私が或る特殊な縁故を<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>りつつ、<ruby><rb>雑司</rb><rt>ぞうし</rt></ruby>ヶ<ruby><rb>谷</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>鬼子母神</rb><rt>きしもじん</rt></ruby>裏<ruby><rb>陋屋</rb><rt>ろうおく</rt></ruby>の放浪詩人<ruby><rb>樹庵次郎蔵</rb><rt>じゅあんじろぞう</rt></ruby>の間借部屋を訪れたのは、<ruby><rb>恰</rb><rt>あたか</rt></ruby>も秋は<ruby><rb>酣</rb><rt>たけなわ</rt></ruby>、鬼子母神の祭礼で、平常は真暗な境内にさまざまの見世物小屋が立ち並び、嵐のような参詣者や信者の群の<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>話声と共に耳を<ruby><rb>聾</rb><rt>ろう</rt></ruby>するばかりの、どんつくどんどんつくつくと鳴る太鼓の音が空低しとばかりに響き渡る、<ruby><rb>殷賑</rb><rt>いんしん</rt></ruby>を極めた夜であった。

樹庵次郎蔵、――無論仮名ではあるが、現在この名前を覚えている者は<ruby><rb>尠</rb><rt>すくな</rt></ruby>い。が、“On a toujours le chagrin\.”（「人にゃ苦労が絶えやせぬ」）――こう云う人を喰った題名の<ruby><rb>道化芝居</rb><rt>ピュルレスク</rt></ruby>が一九三×年春のセイゾン、フランス一流のヴォドヴィル劇場Ｏ座によって上演せられ、偶然それが当って一年間ぶっ通しに打ち続けられたことのあるのを、読者は記憶しておられるかも知れぬ。この作者がわが樹庵次郎蔵であった。

幼少時代から身寄り頼りのない生来の漂泊者樹庵は、その青年時代の大半をフランスで送った。皿洗い、コック、自動車運転の助手、職工、人夫、艶歌師、<ruby><rb>女衒</rb><rt>ぜげん</rt></ruby>、などなど、これらの<ruby><rb>生業</rb><rt>なりわい</rt></ruby>と共に社会の裏側に<ruby><rb>蠢</rb><rt>うご</rt></ruby>めき続け、その時も尚パリの裏街、――貧しい詩人や絵描きや音楽家や、そしてそれらの中の埋もれたる逸材を発見して喰いものにしようとする飢えたる狼の如き、卑しい利得一点張りの本屋や画商やが朝から晩迄<ruby><rb>犇</rb><rt>ひし</rt></ruby>めき合う雑然たる長屋区域Ｑ街の一隅の屋根裏の部屋にとぐろをまいていた頃、次郎蔵の懐ろに巨額の上演料が転げ込んで来た。<ruby><rb>乃</rb><rt>そこ</rt></ruby>で彼は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち仲間の放浪芸術家たちを呼び寄せ、カフェからカフェへ居酒屋から居酒屋へ、久々で盛大なる「宴会」を催おし浩然の気を養った挙句、単独でモナコへ渡り、<ruby><rb>賭場</rb><rt>とば</rt></ruby>モンテカルロですっからかんになると、突然日本に郷愁を感じたものか、再びもとの懐しい<ruby><rb>紡縷</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>うて、孤影<ruby><rb>瀟然</rb><rt>しょうぜん</rt></ruby>として帰来したのである。

かくて樹庵次郎蔵は、約一年間、フランシス・カルコばりの憂愁とチャアリイ・チャップリンばりの<ruby><rb>諧謔</rb><rt>かいぎゃく</rt></ruby>を売りものにわが国のジャアナリズムに君臨していたが、天成の我儘な放浪癖は窮屈な文壇にも馴染まず、一時の名声も陽炎のようにたまゆらにして消え去って行った。

私が訪れた夜は<ruby><rb>恰度</rb><rt>ちょうど</rt></ruby>彼樹庵は、見すぼらしい衣を身に纏い、<ruby><rb>天蓋</rb><rt>てんがい</rt></ruby>を被った蒼古な<ruby><rb>虚無僧</rb><rt>こむそう</rt></ruby>のいでたちで、右手に一管の笛、懐ろにウィスキイを忍ばせつつ、さて境内へ喜捨でも乞いに行かんかなと云うところであった。

三十分の後、樹庵と私とは往来は雑踏ではあったが比較的太鼓の音の響いて来ない、或る支那料理屋のがたがたテエブルに向い合った。彼の最も愛好する安酒が彼の五官に浸透するに<ruby><rb>伴</rb><rt>つ</rt></ruby>れ、暗鬱な無口が次第に<ruby><rb>滔々</rb><rt>とうとう</rt></ruby>たる<ruby><rb>饒舌</rb><rt>じょうぜつ</rt></ruby>に変わり、どこかこう、映画俳優の So\-jin に似た<ruby><rb>瑰琦</rb><rt>グロ</rt></ruby>な、不敵の、反逆の、そして太々しい好色の瞳をぎょろつかせながら云った。

「――そんなにききたいならはなしてもいい。題して『放浪作家の冒険』てんだ。名前は勇ましいがなかみはナンセンスだ。さあ、お御酒がまわったから一気にしゃべるぞ！」

と云うわけで、以下はとりもなおさずその再録である。

但し、文中の地名は、或る必要から曖昧にした。

そう、あの晩はばかにむしゃくしゃした晩だった。もっとも、おれのようになんのあてもなく自堕落な生活をおくっているものに、むしゃくしゃしない日なんかありようがないが、あの晩はとくべつ、淋しく腹立たしい、いやな晩だった。でなければもはや、どんな空想の余地すらも、残っていないあんなところへ、だれがゆくものか。そのころおれは、Ｑ街の陶物屋のあたまのつかえそうな屋根裏に寝起をしていたが、窓からそとをのぞいてみると、ＶホテルやＮ寺院やＥ門やの壮麗な建物の屋根々々や尖塔に、寒月が水晶のようにかたァく凍りついて、雲の断片さえもみえぬたかい夜空が白日のように皎々とかがやき、まるでね、陽気が日本の冬のように、音をたてずに肌をとおす底びえのする寒さだった。寒いとおれはきまって腹立たしくなるうえに、じつはめずらしくはいった詩の原稿料で、近所のカフェにはたらいている Lulu という女をつれだし、ひさしぶりでどこかのホテルでブルジョア気分でも味おうと思っていったのだが、リュリュのやつ、もみあげのながい赤いワイシャツをきた絵かきふうの、ロシヤ人らしい青二才とひっついていて、おれのほうはみむきもしないのだ。<ruby><rb>業腹</rb><rt>ごうはら</rt></ruby>だった。のみすけのおれのことだからべつにやけ酒じゃないのだが、端からみたらそうとれるかもしれぬ。ともかく相当あおってそこをでてからタクシーをねぎって、Ｑ街からＳ河の橋をわたって一時間たらずのところに一画をなしている、ある裏街区域へすっとばすことにした。<ruby><rb>腹癒</rb><rt>はらい</rt></ruby>せもあったが、空にひっかかった月からがして、何かこうおれたちをいじめつけるようにきびしく、ロマンティックで、反撥と誘惑のようなものから、なにかめずらしい冒険のようなものを求めようとする人間の、よわいあえぎかもしれぬ。

どこのどんな文明国にも表があれば裏のあるのはあたりまえのはなしだ。そこはまあ、仮にＸ街の裏通りとよんでおくが、東京でいえば川向うの世界のようなところで、ひととおりは<ruby><rb>婬惨</rb><rt>いんさん</rt></ruby>で、不潔で、犯罪むきにできている。表に文化の花のほこらしげに爛漫とさきにぎわえば、賑わうほど、裏側にはどぶどろや<ruby><rb>塵埃</rb><rt>じんあい</rt></ruby>やかすが、人目をさけてひとつところによどんでしまう。表通りはふつうの薬局や八百物屋や雑貨店などのせわしげにたちならぶ商店街だが、その商店と商店との間にもうけられたほそい路地へ一歩はいりこむと、そこはもう別世界だ。そこがそれ、君だって先刻御承知のところだろう。

着いたらすでに夜もおそく、どうしたわけかばかに不景気だ。なにしろ、めずらしい寒さではあるし、もうそんな遊び場に夢をもつような男はいなくなったのだろう、いっときのようにひやかしもながれていず、お茶っぴきがあっちの窓こっちの戸口にうろうろしていて、<ruby><rb>職業</rb><rt>しょうばい</rt></ruby>の情熱もうしなったように、煙草のけむを輪にふきながら、へんにものかなしい亡命的な小唄を<ruby><rb>口吟</rb><rt>くちずさ</rt></ruby>んでいたり、下水にむかってへどをはいているという始末……。かたい、こちこちの<ruby><rb>木煉瓦</rb><rt>もくれんが</rt></ruby>の路地をあるくおれの靴音がこつんこつんとひびいて、その気配に売れのこりが、ちょいとちょいと、とよびかけるのだが、その声がまたぶきみなほど婬惨で、なさけないくらいの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">栄養不良</span>ぶりだ。

そういう女たちを尻目にかけ、それとなく左右に眼をくばりながらあるいてゆくおれの足が、こつんとそれきり、ある小さな飲み屋ふうの家の戸口のところでとまってしまった。その家のまえにたってじっとおれの近づくのをまっている女が、なんと日本娘じゃないか。毛皮ではあったが、もはやところどころの抜けおちたみすぼらしい黒外套に、ふちのみじかい真赤な<ruby><rb>帽</rb><rt>ベレー</rt></ruby>を真黒なふさふさした、眉のかくれるくらいまでにあふれた髪のうえにかるがるとのせて、両手をポケットに奥ぶかくいれ、足をかさねて入口のドアによりかかっているすがたが、青オい電燈の灯をあび、さそうような<ruby><rb>幽艷</rb><rt>ゆうえん</rt></ruby>さをたたえていた。日本の女がよその国へきてこういう種類の女になるということにべつだん不思議はないし、センチメンタルになるほどおれも若くはないが、なにかのはずみで米のめしがくいたくなるように、<ruby><rb>産毛</rb><rt>うぶげ</rt></ruby>のはえていない肉のしまった肌や黒い眼黒い髪がとつぜん恋しくなる時があるものだ。売れのこりだからいずれにしても美人じゃないし、日本人としてもとくに鼻もひくく眼もほそすぎ、どこにでもころがっている下らぬ女には相違ないのだが、おしろいけのない、一見<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しろうと</span>女にもみえる、そのみじまいの無雑作なところが、ちぢらし髪やどくどくしい口紅やいたずらに Actif な<ruby><rb>紅毛</rb><rt>こうもう</rt></ruby>女のエキゾティシズムにはあきあきしている矢先とて、柄にもなく日本へのノスタルジアを感じさせたのだろう。おれは奇態なほどその女にひきつけられてしまった。おれはなかばこころに決めかけながら、しかし声のわるいのだけはごめんだから、はっきりしたわれわれの言葉で、はなしかけてみた。

「今夜はばかに不景気だな」

すると女は、にこりともせず、ただかさねていた脚をはずしすっくとたちなおるようにして、声だけはつくり声のいくぶんか訴えるような、かなしげな、そのくせ態度は淫売婦どくとくのふてぶてしい人をくった冷淡さをみせて、ささやくような日本語で応じた。

「あら、あんた日本人なのね。うれしいわ」

こうはいうものの少しもうれしそうではないのだ。

「――今夜はこんなに不景気だし、いつまでここにこうしてもいられないから、ね、おねがいするわ、ね」

「まえから、ここにいたのか」

「いいえ、ついさいきん」

「それまでどこにいた」

「ある絵かきさんのモデルをしてたんだけど、いろんなことがあってね、いまじゃこんなところではたらくようになったの」

女はさらに近より真白な両手をだしておれの右手をぎゅっとにぎりひきよせようとした。

「――ね、そんなことどうだっていいじゃないの。こうしてるとこをみつけられると<ruby><rb>煩</rb><rt>うる</rt></ruby>さいんだからさ」

声も耳ざわりのいい東京弁だが、それにもましてすっくとたった姿かたちが、胸のふくらみからゆたかな腰の線へかけてくりくりしまった素敵な肉づきなのだ。ほのくらい色電気のながれた異国の暗黒街に、どういう過去をもつかしらぬが、ひとりの日本の淫売婦がたっている、むろん正常じゃないが、婬惨な、ダダ的な情欲がながれて、おれの脳神経をあまずっぱく刺戟した。女はおれの甘チャンぶりをはやくも洞察したのであろう。くるりと背中をむけると、相変らずその眼は不愛想でニヒリスティックではあったが、くいいるようなながしめをあたえつつ、小猫のように音もなくさきにたってあるきだした。おれがそのままずるずると女のあとにしたがったのはいうまでもない。しばらくはおれと女の靴音が虚無にひびいた。月は表通りの屋根にかくれ、ただたちならぶ娼家の不安気な色電気が路地から路地へさしこんでいるのみで、さきへゆく女のすがたが闇のなかにきえるかと思えばまたふうわりと浮びでて、みえつかくれつ、さいごにとある路地のあいだに吸われるようにかくれた。

上ってだいいちにおどろいたことは、その娼家が、やすぶしんではあるがとほうもなくひろいということだ。路地からみかけたところでは階下も二階も二間かせいぜい三間ぐらいだろうと思われたが、うすくらいなかにリノリュウムばりの廊下がにぶく光りながら前方にながくつづいていて、つきあたってなお右左にわかれている。その廊下の両側が女たちの居部屋であるらしく、時折、男のしわぶきやひそひそばなしが陰々としてきこえてくるところをみると、今がラッシュ・アワアであるらしい。このアパアトメントふうの家を女について二三間ゆくと、右手に階段があって、それをのぼりきると<ruby><rb>踊り場</rb><rt>ランディング</rt></ruby>からさらに廊下が前方にのびているらしく、それ自身迷路のような風がわりな構造にあっけにとられていると、女はとつぜんこづくようにおれを左手の小部屋におしこんだ。いったい幾間あるのか見当もつかない。この家は路地の角にあるのではなく、両隣とうしろがおなじような家々と密接しているので、ことによったらそれだけの大きな家を、外観だけ三軒ないし四軒にわけたのかもしれぬと思った。事実こういう家は日本でもめずらしくない。

部屋へはいると女は、さっきの水のようなつめたい態度とはうってかわって、わびしい異郷にあっておなじ日本人にであったというよろこびを誇張して、さもさもなつかしくてたまらぬといったあんばいで必要以上に濃厚な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しな</span>をしてまといついてくる。

「うれしいわ、うれしいわ、うれしいわ」

などといいながら部屋のまんなかで、首にだきついてぐるぐるまわったりするので、すくなからずおれは面喰った。

じいっと耳をすますと隣室やほうぼうの部屋々々の壁をとおして、えへんえへんとのどをきる音やぼそぼそいう会話がきこえてくる。のんきな人間にゃきこえないのだろうが、おれの聴覚はドビュッスイのように鋭敏だ。戸外が死のようにしずまりかえって、家がひろすぎたりして、なにかこうおっかない事件がおこりそうな、場所が場所だけにひどくぶきみな思いをした。

おれの体があまり健康でないということは説明するまでもないだろう。ひるよる逆のまるで<ruby><rb>梟</rb><rt>ふくろう</rt></ruby>のような日々をおくっている体には、ながねんの夜露が骨のずいまでしみこんでいて、五年や十年の摂生でははらえそうもない。なまじいはらおうとも思わぬ。なんのための摂生だろう。なんのための養生だろう。摂生といい養生といい、どこにもたよるべき家郷をもたぬ永遠のヴァガボンド、よせうつ<ruby><rb>寂寥</rb><rt>せきりょう</rt></ruby>と孤独と絶望の波をたえず頭からひっかぶっているおれにとって、それはまるで泡みたいなものだ。おなじ泡なら泡盛のほうがいい。ヴェルレエヌじゃないが、「げに我れはうらぶれて、ここかしこさだめなく、飛び散らう落葉かな」というわけで、自慢じゃないが婦人病以外の病気はたいていわずらった。なかでも業病は腹だ。日本にいる時からとんがらしをぶっかけた牛シャリやワン・コップで腸の壁面をすっかりただらせてしまったのだろう、きたないはなしだが、下痢でない日はない。人は腹だというとばかにするが、なかなかどうして、こいつがもてあましもんなのだ。酒の気がきれるときまって左っ腹が、大腸とかいうところがしくりしくりといたみだす。で、その晩もアルコオルがきれたので、こういうことだけはパンクチェアルに、しくしく便意を催おしはじめた。便所はどこだと女にきくと、そこの階段をおりて廊下を右にいって、つきあたってから左へいったところだというややこしい返事なので、そいつを口んなかでくりかえしながら、<ruby><rb>蹠</rb><rt>あしうら</rt></ruby>にひんやりするスリッパの音をぺたつかせて廊下をつたっていった。

腹がさっぱりするまでかなりながい時間がかかった。さて部屋にかえろうと廊下をもどってゆくうちに、さっきまがった角がわからなくなってしまった。とにかく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かん</span>で、さいしょの階段ににかよったところまででたが、なにぶんひろい家なので、ここだと確信はできない。酔いがさめたためにかえって勝手のわからなくなることはよくある。まごまごすればよけいまよいこんでしまいそうなので、なんとかなるだろうという気で、眼のまえの階段をあがっていった。廊下をはさんでおなじような部屋がふたつ、むかいあってならんでいる。たしか左の部屋だったと、無造作にあけようとした瞬間、その部屋のなかから、<ruby><rb>気息奄々</rb><rt>きそくえんえん</rt></ruby>たる女のうめきがきこえてきたから、たまげた。

さあ、これからがはなしだ。

まさにあけようとしたおれの手ははっと息をころすと同時に、ドアのノブにひっついたまま動かなくなってしまった。なにか殺伐な事件がなかでおこりつつあるに相違ないと直感したのだ。もどろうか、そのまま様子をうかがっていようかと、ちょっとのま思案したが、そうこうしているうちにも苦悶の吐息は遠慮会釈もなく、おしつぶされたようにひびいてくる。おれの眼はほとんど本能的にドアの隙間に吸いついた。たてつけのわるい<ruby><rb>蝶番</rb><rt>ちょうつがい</rt></ruby>のゆるんだドアのボタンが穴にきっちりはまらないで、しめたつもりでもわずかではあるがななめの隙間をつくり、そのまま動かなくなる時があるものだ。ちょうどその時がそうで、ドアとドアの接する壁との合わせ目の下方に、四五分の隙間があいている。相手がのぞかれていることをしらない場合の隙見ほどおもしろいものはない。「隙見のトム」をきどりつつ、が、その場合にかぎりおもしろいなどという余裕のある気持でなく、むしろ機械的に、心中は<ruby><rb>戦々兢々</rb><rt>せんせんきょうきょう</rt></ruby>と、その堺い目に吸いついてしまった。

なかは一瞥して自分の部屋でないことがわかった。というのは、そこは畳数にしていえば十二畳余のひろさで、つきあたりの壁まで約四間はあり、視野が隙間に応じて底辺三尺くらいの三角形にくりぬかれ、正面の壁際にベッドのなかばがみえ、そのうえで縄でしばられた女の真白な下半身が陸にあげられた魚のようにぴょんぴょんとびはねている。しかも、おれののぞいている鼻のさきにはひとりの黒服をきた男が、女の奇妙なありさまをじいっとみつめているらしく、二本の足が脚立のようにつったったまま微動だにしない。いったいなにごとがおこっているのだろうと、もちまえの好奇心が湧然とむらがりおこり、そっと体をずらせてななめに顔をおっつけ、女の顔をみるために必死の横目をつかったもんだ。ところがどうだ、そのベッドのうえでは殺人がおこなわれているではないか。

加害者は台上に膝をついて女の首にズボンのバンドをまき、ぐいぐいしめつけているので、確実な身長はわからなかったが、奇型といいたいほどの極端な小男で、しかも兇悪無惨な、おれはあんな人相のわるい男をみたことがない。ドストエフスキイの「死の家の記録」にでてくる兇暴無類の囚人ガアジンという男もかくやと思われるようなやつで、生得の殺人者とはああいう男のことをいうのだろう。眼がぎょろりとしていて、樽柿のようなししっぱなで、唇はあつく前方につんでていて、眉と生え際がつづいていると思われるほど額がせまく、しかも刑務所からでてきたばかりなのか、まだのびきらぬ頭髪を日本の職人のように角苅りにしていて、まことに不調和なことに、柄にもなく衣裳だけはりっぱな、ふとい棒縞のパジャマをまとうている。満面を<ruby><rb>猅々</rb><rt>ひひ</rt></ruby>のように充血させ、バンドをしめるたびに、女はううん、ううん、とうめく。半裸の肢体は荒縄でたかてこてにしばられ、髪をみだし、そのうえさるぐつわをかまされているので人相はよくわからなかったが、じいとみつめているうちに思わずあっとでかかる息を力まかせにおさえつけた。

その女こそさっき迄おれの部屋にいたあいかたじゃないか。いったいこの部屋でなにがおこなわれているというのだ。むろん人殺しだ。眼のまえの脚立のようにつったっている男はだれだろう。どういう料簡で人を殺害させ、それを身動きもせず見物しているのだろう。そういえば部屋の模様もなんとなくへんだ。妙に古めかしい壁かけがさがっていたり、王朝ふうの蒼味をおびた椅子や花瓶がおいてあったりして、――などと、ばくぜんとこんなことを考えているうちに、自分がいま、いかにけんのんな状態にいるかに気がついた。こうしちゃあおられぬ。まごまごしているととんでもないとばっちりをくわねばならぬ。ながいは無用と腰をあげたとたん、部屋のすみからとつぜん男の陰気なバスがこういった。

「そうだ、もっとしめろ、もっともっと」

室内にはもうひとりの別人物がいたのだ。と同時に、それまでからくもささえられていたななめのドアが、身動きのために、かすかではあったが、――ことん……と音をたてて、五分以上もただしい位置にあいてしまった。しまったとばかり、ぴたりと息をころすと、それまでまばゆいくらいに煌々とかがやいていた電燈が、――ぱちいん……という暗示的なスウィッチの音とともに、まっくらになった。とりもなおさず、やつらはおれの隙見にかんづいたのだ。さあこまった、一刻もゆうよはしていられぬ。たんなる隙見だけでも、こういう家の風習として極端にいやがり、半ごろしにするくらいだから、おそるべき秘密をしられたやつらは、うむをいわせずおれの首にも魔手をのばしてくるに相違ない。よオし、くるならこいという身がまえで、しかし多分にびくつきながら、眼のまえのドアのひらかれるのを今か今かとまった。

だが、この家でこれ以上のさわぎをおこすことはやつらにとって不利だとでも思ったのか、しいんとしずまりかえって身動きのけはいすらきこえない。やつらも息をこらしているのだ。もはや天国にたびたったのか女のうめきもきえていた。にげればにげられるぞとかんづいたので、蟻ほどの音もたてぬよう全身をよつんばいに凝固させたまま、一進ごとに念をいれて廊下をはえずり、右手の部屋のドアをあけた。そこがおれの部屋だったのだ。気をつけてみると前後に階段があるので、右左が逆になっていたというわけなのだ。大急ぎでみじたくをととのえ、最初の階段をおりて出口へで、ネクタイもむすばずに戸外へとびでた。夜半はいまその高潮にたっしたのであろう、相変らず青水晶のような透明な月が魔窟のてっぺんにのぼって、きた時くらかった路地々々やはげおちた屋根々々をひるまのようにさえざえとてらしている。ああ、この妖街の一隅で、おれのあいかたがころされた、ころされるところをみてしまった、とこう思うと、ばかばかしいことだがぞオっとして、路地を足ばやにかけぬけ、こきざみに表の商店街のほうへはしっていった。

ところがどうしたことだろう、あながちにさっきの殺人事件と関係があるとは思えないのだが、客待ちのタクシーが一台もみあたらぬ。こうなったらあるいてかえるより道がない。あるいてかえったとて、おれの下宿まで二時間ばかりだからたかがしれているし、それに夜道はなれている。おれは頭のなかで、克明に道順をかんがえつつ、ねしずまった深夜の<ruby><rb>街衢</rb><rt>まち</rt></ruby>をとことことあるきはじめた。ところどころでさびしい灯を鋪道にはわさせている立飲屋で、アタピンをひっかけちゃあ元気をつけてあるいてゆくうちに、さむさはさむいが風がないだけに歩行がらくで、ひととおり背後をふりかえってからせんこくの奇態な殺人事件を、もういちどかんがえてみた。

まず、なぜあのじごくがあの家でころされなければならないかという理由だ。不愛想で、陰気で、みようによってはなんとなく秘密ありげな女だったが、ふっと、ああいう特殊な社会の脱走者にたいする刑罰が、いかに苛酷をきわめたものであるかに思いあたった。なるほどあの女は、他国にいて、ああいう社会には適さぬ、いかにも脱走すらしかねまじい反逆的な女だ。柔順につとめあげるためには、やけならやけなりに、もっとほがらかでなくてはいけない。脱走がぜったいといってもいいほど不可能なあの社会で、こっちから手をくだしてあやめるというのは損得からいっていかにもあわないはなしだが、同業の女たちへのみせしめから、さきざきあまりかせげそうもない女をことさらねむらせてしまうというはなしはきいたことがある。

現場に、加害者のほかにふたりの男がいて、なにやら指図をしていたという点からも、こうかんがえられないことはない。たぶん、抱主か土地ゴロに相違あるまい。ああ、とんでもない女にかかわってしまったもんだと、すくなからず腐りつつ夜の街をあるいていった。

やがて、みおぼえのあるＳ河にかかるＭ橋のたもとに、やっとたどりつくことができた。ここまでくればもうだいじょぶだと、おれの足はいっそうはずんできた。

夜半の洋々たるＳ河のながめは思ったよりよかった。鏡のようにすみわたった大空にはいつあらわれたのか丘のような白雲がのろのろとながれ、左岸にそびえる<ruby><rb>騏麟</rb><rt>きりん</rt></ruby>の首みたいなＥ塔の尖端や、河中にもうろうとうかぶＮ寺院の壮厳なすがたや、点々とちらばる対岸の灯、前後に架せられたあまたある橋のあかりが、青黒い、暗愁の、ものうげにゆれている河面にゆめのような華彩の影をおとし、いまやＳ河は、奇っ怪千万な深夜の溜息をはいているのだ。おれはそこにたたずんだまま、しばしはせんこくの戦慄もうちわすれ、河よ、いかなれば汝、かくもくるおしくわが肺腑をつくぞ、とせりふもどきでつぶやきつつ、<ruby><rb>淼漫</rb><rt>すいまん</rt></ruby>たる水のながれをながめていた。たかい月がおれの頭のうえにあった。するうちに気分がだんだん幻想にひやくしていって、今夜の事件はカルコあたりにはなしてやれば、器用な先生のことだから、“L'homme traqué”ばりの犯罪夜話をでっちあげるかもしれぬぞと思い、それとなくその散文のアトモスフェエルを、ああでもないこうでもないとかんがえはじめた。人殺しのあった娼家に「その夜の男」がなにか持ちものをおきわすれて容疑者に擬せられる、こういう恐怖心理もトリヴィアルではあるが微細に描出すればすぐれたロマンになるかもしれぬ、その証拠物件にはなにがいいだろう、万年ペンはどうかな、万年ペン、万年ペン、万年ペン……とぼんやりつぶやいているうちに、はっとあることに気づいて、あわてて体じゅうのポケットをさぐった。

ない、ないんだ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おれの</span>万年ペンが。

おれはとんでもないしくじりをしでかしてしまった。というのは、ひと月ほどまえクリスチャンである友人の結婚記念に贈呈をうけたイニシアルＪ・Ｊときざまれた総銀製大型の万年ペンを、問題の家におきわすれてきたことをその時はじめて気がついた。いや、おきわすれたのじゃない、それまでどこへゆくにもその万年ペンだけはしょっちゅうもちあるいていたのだが、部屋へおしこまれた時、くれくれとせがまれるのも煩さいと思ったから、相手の気づかぬうちにすばやくべつのポケットにうつしたつもりだったのが、そのぶきような動作がかえって女の注意をひいたらしく、よほどの貴重品と思いこんで故意にまといついたりして、そっとすりとってしまったのだ。場所が場所だけに、神聖な友人夫婦を冒涜したような気がし、こころからすまなく思われ、女にせんをこされたまぬけさ加減に身ぶるいするほど腹がたった。ざまあみろ、そういう手癖のわるいやつは殺されるのがあたりまえだと、はるかＭ橋の欄干からＸ街の屍体をむちうったが、こうなると、万年ペンから足がついておれが「その夜の男」にならぬともかぎらぬ。するともう、いてもたってもいられぬ気持で、足ばやに橋をわたり、もはやのんきに夜道をうろついている気分じゃない、タクシーはないかと前後をみすかすがまず絶望だ。あるけあるけと必死にあるいてゆくうちに、道がつきあたってふたまたにわかれ、右手に Postes &amp; Télegraphes と看板のかかった郵便局、左の角が三階建てのくろい事務所、つきあたりが工事中の軽便食堂らしいかまえのところへでた。この食堂の右の道をはいればもうわけなしだと、すたすた闇のなかへもぐりこんでゆくとね、うしろから、とつぜん、陰にこもった底力のあるよび声がおれの耳にひっかかった。

「おい……おい、ちょいとまちな」

<ruby><rb>憶病</rb><rt>おくびょう</rt></ruby>なはなしだが、ぞオっと水をあびせられたようにうしろをふりかえると、外套も帽子もないずんぐり男が斜めにさしこむわずかな月光のなかに、両手をだらんとたらしたままじいっとこっちをねめつけてつったっている。すかしみて、野郎きやがったな、と思った。その男こそ体にあわぬパジャマをき、まっかになって女の首をしめつけていた例の兇漢ではないか。右手のにぶいうごきにつれ、鋭利なジャック・ナイフがきらきらと月光を反射した。あれからのちのおれの行動を監視していて、口をふさぐためここまで尾行してきたに相違ない。おれだって場数はふんでいるし、剣道には自信がある。喧嘩もまんざらきらいのほうではない。体はもうこれ以上骨がじゃまでやせられないほどの骨皮筋右衛門だが、骨格には自信がある。相手が無手なら三人まではらくにひきうけられるのだが、この場合無手ではなし、しろうとではなし、犯行をしられているだけに必死にとびかかってくるに相違ない。わるくするとおだぶつだ。

おれはできるだけおだやかに答えた。

「なにか用か」

「…………」

「…………」

「――みたか」

男はやがて、おしつぶしたような、かさけのある<ruby><rb>嗄</rb><rt>しわが</rt></ruby>れ声で、眼は依然おれをねめつけながら、ゆっくり、念をおすようにいった。

「みた」

おれがこう答えるのと、男の体がはやてのように体あたりにとびかかってくるのとが、ほとんど同時だった。おれは、まぶたの危険にとずるがごとく、ひらりと体をかわした。と、どすうん、というものすごい音とともに男ははずみをくらって、それまでおれがうしろだてにしていた工事場の材木に骨もくだけよとばかり、空をきって激突した。ふたりは瞬時にしてふたたび二間の距離をおいて相対した。男はいまの空撃でよほどまいったのであろう、とがった口から血をぽたりぽたりとたらしつつ真白な息をはき、胸が波のようにふくれたりちぢんだりしている。あたりは依然として死のような静寂、――十秒ばかりの沈黙があった。

おれの右手三尺のところに腐った<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まるたんぼう</span>がおちている。おれとしてはふたたびきりこんでくるであろう相手の切れものを、なんとかしてはらいおとさねばならぬ。はらえないまでもせめて相手の体の一部分でもうちこまねばならぬ。身をかがめてその棒きれをひろいあげる隙にやつはけもののように突進してくるに相違ないのだが、このままではよほど相手がうぶでなければいっそう敵しがたい。そのうちにもじりじりとせまってくる。もはや一刻のゆうよもない。おれは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いち</span>か<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばち</span>かの<ruby><rb>骰子</rb><rt>さい</rt></ruby>をなげた。案の定敵は、ドスを頭上に<ruby><rb>晃</rb><rt>ひか</rt></ruby>らせつつまえのめりにおっかぶさってきた。おれは体をかがめたまま、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まるたんぼう</span>を両手ににぎって力まかせの「胴」をいれた。その手は男のドスよりもはやかった。男がうめきつつ地上によこだおれになるがはやいか、猟犬が獲物にとびつくいきおいで馬のりになり、めったやたらになぐりつけた。「さそい」の一手が効を奏したのだ。

「かん……かんべん……だ、だんな、かんべん……」

よほどくるしい吐息のしたからきれぎれにこう哀願するやつを、俵でもかつぐようにもちあげて、

「勝手にゆけっ」

と、前方へつきとばした。男は二三度こけつまろびつ、あたかもはなたれた兎のごとくまたたくまに暗闇のなかへ吸いこまれた。

それから急遽表通りへで、Ｑ街の屋根裏にかえったのはもはや夜明けにちかく、ほのぼのと白まってゆく空にそろそろ花の都パリがうごきだしていた。途中二度ばかり密行の不審訊問にあったが、どうしてもその夜の事件にふれることができなかったというのは、おれ自身のシチュエエションが非常にきわどいので、へたに口をわればとんだ災難にあわぬともかからぬと思ったからだ。

さて、その翌日から、おれの新聞をみる眼が局限されてきた。「Ｘ娼家街売笑婦殺人事件」という大見出しが社会面のトップにとびでるのではないかと、まいにちの配達がまちどおしいくらいひそかに気づかっていたのだが、どうしたわけか一向に表ざたにならぬ。あんなどじな、しろうとのおれにすら隙見されるような仕事なのだから屍体の始末などもふてぎわで、おそらく発覚されなければフランスの警察制度の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こけん</span>にかかわるというわけだが、そうこうして、なんの発展もみずに半月ばかり日がたってしまった。するうちにこんな考えがうかんだ。つまり、ああいう場所のああいう殺人事件は、手口が大っぴらであまりにだいたんであるがゆえにかえって人目にふれず、暗々裡にかずをかさねているのではないか、あるいはまた、当局はすでにかぎつけていて、記事さしとめをめいじているのではないか、という疑いだ。ところが自分がよわみをもっているだけ、どうもあとの場合のほうが可能性がありそうに思われ、いまごろはあそびにんや田舎もんに変装した何十人という刑事が、四ほう八ぽうに暗躍しているのではないかと思うと、じつにむじゅんしたはなしだが、自分が真犯人のような錯覚をおこして、きょうはのがれたがあしたは捕まるといったふうに、一種の強迫観念にせめられるじゃないか。この気持はおれとおなじい状態におかれたものでないとわからぬかもしれぬ。なあに、でるとこへでて逐一事実を陳述すればそうむちゃな結果になるとは思えぬ、とみずからなぐさめるのだが、どっこい、この世のなかにはいろいろな逆がおこなわれている、悪党が善人づらで通用するし、けちな野郎が大きなつらのできる世のなかだ、<ruby><rb>無辜</rb><rt>むこ</rt></ruby>の自分が真犯人にされちまうというくらいの逆は、かくべつめずらしいことではないかもしれぬ、とこう思うと、そこがそれ病気だね、無心で交番のまえがとおれない。そうこうして、病的にいらいらしているうち五日ばかりたって、とうとうおれのおそれている日がきた。

その日はおれがめずらしくはやおきをして、といってもかれこれひるちかかったが、朝昼けんたいのめしをくっている時だった、みしりみしりと階段の音がして留守番のばあやが、

「ムッシュウ・じゅあん、お客さんですよ」

といい、よちよち一枚の名刺を眼のまえにさしだした。みるとＱ署の刑事だ。きたなっ、と思ったとたん、虚脱された、晩秋のわびしい光をかんじ、いま胃袋におさまったばかりのやす油であげた豚肉のおくびが、すっぱい水といっしょにぐうっとのどもとへ逆もどりをしやあがった。くどくもいうとおり、この浮世はどんな逆でもおこなわれるところだ。ずらかれるだけずらかれ、――こいつはよたもののスロオガンだが、こう決心すると、すばやく寝巻をきかえて、トトトッと裏手のテラスへでた。ところが、哀しい曇影のよどんだ貧乏長屋のたてこむせまい路地々々のそれぞれのぬけ道のまえには、べつの刑事がつったっていて逃げ口をふさいでいる。もうこうなればどうってことはない。ゆうゆうと座にもどってくいかけのパンをむしゃくしゃほおばりはじめた。ところへ山高帽をかぶった黒服のでっぷりふとった男が、官服の巡査ともども、たいへん紳士的な、ものやわらかな物腰ではいってきて、巡査にみはらせておいて自分はなにをするかと思ったら、部屋じゅうの押入れをひっかきまわし、売っても値にならないために詮方なく鼠のかじるのにまかせっぱなしのわずかばかりのおれの蔵書を、てあたりしだいにひんめくった挙句

「ほかにもう隠し場所はありませんかね」

ときた。ないと答えると、まだ疑わしそうな顔をしていたが、

「食事を終えたら、ではそろそろ、でてくれたまえ」

といい、ポケットからふとい葉巻をつまみだしてぷいと口をかみきると、隅のがたがたベッドにずしんと腰をおろして、紫のけむりをはきながら、にやにやわらっている。こうしておれは至極順調に、Ｑ署の留置場にほうりこまれてしまった。

留置場で、ごろつきや窃盗やよっぱらいといっしょに、取調べはまだかまだかといらいらしながらまっていると、官服私服の刑事や巡査がいれかわりたちかわり首をだして、

「じゅあん、君のロマンはおもしろいぞ。くだらんものはかくのをやめにして、ひとつ本格的にいったらどうですかね」

と、人をばかにしたようなことをいうのだ。こっちとしたらはやく本格的に取調べてもらいたいところだが、なかなか順番がまわってこない。そのままぽかあんとしてまたされたっきり、いったいどうなることかとひやひやしながら小半時もまっているとね、とつぜん、いきおいよくドアがあいて、官服のあからがおをしたえらそうな人がはいってきた。

「やあ、失敬々々、ムッシュウ・じゅあん」

かれは意外にもてれくさそうな、すまないといった顔つきでいうのだ「――人ちがいでしたよ。真犯人がつかまったのだ。とんだ迷惑をおかけした。だが、君もわるいんだぜ。これからはせいぜい、疑われんようにするんだな。さあさあ、かえってもいいですよ、大威張りでね」

――こういうわけで、おれが無事に放免されたというのは、客観的にみて、あたりまえのはなしなんだが、なにしろ狐につままれたようなあんばいで署の廊下をつたってゆくと、こんどはもうすこしなまなましい光景に直面してしまった。というのは、前方におおぜいの人たちがたちどまって、よほどのもてあましものなのだろう、うぉううぉうと虎のようにわめきながらあばれ放題あばれくるっているひとりの男を七八人の巡査がよってたかっておさえつけている、それらの一団をせんとうにうしろからじゅずつなぎで、髪をぺったりわけたジョオジ・ラフトのような伊達者やアルベエル・プレエジャンばりのよっぱらいやアネスト・タレンスのような暴漢が、つまりあの夜の共犯者なのであろう、この三人がこっちにむかっておしこまれてくる。すれちがいざま、せんとうのあばれ坊主をみた時、そいつが例の角苅りの、くらやみでおれとわたりあった「真犯人」なのだ。やつらがおれとおなじ管轄の署内で再会したのも思わぬ偶然だった。やつらにもとうとう年貢のおさめどきがきたのだ、とおれはなるべくふれないようにすばやくはしりぬけて、<ruby><rb>匆々</rb><rt>そうそう</rt></ruby>に署外へとびだしてしまったが、ガアジン先生の怒号は依然として、うぉううぉうとひびいていたよ。

翌日と翌々日の新聞は、それぞれふたつのちがった結末を報じておれをおどろかせた。というのは、翌日の朝刊は下段にちっぽけな活字で、これらの逮捕された一団が暗黒街にねじろをもつ大規模なある種の、いかがわしい書籍出版の結社であるとつげているのみで、おれはしばしあっけにとられた。

「なんだばかばかしい、殺人じゃなかったのか」

と思わずつぶやき、あの一夜の場景が殺人にしてはいかにも不自然だというふしぶしをまとめてみた。だいいち殺人にしてはあまりに不用意だ。脱走者に処罰をくわえるのだったら、なにも客のいる時をえらぶ手はない。室内の電気がやけに煌々とかがやいていたことや蒼古なかざりのほどこしてあったのも、写真撮影がほんらいの目的であったと思えばうなずけるし、はたして万年ペンから足がついたのかどうかわからぬが、おれがひっぱられたというのも平常から素行が不良で、おれが日本のポオル・ド・コックだと疑われたわけだ。刑事が蔵書をひっくりかえしたり、本格的なものをかけとからかったのも、あとで考えればうなずける。事実この Pornographie は、“Bibliothéque des Curieux （collection illustrée） Volume 13\.”という標題のもとに、あの夜の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">演技</span>が挿入されて、いちぶの人士間に流布し、おれもふとした機会からながれながれた品物をげんにこの眼でみたことはみたので、この事実にうそはないらしいが、しかし、こんなたかのしれた犯罪の口ふさぎのためにおれを河をこえてまでつけてきて、ドスをぬいてきりかかってきたというのはいささか大仰ではないかと、なにかまだ腑におちない<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おり</span>のようなおもくるしい懸念をいだいているうちに、翌々日の新聞が、こんどはまえよりもいくらか大きな活字でこの事件のもうひとつのかくされた面をばくろしたというのは、Ｘ街の娼家と娼家とのあいだにながれている幅わずか二三尺のどぶのなかに、ひとりの日本女のふはいした屍体が発見されたというニュウスで、この犯人がまえに逮捕された結社の一派で、余罪を追及してゆくうちになかまのひとりが犯行を自白したというのだ。しかし、かれらの陳述がいっぷうかわっているのだ。つまり殺人はほんらいの目的ではなく写真の効果をできるだけほんとうらしくするために、男のほうにある程度まで本気で力をいれてバンドをしめさせたところ、男は手かげんのわからぬふうてんだから、つい度をあやまってしめつけているうちに、まえまえから悪病でむしばまれよわりきっていた女の心臓がじっさいにはれつしてしまったという次第だから、わるふざけはするもんじゃない。さすがのかれらも可愛いい日本娘がほんとに死んでしまったと気づいた時、屍体をとりかこんでおいおいないたという。屍体の始末にはこまったが、さいわい家の裏の、それでなくとも不潔なたえずなまぐさい腐敗臭をはなっている下水のふたをあけて、そのなかにほうりこんでおいたのがうまくいって、本職のほうで足がつくまで、つまりおれがよばれた日までは殺人のあったことも、屍体すらも発見されなかったというからうかつなだんどりじゃないか。そんなことをしてまでも悪事には不感な変質者であるやつらは、その日その日の酒にことをかくところから、たかをくくって出版してしまい、ために悪運つきていっせい検挙となった次第だ。

結末として写真に思わぬ凄味が烈々として、もりあがっているのはぶきみだが、殺人のいままさにおこなわれつつあるれっきとした証拠物など、ちょっとめずらしいものだと思ってみた。いま考えると、おれもあぶないところで命びろいをしたわけだが、いい退屈しのぎにはなった。もういちどこういう目にもあってみたいと思うが、健全な日本ではとうていおこりっこはないから、つまらぬ、つまらぬ。

こう語り<ruby><rb>了</rb><rt>おわ</rt></ruby>ったわが樹庵次郎蔵は、大きく高く両腕を天井に突き出してのびをするように立ち上ると、大ぼらでも吹いたあとのような清々した顔附で、折しも騒擾の極に達した往来へ跳び出して行った。彼は年老りの信者から一挺の太鼓を借り受け、躍り込むように行列に加わると、尺八を逆しまに持ってどんつくどんどんつく南無妙法蓮華経と歌い出し、肩を弾ませ、脚を上げ手を振り腰を揺ぶり、揺れるような人波と一緒にいつか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もあん</span>とした群集のなかに、見えずになった。私はこの<ruby><rb>飄々乎</rb><rt>ひょうひょうこ</rt></ruby>たる樹庵の姿を見、持前の感傷癖から、彼のイデヤするものは<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひっきょう</rt></ruby>、淡々たる<ruby><rb>光風霽月</rb><rt>こうふうせいげつ</rt></ruby>の境地なのであろう、と何かこう羨しげな気持で、物凄い音響の律動を夢見心地に、他愛ない冒険譚の節々を、しばし<ruby><rb>彳</rb><rt>たたず</rt></ruby>んだ<ruby><rb>儘</rb><rt>まま</rt></ruby>思い起していた。

（一九三六年十二月）