暴風雨

雲は海をあっし海は雲をける。ぼうぼうたる南太平洋の<ruby><rb>大海原</rb><rt>おおうなばら</rt></ruby>に、もう月もなければ星もない。たけりくるう<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>にもまれて<ruby><rb>黒暗々</rb><rt>こくあんあん</rt></ruby>たる<ruby><rb>波濤</rb><rt>はとう</rt></ruby>のなかを、さながら<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>の葉のごとくはしりゆく小船がある。時は三月の<ruby><rb>初旬</rb><rt>しょじゅん</rt></ruby>、日本はまだ寒いが、南半球は九月のごとくあたたかい。

船は一上一下、<ruby><rb>奈落</rb><rt>ならく</rt></ruby>の底にしずむかと思えばまた九天にゆりあげられる、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>はますますふきつのり、<ruby><rb>雷鳴</rb><rt>らいめい</rt></ruby>すさまじくとどろいていなづまは雲をつんざくごとに<ruby><rb>毒蛇</rb><rt>どくじゃ</rt></ruby>の舌のごとくひらめく。この一<ruby><rb>閃</rb><rt>せん</rt></ruby>々<ruby><rb>々</rb><rt>せん</rt></ruby>の光の下に、<ruby><rb>必死</rb><rt>ひっし</rt></ruby>となってかじをとりつつある、四人の少年の顔が見える。

みよしに近く立っているのは、日本の少年<ruby><rb>大和富士男</rb><rt>やまとふじお</rt></ruby>である。そのつぎにあるは英国少年ゴルドンで、そのつぎは米国少年ドノバンで、最後に<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>をにぎっているのは、黒人モコウである。

富士男は十五歳、ゴルドンは十六歳、ドノバンは十五歳、モコウは十四歳である。

とつぜん大きな波は、黒雲をかすめて百千の<ruby><rb>猛獣</rb><rt>もうじゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>群</rb><rt>む</rt></ruby>れのごとく、おしよせてきた。

「きたぞ、気をつけい」

富士男はさけんだ。

「さあこい、なんでもこい」

とゴルドンは身がまえた。同時に百トンの二本マストのヨットは、さかしまにあおりたてられた。

「だいじょうぶか、ドノバン」

富士男は<ruby><rb>暗</rb><rt>やみ</rt></ruby>のなかをすかして見ながらいった。

「だいじょうぶだ」

ドノバンの声である。

「モコウ！　どうした」

「だいじょうぶですぼっちゃん」

モコウは<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>にぶらさがりながらいった。

「もうすこしだ、がまんしろ」

富士男はこういった、だがかれは、じっさいどれだけがまんすれば、この嵐がやむのかが、わからなかった。わからなくても<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>わねばならぬ、自分ひとりではない、ここに三人がいる、<ruby><rb>船底</rb><rt>ふなぞこ</rt></ruby>にはさらに十一人の少年がいる、<ruby><rb>同士</rb><rt>どうし</rt></ruby>のためにはけっして心配そうな顔を見せてはならぬのだ。

かれは大きな<ruby><rb>責任</rb><rt>せきにん</rt></ruby>を感ずるとともに、勇気がますます加わった。

このとき、船室に通ずる階段口のふたがぱっとあいて、二人の少年の顔があらわれた。同時に一頭のいぬがまっさきにとびだしてきた。

「どうしてきた」と富士男は声をかけた。

「富士男君、船がしずむんじゃない？」

十一、二歳の支那少年<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>はおずおずしながらいった。

「だいじょうぶだ、安心して船室にねていたまえ」

「でもなんだかこわい」

といまひとりの<ruby><rb>支那</rb><rt>しな</rt></ruby>少年<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>がいった。

「だまって眼をつぶってねていたまえ、なんでもないんだから」

このときモコウはさけんだ。

「やあ、大きなやつがきましたぜ」

というまもなく、船より数十倍もある大きな波が、とものほうをゆすぶってすぎた。ふたりの支那少年は声をたててさけんだ。

「だから船室へかえれというに、きかないのか」

富士男はしかるようにいった、<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>と<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>はふたたび階段のふたの下へひっこんだ、とすぐまたひとりの少年があらわれた。

「富士男君、ぼくにもすこしてつだわしてくれ」

「おうバクスター、心配することはないよ、ここはぼくら四人で十分だから、きみは幼年たちを<ruby><rb>看護</rb><rt>かんご</rt></ruby>してくれたまえ」

<ruby><rb>仏国</rb><rt>ふつこく</rt></ruby>少年バクスターはだまって階段をおりた。<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>は<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>にその勢いをたくましゅうした。船の名はサクラ号である。ちょうどさくらの花びらのように船はいま波のしぶきにきえなんとしている。とものマストは二日まえに吹き折られて、その<ruby><rb>根元</rb><rt>ねもと</rt></ruby>だけが四<ruby><rb>尺</rb><rt>しゃく</rt></ruby>ばかり、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>にのこっている、たのむはただ前方のマストだけである、しかもこのマストの運命は<ruby><rb>眼前</rb><rt>がんぜん</rt></ruby>にせまっている。

海がしずかなときには、ガラスのようにたいらな<ruby><rb>波上</rb><rt>はじょう</rt></ruby>を、いっぱいに帆を張って走るほど、<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>なものはない。だがへいそに船をたすける帆は、あらしのときにはこれほど有害なものはない、帆にうける風のために船がくつがえるのである。

だが、十六歳を<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>にした十五人の少年の力では、帆をまきおろすことはとうていできない。見る見るマストは<ruby><rb>満帆</rb><rt>まんぱん</rt></ruby>の風に吹きたわめられて、その根元は右に動き左に動き、ギイギイとものすごい音をたてる。もしマストが折れたら船には一本のマストもなくなる、このまま手をむなしくして、<ruby><rb>波濤</rb><rt>はとう</rt></ruby>の底にしずむのをまつよりほかはないのだ。

「もう夜が明けないかなあ」

ドノバンがいった。

「いや、まだです」

と黒人のモコウがいった。そうして四人は<ruby><rb>前方</rb><rt>ぜんぽう</rt></ruby>を見やった。海はいぜんとしてうるしのごときやみである。

とつぜんおそろしいひびきがおこった。

「たおれたッ」とドノバンがさけんだ。

「マストか？」

「いや、帆が<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れたんだ」

とゴルドンがいった。

「それじゃ帆をそっくり切りとらなきゃいかん、ゴルドン、きみはドノバンといっしょに、ここでハンドルをとってくれたまえ、ぼくは帆を切るから……モコウ！　ぼくといっしょにこいよ」

富士男は、こういって<ruby><rb>決然</rb><rt>けつぜん</rt></ruby>と立った。かれはおさないときから父にしたがって、いくたびか、シドニーとニュージーランドのあいだを航海した。そのごうまいな<ruby><rb>日本魂</rb><rt>にっぽんだましい</rt></ruby>と、<ruby><rb>強烈</rb><rt>きょうれつ</rt></ruby>な研究心は、かれに航海上の<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>と<ruby><rb>知識</rb><rt>ちしき</rt></ruby>をあたえた。十四人の少年が、かれをこのサクラ号の<ruby><rb>指揮者</rb><rt>しきしゃ</rt></ruby>となしたのも、これがためである。モコウはおさないときに船のボーイであったので、これも船のことにはなれている。

ふたりは<ruby><rb>前檣</rb><rt>ぜんしょう</rt></ruby>の下へきて、その<ruby><rb>破損</rb><rt>はそん</rt></ruby>の<ruby><rb>個所</rb><rt>かしょ</rt></ruby>をあらためてみると、帆は上方のなわが<ruby><rb>断</rb><rt>き</rt></ruby>れているが、下のほうだけがさいわいに、<ruby><rb>帆桁</rb><rt>ほげた</rt></ruby>にむすびついてあった。ふたりは一生けんめいに、<ruby><rb>上辺</rb><rt>じょうへん</rt></ruby>のなわを切りはなした。帆は風にまかせて<ruby><rb>半空</rb><rt>はんくう</rt></ruby>にひるがえった。ふたりはようやくそれをつかんで、下から四、五尺までの高さに<ruby><rb>帆桁</rb><rt>ほげた</rt></ruby>をおろし、帆の上端を<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>にむすびつけた。これで船は風に対する<ruby><rb>抵抗力</rb><rt>ていこうりょく</rt></ruby>が<ruby><rb>減</rb><rt>げん</rt></ruby>じ、<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>もいくぶんか減ずるようになった。

ふたりがこの仕事をおわるあいだ、ずいぶん長い時間を要した。大きな波は、いくどもいくどもふたりをおそうた。ふたりは<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>をしっかりとにぎりながら、<ruby><rb>危難</rb><rt>きなん</rt></ruby>をさけた。

仕事がおわってふたりはハンドルのところへ帰ると、階段の口があいて、そこからまっ黒な<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>をして、まるまるとふとった少年の顔があらわれた。それは富士男の弟次郎である。

「次郎、どうしてきた」

と兄はとがめるようにいった。

「たいへんだたいへんだ、兄さん、水が船室にはいったよ」

「ほんとうか」

富士男はおどろいて階段をおりた。もし<ruby><rb>浸水</rb><rt>しんすい</rt></ruby>がほんとうなら、この船の運命は五分間でおわるのである。

船室のまんなかの柱には、ランプが一つかかってある。そのおぼつかないうすい光の下に、十人の少年のすがたをかすかに見ることができる。ひとりは長いすに、ひとりは<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>に、九歳や十歳になる幼年たちは、ただ<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>のあまりに、たがいにだきあってふるえている。富士男はそれを見ていっそう勇気を感じた。

「このおさない人たちをどうしても救わなきゃならない」

かれはこう思って、わざと<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>していった。

「心配することはないよ、もうじき陸だから」

かれはろうそくをともして室内のすみずみをあらためた、いかにも室内にすこしばかりの水たまりができている、船の<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>につれて水は右にかたむき左にかたむく。だが、それはどこからはいってきたのかは、いっこうにわからない。

「はてな」

かれは頭をかしげて考えた。するとかれはこのとき、海水にぬれた<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のあとをおうて眼をだんだんに上へうつしたとき、水は階段の上の口、すなわち<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>への出入り口から下へ落ちてきたのだとわかった。

「なんでもないよ」

富士男は一同に<ruby><rb>浸水</rb><rt>しんすい</rt></ruby>のゆらいを語って安心をあたえ、それからふたたび甲板へ出た。夜はもう一時ごろである。<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>はますます黒く、風はますますはげしい。<ruby><rb>波濤</rb><rt>はとう</rt></ruby>の音、船の動く音、そのあいだにきこえるのは海つばめの鳴き声である。

海つばめの声がきこえたからといって、陸が近いと思うてはならぬ、海つばめはおりおりずいぶん遠くまで<ruby><rb>遠征</rb><rt>えんせい</rt></ruby>することがあるものだ。

と、またもやごうぜんたる音がして、<ruby><rb>全船</rb><rt>ぜんせん</rt></ruby>が<ruby><rb>震動</rb><rt>しんどう</rt></ruby>した、同時に船は、木の葉のごとく<ruby><rb>巨濤</rb><rt>きょとう</rt></ruby>の<ruby><rb>穂</rb><rt>ほ</rt></ruby>にのせられて、<ruby><rb>中天</rb><rt>ちゅうてん</rt></ruby>にあおられた。たのみになした<ruby><rb>前檣</rb><rt>ぜんしょう</rt></ruby>が二つに折れたのである。帆はずたずたにさけ、<ruby><rb>落花</rb><rt>らっか</rt></ruby>のごとく雲をかすめてちった。

「だめだ」とドノバンはさけんだ。「もうだめだ」

「なあにだいじょうぶだ、帆がなくてもあっても同じことだ、元気で乗りきろう」

と富士男はいった。

「いいあんばいに<ruby><rb>追風</rb><rt>おいて</rt></ruby>になりました。一直線にゆくことができます」とモコウはいった。

「だが、気をつけろよ、船より波のほうが早いから、うしろからかぶさってくる波にからだをさらわれないように、<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>にからだをゆわえつけろよ」

富士男のことばがおわるかおわらないうちに、大山のごとき<ruby><rb>怒濤</rb><rt>どとう</rt></ruby>が、もくもくとおしよせたかと見るまに、どしんと<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>の上に落ちかかった。同時にライフ・ボート三せき、ボート二せきと<ruby><rb>羅針盤</rb><rt>らしんばん</rt></ruby>をあらいさり、あまる力で船べりをうちくだいた。

「ドノバン、だいじょうぶか？」

富士男はころびながら友を<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じていった。

「ああだいじょうぶだ。ゴルドン！」

「ここにいるよ、モコウは？」

モコウの声はない。

「おやッ、モコウは？」

富士男は立ちなおってさけんだ。

「モコウ！　モコウ！　モコウ！」

よべどさけべど、こたうるものは、<ruby><rb>狂瀾怒濤</rb><rt>きょうらんどとう</rt></ruby>のみである。

「波にさらわれた！」

ゴルドンはふなばたから下を見おろしていった。

「なんにも見えない」

「<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>わなきゃならない、浮き袋と<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>を投げこめよ」と富士男はいった、そうしてまたさけんだ。

「モコウ！　モコウ！」

どこからとなくうなり声がきこえた。

「た、た、助けて！」

「おうモコウ！」

声はみよしのほうである、みよしは波にへりをくだかれてから、だれもゆくことができなくなった。

「みよしだ、ぼくはゆかなきゃならん」

富士男はいった。

「あぶないよ」

とドノバンがいった。

「あぶなくてもゆかなきゃならん」

モコウは富士男の家につかわれている<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>で、昔ふうにいえば、<ruby><rb>主従</rb><rt>しゅじゅう</rt></ruby>の関係である、だが富士男は、モコウをけっして<ruby><rb>奴隷的</rb><rt>どれいてき</rt></ruby>に見なしたことはない。かれは<ruby><rb>白皙人</rb><rt>はくせきじん</rt></ruby>も黄色人も黒人も、人間はすべて同一の自由と<ruby><rb>権利</rb><rt>けんり</rt></ruby>をもち、おたがいにそれを<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>せねばならぬと信じている。世界の人種は<ruby><rb>平等</rb><rt>びょうどう</rt></ruby>である、人種によって<ruby><rb>待遇</rb><rt>たいぐう</rt></ruby>を別にしてはならぬ。これはかれが平素その父から教えられたところである。かれはモコウに対しても、いつも親友の愛情をそそいでいる。

友を救うためには、<ruby><rb>自己</rb><rt>じこ</rt></ruby>の<ruby><rb>危難</rb><rt>きなん</rt></ruby>をかえりみるべきでない、<ruby><rb>義侠</rb><rt>ぎきょう</rt></ruby>の血をうけた富士男の<ruby><rb>意気</rb><rt>いき</rt></ruby>は、りんぜんとして五体にみちた。かれは<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>もふらずまっすぐに、甲板の上をつたいつたい船首のほうへ走った。

「モコウ！　モコウ！」

返事がない。

「モコウ！　モコウ！」

声はしだいに涙をおびた。とかすかなうなり声がふたたびきこえた。

「モコウ！」

富士男は声をたよりに<ruby><rb>巻</rb><rt>ま</rt></ruby>きろくろとみよしのあいだにあゆみよった。

「モコウ！」

一度きこえたうなり声はふたたびきこえなくなった。

「モコウ！」

声のかぎりさけびつづけてみよしへ進まんとした一せつな、かれはなにものかにつまずいて、あやうくふみとどまった。

「ううううう」

つまずかれたのは、モコウのからだであった。

「モコウ！　どうした」

富士男は喜びのあまりだきついた。モコウは<ruby><rb>巨濤</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>にうちたおされたひょうしに、<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>にのどをしめられたのであった、かれはそれをはずそうともがくたびに、船の<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>につれて、綱がますます<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きつく</span>ひきしまるので、いまはまったく<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>もたえだえになっていた。

「待て待て」

富士男はナイフを出して<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>を切った。

「ああ、ありがとう」

モコウは富士男の手をかたくにぎったが、あとは<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>の涙にむせんだ。

ふたりはハンドルの下に帰った、だが<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>はいつやむであろうか。

南半球の三月は北半球の九月である。夜が明けるのは五時ごろになる。

「夜が明けたらなんとかなるだろう」

少年たちの希望はただこれである、荒れに荒れくるう<ruby><rb>黒暗々</rb><rt>こくあんあん</rt></ruby>の東のほうに、やがて一<ruby><rb>曳</rb><rt>えい</rt></ruby>の<ruby><rb>微明</rb><rt>びめい</rt></ruby>がただよいだした。

「おう、夜が明けた」

一同が<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>の声をあげた。あかつきの色はしだいに青白くなり、ばら色になり、雲のすきますきまが明るくなると、はやてに吹きとばされるちぎれ雲は、矢よりもはやく見える。

だが第二の<ruby><rb>失望</rb><rt>しつぼう</rt></ruby>がきた。夜は明けたが<ruby><rb>濃霧</rb><rt>のうむ</rt></ruby>が<ruby><rb>煙幕</rb><rt>えんまく</rt></ruby>のごとくとざして、一寸先も見えない、むろん陸地の影など、見分くべくもない。しかもいぜんとして風はやまぬ。

四人の少年はぼうぜんとして<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に立った。かれらはいよいよ<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>の期がせまったと<ruby><rb>自覚</rb><rt>じかく</rt></ruby>した。

そのときモコウは大きな声でさけんだ。

「陸だ！　陸だ！」

「何をいうかモコウ」とドノバンは笑った。じっさい、べきべきたる<ruby><rb>濃霧</rb><rt>のうむ</rt></ruby>の<ruby><rb>白</rb><rt>はく</rt></ruby>一<ruby><rb>白</rb><rt>ぱく</rt></ruby>よりほかは、なにものも見えないのである。

「モコウ、きみの気のせいだよ」

「いやいや」

とモコウは頭をふって、東のほうを<ruby><rb>指</rb><rt>ゆび</rt></ruby>さした。

「陸です、たしかに」

「君の眼はどうかしてるよ」

「いや、ドノバン、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>が風に吹かれてすこしうすくなったとき、みよしのすこし左のほうをごらんなさい」

このとき<ruby><rb>煙霧</rb><rt>えんむ</rt></ruby>は風につれて、しだいしだいに動きだした。綿のごとくやわらかにふわふわしたもの、ひとかたまりになって地図のごとくのびてゆくもの、こきものは<ruby><rb>淡墨</rb><rt>うすずみ</rt></ruby>となり、うすきものは<ruby><rb>白絹</rb><rt>しらぎぬ</rt></ruby>となり、<ruby><rb>疾</rb><rt>と</rt></ruby>きものはせつなの光となり、ゆるきものは雲の尾にまぎれる、<ruby><rb>巻々舒々</rb><rt>かんかんじょじょ</rt></ruby>、あるいは<ruby><rb>合</rb><rt>がっ</rt></ruby>し、あるいははなれ、<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>がつまりそうな霧のしぶきとなり、<ruby><rb>白紗</rb><rt>はくさ</rt></ruby>のとばりに夢のなかをゆく夢のまた夢のような気持ちになる。

霧が雨になり、雨が霧になり、雨と霧が<ruby><rb>交互</rb><rt>こうご</rt></ruby>にたわむれて半天にかけまわれば、その下におどる<ruby><rb>白泡</rb><rt>しらあわ</rt></ruby>の<ruby><rb>狂瀾</rb><rt>きょうらん</rt></ruby>がしだいしだいに青みにかえって、船は白と青とのあいだを一直線にすすむ。

「おう、陸だ」

富士男はさけんだ。見よ、煙霧の尾が海をはなるる切れ目の一せつなに、東の光をうけてこうごうしくかがやける水平線上の<ruby><rb>陸影</rb><rt>りくえい</rt></ruby>！　長さ約八キロもあろう。

「陸だ！　陸だ！」

声は全船にあふれた。

「ラスト・ヘビーだ！」

船はまっすぐに陸をのぞんで走った。

近づくままに<ruby><rb>熟視</rb><rt>じゅくし</rt></ruby>すると、岸には百<ruby><rb>丈</rb><rt>じょう</rt></ruby>の<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>そばだち、その前面には黄色な砂地がそうて右方に<ruby><rb>彎曲</rb><rt>わんきょく</rt></ruby>している、そこには樹木がこんもりとしげって、暴風雨のあとの快晴の光をあびている。富士男は<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>の上からしさいに観察して、いかりをおろすべきところがあるやいなやを考えた。だが岸には港湾らしきものはない、なおその上に砂地の付近には、のこぎりの歯のような<ruby><rb>岩礁</rb><rt>がんしょう</rt></ruby>がところどころに<ruby><rb>崛起</rb><rt>くっき</rt></ruby>して、おしよせる波にものすごい<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>をとばしている。

富士男はそこで、船室にひそんでいた十一人の少年たちを、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に集めることにした。

「おい、みんなこいよ」

少年たちはおどりあがって喜んだ。まっさきにのぼってきたのは<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>フハンである。そのつぎには富士男の弟次郎、それから<ruby><rb>支那</rb><rt>しな</rt></ruby>少年<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>と<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>、イタリア少年ドールとコスターの十歳組、そのつぎにはフランス少年ガーネットとサービス、そのつぎにはドイツ少年ウエップとイルコック、おわりに米国少年グロースがのぼってきた。かれらはいちように手をあげて<ruby><rb>万歳</rb><rt>ばんざい</rt></ruby>をとなえた。

午前六時、船はしずかに岸辺についた。

「気をつけろよ、岩が多いから乗りあげるかもしらん、そのときにあわてないように、浮き袋をしっかりとからだにつけていたまえ」

富士男は人々に注意した。するすると船は進んだ、とつぜんかすかな音を<ruby><rb>船底</rb><rt>せんてい</rt></ruby>に感じた。

「しまった！」

船ははたして<ruby><rb>暗礁</rb><rt>あんしょう</rt></ruby>に乗り上げたのであった。

「モコウ、どうした」

「乗りあげましたが、たいしたことはありません」

じっさいそれは不幸中のさいわいであった、船は<ruby><rb>暗礁</rb><rt>あんしょう</rt></ruby>の上にすわったので、外部には少しぐらいの<ruby><rb>損傷</rb><rt>そんしょう</rt></ruby>があったが、<ruby><rb>浸水</rb><rt>しんすい</rt></ruby>するほどの<ruby><rb>損害</rb><rt>そんがい</rt></ruby>はなかった、だが動かなくなった船をどうするか。

船はなぎさまではまだ三百二、三十メートルほどもある、ボートはすべて波にさらわれてしまったので、岸へわたるには、ただ泳いでゆくよりほかに方法がない、このうち二、三人は泳げるとしても、十歳や十一歳の幼年をどうするか。

富士男はとほうにくれて、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>をゆきつもどりつ<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>にふけっていた。とこのときかれはドノバンが大きな声で何かののしっているのをきいた。なにごとだろうと富士男はそのほうにあゆみよると、ドノバンはまっかな顔をしてどなっていた。

「船をもっと出そうじゃないか」

「乗りあげたのだから出ません」

とモコウはいった。

「みんなで出るようにしようじゃないか」

「それはだめです」

「それじゃここから泳いでゆくことにしよう」

「<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>賛成」

他の二、三人が賛成した。もう海上を長いあいだ<ruby><rb>漂流</rb><rt>ひょうりゅう</rt></ruby>し、<ruby><rb>暴風雨</rb><rt>ぼうふうう</rt></ruby>と戦って<ruby><rb>根気</rb><rt>こんき</rt></ruby>もつきはてた少年どもは、いま眼前に陸地を見ると、もういても立ってもいられない。

「泳いでゆこう」

とドイツのイルコックがいった。

「ゆこうゆこう」

「待ってくれたまえ」と富士男は、少年どもの中へわってはいった。

「そんな<ruby><rb>無謀</rb><rt>むぼう</rt></ruby>なことをしてもしものことがあったらどうするか」

「だいじょうぶだ、ぼくは三キロぐらいは<ruby><rb>平気</rb><rt>へいき</rt></ruby>だから」とドノバンがいった。

「きみはだいじょうぶでも、ほかの人たちはそうはいかんよ、君にしたところでたいせつなからだだ、つまらない<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>はおたがいにつつしもうじゃないか」

「だが、向こうへ泳ぐくらいは<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>じゃないよ」

「ドノバン！　きみにはご両親がある、祖国がある、<ruby><rb>自重</rb><rt>じちょう</rt></ruby>してくれたまえ」

「だがこのままにしたところで、船はだんだんかたむくばかりじゃないか、だまって<ruby><rb>沈没</rb><rt>ちんぼつ</rt></ruby>を待つのか」

「そうじゃないよ、いますこしたてば<ruby><rb>干潮</rb><rt>かんちょう</rt></ruby>になる、潮が引けばあるいはこのへんが浅くなり、<ruby><rb>徒歩</rb><rt>とほ</rt></ruby>で岸までゆけるかもしらん、それまで待つことにしようじゃないか」

「<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>が引かなかったらどうするか」

「そのときには別に考えることにしよう」

「そんな気の長い話はいやだ」

ドノバンはおそろしいけんまくで、富士男の説に反対した。がんらいドノバンはいかなるばあいにおいても、自分が第一人者になろうという、アメリカ人特有のごうまんな<ruby><rb>気性</rb><rt>きしょう</rt></ruby>がある。かれはこのために、これまで富士男と<ruby><rb>衝突</rb><rt>しょうとつ</rt></ruby>したのは、一、二度でなかった、そのたびごとにドノバンのしりおしをするのは、イルコック、ウエップのふたりのドイツ少年と、米国少年グロースであった。

かれらは航海のことについては、富士男やゴルドンほどの知識がなかった。だから海上に<ruby><rb>漂流</rb><rt>ひょうりゅう</rt></ruby>しているあいだは、なにごとも富士男の意見にしたがってきたが、いま陸地を見ると、そろそろ<ruby><rb>性来</rb><rt>せいらい</rt></ruby>のわがままが頭をもたげてきたのである。

かれら四人は、ふんぜんと<ruby><rb>群</rb><rt>む</rt></ruby>れをはなれて<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>の片すみに立ち、<ruby><rb>反抗</rb><rt>はんこう</rt></ruby>の<ruby><rb>気勢</rb><rt>きせい</rt></ruby>を示そうとした。

「待ってくれたまえドノバン」

と富士男はげんしゅくな声でいった。

「ねえドノバン！　きみはぼくを<ruby><rb>誤解</rb><rt>ごかい</rt></ruby>してるんじゃないか、ぼくらは<ruby><rb>休暇</rb><rt>きゅうか</rt></ruby>を利用して近海航行を計画したときに、たがいにちかった第一条は、友愛を主として<ruby><rb>緩急</rb><rt>かんきゅう</rt></ruby><ruby><rb>相救</rb><rt>あいすく</rt></ruby>い、死生をともにしようというのであった、もしわれわれのなかでひとりで<ruby><rb>単独行為</rb><rt>たんどくこうい</rt></ruby>にいずるがごとき人があったら、それはその人の不幸ばかりでなく、わが<ruby><rb>少年連盟</rb><rt>しょうねんれんめい</rt></ruby>の不幸だ、いまの時代は<ruby><rb>自己</rb><rt>じこ</rt></ruby>一<ruby><rb>点張</rb><rt>てんば</rt></ruby>りでは生きてゆけない、少年はたがいにひじをとり、かたをならべて、共同戦線に立たねばならぬのだ、ひとりの<ruby><rb>滅亡</rb><rt>めつぼう</rt></ruby>は万人の滅亡だ、ひとりの<ruby><rb>損害</rb><rt>そんがい</rt></ruby>は万人の損害だ、われわれ連盟は日本英国米国ドイツイタリアフランス支那インド、八ヵ国の少年をもって<ruby><rb>組織</rb><rt>そしき</rt></ruby>された世界少年の連盟だ、われわれはけっして<ruby><rb>私情</rb><rt>しじょう</rt></ruby>をはさんではいけない、もしぼくが私情がましき<ruby><rb>行為</rb><rt>こうい</rt></ruby>があったら、どうか<ruby><rb>断乎</rb><rt>だんこ</rt></ruby>として、僕を<ruby><rb>責</rb><rt>せ</rt></ruby>めてくれたまえ、ねえドノバン」

「わかったよ、だがきみは、なにもぼくらの自由を<ruby><rb>束縛</rb><rt>そくばく</rt></ruby>するような、法律をつくる権利がないじゃないか？」

ドノバンはいまいましそうにいった。

「権利とか義務とかいうのじゃないよ、ただぼくは、共同の安全のためには、おたがいに<ruby><rb>分離</rb><rt>ぶんり</rt></ruby>せぬように心を一にする必要があるというだけだ」

「そうだ、富士男の説は正しい」

と、へいそ<ruby><rb>温厚</rb><rt>おんこう</rt></ruby>な英国少年ゴルドンがいった。

「そうだそうだ」

幼年どもはいっせいにゴルドンに賛成した。

「ねえきみ、気持ちを悪くしてくれるなよ」

富士男はドノバンにいった、ドノバンは、それに答えなかった。

そもそもこの陸は大陸のつづきであるか、ただしは島であるか、第一に考えなければならないのは、この問題である。富士男は北に高い丘をひかえ、<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の下に半月形にひらけた砂原を見やっていった。

「陸には一すじの煙も見えない、ここには人が住んでないと見える」

「人が住まないところに、舟が一そうだってあるものか」

とドノバンは<ruby><rb>冷笑</rb><rt>れいしょう</rt></ruby>した。

「いやそうとはいえまい」とゴルドンは<ruby><rb>思案顔</rb><rt>しあんがお</rt></ruby>に「昨夜の<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>におそれて舟が出ないのかもしらんよ」

三人が<ruby><rb>議論</rb><rt>ぎろん</rt></ruby>をしているあいだに、他の少年たちはもう上陸の<ruby><rb>準備</rb><rt>じゅんび</rt></ruby>にとりかかった。<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>パン、ビスケット、ほしぶどう、かんづめ、<ruby><rb>塩</rb><rt>しお</rt></ruby>や砂糖、ほし肉、バタの類はそれぞれしばったり、つつんだり、<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>にいれたり、早く潮がひけよとばかり待っていた。七時になった。だがいっこう潮が引かない、そのうえに船はますます左にかたむいて、<ruby><rb>左舷</rb><rt>さげん</rt></ruby>はがっくりと水に頭をひたした。

「だめだ」

黒少年モコウはあわただしくさけんだ。それと同時に<ruby><rb>船首</rb><rt>せんしゅ</rt></ruby>のほうに立った仏国少年バクスターの口から、大きなさけびがおこった。

「しめたッ」

だめという声と、しめたという声！　人々はなんのことだかわからなかった。

「ボートがあるよ」

バクスターはふたたびさけんだ。

「ボート？」

少年たちの眼は急にいきかえった。かれらは一度に船首に走った。

「あれ！　あれだ」

いかにもバクスターのいうごとく、海水にあらいさられたと思った一せきのボートは、みよしのささえ柱のあいだにやっとはさまってぶらさがっていた。

「もうしめたぞ」

いままで<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>していたドノバンは、まっさきにボートのほうへ走った。イルコック、ウエップ、グロースの三人はそれにつづいた。四人はえいえい声をあわしてボートを海上におろそうとした。

「それをどうするつもりか」

と富士男は声をかけた。

「何をしたっていいじゃないか」

とドノバンはふたたびけんかごしにいった。

「きみらはボートをおろすつもりなのか」

「そうだ、だがそれをとめる<ruby><rb>権利</rb><rt>けんり</rt></ruby>はきみにないはずだ」

「とめやしないが、ボートをおろすのはかってだが、きみらだけ上陸して、ほかの少年をすてる気ではあるまいね」

「むろんすてやしないよ、ぼくらが上陸してからだれかひとり、ボートをここへこぎもどして、つぎの人を<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>ぶつもりだ」

「それならまず第一に、いちばん年の少ない人たちから上陸さしてくれたまえ」

「それまでは<ruby><rb>干渉</rb><rt>かんしょう</rt></ruby>されたくないよ、小さい人たちを上陸さしたのでは役にたたない、まずぼくが先にいって陸地を<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>する」

「それはあまりに<ruby><rb>利己主義</rb><rt>りこしゅぎ</rt></ruby>だ、おさない人たちを先に救うのは、<ruby><rb>人道</rb><rt>じんどう</rt></ruby>じゃないか」

「人道とはなんだ」

ドノバンはかっとなってつめよった。へいそなにごともドノバンにゆずっている富士男も、ドノバンの幼年者に対する<ruby><rb>無慈悲</rb><rt>むじひ</rt></ruby>な<ruby><rb>挙動</rb><rt>きょどう</rt></ruby>を見ると、心の底から<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>のほのおがもえあがった。

「きみはぼくのいうところがわからんのか」

富士男はしっかりと<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をすえて、ドノバンが手を出すが最後、電光石火に、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>の上にたたきのめしてやろうと身がまえた。

「待ってくれ待ってくれ、ドノバン、きみは悪いぞ、ボートは幼年者のものだ、年長者はいかなるばあいにも、年少者のぎせいにならねばならぬとは、昔からの<ruby><rb>紳士道</rb><rt>しんしどう</rt></ruby>じゃないか」

ゴルドンはこういって、ドノバンを<ruby><rb>制</rb><rt>せい</rt></ruby>した。そうして富士男を片すみにひいてゆきながらささやいた。

「きみ、ボートは<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>だ、あれを見たまえ、<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>はひいたが<ruby><rb>暗礁</rb><rt>あんしょう</rt></ruby>だらけだ、あれにかかるとボートはこなみじんになってしまうぞ」

「そうだ」

富士男はがっかりしていった。

「このうえはただ一つの<ruby><rb>策</rb><rt>さく</rt></ruby>があるばかりだ」

「どうすればいいか」

ゴルドンは心配そうに富士男の顔をみつめた。

「だれかひとり、<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>を持ってむこうの岸へ泳ぎつき、船と岸の岩に綱を張り渡すんだ、それから、年長者は一人ずつ幼年者をだいて、片手に綱をたどりながら岸へ泳ぎつくんだ」

「なるほど、それよりほかに方法がないね」

「では、そういうことにきめるか」

「だが、だれが第一番に綱を持って、むこうへ泳ぎつくか」

「むろんぼくだ」

富士男は<ruby><rb>快然</rb><rt>かいぜん</rt></ruby>として自分の胸をたたいた。

「きみが？」

ゴルドンの眼はきらきらとかがやいたが、やがて<ruby><rb>熱</rb><rt>あつ</rt></ruby>い涙がぼとぼととこぼれた。

「ドノバンは幼年者からボートを取ろうという、きみは幼年者のためにいちばんむずかしい役をひきうけようという、ぼくははじめて日本少年の<ruby><rb>偉大</rb><rt>いだい</rt></ruby>さを知ったよ」

「このくらいのことは、ぼくの国の少年は、ふつうになっているんだ、そんなことはとにかくとして、綱の用意をしてくれたまえ」

富士男は<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>をするするとぬいだ。

<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>

いまこの南太平洋を<ruby><rb>漂流</rb><rt>ひょうりゅう</rt></ruby>しつつある少年たちをもっとくわしく読者に<ruby><rb>紹介</rb><rt>しょうかい</rt></ruby>したいと思う。

諸君は世界の地図をひらくと、ずっと下のほうに、<ruby><rb>胃袋</rb><rt>いぶくろ</rt></ruby>のような形をした、大きな島を見ることであろう、これはオーストラリアである。この島から右方のすこし下のほうに、ちょうど日本の形ににた島を見るであろう、これはニュージーランド島である。この島から西方に、無数の小さな島がまめのごとくちらばっている、この<ruby><rb>群島</rb><rt>ぐんとう</rt></ruby>は、<ruby><rb>南緯</rb><rt>なんい</rt></ruby>三十四度から、四十五度のあいだにあるもので、北半球でいえば、ちょうど、日本やフランスと同じていどの<ruby><rb>位置</rb><rt>いち</rt></ruby>である。

<ruby><rb>少年連盟</rb><rt>しょうねんれんめい</rt></ruby>が風雨と戦いつつあるところは、すなわちこの群島の<ruby><rb>圏内</rb><rt>けんない</rt></ruby>である。このへんの正月は日本の七月ごろに相当する、かれらはことごとくニュージーランドに住む商人や<ruby><rb>官吏</rb><rt>かんり</rt></ruby>の子である。ニュージーランドの<ruby><rb>首府</rb><rt>しゅふ</rt></ruby>オークランド市に、チェイマン学校という学校がある。この学校は<ruby><rb>寄宿制度</rb><rt>きしゅくせいど</rt></ruby>であって、幼年から少年までを<ruby><rb>収容</rb><rt>しゅうよう</rt></ruby>して、<ruby><rb>健全剛毅</rb><rt>けんぜんごうき</rt></ruby>なる教育をほどこすのである。

されば全校の気風は勇気にとみ、また<ruby><rb>慈愛</rb><rt>じあい</rt></ruby>と友情にあつく、年長者は年少者を、弟のごとく<ruby><rb>保護</rb><rt>ほご</rt></ruby>し、年少者はまた、年長者を兄のごとく<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>する。

がんらいこの一帯は英国の<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>であるが、群島のうちには、<ruby><rb>仏領</rb><rt>ふつりょう</rt></ruby>もあり<ruby><rb>米領</rb><rt>べいりょう</rt></ruby>もある。日本はこのうちの一島をも有せぬ、しかし<ruby><rb>進取</rb><rt>しんしゅ</rt></ruby>の気にとむ日本人は、けっしてこの島をみのがすようなことはなかった。商人はどしどし<ruby><rb>貿易</rb><rt>ぼうえき</rt></ruby>の<ruby><rb>途</rb><rt>みち</rt></ruby>をひらく、学者工業家漁業家も、日本からゆくものしだいに増加しつつある。

大和富士男と次郎の父は、日本から<ruby><rb>招聘</rb><rt>しょうへい</rt></ruby>せられた工学者で、この島へきてからもはや、二十年の月日はすぎた、かれは<ruby><rb>温厚</rb><rt>おんこう</rt></ruby>のひとでかつ<ruby><rb>義侠心</rb><rt>ぎきょうしん</rt></ruby>が強いところから、日本を代表する<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>の<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>として、一般の<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>をうけている。その子の富士男はことし十五歳、学校はいつも<ruby><rb>優等</rb><rt>ゆうとう</rt></ruby>であるうえに、<ruby><rb>活発</rb><rt>かっぱつ</rt></ruby>で明るく、年少者に対してはとくに<ruby><rb>慈愛</rb><rt>じあい</rt></ruby>が深いところから、全校生徒が<ruby><rb>心服</rb><rt>しんぷく</rt></ruby>している。弟の次郎はやっと十歳で、こっけいなことといたずらがすきであるが、船が本土をはなれてから急にだまりこんで、ちがった人のようになった。

このふたりの兄弟を主人として、忠実につかえているのは、モコウという黒人の子である。モコウは両親もなき<ruby><rb>孤児</rb><rt>こじ</rt></ruby>で船のコックになったり、<ruby><rb>労役</rb><rt>ろうえき</rt></ruby>の<ruby><rb>奴隷</rb><rt>どれい</rt></ruby>になったりしていたが、富士男の父に救われてから幸福な月日をおくっている。

ところが<ruby><rb>人心</rb><rt>じんしん</rt></ruby>はその面のごとし、十人よれば十人ともその心が同一でない、同じ友だちのドノバンは、なにからなにまで、富士男に反対であった。日本のことばにアマノジャクというのがある、他人が白といえば黒といったり、他人が右へいこうというと、イヤぼくは左へゆくといったり、いつも他人に反対して、自分のわがままをつらぬこうとする。ドノバンはいわゆるアマノジャクで、そのごうまんな米国ふうの<ruby><rb>気質</rb><rt>きしつ</rt></ruby>から、いつも富士男を<ruby><rb>圧迫</rb><rt>あっぱく</rt></ruby>して自分が連盟の<ruby><rb>大将</rb><rt>たいしょう</rt></ruby>になろうとするくせがある。富士男が一同に尊敬せらるるのを見ると、かれは<ruby><rb>嫉妬</rb><rt>しっと</rt></ruby>にたえられぬのであった。

このいとうべき<ruby><rb>性癖</rb><rt>せいへき</rt></ruby>があるドノバンに、なにからなにまで敬服しているのは、そのいとこのグロースであった。グロースはなんでも他人に感服するくせがある。かれには自分の考えというものはなく、ただドノバンのいうがままにしたがうのである。

この三人は同年で十五歳だが、いま一人、十六歳の少年ゴルドンがある、かれは英国人の子で、幼にして両親にわかれ、いまでは他人の手にそだてられているが、<ruby><rb>天稟</rb><rt>てんぴん</rt></ruby>の正直と温和で<ruby><rb>謙遜</rb><rt>けんそん</rt></ruby>で<ruby><rb>冷静</rb><rt>れいせい</rt></ruby>な点において、なんぴとからも尊敬せられ、とくに富士男とは親しいあいだがらである。

その他の少年をいちいち<ruby><rb>紹介</rb><rt>しょうかい</rt></ruby>するために、<ruby><rb>国籍</rb><rt>こくせき</rt></ruby>と<ruby><rb>年齢</rb><rt>ねんれい</rt></ruby>を左に<ruby><rb>略記</rb><rt>りゃっき</rt></ruby>する。

日本　　　大和富士男（一五）　同弟次郎（一〇）

アメリカ　ドノバン（一五）　グロース（一五）

イギリス　ゴルドン（一六）

フランス　ガーネット（一四）　サービス（一四）　バクスター（一四）

ドイツ　　ウエップ（一四）　イルコック（一五）

イタリア　ドール（一〇）　コスター（一〇）

シナ　　　<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>（一一）　<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>（一一）

インド　　モコウ（一四）

<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>　フハン

船の名はサクラ号である。それは、富士男の父の所有する、スクーナーと<ruby><rb>称</rb><rt>しょう</rt></ruby>する<ruby><rb>帆船</rb><rt>はんせん</rt></ruby>で、この団体は夏期休暇を利用して、近海航行についたのが<ruby><rb>暴風雨</rb><rt>ぼうふうう</rt></ruby>になやまされて、東へ東へと流されたのであった。

サクラ号がゆくえ知れなくなったとき、一行の父兄たちは、死に物ぐるいになって<ruby><rb>捜索</rb><rt>そうさく</rt></ruby>をはじめたが、なんの手がかりもえなかった。一ヵ月後にサクラ号としるした<ruby><rb>船尾</rb><rt>せんび</rt></ruby>の板が、ある海岸に<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>したので、父兄たちはもう捜索の<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>を感じた。

<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>の人々は、涙ながらに少年たちの<ruby><rb>追善</rb><rt>ついぜん</rt></ruby>をやっているとき、富士男はサクラ号のふなばたに立って、きっと<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>だつ<ruby><rb>怒濤</rb><rt>どとう</rt></ruby>をみつめていた。

平和な海面なら、綱を持って<ruby><rb>対岸</rb><rt>たいがん</rt></ruby>まで泳ぎつくことは、<ruby><rb>至難</rb><rt>しなん</rt></ruby>でない、だが<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のあとの海は、まだ<ruby><rb>獰悪</rb><rt>どうあく</rt></ruby>である。幾千とも知れぬ大岩小岩につきあたる波は、十<ruby><rb>丈</rb><rt>じょう</rt></ruby>の高さまでおどりあがっては、<ruby><rb>瀑</rb><rt>たき</rt></ruby>のごとく落下し、すさまじい白い泡と<ruby><rb>音響</rb><rt>おんきょう</rt></ruby>をたてて、くだけてはちり、ちってはよせる。

おそろしい<ruby><rb>怒濤</rb><rt>どとう</rt></ruby>の力！　もしそれにひかれて岩角にたたきつけられたら、富士男のからだはこっぱみじんになる。

「兄さん、いっちゃいけない」

と次郎は兄のそばへ走ってさけんだ。

「いいよ、心配すな、次郎！」

富士男はわざと<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>をむけて、弟の頭をなでた。

「だいじょうぶかえ」

とゴルドンはいった。

「やるよりしようがない、これが<ruby><rb>最善</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>の道だと考えた以上は、死んでもやらなきゃならない」

「しかし……」

「ゴルドン、安心してくれたまえ、ぼくは父からきいたが、日本のことわざに、『義を見てなさざるは勇なきなり』というのがあるそうだ」

富士男は綱をくるくるとからだにまきつけた。

「よしッ、いってくれ」

とゴルドンはいった、その声がおわらぬうちに、富士男はざんぶと水におどりこんだ。

「やった！」

一同はふなばたに立って、富士男のすがたをみつめた、富士男はみごとに抜き手をきって泳ぎだした。

「だいじょうぶ？　ゴルドン？」

と次郎はまっさおになってきいた。

「ああたぶん……」

ゴルドンは富士男のすがたからすこしも眼をはなさずにいった。そうして綱をするすると送りだした。だがかれはこのとき思わず「あっ」と声をあげた。

いましも富士男の行く手に、むくむくとふくれあがった、<ruby><rb>巨大</rb><rt>きょだい</rt></ruby>な波が見えた、風は引き潮とあいうって、巨大な波のうしろに、より巨大な波がおそいかけている。しかもそれは、岩と岩のあいだを通ってくるはげしき波とつきあたるが<ruby><rb>最期</rb><rt>さいご</rt></ruby>、そこに大きな波のくぼみができるにそういない、それにひきこまれたら、鉄のからだでもたまったものでない。

「気をつけい！」

ゴルドンは声をかぎりにさけんだ、だがその声は、すぐおどろきの<ruby><rb>叫喚</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>にかわった。

「やられたッ」

いかにも富士男のからだは、まったく<ruby><rb>白泡</rb><rt>しらあわ</rt></ruby>のなかに、のまれてしまったのである。

「ひけッひけッひけッ！」

モコウはまっさきにとんできて、綱をひいた、ゴルドン、サービス、ガーネット、いずれも死に物ぐるいになって綱をひいた。

やがてふなばた近く、富士男のからだがあらわれた。

「<ruby><rb>残念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>だッ」

かれは波にぬれた頭をふっていった。

「しかたがないよ」

「うん」

富士男は船にあがるやいなや、ばったりたおれたまま、ものもいえなかった。

陸との交通は、まったく<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>におわった。しかも<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>すぎになると、潮は見る見るさしはじめて、波はますますあらくなった。このままにうちすてておくと、<ruby><rb>満潮</rb><rt>まんちょう</rt></ruby>にさらわれて、船が他の岩角にたたきつけられるのは、わかりきったことである。一同は不安の胸をとどろかしながら、だまって<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に立ったまま、ただ天にいのるよりほかはなかった。

「ちいさい人たちだけは助けたいものだなあ」

富士男はやっとつかれから<ruby><rb>回復</rb><rt>かいふく</rt></ruby>していった。

「ぼくらが助からないのに、ちいさいやつらが助かるかい」

とドノバンはいった。

このとき<ruby><rb>異様</rb><rt>いよう</rt></ruby>な<ruby><rb>震動</rb><rt>しんどう</rt></ruby>とともに、幼年者たちの泣き声がきこえた。

「<ruby><rb>巨波</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>がきた！　巨波がきた！」

幼年者はたがいに、しっかりとだきあった。

「死ぬならいっしょだ」

とゴルドンがさけんだ。船はギイギイと二度ばかり音をたてた、<ruby><rb>岩礁</rb><rt>がんしょう</rt></ruby>の上は、まったく雪のごとき<ruby><rb>噴沫</rb><rt>ふんまつ</rt></ruby>におおわれた、ゴウッというけたたましいひびきとともに、船はふわふわと<ruby><rb>半天</rb><rt>はんてん</rt></ruby>にゆりあげられる。と思うまもなく、モコウのさけび声がきこえた。

「しめたッ」

もう死なばもろともと、眼をつぶっていた少年たちは、一度にたちあがった。

「浜へきた！」

悲しみの声は、一度に笑いの声となった。

「やあふしぎだ」

「波があの大きな岩をこえて、船を砂浜へ運んでくれたのだ」

「バンザアイ」

一同は思わずさけんだ。

「まったく<ruby><rb>天佑</rb><rt>てんゆう</rt></ruby>だ」

富士男はこういってゴルドンにむかい、

「だが船は、ふたたび波にさらわれるかもしれない、とにかく、さしむき、ちいさい人たちの住まいを、きめなきゃならんね、きみとふたりで<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>しようじゃないか」

「うん、ぼくもそう思ってたところだ」

ふたりは<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>をおりて、森のほうをさして歩きだした。

森のかなたには小さな川がある。もしこの地に人が住んでいるなら、川口に舟の一そうや二そうは見えべきはずだが、いっこうそれらしきものも見えない。ふたりがだんだん森をわけてゆくと、樹木は<ruby><rb>太古</rb><rt>たいこ</rt></ruby>のかげこまやかに、落ち葉は高くつみかさなったまま、ふたりのひざを没するばかりにくさっている。右を見ても左を見ても、人かげがない、<ruby><rb>寂々寥々</rb><rt>せきせきりょうりょう</rt></ruby>、まれに飛びすぐるは、名もなき小鳥だけである。

森をいでて川にそうてゆくと、びょうびょうたる平原である、これではまったく無人島にちがいない、むろん住むべき家があるべきはずがない。

「やっぱり船にとまることにしよう」

ふたりは船へ帰って、一同にこのことをかたり、それから急に、<ruby><rb>修繕</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>にとりかかった。船はキールをくだかれ、そのうえに船体ががっくりと<ruby><rb>傾斜</rb><rt>けいしゃ</rt></ruby>したものの、しかし風雨をふせぐには十分であった。まず<ruby><rb>縄梯子</rb><rt>なわばしご</rt></ruby>を右のふなばたにかけたので、幼年組は先をあらそうて梯子をおり、ひさしぶりで、陸地をふむうれしさに、貝を拾ったり、<ruby><rb>海草</rb><rt>かいそう</rt></ruby>を集めたりして、のどかな<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>とともに、活気が急に全員の顔によみがえった。

モコウはさっそく、サービスの手を借りて、じまんの料理をつくった。富士男、ゴルドン、ドノバンの三人は、もしも<ruby><rb>猛獣</rb><rt>もうじゅう</rt></ruby>や<ruby><rb>蕃人</rb><rt>ばんじん</rt></ruby>などが<ruby><rb>襲来</rb><rt>しゅうらい</rt></ruby>しはせぬかと、かわるがわる甲板に、見張りをすることにきめた。

翌日富士男は、おもむろに<ruby><rb>持久</rb><rt>じきゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>策</rb><rt>さく</rt></ruby>をこうじた、まず第一に必要なのは、食料品である。船の所蔵品をしらべると、ビスケット、ハム、<ruby><rb>腸</rb><rt>ちょう</rt></ruby>づめ、コーンビーフ、魚のかんづめ、<ruby><rb>野菜</rb><rt>やさい</rt></ruby>等、<ruby><rb>倹約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>すれば二ヵ月分はある。だがそのあいだに、<ruby><rb>銃猟</rb><rt>じゅうりょう</rt></ruby>や魚つりでもっておぎないをせねばならぬ、かれは幼年組につり道具をやって、モコウとともに魚つりにだしてやった。

それからかれは、他の物品を<ruby><rb>点検</rb><rt>てんけん</rt></ruby>した。

大小の<ruby><rb>帆布</rb><rt>はんぷ</rt></ruby>、<ruby><rb>縄類</rb><rt>なわるい</rt></ruby>、鉄くさり、いかり一式、<ruby><rb>投網</rb><rt>とあみ</rt></ruby>、つり糸、<ruby><rb>漁具</rb><rt>りょうぐ</rt></ruby>一式、スナイドル銃八ちょう、ピストル一ダース、火薬二はこ、<ruby><rb>鉛類</rb><rt>えんるい</rt></ruby><ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>。

信号用ののろし具一式、船上の大砲の火薬および<ruby><rb>弾丸</rb><rt>だんがん</rt></ruby>。

食器類一式。

毛布、綿、フランネル、大小ふとん、まくら。

晴雨計二、寒暖計一、時計二、メガホン三、コンパス十二、<ruby><rb>暴風雨計</rb><rt>ぼうふううけい</rt></ruby>一、日本国旗と各国旗<ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>、信号旗一式、<ruby><rb>大工道具</rb><rt>だいくどうぐ</rt></ruby>、はり、いと、マッチ、ひうち石、ボタン。

ニュージーランド<ruby><rb>沿岸</rb><rt>えんがん</rt></ruby>の地図、世界地図、インキ、ペン、<ruby><rb>鉛筆</rb><rt>えんぴつ</rt></ruby>、紙、ぶどう酒。

<ruby><rb>英貨</rb><rt>えいか</rt></ruby><ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>。

<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろにモコウは、幼年組をつれて、たくさんの貝を拾って帰ってきた、モコウの話によると、<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>のところに、数千のはとが遊んでいるというので、<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>じまんのドノバンは、あす猟にゆくことにきめた。

この夜は、バクスターとイルコックが、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に見張りした。

そもそもこの地は、はなれ島であるか、大陸つづきであるか、それをきわめることがもっともたいせつである。富士男は毎日その研究に<ruby><rb>没頭</rb><rt>ぼっとう</rt></ruby>していたが、ある日ゴルドン、ドノバンのふたりにこういった。

「どう考えてもここは熱帯地でないように思う」

「ぼくは熱帯だと思うが、きみはなんの理由でそんなことをいうか」

と例のドノバンは、まず<ruby><rb>反対的態度</rb><rt>はんたいてきたいど</rt></ruby>でいった。富士男は微笑しながら、

「ここには、かしわ、かば、まつ、ひのき、ぶなの木などが非常に多い、これらの樹木は太平洋中の<ruby><rb>赤道国</rb><rt>せきどうこく</rt></ruby>には、ぜったい見ることができない樹木だ」

「それじゃどこだというのか」

「まつ、ひのきのほかの木がみな、落葉したり、紅葉したりしてるところを見ると、ニュージーランドよりも、もっと南のほうの<ruby><rb>高緯度</rb><rt>こういど</rt></ruby>だろうと思う」

「もしそうだとすると」とゴルドンは、<ruby><rb>双方</rb><rt>そうほう</rt></ruby>の<ruby><rb>争</rb><rt>あらそ</rt></ruby>いをなだめながら、

「冬になるとひじょうに寒くなるだろう、いまは三月<ruby><rb>中旬</rb><rt>ちゅうじゅん</rt></ruby>だから、四月の下旬までは好天気がつづくだろうが、五月（北半球の十一月）以後になると、どんなに気候が変わるかもしらん。そうすると、とてもぐずぐずしていられない、おそくとも六週間以内にはこの地を去るとか、ただしは冬ごもりをするかを、きめなければならん」

いかにもゴルドンの心配は、むりからぬことである。さすがのドノバンも、だまってしまった。

いまは、一日のゆうよすべきばあいでない、富士男は毎日、丘にのぼって、四方を<ruby><rb>展望</rb><rt>てんぼう</rt></ruby>した。ある日かれは、森のかなたに、ほのめく一<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>のうす青い影を発見した。夕日はかたむくにつれて、影がしだいにはっきりして、ぬぐうがごとき一天の色と、わずかに一すじの線をひくのみである。

「海だ！」

かれは思わずさけんだ。

「海だ！」

もし海とすると、この地は大陸つづきでなく、四方海をめぐらす、はなれ小島であると、思わざるをえない。

かれは丘をおりてサクラ号に帰り、一同にこのことを語ると、一同はあっといったきり、ものもいえなかった。

無人島！　家もなく人もない、いよいよ救わるべき見こみはなくなった。

「そんなことはない」

とドノバンはいった。

「いやたしかに海だ」

「よし、それじゃいけるところまでいって、その<ruby><rb>実否</rb><rt>じっぴ</rt></ruby>をたしかめることにしよう」

「よし、いこう」

<ruby><rb>遠征委員</rb><rt>えんせいいいん</rt></ruby>には、富士男とドノバンのほかに、ドイツ少年のイルコックと、仏国少年のサービスが、ついてゆくことにきめた。ゴルドンもゆきたかったが、かれはるすの少年を保護せねばならぬので、富士男を<ruby><rb>小陰</rb><rt>こかげ</rt></ruby>によんで、ひそやかにいった。

「どうか、ドノバンとけんかしないようにしてくれたまえね」

「むろんだ、ドノバンはただいばりたいのが病で、<ruby><rb>性質</rb><rt>せいしつ</rt></ruby>は善良なんだから、ぼくはなんとも思っていないよ」

「それでぼくも安心したが、少年<ruby><rb>連盟</rb><rt>れんめい</rt></ruby>はぼくら三人が年長者だからね、きみとドノバンと仲が悪くなると、まったくみんなが心細がるよ」

「連盟のためには、どんなことでも、しのばなきゃならんよ」

「それで安心した」

じっさいもう一と月のうちに、一同の住居する土地をきめねばならぬ、サクラ号の<ruby><rb>損所</rb><rt>そんしょ</rt></ruby>はだんだんはげしくなる、このぶんでは、一と月ももたぬかもしれぬのだ。

四人は四日分の<ruby><rb>食料</rb><rt>しょくりょう</rt></ruby>を<ruby><rb>準備</rb><rt>じゅんび</rt></ruby>した、めいめい一ちょうの<ruby><rb>旋条銃</rb><rt>せんじょうじゅう</rt></ruby>と、短<ruby><rb>銃</rb><rt>じゅう</rt></ruby>をたずさえ、ほかに<ruby><rb>斧</rb><rt>おの</rt></ruby>、<ruby><rb>磁石</rb><rt>じしゃく</rt></ruby>、<ruby><rb>望遠鏡</rb><rt>ぼうえんきょう</rt></ruby>、<ruby><rb>毛布</rb><rt>もうふ</rt></ruby>などを持ってゆくことにした。

いよいよあすは出発という日の夕方、一同はこわれた<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>をならべて、しばらくの別れをおしんだ。<ruby><rb>旅程</rb><rt>りょてい</rt></ruby>は四日だが、名も知らぬ土地である。河また河、谷また谷、ぼうぼうたる草は身を没して怪<ruby><rb>禽</rb><rt>きん</rt></ruby>昼も<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>く、そのあいだ<ruby><rb>猛獣</rb><rt>もうじゅう</rt></ruby><ruby><rb>毒蛇</rb><rt>どくじゃ</rt></ruby>のおそれがある、<ruby><rb>蕃人</rb><rt>ばんじん</rt></ruby><ruby><rb>襲来</rb><rt>しゅうらい</rt></ruby>のおそれもある。

しばしの別れだが、使命は重かつ大、どこでどんな<ruby><rb>災殃</rb><rt>さいおう</rt></ruby>にあうかもしれぬのだ。ゆくものも<ruby><rb>暗然</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>たり、とどまるものも暗然たり、天には一点の雲もなく、南半球の群星はまめをまいたように、さんぜんとかがやいている。そのなかにとくに目をひくは、南半球においてのみあおぎみることのできる、南十字星である。

「どうかぶじに帰ってくれ」

「おみやげたのむぞ」

一同は十字星の前にひざまずいて、勇士の好運をいのった。

翌朝七時、富士男、ドノバン、イルコック、サービスの四人は、ゴルドンのすすめによって、猟犬フハンをしたがえて出発した。

浜にそうて<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>をよじ、川をさかのぼりて森にいる。ひいらぎバーベリ等の<ruby><rb>極寒地方</rb><rt>ごくかんちほう</rt></ruby>に生ずる<ruby><rb>灌木</rb><rt>かんぼく</rt></ruby>は、いやがうえに密生して、<ruby><rb>荊棘</rb><rt>けいきょく</rt></ruby><ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>をふさいでは、うさぎの足もいれまじく、<ruby><rb>腐草</rb><rt>ふそう</rt></ruby><ruby><rb>山</rb><rt>やま</rt></ruby>をなしては、しかのすねも没すべく思われた。

どうかすると少年らは、高草のためにまったくすがたを見失うことがあるので、たがいに声をかけあうことにした。七時になるともう日はしずんで、前進することができない。四人は森のなかに一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>することにした。

翌日四人はふたたび前進をつづけた、四人の目的は、この地が、島か大陸かを見さだめることと、いま一つは、冬ごもりをする<ruby><rb>洞穴</rb><rt>どうけつ</rt></ruby>を、さがしあてることである。四人は大きな湖水のへんを歩きつづけた、だがこの日もまた、一頭の<ruby><rb>猛獣</rb><rt>もうじゅう</rt></ruby>にもあわず、一点の人の足あとも発見しなかった。ただ二、三度、なんとも知れぬ大きな鳥が、森のなかを歩いているのを見た。

「あれはだちょうだ」

とサービスはいった。

「もしだちょうとすればもっとも小さいだちょうだ」

とドノバンは笑った。

「しかしだちょうだとすると、ここはアメリカかもしれんよ、アメリカはだちょうが多い」

四人はこの夜、小さな川のほとりに<ruby><rb>野営</rb><rt>やえい</rt></ruby>した。

第三日の朝四人は、川の右岸にそうて、流れをおうてゆくと右に一帯の<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>を見た。

「やあ、サクラ<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>の<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>のつづきじゃないか」

とサービスがいった。サクラ<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>とは、少年連盟のサクラ号が<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>した湾に少年たちが名づけた<ruby><rb>名称</rb><rt>めいしょう</rt></ruby>である。

「あれはなんだろう」

イルコックがとつぜん右のほうを指さしてさけんだ。そこには大きな石が、<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>のごとく積まれて、しかもそのなかばはくずれていた。

「この石垣は、人手でもって積んだものにちがいない、して見ると、ここに人が住んでいたと思わなきゃならん」

「それはそうだ、たしかに舟をつないだところだ」

反対ずきのドノバンも賛成した。そうして草のあいだにちらばっている、木ぎれを指さした。一つの木ぎれは、たぶん、舟のキールであったものだろう、そのはしに、一つの鉄のくさりがついていた。

「だれかがここへきたことがある」

四人は思わず顔を見あわした、このぼうぼうたる無人の<ruby><rb>境</rb><rt>さかい</rt></ruby>に、住まったものははたしてだれか。四人はいまにも、ぼうぼうたる<ruby><rb>乱髪</rb><rt>らんぱつ</rt></ruby>のやせさらばえた男が、草のあいだから顔を出すような気がして、あたりを見まわした。

ひとりとしてものもいうものはない、四人はだまって<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>にふけった。木ぎれは<ruby><rb>蘚苔</rb><rt>せんたい</rt></ruby>にくさって、<ruby><rb>鉄環</rb><rt>てつわ</rt></ruby>は赤くさびている、風雨<ruby><rb>幾星霜</rb><rt>いくせいそう</rt></ruby>、この舟に乗った人は、いまいずこにあるか、かれはどんな生活をして、どんなおわりをとげたか。

草をわけ枝をむすんで、長いあいだここにくらしていたが、救いの舟もきたらず、ついにこのさびしい石垣のなかにたおれて、骨を雨ざらしにしたのか。それは人の身の上、いまや自分たちもまた、それと同じき運命にとらえられているのだ。

ちょうぜんとして<ruby><rb>感慨</rb><rt>かんがい</rt></ruby>にふけっていると、とつぜん猟犬フハンは二つの耳をきっと立てて尾をまたにはさみながら、地面の上をかぎまわった。かれは右にゆき、左にゆき、またなにかためらうように見えたが、たちまち一方の木立ちをさしてまっすぐに走った。

「なんだろう」

一同はフハンのあとについていった、フハンは、ちくちくとおいしげる木立のなかに<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>したが、なにを思うたか、一本のぶなの木の下に立ちどまって、高く声をあげた。一同はぶなの木を見ると、その<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>の皮をはぎとったところに、なにやら文字がきざみつけてあった。

S\.　Y\.

1807

一同がそれを読んでるうちに、フハンはふたたび<ruby><rb>疾風</rb><rt>しっぷう</rt></ruby>のごとく<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>をかけのぼって、とうとうすがたが見えなくなった。

とやがて、ただならぬフハンのほゆる声がおこった。

「ゆこう、なにかあるんだろう」

富士男がまっさきに走った。

「気をつけろよ、<ruby><rb>短銃</rb><rt>たんじゅう</rt></ruby>をポケットから出しておくれ」

一同は<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>をまわってゆくと、ドノバンはそこで一個のすきを拾った。

「やあ、ふしぎだなあ」

あたりを見まわすと、そのへんに<ruby><rb>耕作</rb><rt>こうさく</rt></ruby>のあとがある、いもは野生に変じて、一面に地の上をはうている。

「<ruby><rb>野菜</rb><rt>やさい</rt></ruby>をつくって生きていたのだ」

こう思うまもなく、フハンはまたしても二つ三つさけび声をあげた。一同はフハンのあとについてゆくと、<ruby><rb>荊棘</rb><rt>けいきょく</rt></ruby><ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>をふさぎ、野草が一面においしげて、なにものも見ることができない。富士男は草をはらいはらいして、なかをのぞいてみると、そこにうす暗い<ruby><rb>洞穴</rb><rt>ほらあな</rt></ruby>の入り口を見た。

「待てよ」

富士男は勇み立つ三人をとめて、かれ草をあつめてそれに火をともし、洞穴へさしいれた、そうして空気に<ruby><rb>異状</rb><rt>いじょう</rt></ruby>がないのを見て、一同は洞穴のなかへはいった。洞穴の口は高さ五尺、はば二尺にすぎないが、はいってみると、かつぜんと内部は広くなり、二十尺四方の<ruby><rb>広間</rb><rt>ひろま</rt></ruby>となり、地上にはかわいた砂をしきつめてあった。

室の右方に一きゃくのテーブルがあり、テーブルの上に土製の水さしや、大きな貝がらがあった、貝がらはさらに用いられたものらしい、赤くさびたナイフ、つり針、すずのコップもある。壁ぎわの木箱には、衣服の<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>がぼろぼろになってすこしばかりのこり、奥のほうの寝台にはわらがしいてあり、木製のろうそく立てもある。

富士男は寝台の上の<ruby><rb>古毛布</rb><rt>ふるもうふ</rt></ruby>をつえの先でおこしてみたが、そこにはなにもなかった。

四人は洞穴を<ruby><rb>検査</rb><rt>けんさ</rt></ruby>して外へ出ると、フハンはまたもや狂気のごとく走った、それについて川をくだると、大きなぶなの木の下に、一<ruby><rb>堆</rb><rt>たい</rt></ruby>の白骨があった。これこそ洞穴の主人の<ruby><rb>遺骸</rb><rt>いがい</rt></ruby>であろう。

四人はだまって白骨をみつめた。ああ白骨！　これはなんぴとの<ruby><rb>果</rb><rt>は</rt></ruby>てであるか？

破船の水夫が、この地に<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>して救いを待つうちに、病死したのであろうか、かれが<ruby><rb>洞中</rb><rt>どうちゅう</rt></ruby>にたくわえた器具は、木船から持ってきたのであろうか、ただしは、自分がつくったのであろうか、それはともかくとして、もしこの地が大陸につづいているなら、かれはここに長くとどまらずに、もっともっと内地のほうへ進んでゆきそうなものだ、それもせずにここで死んだのは、この地がはなれ島であるしょうこでなかろうか。

この人さえも救いをえずに、ここで死んだとすれば、ぼくらもとうてい救われる道はあるまい。

四人はふたたび洞穴へかえって、いま一度、内部をくわしく検査することにした。洞穴の四方の壁は<ruby><rb>花崗岩</rb><rt>かこうがん</rt></ruby>で、すこしの<ruby><rb>湿気</rb><rt>しっけ</rt></ruby>もなく、また海からの潮風もふせぐことができる、内部は<ruby><rb>畳数</rb><rt>たたみかず</rt></ruby>二十三枚だけの広さだから、十五人の<ruby><rb>連盟</rb><rt>れんめい</rt></ruby>少年を、いれることができる。

一同はそれから、すみずみからいろいろな器具を発見した、そのうちにドノバンが<ruby><rb>夜具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>をうちかえすと、一さつの手帳があらわれた。

「やあ、これはなんだろう」

サービスは顔をよせて、手帳をのぞいた。

「なんだかわからない字だ」

「エジプトの字だよ」

「<ruby><rb>支那</rb><rt>しな</rt></ruby>の字だ」

三人がののしりさわぐのをきいて、富士男もそばによった。

「なんだろう、これは」

「どれどれ」

富士男は手帳をちらと見た。

「やあ日本の文字だ」

一同はおどろいて富士男の顔を見やった。

「ぼくの国の文字だ、ぼくはニュージーランドで生まれたけれども、父と母に日本の字を習ったからよく読める、だがこれは紙が古くなり字が消えてるから、読みようがない、しかし……」

かれはしずかにページをくって、おわりのほうを読んだ、それはとくに大きく書いてあったので、やっと読むことができた。

「<ruby><rb>山田左門</rb><rt>やまださもん</rt></ruby>」

「山田？」

「山田！」

声々がいった。

「さっきのぶなの木にきざんだＳ・Ｙは、やっぱりそれだった」

と富士男は説明した。

「そうか日本人か」

人々はますますおどろいた。<ruby><rb>万里</rb><rt>ばんり</rt></ruby>の<ruby><rb>異域</rb><rt>いいき</rt></ruby>に<ruby><rb>同胞</rb><rt>どうほう</rt></ruby>の白骨を見ようとは、富士男にとってあまりに<ruby><rb>奇異</rb><rt>きい</rt></ruby>であり<ruby><rb>感慨</rb><rt>かんがい</rt></ruby>深きことがらであった。

と、ドノバンは手帳のあいだから一枚の紙をみつけた。

「地図だ」

「おう」

<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>らぬようにしずかにひらくと、疑いもなく地図である、それは山田がとくに<ruby><rb>念入</rb><rt>ねんい</rt></ruby>りに書いたものらしい。四人はひと目それを見るやいなや、一度に声をあげた。

「やっぱり島だ」

「うん、島だ」

「四方が海だ」

「島だからゆきどころがなくなって死んだのだ」

「ぼくらもだめかなあ」

ぼうぜんと立ちつくす三人をはげまして、富士男は洞穴を出て、もとのぶなの木の下にきて地をほり、ていねいに白骨を<ruby><rb>埋葬</rb><rt>まいそう</rt></ruby>した。

「ねえきみ」

と富士男は<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>の眼に涙をたたえて、三人にいった。

「日本は世界じゅうでもっとも小さな国だが、日本人の<ruby><rb>度量</rb><rt>どりょう</rt></ruby>は、太平洋よりも広いんだ、昔から日本人は海外発展に<ruby><rb>志</rb><rt>こころざ</rt></ruby>して、<ruby><rb>落々</rb><rt>らくらく</rt></ruby>たる<ruby><rb>雄図</rb><rt>ゆうと</rt></ruby>をいだいたものは、すこぶる多かったのだ、この山田という人は<ruby><rb>通商</rb><rt>つうしょう</rt></ruby>のためか、学術研究のためか、あるいは宗教のためか、どっちか知らないが、<ruby><rb>図南</rb><rt>となん</rt></ruby>の<ruby><rb>鵬翼</rb><rt>ほうよく</rt></ruby>を太平洋の風に張った勇士にちがいない、それが海難にあって、無人境の白骨となったとすれば、あまりに<ruby><rb>悲惨</rb><rt>ひさん</rt></ruby>な話じゃないか、だがけっして<ruby><rb>犬死</rb><rt>いぬじ</rt></ruby>にでなかった、山田は数十年ののちに、その書きのこした手帳が、なんぴとかの手にはいるとは、<ruby><rb>予期</rb><rt>よき</rt></ruby>しなかったろうと思う、<ruby><rb>絶海</rb><rt>ぜっかい</rt></ruby>の<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>だ、だれがちょうぜんとして<ruby><rb>夕陽</rb><rt>ゆうひ</rt></ruby>の下に、その白骨をとむらうと<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>しえよう、それでもかれは、地図をかいた、その地図は、いまぼくらの<ruby><rb>唯一</rb><rt>ゆいつ</rt></ruby>の案内者となり、その洞穴は、いまぼくらの唯一の住宅となった。ぼくははじめて知った、人間はかならずのちの人のために足跡をのこす、いやのこさなければならんものだ、それが人間の義務だ、だからぼくらものちの人のために、りっぱな仕事をして、りっぱな行ないをつまなければならん、人間はけっして、ひとりでは生きてゆけない、死んだ人でも、のちの人を<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>するんだからね、ぼくはいまそれがわかった、きみらはどう思うかね」

「むろん<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>だ」

とサービスがいった。

「みなでこの<ruby><rb>恩人</rb><rt>おんじん</rt></ruby>に<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>しようじゃないか」

四人は一<ruby><rb>抔</rb><rt>ぼう</rt></ruby>の土にむかって<ruby><rb>合掌</rb><rt>がっしょう</rt></ruby>した。

協力

<ruby><rb>殉難</rb><rt>じゅんなん</rt></ruby>の先人山田左門の白骨をぶなの木の下にほうむった四人は、山田ののこした地図をたよりに<ruby><rb>洞外</rb><rt>どうがい</rt></ruby>に流るる河にそうて北西をさしてまっすぐにくだった。ゆくときの<ruby><rb>困難</rb><rt>こんなん</rt></ruby>にひきかえて、帰りは一歩も<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>うところなく、わずか六時間でサクラ<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>の波の音をきくことができた。もう日はまったく暮れたが、船中でるすをしていたゴルドンは、たえず船の上からのろしをあげていたので、四人はそれを目あてにぶじサクラ号に帰ることができた。

その翌日、一同は<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に集まって、<ruby><rb>遠征隊</rb><rt>えんせいたい</rt></ruby>四人の報告をきき、いよいよ冬ごもりの準備にとりかかることにきめた。

山田の地図によると、この島は東西十里（四十キロメートル）南北二十里（八十キロメートル）であるが、山田がこの島で一生をおわったところをもってみると、<ruby><rb>訪</rb><rt>と</rt></ruby>う人もなき<ruby><rb>絶海</rb><rt>ぜっかい</rt></ruby>の<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>にちがいない。しかも秋はすでに去らんとして冬は眼前にせまっている、<ruby><rb>烈風</rb><rt>れっぷう</rt></ruby>ひとたびおそいきたらばサクラ号はまたたくまに波にのまれてしまうだろう。

「だからいまのうちに山田の<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>にひっこさなければならん」

とゴルドンはいった。

「ひっこすといっても、船の<ruby><rb>諸道具</rb><rt>しょどうぐ</rt></ruby>や食料などを運ぶには、少なくとも<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>はかかるだろう。そのあいだ、みなはどこに宿るか」

とドノバンはいった。

「河のほとりにテントを張ることにしよう」

「それにしても、この船をといて<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>まで持ってゆくのは、なかなかよういなことではないよ」

なにかにつけて他人の意見に反対したがるドノバンはいった。

「きみのように反対ばかりしては、仕事がはかどらないよ。人の意見に反対するなら、まずきみの意見をいってくれたまえ」

と富士男はいった。

「ぼくは洞穴にひっこんで冬ごしをするよりも、このまま船のなかにいるほうがいいと思う。船におればここを通る船に救われまいものでもない」

「それにはぼくは<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>ができない。このばあい、ほかから助けを待つべきでない。ぼくら自身の力で、ぼくらの生命をまもる決心をしなければならん」

「それでは永久に洞穴のなかにいて<ruby><rb>餓死</rb><rt>がし</rt></ruby>するつもりか」

「餓死するつもりではない、ただぼくらはいかなるばあいにも、他人の助けをあてにせず、自分で働きたいと思うだけだ」

ドノバンと富士男はまたしても<ruby><rb>衝突</rb><rt>しょうとつ</rt></ruby>した。

「ドノバン君、ぼくらのサクラ号はもう半分以上こわれかけてるんだ、船にとどまるといってもとどまれないのだ。だからぼくらは洞穴のなかで冬をこして、その間にここへ<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>を立てておけば、<ruby><rb>通航</rb><rt>つうこう</rt></ruby>の船が見つけて助けてくれるかもしれんじゃないか」

ゴルドンは両者のあいだにはいってなだめるようにいった。ドノバンはしいて反対をしてみたものの、心のなかではそれよりほかに<ruby><rb>策</rb><rt>さく</rt></ruby>がないことを知っていたので、<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>してしまった。

<ruby><rb>衆議</rb><rt>しゅうぎ</rt></ruby>一決のうえはいよいよ<ruby><rb>貨物運搬</rb><rt>かもつうんぱん</rt></ruby>にとりかからざるをえない。富士男の<ruby><rb>推薦</rb><rt>すいせん</rt></ruby>でいっさいの工事は仏国少年バクスターに一任し、一同はその<ruby><rb>指揮</rb><rt>しき</rt></ruby>にしたがうことにした。バクスターはへいそあまりものをいわないが、<ruby><rb>勤勉</rb><rt>きんべん</rt></ruby>にして<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりょ</rt></ruby>深く、生まれながらにして、<ruby><rb>建築</rb><rt>けんちく</rt></ruby>の才能があった。富士男がかれを<ruby><rb>推薦</rb><rt>すいせん</rt></ruby>して工事の部長としたのはむりでない。

ものの<ruby><rb>順序</rb><rt>じゅんじょ</rt></ruby>としてバクスターはまず川の右岸にテント小屋を建てることにした。川のほとりに<ruby><rb>繁茂</rb><rt>はんも</rt></ruby>するぶなの木の枝と枝のあいだに、長い木材をわたして屋根の骨をつくり、それにテントを張り、そこに<ruby><rb>火器</rb><rt>かき</rt></ruby><ruby><rb>弾薬</rb><rt>だんやく</rt></ruby>その他いっさいの食料を運んだ。そのつぎにはいよいよ船体の<ruby><rb>外皮</rb><rt>がいひ</rt></ruby>をとかねばならぬ。船の外皮は<ruby><rb>銅板</rb><rt>どうばん</rt></ruby>で、これは後日なにかの役にたつからていねいにはぎとった。しかしそのつぎには<ruby><rb>鉄骨</rb><rt>てっこつ</rt></ruby>があり、船板があり、柱がある。それらをとくのはなかなかよういなことでない。

しかしさいわいなるかな、四月二十五日の夜、とつぜん大風吹きつのって、天地もためにくつがえるかと思われたが、夜が明けてから浜辺へいってみると、サクラ号はめちゃめちゃに<ruby><rb>破壊</rb><rt>はかい</rt></ruby>されて、大小<ruby><rb>数限</rb><rt>かずかぎ</rt></ruby>りもない木片は、落花のごとく砂上にちっていた。一同はなんの労するところなくして、船をといたようなものだ。

その日から一同は毎日毎日木片を拾いあつめては、エッサモッサ肩にになって<ruby><rb>天幕</rb><rt>テント</rt></ruby>に運んだ。読者よ、いかに勇気あるものといえども、かれらの年長は十六が<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>で、年少は十歳である。かれらの<ruby><rb>困苦</rb><rt>こんく</rt></ruby>はどんなであったかを<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>してくれたまえ。

かれらはいずれも<ruby><rb>凛々</rb><rt>りんりん</rt></ruby>たる勇気をもって、年長者は幼年者をいたわり、幼年者は年長者の命令に服し、たがいに心をあわせて日の暮るるも知らずに働いた。ある者は長い木材をてこにして重いものをおこすと、ある者は丸い木材をコロにして重いものをころがしてゆく、肩にかつぐもの、背にになうもの、走るもの、ころぶもの、うたうもの、笑うもの、そのなかにはだれひとり不平をいうものはない。

だれよりもまっさきに働くのは富士男とゴルドンで、ふたりはいちばんむつかしい仕事を喜んでひきうけた、ふたりはサクラ号のキールをきって二つになしたるものや、<ruby><rb>前檣</rb><rt>ぜんしょう</rt></ruby><ruby><rb>後檣</rb><rt>こうしょう</rt></ruby>の残部などのもっとも重いものを、エイエイかけ声をして運んだ。それに負けじとドノバンもグロースも<ruby><rb>帆桁</rb><rt>ほげた</rt></ruby>を運んだ。バクスターはそれらのなかから、長い木材をえらんで川のなかにいれ、それをたてになし、短い木材を横に組んでたて十メートル、はば四メートルのいかだの骨をつくり、その上にサクラ号の<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>や、他の板ぎれをくぎづけにして、りっぱないかだを完成した。

この工事がおわったのは五月二日である。翌三日からいよいよテントの<ruby><rb>貨物</rb><rt>かもつ</rt></ruby>をいかだにつみはじめた。<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>、<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>、ドール、コスター、次郎の幼年組は軽いものを運び、重いものは年長組にまかせた。

<ruby><rb>協力一致</rb><rt>きょうりょくいっち</rt></ruby>！　世界少年<ruby><rb>連盟</rb><rt>れんめい</rt></ruby>は、ほんのわずかの日数のあいだに、おとなの二倍以上の仕事を完成した。五月五日一同はいかだの上に集まった、ゴルドンは<ruby><rb>悵然</rb><rt>ちょうぜん</rt></ruby>として、もはや<ruby><rb>残骸</rb><rt>ざんがい</rt></ruby>のみのサクラ号をかえりみていった。

「船はなくなった、ぼくらはぼくらの運命を大自然に一任するよりほかはない、しかしぼくらはできるだけの手段をとらねばならぬ、それには万一ここを通航する船に、ぼくらの存在を知らしむるために、<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の上に一本の信号旗を立てておきたいと思うがどうだろう」

「<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>賛成」

一同はただちに<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>を立てた、それらのことがおわってから一同は、ふたたびいかだに集まった、潮はまだ早い、<ruby><rb>満潮</rb><rt>まんちょう</rt></ruby>は八時半である、それまで待たねばならなかった。

「きょうは何日だ」

と富士男はいった。

「五月五日」

とだれやらが答えた。

「そうだ、五月五日、南半球の五月は北半球の十一月にあたる、それだけの差はあるが、しかし五月五日は非常にさいさきのよい日なのだ」

「どういうわけか」

とゴルドンはにこにこしていった。

「ぼくの<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>のじまんと<ruby><rb>誤解</rb><rt>ごかい</rt></ruby>してくれたもうな、五月五日は日本においては少年の最大祝日なのだ。それはちょうど、欧米におけるクリスマスににたものだ、日本全国<ruby><rb>津々浦々</rb><rt>つつうらうら</rt></ruby>にいたるまで、いやしくも男の子のある家では、屋根よりも高く<ruby><rb>鯉幟</rb><rt>こいのぼり</rt></ruby>を立てる、室内には男性的な人形をかざる。<ruby><rb>鐘馗</rb><rt>しょうき</rt></ruby>という<ruby><rb>悪魔降伏</rb><rt>あくまごうふく</rt></ruby>の神力ある英雄の像をまつる、桃太郎という<ruby><rb>冒険者</rb><rt>ぼうけんしゃ</rt></ruby>の像と、金太郎という動物と<ruby><rb>同棲</rb><rt>どうせい</rt></ruby>していた自然児の<ruby><rb>裸像</rb><rt>らぞう</rt></ruby>もまつる、この<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>りを五月の<ruby><rb>節句</rb><rt>せっく</rt></ruby>と称するんだ、五月節句は男子の祝日なのだ、だからぼくは五月節句をもって、世界少年<ruby><rb>連盟</rb><rt>れんめい</rt></ruby>が共同の力でもっていかだをつくり、<ruby><rb>相和</rb><rt>あいわ</rt></ruby>し<ruby><rb>相親</rb><rt>あいした</rt></ruby>しんで人生のかどでにつくことを、じつに<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>に思うのだ、諸君もどうかこの意義ある五月五日を忘れずにいてくれたまえ」

「<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>賛成」

一同はかっさいした。

「だが君、その<ruby><rb>鐘馗</rb><rt>しょうき</rt></ruby>や桃太郎の話をもっとくわしく話してくれたまえ」

とゴルドンがいった。

「よしッ、話そう、だが潮がそろそろやってきたようだ、まず、とも<ruby><rb>綱</rb><rt>づな</rt></ruby>をとこうじゃないか」

「よしきたッ」

バクスターはしずかにとも綱をといた。いかだは潮におされて動きはじめた。いかだのしりにひかれて、サクラ号の小さなボートは<ruby><rb>気軽</rb><rt>きがる</rt></ruby>そうに頭をふりふりついてきた。

「バンザアイ！」

一同は声をあげてさけんだ。

「ぼくらのつくったいかだだ」

とドノバンがいった。

「そうだ、ぼくら少年はいかだをつくった、さらに少年の<ruby><rb>連盟団</rb><rt>れんめいだん</rt></ruby>をつくるんだ」とゴルドンがいった。

「少年連盟バンザアイ」

いかだは川の右岸にそうてなめらかにすすんだ。だが潮にまかせて<ruby><rb>遡行</rb><rt>そこう</rt></ruby>するいかだのことであるから、速力はいたってにぶかった。その日は<ruby><rb>中途</rb><rt>ちゅうと</rt></ruby>で一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>し、一同は富士男の桃太郎物語などをきいて<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>にねむりについた。

翌日いかだが進行するにつれて、寒気がだんだんはげしくなった。もとより急ぐ旅でもなし、むりなことをして一同をつからすのは本意でないから、この日もまた一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>した。その翌日の午後になると、はるかに笑うがごとき、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>青黛</rb><rt>せいたい</rt></ruby>をみることができた。午後三時！　日本人山田の<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>ちかき川の右岸である。

<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>、<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>、ドール、コスターの幼年組は早くも岸にのぼって、とんだりはねたりうたったりした、いかだの上からその光景をながめていた富士男は、弟の次郎にいった。

「おまえも行って、みんなといっしょに遊ばないか」

「ぼくはいやだ」

と次郎はいった。

「なぜだ、おまえはとうから、なんとなくふさぎこんでるが、病気なのか」

「いやなんでもない」

富士男はふしんそうに頭をかしげたが、いまここでかれこれいうべきでないと思いかえして、一同とともにいかだを出た。

もういかだの荷物は運ばれた。山田の<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>は前日とすこしもかわらなかった、一同はまず<ruby><rb>寝具</rb><rt>しんぐ</rt></ruby>を運んで洞のなかにあんばいし、サクラ号食堂の大テーブルを洞の中央にすえこんだ。このまに仏国少年ガーネットは幼年組をさしずして、なべかま食器類を<ruby><rb>洞内</rb><rt>どうない</rt></ruby>に運ばした。一方には黒人モコウが早くも洞の外がわの<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の下に石をつんでかまどをつくり、スープのなべをかけ、小鳥のくしをやいたりした。小鳥はとちゅうでドノバンらが岸にのぼって<ruby><rb>猟獲</rb><rt>りょうかく</rt></ruby>したもので、<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>とドールは小鳥やきの用をおおせつかったが、やけしだいにちょいちょい失敬するので、なかなかはかどらない。

七時には一同洞内の大テーブルをかこんだ。テーブルの上には<ruby><rb>湯気</rb><rt>ゆげ</rt></ruby>が立つスープ、コーンビーフ、小鳥やき、チーズ、ゼリー、水をわったぶどう酒などがある。一同は腹がはちきれるまで食べたり飲んだりした。なかには動けなくなってコクリコクリ居ねむりをはじめたものもあった。「だが諸君」とゴルドンはいった。「ぼくらは今後この洞穴のなかで<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>をつながなければならん、それはひっきょう山田先生のおかげである、ぼくらは礼として、まず山田先生の<ruby><rb>墓</rb><rt>はか</rt></ruby>に、おじぎをするのが<ruby><rb>至当</rb><rt>しとう</rt></ruby>じゃなかろうか」

「それはそうだ」

ドノバンも富士男も<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>した。一同はうちつれて山田左門の墓にもうで、ゴルドンの<ruby><rb>慷慨淋漓</rb><rt>こうがいりんり</rt></ruby>たる<ruby><rb>弔詞</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>のもとに<ruby><rb>礼拝</rb><rt>らいはい</rt></ruby>をおわった。

九時になった、ドノバンとイルコックが見張り番をすることになって、一同は前後も知らずにねむった。

翌日から一同はいかだの<ruby><rb>貨物運搬</rb><rt>かもつうんぱん</rt></ruby>をつづけた。それからいかだをといて、その木材を<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の下につみあげた。

工学博士バクスターは、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の壁がさまでかたくないのを見て、そこをうちぬいてかまどの上に<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>をつけたので、モコウは非常に喜んだ。

ドノバン（米）サービス（仏）ウエップ（独）グロース（米）の四人は毎日銃をかたにして、森や沼をさがしまわっては、必ず多少の小鳥をうって帰った。ある日かれらは、<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>にそうて一キロメートルばかり北の森のなかにはいってゆくと、そこに人の手をもってほったとおぼしき深い穴がいくつもあるのを見た。穴の上にはちょうどおとし穴のように、表面だけ木の枝や草などを<ruby><rb>縦横</rb><rt>じゅうおう</rt></ruby>にかけわたしてある、そのなかの一つの底には、動物の骨のようなものがちらばってある。

「なんだろう」

とサービスがいった。

「たぶん山田先生がけものをとるためにほったおとし穴だろう」

「そうかね」

サービスは腕をくんでしばらく考えてからいった。

「それじゃ、この穴をかくしておこうじゃないか、ひょっとしたらなにか大きなけものがひっかかるかもしれないよ」

「そんなことがあるもんか、ぼくらがこうして毎日鉄砲をうつから、けものは遠くへ逃げてしまったよ」

「だが、どうかしてくるかもしらない」

サービスは三人の笑いをよそにして、一生けんめいに木の枝を運んで穴をかくした。

天気は日ましに寒いが、湖や川が<ruby><rb>結氷</rb><rt>けっぴょう</rt></ruby>するほどではなかった。幼年組は毎日水辺へいって魚をつった。そのためにモコウの台所には魚のない日はなかった。

だがここにこまったのは物置きのないことであった。どこか<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>のあいだに<ruby><rb>適当</rb><rt>てきとう</rt></ruby>な物置き<ruby><rb>庫</rb><rt>ぐら</rt></ruby>がなかろうかと富士男は四、五人とともに、北方の森のなかをさがしまわった、するととつぜん<ruby><rb>異様</rb><rt>いよう</rt></ruby>のさけびがいんいんたる木の間にきこえた。

「なんだろう」

一同はすぐ<ruby><rb>銃口</rb><rt>じゅうこう</rt></ruby>をむけて身がまえた、そのなかに富士男とドノバンはまっすぐに声のほうをさして進んだ。と見ると、そこはかつてサービスが木の枝をむすんでかくしておいた、穴のほとりであった。

声はまさしく穴の底である。<ruby><rb>縦横</rb><rt>じゅうおう</rt></ruby>にわたした枝はくずれおちて、なんとも知らぬ動物が、おそろしい音を立ててくるいまわっている。

「なんだろう」

ドノバンがいうまもなく、富士男は声高くよんだ。

「フハン、フハン、ここへこい」

主人の声をきいたフハンは、矢のごとく走ってきた、かれは主人の顔をちょっとながめて、すぐ穴のはしから底を見おろした、とたんに<ruby><rb>電光</rb><rt>でんこう</rt></ruby>のごとく穴のなかへおどりこんだ。

「みんなこいよ」

と富士男はうしろの少年たちにいった、少年たちは先をあらそうて走ってきた。

「なんだろう」

「ひょうか」

とウエップがいった。

「クーガル（ひょうの一種）かもしれない」

とグロースがいった。

「いや二足動物、だちょうだ」

とドノバンがいった。じっさいそれは、アメリカだちょうと、<ruby><rb>称</rb><rt>しょう</rt></ruby>せらるるものであった。全身は灰色で、その肉は<ruby><rb>佳味</rb><rt>かみ</rt></ruby>をもって<ruby><rb>賞</rb><rt>しょう</rt></ruby>せらる。

「生けどりにしなくちゃ」

とサービスがいった。

「うん、きみが一生けんめいに穴をかくしたかいがあったね」

とドノバンが笑った。

「だが生けどりはむつかしいよ、あの大きなくちばしでつっつかれたらたまらない」

「なあにだいじょうぶだ」

サービスは身をおどらして、穴のなかへとびこんだ、穴のなかでは<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>フハンと、だちょうが<ruby><rb>必死</rb><rt>ひっし</rt></ruby>になって戦っていた。だちょうは穴がせまいために、つばさを開いて飛ぶことができなかったが、いま最後の力をこめて、フハンの眼玉をつこうとした。そのせつなにサービスはだちょうのながいくびにぶらりとさがった。だちょうは<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてサービスの頭を、その<ruby><rb>怪奇</rb><rt>かいき</rt></ruby>なくちばしで二つ三つつついた。

「なにをちくしょう！」

つかれたサービスはものともせずに、だちょうののどをしめつけしめつけした。

「なにか<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>をくれ」

「よしきた」

一同は縄やバンドをつなぎあわせて、穴のなかへおろした。

「ひいてくれ」

一同が<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>をひくと！　見よ！　たくたくたる<ruby><rb>丈余</rb><rt>じょうよ</rt></ruby>の灰色の<ruby><rb>巨鳥</rb><rt>きょちょう</rt></ruby>！　足はかたくしばられ、<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>と<ruby><rb>疲労</rb><rt>ひろう</rt></ruby>のために<ruby><rb>気息</rb><rt>きそく</rt></ruby>えんえんとしている。

「やあ大きなものだなあ」

一同があきれて見まもっていると、サービスとフハンが穴から出てきた。

「うまいぞうまいぞ、当分ごちそうができるぞ」

とモコウはおどりあがって喜んだ。

「じょうだんじゃない、これを食われてたまるもんか」

とサービスはいった。

「食わずにどうするつもりだ」

「<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしょう</rt></ruby>だから命だけは助けてくれよ、いまにこれをかいならして乗馬にするんだから」

「だがわれわれの食料の<ruby><rb>倹約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>しなければならないのに、この鳥をかう食料はどうするつもりか」

とゴルドンがいった。

「それは心配するなよ、鳥は木の葉や草を食って生きるものだ、われわれの食料とは<ruby><rb>無関係</rb><rt>むかんけい</rt></ruby>だ」

「なるほど」

だちょうはサービスに一任することにきめた。この日はとうとう物置きに<ruby><rb>適当</rb><rt>てきとう</rt></ruby>な<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>を発見することができなかった。そこでバクスターの<ruby><rb>考案</rb><rt>こうあん</rt></ruby>で、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の内部の壁のやわらかいところをほって、室をひろげることにした。壁のやわらかいところには、木材の<ruby><rb>支柱</rb><rt>しちゅう</rt></ruby>をほどこして<ruby><rb>崩壊</rb><rt>ほうかい</rt></ruby>をふせぎ、年長者はつるはしをふるい、年少者は岩くずや石きれを運んでは、洞の外にすてた。

三十日の午後には、五、六尺のトンネルができた、と、とつぜんふしぎな事件が<ruby><rb>出来</rb><rt>しゅつたい</rt></ruby>した。

富士男はトンネルの奥で、しきりに<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>をほっていると、どこやらに<ruby><rb>奇妙</rb><rt>きみょう</rt></ruby>なうなり声をきいた。

「なんだろう！」

ゴルドンもバクスターも、同時にその声をきいた、三人はすぐドノバン、イルコック、ウエップ、ガーネットの<ruby><rb>年長連</rb><rt>ねんちょうれん</rt></ruby>をよんで相談した。

「なんでもないよ、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>のなかだからなにかの<ruby><rb>反響</rb><rt>はんきょう</rt></ruby>にちがいない」

とドノバンはいった。一同はふたたびつるはしをふるってほりつづけた。と夕方になると、さっきよりもっと近くに、なにものかほゆる声がきこえた。

「いよいよ変だぞ」

声がおわらぬうちに、フハンはあわただしく洞のなかをかぎまわったが、とつぜん<ruby><rb>疾風</rb><rt>しっぷう</rt></ruby>のごとく<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の外へ走り去った。一日の<ruby><rb>労役</rb><rt>ろうえき</rt></ruby>をおわって一同は<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>のテーブルについたが、フハンは帰ってこない。

「フハン、フハン」

みんながよんでも、やっぱりフハンのすがたは見えない。ドノバンは<ruby><rb>湖辺</rb><rt>こへん</rt></ruby>へゆき、イルコックは川の岸にのぼり、一同は手をわけてフハンをさがした。

九時はすぎた、森は暗い、一同はたがいに<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>として<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>へ帰った。

「どこへいったろう」

「猛獣にでも殺されたのかもしらん」

人々が語っていると、とつぜんフハンのほえる声がした。

「ああトンネルのなかだ」

富士男はまっさきにトンネルにとびこんだ、年長者は手に手に武器をとって立ちあがった、年少者はいずれも<ruby><rb>毛布</rb><rt>もうふ</rt></ruby>を頭からかぶって、うつぶせになった、すると富士男はふたたびトンネルから出てきた。

「この<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のうしろに、もう一つの<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>があるにちがいない」

「そうかもしれないよ、そこにいろいろな動物がすんでいるんだと思う」

このときまたもや、おそろしい<ruby><rb>咆哮</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>の声がきこえた。

「ああ、フハンが<ruby><rb>猛獣</rb><rt>もうじゅう</rt></ruby>と戦ってるんじゃなかろうか」

「だが洞の入り口がわからないから、助けにゆけないね」

とイルコックがいった。

富士男はもう一度<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に耳をつけたが、その後せきばくとしてなんの音もない。

不安な一夜をすごして、翌朝ドノバンらは<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほとりに、フハンをさがしにいった。富士男とバクスターは例のごとくトンネルをほりつづけた。午後の二時ごろ！　富士男はつるはしをとめてとつぜんさけんだ。

「どうもへんだぜ」

「なにが？」

とバクスターはいった。

「このトンネルがほかの<ruby><rb>洞穴</rb><rt>ほらあな</rt></ruby>へつきぬけそうな気がする、なにがとびだすかもしれないから、みんな注意してくれたまえ」

ドノバン、イルコック、ウエップらは、手に手に武器をとって身がまえた。年少者はことごとく<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の外へ<ruby><rb>避難</rb><rt>ひなん</rt></ruby>せしめた。

「やあ、これだ」

富士男のうちだすつるはしとともに、ぞろぞろと大きな岩がくずれて、そこに<ruby><rb>洞然</rb><rt>どうぜん</rt></ruby>たる一道の穴があらわれた。

「やあ」

声とともにがらがらと地ひびきをさせて<ruby><rb>驀然</rb><rt>ばくぜん</rt></ruby>おどりだしたる一個の怪物が、富士男の顔をめがけてとびついた。

それはフハンであった。

「やあ、フハン！」

一同のおどろきは喜びの声とかわった。フハンは主人のほおをひとなめしてから、身を転じてバケツの水をしたたかに飲み、それから主人をさそうもののごとく、顔を見あげた。

「だいじょうぶか」

と富士男は笑いながらフハンにいった。フハンはもう一度主人のひざに、頭をすりつけた。

「だいじょうぶらしいよ、諸君、ちょうちんを持ってくれたまえ」

ゴルドン、ドノバン、イルコック、バクスター、モコウらは、ちょうちんをともしてトンネルに進んだ。そうしてくずれた穴をくぐって、つぎの<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>へはいると、そこは山田の洞と同じ高さで、二十<ruby><rb>畳敷</rb><rt>じょうじ</rt></ruby>きばかりの広さである。だがこの洞の入り口はどこにあるだろう、イルコックは壁のすみずみをみまわしたとたんに、なにものかにつまずいて、たおれそうになった。

「なんだ」

ちょうちんに照らしてみると、まぎれもなきジャッカル（やまいぬの<ruby><rb>属</rb><rt>ぞく</rt></ruby>）の<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>であった。

「ああジャッカルだ」

「フハンがかみ殺したんだ」

「すてきすてき、こんどこそごちそうだ」

とモコウはいった。そうしてサービスにむかい、

「それともきみは、このジャッカルを乗馬にしますかね」

「いくらなんでも死んだものには乗れないよ」

とサービスはまじめな顔でいった。一同は笑った。

だがえものはこれだけでなかった、富士男はこの壁のすみに、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の入り口があることを発見した、この入り口から外へ出ると、ちょうど湖のほとりになっていた。

翌日からバクスターの<ruby><rb>設計</rb><rt>せっけい</rt></ruby>で、この新しい洞と、古い洞との<ruby><rb>連絡</rb><rt>れんらく</rt></ruby>をひろげ、入り口にはサクラ号からとってきたとびらをとりつけた。

バクスターはさらに思いをこらして、<ruby><rb>旧洞</rb><rt>きゅうどう</rt></ruby>はもっぱら台所、食堂および物置きにあて、<ruby><rb>新洞</rb><rt>しんどう</rt></ruby>は寝室および読書室となした。

毎日毎日寒い風が吹きつづいていたので、<ruby><rb>洞外</rb><rt>どうがい</rt></ruby>の工事ができなくなった、だが二週間ののちにはいっさいの<ruby><rb>設備</rb><rt>せつび</rt></ruby>が完了した。だが一同が救いの船を得るのはいつのときか、あらかじめはかりがたい。それまでむなしく遊び暮らすはもったいない話だと、ゴルドンがいいだした。そこで一定の時間をきめて、<ruby><rb>課程</rb><rt>かてい</rt></ruby>を学習することとなり、年長者はそれぞれ年少者に教えるべく、<ruby><rb>分担</rb><rt>ぶんたん</rt></ruby>をきめた。

六月十日の夕、<ruby><rb>晩餐後</rb><rt>ばんさんご</rt></ruby>の雑談はことにうれしかった。年少者のドールはとつぜんこういった。

「ぼくらが住んでるこの島にも、いろいろ名があるの？」

「無人島だから名はないかもしらん」

とゴルドンは答えた。

「でも、名がないとこまるじゃないの？　ぼくらのこの家だって、なんという町かわからない」

「それはもっともだ、諸君、今夜みんなで相談して、名をつけようじゃないか」

「賛成賛成」

「モコウ！　命名式だからコーヒーをごちそうしてくれたまえ」

モコウがつくってくれたコーヒーに舌つづみをうって、一同はストーブをかこんだ。

「まず<ruby><rb>順序</rb><rt>じゅんじょ</rt></ruby>からいうが、ぼくらが第一番に<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>した港は、船の名にちなんで、サクラ湾としたいと思うがどうだ」

とドノバンはいった。

「賛成賛成」

「ぼくらがこの<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>を発見したのは、山田左門先生のおかげだから、<ruby><rb>左門洞</rb><rt>さもんどう</rt></ruby>とつけたいね」

と富士男はいった。

「賛成賛成」

「サクラ<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>にそそぐ川は？」

「ニュージーランド川としよう」

「湖は？」

「平和湖」

「海が見える岡は？」

「<ruby><rb>希望</rb><rt>きぼう</rt></ruby>が<ruby><rb>岡</rb><rt>おか</rt></ruby>」

「だちょうを<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>った森は？」

「だちょうの森としてくれたまえ」

とサービスがいったのでみんなが大笑いした。

北の<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>を北岬という、南の岬を南岬という、犬の<ruby><rb>歯</rb><rt>は</rt></ruby>のように出入しているいくたの岬は、みんな本国を記念に、日本岬、アメリカ岬、フランス岬、ドイツ岬、イタリア岬、支那岬、インド岬と名づけた。

「ですが、この島全体の名をなんとつけるんですか」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がいった。

「そうだ、それがいちばんたいせつな命名だ。諸君<ruby><rb>知恵</rb><rt>ちえ</rt></ruby>をしぼってくれたまえ」

とゴルドンがいった。声に<ruby><rb>応</rb><rt>おう</rt></ruby>じて、少年島、<ruby><rb>親愛島</rb><rt>しんあいとう</rt></ruby>、<ruby><rb>理想島</rb><rt>りそうとう</rt></ruby>等の名が出た。

「そうだ、もっといい名がありそうなものだね」

「ぼくは！」

と年少のコスターは、学校におけるがごとく手をあげていった。

「<ruby><rb>少年連盟島</rb><rt>しょうねんれんめいとう</rt></ruby>とつけたいのです」

「<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby><ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>」

声は一度におこった。

「少年連盟島！　じつにいい名だ、コスター君、今夜の命名式はきみが<ruby><rb>殊勲者</rb><rt>しゅくんしゃ</rt></ruby>だよ」

富士男にほめられて、コスターはさっと顔をあからめながら、しかも<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>そうに鼻穴をふくらました。

「そうなると」とモコウはまっくろな顔をつきだしていった。「連盟があるからには<ruby><rb>大統領</rb><rt>だいとうりょう</rt></ruby>がなければなりません」

「賛成賛成」

声々がおこった。

「大統領なんて<ruby><rb>不必要</rb><rt>ふひつよう</rt></ruby>だ」

とドノバンはいった。

「しかし<ruby><rb>衆議</rb><rt>しゅうぎ</rt></ruby>がまちまちになってきまらないばあいに、それを<ruby><rb>裁決</rb><rt>さいけつ</rt></ruby>する人がなければ、連盟の<ruby><rb>方針</rb><rt>ほうしん</rt></ruby>が立たない」

と富士男はモコウの説に賛成した。

「賛成賛成」

一同はしだいに熱した。

「諸君がそうしたいなら、僕も<ruby><rb>異存</rb><rt>いぞん</rt></ruby>はないが、しかし<ruby><rb>選挙</rb><rt>せんきょ</rt></ruby>をするのかね」

「選挙だ選挙だ」

一同の眼は富士男のほうを見たので、ドノバンは早くも例の<ruby><rb>嫉妬</rb><rt>しっと</rt></ruby>の念が、むらむらともえだした。

「選挙ならそれもよかろう、しかし任期は六ヵ月ぐらいに限りたいね」

「六ヵ月と限るもいい、そのかわりに、<ruby><rb>再選</rb><rt>さいせん</rt></ruby>もさしつかえないということにして」

とバクスターがいった。

「賛成賛成」

なにかにつけて<ruby><rb>苦情</rb><rt>くじょう</rt></ruby>をいいたがるドノバンも、道理の前には口をつぐむよりほかはなかった。

「そこでぼくは諸君に一言したい」

と富士男は<ruby><rb>謹厳</rb><rt>きんげん</rt></ruby>なる<ruby><rb>口調</rb><rt>くちょう</rt></ruby>でいった。

「われわれ十五人の少年連盟の<ruby><rb>首領</rb><rt>しゅりょう</rt></ruby>として、われわれが選挙する人物は、われわれのうちでもっとも<ruby><rb>徳望</rb><rt>とくぼう</rt></ruby>あり、<ruby><rb>賢明</rb><rt>けんめい</rt></ruby>であり、公平であるところのゴルドン君でなければならん」

「いやいや」

とゴルドンは手をふって、「<ruby><rb>才知</rb><rt>さいち</rt></ruby>と<ruby><rb>胆力</rb><rt>たんりょく</rt></ruby>と正義は、富士男君を第一におすべきだ」

「いやいやそうじゃない、諸君、ゴルドン君を選挙してくれたまえ」

「いや、諸君、富士男君を選挙してくれたまえ」

ふたりはひたいに玉のごとき汗を流して、ゆずりあった。

「どっちでも早くきめてくれ」

とドノバンは不平そうにいった。

「ねえ、ゴルドン君、おたがいにゆずりあってもはてしがない、連盟の第一義は<ruby><rb>協力一致</rb><rt>きょうりょくいっち</rt></ruby>だ、平和だ、親愛だ、その<ruby><rb>志</rb><rt>こころざし</rt></ruby>について考えてくれたまえ」

富士男はその眼に<ruby><rb>熱火</rb><rt>ねっか</rt></ruby>のほのおをかがやかして、<ruby><rb>哀訴</rb><rt>あいそ</rt></ruby>するようにいった。

「うん」

「<ruby><rb>大統領</rb><rt>だいとうりょう</rt></ruby>という名目は、けっして階級的の意味じゃない」

「うん」

ゴルドンはちらと富士男の顔を見やったときに、ドノバンのねたみのほのおが、わが眼をいるような気がした。彼は急に考えを変えた。

「そうだ、富士男君を大統領にすると、仲の悪いドノバンがなにをするかわからない、連盟の平和のために、自分が<ruby><rb>甘諾</rb><rt>かんだく</rt></ruby>するのは、さしむき取るべき道ではなかろうか」

かれがこう思っているうちに、富士男は一同にいった。

「ゴルドン君の<ruby><rb>万歳</rb><rt>ばんざい</rt></ruby>をとなえようじゃないか」

「ゴルドン君万歳！」

一同はさけんだ。

「少年連盟万歳」

冬ごもり

島の各所の命名はおわった。少年連盟の盟主はゴルドンにきまった。ある日富士男はゴルドンにこういった。

「きみに相談したいことがある」

「なんだ」

「われわれの冬ごもりのことだ、もしぼくらが<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>するごとくこの島が、ニュージーランドよりずっと南のほうにあるものとすれば、これから五ヵ月のあいだ――十月までは雪のために外へ出ることはできまいと思う。そのあいだわれわれは、なんにもせずに春を待っているのは、きわめておろかな話だと思う。われわれは少年だからいかなるばあいにも学問をやめてはならん」

「むろんそうだ」

「そこでわれわれはこの冬ごもりのあいだに、<ruby><rb>日課</rb><rt>にっか</rt></ruby>を定めて勉強したいと思うがどうだろう」

「賛成賛成、ぼくもそれを考えていたところだよ、すぐに実行しよう、それにはなにか方法があるかね」

富士男は一枚の<ruby><rb>原稿</rb><rt>げんこう</rt></ruby>を、ゴルドンの前においた。それには十五少年の学級と、受け持ち<ruby><rb>教導者</rb><rt>きょうどうしゃ</rt></ruby>などがしるされてあった。

十歳組――第一級

次郎（日）

ドール（伊）

コスター（伊）

十一歳組――第二級

<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>（支）

<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>（支）

十四歳組――第三級

ウエップ（独）

ガーネット（仏）

サービス（仏）

バクスター（仏）

モコウ（印）

十五歳――第四級

イルコック（独）

ドノバン（米）

グロース（米）

富士男（日）

以上十四名とし、第四級員は第三級に教え、第三級員は第二級に教え、第二級員は第一級に教え、<ruby><rb>順次</rb><rt>じゅんじ</rt></ruby>に下級の<ruby><rb>教導</rb><rt>きょうどう</rt></ruby>を受け持つこと。

ゴルドンはつくづくとこの原稿をひらき見て、首をかしげていたがやがてこういった。

「これにはぼくの<ruby><rb>役割</rb><rt>やくわり</rt></ruby>がないが、ぼくはどうなるのか」

「きみは<ruby><rb>首領</rb><rt>しゅりょう</rt></ruby>だから学級の<ruby><rb>総監督</rb><rt>そうかんとく</rt></ruby>をすればいいのだ」

「それはいかん、ぼくもみなと同じく学生だ。首領だからといって、学問をやめることはできない。人間は死ぬまで学生だと昔の人がいった。ぼくも仲間にいれてくれたまえ」

「なるほど、それではきみひとりが第五級だ」

「なぜだ」

「きみは十六歳で最年長者だから」

「そうか」

けんそんなゴルドンも<ruby><rb>年齢</rb><rt>ねんれい</rt></ruby>を<ruby><rb>減</rb><rt>へ</rt></ruby>らすことができないので、第五級の生徒となることにきまった。

ゴルドンはこのことを一同に相談すると、だれしも<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>のあるべきはずがない。一同は喜びにあふれて、その他のいろいろな<ruby><rb>規律</rb><rt>きりつ</rt></ruby>をきめた。毎週二度、木曜と日曜には<ruby><rb>討論会</rb><rt>とうろんかい</rt></ruby>を開いて、歴史や科学および修身の題目をとらえて議論をたたかわすこと、風なき日には<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>を散歩し、あるいはランニングの競争をやること、などもきめた。

かかる<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>にあってもっともたいせつなことは、時間の<ruby><rb>精確</rb><rt>せいかく</rt></ruby>である。そこで、イルコックとバクスターは時計<ruby><rb>係</rb><rt>がかり</rt></ruby>となり、ウエップは<ruby><rb>寒暖計</rb><rt>かんだんけい</rt></ruby><ruby><rb>晴雨計</rb><rt>せいうけい</rt></ruby>の<ruby><rb>主任</rb><rt>しゅにん</rt></ruby>となり、一同の<ruby><rb>身神</rb><rt>しんしん</rt></ruby>をなぐさむるためにガーネットは音楽の主任となって、ハーモニカを鳴らすこととなった。

こういう<ruby><rb>余興係</rb><rt>よきょうがかり</rt></ruby>には、いたずらずきの次郎がまっさきにひきうけねばならぬはずだが、次郎はなぜかいぜんとして<ruby><rb>沈欝</rb><rt>ちんうつ</rt></ruby>な顔をしているので、他の人々もしいてすすめなかった。

六月の<ruby><rb>下旬</rb><rt>げじゅん</rt></ruby>になると寒暖計はしだいにくだって、<ruby><rb>零点以下</rb><rt>れいてんいか</rt></ruby>十度ないし十二度のあいだを上下するようになったが、しかし<ruby><rb>洞内</rb><rt>どうない</rt></ruby>にはまきの<ruby><rb>貯蓄</rb><rt>ちょちく</rt></ruby>が十分であったから、さまでの苦しみもなかった。

が、ここに一つの難事が<ruby><rb>出来</rb><rt>しゅったい</rt></ruby>した、それは雪が深くなるにつれて、年少組は川へ水をくみにゆくことができなくなったことである。ゴルドンは<ruby><rb>思案</rb><rt>しあん</rt></ruby>にあまって、まず第一に工学博士に相談をした。少年たちはたわむれにバクスターに、工学博士の<ruby><rb>称</rb><rt>しょう</rt></ruby>をたてまつったのである。

「よしよし考えてみよう」

バクスターは研究に研究をかさねた結果、地中に<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>をうずめて、川から水をひくことにした。かれはサクラ号の浴室にそなえてあった、<ruby><rb>鉛管</rb><rt>えんかん</rt></ruby>を利用した。

つぎにモコウは、一生けんめいに動物やさかなの料理をするたびに、その<ruby><rb>脂肪</rb><rt>しぼう</rt></ruby>を貯蓄したので、燈火の油に不足の心配はなくなった。

しかしただ心配なのは食料の欠乏である、雪が吹きすさんで<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>に出ることもできないので、用意の食料は日に日にへる一方である。モコウが<ruby><rb>倹約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>に倹約をかさねてたくわえたかも、しちめんちょうの肉、塩づけのさかな、サクラ号から持ってきたかんづめ類も、今後どれだけのあいだつづくか、はかることができない。のみならず、十歳から十六歳までの少年である、<ruby><rb>胃袋</rb><rt>いぶくろ</rt></ruby>はおとなよりもすこやかに、食うことにかけてはことごとく<ruby><rb>豪傑</rb><rt>ごうけつ</rt></ruby>ぞろいだからたまらない。

なおそのうえにやっかいなのは、サービスが生けどっただちょうである。だちょうの大食は少年にまさること<ruby><rb>数等</rb><rt>すうとう</rt></ruby>である、かれのために少年たちは、毎日その食料たる木の根や、<ruby><rb>生草</rb><rt>なまくさ</rt></ruby>を、雪深くほらねばならなかった。これには一同へいこうしてサービスにいった。

「おい、いいかげんにして、だちょうをしめて食おうじゃないか」

「じょうだんじゃない、そればかりはかんにんしてくれ」

サービスはとうとう、だちょうの食料はいっさい他の人の手を借らずに、自分ひとりでほりあつめることにした。かれは寒い風に吹かれて、ほおをむらさきにしながら毎日毎日雪をほり、木の根をほった。年少組がそれを見て笑うと、かれは<ruby><rb>傲然</rb><rt>ごうぜん</rt></ruby>としていう。

「いまに見ろよ、このだちょうは天下の名馬になるから」

七月九日には洞外の温度は零点以下十七度にくだった。だがこのときまきがすでにつきたので、一同は例のだちょうの森にはいって、まきをとることにきめた。それには例の工学博士バクスターの案で、食堂の大テーブルをさかさまに倒し、それを<ruby><rb>橇</rb><rt>そり</rt></ruby>となしたので<ruby><rb>運搬</rb><rt>うんぱん</rt></ruby>はきわめて便利であった。

協同一致の冬ごもりは、かくして安らかにうちすぎた。八月の末から九月になると、日に日に温度がのぼりゆき、平和湖の水面に春らしい風が吹けば、木々の<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>もなんとなく活気づいて見える。

「もう少しあたたかくなったら、<ruby><rb>遠征</rb><rt>えんせい</rt></ruby>にでかけようじゃないか」

一同は毎日こう語りあった。日本人山田左門先生の地図は、かなりゆきとどいたものであるが、しかしそれはおもに西方の地図で、北南東はどうなっているか、肉眼で見た山田先生の地図以外に、<ruby><rb>望遠鏡</rb><rt>ぼうえんきょう</rt></ruby>で新たな発見があるまいものでもない。

「もういっぺんくわしく調べよう」

九月の<ruby><rb>中旬</rb><rt>ちゅうじゅん</rt></ruby>からおそろしい風が吹いた。風は一週間もつづいたが、それがやむと天地にわかになごやかになり、春の光はききとしてかがやき、<ruby><rb>碧瑠璃</rb><rt>へきるり</rt></ruby>の空はすみわたって、万物新たに歓喜の光に<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>した。

長い半年の冬ごもりであった！　少年らは解放された小鳥のように勇みたって、あるいはまきをとり、あるいはさかなをつり、あるいは鳥をかりまわった。ゴルドンは火薬を<ruby><rb>倹約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>して<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>はおもにおとし穴、かけなわ、<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>などを使用せしめたから、大きなえものはなかったが、小鳥や野うさぎの類を多くとることができた。

ところがここに、一<ruby><rb>椿事</rb><rt>ちんじ</rt></ruby>がしゅったいした。ある日サービスは、例のだちょうに<ruby><rb>餌</rb><rt>え</rt></ruby>をやっていると、モコウがそばへよっていった。

「サービス君、この鳥はもう食べてもいいでしょう、またのところがなかなかうまそうだ」

「じょうだんじゃない」とサービスはあわてていった。「これは天下の名馬になるんだ」

「そんなものは役にたちません、食べてしまうほうがいい」

サービスとモコウがあらそっているのを見て、ほかの少年たちはサービスをからかった。

「サービス君、きみはこのだちょうを名馬になるなるというが、いっこうに名馬にならないじゃないか」

「あわれなる友よ」とサービスは妙な声でいった。「千里の馬ありといえども、<ruby><rb>伯楽</rb><rt>はくらく</rt></ruby>なきをいかにせん、千里のだちょうありといえども、きみらには<ruby><rb>価値</rb><rt>かち</rt></ruby>がわからない」

「文句をいわずに乗って見せたまえ」

「しからば乗って見せてやろうか、だちょうの快足とぼくの馬術を見て、びっくりしてこしを抜かすなよ」

サービスはこういって、だちょうの首をしずかになでた。

「おい、しっかり走れよ」

かれはまず、その首に<ruby><rb>手綱</rb><rt>たづな</rt></ruby>をつけた、それから両眼に目かくしをかけ、バクスターとガーネットにひかせて、しずしずと広場の中央にあゆみよった。

一同はかっさいした。サービスは<ruby><rb>得意満面</rb><rt>とくいまんめん</rt></ruby>、やっと声をかけて、だちょうの背に乗らんとしたが、だちょうがおどろいてからだをゆすったので、つるつるとすべって、草の上にどしんと落ちた。

「やあ、どうした、天下の<ruby><rb>大騎手</rb><rt>だいきしゅ</rt></ruby>」

少年らはうちはやした。

「だまって見ておれ」

サービスはかくかくとのぼせあがってどなりながら、五、六回<ruby><rb>転落</rb><rt>てんらく</rt></ruby>ののち、やっとだちょうの背中に乗った。

「どうだい」

とかれは一同を見おろして<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>した。

「いよう、うまいうまい」

「これから走るところを見せてやるぞ、びっくりしてこしをぬかすなよ」

「見せてくれ」

「ようし」

サービスは<ruby><rb>手綱</rb><rt>たづな</rt></ruby>をとって、だちょうの目かくしをはずした。その一せつな！　だちょうはかなたの森をさしてまっしぐらに走りだした。<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>は長し、食には<ruby><rb>飽</rb><rt>あ</rt></ruby>きたり、自由を得ただちょうの胸には、春風吹きわたり、ひづめの下には春の雲がわく。

「やあやあ、天下の名馬！」

少年たちはあっけにとられてかっさいした。と同時に、サービスの声がはるかにきこえた。

「助けてくれい」

一同はわれさきにと走った。サービスは林のなかに投げだされて、だちょうは影も形もない。

「おい、どうした」

とガーネットがいった。

「うん」

「天下の名馬はどうした」

とゴルドンがいった。

「うん」

「どうしたんだ」

「こしがぬけた」

一同は笑いながらサービスをたすけおこした。サービスのからだには、なんの<ruby><rb>異状</rb><rt>いじょう</rt></ruby>もなかった。

「だから早く食えばよかった」

とモコウがいった。

いよいよ第二の<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>を<ruby><rb>挙行</rb><rt>きょこう</rt></ruby>することになった、第一のときには主として富士男が<ruby><rb>指揮者</rb><rt>しきしゃ</rt></ruby>となったが、こんどは富士男がるす役をして、ゴルドン、ドノバン、バクスター、イルコック、ウエップ、グロース、サービスの七人がゆくことにきめた。

十一月の五日、めいめいこしに<ruby><rb>短銃</rb><rt>たんじゅう</rt></ruby>をさげ、ゴルドン、ドノバン、イルコックの三人は、さらに鳥打ち<ruby><rb>銃</rb><rt>じゅう</rt></ruby>をかたにかけた。一同は火薬を<ruby><rb>倹約</rb><rt>けんやく</rt></ruby>するために、山田先生の<ruby><rb>遺物</rb><rt>いぶつ</rt></ruby>たる飛び<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>を、おもに用うることにした、飛び弾というのは、一すじの<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>に二つの石をしばりつけ、これを<ruby><rb>走獣</rb><rt>そうじゅう</rt></ruby>に投げつけて、からだや足にからみつける<ruby><rb>猟具</rb><rt>りょうぐ</rt></ruby>である。

時は春である、草は緑に、林のなかには名も知らぬ花が咲きみだれている。一同は富士男らの見送りをうけてだちょうの森を左にして、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>にそうて北へ北へとすすみ、その日は<ruby><rb>左門洞</rb><rt>さもんどう</rt></ruby>をさる十二マイルの<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>で一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>した。一同はこの河を<ruby><rb>一泊河</rb><rt>いっぱくがわ</rt></ruby>と名づけた。

翌朝もぶじにすぎて、<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>の下で一泊した、三日目の朝に、一同はこれより北は<ruby><rb>砂漠</rb><rt>さばく</rt></ruby>であることをたしかめたので、ふたたび一泊河へひきかえし、南の岸にわたった、そこでドノバンは重さ三<ruby><rb>貫</rb><rt>がん</rt></ruby>五六百<ruby><rb>匁</rb><rt>もんめ</rt></ruby>の野がんをとった。サービスがこれを料理したが、七人では食いきれないので、残りをフハンにやった。

一同はそこから西へ西へとすすんだ。このへんの森はだちょうの森のように<ruby><rb>稠密</rb><rt>ちゅうみつ</rt></ruby>ではないが、そのかわりに見るかぎり野草がはえしげって、日の光がまともに照りつけ、<ruby><rb>毛氈</rb><rt>もうせん</rt></ruby>のように美しいしばの上に長さ三四尺もあるゆりの花が幾百幾千となくならんで、風にそよいでいる、ゴルドンはここですこぶる有用な植物を発見した。一本の木がある、葉が小さくて全身にとげがあり、まめほどの大きさの赤い実をもっている。それはトラルカというもので、黒人はこの木の実から、一種の酒を<ruby><rb>醸造</rb><rt>じょうぞう</rt></ruby>するのである。

もう一つの木は、南米およびその<ruby><rb>付近</rb><rt>ふきん</rt></ruby>の島だけに生ずる、アルガロッペと<ruby><rb>称</rb><rt>しょう</rt></ruby>するもので、これも酒をつくることができる、一同はゴルドンの<ruby><rb>指揮</rb><rt>しき</rt></ruby>に<ruby><rb>従</rb><rt>したが</rt></ruby>って、この二種の木の実を<ruby><rb>採集</rb><rt>さいしゅう</rt></ruby>した。

いまもう一つの木は<ruby><rb>茶</rb><rt>ちゃ</rt></ruby>の木で、これもまた十分に採集した。

午後五時ごろ、一同は<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の南のほう、一マイルのところまでくると、そこに一<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>の細い<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>が、岩のあいだから落ちているのを見た。疑いもなくこれは、海にそそぐ川の<ruby><rb>源流</rb><rt>げんりゅう</rt></ruby>である、日はだんだんかたむきかけたので、一同はここに一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>することにきめた。

ゴルドンはバクスターとともに、めずらしい植え木の採集をしていると、とつぜん一方の木のあいだからふしぎな動物が、一隊をなしてぞろぞろと出てくるのを見た。

「なんだろう、あれは？　やぎか」

とバクスターがいった。

「なるほど、やぎににた動物だな、とにかくつかまえようじゃないか」

「よしッ」

バクスターは例の飛び<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>をくるくるとまわして、風をきって群らがる動物のまっただなかへ投げた。動物の群れはぱっとちったが、そのなかの一頭はたおれておきあがり、おきあがってはまた<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れつしている。ふたりは走りよった。

「三ついるよ」

バクスターはさけんだ。じっさいそれは三頭であった。一頭は母で他の二頭は<ruby><rb>仔</rb><rt>こ</rt></ruby>である。

「これはヴィクンヤだ」

とゴルドンがいった。

「ヴィクンヤに<ruby><rb>乳汁</rb><rt>ちち</rt></ruby>があるだろうか」

「あるとも」

「よし、乳汁が飲めるな、ヴィクンヤ万歳！」

ヴィクンヤは形はやぎににて足は少し長く、毛はやぎより短く頭に<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>がない。ゴルドンはヴィクンヤをひき、バクスターは二つの<ruby><rb>仔</rb><rt>こ</rt></ruby>をだいてテントへ帰ると、一同は喜び勇んで万歳をとなえた。<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>の牛乳にうえきったかれらとしては、さもあるべきことである。

ヴィクンヤの乳汁を夢みてこころよくねむった一同の夢は、ドノバンの声に破られた。夜明けに近い三時ごろである。

「気をつけイ」

「ど、ど、どうした」

一同はあわてて起きてドノバンにきいた。

「あの声をきけよ、ぼくらのテントをねらって、<ruby><rb>野獣</rb><rt>やじゅう</rt></ruby>がやってくるようだ」

「うん、ジャガー（アメリカとら）か、クウガル（ひょうの<ruby><rb>属</rb><rt>ぞく</rt></ruby>）だろう、どっちにしたところがたいしておそるるにおよばない、さかんにたき火をたけよ、かれらはけっしてたき火をこえて突入することはないから」

ものすごい<ruby><rb>咆哮</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>は、かなたの森のやみの底からひろがってくる、<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>フハンはむっくとおきて<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>のきばをならし、とびさろうとするのをゴルドンはやっとおさえつけた。

「きたぞきたぞ」

とバクスターはやみをすかして見ていった。いかにもそのとおりである、ちょうど十間ばかり前に、血にうえた幾点点の眼の光！　ただそれだけがたき火にうつって、しだいに近づくのが見える。

「だいじょうぶだ」

声とともに一発の<ruby><rb>銃声</rb><rt>じゅうせい</rt></ruby>が<ruby><rb>夜陰</rb><rt>やいん</rt></ruby>の空気をふるわした。

「手ごたえがあったぞ」

とドノバンがいった。バクスターは燃えしきるかれ枝を手に取って動物の群れに投げこみ、その光で周囲をじっと見つめた。

「逃げたらしいぞ」

「一頭だけたおれてる」

「またやってきやしまいか」

「だいじょうぶだ」

だが一同はもうねむることをやめた。ここは<ruby><rb>左門洞</rb><rt>さもんどう</rt></ruby>から九マイルのところであった。一同は六時にそこを出発した。家を出てから四日目である、早くるすいの友の顔を見たい、<ruby><rb>帰心</rb><rt>きしん</rt></ruby><ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>のごとく、午後の三時ごろにはもう家をさること一マイルのところへやってきた。ヴィクンヤは一同がかわるがわる二つの仔をだいてやったので、<ruby><rb>柔順</rb><rt>じゅうじゅん</rt></ruby>についてきた。

このときドノバン、ウエップ、グロースの三人は、他の四人より一町ばかり前方を歩いていたが、とつぜん後隊をふりむいてさけんだ。

「気をつけイ」

ゴルドン、イルコック、バクスター、サービスはすぐに武器をとりだして身がまえた。とたんに、かれらは前面の森から<ruby><rb>殺奔</rb><rt>さっぽん</rt></ruby>しくる、一個の<ruby><rb>巨獣</rb><rt>きょじゅう</rt></ruby>を見た。

「なんだろう」

「なんだろう」

みながひとみを定めようとするまもあらせず、サービスは風をきってヒュウとばかりに飛び<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>を投げた。ねらいをあやまたず、<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>は<ruby><rb>怪獣</rb><rt>かいじゅう</rt></ruby>の足にからみついた。からまれながら怪獣は、死に物ぐるいの力を出して、縄のはしを持っているサービスをひきずりひきずり、森のほうへ逃げこもうとあせった。それはじつにおそろしい力である。サービスはさけんだ。

「みんなきてくれ」

ゴルドン、イルコック、バクスターの三人は走りよってサービスに力をそえ、縄のはしを大木の<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>にしばりつけた。怪獣は眼をいからし、きばを鳴らしてくるいまわるたびに、大木はゆさりゆさりと動いて、こずえは<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のごとく一<ruby><rb>左</rb><rt>さ</rt></ruby>一<ruby><rb>右</rb><rt>ゆう</rt></ruby>した。

怪獣はラマという動物でらくだの<ruby><rb>属</rb><rt>ぞく</rt></ruby>であるが、らくだほど大きくない。これを<ruby><rb>飼養</rb><rt>しよう</rt></ruby>してならせばうまの代用になる。

「ラマだよ」

とドノバンは笑ってサービスにいった。

「きみの乗馬にしたらどうだ」

「乗馬はもうこりごりだ」

とサービスはいった。一同は笑ってラマをひきたてた。

一同の遠征はけっしてむだでなかった、かれらは酒の原料や、茶の木を発見し、ヴィクンヤおよびラマを生けどり、飛び<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>の使用法に<ruby><rb>熟達</rb><rt>じゅくたつ</rt></ruby>した。一同が帰ったとき、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の外にひとり遊んでいたコスターはそれを見て、すぐ家の中へ走りいって富士男に知らしたので、富士男はるすいの一同をつれて洞外へむかえでた。たがいに<ruby><rb>相抱擁</rb><rt>あいほうよう</rt></ruby>して万歳の声はしばらくやまなかった。

ちょうどゴルドン一行が<ruby><rb>不在</rb><rt>ふざい</rt></ruby>のあいだに、富士男はかねがね心にかかることがあるので、弟の次郎をひそかによんできいた。

「次郎君、きみはニュージーランドを出てからいつもふさぎこんでるが、なにか気になることがあるのかえ」

「なんでもありませんよ兄さん」

「なにか心配があるなら、ぼくにだけ話してくれないか」

「なんにもありません」

「いや、そんなことはない、みながそれで心配してるんだ、ぼくにうちあけてくれ」

「ぼくはね、兄さん」次郎はなにかいわんとしてくちびるを動かしかけたが、すぐ<ruby><rb>両眼</rb><rt>りょうがん</rt></ruby>にいっぱいの涙をたたえ、「ごめんなさい兄さん、ぼくが悪いんです。ぼくが悪いんです」

「なにが悪いのだ」

次郎はわっと泣きだした、それから富士男がなにをきいても答えなかった。

一同がいろいろ苦心するにかかわらず、やっぱり食料は日一日とへっていった。このうえは<ruby><rb>大規模</rb><rt>だいきぼ</rt></ruby>をもって食料<ruby><rb>貯蓄</rb><rt>ちょちく</rt></ruby>の方法をとらねばならぬと、富士男は決心した。かれはゴルドンとはかって、<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>や<ruby><rb>沼沢</rb><rt>しょうたく</rt></ruby>や、森のなかに、ベッカリーやヴィクンヤ等の、大きなけものをとらうるにたるほどの、大じかけなおとし穴をつくることにした。

年長組がこの大きなおとし穴をつくりつつあるあいだに、年少組はバクスターを<ruby><rb>首領</rb><rt>しゅりょう</rt></ruby>にして、ヴィクンヤなどを入れておく<ruby><rb>小舎</rb><rt>こや</rt></ruby>を建てることにむちゅうになった、小舎はサクラ号から持ってきた板をもってつくり、屋根は松やにを<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>った<ruby><rb>油布</rb><rt>あぶらぬの</rt></ruby>をもっておおい、小舎の周囲には森からきりだした<ruby><rb>棒杭</rb><rt>ぼうぐい</rt></ruby>をうちこんで<ruby><rb>柵</rb><rt>さく</rt></ruby>とした。

小舎のなかにはゴルドンらがとらえてきたもののほか、新たにおとし穴でとらえたラマ一頭と、バクスターがイルコックとともに飛び<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>で生けどった<ruby><rb>牝牡</rb><rt>めすおす</rt></ruby>二頭のヴィクンヤがいた。

ゴルドンは一同に飛び弾の練習をさせたが、バクスターとイルコックがもっともじょうずになった。

その他、別に<ruby><rb>養禽場</rb><rt>ようきんじょう</rt></ruby>一<ruby><rb>棟</rb><rt>むね</rt></ruby>を建てた。そこにはしちめんちょう、野がん、ほろほろちょう、きじの類をとらえしだいにはなちがいにした。このほうの係は<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>と<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>その他最年少組で、かれらは喜んでこれをひきうけた。

ところがひとりこまったのは、モコウである、まず<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>の<ruby><rb>乳汁</rb><rt>ちち</rt></ruby>が飲めるようになり、<ruby><rb>家禽</rb><rt>かきん</rt></ruby>が毎日卵を生む、これほどけっこうなことはないのだが、さて一<ruby><rb>得</rb><rt>とく</rt></ruby>あれば一<ruby><rb>失</rb><rt>しつ</rt></ruby>ありで、乳汁や卵ができると急に砂糖の<ruby><rb>需要</rb><rt>じゅよう</rt></ruby>がはげしくなる、貯蓄の砂糖が見る見るへってゆくのを見ると、モコウはたまらなく心細くなる、さればとてみなにうまいものを食べさせて、その喜ぶ顔を見るのが、モコウの第一の楽しみなのである。

ところが、この<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>もモコウの頭からきえるときがきた。ゴルドンはある日、だちょうの森を散歩したとき、一むらの木のその葉、うすむらさきの色をなせるのを見ておどりあがって喜んだ。それは砂糖の木であった。一同はこの木の<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>をきって、そのきり目からふきだすところの<ruby><rb>液</rb><rt>えき</rt></ruby>をあつめて、それを煮つめると、なべの底に砂糖のかたまりがのこった。その味は<ruby><rb>甘蔗</rb><rt>かんしょ</rt></ruby>からとったものにはおとるが、料理に使うには十分である。

砂糖がどんどんできる、酒もできる、ただたりないのは<ruby><rb>野菜</rb><rt>やさい</rt></ruby>だけである。

だがそのかわりに肉類は十分になった、富士男ドノバンらは三日のうちに、森のなかで、五十余頭のきつねをとったので、りっぱなきつねの毛皮は冬の<ruby><rb>外套用</rb><rt>がいとうよう</rt></ruby>としてたくわえられた。それからまもなく少年連盟は<ruby><rb>総動員</rb><rt>そうどういん</rt></ruby>をもって海ひょう狩りの遠征を<ruby><rb>挙行</rb><rt>きょこう</rt></ruby>した。

海ひょう狩りの目的は、サクラ湾に<ruby><rb>群棲</rb><rt>ぐんせい</rt></ruby>する海ひょうをとって、その油をとることにあった。じっさい<ruby><rb>洞窟内</rb><rt>どうくつない</rt></ruby>のもっともなやみとするところは、夜間の燈火が不十分なことである。

全員十五名、場所はすでにいくどもゆきなれた、サクラ湾である、<ruby><rb>路程</rb><rt>ろてい</rt></ruby>は遠からず、危険のおそれがないので、年少組までのこらずつれてゆくことにした。ひさしぶりの遠征に、年少連は夜が明けるのも待ちかねて、小いぬのようにとんだり、走ったり、海ひょう狩りの壮快な気分にようていた。

夜はほのぼのと明けて、太陽の光が東の天に<ruby><rb>金蛇</rb><rt>きんだ</rt></ruby>を走らしたころに、一同は身軽に<ruby><rb>旅装</rb><rt>りょそう</rt></ruby>をととのえた。バクスターが苦心してつくった車に、ガーネットとサービスが、かいならした二頭のラマをつけ、車の上には<ruby><rb>硝薬</rb><rt>しょうやく</rt></ruby>、食料、鉄の大なべ、数個のあきだるをのせ、勇みに勇んで左門洞を出た。

風あたたかに空は晴れて、洋々たる春の平野を少年連盟はしゅくしゅくとしてねってゆく。とちゅうでドールとコスターはつかれて歩けなくなったので、富士男はゴルドンに相談して、ふたりを車の上に乗せた。一行が沼のほとりをたどってゆくと、とつぜん一個の<ruby><rb>巨獣</rb><rt>きょじゅう</rt></ruby>が、がさがさと音をたてて、<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくばやし</rt></ruby>のなかへ身をひそめた。

「なんだろう」

一同は立ちどまった。

「かばだ」

とゴルドンがいった。

「<ruby><rb>昼寝</rb><rt>ひるね</rt></ruby>をじゃましてすまなかった」

と富士男はいった。

サクラ湾についたのは十時ごろである。<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>の木陰にテントを張ってはるかに浜辺をみわたせば、水波びょうびょうとして天に接し、眼界の及ぶかぎり一片の<ruby><rb>帆影</rb><rt>ほかげ</rt></ruby>も見えぬ、遠い波は<ruby><rb>青螺</rb><rt>せいら</rt></ruby>のごとくおだやかに、近い波はしずかな風におくられて、ところどころに突出した<ruby><rb>岩礁</rb><rt>がんしょう</rt></ruby>におどりあがりまいあがり、さらさらとひいてはまたぞろぞろとたわむれている。

その岩礁の上に！　見よ！　幾百とも知れぬ海ひょうが、うららかな春の日に腹をほして、あおむけに寝ころんだり、たがいにだきあってはころげおちたり、追いかけごっこをしてはかみあったり、なにかにおどろいたように首をあげては走って、波にとびこんだりしている。

一同はかれらをおどろかさぬように、木陰にかくれて昼飯をすまし、それから思い思いの<ruby><rb>身支度</rb><rt>みじたく</rt></ruby>にとりかかった。

年少組の<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>、<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>、次郎、ドール、コスターは、モコウとともに、テントのなかにとどめおくことにした。その他はめいめい<ruby><rb>猟銃</rb><rt>りょうじゅう</rt></ruby>をさげて、<ruby><rb>堤</rb><rt>つつみ</rt></ruby>のかげをつとうて河口へおり、浜辺の岩のあいだを腹ばいになってすすんだ。

生まれて一度も人間のすがたを見たこともなく、よしんば人間を見ても、いまだ一度も他から<ruby><rb>危害</rb><rt>きがい</rt></ruby>をくわえられたことのない海ひょうどもは、かかるべしとは夢にも知らず、いぜんとしてばらばら、ぞろぞろ、組んずほぐれつ遊びたわむれている。

一同はしあわせよしと喜びながら、たがいに十<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby>くらいずつの<ruby><rb>間隔</rb><rt>かんかく</rt></ruby>をとって、一列にならび、海ひょうの群れを陸のほうに見て、海のほうへ一文字に<ruby><rb>横陣</rb><rt>よこじん</rt></ruby>をすえて海ひょうの逃げ路をふさいだ。

「用意！」とゴルドンは手をもってあいずをした。

「うて！」

九ちょうの<ruby><rb>猟銃</rb><rt>りょうじゅう</rt></ruby>は一度に鳴った。<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>は近し、まとは大きい、一つとしてむだの<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>はなかった。ぼッぼッぼッと白い煙がたって風に流れた。海ひょうはびっくりぎょうてんして上を下へとろうばいした、ただ見る一<ruby><rb>塊</rb><rt>かい</rt></ruby>のまどいがばらばらととけて四方にちり、あるものは海へとびこみ、あるものは岩にかくれ、あるものは逃げ場を失って、岩の上をくるくるまいまわった。

煙がぼッぼッぼッととぶ、銃声は青天にひびいて海波にこだまする。

もうもうたる白煙のもと！　泡だつ波のあいだに見る見る海ひょうしのしかばねが横たわった。

「そらゆけ！」

一同は思い思いに海ひょうをとらえた。

「ステキに大きなやつがいる」

とひとりは<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>をとってさかさにつるして見せる。

「いや、それよりも大きなのがここにもある」

とひとりがいう。

<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>の声！　三十余頭の海ひょうを、九人の少年がえいえい声をあわして運んで来たとき、年少組はおどりあがってかっさいした。

「毛皮の<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>が着られるね」

とコスターはいった。

「ぼくは帽子にする」

とドールがいった。

「ぼくはさるまたにする」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がいう。

「毛皮のさるまたをしてるものは<ruby><rb>雷</rb><rt>かみなり</rt></ruby>さまだけだよ」

と<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>がいう。

「雷さまのさるまたはとらの皮だ」

「海ひょうのさるまたはモダーンの雷だ」

一同は腹をかかえて笑った。このあいだにモコウは、二つの大きな石をならべてかまどをつくり、それに大なべをかけて湯をわかすと、ゴルドンらは海ひょうの皮をはいでその肉を六七百匁ほどの大きさに切り、どしどしなべにほうりこんだ。

「やあやあ、くさいくさい」

年少組は鼻をつまんで逃げだした。

「しんぼうしたまえよ」

やがてあわだつ<ruby><rb>湯玉</rb><rt>ゆだま</rt></ruby>の表面に、ギラギラと油が浮いてきた。

「さあさあくみだせくみだせ」

一同は肉をなべにほうりこんでは、ひしゃくをもって油をたるにくみだした。それは一分一秒も休息するまがないほどの、いそがしさであった。三十頭の海ひょうを<ruby><rb>煮</rb><rt>に</rt></ruby>て、数百ガロンの油をとりおわったときに、春の日もようやく西にかたむいて、<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>には<ruby><rb>朱</rb><rt>しゅ</rt></ruby>のごとき夕焼けの色がひろがりだした。それはあすの快晴を予報するものであった。

徳と才

千八百六十一年の新年がきた。南方の一月は夏のさなかである。指おり数うれば少年らが国を去ってからはや十ヵ月がすぎた。故郷へ帰りたさは胸いっぱいであるが、救いの船が来なければ帰るべきすべもない。

またしても第二の冬ごもりの準備をせねばならなくなった、だがかれらはもう十分に経験をなめたので、すべての仕事はぬけめなく運んだ。まず<ruby><rb>家畜小舎</rb><rt>かちくごや</rt></ruby>を<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の近くへうつす計画をたて、バクスター、富士男、サービス、モコウがその工事をひきうけた。一方において、ドノバンとその一党たるイルコック、ウエップ、グロースの三人は、毎日<ruby><rb>猟銃</rb><rt>りょうじゅう</rt></ruby>をかついでは外へ出て、小鳥をとって帰った。

ある日富士男はゴルドンとともに森のなかを散歩した。小高き丘にのぼると自分らの<ruby><rb>洞窟</rb><rt>どうくつ</rt></ruby>が一目に見える。岩と岩のあいだ、こんもりとしげった林、川の方へひろがる青草の路、そのあいだに点々としてあるいは魚を<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>し、あるいは草をかり、あるいは家畜にえをやり、あるいは木材を運ぶ同士のすがたが<ruby><rb>画</rb><rt>え</rt></ruby>のごとく展開する。

「ああかわいそうだなあ」

富士男の眼には涙がかがやいていた。

「なにが？」

「ぼくらは年長者だから自分の運命に対してあきらめもつく、また気長く救いを待つ<ruby><rb>忍耐力</rb><rt>にんたいりょく</rt></ruby>もある、だがあのちいさい子たちは、家にいると両親のひざにもたれる年ごろだ。この<ruby><rb>絶海</rb><rt>ぜっかい</rt></ruby>の<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>に<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>の十ヵ月をけみして、しかもただの一度も悲しそうな顔もせず、一生けんめいに心をあわして働いてくれる。それはぼくらを信ずればこそだ。かれらは一身をぼくらの手にまかしているのだ。それにぼくらはかれらを救う道具を見いだしえない。じつに情けないことだ。ぼくらは自分の責任に対してまったくすまないと思う」

「いかにもそうだ」とゴルドンも<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>して、「しかしそれはぼくらの力でどうすることもできないことだ、しずかに運命を待とうじゃないか、きみの<ruby><rb>憂欝</rb><rt>ゆううつ</rt></ruby>な顔をかれらに見せてくれるなよ、かれらはきみをなにより信頼してるんだから」

「それについてぼくはきみに相談がある。ぼくらはこの土地を絶海の孤島と認定してしまったが、まだぼくらの探検しつくさない方面がある、それは東の方だ、ぼくは念のために東方を探検したいと思うがどうだろう、あるいは東のほうに陸地の影を見いだすかもしれぬからな」

「きみがそういうならぼくも<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>はないよ。五、六人の探検隊を<ruby><rb>組織</rb><rt>そしき</rt></ruby>していってくれたまえ」

「いや、五、六人は多すぎる。ぼくはボートでもって平和湖を横ぎろうと思うのだ、ボートはふたりでたくさんだ、おおぜいでゆくとボートがせますぎるから」

「それは<ruby><rb>妙案</rb><rt>みょうあん</rt></ruby>だ、きみはだれをつれてゆくつもりか」

「モコウだ、かれはボートをこぐことが名人だ、地図で見ると六、七マイルのむこうに一<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>の川がある。この川は東の海にそそぐことになっている」

「よし、それじゃそうしたまえ、だがふたりきりでは<ruby><rb>不便</rb><rt>ふべん</rt></ruby>だからいまひとりぐらい増したらどうか」

「けっこう、じゃぼくの弟次郎をつれてゆきたい」

「次郎君か？　あんまりちいさいから、かえってじゃまになりゃせんか」

「いや、ぼくには別に考えがある。次郎は国を出てから急に<ruby><rb>沈鬱</rb><rt>ちんうつ</rt></ruby>になって、しじゅうなにか考えこんでいるのはどうもへんだと思う、このばあいぼくはかれにそのことをたずねてみたいと思う」

「次郎君のことはぼくも気にかかっていた、きみがそうしてくれれば非常につごうがよい」

その日の夕飯時に、ゴルドンは富士男、モコウ、次郎を遠征に<ruby><rb>派遣</rb><rt>はけん</rt></ruby>するむねを一同に語った。一同はことごとく賛成したが、ひとりドノバンは<ruby><rb>不服</rb><rt>ふふく</rt></ruby>をいいだした。

「それではこの遠征は、少年連盟の公用のためでなく、富士男君の私用のためなのかね」

「そんな<ruby><rb>誤解</rb><rt>ごかい</rt></ruby>をしちゃいかんよ、たった三人で遠征にでかけるのは、ひっきょう一同のために東方に陸地があるやいなやを探検のためじゃないか、きみは富士男君に対してそんな<ruby><rb>誤解</rb><rt>ごかい</rt></ruby>をするのは<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>としてはずべきことだよ」

ゴルドンはすこしくことばをあらげてドノバンを責めた。ドノバンはだまって室を出ていった。

翌日富士男はモコウと次郎をつれてボートに乗り、一同にしばしの別れを告げた。

いま富士男がしるした日記の一節を左に<ruby><rb>紹介</rb><rt>しょうかい</rt></ruby>する。

<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">二月四日</span>　朝八時ぼくは次郎とモコウをしたがえて一同に別れを告げた。ニュージーランド川より平和湖へこぎだすに、この日天気<ruby><rb>晴朗</rb><rt>せいろう</rt></ruby>、南西の風そよそよと吹いてボートの走ること矢のごとし。

ふりかえって見ると湖のほとりに立っている諸友の影はだんだん小さくなり、<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>の先に帽子をのせてふっているのはゴルドンらしい、大きな声でさけんでいるのはサービスだろうか。それすらもう水煙<ruby><rb>微茫</rb><rt>びぼう</rt></ruby>の間に見えなくなって、オークランド岡のいただきも地平線の下にしずんでしまった。

十時前後から風ようやく小やみになって、正午には風まったくなくなった。帆をおろして三人は昼食を食べた。それからモコウとぼくがオールをとり、次郎にかじをとらして、さらに北東にこいでゆくと、四時になってはじめて東岸の森が低く水上に浮かびでるのを見た。

湖の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>はガラスのごとくたいらかで、水はなんともいえぬほどすんでいる。十五、六尺下にしげっている水底の植物と、これらの植物のあいだを群れゆく無数の魚は手にとるごとく見える。

午後六時にボートは東岸の丘についた、そこはちょうど川口になっているので、山田先生の地図にある川はこれだとわかった。ぼくはこれに名をつけた。

「東川」

この夜はボートを岸につないで三人は<ruby><rb>露宿</rb><rt>ろじゅく</rt></ruby>した。

<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">五日</span>　朝六時に起きふたたびボートにあがりただちに川にこぎいれた。ちょうど<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>き<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>のときだからボートはおもしろいように流れをくだって、モコウがひとりオールをもって両岸の岩につきあたらないようにするだけであった。

ぼくはともにすわって両岸をながめゆくに、つつみの上には一面に樹木が密生し、そのなかにまつとかしわがもっとも多かった。これらの樹木のなかにその枝あたかもかさのごとく四方にひろがり、ていていとしてひいでたる樹を発見した。その枝には長さ四、五寸の円すい形の実がぶらりぶらりたれてある。ぼくはゴルドンのように植物学にくわしくないが、これは博物館で見たことのあるストーンパインであるとわかった。ストーンパインの実のなかには<ruby><rb>楕円形</rb><rt>だえんけい</rt></ruby>のかたい<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>があって生のまま食うとかんばしい、またこれから油をとることもできる。

樹間にはだちょう、のうさぎの類がいかにも愉快げに遊んでいる、二頭のラマが木蔭に休んでるのも見た。

十一時ごろから川の行く手に一道のうっすりとした青い色が、しだいしだいに地平線上にあらわれた、それは海であった。

この湾はサクラ湾とはまったくおもむきを<ruby><rb>異</rb><rt>こと</rt></ruby>にし、サクラ湾のように一帯の砂地ではなく、無数の<ruby><rb>奇岩怪石</rb><rt>きがんかいせき</rt></ruby>があるいは巨人のごとくあるいはびょうぶのごとくそこここに<ruby><rb>屹立</rb><rt>きつりつ</rt></ruby>している、しかもこの岩と岩のあいだには冬ごもりに適当な洞穴がいくつもいくつもあった、もしぼくらが最初にここに<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>したなら、このところを住まいとなしたであろう。

ぼくはこんなことを考えながら望遠鏡をとって東のほうを熱心にながめた、<ruby><rb>双眸</rb><rt>そうぼう</rt></ruby>のふるかぎりはただ<ruby><rb>茫々寂々</rb><rt>ぼうぼうじゃくじゃく</rt></ruby>たる<ruby><rb>無辺</rb><rt>むへん</rt></ruby>の大洋である。

そのあいだに一点の<ruby><rb>帆影</rb><rt>はんえい</rt></ruby>も見えない、一<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby>の<ruby><rb>陸影</rb><rt>りくえい</rt></ruby>も見えない。

「やはり海ですね」

とモコウはがっかりしていった。

「たぶんそうだろうとは思ったが……いよいよぼくらは絶海の孤島に<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>したことがたしかになった」

とぼくはいった。そうしてぼくはこの湾に命名した。

「<ruby><rb>失望湾</rb><rt>しつぼうわん</rt></ruby>」

このときモコウは、あわただしくぼくの腕をとらえてさけんだ。

「あれはなんでしょう」

モコウの指さすほうを望み見ると、水天<ruby><rb>髣髴</rb><rt>ほうふつ</rt></ruby>のあいだに一点の小さな白点がある。ぼくは雲のひときれだろうと思った、だがじっとそれを見ているが白点は少しも動かぬ、大きくもならなければ小さくもならぬ。

「山だ、だが山はあんなに白く見えるはずがない」

ぼくらはなおもかわるがわる望遠鏡をとってながめたが、もう太陽は西にかたむいて海波に<ruby><rb>金蛇</rb><rt>きんだ</rt></ruby>がおどれば、<ruby><rb>蒼茫</rb><rt>そうぼう</rt></ruby>たるかなたの雲のあいだに例の白点が消えてしまった。

「波が太陽の光線を反射したのでしょう」

とモコウがいった。

「そうだそうだ」

と次郎もいった。だが僕にはどうしても単に光線の反射とのみは思えなかった。

富士男の日記はこのページから<ruby><rb>厳封</rb><rt>げんぷう</rt></ruby>されて読むことができないから、著者からさらにその夜のできごとを報道することにしよう。

河口にボートをつないで、三人は、とちゅうで<ruby><rb>撃</rb><rt>う</rt></ruby>ったしゃこを焼いて晩<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>をすました、六時は過ぎたが<ruby><rb>進潮</rb><rt>でしお</rt></ruby>まではまだ三時間もあるから、モコウはストーンパインを<ruby><rb>採集</rb><rt>さいしゅう</rt></ruby>して諸友へのおみやげにしようと森のなかへはいった。

背中に重さを感ずるほどストーンパインをおうてボートへ帰ると、富士男と次郎のすがたが見えない。

「はてな、めずらしい草でも採集してるのだろうか」

モコウがこう思いながら深い草を分けてゆくと、とつぜん大きな木の下から次郎の泣き声がきこえた。

おや！　と思うまもなく富士男のしかる声、

「なんということをしたのだ、それでおまえは良心にはじるから、ふさぎこんでいたのだね」

「ごめんなさい、兄さん、ぼくが悪かったのです」

「悪かったというだけではすまないじゃないか、みんながこんなに<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>するようになったのも、おまえが悪かったからだ、こんなはなれ島にみんなを……」

「ごめんなさい、だからぼくはみんなのためにはいつでも<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>をすてます」

「そうだ、おまえはおまえの<ruby><rb>罪</rb><rt>つみ</rt></ruby>をあがなわなきゃならんぞ」

モコウはがくぜんとしてそこを去ろうとした、がそれはすでにおそかった。次郎がおかした罪のしさいを、すでに、ことごとく聞いてしまったのだ。兄弟の永久の秘密を！

人の秘密を立ち聞きするほど<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>な行為はない、しかも主人兄弟の秘密である。さりとて聞いてしまったうえは、もはやとりかえしがつかぬ。モコウは足をしのばしてボートへ帰り、ひとり出発の準備をしていると、やがて富士男がひとりもの思わしげに帰ってきた。

「次郎さんは？」

とモコウがきいた。

「次郎はいまうさぎを撃っている」

富士男はこういってボートにはいった。

「富士男さん！」

モコウはとつぜん富士男の前にひざまずいた。

「ぼくはひじょうに悪いことをしました」

「なんだきみは？」

富士男はおどろいてモコウの顔を見た。

「ぼくはいま木の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>へゆきましたら、聞くともなしに次郎さんの<ruby><rb>告白</rb><rt>こくはく</rt></ruby>を聞きました」

「聞いたか？」

富士男の顔は、さっと青白くなった。

「聞きました、聞くつもりでなかったけれども聞きました。ですが富士男さん、どうか次郎さんの罪をゆるしてあげてください」

「ぼくは兄弟だからゆるしてやりたいが、しかしみんなはけっしてゆるさないだろうと思う」

「むろんゆるしはしますまいが、それをいま荒らだてて言ったところで、しようのないことです、いずれ次郎さんにはそれをつぐなうだけの<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>はさせますから、それまではどうか秘密にしてあげてください」

「きみがそういうなら、ぼくもいましいて弟の罪はあばきたくないよ」

「ありがとうございます」

「いや、お礼はぼくがきみにいわなきゃならんのだ」

やがて次郎がうさぎをさげて帰ってきた。十時になって潮がさし始めた。三人はボートをこぎだした。ちょうどその夜は満月であった、<ruby><rb>清光</rb><rt>せいこう</rt></ruby>昼のごとく、平和湖に出たのはもう夜半であった。その夜はそこに一泊し、翌日の午後六時ごろぶじ<ruby><rb>左門洞</rb><rt>さもんどう</rt></ruby>につくことができた。

そのとき<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>につり糸をたれていたガーネットが三人のボートを見るやいなや、さおをすてて洞穴へ走り、三人の帰着をしらせたので、連盟少年はゴルドンをはじめとし一同でむかえて万歳をとなえた。

この夜富士男は一同をあつめて遠征の結果を報告し、北東のほうに見えたあやしき白点のことなどをつまびらかに語った。いろいろな議論が出た。

「鳥か雲かをたしかめるために船をつくって遠征しよう」

「いや、そんなことに骨を折るよりもこの島に<ruby><rb>安住</rb><rt>あんじゅう</rt></ruby>するほうがよい」

議論の結果はやはりむだな<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>をせずに冬ごもりの準備をするほうがかしこきしかただと決定した。

この月の<ruby><rb>中旬</rb><rt>ちゅうじゅん</rt></ruby>イルコックはニュージーランド川に一<ruby><rb>隊</rb><rt>たい</rt></ruby>のさけがくだりゆくのを発見したので、毎日あみをおろしてさかんにさけを<ruby><rb>捕獲</rb><rt>ほかく</rt></ruby>した。ところがさけが多くとれればそれをたくわえる方法を考えなければならぬ。そこでひじょうにたくさんの<ruby><rb>塩</rb><rt>しお</rt></ruby>が必要になった。一同はサクラ湾に<ruby><rb>製塩場</rb><rt>せいえんじょう</rt></ruby>をつくった。もとより完全なものではないが、浜辺に四角の大きな水ぶねをおいて、それに<ruby><rb>潮水</rb><rt>しおみず</rt></ruby>をくみいれ、太陽の熱でもってその水気を<ruby><rb>蒸発</rb><rt>じょうはつ</rt></ruby>させ、その底にのこった塩をかきあつめるようにしたのである。

これはじつにはかばかしからぬ計画である、だが少年の共同一致の<ruby><rb>誠</rb><rt>まこと</rt></ruby>の力は十分に塩を製しうることができた。

三月になってドノバンはウエップとイルコックのふたりとともに毎日小鳥がりをつづけた。

ゴルドンはみずから主となってだちょうの森へいってまきを<ruby><rb>採伐</rb><rt>さいばつ</rt></ruby>し、二頭のラマをつかって<ruby><rb>運搬</rb><rt>うんぱん</rt></ruby>をしたので、六ヵ月分以上のまきの貯蓄ができた。

このあいだにもゴルドンは例の日課の勉強だけは一度も休まなかった、一週に二度の<ruby><rb>討論会</rb><rt>とうろんかい</rt></ruby>もつづけた。討論会ではいつもドノバンが<ruby><rb>能弁</rb><rt>のうべん</rt></ruby>をふるって一同をけむにまいた。

ある日、四月二十五日の午後、少年連盟の上にとりかえしのつかぬ<ruby><rb>不詳</rb><rt>ふしょう</rt></ruby>の事件がおこった。それはほんのささいな<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>投げの遊戯からの<ruby><rb>衝突</rb><rt>しょうとつ</rt></ruby>である。

輪投げというのは平地の上に二本の棒を立て、一定の<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>をとってこの棒にはまるように木製の輪を投げるのである。

リーグ戦の一方は富士男、バクスター、サービス、ガーネットの一隊で、一方はドノバン、ウエップ、イルコック、グロースの四人である。

最初は合計七点で富士男組が勝った、つぎは六点でドノバン組が勝った。最後の決勝！　それこそきょうの晴れの勝負である。幼年組が熱中するにつれて年長組もだんだん<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>してきた。一点また一点、双方が五点ずつとなった、しかも残ったのは両軍ともひとりずつすなわちドノバンと富士男の一<ruby><rb>騎打</rb><rt>きう</rt></ruby>ちである。

「ドノバン、しっかりたのむよ、負けたらたいへんだ、どうだね」

ウエップはむちゅうにさけんだ。

「だいじょうぶだよ、ぼくの手並みを見ておれ」

ドノバンはどんな小さなことでも他人に負けるのがきらいであった。それだけかれは<ruby><rb>不屈不撓</rb><rt>ふくつふとう</rt></ruby>の<ruby><rb>気魄</rb><rt>きはく</rt></ruby>をもっているのだが、ときとして負けるのがいやさにずいぶん<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>な<ruby><rb>手段</rb><rt>しゅだん</rt></ruby>を用うることがある。

かれは輪に手を持ったまま、きっとくちびるをむすんで鉄の棒をにらんだ。もしかれが勝負を度外においてただ遊戯本位に考えをまとめ、負けてもきれいに負けようという気になって胸をしずめたなら、十分に成功したかもしれないのであった。負けたくない負けたくないといういらいらした気分が頭にせりあがるために、かれの<ruby><rb>神経</rb><rt>しんけい</rt></ruby>はつりあいを失いねらいを正確に定めることができなかった。

かれは<ruby><rb>矢声</rb><rt>やごえ</rt></ruby>をはなって輪を投げた、輪はくるくると<ruby><rb>旋回</rb><rt>せんかい</rt></ruby>して棒の頭にはまらんとしてかすかにさすったまま地上に落ちた。

「しまった」

とグロースがいった。

「いやいや敵もまたしくじるから同点になるよ、見ていたまえ」

とイルコックがいった。

最後に富士男の番になった。

「富士男君たのむぜ」

とサービスがいった。

「あてにするなよ、ぼくはへただから」

と富士男は<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>した。そうしてはるかの棒を見やった。かれはもとより<ruby><rb>勝敗</rb><rt>しょうはい</rt></ruby>に興味をもたなかった、負けたところでさまでの恥でもないし、勝ったところでほこるにたらず、こう思っている。

かれは棒と自分の<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>をはかり、それから手に持った輪の重さと<ruby><rb>旋回</rb><rt>せんかい</rt></ruby>の力を考え、つぎに自分のからだの位置とコントロールを考えてるうちに、それを考えることの<ruby><rb>興味</rb><rt>きょうみ</rt></ruby>のほうが勝敗の興味よりもずっと深くなってきた。それだけかれは<ruby><rb>冷静</rb><rt>れいせい</rt></ruby>であった。

かれはねらいを定めて輪を投げた、輪はうなりを生じて<ruby><rb>鉄棒</rb><rt>てつぼう</rt></ruby>を中心にくるくるくるとからまわりをしながら棒の根元にはまった。

「二点！　万歳！　総計七点！　万歳！」

サービスはおどりあがってさけんだ。

「万歳！　勝った」

とバクスターもガーネットもおどった。

「<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>がある」

とドノバンはさけんだ。

「なんだ」

とサービスがいった。

「富士男君はカンニングをやった」

「そんなことはない」

「いやカンニングだ」

ドノバンはまっかになってサービスをどなった。

「どうしてカンニングというか」

「富士男君はラインの外に足をふみだした」

「それはきみの見あやまりだ、富士男君は一歩も足をふみださない」

「いやふみだした」

ふたりの争いがあまりにはげしくなるのを見て富士男は前へすすみでた。

「ドノバン君、こんなことは遊戯だからどうでもいいけれども、しかしカンニングで勝ったと思われては人格上の問題になるから、それだけは<ruby><rb>弁明</rb><rt>べんめい</rt></ruby>しておくよ、僕はけっしてラインをわらなかったよ」

「いやわった」

「ではくつのあとと<ruby><rb>白墨</rb><rt>はくぼく</rt></ruby>の線とを見てくれたまえ」

「そんなものは見んでもわかってる、きみは<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>だよ」

「卑劣？　そんなことばがきみの口から出るとは思わなかったね」

「卑劣だ、いったいジャップは卑劣だ、なんだ有色人種のくせに」

ドノバンはペッと大地につばをはいた。富士男の顔はさっとあからむとともに、そのいきいきとした<ruby><rb>大和民族</rb><rt>やまとみんぞく</rt></ruby><ruby><rb>特有</rb><rt>とくゆう</rt></ruby>のまっ黒なひとみからつるぎのごとき光がほとばしりだした。

「もういっぺんいってみろ」

「ジャップは卑劣だ、有色人種は卑劣だ」

「こらッ」

富士男はドノバンの腕をぐっとつかむやいなや、右にひきよせて<ruby><rb>岩石</rb><rt>がんせき</rt></ruby>がえしに大地にたたきつけた。それはじつに<ruby><rb>間</rb><rt>かん</rt></ruby><ruby><rb>髪</rb><rt>はつ</rt></ruby>をいれざる一せつなの早わざである。他の少年たちはただあっけにとられて眼をぱちくりさせた。

「もういっぺんいう勇気があるか」

富士男はぐっとそののどもとをおさえていった。がこのときゴルドンが急をきいてかけつけてきた。

「どうしたんだ、まあよせよ」

かれは富士男をひいて立たしめ、それから赤鬼のごとく歯がみをして立ちあがったドノバンの腕をしっかりとつかんだ。

「どうしたんだ、きみらにはにあわんことをするじゃないか」

「ぼくは<ruby><rb>卑怯者</rb><rt>ひきょうもの</rt></ruby>を卑怯だといったのに富士男は<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>をした」

とドノバンはいった。

「それはいかん、きみが富士男君を卑怯者だといったのが悪い」

「しかしかれは<ruby><rb>腕力</rb><rt>わんりょく</rt></ruby>に……」

「<ruby><rb>侮辱的</rb><rt>ぶじょくてき</rt></ruby>のことばは腕力よりも悪いよ」

「そんなことはない」

「きみはだまっていたまえ」

ゴルドンはこういって富士男にむかい、

「どうしてこんなことになったのだ」

「ドノバン君がぼくを卑劣だといっただけなら、ぼくはききながしておくつもりだったのだ、だがかれは遊戯に負けたくやしさのやり場がないところから、ぼくをカンニングだの卑劣だのといったうえに、ジャップは<ruby><rb>卑劣</rb><rt>ひれつ</rt></ruby>だ、有色人種は卑劣だといったから、ぼくはちょっとジャップの<ruby><rb>腕前</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>はどんなものかを見せてやっただけだ」

「ほんとうか」

ゴルドンは顔色をかえてドノバンにいった。

「ほんとうとも、ぼくの本国では日本人と犬入るべからずと書いた紙札を<ruby><rb>畠</rb><rt>はたけ</rt></ruby>に立ててあるんだ」

「きみは……けしからんことをいう」

とゴルドンはどなった。

「このとおりだ」と富士男は笑って「アメリカ人が犬であるか、日本人が犬であるか、いまぼくがいうまでもなく諸君がわかったろう。諸君、ぼくは<ruby><rb>高慢</rb><rt>こうまん</rt></ruby>なアメリカ人、<ruby><rb>伝統</rb><rt>でんとう</rt></ruby>のないアメリカ人、<ruby><rb>礼儀</rb><rt>れいぎ</rt></ruby>も知らず道義も知らず<ruby><rb>物質万能</rb><rt>ぶっしつばんのう</rt></ruby>のアメリカ人、とこういったなら米国人はどんな気持ちがするだろう。おたがいにその国をののしったり、<ruby><rb>種族</rb><rt>しゅぞく</rt></ruby>をののしったりすることはつつましまなければならん。他をののしることはやがてみずからをののしることなのだ、がんらい少年連盟は八ヵ国の少年をもって<ruby><rb>組織</rb><rt>そしき</rt></ruby>された世界の王国なのだ。もし人がぼくにむかってきみはどの国民かときいたなら、ぼくはいまたちどころに答えるであろう、僕は少年連盟国の人民ですと。この島にあるかぎりはぼくは連盟をもって僕の<ruby><rb>国籍</rb><rt>こくせき</rt></ruby>とする、それでなければ長い長いあいだの<ruby><rb>洞窟生活</rb><rt>どうくつせいかつ</rt></ruby>ができべきはずがない。じっさいぼくは連盟国のひとりとして世界に立ちたい、もしさいわいにぶじにニュージーランドへ帰ることができれば、ぼくはさらに連盟を<ruby><rb>拡大</rb><rt>かくだい</rt></ruby>して世界の少年とともに、健全な王国を<ruby><rb>組織</rb><rt>そしき</rt></ruby>したいと思っているのだ。ドノバンはなんのためにその<ruby><rb>頑冥</rb><rt>がんめい</rt></ruby>なほこりと<ruby><rb>愚劣</rb><rt>ぐれつ</rt></ruby>な人種差別とをすてることができないのだろう。なぜその<ruby><rb>偏狭</rb><rt>へんきょう</rt></ruby>な胸をおしひらいて心の底からぼくらと兄弟になることができないのだろう。日本のことわざに<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>わりは<ruby><rb>淡</rb><rt>たん</rt></ruby>として水のごとしというのがある、日本人は水のごとしだ、<ruby><rb>清浄</rb><rt>せいじょう</rt></ruby>だ、<ruby><rb>淡白</rb><rt>たんぱく</rt></ruby>だ、どんな人とでも胸をひらいて<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>わることができる。しかるに米国人たるドノバンはいつもにごっている。ぼくは日本をほこるのじゃない、米国をののしるのじゃない、しかしきょうこんなさわぎになったのをみて諸君の公平な眼で見た<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>に一任する。ぼくが正しいか、ドノバンが正しいか、ジャップたるぼくが正しいとすれば、ヤンキーたるドノバンはのろわれねばならん、そうしてその国の<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>もけがされねばならん」

「そのとおりだ」

とゴルドンはげんぜんとしていった。

「ドノバン君、あやまりたまえ」

「いやだ」とドノバンはいった。「きみはいつでも富士男君のかたをもつんだね」

「富士男君は正しいからだ、ぼくは連盟の<ruby><rb>総裁</rb><rt>そうさい</rt></ruby>として正しきにくみするだけだ、どう考えてもきみは悪い」

「悪くないよ」

「まあ待てよ、きみはいま<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>してるから、とにかく森のほうへでも行って<ruby><rb>熱気</rb><rt>ねっき</rt></ruby>をさましてきたまえ、富士男君もそれまであまり<ruby><rb>追究</rb><rt>ついきゅう</rt></ruby>せずにいてくれたまえ」

「ぼくはいつでもドノバン君と<ruby><rb>握手</rb><rt>あくしゅ</rt></ruby>したいと思っているよ」

と富士男はいった。

五月になるとそろそろ寒さがきびしくなってきた。森の小鳥は遠く海をこえてあたたかな地方へうつった。一同は毎日多くのつばめをつかまえてはそのくびに一同が<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>のことを書いた<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>をむすびつけて、はなしやった。

六月になると大統領の改選期である。ドノバンはこんどこそは自分が大統領に選挙されるだろうと、例のもちまえのうぬぼれからそのときがくるのを待っていた。ところがじっさいにおいてはかれを<ruby><rb>好</rb><rt>す</rt></ruby>くものはイルコック、ウエップ、グロースの三人だけで、その他の少年はドノバンをこのまなかった。それはドノバンがその才知にまかせて<ruby><rb>弁舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>をふるい、他の少年を眼下に見くだすためと、いま一つは富士男のために投げとばされてさんざん<ruby><rb>説教</rb><rt>せっきょう</rt></ruby>された<ruby><rb>醜態</rb><rt>しゅうたい</rt></ruby>を演じたためである。

だが少年の心は<ruby><rb>単調</rb><rt>たんちょう</rt></ruby>を喜ばぬ、かれらはそろそろゴルドンがいやになってきた。<ruby><rb>温厚</rb><rt>おんこう</rt></ruby>なゴルドン、常識にとんだゴルドン、しかも少年たちにはきびしく毎日の<ruby><rb>学課</rb><rt>がっか</rt></ruby>を責めて、すこしもかしゃくしないゴルドン。どこが悪いというでもないが、なんとなくこんどの大統領はゴルドンでなく別の人であってほしいような気がした。

六月十日の午後、選挙会が開かれた。めいめいは紙片に<ruby><rb>候補者</rb><rt>こうほしゃ</rt></ruby>の名をしるして箱に投ずることとなった。ゴルドンは英国人特有のげんしゅくな<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>で選挙長のいすについた。

選挙の結果は左のごとくであった。

富士男――九点。ドノバン――三点。ゴルドン――一点。

富士男は最大多数であった。ゴルドンとドノバンは選挙権をすて富士男はゴルドンに投票し、ウエップ、グロース、イルコックはドノバンに投票したのであった。

<ruby><rb>票数</rb><rt>ひょうすう</rt></ruby>がよみあげられ、大統領は富士男と決定した、ドノバンは<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>のあまり<ruby><rb>面色</rb><rt>めんしょく</rt></ruby>を土のごとくになしてくちびるをかんでいた。富士男はひじょうにおどろいて百方<ruby><rb>辞退</rb><rt>じたい</rt></ruby>したが<ruby><rb>規律</rb><rt>きりつ</rt></ruby>なればいたしかたがなかった。

「ぼくはとてもその任ではないと思うけれども、ゴルドン君に助けてもらったらあやまちなくやってゆけるだろうと思う」

かれはこういってようやく<ruby><rb>就任</rb><rt>しゅうにん</rt></ruby>した。万歳の声が森にひびき雪の野をわたって平和湖までとどろいた。

この夜富士男はひそかに弟の次郎をよんだ。

「次郎君、ぼくが大統領になったのをきみはどう思うか」

「ぼくはひじょうにうれしいよ、兄さん」

「どうして？」

「兄さんが大統領になったから、どんな用事でもだれにでもいいつけられるだろう、そうすると兄さん……これからいちばんむずかしい仕事があったらぼくにいいつけてください、ぼくは命をすててもかまわないから」

富士男はにっこり笑っていった。

「よくいってくれたね次郎君、じつはぼくもそう思っているのだ」

サクラ<ruby><rb>湾頭</rb><rt>わんとう</rt></ruby>に立てた<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>がさんざんに破れたので、<ruby><rb>蘆</rb><rt>あし</rt></ruby>をとって大きな球をつくりそれをさおの先につけることにした。八月といえば北半球の二月である。寒暖計の水銀は<ruby><rb>零</rb><rt>れい</rt></ruby>点下三十度にくだる日が少なくなかった。少年らは<ruby><rb>終日</rb><rt>しゅうじつ</rt></ruby>室内から一歩も出ることはできない。かれらは喜んで富士男の<ruby><rb>指揮</rb><rt>しき</rt></ruby>にしたがった。一同がもっとも<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>したのはゴルドンの<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>であった、かれは大統領の任を富士男にわたすとともに<ruby><rb>率先</rb><rt>そっせん</rt></ruby>して他の少年とともに富士男の号令に服従して、もっとも美しき例をしめした。

が、人心はその面のごとく<ruby><rb>異</rb><rt>こと</rt></ruby>なる。少年連盟におそるべき事件が<ruby><rb>勃発</rb><rt>ぼっぱつ</rt></ruby>した。

<ruby><rb>分裂</rb><rt>ぶんれつ</rt></ruby>

暖気がにわかにまわって湖水の氷が一時にとけはじめた。島に二年目の春がおとずれたのだ。天は<ruby><rb>浅黄色</rb><rt>あさぎいろ</rt></ruby>に晴れて<ruby><rb>綿雲</rb><rt>わたぐも</rt></ruby>が夢のように浮かぶ。<ruby><rb>忍苦</rb><rt>にんく</rt></ruby>の冬にたえてきた木々がいっせいに<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>をふきだす。土をわって草がかれんな花をつけた。<ruby><rb>金粉</rb><rt>きんぷん</rt></ruby>の日をあびて小鳥が飛びかい、樹上に胸をふくらまして千<ruby><rb>囀</rb><rt>てん</rt></ruby>百<ruby><rb>囀</rb><rt>てん</rt></ruby>する。万物がみないきいきとよみがえったのだ。それにもまして喜んだのは長い冬ごもりに、自由をうばわれていた少年連盟である。幼年組も年長組も一団となって洞穴をぬけだし、春光まばゆい広場で思う存分にはねまわった。

ワッという笑い声が広場の一角にわいた、走りはばとびのスタートをきったモコウが、コースのとちゅうでつまずいて、まりのようにころんだのだった。かれはすばやく起きあがると頭をかきかき新しくスタートをきりなおした。<ruby><rb>急霰</rb><rt>きゅうさん</rt></ruby>のような<ruby><rb>拍手</rb><rt>はくしゅ</rt></ruby>が島をゆるがす、小鳥がおどろいて一時にパッと飛びたった。一同はまるでなつかしい校庭で遊びたわむれているときのように競技にむちゅうである。洞門の前の小岩にこしをかけて、一同の<ruby><rb>嬉々</rb><rt>きき</rt></ruby>とするさまを見まもっていたゴルドンは、ニッコリして富士男にいった。

「あの元気いっぱいさはどうだ、みんなうれしそうだね」

「だが、ドノバンらがいないのはどうしたんだろう？」

富士男はさっきからさがしているのだったが、ドノバン、グロース、ウエップ、イルコックの四人のすがたはどこにも見あたらなかった。

「みなが楽しそうに遊んでいるのに、四人をのけものにしては悪い、よんでこよう」

と富士男が立ちあがった。

「ぼくもゆこう」

ふたりは洞穴のなかにはいった。室のすみに頭をあつめて、なにごとか相談にふけっていた四人は、ふたりの足音におどろいて話をやめた。

「ドノバン君！　室のなかにいないで、外へ出て遊ぼうじゃないか」と富士男がいった。

「いやだ！」

とドノバンがいった。

「なぜだい」

とゴルドンがいった。

「なぜでもいいよ。ぼくらはここにいたほうがおもしろいんだ。ね、諸君」

こういって、ドノバンは三人と顔をあわしてニヤリと笑った。

「そうか」

とふたりは室を出た。

<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>投げの事件があってから、ドノバンの富士男に対する<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>は目だって変わってきた。富士男は日本人の<ruby><rb>気性</rb><rt>きしょう</rt></ruby>としてあっさりと水に流したのだったが、<ruby><rb>倣岸</rb><rt>ごうがん</rt></ruby>のドノバンは、心をひらこうとはしない。そして大統領の選挙にもれてからは、ことごとに富士男にたてをつくようになった。ゴルドンはふたりのあいだにおって百方力をつくして、ふたりの交情をやわらげようとつとめたが、それはなんの<ruby><rb>効果</rb><rt>こうか</rt></ruby>もあたえなかった。ついにドノバンは、グロース、ウエップ、イルコックの三人と<ruby><rb>党</rb><rt>とう</rt></ruby>を組んで、食事のときのほかは一同と顔をあわすこともほとんどまれとなり、多くは洞穴の一<ruby><rb>隅</rb><rt>ぐう</rt></ruby>にひとかたまりとなって首をあつめなにごとかひそひそと語りあうのであった。

「ねえ、ゴルドン君、ぼくはこのごろかれらの<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>が不安でたまらない」

「どうして」

「人を<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>うことは日本人のもっとも<ruby><rb>忌</rb><rt>い</rt></ruby>むところだ。だが、ぼくはドノバン君の<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>を見るに、なにごとかひそかにたくらんでいるように疑えてならないんだ」

「ハハハ、きみにもにあわない、いやに<ruby><rb>神経過敏</rb><rt>しんけいかびん</rt></ruby>だね」

こういってゴルドンは笑った。

「たといかれらがなにごとかひそかにはかることがあろうとも、それはきみに対する<ruby><rb>謀反</rb><rt>むほん</rt></ruby>ではないさ、連盟員一同がきみを捨てて、ドノバンにくみしはしないことぐらい、いくらうぬぼれの強いドノバンでも、知ってるだろうからね……」

「いやかれらはぼくらを捨てて、この左門洞を去ろうとしている」

「ハハハ、ますます<ruby><rb>過敏症</rb><rt>かびんしょう</rt></ruby>になるね。こりゃなにか、おまじないをして、早くなおさなけりゃ一同が心配するよ」

「ゴルドン君！」

富士男はキッとなっていった。

「じょうだんごとではないのだ、ぼくはたしかな<ruby><rb>証拠</rb><rt>しょうこ</rt></ruby>をにぎったのだ」

「証拠？」

とゴルドンは富士男のしんけんさに、真顔になった。

「ゆうべぼくはなぜか<ruby><rb>寝苦</rb><rt>ねぐる</rt></ruby>しくってしかたがなかった、ぼくは千を数えた、だがまだねむれない。ぼくはとうとう寝ることを<ruby><rb>断念</rb><rt>だんねん</rt></ruby>した、外の夜気にでもあたってみようと、そっと<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>をぬけだした。ぼくはついでだと思ったから、みんなの寝すがたを見てまわった。ところが、ぼくは室の一<ruby><rb>隅</rb><rt>ぐう</rt></ruby>にポツンとあかりのさしているのに気がついた、ぼくはそっと近づいた、見ればイルコックが左門先生の地図を写しとっているのだ」

「…………」

「ね、ゴルドン君、きみも知ってるように、ドノバン一<ruby><rb>派</rb><rt>ぱ</rt></ruby>は、ぼくが命令するといつもいやな顔をする。思うにかれらの不満は、ぼくの一身にこころよからざるところから発するのだ。ぼくは大統領の<ruby><rb>職</rb><rt>しょく</rt></ruby>を<ruby><rb>辞</rb><rt>じ</rt></ruby>そうと思うよ、ぼくが現職にあるために連盟の平和をみだすようになっては心苦しい。きみかあるいはドノバンにゆずったら、不和の根が絶えて、連盟はもとの平和にかえると思うんだ……」

「いや！」とゴルドンはカッと目をみひらいていった。「富士男君、それはきみの<ruby><rb>平生</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>ににざる言だ、もしそのようになったら、きみはきみを選挙した一同の信頼を、なんによってつぐなうのだ。なんによって一同に対する義務をつくそうというのか」

ゴルドンの言は富士男の胸を強くうった。

「そうだ、ぼくは自分の重大な責任をのがれようとした、信頼されたら<ruby><rb>水火</rb><rt>すいか</rt></ruby>をも<ruby><rb>辞</rb><rt>じ</rt></ruby>せないのが、日本人の<ruby><rb>気性</rb><rt>きしょう</rt></ruby>だ、<ruby><rb>困難</rb><rt>こんなん</rt></ruby>がかさなればかさなるほど、それにたえて打ち破ってゆかなければならないのだ」

こう思うとかれは胸が軽くなるのをおぼえた。

「ゴルドン君、ありがとう、ぼくは全力をつくしてあたるよ」

「たのむ。ぼくもできるだけ協力しよう」

ゴルドンは富士男の手をとってかたくにぎった。ふたりの目には<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>の涙が光った。

人生はつねに<ruby><rb>寸善尺魔</rb><rt>すんぜんしゃくま</rt></ruby>である。富士男とゴルドンが、ドノバン一<ruby><rb>派</rb><rt>ぱ</rt></ruby>に対する<ruby><rb>善後策</rb><rt>ぜんごさく</rt></ruby>を考えだすひまもなく、不幸な<ruby><rb>分裂</rb><rt>ぶんれつ</rt></ruby>が思いがけなく、その晩におこった。

モコウが、<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>のあとのコーヒーをくばってまわった。かおり高いコーヒーをうまそうにすすりながら、一同は昼の競技の話でむちゅうだった。とテーブルの一<ruby><rb>隅</rb><rt>ぐう</rt></ruby>でひたいをあつめてなにごとか話しあっていたドノバンが、とつぜん立ちあがった。

「諸君！」

かれは一座を見まわした。一同はびっくりしてドノバンを見あげた。

「ぼくら四人は考えるところがあり、左門洞に別れをつげたく思います」

ゴルドンの顔はサッと青ざめた。

「きみらはぼくらをすてる気か？」

「いや<ruby><rb>誤解</rb><rt>ごかい</rt></ruby>してくれてはこまる。ぼくらはただしばらく諸君と別居したく思うのだ」

「それはいったいどういうわけなのか」

<ruby><rb>沈黙家</rb><rt>ちんもくか</rt></ruby>のバクスターがいった。

「ぼくらはただ、自由かってな生活がしたいのだ。だが、それは理由のおもなるものではない。<ruby><rb>淡白</rb><rt>たんぱく</rt></ruby>に<ruby><rb>直言</rb><rt>ちょくげん</rt></ruby>すれば、ぼくらは富士男君の治下に立つことが不満でならないのだ」

三人が待ちかまえていたように<ruby><rb>拍手</rb><rt>はくしゅ</rt></ruby>をした。重苦しい空気が室にみなぎった。<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>と腕をくんできいていた富士男はこのとき、しずかに立ちあがった。

「四君がぼくに対して不満であるのはどんな理由からだろう」

「なんの理由もない、ただ、きみには連盟の首領たるべき権利がないと思うのだ。ぼくらはみんな白色人種である。連盟は白色人種が多数だ。それなのに、有色人種が大統領になって<ruby><rb>采配</rb><rt>さいはい</rt></ruby>をふる、次回にはモコウ、すなわち黒人の大統領ができるだろう」

「そうだ、ぼくらは<ruby><rb>野蛮人</rb><rt>やばんじん</rt></ruby>の命令に服することは<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじょく</rt></ruby>だ」

グロースがドノバンに加勢した。

この<ruby><rb>暴言</rb><rt>ぼうげん</rt></ruby>は<ruby><rb>温厚</rb><rt>おんこう</rt></ruby>のゴルドンをいからした。

「ドノバン、きみはまじめにいってるのか」

「もちろん、ぼくはまじめだ。真実のことをいってるのだ、ぼくら四人は黄色人種の治下に甘んじて<ruby><rb>忍従</rb><rt>にんじゅう</rt></ruby>することはできないのだ」

けわしい空気が室に<ruby><rb>充満</rb><rt>じゅうまん</rt></ruby>した。とモコウはふんぜんと、ドノバンにとびかかった。

「きたない！　のけ！　黒ん坊！」

ドノバンはみをかわしてどなった。

「待て！　モコウ」

富士男はいきりたつモコウをおさえた。

「ドノバン君！　暴言はつつしみたまえ。少年連盟は、人種を<ruby><rb>超越</rb><rt>ちょうえつ</rt></ruby>した集団なのだ。きみはちかったことを忘れたのか、あやまりたまえ！」

「いやだ！」

「アメリカのやつはさぎ師だ。富士男さま、とめないでください、わたしはやつらをなぐり殺してやる」

とモコウは白い歯をむきたてて<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんど</rt></ruby>した。

「ドノバン君！　きみが悪い。いまの暴言をあやまりたまえ！」

とゴルドンがいった。

「ぼくはなにもあやまる必要をみとめない」

「あやまらないのか」

と富士男が目をいからした。

「いやだ」

「よろしい、きみらがそんな<ruby><rb>差別観念</rb><rt>さべつかんねん</rt></ruby>にとらわれて、それをすてようともしないのなら、ぼくらはおたがいにいさぎよく別れよう。きみらはつごうのいいときに去ってくれたまえ」

一同はこの<ruby><rb>分裂</rb><rt>ぶんれつ</rt></ruby>の不幸に、<ruby><rb>愁然</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>として首をたれた。

「ドノバン君、ぼくらはきみらが<ruby><rb>他日</rb><rt>たじつ</rt></ruby>、きょうの決意を<ruby><rb>悔恨</rb><rt>かいこん</rt></ruby>する日のきたらんことをいのるよ」

ゴルドンはこういって室を去った。

重苦しい一夜が明けた。

乳色の朝霧が平和湖をこめていた。日は森を出はなれてばら色の光を投げている。それはきのうと変わらぬ上天気を約束するかのようである。けれど、太陽のほがらかさにひきかえて、一同の心は、やみのように暗かった。<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>もかいがいしく四人は、<ruby><rb>旋条銃</rb><rt>せんじょうじゅう</rt></ruby>二個、短銃四個、おの二個、<ruby><rb>硝薬</rb><rt>しょうやく</rt></ruby><ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>、<ruby><rb>懐中磁石</rb><rt>かいちゅうじしゃく</rt></ruby>一個、毛布数枚、ゴム製の舟、そして二日分の食物を<ruby><rb>携帯</rb><rt>けいたい</rt></ruby>して、一同の見送りをうけた。しわぶきひとつするものもない、みなは悲しみに心をつつまれているのだ。

四人は<ruby><rb>牢固</rb><rt>ろうこ</rt></ruby>たる決意にもかかわらず、一同の<ruby><rb>悄然</rb><rt>しょうぜん</rt></ruby>とした顔を見ると、さすがに、心のうちしおるるのをおぼえた。だが、しいてさあらぬさまをつくった。

「ではさようなら」

「さようなら」

と一同がいった。

「ドノバン君！」と富士男はいった。「きみは三人の生命をあずかっているのだ。<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>のないようにたのむよ」

「心配ご無用」

ドノバンはこうぜんと身をそらした。まもなく一行のすがたが<ruby><rb>森陰</rb><rt>もりかげ</rt></ruby>にかくれた。

「とうとう去ってしまった」

と富士男がかなしそうにいった。

「去る者をして去らしめよだ」

それまで<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>をまもっていたゴルドンが、はじめて口をきった。

「さあ、みんな元気に、ぼくらはぼくらの仕事をはじめよう」

一同はうながさるるように、洞穴のなかにはいった。

さてドノバンの計画というのはこうである。数ヵ月前、富士男が失望湾の浜辺で発見したという<ruby><rb>岩窟</rb><rt>がんくつ</rt></ruby>に<ruby><rb>居</rb><rt>きょ</rt></ruby>をかまえ、ニュージーランド川の森で<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>をして食糧にあてれば、眠食ともに不自由なく、気ままの生活ができる、というのである。失望湾は左門洞から約二十キロメートルの<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>にある、これは万一のばあい、左門洞の一同と<ruby><rb>消息</rb><rt>しょうそく</rt></ruby>を通ずるにしごく<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>である。

まもなく一行はニュージーランド<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>に到着した。

川のほとりにモコウが、ボートを<ruby><rb>艤</rb><rt>ぎ</rt></ruby>して一行を待ちうけていた。これは四人がボートをあやつる知識と、<ruby><rb>熟練</rb><rt>じゅくれん</rt></ruby>に欠けてるのを知っている富士男が、モコウにむこう川岸まで送りとどけるように命じたのだった。この命令をうけたとき、モコウは首を横にふった。

「ご主人、こればっかりはおことわりします。ほかの人にやらせてください」

「なぜだ？」

「黒ん坊のボートで川を渡ったとなればかれらの恥でしょうし、あんなにご主人を<ruby><rb>侮辱</rb><rt>ぶじょく</rt></ruby>したやつには、力をかしてやる理由がありません」

「モコウ、きみは私事と公事とを<ruby><rb>混用</rb><rt>こんよう</rt></ruby>している、たとえかれらがぼくを侮辱したところが、それは小さな私事なのだ。私事のためにかれらに<ruby><rb>難儀</rb><rt>なんぎ</rt></ruby>をかけることは<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ずべきことだ、ぼくは連盟の大統領の職責から命じるのだ」

「わかりました。ですがご主人、わたしはかれらと一言もことばをかわしたくないと思いますが、これだけはゆるしてください」

「ハハハ、そりゃきみの自由だ」

大統領の命令ならそむくわけにはゆかない。彼はいさぎよく渡川の任務をひきうけたのだった。

ボートは川岸をはなれた。川霧はまったく晴れてオールに破れた<ruby><rb>川面</rb><rt>かわも</rt></ruby>が、<ruby><rb>小波</rb><rt>さざなみ</rt></ruby>をたてて、日にキラキラと光った。モコウは黙々としてオールをあやつり、黙々として四人を川岸にあげ、そして黙々としてこぎ帰った。

一行四人のその後の行動は、ドノバンの日記によって知ることにしよう。

十月十日、ぼくらはとうとう独立した。独立の第一歩において、モコウのボートにうつらなければならなかったことは大言のてまえすこし<ruby><rb>遺憾</rb><rt>いかん</rt></ruby>だった。だが、これはだれもがボートをあやつる知識と熟練にかけているのでしかたのないことだ。うららかな春光をあびてぼくらは<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の南端をさしてすすんだ。ゆくこと八キロメートルあまりにして湖の南端に達した。日はまだ高かったが、いそぎ旅でもなし、ここで一泊することにきめた。とちゅう大がもを射とめたことはなんとなくさいさきがよい。晩飯はこの大がもですました。

十月十一日、未明に出発、<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>にそってすすむ。たちまち一個の砂丘に達した。丘上に立って左右をながめると、一方は湖が<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>のごとくひらき、他方には無数の砂丘が<ruby><rb>起伏連綿</rb><rt>きふくれんめん</rt></ruby>とつづいている。

「こんな砂丘ばかりだったらたいへんだぞ、食糧を求めるに<ruby><rb>困難</rb><rt>こんなん</rt></ruby>する」

と<ruby><rb>兵糧係</rb><rt>ひょうろうがかり</rt></ruby>のグロースが心配そうにいった。

「なにだいじょうぶだ」

とぼくはとにかくすすむことに決心した。一方は湖だし、いまさらひきかえすことも<ruby><rb>残念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>だ。ゆくにしたがっていよいよ<ruby><rb>丘陵</rb><rt>きゅうりょう</rt></ruby>が多くなった。一<ruby><rb>登</rb><rt>とう</rt></ruby>一<ruby><rb>降</rb><rt>こう</rt></ruby>、骨の折れることおびただしい。どうやら地面の光景は一変した。十一時に湖のひょうたん形に入りこんだ小さな湾に達した。ゆうべの大がものあまりをひらいて昼食にした。とにかくもういっぺん地形を正確に知る必要がある。湾の上はうっそうたる森のはしで、これからすすもうとする東北二方は、まったくこの大森林におおわれている。ぼくはグロースのかたをたたいていった。

「おい、天は<ruby><rb>兵糧係</rb><rt>ひょうろうがかり</rt></ruby>グロース君に無限の宝庫をあたえた」

一同は勇気百倍した。案のごとく林中には、だちょう、ラマ、ベッカリー、および、しゃこ、その他の<ruby><rb>禽獣</rb><rt>きんじゅう</rt></ruby>が無数にすんでいる。グロースは<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>をにぎわすといって、さかんに鉄砲をうった。とうとうえものをひとりでは持ちきれなくなって各自が<ruby><rb>分担</rb><rt>ぶんたん</rt></ruby>した。この宝庫は本島内の他の諸林にゆずらないと思う。六時ごろ、一すじの川のほとりに出た。いよいよ<ruby><rb>露営</rb><rt>ろえい</rt></ruby>だ。と、テント係のイルコックが、とんきょうな声をはなった。

「ヤアヤアだれかここに宿ったやつがあるぞ」

見れば大樹の下にたき火のあとが、黒々とのこって、燃えさしの枝が散乱している。

「何者だろう」

一同は不安に顔を見あわした。ふいに何者かの<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>を受けないともかぎらないので、ふたりずつ<ruby><rb>交替</rb><rt>こうたい</rt></ruby>に休むことにした。

×　　　　　　　　×　　　　　　　　×

八ヵ月以前富士男が次郎とモコウをしたがえて、<ruby><rb>失望湾</rb><rt>しつぼうわん</rt></ruby>をくだらんとする前夜、露営した同じ樹下に、八ヵ月後分離した四人が、別に新たに居を定めようとは、だれが予想しえよう。

同じく、グロース、ウエップ、イルコックの三名も、いまとおく左門洞の楽園をはなれて、ひとりせきばくたる、この樹下に<ruby><rb>横臥</rb><rt>おうが</rt></ruby>するとき、さきにこの樹下にねむりし人をおもい、左門洞のことを思えば、その心の奥に一まつのくゆるがごとき、うらむがごとき、一種の念のきざすのを禁じることができようか。

×　　　　　　　　×　　　　　　　　×

十月十二日、僕は一同にはじめの計画を変更することをはかった。それはまずこの川をわたって左岸にそい、失望湾まで下降することである。

「川を渡ってくだるのも、川にそってくだってからわたるのも同じじゃないか」

とグロースが、<ruby><rb>抗議</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>を申しこんだ。

「そうだ。<ruby><rb>帰</rb><rt>き</rt></ruby>するところは同じだが、このまえ、富士男が<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>した話をきみは忘れはしまい。富士男の一行は左岸の林中に、ストーンパインを発見したというではないか、そうすればぼくらは、ゆくゆく果実を<ruby><rb>採集</rb><rt>さいしゅう</rt></ruby>する<ruby><rb>便宜</rb><rt>べんぎ</rt></ruby>がある。一<ruby><rb>挙両得</rb><rt>きょりょうとく</rt></ruby>じゃないか」

「なるほど、わかった」

「たよりない、<ruby><rb>食糧</rb><rt>しょくりょう</rt></ruby>係だなあ」

ぼくがこういうとみなは笑った。<ruby><rb>衆議</rb><rt>しゅうぎ</rt></ruby>は一決した。ぼくらは浅瀬をさがして容易にわたることができた、だが、この行路は思ったよりなかなかの困難だった、下草はこしを没し、すねにまといつく。少しゆくと<ruby><rb>沼沢</rb><rt>しょうたく</rt></ruby>にであい道がとだえる、密林を用意したおので切りひらく、なかなかはかどらない。ようやく林をぬけだしたのはもう日は没して、<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>がたれこめる七時ごろであった。海が近いので<ruby><rb>濤声</rb><rt>とうせい</rt></ruby>が気にかかって、容易に寝つかれない。

十月十三日、朝起きるとさっそくまず浜辺に出てみた。東方の地平線上を<ruby><rb>展望</rb><rt>てんぼう</rt></ruby>するに、そこはいぜん<ruby><rb>無辺</rb><rt>むへん</rt></ruby>の海波びょうびょうとして天をひたしている、一<ruby><rb>望</rb><rt>ぼう</rt></ruby>目をさえぎるなにものもない、ぼくは胸底深くひめていた計画をはじめて発表した。

「諸君！　ぼくはやはり、この島がアメリカ大陸に、近いと信ずる、チリー、もしくはペリコウにおもむかんとして、ホルン岬をすぐるところの汽船はきっと、航路をこの島の東方にとって、この沖をすぎなければならないと思うのだ。ぼくが諸君とともに、ここに居を定めんと決心したのは、一つはここで、これらの汽船を見張るためだったのだ、富士男は失望のあまりに、ここを失望湾と名づけた。けれどぼくはこの湾は長くぼくらを失望させないだろうと信ずる。むしろ希望の湾ではなかろうか。<ruby><rb>早晩</rb><rt>そうばん</rt></ruby>、きっとぼくらは<ruby><rb>帆影</rb><rt>ほかげ</rt></ruby>を沖に発見することができると信ずる」

ぼくの<ruby><rb>演説</rb><rt>えんぜつ</rt></ruby>は三人を<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>さした。

「さすがにドノバン君だ！　えらい！」

とイルコックがいった。

「そんな深い計画だとは思わなかった」

とウエップがいった。

「そうだ、ぼくらは<ruby><rb>偉大</rb><rt>いだい</rt></ruby>な首領をいただいて幸福だ、ぼくはいまドノバン君を大統領に<ruby><rb>推薦</rb><rt>すいせん</rt></ruby>したいと思う」

とグロースがいった。

「もちろん<ruby><rb>異議</rb><rt>いぎ</rt></ruby>なし」

「<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>だ」

ぼくはとうとう大統領に推薦された。大統領！　それはどんなに望んでいたことだろう。三人の手下では少々さびしい気もするが、やはりうれしい。将来の住宅である<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>もきまった。つぎは、左門洞にのこしてきたぼくらの財産を、一日も早く<ruby><rb>運搬</rb><rt>うんぱん</rt></ruby>しなければならない。<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>後、僕は一同にはかった。

「ぼくらの財産はどうして運ぶことにするか」

「そりゃもちろん、ボートで運ぶのがいちばんいい」

とグロースがいった。これはぼくの考えと一致する、陸路をとることは、来るときの道を思えば、とうていぼくらの手にあまる難事だ。

「だがいったい、だれがボートをこぐのか」

「黒ん坊にたのむさ」

「モコウにはたのみたくない」

「なぜだ」

「ぼくらは独立の第一歩において、かれのやっかいになった、そしていままたかれの力をたのむために、頭をさげなければならないとなると、大なる<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじょく</rt></ruby>だ」

「ハハハ、<ruby><rb>遠慮</rb><rt>えんりょ</rt></ruby>にはおよばないさ。黒ん坊は働くために生まれてきたのだから、使ってやれば喜んでいる」

とグロースがこともなげにいった。

「そうだそうだ。ぼくらはかれを働かしてやるのだから、感謝されこそすれ、こちらから頭をさげることはいらない」

とウエップがいった。

ぼくはあまり感心しなかったが、<ruby><rb>衆議</rb><rt>しゅうぎ</rt></ruby>にしたがうことにした。

「では第二案として、左門洞に帰るまえに、ぼくらは浜辺にそって、島の北部を<ruby><rb>探征</rb><rt>たんせい</rt></ruby>することを<ruby><rb>提議</rb><rt>ていぎ</rt></ruby>する。たとえ荷物をとりに帰るとしても、ぼくらはなにか一つてがらをたてておきたいからだ、諸君はどう思う」

「そりゃすばらしい計画だ」

「左門洞の一同の鼻をあかすに、絶好の計画だ」

衆議は一決した。いよいよ探検するとなれば、往復に少なくとも三日の日数をついやさねばならない、十分なる<ruby><rb>睡眠</rb><rt>すいみん</rt></ruby>と、英気を養うために、早目に寝につく。

十月十四日、未明の空にはなごりの星があわく光っていた、太陽はまだあがらない。黄卵色の雲が東の空に浮いていた。清涼な風が身をひきしめてすがすがしい。ぼくらは第二の探検地、北方をさしてすすんだ。およそ四キロメートルばかりのあいだは、浜辺一帯の岩つづきで、ただ左手の林ぎわのほうに、はば三十メートルばかりのひとすじの砂道がのこっている。岩のつきるところで、道は小さな流れに<ruby><rb>遮断</rb><rt>しゃだん</rt></ruby>された。

「ああ、川だ！」

僕は立ちどまった。川底の小石がすきとおって見える、小魚が<ruby><rb>銀鱗</rb><rt>ぎんりん</rt></ruby>の背を光らして横ぎる。

「これはきっと、平和湖から流れて海にそそぐのだ」

「ぼくらが発見した川だ、名前をつけよう」

とグロースがいった。

「大統領に一任しよう」

「賛成！」

「では<ruby><rb>北方川</rb><rt>ほくほうがわ</rt></ruby>と命名しよう」

一同はこれに賛成した。グロースが、川べりにおりて顔をあらった。

「つめたいいい水だ！」

<ruby><rb>兵糧</rb><rt>ひょうろう</rt></ruby>係のかれはぬけめなく、<ruby><rb>水筒</rb><rt>すいとう</rt></ruby>にいっぱいつめこんだ。ぼくらも思い思いに顔をあらった。

川をわたると、おおいしげった密林のなかに出た。木の間をもれる日が、<ruby><rb>斑</rb><rt>ふ</rt></ruby>のように下草にうつっていた。

しばらくゆくと先頭のグロースがとつぜん立ちどまった。

「あっ！　ドノバン、あれはなんだろう」

指さすかなたを<ruby><rb>注視</rb><rt>ちゅうし</rt></ruby>すれば、おいしげる<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくりん</rt></ruby>をおしわけて、一個のぞうのような<ruby><rb>巨獣</rb><rt>きょじゅう</rt></ruby>がすすんでくる。

「あッ！　こっちへくるぞ」

ウエップが叫んだ。

「イルコックとウエップは、この大木の陰にかくれてくれたまえ。ぼくはグロースとふたりでうちとってくる」

ぼくは銃をとってしらべた。ふたりは足音をしのばして巨獣に近づいた。あいへだたること三十六メートルばかり！

「だいじょうぶか」

「よし！」

ねらいはきまった、ぼくらは同時に発砲した。巨獣は<ruby><rb>鋼鉄</rb><rt>こうてつ</rt></ruby>の皮でできているのかもしれない。いっこうに銃丸のとおったようすもない。ただ異様なたけりをあげると、巨大なからだをひとゆすりして、密林のなかへすがたをけした。銃声をききつけて、ウエップとイルコックがとんできた。

「どうだった」

「逃げたよ」

「<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>があたらなかったのか」

「あたったけどはねかえった」

二人は目を丸くした。ぼくはふと巨獣によくにたものを学校で習ったことを思い出した。

「わかったよ諸君！　これは南アメリカの河畔に見るばくの一種だ」

「害を加えるのか」

「いやばくはけっして害を加えない、だが、用にもたたない」

「南アメリカにすむばくの一種だとすれば、この島はあるいは大陸の一部かもしれないね」

「そうだ、島にあんな巨獣がすむわけはない」

「ぼくもいまそう考えたところだ、とにかく、もう少し探検しよう」

一同は急に元気百倍した。その夜ぼくらは、<ruby><rb>探征</rb><rt>たんせい</rt></ruby>の第一夜をぶなの林で明かした。あと十五キロメートルばかりで、<ruby><rb>目的地</rb><rt>もくてきち</rt></ruby>の北浜に達するのだ。あすの希望をひめて一同早く寝につく。

×　　　　　　　　×　　　　　　　　×

ドノバンの日記はここでおわって、あとは<ruby><rb>空白</rb><rt>くうはく</rt></ruby>である。それは一行が大暴風雨にみまわれたため、日記帳もなにもいっさいずぶぬれになったためである。そこで筆者は四人のその後の行動を報道しよう。

朝からおだやかならぬ雲行きを見せていた空は、<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろから、いまにも泣きだしそうになった。

「いよいよくるな！」

と空を見あげてグロースがいった。

「ひきかえそうよ」

「そりゃだめだ。いまからひきかえしてもとちゅうでどんな目にあうかもしれない。どこかかっこうの場所をさがしたほうが安全だ」

とドノバンがはげますようにいった。四人は足を早めた。風は<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>はげしく吹き加わり、横なぐりの<ruby><rb>大粒</rb><rt>おおつぶ</rt></ruby>の雨がほおをうった、とはげしい電光が頭上にきらめいた。

「あぶない！　地に伏せ」

ドノバンがさけぶと同時に、耳をつんざくごうぜんたる<ruby><rb>霹靂</rb><rt>へきれき</rt></ruby>！　数間先のぶなの大木がなまなましくさかれて風におののいている。

「助かった」

と一同はホッとして顔を見あわせた。

「早くこの林をぬけださねばあぶないぞ」

雨と風にさいなまれながらも、屈せずたゆまず、あえぎあえぎ道をいそいだ。あらしの中に日が暮れた。四人はめくらめっぽうにすすんだ。と風のなかに遠くほえるようないんいんたる<ruby><rb>別様</rb><rt>べつよう</rt></ruby>のひびきが耳をうつ。それは森をへだてておこるようだ。

「待て！」

と、ドノバンが立ちどまった。

「きこえるか」

「波の音のようだ」

「そうだ、ぼくらはとうとう目的地へついたのだ」

「万歳！」

かれらは急に元気をとりかえした。

森をぬけると<ruby><rb>視野</rb><rt>しや</rt></ruby>はかつぜんと開けて、砂浜の先に、たけりくるった黒い海が、白いきばをむきたてて、なぎさをかんでいる。<ruby><rb>黒闇々</rb><rt>こくあんあん</rt></ruby>のなかに白く光る波がものすごい。

「あっ！　ボートだ！」

とイルコックがさけんだ。

指さす左のほうに、<ruby><rb>右舷</rb><rt>うげん</rt></ruby>を砂浜に<ruby><rb>膠着</rb><rt>こうちゃく</rt></ruby>さして、一せきのボートがうちあげられているのが、かすかにそれと見える。

「あっ人間だ」

ウエップがさけんだ。

ボートから十メートルほど左の、<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>き<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>がのこした海草の上に、二個の死体が、一つはあおむけに、一つはうつぶせに横たわっている。

あまりのおどろきに、一同はしばし声もえたてず、石像のごとく立っていた。

「何者だろう」

とドノバンが小声でいった。

一同は顔を見あわした。<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>と<ruby><rb>好奇</rb><rt>こうき</rt></ruby>の無言のうちに、四人は死体のほうへすすんだ。死体は十数メートル先にほの白く光っていた。みだれた<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>が<ruby><rb>白蝋</rb><rt>はくろう</rt></ruby>の顔にへびのようにくっついている。ぞっと戦慄が身内を走った。「ワッ！」と悲鳴をあげたウエップが、とつぜんかけだした。浮き足だった三人もつづいてかけだした。ぶなの林のなかに逃げこんで、一同はホッと息をついた。<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>はいつやむ<ruby><rb>気配</rb><rt>けはい</rt></ruby>もない。夜のやみにゴウゴウと林の鳴る音がものすごい、烈風にまきあおられた砂が、小石を<ruby><rb>混</rb><rt>こん</rt></ruby>じてつぶてのように顔をうつ。一同は生きた心地もない。

「みんな手をにぎろう」

とドノバンがいった。一同はかたく手と手をにぎりあった。

雨がようやく<ruby><rb>小降</rb><rt>こぶ</rt></ruby>りになった。東の空にあかつきの色が動きそめた。<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>の夜が、明けようとしている。

「助かったぞ」

とドノバンが立ちあがった。一同は未明の<ruby><rb>微光</rb><rt>びこう</rt></ruby>のなかに思わず顔を見あわせた。

「だがぼくらは人間の<ruby><rb>務</rb><rt>つと</rt></ruby>めをおこたった」

ドノバンがかなしそうにいった。

「ぼくらは自分のことばかり考えた、ぼくらは助かることができたが、あの死体はどうなったろうか」

一同は頭をたれた。はたしてあの死体はこときれていたのだろうか、あるいはなお一るの<ruby><rb>気息</rb><rt>きそく</rt></ruby>が通っていたのではなかろうか、自分らはそれをたしかめもせず、ただおそろしさのために、人間の本分をおこたった、<ruby><rb>慚愧</rb><rt>ざんき</rt></ruby>の念が心をかんだ。

「そうだ。ぼくらは<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひきょう</rt></ruby>だった」

「はずかしい行為をした」

<ruby><rb>断雲</rb><rt>だんうん</rt></ruby>は低くたれて、<ruby><rb>奔馬</rb><rt>ほんば</rt></ruby>のごとくとびきたり、とびさる、まだ<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いのおとろえない風のなかを、四人はたがいに腕をくんで浜辺に出た。

ボートのありかはすぐに見つかった。だが、二個の死体はどこにも見あたらなかった。

「潮に流されたのだ」

ドノバンが悲しそうにいった。

「かわいそうに……ぼくらが<ruby><rb>卑怯</rb><rt>ひきょう</rt></ruby>だったために、ふたりを見殺しにしたのだ」

イルコックが鼻をつまらした。

「だが、ぼくは夜中にあらしのなかに、人の声をきいた」

とウエップがいった。

「ぼくもきいた」

とグロースがいった。

「さがしてみよう」

とドノバンが岩の上にのぼった。だが、ただ一<ruby><rb>様</rb><rt>よう</rt></ruby>にほうはいたる<ruby><rb>巨浪</rb><rt>きょろう</rt></ruby>が、<ruby><rb>無辺</rb><rt>むへん</rt></ruby>に起伏するのを見るばかりで、何者の影も見あたらなかった。

「だめだ」

ドノバンはがっかりしておりてきた。

ボートは長さ四メートルばかりの<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>で、<ruby><rb>帆柱</rb><rt>ほばしら</rt></ruby>は根元から折れ、<ruby><rb>右舷</rb><rt>うげん</rt></ruby>はひどく破れていた。きれぎれの帆と、<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>の断片がちらばっているばかりで、船中にはなにもなかった。

「なにか文字があるぞ」

<ruby><rb>船尾</rb><rt>せんび</rt></ruby>をしらべていたグロースがさけんだ。一同は走りよった。なるほど、そこにはうすくきえかかった数個の文字があった、ドノバンが読みあげた。

セルベン号・サンフランシスコ

「あっぼくの国の船だ！」

難また難

ドノバンの一行を送りだしたあとの左門洞はあたかも火がきえたようにさびしくなった。ことごとに<ruby><rb>党規</rb><rt>とうき</rt></ruby>をみだそうとした四人ではあったが、さて分離してすがたを見せないと、完全した歯が一<ruby><rb>朝</rb><rt>ちょう</rt></ruby>にしてぬけおちたようで、なにかたよりない、しっくりと気持ちのあわない空気を感じる。

春色は日ましにこくなるに、一同は毎日うつうつとして楽しむふうもない。富士男はこれを見るのがなによりもつらかった。

「もっとほかにいい方法がなかったろうか、もっと考慮すべきではなかったろうか」

こう思うと、一時の<ruby><rb>激情</rb><rt>げきじょう</rt></ruby>にかられて、四人を<ruby><rb>除名</rb><rt>じょめい</rt></ruby>したことが、深くくいられてならなかった。日ごとの<ruby><rb>煩悶</rb><rt>はんもん</rt></ruby>はかれの血色のいい<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>をあおくした。いつも清くすんだ眼は悲しみにくもった。

「おい、富士男君！　なにをぼんやりしているんだい、こんなすてきなニュースがあるのに……」

と、ゴルドンがニコニコして、富士男のかた先を軽くたたいた。かれは富士男の<ruby><rb>苦悩</rb><rt>くのう</rt></ruby>は十分に<ruby><rb>推察</rb><rt>すいさつ</rt></ruby>した、けれど、責任者の地位にあるふたりが、しずんだ顔色を一同に見せては、連盟の士気がいよいよ<ruby><rb>沮喪</rb><rt>そそう</rt></ruby>してしまう。その結果は重大である。こう思ったかれはむりにもはればれと元気を出した。

「モコウのやつがとてもこっけいなんだよ」

「どうして？」

と富士男がしずんだ声でいった。

「鼻の頭にまっかな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おでき</span>ができたんだ。まるで<ruby><rb>噴火山</rb><rt>ふんかざん</rt></ruby>のようにみごとなんだ、みんながはやしたてるんで、鼻をかくして台所へ逃げていって、出てこないんだよ。ハハハハ」

「……」

「<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>のやつは大ねずみに鼻をかじられたよ」

「どうして？」

と富士男はまえよりもやや明るい声でいった。

「それがおもしろいんだ、寝しなにこっそり砂糖をなめたらしいんだ、夜中に口のあたりをペロペロとなめるやつがある。びっくりして眼をさますと、大きなねずみが何匹も何匹も顔をなめている、かれがおっぱらうと、一匹が鼻の頭をかじって逃げたんだ。<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>は<ruby><rb>大憤慨</rb><rt>だいふんがい</rt></ruby>さ。なにか支那の<ruby><rb>格言</rb><rt>かくげん</rt></ruby>のようなことをいった。エーと、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>は両親のもの……それからなんだったかな」

とゴルドンが頭をひねった。

「<ruby><rb>身体髪膚</rb><rt>しんたいはっぷ</rt></ruby>これを父母にうく、あえて<ruby><rb>毀傷</rb><rt>きしょう</rt></ruby>せざるは<ruby><rb>孝</rb><rt>こう</rt></ruby>のはじめなりさ」

「そうだそうだ、ねずみふぜいに鼻をかじられては両親にすまないってんだね」

「からだをたいせつにして勉強するのが、孝行の第一歩だということなんだよ」

「そうか。どうりでカンカンおこって、だちょうの森へ山ねこをさがしにいったんだね」

「山ねこ」

と富士男がふしぎそうにいった。

「ハハハハ、山ねこをとってきて、ねずみ<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>をやろうって寸法なんだ」

「ハハハハ、支那人らしいのんきな計画だね、ハハハハ」

富士男はゴルドンの話じょうずにひきこまれて笑った。

「ハハハハ、愉快！　愉快！　君はとうとう笑ったね、もうだいじょうぶだ、ありがとう」

とゴルドンが、いかにもうれしそうにニコニコした。と急にまじめになって、

「富士男君！　ぼくはきみがこれまでのように快活であってほしいのだ。ぼくはきみの苦しい立場は十分に同情する、けれど一<ruby><rb>考</rb><rt>こう</rt></ruby>してくれたまえ。いま大統領の重位にあるきみが、元気のない顔を見せると、一同はよけいに<ruby><rb>落胆</rb><rt>らくたん</rt></ruby>してしまう。兄とも父とも信頼している幼年組は、だいじな<ruby><rb>支柱</rb><rt>しちゅう</rt></ruby>を失ってしまって、なにをたよりとしていいかわからなくなる。その結果は連盟はバラバラになって、<ruby><rb>収拾</rb><rt>しゅうしゅう</rt></ruby>できない<ruby><rb>混乱</rb><rt>こんらん</rt></ruby>におちいってしまう、それはおそろしいことだ。ね、つらいだろうがここはひとふンばりして、もとどおり陽気に元気にいきいきとやってくれたまえ、たのむ」

連盟の<ruby><rb>危機</rb><rt>きき</rt></ruby>をうれい、富士男を<ruby><rb>鼓舞</rb><rt>こぶ</rt></ruby>するゴルドンの<ruby><rb>言々句々</rb><rt>げんげんくく</rt></ruby>は、せつせつとして胸にせまる、富士男は<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>にぬれた眼をあげた。

「ありがとう、ゴルドン君！　ぼくははずかしい、ぼくは重大な責務を忘れていた、ゆるしてくれたまえ」

キラキラと光るものが、紅潮したほおに、銀線をひいて流れた。

「いや、ぼくこそみんなにかわってお礼をいうよ」

とゴルドンのほおも涙にぬれた。

「きみはあまりに心労しすぎるよ、ドノバンがいかに<ruby><rb>剛腹</rb><rt>ごうふく</rt></ruby>でも、この冬までにはかならず帰ってくるよ。四人がいかに力をあわしても、きびしい冬とたたかうことはむずかしい。心配はいらないよ、春に浮かれて飛びだした<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりょ</rt></ruby>のたりない小鳥だと思えばいいさ。きっと冬になったら、もとの巣がこいしくなって帰ってくるよ、そのときぼくらはあたたかい心をもってむかえてやればいい」

「そうだ、ぼくはあまりに考えすぎていた」

「ハハハ、これでどうやら<ruby><rb>過敏症</rb><rt>かびんしょう</rt></ruby>も全快らしいね、おめでとう」

とゴルドンがほがらかに笑った。

「元気にやろうよ」

「<ruby><rb>快活</rb><rt>かいかつ</rt></ruby>にやるよ」

「じゃその第一歩に元気に笑おう」

「よし！」

と富士男が力強く応じた。

「一、二、三、ハハハハ」

「ハハハハ」

春の日は西にうすずいて、最後の残光を林に投げ、ふたりのほがらかな笑い顔に送った。

「やあやあここでしたか」

とモコウがとんできた。

「食事ですよ」

かれはひさしぶりの富士男の笑い顔を見て、目を白黒さした、事件以来あおざめてゆく主人のようすに、やきもきと心配していたのだった。

「モコウ、鼻のおできはもうなおったのか？」

富士男はゴルドンのさっきのことばを思いだした。

「おでき？」

とモコウがふしぎそうに鼻をつまんだ。

「そんなもの、できやしませんよ」

「ハハハハ、昔々、モコウ君の鼻にまっかな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おでき</span>がふきでました。それがとつぜん<ruby><rb>噴火</rb><rt>ふんか</rt></ruby>したので、あとがまッ黒にこげてしまいました。ハハハハ」

こういってゴルドンが笑った。

「そうか、そうだったのか」

富士男はいまゴルドンが自分を<ruby><rb>快活</rb><rt>かいかつ</rt></ruby>にみちびこうとして、<ruby><rb>笑話</rb><rt>しょうわ</rt></ruby>をつくったのだとはじめてわかった。

「ひどいな、ゴルドンさん」

とモコウがもう一度、鼻をつまんで鳴らした。

「ハハハハ」

「ハハハハ」

<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>が<ruby><rb>和気</rb><rt>わき</rt></ruby>あいあいのうちにおわった。モコウが気をきかして食前にくばったぶどう酒の一杯が、一同のほおをあかくそめた。心はうきうきと楽しい。と<ruby><rb>沈黙家</rb><rt>ちんもくか</rt></ruby>で少年工学博士バクスターがとつぜん立ちあがった。

「諸君、ぼくはぼくらが一日も早く助かるために一つの発明をした」

パチパチと<ruby><rb>拍手</rb><rt>はくしゅ</rt></ruby>がとんだ。

「拍手なんかしちゃ、あとの話ができないよ」

とバクスターが、あかくなった。

「どんな発明だい」

「早く発表してくれたまえ」

一同は好奇の眼をみはってうながした。

「それはほかでもない。あの希望が岡の信号球は、海面を抜くことわずかに六十メートルにすぎない、これは連盟島のきわめて<ruby><rb>近距離</rb><rt>きんきょり</rt></ruby>のあいだを航海する船だけにしかみることができない。いまもしぼくらが水平線上に<ruby><rb>船隻</rb><rt>せんせき</rt></ruby>を発見したとしても、<ruby><rb>拱手</rb><rt>きょうしゅ</rt></ruby>して見送るよりほかはない。さいわいぼくらは多くの<ruby><rb>帆布</rb><rt>ほぬの</rt></ruby>やリンネルをもっている、これを<ruby><rb>有効</rb><rt>ゆうこう</rt></ruby>に用いて、ここに一個の大だこをつくり、もって空中にあげればゆうに三百メートルくらいの高さにあげることができる。これなれば<ruby><rb>遠距離</rb><rt>えんきょり</rt></ruby>の人の眼にも容易に発見され、ぼくらが救助さるる機会が多くなると思うが、どうだろう」

バクスターは眼をかがやかして、一同を見まわした。

「すばらしい計画だ」

と幼年組がいっせいに拍手を送った。

「バクスター君の計画はすてきだ、だがぼくはもう一歩、その発明を有効にしたい」

と茶目のサービスが青い目玉をくるくるさしていった。

「その大だこの<ruby><rb>線</rb><rt>いと</rt></ruby>をもっと長く強くして、ニュージーランドのぼくらの学校までとどかせ、できればぼくらのひとりを乗せて、救助をたのむんだ」

「そうだ、その乗り手にはぼくが<ruby><rb>志願</rb><rt>しがん</rt></ruby>する」

と次郎が<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>してさけんだ。

「ぼくがなるよ」

とコスターがさけんだ。

「サービス君、あまり<ruby><rb>空想的</rb><rt>くうそうてき</rt></ruby>な話はよしてくれたまえ、幼年組が本気になって<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>するじゃないか」

とゴルドンがおだやかにいった。

「失敬、失敬、フランス人の頭は、なかなか小説的にできてるんでね、ハハハ」

とサービスが頭をかいた。

「ぼくだってフランス人だよ、だがこの計画は、けっして小説的じゃないよ」

とバクスターが<ruby><rb>抗議</rb><rt>こうぎ</rt></ruby>した。

「富士男君、きみはどう考える？」

とゴルドンが、みなの<ruby><rb>気焔</rb><rt>きえん</rt></ruby>をニコニコしてきいている富士男にいった。

「バクスター君の計画はぼくも賛成だ、ぼくもそれを考えたことがあるよ、さいわいこの島は無風の日がきわめて少ない、<ruby><rb>機</rb><rt>き</rt></ruby>にのぞんで無用のものを有用に<ruby><rb>転</rb><rt>てん</rt></ruby>ずることは、人間にあたえられた大いなる宝だ、ぼくらはさっそく利用しよう」

富士男の言は力づよくひびいた、一同はとみに意気のあがるのをおぼえた。

「たこの製作はバクスター君に一任しよう」

「賛成！」

「よう工学博士！」

「救いの神さま！」

いろいろな声がとんだ。

翌朝から一同は製作主任のバクスターのさいはいのもとに、リンネルや<ruby><rb>帆布</rb><rt>ほぬの</rt></ruby>を切ったり、ぬいあわせたり、骨をけずったり、<ruby><rb>嬉々</rb><rt>きき</rt></ruby>として仕事をはげんだ。二日二晩の協力はみごとな大だこを完成した。それはドノバン一行が、左門洞をたちのいてから四日目、すなわち十月十五日の晩であった。

「大きいな！　万歳！」

幼年組が<ruby><rb>歓声</rb><rt>かんせい</rt></ruby>をあげた。

「十分にぼくらのひとりをせおうことができるね」

「ぼくがいったとおりだろう」

とサービスが鼻あなをふくらました。

「いったいどうしてあげるの」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>が不安そうにいった。大だこはとうてい連盟員の力ではおぼつかない。

「岩にくくりつけるんだよ」

と<ruby><rb>伊孫</rb><rt>イーソン</rt></ruby>がすましていった。

「心配ご無用さ、ちゃんと巻きろくろの用意があるよ。これで<ruby><rb>線</rb><rt>いと</rt></ruby>は<ruby><rb>伸縮自在</rb><rt>しんしゅくじざい</rt></ruby>になる」

と主任がいった。

「じゃあすを楽しみに幼年組はおやすみ、ぼくらが残りの準備をしておくから……」

と富士男がいった。幼年組はなごりおしそうに、ベッドへいそいだ。

翌日は幼年組は暗いうちからはしゃぎまわった。だが<ruby><rb>朝来</rb><rt>ちょうらい</rt></ruby>の天候は<ruby><rb>不穏</rb><rt>ふおん</rt></ruby>をつげ、黒雲が矢のようにとび、<ruby><rb>旋風</rb><rt>せんぷう</rt></ruby>が林をたわめてものすごいうなりを伝える。と見るまに<ruby><rb>大粒</rb><rt>おおつぶ</rt></ruby>の雨が落ちてきた。

「あっ！　雨だ！」

天候を気づかって、洞を出たりはいったりしていた、<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がさけんだ。

「だめか、残念だなあ！」

一同は走りでて、うらめしそうに<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>した。

「つまらないなあ」

と幼年組の失望は大きかった。

「あすになればなんでもない」

とゴルドンがいたわるようにいった。

「そうだ、きょうにかぎったことはない、ゆっくり<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を休めよう、さあみんななかへおはいり」

と富士男がいった。

天候はいよいよ<ruby><rb>険悪</rb><rt>けんあく</rt></ruby>を加え、<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろからがぜん大あらしに一変した。雨と風と海のものすごいひびきが、一団となって洞穴をおそう。それは夜にはいっていっそうはげしくなった。

あらしは翌日も勢いはおとろえない。一同は<ruby><rb>脾肉</rb><rt>ひにく</rt></ruby>の<ruby><rb>嘆</rb><rt>たん</rt></ruby>を発して<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をさすった。

十七日の明け方からさしもの<ruby><rb>豪雨</rb><rt>ごうう</rt></ruby>もようやく小降りになり、風速もしだいにおとろえはじめた。

「風がなくなったら、たこあげができない」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>が心配そうにいった。

「だいじょうぶだよ」

とバクスターが、まじめな顔をしてうけあった。一同は笑った。

<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろには<ruby><rb>断雲</rb><rt>だんうん</rt></ruby>を破ってまばゆい日が、ひとすじの<ruby><rb>金箭</rb><rt>きんせん</rt></ruby>を投げた。

「万歳！」

待ちに待った幼年組は、日をつかむように両手をかざして、とびまわった。

大だこはさっそく洞外へ運びだされた。巻きろくろは、洞前の岩の根元にすえつけられた。

「ゴルドン君、サービス君、きみらふたりは幼年組といっしょに、たこを岡のほうへ運んでくれたまえ。ぼくとバクスター、ガーネット君三人で、ろくろのほうを守るから」

と富士男がいった。

「オーライ」

準備はまったくできた。とフハンがなにを発見したのか、二声三声けたたましくほえると、たちまち身をおどらして、だちょうの森を目がけてばく進した。一同はびっくりして手を休めた。

「どうしたんだろう」

と富士男がいった。

「なにかえもののにおいをかぎだしたんだよ、かまわずにぼくらは仕事をつづけよう」

とサービスがいった。

「待ってくれたまえ、フハンのほえ声が、いつもとちがう」

と富士男がいった。

「ようすを見たらどうだ」

とゴルドンがいった。

ものがなしいほえ声がつづく、それは人を求める声だ。

「だれか早く武器を！」

と富士男がさけんだ。

言下に次郎とサービスが洞にとびいって、各一個の<ruby><rb>装薬</rb><rt>そうやく</rt></ruby>した銃をとってきた。

「<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>がはいってるね！」

「いまつめてきたんだよ、兄さん」

と次郎がいった。

「いこう」

「ぼくもいこう」

とゴルドンがいった。

四人はかけ足で、フハンが突入した、だちょうの森へわけいった。しきりに人をよぶフハンのほえ声は、樹間にこだまして<ruby><rb>悽愴</rb><rt>せいそう</rt></ruby>にひびく。

「南のほうだよ」

とゴルドンがいった。

声をたよりにゆくこと半町ばかり、フハンが大きな松の木の下に、地をかき、尾をまたのあいだにはさんで、ほえつづけている。

「あっ！　人間だよ！」と次郎がさけんだ。

なるほど人間らしい形が、松の根もとに横たわっている。四人は足音をしのばせて近づいた、フハンが喜びの声をあげてとんできた。

それはまさしくひとりの婦人であった。雨にぬれた<ruby><rb>粗布</rb><rt>そふ</rt></ruby>の服をきて、茶色の肩かけをまとった、年のころ四十二、三の女である。<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>は乱れてあお白くしょうすいした顔にへばりつき、死人のように<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>も絶え絶えに<ruby><rb>昏倒</rb><rt>こんとう</rt></ruby>している。

四人はしばしばものもえいわず、ぼうぜんと立ちつくした。むりもない、この島に<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>してからここに二年、そのあいだ一行がほかの人間を見るのは、いまがはじめてである。

「まだいきがある」

とゴルドンが<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>を破った。

「<ruby><rb>餓</rb><rt>う</rt></ruby>うえつかれているのだ」

と富士男がいった。と次郎がとつぜん身をひるがえして、洞さして走った。まもなくかれは手に<ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>の<ruby><rb>乾</rb><rt>ほ</rt></ruby>し<ruby><rb>餅</rb><rt>もち</rt></ruby>と、少量のブランデーを持ってきた。

「ありがとう」

とゴルドンが、次郎の<ruby><rb>機敏</rb><rt>きびん</rt></ruby>の<ruby><rb>処置</rb><rt>しょち</rt></ruby>を感謝した。

富士男は婦人に近づいて口をひらき、<ruby><rb>数滴</rb><rt>すうてき</rt></ruby>のブランデーをそそいだ。一同は<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>してじっとみつめた。ムクムクとからだが動いた、と目をひらいてぼうぜんと四人の顔を見まわした。

「やあ、気がついた」

「おあがんなさい」

と次郎が<ruby><rb>乾</rb><rt>ほ</rt></ruby>し<ruby><rb>餅</rb><rt>もち</rt></ruby>をさしだした。婦人は目に喜びの色を見せて、せわしくとるかと見れば口に運び、一気にのみこんでしまった。

「ありがとう」

となかば身をおこしていったかと思うと、気がゆるんだのか、ぱったりとたおれた。

「死んだ」

とサービスがいった。

「安心したのだよ」

とゴルドンがいった。

急製のたんかで婦人はまもなく、一同の手によって、左門洞へ運ばれた。

ベッドの上に<ruby><rb>安臥</rb><rt>あんが</rt></ruby>させられた婦人は、一時間ばかりしてぱっちりと目をさました。かの女はふしぎそうにあたりを見まわした。

「ああ、わたしはたすかった」

「お気がつきましたか」

とゴルドンがいった。

「もうだいじょうぶだ」

と富士男がいった。

一同はほっと安心の<ruby><rb>吐息</rb><rt>といき</rt></ruby>をついた。

「みなさんはどうして、こんなところへ住んでいらっしゃるの？」

と婦人が、自分をとりまいている一団の少年の生活を、あやしむようにいった。

富士男がかんたんにいちぶしじゅうを語った。

「まあ！　なんという<ruby><rb>健気</rb><rt>けなげ</rt></ruby>な子どもたちでしょう」

と婦人は自分の<ruby><rb>遭難</rb><rt>そうなん</rt></ruby>はわすれて、一同の<ruby><rb>忍耐</rb><rt>にんたい</rt></ruby>と勇気とに、涙を流して<ruby><rb>感嘆</rb><rt>かんたん</rt></ruby>した。

「おばさんはどうしてこんなところへこられたのですか」

とゴルドンがきいた。

「ええ、お話ししましょう」

一同は好奇の目をみはって、婦人のそばちかくよった。かれらは婦人の一語一句に身をふるわせ、手に汗をにぎってききいった。

婦人の話はこうである。

かの女はアメリカ人で、レーデー・カゼラインとよんだ。だがかの女らの友だちは、ケートと<ruby><rb>愛称</rb><rt>あいしょう</rt></ruby>した。ケートは二十年ちかくもニューヨークの<ruby><rb>富豪</rb><rt>ふごう</rt></ruby>、ベンフヒールド氏の家に<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>して<ruby><rb>女執事</rb><rt>おんなしつじ</rt></ruby>をつとめた。ちょうどいまから一ヵ月まえ、ベン氏夫妻はチリーの親族から招待をうけて、南米漫遊を思いたった。せっかちの夫妻は、足もとから鳥がたつようにいそいで<ruby><rb>旅装</rb><rt>りょそう</rt></ruby>をととのえ、ケートをしたがえてサンフランシスコへきた。だが定期船は<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゅっぱん</rt></ruby>したあとだった。たまたま貨物船セルベン号がチリーのバルパライソにむかって航海するうわさを耳にした夫妻は、手をうって喜んだ、さっそくケートが走って船長に<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>かたをたのんだ。それはすぐにゆるされた。

セルベン号は、船長とふたりの運転手と、八人の水夫からなる、旧式の船だった。船はその晩サンフランシスコを<ruby><rb>抜錨</rb><rt>ばつびょう</rt></ruby>した。

水また水の<ruby><rb>無為</rb><rt>むい</rt></ruby>な海上生活が、十日ばかりつづいた。それは月のない晩であった。

水夫等は<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>にあつまって<ruby><rb>酒宴</rb><rt>しゅえん</rt></ruby>をひらいた。片目で右眼が二倍の働きをするようにギロギロ光る水夫長のワルストンが、酒によっぱらって日ごろの不平をならべたてた。かれは<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>のあだ名があった。それは右手のくるぶしに、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>れ<ruby><rb>墨</rb><rt>ずみ</rt></ruby>をしているからである。

「ね、おい、水夫だってうまいもん食いてえや、船長たちゃ、いつもビフステーキやチキンの煮ころばしを食いやがって、ちくしょう！」

「おれたちにゃくさったキャベツと、ぶたのしっぽとくらあ！」

とひたいに刀きずの水夫がいった。

「まっかなトマトが食いてえ！」

とひとりがいう。

「フカフカのパンが食いてえ！」

とひとりがいった。

「上等のブランデーが飲みてえ、あいつらは、たらふく飲んでやがる」

と右の<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>のない水夫がいった。かれは<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんか</rt></ruby>が自慢で、もし喧嘩に負けたら、指を一本ずつきりおとすんだと広言した。ところがある日、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>と大げんかをやって負けた。かれはみなの前で<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>を落とした。以来かれは四本指の兄貴とあだ名された。

「おれが談判してやろう」

と<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>がフラフラとたちあがった。

「うまくやってくれよ親分」

と四本指がニヤリと笑ってたちあがった。

海蛇を先頭に水夫らは、船長室をおそった。

船長は一言のもとにはねつけた。これはかれらが望むところであった。サンフランシスコを<ruby><rb>出帆</rb><rt>しゅっぱん</rt></ruby>してからかれらは、<ruby><rb>密々</rb><rt>みつみつ</rt></ruby>悪い計画をこらした。それはこの船を<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>して、南アメリカおよびアフリカ諸国に往来して、いまだに秘密に行なわれている<ruby><rb>奴隷</rb><rt>どれい</rt></ruby>売買をいとなんで、一<ruby><rb>攫</rb><rt>かく</rt></ruby>千金をえようとしたのだ。いまその<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんか</rt></ruby>の<ruby><rb>口実</rb><rt>こうじつ</rt></ruby>ができた。

「どうしてもきかねえのか」

と海蛇が、酒でにごった眼をギラギラと光らした。

「あたりまえだ」

と船長があおくなっていった。

「おれたちにうまいものを食わせろ」

とひとりがさけんだ。

「うるさい！　でてゆけ！」

と船長がさけんだ。

「どうしてもか？」

「親分めんどうくせえ、やっつけろよ」

と四本指がそそのかした。

「よし」

と海蛇がポケットをさぐって、ピストルを出すと、船長をめがけて一発をはなった。

「アッ」と<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>とともに、船長があけにそまって倒れた。

「<ruby><rb>野郎</rb><rt>やろう</rt></ruby>ども！　ぬかりなくやれよ」

と海蛇がどなった。血を見て<ruby><rb>凶暴</rb><rt>きょうぼう</rt></ruby>になったかれらは、かねての計画を実行に<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>した、まもなくベン夫妻と、一等運転手がたおされた。<ruby><rb>悪漢</rb><rt>あっかん</rt></ruby>どもは完全にセルベン号を<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>した。

ケートはあやうくのがれて、運転手室にかけこんだ、そこにはスペイン人のイバンスが、<ruby><rb>当直</rb><rt>とうちょく</rt></ruby>の勤務をしていた、かれは三十前後の温良な人物である。

「助けて！」

「どうしたんです」

とイバンスがびっくりしていった。

「船長さんが、ご主人夫妻が……殺されたのです」

こういったとき、どやどやと悪漢どもが、足音あらくふみこんだ。海蛇を先頭に七人が目をギラギラ光らして、ピストルと刀を持って<ruby><rb>威嚇</rb><rt>いかく</rt></ruby>した。

「殺すのか」

とイバンスが、ケートをかばった。

「いや、運転手さん。おまえは助けてあげるよ、だが、おれたちの命令にそむきゃ、ようしゃはしねえ」

と海蛇がいった。じっさいいまイバンスを殺しては、船の運転がとまってしまう。

「親分、あの女はどうしよう」

と四本指がいった。

「ついでに助けてやれ」

かくてイバンスとケートは、運転手室にとじこめられて、厳重な<ruby><rb>監視</rb><rt>かんし</rt></ruby>をうけた。不安のうちに三日すぎた。と、どうしたことか四日目の晩、船はにわかに火を発して見る見る<ruby><rb>火焔</rb><rt>かえん</rt></ruby>につつまれてしまった。

悪漢どもはあわてふためいて、<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>をおろした。<ruby><rb>若干</rb><rt>じゃっかん</rt></ruby>の食物と数丁の武器と弾薬がかろうじてとりだすことができた。

「まぬけめ！　おちついてやれ」

と海蛇がどなった。ひとりの水夫はあわてすぎて足をすべらし、海中にきえた。ケートとイバンスはそのすきに、伝馬船へ乗り移った。

明けがたから風が変わって、黒雲が大海をあっした。天候は大あらしに急変した、<ruby><rb>激浪</rb><rt>げきろう</rt></ruby>と<ruby><rb>突風</rb><rt>とっぷう</rt></ruby>にもまれて、<ruby><rb>帆柱</rb><rt>ほばしら</rt></ruby>は吹き折れ、かじは流され、船はまったく自由を失った。みなは船底にかじりついて生きた心持ちもない。船は激浪にもてあそばれつつ、連盟島の北浜に乗りあげた。ケートは安心とともに気を失った。

フト眼をさますと、がやがや話し声がきこえる。きき覚えのある海蛇のだみ声である、ケートは耳をすました。

「おい<ruby><rb>抽</rb><rt>ひ</rt></ruby>き出しの銃はだいじょうぶか」

「ちっともぬれてません」

「ありがてえ、弾薬は？」

「これもだいじょうぶのこんりんざいです」

「じゃ、とにかく、東のほうへいってようすをさぐろう」

「親分、運転手の<ruby><rb>野郎</rb><rt>やろう</rt></ruby>はどうしましょう」

それは四本指の声である。

「そうだ。おまえとロックが<ruby><rb>監視</rb><rt>かんし</rt></ruby>しろ」

「女のほうは」

「ありゃ、浪にさらわれていまごろはおだぶつさ、もし生きてりゃ、おれたちの秘密を知ってるから、殺してやる」

悪漢どもの足音は東のほうへ遠ざかった。ケートはがばと起きた。そしてよろめく足をふみしめて、すばやく森のなかへ逃げた。悪漢どもに発見されれば命がない、こう思うと足のつづくかぎり、息のつづくかぎり歩いた。空腹と<ruby><rb>疲労</rb><rt>ひろう</rt></ruby>でもう一歩も歩けなくなった。彼女は<ruby><rb>昏倒</rb><rt>こんとう</rt></ruby>した。

奇々怪々のケートの物語はおわった。一同は<ruby><rb>驚愕</rb><rt>きょうがく</rt></ruby>と<ruby><rb>危懼</rb><rt>きく</rt></ruby>の念にあおくなった。七人の<ruby><rb>凶暴無慚</rb><rt>きょうぼうむざん</rt></ruby>の悪漢が、いまこの島を<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいかい</rt></ruby>している。かれらは人を殺すことは草をきるよりもよういに思う者どもである。もしこの左門洞を知ったら、かならずこれを占領し、<ruby><rb>奴隷</rb><rt>どれい</rt></ruby>のようにこき使い、命令にそむけば銃殺するであろう。こう思うと、生きた心地もない。わけて富士男が心配したのは、ドノバン一行の四人の運命である。

「ドノバンらがあぶない！　早くこの<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>にむかえねば心配だ」

と富士男がいった。

かれらは悪漢どもの上陸を知らないであろう。発見されたら<ruby><rb>地獄</rb><rt>じごく</rt></ruby>の<ruby><rb>患苦</rb><rt>かんく</rt></ruby>が、口をひらいて待っている。

「そうだ、早く知らせねばならない」

とゴルドンがいった。

「ドノバンとは？」

とケートがいった。

「ぼくらの友だちです」

とゴルドンがいった。

「ああかわいそうに、悪漢どもにみつかったらどうしましょう」

とケートは胸に手をおいた。

「ぼくがいこう」

と富士男がいった。

「方法は？」

とゴルドンがいった。

「ぼくはモコウとふたりでボートをあやつって、平和湖を横ぎり、東川をくだってかれらの住まいをたずねよう」

「いつ出発するの」

とサービスがいった。

「一<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>も時をあらそう<ruby><rb>危急</rb><rt>ききゅう</rt></ruby>のばあいだ。暗くなったらすぐ出発しよう」

「兄さん、ぼくもつれていってください」

と次郎がギラギラ目を光らしていった。

「だめだよ次郎、ボートは六人以上は乗れない、ぼくらは帰りには四人を乗せねばならない」

「兄さん、ぼくは小さいです。はしのほうに乗ります、兄さん、ぼくは<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な仕事をしたいのです」

次郎は一同を不幸にした罪のつぐないをしようとしている。こう思うと富士男は、次郎がいとしかった。

「次郎！　おまえの気持ちはよくわかる。兄さんはうれしい、だがいまはその<ruby><rb>時機</rb><rt>じき</rt></ruby>ではないよ」

「そうか、だめか！」

と次郎はがっくり首をたれた。

午後八時、ボートの用意はできた。富士男とモコウはおのおの一個の銃と、ひとふりの<ruby><rb>腰刀</rb><rt>こしがたな</rt></ruby>をおびて、一同に送られた。

「用心してくれたまえ」

「ああ、だいじょうぶだよ」

天はおぼろにかすんで星の光があわい。黒々ともりあがった林を二つにわって、白銀の川が二勇士をむかえた。風は<ruby><rb>順風</rb><rt>じゅんぷう</rt></ruby>、<ruby><rb>舵手</rb><rt>だしゅ</rt></ruby>は名手、帆は風をはらんでボートは矢のようにすすんだ。またたくまに平和湖に到着した。このとき、風はまったく死にたえて、帆の力をかりることができない。

「風がなくなった」

とモコウが<ruby><rb>落胆</rb><rt>らくたん</rt></ruby>した。

「ふたりでこげばだいじょうぶだ」

と富士男がいった。

湖岸にそってふたりは、力かぎりこぎすすんだ。<ruby><rb>寂然</rb><rt>じゃくぜん</rt></ruby>とした湖、林には鳥の声もきかず、ただ、<ruby><rb>烈々</rb><rt>れつれつ</rt></ruby>たる友情を乗せて水をかくかいの音が、さびしくひびくばかりである。

ボートは東川の口についた。これからは流れにまかせればいいのだ。

「モコウ、たのむよ」

と、富士男が小声でいった。モコウはうなずいてさおをあやつった。数町ばかりくだったころ、へさきに立ったモコウが、ころぶようにともの富士男の手をとった。

「富士男さま、火が、火が、……」

右岸の十メートルくらいむこうに、ホラホラと燃ゆるたき火の光が、木の間をうがって赤く見える。

「舟をつけよ」

「<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>ですよご主人！　<ruby><rb>悪漢</rb><rt>あっかん</rt></ruby>かもしれません」

「ドノバンかもしれない」

「わたしもいっしょにつれていってください」

「いや、ぼくがひとりでゆく、きみはボートをまもってくれたまえ」

「そうですか」

とモコウは鼻を鳴らした。

<ruby><rb>身軽</rb><rt>みがる</rt></ruby>くボートをとびおりた富士男は、腰刀を右手にぬき、左手に銃をにぎって、火光をたよりに<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくばやし</rt></ruby>をわけすすんだ。

火を受けた一団の大きな黒い影が、うごめいている。とその一つが、ほえ声とともに身をおどらしてとびかかった。

「あっ！　ジャガー（アメリカとら）だ！」富士男はがくぜんとした。

「助けて、助けて！」と<ruby><rb>絹</rb><rt>きぬ</rt></ruby>をさく<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>！

「あっ！　ドノバンの声だ！」

富士男はまりのように火光めがけてとんだ。見ればまさしくドノバンが地上に倒れ、<ruby><rb>赤手</rb><rt>せきしゅ</rt></ruby>をふるって<ruby><rb>格闘</rb><rt>かくとう</rt></ruby>している。左のほうの木陰に寄ってイルコックが、銃をかまえてねらいをつけている。

「イルコック！　銃をはなってはいけない」

と富士男がさけんだ。

「ああ、富士男君！」

とイルコックがさけんだ。

富士男はそれに答えず、とらのうしろにまわってとびかかりざま、ひとつき<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>した。新たな敵を見てとったとらは、らんらんたる目をいからし、大口あけてふりむきざまに富士男をめがけて、ひと<ruby><rb>撃</rb><rt>う</rt></ruby>ちとばかりつかみかかった。ドノバンはそのすきにのがれた。すばやく身をひるがえした富士男は、身をしずめて一刀をつかをも通れと、とらの腹部をつきさした。ものすごいうなりをあげてとらは、どっと地ひびきたててたおれた。

富士男はホッと息をついた。とらのためにひっかかれたと見え、左かたの服はずたずたにさけて、<ruby><rb>鮮血</rb><rt>せんけつ</rt></ruby>がこんこんと流れだしている。

「富士男君！　これを！」

とドノバンがシャツの<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>をちぎって、くるくるとゆわえた。見る見る<ruby><rb>鮮血</rb><rt>せんけつ</rt></ruby>は<ruby><rb>仮</rb><rt>かり</rt></ruby>ほうたいをまっかに染めた。ドノバンはじっとそれをみつめた。

つねに命令にそむき、<ruby><rb>侮辱</rb><rt>ぶじょく</rt></ruby>し、反対の行動をとった自分である。それをいま、富士男は一身の<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>をおかして一命を救ってくれた。こう思うとドノバンは、心の奥底からつきあげてくる<ruby><rb>悔恨</rb><rt>かいこん</rt></ruby>の情にせめられた。

「富士男君！　ぼくをゆるしてくれたまえ、ぼくはなんといって感謝していいかわからない！」

ドノバンはボロボロと涙をこぼした。

「なんでもないよ、ドノバン君、きみだってぼくの地位に立ったら、ぼくを救ってくれたにちがいない、そんなことはどうでもいいじゃないか、おたがいのことだよ、それよりぼくらは、早くここを去らねばならない」

「どうして？」

とイルコックがいった。

「道々、話すよ、さあゆこう」

と富士男が四人をせきたてた。

かれはことば短かに、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの<ruby><rb>凶悪無慚</rb><rt>きょうあくむざん</rt></ruby>を語った。

「セルベン号！　それはぼくらも知ってる」

と四人が同時にさけんだ。

「そのためにぼくらを救いにきてくれたのだね」

とドノバンが感きわまっていった。

「いま、ぼくらは一<ruby><rb>致協力</rb><rt>ちきょうりょく</rt></ruby>して大敵にあたらねばならないのだ」

と富士男がいった。

「ではぼくの<ruby><rb>発砲</rb><rt>はっぽう</rt></ruby>をとめたのもそのためだね」

とイルコックがいった。

「そうだ、万一悪漢どもにきこえたらたいへんだからね」

「ああぼくははずかしい、きみはぼくよりも、百<ruby><rb>段</rb><rt>だん</rt></ruby>もすぐれた人だ、富士男君！　なんでも命令してくれたまえ、ぼくはきみの命令ならなんでも服従する」

とさすが<ruby><rb>倣岸</rb><rt>ごうがん</rt></ruby>のドノバンも、富士男の勇気と<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりょ</rt></ruby>と大きな愛の前に頭をたれた。かれはかたく富士男の手をにぎった。

「日本人はえらい！」

とイルコックがさけんだ。

「これが、ほんとの<ruby><rb>大和魂</rb><rt>やまとだましい</rt></ruby>っていうんだ」

とウエップがいった。

「そんなにほめてくれてぼくこそはずかしい」

と富士男がほおを赤くした。

「ぼくはただ<ruby><rb>当然</rb><rt>とうぜん</rt></ruby>のことをしたまでだよ」

富士男の<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>

星の光がうすれて、黒々ともりあがった森のかなたの空が、ポッとほの黄色くあかつきの色を点じた。

「夜が明けたぞ」

とサービスがいった。声は寒さにふるえている、春とはいえ<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>の<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>の空気はつめたい。悪漢どもの目につくことをおそれて火気は禁じられているのだ、寒いが、危険をおかして<ruby><rb>捜索</rb><rt>そうさく</rt></ruby>に出た友の身の上を思えばなんでもない、各自はかたくくちびるをかんで一行の帰りを待った。

じょじょに東の<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>は<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>みをましてゆく。草むらが動いて、目ざめた鳥があかつきの空をさして飛んだ。モヤモヤと川霧が立ちのぼって河が乳白色にぼかされてゆく。かいの音はまだきこえない。

「<ruby><rb>遅</rb><rt>おそ</rt></ruby>いな」

とガーネットがいった。

「なにかまちがいがあったのじゃなかろうか」

とサービスが不安そうにいう。

「ぼくは兄さんを信ずる、だいじょうぶだ」

と次郎がフハンの鼻をなでながら力強くいった。フハンは次郎のひざにうずくまって眼を細めていた。

富士男とモコウが出発したのち、万一をおもんばかったゴルドンは、年長組のガーネット、サービス、バクスターとはかって、河を<ruby><rb>見張</rb><rt>みは</rt></ruby>りすることにした、意見は一致した。

「だが、バクスター君だけは、幼年組の<ruby><rb>保護</rb><rt>ほご</rt></ruby>のために残ってくれたまえ、でないと幼年組が<ruby><rb>心細</rb><rt>こころぼそ</rt></ruby>がるだろうから」

「そのかわりにぼくがゆきます」

と次郎がいった。

「いや、幼年組はとどまってもらう、夜気にあたって病気になったらたいへんだからね」

とゴルドンがやさしくいった。

「いや、ぼくの身になってください、ぼくはじっとしていられないんです、兄さんにだけ危険をおしつけて、弟がどうして<ruby><rb>安閑</rb><rt>あんかん</rt></ruby>とできましょう。ぼくは病気にならないように、フハンをつれてゆきます、寒くなったらきゃつをだっこします、ぼくの心を知ってくれるなら、フハンはぼくをあたためてくれるでしょう」

「おうなんとけなげな子でしょう」

と寝台のケートがおきあがっていった。

「ゴルドンさん、つれていってやってくださいよ、神さまはいつでも正義の<ruby><rb>士</rb><rt>し</rt></ruby>の味方です」

「ぼくもそう信じます、次郎君、いこう」

「ありがとう」

と次郎が眼をかがやかして勇んだ。

太陽の第一<ruby><rb>箭</rb><rt>せん</rt></ruby>が雲間を破って空を走った。このとき、次郎の<ruby><rb>愛撫</rb><rt>あいぶ</rt></ruby>に身をまかせていたフハンが、両耳をキッと立てて鼻を鳴らすと、<ruby><rb>河岸</rb><rt>かし</rt></ruby>を<ruby><rb>上手</rb><rt>かみて</rt></ruby>へ走った。

「なんだろう？」

とサービスが<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>していった。

「かいの音がするぞ」

とゴルドンが、川上をすかすようにしていった。

かすかに水をかく音がする、とフハンが一声長く尾をひいてほえた、それは親しいものによびかける<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>をあらわすほえ声だ。

「帰ってきたぞ」

一同は目をかがやかし、川霧のこめた川上をじっとみつめた。

フハンのほえ声はだんだん近くになる、ボートと平行してくだってくるのだ、一同は<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>した。

ポカリと川霧を破ってボートがあらわれた。

「<ruby><rb>万歳</rb><rt>ばんざい</rt></ruby>！」

と川岸の四人がさけんだ。

モコウのたくみな<ruby><rb>操縦</rb><rt>そうじゅう</rt></ruby>でボートが岸についた。

「お帰り！」

とゴルドンが富士男の手をにぎった。

「兄さん、ああ肩に血が？」

と次郎がさけんだ。

「ああ、なんでもないよ」

「次郎君、その<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>は僕の一命を救ってくれた<ruby><rb>尊</rb><rt>とうと</rt></ruby>い血なんだ、ぼくはみなに心配をかけた、すまない、ゆるしてくれたまえ」

とドノバンが頭をたれた。

「ぼくらをゆるしてくれたまえ」

とグロース、ウエップ、イルコックが同時にさけんだ。

わずか数日のあいだの分離に、かれらの顔はいたましくやつれ、衣服は破れよごれている、雨に打たれ、風にさいなまれ、<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>と不安の<ruby><rb>艱苦</rb><rt>かんく</rt></ruby>をなめたのだ。こう思うとゴルドンは四人がいとしかった。

「ゆるすもゆるさんもないよ、ぼくらがあまり仲がいいので、悪魔がちょっといたずらをしたのだ、ぼくらはいま完全に一致した、以前に倍した<ruby><rb>和合協力</rb><rt>わごうきょうりょく</rt></ruby>をもって敵にあたろう」

とゴルドンの手をとった。

新しい<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>の涙が、四人のほおを伝わった。太陽が森のはしにあがった、光の<ruby><rb>箭</rb><rt>や</rt></ruby>が少年連盟を祝福するかのように、<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>の少年を照らした。

フハンが先頭になって走った。ケートをとりまいて洞穴の年少組が、ハンケチや帽子をふってむかえた。

「みなさんおなかがすいたでしょう、さあ早くいらっしゃい」

とケートがいった。

食堂はきれいにかたづいて、<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>にはごちそうがつまれ、うまそうなにおいがたちこめていた、みなはクンクン鼻を鳴らした。

「やあやあ、ぼくの料理よりはずっとうまい」

とモコウがいった。

「そりゃおばさんは女だから、料理は<ruby><rb>専門</rb><rt>せんもん</rt></ruby>さ」

とゴルドンがいった。

「でも、モコウ君の料理もなかなかおいしい」

とドノバンがいった。

「いや、それほどでもありませんや」

とモコウが頭をかいた。

「これからはケートおばさんと、モコウ君と、腕のじょうずがそろったから、ぼくらは胃をこわさないように気をつけねばならない」

と富士男がいった。一同は笑った。

ドノバンの<ruby><rb>性格</rb><rt>せいかく</rt></ruby>は一変した。かれは富士男の命令は忠実にまもった、雨が降って地が固まるように、少年連盟は以前に倍した一<ruby><rb>致協力</rb><rt>ちきょうりょく</rt></ruby>ですすんだ、四五日がすぎた、だが<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>などの悪漢の<ruby><rb>消息</rb><rt>しょうそく</rt></ruby>はようとしてわからない、黒雲が頭をおしつけるように、一同は不安と<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>のあいだに、心がおちつかない。

「ゴルドン君、ぼくはひとりで、ドノバン君が発見したというセルベン号のある海岸へいってみようと思う。いつまでも不安な<ruby><rb>状態</rb><rt>じょうたい</rt></ruby>であるより、なにかしっかりした<ruby><rb>消息</rb><rt>しょうそく</rt></ruby>をつかまえたいんだ」

と富士男が<ruby><rb>真剣</rb><rt>しんけん</rt></ruby>な顔をしていった。

「ぼくもいこう」

とドノバンがいった。

「ぼくらもいこう」

とイルコックと、バクスターがいった。

「そりゃ<ruby><rb>無謀</rb><rt>むぼう</rt></ruby>だ。みずから危険のふちにのぞむことは、<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>できない」

とゴルドンがいった。

「富士男さん、わたしお願いがあるのよ」

とそばで一同の議論をきいていた、ケートが口をきった。

「どんなことです、おばさん」

「わたしを一日か二日、自由の身にしていただきたいのです」

「それはいったいどういうわけですか」

とゴルドンがいった。

「この洞穴がいやになったのですか」

とドノバンがいった。

「いいえ、そうじゃないのです、わたしはみなさんが毎日不安な顔をしているのが、気のどくでたまらないのです、わたしがいって舟があるかないか、調べてきたいのです、それがわたしの責任です」

「それはいまぼくらが決心しかねているのです」

とドノバンがいった。

「そうです、ですがあなたたち少年連盟は、まだ悪漢が知りません、さいわいわたしは<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>といっしょにおったものです、あなたたちがゆくよりも危険が少ないと思います」

「それは<ruby><rb>無謀</rb><rt>むぼう</rt></ruby>です。悪漢どもはおばさんが生きていることを知ったら、殺してしまいます」

と富士男が色をかえてとめた。

「いいえ、ゆかしてください、わたしは一度かれらの<ruby><rb>毒手</rb><rt>どくしゅ</rt></ruby>からのがれることができました、これは神さまが味方してくださったからです、わたしは信じます、そして、あの温良なイバンス運転手をさそってくることができたら、くっきょうな味方になるでしょう」

「でもイバンス運転手は、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の悪事を知っています、悪漢どもにすきがあったら、<ruby><rb>逃走</rb><rt>とうそう</rt></ruby>しているにちがいありませんよ」

とゴルドンがいった。

「いや、<ruby><rb>逃亡</rb><rt>とうぼう</rt></ruby>をこころみて、悪漢どもの毒手にたおれたのかもしれんよ」

とドノバンがいった。

「そうだ、そしていまケートおばさんがとらえられたようになったら……」

と富士男がいうのを、おしとめるようにしてケートがさけんだ。

「わたしは息のつづくかぎり、けっして悪漢どものとりこにはなりません」

「おばさんがぼくらのことを思ってくださるのは、ありがたいです、ですがいま、みすみすおばさんを悪漢どもの手にまかせることはできない、ね、ゴルドン君、ぼくはおばさんに、この<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>は思いとまってもらいたいと思うが……」

「そうだ、おばさんは、ぼくらのお母さんの役目をまもっていただきたいと思います」

とゴルドンがいった。

「あせることはないんだ<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>に方法はいくらでもある」

と富士男は考え深そうにいった。

不安のうちにも平和な日はつづいた。だが少年の心は変化を喜ぶ、むやみに広場で遊ぶことを禁じられ、<ruby><rb>唯一</rb><rt>ゆいつ</rt></ruby>の楽しみである鉄砲で鳥をいることも禁じられている、それは一つの発砲で、悪漢どもに知られたくないからだ、春の日がかがやくのに、くる日もくる日も洞穴のなかで暮らさなければならない。ただときおり、だちょうの森にかけたなわに、えものがかかるのが楽しみの一つであった、一同はたいくつを感じた。

富士男もゴルドンも一同が<ruby><rb>無聊</rb><rt>ぶりょう</rt></ruby>に苦しむのを見て、いろいろきもをくだいた、だがうっかりしたことをして、悪漢どもが知ったら、たいへんな目にあわねばならない、こう考えると手がでない。

ある日、富士男はフト一計を<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>じた。だがそれはあまりに、とっぴにすぎる計画である、はじめかれは空想だと思ってしりぞけた、けれどそれは、しつこくかれの<ruby><rb>脳心</rb><rt>のうしん</rt></ruby>にこびりついてはなれない、かれは日夜、計画を<ruby><rb>反覆</rb><rt>はんぷく</rt></ruby>した。

「これよりほかに方法はない」

かれはとうとうかたく決心した。

かおり高いコーヒーが<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>のあとののどをうるおす、雑談にふけったり、本を開いたり、一同は思い思いのすがたで<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>をかこんでいる、富士男がコトコトと食卓をたたいてたちあがった。一同はかれをあおいだ。

「諸君！　ぼくは一つの計画を相談したい」

と富士男が一同を見まわした。

「ほかでもありません、ぼくらはかつてたこをつくってこれを島にあげて、無人島から救助されることを望んだ、そのとき、サービス君がいったことばを、みなは忘れないでしょう、すなわち、たこに乗って、ニュージーランドの家に、ぼくらの<ruby><rb>窮状</rb><rt>きゅうじょう</rt></ruby>を知らせようというのです、ぼくは、一婦人がたこに乗って、空中に<ruby><rb>飛揚</rb><rt>ひよう</rt></ruby>することをこころみて、成功したことを、ある本で読んだことを<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>します、いまこれにならってたこを利用し、空中にのぼり、全島のもようを見たら、ぼくらが一日も安心のできない悪漢どものありさまを知ることができると思う」

富士男の<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>な計画に、一同は眼をみはった。

「しかし、たこははたして、ぼくらのひとりをもちあげる力があるだろうか」

とドノバンがいった。

「それは<ruby><rb>物置</rb><rt>ものお</rt></ruby>きにあるたこでは不十分だ、だがさらに大なる、さらに<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>なものに改造したら、だいじょうぶだと思う」

「たこは一度あがったら、いつまでもそのままでいることができるだろうか」

「それはだいじょうぶだ」

と工学博士のバクスターが、<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>を破ってうなずいた。

「工学博士の<ruby><rb>保証</rb><rt>ほしょう</rt></ruby>があるならだいじょうぶだ、ぼくの小説的空想は、いま実をむすんだ」

とサービスが<ruby><rb>鼻孔</rb><rt>びこう</rt></ruby>をふくらました。

一同は笑った。

「富士男君、いったいどのくらいの高さまであげようというのだい」

とバクスターがいった。

「そうだ、二百メートルぐらいの高さにまで達したいと思うんだ、そうすれば島のもようを見おろすことができる」

「さっそく、ぼくらは実行にうつろう、ぼくらはもうたいくつでたいくつでならないんだからね」

とサービスが腕をなでた。一同はこの新たなる計画に、眼をギラギラと光らして賛成した。

「製作主任はやっぱりバクスター君にまかせよう」

「それがいい」

「万歳！」

一同の意気はとみにあがった、だがただひとり、ゴルドンはしじゅう<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>と腕を組んで一言も発しなかった。<ruby><rb>思慮</rb><rt>しりょ</rt></ruby>深いかれはこの<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>をあやぶんだ。一同が食堂を去ったのち、かれは富士男に近づいた。

「富士男君、きみはほんとうにこの計画を実行しようというのか」

「そうだ、ぼくはぜひやりたい」

「だがそりゃあまりに<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な計画だ」

「ぼくもそう思う」

「そしてだれがみずから一命をかけて、この<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>をやるのだ、まちがえば<ruby><rb>尊</rb><rt>とうと</rt></ruby>い人命をなくすのだ」

「ゴルドン君、心配しないでくれたまえ、ぼくには信ずるところがあるのだ」

「まさかきみは、くじでいけにえをきめようというのではなかろうね」

「そんなことはしないよ、ぼくを信じてくれたまえ」

「そうか、ぼくは<ruby><rb>余</rb><rt>あま</rt></ruby>り感心しないよ」

とゴルドンは、富士男がとうてい<ruby><rb>意志</rb><rt>いし</rt></ruby>をひるがえすことがないのを知って、室を去った。

翌日主任バクスターの指揮のもとに、一同はたこの改造に着手した、だが、バクスターがいかに工学的の知識があるといっても、まだ子どものことである。人間ひとりをもちあげる重量や、たこの面積や、重力の中心、およびこれにたえるべき糸の太さなど、<ruby><rb>精確</rb><rt>せいかく</rt></ruby>に<ruby><rb>比較考査</rb><rt>ひかくこうさ</rt></ruby>する十分な知識はない、ただ<ruby><rb>従来</rb><rt>じゅうらい</rt></ruby>のたこの<ruby><rb>飛揚力</rb><rt>ひようりょく</rt></ruby>を試験して、さらにこれを<ruby><rb>拡張</rb><rt>かくちょう</rt></ruby>するほかにしかたがない、すなわち、約六十キログラムぐらいの重量をのせてとべるほどの大きなものと<ruby><rb>見当</rb><rt>けんとう</rt></ruby>をつけた、この重量は、連盟員中の最重量者の目方である。二日の苦心さんたんの改造は、<ruby><rb>直径</rb><rt>ちょっけい</rt></ruby>四メートル半、毎辺の長さ一メートル二十、面積およそ五十平方メートルの、八角形の大だこをつくりあげた。たこの尾には、一つのかごがとりつけられた、これはサクラ号の<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>にあったもので、このなかにひとりがはいってあがるのである。

「ゆれて落ちるようなことはないだろうか」

とひとりが心配そうにいった。

「それは<ruby><rb>実験</rb><rt>じっけん</rt></ruby>すればわけはない」

とサービスがいって、<ruby><rb>素早</rb><rt>すばや</rt></ruby>くかごのなかにはいった。それはすわって乳のあたりまでかくれた。

「ほれ、だいじょうぶだ」

とサービスが<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>げにさけんだ。

「でも空にあがっても、おりたくなったときはどうするんだい」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がいった。

「それは、かごのふちに一<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>の糸をつけておく、糸には一個の<ruby><rb>鉄環</rb><rt>かなわ</rt></ruby>をとおしておいて、糸のはしは地上のひとりが持つんだ、おりたくなったら、上から鉄環をはなてば、それがあいずになる」

とバクスターが、ポケットから一個の鉄環を出して一同にみせた。

「じゃすぐあげてください」

と幼年組ははしゃいでさけんだ。

「いや、それは晩まで待ってくれたまえ、まっ昼間にあげては、悪漢どもにわざわざぼくらの<ruby><rb>居所</rb><rt>いどころ</rt></ruby>を知らせるようなものだ」

と富士男が一同のはやる心をおさえた。

夜がきた、南西の風が吹いて、たこをあげるにはかっこうである、月は午前の二時にならなければ出ない、星の数もまばらである、広場には<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>がすえられ、サクラ号が<ruby><rb>船脚</rb><rt>ふなあし</rt></ruby>をはかるために用いた<ruby><rb>測量索</rb><rt>ロクライン</rt></ruby>をまいて、たこの糸とした、たこにつるさがったかごには、重さ六十キログラムの土をもった<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>をつみこんだ、そしてそのふちには、<ruby><rb>鉄環</rb><rt>かなわ</rt></ruby>をつらぬいた糸がゆわえられた、それはちょうど人がのるときと同じである、準備はなった。

ドノバン、バクスター、イルコック、ウエップの四人は、たこをかかえて九十メートルばかり向こうに去った。富士男、ゴルドン、サービス、グロース、ガーネット、モコウ、と幼年組は<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>をまもった。

「よいか」

と富士男がさけんだ。

「おう」

とドノバンの答え。

「ソレ！」

というかけ声とともに、<ruby><rb>直径</rb><rt>ちょっけい</rt></ruby>四メートル半の大だこは、しずしずと、やみ夜の空にのぼりはじめた。

「万歳！」

と幼年組が一時にさけんだ。

「大きな声を出しちゃいかんよ」

とゴルドンがたしなめた。

またたくまにたこは、<ruby><rb>暗</rb><rt>やみ</rt></ruby>のなかにすがたを没した。糸をひく力はますます強くなる、それは一直線にのびて、少しも張ったりゆるんだりしない、これは上方の風勢がさかんで、たこが<ruby><rb>傾斜</rb><rt>けいしゃ</rt></ruby>せず、頭をふらず、つねに<ruby><rb>平衡</rb><rt>へいこう</rt></ruby>をたもっているからである、糸は最後のひとまき三百六十メートルがのびた、地面をぬくことまさに二百数十メートルの高さである、試験の成績はこれで十分である。

「成功、成功だ、もうだいじょうぶ！　おろしてもいいぞ」

と富士男がうれしそうにさけんだ。

<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>は<ruby><rb>逆転</rb><rt>ぎゃくてん</rt></ruby>された、だがのぼるときのわずかの時間にくらべて、おろすとなるとなかなかたいへんであった。一同はひたいに汗して一生けんめいにまいた。一時間ののち、大だこは<ruby><rb>巨体</rb><rt>きょたい</rt></ruby>を地上につけた。

「万歳！」

またしても<ruby><rb>喝采賛嘆</rb><rt>かっさいさんたん</rt></ruby>の声が、一同の口をついた。

「じゃ、このままにしておいて休もう」

とゴルドンが一同をうながした。一同は去りかけた。と富士男がゴルドンの手をとった。

「ゴルドン君、待ってくれたまえ、ドノバン君、ぼくは相談がある」

「なんだ」

とドノバンがたちどまった。

「ぼくらの試験はみごとに成功した、これは風勢が強からず弱からず、つねに一定の方向に吹いているからなんだ、ぼくはこんな絶好の機会が、しばしばあるとは思われない、あすも今晩と同じような天候と風勢があるかないかは、知ることができない、成功をいそぐように思うかもしれんが、ぼくはこの絶好の機会をのがしたくないんだ、だんぜん、決行したほうが<ruby><rb>得策</rb><rt>とくさく</rt></ruby>のように思えるんだ」

決意が<ruby><rb>眉宇</rb><rt>びう</rt></ruby>にあらわれて、目がギラギラと光った。富士男のことばはしごく道理である、だがだれも口を開こうとするものがない。

たこに乗って空中にのぼることは、いうにはやすく行なうにかたい。まかりちがえば、一命をすてねばならない。底深い<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>がつづいた。

「ゴルドン君、きみがだれか指名してくれたまえ」

と富士男が<ruby><rb>沈黙</rb><rt>ちんもく</rt></ruby>を破った。

「いやぼくにはできない」

とゴルドンが悲しそうにいった。

「ぼくがゆきます」

と次郎はさけんだ、と、これにしげきされたように

「いや、ぼくを、ぼくを！」

とドノバン、イルコック、グロース、バクスター、サービスが同時にさけんだ。

「いいえ、兄さん、ぼくです、この大任はぼくがやるのが当然です、兄さん、ぼくにやらしてください」

「次郎君、きみは小さいんだ、それは年長組のひとりのぼくがあたるのが当然だ」

とドノバンがいった。

「そうだ、ぼくがあたろう」

とバクスターがいった。

「いいえ、諸君、この大任はぼくにあたえられるべきです、それが義務です」

「なぜだ！　次郎君！　きみにだけどうしてその義務があるというのか」

とゴルドンがやさしくいった。

「ぼくは、ぼくはみなを<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>わねばならない義務があるのです」

ゴルドンは、次郎の日ごろと異なる<ruby><rb>真剣</rb><rt>しんけん</rt></ruby>な<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>を見て、いぶかしく思った。

「次郎君はあまり<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>している、いたわってやってくれたまえ」

とゴルドンは富士男の手をとった。と富士男の全身がわなわなとふるえている。

「きみ、<ruby><rb>寒気</rb><rt>さむけ</rt></ruby>でもするんじゃないか」

「いや」

と富士男がうめくようにいった、かれの<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>はあおざめ、ひたいには<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>のような汗が浮いている、だが、<ruby><rb>星影</rb><rt>ほしかげ</rt></ruby>くらくだれも知るよしもない。次郎はさらに<ruby><rb>決然</rb><rt>けつぜん</rt></ruby>といった。

「ね、兄さん、ぼくに義務があるでしょう、ぼくをやらしてください」

「富士男君、これはなにかわけがあるんだろう、なにも次郎君ひとりがこの大任にあたる義務があるとは思えない、ね諸君！」

「そうだ」

「ドノバン君、ぼくはいっさいをざんげしよう」

と次郎が声をふるわしていった。

「次郎！　待て次郎！」

と富士男がさえぎった。

「いいえ、兄さん、ぼくはもうひみつにしておくことが苦しいんです、いっさいをざんげして、みなの制裁を受けたいんです、ゴルドン君、ドノバン君、みんなきいてください、諸君を父母の手からうばい、この無人島の二年の苦しみをなめさせたのは、みな、僕のいたらぬしわざからです、サクラ号が海に流れでたのは、ぼくが諸君をたわむれにおどろかそうとして、ともづなをといたからです、船がしだいしだいに<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>へ流れだしたとき、ぼくはあわててとめようとしました、だがそれはむだでした、諸君、ぼくの<ruby><rb>大罪</rb><rt>だいざい</rt></ruby>をゆるしてください、そしてつぐないのためにぼくにこの大任を命令してください」

こういうと次郎は、ワッと地面に泣きふした。

「次郎、よくざんげしてくれた、おまえはいま一命をすてるときだぞ、罪のつぐないをすべきだ」

と富士男が<ruby><rb>涙声</rb><rt>なみだごえ</rt></ruby>でいった。

意外な次郎のざんげは、一同の心を強くうった、<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>がさざなみのように胸から胸へつたわった、快活だった次郎が、急に陰気な子になったことも、いつも困難な仕事はまっさきにひきうけたことも、みずから一身をなげうつ冒険にのりだしたことも、おかした罪の万分の一でも、つぐなおうとしたのだ、こう思うと一同は次郎の<ruby><rb>心根</rb><rt>こころね</rt></ruby>がいじらしくもあり、かわいらしくもある。

「次郎君は二年間の良心のかしゃくで、すでにその罪はつぐなわれている、そればかりではない、次郎君は危険な仕事があるたびに、みずから喜んであたってくれた、富士男君、ぼくはいまはじめてきみの<ruby><rb>高潔</rb><rt>こうけつ</rt></ruby>な心を知った、きみがつねに冒険をひきうけたのは、弟をかばうあたたかい心からだったのだ」

「そうだ、ぼくらは次郎君を<ruby><rb>罰</rb><rt>ばっ</rt></ruby>することはできない」

一同がさけんだ。

「次郎君！　元気を出したまえ」

とドノバンが次郎の手をとった、一同は次郎を助けおこそうとしたが、次郎は両手で顔をおおってはなそうとしない。

「みなさん、ぼくにこの大任をあたえてください」

こういうとかれはすばやく身をみるがえして、かごのそばへ走った、そして<ruby><rb>土袋</rb><rt>つちぶくろ</rt></ruby>をとりだすと、なかへ身をおどらした。

「次郎、待て、ぼくが乗る」

と富士男が走った、一同もかごのそばによった。

「なぜだい兄さん、ぼくだ」

「いや、弟の罪は兄の罪だ、ぼくがはじめこの計画をたてたとき、ぼくはすでに、<ruby><rb>覚悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>していたのだ」

「うそだ、兄さん、ぼくにやらして」

「おまえはまだ小さい、空にあがるだけではなにもならないのだ、<ruby><rb>敵状</rb><rt>てきじょう</rt></ruby>を<ruby><rb>視察</rb><rt>しさつ</rt></ruby>することができないと、なにもならない」

「そのくらいのこと、ぼくだってわかってるよ」

と次郎が<ruby><rb>抗弁</rb><rt>こうべん</rt></ruby>した。

弟をかばい、兄をかばう、兄弟の美しい愛情を見て、ドノバンはたまらなくなっていった。

「<ruby><rb>争</rb><rt>あらそ</rt></ruby>っていては時間がたつ。この大任はぼくにあたえてくれたまえ」

「いや、ドノバン君、それはいけない、ぼくは決心しているのだ」

富士男はこういうと、次郎をおろして自分がかわった。

「そうだ、これは富士男君の<ruby><rb>緻密</rb><rt>ちみつ</rt></ruby>な<ruby><rb>頭脳</rb><rt>ずのう</rt></ruby>と、勇気に<ruby><rb>信頼</rb><rt>しんらい</rt></ruby>したほうがいい」

とゴルドンがいった。

「みな、まえのように受け持ちの<ruby><rb>位置</rb><rt>いち</rt></ruby>についてくれたまえ」

ゴルドンの一言が<ruby><rb>厳粛</rb><rt>げんしゅく</rt></ruby>に<ruby><rb>響</rb><rt>ひび</rt></ruby>いた、一同は位置についた。

<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>が糸をのばしはじめた、富士男を乗せたたこは、じょじょにのぼってゆく、一同はただ<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>とあおいで、そのゆくえを見まもった、せき一つするものもない。

すーとかごが地をはなれたとき、富士男はめまいを感じた、かれはウンと腹に力を入れて息をすった、さいわい、たこはかたむきもせず頭もふらず、きわめて<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>が少ない、かれはかごの四方をつった<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>をしっかとにぎった、と、ブルンとたこがうなって、ひとゆれがきた、からだが一しゅんブルブルとふるえた、それはおそろしいような、こそばゆいような、<ruby><rb>名状</rb><rt>めいじょう</rt></ruby>のできない感じであった。十分間ばかりしたころ、たちまち物につきあたったようなひびきがあって、かごがゆらゆらとゆれた、富士男は時間からおして、たこの<ruby><rb>糸</rb><rt>いと</rt></ruby>がのびをはったのだと知った。

片手で<ruby><rb>縄</rb><rt>なわ</rt></ruby>をにぎり、片手で望遠鏡をとって、四方を見おろした、湖水も、林も、<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>も、すべては<ruby><rb>墨汁</rb><rt>ぼくじゅう</rt></ruby>をまいたようで、眼にはいるものはない、ただそれと知れるのは、島をかこむ海水と平和湖の水色ばかりである、北南西の三方はみな<ruby><rb>重々</rb><rt>ちょうちょう</rt></ruby>たる密雲でとざされ、東の一角だけが、<ruby><rb>断雲</rb><rt>だんうん</rt></ruby>のあいだに、三五の星がさんぜんとかがやいているばかりである。

「ああー　火だ」

と富士男は思わずさけんだ。東の一角に低く地上に横たわった雲が、赤く<ruby><rb>染</rb><rt>そ</rt></ruby>めだされている、巨大な火に、雲があぶられてできたのだ、だがそれは島をはなれること幾十キロメートルの外である。

「連盟島をさる幾十キロメートルのかなたに、一帯の陸地があって、そこに<ruby><rb>噴火山</rb><rt>ふんかざん</rt></ruby>があるのだ、その火光にちがいない」

こう思うと富士男は、先の日失望湾で見た、<ruby><rb>水天髪髴</rb><rt>すいてんほうふつ</rt></ruby>のあいだに、一点の小さな白点を思いおこした。

「あれはやっぱり島だったのだ」

と、またかれは一道の火光を発見した、それは目下の、わずかに八キロメートルぐらいはなれたところにあった。

「失望湾の浜辺のあたりだ、いや敵は、浜辺と平和湖のあいだの、茂林なのかもしれない、そうすればこれはまさしく悪漢<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の一行が、暖をとるたき火にちがいない」

かれはあいずの<ruby><rb>鉄環</rb><rt>かなわ</rt></ruby>を落とした。鉄環はいくばくもなく、地上のガーネットの手に落ちた。

「あいずがあったぞ」

富士男の<ruby><rb>消息</rb><rt>しょうそく</rt></ruby>を、おそしと待ちかねていた一同は、<ruby><rb>極度</rb><rt>きょくど</rt></ruby>に<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>した。

<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>は<ruby><rb>逆転</rb><rt>ぎゃくてん</rt></ruby>を開始した、このとき、風勢はしだいに吹き加わって、そのもうれつさははじめの比ではない、おまけに風位が変わって、たこは一左一右、<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>の<ruby><rb>回転</rb><rt>かいてん</rt></ruby>は思うように運ばない、糸が一<ruby><rb>張</rb><rt>ちょう</rt></ruby>一<ruby><rb>弛</rb><rt>し</rt></ruby>するたびに、みなはハッときもをひやした。

「全速力だ」

とゴルドンが<ruby><rb>叱咜</rb><rt>しった</rt></ruby>した。

一同は必死の力をふるって、回転をつづけた。

「アッ！　見えたぞ」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がさけんだ。

たこは地面を去ること四十メートルばかりの上にきた。

「いま一息だ！」

とゴルドンがはげました。

と一<ruby><rb>陣</rb><rt>じん</rt></ruby>の強風が吹きすぎたと思うとともに、<ruby><rb>絞車盤</rb><rt>こうしゃばん</rt></ruby>をとっていた、ドノバン、バクスター、イルコック、グロース、サービス、ウエップの六名は、ほんぜんと地上に投げたおされた。

「糸が切れた」

とゴルドンがさけんだ。

たこは富士男をのせたまま、<ruby><rb>黒暗</rb><rt>くらやみ</rt></ruby>のなかをどこともなく飛び去った。

「ああ！　兄さん！」

と次郎が<ruby><rb>悲痛</rb><rt>ひつう</rt></ruby>な声でさけんだ。

<ruby><rb>危機</rb><rt>きき</rt></ruby>

<ruby><rb>旋風</rb><rt>せんぷう</rt></ruby>にあおられたたこは、つりかごを前後左右にかたむけゆりあげて、<ruby><rb>黒闇々</rb><rt>こくあんあん</rt></ruby>のなかを飛んでゆく。はげしい<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>のために富士男は眼のくらむのをおぼえた。かれは<ruby><rb>必死</rb><rt>ひっし</rt></ruby>の思いで<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>をしっかりとにぎった。

「あわててはいけない」

気をしずめるために深くひといきすって、腹にぐんと力をいれた。どうやら心がおちつきをとりもどした。

たこは一上一下して、しだいに地上に落ちてゆくように思えた。

「しめた！」

地上五、六メートルの上からなら、飛びおりても死ぬようなことはない、こう思うとホッと、不安のうちにも助かる希望がわいた。かれは眼を皿のようにして飛びおりる場所を発見しようとあせった。だが、星影まばらな光の下では、かっこうの場所はさがしうべくもない。

「だめかな」

一しゅんにして希望の岡から、失望の底につきおとさるる。ゴルドンの<ruby><rb>穏和</rb><rt>おんわ</rt></ruby>な顔、モコウの白い歯、次郎の<ruby><rb>悲嘆</rb><rt>ひたん</rt></ruby>にくるる顔、そしてなつかしい父母の顔、いろいろの顔が<ruby><rb>走馬燈</rb><rt>そうまとう</rt></ruby>のように<ruby><rb>明滅</rb><rt>めいめつ</rt></ruby>する。かすかに富士男を求めよぶおおぜいの声が、風に送られてきこえる。

「みんなは、悪漢どもが島に<ruby><rb>滞在</rb><rt>たいざい</rt></ruby>していることを知らないのだ。<ruby><rb>凶悪無残</rb><rt>きょうあくむざん</rt></ruby>な<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>ら！　かれらはどんな<ruby><rb>惨虐</rb><rt>さんぎゃく</rt></ruby>な行為を一同の上に加えるだろう、早く<ruby><rb>告</rb><rt>つ</rt></ruby>げなければならない、どうあっても死なれない。おれは重大な<ruby><rb>責任</rb><rt>せきにん</rt></ruby>をせおってるのだ」

こう思うと富士男は、心の底からぼつぜんとつきあげてくる力を感じた。

と、ただ一色の<ruby><rb>墨</rb><rt>すみ</rt></ruby>にぬりつぶされたような下界が切れて、ぽっかり一面に白いものがひろがった。

「ああ、水だ、助かるのはいまだ！」

水の深さも、岸への<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>も、なにも考えるひまもなく、富士男はつりかごをけって身をおどらした。水煙がとびちって、富士男のからだは底深くしずんだ。湖はなにもなかったようにもとのしずかさにかえった、大きな波紋がゆっくりゆっくり、<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>をひろげてゆくばかりである。身軽になったのを喜ぶように、たこはふたたび空高くまいあがり、北東のやみにとびさった。

まもなく富士男の頭が、水面に浮かんだ。かれは立ち泳ぎをしながら、のみこんだ水をはきだすと、頭をめぐらして方角を見さだめた。<ruby><rb>目測</rb><rt>もくそく</rt></ruby>で岸までは、約百メートルの<ruby><rb>見当</rb><rt>けんとう</rt></ruby>だ。

「案外、近いぞ」

富士男はゆっくりと、得意の平泳ぎをはじめた。

一方、広場の一同は、意外のできごとにぼうぜん<ruby><rb>自失</rb><rt>じしつ</rt></ruby>した。

「たこを追っかけろ、見失ってはたいへんだ」

とゴルドンがさけぶと、まっさきにかけだした。

「兄さん」

と次郎がつづいた。一同はバネじかけの人形のように走りだした。

「富士男君」「富士男さん」

先頭のゴルドンが、とつぜん足をとめてつったった。ドノバンがさけんだ。

「休んじゃいけない」

「いや、ドノバン、これから先は走れない」

「どうして？」

おいついたドノバンが前方をすかして「あっ！」とさけんだ。

「湖だね」

ふたりはまたしてもぼうぜんと腕を組んで、やみにほの白く光る湖をにらんだ。まもなくかけつけた一同も、ふたりの<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>たるすがたと、ほの白く光る水面を見くらべて太いといきをもらした。

「だめだ」

「チェッ！　おれはなぜここに、ボートの用意をしておかなかったのだろう」

モコウが白い歯をがりがりかんでくやしがった。

「諸君！」

と水面をはってよぶ声がする。一同はびっくりして耳をすました。

「諸君！」

「アッ！　兄さんの声だ、兄さん！」

と次郎が<ruby><rb>狂気</rb><rt>きょうき</rt></ruby>のようにさけんだ。

「諸君！　<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らはまだ島にいるぞ」

こういうと富士男はあざやかな抜き手を切って、もうぜんと泳ぎだした。

岸にあがった富士男は<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>ぶるいをすると大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くしゃみ</span>をした。

「やあやあかっぱの<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>ぶるいに<ruby><rb>河童</rb><rt>かっぱ</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くしゃみ</span>だ」

とモコウが水玉をかけられていった。ホッとした<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>とともに一同ははじめて笑った。

「これを着たまえ」

とドノバンが上衣をぬいだ。

「これを」

と一同はシャツやズボンをぬいだ。

「そんなに着られやしないや、だるまさんじゃあるまいし」

と富士男がいった。

「かっぱ変じてだるまとなるでさあ」

とモコウがてつだいながら、鼻をヒョコつかせた。

「<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>うよ、あれは<ruby><rb>桑田</rb><rt>そうでん</rt></ruby>変じて<ruby><rb>滄海</rb><rt>そうかい</rt></ruby>となるだよ」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>がまじめな顔でいった。一同が笑った。

洞に帰ったかれらは、つかれを休むひまもなく、悪漢どもに対する<ruby><rb>緊急</rb><rt>きんきゅう</rt></ruby>会議を開いた。まず富士男が口をきった。

「かつてケートおばさんが話されたように、悪漢どもの船は航海にたえないほど、<ruby><rb>大破損</rb><rt>だいはそん</rt></ruby>はしていない、それなのにかれらはいまだに立ち去るようすもなく島をうろついている。これはなにか理由がなければならない。船を<ruby><rb>修復</rb><rt>しゅうふく</rt></ruby>する器具がないことも理由の一つかもしれないが、もっと重大な理由がひそんでいるように思われる。ぼくは空中から連盟島の東のほう、島からあまり<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れていないところに、一大陸地のあることを知った、連盟島はまったくの<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>でなく、東方の大陸かあるいは群島を有する一無人島なんだ、悪漢どもはそれを知っているのだ、これがかれらを島におちつかせている大きな理由だと思う」

「じゃ、失望湾で見た沖の白点はやっぱり島だったのですか？」

とモコウがいった。

「そうだ、あるいは大陸かもしれない」

「ぼくらはまた<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>われる希望があたえられた」

とサービスが目をかがやかしていった。

「ぼくは<ruby><rb>探検</rb><rt>たんけん</rt></ruby>にでかけよう！」

とドノバンがいった。

一同は悪漢のことも忘れて、新しい発見に<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>した。

「諸君！　それは第二の問題だ、ぼくらは目前にせまった敵に、いかなる方法で戦うかを、考えなければならぬのだ」

とゴルドンが<ruby><rb>冷静</rb><rt>れいせい</rt></ruby>にいった。

「そうだ、悪漢どもが、なぜ二週間ちかくもこの島にとどまってるかは、かれらが島の近くに陸地のあることを知ってるからだ、かれらは気長くここにとどまって、時機の<ruby><rb>熟</rb><rt>じゅく</rt></ruby>するのを待っている、かれらは早晩自分らの住まいを<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めるだろう、いまは東方川の口に<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>っているが、一歩転ずれば平和湖を発見するだろう、<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>にそってさまよううちには、この左門洞のほとりに出るかもしれない。ぼくらは早く防備をめぐらさねばならぬ」

<ruby><rb>凶悪</rb><rt>きょうあく</rt></ruby>な<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>がギロギロ目を光らして、洞前に立ちふさがってでもいるような<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>が、一同の胸をしめつけた。

「洞門に防壁をつくって戦おう」

「広場におとし穴をいくつもいくつも、つくったらいい」

いろいろな声がとんだ。

「なによりまずぼくらは、敵に発見されないことが<ruby><rb>肝要</rb><rt>かんよう</rt></ruby>だ」

とバクスターがいった。

「そのためには洞の表と裏の入り口を、まつ、すぎ、<ruby><rb>灌木</rb><rt>かんぼく</rt></ruby>の枝でおおい、ちょうど、茂林か<ruby><rb>樹叢</rb><rt>じゅそう</rt></ruby>のようにみせかけて、悪漢の目をくらますのがいいと思う」

「<ruby><rb>名案</rb><rt>めいあん</rt></ruby>だ！」一同は<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>した。

翌日、だちょうの森では、とうとうとおのの<ruby><rb>響</rb><rt>ひび</rt></ruby>きがこだまし、松、杉の枝が、そうぞうしい音をたてて落ちた。年長組の一隊が、枝のきりだしに<ruby><rb>従事</rb><rt>じゅうじ</rt></ruby>したのだ。

落ちた枝をひきずって、エッサラモッサラと、幼年組が<ruby><rb>運搬</rb><rt>うんぱん</rt></ruby>する。運ばれた枝はゴルドンの<ruby><rb>指揮</rb><rt>しき</rt></ruby>で、<ruby><rb>厩舎</rb><rt>うまや</rt></ruby>、<ruby><rb>養禽小舎</rb><rt>ようきんごや</rt></ruby>、洞門にうちかけられ、<ruby><rb>即成</rb><rt>そくせい</rt></ruby>の茂林となった

「ヤアヤア、山賊のかくれ家だな」

「いや、もぐらの巣だ」

と幼年組がはしゃいだ。

「さあ、早くなかへはいってくれたまえ、どこで悪漢が目を光らしてるかもしれない」

とゴルドンがいった。いままでの快活さを失って幼年組は、あわてて洞のなかへかけこんだ。

この日からみだりに戸外へ出ることは禁じられ、ことに<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>の広場へは、絶対に<ruby><rb>禁足</rb><rt>きんそく</rt></ruby>が守られた。それはまるで冬ごもりのときのように、洞穴深くかくれて、不安の日を送りむかえるのだった。

かてて加えて、一同のまゆをひそめさせたのは、幼年組のコスターが、熱病におかされたことであった。熱に浮かされて故郷の夢を見るのか、ひからびた口を開いては、父母の名をよび、一同はかなしく首をたれた。

「このまま死なしては、ぼくは、どんな顔をしてかれの父母にまみゆることができよう」

次郎はかたときも<ruby><rb>枕頭</rb><rt>ちんとう</rt></ruby>をはなれず、コスターの<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびょう</rt></ruby>に<ruby><rb>寝食</rb><rt>しんしょく</rt></ruby>を忘れた。ゴルドンはサクラ号にそなえてあった薬を、あれこれと<ruby><rb>調剤</rb><rt>ちょうざい</rt></ruby>した、だが医学の知識が十分でないかれは、病名のわからない熱病に対して、ききめのある薬を<ruby><rb>調合</rb><rt>ちょうごう</rt></ruby>することができない。心ははやるけれど、手はその十分の一も動かない。ただ、苦しむ病人をぼうぜんと見まもるばかりで、手のほどこしようもない。

「けっして心配はいりません、わたくしがどんなことがあっても、なおしてみせます」

ケートは医薬のたりないところを、愛情と親切をもって、まるで自分の子どもであるように、<ruby><rb>昼夜</rb><rt>ちゅうや</rt></ruby>をわかたず<ruby><rb>看病</rb><rt>かんびょう</rt></ruby>した、このゆきとどいた<ruby><rb>慈母</rb><rt>じぼ</rt></ruby>の愛は、かれんな病人にとっては、医薬よりもなによりもまさるものであった。ケートの愛情はコスターを<ruby><rb>危篤</rb><rt>きとく</rt></ruby>のふちから救った。一同はようやくまゆを開いた。

「ケートおばさんはぼくの母さんだ、そしてみんなのお母さんだ、ぼくらはこれからお母さんとよぼう」

とコスターが目をうるましていった。

「みんなわんぱく小僧ばかりで、お母さんもたいへんだよ」

とゴルドンがいった。

「ぼくは服をよごさないようにする」

「ぼくは服を破らないようにする」

幼年組がケートにとりすがっていった。

「ええ、ええ、わたくしは喜んで十五人のお母さんになりますわ、わたくしはいい子をえて幸福です」

ケートがニッコリしていった。

やさしいお母さんの愛情をえて、一同は不安のなかにも幸福な日々を送った。

ある日、ドノバンはつりざおをもって、コッソリ洞をぬけでて、ニュージーランド<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>の樹陰にこしをおろして糸をたれた。だが、どうしたのかいっこうにつれない、一時間ばかりたっても、一<ruby><rb>尾</rb><rt>び</rt></ruby>の小魚さえかからない。ドノバンは<ruby><rb>断念</rb><rt>だんねん</rt></ruby>してさおをあげた。と、川岸でえさをあさっていた鳥がなにを発見したのか、ギャアギャアと鳴きたてて、羽音高く一時にとびたった。鳴きかい相よび、友をよび集めて対岸の<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくりん</rt></ruby>の上をまるく広く<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>をえがき、しだいに輪をちぢめると、一団の<ruby><rb>黒塊</rb><rt>こっかい</rt></ruby>となって、<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくりん</rt></ruby>のなかにすがたをけした。

「なにかの<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>を発見したのだ。けものか？　あるいは<ruby><rb>仲間割</rb><rt>なかまわ</rt></ruby>れした悪漢どものひとりが、<ruby><rb>殺害</rb><rt>さつがい</rt></ruby>されたのかもしれない」

こう思うとドノバンは、たしかめずにはいられない。

「一つさぐってみよう」

かれはとぶように洞に帰り、銃をかくしもって、モコウをよんだ。

「なんです、目の色をかえて？」

とモコウがいった。

「きみの力を借りたいんだ、いっしょにきてくれたまえ」

ドノバンはしぶるモコウの腕をとって、川岸にいそいだ。

「ボートをたのむよ」

「どこへゆくんですか」

「いいからぼくにまかしておいてくれたまえ」

ボートはまもなく、川を横ぎって、対岸についた。

「いっしょにきたまえ！」

岸にとびあがるとドノバンは、<ruby><rb>灌木林</rb><rt>かんぼくりん</rt></ruby>をめがけてつきすすんだ、<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>を没する草むらをはらいのけてすすむこと数十歩！　ドノバンはたちどまった。

「やあ、ラマの<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>だ！」

目前数歩のところに<ruby><rb>鮮血</rb><rt>せんけつ</rt></ruby>がこんこんと流れ、下草をくれないにそめて、ラマの<ruby><rb>巨体</rb><rt>きょたい</rt></ruby>が横たわっている、鳥は足音におどろいて羽音高くまいあがった。

「かすかにあたたかみがありますよ」

<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>に手をおいてモコウがいった。あたたかみが残っているとすれば、殺されてまだ時間がたたないのだ。

「この<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>は鉄砲だね」

傷口をしらべてドノバンがいった。

「わたくしもそう思ったところです」

モコウがたずさえた<ruby><rb>小刀</rb><rt>こがたな</rt></ruby>をとって、<ruby><rb>創口</rb><rt>きずぐち</rt></ruby>をえぐった。

「やっぱりそうだ、ほれ」

とモコウが血にねばった銃丸を示した。

連盟員は発砲を<ruby><rb>禁</rb><rt>きん</rt></ruby>じられている、それなのにラマは銃丸でたおれている。<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らのしわざにちがいない！　敵はもうこの付近をさまよっているのだ。こう思うとドノバンはがくぜんとした。

「モコウ君、ぼくらは早くこのことを一同に報告しなければならない」

ふたりは、ラマの<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>は鳥どものむさぼりくらうにまかして、いそぎ洞へ帰った。

洞の前でふたりは、ゴルドンと富士男にであった。

「どこにいってた」

とゴルドンがとがめるようにいった。

「みだりに出歩いてはこまるじゃないか」

「重大事件だよ」

とドノバンが、せかせかといっさいを報告した。

「そうか！　敵はもうこのへんをうろついているのか」

とゴルドンが<ruby><rb>沈痛</rb><rt>ちんつう</rt></ruby>な顔をしてつぶやいた。

「だが、ぼくは銃声をきかなかった」

とドノバンがいった。

「それはぼくらもきかない、だからといって安心はできない、<ruby><rb>重傷</rb><rt>じゅうしょう</rt></ruby>のラマが、遠いところからにげてきたとは思えないからね」

と富士男がいった。

「この事件は、ぼくら四人の胸にひめておこう、ほかの者にいらぬ心配をさせるのは<ruby><rb>苦痛</rb><rt>くつう</rt></ruby>だから……」

とゴルドンがいった。

それから三日目、またまたかれらは、<ruby><rb>事態</rb><rt>じたい</rt></ruby>のますます<ruby><rb>切迫</rb><rt>せっぱく</rt></ruby>したのを知る一新事件にであった。

この朝、ゴルドンと富士男は、ニュージーランド川をわたって<ruby><rb>視察</rb><rt>しさつ</rt></ruby>にいった。川岸から南のほうの<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>にいたるあいだの細道に、防壁をきずいて、ここにドノバンらの鉄砲の名手を<ruby><rb>伏兵</rb><rt>ふくへい</rt></ruby>させ、悪漢どもがこの方面からくるのを、ふせごうと思ったからである。

二人は地形をしらべながら、<ruby><rb>茂林</rb><rt>もりん</rt></ruby>のなかをすすんだ、鳥がくらいつくしたのか、けものの骨や貝がらが散乱していた。

「鳥のやつも大食家だね」

と富士男がいって、その一個を軽く足げにした、と、ゴルドンは、とんだ骨を走って拾った。

「そんな骨をどうするんだい、パイプにでもするのか？」

「富士男君、これをよく見てくれたまえ、<ruby><rb>陶製</rb><rt>とうせい</rt></ruby>のパイプだよ、ぼくらのなかにはたばこをすうものがない、これはきっと悪漢どもがおとしたのだよ」

とゴルドンが声をふるわした。

「左門先生らがおとしたのかもしれないさ」

「いや、かいでみたまえ、たばこのにおいが、まだ新しくのこっている、きんきん一、二日前か、あるいは一、二時間前にここにおとしたものだ」

はたして、ゴルドンの<ruby><rb>推察</rb><rt>すいさつ</rt></ruby>があたっているとすれば、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの<ruby><rb>魔手</rb><rt>ましゅ</rt></ruby>はすでに、洞の目前にまで伸ばされているのだ。

「きみのいうとおりだ」

パイプをかいでいた富士男が、うわずった声をあげた。

「ゴルドン君、早くひきかえそう、ぼくらは防備の用意をしなければならない」

ふたりは<ruby><rb>倉皇</rb><rt>そうこう</rt></ruby>として引きかえした。

<ruby><rb>悲愴</rb><rt>ひそう</rt></ruby>な決意が洞のなかにながれた、洞内の戸には<ruby><rb>堅牢</rb><rt>けんろう</rt></ruby>なかんぬきがはめられて、戸の内がわには大石が運ばれ、スワといえば、これを積みあげて<ruby><rb>胸壁</rb><rt>きょうへき</rt></ruby>に使用する、戸のわきには窓があけられ、サクラ号から持ってきた、二門の大砲がすえられて、一つは表の川に面する口をまもり、一つは<ruby><rb>湖畔</rb><rt>こはん</rt></ruby>に面する口をまもる。一同には<ruby><rb>旋条銃</rb><rt>せんじょうじゅう</rt></ruby>、<ruby><rb>連発銃</rb><rt>れんぱつじゅう</rt></ruby>、<ruby><rb>腰刀</rb><rt>こしがたな</rt></ruby>がわたされ、各自は<ruby><rb>分担</rb><rt>ぶんたん</rt></ruby>された守備位置についた。

洞の上の岩壁には、見張りが立ち、八方に注視した、洞の表と裏には、各ふたりずつの見張りがおかれた。

一同の<ruby><rb>悲愴</rb><rt>ひそう</rt></ruby>な決意を見るにつけ、ケートは心のなかで泣いた、少年らがいかに<ruby><rb>胆力</rb><rt>たんりょく</rt></ruby>があり、知恵があるとしても、悪漢どものすぐれた体格や、悪にかけては底の知れない<ruby><rb>悪知恵</rb><rt>わるぢえ</rt></ruby>をもったかれらとくらべれば、とうていおよびもつかない差がある。

「こんなとき、イバンスがいてくれたら、どんなに力強いことだろう」

十一月二十七日は、朝からむしむしと<ruby><rb>暑苦</rb><rt>あつくる</rt></ruby>しい日であった。空は<ruby><rb>重々</rb><rt>ちょうちょう</rt></ruby>たる密雲におおわれて、遠くで<ruby><rb>雷鳴</rb><rt>らいめい</rt></ruby>がいんいんとひびき、なんとなく大あらしの<ruby><rb>前兆</rb><rt>ぜんちょう</rt></ruby>をつげる空もようである。夜の九時ごろ、あかりもきゆるかと思われるものすごい電光が流れたかと思うと、天地もさける一<ruby><rb>大霹靂</rb><rt>だいへきれき</rt></ruby>が耳をつんざいた。これをきっかけに、電光は青赤色のほのおをはいてたえまなく光り、岩上に落花する<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごう</span>然たる落雷のひびき！　天地もために<ruby><rb>顛倒</rb><rt>てんとう</rt></ruby>するかと思われるばかりである。守備をかためた年長組は思わず耳をおおい、地にふし、幼年組は寝台にとびこんで、<ruby><rb>毛布</rb><rt>もうふ</rt></ruby>のなかに頭をつきこんだ。

戸がわをかためた富士男、ドノバン、バクスターの三人はかわりがわり洞外のようすを知ろうとするのだが、戸をなかば開かないうちに、するどい電光が矢のように流れ、眼をいすくめる、天は一面赤火光にもえ、湖水は天の色を<ruby><rb>反射</rb><rt>はんしゃ</rt></ruby>して、ただ一円のほのおのように見える、十二時ごろ、さすがの電光も雷鳴もようやくおとろえはじめた。

雷鳴がおさまるとともに風がおこり、しだいに<ruby><rb>猛威</rb><rt>もうい</rt></ruby>を加え、あまつさえ<ruby><rb>盆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>をくつがえす<ruby><rb>豪雨</rb><rt>ごうう</rt></ruby>となった。だが、<ruby><rb>車軸</rb><rt>しゃじく</rt></ruby>を流すような豪雨も、小石を吹きとばす強風も、洞のなかではさほどおそろしいことではない。

「<ruby><rb>雷</rb><rt>かみなり</rt></ruby>が洞をこわしはしないかと、ぼくはずいぶん心配したよ」

と<ruby><rb>善金</rb><rt>ゼンキン</rt></ruby>が毛布から頭を出していった。

「ああやっと助かった」

幼年組がコソコソ<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>からぬけだした。

「まさかこのあらしをおかして、悪漢どもが攻めてくるようなことはあるまい、富士男君、見張りはいらないよ、ぼくらはあすのために<ruby><rb>英気</rb><rt>えいき</rt></ruby>を養おう」

とゴルドンがいった。

「ウン、そうしよう」

一同は寝台にいそいだ。富士男はなお、用心のために、戸の内がわに、大石を積みあげた。といままで、寝台の下におとなしくうずくまっていたフハンが、音高く鼻を鳴らすと、耳をピンと立て、目をいからして戸の外をにらみ、ひとほえすると、歯をむき立ててもうぜんとかけだした。かれは<ruby><rb>前脚</rb><rt>あえあし</rt></ruby>で戸板をがりがりとひっかき、低くうなりつづけた。

「戸の外になにか<ruby><rb>異状</rb><rt>いじょう</rt></ruby>があるのだ」

とドノバンがさけんだ。

「ケートおばさんを発見したときと同じだ、悪漢どもが攻めてきたのだ」

とサービスが<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>をあげた。

「武器を持て！」

とゴルドンがさけんだ。

各自は武器をつかみ、防戦の身がまえをした、不安と<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>が洞内を圧した。

モコウがすばやく戸口にかけて耳をあてた。なんの物音もしない。

「なんだ、なんでもありゃしない」

だが、フハンはいっそうはげしく戸をひっかき、はてはまりのように四<ruby><rb>肢</rb><rt>し</rt></ruby>をぶっつけて、ほえたてた。と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごう</span>然たる一発の銃声がひびいた。それは、洞から百メートルとは離れないところではなたれたものだ。

「アッ！」

一同はがくぜんと顔を見あわした。ドノバン、バクスター、イルコック、グロースらの<ruby><rb>名射手</rb><rt>めいしゃしゅ</rt></ruby>は、表裏の口をまもった。目をギラギラ光らして、一発のもとにいころそうと身がまえた。戸ぎわに大石が運ばれ、<ruby><rb>胸壁</rb><rt>きょうへき</rt></ruby>がつくられた。

「助けて、助けて！」

<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>が戸の外でした。

ドノバン、バクスターは引き金に指をかけた。

「助けて」

と戸がガタガタと鳴った。

「バクスター、ぬかるな！」

とドノバンがいった。

「ドノバン！　待ってちょうだい！　あの声は聞きおぼえがあります」

とケートが、ドノバンの引き金にかかった手をとった。

「だれです？」

と富士男が<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>していった。

「早く！　戸をあけて……早く！」

ケートはこういうと、みずから戸に手をかけた。

「あけちゃあぶない！」

とひとりがさけんだ。

「いいえ、心配はいりません、早くいれてやらねばなりません」

なかば開いた戸から、鉄砲玉のようにとびこんできた<ruby><rb>壮漢</rb><rt>そうかん</rt></ruby>！　雨にうたれた伸びほうだいの<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>は、ものすごく顔にへばりつき、ひげは草むらのように乱生し、水玉がたれている、かたはば広く<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>高い<ruby><rb>偉丈夫</rb><rt>いじょうぶ</rt></ruby>！　かれはギロギロとするどい眼光で一同を見まわすと、すばやく身をひるがえして戸を閉じ、耳をあてた。<ruby><rb>追跡</rb><rt>ついせき</rt></ruby>する足音はきこえない。

「だいじょうぶだ」

と彼はひとりごちて、ずかずか一同の前に近づいた。

「なるほど、みんな子どもばかりだな」

かれはつぶやくようにいって、ジロジロ洞中を見まわした。

「イバンス！」

とケートがさけんだ。

おのれの名をよばれて<ruby><rb>壮漢</rb><rt>そうかん</rt></ruby>は、ギクリとしてふりかえった。

「やあケートさん」

「あなたは少年らに<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>われました、わたくしも救われたのですよ、これはみんな神さまのひきあわせです、イバンスさん、あなたもどうか子どもらの力になってやってください」

ケートはかれの手をにぎった。イバンスはふたたび一同を見まわした。

「十五人か、しかもみずからふせぐことのできるのは、五、六人しかない」

「いま、<ruby><rb>悪漢</rb><rt>あっかん</rt></ruby>どもが<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>してくるのですか」

と富士男がいった。

「いや、いまということはないだろう、だが……」

「ね、イバンスさん、子どもらがかわいそうです、救ってやってください」

とケートがいった。

「もちろん！　ぼくは悪漢どもをやっつけますよ、けれど今晩はもうだいじょうぶです。このあらしでは、まさか川もわたれますまいからな」

くまのように<ruby><rb>魁偉</rb><rt>かいい</rt></ruby>な男ではあるが、どことなくものやさしい、目は<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>そうな光をおびている、一同はかれの<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>になにかしら心強さを感じた。

「おう寒い！」

とかれはからだをふるわした。

「これを着かえなさい」

とケートがありあわせの服を持ってきた。

「ありがとう、ついでになにか食べ物がいただけませんか、きのうからなにも食べないのです」

モコウが走って、食堂からやき肉、<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>パン、茶、および一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>のブランデーを持ってきた。

「やあ、ブランデーか！　ぼくはもう二ヵ月も飲まない」

とかれは目を細めてコップをとると、ごくりと一息にあけた。

「うまいな！　やき肉に固パンか、なかなかのごちそうだな」

こういうとかれは、目にもとまらない早さでペロリとたいらげた、一同はかれのすばやい食べ方に目を<ruby><rb>見張</rb><rt>みは</rt></ruby>った。

「やっと人間らしくなった」

「もっと食べますか？」

とモコウがいった。

「ハハハ、もういいんです、これから食べはじめたら、底なしですよ、諸君の食べ物がなくなってしまうよ、ハハハ」

「おじさんはまるでくまのようだ」

と幼年組がいった。一同は笑った。

「ぼくらは早く<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの<ruby><rb>動静</rb><rt>どうせい</rt></ruby>が知りたいのです、そして今後の方針を定めなければならない、おじさん、左門洞にのがれるまでの話をしてください」

とゴルドンがいった。これは一同が早く聞きたいところである。

「早く聞かしてください！」

と一同がさけんだ。

「よろしい、話そう、だが左門洞とはいったいなんです？」

「ぼくらが命名したこの洞の名ですよ、前の川が、ニュージーランド川です」

「ホウ！　それぞれ名まえがついてるんですね、それは改めてひまのあるとき聞くとして」

イバンスは茶をひとすすりして語りだした。

「ぼくらは数日間は、<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>の<ruby><rb>修復</rb><rt>しゅうふく</rt></ruby>に手をつくした、だが、なにぶん<ruby><rb>修繕</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>に必要な道具が不足である、そのうち、食物がなくなってくる、水が飲めない、ぼくらは修繕するのをよして、船は雨風のあたらない場所にかくし、<ruby><rb>食糧</rb><rt>しょくりょう</rt></ruby>を求めるために浜辺にそって南下した、行くこと十九キロばかりで一<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>の小川の口に達した、ぼくらはむさぼるように水を飲んだ、水はとてもおいしかったよ」

「その川は東方川というんです、そして川のそそぐところを失望湾というんです」

とサービスがいった。

「清い水は飲みほうだい、ぴちぴちした魚はたくさんとれる、ぼくらはここに住まいを定めることにした、<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>は浜辺づたいにひいてきて、川口につないだ。

ぼくらは船をたいせつにした、ただ一つの<ruby><rb>修繕</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>道具があれば、船はよういに手入れができ、いつでも島を去ることができるのだからね、船は命の親だからね」

「洞には修繕に必要な道具が<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>っています」

とドノバンがさけんだ。

「そうだろう、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らはちゃんとにらんでる」

「でもおかしいな、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>はぼくらのことはなにも知らないと思うが？」

とゴルドンがふしぎそうにいった。

「おどかしちゃいやだよ」

とひとりがいった。

「それがゆだん大敵さ、ぼくはなにもおどかしなんかはしない、これはほんとうだからね、敵がどこにひそんでるかは神さましか知らない。ぼくはどうかして<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の<ruby><rb>毒手</rb><rt>どくしゅ</rt></ruby>からのがれようと<ruby><rb>胆</rb><rt>たん</rt></ruby>をくだいた、が、かれらはなかなか<ruby><rb>厳重</rb><rt>げんじゅう</rt></ruby>に<ruby><rb>警戒</rb><rt>けいかい</rt></ruby>して目をはなさない、時機を待つよりしかたがない、ぼくは<ruby><rb>遁走</rb><rt>とんそう</rt></ruby>をあきらめてかれらの命令どおりにした、数日前、ぼくらは<ruby><rb>堤</rb><rt>つつみ</rt></ruby>をさかのぼって茂林のなかに進んだ、とぼくらは、枝にひっかかったえたいの知れない<ruby><rb>油布</rb><rt>あぶらぬの</rt></ruby>でつくったらしい、巨大なたこのようなものを発見した」

「ああそれはぼくらがつくったたこです」

とドノバンがさけんだ。

「<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>はためつすかしつして見ていたが、思わず大声でさけんだ。『これは人間がつくったものだ、この島にはおれたちのほかに、いく人かの人間が住んでる、おれたちは早くさがしださねばならないぞ』

ぼくはこれを聞いて心のなかにさけんだ、しめた！　のがれる日が近づいたのだ、悪人どものすきをうかがってのがれよう、そして島の人たちに救ってもらおう、たとえそれが<ruby><rb>蛮</rb><rt>ばん</rt></ruby>人であってもいい、<ruby><rb>極悪</rb><rt>ごくあく</rt></ruby>の人殺しの悪漢どもといっしょにいるよりか、どれだけ幸福かしれやしない、だが、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>のやつもなかなかぬけめがない、その日から<ruby><rb>看視</rb><rt>かんし</rt></ruby>は前にまして<ruby><rb>厳重</rb><rt>げんじゅう</rt></ruby>を<ruby><rb>加</rb><rt>くわ</rt></ruby>えた、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>どもは急に元気おうせいになって足を早めた、湖の東岸をそって南へ南へと歩いた、だがいってもいっても人の住まいはおろか、<ruby><rb>踪跡</rb><rt>そうせき</rt></ruby>らしいものにもあわない、一つの煙、一発の銃声もきかない」

「それはぼくらがあいいましめて、洞穴にかくれていたからです」

と富士男がいった。

「だが<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>どもは失望せずに進んだ、そしてとうとうきみらを発見した」

「どこで？」

と一同が<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>してさけんだ。

「二十二日の夜だった、<ruby><rb>鉄砲玉</rb><rt>てっぽうだま</rt></ruby>のロックと四本指の<ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>のパイクのふたりが、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の命令で<ruby><rb>斥候</rb><rt>せっこう</rt></ruby>に出た、そしてきみらの洞穴を発見したのだ、洞からはチラチラと火がもれ、戸をあけしめするすがたを見たので、ふたりの報告を受けとった<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>は、つぎの日<ruby><rb>単身</rb><rt>たんしん</rt></ruby>で川ぶちの茂林にひそんで、きみらの<ruby><rb>動静</rb><rt>どうせい</rt></ruby>をさぐった」

「やっぱりそうだったか」

と富士男がいった。

「ぼくらも悪漢どもがこのあたりをうろついているのを知ったのです」

とゴルドンがいった。

「きみらが知ってた？」

とイバンスが小首をかたむけた。

「そうです、ぼくらはたばこのにおいのまだ新しいパイプを発見したのです」

「そうか、どうりで<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>が、たいせつなものをなくしたと手下どもをどなっていた、ハハハハ」

とイバンスが腹の底から笑った、だがすぐまじめになって、

「<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>どもは洞のなかのものが、みな年のゆかない子どもばかりの集まりだと知ったのだ、きみらは不用意にも川のふちに出たり、洞の前に立ったりしたからね、悪漢どもは<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>の方法をあれこれと相談した」

「<ruby><rb>悪魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>！　人でなし！　かれらはこのかれんな子どもたちをどうしようとするのだろう、助けてやろうとは思わないのでしょうか？」

とケートがさけんだ。

「そうです、セルベン号の船長や、あなたのご主人たちに対して行なったように、皆殺しにしようというのです、やつらに<ruby><rb>慈悲心</rb><rt>じひしん</rt></ruby>を求めるのは<ruby><rb>愚</rb><rt>ぐ</rt></ruby>の<ruby><rb>骨頂</rb><rt>こっちょう</rt></ruby>です！」

とイバンスがいった。

一同は<ruby><rb>肌</rb><rt>はだえ</rt></ruby>にあわつぶの生ずる<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>におそわれた、たがいに手と手をつないで、かたくにぎった。

「なにか物音がしなかった？」

とイバンスが戸のほうを見た。

「いいえ、なにも、だいじょうぶです」

と戸をまもるモコウがいった。

雨はいぜんとして降りしきり、強風はものすごい音をたててふきすさぶ、あかりがチロチロとまたたく、夜はふけた、イバンスの<ruby><rb>奇々怪々</rb><rt>ききかいかい</rt></ruby>な物語はいつはてるともしれない。

<ruby><rb>敵襲</rb><rt>てきしゅう</rt></ruby>

イバンスがしずかにブランデーのコップをとりあげて、長物語にかわいたくちびるをぬらしている口元を見つめていた富士男は、

「しかし、どうして<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>たちの毒手をのがれたのです」

ときいた。

「そこだ、けさ<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>たちはホーベスと、<ruby><rb>鉄砲玉</rb><rt>てっぽうだま</rt></ruby>のロックにぼくの番を命じて、諸君らの<ruby><rb>動静</rb><rt>どうせい</rt></ruby>をさぐりに出てしまった。ぼくは逃走の好機<ruby><rb>到来</rb><rt>とうらい</rt></ruby>と心中で<ruby><rb>計企</rb><rt>けいき</rt></ruby>するところがあったが、ふたりはなかなかゆだんしないのだ。午前十時ごろ一頭のラマがぼくらの前にすがたをあらわした。ロックはこれを見るとさっそく銃をとって一発やった。そのすきにとつぜん身をひるがえして、森林のなかに逃げこんだ」

「銃声は聞かなかったが、ラマの死体は川むこうで見ました」

とドノバンが口を入れた。

イバンスはことばに力を入れて、

「ぼくはそれから十四時間ほど、ふたりの<ruby><rb>追跡者</rb><rt>ついせきしゃ</rt></ruby>の手をのがれるために走りつづけた、こんなに走ったのは生まれてきょうがはじめてだ、おそらく五十キロは走ったと思う。<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>たちの話で、諸君の洞は、湖の南西岸にある川の西がわだということを知っていたので、右に左に逃げまわりながらも、諸君の洞をめあてに走った。かれらが銃を持っていなかったら、苦労はなかったが、しばしば追いうちをせめられるので、弾をさけるのはひじょうな苦労だった。いま一つぼくの<ruby><rb>逃走</rb><rt>とうそう</rt></ruby>を<ruby><rb>妨害</rb><rt>ぼうがい</rt></ruby>したのは電光だ、夜になれば逃走は安全だと思っていたのに、電光はやみを破ってぼくのすがたを照らし、<ruby><rb>追跡者</rb><rt>ついせきしゃ</rt></ruby>に発砲の機会をあたえたのだ。とこうして川岸に出たが、そのとき一道の電光とともに、<ruby><rb>背後</rb><rt>はいご</rt></ruby>に銃声がひびいた」

「その銃声はわたしたちもききました」

とひざをすすめてドノバンはさけんだ。

「しかし同時にぼくは、水中にとびこんだ。二、三度抜き手をきって、こっちの岸に泳ぎついたので、くさむらにかくれた。川岸まできた<ruby><rb>追跡者</rb><rt>ついせきしゃ</rt></ruby>は、たしかに命中したから、水のなかにしずんだのだろうと語りながら去ってしまった。ぼくは<ruby><rb>堤</rb><rt>つつみ</rt></ruby>にあがって地上に立ったが、そのとき、いぬのほえる声をきいたので、それをたよりにここへきた。諸君はつかれはてているぼくに、喜んで戸をひらいてくれた。諸君、ぼくらは一団となって力をあわせ、悪漢どもをこの島よりのぞくようにつとめねばならん」

イバンスのことばをきいた少年たちの心臓は<ruby><rb>躍動</rb><rt>やくどう</rt></ruby>した。

少年たちはかわるがわる<ruby><rb>漂流</rb><rt>ひょうりゅう</rt></ruby>のてんまつをイバンスに語ってきかせた。

「諸君がここへ<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>して二十ヵ月のあいだ、一せきの船も沖に見えなかったか」

「小船一せきも見えません、信号もかかげてありましたが、ケート<ruby><rb>小母</rb><rt>おば</rt></ruby>さんに<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの話をきいたので、六週間以前におろしてしまいました」

と富士男はいった。

「諸君の用心はよかったが、かれらに諸君の居所を知られた以上、日夜<ruby><rb>警戒</rb><rt>けいかい</rt></ruby>してかれらの<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>をふせぐのが<ruby><rb>上策</rb><rt>じょうさく</rt></ruby>であるが、かれらは<ruby><rb>凶悪無慚</rb><rt>きょうあくむざん</rt></ruby>な<ruby><rb>無頼漢</rb><rt>ぶらいかん</rt></ruby>七人で、諸君は数こそ多いが、少年である以上、苦戦は<ruby><rb>覚悟</rb><rt>かくご</rt></ruby>せねばならぬ」

とイバンスがいった。

「いいえ、皆さまが少年連盟を<ruby><rb>組織</rb><rt>そしき</rt></ruby>した団結心と正義をもって悪漢と戦えば、神さまはきっと皆さまをまもってくださいます。現にイバンスをわたしたちのところへ送ってくださったではありませんか」

とケートはさけんだ。

「イバンス万歳」「少年連盟万歳」の声々が少年たちの口をついて出た。

<ruby><rb>最前</rb><rt>さいぜん</rt></ruby>より<ruby><rb>黙々</rb><rt>もくもく</rt></ruby>として、話をきいていたゴルドンは、このときはじめて口を開いた。

「しかし、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らがおとなしくこの島を去ると<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>すれば、ぼくらはかれらの必要な船の修繕器具を貸してもいいと思うが」

というと、他の少年たちも、なるほどというような顔をした。

「諸君はかれらの<ruby><rb>凶悪</rb><rt>きょうあく</rt></ruby>さを知らないのだ、もし諸君がかれらに修繕器具を貸してやれば、かれらはそのつぎに諸君の食料を<ruby><rb>要求</rb><rt>ようきゅう</rt></ruby>するだろう」

イバンスのこのことばをきいて、

「パン粉をとられるとこまるなア」

「あすどこかへかくしておこう」

幼年組の連中がささやいたので、一同<ruby><rb>苦笑</rb><rt>くしょう</rt></ruby>した。

イバンスはなおも語をついだ。

「そればかりでない、かれらは諸君がサクラ号のおかねを、かくしていると思っているから、修繕器具を貸してやっても、恩義に感ぜずに、<ruby><rb>貨幣掠奪</rb><rt>かへいりゃくだつ</rt></ruby>の計画をするにちがいない。また<ruby><rb>硝薬</rb><rt>しょうやく</rt></ruby>の少ないかれらは硝薬も要求するだろう、諸君はかれらのこの要求が入れられるか」

「いや」

とゴルドンは強くいいきった。

「諸君がかれらの要求をきかなければ、かれらは諸君を子どもとあなどって、腕づくでもかすめるにちがいない。そのときには、戦いあるのみだ、戦いをまぬがれえないと知ったら、はじめから計画をきめて戦うのが有利である。それにかれらの<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>がなかったらわれわれはどうして島をのがれるつもりか」

イバンスの最後の一語をきいた少年たちは、<ruby><rb>疑惑</rb><rt>ぎわく</rt></ruby>を感じた。

「かの小船で、洋々たる大洋を、横断するのですか」

「大洋を横断する？　いやわれわれは、まず南米に近い<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>にわたって、<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>を求めるつもりである」

イバンスのこのことばは、少年たちをますます<ruby><rb>混乱</rb><rt>こんらん</rt></ruby>させた。

「しかしあんな小船で、数百キロの<ruby><rb>波濤</rb><rt>はとう</rt></ruby>を、越えることができますか」

とバクスターは<ruby><rb>質問</rb><rt>しつもん</rt></ruby>した。

「数百キロ？　いや港までは、きんきん五十キロを出ない<ruby><rb>航程</rb><rt>こうてい</rt></ruby>です」

「ではこの島は、大洋中の<ruby><rb>孤島</rb><rt>ことう</rt></ruby>ではないのですか」

「島の西方は大洋であるが、東南北は大洋ではありません。諸君はこの島を、大洋中の孤島だと思ったのですか」

少年たちは目を見張って、イバンスのことばを待っている。

「島は島であるが、孤島ではない。南アメリカのチリー国の西岸に点在する群島中の一つです。あした地図にてらして、本島の所在および方位について、くわしく説明しましょう」

とイバンスは語りおわった。

いままで大洋中の一孤島とのみ思っていた少年たちは、イバンスのことばをきいて、ひじょうに喜んだ。この喜びに幼年組は<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>の<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>をわすれて安眠した。

ゴルドンとモコウは、武器をとって戸口をまもったが、一夜はことなく明けた。

諸君が世界地図をひらくと、三角定規の最長の一辺を左にしておいたような形の大陸が、右下にあるのに気がつくと思うが、これが南アメリカである。

この西がわの最長の一辺にそうて、アンデス山脈が走っている。このアンデス山脈が南下している南端を、一つの<ruby><rb>海峡</rb><rt>かいきょう</rt></ruby>が横断している。この海峡こそ千五百二十年に、大西洋より太平洋に航海する航路をつくった、マゼランによって発見された、マゼラン海峡である。

この海峡の北方は、アルゼンチンおよびチリー国で、南方はアンデス山脈の南下によってつくられた、フエゴ諸島である。

海峡の東口は、びょうびょうたる大洋であるが、西口は<ruby><rb>小島嶼</rb><rt>しょうとうしょ</rt></ruby>が<ruby><rb>錯雑紛糾</rb><rt>さくざつふんきゅう</rt></ruby>して、アンデス山脈と平行に北方にのぼり、チロエ島にいたって、まったく影を<ruby><rb>没</rb><rt>ぼっ</rt></ruby>している。

イバンスは翌朝朝食後、少年たちにかこまれて、南米の地図を<ruby><rb>指説</rb><rt>しせつ</rt></ruby>していたが、さらに語をついで、

「このマゼラン海峡の西口からチリー国の沿岸を北行している<ruby><rb>島嶼</rb><rt>とうしょ</rt></ruby>のうち、南方にケンブリジ島をひかえ、北方にマドル島およびチャタム島をのぞんで、<ruby><rb>南緯</rb><rt>なんい</rt></ruby>五十一度、<ruby><rb>西経</rb><rt>せいけい</rt></ruby>七十四度三十分のところに一島あるが、これはハノーバル島といわれている。これこそ諸君が、二十ヵ月の月日をおくった、少年連盟島である」

この説明をきいたゴルドンは、

「それではわたしたちは、チリー国と一<ruby><rb>葦帯水</rb><rt>いたいすい</rt></ruby>の島にいたことになりますね」

といった。

「そうです。しかし、諸君が大陸に<ruby><rb>渡航</rb><rt>とこう</rt></ruby>しなかったのは、かえって諸君にさいわいでした。よし大陸に渡航したとしても、アルゼンチン共和国の町、あるいはチリー国の町に出るまでには、種々の<ruby><rb>困難</rb><rt>こんなん</rt></ruby>がある。たとえば、<ruby><rb>海抜</rb><rt>かいばつ</rt></ruby>千メートル以上のアンデス山脈をこえ、昼なお暗い深林を通り、パタゴニアの<ruby><rb>荒漠</rb><rt>こうばく</rt></ruby>たる草原を横断せねばならない。そのうえに、パタゴニアの<ruby><rb>蛮人</rb><rt>ばんじん</rt></ruby>どもは、諸君を<ruby><rb>歓迎</rb><rt>かんげい</rt></ruby>はしまい」

とイバンスはいった。

ハノーバル島、すなわち少年連盟島をかこむ海峡は、二十四キロメートルないし三十二キロメートルぐらいであるが、不幸にしてかれら少年たちは、つねに諸島よりはなれること、もっとも遠い位置に立って<ruby><rb>探望</rb><rt>たんぼう</rt></ruby>したために、一島をも見ることができなかったのである。ただ最初に富士男が、モコウとともに平和湖を横ぎって探検したさい、サクラ湾で見た一小白点は、雪をいただくアンデス山中の一高峰であったことは疑いない。またたこに乗って空中から見た火光は、同じ山脈中の一火山である。

「わたしたちが<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>を手に入れてこの島を出るとしても、どの方向にすすみますか」

とゴルドンは問うた。

「チリー国の沿岸は、<ruby><rb>曲折</rb><rt>きょくせつ</rt></ruby>出入が多くてはなはだ危険であるが、ここより一直線に南航してチリー国の港に入港すれば、チリー国の住民はみな親切であるから、<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>を求める<ruby><rb>便宜</rb><rt>べんぎ</rt></ruby>はえられると思う」

とイバンスは答えた。

「チリー国の南端に港がありますか」

「チリー国の南端にタマル港があるが、もし<ruby><rb>荒廃</rb><rt>こうはい</rt></ruby>していれば、さらに南に航路をとって、マゼラン海峡に出れば、ガーラント港があります。ここへゆけば、かならず<ruby><rb>豪州</rb><rt>ごうしゅう</rt></ruby>行きの<ruby><rb>便船</rb><rt>びんせん</rt></ruby>はあるはずです」

じじつマゼラン海峡に出れば、各国の船が通過している、イバンスの説明はますます少年を歓喜せしめた。

しかしかれらが帰国の便宜をうるためには、まず<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの持っている、伝馬船をうばわねばならぬ、それには一戦はまぬがれないのである。

敵は七人であるとはいえ、くっきょうのおとなどもで、<ruby><rb>食人鬼</rb><rt>しょくじんき</rt></ruby>のごとくどうもうなる<ruby><rb>暴漢</rb><rt>ぼうかん</rt></ruby>である、味方は数こそ多いが、<ruby><rb>筋骨</rb><rt>きんこつ</rt></ruby>いまだ固まらざる十六歳に満つや満たずの少年たちである、これを思うと、だれもみな一まつの不安を感ぜずにはおられなかった。

イバンスは、<ruby><rb>敵襲</rb><rt>てきしゅう</rt></ruby>のばあいの防備をするために、洞の内外を<ruby><rb>巡覧</rb><rt>じゅんらん</rt></ruby>した。洞はニュージーランド川に面し、平和湖の浜を左にひかえている。窓は<ruby><rb>矢間</rb><rt>やざま</rt></ruby>の用をなし、ここには二個の大砲と、八個の<ruby><rb>旋条銃</rb><rt>せんじょうじゅう</rt></ruby>が用意されているほかに、なお多くの武器がある。

武器、弾薬、食料の豊富、それだけをたのみに、死守するよりほかに道がない。

しかしかれら七名は、全部<ruby><rb>凶悪</rb><rt>きょうあく</rt></ruby>なものばかりだろうか。

「かれらのなかでホーベスは、良心を持っていると思いますが」

とケートはイバンスにいった。

「いやホーベスは最初は善心であったが、いまでは良心がなくなっています。現にぼくが<ruby><rb>逃走</rb><rt>とうそう</rt></ruby>のとき、かれは<ruby><rb>追跡</rb><rt>ついせき</rt></ruby>発砲しているのです」

とイバンスはケートのことばを一<ruby><rb>蹴</rb><rt>しゅう</rt></ruby>した。

少年たちはじゅうぶん用意をととのえて、敵のくるのを待ちうけた。幼年組はほとんど川辺にさえ出ないで、左門洞で息ぐるしい日をくらした。

数日は経過したが、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>たちは、ひとりとしてすがたをあらわさなかった。

イバンスはじめ少年たちは、これをふしぎに思っていたが、ある日、イバンスはこつねんとしてゴルドン、富士男、ドノバンをまねいて語った。

「かれらがすがたをあらわさないのは、かれらの作戦である。かれら一味は、ケートさんやぼくが、きみらといっしょにいると思わないから、諸君がかれらの<ruby><rb>漂着</rb><rt>ひょうちゃく</rt></ruby>したのをまだ知らないつもりでいる。そのうちかれらのひとりが<ruby><rb>漂流者</rb><rt>ひょうりゅうしゃ</rt></ruby>のごとくよそおって左門洞にきたり、助けをもとめて洞のなかにはいり、すきをうかがって戸を内からひらいて一味をみちびき、<ruby><rb>労</rb><rt>ろう</rt></ruby>せずしてこの洞を<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>するつもりであると思う」

「そのときにはどうするか？」

「そのときには<ruby><rb>間者</rb><rt>かんじゃ</rt></ruby>をみちびきいれて<ruby><rb>逆襲</rb><rt>ぎゃくしゅう</rt></ruby>しよう」

と少年たちは作戦した。

翌日もことなくすぎて夕方になった。このとき、<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の上に見張っていたウエップとグロースは、息をきらせて帰ってきた。ふたりの敵が川むこうにあらわれ、しだいに左門洞に近よりつつありと報告した。イバンスとケートが<ruby><rb>矢間</rb><rt>やざま</rt></ruby>からこれを見ると、<ruby><rb>鉄砲玉</rb><rt>てっぽうだま</rt></ruby>のロックとホーベスのふたりである。イバンスはゴルドン、富士男、ドノバン、バクスターの四名に一<ruby><rb>策</rb><rt>さく</rt></ruby>をあたえて、ただちに物置きのなかにかくれた。

しばらくしてゴルドン、富士男、ドノバン、バクスターの四名は、なにげなきていに河岸を散歩していた、するとホーベスとロックはしだいに近よってきた。かれらは非常におどろいた表情をしたので、四人もおどろいた表情をした、と、ふたりはやがてあえぎあえぎ川をわたった。やっと岸へついたかと思うと、同時にばったり草の上にたおれた。

「きみたちは何者だ」

「けさ南方で破船した<ruby><rb>遭難水夫</rb><rt>そうなんすいふ</rt></ruby>です」

「<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の乗り組みの者は？」

「みな<ruby><rb>溺死</rb><rt>できし</rt></ruby>しました。しかし諸君は何者です」

「ぼくらはこの島の<ruby><rb>植民者</rb><rt>しょくみんしゃ</rt></ruby>です」

「ではわたしたちに食物と水をください、じつはけさから水一てきも口にしないのです、助けてください」

「よろしい、破船水夫は救助をもとめる権利がありますから、こっちへきなさい」

四名はふたりをともなって洞に帰った。<ruby><rb>猛虎</rb><rt>もうこ</rt></ruby>をひつじの家にみちびくようなものだった。

ロックはひたいにむこう<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>があり、一見してそのどうもうさの知れる相である。ホーベスはこれと反対に、どことなく人間らしいところがある。

ふたりはしじゅうきわめてたくみに、<ruby><rb>遭難者</rb><rt>そうなんしゃ</rt></ruby>になりすましている。少年たちの問いにきゅうすると、苦しそうに休息をもとめるが、その目はたえず周囲を見まわしている。かれらが洞にはいって、防備の<ruby><rb>厳重</rb><rt>げんじゅう</rt></ruby>なのを見て、おどろきの色をあらわしたのを、<ruby><rb>慧眼</rb><rt>けいがん</rt></ruby>なゴルドンと、富士男は見のがさなかった。

少年たちはふたりを物置きの洞にみちびいて、その片すみに寝さした。ふたりは<ruby><rb>極度</rb><rt>きょくど</rt></ruby>に<ruby><rb>疲労</rb><rt>ひろう</rt></ruby>した人のように、<ruby><rb>鼾声</rb><rt>かんせい</rt></ruby>をあげて早くも<ruby><rb>熟睡</rb><rt>じゅくすい</rt></ruby>した。

九時ごろにモコウは、ふたりの寝ている洞の片すみに、床をのべてねむりについたが、最前からたぬき寝入りのふたりはモコウに対しては、いっこうむとんちゃくであった。むろん腕力じまんのかれらには、モコウをひねりつぶすくらいは朝<ruby><rb>飯</rb><rt>めし</rt></ruby>まえのことである。モコウばかりでない、他のものとても、ことごとく少年ばかりだ、かれらにとっては、おそろしいものがあるべきはずがない。

三時間は過ぎた。ちょうど十二時になったとき、ふたりはじょじょに身をおこし、抜き足しながら戸口に進んだ、<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>からつりさがっているともしびが、かれらの行動をあきらかに照らしている。

川に面した物置きの戸は、かんぬきをかたくさしたうえに戸が外からあかないように、大石を積みかさねてある。ふたりはしずかに大石をとりのぞいて、まさにかんぬきに手をかけようとしたとき、一個の腕がしっかりとロックの手をとらえた。

ロックはおどろいて首をまわすと、死んだはずの運転士イバンスが立っている。

「ああイバンス」

「諸君きたまえ」

イバンスの声をきいて、ただちに出てきた富士男、ドノバン、バクスター、グロースの四人はホーベスをとらえて動かない。

ロックは力かぎりイバンスとあらそっていたが、その手をふりほどくと、戸をおしひらくやいなや、洞外のやみに走り去った。

イバンスは銃をとってごうぜん一発うったが、<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>はむなしく音を立てて<ruby><rb>闇中</rb><rt>あんちゅう</rt></ruby>をとび、手ごたえはさらになかった。

「逃がした、しかしここに一味のひとりがいる」

イバンスはこしの一刀をひらりと抜いて、ひとふりふってホーベスの首根をしっかりとおさえ、ふたたび一気にうちおろそうとした。

「待ってください」

ケートはホーベスのからだの上に身を投げかけていった。

「ホーベスをゆるしてやってください、洞の中で血を流さないでください」

イバンスはしずかにふりあげた刀をおろした。

「捕虜にしておけ！」

少年たちはホーベスを戸だなに入れた。戸口はまたもとのように大石を積みかさねた。そのあとは、なんの変化もなく夜は明けた。

翌朝イバンスは、富士男、ドノバン、ゴルドンの三人をともなって、敵の<ruby><rb>動静</rb><rt>どうせい</rt></ruby>をさぐりに洞外に出た。

洞の外には多くの人のくつあとが、<ruby><rb>朝露</rb><rt>あさつゆ</rt></ruby>にぬれて<ruby><rb>縦横</rb><rt>じゅうおう</rt></ruby>に点々と印せられている、あきらかに海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>たちが昨夜、洞外を<ruby><rb>偵察</rb><rt>ていさつ</rt></ruby>したときのくつあとである。

海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>たちは遠く去ったらしい、洞の付近には人影もなく、<ruby><rb>厩舎</rb><rt>きゅうしゃ</rt></ruby>も<ruby><rb>養禽場</rb><rt>ようきんじょう</rt></ruby>も、なんらの異状がない、湖のほとり、川辺のだちょうの森も、かくらんされたあとは見られなかった。

かれらはどこに去ったか、いつまた、<ruby><rb>襲来</rb><rt>しゅうらい</rt></ruby>するか、これを知るには、<ruby><rb>捕虜</rb><rt>ほりょ</rt></ruby>とせるホーベスに聞くよりほかないと、四名は洞にひきあげた。

ホーベスは、広間の中央にひきだされた。

イバンスはげんぜんとしてかれに問うた。

「ホーベス！　海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>たちの昨夜の作戦は破れたが、この後かれらはいかなる作戦をとるか、知っているかぎり<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじょう</rt></ruby>しろ」

ホーベスは<ruby><rb>黙然</rb><rt>もくねん</rt></ruby>として、ただ頭をたれている。かれはさすがに、ケートや少年たちと面をあわすのが、はずかしいとみえる。

「ホーベスさん、あなたは海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>たちのなかでも良心を持っている、ただひとりの善人だと思いますが、かの<ruby><rb>凶悪</rb><rt>きょうあく</rt></ruby>な海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>たちの手から、このかわいらしい十五人の少年を、救ってやる気はありませんか」

ケートのことばをきいたホーベスは、はじめて頭をあげた。

「わたしにどうしろというのです」

イバンスは一歩かれに近よった。

「きみはかれらの作戦を知らせてくれればいい。まずきみたちは、昨夜少年たちをあざむいて、皆殺しにするつもりだったのか」

「そうです」

ホーベスは頭をますます低くたれた。少年たちはかれの答えをきいてりつぜんとした。

「きみはかれらの今後の計画を知っているか」

「…………」

ホーベスはかすかに頭を横にふった。

「かれらはふたたび洞に<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>するか」

「するはずだ」

イバンスはいろいろ問いただしてみたが、ホーベスは十分に答えることができなかった。

ホーベスはふたたび、戸だなのなかに<ruby><rb>禁錮</rb><rt>きんこ</rt></ruby>された。モコウは昼すぎに二、三品、食物を運んでやったが、かれはほとんど一口もふれず、ただ頭をたれてなにごとか深く<ruby><rb>沈吟</rb><rt>ちんぎん</rt></ruby>思考している。

少年たちにとって、目下の急務である第一問題は、海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>らがどこへ去ったか、そのありかを知ることである。イバンスは昼食後、少年を集めてそのことをはかった、少年たちは即時、<ruby><rb>偵察</rb><rt>ていさつ</rt></ruby>に出発することに賛成した。

ケート、モコウ、次郎、バクスターは、他の四人の幼年組と洞に残り、他の八名はイバンスとともに<ruby><rb>偵察</rb><rt>ていさつ</rt></ruby>にむかうことになった。

敵は七名のうち一名をうしない、六名である。偵察隊は敵の一倍半であり、なお<ruby><rb>長銃</rb><rt>ちょうじゅう</rt></ruby><ruby><rb>短銃等</rb><rt>たんじゅうとう</rt></ruby>をたずさえて武器は十分である。敵は六名中五名が銃を持っているが、弾薬がほとんど<ruby><rb>欠乏</rb><rt>けつぼう</rt></ruby>していることは、ホーベスのことばによって明らかである。

偵察隊は午後二時に洞を出発した。洞の戸は急に偵察隊が洞内にひきあげるときに便利なように、かんぬきをしたままで、大石は積まずにおいた。

偵察隊は、まず左門の<ruby><rb>遺骸</rb><rt>いがい</rt></ruby>をほうむったぶなの木のほとりからだちょうの森に進んだ。フハンはうれしそうに<ruby><rb>先導</rb><rt>せんどう</rt></ruby>していたが、たちまち耳は張り、地に鼻をつけて、<ruby><rb>異常</rb><rt>いじょう</rt></ruby>なにおいをかぎだした。と、そこより数歩進んだとき、先頭のドノバンが、

「アアたき火のあとだ」

とさけんだ。

まきの折れや、煙のまだのこっている燃えさしが、散在している。

「昨夜海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>らがここで過ごしたことは、明らかである、この<ruby><rb>状態</rb><rt>じょうたい</rt></ruby>で<ruby><rb>判断</rb><rt>はんだん</rt></ruby>すると、二三時間まえにかれらは、ここを去ったものであろう」

イバンスのこのことばがおわらないうちに、一発の銃声がかれらの右の林におこった。これとほとんど同時に、かれらの耳もとでごうぜんたる銃声がひびいた。ついで、かれらの十八メートルほどはなれた林の中に「アッ」というさけびと、ザラザラと雑草の動く音とがきこえた。

第二の銃声は、ドノバンが第一の銃声のほうにむかってはなったひびきである。ドノバンは一発すると同時に、フハンとともにまっしぐらに後方の林に走った。

「進め！　ドノバンをかれらに殺さすな」

イバンスは、ドノバンのあとを追ってさけんだ。他の少年たちも、ただちにこれにつづいた。

ドノバンが大木の下にきてみると、地上に銃をいだいた一個の人間が、息たえだえにたおれている、ドノバンのはなった弾はあやまたず、<ruby><rb>凶漢</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>の胸板をつらぬいている。

ドノバンに追いついたイバンスは、

「これはパイクだ、きみの力によって世界からひとりの悪人をのぞくことができた」

といった。

しかし他の<ruby><rb>凶漢</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>たちは、どこにすがたをかくしているのだろう。

「諸君、こしを低くして頭をさげろ」

イバンスのさけびがおわらないうちに、一丸がきたって、ひざまずかんとして少しおくれた、サービスのひたいをかすめた。

「傷は？」

一同はサービスのそばによった。

「なにこれくらいの傷はだいじょうぶだ」

サービスのひたいににじむ血を、ハンケチでふいた、サービスの血は少年たちを<ruby><rb>昂奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>させた。

「富士男君はどこへいった」

富士男はどこへいったのか、すがたが見えない。このとき、フハンは左の方へ一直線に走った。ドノバンは力づよく、

「富士男君、富士男君」

とさけびながら、フハンのあとをおって走った。

グロースは、たちまち身を地上にふせてさけんだ。

「気をつけろ」

一同は頭をさげた、このときおそし、一丸はイバンスの頭の上をかすめて去った。

かれらが頭をあげると、ひとりの敵が、林の奥へ逃げ去っている、ゆうべ逃がしたロックである。イバンスは、これにむかって一発した、鉄砲玉のロックはこつねんとしてすがたをけした。

「残念だ、また逃がした」

このあいだはわずかに五、六秒である。

フハンはしきりに高くほえている、イバンスら一同は走った。

このときドノバンの声がした。

「富士男君手をゆるめるな」

一同はこの声のするほうに走った。

富士男はいま一味のコーブと戦っている。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あざらし</span>のコーブはかれら仲間でも名だたるけんかじょうずだ。富士男のような少年が、どうしてかれに<ruby><rb>対抗</rb><rt>たいこう</rt></ruby>できよう！　富士男はしっかりとかれに組みふせられた。組みしかれながらも富士男は、少しもあわてない、父から教えられた日本固有の柔道の奥の手、けさがためののがれがきまって、<ruby><rb>大兵</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>のコーブをみごとにはねかえした、かえされたコーブもさるもの、<ruby><rb>地力</rb><rt>じりき</rt></ruby>をたのみにもうぜんと<ruby><rb>襲来</rb><rt>しゅうらい</rt></ruby>した、その右手には、こうこうたる<ruby><rb>懐剣</rb><rt>かいけん</rt></ruby>が光って、じりじりとつめよる足元は、大地の底にめりこむかのよう！

富士男は少しもちゅうちょしない、かれはコーブの剣をみると、勇気がますます加わった。

「さあこい」

手並みを知ったコーブは、組み打ちではあぶないと思った、かれは一気に、富士男をつき殺す作戦をとった。かれは両手を高くあげて、おどりかかった。富士男は右にかわし、左にかわし、敵のすきをみて組みつこうと逃げまわった、いいかげんにじらされたコーブは、おそろしい声を出してほえた。同時にしゃにむに、富士男にとびかかった。

「よしッ、こい」

富士男はこしをきめて、敵の右手をとろうとした一せつな、残念！　かれは木の根につまずいて、ばったりたおれた。

「しめたッ」

コーブは折りかさなって富士男を<ruby><rb>膝下</rb><rt>しっか</rt></ruby>にしき、<ruby><rb>懐剣</rb><rt>かいけん</rt></ruby>をいなづまのごとくふりかぶった。瞬間！　ドノバンは石のつぶてのごとく、からだをもってコーブのからだにころげこんだ。ドノバンのからだに押されて手がゆるんだ、すきをえた富士男は、すばやく立ち上がった、だがこのとき、ドノバンは一声アッとさけんだ。コーブはドノバンの胸を、一<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き突いたのであった。

それも一しゅん、これも一しゅんである、フハンはもうぜんとおどりあがって、コーブの手にかみついた。

「ちくしょう！　ちくしょう！」

かれは一生けんめいにふりはらった、そうしてあとをも見ずに逃げ去った。

イルコック、ウエップらは、<ruby><rb>凶漢</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>のあとを追うて発砲した。一、二発は手ごたえがあったが、すがたは<ruby><rb>緑雲</rb><rt>りょくうん</rt></ruby>たなびく林のなかにきえてしまった。

「ドノバン！　ドノバン！」

富士男はたおれたドノバンを、しっかりとだきしめてさけんだ。

「しっかりしてくれ、ドノバン！」

よべど答えず、答うるものは、森のこだまのみである。

さきにドノバンがひょうにおそわれたとき、富士男は身をていしてドノバンを救うた、いまドノバンは、みずから<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>ついて富士男を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>うた。

「ドノバン！」

富士男の声はだんだん泣き声になった。

「ぼくのために死んでくれたのだね。ドノバン！」

かすかに答える声が、くちびるからもれた。イバンスはすぐにドノバンの<ruby><rb>傷口</rb><rt>きずぐち</rt></ruby>を検査すると、<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>は第四<ruby><rb>肋骨</rb><rt>ろっこつ</rt></ruby>のへんで心臓をそれていた。

「だいじょうぶだ、助かる」

とイバンスはいった。

ドノバンの呼吸は<ruby><rb>微弱</rb><rt>びじゃく</rt></ruby>である、もし<ruby><rb>肺</rb><rt>はい</rt></ruby>に<ruby><rb>影響</rb><rt>えいきょう</rt></ruby>するとだいじになる。

「とにかく、左門洞へひきあげよう」

とゴルドンはいった。

イバンスは、海<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>とブラントおよびブルークの三人が、最初からすがたを見せなかったのを<ruby><rb>非常</rb><rt>ひじょう</rt></ruby>に怪しんだが、<ruby><rb>重傷</rb><rt>じゅうしょう</rt></ruby>のドノバンを捨てて、かれらをさがすべきでないから、ゴルドンのことばに賛成して、左門洞にひきあげることにした。

木の枝をきりとってたんかを製作し、これにドノバンをしずかに<ruby><rb>臥床</rb><rt>がしょう</rt></ruby>さした。

富士男ゴルドンら四名がこれをかつぎ、他のものはこれを<ruby><rb>護衛</rb><rt>ごえい</rt></ruby>して、左門洞にひきあげた、しかし道は<ruby><rb>平坦</rb><rt>へいたん</rt></ruby>ではない、たんかは<ruby><rb>動揺</rb><rt>どうよう</rt></ruby>した、そのたびに<ruby><rb>架上</rb><rt>かじょう</rt></ruby>のドノバンは、<ruby><rb>悲痛</rb><rt>ひつう</rt></ruby>な<ruby><rb>呻吟</rb><rt>しんぎん</rt></ruby>をもらした、このうめきをきく富士男の心は、ドノバン以上の<ruby><rb>疼痛</rb><rt>とうつう</rt></ruby>をおぼえた。

ようようにしてかれらは、左門洞百五十メートルくらいの地点にきた、しかし左門洞には、まだ<ruby><rb>突出</rb><rt>とっしゅつ</rt></ruby>した<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>をまわらねばならないのである。

このとき左門洞のほうにあたって、ケートのさけび声とともに、少年たちのさけぶ声がきこえた。

フハンはまっしぐらに声のほうへ走った、偵察隊一同はハッとして立ちどまった。

イバンスの<ruby><rb>脳裏</rb><rt>のうり</rt></ruby>には、なにかひらめくものがあった、<ruby><rb>凶漢</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>三人は路を<ruby><rb>迂回</rb><rt>うかい</rt></ruby>して、ニュージーランド川のほとりから、左門洞を<ruby><rb>攻撃</rb><rt>こうげき</rt></ruby>しているのではあるまいか？

歓迎

<ruby><rb>凶漢</rb><rt>きょうかん</rt></ruby>どもを撃退し、負傷せるドノバンをたんかにのせて、左門洞へひきあげんとした富士男の一行が、いま左門洞のほとりに少年たちとケートのさけび声をきいたのでがくぜんとした。

「すきをつかれた」

と富士男はさけんだ。

じっさいそのとおりである。ロック、コーブ、パイクの三人がだちょうの森で富士男の一隊をおそい、主力を<ruby><rb>牽制</rb><rt>けんせい</rt></ruby>しているあいだに、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>、ブラント、ブルークの三人は、<ruby><rb>浅瀬</rb><rt>あさせ</rt></ruby>づたいに川をわたって岩壁によじのぼり、川に面せる物置きの洞口の下におりてとつぜん洞を<ruby><rb>襲撃</rb><rt>しゅうげき</rt></ruby>したのであった。

「グロース、ウエップ、ガーネットの三君は、ドノバン君を<ruby><rb>看護</rb><rt>かんご</rt></ruby>して、ここにかくれていたまえ。わたしは富士男、ゴルドン、サービス、イルコックの四君とともに敵を<ruby><rb>撃退</rb><rt>げきたい</rt></ruby>しよう」

イバンスは<ruby><rb>憤怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>の<ruby><rb>朱</rb><rt>しゅ</rt></ruby>を満面にそそいでいった。

「ゆこう」

五人はまっすぐに近路から走った、だがそれはすでにおそかった。<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>は次郎を小わきにかかえて洞のなかから走りでた。それを、とりかえそうとケートは<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>をあげて海蛇にとりすがる。えいうるさいとばかりに海蛇はケートをはたとける、けられてもケートは一生けんめい、わが身の<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>を忘れて右に<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れ、左にころびながら、その手をはなさない。それと同時にいまひとりのブランドは、コスターを小わきにかかえて洞から出た。それをやらじとバクスターが<ruby><rb>狂気</rb><rt>きょうき</rt></ruby>のごとくブランドにからみついている。

この<ruby><rb>悽惨</rb><rt>せいさん</rt></ruby>たる<ruby><rb>危機</rb><rt>きき</rt></ruby>にたいし、モコウと他の少年たちのすがたが見えぬのはふしぎである。あるいはみな殺されて、洞内に倒れているのではあるまいか。

海蛇とブランドは、ケートとバクスターをけとばして、もう川のほとりに出た。川にはブルークがすでに洞内からボートをぬすみだして、ふたりのくるのを待っている。もしかれらがふたりを<ruby><rb>人質</rb><rt>ひとじち</rt></ruby>にとれば、あとはゆうゆう<ruby><rb>無理難題</rb><rt>むりなんだい</rt></ruby>をしかけて十五少年を苦しめることになるだろう。

「ちくしょうめちくしょうめ」

イバンスは歯をくいしばった。だが<ruby><rb>発砲</rb><rt>はっぽう</rt></ruby>すると次郎とコスターにあたるかもしれない。心は<ruby><rb>矢竹</rb><rt>やたけ</rt></ruby>にはやれども、いまやどうすることもできない。

「さあこい、わしにつづけ」

イバンスは<ruby><rb>疾風</rb><rt>しっぷう</rt></ruby>のごとく走った。海蛇とブランドははや川の岸にあがった。いま一足が舟のなかである。

「ああまにあわん」

イバンスがこういった、その一せつなである。先頭に立った富士男の愛犬フハンは、もうぜん足を早めて、ブランドののどをめがけてとびかかった。ブランドは<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてコスターをだいた手をはなし、フハンの両耳をつかんで一生けんめいに戦った。人と犬！　押しつ押されつ汗みずくになってもみあった。

海蛇は次郎をかかえたまま、岸のほうへ走った。このとき、とつじょとして洞内からおどりでた、一<ruby><rb>壮漢</rb><rt>そうかん</rt></ruby>がある。その顔はあしゅらのごとく、眼は<ruby><rb>厳下</rb><rt>がんか</rt></ruby>の<ruby><rb>電</rb><rt>でん</rt></ruby>のごとくかがやいている。

「海蛇待てッ」

声をきいて海蛇は立ちどまってふりかえった。

「やあ、ホーベス、いいところへきた、早く舟に乗れ」

ホーベスは、だまって海蛇に近づいた。と見るまもなく、かれのがんがんたるげんこつは、宙をとんで海蛇の眼と鼻のあいだに落ちた。あっという声とともに海蛇は次郎をはなした。同時にかれの手は早くもポケットの<ruby><rb>懐剣</rb><rt>かいけん</rt></ruby>にかかるやいなや、<ruby><rb>怪光</rb><rt>かいこう</rt></ruby>一せん、するどくホーベスの<ruby><rb>横腹</rb><rt>よこはら</rt></ruby>をさした。ホーベスは、びょうぶをたおしたように、ばったり地上にたおれた。

海蛇はもう死に物ぐるいである。かれはブランドが、コスターをのがしたのを見て、せめて次郎だけはとりもどそうと考えた。かれはおそろしい速力をもって、次郎をおいかけた。次郎は右に逃げ、左に逃げたが、とうてい海蛇の足にはかなわない、海蛇の手は、むずと次郎のえりもとにかかった。この一しゅんかん、次郎はふりむきざまにポケットのピストルをとりだして、ごうぜん一発うちはなした。ねらいたがわず弾丸は海蛇の胸にあたった。海蛇はよろよろとよろめきながら、舟のなかへころげこんだ。これより先に舟に逃げこんだブランドとブルークは、海蛇を舟に入れるやいなや、むこう岸をさしてこぎだした。

とつぜん、天地もさくるばかりのごうぜんたる音がおこって、<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>の口に煙がぱっととんだかと思うと、三<ruby><rb>悪漢</rb><rt>あっかん</rt></ruby>をのせたボートは、木の葉のごとくひるがえって矢をいるごとき<ruby><rb>早瀬</rb><rt>はやせ</rt></ruby>に波がぱっとおどるとともに、三人のすがたは一<ruby><rb>起</rb><rt>き</rt></ruby>一<ruby><rb>伏</rb><rt>ぷく</rt></ruby>、やがてようようたる水の面、ニュージーランド川は、邪悪のむしろをしずかにのんでしまった。

物置きの洞にすえつけた大砲をうったのは、モコウであった。それもこれも一しゅん時のできごとである。息きれぎれに走り集まった一同は、ただぼうぜんと気抜けがして、たがいにことばもなかった。

「これで悪漢全滅だ」

と富士男はいった。

「いや、全滅じゃない。だちょうの森でとり逃がしたロックとコーブがのこっている」

とイバンスがいった。

「ともかくぼくらはドノバンを<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>えにゆかなきゃならん」

富士男はこういって足をかえした。一同はそれにしたがってもとの路へ帰り、ドノバンのたんかをになって洞へ帰ると、残りの少年たちはホーベスを洞へ入れて、ドノバンと同じく床の上に<ruby><rb>安臥</rb><rt>あんが</rt></ruby>せしめた。

この夜は終夜まくらもとにつきそうて<ruby><rb>看護</rb><rt>かんご</rt></ruby>した。ドノバンはやっぱり<ruby><rb>昏睡状態</rb><rt>こんすいじょうたい</rt></ruby>である。ケートはニュージーランド<ruby><rb>河畔</rb><rt>かはん</rt></ruby>にしげっているはんのきの葉をつんで、それをついてこう薬をつくり、二人の<ruby><rb>創</rb><rt>きず</rt></ruby>に塗りつけた。これは痛みをとるに<ruby><rb>特効</rb><rt>とっこう</rt></ruby>があった。だがホーベスの<ruby><rb>負傷</rb><rt>ふしょう</rt></ruby>は、急所の<ruby><rb>痛手</rb><rt>いたで</rt></ruby>なので、この<ruby><rb>妙薬</rb><rt>みょうやく</rt></ruby>も<ruby><rb>効験</rb><rt>こうけん</rt></ruby>はなかった。かれは自分でとうてい助からないと知り、眼をかすかに開いて、ケートの顔をしみじみとながめていった。

「いろいろお<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>になりました、だがぼくはもうだめです。どうか少年たちにお礼をいってください。ぼくは死んでも少年たちをまもって、ぶじ本国に帰るようにします」

「そんな心細いことをいわずに、元気をお出しなさい。あなたはかならず全快なさいます」

とケートはいった。

「いやいや」とホーベスは眼をしばたたいて「ぼくはずいぶん悪いことをしたから、このくらいの<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>は<ruby><rb>当然</rb><rt>とうぜん</rt></ruby>です。だが、死ぬまえにほんのわずかのあいだでも、<ruby><rb>善心</rb><rt>ぜんしん</rt></ruby>にたちかえることができたのはぼくの一生のうちの幸福です」

その後かれはなにもいわなかった。しだいしだいに<ruby><rb>呼吸</rb><rt>こきゅう</rt></ruby>がおとろえて、あけがた、うすあかりが東にほのめくころ、この<ruby><rb>改悟</rb><rt>かいご</rt></ruby>の義人は、十五少年とケートとインバスにまもられて、その光ある最後の息をひきとった。

一同はホーベスの<ruby><rb>遺骸</rb><rt>いがい</rt></ruby>を、左門の墓の<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>にあつくほうむった。

しかしロックとコーブが生きているあいだは、一同安眠することができぬ。そこでイバンスは、富士男、ゴルドン、バクスター、イルコックの四人とともに、フハンをつれて<ruby><rb>探索</rb><rt>たんさく</rt></ruby>にでかけた。するとかれらは、だちょうの森のなかにふたりの<ruby><rb>屍体</rb><rt>したい</rt></ruby>を発見した。コーブははじめ<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>にあたったところから百メートルばかりをへだてた雑草のなかにたおれており、ロックは、かつてイルコックが、またまたおおくのだちょうをいけどろうとほっておいたおとし穴のなかにひっかかっていた。

「見よ、<ruby><rb>悪業</rb><rt>あくごう</rt></ruby>の<ruby><rb>天罰</rb><rt>てんばつ</rt></ruby>を」

と富士男はいった。一同はいまさらながら、<ruby><rb>天網恢々</rb><rt>てんもうかいかい</rt></ruby><ruby><rb>疎</rb><rt>そ</rt></ruby>にして<ruby><rb>漏</rb><rt>も</rt></ruby>らさずという<ruby><rb>古言</rb><rt>こげん</rt></ruby>を味わった。

これで悪漢は全部ほろんだので、一同は<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>の思いをなした。しかし<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>ならぬは、ドノバンの<ruby><rb>容態</rb><rt>ようだい</rt></ruby>である。彼はいぜん、こんこんとして、半死半生の<ruby><rb>境</rb><rt>さかい</rt></ruby>にあるのだ。

翌日イバンスは、富士男、バクスターとともにボートに乗って、平和湖をわたり、東方川をくだった。この地の十一月は、日本の春である。緑の草は岸をおおうて<ruby><rb>毛氈</rb><rt>もうせん</rt></ruby>のごとく、やなぎは<ruby><rb>翠眉</rb><rt>すいび</rt></ruby>をあつめて深くたれ、名も知らぬ小鳥は、枝から枝へ飛びかわしてさえずっている。

「やあここにすてきなものがある」

とイバンスはさけんだ。<ruby><rb>巨熊岩</rb><rt>おおくまいわ</rt></ruby>の下、砂場の上に、セルベン号の<ruby><rb>伝馬船</rb><rt>てんません</rt></ruby>がひきあげてある。これはいうまでもなく、<ruby><rb>海蛇</rb><rt>うみへび</rt></ruby>らの船である。三人は船を検査するに、<ruby><rb>修繕</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>を加えれば、十分用にたえうるものであった。三人はすぐそれをボートのうしろにつけてひきながらふたたび川をわたり、湖をすぎてその夜ぶじに、ニュージーランド川についた。<ruby><rb>洞</rb><rt>ほら</rt></ruby>に帰れば一同は<ruby><rb>欣々</rb><rt>きんきん</rt></ruby>として出むかえた。

「なにかうれしいことがあるかね」

と富士男がきいた。

「ドノバンを見てくれたまえ」

とゴルドンがいった。病室へいってみると、まだものはいえぬが、ドノバンのあおざめた顔はかすかにあからみ、その呼吸は正しく長くつづくようになっていた。これはかれがへいそスポーツでからだをきたえあげていたのと、はんのきの葉の<ruby><rb>効力</rb><rt>こうりょく</rt></ruby>であった。

つぎの日から一同は、伝馬船の修繕に着手した。船は長さ十メートル、それとつりあうように<ruby><rb>船幅</rb><rt>ふなはば</rt></ruby>も十分である。十五少年と、イバンスと、ケートの二人をのせて、<ruby><rb>航海</rb><rt>こうかい</rt></ruby>することはけっして難事でない。イバンスは<ruby><rb>総指揮</rb><rt>そうしき</rt></ruby>となって工事を<ruby><rb>監督</rb><rt>かんとく</rt></ruby>し、例の工学博士バクスターは副監督となった。富士男、ゴルドンら一同は、いっさいその命令に服して、ひとりとして不服をいうものはない。<ruby><rb>堅板</rb><rt>たていた</rt></ruby>、横板、平板、<ruby><rb>支柱</rb><rt>しちゅう</rt></ruby>、<ruby><rb>帆類</rb><rt>ほるい</rt></ruby>すべての材料は、サクラ号からとっておいたものだけで十分であった。船の修繕には約三十日をついやしたが、そのあいだにドノバンは、しだいに健康を<ruby><rb>回復</rb><rt>かいふく</rt></ruby>して、つえにすがりながら一同の工事を見まわるようになった。

クリスマスもすぎ、正月もすぎた。一同は出発の準備にいそがしい。第一に金貨をつみいれ、つぎに十七人の一ヵ月分の食料、つぎに武器、弾薬、<ruby><rb>被服</rb><rt>ひふく</rt></ruby>、書籍、<ruby><rb>炊事</rb><rt>すいじ</rt></ruby>器具と食器、望遠鏡と風雨計、ゴム類、つり道具、それだけで船はいっぱいであった。ドノバンはまったく<ruby><rb>快癒</rb><rt>かいゆ</rt></ruby>した。

二月九日にいっさいの準備をおわり、二月十一日、大日本帝国の<ruby><rb>紀元節</rb><rt>きげんせつ</rt></ruby>の日に出発することとなった。その朝は、一天ぬぐうがごとく晴れわたり、さわやかな風はしずかな波にたわむれて、船出を祝うがごとくに見えた。富士男は<ruby><rb>厩舎</rb><rt>うまや</rt></ruby>の戸を開いて諸動物に別れをつげた。

「ゆけ、おまえたちはおまえたちの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>に帰って自由に幸福であれ。ぼくらもまたいまぼくらの<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>へ帰るのだ」

さっとひらく戸とともに、たくさんの鳥はいっせいに美しいつばさを朝日にかがやかして、まっしぐらに<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>高く飛んだかと思うと、やがてまた一同の頭の上ちかく三回ほどまわって、やがてふたたびかなたの森をさして飛び去った。ラマとだちょうはしばらくもじもじしていたが、自分が開放されたと気づくやいなや、うしろも見ずに長い<ruby><rb>脛</rb><rt>あし</rt></ruby>をひるがえして走り去った。

ドノバンは<ruby><rb>艫</rb><rt>とも</rt></ruby>のイバンスのかたわらにすわった。富士男はモコウとへさきのほうにすわって帆を<ruby><rb>監視</rb><rt>かんし</rt></ruby>した。船が動くとともに一同は左門洞にむかって三拝した。

「さようなら左門先生！　あなたののこした<ruby><rb>足跡</rb><rt>そくせき</rt></ruby>によって、少年連盟は、二年の<ruby><rb>露命</rb><rt>ろめい</rt></ruby>をつなぐことができました」

富士男は<ruby><rb>感慨深</rb><rt>かんがいぶか</rt></ruby>い顔をして、また、一同にむかっていった。

「諸君！　もしこの世に、<ruby><rb>先輩</rb><rt>せんぱい</rt></ruby>というものがあって後進の路をひらいてくれなかったら、人生はいかに暗黒なものとなるであろう。それと同時に、ぼくらもやがて先輩となるときがくる。ぼくらはあとにくるもののために、もっとも正しき人となり、もっともよき人となるべく<ruby><rb>努力</rb><rt>どりょく</rt></ruby>しなければならん。左門先生の<ruby><rb>遺徳</rb><rt>いとく</rt></ruby>を思うとともに、ぼくらもまた、第二の左門先生となりたいものだ」

「賛成賛成」

少年の声は一度におこった。船はしずかにニュージーランド川をくだる。

オークランド岡が森の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>にきえたとき、一同の顔にさびしい色がうかんだ。明け暮れここで死活をともにした十五少年の二ヵ年、<ruby><rb>斯山斯水</rb><rt>しざんしすい</rt></ruby>、なじみの深いこの陸地と、いま永久に別れるのだ。人々の眼に涙がうかんだ。

その夜はサクラ湾に一<ruby><rb>泊</rb><rt>ぱく</rt></ruby>して、翌朝<ruby><rb>船尾帆</rb><rt>せんびほ</rt></ruby>と船首の三<ruby><rb>角帆</rb><rt>かくほ</rt></ruby>を張っていかりをぬいた。船はしだいしだいに南方にむかい、八時間ののちには、南の<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>をめぐって、チェイアマン島を北方地平線に見送った。

二月のなかばにはすでにスミス海峡をすぎて、マゼラン海峡の入り口にきた。右方にはセントアーン山高くそびえ、左方にはボウフナルト湾のきわまるところに、<ruby><rb>参差</rb><rt>しんし</rt></ruby>として白雪が<ruby><rb>隠見</rb><rt>いんけん</rt></ruby>している。これはかつて富士男が希望湾から望み見た、白点であった。

イバンスの<ruby><rb>目算</rb><rt>もくさん</rt></ruby>は、フロワード岬をすぎて、パンタレーナまでゆくつもりであったが、だが二十日の朝、みさきにあったサービスがとつぜんさけんだ。

「煙だ煙だ」

「漁船の火だろう」とゴルドンがいった。富士男はするすると<ruby><rb>帆柱</rb><rt>ほばしら</rt></ruby>にのぼってさけんだ。

「汽船だ！」

いかにもそれは汽船であった。船は八、九百トン、まさに一時間十一、二<ruby><rb>浬</rb><rt>かいり</rt></ruby>を走っている。少年らは手に手に銃をとって連発しては、また<ruby><rb>歓呼</rb><rt>かんこ</rt></ruby>の声をあげた。汽船は銃声をきいてわが船に気がついたか、しずかに方向を転じてこちらに近づいた。

十分間ののちには少年らのボートは、勇ましく汽船の下につながれた。汽船の名はグラフトン号で、<ruby><rb>豪州</rb><rt>ごうしゅう</rt></ruby>航行の<ruby><rb>中途</rb><rt>ちゅうと</rt></ruby>であった。船長ロングは、さっそく一同を本船にむかえいれ、その<ruby><rb>遭難</rb><rt>そうなん</rt></ruby>のてんまつをきいた。

「おうそれじゃ、一昨年ゆくえ知れずになったので、新聞をにぎわしたサクラ号の少年諸君が、ぶじであったのか」

船長はおどろいていった。

「そうです、それはぼくらです」

「よし、それでは諸君のために、航路を変じてオークランドに<ruby><rb>直航</rb><rt>ちょっこう</rt></ruby>し、諸君を本国へ送ることにしよう」

情けある船長のとりはからいにて、これから一路<ruby><rb>平坦</rb><rt>へいたん</rt></ruby><ruby><rb>砥</rb><rt>と</rt></ruby>のごとき海上を<ruby><rb>談笑指呼</rb><rt>だんしょうしこ</rt></ruby>のあいだにゆくことになった。

三月三日！　汽船はぶじオークランド湾についた。かえりみれば一昨年二月十四日の夜、ここを流れでてから満二ヵ年あまりになった。

「サクラ号の少年たちがぶじ帰国したぞッ」

この声がニュージーランドのすみからすみにつたわった。少年たちの父母は死んだ子が再生したとばかり、取るものも取りあえずはせあつまっては、抱きしめだきしめ<ruby><rb>接吻</rb><rt>せっぷん</rt></ruby>の雨を降らした。

新聞社は特大の活字もて、このめずらしき<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>少年の記事をかかげた号外を発行した。ニュージーランドの<ruby><rb>市街</rb><rt>しがい</rt></ruby>は、少年連盟のために熱狂した。

富士男は毎日毎夜、諸学校、<ruby><rb>諸倶楽部</rb><rt>しょクラブ</rt></ruby>等の依頼に<ruby><rb>応</rb><rt>おう</rt></ruby>じて、<ruby><rb>遭難</rb><rt>そうなん</rt></ruby>てんまつの講演にいそがしかった。その会場はいつも満員で、市民はせめてその顔なりと一目見ようと、門外にたたずむもの何千人をもってかぞえられた。富士男が<ruby><rb>克明</rb><rt>こくめい</rt></ruby>にしるした遭難日記が出版された。それは見る見る売り切れとなって、全国の少年はこの日記を読まないことを恥とした。日記は<ruby><rb>仏</rb><rt>ふつ</rt></ruby>、<ruby><rb>独</rb><rt>どく</rt></ruby>、<ruby><rb>英</rb><rt>えい</rt></ruby>、<ruby><rb>日</rb><rt>にち</rt></ruby>、の各国語に<ruby><rb>訳</rb><rt>やく</rt></ruby>された。

オークランドの市民は、イバンスのために<ruby><rb>義捐金</rb><rt>ぎえんきん</rt></ruby>を集めて一せきのりっぱな商船を買い、これにチェイアマン号と名をつけておくった。

ケートは富士男、ガーネット、イルコックらの父母から、しきりに永久客分として<ruby><rb>招聘</rb><rt>しょうへい</rt></ruby>せられたが、かの女はいずれにも<ruby><rb>応</rb><rt>おう</rt></ruby>じなかった。そこで十五少年の父母は<ruby><rb>醵金</rb><rt>きょきん</rt></ruby>をしてケートのために<ruby><rb>閑雅</rb><rt>かんが</rt></ruby>な幼稚園を建て、その園長に<ruby><rb>推薦</rb><rt>すいせん</rt></ruby>した。

まもなく市民は大会を開いて、十五少年<ruby><rb>推奨</rb><rt>すいしょう</rt></ruby>の<ruby><rb>盛宴</rb><rt>せいえん</rt></ruby>を張った。そのとき市長ウィルソン氏の演説大要は左のごとくであった。

「いま十五少年諸君の行動を<ruby><rb>検</rb><rt>けん</rt></ruby>するに、<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>に<ruby><rb>処</rb><rt>しょ</rt></ruby>して<ruby><rb>屈</rb><rt>くっ</rt></ruby>せず、事に<ruby><rb>臨</rb><rt>のぞ</rt></ruby>んであわてず、われわれおとなといえども及びがたきものがすこぶる多い。そもそも富士男君の<ruby><rb>寛仁大度</rb><rt>かんじんたいど</rt></ruby>、ゴルドン君の<ruby><rb>慎重熟慮</rb><rt>しんちょうじゅくりょ</rt></ruby>、ドノバン君の<ruby><rb>勇邁不屈</rb><rt>ゆうまいふくつ</rt></ruby>、その他諸君の<ruby><rb>沈毅</rb><rt>ちんき</rt></ruby>にして<ruby><rb>明知</rb><rt>めいち</rt></ruby>なる、じつに<ruby><rb>前代未聞</rb><rt>ぜんだいみもん</rt></ruby>の<ruby><rb>俊髦</rb><rt>しゅんぼう</rt></ruby>であります。とくに<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>にたえざるは、十五少年諸君が心を一にして一糸みだれず、すべて連盟の<ruby><rb>規約</rb><rt>きやく</rt></ruby>を<ruby><rb>遵守</rb><rt>じゅんしゅ</rt></ruby>したる一点であります。<ruby><rb>日英米仏伊印独支</rb><rt>にちえいべいふついいんどくし</rt></ruby>、八ヵ国の少年は、おのおのその国を<ruby><rb>異</rb><rt>こと</rt></ruby>にし、人種を異にしておりますが、その共同精神、すなわち国籍や人種を<ruby><rb>超越</rb><rt>ちょうえつ</rt></ruby>した、世界人類という大きな気持ちの上に一致したということは、やがてわれわれおとなどもが、国際的の小さな感情をすてて、全世界の幸福のために一<ruby><rb>致共同</rb><rt>ちきょうどう</rt></ruby>しうべきことを、われわれに教えたものであります。われわれが実行せんとしてあたわざりしものを、十五少年諸君がまず実行された、これじつにおどろくべきことではありませんか。共同一致の力は、二年間の風雨と戦って、全勝を<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>めました。われわれは少年諸君にあたえられた、この教訓を<ruby><rb>閑却</rb><rt>かんきゃく</rt></ruby>してはなりません、わたくしはいま世界平和の天使として、少年連盟を<ruby><rb>礼賛</rb><rt>らいさん</rt></ruby>したいと思います」

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付記　名犬フハンは、いたるところ市民のごちそうを受け、そのために一時は<ruby><rb>腸</rb><rt>ちょう</rt></ruby>をわずらいしが、ほどなく全快、いまは数十頭の子を生んで、しごく<ruby><rb>強健</rb><rt>きょうけん</rt></ruby>に暮らしている。