栃木の横綱２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

栃木山の横綱初土俵入が、常陸山会の主催で、十四日午後二時から出羽海部屋で行はれた事は<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の新聞に詳しく載つてゐた。

幾年かむかし、栃木山と一緒に<ruby><rb>附出</rb><rt>つけだ</rt></ruby>しとなつて初めて土俵の砂を踏んだ<ruby><rb>力士</rb><rt>すまふとり</rt></ruby>が十幾人かある。そのなかで、づば抜けて出世をしたのが栃木山で、それに次いでは東の幕下十枚目に<ruby><rb>羽州山</rb><rt>うしうざん</rt></ruby>がゐる。

栃木山が幕下から初めて幕内へ飛び上つて来た時、彼は贔屓客に貰つた御祝儀のなかから幾らかを無雑作に包んで羽州山の前に出した。

「ほんの<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>だが、こゝに三十円ばかしあるから以前の朋輩衆と<ruby><rb>何処</rb><rt>どつ</rt></ruby>かで一口やつて呉れないか、俺がこんな出世をしたのも、つまりみんなのお蔭だからな。」

羽州山は蟹のやうに顔をしかめて泣出しさうになつた。

「有り難う、それぢや遠慮なく貰つて一杯<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>るよ。俺達も君にあやかりたいからな。」

羽州山は砂のへばり着いた<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に三十円を鷲掴みにして、急いで控部屋に帰つて往つた。鷲掴みにしたのに何の不思議があらう、<ruby><rb>勝負附</rb><rt>しようぶづけ</rt></ruby>の星は一度取逃がしても、また取返す時機があるが、<ruby><rb>褌担</rb><rt>ふんどしかつ</rt></ruby>ぎの身には三十円は一度取落したが最期、二度とめぐり会ふ折があらうとも思はれなかつた。

栃木山はその後<ruby><rb>鰻上</rb><rt>うなぎのぼ</rt></ruby>りに三役に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>つた。そしてその時も羽州山を呼んで、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から紙包みを取り出した。

「俺もお蔭で三役に入つたよ。こゝに五十円ばかしあるから、以前の朋輩衆と<ruby><rb>何処</rb><rt>どつ</rt></ruby>かで一杯やつて呉れないか、ほんの心祝ひだからな。」

羽州山はまた泣き出しさうな顔をして、その<ruby><rb>金包</rb><rt>かねづつみ</rt></ruby>を受取つた。そして栃木の出世にあやかるやうにと言つて、<ruby><rb>鱈腹</rb><rt>たらふく</rt></ruby>飲んだり、食つたりした。実をいふと、人間といふものは胃の腑が<ruby><rb>充満</rb><rt>くち</rt></ruby>くならないと、滅多に<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の事まで喜ばうとしないものだ。皆は蛙のやうに膨らまつた腹を抱へて、栃木の前途を祝福した。

お蔭で栃木は今度いよ〱横綱を張る事になつた。羽州山の大きな掌面には、また新しい紙包みが載つかつた。

「さあ、また一杯飲めるぞ、初めの時には馬を食つた。二度目には牛を食つた。今度は何にするかな。」

羽州山は空つぽの頭を抱へ込んでゐる。考へ込むまでもない、人を食ふ事さ、相撲に勝たうとするには、先づ相手を食つてかゝらなければならぬ。

演題と五十<ruby><rb>仙</rb><rt>セント</rt></ruby>２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

政治家ブライアン氏が<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>米国南部のある<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ講演に出掛けた事があつた。ブライアン氏は名高い雄弁家だが、さうかといつて、余り褒め過ぎる事だけは控へて置きたい、何故といつて、私はブライアン氏に劣らぬ雄弁家を今一人知つてゐるから。それは<ruby><rb>蘆屋</rb><rt>あしや</rt></ruby>にゐる谷本<ruby><rb>富</rb><rt>とめり</rt></ruby>博士の事で、<ruby><rb>鸚鵡</rb><rt>あうむ</rt></ruby>とカナリヤとが同じお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>である場合、私達は大抵<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>の小さいカナリヤに味方をしなければならぬ<ruby><rb>義理合</rb><rt>ぎりあひ</rt></ruby>になつてゐる。

汽車がその<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ着くと、ブライアン氏は幾年か前に自分がそこへ来て、講演をした事があるのを<ruby><rb>懐</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ出した。

「どんな講演をしたつけか。想ひ出したいもんだな。」

この政治家は禿げあがつた<ruby><rb>前額</rb><rt>まへひたひ</rt></ruby>を押へてじつと考へ込んだ。<ruby><rb>凡</rb><rt>すべ</rt></ruby>ての講演家には、それ〲<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つた出し物がある。知らないで、同じ<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>で同じ出し物を繰返すなどは余り気の利いた話でもなかつた。

自動車はこの政治家を載せて、講演のある大きな建物に走つた。そして広々とした玄関前にぴたりと止まると、ブライアン氏は以前の会場もやはりここだつたなと思つた。そこに<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた門番の爺さんは、にこ〱もので出て来て、丁寧に<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>頭を下げた。

「これは〱旦那様でいらつしやいますか。お久し振にお目に懸ります。」

その瞬間、ブライアン氏の頭に一筋の<ruby><rb>光明</rb><rt>ひかり</rt></ruby>が射した。で、この雄弁家は今日まで自分の方でも相手の皺くちやな顔をよく覚えてゐるやうな調子で話しかけた。

「お前も達者でいゝな。確か以前私がここでお喋舌をした事があつたが、あれからずつと<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>に勤めてるのかい。」

「はい、よく覚えとりますでございます。」爺さんはまた頭を下げた。「あの頃からずつと引続いて勤めさせて戴いとります。」

「さうだつたか。ところで……」とブライアン氏は眩しさうな眼つきで爺さんの顔を見た。「お前覚えてはなからうね、その折私が此処で何をやつたかつて事を。」

「はい、〱。よく覚えとりますでございます。」爺さんは<ruby><rb>溶</rb><rt>とろ</rt></ruby>けさうな顔になつた。「旦那様はあの折、手前に五十仙下さいましたつけ。」

ブライアンは仕方がなくポケツトからまた五十仙を出して、爺さんの<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に載せてやつた。――だが、以前の演題はとうと思ひ出せなかつた。

春葉の弟子２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

亡くなつた柳川春葉氏には別にいゝ弟子も居なかつた。春葉氏はかなり世話好きな<ruby><rb>性質</rb><rt>たち</rt></ruby>だつたので、小猫や<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>ころを<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>がつたやうに、若い書生の面倒を見ない事もなかつたが、どうしても弟子が長続きがしなかつた。

どんな職業者にも、弟子好きと、弟子嫌ひとはあるもので、徳富蘆花氏などは、大の弟子嫌ひで、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に田舎出の青年などが、弟子入を頼むと、大きな色眼鏡越しに相手の<ruby><rb>面附</rb><rt>つらつき</rt></ruby>をじろりと見て、

「子芋が出来ると、親芋の味がなくなります。私は子芋を拵へようとは思ひません。」と親芋のやうな土だらけの頭を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて、きつぱり<ruby><rb>拒絶</rb><rt>はねつ</rt></ruby>けてしまふ事にきめてゐる。春葉氏は蘆花氏と違つて、別段子芋の出来るのを厭がらなかつたが、<ruby><rb>性急</rb><rt>せつかち</rt></ruby>な小芋は味の出るまで親の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>で辛抱出来なかつた。

だが、春葉氏が亡くなると、小芋達は言ひ合はせたやうにぞろぞろと帰つて来た。そして葬式万端から台所まはりの事まで、頼まれもせぬのに色々とこまめに骨を折つた。春葉氏の未亡人は、<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>の亡くなる二三箇月<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>からどうやら姙娠してゐたらしいので、それを気づいた子芋達は、

「世間は口うるさいものですよ。<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>になつて何とか噂されぬやうに、今のうちに知らせてお置きになるがよろしいでせう。」

と言つて、てんでに未亡人が良人の生前から姙娠してゐた事を吹聴した。

そして<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に会つて、故人の<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>でもする時には、精々悲しさうな顔をして、

「先生には色々御厄介をかけたものですよ。かう言つては<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>のやうですが、先生もお弟子のなかでは、一番僕を頼りになすつたやうです。」

と言ひ言ひしてゐる。

不思議なのは、その弟子達のなかには、未亡人の少しも顔を見知らない、よしんば春葉氏自身を連れ出して来たところで、名前なぞ<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も知つて居なささうな人達の<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐる事で、未亡人はそんな人達を見る度に、

「<ruby><rb>主人</rb><rt>うちのひと</rt></ruby>とは長年連添つてたが、一度だつて、こんな人達の名前なぞ聞いた事はなかつたわ。してみると、頭のなかは随分忙しかつたらしいんだわ。」

と今更のやうに故人の生活なぞ考へるらしかつた。

だが、不思議な事は少しもない。春葉氏は色々の新聞雑誌に未完のまゝ書き残した小説が幾つかある。名を知らない弟子達は、「お弟子だ」といふ名義一つで、その<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を書き継がせて貰ひたさに、のこのこ出掛けてゐるのだ。

<ruby><rb>世智辛</rb><rt>せちから</rt></ruby>い世間のならひではある。

和田垣博士と試験問題２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>（夕）

法学博士和田垣謙三氏といへば、学生の試験答案を爪先で一つ一つ跳ね飛ばしてみて一番遠くへけし飛んだのへ満点をつけたといふ、立派な採点法を発明したので名高い先生である。

試験制度といふものは、手取り早く言つてみれば運不運の占ひだが、運不運の占ひならば、何も<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふか</rt></ruby>ししてまで克明に答案を調べるにも及ばない、爪先で一々跳ね飛ばしてもよく判る筈なので、それを発明した和田垣博士の<ruby><rb>効績</rb><rt>てがら</rt></ruby>は、立派な天才の事業である。

いつだつたか博士は早稲田大学の卒業試験に、受験学生一同から、試験問題は是非とも<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>のなかから出して欲しいといふ交渉を受けた。博士は二つ返事で承知した。学生はお蔭で、やつと胸を撫でおろす事が出来た。実際博士は経済政策の試験問題に、クレオパトラの鼻の高さを問はないとも限らない男だし、さういふ<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>以外の事で頭の利く学生は、その頃から早稲田には居なかつた。

学生はてんでに<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>を暗記して、試験場へ出て来た。そして渡された経済政策の問題を見ると、はつとして互に顔を見合はせた。

問題は幾つか有つたが、みんな応用問題で、どこに一つ<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>に載つてゐるやうなものはなかつた。

何処からとも無く蜂のやうにぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>く声が聞え出した。暫くすると、尻に針を持つたらしい一人の学生が<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つて博士を呼んだ。

「先生、私達は貴方が嘘を仰有る方だとは信じたくありません。」その男はじつと博士の顔を見た。その眼つきは成るべく博士の口から<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事も聞きたくないやうな<ruby><rb>怯</rb><rt>おび</rt></ruby>えた色が見えた。「先生は<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>私達の前で、試験問題は<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>のなかから出す事をお約束なすつた。それにこれで見ると……」

「なる程そんな約束をした事は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にあつた。」博士は両手を<ruby><rb>卓子</rb><rt>テエブル</rt></ruby>の上に<ruby><rb>支</rb><rt>つゝか</rt></ruby>ひ<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>にして、その上に膨れた顔を載せて平気で言つた。「そんな事も確にあつたが、しかし問題を<ruby><rb>筆記</rb><rt>ノオト</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>から出して、<ruby><rb>唐辛</rb><rt>たうがらし</rt></ruby>のやうな辛い点をつけるか、それとも応用問題を出して氷砂糖のやうな甘い点をつけるかは吾輩の考へ一つにある事だ。いいか、判つたか。」

衝立つてゐた学生は、急ににやにや笑ひ出した。そして<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見まはした。

「どうだ、諸君、吾々のために氷砂糖を下さらうていふ和田垣先生の健康を祝さうぢやないか。」

「よからう、大いに祝さう。」

「和田垣博士万歳！」

皆は<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>の<ruby><rb>如</rb><rt>やう</rt></ruby>な声を合せて叫んだ。博士はそのお礼に氷砂糖のやうな点をつけるのを忘れなかつた。

お菓子の<ruby><rb>如</rb><rt>やう</rt></ruby>な前大統領２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

米国の前大統領タフト氏は法律事務でよく旅をするが、旅先きで滅多に故障に出会つた事もなく、おまけにいつの旅立にもお天気が多いので、

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>ほど旅の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>が<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い者はたんとあるまい。」

と、あの大きな図体を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>ぶつて、ひとりで嬉しがつてゐる。

最近に西の方へ汽車旅行をした事があるが、その時<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うした間違か、鉄道に故障があつて、汽車は寂しい田舎町に停つたまゝ<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>へ進まなくなつた。

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>が乗込んでる汽車だ、こんな筈は無いんだがな。」

と、タフト氏はぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら、動物園の獣のやうに大きな顔を列車の窓から出して、<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>を見まはしたが、ビスケツトの<ruby><rb>空缶</rb><rt>あきくわん</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>小</rb><rt>ち</rt></ruby>つぽけな<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>には、タフト氏の好きな神様なぞ居ようとは思はれなかつた。

タフト氏は大きな旅鞄を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げて、のつそり列車のなかから出て来た。そして<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>前の薄汚い<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>に尻を落ちつける事にした。線路の修復はかなり手間が取れるので、汽車は<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>の朝までは<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も出さうになかつたからである。

旅籠屋の亭主は入つて来たお客の、大きな図体を見て、変な顔をしたが、お客の名前を聞くと、慌てて叮嚀にお辞儀をした。そして名高い前大統領に一夜の宿を貸す事の出来た自分の仕合せを心から喜んだ。

その次ぎの瞬間、亭主は自分の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に持合せの寝台が、いづれも安物づくめな、<ruby><rb>脆</rb><rt>やにつ</rt></ruby>こい出来であるのを思ひ出して、当惑さうな顔をした。で、早速の気転で、お客の重みで<ruby><rb>寝台</rb><rt>ねだい</rt></ruby>が押し潰れないやうに、<ruby><rb>鉄線</rb><rt>はりがね</rt></ruby>でもつて、方々を蜘蛛の巣のやうに<ruby><rb>絡</rb><rt>から</rt></ruby>めにかゝつた。

<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>があけて、タフト氏が<ruby><rb>朝餐</rb><rt>あさめし</rt></ruby>の席につくと、亭主は<ruby><rb>揉</rb><rt>も</rt></ruby>み<ruby><rb>手</rb><rt>で</rt></ruby>をしながら御機嫌伺ひに出て来た。

「檀那様、いかゞでございました。よくお<ruby><rb>寝</rb><rt>やす</rt></ruby>みになられましてございましたか。」

「有難う。いや、よく眠れたよ。」と<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の大統領は何だか思ひ出し笑ひをするらしく、顔を歪めた。「だがの、今朝眼がさめて自分の<ruby><rb>寝相</rb><rt>ねさう</rt></ruby>を見ると、<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>が<ruby><rb>寝台</rb><rt>ねだい</rt></ruby>の外に<ruby><rb>食</rb><rt>は</rt></ruby>み出してゐて、まるでワツフル（お菓子）のやうだつたよ、はゝゝゝ……」

人間は時々自分をナポレオンやソクラテスに比べるやうに、お菓子や<ruby><rb>眼薬</rb><rt>めぐすり</rt></ruby>の壜にも比べてみる必要がある。自分がお菓子に似てゐるなと思ふのは、英雄に<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>てゐると思ふよりも、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかすると心強い感じを与へるものだ。

襲名興行２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

中村<ruby><rb>雀右衛門</rb><rt>じやくゑもん</rt></ruby>に次いで、尾上<ruby><rb>多見蔵</rb><rt>たみざう</rt></ruby>の襲名があり、春の道頓堀では嵐徳三郎が、亡父の二十五年忌を<ruby><rb>機</rb><rt>しほ</rt></ruby>に、四代目<ruby><rb>璃寛</rb><rt>りくわん</rt></ruby>の<ruby><rb>名跡</rb><rt>みやうせき</rt></ruby>を相続するとの噂がある。<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つた俳優連が襲名によつて人気を新しくし、それと同時に自分の技芸にも一飛躍を企てようとするのは、<ruby><rb>強</rb><rt>あなが</rt></ruby>ち間違つた仕方でもない。

徳三郎の<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>、三代目璃寛は、鏡山のお初が得意だつたので、今度徳三郎の襲名興行にも鏡山を出す事になるかも知れないが、その三代目璃寛のお初については哀れな逸話が残つてゐる。

璃寛が万延元年道頓堀筑後の芝居で、<ruby><rb>和</rb><rt>わ</rt></ruby>三<ruby><rb>郎</rb><rt>らう</rt></ruby>から初めて徳三郎になつた折の事、ある日<ruby><rb>北船場</rb><rt>きたせんば</rt></ruby>の<ruby><rb>物持</rb><rt>ものもち</rt></ruby>平野屋の一族が、西桟敷の幾つかを買ひ切つて、見物に来てゐたが、そのなかに<ruby><rb>別家</rb><rt>べつけ</rt></ruby>の一人娘お常といふのがゐて、徳三郎の<ruby><rb>優姿</rb><rt>やさすがた</rt></ruby>を<ruby><rb>見初</rb><rt>みそ</rt></ruby>めて、顔を<ruby><rb>杏</rb><rt>あんず</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くした。

それから二<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby>三<ruby><rb>月</rb><rt>つき</rt></ruby>して、徳三郎はまた堀江の芝居にかゝつた。出し物は鏡山のお初で、大阪中は引繰返るやうな人気が立つた。お常はそれを聞くと、もう<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つても居てもゐられなくなつた。お常には<ruby><rb>許嫁</rb><rt>いひなづけ</rt></ruby>があつたが、恋をする身には許嫁などは、文久銭ほどの<ruby><rb>価値</rb><rt>ねうち</rt></ruby>もなかつた。

お常は三十日の芝居を、十八日まで<ruby><rb>続</rb><rt>つゞ</rt></ruby>け<ruby><rb>様</rb><rt>さま</rt></ruby>に、通ひ詰めたが<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしても徳三郎と言葉を<ruby><rb>交</rb><rt>か</rt></ruby>はす事が出来なかつた。会つて言葉を<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>したところで相手が<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>の事だ、<ruby><rb>飴</rb><rt>あめ</rt></ruby>ん<ruby><rb>玉</rb><rt>だま</rt></ruby>か<ruby><rb>京白粉</rb><rt>きやうおしろい</rt></ruby>の話でもして、にやつと笑ふ位の事しか出来なかつたが、それでもお常はその一言に<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>までもと思ひ込んだ。

お常はとうと<ruby><rb>恋病</rb><rt>こひやまひ</rt></ruby>に取つ憑かれた。徳三郎がお初の似顔絵を<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>いたまゝ、<ruby><rb>焦</rb><rt>こが</rt></ruby>れ<ruby><rb>死</rb><rt>じに</rt></ruby>に死にかゝつた。娘の不心得を<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>つた両親も、<ruby><rb>末期</rb><rt>まつご</rt></ruby>の哀れさに、<ruby><rb>伝手</rb><rt>つて</rt></ruby>をもとめて徳三郎を招いた。そして末期の水をその手から<ruby><rb>掬</rb><rt>く</rt></ruby>ませると、娘は小鳥のやうな<ruby><rb>口許</rb><rt>くちもと</rt></ruby>をして水を飲んだが、その儘息が絶えてしまつた。

今の徳三郎がお初を<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>るとしたら、どんな事になるだらう、<ruby><rb>恋女</rb><rt>こひをんな</rt></ruby>を焦れ死させる代りに、事によつたら劇評家を気絶させるかも知れない。

鼠に<ruby><rb>噛</rb><rt>か</rt></ruby>まれた英雄の心臓２・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

独逸の軍隊が、仏蘭西の国境深く<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>り込んでゐるにつけて、<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>つ子は、何ぞと言つては大ナポレオンを想ひ出してゐる。ナポレオンを想ひ出すにつけて、またしても繰返されるのは、この英雄の心臓の話である。

心臓の話といふのは外でもない、――忘れもせぬ、一八二一年五月、この英雄の<ruby><rb>死骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>が棺に納められようといふ時、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐた一人の軍医は馴れた手際で死骸から心臓を切り離した。

軍医は切り取つた心の臓を<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>のなかに入れて、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上においた。多くの軍人の血と、多くの美人の涙にも、平気で堪へる事の出来た心の臓は、<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>き<ruby><rb>徹</rb><rt>とほ</rt></ruby>つた<ruby><rb>硝子</rb><rt>がらす</rt></ruby>の底で蛙のやうに<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へてゐた。軍医はこの心の臓にお通夜をするつもりで、じつと眼を<ruby><rb>瞪</rb><rt>みは</rt></ruby>つて、<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>のなかを見つめてゐた。

ふと硝子の砕ける音がしたので、軍医は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して眼をあけた。知らぬ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>についうとうと<ruby><rb>居睡</rb><rt>ゐねむ</rt></ruby>つてゐたものらしい。見ると、床に落ちて、<ruby><rb>粉々</rb><rt>こな〱</rt></ruby>に砕けてゐる<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を、大きな灰色の鼠が血だらけな英雄の心の臓を<ruby><rb>咥</rb><rt>くは</rt></ruby>へて小走りに逃げのびようとしてゐる。

ジヨセフインの柔かい手でも、英国海軍の大きな力でも、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うする事も出来なかつた英雄の心の臓を、鼠はたつた一口に頬張つて、その儘逃げ出さうとしてゐるのだ。軍医は猫になつたやうな気持で、慌てて鼠に飛びかゝつた。実際尻つ尾の持合せがあつたら、軍医はその儘猫になつたかも知れなかつた。

軍医はやつと心の臓を取り返す事が出来た。鼠が吐き出した英雄の心の臓は、失恋でもしたやうに<ruby><rb>所々</rb><rt>ところ〲</rt></ruby>破けてゐたさうだ。

「実際<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>したよ。でも、まあ<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と取り返すには取り返したがね……」

軍医は<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>になるまで、何ぞと言つては、その<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の話をしたものだ。

だが、噂によると、取り返された心の臓は、ぐぢやぐぢやに噛み潰されてゐるので、それをナポレオンの心の臓だといつて、神様の前に差し出すわけにも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつた。で、軍医はこつそり羊の心の臓を切り取つて、それを<ruby><rb>酒精</rb><rt>アルコール</rt></ruby><ruby><rb>漬</rb><rt>づけ</rt></ruby>にして銀の壺に密封したまゝ、棺のなかに納めたのださうだ。

<ruby><rb>険呑</rb><rt>けんのん</rt></ruby>な世の中だ、七人の女に心臓を約束した男よ、汝は何よりも先きに鼠を<ruby><rb>要心</rb><rt>えうじん</rt></ruby>しなければならぬ。

人間の大小３・２（夕）

今度の戦争で、聯合軍側の大立者は、何といつても英国首相ロイド・ジヨウジ氏を第一に推さなければならぬ。その大立者のロイド・ジヨウジ氏が<ruby><rb>威爾斯</rb><rt>エエルス</rt></ruby>生れの、<ruby><rb>身長</rb><rt>せい</rt></ruby>の低い、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と五尺そこそこの小男だとは知らぬ人が多い。

昨年の春だつたか、ロイド・ジヨウジ氏が南威爾斯のある<ruby><rb>都市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ演説に出掛けた事があつた。無論戦争に関する演説で、<ruby><rb>自惚</rb><rt>うぬぼれ</rt></ruby>好きな英国人が、首相の口から直接独逸文明の、安物の外套のやうに裏は<ruby><rb>襤褸</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>つ<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>であるのを聴くための催しであつた。

その演説会の司会者といふのは、大のロイド・ジヨウジ崇拝者で、この政治家の試みた演説は、どんな詰らぬものでも、みんな新聞を切りぬいて手文庫へしまつて置くといふ風の男だつた。だが、これまで一度も自分の崇拝する人に出会つた事がなかつたので、その日は朝から胸をわく〱させて待つてゐた。

会場には聴衆がぎつしり詰まつてゐた。当日の演説家を案内して、会場へ入つて来た<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>の高い司会者は、先づ<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つて、この名高い政治家を聴衆に<ruby><rb>紹介</rb><rt>ひきあ</rt></ruby>はしたが、そのなかに次ぎのやうな言葉があつた。

「私はふだんからこの偉人を崇拝して<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>りましたが、正直に申しますと、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>のもつと大きい、見掛けの堂々たるお方だとばかし思つてゐましたので、今日初めてお目にかゝつて、実は驚いたやうな始末で……」

次いで<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つたロイド・ジヨウジ氏は、小さいが、しかし<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>のやうなかつちりした<ruby><rb>体躯</rb><rt>からだ</rt></ruby>を演壇に運んだ。

「唯今承はりますと、今日の司会者は、私にお会ひになつて、<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>く<ruby><rb>失望</rb><rt>がつかり</rt></ruby>せられたやうな御<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>で、誠にお気の毒に堪へません。」と首相は<ruby><rb>脊高</rb><rt>のつぽ</rt></ruby>の司会者の方へ皮肉な目つきを投げた。「だが、今承はつて初めて気づいたのは、吾々の生れた北威爾斯と<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>とでは、人間を測るのに、<ruby><rb>標準</rb><rt>めやす</rt></ruby>が<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つてゐるといふ事で、南威爾斯では、人間を<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>から下の大きさで測るらしいが、私共の北威爾斯では<ruby><rb>反対</rb><rt>あべこべ</rt></ruby>に頤から上の大きさで大小を<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>める事になつてゐるのです。」

かう言つて、ロイド・ジヨウジ氏は、自慢の大きな頭を肩の上で<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>つてみせた。聴衆は訳もなく嬉しがつて、<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>から下の馬鹿に大きい<ruby><rb>体躯</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>ぶつて喝采した。

各国元首の収入３・４（夕）

アメリカといへばあの通り金持の大国だから、<ruby><rb>那国</rb><rt>あすこ</rt></ruby>の大統領は、定めし素晴しい俸給を取る事だらうと、大抵の人は思つてるらしいが、打明けていふと年俸七五・〇〇〇<ruby><rb>弗</rb><rt>ドル</rt></ruby>と、出張旅行費年額二五・〇〇〇弗を受取るに過ぎない。こんなぽつちりした俸給では、定めし<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>も<ruby><rb>難</rb><rt>むつか</rt></ruby>しからうといふ訳でもあるまいが、<ruby><rb>白堊館</rb><rt>ホワイトハウス</rt></ruby>の家賃だけは、別に取立てない事にしてある。

英国皇室の費用は、これまで年額三・一〇五・〇〇〇弗といふ事になつてゐたが、これだけでは<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も足りないといふので、最近議会の協賛を経て一年に六五・〇〇〇弗づつ増額する事になつてゐる。

独逸皇帝は、あの通り八方に手を延ばすので、<ruby><rb>入費</rb><rt>いりめ</rt></ruby>も従つて多いと見えて、皇室費の事ではいつも不足を言つてゐる。尤も独逸帝国の皇帝としては<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つた報酬といふものはなく、唯年額六五〇・〇〇〇弗の収入があるに過ぎないが、皇帝は別に<ruby><rb>普魯西</rb><rt>プロシヤ</rt></ruby>王として、年額三・一五〇・〇〇〇弗といふ収入がある。それでもまだ十分ではないと見えて、皇帝は話が<ruby><rb>金銭</rb><rt>かね</rt></ruby>の事になると、いつも「足りない、足りない。」と言つて<ruby><rb>歎</rb><rt>こぼ</rt></ruby>してゐる。

<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>の王室費は三・二〇〇・〇〇〇弗といふ事になつてゐるが、五六年このかた、経費多端で不足がちだといふ事を聞いてゐる。その<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>欧洲各国の王室費では<ruby><rb>西班牙</rb><rt>スペイン</rt></ruby>のが一・八五〇・〇〇〇弗、<ruby><rb>白耳義</rb><rt>ベルジユーム</rt></ruby>のが八七五・〇〇〇弗、<ruby><rb>丁抹</rb><rt>デンマーク</rt></ruby>のが三四五・〇〇〇弗、<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>のが五二五・〇〇〇弗といふ事だ。

かういふ元首連に比べて、最も<ruby><rb>有福</rb><rt>いうふく</rt></ruby>だつたのは、露西亜の廃帝で、廃帝は莫大な私有財産を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐたのみならず、皇室費もまた<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど無類で、年額八・一七九・〇〇〇弗といふ高に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つてゐたのを思ふと、今の貧しい、不自由な生活が気の毒でならない。

仏蘭西の大統領は年俸二四〇・〇〇〇弗で、交際費とか出張旅費とかも、みんなこのなかから支弁する事になつてゐる。――これで見ると、一番金持の多い米国の大統領が、一番<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>加減が寒い勘定になる。だからさ、従つて言ふ事に一番真理が多い。

<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の通弁３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

森村商事会社の取締役村井<ruby><rb>保固</rb><rt>やすかた</rt></ruby>氏は、なが〱米国へ渡つてゐて、<ruby><rb>那地</rb><rt>あちら</rt></ruby>で会社の地位を据ゑたのは、全くこの人一人の骨折だと言はれてゐる男である。それ<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>に村井氏自身も米国にはかなり深入りしたと見えて、夫人には、髪の毛の金色な米国婦人を迎へてゐる。

結婚をした男といふ男は大抵みなアダムを羨ましがるものだ。何故といつて、彼にはイヴの<ruby><rb>阿母</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>といふものが居て絶えず口うるさく世話を焼く心配が無かつたから。実際男にとつて、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の里方のおせつかい程<ruby><rb>小</rb><rt>こ</rt></ruby>うるさいものはないが、それを思ふと、村井氏が米国婦人を妻に迎へて帰つたのは悧巧な仕方だつた。

<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の里方が日本に無いのを忘れない村井氏は、ちよい〱夫人を連れて、あちこちと旅をする。そして<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>と<ruby><rb>当所</rb><rt>あてど</rt></ruby>もない折には、日光へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる。日光と芸者とは西洋人にとつて日本の二大驚異であるが、芸者は夫婦者にとつては山よりも険呑な所が多いので、村井氏はそれで日光へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐるのだ。

ある時日光へ往つての<ruby><rb>帰途</rb><rt>かへりみち</rt></ruby>に、夫人は誰かに買つて帰るつもりで、土産物を売つてゐる一軒の<ruby><rb>小店</rb><rt>こみせ</rt></ruby>へ入つた。村井氏は葉巻を<ruby><rb>咥</rb><rt>くは</rt></ruby>へたまゝ<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>からのつそり<ruby><rb>蹤</rb><rt>つ</rt></ruby>いて往つた。夫人は番頭が取り出して来る色々な土産物を<ruby><rb>弄</rb><rt>ひね</rt></ruby>くりまはしてゐたが、そのなかから<ruby><rb>通草蔓</rb><rt>あけびかづら</rt></ruby>の手籠を二つ三つ買ひ取つた。

夫人は財布を出して、言はれるだけの<ruby><rb>金額</rb><rt>たか</rt></ruby>を払つた。その金は<ruby><rb>基督教信者</rb><rt>クリスチヤン</rt></ruby>の森村市左衛門氏が、聖書に書いてある事と、書いてない事とを巧く<ruby><rb>按排</rb><rt>あんばい</rt></ruby>して商売するので儲かつた金の一部分であつた。

村井氏は相変らず葉巻を咥へたまゝ、夫人の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>からのつそりと店を出ようとした。すると<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で、

「もし、もし。」

と呼ぶ者がある。見ると番頭だ。番頭はたつた今夫人に見せた叮嚀な素振とは打つて変つた気取つた<ruby><rb>態度</rb><rt>ものごし</rt></ruby>で、

「<ruby><rb>僅</rb><rt>わづか</rt></ruby>だが……」

と言つて、幾らかの<ruby><rb>金銭</rb><rt>かね</rt></ruby>を村井氏の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に握らせた。

村井氏は森村組のため使ひ尽して、幾らか空つぽになつた頭を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。

「ははあ、俺を通弁と間違へたな、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>がアメリカ人だもんだから。」

さう気がつくと、氏は軽く頷いてその<ruby><rb>小銭</rb><rt>こぜに</rt></ruby>をその儘自分の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に納めてしまつた。そしてこんな不意な儲けをするのも、自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の<ruby><rb>見立</rb><rt>みたて</rt></ruby>が善かつたからだと思つて、満足さうに<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>をぱつと鼻の穴から吹き出した。

新発明の書物消毒３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

すべての公開図書館で、管理者が頭を悩ますものは、図書の<ruby><rb>購入</rb><rt>かひいれ</rt></ruby>や、保存ばかりではない、その<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>に図書の消毒といふ一大事がある。尤も数多い図書館の管理者には、書棚に樟脳や、ナフタリンをちよつぴり包んで、それで結構消毒の目的は達せられてゐるやうに思つてゐる<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>もあるが、そんな事では消毒にも<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にもならない。

沢山な閲覧者のなかには、書物からいろんな毒を吸ひ取つて帰る代りに、書物の<ruby><rb>小口</rb><rt>こぐち</rt></ruby>に目に見えない病毒を残して<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのがある。この病毒を<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う始末するかが、図書管理者の問題なので、サヴアナロオラのやうに、そんな書物は火をつけて焼いてしまつたら、一番面倒がないのだが、さうさうきつぱりした処置も取り兼ねるから困る。

東京のある大きな私立図書館に老人の管理者があつた。<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>職をやめて<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>を開業したさうだが、図書館に居る<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>は、朝から晩まで、この書物の消毒にひどく頭を使つたものだ。

余程気になつたと見えて、ある時わざ〱懇意な医者を訪ねて訊いてみた。

「先生、書物にへばりついてる毒つてえのは、一体どんな物なんですね。」

医者は<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>に<ruby><rb>了解</rb><rt>のみこ</rt></ruby>めるやうに話すには、なか〱骨が折れた。大抵の真理といふものは、<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>のためには拵へてない場合が多かつたから。

「それは<ruby><rb>黴菌</rb><rt>ばいきん</rt></ruby>さ。手つ取り早く言つたら眼に見えない虫だね。」

医者はかう言つて、牧師のやうに<ruby><rb>胡散臭</rb><rt>うさんくさ</rt></ruby>い顔をした。

「虫ですかい、眼に見えない……」

老管理者は慌てて老眼鏡を鼻の上に押しあげた。そしてじつと手を組んだ儘考へ込んでゐたが、暫くすると、立派な消毒法を思ひついたので、その儘医者の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を飛び出して来た。

老管理者は<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>で金物屋に寄つて、<ruby><rb>金槌</rb><rt>かなづち</rt></ruby>を一<ruby><rb>挺</rb><rt>ちやう</rt></ruby>買つて帰つた。そして<ruby><rb>図書庫</rb><rt>としよぐら</rt></ruby>に入ると、<ruby><rb>手垢</rb><rt>てあか</rt></ruby>と<ruby><rb>塵埃</rb><rt>ほこり</rt></ruby>とに<ruby><rb>塗</rb><rt>まみ</rt></ruby>れた書物を一冊づつ取り出しては、いやといふ程叩きつけたものだ。

お蔭で書物は<ruby><rb>綴</rb><rt>とぢ</rt></ruby>が切れたり、表紙が<ruby><rb>凹</rb><rt>へこ</rt></ruby>んだりして泣き出しさうな顔になつた。やつとそれに気づいた図書館の保護者が<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を訊くと、この勇敢な老管理者は、勝ち誇つたやうに、禿げかゝつた<ruby><rb>前額</rb><rt>まへひたひ</rt></ruby>をてかてかさせた。

「はい、消毒しましたので。怖ろしい黴菌とやらを、これでこつ<ruby><rb>酷</rb><rt>ぴど</rt></ruby>く<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>りつけてやりましたよ。」

と言つて、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から大事の金槌を<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>取り出して見せた。

<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の手紙３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

亭主といふものは、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を里帰りさせるか、それとも自分が遠くへ旅立でもしなければ、滅多に<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の手紙を読む機会に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>さない。だから、もし自分の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>で<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>から手紙を投げつけられるやうな事があつたら、大抵の亭主は、小鳥のやうに<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へあがるに<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐる。

米国は<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>のある大会社の社員が、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事、出勤時間が来たので、慌てて<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を飛び出さうとすると、戸口で<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>に呼びとめられて一本の手紙をつきつけられた。

「貴方、これを会社へお着きになつてから読んでみて下さい、途中で御覧になるんぢやありませんよ。」

女房はいつになく真面目な調子で言つた。

亭主はぎよつとして手紙を受取つた。そして何か訊き返さうとして口をもぐ〱させてゐたが、ふと時計の針が目に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>ると、その儘慌てて飛び出した。そして<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>手紙の封を切らうとして幾度かポケツトに手を突込んだが、その都度<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の言ひつけを思ひ出して、それなりポケツトの奥へ押し込んでしまつた。――実際<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の言ひつけと、薬の処方箋とは、言葉通りに解釈した方が、男にとつて危険が少かつた。

会社の<ruby><rb>入口</rb><rt>いりくち</rt></ruby>を入ると、男は急いで手紙の封を切つて読み<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>した。

「貴方に御心配を掛ける事だとは知つてますが、私としてはお話し致さなくては済まされません。それは私の義務なんですからね。私は<ruby><rb>先日中</rb><rt>こなひだぢゆう</rt></ruby>から、こんな事になるだらうと思つてましたが、今日まで<ruby><rb>凝</rb><rt>じつ</rt></ruby>と<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>して来ました。所がとうと大変な事になりました。私はもう隠してばかりは居られなくなりました。<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>あけすけに申し上げますから御免下さい。貴方はそれをお聞きになると、屹度顫へ上つておしまひになります。……」

「いよ〱お互の身の破滅だ。<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び<ruby><rb>男</rb><rt>をとこ</rt></ruby>でも出来たんだな……」と思ふと、男は髪の毛が<ruby><rb>逆立</rb><rt>さかだち</rt></ruby>になるやうに思つた。そして急いで<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を読み次いだ。

「あなた、石炭がもう<ruby><rb>悉皆</rb><rt>みな</rt></ruby>になりましたのよ。どうぞ<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>までに宅に届けて呉れるやうに電話をお掛け下さいな。――<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>させて済みませんが、かうでもしなけりや、貴方がお忘れになると思つてね。」

男は<ruby><rb>吻</rb><rt>ほつ</rt></ruby>と息をついた。そして謹んで電話をかけて石炭を催促した。石炭と<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>と――<ruby><rb>双方</rb><rt>どちら</rt></ruby>とも<ruby><rb>回復</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>したやうな嬉しさを感じたのは、それから<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>の十分も経つてからだつた。

<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>字普及３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

大阪大学病院の<ruby><rb>桜根孝之進</rb><rt>さくらねかうのしん</rt></ruby>博士は、ふしだらな病人達には、<ruby><rb>皮華</rb><rt>ひくわ</rt></ruby>科のお医者さんとして知られてゐるが、<ruby><rb>健康</rb><rt>たつしや</rt></ruby>で、お行儀のいゝ人達には、熱心な羅馬字普及論者として知られてゐる。

現代日本の文化を進めるには、<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>にジヤムをつけて噛じるのもよい、また<ruby><rb>覆盆子</rb><rt>いちご</rt></ruby>に<ruby><rb>牛乳</rb><rt>ミルク</rt></ruby>をぶつ掛けて<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>るのもよいが、それよりもずつと<ruby><rb>効力</rb><rt>ききめ</rt></ruby>があるのは、羅馬字を普及させる事だと信じてゐる博士は、カルテは無論の事、手紙から日記に到るまで、すべて羅馬字で書く事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる。

大学病院の皮華科には、いろんな患者が集まつて来る。役人、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>、芸妓、学生……さういふ<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>は大事な瀬戸物を<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>しでもしたやうに、てんでに頭を掻き掻き、博士の前へ出て来る。博士はそれを一々叮嚀に診察しながら、羅馬字で一杯詰まつた頭をじつと<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げて、<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに軽い溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>く。

そして時々は、真つ赤になつた患者の顔を、穴の<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>く程見つめて、

「困つた事さ。だが、これも羅馬字が普及しないからの事なんだ。」

と、つい<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>くやうにいふ事がある。自分の病気を<ruby><rb>不品行</rb><rt>ふしだら</rt></ruby>の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>だとばかし思つてゐる患者は、それが羅馬字と関係があると聞いて、大抵は一寸<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>する。

「先生、羅馬字が<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか致しましたか。」

「いや、なに矢張り羅馬字に限るといふ事ですよ。」

と、博士はインキ壺のやうに<ruby><rb>落</rb><rt>おち</rt></ruby>つき払つて済ましてゐる。

博士の説によると、日本に科学の智識が行き渡らないのは、仮名文字や漢字がのさばつてゐるからで、便利な羅馬字さへ普及してゐれば、男にも女にも、猫にも、鰯にも科学思想が行き渡つて、みんな身持がよくなるといふのだ。――実際結構な話で、さう聞いて居ると、誰だつて羅馬字が使つてみたいが、唯気の毒なのは、さうした結構な世の中になると、博士のやうな皮華科のお医者さんの<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>が無くなるといふ事だ。

卵を一つ３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

ある時、発明家のトーマス・エヂソンの実験室を、若い婦人客が訪ねて来た事があつた。すべて天才の事業を認めて心よりそれを崇拝するものは男よりも女に多いものだ。こんな時に、男はどうかすると、嫉妬に駆られて、けちを附けたがるものだが、女は割合に素直な心を持つてゐる。

エヂソンは美しい女客のために、自分が今実験に取りかゝつてゐる色々の仕事を解り易く説き聞かせた。丁度夏の<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>前の事で、女客は顔の汗を拭き〱感心したやうに<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か首を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて<ruby><rb>聴</rb><rt>き</rt></ruby>き<ruby><rb>惚</rb><rt>と</rt></ruby>れてゐたが、暫くすると発明家の顔を振り向いて訊いた。

「承はつてみますと、何もかも結構だらけですわ。これまで先生には、こんなに幾つもの立派な発明をなすつて居らつしやりながら、まだ何か知ら仕遂げてみたいと思つてらつしやる<ruby><rb>事業</rb><rt>しごと</rt></ruby>がおありなんですか。」

「有りますとも。」発明家は女客の顔をじつと見詰めながら言つた。「もしか<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>が誰にも洩らさないつて事を約束して下さると、私が取つて置きの希望をお話してもよい。」

「お約束致しますとも。屹度誰にも話しは致しませんわ。」と若い女客は幾らか顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>らめながら<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を乗り出すやうにして言つた。女にしてみれば、この偉い発明家が何か知ら<ruby><rb>内証事</rb><rt>ないしようごと</rt></ruby>を、自分にだけ打明けて呉れるといふ事が、何よりも嬉しかつたのだ。「私承はる事が出来たら、それが一日も早く成功するやうに神様にお<ruby><rb>願掛</rb><rt>ぐわんがけ</rt></ruby>しますわ。」

「有り難う、厚くお礼を申しておきます。」エヂソンは真面目な口を利いた。そして<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>立聴</rb><rt>たちぎき</rt></ruby>でもされるのを気遣ふやうに、幾らか声を落して言つた。「私の<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>つてみたいつて事はね、御覧なさい、<ruby><rb>那処</rb><rt>あすこ</rt></ruby>に<ruby><rb>煽風器</rb><rt>せんぷうき</rt></ruby>が廻つてるでせう……」と部屋の隅つこにある煽風器を指ざした。「あの煽風器に卵を一つ投げつけてみたいんです。唯それだけでさ。」

駱駝の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>シヤツ</rt></ruby>３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

東京工科大学の<ruby><rb>鳳</rb><rt>おほとり</rt></ruby>秀太郎博士は、与謝野晶子女史の兄さんとして、電気工学の大家として聞えてゐる学者である。

博士は昨年末、大学から年末賞与として百円を貰つた。年末賞与といへば、幾千円か幾万円かとばかし思ひ込んでゐる大阪の実業家達は、こんな話を聞くと、鼻の上に皺をよせて、

「たつた百円？　それ<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>しのお金が賞与といへまつかいな。」

と、馬のやうにくすくす笑ひ出すかも知れないが、これまで年末賞与なぞ、つひぞ貰つた事の無い大学教授にとつては、百円の金もお粗末には出来なかつた。

博士はその賞与を<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に握つたまゝ、何に<ruby><rb>費</rb><rt>つか</rt></ruby>つたものかと小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。その瞬間専門の<ruby><rb>電気</rb><rt>エレキ</rt></ruby>のやうに博士の頭の中を<ruby><rb>突走</rb><rt>とつぱし</rt></ruby>つたものがあつた。それは他でもない駱駝のシヤツであつた。

博士はいつだつたか、洒落者の多い実業家の会合で、駱駝のシヤツの話を聞いた。それを着込むと、どんな寒中でも風邪を引かないばかりか、色々の書物に載つてゐない<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>い考へが浮んで来るといふ事だつた。

「一つその駱駝のシヤツといふ奴を<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>はう、幸ひ百円といふ大金が手に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>つたのだから。」

博士はかう思ひきめて、ポケツトを<ruby><rb>膨</rb><rt>ふくら</rt></ruby>ましながら銀座へ出て往つた。

博士は雑貨屋の番頭から、上等の駱駝のシヤツと<ruby><rb>股引下</rb><rt>ズボンした</rt></ruby>とを手に受取つた。番頭は小腰を<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>めた。

「これで<ruby><rb>上下</rb><rt>うへした</rt></ruby>揃ひまして八十円でございます。」

「八十円？」博士は思はず掌面からシヤツを取り落した。

「へい〱、お値段の所は精々勉強いたしてございます。」番頭は櫛の目の立つた<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたま</rt></ruby>へ一寸手をやつた。

「八十円！」博士は口のうちで<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら、服の前のシヤツと<ruby><rb>股引下</rb><rt>ズボンした</rt></ruby>とを見つめてゐたが、そのまゝ黙つてふいと外へ出た。

「八十円！　<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからん値段ぢや。そんなものを買ひ込んだら、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>には二十円しか残らなくなる。」

博士は<ruby><rb>胸算用</rb><rt>むなさんよう</rt></ruby>をしながら、<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>に<ruby><rb>洋杖</rb><rt>ステツキ</rt></ruby>を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>りまはした。<ruby><rb>洋杖</rb><rt>ステツキ</rt></ruby>が何かに当つたやうに思つてよく見ると、それは電信柱であつた。電信柱はこの<ruby><rb>寒空</rb><rt>さむそら</rt></ruby>に大学教授と同じやうに駱駝のシヤツも着ないで、素つ裸のまゝ<ruby><rb>反身</rb><rt>そりみ</rt></ruby>にじつと<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた。

<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>の<ruby><rb>拳骨</rb><rt>げんこ</rt></ruby>３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

<ruby><rb>戦争</rb><rt>いくさ</rt></ruby>になつてからは、さう<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な事も出来ないが、<ruby><rb>伯林</rb><rt>ベルリン</rt></ruby>の市中では、いつも<ruby><rb>大晦日</rb><rt>おほみそか</rt></ruby>の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>は、<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を歩く人達が、<ruby><rb>出会頭</rb><rt>であひがしら</rt></ruby>に誰彼の容捨はなく、いきなり<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>を固めて帽子の頭をぽかりと<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>りつける事が<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>る。

今の<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は人一倍この遊びが好きで、皇帝の位に<ruby><rb>即</rb><rt>つ</rt></ruby>いてからも、大晦日の晩になるとこつそりお忍びで<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>へ浮れ出し、擦れ違ひざまに<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の隙を見ては、ぽかりぽかりと擲りつけたものだ。

誰彼の容捨なく、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の帽子を擲りつけるといふのは、年中頭ばかり下げて暮してゐる人達にとつて、実際胸の透く遊戯に相違なからうが、<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>のやうに、朝から晩まで内閣の大臣連にお辞儀をさせ通しにさせてゐる者は、もつと<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の遊びを好いてもよかりさうなものだ。

しかし<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は好きな事をするのに、誰に遠慮は持たない性分である。その上一つ間違つたら、相手から自分の帽子を擲りつけられるといふ心配があつてみれば、<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしてもこの遊びを捨てる訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつた。

ある<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>の大晦日の晩、<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>はいつものやうにお忍びでこつそり<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>へ飛び出した。明るく<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>の入つた<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>には、自分の頭を<ruby><rb>庇</rb><rt>かば</rt></ruby>ひ立てるやうにして、尻目に<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の帽子を<ruby><rb>覗</rb><rt>ねら</rt></ruby>つてゐる人達がうようよしてゐた。<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は急ぎの用事でもあるらしい顔附で、そのなかに紛れ込んで往つたが、擦れ違ひざま牛のやうな<ruby><rb>呆</rb><rt>とぼ</rt></ruby>けた顔の男を見ると、いきなり拳をあげてぽかりと帽子を叩きつけた。

その瞬間<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は真青になつて、帽子から拳を引き外した、見ると、白い手首に<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>な血がたらたらと流れてゐる。<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>は恨めしさうにその男の帽子を覗き込むだ。帽子の山からは釘が二三本頭を覗けてゐた。その男は釘仕掛を<ruby><rb>発見</rb><rt>めつけ</rt></ruby>られると慌てて帽子を脱いで小脇に抱へ込んだ。そしてセルロイド製のやうな禿頭をふりふり<ruby><rb>群衆</rb><rt>ひとごみ</rt></ruby>に紛れ込んだ。

<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>はぶつぶつ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら宮城に引きかへした。そして侍医の鼻先に血だらけな<ruby><rb>拳骨</rb><rt>げんこ</rt></ruby>をぐつと突き出した。侍医は叮嚀に繃帯をした。

天国に結婚のない<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

結婚といふ事は、人間のする仕事のうちでは余り立派なものではない。あれは<ruby><rb>賭博</rb><rt>ばくち</rt></ruby>や編物と同じやうに、外に何も仕事のない時にするほんの<ruby><rb>閑潰</rb><rt>ひまつぶ</rt></ruby>しで、歌を<ruby><rb>咏</rb><rt>よ</rt></ruby>むとか、<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>を<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>くとか、そんな結構な仕事を知つてゐる人達にとつては、結婚なぞ成るべくしない方がいい。だから、基督も天国では「<ruby><rb>娶</rb><rt>めと</rt></ruby>らず、<ruby><rb>嫁</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かず」だと言つてゐる。天国のやうな結構づくめなところでは、結婚は<ruby><rb>賭博</rb><rt>ばくち</rt></ruby>と一緒に御法度となつてゐるのだ。

説教家としては米国で第一人者と言はれたビイチヤアが、ある時教会でお得意の説教をした。説教はいつに<ruby><rb>異</rb><rt>かは</rt></ruby>らず面白く出来たので、ビイチヤアは上機嫌で教会を出ようとした。

すると、それまで出口に<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>の美しい娘が、一寸会釈をしてこの説教家を呼びとめた。

「先生、ちよいとお伺ひ致しますが――」娘は<ruby><rb>嬌</rb><rt>あま</rt></ruby>えたやうな身振をした。「天国には結婚が無いやうに福音書に書いてありますが、あれは<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>なんでございませうか。」

ビイチヤアはじつと娘の顔を見つめた。娘はチヨコレエトよりも、<ruby><rb>接吻</rb><rt>きつす</rt></ruby>よりも、一番「結婚」が好きらしい口もとをしてゐた。

「<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>ですよ。天国には結婚なんてものはありません。」

「何故でございます。」

娘はこの世で結婚をした上に、天国でも今一度結婚をしたさうな<ruby><rb>口風</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>で訊きかへした。

「それは、何でせう――」と牧師は皮肉な返事をした。「天国には女といふものが居ないからでせうて。」

「天国には女が居ませんて――」娘は<ruby><rb>軍鶏</rb><rt>しやも</rt></ruby>の<ruby><rb>牝</rb><rt>めす</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>となつて顔をあげた。「違ひますよ、先生、そんな<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>で天国に結婚が無いんぢやございますまい。」

「ぢや、どんな<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>で？」

雄弁な牧師は覗き込むやうにして訊いた。

「それはね、かうなんでございますよ。」と娘は石のやうな白い歯を見せてきつぱり言つた。「天国ではお嫁入しようにも、肝腎の式をあげて下さる牧師さんなんて方は一人も居ないからなんでせうよ。」

原敬氏の頭で大発見３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

阪神急行電車の小林一三氏は、この一二年来めつきり頭に<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>が殖えて来たので、それが気になつて堪らない。で何かの会合で知合に<ruby><rb>出会</rb><rt>でつくは</rt></ruby>すと、鼻先を見る前に（実業家といふものは、<ruby><rb>狗</rb><rt>いね</rt></ruby>と同じで、鼻先さへ見ればその日の機嫌がわかるものだ）先づ<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたま</rt></ruby>へ気をつける。そして相手の<ruby><rb>顳顬</rb><rt>こめかみ</rt></ruby>に<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>でも<ruby><rb>発見</rb><rt>めつけ</rt></ruby>ると、にこにこもので愛嬌口をきくが、さもないと、急に厭な顔をする。

その小林氏が最近東京へ往つた折、知合の結婚式に招かれた事があつた。来合はせたお客は、いつ迄も美しい新夫婦の顔から眼を離さなかつたが、小林氏は尻目にちらと若い二人の姿を見ると、そのまゝ眼を移して皆の頭を見た。皆は<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>のやうな真つ黒な<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたま</rt></ruby>を持つてゐた。

小林氏はそわそわして料理も咽喉へ通らない風だつた。

「みんな言ひ合せたやうに真つ黒な頭をしてやがる。屹度何だらう、<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>を<ruby><rb>苛</rb><rt>いぢめ</rt></ruby>ようと思つて<ruby><rb>鬘</rb><rt>かづら</rt></ruby>でも<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>つてるのだらう。」

さう思つて見ると、皆の黒い頭が<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>のやうにあんぐり口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて、一度に笑ひ出しさうにも思はれた。

すると、その途端、今まで隣の大男の影になつてゐた<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>頭がふと眼についた。<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>も<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>も<ruby><rb>米利堅粉</rb><rt>めりけんこ</rt></ruby>をふり撒いたやうな<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>で、顔は蟹のやうに<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>かつた。小林氏はビフテキを切りさした儘、じつとその頭に<ruby><rb>見惚</rb><rt>みと</rt></ruby>れた。この素敵な頭の持主は政友会の原敬氏だつた。

鴉のやうな仲間のなかに、白鷺のやうな原敬氏を<ruby><rb>見</rb><rt>め</rt></ruby>つけた小林氏は、大威張でかちかち皿を鳴らしてゐたが、暫くすると妙な事に気がついた。

「どうも原さんの顔が険相に見えてならん、何となく人が悪さうだ。何故だらう。」

小林氏は<ruby><rb>胡麻塩</rb><rt>ごましほ</rt></ruby>の頭をじつと<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げて考へ込んでゐたが、皿が済んで紅茶が出る頃になつて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>とその<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>が判つた。

「頭が白いからだ。それであんなに顔が険相に見える。」小林氏は腹の中でこんな事を思ひながら、おつかな<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>にそつと頭へ手をやつた。「今日まで原さんが首相になれないのも、事によつたらあの頭の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>かも知れんて。もしかあれが寺内のやうに禿げてでも居ようものなら、<ruby><rb>夙</rb><rt>とつ</rt></ruby>くに首相になつてたかも知れない。」

さう思ふと小林氏は一層自分の胡麻塩頭が気に懸つてならなかつた。で、友達の禿頭でも見ると、羨しさうに舌打して、

「いい恰好だ、何となく愛嬌がある。」

と言ひ言ひしてゐる。

入場料の倹約３・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

アルマ・グルツク女史といへば米国で名高い<ruby><rb>高調子の歌手</rb><rt>ソプラノ・シンガア</rt></ruby>で、<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロツパ</rt></ruby>の本場<ruby><rb>仕込</rb><rt>しこみ</rt></ruby>でなくて、グランド・オペラの一流株になつたのは、女史が<ruby><rb>皮切</rb><rt>かはきり</rt></ruby>だといふ、米国ではちやきちやきの<ruby><rb>歌手</rb><rt>うたひて</rt></ruby>である。

いつだつたか女史がミシガン州のある<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>に演奏に出掛けた事があつた。何しろ名高い<ruby><rb>高調子の歌手</rb><rt>ソプラノ・シンガア</rt></ruby>が顔出しをするのだといつて、<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>は引つくりかへる程の騒ぎだつた。一体音楽といふものは、いろんな芸事のなかで、一等<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>いものだが、あれを解らないといふと、馬に比べられる心配があるので、大抵の人は<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>して解つたやうな顔をしたり、面白い面白いといつて騒ぎ廻つたりするものだ。

演奏のある日の<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>過ぎ、アルマ・グルツク女史は好きな菓子を買ひに<ruby><rb>大通</rb><rt>おほどほり</rt></ruby>の店屋に入つて往つた。番頭は朋輩を相手に頻りとその晩の演奏会の事を噂してゐた。

「演奏会といへば、大した人気ださうぢやありませんか。」

女史は何喰はぬ顔をして口を出した。

番頭は初めて気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いたやうに<ruby><rb>身装</rb><rt>みなり</rt></ruby>のりうとしたこの婦人客を見た。

「どうも素晴しい人気でございますよ。」

「貴方も今晩は<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らしつて？」

女史は世間並の挨拶などするには惜しいやうな美しい声で言つた。

「へい、参り度いとは思つてゐるのでございますが――」番頭は一寸頭へ手をやつた。「実を申しますと、音楽は余り好きでもございませんが、唯噂の高いアルマ・グルツクさんといふ方のお顔を見たいと思ひましてね。」

「それぢや、眼をあけてようく御覧よ。」女史は幾らか<ruby><rb>中</rb><rt>ちゆう</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>の気味で鵞鳥のやうにぐつと首を前に突き出した。「そして入場料だけ<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>しとくといいわ。」

番頭は<ruby><rb>呆気</rb><rt>あつけ</rt></ruby>に取られて、女客の顔を見た。そしてこの女がその晩の名高い<ruby><rb>歌手</rb><rt>うたひて</rt></ruby>である事に気が<ruby><rb>往</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、じつと眼を皿のやうに<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つた。――で、言はれた通りに入場料だけは<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>をする事にした。

愕堂の日本料理談４・１（夕）

仏蘭西通の<ruby><rb>稲畑勝太郎</rb><rt>いなはたかつたらう</rt></ruby>氏が<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>何かの用事で尾崎行雄氏を訪ねた事があつた。<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が済むと、尾崎氏はお客を連れて、自分の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の食堂に入つて往つた。

「別に何もないが、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の手料理といふところを味はつてくれ給へ。」

尾崎氏は議会で、寺内首相の「手料理」を小ツ酷くこき下した同じ口でかう言つたが、その口振から察すると、テオドラ夫人の庖丁加減が<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>自慢らしかつた。

実際テオドラ夫人の手料理は<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>かつた。尾崎氏は<ruby><rb>肉汁</rb><rt>スープ</rt></ruby>で汚れた<ruby><rb>胡麻白</rb><rt>ごまじろ</rt></ruby>の口髯を<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>りながら、料理について色々な事を話した。

「一体これまでの日本料理は、見た眼にはなかなか美しいが、味はつてみると一向うまくありませんね。」と尾崎氏は<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>が少いのが物足りないやうに、<ruby><rb>卓上</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に並んだ薬味台や洋酒の壜をじつと見比べた。「あれは徳川氏が自分の政策上から、あんな料理法を拵へ上げたので、一体吾々の食べる魚肉といふものは、<ruby><rb>皮肉</rb><rt>ひにく</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>が<ruby><rb>膩</rb><rt>あぶら</rt></ruby>が乗つて一番うまいものなんです。ところが、徳川氏は、諸大名を肉体的に衰へさせるには、そんな結構な所を食べさせてはならないといふので、今に伝はつてるやうな見た眼に美しい料理法を奨励する事になりました……」

「成程面白い御観察で……」

稲畑氏は感心したやうに小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。

「その政策はまんまと当つて、諸大名は見た眼の美しい料理ばかりを好くやうになつた結果肉体の力が衰へて、野心も何も無くなつてしまひました。」と尾崎氏は自分でもその観察の奇抜なのに感心したやうにとんと軽く<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上を叩いた。ビフテキは<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>したやうに皿のなかで<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へた。「ところが、妙なもので、その徳川氏自身がいつの間にかそんな料理に<ruby><rb>舌鼓</rb><rt>したつゞみ</rt></ruby>を打つやうになつたものですから、段々精力が衰へてとうと自滅するやうな運命になりました。」

「しますると……」稲畑氏は<ruby><rb>肉刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>をかちかち言はせながら調子を合はせた。「日本人を新しく<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>へ上げるには、今迄の料理法から遠ざかつて、皮肉の間を食べるやうにしなければなりませんね。」

「さやう〱。」尾崎氏は気に入つたやうに頷いた。そしてテオドラ夫人の手料理は、とりわけその点によく気を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>けてあるやうに、猫のやうな口もとをして勢ひよくビフテキに<ruby><rb>噛</rb><rt>かじ</rt></ruby>りついた。

結構な議論で、尾崎氏としては少し出来過ぎてゐるやうだが、テオドラ夫人の<ruby><rb>受売</rb><rt>うけうり</rt></ruby>だと思へば面白くない事もない。女房の<ruby><rb>女帽</rb><rt>ボンネツト</rt></ruby>を借りたのなら人笑ひだが、意見の受売なら少しも<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しくない。

<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>４・２（夕）

サアゼントといへば、女優のエレン・テリイがマクベス夫人に扮装した、あの名高い画の作者だと知らぬものもないが、この画家がシヤヷンヌやエドヰン・アベエなどと一緒に<ruby><rb>暮斯敦</rb><rt>ボストン</rt></ruby>の公立図書館の装飾画を頼まれて、米国へ渡つた事があつた。

その折サアゼントは或る知合の午餐会に<ruby><rb>招</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれて往つて、ひどく自分を崇拝してゐる一人の娘に出会つた。娘は<ruby><rb>食卓</rb><rt>テーブル</rt></ruby>越しに、じつとこの画家の姿に<ruby><rb>見惚</rb><rt>みと</rt></ruby>れてゐたが、暫くすると<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と重い口を開いた。

「先生、わたし<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>或る所で貴方の御製作を拝見して、覚えず絵に<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>しましたわ。」

「ほゝう、何だつてまた<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>なぞなさいましたね。」

<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は幾らかお<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby>のつもりで訊きかへした。

「だつて、そのなかの一人が先生にそつくりなんですもの。」

娘はかう言つて、皿のなかの桜んぼのやうに<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>くなつた。

「それは有難う。」<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は一寸頭を下げる真似をしたが、急に真面目くさつた顔になつて、「そしてその画が御返礼に<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>を<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>でも致しましたかね。」

「いゝえ先生、だつて、相手は画なんぢやございませんか。まさか……」

と言つて、娘は<ruby><rb>蓮葉</rb><rt>はすは</rt></ruby>に額で一寸<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>めるやうな真似をした。

「まあ、さうでしたか。そんな失礼な事を……」<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>はにや〱笑ひ出した。「それぢやお嬢さん、私にそつくりだと言へませんよ、私なら……」と、今でも喜んで<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>をしさうな顔をした。

眼鏡４・３（夕）

東京駿河台に前田<ruby><rb>珍男子</rb><rt>ちんだんし</rt></ruby>といふ眼医者がある。アメリカ帰りの男で、現代人の多くは神経衰弱症に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>つてゐる、そしてその神経衰弱は大抵眼から来てゐるのだから、現代人を救ふには、も一つ大きく言ふと、現代文明の廃頽的傾向を<ruby><rb>済</rb><rt>すく</rt></ruby>ふには、是非眼を療治しなければならぬと言つて、<ruby><rb>鵙</rb><rt>もず</rt></ruby>のやうにきいきい騒いでゐる。

ところが、実際世間には眼から来た神経衰弱に苦しんでゐる人達も少くない。さういふ人達は、前田氏の説を聞いてみると、何だか気に懸る<ruby><rb>節</rb><rt>ふし</rt></ruby>が無いでもない。で、つい手近の眼医者にかゝるやうな事になる。お蔭でそんぢよそこらの眼医者は、

「前田めが、きい〱騒ぎ立てるので、つい<ruby><rb>自宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の患者までが殖えるやうだ。もつと我鳴り立てて呉れるといゝがな。」

と、前田氏が日本人といふ日本人をみんな眼病患者のやうに言ひ立てて呉れるのを待ち設けてゐる。

前田氏の神経衰弱の治療法は至極簡単である。それは度に合つた眼鏡さへ懸ければ、それでいゝので、現に有島<ruby><rb>生馬</rb><rt>いくま</rt></ruby>氏などは、長年の神経衰弱を、眼鏡の力ですつかり治してゐる。

さうした眼医者の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>だけに、前田氏の病院は、助手から、看護婦から、受附から、<ruby><rb>俥曳</rb><rt>くるまひき</rt></ruby>に到る迄、みんな言ひ合はしたやうに眼鏡をはめてゐる。

「幾ら厭だ厭だと言つても、院長さんが首根ツこを押へつけて、眼鏡をかけさせずには置かないんだから仕方がない。」

と、彼等は揃ひも揃つて低い鼻の上に、眼鏡をかけて、ぶつぶつ<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いてゐる。もしか飼猫でも居ようものなら、前田氏は権柄づくでそれにも眼鏡を一つ押売するかも知れない。

<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しいのは、その前田氏がちやんと眼鏡をかけてゐながら、それで居て近頃神経衰弱に困つてゐる事だ。そして何が<ruby><rb>原因</rb><rt>もと</rt></ruby>の神経衰弱かと訊くと、あんまり<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の眼鏡を気に懸け過ぎるからださうだ。

画家の活躍４・４（夕）

二日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>大阪ホテルで催された洋画家<ruby><rb>鹿子木孟郎</rb><rt>かのこぎたけしらう</rt></ruby>氏の歓迎会の席上、鹿子木氏が近頃流行の<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“<ruby><rb>Camouflage</rb><rt>カムウフラアジ</rt></ruby>”</span>といふ語を口に出すと、居合せた大阪の洋画家連は、いづれも初耳らしく、兎のやうに耳を引つ立ててゐた。美術家でさへそれだから、一般の人達は何の事だか、知らぬ<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>も多からうから、今日は一寸この事に就いてお話する。

Camouflage といふのは、仏蘭西の<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の通語で、舞台の背景に深い溝とか道とかを<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>く、それを言ひ馴らはせて来たものだが、西部戦線における仏蘭西画家の働きは、この語をもつと一般的にした。

召集されて戦線に立つた画家連は、<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど舞台の背景画家がするやうに、敵の目を<ruby><rb>晦</rb><rt>くら</rt></ruby>ますために、戦場に色々な背景を拵へ上げることを考へついた。そこらにある火薬庫を灰色の絵具で塗り立てて、大きな<ruby><rb>巌</rb><rt>いはほ</rt></ruby>のやうに、また平つたい野原のやうに見えるやうにする。

怖ろしい榴弾砲や<ruby><rb>臼</rb><rt>きう</rt></ruby>砲やを敵の砲兵に見つからないやうに、枯木や、木の株のやうに彩色する一方では、壊れた荷馬車や樹の幹やを、大砲のやうに見せかけて、成るべく敵の砲弾を<ruby><rb>無駄費</rb><rt>むだづか</rt></ruby>ひさせるやうな事をたくらむ。軍用自動車などは青や、紫や、藍でめちやめちやに塗りくつて、何処を通つてゐようと、<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の物に紛れて滅多に見つからないやうにしてしまふ。――<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど女優の<ruby><rb>貞奴</rb><rt>さだやつこ</rt></ruby>が額の皺くちやを塗りつぶして桃介さんの眼をごまかすやうな恰好に。

かうした仕事を彼等は Camouflage と呼んでゐるが、<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>なやうで実はなか〱<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>つかしい。時には仕事の出来栄を見るために、飛行機に乗つて空高く飛ばねばならぬ事もあるし、事によると、第一線まで出掛けて往つて、<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>あひだ</rt></ruby>に<ruby><rb>巌</rb><rt>いは</rt></ruby>や枯木に似せた哨兵の<ruby><rb>弾丸除</rb><rt>たまよけ</rt></ruby>を拵へ上げねばならぬ事もある。

ダヌンチオのやうに飛行機へ乗つて飛び廻るのみでなく、美術家は美術家で、習ひ覚えた芸でその一部を働いてゐるところに、今度の戦争の面白味はあるのだ。

仏国領事４・５（夕）

役人といふものは、何処の国でも兎角気むつかしく出来てゐるもので、個人としては交際上手な仏蘭西人でも、役人となると得て気むつかしやが多い。

近く<ruby><rb>孟買</rb><rt>ボンベイ</rt></ruby>に栄転する筈の、神戸<ruby><rb>駐紮</rb><rt>ちゆうさつ</rt></ruby>仏国領事などもその一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>で、この人は今だに領事館に電話を引かうとしない。この忙がしい世の中に<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うした理由からだと訊くと、領事は<ruby><rb>気難</rb><rt>きむつか</rt></ruby>しい顔を一層険しくして、

「電話を引くと、<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>からうるさく用事を言つて来るから困る。<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>に用事があるなら、領事館まで出掛けて来たらいゝ筈だ。」

と言つてゐる。

領事は飼猫や将棋の駒やと同じやうに自分の名前を一つ<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐる。それはシヤルパンチエーといふ名で、結構な名前だが、このシヤルパンチエーは英語でいふと、カアペンタア、<ruby><rb>言霊</rb><rt>ことだま</rt></ruby>の<ruby><rb>幸</rb><rt>さち</rt></ruby>はふ日本語では、「大工」といつて、朝から晩から金鎚を叩いて暮してゐる、紺の<ruby><rb>法被</rb><rt>はつぴ</rt></ruby>に鉢巻をした男の事である。

そんな訳で、領事はどんな事があつても、自分の領事館のなかでは「<ruby><rb>大工</rb><rt>シヤルパンチエー</rt></ruby>」といふ<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を使ふ事を許さない。仏蘭西語でシヤルパンチエーといふのは、天にも地にも自分一人のために拵へられた固有名詞で、普通名詞として<ruby><rb>燕</rb><rt>つばくろ</rt></ruby>のやうな紺の法被を着た大工を呼ぶなどは、以ての外だと思つてゐるのだ。

ある時、館員の一人が門の<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>れを<ruby><rb>繕</rb><rt>つくろ</rt></ruby>はうとして領事の前へ出た。そして何の気もなく、

「御覧の通り門がひどく痛んだやうですから<ruby><rb>大工</rb><rt>シヤルパンチエー</rt></ruby>を呼びたいんですが。」

と、うつかり口を滑らすと、領事は<ruby><rb>苦味丁幾</rb><rt>クミチンキ</rt></ruby>を飲んだやうに苦い顔をして、<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いた。そして、

「門の<ruby><rb>修繕</rb><rt>ていれ</rt></ruby>など<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うだつていいよ。」

と一言いつたきり石のやうに黙りこくつてしまつた。

で、それに懲りた館員は、仏蘭西語の辞書をいろいろ捜し廻した揚句、今では「大工」の事を、

「<ruby><rb>Menuisier</rb><rt>ムニユイジエー</rt></ruby>」

と呼ぶ事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる。「ムニユイジエー」は指物師の事だが、さういふと、領事は二つ返事で直ぐ承知して、門の<ruby><rb>修繕</rb><rt>ていれ</rt></ruby>は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>な事、<ruby><rb>齲歯</rb><rt>むしば</rt></ruby>の手当から、臍の掃除まで指物師にさし兼ねない程にこ〱顔である。

牛の価４・６（夕）

今病気で<ruby><rb>臥</rb><rt>ふ</rt></ruby>せつてゐるルウズヴエルト氏が、ずつと以前<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>州の知事をしてゐた頃、一人の<ruby><rb>農夫爺</rb><rt>ひやくしやうおやぢ</rt></ruby>をよく知つてゐた。ル氏は毎日馬に<ruby><rb>騎</rb><rt>の</rt></ruby>つて役所に出掛けたものだが、<ruby><rb>農夫爺</rb><rt>ひやくしやうおやぢ</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>はその途中にあるので、馬に<ruby><rb>騎</rb><rt>の</rt></ruby>り<ruby><rb>倦</rb><rt>あ</rt></ruby>いたル氏は、時々鞍から下りて爺さんの家で休んだりしたものだ。

ある朝、ル氏がいつものやうに馬に騎つて出掛けると、爺さんは窓に<ruby><rb>凭</rb><rt>もた</rt></ruby>れて、紐育の新聞を読んでゐたが、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て聞き馴れた馬の<ruby><rb>蹄</rb><rt>ひづめ</rt></ruby>がぽかぽか鳴るので、じつと眼を離して外を見た。街道には利かぬ気の知事が笑顔をして馬に<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>がつてゐた。

「よい所へ御座らしつたな、檀那……」爺さんは窓から巌丈な<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を乗り出すやうにして言つた。「ちよつくら檀那にお訊き申すべいが、<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>の新聞つてえ奴は、えら嘘<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くだね。」

「嘘を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くつていふのか、新聞が。」ルウズヴエルト氏は蟹の様に<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>めつ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をした。「何だつてそんな事を訊くんだな。」

爺さんは窓越しに今まで読むでゐた新聞を見せて、何処かを太い<ruby><rb>指頭</rb><rt>ゆびさき</rt></ruby>で押へるらしかつた。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>たつた今読むだばかしだが、ここにこんねえな話が載つとるだよ。何でもはあ、<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>の<ruby><rb>富豪</rb><rt>ものもち</rt></ruby>が<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>一匹の<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>に一万四千弗とか払つたつてこんだ。嘘<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くにも程があるだよ。」

「何だつて、それが嘘なんだ。」

ルウズヴエルト氏は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しさうに訊いた。馬は牝牛が法外の値で取引されたのを聞くと、何だか面白くなささうな顔をして、頻りに瞬きをしてゐた。

「何だつて、檀那様……」<ruby><rb>農夫爺</rb><rt>ひやくしやうおやぢ</rt></ruby>は解りの遅い知事をもどかしがるやうに声を高めた。「なんぼ広い紐育の<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>だつて、まさか<ruby><rb>牛乳</rb><rt>ちゝ</rt></ruby>の絞れねえ牝牛に大枚一万四千弗もおツ<ruby><rb>投</rb><rt>ぽ</rt></ruby>り出す馬鹿者も御座りましねえからの。」

栖鳳氏の<ruby><rb>画</rb><rt>か</rt></ruby>いた雀や<ruby><rb>筍</rb><rt>たけのこ</rt></ruby>の値段を、この<ruby><rb>爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんに聞かせたら何と言ふだらうて。

塹壕戦の賭博４・７（夕）

西部戦線では敵味方の間に色々面白い事柄が起きるが、或日の事英軍と独軍との塹壕の<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>にある空地に、一匹の<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>がひよつくり飛び出して来た。敵味方とも<ruby><rb>牛乳</rb><rt>ミルク</rt></ruby>や新しい肉に<ruby><rb>饑</rb><rt>かつ</rt></ruby>ゑてゐるので、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うとかして、自分達の塹壕に引張り込まうとするが、ひよつくり頭でも出すと、直ぐ<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>が鳴つて来るので、そんな<ruby><rb>険呑</rb><rt>けんのん</rt></ruby>な真似も出来なかつた。

すると、英軍の塹壕から、小石を<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>んだ<ruby><rb>紙片</rb><rt>かみぎれ</rt></ruby>が一つ、独軍の塹壕に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り込まれた。なかにはこんな文句があつた。

「君の方で<ruby><rb>銀貨</rb><rt>マルク</rt></ruby>を一つ空に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り上げて呉れ、すると<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>から<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>撃</rb><rt>う</rt></ruby>ちをする。うまく<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>つたら牝牛は<ruby><rb>己達</rb><rt>おれだち</rt></ruby>のものだ。<ruby><rb>若</rb><rt>も</rt></ruby>しか狙ひそくなつたら、<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>で<ruby><rb>銀貨</rb><rt>シルリング</rt></ruby>を一つ<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り上げる。君の方でうまくそれを狙ひ撃ちしたら、牝牛は君達のものになる。」

暫くすると、独軍の塹壕から、

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“O\. K\.”</span>（承知した）

といふ合図があつて、一マルクの銀貨が一つ空に光つた。英軍から小銃の<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>が一つ飛び出したが、うまく<ruby><rb>逸</rb><rt>そ</rt></ruby>れてしまつた。

すると今度は英軍の塹壕から、一シルリングの銀貨が一つ空に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り上げられた。独軍の塹壕で矢庭に小銃の<ruby><rb>爆</rb><rt>は</rt></ruby>ぜる音がしたが、<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>は<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>へ逸れてしまつた。――かうして暫くの<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に五マルクと五シルリングの銀貨は無駄に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り出された。

独軍の塹壕から六マルク目の銀貨が光つたと思ふと、英軍はぱちりと巧くそれを狙ひあてた。すると<ruby><rb>先方</rb><rt>むかう</rt></ruby>から合図があつた。

「約束通り、牝牛は君達の方に呉れてやるが、<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>達の銀貨だけは返してくれ。」

そこで英軍の塹壕から、<ruby><rb>剽軽</rb><rt>へうきん</rt></ruby>な男が一人のこ〱這ひ出して、やつとこさで牝牛を連れ帰つた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、そこらに散らばつた銀貨を一つ<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>克明に拾ひ上げた。そしてその<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>の六マルクだけを<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>独軍の塹壕に持つて往つたものだ。すると、相手方は、

「うまく狙つたな。これは御褒美だよ。」

と言つて、<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>を半<ruby><rb>打</rb><rt>ダース</rt></ruby>持出して来た。剽軽な英吉利兵は麦酒壜を両腋に抱へ込むで、自分の塹壕へ転げ込むださうだ。

労働者としての鼠４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

世の中に鼠ほどうるさい物はないが、何事にも<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>な<ruby><rb>蘇格蘭</rb><rt>スコツトランド</rt></ruby>人のハトンといふ男は、近頃普通の<ruby><rb>家鼠</rb><rt>かそ</rt></ruby>を馴らして、糸紡ぎをさせる事を思ひ付いた。

ハトンは自分の物置の隅つこから、鼠をたんと駆り集めて、色々試してみると、大抵の鼠は一日平均十一<ruby><rb>哩</rb><rt>マイル</rt></ruby>半は走れる、なかには平気で十八哩も走れるのがあるといふ事を発見した。

「こんな速力を持つてるものを、むざむざ天井裏ばかり駈けさせとくのは勿体ない。」

と言つて、それを糸紡ぎに利用する事を考へ出したのだ。

鼠も糸を紡いでみれば、一つぱしの労働者である。労働者にはそれ〲生活を保証してやらなければならぬ。所で、鼠の餌は<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>安上りで、この労働者ひとりを丁度<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>い加減に肥らせるには、五週間にざつと六銭のオートミールを食べさせればそれで十分だつたが、その間に鼠は三百六十二哩ほど走つた。

ハトンはこの小さな労働者を収容する紡績小屋を建てた。そして仕事に掛らせてみると、鼠はこまめに立働いて一日に百本から二百二十本の糸を紡いだ。で、根気よく一<ruby><rb>箇年</rb><rt>かねん</rt></ruby>ほど、この<ruby><rb>工場</rb><rt>こうば</rt></ruby>の仕事を続けてみると、五週間に六銭の食費で、鼠一匹の稼ぎ高が、廿五<ruby><rb>吋</rb><rt>インチ</rt></ruby>の長さの糸を三千三百五十本紡いだといふ勘定になつた。

普通の紡績職工に払ふ割合で、鼠に貸金を仕払ふ事になると、ざつと一週間に六銭を<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>らなければならないのだから、五週間に六銭の食費で済むと、差引四週間分だけは只儲けといふ事になる。で、機械や<ruby><rb>小舎</rb><rt>こや</rt></ruby>の<ruby><rb>修繕</rb><rt>ていれ</rt></ruby>などを見込むと、鼠一頭の純益が一年に<ruby><rb>彼是</rb><rt>かれこれ</rt></ruby>三円はあるさうだ。

鉄斎老人の書を４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

京都の富岡鉄斎氏のところへ、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>宮内省の属官<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>といふ男がひよつくり訪ねて来た。属官は山鳩のやうにぐつと胸を反らして座敷に通つた。

鉄斎老人は耳が遠いからといふので、息子さんの謙蔵氏が代りに会ふ事になつた。属官はちよつぴりした口髯を<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>り上げながら、精々勿体をつけて用事の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>を伝へた。――用事といふのは、本省で何かに使ふ<ruby><rb>木標</rb><rt>もくへう</rt></ruby>の文字を鉄斎翁に書いて貰ひたいといふのだ。

「彼是<ruby><rb>人選</rb><rt>にんせん</rt></ruby>の結果が、とうと御老人が指名せられる事になりました。何しろ一代の<ruby><rb>誉</rb><rt>ほまれ</rt></ruby>といふものです。一つ奮つて御揮毫が願ひたい。」

属官はかう言つて、またしても勿体らしく髯を引張つた。肉の薄い唇は蛙のやうな口元になつた。

「いや有難い仕儀で……」と謙蔵氏は叮嚀に頭を下げた。「ですが、あなたの方には日高<ruby><rb>秩父</rb><rt>ちゝぶ</rt></ruby>さんといふ立派な書家がいらつしやるぢやありませんか。」

「日高さんですか……」と属官は謙蔵氏の高い鼻を見た。

「日高さんは無論<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られますが、お仕事の方がつい忙がしいもんだで……」

「いかさま……」東洋史専攻の謙蔵氏は、だしぬけに東洋中に響き渡るやうな<ruby><rb>疳高</rb><rt>かんだか</rt></ruby>な調子で言つた。

属官は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して眼を円くした。

「忙しいといへば、宅の老人なども貧乏<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>なしで、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>もお望みに<ruby><rb>副</rb><rt>そ</rt></ruby>ふ事は<ruby><rb>難</rb><rt>むつか</rt></ruby>しからうと思ひますよ。」

「でも御座らうが、<ruby><rb>政府</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の御用で、この上もない御老人の御名誉といふものですから……」属官は何でも<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>でも名誉の一点張りで押しつけようとする積りらしかつた。「御承知の通り、<ruby><rb>政府</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の事ですから、別にお礼といつては出ないが、その代りいつ迄も<ruby><rb>御家</rb><rt>おいへ</rt></ruby>の誉れになる事でせうよ。」

<ruby><rb>癇</rb><rt>かん</rt></ruby>の強い東洋史の専門家はにやりと笑つた。

「ぢや、手つ取り早く言つたら、その筋の御用だから、<ruby><rb>唯働</rb><rt>たゞばたら</rt></ruby>きしろと仰有るんですね。」

「ま、そんなものです。何しろ<ruby><rb>政府</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の御用で、名誉の次第ですからな。」

「ぢや、一寸伺ひますが……」東洋史の専門家は皮肉に出た。「<ruby><rb>貴方方</rb><rt>あなたがた</rt></ruby>は、しよつちゆう<ruby><rb>政府</rb><rt>おかみ</rt></ruby>の御用を<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>てゐられる名誉の御境涯だから、別に<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎやう</rt></ruby>なぞはお貰ひになりますまいな。」

「さ……」と属官は<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つたやうな顔をして、知行の<ruby><rb>有無</rb><rt>あるなし</rt></ruby>を一寸考へるらしい風だつた。それに何の無理があらう、考へでもしなければ思ひ出せない程、ちよつぴりした<ruby><rb>知行取</rb><rt>ちぎやうどり</rt></ruby>だつたのだから。

商品の景物に捕虜を４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スヰス</rt></ruby>に<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>があつた。これまで<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>に独逸から商品を輸入してゐたが、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て取引をしつけてゐる独逸の註文取が久し振にすつと店に入つて来た。註文取はたつぷり愛嬌笑ひを見せながら、これまで通り取引を続けて欲しいと頼むだが、瑞西の商人は苦り切つた顔をしてきつぱり<ruby><rb>謝絶</rb><rt>ことわ</rt></ruby>つた。

「何かこれまで願つて来た取引に御不足でもお有りなんですか。それとも仏蘭西の方から、お仕入になるお積りかも知れませんが……」註文取は一寸白い歯を見せた。「<ruby><rb>彼地</rb><rt>あちら</rt></ruby>の出来だと、同じ品で値段がざつと十割<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>も張る事を御辛抱なさらなければなりません。」

瑞西の<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>きかへすやうに言つた。

「そんな事位我慢しまさ。」

「飛んでもないお考へ違ひで……」と独逸の註文取りはなかなか<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めようとはしなかつた。「仏蘭西出来だと、値段がお高い上に、私共のやうな品は<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も揃つてはありませんからね。」

「それも承知してまさ。」と瑞西の<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は吐き出すやうに言つた。

「そんなに仰有るからには、<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>様は何でも仏蘭西の兵隊さんにお近づきでもお有りになるんぢやありませんか。」

「有りますよ。」と<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は<ruby><rb>艴</rb><rt>む</rt></ruby>くれ<ruby><rb>気味</rb><rt>ぎみ</rt></ruby>に言つた。「<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>が一人お国に捕虜になつてまさ。」

「それはどうもお気の毒さまで……」と註文取は自分が<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>でもしたやうに謝つた。「それぢや、どうか<ruby><rb>従前通</rb><rt>これまでどほ</rt></ruby>り御註文を下すつて、<ruby><rb>尋</rb><rt>つい</rt></ruby>でに<ruby><rb>甥御</rb><rt>をひご</rt></ruby>様のお名前をもれ聞かせ下さいまし。すると近いうちに屹度御放免になるやうにお取計らひ致しますから。」

瑞西の<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>はあやふやには思ひながら、兎に角註文は出す事にした。そして<ruby><rb>普魯西</rb><rt>プロシヤ</rt></ruby>で<ruby><rb>捕虜</rb><rt>とりこ</rt></ruby>になつてゐる甥の名前と収容所の<ruby><rb>所書</rb><rt>ところがき</rt></ruby>とを渡すと、それから一週間ほど経つて、甥は<ruby><rb>不具</rb><rt>かたは</rt></ruby>になつた捕虜の<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>と一緒に瑞西に送り帰されて来た。<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は商品を調べるやうにして<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を調べて見たが、何処に<ruby><rb>創</rb><rt>きず</rt></ruby>一つあるではなく、達者でぴちぴちしてゐた。

馬は美人に害あり４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

梅田女学校の生徒が、<ruby><rb>荷駄馬</rb><rt>にだば</rt></ruby>に蹴飛ばされてこのかた、馬といふものは人を蹴るものだといふ事に気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いて、急にその<ruby><rb>取締</rb><rt>とりしまり</rt></ruby>が厳しくなつて来たのは喜ばしい事だ。

馬は女を蹴飛ばすのみならず、その上に女を<ruby><rb>不縹緻</rb><rt>ぶきりやう</rt></ruby>にさへするものだ。蹴飛ばされて、息が絶える位ならまだ<ruby><rb>辛抱</rb><rt>がまん</rt></ruby>が出来るが、不縹緻にまでされては<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も溜つたものではない。美しいといふ事は、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>があるといふ事以上に<ruby><rb>大切</rb><rt>だいじ</rt></ruby>なのを思ふと、馬は男と一緒に女にとつては目の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>である。

<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>のヴエニスには美しい女が多い。世界中のどこの都に比べても、美しい女にかけては決して<ruby><rb>負</rb><rt>ひけ</rt></ruby>を取らない。何故ヴエニスに限つて、そんなだらうと<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を訊いてみると、医学者の返事は<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>はつきりしてゐる。それはヴエニスは音に名高い水の都で、馬が居ないからださうだ。

大抵の都会では、ざつと十分おきには、屹度荷馬車ががたぴしと地響きをさせて通るものだ。騒々しいその物音は人に厭な気持を起させるばかしか、安眠を妨げる事が<ruby><rb>夥</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しい。安眠は何よりも<ruby><rb>容色</rb><rt>かほかたち</rt></ruby>を美しくするものだといふ事を思ふと、荷馬車の音も聞かないで、ぐつすり眠る事の出来るヴエニス女の美しいのに何の不思議はない筈だ。

米国のある女学校で、生理の教師が安眠は何よりも健康のお薬だと言つて聞かせると、生徒の一人が<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つて質問をした事がある。

「先生人間は一体幾時間ほど眠つたらいゝんですの。」

先生は<ruby><rb>厳</rb><rt>しかつ</rt></ruby>べらしく答へた。

「<ruby><rb>男子</rb><rt>をとこ</rt></ruby>が六時間、<ruby><rb>女子</rb><rt>をんな</rt></ruby>が八時間、そして馬鹿者が十時間。」

女生徒は嬉しさうに叫んだ。

「いゝわ、私女でゐて、おまけに馬鹿だから、これから十八時間眠る事にするわ。」

その小娘が世界中の一番<ruby><rb>縹緻</rb><rt>きりやう</rt></ruby>よしだつたか、どうかは私も知らない。

内田博士の時計４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

今度欧米漫遊をする事に<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つた京都大学の諸教授のなかに、文学博士内田銀蔵氏がゐる。内田氏は何事にも念に念を入れて、駄目を押さないと承知出来ない<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>だから、今一度言つておくが、今度洋行を命ぜられたのは、内田氏自身で、内田氏の<ruby><rb>履</rb><rt>はきもの</rt></ruby>でも、外套でもない。

内田氏が以前欧洲留学に出かけた折、仏蘭西から<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スヰツツル</rt></ruby>に旅をした事があつた。ベルンの<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を歩きながら、氏は<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スヰツツル</rt></ruby>製の懐中時計が世界に名高い事を思ひ出して記念のため一つ<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>つて置きたいと思つた。

「だが、待てよ、ほんとに<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スヰツツル</rt></ruby>製の時計が<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>いのか知ら。一体誰だつたらう、自分にそんな事を教へてくれたのは。」

内田氏は頭のなかでプルタアクの英雄伝や何かを引繰返してみたが、どの本にも<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スヰツツル</rt></ruby>の時計の事は書いてないらしかつた。暫くして、氏は小学校の教科書のなかに、確かそんな事が載つてゐたのを思ひ出した。

<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と安心をした内田氏は、ベルン一番の時計屋に入つて往つた。そして色々時計を持ち出させた上、一番<ruby><rb>手丈夫</rb><rt>てぢやうぶ</rt></ruby>さうなのを<ruby><rb>選</rb><rt>よ</rt></ruby>つて購ふ事にした。時計は<ruby><rb>悪叮嚀</rb><rt>わるていねい</rt></ruby>な持主に当てつけたやうに、白い眼をむいて、くつくつ笑つてゐた。

四五日経つと、内田氏は折角の時計が停つてゐるのに気がついた。時計は二時三十分のところで両手をさし上げた儘、<ruby><rb>懶惰者</rb><rt>なまけもの</rt></ruby>の大学生のやうに昼寝をしてゐた。

「これだから困る。こんな事で世界一もないものだ。」

内田氏はぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら、時計屋に<ruby><rb>修繕</rb><rt>なほ</rt></ruby>させに出掛けて往つた。

内田氏は叮嚀な独逸語で、自分が何よりも正直な日本人である事から、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>この店で買つた懐中時計が、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と四五日経つたばかしなのに、もう機械が<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>れた事を話し出した。

「いかゞ致したものでせう、一つ大急ぎにお<ruby><rb>繕</rb><rt>なほ</rt></ruby>し下さらないものでせうか知ら。」

時計屋の番頭は、そんな筈はないと言つたやうな顔をして、正直な日本人の手から懐中時計を受取つた。そして克明に機械を調べてみたが、どこにも故障はなかつた。

「機械には故障はありませんが、唯<ruby><rb>螺旋</rb><rt>ぜんまい</rt></ruby>が巻いてないやうでございますね。」

と言つて、<ruby><rb>指頭</rb><rt>ゆびさき</rt></ruby>で器用にぜんまいを捲いた。すると、時計はまたくつくつと笑ひ出した。

「あ、さうでしたか。<ruby><rb>螺旋</rb><rt>ぜんまい</rt></ruby>を巻くのを忘れてたんですね。」

正直な日本人は、心持顔を赤めながら、<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に帽子を脱いでお辞儀をした。そして<ruby><rb>懐中</rb><rt>ポケツト</rt></ruby>から手帖を取り出して次のやうな文字を書き込んだ。

「時計は<ruby><rb>捩子</rb><rt>ねぢ</rt></ruby>を捲くを忘るべからず、然らざれば二時三十分に到りて停る事あるべし。」

観樹老人の嘘４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

十六日京都に入つて来た三浦観樹老人が、一代の<ruby><rb>狸爺</rb><rt>たぬきおやぢ</rt></ruby>たるは知らぬ人もあるまい。

この前観樹老人がこつそり京都へやつて来た時、ある通信社の記者が、それを嗅ぎ出して寝起きを押へようと、朝つぱらからその旅館に出掛けて往つた。老人はもう起き直つて、厚ぼつたい座蒲団の上にちよこなんと坐つてゐた。

訪問記者は<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と狸の居どころを突きとめたやうに得意になつて訊いた。

「今度は何の御用事でお<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>りになつたんですね。」

「とうと掴まつたか。」老人は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>とらしく困つたやうな顔をした。「君達に会つては<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はんよ。実は今度は秘密の用事で誰にも知らさないで、こつそり出て来たんだが……」

「秘密の用事と<ruby><rb>仰在</rb><rt>おつしや</rt></ruby>ると、――矢張り寺内内閣の……」

若い通信社の記者は獲物を嗅ぎつけた<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに鼻をぴくぴくさせた。

「どうだかな。実は今朝これから田中村の<ruby><rb>西園寺</rb><rt>さいをんじ</rt></ruby>の<ruby><rb>許</rb><rt>とこ</rt></ruby>に出掛けて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く筈なんだが……」

老人は軒の<ruby><rb>燕</rb><rt>つばめ</rt></ruby>に<ruby><rb>立聞</rb><rt>たちぎき</rt></ruby>でもされるのを気遣ふやうに、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と声を落した。

「<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>の都合では、今晩あたり原（敬）めがまた<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>つて来るかも知れんぞ。」

「原さんがですか……」

若い記者は誰よりも先きに、こんな大事件を聞き出した嬉しさに、胸をわくわくさせながら言つた。

「さうだよ、原が来るかも知れん。するといづれは内閣の話も出さうなもんだ。」

老人はかう言つて、じつと相手の顔を見つめた。若い記者は、こゝまで聞けばもう十分だ、あとは大抵想像で見当がつく、何よりも大事なのは<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の同業者を出し抜く事だといつたやうに、慌ててお辞儀をして座を立たうとした。

「まあ待つた〱。」老人は狸のやうな手つきをして客を呼びとめた。「といつたら、君達は喜ぶかも知れないが、今言つた事は皆嘘だよ、俺は嘘を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くのが大好きでね。」

若い記者は度胆を抜かれたやうな顔をしてまた坐り込んだ。老人はそれを見ると、嬉しさに堪へられぬやうに声を立ててからからと笑つた。

「若い者に嘘をつくのと、若い女を<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>がるのはまた格別なもんだね。」

国旗に接吻４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

<ruby><rb>桑港</rb><rt>サンフランシスコ</rt></ruby>には露西亜生れの労働者がたんと居る。そのなかの一人がある日仕事先で手を泥だらけにしたものだ。一体手といふものは、よく汚れるもので、マコウレエの<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>によると、英吉利のある鍛冶屋は、泥棒に頼まれて<ruby><rb>金物</rb><rt>かなもの</rt></ruby>の<ruby><rb>贓品</rb><rt>ざうひん</rt></ruby>を火に溶かす折には、手で触つては汚れるからといつて、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と長火箸を使つたといふ事だ。結構な考へだ。

その露西亜人は汚れた手先を綺麗に水で洗つたが、さて<ruby><rb>濡手</rb><rt>ぬれて</rt></ruby>を拭かうにも<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>一つ持ち合はさなかつたので、両手をぶら下げたまゝきよろ〱<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>を見まはしてゐた。ふと気がつくと、何かの<ruby><rb>旗日</rb><rt>はたび</rt></ruby>だと見えて、頭の上に米国の国旗が一つ動いてゐた。

露西亜人は両手を伸ばして国旗の片隅を押へたと思ふと、器用にさつと手先を拭いた。そして何喰はぬ顔で仕事場に帰らうとすると、後から、

「もし〱。」

と呼ぶ者がある。露西亜人は拭いたばかしの両手を<ruby><rb>洋袴</rb><rt>ヅボン</rt></ruby>の隠しに突込んで、<ruby><rb>後方</rb><rt>うしろ</rt></ruby>を振り向いた。そこには七面鳥のやうに、ぱつと裾を広げたアメリカ女が立つてゐた。

「もし〱。今見てゐると、お前さんはこの国旗の<ruby><rb>布片</rb><rt>きれ</rt></ruby>で濡手を拭きなすつたやうだね。」

女はきい〱した声で<ruby><rb>突</rb><rt>つゝ</rt></ruby>かゝつて来た。露西亜の労働者は<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>くやうに言つた。

「拭いただよ。それが<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしただ。」

「お前さん、これを<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と思つてるの。」

「国旗だと思つとるだよ。」

「国旗を<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と思つてるの。」

「唯の<ruby><rb>布片</rb><rt>きれ</rt></ruby>だと思つとるだよ。」

露西亜人はトルストイのやうな毛むくじやらの顔を、平気でにや〱させてゐた。

「まあ、何といふ<ruby><rb>没分暁漢</rb><rt>わからずや</rt></ruby>なんだらうね。」女は七面鳥のやうに顔色を変へて、我鳴り立てた。「私達の兄弟は、今ではこの国旗のために戦つてゐるのぢやありませんか、それも<ruby><rb>原因</rb><rt>もと</rt></ruby>はと<ruby><rb>訊</rb><rt>たゞ</rt></ruby>せば、お前さんの国が火元なんぢやありませんか。それに、それに……」

女は息が詰つたやうに苦しがつてゐたが、その儘駈け出して往つて巡査を呼んで来た。

巡査は<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の露西亜人を警察署に連れ込むだ。暫くすると、さつき手を拭いたばかしの米国国旗が、その前に持ち出された。巡査は<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしく言ひ渡した。

「この国旗へ<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>しなさい。」

労働者は<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうな悲しさうな眼つきをして、毛むくじやらな口で国旗に<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>した。

「それでよし。今度は<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>へ来た。」

巡査は労働者をその儘薄暗い拘留所のなかに<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り込んで、がちやりと重い錠前の音をさせた。

木堂と湖南４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

自党の政党員を減らす事にかけて、一種の天才を持つてゐる犬養木堂も、書物だけはどんどん買ひ殖やす事が好きらしい。

犬養氏が長年の間、<ruby><rb>閑暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>と<ruby><rb>鑑識</rb><rt>めがね</rt></ruby>にまかせて<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ集めた書物が、二階の一<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>にぎつしり詰まつた時、氏は目尻を皺くちやにして喜んだが、それを見てたつた一人そつと溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いた人がある。他でもない、それは犬養夫人であつた。

ある朝、犬養氏が鼠のやうな口元をして味噌汁を吸つてゐると、夫人は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>から呼びかけた。

「貴方、天井が<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>かありますまいか。」

味噌汁の味と支那の事とをごちやごちやに考へてゐた氏は、きよとんとした眼つきで夫人の顔を見た。

「天井がどうしたと言ふのかな。」

「危かなからうかと伺つたんですよ。」夫人は心配さうな眼をして天井を見た。「あんなにぎつしり書物が載つかつてるんで御座いませう。ひよつとかすると<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>が折れやしないかと思つて。」

「まさか。ははは……」犬養氏は声を立てて笑つた。そして女といふものは、詰らぬ心配をするものだと思つたが、直ぐまた急に生真面目になつて、支那の事を心配し出した。犬養氏の考へによると、女は天国や天井の事を気遣つても差支ないが、男は唯もう支那の事だけ心配して<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>ればいゝ事になつてゐる。

こんな<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>更</rb><rt>か</rt></ruby>はされてから、物の十日も経たぬうち、犬養氏に出入の古本屋の店では、二階に積み重ねた書物の重みで、天井の梁が折れて、店にゐた亭主と番頭とは、その下敷になつて、したゝか背骨を痛めた事があつた。

「そら、御覧なさい、用心しないと、<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>でもあんな事が起きないとも限りませんよ。」

夫人はこの機会を取り外さなかつた。<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>といふものは、人の頭を悪くするばかりか、どうかすると背骨を折る事もあるものだと知つた犬養氏は、夫人に説きつけられて、渋々書庫を建てる事にした。

「これでもう天井の落ちる心配もなくなつた。」書庫が出来上ると、犬養氏は<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>のなかで、安心して<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうに両脚を踏み延ばした。「だが、内藤（湖南）の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>剣呑</rb><rt>けんのん</rt></ruby>だな、あすこの二階には俺とこ以上にぎつしり<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>が詰まつてるんだからな。」と眼をぱちくりさせながら天井を見つめてゐたが、「今度内藤に逢つたら、何でも一つ<ruby><rb>庫</rb><rt>くら</rt></ruby>を建てるやうに勧めてやらう、<ruby><rb>庫</rb><rt>くら</rt></ruby>さへあつたら安心して支那の事が心配出来るんだからな。」

<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>で内藤氏に知らせる。天井を落すまいとするには何も書庫を建てる必要はない。時々二階にある書物を売払ふ事だ。書物を売るといふ事は、書物を買ふのと同じやうに人間を賢くするものである。

長井博士の道楽４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">26</span>（夕）

日本薬学<ruby><rb>大会</rb><rt>だいくわい</rt></ruby>に大阪に来てゐた長井長義博士には、妙な癖がある。それはどんな日本座敷に通つても、きちんと坐ることをしないで、<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>にある机や碁盤をえつちらをつちら持ち出して来て、平気でそれに腰を掛ける事で、几帳面な主人は、大抵が苦りきつて顔を<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>める。

だから滅多に日本式の宴会には出席しようとしない。<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に<ruby><rb>退引</rb><rt>のつぴき</rt></ruby>ならぬ義理で、日本座敷の宴会に招かれると、博士は二三杯の酒で<ruby><rb>紅茸</rb><rt>べにたけ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>くなつた顔をにこにこさせながら、

「もう<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>始めようかな。」

と、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に居る者に直ぐもうお<ruby><rb>得意</rb><rt>はこ</rt></ruby>の押売をしようとする。

博士の隠し芸といふのは、外でもない国歌の独唱である。博士は少しお酒が入ると、場所柄には<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんぢやく</rt></ruby>なく、直ぐ<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つて国歌を<ruby><rb>唱</rb><rt>うた</rt></ruby>ひ出す。相手の人達も何しろ国歌の事なので、魚のやうに座敷に寝そべつてばかしゐる訳にも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かないで、ついのこのこと起き上つて来る。

ところが、博士の「君が代」の節といつたら、誰一人真似手のない変なもので、どんな楽天家でも、一度その節廻しを聞くと、急に世の中が厭になるばかしか、結構な自分の国までが、<ruby><rb>石塊</rb><rt>いしころ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>無益</rb><rt>やくざ</rt></ruby>なものに思はれて来る。

で、これを<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>へてゐる人達は、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>についてゐて、博士が成るべく腰掛から腰を持ち上げない事ばかりにやきもきしてゐる。博士がじつと尻を落ちつけてゐて、国歌をさへ唱はうとしなければ、一座は陽気に、日本は御婚礼の式場のやうに晴れやかなものになつて来るのだ。

博士は国歌の外に、今一つ隠し芸を持つてゐる。それはワグネル物の一節を<ruby><rb>音譜</rb><rt>おんふ</rt></ruby>なしで弾くといふ事だ。だが、これは博士自身の自慢で、誰一人その弾奏を聴いた者は居ないのだから<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に証明は出来ない。尤も博士は知合の誰にでも、

「是非一度聴いてくれ給へ。」

と、言ひ言ひしてはゐるが、博士の国歌を知つてゐる者は、誰だつて進んで聴かうとは言はないから仕方がない。

詩人と握手４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

オセロは自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の手を握つて、厭にむつちりと脂ぎつてゐると皮肉を言つたが、それでも柔かい<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を握つただけは<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>と言はなければならぬ、世の中には女の前に愛に<ruby><rb>充</rb><rt>み</rt></ruby>ちた手を出して、その儘<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向かれてしまふ男がある。<ruby><rb>皇帝</rb><rt>ツアール</rt></ruby>の位から滑り落ちたニコラス二世以上に<ruby><rb>惨</rb><rt>みじめ</rt></ruby>だと言つていゝ。愛は露西亜帝国よりもずつと大きいからである。

偉人と名のつく人達に、一度（それも、たつた一度きり）握手をして貰つて、生涯の思ひ出とする物好きがある。スヰンバアンといへば英国の名高い詩人だが、その愛読者の一人に、何とかして一度この詩人と握手して、その心持を一生の自慢にしたいと思つてゐた男があつた。

その男は、詩人が毎朝のやうに<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>の森へ散歩に出かける癖があるのを聞いたので、<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>こゝぞと思ふところへ待伏せして、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と一週間目に、かねて写真版で<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほなじみ</rt></ruby>のこの詩人が、向ふからてく〱歩いて来るのに<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>す事が出来た。

その男は<ruby><rb>樹蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>から猟師のやうに飛び出した。そして慌てて帽子を脱いだ。

「ちよいと伺ひますが、あなたはスヰンバアン先生ぢやありませんか。」

詩人は変な顔をして、一寸うなづいた。

「それぢや、どうか握手させて戴きませう。」

男は脂ぎつた掌面を前に差し出した。詩人と握手するよりも、熊と掴み合つた方が恰好なと思はれる程大きな掌面だつた。

「うむ……」と詩人は<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>くやうな声をして、少し<ruby><rb>後退</rb><rt>あとじさ</rt></ruby>りした。まるで見知らぬ男の掌面に<ruby><rb>怖気</rb><rt>おぢけ</rt></ruby>づいたやうだつた。

その瞬間、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の男は詩人が<ruby><rb>聾</rb><rt>つんぼ</rt></ruby>だつたのに気がついて、一段と声を張りあげた。

「先生、私はあなたに握手がして戴きたいばかりに、一週間ばかし毎日のやうにこゝでお待ち受けしてたのでございます。」

「あ、さうでしたか。」

詩人はにやりともしなかつた。そして痩せた手を出して、その男の大きな掌面を握つたが、その一刹那小娘のやうに心持顔をぽつと<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くした。

「私はこんな事には馴れてないものですからな。」

襲名興行の口上４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

嵐徳三郎が今度璃寛を襲名するについて、<ruby><rb>仕打</rb><rt>しうち</rt></ruby>の<ruby><rb>松竹</rb><rt>まつたけ</rt></ruby>合名社から口上役について、徳三郎の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ相談に往つたものだ。松竹の考へでは延若や雀右衛門や多見蔵のそれと同じやうに、鴈治郎に口上が言はせたかつたのだ。

「誰はんがよろしおまつしやろ。」

仕打は<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>るやうな眼附をして徳三郎の顔を見た。

「さあ、誰はんがよろしおまつしやろな。」

徳三郎も同じやうな事を言つて、狐のやうな眼附で仕打を見かへした。

「大阪に深い馴染のある方やないとあきまへんな。」

「さうだすとも、大阪に深い馴染のある方やないとあきまへん。」

徳三郎はまた同じやうな事を言つて、<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>つたさうな顔をした。

二人は火鉢をなかに差向ひに坐つて、互に顔を見つめてゐた。仕打は<ruby><rb>蟷螂</rb><rt>かまきり</rt></ruby>のやうな顔の<ruby><rb>小</rb><rt>ち</rt></ruby>つぽけな<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>だなと思つた。<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>はまた<ruby><rb>蟋蟀</rb><rt>こほろぎ</rt></ruby>のやうな色の黒い仕打だなと思つた。仕打はとうと切り出した。

「<ruby><rb>成駒</rb><rt>なりこま</rt></ruby>屋はどうだつしやろ。」

「成駒屋はんだつか。」徳三郎は初めて気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いたやうに言つた。「成程成駒屋やと申し分はおまへんな。そやけど出て呉れはりまつしやろか。」

「出やはりますとも。そりや出やはりますぜ。」仕打は<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と安心したやうに膝を進めた。「成駒屋はんは口上が上手やし、それに<ruby><rb>縁喜</rb><rt>えんぎ</rt></ruby>がよろしおまんがな、延若さんのも雀右衛門さんのも大入続きだしたよつてな。それではさう決めときまへうかいな。」

「まあ、待つとくんなはれ、一度<ruby><rb>阿母</rb><rt>おか</rt></ruby>はんに聞いてみますよつて。」

徳三郎は奥にゐる<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>を<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>んだ。<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>はのこのこ出て来た。そして訳を聞いた。

「結構だんな。」母親は魚のやうな眼をして仕打の顔を見た。「そやけど、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>はもう先のない<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>だすやろ、<ruby><rb>冥途</rb><rt>あのよ</rt></ruby>で<ruby><rb>良人</rb><rt>うちの</rt></ruby>に会うて、<ruby><rb>忰</rb><rt>せがれ</rt></ruby>は<ruby><rb>名前替</rb><rt>なまへがへ</rt></ruby>に誰に口上言うて貰ふたんやと訊かれた時、成駒屋はんやでは<ruby><rb>良人</rb><rt>うちの</rt></ruby>が知りまへんやろ、あの人は一<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby><ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>だすよつて……。」

「成程な……」仕打は不足さうな返事をした。徳三郎は<ruby><rb>尖</rb><rt>とが</rt></ruby>つた鼻の<ruby><rb>孔</rb><rt>あな</rt></ruby>から<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>をすうと吐き出した。

「やはり<ruby><rb>仁左衛門</rb><rt>まつしまや</rt></ruby>にしとくなはれ、あの人やと<ruby><rb>良人</rb><rt>うちの</rt></ruby>も知つてますよつてな……」

母親はお念仏を言ふやうに頼んだ。

で、とうと璃寛の襲名興行の口上は<ruby><rb>仁左衛門</rb><rt>にざゑもん</rt></ruby>に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>められた。

三<ruby><rb>哩</rb><rt>マイル</rt></ruby>の<ruby><rb>言語</rb><rt>ことば</rt></ruby>４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

英軍が今度の戦争で発明した新しい武器に亀の甲のやうな<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“<ruby><rb>Tank</rb><rt>タンク</rt></ruby>”</span>があるのは知らぬ人もあるまい。英語ではたつた四文字で出来てゐるこの戦車が、独逸へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと Schützengräbenvernichtungsautomobil といふ、怖ろしい長い名前に変つてゐる。独逸人は何によらず、鼠の尻つ尾のやうな長い名前をつけるのが好きな国民である。

だが、英語にも随分長い言葉はある。英語で一番綴りの長い<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>は何だらうといふ事は、<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>からよく無駄話の<ruby><rb>材料</rb><rt>たね</rt></ruby>にされたもので、ある人は。<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Disproportionableness”</span>といふ二十一文字で出来てゐるのが一番長いといふと、いや、さうぢやない、その外にまだ<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Disestablishmentarianism”</span>といふ二十四字で出来てゐる<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>もあるといつて議論したものだ。

科学者がよく拵へるお手製の複合語には、<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Dichlorhydroquinonedisulphonic”</span>といふ卅文字で出来た<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>もあるが、しかし<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>の製造にかけては、どんな科学者も小説家には叶はない。チヤアルズ・キングスレエの『ウオタア・ベビイス』といふ子供の読み本を覗いた事のある人は、もつと〱長い、まるで蛇のやうな<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>して、ぎよつとした事がある筈だ。その語は、<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Necrobionepaleonthydrochthonanthropopithekology”</span>といふ、四十七文字で出来てゐる<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>だ。もしか一息にこの<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を発音する人があつたなら、褒美として独逸帝国を半分進上してもいい。

洒落好きな和田垣謙三博士は、大学の教室で学生を前に、英語で一番長い<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>は何だとよく訊いたものだ。学生が返事に困つて、顔を見合はせてゐると、博士は満足さうににやりとして、

「Smiles だよ。ＳとＳとの間が一<ruby><rb>哩</rb><rt>マイル</rt></ruby>あるぢやないか。」

と言つて、声を立てて笑つたものだ。

だが、それは博士が無学だからで、英語にはもつと長い<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>がある。外でもない、

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Beleaguered”</span>

といふ<ruby><rb>語</rb><rt>ことは</rt></ruby>で、Be と red との間が一リイグある。一リイグは<ruby><rb>約</rb><rt>およそ</rt></ruby>三哩の長さである。

林檎の<ruby><rb>冤罪</rb><rt>ゑんざい</rt></ruby>４・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

エデンの<ruby><rb>花園</rb><rt>くわゑん</rt></ruby>で、蛇に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>されてイヴが食べた<ruby><rb>果実</rb><rt>くだもの</rt></ruby>を、大抵の人は林檎だと思つてゐるらしいが、それは大きな間違で、あの果実が林檎で無かつたのは、誰よりかも私がよく知つてゐる。

歴史家の考証するところに<ruby><rb>拠</rb><rt>よ</rt></ruby>ると、エデンの<ruby><rb>花園</rb><rt>くわゑん</rt></ruby>といふのは、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にバビロニヤの事だつた。ところが、バビロニヤには林檎といふものが無かつた。丁度寺内首相の頭に髪の毛が無いと同じやうに。

だが、よく調べてみると、旧約聖書には、何処にもイヴが林檎を食つたといふ事は載つてゐない。唯樹の実を食つたといふ事だけは確に出てゐる。聖書学者の説によると、樹の実といふのは、

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Fructum”</span>

といふ<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>だつたが、いつとなくそれが、

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Pomum”</span>

といふ語に書き更へられてゐた。<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">”Pomum”</span>には<ruby><rb>普通</rb><rt>たゞ</rt></ruby>の樹の実と、林檎と、二つの意味があるので、いつの間にかイヴが食つたのは林檎だつたといふ事になつたのだ。

林檎にしてみれば、いゝ迷惑な話で、人間堕落の原因が、イヴの食つた樹の実にある以上、顔を真つ赤にしても、この点だけは言ひ争つて置かなければならぬ。唯林檎には口が無い。そして友達に弁護士も居なかつたので、今日まで黙つてゐたのに過ぎなかつた。

昨日は英語で一番綴りの長い<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>の事を言つたが、今日は林檎の冤罪を<ruby><rb>雪</rb><rt>そゝ</rt></ruby>いだお<ruby><rb>剰</rb><rt>ま</rt></ruby>けに、世界中で一番長い名前をお知らせする。それは英国の<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>屋アアサア・ペツパアといふ男の一人娘の名前で、附けも附けたり、

Anna Bertha Cecilia Diana Emily Fanny Gertrude Hypatia Inez Jane Kate Louisa Mauda Nora Ophelia Quince Rebecca Sarah Teresa Ulysses Venus Winifred Xenophon Yetty Zeus Pepper\.

といふ長つたらしいものだ。アルフワベツトが順々に頭文字に<ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>き<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>べてある所が一寸面白い。

頓陳漢５・２（夕）

政友会の三<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby><ruby><rb>忠造</rb><rt>ちゆうざう</rt></ruby>氏が、会の本部で退屈<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎに、ズウデルマンの『マグダ』を読んでゐた事があつた。『マグダ』は言ふ迄もなく、松井須磨子の出世狂言として名高い<ruby><rb>劇</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>である。三土氏は拾い読みをしながら、七面鳥のやうに顔を<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>めたり、笑つたりした。

そこへ<ruby><rb>米利堅粉</rb><rt>めりけんこ</rt></ruby>の粉袋のやうな、真つ白な頭がぬつと入つて来て、後からじつと書物を覗き込んでゐたが、暫くすると、三土氏の肩越しに長い手を出して、書物の表紙をめくつた。三土氏は驚いて後を振り向いた。そこには総裁の原敬氏が<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた。

「マグダと言ふんだな。何処かの政治家の伝記かな。」

原氏は<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに言つて、のつそりとまた<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>を出て往つた。

入れ違ひに<ruby><rb>床次</rb><rt>とこなみ</rt></ruby>竹二郎氏がその<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>に入つて来た。そして同じやうに三士氏の肩越しに、この名高い独逸の脚本を覗き込んでゐたが、暫くすると、

「マグダだね。政治家もこんな<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>まで読まなくつちやならなくなつたかな。」

と、半分は三土氏を冷かすやうに、半分はつひぞそんな本を読んだ事の無い自分を<ruby><rb>非難</rb><rt>けな</rt></ruby>すやうに言つた。そして又のつそりと出て往つた。

これと似よつた話は<ruby><rb>海老名弾正</rb><rt>えびなだんじやう</rt></ruby>氏にもある。ある日の夕方、海老名氏は<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>と味噌汁と林檎とで一杯になつた腹を抱へて、明日の日曜日のお説教を考へ込んでゐたが、ふと襖越しに<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>の一雄氏の声を聞きつけると、声を立てて<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>んだ。

「一雄、訊きたい事があるから、一寸来て呉れ。」

一雄氏は新聞記者である。牧師の<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>が新聞記者になつて悪いといふ法はない、牧師の<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>は、唯牧師にはならない方が<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>いだけの事である。

一雄氏は入つて来た。

「お<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>びですか。」

「一寸お前に訊きたいんだが……」海老名氏は旧約聖書の神様から貰ひ受けたやうな長い顎髯を<ruby><rb>扱</rb><rt>しご</rt></ruby>きながら言つた。「近頃荒尾譲介君は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしてるか、知らないかね。」

一雄氏は眼を白黒させた。荒尾譲介は言ふ迄もなく、小説『金色夜叉』に出て来る老壮士である。で、<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>い加減な返事でごまかす事にした。

「相変らず貧乏で困つてるやうですな。」

「さうか、気の毒なもんぢやな。」

と海老名氏は実際気の毒で溜らないやうに言つた。そして譲介氏が自分と近づきでないのは、あの男にとつて一生の損であるやうな顔をした。

古代更紗で<ruby><rb>大尽</rb><rt>だいじん</rt></ruby>遊び５・３（夕）

平岡熙氏といへば、例の運動好きの平岡寅之助氏の兄さんで、平岡大尽の名を取つた<ruby><rb>大通</rb><rt>だいつう</rt></ruby>である。

六十三歳の<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>まで、色々な道楽を<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>つくした人だけあつて、書画骨董もかなり<ruby><rb>目星</rb><rt>めぼし</rt></ruby>い物を集めてゐる。言ふ迄もなく<ruby><rb>鑑識</rb><rt>めがね</rt></ruby>自慢で、値段よりも自分の眼で買つたものだけに、<ruby><rb>素性</rb><rt>すじやう</rt></ruby>の立派なのに比べて、金は余り掛けてゐない。

江戸つ子に生れ合はせたのを何よりも誇りとしてゐる平岡氏は、飽きつぽい事にかけても立派な江戸つ子で、近頃所蔵の<ruby><rb>骨董物</rb><rt>こつとうもの</rt></ruby>につくづく飽きが来て、<ruby><rb>望</rb><rt>のぞ</rt></ruby>み<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>さへあつたら、今が今でも譲り度いやうな事を言ひ出した。骨董好きの多い今の世の中だ、もつと正直に言つたら、骨董で儲ける事の好きな世の中だ、それを聞くと、一度所蔵品目録を見せて欲しいと申し込んで来る者が引きも切らなかつた。

「所蔵品目録だつて」平岡氏は出て来る骨董屋の顔をじろりと横目で<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>みながら、<ruby><rb>巻舌</rb><rt>まきした</rt></ruby>で言つた。「江戸つ子がそんな目録つきで品物の取引なぞして溜るもんかい。欲しかつたら<ruby><rb>不見転</rb><rt>みずてん</rt></ruby>の事さ。」

「へへへ、不見転と申しますと……」

骨董屋は<ruby><rb>贋物</rb><rt>いかもの</rt></ruby>らしいてらてらした<ruby><rb>前額</rb><rt>ひたひ</rt></ruby>を撫でながら言つた。

「さうさね。まあ、十万円といふ所かな。」

平岡氏は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うといふ見当もつけないで、大ざつぱに言つて<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>けた。骨董屋はそれを聞くと、急に冷たい顔をして、<ruby><rb>煙草入</rb><rt>たばこいれ</rt></ruby>を腰にさして、てんでに<ruby><rb>引下</rb><rt>ひきさが</rt></ruby>つて往つた。

「胆つ玉の小さな<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>だ。」

と平岡氏は、一度は骨董屋の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の小さなのを笑つたが、来る客も来る客もが、黙つて引下つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのを見ては、流石にいゝ気持はしなかつた。で、算盤の見当をつける為めに、<ruby><rb>先日</rb><rt>このあひだ</rt></ruby>某華族の売立会があつたのを<ruby><rb>機</rb><rt>しほ</rt></ruby>に、持合せのなかから古代更紗を三反ばかし取出して、その<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>に交ぜて知らぬ顔をしてゐた。

古代更紗は<ruby><rb>好者</rb><rt>すきしや</rt></ruby>の目を<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>いて、皆で二万一千円の高値に取引された。

「それ見た事か、たつたあれだけでもう二万円といふ値段だ。やつぱり俺の目は高かつたな。」

と平岡氏は皺くちやな鼻を動かせながら得意になつたが、考へてみると、古代更紗が<ruby><rb>唯</rb><rt>たつた</rt></ruby>三反で二万円だとすると自分の所蔵品そつくりを十万円は、<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>安過ぎるやうだ。平岡氏はそれ以後二度と十万円を口に出さなくなつた。

だが、平岡氏は江戸つ子である。江戸つ子が更紗を二万円に売つてほく〱もので居るのは気が咎めてならない。

「俺も江戸つ子だ、一反分だけ吐き出して一つ陽気に騒いでやらう。」

かう心に決めた平岡氏は、その遊び方として芸者<ruby><rb>幇間</rb><rt>たいこ</rt></ruby>を連れて東海道五十三次を東から西へ繰出さうといふ事にした。

「いゝ事を思ひ<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いたもんだ。<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>から俺の頭は善かつたが、今だに善いと見えるて。」

平岡氏は満足さうに首を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて喜んだ。で、会ふ人毎に東海道行きを勧めてみるが、誰一人連れ立つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かうといふ者がゐない。

<ruby><rb>俘虜</rb><rt>ふりよ</rt></ruby>の紹介状５・４（夕）

英国の陸軍将校をたんとぶち込んでゐる独逸の俘虜収容所に、一人の軍曹がある。神信心の深い方で、

「汝の敵を愛せよ。」

と言つた耶蘇の言葉を文字通りに取つて、気の毒な俘虜を並外れて<ruby><rb>労</rb><rt>いた</rt></ruby>はるところから、いつとなく<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>にゐる人達と懇意になつて、毎朝顔を見合はすと、仲のいい友達のやうに、につと笑ふ程の<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>になつた。

ある朝の事、軍曹は<ruby><rb>洋袴</rb><rt>ヅボン</rt></ruby>の隠しに両手を<ruby><rb>挿</rb><rt>さ</rt></ruby>し込んだ儘、妙に<ruby><rb>悄気</rb><rt>しよげ</rt></ruby>た顔をして入つて来た。それを見た俘虜の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>が訊いた。

「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたい、ひどく<ruby><rb>滅入</rb><rt>めい</rt></ruby>つてるぢやないか。」

「いよ〱お別れが来ました。二三日<ruby><rb>中</rb><rt>ぢゆう</rt></ruby>に<ruby><rb>貴方方</rb><rt>あなたがた</rt></ruby>と別れなくつちやならんかも知れん。」軍曹は<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに悲しさうな眼つきをして言つた。

<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を聞くと、自分はいつ迄も収容所にゐて、気の毒な「敵を愛し」たいのだが、今度<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>戦地へ送り出されて、前戦へ立たなければならなくなつたといふのだ。

「僕は戦線へ立つと、屹度俘虜になるやうな気がしてならない。」軍曹は<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちや</rt></ruby>の笛のやうな悲しさうな声で言つた。「で、貴方方に一つお願ひがあるんだが<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>いては貰へまいか知ら。」

「願ひといふと……」将校の一人が営養不良の顔を突出しながら訊いた。

「外でもない、紹介状が書いて貰ひたいんです。俘虜になつた折の……」軍曹は言ひ<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>さうに頼んだ。「収容所にぶち込まれても、僕だけは成るべく別取扱ひがして貰へるやうに……」

英国の将校達は顔を見合せて笑つた。そして言ふ事が面白いからと言つて、早速英語の紹介状を一通書いて渡した。軍曹は無論英語は読めなかつたが、にこにこもので、<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か礼を言つてポケツトに押し込んだ。

軍曹は戦線へ出ると、案の定<ruby><rb>蘇格蘭</rb><rt>スコツトランド</rt></ruby>兵と戦つて俘虜になつた。軍曹は将校の前へ引出されると、<ruby><rb>待設</rb><rt>まちまう</rt></ruby>けてゐたやうに内ポケツトから、例の紹介状を出した。将校は不審さうに眉を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めて、それを読み<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>してゐたが、暫くすると腹の底から<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>り上げるやうに笑ひ出した。手紙にはかう書いてあつた。

「この男はＬといふ軍曹です。悪い奴ぢやありません。別扱ひにして欲しいと言ひますから、一度に撃ち殺さないで、ゆつくり<ruby><rb>苛</rb><rt>いぢ</rt></ruby>め殺してやつて下さい。」

三弗で５・６（夕）

罪のない子役のませた<ruby><rb>仕草</rb><rt>しぐさ</rt></ruby>は、<ruby><rb>涙脆</rb><rt>なみだもろ</rt></ruby>い<ruby><rb>桟敷</rb><rt>さじき</rt></ruby>の<ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>客を直ぐ泣かせる事が出来るので、横着な<ruby><rb>興行師</rb><rt>しうち</rt></ruby>や<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>やは、成るべく<ruby><rb>年端</rb><rt>としは</rt></ruby>も<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かない、柄の小さい子役を舞台に立たせようとする。

<ruby><rb>波蘭</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>生れのピアノ弾き、ヨセフ・ホフマンは六歳の時にピアノの初演奏をしたといふ程あつて、早熟者の多い音楽家のなかでも、とりわけ早熟の天才として名高い男だつた。演奏をしに米国へ渡つたのは、確か十歳頃だつたと覚えてゐるが<ruby><rb>悪戯盛</rb><rt>いたづらさか</rt></ruby>りの子供が汗を垂らして難曲に無中になつてゐる<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>が、余りにいぢらしいといつて、幼児虐待防止会から抗議の申込があつた程だつた。

そのホフマンが（無論大人になつてからの事だ）ある時、<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きつけの料理屋で<ruby><rb>晩食</rb><rt>ばんめし</rt></ruby>を食つた。勘定を済ましてそろ〱出掛けようとすると、向ふの<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に居た五六人の客のなかから、<ruby><rb>剽軽者</rb><rt>へうきんもの</rt></ruby>らしい一人の男が呼びかけた。

「ちよいと、ホフマンさん、暫くお待ち下さいませんか。」

音楽家は黙つて、<ruby><rb>後方</rb><rt>うしろ</rt></ruby>を振りかへつた。そこには五六人の客が居合はせたが、誰一人<ruby><rb>見知</rb><rt>みし</rt></ruby>り<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>しの男は居なかつた。剽軽な男は椅子の上から、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>伸</rb><rt>のば</rt></ruby>しざま、ホフマンに言つた。

「よくお待ち下さいました。別に用事と言つては無いんですが、もしか私が今お<ruby><rb>喚</rb><rt>よ</rt></ruby>びとめしなかつたら、貴方はどこまで真直にお出掛けになるお積りだつたんです。」

皆は声を揃へて笑ひ出した。剽軽な男は名高い音楽家に<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>つた嬉しさに、鼻をくん〱言はせて喜んだ。

ホフマンは眉毛一本動かさうとしなかつた。<ruby><rb>棒杭</rb><rt>ぼうぐひ</rt></ruby>のやうに突立つて、じつと剽軽な男の顔を見つめてゐた。そこらの<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に居合はせた人達は、じつと鳴りを鎮めて、この音楽家の返答を待つてゐた。ホフマンは静かな声で言つた。

「よくお喚びとめ下すつた。世界中に私が喜んで呼びとめられるのは、先づ貴方位のもんでせうよ。」かう言つて、音楽家はポケツトから財布を取り出して見せた。「御覧の通りここに三弗入つてます、この金で<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かれるところまで<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのでさ。」

<ruby><rb>梅玉</rb><rt>ばいぎよく</rt></ruby>と桜島５・８（夕）

仁左衛門が大阪に乗込んだのと、擦れ違ひざま、岡山へ<ruby><rb>発</rb><rt>た</rt></ruby>つた鴈治郎梅玉一座は、中国から九州各地を打つて廻つて、最後に鹿児島へ入るさうだが、その鹿児島の興行だけは、俳優には<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>で、今だに<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が伏せてある。

尤も俳優の誰彼は、<ruby><rb>夙</rb><rt>とつ</rt></ruby>くに鹿児島行きを聞き込んで、楽みにしてゐるらしいが、たつた一人梅玉だけは熊本の興行を<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>留</rb><rt>ど</rt></ruby>めに、真つ直に帰つて来るものだと思つてゐる。

いつだつたかの九州行きに、うつかり鹿児島乗込の事をこの老人に話した事があつた。すると老人は<ruby><rb>所剥</rb><rt>ところは</rt></ruby>げのした<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>の顔を急に横に振り出した。

「鹿児島へ往くんだすか、そやつたら勝手を言うて済みまへんが、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>一人脱けさして貰ひませう。」

<ruby><rb>興行師</rb><rt>しうち</rt></ruby>は呆気にとられて梅玉の顔を見た。

「そない仰有らんと、一つお出掛が願へまへんやろか、お聞きの通り、途方もない前景気だすよつてな。」

「いや、鹿児島やつたらお断りしまんね。」梅玉の返事には<ruby><rb>膠</rb><rt>にべ</rt></ruby>も<ruby><rb>艶</rb><rt>つや</rt></ruby>もなかつた。

「なんで、そない鹿児島がお嫌ひだんね。」<ruby><rb>興行師</rb><rt>しうち</rt></ruby>は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よなひ</span>で済む事なら、済ませたいやうな<ruby><rb>口振</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>だつた。

「そやかて見なはれ、鹿児島には桜島がおまつしやろ。」梅玉は肩を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>ぶつて<ruby><rb>義歯</rb><rt>いれば</rt></ruby>をかち〱言はせた。「桜島がまた爆発でもしてみなはれ、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>うおまんがな。」

<ruby><rb>興行師</rb><rt>しうち</rt></ruby>が何と言つても、梅玉は桜島が<ruby><rb>恐</rb><rt>こは</rt></ruby>いと言つて、いつかな鹿児島行を<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>き入れなかつた。

桜島は今だに鹿児島湾のなかに<ruby><rb>突立</rb><rt>つきた</rt></ruby>つて、<ruby><rb>暢気坊</rb><rt>のんきばう</rt></ruby>のやうにすぱり〱と<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>を吹いてゐる。梅玉が今度の巡業に、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>賺</rb><rt>すか</rt></ruby>されて鹿児島へ乗込むかは一寸<ruby><rb>見物</rb><rt>みもの</rt></ruby>である。<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>好きな桜島は、相手が老人だからと言つて少しも容捨はしないだらう。

観樹老と末松夫人５・９（夕）

今京都に泊つて、<ruby><rb>山県</rb><rt>やまがた</rt></ruby>公や西園寺侯を訪ねては、持前の無駄口を利いてゐる三浦観樹老は、生れつきの<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>で、自分の遊戯慾さへ満足させる事が出来たなら、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の迷惑などは一向構はないといつた風な<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>だ。狸にはよくかういふのがある。

話は古いが、御大典の当時、二条離宮で群臣に<ruby><rb>大饗</rb><rt>おほあへ</rt></ruby>を賜つた。その折婦人<ruby><rb>溜</rb><rt>たま</rt></ruby>り<ruby><rb>所</rb><rt>しよ</rt></ruby>には、父親や財産のおかげで、結構な亭主を持つ事の出来た多くの婦人達が、<ruby><rb>紙雛</rb><rt>かみひな</rt></ruby>のやうにきちんと、そしてまた紙雛のやうに何一つ考へないで立つてゐた。

<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>どそこへ通りかゝつたのが三浦観樹老だつた。老人は京の<ruby><rb>底冷</rb><rt>そこびえ</rt></ruby>に、風邪でも引いたかして、泡のやうな<ruby><rb>洟</rb><rt>みづはな</rt></ruby>を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>つてゐたが、ふと自分が今通りかゝつてゐるのは、婦人溜所の前だなと気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、ひよいと<ruby><rb>歩</rb><rt>あし</rt></ruby>をとめてその方へ振向いた。

「いよう<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>揃つてゐるな。」

と老人はその中に<ruby><rb>見知越</rb><rt>みしりごし</rt></ruby>の顔を見つけ出さうと、<ruby><rb>狡</rb><rt>こす</rt></ruby>さうな眼つきで皆の顔を見比べた。すると、一番前に末松<ruby><rb>謙澄</rb><rt>けんちよう</rt></ruby>氏夫人が立つてゐるのが見つかつた。老人は鼻を鳴らして喜んだ。

「末松さん、あんたも<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に居なすつたのかい。」

末松夫人は<ruby><rb>先刻</rb><rt>きつき</rt></ruby>から悪い者が通りかゝつたと思つて、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>乾葡萄</rb><rt>ほしぶだう</rt></ruby>のやうに平べつたくして、成るべく見つからないやうにしてゐたが、老人に呼びかけられて、強ひて<ruby><rb>捩</rb><rt>ね</rt></ruby>ぢ曲げるやうに笑顔を作つた。

「まあ、三浦さん、相変らずお達者で何よりでございますわね。」

「あんたもお婆さんになつたもんだな。」老人は夫人の挨拶などは耳に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らぬらしく、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と調子を高めて皮肉を言つた。「以前よく<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ運びに来ては、<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>の膝で<ruby><rb>小便垂</rb><rt>おしつこた</rt></ruby>れをしたもんだが……」

老人はかう言つて、得意さうに居並んだ婦人達の顔を見た。

末松夫人は<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほほづき</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>真</rb><rt>ま</rt></ruby>つ<ruby><rb>紅</rb><rt>か</rt></ruby>になつた。そして泣き顔をして両手で老人を拝むやうな真似をした。その手は枢密院顧問官の<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>を、首根つこで押へつけて<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうに鳴かす事の出来る立派な<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>である。

「三浦さん、拝みますよ、どうぞ<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にも言はないで下さいまし。」

老人はそれを見ると、初めて<ruby><rb>老年</rb><rt>としより</rt></ruby>の偉さを皆に見せつける事が出来たやうに、咽喉をころころ鳴らしながら、<ruby><rb>跑</rb><rt>だく</rt></ruby>を踏むやうな<ruby><rb>歩</rb><rt>あし</rt></ruby>つきで前を通つて往つた。

馬の慈善事業５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

<ruby><rb>波蘭</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>の滅亡史を読んだ事のある者で、国士コスチウスコオの思ひせまつた苦衷に、涙を流さないものはたんとあるまい。

コスチウスコオは<ruby><rb>性来</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>慈悲深い男だつた。慈悲深いといふのは、美しい指環のはまつた手で慈善音楽会の切符を押売する事を言ふのでは無い。場合によつたら、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>のためにその美しい手から血を流す事をいふのだ。

コスチウスコオがある時、隣り村の<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんの<ruby><rb>許</rb><rt>ところ</rt></ruby>へ葡萄酒の進物をしようとした事があつた。その<ruby><rb>使者</rb><rt>つかひ</rt></ruby>として<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>が呼び出された。<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は御主人の<ruby><rb>命令</rb><rt>いひつけ</rt></ruby>で、その<ruby><rb>飼馬</rb><rt>かひうま</rt></ruby>を引き出してそれに乗る事にした。

<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は葡萄酒の<ruby><rb>罎</rb><rt>びん</rt></ruby>を引つ抱へて、鞍の上で大威張に<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>ん<ruby><rb>反</rb><rt>ぞ</rt></ruby>りかへつてゐた。一体馬の尻について歩くのと、馬の背中に反りかへつてゐるのとでは、<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>人生観が<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つて来るもので、<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は哲学書の二三冊も読んだらしい気取つた顔つきで、じろじろ<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>の人を<ruby><rb>見下</rb><rt>みおろ</rt></ruby>してゐた。

すると、町の角から貧乏人が一人のそ〱這ひ出して来て馬の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つた。

「旦那、お手の内を戴かせて貰ひませう。」

<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は素知らぬ顔で<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いてゐたが、馬はそこに突立つて一足も前に乗り出さうとしなかつた。で、<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は無けなしの財布から幾らか<ruby><rb>摘</rb><rt>つま</rt></ruby>み出して貧乏人の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に載つけてやつた。すると馬は納得したやうにぽか〱歩き出した。

物の五町と歩かないうちに<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>の財布は空つぽになつた。でも、馬は貧乏人と見ると、立停つて動かないので、<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>もとうと善い事を発明した。それは何か知ら、施しを呉れてやる真似をする事で、さうすると、馬は安心してまた歩き出した。

<ruby><rb>馬丁</rb><rt>べつたう</rt></ruby>は使ひ先から帰つて来ると、いきなり旦那の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>へ駈込んで来た。

「旦那、もう貴方様の馬に乗る事だけは御免を蒙りやす。たつて乗らなければならないものなら、旦那の財布も一緒にお<ruby><rb>貸</rb><rt>かし</rt></ruby>なすつて下さい。」

コスチウスコオが、貧乏人さへ見れば施しを呉れてやつたのは、別段賞める程でもないが、馬が徳川<ruby><rb>家達</rb><rt>いへさと</rt></ruby>公と一緒に、貧民救助が好きだつたのは偉いと言はなければならぬ。馬が華族でなかつたのは何よりも残念である。

実業家の漢語５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

<ruby><rb>勝田</rb><rt>しようだ</rt></ruby>蔵相が最近大阪に乗込んで来た時、その旅館は御機嫌伺ひに頭を下げに往つた実業家で一杯になつたが、なかに大阪の某銀行の頭取だといふ爺さんが<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐた。

頭取はそこらに<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>かへる</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>つくば</rt></ruby>つてゐる人達を掻き分けるやうにして前へ<ruby><rb>膝行</rb><rt>にじ</rt></ruby>り出した。

「閣下、私はＡ銀行の頭取<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>と申します者でございます。」頭取は<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>一杯の大きな名刺を取り出して、直訴でもするやうに前に突き出した。「御案内でもございませうが、Ａ銀行もすつかりと整理が出来上りまして、お蔭で営業も至極順調に赴いて参りました……。」

頭取はかう言つて、それが蔵相のお蔭ででもあるやうに<ruby><rb>鄭寧</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に頭を下げたが、その一刹那、何か難かしい漢語でも使つて、自分が一ぱし<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>だといふ事を、居合はす皆の前で吹聴したかつた。で、一段と調子を張りあげて、

「今ではまるで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">門前雀羅を張る</span>といつたやうな好景気でございまして……」

居合はす実業家達は、頭取がかうした気の利いた漢語を知つてゐるのが羨ましさうな眼つきをして、互に顔を見合はせた。たつた一人勝田蔵相ばかりは流石に一寸吹き出さうとしたが、その瞬間大臣といふものは、滅多に笑つてはならない事を思ひ出して、強ひて顔を捩ぢ曲げるやうにして笑ひを噛み殺した。

そこへひよつくりと顔を出したのは、神戸の山下亀三郎氏だつた。戦時利得税をうんと<ruby><rb>背負</rb><rt>しよ</rt></ruby>はなければならない筈の山下氏は、それだけ<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>より大きな声を張り上げる資格がある者のやうに、図技けた牛のやうな調子で蔵相に挨拶した。

「閣下、大阪も結構ですが、神戸にもお出掛けが願へますまいか、つい眼と鼻の先の間でございますから、是非一つ吾々のために<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">犬馬の労</span>が取つて戴きたいもんで……」

居合はす実業家達は、この<ruby><rb>難</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしい<ruby><rb>漢語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を聞くと、また感心したやうに一斉に首を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。勝田蔵相は苦し紛れに「犬馬」のやうにあんぐり口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて笑つた。――暫くして客がどやどや帰つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと、蔵相は両手をさしあげて、大きな<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>をした。

「上方の実業家と応対するのは、なか〱骨が折れるわい。いろんな漢語の使ひ方を<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>へてゐなくちやならんからな。」

名文句５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

米国の<ruby><rb>勃士敦</rb><rt>ボストン</rt></ruby>にペン先きの製造業者がある。数多い同業者を<ruby><rb>圧倒</rb><rt>おしたふ</rt></ruby>して、店のペン先きを<ruby><rb>売</rb><rt>う</rt></ruby>り<ruby><rb>弘</rb><rt>ひろ</rt></ruby>めようとするには、何でも広告を利用する外には良い方法は無かつた。で、一千<ruby><rb>弗</rb><rt>ドル</rt></ruby>の懸賞附きで、ペンに関する独創的な名文句を募集する事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めた。

懸賞附きの広告が発表せられると、方々から応募原稿が山のやうに集まつて来た。<ruby><rb>整理掛</rb><rt>せいりがか</rt></ruby>りが汗みづくになつて、それを取り調べてゐると、なかに一通大判な用紙に、剣先で書いたかと思はれるやうな太い文字で、

「ペンは剣よりも偉大なり。」

と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めてあるのがあつた。そして御叮嚀に附箋までして、

「一寸都合がありますから、懸賞金は電報為替でお送り下さるやうに。」

と<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>へ<ruby><rb>書</rb><rt>がき</rt></ruby>までしてあつた。

<ruby><rb>整理掛</rb><rt>せいりがかり</rt></ruby>は、それを見て一寸<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>つてみたくなつた。で、早速手紙を出して、貴方の応募原稿は素晴しく立派に出来てゐるが、あれだけの名文句が貴方の独創であるといふ証拠さへあつたら、懸賞金は直ぐにお届けしようと言つてやつた。

すると、折り返して返事が来た。一体<ruby><rb>直</rb><rt>ぢき</rt></ruby>に手紙の返事を<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>す人には神信心の厚い、正直者が多いものだが、この応募者も察する所、正直者だつたに相違ない。返事にはかうあつた。

「私の送つた文句は、私が何処かで読み覚えたものか、それとも自分の頭から出たものか、はつきりとは申し上げられません。然し私は今日迄本といつては、<ruby><rb>国民読本</rb><rt>こくみんとくほん</rt></ruby>と旧約聖書の<ruby><rb>箴言</rb><rt>しんげん</rt></ruby>しか読んだ事がありませんから、この二つの本に無い文句なら、私の拵へたものとしても差支ない筈です。重ねて申します、懸賞金を折返し電報為替で送つて下さい。」

だが、笑つては<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けない、この応募者は読本と箴言と――書物を二冊も読んでゐる。書物を二冊も読むといふ事は、日本では贅沢の沙汰だとしてある。

応挙の蕎麦屋５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

美術批評家の坂井<ruby><rb>犀水</rb><rt>せいすい</rt></ruby>氏が、京都へ来て、竹内栖鳳氏を訪ねた事があつた。夫人と二人で<ruby><rb>紙治</rb><rt>かみぢ</rt></ruby>の芝居を<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>る位さばけた<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>の事だ、きつと面白い気の利いた<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>があるだらうと、犀水氏は楽みにして出かけたものだ。

犀水氏は栖鳳氏の玄関に立つた。玄関には何処かの註文だと見えて、素晴しい六曲金屏風が立てかけてあつた。屏風には墨絵の山水が<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>きかけてあつたが、何処か気に入らぬ節があつたと見えて、太い墨筆で、惜し気もなくさつと十文字に塗り消してあつた。

犀水氏は主人の画室に通された。栖鳳氏は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に拡げた<ruby><rb>紙本</rb><rt>しぼん</rt></ruby>に一<ruby><rb>箇</rb><rt>つ</rt></ruby>百円もしさうな<ruby><rb>唐茄子</rb><rt>たうなす</rt></ruby>を<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>きかけてゐたが、客が入つて来たのを見ると、絵筆を投げて<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>に向き直つた。

「や、お出でなさい、よく<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らつしやいました……。」

かう言つて、絵の作家と批評家とは向き合つた。大抵の場合、作家と批評家とが向き合ふと、<ruby><rb>表</rb><rt>うは</rt></ruby>つ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>は互に感心したやうな事を言つて、腹のなかでは<ruby><rb>孰方</rb><rt>どつち</rt></ruby>からも馬鹿にし合つてゐるものなのだ。二人は持合せのお世辞を取り交した。もしかお互に狐のやうな尻つ尾を持つてゐたなら、犀水氏は立派な<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は皆尻つ尾を持つてるものだと言ふだらうし、栖鳳氏も<ruby><rb>傑</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れた批評家は大抵さうだとお<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいそ</rt></ruby>を言つたに相違なかつた。

談話の途中で、腰を折曲げるやうにして執事が入つて来た。手には幾通かの紙包を持つてゐた。

「今朝方から註文がまたこない参りまして、……」執事は紙包を画家の前に押し並べた。包みには五百円とか千円とか書いてあつた。「一応お断りしましたんやが、それでも無理矢理に置いて参りましてな。」

「そないお預りしといたかて<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>けへんさかい、一々あとからお返しして。」

<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>は汚い物のやうに、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いて言つた。

それを目の前で見せつけられた犀水氏は、宿に帰つて、一部始終を<ruby><rb>相宿</rb><rt>あひやど</rt></ruby>の黒田清輝氏と岩村透氏とに話した。二人は仏蘭西<ruby><rb>仕込</rb><rt>しこ</rt></ruby>みの、<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>にかけては誰に<ruby><rb>負</rb><rt>ひけ</rt></ruby>を取らない人達である。

「それは面白い、一度そんな紙包を俺達にも見せて貰はうぢやないか。」

二人は早速あとからまた栖鳳氏の<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>を訪ねて往つた。

だが、今度は執事は何物も持出さなかつた、いや、持出さなかつたのではない、紙包みの代りに羊羹の入つた菓子器を持ち出して、叮嚀に頭を下げて引きさがつた。――暫く経つて、黒田氏と岩村氏とは失望して外へ出た。口の悪い岩村氏は黒田氏に言つた。

「まるで応挙がお蕎麦屋の店を出してるやうぢやないか。」

黒田氏は何の事だか、よくは判らなかつたが、「フフン」と言つて唯笑つて置いた。<ruby><rb>凡</rb><rt>すべ</rt></ruby>てよく判らぬ事は、笑つておくに限る。

女の顎髯５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

戦争と顎髯――といふと、何の事だらうと、変に小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げる人があるかも知れないが、戦争では<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>の様に、さう〱顔を<ruby><rb>剃</rb><rt>そ</rt></ruby>る事も出来ないので、顎髯は伸び放題に伸びる。それが戦争後もずつとその儘<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>やして置かれるか、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかといふ事が、<ruby><rb>後方</rb><rt>あちら</rt></ruby>では今<ruby><rb>好事家</rb><rt>かうずか</rt></ruby>仲間の話題になつてゐる。

日露戦争後、生き残つた兵士の多くが鼻の下にちよつぴり記念の髯を生やしてゐたのは、誰もがよく覚えてゐる事だ。一体髯を生やしたり、剃つたりするのは、何かの<ruby><rb>機会</rb><rt>きつかけ</rt></ruby>がないと一寸<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>難</rb><rt>に</rt></ruby>くいもので、米国でも南北戦争以前までは、今の米国人のやうに、顔を綺麗に剃つたものだが、戦争後は顎髯を伸ばす事が<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>つて、一頻りそれが無いものは肩身の狭いやうな思ひをする事さへあつた。

それにつけて、今度の戦争が済むで暫くは、屹度顎髯の流行する時代が来るだらうと、予言してゐる者がある。――少くとも顎髯のないものは、戦争の洗礼を受けなかつた者として、<ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>達から<ruby><rb>蔑</rb><rt>さげす</rt></ruby>まれるに相違ない。<ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>に蔑まれまい為には、<ruby><rb>男子</rb><rt>をとこ</rt></ruby>といふ<ruby><rb>男子</rb><rt>をとこ</rt></ruby>は、蛙の様にとんぼ返りまでもするものである。顎髯を伸ばす位は何でもない事である。

顎髯といへば、女にもそれを持つてゐた人達は少くない。<ruby><rb>日耳曼</rb><rt>ゼルマン</rt></ruby>皇帝マキシミリヤン一世の娘に長い顎髯を持つてゐるのがあつたのは名高い話だ。一七〇九年プルトワの戦役で、捕虜になつた或る婦人が、一尺五寸もある顎髯を生やしてゐるといふので、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>彼得</rb><rt>ピイタア</rt></ruby>大帝の前に引張り出されて、御感にあづかつた事があつた。――やくざな男すら、顎髯を生やさうといふ世の中である。女がそれを真似たところで少しの差支もない。

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の茶話で神戸の山下亀三郎氏が勝田蔵相にうつかり「犬馬の労を取つて欲しい」と言つたといふ事を書いた。すると、山下氏の事業に<ruby><rb>干</rb><rt>たづさ</rt></ruby>はつてゐる<ruby><rb>箕輪益夫</rb><rt>みのわますを</rt></ruby>氏から、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>正誤書が来た。それに<ruby><rb>拠</rb><rt>よ</rt></ruby>ると、山下氏はいつも漢詩を<ruby><rb>弄</rb><rt>ひねく</rt></ruby>つてゐる位だから、そんな間違はない筈だといふのである。山下氏が漢詩人だとは初耳で、結構な事である。茶話子は詩人と婦人と<ruby><rb>木兎</rb><rt>みゝづく</rt></ruby>とは大好きだから、この三者からの申込みだつたらどんな事でも信用する。

巻煙草の吸ひ殻５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>へ遊びにゆく客といふものは、大抵見え坊で、<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>はぴいぴいでも、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>には山を<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ、<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を購ひ、馬を購ひ、郵便切手を購ひ、お<ruby><rb>剰</rb><rt>つり</rt></ruby>で若い<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>の<ruby><rb>微笑</rb><rt>わらひ</rt></ruby>を購ふ位の<ruby><rb>財貨</rb><rt>かね</rt></ruby>は、いつも持合はせてゐるらしい顔つきをしてゐるものだ。

<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の煙草盆には、たつた一口か二口か<ruby><rb>喫</rb><rt>す</rt></ruby>つたばかしの巻煙草が、無造作に灰のなかに突きさゝれてゐるのが多い。<ruby><rb>一寸見</rb><rt>ちよつとみ</rt></ruby>は贅沢なやうだが、精々二十銭やそこいらの金で、若い<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>の前に男の虚栄心を満足さす事が出来るなら、こんな<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>い贅沢はない筈だ。

<ruby><rb>南地</rb><rt>みなみ</rt></ruby>に<ruby><rb>相応</rb><rt>かなり</rt></ruby>な<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>がある。そこの主人はしよつちゆう塩原多助の講談を愛読してゐて、自分も多助のやうに道に落ちた草履でも拾つてみたく思つたが、草履には土がへばり着いてゐるので、少し<ruby><rb>穢苦</rb><rt>むさくる</rt></ruby>しかつた。で、お坐敷から下りて来る煙草盆の中から、お客が喫ひさしの巻煙草を一つ一つ拾ひ上げる事にした。尤もそれを拾ふには、<ruby><rb>仲居</rb><rt>なかゐ</rt></ruby>といふ良い役があつた。自分は唯<ruby><rb>懐手</rb><rt>ふところで</rt></ruby>をして見てゐればいいので、こんな結構な多助は無いと、主人は思つた。

主人は月の二十一日には、<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうにお大師参りをする。お大師参りの途中には、薄汚い、物貰ひが居て、<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>がま</rt></ruby>のやうに土の上にかい<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>つくば</rt></ruby>つてゐた。<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の主人は、それを見る度に何がな施して<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>りたいとは思つてゐたが、どうしても恰好な物が思ひ当らなかつた。お<ruby><rb>鳥目</rb><rt>てうもく</rt></ruby>といふものもあつたが、主人の考へでは、あれは<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>から貰ふもので、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に呉れてやるものではなかつた。――所が、ふと思ひついたのは<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の巻煙草で、主人はせつせと拾い溜めた。そして<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>で、物貰ひを見掛けると、そのなかから、五六本づつ取り出しては恵んでやつた。

「お乞食め、あない喜んでら。」<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の主人は嬉しさうな物貰ひの顔を見て心底から満足した。「吾ながら善い事を思ひついたもんだて。お大師さんかて、こない発明やなかつたかも知れんな。」

物の値段は<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の主人には相談なしに<ruby><rb>騰</rb><rt>あが</rt></ruby>つて来た。十銭の煙草は十二銭になつた。遊びに来る客は相変らず山を購ひ、邸を購ひ、馬を購ひ、郵便切手を購ひ、お剰で若い妓の微笑が購へさうな顔をしてゐるが、喫ひさしの煙草は段々短くなつて来た。<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の主人は煙草盆を覗き込みながら<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>なささうに<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。

「<ruby><rb>吝</rb><rt>しみ</rt></ruby>つたれやな、こんなやとお<ruby><rb>菰</rb><rt>こも</rt></ruby>に施しも<ruby><rb>出来</rb><rt>でけ</rt></ruby>へんがな。」

それから一月経つた。二月経つた。三月四月経つた。煙草盆のなかの喫ひさしは段々また長くなつた。すると、一たん<ruby><rb>悄気</rb><rt>しよげ</rt></ruby>かへつた<ruby><rb>青楼</rb><rt>ちやや</rt></ruby>の主人の顔はまた晴々しくなつた。さうして月の二十一日が来ると、朝早く<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を出て、<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>乞食を見ると、袂から例のを<ruby><rb>撮</rb><rt>つま</rt></ruby>み出して、まるで慈悲深い王様ででもあるやうに反りかへつてゐる。

原敬氏と鯛の盆５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

政友会総裁原敬氏が、最近北国遊説の<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>すがら、越中高岡の商品陳列所へ往つた事があつた。名士といはれる人達が、かういふ所へ出掛けると、記念のため何か<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ取らなければならないのを原敬氏はよく知つてゐた。

羽織袴で出迎へた陳列所の関係者達は、名高い政友会の総裁が、どんな素晴しい買物をするだらうかと興味を持つて待設けた。事によつたら陳列所の品物全部を、根こそぎ買ひ取らうとでも言ひ出しはしなからうかと思つて、内心<ruby><rb>怯々</rb><rt>びく〱</rt></ruby>ものでゐた。

原氏は五人前一円五十銭の煎茶茶碗を買つた。一組二円の吸物椀を買つた。硯箱、巻煙草入、灰落し……やくざな政党員のやうな安物ばかり買取つた。そして正札三十円と値段のついた七<ruby><rb>宝</rb><rt>ぽう</rt></ruby>の花瓶が目につくと、まるで<ruby><rb>仲違</rb><rt>なかたが</rt></ruby>ひの加藤高明氏にでも出会つたやうに、顔を<ruby><rb>反</rb><rt>そむ</rt></ruby>けてそつと通り過ぎた。

ふと<ruby><rb>欅</rb><rt>けやき</rt></ruby>の<ruby><rb>刳</rb><rt>く</rt></ruby>り<ruby><rb>盆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>が原氏の目にとまつた。それは田舎の村長などの好きさうな鯛の恰好をしたもので二円三十銭といふ札が付いてゐた。

「高橋君……」原氏は秘書役の高橋光威氏を振りかへつた。「あの盆を一つ買つておいてくれ。」

「盆でございますか、あの鯛の恰好をした……」

高橋氏は変な眼つきをしてその盆を見た。高橋氏は原氏の夫人から言ひつかつてゐる事がある。それは原氏が旅へ出ると、いつも<ruby><rb>無益</rb><rt>やくざ</rt></ruby>な買物ばかりするので、成るべく<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐて<ruby><rb>留</rb><rt>と</rt></ruby>め<ruby><rb>立</rb><rt>だて</rt></ruby>して欲しいといふ事なのだ。高橋氏は頭のなかに、原夫人の険しい顔を思ひ浮べた。

そこへのつそりやつて来たのは小林源蔵氏だつた。小林氏は猟師のやうな眼付をして一寸その盆を見たが、すぐ吐き出すやうに言つた。

「これは<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>かん。この鯛はまるで死んどる。」

「死んでたつて<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>いぢやないか。」強情な原氏は小林氏を尻目にかけた。「腐つても鯛といふ事がある。」

小林氏は<ruby><rb>行詰</rb><rt>ゆきつま</rt></ruby>つたやうに、口をもぐもぐさせた。そこへ煎茶茶碗や、吸物椀や、灰落しのやうな、安物の政友会代議士が五六人どやどやと入つて来た。そして鯛の刳り盆を見ると、てんでに言ひ合はせたやうに首をひねつた。

「これは<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けませんね。幾ら何だつて総裁のお買物ぢやありませんよ。」

「それが<ruby><rb>輿論</rb><rt>よろん</rt></ruby>か……」原氏は髯のない口元をへし曲げるやうにして、皮肉な笑ひを見せた。「輿論なら仕方がない、それぢや買はない事にしよう。」

皆は手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>つて喜んだ。いつも総裁の言ふが儘になつてゐる彼等にとつては、こんな事で強情つ張りな総裁の言ひ分を捨てさせたのが何よりも嬉しかつたのだ。

だが、それは<ruby><rb>糠喜</rb><rt>ぬかよろこ</rt></ruby>びであつた。原氏は夕方宿へ着くと、こつそり高橋氏を陳列所にやつた。そして<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の鯛の刳盆を買ひ取らせて来た。高橋氏は原夫人の険しい顔を思ひ浮べながら二円三十銭を仕払つた。

お<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばあ</rt></ruby>様と<ruby><rb>黒猩々</rb><rt>くろしやう〲</rt></ruby>５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

最近西部戦線で、独軍の砲弾の<ruby><rb>破片</rb><rt>かけら</rt></ruby>に撃たれた仏蘭西娘の一人が<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>の病院に収容された。傷は程なく<ruby><rb>癒</rb><rt>い</rt></ruby>えたが、困つた事にはすつかり記憶を<ruby><rb>失</rb><rt>な</rt></ruby>くしてしまつて、何を訊いても返事一つ出来ない。

「<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さんの名は何といふの。」

医者は猫のやうな物柔かな声で訊いた。娘は<ruby><rb>睫毛</rb><rt>まつげ</rt></ruby>一つ動かさうとしなかつた。

「それぢや<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さんは何といふの、覚えてゐるだらう。」

医者は娘の顔を覗き込むやうにして訊いた。娘はつんと済ましきつて<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いた。

医者は何とかして口を利かせたいものだと、頭を絞つて色々の<ruby><rb>手段</rb><rt>てだて</rt></ruby>を試してみたが、小娘は髪の毛一つ動かさない済ました顔で、石のやうに黙りこくつてゐる。かうしてさんざ<ruby><rb>焦慮</rb><rt>じら</rt></ruby>しぬいた末、

「馬鹿！」

と、一声<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>きでもしたら面白かつたのだが、小娘は実際医者の馬鹿なのを知らなかつたかして、いつ迄も黙りこくつた儘で居た。

医者はとうと善い事を考へついて、小娘を動物園に連れて往つた。人間に出来ない事で、動物には手もなく出来る事がよくあるものだ。小娘は獅子を見た。虎を見た。新聞記者のやうに忙しさうにしてゐる豹を見た。弁護士のやうに<ruby><rb>喋舌</rb><rt>ぺちや</rt></ruby>くつてゐる小鳥を見たが、何一つ興味を<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>かなかつたらしく、相変らず生真面目な顔を<ruby><rb>仕続</rb><rt>しつゞ</rt></ruby>けてゐる。

<ruby><rb>失望</rb><rt>がつかり</rt></ruby>した医者は、最後に小娘を連れて、黒猩々の檻の前に立つた。猩々は手に<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>の<ruby><rb>破片</rb><rt>かけら</rt></ruby>を持つて、お婆さんのやうに<ruby><rb>留</rb><rt>とま</rt></ruby>り<ruby><rb>木</rb><rt>ぎ</rt></ruby>の上に、ちよこなんと坐つてゐた。実際ぺたんこな鼻の恰好から、黒味がちな円まつちい眼は、お婆さんそつくりだつた。

小娘は猩々を見ると、いきなり檻に駈け寄つた。そして獣の<ruby><rb>唸</rb><rt>うな</rt></ruby>るやうな声で、

「お祖母ちやん、お祖母ちやん……」

と呼び立てながら、懐かしさうに顔を檻に擦りつけた。猩々はそれを見ると、自分が親身のお祖母さんででもあるやうに、留り木からのつそり降りて来た。そして檻の<ruby><rb>内</rb><rt>なか</rt></ruby>から手を伸ばして娘の肩を撫でた。娘は嬉しさうにきやつ〱<ruby><rb>軽躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぎながら色々な事を猩々に話しかけた。猩々はまた黙つて小娘のお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>に耳を傾けてゐたが、暫くすると、娘をいたはるやうに手に持つた<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>の<ruby><rb>破片</rb><rt>かけら</rt></ruby>をそつと呉れてやつた。

それ以後<ruby><rb>唖</rb><rt>おし</rt></ruby>のやうだつた小娘は、また物を言ひ出した。だが、話す事といつたら、唯もうお祖母さんと、黒猩々の事ばかしである。――実際気の毒な話だが、お祖母さんにだけはそつと<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>にして置きたい。さもないと、腹を立てるかも知れないから。

<ruby><rb>苦力</rb><rt>クリー</rt></ruby>と料理人の喧嘩５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

ながく支那に居て、<ruby><rb>彼国</rb><rt>あちら</rt></ruby>の事情によく通じてゐる<ruby><rb>加奈陀</rb><rt>カナダ</rt></ruby>出身の青年将校が、西部戦線の後方勤務に支那苦力を使つたらといふので、その募集に最近支那へ派遣せられて往つた。

<ruby><rb>金銭</rb><rt>かね</rt></ruby>さへ儲かつたら、地獄へでも下りて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのが支那人の<ruby><rb>慣</rb><rt>ならは</rt></ruby>しである。手当が良いといふので、苦力は苦もなく集まつた。青年将校はそれを一<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>めに船に乗せて、<ruby><rb>馬耳塞</rb><rt>マルセーユ</rt></ruby>をさして海へ出た。

船が印度洋を通りかゝつた頃、青年将校は苦力と<ruby><rb>賄</rb><rt>まかな</rt></ruby>ひ方との間に激しい喧嘩がおつ<ruby><rb>始</rb><rt>ぱじ</rt></ruby>まつてゐるのに気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。賄ひ方は<ruby><rb>広東</rb><rt>カントン</rt></ruby>人だつた。鵞鳥のやうに口を尖らして我鳴り立ててゐた苦力は、将校の姿を見ると、慌ててお辞儀をした。

「旦那、<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>あ、怪しからん奴なんです。これから皆で叩き殺してやらうと思つてる所なんです。どうか<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>で見てゐて下さい。」

なかの一人はかう言つて肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかした。

「賄方をやつつけるんだつて。」青年将校は強ひて気を落ちつけるやうに薄い鼻髯を引張つた。「それも面白からう、だが、前もつて腹をきめて置かんければならんのは、賄方を殺すと、馬耳塞へ着くまで、お前達は飲まず食はずに居なければならんぞ。」

それを聞くと、苦力<ruby><rb>達</rb><rt>だち</rt></ruby>は驚いたやうに顔を見合はせた。将校は苦力の人夫頭を顎でしやくつた。

「どうしたつて言ふんだ。賄が良くないつて言ふのかい。」

「いいえ、賄は別に悪かありません。」人夫頭は頭を下げた。

「それぢや賄の<ruby><rb>分量</rb><rt>かさ</rt></ruby>が足りないとでも言ふのか。」

「いいえ、賄は十分にありますので。」

「はてな。」将校は小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた。「ぢや、料理が<ruby><rb>不味</rb><rt>まづ</rt></ruby>いとでも言ふんだな。」

「いいえ、お料理はなかなか巧く出来上つとります。」

「それぢや、何だつて賄方を殺すなんて騒ぎ立てるんだ。」若い将校は額に癇癪筋をおつ立てた。「馬鹿者めが……」

「はい……」人夫頭は<ruby><rb>面目</rb><rt>めんもく</rt></ruby>なささうに頭へ手をやつた。「何だつて申しますと、<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>の拵へるお料理は、どうもお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>に<ruby><rb>持堪</rb><rt>もちこた</rt></ruby>へがなくつて、直ぐ腹が空いちまふもんですからね。」

賄方の、余り庖丁加減が上手なので、<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>の<ruby><rb>消化</rb><rt>こなれ</rt></ruby>が良すぎたのだつた。

<ruby><rb>喜田</rb><rt>きた</rt></ruby>博士の笑顔５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">26</span>（夕）

文学博士喜田<ruby><rb>貞吉</rb><rt>さだきち</rt></ruby>氏は国史の専攻学者である。一体歴史家といふものは、この世界に起きた事は、どんな些細なものでも、神様がみんな自分達に相談して<ruby><rb>出来</rb><rt>でか</rt></ruby>したかのやうに吹聴するものである。

ところが、神様は歴史家の喜田博士に相談しないで、色々な<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>をし出した。<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>とはこの二三年来、仲のよかつた友達や、手塩にかけた門下生が、次ぎから次ぎへと死んで<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事である。文学士小林庄次郎氏も亡くなつた。史料編纂官の藤田明氏も亡くなつた。女子高等師範の須藤<ruby><rb>求馬</rb><rt>もとめ</rt></ruby>氏も亡くなつた。文部編修官の<ruby><rb>重田</rb><rt>しげた</rt></ruby>定一氏も亡くなつた。岡部精一、吉田東伍二氏も<ruby><rb>前後</rb><rt>あとさき</rt></ruby>になつて死んで往つた。

「何だつて<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>に断りなしに皆を<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>つ<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのだらう。こんな筈ぢやなかつたのだがな。」

喜田博士は一度神様に出会つたら、思ふ<ruby><rb>様</rb><rt>さま</rt></ruby>油を取る考へらしかつた。だが、神様は別段博士の伯父でも無かつたかして、<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>で擦れ違つても、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と素知らぬ顔をしてゐた。

亡くなつた人達には、皆若い夫人があつた。博士は、亡友に尽すつもりで、出来るだけその人達の世話を焼いた。若い未亡人達が博士の<ruby><rb>許</rb><rt>うち</rt></ruby>を訪ねて来る事もあれば、また博士の方から、出掛けて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事もあつた。

相手は若い未亡人達である。なかには花のやうな色香の残つてゐるのもあつた。こんな人達と<ruby><rb>繁々</rb><rt>しげ〱</rt></ruby><ruby><rb>往来</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>をすれば、兎角<ruby><rb>浮名</rb><rt>うきな</rt></ruby>の立つ世間である。喜田博士は歴史家だけに、そんな事はよく<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>へてゐた。

「世間め、どんな取沙汰をしてるだらうな。ほんとに<ruby><rb>蒼蠅</rb><rt>うるさ</rt></ruby>いつたらありやしない。」

博士は<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら眉をしかめたが、そんな取沙汰を思ふと、まん<ruby><rb>更</rb><rt>ざら</rt></ruby>悪い気持もしないらしかつた。

だが、正直な事をいふと、世間は何の取沙汰もしなかつた。それと知つた博士は何だか少し物足らないらしかつた。で、友達に会ふと、いつも<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに訊いてみた。

「僕が友人の<ruby><rb>未亡人</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さん達の世話を焼いてるのを、何とか言つてる人もあるさうなが、君は聴かんかい。」

「結構ぢやないか、相手は君だあね、誰が何といふもんかね。」

「さうかなあ、それで<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と安心した。」

博士は安心したらしく言つたが、腹の中では少しは何とか言つて貰ひたかつた。

「世間め、何だつて取沙汰しないんだらうな。ほんとに<ruby><rb>間抜</rb><rt>まぬけ</rt></ruby>つたらありやしない。」

博士は<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら、その<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を考へた。<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>は直ぐ分つた。それに<ruby><rb>拠</rb><rt>よ</rt></ruby>ると、博士は歴史家である。そして女の多くは大抵歴史を持つてゐるので、それを<ruby><rb>見透</rb><rt>みとほ</rt></ruby>されるのが厭さに歴史家を嫌ふに相違ない。世間はそんな消息を知つてるらしかつた。

だが、実をいふと、さうでも無かつた。――博士はお婆さんのやうに、顔を皺めていつもにこ〱笑つてゐる。お婆さんのやうな笑顔――それが女に好かれる筈がない。正直なもので、<ruby><rb>口喧</rb><rt>くちやかま</rt></ruby>しい世間も黙つてゐるのだ。

<ruby><rb>常春藤</rb><rt>きづた</rt></ruby>の葉５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

西部戦線の聯合軍を<ruby><rb>援</rb><rt>たす</rt></ruby>けに、最近本国から<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>へ渡つた米国青年士官の二人があつた。仏蘭西の婦人達は持前のお愛嬌と行き届いた接待とで、この遠来のお客をもてなした。

米国人にとつて、巴里はある意味において天国で、仏蘭西娘はまた羽の生えた<ruby><rb>天使</rb><rt>エンゼル</rt></ruby>である。その<ruby><rb>天使</rb><rt>エンゼル</rt></ruby>の一人が、ある日の事二人の士官を案内して、ヴエルサイユの宮殿へ見物に出掛けて往つたものだ。

ヴエルサイユには名高い庭園がある。仏蘭西娘はその繁みのなかへ、二人の士官を引張つて往つた。

「そこに常春藤が植わつててよ。往つて<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>つ<ruby><rb>葉</rb><rt>ぱ</rt></ruby>の小さいのを捜して<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らつしやいよ。常春藤の葉つ葉は、小さければ小さい程<ruby><rb>愛情</rb><rt>おもひ</rt></ruby>が深いんですつて。<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>方も成るだけ小さいのを摘んで来て、お国に待つてらつしやる方に送つて上げるといゝわ。」

娘はかう言つて、幾度か常春藤の葉の小さいのを捜したらしい眼を細めて、眩しさうに二人の顔を見た。

「さうか、そんな<ruby><rb>言</rb><rt>い</rt></ruby>ひ<ruby><rb>慣</rb><rt>なら</rt></ruby>はしが有つたつけか。ぢや、往つて葉つ葉を捜して来るかな。」

二人の青年士官は元気よく繁みのなかへ入つて往つた。娘はパラソルの先きで<ruby><rb>戦争</rb><rt>いくさ</rt></ruby>に出てゐる恋しい男の名前を<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢづら</rt></ruby>に書いては、踏み消したりなぞしてゐた。

暫くすると、士官の一人が口笛を吹きながら帰つて来た。手には素晴しく大きな常春藤の葉を摘むでゐた。

「まあ、大きな葉つ葉だわね。」娘は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して眼を<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つた。「誰にお送りになるの。わたし成るだけ小さいのを捜してらつしやいと言つたぢやないの。」

「そんなに聞きました。」士官は<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>もなく言つた。「だが、私の送るのは、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の養母なんですからね。」

「まあ……」

と言つて娘は<ruby><rb>金糸雀</rb><rt>かなりや</rt></ruby>のやうに声を立てて笑つた。

すると、その途端今一人の士官が元気よく<ruby><rb>大跨</rb><rt>おほまた</rt></ruby>に繁みのなかから飛び出して来た。手には友達のよかずつと大きな葉つ葉を摘むで、自慢さうにそれを二人にひけらかした。

「まあ、貴方のはづば抜けて大きいわね。誰にお上げになるの。」娘はくす〱笑ひながら訊いた。

「私の好きな人。」士官は眼で笑ひを返した。

「だあれ。」娘は<ruby><rb>嬌</rb><rt>あま</rt></ruby>えるやうな<ruby><rb>態度</rb><rt>しな</rt></ruby>をした。

「<ruby><rb>独帝</rb><rt>カイゼル</rt></ruby>でさ。」

士官は吐き出すやうに言つて、葉つ葉を<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢづら</rt></ruby>に投げ捨てた。そして思ひきり強く<ruby><rb>履</rb><rt>くつ</rt></ruby>の<ruby><rb>踵</rb><rt>かゞと</rt></ruby>で踏みにじつた。

鴈治郎と<ruby><rb>仁佐</rb><rt>にざ</rt></ruby>５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

浪花節の雲右衛門がまだ全盛を極めてゐた頃、ある時東京の実業家Ｋの座敷で、鴈治郎、延若、福助と一緒になつた事があつた。

酒が一頻りまはると、お上手ものの鴈治郎は髪の長い雲右衛門を振りかへつた。

「雲右衛門さん、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>あんたの浪花節を聴く度に、いつも思うてまんのやで。」と、ぐつと飲み干した盃を雲右衛門にさした。「一度あんたの<ruby><rb>出語</rb><rt>でがた</rt></ruby>りで、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が大石良雄を<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>つてみたら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うやらうと思うてな。」

それを聞くと、延若と福助とは、「そらまた<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>の成駒屋のお上手が始まつた。」と、互に顔を見合はせて首を<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>めたが、正直者の雲右衛門は急に蜂蜜のやうに<ruby><rb>溶</rb><rt>とろ</rt></ruby>けさうな顔になつた。

「そりや面白うごわすな、一つ<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>つてみようぢやごわりませんか。」安物の武士道の鼓吹者は血を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>るやうな気持で、ぐつと<ruby><rb>熱燗</rb><rt>あつかん</rt></ruby>の酒を<ruby><rb>呷飲</rb><rt>あふ</rt></ruby>つた。「お互に一<ruby><rb>世</rb><rt>せ</rt></ruby>一代の積りでな。」

「そりや、もう一世一代だんがな。」鴈治郎は相手が直ぐに乗気になつて出たので、少々尻込みをし出した。「そやけど、そない芝居をするとなると、仕打の白井さんは<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>にならんし、<ruby><rb>劇場</rb><rt>こや</rt></ruby>から借りん事にはあきまへんぜ……」

「<ruby><rb>劇場</rb><rt>こや</rt></ruby>なら<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>が心配しよう。」それ迄黙つて二人の<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聴いてゐた実業家は、横つちよから口を出した。「折角の企てぢや、<ruby><rb>劇場</rb><rt>こや</rt></ruby>は<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>が何とか心配する事にしようが、出し物が大石なら、<ruby><rb>尋</rb><rt>つい</rt></ruby>でに喜剣を河内屋に附き合つて貰つたら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うぢや。」

「そやつたら、<ruby><rb>私</rb><rt>あて</rt></ruby>喜んで出まんがな。」<ruby><rb>悪戯者</rb><rt>いたづらもの</rt></ruby>の延若は鴈治郎の困るのが面白さに一膝前へ乗り出して来た。そして喜剣と岡平と九太夫とをごつちやにしたやうな表情をしながら鴈治郎に言つた。「兄さん、いつ頃<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>らはりまんね、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>も出るとなると<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の都合をしとかんなりまへんさかいな。」

「そやなあ……」鴈治郎は武士道の鼓吹者から受取つた盃を唇に当てたまゝ小鳥のやうに<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろた</rt></ruby>へた眼つきをした。火のやうな酒が咽喉を滑つて、胃の腑へ落ちたと思ふと、鴈治郎は急に自分が胃の腑を持つてる事に気がついた。「<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>この頃胃が悪うおますよつてな。この方が<ruby><rb>癒</rb><rt>なほ</rt></ruby>り次第<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>る事にしまへうかいな。」

<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>はそれなりになつた。喜剣をする筈の延若は、その<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>福助に会つて笑ひ話をした。

「成駒屋も正直やなあ、あれが<ruby><rb>仁左衛門</rb><rt>まつしまや</rt></ruby>やつて見なはれ、稽古にかゝつてから、そない語り口やと<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>が出られへんと<ruby><rb>小言</rb><rt>かす</rt></ruby>を食はせて、あべこべに雲の方から謝らせまんがな。」

成程鴈治郎は正直者かも知れない、延若のやうな不正直者の多い今の世の中では……。

婦人運転手と将軍５・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

西部戦線における米国派遣軍の司令官、パーシング将軍が、最近軍事上の要務で<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>を訪れて往つた事があつた。将軍を自動車でその旅館まで送りとどけたのは、金髪の美しい婦人運転手であつた。

将軍は婦人運転手のかひがひしい働き<ruby><rb>風</rb><rt>ぶり</rt></ruby>に心から感心した。で、倫敦に居るうちは同じ事なら、かうした美しく、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に気の利いた運転手の厄介になりたいものだなと思つた。将軍は運転手を呼び戻した。

「<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>朝六時に陸軍省まで出掛けたいと思ふが、その時間きつちりにこゝまで出迎へに来て貰へまいかの。」

「<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりました。」婦人運転手は<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいさう</rt></ruby>よく答へた。「それ迄に屹度お迎へにあがります。」

将軍がその夜の夢に、苦りきつたヒンデンブルグ元帥の顔を見たか、それとも金髪の婦人運転手の笑顔を見たか<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかは知らないが、<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>が明けて六時前になると、将軍はちやんと軍服を着込んで、旅館の階段に立つてゐた。すべて軍人といふものにはこれといつて別に取柄のないのが多いが、唯一つ、きちん〱と時間を守るのだけは賞めて置かなければならぬ。

将軍はポケツトから時計を引張り出して見た。ちやうど今六時が打つた。将軍は<ruby><rb>眇</rb><rt>すがめ</rt></ruby>のやうな眼つきをして<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を見た。そこには自動車の影も見えなかつた。一分経つた。二分経つた。将軍はもじ〱<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を動かせながら<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いてゐる。やがて三分経つたと思ふと、美しい金髪を波のやうに吹かせながら、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>の婦人運転手が、勢ひよく自動車を乗りつけて来た。

将軍は流石に顔の筋一つ動かさなかつたが、唯片眼を<ruby><rb>梟</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>のやうに、ぱちりと瞬きした。そして今迄見つめてゐた時計をポケツトにしまひ込みながら、娘に言つた。

「お前さん、約束よか三分遅れたな。」

「はあ、三分遅れましたか……」勝気な娘は、<ruby><rb>梟</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>のやうな瞬きが気に入らなかつた。で、思ひ切つた皮肉を投げつけた。「でも、<ruby><rb>貴下</rb><rt>あなた</rt></ruby>が三年ばかし遅れて往らしたのに比べると、何でもありませんわ。」

米国の出兵を丁度よい潮時だと思ひ込むでゐた将軍は、それを三年ばかし遅れてゐると聞いて眼を円くして驚いた。

小林<ruby><rb>急山人</rb><rt>きふさんじん</rt></ruby>の失敗６・１（夕）

宝塚の少女歌劇は、東京の初舞台で、素晴しい人気を呼んでゐるらしいが、その少女歌劇の創始者の一人、小林一三氏が最近東京へ往つた折、こんな<ruby><rb>失策</rb><rt>しくじり</rt></ruby>をした事があつた。

あらためて言つておくが、小林氏は阪神急行電車の重役である。電車は大阪神戸といつたやうな、二つの都市の最も速い交通機関であるのみならず、また地獄への<ruby><rb>捷径</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>である事をも知つてゐる小林氏は、電車ほど人生にとつて必要なものは無いと信じてゐる。で、東京へ往つても、自動車や<ruby><rb>俥</rb><rt>くるま</rt></ruby>やには乗らないで、大抵電車に乗る事に<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる。

ある日の事、小林氏は築地の<ruby><rb>旅館</rb><rt>やど</rt></ruby>を出て、三宅坂に<ruby><rb>知辺</rb><rt>しるべ</rt></ruby>の人を訪ねた。帰りは夜に入つた。一杯機嫌で知辺の門口を出た小林氏は、直ぐ眼の前を古箪笥のやうな物が、のろつこい足取で急いでゐるのを見た。よく見ると電車である。柳行李と同じやうに人生の旅に無くて<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はない電車である。

小林氏は雨蛙のやうな恰好をして、ぴよいと電車に飛び乗つた。そして吾ながら飛乗りの巧く往つたのに感心して、居合はす人達の顔を見た。皆は<ruby><rb>西班牙</rb><rt>スペイン</rt></ruby>の王様の事でも考へてゐるらしい悲しさうな顔つきをして、誰一人三宅坂の上で起きた大事件に気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>たものは無いらしかつた。小林氏は少々物足りなかつた。

電車は赤坂見附で停まつた。小林氏は車掌に催促されて、慌ててまた飛び下りたが、その一刹那自分でも雨蛙のやうな恰好だなと思つたらしかつた。――小林氏は築地行きの乗替切符を持つて、きよと〱<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見廻したが、何処にもそれらしい電車は見られなかつた。来る<ruby><rb>車</rb><rt>はこ</rt></ruby>も来る<ruby><rb>車</rb><rt>はこ</rt></ruby>もが、<ruby><rb>他々</rb><rt>よそ〱</rt></ruby>しい眼つきでこの小柄な重役を見かへしながら、逃げるやうにさつさと駈けて往つた。小林氏はべそを掻き出さうとした。

ふと四五人の散歩客が前を通つた。小林氏は慌てて帽子を脱いだ。

「一寸伺ひますが、築地行きの電車には何処で乗つたものでせう。」

散歩客は立停つた。そして薄暗い電燈の<ruby><rb>灯影</rb><rt>ほかげ</rt></ruby>で、小柄な小林氏を透すやうに<ruby><rb>見下</rb><rt>みおろ</rt></ruby>しながら、何やら話し出した。それを聞いて小林氏は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。言葉は<ruby><rb>擬</rb><rt>まが</rt></ruby>ひつ<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>のない支那語だつた。

電鉄の重役は、人もあらうに支那人に<ruby><rb>電車路</rb><rt>でんしやみち</rt></ruby>を訊いたのだつた。それに気がつくと、小林氏は小豆のやうに真ツ赤になつて、<ruby><rb>暗</rb><rt>やみ</rt></ruby>のなかを転がり廻つて逃げて来た。そして街を幾曲りかして、明るい通りで俥を拾ふ迄は生きた気持もしなかつた。

七十二歳の下士官６・２（夕）

米国のある陸軍将校が、最近仏蘭西軍の<ruby><rb>兵站</rb><rt>へいたん</rt></ruby>部を訪ねると、そこに居合はせた司令官の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>、四十恰好の髯の美しい陸軍大佐は、<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby>よく出迎へて、何くれとなく打明けて話してくれた。

すると、そこへ袖口に下士の星章一つ附けた<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>が入つて来た。鬚も<ruby><rb>頭髪</rb><rt>あたまのかみ</rt></ruby>も雪のやうに真白だつたが、丈夫な<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>だと見えて、顔は鮭の<ruby><rb>切肉</rb><rt>きりみ</rt></ruby>のやうな色をしてゐた。老人は隠しから一通の書類を取り出して、司令官に手渡しすると、<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>な言葉で訊いた。

「何か外に御用事はございませんでせうか。」

「さあ、差し当つて……」司令官は<ruby><rb>労</rb><rt>いた</rt></ruby>はるやうな眼附で、老人の下士を見かへつた。そして不思議な程<ruby><rb>鄭寧</rb><rt>ていねい</rt></ruby>な言葉つきで言つた。「差し当つて用事といつては無いやうです。」

老人は一寸手を挙げて挨拶すると<ruby><rb>踵</rb><rt>かゞと</rt></ruby>の上でくるりと<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の<ruby><rb>向</rb><rt>むき</rt></ruby>を<ruby><rb>更</rb><rt>か</rt></ruby>へて、元気よく引き下つて往つた。

老人の姿が見えなくなると、司令官は米国の将校の方へ向き直つた。<ruby><rb>而</rb><rt>そし</rt></ruby>て変な<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>様</rb><rt>やう</rt></ruby>をした。

「あの男が誰だかつて事がお判りですかい。」

「いや、判りません。」

客は不思議さうに返事した。

「<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>ですよ、私の……」

司令官はかう言つて<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と口を結んだ。米国将校はその口元に<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>の殻のやうな真面目さを見て取つた。

司令官の話によると、<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんは当年七十二歳で、多年働いてゐた実業方面をも、二三年前より<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>いて、気楽に日を送つてゐたが、戦争が始まつてから<ruby><rb>以来</rb><rt>このかた</rt></ruby>といふもの、非常な<ruby><rb>煩悶</rb><rt>はんもん</rt></ruby>に陥つた。で、とうと思ひ立つて従軍を願ひ出たが、それには余りに<ruby><rb>老</rb><rt>ふ</rt></ruby>け過ぎてゐるので、当局者は容易に<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>き入れなかつた。<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さん躍起になつて運動した結果、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と許されて割合に仕事の楽な兵站部に働く事になつたが、不思議にも朝夕顔を合はせる上長官は、自分の<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>であつた。

「戦争は色々な不思議を見せてくれます。」

司令官はかう言つて、苦しさうに笑つて見せた。その不思議こそ米国人の何よりも見たがつてゐる「道楽」である。

内田博士の靴６・５（夕）

近く欧米各国を視察に出掛ける筈の、京大文科教授内田銀蔵氏は、足に靴を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いてゐる。水を泳ぐ水鳥は、脚に水掻をつけなければならない世の中だ。学者のために<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>に花を降らさうともしない実世間の世渡りには、大学教授も足に靴を穿かなければならない。――尤もソクラテスは<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で<ruby><rb>雅典</rb><rt>アゼンス</rt></ruby>の<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>を説教し歩いたやうだが、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>荊棘</rb><rt>いばら</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を持つてゐた身には、雅典の街は羽蒲団のやうに踏み心地がよかつたに相違ない。

内田氏は足に靴を穿いてゐる。――ある日の事、その靴を足から脱いで、叮嚀に小包郵便に<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>まうとしてゐるのを見て取つた学生の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>は、不思議さうに訊いた。

「先生、何だつてそんなに靴をお包みになるんです。」

「東京の靴屋へ送りたいと思つて……」内田氏は<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>みかけた小包をまた<ruby><rb>解</rb><rt>ほぐ</rt></ruby>して、そのなかから穿き減らした靴を取り出して見せた。「<ruby><rb>蹠</rb><rt>うら</rt></ruby>がこんなに痛んでるでせう、直しにやらうと思つてゐるのです。」

成程靴の<ruby><rb>蹠</rb><rt>うら</rt></ruby>は学者の生活ほど惨めに擦り減らされてゐた。馬の道も学者の道も、たつた一本しか用意してない日本の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>では、何の無理も無かつた。

「それにしても、何だつて<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>東京までお送りになるんです。」

学生は腑に落ちなささうに訊いた。

内田氏は黙つて学生の顔を見た。大学の学生ともあらうものが、この位の事が解らないやうでは、いつそ首でも<ruby><rb>絞</rb><rt>くゝ</rt></ruby>つた方が<ruby><rb>愈</rb><rt>まし</rt></ruby>だと思つたらしかつた。学者はそつと溜息をついた。

「何だつて、貴方、東京で<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>つた靴ですから東京へ送り返すのです。<ruby><rb>製</rb><rt>こしら</rt></ruby>へた店でなくつちや、直しやうがないぢやありませんか。」

学生は声を立てて笑つた。

「何を仰有るのです、先生、靴の<ruby><rb>修繕</rb><rt>つくろひ</rt></ruby>位だつたら、何処の靴屋にも出来るぢやありませんか。」

「え……」歴史家は皿のやうに眼を<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つた。アメリカを発見したのはコロンブスぢやない、あれは質屋の番頭だつたと言つた所で、これ程には<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>すまいと思はれる程だつた。内田氏は事実を確めるために一層言葉を叮嚀にした。「<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事なんですか、唯今承はつたのは。実際東京で購つた靴の手入が、京都でも出来ますでせうか知ら。」

「出来ますとも。」学生はじつと<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しさを噛み殺した。真理を説く者は、フロツクコオトを着てゐた方が都合がいいといふ事は、大学の講堂で<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby>から気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いてゐたので、破けた背広だけは幾らか気が咎めた。「京都の靴屋でも立派に手入れは出来ますよ。<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど学問の仕入が京都大学でも出来るやうなものでさ。」

「さうでしたか、<ruby><rb>些</rb><rt>ちつ</rt></ruby>とも知りませんでした。」

歴史家は<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうに隠しから古びた手帳を取り出した。そして学生の言ふ通りに、京都の<ruby><rb>目星</rb><rt>めぼ</rt></ruby>しい靴屋の名前を一々克明に書き取つて、最後にアメリカ大陸発見にも比べられる記録の正確さを持つて、

「……年……月……日午後三時発見の事」

と書き足した。

<ruby><rb>吝嗇家</rb><rt>しみつたれ</rt></ruby>６・６（夕）

俳優中村梅玉の楽みは、金を<ruby><rb>蓄</rb><rt>た</rt></ruby>めるのと、夕方庭の石燈籠に<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>を入れて、ゆつくりお茶を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>るのと、この二つださうだ。尤も梅玉は石燈籠の灯を、いつまでも<ruby><rb>点燈</rb><rt>とも</rt></ruby>しあかしにするやうな贅沢な真似はしない。いゝ加減見て娯しむと、自分から<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つて往つて、ふつと<ruby><rb>灯</rb><rt>あかり</rt></ruby>を吹き消してしまふ。

英国の<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>にトウマス・ガイといふ男があつた。俳優はしなかつたが、梅玉と同じやうに金を蓄める事は大変好きだつた。聖書の出版を始めて、しこたま<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>を膨らましただけあつて、かなり慈善事業にも手を出したが、聖書に書いてある事を、そつくり実行もしなかつたと見えて、金は蓄まる一方だつた。

同じ頃ホプキンスといふ倹約家があつた。恐ろしい<ruby><rb>吝嗇家</rb><rt>しみつたれ</rt></ruby>で、金を蓄める為めには、どんな苦しい思ひをするのも<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はなかつた。もしか「<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>」を銀貨一つに取り替へて呉れるものがあつたら、ホプキンスは喜んで「<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>」を売物にしたに相違なかつた。

ホプキンスは英吉利中で自分程<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>な者は無からうと思つて、それをたつた一つの自慢にしてゐたが、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の噂に聞くと、トオマス・ガイといふ男は、自分にも劣らない程の<ruby><rb>吝嗇家</rb><rt>しみつたれ</rt></ruby>らしかつた。さういふ<ruby><rb>吝嗇家</rb><rt>しみつたれ</rt></ruby>がこの世に今一人住んでゐるといふ事は、ホプキンスに取つて生き甲斐がある事に相違なかつた。ホプキンスは<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>ガイを訪ねてみようと思つた。

ガイを訪ねたのは夜分だつた。主人は<ruby><rb>墨汁壺</rb><rt>インキつぼ</rt></ruby>のやうな真つ暗な<ruby><rb>部室</rb><rt>へや</rt></ruby>にもぐもぐしてゐたが、客が来たと気がつくと、のつそり立つて往つて、蝋燭に<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>をつけた。蝋燭は<ruby><rb>黄疸</rb><rt>わうだん</rt></ruby><ruby><rb>病</rb><rt>や</rt></ruby>みのやうな黄色い光りを<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に投げた。その瞬間ホプキンスは<ruby><rb>入口</rb><rt>いりくち</rt></ruby>に立つて叮嚀にお辞儀をした。

「ガイさん、貴方にはすつかり参つちまひましたよ、私だつて蝋燭の<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>までは思ひつきませんでした。いや有難うございました。」

ホプキンスは幾度か頷きながらその儘帰つて往つた。

蝋マツチ６・７（夕）

米国と支那との貿易といへば、随分と<ruby><rb>夥</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しい金高に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>る事だらうが、その夥しい貿易が、もとは蝋マツチ一本から出た事だと聞いては、誰だつてまさかと小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げぬ者もあるまい。だがそれは全くの事実で、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>までもと思ひ込んだ男女の恋なかが、もとは落した<ruby><rb>手巾</rb><rt>ハンカチ</rt></ruby>を拾つてやつた位の事に過ぎないのは世間によくある事だ。

五十年前といへば、支那人は欧米人を<ruby><rb>夷</rb><rt>えびす</rt></ruby>扱ひにして、<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>く毛嫌ひしたものだが、その頃支那に渡つて貿易業を始めたばかりの<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>生れの<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>があつた。何一つ取引は出来ない上に、<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>へ出れば通りすがりの支那人から白い歯を見せられるので、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は涙さへあつたら泣き出したい思ひをしたのだ。だが、仕合せな事には、紐育生れのこの<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は、大阪生れの<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>と同じやうに涙はほんの三粒程しか持合はさなかつた。

ある日<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は、<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>の<ruby><rb>関羽</rb><rt>くわんう</rt></ruby>の<ruby><rb>廟</rb><rt>べう</rt></ruby>で行はれるお祭りを見に往つた。居合はす人達は<ruby><rb>各自</rb><rt>てんで</rt></ruby>に蝋燭を持つて、それを振りかざして何かの式をするらしかつた。紐育生れの<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は、それを見ながら、ポケツトから一本の葉巻を取り出して、蝋マツチを擦つて、ぱつとそれに火をつけた。

蝋燭を振つてゐた支那人連は、一斉に<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>の方を見かへつて険しい眼つきをした。<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は慌てて蝋マツチの火を消さうとして二三度手を振つて見たが、それも無駄だつた。<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は<ruby><rb>暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>になつて強くマツチを振つた。火はどうしても消えなかつた。すると、支那人のなかから<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て顔馴染の男がづかづか近寄つて来た。

「やあ、貴方もお祭りの儀式をしてらつしやるんですね。」支那人の険しい眼つきは、いつの間にか面白さうに笑つてゐた。「でもマツチでは<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けませんよ、こゝに蝋燭があるから差し上げませう。」

居合はす支那人は、すつかりこの<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>にいゝ感じを持つ様になつた。お蔭で貿易全体が都合よく運ぶやうになつた。

「何もかも、あの蝋マツチ一本の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>だ。」

と、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は<ruby><rb>後々</rb><rt>のち〱</rt></ruby>になつて、<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>を想ひ出す度に、それを言ひ言ひした。

英国首相恐縮す６・８（夕）

英国の首相ロイド・ジヨージ氏が、まだ田舎弁護士でぴいぴいしてゐた頃、ある日訴訟用の出先から一頭立の軽馬車を駆つて<ruby><rb>自宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰りかゝつてゐた。もう半時間もしたら自分の住まつてゐる田舎町に入らうとする頃、ロイド・ジヨージは寂しい野道で、とぼ〱歩いてゐる一人の小娘に<ruby><rb>邂逅</rb><rt>であ</rt></ruby>つた。よく見ると同じ町にゐて、かねて<ruby><rb>見知越</rb><rt>みしりごし</rt></ruby>のさる<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>の娘だつた。

ロイド・ジヨージは車を停めて、娘をも一緒に乗せてやつた。馬は一日駆けづり廻つて、もうかなり疲れてゐるので、情深い主人の仕打を変な眼つきで見てゐた。実際娘を曳いて帰るのは馬の仕事だつたが、さうかと言つて馬が慈善家だと賞められる訳でもなかつた。<ruby><rb>従来</rb><rt>これまで</rt></ruby>も馬は<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>そんな目に出会つて懲りてはゐたが、それが世間だと<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>をつけてゐるらしく、黙つてまた駆け出した。

未来の英国首相は、娘を喜ばせようと思つて、色々の<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を持ち出した。角のある<ruby><rb>龍</rb><rt>りよう</rt></ruby>や、<ruby><rb>乾魚</rb><rt>ひもの</rt></ruby>のやうに痩せた学校教師や、白鳥のお嫁になつたお姫様や、そんな面白い話を幾つとなく聴かせたが、娘は黙つて聴いてゐて、時々「はい」とか、「いゝえ」とか<ruby><rb>応答</rb><rt>うけこたへ</rt></ruby>をするに過ぎなかつた。ロイド・ジヨージは変に思つて、<ruby><rb>終</rb><rt>しま</rt></ruby>ひには自分も黙つてしまつた。

二三日経つて、ロイド・ジヨージは娘の母親に出会つたので、その折の事を話し出して訊いてみた。

「お宅のお嬢さんは、よつぽど<ruby><rb>沈黙家</rb><rt>むつゝりや</rt></ruby>でいらつしやるんですね。」

「まあ、先生、その事なんですわ。」と母親は笑ひ笑ひ言つた。「娘が帰つて来て、そのお話をするもんですから、何だつてお前そんなに黙つてたんだと訊きますとね、娘の返事はかうなんですよ。『だつて、お母さん、あなたあの叔父さんとお話をなさると、いつでも鑑定料とかいふものを取られていらつしやるんでせう、でも、私その折お<ruby><rb>金</rb><rt>あし</rt></ruby>を一文も持つてなかつたんですもの。』と言つてね。」

未来の首相は頭をかいて恐縮した。――語を寄す、日本の弁護士連、ついでに君達も恐縮した方が善くはなからうか。

<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>か二十弗か６・９（夕）

メリー・ガアデン嬢といへば、今は<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>に住んでる、米国で名うての<ruby><rb>首歌妓</rb><rt>プリマドンナ</rt></ruby>だが、ある時<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の稽古場で、大事の宝を<ruby><rb>失</rb><rt>な</rt></ruby>くしてしまつた。一体<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の稽古場といふところは、よく物を失くしたり、拾つたりするところで、坪内逍遙博士が一枚看板の女優を失くしたのも、島村抱月氏が大事な「恋」を拾つたのもみんな<ruby><rb>劇場</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>の稽古場だといふ事である。

メリー・ガアデン嬢が失くしたのは、恋でも<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>でもなかつた。女優の身では<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかすると恋よりも<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>よりも大事にしなければならぬ筈の大粒の真珠であつた。嬢は<ruby><rb>血眼</rb><rt>ちまなこ</rt></ruby>になつて捜したが、かいくれ分らなかつた。で、一座の者に申し渡しをして、真珠を拾つてくれた者には、<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>か、二十弗か、どちらかをお礼にしようといふ事に<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めた。

「<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>がして貰へる……」

皆は熱病を<ruby><rb>患</rb><rt>わづら</rt></ruby>つた様な眼つきをして、稽古場を捜し廻つた。すると、年の若い道具方の一人が、小道具のなかで<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の真珠を<ruby><rb>発見</rb><rt>めつけ</rt></ruby>た。女優はにこ〱ものでそれを受取つて身につけた。

「有難う。お礼は<ruby><rb>孰方</rb><rt>どちら</rt></ruby>にした方が<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いの。<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>？」女優は美しい眼で道具方の顔を見た。化粧<ruby><rb>石鹸</rb><rt>しやぼん</rt></ruby>でよく洗つた上に、香水でも振りかけなければ、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>が出来さうな顔ではなかつた。「それとも二十弗の方にするの。」

「へへへ……、手前<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>は大の好物なんでげすが…」道具方は、薔薇のやうな女優の唇を見て、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに卑しい眼つきをした。「でも、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>には代へられやせん、二十弗の方を戴きやせう。」

それから二三日経つて、メリー・ガアデン嬢は、<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>のアンドリウ・カアネギー氏に出会つて、この話をした。

「道具方め、若いに感心な男ぢや。」カーネギー氏は、美しい女優の唇にちらと眼をやりながら言つた。「二十弗受取つてみれば、この<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>するにも、精々大事にしませうからの。」

カーネギー氏は良い事を知つてゐるが、しかし道具方はもつと〱良い事を知つてゐたのだ。それは二十弗あつたら、<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>と、酒と、今一つ料理さへ味はふ事の出来る<ruby><rb>安値</rb><rt>あんちよく</rt></ruby>な世界がこの世の中にあるといふ事である。

女に<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み<ruby><rb>躙</rb><rt>にじ</rt></ruby>らる６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

夏目漱石氏が、まだ達者で生きてゐた頃、或日若いＭといふ門弟と、令嬢二人を相手に、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>を囲んで、色々の世間話に興じてゐた事があつた。

漱石氏は文章も巧かつたが、どうかすると文章よりも坐談の方が巧くは無からうかと思はれるやうな事があつた。それほど坐談が巧かつたのだ。

若い門弟と美しい令嬢二人は、漱石氏の面白い話し風にじつと聴きとれながら、時々出る<ruby><rb>剽軽</rb><rt>へうきん</rt></ruby>な皮肉に若い胸をはつと躍らせてゐた。一体女といふものは、自分の頭に降つて来ない限りにおいて、ひどく皮肉を好くもので、男の口から自分ひとりを別物に、外の九百九十九人に皮肉を聞く事が出来たなら、初めて生きた気持がするものなのだ。

若い令嬢二人は、漱石氏の口から軽い皮肉が転がり出る度にかうした<ruby><rb>阿父様</rb><rt>おとうさま</rt></ruby>を持つ事が出来た自分達の仕合せを喜んでゐるらしかつた。若い門弟はまた美しい女達の笑ふのを見るのが、何よりも愉快で溜らなかつたのだ。

若い門弟は一寸令嬢の一人に<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>がして見たくなつた。実をいふと、その門弟は<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>前から二人のうちの姉さんを想つてゐたのだ。で、おつかな<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>に<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の下から足を伸ばして、恋人の足の甲をそつと踏んでみた。足の甲は三毛猫の<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>のやうに柔かかつた。

若い門弟は<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢゆうが痺れたやうな気味で、そつと足を引つ込めようとした。返礼はすぐに来た。猫のやうな柔かい足は、素晴しい勢ひで門弟の足の甲を<ruby><rb>蹂躙</rb><rt>ふみにじ</rt></ruby>つた。蹂躙つたといふよりも、踏潰したと言つた方が<ruby><rb>相応</rb><rt>ふさは</rt></ruby>しかつたかも知れない。若い男はその一瞬間自分の身体ぢゆうが、女の足の裏で<ruby><rb>鯛煎餅</rb><rt>たひせんべい</rt></ruby>のやうに平べつたくなつたやうに思つた。

「あ、<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>つ……」

男は思はず叫んで、椅子の上から飛び上つた。そして恐る〱<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の下を覗き込んで見ると、自分が<ruby><rb>調弄</rb><rt>からかひ</rt></ruby><ruby><rb>気味</rb><rt>ぎみ</rt></ruby>にそつと触つたのは、おとなしい姉娘のと思ひの外、お<ruby><rb>侠</rb><rt>きやん</rt></ruby>な妹娘の足であつた。

若い門弟は<ruby><rb>梅桃</rb><rt>ゆすらうめ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつた。漱石氏はじつとそれを見つめながら、にやりと笑つた。そして学者の皮肉よりも、女の脚はもつと辛辣なものだと初めて気がついたらしかつた。

新近江八景６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

滋賀の森知事は、これまでの近江八景が、新時代の風景としては規模が小さ過ぎるからといつて、新しく一般投票で新時代の八景を募集したといふ事だ。飲んだくれの村長や、やくざな衆議院議員を拵へるために設けられた投票を、景色の選択にまで持つて来たのは知事の思ひつきで、投票人に納税価額の制限をもつけないで、一般投票としたのは、新時代の知事として、森氏の規模の小さくない所かも知れない。

名古屋に近江八景の見物を年頃の志願にしてゐる団体がある。旅費と<ruby><rb>閑暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>とはかなり持合はせてゐる人達の事とて、それぞれの名所を言ひ伝への文句通りに見物しようといふのだ。<ruby><rb>石山</rb><rt>いしやま</rt></ruby>には名月の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby><ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>訪ねて往つた。月は県知事のやうにぽかんとした顔をして空をうろついてゐた。<ruby><rb>比良</rb><rt>ひら</rt></ruby>に雪が降つたといふ記事を新聞で見て、慌てて汽車で駈けつけてみると、山には<ruby><rb>瘡蓋</rb><rt>かさぶた</rt></ruby>のやうな雪がちよつぴり残つてゐた。名古屋生れの見物衆は、

「まるで<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>のやうやなも。」

と言つて喜んだ。

<ruby><rb>勢田</rb><rt>せた</rt></ruby>では風邪でも引込んでるらしい血走つた眼をした夕陽を見た。<ruby><rb>矢走</rb><rt>やばせ</rt></ruby>では破けた帆かけ船を見た。三<ruby><rb>井寺</rb><rt>ゐでら</rt></ruby>では汽車の都合があるからといつて、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>頼んで十五分程早目に時の鐘を<ruby><rb>撞</rb><rt>つ</rt></ruby>いて貰つた。鐘は鉄面皮にもいつもよりは大きい声で、<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>くやうに鳴つた。困つたのは<ruby><rb>堅田</rb><rt>かただ</rt></ruby>の<ruby><rb>落雁</rb><rt>らくがん</rt></ruby>で、幾度往つて見ても雁はそこらに見えなかつた。雁はこの人達のやうに有り余る程な旅費と<ruby><rb>閑暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>とを持合さなかつたのだ。ところが、丁度折よく鴉が三羽そこを通り合はせた。皆は、雁の代りに鴉で辛抱する事にした。女房を辛抱する事の出来る人達が、雁の代りを鴉で間に合はせないといふ法は無かつた。

一番困つたのは<ruby><rb>唐崎</rb><rt>からさき</rt></ruby>の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の雨だつた。名古屋を雨の日に立つと唐崎の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>はいつも<ruby><rb>霽</rb><rt>は</rt></ruby>れてゐた。思ひ立つて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と三年目に初めて雨の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>す事が出来た。皆は松の下でぐしよ濡れになりながら、

「よろしなあ、<ruby><rb>恰</rb><rt>まる</rt></ruby>で画のやうやなも。」

と言つて喜び合つた。所がその<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>になつて、妙な事を聞き出して来た者があつた。それは唐崎の<ruby><rb>夜雨</rb><rt>やう</rt></ruby>といふのは、夜更けて松の葉のこぼれるのが雨の音に似てゐるからの事で、何も雨に濡れなくともいゝのだといふ事なのだ。皆は変な顔をして、今一度唐崎へ往つたものか、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかといふ事を決め兼ねてゐる。

新しい近江八景を選ぶのもいゝが、何処かに一つ<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby><ruby><rb>雁</rb><rt>がん</rt></ruby>や雨やを<ruby><rb>配</rb><rt>あしら</rt></ruby>つて欲しいものだ。

婦人の病気６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

医者の診察室には、病人も来れば<ruby><rb>健康</rb><rt>たつしや</rt></ruby>な人も来る。医者は一々それを<ruby><rb>診</rb><rt>み</rt></ruby>て、病人には病気でないやうな気安めを、<ruby><rb>健康</rb><rt>たつしや</rt></ruby>な人には病気がある様な言葉をかけなければならぬ。それが出来ないと、その診察室は兎角評判がよくない。

英国にジヨン・アバアネシイといふ名高い外科医があつた。長らく<ruby><rb>聖</rb><rt>セント</rt></ruby>バアソロミウ医院に勤めてゐたが、物言はずの<ruby><rb>沈黙家</rb><rt>むつつりや</rt></ruby>と不作法なのとで聞えた男だつた。ある時若い貴婦人がこの医者の診察室に入つて来た。婦人の手首は一寸<ruby><rb>腫</rb><rt>は</rt></ruby>れ上つて熱を持つてるやうだつた。医者は<ruby><rb>碌</rb><rt>ろく</rt></ruby>すつぽ診ようともしないで、ぶつきら棒に訊いた。

「<ruby><rb>熱</rb><rt>ほて</rt></ruby>りますか。」

「づきづき痛むんですわ。」貴婦人は美しい眉を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めながら言つた。

「<ruby><rb>罨法</rb><rt>あんばふ</rt></ruby>なさい。」

医者は一言言つたきり、鉛筆のやうに突立ち上つた。貴婦人は不安心さうな眼つきをして帰つて往つた。

次ぎの日、婦人はまた診察室に入つて来た。医者はじろりと横目で睨んだ。

「<ruby><rb>癒</rb><rt>なほ</rt></ruby>りましたか。」

「いゝえ、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>よか悪いやうですわ。」

貴婦人は<ruby><rb>狆</rb><rt>ちん</rt></ruby>ころのやうな悲しさうな目つきをした。

「もつと罨法なさい。」

医者はさう言つた儘、この美しい患者を置いてきぼりにして外へ出た。

それから二日目にまた貴婦人が診察室に入つて来た。今度は打つて変つて、世界が花びらになつたやうな笑顔をしてゐた。医者は訊いた。

「癒りましたか。」

「はい、お蔭ですつかり<ruby><rb>快</rb><rt>よ</rt></ruby>くなりました。」

婦人が象牙のやうな手首をつきつけるのを、医者は見向きもしなかつた。

「何でもなかつたんでさ、<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>の神経からだつたんです。」

金が物言ふ６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

岸和田紡績の寺田<ruby><rb>甚与茂</rb><rt>じんよも</rt></ruby>氏は<ruby><rb>金銭</rb><rt>かね</rt></ruby>を出すのが何よりも嫌ひな老人である。今の実業家で自動車に乗りつけないやうな人は滅多にあるまいが、寺田氏はその一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>である。<ruby><rb>偶々</rb><rt>たま〱</rt></ruby>人が自動車を勧めると、寺田氏は綿屑で一杯詰つたやうな頭を強く<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて、

「あれに乗るとな、<ruby><rb>金銭</rb><rt>かね</rt></ruby>が逃げる様な気持がしますわい。」

と言ひ言ひしてゐる。

その寺田氏が最近仕方なく自動車に乗つた事がある。何でも<ruby><rb>親戚</rb><rt>みうち</rt></ruby>の者が播州<ruby><rb>垂水</rb><rt>たるみ</rt></ruby>で結婚をするその式に顔出ししなければならないので、時間の都合で岸和田から垂水まで自動車を走らせる事になつた。寺田氏は革の財布の口をしつかり紐で<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>つて自動車に乗込んだ。

乗つて見ると、案外気持がよかつた。だが、気持の良いものに油断をしないといふのが、この爺さんの主義である。

「へつ、自動車の奴め、俺を<ruby><rb>胡麻化</rb><rt>ごまか</rt></ruby>さうたつて、さうは<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くもんかい。」

爺さんは<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と苦り切つた顔をしてゐたが、自動車はそんな事には頓着なく、鼻を鳴らしながら駈けて往つた。

自動車が<ruby><rb>飛田</rb><rt>とびた</rt></ruby>の<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>へ来ると、<ruby><rb>汚</rb><rt>むさ</rt></ruby>い<ruby><rb>豚小舎</rb><rt>ぶたごや</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>から、一人の若者が転がり出して、車の前に大の字なりになつた。寺田氏は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はつ</span>となつて、覚えず革の財布を握り締めたが、その一刹那運転手は手際よくぴたりと自動車を停めた。

「さあ、<ruby><rb>轢</rb><rt>し</rt></ruby>きやがれ、<ruby><rb>轢</rb><rt>し</rt></ruby>きやがらんかい。」

転がつた<ruby><rb>無頼漢</rb><rt>ならずもの</rt></ruby>は、埃のなかで蛙のやうに手足をばたばたさせながら<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いた。<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>には同じやうな無気味の<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>がぞろぞろ<ruby><rb>集</rb><rt>たか</rt></ruby>つて来た。

物に馴れた運転手は余り騒がなかつた。静かに車の中の爺さんをふりかへつた。

「いかゞ取り計らひませう。幾らかお<ruby><rb>与</rb><rt>や</rt></ruby>り下さいませんでせうか。」

「手の内をかい、いけないよ、そんな事は。」

「でも、金が物言ふといふ事がございます、<ruby><rb>別</rb><rt>わ</rt></ruby>けてこんな<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>には……」

「なに、金が物を言ふ？……」爺さんは<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼つきで運転手の顔を見た。「成程お金は物を言ふよ。大抵の場合、さやうなら！　と言つて、さつさと出て<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くもんだよ。」

道では<ruby><rb>無頼漢</rb><rt>ならずもの</rt></ruby>が朋輩から貰つた煙草の吸殻をふかしふかし相変らずばたばたしてゐる。運転手はぶつくさ言ひながら車を後に引き返した。そして大廻りに廻り路をして、日の暮方にやつと垂水に着いた。爺さんは革の財布を握り締めながら、やつとこなと自動車から下りた。そして<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに言つた。

「速い速いといふが、この分ぢや自動車も余り速くはないな。」

学校長６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

米国大統領ウヰルソン氏が、タフト氏の次ぎに、初めて大統領候補者として打つて出た頃、ミシガン大学の総長某氏が地方を旅行した事があつた。某氏は同じ大学総長仲間といふのでウヰルソン氏とも<ruby><rb>昵懇</rb><rt>ぢつこん</rt></ruby>の間柄だつた。

汽車でも喫煙室では選挙談が頻りに取り交されてゐた。なかに一人ちよつぴり鼻の尖つた狐のやうな表情をした、<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>らしい男が、口汚くウヰルソンを<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>るのが、<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby><ruby><rb>耳立</rb><rt>みゝだ</rt></ruby>つて聞えた。総長某氏は<ruby><rb>癪</rb><rt>しやく</rt></ruby>にさへて口を出した。

「最前から承はるところでは、貴方はウヰルソン君がお嫌ひなやうですね。」

<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は胡散さうな限つきで総長を見かへした。

「ウヰルソン氏ですか、無論好きません。」

「何故です。」

「理由は<ruby><rb>簡単</rb><rt>てみじか</rt></ruby>です、あの人が大学の総長だつたからです。」<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>は口に入れてゐた<ruby><rb>噛</rb><rt>しが</rt></ruby>み<ruby><rb>護謨</rb><rt>ごむ</rt></ruby>の<ruby><rb>滓</rb><rt>かす</rt></ruby>をペツと床に吐き出した。「私は一体学校長といふものを信じません、あの<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>に一人だつて碌な人間が居る筈はありませんよ。」

総長は煙草の<ruby><rb>脂</rb><rt>やに</rt></ruby>でも<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めさせられたやうな、苦い顔をして、その儘黙りこくつて了つた。

京都大学の荒木総長が、まだ医科大学長をしてゐた頃、ある夏の日盛りに<ruby><rb>白</rb><rt>ワイ</rt></ruby>シヤツ一枚になつて、大学の図書館に入つて来た。そして<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に居合はせてゐた図書館長Ｓ氏の顔を見ると、だしぬけに<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いた。

「Ｓ君、君は図書館長、僕はまた医科大学長、お互に長の名のつくものに碌な物は無いね。」

「成程……」Ｓ氏は頭のなかで長と名のつくものを数へ立ててみた。村長、郡長、駅長、署長……実際長と名のつくものに碌なのは無かつた。「考へてみると、そんなもんですな。」

すると、丁度そこらの書物のなかから、<ruby><rb>鼬</rb><rt>いたち</rt></ruby>のやうにひよつくりと禿頭を持ち上げたものがあつた。荒木氏はその方へ目を<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>つてはつと思つた。かねて顔馴染の某中学校長であつた。荒木氏は<ruby><rb>冬瓜</rb><rt>とうがん</rt></ruby>のやうな大きな頭へ手をやつた。

「だが、Ｓ君、そのなかでも中学校長は別物だね。中学校長には、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま〱</rt></ruby>偉いのがあるよ。」

それを聞くと、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の中学校長は気恥しさうにひよつくりと頭を下げた。辞書は校長を<ruby><rb>庇</rb><rt>かば</rt></ruby>ふやうに両肩を<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>らして、禿頭を隠し立てをした。

将軍の<ruby><rb>舅</rb><rt>しうと</rt></ruby>６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

遣欧米軍の司令官パアシング将軍の舅は、今米国のワイオミング州にゐる地方切つての<ruby><rb>富豪</rb><rt>ものもち</rt></ruby>である。州の首府シヤイエンにだけでも四十六軒の家作を持つてゐる。それが<ruby><rb>孰</rb><rt>いづ</rt></ruby>れも素晴しく立派なものづくめである。

そのシヤイエンの<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>に一人の<ruby><rb>老</rb><rt>としと</rt></ruby>つた小学校の校長が住んでゐる。長い一生を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>顧</rb><rt>かへ</rt></ruby>つてみても、何一つ碌な事は<ruby><rb>仕出来</rb><rt>しでか</rt></ruby>してゐないので、この頃では<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>と話す時には、いつもパアシング将軍の舅を自慢する事に決めてゐる。名高い将軍を娘聟に持つたばかりか、しこたま財産をさへ持つてゐる、何といふ<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>な男だらう、と言つて。

ある時友達がこの老校長を訪ねて来た。校長は<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>をぶらつきながら、<ruby><rb>途々</rb><rt>みち〱</rt></ruby>将軍の舅の自慢話を持ち出した。すると、道の曲り角で大きな<ruby><rb>旅館</rb><rt>ホテル</rt></ruby>の前に出た。校長は慌てて友達を引きとめた。

「見なさい、この建物も将軍の舅さんの<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>でさ。」

友達は<ruby><rb>旅館</rb><rt>ホテル</rt></ruby>の高い窓を振り仰いで感心した。

<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を曲ると、そこの通りには幾つかのかつちりした会社向きの建物が立ち並んでゐた。こんな街に事務所でも置いて、株券の利廻りでも考へてゐたら、定めし気持がよからうと思はれた。校長はその前へ来ると、慌ててまた友達を呼びとめた。

「見なさい、この建物もみんな将軍の舅さんの<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>でさ。」

次ぎの<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>では、小ざつぱりした住宅向きの建物が幾つとなく目に留つた。こんな<ruby><rb>住居</rb><rt>すまゐ</rt></ruby>に入つて家賃もきちん〱と払つて、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に結婚しないで済まされるものなら、この世は天国だらうと思はれた。校長はその前に来ると、また立ち停つて言つた。

「見なさい、この建物もそつくり将軍の舅さんの<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>でさ。」

暫くすると、二人の目の前に宏壮な、素晴しく金のかかつたらうと思はれる建物が現れた。<ruby><rb>周囲</rb><rt>まはり</rt></ruby>には美しく刈り込まれた芝生があつて、色々の珍らしい花が咲いてゐた。友達は校長を振り向いて訊いた。

「立派な<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>ですな、<ruby><rb>誰方</rb><rt>どなた</rt></ruby>の<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>ですか。」

「これですかい……」校長は自慢さうに鼻を動かした。「これが、その将軍の舅さんの<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>でさ。」

そこから少し<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと、美しく鏡のやうに光つた湖水があつた。白い雲の一<ruby><rb>片</rb><rt>ひら</rt></ruby>が立ち停つて、女のやうに自分の姿をうつしてゐた。友達は景色に<ruby><rb>見惚</rb><rt>みと</rt></ruby>れながら訊いた。

「いい湖水だ。誰のだらう、やつぱり将軍の舅さんの<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>なんですか。」

「さあ、」校長は<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つたやうに頭へ手をやつた。「いや、あの方のぢや無からう、多分神様の<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>でがせうよ。」

「神様の……成程ね……」と友達は皮肉な眼で校長の汗ばんだ額を見た。「神様の<ruby><rb>所有</rb><rt>もの</rt></ruby>にしても、いづれは将軍の舅さんからお買取りになつたのだらうが、どの位お仕払ひになつたか知ら。」

成金の天地６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

島徳蔵氏は成金の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>である。最近弟の<ruby><rb>定治郎</rb><rt>ていぢらう</rt></ruby>氏が、多額納税議員に当選したので、島氏はこの世界は神様が自分達の為に<ruby><rb>別誂</rb><rt>べつあつら</rt></ruby>へに拵へたもののやうに思ひ出したらしい。

「君、僕ももう<ruby><rb>旧</rb><rt>もと</rt></ruby>の徳蔵ではないよ、お金は<ruby><rb>唸</rb><rt>うな</rt></ruby>る程出来るし、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に弟は貴族院に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>るし、何一つこの世に不足は無くなつたよ。」

島氏は近しい者の顔を見ると、いつもかう言ひ言ひしてゐる、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに目頭に涙さへ浮べて。

それを聞いた同じ仲間の某は、穴のあく程島氏の顔を見つめた。

「それは結構だね、実際君はそんな<ruby><rb>幸福者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>だと自分で思つてるんだね。」

「思つとるよ、全く<ruby><rb>幸福者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>だもの。」徳蔵氏は嬉しさが一杯で、泣き声をしながら言つた。

「それぢや訊くがね、君はこの頃飯を幾杯位食べる？」

某氏は脂ぎつた<ruby><rb>団子</rb><rt>だんご</rt></ruby>のやうな鼻を、徳蔵氏の顔さきに突きつけた。

「以前は六七杯もやつたつけが、今では三杯と<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてるよ。」徳蔵氏は貴族院議員の<ruby><rb>兄様</rb><rt>にいさん</rt></ruby>らしく、精々上品な口元をして言つた。

「たつた三杯か、ところで……」某氏は厚い唇を舌なめずりしながら言つた。「次は酒だが、酒はどの位いけるな。」

「酒かい。」徳蔵氏は<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんのやうな悲しさうな声をした。「酒もこの頃では余りやらん事に決めとるよ、まあ<ruby><rb>杯</rb><rt>さかづき</rt></ruby>に五六杯といふところかな。」

「杯に五六杯だつて。さうか。次にこの方は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うだな。」と某氏は太い<ruby><rb>指環</rb><rt>ゆびわ</rt></ruby>のはまつた左手の小指を見せた。「小指」が何の符牒なのか、記者はよく知らないが、少くとも「武士道」や「監獄」や「胃病の薬」のやうな、苦いもので無いらしいのは、それを見た島氏が飴のやうな笑ひを見せたので大抵察しられた。島氏は言つた。

「その方も<ruby><rb>薩張</rb><rt>さつぱ</rt></ruby>りあかんよ。」

「さうか」某氏は気の毒さうな眼をして貴族院議員の兄を見つめた。「飯は食へない、酒は飲めない、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>にその方もあかんとなつて見ると、君は何が楽みで<ruby><rb>幸福者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>なんだい。」

「さうさなあ。」

島氏は困つたやうに頭へ手をやつた。成程さう聞いてみると、<ruby><rb>幸福者</rb><rt>しあはせもの</rt></ruby>だとも言へないらしかつた。飯と酒とそれから今一つの外には、別に世界のある事を知らないのが実業家の<ruby><rb>例</rb><rt>ならはし</rt></ruby>だから……。

子供の少い村６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>（夕）

女といふものは、男の悲しみは半分<ruby><rb>別</rb><rt>わ</rt></ruby>けて呉れる、喜びは倍にして呉れる、そしておまけに費用は三倍にして呉れる――といふ程、男にとつて無くてならないものである。もしか世界に女が一人も居ないといふ事になると、それは男にとつて神様が一人も居ないといふ以上に大事件でなくてはならない。

ところが、さういふ村が米国に一つある。カンサス州のエムポリア市から少し離れた田舎だが、そこにはこの十年間が程女の児が一人も生れない。出来る児も、出来る児もやくざな<ruby><rb>石塊</rb><rt>いしころ</rt></ruby>のやうな男の児ばかりなので、村では地方出の代議士に頼んで、男でも女でも自由に産む事の出来る秘方を説いた書物はないものか、有るならこつそり教へて貰ひたい、もしか無いならば専門の学者に研究させて貰ひたいといふ、大変な陳情をしたといふ事だ。

この村には百八十二軒の家庭があるが、こゝ十年が間に生れた子供は、まるでで二百十二人で、揃ひも揃つてやくざな男の児ばかり、女といつては<ruby><rb>唯</rb><rt>たつた</rt></ruby>一人しかない。それが<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>とまだ九つにしかならないのに、婚約の申込が降るやうにあるといふ事だ。

フランシス・ウイルソンといへば、米国では聞えた俳優だが、この男がある夏の事、田舎に旅立ちして往つた。ところが、その田舎といふのが、不思議に子供の少い村で、昼間でも遊び声一つ聞えない、ひつそりした村であつた。（どこの国へ往つても、馬鹿と子供と鶏とは騒々しいものである。）

フランシスは宿の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>を掴まへて訊いた。

「爺さん、この村では子供は余り居ないと見えるね。」

「居ましねえだよ、<ruby><rb>孩児</rb><rt>がき</rt></ruby>は。」

爺さんは安煙草の<ruby><rb>脂臭</rb><rt>やにくさ</rt></ruby>い口をして言つた。

「余り生れないのかな。」

「あんまり生れねえだよ。」

「どんな割合で出来てるか知ら。」

「さうだなあ……」爺さんはじつと考へるやうな目つきをした。「どの<ruby><rb>女</rb><rt>あま</rt></ruby>も一年に一人しかよう生まねえだからの。」

武部源蔵６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

大和<ruby><rb>西大</rb><rt>さいだい</rt></ruby>寺の南に菅原神社といつて、<ruby><rb>天穂日命</rb><rt>あめのほひのみこと</rt></ruby>と<ruby><rb>野見宿禰</rb><rt>のみのすくね</rt></ruby>と菅原道真とを一緒に<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>つた<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>がある。そこに<ruby><rb>詣</rb><rt>まゐ</rt></ruby>つた事のある人は、社の直ぐ前に、

武部源蔵

と書いた大きな門札のかゝつた<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を見掛けたに相違ない。幾ら<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>さうたつて、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も見遁す事の出来ない程大きな門札である。

宿の主人は、長い銀のやうな髯を持つた老人である。浄瑠璃の「寺子屋」で、源蔵に近づきになつてゐる人達が<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に訪ねてゆくと、爺さんは長い髯を<ruby><rb>扱</rb><rt>しご</rt></ruby>きながら色々な自慢話を始める。

「はい、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>が<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は御覧の通り代々源蔵を名乗つて居りますのや。」と爺さんは文楽の人形芝居で見覚えた源蔵のやうに、物を言ふ時<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つて妙な肩の恰好をして見せる。「初代があの通り道真公にお仕へしたのを御縁に、今だにこないして菅原さんのお<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に暮して居ますのや。」

ある時<ruby><rb>物識</rb><rt>ものし</rt></ruby>りのお客が訪ねて来て、爺さんを相手に、「寺子屋」の武部源蔵は、あの浄瑠璃の作者が、同じ時代に江戸に武部源内といつた、名高い寺子屋の師匠があつたので、それから思ひついたのだといふ事を話したものだ。すると、爺さんは長い髯を馬の尻つ尾のやうに激しく振つた。

「でも、それは武部源内だすやろ。<ruby><rb>私</rb><rt>あて</rt></ruby>とこは源蔵だすよつてな。浄瑠璃の文句通りに……」

物識りのお客は、爺さんの権幕を気づかつた。首実検の松王のやうに後から切り込まれても詰らないと思つたのだ、で、幾らかお愛嬌のつもりで訊いてみた。

「それでは、お<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の一番古い<ruby><rb>御</rb><rt>お</rt></ruby>先祖は何と仰有いましたな。」

爺さんは急に得意になつて鼻を動かした。

「それが貴方一向判りよらなんだのを、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>えらい<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>の方がお<ruby><rb>来</rb><rt>い</rt></ruby>なはつて、その方に承はると、何でも<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の先祖ちふのは、竹田出雲たらいふ途方もない学者だしたさうな。<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど道真公と同じ時代でな……。」

お客は吹き出したくなるのを強ひて辛抱した。世の中には罪な事を教へる学者もあるものである。

骸骨の議員６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

カンサス出の米国上院議員に、インガルスといふ男がゐる。<ruby><rb>爪立</rb><rt>せだ</rt></ruby>ちしたら、天国にでも手が<ruby><rb>達</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きさうな<ruby><rb>背高</rb><rt>のつぽ</rt></ruby>で、おまけに酷い痩せつぴいだが、それでも<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>の事が気になるかして、色々郷里の事に骨折るので、カンサスでは評判のいゝ男である。

この男の近所に、大の仲よしのお医者がゐる。インガルスとは打つて変つた肥えた男で、診察のひま〱には、<ruby><rb>静</rb><rt>しづか</rt></ruby>な書斎でエマアソンの論文を読むのが何よりも好きであつた。ところが困つた事には、このお医者がエマアソンを読まうとすると、<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ飛び込むで来て、邪魔<ruby><rb>立</rb><rt>だて</rt></ruby>する者がある。外でもない、ちんぴらな新聞売子で、医者とエマアソンとの知らない色々の事が載つてゐる新聞を<ruby><rb>押売</rb><rt>おしうり</rt></ruby>しに来るのだ。医者はそれが<ruby><rb>蒼蠅</rb><rt>うるさ</rt></ruby>くて仕方がなかつた。

ある日の事、インガルスは医者の診察室に<ruby><rb>背高</rb><rt>のつぽ</rt></ruby>な<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を現した。別に心の臓が悪くなつたので、診察を頼みに来た訳でも無かつた。<ruby><rb>米国</rb><rt>アメリカ</rt></ruby>では心の臓はオペラ<ruby><rb>袋</rb><rt>バツク</rt></ruby>同様女の持物になつてゐるので、<ruby><rb>背高</rb><rt>のつぽ</rt></ruby>の議員はそんな物は持つてゐなかつた。医者は友達の顔を見ると、<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうに新聞売子がうるさくて、しみ〲エマアソンが読めないのが何よりも残念だと話をした。

ところへ、又しても新聞売子の入つて来るらしい足音が聞えた。医者は早速の気転で、押入から標本用の人間の骸骨を引張り出し、それをちやんと椅子に腰かけさせて、自分達は何食はぬ顔で次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>に隠れてゐた。

新聞売子は<ruby><rb>扉</rb><rt>ドア</rt></ruby>をあけて、勢よく診察室に入つて来た。そして毎日の事なので、<ruby><rb>其辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に気も<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>けないで、ずつと<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の前までやつて来た。見ると、いつもの椅子には、肥えた医者の代りに、骸骨が一人腰をかけて、窪んだ眼で新聞売子を見詰めながら、白い歯をむき出してけら〱笑つてゐた。売子は声を立てて泣き〱外へ飛び出した。

医者は腹を抱へて笑ひこけた。眼からは涙さへにじみ出してゐた。<ruby><rb>背高</rb><rt>のつぽ</rt></ruby>の上院議員は、流石に<ruby><rb>可哀相</rb><rt>かあいさう</rt></ruby>になつて、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を追つて表へ出た。そして御機嫌取りに売子の手から新聞を一枚買ひ取らうとした。売子は<ruby><rb>首</rb><rt>かぶり</rt></ruby>を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて、どうしても新聞を呉れようとしなかつた。

「そんなに着物を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>たつて<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>されるもんかい。」売子は相手を見上げながら、べそを掻き〱言つた。「たつた今骸骨の所を見ちやつたんだもの。」

雀鮨の進物６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

犬養木堂は、憲政擁護の神様だつた頃は、人が頼むと、おいそれと気持よく<ruby><rb>絖</rb><rt>ぬめ</rt></ruby>なり、画箋紙なりへ達者な書をかいて呉れたものだ。相手が三味線を持つ女だつたら、派手な長襦袢へでも書くのを<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はなかつた。

ところが、今では、ふつつりと揮毫を思ひとまつて、どんな向きにでも依頼に応じようとしない。<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に絖なり、画箋紙なりを送つて来る者があると、三月の<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>はその儘保存しておいて、その間に取りに来ないものは、さつさと自分の方でその始末をつける事にきめてゐる。

それとよく似てゐるのは、内藤湖南氏で、氏も犬養氏同様<ruby><rb>手蹟</rb><rt>て</rt></ruby>が巧いので、方々から額やら掛物やらの揮毫を頼みに来る。初めの<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>は一々詩なり、何なり書いて送り返してゐたが、それが<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ持ち出されては、かなりの値段に取引されてゐるのを見ては、内藤氏ももう溜らなくなつたらしい。で、近頃ではどんな人から頼んで来ても、決して書かないことに<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる。<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に見ず知らずの人から小包で送つて来る絖やら画箋紙やらは、直ぐその場で破いて捨てる事にしてゐる。

「犬養さんのやうに<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が広いと、三月位置いてやつてもいゝのだが……」内藤氏は<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>がま</rt></ruby>仙人のやうな口元に、にやりと皮肉な笑ひを見せて言つてゐる。「何分<ruby><rb>自宅</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>手狭</rb><rt>てせま</rt></ruby>なものだから、すぐ破つてしまふ事にきめてゐるのだ。」

今は亡い尾崎紅葉山人に何か書かせたいのを、年来の志願にしてゐる男があつた。その男は大阪生れだつたが、ある時東京へ出た<ruby><rb>尋</rb><rt>つい</rt></ruby>でに、紅葉氏を訪ねて見た。いろ〱と頼んでみたが、小説家はなか〱うんと言はなかつた。でも、何かの話の拍子に大阪の雀鮨が好きだと、つい<ruby><rb>浮</rb><rt>うつ</rt></ruby>かり口を滑らしたので、その男はもう<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>めたものだと思つた。

大阪へ帰つて来ると、直ぐ小包で雀鮨を小説家あてに送り届けた。すると、三日程して紅葉氏から鄭重な挨拶が来た。そして手紙のなかには短冊が一枚封じてあつた。短冊には俳句が<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めてあつた。貰つた男は文句が十七字で出来てゐるので俳句に相違ないと思つたのだ。俳句だらうが、離縁状だらうが、紅葉氏の書いたものでさへあれば、それでよかつたのだ。

犬養氏も、内藤氏も、雀鮨は嫌ひでは無いらしい。だが、実を言ふと、二人とも紅葉山人よりはずつと人が悪い。雀詣を食つた上に、小包の絖で汚れた手先を拭きかねないのはこの人達である。

恋と花６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

出雲松平家の<ruby><rb>茶道</rb><rt>さどう</rt></ruby>に、岸<ruby><rb>玄知</rb><rt>げんち</rt></ruby>といふ坊主が居た。ある時、松江の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby><ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>れをぶらついてゐると、<ruby><rb>穢</rb><rt>きたな</rt></ruby>い<ruby><rb>小</rb><rt>こ</rt></ruby>百<ruby><rb>姓</rb><rt>しやう</rt></ruby>の垣根に花を持つた梅の樹が目についた。梅は大隈侯のやうに<ruby><rb>老齢</rb><rt>としより</rt></ruby>で、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>にまた大隈侯のやうに杖に<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>りかゝつてゐたが、玄知はその姿が気に入つたので、早速百姓に掛合つてみると、百姓は幾らか<ruby><rb>貪</rb><rt>むさぼ</rt></ruby>つた<ruby><rb>価</rb><rt>ね</rt></ruby>を切り出した。

玄知は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰つて、これまで持ち慰さむだ茶道具の幾つかを売払つた。そして<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>を<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に、いそいそと小百姓を訪ねて往つた。取引が無事に済むと、玄知は腰にした<ruby><rb>瓢</rb><rt>ひさご</rt></ruby>をほどいて、花の下で酒を飲み出した。百姓が夕方野良から帰つてみると、玄知は花の下で<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>ころのやうに<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>を掻きながら<ruby><rb>転寝</rb><rt>うたゝね</rt></ruby>をしてゐた。

それから幾日か経つたが、玄知は一向樹を持ち運ばうともしないで、毎日のやうにやつて来るので、百姓は不思議でならなかつた。

「旦那、一体あの梅の樹はどうして呉れるだね。」

「どうもしないよ。あの儘さ。」

玄知はけろりとした顔をしてゐた。

「だつて、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>様、高い金出して、<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>がの買取つたぢやねえか。」

「さうさ、買取るには買取つたが、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>が狭いから、いま迄通りお前の<ruby><rb>許</rb><rt>とこ</rt></ruby>に預けておく積りだ。」

百姓は麦飯と水とで出来た自分の哲学では<ruby><rb>解</rb><rt>と</rt></ruby>き<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>いものに<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>したやうに頭へ手をやつた。

「預かれなら、預かりもしようがの、実が<ruby><rb>生</rb><rt>な</rt></ruby>つたら持つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くだかね。」

「いや、実は要らない。」玄知はその梅の実のやうな円い頭を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。「<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>は花を見ればいゝのだ。実はお前に呉れてやるから、精々樹に気を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>けてやつてくれ。」

「実は要らねえだつて。」百姓は眼を<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つて不思議な茶道の顔を見た。「<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>実が<ruby><rb>生</rb><rt>な</rt></ruby>るから金を貰つただ。花見するだけなら、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんが幾度来たつて、彼是<ruby><rb>叱言</rb><rt>こごと</rt></ruby>いふ俺でねえだ。金は返すだよ。」

百姓が金を取りに<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰らうとするのを、玄知は<ruby><rb>遽</rb><rt>あわ</rt></ruby>てて引きとめた。

「いや、<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>しにして呉れ、花がお前のものなら、幾ら見たつて面白くない。自分のものにして初めて<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>と見てゐられるのだから。」

恋をする者もさうで、相手を身も心もそつくり自分の<ruby><rb>有</rb><rt>もの</rt></ruby>にしないと納得の出来ないものだ。たゞ<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に達人の恋のみは、<ruby><rb>七夕星</rb><rt>たなばたぼし</rt></ruby>のやうに遠く離れてゐて、少しもその熱を失はうとしない。だが、そこまで登るには激しい心の経験が要る。茶人などの知つた事ではない。

「一番好きな男」６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

日露戦役の旅順攻撃を記念する名高い『肉弾』は、この程<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>語に飜訳されたやうに聞いてゐるが、その『肉弾』の著者桜井忠温氏は、今も達者で深草の京都聯隊区司令部に少佐として勤めてゐる。

その桜井氏が最近ある歩兵大隊について、奈良地方に行軍した事があつた。奈良では遊女町を通つた。何も知らない<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>にひよつくりそんな町へ出たのか、それとも<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と選んでそこを通つたのか<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかは知らないが、遊女町を通つたといふ事は決して悪い事では無かつた。

何故と言つて、長い<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>を歩き<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたび</rt></ruby>れて、誰も彼も草の葉のやうにげんなりした顔をしてゐたのが、今通りかかつてるのは遊女町だなと気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、急に<ruby><rb>蘇生</rb><rt>いきかへ</rt></ruby>つたやうに<ruby><rb>生々</rb><rt>いき〱</rt></ruby>して来たからである。<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>もろこしの曹操は、咽喉の渇ききつた兵卒に、山一つ向ふには梅の実がどつさり<ruby><rb>生</rb><rt>な</rt></ruby>つてゐると言つて、無事に峠を越させたものだ。<ruby><rb>梅林</rb><rt>うめばやし</rt></ruby>の代りに遊女町を使つたところで少しの差支もない。

道の両側には高い建物がきつしり並んでゐた。若い兵隊が甲鉄艦のやうな靴をひきずつて、ぞろぞろ通りかかると、二階から三階から<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>の顔が梅の実のやうに<ruby><rb>珠数</rb><rt>じゆず</rt></ruby><ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>ぎに覗いた。なかには<ruby><rb>甲</rb><rt>かん</rt></ruby>の高いきい〱した声をして、てんでに品定めをするのもあつた。

「ちよいと、<ruby><rb>姐</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さん、一番目が<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い男つ振だわね。」

「わて二番目は嫌ひよ、色が真つ黒けやわ。」

「ね、ちよいと、三番目は意気ぢやなくて。」

「まあ、厭やわ、六番目見なはれ兎のやうな耳やわ。」

「七番目も悪いわね。脚が長くつて。」

<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>達はさんざ<ruby><rb>軽躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぎながら、声を揃へて笑つた。

<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>から汚れた<ruby><rb>手巾</rb><rt>はんけち</rt></ruby>で汗ばんだ額を拭き〱、苦りきつてゐた『肉弾』の著者は、もう溜らなくなつたと見えて、つと妓達のゐる二階の方を振り向きざま、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに吠えついた。

「黙れ、やかましい。みんな<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い男つ振だい。」

少佐の癇走つた声が余り高かつたので、妓達は急に鳴りを静めた。すると何処からか<ruby><rb>金糸雀</rb><rt>かなりや</rt></ruby>のやうな声が突つ走つた。

「あたし五番目に惚れたわよ、きびきびしてるんだもの。」

皆はどつと声を立てて笑つた。妓も兵隊も、甲鉄艦のやうな靴も、郵便箱も一度に笑ひ出したやうに思つた。少佐は不思議さうな顔をした。考へてみると、五番目に歩いてゐるのは自分である。外ならぬ、『肉弾』の著者である。少佐はうむと言つた儘気絶したやうな身振をした。

豚に脱帽す６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

独逸の軍隊が破竹の勢で東部仏蘭西に攻め込んだ時、そこらに住まつてゐた仏蘭西の住民は、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>てから独逸人が<ruby><rb>吝</rb><rt>しみ</rt></ruby>つたれで、慾深で、有る程のものは<ruby><rb>掻</rb><rt>か</rt></ruby>つ<ruby><rb>払</rb><rt>ぱら</rt></ruby>はずには<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られない癖を知つてゐるので、てんでに財産を<ruby><rb>慝</rb><rt>かく</rt></ruby>まふのに智慧を絞つたものだ。

そのなかに貧乏な<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>が一人あつた。財産といつては夫婦が身に附けるものの外に、豚が一匹ゐたに過ぎなかつた。

「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたものだらう、独逸の奴め、豚がゐると知つたら屹度盗み出さうとするに<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つてる。」

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は豚の前に立つて、手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>むで考へ込んだ。お慈悲の深い神様は、貧乏なその男のために取つて置きの良い智慧を恵んで下すつたので、<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>ははたと手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>つて喜んだ。

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>はいきなり豚を叩き殺した。豚は銀行員のやうに黙りこくつてその儘死んでしまつた。<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は馴れた手つきで、さつとその豚を切開いた。腹の中には岩下<ruby><rb>清周</rb><rt>せいしう</rt></ruby>氏などの持つてゐさうな、色々な変な物があつたが、<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は綺麗に水でそれを洗ひ落してしまつた。豚はトルストイ信者のやうに清浄な<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>になつて<ruby><rb>横</rb><rt>よこた</rt></ruby>はつた。

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>はその豚の死骸に頭から、すぽりと自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんの服を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>らせて、叮嚀に寝床に寝かせた。そしてその<ruby><rb>周囲</rb><rt>まはり</rt></ruby>に蝋燭を<ruby><rb>点</rb><rt>とも</rt></ruby>して、精々悲しさうな顔をしてゐた。

暫くすると、激しい靴音がして独逸兵が<ruby><rb>扉</rb><rt>と</rt></ruby>を跳ね飛ばすやうな勢で入つて来た。<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は両手の<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に<ruby><rb>填</rb><rt>は</rt></ruby>めてゐた顔を怠儀さうにあげた。独逸兵は吠えつくやうな独逸語で何か訊いたが、<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は黙つて<ruby><rb>頭</rb><rt>つむり</rt></ruby>を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。

見ると、寝床の上には女の着物を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>た死骸らしいものが転がつて、枕もとには蝋燭さへ点つてゐる。

「死人だ。事によつたら<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんかも知れない。」

と思つた兵卒は、胸で十字を切つて、一寸帽子を脱いだ。そして気の毒さうな顔をして黙つて出て往つた。

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>はほつと息をついた。着物を跳ねのけてみると、豚は心の臓も<ruby><rb>腸</rb><rt>はらわた</rt></ruby>も持つてない癖に、鉄面皮にも平気で脚を踏み伸して横になつてゐた。

<ruby><rb>落銭</rb><rt>おとしぜに</rt></ruby>を拾ふ楽み６・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

「世の中に何が嬉しいといつたつて、<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>で落したお<ruby><rb>鳥目</rb><rt>てうもく</rt></ruby>が自分の手に<ruby><rb>還</rb><rt>かへ</rt></ruby>つた時の気持ほどいゝものはございません。お上人様は御存じでいらつしやいますか。」

かういふ話を良寛上人にしたものがあつた。上人は言ふ迄もなく越後<ruby><rb>国上</rb><rt>くがみ</rt></ruby>山の五合庵に棲むでゐた名高い禅僧である。

この話をした男だつて、世の中には<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>にもつと嬉しいことがたんとある。例へば雨の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>美しい女の髪の匂を嗅ぐとか、柔かい指先を握るとかする楽みは、また格別なものだが、行ひ澄ました良寛に、そんな話も出来なかつたものだから、精々落したお鳥目位で済ます事にした。

良寛はそれと聞くと、不思議さうな顔をした。そして汚れた巾着から<ruby><rb>散銭</rb><rt>ばらせん</rt></ruby>を二つ三つ取り出して、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と道の上に落した。お鳥目はかちんと音をたてて、上人の<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>もとで二三度くるくると舞つた。

良寛は手をのばしてその散銭を拾つたが、格別変つた気持もしなかつた。

「一向嬉しくない。<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたもんだらう。」上人は<ruby><rb>呆</rb><rt>とぼ</rt></ruby>けた顔をしてじつと考へ込んだ。「もつとたんと落さなくつちやならないか知ら。」

<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>から上人の素振を見て馬のやうににや〱笑つてゐた男は、一寸小腰をかゞめた。

「お上人さん今一度<ruby><rb>試</rb><rt>や</rt></ruby>つてみて下さい。さうしたら屹度お判りになるだらうと思ひます。」

良寛は巾着に入れかけてゐた散銭を取り出して、また道の上に落した。散銭はお上人に当てつけたやうに、<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこら</rt></ruby>をころころ転げ廻つてゐたが、いつの間にか草のなかに滑り込むで、そのまゝ姿を隠してしまつた。

良寛は手を延ばして、そこらを捜し廻つたが、お鳥目は一向顔を見せなかつた。<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんはうろたへ出した。禿げた頭を<ruby><rb>唐茄子</rb><rt>トマト</rt></ruby>のやうに真つ赤にして、草のなかを掻き分けてゐたが、暫くしてやつとこさで見つかつた。上人は汗ばんだ顔を持ち上げた。

「なる程嬉しかつたよ。ほんとに嬉しいもんだな、落した<ruby><rb>銭</rb><rt>かね</rt></ruby>を拾ふといふものは。」

<ruby><rb>安倍仲麿</rb><rt>あべのなかまろ</rt></ruby>と高橋義雄氏７・１（夕）

東京は赤坂一つ木の高橋義雄氏の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>を、表口から入つて右に、高さ五尺ばかりの古い石碑がある。碑の文字は雨風に打たれて幾らか<ruby><rb>傷</rb><rt>いた</rt></ruby>んではゐるが、誰が眼にも、

安倍仲麿塚

といふ五文字だとは直ぐにわかる。

仲麿は誰もが知つてゐる通り<ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby>の空でビスケツトのやうな乾いたお月様を見ながら、

「三笠の山に出でし月かも」

と歌つた男である。ところで、この石碑はもと仲麿の出生地だと言ひ伝へてゐる大和の安倍村にあつたのを去年の秋<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うした訳か、奈良の古物商が買ひ取り、幾らか持て余し気味だつたのを、それを聞込んだ高橋氏がわざわざ譲り受けたものである。高橋氏は女以外の物だつたら、どんな我楽多でも古くさへあれば納得出来る<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>の人である。

京都の嵯峨に俳人去来の墓がある。尖つた三角型の洒落た石で、<ruby><rb>舞妓</rb><rt>まひこ</rt></ruby>の振袖にも包まれさうな小さな<ruby><rb>石碑</rb><rt>しるし</rt></ruby>である。ある時京都の<ruby><rb>出水</rb><rt>でみづ</rt></ruby>辺に住んでゐる物好きな男が、この石碑を女房に見せたいからといつて、風呂敷を<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>にしてわざわざ嵯峨まで出掛けたものだ。女房の機嫌を取るためには、どんな事も仕兼ねない男で、猫の児を嫁入らすやうに、去来をその儘風呂敷包みにして<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げて帰る積りだつたのだ。ところが、途中で大粒な丹波栗をしこたま<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ込んだので、ついその儘になつてしまつた。女といふものは、どんな人の墓よりも栗のきんとんの方を嬉しがるものだといふ事をその男はよく知つてゐたのだ。

高橋氏は物持だから、安倍仲麿を買取るについて栗のきんとんを<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby>したか、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかは知らないが、兎も角もその石碑は今では氏の玄関先きに<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐる。

「何に使つたものか知ら。仲間の奴を一つあつと言はせるやうな使ひ道がありさうなものぢやて。」

高橋氏はその前を通る度にいつもさう思つてゐたが、ある時芭蕉翁の句集で、「木曾どのと背中合せの寒さかな」といふ句を見て覚えず膝を叩いた。

「さうだ、<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>の墓にしよう。仲麿のと背中合せに<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>の名を彫りつけて、さて側面には、

仲麿と背中合せの月見かな

とかうやるのぢや。へつ、どんなもんだい。この趣向には大抵の奴が恐れ入るぢやらうて。」

高橋氏はかう考へついてからは、一日も早く自分の墓が拵へてみたくなつた。そしてまた一日も早く死んで、その墓の下から友達の恐れ入る顔を覗いてみたくて溜らなくなつたらしい。結構な道楽さ。だが、芭蕉はまた言つてゐる。――「秋深し隣りは何をする人ぞ」と。――もしか仲麿が隣りは何をする人ぞと訊いたら、高橋氏は何と答へるだらう。

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>は実業家だよ。」

と言つた所で、悲しい事には仲麿は実業家といふ結構なものを知らないかも知れない。

三人牧師７・２（夕）

日増しに暑くなるにつけて誰もが山を想ひ、海を想ひ、旅を想ふやうになつて来た。

去年の夏の事、英国のリヷアプウルからボストン通ひの汽船に、ボストンで名高い牧師のフイリツプス・ブルツクスとダクタア・エリスとブルツク・ヘルフオウドの三人が不思議に落合つた事があつた。一体牧師だの僧侶だのといふものは、立派な道を説いてる癖に、案外胸の狭いもので、伝道<ruby><rb>大会</rb><rt>だいくわい</rt></ruby>といつたやうな<ruby><rb>会合</rb><rt>あつまり</rt></ruby>の外には、滅多に顔を合すものではない。この世でもさうだから、無論天国では一緒になれる筋のものではなかつた。

ちやうど日曜日のことなので、船のなかでも<ruby><rb>集会</rb><rt>あつまり</rt></ruby>があつた。船長は三人のなかで誰か一人にその日のお説教をして欲しいと頼んで来た。一体船のなかといふものは、お説教をするには打つてつけの場所柄で、<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>に立聴きをする神様は居ないし、幾らお説教が<ruby><rb>拙</rb><rt>まづ</rt></ruby>かつたところで、<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>は耳に手をやつて、波のなかに飛び込む訳にも往かないしするから、牧師は落つき払つて、いつもの三倍も長説教が出来ようといふものだ。

ところが、ヘルフオウドは真つ先きに首を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。

「私は夏休み中、日曜日毎に欠かさずお説教をしたので、すつかり<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたび</rt></ruby>れちやつた。どうか今日一日だけは休ませて貰ひたいもんで。」

かう言つて、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>真</rb><rt>しん</rt></ruby>から草臥れたらしい顔つきをして船長を見かへした。

船長はブルツクス牧師の方へ向き直つた。ブルツクスはエリス老人の方を指ざした。

「そちらにエリスさんがいらつしやる。先輩の方を<ruby><rb>差</rb><rt>さ</rt></ruby>し<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いて、私どもが出る幕ぢやありません。」

椅子にもたれた儘、うと〱と居眠つてゐたらしいエリス老人は、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>したやうに眼をあけた。

「<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>言つちやいけない。皆は貴方のお説教を聞かうと思つてるのだ。私のやうな<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>が……」

きつぱり跳ねつけるやうに<ruby><rb>強</rb><rt>きつ</rt></ruby>く手をふつたが、それでもこの船がこの儘天国の港に船がかりするのだつたら、老人は皆を<ruby><rb>押退</rb><rt>おしの</rt></ruby>けて、誰よりも先に<ruby><rb>埠頭</rb><rt>はとば</rt></ruby>の土を踏んだに相違なかつた。

「それぢや、仕方がありません。」船長は悲しさうに言つた。「あなた方が揃ひも揃つてお説教をして下さらないとなると、この<ruby><rb>汽船</rb><rt>ふね</rt></ruby>には神様のお慈悲は先づないものと思はなくちやなりません。」かう言つて船長は大きな腕を三人の鼻先でふり廻した。「船が無事にボストンに着くか<ruby><rb>怎</rb><rt>どう</rt></ruby>かは、唯私のこの腕に頼る外はありませんぞ。」

船は無事にボストンに着いた。三人の牧師は乗客のなかに紛れて、船から桟橋へ、三匹蛙のやうな腰つきをしてぴよいと<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>がつた。

<ruby><rb>鼻糞</rb><rt>はなくそ</rt></ruby>７・３（夕）

森鴎外氏の<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>によると、俳人正岡子規氏は、何かの<ruby><rb>集会</rb><rt>あつまり</rt></ruby>で鴎外氏の宅に来ると、<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに座敷のなかに寝そべつて、頬杖をついたものだ。

「おい、紅葉君、ちよいと<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>の硯を取つてくれたまへ。」

と、どうかすると、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐる尾崎紅葉に用事を言ひつけたりする。紅葉は気取屋で、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に子規よりもずつと先輩の積りで居たからそれが<ruby><rb>癪</rb><rt>しやく</rt></ruby>で癪で堪らなかつたらしい。

そればかりか、子規は俳句か何かを考へる時には、よく指先で鼻の<ruby><rb>孔</rb><rt>あな</rt></ruby>から鼻糞を<ruby><rb>穿</rb><rt>ほじ</rt></ruby>くり出したものだ。そして<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で丸薬のやうに円めると、<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>き<ruby><rb>玉</rb><rt>だま</rt></ruby>か何ぞのやうに一々それを指先きで<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に弾き飛ばしたものだ。<ruby><rb>汚</rb><rt>むさ</rt></ruby>い<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>き<ruby><rb>丸</rb><rt>だま</rt></ruby>は、ある時は禅僧のやうな露伴の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に飛び込み、ある時は<ruby><rb>山狗</rb><rt>やまいぬ</rt></ruby>のやうな緑雨の襟首に滑り込み、またある時は気取屋の紅葉の鼻先きを<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>めて飛んだ。そんなこんなが余程機嫌を悪くしたと見えて、紅葉はその後あまり鴎外氏の<ruby><rb>集会</rb><rt>あつまり</rt></ruby>に出なくなつたさうだ。

鼻糞といへば、越後の良寛上人がある時、<ruby><rb>濃茶</rb><rt>こいちや</rt></ruby>の会へ招かれて往つた事があつた。相客が<ruby><rb>余所行</rb><rt>よそゆ</rt></ruby>きの上品な言葉で風流話に無中になつてゐる<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>に、良寛はひとり<ruby><rb>猿公</rb><rt>えてこう</rt></ruby>のやうなきよとんとした顔をして、指先きで頻りと鼻糞をほじくつてゐた。

さうかうするうちに、濃茶が廻つて来さうになつたので良寛は急いで掌面の鼻糞円めにかゝつた。そしてそれをこつそり膝の左側に置かうとすると、そこに坐つてゐた男は、じろりと尻目にかけて怖い顔をした。良寛は慌ててそれを拾つて、今度は膝の右側に置かうとした。するとそこに坐つてゐた男は、一寸眉をしかめて、口もとをへの字<ruby><rb>形</rb><rt>なり</rt></ruby>に歪めた。上人は泣き出しさうな顔をして、またその丸薬を手に取りあげた。

だが流石に長く禅で苦労した程あつて、上人はその一刹那鼻糞は鼻の孔から取り出して来たものだといふ事を思つた。仏のものは仏に返さねばならぬ世の中だ、鼻のものは鼻に返した方が一番無難である。上人は丸薬をその儘無理やりに鼻の孔に押し込んだ。二つの孔から取り出して来たものを、一つの孔に押し返した所で、そんな事位で<ruby><rb>艴</rb><rt>ふく</rt></ruby>れつ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>をする鼻でもなかつた。

上人は<ruby><rb>舌鼓</rb><rt>したつゞみ</rt></ruby>を打ちながら濃茶を飲んだ。

中村<ruby><rb>是公</rb><rt>ぜこう</rt></ruby>泣く７・４（夕）

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事、東京新橋の料亭花月でＫといふ実業家が、客を待合はせる暫くの<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>を、意気な小座敷でひとりちびちびとやつてゐると、隣の一<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>である男が芸者を相手のしんみりした話が襖越しに聞えて来た。

実業家は当世人だけに、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>の話を立聴きするのが何よりの好物であつた。<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が儲け話か女の噂である場合には、とりわけ<ruby><rb>身体中</rb><rt>からだぢゆう</rt></ruby>を兎の耳のやうにして<ruby><rb>偸</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み<ruby><rb>聴</rb><rt>ぎき</rt></ruby>をした。隣の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>ではかなり酒に酔つたらしい男が、時々腹でも立てたやうに調子を高めるのが聞えた。

「<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>でも<ruby><rb>口説</rb><rt>くど</rt></ruby>いてるのだらう、困つた<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>さんだ。」

実業家は<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で呟きながら、酒の<ruby><rb>冷</rb><rt>さ</rt></ruby>めるのをも忘れて襖にぴつたりと耳をおし当ててゐた。

すると、芸者の一人がしんみりした声でいふのが聞えた。

「さう承はつてみると、亡くなつた先生お一人がおいとしいわね。」

「<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>だわねえ。」

今一人の妓が調子を合はせるのが聞えて、二人はそつと深い溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いたやうにさへ思はれた。

「何だ、妓は二人なんか。それぢや一向詰らん。」

実業家は<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>かたつむり</rt></ruby>のやうに襖に吸ひついてゐた耳を引き外しながら、下らなささうに<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。

すると、<ruby><rb>突如</rb><rt>だしぬけ</rt></ruby>に男のおいおい泣き出すのが聞えて来た。雌に逃げられた<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>の泣くやうな声である。実業家は手にとつた<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>を下において、慌ててまた襖にすり寄つた。

「亡くなつたあの男に済まんよ。」と隣りの男はべそを掻きながら言つた。「俺といふ者が附いてゐて、そんな真似をさせたんぢや、全く……」

男は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を言ひさしたまゝ、おい〱声を立てて泣き入つてゐるが、<ruby><rb>声柄</rb><rt>こゑがら</rt></ruby>にどこか聞覚えがあるやうに思つて、そつと襖を細目に押しあけて覗いてみた。そして飛上るばかりに<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。泣いてゐたのは、外でもない、鉄道院総裁の中村是公氏であつた。

実業家は冷めた盃を<ruby><rb>啣</rb><rt>ふく</rt></ruby>みながら、是公氏が何を泣いてゐるのだらうと色々想像してみた。後藤<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>が新聞記者に<ruby><rb>苛</rb><rt>いぢ</rt></ruby>められたからといつて泣く程の是公氏でもないと思つた。汽車が頻りに人を<ruby><rb>轢殺</rb><rt>ひきころ</rt></ruby>すからといつて泣く程の是公氏でもないと思つた。実際そんな事で泣いてゐては、幾ら涙があつても足りる訳はなかつた。実業家は廊下を通る芸者を呼びとめて<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を訊いてみた。芸者は笑ひ〱言つた。

「夏目漱石さんの<ruby><rb>未亡人</rb><rt>おくさま</rt></ruby>がね、先生の書物から印税がどつさりお入りになるんで、近頃大層贅沢におなり遊ばしたとやらで、それをあんなに言つて<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しがつてらつしやるんですわ。」

実業家は漱石氏と是公氏とが仲のよかつた事を想ひ出して、感心だなと思つた。そしてその次ぎの瞬間には、自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>が人並外れた贅沢<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>なのを想ひ出した。

「俺も是公と友達になつてやらう。」と実業家は腹のなかで一人で<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めた。「もしか<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>にでも亡くなつたら、屹度あんな風に俺の為めに泣いてくれるだらうからな。」

煙草屋の小僧７・５（夕）

先年米国のピツツバーグ市のある煙草屋へ、一人の紳士が入つて来て、

「おい、煙草を呉れ。」

と言つた。店先に居た小僧は黙つて煙草の一缶を持ち出して来たが、それを手渡ししようともしないで、しげしげ紳士の顔を見詰めながら、何か言ひ出したさうにしてゐた。

紳士は気味が悪くなつた。<ruby><rb>手套</rb><rt>てぶくろ</rt></ruby>の<ruby><rb>穿</rb><rt>はま</rt></ruby>つた<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>でそつと顔を撫でまはした。小僧はとうと切り出した。

「檀那さま、失礼ですが私をお<ruby><rb>傭</rb><rt>やと</rt></ruby>ひ下さらないでせうか。」

紳士は不思議さうに小僧の顔を見た。

「一体何になりたいと言ふんだな。」

小僧は巻煙草のやうに<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を真つ直にした。

「私機械の方をやつてみたいんです。」

「機械係は熱くて苦しいもんだよ。」

「どんなに熱くたつて、苦しくたつて構ひません。」

小僧は巻煙草のやうに頭に火がついても、びくともしないやうな<ruby><rb>確</rb><rt>しつか</rt></ruby>りした調子で言つた。

紳士は小僧の手から煙草の缶を受取つた。

「ところで、日当は一日一弗しか出ないが承知かな。」

「日当なんか幾らでもよござんす。」

小僧が熱心な顔色に紳士もつい動かされて、兎に角世話をしてみようといふ事になつた。で、先づ自分の監理してゐるカーネギイ製鉄所に<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り込むで置いた。

これは今から四十年程前の出来事だが、小僧はそれから汗と油に真黒になつてせつせと働いた結果、とんとん拍子に出世して、今では年収三百五十万弗といふ、米国でも指折の大物持になつた。その人こそ誰あらう、ベスレム製鋼会社の社長から<ruby><rb>螽斯</rb><rt>ばつた</rt></ruby>のやうに一飛びして米国管船局総裁の位置に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つたチヤールズ・シユワツプ氏である。

今の欧洲戦局を支配するものは米国の増援隊であり、その増援隊を活躍させるのは、米国造船能力の消長にあるのを思ふと独逸<ruby><rb>膺懲</rb><rt>ようちよう</rt></ruby>の<ruby><rb>鑰</rb><rt>かぎ</rt></ruby>は、とりも直さず、四十年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の煙草屋の小僧の<ruby><rb>垢染</rb><rt>あかじ</rt></ruby>んだ掌面に握られてゐる次第なのだ。――忘れてゐたが、シユワツプ氏は独逸系の米人である。

<ruby><rb>洟</rb><rt>みづばな</rt></ruby>は忠告に禁物７・７（夕）

今年の三月頃の事、神戸女学院出のある婦人が、広岡浅子女史を訪問した事があつた。西洋人の外は大抵の人に会はない事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐる浅子女史は、お客が女学院出だといふので、ふと会つてみる気になつた。英語が話せるのだつたら、大抵立派な人柄だといふのが女史の信条である。この点において、聖母マリアが浅子女史の伯母さんでなかつたのは、耶蘇教徒にとつて、<ruby><rb>勿怪</rb><rt>もつけ</rt></ruby>の<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>であつた。さもないと女史は英語の話せないものは、天国から追出す事を考へたかも知れなかつたから。

客が座敷に通ると、女史は<ruby><rb>蘇格蘭</rb><rt>スコツトランド</rt></ruby>の鴉のやうな真つ黒な洋服を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>て出て来た。そしてだしぬけに変な調子の英語で話し出した。お客は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しさが一杯なのを、奥歯でじつと<ruby><rb>噛</rb><rt>か</rt></ruby>み<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へながら、ともかくも英語で返事をした。すると、女史の機嫌が急によくなつて来た。

「あんたは西洋人のお友達をお持ちかい。」

「いいえ、持ちません。」

「それは<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けない、友達は西洋人に限る、私などはこんなに西洋人のお友達を持つてるよ。」

と言つて、女史は<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つて往つて、手文庫のなかから横文字の手紙をどつさり持ち出して来た。

客が西洋人にお友達を持つてないといふ事は、幾らか浅子女史の機嫌を悪くした。女史は急に日本語で<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>り出した。人間といふものは、すべて込み合つた事柄は自分の国の<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>で話した方が都合が<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いものだ。

「近頃の女学校は皆よくない、女学院にしてからがさうだ。校長にお会ひだつたらよく忠告しておいておくれ。」

「まあ、そんな御親切がお<ruby><rb>有</rb><rt>あ</rt></ruby>んなさるんだつたら……」客は幾らか冷かし気味に言つた。「あなた<ruby><rb>直</rb><rt>ぢか</rt></ruby>に言つて上げて下さいよ、幸ひ<ruby><rb>明後日</rb><rt>あさつて</rt></ruby>は金曜日で祈祷会なんでございますから。」

「さあ、<ruby><rb>直</rb><rt>ぢか</rt></ruby>に私が言つてもいゝが――。」浅子女史は鴉のやうにぶる〱肩を<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>はせながら、<ruby><rb>柱暦</rb><rt>はしらごよみ</rt></ruby>を見た。暦には三月――日と出てゐた。

「まだ三月で、外へ出るのは寒くていけない、追つて六月にでもなつたら、一つ思ひきり忠告する事にしよう。」

広岡女史に告げる。今は丁度七月だ。鴉も裸で行水する頃だ。<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>が若い者に忠告するなら今のうちの事だ。ぐづ〱すると、直ぐまた寒くなる。寒くなればつい洟が落ちる。洟は忠告には禁物である。

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>の自慢７・８（夕）

米国のダコタ在生れの<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>が最近英国へ旅をした事があつた。<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>といふものは、<ruby><rb>蚯蚓</rb><rt>みゝず</rt></ruby>のやうに土地にこびりついてゐるだけに、得て在所自慢をしたがるもので、この<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>もかねて<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほなじみ</rt></ruby>の英吉利の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>を見ると、すぐに生れ故郷の自慢話をもち出したものだ。

「かう言つたつて、<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>にはさつしやるまいがね、<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>達の耕地ちふのは、素晴しく<ruby><rb>大</rb><rt>でか</rt></ruby>いもんでね……」とダコタ生れの<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は厚い唇をもぐもぐさせながら言つた。「春の初めに鍬を入れかけて、<ruby><rb>畦</rb><rt>うね</rt></ruby>を真つ直に耕作を済ますのは、丁度秋のかゝりだよ。帰り<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>にはそろそろもう<ruby><rb>収穫</rb><rt>とりいれ</rt></ruby>をせんならん程<ruby><rb>作物</rb><rt>さくもつ</rt></ruby>が大きくなつとるだよ。」

「そんな事もがすでせうな。」と英吉利生れの<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と落つき払つて言つた。「<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>が友達が一人印度に<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>るだが、何でもその話によると、向うでは畑を<ruby><rb>抵当</rb><rt>かた</rt></ruby>に借金をしようちふんで、<ruby><rb>持地</rb><rt>もちぢ</rt></ruby>をぐるり一廻り検分して帰ると、もう<ruby><rb>借金</rb><rt>かね</rt></ruby>の返済期になつとるので、いつ迄待つても金の借りやうが<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>えちふ事だよ。ははは……」

二人は声を揃へて笑つた。暫くすると、ダコタ生れの<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は少し笑ひ過ぎたやうに、急に真面目な顔になつた。

「そんだら、はあ、丁度<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>が娘聟の持地とおつつかつつだと見えるだね。」<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は面と向ふ折には、こつぴどく<ruby><rb>面当</rb><rt>つらあて</rt></ruby>を言はないでは置かない同じ口で、自慢さうに娘聟の噂を始めた。「<ruby><rb>俺</rb><rt>おら</rt></ruby>が娘聟ちふのは、二週間前に結婚しただがね、その<ruby><rb>翌</rb><rt>あく</rt></ruby>る朝馬車に乗つて<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>に出かけたもんだ。毎日毎晩持地のなかをとつ<ruby><rb>走</rb><rt>ぱし</rt></ruby>つて、やつと<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>に着いた頃には、もう子供二人が生れとつただよ。」

英吉利の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は一寸頭へ手をやつた。そして何かそれにも負けないやうな<ruby><rb>法螺</rb><rt>ほら</rt></ruby>を考へてゐたらしかつたが、とうと考へつかないで、感心したやうに深い溜息をついた。

――嘘のやうだが、これは近刊の英字雑誌に載つてゐる<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>の事実談である。

名医後藤新平<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>７・９（夕）

男爵石黒忠悳氏は、今では茶人らしく十徳を着込んで、お茶を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>つたり、若い者の嫁を捜したりして、日を暮してゐるが、実をいふと、氏はあれで軍医総監なのである。尤も氏自身も自分が軍医だつたのは、<ruby><rb>夙</rb><rt>とつ</rt></ruby>くの<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>に忘れてゐるらしく、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に人が医者の話でもすると、氏はまだ見ぬ地獄の<ruby><rb>取沙汰</rb><rt>とりさた</rt></ruby>でも聞くやうに変な顔をして耳を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げてゐる。

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>の事、あるところに宴会があつて、石黒氏も尖つた頭でそれに列席してゐた。氏のすぐ次ぎに肩を並べて坐つてゐたのは、世間のいふ成金の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>で、魚のやうな青白い顔に、魚のやうな円い眼をした男だつた。その男は自分の<ruby><rb>上手</rb><rt>かみて</rt></ruby>に坐つた禿頭が石黒氏だと知ると、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から大きな名刺を取り出して、石黒氏の膝の上に置いた。

「私はかういふ者でございますが<ruby><rb>先日中</rb><rt>こなひだぢゆう</rt></ruby>から一度あなたにお目に懸りたいと存じまして……」

その男は叮嚀に頭を下げた。石黒氏は慌てて眼鏡を取り出して名刺を読んだ。名刺は<ruby><rb>手帛</rb><rt>はんかち</rt></ruby>ほどの大きさに見えた。

石黒氏は眼鏡越しに相手の魚のやうな顔を見た。

「いや、お初めて。何か御用でもおありかな。」

「はい一度お<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>の節に<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>の御診察をお願ひ致したいと存じまして……」その男は円い眼を忙しさうに瞬きした。「こなひだぢゆうから<ruby><rb>肋膜</rb><rt>ろくまく</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひまして、方々の先生方に……」

「駄目だ〱。」

石黒氏は相手の鼻先で大きな<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つた。病身な成金の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>位だつたら、一思ひに<ruby><rb>絞殺</rb><rt>しめころ</rt></ruby>されさうな大きな掌面である。

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>に診て貰はうと思ふには、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が二つ無くちやならんが、それは御存じだらうな。」

「へえ、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が二つ？」

成金の男は不思議さうな顔をして考へた。だが<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>考へてみても自分の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>は乳房と良心とを二つ<ruby><rb>宛</rb><rt>づつ</rt></ruby>持つてゐる代りに、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>はたつた一つしか持つてないらしかつた。

「驚いたらうな、<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が二つ要るんぢや。」石黒氏はにやにや笑ひながら言つた。「だが、こゝに一人<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>が三つもなくつちやとても診て貰へない医者がゐる、貴公はその人を御存じかな。」

「いえ、存じません、どなたでいらつしやいます。」

その男は魚のやうな目であたりを見まはした。

「あすこに居る、あの<ruby><rb>鯱子張</rb><rt>しやちこば</rt></ruby>つた男だ。」

石黒氏は床の間に近く坐つてゐる<ruby><rb>刈髯</rb><rt>かりひげ</rt></ruby>の男を指さした。見ると男爵後藤新平氏だつた。

帽子＊＊７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

皮肉屋のチエスタアトンは、<ruby><rb>大道</rb><rt>だいどう</rt></ruby>のまん中で風に<ruby><rb>捉</rb><rt>と</rt></ruby>られた帽子を追つかけるのは、<ruby><rb>男子</rb><rt>をとこ</rt></ruby>が全力を尽してやるべき真面目な大事業だと言つたが、世の中に帽子ほどよく転がり、帽子ほどよく<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>のと間違へられるものはない。それを一番よく知つてゐるのは、京都大学の内田銀蔵博士で、博士はどこへ訪ねて往つても、自分の帽子を帽子掛けにかけた儘、物の一二分は屹度その前に立つて釘の番号から恰好迄ちやんと覚え込む迄は客間に通らうとはしない。――まことに結構な心掛だが、博士がそんなにまでして折角覚え込んだ帽子を、どうかすると、相客が間違つてさつさと<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く事があるので、そんな時の博士の<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろたへ</rt></ruby>さ加減といつたらない。

アメリカのルウズヴエルト氏が、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>ある人の<ruby><rb>招待</rb><rt>せうだい</rt></ruby>で大きなホテルの宴会に招かれて往つた。帽子掛のある<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>には、<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>を取つた黒ん坊の<ruby><rb>爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんが一人立つてゐて、来る人の来る人の帽子を、おいそれと無造作に預かつてくれた。お客のなかには相手が<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>なのを気遣つて、

「おい<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>さん、<ruby><rb>合札</rb><rt>あひふだ</rt></ruby>が無くつても、間違ひはないだらうな。」

と駄目を押すのがあつた。そんな<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>に限つて真新しい<ruby><rb>流行</rb><rt>はやり</rt></ruby>の型のを<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>てゐたが、爺さんは唯一言、

「大丈夫でがすよ。」

と返事をするに過ぎなかつた。

宴会が済んで、お客はぞろ〱出て来た。そのなかに苦り切つたルウズヴエルト氏の顔も<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>つてゐた。黒ん坊の爺さんはル氏の顔を見ると、流行おくれの型の古い<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>の擦りきれた絹帽を取り出して手渡しした。<ruby><rb>食卓語</rb><rt>テエブルスピーチ</rt></ruby>は巧くやつて<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>けたし、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>い七面鳥は食べたしするので、ル氏は顔に似合はずその晩は上機嫌だつた。で、一言爺さんに<ruby><rb>嘲弄</rb><rt>からか</rt></ruby>つてみた。

「おい、この帽子は確かに<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>のかい。」

黒ん坊の爺さんは<ruby><rb>雄鶏</rb><rt>をんどり</rt></ruby>のやうに胸を反らした。

「確かに檀那様のお帽子だとお<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>は出来ませんが、檀那様が私にお預けになつたのは<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>にこれでげすよ。」

食事の流義７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

藤田東湖が刺身を食べるのに、いつも<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に載せてぺろりと<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めてゐたといふ事は、いつぞやの茶話に書いたやうに覚えてゐる。仏蘭西の<ruby><rb>諺</rb><rt>ことわざ</rt></ruby>に、

「<ruby><rb>蚤</rb><rt>のみ</rt></ruby>を殺すには、それ〲流義があるものだ。」

といふ言葉があるが、蚤を殺すのに流義がある位だつたら、食事をするのにそれ〲儀式をもつてゐたつて少しの差支もない。

西洋料理を食べるに、<ruby><rb>肉叉</rb><rt>フオーク</rt></ruby>を使はないで、何もかも<ruby><rb>肉刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>で片づけてしまふ人がよくある。

「まあ、何て<ruby><rb>無様</rb><rt>ぶざま</rt></ruby>な人だらう。お行儀な西洋人に見せたら屹度笑はれてよ。」

<ruby><rb>宗教学校</rb><rt>ミツシヨン・スクール</rt></ruby>出の婦人だつたら、そんなのを見て<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほほづき</rt></ruby>のやうに顔を<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>くするかも知れないが、しかしそれは物を知らないからで、お行儀な西洋人にも、<ruby><rb>肉刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>で物を食べるのは少くない。<ruby><rb>阿父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>の大事な桜の木を<ruby><rb>伐</rb><rt>き</rt></ruby>つて、嘘一つ<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>き得なかつたジヨオージ・ワシントンが先づそれで、食事をするにはいつも<ruby><rb>肉刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>で済ましてゐた。アメリカの六代目大統領ジヨン・クインシ・アダムスは、国祖のそれと違つて<ruby><rb>肉叉</rb><rt>フオーク</rt></ruby>で食事をしたので、夫人はそれが気がかりでならなかつたものか、お客があると<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに、

「御免遊ばせよ、宿はながく<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>に居ましたので、つい<ruby><rb>彼地</rb><rt>あちら</rt></ruby>の癖がつきましてね。」

と、言訳がましい事を言つたものだ。それが代変りになつて、七代目のアンドリウ・ジヤクソンになると、またワシントン並に<ruby><rb>肉刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>で皿を<ruby><rb>啄</rb><rt>つゝ</rt></ruby>つき出した。

越後の良寛上人が、ある時濃茶の席へ招かれて往つた事があつた。どんな場合にも<ruby><rb>無頓着</rb><rt>むとんぢやく</rt></ruby>だつた上人は、<ruby><rb>上客</rb><rt>じやうきやく</rt></ruby>から茶碗を受取ると、一息になかの濃茶を口に含んでしまつた。だが、その一刹那自分の次ぎにもまだ一人客のゐる事に気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いて、今飲んだばかりの茶を、また茶碗のなかに吐き出して次に廻して来た。

客は茶碗を受取つた。そして<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で、

「南無阿弥陀仏……」

と念仏を唱へながら、眼をつむつてぐつと一息に<ruby><rb>嚥</rb><rt>の</rt></ruby>み<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>した。客が何のためにお念仏を唱へたかは記者の知つたことではない。

菊五郎と松助７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

市村座の尾上菊五郎が、若気の思ひ上りから、色々突拍子もない事を言つたり<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たりするので、近頃世間の人気が以前ほど思はしくない。それを気に病んでゐるのは帝劇の尾上梅幸で、菊五郎に遭ふといつも<ruby><rb>姐御</rb><rt>あねご</rt></ruby>のやうな世馴れた口調で、

「お前さんももつと世間といふものを大事にしなくつちや嘘だよ。世間を後楯にしないで<ruby><rb>私達</rb><rt>わたしだち</rt></ruby>の舞台がいつまで続くもんぢやないんだから。」

と言ひ言ひしてゐる。

梅幸はさう言つて、弟をたしなめる一方では、先輩の尾上松助に<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>つて、菊五郎が技芸の磨きを頼むのを忘れなかつた。松助は芸の虫と言はれるこの道の苦労人である。

「六代目はああいふ<ruby><rb>気儘</rb><rt>きまゝ</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>だから……」梅幸は<ruby><rb>蓮葉</rb><rt>はすは</rt></ruby>らしく<ruby><rb>立膝</rb><rt>たてひざ</rt></ruby>の上で<ruby><rb>長煙管</rb><rt>ながきせる</rt></ruby>をくるくる廻した。「誰か頭ごなしに叱りつけるものがないと、どんな事になるか判つたものぢやない。で、是非一つ後見役を叔父さんにお願ひしたいんだが……」

「なあに、そんなに心配するがものはないやね。」

松助老人はにや〱笑ひながら、<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆふめし</rt></ruby>の<ruby><rb>鮪</rb><rt>まぐろ</rt></ruby>の事か、<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>昵懇妓</rb><rt>なじみをんな</rt></ruby>の事でも考へてるらしい、そつけない眼つきをしてゐた。

折角の自分の頼みが、塩煎餅ほどにしか軽く取扱はれなかつたのを知つた梅幸は、菊五郎に勧めて、その口からまた頼み込ませる事にした。

「叔父さん、<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>兄貴からもお頼みしておきましたが……」菊五郎はやんちやな口を利いた。「これからどうか僕の舞台について、無遠慮な<ruby><rb>叱言</rb><rt>こごと</rt></ruby>を聞かせてくれませんか。」

「<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>の<ruby><rb>叱言</rb><rt>こごと</rt></ruby>なんか、何の役にたつもんぢやない。」と松助は相変らずにや〱笑つて相手にしなかつた。「若い時分には、思ふ存分の事を<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>つてみるのが何よりの修業さね。」

菊五郎は成程と頷いたらしかつた。そしてこれからは今迄よりはもう一倍思ふ存分の事を<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>かねないやうな凄い顔をして帰つて往つた。松助はその後姿を見送りながら<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうにぼやいた。

「面倒を見てくれと言つたつて、物の二三丁<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れて来るのだつたら、呼べば<ruby><rb>達</rb><rt>とゞ</rt></ruby>きもしようが、五里も六里も離れてゐる者を<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしようもないもんぢやないか。」

紳士と婦人７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

米国は<ruby><rb>華盛頓</rb><rt>ワシントン</rt></ruby>市のＷＩといふ名高い料理屋に、ある日の事、孔雀のやうに<ruby><rb>盛粧</rb><rt>めか</rt></ruby>し込むだ婦人が入つて来た。<ruby><rb>入口</rb><rt>いりくち</rt></ruby>の<ruby><rb>扉</rb><rt>と</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つてゐたのは折目の正しい、仕立おろしの流行服を着込むだ紳士だつた。婦人は尻目にじろりと紳士の顔を見ながら云つた。

「どこか窓に近い<ruby><rb>小卓</rb><rt>こづくゑ</rt></ruby>はありませんか。」

紳士はそれを聞くと、黙つて婦人を連れて窓際の<ruby><rb>小卓</rb><rt>こづくゑ</rt></ruby>に案内した。<ruby><rb>卓</rb><rt>つくゑ</rt></ruby>の上には<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>な花が酒のやうな甘つたるい<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>を漂はしてゐた。紳士は真新しい白い<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>で椅子の埃を<ruby><rb>払</rb><rt>はた</rt></ruby>き、そこらに散らばつてゐる<ruby><rb>麺麭屑</rb><rt>パンくづ</rt></ruby>を払ひ落したりした。<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>はその朝紳士の<ruby><rb>細君</rb><rt>かない</rt></ruby>が、恩に<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>せながら箪笥の底から<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>取り出して呉れたものだつた。

丁寧な紳士が<ruby><rb>小卓</rb><rt>こづくゑ</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>を離れようとすると、婦人は献立表を手に持つたまゝ、女王のやうな気取つた声で慌てて呼びとめた。

「ちよいとお待ち、この店は何が自慢なの。」

「さあ。」紳士は一寸額へ手をやつた。「何よりも<ruby><rb>甜瓜</rb><rt>まつくわうり</rt></ruby>が自慢なんですがね。」

孔雀の女は黙つて頷いてみせた。余り<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>をしやくり過ぎたら損の<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くやうな頷き方である。

「ビフテキも一寸食べられます。」紳士は自分が何よりもビフテキが好きなのを忘れなかつた。

「成程ね。」婦人はにこりともしなかつた。

その瞬間紳士はいつものを思ひ出した。女といふ女が恋人よりも新聞小説よりも好きな<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じやがいも</rt></ruby>である。

「それから<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じやがいも</rt></ruby>料理もなかなか<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>く食べさせますよ。」

「さう、結構だわね。」

余り取済ました口の利き方なので、紳士はとうと腹を立ててしまつた。

「奥さん、それからこの店には今一つ自慢の物がありますよ、それは紳士と給仕との見さかひのつかないお客が<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に来るといふ事です。」

紳士は<ruby><rb>捨台辞</rb><rt>すてぜりふ</rt></ruby>をかう言ひ置いて、鄭重にお辞儀をして出て往つた。紳士とは誰あらう、イリノイス州の上院議員ジエームス・ミルトン・レヰス氏であつた。

<ruby><rb>下腹</rb><rt>したばら</rt></ruby>で猫が<ruby><rb>啼</rb><rt>な</rt></ruby>く７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

むかし小野<ruby><rb>浅之丞</rb><rt>あさのじよう</rt></ruby>といふ少年があつた。<ruby><rb>隣家</rb><rt>となり</rt></ruby>の猫が<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>大事な<ruby><rb>雛</rb><rt>ひな</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>を盗むので、ある日<ruby><rb>築山</rb><rt>つきやま</rt></ruby>のかげで、吹矢で猫を<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>ひ<ruby><rb>討</rb><rt>うち</rt></ruby>にした。猫は額を射られて、後ろ足で<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>ち上つて、二三度きりきり舞をしてゐたが、その儘ばたりと<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>れて、辞世も何も<ruby><rb>咏</rb><rt>よ</rt></ruby>まないで死んでしまつた。

気の小さな浅之丞は、<ruby><rb>死様</rb><rt>しにざま</rt></ruby>のむごたらしさを<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>く気に病むでゐたが、その<ruby><rb>翌</rb><rt>あく</rt></ruby>る日から自分の腹のなかで猫の啼き声がすると言ひ出した。ある時は胸元で、またある時は臍の辺で悲しさうな声がするので、浅之丞は生きた気持がしなかつた。

浅之丞には伯父が一人あつた。伯父といふものは<ruby><rb>借金</rb><rt>かり</rt></ruby>を拵へたり、<ruby><rb>恋病</rb><rt>こひやまひ</rt></ruby>に<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>つ<ruby><rb>憑</rb><rt>つか</rt></ruby>れたり、猫に<ruby><rb>祟</rb><rt>たゝ</rt></ruby>られたりする<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>にとつては、少くとも一人は無くてならない実用品なのである。伯父は言つた。

「<ruby><rb>士</rb><rt>さむらひ</rt></ruby>の児が猫に祟られて病死でもしたら、いゝ<ruby><rb>恥晒</rb><rt>はぢさら</rt></ruby>しだ。いつそ切腹して果てたがよからう。」

浅之丞は眼に涙を一杯溜めて伯父の顔を見た。<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>のあたりでまたしても猫が啼いたやうに思つた。<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>といへば、つい五六日前までは「武士道」と「孟子」との<ruby><rb>相住居</rb><rt>あひずまゐ</rt></ruby>をしてゐた大事な場所であつた。

浅之丞は伯父に勧められて切腹する事になつた。両親にもながの<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>をして、やがて肌を脱いで、刀を手に取つた。<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいしやく</rt></ruby>役に<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>突立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた伯父は落ついた声で呼びかけた。

「慌てるではないぞ。折角の切腹ぢや。猫の声のする辺を目がけて、一思ひに腹に突立てるがいゝぞ。」

「はい。」と浅之丞は<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>を撫でながら、じつと<ruby><rb>聴耳</rb><rt>きゝみゝ</rt></ruby>を澄ませた。腹のなかでは猫の啼き声どころか、鼠一匹潜つてゐる<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>も見えなかつた。

「今朝方までは<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に啼いてゐましたつけが……」浅之丞は臍のまはりを指先で押へてみた。「今は一向聞えません。」

「そんな筈はない、気を落ちつけてよく聴いてみるがいい。」

浅之丞は<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢゆうを耳のやうにして聴き入つたが、何一つ聞えなかつた。

「一向に猫らしいものの啼き声は致しません。」

「猫め、それぢや逃げたかも知れんぞ。」伯父は声を立ててからからと笑つた。「逃げたものなら仕方がなからう、今更切腹にも及ぶまいて。」

甥は<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>のやうに真つ青な顔をして、短刀を<ruby><rb>白木</rb><rt>しらき</rt></ruby>の<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>に納めた。猫の逃げ出した<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>では、いつの間にか「武士道」と「孟子」とが帰つて来て、<ruby><rb>蟇</rb><rt>ひきがへる</rt></ruby>のやうに遠慮して、そつと溜息をついてゐた。

船酔７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

パアシング将軍が、欧洲派遣の米国軍を引連れて、大西洋を<ruby><rb>横断</rb><rt>よこぎ</rt></ruby>つてゐた時の事、海は将軍の門出を祝福するやうに大きな肩を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆす</rt></ruby>ぶつて笑ひ出した。その笑ひやうが余り無遠慮だつたので、浪は船を<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちや</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>弄</rb><rt>もてあそ</rt></ruby>んだ。

船のなかできやつきやつ<ruby><rb>軽躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>いでゐた若い将校連もいつの間にか横に倒れて、うんうん<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>き出した。なかに一人、船に、<ruby><rb>賭博</rb><rt>ばくち</rt></ruby>に、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に<ruby><rb>軍</rb><rt>いくさ</rt></ruby>にも、女にも弱いやうな顔をした士官が、海の荒れ始めから、自分の<ruby><rb>船室</rb><rt>ケビン</rt></ruby>へ潜り込んで一向影を見せないのがあつた。

パアシング将軍は<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>立つて、その士官の<ruby><rb>船室</rb><rt>ケビン</rt></ruby>に訪ねて往つた。士官は船酔の果てが、枕につかまつて頻りと<ruby><rb>穢</rb><rt>むさ</rt></ruby>い物を吐いてゐた。

「酔つたな。何か食べたがよからう。」

将軍は平気な顔をして言つた。

「どう致しまして。」士官は瓜のやうな顔を涙と汗とでぐしよ濡れにして泣くやうに言つた。「食べた物は、みんなもどしてしまふんです。」

「<ruby><rb>嘔吐</rb><rt>もど</rt></ruby>したら、また食べる迄の事さ。食べては吐き、食べては吐きしてる<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>に船も仏蘭西の港へ着かうといふものだ。」

将軍は命令のやうに言ひ捨てて、足音を曳きずりながら外へ出た。若い士官は蛙のやうに<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>まで吐き出しさうに、また一頻り<ruby><rb>身悶</rb><rt>みもだ</rt></ruby>えした。

植民館の設立者として名高い、米国のジエーン・アダムス女史が、ある時大西洋通ひの汽船に乗つた事があつた。その日も海は荒れてゐた。女史は船には強い方ではなかつたが、それでも二等室にゐた<ruby><rb>愛蘭</rb><rt>アイルランド</rt></ruby>人の一人が、ひどく弱り込んでゐるのを見ると、もうじつとして居られなくなつた。すべて社会改良家といふものは、猫の餌を見ては、直ぐその生活費を考へ、<ruby><rb>燕</rb><rt>つばめ</rt></ruby>の巣を見ては、<ruby><rb>屋賃</rb><rt>やちん</rt></ruby>を訊かないでは<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られない、世話好きの人達である。女史は苦しさうに<ruby><rb>嘔吐</rb><rt>もど</rt></ruby>してゐるその愛蘭人の肩を抱へながら言つた。

「随分お苦しさうですね、貴方のお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>は余りお強い方ではないんですね。」

「私のお腹が弱いと仰有るんですか……」愛蘭人は涙の眼で女史の顔を睨まへた。「お腹が弱くて、こんなに<ruby><rb>嘔吐</rb><rt>は</rt></ruby>かれるもんぢやない。御覧なさい、あんな遠くまで<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>を吐き飛ばしてるぢやありませんか。」

<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>と脚本家７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

世の中に何が<ruby><rb>独天下</rb><rt>ひとりてんか</rt></ruby>なと言つて、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>達ほど独天下なものはたんと有るまい。彼等はてんでに自分達が居ないと、芝居が巧く出来上らないのみか、どうかすると、世界中の女が、みんな恋煩ひにでもかゝりさうに思つてゐる。

そんな<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>寄合</rb><rt>よりあひ</rt></ruby>だけに、芝居の蓋をあけようといふ者にとつて、役納めほど骨の折れるものは少くない。とりわけ脚本が<ruby><rb>書卸</rb><rt>かきおろ</rt></ruby>し<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>の場合になると、<ruby><rb>予</rb><rt>あらかじ</rt></ruby>め役どころの見当がつかないだけに、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>は物言ひばかり多くて、なかなか役を<ruby><rb>引請</rb><rt>ひきう</rt></ruby>けようと言はない。

<ruby><rb>松竹</rb><rt>まつたけ</rt></ruby>合名社に鶴屋南北といふ作者がゐる。<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>の雌が貴婦人にしては腰が太過ぎるやうに、南北は脚本家としては少し肥え過ぎてゐるやうだが、しかしそれを<ruby><rb>取回</rb><rt>とりかへ</rt></ruby>すだけのいい物を別に持つてゐる。いい物とは<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>に役を割り当てて、二つ返事で承知させる事の出来る腕をいふのだ。

書き卸しが出来て、仮に<ruby><rb>主人</rb><rt>たち</rt></ruby>役を延若に振らうといふ事になると、南北は自慢の脚本を<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に先づ延若を訪ねる。そして一通りそれを読み聞かせるが、<ruby><rb>聴手</rb><rt>ききて</rt></ruby>が物足りなささうに<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>でもするのを見ると、早速の気転で、急に延若の好きさうな<ruby><rb>長台辞</rb><rt>ながせりふ</rt></ruby>を、口から出任せに附け足して置く。すると、聴手は持前の<ruby><rb>胡瓜</rb><rt>きうり</rt></ruby>のやうな長い<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>をしやくつて、

「ええなあ。ええ役や。文句言はんと、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>のもんとしときまつさ。」

と、ついその場で引請けてしまふ事になる。

延若を納めた作者は、その足でまた雀右衛門を訪ねる。女主人をこゝに納めようといふのだ。脚本に聴きとれてゐるこの<ruby><rb>女形</rb><rt>をやま</rt></ruby>が、腑に落ちなささうに瞬きをして、

「一寸待つとくなはれや……」

と何か註文でもつけたさうにすると、南北は<ruby><rb>橡</rb><rt>とち</rt></ruby>の葉のやうな大きな<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で押へつけるやうにして、急に雀右衛門の気に入りさうな<ruby><rb>台辞</rb><rt>せりふ</rt></ruby>を<ruby><rb>出鱈目</rb><rt>でたらめ</rt></ruby>に幾つか附け足すので、一旦曇つた女形の眼は急にまた明るくなつて来る。

「よろしなあ。こないやと私も<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>り<ruby><rb>甲斐</rb><rt>がひ</rt></ruby>がおまんがな。」

と、大喜びで役を引請ける。――この場合、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>延若が乗気になつて買つて出た<ruby><rb>主人</rb><rt>たち</rt></ruby>役が、蛙のやうに踏み潰されてゐようが、一向気にかけてはならない。作者は医者のやうなもので、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>を<ruby><rb>蘇</rb><rt>い</rt></ruby>かす前に、先づ自分を<ruby><rb>活</rb><rt>い</rt></ruby>かさなければならない事を南北はよく知つてゐる。

役の<ruby><rb>振当</rb><rt>ふりあて</rt></ruby>もあらかた済んで、さて<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>本読</rb><rt>ほんよみ</rt></ruby>にかかると、延若も、雀右衛門も、その<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の俳優も折角自分が楽みにして待ち設けた<ruby><rb>台辞</rb><rt>せりふ</rt></ruby>が無いので、てんでに変な顔をしてゐるが、実をいふと、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>達は自分の頭が余り頼みにならない事を知つてゐるので、大抵の場合その儘聞き流してしまふ。――<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に口を出して、

「あの、そこの所で<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>の<ruby><rb>台辞</rb><rt>せりふ</rt></ruby>がちよびつと脱けてやしまへんか。」

と突込む者があつても、場馴れた作者は、

「おました。おましたが、余り感心せんよつて、今度のやうに直しましたんや。よろしおまつしやろ。」

と、自分から<ruby><rb>頭</rb><rt>かぶり</rt></ruby>を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて感心してみせる。すると、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>の方でもつい鼻を鳴らして感心するやうになる。

当世脚本家の心得右の通り、すべて<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>と批評家とには<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしよう</rt></ruby>の事〱。

<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>の勘定７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>ロスチヤイルド<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>が熱病でひどく苦しんだ事があつた。ちやうど<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>が七十五歳の折の事で、<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>も齢だから老人自身は<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も助からないものと<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めて、

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>おれ</rt></ruby>も今度こそ<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>お<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごひ</rt></ruby>だ。」

と、毎日のやうに溜息ばかり<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いてゐた。

お抱への医者は、毎日のやうにやつて来て、老人の脈を押へたり、咽喉を覗いたりした。咽喉を覗く折には、老人は<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうにあんぐり口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて仰向いた。すると医者は叮嚀に見終つて、

「いや、大した事はございません、程なく御全快になりませう。」

と、<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあ</rt></ruby>つたやうに言つた。だが、医者の言葉通りにも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かないものと見えて、病気は<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>る一方だつた。

皮肉屋のトルストイは、死際に枕もとに立つてゐるお医者達の顔をじろりと尻目にかけて、

「この人達は医者の学問にかけたら、みんな知りぬいてゐるんだが、その医者の学問といふ奴が、何一つ判つてないんだから困る。」

と<ruby><rb>呟</rb><rt>こぼ</rt></ruby>したといふ事だ。だが、それはトルストイが無理なので、学問の余り頼みにならないのは、何もお医者のに限つた事ではない。

病気は重くなる一方だつたので、ロスチヤイルドは床のなかで神経を針鼠のやうに尖らせて口癖のやうに、

「今度こそいよ〱お暇乞だな。」

と<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>き通してゐた。医者は<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうに叮嚀に診察をしたが、自分の<ruby><rb>診察</rb><rt>みたて</rt></ruby>の届かないところは、お世辞を使ふ外には仕方がないといふ事をよく知つてゐたので、

「御前、大丈夫でございます、この御<ruby><rb>容体</rb><rt>ようだい</rt></ruby>ぢや百歳までは屹度お<ruby><rb>請合</rb><rt>うけあひ</rt></ruby>が出来ます。」

と言つて、てれ隠しにお辞儀を一つした。

「百歳まで。」名高いこの資本家は、それを聞くとむつくり頭をもち上げた。「それは大変な損だよ、神様がそんな御損な算盤をお持ちになるといふ法はない。七十五で取引の出来るものを百までも出すなんて……」

大事な自分の<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>までを戦時公債なみに取扱つてゐるのは、いかにも資本家らしくて面白いが、それよりも感心なのは神様の勘定高いのを、ちやんと見ぬいた所にある。

悟道７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

近頃<ruby><rb>碧巌録</rb><rt>へきがんろく</rt></ruby>とか、<ruby><rb>無門関</rb><rt>むもんくわん</rt></ruby>とかいつたやうな禅家の書物に、<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby>悟道を商売にしない、素人の学者、<ruby><rb>求道</rb><rt>きうどう</rt></ruby>者が飛び込んで往つて新しい解釈を試みようとしてゐるのは面白い現象である。

島尾得庵といへば、軍人で出先きを<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさ</rt></ruby>がれた<ruby><rb>腹癒</rb><rt>はらい</rt></ruby>せを禅学にぶち込んだ程あつて、胡椒のやうにひりゝとした禅機の鋭さにかけては、その頃の<ruby><rb>居士</rb><rt>こじ</rt></ruby>仲間の随一であつたが、ある時その居士の玄関へ立つて、牛のやうな太い声で案内を頼む者があつた。

取次ぎの書生が出てみると、玄関には、瓦で拵へたやうなお粗末な坊さんが一人<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた。

「<ruby><rb>拙僧</rb><rt>わし</rt></ruby>は<ruby><rb>北国</rb><rt>ほくこく</rt></ruby>の雲水でござるが、得庵先生御在宅なら、暫く御意を得たいと思ひまして……」

坊さんはかう言つて、人形のやうにぎくりと頭だけを下げた。その風が余り<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しかつたので書生は思はず笑はせられた。

「折角のお訪ねでございますが、主人は昨今所労中で、どなたにもお目に懸りません。」

大抵の客は、皆この口上一式で追ひかへす事になつてゐるので、書生は<ruby><rb>早口</rb><rt>はやぐち</rt></ruby>にすら〱と言つて<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>けた。

お粗末な坊さんは、汗ばんだ額へ<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>をやつて、ぐつと考へ込んでゐたが、急に<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうな悪意のある眼で書生の顔を見た。

「実は居士にお目に懸けたいと思つて、天よりも大きい編笠を持参いたしてござるが、<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>取り計らひませう。」

<ruby><rb>蛇</rb><rt>じや</rt></ruby>の<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>の唐傘だつたら書生は自分のにする事を知つてゐたが、編笠では<ruby><rb>使途</rb><rt>つかひみち</rt></ruby>に困つた。で、<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>にかく奥へ入つて居士に訳を話してみると、居士は狼のやうな顔に、にやりと薄笑ひを浮べた。

「どこぞ<ruby><rb>其辺</rb><rt>そこいら</rt></ruby>に捨ておけと言つてやれ。」

書生が玄関へ出て、教へられた通りにさう言ふと坊さんは<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>に<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>りつけた編笠の紐でも解くやうな真似をして、その儘出て往つた。書生は鼻を鳴らして感じた。坊さんも坊さんなら、居士も居士だと思つた。で、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに次ぎの<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>に<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>かいつくば</rt></ruby>つて訳を訊くと居士はけろりとした顔で言つた。

「<ruby><rb>乃公</rb><rt>わし</rt></ruby>は何も知らんよ、編笠を持つて来たといふから、捨てておけと言つたまでぢやないか。」

書生は悟りもいい加減なものだと思つた。そしてそれ以来いつも迷ひ続けてゐる。

敵と舞踊す７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">26</span>（夕）

仏蘭西の歩兵軍曹にジヤンといふ男がゐる。胆の太い、しつかりした、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に教育のある男で、仏蘭西語と同様独逸語をも自由に操る事が出来た。

一体語学が達者に出来るのは得なもので、独逸のゲエテは<ruby><rb>他</rb><rt>よそ</rt></ruby>の国の<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を一つ覚えるのは、やがて一つの世界を殖やすやうなものだと言つたかに覚えてゐる。世界を一つ殖やすのも面白くない事はないが、それよりも<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>なのは、語学は一種の道楽で、これを習つておけば、自分の道楽心を満足させる色々の<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>が出来るといふ事である。

ある真夜なかの事、ジヤンは敵の偵察を言ひつかつて、独逸軍の塹壕から、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と十<ruby><rb>米突</rb><rt>メートル</rt></ruby>ばかりの<ruby><rb>近間</rb><rt>ちかま</rt></ruby>まで<ruby><rb>覗</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>ひ寄つた。すると何処かにこそこそ人の動く気配がしたので、ジヤンは<ruby><rb>蜥蜴</rb><rt>とかげ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>に腹をすりつけた。だしぬけに低い押し潰すやうな声で呼びかけるのが聞えた。耳をすますと、<ruby><rb>半熟</rb><rt>なまにえ</rt></ruby>の仏蘭西語である。

「おい、何だつて、そんなに<ruby><rb>静粛</rb><rt>ひつそり</rt></ruby>してるんだい。僕は<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>から君がやつて来るのを見てたんぢやないか。すると今<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>に<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>ひ<ruby><rb>屈</rb><rt>かゞ</rt></ruby>んだね。君を撃つと言やしまいし、僕はバヴアリヤ生れだよ。」

「さうか、今晩は。」

とジヤンは立派な独逸語で返事をした。

「おい〱。」塹壕のなかからまた声が掛つた。「君は独逸語が<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>れるんだね。一寸待つてくれ。今朋輩を起して来るから。丁度今は士官が居ないから一等都合がいいんだよ。」

ジヤンは幾らか心配な気もしたが、それでもじつと待つてゐる事にした。暫くすると、バヴアリア兵は独逸式の軍服と軍帽とを持つて出て来た。そしてそれをジヤンに<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>せて、自分達の塹壕内に連れ込むだ。

そこでは浴びる程うまい<ruby><rb>麦酒</rb><rt>ビール</rt></ruby>を飲む事が出来た。ジヤンは酔つた紛れに変な腰つきをして<ruby><rb>舞踊</rb><rt>をどり</rt></ruby>を踊つた。バヴアリア兵は<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で歌を<ruby><rb>唱</rb><rt>うた</rt></ruby>つた。いよ〱お別れになると、彼等は色々な土産物をジヤンに呉れた。

「今度またおいでよ。口笛で合図して呉れれば鉄砲なんか撃ちやしないよ。」彼等は十年の友達にでも別れるやうに言つた。「僕達はバヴアリア人だよ、仏蘭西は大好きなんだが、止むを得ず<ruby><rb>戦争</rb><rt>いくさ</rt></ruby>してるんだからね。」

関野博士と<ruby><rb>木乃伊</rb><rt>みいら</rt></ruby>７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

工学博士関野貞氏は、古代建築専攻の学者で、近頃は支那に派遣せられて<ruby><rb>大同</rb><rt>だいどう</rt></ruby>府の千仏山や、洛陽の<ruby><rb>龍門</rb><rt>りようもん</rt></ruby>や、または支那五獄の随一と言はれる<ruby><rb>嵩山</rb><rt>かうざん</rt></ruby>あたりまで出掛けて往つて、古物といふ古物は何一つ残さず捜し廻つて、

「どうしても北魏隋唐となると、芸の冴え方が違つてるから偉い。大したもんですな。」

と鼻を鳴らして喜んでゐる。

この関野氏が、ある時支那の<ruby><rb>西域</rb><rt>せいゐき</rt></ruby>で発掘せられた木乃伊の鑑定を頼まれた事があつた。棺のなかには<ruby><rb>白絹</rb><rt>しらきぬ</rt></ruby>で叮嚀に巻かれた屍体が<ruby><rb>横</rb><rt>よこた</rt></ruby>はつてゐた。関野氏は水蜜桃の皮を<ruby><rb>剥</rb><rt>む</rt></ruby>くやうな気持で少しづつ白絹をめくつて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと、なかから顔を出したのは、<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>の娘で、<ruby><rb>目鼻立</rb><rt>めはなた</rt></ruby>ち何処に一つ点の打ちやうもない大理石像のやうな美人であつた。関野氏は学者となつて、こんな美しい娘の木乃伊を鑑定するよりも、いつそ放蕩息子となつて、生きたこの娘の唇に触れたく思つたらしかつた。

関野氏は吸ひつけられたやうな眼をあげて、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>の墓銘を見た。それによると、この女はさる大官の一人娘だつたが、<ruby><rb>流行病</rb><rt>はやりやまひ</rt></ruby>にかゝつたので、その頃の<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならはし</rt></ruby>通り、まだ息を引取らぬうち<ruby><rb>生埋</rb><rt>いきうめ</rt></ruby>にしたものだといふ事が判つた。

「<ruby><rb>可哀</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに生埋にしたのださうな。」

関野氏は深い溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いて恥しさうにそつと眼がしらの涙を<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>つた。学者といふものは石地蔵と同じやうに、どんな場合にも涙を流してはならないからである。関野氏は日本には息のあるうちに生埋めにしてもいゝ政治家や、軍人や、学者のたんとある事を思つて、そんな<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならはし</rt></ruby>のないのを幾らか物足りないやうにも思つた。

関野氏はいつ迄も〱じつと木乃伊を見てゐるうちに、どうも両腕の位置が少しく面白くないのに気がついた。

「折角の美しい木乃伊だ、今少し芸術的の恰好をさせなくつちや。」

と口のなかで<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言ひ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら、そつと両腕に触つてみた。両腕は<ruby><rb>釘付</rb><rt>くぎつけ</rt></ruby>にせられたやうに重かつた。女の<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>は生きてるうちと同じやうに、亡くなつてからも学者なぞの為めには、一<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby>も動かうとはしなかつた。

「どうしても動かないかなあ、もう<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>の事で芸術的になるんだがね。」

関野氏は女の美しい胸を見つめながら<ruby><rb>口惜</rb><rt>くや</rt></ruby>しさうに<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。――その関野氏に教へる、木乃伊の<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>は、学者の研究と同じで、今一息といふところで、物になるのだが、得てさうならないところが世間なのである。

珍らしい広告７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">28</span>（夕）

<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>タイムスの近刊号人事欄に次のやうな広告が載つてゐる。

「私は結婚<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の若い紳士ですが、私に結婚をすつかり<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ<ruby><rb>止</rb><rt>とど</rt></ruby>まらせて下さる先輩の方がいらつしやるなら、御近づきになりたいものです。」

これを数多い広告のなかから拾ひ出した米国の雑誌記者は、奇妙な広告だ、珍しい広告だ、滅多に見かけられない広告だといつて<ruby><rb>矢鱈</rb><rt>やたら</rt></ruby>に吹聴してゐる。

結婚は悪い事ではないが、あいにく相手が要るので、兎角思ふに任せぬ事が多い。それに女の註文が段々高くなつて来るのは、男にとつて何よりも荷厄介である。ずつと以前は女といふものは、亭主が男でさへあれば辛抱したものだが、今では<ruby><rb>天使</rb><rt>エンゼル</rt></ruby>でなくつちや<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も気に入らない。ところが、多くの場合男は女にとつて<ruby><rb>天使</rb><rt>エンゼル</rt></ruby>どころか、牛のやうに<ruby><rb>鈍間</rb><rt>のろま</rt></ruby>で、おまけに牛のやうに<ruby><rb>獣物</rb><rt>けだもの</rt></ruby>である。

男が女にとつて牛であるのと同じやうに、女は男にとつて<ruby><rb>蝙蝠</rb><rt>かうもり</rt></ruby>である。謎である。多くの男は生れるとから、死ぬるまで女の為に苦労をしてゐるが、さういふ男でも一生の<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>に少くとも二度はからきし女を理解し得ない時期があるものだ。二度といふのは、一度は結婚前で、一度は結婚後の事をいふのだ。

世の中には結婚したがつてゐる男も少くはなからうから、その人達のために言つておくが、諸君が<ruby><rb>独身</rb><rt>ひとりみ</rt></ruby>で通したからといつて、失望する女はまさか二人とはあるまい。よしんば失望したところで、その人達は直ぐ<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>められるに相違ない。ところが、諸君が結婚すると、一生涯失望し続ける人がある。その人は他でもない、細君である。

同じ時分、<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>の「フイガロ」新聞に次のやうな広告が載つてゐた。

「上流の家庭にゐる鸚鵡の発音が悪いのを直すために、正確な仏蘭西語の出来る教師を雇ひたい。」

断つておくが、発音の悪いのは、上流家庭の<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>では無くて、<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>よりも口数の少い鸚鵡なのである。

鸚鵡に仏蘭西語の巧い教師を雇ふといふと、<ruby><rb>一寸見</rb><rt>ちよつとみ</rt></ruby>は贅沢なやうだが、鸚鵡に<ruby><rb>訛</rb><rt>なまり</rt></ruby>を<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>らしておいて、じつと辛抱してゐるよりか、どれ程<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>につくか知れたものではない。仏蘭西に文学が衰へないのは、鸚鵡の訛を気にしないではゐられない程、国民が国語に敏感なところも一つの原因になつてゐる。多くの代議士に<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうな日本語で<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべ</rt></ruby>らしておいて、黙つてそれを聴く事の出来る日本人の無神経さが<ruby><rb>熟々</rb><rt>つく〲</rt></ruby>思はれる。

幸運児７・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

下の関の火薬爆発当時、同じ汽車に乗合はせてゐた客のなかには、かなり重い<ruby><rb>創</rb><rt>きず</rt></ruby>を負つた者があり、同じ俳優の市川小団次は顔から<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>にかけて十幾つかの怪我をしてゐるに<ruby><rb>拘</rb><rt>かゝは</rt></ruby>らず、汽車の窓から顔を出してゐた市川<ruby><rb>荒次郎</rb><rt>あらじらう</rt></ruby>は<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がよく<ruby><rb>擦</rb><rt>かす</rt></ruby>り傷一つ負はなかつたので、荒次郎はその後会ふ人ごとに、

「稲荷さんの<ruby><rb>御利益</rb><rt>ごりやく</rt></ruby>だつせ、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>あの汽車で京まで帰つて来て、すぐ稲荷さんへお<ruby><rb>参詣</rb><rt>まゐり</rt></ruby>する積りだしたのやらう、神さんのお力たら偉いもんだすなあ、伏見にゐて下関まで目が届くんだすよつてな。」

と、頻りと自分の信じてゐる稲荷さんのお蔭を吹聴してゐる。

今はむかし、千七百九十一年の一月五日の<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>すぎ、仏蘭西はセエヌ河の<ruby><rb>畔</rb><rt>ほとり</rt></ruby>、オクソンヌといふところで、五人の<ruby><rb>衛戍</rb><rt>ゑいじゆ</rt></ruby>将校が、猿のやうにきやつ〱<ruby><rb>軽躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぎながら変な腰つきで氷すべりをしてゐた事があつた。

ところが、そのなかの若い将校の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>は急に<ruby><rb>勢</rb><rt>せい</rt></ruby>のない顔をして立ち停つた。

「あゝ、腹が減つた〱。僕は腹が減つて溜らないから、もう帰るよ。」

かう言ひ捨てて、その男は急いで帰り仕度に取りかかつた。皆は慌てて<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>とめた。

「そんなに急ぐなよ、今暫くしたら僕達も一緒に帰るんだから。」

だが、若い将校は皆の言ふ事を<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かないで、滑り靴を脱ぎ捨ててさつさと帰つてしまつた。腹の減つた身には物を言ふのも大儀らしかつた。

「は、は。<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>さん、またいつもの剛情を出しをつたな。」

皆は若い将校の帰つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で蔭口をきゝながら、勢ひよく氷の上を滑つた。巧く滑れる時は、自分の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を五サンチイムの銅貨のやうにさへ思つた。

皆が有頂天になつて騒ぎ立つてゐる一刹那、どうした<ruby><rb>機</rb><rt>はづ</rt></ruby>みか氷はばり〱と音を立てて割れた。そして四人が四人とも、その割れ目に<ruby><rb>陥</rb><rt>お</rt></ruby>ち込んで死んでしまつた。一足先に帰つた一人こそ、実際都合よく腹が減つたもので、さもなかつたら氷の裂け目に皆と一緒に銅貨のやうに滑り込んだに相違なかつた。その腹の減つた一人こそ誰あらう、<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>には仏蘭西皇帝にまでなつたナポレオン・ボナパルトであつた。

市川荒次郎にナポレオンになれとは言はないが、運のよかつた者は、運のよかつただけに満足しないで、その運に<ruby><rb>酬</rb><rt>むく</rt></ruby>いるだけの努力を積まなければならぬ事を教へたい。

肉代五弗也８・１（夕）

米国の<ruby><rb>華盛頓</rb><rt>ワシントン</rt></ruby>であつた事。――ある日、土地で名高い判事のＫといふ男が、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほなじみ</rt></ruby>の肉屋の店さきを通りかゝると、でつぷり肥つた店の主人が、いつもの愛嬌笑ひをしい〱、

「一寸……」

と言つて呼びとめた。

判事は立ち停つた。肉屋の主人といふのは、いつも剽軽な世間の噂を聞かせてくれるので、大抵の場合その店先で立停つて、損はしなかつた。

「お呼びとめして相済みませんが、一寸檀那に伺ひたいと思ひやしてね。」肉屋の主人は軽く頭を下げた。「肉を盗まれましたのは、法律上どんな手続きをしたもんでがせうな。」

「肉を盗まれたのか、それは告訴しなくちやならん、<ruby><rb>打棄</rb><rt>うちや</rt></ruby>つとくと癖になつて<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>かんからね。」

判事は肉の事なら、値段からビステキの味加減まで、法律でどうにでも出来ると考へてゐるらしかつた。

「まつたく癖になつていけやせん。」肉屋の主人は二三度軽く頷いた。「ところが盗んだ奴が人間ぢやないんで困つてしまひやす。」

「人間ぢやない、何だね。それでは。」

「<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>なんでげす。」

「狗だつて、そんなら飼主から肉代を弁償させるまでの事さ。」判事は何でも<ruby><rb>角</rb><rt>か</rt></ruby>でも法律で押し通したいらしかつた。「そんな狗を飼ふなんて<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからん事だ。」

「ところが、旦那、その狗つてえのが、お宅の<ruby><rb>斑</rb><rt>ぶち</rt></ruby>なんでげす。」

肉屋の主人は気の毒さうに<ruby><rb>揉</rb><rt>も</rt></ruby>み<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>をしながら言つた。

「<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の狗か。」判事はだしぬけに<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>の真中で鼻を<ruby><rb>抓</rb><rt>つま</rt></ruby>まれたやうな顔をした。「それぢや仕方がない、盗まれた肉代は幾らだつたね。」

「お気の毒さまですね、五弗でげす。」

肉屋は叮嚀に頭を下げた。

判事はねぢ曲げたやうな笑ひ方をしながら、懐中から五弗取出して、肉屋に払つた。

それから二三日すると、肉屋の店に、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の判事からの仕払請求書が来た。主人はけげんさうな顔をして封を切つた。なかには、

牛肉盗難事件

鑑定料五弗也

右請求候也

と<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めてあつた。肉屋の主人は舌打をしてまた五弗を仕払つた。

<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>好き８・８（夕）

洋画家<ruby><rb>満谷</rb><rt>みつたに</rt></ruby>国四郎氏が名代の謡曲天狗なのは、<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>仲間では知らぬ人もない。氏に<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>を頼みに出掛けるものは、何を<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いても先づその謡曲を聴くだけの辛抱を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>たなければならない。

「なに、<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>がお好きですつて。」満谷氏は飴ん玉のやうにつるつるした、そしてまた飴ん玉のやうに円い頭を<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で撫であげる。「<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>の好きな方は、画もよくお解りだから頼もしい。なに、画は屹度<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>きあげますよ。それぢや今日は一つ聴いて戴きますかな。」と言つたやうな次第で、氏は直ぐに絞め殺される<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうな声で<ruby><rb>謡</rb><rt>うた</rt></ruby>ひ出す。

満谷氏の近所に熊岡某といふ洋画家が住んでゐる。どんなお天気のいゝ日でも、鳶が空で気まぐれな唄をうたつてゐる日でも、<ruby><rb>画室</rb><rt>アトリエ</rt></ruby>の窓から入つて来る満谷氏の<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>を聴くと、妙に気が滅入つてどうしても筆が進まない。変だなと気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いて、色々な<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>に訊いてみると、<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>のなかには健康にためにならないのがあるといふ事が判つた。それ以来熊岡氏は隣で<ruby><rb>謡曲</rb><rt>うたひ</rt></ruby>が始まると、慌てて帽子をかぶつて<ruby><rb>用達</rb><rt>ようたし</rt></ruby>に出る事に<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めてしまつた。

二月三月経つた。すると、熊岡氏の<ruby><rb>画室</rb><rt>アトリエ</rt></ruby>から<ruby><rb>小鼓</rb><rt>こつゞみ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>がぽんぽん聞え出した。狸の<ruby><rb>腹鼓</rb><rt>はらつゞみ</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>音</rb><rt>おと</rt></ruby>である。それが聞えた当時、頭の禿げた画家は、モデルで裸体婦人の油絵をかいてゐたが、急に頭がくらくらして、<ruby><rb>肉附</rb><rt>にくつき</rt></ruby>のいい、大柄なモデルの婦人が巾着のやうに皺くちやになつたと思つた。

満谷氏はその後、人づてに<ruby><rb>密</rb><rt>そつ</rt></ruby>と熊岡氏の小鼓の事を訊いてみた。小鼓は熊岡氏の友達が新しく<ruby><rb>購</rb><rt>あがな</rt></ruby>ひ取つたものだが、鼓は<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がな<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>がな叩いた方がいゝので、<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>の多い熊岡氏が借りて来て、画に<ruby><rb>倦</rb><rt>う</rt></ruby>むと、盲滅法に叩いてゐるものだといふ事が判つた。

「困つた事が持ち上つたものだ。かう立続けにやられては、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も製作も何も出来るもんぢやない。」

満谷氏は飴ん玉のやうな頭を押へて、そつと溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

暫くすると、満谷氏はまたいい事を発明した。それは熊岡氏の<ruby><rb>画室</rb><rt>アトリエ</rt></ruby>から小鼓の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>が聞え出すと、帽子掛から<ruby><rb>帽子</rb><rt>しやつぽ</rt></ruby>をそつと取りあげて、鼠のやうにこそ〱逃げ出してしまふのだ。それに気づいた或る友達が、

「何だつて君逃げ出しなぞするんだ、熊岡に抗議を申込むだらよささうなものぢやないか。」

と言葉添へをしたものだ。すると、満谷氏は胸の上で手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>むで、そつと溜息をついた。

「それがね、世間には色々義理といふものがあつてね……」

歯と軍人と８・９（夕）

米国は病気治療法を発明する事にかけては、世界第一といつていゝ程色々の治療法に富んでいる。そんな国柄だから、兵卒や水兵を徴集するにも、検査が一寸<ruby><rb>外</rb><rt>よそ</rt></ruby>の国の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き方とは<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つてゐる。

今度西部戦線へ派遣する軍隊を徴集するに就いて、ある軍医が<ruby><rb>執</rb><rt>と</rt></ruby>つた方法は一番風変りなものだつた。軍医は安全剃刀で剃りあげたばかしの綺麗な<ruby><rb>頤</rb><rt>おとがひ</rt></ruby>を撫でまはしながら、自分の前に立つてゐる一人の応募兵の顔を見た。

「お前<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>は健康かね。」

「はい、健康でございます。」

応募兵は自慢さうに自分の胸を反らしてみせた。

軍医は<ruby><rb>顳顬</rb><rt>こめかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に残つた剃り落しの髯を気にしながら言つた。

「一体軍人に必要な健康とは、どんな事なのか知つてるかい。」

「<ruby><rb>勁</rb><rt>つよ</rt></ruby>い脚を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてる事です。」

応募兵は自分が<ruby><rb>螽斯</rb><rt>ばつた</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>勁</rb><rt>つよ</rt></ruby>い脚を持つてゐるのを見せるために、二三度靴の<ruby><rb>踵</rb><rt>かゞと</rt></ruby>で<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>を蹴つてみせた。

「違ふね。軍人の健康といふのはそんな物ぢやない。」

「ぢや、<ruby><rb>遠視</rb><rt>とほみ</rt></ruby>の利く眼の事でせう。」

「それも違ふね。」

「ぢや頭のいゝ事でせう。」

「違ふよ。」

軍医はその証拠に余り良くない自分の頭を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つてみせた。

「それぢや、どんな事なんです。」

「いゝ歯を持つてる事だよ。」

軍医は猿のやうな白い歯を<ruby><rb>露</rb><rt>む</rt></ruby>いてみせた。

この米国軍医の説によると、兵卒は無論、いゝ脚と、いゝ眼と、いゝ頭とを持たなければならないが、唯一ついゝ歯を持たないと<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>を噛む事が出来ない。食物を噛む事が出来なければ、脚があり、眼があり、頭があつても敵と戦ふ事が出来ないといふのだ。

それならば、兵卒にいゝ歯を持たせるには、どうしたら<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いかといふのに、それには子供の時より歯に気を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>けさせなければならない。つまり母親といふ母親は、始終子供の歯に気をつける事だけで、男の及ばない愛国的の<ruby><rb>事業</rb><rt>しごと</rt></ruby>を仕遂げる事が出来るといふのだ。

その軍医が歯医者の出身であつたか<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかは知らないが、実に結構な発見で、独創的な意見とはこんなのを言ふのかも知れない。さしづめ愛国婦人会の会員達は、下らないお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>の会合などは<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めにして、先づ自分の<ruby><rb>忰</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の歯を掃除してやらなければならない事になる。

飯を安く食ふ法８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

米が高くなつて、世間が騒々しくなつて来た。この食糧品の暴騰から来る生活難を<ruby><rb>済</rb><rt>すく</rt></ruby>ふには、朝鮮米を<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き渡らせるのもよからうし、方針を<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>つた<ruby><rb>仲小路</rb><rt>なかこうぢ</rt></ruby>氏を農相の椅子から引きずり<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>すのもよからうが、今一つそれよりもずつと<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い方法が残つてゐる。

話は古いが、徳川四代将軍の頃、阿部豊後守忠秋が老中を勤めてゐた事があつた。豊後守といへば、江戸市中に<ruby><rb>棄児</rb><rt>すてご</rt></ruby>があれば、屹度拾つて養育した程の慈悲深い男だつたが、それでも時々は剽軽な<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>をして、友達を<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>ふ程の心の<ruby><rb>余裕</rb><rt>ゆとり</rt></ruby>は持つてゐた。

ある日の事、豊後守は自分の同僚大久保<ruby><rb>忠成</rb><rt>たゞなり</rt></ruby>が大きな弁当箱を持つて来てゐるのに気がついた。

「忠成め、飛んだ<ruby><rb>食</rb><rt>くら</rt></ruby>ひぬけと見えるて。」豊後守はそつとその弁当箱に触つてみた。箱は<ruby><rb>鎧櫃</rb><rt>よろひびつ</rt></ruby>ほど<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>ち<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>りがした。「怖ろしい重みだな、こいつをこつそり食べて置いて、どんな顔をするか見てゐたら面白からうて。」

豊後守は<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言ひ〱、<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見まはしながら、そつとその弁当を盗み食ひした。やつと食べてしまつた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>では、腹は大名を鵜呑みにした<ruby><rb>蟇</rb><rt>がま</rt></ruby>のやうに膨れてゐた。

暫くすると、忠成はひよつくり<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ顔を出した。<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど<ruby><rb>時分時</rb><rt>じぶんどき</rt></ruby>なので黙つてそこにあつた弁当箱を取り上げた。そして蓋を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けたと思ふと、急に変な顔をして、じつと<ruby><rb>内部</rb><rt>なか</rt></ruby>を見てゐたが、暫くすると<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>もない顔で、

「今朝方あまり食べ過したものか、どうも<ruby><rb>食気</rb><rt>しよくけ</rt></ruby>がなくて困る。」

と<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>き〱、そつと元々どほり蓋をして、弁当箱を<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に押しやつた。

豊後守は<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しさを噛み殺して、忠成を相手に何かと世間話をしてゐた。話してゐるうちに、忠成の返辞が段々気乗りがしなくなつて来るのも可笑しい事の一つだつた。暫くすると、忠成は、

「<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は屋敷に用事があるので少し<ruby><rb>早引</rb><rt>はやびき</rt></ruby>をする。」

と言つて慌てて<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>つて往つた。豊後守はその後姿を見送りながら腹を抱へて笑ひこけた。

<ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆふかた</rt></ruby>豊後が<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>に帰つて、<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby>を相手にその話をすると、用人ははたと膝を叩いた。そして、

「なる程さう承はつて初めて<ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>せました。」

と言つて、独りでくす〱思ひ出し笑ひをし出した。豊後が<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を訊くと、<ruby><rb>先刻</rb><rt>きつき</rt></ruby>忠成は道の通りがかりに、腹が空いて困るから、<ruby><rb>湯漬</rb><rt>ゆづけ</rt></ruby>なりと振舞つて欲しいと言つて、座敷に上り込み、主人も家来も負けず劣らず<ruby><rb>大食</rb><rt>おほぐひ</rt></ruby>をして帰つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>だと解つた。豊後守はそれを聴いて舌打をして残念がつた。

米が高くなつたら、道の通りがかりに湯漬の食べられる<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い友達をそこらに拵へて置く事だ。しかし<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い友達は<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>ころよりも少いものだ。仕方が無かつたら老中でも友達にするさ。

花の<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

「<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さん、何だつて花には<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>があるの。」

むかし〱、ずつとの<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>、かう言つて自分の<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>に<ruby><rb>訊</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねた子供があつた。

<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>はその時、世間の多くの親達と同じやうに下らない事を考へてゐたか、それとも別に何も考へてゐなかつたか、子供に訊かれて初めて気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いたやうに、成程花には<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>があるわいと思つた。だが、おいそれと直ぐには説明も出来かねたので、急に<ruby><rb>銭勘定</rb><rt>ぜにかんぢやう</rt></ruby>でもしてるらしい、忙しさうな顔をした。

「<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さんてば、何だつて花には<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>があるの。」

子供は鼻を鳴らしながらまた訊き直した。<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>は<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>れかけた目覚し時計を扱ふやうに<ruby><rb>懶</rb><rt>だ</rt></ruby>らけた頭に<ruby><rb>矢鱈</rb><rt>やたら</rt></ruby>に<ruby><rb>螺旋</rb><rt>ねぢ</rt></ruby>をかけてみたが、その一刹那花は酒や音楽と同じやうに神様が人間を<ruby><rb>娯</rb><rt>たのし</rt></ruby>ませるために拵へられたものだといふ事に気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

「うむ、花の<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>か。」父親は大学者のやうに落ついた調子で言つた。「あれは人間を娯ませるために出来てゐるんだ。」

「さう。」と子供は一言言つたきり、そのまゝ押し黙つてしまつた。だが、<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>の説明に満足してゐないのはその顔色にも読めた。多くの場合子供は<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>の説明には満足しないものである。

子供はそれ以後「何だつて花には<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>があるのだらう。」と、一生懸命にそればかりを考へた。そしていつの間にか大学者になつて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>とその問題を解く事が出来た。

実をいふと、花の<ruby><rb>香気</rb><rt>にほひ</rt></ruby>は、いろんな昆虫をそこに<ruby><rb>誘</rb><rt>おび</rt></ruby>きよせて、その力でもつて花の生殖を果すために存在してゐるに過ぎないが、その学者が研究を仕遂げるまでは、世間の人達は何の為めだとも解らなかつた。学者とは誰あらう、名高い植物学者クルト・スプレンゲルその人である。

数多い世間の<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>よ、牛のやうに愚かな頭を持つた世間の<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>よ、<ruby><rb>卿</rb><rt>おみ</rt></ruby>達がどんな説明をしようと、多くの子供はそれに満足するものではない。そしてその不満足から素晴しい発明と発見は生れるものである。

何故<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>が高い？８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

米が高くなつた。何故こんなに米が高くなつたかと訊くと、仲小路農相は商売人が善くないからだと言ひ、商売人は農相が悪いからだと言つてゐる。事実はどちらもが善くない上に、外に善くないものが幾つか一緒になつてゐる。

米国でもこの頃食料品が高くなつたので、あつちこつちで頻りと不平の声が聞えてゐる。<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>も前大統領タフト氏が田舎に旅行して、途中で道連れになつた<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>を相手に、近頃農産物の値段が<ruby><rb>箆棒</rb><rt>べらぼう</rt></ruby>に高くなつた事を話して、

「まるで以前の三倍もの値がするのだから<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>りきれない。」

と<ruby><rb>呟</rb><rt>こぼ</rt></ruby>した事があつた。そして相手の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>が値上げの張本人であるかのやうに<ruby><rb>凝</rb><rt>じつ</rt></ruby>とその顔を見つめた。顔は焼栗のやうに日に<ruby><rb>焦</rb><rt>や</rt></ruby>けてゐた。

<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は象のやうな大きな図体のタフト氏を見返しながら、済まなささうに頭を掻いた。実際食料品がかう高くなつては、一番困るのは馬かタフト氏かのどちらかに相違なかつた。

「でも、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>様、小麦が高くなつたのは、小麦自身が高くなつた訳ぢやござりましねえだよ。」<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は言ひ訳がましく口を切つた。「あれはその学問の値段が入つてるからでござります。今時の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>はお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>様方と同じやうにいろんな事を知らなくつちやなりましねえからの。」

「学問の値段といふと――。」タフト氏は腑に落ちなささうに眉を<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>めた。「そんなものが何だつて小麦や馬鈴薯の値段に影響して来るんだね。」

「だつて考へて<ruby><rb>御覧</rb><rt>ごらう</rt></ruby>じませ。」と<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>節高</rb><rt>ふしだか</rt></ruby>を頑丈な手をタフト氏の鼻先きで振りまはした。「今の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>と違つて、自分達の畑から<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>る物の植物学とやらの名前を知らなくつちやなりますめえ。それから<ruby><rb>浮塵子</rb><rt>うんか</rt></ruby>や<ruby><rb>根切虫</rb><rt>ねきりむし</rt></ruby>だが、そんねえな<ruby><rb>無益物</rb><rt>やくざもの</rt></ruby>の昆虫学とやらの名前も覚えなくつちやなりますめえ。その上に<ruby><rb>肥料</rb><rt>こやし</rt></ruby>の化学的成分とやらもすつかり頭に入れておかなくつちやなりましねえのだからな。何だつてお前様、それにはみんな<ruby><rb>銭</rb><rt>ぜに</rt></ruby>がかゝりまするだよ。」

「さうか……」と言つて、タフト氏は解つたやうな、解らぬやうな顔をして、その儘黙つてしまつた。

知識を売値につけ込むのはまだしもだが、日本の<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>は「無知識」を高く売りつけようとしてゐる。米の売惜みをしてゐる<ruby><rb>農夫</rb><rt>ひやくしやう</rt></ruby>よ、汝は遠からず無知識を後悔する時が来るに相違ない。

二万八千弗の祝儀８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

ノオベル賞金の創設者として聞えた<ruby><rb>瑞典</rb><rt>スエーデン</rt></ruby>のアルフレツド・ビイ・ノオベルの<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>に、長年の間まめに女中頭を勤め通した女があつた。ところが、縁あつて他へ<ruby><rb>嫁</rb><rt>かたづ</rt></ruby>く事になつた。すべての女は、どんなまづい結婚でも、独身よりはましだと思つてゐるもので、これは人生といふものに対して、どの女もが持つてゐる一番大きな<ruby><rb>誤解</rb><rt>はきちがへ</rt></ruby>だが、この女中頭も矢張りそれを持つてゐたので、兎も角も結婚する事にきめてしまつた。

主人のノオベルはその話を聴くと、寝椅子から半分<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>をおこしかけた。

「それは目出度いの、長年の間まめに勤めてくれたお前に出て<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かれるのはつらいが、然し結婚と聞いては強ひて引とめるわけにも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くまい。ところで、お祝ひだて――」と主人はにや〱笑ひながら女中頭の顔を見た。これまでは女中頭として世界第一等の<ruby><rb>顔立</rb><rt>かほたち</rt></ruby>のやうに思つてゐたが、今見ると、花嫁として一番やくざ者のやうに思はれた。「何かお祝ひにくれてやりたいと思ふんだが、何でもいゝからお前の欲しいと思ふものを言つてみるがいゝ。」

女中頭はノオベル家のうちで欲しいものをどつさり持つてゐた。第一に主人の財産が欲しかつた。第二に主人のフライ鍋が欲しかつた。第三に主人の心の臓が欲しかつたが、そんなものは主人がなかなか「<ruby><rb>諾</rb><rt>うん</rt></ruby>」と言ひさうになかつた。で、早速花聟の<ruby><rb>許</rb><rt>とこ</rt></ruby>へ駆けつけて相談する事にした。

花聟はそれを聴いて、美しい女中頭が、どつさり「<ruby><rb>幸運</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>」を<ruby><rb>背負</rb><rt>しよ</rt></ruby>つて、自分の大きな鼻の<ruby><rb>孔</rb><rt>あな</rt></ruby>から<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>のなかへ潜り込むやうに思つた。

「何をお願ひしたものだらうな。」

「何をお願ひしたものでせうね。」

二人は頭をつき合はせて相談したが、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と相談が<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つた時には、二人とも素晴らしい仕事をしたやうに疲れてゐた。

女中頭は<ruby><rb>主家</rb><rt>しゆか</rt></ruby>に帰つて来た。そしてもぢもぢしながら口を切つた。

「檀那様、私どもの婚礼に祝つて戴きたいと思ふものが、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と見つかりましてございますが、<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんと</rt></ruby>に祝つて戴かれますのでございませうか。」

「ほんとうだともさ。」恐ろしいダイナマイトの製造業者は、女中頭の口から、お手の物の爆裂弾が吐き出されようとも<ruby><rb>怯</rb><rt>びく</rt></ruby>ともしないやうな身構へをして言つた。「何でもいゝから、お前の欲しいものを言へと言つたぢやないか。」

「有難うございます。」花嫁は丁寧に頭を下げた。「それでは恐れ入りますが、檀那様のお儲けになる一日分だけのお<ruby><rb>銭</rb><rt>あし</rt></ruby>が戴きたうございます。」

「よからう。」と主人は二つ返事で直ぐ承知をした。「だが、勘定するのに少し手間が取れようて。」

実際勘定をするのに手間が取れた。それが為めに十一人の書記が幾日か働かされた。そして女中頭は結婚祝ひとして二万八千弗の金を渡された。

寄附金の<ruby><rb>請取</rb><rt>うけとり</rt></ruby>８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>の新聞記者フランシス・ロイプ氏が先年亜米利加印度人の調査委員をしてゐた頃、ある日の事、見も知らぬ印度人が、その事務室へひよつくり鳶色の焼栗のやうな顔を出した。そしてポケツトから金包みを取り出して、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に置いた。

「こゝに五十弗ありますから、お<ruby><rb>請取</rb><rt>うけと</rt></ruby>りを願ひます。」

印度人はかう言つて<ruby><rb>反身</rb><rt>そりみ</rt></ruby>になつた。その金は公用金としてロイプ氏が受取るべき筈のものだつた。

ロイプ氏はその金をあらためた。そして<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に請取つた<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を言つたが、印度人は何か<ruby><rb>待心</rb><rt>まちごころ</rt></ruby>でゐるらしく、両手を胸の上に<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>んだまゝ、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の前に<ruby><rb>立</rb><rt>た</rt></ruby>ち<ruby><rb>跨</rb><rt>はだ</rt></ruby>かつて一向帰らうとしなかつた。

「何か外に用事でもあるのかね。」

ロイプ氏は焼栗のやうな顔を見上げた。

「請取証を待つてるんです。」

印度人は厚い唇のなかから<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>くやうに言つた。

「何だつて請取証なんかが要るんだね。」ロイプ氏は口を尖らした。「君は私があとからまたこの金を請求しやしないかとでも思つてるのかい。」

印度人は肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかして言つた。

「私は耶蘇信者なんです。いつかは屹度神様にお目に懸るでせうが、その折<ruby><rb>彼得</rb><rt>ペテロ</rt></ruby>は私を天国に上げる前にこの五十弗の請取証を見せろといふに<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐます。その折請取証が要るからといつて、まさか地獄のなかを捜し廻る訳にも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きませんからね。」

「請取証を取るのに、何だつて地獄の中を捜し廻らなければならんのだね。」

ロイプ氏は不思議さうに訊いた。

「でも、貴方<ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>が地獄に<ruby><rb>堕</rb><rt>お</rt></ruby>ちなくつて、誰が堕ちるんです。」

ロイプ氏は鉄瓶のやうに湯気を立てて怒り出したが、それでも請取証を書くには書いた。印度人はそれを持つてのつそり出て往つた。

米の廉売に寄附金を申し出た成金達よ、成るべくなら君達も請取証を取つて置いた方がよからう。さもないと、<ruby><rb>彼得</rb><rt>ペテロ</rt></ruby>が屹度ぐづ〱言ふに<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐるから。

寺内首相と<ruby><rb>蘭貢米</rb><rt>ラングンまい</rt></ruby>８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

独逸の鉄血宰相ビスマルクが、ある時ウイルレム老帝の御馳走になつた事があつた。その折の献立がどんなだつたかといふ事は、他人の食膳にあまり興味を持たない私の知らない事だが、唯一つその時<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に載つかつてゐた酒が、<ruby><rb>三鞭酒</rb><rt>シヤンペンしゆ</rt></ruby>だつたのは、何よりもよく知つてゐる。

ビスマルクは自分の<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>に<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>がれた三鞭酒に唇をやつた。その唇は自分の恋女房を<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>する外には、いろんな国の外交官を相手に嘘ばかし言つてゐたが、それでも酒の味はよく判つたものだ。ビスマルクは一寸<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>を<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めると、その一刹那眉の上に太い皺をよせた。皺は<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で、

「<ruby><rb>不味</rb><rt>まづ</rt></ruby>い、何といふ不味い三鞭酒だらう。」

と<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いているらしかつた。

ビスマルクは太い手を伸ばして<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に置かれた三鞭酒の壜を引き寄せた。こんなに不味くてゐて、平気で帝王の食卓に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つてゐる酒壜が、どこの出来だか、一寸見て置きたかつたのだ。酒壜は白い<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>で<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>んで、わざとレツテルを隠してあつた。ビスマルクは眼をあげて老帝の顔を見たが、その一刹那老帝が<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>のやうな真面目な顔をして、じつと宰相を見かへしてゐるのに気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

「陛下、ちよつとお伺ひ致しますが、この三鞭酒はどこの<ruby><rb>産</rb><rt>でき</rt></ruby>でございます。」

ビスマルクは日本婦人のやうに安物の外套に<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>まつた酒壜をさしながら訊いた。

「どこのでもない。」と老帝はいつに似ぬ胡桃のやうな堅い調子で返辞した。「わが独逸国で出来たのだよ。」

「道理で、ひどく不味いと思ひました。」と、ビスマルクは<ruby><rb>独言</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに言つて、英吉利生れの<ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>でも見るやうに、馬鹿にした眼つきでその酒壜を見た。

「不味いかも知れん。」老人は<ruby><rb>唇</rb><rt>くち</rt></ruby>の<ruby><rb>端</rb><rt>はた</rt></ruby>に心持微笑を浮べた。「だが、<ruby><rb>朕</rb><rt>わし</rt></ruby>は愛国心で酒を飲むといふ事を知つとるからな。」

老帝の皮肉に宰相も黙つてはゐなかつた。

「あいにくと、私の愛国心は胃の腑の<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>り<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>で停まつて居りますので。」

ビスマルクはかう言つて、胃の腑と愛国心との継ぎ目でも示すやうに、心もち椅子の上に反りながら両手で<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>を押へた。

頭のてツぺんから足の爪先きまで愛国心で固まつてゐる寺内首相は、無論その愛国心で飯を食べる事を知つてゐる筈だ。<ruby><rb>米高</rb><rt>こめだか</rt></ruby>の当節、さういふ人には恰好の<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>がある。それは一升十五銭の蘭貢米である。

茶人と胃の腑８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

むかし松平<ruby><rb>不昧</rb><rt>ふまい</rt></ruby>公が、京都に<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>つた時、ある日の事、茶人<ruby><rb>千宗左</rb><rt>せんのそうさ</rt></ruby>を訪れようとして、前もつてその<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>を通じておいた。宗左は相手が不昧公だといふので、色々趣巧を凝らした<ruby><rb>午餐</rb><rt>ひるめし</rt></ruby>の用意などしておいた。――一体茶人の料理といふものは、味よりも趣巧のもので、趣巧さへ気に入つたら、お膳のものは言ふに及ばず、皿を食べ、椀を食べ、おまけに亭主役の禿頭を食べたつて、少しの差支もないのだ。

不昧公は千家へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く途中で、急にその日は大徳寺に<ruby><rb>宝物</rb><rt>ほうもつ</rt></ruby>の<ruby><rb>虫干</rb><rt>むしぼし</rt></ruby>がある事を思ひ出した。

「さうだ、虫干を<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かう、宗左へは<ruby><rb>帰</rb><rt>かへ</rt></ruby>り<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>にしたつて遅くはあるまい。」

と、不昧公は先きに大徳寺の方へ廻る事にした。虫干には色々珍らしい物があつたので、この風流大名は思はず時を過した。寺の門を出たのは<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>も<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>過ぎてゐて、ぺこぺこになつた胃の腑のなかでは、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>虫干で見た<ruby><rb>呉道子</rb><rt>ごどうし</rt></ruby>の観音さまや、一休和尚の木像やが<ruby><rb>空腹</rb><rt>ひだる</rt></ruby>さうに<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>をしてゐた。

千家ではまた宗左が欠伸ばかりし続けてゐた。不昧公が着いたのは、欠伸が<ruby><rb>中</rb><rt>ちゆう</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>と変つてゐた時なので、前々から<ruby><rb>擬</rb><rt>こら</rt></ruby>した<ruby><rb>饗応</rb><rt>もてなし</rt></ruby>の趣巧も、すつかり台なしになつてゐた。亭主はお客を茶席へ通すと、薄茶を一服出しておいて、素知らぬ顔をしてゐた。腹の空いた大名は、次の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>の物音にじつと聴耳を立ててゐたが、別段膳部を用意するらしくもなかつた。

不昧公の胃の腑は深く宗左を<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>んだ。これまで<ruby><rb>空腹</rb><rt>すきばら</rt></ruby>といふ事を知らなかつた大名の<ruby><rb>頭脳</rb><rt>あたま</rt></ruby>は、急に胃の腑の味方をして、何かしら<ruby><rb>復讐</rb><rt>しかへし</rt></ruby>の趣巧を考へるらしかつた。

その翌る年、不昧公は江戸の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ宗左を招いた。宗左は名高い大名の折角のお招きだといふので、出来るだけ供をたんと連れて、供には<ruby><rb>挟</rb><rt>はさ</rt></ruby>み<ruby><rb>箱</rb><rt>ばこ</rt></ruby>や<ruby><rb>長刀</rb><rt>なぎなた</rt></ruby>などを担がせた。そして大威張りで海道筋を練り歩かせたものだ。

不昧公は江戸の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>で<ruby><rb>遙</rb><rt>はるか</rt></ruby>にその噂を聞き伝へた。胃の腑はいつぞやの<ruby><rb>復讐</rb><rt>しかへし</rt></ruby>の時が来たのを思つて小躍りした。不昧公は<ruby><rb>用人</rb><rt>ようにん</rt></ruby>を呼んで何か知ら言ひつけた。用人は急いで品川の<ruby><rb>宿</rb><rt>しゆく</rt></ruby>まで出掛けて往つて、茶人の一行を待ち受ける事にした。

仰々しい宗左の行列が来かゝると、松平家の用人は<ruby><rb>螽斯</rb><rt>ばつた</rt></ruby>のやうに表へ飛んで出た。そして不昧公からだといつて、大きな金包みを宗左の鼻先きに突きつけた。

「折角お招きは致したが、殿は<ruby><rb>俗腹</rb><rt>ぞくばら</rt></ruby>のお<ruby><rb>点前</rb><rt>てまへ</rt></ruby>はもう厭になつたと<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せらるゝによつて、お気の毒ではござるが、こゝからお帰り下さるやうに。」

かう言つて、用人はさつと引揚げてしまつた。宗左は<ruby><rb>化</rb><rt>ば</rt></ruby>かされたやうな眼つきでいつまでもその後姿を見つめてゐた。

何事も胃の腑から起きた事だ。胃の腑からはどんな事でも起きるものだ。

十六人の女房８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">29</span>（夕）

結婚といふものは、不思議なもので、一度で<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>まで<ruby><rb>黒焦</rb><rt>くろこげ</rt></ruby>にしてこり〱するのもあれば、<ruby><rb>性懲</rb><rt>しやうこ</rt></ruby>りもなく<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か相手を<ruby><rb>更</rb><rt>か</rt></ruby>へて平気でゐるのもある。ソロモンは一代のうち数へきれぬ程の女と縁を結んだといふが、あの通りの賢者の事だから、訊いてみたら色々面白い<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聞かせてくれたに相違ない。

仏蘭西のボルドオにジエエムス・ゲイといふ男が住むでゐた。何一つ立派な仕事は残さなかつたが、一代のうちに十六人の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を持つたといふので、かなり世間の評判になる事が出来たのは飛んだ<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>であつた。

ある物好きの男が、ゲイに会つて訊いた事があつた。

「そんなにたんと奥さんをお持ちで、よく飽きませんでしたね。私などはたつた一人しか持ちませんが、それでも少し持ち過ぎたやうに思ふ事も<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>ありますよ。」

すると、ゲイは急ににこにこして、

「滅相な。女は一人一人みな別物ですよ。一人で懲りたからと言つて、外の<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>もがさうだとは限りません。つまり<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>をたんと持つのは、<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>をたんと読むと同じで、色々の智識を得るといふ事でさ。」

と答へたといふ事だ。

そのゲイ爺さんは百一歳の時、十六人目の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>に亡くなられて、こつそり十七人目の<ruby><rb>後添</rb><rt>のちぞひ</rt></ruby>を貰はうとしたが、親類縁者の者に<ruby><rb>留立</rb><rt>とめだて</rt></ruby>されて、ぶつ〱<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>きながら<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く思ひとまつたといふ事だ。爺さんに取つてこれは面白い新刊小説を読み損ねた気持がしたに相違ない。

英吉利に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">十二人</span>の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">十三度</span>結婚したといふ不思議な男がある。一番目の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>はその男を捨てて、若い恋人と<ruby><rb>駈落</rb><rt>かけおち</rt></ruby>したので、男は涙を流してその女の噂ばかりしてゐたが、程なく二度目の結婚をした。そして次ぎから次ぎへと結婚と葬式とを繰り返して、十一人目のお葬ひを出したのは、丁度八十四の夏だつた。それから爺さんは<ruby><rb>縹緻</rb><rt>きりやう</rt></ruby>よしの<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby><ruby><rb>婆</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんと結婚したが、実をいふとその婆さんは一番目の<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>なので、婆さん自身は同じ男と二度目の結婚だとはよく知つてゐたが、爺さんは<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にも気づかないで、始終にこにこしてゐたさうだ。

<ruby><rb>蹠</rb><rt>あしのうら</rt></ruby>と老人の結婚８・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

古い<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシヤ</rt></ruby>の言伝へに、アンタイオスといふ力士がある。蹠が<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>にくつ附いてゐるうちは、どんな事があつても<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>に力負けはしなかつたといふが、さすが希臘人だけに蹠と<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>とを結びつけた解釈は偉いと言はなければならぬ。

リンカンといへば、<ruby><rb>気難</rb><rt>きむつ</rt></ruby>かしい顔をしてゐる癖に、<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>が大好きなので名高い政治家だが、ある時知合ひの国会議員が訪ねて来た時、あいにくと風邪をひき込んで鼻をつまらせてゐた。議員が気の毒さうに、

「お風邪ださうですね。この頃の寒さぢや全くやりきれませんからね。」

といふと、

「全く遣りきれません。」とリンカンは<ruby><rb>貧乏揺</rb><rt>びんぼふゆる</rt></ruby>ぎをしいしい、じつと自分の脚を見つめてゐたが、暫くすると心もち片脚を持ち上げて客に見せつけた。「この寒さぢや、私は誰よりも先きに風邪を引くだらうと思つてゐたのです、何だつて貴方、こんな大きな脚でせう、<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>にくつ着いてる所が人並よりずつと多いんですからね。」

世の中にはリンカンのやうに、蹠が大きいので風邪をひく人があるかも知れないが、それよりも多いのは禿頭から風邪をひく人である。だが、これは余り大きい声では言はない方がよい。さういふ人に限つて、

「なに、私のは脚から来た風邪ですよ。」

と、リンカン並みに、<ruby><rb>図外</rb><rt>づはづ</rt></ruby>れに大きな蹠を鼻先に突きつけようかも知れないから。

◇

最近<ruby><rb>匈牙利</rb><rt>ハンガリー</rt></ruby>のブダペストで珍しい事件があつた。それはある<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんが自分に結婚を申し込んだ男を<ruby><rb>拒絶</rb><rt>はねつ</rt></ruby>けたから起きた事なので、男は当年取つて八十九歳の爺さんだつた。

爺さんは、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>ごけ</rt></ruby>さんのすげない返事が悲しいと言つて、心の臓が干葡萄のやうに<ruby><rb>萎</rb><rt>しな</rt></ruby>びるまで<ruby><rb>悄気</rb><rt>しよげ</rt></ruby>きつてゐたが、とうと<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を悪くして死んでしまつた。爺さんの言ふのでは、これまで女に申込むで、一度だつて<ruby><rb>撥</rb><rt>は</rt></ruby>ねつけられた事は無かつた。もしか今度の<ruby><rb>談</rb><rt>はなし</rt></ruby>がうまく<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>まれば、<ruby><rb>恰</rb><rt>ちやう</rt></ruby>ど十五度目の結婚になる訳だつたのださうだ。

気の毒な爺さんよ。失恋は爺さんにとつて<ruby><rb>綿入</rb><rt>めんい</rt></ruby>りの外套のやうに、少し目方が重過ぎたやうだ。

名女優の冷笑９・１（夕）

<ruby><rb>劇</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>は一人で出来るものでないから、<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>達の互の<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>が合ふといふ事が何よりも大事である。先年道頓堀で仁左衛門と鴈治郎との顔合せ興行があつた。<ruby><rb>両優</rb><rt>ふたり</rt></ruby>とも若盛りで人気を争つてゐる間柄だつた上に、出し物は<ruby><rb>仮名手本</rb><rt>かなでほん</rt></ruby>忠臣蔵で、仁左が<ruby><rb>師直</rb><rt>もろなほ</rt></ruby>、鴈が<ruby><rb>判官</rb><rt>はんぐわん</rt></ruby>といふ役割なので、双方の贔屓々々は両桟敷に分れて、めいめい好きな俳優のために大袈裟な力添へをしたものだつた。

派手好きな鴈治郎は、<ruby><rb>刃傷</rb><rt>にんじやう</rt></ruby>の場で思ひきり派手な<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き方をして舞台を巧く<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>つ<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>へて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かうと註文をつけてゐたらしかつた。で、<ruby><rb>火熨斗</rb><rt>ひのし</rt></ruby>をあてた<ruby><rb>白襦袢</rb><rt>しろしやつ</rt></ruby>のやうに、真青に<ruby><rb>鯱子張</rb><rt>しやちこば</rt></ruby>つて舞台へ出た。すると、案外なのは相手の仁左の師直で、これはまた<ruby><rb>糊気</rb><rt>のりけ</rt></ruby>のぬけた皮肉な、いつもの型とは打つて変つた冷い<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>り方なので、鴈治郎の判官は刀へ手をかける事も出来ないで、大弱りに弱つてしまつた事があつた。

英吉利の名女優エレン・テリイがひと頃<ruby><rb>気難</rb><rt>きむづか</rt></ruby>しやで聞えた或る男優と一緒に舞台に立つてゐた事があつた。男優は幕がすむと、例の気難かしい顔をして楽屋へ入るなり、エレン・テリイが大事の正念場だのに、自分の顔を見てにやにや笑ひ続けて居るので、舞台が<ruby><rb>懶</rb><rt>だ</rt></ruby>れて芝居が<ruby><rb>演</rb><rt>し</rt></ruby>にくくて仕方が無いと言ひ出した。

「いやに名優<ruby><rb>面</rb><rt>づら</rt></ruby>をして、人の舞台を<ruby><rb>見下</rb><rt>みくだ</rt></ruby>すやうな笑ひ方をしやがる。一度<ruby><rb>思</rb><rt>おも</rt></ruby>ふ<ruby><rb>様</rb><rt>さま</rt></ruby>油を取つてやらなくつちや。」

で、到頭同じ<ruby><rb>劇場</rb><rt>こや</rt></ruby>にゐる女優あてに手紙を書いて持たせてやつた。手紙にはこんな文句があつた。

「こんな事を申し上げるのは、全くお気の毒で堪りませんが、私は<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>がいつも舞台で私の方を御覧になつて笑つてばかり<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>られるので、芝居が<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>にくくて仕方がありません。あれでは全く<ruby><rb>打毀</rb><rt>ぶちこは</rt></ruby>しです。どうかこれからは<ruby><rb>那処</rb><rt>あすこ</rt></ruby>が正念場だといふ事をお考へになつて、貴女の態度を変へていただきたいのです。」

エレン・テリイはその手紙を見たが、相変らずにやにや笑つてゐた。そして次ぎのやうな返事を書いた。

「それは貴方のお<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>き<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>へですよ。私は舞台でなんか貴方の事をちつとも笑ひは致しません。笑ひたいんですけど、<ruby><rb>自宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰るまで<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へてるんですよ。」

馬を<ruby><rb>煽</rb><rt>あふ</rt></ruby>ぐ女９・２（夕）

市内の福島辺に動物好きの夫人が居る。この頃の日盛りに近所の<ruby><rb>問屋</rb><rt>とひや</rt></ruby>へ<ruby><rb>荷役</rb><rt>にやく</rt></ruby>に来る<ruby><rb>馬子</rb><rt>まご</rt></ruby>が、<ruby><rb>荷馬</rb><rt>にうま</rt></ruby>をその夫人の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまゐ</rt></ruby>の格子戸に繋いでおく事がよくある。無学な馬は、無学な役人と同じやうに市民を蹴るものだといふ事を知つてゐる馬子は、馬の手綱を思ひきり短く結んでおく事を忘れない。

夫人はそれを見ると、<ruby><rb>直</rb><rt>ぢ</rt></ruby>きに飛んで出て来て、<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に馬子が居ないのを見ると、

「まあ、<ruby><rb>可哀</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに。こんなに縛られてゐて、どんなにか苦しからうよ。さあさあ<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆつ</rt></ruby>くり息をつくといい。」

と言ひながら、幾らか手綱を<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>めてやる。<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の楽になつた馬は、すぐ人間を蹴る事を思ひ出すらしいが、自分を楽にしてくれた婦人の手前、さういふ乱暴な真似も出来ないので、おとなしく<ruby><rb>前脚</rb><rt>まへあし</rt></ruby>で<ruby><rb>地面</rb><rt>ぢべた</rt></ruby>を掻いて済ましてゐる。馬は若い大学生と同じやうに、婦人から恩を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>た場合に、取分け紳士の振舞をするものである。

夫人はそれからバケツに水を波々と<ruby><rb>掬</rb><rt>く</rt></ruby>むで来て、馬の鼻先につきつける。馬は人間と同じやうに<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>と水とだけでは生きられるものではない。ちよい〱<ruby><rb>枯草</rb><rt>かれぐさ</rt></ruby>をも食べなければならないが、<ruby><rb>枯草</rb><rt>かれぐさ</rt></ruby>の無い時には水だけでも辛抱出来るので、<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>さうに舌打をして水を飲みはじめる。

やつと水の御馳走がすむと、夫人は今度は<ruby><rb>団扇</rb><rt>うちは</rt></ruby>を持ち出して来て、馬の額際からそろそろ煽ぎ出すのだ。馬は見ず知らずの婦人からこんな手厚い<ruby><rb>饗応</rb><rt>もてなし</rt></ruby>をうける自分の身の<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>を思ふて、ほれぼれと眼を細めながら、漢詩か川柳かの事でも思つてるらしい顔つきをしてゐる。何故といって、人間のする色々の芸術のなかで軍人や馬にも出来さうなのは漢詩と川柳との外には無い筈だから。

一度こんな<ruby><rb>饗応</rb><rt>もてなし</rt></ruby>を受けた馬は、その気持よさが忘れられないものか、今度そこを通りかゝる時には、どうかするとまた格子戸の前に立ちとまらうとする。しかし馬よりも悧巧なのは馬子で、馬がそんな事を忘れてゐる場合でも、馬子はきつとそれを思ひ出して<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに馬を格子戸に繋いで<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かうとする。

夫人の<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>によると、馬一匹を煽ぐのは随分の手間ださうで、それだけの手間を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>はなかつたら、世の中の亭主は五人位涼しい目が出来るさうだ。だが、亭主を煽いで何の為にならう。少なくとも馬は亭主のやうに煽がれた上に、酒が欲しいとまでは言ひはしまひ。

米と住職９・５（夕）

前の月大阪市で米騒動が持上る少し前、それに気づいた市内のある米屋は、<ruby><rb>持米</rb><rt>もちまい</rt></ruby>の大部分を<ruby><rb>檀那寺</rb><rt>だんなでら</rt></ruby>に担ぎ込んで、その保管<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>を頼んだものだ。すると<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは魚と酒とで脂ぎつた顔をにこ〱させて、

「<ruby><rb>拙僧</rb><rt>わし</rt></ruby>が預かつたからには大丈夫や、大船に乗つた気持でゐなはれ。」

と<ruby><rb>頭陀袋</rb><rt>づだぶくろ</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>をわざ〱一つ叩いてみせた。米屋は安心して引下つた。

<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>庫裏</rb><rt>くり</rt></ruby>でちびりちびり晩酌をやりながら、土間に積んだ米俵を見た。そして<ruby><rb>万一</rb><rt>もしか</rt></ruby>米屋が頓死でもして、この米俵がそつくり自分の<ruby><rb>有</rb><rt>もの</rt></ruby>になるのだつたら、こんな結構な事はないと思つた。その代りには米屋には<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>一倍お経をたんと読んで<ruby><rb>菩提</rb><rt>ぼだい</rt></ruby>を<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>つてやつてもいいと思つてるらしかつた。

暫くすると、<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは小僧を呼んだ。小僧は三人居て、三人とも変な<ruby><rb>歪形</rb><rt>いびつ</rt></ruby>な頭を持つてゐたが、呼ばれたので、素直に庫裏に集まつて来た。<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは町に米騒動の起つてる事を話して、預かつた米俵の一件は誰にも洩してはならない、よしんば本尊様の前であらうと、<ruby><rb>噯</rb><rt>おくび</rt></ruby>にも出すのではない、本尊様は米屋よりも米を<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ふ方の人達を大切がられるからといつて堅く口止めをした。

「そやけど、万一嗅ぎつけて米を取りにでも来たら……」と<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは蟹のやうな赤い顔を撫でまはした。「その折は<ruby><rb>拙僧</rb><rt>わし</rt></ruby>が説教してやる分のこつちや。なんぼ一揆やかて<ruby><rb>拙僧</rb><rt>わし</rt></ruby>の説教聴いたら納まるに<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つとる。」

小僧達は感心したやうに、めい〱<ruby><rb>歪形</rb><rt>いびつ</rt></ruby>な頭を下げた。

さういふ口の下から、急に山門の方に騒々しい物音がして貧しい人達が入つて来た。米屋の小僧の口から預け先が洩れたので、皆は米を取り返しに来たのだ。

「やい<ruby><rb>生腥坊主</rb><rt>なまぐさばうず</rt></ruby>、これは何だ、出すぎた真似をすると承知せんぞ。」

<ruby><rb>先頭</rb><rt>さき</rt></ruby>に立つた<ruby><rb>片眼</rb><rt>めつかち</rt></ruby>の男が、庭の米俵を指しながら、かういふと、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>に続いた人達はわいわい<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>き<ruby><rb>囃</rb><rt>はや</rt></ruby>した。

見ると、<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは畳の上に蜘蛛のやうに平べつたくなつて、口のなかで、小声で本尊様のお名を唱へてゐる。三人の小僧は慌てて<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんの真似をして、<ruby><rb>歪形</rb><rt>いびつ</rt></ruby>な頭を下げた。

暫くすると、<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>が静かになつたので、小僧達はひよつくり頭を上げた。土間には人影も米俵も見えなくなつてゐたが、<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは相変らず蜘蛛のやうに平べつたくなつてゐる。小僧の一人が名を呼ぶと、<ruby><rb>住持</rb><rt>おつ</rt></ruby>さんは恐る〱頭を上げた。そしてきよろ〱<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を見まはしてゐたが、土間に誰一人ゐないのに気がつくと、

「もう誰も<ruby><rb>居</rb><rt>ゐ</rt></ruby>くさらんのか、ほんまに無茶しよるがな。」

と噛みつくやうに言つて、急に<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>になつて小僧達の顔を見た。

「そやけど、<ruby><rb>拙僧</rb><rt>わし</rt></ruby>がお辞儀しとつた事、誰にも言ひなはんなや。言ふと見つともないよつてな。」

露伴氏と<ruby><rb>鱸</rb><rt>すゞき</rt></ruby>９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

米国の飛行家パタアソン氏の郵便飛行用飛行機の製作者ゴウハム氏の<ruby><rb>阿爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんは、米国でも指折りの釣りの名人ださうで、日本へ来る早々日光の中禅寺湖へ鱒釣に出かけて往つた。中禅寺では夏のうちは鱒は釣れない事になつてゐるのを、この<ruby><rb>阿爺</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>綸</rb><rt>いと</rt></ruby>を垂れるが早いか、十五六<ruby><rb>尾</rb><rt>ぴき</rt></ruby>の鱒を釣りあげたので、<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の漁師を<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>させてしまつた。

幸田露伴氏は、<ruby><rb>魚釣</rb><rt>うをつり</rt></ruby>にかけては<ruby><rb>海内</rb><rt>かいだい</rt></ruby>第一を以て自任してゐる人である。尤も露伴氏の言葉に従ふと、<ruby><rb>魚釣</rb><rt>うをつり</rt></ruby>も上手になると、すべて専門的になるもので、氏は今では鱸の外は滅多に釣らうとはしない。（この事は人間よりも魚の方によく披露しておき度いものだ。もしか鮎や、鰻のやうな<ruby><rb>無益</rb><rt>やくざ</rt></ruby>な魚が、ひよつくり<ruby><rb>鉤</rb><rt>はり</rt></ruby>にかからうものなら、露伴氏は腹立紛れに鰻よりもずつと長い詩を作るかも知れない。すると差し当り困るのは、魚よりも人間の方なのだから。）

露伴氏が或時利根川へ<ruby><rb>魚釣</rb><rt>うをつ</rt></ruby>りに出掛けた事があつた。とある<ruby><rb>河隈</rb><rt>かはくま</rt></ruby>へ来ると、氏はそこに立停つた。そして通りかゝりの漁師を呼びとめて訊いた。

「こゝでは鱸が釣れるだらうね。」

「鱸？」漁師は<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>みさしの<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>を惜しさうに唇から外した。「こんな所で鱸が釣れて溜るもんかい。」

「さうか鱸は釣れないか。」

と<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに言つてゐた氏は、そこへ腰を下すなり、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て用意しておいた鉤をおろした。

露伴氏は一時間ばかし色々工夫を凝らしてゐたが、それから暫くすると素晴しく大きな鱸を釣りあげた。実をいふと、氏はその日川の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見に出掛けたので、<ruby><rb>魚籠</rb><rt>びく</rt></ruby>の用意だけはしてゐなかつた。で、<ruby><rb>兵児</rb><rt>へこ</rt></ruby>帯を縦に<ruby><rb>割</rb><rt>さ</rt></ruby>いて<ruby><rb>魚</rb><rt>うを</rt></ruby>の<ruby><rb>鰓</rb><rt>あぎと</rt></ruby>を<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>つ<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>つて、その儘水に<ruby><rb>游</rb><rt>およ</rt></ruby>がせておいた。

鱸は次から次へと釣り上げられて、兵児帯はだんだん短くなつて往つた。日はとつぷり暮れて、<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>は闇になつてゐた。その闇のなかを鼻唄で帰つて来たのは、昼間の漁師だつた。漁師は暗闇のなかに木の株のやうに<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>かいつくば</rt></ruby>つてゐる男を覗き込んだ。

「何だ、昼間逢つたお客ぢやねえか、お前釣りをしてるんだね。」

「うむ釣りをしてるよ。」

露伴氏は見向きもしないで言つた。

「何か釣れるだかね。」漁師は鼻の先でせゝら笑つた。

「こんなものが釣れたよ。」

露伴氏は片手で水に<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>した兵児帯を引張りあげた。大きな鱸が<ruby><rb>幾尾</rb><rt>いくひき</rt></ruby>かぴち〱跳ねながら<ruby><rb>揚</rb><rt>あが</rt></ruby>つて来た。

「や、鱸だな。」星明りに透してみた漁師は、口を尖らして怒鳴つた。「こんな物を釣りやがつて、俺達の<ruby><rb>漁場</rb><rt>れうば</rt></ruby>を荒しやがるんだね。」

露伴氏は鱸を釣る<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>も知らないで、大口を利く漁師をたしなめた。そして丁寧に鱸の釣りの法を教へて帰つて来た。

独身主義者９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

哲学者狩野<ruby><rb>亨吉</rb><rt>かうきち</rt></ruby>氏は今だに独身で居る。それを不思議がつてゐる或る男が、<ruby><rb>露</rb><rt>む</rt></ruby>きつけに狩野氏に訊いた事があつた。

「先生、何だつて貴方はそんなに独身を立て通していらつしやるんですね。」

哲学者が独身で居ようと、郵便箱がひとりぼつちで居ようと、そんな事は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うでもよかりさうなものだが、それを問題にしたところを見ると、訊き手は余程結婚といふものが好きな男に相違なかつた。

狩野氏はにやりと<ruby><rb>唇</rb><rt>くち</rt></ruby>を歪めて笑つた。

「別に<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>はないがね、唯真理を研究するのに忙しいもんだから、結婚する<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>が無かつたんだね。」

大変結構な心意気だが、しかし狩野氏がそれ程までに忙がしぶりをして捜してゐる真理といふものも、実際手に取つて見れば、結婚同様案外下らない物かも知れない。

アメリカにジオウジ・エエドといふ文士がゐる。狩野氏のやうに血眼になつて真理を捜してゐるか、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかは知らないが、狩野氏同様に独身主義者である。そのエエド氏がある時知り合ひの結婚式に<ruby><rb>饗</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれて列席した事があつた。

<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐた<ruby><rb>近眼</rb><rt>ちかめ</rt></ruby>の<ruby><rb>某</rb><rt>ある</rt></ruby>夫人は、エエド氏の顔を眼鏡越しにじろりと見ながら言つた。

「エエドさん、貴方は今だにお独りでゐらつしやいますが、御結婚なさるよりもその方が道徳的だと思つてらつしやるんですか。」

「いえ、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う<ruby><rb>仕</rb><rt>つかまつ</rt></ruby>りまして。」独身文士は皮肉な眼つきで夫人を見かへした。「私の経験によりますと、独身でゐる男は、結婚した男よりも<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に人が悪いやうですね。」

「貴方もさう思つてらしつて、まあ、皆さん、お聞きなすつて、今のを。」

<ruby><rb>近眼</rb><rt>ちかめ</rt></ruby>の夫人は、勝ち誇つたやうに、居合はす夫人達の顔を見比べた、皆は急に蝋燭をともしたやうに明るい晴れやかな表情をした。

「エエドさん。」と一番<ruby><rb>年嵩</rb><rt>としかさ</rt></ruby>らしい婦人が呼びかけた。「貴方がそれ迄に<ruby><rb>懺悔</rb><rt>ざんげ</rt></ruby>なさいますには、何か<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>がお有りでせう、聞かせて戴けないこと……」

「お安い御用です。」エエド氏は<ruby><rb>洋盃</rb><rt>こつぷ</rt></ruby>の飲みものに一寸唇をあてながら言つた。「何故といつて、奥さん、女房持ちの男が<ruby><rb>怖</rb><rt>こは</rt></ruby>がるのは、たつた一人の女ですが、<ruby><rb>独身者</rb><rt>ひとりもの</rt></ruby>は女全体を恐ろしがるんですからね。」

名人の汗９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

十二日から道頓堀の<ruby><rb>浪花</rb><rt>なには</rt></ruby>座に名人会といふのが開かれてゐる。長唄の<ruby><rb>孝次郎</rb><rt>かうじらう</rt></ruby>、勝四郎、<ruby><rb>常磐津</rb><rt>ときはづ</rt></ruby>の<ruby><rb>和佐</rb><rt>わさ</rt></ruby>、清元の<ruby><rb>家内</rb><rt>やな</rt></ruby>、<ruby><rb>舞踊</rb><rt>をどり</rt></ruby>の<ruby><rb>鹿島</rb><rt>かしま</rt></ruby>恵津子――どれを見ても、格別名人らしい顔触でないのが愛嬌である。

お隣の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>座には、<ruby><rb>切</rb><rt>きり</rt></ruby>の<ruby><rb>奴道成寺</rb><rt>やつこどうじやうじ</rt></ruby>に長唄では<ruby><rb>山左衛門</rb><rt>さんざゑもん</rt></ruby>、伊十郎、常磐津では松尾太夫が勤めてゐる。浪花座のに比べると、<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>顔触が光つてゐるだけに、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の名人達も流石に気がさしてならない。で、興行の前の晩打揃つて中座の楽屋を訪問したものだ。

山左衛門と伊十郎とは差向ひで、自分達の幼馴染の噂でもするやうな調子で、弁慶や<ruby><rb>椀久</rb><rt>わんきう</rt></ruby>の話をしてゐたが、入つて来た客人の顔触を見ると、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と慌てて蒲団を滑り下りた。

「これは〱、現代の名人方でゐらつしやいますか、知らない事とてお出迎へにもあがりませず、<ruby><rb>平</rb><rt>ひら</rt></ruby>に、平に……」

山左衛門と伊十郎とは蠅のやうに畳にへばり着いてお辞儀をした。名人達は部屋の<ruby><rb>入口</rb><rt>いりくち</rt></ruby>にぺたりと坐つたまゝ、桜桃のやうに真つ赤になつた。

「どうぞ、それだけは言はないで置いて下さい、拝みます〱。」

と言ひ合はせたやうに<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>を合はせて拝む真似をした。見ると、名人達の額は汗でぐつしより濡れてゐた。

ミイシヤ・エルマンといへば露西亜生れの名高い<ruby><rb>提琴</rb><rt>ヴアイオリン</rt></ruby><ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>きである。ある時同じ露西亜生れのヤアシヤ・ハイフエツツといふ名高い少年<ruby><rb>提琴手</rb><rt>ヴアイオリニスト</rt></ruby>の独奏会が<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>のある<ruby><rb>楽堂</rb><rt>ホオル</rt></ruby>で催されたので、友達のレオポルド・ゴドヰスキといふ<ruby><rb>洋琴</rb><rt>ピアノ</rt></ruby><ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>きと一緒に聴きに往つた事があつた。

少年音楽家の演奏は、実際素晴しいものであつた。霊魂の底まで<ruby><rb>攪</rb><rt>か</rt></ruby>き乱された聴衆は、曲が済むと浪のやうな喝采を浴びせかけた。そのなかでエルマン一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>は真青な顔をして石のやうに黙りこくつてゐた。

暫くすると、二度目の演奏が始まつた。前にも<ruby><rb>立優</rb><rt>たちまさ</rt></ruby>つた出来で、<ruby><rb>聴衆</rb><rt>ききて</rt></ruby>は唯もう夢中になつて手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>つて驚嘆した。その<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り<ruby><rb>逆</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せた<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見てゐたエルマンは、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ポケツト</rt></ruby>からハンケチを取り出して、そつと額の汗を拭いた。そして小声で<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐる<ruby><rb>洋琴手</rb><rt>ピアニスト</rt></ruby>のゴドヰスキに耳打ちをした。

「今夜は馬鹿に<ruby><rb>蒸</rb><rt>む</rt></ruby>すやうだね、君はさうは思はない？」

「いや、何ともないよ。」人の悪いゴドヰスキは汗ばんだ友達の顔を見ながら言つた。「僕はピアニストなんだからね。」

<ruby><rb>麺麭</rb><rt>パン</rt></ruby>９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

地中海へ日本の艦隊が出征するにつけて、<ruby><rb>西伯利</rb><rt>シベリア</rt></ruby>の奥深く日本の陸軍が<ruby><rb>入込</rb><rt>いりこ</rt></ruby>むにつけて、何よりも困るのは日本人に附き物の食糧品の輸送である。馬に大麦が要る如く、日本人は米と味噌と沢庵漬とが無かつたら、何一つ善い事の出来ない国民である。<ruby><rb>况</rb><rt>ま</rt></ruby>して悪い事など出来よう筈がない。

<ruby><rb>先日</rb><rt>このあひだ</rt></ruby>も某方面から帰つて来たある海軍将校などは、

「こんな事では、<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロツパ</rt></ruby>の檜舞台で目ざましい働きが出来ようとも思はれない。吾々が何を食ふべきかは実際大問題だ。」

と、べそを掻くやうな声で訴へてゐたが、それでも<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>が済むと今不足を言つたばかしの口を、鼠のやうに<ruby><rb>窄</rb><rt>つぼ</rt></ruby>めて、<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>さうに味噌汁を<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>つてゐたといふ事だ。

まだるつこい飯なぞ食つてゐては、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も<ruby><rb>戦争</rb><rt>いくさ</rt></ruby>は出来ないといふ事に誰よりも早く気がついたのは、幕末の江川太郎左衛門であつた。太郎左衛門はさういふ考へから、自分でも女学生のやうな手つきをして麺麭を焼いたが、どうも巧く<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かないと見えて、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>高島<ruby><rb>秋帆</rb><rt>しうはん</rt></ruby>に頼むで、麺麭の製法を<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>の書物から訳して貰つた事があつた。和蘭の書物には麺麭の焼き方から天国の事まで何一つ書いてない事はなかつた。

幸田露伴氏が昼弁当改善の目的で麺麭屋を始めた事があつた。相手に選ばれたのは、門下生の田村<ruby><rb>松魚</rb><rt>しようぎよ</rt></ruby>氏で、松魚氏は言ふ迄もなく、田村俊子女史の別れぬ前の御亭主である。歴史的にいふと、松魚氏は師匠の露伴氏とは麺麭を焼き、俊子女史と一緒になつてからは焼餅を焼いた事になる。

凝り性の露伴氏の事だから、新式の機械など買ひ込んで、弟子と二人で汗みづくになつて麺麭を焼いたものだ。麺麭は小説の弟子を仕立てると同じやうに、初めの間は真つ黒に焦げたり<ruby><rb>生焼</rb><rt>なまやけ</rt></ruby>になつたりしたが、暫く経つと<ruby><rb>相当</rb><rt>かなり</rt></ruby>の物が出来だした。

松魚氏はそれを籠に盛つて、かねて露伴氏と縁故のある金港堂や博文館の<ruby><rb>編輯</rb><rt>へんしふ</rt></ruby>局へ売りに往つた。編輯局には、麺麭でも<ruby><rb>石塊</rb><rt>いしころ</rt></ruby>でも同じやうにうまく食べる事の出来る連中がどつさり居た。

「うまい。なか〱よく焼けてゐる。これから<ruby><rb>昼飯</rb><rt>ひるめし</rt></ruby>にはいつもこれと<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>めて置かう。」

といつたやうな調子で、麺麭は直ぐに売り切れてしまつた。だが、五日六日と経つうちに、麺麭の出来に苦情が多くなつて、註文はだんだん減つて往つた。そして、いつも変らぬ<ruby><rb>常得意</rb><rt>じやうとくい</rt></ruby>は月末になつて、少しも麺麭代を払はなかつた。

おかげで、露伴氏の麺麭屋は潰れてしまつた。

魚を食ふ人９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

天龍寺の<ruby><rb>峨山</rb><rt>がざん</rt></ruby>和尚が、ある時食後の腹ごなしに境内の池の<ruby><rb>畔</rb><rt>ほとり</rt></ruby>をぶらぶらしてゐた事があつた。池には肥えふとつた緋鯉だの、真鯉だのが、面白さうに、<ruby><rb>戯</rb><rt>ふざ</rt></ruby>けあつて、時々水の上へ躍り上るやうな事さへあつた。

峨山和尚は立ちどまつて池のなかを覗き込んだ。世捨人の和尚の身にとつても、<ruby><rb>納所</rb><rt>なつしよ</rt></ruby>坊主の他愛もないお談義を聴いてゐるよりか、鯉の戯けるのを見てゐる方がずつと面白かつた。和尚は夢中になつて<ruby><rb>凝</rb><rt>じつ</rt></ruby>と見とれてゐた。すると、だしぬけに後から、

「和尚さん。」

と呼ぶ声が聞えた。

和尚は<ruby><rb>後方</rb><rt>うしろ</rt></ruby>を振向いてみた。そこには近所の<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>が一人<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>つてゐた。

「和尚さん、あの鯉一<ruby><rb>尾</rb><rt>ぴき</rt></ruby>わてにお<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>なはんか。」

子供は今和尚の目の前へ<ruby><rb>筋斗</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>がへりをした大きな鯉を指ざしながら言つた。

「ならん〱。」和尚は木の株のやうな頭をふつた。「この鯉はみんな飼つたるのやさかいな。」

「そない言はんと、一<ruby><rb>尾</rb><rt>ぴき</rt></ruby>だけお<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>なはんか、和尚さん。」

子供は<ruby><rb>嬌</rb><rt>あま</rt></ruby>えたやうに和尚の袖を引張つた。和尚は笑ひ〱袖を引き離した。

「いや、ならん〱。鯉を<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>るのは殺生やよつてな。」

子供はわざと戯けたやうに、指先で和尚を<ruby><rb>突</rb><rt>つゝ</rt></ruby>つく真似をした。

「そない言うたかて、和尚さん、自分でこつそり捕つとる癖に。」

和尚は眼を円くして子供の顔を見入つたが、流石に<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うと言ひ解くわけにも<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かなかつた。

ベンジヤミン・フランクリンは<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんのやうに菜食主義で暫く押し通して来たが、ある時何かの折に魚を<ruby><rb>料</rb><rt>れう</rt></ruby>つてゐた事があつた。すると、その魚の腹から小魚が二三<ruby><rb>尾</rb><rt>び</rt></ruby>出て来た。

「何だ、魚め、仲間同士で<ruby><rb>友喰</rb><rt>ともぐ</rt></ruby>ひをやつてるんだね。」フランクリンは腹の底から<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>してしまつた。「そんなら、何も遠慮するんではなかつたつけ。」

それからといふもの、フランクリンはふつつり菜食主義を<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めて、魚を食べ出した。そして<ruby><rb>鰹</rb><rt>かつを</rt></ruby>のやうに肥り出した。

地獄の住民９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

英国の首相ロイド・ジヨウジ氏は、あの通りてきぱきと物を運ぶ人だけに、どうかすると<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に憎まれ易い。今英国政治家で敵をたんと持つてゐる人と言つたら、氏などはその随一人に相違ない。自分でもこの辺の消息はよく知りぬいて居ると見えて、ある時こんな事を言つた事があつた。

「泳ぎの達者な男が<ruby><rb>河</rb><rt>かは</rt></ruby>ツ<ruby><rb>縁</rb><rt>ぷち</rt></ruby>をぶら〱してゐると、水に溺れかゝつた者の泣き声が聞えるのだ。その男はいきなり河に飛び込んで<ruby><rb>其奴</rb><rt>そいつ</rt></ruby>を助けてやつた。助けたのはかくいふロイド・ジヨウジぢやないか。それを今更自分を突き落さうなんてあまり<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>い。」

聞いてみると少し酷いやうなところもある。

今度の戦争<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>、このロイド・ジヨウジ氏が田舎へ往つて政治演説をしてゐた事があつた。地方自治の事か何かで、氏は例の白熱のやうな雄弁で、自治は<ruby><rb>愛蘭</rb><rt>アイルランド</rt></ruby>にも、自治は<ruby><rb>蘇格蘭</rb><rt>スコツトランド</rt></ruby>にも、自治は<ruby><rb>威耳斯</rb><rt>ヱールス</rt></ruby>にも許さなければならないと言つて、勢ひ込んでとんと<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>を一つ<ruby><rb>叩</rb><rt>どや</rt></ruby>しつけた。

「賛成！　ついでに地獄にも自治が一つ欲しいや。」

聴衆のなかから、<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>かしが猿のやうなきい〱声で突つ走つた。

「大きにさうだ。地獄にも自治が要るに相違ない。」ロイド・ジヨウジ氏は声のした方を振り向きながら、落つき払つて言つた。「誰もが自分の住んでる国に自治を欲しがるに相違ないんだから。」

<ruby><rb>聴衆</rb><rt>きゝて</rt></ruby>はそれを聞くと、どつと一度に笑ひ出した。<ruby><rb>可哀</rb><rt>かあい</rt></ruby>さうに冷かしを言つた男は地獄の住民にされてしまつたのだ。

博士と蛙９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

京都大学から欧米漫遊を<ruby><rb>命</rb><rt>いひつ</rt></ruby>けられて、今米国に居る筈の内田銀蔵博士は、例のきちやうめんな<ruby><rb>性質</rb><rt>たち</rt></ruby>から、今度の旅行<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に、手帳を幾冊か<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ込むで、自分が往つて見たいと思つてる<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の、<ruby><rb>道程</rb><rt>みちのり</rt></ruby>から汽車汽船の都合までこま〲と書き記したものだ。ところが、その文句が歴史家だけに恐ろしく古風に出来てゐるといふ事だ。

その内田博士が、ある時京都の<ruby><rb>洗湯</rb><rt>せんたう</rt></ruby>へ出掛けて往つて<ruby><rb>湯槽</rb><rt>ゆぶね</rt></ruby>のなかで泳ぎ廻つてゐた事があつた。博士は大学の次ぎには、湯屋が好きだが、湯に入つて<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>に人が居ないのに気がつくと、<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つてお<ruby><rb>玉杓子</rb><rt>たまじやくし</rt></ruby>の様な恰好をして、湯の中を泳ぎ廻る。

その日もいゝ気持になつて、ちやぷ〱やつてゐると、<ruby><rb>不意</rb><rt>だしぬけ</rt></ruby>に湯気の<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>つた片隅から大声で<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いた者があつた。

「おい、お玉杓子、ちつと気をつけたら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うだい、こゝは<ruby><rb>溝</rb><rt>どぶ</rt></ruby>の中とは違ふんだからね。」

博士はお玉杓子のやうな頭を上げて声のする方を見た。湯気が濛々と籠つたなかに、若い男が一人、蟹のやうに片手をあげて<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>を<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>むでゐた。

博士は慌てて<ruby><rb>湯槽</rb><rt>ゆぶね</rt></ruby>から飛び上つた。そして流し場へきちやうめんに坐つて手をついた。その恰好が蛙に<ruby><rb>生写</rb><rt>いきうつ</rt></ruby>しだつた。――歴史の大家の恰好が、蛙に生写しだからと言つて、どうか蛙も怒らぬやうにして欲しい。大きい声では言へないが、歴史といふものは間違だらけで、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に下らない学問だが、さうかといつて歴史の間違だらけで、下らないといふ事を知るには歴史をやつてみるより他には仕方がない。この意味に於て歴史の大家は、詩人の蛙と共にどちらも尊敬すべき紳士である。

「どうも相済みません、貴方様がおいでになつてゐるとは一向気がつかなかつたものでございますから。」

博士は<ruby><rb>裸体</rb><rt>はだか</rt></ruby>のまゝ、叮嚀にお辞儀をした。そして頭を上げて向うを見ると、相手はいつの間にやら消えてなくなつてゐた。――実をいふと、相手は博士の講義を聴いてゐる学生の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>で、お玉杓子が誰だつたかと気がつくと、博士に<ruby><rb>気取</rb><rt>けど</rt></ruby>られぬやうにこつそり逃げ出してゐたのだつた。

鼠と罰金９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">26</span>（夕）

文学博士芳賀矢一氏は、酔つ払つてよくいろんな<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじり</rt></ruby>をする。尤も芳賀氏の説によると、それは酒のさせる<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>で、芳賀氏自身の知つた事では無いさうである。さもありさうな事で、酒は酒飲み自身の知らない色々な善い事をするものだから、少し位悪い<ruby><rb>失敗</rb><rt>しくじり</rt></ruby>があつたつて少しの差支もない。

ある夜芳賀氏は、<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>のやうに酔つ払つて家に帰りかかつてゐた。氏は国文学者だけに、きつい西洋酒に食べ酔つた時でも、頭のなかでは紀貫之や、本居宣長や、動詞の下二段の働きやを、自分の友達か何ぞのやうに考へてゐるらしかつた。暫くすると、氏は小便がしたくなつたのに気がついた。ソクラテスが説教をするのに<ruby><rb>大道</rb><rt>だいどう</rt></ruby>を選むだやうに、酔ツ払ひは<ruby><rb>尿</rb><rt>しゝ</rt></ruby>をするのに、それ〲恰好な場所を知つてゐる。

「誰だ、そんな所で無作法な真似をして。」

だしぬけに眼の前で怒鳴つた者があるので、芳賀氏は紀貫之にでも出会つたやうに、<ruby><rb>身繕</rb><rt>みづくろ</rt></ruby>ひをしてとろんこの眼を見はつた。相手は交番の巡査だつた。土佐日記の著者や、水のなかの<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>に比べたら少しばかり詩才に欠けてゐる男の一人だつた。

芳賀氏は罰金二十銭を言ひつかつた。二十銭は博士にとつて堪へられぬ程の負担であつた。何故といつて、芳賀氏はその晩<ruby><rb>財嚢</rb><rt>ざいなう</rt></ruby>には何一つ持ち合せてゐなかつたのだから。氏は名刺を取り出して、自分はかういふ者だ、明日の朝まで待つて欲しいと言つて、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と巡査を納得させる事が出来た。

克明な巡査は、夜が明けると、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>芳賀氏の玄関まで罰金を受取りに出掛けて往つた。氏は夫人の財布から二十銭銀貨を一枚借り出したが、それを渡さうとすると、<ruby><rb>肥大婦</rb><rt>ふとつちよ</rt></ruby>の下女がどうしても言ふ事を<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かなかつた。

下女の言ひ分はかうである。――自分はいつも鼠を<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>る度に、交番へ持つて往つて、あの巡査に渡すが、一度だつて金を受取つた事はない。それを思へば檀那様の一度の小便位は黙つて見逃してもいゝ筈だといふのだ。

巡査も<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を聞いてみると<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て罰金を取らうとも言へなかつた。で、一寸帽子に手をやつた。そして、

「さやうなら。」

と言つて帰つて往つた。「さやうなら」といふのは、困つた者に取つて一番都合のいゝ言葉である。

国旗に<ruby><rb>接吻</rb><rt>きつす</rt></ruby>９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

亜米利加では、方々で今<ruby><rb>盛</rb><rt>さかん</rt></ruby>に遣欧軍隊の調練をやつてゐる。<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>もボストンの<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>を大勢の軍隊が<ruby><rb>業々</rb><rt>げふ〱</rt></ruby>しく練り歩いた。すると、両側の家々の窓からは、国旗が数知らずさし出されて、拍手の音が嵐のやうに落ちて来た。

この時、市街を通りかゝつた、英吉利のある貴婦人があつた。ひどい亜米利加嫌ひで、亜米利加のものとさへ言へば、何一つ<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い顔を見せなかつたが、その日も家々の窓からぶら下つた米国の国旗を見ると、すぐ顔を歪めた。そして<ruby><rb>憤々</rb><rt>ぶつ〱</rt></ruby>して<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の女をふり向いた。

「<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>亜米利加の旗を見ると胸が悪くなつてよ。星だの<ruby><rb>条</rb><rt>すぢ</rt></ruby>だの、けばけばしいつたら有りやしない、<ruby><rb>全</rb><rt>まる</rt></ruby>で<ruby><rb>有平糖のお菓子</rb><rt>チエツカベリイ・キヤンデイ</rt></ruby>のやうよ。」

婦人はかう言つて、ほんとうに胃が悪くなつたやうに唾を吐いた。

直ぐ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つてゐたのは、上院議員のロツヂ氏だつた。婦人の声が余り高かつたので言つた事は筒ぬけにこの上院議員の耳に入つた。

「それはお気の毒さまですね、奥さん。」ロツヂ氏は婦人の方にふり向いて叮嚀にお辞儀をした。「だが、胸が悪くおなりになるといふのは、貴方があまり<ruby><rb>有平糖</rb><rt>キヤンデイ</rt></ruby>をお<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>め過ぎになつたからでせうよ、<ruby><rb>接吻</rb><rt>きつす</rt></ruby>位で御辛抱になつたらどんなものです。」

英国生れの貴婦人は真赤になつて上院議員を<ruby><rb>睨</rb><rt>ね</rt></ruby>めつけた。そして嫌ひな亜米利加でも、一番嫌ひな男とでも思つたらしかつた。

大臣の顔触９・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

いよ〱原氏が内閣を<ruby><rb>組織</rb><rt>そしよく</rt></ruby>した。閣員の顔触もやつと<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つた。政友会の領袖で、この顔触に洩れた人達は、

「原の<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>頭め、俺の事を忘れとるのか知ら。かう見えても俺だつて立派な大臣級だ。」

と<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby><ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いてゐまいものでもない。

原敬氏がこの<ruby><rb>自惚</rb><rt>うぬぼれ</rt></ruby>を、どんな<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんばい</rt></ruby>に取扱ふかは<ruby><rb>見物</rb><rt>みもの</rt></ruby>である。これを巧く利用したものに徳川家康がゐる。ある時何かの席で、福島正則が家康にお<ruby><rb>追従</rb><rt>ついしよう</rt></ruby>を言つた事があつた。あの武骨者にお追従がと不思議がる人があるかも知れないが、武骨者はよくお追従を言ふものである。

「数多い御家来衆のなかで、井伊氏と本多氏と榊原氏とは実に<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱ</rt></ruby>れの武勇で、この三人こそは御当家の<ruby><rb>重宝</rb><rt>ちようほう</rt></ruby>かと存じまする。」

正則はかう言つて<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>のやうな<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>をして家康の顔を見た。家康はその折もいつものやうに<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>とらしくにこにこしてゐる。

「さうぢや、右の三人は無論<ruby><rb>傑</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れては居るが」家康はいつもの癖で、<ruby><rb>硬</rb><rt>こは</rt></ruby>ばつた<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で軽く膝頭を叩いた。「しかし当家の<ruby><rb>重宝</rb><rt>ぢゆうほう</rt></ruby>といへば、<ruby><rb>強</rb><rt>あなが</rt></ruby>ちこの三人には限らぬ、少し見積つても先づ十人はあるぞ。」

「なに、十人と仰せられまするか。」正則は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>したやうに獣のやうな眼を一杯に<ruby><rb>睜</rb><rt>みひら</rt></ruby>いた。

「うむ、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に十人はある。」

家康はその十人を革財布にしまつて、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に捻ぢ込むででもあるやうに、きつぱりと言つた。

「すりや、<ruby><rb>残</rb><rt>あと</rt></ruby>の七人は<ruby><rb>誰々</rb><rt>たれ〲</rt></ruby>でござりまするな。」

正則は木の株のやうな岩丈な膝を乗り出して来た。家康は<ruby><rb>狡</rb><rt>こす</rt></ruby>さうな眼つきで、ちらと正則の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を見てゐたやうだつたが、だしぬけに、

「はははは……」

と大声をあげて笑つた。正則は何が何だか分らないで、馬のやうに鼻面をくしやくしやさせた。

家康の<ruby><rb>狸爺</rb><rt>たぬきおやぢ</rt></ruby>め、十人と言つて置けば、数多い家来達がいつかそれを聞き伝へて、

「あとの七人は<ruby><rb>誰々</rb><rt>だれ〱</rt></ruby>だらう――俺もその一人かな。」と、めい〱で屹度武勇を励むやうになるだらうといふので、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>とかうした人喜ばせを言つたのである。

原敬氏に教へる。人が大臣選定の苦心でも訊いたなら、態と顔をしかめて、

「さうだな。今度ほど困つた事はなかつた。<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>しろ政友会には大臣級の人物がざつと四十七人もあるのだからね。」

と、言つておく事だ。四十七は赤穂義士の<ruby><rb>数</rb><rt>すう</rt></ruby>でもあり、いろは文字の<ruby><rb>数</rb><rt>すう</rt></ruby>でもある。その通俗な事にかけては、馬鹿者の多い政党員にとつて、何よりも分り易い数字である。

中橋新文部<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・１（夕）

無茶苦茶な世の中に生きてゆく必要から、自分は余り物事に心を動かさないやうに腹を据ゑてゐるが、それでも今度の新内閣の顔触に、中橋徳五郎氏の文部大臣を見た時には、急に<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しくなつて<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>けるやうに笑ひたくなつた。

「余り笑つちや<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>かん。自分は心臓が弱いんだし、それに世の中の事だ、さう〱笑ひきれる訳のものぢやない。」

と、<ruby><rb>擬</rb><rt>じつ</rt></ruby>と<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>つ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>を押へてみたが、<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>つ<ruby><rb>張</rb><rt>ぱり</rt></ruby>可笑しくて堪らなかつた。新聞で見ると、国民党の犬養さんも吹き出したさうだし、京都大学の織田博士も笑つてゐる。真面目な<ruby><rb>仁保</rb><rt>にほ</rt></ruby>博士などは、

「これでは皆目見当がつかない。」

と狸につままれたやうな顔をしてゐる。

先年亜米利加の前国務卿ブライアン氏が、西合衆国のある神学校に招かれて講演に出掛けた事があつた。聞えた政治家だし、おまけに素晴しい雄弁家の事だから、どんな講演をするだらうと、学校の当局者は興味をもつて期待してゐた。

ところが、当日になつて、講演の題目を聞くと、皆は急にうろたへ出した。題目といふのは「学校教育における体育の必要」といふのだつた。実をいふと、その神学校は余り体育といふ事に力を入れてゐなかつたのだ。

ブライアン氏が控室に入ると、校長は恐る〱出てお辞儀をした。

「<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は結構な御演題で、聴衆一同多大な期待をもつて居るやうでございます。で、閣下の<ruby><rb>仰</rb><rt>おほ</rt></ruby>せられまする体育と申しますのは……」

「演説の事です。」ブライアン氏は<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>もなく言ひ切つた。「演説は何よりも<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の薬になります。」

新文部大臣中橋氏に教へる。学校で訓示演説でもする事があつたら、ブライアン氏並に<ruby><rb>駄法螺</rb><rt>だぼら</rt></ruby>と豪傑笑ひの効能でも述べ立てて、

「どちらでも<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>の薬になるから。」

とでも言つておく事さ。

温室<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・３（夕）

温室は言ふまでもなく植物を育てあげる場所だが、さうかといつて、外にも色々いゝ役目をしない事もない。差し当りこの殺風景な世の中で、恋をするのに一番恰好な場所はと訊かれたら、おほつぴらには言はれないが、自分はそつと耳打をして、

「温室だよ。」

と教へてやる積りである。こんな事を<ruby><rb>無代</rb><rt>たゞ</rt></ruby>で見ず知らずの他人に聞かせるのは惜しいやうなものだが、何事も親切にしなければならぬ世間だから。

名は忘れたが、亜米利加で名高い女優に、<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>の娘を一人持つたのがある。――女優だからといつて、娘を産んではならぬといふ法はない。女優が亭主持になると、人気が衰へはしまいかと気遣ふのは詰らぬことで、女優はどんな境涯にゐても、自分を美と<ruby><rb>蠱惑</rb><rt>こわく</rt></ruby>の<ruby><rb>幻像</rb><rt>まぼろし</rt></ruby>だといふ覚悟を忘れてはならぬ。

その女優が、ある時娘を連れて舞踏会に往つた事があつた。会が果てての<ruby><rb>帰</rb><rt>かへ</rt></ruby>り<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>に、母親は車のなかでそれとなく娘に<ruby><rb>訊</rb><rt>たづ</rt></ruby>ねた。

「お前今日ウイリングさんと温室に長らく入つてたやうだね。さうでせう。」

「ええ、入つてたわ。あたし自分ではそんなに長らくとも思はなかつたけど……<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さん見てらしつたの。」

娘は平気な顔をして言つた。

「何をしてたのだい。え、何を……」

<ruby><rb>阿母様</rb><rt>おつかさん</rt></ruby>の女優は<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな顔をしてじつと娘を見た。

「そんなに怖い目して見るのは厭！」娘は<ruby><rb>嬌</rb><rt>あま</rt></ruby>えたやうに<ruby><rb>頭</rb><rt>かぶり</rt></ruby>をふつた。「ねえ、<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さん、<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さんも結婚<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとう</rt></ruby>さんと一緒に温室に入つた事があつて。」

「何故そんな事を訊くの。」

母親は少しうろたへ気味だつたが、いつもの舞台度胸で何食はぬ顔をしてゐた。

「さう言へば、そんな事もあつたやうだね、それが<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかしたの。」

「さう。<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さんも有つたの。」娘は<ruby><rb>護謨</rb><rt>ごむ</rt></ruby>人形のやうに急に母親に飛びついた。「やつぱり<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>も今も同じだわねえ。」

ほんとにさうだ。<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>も今も変りはない。<ruby><rb>阿母</rb><rt>おつか</rt></ruby>さんに天国だつたところが、娘に地獄でありやうがない。

芥川氏の<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・４（夕）

小説家芥川<ruby><rb>龍之助</rb><rt>りゆうのすけ</rt></ruby>氏は三田文学の先月号に『奉教人の死』といふ短篇小説を書いた。そしてこの小説は自分が秘蔵してゐる長崎耶蘇教会出版の『れげんだ・おれあ』といふ<ruby><rb>西教徒</rb><rt>せいけうと</rt></ruby>が勇猛精進の事蹟を書きとめた<ruby><rb>稀覯書</rb><rt>きこうしよ</rt></ruby>から材料を取つたものだ。この書物は上下二巻<ruby><rb>美濃紙摺</rb><rt>みのがみずり</rt></ruby>六十<ruby><rb>頁</rb><rt>ページ</rt></ruby>、草書体<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>りの<ruby><rb>平仮名文</rb><rt>ひらかなぶん</rt></ruby>で、上巻の扉には<ruby><rb>羅甸</rb><rt>ラテン</rt></ruby>字で書名を横に書き、その下に漢字で、

「御出世以来千五百九十六年

慶長元年三月上旬<ruby><rb>鏤刻</rb><rt>るこく</rt></ruby>也」

の二行が縦書にしてある。<ruby><rb>序文</rb><rt>じよのぶん</rt></ruby>は<ruby><rb>間々</rb><rt>まゝ</rt></ruby>欧文を直訳したかのやうな語法を交へ、一見して<ruby><rb>伴天連</rb><rt>ばてれん</rt></ruby>たる<ruby><rb>西人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>の手になつたものだらうと思はれるやうな所があると断り書まで添へたものだ。

これを読んで一番に物好きの眼を光らせたのは、丸善の内田魯庵氏だつた。魯庵氏は人に知られた珍書通だけに、自分が今日までこの書物の存在を知らなかつたのを何よりも恥しい事に思つて、<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>でそつと禿げ上つた額を撫でた。

「れげんだ・おれあ――名前からして珍らしい<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>だ、是非一つ借りて見なくつちや。」

魯庵氏は直ぐ芥川氏あてに手紙を書いて、その珍本の借覧を申込むだ。

芥川氏はその手紙を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて見た。そしてにやりと皮肉な笑ひを<ruby><rb>洩</rb><rt>もら</rt></ruby>してゐると、丁度そこへ東洋精芸会社の社長某氏の手紙を持つた若い男が訪ねて来た。その手紙によると、三田文学で御紹介になつた『れげんだ・おれあ』、あれは珍しい書物だと思ふから、上下揃つて三四百円で譲つては呉れまいかといふ頼みなのだ。

芥川氏は雀の巣の様にくしや〱した頭の毛を掻きながら、若い男に言つた。

「この本だと、今丸善の内田さんからも借覧を申込まれては居るが、さういふ<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>ての御希望なら、お譲りしてもいゝんだが……」

「それぢや<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかさういふ御都合に――」若い男は<ruby><rb>刈立</rb><rt>かりたて</rt></ruby>の頭を叮嚀に下げた。「社長もどんなにか喜ぶでせう。」

芥川氏は当惑さうに手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>んだ。

「ところが、あいにくその本が<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>に無いんだ。」

「誰れかにお取り替へにでもなりましたんで。」

「いや、そんな本は僕も読んだ事が無いし、また誰一人見た事はあるまいと思ふんだ。」芥川氏はかう言つてくすくす笑ひ出した。「君あんな本が有る筈がないぢやないか、あれは唯僕の<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>だよ。」

「<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>なんですか、それぢや偽書といふ訳ですね。」

若い男は呆つ気にとられた顔をした。芥川氏はその一刹那、若い男の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>で百円札が幾枚か南京虫のやうに身を縮かめてゐるやうに思つた。

法隆寺の覆蔵<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・６（夕）

米国の保険学者某博士の書いた書物に、「世界で保険の一番古くあつた国は日本で、大和の法隆寺といふお寺へ<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>けば、今だにそれが残つてゐる。」といふ文句が載つてゐる。

東京大学のある教授で、西洋人の書いた書物から、しよつちゆう自分の生れた国の事を習ひ覚えてゐる若い学者がそれを読むだ。この学者は、西洋の書物にもしか優良な人種には臍が二つあるといふ文句でもあらうものなら、そつと自分のお腹を<ruby><rb>捜</rb><rt>さぐ</rt></ruby>つてみて、猿のやうに顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くする程真理に忠実な人である。

「ふむ、さうか。日本にそんなに古くから保険があつたとは知らなかつた。何といつても矢つ張り古い国だからなあ。」

大学教授は鼻を鳴らして感心した。そして何といふ<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>い国だらうと思つて、窓から庭を見た。庭には<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>ひきがへる</rt></ruby>が一つ<ruby><rb>一昨年</rb><rt>をとどし</rt></ruby>の事か何かを考へてゐた。

「さうだ。<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>ひきがへる</rt></ruby>がゐる、<ruby><rb>山椒魚</rb><rt>さんせううを</rt></ruby>がゐる。<ruby><rb>蒲鉾</rb><rt>かまぼこ</rt></ruby>がゐる。みんな古くから日本にゐるのだ。」

大学教授はこんな結構な材料のある国で学者となつた自分の身の<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあはせ</rt></ruby>を思つたが、それにしてもそんな古い保険が法隆寺のどこに残つてゐるのだらうか、少しも知らなかつた。

大学教授は、かねて顔馴染の奈良の女子高等師範にゐる水木要太郎氏に手紙を書いて訊きにやつた。水木氏は大和にある仏の名前と<ruby><rb>妓</rb><rt>をんな</rt></ruby>の顔とをみんな知り抜いてゐる程の<ruby><rb>物識</rb><rt>ものしり</rt></ruby>である。手紙を読んだ一刹那、水木氏は、

「てつきり、<ruby><rb>金堂</rb><rt>こんだう</rt></ruby>の覆蔵だな。」

と思ひあたつた。

法隆寺の金堂の片隅に漆喰で固めた覆蔵がある。案内者といふ案内者は、それを自慢げに、

「法隆寺に火がついたら、こゝを<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けるのや、と太子様が言やはりましたや。<ruby><rb>再建</rb><rt>さいこん</rt></ruby>に要るだけのお金がちやんと<ruby><rb>湮</rb><rt>う</rt></ruby>めておますのやさうな。」

と言ひ〱してゐる。覆歳のなかから、水が出るか、それとも物を知らない学者が出るか。――<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の保険学者は、案内者のお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>をその儘書物に書きとめてゐたのに過ぎなかつた。

冒険小説<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・７（夕）

忙しい世の中だ。眼がまはるほど忙しい世の中だ。猫のやうに<ruby><rb>背</rb><rt>せな</rt></ruby>を<ruby><rb>円</rb><rt>まる</rt></ruby>つこくして哲学を考へてゐると、電話がやかましく我鳴り立てるし、こつそり恋でもしてゐると、窓の外を<ruby><rb>嫉妬家</rb><rt>やつかみや</rt></ruby>の電車が、<ruby><rb>狂人</rb><rt>きちがひ</rt></ruby>のやうな声を立てて駈けづり廻る。ほんとに一寸の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>もじつとしてゐられない世の中だ。

かういふ忙しい世の中では、是非骨休めの道楽を持つてゐない事には<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も生きては<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かれないが、さうかといつて、今言つた通りの忙しい世の中だ、骨休めも従つて手つ取早く片づくもので無くてはならぬ。<ruby><rb>碁</rb><rt>ご</rt></ruby>将棊のやうに相手が要つたり、<ruby><rb>時間</rb><rt>ひま</rt></ruby>がかゝつたりするものでは<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>もいけない。この意味からナポレオンは<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>があると、小娘のやうに絹糸を取り出して、指に<ruby><rb>絡</rb><rt>から</rt></ruby>んで<ruby><rb>綾取</rb><rt>あやとり</rt></ruby>をしたものだ。

もと『アウトルツク』の主筆をしてゐた米国のリマン・アボツト氏は、そんな折には<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに十銭本の冒険小説を取り出して読む事にしてゐる。趣味の教養の低い米国の紳士仲間では、この冒険小説党が少くない。長く<ruby><rb>那地</rb><rt>あちら</rt></ruby>の医師協会の会長を勤めてゐたバウガン氏なども、忙がしい<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>に閑を見つけると、冒険小説を手に取る事にしてゐる。

大統領ウイルソン氏なども、同じやうに冒険小説に読み<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>る一人である。氏はまたその小説にさへ読み耽る事の出来ない程の、ほんの一寸した閑を見つけた折には、<ruby><rb>窓硝子</rb><rt>まどがらす</rt></ruby>を指先で叩き〱、下らぬ小唄を<ruby><rb>謡</rb><rt>うた</rt></ruby>ふ<ruby><rb>例</rb><rt>ならはし</rt></ruby>になつてゐる。

何事も思ひ思ひの世の中、その冒険小説を読みさしてこくり〱<ruby><rb>居睡</rb><rt>ゐねむり</rt></ruby>をしてゐたところで、少しも悪くはない。

婦人記者<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・８（夕）

ある秋、徳川<ruby><rb>家達</rb><rt>いへさと</rt></ruby>公が夫人と一緒に関西旅行をしてゐた時の事、某新聞の婦人記者が、汽車訪問に神戸駅から同じ客車に乗込んだ。礼儀正しい公爵夫人は、<ruby><rb>金糸雀</rb><rt>かなりや</rt></ruby>のやうな口もとをして、二言三言記者の問ひに答へてゐた。無論金糸雀同志の事だ、精々<ruby><rb>撒</rb><rt>ま</rt></ruby>き<ruby><rb>餌</rb><rt>ゑ</rt></ruby>の粟粒か卵の事でも話し合つてゐるらしかつた。

<ruby><rb>先刻</rb><rt>さきほど</rt></ruby>から少し離れた客席で、その日の新聞紙に読み耽つてゐたらしい公爵は、ちらと婦人記者の顔を見るなり、不思議さうに二人の会話に聞耳を立ててゐたらしかつたが、暫くすると、読みさしの新聞を手に持つたまゝ、公爵夫人の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にすり寄つて来た。そして重々しい声で口を切つた。

「あなたが婦人記者かな。」

公爵は南蛮から<ruby><rb>献上物</rb><rt>けんじやうもの</rt></ruby>の小鳥でも見るやうに、しげしげと女記者の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を見廻した。

「社にはあなたの様な方が<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>も居られるのかな。」

婦人記者は金糸雀のやうに一寸<ruby><rb>嬌態</rb><rt>しな</rt></ruby>をした。

「はい、<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>もゐらつしやいます。」

その実は<ruby><rb>唯</rb><rt>たつた</rt></ruby>一人しか居なかつたのだが、婦人記者は将軍家といふものは、<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>から<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事を聞馴れないものだといふ事を思つて、つい一寸掛値を言つてみたのだ。

「ふふむ。」

公爵は上品な鼻を笛のやうに鳴らして、その儘黙つてしまつた。

米国にゼエムス・リレエといふ詩人がゐる。ある時ボストンへ出掛けて行つてホテルへ泊ると、すぐ電話が懸つて来た。出てみると、相手はなにがし新聞社のジヨオンス嬢といふ婦人記者だつた。

婦人記者は美しい声で、この文人がボストンに来た用向きから、その最近の<ruby><rb>作物</rb><rt>さくぶつ</rt></ruby>や<ruby><rb>生活方</rb><rt>くらしかた</rt></ruby>迄こまめに<ruby><rb>聞</rb><rt>き</rt></ruby>き<ruby><rb>訊</rb><rt>たゞ</rt></ruby>した。リレエは丁寧に一々それに返辞をした。すると、最後に婦人記者は訊いた。

「唯今奥様はどちらに入らつしやいます。」

「<ruby><rb>妻</rb><rt>かない</rt></ruby>ですか、<ruby><rb>妻</rb><rt>かない</rt></ruby>なら多分この電話の片つ方に懸つてるかも知れませんよ。」

詩人は世界の端までも聞えるやうな声で返事をした。すると、矢庭に受話器を叩きつけるやうな音がして電話は切れてしまつた。

リレエは聞えた独身者である。

後藤<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>の娘聟<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

岩野泡鳴氏は、議論をすると随分厚かましい事を言ひ出し兼ねないが、<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあ</rt></ruby>つてみれば罪のない<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い男である。<ruby><rb>婦人</rb><rt>をんな</rt></ruby>を<ruby><rb>蹂躙</rb><rt>ふみにじ</rt></ruby>つたり、置いてきぼりにしたりして、それで<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>から後から<ruby><rb>恋女</rb><rt>こひをんな</rt></ruby>の出来るなぞも、多分こんな<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>からかも知れない。

岩野氏は自分で『日本主義』といふ雑誌を出してゐる。<ruby><rb>柊</rb><rt>ひいらぎ</rt></ruby>の葉のやうに<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>つ<ruby><rb>片</rb><rt>ぺら</rt></ruby>で、そして又柊の葉のやうに触つた人を刺さないでは置かない雑誌だが、<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ出す数も<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>少いので知らぬ人が多いやうだ。

柊の葉のやうな『日本主義』はこの頃では持主の岩野氏自身の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>をちく〱刺す事が少くなくなつた。

「かう<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>が痛むでは、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>もやりきれるもんぢやない。誰か適当な<ruby><rb>金主</rb><rt>きんしゆ</rt></ruby>は無いものか知ら。」

岩野氏はビスケツトのやうな乾き切つた頭へ手をやつて考へ込んだ。その瞬間矢のやうに思ひついたのは、二三日<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>ある料理店で顔馴染になつた鶴見祐輔氏だつた。鶴見氏は後藤新平男の娘聟である。

岩野氏は早速鶴見氏を訪ねた。

「君に一つ折入つてお頼みがあるんだが……」

岩野氏は挨拶が済むと、直ぐ切り出した。

「頼みといつて何だね。」

鶴見氏は<ruby><rb>怪訝</rb><rt>けげん</rt></ruby>さうな顔をして訊いた。

「後藤男から金を引出して貰ひたいんだ。」岩野氏は親爺の代に預けて、その儘になつた金が後藤男の手もとに残つてでもゐるやうに<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>手軽に言つて<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>けた。「僕は日本主義つて雑誌をやつてるが、今度一つ大きくやつて見たいと思つてるんだ。それには五千円ばかし金が要る、それを君の手で後藤男から引出して貰ひたいんだが……」

「成程な。」

鶴見氏はじつと手を<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>んだ。そして出来るだけ<ruby><rb>厳</rb><rt>しか</rt></ruby>つべらしい顔をしながら、腹の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>では細君の<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>い唇や、<ruby><rb>昨夕</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>食つた西洋菓子の事などを思ひ浮べながら、肝腎の五千円の用談は少しも考へてゐなかつた。暫くすると、鶴見氏はにやりと笑つた。

「後藤男が金を出すか、出さないか、それは当つてみない事には判らないが、然し僕の見た所では、君の主義と<ruby><rb>男</rb><rt>だん</rt></ruby>の主張とは<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に立場が違つてゐる。それは確に違つてゐるよ。」鶴見氏は自分で自分の言ふことに感心したらしく、二三度軽く頷いた。「その主義の違つてる後藤男から五千といふ<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>まつた金を借出す事は、僕全く君のために取らんよ。君は矢張り貧乏で戦つてた方がいいやうに思ふが――」

「さうか、さう聞けば仕方がない。ぢや<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めるよ。」

岩野氏はその儘別れて帰つた。

後藤男は、いい聟を持つたものだ。幾ら安く見積つても五千円の値打は確にある。

話題<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

『近世雄弁学』の著者、トオマス・リイドが、共和党の闘士として米国の議会で鳴らしてゐた頃の事、ある日仲のいい友達と二人でポオトランドの或る倶楽部に往つた事があつた。

二人は<ruby><rb>外套室</rb><rt>クローク・ルウム</rt></ruby>に外套を置いて、かねて馴染の小ぢんまりした<ruby><rb>部室</rb><rt>へや</rt></ruby>に入つて往つた。そして<ruby><rb>香気</rb><rt>かをり</rt></ruby>の高いココアを<ruby><rb>啜</rb><rt>すゝ</rt></ruby>りながら、好きなお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>に語り耽つた。

リイドは無論好きな政治の事をたんと話したが、政治の話が尽きると、法律の話をした。嘘ばかりで<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事はぽつちりしかない書物の事、男といふものを<ruby><rb>手帛</rb><rt>ハンケチ</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で揉みくしやにする女の事――さういふ事柄について次ぎから次へと話しを続けたが、とうと話題が切れて、二人は立ち上がつた。

もとの<ruby><rb>外套室</rb><rt>クローク・ルウム</rt></ruby>に帰つてめい〱外套を着込まうとする際、リイドの友達はポケツトに手を突込むでゐたが、一寸不思議さうな顔をして、革表紙の大形の手帳をその中から引張り出した。

「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたんだらう、こんな見覚えのない手帳が僕の外套に入つてる。」

雄弁家は外套の袖に片手を突込むだ儘、<ruby><rb>奴凧</rb><rt>やつこだこ</rt></ruby>のやうな恰好をして言つた。

「誰か<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の人が自分の外套と間違つて入れて置いたんだね。」

「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたもんだらう。」

「それはかうするんだ。まあ、君もも一度外套を脱ぎ給へ。」とリイドは先きに立つてまた外套を脱いだ。「丁度話題が無くなつて帰らうとしてゐたところだ。折角だからこの手帳を持つて往つてこの中に書いてある事で今暫く話して往かうぢやないか。」

二人は笑ひながら、又<ruby><rb>以前</rb><rt>もと</rt></ruby>の<ruby><rb>部室</rb><rt>へや</rt></ruby>へ後戻りをした。手帳にどんな事が書きとめてあるかは<ruby><rb>記者</rb><rt>わし</rt></ruby>も知らない。

文豪の<ruby><rb>顰</rb><rt>しかめ</rt></ruby>つ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>（夕）

トルストイがある時Ｘ要塞の門にひよつこりその姿を現した。――自分が前以てこんな事を知つてゐたら、何を<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いても日本の人道主義者にこつそり耳打をするのだが、実をいふと、これを聴いたのは、トルストイが亡くなつてからずつと<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>の事だから、どうか勘弁して貰ひたい。

トルストイは直ぐ眼の前に、<ruby><rb>跛足</rb><rt>びつこ</rt></ruby>の<ruby><rb>乞丐</rb><rt>こじき</rt></ruby>が立つてゐるのを見た。施し物をしようとして、彼がポケツトに手を<ruby><rb>突込</rb><rt>つきこ</rt></ruby>むだ一刹那、要塞のなかから重い靴音を引摺りながら一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>の番兵が顔を出した。すると、今までトルストイの手元ばかり見詰めてゐた<ruby><rb>乞丐</rb><rt>こじき</rt></ruby>は、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>して<ruby><rb>跛足</rb><rt>びつこ</rt></ruby>をひきひき、宿無し<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに直ぐ前の<ruby><rb>歴山</rb><rt>アレキサンダー</rt></ruby>公園の<ruby><rb>樹蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>に逃げ込んでしまつた。番兵はその後姿を見送りながら、大声で口汚く<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>き散らしてゐた。

トルストイは番兵の方へ歩み寄つた。そして<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>とした口調で訊いた。

「お前さんは文字が読めるかい。」

「文字ですか。」番兵はつひぞ<ruby><rb>昵懇</rb><rt>ぢつこん</rt></ruby>のない人の事でも訊かれるやうに、一寸考へる真似をした。「読めますよ。読めますともさ。だが、貴方はまた何だつてそんな事をお訊きになるんです。」

「ぢや、聖書を読んだ事があるかい。」

「聖書？」番兵は自慢らしく鼻を動かした。「読みましたともさ。聖書を読まない奴は<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>でさ。」

「それぢや、知つてるだらうが、聖書に『餓ゑたる者に食を与ふる者は』といふ事があるね、あれを<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う思ふかね。」

トルストイは毛むくじやらな顔で覗き込むやうにした。

兵卒はその儘地獄に跳ね飛ばされはしないかと気遣ふやうに、じつと眼を見据ゑてゐたが、暫くすると、ほつと息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

「それぢや伺ひますが、貴方は文字がお読めになりますか。」

「読めるともさ。」トルストイは鼻を<ruby><rb>摘</rb><rt>つ</rt></ruby>ままれたやうに顔をくしやくしやさせた。「何だつてそんな事を訊くんだい。」

「ぢや、軍律をお読みになつた事がありますか。」

「無い。無いが、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしたんだ。」

「それじや余計な口を利かないやうにして下さい。」兵卒は急に元気づいて肩を<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>やかした。「私は軍律に従つてるんですからね。」

トルストイは行き詰つたやうな顔をした。――だが、どうかこの事<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は日本の人道主義者に<ruby><rb>内分</rb><rt>ないぶん</rt></ruby>にして欲しい、さもないと私が困るから。

豆腐と英国人<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

講談師細川<ruby><rb>風谷</rb><rt>ふうこく</rt></ruby>が、以前郵船会社の欧洲<ruby><rb>通</rb><rt>がよ</rt></ruby>ひの事務長をしてゐた頃、お国自慢の英国人に、何がな日本料理の珍しい物を見せたいものだと思つて、色々考へた末が、

「豆腐にしよう、豆腐なら流石の英国人も<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>するだらうからな。豆腐だ〱。」

と、豆腐に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてしまつた。そして横浜で豆腐を拵へる機械一式を調へて船に積込んだものだ。

船が<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>に着くと、風谷は直ぐと郵船会社の支店に、その頃支店長を勤めてゐた根岸氏を訪ねた。風谷はにこ〱もので言つた。

「今度の航海には珍しい<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>を持つて来ました。貴方がお言ひ当てになつたら差上げてもいいと思ひます。」

「何だらうね。」根岸氏は物好きの眼を光らせた。「<ruby><rb>茗荷</rb><rt>めうが</rt></ruby>の塩漬ででもあるかな。あれなら吾輩大好物だが。」

「いや、違ひます。もつと〱珍しい物です。」

「それぢや、<ruby><rb>鱁鮧</rb><rt>うるか</rt></ruby>だらう、あれも吾輩大好きさ。」

根岸氏は<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに舌<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めずりをした。

「お気の毒様ですが、鱁鮧でもありませんよ。」風谷は<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と軽い調子で言つた。「お嫌ひかも知れませんが、実は豆腐なんです。」

「なに、豆腐だつて。」根岸氏は膝を乗出す<ruby><rb>機</rb><rt>はづ</rt></ruby>みに椅子から滑り落ちさうにした。「豆腐なら吾輩何よりも、好物なんだ。鱁鮧よりも、茗荷の塩漬よりもね。だが、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うして豆腐が持つて来られたね。」

根岸氏は<ruby><rb>正金</rb><rt>しやうきん</rt></ruby>銀行支店の中井某氏が、以前豆腐の製造機械を取寄せて、豆腐を拵へにかゝつたことがあつた。すると、どういふものか出来たのは<ruby><rb>鋸屑</rb><rt>おがくづ</rt></ruby>のやうな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">カラ</span>ばかりで、肝腎の豆腐は少しも見られなかつたといふ事を話した。そして気遣ふやうに、

「君が豆腐といふのはあの土蔵のやうな四角い恰好をした奴なんだね。」

などとわざ〱駄目を押した。

風谷は胸を叩いて保証した。そして機械を取寄せて、汗みづくになつて拵へにかゝつた。仕合せと豆腐は出来た。少し色は黒かつたが、どれもこれも土蔵のやうな恰好をしてゐた。

「巧い〱。みんな四角い形をしてら。」

根岸氏は手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>つて喜んだ。そして出来る事なら、この機会に男をも、女をも、駝鳥の卵をもみんな土蔵の恰好に<ruby><rb>鋳直</rb><rt>いなほ</rt></ruby>したいと思つたらしかつた。

根岸氏はその豆腐の一つを、ボウル箱に入れて、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>正金銀行の支店まで<ruby><rb>僮</rb><rt>ボオイ</rt></ruby>に持たせてやつた。根岸氏は<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か<ruby><rb>僮</rb><rt>ボオイ</rt></ruby>に言つて聞かせた。

「壊すんぢやないぞ、大事の品物だから。」

<ruby><rb>僮</rb><rt>ボオイ</rt></ruby>は数多い英吉利人のなかで豆腐を見た最初の人だつた。ナポレオンの心臓を皿に盛つた軍医のやうに、<ruby><rb>僮</rb><rt>ボオイ</rt></ruby>は両手でボウル箱を抱へ込んで、人通りの多い倫敦の町を、おつかな<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>でそろ〱歩いて往つた。――だが英人に取つて何といふ恰好な役目だらう。亜米利加人だつたら、蓋を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて豆腐を食つてみたかも知れない。

豆腐と故<ruby><rb>本野子</rb><rt>もとのし</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>（夕）

今日は細川風谷が豆腐の<ruby><rb>後日譚</rb><rt>ごじつものがたり</rt></ruby>をする。――郵船会社の倫敦支店長根岸氏は、その日以来、毎日のやうに豆腐に<ruby><rb>舌鼓</rb><rt>したつゞみ</rt></ruby>を打つにつけて、風谷と同じやうに、何とかして英国人にこの珍味が<ruby><rb>味</rb><rt>あぢは</rt></ruby>はせたくなつて溜らなかつた。で、ある日の<ruby><rb>晩餐</rb><rt>デインナー</rt></ruby>に、知り合ひの誰彼を<ruby><rb>饗</rb><rt>よ</rt></ruby>んで、試しに一皿づつ出してみた。そしてこんな事を言つて吹聴した。

「日本の珍味です。東洋では主に<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんの<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>で、<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんが賢くて、おまけに長命なのは、みんなこの<ruby><rb>食物</rb><rt>たべもの</rt></ruby>の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>だといはれてゐます。」

お客は<ruby><rb>燕</rb><rt>つばめ</rt></ruby>のやうな口もとをして、気味わるさうに一寸皿の物を嘗めたが、言ひ合はせたやうに変な<ruby><rb>表情</rb><rt>かほつき</rt></ruby>をして、その儘<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby>をおいてしまつた。

案に相違した根岸氏は、今度は豆腐を<ruby><rb>白耳義</rb><rt>ベルジユーム</rt></ruby>に送り出さうと言ひ出した。ブラツセルには<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>亡くなつた本野一郎<ruby><rb>子</rb><rt>し</rt></ruby>が公使として駐在してゐたから、そこへ進物にしようといふのだ。

風谷は二つ返事で承知した。その四五日といふもの、この男の頭は豆腐ですつかり詰まつてゐたのだ。もしか根岸氏が亡くなつた友達に豆腐が食べさせたいと言つたら、この男は豆腐を一皿持つて<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>地獄まで下りて往つたかも知れなかつた。――風谷は白耳義通ひの船の中で、汗みづくになつて豆腐を拵へた。そして船がアントワープに着くと、<ruby><rb>錻力</rb><rt>ぶりき</rt></ruby>の缶へ叮嚀にそれを納めて、ブラツセルに急いだ。

ブラツセルの日本公使館では、仕事に<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたび</rt></ruby>れた本野子が、贅沢な肱掛椅子に<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>りかゝつて、

「すつかり草臥れちやつた。晩には何を食つたものだらう。」

と好きな仏蘭西語で<ruby><rb>晩食</rb><rt>ばんめし</rt></ruby>の事を考へてゐたところだつた。本野子は沢庵漬と武士道との外は、どんな仏蘭西語をでも知つてゐて、それで物を考へるといふ風な人だつた。

本野子は眼の前に土蔵のやうな四角い豆腐を見た。そして覚えず、

「豆腐だな。これは珍らしい。」

と、不馴れな日本語で叫んだが、それに気がつくと、慌てて仏蘭西語で考へ直したらしく、今度は直訳するやうにぽつりぽつり<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を切りながら言つた。

「それぢや、今晩は日本流に牛鍋でもつゝく事にしようかな。」

その晩は風谷も公使館員達と一緒に、本野公使をなかに車座となつて、牛肉と豆腐とを煮て食べた。皆は豆腐をうまいと言つて賞め立てたが、風谷は何だかまだ賞め足りないやうに思つた。

その晩食べ残りの豆腐が少しあつた。本野子は自分ひとりでさう〱食べるのは勿体ないといつて、その頃<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>公使を勤めてゐた<ruby><rb>珍田拾巳子</rb><rt>ちんだすてみし</rt></ruby>を、わざ〱アムステルダムから、呼び寄せて日本式の晩餐会を開いた。

珍田子は久しぶりに豆腐を食つた。そして前よりか一層賢くなつたやうな顔をして和蘭へ還つて往つた。

国務卿秘蔵の聖書<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

独逸の講和提議に対する米国国務卿ランシング氏の演説を読んだものは、その一節に、

「しかも慈悲なき厳酷の正義は非基督教なると共に、正義を破壊する如き慈悲も<ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby>等しく非基督教なる事を忘るべからず。」

といつたやうな坊さん臭い文句があつたのを記憶してゐるだらう。

ランシングの演説を読んでみると、いつの場合でも聖書の文句が引合に出されてゐる。それもその筈で、氏は世界に一つあつて、二つとはまた見られない珍しい聖書の持主である。ランシング氏に聴かれて、また長つたらしい演説でもされては困るから、<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>で耳打をするが、実はその聖書は、氏の夫人が結婚の当時、贈り物にしたものである。一体女といふものは、結婚と同時に、男に色々の贈り物をする。傷だらけの心の臓、履歴付の殺し文句――さういふなかでは、聖書は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いつち</span>平凡な進物である。

夫人が贈り物の聖書は余白のたんとある大型の本だつたので、ランシング氏はそこへ註釈、引証を細かく書き込んだばかしか、挿絵や地図のやうなものさへ一々克明に書き入れてゐる。地図も挿絵も引証も註釈も、まるで印刷のやうなちやんとしたもので、誰が目にもそれが手で書いたものだとは思はれない。それもその筈で、国務卿は若い頃建築学をやつた事があるので、製図用のペン先を使ふ事にかけては、人一倍巧者なのである。書き入れの参考用の地図や寺院の建築図は、少しの手入れなしに、その儘製版に廻す事が出来る程、上手に出来上つてゐるといふ事だ。

かういふランシング氏は、今では米国でも指折りの聖書学者に数へられてゐるが、この素晴しい聖書の智識は、実をいふと、氏が長い間毎日半時間づつを聖書の研究に当てた、その零砕な調べの積り積つたものださうだ。食後の半時間――この半時間の研究は、米国の国務卿を名だたる聖書学者にしてくれた。食後の半時間――この半時間の無駄話は、そんぢよそこらの日本の紳士を<ruby><rb>豕</rb><rt>ゐのこ</rt></ruby>のやうな馬鹿者にしてくれた。何といふ有難い事だ。

美しい女流作家<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

この頃二科会の展覧で京都に来てゐる有島生馬氏が、先月末の事、米国通ひの伏見丸へ人を見送りに<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと、甲板で小柄な日本人の娘が、洋装をして、父らしい人と一緒に大勢の見送人に挨拶してゐるのを見た。

有島氏はその小柄な娘を見て、何だか顔に見覚えがあるやうに思つた。

「誰だらう、何処かで見たやうに思ふが……」

暫くじつと相手の顔を見てゐた氏は、覚えず膝を叩いた。

「さうだ、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と思ひついた、百合子さんだ。中条百合子さんだ。」

有島氏はかねて雑誌の口絵か何かで、百合子女史の顔を見覚えてゐたのだつた。さう気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、二三日前の新聞にこの女流作家の洋行が伝へられてゐたのまでが思ひ出された。

さう判つてみると、有島氏は何だか知らぬ顔も出来ぬやうに思つた。で、見送人の空いた折を<ruby><rb>見計</rb><rt>みはから</rt></ruby>つて女史の前に立つた。

「初めてお目にかゝります、私は有島です。今度はお父様と御一緒に御洋行ださうで、道すがらの御安全をお祈りします。」

子供子供した小柄な百合子女史は、見上げるやうにしてじつと有島氏の顔を見てゐたが、女教師のやうにきつぱりした口調で訊きかへした。

「有島さんと仰有るのは大勢いらつしやるやうですが、貴方はどなた様でいらつしやいますか。」

有島氏は一寸口もとを<ruby><rb>曲</rb><rt>ゆが</rt></ruby>めた。

「私は絵を<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>く方の有島です。」

「ああ、さやうでいらつしやいますか。」百合子女史は、大事の<ruby><rb>托</rb><rt>ことづ</rt></ruby>け<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>の持つて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き場が判つたやうに、初めて叮嚀に挨拶をした。「どうも有難うございます。」

その<ruby><rb>明</rb><rt>あく</rt></ruby>る朝、新聞紙は写真入で百合子女史の洋行<ruby><rb>譚</rb><rt>ばなし</rt></ruby>を伝へた。それを拾ひ読みしてゐた或る日本通の西洋人は、そのなかに「花のやうに美しい女流作家」と書いてあつた文句に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>すと、も一度叮嚀に写真版に見入つた。そして<ruby><rb>行詰</rb><rt>ゆきづま</rt></ruby>つたやうな表情をして<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>にゐた日本人の画家を見た。その人は有島氏の友人だつた。

「日本人にはこんな風な<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>が美人と見えますか。」

画家はその新聞紙に覗き込んだ。そこには百合子女史が背の高い<ruby><rb>阿父</rb><rt>おとつ</rt></ruby>さんと一緒に立つてゐる写真版が載つてゐた。

「ああ、この方ですか。」画家は、<ruby><rb>変</rb><rt>へん</rt></ruby>もない顔をして言つた。「お若いのに感心な方ですよ。」

西洋人には返事の意味が一向解らないらしかつたが、その儘黙つてしまつた。彼はその外にも、日本については解らない事をどつさり持つてゐたから、一向苦にもしなかつたのだ。

ポプ天の関西旅行<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>（夕）

剽軽者ぞろひのポプ天倶楽部の<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>が、この間からひよつくり関西へ顔を出して、つい<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>まであつちこつちで、<ruby><rb>庭球</rb><rt>テニス</rt></ruby>の競技をやつてゐた。この倶楽部が旅に出て来たについては色々面白い話がある。

何がさて、その道にかけたら<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>鼻の高い<ruby><rb>連中</rb><rt>れんぢゆう</rt></ruby>の事とて、どうにか団体は出来上るものの、団長を拵へなくては万事に物言ひの種が尽きさうにない。

「誰がよからう。団長といふからには、少しは頭が禿げてなくつちや。」

それには幸ひ<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い人があつた。それは満谷国四郎氏の事で、少し禿げ過ぎてはゐるやうだが、その位の事は辛抱出来ない訳でもなかつた。

団長が出来てみると、副団長があつてもよかつた。それには小杉未醒氏が恰好に思はれた。かうして団長と副団長の顔が揃つてみると残る皆も何とかして「長」になつてみたかつた。

「皆が満足するなら長にしてやつたらどんなものだ、何も所得税が掛るといふ訳ではないんだから。」

団長は禿頭を撫でながらかう言つた。そこで<ruby><rb>弓館</rb><rt>ゆだて</rt></ruby>氏は会計部長に、大村氏は外交部長に<ruby><rb>針重</rb><rt>はりしげ</rt></ruby>氏は競技部長に……といつたやうにそれ〲役割が振当てられた。<ruby><rb>唯</rb><rt>たつ</rt></ruby>た一人彫刻家の藤井<ruby><rb>浩祐</rb><rt>かうすけ</rt></ruby>氏のみには適当な役が無かつたが、<ruby><rb>幸</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>藤井氏は物言ひをつける事が巧かつたし、物言ひをつけなければ勝目のない<ruby><rb>競技</rb><rt>ゲーム</rt></ruby>も多からうといふので、この彫刻家は<ruby><rb>物言掛長</rb><rt>ものいひがかりちやう</rt></ruby>といふ事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>められた。

さて<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>東京を出発しようといふ事になると、肝腎の満谷氏が<ruby><rb>渋</rb><rt>しぶ</rt></ruby>くり出した。

「実は困つた事が持ち上つたのだ。」団長は<ruby><rb>馬鈴薯</rb><rt>じやがいも</rt></ruby>のやうな額をてかてかさせながら言つた。「君達も知つてるあの目白台の普請だね、あれの払い、それが千五百円程ある、残りを今日明日に済さなくつちやならないんでね。」

満谷氏は今目白台にかなり立派な新築をしてゐる。その払ひ残りがあると聞いては<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>も黙つてゐられなかつた。さうかといつて仲間のなかに誰一人財布の<ruby><rb>膨</rb><rt>ふくら</rt></ruby>まつてゐる男は居合さなかつた。

「それぢや大急ぎに絵を売るんだね。」仲間の一人は財布の代りに人一倍大きな「才覚」を持合はせてゐたので、直ぐに工面を思ひついた。「<ruby><rb>幸</rb><rt>さいはひ</rt></ruby>満谷が今度の文展に出してゐる<ruby><rb>那奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>を売りにかゝらう。」

外交部長の大村氏と物言ひ掛長の藤井氏とは、その一日自動車を飛ばして、<ruby><rb>旋風</rb><rt>つむじかぜ</rt></ruby>のやうに走り廻つてゐたが、夕方になると、千五百円の小切手を握つて帰つて来た。文展出品の『源泉』は、やつと嫁入先を見つける事が出来たのだ。

かうしてポプ天倶楽部の連中は、陽気に関西旅行に出掛ける事が出来たが、困つたのは文展の洋画審査で、<ruby><rb>予</rb><rt>あらかじ</rt></ruby>め十九日と<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてあつたのを、満谷氏の旅行のため、止むを得ず二十一日に繰延べる事になつた。

詩人の健啖<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

話はずつと古くなるが、<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>の詩人ダンテが、ある時カアネ・デラ・スカラ家の食事に招かれた事があつた。――世間の娘を持つた親達に告げておく。皆さんの知合にもしか詩人があるなら精々御馳走する事だ。詩人は食卓で親達に色々のおもしろい<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>を聴かせてくれるばかりか、娘には激しい恋を教へてくれるものだ。

ダンテは<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いお客だといふので、わざ〱<ruby><rb>其家</rb><rt>そこ</rt></ruby>の主人と<ruby><rb>子息</rb><rt>むすこ</rt></ruby>との間に坐らせられた。その頃は食事の時に主人も客も食べ残りの骨を<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の下に<ruby><rb>打拾</rb><rt>うちや</rt></ruby>らかしておく習慣があつたので、<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>好きのカアネ親子は、目ざとい詩人に気づかれぬやうに、自分達の皿の骨は言ふまでもなく、他のお客のをまで、そつくりその儘そつとダンテの足もとに捨てておいた。

さて食事が済むと、主人は初めてそれに気づいたやうに皆の顔を見た。

「皆さん、私はダンテ君の胃の腑が、馬のやうに御丈夫なのにすつかり驚いてしまひました。お疑ひになるならあれを御覧下さい。」

主人はダンテの脚もとを指ざした。<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>は<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の下を覗き込むだ。そこには食べ残りの骨が山のやうに積まれてあつた。

「ほほう。驚きましたな。では、これから一つ詩人の健啖を祝さうぢやありませんか。」

お客の一人が言ひ出したので、皆は<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>ち上つてダンテの胃の腑のために<ruby><rb>杯</rb><rt>はい</rt></ruby>をあげようとした。

「お待ち下さい。皆さん。」ダンテは両手で皆を押へつけるやうな真似をした。「あなた方は私の<ruby><rb>健啖</rb><rt>ものくひ</rt></ruby>のいいのに<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>なすつていらつしやるやうですが、私はまた当家の御主人の胃の腑の広いのに驚嘆してゐるやうな始末で。御覧なさい――」と詩人は主人の脚もとを覗き込んだ。「御主人の<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の下には何一つ残つてゐません。私はかうして骨だけは食べ残しましたが、御主人はその骨まですつかり鵜呑みにされてしまひました。」

皆は詩人の頓智のいゝのに嘆賞を惜しまなかつた。<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を寄す、世上の健啖家、頓智さへよかつたら、諸君は六人分の飯を食つたつて少しの差支もない。

菊五郎の猟自慢<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">23</span>（夕）

猟期が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いたので、朝霧のなかを、猟犬を連れてうろうろする人達が多くなつた。さういふなかには、肝腎の猟そのものよりも、甲斐々々しい猟服を着込むで霧の深い<ruby><rb>野路</rb><rt>のみち</rt></ruby>を口笛を吹きながら急ぐ、<ruby><rb>猟人</rb><rt>かりうど</rt></ruby>らしい気持が好きで〱溜らぬ人達が少くなささうだ。俳優の尾上菊五郎なども、さういふ一人である。

芝居には人一倍凝り性の菊五郎も、<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいねん</rt></ruby>十月興行になると、どうもそはそはと落付かない。旅廻りは言ふまでもない事、<ruby><rb>地</rb><rt>ぢ</rt></ruby>の市村座興行も余り気乗がしない、<ruby><rb>座方</rb><rt>ざかた</rt></ruby>の都合で<ruby><rb>達</rb><rt>たつ</rt></ruby>て顔を出さなければならない場合でも、<ruby><rb>端役</rb><rt>はやく</rt></ruby>の外は決して<ruby><rb>引</rb><rt>ひき</rt></ruby>うけようとは言はない。何だつて十月に限つてそんなに<ruby><rb>不精</rb><rt>ぶしやう</rt></ruby>なのだと訊くと、菊五郎は親爺譲りの癖で、ぐつと<ruby><rb>反身</rb><rt>そりみ</rt></ruby>になつて、言訳をする。

「でも、貴方、十五日は<ruby><rb>初猟</rb><rt>はつれふ</rt></ruby>の日ぢやありませんか。私が一年中稼いでるのは、この日一日を楽みにしてるやうなものなんですもの。少しは遊ばせて貰はなくつちや。」

そんなにまでして出掛ける猟だ。屹度上手なのだらうとは誰も思ふ事だが、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>ういふものか、菊五郎は滅多に獲物を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げて帰らない。<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きにはいそ〱勇んでゐるが<ruby><rb>還</rb><rt>かへ</rt></ruby>りにはすご〱<ruby><rb>悄</rb><rt>しほ</rt></ruby>れてゐる場合が多い。<ruby><rb>鷭</rb><rt>ばん</rt></ruby>も小鴨も、<ruby><rb>田鷸</rb><rt>たしぎ</rt></ruby>も、<ruby><rb>鶉</rb><rt>うづら</rt></ruby>も色々たんと棲んでゐる世の中だ。何か土産がありさうなものぢやないかと訊くと、菊五郎は子供のやうに<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>を<ruby><rb>膨</rb><rt>ふくら</rt></ruby>ませて、

「だつて、私の姿を見ると、言ひ合はせたやうに<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>逃げ出してしまふんですもの。」

と言ひ訳をする。菊五郎の<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しがり屋なのを知つてゐるある男が、

「さうか、それぢや君の猟は<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>不機嫌を買ひに出掛けるやうなものなんだね。」

と冷かした事があつた。すると、菊五郎は急にべそを掻きさうな顔になつた。

「でも、逃げおほせた鳥になつてみれば、<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い気持でせうて。」

むかし<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>の瀬川菊之丞が、ある贔屓客から百両の祝儀を貰つた事があつた。<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に居合せたある男が、冷かし半分に、

「太夫、そんな物を戴いたら定めし<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い気持がするだらうな。」

と言つた事があつた。すると、菊之丞は生真面目な顔で返事した。

「はい。――したが、下すつた方はもつと<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い気持が致すでせうよ。」

<ruby><rb>腕白</rb><rt>わんぱく</rt></ruby>な菊五郎よ、汝も<ruby><rb>口前</rb><rt>くちまへ</rt></ruby>ばかりは<ruby><rb>古</rb><rt>こ</rt></ruby>名優の面影がある。

フオツシユ将軍と葉巻<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">24</span>（夕）

当今聯合軍での大立者といつたら、十人が十人まで仏蘭西のフオツシユ将軍だといふのに異存があるべくもない。その将軍に多くの人と<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>つた一つの癖がある。

癖――といふと、荒つぽい日本の将軍達に少しでも近づきを持つてゐる人だと、直ぐと口を尖らせて、

「それは屹度、<ruby><rb>厩</rb><rt>うまや</rt></ruby>のかへりに馬を撫でたその<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>で、<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>の<ruby><rb>頬桁</rb><rt>ほゝげた</rt></ruby>を思ひきり<ruby><rb>擲</rb><rt>どや</rt></ruby>しつける癖なんだらう。」

と言ふかも知れない。それも一つの立派な癖には相違ないが、フオツシユ将軍のは、そんな風なのと少し違つてゐる。

将軍の癖といふのは<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>の<ruby><rb>喫</rb><rt>ふ</rt></ruby>かし方で、将軍は今度の戦争が始まつてから、今日になるまで、たつた一本の葉巻しか喫かしてゐない。といふと、どんな正直な人でもが、

「たつた一本の<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>だつて。<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>言つちやいけない、戦争が始まつてから今日までもう幾年になると思つてるのだい。」

と腹を立てるかも知れないが、実際将軍はたつた一本の<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>しか持つてゐないのだから仕方がない。

その一本の<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>を将軍はいつも口に<ruby><rb>啣</rb><rt>くは</rt></ruby>へてゐる。食事の時は叮嚀に<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上にそつとそれを置き、食事が済むと、またそれを啣へてゐる。かうして朝起きるとから、夜分寝床に入るまでその同じ<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>を啣へ続けてゐる。尤も一度だつて、その<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>に火を<ruby><rb>点</rb><rt>つ</rt></ruby>けた事はない。将軍の言ふのでは、この人は生れてから今日まで、まだ一度も火の点いた<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>を喫かした事はないさうである。

「火の点いた<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>からは<ruby><rb>烟</rb><rt>けむ</rt></ruby>が出る。私は<ruby><rb>烟</rb><rt>けむ</rt></ruby>には堪へられない。」

将軍は軍人にしては少し上品過ぎる顔をしかめて、言ひ言ひしてゐる。

<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>といへば、米国では引続いて三代も<ruby><rb>葉巻</rb><rt>シガア</rt></ruby>一つ喫かさない大統領が続いてゐる。

ルウズヴエルト

タフト

ウヰルソン

いづれもが揃ひも揃つて<ruby><rb>烟</rb><rt>けむ</rt></ruby>を好かない人達である。

<ruby><rb>座頭</rb><rt>ざがしら</rt></ruby>と花形<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">25</span>（夕）

松本幸四郎――といつても帝劇の舞台に立つてゐる今の幸四郎ではない。ずつと<ruby><rb>古</rb><rt>むかし</rt></ruby>の幸四郎である。――が、ある時芝居の初日がはねて<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰つて来た。そして長火鉢の前に坐つて、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を相手に酒を飲みながら、今日の舞台の出来を彼是取沙汰してゐた。

すると、表の格子戸を勢ひよくがらりと<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて内弟子の一人が帰つて来た。弟子は長火鉢の前の師匠を見ると、いきなり浮いた調子で二三度自分の頭を叩いた。

「お<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さん、お喜びなせいまし、今度の芝居に<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>の親方の評判と来たら、それは〱素敵なもんでげすぜ。わつちやあ、気に懸つて仕方がねえもんだから、今も今とて打出しの見物衆に<ruby><rb>交</rb><rt>まぜ</rt></ruby>つてね、皆の評判を聞いて帰つたんでげすが、十人が十人『どうだい、今度の幸四郎の出来は』と言つて、賞めちぎつてゐまさあ。」

弟子は<ruby><rb>早口</rb><rt>はやぐち</rt></ruby>にかう言つて、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>とらしく雀のやうな恰好をして踊つてまで見せた。

幸四郎はそれを聞くと、急に気難しい顔をした。そして弟子のふざけた振には見向きもしないで、ちびりちびり<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>を<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めてゐた。

「何だつてそんなに不機嫌な顔をしてるの。」<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>繊細</rb><rt>きやしや</rt></ruby>な手先でお銚子の加減を見ながら心配さうに言つた。「今聞けばお前さんの評判が一番<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いといふのぢやないの。」

「あゝ、困つたな。今度の芝居は<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つて不入だわえ。」

幸四郎は女房の言葉は、まるで耳に入らぬらしく、<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。

「え、不入だつて、今度の芝居が。」<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんは咎め立てをするやうに怖い目つきをした。「<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>もいい加減にしてお置きよ、今日は初日だつてえのに、縁起でもない。」

「お前達には判らない。」

幸四郎は盃を猫板の上に置きながら、女房と弟子との顔にじつと眼を見据ゑた。弟子はいつにない師匠の不機嫌に、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>のふざけた真似とは打つて変つて神妙に鼠のやうに小さくなつてゐた。幸四郎はぽつり〱した口調で訳を話した。その言葉によると、今度の芝居の花形は誰が何といつても、半四郎と三津五郎の二人だ、この二人が評判がよかつたら、芝居は大入に<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>つてゐる。それだのに自分がそんなに評判を立てられるといふのは、この二人に<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い<ruby><rb>点</rb><rt>ところ</rt></ruby>がないに相違ない。座頭役、<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>役の評判では見物は来ないものだといふのだ。

今の鴈治郎や歌右衛門は、よく〱この言葉を味はつて貰ひたい。そして精々一座の花形<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>に花を持たすやうに振舞つて欲しい。これは<ruby><rb>唯</rb><rt>ひと</rt></ruby>り<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>に限つた事ではない。原敬氏なぞも自分が評判を取らうとしないで、同じ閣員の花形<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>を引立てるやうにしたら、内閣も割合に無事に持続ける事が出来よう。シヨペンハウエル曰く、<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い<ruby><rb>俳優</rb><rt>やくしや</rt></ruby>はよく端役をしてゐるものだとさ。

博士夫人の洋行気分<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">26</span>（夕）

先日欧米漫遊に出かけて往つた京都大学の内田銀蔵博士が、出発<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>のある日の事、<ruby><rb>晩食</rb><rt>ばんめし</rt></ruby>の<ruby><rb>卓子</rb><rt>テエブル</rt></ruby>で夫人を相手に頻りと洋行の面白さを話してゐた。

「まあ、そんなに面白いんですか、洋行つて。そんなだつたら私も一生の間に一度でよござんすから、洋行してみたい事ね。」

夫人は羨ましさうな眼つきをして、坊ちやんのやうな博士の顔を見た。

「さうですか、そんなだつたら<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>も――」博士は友達に向つたと同じやうに厭に叮嚀な口を利いた。「是非一度洋行なすつたがよからう。何なら今度御一緒にでも。」

「どうぞ。」夫人は一寸お辞儀をした。そして四十<ruby><rb>雀</rb><rt>がら</rt></ruby>のやうに声を立てて笑つた。

夫人が博士の洋行を見送りに神戸の<ruby><rb>埠頭</rb><rt>はとば</rt></ruby>に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと、博士は自分の切符の外に、神戸から横浜までの切符を一枚持ち添へてゐた。

「あなた、そんな切符をどう遊ばすの。」

夫人は不思議さうに訊いた。

「あなたに洋行の気分を<ruby><rb>味</rb><rt>あぢは</rt></ruby>はせたいと思ひましてね。」

博士はかう言つて、厭がる夫人を無理強ひに<ruby><rb>船室</rb><rt>ケビン</rt></ruby>に連れ込んでしまつた。

その日は海の上はかなり荒れてゐた。大学教授のやうに、書物をたんと読み過さなかつた海は、思ふさま勝手に跳ね廻る元気を持つてゐた。船は<ruby><rb>毬</rb><rt>まり</rt></ruby>のやうに揺れた。そんな<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>にも博士は、洋行気分を味はせたいと言つて<ruby><rb>飛沫</rb><rt>しぶき</rt></ruby>の吹き散る甲板に夫人を連れ出して、仔細に山やら岬やらの説明をし続けたものだ。

夫人の眼には、山がお玉杓子のやうにとんぼ返りをしたり、港が巾着のやうに拡がつたり縮まつたりした。

「あなた、洋行つて変な気持がしますのね。」夫人はべそを掻きさうな顔をして、博士の肩に取り<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>つた。「洋行気分ももうたつぷり味はせて戴きましたから、そろそろ<ruby><rb>船室</rb><rt>ケビン</rt></ruby>に下りませうよ。」

「あの太陽の色を御覧なさい。」博士は夫人の言葉も耳に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らぬらしく、<ruby><rb>水夫</rb><rt>ふなのり</rt></ruby>のやうに両手を<ruby><rb>洋袴</rb><rt>づぼん</rt></ruby>の隠しに突込みながら言つた。「陸で見る色とは違つてまた一段と面白いでせう。一七一九年、ロビンソン・クルウソウ君が……」

夫人の眼にはおてんと様と博士の顔とむかし読むだロビンソン・クルウソウの<ruby><rb>挿画</rb><rt>さしゑ</rt></ruby>がごつちやになつてくるくる舞ひをするやうに思はれた。夫人はいきなり<ruby><rb>船室</rb><rt>ケビン</rt></ruby>に駈け込んで横に倒れた。

船は横浜に着いた。夫人はこの時程日本の陸地を有難いと思つた事はなかつた。

「洋行つて、ほんとに……」

夫人は今だに思ひ出しては海のやうに深い溜息をついてゐる。

一<ruby><rb>匁</rb><rt>もんめ</rt></ruby>四百円の<ruby><rb>名香</rb><rt>みやうかう</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">27</span>（夕）

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>東京美術倶楽部で行はれた水戸家の売立会には、色々<ruby><rb>好者</rb><rt>すきしや</rt></ruby>の眼を<ruby><rb>聳</rb><rt>そばだ</rt></ruby>てさせる物が、それ〲素晴しい<ruby><rb>価</rb><rt>ね</rt></ruby>で取引せられたやうであつたが、そのなかに香木大内山が七万一千一百円で当地の戸田の手に落ちたのには一寸驚かせられた。

大内山といへば、目方が百七十匁に過ぎない香木である。アメリカ人臭い物の見方をするやうだが、一匁ざつと四百円強となる勘定だ。人間の<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>が<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>のやうに安く取引される日本では、少し<ruby><rb>桁</rb><rt>けた</rt></ruby>はづれである。

この大内山こそ、名高い奈良東大寺正倉院の<ruby><rb>蘭奢待</rb><rt>らんじやたい</rt></ruby>と同じ香木なのである。蘭奢待といへば、むかし<ruby><rb>西蕃</rb><rt>さいばん</rt></ruby>から渡来した<ruby><rb>黄熟香</rb><rt>くわうじゆくかう</rt></ruby>を、時の<ruby><rb>帝</rb><rt>みかど</rt></ruby><ruby><rb>聖武</rb><rt>しやうむ</rt></ruby>が蘭奢待の三字に寺の名を入れて、その儘東大寺の宝蔵に納められた稀代の<ruby><rb>沈香</rb><rt>ぢんかう</rt></ruby>で、正倉院の目録によると、重量二貫五百目、長さ五尺二寸、<ruby><rb>本口周</rb><rt>もとくちまは</rt></ruby>り三尺九寸、本口<ruby><rb>直径</rb><rt>さしわたし</rt></ruby>一尺四寸、<ruby><rb>末口</rb><rt>すゑくち</rt></ruby>周り一尺五寸、末口<ruby><rb>直径</rb><rt>さしわたし</rt></ruby>七寸、といふ事だ。

この香木は朝廷からその時々の功臣に賜つた例があつて、足利尊氏は一寸八分を切り取つた。寛正六年には義政が切取つた。元亀三年には信長が一寸八分を、慶長七年には家康がまた切り取つた。家康がいくら切り取つたかは、その当時自分が立合はなかつたからよくは知らないが、名代の<ruby><rb>狸爺</rb><rt>たぬきおやぢ</rt></ruby>の事だから、いづれは古例の一寸八分より余分にたんと切取つて、その一部が今度七万何千円といふ事になつたのかも知れない。

かういふ名香になると、<ruby><rb>香聞</rb><rt>かうきゝ</rt></ruby>をすると嗅覚が<ruby><rb>痺</rb><rt>しび</rt></ruby>れてしまつて暫くは物の役に立たなくなる。ちやうど激しい恋をした<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>の心の臓に<ruby><rb>僧侶</rb><rt>ばう</rt></ruby>さんのお説教が聞えなくなると同じやうなものだ。

そんな鼻の痺れを治すのには、外にまた結構な名香がある。不思議な事にその名香は一匁四百円よりずつと<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>いが、人間のする事には、何かと手抜りの多い世間だから、そこに気の<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いた人は、早くこの名香の<ruby><rb>買締</rb><rt>かひしめ</rt></ruby>をやつておく事だ。

それは外でもない、台所の隅つこにある<ruby><rb>糠味噌</rb><rt>ぬかみそ</rt></ruby>の匂である。名香で痺れた鼻の感じは、糠味噌の<ruby><rb>酸</rb><rt>す</rt></ruby>つぱい匂を嗅ぐと不思議によくなる。さういふ<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>から糠漬の事を香の物といふのだ、と香道の人はむかしから言ひ伝へてゐるが、多分そんな事かも知れない。

電報の間違<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">30</span>（夕）

生活難にもとづく従業員の不足から、この頃電報の遅れがちなのは、実に困つたものだが、それよりも困るのは電報の<ruby><rb>文字</rb><rt>もんじ</rt></ruby>に間違の多い事だ。手少なで、忙がしいからには相違なからうが、さうかといつて、間違だらけでは、何のための電報か少しも判らなくなる。

<ruby><rb>先日</rb><rt>こなひだ</rt></ruby>もかういふ事があつた。発信人は今本紙に『邪宗門』を書いてゐる小説家芥川龍之介氏で、受信人はかくいふ記者である。電報の文句は確か、

「カキカウタスグオクル」

とあつた様に覚えてゐる。記者は幾度か読みかへしてみた。幾度<ruby><rb>繰</rb><rt>くり</rt></ruby>かへしてみても、

「柿買うた直ぐ送る」

に相違なかつた。

「親切だな、芥川君は。鎌倉からわざわざ柿を送つてくれるなんて。」

記者は<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を言ひ言ひ、<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>に<ruby><rb>熟</rb><rt>う</rt></ruby>れた柿の実を想像してみた。実際白状すると、記者は柿が好物だつた。わざ〱送るといふのだから柿は屹度<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の名物に相違なからうと思つて、会ふ人ごとにそれとなく鎌倉の名物を訊いてみた。

「さうさなあ、鎌倉の名物といへば、水の悪いのと、大仏と、宗演さんの嘘と位のものだらうて。」

誰一人柿を名物のなかに数へ込まなかつたのが、記者には不平で堪らなかつた。

その翌日芥川氏から書留郵便が届いた。見ると『邪宗門』の原稿なのである。幾度封筒を逆さにしてみても、なかからは柿は愚かな事、柿の<ruby><rb>蔕</rb><rt>へた</rt></ruby>一つ出なかつた。芥川氏は前の日に<ruby><rb>寄</rb><rt>よこ</rt></ruby>した原稿が気に喰はなかつたらしく、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>書きかへて送つてくれたのだつた。電報は、

「カキカエタスグオクル」

の間違であつた。

米国の前国務卿ブライアン氏が、先年西部のある<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>へ講演に出かけた事があつた。ところが、その頃降り続いた雨の<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>で、河が溢れて<ruby><rb>鉄路</rb><rt>レール</rt></ruby>が水に<ruby><rb>浸</rb><rt>つか</rt></ruby>つたので汽車は途中で立往生をしてしまつた。ブライアン氏は、ぶつぶつ小言を言ひながら、<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も約束の時日までには<ruby><rb>先方</rb><rt>むかう</rt></ruby>に着きかねるといふ電報を打つた。<ruby><rb>鉄路</rb><rt>レール</rt></ruby>が水に浸つたといふ文句は精々倹約して、

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Wash on the line”</span>

としておいた。

それを受取つた講演会の幹事は<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Wash”</span>を<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>と読んで、ブライアン氏が多分一枚しかない<ruby><rb>亜麻</rb><rt>ライン</rt></ruby>の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>シヤツ</rt></ruby>でも<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>にやつて、その<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>で遅れるのだらうと早合点してしまつた。（実際幹事自身は麻の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>シヤツ</rt></ruby>を一枚しか持つてゐなかつたらしい。）で、早速返電を打つた。

<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“Never mind your wash\. Buy another shirt at our expense and come anyway\.”</span>

（心配無用。費用は<ruby><rb>当方</rb><rt>こちら</rt></ruby>持ちにするから、別のシヤツを買つて、ともかくも来て下さい。）

村井氏の貧民視察<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">31</span>（夕）

先日米騒動が方々で持上つた時、村井<ruby><rb>吉兵衛</rb><rt>きちべゑ</rt></ruby>氏の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>では、奥の間で主人の吉兵衛氏と若い夫人とが差し向ひで香りの高いココアを飲んでゐた。

「あなた、世間は随分物騒らしい事ね。」

夫人がかういふと、吉兵衛氏は禿げかゝつた頭をむつくり持ち上げた。

「さう、かなり物騒らしいね。」

「こんなに騒ぐところを見ると、<ruby><rb>下々</rb><rt>しも〲</rt></ruby>では<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>が苦しいんでせうね。」夫人は悲しさうな顔をした。「いかがでせう、騒ぎが少し鎮まりましたら御一緒に貧民の視察にでも出掛けましては。」

「いいだらうな。是非一つ出掛けませう。」

夫人の言ふ事だつたら、何一つ<ruby><rb>背</rb><rt>そむ</rt></ruby>いた事のない吉兵衛氏は、直ぐに同意した。

騒動が鎮まると、夫人は約束通り貧民視察に出掛けるのだと言つて、吉兵衛氏を<ruby><rb>促</rb><rt>せ</rt></ruby>き立てて自動車に乗つた。夫人は貧民窟へも、天国へも、もつと素晴しい監獄へも、自動車に乗込みさへしたらその儘一足飛びに<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きつかれるものだと思つてゐるのだ。

自動車は鴻の台をさして走つた。夫人の考へでは、貧民といふのは百姓の事で、百姓の家さへ見たらどん底の<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>を見た事になるのだつた。自動車は狭い<ruby><rb>田舎路</rb><rt>ゐなかみち</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>き<ruby><rb>詰</rb><rt>つま</rt></ruby>つたので、二人は下におりた。夫人と吉兵衛氏とは軽い<ruby><rb>雪駄</rb><rt>せつた</rt></ruby>を鳴らしながら、<ruby><rb>稲田</rb><rt>いなた</rt></ruby>の細道を歩いて往つた。露西亜の過激派のやうに腹が減つてるらしい<ruby><rb>蝦蟇</rb><rt>ひきがへる</rt></ruby>が、草の<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>からむつくり顔を出したり、自由恋愛家のやうな<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>が雄と雌と<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>き合つて跳ね合つたりする度に、二人は<ruby><rb>仰山</rb><rt>ぎやうさん</rt></ruby>さうに声を立てて<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>した。

「あなた、これがお米なの。それともお麦？」と夫人は稲穂の一つを<ruby><rb>扱</rb><rt>しご</rt></ruby>いて手に取つた。「まあ贅沢だわね、外套を着てますよ。」

実際米粒はどれもこれも女優のやうに<ruby><rb>籾殻</rb><rt>もみがら</rt></ruby>といふ外套を着てゐた。吉兵衛氏は陽気に笑つた。

「ははは。麦ぢやない、これはお米だよ。この外套を一々<ruby><rb>臼</rb><rt>うす</rt></ruby>で磨り落して、それからまた<ruby><rb>精</rb><rt>しら</rt></ruby>げ上げた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>でなくつちやお互の口にのぼらないんだ。」

「まあ、大変ね、それを皆百姓がしますの。気の毒だわね。」夫人は<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>から気の毒さうに言つた。

「さう気の毒といへば気の毒だね。」吉兵衛氏は帽子をぬいで額の汗を拭いた。

二人はそれから<ruby><rb>田圃</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>の中にある百姓家を訪れた。百姓家では薄汚い<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんが、<ruby><rb>裸足</rb><rt>はだし</rt></ruby>のまゝ<ruby><rb>井戸側</rb><rt>ゐどばた</rt></ruby>で<ruby><rb>釣瓶</rb><rt>つるべ</rt></ruby>から口移しにがぶがぶ水を飲んでゐた。

「まあ、あなた御覧遊ばせ、」夫人は小鳥のやうに眼を<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>つて、主人の袖を引張つた。「あの女は私達のやうに雪駄も<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いてなけりや、<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>も持つてないかして、あんなに口移しに水を飲んでますわ。」

「うむ。」と吉兵衛氏は唸るやうな声を立てた。そして京都で煙草屋をやつてゐた当時、台所の井戸で釣瓶からがぶがぶ牛のやうに音を立てながら飲んだ口元を撫でまはしながら言つた。「とにかく気の毒なもんだて。」

二人はめい〱社会のどん底を見て来たやうな気持になつて、家に帰つて来た。そして贅沢な寝椅子に体を沈めながら考へた。

「とにかくいい物を見て来たて。」

売子娘の驚き<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・２（夕）

名高い<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>の百貨店ワナメエカアの<ruby><rb>手套</rb><rt>てぶくろ</rt></ruby>部に近く入つて来た売子娘があつた。ある日の事、婦人のお得意に手套を一つ売つた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で、今度は直ぐ<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つてゐる紳士のお客の方に振向いた。

「<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らつしやいまし。貴方様の御用は？」

「<ruby><rb>羊皮</rb><rt>ひつじかは</rt></ruby>の手套を一つ。」

売子が出した手套を受取りながら、紳士は言つた。

「こんな事を言つて、気に<ruby><rb>障</rb><rt>さ</rt></ruby>へて貰つては困りますが、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の婦人に対するあなたの応対<ruby><rb>振</rb><rt>ぶり</rt></ruby>は、まだ十分とは言へなかつたやうですね、あの方は<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>の出やうによつては、もつとお<ruby><rb>需</rb><rt>もと</rt></ruby>めになつたかも知れませんよ。」

売子娘は酸つぱい物を<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めさせられたやうな顔をしたが、それでも負けては居なかつた。

「あなたはお客扱ひがお上手でいらつしやるやうね。何ならこゝで暫くお手本を見せて<ruby><rb>戴</rb><rt>いただ</rt></ruby>けないでせうか。」

「よろしい、承知しました。」

客はかう言つて、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>する娘には頓着なく、すつと帳場に入つて来た。そして身軽に外套と帽子とを脱ぎざま、今入つて来たばかりの婦人客の方へ愛嬌のある顔をふり向けた。

「毎度御贔屓に預かりまして……<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は何か……」

「わたし<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>の利く白手套が欲しいんですが……」

紳士は売子娘に白手套のしまつてある棚を訊いた。そしてその中から二揃ひ持ち出して来た。

「いかゞでございませう、このお品では。それからお<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんだく</rt></ruby>なさいます<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>別のがお<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>だと存じますが。」

「さうね、ぢや二つ戴きませうよ。」と婦人客は白手套の二つを<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ取つた。

「今一つこんなのを御覧に入れたいと存じますが。」紳士は先刻の棚から別の手套を持ち出して来た。「御覧の通り、これは鼠色でございますが、お<ruby><rb>劇の昼興行</rb><rt>マチネー</rt></ruby>やお寺詣りにはこの方がお似合ひかと存じまして。何ならこれも二揃ひばかりお持ちになりましては。」

婦人客はその鼠色の手套をも言ひなり通り二つ<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>はされた。たつた一つの手套が買ひたさに店に入つて来たものが、出る時には四つの手套を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げてゐた。それもほんの十分間の出来事に過ぎなかつた。

お客が帰つてゆくと、売子娘はすつかり感心したらしく言つた。

「まあ、お上手だわね、貴方これ迄屹度どこかの売子だつたんでせう。そしてお<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>へ雇はれたくつて、今日<ruby><rb>往</rb><rt>い</rt></ruby>らしたのぢやなくつて。」

「さうかも知れません。」

紳士は外套と帽子とを受取りながら言つた。そして紙入から自分の名刺を取り出して娘に呉れてやつた。それを見ると娘は仰天して<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほほづき</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>真紅</rb><rt>まつか</rt></ruby>になつた。紳士は<ruby><rb>擬</rb><rt>まが</rt></ruby>ふ<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>もないワナメエカアの主人だつた。

十二<ruby><rb>種</rb><rt>いろ</rt></ruby>の新聞を読む小僧<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・３（夕）

今はむかし、米国のアイオワ州、パノラの町のさる銀行支店に給仕を勤めてゐた十五歳ばかしの少年があつた。恐ろしくこまめな<ruby><rb>性質</rb><rt>たち</rt></ruby>で、朝はやく起きると、直ぐ<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>を掃除する。掃除がすむと、今度はせつせと雑巾がけをする。それから<ruby><rb>暖炉</rb><rt>ストウヴ</rt></ruby>を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>きつけ、窓硝子を拭き、<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゆう</rt></ruby>製の欄干を拭き込む。拭いて拭いて重役の頭のやうにぴか〱光り出すまでは少しも手を休めない。

<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>のなかの掃除がすむと、給仕はいきなり表へ飛び出して、街道を掃除する。雨あがりの道に水溜りが出来てゐると、<ruby><rb>附近</rb><rt>あたり</rt></ruby>の土をならげてそれを埋合はせ、町の人の通り易いやうにする。――かうしてせつせと働いて、一週に三弗の給金を貰ふ外には、別に誰からお礼を言はれるのでもないが、給仕は少しも不足の顔を見せなかつた。

その一週三弗の給金で、給仕はいつも素晴らしい買物をする事に<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めてゐた。素晴しい買物といふと、<ruby><rb>算盤高</rb><rt>そろばんたか</rt></ruby>い今の人は直ぐ船株か<ruby><rb>鶉</rb><rt>うづら</rt></ruby>の卵かを聯想するらしいが、給仕の買つたのはそんなけちな物ではなかつた。亜米利加のいろんな<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>から出る週刊新聞の主だつたもの十二<ruby><rb>種</rb><rt>いろ</rt></ruby>ばかりだつた。

「何だつて、そんなに週刊新聞ばかり買込むのだね。」

ある時、同じ銀行の貯金掛りがかう言つて<ruby><rb>調弄</rb><rt>からか</rt></ruby>ふと、給仕は悧巧さうな、くるくるした顔をあげた。

「広い世界のいろんな事が知りたいからなんです。パノラの町は私にとつて余り狭すぎるんです。」

夕方銀行の仕事が済むと、給仕は自分の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>に入つて、その十二<ruby><rb>種</rb><rt>いろ</rt></ruby>の週刊新聞に気も心も吸ひ取られたやうにじつと読み耽つたものだ。そして狭いパノラの町で、どんなことが起きようが、それは少しも<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんぢやく</rt></ruby>しなかつた。

給仕は<ruby><rb>成長</rb><rt>おほき</rt></ruby>くなるに連れて、ぐん〱出世をした。タフト氏が大統領をしてゐた頃、この給仕を大蔵省の秘書に<ruby><rb>抜擢</rb><rt>ばつてき</rt></ruby>しようとしたが、給仕は<ruby><rb>首</rb><rt>かぶり</rt></ruby>をふつて承知しなかつた。その人こそシカゴの有名な銀行家ジオヂ・レイノルヅ氏で、今では<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>の銀行を除いては、米国第一の大資本を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてるシカゴ某銀行の頭取である。

<ruby><rb>清野</rb><rt>せいの</rt></ruby>知事辞職説<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・４（夕）

この頃清野兵庫県知事が官吏を<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>して、<ruby><rb>前垂掛</rb><rt>まへだれかけ</rt></ruby>になつて鈴木商店に入るといふ噂が頻りと立つてゐる。これを鈴木の金子直吉氏に訊くと、金子氏は急に<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>字のＭのやうに真面目くさつて、（金子氏は聞えた羅馬字論者である）

「嘘ですよ、嘘ですよ。そんな事はありやうがありません。」

と<ruby><rb>強</rb><rt>きつ</rt></ruby>く<ruby><rb>首</rb><rt>かうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つてゐる。知事に訊くと、知事はまたわざと、顔をしかめて、

「嘘だよ、嘘だよ。そんな事はありやうがないぢやないか。」

ときつぱりと言ひ消してゐる。

だが、火のない所に<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>の立ちやうがないと同じやうに、世間の噂にもそれ相応の<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>はあるものだ。話は少し古いが、米騒動のどさくさ紛れに、鈴木商店が<ruby><rb>附火</rb><rt>つけび</rt></ruby>に遭つた。あの当時の清野知事の<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り方については世間にも何かと取沙汰があつたものだ。

その取沙汰は、清野氏の子供が通つてゐる小学校にまで伝はつて往つた。子供は多くの場合に残酷なほど正直なものである。とりわけ貧乏人の子供は、<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>の言ひ得ない事を言ふものである。彼等は知事の子供を見ると言つたものだ。

「君とこの<ruby><rb>阿父</rb><rt>おと</rt></ruby>つつあんは厭に鈴木の肩を持つんだね、帰つたらさう言つておくんな。<ruby><rb>些</rb><rt>ちつ</rt></ruby>とはこちとらの事も考へてくれつてね。うちの<ruby><rb>爺</rb><rt>ちやん</rt></ruby>が言つてたよ。貧乏人はやりきれないつて。」

知事の子供は<ruby><rb>雛</rb><rt>ひな</rt></ruby>つ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>のやうに口を尖らせた。

「だつて、君、うちの<ruby><rb>阿父様</rb><rt>おとうさま</rt></ruby>は鈴木に入るかも知れないんだもの。入つたら二番目だと言つてたよ。」

「そんな事誰に聞いたんだよ。」

「<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>で聞いたんだよ。僕まだ外にいろんな事を聞いてら。」

子供達は顔を見合せた。これはてつきり清野の<ruby><rb>爺</rb><rt>ちやん</rt></ruby>とおつ<ruby><rb>母</rb><rt>かあ</rt></ruby>との寝物語を聞いたのに相違ないと思つたのだ。子供といふものは、<ruby><rb>両親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の寝物語からいろんな智識を得るものなのだ。自分は<ruby><rb>両親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>が結婚してから三月目に出来た子供だといふ事、借りた金には利息といふものが要るといふ事を知るのは、大抵の場合<ruby><rb>両親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の寝物語からである。

この話が次から次へと伝はつて、清野氏が鈴木へ入るといふ世間の評判になつたのである。子供は多くの場合大人よりも正直なものだ。しかし大人の方ではまた、

「子供のいふ事だ、当てになるものか。」

と、それを笑ひ話にしてしまふ<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>を知つてゐる。

むかしむかし、お殿様があつた。ある日の事家来衆と馬を飛ばせて山に入つて来た。そして静かな森に来ると、急に声を<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めて、

「お天気続きだから、明日は畑に豆を蒔かう。」

と言ひ出した。そんな事だつたら、何も馬で山の中に来るまでもありますまいと言ふと、殿様は真面目なお顔で、

「でも、屋敷では軒の鳩が立聴きをしまいものでもない。」

と言つたといふ事だ。

清野知事を始め世間の親達に教へる。鳩や子供達のゐるところでは、うかと大声で寝物語は出来ないものでござるぞ。

婦人と多妻主義者<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・５（夕）

米国のユウタア州は、人も知つてゐる通り、モルモン宗の本山があるところだけに、そこには鶏のやうに<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>をたんと引連れた人達も少くない。

このユウタア州選出の上院議員に、スムウトといふ男がゐる。先日<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニユーヨーク</rt></ruby>市のある会合で、紐育生れを何よりの自慢にしてゐるある婦人に出会つた事があつた。婦人はスムウト氏がユウタア州の生れだといふ事を訊くと、<ruby><rb>寡婦</rb><rt>やもめ</rt></ruby>の<ruby><rb>雌鶏</rb><rt>めんどり</rt></ruby>のやうにぐつと<ruby><rb>反身</rb><rt>そりみ</rt></ruby>になつて近づいて来た。

「スムウトさん、一寸伺ひますが、お国には一人の殿方で奥さんをたんとお持ちの方が随分ゐらつしやるさうですが<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>なんですか。」

婦人の言葉には、胡椒のやうな皮肉な<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>があつた。が、<ruby><rb>人交際</rb><rt>ひとつきあひ</rt></ruby>の上手なこの上院議員は別に厭な顔も見せなかつた。

「<ruby><rb>真実</rb><rt>まつたく</rt></ruby>ですよ、奥さん。」

「失礼ですが、あなたもそのお一人なんですか。」

婦人は<ruby><rb>寡婦鶏</rb><rt>やもめどり</rt></ruby>のやうに、伸びかかつた<ruby><rb>蹴爪</rb><rt>けづめ</rt></ruby>でおとなしい上院議員を跳ね飛ばしかねないやうな素振を見せた。

「仕方がありませんよ、奥さん。実は<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の<ruby><rb>習慣</rb><rt>ならひ</rt></ruby>で、私の<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>ではさうしなければならない事情があるのです。」上院議員は剃り立ての顔を撫でながら、目で笑ひ〱言つた。

「事情つてどんな事情なんです。」

婦人はきめつけるやうな調子で訊いた。

「いえね、かうなんです。奥さん方のやうな紐育婦人が――」上院議員はにやにや愛嬌笑ひをしながら言つた。「紐育生れの御婦人が一人して持つてらつしやる色々な美点は、<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>の女では三人四人集めなければ得られないからなんですよ。」

「まあ、お世辞のいゝ事……」

紐育生れの婦人は、カナリヤのやうな声を立てて笑つた。そしてその一瞬間、この上院議員に限つて、三百人<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>を持つても一向差支ないと思つたらしかつた。

サモワルと板垣伯<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・６（夕）

少しでも露西亜小説を読んだ事のある人は、あちらではどんな田舎でも、家庭のあるところには屹度<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>があるのを知つてゐるだらう。<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>は露西亜人の家庭生活に無くてならない一番大事な道具である。

<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>は便利で、<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に火持ちがいいところから、聯合軍が<ruby><rb>浦塩</rb><rt>ウラジホ</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>つてから、あの界隈の<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>は段々<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ集められて、アメリカあたりへ輸出された。その<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>かして、今では浦塩の<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>で、<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>は滅多に見つからなくなり、以前は十五六円だつたものが、今では六七十円も出さなければ容易に手に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>らなくなつた。

その<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>を早くから利用してゐる日本人に、伯爵板垣退助氏がある。板垣氏が秘蔵つ児として育て上げた「自由」が、<ruby><rb>成長</rb><rt>おほき</rt></ruby>くなるにつれて「官僚」と<ruby><rb>野合</rb><rt>なれあ</rt></ruby>つて、原敬さんのやうな頭の白い赤ん坊を生むだ<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>、板垣氏が<ruby><rb>洟</rb><rt>みづはな</rt></ruby>を啜りながら、<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>をお友達としてゐるに不思議はないやうに思ふ人があるかも知れないが、板垣氏はその<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>を台所におかないで、所もあらうに<ruby><rb>厠</rb><rt>はゞかり</rt></ruby>に置いてゐるのだ。

板垣家の<ruby><rb>手水場</rb><rt>てうづば</rt></ruby>で手を洗はうとするものは、誰でもが其処に置いてある<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>の余り見馴れない恰好に先づ目をとめる。そして<ruby><rb>捩子</rb><rt>ねぢ</rt></ruby>をひねると温かい湯が勢ひよく<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>に流れ出す気持よさに覚えず<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>きつけられる。

「これは妙だ。おつにひねつてゐらあ。」どんなお客でもが<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに言つたものだ。「伯爵の持物にしては少し洒落過ぎてら。」

実際伯爵の持物にしては、少し洒落すぎてゐるが、それを見た多くの客達に誰ひとり<ruby><rb>湯沸</rb><rt>サモワル</rt></ruby>だと気がついた者はなかつた。

客のなかに、主人と同じ伯爵で、同じやうな貧乏人があつた。

「一寸御主人に伺ひますが、あの手洗ひは一体どこからお取寄せになりました。」

「あれか、あれは露西亜帰りの男に土産に貰つたのだが――」板垣氏は<ruby><rb>洟</rb><rt>みづばな</rt></ruby>を啜りながら肩をゆすぶつた。「あちらでは何に使つてるものか、誰に訊いてもわかりよらん。」

島村抱月氏<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（一）</span><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・７（夕）

島村抱月氏が亡くなつたのは、文壇にとつても、劇壇にとつても、償ふべからざる損失である。今日からこの亡友とその事業とについて少し書いてみたい。

上田敏氏が亡くなつた当時、自分はこんな痛ましい死はない、全く運命の<ruby><rb>暗討</rb><rt>やみうち</rt></ruby>だと思つたが、島村氏の死もまた同じやうな運命の暗討であつた。卑怯な運命の不意討であつた。

島村氏は寂しい人であつた。<ruby><rb>翡翠</rb><rt>かはせみ</rt></ruby>のやうに寂しい心を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>いてゐる人であつた。差向ひで<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>をする折にも、野口米次郎氏や、蒲原有明氏や、岩野泡鳴氏などの如く、興がはずむと覚えず声が高くなるといふやうな事はなく、いつも落ついた静かな声で話しをしてゐた。笑ふのにも声を立てるやうな事は滅多になかつた。

とりわけ人を<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>きつけたのはその眼だつた。智慧の澄んだ光と、愛の柔かい潤ひとに充ちた眼の力は、氏の人格の小さな窓だつた。一時『早稲田文学』を引受けてゐた或る<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>の主人などはあの眼を見ると、どんな無理な交渉をも承知しなければならなくなるからといつて、島村氏と差し向ひの時は、いつも<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いてゐた程だつた。

余り長くなかつた島村氏が一生の事業は、その色合から見て三期に分ける事が出来る。早稲田を出てから洋行する迄が第一期。洋行から帰つてから文芸協会解散までが第二期。それから芸術座創設から亡くなるまでが第三期。

自分は氏が洋行の一二年前から<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあ</rt></ruby>つたので、学生時代の氏については少しも知らない。唯氏と同期の後藤宙外氏の口から、氏は毎朝学校へ来るのに、校門の前に立つてきつと<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに<ruby><rb>尿</rb><rt>いばり</rt></ruby>をした。どんな場合にも袴をとつた事のない氏は、その度に袴の裾をからげるのがうるさいからといつて、<ruby><rb>終</rb><rt>つひ</rt></ruby>にはその袴に<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>綻</rb><rt>ほころ</rt></ruby>びを拵へてその儘にしてゐたといふ事を聞いた事があつた。

洋行をする折には、氏は神戸から信濃丸に乗込んだ。その前日大阪に来てその頃<ruby><rb>南本町</rb><rt>みなみほんまち</rt></ruby>にあつた<ruby><rb>船場</rb><rt>せんば</rt></ruby>館といふ<ruby><rb>旅屋</rb><rt>やどや</rt></ruby>に泊つた。その<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>は余り遅くまで話し込んだので、私もそこに泊り合せる事になつたが、さて<ruby><rb>寝衣</rb><rt>ねまき</rt></ruby>を着替へようといふ時、私は氏が痩せた<ruby><rb>下腹</rb><rt>したばら</rt></ruby>に<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>んだか得体のわからない物を捲きつけてゐるのを見つけた。

「何です、それは。」

「これですか。」氏は笑ひ〱それを腹から引外した。「この中には大事な物が入つてるのです。」

氏は薄暗い<ruby><rb>燈</rb><rt>ともしび</rt></ruby>の下で、そのなかから、海外旅行券や正金銀行の為替券や、早稲田の学校から<ruby><rb>牛津</rb><rt>オツクスフオード</rt></ruby>大学へ宛てた紹介状のやうなものまで取出して見せてくれた。

島村抱月氏<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（二）</span><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・８（夕）

島村氏の洋行前に、自分は一度連れ立つて文楽座の人形芝居に往つた事があつた。その折故人摂津大掾の出し物は『<ruby><rb>廓文章</rb><rt>くるわぶんしやう</rt></ruby>』の吉田屋だつたが、人形芝居が初めての氏は、紋十郎の夕霧の美しい使ひ振にひどく<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>きつけられたらしかつた。その頃師の坪内逍遙氏などと一緒に、高山<ruby><rb>樗牛</rb><rt>ちよぎう</rt></ruby>の美的生活論に反抗の声を揚げてゐた氏は、その高山氏に<ruby><rb>立聴</rb><rt>たちぎき</rt></ruby>されるのを気遣ひでもするやうに、そつと声を低めて、

「美的生活も高山君の議論では承知出来かねるが、紋十郎の芸術からはその儘受け容れる事が出来ますね。」

と言つたのをよく覚えてゐる。

洋行中ずつと<ruby><rb>被古</rb><rt>きふる</rt></ruby>したらしい、古い<ruby><rb>麦稈</rb><rt>むぎわら</rt></ruby>帽でひよつくり神戸に帰つて来た島村氏は、以前と同じやうな<ruby><rb>質素</rb><rt>じみ</rt></ruby>な<ruby><rb>身装</rb><rt>みなり</rt></ruby>だつたが、精神生活においては、もう<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>の抱月氏ではなかつた。言葉をかへていふと、早稲田の<ruby><rb>臭味</rb><rt>くさみ</rt></ruby>が<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby><ruby><rb>脱</rb><rt>と</rt></ruby>れてゐた。

早稲田文学を再興してから、自然主義の新運動を捲き起した前後にかけての、氏の働き<ruby><rb>風</rb><rt>ぶり</rt></ruby>は実際花々しかつた。私の知つてゐる限りでは、氏は大した読書家ではなかつた。自然主義唱道の当時も、<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロツパ</rt></ruby>の自然流の作品については、余り多く<ruby><rb>親</rb><rt>したし</rt></ruby>むでは居なかつたやうだが、渉猟した書物から<ruby><rb>獲</rb><rt>え</rt></ruby>た智識を、統一し摂取して自分のものにするには独得の技倆を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>つてゐた。

秀れてゐたのは氏の批評眼で、芸術的作品にも、人生の事実にも、その真相を突きとめなければ<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>まないその透徹な分析力と綜合力とは当時の文壇にづばぬけて光つてゐた。坪内博士は氏の批評眼と鑑賞力とを並べて推称してゐたが、自分の見るところでは、鑑賞力では上田敏氏の方が、氏よりも一段と秀れてゐたらしかつたが、批評眼では上田氏よりも島村氏の方がずつと鋭かつた。

洋行から帰つて来ると、氏は牛込の喜久井<ruby><rb>町</rb><rt>ちやう</rt></ruby>に自分の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を新築した。その頃氏は新築といふ事にかなり興味をもつてゐたらしく、ある日私が訪ねてゆくと、<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby>設計図など取り出して一々説明して聞かせてくれたものだ。私はそんな事に一向興味をもつてゐなかつたので、気のない返事ばかりしてゐた。丁度そこへ徳田<ruby><rb>秋江</rb><rt>しうかう</rt></ruby>氏が来合はせたので、新しい材木のごたくさ転がつた<ruby><rb>間</rb><rt>なか</rt></ruby>に立つて写真を撮つた事があつた。

島村氏はその後家庭を破壊して、自分で家を飛び出した。それについて内部の事情を知らない「世間」から氏はかなり<ruby><rb>手酷</rb><rt>てひど</rt></ruby>い攻撃を受けたが、私達は氏の如き感情に<ruby><rb>饒</rb><rt>ゆた</rt></ruby>かな、理智に明るい人が、かうした道を取らなければならなかつた周囲の事情を先づ察しなければならない。洋行<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>氏がいつもに似ぬ激越な調子で、文士無妻論を唱へた事情を知つてゐるものは、氏の家庭にいつかはかうした運命が来るものと予察も出来てゐたのだ。

島村抱月氏<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（三）</span><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・９（夕）

家庭の<ruby><rb>紛雑</rb><rt>いざこざ</rt></ruby>は島村氏を極度の神経衰弱に陥らしめた。氏はそれを治すためにある<ruby><rb>歳</rb><rt>とし</rt></ruby>の秋から冬にかけて、かなり長い間京都三<ruby><rb>本木</rb><rt>ぼんぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>信楽</rb><rt>しがらき</rt></ruby>に泊つてゐた。その<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>は上田敏氏や、平田<ruby><rb>禿木</rb><rt>とくぼく</rt></ruby>氏や、与謝野晶子女史やが泊りつけのもので、私にはとりわけ<ruby><rb>昵懇</rb><rt>なじみ</rt></ruby>が深かつた。千鳥の声の聞える一夜、私達はそこから出て、岡崎を南に、知恩院の境内を通りぬけ、絃歌の雨のやうに降り注ぐ祇園を西に、四条大橋の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>まで来た。そしてそこの料亭で一杯のマラスキノにほんのり顔を染めて、今更のやうに眼を見交した事があつた。その夜の抱月氏の眼は矢張り<ruby><rb>翡翠</rb><rt>ひすい</rt></ruby>のそれのやうに寂しかつた。

その頃氏はよく奈良へも往つた。そしてかなりの熱心をもつて、この古い都に残された造形芸術に親んだらしかつた。静寧な南欧の自然と、そこに伝はつた古芸術とが、ゲエテを救つて新生命を点じたやうに、それ程深く奈良や京都の自然と古芸術とが、氏を感化したとは思はれなかつたが、少くとも氏の鑑賞力を養つた事だけは明かだつた。

松井須磨子とその生活と事業とを共にするやうになつてからは、氏は真一文字に学者の、批評家の立場から<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>つて来た。そして新劇の先駆者としてその険しい道を<ruby><rb>拓</rb><rt>ひら</rt></ruby>きはじめた。島村氏のそれからの事業は、唯もう須磨子を仕立上げる、この女優を完成させるといふ事に夢中で、須磨子を仕立上げるのは、やがて新劇を樹立させる事であると堅く信じてゐたらしい。

それが為に氏は先輩とも同輩とも、後輩とも<ruby><rb>仲違</rb><rt>なかたが</rt></ruby>ひをした事が少くなかつた。須磨子を自分の愛人であると同時に、自分の唯一の芸術品であると信じてゐた氏にとつては、それも止むを得ない犠牲に相違なかつた。オリイヴ・シユライナア女史の書いたものに、その製作のために段々痩せ衰へる画家があつた。<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>の色はこの世のものとも思へぬ程朱に燃えてゐた。画家はやがて製作の前に<ruby><rb>斃</rb><rt>たふ</rt></ruby>れた。見ると心の臓は切り開かれてゐた。画家は自らの血を絞つてその製作に塗つてゐたのだつたといふやうな事があつた。実をいふと、須磨子の芸術が段々際立つてよくなつて来ると共に、島村氏の生活は痩せて来た。以前から寂しい人だつた氏が近頃になつて一層寂しくなつた――少くとも私にはさう思はれた。

島村抱月氏<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">（四）</span><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>（夕）

確か神戸の<ruby><rb>聚楽</rb><rt>しふらく</rt></ruby>館で芸術座が『モンナ・ヷンナ』を上演した当時だと思ふ、そこの食堂で私達が会食してゐると、羽織袴の若い男がすつと入つて来て島村氏に挨拶をした。そして<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>からたつた一枚きりの、<ruby><rb>短冊</rb><rt>たんざく</rt></ruby>を出して何か書いてくれと<ruby><rb>強請</rb><rt>せが</rt></ruby>んだ。氏は余儀なく万年筆を取り出して、さらさらと書きつけた。

セリセツト死にぬ哀れの妻なれど妻に代へたる恋もたふとし

私はそれを読んで涙が内に流れる気持がした。セリセツトは言ふ迄もなくマアテルリングが作中の一人物を<ruby><rb>藉</rb><rt>か</rt></ruby>りて島村氏自身の痛ましい夢をさしたものに外ならなかつた。

「妻に代へたる恋も尊し」――実際島村氏が須磨子との恋は、氏にとつて二つとない物だつた。氏は須磨子を愛し、須磨子を自分の芸術として仕上げ、完成させるためには、<ruby><rb>有</rb><rt>あら</rt></ruby>ゆる努力をした。聰明な氏は自分の天分が学者であり、批評家であるに適してゐた事を知らない筈はなかつた。それだのに氏はその地位を<ruby><rb>古履</rb><rt>ふるぐつ</rt></ruby>のやうに捨てて自ら作家たり、舞台監督たり、劇場支配人たり、実行家たらうとした。それは新劇の樹立といふ大きな目的のためではあつたが、須磨子こそはその目的に要する氏が製作の唯一の粘土であり、大理石であり、幻であつた。

島村氏のやうな正直で<ruby><rb>温和</rb><rt>おとな</rt></ruby>しい人が、嘘と掛引との多い劇界へ入つて、個性を<ruby><rb>傷</rb><rt>きずつ</rt></ruby>けられはしまいかといふのは、氏の友人知己の気遣ひであつたが、実際はそれも<ruby><rb>杞憂</rb><rt>きいう</rt></ruby>に過ぎなかつた。興行の事でいつも氏と交渉をしてゐた<ruby><rb>松竹</rb><rt>まつたけ</rt></ruby>合名社の某氏などは言ひ〱してゐた。

「島村さんのやうな正直な方に逢つては叶ひません。掛引など気恥しくて出来やしません。それでは<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて貴方の方の御損ですよと、こちらから御注意するやうな事が度々ありました。」

実際はさうでも無かつたらしいが、氏はそんな事に頓着なく、いつでも正直と生一本とでずつと押通してゐた。

島村氏は亡くなつた。氏の生活と事業とは卑怯な自然の<ruby><rb>暗討</rb><rt>やみうち</rt></ruby>に遭つて未完成のまゝ残されてしまつた。それは氏の運命であると共に、また人間の運命である。氏の事業は門下生や多くの座員によつて継続されるだらうが、氏の<ruby><rb>精神</rb><rt>こゝろ</rt></ruby>の、<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>の、そしてまた愛の跡継は松井須磨子でなくてはならない。須磨子は故人が半生の愛人であり、芸術品であるからである。

思へば九月二十日、京都南座で氏に会つたのが最後であつた。私達は<ruby><rb>長田</rb><rt>ながた</rt></ruby>秀雄氏と三人小さな<ruby><rb>卓</rb><rt>テーブル</rt></ruby>を<ruby><rb>囲</rb><rt>かこ</rt></ruby>つて色々の話をした。氏はその折吾が<ruby><rb>紙</rb><rt>し</rt></ruby>のために<ruby><rb>近々</rb><rt>きん〱</rt></ruby>演劇と当局の取締とについて長い論文を書かうと約束をした。その論文も永久に見られなくなつたのは、私の読者と共に残念でたまらない所である。

人相見<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

<ruby><rb>少</rb><rt>わか</rt></ruby>い時には誰しも自分の身の方向に迷ふものだが、アメリカのある少年が、自分にはどんな<ruby><rb>職業</rb><rt>しごと</rt></ruby>が向いてるか知らと、色々思案の末がよくある<ruby><rb>慣</rb><rt>なら</rt></ruby>ひで人相見のとこに出かけて往つた事があつた。

人相見はしかつべらしい顔をして、少年に色々の事を訊いた。いづれも人相を見るのに聴いておかなければならぬ事かも知れなかつたが、中には<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うでもよからうと思はれるやうな事までも訊いた。それは、

「お前さんには姉さんがゐるかね。<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>は幾つなの。」

と訊いた事で、姉があらうがあるまいが、その姉が幾つであらうが自分の人相に関係もない事だと思つたので、少年はそれには返辞をしなかつた。

質問がすむと、人相見は少年の額を押へてみた。次ぎにはまた<ruby><rb>頸窩</rb><rt>ぼんのくぼ</rt></ruby>を押へたりした。そして<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に<ruby><rb>両臂</rb><rt>りやうひぢ</rt></ruby>をついて、じつと頭を抱へて、暫く考へ込んでゐたが、やつとの事で次のやうな検察書をかいてくれた。

「貴殿は世間並の人となるべし。卓抜のところは少しも見えず。才気なければ、人の長たる事思ひもよらず。吾が力を<ruby><rb>恃</rb><rt>たの</rt></ruby>むほどの自信もなし。かるが<ruby><rb>故</rb><rt>ゆゑ</rt></ruby>に人の<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に立たんなどの身に過ぎる事に志すべからず。<ruby><rb>万</rb><rt>よろ</rt></ruby>づ吾が程を知りて、分に安んじなば身も安全なるべし。」

少年はそれを読むで一時がつかりしたらしかつたが、それでもせつせと精を出すに越した事はない筈だと、一生懸命に仕事を励むだ。すると、不思議な事に、ぐんぐん出世して吾と吾が力を恃む事が出来るやうになり、安心して人の長になる事も出来るやうになつた。この少年は誰あらう、今米国の造船総監として非凡の手腕を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つてゐるチヤアルズ・シユワツブ氏その人である。

茶話記者がある時大和の<ruby><rb>久米寺</rb><rt>くめでら</rt></ruby>に<ruby><rb>詣</rb><rt>まゐ</rt></ruby>つたことがあつた。本堂の<ruby><rb>蔀格子</rb><rt>しとみがうし</rt></ruby>につかまつて<ruby><rb>内陣</rb><rt>なか</rt></ruby>を覗き込むでゐると、後ろから、

「どうだす、一つ手相を見せて頂けまへんやろか。」

といふ声がした。振りかへると、お札売の爺さんであつた。

私は<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を爺さんの鼻先につきつけた。爺さんは<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうにうそうそ嗅ぎまはつてゐたが、

「あんさん、よろしおまんな手相が。株を買ひなはつたら屹度上りま。縁談やつたら<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>きなはらん方がよろしおますが、事によつたら国会議員になんなはるかも知れまへんぜ。」

丁度その頃議員の選挙期だつたので、爺さんは思ひ出したやうに、こんな事までつけ足した。

おかげで、記者は二十銭銀貨を奮発させられた。国会議員になるには廿銭位が相当だと思つてゐたのだ。――ところが、いつまで待つてもなりさうにはない。

<ruby><rb>女形</rb><rt>をやま</rt></ruby>の心得<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

むかし<ruby><rb>翫雀</rb><rt>くわんじやく</rt></ruby>歌右衛門が、女形をする心得を言ひ残した事があつた。それによると、女形はすべて膝がついて居なければならない、何よりも大事なのは、この膝で、そして手元を柔かにしてゐれば、その儘女になりきる事が出来るのださうだ。

浜村屋菊之丞といふ女形が、<ruby><rb>木挽町</rb><rt>こびきちやう</rt></ruby>で菅原を<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>つたとき、<ruby><rb>覚寿</rb><rt>かくじゆ</rt></ruby>と梅王と千代との三役を勤めた事があつた。梅王には今浪花座で多見蔵のやつてゐるやうに<ruby><rb>車曳</rb><rt>くるまびき</rt></ruby>の<ruby><rb>条</rb><rt>すぢ</rt></ruby>で、<ruby><rb>両臂</rb><rt>りやうひぢ</rt></ruby>を張り手先を肩に預けないやうに腕を組むで、

「<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>ひふとつた<ruby><rb>時平</rb><rt>しへい</rt></ruby>どんの尻こぶら、二つ三つ……」と<ruby><rb>左手</rb><rt>ひだり</rt></ruby>の拳で右の二の腕を打つところがある。それを菊之丞が<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>ういふかは幕内の面白い問題となつてゐた。

といふのは、その頃は女形のつつましい口からは、尻といふやうな<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>たない言葉は夢にも言つてはならない事になつてゐた。ところが、菊之丞は稽古の時、そこへ来ると、急に声を落して何か訳の分らぬ事をくどくどと言つて誤魔化してゐた。

「何を言つてるのだらう、芝居が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いてもあんなぢや困つてしまふが。」

皆は<ruby><rb>寄々</rb><rt>より〱</rt></ruby>その事を話して気遣つたものだ。すると初日の幕が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いた。待ち設けた車曳となつた。皆は<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぢゆうを耳のやうにして、その<ruby><rb>台辞</rb><rt>せりふ</rt></ruby>を待つた。菊之丞は叫んだ。

「時平どんの御面相二つ三つ……」

皆はやつと安心して、ほつと息をついた。

今浪花座に出てゐる中村福助が、去年淀川に<ruby><rb>堤切</rb><rt>どてぎ</rt></ruby>れがあつた当時、<ruby><rb>清荒神</rb><rt>きよしくわうじん</rt></ruby>から大勢の贔屓<ruby><rb>客</rb><rt>かく</rt></ruby>と一緒に、大阪帰りの電車に乗込んだ事があつた。電車が<ruby><rb>十三</rb><rt>じふさう</rt></ruby>と三<ruby><rb>国</rb><rt>くに</rt></ruby>との間に来ると、<ruby><rb>出水</rb><rt>でみづ</rt></ruby>はもう<ruby><rb>軌道</rb><rt>レエル</rt></ruby>を<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>してゐて、車は鳥のやうに声を立てながらおつかなびつくりに進むより外に仕方がなかつた。福助は物珍しさうに窓に顔を押しつけて、<ruby><rb>夜目</rb><rt>よめ</rt></ruby>に気味悪く光る水の<ruby><rb>面</rb><rt>おも</rt></ruby>を眺めてゐたが、ひよいと<ruby><rb>連</rb><rt>つれ</rt></ruby>の男を振かへつたと思ふと、

「どうだす、これが<ruby><rb>砂糖水</rb><rt>さたうみづ</rt></ruby>やつたらよろしおまんのになあ。」

と、舌<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めずりをしながら言つてゐた。

帝劇の尾上梅幸が、芝居がはねてから、夜遅く友達と一緒に<ruby><rb>外濠</rb><rt>そとぼり</rt></ruby>を歩いてゐた。空には星が瞬きをしてゐた。梅幸は立ちどまつてじつとそれに見とれてゐたが、しみじみと思ひ込んだらしく、

「あれが、<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>ダイヤだつたらなあ。」

と独り言のやうに言つたといふ事だ。

梅幸も福助もさすがに女になりきつてゐる。<ruby><rb>値安</rb><rt>ねやす</rt></ruby>で成るべく<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い物を手に入れたいと思つてゐる点において。

有島<ruby><rb>武郎</rb><rt>たけを</rt></ruby>氏と西洋人<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

小説家有島武郎氏が、米国留学から帰つて来る途中仏蘭西へ廻つて、その頃<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>で絵を習つてゐた弟の<ruby><rb>生馬</rb><rt>いくま</rt></ruby>氏を訪れた事があつた。

兄弟久しぶりに外国で出会つた嬉しさは、また格別のものだつた。生馬氏は武郎氏を案内して方々を歩き廻つたが、帰りにはいつも<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに、モンマルトル辺にある日本の留学生が<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きつけの料理屋へ入つて、食事をする事にしてゐた。

ある日も、有島兄弟はかなり歩き疲れてその料理屋に入つて来た。そして<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>の騒々しさと掛け離れた静かな<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>りかゝつて、ちびり〱<ruby><rb>洋盃</rb><rt>コツプ</rt></ruby>の<ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>を<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めながら、頭を突き合はせて<ruby><rb>低声</rb><rt>こごゑ</rt></ruby>で何か話してゐた。

すると、だしぬけに表から飛び込んで来た男がある。雀のやうな小柄な日本人で、春さきによく窓から飛び込んで来る雀のやうに慌てきつてゐた。その男は入つて来ると、いきなり有島氏兄弟の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>にあつた椅子に腰をおろした。そしてきよろきよろした眼つきで、<ruby><rb>先客</rb><rt>せんかく</rt></ruby>二人の顔を見比べてゐたが、急に気がついたやうにすつと立ち上つて、向ふの<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>に往つた。

そこには<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>の広い色変りの帽子や、<ruby><rb>天鵞絨</rb><rt>びろうど</rt></ruby>の洋服を着た日本の<ruby><rb>画学生</rb><rt>ゑがくせい</rt></ruby>が五六人集まつてゐた。みんな喰べ酔つた顔をしながら、巻煙草の<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶり</rt></ruby>と一緒に、<ruby><rb>淫</rb><rt>みだら</rt></ruby>な女の噂などを吐き出してゐた。雀のやうな小男は、そのなかに割り込むと笑ひ〱大声ではしやいだ。

「どうだい、あすこの隅つこにゐる毛唐は恐ろしく日本人に<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>てるぢやないか。僕はすつかり見違つて、今あすこへ割り込んだぢやないか。」

皆はその男の指さした方を見た。そこには有島氏兄弟が<ruby><rb>怪訝</rb><rt>けげん</rt></ruby>さうな顔をして、<ruby><rb>此方</rb><rt>こつち</rt></ruby>を振り向いでゐた。

「あれは君、有島君兄弟ぢやないか。毛唐と見違ふなんて随分だね。」皆は声を立てて笑つた。「ぢや、一つ<ruby><rb>紹介</rb><rt>ひきあはせ</rt></ruby>をしよう。こつちへ来たまへ、五<ruby><rb>来</rb><rt>らい</rt></ruby>君。」

その雀のやうな小男は、新聞記者の五来<ruby><rb>素川</rb><rt>そせん</rt></ruby>氏だつた。

有馬武郎氏は、それから帰国すると程なく、ある用事で読売新聞社に五来氏を訪ねた。五来氏は巴里の料理屋で見たやうに、<ruby><rb>慌</rb><rt>あわたゞ</rt></ruby>しく応接室に入つて来た。そしてしげしげ有島氏の顔を見てゐたが、急にしんみりした調子になつて、

「有島君、君も随分<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>を取りましたね。」

と言つた。

有馬氏は巴里このかたそんなに齢を取つた覚えはなかつたので、かう言はれると、余りいい気持はしなかつた。で、何故だらうと色々話してゐるうちに、五来氏が自分を弟の生馬氏と見違つてゐる事に気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

「それぢや、君は私と弟とを間違へてるんだ。ははは。」

有島氏は弟の生馬氏より百年も若いやうな声を立てて笑つた。五来氏は眼をくしやくしやさせながら、済まなささうに頭を掻いてゐた。

紙の<ruby><rb>倹約</rb><rt>しまつ</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">22</span>（夕）

紙が高くなつた！　紙が高くなつた！　紙が高くなつたからといつて定期刊行物の定価が<ruby><rb>昂</rb><rt>あが</rt></ruby>る。単行本の値段が高まる。これではとても<ruby><rb>遣切</rb><rt>やりき</rt></ruby>れないといふので<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>の手薄な<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>はつい出版を<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めて了ふ。お蔭で下らない<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>が影を隠して世の中が至極<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>になつた。

だが、余り紙の値段が昂つて、成るべく皆に読ませたい、読ませなければならぬ筈の<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>までが、出せなくなるのは困つたものだ。かうなれば仕方がない、<ruby><rb>無肉日</rb><rt>ミイトレスデイ</rt></ruby>を拵へて、肉を<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>したやうに、お互に紙を<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>する分の事だ。

一体今の人は紙をたんと<ruby><rb>費</rb><rt>つか</rt></ruby>ひ過ぎる。もつと<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>しても少しも差支はない筈だ。エリザベス時代のある英国人は紙が<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>したいからといつて、<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>の<ruby><rb>殻</rb><rt>から</rt></ruby>にしまはれる程の豆本に、新約全書そつくり書き込んだといふ事だ。

また或る英国人は、同じ胡桃の殻に揉み込まれるやうな一枚の紙に、『イリヤツド』全部の文句をそつくり書きとめた。『イリヤツド』といへば、ホオマアの傑作で、ざつと一万五千行の長い詩だが、その男は紙の両側に七千五百行づつ克明に書き込むだものだ。

また同じ頃の或る<ruby><rb>伊太利</rb><rt>イタリー</rt></ruby>人は、十八<ruby><rb>吋</rb><rt>インチ</rt></ruby>平方の紙に、自分の好きな詩を三千行ばかり書き込むで、<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>さへあるといつもポケツトから取り出しては、それに読み耽つてゐたといふ事だ。

かういふ風に文字を小さく書く工夫をすれば紙は幾らでも<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>出来るものだ。だが、それでは眼によくないといふかも知れないが、それは無論の事眼を<ruby><rb>傷</rb><rt>いた</rt></ruby>める。しかしこの場合眼などは<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うでもよい、問題は紙を<ruby><rb>節倹</rb><rt>しまつ</rt></ruby>する事が出来れば、それで、十分なのだ。

<ruby><rb>時雨</rb><rt>しぐれ</rt></ruby>女史と雑誌記者<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・１（夕）

もう新年が眼の前に見えるので、東京の各雑誌社では原稿の<ruby><rb>奪</rb><rt>ば</rt></ruby>ひ<ruby><rb>取</rb><rt>と</rt></ruby>り合ひに血眼になつてゐる。とりわけ創作を売り物の雑誌では一段とそれが激しいが、この冬は<ruby><rb>流行</rb><rt>はやり</rt></ruby>つ<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>の作家が大部分例の流行感冒を煩つたので、そここゝに<ruby><rb>手外</rb><rt>てはづ</rt></ruby>れが少からずあるやうだ。

少し前ある雑誌社の<ruby><rb>編輯</rb><rt>へんしふ</rt></ruby>記者が原稿取りに長谷川時雨女史の<ruby><rb>許</rb><rt>ところ</rt></ruby>へ出かけたのがあつた。時雨女史は原稿取りに来た男をも、自分を口説きに来た男と同じやうに、<ruby><rb>愛相</rb><rt>あいさう</rt></ruby>よく迎へる<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>を知つてゐる女の一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>である。

「失礼ですが、今日は<ruby><rb>貴女</rb><rt>あなた</rt></ruby>の運命を決めたいと思つてあがりました。」雑誌記者はかう言つて、<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と時雨女史の顔を見た。その瞬間<ruby><rb>女主人</rb><rt>をんなあるじ</rt></ruby>は、雑誌記者がてつきり自分の愛を求めに来たのだと思つて、<ruby><rb>栗鼠</rb><rt>りす</rt></ruby>のやうな速さで眼を前に坐つた若い男の額に鼻に、口もとに、走らせた。だが、どこにも女の心を<ruby><rb>牽</rb><rt>ひ</rt></ruby>きつけるやうな力は見えなかつたので、軽い失望を感じたらしかつた。女史は強ひて気を落ちつけて言つた。

「私の運命をお決めになりたいと申しますと……」

「はい、創作家としての貴女の運命を決めたいのです。」

雑誌記者は喧嘩をするやうな調子で語り出した。その言葉によると、自分の雑誌では今度著名の作家達からそれ〲自信のある<ruby><rb>作物</rb><rt>さくぶつ</rt></ruby>を貰ひたいと思つて、手始めに女史の<ruby><rb>許</rb><rt>ところ</rt></ruby>に頼みに来たわけなのだ。もしかその作物の出来栄が悪かつたら、自分は才能のないものだと<ruby><rb>絶念</rb><rt>あきら</rt></ruby>めて、これからは一切創作に筆を取らない約束で、書いて貰ひたい。もしまた、さういふ約束では原稿が書けないといふやうなら、その人は自信のない人として、自分達は進んで創作界から葬り去る役を勤めたいと思つてゐるといふのだ。

「まあ、怖ろしいお約束なのね。私何だつてそんなお約束までして書かなければならないんでせう。」時雨女史は怖ろしさうに<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と肩をすぼめて言つた。

「それは貴女が作家の一人だからです。」と雑誌記者はそれが<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>まつた真理ででもあるやうに言つた。「その代り原稿料はうんと沢山出します。これまでどこにも例がない程どつさり払ひます。」

「どつさりだつて、お幾ら位？」

時雨女史は結婚の結納料でも訊くやうに、心もち<ruby><rb>含羞</rb><rt>はにか</rt></ruby>むで言つた。これまで<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か<ruby><rb>無償</rb><rt>たゞ</rt></ruby>の原稿を書かされた身には、それだけは訊いておきたかつた。それに女の作家は男の作家よりは幾らか買ひ物も多かつたから。

「幾らといつて、それはどつさり払ひますが。」雑誌記者は狐のやうな表情をした。「しかし何しろ一流どこばかしの顔寄せで、作家としてこの上もない名誉の事だから、その名誉に甘んじて、この際原稿料などは<ruby><rb>包</rb><rt>つゝ</rt></ruby>み<ruby><rb>金</rb><rt>がね</rt></ruby>で辛抱して戴きたい。実は私の方でも作家を相手に原稿料を彼是いふのは、苦痛ですからね。」

「へえ、包み金で、それで<ruby><rb>加之</rb><rt>おまけ</rt></ruby>に私達の運命まで……」

時雨女史は<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>しさに泣き出しさうな顔をした。雑誌記者はそこ〱に立つてお<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>をした。彼は女が泣き出すと、包み金では<ruby><rb>迚</rb><rt>とて</rt></ruby>も始末がつかないものだといふ事をよく知つてゐたから。

桃の実<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・５（夕）

横須賀にある海軍機関学校の校長<ruby><rb>船橋</rb><rt>ふなはし</rt></ruby>中将が、大橋<ruby><rb>乙羽</rb><rt>おとは</rt></ruby>がまだ存命当時、道連れになつて、一緒に米国を横切つた事があつた。

ちやうど桃の実の<ruby><rb>熟</rb><rt>う</rt></ruby>れる頃で、果物好きな乙羽は、汽車の窓から桃の実をしこたま<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>ひ込むで、次ぎから次ぎへと<ruby><rb>止</rb><rt>と</rt></ruby>め<ruby><rb>度</rb><rt>ど</rt></ruby>もなく貪り食つた。そして口に残つた<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>は一頻りしやぶり通した後で、<ruby><rb>猿</rb><rt>えてきち</rt></ruby>のやうな口もとをして床の上に吐き出して素知らぬ顔をしてゐた。

それを見た乗合の亜米利加人は、みんな不愉快な顔をした。なかにも婦人客は、神様が<ruby><rb>接吻</rb><rt>キツス</rt></ruby>と嘘とのために特別きやしやに拵へたらしい唇を、邪慳に<ruby><rb>圧</rb><rt>へ</rt></ruby>し<ruby><rb>曲</rb><rt>ま</rt></ruby>げて、<ruby><rb>軽蔑</rb><rt>さげす</rt></ruby>みきつた眼つきをして、この黄いろい肌の日本人を見た。幾度か西洋に渡つて、あちらの<ruby><rb>風習</rb><rt>ならはし</rt></ruby>を知りぬいてゐる船橋氏は、はらはらして乙羽に耳打をした。

「大橋君、君が桃の<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>をみんな床の上に吐き出すので、毛唐め、あんなに機嫌を悪くしてるよ。」

「何だつて機嫌を悪くするんだい。」乙羽は桃を口一杯に頬張りながら言つた。

「それがね、かうなんだ。」

船橋氏は嘘を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>く者に附き物の、わざと気取つた口ぶりをして言つた。それによると、すべて西洋人は汽車のなかで果物を食べる折には、食べ残した<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>は、一々克明に窓から外へ投げる事にきめてゐる。投げられた<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>は、芽を吹き花を開いて、幾年か<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>には、鉄道の両側は美しい<ruby><rb>花園</rb><rt>はなぞの</rt></ruby>となり、おまけに<ruby><rb>果物圃</rb><rt>くだものばたけ</rt></ruby>となるので、どれ程<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の人のためになるか知れないといふのだ。

「成程な。」

乙羽は胃の腑の底から感心しきつたやうな声を出したが、暫くすると、恥しさうにそつと手を伸ばして、床に吐き散した桃の<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>を、一々拾い取つては窓の外に投げ出した。

旅行から帰つて、暫くすると、船橋氏は乙羽から『欧山米水』といふその折の観光記を受取つたが、別に<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けても見ないで、その儘本棚の隅つこに<ruby><rb>投</rb><rt>ほ</rt></ruby>り込んでおいた。すると間もなく乙羽も亡くなつてしまつた。船橋氏は<ruby><rb>記念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の『欧山米水』を取り出して、<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>表紙の埃を<ruby><rb>弾</rb><rt>はた</rt></ruby>いて読みかけてはみたが、別に軍人を天使のやうに書いてもなかつたので、その儘<ruby><rb>打捨</rb><rt>うつちや</rt></ruby>らかして了つた。

すると、この頃になつて、船橋氏は自分の子供が、西洋人は汽車で果物を食べると、<ruby><rb>核子</rb><rt>たね</rt></ruby>は<ruby><rb>皆</rb><rt>みな</rt></ruby>窓から捨てる事になつてゐる。あちらに<ruby><rb>花園</rb><rt>はなぞの</rt></ruby>や果物圃の多いのはその<ruby><rb>故</rb><rt>せゐ</rt></ruby>だといふ事を話してゐるのを聞いた。

「誰にそんなことを聞いたね。」

船橋氏は<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びつくり</rt></ruby>しながら訊いた。

「誰につて。ちやんと教科書に載つかつてますよ。」

子供は得意さうに答へた。

船橋氏は慌ててその教科書を取寄せて見た。それには乙羽の『欧山米水』から<ruby><rb>抜書</rb><rt>ぬきがき</rt></ruby>された文章が立派に載つてゐた。

「嘘だ〱。みんな俺の嘘だからね。」

船橋氏は文部省に掛りの人を訪ねて、かう言ひながら<ruby><rb>強</rb><rt>たつ</rt></ruby>てその文章の取消を頼んだ。

「ほんまに窮屈な世間だ、嘘もろくに<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>けないんだからね。」

船橋氏は文部省の玄関を出る時、<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>呟</rb><rt>ぼや</rt></ruby>いた。――実際窮屈な世間だ、<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事の言へない世の中に、嘘が吐かれよう筈がない。

鉄斎翁と漢法医<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・６（夕）

京都大学の講師富岡謙蔵氏は、長らく病気で<ruby><rb>臥</rb><rt>ふ</rt></ruby>せつてゐる。<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>かその道の博士を<ruby><rb>聘</rb><rt>たの</rt></ruby>んで診ては貰つたが、一向に<ruby><rb>快</rb><rt>よ</rt></ruby>くならない。子煩悩の鉄斎翁は、その枕もとに坐つて、<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>か<ruby><rb>顔昵懇</rb><rt>かほぢつこん</rt></ruby>の医者の名を想ひ出してはみたが、誰ひとり<ruby><rb>可愛</rb><rt>かあい</rt></ruby>い息子の病気を診て貰はうといふ気はしなかつた。すると最後にある漢法医の名が想ひ浮んで来た。

その漢法医は、今奈良にゐる石崎<ruby><rb>杏隠</rb><rt>きやういん</rt></ruby>といふ爺さんで、鉄斎翁はこれまで一度も逢つた事はなかつたが、名前だけは<ruby><rb>予々</rb><rt>かね〲</rt></ruby>聞いて知つてゐたので、今その名を想ひ出すと、息子を救つてくれるのは、この漢法医の爺さんでなくつちやならないやうな気がし出した。

石崎爺さんは<ruby><rb>丁髷頭</rb><rt>ちよんまげあたま</rt></ruby>を気軽に<ruby><rb>掉</rb><rt>ふ</rt></ruby>つて奈良から出て来た。そして一目病人の<ruby><rb>容体</rb><rt>ようだい</rt></ruby>を見ると、手もなく風土病から来た湿毒症だといふ事を言ひきつた。で、当座の手当を言ひ残してさて座を立たうとすると、富岡家の書生は、お礼だといつて、大きな紙包を持ち出して来た。

石崎爺さんはその瞬間病人の<ruby><rb>父親</rb><rt>てゝおや</rt></ruby>が名高い<ruby><rb>画家</rb><rt>ゑかき</rt></ruby>だといふ事を思ひ出した。

「医は仁術なりと申してな、お礼など<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>には参り申さぬ。<ruby><rb>達</rb><rt>た</rt></ruby>つてとの御意なら、記念のために老先生の扇面が戴きたい。」

爺さんは<ruby><rb>平素</rb><rt>ふだん</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せんぶり</span>を<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めつけた口もとを歪めながら言つた。

鉄斎翁はそれを聞くと、早速扇子に<ruby><rb>鉢植</rb><rt>はちうゑ</rt></ruby>の蘭を書いてくれた。よくよく相手が気に入つたと見えて、いつもよりは蘭の花を一つ沢山に<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>き添へてゐた。石崎爺さんは<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に帰つて薬を調合する折にも、じつとその扇面に見とれてゐたが、余りの嬉しさに、

「ええ、負けてやれ。」

と、<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>の分量よりは余計に薬でも盛つてやりたいやうな気がしたらしかつた。

富岡家の病人は石崎爺さんの薬を飲み出すと、容体がめき〱と<ruby><rb>快</rb><rt>よ</rt></ruby>くなり出した。喜んだのは鉄斎翁で、この<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>医者あてに一つの小包を送つてよこした。<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて見ると、外でもない立派な画帖で、表紙に「<ruby><rb>仿古</rb><rt>はうこ</rt></ruby>小品」と題し、第一面には「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">喜夜不寝</span>」といふ四文字を、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>には得意の山水が幾枚か<ruby><rb>描</rb><rt>か</rt></ruby>き込むであつた。石崎爺さんはその<ruby><rb>画</rb><rt>ゑ</rt></ruby>のなかから、自分の丁髷頭に似た禿山を見出しては喜んでゐる。

それを嗅ぎつけて来たのは、出入の骨董屋で、

「先生素晴しいものが手に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>りましたな。これだけの値打はいつでもありますよ。」

と、これまで色々のまやかし物を掴みもし、掴ませもして来た<ruby><rb>掌面</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を拡げてみせた。

「何を言ふ、画も医術と一緒で仁術ぢやて。値段なぞ言はぬ方がよい。」

と石崎爺さんは、<ruby><rb>窘</rb><rt>たしな</rt></ruby>めるやうに<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>頭</rb><rt>かぶり</rt></ruby>をふつてみせた。滑つこい頭の上では、小さな丁髷が魚のやうに尻つ尾を掉つてゐた。

蘆花氏と<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby><span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・７（夕）

蘆花徳富健次郎が、ながい間の修道的閉居から、久しぶりに、柴の<ruby><rb>扉</rb><rt>と</rt></ruby>を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けると、いろんな訪問客が毎日ぞろぞろ詰めかけ出した。そのなかに氏の原稿を貰つて一儲けしようと<ruby><rb>目論</rb><rt>もくろ</rt></ruby>みを立ててゐる出版業者も<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>か<ruby><rb>交</rb><rt>まじは</rt></ruby>つてゐた。

さういふ<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>のなかにたつた一人の<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>があつた。<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か面会を<ruby><rb>謝絶</rb><rt>ことわ</rt></ruby>られても性懲りもなくまたやつて来るので、徳富氏も流石に気の毒になつて会つてみる事にした。

その人は両国<ruby><rb>橋詰</rb><rt>はしづめ</rt></ruby>のある<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>の女主人だつた。

「お忙しいところを、お邪魔にあがりまして相済みませんが……」<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>は丁寧にお辞儀をした。頭の下げやうが、どこか婦人雑誌の口絵によく<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>たやうな<ruby><rb>点</rb><rt>ところ</rt></ruby>があつた。「先生のお書きになつたのを、一度私どもでも出させて戴きたいと存じまして。」

「私の<ruby><rb>書物</rb><rt>ほん</rt></ruby>を出版したい？」徳富氏はこの頃髭を剃り落したばかりの<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>を撫でながら、子供のやうなくりくりした顔をして言つた。「何故ですか。」

「お金が儲けたいんです。先生の御本を出させて戴きますと、お金がどつさり儲かりますやうに承はりましたから。」

<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>はかう言つて<ruby><rb>後</rb><rt>おく</rt></ruby>れ<ruby><rb>毛</rb><rt>げ</rt></ruby>を撫であげた。そして自分でも幾年か<ruby><rb>往時</rb><rt>むかし</rt></ruby>、男の膝にもたれて、「あなたが恋しいわ。」と言つた<ruby><rb>以来</rb><rt>このかた</rt></ruby>、これほど<ruby><rb>真実</rb><rt>ほんとう</rt></ruby>の事を言つた事は無かつたと思つたらしかつた。

「なぜ、そんなにお金が儲けたいのかね。」

徳富氏は不思議さうに訊いた。

<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>は答へた。「商売をも一層<ruby><rb>手弘</rb><rt>てびろ</rt></ruby>くやつて<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きたいと思ひますし、それに<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>の娘も二人ございますもんですから。」

「娘がお有りだつて。」徳富氏は<ruby><rb>雌鶏</rb><rt>めんどり</rt></ruby>の<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>がひ<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に卵を一つ見つけた折のやうに声をはづませた。「それぢや原稿をあげない事もないが、その代りこゝに一つ条件がある。」

「条件と仰有いますと……」

「あなたも知つて居るだらうが、<ruby><rb>麹町</rb><rt>かうぢまち</rt></ruby>に金尾文淵堂といふ<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>が居る。あすこの主人に娘さんを<ruby><rb>娶</rb><rt>めあは</rt></ruby>さないかね。さうするときつと私の原稿をあげる。」

徳富氏はにこりともしないで言つた。文淵堂の主人といふのは、浅草の観音様を自分の恋人として毎夜お詣りをする外には、何一つ浮いた事もなく、四十の<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>まで童貞を守り通して来た風変りな<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>で、徳富氏とは長い間の近づきであつた。

「<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>は有難うございますが、いづれよく考へました上で。」

<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>はかう言つて帰つて往つた。そしてそれ以来二度と原稿を貰ひに<ruby><rb>粕谷</rb><rt>かすや</rt></ruby>の村へ出て来なくなつた。

その<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>徳富氏が両国橋を通ると、橋詰の<ruby><rb>書肆</rb><rt>ほんや</rt></ruby>の店で、見覚えの<ruby><rb>女商人</rb><rt>をんなあきんど</rt></ruby>は客を相手にせつせと働いてゐたさうだ。――よい考へで、お金が儲けたかつたら、働くに越した事はない。

子役の粗相<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・10（夕）

今道頓堀の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>座で<ruby><rb>演</rb><rt>や</rt></ruby>つてゐる『<ruby><rb>故郷飾錦伊達織</rb><rt>こきやうへかざるにしきのだており</rt></ruby>』、伊達家奥御殿の場に鶴千代丸に扮してゐる<ruby><rb>実川</rb><rt>じつかは</rt></ruby>延宝と、千松に扮してゐる中村<ruby><rb>芝芸雀</rb><rt>しげじやく</rt></ruby>といふ子役が二人ゐる。

いつも奥御殿の場になると、子供心にも競争心を起して、一生懸命に芸を励むので、見物衆も思はずほろりとさせられてゐるが、八日の演出には、子役の手には<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど持ち切れない程の思ひもかけぬ大事件が起きた。

それは外でもない、延若の政岡が<ruby><rb>風炉</rb><rt>ふろ</rt></ruby>先きの屏風にひしと身を寄せて忍び泣きをしてゐると、「<ruby><rb>稚</rb><rt>をさな</rt></ruby>けれども天然に太守の心備はつ」た筈の延宝の鶴千代が、この頃の寒さに、つい<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へかねて<ruby><rb>小便</rb><rt>しゝ</rt></ruby>が<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たくなつた事だ。

鶴千代は政岡の方に気をかねながら、押し潰したやうな泣声を立てた。

「おつ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>あ、<ruby><rb>小便</rb><rt>しゝ</rt></ruby>がしたい。」

その日は<ruby><rb>河内家</rb><rt>かはちや</rt></ruby>の<ruby><rb>総見</rb><rt>そうけん</rt></ruby>があつたので、肝腎の<ruby><rb>阿</rb><rt>お</rt></ruby>つ<ruby><rb>母</rb><rt>かあ</rt></ruby>は皆と一緒に場に坐つて、<ruby><rb>惚々</rb><rt>ほれ〲</rt></ruby>と<ruby><rb>吾児</rb><rt>わがこ</rt></ruby>の芸に見とれて、夢中になつてゐた。

「おつ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>あ、<ruby><rb>小便</rb><rt>しゝ</rt></ruby>が<ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たい。」

鶴千代は二度までかう言つたが、つい<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>へきれないで、ちやんと<ruby><rb>脇息</rb><rt>けふそく</rt></ruby>に<ruby><rb>凭</rb><rt>もた</rt></ruby>れたなり、袴のなかに<ruby><rb>小便</rb><rt>しゝ</rt></ruby>を漏した。<ruby><rb>褥</rb><rt>しとね</rt></ruby>は言ふまでもない事、美しい衣裳<ruby><rb>小切</rb><rt>こぎれ</rt></ruby>までしつぽり<ruby><rb>濡通</rb><rt>ぬれとほ</rt></ruby>つてしまつたが、鶴千代はその儘平気な顔で押通してゐた。

幕が<ruby><rb>締</rb><rt>しま</rt></ruby>ると、それに気づいた母親は、延宝を連れて河内家の部屋へ謝りに往つた。

「親方どうも相済みません。幕合に私が気をつけるのを忘れたもんですから。」

かう言つて母親が<ruby><rb>閾際</rb><rt>しきゐぎは</rt></ruby>に額を押しつけると、延宝も<ruby><rb>小便</rb><rt>しゝ</rt></ruby>に濡れた太守の着附のまゝで叮嚀に栗のやうな小さな頭を下げた。

すると、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>から子供心に朋輩の上を気遣つて、こつそり後について来た千松役の芝芸雀はいきなり前へ飛び出して、鼠のやうに畳の上に小さくなつた。

「親方、かんにんしとくなはれや、<ruby><rb>小便</rb><rt>しし</rt></ruby><ruby><rb>仕</rb><rt>し</rt></ruby>たのは延宝さんやおまへん、<ruby><rb>私</rb><rt>わて</rt></ruby>だすよつてな。」

芝芸雀は主従で勤めた舞台の心持を忘れないで、部屋にかへつてもまだ主人の身代りにならうとしてゐるのだ。

それを聞くと、延若は両手を<ruby><rb>拍</rb><rt>う</rt></ruby>つて感心した。

「よう言つた。芝芸雀、その心持々々。その心持を忘れるんぢやないぞ。」

お蔭で芝芸雀は<ruby><rb>両目</rb><rt>めんもく</rt></ruby>を施して帰つたが、延若は今一人褒めなければならぬ子役のある事を忘れてはならない。それは粗相をした延宝で、<ruby><rb>小便</rb><rt>しし</rt></ruby>がしたくなつても、じつと坐を立たないで、その儘袴のなかに<ruby><rb>洩</rb><rt>もら</rt></ruby>してそ知らぬ顔をしてゐたところに、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に五十四郡の太守たる<ruby><rb>貫目</rb><rt>くわんめ</rt></ruby>がある。せい〲粗相をする事〱。

幹彦氏閉口す<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>（夕）

話は少し古いが、ある雑誌社の社員が、<ruby><rb>長田</rb><rt>ながた</rt></ruby>幹彦氏のところへ原稿を取りに往つた事があつた。長田氏がまだ今日のやうに名を成さない頃で、従つて氏の<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby><ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあひ</rt></ruby>も近頃のやうに暖くはなかつた。

雑誌記者は玄関に立つて案内を待つてゐるうちに、ふと妙な事を見つけた。それは台所口から出てゆく出入の魚屋の小僧の姿で、その小僧は妙にぷりぷりした顔で、

「それぢや、<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>は是非戴けるやうにお願ひしますよ。」

と言つて出て行つた。

「てつきり魚屋に払ひ残りがあるんだな。」

雑誌記者はそれに気が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>くと、その次ぎの瞬間に、

「原稿は屹度安く書いて貰へるな。」

と思つた。

長田氏は記者を相手に色々話をしてゐるうちに、尾崎紅葉の『金色夜叉』が未完結のまゝで残つてゐる、あれを一つ書き続けてみたいものだと思つてゐるといふ事を言つた。

「続金色夜叉――それは面白い。ぢや一つそれを私の方に書いて戴きませうか。」

狐のやうに<ruby><rb>狡</rb><rt>こす</rt></ruby>い記者は、目の前の機会をその儘<ruby><rb>見遁</rb><rt>みのが</rt></ruby>すやうな事はしなかつた。

<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>は原稿料の事にまで立ち入つて来た。<ruby><rb>先刻</rb><rt>さつき</rt></ruby>の魚屋の言葉を大事に頭のなかに畳み込んでゐる記者は、膝を少し乗り出して来た。

「原稿料なら私どもでも出せるだけは幾らでも出しますが、こゝに一ついゝ方法があるんですよ。」

記者はかう言つて、さういふ<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い方法を思ひついた自分の頭を<ruby><rb>労</rb><rt>いた</rt></ruby>はるやうに額を後へ撫でおろした。

「続金色夜叉といへば、どこの本屋でも屹度<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひつきますから事情を話して本屋から<ruby><rb>前金</rb><rt>ぜんきん</rt></ruby>を借り受けるんですね。えゝ、貸しますとも、それは屹度貸しますよ。」

「本屋から前金を借りる。それも一つの方法だが、それはそれとして君の方の原稿料は？」

長田氏は<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>さうな眼つきをして相手の顔を見た。

「感心しましたか。」記者は気味悪さうににた〱笑つた。「所で、さういふ<ruby><rb>前借</rb><rt>ぜんしやく</rt></ruby>方法を提供したのは僕ですから、僕の方の原稿料は成るべく安くまけて貰ひたいもんですね。」

長田氏は呆気にとられて、<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>のやうに眼をくるくるさせた。話がどう<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>まつたかは知らないが、長田氏はその<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>になつて続金色夜叉といふ小説を書くには書いた。

博士と生徒<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>（夕）

詰込み主義の鸚鵡流の教育では、日本の学校は<ruby><rb>何国</rb><rt>どこ</rt></ruby>にひけを取らないが、何事にも自由な米国でも、教育だけはまた別だと見えて、近頃かういふ話があつた。

ある小学校の校長は、毎朝課業の始まる前に、<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>つたやうに生徒を講堂に集めた。そして小高い教壇の上に鉛筆のやうに真つ直に<ruby><rb>衝立</rb><rt>つゝた</rt></ruby>ちながら、咽喉一杯の声を張りあげて訊いたものだ。

「皆さん、あなた方はかうやつて大勢講堂に集まつてゐますが、<ruby><rb>万一</rb><rt>もしか</rt></ruby>ひよつとした事で、この建物から火が出た時には<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしますね。」

成る程学校の建物は、校長が火を気遣ふやうに粗末な<ruby><rb>木普請</rb><rt>きぶしん</rt></ruby>で、そこらの柱などは<ruby><rb>僂麻質斯</rb><rt>リウマチス</rt></ruby>でも患つてゐるらしく、イヒチオウルのやうな茶色の薬で塗りくつてあつた。

それを聞くと、生徒は讃美歌でも<ruby><rb>唱</rb><rt>うた</rt></ruby>ふ折のやうに、一斉に声を揃へて返辞をした。

「先生、私どもはみんな腰掛から<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>ち上ります。そして一先づ廊下に出て、<ruby><rb>遽</rb><rt>あわ</rt></ruby>てないで順々に外へ逃げ出します。」

校長は満足さうにぐつと顎をしやくつた。彼はかういふ風にさへ教へて置けば、いつどんな事が起きても生徒は満足に避難出来るものと信じてゐるのだ。

ある日の事、その学校へヴアン・ダイク博士が訪ねて来た。博士は聞えた著述家だといふので、校長は生徒のために一寸したお話を頼んだ。

ヴアン・ダイク博士は、いつも校長が鉛筆のやうに衝立つてゐる教壇に立つた。そして落つきのある声で言つた。

「皆さん、私は博士ヘンリ・ヴアン・ダイクといふ者です。私が今こゝに立つて皆さんのためにお話をすると言つたら、皆さんは<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしますか。」

博士はかう言ひさして、慈悲の籠つた眼で、じつと生徒を見おろした。

生徒は<ruby><rb>家鴨</rb><rt>あひる</rt></ruby>のやうにぎやあ〱声を揃へて言つた。

「先生、私どもはみんな腰掛から起ち上ります。そして一先づ廊下に出て、遽てないで順々に逃げ出します。」

ヴアン・ダイク博士はそれを聞くと、<ruby><rb>僂麻質斯</rb><rt>リウマチス</rt></ruby>に<ruby><rb>罹</rb><rt>かゝ</rt></ruby>つたやうに痛さうに顔をしかめた。教壇の下では校長が火事に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくは</rt></ruby>したやうに真つ赤になつて<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へてゐた。

原敬氏の愛嬌<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>（夕）

神宮と桃山御陵との参拝に出て来た原首相は、内閣<ruby><rb>組織</rb><rt>そしよく</rt></ruby>このかた、世間から、

「平民首相だ〱。」

と噂されるので、今度の旅行には気持よく新聞記者に会つて<ruby><rb>談話</rb><rt>はなし</rt></ruby>をするのみか、<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>に立つてゐる巡査や駅夫にまで、にこ〱顔で一寸愛嬌を<ruby><rb>交</rb><rt>かは</rt></ruby>してゐる。

原敬氏とグラツドストオンとを比べたら、英国首相の方で顔を<ruby><rb>顰</rb><rt>しか</rt></ruby>めるかも知れないが、グラツドストオンが旅行でもする時には、怖ろしく沢山な新聞雑誌の記者が一緒に<ruby><rb>蹤</rb><rt>つ</rt></ruby>いて往つたもので、この偉大な政治家はその<ruby><rb>孰</rb><rt>いづ</rt></ruby>れをも満足させて帰したものだ。

ある時こんな事があつた。それはグラツドストオンが何かの用事で<ruby><rb>倫敦</rb><rt>ロンドン</rt></ruby>からエデインバラに出掛けた旅行中の事で、その折はどういふものか新聞記者といつたら、某社の記者がたつた一人随行してゐるに過ぎなかつた。

汽車が途中のある駅につくと、<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>にはこの偉大な政治家を一目見ようといふ物好きな<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の人が一杯に待つてゐた。<ruby><rb>無精</rb><rt>ぶしやう</rt></ruby>な原敬氏だつたら、動物園にゐる<ruby><rb>西伯利</rb><rt>シベリア</rt></ruby>産の狐のやうに、窓から白つぽい頭を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>けて、<ruby><rb>狡</rb><rt>こす</rt></ruby>さうに一寸会釈をする位に過ぎなからうが、この英国の首相は<ruby><rb>態々</rb><rt>わざ〱</rt></ruby><ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>り<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>に出て来て、<ruby><rb>出迎人</rb><rt>でむかへにん</rt></ruby>を相手に演説を始めた。

<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の人は思ひがけなくこの政治家の演説が聞かれるといふので、ぎつしり汽車の前に押しつめて来た。田舎の人達の事とて、胃の腑の詰まつてゐる代りに、頭のなかは<ruby><rb>空缶</rb><rt>あきくわん</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>つぽだつたから、演説は一言一句その儘に入つて往つたが、几帳面な汽車の時間表は、首相の演説にも少しも<ruby><rb>容捨</rb><rt>ようしや</rt></ruby>はしなかつた。汽車は呆つ気にとられた出迎人をプラツトフオウムに残してさつさと出て往つた。

それでもグラツドストオンは演説を<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めなかつた。今度は<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に立つてゐる某社の記者の方へ向き直つて、持前の雄弁を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>ひ出した。幸ひ記者は速記を心得てゐたから少しも<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろた</rt></ruby>へなかつた。あたふた手帖を取り出して、滝のやうな首相の雄弁をそのまゝそつくり書きとめる事が出来た。（これにつけても、速記は心得てゐた方が便利が多い。もしか下らぬ駄弁家に出会つたら、その折は知らぬ顔をするまでの事だ。速記はウイスキイの壜と違つて、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に隠す必要もないから。）

記者の速記はその儘翌る日の新聞紙に現れた。<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>で政治家の演説を聞きさした地方人の驚きは大したものであつた。――グラツドストオンはかういふ風に通信機関を<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>に利用する事を知つてゐる人だつたから、氏が公的生活から隠退すると、ある通信社などは、<ruby><rb>的面</rb><rt>てきめん</rt></ruby>に二万円ばかし収入が減つたといふ事だ。

原氏なども、政治家なら少しはこの<ruby><rb>間</rb><rt>かん</rt></ruby>の消息を心得てほしい。

花嫁を忘れる<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>（夕）

学者や発明家などいふ<ruby><rb>輩</rb><rt>てあひ</rt></ruby>は、一事に熱中して心を奪はれる結果、どうかすると、うつかりして<ruby><rb>身辺</rb><rt>みのまはり</rt></ruby>の事を忘れるのが多い。忘れないからといつて、学者として立つのに少しの差支もないが、忘れた方が愛嬌になる場合が多い。

発明家トオマス・エデイソン（といふとエデイソンは顔をしかめて、自分は発明家などいふそんな偉い者ぢやない、言はば工夫家さ、と言訳をするかも知れない）も実はその一人だつた。エデイソンは結婚すると、<ruby><rb>直</rb><rt>ただち</rt></ruby>に花嫁を連れて新婚旅行に立つたが、二週間ばかし静かな田舎を歩き廻つて<ruby><rb>漸</rb><rt>や</rt></ruby>つと都へ帰つて来た事があつた。

汽車が<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>に着くと、この発明家は急いで<ruby><rb>廊下</rb><rt>プラツトフオーム</rt></ruby>に飛出した。そして何事をか考へ込んでゐるやうに、両手を胸の上に<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>んだ儘、少し<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>き加減に<ruby><rb>市街</rb><rt>まち</rt></ruby>へ差しかゝらうとした。すると思ひがけなく、

「おい君、エデイソン君。」

と呼びかけた者がある。発明家はひよいと顔をあげてみた。前には友達の一人が立つてゐた。

友達は笑ひ〱言つた。

「君、何か忘れ物をしてやしないかい。」

「忘れ物？」

エデイソンは立ち停つて考へ込んだ。そして先づ手をあげてそつと頭へ触つてみた。仕合せと帽子はちやんと頭の上に載つかつてゐた。今度は両手を<ruby><rb>洋袴</rb><rt>づぼん</rt></ruby>の隠しに突込むでみた。隠しには何一つ無かつたので、はつとなつたが、よく考へてみると初めから何一つ入れてはなかつたのだ。

「<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にも忘れ物なざ無いやうだが。」

「有るだらう。」友達は幾らか<ruby><rb>戯談</rb><rt>ぜうだん</rt></ruby>のやうに言つた。「何か有る筈だが。」

「無いよ。<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>にも無いよ。」

エデイソンは意地になつてきつぱりと言ひ切つた。

「それぢや、<ruby><rb>那処</rb><rt>あすこ</rt></ruby>を見給へ。大事の忘れ物が笑つてゐらつしやる。」

友達はエデイソンの肩越しに<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしやぢやう</rt></ruby>の方を指ざした。発明家はのつそり<ruby><rb>後方</rb><rt>うしろ</rt></ruby>をふり向いてみた。そこには<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>向きに<ruby><rb>廊下</rb><rt>プラツトフオーム</rt></ruby>に立つてゐる花嫁御の姿が見えた。花嫁はにこ〱顔で言つた。

「あなたはほんとうに思ひやりのあるお方ね。」

「失敬々々。」エデイソンは慌てて<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>がへりをした。「つい考へ事に気を取られちやつてね。こんな事は初めてだよ。これから屹度気をつける。」

「そのお言葉も三日位は利くでせうよ。さあ、御一緒に参りませう。」

花嫁は自分の存在を証明するやうに、わざと邪慳に<ruby><rb>良人</rb><rt>をつと</rt></ruby>の<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>をとつた。発明家の花聟はひきずられるやうに<ruby><rb>蹤</rb><rt>つ</rt></ruby>いて往つた。

だが、実をいふと、<ruby><rb>女房</rb><rt>かない</rt></ruby>は三日に一度は忘れた方がいゝやうだ。すると、エデイソンの知らない色々の事が発明出来ようといふものだ。

五百金の寄附<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>（夕）

鎌倉の円覚寺に誠拙和尚といふ坊さんが居た。ある時三門を拵へようとして、弘く仏縁のある人達から寄進を募つた。すると、その頃<ruby><rb>札差</rb><rt>ふださし</rt></ruby>をしてゐた梅津伝兵衛といふ男が、心ばかりの寄附につきたいからといつて和尚を訪ねて来た。

伝兵衛は<ruby><rb>膨</rb><rt>ふくら</rt></ruby>まつた<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から<ruby><rb>嵩高</rb><rt>かさたか</rt></ruby>な<ruby><rb>金包</rb><rt>かねづつみ</rt></ruby>を取り出して、和尚の前に置いた。

「和尚様、ほんの<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かではござりまするが、こゝに<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>が五百両ござりまするから、今度の三門の御<ruby><rb>建立</rb><rt>こんりふ</rt></ruby>へ是非お加へおき下されまするやうに。」

和尚はちらと金包を見たが、

「ああ、さうかい。」

と言つたきり、直ぐに眼を<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>ツ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>に<ruby><rb>逸</rb><rt>そ</rt></ruby>らした。

伝兵衛は不平で溜らなかつた。五百両といへばなかなかの大金で、これだけあつたら女一人の<ruby><rb>霊魂</rb><rt>たましひ</rt></ruby>を買ふ事も出来るし、男の運を買ふ<ruby><rb>賭博</rb><rt>ばくち</rt></ruby>をも打つ事が出来るのだ。それを知らない和尚でもない筈だ。と、伝兵衛はかう思ひながら、<ruby><rb>態</rb><rt>わざ</rt></ruby>と覗き込むやうにして和尚の顔を見た。

「ほんのぽつちりでは御座りまするが、五百両だけ御寄進申し上げまする。」

「さうか、よし〱。」

和尚は一言言つたきり、矢張り<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>ツ<ruby><rb>方</rb><rt>ぽう</rt></ruby>を向いて素知らぬ風をしてゐた。

伝兵衛は幾らか腹に据ゑかねた。幾ら出家の身とは言ひながら、<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>から寄進を貰つて、あの素振は虫が善すぎる。五百両といへば、かなりの大金だ。自分がこれだけの金を儲けるには額に玉のやうな汗も流した。嘘も<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>か<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いたが、それを今惜気もなく寄附しようといふのだ。和尚はそのお礼として、来世で自分に特別上等の<ruby><rb>居所</rb><rt>ゐどころ</rt></ruby>を取持つてくれる程の信用はないにしても、今少し叮嚀な挨拶があつても善かりさうなものだ。と、伝兵衛は少し言葉に<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>を立てた。

「和尚様、五百両と申しましたところで、当山におかせられましては何のお役にも立ちますまいが、私にとりましては聊か身分に過ぎた寄進かと存じまする。就きましては何か一<ruby><rb>言</rb><rt>ごん</rt></ruby>の御挨拶を下されましても……」

「礼が言つて欲しいと言ふのか。」

<ruby><rb>此方向</rb><rt>こつちむき</rt></ruby>に向き直つた和尚の眼は蝋燭のやうに光つた。

「御意にござりまする。」

伝兵衛は<ruby><rb>木兎</rb><rt>づく</rt></ruby>のやうに頬を膨らませた。

「馬鹿な。お前が<ruby><rb>善根</rb><rt>ぜんごん</rt></ruby>するのに、なぜまた<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>が礼を言はんければならぬのか。」

和尚の声は<ruby><rb>曳臼</rb><rt>ひきうす</rt></ruby>のやうに上から落ちかゝつた。その下に<ruby><rb>圧</rb><rt>お</rt></ruby>し潰されたお<ruby><rb>伽譚</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>の<ruby><rb>猿公</rb><rt>えてきち</rt></ruby>のやうに、伝兵衛は畳に顔をすりつけて眼を白黒させた。

そんぢよそこらの慈善家もよく〱心得てゐて欲しい。

顕微鏡の寄附<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>（夕）

富豪アンドリウ・カアネギイの知人で、独逸へ渡つてエナ大学で名高いヘツケル教授に弟子入りをしようといふ男があつた。幾らか補助金をも貰つてゐるので、出発<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に一度この富豪を訪ねて、<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまご</rt></ruby>ひの挨拶をした。

カアネギイはヘツケル教授の名を聞くと、眼を光らせた。

「ヘツケル！　ヘツケル教授といへば名高い学者だ。それに就いて一つお頼みがあるんだが、もしか<ruby><rb>彼地</rb><rt>あちら</rt></ruby>で教授にお会ひだつたら、記念のために何でもよろしい、あの人の手蹟が貰つていたゞけまいか知ら。」

「よろしい、承知しました。」

その男はヘツケル教授の<ruby><rb>従弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>ででもあるやうに<ruby><rb>安請合</rb><rt>やすうけあひ</rt></ruby>に承知した。そして教授や自分達やのやうな学者の手蹟を集めようといふカアネギイは、まあ何とした物の解つた爺さんだらうと思つて、じつと富豪の顔を見つめた。だが、実をいふと、カアネギイはその折にはもうヘツケル教授の事も自分の眼の前にゐる客の事も忘れて、鉄の値段でも<ruby><rb>胸算用</rb><rt>むなさんよう</rt></ruby>してゐるらしかつた。

その男がエナ大学に着いて、暫くすると肝腎のヘツケル教授から手紙がカアネギイのところに<ruby><rb>達</rb><rt>とど</rt></ruby>いた。鋼鉄王は急いで封を切つた。なかから<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れ落ちたのは、かねて待ち設けたヘツケル教授の紛れのない手蹟であつた。

ツンプト式顕微鏡　一個

右エナ大学植物学研究室へ御<ruby><rb>寄贈</rb><rt>きそう</rt></ruby>下さつたに就きましては厚くお礼を<ruby><rb>申</rb><rt>まを</rt></ruby>し<ruby><rb>陳</rb><rt>の</rt></ruby>べます。

エルネスト・ヘツケル

アンドリウ・カアネギイ殿

手蹟にはかう<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めてあつた。

カアネギイは釘抜きで鼻先きを捻ぢ曲げられたやうな顔をして苦笑ひをした。でも、次ぎの瞬間には執事を呼んで、ツンプト式顕微鏡を買ふだけの<ruby><rb>金子</rb><rt>かね</rt></ruby>をエナのヘツケル教授あてに送るやうに言ひつけるのを忘れなかつた。

そこらの<ruby><rb>富豪</rb><rt>かねもち</rt></ruby>達もよく聞いて置くがいゝ。カアネギイのする事に、何一つ間違つた事はござらないが、安心なのは学者など余り友達に持たない事でござる。

俳諧師の頓智<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>（夕）

いつ頃だつたか、一寸はつきり判りかねるが、長崎に<ruby><rb>素行</rb><rt>そかう</rt></ruby>といふ俳人があつた。ひどい<ruby><rb>行脚</rb><rt>あんぎや</rt></ruby>好きで<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>さへあれば<ruby><rb>暢気</rb><rt>のんき</rt></ruby>に旅に出歩いてゐた。そのむかし芭蕉は頭陀袋に杜詩と山家集と<ruby><rb>普門品</rb><rt>ふもんぼん</rt></ruby>とを入れてゐたさうだが、素行は支那人や観音様に会つても、むつかしい話の<ruby><rb>仕様</rb><rt>しやう</rt></ruby>を知らなかつたから、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>にはいつも俳諧七部集を一冊捻ぢ込んでゐるに過ぎなかつた。

ある時田舎道で日を暮らした事があつた。ちやうど冬の<ruby><rb>最中</rb><rt>もなか</rt></ruby>で、寒さは無遠慮に俳諧師の背筋から<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から入つて来た。素行はべそを掻きさうな顔をして、野道を急いだ。すると、<ruby><rb>漸</rb><rt>やつ</rt></ruby>と一軒の百姓家が見つかつた。俳諧師は石のやうに冷い拳をあげて門の戸を叩いた。

戸はなかから<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けられて、<ruby><rb>襤褸</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>つ<ruby><rb>片</rb><rt>きれ</rt></ruby>のやうな皺くちやな<ruby><rb>媼</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんが、闇のなかからうつそり顔を出した。

「旅の者でござる。申しかねるが一夜の宿をお借り申したい。」

素行は木の葉のやうに寒さうに<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>はせた。媼さんは闇を<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>してうそうそ<ruby><rb>旅人</rb><rt>りよにん</rt></ruby>の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>を嗅ぎ分けるらしかつた。

「坊さんかの。坊さんならお泊め申すほどにの。」

媼さんは口のなかで<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>くやうに言つた。

俳諧師はそれを聞き逃さなかつた。

「さうとも〱。<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>はその<ruby><rb>行脚</rb><rt>あんぎや</rt></ruby>坊主ぢや。坊主ぢや程によろしく頼む。」

早口にかう言ひながら、媼さんに安心させるやうに頭巾を取りのけて見せた。成る程頭は円かつた。

素行は奥へ通されて、先づ仏壇の前へ坐らされた。媼さんは亡くなつた爺さんの<ruby><rb>回向</rb><rt>ゑかう</rt></ruby>が頼みたかつたのだ。俳諧師はてんで経文を知らなかつたので、ひどく当惑したらしかつたが、ふと気づいたのは<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の七部集であつた。彼は勿体ぶつた手附でこの集を取り出した。そして作者の名前を初めから順々に読み<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>した。

「<ruby><rb>其角</rb><rt>きかく</rt></ruby>、<ruby><rb>風雪</rb><rt>らんせつ</rt></ruby>、<ruby><rb>去来</rb><rt>きよらい</rt></ruby>、<ruby><rb>丈草</rb><rt>ぢやうさう</rt></ruby>、<ruby><rb>野坡</rb><rt>やば</rt></ruby>、<ruby><rb>杉風</rb><rt>さんぷう</rt></ruby>、<ruby><rb>北枝</rb><rt>ほくし</rt></ruby>、<ruby><rb>凡兆</rb><rt>ぼんてう</rt></ruby>、<ruby><rb>支考</rb><rt>しかう</rt></ruby>……」

かう言ひながら、時々思ひ出したやうに<ruby><rb>鉦</rb><rt>かね</rt></ruby>を鳴らしたものだ。媼さんはお蔭で亡くなつた爺さんが浄土に生れ代つたもののやうに涙を流して喜んだ。そして暖い<ruby><rb>粥</rb><rt>かゆ</rt></ruby>と暖い<ruby><rb>夜着</rb><rt>よぎ</rt></ruby>とを恵んでくれた。

これを読んで、くす〱笑ひ出さない僧侶が今<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>あるだらう。彼等は言ふに相違ない。

「何といつても矢張り俳諧師でござるな。する事がちやんと仏家の法に合つてゐるから面白いて。」

首を繋ぐ法<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>・<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>（夕）

<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>のアメロンゲンの城に落ちのびた<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の独逸皇帝は、近頃頻りと何か書き物をしてゐるといふが、その書き物は何であるかといふ事は誰一人知つた者もない。もしかこの人が<ruby><rb>弁疏</rb><rt>いひわけ</rt></ruby>がましい隠し立などしないで、あけすけに、<ruby><rb>公然</rb><rt>おほぴら</rt></ruby>に今度の戦争の<ruby><rb>事情</rb><rt>いきさつ</rt></ruby>を懺悔したら、どんなにか面白い書物が出来るだらう。<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロツパ</rt></ruby>の外交家達は、その懺悔録の前で、真つ赤になつて馬のやうに鼻を鳴らしたり、<ruby><rb>狗</rb><rt>いぬ</rt></ruby>のやうに取つ組み合を始めるに相違ない。

そのむかし、独逸にシユレエツエルといふ外交官があつた。時の宰相ビスマルクに<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>まれて、だしぬけに休職といふ辞令を<ruby><rb>請取</rb><rt>うけと</rt></ruby>つたので、強ひて平気な顔をして宰相に挨拶に往つたものだ。宰相は肥つた<ruby><rb>体躯</rb><rt>からだ</rt></ruby>を椅子にもたせて、何か善くない事を考へてゐたらしかつたが、この休職外交官を見ると、急に拵へたやうな<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいさう</rt></ruby>ぶりを言つた。

「君もやつと<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>な<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>になつたといふのだが、これから何を<ruby><rb>為</rb><rt>す</rt></ruby>るね。」

「さあ、何を致しませうね。」外交官は落つき払つて返辞をした。「当分はまあ<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に引込んで、回想録でも書くんですね。御存知の通り、私も長らく官海にゐたものですから、随分いろんな事を<ruby><rb>見聞</rb><rt>みきゝ</rt></ruby>してまゐりましたよ。それを一つあけすけに書いてみたらと思ひましてね。」

ビスマルクは鷲のやうな怖い眼つきをして、じつと客人を見つめた。この外交官はその頃名うての筆まめな男で、<ruby><rb>勢</rb><rt>はづ</rt></ruby>みに乗るとどんな皮肉を書き出すか判らなかつた。物もあらうに、回想録とは、聞く身にとつて<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも気持が悪かつた。

「回想録もよからうが、こゝで一つ君に相談があるんだがね。」ビスマルクは椅子から心持乗り出して来た。「今米国公使の椅子が空いてゐるんだが、君は往つてくれないか知ら。往つてくれると実に都合がいゝんだ。」

「参りませう。さういふ<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>でしたら、なに回想録なんか<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>でもいゝ事なんですから。」

外交官は二つ返事で直ぐに承知した。二人は眼と眼を見合はせてにやりと笑つた。

前内閣の閣僚なぞも、役人を<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めた所在なさに、一つ回想録でも書き出してはどんなものか知ら。<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がよくば、そんな事は後廻しにして、大使にでも往つてくれと、誰が頼むまいものでもない。