飛行家が飛行機を愛し、機械工が機械を愛撫するように、技術家は何によらず自分の使用する道具を酷愛するようになる。われわれ彫刻家が木彫の道具、殊に<ruby><rb>小刀</rb><rt>こがたな</rt></ruby>を大切にし、まるで生き物のように此を愛惜する様は人の想像以上であるかも知れない。幾十本の小刀を所持していても、その一本一本の癖や調子や能力を事こまかに心得て居り、それが今現にどうなっているかをいつでも心に思い浮べる事が出来、<ruby><rb>為事</rb><rt>しごと</rt></ruby>する時に当っては、殆ど本能的に必要に応じてその中の一本を選びとる。前に並べた小刀の中から或る一本を選ぶにしても、大抵は眼で見るよりも先に指さきがその小刀の柄に触れてそれを探りあてる。小刀の長さ、太さ、円さ、重さ、つまり手触りで自然とわかる。ピヤニストの指がまるでひとりでのように<ruby><rb>鍵</rb><rt>けん</rt></ruby>をたたくのに似ている。桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀を一本ずつ<ruby><rb>叮嚀</rb><rt>ていねい</rt></ruby>に、洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、かすかに<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>どめの沈丁油の匂をかぐ時は甚だ快い。

わたくしの子供の頃には小刀打の名工が二人ばかり居て彫刻家仲間に珍重されていた。<ruby><rb>切出</rb><rt>きりだし</rt></ruby>の<ruby><rb>信親</rb><rt>のぶちか</rt></ruby>。<ruby><rb>丸刀</rb><rt>がんとう</rt></ruby>の<ruby><rb>丸山</rb><rt>まるやま</rt></ruby>。切出というのは鉛筆削りなどに使う、斜に刃のついている形の小刀であり、丸刀というのは円い溝の形をした突いて彫る小刀である。当時普通に用いられていた小刀は大抵<ruby><rb>宗重</rb><rt>むねしげ</rt></ruby>という銘がうってあって、此は大量生産されたものであるが、信親、丸山などになると数が少いので高い価を払って争ってやっと買い求めたものである。此は例えば東郷ハガネのような既成の鋼鉄を用いず、極めて原始的な<ruby><rb>玉鋼</rb><rt>たまはがね</rt></ruby>と称する荒がねを小さな<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>で焼いては鍛え、焼いては鍛え、幾十遍も折り重ねて鍛え上げた鋼を刃に用いたもので、研ぎ上げて見ると、普通のもののように、ぴかぴかとか、きらきらとかいうような光り方はせず、むしろ少し白っぽく、ほのかに霞んだような、含んだような、静かな朝の海の上でも見るような、底に沈んだ光り方をする。光を<ruby><rb>葆</rb><rt>つつ</rt></ruby>んでいる。そうしてまっ平らに研ぎすまされた面の中には見えるような見えないようなキメがあって、やわらかであたたかく、まるで息でもしているかと思われるけはいがする。同じそういう妙味のあるうちにも信親のは刃金が薄くて地金があつい。地金の軟かさと刃金の硬さとが不可言の調和を持っていて、いかにもあく抜けのした、品位のある様子をしている。当時いやに刃金のあつい、普通のぴかぴか光る切出を持たされると、子供ながらに変に重くるしく、かちかちしていてうんざりした事をおぼえている。丸山のは刃金があついのであるが、此は丸刀である性質上、そのあついのが又甚だ好適なのであった。

為事場の板の間に<ruby><rb>座蒲団</rb><rt>ざぶとん</rt></ruby>を敷き、前に研ぎ板を、向うに<ruby><rb>研水桶</rb><rt>とみずおけ</rt></ruby>（小判桶）を置き、さて静かに<ruby><rb>胡坐</rb><rt>あぐら</rt></ruby>をかいて膝に膝当てをはめ、膝の下にかった押え棒で、ほん山の合せ研を押えて、一心にこういう名工の打った小刀を研ぎ終り、その切味の微妙さを<ruby><rb>檜</rb><rt>ひのき</rt></ruby>の板で試みる時はまったくたのしい。