豊かな果樹園をつくるのは

貴い魂にふさわしい仕事だ。

それは孕める羊が産まぬ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に

草原から草原へさまよい歩く

遊牧の民のことではない。

泣き叫ぶ声ききながら日の落ちぬ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に

村から村を襲うて狂う

暴虐な軍隊のことではない。

また次の骰が投げられぬ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に

町から町をかけめぐる

<ruby><rb>苛立</rb><rt>いらだた</rt></ruby>しい都会人のことでもない。

豊かな果樹園をつくるためには、

たましいの思慮と<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しさと

堪え忍びと安けさとが必要だ。

それは天国を地上へもちきたす

聖なる魂にさえふさわしい仕事だ。

私も私の果樹園をつくろう。

大きく拡り深く根をはるドイツ語で

しっかりと伸びた果樹をつくり、

美しさと味とに富んだギリシア語で

彫刻的で生気ある実を結ばせよう。

賑かなイギリス語で草をはやし、

素樸なラテン語で垣をめぐらそう。

アッシリア語で風車をつくるもいい。

さてあるときはイタリア語で

暖いふくよかな風をそよがせ、

またあるときはフランス語で

エスプリと香気との風を吹かせよう。

して私は<ruby><rb>籠</rb><rt>ざる</rt></ruby>をさげ、斧をかつぎ、

鋏をもち鎌をとって、

私の果樹園へはいってゆこう。

ホメロスを探そう、ヴィルヂルを尋ねよう。

ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。

聖なる言葉と美しい言葉とを尋ねよう。

しかし豊かな私の果樹園では、

愚なる言葉も醜い言葉も

みな一様に栄え茂っているから、

私のもとめる収穫はなかなか困難だ。

でも<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>の花はどこへ散ったのであろう。

来る年の草の芽はどこにもとめよう。

そして<ruby><rb>去年</rb><rt>こぞ</rt></ruby>の雪はどこにたずねよう。

（一九・一二・二五）