議さうに訊いた。

「国民党員が住むでゐたよ。名前は鵜崎鷺城と言つたつけ。」

犬養氏は剣術使ひのやうな眼尻に皺を寄せて笑つた。

その鵜崎氏がある時国民党の本部で蟹のやうに頻りと泡を吹いてゐた事があつた。

「柏原文太郎つて、ほんとに失敬な奴だ、僕はあんな非紳士的な男をまだ見た事がないよ。」

「非紳士的つて、どんな事をしたんだい。」

居合せた党員の一人が訊いた。この男の考へでは、馬が<ruby><rb>後脚</rb><rt>あとあし</rt></ruby>で人を蹴る外には、非紳士的な態度といふのはないといふのだ。

鵜崎氏は眼をくしやくしやさせた。

「それを聞いたら誰だつて怒るよ。」

「どんな事をしたんだい。」今まで背を向けて何か考へてゐたらしい同じ党員の大内<ruby><rb>暢</rb><rt>ちやう</rt></ruby>三氏は、真面目になつて振り向いた。

「柏原がそんな不都合をしたのなら、僕が君に謝らせよう。」

「不都合だとも。ひどい不都合さ。」鵜崎氏は泣き出しさうな顔をして言つた。「あの男は僕の眼の前で金を勘定したんだよ。しかも百円札でね。」

「札勘定をしたんだね、百円札で。」皆は顔を見合はせた。「そりや成程柏原が悪い、君にそんな物を見せるなんて。」

皆は柏原氏が悪いと<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めてしまつた。実際それはよくない、貧乏人に百円札を見せつけるなんて、富豪に<ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>をおつつける以上に罪がふかい。何故といつて、富豪は<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に手を突込んで相手を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>める<ruby><rb>術</rb><rt>じゆつ</rt></ruby>を知つてゐるが、貧乏人は<ruby><rb>赫</rb><rt>かつ</rt></ruby>となるより外には仕方がないのだから。

市村博士と禁酒法２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

京都大学教授法学博士市村<ruby><rb>光恵</rb><rt>みつゑ</rt></ruby>氏は憲法学者だが、憲法があつて酒のない国と、酒があつて憲法のない国と、どつちかといへば、二つ返事で後の方を選ぶほどの酒好きである。

ところが、市村氏の親兄弟は揃ひも揃つて、堅い基督教信者である。日本の基督教信者は余り人前では酒を飲まない。尤も耶蘇は平気で葡萄酒を飲むだが、日本の基督教は耶蘇が一度も往つた事のない亜米利加を経て来たもので、<ruby><rb>彼地</rb><rt>あすこ</rt></ruby>は植民地だけに<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い酒がない。悪い酒は悪い書物と同じやうに頭を悪くするものなので、基督信者は酒を飲むではならない事になつたのださうだ。この意味において市村氏の親兄弟が酒を飲まないのは間違つてはゐなかつた。市村氏は<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い酒のない土佐の<ruby><rb>産</rb><rt>うまれ</rt></ruby>だつたから。

ある時市村氏の家に、何か祝ひ事があつて皆が食卓に並んだ。そのなかには無論憲法学者も<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐた。<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>皆が箸を執らうとすると、<ruby><rb>老</rb><rt>としよ</rt></ruby>つた市村氏の父は食前の祈祷を始めた。

「主よ、主が吾が一家の上に垂れ給うた<ruby><rb>御</rb><rt>み</rt></ruby>恵みを感謝いたします。ここに<ruby><rb>列</rb><rt>つらな</rt></ruby>りました家族の中に一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>の<ruby><rb>御</rb><rt>み</rt></ruby>心に叶はざるものがありますけれど……」

<ruby><rb>式</rb><rt>かた</rt></ruby>の如く頭を垂れて<ruby><rb>温和</rb><rt>おとな</rt></ruby>しく祈祷に聞きとれてゐた憲法学者はひよいと<ruby><rb>聴耳</rb><rt>ききみゝ</rt></ruby>を立てた。

「一人の御心に叶はざるもの？……はて誰だらうな。」

学者は眼をあげて、そこに居並んだ家族の顔を見比べた。皆<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>のやうに堅い基督信者で、御心に叶つたらしい羊のやうな眼もとをしてゐた。

「すると俺かな。御心に叶はざる者つていふのは。」憲法学者は額にあててゐた<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で<ruby><rb>頸窩</rb><rt>ぼんのくぼ</rt></ruby>を押へた。「いくら親爺にしても、余りひどい事を言つたものだ。神様に聞えないからいゝやうなものの、<ruby><rb>若</rb><rt>も</rt></ruby>しかお耳にでも入つたら困るぢやないか。」

その市村氏は、この十六日に第三高等学校で催される同校学生の擬国会に在野党の首領として出席する事になつてゐる。ところが在野党側の学生は、食糧不足に対する一つの応急策として、禁酒法案を提出する事に決めたので、その説明の任に当らなければならない筈の市村氏は、困り切つて学生に妥協を申し出た。

「いくら何でも僕に禁酒法案の説明をさせるなんて余りぢやないか。」憲法学者は二日酔ひの顔を<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンカチ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>両掌</rb><rt>りやうて</rt></ruby>の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で揉みくしやにした。「酒の為に潰す米なんて知れたもんだよ。<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>から馬鹿の大食ひといつて、馬鹿が一等沢山米を食ふのだ。その馬鹿の大食ひを治すには何よりかも酒を飲ますに限るんだからね。」

でも学生は言ふ事を<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かない。禁酒法案は矢張り酒好きの市村氏が説明しなければならぬ事になつてゐるさうだ。

忘れつぽい人２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

学者や芸術家といふ<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>には、自分の研究や<ruby><rb>作物</rb><rt>さくぶつ</rt></ruby>に熱中し出すと、つい自分をも、世間をも忘れてしまふやうな人がよくある。<ruby><rb>況</rb><rt>ま</rt></ruby>して晩飯や借金の事などは。歴史家のモムゼンはさういふなかでも一番よく物忘れをする人だつた。

ある日の事、モムゼンはいつものやうに書斎へ入つて何か調べ物をしてゐた。ちやうど時分どきになつたので、下男は料理をもつて入つて来たが、主人の歴史家は唯もう仕事に気をとられて、一向食事の事なぞ考へてゐないらしかつたので、下男は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>の<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に皿を置いて<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>つて来た。

暫くして、下男は二皿目を持つてまた書斎に入つて来た。<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の<ruby><rb>肉汁</rb><rt>スウプ</rt></ruby>は<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby>もつけないで残つてゐたので、代りに次の皿をおいて、前のはその儘下げて来た。そして料理部屋で<ruby><rb>舌鼓</rb><rt>したつゞみ</rt></ruby>を打ちながらこつそりそれを食べた。どんな場合でも<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>食</rb><rt>ぐひ</rt></ruby>はうまいものであるが、とりわけ学者が気むつかしい顔をしてゐる隣りの<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>でする盗み食はまた格別のものである。

下男はまた三皿目を持つて来た。歴史家が<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>大帝国の事に頭をつかつてゐる<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>に、二皿目のビフテキはもう冷えきつてゐたので、下男はそれをも下げて、次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>で食べてしまつた。

それから物の二時間も経つと、モムゼンが疲れたやうな顔をして台所へ入つて来た。

「おい、もう時分どきを<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>過ぎてるやうだが、まだ<ruby><rb>午飯</rb><rt>ひるめし</rt></ruby>は食べさせないのかね。」

「午飯ですつて。」下男は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>としらばくれた顔をして笑ひ出した。「まあ、旦那様とした事が、お<ruby><rb>午飯</rb><rt>ひる</rt></ruby>は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>召しあがつたぢやございませんか。」

「えツもう食べたつて。さうかなあ。」とこの偉大な歴史家は両手でもつてぺこ〱になつた<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>を押へてみるらしかつたが、「なる程さう聞いてみると食べたやうだわい。うん、食べた〱、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にお<ruby><rb>午飯</rb><rt>ひる</rt></ruby>は食べた。いや、飛んでもない事を言つて済まなかつたよ。」

歴史家はほんとに済まなかつたやうに頭を掻きながら、また書斎に帰つて往つた。

パスツウル研究所の創設者ルイス・パスツウルは名高い化学者だつたが、この人もモムゼンと同じやうに、どうかすると自分を忘れる<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>であつた。ある時娘の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に往つて、<ruby><rb>桜実</rb><rt>さくらんぼ</rt></ruby>を<ruby><rb>饗</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれた事があつた。娘は<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>の実を入れた籠と、水を盛つた<ruby><rb>丼</rb><rt>どんぶり</rt></ruby>とを<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に置いた。

「<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さん、これ<ruby><rb>拗</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>り立ての<ruby><rb>桜</rb><rt>さくら</rt></ruby>ん<ruby><rb>実</rb><rt>ぼ</rt></ruby>なのよ。埃や毛虫の卵がくつ着いててもいけないから、一粒づつこの水で洗つて召しあがれよ。」

「うむ、よし〱。」<ruby><rb>老</rb><rt>としよ</rt></ruby>つた化学者は娘の言ひなり通り、さくらんぼを一つ<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>鄭寧</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に丼の水で洗つて食べてゐたが、暫くすると籠のなかは空つぽになつた。すると化学者は手を伸ばして丼を取上げた。そしてそれを唇に持つて往つたと思ふと、なかの水をぐつと一息に飲み干してしまつた。埃も毛虫の卵も。

夏目漱石と佐佐木信綱２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>

夏目漱石が生前仲のよかつた大塚<ruby><rb>保治</rb><rt>やすぢ</rt></ruby>博士と一緒に、横浜の<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>原富太郎氏を訪ねた事があつた。原氏は名高い美術骨董好きで金に飽かせて古い由緒のある芸術品を<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ込むと同時に、美術院の画家達の面倒をも見てゐる人である。

世間の<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>で、<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>は芸術が好きだといつて、それを自慢にする<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>は大抵先づ美術骨董へ手を出す事に<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐる。美術骨董は多くの場合、<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>の眼を<ruby><rb>娯</rb><rt>たのし</rt></ruby>ませる外に、財産として子や孫に残す事が出来るからである。次ぎにはそろ〱音楽を始める。音楽は耳を慰める外に、<ruby><rb>拙</rb><rt>へた</rt></ruby>ながら自分でも演奏者となる事が出来るからである。最後は文学だが、<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>でゐてほんとうに文学を愛するといふ者は滅多に見た事がない。文学は<ruby><rb>直接</rb><rt>ぢか</rt></ruby>に思想を取扱ふものだけに、財産として自分のうちの土蔵にしまつておく事が出来ない<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りか、どうかするとそれを<ruby><rb>弄</rb><rt>もてあそ</rt></ruby>んでゐる者の手を<ruby><rb>傷</rb><rt>きずつ</rt></ruby>けるからである。

原富太郎氏も自分の道楽を美術骨董に限つておく方の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>である。だから氏の土蔵には書画骨董が財産としてしこたま積み重ねてある。そのなかには実際世にも珍しい逸品が少くはない。夏目大塚の二博士はそれが見せて貰ひたさに<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>訪ねて往つたのだ。――夏目漱石を博士呼ばはりをすると、博士号なぞ<ruby><rb>慰斗</rb><rt>のし</rt></ruby>つきの儘送り返したのだと言つて、胃病患者につき物の苦い顔をするかも知れないが、まあさ、辛抱して貰ひたい。さもないと<ruby><rb>羞恥家</rb><rt>はにかみや</rt></ruby>の大塚博士が顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くして<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りを悪がるかも知れないから。

原氏の宅では書画を見せた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>で、博士二人を御馳走した。その折給仕に出たのは<ruby><rb>廿歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>ばかりの<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>い顔をした小間使ひの一人で、膝の上でお盆を<ruby><rb>弄</rb><rt>いぢ</rt></ruby>りながら、頻りに漱石氏の顔に見とれてゐた。漱石氏はその日もいつもと同じやうに<ruby><rb>薄痘</rb><rt>うすいも</rt></ruby>のある顔をしてゐた。

その小間使はふだんから佐佐木信綱氏について歌を習つてゐた。<ruby><rb>蟋蟀</rb><rt>こほろぎ</rt></ruby>や蛙のやうな労働者まで歌を<ruby><rb>咏</rb><rt>よ</rt></ruby>む世の中に、美しい小間使が歌を咏むでならないといふ法はない。二人のお客が帰つたその晩、小間使は久しぶりに師匠あてに長々と手紙を書いた。そのなかには「今日初めて夏目さんにお目に懸りました。どんなお方か、一度お会ひ申したいと思つてゐた<ruby><rb>願</rb><rt>ぐわん</rt></ruby>が届いて、お給仕までする事が出来ました。こんな嬉しい事のあつた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>だから、私はもしや今夜中に死にはしますまいかと気遣はれますので、先生宛にこの手紙を書きました。」といふ様な文句があつた。

それを見た佐佐木氏は、早速夏目博士にその事を話した。

「あなたにお目に懸つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>なんで、もしやその晩中に頓死しやすまいかと気遣つたのださうですよ。<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>らしいもんですな。」

佐佐木氏は、<ruby><rb>三十一文字</rb><rt>みそひともじ</rt></ruby>の講釈と、ビスケツトを食べるために、<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>が態々産みつけたらしい口もとを<ruby><rb>窄</rb><rt>つぼ</rt></ruby>めて言つた。夏目博士はにやりとした。

「あの小間使は君のお弟子なんですか。」

「はあ、弟子ですよ、歌もなか〱やりますよ。」

「それぢや君にお勧めするが……」夏目博士は猫のやうな哲学者らしい顔をした。「そんな見え透いた嘘をつく女は破門しておしまひなさい。」

「え、破門ですつて。」佐佐木氏は眼をきよろ〱させた。そして歌を咏まないものは、やつぱり<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>に乏しいといつたやうな表情をした。

内田博士と一円札２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

京都大学の博士内田銀蔵氏が、礼儀作法の極めて鄭重なのは幾度かお話しした通りだが、ある時またこんな事があつた。

<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど春さきの、梅もちらほら咲きかけようといふ頃で、内田氏は自分の学生を十幾人か引連れて、<ruby><rb>笠置</rb><rt>かさぎ</rt></ruby>辺の史蹟の踏査に出かけた途中であつた。かなり歩き<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたぶ</rt></ruby>れたので、<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>ばたに<ruby><rb>茶店</rb><rt>ちやみせ</rt></ruby>が一軒あつたのを仕合せに、皆はそこで一休みする事にした。

大学の教官室で、外套一つ掛けるにも、<ruby><rb>折釘</rb><rt>をれくぎ</rt></ruby>の数をちやんと数へてからでないと安心しない内田氏は、茶店に入るなり、脱いだ帽子を手にもつてあちこちと帽子掛を捜すらしかつたが、大学に牛小屋が無いと同じやうに、茶店にはどこにも帽子掛は見当らなかつた。内田氏はひどく当惑したやうな顔つきをしてもぢ〱してゐたが、学生達が無雑作に帽子を脱いでそこらにおつぽり出してゐるのを見ると、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いたやうにそつと<ruby><rb>床几</rb><rt>しやうぎ</rt></ruby>の上に置いた。

皆は茶店の<ruby><rb>媼</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんの手から、渋茶を受取つて<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>を潤した。そしていゝ気になつて<ruby><rb>長髄彦</rb><rt>ながすねひこ</rt></ruby>や<ruby><rb>楠木正成</rb><rt>くすのきまさしげ</rt></ruby>の話をした。内田氏は長髄彦や正成が、自分の伯父さんででもあるやうな叮嚀な言葉遣ひで、いろんな古い談話を聞かせてくれた。

暫くして皆は立ち上つた。内田氏は脱いだ帽子が自分のに相違ないかといふ事をよく見極めた上でそれを<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>つた。そして<ruby><rb>懐中</rb><rt>ポケツト</rt></ruby>から一円紙幣を取り出すと叮嚀に皺をのばして、媼さんの前に出した。

「色々御厄介になりました。これは僅かでございますが、お納めを願つて置きます。」

媼さんは紙幣を受取つて、<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼つきをしてそれを調べた。紙幣は別段贋造でもないらしかつたので、媼さんは<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>してまた博士の手に押し戻した。

「滅相もない、ちよつとお休みやしたのに、こないたんと載いては済みまへんどす。」

「どう<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りまして。」『日本近世史』上巻の著者は記録の一杯に詰まつた頭を叮嚀に下げた。「<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ軽少で<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて失礼ですが、どうかお納め下さいまして。」

「旦那はん、これ一円札どつせ。」茶店の媼さんは、<ruby><rb>目脂</rb><rt>めやに</rt></ruby>の浮いた眼で博士の顔と紙幣とを等分に見くらべた。「こないたんと戴いては<ruby><rb>冥加</rb><rt>みやうが</rt></ruby>に尽きまつさ。」

「さう仰有つていただいては私こそ痛み入ります。」と内田氏は、たつた今被つたばかりの帽子をまた脱いだ。「どうかその儘お納めを願ひたいもんですね。」

外に立つてゐた学生連は、こんな挨拶を交してゐては、一世紀などは直ぐ経つてしまふだらうと気遣ひ出した。で、気の利いた一人が媼さんに耳打をした。媼さんは<ruby><rb>頷</rb><rt>うなづ</rt></ruby>いた。

「さうどつか。そない事どしたら戴いときまつさ。」

媼さんが受取つたのを見ると、内田氏は<ruby><rb>漸</rb><rt>や</rt></ruby>つと安心したやうに帽子をかぶつて外へ出た。

池上市長と兎２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

十六日の朝、大阪市役所の<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>は恒例といふ事で、<ruby><rb>箕面</rb><rt>みのも</rt></ruby>附近の山で兎狩を<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>つた。その前の晩市役所のストーヴに集まつた<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>の一人が心もとなささうに言つた。

「さあ、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>は<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>兎狩かな。だが、ほんとうに兎がゐてくれるか知ら。」

「兎なんかゐるものか。あんな山に。」もう幾年か市役所に勤めて、一向俸給の上らなささうな四十男が、ぶつきら棒に返辞をした。「居たつて君、この節だものね、もつと<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>の<ruby><rb>為</rb><rt>し</rt></ruby>いいところへ引越しまさ。」

「といふ訳でもなからうが、実際兎は居ないらしいつて事だよ。」

何かの主任を勤めて、<ruby><rb>午飯</rb><rt>ひるめし</rt></ruby>には<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>を三<ruby><rb>片</rb><rt>きれ</rt></ruby>と巻煙草を一本<ruby><rb>喫</rb><rt>ふ</rt></ruby>かす事に<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる男が横つちよから口を出した。すると<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>どそこへ通りかかつたのが池上市長で、太い牛のやうな首をそつちへ捻ぢ向けたと思ふと、一寸立ちとまつて訊いた。

「箕面の話かい、それは。」

「は、さやうでございます。」

「箕面になら、兎はゐるよ。」市長は兎のやうに小鼻をぴくぴくさせながら言つた。「たんとゐるよ。」

「さうださうでございますね。今も皆とその話を致して居りますやうな次第で……。」

主任はてれ隠しに一寸<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>を撫でた。<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>には兎でも居さうな程鬚が伸びかかつてゐた。

十六日の当日、朝早くから山の<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>に集まつた<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>は、青竹で山を叩き、岩を叩き、木の根を叩きながら、めい〱声一杯に<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いたものだ。なかには、石油の空缶を叩いて<ruby><rb>躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぎまはるのもあつた。だが、兎は少しも影を見せなかつた。

「なんだ、ちつとも居やしないぢやないか。」

<ruby><rb>躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぎくたびれた<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>の一人が、がつかりしたやうに言ふと皆は声を合はせた。

「だからさ、言はない事ぢやない、こんな山に兎がゐるものかよ。」

すると、そこへひよつくり池上市長が顔を出した。皆がぶつぶつ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いてゐるのを見ると、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と元気をつけて向ふの<ruby><rb>谿間</rb><rt>たにあひ</rt></ruby>を指ざした。

「諸君、もう一息だ。兎は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にこの方角に居ますぞ。」

皆は市長の言葉に勢ひを得て、その<ruby><rb>谿</rb><rt>たに</rt></ruby>あひに駈け下りざま、また青竹で山を叩き、岩を叩き、木の根を叩きして喚き散らした。すると、そこらの草のなかから真つ白な兎が一匹転がり出した。

「出たぞ。」

といふ間もなく、耳の長い<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>は直ぐに<ruby><rb>手捕</rb><rt>てどり</rt></ruby>にせられた。

やがて二匹、三匹、四匹、五匹と次ぎから次ぎへと飛び出したと思ふと、その場ですぐに押へられてしまつた。

皆は獲物を持つて山を下りにかかつた。下りる<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>市長を見ると感心したやうに首をふつた。

「どうも貴方の<ruby><rb>眼力</rb><rt>めきき</rt></ruby>には恐れ入りましたよ。言はれる通りの方角から兎が飛び出すんですからね。」

「なに、まぐれ当りさ。」

市長はかう言つて苦笑した。

「でもさ、人間を見ても逃げようとはしないで、向うからやつて来る兎も珍しいぞ。」

さつき兎を手捕りにした男の一人がかう言つて声を立てて笑つた。皆は変な顔をした。

実をいふと、兎はその朝先発隊が、動物園で買ひ取つて来て、わざ〱<ruby><rb>谿間</rb><rt>たにあひ</rt></ruby>へ伏せておいたもので、これまでだつて市の費用で飼はれてゐた、言はば市役所の<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>とは兄弟分の仲だつた。

<ruby><rb>都路</rb><rt>つぢ</rt></ruby>華香氏と<ruby><rb>幇間</rb><rt>ほうかん</rt></ruby>２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>（夕）

京都の祇園新地に<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>瓢</rb><rt>へう</rt></ruby>六といふ幇間が居る。<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の座敷でお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>をしたり、取持をしたりして、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>を立ててゐる身は、考へてみると詰らぬ事が多かつた。で、これを<ruby><rb>反対</rb><rt>あべこべ</rt></ruby>に<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に芸をさせて、それで食つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事が出来たなら、そんな結構な事はない筈だと、色々思案の末が、ふといゝ考へを思ひついた。

それは外でもない、新画<ruby><rb>流行</rb><rt>はやり</rt></ruby>の今日この頃、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て顔<ruby><rb>昵懇</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の画家達を拝み倒して、<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>要らずの<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>をしこたま駆り集め、その即売会を開いて、たんまり<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>を膨らまさうといふのだ。

「なに、先生々々と拝み倒す日には何でもあらへん、一体<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>さんたら、みんな『先生』と『<ruby><rb>舞妓</rb><rt>まひこ</rt></ruby>はん』が大好きやさかいにな。」

瓢六は独りぎめにかうきめて、顔昵懇の<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>の作品を片つ端から集める事にした。

好都合なのは、京都画家の多くがしげしげ祇園へ遊びに来る事なので、瓢六は<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>のお座敷だと聞くと、何を<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いても顔を出す事を忘れなかつた。そして二言目には、先生々々と言つて、画家の人柄を<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>め、画を賞め、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐる舞妓を賞め、舞妓の食べる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きんとん</span>を賞めたりした。

お蔭で画は少からず集まつたので、この算盤高い幇間は二度ばかし即売会を開いて、<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby><ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>を膨らませたが、近頃世間の景気が思はしくなくなりかけたのを見ると、今のうちにも一度会が開いておきたくなつた。

「何でも今のうちのこつちや、先生で言ひ足らなんだら、大先生とでも言ふのやな。<ruby><rb>南瓜</rb><rt>かぼちや</rt></ruby>かて小さいのより大きいのがよかろやないかいな。」

瓢六はまたしても知つてゐる限りの画家の玄関へその姿を現し出した。

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事、都路華香氏を訪ねて、<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうにそろそろ拝み倒しにかゝつたが、<ruby><rb>旋毛</rb><rt>つむじ</rt></ruby>曲りの華香氏を動かすには何でも<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>仲間の<ruby><rb>悪口</rb><rt>わるくち</rt></ruby>を言はねばならぬと思つたらしかつた。なぜと言つて、華香氏は<ruby><rb>蟷螂</rb><rt>かまきり</rt></ruby>のやうにいろんな事に憤慨するのが好きだつたから。

「ほんまに春挙先生にも困りまつせ。酒に酔ははると相変らず無茶苦茶の物を<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>かはるので、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>が<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>から後からそれを破つて廻りますんや、そないな<ruby><rb>物</rb><rt>もん</rt></ruby>が残つてては先生の<ruby><rb>名折</rb><rt>なをれ</rt></ruby>どすさかいにな。」

瓢六は猫のやうな眼つきをして画家の顔を見た。一方ではかうも言つておいたら、華香氏もまんざらな物は呉れなからうと思つたからだ。

だが<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>はその機会を取逃がさなかつた。

「さうか、それはいゝ事をしたね。私もお前にそんな<ruby><rb>手数</rb><rt>てすう</rt></ruby>をかけても済まないから、いつそ<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>かない事にしよう。」

幇間はそれを聞くと、すぐ<ruby><rb>頬</rb><rt>ほゝ</rt></ruby>べたを<ruby><rb>抓</rb><rt>つね</rt></ruby>りあげた。頬べたは<ruby><rb>歪形</rb><rt>いびつ</rt></ruby>に曲つたが、どうも少し遅かつたやうだ。

土木課長の喧嘩２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

「<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>が悪い。」

「いや、<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>いにも悪いにも、大阪にはてんで<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>といふものが無いのだ。」

かうした不平は、今では雨が降る度に、市民の誰でもの口から洩れるやうになつたので、頭に長靴を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>く事の好きな市の理事者も、もう<ruby><rb>何日</rb><rt>いつ</rt></ruby>までもじつとしてゐられなくなつて、何とかいい改善方法はあるまいかと、適当な人を適当な<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ視察に出す事に取り<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めた。

「適当な<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>つて、何処にとり極めたもんだらうて。」

市長池上氏は大事さうに<ruby><rb>胡麻白</rb><rt>ごまじろ</rt></ruby>頭を両手で抱へて、じつと考へ込んだ。アメリカの女が<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>を自分達の天国と思ひ込んでゐるやうに、市長の天国は東京にあつた。

「やつぱり東京かな。さうだ、東京と決めておかう。ところで視察には誰をやつたものだらうて。」

市長は心のうちで誰彼といろんな人達を数へあげてみるらしかつたが、やはり岩田土木課長より外に適当な人は見つからなかつた。

「さうだ、岩田にしよう。岩田なら<ruby><rb>間違</rb><rt>まちがひ</rt></ruby>つこはなからう、あの男は名代の釣道楽なんだからな。」

市長の哲学によると、釣は辛抱が大事だ、釣が好きだといふ男にそゝつかしやはない筈だから、視察には打つて附けだといふのだ。で、大阪監獄の敷地<ruby><rb>払下</rb><rt>はらひさげ</rt></ruby>問題のために東上する岩田氏に頼む事にした。

岩田氏は汽車に乗つて東京に急いだ。実をいふと、岩田氏はこれまで幾度か東京へ来た事はあつたが、そんな折には大阪の事ばかり考へてゐたので、東京に<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>があるといふ事すら、少しも思ひ浮ばなかつた。

「道路の視察――用向きが用向だから、唯もう爪先ばかり見て歩かなくちやなるまいね。」

岩田氏は胸の上に両手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>むで、哲学者のやうにじつと頭を下げて銀座通りを歩いてゐる自分の姿を想像してみたりした。

岩田氏が東京に着いた日は、その前の晩からのどしや降りで、東京の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>は<ruby><rb>沼田</rb><rt>ぬまだ</rt></ruby>のやうにぬかつてゐた。岩田氏はそのなかを泳ぐやうにして東京市役所に同じ土木課長の樺島正義氏を訪ねた。そして顔を見ると直ぐに噛みつくやうに言つた。

「どうしたんです、この<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>の<ruby><rb>態</rb><rt>ざま</rt></ruby>は。東京には<ruby><rb>全</rb><rt>まる</rt></ruby>で<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>らしい<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>はないんですね。」

それを聞いた樺島氏も負けてはゐなかつた。

「御挨拶痛み入りますね。ぢや、大阪には<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>らしい<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>があるんですか。」

「いや、大阪もひどいにはひどいが……」岩田氏は鼻の先の汗を邪慳に<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>で押し<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>つた。「しかし、東京よりはましのやうです。」

「イヤ、違ふ、違ひます。成程東京のもひどいにはひどいが……」樺島氏は同じやうな事を言つて、同じやうに鼻の先を<ruby><rb>撫下</rb><rt>なでおろ</rt></ruby>した。「しかし僕の見た所では大阪よりはましのやうです。」

「それぢや伺ひますが、君はいつ大阪の<ruby><rb>道路</rb><rt>みち</rt></ruby>を見ました。」おとなしい岩田氏は幾らか喧嘩腰になつて心持顔を赤めて言つた。「私は現に今日の雨降りに東京の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を歩いて来たんぢやありませんか。」

樺島氏もぐつと肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかした。

「僕も大阪の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を歩いてみましたよ。去年の暮で丁度今日のやうなどしや降りの日でしたつけ。」

倫理学者と五十万円３・２（夕）

今では故人になつた東京大学の中島力造博士は聞えた倫理学者だつたが、永年倫理を研究した結果が、人間といふものは不思議なもので、<ruby><rb>素寒貧</rb><rt>すかんぴん</rt></ruby>でゐるよりも、<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>が豊かでゐた方が、租税もよく納めるし、乞食にもよく施しをするものだといふ事を発見した。

で、何でも財産<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は有つた上にも有つた方がいゝ訳だと、せつせと稼いだ。博士にとつて稼ぐといふ事は倫理学を方々で講演したり訳述したりする外には何も無かつたのは飛んだ仕合せであつた。倫理を講義して、それで金が儲かるものなら、人は誰でも倫理学者とならうとするに相違ない。何故といつて、倫理はそれを実地に行ふのには随分<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしい事も多いが、唯講義するだけなら、書物とそして静かな<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>さへあつたら十分なのだから。

いつだつたか、中島博士の在職二十五年勤続祝賀会が、博士のお弟子達の手で開かれた時、そのお弟子の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>として席に居合はせた福田徳三氏は、無遠慮に博士に言つた。

「先生も廿五年といふ長い間、大学教授をお勤めになつたんですからこれからは一つゆつくり気保養なすつたらいゝでせう。」

「気保養だつて。」中島博士は<ruby><rb>髯</rb><rt>ひげ</rt></ruby>のない顔をむつくり持ち上げた。

「気保養だなんて、まだ〱そんな気楽な真似は出来ないよ。これからうんと稼いで金でも<ruby><rb>蓄</rb><rt>た</rt></ruby>まつた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>の事なんだね、それは。」

「ぢや幾ら位蓄まつたらいゝんですね。世間の噂では先生はお金持だといふ事ではありませんか。」

福田氏は難解な経済学の書物でも読む時のやうな変な眼つきをして倫理学者の顔を見た。

「まあ、五十万円かな。五十万円も蓄まつたら、私もゆつくり<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>ついて気保養するさ。」

中島博士はかう言つて、なが年いろんな倫理学の学説を押込んで来た頭を撫でた。居合せた学者連は、黙つて眼と眼を見合せて、そつと溜息をついた。

山元春挙氏と石３・７（夕）

朝鮮人が何か夢をみてゐるやうだが、その朝鮮人や<ruby><rb>唖</rb><rt>おし</rt></ruby>の真似をして、遊び友達や舞妓をきやつきやつ言はせる事の好きな人に、京都の画家山元春挙氏がある。

その春挙氏も、この頃ではすつかりそんな遊びを<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>して一週に一度京都絵画専門学校へ出て来る外は、おとなしく<ruby><rb>江州</rb><rt>がうしう</rt></ruby><ruby><rb>膳所</rb><rt>ぜぜ</rt></ruby>の別荘に引籠つて、石集めといふもの好きな道楽に<ruby><rb>憂身</rb><rt>うきみ</rt></ruby>を<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>してゐる。そして門前に置いた石の一つに、

<ruby><rb>魚釣</rb><rt>うをつり</rt></ruby>や下手も上手もうき一つ

といふ、自慢の句を彫りつけて嬉しがつてゐる。この句は春挙氏が自分の人生観全部を缶詰にする積りで<ruby><rb>咏</rb><rt>よ</rt></ruby>んだ句なのだ。

もしか客がこの別荘に訪れて来でもすると、春挙氏は<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>の事などはそつち<ruby><rb>除</rb><rt>の</rt></ruby>けにして、直ぐに石の話を始める。

「近頃石を集めてるがね。」と春挙氏は朝鮮人のやうな顔を急ににこ〱させて、そこらに転がつてゐる石の一つを<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つて客の鼻先につきつける。「見たまへ、石ほど趣味の深いものはないやうだね。」

客の多くは、お<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいさう</rt></ruby>ぶりにその石を受取りはするが、石は女の手のやうに暖かではないので、その儘そつと畳におかない訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かない。

「趣味つて、先生、どんな趣味があるんですか、この石に。」

「石には石の趣味がある。」と春挙氏は畳の上から<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の石を取あげて、猫の児のやうに<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で撫で初める。「<ruby><rb>松浦</rb><rt>まつら</rt></ruby><ruby><rb>佐用媛</rb><rt>さよひめ</rt></ruby>は夫に別れた悲しさの余り、そのまゝ石に<ruby><rb>化</rb><rt>な</rt></ruby>つてしまつたといふぢやないか、<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>り石は生の極致だね。」

「でも、先生。」朝鮮人に似たこの画家の口から、石は生の極致だと説き聞かされた客の一人は、負けない気になつて言つた。「支那の<ruby><rb>黄初平</rb><rt>くわうしよへい</rt></ruby>とやらは石を叱つて羊としたといふぢやありませんか。石も羊になる位だつたら<ruby><rb>鶉</rb><rt>うづら</rt></ruby>にでもなりやよかつたと思ひますよ。すると滋養の多い卵を産む事が出来るんですからね。」

「はゝゝゝ。」春挙氏は多くの舞妓連を<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>したらしい唇を<ruby><rb>曲</rb><rt>ゆが</rt></ruby>めて笑つた。

「<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>にしても石ほど<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>いものはないよ。石は人の罪を語らないからね。」

小声でそつと春挙氏に耳打ちする。なる程石ほど<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>い物はない、石は人の罪を語らない。そしてもつと本当なのは、石は美術批評家のやうに画家の作品の<ruby><rb>善悪</rb><rt>よしあし</rt></ruby>を言はない事である。

内田博士と案内記３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

京都大学の内田銀蔵博士は、四五日あとに欧米漫遊からぶらりと神戸に帰つて来た。そして自分が<ruby><rb>不在</rb><rt>るす</rt></ruby>の間に、日本の土地が<ruby><rb>護謨毬</rb><rt>ごむまり</rt></ruby>で造り更へられでもしたかのやうに、注意ぶかい、歩きぶりをして、港の<ruby><rb>埠頭</rb><rt>はとば</rt></ruby>に下りてゐた。

内田氏は今度の旅に立たうとする五六日前、自分の手もとにベデカアの米国案内記が無いのを大層物足りなく思ひ出した。旅程から<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>から汽車の時間表まで、前以てちやんと<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めておかなければ承知の出来ない内田氏にとつて、ベデカアが無くて、米国に渡る事は、<ruby><rb>鞭</rb><rt>むち</rt></ruby>を持たないで女の部屋に入ると同じやうに、<ruby><rb>危険</rb><rt>けんのん</rt></ruby>極まる事だつた。

「ベデカアが無い。困つたな。」

内田氏は急に火がついたやうに<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろた</rt></ruby>へ出した。

それを聞いた法科大学の佐藤丑次郎博士は、自分がその米国案内記を持つてゐる事を思ひ出して、<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>の詳しい地図と一緒に、<ruby><rb>使</rb><rt>つかひ</rt></ruby>で内田氏の<ruby><rb>許</rb><rt>ところ</rt></ruby>へ持たせてやつた。

すると、その翌日、佐藤氏のところへ内田氏が訪ねて来た。主人の政治学者は事によつたらあの通り<ruby><rb>綿密</rb><rt>こまめ</rt></ruby>な内田氏の事だ、案内書の本文にどこか間違でも<ruby><rb>発見</rb><rt>めつ</rt></ruby>けて、それをわざ〱気をつけに来たのではあるまいかと思つた。

座につくと、内田氏は<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から<ruby><rb>赤表紙</rb><rt>あかへうし</rt></ruby>のベデカアを引張り出した。

「てつきり俺の推察通りだ。こんな事と知つたら、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>あんな本を用立てるんぢやなかつたつけ。」

佐藤氏は<ruby><rb>面目</rb><rt>めんもく</rt></ruby>なささうな表情をして、子供のやうな内田氏の顔を見た。内田氏は内田氏で<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>り悪さうにもぢ〱しながら<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>の<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>な<ruby><rb>口風</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>で言つた。

「<ruby><rb>昨日</rb><rt>さくじつ</rt></ruby>はわざ〱お使をお立て下さいまして、有難くお礼を申上げます。就いてはその節お貸し下さいました二<ruby><rb>品</rb><rt>しな</rt></ruby>のうち、紐育の地図は暫く拝借させて戴きますが、ベデカアの方は……」

といつて、内田氏は<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>のベデカアを佐藤氏の膝の前に置いた。その言葉によると、米国案内記は一昨日同じ大学の織田博士から借受けたから、この一冊は不用になつた。もしか<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>の人があつたなら、その<ruby><rb>方</rb><rt>ほう</rt></ruby>に廻して欲しいといふのだ。

「色々お心遣ひ下さいました事につきましては、<ruby><rb>呉々</rb><rt>くれ〲</rt></ruby>もお礼を申し上げておきます。」

内田氏はかう言つて<ruby><rb>夏蜜柑</rb><rt>なつみかん</rt></ruby>のやうな円い頭を下げた。

佐藤氏はやつと安心をした。ベデカアには何処にも誤りはなかつたのだ。それにしても洋行前の忙しいなかからわざ〱不用の書物一冊返しに来た内田氏の几帳面なのには、いつもながら驚かされた。

「それだけの御用に態々お出で下すつて恐れ入ります。お女中にでもお持たせ下されば結構ですのに。」

「いえ、どう<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りまして。お大事の御本の事でございますから。」

佐藤氏は挨拶に困つて、その儘口を<ruby><rb>噤</rb><rt>つぐ</rt></ruby>むでしまつた。そして<ruby><rb>赤表紙</rb><rt>あかへうし</rt></ruby>のベデカア一冊のために、こんな礼儀をつくす人だつたら、大英百科全書をそつくり貸しでもしたら、どんな事になるだらうと思つて、怖る〱横目で隣の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の書架を覗いてみた。

クレマンソウと英語３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

講和会議の議長クレマンソウ氏は、会議の席上で英吉利側のロイド・ジヨウジ氏などが英語演説をして、通訳がそれを仏蘭西語に<ruby><rb>反訳</rb><rt>ほんやく</rt></ruby>するとなると、<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに椅子にもたれて<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>をかく事にしてゐる。

むかしナポレオン一世は、自分が<ruby><rb>睡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>らうと思ふ時には、どんな時にでも、よしんば馬に乗つて戦場に立つてゐる場合にでも睡る事が出来たもので、その成功の幾分はこの居睡りにあるとさへ言はれたものだが、クレマンソウもこの点に於てはよくナポレオンに<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>てゐる。実際英語の達者なこの政治家にとつて、英語演説の飜訳を聴いてゐるのは、<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>らなく退屈なものに相違なからう。

クレマンソウを虎のやうな激しい気象の政治家だとばかし考へてゐる人達は、変に思ふかも知れないが、この人は若い時女学校で教師をしてゐた事があつた。女学校といふのは米国コネチカツト州のスタムフオウドにある女子大学の事で、クレマンソウは一八六五年から一八六九年までまる四年間といふもの、こゝで文学史の教授をしてゐた。そして<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>があると、<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>の新聞へ米国だよりを通信したものだ。

お<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>の多い米国人の娘を相手に毎日教室で文学史を講義しなければならぬとなると、どんな男だつて英語が達者になる訳である。それさへあるに、クレマンソウは自分の教へてゐる美しい女学生と恋をしたから、達者な上にも英語が達者になつた訳だ。

女学校の教師をしてゐながら、お弟子の娘と思ひ合つたといふと、日本の教育者達は変に顔をしかめるかも知れないが、なに生徒みんなを愛する事が出来なければ、そのなかのたつた一人を愛したつて差支ないので、クレマンソウはとうとその娘と結婚をして仏蘭西へ連れてかへつた。

だがその婦人とはいつか別れてしまつた。別れはしたが、英語はいまだに達者でゐる。

司令官と一兵卒３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

遣欧米軍の司令官パアシング将軍が、ある日自分の兵卒の宿舎を巡視に出かけた事があつた。多くの兵卒が風琴を鳴らしたり、<ruby><rb>骨牌</rb><rt>かるた</rt></ruby>を<ruby><rb>弄</rb><rt>いぢ</rt></ruby>つたりしてゐるなかに、たつた一人、一番<ruby><rb>年齢</rb><rt>とし</rt></ruby>の若さうなのが、人の居ない隅つこで、じつと書物に読み<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>つてゐるのが将軍の気をひいた。

将軍はづかづかとその若者の方に近づいて往つた。

「何を読んどるな。」

若い兵卒はひよいと後ろを振かへつて、慌てて立つて敬礼した。そして愛相つ気のない調子で返辞した。

「はい、本を読んでました。」

「本は解つとる。」将軍は蟹のやうに<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしい顔をした。「だが、何の本だと訊いとるのぢや。」

若い兵卒は今まで読み耽つてゐた書物を黙つて将軍の手に渡した。将軍はちらと表紙の名前に眼をやつたが、それだけでは何の本だか<ruby><rb>解</rb><rt>の</rt></ruby>み込めないらしく、中味を二三ペエジめくつてみて、やつと自分達にはとても解りさうにない本だといふ事だけが解つたらしかつた。将軍は書物から離した眼をじつと兵卒の顔に注いだ。

「かなり難かしいことが書いてあるらしいが、お前にこんな本が解るかい。」

「はい、解ります。」

若い兵卒はきつぱりと言ひきつた。

「ほう、それは偉いな。」

将軍は<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな顔つきをして、書物を兵卒の手に返した。「だが、どうしてお前にそれが解るな。」

「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしてつて、別に不思議はありません。」若い兵卒は心もち顔を染めながら言つた。「私はこの本の著者なんでございますから。」

「ほう、お前がこの本の著者ぢやとお言ひか。」

パアシング将軍は慌てたやうに二つ三つ瞬きをして、じつと兵卒の顔を見た。尊敬すべき若い著作家は、別段<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた顔もしてゐなかつた。馬に似た人間の多い世の中に。

春挙氏に<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>を頼むには３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

<ruby><rb>江州</rb><rt>がうしう</rt></ruby><ruby><rb>膳所</rb><rt>ぜぜ</rt></ruby>の別荘に籠つてゐる山元春挙氏が、石集めに余念もない事は、こなひだ書いた通りだ。その春挙氏がつい先き頃鳥打帽を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>つて散歩に出た。そして石山をさしてすたすたと歩いて往つた。

石山には三門前に、春挙氏の好きな石を売る店がある。<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>はそこの店さきへ来ると、ひよつと立ち停つて気に入つた石を捜し出した。何事も初心の間は気に入つたのが多いもので、春挙氏もあれかこれかと沢山の石を<ruby><rb>選好</rb><rt>えりこの</rt></ruby>みをするのに困つてゐるらしかつたが、暫くすると、そのなかから<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>名物の源氏の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の窓に似たのを見つけた。

「これがいゝ、肌に潤ひもあるし、それに恰好が面白い、今日の掘り出しはこれに<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めとくとしよう。」

春挙氏は言ひ値通りに<ruby><rb>価</rb><rt>あたひ</rt></ruby>を払つて石を引取つた。実をいふと、石屋の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は値切られる積りで、幾らか<ruby><rb>懸値</rb><rt>かけね</rt></ruby>を言つたらしかつたが、<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>はそんな事に頓着しなかつた。潤筆料を値切られる不愉快さを知つてゐる<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は郵便切手を買ふにも、石を買ふにも値切つてはならない筈である。

春挙氏はその石を別荘に持つて帰つた。そして源氏窓と名をつけて喜んでゐると、その噂がいつの間にか石屋の耳に入つた。石屋は買ひ手が春挙氏だつたといふ事を聞くと、ひとりでほくそ笑ひをした。たつた鳥は惜しいが、いつかまた帰つて来る事を思つたからである。

それから五六日すると、春挙氏はまた石屋の店さきに立つた。石屋の主人は目ざとくそれを見つけて、軽石よりも軽いお追従をのべつに注ぎかけた。お蔭でお客は石を二つ三つ<ruby><rb>購</rb><rt>あがな</rt></ruby>はなければならなくなつた。

その日の石は大きかつた。で、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>から運ばせる事にして、春挙氏はさきに帰つた。暫くすると<ruby><rb>門先</rb><rt>かどさ</rt></ruby>きにがたぴし荷車の音がして入つて来たものがある。

「へい、手前どもは石山の石屋でございますが、お<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>への石を持つてまゐりました。」

<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は玄関へ出て見た。門先きには荷車が二台曳き込むであつて、車の上には石屋の店ぐるみ積み重ねたかのやうに、沢山な石があつた。

「どうしたつていふんだ、俺はこんなどつさり註文はしなかつた筈だが……」

春挙氏が不審さうに<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>めた顔を、石屋の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>は石のやうな冷たい眼でじろりと見上げた。

「でもございませうが、こちら様は石好きでお名前の通つたお方なんでございますから。」

かういつて、人夫を指図して、さつさと石を下しにかゝつた。

「石好きでお名前の通つた……」

春挙氏は石を集め出したのは、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>とこなひだなのに、もうそんなに噂が高まつたのかと、<ruby><rb>頸窩</rb><rt>ぼんのくぼ</rt></ruby>へ手をやつて、満足さうに声を立てて笑つた。そして石屋の担ぎ込むだ石だけでは何だかまだ物足りない様に思つて、いつそ石屋の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>も、人夫も、門先きを通りかゝつた<ruby><rb>跛</rb><rt>ちんば</rt></ruby>の<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>ころも、みんな石になつて欲しい様な<ruby><rb>表情</rb><rt>かほつき</rt></ruby>をした。

その春挙氏は<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>である。画が頼みたい人にそつと<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>でお知らせする。氏の潤筆料に<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>などは無用の沙汰で、兎角は石の事〱。

新聞の購読中止３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

数多い新聞雑誌の読者のなかには、新聞雑誌を自分一人のために出来てゐるものと信じて、少しでも自分に面白くない、もしくは関係の薄い記事を見ると、直ぐ蟹のやうにぶつぶつ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>き出す者がある。

米国で聞えた新聞紙<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>トリビユウンの創立者ホオレエス・グリイリイは、優れた新聞記者の多い米国でも、とりわけ優れた記者として聞えた男だが、ある日政府筋の役人に会ふと、その役人はいつにない<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしい顔をして言つた。

「グリイリイ君、君にはお気の毒だが僕は今日限り君とこの新聞を<ruby><rb>禁</rb><rt>と</rt></ruby>めたよ。どうも社説の議論が気に喰はないもんだから。」

「さうか、それは困つたな。」新聞記者は一寸驚いたやうな表情をした。「だが仕方がない、社説が気に触つたといふなら。」

その翌日グリイリイはまたその役人に会つた。新聞記者は言つた。

「君は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>僕とこの新聞を禁めたと言つてゐたつけね。」

役人は得意さうに<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>をすうと吹いた。

「さうだ、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にさう言つたよ。」

新聞記者は腑に落ちなささうな顔をした。

「でも、不思議な事もあればあるもんだね、僕は今こゝへ来がけに、社に寄つてみたが、いつもの通りに機械も動いてるし、社員もみなせつせと働いてたよ。君が禁めたつていふのに、随分<ruby><rb>訝</rb><rt>をか</rt></ruby>しいぢやないか。」

役人は慌てて手をふつた。

「君それは違ふ、ひどい違ひだよ。僕が禁めたといふのは、新聞の発行をぢやないんだ。唯購読を<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めたといふに過ぎないんだ。」

「え、購読を止めた事なんか。」新聞記者はわざと驚いたやうな素振をしてみせた。「何だ、馬鹿々々しい、君一人購読を<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>した位で、それで新聞の記事を<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかしようなんて、そんな大それた考へは持たない方がいいんだよ。新聞は君ひとりの為めに出来てるものぢやないんだからね。」

関雪と<ruby><rb>麦僊</rb><rt>ばくせん</rt></ruby>３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

数多い竹内栖鳳氏の門下生のなかで、づばぬけて光つてゐて、負けず嫌ひで、おまけに犬と猿のやうに仲が悪い画家が二人ゐる。一人は橋本関雪氏で、今一人は土田麦僊氏。

去年の秋麦僊氏が若い同士達と一緒に、文展を出て、別に国画創作協会を<ruby><rb>組織</rb><rt>そしよく</rt></ruby>するといふ噂が伝はつた時、それを聞いた関雪氏は黙つてゐなかつた。

「なに、国画創作協会？　名前だけは立派だが、麦僊が牛耳を取つてるんでは高が知れたもんだて。」

さういふうちに、関雪氏は選ばれて文展の推薦になつた。それを聞いた麦僊氏は鼻先に皺をよせて笑つた。

「だから文展は駄目だといふんだ、関雪が推薦になるやうぢやね。」

その麦僊氏が、こなひだ急用で京都駅から東京行きの汽車に乗込んだ事があつた。二等車の寝台はあひにくどれも<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさ</rt></ruby>がつてゐるので、麦僊氏は<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>むなく一等の寝台を申込まなければならなかつた。麦僊氏は割高についただけは、気持で取りかへしたいものだと、精々手足を踏みのばして、<ruby><rb>乾章魚</rb><rt>ほしだこ</rt></ruby>のやうな恰好をして寝台に寝そべつた。そして<ruby><rb>肚</rb><rt>はら</rt></ruby>のなかで思つた。

「こんなところをあの関雪奴に一つ見せたいもんだな。」

汽車の夜は明けた。麦僊氏が<ruby><rb>帳</rb><rt>カーテン</rt></ruby>のなかから寝ぼけた顔を出して、<ruby><rb>僮</rb><rt>ボーイ</rt></ruby>を待つてゐると、隣の二等室から食堂車へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くらしい人が直ぐ前を通りかゝつた。麦僊氏はその顔を見て夢ではないかと思つた。外でもない、その男は栗のやうに色の黒い、そして<ruby><rb>蛭子</rb><rt>えびす</rt></ruby>様のやうに耳の遠い関雪氏であつた。

「やあ、関雪君。」

麦僊氏はこの機会をとり外さなかつた。呼びとめられた関雪氏は、一等寝台のなかに麦僊氏の顔を見て、急に焼栗のやうに熱くなつた。

「やあ、麦僊君か、どうだい、一緒に食堂へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かないか。」

関雪氏は名残を惜むで、寝台でもぞもぞしてゐる麦僊氏を<ruby><rb>促</rb><rt>せ</rt></ruby>き立てて食堂へ入つて往つた。そして<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>の大<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>を言ひつけた。酒に弱い麦僊氏は、酒飲みの関雪氏の前には一<ruby><rb>溜</rb><rt>たまり</rt></ruby>もなかつた。関雪氏は金魚のやうに赤くなつて金魚のやうに息を切らしてゐる麦僊氏を見て、気持よささうに笑つたが、それでもまだ腹は<ruby><rb>癒</rb><rt>い</rt></ruby>えないらしかつた。

汽車が東京駅につくと、プラツトホームには関雪氏が<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>の新橋のある<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>が、芸者を三四人つれて、この画家を出迎へに来てゐた。それを見ると、関雪氏は急に生きかへつたやうな顔をした。

「おゝ、<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>か、何しに来てゐるね。」

「先生をお迎へにだわ。」

芸者は<ruby><rb>鸚哥</rb><rt>いんこ</rt></ruby>のやうにきいきいした声で言つた。

それを聞くと、麦僊氏はまた巾着のやうに縮こまつてしまつた。関雪氏はいい気になつて、宿まで送り届けるからといつて、厭がる麦僊氏を無理強ひに出迎への自動車に積み込んだ。麦僊氏は手提鞄のやうに芸者の間に<ruby><rb>挿</rb><rt>はさ</rt></ruby>まれて小さくなつてゐた。

関雪氏が汽車のなかから、こつそり<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>あてに電報を打つたのだとは神ならぬ麦僊氏は少しも知らなかつた。

前大統領の嘘３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

米国の前大統領タフト氏が、ある時自分の政党員から頼まれて、Somerville の田舎町に講演に出かけて往つた事があつた。講演が無事に済むで、その晩タフト氏は、田舎町の狭つ苦しい<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に、象のやうな大きな<ruby><rb>体躯</rb><rt>からだ</rt></ruby>を投げ出して、ぐつすり寝込むだ。

あくる朝、食事を早く済ますと、タフト氏は直ぐに停車場に急いだ。田舎の旅籠屋で、気のながい訪問客につかまつたら、どんな<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>い目に遭ふかも知れないといふ事をタフト氏はよく知つた。だが、停車場に乗りつけてみると、氏があてにした汽車は特別急行で、そんな田舎町の駅へは立ち停まらないといふ事がわかつた。

タフト氏は当惑した。外套の隠しに両手を突込むで、停車場前の<ruby><rb>広</rb><rt>ひろ</rt></ruby>つ<ruby><rb>場</rb><rt>ぱ</rt></ruby>を歩きながら、大きな靴の<ruby><rb>踵</rb><rt>かゞと</rt></ruby>で<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>に<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>を蹴散らしてみたが、<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>を蹴つたところで、急行列車がとまる訳でもなかつた。

さうかうするうちに、タフト氏はいい事を考へついた。で、早速停車場から鉄道管理局あてに次のやうな至急電報を打つた。

「大きな団体客が待つてゐる。特別急行列車を Somerville の停車場にとめてくれまいか。」

暫くすると、管理局から返電が来た。タフト氏はその電報をあけてみて、にやりとした。なかには次のやうに書いてあつた。

「承知した。」

時間が来ると、急行列車はけたたましい地響きをさせながら入つて来た。前大統領は手提鞄をさげながらのつそり<ruby><rb>客車</rb><rt>かくしや</rt></ruby>に入つて往つた。すると、擦れ違ひに出て来た列車長は、がらんとしたプラツトフホウムを見渡しながら不思議さうにぼやいた。

「大きな団体客つてどこに居るんだらう。」

「それは<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>の事だよ。」

タフト氏は済ました顔で言つた。

列車長は黙つて前の大統領を見上げた。成程大きな図体は一寸した団体客ほどの重みがありさうに思はれた。

二人は「ははは」と声を合はせて笑つた。

福沢<ruby><rb>桃介</rb><rt>たうすけ</rt></ruby>氏と三百円３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

ながらく三越呉服店の図案部主任をしてゐた杉浦非水氏は、福沢桃介氏と縁続きである。もつと詳しく言へば、杉浦氏の夫人は福沢氏の妹である。

福沢氏は以前慶応義塾の学生だつた頃は、人間は<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>さへあつたら、女に思はれもするし、世渡りも結構出来るものだと思つてゐたらしいが、氏自身が色々な会社事業に関係して、たんまり<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>が暖まつて来ると、そろ〱人生観も変つて来て、人は<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>ばかりで生きるものぢやないと思ひ出したらしい。

その福沢氏がある時三越へ買ひ物に往つた事があつた。自分の<ruby><rb>韈</rb><rt>くつした</rt></ruby>を買ひにか、それとも<ruby><rb>貞奴</rb><rt>さだやつこ</rt></ruby>への進物を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へにか、そんな詮議は牧師か女中かのする事で、自分達のやうな忙しい人間のする事ぢやない。とにかく福沢氏は三越へ往つた。

馬の<ruby><rb>臭</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひのする鞄やシヤツの置いてあるなかをぶらぶら歩きながら、福沢氏はこれまですつかり忘れてゐた大事のものを思ひ出した。大事のものとは、外でもない、妹婿の杉浦非水氏である。福沢氏は<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つてゐる<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほなじみ</rt></ruby>の店員の一人を呼んだ。

「杉浦ね、図案家の。あれはまだこちらに勤めてゐるかい。」

「はい、<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らつしやいます。」店員は<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>のやうにてかてかした頭を下げた。「相変らずお達者にお見受け致します。何ならお呼び致しませうか。」

「いや、それには及ばない。」福沢氏は軽く手先をふつた。そして<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>の鞄やシヤツに立聞きされぬやうにそつと声を低めて訊いた。「あれで月収どの位になるかな。かつかつ暮して<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>けようかしら。」

「杉浦さんでございますか。あの方ですと、店の俸給と外に方々の頼まれ物から来るお礼とで月三百円は下らないやうに承はりました。」

店員は三越のなかに棲んでるものだつたら、重役から油虫にいたるまで、みんな裕福な<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>をしてゐるらしく言つた。

「なに、三百円。それぢや<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>が立ちさうにもない。<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>なんて気の毒なもんだな。」

福沢氏はかう言つて、<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>の杉浦氏を哀れみ、杉浦氏に連れ添つてゐる自分の妹を哀れむやうな眼つきをした。

「へへへへ、そんなに承はりますと、手前どもは<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う致したら宜しいんでございませう。吾ながら愛相がつきまして……」

店員は南京虫のやうにそこらの手さげ鞄かシヤツの縫ひ目に潜り込んでしまひたいやうな<ruby><rb>表情</rb><rt>かほつき</rt></ruby>をした。

それを見て福沢氏は声をあげて笑つた。そして要らぬシヤツと要らぬ韈とを買つて、いい気になつて外へ出た。

<ruby><rb>毬</rb><rt>まり</rt></ruby>を返せ４・３（夕）

一七四〇年、独逸聯邦が騒いだ。そのどさくさ紛れに、<ruby><rb>普魯西</rb><rt>プロシヤ</rt></ruby>のフレデリツク大王は、シレージヤの土地を、<ruby><rb>墺太利</rb><rt>オーストリー</rt></ruby>の女帝マリア・テレサの柔かい手から<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>つ<ruby><rb>手繰</rb><rt>たく</rt></ruby>つた事があつた。ちやうどその頃フレデリツク王が、自分の部屋で何か頻りと書き物をしてゐると、ふだん<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>がつてゐる甥の一人が入つて来て、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>で毬投げを始めたものだ。

英国の詩人テニスンは、自分が詩作に<ruby><rb>無中</rb><rt>むちゆう</rt></ruby>になつてゐる時、女中がばたばた足音を立てて入つたからといつて、急に癇癪を起して、インキ壺を投げつけたといふ事だが、フレデリツク大王は、詩人よりは幾らか辛抱強かつたと見えて、そんななかに平気で書き物をしてゐたが、どうした<ruby><rb>機</rb><rt>はづ</rt></ruby>みか甥の投げた毬が、間違つて王のよりかかつてゐる<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に落ちて来た。王は一寸ペンを止めて、毬の方へ目を逸らしたが、指先でそれを押しのけると、黙つてまた書き物を続けた。

と、間もなく毬はまた<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に落ちて来た。そして道徳家のやうに四角い顔をしてゐるインキ壺に<ruby><rb>戯</rb><rt>ふざ</rt></ruby>けかゝつた。王はそれを押へて、甥の方へ投げかへしてやつたが、その途端、白い眼をしてちらと睨んでみせた。甥は一寸お辞儀をした。

「<ruby><rb>小父</rb><rt>をぢ</rt></ruby>さん。御免なさい、これから気をつけますから。」

暫くすると、毯はまた<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に落ちて来た。そして普魯西の英雄にからかひでもするやうに、二三度王の鼻つ先きでぴよんぴよんと踊つてみせた。王はやにはにそれを引つ掴むで、自分の隠しの底へつつ込んでしまつた。甥はそれを見ると、済まなささうに擦り寄つて来た。

「小父さん、御免なさい。僕お詫をしますから、毬を返して下さい。」

小父は気むつかしい顔をして、せつせと書き物をしてゐたが、どうしても毬を取り出さうとしなかつた。

甥はいつまでもねだつてはゐなかつた。暫くすると、思ひきつた顔をして王の前に立つた。そしてきつぱりした調子で言つた。

「小父さま、あなたにお伺ひしますが、毬はお返し下さるんですか、下さらないんですか。」

小父はぎよつとした気味で、小さな甥を振むいてみた。そして涙ぐんだ眼のうちに、王であらうが、誰であらうが許すまじき力を見てとつた。王は急に<ruby><rb>顔色</rb><rt>がんしよく</rt></ruby>を和げて、隠しから球を取出してくれた。

「うい奴ぢやのう、それ毬は返してくれるぞ。<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>が居るうちは、シレージヤも先づ安心だといふものぢや。」

講和大使西園寺侯爵に教へる。人種差別問題をいつまでもぐづ〱言ふなら、構ふ事はない、<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>となれ、屹となれ……。

大杉栄百円を損す４・４（夕）

社会主義者大杉栄氏が百円損をした、それも現なまで――といふと、大抵の人は<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>にしないで、

「なに、大杉が百円。<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>言つちやいけない、あの男はまだ生きてるよ、<ruby><rb>香奠</rb><rt>かうでん</rt></ruby>でなくつて一時にそんな金が大杉の手に入るわけがない。」

と言ふかも知れないが、実際大杉氏が百円の金を損をしたのに少しの嘘もない。

最近大杉氏は田端に住んでゐた。儒者の<ruby><rb>荻生惣右衛門</rb><rt>をぎふそうゑもん</rt></ruby>の隣りに、俳人宝井其角が棲んでゐたやうに、この社会主義者の隣りに<ruby><rb>博奕打</rb><rt>ばくちうち</rt></ruby>が一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>住まつてゐた。夜が更けて社会主義者が飜訳物から疲れた顔を持ちあげる頃になると、隣りでは四五人の遊び人が寄つて丁よ半よと始め出す事になつてゐた。

ところが、大杉氏はあの通りの社会主義者なので、家にゐる時には、いつも警察の尾行巡査がやつて来て、<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>で張番をする事になつてゐる。忠実な尾行巡査は、どんなどしや降りの<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちゆう</rt></ruby>にも、<ruby><rb>梟</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>のやうにじつと眼を光らせて闇のなかに立つてゐた。

困つたのは、隣りの博奕打の家で、かうして昼も夜もぶつ通しに巡査に門口へ立たれては、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も安心して札を引く訳に往かなくなつた。で、いろ〱思案の末が大家を説いて大杉氏を<ruby><rb>移転</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>さすより外にはいゝ<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>が無かつた。

ある日の事、大家の爺さんは大杉氏の玄関へ禿頭を出した。そして言ひ<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>さうに<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か揉み手をしながら、少し都合があるから<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて欲しいと言ひ出した。

「何だつて<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>だてを<ruby><rb>喰</rb><rt>く</rt></ruby>はされなければならないんだね。」大杉氏は<ruby><rb>艴</rb><rt>むき</rt></ruby>になつて顔を赤くした。「家賃もきちんきちんと<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つて払つてるぢやないか。」

「それは戴いて居ります。だが、実を申しますと、警察の旦那方にああやつて表へ立たれましては、こゝいらの<ruby><rb>店子</rb><rt>たなこ</rt></ruby>がすつかり弱つちまひますので。」と<ruby><rb>爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>膝進</rb><rt>にじ</rt></ruby>り寄つて来て声を低めた。「お<ruby><rb>移転</rb><rt>ひつこし</rt></ruby>下さいますなら、失礼ではございますが、私の計らひで百円ばかし差上げてもよろしいかと存じまして。」

その百円は外でもない、博奕打の手から出たものだつた。

「なに百円寄越す。」大杉氏はにやりと氷のやうな冷たい<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>洩</rb><rt>もら</rt></ruby>した。何処へ往つても刑事が附きまとふといふ事なら、百円貰つて<ruby><rb>他所</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>しても悪い事はなかつた。それだけあつたら、<ruby><rb>移転</rb><rt>ひきこし</rt></ruby>の費用も払へるし、おまけに丸善で幾冊か新しい本を買へようといふものだ。

「よし、それぢや二三日うちに<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>してやらう。忘れるんぢやないぞ、お前さんの顔を立てるといふ事を。」

大杉氏は<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>らしく言つて、爺さんの顔を見た。爺さんは丁寧に禿頭を下げて引取つた。

その晩、隣から火が出て、大杉氏の家は<ruby><rb>全焼</rb><rt>まるやけ</rt></ruby>になつた。焼けなかつたものは、主人と恋女房の<ruby><rb>野枝</rb><rt>のえ</rt></ruby>さん位のもので、書物も何もすつかり焼いてしまつた。大杉氏は是非ともどこかへ<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>さなければならなかつた。さう思つた一刹那、この社会主義者は初めて大家の爺さんの約束に気がついた。

「さうだ、俺はおまけに百円の<ruby><rb>移転</rb><rt>ひきこし</rt></ruby>料も焼いてしまつたんだ。」

川村<ruby><rb>曼舟</rb><rt>まんしう</rt></ruby>氏と蛇４・５（夕）

春が暖かくなるにつれて、蛇がそろそろ穴から這ひ出すやうになつた。今日は一つその蛇の<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじり</rt></ruby>ばなしをここに御披露する。

数多い山元春挙氏の門弟のなかで、誰の眼にも一番光つて見えるのは川村曼舟氏である。曼舟氏は実際えらい、<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>も上手に<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>くのみならず、他の人が二本の脚でする旅行をも、氏は平気で一本脚でするからである。

曼舟氏は小供の時から足が悪かつた。で、坐つてゐて出来る仕事は無からうかと思ひついたのが絵の道である。もしか<ruby><rb>性来</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>脚が達者だつたら、氏は<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>かきになぞならなかつたかも知れなかつた。だが、絵の方がだん〱<ruby><rb>巧</rb><rt>うま</rt></ruby>くなつて来ると、氏は多くの画かきのする写生旅行といふものが<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>てみたくなつた。それには悪い脚が邪魔になつた。で、氏は思ひきりよく、その悪い方の脚を一本切つて捨てた。――世間には<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>有</rb><rt>もの</rt></ruby>だつたら、手だらうが、脚だらうが、平気で切つて捨てる医者といふ<ruby><rb>職業人</rb><rt>しごとにん</rt></ruby>がゐる。

去年の事だつた。曼舟氏は義足をつけて、同門の人達と一緒に日本アルプスへ写生旅行に立つた。いよいよ山にかゝると、仲間は<ruby><rb>足弱</rb><rt>あしよわ</rt></ruby>の曼舟氏に構つてはゐなかつた。彼等は山へ写生に来たのである。もつと<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事をいふと、文展向きの絵になる景色を捜しに来たのである。だが、困つた事には神様が山をお拵へになつた時には、まだ文展といふものが無かつたので、山にはそんな用意はすつかり欠けてゐた。で、画かき達は曼舟氏を置いてきぼりにしてぐんぐん奥へ入つて往つた。<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど文展でいつも曼舟氏に置いてきぼりを<ruby><rb>喰</rb><rt>く</rt></ruby>はされたやうに。

曼舟氏は義足を曳きずりながら、よちよち<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>から登つて往つた。うしろには<ruby><rb>強力</rb><rt>がうりき</rt></ruby>がついてゐた。ごろた石の多い<ruby><rb>岨道</rb><rt>そばみち</rt></ruby>へ来ると、熊笹のかげからいきなり飛出して来たものがある。あつと言ふ間に曼舟氏の片足へ噛みついて、そのまゝ<ruby><rb>雷光</rb><rt>いなづま</rt></ruby>のやうに消えてしまつた。

「や、<ruby><rb>蝮</rb><rt>まむし</rt></ruby>だ。旦那やられましたな。」強力は顔色を変へて飛んで来た。「早く手当をなさらなければ……」

「なに、構はない。」曼舟氏は平気で歩みを続けた。「馬鹿な蝮だよ。俺の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>が不死身だつてえ事にちつとも気がつかないんだね。」

「でも、旦那、相手は蝮ですからね。」強力は<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼をして、後から気をつけて画かきの<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見てゐたが、画かきの脚は少しも<ruby><rb>痺</rb><rt>しび</rt></ruby>れたらしい風は見えなかつた。

蝮の馬鹿め、つい見さかひもなく曼舟氏の義足の方へ噛みついたのだつた。

油虫<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひの皇帝４・６（夕）

油虫といへば、虫のなかでも一番いやな奴で、誰だつてあんな虫を好くものはない筈だが、嫌ひなうちにも一番あの虫が嫌ひだつたのは、外でもない露西亜のピイタア大帝であつた。

誰にしても好き嫌ひはあるもので、ゲエテは無駄話<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>が嫌ひだつた。シヨペンハウエルは女が嫌ひだつた。スウイフトは戸を閉めない人が嫌ひだつた。さういふ変つた毛嫌ひに比べると、ピイタア大帝が油虫を嫌つたのは、別段驚く程の事ではなかつた。

だが、実をいふと、露西亜には――とりわけ露西亜の田舎には油虫が多いので、大帝が旅行でもする折には、お<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>の衆の気苦労は一通りではなかつた。何故といつて、大帝は<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ入る時には、<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>をきれいに掃除させた上で、

「御覧の通り油虫は一匹も<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りませんでございます。」

といふ、家来の保証がなかつたら、夢にも<ruby><rb>閾</rb><rt>しきゐ</rt></ruby>をまたがうとはしなかつたから。

ある日の事、大帝は自分のお気に入りの家来の別荘へお成りになつた。家来は大帝のお成りを喜んで、<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>をきれいに飾りつけた上、色々の献上<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>など並べ立てて置いたが、それがひどく気に入つて、大帝はいつにない上機嫌の<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>で食卓についた。

舌触りのいい<ruby><rb>肉汁</rb><rt>スウプ</rt></ruby>を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>りさして、大帝はひよいと顔を持ち上げた。そして<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐた別荘の主人に呼びかけた。

「一寸訊いておきたいが、この別荘には無論油虫なぞ居る筈はなからうね。」

家来は油虫と聞いていたので、またいつものお株が始まつたなと思つた。

「はい、油虫なぞ居る筈はございません。とりわけ掃除には気をつけて居りますので。」

「うむ。それは結構だ。」大帝はまた<ruby><rb>肉汁</rb><rt>スウプ</rt></ruby>を啜り出さうとしたが、やつぱり気になつてならないと見えて、も一度駄目を押した。「ほんとうに一匹も居なからうな。」

「はい。」家来は叮嚀に頭を下げた。「よしんば居りましたところで、決してお目通りへ出て来るやうな事はございません。御覧遊ばせ、あれ、あのやうに生きた奴を一匹針で壁にとめて、虫よけの<ruby><rb>蠱</rb><rt>まじな</rt></ruby>ひが致してございますから。」

「なに、生きた奴が針で突刺してある。」

大帝は<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>き飛ばされたやうに椅子から飛び上つた。そして主人の指さす方を見かへると、それは丁度自分の頭の上で、<ruby><rb>留針</rb><rt>とめばり</rt></ruby>で刺された油虫はぴくぴく手足を動かせてゐた。大帝の顔は菜つ葉のやうに青くなつた。

「この禿頭めが……」

大帝はいきなり主人の頭に拳骨を一つ<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>はして、そのまゝ外へ飛び出した。あとに残された主人は、壁の油虫のやうに椅子の上で<ruby><rb>矢鱈</rb><rt>やたら</rt></ruby>に手足をもがいてゐた。

栖鳳と美術批評家４・７（夕）

東京の或雑誌に美術記者を勤めてゐて、かなり評判のいゝ男がある。去年の秋の文部省展覧会に、竹内栖鳳氏の『<ruby><rb>河口</rb><rt>かはぐち</rt></ruby>』といふ作品を見た時、この美術批評家は一寸その絵の前で立ちどまつたが、

「かなり器用に<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>けてるな、だが器用だけでは仕方がない。」

と、<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言ひながら、さつさと通り過ぎて往つた。

その後この『河口』の評判が、世間にやかましく言ひ<ruby><rb>囃</rb><rt>はや</rt></ruby>されるやうになると、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の批評家は急にうろたへ出した。

「こんな筈ぢやなかつた。すると俺が何処かに見落しをしたのぢやあるまいかな。」

美術批評家は慌ててまた文展の門口を<ruby><rb>潜</rb><rt>くゞ</rt></ruby>つた。そして『河口』の前に立つて目を光らせた。すると、不思議な事には、以前見た折には、器用でばかし出来てゐると思はれた絵が、今度はすつかり興味で出来てゐるらしく思はれ出した。

「<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>い、ほんとに旨いものだ。」批評家は女に接吻する折のやうに、すれずれに近寄つてみたり、馬の<ruby><rb>価</rb><rt>ね</rt></ruby>ぶみをする折のやうに少し離れてみたりした。「第一小松がよく<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>けてゐるし、それに浪の調子が何とも言へない。」

批評家はそれからといふもの、毎日のやうに『河口』の前に立つた。見れば見る程いいのはこの絵の出来だつた。

「うまい、いつ見てもうまい。呉春だつて<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>敵</rb><rt>かな</rt></ruby>ひつこはない。」

批評家は町で友達に出会つても、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>で<ruby><rb>妻</rb><rt>かない</rt></ruby>の顔を見ても、すぐこの絵の話をした。もしか自分の裏口に兎が飼つてあつたら、批評家は厭といふ程耳を引張つて栖鳳氏の噂を吹き込んだに相違なかつた。

批評家はこんなにまでして『河口』の評判を立てたが、たつた一つ、ぢかに栖鳳氏に出会つて、この話をしないのが残念で<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らなかつた。で、思ひ立つて京都にやつて来て栖鳳氏に会つてみる事にした。

栖鳳氏は都合よく<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にゐた。美術批評家はこの作者の前に坐つて、魚のやうに口さきを尖らせて『河口』を賞めそやした。栖鳳氏はいくらか<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>つたさうな顔つきをして、それを聴いてゐたが、批評家のお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>がすむと、静かに口を開いた。

「お賞めにあづかつて有難いが、実は自分ではあの作をそんなにいいものとは思つてゐません。例の小松ですな、あの小松をもう五分ばかり左の方に寄せると、全体の感じがすつかり違つて来て、もつとよくなるかも知れませんが……」

「へえ、小松を五分ばかし……」

批評家は眼をくるくるさせた。そして<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>といふものにすつかり<ruby><rb>騙</rb><rt>だま</rt></ruby>されたやうな気になつてがつかりした。

<ruby><rb>小話</rb><rt>せうわ</rt></ruby>数則４・８（夕）

米国の応募兵のなかに、脳の後頭部が<ruby><rb>削</rb><rt>そ</rt></ruby>いで取つたやうに<ruby><rb>凹</rb><rt>へこ</rt></ruby>んだ頭をした兵卒の一人があつた。軍医は物珍らしさうに指さきでそこを<ruby><rb>弄</rb><rt>いぢ</rt></ruby>り廻して、いろんな事を訊いてゐたが、それだけでは<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うも腑に落ちないので、最後にこんな事を言つて訊いた。

「お前結婚してるのかい、女に溺れ過ぎると、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に頭がこんな恰好になるのがあるが。」

「いえ、結婚なぞしてやしません。」兵卒はきつぱり答へた。「旦郡、そこは驢馬に蹴られた<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>なんでさ。」

驢馬と女――うまい事を言つたもので、軍人にしては少し出来すぎた返辞である。

◇

今度の休戦が昨年の十一月十一日の十一時に成立つたといふので、ある御幣担ぎは、この十一といふ<ruby><rb>数</rb><rt>すう</rt></ruby>を何か特別のもののやうに縁起を担ぎ出した。で、早速旧約全書の第十一巻目にある『列王紀略』上巻の十一章の十一行目を<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>いてみた。すると聖書にはかうあつた。

「此の事<ruby><rb>爾</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>にありしに<ruby><rb>因</rb><rt>よ</rt></ruby>る、また<ruby><rb>汝</rb><rt>なんぢ</rt></ruby>わが契約をわが爾に命じたる<ruby><rb>法憲</rb><rt>のり</rt></ruby>を守らざりしによりて、我必ず爾より国を裂きはなして、これを爾の<ruby><rb>臣僕</rb><rt>けらい</rt></ruby>に与ふべし。」

してみると、独逸が共和国になるのは<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つた事実なので、ちやんと聖書に予言してあつたのだと言つてゐる。

◇

<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロツパ</rt></ruby>の戦線に派遣せられた米国の軍隊に、牛乳配達夫の召集せられたのが一人<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐた。その男が最近<ruby><rb>郷里</rb><rt>くに</rt></ruby>の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>あてに<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>した手紙には、次のやうな文句があつた。

「僕は軍隊生活が好きになつた。実際大抵の事は辛抱するが、たつた一つ朝五時半までも寝床のなかに入つてゐなければならないのだけはうんざりする。」

◇

政府は<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>小包郵便の料金を<ruby><rb>更</rb><rt>か</rt></ruby>へるさうだが、一八四五年米国政府が、普通郵便物の料金を三百<ruby><rb>哩</rb><rt>マイル</rt></ruby>までは五<ruby><rb>仙</rb><rt>セント</rt></ruby>、それ以上は十仙に規則を変へた事があつた。すると郵税収入がうんと減つて来たので、その筋では今更のやうに驚いた事実があつた。人間といふ奴は、郵税が高くなると、直ぐ御無沙汰をする事を知つてゐる。

◇

亜米利加の西部にある或る日曜学校で、教師がしかつべらしく訊いた事があつた。

「嘘とはどんな事です、皆さん知つてゐますか。」

一人のこましやくれた女の子が直ぐ<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>ち上つた。

「神様にはお<ruby><rb>叱</rb><rt>しかり</rt></ruby>を受けるかも知れませんが、<ruby><rb>人間</rb><rt>ひと</rt></ruby>が困つた時には<ruby><rb>覿面</rb><rt>てきめん</rt></ruby>に<ruby><rb>効力</rb><rt>ききめ</rt></ruby>がある事なんです。」

西山翠嶂氏とキユビイ４・10（夕）

多くの京都派の画家のなかに、文展で毎年特選続きで、近頃めつきりと評判を揚げたのは西山翠嶂氏である。

西山氏は遊び好きの多い京都画家のなかでも、一番の遊び好きである。近頃氏の<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>が評判がいゝのにつけて、この遊び癖につけ込むだのが、何事にも抜目のない道具屋である。道具屋は西山氏に自分の依頼画が早く<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>かせたさに、いろんな口実を拵へては、この遊び好きの画かきを、三味線と<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>の<ruby><rb>街</rb><rt>ちまた</rt></ruby>のなかに誘ひ出した。

西山氏はどんな画をかいてゐる時でも、よしんば<ruby><rb>跛</rb><rt>びつこ</rt></ruby>の馬をかきかけてゐる時でも、遊びになら二つ返事で出かけて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事の出来る人である。道具屋は画かきの前で<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐひ</rt></ruby>を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>つて猫の真似をしたり、四つ<ruby><rb>這</rb><rt>ば</rt></ruby>ひになつて<ruby><rb>甲虫</rb><rt>かぶとむし</rt></ruby>の真似をしたりした。そして西山氏が腹の底から笑ひ崩れるのを待つてゐた。

そんな陽気な酒の席でも、つらい事には西山氏は何一つ隠し芸を持合はさなかつた。

「困つたな。何か芸が無くつちや、座敷が淋しくていかん。」

西山氏はこつそり道具屋の真似をして、猫や甲虫の恰好を似せて見たが、一向<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>く<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつた。

さうかうするうちに、西山氏はふといい事を思ひついた。（<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>だの、詩人だのといふものは<ruby><rb>神来</rb><rt>インスピレーシヨン</rt></ruby>といふものを持つてゐる。それを<ruby><rb>作物</rb><rt>さくぶつ</rt></ruby>の製作に使はうが、借金の言ひ訳に用ゐようが、つまりは勝手である。）それは外でもない、西洋人形のキユビイさんの顔真似をする事である。

西山氏は早速画室に閉ぢ籠つた。そして<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>きさしの<ruby><rb>絵絹</rb><rt>ゑぎぬ</rt></ruby>をそこらにおつ<ruby><rb>投</rb><rt>ぽ</rt></ruby>り出したまゝ、鏡と首つ引きで、眼をむいてみたり、小鼻を膨らませてみたりした。

そこへ入つて来たのは、夫人の<ruby><rb>貞子</rb><rt>ていこ</rt></ruby>さんだつた。貞子さんは吹き出したくなるのを、じつと辛抱して、始終を見すませた上で、そつと足音も立てず画室から抜け出した。そしてその晩<ruby><rb>里方</rb><rt>さとかた</rt></ruby>へ帰つて、父親の竹内栖鳳氏にかくと<ruby><rb>告口</rb><rt>つげぐち</rt></ruby>した。父親の偉いのを持つた嫁御寮は、何よりもよく里を利用する事を知つてゐるものだ。

それから二三日して、西山氏が栖鳳氏を訪ねると、<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>としかつべらしい口ぶりをして言つた。

「西山、わしにも一つキユビイさんの顔真似をして見せてくれんか。」

「え、キユビイさんですつて。」

西山氏は顔を絵具皿のやうに<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>にした。<ruby><rb>妻</rb><rt>かない</rt></ruby>の里方に立派な<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を持つたものは、どうかするとよくそんな顔をするものだ。――だがまあ我慢するさ、何事も<ruby><rb>親戚</rb><rt>みうち</rt></ruby>の事だから。

大杉栄氏五百円を儲く４・12（夕）

こなひだ大杉栄氏が田端の家をまる<ruby><rb>焼</rb><rt>やけ</rt></ruby>にされて、家主から受取る筈の百円をふいにしてしまつた事を書いたが、暫くすると大杉氏から正誤書が入つて来た。

大杉氏は言ふ、あの茶話に、今の大杉に香奠で無くて、百円と<ruby><rb>纏</rb><rt>まとま</rt></ruby>つた金が入つて来るわけがないとあつたが、あれは<ruby><rb>可哀</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうだ。何故といつて、いつかも後藤新平<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>が内務大臣をしてゐた頃、自分は借金に困つてゐるからといつて、三百円ばかり大臣の手から貰つた事がある位だからと。

実はその折、大杉氏の方では五百円と切り出したかつたし、後藤男の方ではさう切り出されたからといつて、別に出し惜みをするわけでもなかつたらしいが、大杉氏はその「五」といふ<ruby><rb>数</rb><rt>すう</rt></ruby>が、どうしても口に出せない、幾度か金魚のやうに口もとをもぐ〱させた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>「三」と言つてしまつたので、二百円貰ひそくなつたのださうだ。言ひ忘れたが、大杉氏は名代の<ruby><rb>吃</rb><rt>ども</rt></ruby>りで、自分でも、

「御承知でもありませうが、吃りには<ruby><rb>加</rb><rt>か</rt></ruby>行と<ruby><rb>多</rb><rt>た</rt></ruby>行とは一番禁物なんですから。」

と言ひわけをしてゐる。だが、それにしても一口で二百円損をするなんて、大杉氏にも似合はない話で、加行と多行とが吃りに禁物なら、いつそ七百円か八百円と切り出してもよかつた筈なのだ。

田端の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が焼けると、大杉氏は、

「まる焼けだ、まる焼けだ。」

と友達ぢゆうを触れまはつたので、方々から見舞金がざつと五百円ばかし集まつた。大杉氏はそれで飛島山に近い高台に、家賃三十五円の家を借りて住む事にした。そして原稿稼ぎをする文士仲間でこれだけの家賃を払つてゐるのは、<ruby><rb>与謝野</rb><rt>よさの</rt></ruby>寛君と自分とだけだと言つて自慢してゐる。だが、大杉氏自身の言葉によると、まる焼だといふのは実は少し言ひ過ぎで、火事にあつた時には、着物や、書物や、目ぼしい物はみんな質屋の倉に預けてあつたのださうな。

借りた三十五円の家は焼けた九円の家に比べると、<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>住み心地がいゝといふ事だ、そして、それ以上に心持のいゝのは家賃が当分きちんきちんと払つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>ける事で、家賃を払ふといふ事が、こんなに<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>い気持のするものなら、今後は成るべく家賃だけは払ふやうに心掛けたいと大杉氏は言つてゐる。いゝ心掛けで人間といふものは、頭のなかではいろんな善い事を考へるものだが、軒が低かつたり、台所が暗かつたりすると、とかく……。

児島虎次郎氏に４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

この十四日から三日間、中之島の公会堂で作品展覧会をする児島虎次郎氏には、倉敷の大原孫三郎氏といふ保護者があるので、その<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>ぶりは、貧乏人の多い洋画家仲間に<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>羨ましがられてゐる。

児島氏は金が要る事があると、いつでも大原氏を訪ねて、要るだけのものはきつと貰つて帰る。丁度自分の<ruby><rb>祖父</rb><rt>ぢい</rt></ruby>さんか、<ruby><rb>父親</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>かが、山を売り<ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>を売り、桐の木を売り、釣つた鯰を売つて儲けた金をそつくり大原氏に預けて置きでもしたやうに、お礼一つ言はないで、平気で貰つて帰る。その平気なところが、ひどく大原氏の気に入つて、

「ああして礼一つ言はないで、金を持つて帰るところが嬉しい。あの男はどこか<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>と<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つてゐる。」

と、客さへあると、児島氏の事を噂してゐる。

むかし英吉利にスペンサアといふ名高い詩人があつた。この人一代の傑作に『<ruby><rb>仙姫</rb><rt>フエリイクイン</rt></ruby>』といふ長篇の詩があるが、この詩の出来上つた時、スペンサアは誰よりも先きに自分の保護者に見せなければなるまいと思つた。保護者といふのは、その頃の社交界に<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>け<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>のサウザンプトン伯爵だつた。

詩人は早速伯爵の玄関を訪れた。そして執事を通じてその<ruby><rb>嵩高</rb><rt>かさだか</rt></ruby>の原稿を伯爵の手もとまでさし出した。伯爵はその折椅子にもたれてぽかんとしてゐたらしかつた。で、原稿を受取ると、その場ですぐ読み出したが、詩があまりよく出来てゐるので、急に居ずまひを直しながら、執事を<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>んだ。

「スペンサアはどうした、まだ居るかい。」

「はい、あちらでお待ちでございます。」

「さうか、うい奴だ。この詩はなか〱うまく出来てゐるわい、褒美として二十<ruby><rb>磅</rb><rt>パウンド</rt></ruby>ばかし取らするがよいぞ。」

「<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりました。」

執事は丁寧に頭を下げてさがつて往つた。

伯爵は息も継がずその<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を読みつゞけた。そして馬のやうに<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か鼻を鳴らしてゐたが、暫くするとまた執事を喚び入れた。

「スペンサアはどうした、まだ居るだらうな。」

「はい、あちらでお待ちでございます。」

「さうか、うい奴だ。褒美としてもう二十磅取らするがよいぞ。」

執事は黙つてまた出て往つた。

伯爵は夢中になつて続きに読み入つた。暫くすると執事はまた喚び立てられた。

「スペンサアはどうした、まだ居るだらうな。」

「はい、あちらでお待ちでございます。」

「さうか、褒美としてもう二十磅取らするがよいぞ。」

執事は腑に落ちなささうな顔をして出て往つた。

詩は読みつげばつぐ程面白くなつた。伯爵はとうと<ruby><rb>鉄瓶</rb><rt>てつびん</rt></ruby>のやうに癇癪を起して原稿を卓の上に投げつけた。そして大声で執事を喚び立てた。

「スペンサア奴、<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからん奴ぢや。早く邸から追ひ立ててしまふがよい。もつと読んで往つたら、<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>は身代限りをせざあなるまい。」

児島虎次郎氏に教へる。<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>はづばぬけて上手にならぬ方がよい、さもないと大原氏が困るから。

<ruby><rb>鹿子木</rb><rt>かのこぎ</rt></ruby>氏と<ruby><rb>芽張柳</rb><rt>めばりやなぎ</rt></ruby>４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

洋画家鹿子木<ruby><rb>孟郎</rb><rt>たけしらう</rt></ruby>氏は牛のやうにのつそりしてゐて、おまけに牛のやうに色が黒いので聞えた男である。氏があまり世間の流行を追はないで、ひとりでこつこつと自分の<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>を歩いてゐるのは、この牛のやうにのつそりしてゐて、そして牛のやうに色が黒い生れつきによるのである。

ある時鹿子木氏は<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>から芽張り柳の<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>を頼まれた事があつた。

「芽ばり柳――といふと、芽を吹き出した柳ですな。よろしい、あまりお急ぎでなかつたら<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>いてあげませう。」

氏はゆつくりした調子で返事をした。そして客が帰つた後で、何気なく縁側へ出て見ると、梅がちらほら咲きかけてゐるのに気がついた。

鹿子木氏は考へた。梅が咲くからには鶯も来るに相違ない、鶯が来るからには、燕だつて来ない筈はなからう。してみると柳もそろそろ芽を張つてゐるかも知れない。

「さうだ、柳も芽を吹いてるかも知れないぞ。」

氏はいつに似げなく慌てて、加茂川の<ruby><rb>縁</rb><rt>へり</rt></ruby>に出てみた。

案に<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はず、柳はそれぞれ芽を吹いて、春の支度に忙しさうだつた。実際<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>にとつてこんな不都合な法はなかつた。芽を出すなら出すで、一応<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>に下相談をしてからにしたつて、遅くはなかりさうなものだ。<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>から見ると、世界中の物は――少くとも芽張り柳だけは、神様が特別に自分達のために拵へてくれたものに相違なかつたのだ。<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にしても柳が鹿子木氏に知らさないで、こつそり芽を吹いてゐるのは、少し身勝手に過ぎた。

身勝手なのは、唯それだけではなかつた。そこらに立つてゐる柳といふ柳の恰好は、どれもこれも鹿子木氏の気に入らなかつた。あるものは後期印象派の若い洋画家のやうに、鹿子木氏の方に尻を向けて<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた。またあるものは中沢岩太氏のやうに<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>を突き出してこの<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>に喧嘩腰でゐた。

「どうもいかん、みんな<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>が画になつてゐない。」

鹿子木氏はぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きながら<ruby><rb>川</rb><rt>かは</rt></ruby>つ<ruby><rb>端</rb><rt>ばた</rt></ruby>を下つて来ると、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と二三本<ruby><rb>舞妓</rb><rt>まひこ</rt></ruby>のやうな恰好をしたのが見つかつた。

「うむ、これならよかりさうだ。」

鹿子木氏は早速絵具箱をあけて写生にかかつた。

鹿子木氏は毎日柳ばかりを写生してゐるわけにも往かなかつた。<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>にも色々俗な用事はあるものだ。鹿子木氏は精々<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>をこさへては、<ruby><rb>川</rb><rt>かは</rt></ruby>つ<ruby><rb>端</rb><rt>ばた</rt></ruby>へ出掛けて往つたが、格別急がうともしないで、のつそりとしてゐるので、その画が出来上つたのは、写生を始めてから<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど三十日ばかり経つてゐる頃だつた。

註文<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>は画家の手からその<ruby><rb>油画</rb><rt>あぶらゑ</rt></ruby>を受取つたが、ちらと画面を見ると、その儘黙つて押しもどした。

「先生<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>がお頼みしましたのは芽張柳の画どしたな。」

「さうです、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に芽張り柳でしたよ。」

「でも、先生、この画は芽張り柳ぢやなうて、<ruby><rb>青柳</rb><rt>あをやなぎ</rt></ruby>どすな。」

鹿子木氏は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して自分の画を覗き込んだ。成程柳にはこんもりと葉が繁つてゐた。鹿子木氏が写生にひまどつてゐる<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に柳の方では又しても<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>に相談なしで勝手に葉を伸ばしてゐたのだつた。

奇癖４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>

無くて七癖といふ程だから、茶話記者なども<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>から見たら、随分な癖持ちで、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の噂でもないかも知れないが、まあさ、世間並みに自分の事だけは棚にあげておいて、今日は一つ癖話をする。

小説家の正宗白鳥氏は、今は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか知らないが、以前もつと若かつた頃には、<ruby><rb>他家</rb><rt>よそ</rt></ruby>へ訪ねて往つての帰りに、門口の戸をがらつと<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて表へ出ると、その儘さつさと帰つて往つたもので、決してそこの戸を閉めておくやうな<ruby><rb>手数</rb><rt>てすう</rt></ruby>のかかる事はしなかつた。

「何だつて、君は出た跡で門口の戸を締めないんだね。」

それを気にした友達の一人が、ある時不思議さうに訊いた事があつた。すると、正宗氏は一度胃の腑へ<ruby><rb>嚥</rb><rt>の</rt></ruby>みくだした門も、門の戸も吐き出すやうな調子で返事をした。

「門口の戸かい、あれは僕が<ruby><rb>出入</rb><rt>ではひり</rt></ruby>するに<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けなければならないから開けはするが、締める必要なんかちつとも無いぢやないか。」

むかし英吉利に正宗氏と同じ様な皮肉家にスヰフトといふ男があつた。家事一切は女中まかせに何一つ口を出さうとしなかつたが、唯一つの癖は戸の<ruby><rb>開閉</rb><rt>あけたて</rt></ruby>がおそろしく口やかましい事で、どんな場合でも、これだけは厳重にしないと、直ぐ機嫌を悪くした。

ある時、女中の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>が、かなり遠い田舎町にゐる姉が結婚するので、是非その席へ顔出ししなければならぬから、一日だけお<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>が許して貰ひたいと言ひ出した。主人のスヰフトはすぐに承知した。

「それはめでたいの。ゆつくり往つて来るがいゝ、<ruby><rb>幸</rb><rt>さいはひ</rt></ruby><ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>の馬もあいてるから、あれに乗つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くとしたらどうぢや、<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>に案内して貰つての。」

「え、あの馬をお貸し下さいますか、それに<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>さんまで……まあ、旦那様お有りがたうございます。」

女中は<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>折釘</rb><rt>をれくぎ</rt></ruby>のやうにしてお辞儀をしたが、その儘主人の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>を飛び出して、直ぐに支度に懸つた。

馬の用意は出来た。女中は主人の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>に<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>つたやうな気持で馬に乗つた。そして<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>何といふ親切な旦那様だらう、こんな<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い方ならいつそ結婚してあげてもいいと思つてるらしかつた。

暫くすると、遙か後から呼びかけて来る者があつた。女中も<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>も馬も一緒にあとを振りかへつた。追ひかけて来たのは下男の一人で、旦那様の御用だから今一度<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ帰つてくれといふのだ。女中はぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら帰つて来た。そして<ruby><rb>膨</rb><rt>ふく</rt></ruby>れつ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をして、主人の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>へ入ると、スヰフトはじろりと横目でにらんだ。

「そこの戸を締めて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きなさい。」

女中は馬に乗つて結婚式に出かけられる嬉しさに、つい戸をしめるのを忘れてゐたのだ。

大食と少食４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

広瀬淡窓は人も知つてゐる如く豊後<ruby><rb>日田</rb><rt>ひだ</rt></ruby>の儒者であつた。ある時養子の<ruby><rb>青邨</rb><rt>せいそん</rt></ruby>が淡窓に訊いた事があつた。

「父上、ちよつと伺ひますが、礼は何から始めたものでございませうな。」

「礼か。」淡窓はきちんと坐つた膝がしらを養子の方へ<ruby><rb>捻</rb><rt>ね</rt></ruby>ぢ向けた。「礼は無遠慮から始めるのだね。」

青邨は腹のなかで養父の<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を味はつてみたが、今一つはつきりと意味が解せなかつた。で、また<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた事を訊いた。

「父上、今一つ伺ひますが、養生の極意はどこにございますでせう。」

「養生の極意か。」淡窓はすぐ返辞をした。「何よりも先づ<ruby><rb>大喰</rb><rt>おほぐ</rt></ruby>ひをするんだな。」

青邨はいくらか<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>はれたやうな気味で<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>つて往つた。

その<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>青邨は広瀬<ruby><rb>旭荘</rb><rt>きよくさう</rt></ruby>に出会つた。旭荘は淡窓の弟で、青邨にとつては義理のある叔父だつた。甥はまた同じ事を訊いた。

「叔父上、ちよつと伺ひますが、礼は何から始めたものでございませうな。」

旭荘は直ぐ返辞をした。

「礼かい。礼なら先づ遠慮から始めるんだね。」

青邨はいつだつたかの淡窓の答へを思ひ出して、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うにも<ruby><rb>合点</rb><rt>がつてん</rt></ruby>の往かないらしかつた。で、<ruby><rb>立続</rb><rt>たてつゞ</rt></ruby>けに今一つの<ruby><rb>質問</rb><rt>とひ</rt></ruby>を投げ出した。

「叔父上、<ruby><rb>尋</rb><rt>つい</rt></ruby>でに伺ひますが、養生の極意はどこにございますでせう。」

旭荘は訳もなく答へた。

「養生の極意は、食をひかへる事さ。」

青邨はもう我慢が出来なかつた。一方が無遠慮だと言へば、一方は遠慮だと答へるし、一方は大喰ひだと答へれば、一方は食をひかへるのだと言ふ。屹度<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>と叔父貴とが馴れ合つて自分を<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>つてゐるのか、さもなければ、二人とも<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にも知らない<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>ひぬけの大馬鹿者に相違ないと思つた。で、幾らか冷かし気味に<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を話して、訊いてみた。

「こんなわけでございますが、父上と叔父上と、どちらが<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>なのでございませう。」

「どちらも<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>だ。」

旭荘はきつと甥の顔を見つめて言つた。その言葉によると、兄の淡窓は<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>が弱く、食が細いので、始終遠慮<ruby><rb>勝</rb><rt>がち</rt></ruby>と少食の損を知つてゐる。それとは打つて変つて、自分は健康で、いつも無遠慮と過食とから後悔する事が少くない。かうして<ruby><rb>互</rb><rt>たがひ</rt></ruby>に自分達の弱みを知つてゐるから、それを<ruby><rb>汝</rb><rt>おまへ</rt></ruby>に繰り返させまいとするからの事だといふのだ。

道徳や人生観は多くの場合胃に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>がつてゐるものだ。それが胃病だと一層つよい。

菊池契月の心配事４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

むかしから芸術の神様はやきもち焼で、<ruby><rb>二心</rb><rt>ふたごころ</rt></ruby>を持つたものは屹度<ruby><rb>祟</rb><rt>たゝ</rt></ruby>られると言ひ伝へてゐる。だが、世の中には、芸術家を<ruby><rb>誑</rb><rt>たぶら</rt></ruby>かさうと、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>係蹄</rb><rt>わな</rt></ruby>をこしらへて待つてゐるのも少くない。これを<ruby><rb>名</rb><rt>なづ</rt></ruby>けて悪魔といふ。

日本画家をすべて芸術家扱ひにしたら、芸術の神様は美しい顔をしかめるかも知れないが、でも、その日本画家にそれぞれ悪魔がついてゐる事だけは<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>である。悪魔とは何ぞ。曰く、骨董屋である。

近頃菊池契月氏の評判がいゝので、悪魔の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>はこの画家を誑かしにかかつた。つい、こなひだの事骨董屋は契月氏と一緒に大阪<ruby><rb>南地</rb><rt>なんち</rt></ruby>のある<ruby><rb>大</rb><rt>おほ</rt></ruby>茶屋で遊んだ。座敷には美しい<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>の<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>かが人形のやうに<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>んでゐたが、<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>はそのなかの一人を<ruby><rb>選</rb><rt>え</rt></ruby>り<ruby><rb>好</rb><rt>ごの</rt></ruby>みして、頻りと杯の<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>りをしてゐた。骨董屋は<ruby><rb>飯事</rb><rt>まゝごと</rt></ruby>のやうなその<ruby><rb>振</rb><rt>ふり</rt></ruby>を見て、腹のなかで笑つてゐた。

それからといふもの、契月氏は頻りとスケツチを取りに大阪の方へ出かけて来た。

「あれで大阪は案外いゝところだね。<ruby><rb>大阪</rb><rt>あすこ</rt></ruby>の作家があれを取扱はないなんて、嘘ですよ。」

契月氏は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を出る時にはいつもかう言つて言ひわけをした。実際大阪はいい<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>だ。<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>の都で、<ruby><rb>側目</rb><rt>わきめ</rt></ruby>もふらず、いつも忙しく暮してゐるので、<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>が人に隠れてスケツチをするのに丁度都合がいい。

契月氏の夫人は、亡くなつた<ruby><rb>芳文</rb><rt>はうぶん</rt></ruby>氏の娘だけに、日本の女としては大柄であるが、大阪から帰つて来る日にかぎつて、いつもよりはずつと大きく契月氏の眼に見えた。

「こんな事ぢやいかん。しつかりしろ、しつかり……」

<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は強ひて自分を叱りつけてみるが、いつも駄目で、気張れば気張るほど自分の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>が小さくなるやうに思へた。

そして今一つ困つたのは、そんな日に限つて、<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>い子供が<ruby><rb>痙攣</rb><rt>ひきつけ</rt></ruby>をおこしたり、腹を痛めたりしてゐた事で、これには契月氏も全く弱らされてしまつた。

「実際困つちまふんだよ、子供の病気には。どうすればいゝんだらう。」

契月氏は困りきつて、友達の田畑<ruby><rb>秋濤</rb><rt>しうたう</rt></ruby>氏に相談してみた。いゝ心がけで、困つた時には、友達に相談してみる事だ。秋濤氏は多くの友達といふものと同じやうに、

「そりや困るね。」

と<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>から同情したらしく言つたが、格別いゝ分別も貸してはくれなかつた。

そつと契月氏にお知らせする、子供の加減が悪い折には、小児科医に診て貰つた方が一番安心である。――他人に聞かせるのは惜しい程の事だが、何事も<ruby><rb>相身互</rb><rt>あひみたがひ</rt></ruby>の世の中だから。

文豪と<ruby><rb>旅宿</rb><rt>はたごや</rt></ruby>の亭主５・２（夕）

英国の文豪キプリング氏の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>前に美しい並木があつて、主人が自慢の一つになつてゐる。ところが、この頃になつて急に樹に元気がなくなつたので、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うした事かと、よく調べてみると、隣りの<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>から<ruby><rb>出入</rb><rt>ではひり</rt></ruby>する馬車の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>で、車の肩が突き当る度に、<ruby><rb>樹肌</rb><rt>こはだ</rt></ruby>が擦りむけてゐたのだと判つた。

キプリングはぶつぶつ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら、隣の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>あてにこれからは少し気をつけてくれるやうに手紙を書いて出した。旅籠屋の亭主はそれを受取つて読むと、すぐ自分の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に泊り合はせてゐる客の一人をたづねた。

「旦那、あなたはキプリング先生の書いた物をお<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひになりませんか。あの先生の物は滅多に手に入らないつていふ事でがすぜ。」

「キプリングさんの手蹟かい。」客は声をはずませた。「有るなら譲つて貰ひたいもんだね、かね〲欲しいと思つてたんだからね。」

「ぢや、お譲りしませう、やつと今手に入つたところでがさ。」

旅籠屋の亭主はたつた今受取つたばかりの文豪の手紙を売りつけた。そして代りに十シルリングの銀貨を受取つた。

文豪は隣りから一向返事が来ないので、<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつて怒つた。そして今度は火のやうな手紙を書いて送つた。

旅籠屋の亭主はその手紙をまた泊り客の一人に売りつけた。そして一<ruby><rb>磅</rb><rt>パウンド</rt></ruby>の金を黙つてポケツトにしまひ込んでしまつた。

キプリングは幾日経つても返事が来ないので、とうと<ruby><rb>業</rb><rt>ごふ</rt></ruby>を煮やして隣へ出かけて往つた。

「御主人、お前さんのところへ、こなひだから二度ばかり手紙を出しておいたが、受取つてくれましたか。」

「はい、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に拝見しましたよ。」

旅籠屋の亭主は、銀貨と金貨とをポケツトにしまひ込むだと同じ手で<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>を撫でまはした。

「ぢや、何だつて返事をくれない。」文豪はぷりぷりして言つた。

「でも、先生、私の方では毎日でもお手紙が頂きたいんです。」隣の亭主は揉み手をしながらお辞儀をした。「馬車でお客を送るよか、その方がずつと商売になるもんですからな。」

福田博士の衣替へ５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>中央公会堂で開いた<ruby><rb>黎明</rb><rt>れいめい</rt></ruby>会の講演会に聴きに往つた人は、いつも黒木綿の紋附羽織に小倉の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>ときまつた福田徳三博士が、皺くちやではあつたが、背広の洋服を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>てゐたのを見て一寸変な気持がしたに相違ない。

よしんば<ruby><rb>燕</rb><rt>つばくろ</rt></ruby>が紺の<ruby><rb>法被</rb><rt>はつぴ</rt></ruby>を脱ぐ折はあらうとも、福田博士にそんな事はあるまいと思はれた名代の木綿羽織である。だが、実際博士はそれを脱いで、皺くちやな背広を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>てゐた。それには何かわけが無くては叶ふまい。

いつだつたか、福田博士は三宅雪嶺博士などと一緒に、相州の小田原へ講演に出かけて往つた事があつた。その折も福田氏はいつものやうに黒木綿の羽織に小倉の袴を着けてゐた。

汽車が<ruby><rb>国府津</rb><rt>こふづ</rt></ruby>へ着くと、小田原の町長を始め、講演会のきもいり達はそこのプラツトホームに<ruby><rb>仏手柑</rb><rt>ぶしゆかん</rt></ruby>や馬鈴薯のやうな顔を並べて突立つてゐた。三宅博士は<ruby><rb>木通蔓</rb><rt>あけびかづら</rt></ruby>の手籠をさげて、そのなかへのつそりと下りて往つた。

すると、町長は<ruby><rb>螽斯</rb><rt>ばつた</rt></ruby>のやうに飛び出して来た。

「三宅先生でいらつしやいますか。お荷物はこちらへ戴きます。」

と博士の眼の前に右の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を突き出した。その<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>は一生戸籍簿でもひねくつてゐるのにふさはしいやうに出来てゐた。博士は黙つて木通蔓の手籠を手渡しした。

「お荷物はこれだけでいらつしやいますか、手前たしかに持参いたします。」

町長はかういつて、その手籠を提げて、博士の後からついて往つたが、手籠は石ころでも詰まつてゐるやうに重かつた。町長はべそを掻き出しさうな顔をして<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見まはした。すると、自分の直ぐ右手を黒木綿の羽織に小倉の袴を着けた男がよちよち歩いてゐる。町長はそれを見て、すぐその方へ歩いて往つた。

「君も先生と御一緒なんだらう。ぢやそこまでこの手籠を持つて往つてくれ給へ。先生の大事なお荷物なんだから。」

町長は<ruby><rb>持重</rb><rt>もちおも</rt></ruby>りのする手籠をその男に差し出した。男は鋭い眼でちらと町長の顔を見たが、皮肉な笑ひやうをしてそれを受取つた。

<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>でその男が福田博士だと知つた町長は、どこかに姿を隠して、どうしても顔を見せなかつた。

「あなたがお人が悪いからなんです。」福田博士は頭の禿げた雪嶺博士に喰つてかゝつた。「僕に預けるのを見てゐながら、黙つてゐるなんて。」

「いや、君の紋附が悪いんだ。」<ruby><rb>吶弁</rb><rt>とつべん</rt></ruby>な雪嶺博士は一語々々<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>り出すやうに言つた。「君が木綿の紋附さへ着なかつたら、僕の荷物なぞ持つにも及ばなかつたのだ。」

それ以後、福田博士は、羽織を背広に着かへる事になつた。

虚子<ruby><rb>短冊</rb><rt>たんざく</rt></ruby>に酔ふ５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

高浜虚子氏は『風流<ruby><rb>懺法</rb><rt>せんぼう</rt></ruby>』の続きを書くために、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>ぢゆう比叡山の宿院に来て泊つてゐたが、原稿が出来あがると、山を下りて京都の俳人王城氏の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に足をとめてゐた。

それを聞き伝へた京都の俳人達は、早速氏を迎へて運座をする事にした。運座といふのは、広い世間に俳人しかやらない子供らしい遊びの事で、これをするには<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんと</rt></ruby>にちよつぴりの会費と、ちよつぴりの俳才とさへあつたら十分なのだ。

その<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の兼題は「<ruby><rb>雉子</rb><rt>きじ</rt></ruby>」と「藤」とだつた。そこに集まつた俳人達の多くは、虚子氏の前で手品使ひのやうにてんでに雉子を鳴かせたり、藤の花を咲かせたりした。

選がすむと、俳人の一人は虚子氏の前へにじり出した。

「先生、恐れ入りますが、何か一つ……」

かういつて風呂敷包みのなかから短冊を五六枚取り出して、『風流懺法』の作者の前につき出した。

それを見ると、外の俳人連もぢつとしては<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られなかつた。みんな古池の<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうに自席からのこのこ這ひ出して来た。そして虚子氏の前へ来て叮嚀に頭を下げると、めい〱思ひ思ひのところから短冊を引張り出した。或るものは<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から或るものはポケツトから。又は折鞄から。首筋から。

虚子氏は俳人仲間の先輩である。みなは無論それを知つてゐるが、それよりもよく知つてゐるのは、虚子氏の短冊が一枚二円するといふ事で、お辞儀を一つしたばかりで、短冊が五六枚書いて貰へるのだつたら、運座ほど算盤に合ふものはなかつた。みなは実際よくそれを知つてゐた。

最後に這ひ出して来た客の一人は、短冊と一緒に大事さうに袂から四合瓶の酒を取り出して前に置いた。

「先生、お粗末でございますが、これを召しあがりながら何か一つ……」

「有難う。」

虚子氏はそれを見るとにやりと笑つた。そしてその場で直ぐに口をあけてちびりちびり飲み出した。

皆は当惑さうに顔をしかめたり、頭を掻いたりした。

暫くすると、虚子氏は蟹のやうに真つ赤になつた。そして初めて自分の前の短冊の山に気がついたやうにとろんこの眼を見すゑた。

「これだつたね、君のは。」酔つた俳人はそのなかの一<ruby><rb>束</rb><rt>くゝり</rt></ruby>を取り上げて、さつき酒を持ち出した男の方をきつと見た。その男は無気味さうに一寸頭を下げた。

「よし、それぢや君のから書かう。」

虚子氏は筆を取り上げたが、手が<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>つてどうしても字が書けなかつた。短冊は見る見るうちに書き潰されてしまつた。

「これあいかん。お酒がさめてからになすつた方がいい。」皆はめい〱虚子氏をすかして、自分の持ち出した短冊を慌てて<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>にしまひ込んでしまつた。

四合瓶に酔ふ程な虚子氏でもなかつた。だが、短冊に酔ふといふ事もある……。

無学なお月様５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

野尻精一氏は奈良女子高等師範の校長である。東京にゐる頃にはさうも思はなかつたが、住むでみると奈良は<ruby><rb>景色</rb><rt>けいしよく</rt></ruby>がよく、<ruby><rb>景色</rb><rt>けいしよく</rt></ruby>がよくないところには<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つて古蹟があつて、遊ぶには恰好な土地だなと野尻氏は思つた。それにつけて、かういふ結構な土地に来て、鹿のやうに柔和で、鹿のやうに<ruby><rb>尻</rb><rt>し</rt></ruby>つ<ruby><rb>尾</rb><rt>ぽ</rt></ruby>の短い女学生を預つてゐる自分の身の幸福さを思ふらしかつた。

野尻氏は<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんめし</rt></ruby>がすむと、毎晩のやうに奈良公園へ散歩に出た。ある晩の事、いつものやうに女子教育の事を考へながら（ニイチエだつたか、女をしつけるには鞭を忘れるなと言つたが、野尻氏は鞭らしいものを持つてゐなかつた。多分忘れてゐたのに相違ない）公園のなかをぶらぶらしてゐた。すると、いつの間にか<ruby><rb>黛</rb><rt>くろ</rt></ruby>ずんだ春日の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>にのつそりと大きな月があがつてゐた。

「や、月が出てゐる。ちやうど十五夜だな。」

と、立ちとまつて<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コーヒー</rt></ruby>皿のやうにまん円く、おまけに珈琲皿のやうに冷たいお月様を見てゐるうち、野尻氏は何だか歌よみらしい気になつた。

野尻氏はチウイング・ガムを<ruby><rb>噛</rb><rt>しが</rt></ruby>むだ折のやうに、口のなかから変な三十一文字を吐き出した。

「<ruby><rb>天</rb><rt>あま</rt></ruby>の原ふりさけ見れば

春日なる

三笠の山に

出でし月かも」

いい歌だ、いい歌が出来たものだと思つて、今一度よみかへしてみると、それは自分の歌ではなく、百人一首に出てゐる名高い安倍仲麿の作だつた。

野尻氏はその歌を繰りかへしながら、じつと空を見てゐると、肝腎の珈琲皿のやうなお月様が三笠の山の上に出てゐない事に気がついた。

「をかしいね。三笠の山に出でし月かもといふからには、ちやんと三笠山のてつぺんに出なければならぬ筈ぢやないか。それにあんな方角から出るなんて。」

実際野尻氏の立つてゐる所から見ると、月は飛んでもない方角から出てゐた。三笠山は何か<ruby><rb>後暗</rb><rt>うしろくら</rt></ruby>い事でもしたやうに<ruby><rb>黛</rb><rt>くろ</rt></ruby>ずんだ春日の<ruby><rb>杜影</rb><rt>もりかげ</rt></ruby>に円い頭を<ruby><rb>窄</rb><rt>すぼ</rt></ruby>めて引つ込んでゐた。

それから<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>といふもの、野尻氏は公園をぶらつく度に、方々から頻りと月の出を調べてみたが、無学なお月様は、仲麿の歌なぞに頓着なく、いつも<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>から珈琲皿のやうな円い顔をによつきりと<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>けた。

「やつぱり間違だ。仲麿め、いい加減な<ruby><rb>茶羅</rb><rt>ちやら</rt></ruby>つぽこを言つたのだな。」

野尻氏は自分のやうな眼はしの利く批評家に出会つたら、仲麿もみじめなものだと思つて得意さうに微笑した。そして会ふ人ごとにそれを話した。すると大抵の人は、

「なる程な。」

と言つて感心したやうに首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。

野尻氏に教へる。それは月が年が寄つたので、月も年がよると変な事になるものなのだ。ちやうど人のやうに……。

西洋婦人のお上手５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

いつだつたか、有島武郎氏が、招かれて神戸女学院へ文芸の講演に出かけて往つた事があつた。

神戸女学院といへば人も知つてゐる通り、亜米利加生れの女伝道師がたんとゐるところで、その日も<ruby><rb>抓</rb><rt>つま</rt></ruby>むだやうな<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>つ<ruby><rb>端</rb><rt>さき</rt></ruby>に眼鏡をかけた女伝道師が三四人、生徒に<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つて聴いてゐた。

有島氏は講壇に立つた。そして静かな柔かみのある調子で話し出した。

「むかしむかし、ある小学校に神信心の深いお婆さんの先生がありました。ある時生徒を集めてその先生が申しますのに、……」

有島氏はなるべく解り易いやうにお<ruby><rb>伽</rb><rt>とぎ</rt></ruby>ばなしの口調で話し出した。すべての女は、どんな真理をでも<ruby><rb>餡子</rb><rt>あんこ</rt></ruby>や小説の文句やでまぶして置かなければ滅多に口にしないものだといふ事を有島氏はよく知つてゐた。

有島氏は言葉をつゞけた。

「その先生が申しますのに、人間は神様の特別のお慈悲で造られたものだけあつて、<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>は神様を忘れてゐても……」

有島氏がこゝまで話して来ると、<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>に<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐた西洋婦人は<ruby><rb>鷦鷯</rb><rt>みそさゞへ</rt></ruby>のやうに口をとがらせて「ち、ち、ち……」と鋭い音を立てた。有島氏は自分が続けさまに神様の名を引き合ひに出すのが、この人達の気に入らないのだなと思つた。

「<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>は神様を忘れてゐても……」有島氏は平気で神様の名を呼び続けにした。「まさかの時には、きまつて神様にお<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りする。例へば皆さんにしても、泳ぎの途中水に溺れようとする間際には、屹度心の底から

神様<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかお助け下さい

と一生懸命に呼ぶのに<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐると申しますと、生徒の一人がやにはに立ち上つて言ひました。

先生、私ならさうは言ひません、私なら屹度アブブブ……と言つて沈みます。」

有島氏がかう言つて一寸言葉を切ると、<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうに眼を光らせてゐた西洋婦人達は、またしても<ruby><rb>鷦鷯</rb><rt>みそさゞへ</rt></ruby>のやうに鋭い音を立てた。

講演がすむと、日本人の教師の一人は西洋婦人の方に歩み寄つた。

「今日の有島氏のお話をどうお聴きになりました。」

「さあ」西洋婦人の一人は講演者の方にちらりと横目をくれながら答へた。「どんなお話だつたか、日本語でしたからよくは判りませんでした。」

その人は日本で生れ日本で育つた同院の校長ミス・ラアネツドだつた。西洋婦人といふものはなかなか隅におけないと有島氏は思つたらしかつた。

富田渓仙と狸５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

京都には絵をかく人がたんと居る。むかし〱曾我<ruby><rb>蕭白</rb><rt>せうはく</rt></ruby>は、応挙なんて<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>は唯の<ruby><rb>図</rb><rt>づ</rt></ruby>かきだ、<ruby><rb>図</rb><rt>づ</rt></ruby>が欲しかつたら、応挙に頼むもよからうが、ほんとの絵が<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>いて欲しいのだつたら、自分に頼むよりか外に仕方があるまいと言つたものだ。この蕭白の<ruby><rb>言草</rb><rt>いひぐさ</rt></ruby>に従つたら、今の京都画家に、ほんとの<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>かきが<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>あるかわからなくなるが、兎に角京都には絵をかく人がたんとゐる。

画かきが多いだけに、その画かきを食ひ物にして暮してゐる者も京都にはたんと居る。骨董屋もその一つだが、外にまた薄つぺらな美術雑誌を発行して、口絵に入れるのだといつて、順ぐりに聞えた画かきの<ruby><rb>許</rb><rt>とこ</rt></ruby>へ作品の無心を言つて廻る商売人がある。

さういう商売人の一人が、美術院派の富田渓仙氏に、久しい前から一枚絵を頼んでおいたが、幾度催促しても一向出来ないので、とうと業を煮やして、この画かきの<ruby><rb>許</rb><rt>とこ</rt></ruby>を訪ねて往つた。その日は言ひたい事を言つてしまふ為めに、したゝか酒を飲んでゐた。

渓仙氏は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にゐた。<ruby><rb>唐茄子</rb><rt>とまと</rt></ruby>のやうな真つ赤な客の顔を見ると、つい<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいそ</rt></ruby>が言つてみたくなつた。

「今日は上機嫌ですね。」

「なに、上機嫌だつて。」客はとろんこの眼を主人の顔に見すゑた。「そんな事はどうだつて構はない。君は唯画をかいてゐさへすりやいいんだよ。ところでだ、俺の頼んでおいた画はもう出来たらうね。」

「いや、まだ出来ない。」渓仙氏も負けてはゐなかつた。「頼み手は君ばかりぢや無いんだからね。まあ、出来るまで気長く待つて貰ふさ。」

「ほう、そんなに頼み手があるのかね。そいつは不思議だね。」客は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>の前へ酒くさい唇を突き出した。「渓仙君、君は知るまいが、世間では君の事を狸の<ruby><rb>化</rb><rt>ば</rt></ruby>け<ruby><rb>損</rb><rt>そこ</rt></ruby>ねと言つてるんだよ。つまり君自身では一ぱし化けおほせた積りだらうが、世間の眼からは尻つ尾が見えるといふんだね。」かう言つて客は気持よささうに声を立てて笑つた。

画かきはこんな<ruby><rb>悪口</rb><rt>あくこう</rt></ruby>を聞いても、案外平気だつた。

「狸の<ruby><rb>化</rb><rt>ば</rt></ruby>け<ruby><rb>損</rb><rt>そこな</rt></ruby>ひは面白いね。僕も時々自分をさうか知らと思ふ事があるよ。だが、世間は<ruby><rb>寛容</rb><rt>おほやう</rt></ruby>なもので、その化け損ひの僕の画をでもわざ〱頼みに来る者があつてね。現に今日も君が一人やつて来た。」

「うん、俺が一人やつて来た。」酔つ払ひの客は、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の事でも噂するやうに平気で同じ事を言つた。

「そして断られた。」渓仙氏は笑ひ〱言ひ足した。

「うん、そして断られた。」客はまた同じやうな事を言つたが、気がつくと「馬鹿にするない」と鶏のやうに一声わめいて、そのまま立ち上つて帰つて往つた。

土田麦僊と輪転機６・５（夕）

雑誌『中央美術』を経営してゐる田口<ruby><rb>掬汀</rb><rt>きくてい</rt></ruby>氏がこなひだ京都の<ruby><rb>衣笠</rb><rt>きぬがさ</rt></ruby>村に画家の土田麦僊氏を訪ねた事があつた。田口氏はそのむかし小説を書いてゐる頃には、<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>かきほど物の解らない<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>はないと思つてゐたが、今では画かき以上に物の解らないのに小説家といふ者がゐると思ふ事が出来るやうになつてゐる人である。

田口氏の<ruby><rb>用向</rb><rt>ようむき</rt></ruby>は、自分の社で<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>青年画家の作品展覧会をするから、麦僊氏にもその選者の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>になつて欲しいといふのだつた。

麦僊氏は汗ばむだ額を<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で撫でまはした。

「お易い御用ですが、<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>しそれまでに病気が<ruby><rb>癒</rb><rt>なほ</rt></ruby>つてくれるかどうか知ら。」

「病気つて、どんな？」掬汀氏は<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>を<ruby><rb>突出</rb><rt>つきだ</rt></ruby>した。

「神経衰弱なのです、ひどい……」

麦僊氏はこの病人に附き物の<ruby><rb>眩</rb><rt>まぶ</rt></ruby>しいやうな眼つきをした。

「ほう、神経衰弱。それはお困りでせう。さう言へば、近頃一向<ruby><rb>御作</rb><rt>おさく</rt></ruby>が無いやうですね。」

「出来ないんです、<ruby><rb>気根</rb><rt>きこん</rt></ruby>が続かなくつて。」麦僊氏は<ruby><rb>遣瀬</rb><rt>やるせ</rt></ruby>が無ささうに左手の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で右の二の<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>を叩いた。「いつ迄こんななのか知ら。<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>に困つちまふ。」

掬汀氏は気の毒さうに若い画家の顔を見た。

いつだつたか、小説家の小川未明氏が、右の手が<ruby><rb>書痙</rb><rt>しよけい</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>つて不自由になつた苦しまぎれに、

「いつそ世界ぢゆうの文学者が、みんな書痙にかかつて呉れるといい。」

と<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた事があつた。掬汀氏は今それを思ひ出して、

「ついでに画かきを、みんな神経衰弱にすると面白いんだがな。」

と思つたが、その次ぎの瞬間、さうするとさしづめ自分の雑誌が困る事を思つて首をすくめた。

「東京の<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>はどうです。」麦僊氏は暫くして訊いた。「随分<ruby><rb>盛</rb><rt>さかん</rt></ruby>なやうですね。」

「盛ですとも。まるで輪転機のやうですよ。」

掬汀氏はかう言つて白い歯を見せた。

「え、輪転機？」

「さうです、まるで輪転機のやうに早いんでさ。」

「さうですか。」

麦僊氏は感心したやうに首をふつた。そして自分も早く病気を癒して、生涯に一度でもいいから、輪転機のやうに<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>になつて稼ぎたいと思つたが、然しそんな折になると、誰よりも先に掬汀氏が自分をこき使ふ事だらうと思つて、結句今の病気が嬉しいやうな気がしたらしかつた。

宰相と馬鹿者６・７（夕）

自分達の二番目の恋人が誰だつたかを思ひ出せない人達も、ナポレオンの二番目の<ruby><rb>皇后</rb><rt>きさき</rt></ruby>が<ruby><rb>墺太利</rb><rt>オーストリー</rt></ruby>帝の<ruby><rb>皇女</rb><rt>わうぢよ</rt></ruby>マリア・ルイザであつたのは知つてゐる筈だ。何故といつて、この世の中には、帝王の事だつたら、どんな<ruby><rb>些細</rb><rt>ささい</rt></ruby>な事でも、きつと記録に書き残す歴史家といふ筆まめな<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>が住んでゐるから。

ナポレオンがその皇女ルイザと結婚して間も無く、墺太利政府の当局者が、何か政策上の事で、この英雄の意見とひどく<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた処置を取つた事があつた。その<ruby><rb>報</rb><rt>しら</rt></ruby>せがナポレオンの耳に入ると、この色の白い洒落者の小男は桜んぼのやうに<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつて怒つた。そして、

「墺太利皇帝は老いぼれの<ruby><rb>馬鹿者</rb><rt>ガナツシユ</rt></ruby>だな。」

と口汚なく<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>つたものだ。

ナポレオンの声はかなり大きかつたが、墺太利までは聞えなかつた。だが、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の向う側には皇女ルイザが腰かけて何か読んでゐた。ルイザは顔をあげて<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>の方をふり向いた。

「あ、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。何を仰有つたの。<ruby><rb>阿父様</rb><rt>おとうさま</rt></ruby>がガナツシユですつて？　ガナツシユつてどんな事なの、ねえ、貴方……」

ルイザは生れて初めてのこの仏蘭西語の意味を訊きただした。

ナポレオンははたと当惑した。

「ガナツシユかい。さあ、何と訳したもんだらうね。まあ一口にいふと、経験にも富んで考への深い人の事をいふんだ。」

胡麻化し上手のこの英雄は、をかしさを噛み殺しながら、こんな事を言つた。

「さう、ガナツシユつてそんな事なんですの、いい言葉ですわネ。」

皇后は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か口のなかでその言葉を繰返したらしかつた。

その翌る朝、宰相が皇后に謁見した事があつた。すると、皇后は小鳥のやうな<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>らしい口元をして、

「宰相は吾が国で一番えらい<ruby><rb>馬鹿者</rb><rt>ガナツシユ</rt></ruby>ですね。」

と挨拶をしたものだ。宰相は絞め殺されでもするやうに、眼を白黒させてゐたが、暫くしてから、

「は、恐れ入ります。」

と心から恐縮して下つて往つた。

ナポレオンは<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>でこの話を聞いて、腹をかゝへて笑つた。宰相も機嫌を直して笑つたが、ルイザめ、事によつたら、何もかも<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>へてゐて、こんな<ruby><rb>戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>をしたのかも知れなかつた。

中野<ruby><rb>正剛</rb><rt>せいがう</rt></ruby>氏と活動写真６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

『東方時論』の中野正剛氏は、三宅雪嶺氏の娘婿で、青年政論者として聞えてゐる。

中野氏が先年<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>に留学してゐた頃、語学の教師に、ある<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんの米国婦人を頼んだ事があつた。<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんは四十<ruby><rb>雀</rb><rt>がら</rt></ruby>のやうによく<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>る女だつたから、会話を稽古するには、こんな重宝な道具は無かつた。

中野氏の宿から、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>まではかなり遠かつたから、中野氏は毎日電車で通ふ事にした。電車のなかでは石のやうに黙りこくつて、今日は何を<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>に<ruby><rb>捉</rb><rt>つか</rt></ruby>まへたものか知ら、婦人参政権の事でも引張り出して、一つ議論を吹きかけてやらうと思つた事もあつたらしかつたが、会つてみると、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに、亡くなつた亭主の事と、自分の拵へる料理のうまい事ばかり話して聞かせた。

少し馴染が重なつて来ると、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんは時々妙な事をし出した。それは<ruby><rb>会話</rb><rt>はなし</rt></ruby>の途中で一寸中野氏の耳を引張る事なのだ。中野氏はその時分、英語の会話こそ<ruby><rb>拙</rb><rt>まづ</rt></ruby>かつたが、自分は国士を以て任じてゐたのでアメリカまで来て、女に耳を引張られようなどとは少しも思ひがけなかつた。それに不思議な事には、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんに耳を引張られると、国士どころか、何だか自分が鍋か兎ででもあるやうな気がする事だつた。

「いかん〱。こんな目にあつて、黙つてるといふ法はない。こんどあんな<ruby><rb>戯</rb><rt>ふざ</rt></ruby>けた真似をしたら、一つ思ひきりたしなめてやらなくつちや。」

中野氏はかう腹をきめて自分の居る<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>のなかを見廻した。粗末な椅子と<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>と<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>の<ruby><rb>空壜</rb><rt>あきびん</rt></ruby>と会話辞書と――そこらに見えるものは何一つ耳を持つてはゐなかつた。中野氏にはそれが羨ましくてならなかつた。

その次ぎの日も、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>がはずむと、ひよいと手を延ばして厭といふ程中野氏の耳を引張つた。国士は顔をゆがめながら、いきなり<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>ち上つた。そして暫くはどう言つたものかと、口をもぐ〱させてゐたが、とうと口を切つた。

Prohibited to touch any part of my body\.

中野氏はかう言つてその儘表へ飛び出した。そして吾ながら何といふ立派な英語を使つたものだらうと、<ruby><rb>独</rb><rt>ひとり</rt></ruby>で感心してゐたが、ふとそれが電車の掲示に似てゐるのを思つて<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>な気持がした。

中野氏はそれから間もなく英国へ渡つたが、ある日<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>の場末で活動写真を見た。すると、そのなかに恋人同士が一寸耳を引張つていきなり<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>する場面があつた。

「へい、あんな事をするのかなあ。」

中野氏はそれを思ふと、自分の使つた prohibited to touch……”といふ文句が、何だか間がぬけたやうに思はれだした。そして今一度紐育に帰つて、あの<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんに鍋か兎のやうに耳を引張られてみたい気がしたらしかつたが、それには船賃が高かつた。すべて旅では何事も<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>と相談してかからねばならなかつた。

子供と<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

故人ルウズヴエルトの<ruby><rb>沢山</rb><rt>どつさり</rt></ruby>ある子供の一人が――誰だつたか名前は一寸思ひ出せないが――幼い頃公園の<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>かげで<ruby><rb>下様</rb><rt>しもざま</rt></ruby>の身なりの汚い子供達と一緒に遊んでゐた事があつた。

すると、そこを孔雀のやうにめかし込んで一人の婦人が通りかゝつた。婦人はちらと子供の顔を見ると、そこへ立ちどまつた。

「ちよいと、あなたルウズヴエルトさんの坊ちやんぢやなくつて。」

子供は<ruby><rb>円</rb><rt>まる</rt></ruby>まつちい顔をあげた。

「さうだよ、<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か用なの、<ruby><rb>小母</rb><rt>をば</rt></ruby>ちやん。」

「坊ちやん。」孔雀のやうな婦人は、指をあげてたしなめるやうな真似をした。「あなたはルウズヴエルトさんの坊ちやんぢやありませんか。そんな<ruby><rb>下様</rb><rt>しもざま</rt></ruby>の子供達と一緒に遊ぶものぢやありません。<ruby><rb>阿父様</rb><rt>おとうさま</rt></ruby>に叱られますよ。」

「叱られるもんかい。」子供は猿のやうに白い歯を<ruby><rb>露</rb><rt>む</rt></ruby>いて見せた。「<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さまは<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>言つてらつしやらあ。子供には背の高いのと低いのと、お悧巧なのと意地悪なのとがあるばかしだつて。<ruby><rb>下様</rb><rt>しもざま</rt></ruby>の子供だなんて、そんなのがあるもんかい。」

おめかしやの婦人は<ruby><rb>弾機</rb><rt>ばね</rt></ruby>ではじき飛ばされたやうな顔をして、さつさと<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>を立ち去つたさうだ。

京都大学の今村新吉博士は、精神病学専門の学者である。つい二三日前、氏が自分の診察室に入つて来たある患者を診てゐると、その患者はだしぬけに氏に訊いた。

「先生は精神科のお医者さんですかい。」

「さうだ、精神科の医者だ。」今村氏は何気なく返事した。

「精神科のお医者さんは<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>の事なら何でも知つてますか。」

<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>は警察署の署長のやうな、しかつべらしい顔をして訊いた。

「さうだね。<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>の事なら、まあ大抵の事は知つてるよ。」

「ぢや、訊きますが、<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>と天才との見さかひはどこでつきますね。」

<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>め、今度は大学教授のやうな静かな口ぶりで<ruby><rb>質</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねた。

「さあ、そいつは難問ぢやて。」今村氏は一寸困つたやうな表情をした。「実際を言ふと、<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>と天才とはなかなか見わきがつかない。」

「さうでせう、さうでせうと思つた。」<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>は得意さうににや〱笑つた。「先生が今<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>だと思つて診ていらつしやる私ですが、実は<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>ぢやなくつて天才なんですからね。」

木堂の書<ruby><rb>価</rb><rt>あたひ</rt></ruby>十円也７・４（夕）

犬養木堂氏のところへは、いろんな人達がたんと訪ねて来る。無能な政治家も来れば、貧乏な支那浪人も来る。新聞記者も来れば、骨董屋も来る。本屋も来れば、八百屋も来る。金貸も来れば、物貰ひも来る。彼等は何か知ら主人から<ruby><rb>獲</rb><rt>え</rt></ruby>て帰るのもあれば、何か知ら主人に置いて帰るのもある。

さういふ訪問<ruby><rb>客</rb><rt>かく</rt></ruby>のなかに一人坊主があつた。つい<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事その坊主はひよつくり犬養氏の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を訪ねて来た。その日は雨がしよぼしよぼ降つてゐて、「国策」を考へるのにも都合が悪かつたかして、犬養氏はすぐ会つてくれた。

「お目に懸つたのは外でもありません。<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か一つ書いて戴きたくつて。」坊主は<ruby><rb>真田紐</rb><rt>さなだひも</rt></ruby>で<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>つた荷物のなかから、画箋紙のまるめたのを取り出して無雑作に前に置いた。「私先生の書が好きで溜りませんので。」

犬養氏は腹の減つた<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうに眼をきよろきよろさせて、坊主の顔を見たが、坊主はふだんから不動や羅漢や、もつと物凄い檀家総代の眼つきやに馴れきつてゐるので、別段気にもとめないらしく、けろりとした顔で済ませてゐた。犬養氏はそれを見ると、<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か書いてやらなければ済まぬやうな気がした。で、書くには書いた。

「有難うございます。では戴いてかへります。」

坊主は画箋紙をくるくる巻いたと思ふと、小鳥のやうにひよいとお辞儀をして、その儘帰つて行つた。

それから五六日すると、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の坊主はまたひよつくり犬養氏のところへやつて来た。

「先生、<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ軽少ではございますが、」坊主は懐中から皺くちやな紙包を取り出して、犬養氏の膝さきに置いた。「先日御無理を願つた心ばかりの御礼でございます。」

「ふむ、寺から里へといふ格か。」犬養氏は<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうな眼をして、<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうにその紙包を見たが、包みには<ruby><rb>露</rb><rt>む</rt></ruby>き出しに金十円と書いてあつた。「こゝに金十円と書いてあるが、<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>の書に十円といふ値ぶみはどこから附けたね。」

「私の書の値段からつけました。」坊主は鸚鵡がへしに返事した。「私は書をかくと五円ばかし<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>から礼を<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>します。先生のはまづ倍だらうと思つて。」

「さうか、安いな、それにしちや。」

犬養氏は狼のやうにくすりと笑つた。

「安いかも知れません。でも三<ruby><rb>途</rb><rt>づ</rt></ruby>の川は今だに渡し銭を六文しきや取りません。先生が今頃死なすつても、それだけお払ひになれば直ぐにもお渡しします。安いもんでさ。」

坊主は平気な顔をして言つた。犬養氏は苦笑ひするより外に仕方がなかつた。苦笑ひには<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>から値段はついてゐない、誰でもが持合はせてゐるものだから。

有島武郎氏と独逸娘７・５（夕）

有島武郎氏が独逸へ行つた時、スツツトガルト行きの汽車のなかで、独逸人の夫婦ものが、妙齢の娘をつれてゐるのに一緒になつた事があつた。娘は花のやうに美しかつた。

<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の独逸人は、英語が少し話せるところから有島氏に話しかけた。

「あなたは日本人かな。」

「さうです、日本人です。」

「何か取引にでも来なすつたのかな。」独逸人は二言目には自分の国の吹聴をしないではゐられなかつた。「独逸の商品は手際がよくて、おまけに値段が<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>いからな。」

「いや、違ひますよ、私のは唯の旅行でさ。」有島氏はまじめに打消した。

「旅行？　それはいい。旅行をするには独逸に限る。第一景色がいいし、それに設備が行届いとる。」

独逸人は知つてゐる限りの英語を将棋の駒のやうに<ruby><rb>巧</rb><rt>うま</rt></ruby>く利用した。「これから何処へお出かけだな。」

「スツツトガルトへ行くつもりです。」

「スツツトガルト？　それは丁度よい。私らもこれからあそこへ往かうと思つとるところだ。」

独逸人はかう言つて、自分の<ruby><rb>細君</rb><rt>かない</rt></ruby>や娘やに有島氏を紹介した。娘はやはり美しかつた。

汽車は程なくスツツトガルトに着いて、皆はどやどやと<ruby><rb>歩廊</rb><rt>プラツトフオーム</rt></ruby>へおりた。<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の独逸人夫婦は手荷物を受取りに出かけて往つたので、有島氏は娘と差向ひに取残される事となつた。よくよく見ると、娘はやはり美しかつた。有島氏は別れ際に何とか挨拶しなければならぬやうに思つたが、あいにく娘は英語が解らないので、氏はどうしても<ruby><rb>不馴</rb><rt>ふなれ</rt></ruby>な独逸語を使ふより外に仕方がなかつた。

自信のない外国語は、旅先きで使ふものでないといふ事は、ベデカの案内書にもかいてあつて、有島氏も万々承知してゐるが、娘はやはり美しかつた。

で、つい下手な独逸語を使つてしまつた。

「そんならこれでお別れします。したが、<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>またスツツトガルトの<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>かでお目にかゝるかも知れませんね。」

有島氏はやつとこれだけ言つて、物の一時間も<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>つたやうな気がした。

すると娘は急に<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつた。<ruby><rb>覆盆子</rb><rt>いちご</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつて、眼には一杯涙さへさしぐむでゐる。有島氏は腑に落ちなささうな顔をしてどぎまぎしてゐると、そこへ大きな荷物をさげて独逸人夫婦が帰つて来た。そして<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼を光らせてゐたが、娘が小声で何かいふと、だしぬけに噛みつくやうに怒鳴つた。

「ここな日本人のが！　<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の娘をつかまへて明日またスツツトガルトの何処かで会はうなんて、怪しからん事を言ふ奴ぢや。」

有島氏は眼を白黒させた。そしてやつと<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を話して、先方の<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだち</rt></ruby>を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>める事が出来た。独逸語なぞ二度ともう使ふものかと思つた。

福田博士と内田博士７・９（夕）

いつだつたか、福田徳三博士が神田の神保町をぶらついてゐた事があつた。その日はいつになくお天気がよかつたので、博士は大好きなラツセルやマルクスの事も考へないで、唯もううつとりといゝ気持になつて、猫のやうに眼を細めながら歩いてゐた。

ふと気がつくと、こみ合つた人通りのなかを、<ruby><rb>怖</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しく沢山な書物を抱へ込んでとぼとぼと歩いて来る男がある。少し大袈裟に言つたら十二頭の<ruby><rb>駱駝</rb><rt>らくだ</rt></ruby>の背に積み分けてもいゝ程<ruby><rb>嵩高</rb><rt>かさだか</rt></ruby>な書物で、福田博士は<ruby><rb>波斯</rb><rt>ペルシヤ</rt></ruby>王ゼミイルの御殿へ、人間の歴史を献上に出かけてゆく学者の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>ではあるまいかと思つた。で、眠さうな眼を大きくあいてその男を見た。そして<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。男といふのは、かねて<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほなじみ</rt></ruby>の内田銀蔵博士であつた。

「もしもし、内田さんではございませんか。」

福田博士はかう言つて呼びかけた。一体学者を呼ぶのには、誰彼の見さかひなく、「あなたは――博士ぢやございませんか。」といつたやうに、博士づけにして呼んだ方が都合がいゝものだが、相手が<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の博士である場合には、そんな事はどうでもよく、短く「――さん」で結構である。福田博士はよくそれを知つてゐた。

内田博士はその日古本屋でどつさり参考<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>を掘り出したので、それを<ruby><rb>露出</rb><rt>むきだ</rt></ruby>しの儘抱へ込んで、ほく〱もので道を急いでゐたが、ふと自分の名を呼ぶ者があるのに気がついて、声のする方へ眼をやると、そこには福田博士が古釘のやうに少し頭を<ruby><rb>傾</rb><rt>ま</rt></ruby>げて立つてゐた。

内田博士は<ruby><rb>弾機</rb><rt>ばね</rt></ruby>細工のやうに一<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>後へ飛んだ。そしてどこへ持物をおいたものかと、<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろた</rt></ruby>へ気味にそこらを見廻してゐたが、思ひきつて<ruby><rb>腋</rb><rt>わき</rt></ruby>に抱へた書物をそのまゝそつと<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>に置いた。

「福田さんでございましたか、ついお<ruby><rb>見逸</rb><rt>みそ</rt></ruby>れ致しまして相済みません。」

内田博士はかう言つて<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうに几帳面に頭を下げた。それを見た福田博士は、自分も何か知ら<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>に置かないでは済まないやうな気がしたが、あいにくラツセルもマルクスも手に持つてゐなかつたので、申し訳だけに<ruby><rb>履</rb><rt>くつ</rt></ruby>の爪先を踏み揃へた。そして今一度叮嚀にお辞儀をする事にした。

お辞儀がすんで顔を上げると、そこには往来の人がたんと立ち停つて、不思議な二人の挨拶を<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しさうに見物してゐた。福田博士は忘れても、二度ともう途中で内田博士と挨拶は出来ないと思つたらしかつた。

日本将校石川半山７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

新聞記者石川半山氏が昨年米国へ往つた時、あちらは軍人全盛といふ事を聞いてゐたので、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>カーキ色の軍服まがひの洋服を着込んで船に乗つたものだ。もしか米国で<ruby><rb>跛</rb><rt>びつこ</rt></ruby>をひく傷病兵が持てるといふ事を聞いたら、石川氏は<ruby><rb>病狗</rb><rt>やまひいぬ</rt></ruby>のやうにわざ〲跛をひいたか知れなかつた。

船が<ruby><rb>桑港</rb><rt>サンフランシスコ</rt></ruby>へつくと、石川氏は<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の洋服姿で<ruby><rb>軍鶏</rb><rt>しやも</rt></ruby>のやうにぐつと気取つて<ruby><rb>揚</rb><rt>あが</rt></ruby>つて往つた。すると<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に立つてゐた亜米利加婦人で、<ruby><rb>胡瓜</rb><rt>きうり</rt></ruby>のやうに細長く、おまけに胡瓜のやうに亭主にぶら下つてゐたのが、甲高い声で、

「ちよいと御覧てば。あれ<ruby><rb>日本の将校</rb><rt>ジヤパニイス・ゼネラル</rt></ruby>でせう。」

と言ふのが聴えた。石川氏はその瞬間素敵な軍国主義者になつて、出来る事なら、兜虫のやうな恰好をしてそこらを飛び歩きたいと思つた。

汽車に乗つても、電車に乗つても、<ruby><rb>乗客</rb><rt>じようかく</rt></ruby>は石川氏のカーキ色洋服を見ると、吾がちにすつと立つて席を譲らうとした。石川氏は一寸会釈して平気でそこに腰をかけた。宿屋や<ruby><rb>珈琲店</rb><rt>カフエー</rt></ruby>へ入ると、女給仕が急に<ruby><rb>飴</rb><rt>あめ</rt></ruby>ちよこのやうな甘い<ruby><rb>笑窪</rb><rt>ゑくぼ</rt></ruby>を見せてちやほやしてくれた。

「どんなもんだい、俺の工夫には恐れ入つたらう。」

と、石川氏は得意さうに<ruby><rb>大手</rb><rt>おほて</rt></ruby>をふつて道を歩きながら、町の両側に突立つてゐる街並木や郵便箱やが、カーキ服も着ないでゐる間抜さを憐れむやうな目つきをした。

紐育に着くと、石川氏は<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の高峰譲吉氏を訪ねようとして例の服装で表へ出た。するとその日は、独逸から休戦の<ruby><rb>申出</rb><rt>まをしいで</rt></ruby>があつたといふので、街は祭のやうに騒々しかつた。

丁度そこへ飛ぶやうにやつて来た自動車は、石川氏の姿を見ると、ぴたりと立ちどまつた。

「<ruby><rb>日本の将校</rb><rt>ジヤパニイス・ゼネラル</rt></ruby>さん」<ruby><rb>食</rb><rt>は</rt></ruby>み出る程どつさり載つた群衆の中から<ruby><rb>黄</rb><rt>きい</rt></ruby>ろい女の声が<ruby><rb>突走</rb><rt>つつぱし</rt></ruby>つた。「めでたい今日を記念するために、あなたも是非こゝへ載つて下さいな。」

「有難う。」石川氏は沢庵漬と武士道との国から来た若い将校のやうな乾いた声で言つた。「だが、今日はこれから訪問に出かけなくつちやなりませんから。」

「それぢや、たつた十分でよござんすから。」

女はかういふと、手を延ばしてこの日本の将校を手提鞄か何ぞのやうに<ruby><rb>軽々</rb><rt>かる〱</rt></ruby>と車のなかに引張りあげた。そして皆で寄つて<ruby><rb>集</rb><rt>たか</rt></ruby>つて胴上げにした。

自動車はまた<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうに走りだした。そして街の<ruby><rb>小広路</rb><rt>スクエア</rt></ruby>で立ちどまる度に、

「日本の将校に敬意を<ruby><rb>表</rb><rt>へう</rt></ruby>さなくつちや。」

と言つては、寄つて<ruby><rb>集</rb><rt>たか</rt></ruby>つて胴上げにした。時間は三十分過ぎ、一時間過ぎた。石川氏は気がついて<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見まはすと、そこには<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の女は消えてしまつて影を見せなかつた。

石川氏はかうして方々引ずり廻されて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と日暮前にへとへとに疲れた体を見ず知らずの町に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り出された。

「カーキ服め、ひどい目に逢はせやがつた。」

石川氏はカメレオンのやうに直ぐに色を替へてしまひたかつた。見ると、町並木と郵便箱とは<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシヤ</rt></ruby>の賢人のやうな顔をして、この哀れな日本の将校を見つめてゐた。

香川知事の落馬７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

今の岡山県知事は香川<ruby><rb>輝</rb><rt>てる</rt></ruby>氏である。一体役人といふものは、<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>や<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>などと同じやうに、いつまでも同じ樹の枝にとまつてゐるとも限らないものだから、よく断つておくが、私のいふ香川氏は今岡山県知事を勤めてゐる。

香川氏は遊廓禁止論を唱へて、<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の人達を<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>させたり、特殊部落の娘を女中に雇ひ入れたりして、兎角これまでの知事のやらなかつた事を<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>らうとしてゐるが、近頃また自宅の官舎に道場を拵へかゝつてゐる。

知事の観察によると、伊勢<ruby><rb>鰕</rb><rt>えび</rt></ruby>のやうな剛健な精神は、伊勢鰕のやうな剛健な<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>に宿るもので、現代人を精神的堕落より救はうとするには、是非とも道場入りをさせなければならないといふのだ。<ruby><rb>床次</rb><rt>とこなみ</rt></ruby>内相は浪花節で生活の不安を根治しようとしてゐるが、どちらも立派な発明で、創見の少い日本の思想界に、これはまた勿体なさすぎる程の思ひつきである。

香川氏は柔道や撃剣をやるのみならず、また馬にも乗る。馬といふものは、多くの場合、乗り手よりも剛健な精神と剛健な肉体とを持つてゐるから、滅多に下らない乗り手の蔭口なぞ利かうとしないが、もしか馬が亜米利加の大統領か新聞記者のやうなお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>だつたら、世間は今とはもつと違つたものになるに相違ない。少くとも勇敢な軍人達は、九分通り鞭をすてて<ruby><rb>徒歩</rb><rt>かち</rt></ruby>であるくに<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐる。岡山県知事香川氏の如きも、馬の前に立ちどまつて、お辞儀をする位の愛嬌を見せたかも知れない。

香川氏は以前東京にゐた頃、友達と二人馬に乗つて先輩某氏の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を訪ねた事があつた。某氏は酒を出して、二人をふるまつた。馬に巧者な香川氏の友達は、言ひ訳ばかりに杯に唇をあてたが、香川氏は酒を見ると、何もかも忘れてしたゝか<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>ひ酔つてしまつた。

「そんなに酔つ払つては、馬に乗れるもんぢやない。危いから<ruby><rb>俥</rb><rt>くるま</rt></ruby>にしたまへ。」

と先輩なり、友達なりが、とめだてするのを、香川氏は<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>をふつて<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>き入れなかつた。

「いや、馬に乗つて来たからには、馬に乗つて帰るんだ。」

とうと、へべれけの<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>で馬の上に<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>がつた。馬はぽか〱歩き出した。

物の五六町も来たかと思ふ頃、先きに立つた友達は後ろで唯ならぬ物音がしたので、はつと思つて振り向いた。見ると、香川氏が馬からころげ落ちてゐるのだ。

<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>には水が一面に飛び散つている。友達は香川氏の心臓も胃の腑も<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>けてしまつて、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>飲んだ酒がけし飛んだに相違ないと思つた。だが、よく見ると香川氏は<ruby><rb>活</rb><rt>い</rt></ruby>きてゐる。落ちたのは<ruby><rb>水溜</rb><rt>みづだま</rt></ruby>りの中で、香川氏は<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れ<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>のやうにづくづくになつてゐた。

<ruby><rb>野長瀬</rb><rt>のながせ</rt></ruby>晩花の寄附画７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

日本画家<ruby><rb>番附</rb><rt>ばんづけ</rt></ruby>といふものを発行してゐる男が、東京と京都とに二三人<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>と名古屋に一人居る。番附といふのは、<ruby><rb>相撲</rb><rt>すまふ</rt></ruby>や<ruby><rb>万年青</rb><rt>おもと</rt></ruby>のそれと同じやうに横綱もあれば、大関もあり、又貧乏神もあるといつたやうに、現代の画家にそれ〲格つけをしたものだ。

横綱や大関は別として、三役や前頭のいいところに坐るには、何も格別<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>が上手でなくともいい、発行人に幾らか出版費の足し前を出すとか、それとも絵の二三<ruby><rb>幅</rb><rt>ぷく</rt></ruby>も寄附すればいいので、さうした<ruby><rb>訳合</rb><rt>わけあひ</rt></ruby>でかなりの地位に<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>わつてゐる<ruby><rb>雛</rb><rt>ひよ</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>画家も少くはない。

その番附発行人の一人が<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事京都の野長瀬晩花氏を訪ねて往つた。

「今度また新しい番附を出す事になりましたが、」その男は古い皺くちやな番附を<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から取り出して、前へ拡げた。「去年のでは、貴方はこんなとこにいらつしやいますから、今年はうんと格をお上げ申さなくつちやならんと存じまして。」

番附には晩花氏の名前は蚊のやうな小さい文字で書いてあつた。画家は言つた。

「いや、去年のまんまで結構ですよ。腕の方がちつとも上つてないんですから。」

「<ruby><rb>滅相</rb><rt>めつさう</rt></ruby>な、この頃の御評判は大したもんですよ。ついてはこゝいらに――」番附屋は扇子の尻で前頭の<ruby><rb>中軸</rb><rt>なかじく</rt></ruby>どこを指ざした。「今年はこゝいらに<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>べたいと存じますが、いかがでせう。御異存が有りませんでしたら、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか<ruby><rb>御作</rb><rt>おさく</rt></ruby>を一枚……」

「へえ、名前を出すのに絵が要るんですか。」晩花氏は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と驚いたやうな顔をした。

「といふ訳でもありませんが、方々の先生からも御厚意をうけて居りますので――」

その男はてれ隠しに一寸頭を下げた。お辞儀といふものは都合のいいもので、相手の気持を和らげる事が出来たら、幾つ下げた<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>で損にはならない。

「それぢや、ここに一つ相談があるが――」晩花氏は一膝のり出して来た。「僕はうんと気張つて傑作を一枚寄附するから、その代り君の方では僕の名前を一番太文字で、

横綱野長瀬晩花

と最初の行へ出してくれるんだね。いいかね。」

「御冗談を。横綱と申しますと、栖鳳さんや大観さんの格でございますからね。」

その男は<ruby><rb>戯弄</rb><rt>からか</rt></ruby>はれたのだと知ると、<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほほづき</rt></ruby>のやうに顔をふくらませた。

「横綱には出来ないつて言ふんだね、ぢや、僕の方でも寄附はしないよ。」

晩花氏は<ruby><rb>土焼</rb><rt>つちやき</rt></ruby>の狐のやうに巻煙草をくはへた顎をぐつと前へ突き出した。

音楽家と小説家と７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

<ruby><rb>波蘭</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>共和国の今の大統領パデレウスキイ氏が秀れた<ruby><rb>洋琴家</rb><rt>ピヤニスト</rt></ruby>である事は知らぬ人もあるまい。大統領にならぬ前、氏はよく米国へ渡つて演奏会を開いたものだが、ある時<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>かの会合で、文豪ジヤツク・ロンドンに会つた。

ジヤツク・ロンドンといへば名高い『野性の声』で<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>や狼の生活をかいた作家で、原始的生活が好きな余りから自分でも焼肉の代りに、血だらけな<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>の肉を<ruby><rb>噛</rb><rt>かじ</rt></ruby>つたり、取り立ての<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>でゝむし</rt></ruby>をその儘鵜飲みにしたりした男だ。

小説家は髪の毛の長いこの音楽家を見ると口をきつた。

「パデレウスキイさん、<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>つてなかなか<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いものですね。私も大好きです。」

「ほゝう、結構ですね。」

パデレウスキイ氏は外に掛け替へのない大事な指を膝の上で組み合せながら言つた。「<ruby><rb>貴君</rb><rt>あなた</rt></ruby>は文化的な生活はお嫌ひのやうに承はつてゐましたから、実は<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>の方も余りお好きではないか知らと思つてゐましたので……」

「いや、どうして〱、<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>は大好きでさ。」小説家はこれまでいろんな荒仕事をして来たらしい、<ruby><rb>巌丈</rb><rt>がんぢやう</rt></ruby>な両肩を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>ぶりながら笑つた。「かう見えても、私は<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>のお蔭で露命を繋いだんですからね。」

「<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>で？　してみると、貴方もお弾きになるんですね。」

パデレウスキイ氏は<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>を弾く狼にでも出会つたやうに、眼を大きく<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つて相手の顔を見た。

「いや、弾きません。だが、<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事をいふとかうなんです。」小説家は血だらけな牛の肉を噛み馴れた口もとを子供のやうに<ruby><rb>窄</rb><rt>すぼ</rt></ruby>めながら言つた。「私の父はミスシツピイで農園をやつてゐましたが、ある時<ruby><rb>洪水</rb><rt>おほみづ</rt></ruby>で農園はすつかり台なしにされてしまひ、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に私達の<ruby><rb>住家</rb><rt>すみか</rt></ruby>も根こそぎ持つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かれました。」

「ほゝう、それはお気の毒でしたね。」パデレウスキイ氏は<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>から気の毒さうに言つた。そして小説家も音楽家と同じやうに、余りいゝ月日の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>には生れ合はさなかつたものだなといつたやうな<ruby><rb>表情</rb><rt>かほつき</rt></ruby>をした。

小説家は言葉を<ruby><rb>次</rb><rt>つ</rt></ruby>いだ。

「その折親父は<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に乗つて逃げましたが、私は<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby>につかまつて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と<ruby><rb>生命拾</rb><rt>いのちひろ</rt></ruby>ひをしたやうな始末なんで。」

独身主義者と結婚７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

今度の欧洲戦争で哀れな犠牲者となつた英国のキツチナア元帥が、名高い独身主義者だつたのは誰もが知つてゐる通りだ。女嫌ひな独身主義者にとつて、キツチナアを亡くしたのは、世界を半分<ruby><rb>失</rb><rt>な</rt></ruby>くしたのと同じ程の損失だつたに相違ない。

キツチナアがまだ印度に居た頃、その下で副官を勤めてゐた或る若い将校が、今度結婚したいから、暫くの間休暇を貰つて、本国英吉利に還らせて貰ひたいと言ひ出した。女嫌ひな元帥は、結婚だと聞くと、額にさつと皺を寄せたが、それでも<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>のすむまではじつと<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>してゐた。

「結婚するつて。でも、お前はまだ二十五にもならんぢやないか。一年待ちなさい。そしてその上でまだ結婚したかつたら、休暇を与へる事にしようから。」

元帥はかう言つて、若い将校の玉葱のやうな青白い顔を見た。将校はふくれつ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をしたが、それでも言葉はかへさなかつた。

一年は過ぎた。若い将校は、キツチナアが上機嫌な折を見計らつて、また以前の<ruby><rb>賜暇</rb><rt>しか</rt></ruby>問題を持ち出した。

すると、キツチナアの石のやうな四角い、そしてまた石のやうな厳粛な顔に、急に石のやうな冷たさが現れて来た。

「十二箇月考へぬいても、お前はまだ結婚したいつて言ふんだね。」

「はい、早く身を固めた方がいいかと思ひまして。」

若い将校は、腹の減つた<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>が主人の顔を見る折のやうな<ruby><rb>狡</rb><rt>ずる</rt></ruby>さうな眼つきをした。

「それぢや仕方がない。休暇を取るのもよからう。」この名高い独身主義者は<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しさうに白い歯を見せながら言つた。「相手は女ぢやないか、それに一年も続いて愛情をもつてるなんて、俺はそんな男がこの世に有らうとは思はなかつたよ。」

若い将校は希望通りに休暇を貰つたらいいので、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に好きな娘と結婚する事さへ出来たらいいので、別に気むつかしやの元帥と議論する必要もなかつたのだ。で、お辞儀をして、<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>から外に出ようとしたが、それだけでは、何だか物足りないやうに思つたので、つかつかと<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>がへりをした。

「申し添へておきますが、私が結婚しますのは、去年のと同じ女ではございませんから。」

キツチナアはだしぬけに<ruby><rb>耳朶</rb><rt>みゝたぶ</rt></ruby>を引張られたやうな顔をした。――若い将校め、何といふ不作法な事を言つたものか。こんなのに限つて、一度は女の前でとんぼがへりをする奴さ。

<ruby><rb>焼肴</rb><rt>やきざかな</rt></ruby>は右か左か７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

「<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>は<ruby><rb>篠</rb><rt>しの</rt></ruby>

詩は三<ruby><rb>本木</rb><rt>ぼんぎ</rt></ruby>

書は<ruby><rb>貫名</rb><rt>ぬきな</rt></ruby>

学は<ruby><rb>猪飼</rb><rt>ゐかひ</rt></ruby>に

<ruby><rb>粋</rb><rt>すい</rt></ruby>は<ruby><rb>文吉</rb><rt>ぶんきち</rt></ruby>」

とは儒者中島<ruby><rb>棕隠</rb><rt>そういん</rt></ruby>が、自分の友達の<ruby><rb>特長</rb><rt>とりえ</rt></ruby>を歌つたもので、篠は篠崎小竹、三本木は頼山陽、貫名は海屋、猪飼は敬所、文吉といふのは言ふまでもなく棕隠自身の事である。

粋は文吉と言つただけに、棕隠はなかなかの洒落者であつた。ある時知り合ひの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ訪ねてゆくと、ちやうど山陽もそこへ来合はせてゐて、時分どきだといふので、昼飯の馳走にあづからうとしてゐるところだつた。<ruby><rb>剽軽</rb><rt>へうきん</rt></ruby>で、無遠慮で通つた棕隠は平気で坐に<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>つて往つた。

折角の客なので、主人は棕隠にもお膳を出した。棕隠はじろりと横目で自分の膳と山陽のとを見比べてゐたが、つい大変な事をめつけ出した。それは焼肴が山陽の方は大きくて、自分のは小さいといふ事である。

「いかん〱。幾ら<ruby><rb>後客</rb><rt>あときやく</rt></ruby>にしても魚の小さいのを見るのは、余り気持がいいものではないて。」

棕隠は腹の中でかう思ひながら、何食はぬ顔で<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>を手にとつた。

暫くすると、棕隠はいつに似ず真面目な調子で山陽に話し出した。

「君、つかん事を訊くやうだが、<ruby><rb>姑蘇</rb><rt>こそ</rt></ruby>城外の蘇の字だね、あれは<ruby><rb>艸冠</rb><rt>くさかむり</rt></ruby>の下の<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>と<ruby><rb>禾</rb><rt>のぎ</rt></ruby>とは<ruby><rb>何方</rb><rt>どつち</rt></ruby>に書いた方がほんとうだつたかな。」

「蘇の字かい、あれは<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>が右にあらうと、左にあらうと同じだよ。」

山陽は事によつたら<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>の字など<ruby><rb>逆</rb><rt>さか</rt></ruby>とんぼになつたつて構はないやうな調子で答へた。

「さうかなあ。」棕隠は畳の上に指先でわざ〱字を書いてみた。「<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>は右にあつても、左にあつても構はないんだつたかな。」

「さうさ。何だつてまたそんな事を訊くんだい。」

「実はかうしたいからなんだ。」棕隠は箸でもつて<ruby><rb>矢庭</rb><rt>やには</rt></ruby>に山陽の焼肴と自分のとを取りかへた。「ね、<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>は右にあつたつて、左にあつたつて一向差支ないんだらう。」

「これは<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじ</rt></ruby>つた。ははは。」山陽は声を立てて笑つた。

<ruby><rb>吾</rb><rt>わが</rt></ruby>愛する頼山陽氏と世上の<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>とに教へる。魚は右にあらうが、左にあらうが、早く箸を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>した方が一番いいのである。

美術家と駅長７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

ウヰリヤム・チエエスといへば、長らく米国の美術協会の会頭を勤めてゐた、テイントレツトの研究家として名高い肖像画家である。一体米国には、自分の肖像をいつまでも油絵に<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>き残しておきたい<ruby><rb>自惚</rb><rt>うぬぼれ</rt></ruby>と、<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>かきに仕払ふ謝礼とを、どちらともどつさり持ち合はせてゐる男が多いので、肖像画の店を張つてゐる<ruby><rb>画師</rb><rt>ゑし</rt></ruby>も少くはないが、今いふチエエスはそんないかさまなのとは粒の<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた<ruby><rb>歴</rb><rt>れつき</rt></ruby>とした芸術家である。

チエエスは先年日本に遊びに来た事があつた。その折の事、この画かきはある<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>で（どこの停車場だつたか、画かきははつきりとその名を覚えてゐない。一体画かきといふものは余り物覚えがよくないやうだ）汽車を待つ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>のつれづれに雲を見てゐた。

汽車を待つ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>の退屈しのぎには、待合に素晴しい顔でもあつたら、それを見てゐるのに越した事はないが、そんな顔がなかつたら、雲でも見てゐるよか仕方あるまい。その日は雲が美しかつた。チエエスは<ruby><rb>歩廊</rb><rt>プラツトフオーム</rt></ruby>に立つたまゝ、いつまでもその方に気を取られてゐた。

そこへだしぬけに貨車がごとごと入つて来た。そしてチエエスの立つてゐる直ぐ前で停まつたので、美しい雲は見られなくなつた。美術家はちよつと舌打ちして外へ歩み去らうとした。

すると、目の前に駅長の制服を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>た一人の男が立つてゐた。駅長は丁寧にお辞儀をした。

「あなたは唯今迄雲を御覧になつてゐましたか。」

「見てゐました。」

美術家はぶつきら棒に答へた。

「何だつて、そんなに雲を御覧になりますか。」

駅長は自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>のだらしのない寝顔でも覗かれたやうに<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼つきをして言つた。

「私は美術家です。」

アメリカ製の美術家は、きつぱりと言つた。美術家だつたら、雲を見ようと、動物園を見ようと、動物園よりはもつと<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じい駅長の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の寝顔を見ようと、一向掛け構ひはないといつたやうな物の言ひ方だつた。

「美術家でいらつしやる。すると貴方の前に貨車を引込むだのは、以ての外の失礼でした。」

駅長は前よりは一層丁寧にお辞儀をして、小走りに<ruby><rb>彼方</rb><rt>あつち</rt></ruby>へ往つたと思ふと、暫くすると、貨車はまたごとごとと音を立てて、<ruby><rb>後退</rb><rt>あとじさ</rt></ruby>りを始めた。

美術家は呆気にとられた。そして世の中には親切な駅長もあるものだと思つた。――どこの駅で、何といふ駅長か、チエエスがこの二つの名を書き落してゐるのは重ね〲残り惜しい。もしか名前が判つたら、亡くなつた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>は天国の駅長にでも推薦してやりたい。すると、芸術家だけは何とかして昇天を許してくれようといふものだ。さもないと、あの<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>は屹度地獄に落ちるにきまつてゐるから。

内田博士の敏感７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

茶話子の敬愛する文学博士内田銀蔵氏が<ruby><rb>胃潰瘍</rb><rt>ゐくわいやう</rt></ruby>で危篤を伝へられるのは、学界のために痛惜に堪へない次第である。

一体学者といふと、自分の専攻範囲はどんな下らぬ事でも知り<ruby><rb>悉</rb><rt>つく</rt></ruby>してゐるが、一<ruby><rb>歩</rb><rt>あし</rt></ruby>その外へ踏み出すと、何が何やらさつぱり見当がつかないのが多い。とりわけ衣食の問題がさうで、早い話が京都大学の博士達にも、細君が手料理のキヤベツ巻を三度三度食べさせられたつて、洗ひさらしの木綿物を着せられたつて、少しの苦情も言はないで、それを道徳的だとさへ信じてゐる人が少くない。

そのなかで、内田博士はかういふ方面にもかなり<ruby><rb>感覚</rb><rt>センス</rt></ruby>の利く人で、菓子なども方々のを味はつてみたが、やはり藤村の羊羹が一等いいと言つて、いつも東京から取寄せては食つてゐた。

内田博士の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>には井戸が二つある。台所に近い方の井戸水は幾らか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きめ</span>が粗いが、遠い方の水は柔かくて、湯に立ててからの肌ざはりが何とも言へず気持がいい。それを誰よりもよく知つてゐる内田博士は風呂を立てるには、いつも遠い方の井戸水を使つて欲しいと、夫人や女中やに言ひ言ひしてゐる。

遠い方の井戸から、風呂場へ水を運ぶのは、女中の身にとつて少し厄介だつた。井戸は近くに今一つあるのである。すべて女といふものは亭主のお膳を拵へるにも、<ruby><rb>鯛</rb><rt>たひ</rt></ruby>が高かつたら鰯で、鰯が高かつたら<ruby><rb>胡瓜</rb><rt>きうり</rt></ruby>で済ます事が出来るし、そしておまけに男といふものはその胡瓜をすら鯛と思つて食べるものだと信じてゐるので、一つの井戸の代りに、<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の井戸を使ふ位は何とも思つてはゐない。で、博士が言ひつけた遠くの方の井戸水の代りに近い方のを<ruby><rb>汲</rb><rt>く</rt></ruby>み入れて何喰はぬ顔をしてゐた。

大学から帰つた博士は、湯がたつてゐるといふので、直ぐに風呂場に入つて往つた。そして透きとほつた<ruby><rb>新湯</rb><rt>さらゆ</rt></ruby>のなかで<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうな恰好をして暖まつてゐたが、急に顔色を曇らせて夫人の名を呼んだ。

「あれ程井戸水の事を厳しく言つておいたのに、矢張り近い方のを汲み入れたと見えますね。」

「そんな筈はなからうと存じますが……」

夫人の返事は幾らか<ruby><rb>後暗</rb><rt>うしろくら</rt></ruby>かつた。

「いや〱隠し立てしたつて駄目です。」博士は湯の中で<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうに顔をふつた。「肌ざはりでちやんと判りますよ。」

夫人は女中とちらと目を見合せた。台所ではよくかう言つた目つきが取り<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>されるものである。

あゝ内田博士７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

内田銀蔵さんは、とうと亡くなつた。いい学者だつたのに、惜しい事をしたものだ。

京都大学にある内田氏の研究室は、あの人の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>だけにきちんとしたものだが、たつた一つ<ruby><rb>取繕</rb><rt>とりつくろ</rt></ruby>はないものが中に<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐる。取繕はないといふのは、何も虫の食つた古本や、蝙蝠傘をいふのではない、文学博士<ruby><rb>喜田貞吉</rb><rt>きたさだきち</rt></ruby>氏がそこに<ruby><rb>相住居</rb><rt>あひずまゐ</rt></ruby>をしてゐるのを言ふのである。

喜田氏は内田博士の研究室に相住居をしてゐる。相住居だけに喜田氏は幾らか遠慮といふ事をしなければならない。ところが、喜田氏は何よりも煙草が好きだ。馬が<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>を飲む世の中だ、歴史家だつて煙草をふかしてならない筈はないが、困つた事には、相部屋の内田博士が何よりも煙草の嫌ひな人である。

尤も内田博士だつて、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>が煙草をふかすのをまで嫌ふ筈はないが、研究室には<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に掛替へのない大事な書物や<ruby><rb>古文書</rb><rt>こもんじよ</rt></ruby>やがどつさり備へてある。もしか喜田氏の煙草の始末が悪かつたりすると、飛んでもない事にならないとも限らない。で、内田博士は喜田氏が入つて来たそもそもから、<ruby><rb>室</rb><rt>しつ</rt></ruby>のなかで煙草だけは遠慮して貰ふやうに話し込んでおいた。

喜田氏は無論それを承知した。だが、物には裏表といふものがある。喜田氏はよくそれを知つてゐた。で、<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>には煙草盆を置かないで、その代りに西洋菓子の空缶を、こつそり<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>に忍ばせておいて煙草の喫ひ殻はそつとその中に隠しておく事にした。

すべて<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>し<ruby><rb>喰</rb><rt>ぐひ</rt></ruby>といふものは何よりもうまいものである。喜田氏は内田博士の居ない折を見ると大急ぎで煙草を取出した。

「うまい、実にうまい。何といふうまい物だらう。」

と指先きが狐色に焦げつくのも知らないで、無性に貪り飲んだものだ。

いつだつたか、こんな事があつた。喜田氏は内田博士の教室へ出かける後姿を見ると、いつものやうに慌てて煙草を取り出した。そして胸から、腹から、頭のなかまで<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>だらけになるまで立続けに煙草をふかした。

「いゝ気持だ。実にいゝ気持だ。」

喜田氏は<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言ひながら、夢を見るやうな心持で、<ruby><rb>室</rb><rt>しつ</rt></ruby>一杯の<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>のなかに<ruby><rb>溶</rb><rt>とろ</rt></ruby>けさうになつてゐた。大きな鼻の<ruby><rb>孔</rb><rt>あな</rt></ruby>からは、白い<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>が二筋のつそりと這ひ出してゐた。

不意に内田博士の靴音がした。喜田氏は慌てて<ruby><rb>喫</rb><rt>す</rt></ruby>ひさしの煙草を空缶のなかに<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り込んで、そ知らぬ顔をしてゐた。

「あゝ煙い。喜田さんどうなさいました。火事ぢやございますまいか。」

内田博士は顔を真青にして言つた。

「少し煙いやうですが、何でもありますまいて。」

喜田氏は何気なく言つた。

その瞬間内田博士の眼はいつになく光つた。そしてつかつかとやつて来ると思ふと、喜田氏の<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上から、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の空缶を取り上げた。喜田氏が慌てて<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>を閉めちがへた空缶からは、<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>が白く這ひ出してゐたのだ。

一千円の遺産処分７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

<ruby><rb>土耳其</rb><rt>トルコ</rt></ruby>であつた話である。あすこの或る信心深い<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>が大病にかゝつて死にかけたので、一人息子を枕もとに呼んで、遺産の始末を<ruby><rb>細々</rb><rt>こま〲</rt></ruby>と話した。

「で、お前に残してやるものは、それで判つたらうが、こゝにまだざつと千円ばかり残つてゐる金がある。」

病人は苦しさうな息使ひをしながら言つた。

「はい、ございます。いかが始末したものでございませうな。この金は。」

孝行者の息子は、いつその事この千円は親爺が墓場へ持つて行つてはどんなものかといひたいやうな考へを持つてゐた。

「それについてお前に頼みがあるのだが――」病人は破けた風琴のやうに悲しさうにまた<ruby><rb>喘</rb><rt>せ</rt></ruby>き入つた。「その千円は世界中でお前が一番<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しいと思ふ人間に呉れてやつて欲しいのだ。」

「承知致しました、きつとさやう取計らひます。」

孝行息子は今更のやうに親爺の慈悲ぶかいのに感心して、鼻をつまらせながら返事した。

病人が亡くなつて後、息子は裁判所へ往つて遺産相続をしたが、その折自分のために色々面倒な手続をしてくれた裁判官の顔を見ると、急に例の千円の事を思ひ出した。

「さうだ、あの千円をこの男に呉れてやらう、相手は裁判官だ、また<ruby><rb>後々</rb><rt>あと〱</rt></ruby>の都合もある事だから。」

孝行息子は親爺の遺言によつて、遺産のうち千円を裁判官に進呈したいと言ひ出した。

「なに、千円をくれる。そんな物は貰ふわけに<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かない。」裁判官はわざわざ取つておきの<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしい顔をして言つた。「俺はお前の親爺と近づきでは無かつたぢやないか。見ず知らずの他人から遺産を貰ふといふ法はない。」

「いえ、貴方のものです。是非貴方にさし上げてくれと親爺がくれぐれも申しおいた事なんですから。」

孝行息子は何でもかでも千円を押し付けようとした。

「困つたな。遺言といふのであつてみれば。」裁判官は真実困つたやうに額を手でおさへた。「ぢや、<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>取引をしよう。幸ひ裁判所の庭に雪がどつさり積つてゐるから、この雪を千円でお前に売るとしよう。ね、さうすればいゝだらう、双方の言ひ分が立つて。」

孝行息子はそれに同意して、千円を渡して帰つた。すると、その<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>る朝また裁判所へ<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>び出された。

「お前は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>この構内の雪を買つたね。あんな物をいつまで置かれても迷惑だから、直ぐ引取つて貰ひたい。」

裁判官は<ruby><rb>物尺</rb><rt>ものさし</rt></ruby>のやうな厳正な顔をして言つた。孝行息子は呆気にとられたが、さてどうする事も出来なかつた。

「雪を引取る事は出来ないといふか。」裁判官は言つた。「それぢや契約違反の賠償として二百円の科料を命ずる。」

孝行息子はべそをかきさうな口もとをしたが、それでも黙つて二百円を払つて外へ出た。そしてふと親爺の遺言を思ひ出した。

「さうだ、親爺さんは世界中の一番賤しい男にくれてやれと言つたつけが、まあ、よかつた、これで遺言通りにしたといふもんだ。」

博士と紺屋の職人と７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

九州医科大学の眼科教授大西克知博士は、白鷺のやうな潔癖家である。一体潔癖といふ事は、白鷺にとつても、人間にとつても、立派な、いゝ癖だが、ほんとうの事をいふと、かういふいい癖を持つてゐる人達は、白鷺が<ruby><rb>隠遁者</rb><rt>いんとんしや</rt></ruby>で<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>つ<ruby><rb>通</rb><rt>とほ</rt></ruby>してゐるやうに、成るべくなら医者なぞにならぬ方がよい。さもないと手術で手が汚れるから。

こなひだのこと、大西氏の診察室へ四十恰好の職人風の患者が入つて来た。大西氏は何気なく患者が膝の上にきちんと揃へた両手を見てびつくりした。手首の色が<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>の脚のやうに真黒だつたからである。大西氏の顔は急に険しくなつた。

「あちらへ往つて手を洗つて来なさい。」

その男はけげん<ruby><rb>相</rb><rt>さう</rt></ruby>な顔つきをしたが、いい医者に診て貰ふには、いい<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を貰ふのと同じやうに身ぎれいにして置かねばならぬものかも知れないと思つたので、慌てて次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>へたつて手を洗つて来た。

大西氏はじろりと患者の手を見た。それは相変らず汚れてゐた。

「も一度よく洗つて来なさい。」

医者の声はピンセツトのやうに尖つてゐた。

患者は口のうちでぶつくさ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いてゐたが、それでもまた立つて往つて手を洗つて来た。

その手はやはり鴉のやうに黒かつた。大西氏はきつと眼に<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>を立てた。

「二度まで洗つて来いといふものを、なぜ洗つて来ない。」

「洗つて来ました、二度とも。」

「洗つたものがなぜそんな汚い手をしてゐる。」

<ruby><rb>疳癖</rb><rt>かんぺき</rt></ruby>の強い眼医者は、焼栗が<ruby><rb>爆</rb><rt>は</rt></ruby>ぜたやうに、とうと声をはずませた。

「やかましいや。」患者も負けてはゐなかつた。椅子から立上りさま<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうにわめき出した。「紺屋が藍に染まつた手をしてるのに何が不思議なんだい。よく覚えときやがれ、紺屋の手つてえものは昔から黒いんだよ。へつ、人をかしくもない、誰が診て貰ふもんかい。」

紺屋の職人はこんなに<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>きながら、藍で汚れた手を<ruby><rb>薪</rb><rt>まき</rt></ruby>ざつぽうのやうに、医者の鼻先でふりまはしたが、つい拍手に乗つて、思ひきり強く大西氏の頭をどやしつけた。

大西氏は顔をしかめながら、頭を撫でた。

「お前は面白い男だ、俺の頭をなぐるなんて。よし、診てやらう、こゝに腰をおろしなさい。」

患者は呆気にとられて、すなほに腰をおろした。大西氏は<ruby><rb>瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>をひつくりかへしてべかこのやうな真似をさせたりした。

患者に頭をどやしつけられて感心するなぞ、大西氏は流石に名医だといつていい。語を寄す、世上の病人達、医者のいい悪いを見るには、時々紺屋の職人をまねるのも面白くはなからうか。

教師と生徒７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

岩野泡鳴氏がまだ今日のやうに名をなさない頃、氏は猫のやうにおとなしい基督教の信者であつた。世間にざらにある背信者のなかには、以前神様のお弟子だといはれると、昔馴染の女の名でも言はれたやうに急に顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くする人もあるが、岩野氏に限つて、そんな恥かしがりではない筈だから、くれぐれも言つておくが、今話すのは岩野氏がまだ神信心をしてゐた頃の出来事である。

基督教の神様は女学校の教師のやうによく信者をお試しになる。お試しになる道具は、多くの場合「貧乏」といふ有合せものだが、岩野氏の試されたのも、やはりその貧乏だつた。貧乏は決して恥かしい事ではない、恥かしいのは自分ひとりが<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>でいい気になつてゐる事である。だから貧乏だつたと言はれたつて、岩野氏は少しも気にかけるには及ばない。

岩野氏は何かしら働いて、その日その日の<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>を<ruby><rb>儲</rb><rt>まう</rt></ruby>けねばならなかつた。で、友達に頼んで方々就職口を探すと、口は案外なところに転がつてゐた。それは仙台にある東北学院で、そこの英語教員が一人欠員になつてゐるから岩野氏なら信者の事でもあり、都合がよからうといふ事だつた。

岩野氏は急いで仙台へ<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>つた。そしてその頃学院の院長をしてゐる押川方義氏に会つた。

「僕は岩野といふ者です。」岩野氏は昔も今と変りのない、ざつくばらんな調子で言つた。「××君の紹介であなたの<ruby><rb>方</rb><rt>ほう</rt></ruby>に入らせて載きたいと存じまして。別にお差支へはないでせうか。」

「成程な、別に差支はありませんが。」押川氏は院長らしく鷹揚な、院長らしくたわいのない返事をした。「何年級を志願しますかな。」

「何年級といつて、僕は何年級でも構はないのです。××君の手紙によると、英語の教師が欠員になつてるやうに承はりましたが……」

「英語の教師？」押川氏は変な顔つきをした。「それぢや、君の志望は教師だつたのですかい、教師なら別に欠員はありません。」

「ぢや、何処に欠員があるんです。」岩野氏はむきになつた。

「欠員は卒業<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の四年級にあります。君もわざわざ仙台までやつて来たのだから、何なら四年級に入学したらどうです。ほんとうに学問する気なら、教師よか生徒の方が<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つていゝかも知れませんぞ。」

押川氏は飛んでもない事を言ひ出したが、それを聞くと、岩野氏は変な気になつた。

「それもさうだな。教師と生徒――つまりは同じやうなもんかな。」

ついこんな事を考へた。そしてその日からまた学院の生徒になる事にした。

実際いい心掛けで、学問をする者はかういふ謙遜な心掛がなくてはならない。だが、もつと<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんと</rt></ruby>をいふと、その時岩野氏の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>には、帰りの汽車賃がなかつたのだ。

結婚と天国と７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

今年五十三の独身哲学者田中王堂氏と、高梨孝子女史との結婚は近頃めでたいものの一つだが、唯難をいふと結婚が少し早過ぎた事で、もつとよく交際してゐると、お互に結婚しないでも済まされたものを、兎にかく惜しい事をしたものだ。

英吉利のグラスゴウにドナルドソンといふお爺さんがあつた。老病で死にかゝつた時、枕もとに<ruby><rb>媼</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんを呼んで言つた。

「媼さんや、お前にはいかいお世話になつたの。<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>も今度こそはいよいよお迎ひが来たと思ふから、どうせ往かんなるまいが、気の毒なのは、媼さんや、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に残つたお前の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢやてのう。」

「何を言はつしやるだ、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の事<ruby><rb>抔</rb><rt>など</rt></ruby>心配せんと……」媼さんは悲しさが胸に一杯になつて来る様に思つた。「気をのんびりと持つてゐさつしやれ、病は気一つぢやといふ程にな。」

「気安めは言はん事ぢや。」爺さんは枯枝のやうな手を胸さきで<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。

「ところで、媼さんや、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に残つたお前の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢやがのう、一人暮しも辛からうから、<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>に遠慮は要らん事ぢや、いゝ先があつたら片づいての、老先を気楽に暮らす工夫をせんならんぞ。」

「滅相な、何言はつしやるだ。」媼さんは貞操のかたい<ruby><rb>蟋蟀</rb><rt>こほろぎ</rt></ruby>のやうに悲しさうな声で泣いた。「今さら<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ片づくなどと、そないな事したら、<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>らあの世で二人御亭主を持つ事になりますだ。」

それを聞くと、病人の爺さんは急に黙つてしまつた。そして<ruby><rb>吹鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>のやうな音をさせて、すうと深い溜息をついた。爺さんの考へでは、亡くなつて後のこの世では兎も角も、あの世で、媼さんが自分より外に今一人の亭主を持つてゐる事は、とても<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>出来なかつた。出来る事なら、媼さんにどつさり遺産を残して、きれいに<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>を通させたかつたが、別に怠けたわけでもないのに、どうしたものか爺さんには大して遺産といふ程の物も無かつた。爺さんは<ruby><rb>空洞</rb><rt>うつろ</rt></ruby>のやうな眼をして、じつと考へ込んでゐたが、ふといゝ事を思ひついたので急に顔ぢゆうが明るくなつた。

「媼さんや、いゝ人があるわい。お前も知つてのあのジヨン・クレメンス爺さんの、あの人がいゝわい。あれは人間が親切な上に、神信心しないさうぢやから、お前が片づくのに<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>へ向きといふものぢやて。」

「何故の。」媼さんはけげんさうな顔をした。

「考へてみさつしやれ、<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>とお前があの世での、一緒になつて<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らうと、不信心者のクレメンス爺さんが天国へは<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つて<ruby><rb>来</rb><rt>こ</rt></ruby>まいからの。」

「なる程な……」媼さんはそれを聞いて<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby><ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>な事のやうに思つた。それにつけても、そんな<ruby><rb>道理</rb><rt>もつとも</rt></ruby>至極な事を思ひつく爺さんと別れるのは悲しくてならなかつた。だから媼さんは蟋蟀のやうに身をふるはして泣いた。

田中王堂氏も今年五十三だといへば、ゆくゆくは天国でもも一度高梨女史と結婚するつもりかも知れない。だが、困つた事には、あの人はクレメンス爺さんと同じやうに宗教を信じない。

結婚する者にとつて天国は紋附羽織と共に急いで新調する必要がある。

市長の喧嘩７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

「日本生命保険」の社員から、郷里福岡の市長になつた<ruby><rb>久世庸夫</rb><rt>くせつねを</rt></ruby>氏は、市長の椅子が居心地がいいにつけて、自分にこんな結構な地位をあてがつて呉れた福岡の市民を、何だかこのまゝでは<ruby><rb>打拾</rb><rt>うつちや</rt></ruby>つて置かれないやうな気持になつた。

「どうしたもんだらう、<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>生命保険へ入つて貰つて、<ruby><rb>早死</rb><rt>はやじに</rt></ruby>させた上、どつさり保険金を贈つたら申分がないのだが、さうも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かないしな……」

と、いろいろ思案の末が、ともかくも御馳走をする事にした。で、立続けに五十幾回の宴会を開いて、市民の<ruby><rb>重立</rb><rt>おもだ</rt></ruby>つた者を<ruby><rb>招待</rb><rt>せうだい</rt></ruby>した。

すると、宴会の<ruby><rb>効力</rb><rt>ききめ</rt></ruby>は直ぐに見えて、市長の評判は日に日によくなつた。<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に久世氏が<ruby><rb>飼狗</rb><rt>かひいぬ</rt></ruby>でも連れて<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を散歩して居ると、<ruby><rb>見知越</rb><rt>みしりこし</rt></ruby>の人達は慌てて立止つて挨拶をした。

「市長さん、結構なお天気で御座いますな。」

「市長さん、何てまあ立派なお狗でせう。」

それを聞くと市長の久世氏は、その日その日のお天気の結構なのも、飼狗の立派なのも、この<ruby><rb>中</rb><rt>ぢゆう</rt></ruby>の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>の景気のいゝのもみんな自分の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>のやうに思はれて、通りがかりの市会議員も博多織の織元も、狗も、電信柱も、一緒に腰を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>めて自分の前にお辞儀をして居るやうに思はれ出した。

こなひだの事、久世氏はある宴会でいつものやうにさんざ酒を<ruby><rb>煽飲</rb><rt>あほ</rt></ruby>つたので、<ruby><rb>酔気</rb><rt>よひけ</rt></ruby>ざましに廊下へ出た。すると、<ruby><rb>出会</rb><rt>であひ</rt></ruby>がしらにそこを通りかかつた一人の男が薄暗い襖のかげから、

「おい、久世ぢやあないかね、そこに居るのは。」

と呼びかけた。久世氏はとろんこの眼を見据ゑて声のする方を振りかへつた。そこには自分と昔馴染の福岡鉱務署長三<ruby><rb>井</rb><rt>ゐ</rt></ruby><ruby><rb>米松</rb><rt>よねまつ</rt></ruby>氏が立つてゐた。

「君かへ、今俺を呼んだのは。」

「うん俺だ」

「久世と云つたね、君は今。」と久世氏は<ruby><rb>軍鶏</rb><rt>しやも</rt></ruby>のやうに肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかした。「俺は市長だ、貴様達に久世呼ばはりをされる覚えはないよ。失敬な事云ふない。」

「何が失敬か」三井氏は<ruby><rb>蟋蟀</rb><rt>こほろぎ</rt></ruby>のやうに物蔭から飛び出して来た。蟋蟀もいくらか過したと見えて、酒臭い息をついて居た。

市長の拳はいきなり薪ざつぽうのやうに三井氏の頭の上に飛んだ。二人は犬ころのやうに<ruby><rb>取組合</rb><rt>とりくみあ</rt></ruby>つたまゝ、廊下を転げまはつたが、気の早い三井氏は、二つ三つ久世氏の頭を<ruby><rb>撲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>つて、その儘<ruby><rb>暗</rb><rt>やみ</rt></ruby>の中に消えてしまつた。

「何んだ、逃げやがつたな。」

起き上つた久世氏は、うそうそ<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>を嗅ぎ廻してゐたが、三井氏の姿が見えないと、その儘表へ飛び出した。

そして<ruby><rb>最寄</rb><rt>もより</rt></ruby>の巡査派出所へ寄つて、相手の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまゐ</rt></ruby>を確めると、

「さあ、いよ〱決闘だ。」

と言つて、立会ひに巡査をつれて出かけたものだ。

三井氏はまだ<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰つてゐなかつた。久世氏は玄関に出て来た女中を相手に大威張りに威張つて帰つたが、夜があけると、久世氏の代理だといつて市の書記が紋附羽織でやつて来て、平あやまりにあやまつて往つた。

それ以来、久世氏の評判はまたよくなつた。久世氏に教へる。そんな事で評判がよくなるのだつたら、一日に一人づつ福岡市民の頭を撲つたつて少しの差支もない。詫をいふのには、市には書記といふ重宝なものがある。

ムツゴロウと知事８・１（夕）

千葉県知事折原<ruby><rb>己</rb><rt>き</rt></ruby>一<ruby><rb>郎</rb><rt>らう</rt></ruby>氏が、以前福岡県知事を勤めてゐた頃、ある宴会で目もとの<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>らしい芸者が<ruby><rb>側目</rb><rt>わきめ</rt></ruby>もふらず、じつと自分の顔に見とれてゐるのに気がついた。

知事は悪い気持もしなかつた。

「やつぱり俺に気がつくんだな。かうして大勢顔触は揃つてゐても、どこか人品が際立つて秀れてゐるところが有るんだよ。でも、あんな若い<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>で、そこへ気がつくなんて、憎い程眼端の利く女だな。」

知事は腹の底から満足に思つた。で、精々その好意に報いるつもりで、羊のやうな柔かな眼をして<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>を見かへした。

すると、<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>は急に厭な顔をした。そしてつと<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>ち上りざま、

「ほんまによく似てござらつしやるわ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ムツゴロウ</span>に。」

と、小さな声で言ひ残して往つた。

その声が知事の耳に入つた。知事は不思議さうに眉をしかめた。

「ムツ五郎に似てると言つたな。一体ムツ五郎とは誰の事だらう。」

知事は色々と名高い<ruby><rb>美男子</rb><rt>びだんし</rt></ruby>の名前を頭に思ひ浮べながら<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>をふくんだが、自分の知つた限りの男には、そんな名前は無かつた。

あくる日知事は県庁へ出ると、官房主事を<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>んで訊いた。

「君はムツ五郎といふ男を知つてるかね。」

「ムツ五郎ですか。」主事は空つぽの頭を仔細らしく<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。「それは三津五郎の<ruby><rb>訛</rb><rt>なまり</rt></ruby>でせう、三津五郎なら居ますよ。<ruby><rb>舞踊</rb><rt>をどり</rt></ruby>の達者な<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>でしてね。」

「うむ、有るかい、三津五郎といふのが。俳優だつてね、さうだらう、それに違ひない。」と知事はたまらなく嬉しさうに顔ぢゆうを皺くちやにした。「実はある芸者が俺をその三津五郎に似てると言つたよ。」

「へえ、三津五郎に。」主事は不思議さうな顔をしたが、自分で三津五郎を知らぬ身には、どう返事していいか判らなかつた。

折原知事と官房主事とに、こつそり<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>で耳打ちをする。芸者の言つた「ムツゴロウ」とは、肥前の有明の海にしか棲まない、<ruby><rb>鯊</rb><rt>はぜ</rt></ruby>に似た小魚で、知事と同じやうに色黒で出目である。三津五郎のやうに<ruby><rb>舞踊</rb><rt>をどり</rt></ruby>は達者だが、役者ではない。

名挨拶二つ８・２（夕）

アメリカの上院議員の<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>が、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を連れてバルチモアへ遊びに出かけた事があつた。<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>は名高い女権論者だつたから、いくら自分の亭主だつて、「連れて」と云はれると、<ruby><rb>膨</rb><rt>ふく</rt></ruby>れツ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をするかも知れないから、そんな折の為めに「一緒に行つた」と云ひ直して置く事にする。

二人は日が暮れて、ワシントン市に帰つて来た。家に着くと、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>は何か忘れ物でもしたらしく、そこらをうそ〱捜しまはつてゐたが、急に主人の方へふり向いて訊いた。

「あなた、わたしの蝙蝠傘はどうなすつたの。」

「蝙蝠傘？　知らないよ、そんな物。」

と主人はこの世に蝙蝠傘と云ふ物の存在を知らないやうな調子で云つた。

「まあ、驚いた、さつき汽車の中であなたにお渡ししたぢやあないの。」

「さうさう、そんな事があつたつけなあ。」と主人は独立戦争時分の事でも思ひ出すらしく、額に手をあてがつた。「なる程蝙蝠傘は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に俺があづかつたよ。」

「ぢや、どうなすつたの。」

主人は上着を脱ぎさしたまゝ考へ込んだ。

「困つたな、して見ると、汽車の中へ忘れたかも知れないぞ。」

「まあ、汽車の中へ。」<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>は<ruby><rb>蟷螂</rb><rt>たうらう</rt></ruby>のやうに肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかした。

「どうもさうらしいよ。」

「よくそんな事が云へますね。」と女は大声でわめき出した。「あなたは上院議員ぢやなくつて。婦人の蝙蝠傘一つ始末が出来ないものが、よく国政が料理して<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>けますね。」

主人はかうきめつけられて、ぐうの<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>も出ず、<ruby><rb>失</rb><rt>な</rt></ruby>くなつた蝙蝠傘のやうに、真つ直に<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>つ<ruby><rb>立</rb><rt>た</rt></ruby>つてぶるぶる<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へて居た。

クレオパトラやマクベス夫人に扮して名を売つた英吉利の女優ラングトリ夫人が、まだ若盛りの頃ある宴会で、その頃ちやうど<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>を訪れて来た<ruby><rb>阿弗利加</rb><rt>アフリカ</rt></ruby>の或る王様と一緒になつた事があつた。

女優は焼栗のやうに色の黒い王様の御機嫌を取らうとして、いろんな愛嬌を<ruby><rb>振撒</rb><rt>ふりま</rt></ruby>いた。王様はすつかり上機嫌になつて、にこにこしてゐたが、帰り際に大きな手を出して真珠のやうな<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>らしい女優の手を握つた。そして精一杯のお<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいさう</rt></ruby>をぶちまけた。

「<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>、もしか<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>のお顔の色がもつと黒くて、そしてもつと肥えて居らつしたら、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>、あなたの為めに自分の国をも投げ出すんですがね。」

大将と蠅８・５（夕）

夏になつてうるさいのは蠅である。むかしは欧陽修がひどく蠅を嫌つたものだが、軍事参議官<ruby><rb>井口省吾</rb><rt>ゐぐちしやうご</rt></ruby>大将も、欧陽修に劣らぬ蠅<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>ひで、唯<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>ふのは、蠅嫌ひの名文を書き残さない位のものである。

井口氏がさきに朝鮮<ruby><rb>駐剳</rb><rt>ちゆうさつ</rt></ruby>軍司令官として、龍山に居る頃は、夏になると、司令官の<ruby><rb>室</rb><rt>しつ</rt></ruby>には蠅叩きの二本や三本は、いつでも屹度備へ付けがあつて、井口氏は絶えずそのなかの一本を手にして、<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>のなかをきよろきよろしてゐたものだ。もしか<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>な蠅が、井口氏の鼻つ先にでもとまらうものなら、井口氏はその蠅叩きでもつて、脂ぎつた自分の顔をいやといふ程<ruby><rb>叩</rb><rt>どや</rt></ruby>しつけ兼ねなかつた。

ある時朝鮮ホテルで、自分が主人役になつて、宴会を開いた事があつた。すると、井口氏は二三日前から、副官に兵卒の三四人をも引連れさせて<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>ホテルに乗り込ませた。

「司令官は何よりも蠅がお嫌ひだから今日から蠅狩をしようと思つて。」

副官はかう言ひながら、兵卒と一緒に汗みづくになつて蠅と組打ちをしたものだ。

だから井口氏のあとへ秋山好古氏が軍司令官として就任して来た時には、副官はほつとした。兵卒は安心した。そして蠅は何よりも喜んだ。――といふのは外でもない、秋山氏は井口氏のやうな<ruby><rb>清潔</rb><rt>きれい</rt></ruby>好きでは無かつたから。

秋山氏は日露戦役当時馬に乗りくたびれると、よく<ruby><rb>楊</rb><rt>やなぎ</rt></ruby>の木の下に、粗末な<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>をおいて、<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>の<ruby><rb>盃</rb><rt>はい</rt></ruby>をふくんだものだ。そんな折には土地名物の青蠅がやつて来て<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>のふちで逆立ちをしたり、とんぼがへりをしたりした。秋山氏はそんな事には頓着なく、<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>を唇にあてると、蠅ぐるみ<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>の泡をぐつと一息に飲むだ。

そして<ruby><rb>爛</rb><rt>たゞ</rt></ruby>れたやうな舌のさきで、口のなかの蠅を一匹一匹押し出してはそれを指さきで<ruby><rb>撮</rb><rt>つま</rt></ruby>み出して、机の上に並べたものだ。蠅は羽根が濡れてゐるので、暫くは<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上を這ひまはつてゐるが、羽が乾くと、そのまゝ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すう</span>と飛んで往つてしまつた。

すこし酔がまはつて、物が面倒くさくなると、秋山氏は口のなかの蠅などは頓着なく、一息に<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>をあふりつけるので、蠅はそのまゝ咽喉を滑りおちて、この<ruby><rb>手強</rb><rt>てごは</rt></ruby>い軍人の胃の腑にもぐつて往つた。

王様と<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>８・６（夕）

<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>の王イマニユエルがある時、旅の<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>すがら名もない田舎町に泊つた事があつた。町の人は名高い王様のお成りだといふので、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>心をこめてとんちんかんなおもてなしをして、王様の御機嫌をとつた。

まづい食事がすむと、王様は<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>るより外には仕方がなかつた。王様は寝床にはいつた。寝床は粗末な拵へだつたが、<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby><ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は新しい、おろしたての雪のやうに真白な布だつた。王様は木の<ruby><rb>片</rb><rt>きれ</rt></ruby>か何ぞのやうに、無雑作にそのなかに<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>横</rb><rt>よこた</rt></ruby>へた。

王様は幾度か寝がへりを打つた。寝ぐるしい晩で、王様は国の事や、<ruby><rb>皇后</rb><rt>きさき</rt></ruby>の事や、馬の事やを考へるともなく考へた。<ruby><rb>皇后</rb><rt>きさき</rt></ruby>が馬のやうに尻つ尾をふつたり、馬が一銭銅貨のやうに平べつたくなつたりしたと思ふと、つい何事も判らなくなつた。王様は<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と寝つく事が出来たのだ。すると、だしぬけに<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>の<ruby><rb>入口</rb><rt>いりくち</rt></ruby>の扉をとんとんと叩く音がした。

イマニユエル王は子供のやうに<ruby><rb>睡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>さうな顔を、半分ばかし寝床から持ち上げて見た。入つて来たのは宿の亭主で、胸には折目のついた<ruby><rb>清潔</rb><rt>きれい</rt></ruby>な<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を大事さうに抱へてゐた。

「王様、お邪魔をして相すみませんが、一寸<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を取り替へさせていたゞきたいと存じまして。」

亭主は<ruby><rb>鄭寧</rb><rt>ていねい</rt></ruby>にお辞儀をした。

「<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>か。<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>だと新しいやうだが……」

王様は<ruby><rb>鉄槌</rb><rt>てつつい</rt></ruby>のやうに重い<ruby><rb>瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>をこすりこすり、やつとこさで寝床から起きた。亭主は手ばやく<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を置きかへて往つた。

王様は転げ込むやうにその上へ横になつた。そして<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>れた<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちや</rt></ruby>のやうにだらしなく手足を投げ出したと思ふと、そのまゝ<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>をかき出した。

物の一時間も経つたと思ふと、王様は<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>の<ruby><rb>扉</rb><rt>と</rt></ruby>がまたとんとんと鳴つてゐるので目がさめた。暫くすると以前のやうに真白な<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を胸に抱へた亭主が、幽霊のやうに足音も立てないで、そつと入つて来た。

「王様、毎度恐れ入りますが、また<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を取り替へさせていたゞき度いと存じまして。」

「<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>だと、やつと今取替へたばかしぢやないか。」

王様はふくれ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をして<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>いた。

「でも、汚れてゐては失礼でございますから。」

亭主は王様が起き上ると、手早く<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を取替へた。

「何だつて、そんなに<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby><ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>を取替へるんだね。」

王様は幾らか不機嫌らしく訊いた。

「でも、この<ruby><rb>辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>の<ruby><rb>下世話</rb><rt>げせわ</rt></ruby>に、<ruby><rb>上布</rb><rt>シイツ</rt></ruby>は自分のためには七日目に、お友達にはその日その日にと言ひますから、王様には一時間ごとに取替へなくつちやと存じまして。」

住友重役の苦笑ひ８・８（夕）

<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいとし</rt></ruby><ruby><rb>梅雨</rb><rt>つゆ</rt></ruby>があけると蜂の巣からは蜂の子が巣立ちをし、方々の大学からは、口髯をちよつぴり生やした若い学士が巣立ちをする。若い学士にもいろ〱あるが、世間での通り相場は、東京の帝国大学を巣立したのが一番評判がよい。

多くの銀行会社では、巣立際になると、てんでに競争してその中の粒のいゝのを手に入れようとする。大阪の住友総本店では今年も例のやうに五六人手に入れたが、それが揃ひも揃つて、<ruby><rb>擬</rb><rt>まが</rt></ruby>ひつ<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>なしの東京大学製だつたのは重役の身にとつて嬉しい事の一つだつた。

住友では海外方面でも方々に事業と支店とを持つてゐる。重役の考へでは、若いものには塩を踏ませろで、新しく入れた社員は、一通り店の見習ひが済むと、それぞれ海外へ送り出す筈だつた。それに就いて一応聴いておかなければならぬのは<ruby><rb>各自</rb><rt>めい〱</rt></ruby>の志望で、女の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きたいものを、お医者へやつても気の毒なやうに、英吉利好きの男を亜米利加へやつてもつまらなかつた。

で、重役は三四人<ruby><rb>寄集</rb><rt>よりあつ</rt></ruby>まつて、その席で東京から呼びよせた<ruby><rb>新入</rb><rt>しんにふ</rt></ruby>の社員に会つてみる事にした。ちよつぴり髯を生やした五六人の若い社員は、丁寧に重役の前に立つてお辞儀をした。

「君は××といふのかい。」重役の一人はそのなかの一人を顎でしやくつた。そして大阪倶楽部で一円五十銭の昼飯を食べたばかしの口元を撫でまはしながら訊いた。「君に訊くが、もしか仕事の都合で外国に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなければならぬとしたら、君は<ruby><rb>何国</rb><rt>どこ</rt></ruby>を選ぶね。」

「外国ならどこへも出掛けたくありません。<ruby><rb>相成</rb><rt>あひな</rt></ruby>るべくなら、東京の支店で勤めさせていたゞきたいものです。」

若い社員は<ruby><rb>投身</rb><rt>みなげ</rt></ruby>をするにも、同じ事なら東京の<ruby><rb>水溜</rb><rt>みづだま</rt></ruby>りでしたいやうな口ぶりで言つた。

「そんなに東京に居たいか。あんな<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>にね。」今ひとりの重役は東京ツ子全体に<ruby><rb>烏金</rb><rt>からすがね</rt></ruby>でも貸してゐるやうに<ruby><rb>蔑</rb><rt>さげす</rt></ruby>みきつて言つた。そして次ぎに立つた五分刈頭の方へ眼を向けた。「次ぎに君はどうだい。」

「私も出来るなら東京に居たいと存じまして。」

「私達も同じやうな希望でゐます。」

残つた皆も一緒に頭を下げた。

「何だつて、そんなに東京にばかし居たがるんだね。」

重役は幾らか機嫌を悪くした。

「私達はみんな東京ツ子か、あの近くの生れかなので、色々宅の都合もございまして」と若い社員の一人は言訳らしく言つた。「それに揃ひも揃つて<ruby><rb>父親</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>が<ruby><rb>老年</rb><rt>としより</rt></ruby>なもんでございますから。」

「<ruby><rb>老年</rb><rt>としより</rt></ruby>つて幾つ位かな。」重役の一人は<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じやがいも</rt></ruby>のやうなぴか〱した頭を撫でながら言つた。

「みんな五十前後でございます。ね、諸君、さうだつたでせう。」

「さうです、五十前後でございます。」皆は<ruby><rb>雛</rb><rt>ひよ</rt></ruby>つ<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>のやうに口を揃へた。

「五十前後か、さうかなあ、それを君達はお爺さん扱ひをするんだね。」

重役は互に顔を見合はせて、苦笑ひするより外に仕方がなかつた。彼等は揃ひも揃つて五十前後以上の代物だつたから。

気象台員の雨乞ひ８・９（夕）

「暴風が来る

猛雨が来る

九日から十二三日

までの間に」

七日の正午頃藤原中央気象台大阪出張所長は梅田の通運会社の二階で、額の上に<ruby><rb>巻雲</rb><rt>まきぐも</rt></ruby>のやうな皺を寄せて心配さうに言つた。前には新聞記者の幾人かが立つてゐた。博士は急いで言葉を言ひ足した。

「だから、山登りの人達は急いで山を駈け下りなくつちやなりません。支那方面へ渡航する人は、この際思ひとまつた方がいいでせう。」

藤原氏は予言者のヨハネのやうな<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしい口もとをして言つた。たつた一つヨハネと違ふのは、<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>の代りに今のさきお茶を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>つた事だつた。

新聞の読者は藤原氏の予報を見て<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。山へ登らうとする人、支那へ旅立しようとする人は、急に旅を思ひとまつた。相場師は<ruby><rb>買</rb><rt>かひ</rt></ruby>にかゝつた。鴉は食べ物の用意をし出した。蜘蛛は巣を繕ひにかゝつた。

「まあ、よかつた。お蔭で<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>拾ひをした。藤原さんて何て親切な方だらう、言はば<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の親さ。」

登山家も、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>も、相場師も、鴉も、蜘蛛も皆腹のなかで藤原氏を恩人扱ひにした。

藤原氏は八日の朝もいつものやうに気象を考へようとして空を見た。すると不思議な事に、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>まであんなに気にかかつてゐた<ruby><rb>巻雲</rb><rt>まきぐも</rt></ruby>も、巻積雲も、<ruby><rb>雑巾</rb><rt>ざふきん</rt></ruby>で拭き取つたやうに<ruby><rb>痕形</rb><rt>あとかた</rt></ruby>も無くなつてゐた。

「こんな筈ぢや無かつたんだが、どうしたもんだらう。」

藤原氏は小手を<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>して西の宮の方を見た。<ruby><rb>箕面</rb><rt>みのも</rt></ruby>の方を見た。京都の方を見た。築港の方を見た。見は見たが、どこにも心配な雲は影さへ見せなかつた。

「困つたな。<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>迄あんなだつたのに。雲つて何てあやふやな奴だらう。」

予言者藤原氏は、蝗を食べ過ぎたヨハネのやうに、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>が痛むらしい<ruby><rb>表情</rb><rt>かほつき</rt></ruby>をした。

<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>藤原氏から心配な警報を受取つた新聞記者は、その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>の模様を訊かうとして、梅田の気象台出張所を訪ねた。<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>には所員が七八人詰めてゐたが、いづれも心配さうに両手を合はせて、てんでに口の中でお経や讃美歌の文句を唱へてゐた。

「どうしたのです。」記者は気遣はしさうに訊いた。

「雨乞ひをしてるのです。」所員の一人が坊主頭を<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>めながら言つた。「折角の所長の警報が痕形も無くなつては、私達の信用に<ruby><rb>拘</rb><rt>かゝは</rt></ruby>りますから、せめて雨でも降らせたいと思つて。」

記者は幾らか拍子ぬけがした。そこへ予言者の藤原氏が顔をぬつと出した。

「やあ、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>は驚かせました。その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>の模様で見ると、どうやら私の見誤りらしいです。」予言者はかう言つて雲や霧で一杯になつてゐる頭をかいた。「まあ、私の見誤りで済んでよかつた。さもないと米がまた上りますからな。」

予言者の見誤りぢやない、神様の「改心」である。登山家よ山へ<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>れ、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>よ支那へ渡れ、鴉も蜘蛛も<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>に雌の事でも思つたがよい。お天気は先づ無事である。

恋がたき８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

新しく第卅二旅団長になつて来た少将長谷川<ruby><rb>猪三郎</rb><rt>ゐさぶらう</rt></ruby>氏と、その夫人との間には、武人には似合はない艶つぽい話がある。

今はむかし、朝鮮総督長谷川好道氏が、どこかで旅団長を勤めてゐた頃、ある日の事、夫人が<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>の書斎へ入つて来た。

「あなた、宅の娘ももう<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>になりました事ですから、誰かいい<ruby><rb>聟</rb><rt>むこ</rt></ruby>でもありましたらと存じますが……」

夫人はかう言つて良人の方を見た。長谷川氏は蟹のやうな顔をねぢ向けた。

「成る程さうだ、嬢ももう<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>になつたかな。」どうやら今日まで娘は<ruby><rb>胡瓜</rb><rt>きうり</rt></ruby>と同じやうに、日に日に大きくなるものだといふ事を忘れてゐたらしい<ruby><rb>口風</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>だつた。「してみると、誰かいい聟を迎へずばなるまいて。」

「誰か若い将校で、あなたのお<ruby><rb>鑑識</rb><rt>めがね</rt></ruby>にかなつたのがございましたらと存じますが……」

「うむ」と長谷川氏は<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>くやうに言つて額を撫でた。「無い事はない。<ruby><rb>種子田</rb><rt>たねだ</rt></ruby>といつて、若い秀才がゐる、それから鈴木といつて……」

「種子田に鈴木――一向聞いた事がないやうでございますが、どちらがおよろしいでせう。」

夫人は女だけに二人の若い将校を一緒に聟に取る事の出来ないのをよく知つてゐた。

「さあ、どつちが<ruby><rb>佳</rb><rt>よ</rt></ruby>からうな。」長谷川氏は敵の偵察をするやうにじつと頭を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。「<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>は種子田がよいと思ふのだが、<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し嬢の思はくもあるでな。」

で、長谷川氏夫妻はともかくも聟がね二人を愛嬢のために見比べさせるために園遊会を開く事にした。

長谷川氏が園遊会を開く――と聞いて、若い将校達はぞろぞろ集まつて来た。何のための園遊会か知らないが、何のための園遊会だらうと、飲むだり、食つたりするには、少しの差支もなかつた。若い将校達は猿のやうな<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>い顔をして猿のやうにはしやぎ散らした。長谷川氏の愛嬢は物蔭から火のやうな眼をして、その騒ぎを見てゐたが、暫くすると、猿の中にたつた一人の人間を見つけた。その人は鈴木といふ若い将校だつた。

「よく見たの。」長谷川夫人は自分も<ruby><rb>処女</rb><rt>きむすめ</rt></ruby>に<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>がへりしたやうな若い気持で愛嬢の顔をさしのぞいた。「どつちが<ruby><rb>佳</rb><rt>い</rt></ruby>いと思つて。種子田さん？」

令嬢は首をふつた。

「あの方お色が黒いんですもの。」

「ぢや、鈴木さん？」夫人は真赤になつた娘の首筋を見おろしながら訊いた。蟹のやうな旅団長は気遣はしさうに<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つて居た。

令嬢は軽くうなづいた。成程鈴木氏は種子田氏に比べて、大分男ぶりがよかつた。

程なく鈴木氏は長谷川氏の聟養子になつた。そして種子田氏と共にどちらもぐんぐん昇進した。今は二人とも少将になつて、一人は第七旅団に、一人は第三十二旅団に長として、同じ師団に勤めてゐる。

めでたし〱。

<ruby><rb>上司</rb><rt>かみつかさ</rt></ruby>小剣氏の時計８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

小説家の上司小剣氏は、文学者に似合はない立派な時計をもつてゐる。英国のベネツト製の<ruby><rb>懐中時計</rb><rt>くわいちゆうとけい</rt></ruby>で、<ruby><rb>側</rb><rt>かは</rt></ruby>はニツケル製だが、機械のいゝ、時間の正しい事にかけては一寸類のない、上司氏自身の言葉によると、日本にたつた四つしか無いといふ<ruby><rb>大切</rb><rt>だいじ</rt></ruby>な代物である。

この時計が上司氏に不似合だといつて、腹を立ててはいけない。不似合だといふのは値段が高いからいふのではなく、時間がそんなに正しいのをいふのである。上司氏が、汽車の車掌か、測候所の技師であるならば兎も角も、小説家であつてみると、ちよい〱時間の遅れる時計を持つてゐた方が、万事につけて都合がよささうなものだ。

その上司氏がある時友達と一緒に電車に乗つた事があつた。車が日比谷まで来ると、車掌は乗換切符に<ruby><rb>剪刀</rb><rt>はさみ</rt></ruby>を入れようとして、自分の<ruby><rb>腕時計</rb><rt>うでとけい</rt></ruby>を見た。すると安物の<ruby><rb>腕時計</rb><rt>うでとけい</rt></ruby>は安物の政友会内閣の大蔵大臣のやうに両手を伸ばしたまゝ昼寝をしてゐた。

「これはいかん、時計が止まつてゐる。」車掌は<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら車中のお客を見まはした。「どなたか時間を教へていたゞけないでせうか。」

「時間か。」上司氏は帯の間から自慢の<ruby><rb>懐中時計</rb><rt>くわいちゆうとけい</rt></ruby>を引張り出した。上司氏の考へでは、成るべくなら日本にある時計といふ時計を、自分の<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐるベネツト製の<ruby><rb>上等時計</rb><rt>じやうとうとけい</rt></ruby>に合はせておきたかつたのだから、それにはこんな恰好な機会はなかつた。「ちやうど十二時に五分前だよ。」

「有難うございます。」車掌は礼を言ひ言ひ針を直さうとすると、上司氏と同じやうにポケツトから時計を取り出して時間を見てゐた小説家の友人は、横つちよから口を出した。

「をかしいな、僕のは十二時に五分過ぎだぜ。」

「へえ、十二時に五分過ぎ。」車掌はどつちに従つたものかと一寸途方に迷つたらしかつたが、ひよいと上司氏のニツケル<ruby><rb>側</rb><rt>かは</rt></ruby>と友人の<ruby><rb>金側</rb><rt>きんかは</rt></ruby>とが目に入ると、初めて判断がついたやうに<ruby><rb>金側時計</rb><rt>きんかはとけい</rt></ruby>の持主の方に向きなはつた。

「あなた、十二時に五分過ぎと仰有いましたね。有り難うございました。」

車掌は安心して<ruby><rb>腕時計</rb><rt>うでとけい</rt></ruby>の針を十二時五分過ぎに直した。

「あれだから困る。世間のわからずやといふ者は、機械を見ないで、ぢきに<ruby><rb>外側</rb><rt>そとかは</rt></ruby>だけで、善い悪いを判断するものだから。」

上司氏は<ruby><rb>独</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>語</rb><rt>ごと</rt></ruby>を言ひながらにやりと笑つた。

上司氏に告げる。世間はまあそんなもので、もしか世間の人達が、上司氏の時計が、日本に四つしかない事を知つて、皆が皆立停つて時間を聞いたら、上司氏もつく〲<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い時計を持つた事を後悔するだらうから。

五千弗の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

いつだつたか大阪に来た事のある露西亜の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>弾きピアストロ氏は、十万円の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>を持つてゐるといふので名高かつた。十万円の現金をもつてゐるといふのに比べると、それだけの<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>を持つてゐるといふのは、何だか一寸奥ゆかしい<ruby><rb>点</rb><rt>ところ</rt></ruby>が無いでもない。

ピアストロのそれとは比べ物にならないが、ヴイテリイといふ名高い<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>弾きも五千弗の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>をもつてゐるので名高かつた。ある時オウシヨン・グロオヴで、その<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>で演奏会を開くことになつた。値の高い楽器からは、<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>がするものだと思ひ込んでるらしい音楽好きは、その日になると吾れ勝ちに会場に押しかけて来た。

暫くすると、この名高い<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>弾きは、客の前に現はれた。そして<ruby><rb>弓</rb><rt>きゆう</rt></ruby>を取りあげると<ruby><rb>勢</rb><rt>いきほひ</rt></ruby>よく弾き出した。その<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>といつたら美しい女の<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>り泣きをするやうな調子で、<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>は誰一人今日までこんな美しい音楽を耳にした事はないらしかつた。

「さすが五千弗の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>程あつて、何とも言へませんな。」

勘定高い<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>の誰彼は、<ruby><rb>弓</rb><rt>きゆう</rt></ruby>のさきから、金貨が一つ<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れおちるやうに思つて、腹の底から揺り動かされた。

暫くすると、この<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>弾きははたと<ruby><rb>弓</rb><rt>きゆう</rt></ruby>の手を弾き<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めた。そして楽器に何か故障でも起きたらしく、幾度か調子を直さうとしてゐたが、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うも思ふやうにならないので、急に癇癪を起した。そして楽器を手に取り直したと思ふと、<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>に椅子の背に叩きつけた。楽器は女に<ruby><rb>騙</rb><rt>だま</rt></ruby>された男の心の臓のやうにこなこなになつて砕けてしまつた。

<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>は<ruby><rb>越瓜</rb><rt>しろうり</rt></ruby>のやうに真つ青になつて<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へた。<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>な音楽家もあつたものだと我鳴りちらしてゐる男もあつた。美しい娘をもつた母親は、どんな事があつても音楽家になぞ娘は呉れてやるまい、さもないと、どうかすると、朝の<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コーヒー</rt></ruby>がうまくないからと言つて、娘を椅子の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>に叩きつけないものでもないと思つたらしかつた。

すると、司会者が現れた。そして騒ぎ立てる<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>を制しながら、諸君は真つ青になつてお驚きのやうだが、今<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>したのは五千弗の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>ぢやない、実は一弗六十五<ruby><rb>仙</rb><rt>セント</rt></ruby>の安物に過ぎない、これからお聴きに達するのが、名高い例の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>であると断りを言つた。

<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>は声をたてて笑ひ出した。だが、音楽家が<ruby><rb>弓</rb><rt>きゆう</rt></ruby>を取ると、すぐに<ruby><rb>鎮</rb><rt>しづ</rt></ruby>まりかへつて耳をすました。成程結構な演奏ではあるが、さうかといつて、一弗六十五仙の<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby>と比べて、<ruby><rb>音色</rb><rt>ねいろ</rt></ruby>に格別の<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>ひはなかつた。それにつけても<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>も思つた。音楽のいい悪いは楽器の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>ぢやなくて、音楽家の腕であると。

日本の音楽家が五千弗の楽器を持たないのは<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>にとつて幸福である。そしてもつと幸福なのは、そんないたづらをする程音楽家の腕が冴えてゐない事である。

細菌学者と公使８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

宮嶋<ruby><rb>幹之助</rb><rt>かんのすけ</rt></ruby>氏といへば、動物専攻の理学士で、かねて医学博士である。以前は琉球<ruby><rb>辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>の無人島で<ruby><rb>信天翁</rb><rt>あはうどり</rt></ruby>と同棲した事もあつたが、その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>細菌学の研究に憂き身をやつして、とうと博士の学位を取るまでになつた。

宮嶋氏は最近政府から頼まれて、ブラジルへ研究に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事になつた。ブラジルといへば近頃日本人が続々出稼ぎに<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く国で、善いものと悪いものとが、ごつちやになつて棲むでゐる処である。

船が横浜を<ruby><rb>発</rb><rt>た</rt></ruby>つ二三日前、宮嶋氏の玄関へ、つひぞ見知らぬ男が訪ねて来た。名刺には<ruby><rb>畑</rb><rt>はた</rt></ruby>良太郎とあつた。

「<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>か御用ですか。」

客を座敷に通すと、宮嶋氏は<ruby><rb>性急</rb><rt>せつかち</rt></ruby>に訊いた。

「承はりますと、先生は<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>今度の船でブラジルの方へお出かけださうですが、まつたくでございますか。」客は心配さうに訊いた。

「はあ、参るには参りますが。」

「お出掛になりますか。それを聞いてやつと安心しました。」客は眼にも口にも耳にも鼻先にも嬉しさうな表情をした。「実は私も今度ブラジル公使に任命されまして、あなたと御一緒の船で出かける事になつてゐるんでございますが……」

「はあ、あなたがブラジル公使の畑さんで。初めてお目に懸ります。知らない事とてつい失礼を致しました。」

宮嶋氏は<ruby><rb>鳰</rb><rt>かいつぶり</rt></ruby>のやうに丁寧に頭を下げた。

「いえ、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りまして、手前こそ失礼を致しました。」

畑氏も几帳面に頭を下げた。

畑氏のいふのでは、今度の赴任には家族を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>めて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなければならぬ。それには航海中また上陸後誰一人病気に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>つて貰つてはならぬが、もしか万一の事があつたら、どうしたものだらうと或人に相談すると、それには善い事がある、ちやうど宮嶋博士が同じ船で出発するさうだから、博士に頼んでおいたがよからうといふ事なので、かうしてわざわざお頼みに上つたといふのだ。

「それなら駄目ですよ。」宮嶋氏は話を聞くと、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>したやうに手をあげた。「私は細菌学者ですから、病気の方はから素人なんです。どうか当てになさらないやうに。」

「でも、医学博士でゐらつしやるんですから……」

畑氏は相手を信じきつたやうな口振だつた。

「その医学博士があてになりません。今も言つたやうに細菌の方なんですから。」

細菌学者は泣き出しさうな声を出した。

「いや、細菌でも何んでも結構です、何分よろしく。」

畑氏は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>かお辞儀をして帰つて往つた。

<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に残つた宮嶋氏は、手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>んで困りきつた顔をした。そしてペンギン<ruby><rb>鳥</rb><rt>てう</rt></ruby>やペリカン<ruby><rb>鳥</rb><rt>てう</rt></ruby>が食べ過ぎて腹を痛めた場合の処方箋を考へ出してみたりした。

<ruby><rb>零余子</rb><rt>れいよし</rt></ruby>と女流俳人８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

鈴木商店の金子直吉氏といへば、年が年中二十日鼠のやうに<ruby><rb>気忙</rb><rt>きぜ</rt></ruby>はしく、金儲けのために働いてゐる外には何一つ持ち合はさない男である。

さうした活動好きの男だけに、金子氏はめつたに自分の家にも帰つて来ない。家には病身の夫人、せん<ruby><rb>女</rb><rt>ぢよ</rt></ruby>さんが寂しく暮してゐるが、女といふものは男と差し向ひでゐる時よりも、寂しく一人で暮してゐる時の方がずつといゝ事を考へたり、<ruby><rb>為</rb><rt>し</rt></ruby>たりするもので、せん女さんは一人<ruby><rb>生活</rb><rt>ぐらし</rt></ruby>のつれづれを慰めるために俳句を作り出した。

俳句を作り出したといふ事は、いゝ俳句を作り出したといふ事とは少し違ふが、兎も角もせん女さんは俳句を作り出した。一体俳人仲間には悪い癖があつて、男のくせによく女に<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>た雅号をつけるのがあるが、せん女さんも初めの<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>は、さう見違へられて、虚子氏なども、

「きつと男に違ひない、事によつたら頭の禿げたお爺さんかも知れない。」

と言ひ言ひしたものだ。

それが女と解つたのは、せん女さんがある日の事、<ruby><rb>淀橋</rb><rt>よどばし</rt></ruby>に俳人長谷川零余子を訪ねてからで、

「あなたはやつぱり御婦人でいらしたんですか。」

零余子は相手が婦人だつたので、飛んだ儲け物をしたやうに思つた。今一つ、せん女さんがもつと年若だつたら申分がなかつたのだが、こればかりは仕方がなかつた。

せん女さんは、俳句の師匠として段々零余子を崇拝するやうになつた。そして俳句が上手になるには、師匠と離れてゐるよりも、ずつと近い方に居る方が何かにつけて都合がよからうと思つたので、<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>金子氏の<ruby><rb>肝煎</rb><rt>きもいり</rt></ruby>で主人筋鈴木家の薬局に零余子を迎へる事にした。言ひ忘れたが、零余子の本職は<ruby><rb>粉薬</rb><rt>こぐすり</rt></ruby>と粉薬とを乳鉢の中ですり混ぜる薬剤師である。

零余子の仕事は<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>だつた。午前中に薬局に顔を出して乳鉢をいぢくつてゐれば、午後は俳句の事に専念しても少しの差支も無かつた。

零余子も俳人とは言ひ条、下宿住ひもしてゐられなかつた。家を畳むで神戸に<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>さうとする段になると、江戸ツ子の夫人が承知しなかつた。

「幾らお金になるか知りませんが、私神戸なぞの田舎に<ruby><rb>引越</rb><rt>ひきこ</rt></ruby>すのは<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>です。」俳人の夫人は、神戸なぞ田舎の漁師町か何ぞのやうに言ひ<ruby><rb>貶</rb><rt>けな</rt></ruby>した。「東京に居ませうよ、東京に住むでさへ居られる事なら、幾ら貧乏したつてね。」

「さうだなあ。やつぱり東京に居るかな。」

零余子もとうと神戸の方を思ひ切る事にした。

流石に江戸ツ子の女である。薬と俳句とで食へなかつたら心中するまでである。江戸ツ子の女は、神戸よりも心中の方を選ぶに相違ない。

世界一の名医８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

医学博士と肩書のつくのはたんとあるが、いい医者はさうさうあるものぢやない。いい医者の事をむかしから<ruby><rb>国手</rb><rt>こくしゆ</rt></ruby>といふ。茶話子の<ruby><rb>産</rb><rt>うま</rt></ruby>れ故郷に、風邪を治すよりも鮒を釣る方がずつと上手の医者があつた。ある時病人を診て貰つたお礼に、ぴちぴちした<ruby><rb>桜鯛</rb><rt>さくらたひ</rt></ruby>に添へて、手紙を持たせてやつた。名前の下には「国手」といふ語を添へておいた。かう言つたからつて、別段誰から苦情が出るでもあるまいと思つたものだから。

ところが、そのお医者さんは「国手」といふ語を知らなかつたらしい。使の者に聴くと、「国手――、国手――」と二三度小声で呼びかへしてゐたさうだが、返事の<ruby><rb>表書</rb><rt>おもてがき</rt></ruby>には同じやうに「××国手」とこちらを国手扱ひにしてゐた。有つても<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>のない<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>だから、そのまゝ返すといふ皮肉でもなかつたらしい。

<ruby><rb>北京</rb><rt>ペキン</rt></ruby>に住むでゐる或る亜米利加人が、支那人を相手に、

「お国も悪くはないが、唯病気の時だけには困つちまふ、信用の出来るいいお医者がゐませんからね。」と、しみじみ閉口したやうにこぼした事があつた。すると支那人はむきになつて雀のやうに唇を尖らせた。

「いいお医者ですつて。いい医者なら支那に無い事はありません。恐らく世界ぢゆうで、一番いい医者が居るのは支那でせう。<ruby><rb>韓璋</rb><rt>ハンチヤン</rt></ruby>つて、あなたも御存じでせう、あの人なぞもいいお医者の一人ですよ。私には<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の恩人ですからね。」

「ほう、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の恩人だと仰有るか。」<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の亜米利加人は、支那に<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>といふものが唯の一つでもあるのを、そのまた<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>弄</rb><rt>いぢ</rt></ruby>らうといふお医者があるのを不思議でならないやうに言つた。「見立てでも上手なんですかい。」

「いや、<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>をいふとかうなんです。いつだつたか私がひどく加減を悪くした事がありましてね。」支那人は歴史家のやうに真面目くさつて話し出した。「私は早速懇意の<ruby><rb>洪庚</rb><rt>ハンコン</rt></ruby>といふ医者を迎へにやりました。洪さんは薬をくれました。私はそれを飲むと、加減がなほ悪くなりました。で、<ruby><rb>宋森</rb><rt>サムシム</rt></ruby>といふ<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の医者をまた<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>びました。宋さんはもつとどつさり薬の分量を飲ませましたが、病気は悪くなる一方で、私はもうこれが自分の最後だとあきらめました。で、駄目だとは思ひましたが、その韓璋さんを<ruby><rb>招</rb><rt>よ</rt></ruby>んで貰ひました。韓さんはそんなだつたら<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>が往つても、もう駄目だらうからツて、来てはくれませんでした。お蔭で私は<ruby><rb>生命拾</rb><rt>いのちひろ</rt></ruby>ひをしました。」

「成るほど、名医だ、名医だ、これが名医でなくつて何ぢやらう。」

と亜米利加人は泣き出しさうな顔をして笑ひ出した。