Soranoha

小説集「白塔の歌」後記

しょうせつしゅう「はくとうのうた」こうき

豊島 与志雄

本書に収められてる六つの小説は、みな、「近代伝説」として書かれたものである。

近代伝説とは、茲では、或る創作方法を謂うのであり、随って、作品の或る性格を謂うのである。

小説の苦渋があまりに多すぎるとするならば、その苦渋を乗り越えた愉しい境地はないものであろうか。人心があまりに老衰しているとするならば、その老衰を乗り越えた童心的な境地はないものであろうか。現実の重圧があまりに大きすぎるとするならば、現実の転位たる文学の世界に於て、その重圧を乗り越えて朗かに夢みる境地はないものであろうか。往々にして、愉悦や童心や夢想のなかにこそ、豊かな理念が生れるものである。――そういうところから、この近代伝説の試みがなされた。

近代伝説は、それ故、物語としての話や記録がもともとあったわけではなく、全くの創作である。本書の作品は支那に関するものばかりであるが、実は、世界各地に亘ってこの種のものを書きたいという志望を、作者は持っている。但し、それが果して書かれるかどうかは、今のところ分らない。

さし当って作者は、支那についてこれだけのものを書いた。支那についての作者の知識は、それほど広くも深くもない。ただ作者は一種の関心と愛情とを以て夢みた。この夢がいくらかでも民族的な拡がりを持つようにと、希うだけである。

そういう作品であるから、細かな事物について、或は風俗習慣などについて、誤ってる点もあろうと思われる。作者は種々の事実の調査よりも寧ろ、人物の性格を掴むことに忙しかった。そしてそれらの性格に超越的な点があるとすれば、作者があまりに夢を楽しみすぎたからであろう。そして作品が超現実的になっている点があるとすれば、作者があまりに象徴的に物を考えたからであろう。いろいろの人物が死んだり行方不明になったりするのも、その時とその事柄とについてのその人物の存在的退場を意味するにすぎない。――だが、それらのことはとにかく、読者がただ面白く読んで愉しく夢みることの出来るものがもしもあるならば、それだけで満足したいとも、作者は考えるのである。

底本 / Source edition

底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
初出:「白塔の歌 ――近代伝説――」弘文堂
1941(昭和16)年4月
入力:門田裕志
校正:Juki
2013年5月11日作成
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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豊島 与志雄「小説集「白塔の歌」後記」(新字新仮名)、底本『豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)』未来社、1967年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045950_000906, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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