一

「大分世の中が静かになったな」

こう秀吉が徳善院へ云った。

「殿下のご威光でございます」

徳善院、ゴマを磨り出した。

「ところが俺は退屈でな」

「こまったものでございます」

「趣向は無いか、変った趣向は？」

「美人でもお集めになられては？」

「少々飽きたよ、実の所」

「それに淀殿がおわすので」顔色を見い見いニタリとした。

「うん淀か、可愛い奴さ」釣り込まれて秀吉もニタリとした。

後庭で鶴の声がした。

色づいた楓の<ruby><rb>病葉</rb><rt>わくらば</rt></ruby>が、泉水の中へ散ったらしい。

素晴らしい上天気の秋日和であった。

「趣向は無いかな、変った趣向は？」

秀吉は駄々をこね出した。

「さあ」

と云ったが徳善院、たいして可い智慧も出ないらしい。

トホンとして坐わり込んでいる。

「ほい」

と秀吉は手を拍った。「あるぞあるぞ珍趣向が！」

「ぜひお聞かせを。なんでございますな？」

「茶ノ湯をやろう、大茶ノ湯を」

「なんだ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つまらない</span>、そんな事か」心の中では毒吐いたが、どうして表面は大恭悦で、ポンと額まで叩いたものである。

「いかさま近来のご趣向で」

「場所は北野、百座の茶ノ湯」

「さすがは殿下、大がかりのことで」

合槌は打ったが徳善院、腹の中では舌を出した。「へへ腹でも下さないがいい」

「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふれ</span>を廻わせ！　ふれを廻わせ！」

秀吉は例の性急であった。

「<ruby><rb>大供</rb><rt>おおども</rt></ruby>が<ruby><rb>悪戯</rb><rt>わるさ</rt></ruby>をやり出したわい。さあ<ruby><rb>忙</rb><rt>せわ</rt></ruby>しいぞ忙しいぞ！」徳善院は退出した。

×

石田治部少輔、益田右衛門尉、この二人が奉行となった。

「さる程に両人承て人々をえらび、茶ノ湯を心掛けたる方へぞ触れられける。大名小名是を承はり給ひてこは珍敷々々面白きご興行かな、いかにとしてか殿下様へ、お茶をば申べき、望ても叶べき事ならず、かゝる御意こそ有難けれと、右近の馬場の東西南北に、おの〱屋敷割を請取て、数奇屋を立てられける」

こうその頃の文献にあるが、これは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とんでもない</span>嘘なのであった。みんなは迷惑をしたのであった。

「さて、和漢の珍器、古今の名匠の墨跡、家々の重宝共此時にあらずばいつを期すべきと、我も〱と底を点じて出されける」

これは何うやら本当らしい。

秀吉の御感を蒙って、高値お買上げの栄を得ようか、お目に止まったに付け込んで、献上して知行増しを受けようかと、そういう<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さもしい</span>心から、飾り立て並べたものらしい。

「さる程に時移りて、已に明日にもなりしかば、秀吉公仰せられけるは、一日に百座の会なれば、天あけてはいかがかとて、寅の一天よりわたらせ給ふべきよし、仰出されけり。お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」

これも将しく其の通りであった。

「大小名のかこひの前なる蝋燭は、たゞ万燈に異ならず、百座の会なれば、いかにも短座に見えにけり」

これにも相違は無かったらしい。

「かくて時刻も移りければ、やう〱百座成就し給ひて、還御をよびたまふ。秀吉公西をごらんありければ、すこし引き退きて萱の庵見えにけり」

「玄以玄以」と秀吉は呼んだ。「鳥渡風流だな。何者か？」

「一興ある<ruby><rb>茶湯者</rb><rt>すきしゃ</rt></ruby>でございます。堺の住人とか申しますことで」

「おおそうか、寄って見よう」

「竹柱にして、真柴垣を外に少しかこひて、土間をいかにも〱美しく<ruby><rb>平</rb><rt>なら</rt></ruby>させ、無双の蘆屋釜を自在にかけ、雲脚をばこしらへて、茶椀水差等をば、いかにも下直なる荒焼をぞもとめける。其外何にても新きを本意とせり。我身はあらき布かたびらを渋染にかへしたるをば着、ほそ繩を帯にして、云々」

これが庵の有様であり又亭主の風貌であった。

亭主は土に額をつけ、かしこまって謹しんでいた。

二

「作意の働き面白いな。手前を見たい。一服立てろ」

秀吉は端座した。

亭主、恭しく一揖し、雲脚を立てて参らせた。

「これは、よく気が付いた。百座の茶、湯で満腹だ。かるがると香煎を出したのは、言語道断云うばかりもない。……名は何んというな、<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>の名は？」

「無徳道人石川五右衛門。京師の浪人にございます」

「おおそうか、見覚え置く」

で、秀吉は帰館した。

×

伏見城内奥御殿。――

秀吉は飽気に取られていた。

淀君は今にも泣き出しそうであった。

小供の秀頼は這い廻わっていた。

侍女達はウロウロまごついていた。

一体何事が起こったのであろう？

大閤殿下の衣裳の襟が小柄で縫われていたのであった。

驚き恐れるのは当然であった。衣裳の襟を縫ったのである。胸を刺そうと思ったら、胸を刺すことさえ出来たろう。或は胸を刺そうとして、<ruby><rb>故意</rb><rt>わざ</rt></ruby>と襟を縫ったのかも知れない。

「謀反人がいる！　謀反人がいる！」

表も裏も騒ぎ出した。

けっきょく石川五右衛門という、京師の浪人に疑がかかった。

「それ召捕れ」ということになった。

秀吉の威光で探がすことであった。苦もなく五右衛門は召捕られた。

とりあえず長束正家が、取調役を命ぜられた。

「衣裳の襟を縫いましたは、いかにも私でございます。あまり縫いよく見えましたので。……別に他意とてはございません」

これが五右衛門の申状であった。

「あまり縫いよく見えたというか？　ふん」

と秀吉は小首をかしげた。

「その者直々俺が調べる」

秀吉は正家にこう云った。

そこで五右衛門は破格を以て秀吉の御前へ引き出された。

「俺の体に隙があったと、こうお前は云うのだな？」

「御意の通りにございます」五右衛門は少しも臆せなかった。

「で、どんな時、隙があった？」

「ご退座という其の瞬間、お体が斜になられました時」

「うむ、その時隙が見えたか？」

「はい、左様でございます」

秀吉は鳥渡考えた。

「よく申した、味のある言葉だ。斜？　斜？　側面だな？……いや全く世の中には側面ばかり狙う奴がある。とりわけ徳川内府などはな。……どうだ五右衛門、俺に仕えぬか」

「これは何うも恐れ入ったことで」

「得手は何んだ？　お前の得手は？」

「はい、<ruby><rb>些少</rb><rt>いささか</rt></ruby>、伊賀流の<ruby><rb>忍術</rb><rt>しのび</rt></ruby>を……」

「ほほう忍術か、これは面白い。細作として使ってやろう。……これ、此の者に屋敷を取らせろ」

こんな塩梅に五右衛門は、ズルズルと秀吉の家来になった。

×

「居るかえ」

と云い乍ら這入って来たのは、お伽衆の曽呂利新左衛門であった。

「やあ新左、まず這入れ」

五右衛門はポンポンと座を払った。

二人は非常な親友なのであった。

その対照が面白い。

新左衛門は好男子、水の垂れるような美男であった。

それに反して五右衛門は、忍術家だけに矮身で、猪首の皺だらけの醜男であった。

新左衛門は町人出、これに反して五右衛門は、北面の武士の後胤であった。

一人は陽気なお伽衆、然るに、一方は陰険な細作係というのであった。

が、二人には一致点もあった。

「世の中が莫迦に見えて仕方が無い」――と云うのが即ち夫れであった。

そうして夫れが二人の者を、ひどく仲宜くさせたのであった。

「五右衛門」

と新左はニヤニヤしながら「俺は滅法儲けたぜ」

「お前のことだ、儲けもしようさ」五右衛門は茶釜を引き寄せた。

「まあ聞くがいい、耳を嗅いだのさ」

「え、なんだって、耳を嗅いだ？　なぜそんなことをしたんだい？」五右衛門も是れには驚いたらしい。

「<ruby><rb>手段</rb><rt>て</rt></ruby>だよ、<ruby><rb>手段</rb><rt>て</rt></ruby>だよ、金儲けのな」

三

「で、誰の耳を嗅いだんだ？」

「殿下の耳を、云う迄もねえ」

「へえ、それで金儲けか？」

「加藤、黒田、浅野、生駒、そいつらの顔を睨め乍ら、殿下の耳を嗅いだやつさ。すると早速賄賂が来た。告口されたと思ったらしい。尤も<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そいつ</span>が付目なのだが」

「アッハハハ成程な。お前らしい遣口だ。<ruby><rb>人生</rb><rt>ひとのよ</rt></ruby>の機微も窺われる。……それはそうとオイ新左、お前この釜に見覚えはないか？」

「どれ」

と云って見遣ったが「アッこいつア楢柴だ！」

「殿下ご秘蔵の楢柴よ」

「どうしてお前持ってるのだ？」新左衛門は仰天した。

「どうするものか、借りて来たのさ。無断拝借というやつよ」

「それじゃお前、泥棒じゃアないか」

「なぜ悪い、可いじゃないか。どうせ無駄に遊んでいる釜だ。二、三日借りて立ててから、こっそり返えしたら、わかりっこはない」

「そんな勝手が出来るものかな」新左衛門は感心した。「つまり何んだ、忍術だな。……忍術って本当に可いものだな」

「そうさ、お前の頓智ぐらいな」

「なんだ、莫迦な、面白くもねえ」厭な顔をしたものである。

「おい五右衛門」と新左衛門は云った。「秘伝は何んだ、忍術の秘伝は？　思うに隙を狙うのだろう？」

「隙を狙うには相違無いさ。が、尋常の隙では無い。……用心から洩れる隙なのだ。固めから崩れる隙なのだ。開けっ放しの人間には、仲々忍術は応用出来ない」

「ははあ然うか、これは驚いた。頓智のコツと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そっくり</span>だ。……頓智とは弱点を突くことさ。用心堅固の奴に限って沢山弱点を持っている。その弱点をギシと握り、チョイチョイ<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby>を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つっ</span>突くのさ。……<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まとも</span>に突くと皮肉になる。皮肉になると叱られる。そこで軽く<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つっ</span>突くのさ。……そうだ或る時こんなことがあった。『余の顔は猿に似ているそうだ。どうだ、ほんとかな、似ているかな？』こんなことを殿下が仰せられた。列座の面々一言も無い。こいつァ何うにも答えられない筈さ。事実猿には似ているのだが、相手が殿下だ、そうは云えない。で、いつ迄も無言の行よ。そこで俺が云ったものさ。『いえいえ然うではございません。つまり猿の顔なるものが、殿下に似ているのでございます』とな。すると大将大喜びだ。早速拝領と来たものさ。アッハハハこの呼吸だよ」

「いや面白い、そうなくてはならない」五右衛門は感心したらしい。

釜の湯がシンシンと音を立てた。

早咲の桜がサラサラと散った。

どこかで鶯の声がした。

将に閑室余暇ありであった。

×

「お前は飛行出来るかな？」

或る時秀吉が五右衛門に訊いた。

「自由自在でございます」

これが五右衛門の返辞であった。

「俺を連れて飛べるかな？」

「いと易いことでございます」

「都は祇園会で賑わっているそうだ。ひとつ<ruby><rb>其奴</rb><rt>そいつ</rt></ruby>を見せてくれ」

「かしこまりましてございます」

五右衛門はこう云うと懐中から、鳶の羽根を取り出した。

「いざお召し下さいますよう」

それから後の光景は、こう古文書に記されてある。

「……雲の原へとぞ上りける。遙の下を見給へば、蒼海まん〱として、魂をひやせり。我にもあらぬ心地にて、なにと成りゆくやらんと覚しにける。かくて尽きぬとおもう時に、目をおきて見給へば、ほどなく大山に立りける杉の上にぞ落着ける。殿下こゝはいづくの国、いかなる所ぞと宣まへば、是こそ都の西山、愛宕山と申処にて候、祇園会もいまだ始まらず候間、いま暫<ruby><rb>爰</rb><rt>ここ</rt></ruby>におはしまして、ご休息有べし、さりながら、何にても食事の望に候はんまゝ、是にしばしまたせ給へ、とゝのへてきたり候はんとて、つゐ立ちけるとおもへば、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くれに</span>見えざりけり。とかくする中に、五右衛門はや帰りて、いざ〲殿下まゐり候へとて、いかにもきらびやかなる器物に、好味をつくしける美膳をぞすへにける。殿下御覧じて、これは早速にとゝのふものかなとて、かたのごとく食したまひける。そのうち珍酒を振舞候はんとて、とり〲の名酒あまたよせて、すゝめにける。とかくして時も移る程に、はや祇園会も初まる時分に候、いざ〲御供仕らんとて、又件の鳶の羽に打乗て、虚空をさして飛けるが、刹那がうちに、祇園の廊門のうへにぞ落着ける、まこと神事の最中なれば、都鄙の貴賤上下、東西南北は充満して、人のたちこむこと家々に限りなくぞ見えにけり。五右衛門申されけるは、むかふへ来る武士どもを見給へ、身長に及ぶ大太刀をさして、張肘にて、大路せばしと多勢ありく事の面憎さよ、殿下もつれ〲におはしまさんに、ちと喧嘩をさせて、賑にひらめかせ、見物せんとて、棟の上へ生ひたる苔を、すこしづつ摘み、ばり〲と投ければ、御辺は卒爾を、人にしかけるものかなといふ中に、又飛礫を雨のごとくに打ければ、総見物ども入乱て、このうちに馬鹿者こそ有遁すまじとて、太刀かたな引ぬきて、爰に一村かしこひに一むすび、五人三人づつ渡しあひて、しのぎを削り、うち物よりも火焔を出す。女童是を見て、四方へばつと逃まどふ。あれ〱殿下御覧ぜよ。なによりも面白き慰にて候はぬかと云ひければ、殿下のたまひけるは、さのみは人を苦めて、罪造りて何かせん、はや〱やめ候へと宣へば、さあらば喧嘩をやむべしとて、西の方を二三度まねきければ、見物の人々も、喧嘩をいたす輩も、八方へむら〱とぞ逃たりけり。かくて時刻も移りて、祇園会の山鉾、はやしたてゝ渡しけり。五右衛門こゝは、所間遠にて、おもしろからず、よき所にて見せ参らせ候はんとて、四条の町の華麗なる家にともなひけり。さて何処よりとりて来たりけん。杉重角折、すはまの台など、あまた殿下にすゝめけり。かくて山鉾もこと〲く通り過ければ、今は見るべきものゝ無ければ、いざ〲故郷へ帰らんとて、また鳶の羽にうちのせて、其日の六つはじめに、伏見にぞ帰りける。帰館して後にぞ、殿下は夢のさめたる心地はしつれとぞ、宣ひけると語り給へば、五右衛門首尾を施ける」

四

だが此の事あって以来、秀吉は五右衛門を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うとうとしく</span>した。

「恐ろしい奴だ」と思ったからであった。

自然それが五右衛門にも解り、五右衛門も秀吉を疎むようになった。

<ruby><rb>遂々</rb><rt>とうとう</rt></ruby>或る日瓢然と、伏見の城を立ち去った。

<ruby><rb>剽盗</rb><rt>せっとう</rt></ruby>に成ったのは夫れからである。

五右衛門が伏見から去ったのを、誰にもまして失望したのは、親友の曽呂利新左衛門であった。

彼は怏々として楽しまなかった。

「面白くないな、全く面白くない。殿下も腹が小さ過ぎる。五右衛門ぐらいを使え無いとは。……俺もお暇しようかしら。考えて見れば俺なんてものは、体のいい貴顕の幫間というものだ。男子生れて幫間となる！　どうも威張れた義理じゃ無い」

こういう考えが浮かんで<ruby><rb>以来</rb><rt>から</rt></ruby>、軽妙な頓智が出なくなった。

「俺は決して幇間では無い。俺はこれでも諷刺家なのだ。世の所謂る成上者が、金力と権力を真向にかざし、我儘三昧をやらかすのを、俺は俺の舌の先で、嘲弄し揶揄するのだ。例えば或る時こんなことがあった。そうだ聚楽第の落成した時だ、饗応の砌、忌言葉として、火という言葉を云わぬよう、殿下からの命令だった。が俺は考えた。言葉を忌んで何んになる。油断から火事は起こるのだ。言葉から火事は起こりはしない。土台俺には此の聚楽が、不愉快に見えて仕方が無い。構うものか逆手を使って、あべこべに殿下を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とっちめ</span>てやれ、で、俺は殿下へ云った。『殿下、私には<ruby><rb>槻</rb><rt>けやき</rt></ruby>細工の、見事の釜がございます』『槻の釜だと、馬鹿を云え。火に掛けたら燃えるだろうに』『殿下、罰金でございます！　忌言葉を有仰ったではございませんか』『おっ成程、火と云ったな』『それそれ二度迄申されました』――で、俺は罰金を取り、京大阪伏見の住民へ、米を施してやったものだ。……俺は断じて幫間では無い。俺は俺の舌三寸で、成上者の我儘を、抑え付けている警世家だ！　と実は今日まで信じて来たのだが、どうも今では其の自信が土台下から崩れて来た。一体全体俺の頓智が、どの位い世の為めになってるか？　これが第一疑わしい。せいぜい殿下の臍繰を攫って、施米するぐらいがオチでは無いか。そうして殿下の我儘は、そのため毫も抑えられはしない。次に俺に就いて考えて見るに、警世家で候、諷刺家で候と、よく口癖には云うけれど、態度たるや然うでは無い。軽口頓智を申上げ、それで殿下がお笑いになれば、唯無性と嬉しくなる。こういう心持は何う弁解しても、傭人の卑窟心だ。操っている操っていると思い乍ら、いつか人形に操られている、可哀そうな馬鹿な人形師！　どうやら其奴が俺らしい。成程なあ、こうなって見れば、浪人した五右衛門は利口だわえ」

彼は怏々として楽しまなかった。

五

剽盗になってからの五右衛門は、文字通り自由の人間であった。

本能によって振舞った。

快不快によって振舞った。

所謂る徹底した功利主義者として、天空海濶に振舞った。

「その結果が愉快でさえあれば、動機なんか何うだって構うものか」

これが五右衛門の心持であった。

だが、賊としての五右衛門の、その凶悪の事蹟に就いては、既に大分の読者諸君は、講談乃至は草双紙によって、先刻承知のことと思う。で、詳しくは語るまい。

関白秀次に仕えたのは、秀次の執事木村常陸介と、同門の<ruby><rb>誼</rb><rt>よしみ</rt></ruby>があったからであった。

「おい、仕えろ」「うん、よかろう」

こんな塩梅に簡単に、常陸介の周旋で、五右衛門は秀次へ仕えたのであった。

当時秀次は聚楽第にいて、日夜淫酒に耽っていた。

「天下はどうせ秀頼のものだ。俺は廃嫡されるだろう。どうも浮世が面白くない。面白くない浮世なら、面白くしたら可いじゃ無いか」

で、淫酒に耽るのであった。

快楽主義者の五右衛門に執っては、秀次は格好な主君であった。

素敵に愉快な日がつづいた。

或る時常陸がこんなことを云った。

「五右衛門、一働き働いてくれ」

「よかろう、何んでも云い付けるがいい」

「伏見の城へ忍んでくれ」

「…………」

さすがに五右衛門も黙って了った。

よく其の意味がわかったのであった。「ははあ常陸奴この俺を、刺客にしようというのだな」

ややありて五右衛門は「<ruby><rb>諾</rb><rt>うん</rt></ruby>」と云った。「俺はいつぞや秀吉の襟へ、小柄を縫い付けたことがある。つまり、なんだ、その小柄を、今度は深目に刺すばかりだ」

×

五右衛門が秀次に仕えたと聞くと、ひどく秀吉は恐怖した。

そこで諸国へ令を出し、名誉の忍術家を召し寄せた。

その中から十人を選抜し、「<ruby><rb>忍術</rb><rt>しのび</rt></ruby>十人衆」と命名し、大奥の警護に宛てることにした。

一条弥平、一色鬼童、これは琢磨流の忍術家であった。

茣座小次郎、伊賀三郎、<ruby><rb>黄楊</rb><rt>つげ</rt></ruby>四郎の三人は、甲賀流忍術の達人であった。

敷島松兵衛、運運八、この二人は八擒流であった。

小笠原民部は民部流開祖で、十人衆の頭であった。

<ruby><rb>連</rb><rt>むらじ</rt></ruby>武彦、霧小文吾、これは霧派の忍術家であった。

由来忍術というものは、武芸十八般のその中には、這入ることの出来ないものであった。外道を以って目されていた。何時の時代に始まったものか、それもハッキリとは解っていない。日本神代史を調べて見ると、神々はすべて忍術家であって、国土を産んだり火焔を産んだり、海を干したり山を移したり、死の国へ平気で行ったりしている。

忍術が所謂る「術」として、日本の芸界へ現われたのは、藤原時代だということである。

戦国時代に至っては、尤も軍陣に用いられた。特に信玄が重用した、「蜈蚣衆」と称された物見武士は、大方優秀なる忍術家であった。

信長は夫れほど重用せず、秀吉も重用しなかった、家康に至って稍用いたが、併し次第に衰微した。

化学、物理、変装術、早走り、度胸、小太刀使い、機械体操式軽身術、機智の七種を学ぶことによって、大体その道に達することが出来た。

彼等の日常の携帯品といえば、鍔無柄巻の小刀一本（一尺足らずのものである。）金属製の小<ruby><rb>喞筒</rb><rt>ぽんぷ</rt></ruby>（これで硫酸や硝酸を、敵の面部へ注ぎかけた。）精巧無比の発火用具（燧石の類である。）折畳式の鉄梯子、捕繩、龕燈、各種の楽器（これで或る時は虫の音を聞かせ、又或る時には鳥の音をきかせ、その他川の音風の音、蛙の音などを聞かせたものである。）そうして<ruby><rb>些少</rb><rt>いささか</rt></ruby>の催眠剤など。……

そうして詳細の地図を持ち、目欲しい城の繩張絵図、こういうものを持っていた。

「平法術」も必要であった。（即ち平日喧嘩の場合に、特に用いる術として、伊藤伴右衛門高豊が、編み出した所の武術である。）

立合抜打と称された「抜刀術」も必要であった。

「小具足腰の廻わり」も必要であり「捕手」「<ruby><rb>柔術</rb><rt>やわら</rt></ruby>」も大切であった。「強法術」は更に大事、「手裏剣」の術も要ありとされた。

「八方分身須臾転化」これが忍術家の標語であった。「居附」ということを酷く嫌った。

「欲在前忽然而在後」これでなければならなかった。

「澄む月は一つなれども更科や田毎の月は見る人のまま」

こうでなければならないのであった。

六

或る夜秀吉はお伽衆を集め、天狗俳諧をやっていた。

刀売おどろいて見し刄傷沙汰

木魚打つ南無阿弥陀仏新左殿

南無三宝夜はふけまさる浪士なり

京つくし野を馬曳きて吠える犬

天が下はるばるかかる鯨売

蚊遣立って静かに伝ふ闇夜かな

蚊柱の物狂ふなり伏見城

京伏見経机ありあはれなり

辻斬の細きもとでや念仏僧

鬼瓦長し短し具足櫃

忍術の袈裟かぶり行くほととぎす

こんな名吟が続出した。

で、みんなドッと笑い、ひどく陽気で可い気持であった。

で、秀吉が不図見ると、細川幽斎と新左衛門との間に、見慣れない人間が坐わっていた。

黒小袖を着、黒頭巾を冠り、伊賀袴を穿き、草鞋ををつけた、身真黒の人間であった。いつ来たものとも解らなかった。誰一人気が付いた者がなかった。

ギョッとして秀吉は声をかけた。

「貴様は誰だ！　何者だ！」

すると其の男は一礼したが、

「小笠原民部でございます」

それは「忍術十人衆」の、小笠原民部一念斎であった。

「おお民部か、これはこれは」苦笑せざるを得なかった。

「何時何処から這入って来たな？　いやいやお前は<ruby><rb>忍術</rb><rt>しのび</rt></ruby>の達人、これは訊くだけ野暮かもしれない。……で、何か用事かな？」

「今夜、先刻より、石川五右衛門、忍び込みましてございます」

これを聞くと一座の者は、颯とばかりに顔色を変えた。

「うむ、そうか、<ruby><rb>縛</rb><rt>から</rt></ruby>め取れ！」

秀吉は烈しく命令した。

「只今苦戦中でございます」

「ナニ苦戦？　なんのことだ？」

「我等十人十方に分れ、厳重に固めて居りますものの、五右衛門は本邦無雙の術者、ジリジリ攻め込んで参ります」

「うむ」と秀吉は渋面を作った。

「そこで御注意致し度く、参上致しましてございます。……如何様な不思議がございましても、決してお声を立てませぬよう」

「声を上げては不可ないのか？」

「決して決してなりませぬ。誰人様にも申し上げます。決してお声を立てませぬよう。おお夫れから最う一つ、是非とも何か一つの事を、熱心にお考え下さいますよう。他へお心を移しませぬよう。……では、ごめん下さいますよう」

襖を開けると退出した。

後は一座<ruby><rb>寂然</rb><rt>しん</rt></ruby>となった。

×

併し私は忍術に就いては深い研究をしていない。で、五右衛門と十人衆とが、どんな塩梅に戦ったものか、どうも遺憾乍ら記すことが出来ない。いずれ素晴らしい術比べが、闇中で行われたことだろう。

とまれ其の結果、伏見城方では、十人の人間が殺された。そうして大閤秀吉は、曽呂利新左衛門の頓智によって、あやうく命を助かった。

小笠原民部一人を抜かし、後の九人の忍術家達は、二時間ばかりの其の間に、五右衛門の精妙な法術のため、屈折されて了ったのであった。そこで五右衛門は城中大奥、秀吉の居る隣室まで、堂々と入り込んで来たそうである。

忽然その時秀吉の耳へ小供の泣声が聞えて来た。火の付いたような泣声であった。しかも秀頼の声であった。

「や、若が泣いている」

ハッと思った一刹那、秀吉の体はズルズルと、一尺ばかり前へ出た。何者かの力が引き出したのであった。「うむ、しまった！」と気が付くと共に、小供の泣声がハタと止んだ。

陰々滅々静かであった。

と、呼ぶ声が聞えて来た。

「殿下！　殿下！　在しませぬかな！」

「応」と我知らず答えようとした途端、

「……世に盗賊の種は尽きまじ」と、曽呂利新左衛門が大声で呼んだ。「五右衛門、上の句を付けてくれ！」

すると隣室から笑う声がした。

「うむ、新左か、新左がいたのか！　アッハハハ、そうであったか。……石川や浜の真砂は尽くるとも。……沙阿弥！　沙阿弥！　沙阿弥はいぬか！」

お坊主沙阿弥は迂濶りと、「ヘーイ」と大きな返辞をした。と、スルスルと沙阿弥の体は、隣の部屋まで引き出されて行った。

が、その後は何事も無かった。沙阿弥の死骸はその翌日、泉水の畔で見出された。

七

秀吉暗殺の壮図破れ、面目を失った五右衛門は、秀次の許を浪人！　ふたたび剽盗の群へ這入った。

秀次が高野山で自尽した後、しばらくあって五右衛門も、新左衛門の手で捕えられた。

千鳥の香爐の啼音に驚き、仙石権兵衛の足を踏み、法術破れて捕えられたのでは無い。

瓜一つのために捕えられたのであった。

京師警備の任にあった、徳善院前田玄以法師が、或る日数人の従者を連れ、大原野を散歩した。その中には曽呂利新左衛門もいた。

それは中夏三伏の頃で、熱い日光がさしていた。

と、一つの辻堂があった。縁下から二本の人間の足が、ヌッと外へ食み出していた。そうして其の側に一つの瓜が、二つに割られて置いてあった。

一行はそのまま通り過ぎようとした。

機智縦横の新左衛門だけが、それに不審の眼を止めた。

「徳善院様徳善院様」

彼はそっと囁いた。「誰か人が寝て居ります」

「附近の百姓が労働に<ruby><rb>疲労</rb><rt>つか</rt></ruby>れ、辻堂で昼寝をしているのさ」徳善院は事も無げに云った。

「足をごらんなさりませ」

「人間の足だ、異ったこともない」

「白くて滑らかで細うございます。百姓の足ではございません」

「そう云えば百姓の足では無いな」

「瓜が傍に置いてあります」

「さようさ、瓜が置いてあるな」

「蠅が真黒に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たかっ</span>て居ります」

「蠅や虻が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たかっ</span>ている」

「あれは賊でございます」新左衛門は自信を以って云った。

「夜働きに疲労れた盗賊が、瓜の二つ割で毒虫を避け、昼寝をしているのでございます」

「うん、成程、そうかも知れない。それ者共召捕って了え！」

素晴らしい格闘が行われ、その結果賊は捕縛された。

それが石川五右衛門であった。