一

まあ！

この<ruby><rb>碧</rb><rt>あお</rt></ruby>い<ruby><rb>海水</rb><rt>みず</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>ったら体も、碧く解けてしまやあしないだろうか――

お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、<ruby><rb>呆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>やりとしてしまった。皮膚にまで<ruby><rb>碧緑</rb><rt>あお</rt></ruby>さが<ruby><rb>滲</rb><rt>し</rt></ruby>みこんでくるように、全く、<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>の海は、岸に近づいても<ruby><rb>藍</rb><rt>あい</rt></ruby>色だ。空は、それにもまして<ruby><rb>碧藍</rb><rt>あお</rt></ruby>く、雲の色までが天を透かして碧い。

「まあ、何もかも、光るようね。」

「<ruby><rb>碧玉のふちべ</rb><rt>コート・ダジール</rt></ruby>というのだよ。」

と、夫のジョージ・ディ・モルガンは説明した。

お雪は、碧い光りの中に<ruby><rb>呆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>やりしてばかりいられなかった。

<ruby><rb>白堊</rb><rt>はくあ</rt></ruby>の家はつらなり、大理石はいみじき光りに、<ruby><rb>琅玕</rb><rt>ろうかん</rt></ruby>のように輝いている。その前通りの岸には、<ruby><rb>椰子</rb><rt>やし</rt></ruby>の<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>の並木が茂り、<ruby><rb>山吹</rb><rt>やまぶき</rt></ruby>のような、<ruby><rb>金雀児</rb><rt>エニシダ</rt></ruby>のようなミモザが、黄金色の花を一ぱいにつけている。

岸の、弓形の、その椰子の並木路を、二頭<ruby><rb>立</rb><rt>だて</rt></ruby>の馬車や、一頭立の<ruby><rb>潚洒</rb><rt>しょうしゃ</rt></ruby>な軽い馬車が、しっきりなしに通っている。めずらしい自動車も通る。

「ニースって、<ruby><rb>竜宮</rb><rt>りゅうぐう</rt></ruby>のようなところね。」

お雪は、岸から<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>く海の底に、深い深いところでも、<ruby><rb>藻</rb><rt>も</rt></ruby>のゆれているのが、青さを透して碧く見えるのを、ひき入れられるように見ていた。足<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>の砂にも、<ruby><rb>小砂利</rb><rt>こじゃり</rt></ruby>にも、<ruby><rb>南豆</rb><rt>ナンキン</rt></ruby>玉の青いのか、色<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>の欠けらの緑色のが<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れているように、光っているものが交っている。

「あたしは、一度でも、こんな気持ちのところに、いたことがあっただろうか――」

お雪は思いがけないほど、<ruby><rb>明澄</rb><rt>めいちょう</rt></ruby>な天地に包まれて、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>まで、暗い、小雨がちな<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリ</rt></ruby>にいた自分と、違った自分を<ruby><rb>見出</rb><rt>みいだ</rt></ruby>して、<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>につままれたような気がした。

「巴里は、京都を思い出させたようだったからね。」

モルガンは、此処へ着くと急に、お雪が、昔のお雪の<ruby><rb>面影</rb><rt>おもかげ</rt></ruby>を見せて、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>か、のんびりとした顔つきをしているのが嬉しかった。もともと淋しい顔立ちだったが、日本を離れてから、目立って神経質になり、<ruby><rb>尖</rb><rt>とが</rt></ruby>りが添っていたのが、晴ればれして見えるので、

「<ruby><rb>以前</rb><rt>もと</rt></ruby>のお雪さんになった。」

と<ruby><rb>悦</rb><rt>よろ</rt></ruby>こんだ。

ニコリと笑ったお<ruby><rb>互</rb><rt>たがい</rt></ruby>の白い歯にさえ、碧さが<ruby><rb>滲</rb><rt>し</rt></ruby>みとおるようだった。

「何見てるです。」

と言われると、お雪は指のさきを、モルガンの眼のさきへもっていって、

「手のね、指の<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>の間から、青い光りが<ruby><rb>発</rb><rt>で</rt></ruby>るようで――」

と眼をすがめて見ているお雪があどけなくさえ見えるのを、モルガンは、アハハと高く笑った。

「あなたは、ニースへ着いたら、<ruby><rb>拾歳</rb><rt>とお</rt></ruby>も<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>も若くなった。もう泣きませんね。」

「あら、あて、泣きなんぞしませんわ。」

「此処の<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>の色、此処の水の色、あなたを子供にしてくれた。気に入りましたか？」

お雪は、それに返事する間もなかった。急いでモルガンの<ruby><rb>肘</rb><rt>ひじ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>いて、水に飛び込む男女を、指さした。

「<ruby><rb>人魚</rb><rt>ニンフ</rt></ruby>、<ruby><rb>人魚</rb><rt>ニンフ</rt></ruby>。」

若い女の、水着の派手な色と、手足や顔の白さが、波紋を織る碧い水の綾のなかに、<ruby><rb>奇</rb><rt>あや</rt></ruby>しいまでの美しさを見せた。

「西洋の人って、ほんとに綺麗ね。」

<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>といっしょに、お雪が<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>くようにいうと、

「そのかわりあなたのように、心が優しくない。」

と、モルガンは妻の手をとった。

帽子をとったお雪の額をグッと髪の上までモルガンは<ruby><rb>撫</rb><rt>な</rt></ruby>で上げたとたんに、彼は叫んだ。

「おお、マリア<ruby><rb>観音</rb><rt>かんのん</rt></ruby>！」

好奇にみちた彼の眼は素晴らしい発見に<ruby><rb>爛々</rb><rt>らんらん</rt></ruby>と燃えて、

「うつくしい、うつくしい。大変に美しい。」

とお雪の頭を両手でおさえたまま、いつまでもいつまでも見入るのだった。

<ruby><rb>白皙</rb><rt>はくせき</rt></ruby>の<ruby><rb>西洋婦人</rb><rt>ひとたち</rt></ruby>にもおとらないほど、京都生れのお雪の<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>は白かった。けれど、お雪の白さは沈んだ、どことなく血の気の薄い、冷たさがあって、陶磁器のなめらかさを思わせる、寒い白さだった。それが、明澄な<ruby><rb>碧緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の空気の中におくと、広い額の下に、ふっくらした<ruby><rb>眼瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>に守られた、きれ長な、細い、長い眼が――慈眼そのもののような眼もとが、モルガンが日本で見た、白磁の<ruby><rb>観世音</rb><rt>かんぜおん</rt></ruby>のそれのようだった。

と、いうよりも、いま、お雪の全体が、マリア観音の像のように見えたのだった。キリシタン宗門禁制、極圧期に、信者たちは<ruby><rb>秘</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に慈母観音の姿ににせて造ったマリアの像に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おらっしょ</span>したのだという、その尊像を思いうかべるほど、今日のお雪は<ruby><rb>気高</rb><rt>けだか</rt></ruby>く、もの優しいのだった。

おお、あそこの<ruby><rb>岩窟</rb><rt>がんくつ</rt></ruby>のなかに据えたならば、等身の、マリア観音そのままだと、モルガンがお雪を<ruby><rb>愛撫</rb><rt>あいぶ</rt></ruby>する心は、尊敬をすらともなって来た。

「お雪さんを、わしは終世大事にします。」

<ruby><rb>模糊</rb><rt>もこ</rt></ruby>として暮れゆく、海にむかって<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>ゆる山の、中腹に眼をやりながら、モルガンは心に祈るようにすら言った。

お雪は、そういってくれる夫の、眼の碧さから、眼も離さないで、

「あたしこそ、あんなに騒がれて来ましたのですもの、あなたに捨てられても、おめおめと日本へ帰られはしません。」

お雪の背中に手を廻して、モルガンはひしと抱きよせた。口にこそ出せないが、感謝と<ruby><rb>慚愧</rb><rt>ざんき</rt></ruby>とをこめた抱擁だった。

――お互に、痛手はあるが、もう決して今日からそれをいわないことにしよう――

男の心にも、女にも、そんな気持ちが、ひしひしとして、二人の魂を引きしめさせた。

「ニースへ別荘をつくろうか。」

モルガンは気を代えるようにいうのだった。

モルガンにすれば、はじめてニースに来て見た<ruby><rb>旅行者</rb><rt>エトランゼ</rt></ruby>ではなかった。幾度か<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>の<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリ</rt></ruby>の華やかな<ruby><rb>伊達女</rb><rt>だておんな</rt></ruby>たちと、隠れ遊びにも来ているのだが、不思議なほど<ruby><rb>清教徒</rb><rt>ピュリタン</rt></ruby>になっていた。

一流のホテルが、<ruby><rb>各自</rb><rt>たがい</rt></ruby>にその景勝の位置を誇って、海にむかって建ち並んでいる。その前側が大きな弓型の道路で岸の中央に、海に突出して八角の建物のカジノ・ド・フォリーが夢の竜宮のように青ばむ夜を、赤々と<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>を水に照りかえしている。

ホテルの窓々からも、美しい灯が流れ出しはじめた。<ruby><rb>山麓</rb><rt>さんろく</rt></ruby>のそこ、ここからも<ruby><rb>竜燈</rb><rt>りゅうとう</rt></ruby>のような灯が<ruby><rb>点</rb><rt>とも</rt></ruby>りだした。天の星は碧く紫にきらめいているが、竜燈は赤く華やかだ。

「青い月。」

と、モルガンは、窓へお雪を呼んだ。

「こんな月、見たことありますか。」

え、とお雪はうっかりした返事をしていた。<ruby><rb>洛外</rb><rt>らくがい</rt></ruby><ruby><rb>嵯峨</rb><rt>さが</rt></ruby>の大沢の池の月――<ruby><rb>水銹</rb><rt>みさび</rt></ruby>にくもる月影は青かったが、もっと暗かった。嵐山の温泉に行った夜の、<ruby><rb>保津川</rb><rt>ほづがわ</rt></ruby>の舟に見たのは、青かったが、もっと白かった。

宇治橋のお三の間で眺めた月は――といいたかったが、それは誰と見たときかれるのが<ruby><rb>恐</rb><rt>こわ</rt></ruby>くって、お雪は、ふっと、口をつぐんでしまった。

お雪に、竜宮城へ泊ったような夜が明けた。

お雪が長く見なれて来た、京都<ruby><rb>祇園</rb><rt>ぎおん</rt></ruby>の歌舞の世界は、美しいにはちがいないが、お人形式の色彩だったから、お雪はあんまり明澄すぎる自然に打たれると、かえって、<ruby><rb>覚</rb><rt>さ</rt></ruby>めているのか<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>かわからない気がして、夢幻境にさまよう思いがするのだった。

全く素晴しい朝だった。天地の<ruby><rb>碧藍</rb><rt>みどり</rt></ruby>が、太陽の光りを<ruby><rb>透</rb><rt>とお</rt></ruby>して、<ruby><rb>虹</rb><rt>にじ</rt></ruby>の色に包まれて輝いている。

「海の向うの、ずっと先方の方は何処ですの。」

「この<ruby><rb>碧玉の岸</rb><rt>コート・ダジール</rt></ruby>にも、<ruby><rb>椰子</rb><rt>やし</rt></ruby>の<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>が並んでいるでしょう。<ruby><rb>地中海</rb><rt>うみ</rt></ruby>を越した向うは、アフリカの熱帯地ですよ。それ、あすこがコルシカ島。先日話したナポレオンのこと知ってるでしょう。此処いらは海アルプス。この<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>の峰がアルプス連山。」

モルガンは細かく教えてくれて、散歩に出て見ようと誘った。

「ええ、あの椰子の下のベンチへ腰かけて見ましょう。」

「その前に、朝の<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>を見せよう。」

モルガンは花の市のように、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろいろ</rt></ruby>な花があって、花売りの<ruby><rb>床店</rb><rt>とこみせ</rt></ruby>が一町もつづいている、<ruby><rb>足高路</rb><rt>あしだかみち</rt></ruby>の方へお雪を伴った。

朝市には、ニースに滞在している人たちが、買出しかたがた散歩に出て<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>わしかった。お雪はまた<ruby><rb>呆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>やりしてしまった。花の香に酔ったように、差出されるままに買いこんでは抱えた。何処から<ruby><rb>尾</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来たのか、<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>をしょった、可愛い<ruby><rb>伊太利亜</rb><rt>イタリア</rt></ruby>少年が傍にいて、お雪が抱えきれなくなると、背中の籠へ入れさせた。

「<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>、<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>。ああ好い夫人だ。お美しいお顔だ、お立派なお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>だ。」

花売りの女たちは、しきりに買手の女たちを<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>めている。そうかと思うと、

「なんだ、お前なんかに、こんな好い花が買えるものか。この好い匂いがわからないんだ。けちんぼう<ruby><rb>女</rb><rt>め</rt></ruby>。」

と、いくら進めても買わない客の後姿に<ruby><rb>罵</rb><rt>ののし</rt></ruby>っている。

「あら、<ruby><rb>鮮魚</rb><rt>おさかな</rt></ruby>が――」

お雪は、鮮魚の店へひっかかって、<ruby><rb>掬</rb><rt>すく</rt></ruby>い網を持ってよろこんだ。

大きな<ruby><rb>盤台</rb><rt>ばんだい</rt></ruby>に、ピチピチ<ruby><rb>跳</rb><rt>はね</rt></ruby>る、地中海の小魚が、<ruby><rb>選</rb><rt>よ</rt></ruby>りどりにしゃくえた。ヒラヒラと<ruby><rb>魚躰</rb><rt>からだ</rt></ruby>をひるがえすたびに、さまざまの光りが、青い銀のような水とともにきらめいた。また一人の少年が、お雪のお<ruby><rb>小姓</rb><rt>こしょう</rt></ruby>のように、すぐにそれを受けとっている。

お雪は、ふと、美しい着物は着ていたが、なんにも、<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>いたいものも購えなかった、<ruby><rb>芸妓</rb><rt>げいしゃ</rt></ruby>時代の窮乏を思いうかべた。それよりももっと、幼年時代、新京極あたりの賑やかな町を通っても、金魚店の前に立っているだけで、自分で思うように、しゃくって買った覚えのない、丸い硝子玉の金魚入れがほしかった事を、思い出すともなく思いだしていた。

モルガンが払う金を見ていると、夜店の駄金魚を買うのとは、お話にならないほど高い金を、お雪の一時の興味にはらっているのだった。

青い<ruby><rb>迷送香</rb><rt>まんにょうこう</rt></ruby>、赤い<ruby><rb>紫羅欄花</rb><rt>あらせいとう</rt></ruby>、アネモネ、<ruby><rb>薔薇</rb><rt>ばら</rt></ruby>、そして枝も<ruby><rb>撓</rb><rt>たわ</rt></ruby>わなミモザ。それはお雪の手にもモルガンの<ruby><rb>小脇</rb><rt>こわき</rt></ruby>にも抱えこぼれ、お供の少年の、背中の籠にも盛りこぼれるほどだった。

「この花を、<ruby><rb>室中</rb><rt>へやじゅう</rt></ruby>へ敷いて、お雪さん休みます。」

と、モルガンはいっているが、<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>色の花が、みんな金貨のような錯覚をお雪に与えた。ダイヤモンドばかりでなく、自分の身からも光りが発しるような気がした。四万円で<ruby><rb>購</rb><rt>か</rt></ruby>われた身だということに、今まで妙に<ruby><rb>拘</rb><rt>こだ</rt></ruby>わっていたのさえ変な気がした。

こんなに親切にしてくれた男はあったか――お雪は、ミモザの花に埋もれたようになって、<ruby><rb>椰子</rb><rt>やし</rt></ruby>の木影のベンチに、クタクタといた。

<ruby><rb>情人</rb><rt>おとこ</rt></ruby>はあった。楽しかった人と、悲しかった人と――けれど、モルガンのような親切な男は、ない。

はっきりと、ない、と心にいって見ると、ふと、<ruby><rb>日光</rb><rt>ひかげ</rt></ruby>が<ruby><rb>翳</rb><rt>かげ</rt></ruby>ったように、そうでない、みんな親切なのだったのではないかと、はじめて気がついた。

楽しかった人――それは<ruby><rb>粋</rb><rt>いき</rt></ruby>なことを書いていた、筆の人だった。悲しかった別れの人、それは京大法科の学生だったが、大阪の銀行にはいった人だった。

あの人たちは、モルガンが、こんなに良くしてくれるのを知って、わたしを幸福に暮させようとしてくれたのかも知れない。

そう考えると、お雪はホロホロとした。言葉もわからない外国へわたしをやってしまうなんてと、<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>んだ事も、<ruby><rb>馴</rb><rt>な</rt></ruby>れて見れば、今日のような日もある――

お雪の心は、悲しいほど<ruby><rb>柔</rb><rt>なご</rt></ruby>まっていた。

一生をモルガンにまかせて、何処ででも<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>よう、国籍は、もう日本の<ruby><rb>女</rb><rt>もの</rt></ruby>ではないのだという覚悟が、はっきりした。

「パリと<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>って、こんな<ruby><rb>明</rb><rt>あかる</rt></ruby>いところでも、そんなに淋しいのですか。そのうちにまた京都へ行きましょう。」

モルガンは、お雪が望郷の念に沈んでいるのだと思って慰めた。

「いいえ、決して淋しくありません。」

どういたしまして、心淋しかったのは、かえって京都にいた時ですとお雪は言いたかった。それは、モルガンがお雪と結婚して米国へ一緒に立ってから、一年ほどして、京都へ遊びに帰った時のことだった。南禅寺の近く、動物園のそばの、<ruby><rb>草川</rb><rt>くさかわ</rt></ruby>のほとりの仮住みの別荘へ、

「あんた、油断してはならへんがな。」

と注進するものがあって、風波が立ちかけたことがある。

「あんた、<ruby><rb>先度</rb><rt>せんど</rt></ruby>お<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>やはった時に、わてに口かけときなさりながら、<ruby><rb>島原</rb><rt>しまばら</rt></ruby>の<ruby><rb>太夫</rb><rt>たゆう</rt></ruby>さん落籍おさせやしたやないか。いえ、知っとります、横浜へ、あんたさんの後追いかけて、その太夫さんがお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>やしたことも。よう知ってますがな。」

と、やかましいことになったのだった。まだ、お雪の話が<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>まらないうちに、島原遊廓の、小林楼の<ruby><rb>雛窓太夫</rb><rt>ひなまどだゆう</rt></ruby>を、モルガンが、内密で、五百円で<ruby><rb>親元</rb><rt>おやもと</rt></ruby><ruby><rb>根引</rb><rt>ねび</rt></ruby>きにさせたことを持出して、お雪はその時のことも、本当だろうと気にしたのだ。

一年ぶりで、花の春の、母国へ訪ずれて来たお雪は、知る人も知らぬ人も、着物も、匂いも、言葉も、<ruby><rb>懐</rb><rt>なつか</rt></ruby>しかったので、<ruby><rb>忙</rb><rt>せわ</rt></ruby>しなく接していた。<ruby><rb>恰度</rb><rt>ちょうど</rt></ruby>日本は、露国との戦争に、連戦連勝の春だったので、草川の家の軒にも、日米の国旗を掲げて、二人は<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎや</rt></ruby>かな心持ちでいた。

折もおり、丸山公園の夜桜も盛りであったし、時局の影響で遠慮していた、島原のものいう花の太夫道中も、その年は催おされた。

道中の真っさきには、若手の芸妓が綱をとって<ruby><rb>花車</rb><rt>だし</rt></ruby>が<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>き出され、そのあとへ、先頭が<ruby><rb>吉野</rb><rt>よしの</rt></ruby>太夫、<ruby><rb>殿</rb><rt>しんが</rt></ruby>りが傘止めの<ruby><rb>下髪</rb><rt>さげがみ</rt></ruby>姿の<ruby><rb>花人</rb><rt>はなんど</rt></ruby>太夫、芸妓の数が三、四十人、太夫もおなじ位の人数、それに<ruby><rb>禿</rb><rt>かむろ</rt></ruby>やら<ruby><rb>新造</rb><rt>しんぞう</rt></ruby>やらついて練り歩くのを、外国人の観覧席は特別に設けたという後だったので、お雪は雛窓のことを思い出して、カッとなったのだった。

――あたしの顔をつぶすのか――お雪は外出するのも<ruby><rb>厭</rb><rt>いや</rt></ruby>な気持ちになってしまった。

お雪には、モルガンに、他に<ruby><rb>増花</rb><rt>ますはな</rt></ruby>が出来たという<ruby><rb>噂</rb><rt>うわさ</rt></ruby>がたつことが、何よりも<ruby><rb>愁</rb><rt>つら</rt></ruby>いのだった。

だから、あんなに恋しかった日本も京都も、長居する場処でないとなると、フランスに帰ろうというよりほかはない。

「どうして、アメリカへお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>にならないんです。」

と聞かれでもすると、モルガンが、フランスが好きなのですと答えたが、<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>には、この夫婦が口にしないで、いたわりあっている、夫婦の間でも秘密にしていることがあったのだ。

――<ruby><rb>姉</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さんたちも、お母さんも、楽々と暮しているようだ――

それで<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いのだ、わたしに後の心配はすこしもない。とお雪は叫びたかった。四万円の<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>代金</rb><rt>しろきん</rt></ruby>で姉さんは加藤楼の<ruby><rb>女将</rb><rt>おかみ</rt></ruby>になっている。百五十円の月手当は<ruby><rb>老母</rb><rt>としより</rt></ruby>の小遣いには、多いからとて少なくはない。

お雪は、ミモザの花と日光の黄金の光りのなかに、<ruby><rb>蜂</rb><rt>はち</rt></ruby>のように身軽にベンチから跳ねおきて、

「さあ、もう、あたしは明るくなった。」

と、しっとりと<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れた心を、振りゆすって言った。

「カジノへ行って見ましょうか、あたしでも<ruby><rb>賭</rb><rt>かけ</rt></ruby>に勝つかしら。」

「いいえ、僕は、こんな<ruby><rb>快</rb><rt>こころよ</rt></ruby>い気持ちのときに、君の<ruby><rb>胡弓</rb><rt>こきゅう</rt></ruby>が聴きたいのだ。どうぞ、<ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>いてください、<ruby><rb>梨</rb><rt>なし</rt></ruby>の花のお雪さん。」

「それも好いでござんしょうね。」

お雪はさからわなかった。四万円のモルガンお雪と唄われたローマンスは、胡弓の<ruby><rb>絃</rb><rt>いと</rt></ruby>のむせびが、縁のはじまりでもあったから、モルガンも今、自分とおんなじような思出にひたっていたのだなと、

「<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>へ帰って弾きましょうか、此処へ持って来ましょうか。」

「岸はあんまり人がいすぎるね、馬車も通るし。」

「でも、みんな、知ってたことですもの。」

お雪がほほえんでそう言ったのは、自分たちの情史は、あんなに評判されたからという意味だったので、モルガンは愉快に笑った。

――お雪が、二度と語るまい、また、弾くまいと、その時、モルガンと自分との恋のいきさつを、胡弓の絃に乗せて、あの、夢のような竜宮、<ruby><rb>碧藍</rb><rt>みどり</rt></ruby>の天地へ流したそれを、かいつまんで伝えればこんなことになる。

京都の、四条の橋について、<ruby><rb>縄手</rb><rt>なわて</rt></ruby>新橋<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>ルところに、小野亭というお茶やがあった。外国人ばかりをお客にするので、そこに<ruby><rb>招</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれる<ruby><rb>妓</rb><rt>こ</rt></ruby>を、仲間では一流としない風習があった。

<ruby><rb>鴨川</rb><rt>かもがわ</rt></ruby>をはさんで、<ruby><rb>先斗町</rb><rt>ぽんとちょう</rt></ruby>と祇園。春の踊りでも祇園は早く都踊りがあり、先斗町はそれにならって鴨川踊りをはじめた。そのまた祇園の<ruby><rb>歌妓</rb><rt>かぎ</rt></ruby>、<ruby><rb>舞妓</rb><rt>まいこ</rt></ruby>は、祇園という名の見識をもたせて、諸事<ruby><rb>鷹揚</rb><rt>おうよう</rt></ruby>に、歌舞の<ruby><rb>技業</rb><rt>わざ</rt></ruby>と女のたしなみとを、幼少から仕込むのだった。

縫いの振袖に、だらりに結びさげた<ruby><rb>金襴</rb><rt>きんらん</rt></ruby>の帯、三条四条の大橋を通る舞妓姿は、<ruby><rb>誰</rb><rt>た</rt></ruby>が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>の姫君かと見とれさせるばかりだった。そうした舞妓時代を経ないものは、祇園の<ruby><rb>廓内</rb><rt>くるわうち</rt></ruby>でも好い位置を保てないのが不文の規則なのだ。出入りのお茶やにも格があったのだ。

十九のお雪に、小野亭の<ruby><rb>仲居</rb><rt>なかい</rt></ruby>がささやいた。

「あんたを、あの外国人が、ぜひ<ruby><rb>梅</rb><rt>うめ</rt></ruby>が<ruby><rb>枝</rb><rt>え</rt></ruby>に連れて来ておくれと言うてなさるが――」

梅が枝は<ruby><rb>円山</rb><rt>まるやま</rt></ruby>温泉の宿だった。

「モルガンさんいうて、米国の百万長者さんの、一族の息子さんやそうな。」

日本の春を見に来たモルガンは、<ruby><rb>沢文</rb><rt>さわぶん</rt></ruby>旅館の滞在客で金びらをきっていた。

二

金持ちや美男に、片恋や失恋などがありましょうかと、簡単にかたづけられてしまいそうだが、恋というものの不思議さは、そこだといえないでもない。

およそ、見るほどのものを陶然とさせ、言い寄られた女性たちは、光栄とも<ruby><rb>忝</rb><rt>かた</rt></ruby>じけなしとも、なんともかとも有難く感じ<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつ</rt></ruby>ったあの『源氏物語』の<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>大将、光る源氏の君の<ruby><rb>美貌</rb><rt>びぼう</rt></ruby>権勢をもってしても、<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>かなかった女があったと、紫式部が、当時の生活描写を<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>にとり入れて書いた<ruby><rb>作</rb><rt>もの</rt></ruby>さえある我国である。

金と男ぶりとだけがものをいうのなら、むかしゃ仙台さま殺しゃせぬで、新吉原の<ruby><rb>傾城高尾</rb><rt>けいせいたかお</rt></ruby>の、大川の船の中での、<ruby><rb>釣</rb><rt>つる</rt></ruby>し<ruby><rb>斬</rb><rt>ぎ</rt></ruby>りの伝説は生れはしない。

米国の百万長者、モルガン氏の一族で、未婚で、美貌な、卅歳の青年も、お金と美貌だけではこの国の女は思うままにならなかったのだ。

要約すれば、明治卅年ごろは、金の威光が今ほどでないとはいわないが、女の心が、物質や名望に<ruby><rb>淡</rb><rt>うす</rt></ruby>かった。廓の女でも、<ruby><rb>躰</rb><rt>からだ</rt></ruby>は売っても心は売らないと、口はばったく言えた時代で、恋愛遊戯などする女は、まだだいぶすけなかったのだ。――すけなかったというので、なかったとはいえない。甚だよくない言いかただが、男地獄買いという嫌な字と、貴婦人醜行という<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>えないいとわしい字があるが、それは、他のことで、その時代を書く時に、そんな嫌な言葉を生んだ風潮を弁明して、<ruby><rb>全</rb><rt>すべて</rt></ruby>の女性に負わせられた恥辱をそそごう。

ところで、ここにまた、不思議なことに、かつて<ruby><rb>成恋</rb><rt>せいれん</rt></ruby>した男性を奪うということは、ある種の女には誇りとする傾きがある。その代りにまた、失恋した人、<ruby><rb>厭</rb><rt>きら</rt></ruby>われた男ときくと、その人を見下げないと、自分の<ruby><rb>沽券</rb><rt>こけん</rt></ruby>にさわるように見もしかねない。だから、あんな奴にと思うような男に多くの女がひっかかって、<ruby><rb>恋猟人</rb><rt>ラブハンタア</rt></ruby>の附け目となり、<ruby><rb>釣瓶</rb><rt>つるべ</rt></ruby>打ちにもされるのだ。

そこでモルガン氏に帰れば、彼は、米国から、失恋の痛手を求めに、東洋へ来たのだと、何処からとなく知られていた。フランスでも<ruby><rb>癒</rb><rt>いや</rt></ruby>されない恋の痛手を、<ruby><rb>慰撫</rb><rt>いぶ</rt></ruby>してくれる女を、<ruby><rb>東海姫氏国</rb><rt>とうかいきしこく</rt></ruby>に探ねて来たのだと噂された。

しかし彼は、かなり金ビラをきって情界を遊び廻り、泳ぎまわった割合に、<ruby><rb>花柳</rb><rt>かりゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>巷</rb><rt>ちまた</rt></ruby>でさえ、<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れた女を、幾度も逃している。

モルガンは、お雪と逢ったはじめは、お雪の十九の年で、あっさりと別れているが、お雪の廿一の年に来て恋心を打明け、廿三のときに正妻に根引きした。それが三度目に日本へ来たときのことで、その後、結婚して帰国した次の年に一度、また次の年に来て、それきりモルガン氏も日本へは、バッタリ来なくなってしまったのだ。

お雪との交渉もまだはじまらない時分、京都へも足を踏み入れない前に、モルガンは惚れた人がある。それは、<ruby><rb>芝山内</rb><rt>しばさんない</rt></ruby>の、<ruby><rb>紅葉館</rb><rt>こうようかん</rt></ruby>に、漆黒の髪をもって、<ruby><rb>撥</rb><rt>ばち</rt></ruby>の音に非凡な<ruby><rb>冴</rb><rt>さ</rt></ruby>えを見せていた、三味線のうまい京都生れのお<ruby><rb>鹿</rb><rt>しか</rt></ruby>さんだった。

お鹿さんは、お雪とは、全然<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>の違う、<ruby><rb>眉毛</rb><rt>まゆげ</rt></ruby>の濃い、歯の透き通るように白い、どっちかといえば江戸ッ子好みの、好い髪の毛を、<ruby><rb>厚鬢</rb><rt>あつびん</rt></ruby>にふくらませて、歯ぎれのよい大柄な快活な女だった。

お鹿さんは江戸の気性とスタイルを持った京女――これは誰でも好くわけだ。前代の<ruby><rb>近衛</rb><rt>このえ</rt></ruby>公爵のお部屋さまになる<ruby><rb>女</rb><rt>ひと</rt></ruby>だったが公爵に死なれてしまった。<ruby><rb>筆者</rb><rt>わたし</rt></ruby>が知っている女では、これも、先代か先々代かの、<ruby><rb>尾張</rb><rt>おわり</rt></ruby>の殿様をまるめた愛妾、お家騒動まで起しかけた、柳橋の芸者尾張屋新吉と似ている。私が新吉を知ったのは、愛妾をやめたあとだから、幾分ヤケで<ruby><rb>荒</rb><rt>すさ</rt></ruby>んでいたが、当代の市川<ruby><rb>猿之助</rb><rt>えんのすけ</rt></ruby>の顔を優しくして、背を高くしたらどこか似てくるものがある<ruby><rb>女</rb><rt>ひと</rt></ruby>だった。

「おしかさんは、支那の<ruby><rb>丁汝昌</rb><rt>ていじょしょう</rt></ruby>が、こちらにお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>になったころ、とても思われていたのですよ。」

と、ある時、紅葉館で、一番古参だったおやすさんという<ruby><rb>老女</rb><rt>ひと</rt></ruby>が、わたしにしみじみ話してくれたことがある。

「おしかさんの傍をお離れにならないで、それはお可哀そうだったの。」

それでも、おしかさんは、みんなが別格にあしらっていたほど、近衛さんの思いものだったから、丁汝昌は<ruby><rb>清国</rb><rt>くに</rt></ruby>へかえってからも、<ruby><rb>纏綿</rb><rt>てんめん</rt></ruby>の情を<ruby><rb>認</rb><rt>したた</rt></ruby>めてよこしたといった。

<ruby><rb>日清</rb><rt>にっしん</rt></ruby>戦争がはじまってからも、水師提督はおしかさんを忘れなかったのだということを、お安さんは知っていたという。だが、二十八年二月、日本海軍が<ruby><rb>威海衛</rb><rt>いかいえい</rt></ruby>を占領した時に、丁汝昌は<ruby><rb>従容</rb><rt>しょうよう</rt></ruby>と自殺してしまったのだ。

その後、幾度か、あたしはおしかさんの秘話を聞いて、一人の女性の運命と、生きていた時代との記録を残しておきたいと思いながら、その<ruby><rb>機会</rb><rt>おり</rt></ruby>を失って、今では、当のおしかさんも、おやすさんも死んでしまったので残念におもっている。

丁汝昌の死は、モルガンが最初に来た年より、ほんのすこし前のことなので、おしかさんがモルガンの懇望も相手にしなかったのは当然のことだが、モルガンにすれば、おしかさんの京なまりが懐しかったのであろう。京都へいって、そこでも<ruby><rb>三代鶴</rb><rt>みよつる</rt></ruby>やその他の一流の舞妓に目をつけた。

外国人の客を専門の縄手の小野亭は、お雪の世話をよくしていた。おとなしいお雪が、胡弓を弾くのを、モルガンは<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と聴いている時があった。傷ついた心をともにむせび泣いてくれるような、胡弓の<ruby><rb>絃</rb><rt>いと</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>がお雪の<ruby><rb>心情</rb><rt>こころ</rt></ruby>のようにさえ思われて来たが、

「この胡弓をもらって行く。」

と言出したのは、二度目に日本へ来た時だった。

「お雪さんも連れて行きたい。」

といったが、その時、お雪には末を約束した学生があったが、そうとは言わず、今度逢うまでに考えておくというように、また来ようとは思いもかけなかったので、軽くいっておいた。それを信じたモルガンは、アドレスを書いた封筒を沢山渡していった。

次の年、といっても、半年もたたぬうちにモルガンは来て、なんでも根引きするといいだした。それは、こんな噂さえ立ったほどだ。お雪の兄さんが、三条あたりに理髪店を出していて、その人が、外国人でもモルガンほどの人にやるならと、独断で、その封筒を失礼してモルガンを呼んだのだと――

ダイヤモンドの指環のお<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>があろうとも、お雪は未来をかけて約束した人にそむく気にはなれなかった。

「外国人はいやだす。」

と、すげなく断わっても、

「そりゃお雪、つれなかろうぞ。」

などと<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みをいうのとは違う。お雪が<ruby><rb>煩</rb><rt>うる</rt></ruby>さくなって、病気<ruby><rb>出養生</rb><rt>でようじょう</rt></ruby>と、東福寺の<ruby><rb>寺内</rb><rt>じない</rt></ruby>のお寺へ隠れると、手を廻して居どころを突きとめ、友達の小林<ruby><rb>米謌</rb><rt>べいか</rt></ruby>という人を仲立ちに、両手でも持てないほどの大きな<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に<ruby><rb>果物</rb><rt>くだもの</rt></ruby>や菓子を一ぱい入れて贈ってくる。花束は毎朝々々来る。

そんなこんなのうちに、見舞われたものが、見舞わなければならない羽目になったのは、あわれ<ruby><rb>米国</rb><rt>アメリカ</rt></ruby>青年が、恋<ruby><rb>病</rb><rt>わず</rt></ruby>らいのブラブラ<ruby><rb>病</rb><rt>やま</rt></ruby>いになってしまったのだ。

「僕は、この胡弓を抱いて死にます。」

古い都の、古い情緒を命とするお雪には、そうしたセンチメンタルが、いっち成功する。

「でも、あたし、お<ruby><rb>妾</rb><rt>めかけ</rt></ruby>はいやです。」

とまで、ギリギリと、決勝点近くまで、モルガンは押詰まっていった。

「お妾さんでない。お雪さん、あたくしの<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>です。」

モルガンは、ちゃんと正妻にして、立派に結婚するという。

なんといったらよいのか、断わるに断わりきれなくなってしまったお雪は、

「おっかさんが何と申しますか、よく相談して見て――」

最後の<ruby><rb>逃路</rb><rt>にげみち</rt></ruby>は、母親よりなかった。古風な、祇園の<ruby><rb>芸妓</rb><rt>げいこ</rt></ruby>さんのお<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>あさんばかりではない。まだその時分には、牛肉を煮る匂いをきらった老女は多かったのだ。異人さんではと逃げを張るのは、こうなると、母親が頼みだ。

しかし、お母さんを救いの手に持ち出したことは、古くさい日本的な断わり方だと笑えないほどのヒットだったのだ。その時モルガンは、燃えあがった若い血の流れる体を、冷い手で逆に<ruby><rb>撫</rb><rt>な</rt></ruby>でられたように、ゾッとしたものを受けとったのだ。

それは、誠によくない思出だった。彼が日本へ慰めを求めに来た失恋の<ruby><rb>所以</rb><rt>ゆえん</rt></ruby>は、相思の令嬢の母親によって破られたのだったからだ。彼は厭な顔をしないではいられなかった。なぜなら、<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニューヨーク</rt></ruby>社交界の有名マダムより、なおもっと、日本の古都の芸者ガールの母さんの方が、ものわかりがわるく、毛唐人に対して毛ぎらいが甚だしかろうことは、いうまでもないと思ったからだ。

だが、モルガンは、<ruby><rb>真心</rb><rt>まごころ</rt></ruby>でかかれと決心した。人種はかわっているとて、この、しおらしいところのある、古くさい人々。男性絶対尊重の女たちにまで、<ruby><rb>肘</rb><rt>ひじ</rt></ruby>鉄砲をもらっては、それこそもはや、<ruby><rb>何処</rb><rt>いずく</rt></ruby>の国へいっても顔向けの出来ない男性の汚辱を残す。切り出したからには、今度は、なんでもかんでも成功しないではおかない――

モルガンが、そうした決心を固めている時、お雪の周囲でも、頭を突きあわせて相談がはじまっている。

親族会議の方では、<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>門前裏の<ruby><rb>小屋</rb><rt>こいえ</rt></ruby>に、抱え主、親元、小野亭からも人が来て、つまるところは、金高で手をひくように吹っかけたらということになった。

「なんとしてもあんたさん、毛色の違うた男にはな。」

と、二の足を踏んでいる母親に、姉さんや<ruby><rb>叔母者人</rb><rt>おばじゃひと</rt></ruby>たちは、

「そないに雪が、気にいらはったのなら、加藤の家に養子に来てもろたらいいと、皆いうてですがと、そういうたらどうや。」

そら好い考えだと、それも一つの条件になった。

お雪はまた、<ruby><rb>浅酌</rb><rt>せんしゃく</rt></ruby>の席で、<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>になる軟派記者に、鼻声になって訴えている。

「あんた、面白がって、あてと、モルガンのことばかり書き立てずに、親身に考えておくれやす。あて、どうしても嫌どす。」

<ruby><rb>縮緬</rb><rt>ちりめん</rt></ruby>のじゅばんの袖口がちぢれるほど、ハンケチとちゃんぽんに涙を<ruby><rb>拭</rb><rt>ふ</rt></ruby>くのだが、相手は、

「そんなことは、<ruby><rb>他</rb><rt>よそ</rt></ruby>へいっていえよ。僕が泣かれたって、どうにもならない。お母さんたちのいう通り、うんと吹っかけて見るんだな。本当に惚れてなきゃ、いくら<ruby><rb>米国</rb><rt>アメリカ</rt></ruby>人だって酔狂で大金は捨てやしまい。」

お雪は、そんな相談を、心から思っている、修業盛りの学生にきかせて、頭を乱させる気はないので、その人には、なるべく、きかれても隠すようにしているのだった。

で、正妻でなくっては――から、養子に来る気ならば――になり、最後に四万円と切り出した。

四万円――現今なら、その位のお<ruby><rb>鳥目</rb><rt>ちょうもく</rt></ruby>ではというのが、新橋あたりにはザラにあるということだが、日露戦役前の四万円は、今からいえば、倍も倍も、その倍にも価する<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>の値打があったのだろう。赤坂の<ruby><rb>万竜</rb><rt>まんりゅう</rt></ruby>は、壱万<ruby><rb>円</rb><rt>りょう</rt></ruby>で、万両の名を高くしてさえいる。

祇園のある古い<ruby><rb>女</rb><rt>ひと</rt></ruby>がいった。

「世界大戦のあとで、なにもかも三倍になったので、パイのパイのパイという<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>がはやりましたなあ、あれは倍の倍の倍ということなのどすえ。」と。

その、パイのパイのパイ時代になると、舞妓の帯も竜の眼にダイヤの大きなのが光るようになったが、モルガンはお雪に、四万円を、突然ズラリと並べたのではない。

金の封を切って、ばらまかなくては引っこみのつかない場合にせり詰ってもさすがにモルガン氏は、<ruby><rb>元禄</rb><rt>げんろく</rt></ruby>の昔の大阪の<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼ</rt></ruby>ンち亀屋忠兵衛のように逆上しないで、静に、<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニューヨーク</rt></ruby>から顧問の博士を呼んだ。ピケロー博士というのは法律か、経済学の人なのであったろう。

モルガンその時しずかに相談役を呼んだのも、もはや三年越しの恋ではあり、四万円の値札が付いたからには、他から物好きな競争者が出るまでは、ともかく無事、よその<ruby><rb>手生</rb><rt>てい</rt></ruby>けの花となる憂いはないと考えたのでもあったろう。

で、第一条件の正妻は異議なし、第二の養子婿入りは絶対に無理であるから撤回、第三の問題は根引きの金は二、三千円から段々に<ruby><rb>糶</rb><rt>せり</rt></ruby>上げて、即金二万円、あとは二千五百円ずつの月賦払いというのから、三万円即金の残り月賦と顧問氏は、<ruby><rb>算盤</rb><rt>そろばん</rt></ruby>をはじきだした。

出るな、と見込んだからでは決してあるまいが、そうなるとお雪派の策士は、ますますもって四万円即金を<ruby><rb>頑張</rb><rt>がんば</rt></ruby>る。

ジョージ・モルガン氏、お雪さんを<ruby><rb>見初</rb><rt>みそ</rt></ruby>めたのは、勘平さんの年ごろだったが、その時卅四歳、<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>まりそうでなかなかまとまらないのでオスヒスとなって、ある晩、ピストルをポケットに忍ばせ、

「こんなにスローモーションでは<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>りません。<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>の<ruby><rb>生殺</rb><rt>なまごろ</rt></ruby>しというものです。それというのも、お雪さんの心がぐらついているからです。わたしは死にます。」

それは全く真剣だったので、お雪は途方に暮れてしまった。

「あなたを、そんなに苦しめるのもあたしからですから。」

と、止めていたお雪の方がヒステリックになって、川の岸に立った。どっちたたずの身の、やる瀬なさに、身を投げて死んでしまおうとしたのだ。

顧問博士もびっくらしたのであろう。早速四万円を取り寄せることになった。

そんなこんなが、古風な祇園町の廓中を震撼させた。

「まあ、お雪はんのこと聞きなはったか？」

と、寄るとさわるとその噂だ。

「四万円だっせ。」

豪儀なことや、という<ruby><rb>女</rb><rt>もの</rt></ruby>もあれば、あんなに厭がってたのだから、あてが代っても好いというふうになっていった。

「ようおすな、四万円。」

「そうどすな、悪うおへんな。」

花柳界ばかりではなくなった。京都、大阪、東京――全国的な話題になった。

「噂が立ってしまってから、<ruby><rb>打明</rb><rt>うちあけ</rt></ruby>るのは<ruby><rb>愁</rb><rt>つら</rt></ruby>いが、あて、どうしたら好いのか――」

お雪はある日、末はこの人の<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさん</rt></ruby>にと、はかない望みを抱いていた、情人の机のかたわらに、身をすくめて坐っていた。

「僕はきいていたよ。君の出世を悦んでいるくらいだ。」

と、二十九歳になる、京大法科に通っている、鹿児島生れの、<ruby><rb>眉目</rb><rt>びもく</rt></ruby>秀麗な、秀才はいった。

「僕に尽してくれたのは有難く思っているが、果して、君と一緒になれるかどうかは約束出きないし、今、君がどうしろといったって、どうにもなりはしない。君は行く方が好い。」

お雪はその場合、死のうといわれたら、当惑するには違いなかったでもあろうが、そんなふうに、<ruby><rb>愛人</rb><rt>おとこ</rt></ruby>が理智的にいってくれるのが、突っぱなされたようにさびしかった。

説明のしようのない、ただ<ruby><rb>侘</rb><rt>わび</rt></ruby>しさ――お雪の心に残っているものが、心の中で清算しきれないうちに、結婚予定は進んでいった。

四万円は<ruby><rb>結納金</rb><rt>ゆいのうきん</rt></ruby>ということになった。お雪は完全に妓籍を脱したのだ。

世間というものはおかしなもので、胡弓芸妓のお雪も、さほどパッとした存在ではなかったのに、モルガン根引きばなしが起ってから、メキメキ売れ出してきた。

しかも、だんだん<ruby><rb>金高</rb><rt>かねだか</rt></ruby>が<ruby><rb>騰上</rb><rt>あが</rt></ruby>ってゆくのにしたがって、人気が上っていって、一流のお茶やさんから引っぱりだこにされていた。<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>、一流のお客さんたちは、評判になった<ruby><rb>妓</rb><rt>こ</rt></ruby>の顔も知らないとあっては<ruby><rb>恥辱</rb><rt>はじ</rt></ruby>とばかりに、なんでもかんでも呼んで来いということになる。お金持ちは<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまま</rt></ruby>だから、そうなると、あっちの茶屋へいっているといえば、なんでも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>って来いというのが、古来、<ruby><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby>の女に関しては、ことさらに<ruby><rb>定法</rb><rt>じょうほう</rt></ruby>のようなお客心理だ。

それが、京都の客ばかりでなく、大阪からも来る、東京のよんどころない<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>だからちょいと来ておくれというふうにもなって、三、四日前から口をかけておかなければ、お雪に座敷へ出てもらえないというようになっていた。

お金をかけてさえそうだから、<ruby><rb>無代</rb><rt>ただ</rt></ruby>となると、これはまた大変、町を――何かの催しがあって、百人ばかりの芸者が歩いたときは、その中にお雪がいるといったものがあったので、どれだどれだという騒ぎになり、あれか、これかと、顔を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>かれて、

「あの時は、えらい目に逢いましたわ。」

と、今日残存の老妓はいっている。

結婚式の着附は――

「婿さんが洋服なら、あんたも洋服にしなされ。」

「そんなおかしなこと出来ますか。」

というので、もう十二月で新規注文はどうかという押詰まってから、急に二軒の呉服屋さんが招かれ、モルガンも日本服、紋附きの羽織ということになり、

「紋は何にしましょう。」

お雪さんは平安の都の娘だからも一つ古くいって、平城京の奈良という訳でもあるまいが、丸に鹿の紋を染めることにした。<ruby><rb>鴨川</rb><rt>かもがわ</rt></ruby>の水は、来春の<ruby><rb>晴着</rb><rt>はれぎ</rt></ruby>を、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろいろ</rt></ruby>と、いろいろの人のを染めるなかに、この新郎新婦の結婚着も染められたのだ。年の瀬と共に川の水はそんなことも流してもいたのだ。

三十七年一月、横浜の米国領事館で、めでたく、お雪はモルガン夫人となり、アメリカの人となった。

新聞は、<ruby><rb>華燭</rb><rt>かしょく</rt></ruby>の典を挙げたと報じ、<ruby><rb>米国</rb><rt>アメリカ</rt></ruby>トラスト大王の<ruby><rb>倅</rb><rt>せがれ</rt></ruby>モルガン氏は、その恋花嫁のお雪夫人をつれて、昨日の午前九時五十二分新橋着の列車で横浜から上京したと書いているが、横浜のグランドホテルから東京の帝国ホテルへ移った時のことだ。

――花婿は黒山高帽子に毛皮の<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>の付きたる<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>を<ruby><rb>着</rb><rt>ちゃく</rt></ruby>して、喜色満面に<ruby><rb>溢</rb><rt>あふ</rt></ruby>れていたるに引きかえ、花嫁はそれと正反対、紺色の<ruby><rb>吾妻</rb><rt>あずま</rt></ruby>コートに白の肩掛、髪も結ばず<ruby><rb>束</rb><rt>たば</rt></ruby>のままの、<ruby><rb>鬢</rb><rt>びん</rt></ruby>のほつれ毛<ruby><rb>青褪</rb><rt>あおざ</rt></ruby>めた頬を撫で、<ruby><rb>梨花一枝</rb><rt>りかいっし</rt></ruby>雨を帯びたる<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>にて、汽車を<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>でて、婿君に手を引かれて歩く足さえ<ruby><rb>捗</rb><rt>はか</rt></ruby>どらず、<ruby><rb>雪駄</rb><rt>せった</rt></ruby>ばかりはチャラチャラと勇ましけれど、顔のみは浮き立たぬ<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>に見えたり。

と書いている。一等待合室に入って、お供の男女がチヤホヤしても、始終<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>きがちなので婿どのが<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに気を<ruby><rb>揉</rb><rt>も</rt></ruby>んでいたが、帝国ホテルから迎いの馬車がくると新夫婦は同乗して去ったと、<ruby><rb>胡北</rb><rt>こほく</rt></ruby>へ送らるる<ruby><rb>王昭君</rb><rt>おうしょうくん</rt></ruby>のようだとまで形容してあるが、これは幾分誇張かもしれない。

三

競馬<ruby><rb>季節</rb><rt>シーズン</rt></ruby>になった<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニューヨーク</rt></ruby>社交界では、<ruby><rb>晩餐</rb><rt>ばんさん</rt></ruby>の集まりでも、劇場ででも、持馬をもったものはいうに及ばず、およそ話題は、その日の勝馬のことで持ちきっていた。

丁度、そうした時節に、夫の国に行きあわせたお雪は、ある日、競馬見物に連れていってもらった。

と、モルガンを見つけた若紳士たちは、すぐに彼を取りまいて、肩を<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>いたり笑ったりして、お雪には、<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に握手を求めた。

お雪は、その人たちから、米国の婦人と同様に、丁寧にはされはしたが、好奇心をもった眼が集まってくるのが<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>せでもあり、言葉がよく分らないから、何をいわれているのかモルガンの顔の色で悟るよりほかなかった。

郊外の、みどりを吹く野の風はお雪を楽しませはしたが、競馬に気の立っている、軽快すぎる男女の<ruby><rb>饒舌</rb><rt>じょうぜつ</rt></ruby>は、お雪をすぐに、気くたびれさせてしまった。

モルガンは友達と打解けて話しあっていたが、

「帰ろうか。」

と、じきに競馬場から出てくれた。

此処へ来ても、お雪は、眼、眼、眼と、痛い視線を感じていたので、家庭へかえるとホッとして、

「お友達と、何の話してらしったの。」

と、きいた。モルガンは、あんまり気乗りのしないふうで、

「例の通り、お雪さんの身元しらべ。」

お雪は済まなさそうに、ほほ、ほほと、薄笑いした。

「また、<ruby><rb>刀鍛冶</rb><rt>かたなかじ</rt></ruby>の娘だと、おっしゃったのでしょう。」

お雪はモルガンが、自分の生れを、日本の魂を打つ刀鍛冶の女だと<ruby><rb>吹聴</rb><rt>ふいちょう</rt></ruby>し、刀鍛冶という職業は、武士の階級だといって、日本娘お雪を紹介するのを、気まり悪く思っているのだった。

――いいや、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>は、そうかとはいわなかった。それどころか<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>がいうには、モルガン君、君の夫人は、芸妓ガールだと、最近来た日本人がはなしてたよといった――

そんなふうに、友人から、<ruby><rb>面皮</rb><rt>めんぴ</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>は</rt></ruby>がれて来たことを、モルガンは押しかくして、

「彼は、どうして君のおくさんは日本服ばかり着ているのだというから、一番よく似合うからさといったのだが――」

モルガンのそういう調子には、何処か<ruby><rb>平日</rb><rt>ふだん</rt></ruby>とは違うものがあった。

「実際うるさい奴らだ。」

お雪は、モルガンの楽しまない顔色を見てとって、ふと、競馬場で<ruby><rb>摺</rb><rt>す</rt></ruby>れ違うと、豪然と顔を<ruby><rb>反</rb><rt>そら</rt></ruby>して去った老婦人に出逢ったからだと、気がついていた事を、それとなく言いだした。

「あの方ね、あの年をとった女の方、あれがマアガレットさんのお母さんですの？」

「お、どうして分りました。」

モルガンは隔てなく、<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>を近づけていった。

「お察しの通り、あの老婦人、マッケイのお母さんです。僕を<ruby><rb>厭</rb><rt>きら</rt></ruby>った<ruby><rb>夫人</rb><rt>ひと</rt></ruby>です。」

エール大学の学生の時分から、思いあっていて、紐育モルガン銀行に勤めたのも、マーガレット・マッケイ嬢と婚約のためといってもよいほど急いだのだ。

「変ね、あなたが、お遊びになったからって、お母さんが<ruby><rb>破棄</rb><rt>やぶり</rt></ruby>なすったのですって？」

日本の芸者お雪には、青年で、金持ちの息子が、すこしやそっと遊興したからって、思いあった娘をやらないなんという母親があるかしらとわからなかった。その時も、まだもっと、他の理由があるのではないかと、うなずけない気持ちだった。

「そんなことは、みんな、口実に過ぎない。」

と、モルガンはお雪の肩に手をおいた。

「フランスへ行って住まおう、あっちの<ruby><rb>館</rb><rt>うち</rt></ruby>は好いよ、静かで――」

モルガンが父母と住んだ、壮麗な<ruby><rb>館</rb><rt>やかた</rt></ruby>は、レックスにあったが、彼は新妻と暮すには、パリが好いと言った。

「アメリカでは、仏教――お<ruby><rb>釈迦</rb><rt>しゃか</rt></ruby>さまの教えは異教というのです。着物を着ている女は、異教徒だとやかましい。」

それもお雪には、わかったような解らない、のみ込みかねたものだった。

開けたアメリカにもまた、古い国の家柄とおなじようにブルジョア規約があるのだった。四百名で成立っている紐育金満家組合が、まず、ジョージ・モルガンを除名し、モルガン一家の<ruby><rb>親戚</rb><rt>しんせき</rt></ruby>会では、お雪夫人を持つ彼を、一門から拒絶した。

お雪の生家では、出来ない相談として、モルガンに養子に来てくれといったが、モルガン一族は親類<ruby><rb>附合</rb><rt>づきあい</rt></ruby>すらしないというのだ。

「日本であそんで、フランスへ行こうよ。」

「ええ、丁度お里帰りですわ。」

お雪は、日本へ帰れるのが嬉しかった。米国の社交界から、漂泊的な生活をしている上に、クリスチャンでない女と結婚したという理由で、非紳士的行動だと、追われるように立ってゆく、モルガンの悲しい心は知りようがなかった。

あの<ruby><rb>草川</rb><rt>くさかわ</rt></ruby>のほとりに<ruby><rb>仮住居</rb><rt>かりずまい</rt></ruby>していたのは、その時のことだったが、モルガンが浮気する――そんな<ruby><rb>噂</rb><rt>うわさ</rt></ruby>に浮足たって、お雪はフランスへ永住のつもりで、二度目の汽船に乗った。いよいよもう<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>帰るか故郷の見おさめだと思った。

みんな、行ったばかりの、パリの感想というものは、暗かった、古っぽかった、湿っぽかったという巴里は、<ruby><rb>恐</rb><rt>お</rt></ruby>そらくお雪にも、他の日本人が感じた通りの印象を与えたのだろう。すこしいつくと、あんな好い都はない、何もかもがよくなってくるというパリも、そこまで<ruby><rb>住馴染</rb><rt>いなじ</rt></ruby>まないうちに、お雪はも一度京都へやって来た。

「今度は、お母さんと三人で住まおう。ちょうど、<ruby><rb>須磨</rb><rt>すま</rt></ruby>に、友人の家が<ruby><rb>空</rb><rt>あ</rt></ruby>いたそうだから。」

と、モルガンは優しい。

須磨では、のんきな、ほんとうに気楽な、水入らずの生活が営まれた。

「パリというところは、どんな処だい。」

と生母に<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>かれると、

「古くさいけど、好いところもある。」

「雨はどんなに降る？」

「一日のうちに、幾度も降ってくるのどすえ、今降ったと思うと晴れる。」

「では、いつも<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>持って歩いとるの。」

「いえな、誰も持ってしまへん。軒の下や、店さきに、みんなゆっくり待ってやはるのえ。東京の人のように<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けだすものありゃへんわ。フランスで、雨にあって、もうやむのがわかっていても、駈出すのは、日本人ばかりやいうけれど――」

「<ruby><rb>西京</rb><rt>こちら</rt></ruby>のものは、さいなことしやせん。そんなら、パリというところ、京都に似てるやないか。」

「しっとりした<ruby><rb>都会</rb><rt>とち</rt></ruby>で、住んだら、住みよいところで、離れにくいそうやが――」

母子がそんな話をしているときに、モルガンの父の病気が重いという、知らせが来た。

幸福は永久のものではない。モルガンは一足さきに立ったが、父親には死別した。お雪は一月ばかりしてフランスへ後から帰った。それが母親への死別となった。

モルガンは、父の<ruby><rb>莫大</rb><rt>ばくだい</rt></ruby>な遺産を継いだ。お雪もパリの生活が身について来たが、やっぱり初めのうちは、デパートへ行けばデパート中の評判になり、接待に出た支配人が、友達たちに、お雪さんの観察評をしたりするように、<ruby><rb>煩</rb><rt>うる</rt></ruby>さかったが、アメリカ社交界とはだいぶ違っていた。

シャンゼリゼの大通りを真っすぐに、パリの、あの有名な<ruby><rb>凱旋門</rb><rt>がいせんもん</rt></ruby>の広場は、八方に放射線の街路があるそうだが、モルガンの住宅は、アベニウホッシュのほとりだという。

森とよばれる、ブーローニュ公園を後にした樹木に<ruby><rb>密</rb><rt>こ</rt></ruby>んだ坂道の、高級な富人の家ばかりある土地で、門構えの独立した<ruby><rb>建築物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>が<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>っているところにお雪は平安に暮してはいる。しかし、日本人ぎらいの名がたつと、誰一人付きあったというものがない。

マロニエの若葉に細かい陽光の雨がそそいでいるある日のこと、一人の<ruby><rb>令嬢</rb><rt>マドモアゼル</rt></ruby>と<ruby><rb>夫人</rb><rt>マダム</rt></ruby>が、一人の日本婦人を誘って、軽い馬車をカラカラと走らせていた。

「オダンさまの<ruby><rb>夫人</rb><rt>おくさま</rt></ruby>。」

と、美しい<ruby><rb>夫人</rb><rt>マダム</rt></ruby>はいった。

「そのお<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>が、モルガンさんのお宅だそうですが、お訪ねなすったらいかがです。」

フランスのオダン氏は、日本の美術学生の面倒を見るので有名で、世話にならない者はないほどだった。夫人は日本婦人で、お雪の年頃とおなじほどだった。

「でも、」

と、オダン夫人は考えぶかく同乗の<ruby><rb>女</rb><rt>ひと</rt></ruby>の好意を<ruby><rb>謝絶</rb><rt>ことわ</rt></ruby>った。

「あまり、お逢いなさりたがらないそうですから――」

そうした、おなじ国の、おなじ年頃の、フランスの人になっている、おなじ京都の<ruby><rb>女性</rb><rt>ひと</rt></ruby>にさえお雪は<ruby><rb>往来</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>がなかったのだ。生家へも、母親の死んだあとはあまり便りがなく、<ruby><rb>一昨年</rb><rt>おととし</rt></ruby>京阪を吹きまくった<ruby><rb>大暴風雨</rb><rt>おおあらし</rt></ruby>に、鴨川の出水をきいて、打絶えて久しい見舞いの手紙が来たが、たどたどしい仮名文字で、もはや字も忘れて思いだすのが面倒だとあった。

だが、母のない家へも仕送りは断っていない。財産管理者から<ruby><rb>几帳面</rb><rt>きちょうめん</rt></ruby>に送ってきた。

お雪には子はないのか――誰も子供のことをいわないから最初からないのであろう。モルガンは四十三歳でこの世を去ってしまっている。

それは、世界大戦のはじまった時だった。<ruby><rb>紐育</rb><rt>ニューヨーク</rt></ruby>に行かなければならない用事があって、モルガンはお雪を残して単独で行ったが、フランスが案じられるし、ぐずついていると、ドイツの潜航艇が、どんなに狂暴を<ruby><rb>逞</rb><rt>たくま</rt></ruby>しくするかしれないと、所用もそこそこに、帰仏をいそいだのだった。モルガンが乗っていたのは、あの、多くの人が怨みを乗せて沈んだルシタニヤ号だった。どうも汽船ではあぶないという予感から、ジブラルターで上陸し、一日の差で、潜航水雷の災難からは逃れたが、どうしても死の道であったのか、途中スペインのセヴレイまで来ながら、急病で<ruby><rb>逝</rb><rt>い</rt></ruby>ってしまった。

それからのお雪は、異郷で、たった一人なのだ。

――来年あたり帰りたいが、一人旅で、言葉も不自由だというおとずれが、故郷へあったと聞いている。

それがもとでの間違いであろうが、祇園町にいた<ruby><rb>老女</rb><rt>としより</rt></ruby>が、東京のあるところへ来て、

「お雪さんが帰って来てなさるそうや。昔の学生さんのお友達で、留学してやはった、大学の教師さんと夫婦になって――」

それは、誤伝の誤伝だった。あちらに長くいて、映画では東郷大将に<ruby><rb>扮</rb><rt>ふん</rt></ruby>したという永瀬画伯が、お雪さんだと思って結婚したとかいう婦人と、久しぶりで帰郷したことの間違いだった。その婦人は十歳位からフランスで育ち、ある外国人の未亡人で、女の児がある浅黒い堂々とした女だということだ。

お雪は、パリの家に、ニースにただ一人だ。いえ、ニースでは、イタリア人が一緒だったというものもあるが、モルガンのない日のお雪は、孤独だといえもしよう。