Soranoha

六号室

ろくごうしつ

チェーホフ アントン

(一)

町立病院ちやうりつびやうゐんの庭にはの内うち、牛蒡ごばう、蕁草いらぐさ、野麻のあさなどの簇むらがり茂しげつてる邊あたりに、小さゝやかなる別室べつしつの一棟むねがある。屋根やねのブリキ板いたは錆さびて、烟突えんとつは半なかば破こはれ、玄關げんくわんの階段かいだんは紛堊しつくひが剥はがれて、朽くちて、雜草ざつさうさへのび〱と。正面しやうめんは本院ほんゐんに向むかひ、後方こうはうは茫廣ひろ〲とした野良のらに臨のぞんで、釘くぎを立たてた鼠色ねずみいろの塀へいが取繞とりまはされてゐる。此この尖端せんたんを上うへに向むけてゐる釘くぎと、塀へい、さては又また此この別室べつしつ、こは露西亞ロシアに於おいて、たゞ病院びやうゐんと、監獄かんごくとにのみ見みる、儚はかなき、哀あはれな、寂さびしい建物たてもの。

蕁草いらぐさに掩おほはれたる細道ほそみちを行ゆけば直すぐ別室べつしつの入口いりぐちの戸とで、戸とを開ひらけば玄關げんくわんである。壁際かべぎはや、暖爐だんろの周邊まはりには病院びやうゐんのさま〲の雜具がらくた、古寐臺ふるねだい、汚よごれた病院服びやうゐんふく、ぼろ〱の股引下ヅボンした、青あをい縞しまの洗浚あらひざらしのシヤツ、破やぶれた古靴ふるぐつと云いつたやうな物ものが、ごたくさと、山やまのやうに積つみ重かさねられて、惡臭あくしうを放はなつてゐる。

此この積上つみあげられたる雜具がらくたの上うへに、毎いつでも烟管きせるを噛くはへて寐辷ねそべつてゐるのは、年としを取とつた兵隊上へいたいあがりの、色いろの褪さめた徽章きしやうの附ついてる軍服ぐんぷくを始終ふだん着きてゐるニキタと云いふ小使こづかひ。眼めに掩おほひ被かぶさつてる眉まゆは山羊やぎのやうで、赤あかい鼻はなの佛頂面ぶつちやうづら、脊せは高たかくはないが瘠やせて節塊立ふしくれだつて、何處どこにか恁かう一癖くせありさうな男をとこ。彼かれは極きはめて頑かたくなで、何なによりも秩序ちつじよと云いふことを大切たいせつに思おもつてゐて、自分じぶんの職務しよくむを遣やり終おほせるには、何なんでも其鐵拳そのてつけんを以もつて、相手あいての顏かほだらうが、頭あたまだらうが、胸むねだらうが、手當放題てあたりはうだいに毆打なぐらなければならぬものと信しんじてゐる、所謂いはゆる思慮しりよの廻まはらぬ人間にんげん。

玄關げんくわんの先さきは此この別室全體べつしつぜんたいを占しめてゐる廣ひろい間ま、是これが六號室がうしつである。淺黄色あさぎいろのペンキ塗ぬりの壁かべは汚よごれて、天井てんじやうは燻くすぶつてゐる。冬ふゆに暖爐だんろが烟けぶつて炭氣たんきに罩こめられたものと見みえる。窓まどは内側うちがはから見惡みにくく鐵格子てつがうしを嵌はめられ、床ゆかは白しろちやけて、そゝくれ立だつてゐる。漬つけた玉菜たまなや、ランプの燻いぶりや、南京蟲なんきんむしや、アンモニヤの臭にほひが混こんじて、入はひつた初はじめの一分時ぷんじは、動物園どうぶつゑんにでも行いつたかのやうな感覺かんかくを惹起ひきおこすので。

室内しつないには螺旋ねぢで床ゆかに止とめられた寐臺ねだいが數脚すうきやく。其上そのうへには青あをい病院服びやうゐんふくを着きて、昔風むかしふうに頭巾づきんを被かぶつてゐる患者等くわんじやらが坐すわつたり、寐ねたりして、是これは皆みんな瘋癲患者ふうてんくわんじやなのである。患者くわんじやの數すうは五人にん、其中そのうちにて一人丈ひとりだけは身分みぶんのある者ものであるが他たは皆みな卑いやしい身分みぶんの者計ものばかり。戸口とぐちから第だい一の者ものは、瘠やせて脊せの高たかい、栗色くりいろに光ひかる鬚ひげの、眼めを始終しゞゆう泣腫なきはらしてゐる發狂はつきやうの中風患者ちゆうぶくわんじや、頭あたまを支さゝへて凝ぢつと坐すわつて、一つ所ところを瞶みつめながら、晝夜ちうやも別わかず泣なき悲かなしんで、頭あたまを振ふり太息といきを洩もらし、時ときには苦笑にがわらひをしたりして。周邊あたりの話はなしには稀まれに立入たちいるのみで、質問しつもんをされたら决けつして返答へんたふを爲したことの無ない、食くふ物ものも、飮のむ物ものも、與あたへらるゝまゝに、時々とき〲苦くるしさうな咳せきをする。其頬そのほゝの紅色べにいろや、瘠方やせかたで察さつするに彼かれにはもう肺病はいびやうの初期しよきが萠きざしてゐるのであらう。

其それに續つゞいては小體こがらな、元氣げんきな、〔丿+臣+頁〕鬚あごひげの尖とがつた、髮かみの黒くろいネグル人じんのやうに縮ちゞれた、些すこしも落着おちつかぬ老人らうじん。彼かれは晝ひるには室内しつないを窓まどから窓まどに往來わうらいし、或あるひはトルコ風ふうに寐臺ねだいに趺あぐらを坐かいて、山雀やまがらのやうに止とめ度どもなく囀さへづり、小聲こゞゑで歌うたひ、ヒヽヽと頓興とんきように笑わらひ出だしたり爲してゐるが、夜よるに祈祷きたうをする時ときでも、猶且やはり元氣げんきで、子供こどものやうに愉快ゆくわいさうにぴん〱してゐる。拳こぶしで胸むねを打うつて祈いのるかと思おもへば、直すぐに指ゆびで戸との穴あなを穿ほつたりしてゐる。是これは猶太人ジウのモイセイカと云いふ者もので、二十年計ねんばかり前まへ、自分じぶんが所有しよいうの帽子製造場ばうしせいざうばが燒やけた時ときに、發狂はつきやうしたのであつた。

六號室がうしつの中うちで此このモイセイカ計ばかりは、庭にはにでも町まちにでも自由じいうに外出でるのを許ゆるされてゐた。其それは彼かれが古ふるくから病院びやうゐんにゐる爲ためか、町まちで子供等こどもらや、犬いぬに圍かこまれてゐても、决けつして他たに何等なんらの害がいをも加くはへぬと云いふ事ことを町まちの人ひとに知しられてゐる爲ためか、左とに右かく、彼かれは町まちの名物男めいぶつをとことして、一人ひとり此この特權とくけんを得えてゐたのである。彼かれは町まちを廻まはるに病院服びやうゐんふくの儘まゝ、妙めうな頭巾づきんを被かぶり、上靴うはぐつを穿はいてる時ときもあり、或あるひは跣足はだしでヅボン下したも穿はかずに歩あるいてゐる時ときもある。而さうして人ひとの門かどや、店前みせさきに立たつては一錢せんづつを請こふ。或ある家いへではクワスを飮のませ、或ある所ところではパンを食くはして呉くれる。で、彼かれは毎いつも滿腹まんぷくで、金持かねもちになつて、六號室がうしつに歸かへつて來くる。が、其その携たづさへ歸かへる所ところの物ものは、玄關げんくわんでニキタに皆みんな奪うばはれて了しまふ。兵隊上へいたいあがりの小使こづかひのニキタは亂暴らんばうにも、隱かくしを一々いち〱轉覆ひつくりかへして、悉皆すつかり取返とりかへして了しまふので有あつた。

又またモイセイカは同室どうしつの者ものにも至いたつて親切しんせつで、水みづを持もつて來きて遣やり、寐ねる時ときには布團ふとんを掛かけて遣やりして、町まちから一錢せんづつ貰もらつて來きて遣やるとか、各めい〱に新あたらしい帽子ばうしを縫ぬつて遣やるとかと云いふ。左ひだりの方はうの中風患者ちゆうぶくわんじやには始終しゞゆう匙さじでもつて食事しよくじをさせる。彼かれが恁かくするのは、別段べつだん同情どうじやうからでもなく、と云いつて、或ある情誼じやうぎからするのでもなく、唯たゞ右みぎの隣となりにゐるグロモフと云いふ人ひとに習ならつて、自然しぜん其眞似そのまねをするので有あつた。

イワン、デミトリチ、グロモフは三十三歳さいで、彼かれは此室このしつでの身分みぶんの可いいもの、元來もとは裁判所さいばんしよの警吏けいり、又また縣廳けんちやうの書記しよきをも務つとめたので。彼かれは人ひとが自分じぶんを窘逐きんちくすると云いふ事ことを苦くにしてゐる瘋癲患者ふうてんくわんじや、常つねに寐臺ねだいの上うへに丸まるくなつて寐ねてゐたり、或あるひは運動うんどうの爲ためかのやうに、室へやを隅すみから隅すみへと歩あるいて見みたり、坐すわつてゐる事ことは殆ほとんど稀まれで、始終しゞゆう興奮こうふんして、燥氣いら〱して、曖眜あいまいなある待まつことで氣きが張はつてゐる樣子やうす。玄關げんくわんの方はうで微かすかな音おとでもするか、庭にはで聲こゑでも聞きこえるかすると、直すぐに頭あたまを持上もちあげて耳みゝを欹そばだてる。誰だれか自分じぶんの所ところに來きたのでは無ないか、自分じぶんを尋たづねてゐるのでは無ないかと思おもつて、顏かほには謂いふべからざる不安ふあんの色いろが顯あらはれる。さなきだに彼かれの憔悴せうすゐした顏かほは不幸ふかうなる内心ないしんの煩悶はんもんと、長日月ちやうじつげつの恐怖きようふとにて、苛責さいなまれ〔「抜」の「友」に代えて「ノ/友」〕ぬいた心こゝろを、鏡かゞみに寫うつしたやうに現あらはしてゐるのに。其廣そのひろい骨張ほねばつた顏かほの動うごきは、如何いかにも變へんで病的びやうてきで有あつて。然しかし心こゝろの苦痛くつうにて彼かれの顏かほに印いんせられた緻密ちみつな徴候ちようこうは、一見けんして智慧ちゑありさうな、教育けういくありさうな風ふうに思おもはしめた。而さうして其眼そのめには暖あたゝかな健全けんぜんな輝かゞやきがある、彼かれはニキタを除のぞくの外ほかは、誰たれに對たいしても親切しんせつで、同情どうじやうが有あつて、謙遜けんそんであつた。同室どうしつで誰だれかゞ釦鈕ぼたんを落おとしたとか匙さじを落おとしたとか云いふ場合ばあひには、彼かれが先まづ寐臺ねだいから起おき上あがつて、取とつて遣やる。毎朝まいあさ起おきると同室どうしつの者等ものらにお早はやうと云いひ、晩ばんには又またお休息やすみなさいと挨拶あいさつもする。

彼かれの發狂者はつきやうしやらしい所ところは、始終しゞゆう氣きの張はつた樣子やうすと、變へんな眼付めつきとをするの外ほかに、時折ときをり、晩ばんになると、着きてゐる病院服びやうゐんふくの前まへを神經的しんけいてきに掻合かきあはせると思おもふと、齒はの根ねも合あはぬまでに全身ぜんしんを顫ふるはし、隅すみから隅すみへと急いそいで歩あゆみ初はじめる、丁度ちやうど激はげしい熱病ねつびやうにでも俄にはかに襲おそはれたやう。と、施やがて立留たちとゞまつて室内しつないの人々ひと〲を眴みまはして昂然かうぜんとして今いまにも何なにか重大ぢゆうだいな事ことを云いはんとするやうな身構みがまへをする。が、又また直たゞちに自分じぶんの云いふ事ことを聽きく者ものは無ない、其その云いふ事ことが解わかるものは無ないとでも考かんがへ直なほしたかのやうに燥立いらだつて、頭あたまを振ふりながら又また歩あるき出だす。然しかるに言いはうと云いふ望のぞみは、終つひに消きえず忽たちまちにして總すべての考かんがへを壓去あつしさつて、此度こんどは思おもふ存分ぞんぶん、熱切ねつせつに、夢中むちゆうの有樣ありさまで、言ことばが迸ほとばしり出でる。言いふ所ところは勿論もちろん、秩序ちつじよなく、寐言ねごとのやうで、周章あわてて見みたり、途切とぎれて見みたり、何なんだか意味いみの解わからぬことを言いふのであるが、何處どこかに又また善良ぜんりやうなる性質せいしつが微ほのかに聞きこえる、其言そのことばの中うちか、聲こゑの中うちかに、而さうして彼かれの瘋癲者ふうてんしやたる所ところも、彼かれの人格じんかくも亦また見みえる。其意味そのいみの繋つながらぬ、辻妻つじつまの合あはぬ話はなしは、所詮しよせん筆ふでにする事ことは出來できぬのであるが、彼かれの云いふ所ところを撮つまんで云いへば、人間にんげんの卑劣ひれつなること、壓制あつせいに依よりて正義せいぎの蹂躙じうりんされてゐること、後世こうせい地上ちじやうに來きたるべき善美ぜんびなる生活せいくわつのこと、自分じぶんをして一分ぷん毎ごとにも壓制者あつせいしやの殘忍ざんにん、愚鈍ぐどんを憤いきどほらしむる所ところの、窓まどの鐵格子てつがうしのことなどである。云いはゞ彼かれは昔むかしも今いまも全まつたく歌うたひ盡つくされぬ歌うたを、不順序ふじゆんじよに、不調和ふてうわに組立くみたてるのである。

(二)

今いまから大凡おほよそ十三四年ねん以前いぜん、此この町まちの一番ばんの大通おほどほりに、自分じぶんの家いへを所有もつてゐたグロモフと云いふ、容貌ようばうの立派りつぱな、金滿かねもちの官吏くわんりが有あつて、家いへにはセルゲイ及およびイワンと云いふ二人ふたりの息子むすこもある。所ところが、長子ちやうしのセルゲイは丁度ちやうど大學だいがくの四年級ねんきふになつてから、急性きふせいの肺病はいびやうに罹かゝり死亡しばうして了しまふ。是これよりグロモフの家いへには、不幸ふかうが引續ひきつゞいて來きてセルゲイの葬式さうしきの終すんだ一週間しうかん目め、父ちゝのグロモフは詐欺さぎと、浪費らうひとの件かどを以もつて裁判さいばんに渡わたされ、間まもなく監獄かんごくの病院びやうゐんでチブスに罹かゝつて死亡しばうして了しまつた。で、其家そのいへと總すべての什具じふぐとは、棄賣すてうりに拂はらはれて、イワン、デミトリチと其母親そのはゝおやとは遂つひに無む一物ぶつの身みとなつた。

父ちゝの存命中ぞんめいちゆうには、イワン、デミトリチは大學だいがく修業しうげふの爲ためにペテルブルグに住すんで、月々つき〲六七十圓ゑんづゝも仕送しおくりされ、何なに不自由ふじいうなく暮くらしてゐたものが、忽たちまちにして生活くらしは一變ぺんし、朝あさから晩ばんまで、安値あんちよくの報酬はうしうで學科がくくわを教授けうじゆするとか、筆耕ひつかうをするとかと、奔走ほんそうをしたが、其それでも食くふや食くはずの儚はかなき境涯きやうがい。僅わづかな收入しうにふは母はゝの給養きふやうにも供きようせねばならず、彼かれは遂つひに此この生活せいくわつには堪たへ切きれず、斷然だんぜん大學だいがくを去さつて、古郷こきやうに歸かへつた。而さうして程ほどなく或人あるひとの世話せわで郡立學校ぐんりつがくかうの教師けうしとなつたが、其それも暫時ざんじ、同僚どうれうとは折合をりあはず、生徒せいととは親眤なじまず、此こゝをも亦また辭じして了しまふ。其中そのうちに母親はゝおやは死しぬ。彼かれは半年はんとしも無職むしよくで徘徊うろ〱して唯たゞパンと、水みづとで生命いのちを繋つないでゐたのであるが、其後そのご裁判所さいばんしよの警吏けいりとなり、病やまひを以もつて後のちに此この職しよくを辭じするまでは、此こゝに務つとめを取とつてゐたのであつた。

彼かれは學生時代がくせいじだいの壯年さうねんの頃ごろでも、生得せいとく餘あまり壯健さうけんな身體からだでは無なかつた。顏色かほいろは蒼白あをじろく、姿すがたは瘠やせて、初中終しよつちゆう風邪かぜを引ひき易やすい、少食せうしよくで落々おち〱眠ねむられぬ質たち、一杯ぱいの酒さけにも眼めが廻まはり、往々まゝヒステリーが起おこるのである。人ひとと交際かうさいする事ことは彼かれは至いたつて好このんでゐたが、其神經質そのしんけいしつな、刺激しげきされ易やすい性質せいしつなるが故ゆゑに、自みづから務つとめて誰たれとも交際かうさいせず、隨したがつて亦また親友しんいうをも持もたぬ。町まちの人々ひと〲の事ことは彼かれは毎いつも輕蔑けいべつして、無教育むけういくの徒と、禽獸的生活きんじうてきせいくわつと罵のゝしつて、テノルの高聲たかごゑで燥立いらだつてゐる。彼かれが物ものを言いふのは憤懣ふんまんの色いろを以もつてせざれば、欣喜きんきの色いろを以もつて、何事なにごとも熱心ねつしんに言いふのである。で、其言そのいふ所ところは終つひに一つ事ことに歸きして了しまふ。町まちで生活せいくわつするのは好このましく無ない。社會しやくわいには高尚かうしやうなる興味インテレースが無ない。社會しやくわいは曖眜あいまいな、無意味むいみな生活せいくわつを爲なして居ゐる。壓制あつせい、僞善ぎぜん、醜行しうかうを逞たくましうして、以もつて是これを紛まぎらしてゐる。是こゝに於おいてか奸物共かんぶつどもは衣食いしよくに飽あき、正義せいぎの人ひとは衣食いしよくに窮きうする。廉直れんちよくなる方針はうしんを取とる地方ちはうの新聞紙しんぶんし、芝居しばゐ、學校がくかう、公會演説こうくわいえんぜつ、教育けういくある人間にんげんの團結だんけつ、是等これらは皆みな必要ひつえう缺かぐ可べからざるものである。又また社會しやくわい自みづから悟さとつて驚おどろくやうに爲しなければならぬとか抔などとの事ことで。彼かれは其眼中そのがんちゆうに社會しやくわいの人々ひと〲を唯たゞ二種しゆに區別くべつしてゐる、義者ぎしやと、不義者ふぎしやと、而さうして婦人ふじんの事こと、戀愛れんあいの事ことに就ついては、毎いつも自みづから深ふかく感かんじ入いつて説とくのであるが、偖さて自身じしんには未いまだ一度ども戀愛れんあいてふものを味あぢはふた事ことは無ないので。

彼かれは恁かくも神經質しんけいしつで、其議論そのぎろんは過激くわげきであつたが、町まちの人々ひと〲は其それにも拘かゝはらず彼かれを愛あいして、ワアニア、と愛嬌あいけうを以もつて呼よんでゐた。彼かれが天性てんせいの柔やさしいのと、人ひとに親切しんせつなのと、禮儀れいぎの有あるのと、品行ひんかうの方正はうせいなのと、着古きぶるしたフロツクコート、病人びやうにんらしい樣子やうす、家庭かていの不遇ふぐう、是等これらは皆みな總すべて人々ひと〲に温あたゝかき同情どうじやうを引起ひきおこさしめたのであつた。又また一面めんには彼かれは立派りつぱな教育けういくを受うけ、博學はくがく多識たしきで、何なんでも知しつてゐると町まちの人ひとは言いふてゐる位くらゐ。で、彼かれは此この町まちの活いきた字引じびきとせられてゐた。

彼かれは非常ひじやうに讀書どくしよを好このんで、屡〻しば〱倶樂部くらぶに行いつては、神經的しんけいてきに髭ひげを捻ひねりながら、雜誌ざつしや書物しよもつを手當次第てあたりしだいに剥はいでゐる、讀よんでゐるのではなく咀かみ間合まにあはぬので鵜呑うのみにしてゐると云いふやうな鹽梅あんばい。讀書どくしよは彼かれの病的びやうてきの習慣しふくわんで、何なんでも凡およそ手てに觸ふれた所ところの物ものは、其それが縱令よし去年きよねんの古新聞ふるしんぶんで有あらうが、暦こよみであらうが、一樣やうに饑うえたる者もののやうに、屹度きつと手てに取とつて見みるのである。家いへにゐる時ときも毎いつも横よこになつては、猶且やはり、書見しよけんに耽ふけつてゐる。

(三)

ある秋あきの朝あさのこと、イワン、デミトリチは外套ぐわいたうの襟えりを立たてゝ泥濘ぬかつてゐる路みちを、横町よこちやう、路次ろじと經へて、或ある町人ちやうにんの家いへに書付かきつけを持もつて金かねを取とりに行いつたのであるが、猶且やはり毎朝まいあさのやうに此この朝あさも氣きが引立ひきたたず、沈しづんだ調子てうしで或ある横町よこちやうに差掛さしかゝると、折をりから向むかふより二人ふたりの囚人しうじんと四人にんの銃じゆうを負おふて附添つきそふて來くる兵卒へいそつとに、ぱつたりと出會でつくわす。彼かれは何時いつが日ひも囚人しうじんに出會でつくわせば、同情どうじやうと不愉快ふゆくわいの感かんに打うたれるのであるが、其日そのひは又また奈何云どういふものか、何なんとも云いはれぬ一種しゆの不好いやな感覺かんかくが、常つねにもあらずむら〱と湧わいて、自分じぶんも恁かく枷かせを箝はめられて、同おなじ姿すがたに泥濘ぬかるみの中なかを引ひかれて、獄ごくに入いれられはせぬかと、遽にはかに思おもはれて慄然ぞつとした。其それから町人ちやうにんの家いへよりの歸途かへり、郵便局いうびんきよくの側そばで、豫かねて懇意こんいな一人ひとりの警部けいぶに出遇であつたが警部けいぶは彼かれに握手あくしゆして數歩計すうほばかり共ともに歩あるいた。すると、何なんだか是これが又また彼かれには只事たゞごとでなく怪あやしく思おもはれて、家いへに歸かへつてからも一日中にちぢゆう、彼かれの頭あたまから囚人しうじんの姿すがた、銃じゆうを負おふてる兵卒へいそつの顏かほなどが離はなれずに、眼前がんぜんに閃付ちらついてゐる、此この理由わけの解わからぬ煩悶はんもんが怪あやしくも絶たえず彼かれの心こゝろを攪亂かくらんして、書物しよもつを讀よむにも、考かんがふるにも、邪魔じやまをする。彼かれは夜よるになつても燈あかりをも點つけず、夜よもすがら眠ねむらず、今いまにも自分じぶんが捕縛ほばくされ、獄ごくに繋つながれはせぬかと唯たゞ其計そればかりを思おもひ惱なやんでゐるのであつた。

然しかし無論むろん、彼かれは自身じしんに何なんの罪つみもなきこと、又また將來しやうらいに於おいても殺人さつじん、窃盜せつたう、放火はうくわなどの犯罪はんざいは斷だんじて爲せぬとは知しつてゐるが、又また獨ひとりつく〲と恁かうも思おもふたのであつた。故意こいならず犯罪はんざいを爲なすことが無ないとも云いはれぬ、人ひとの讒言ざんげん、裁判さいばんの間違まちがひなどは有あり得うべからざる事ことだとは云いはれぬ、抑そもそも裁判さいばんの間違まちがひは、今日こんにちの裁判さいばんの状態じやうたいにては、最もつとも有あり有うべき事ことなので、總そうじて他人たにんの艱難かんなんに對たいしては、事務上じむじやう、職務上しよくむじやうの關係くわんけいを有もつてゐる人々ひと〲、例たとへば裁判官さいばんくわん、警官けいくわん、醫師いし、とかと云いふものは、年月ねんげつの經過けいくわすると共ともに、習慣しふくわんに依よつて遂つひには其相手そのあいての被告ひこく、或あるひは患者くわんじやに對たいして、單たんに形式以上けいしきいじやうの關係くわんけいを有もたぬやうに望のぞんでも出來できぬやうに、此この習慣しふくわんと云いふ奴やつがさせて了しまふ、早はやく言いへば彼等かれらは恰あだかも、庭にはに立たつて羊ひつじや、牛うしを屠ほふり、其その血ちには氣きが着つかぬ所ところの劣等れつとうの人間にんげんと少すこしも選えらぶ所ところは無ないのだ。

翌朝よくあさイワン、デミトリチは額ひたひに冷汗ひやあせをびつしよりと掻かいて、床とこから吃驚びつくりして跳起はねおきた。もう今いまにも自分じぶんが捕縛ほばくされると思おもはれて。而さうして自みづから又また深ふかく考かんがへた。恁かくまでも昨日きのふの奇くしき懊惱なやみが自分じぶんから離はなれぬとして見みれば、何なにか譯わけがあるのである、さなくて此この忌いまはしい考かんがへが這麼こんなに執念しふねく自分じぶんに着纒つきまとふてゐる譯わけは無ないと。

『や、巡査じゆんさが徐々そろ〱と窓まどの傍そばを通とほつて行いつた、怪あやしいぞ、やゝ、又また誰たれか二人ふたり家うちの前まへに立留たちとゞまつてゐる、何故なぜ默だまつてゐるのだらうか?』

是これよりしてイワン、デミトリチは日夜にちやを唯たゞ煩悶はんもんに明あかし續つゞける、窓まどの傍そばを通とほる者もの、庭にはに入いる者ものは皆みな探偵たんていかと思おもはれる。正午ひるになると毎日まいにち警察署長けいさつしよちやうが、町盡頭まちはづれの自分じぶんの邸やしきから警察けいさつへ行いくので、此この家いへの前まへを二頭馬車とうばしやで通とほる、するとイワン、デミトリチは其度毎そのたびごと、馬車ばしやが餘あまり早はやく通とほり過すぎたやうだとか、署長しよちやうの顏付かほつきが別べつで有あつたとか思おもつて、何なんでも此これは町まちに重大ぢゆうだいな犯罪はんざいが露顯あらはれたので其それを至急しきふ報告はうこくするのであらうなどと極きめて、頻しきりに其それが氣きになつてならぬ。

家主いへぬしの女主人をんなあるじの處ところに見知みしらぬ人ひとが來きさへすれば其それも苦くになる。門もんの呼鈴よびりんが鳴なる度たびに惴々びく〱しては顫上ふるへあがる。巡査じゆんさや、憲兵けんぺいに遇あひでもすると故わざと平氣へいきを粧よそほふとして、微笑びせうして見みたり、口笛くちぶえを吹ふいて見みたりする。如何いかなる晩ばんでも彼かれは拘引こういんされるのを待まち構かまへてゐぬ時ときとては無ない。其それが爲ために終夜よつぴて眠ねむられぬ。が、若もし這麼事こんなことを女主人をんなあるじにでも嗅付かぎつけられたら、何なにか良心りやうしんに咎とがめられる事ことがあると思おもはれやう、那樣疑そんなうたがひでも起おこされたら大變たいへんと、彼かれはさう思おもつて無理むりに毎晩まいばん眠ねた振ふりをして、大鼾おほいびきをさへ發かいてゐる。然しかし這麼心遣こんなこゝろづかひは事實じゝつに於おいても、普通ふつうの論理ろんりに於おいても考かんがへて見みれば實じつに愚々ばか〱しい次第しだいで、拘引こういんされるだの、獄舍らうやに繋つながれるなど云いふ事ことは良心りやうしんにさへ疚やましい所ところが無ないならば少すこしも恐怖おそるるに足たらぬ事こと、這麼事こんなことを恐おそれるのは精神病せいしんびやうに相違さうゐなき事こと、と、彼かれも自みづから思おもふて是こゝに至いたらぬのでも無ないが、偖さて又また考かんがへれば考かんがふる程ほど迷まよつて、心中しんちゆうは愈々いよ〱苦悶くもんと、恐怖きようふとに壓あつしられる。で、彼かれももう思慮かんがへる事ことの無益むえきなのを悟さとり、全然すつかり失望しつばうと、恐怖きようふとの淵ふちに沈しづんで了しまつたのである。

彼かれは其それより獨居どくきよして人ひとを避さけ初はじめた。職務しよくむを取とるのは前まへにも不好いやであつたが、今いまは猶なほ一層そう不好いやで堪たまらぬ、と云いふのは、人ひとが何時いつ自分じぶんを欺だまして、隱かくしにでも密そつと賄賂わいろを突込つきこみは爲せぬか、其それを訴うつたへられでも爲せぬか、或あるひは公書こうしよの如ごときものに詐欺さぎ同樣どうやうの間違まちがひでも爲しはせぬか、他人たにんの錢ぜにでも無なくしたり爲しはせぬか。と、無暗むやみに恐おそろしくてならぬので。

春はるになつて雪ゆきも次第しだいに解とけた或日あるひ、墓場はかばの側そばの崖がけの邊あたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがいが見付みつかつた。其それは老婆らうばと、男をとこの子ことで、故殺こさつの形跡けいせきさへ有あるのであつた。町まちではもう到いたる所ところ、此この死骸しがいのことゝ、下手人げしゆにんの噂計うはさばかり、イワン、デミトリチは自分じぶんが殺ころしたと思おもはれは爲せぬかと、又またしても氣きが氣きではなく、通とほりを歩あるきながらも然さう思おもはれまいと微笑びせうしながら行いつたり、知人しりびとに遇あひでもすると、青あをくなり、赤あかくなりして、那麼あんな弱者共よわいものどもを殺ころすなどと、是程これほど憎にくむべき罪惡ざいあくは無ないなど、云いつてゐる。が、其それも此これも直ぢきに彼かれを疲勞つからして了しまふ。彼かれは乃そこでふと思おもひ着ついた、自分じぶんの位置ゐちの安全あんぜんを計はかるには、女主人をんなあるじの穴藏あなぐらに隱かくれてゐるのが上策じやうさくと。而さうして彼かれは一日中にちゞゆう、又また一晩中ひとばんぢゆう、穴藏あなぐらの中なかに立盡たちつくし、其翌日そのよくじつも猶且やはり出でぬ。で、身體からだが甚ひどく凍こゞえて了しまつたので、詮方せんかたなく、夕方ゆふがたになるのを待まつて、こツそりと自分じぶんの室へやには忍しのび出でて來きたものゝ、夜明よあけまで身動みうごきもせず、室へやの眞中まんなかに立たつてゐた。すると明方あけがた、未まだ日ひの出でぬ中うち、女主人をんなあるじの方はうへ暖爐造だんろつくりの職人しよくにんが來きた。イワン、デミトリチは彼等かれらが厨房くりやの暖爐だんろを直なほしに來きたのであるのは知しつてゐたのであるが、急きふに何なんだか然さうでは無ないやうに思おもはれて來きて、是これは屹度きつと警官けいくわんが故わざと暖爐職人だんろしよくにんの風體ふうていをして來きたのであらうと、心こゝろは不覺そゞろ、氣きは動顛どうてんして、匇卒いきなり、室へやを飛出とびだしたが、帽ばうも被かぶらず、フロツクコートも着きずに、恐怖おそれに驅かられたまゝ、大通おほどほりを眞ま一文字もんじに走はしるのであつた。一匹ぴきの犬いぬは吠ほえながら彼かれを追おふ。後うしろの方はうでは農夫のうふが叫さけぶ。イワン、デミトリチは兩耳りやうみゝがガンとして、世界中せかいぢゆうの有あらゆる壓制あつせいが、今いま彼かれの直すぐ背後うしろに迫せまつて、自分じぶんを追駈おひかけて來きたかのやうに思おもはれた。

彼かれは捕とらへられて家いへに引返ひきかへされたが、女主人をんなあるじは醫師いしやを招よびに遣やられ、ドクトル、アンドレイ、エヒミチは來きて彼かれを診察しんさつしたのであつた。

而さうして頭あたまを冷ひやす藥くすりと、桂梅水けいばいすゐとを服用ふくようするやうにと云いつて、不好いやさうに頭かしらを振ふつて、立歸たちかへり際ぎはに、もう二度どとは來こぬ、人ひとの氣きの狂くるふ邪魔じやまを爲するにも當あたらないからとさう云いつた。

恁かくてイワン、デミトリチは宿やどを借かりる事ことも、療治れうぢする事ことも、錢ぜにの無ないので出來兼できかぬる所ところから、幾干いくばくもなくして町立病院ちやうりつびやうゐんに入いれられ、梅毒病患者ばいどくびやうくわんじやと同室どうしつする事こととなつた。然しかるに彼かれは毎晩まいばん眠ねむらずして、我儘わがまゝを云いつては他ほかの患者等くわんじやらの邪魔じやまをするので、院長ゐんちやうのアンドレイ、エヒミチは彼かれを六號室がうしつの別室べつしつへ移うつしたのであつた。

一年ねんを經へて、町まちではもうイワン、デミトリチの事ことは忘わすれて了しまつた。彼かれの書物しよもつは女主人をんなあるじが橇そりの中なかに積重つみかさねて、軒下のきしたに置おいたのであるが、何處どこからともなく、子供等こどもらが寄よつて來きては、一册さつ持もち行ゆき、二册さつ取去とりさり、段々だん〱に皆みんな何いづれへか消きえて了しまつた。

(四)

イワン、デミトリチの左ひだりの方はうの隣となりは、猶太人ジウのモイセイカであるが、右みぎの方はうにゐる者ものは、全然まるきり意味いみの無ない顏かほをしてゐる、油切あぶらぎつて、眞圓まんまるい農夫のうふ、疾とうから、思慮しりよも、感覺かんかくも皆無かいむになつて、動うごきもせぬ大食おほぐひな、不汚ふけつ極きはまる動物どうぶつで、始終しゞゆう鼻はなを突つくやうな、胸むねの惡わるくなる臭氣しうきを放はなつてゐる。

彼かれの身みの周まはりを掃除さうぢするニキタは、其度そのたびに例れいの鐵拳てつけんを振ふるつては、力ちからの限かぎり彼かれを打うつのであるが、此この鈍にぶき動物どうぶつは、音ねをも立たてず、動うごきをもせず、眼めの色いろにも何なんの感かんじをも現あらはさぬ。唯たゞ重おもい樽たるのやうに、少すこし蹌踉よろけるのは見みるのも氣味きみが惡わるい位くらゐ。

六號室がうしつの第だい五番目ばんめは、元來もと郵便局いうびんきよくとやらに勤つとめた男をとこで、氣きの善いいやうな、少すこし狡猾ずるいやうな、脊せの低ひくい、瘠やせたブロンヂンの、利發りかうらしい瞭然はつきりとした愉快ゆくわいな眼付めつき、些ちよつと見みると恰まるで正氣しやうきのやうである。彼かれは何なにか大切たいせつな祕密ひみつな物ものを有もつてゐると云いふやうな風ふうをしてゐる。枕まくらの下したや、寐臺ねだいの何處どこかに、何なにかをそツと隱かくして置おく、其それは盜ぬすまれるとか、奪うばはれるとか、云いふ氣遣きづかひの爲ためではなく人ひとに見みられるのが恥はづかしいのでさうして隱かくして置おく物ものがある。時々とき〲同室どうしつの者等ものらに脊せを向むけて、獨ひとり窓まどの所ところに立たつて、何なにかを胸むねに着つけて、頭かしらを屈かゞめて熟視みいつてゐる樣子やうす。誰たれか若もし近着ちかづきでもすれば、極きまり惡わるさうに急いそいで胸むねから何なにかを取とつて隱かくして了しまふ。然しかし其祕密そのひみつは直すぐに解わかるのである。

『私わたくしをお祝いはひなすつて下ください。』

と、彼かれは時々とき〲イワン、デミトリチに云いふことがある。

『私わたくしは第だい二等とうのスタニスラウの勳章くんしやうを貰もらひました。此この第だい二等とうの勳章くんしやうは、全體ぜんたいなら外國人ぐわいこくじんでなければ貰もらへないのですが、私わたくしには其その、特別とくべつを以もつてね、例外れいぐわいと見みえます。』

と、彼かれは訝いぶかるやうに些ちよつと眉まゆを寄よせて微笑びせうする。

『實じつを申まをしますと、是これはちと意外いぐわいでしたので。』

『私わたくしは奈何どうもさう云いふものに就ついては、全然まるで解わからんのです。』

と、イワン、デミトリチは愁うれはしさうに答こたへる。

『然しかし私わたくしが早晩さうばん手てに入いれやうと思おもひますのは、何なんだか知しつておゐでになりますか。』

先もとの郵便局員いうびんきよくゐんは、さも狡猾ずるさうに眼めを細ほそめて云いふ。

『私わたくしは屹度きつと此度こんどは瑞典スウエーデンの北極星ほくきよくせいの勳章くんしやうを貰もらはうと思おもつて居をるです、其勳章そのくんしやうこそは骨ほねを折をる甲斐かひのあるものです。白しろい十字架じかに、黒くろリボンの附ついた、其それは立派りつぱです。』

此この六號室程がうしつほど單調たんてうな生活せいくわつは、何處どこを尋たづねても無ないであらう。朝あさには患者等くわんじやらは、中風患者ちゆうぶくわんじやと、油切あぶらぎつた農夫のうふとの外ほかは皆みんな玄關げんくわんに行いつて、一つ大盥おほだらひで顏かほを洗あらひ、病院服びやうゐんふくの裾すそで拭ふき、ニキタが本院ほんゐんから運はこんで來くる、一杯ぱいに定さだめられたる茶ちやを錫すゞの器うつはで啜すゝるのである。正午ひるには酢すく漬つけた玉菜たまなの牛肉汁にくじると、飯めしとで食事しよくじをする。晩ばんには晝食ひるめしの餘あまりの飯めしを食たべるので。其間そのあひだは横よこになるとも、睡ねむるとも、空そらを眺ながめるとも、室へやの隅すみから隅すみへ歩あるくとも、恁かうして毎日まいにちを送おくつてゐる。

新あたらしい人ひとの顏かほは六號室がうしつでは絶たえて見みぬ。院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチは新あらたな瘋癲患者ふうてんくわんじやはもう疾とくより入院にふゐんせしめぬから。又また誰ゝれとて這麼瘋癲者こんなふうてんしやの室へやに參觀さんくわんに來くる者ものも無ないから。唯たゞ二ヶ月げつに一度ど丈だけ、理髮師とこやのセミヨン、ラザリチ計ばかり此こゝへ來くる、其男そのをとこは毎いつも醉よつてニコ〱しながら遣やつて來きて、ニキタに手傳てつだはせて髮かみを刈かる、彼かれが見みえると患者等くわんじやらは囂々がや〱と云いつて騷さわぎ出だす。

恁かく患者等くわんじやらは理髮師とこやの外ほかには、唯たゞニキタ一人ひとり、其それより外ほかには誰たれに遇あふことも、誰たれを見みることも叶かなはぬ運命うんめいに定さだめられてゐた。

しかるに近頃ちかごろに至いたつて不思議ふしぎな評判ひやうばんが院内ゐんないに傳つたはつた。

院長ゐんちやうが六號室がうしつに足繁あしゝげく訪問はうもんし出だしたとの風評ひやうばん。

(五)

不思議ふしぎな風評ひやうばんである。

ドクトル、アンドレイ、エヒミチ、ラアギンは風變ふうがはりな人間にんげんで、青年せいねんの頃ころには甚はなはだ敬虔けいけんで、身みを宗教上しゆうけうじやうに立たてやうと、千八百六十三年ねんに中學ちゆうがくを卒業そつげふすると直すぐ、神學大學しんがくだいがくに入いらうと决けつした。然しかるに醫學博士いがくはかせにして、外科げくわ專門家せんもんかなる彼かれが父ちゝは、斷乎だんことして彼かれが志望しばうを拒こばみ、若もし彼かれにして司祭しさいとなつた曉あかつきは、我わが子ことは認みとめぬと迄まで云張いひはつた。が、アンドレイ、エヒミチは父ちゝの言ことばではあるが、自分じぶんは是迄これまで醫學いがくに對たいして、又また一般ぱんの專門學科せんもんがくゝわに對たいして、使命しめいを感かんじたことは無なかつたと自白じはくしてゐる。

左とに右かく、彼かれは醫科大學いくわだいがくを卒業そつげふして司祭しさいの職しよくには就つかなかつた。而さうして醫者いしやとして身みを立たつる初はじめに於おいても、猶なほ今日こんにちの如ごとく別段べつだん宗教家しゆうけうからしい所ところは少すくなかつた。彼かれの容貌ようばうはぎす〱して、何處どこか百姓染ひやくしやうじみて、〔丿+臣+頁〕鬚あごひげから、ベツそりした髮かみ、ぎごちない不態ぶざまな恰好かつかうは、宛然まるで大食たいしよくの、呑〔「抜」の「友」に代えて「ノ/友」〕のみぬけの、頑固ぐわんこな街道端かいだうばたの料理屋れうりやなんどの主人しゆじんのやうで、素氣無そつけない顏かほには青筋あをすぢが顯あらはれ、眼めは小ちひさく、鼻はなは赤あかく、肩幅かたはゞ廣ひろく、脊せい高たかく、手足てあしが圖〔「抜」の「友」に代えて「ノ/友」〕づぬけて大おほきい、其手そのてで捉つかまへられやうものなら呼吸こきふも止とまりさうな。其それでゐて足音あしおとは極ごく靜しづかで、歩あるく樣子やうすは注意深ちゆういぶかい忍足しのびあしのやうである。狹せまい廊下らうかで人ひとに出遇であふと、先まづ道みちを除よけて立留たちどまり、『失敬しつけい』と、さも太ふとい聲こゑで云いひさうだが、細ほそいテノルで然さう挨拶あいさつする。彼かれの頸くびには小ちひさい腫物はれものが出來できてゐるので、常つねに糊付のりつけシヤツは着きないで、柔やはらかな麻布あさか、更紗さらさのシヤツを着きてゐるので。而さうして其服裝そのふくさうは少すこしも醫者いしやらしい所ところは無なく、一つフロツクコートを十年ねんも着續きつゞけてゐる。稀まれに猶太人ジウの店みせで新あたらしい服ふくを買かつて來きても、彼かれが着きると猶且やはり皺しわだらけな古着ふるぎのやうに見みえるので。一つフロツクコートで患者くわんじやも受うけ、食事しよくじもし、客きやくにも行ゆく。然しかし其それは彼かれが吝嗇りんしよくなるのではなく、扮裝なりなどには全まつたく無頓着むとんぢやくなのに由よるのである。

アンドレイ、エヒミチが新あらたに院長ゐんちやうとして此町このまちに來きた時ときは、此この病院びやうゐんの亂脈らんみやくは名状めいじやうすべからざるもので。室内しつないと云いはず、廊下らうかと云いはず、庭にはと云いはず、何なんとも云いはれぬ臭氣しうきが鼻はなを衝ついて、呼吸いきをするさへ苦くるしい程ほど。病院びやうゐんの小使こづかひ、看護婦かんごふ、其その子供等抔こどもらなどは皆みな患者くわんじやの病室びやうしつに一所しよに起臥きぐわして、外科室げくわしつには丹毒たんどくが絶たえたことは無ない。患者等くわんじやらは油蟲あぶらむし、南京蟲なんきんむし、鼠ねずみの族やからに責せめ立たてられて、住すんでゐることも出來できぬと苦情くじやうを云いふ。器械きかいや、道具だうぐなどは何なにもなく外科用げくわようの刄物はものが二つある丈だけで體温器たいをんきすら無ないのである。浴盤よくばんには馬鈴薯じやがたらいもが投込なげこんであるやうな始末しまつ、代診だいしん、會計くわいけい、洗濯女せんたくをんなは、患者くわんじやを掠かすめて何なんとも思おもはぬ。話はなしには前さきの院長ゐんちやうは往々まゝ病院びやうゐんのアルコールを密賣みつばいし、看護婦かんごふ、婦人患者ふじんくわんじやを手當次第てあたりしだい妾めかけとしてゐたと云いふ。で、町まちでは病院びやうゐんの這麼有樣こんなありさまを知しらぬのでは無なく、一層そう棒大ぼうだいにして亂次だらしの無ないことを評判ひやうばんしてゐたが、是これに對たいしては人々ひと〲は至いたつて冷淡れいたんなもので、寧むしろ病院びやうゐんの辯護べんごをしてゐた位くらゐ。病院びやうゐんなどに入はひるものは、皆みんな病人びやうにんや百姓共ひやくしやうどもだから、其位そのくらゐな不自由ふじいうは何なんでも無ないことである、自家じかにゐたならば、猶更なほさら不自由ふじいうを爲せねばなるまいとか、地方自治體ちはうじちたいの補助ほじよもなくて、町まち獨立どくりつで立派りつぱな病院びやうゐんの維持ゐぢされやうは無ないとか、左とに右かく惡わるいながらも病院びやうゐんの有あるのは無ないよりも増ましであるとかと。

アンドレイ、エヒミチは院長ゐんちやうとして其職そのしよくに就ついた後のち恁かゝる亂脈らんみやくに對たいして、果はたして是これを如何樣いかやうに所置しよちしたらう、敏捷てきぱきと院内ゐんないの秩序ちつじよを改革かいかくしたらうか。彼かれは此この不順序ふじゆんじよに對たいしては、さのみ氣きを留とめた樣子やうすはなく、唯たゞ看護婦かんごふなどの病室びやうしつに寐ねることを禁きんじ、機械きかいを入いれる戸棚とだなを二個ふたつ備付そなへつけた計ばかりで、代診だいしんも、會計くわいけいも、洗濯婦せんたくをんなも、元もとの儘まゝに爲して置おいた。

アンドレイ、エヒミチは知識ちしきと廉直れんちよくとを頗すこぶる好このみ且かつ愛あいしてゐたのであるが、偖さて彼かれは自分じぶんの周圍まはりには然云さういふ生活せいくわつを設まうける事ことは到底たうてい出來できぬのであつた。其それは氣力きりよくと、權力けんりよくに於おける自信じしんとが足たりぬので。命令めいれい、主張しゆちやう、禁止きんし、恁云かういふ事ことは凡すべて彼かれには出來できぬ。丁度ちやうど聲こゑを高たかめて命令めいれいなどは决けつして致いたさぬと、誰たれにか誓ちかひでも立たてたかのやうに、呉くれとか、持もつて來こいとかとは奈何どうしても言いへぬ。で、物ものが食たべたくなつた時ときには、何時いつも躊躇ちうちよしながら咳拂せきばらひして、而さうして下女げぢよに、茶ちやでも呑のみたいものだとか、飯めしにしたいものだとか云いふのが常つねである、其故それゆゑに會計係くわいけいがゝりに向むかつても、盜ぬすむではならぬなどとは到底たうてい云いはれぬ。無論むろん放逐はうちくすることなどは爲なし得えぬので。人ひとが彼かれを欺あざむいたり、或あるひは諂へつらつたり、或あるひは不正ふせいの勘定書かんぢやうがきに署名しよめいをする事ことを願ねがひでもされると、彼かれは蝦えびのやうに眞赤まつかになつて只管ひたすらに自分じぶんの惡わるいことを感かんじはする。が、猶且やはり勘定書かんぢやうがきには署名しよめいをして遣やると云いふやうな質たち。

初はじめにアンドレイ、エヒミチは熱心ねつしんに其職そのしよくを勵はげみ、毎日まいにち朝あさから晩ばんまで、診察しんさつをしたり、手術しゆじゆつをしたり、時ときには産婆さんばをも爲したのである、婦人等ふじんらは皆みな彼かれを非常ひじやうに褒ほめて名醫めいゝである、殊ことに小兒科せうにくわ、婦人科ふじんくわに妙めうを得えてゐると言囃いひはやしてゐた。が、彼かれは年月としつきの經たつと共ともに、此事業このじげふの單調たんてうなのと、明瞭あきらかに益えきの無ないのとを認みとめるに從したがつて、段々だん〱と厭あきて來きた。彼かれは思おもふたのである。今日けふは三十人にんの患者くわんじやを受うければ、明日あすは三十五人にん來くる、明後日あさつては四十人にんに成なつて行ゆく、恁かく毎日まいにち、毎月まいげつ同事おなじことを繰返くりかへし、打續うちつゞけては行ゆくものゝ、市中まちの死亡者しばうしやの數すうは决けつして減げんじぬ。又また患者くわんじやの足あしも依然いぜんとして門もんには絶たえぬ。朝あさから午ひるまで來くる四十人にんの患者くわんじやに、奈何どうして確實かくじつな扶助たすけを與あたへることが出來できやう、故意こいならずとも虚僞きよぎを爲なしつゝあるのだ。一統計年度とうけいねんどに於おいて、一萬二千人にんの患者くわんじやを受うけたとすれば、即すなはち一萬二千人にんは欺あざむかれたのである。重おもい患者くわんじやを病院びやうゐんに入院にふゐんさせて、其それを學問がくもんの規則きそくに從したがつて治療ちれうする事ことは出來できぬ。如何いかなれば規則きそくはあつても、茲こゝに學問がくもんは無ないのである。哲學てつがくを捨すてて了しまつて、他たの醫師等いしやらのやうに規則きそくに從したがつて遣やらうとするのには、第だい一に清潔法せいけつはふと、空氣くうきの流通法りうつうはふとが缺かくべからざる物ものである。然しかるに這麼不潔こんなふけつな有樣ありさまでは駄目だめだ。又また滋養物じやうぶつが肝心かんじんである。然しかるに這麼臭こんなくさい玉菜たまなの牛肉汁にくじるなどでは駄目だめだ、又また善よい補助者ほじよしやが必要ひつえうである、然しかるに這麼盜人計こんなぬすびとばかりでは駄目だめだ。

而さうして死しが各人かくじんの正當せいたうな終をはりであるとするなれば、何なんの爲ために人々ひと〲の死しの邪魔じやまをするのか。假かりにある商人しやうにんとか、ある官吏くわんりとかゞ、五年ねん十年ねん餘計よけいに生延いきのびたとして見みた所ところで、其それが何なんになるか。若もし又また醫學いがくの目的もくてきが藥くすりを以もつて、苦痛くつうを薄うすらげるものと爲なすなれば、自然しぜん茲こゝに一つの疑問ぎもんが生しやうじて來くる。苦痛くつうを薄うすらげるのは何なんの爲ためか? 苦痛くつうは人ひとを完全くわんぜんに向むかはしむるものと云いふでは無ないか、又また人類じんるゐが果はたして丸藥ぐわんやくや、水藥すゐやくで、其苦痛そのくつうが薄うすらぐものなら、宗教しゆうけうや、哲學てつがくは必要ひつえうが無なくなつたと棄すつるに至いたらう。プシキンは死しに先さきだつて非常ひじやうに苦痛くつうを感かんじ、不幸ふかうなるハイネは數年間すうねんかん中風ちゆうぶに罹かゝつて臥ふしてゐた。して見みれば原始蟲げんしちゆうの如ごとき我々われ〱に、切せめて苦難くなんてふものが無なかつたならば、全まつたく含蓄がんちくの無ない生活せいくわつとなつて了しまふ。からして我々われ〱は病氣びやうきするのは寧むしろ當然たうぜんでは無ないか。

恁かゝる議論ぎろんに全然まるで心こゝろを壓あつしられたアンドレイ、エヒミチは遂つひに匙さじを投なげて、病院びやうゐんにも毎日まいにちは通かよはなくなるに至いたつた。

(六)

彼かれの生活せいくわつは此かくの如ごとくにして過すぎ行ゆいた。朝あさは八時じに起おき、服ふくを着換きかへて茶ちやを呑のみ、其それから書齋しよさいに入はひるか、或あるひは病院びやうゐんに行ゆくかである。病院びやうゐんでは外來患者ぐわいらいくわんじやがもう診察しんさつを待構まちかまへて、狹せまい廊下らうかに多人數たにんず詰掛つめかけてゐる。其側そのそばを小使こづかひや、看護婦かんごふが靴くつで煉瓦れんぐわの床ゆかを音高おとたかく踏鳴ふみならして往來わうらいし、病院服びやうゐんふくを着きてゐる瘠やせた患者等くわんじやらが通とほつたり、死人しにんも舁かつぎ出だす、不潔物ふけつぶつを入いれた器うつはをも持もつて通とほる。子供こどもは泣なき叫さけぶ、通風とほりかぜはする。アンドレイ、エヒミチは恁云かういふ病院びやうゐんの有樣ありさまでは、熱病患者ねつびやうくわんじや、肺病患者はいびやうくわんじやには最もつとも可よくないと、始終しゞゆう思おもひ〱するのであるが、其それを又また奈何どうする事ことも出來できぬので有あつた。

代診だいしんのセルゲイ、セルゲヰチは、毎いつも控所ひかへじよに院長ゐんちやうの出でて來くるのを待まつてゐる。此この代診だいしんは脊せの小ちひさい、丸まるく肥ふとつた男をとこ、頬髯ほゝひげを綺麗きれいに剃そつて、丸まるい顏かほは毎いつも好よく洗あらはれてゐて、其その氣取きどつた樣子やうすで、新あたらしいゆつとりした衣服いふくを着つけ、白しろの襟飾えりかざりをした所ところは、全然まるで代診だいしんのやうではなく、元老議員げんらうぎゐんとでも言いひたいやうである。彼かれは町まちに澤山たくさんの病家びやうかの顧主とくいを持もつてゐる。で、彼かれは自分じぶんを心窃こゝろひそかに院長ゐんちやうより遙はるかに實際じつさいに於おいて、經驗けいけんに積つんでゐるものと認みとめてゐた。何なんとなれば院長ゐんちやうには町まちに顧主とくいの病家びやうかなどは少すこしも無ないのであるから。控所ひかへじよは、壁かべに大おほきい額縁がくぶちに填はまつた聖像せいざうが懸かゝつてゐて、重おもい燈明とうみようが下さげてある。傍そばには白しろい布きれを被きせた讀經臺どきやうだいが置おかれ、一方ぱうには大主教だいしゆけうの額がくが懸かけてある、又またスウャトコルスキイ修道院しうだうゐんの額がくと、枯かれた花環はなわとが懸かけてある。此この聖像せいざうは代診だいしん自みづから買かつて此所こゝに懸かけたもので、毎日曜日まいにちえうび、彼かれの命令めいれいで、誰だれか患者くわんじやの一人ひとりが、立たつて、聲こゑを上あげて、祈祷文きたうぶんを讀よむ、其それから彼かれは自身じしんで、各病室かくびやうしつを、香爐かうろを提さげて振ふりながら廻まはる。

患者くわんじやは多おほいのに時間じかんは少すくない、で、毎いつも極ごく簡單かんたんな質問しつもんと、塗藥ぬりぐすりか、〔「箆」の「竹かんむり」に代えて「くさかんむり」〕麻子油位ひましあぶらぐらゐの藥くすりを渡わたして遣やるのに留とゞまつてゐる。院長ゐんちやうは片手かたてで頬杖ほゝづゑを突つきながら考込かんがへこんで、唯たゞ機械的きかいてきに質問しつもんを掛かけるのみである。代診だいしんのセルゲイ、セルゲヰチが時々とき〲手てを擦こすり〱口くちを入いれる。『此この世よには皆みな人ひとが病氣びやうきになります、入用いりようなものがありません、何なんとなれば、是これ皆みな親切しんせつな神樣かみさまに不熱心ふねつしんでありますから。』診察しんさつの時ときに院長ゐんちやうはもう疾とうより手術しゆじゆつを爲する事ことは止やめてゐた。彼かれは血ちを見みるさへ不愉快ふゆくわいに感かんじてゐたからで。又また子供こどもの咽喉のどを見みるので口くちを開あかせたりする時ときに、子供こどもが泣叫なきさけび、小ちひさい手てを突張つツぱつたりすると、彼かれは其聲そのこゑで耳みゝがガンとして了しまつて、眼めが廻まはつて涙なみだが滴こぼれる。で、急いそいで藥くすりの處方しよはうを云いつて、子供こどもを早はやく連つれて行いつて呉くれと手てを振ふる。

診察しんさつの時とき、患者くわんじやの臆病おくびやう、譯わけの解わからぬこと、代診だいしんの傍そばにゐること、壁かべに懸かゝつてる畫像ぐわざう、二十年ねん以上いじやうも相變あひかはらずに掛かけてゐる質問しつもん、是等これらは院長ゐんちやうをして少すくなからず退屈たいくつせしめて、彼かれは五六人にんの患者くわんじやを診察しんさつし終をはると、ふいと診察所しんさつじよから出でて行いつて了しまふ。で、後あとの患者くわんじやは代診だいしんが彼かれに代かはつて診察しんさつするのであつた。

院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチは疾とうから町まちの病家びやうかを有もたぬのを、却かへつて可いい幸さいはひに、誰だれも自分じぶんの邪魔じやまをするものは無ないと云いふ考かんがへで、家いへに歸かへると直すぐ書齋しよさいに入いり、讀よむ書物しよもつの澤山たくさんあるので、此この上うへなき滿足まんぞくを以もつて書見しよけんに耽ふけるのである、彼かれは月給げつきふを受取うけとると直すぐ半分はんぶんは書物しよもつを買かふのに費つひやす、其その六間ま借かりてゐる室へやの三つには、書物しよもつと古雜誌ふるざつしとで殆ほとんど埋うづまつてゐる。彼かれが最もつとも好このむ所ところの書物しよもつは、歴史れきし、哲學てつがくで、醫學上いがくじやうの書物しよもつは、唯たゞ『醫者ヴラーチ』と云いふ一雜誌ざつしを取とつてゐるのに過すぎぬ。讀書どくしよ爲初しはじめると毎いつも數時間すうじかんは續樣つゞけさまに讀よむのであるが、少すこしも其それで疲勞つかれぬ。彼かれの書見しよけんは、イワン、デミトリチのやうに神經的しんけいてきに、迅速じんそくに讀よむのではなく、徐しづかに眼めを通とほして、氣きに入いつた所ところ、了解れうかいし得えぬ所ところは、留とゞまり〱しながら讀よんで行ゆく。書物しよもつの側そばには毎いつもウオツカの壜びんを置おいて、鹽漬しほづけの胡瓜きうりや、林檎りんごが、デスクの羅紗らしやの布きれの上うへに置おいてある。半時間毎はんじかんごと位くらゐに彼かれは書物しよもつから眼めを離はなさずに、ウオツカを一杯ぱい注ついでは呑乾のみほし、而さうして矢張やはり見みずに胡瓜きうりを手探てさぐりで食くひ缺かぐ。

三時じになると彼かれは徐しづかに厨房くりやの戸とに近ちかづいて咳拂せきばらひをして云いふ。

『ダリユシカ、晝食ひるめしでも遣やり度たいものだな。』

不味まづさうに取揃とりそろへられた晝食ひるめしを爲なし終をへると、彼かれは兩手りやうてを胸むねに組くんで考かんがへながら室内しつないを歩あるき初はじめる。其中そのうちに四時じが鳴なる。五時じが鳴なる、猶なほ彼かれは考かんがへながら歩あるいてゐる。すると、時々とき〲厨房くりやの戸とが開あいて、ダリユシカの赤あかい寐惚顏ねぼけがほが顯あらはれる。

『旦那樣だんなさま、もうビールを召上めしあがります時分じぶんでは御座ござりませんか。』

と、彼女かれは氣きを揉もんで問とふ。

『いや未まだ……もう少すこし待またう……もう少すこし……。』

と、彼かれは云いふ。

晩ばんには毎いつも郵便局長いうびんきよくちやうのミハイル、アウエリヤヌヰチが遊あそびに來くる。アンドレイ、エヒミチに取とつては此この人間ひと計ばかりが、町中まちゞゆうで一人ひとり氣きの置おけぬ親友しんいうなので。ミハイル、アウエリヤヌヰチは元もとは富とんでゐた大地主おほぢぬし、騎兵隊きへいたいに屬ぞくしてゐた者もの、然しかるに漸々だん〱身代しんだいを耗すつて了しまつて、貧乏びんばふし、老年らうねんに成なつてから、遂つひに此この郵便局いうびんきよくに入はひつたので。至いたつて元氣げんきな、壯健さうけんな、立派りつぱな白しろい頬鬚ほゝひげの、快活くわいくわつな大聲おほごゑの、而しかも氣きの善よい、感情かんじやうの深ふかい人間にんげんである。然しかし又また極ごく腹立易はらだちツぽい男をとこで、誰だれか郵便局いうびんきよくに來きた者もので、反對はんたいでもするとか、同意どういでも爲せぬとか、理屈りくつでも並ならべやうものなら、眞赤まつかになつて、全身ぜんしんを顫ふるはして怒立おこりたち、雷らいのやうな聲こゑで、默だまれ! と一喝かつする。其故それゆゑに郵便局いうびんきよくに行ゆくのは怖こはいと云いふは一般ぱんの評判ひやうばん。が、彼かれは町まちの者ものを恁かく部下ぶかのやうに遇あつかふにも拘かゝはらず、院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチ計ばかりは、教育けういくがあり、且かつ高尚かうしやうな心こゝろを有もつてゐると、敬うやまひ且かつ愛あいしてゐた。

『やあ、私わたしです。』

と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは毎いつものやうに恁かう云いひながら、アンドレイ、エヒミチの家いへに入はひつて來きた。

二人ふたりは書齋しよさいの長椅子ながいすに腰こしを掛かけて、暫時ざんじ莨たばこを吹ふかしてゐる。

『ダリユシカ、ビールでも欲ほしいな。』

と、アンドレイ、エヒミチは云いふ。

初はじめの壜びんは二人共ふたりとも無言むごんの行ぎやうで呑乾のみほして了しまふ。院長ゐんちやうは考込かんがへこんでゐる、ミハイル、アウエリヤヌヰチは何なにか面白おもしろい話はなしを爲しやうとして、愉快ゆくわいさうになつてゐる。

話はなしは毎いつも院長ゐんちやうから、初はじまるので。

『何なんと殘念ざんねんなことぢや無ないですかなあ。』

と、アンドレイ、エヒミチは頭かしらを振ふりながら、相手あひての眼めを見みずに徐々のろ〱と話出はなしだす。彼かれは話はなしをする時ときに人ひとの眼めを見みぬのが癖くせ。

『我々われ〱の町まちに話はなしの面白おもしろい、知識ちしきのある人間にんげんの皆無かいむなのは、實じつに遺憾ゐかんなことぢや有ありませんか。是これは我々われ〱に取とつて大おほいなる不幸ふかうです。上流社會じやうりうしやくわいでも卑劣ひれつなこと以上いじやうには其教育そのけういくの程度ていどは上のぼらんのですから、全まつたく下等社會かとうしやくわいと少すこしも異ことならんのです。』

『其それは眞實まつたくです。』と、郵便局長いうびんきよくちやうは云いふ。

『君きみも知しつてゐられる通とほり。』

と、院長ゐんちやうは靜しづかな聲こゑで、又また話續はなしつゞけるので有あつた。

『此この世よの中なかには人間にんげんの知識ちしきの高尚こうしやうな現象げんしやうの外ほかには、一ひとつとして意味いみのある、興味きようみのあるものは無ないのです。人智じんちなるものが、動物どうぶつと、人間にんげんとの間あひだに、大おほいなる限界さかひをなして居をつて、人間にんげんの靈性れいせいを示しめし、或ある程度ていどまで、實際じつさいに無ない所ところの不死ふしの換かはりを爲なしてゐるのです。是これに由よつて人智じんちは、人間にんげんの唯一ゆゐいつの快樂くわいらくの泉いづみとなつてゐる。然しかるに我々われ〱は自分じぶんの周圍まはりに、些いさゝかも知識ちしきを見みず、聞きかずで、我々われ〱は全然まるで快樂くわいらくを奪うばはれてゐるやうなものです。勿論もちろん我々われ〱には書物しよもつが有ある。然しかし是これは活いきた話はなしとか、交際かうさいとかと云いふものとは又また別べつで、餘あまり適切てきせつな例れいでは有ありませんが、例たとへば書物しよもつはノタで、談話だんわは唱歌しやうかでせう。』

『其それは眞實まつたくです。』と、郵便局長いうびんきよくちやうは云いふ。

二人ふたりは默だまる。厨房くりやからダリユシカが鈍にぶい浮うかぬ顏かほで出でて來きて、片手かたてで頬杖ほゝづゑを爲して、話はなしを聞きかうと戸口とぐちに立留たちどまつてゐる。

『あゝ君きみは今いまの人間にんげんから知識ちしきをお望のぞみになるのですか?』

と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは嘆息たんそくして云いふた。而さうして彼かれは昔むかしの生活せいくわつが健全けんぜんで、愉快ゆくわいで、興味きようみの有あつたこと、其頃そのころの上流社會じやうりうしやくわいには知識ちしきが有あつたとか、又また其社會そのしやくわいでは廉直れんちよく、友誼いうぎを非常ひじやうに重おもんじてゐたとか、證文しようもんなしで錢ぜにを貸かしたとか、貧窮ひんきゆうな友人いうじんに扶助たすけを與あたへぬのを恥はぢとしてゐたとか、愉快ゆくわいな行軍かうぐんや、戰爭せんさうなどの有あつたこと、面白おもしろい人間にんげん、面白おもしろい婦人ふじんの有あつたこと、又また高加索カフカズと云いふ所ところは實じつに好いい土地とちで、或ある騎兵大隊長きへいだいたいちやうの夫人ふじんに變者かはりものがあつて、毎いつでも身みに士官しくわんの服ふくを着つけて、夜よるになると一人ひとりで、カフカズの山中さんちゆうを案内者あんないしやもなく騎馬きばで行ゆく。話はなしに聞きくと、何なんでも韃靼人だつたんじんの村むらに、其夫人そのふじんと、土地とちの某公爵ぼうこうしやくとの間あひだに小説せうせつがあつたとの事ことだ、とかと。

『へゝえ。』

と、ダリユシカは感心かんしんして聞きいてゐる。

『而さうして可よく呑のみ、可よく食くつたものだ。又また非常ひじやうな自由主義じいうしゆぎの人間にんげんなども有あつたツけ。』

アンドレイ、エヒミチは聞きいてはゐたが、耳みゝにも留とまらぬ風ふうで、何なにかを考かんがへながら、ビールをチビリ〱と呑のんでゐる。

『私わたしは奈何どうかすると知識ちしきのある秀才しうさいと話はなしを爲してゐることを夢ゆめに見みることがあります。』

と、院長ゐんちやうは突然だしぬけにミハイル、アウエリヤヌヰチの言ことばを遮さへぎつて言いふた。

『私わたしの父ちゝは私わたしに立派りつぱな教育けういくを與あたへたです、然しかし六十年代ねんだいの思想しさうの影響えいきやうで、私わたしを醫者いしやとして了しまつたが、私わたしが若もし其時そのときに父ちゝの言いふ通とほりにならなかつたなら、今頃いまごろは現代思潮げんだいしてうの中心ちゆうしんとなつてゐたであらうと思おもはれます。其時そのときには屹度きつと大學だいがくの分科ぶんくわの教授けうじゆにでもなつてゐたのでせう。無論むろん知識ちしきなるものは、永久えいきうのものでは無なく、變遷へんせんして行ゆくものですが、然しかし生活せいくわつと云いふものは、忌々いま〱しい輪索わなです。思想しさうの人間にんげんが成熟せいじゆくの期きに達たつして、其思想そのしさうが發展はつてんされる時ときになると、其人間そのにんげんは自然しぜん自分じぶんがもう已すでに此この輪索わなに掛かゝつてゐる遁のがれる路みちの無なくなつてゐるのを感かんじます。實際じつさい人間にんげんは自分じぶんの意旨いしに反はんして、或あるひは偶然ぐうぜんな事ことの爲ために、無むから生活せいくわつに喚出よびだされたものであるのです……。』

『其それは眞實まつたくです。』

と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは云いふ。

アンドレイ、エヒミチは依然やはり相手あひての顏かほを見みずに、知識ちしきある者ものの話計はなしばかりを續つゞける、ミハイル、アウエリヤヌヰチは注意ちゆういして聽きいてゐながら『其それは眞實まつたくです。』と、其それ計ばかりを繰返くりかへしてゐた。

『然しかし君きみは靈魂れいこんの不死ふしを信しんじなさらんのですか?』

と、俄にはかにミハイル、アウエリヤヌヰチは問とふ。

『いや、ミハイル、アウエリヤヌヰチ、信しんじません、信しんじる理由りいうが無ないのです。』と、院長ゐんちやうは云いふ。

『實じつを申まをすと私わたしも疑うたがつてゐるのです。然しかし尤もつとも、私わたくしは或時あるときは死しなん者もののやうな感かんじもするですがな。其それは時時とき〲恁かう思おもふ事ことがあるです。

這麼老朽こんならうきうな體からだは死しんでも可いい時分じぶんだ、とさう思おもふと、忽たちまち又また何なんやら心こゝろの底そこで聲こゑがする、氣遣きづかふな、死しぬ事ことは無ないと云いつて居ゐるやうな。』

九時じ少すこし過すぎ、ミハイル、アウエリヤヌヰチは歸かへらんとて立上たちあがり、玄關げんくわんで毛皮けがはの外套ぐわいたうを引掛ひつかけながら溜息ためいきして云いふた。

『然しかし我々われ〱は隨分酷ずゐぶんひどい田舍ゐなかに引込ひつこんだものさ、殘念ざんねんなのは、這麼處こんなところで往生わうじやうをするのかと思おもふと、あゝ……。』

(七)

親友しんいうを送出おくりだして、アンドレイ、エヒミチは又また讀書どくしよを初はじめるのであつた。夜よるは靜しづかで何なんの音おとも爲せぬ。時ときは留とゞまつて院長ゐんちやうと共ともに書物しよもつの上うへに途絶とだえて了しまつたかのやう。此この書物しよもつと、青あをい傘かさを掛かけたランプとの外ほかには、世よに又また何物なにものも有あらぬかと思おもはるる靜しづけさ。院長ゐんちやうの可畏むくつけき、無人相ぶにんさうの顏かほは、人智じんちの開發かいはつに感かんずるに從したがつて、段々だん〱と和やはらぎ、微笑びせうをさへ浮うかべて來きた。

『あゝ、奈何どうして、人ひとは不死ふしの者ものでは無ないか。』

と、彼かれは考かんがへてゐる。『腦髓なうずゐや、視官しくわん、言語げんご、自覺じかく、天才てんさいなどは、終つひには皆みな土中どちゆうに入はひつて了しまつて、旋やがて地殼ちかくと共ともに冷却れいきやくし、何百萬年なんびやくまんねんと云いふ長ながい間あひだ、地球ちきうと一所しよに意味いみもなく、目的もくてきも無なく廻まはり行ゆくやうになるとなれば、何なんの爲ために這麼物こんなものが有あるのか……。』冷却れいきやくして後のち、飛散ひさんするとすれば、高尚かうしやうなる殆ほとんど神かみの如ごとき智力ちりよくを備そなへたる人間にんげんを、虚無きよむより造出つくりだすの必要ひつえうはない。而さうして恰あたかも嘲あざけるが如ごとくに、又また人ひとを粘土ねんどに化くわする必要ひつえうは無ない。あゝ物質ぶつしつの新陳代謝しんちんたいしやよ。然しかしながら不死ふしの代替だいたいを以もつて、自分じぶんを慰なぐさむると云いふ事ことは臆病おくびやうではなからうか。自然しぜんに於おいて起おこる所ところの無意識むいしきなる作用さようは、人間にんげんの無智むちにも劣おとつてゐる。何なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしきと意旨いしとがある。が、作用さようには何なにもない。死しに對たいして恐怖きようふを抱いだく臆病者おくびやうものは、左さの事ことを以もつて自分じぶんを慰なぐさめる事ことが出來できる。即すなはち彼かの體たいを將來しやうらい、草くさ、石いし、蟇ひきがへるの中うちに入いつて、生活せいくわつすると云いふ事ことを以もつて慰なぐさむることが出來できる。

『其それとも物質ぶつしつの變換へんくわん……物質ぶつしつの變換へんくわんを認みとめて、直すぐに人間にんげんの不死ふしと爲なすと云いふのは、恰あだかも高價かうかなヴアイオリンが破こはれた後あとで、其明箱そのあきばこが換かはつて立派りつぱな物ものとなると同おなじやうに、誠まことに譯わけの解わからぬ事ことである。』

時計とけいが鳴なる。アンドレイ、エヒミチは椅子いすの倚掛よりかゝりに身みを投なげて、眼めを閉とぢて考かんがへる。而さうして今いま讀よんだ書物しよもつの中うちの面白おもしろい影響えいきやうで、自分じぶんの過去くわこと、現在げんざいとに思おもひを及およぼすのであつた。

『過去くわこは思出おもひだすのも不好いやだ、と云いつて、現在げんざいも亦また過去くわこと同樣どうやうではないか。』

と、彼かれは其それから患者等くわんじやらのこと、不潔ふけつな病室びやうしつの中うちに苦くるしんでゐること、抔などを思おもひ起おこす。『未まだ眠ねむらないで南京蟲なんきんむしと戰たゝかつてゐる者ものも有あらう、或あるひは強つよく繃帶はうたいを締しめられて惱なやんで呻うなつてゐる者ものも有あらう、又また或ある患者等くわんじやらは看護婦かんごふを相手あいてに骨牌遊かるたあそびを爲してゐる者ものも有あらう、或あるひはヴオツカを呑のんでゐる者ものも有あらう、病院びやうゐんの事業じげふは總すべて二十年前ねんまへと少すこしも變かはらぬ。窃盜せつたう、姦淫かんいん、詐欺さぎの上うへに立たてられてゐるのだ。であるから、病院びやうゐんは依然いぜんとして、町まちの住民ぢゆうみんの健康けんかうには有害いうがいで、且かつ不徳義ふとくぎなものである。』

と、彼かれは思おもひ來きたり、更さらに又また彼かの六號室がうしつの鐵格子てつがうしの中なかで、ニキタが患者等くわんじやらを打毆なぐつてゐる事こと、モイセイカが町まちに行いつては、施ほどこしを請こふてゐる姿すがたなどを思おもひ出だす。

其それより又また彼かれは醫學いがくの此この近ちかき二十五年間ねんかんに於おいて、如何いかに長足ちやうそくの進歩しんぽを爲なしたかと云いふ事ことを考かんがへ初はじめる。

『自分じぶんが大學だいがくにゐた時分じぶんは、醫學いがくも猶且やはり、錬金術れんきんじゆつや、形而上學けいじゝやうがくなどと同おなじ運命うんめいに至いたるものと思おもふてゐたが、實じつに驚おどろく可べき進歩しんぽである。大革命だいかくめいとも名なづけられる位くらゐだ、防腐法ばうふはふの發明はつめいによつて、大家たいかのピロウゴフさへも、到底たうてい出來得できうべからざる事ことを認みとめてゐた手術しゆじゆつが、容易たやすく遣やられるやうにはなつた。今いまでは腹部截開ふくぶせつかいの百度たびの中うち、死しを見みることは一度位どぐらゐなものである。梅毒ばいどくも根治こんぢされる、其他そのた遺傳論ゐでんろん、催眠術さいみんじゆつ、パステルや、コツホなどの發見はつけん、衞生學ゑいせいがく、統計學とうけいがくなどは奈何どうであらう……。』

我々われ〱ロシヤの地方團體ちはうだんたいの醫術いじゆつは如何どうであらうか、先まづ精神病せいしんびやうに就ついて云いふならば、現今げんこんの病氣びやうきの類別法るゐべつはふ、診斷しんだん、治療ちれうの方法はうはふ、共ともに皆是みなこれを過去くわこの精神病學せいしんびやうがくと比較ひかくするならば、其その差さはエリボルスの山やまの如ごとき高大かうだいなるものである。現今げんこんでは精神病者せいしんびやうしやの治療ちれうに冷水れいすゐを注そゝがぬ、蒸暑むしあつきシヤツを被きせぬ、而さうして人間的にんげんてきに彼等かれらを取扱とりあつかふ、即すなはち新聞しんぶんに記載きさいする通とほり、彼等かれらの爲ために、演劇えんげき、舞蹈ぶたふを催もよほす。

彼かれは又また恁かく思考かんがへた。

現時げんじの見解けんかい及および趣味しゆみを見みるに、六號室がうしつの如ごときは、誠まことに見みるに忍しのびざる、厭惡えんをに堪たへざるものである。恁かゝる病室びやうしつは、鐵道てつだうを去さること、二百露里ヴエルスタの此この小都會せうとくわいに於おいてのみ見みるのである。即すなはち此所こゝの市長しちやう並ならびに町會議員ちやうくわいぎゐんは皆みな生物知ゝまものしりの町人ちやうにんである、であるから醫師いしを見みることは神官しんくわんの如ごとく、其その言いふ所ところを批評ひゝやうせずして信しんじてゐる。例たとへば、溶解ようかいせる鉛なまりを口くちに入いるゝとも、少すこしも不思議ふしぎには思おもはぬであらう。が、若もし是これが他たの所ところに於おいては如何どうであらうか、公衆こうしゆうと、新聞紙しんぶんしとは必かならず此かくの如ごとき監獄バステリヤは、とうに寸斷すんだんにして了しまつたであらう。

『然しかし其それが奈何どうである。』

と、彼かれはパツと眼めを開ひらいて自みづから問とふた。

『防腐法ばうふはうだとか、コツホだとか、パステルだとか云いつたつて、實際じつさいに於おいては世よの中なかは少すこしも是迄これまでと變かはらないでは無ないか、病氣びやうきの數すうも、死亡しばうの數すうも、瘋癲患者ふうてんくわんじやの爲ためだと云いつて、舞踏會ぶたふくわいやら、演藝會えんげいくわいやらが催もよほされるが、然しかし彼等かれらをして全まつたく開放かいはうすることは出來できないでは無ないか。而して見みれば、何なんでも皆みな空むなしい事ことだ、ヴインナの完全くわんぜんな大學病院だいがくびやうゐんでも、我々われ〱の此この病院びやうゐんと少すこしも差別さべつは無ないのだ。

然しかし俺おれは有害いうがいな事ことに務つとめてると云いふものだ、自分じぶんの欺あざむいてゐる人間にんげんから給料きふれうを貪むさぼつてゐる、不正直ふしやうぢきだ、然けれども俺おれ其者そのものは至いたつて微々びゞたるもので、社會しやくわいの必然ひつぜんの惡あくの一分子ぶんしに過すぎぬ、總すべて町まちや、郡ぐんの官吏共くわんりどもでも皆みな詰つまり無用むようの長物ちやうぶつだ。唯ただ給料きふれうを貪むさぼつてゐるに過すぎん……而さうして見みれば不正直ふしやうぢきの罪つみは、敢あへて自分計じぶんばかりぢや無ない、時勢じせいに有あるのだ、もう二百年ねんも晩おそく自分じぶんが生うまれたなら、全然まるで別べつの人間にんげんで有あつたかも知しれぬ。』

三時じが鳴なる、彼かれはランプを消けして寐室ねべやに行いつた。が、奈何どうしても睡眠ねむりに就つくことは出來できぬのであつた。

(八)

二年ねん此方このかた、地方自治體ちはうじちたいはやう〱饒ゆたかになつたので、其管下そのくわんかに病院びやうゐんの設立たてられるまで、年々ねん〱三百圓ゑんづつを此この町立病院ちやうりつびやうゐんに補助金ほじよきんとして出だす事こととなり、病院びやうゐんでは其それが爲ために醫員いゐんを一人ひとり増ます事ことと定さだめられた。で、アンドレイ、エヒミチの補助手ほじよしゆとして、軍醫ぐんいのエウゲニイ、フエオドロヰチ、ハヾトフといふが、此この町まちに聘へいせられた。其人そのひとは未まだ三十歳さいに足たらぬ若わかい男をとこで、頬骨ほゝぼねの廣ひろい、眼めの小ちひさい、ブルネト、其祖先そのそせんは外國人ぐわいこくじんで有あつたかのやうにも見みえる、彼かれが町まちに來きた時ときは、錢ぜにと云いつたら一文もんもなく、小ちひさい鞄かばん只たゞ一個ひとつと、下女げぢよと徇ふれてゐた醜女計みにくいをんなばかりを伴ともなふて來きたので、而さうして此女このをんなには乳呑兒ちのみごが有あつた。彼かれは常つねに廂ひさしの附ついた丸帽まるばうを被かぶつて、深ふかい長靴ながぐつを穿はき冬ふゆには毛皮けがはの外套ぐわいたうを着きて外そとを歩あるく。病院びやうゐんに來きてより間まもなく、代診だいしんのセルゲイ、セルゲヰチとも、會計くわいけいとも、直すぐに親密しんみつになつたのである。下宿げしゆくには書物しよもつは唯たゞ一册さつ『千八百八十一年度ねんどヴインナ大學病院だいがくびやうゐん最近さいきん處方しよはう』と題だいするもので、彼かれは患者くわんじやの所ところへ行ゆく時ときには必かならず其それを携たづさへる。晩ばんになると倶樂部くらぶに行いつては玉突たまつきをして遊あそぶ、骨牌かるたは餘あまり好このまぬ方はう、而さうして何時いつもお極きまりの文句もんくを可よく云いふ人間にんげん。

病院びやうゐんには一週しうに二度どづつ通かよつて、外來患者ぐわいらいくわんじやを診察しんさつしたり、各病室かくびやうしつを廻まはつたりしてゐたが、防腐法ばうふはふの此こゝでは全まつたく行おこなはれぬこと、呼血器きふけつきのことなどに就ついて、彼かれは頗すこぶる異議いぎを有もつてゐたが、其それと打付うちつけて云いふのも、院長ゐんちやうに恥はぢを掻かかせるやうなものと、何なんとも云いはずにはゐたが、同僚どうれうの院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチを心祕こゝろひそかに、老込おいこみの怠惰者なまけものとして、奴やつ、金計かねばかり溜込ためこんでゐると羨うらやんでゐた。而さうして其後任そのこうにんを自分じぶんで引受ひきうけ度たく思おもふてゐた。

(九)

三月ぐわつの末すゑつ方かた、消きえがてなりし雪ゆきも、次第しだいに跡あとなく融とけた或夜あるよ、病院びやうゐんの庭にはには椋鳥むくどりが切しきりに鳴ないてた折をりしも、院長ゐんちやうは親友しんいうの郵便局長いうびんきよくちやうの立歸たちかへるのを、門迄もんまで見送みおくらんと室しつを出でた。丁度ちやうど其時そのとき、庭にはに入はひつて來きたのは、今いましも町まちを漁あさつて來きた猶太人ジウのモイセイカ、帽ばうも被かぶらず、跣足はだしに淺あさい上靴うはぐつを突掛つツかけたまゝ、手てには施ほどこしの小ちひさい袋ふくろを提さげて。

『一錢せんおくんなさい!』

と、モイセイカは寒さむさに顫ふるへながら、院長ゐんちやうを見みて微笑びせうする。

辭じすることの出來できぬ院長ゐんちやうは、隱かくしから十錢せんを出だして彼かれに遣やる。

『これは可よくない』と、院長ゐんちやうはモイセイカの瘠やせた赤あかい跣足はだしの踝くるぶしを見みて思おもふた。

『路みちは泥濘ぬかつてゐると云いふのに。』

院長ゐんちやうは不覺そゞろに哀あはれにも、又また不氣味ぶきみにも感かんじて、猶太人ジウの後あとに尾ついて、其禿頭そのはげあたまだの、足あしの踝くるぶしなどを眴みまはしながら、別室べつしつまで行いつた。小使こづかひのニキタは相あひも變かはらず、雜具がらくたの塚つかの上うへに轉ころがつてゐたのであるが、院長ゐんちやうの入はひつて來きたのに吃驚びつくりして跳起はねおきた。

『ニキタ、今日こんにちは。』

と、院長ゐんちやうは柔やさしく彼かれに挨拶あいさつして。

『此この猶太人ジウに靴くつでも與あたへたら奈何どうだ、然さうでもせんと風邪かぜを引ひく。』

『はツ、拜承かしこまりまして御坐ござりまする。直すぐに會計くわいけいに然さう申まをしまして。』

『然さうして下ください、お前まへは會計くわいけいに私わたしがさう云いつたと云いつて呉くれ。』

玄關げんくわんから病室びやうしつへ通かよふ戸とは開ひらかれてゐた。イワン、デミトリチは寐臺ねだいの上うへに横よこになつて、肘ひぢを突ついて、さも心配しんぱいさうに、人聲ひとごゑがするので此方こなたを見みて耳みゝを欹そばだてゝゐる。と、急きふに來きた人ひとの院長ゐんちやうだと解わかつたので、彼かれは全身ぜんしんを怒いかりに顫ふるはして、寐床ねどこから飛上とびあがり、眞赤まつかになつて、激怒げきどして、病室びやうしつの眞中まんなかに走はしり出でて突立つゝたつた。

『やあ、院長ゐんちやうが來きたぞ!』

イワン、デミトリチは高たかく呌さけんで、笑わらひ出だす。

『來きた々々! 諸君しよくんお目出めでたう、院長閣下ゐんちやうかくかが我々われ〱を訪問はうもんせられた! 此こン畜生ちくしやうめ!』

と、彼かれは聲こゑを甲走かんばしらして、地鞴踏ぢだんだふんで、同室どうしつの者等ものらの未いまだ甞かつて見みぬ騷方さわぎかた。

『此こン畜生ちくしやう! やい毆殺ぶちころして了しまへ! 殺ころしても足たるものか、便所べんじよにでも敲込たゝきこめ!』

院長ゐんちやうのアンドレイ、エヒミチは玄關げんくわんの間まから病室びやうしつの内なかを覗込のぞきこんで、物柔ものやはらかに問とふので有あつた。

『何故なぜですね?』

『何故なぜだと。』と、イワン、デミトリチは嚇おどすやうな氣味きみで、院長ゐんちやうの方はうに近寄ちかより、顫ふるふ手てに病院服びやうゐんふくの前まへを合あはせながら。

『何故なぜかも無ないものだ! 此この盜人ぬすびとめ!』

彼かれは惡々にく〱しさうに唾つばでも吐はつ掛かけるやうな口付くちつきをして。

『此この山師やまし! 人殺ひとごろし!』

『まあ、落着おちつきなさい。』

と、アンドレイ、エヒミチは惡わるかつたと云いふやうな顏付かほつきで云いふ。

『可よくお聽ききなさい、私わたしは未まだ何なんにも盜ぬすんだ事こともなし、貴方あなたに何なにも致いたしたことは無ないのです。貴方あなたは何なにか間違まちがつてお出いでなのでせう、酷ひどく私わたしを怒おこつてゐなさるやうだが、まあ落着おちついて、靜しづかに、而さうして何なにを立腹りつぷくしてゐなさるのか、有仰おつしやつたら可いいでせう。』

『だが何なんの爲ために貴下あなたは私わたしを這麼こんなところに入いれて置おくのです?』

『其それは貴君あなたが病人びやうにんだからです。』

『はあ、病人びやうにん、然しかし何なん百人にんと云いふ狂人きやうじんが自由じいうに其處邊そこらへんを歩あるいてゐるではないですか、其それは貴方々あなたがたの無學むがくなるに由よつて、狂人きやうじんと、健康けんかうなる者ものとの區別くべつが出來できんのです。何なんの爲ために私わたしだの、そら此處こゝにゐる此この不幸ふかうな人達計ひとたちばかりが恰あだかも獻祭けんさいの山羊やぎの如ごとくに、衆しゆうの爲ために此こゝに入いれられてゐねばならんのか。貴方あなたを初はじめ、代診だいしん、會計くわいけい、其それから、總すべて此この貴方あなたの病院びやうゐんに居ゐる奴等やつらは、實じつに怪けしからん、徳義上とくぎじやうに於おいては我々共われ〱どもより遙はるかに劣等れつとうだ、何なんの爲ために我々計われ〱ばかりが此こゝに入いれられて居をつて、貴方々あなたがたは然さうで無ないのか、何處どこに那樣論理そんなろんりがあります?』

『徳義上とくぎじやうだとか、論理ろんりだとか、那樣事そんなことは何なにも有ありません。唯たゞ場合ばあひです。即すなはち此處こゝに入いれられた者ものは入はひつてゐるのであるし、入いれられん者ものは自由じいうに出歩であるいてゐる、其それ丈だけの事ことです。私わたしが醫者いしやで、貴方あなたが精神病者せいしんびやうしやであると云いふことに於おいて、徳義とくぎも無なければ、論理ろんりも無ないのです。詰つまり偶然ぐうぜんの場合ばあひのみです。』

『那樣屁理窟そんなへりくつは解わからん。』

と、イワン、デミトリチは小聲こゞゑで云いつて、自分じぶんの寐臺ねだいの上うへに坐すわり込こむ。

モイセイカは今日けふは院長ゐんちやうのゐる爲ために、ニキタが遠慮ゑんりよして何なにも取返とりかへさぬので、貰もらつて來きた雜物ざふもつを、自分じぶんの寐臺ねだいの上うへに洗あらひ浚ざらひ廣ひろげて、一つ〱並ならべ初はじめる。パンの破片かけら、紙屑かみくづ、牛うしの骨ほねなど、而さうして寒さむさに顫ふるへながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことに歌うたふやうに喋しやべり出だす、大方おほかた開店かいてんでも爲した氣取きどりで何なにかを吹聽ふいちやうしてゐるので有あらう。

『私わたしを此處こゝから出だして下ください。』と、イワン、デミトリチは聲こゑを顫ふるはして云いふ。

『其それは出來できません。』

『如何云どういふ譯わけで。其それを聞ききませう。』

『其それは私わたしの權内けんないに無ない事ことなのです。まあ、考かんがへて御覽ごらんなさい、私わたしが假かりに貴方あなたを此こゝから出だしたとして、甚麼利益どんなりえきが有ありますか。先まづ出でて御覽ごらんなさい、町まちの者ものか、警察けいさつかが又また貴方あなたを捉とらへて連つれて參まゐりませう。』

『左樣さやうさ〱其それは然さうだ。』と、イワン、デミトリチは額ひたひの汗あせを拭ふく、『其それは然さうだ、然しかし私わたしは如何どうしたら可よからう。』

アンドレイ、エヒミチはイワン、デミトリチの顏付かほつき、眼色めいろ抔などを酷ひどく氣きに入いつて、如何どうかして此この若者わかものを手懷てなづけて、落着おちつかせやうと思おもふたので、其寐臺そのねだいの上うへに腰こしを下おろし、些ちよつと考かんがへて、偖さて言出いひだす。

『貴方あなたは如何どうしたら可よからうと有仰おつしやるが。貴方あなたの位置ゐちを好よくするのには、此こゝから逃出にげだす一方ぱうです。然しかし其それは殘念ざんねんながら無益むえきに歸きするので、貴方あなたは到底たうてい捉とらへられずには居をらんです。社會しやくわいが犯罪人はんざいにんや、精神病者せいしんびやうしやや、總すべて自分等じぶんらに都合つがふの惡わるい人間にんげんに對たいして、自衞じゑいを爲なすのには、如何どうしたつて勝かつ事ことは出來できません。で、貴方あなたの爲なすべき所ところは一つです。即すなはち此處こゝに居ゐる事ことが必要ひつえうであると考かんがへて、安心あんしんをしてゐるのみです。』

『いや、誰たれにも此處こゝは必要ひつえうぢや有ありません。』

『然しかし已すでに監獄かんごくだとか、瘋癲病院ふうてんびやうゐんだとかの存在そんざいする以上いじやうは、誰たれか其中そのうちに入はひつてゐねばなりません、貴方あなたでなければ、私わたくし、でなければ、他ほかの者ものが。まあお待まちなさい、左樣さやう今いまに遙はるか遠とほき未來みらいに、監獄かんごくだの、瘋癲病院ふうてんびやうゐんの全廢ぜんぱいされた曉あかつきには、即すなはち此この窓まどの鐵格子てつがうしも、此この病院服びやうゐんふくも、全まつたく無用むようになつて了しまひませう、無論むろん、然云さういふ時ときは早晩さうばん來きませう。』

イワン、デミトリチはニヤリと冷笑わらつた。

『然さうでせう。』と、彼かれは眼めを細ほそめて云いふた。『貴方あなただの、貴方あなたの補助者ほじよしやのニキタなどのやうな、然云さういふ人間にんげんには、未來みらいなどは何なんの要えうも無ない譯わけです。で、貴方あなたは好よい時代じだいが來こやうと濟すましてもゐられるでせうが、いや、私わたくしの言いふことは卑いやしいかも知しれません、笑止をかしければお笑わらひ下ください。然しかしです、新生活しんせいくわつの曉あかつきは輝かゞやいて、正義せいぎが勝かちを制せいするやうになれば、我々われ〱の町まちでも大おほいに祭まつりをして喜よろこび祝いはひませう。が、私わたしは其迄それまでは待またれません、其時分そのじぶんにはもう死しんで了しまひます。誰たれかの子こか孫まごかは、遂ついに其時代そのじだいに遇あひませう。私わたくしは誠心まごゝろを以もつて彼等かれらを祝しゆくします、彼等かれらの爲ために喜よろこびます! 進すゝめ! 我わが同胞どうばう! 神かみは君等きみらに助たすけを給たまはん!』と、イワン、デミトリチは眼めを輝かゞやかして立上たちあがり、窓まどの方はうに手てを伸のばして云いふた。

『此この格子こうしの中うちより君等きみらを祝福しゆくふくせん、正義せいぎ萬歳ばんざい! 正義せいぎ萬歳ばんざい!』

『何なにを那樣そんなに喜よろこぶのか私わたくしには譯わけが分わかりません。』と、院長ゐんちやうはイワン、デミトリチの樣子やうすが宛然まるで芝居しばゐのやうだと思おもひながら、又また其風そのふうが酷ひどく氣きに入いつて云いふた。

『成程なるほど、時ときが來くれば監獄かんごくや、瘋癲病院ふうてんびやうゐんは廢はいされて、正義せいぎは貴方あなたの有仰おつしやる通とほり勝かちを占しめるでせう、然しかし生活せいくわつの實際じつさいが其それで變かはるものではありません。自然しぜんの法則はふそくは依然いぜんとして元もとの儘まゝです、人々ひと〲は猶且やはり今日こんにちの如ごとく病やみ、老おい、死しするのでせう、甚麼立派どんなりつぱな生活せいくわつの曉あかつきが顯あらはれたとしても、畢竟つまり人間にんげんは棺桶くわんをけに打込うちこまれて、穴あなの中なかに投とうじられて了しまふのです。』

『では來世らいせいは。』

『何なに、來世らいせい。戯談じやうだんを云いつちや可いけません。』

『貴方あなたは信しんじなさらんと見みえるが私わたしは信しんじてます。ドストエフスキイの中うちか、ウオルテルの中うちかに、小説中せうせつちゆうの人物じんぶつが云いつてる事ことが有あります、若もし神かみが無なかつたとしたら、其時そのときは人ひとが神かみを考かんがへ出ださう。で、私わたくしは堅かたく信しんじてゐます。若もし來世らいせいが無ないと爲したならば、其時そのときは大おほいなる人間にんげんの智慧ちゑなるものが、早晩さうばん是これを發明はつめいしませう。』

『フヽム、旨うまく言いつた。』

と、アンドレイ、エヒミチは最いと滿足氣まんぞくげに微笑びせうして。

『貴方あなたは然さう信しんじてゐなさるから結構けつこうだ。然云さういふ信仰しんかうが有ありさへすれば、假令たとひ壁かべの中なかに塗込ぬりこまれたつて、歌うたを歌うたひながら生活せいくわつして行ゆかれます。貴方あなたは失禮しつれいながら何處どこで教育けういくをお受うけになつたか?』

『私わたくしは大學だいがくでゝす、然しかし卒業そつげふせずに終しまひました。』

『貴方あなたは思想家しさうかで考深かんがへぶかい方かたです。貴方あなたのやうな人ひとは甚麼場所どんなばしよにゐても、自身じしんに於おいて安心あんしんを求もとめる事ことが出來できます。人生じんせいの解悟かいごに向むかつて居をる自由じいうなる深ふかき思想しさうと、此この世よの愚おろかなる騷さわぎに對たいする全然ぜん〱の輕蔑けいべつ、是これ即すなはち人間にんげんの之これ以上いじやうのものを未甞いまだかつて知しらぬ最大幸福さいだいかうふくです。而さうして貴方あなたは縱令たとひ三重ぢゆうの鐵格子てつがうしの内うちに住すんでゐやうが、此この幸福かうふくを有もつてゐるのでありますから。ヂオゲンを御覽ごらんなさい、彼かれは樽たるの中なかに住すんでゐました、然けれども地上ちじやうの諸王しよわうより幸福かうふくで有あつたのです。』

『貴方あなたの云いふヂオゲンは白癡はくちだ。』と、イワン、デミトリチは憂悶いうもんして云いふた。『貴方あなたは何なんだつて私わたくしに解悟かいごだとか、何なんだとかと云いふのです。』と、俄にはかに怫然むきになつて立上たちあがつた。『私わたくしは人並ひとなみの生活せいくわつを好このみます、實じつに、私わたくしは恁云かういふ窘逐狂きんちくきやうに罹かゝつてゐて、始終しゞゆう苦くるしい恐怖おそれに襲おそはれてゐますが、或時あるときは生活せいくわつの渇望かつばうに心こゝろを燃もやされるです、非常ひじやうに人並ひとなみの生活せいくわつを望のぞみます、非常ひじやうに、其それは非常ひじやうに。』

彼かれは室内しつないを歩あるき初はじめたが、施やがて小聲こゞゑで又また言いひ出だす。

『私わたくしは時折ときをり種々いろ〱な事ことを妄想まうざうしますが、往々わう〱幻想まぼろしを見みるのです、或人あるひとが來きたり、又また人ひとの聲こゑを聞きいたり、音樂おんがくが聞きこえたり、又また林はやしや、海岸かいがんを散歩さんぽしてゐるやうに思おもはれる時ときも有あります。何卒どうぞ私わたくしに世よの中なかの生活せいくわつを話はなして下ください、何なにか珍めづらしい事ことでも無ないですか。』

『町まちの事ことをですか、其それとも一般ぱんの事ことに就ついてゞすか?』

『先まづ町まちの事ことからして伺うかゞひませう。其それから一般ぱんのことを。』

『町まちでは實じつにもう退屈たいくつです。誰だれを相手あひてに話はなしするものもなし。話はなしを聞きく者ものもなし。新あたらしい人間にんげんはなし。然しかし此頃このころハヾトフと云いふ若わかい醫者いしやが町まちには來きたですが。』

『甚麼人間どんなにんげんが。』

『いや、極ごく非文明的ひぶんめいてきな、奈何云どういふものか此この町まちに來くる所ところの者ものは、皆みな、見みるのも胸むねの惡わるいやうな人間計にんげんばかり、不幸ふかうな町まちです。』

『左樣さやうさ、不幸ふかうな町まちです。』と、イワン、デミトリチは溜息ためいきして笑わらふ。『然しかし一般ぱんには奈何どうです、新聞しんぶんや、雜誌ざつしは奈何云どういふ事ことが書かいてありますか?』

病室びやうしつの中うちはもう暗くらくなつたので、院長ゐんちやうは靜しづかに立上たちあがる。然さうして立たちながら、外國ぐわいこくや、露西亞ロシヤの新聞しんぶん雜誌ざつしに書かいてある珍めづらしい事こと、現今げんこんは恁云かういふ思想しさうの潮流てうりうが認みとめられるとかと話はなしを進すゝめたが、イワン、デミトリチは頗すこぶる注意ちゆういして聞きいてゐた。が忽たちまち、何なにか恐おそろしい事ことでも急きふに思おもひ出だしたかのやうに、彼かれは頭かしらを抱かゝへるなり、院長ゐんちやうの方はうへくるりと背せを向むけて、寐臺ねだいの上うへに横よこになつた。

『奈何どうかしましたか?』と、院長ゐんちやうは問ふ。

『もう貴方あなたには一言ごんだつて口くちは開ききません。』

イワン、デミトリチは素氣そつけなく云いふ。『私わたくしに管かまはんで下ください!』

『奈何どうしたのです?』

『管かまはんで下くださいと云いつたら管かまはんで下ください、チヨツ、誰だれが那樣者そんなものと口くちを開きくものか。』

院長ゐんちやうは肩かたを縮ちゞめて溜息ためいきをしながら出でて行ゆく、而さうして玄關げんくわんの間まを通とほりながら、ニキタに向むかつて云いふた。

『此處邊こゝらを少すこし掃除さうぢしたいものだな、ニキタ。酷ひどい臭にほひだ。』

『拜承かしこまりました。』と、ニキタは答こたへる。

『何なんと面白おもしろい人間にんげんだらう。』と、院長ゐんちやうは自分じぶんの室へやの方はうへ歸かへりながら思おもふた。『此こゝへ來きてから何年振なんねんぶりかで、恁云かういふ共ともに語かたられる人間にんげんに初はじめて出會でつくわした。議論ぎろんも遣やる、興味きようみを感かんずべき事ことに、興味きようみをも感かんじてゐる人間にんげんだ。』

彼かれは其後そのゝち讀書どくしよを爲なす中うちにも、睡眠ねむりに就ついてからも、イワン、デミトリチの事ことが頭あたまから去さらず、翌朝よくてう眼めを覺さましても、昨日きのふの智慧ちゑある人間にんげんに遇あつたことを忘わすれる事ことが出來できなかつた、便宜べんぎも有あらばもう一度ど彼かれを是非ぜひ尋たづねやうと思おもふてゐた。

(十)

イワン、デミトリチは昨日きのふと同おなじ位置ゐちに、兩手りやうてで頭かしらを抱かゝへて、兩足りやうあしを縮ちゞめた儘まゝ、横よこに爲なつてゐて、顏かほは見みえぬ。

『や、御機嫌ごきげんよう、今日こんにちは。』院長ゐんちやうは六號室がうしつへ入はひつて云いふた。『君きみは眠ねむつてゐるのですか?』

『いや私わたくしは貴方あなたの朋友ほういうぢや無ないです。』と、イワン、デミトリチは枕まくらの中うちへ顏かほを愈〻いよ〱埋うづめて云いふた。『又また甚麼どんなに貴方あなたは盡力じんりよく仕しやうが駄目だめです、もう一言ごんだつて私わたくしに口くちを開ひらかせる事ことは出來できません。』

『變へんだ。』と、アンドレイ、エヒミチは氣きを揉もむ。『昨日きのふ我々われ〱は那麼あんなに話はなしたのですが、何なにを俄にはかに御立腹ごりつぷくで、絶交ぜつかうすると有仰おつしやるのです、何なにか其それとも氣きに障さはることでも申まをしましたか、或あるひは貴方あなたの意見いけんと合あはん考かんがへを云いひ出だしたので?』

『いや、那樣そんなら貴方あなたに云いひませう。』と、イワン、デミトリチは身みを起おこして、心配しんぱいさうに又また冷笑的れいせうてきに、ドクトルを見みるので有あつた。『何なにも貴方あなたは探偵たんていしたり、質問しつもんをしたり、此こゝへ來きて爲するには當あたらんです。何處どこへでも他ほかへ行いつて爲した方はうが可よいです。私わたくしはもう昨日きのふ貴方あなたが何なんの爲ために來きたのかゞ解わかりましたぞ。』

『是これは奇妙きめうな妄想まうざうを爲したものだ。』と、院長ゐんちやうは思おもはず微笑びせうする。『では貴方あなたは私わたくしを探偵たんていだと想像さうざうされたのですな。』

『左樣さやう。いや探偵たんていにしろ、又また私わたくしに窃ひそかに警察けいさつから廻まはされた醫者いしやにしろ、何方どちらだつて同樣どうやうです。』

『いや貴方あなたは。困こまつたな、まあお聞ききなさい。』と、院長ゐんちやうは寐臺ねだいの傍そばの腰掛こしかけに掛かけて責せむるがやうに首くびを振ふる。

『然しかし假かりに貴方あなたの云いふ所ところが眞實しんじつとして、私わたくしが警察けいさつから廻まはされた者もので、何なにか貴方あなたの言ことばを抑おさへやうとしてゐるものと假定かていしませう。で、貴方あなたが其爲そのために拘引こういんされて、裁判さいばんに渡わたされ、監獄かんごくに入いれられ、或あるひは懲役ちようえきに爲されるとして見みて、其それが奈何どうです、此この六號室がうしつにゐるのよりも惡わるいでせうか。此こゝに入いれられてゐるよりも貴方あなたに取とつて奈何どうでせうか? 私わたくしは此こゝより惡わるい所ところは無ないと思おもひます。若もし然さうならば何なにを貴方あなたは那樣そんなに恐おそれなさるのか?』

此この言ことばにイワン、デミトリチは大おほいに感動かんどうされたと見みえて、彼かれは落着おちついて腰こしを掛かけた。

時ときは丁度ちやうど四時過じすぎ。毎いつもなら院長ゐんちやうは自分じぶんの室へやから室へやへと歩あるいてゐると、ダリユシカが、麥酒ビールは旦那樣だんなさま如何いかゞですか、と問とふ刻限こくげん。戸外こぐわいは靜しづかに晴渡はれわたつた天氣てんきである。

『私わたくしは中食後ちゆうじきご散歩さんぽに出掛でかけましたので、些ちよつと立寄たちよりましたのです。もう全然まるで春はるです。』

『今いまは何月なんぐわつです、三月ぐわつでせうか?』

『左樣さよう、三月ぐわつも末すゑです。』

『戸外そとは泥濘ぬかつて居をりませう。』

『那樣そんなでも有ありません、庭にはにはもう小徑こみちが出來できてゐます。』

『今頃いまごろは馬車ばしやにでも乘のつて、郊外かうぐわいへ行いつたらさぞ好いいでせう。』と、イワン、デミトリチは赤あかい眼めを擦こすりながら云いふ。『而さうして其それから家うちの暖あたゝかい閑靜かんせいな書齋しよさいに歸かへつて……名醫めいゝに恃かゝつて頭痛づつうの療治れうぢでも爲して貰もらつたら、久ひさしい間あひだ私わたくしはもうこの人間にんげんらしい生活せいくわつを爲しないが、其それにしても此處こゝは實じつに不好いやな所ところだ。實じつに堪たへられん不好いやな所ところだ。』

昨日きのふの興奮こうふんの爲ためにか、彼かれは疲つかれて脱然ぐつたりして、不好不好いやいやながら言いつてゐる。彼かれの指ゆびは顫ふるへてゐる。其顏そのかほを見みても頭あたまが酷ひどく痛いたんでゐると云いふのが解わかる。

『暖あたゝかい閑靜かんせいな書齋しよさいと、此この病室びやうしつとの間あひだに、何なんの差さも無ないのです。』と、アンドレイ、エヒミチは云いふた。『人間にんげんの安心あんしんと、滿足まんぞくとは身外しんぐわいに在あるのではなく、自身じしんの中うちに在あるのです。』

『奈何云どういふ譯わけで。』

『通常つうじやうの人間にんげんは、可いい事ことも、惡わるい事ことも皆みな身外しんぐわいから求もとめます。即すなはち馬車ばしやだとか、書齋しよさいだとかと、然しかし思想家しさうかは自身じしんに求もとめるのです。』

『貴方あなたは那樣哲學そんなてつがくは、暖あたゝかな杏あんずの花はなの香にほひのする希臘ギリシヤに行いつてお傳つたへなさい、此處こゝでは那樣哲學そんなてつがくは氣候きこうに合あひません。いやさうと、私わたくしは誰たれかとヂオゲンの話はなしを爲しましたつけ、貴方あなたとでしたらうか?』

『左樣さやう昨日きのふ私わたくしと。』

『ヂオゲンは勿論もちろん書齋しよさいだとか、暖あたゝかい住居すまゐだとかには頓着とんぢやくしませんでした。是これは彼かの地ちが暖あたゝかいからです。樽たるの中うちに寐轉ねころがつて蜜柑みかんや、橄欖かんらんを食たべてゐれば其それで過すごされる。然しかし彼かれをして露西亞ロシヤに住すまはしめたならば、彼かれ必かならず十二月ぐわつ所どころではない、三月ぐわつの陽氣やうきに成なつても、室へやの内うちに籠こもつてゐたがるでせう。寒氣かんきの爲ために體からだも何なにも屈曲まがつて了しまふでせう。』

『いや寒氣かんきだとか、疼痛とうつうだとかは感かんじない事ことが出來できるです。マルク、アウレリイが云いつた事ことが有ありませう。「疼痛とうつうとは疼痛とうつうの活いきた思想しさうである、此この思想しさうを變へんぜしむるが爲ためには意旨いしの力ちからを奮ふるひ、而しかして之これを棄すてゝ以もつて、訴うつたふる事ことを止やめよ、然しからば疼痛とうつうは消滅せうめつすべし。」と、是これは可よく言いつた語ことばです、智者ちしや、哲人てつじん、若もしくは思想家しさうかたるものゝ、他人たにんに異ことなる所ところの點てんは、即すなはち此こゝに在あるのでせう、苦痛くつうを輕かろんずると云いふ事ことに。是こゝに於おいてか彼等かれらは常つねに滿足まんぞくで、何事なにごとにも又また驚おどろかぬのです。』

『では私わたくしなどは徒いたづらに苦くるしみ、不滿ふまんを鳴ならし、人間にんげんの卑劣ひれつに驚おどろいたり計ばかりしてゐますから、白癡はくちだと有仰おつしやるのでせう。』

『然さうぢや無ないです。貴方あなたも愈〻いよ〱深ふかく考慮かんがへるやうに成なつたならば、我々われ〱の心こゝろを動うごかす所ところの、總すべての身外しんぐわいの些細さゝいなる事ことは苦くにもならぬとお解わかりになる時ときが有ありませう、人ひとは解悟かいごに向むかはなければなりません。是これが眞實しんじつの幸福かうふくです。』

『解悟かいご……。』イワン、デミトリチは顏かほを顰しかめる。『外部ぐわいぶだとか、内部ないぶだとか……。いや私わたくしには然云さういふ事ことは少すこしも解わからんです。私わたくしの知しつてゐる事ことは唯たゞ是丈これだけです。』と、彼かれは立上たちあがり、怒おこつた眼めで院長ゐんちやうを睨にらみ付つける。『私わたしの知しつてゐるのは、神かみが人ひとを熱血ねつけつと、神經しんけいとより造つくつたと云いふ事丈ことだけです! 又また有機的組織いうきてきそしきは、若もし其それが生活力せいくわつりよくを有もつてゐるとすれば、總すべての刺戟しげきに反應はんおうを起おこすべきものである。其それで私わたくしは反應はんおうしてゐます。即すなはち疼痛とうつうに對たいしては、絶呌ぜつけうと、涙なんだとを以もつて答こたへ、虚僞きよぎに對たいしては憤懣ふんまんを以もつて、陋劣ろうれつに對たいしては厭惡えんをの情じやうを以もつて答こたへてゐるです。私わたくしの考かんがへでは是これが抑そも〱生活せいくわつと名なづくべきものだらうと。又また有機體いうきたいが下等かとうに成なれば成なる丈だけ、より少すくなく物ものを感かんずるので有あらうと、其故それゆゑにより弱よわく刺戟しげきに答こたへるのである。で、高等かうとうに成なれば隨したがつてより強つよき勢力せいりよくを以もつて、實際じつさいに反應はんおうするのです。貴方あなたは醫者いしやでおゐでて、如何どうして那麼譯こんなわけがお解わかりにならんです。苦くるしみを輕かろんずるとか、何なんにでも滿足まんぞくしてゐるとか、甚麼事どんなことにも驚おどろかんと云いふやうになるのには、那あれです、那云あゝいふ状態ざまになつて了しまはんければ。』と、イワン、デミトリチは隣となりの油切あぶらぎつた彼かの動物どうぶつを差さしてさう云いふた。『或あるひは又また苦痛くつうを以もつて自分じぶんを鍛練たんれんして、其それに對たいしての感覺かんかくを恰まるで失うしなつて了しまふ、言ことばを換かへて言いへば、生活せいくわつを止やめて了しまふやうなことに至いたらしめなければならぬのです。私わたくしは無論むろん哲人てつじんでも、哲學者てつがくしやでも無ないのですから。』と、更さらに激げきして。『ですから、那麼事こんなことに就ついては何なにも解わからんのです。議論ぎろんする力ちからが無ないのです。』

『如何どうしてなか〱、貴方あなたは立派りつぱに議論ぎろんなさるです。』

『貴方あなたが例證れいしように引ひきなすつたストア派はの哲學者等てつがくしやらは立派りつぱな人達ひとたちです。然しかしながら彼等かれらの學説がくせつは已すでに二千年以前ねんいぜんに廢すたれて了しまひました、もう一歩ぽも進すゝまんのです、是これから先さき、又また進歩しんぽする事ことは無ない。如何いかんとなれば是これは現實的げんじつてきでない、活動的くわつどうてきで無ないからで有ある。恁云かういふ學説がくせつは、唯たゞ種々しゆ〲の學説がくせつを集あつめて研究けんきうしたり、比較ひかくしたりして、之これを自分じぶんの生涯しやうがいの目的もくてきとしてゐる、極きはめて少數せうすうの人計ひとばかりに行おこなはれて、他たの多數たすうの者ものは其それを了解れうかいしなかつたのです。苦痛くつうを輕蔑けいべつすると云いふ事ことは、多數たすうの人ひとに取とつたならば、即すなはち生活せいくわつ其物そのものを輕蔑けいべつすると云いふ事ことになる。如何いかんとなれば、人間にんげん全體ぜんたいは、餓うゑだとか、寒さむさだとか、凌辱はづかしめだとか、損失そんしつだとか、死しに對たいするハムレツト的てきの恐怖おそれなどの感覺かんかくから成立なりたつてゐるのです。此この感覺かんかくの中うちに於おいて人生じんせい全體ぜんたいが含ふくまつてゐるのです。之これを苦くにする事こと、惡にくむ事ことは出來できます。が、之これを輕蔑けいべつする事ことは出來できんです。で有あるから、ストア派はの哲學者てつがくしやは未來みらいを有もつ事ことが出來できんのです。御覽ごらんなさい、世界せかいの始はじめから、今日こんにちに至いたるまで、益〻ます〱進歩しんぽして行ゆくものは生存競爭せいぞんきやうさう、疼痛とうつうの感覺かんかく、刺戟しげきに對たいする反應はんおうの力ちからなどでせう。』と、イワン、デミトリチは俄にはかに思想しさうの聯絡れんらくを失うしなつて、殘念ざんねんさうに額ひたひを擦こすつた。

『何なにか肝心かんじんなことを云いはうと思おもつて出でなくなつた。』

と、彼かれは續つゞける。『其それぢや基督ハリストスでも例れいに引ひきませう、基督ハリストスは泣ないたり、微笑びせうしたり、悲かなしんだり、怒おこつたり、憂うれひに沈しづんだりして、現實げんじつに對たいして反應はんおうしてゐたのです。彼かれは微笑びせうを以もつて苦くるしみに對むかはなかつた、死しを輕蔑けいべつしませんでした、却かへつて「此この杯さかづきを我われより去さらしめよ」と云いふて、ゲフシマニヤの園そので祈祷きたうしました。』

イワン、デミトリチは恁かく云いつて笑出わらひだしながら坐すわる。

『で假かりに人間にんげんの滿足まんぞくと安心あんしんとが、其身外そのしんぐわいに在あるに非あらずして、自身じしんの内うちに在あるとして、又また假かりに苦痛くつうを輕蔑けいべつして、何事なにごとにも驚おどろかぬように爲しなければならぬとして、見みて、第だい一貴方あなた自身じしんは何なんに基もとづいて、這麼こんなことを主張しゆちやうなさるのか、貴方あなたは一體たい哲人ワイゼですか、哲學者てつがくしやですか?』

『いや私わたくしは哲學者てつがくしやでも何なんでも無ない。が、之これを主張しゆちやうするのは、大おほいに各人かくじんの義務ぎむだらうと思おもふのです、是これは道理だうりの有ある事ことで。』

『いや私わたくしの知しらうと思おもふのは、何なんの爲ために貴方あなたが解悟かいごだの、苦痛くつうだの、其それに對たいする輕蔑けいべつだの、其他そのたの事ことに就ついて自みづから精通家せいつうかと認みとめてお出いでなのですか。貴方あなたは何時いつにか苦くるしんだ事ことでも有あるのですか、苦くるしみと云いふ事ことの理解りかいを有もつてお出いでゝすか、或あるひは失禮しつれいながら貴方あなたはお幼少ちひさい時分じぶん、打擲ぶたれでもなされましたことがお有ありなのですか?』

『否いえ、私わたくしの兩親りやうしんは、身體上しんたいじやうの處刑しよけいは非常ひじやうに嫌きらつて居ゐたのです。』

『私わたくしは父ちゝには酷ひどく仕置しおきをされました。私わたくしの父ちゝは極ごく苛酷かこくな官員くわんゐんで有あつたのです。が、貴方あなたの事ことを申まをして見みませうかな。貴方あなたは一生涯しやうがい誰だれにも苛責かしやくされた事ことは無なく、健康けんかうなること牛うしの如ごとく、嚴父げんぷの保護ほごの下もとに生長せいちやうし、其それで學問がくもんさせられ、其それからして割わりの好よい役やくに取付とりつき、二十年以上ねんいじやうの間あひだも、暖爐だんろも焚たいてあり、燈あかりも明あかるき無料むれうの官宅くわんたくに、奴婢ぬひをさへ使つかつて住すんで、其上そのうへ、仕事しごとは自分じぶんの思おもふ儘まゝ、仕しても仕しないでも濟すんでゐると云いふ位置ゐち。で、生來せいらい貴方あなたは怠惰者なまけもので、嚴格げんかくで無ない人間にんげん、其故それゆゑ貴方あなたは何なんでも自分じぶんに面倒めんだうでないやう、働はたらかなくとも濟すむやうと計ばかり心掛こゝろがけてゐる、事業じげふは代診だいしんや、其他そのたのやくざものに任まかせ切きり、而さうして自分じぶんは暖あたゝかい靜しづかな處ところに坐ざして、金かねを溜ため、書物しよもつを讀よみ、種々しゆ〲な屁理窟へりくつを考かんがへ、又また酒さけを(彼かれは院長ゐんちやうの赤あかい鼻はなを見みて)呑のんだりして、樂隱居らくいんきよのやうな眞似まねをしてゐる。一言げんで云いへば、貴方あなたは生活せいくわつと云いふものを見みないのです、其それを全まつたく知しらんのです。而さうして實際じつさいと云いふ事ことを唯たゞ理論りろんの上うへから計ばかり推おしてゐる。だから苦痛くつうを輕蔑けいべつしたり、何事なにごとにも驚おどろかんなどと云いつてゐられる。其それは甚はなはだ單純たんじゆんな原因げんいんに由よるのです。「空くうの空くう」だとか、内部ないぶだとか、外部ぐわいぶだとか、苦痛くつうや、死しに對たいする輕蔑けいべつだとか、眞正しんせいなる幸福かうふくだとか、と那麼言草こんないひぐさは、皆みなロシヤの怠惰者なまけものに適當てきたうしてゐる哲學てつがくです。で、貴方あなたは恁かうなのだ、先まづ齒はが痛いたむと云いふ農婦のうふが來くる……と、其それが奈何どうしたのだ。疼痛とうつうは疼痛とうつうの事ことの思想しさうである。且又かつまた、病氣びやうきが無なくては此この世よに生いきて行ゆく譯わけには行ゆかぬものだ。早はやく歸かへるべし。俺おれの思想しさうとヴオツカを呑のむ邪魔じやまを爲するな。と恁かう云いふでせう。又また或ある若者わかものが來きて奈何云どういふ風ふうに生活せいくわつを爲したら可いいかと相談さうだんを掛かけられる、と、他人たにんは先まづ一番ばん考かんがへる所ところで有あらうが、貴方あなたには其答そのこたへはもう丁ちやんと出來できてゐる。解悟かいごに向むかひなさい、眞正しんせいの幸福かうふくに向むかひなさい。と恁かう云いふです。我々われ〱を這麼格子こんなかうしの内うちに監禁かんきんして置おいて苦くるしめて、而さうして是これは立派りつぱな事ことだ、理窟りくつの有ある事ことだ、奈何いかんとなれば此この病室びやうしつと、暖あたゝかなる書齋しよさいとの間あひだに何なんの差別さべつもない。と、誠まことに都合つがふの好いい哲學てつがくです。而さうして自分じぶんを哲人ワイゼと感かんじてゐる……いや貴方あなた是これはです、哲學てつがくでもなければ、思想しさうでもなし、見解けんかいの敢あへて廣ひろいのでも無ない、怠惰たいだです。自滅じめつです。睡魔すゐまです! 左樣さやう!』と、イワン、デミトリチは昂然かうぜんとして『貴方あなたは苦痛くつうを輕蔑けいべつなさるが、試こゝろみに貴方あなたの指ゆび一本ぽんでも戸とに挾はさんで御覽ごらんなさい、然さうしたら聲こゑ限かぎり呌さけぶでせう。』

『或あるひは呌さけばんかも知しれません。』と、アンドレイ、エヒミチは言いふ。

『那樣事そんなことは無ない、例たとへば御覽ごらんなさい、貴方あなたが中風ちゆうぶにでも罹かゝつたとか、或あるひは假かりに愚者ぐしやが自分じぶんの位置ゐちを利用りようして貴方あなたを公然こうぜん辱はづかしめて置おいて、其それが後のちに何なんの報むくいも無なしに濟すんで了しまつたのを知しつたならば、其時そのとき貴方あなたは他たの人ひとに、解悟かいごに向むかひなさいとか、眞正しんせいの幸福かうふくに向むかひなさいとか云いふ事ことの効力かうりよくが果はたして、何程なにほどと云いふことが解わかりませう。』

『これは奇〔「抜」の「友」に代えて「ノ/友」〕きばつだ。』と院長ゐんちやうは滿足まんぞくの餘あまり微笑びせうしながら、兩手りやうてを擦こすり〱云いふ。『私わたくしは貴方あなたが總すべてを綜合そうがふする傾向けいかうを有もつてゐるのを、面白おもしろく感かんじ且かつ敬服けいふく致いたしたのです、又また貴方あなたが今いま述のべられた私わたくしの人物評じんぶつひやうは、唯たゞ感心かんしんする外ほかは有ありません。實じつは私わたくしは貴方あなたとの談話だんわに於おいて、此上このうへも無ない滿足まんぞくを得えましたのです。で、私わたくしは貴方あなたのお話はなしを不殘のこらず伺うかゞひましたから、此度こんどは何卒どうぞ私わたくしの話はなしをもお聞きき下ください。』

(十一)

恁かくて後のち、猶なほ二人ふたりの話はなしは一時間じかんも續つゞいたが、其それより院長ゐんちやうは深ふかく感動かんどうして、毎日まいにち、毎晩まいばんのやうに六號室がうしつに行ゆくのであつた。二人ふたりは話込はなしこんでゐる中うちに日ひも暮くれて了しまふ事ことが往々まゝ有ある位くらゐ。イワン、デミトリチは初はじめの中うちは院長ゐんちやうが野心やしんでも有あるのでは無ないかと疑うたがつて、彼かれに左右とかく遠とほざかつて、不愛想ぶあいさうにしてゐたが、段々だん〱慣なれて、遂つひには全まつたく素振そぶりを變かへたので有あつた。

然しかるに病院びやうゐんの中うちでは院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチが六號室がうしつに切しきりに通かよひ出だしたのを怪あやしんで、其評判そのひやうばんが高たかくなり、代診だいしんも、看護婦かんごふも、一樣やうに何なんの爲ために行ゆくのか、何なんで數時間餘すうじかんよも那麼處あんなところにゐるのか、甚麼話どんなはなしを爲するので有あらうか、彼處かしこへ行いつても處方書しよはうがきを示しめさぬでは無ないかと、彼方あつちでも、此方こつちでも、彼かれが近頃ちかごろの奇きなる擧動きよどうの評判ひやうばんで持切もちきつてゐる始末しまつ。ミハイル、アウエリヤヌヰチは此頃このごろでは始終しゞゆう彼かれの留守るすに計ばかり行ゆく。ダリユシカは旦那だんなが近頃ちかごろは定刻ていこくに麥酒ビールを呑のまず、中食迄ちゆうじきまでも晩おくれることが度々たび〱なので困却こまつてゐる。

或時あるとき六月ぐわつの末すゑ、ドクトル、ハヾトフは、院長ゐんちやうに用事ようじが有あつて、其室そのへやに行いつた所ところ、居をらぬので庭にはへと探さがしに出でた。すると其處そこで院長ゐんちやうは六號室がうしつで有あると聞きき、庭にはから直すぐに別室べつしつに入いり、玄關げんくわんの間まに立留たちとゞまると、丁度ちやうど恁云かういふ話聲はなしごゑが聞きこえたので。

『我々われ〱は到底たうてい合奏がつそうは出來できません、私わたくしを貴方あなたの信仰しんかうに歸きせしむる譯わけには行ゆきませんから。』

と、イワン、デミトリチの聲こゑ。

『現實げんじつと云いふ事ことは全まつたく貴方あなたには解わからんのです、貴方あなたは未嘗いまだかつて苦くるしんだ事ことは無ないのですから。然しかし私わたくしは生うまれた其日そのひより今日迄こんにちまで、絶たえず苦痛くつうを嘗なめてゐるのです、其故それゆゑ私わたくしは自分じぶんを貴方あなたよりも高たかいもの、萬事ばんじに於おいて、より多おほく精通せいつうしてゐるものと認みとめて居をるです。ですから貴方あなたが私わたくしに教をしへると云いふ場合ばあひで無ないのです。』

『私わたくしは何なにも貴方あなたを自分じぶんの信仰しんかうに向むかはせやうと云いふ權利けんりを主張しゆちやうはせんのです。』院長ゐんちやうは自分じぶんを解わかつて呉くれ人ての無ないので、さも殘念ざんねんと云いふやうに。『然云さういふ譯わけでは無ないのです、其それは貴方あなたが苦痛くつうを嘗なめて、私わたくしが嘗なめないといふことではないのです。詮せんずる所ところ、苦痛くつうも快樂くわいらくも移うつり行ゆくもので、那樣事そんなことは奈何どうでも可いいのです。で、私わたくしが言いはうと思おもふのは、貴方あなたと私わたくしとが思想しさうするもの、相共あひともに思想しさうしたり、議論ぎろんを爲したりする力ちからが有あるものと認みとめてゐるといふことです。縱令たとひ我々われ〱の意見いけんが何どの位くらゐ違ちがつても、此こゝに我々われ〱の一致ちする所ところがあるのです。貴方あなたが若もし私わたくしが一般ぱんの無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんを何どれ程ほどに厭いとふて居をるかと知しつて下くだすつたならば、又また如何いかなる喜よろこびを以もつて、恁かうして貴方あなたと話はなしをしてゐるかと云いふ事ことを知しつて下くだすつたならば! 貴方あなたは知識ちしきの有ある人ひとです。』

ハヾトフは此時このとき少計すこしばかり戸とを開あけて室内しつないを覗のぞいた。イワン、デミトリチは頭巾づきんを被かぶつて、妙めうな眼付めつきをしたり、顫ふるへ上あがつたり、神經的しんけいてきに病院服びやうゐんふくの前まへを合あはしたりしてゐる。院長ゐんちやうは其側そのそばに腰こしを掛かけて、頭かしらを垂たれて、凝じつとして心細こゝろぼそいやうな、悲かなしいやうな樣子やうすで顏かほを赤あかくしてゐる。ハヾトフは肩かたを縮ちゞめて冷笑れいせうし、ニキタと見合みあふ。ニキタも同おなじく肩かたを縮ちゞめる。

翌日よくじつハヾトフは代診だいしんを伴つれて別室べつしつに來きて、玄關げんくわんの間まで又またも立聞たちぎゝ。

『院長殿ゐんちやうどの、とう〱發狂はつきやうと御坐ござつたわい。』と、ハヾトフは別室べつしつを出でながらの話はなし。

『主しゆ憐あはれめよ、主しゆ憐あはれめよ、主しゆ憐あはれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲヰチは云いひながら。ピカ〱と磨上みがきあげた靴くつを汚よごすまいと、庭にはの水溜みづたまりを避よけ〱溜息ためいきをする。

『打明うちあけて申もをしますとな、エウゲニイ、フエオドロヰチもう私わたくしは疾とうから這麼事こんなことになりはせんかと思おもつてゐましたのさ。』

(十二)

其後そのご院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチは自分じぶんの周圍まはりの者ものの樣子やうすの、ガラリと變かはつた事ことを漸やうやく認みとめた。小使こづかひ、看護婦かんごふ、患者等くわんじやらは、彼かれに往遇ゆきあふ度たびに、何なにをか問とふものゝ如ごとき眼付めつきで見みる、行ゆき過すぎてからは私語さゝやく。折々をり〱庭にはで遇あふ會計係くわいけいがゝりの小娘こむすめの、彼かれが愛あいしてゐた所ところのマアシヤは、此この節せつは彼かれが微笑びせうして頭あたまでも撫なでやうとすると、急いそいで遁出にげだす。郵便局長いうびんきよくちやうのミハイル、アウエリヤヌヰチは、彼かれの所ところに來きて、彼かれの話はなしを聞きいてはゐるが、先さきのやうに其それは眞實まつたくですとはもう云いはぬ。何なんとなく心配しんぱいさうな顏かほで、左樣々々さやう〱、々々〱、と、打濕うちしめつて云いつてるかと思おもふと、やれヴオツカを止よせの、麥酒ビールを止やめろのと勸すゝめ初はじめる。又また醫員いゐんのハヾトフも時々とき〲來きては、何故なにゆゑかアルコール分子ぶんしの入はひつてゐる飮物のみものを止よせ。ブローミウム加里かりを服のめと勸すゝめて行ゆくので。

八月ぐわつにアンドレイ、エヒミチは市役所しやくしよから、少すこし相談さうだんが有あるに由よつて、出頭しゆつとうを願ねがふと云いふ招状せうじやうが有あつた、で、定刻ていこくに市役所しやくしよに行いつて見みると、もう地方軍令部長ちはうぐんれいぶちやうを初はじめ、郡立學校視學官ぐんりつがくかうしがくゝわん市役所員しやくしよゐん、それにドクトル、ハヾトフ、又またも一人ひとりの見知みしらぬブロンヂンの男をとこ、ずらりと並ならんで控ひかへてゐる。傍そばにゐた者ものは直すぐに院長ゐんちやうに此この人間にんげんを紹介せうかいした、猶且やはりドクトルで、何なんだとかと云いふポーランドの云いひ惡にくい名な、此この町まちから三十ヴエルスタ計ばかり隔へだゝつてゐる、或ある育馬所いくばしよに居ゐる者もの、今日けふ此この町まちを何なにかの用ようで些ちよつと通掛とほりかゝつたので、此この場所ばしよへ立寄たちよつたとのことで。

『えゝ只今たゞいま、足下そくかに御關係ごくわんけいの有ある事柄ことがらで、申上まをしあげたいと思おもふのですが。』と、市役所員しやくしよゐんは居並ゐならぶ人々ひと〲の挨拶あいさつが濟すむと恁かう切きり出だした。『あ、エウゲニイ、フエオドロヰチの有仰おつしやるには、本院ほんゐんの藥局やくきよくが狹隘せまいので、之これを別室べつしつの一つに移轉うつしては奈何どうかと云いふのです。勿論もちろん是これは雜作ざふさも無ない事ことですが、其それには別室べつしつの修繕しうぜんを要えうすると云いふ其事そのことです。』

『左樣さやう、修繕しうぜんを致いたさなければならんでせう。』と、院長ゐんちやうは考かんがへながら云いふ。『例たとへば隅すみの別室べつしつを藥局やくきよくに當あてやうと云いふには、私わたくしの考かんがへでは、極ごく少額せうがくに見積みつもつても五百圓ゑんは入いりませう、然しかし餘あまり不生産的ふせいさんてきな費用ひようです。』

皆みなは少時すこし默もくしてゐる。院長ゐんちやうは靜しづかに又また續つゞける。

『私わたくしはもう十年ねんも前まへから、さう申上まをしあげてゐたのですが、全體ぜんたい此この病院びやうゐんの設立たてられたのは、四十年代ねんだいの頃ころでしたが、其時分そのじぶんは今日こんにちのやうな資力しりよくでは無なかつたもので。然しかし今日こんにちの所ところでは病院びやうゐんは、確たしかに市しの資力ちから以上いじやうの贅澤ぜいたくに爲なつてゐるので、餘計よけいな建物たてもの、餘計よけいな役やくなどで隨分ずゐぶん費用ひようも多おほく費つかつてゐるのです。私わたくしの思おもふには、是丈これだけの錢ぜにを費つかふのなら、遣やり方かたをさへ換かへれば、此こゝに二つの模範的もはんてきの病院びやうゐんを維持ゐぢする事ことが出來できると思おもひます。』

『では一つ遣やり方かたを換かへて御覽ごらんになつたら如何いかゞです。』

と、市役所員しやくしよゐんは活發くわつぱつに云いふ。

『私わたくしは前さきにも申上まをしあげました通とほり、醫學上いがくじやうの事務じむを地方自治體ちはうじちたいの方はうへ、お渡わたしになつては如何どうでせう?』

『地方自治ちはうじちに錢ぜにを渡わたしたら、其それこそ彼等かれらは皆みな盜ぬすんで了しまひませう。』と、ブロンヂンのドクトルは笑わらひ出だす。

『其そりや極きまつてます。』と、市役所員しやくしよゐんも同意どういして笑わらふ。

院長ゐんちやうは茫然ぼんやりとブロンヂンのドクトルを見みたが。『然しかし公平こうへいに考かんがへなければなりません。』と云いふた。

皆みなは又また少時しばし默もくして了しまふ。其中そのうちに茶ちやが出でる。ドクトル、ハヾトフは皆みなとの一般ぱんの話はなしの中うちも、院長ゐんちやうの言ことばに注意ちゆういをして聞きいてゐたが突然だしぬけに。『アンドレイ、エヒミチ今日けふは何日なんにちです?』其それから續つゞいて、ハヾトフとブロンヂンのドクトルとは下手へたなのを感かんじてゐる試驗官しけんくわんと云いつたやうな調子てうしで、今日けふは何曜日なにえうびだとか、一年ねんの中うちには何日なんにち有あるとか、六號室がうしつには面白おもしろい豫言者よげんしやがゐるさうなとかと、交々かはる〲尋問たづねるので有あつた。

院長ゐんちやうは終をはりの問とひには赤面せきめんして。『いや、那あれは病人びやうにんです、然しかし面白おもしろい若者わかもので。』と答こたへた。

もう誰たれも何なんとも質問しつもんを爲せぬのである。

院長ゐんちやうは玄關げんくわんの間まで外套ぐわいたうを着き、市役所しやくしよの門もんを出でたが、是これは自分じぶんの才能さいのうを試驗しけんする所ところの委員會ゐゐんくわいで有あつたと初はじめて悟さとり、自分じぶんに懸かけられた質問しつもんを思おもひ出だし、一人ひとり自みづから赤面せきめんし、一生しやうの中うち今いま初はじめて、醫學いがくなるものを、つくづくと情無なさけない者ものに感かんじたのである。

其晩そのばん、郵便局長いうびんきよくちやうのミハイル、アウエリヤヌヰチは彼かれの所ところに來きたが、挨拶あいさつもせずに匆卒いきなり彼かれの兩手りやうてを握にぎつて、聲こゑを顫ふるはして云いふた。

『おゝ君きみ、ねえ、君きみは僕ぼくの切せつなる意中いちゆうを信しんじて、僕ぼくを親友しんいうと認みとめて呉くれる事ことを證しようして下くださるでせうね……え、君きみ!』

彼かれは院長ゐんちやうの云いはんとするのを遮さへぎつて、何なにかそわ〱して續つゞけて云いふ。『私わたしは貴方あなたの教育けういくと、高尚かうしやうなる心こゝろとを甚はなはだ敬愛けいあいして居をるです。何卒どうぞ君きみ、私わたしの云いふことを聞きいて下ください。醫學いがくの原則げんそくは、醫者等いしやらをして貴方あなたに實じつを云いはしめたのです。然しかしながら私わたしは軍人風ぐんじんふうに眞向まつかうに切出きりだします。貴方あなたに打明うちあけて云いひます、即すなはち貴方あなたは病氣びやうきなのです。是これはもう周圍まはりの者ものの疾とうより認みとめてゐる所ところで、只今たゞいまもドクトル、エウゲニイ、フエオドロヰチが云いふのには、貴方あなたの健康けんかうの爲ためには、須すべからく氣晴きばらしをして、保養ほやうを專せん一と爲せんければならんと。是これは實際じつさいです。所ところが、丁度ちやうど私わたしも此この節せつ、暇ひまを貰もらつて、異かはつた空氣くうきを吸すひに出掛でかけやうと思おもつてゐる矢先やさき、如何どうでせう、一所しよに付合つきあつては下くださらんか、而さうして舊事ふるいことを皆みんな忘わすれて了しまひませうぢや有ありませんか。』

『然しかし私わたしは少すこしも身體からだに異状いじやうは無ないです、壯健さうけんです。無暗むやみに出掛でかける事ことは出來できません、何卒どうぞ私わたしの友情いうじやうを他たの事ことで何なんとか證しようさせて下ください。』

アンドレイ、エヒミチは初はじめの一分時ぷんじは、何なんの意味いみもなく書物しよもつと離はなれ、ダリユシカと麥酒ビールとに別わかれて、二十年來ねんらい定さだまつた其生活そのせいくわつの順序じゆんじよを破やぶると云いふ事ことは出來できなく思おもふたが、又また深ふかく思おもへば、市役所しやくしよで有ありし事こと、其自そのみづから感かんじた不愉快ふゆくわいの事こと、愚おろかな人々ひと〲が自分じぶんを狂人視きやうじんししてゐる這麼町こんなまちから、少すこしでも出でて見みたらば、とも思おもふので有あつた。

『然しかし貴方あなたは一體たい何處どこへお出掛でかけにならうと云いふのです?』院長ゐんちやうは問とふた。

『モスクワへも、ペテルブルグへも、ワルシヤワへも……ワルシヤワは實じつに好よい所ところです、私わたしが幸福かうふくの五年間ねんかんは彼處あすこで送おくつたのでした、其それは好いい町まちです、是非ぜひ行ゆきませう、ねえ君きみ。』

(十三)

一週間しうかんを經へてアンドレイ、エヒミチは、病院びやうゐんから辭職じしよくの勸告くわんこくを受うけたが、彼かれは其それに對たいしては至いたつて平氣へいきであつた。恁かくて又また一週間しうかんを過すぎ、遂つひにミハイル、アウエリヤヌヰチと共ともに郵便いうびんの旅馬車たびばしやに打乘うちのり、近ちかき鐵道てつだうのステーシヨンを差さして、旅行りよかうにと出掛でかけたのである。

空そらは爽さはやかに晴はれて、遠とほく木立こだちの空そらに接せつする邊あたりも見渡みわたされる凉すゞしい日和ひより。ステーシヨン迄までの二百ヴエルスタの道みちを二晝夜ちうやで過すぎたが、其間そのあひだ馬うまの繼場々々つぎば〱で、ミハイル、アウエリヤヌヰチは、やれ、茶ちやの杯こつぷの洗あらひやうが奈何どうだとか、馬うまを附つけるのに手間てまが取とれるとかと力りきんで、上句あげくには、何いつも默だまれとか、彼かれ此これ云いふな、とかと眞赤まつかになつて騷さわぎを返かへす。道々みち〱も一分ぷんの絶間たえまもなく喋しやべり續つゞけて、カフカズ、ポーランドを旅行りよかうしたことなどを話はなす。而さうして大聲おほごゑで眼めを剥出むきだし、夢中むちゆうになつてドクトルの顏かほへはふツ〱と息いきを吐掛ふつかける、耳許みゝもとで高笑たかわらひする。ドクトルは其それが爲ために考かんがへに耽ふけることもならず、思おもひに沈しづむ事ことも出來できぬ。

汽車きしやは經濟けいざいの爲ために三等とうで、喫烟きつえんを爲せぬ客車かくしやで行いつた。車室しやしつの中うちはさのみ不潔ふけつの人間計にんげんばかりではなかつたが、ミハイル、アウエリヤヌヰチは直すぐに人々ひと〲と懇意こんいになつて誰たれにでも話はなしを仕掛しかけ、腰掛こしかけから腰掛こしかけへ廻まはり歩あるいて、大聲おほごゑで、這麼不都合こんなふつがふ極きはまる汽車きしやは無ないとか、皆みな盜人ぬすびとのやうな奴等計やつらばかりだとか、乘馬じようばで行ゆけば一日にちに百ヴエルスタも飛とばせて、其上そのうへ愉快ゆくわいに感かんじられるとか、我々われ〱の地方ちはうの不作ふさくなのはピン沼ぬまなどを枯からして了しまつたからだ、非常ひじやうな亂暴らんばうをしたものだとか、などと云いつて、殆ほとんど他ひとには口くちも開きかせぬ、而さうして其相間そのあひまには高笑たかわらひと、仰山ぎやうさんな身振みぶり。

『私等わたしら二人ふたりの中うち、何いづれが瘋癲者ふうてんしやだらうか。』と、ドクトルは腹立はらだゝしくなつて思おもふた。『少すこしも乘客じようきやくを煩わづらはさんやうに務つとめてゐる俺おれか、其それとも這麼こんなに一人ひとりで大騷おほさわぎをしてゐた、誰たれにも休息きうそくも爲させぬ此この利己主義男りこしゆぎをとこか?』

モスクワへ行いつてから、ミハイル、アウエリヤヌヰチは肩章けんしやうの無ない軍服ぐんぷくに、赤線あかすぢの入はひつたヅボンを穿はいて町まちを歩あるくにも、軍帽ぐんばうを被かぶり、軍人ぐんじんの外套ぐわいたうを着きた。兵卒へいそつは彼かれを見みて敬禮けいれいをする。アンドレイ、エヒミチは今いま初はじめて氣きが着ついたが、ミハイル、アウエリヤヌヰチは前さきに大地主おほぢぬしで有あつた時ときの、餘あまり感心かんしんせぬ風計ふうばかりが今いまも殘のこつてゐると云いふことを。机つくゑの前まへにマツチは有あつて、彼かれは其それを見みてゐながら、其癖そのくせ、大聲おほごゑを上あげて小使こづかひを呼よんでマツチを持もつて來こいなどと云いひ、女中ぢよちゆうのゐる前まへでも平氣へいきで下着したぎ一つで歩あるいてゐる、下僕しもべや、小使こづかひを捉つかまへては、年としを寄とつたものでも何なんでも構かまはず、貴樣々々きさま〱と頭碎あたまごなし。其上そのうへに腹はらを立たつと直すぐに、此この野郎やらう、此この大馬鹿おほばかと惡體あくたいが初はじまるので、是等これらは大地主おほぢぬしの癖くせであるが、餘あまり感心かんしんした風ふうでは無ない、とドクトルも思おもふたのであつた。

モスクワ見物けんぶつの第だい一着ちやくに、ミハイル、アウエリヤヌヰチは其友そのともを先まづイウエルスカヤ小聖堂せうせいだうに伴つれ行ゆき、其處そこで彼かれは熱心ねつしんに伏拜ふくはいして涙なみだを流ながして祈祷きたうする、而さうして立上たちあがり、深ふかく溜息ためいきして云いふには。

『縱令たとひ信しんじなくとも、祈祷きたうをすると、何なんとも云いはれん位くらゐ、心こゝろが安やすまる、君きみ、接吻せつぷん爲給したまへ。』

アンドレイ、エヒミチは體裁惡きまりわるく思おもひながら、聖像せいざうに接吻せつぷんした。ミハイル、アウエリヤヌヰチは唇くちびるを突出つきだして、頭あたまを振ふりながら、又またも小聲こゞゑで祈祷きたうして涙なみだを流ながしてゐる。其それから二人ふたりは其處そこを出でて、クレムリに行ゆき、大砲王たいはうわう(巨大な砲)と大鐘王たいしようわう(巨大な鐘、モスクワの二大名物)とを見物けんぶつし、指ゆびで觸さはつて見みたりした。其それよりモスクワ川向かはむかふの町まちの景色けしきなどを見渡みわたしながら、救世主きうせいしゆの聖堂せいだうや、ルミヤンツセフの美術館びじゆつくわんなんどを廻まはつて見みた。

中食ちゆうじきはテストフ亭ていと云いふ料理店れうりてんに入はひつたが、此こゝでもミハイル、アウエリヤヌヰチは、頬鬚ほゝひげを撫なでながら、暫やゝ少時しばらく、品書しながきを拈轉ひねくつて、料理店れうりやを我わが家やのやうに擧動ふるまふ愛食家風あいしよくかふうの調子てうしで。

『今日けふは甚麼御馳走どんなごちそうで我々われ〱を食くはして呉くれるか。』と、無暗むやみと幅はゞを利きかせたがる。

(十四)

ドクトルは見物けんぶつもし、歩あるいても見み、食くつても飮のんでも見みたのであるが、たゞもう毎日まいにちミハイル、アウエリヤヌヰチの擧動きよどうに弱よわらされ、其それが鼻はなに着ついて、嫌いやで、嫌いやでならぬので、如何どうかして一日にちでも、一時ときでも、彼かれから離はなれて見みたく思おもふので有あつたが、友ともは自分じぶんより彼かれを一歩ぽでも離はなす事ことはなく、何なんでも彼かれの氣晴きばらしをするが義務ぎむと、見物けんぶつに出でぬ時ときは饒舌しやべり續つゞけて慰なぐさめやうと、附纒つきまとひ通どほしの有樣ありさま。二日かと云いふものアンドレイ、エヒミチは堪こらへ堪こらへて、我慢がまんをしてゐたのであるが、三日目かめにはもう如何どうにも堪こらへ切きれず。少すこし身體からだの工合ぐあひが惡わるいから、今日丈けふだけ宿やどに殘のこつてゐると、遂つひに思切おもひきつて友ともに云いふたので有あつた、然しかるにミハイル、アウエリヤヌヰチは、其それぢや自分じぶんも家いへにゐる事ことに爲しやう、少すこしは休息きうそくも爲しなければ足あしも續つゞかぬからと云いふ挨拶あいさつ。アンドレイ、エヒミチはうんざりして、長椅子ながいすの上うへに横よこになり、倚掛よりかゝりの方はうへ突ついと顏かほを向むけた儘まゝ、齒はを切くひしばつて、友ともの喋喋べら〱語しやべるのを詮方せんかたなく聞きいてゐる。然さりとも知しらぬミハイル、アウエリヤヌヰチは、大得意だいとくいで、佛蘭西フランスは早晩さうばん獨逸ドイツを破やぶつて了しまふだらうとか、モスクワには攫客すりが多おほいとか、馬うまは見掛計みかけばかりでは、其眞價そのしんかは解わからぬものであるとか。と、其それから其それへと話はなしを續つゞけて息いきの繼つぐ暇ひまも無ない、ドクトルは耳みゝがガンとして、心臟しんざうの鼓動こどうさへ烈はげしくなつて來くる。と云いつて、出でて行いつて呉くれ、默だまつてゐて呉くれとは彼かれには言いはれぬので、凝じつと辛抱しんばうしてゐる辛つらさは一倍ばいである。所ところが仕合しあはせにもミハイル、アウエリヤヌヰチの方はうが、此度こんどは宿やどに引込ひつこんでゐるのが、とうとう退屈たいくつになつて來きて、中食後ちゆうじきごには散歩さんぽにと出掛でかけて行いつた。

アンドレイ、エヒミチはやつと一人ひとりになつて、長椅子ながいすの上うへにのろ〱と落着おちついて横よこになる。室内しつないに自分じぶん唯一人たゞひとり、と意識いしきするのは如何いかに愉快ゆくわいで有あつたらう。眞實しんじつの幸福かうふくは實じつに一人ひとりでなければ得うべからざるもので有あると、つく〲思おもふた。而さうして彼かれは此頃このごろ見みたり、聞きいたりした事ことを考かんがへやうと思おもふたが、如何どうしたものか猶且やはり、ミハイル、アウエリヤヌヰチが頭あたまから離はなれぬので有あつた。

其その後のちは彼かれは少すこしも外出ぐわいしゆつせず、宿やどに計ばかり引込ひつこんでゐた。

友ともは態々わざ〱休暇きうかを取とつて、恁かく自分じぶんと共ともに出發しゆつぱつしたのでは無ないか。深ふかき友情いうじやうによつてゞは無ないか、親切しんせつなのでは無ないか。然しかし實じつに是程これほど有難迷惑ありがためいわくの事ことが又またと有あらうか。降參かうさんだ、眞平まつぴらだ。とは云いへ、彼かれに惡意あくいが有あるのでは無ない。と、ドクトルは更さらに又また沁々しみ〲と思おもふたので有あつた。

ペテルブルグに行いつてからもドクトルは猶且やはり同樣どうやう、宿やどにのみ引籠ひきこもつて外そとへは出でず、一日にち長椅子ながいすの上うへに横よこになり、麥酒ビールを呑のむ時ときに丈だけ起おきる。

ミハイル、アウエリヤヌヰチは、始終しゞゆうワルシヤワへ早はやく行ゆかうと計ばかり云いふてゐる。

『然しかし君きみ、私わたしは何なにもワルシヤワへ行ゆく必要ひつえうは無ないのだから、君きみ一人ひとりで行ゆき給たまへ、而さうして私わたしを何卒どうぞ先さきに故郷こきやうに歸かへして下ください。』アンドレイ、エヒミチは哀願あいぐわんするやうに云いふた。

『飛とんだ事ことさ。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは聽入きゝいれぬ。『ワルシヤワこそ君きみに見みせにやならん、僕ぼくが五年ねんの幸福かうふくな生涯しやうがいを送おくつた所ところだ。』

アンドレイ、エヒミチは例れいの氣質きしつで、其それでもとは云いひ兼かね、遂つひに又また嫌々いや〱ながらワルシヤワにも行いつた。其處そこでも彼かれは宿やどから出でずに、終日しゆうじつ相變あひかはらず長椅子ながいすの上うへに轉ころがり、相變あひかはらず友ともの擧動きよどうに愛想あいさうを盡つかしてゐる。ミハイル、アウエリヤヌヰチは一人ひとりして元氣可げんきよく、朝あさから晩迄ばんまで町まちを遊あそび歩あるき、舊友きういうを尋たづね廻まはり、宿やどには數度すうども歸かへらぬ夜よが有あつた位くらゐ。と、或朝あるあさ早はやく非常ひじやうに興奮こうふんした樣子やうすで、眞赤まつかな顏かほをし、髮かみも茫々ばう〱として宿やどに歸かへつて來きた。而さうして何なにか獨語ひとりごとしながら、室内しつないを隅すみから隅すみへと急いそいで歩あるく。

『名譽めいよは大事だいじだ。』

『然さうだ名譽めいよが大切たいせつだ。全體ぜんたい這麼町こんなまちに足あしを踏込ふみこんだのが間違まちがひだつた。』と、彼かれは更さらにドクトルに向むかつて云いふた。『實じつは私わたしは負まけたのです。で、奈何どうでせう、錢ぜにを五百圓ゑん貸かしては下くださらんか?』

アンドレイ、エヒミチは錢ぜにを勘定かんぢやうして、五百圓ゑんを無言むごんで友ともに渡わたしたのである。ミハイル、アウエリヤヌヰチは未まだ眞赤まつかになつて、面目無めんぼくないやうな、怒おこつたやうな風ふうで。『屹度きつと返却かへします、屹度きつと。』などと誓ちかひながら、又また帽ばうを取とるなり出でて行いつた。が、大約おほよそ二時間じかんを經たつてから歸かへつて來きた。

『お蔭かげで名譽めいよは助たすかつた。もう出發しゆつぱつしませう。這麼不徳義こんなふとくぎ極きはまる所ところに一分ぷんだつて留とゞまつてゐられるものか。掏摸すりども奴め、墺探あうたんども奴め。』

二人ふたりが旅行りよかうを終をへて歸かへつて來きたのは十一月ぐわつ、町まちにはもう深雪みゆきが眞白まつしろに積つもつてゐた。アンドレイ、エヒミチは歸かへつて見みれば自分じぶんの位置ゐちは今いまはドクトル、ハヾトフの手てに渡わたつて、病院びやうゐんの官宅くわんたくを早はやく明渡あけわたすのをハヾトフは待まつてゐるといふとの事こと、又また其その下女げぢよと名なづけてゐた醜婦しうふは、此この間あひだから、別室べつしつの内うちの或ある處ところに移轉いてんした。町まちには、病院びやうゐんの新院長しんゐんちやうに就ついての種々いろ〱な噂うはさが立たてられてゐた。下女げぢよと云いふ醜婦しうふが會計くわいけいと喧嘩けんくわをしたとか、會計くわいけいは其女そのをんなの前まへに膝ひざを折をつて謝罪しやざいしたとか、と。

アンドレイ、エヒミチは歸來かへり早々さう〱先まづ其住居そのすまひを尋たづねねばならぬ。

『不遠慮ぶゑんりよな御質問おたづねですがなあ君きみ。』と郵便局長いうびんきよくちやうはアンドレイ、エヒミチに向むかつて云いふた。

『貴方あなたは何位どのくらゐ財産ざいさんをお所有もちですか?』

問とはれて、アンドレイ、エヒミチは默もくした儘まゝ、財嚢さいふの錢ぜにを數かぞへ見みて。『八十六圓ゑん。』

『否いえ、然さうぢやないのです。』ミハイル、アウエリヤヌヰチは更さらに云直いひなほす。『其その、君きみの財産ざいさんは總計そうけいで何位どのくらゐと云いふのを伺うかゞうのさ。』

『だから總計そうけい八十六圓ゑんと申まをしてゐるのです。其切それぎり私わたしは一文もんも所有もつちや居をらんので。』

ミハイル、アウエリヤヌヰチはドクトルの廉潔れんけつで、正直しやうぢきで有あるのは豫かねても知しつてゐたが、然しかし其それにしても、二萬圓ゑん位ぐらゐは確たしかに所有もつてゐることゝのみ思おもふてゐたのに、恁かくと聞きいては、ドクトルが恰まるで乞食こじきにも等ひとしき境遇きやうぐうと、思おもはず涙なみだを落おとして、ドクトルを抱いだき締しめ、聲こゑを上あげて泣なくので有あつた。

(十五)

ドクトル、アンドレイ、エヒミチはベローワと云いふ婦をんなの小汚こぎたない家いへの一間まを借かりることになつた。彼かれは前まへのやうに八時じに起おきて、茶ちやの後のちは直すぐに書物しよもつを樂たのしんで讀よんでゐたが、此この頃ごろは新あたらしい書物しよもつも買かへぬので、古本計ふるほんばかり讀よんでゐる爲せゐか、以前程いぜんほどには興味きようみを感かんぜぬ。或時あるとき徒然つれ〲なるに任まかせて、書物しよもつの明細めいさいな目録もくろくを編成へんせいし、書物しよもつの背せには札ふだを一々貼付はりつけたが、這麼機械的こんなきかいてきな單調たんてうな仕事しごとが、却かへつて何故なにゆゑか奇妙きめうに彼かれの思想しさうを弄ろうして、興味きようみをさへ添そへしめてゐた。

彼かれは其後そのご病院びやうゐんに二度どイワン、デミトリチを尋たづねたので有あるがイワン、デミトリチは二度どながら非常ひじやうに興奮こうふんして、激昂げきかうしてゐた樣子やうすで、饒舌しやべる事ことはもう飽あきたと云いつて彼かれを拒絶きよぜつする。彼かれは詮方せんかたなくお眠やすみなさい、とか、左樣さやうなら、とか云いつて出でて來こやうとすれば、『勝手かつてにしやがれ。』と怒鳴どなり付つける權幕けんまく。ドクトルも其それからは行ゆくのを見合みあはせてはゐるものゝ、猶且やはり行ゆき度たく思おもふてゐた。

前さきには彼かれは中食後ちうじきごは、屹度きつと室へやの隅すみから隅すみへと歩あるいて考かんがへに沈しづんでゐるのが常つねで有あつたが、此この頃ごろは中食ちうじきから晩ばんの茶ちやの時迄ときまでは、長椅子ながいすの上うへに横よこになる。と、毎いつも妙めうな一つ思想しさうが胸むねに浮うかぶ。其それは自分じぶんが二十年以上ねんいじやうも勤務つとめを爲してゐたのに、其それに對たいして養老金やうらうきんも、一時金じきんも呉くれぬ事ことで、彼かれは其それを思おもふと殘念ざんねんで有あつた。勿論もちろん餘あまり正直しやうぢきには務つとめなかつたが、年金ねんきんなど云いふものは、縱令たとひ、正直しやうぢきで有あらうが、無なからうが、凡すべて務つとめた者ものは受うけべきで有ある。勳章くんしやうだとか、養老金やうらうきんだとか云いふものは、徳義上とくぎじやうの資格しかくや、才能さいのうなどに報酬はうしうされるのではなく、一般ぱんに勤務つとめ其物そのものに對たいして報酬はうしうされるので有ある。然しからば何なんで自分計じぶんばかり報酬はうしうをされぬので有あらう。又また今更いまさら考かんがへれば旅行りよかうに由よりて、無慘々々むざ〱と惜あたら千圓ゑんを費つかひ棄すてたのは奈何いかにも殘念ざんねん。酒店さかやには麥酒ビールの拂はらひが三十二圓ゑんも滯とゞこほる、家賃やちんとても其通そのとほり、ダリユシカは密ひそかに古服ふるふくやら、書物しよもつなどを賣うつてゐる。此際このさい彼かの千圓ゑんでも有あつたなら、甚麼どんなに役やくに立たつ事ことかと。

彼かれは又また恁かゝる位置ゐちになつてからも、人ひとが自分じぶんを抛棄うつちやつては置おいて呉くれぬのが、却かへつて迷惑めいわくで殘念ざんねんで有あつた。ハヾトフは折々をり〱病氣びやうきの同僚どうれうを訪問はうもんするのは、自分じぶんの義務ぎむで有あるかのやうに、彼かれの所ところに蒼蠅うるさく來くる。彼かれはハヾトフが嫌いやでならぬ。其滿足そのまんぞくな顏かほ、人ひとを見下みさげるやうな樣子やうす、彼かれを呼よんで同僚どうれうと云いふ言ことば、深ふかい長靴ながぐつ、此等これらは皆みな氣障きざでならなかつたが、殊ことに癪しやくに障さはるのは、彼かれを治療ちれうする事ことを自分じぶんの務つとめとして、眞面目まじめに治療ちれうをしてゐる意つもりなのが。で、ハヾトフは訪問はうもんをする度たびに、屹度きつとブローミウム加里カリの入はひつた壜びんと、大黄だいおうの丸藥ぐわんやくとを持もつて來くる。

ミハイル、アウエリヤヌヰチも猶且やはり、初中終しよつちゆう、アンドレイ、エヒミチを訪問たづねて來きて、氣晴きばらしを爲させることが自分じぶんの義務ぎむと心得こゝろえてゐる。で、來くると、宛然まるで空々そら〲しい無理むりな元氣げんきを出だして、強しひて高笑たかわらひをして見みたり、今日けふは非常ひじやうに顏色かほいろが好いいとか、何なんとか、ワルシヤワの借金しやくきんを拂はらはぬので、内心ないしんの苦くるしく有あるのと、恥はづかしく有ある所ところから、餘計よけいに強しひて氣きを張はつて、大聲おほごゑで笑わらひ、高調子たかてうしで饒舌しやべるので有あるが、彼かれの話はなしにはもう倦厭うんざりしてゐるアンドレイ、エヒミチは、聞きくのもなか〱に大儀たいぎで、彼かれが來くると何時いつもくるりと顏かほを壁かべに向むけて、長椅子ながいすの上うへに横よこになつた切きり、而さうして齒はを切くひしばつてゐるのであるが、其それが段々だん〱度重たびかさなれば重かさなる程ほど、堪たまらなく、終つひには咽喉のどの邊あたりまでがむづ〱して來くるやうな感かんじがして來きた。

(十六)

或日あるひ郵便局長いうびんきよくちやうミハイル、アウエリヤヌヰチは、中食後ちゆうじきごにアンドレイ、エヒミチの所ところを訪問はうもんした。アンドレイ、エヒミチは猶且やはり例れいの長椅子ながいすの上うへ。すると丁度ちやうどハヾトフもブローミウム加里カリの壜びんを携たづさへて遣やつて來きた。アンドレイ、エヒミチは重おもさうに、辛つらさうに身みを起おこして腰こしを掛かけ、長椅子ながいすの上うへに兩手りやうてを突張つツぱる。

『いや今日こんにちは、おゝ君きみは今日けふは顏色かほいろが昨日きのふよりも又またずツと可いいですよ。まづ結構けつこうだ。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは挨拶あいさつする。

『もう全快ぜんくわいしても可いいでせう。』とハヾトフは欠あくびをしながら言ことばを添そへる、

『平癒なほりますとも、而さうしてもう百年ねんも生いきまさあ。』と、郵便局長いうびんきよくちやうは愉快氣ゆくわいげに云いふ。

『百年ねんてさうも行ゆかんでせうが、二十年ねんや其邊そこらは生いき延のびますよ。』ハヾトフは慰なぐさめ顏がほ。『何なんんでも有ありませんさ、なあ同僚どうれう。悲觀ひくわんももう大抵たいていになさるが可いいですぞ。』

『我々われ〱は未まだ隱居いんきよするには早はやいです。ハヽヽ左樣さうでせうドクトル、未まだ隱居いんきよするのには。』郵便局長いうびんきよくちやうは云いふ。

『來年らいねん邊あたりはカフカズへ出掛でかけやうぢや有ありませんか、乘馬じようばで以もつてからに彼方此方あちこちを驅廻かけまはりませう。而さうしてカフカズから歸かへつたら、此度こんどは結婚けつこんの祝宴しゆくえんでも擧あげるやうになりませう。』と片眼かためをパチ〱して。『是非ぜひ一つ君きみを結婚けつこんさせやう……ねえ、結婚けつこんを。』

アンドレイ、エヒミチはむかツとして立上たちあがつた。

『失敬しつけいな!』と、一言ひとこと呌さけぶなりドクトルは窓まどの方はうに身みを退よけ。『全體ぜんたい貴方々あなたがたは這麼失敬こんなしつけいな事ことを言いつてゐて、自分じぶんでは氣きが着つかんのですか。』

柔やはらかに言いふ意つもりで有あつたが、意いに反はんして荒々あら〱しく拳こぶしをも固かためて頭上かしらのうへに振翳ふりかざした。

『餘計よけいな世話せわは燒やかんでも可いい。』益〻ます〱荒々あら〱しくなる。

『二人ふたりながら歸かへつて下ください、さあ、出でて行ゆきなさい。』

自分じぶんの聲こゑでは無ない聲こゑで顫ふるへながら呌さけぶ。

ミハイル、アウエリヤヌヰチとハヾトフとは呆氣あつけに取とられて瞶みつめてゐた。

『二人ふたりとも、さあ出でてお行いでなさい。さあ。』アンドレイ、エヒミチは未まだ呌さけび續つゞけてゐる。『鈍痴漢とんちんかんの、薄鈍うすのろな奴等やつら、藥くすりも絲瓜へちまも有あるものか、馬鹿ばかな、輕擧かるはずみな!』ハヾトフと郵便局長いうびんきよくちやうとは、此この權幕けんまくに辟易へきえきして戸口とぐちの方はうに狼狽まご〱出でて行ゆく。ドクトルは其後そのあとを睨にらめてゐたが、匆卒ゆきなりブローミウム加里カリの壜びんを取とるより早はやく、發矢はつしと計ばかり其處そこに投なげ付つける、壜びんは微塵みぢんに粉碎ふんさいして了しまふ。

『畜生ちくしやう! 行ゆけ! さツさと行ゆけ!』と彼かれは玄關迄げんくわんまで駈出かけだして、泣聲なきごゑを上あげて怒鳴どなる。『畜生ちくしやう!』

客等きやくらが立去たちさつてからも、彼かれは一人ひとりで未まだ少時しばらく惡體あくたいを吻ついてゐる。然しかし段々だん〱と落着おちつくに隨したがつて、有繋さすがにミハイル、アウエリヤヌヰチに對たいしては氣きの毒どくで、定さだめし恥入はぢいつてゐる事ことだらうと思おもへば。あゝ思慮しりよ、知識ちしき、解悟かいご、哲學者てつがくしやの自若じゝやく、夫それ將はた安いづくにか在あると、彼かれは只管ひたすらに思おもふて、慙はぢて、自みづから赤面せきめんする。

其夜そのよは慙恨ざんこんの情じやうに驅かられて、一睡すゐだも爲せず、翌朝よくてう遂つひに意いを决けつして、局長きよくちやうの所ところへと詑わびに出掛でかける。

『いやもう過去くわこは忘わすれませう。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは固かたく彼かれの手てを握にぎつて云いふた。『過去くわこの事ことを思おもひ出だすものは、兩眼りやうがんを抉くじつて了しまひませう。リユバフキン!』と、彼かれは大聲おほごゑで誰たれかを呼よぶ。郵便局いうびんきよくの役員やくゐんも、來合きあはしてゐた人々ひと〲も、一齊せいに吃驚びつくりする。『椅子いすを持もつて來こい。貴樣きさまは待まつて居をれ。』と、彼かれは格子越かうしごしに書留かきとめの手紙てがみを彼かれに差出さしだしてゐる農婦のうふに怒鳴どなり付つける。『俺おれの用ようの有あるのが見みえんのか。いや過去くわこは思おもひ出だしますまい。』と彼かれは調子てうしを一段だんと柔やさしくしてアンドレイ、エヒミチに向むかつて云いふ。『さあ君きみ、掛かけ給たまへ、さあ何卒どうか。』

一分間ぷんかん默もくして兩手りやうてで膝ひざを擦こすつてゐた郵便局長いうびんきよくちやうは又また云出いひだした。

『私わたくしは决けつして君きみに對たいして立腹りつぷくは致いたさんので、病氣びやうきなれば據無よんどころないのです、お察さつし申もをすですよ。昨日きのふも君きみが逆上のぼせられた後のち、私わたしはハヾトフと長ながいこと、君きみのことを相談さうだんしましたがね、いや君きみも此度こんどは本氣ほんきになつて、病氣びやうきの療治れうぢを遣やり給たまはんと可いかんです。私わたしは友人いうじんとして何なにも彼かも打明うちあけます。』と、彼かれは更さらに續つゞけて。『全體ぜんたい君きみは不自由ふじいうな生活せいくわつをされてゐるので、家いへと云いへば清潔せいけつでなし、君きみの世話せわをする者ものは無なし、療治れうぢをするには錢ぜには無なし。ねえ君きみ、で我々われ〱は切せつに君きみに勸すゝめるのだ。何卒どうぞ是非ぜひ一つ聽きいて頂いたゞきたい、と云いふのは、實じつは然云さういふ譯わけであるから、寧むしろ君きみは病院びやうゐんに入はひられた方はうが得策とくさくであらうと考かんがへたのです。ねえ君きみ、病院びやうゐんは未まだ比較的ひかくてき、食物しよくもつは好よし、看護婦かんごふはゐる、エウゲニイ、フエオドロヰチもゐる。其それは勿論もちろん、是これは我々丈われ〱だけの話はなしだが、彼かれは餘あまり尊敬そんけいをすべき人格じんかくの男をとこでは無ないが、術じゆつに掛かけては又またなか〱侮あなどられんと思おもふ。で願ねがはくはだ、君きみ、何卒どうぞ一つ充分じゆうぶんに彼かれを信しんじて、療治れうぢを專せん一にして頂いたゞきたい。彼かれも私わたしに屹度きつと君きみを引受ひきうけると云いつてゐたよ。』

アンドレイ、エヒミチは此この切せつなる同情どうじやうの言ことばと、其上そのうへ涙なみだをさへ頬ほゝに滴たらしてゐる郵便局長いうびんきよくちやうの顏かほとを見みて、酷ひどく感動かんどうして徐しづかに口くちを開ひらいた。

『君きみは彼等かれらを信しんじなさるな。嘘うそなのです。私わたしの病氣びやうきと云いふのは抑そも〱恁かうなのです。二十年來ねんらい、私わたしは此この町まちにゐて唯たゞ一人ひとりの智者ちしやに遇あつた。所ところが其それは狂人きちがひで有あると云いふ、是丈これだけの事實じゝつです。で私わたしも狂人きちがひにされて了しまつたのです。然しかしなあに私わたしは奈何どうでも可いいので、からして畢竟つまり何なんにでも同意どういを致いたしませう。』

『病院びやうゐんへお入はひりなさい、ねえ君きみ。』

『左樣さやう、奈何どうでも可いいです、縱令よしんば穴あなの中なかに入はひるのでも。』

『で、君きみは萬事ばんじエウゲニイ、フエオドロヰチの言ことばに從したがふやうに、ねえ君きみ、頼たのむから。』

『宜よろしい、私わたしは今いまは實じつ以もつて二につちも三さつちも行ゆかん輪索わなに陷沒はまつて了しまつたのです。もう萬事休矣おしまひです覺悟かくごはしてゐます。』

『いや屹度きつと平癒なほるですよ。』

格子こうしの外そとには公衆こうしゆうが次第しだいに群むらがつて來くる。アンドレイ、エヒミチは、ミハイル、アウエリヤヌヰチの公務こうむの邪魔じやまを爲するのを恐おそれて、話はなしは其丈それだけにして立上たちあがり、彼かれと別わかれて郵便局いうびんきよくを出でた。

丁度ちやうど其日そのひの夕方ゆうがた、ドクトル、ハヾトフは例れいの毛皮けがはの外套ぐわいたうに、深ふかい長靴ながぐつ、昨日きのふは何事なにごとも無なかつたやうな顏かほで、アンドレイ、エヒミチを其宿そのやどに訪問たづねた。

『貴方あなたに少々せう〱お願ねがひが有あつて出でたのですが、何卒どうぞ貴方あなたは私わたくしと一つ立合診察たちあひしんさつを爲しては下くださらんか、如何いかゞでせう。』と、然さり氣げなくハヾトフは云いふ。

アンドレイ、エヒミチはハヾトフが自分じぶんを散歩さんぽに誘さそつて氣晴きばらしを爲させやうと云いふのか、或あるひは又また自分じぶんに那樣仕事そんなしごとを授さづけやうと云いふ意つもりなのかと考かんがへて、左とに右かく服ふくを着換きかへて共ともに通とほりに出でたのである。彼かれはハヾトフが昨日きのふの事ことは噫おくびにも出ださず、且かつ氣きにも掛かけてゐぬやうな樣子やうすを見みて、心中しんちゆう一方ひとかたならず感謝かんしやした。這麼非文明的こんなひぶんめいてきな人間にんげんから、恁かゝる思遣おもひやりを受うけやうとは、全まつたく意外いぐわいで有あつたので。

『貴方あなたの有仰おつしやる病人びやうにんは何處どこなのです?、』アンドレイ、エヒミチは問とふた。

『病院びやうゐんです、もう疾とうから貴方あなたにも見みて頂いたゞき度たいと思おもつてゐましたのですが……妙めうな病人びやうにんなのです。』

施やがて病院びやうゐんの庭にはに入いり、本院ほんゐんを一周ひとまはりして瘋癲病者ふうてんびやうしやの入いれられたる別室べつしつに向むかつて行いつた。ハヾトフは其間そのあひだ何故なにゆゑか默もくした儘まゝ、さツさと六號室がうしつへ這入はひつて行いつたが、ニキタは例れいの通とほり雜具がらくたの塚つかの上うへから起上おきあがつて、彼等かれらに禮れいをする。

『肺はいの方はうから來きた病人びやうにんなのですがな。』とハヾトフは小聲こごゑで云いふた。『や、私わたしは聽診器ちやうしんきを忘わすれて來きた、直すぐ取とつて來きますから、些ちよつと貴方あなたは此處こゝでお待まち下ください。』

と彼かれはアンドレイ、エヒミチを此こゝに一人ひとり殘のこして立去たちさつた。

(十七)

日ひは已すでに沒ぼつした。イワン、デミトリチは顏かほを枕まくらに埋うづめて寐臺ねだいの上うへに横よこになつてゐる。中風患者ちゆうぶくわんじやは何なにか悲かなしさうに靜しづかに泣なきながら、唇くちびるを動うごかしてゐる。肥ふとつた農夫のうふと、郵便局員いうびんきよくゐんとは眠ねむつてゐて、六號室がうしつの内うちは閴げきとして靜しづかであつた。

アンドレイ、エヒミチは、イワン、デミトリチの寐臺ねだいの上うへに腰こしを掛かけて、大約おほよそ半時間はんじかんも待まつてゐると、室へやの戸とは開あいて、入はひつて來きたのはハヾトフならぬ小使こづかひのニキタ。病院服びやうゐんふく、下着したぎ、上靴抔うはぐつなど、小腋こわきに抱かゝへて。

『何卒どうぞ閣下かくか是これをお召めし下ください。』と、ニキタは前院長ぜんゐんちやうの前まへに立たつて丁寧ていねいに云いふた。『那あれが閣下かくかのお寐臺ねだいで。』と、彼かれは更さらに新あたらしく置おかれた寐臺ねだいの方はうを指さして。『何なんでも有ありませんです。必かならず直すぐに御全快ごぜんくわいになられます。』

アンドレイ、エヒミチは是こゝに至いたつて初はじめて讀よめた。一言ごんも言いはずに彼かれはニキタの示しめした寐臺ねだいに移うつり、ニキタが立たつて待まつてゐるので、直すぐに着きてゐた服ふくをすツぽりと脱ぬぎ棄すて、病院服びやうゐんふくに着換きかへて了しまつた。シヤツは長ながし、ヅボン下したは短みじかし、上着うはぎは魚さかなの燒やいた臭にほひがする。『屹度きつと間まもなくお直なほりでせう。』と、ニキタは復また云いふてアンドレイ、エヒミチの脱捨ぬぎすてた服ふくを一纏ひとまとめにして、小腋こわきに抱かかへた儘まゝ、戸とを閉たてゝ行ゆく。

『奈何どうでも可いい……。』と、アンドレイ、エヒミチは體裁きまり惡わるさうに病院服びやうゐんふくの前まへを掻合かきあはせて、さも囚人しうじんのやうだと思おもひながら、『奈何どうでも可いいわ……燕尾服えんびふくだらうが、軍服ぐんぷくだらうが、此この病院服びやうゐんふくだらうが、同おなじ事ことだ。』

『然しかし時計とけいは奈何どうしたらう、其それからポツケツトに入いれて置おいた手帳てちやうも、卷莨まきたばこも、や、ニキタはもう着物きものを悉皆のこらず持もつて行いつた。いや入いらん、もう死しぬ迄まで、ヅボンや、チヨツキ、長靴ながぐつには用ようが無ないのかも知しれん。然しかし奇妙きめうな成行なりゆきさ。』と、アンドレイ、エヒミチは今いまも猶なほ此この六號室がうしつと、ベローワの家いへと何なんの異かはりも無ないと思おもふてゐたが、奈何云どういふものか、手足てあしは冷ひえて、顫ふるへてイワン、デミトリチが今いまにも起おきて自分じぶんの此この姿すがたを見みて、何なんとか思おもふだらうと恐おそろしいやうな氣きもして、立たつたり、居ゐたり、又また立たつたり、歩あるいたり、やうやく半時間はんじかん、一時間計じかんばかりも坐すわつてゐて見みたが、悲かなしい程ほど退屈たいくつになつて來きて、奈何どうして這麼處こんなところに一週間しうかんとゐられやう、况まして一年ねん、二年ねんなど到底たうてい辛棒しんぼうをされるものでないと思おもひ付ついた。さう思おもへば益〻ます〱居堪ゐたまらず、衝つと立たつて隅すみから隅すみへと歩あるいて見みる。『さうしてから奈何どうする、あゝ到底たうてい居堪ゐたゝまらぬ、這麼風こんなふうで一生しやう!』

彼かれはどつかり坐すわつた、横よこになつたが又また起直おきなほる。而さうして袖そでで額ひたひに流ながれる冷汗ひやあせを拭ふいたが顏中かほぢゆう燒魚やきざかなの腥膻なまぐさい臭にほひがして來きた。彼かれは又また歩あるき出だす。『何なにかの間違まちがひだらう……話合はなしあつて見みにや解わからん、屹度きつと誤解ごかいが有あるのだ。』

イワン、デミトリチはふと眼めを覺さまし、脱然ぐつたりとした樣子やうすで兩りやうの拳こぶしを頬ほゝに突つく。唾つばを吐はく。初はじめ些ちよつと彼かれには前院長ぜんゐんちやうに氣きが付つかぬやうで有あつたが施やがて其それと見みて、其寐惚顏そのねぼけがほには忽たちまち冷笑れいせうが浮うかんだので。

『あゝ貴方あなたも此こゝへ入いれられましたのですか。』と彼かれは嗄しはがれた聲こゑで片眼かためを細ほそくして云いふた。『いや結構けつこう、散々さん〲人ひとの血ちを恁かうして吸すつたから、此度こんどは御自分ごじぶんの吸すはれる番ばんだ、結構々々けつこう〱。』

『何なにかの多分たぶん間違まちがひです。』とアンドレイ、エヒミチは肩かたを縮ちゞめて云いふ。『間違まちがひに相違さうゐないです。』

イワン、デミトリチは又またも床ゆかに唾つばを吐はいて、横よこになり、而さうして呟つぶやいた。『えゝ、生甲斐いきがひの無ない生活せいくわつだ、如何いかにも殘念ざんねんな事ことだ、此この苦痛くつうな生活せいくわつがオペラにあるやうな、アポテオズで終をはるのではなく、是これがあゝ死しで終をはるのだ。非人ひにんが來きて、死者ししやの手てや、足あしを捉とらへて穴あなの中なかに引込ひきこんで了しまふのだ、うツふ! だが何なんでもない……其換そのかはり俺おれは彼あの世よから化ばけて來きて、此處こゝらの奴等やつらを片端かたツぱしから嚇おどして呉くれる、皆みんな白髮しらがにして了しまつて遣やる。』

折をりしもモイセイカは外そとから歸かへり來きたり、其處そこに前院長ぜんゐんちやうのゐるのを見みて、直すぐに手てを延のばし、

『一錢せんお呉くんなさい!』

(十八)

アンドレイ、エヒミチは窓まどの所ところに立たつて外そとを眺ながむれば、日ひはもうとツぷりと暮くれ果はてゝ、那方むかふの野廣のびろい畑はたは暗くらかつたが、左ひだりの方はうの地平線上ちへいせんじやうより、今いましも冷つめたい金色こんじきの月つきが上のぼる所ところ、病院びやうゐんの塀へいから百歩計ぽばかりの處ところに、石いしの牆かきの繞めぐらされた高たかい、白しろい家いへが見みえる。是これは監獄かんごくで有ある。

『是これが現實げんじつと云いふものか。』アンドレイ、エヒミチは思おもはず慄然ぞつとした。

凄然せいぜんたる月つき、塀へいの上うへの釘くぎ、監獄かんごく、骨燒場ほねやきばの遠とほい焔ほのほ、アンドレイ、エヒミチは有繋さすがに薄氣味惡うすきみわるい感かんに打うたれて、しよんぼりと立たつてゐる。と直後すぐうしろに、吐ほつと計ばかり溜息ためいきの聲こゑがする。振返ふりかへれば胸むねに光ひかる徽章きしやうやら、勳章くんしやうやらを下さげた男をとこが、ニヤリと計ばかり片眼かためをパチ〱と、自分じぶんを見みて笑わらふ。

アンドレイ、エヒミチは強しひて心こゝろを落着おちつけて、何なんの、月つきも、監獄かんごくも其それが奈何どうなのだ、壯健さうけんな者ものも勳章くんしやうを着つけてゐるではないか。と、然さう思返おもひかへしたものゝ、猶且やはり失望しつばうは彼かれの心こゝろに愈〻いよ〱募つのつて、彼かれは思おもはず兩りやうの手てに格子かうしを捉とらへ、力儘ちからまかせに搖動ゆすぶつたが、堅固けんごな格子かうしはミチリとの音おとも爲せぬ。

荒凉くわうりやうの氣きに打うたれた彼かれは、何なにかなして心こゝろを紛まぎらさんと、イワン、デミトリチの寐臺ねだいの所ところに行いつて腰こしを掛かける。

『私わたくしはもう落膽がつかりして了しまひましたよ、君きみ。』と、彼かれは顫聲ふるへごゑして、冷汗ひやあせを拭ふきながら。『全まつたく落膽がつかりして了しまひました。』

『では一つ哲學てつがくの議論ぎろんでもお遣やんなさい。』と、イワン、デミトリチは冷笑れいせうする。

『あゝ絶體絶命ぜつたいぜつめい……然さうだ。何時いつか貴方あなたは露西亞ロシヤには哲學てつがくは無ない、然しかし誰たれも、彼かれも、丁斑魚めだかでさへも哲學てつがくをすると有仰おつしやつたつけ。然しかし丁斑魚めだかが哲學てつがくをすればつて、誰だれにも害がいは無ないのでせう。』アンドレイ、エヒミチは奈何いかにも情無なさけないと云いふやうな聲こゑをして。『奈何どうして君きみ、那樣そんなに可いい氣味きみだと云いふやうな笑樣わらひやうをされるのです。幾いくら丁斑魚めだかでも滿足まんぞくを得えられんなら、哲學てつがくを爲せずには居をられんでせう。苟いやしくも智慧ちゑある、教育けういくある、自尊じそんある、自由じいうを愛あいする、即すなはち神かみの像ざうたる人間にんげんが。唯たゞに醫者いしやとして、邊鄙へんぴなる、蒙昧もうまいなる片田舍かたゐなかに一生しやう、壜びんや、蛭ひるや、芥子粉からしこだのを弄いぢつてゐるより外ほかに、何なんの爲なす事ことも無ないのでせうか、詐欺さぎ、愚鈍ぐどん、卑劣漢ひれつかん、と一所しよになつて、いやもう!』

『下くだらん事ことを貴方あなたは零こぼして居ゐなさる。醫者いしやが不好いやなら大臣だいじんにでもなつたら可いいでせう。』

『いや、何處どこへ行ゆくのも、何なにを遣やるのも望のぞまんです。考かんがへれば意氣地いくぢが無ないものさ。是迄これまでは虚心きよしん平氣へいきで、健全けんぜんに論ろんじてゐたが、一朝てう生活せいくわつの逆流ぎやくりうに觸ふるゝや、直たゞちに氣きは挫くじけて落膽らくたんに沈しづんで了しまつた……意氣地いくぢが無ない……人間にんげんは意氣地いくぢが無ないものです、貴方あなたとても猶且やはり然さうでせう、貴方あなたなどは、才智さいちは勝すぐれ、高潔かうけつではあり、母はゝの乳ちゝと共ともに高尚かうしやうな感情かんじやうを吸込すひこまれた方かたですが、實際じつさいの生活せいくわつに入いるや否いなや、直たゞちに疲つかれて病氣びやうきになつて了しまはれたです。實じつに人ひとは微弱びじやくなものだ。』

彼かれには悲愴ひさうの感かんの外ほかに、未まだ一種しゆの心細こゝろぼそき感かんじが、殊ことに日暮ひぐれよりかけて、しんみりと身みに泌しみて覺おぼえた。是これは麥酒ビールと、莨たばことが、欲ほしいので有あつたと彼かれも終つひに心着こゝろづく。

『私わたしは此處こゝから出でて行ゆきますよ、君きみ。』と、彼かれはイワン、デミトリチに恁かう云いふた。『此こゝへ燈あかりを持もつて來くるやうに言付いひつけますから……奈何どうして這麼眞暗こんなまつくらな所ところにゐられませう……我慢がまん爲切しきれません。』

アンドレイ、エヒミチは戸口とぐちの所ところに進すゝんで、戸とを開あけた。するとニキタが躍上をどりあがつて來きて、其前そのまへに立塞たちふさがる。

『何方どちらへ! 可いけません、可いけません!』と、彼かれは呌さけぶ。『もう眠ねる時ときですぞ!』

『いや些ちと庭にはを歩あるいて來くるのだ。』と、アンドレイ、エヒミチは怖々おど〱する。

『可いけません、可いけません! 那樣事そんなことを爲させても可いいとは誰たれからも言付いひつかりません。御存ごぞんじでせう。』

云いふなりニキタは戸とをぱたり。而さうして背せを閉しめた戸とに當あてゝ猶且やはり其所そこに仁王立にわうだち。

『然しかし俺おれが出でたつて其それが爲ために誰だれが何なんと云いふ。』アンドレイ、エヒミチは肩かたを縮ちゞめる。『譯わけが分わからん、おいニキタ俺おれは出でなければならんのだ!』彼かれの聲こゑは顫ふるへる。『用ようが有あるのだ!』

『規律きりつを亂みだす事ことは出來できません、可いけません!』とニキタは諭さとすやうな調子てうし。

『何なんだと畜生ちくしやう!』と、此時このときイワン、デミトリチは急きふにむツくりと起上おきあがる。『何なんで彼奴きやつが出ださんと云いふ法はふがある、我々われ〱を此こゝに閉込とぢこめて置おく譯わけは無ない。法律はふりつに照てらしても明白あきらかだ、何人なにびとと雖いへども、裁判さいばんもなくして無暗むやみに人ひとの自由じいうを奪うばふ事ことが出來できるものか! 不埒ふらちだ! 壓制あつせいだ!』

『勿論もちろん不埒ふらちですとも。』アンドレイ、エヒミチはイワン、デミトリチの加勢かせいに頓とみに力ちからを得えて、氣きが強つよくなり。『俺おれは用ようが有あるのだ! 出でるのだ! 貴樣きさまに何なんの權利けんりが有ある! 出だせと云いつたら出だせ!』

『解わかつたか馬鹿野郎ばかやらう!』と、イワン、デミトリチは呌さけんで、拳こぶしを固かためて戸とを敲たゝく。『やい開あけろ! 開あけろ! 開あけんか! 開けんなら戸とを打破ぶちこはすぞ! 人非人ひとでなし! 野獸けだもの!』

『開あけろ!』アンドレイ、エヒミチは全身ぜんしんをぶる〱と顫ふるはして。『俺おれが命めいずるのだツ!』

『もう一度ど言いつて見みろ!』戸との那裏むかふでニキタの聲こゑ。『もう一度ど言いつて見みろ!』

『ぢや、エウゲニイ、フエオドロヰチでも此處こゝへ呼よんで來こい、些ちよつと俺おれが來きて呉くれツて云いつて居ゐると然さう云いへ……些ちよつとで可いいからツて!』

『明日あしたになればお出いでになります。』

『何日いつになつたつて我々われ〱を决けつして出だすものか。』イワン、デミトリチは云いふ、『我々われ〱を茲こゝで腐くさらして了しまふ料簡れうけんだらう! 來世らいせいに地獄ぢごくがなくて爲なるものか、這麼人非人共こんなひとでなしどもが如何どうして許ゆるされる、那樣事そんなことで正義せいぎは何處どこにある、えい、開あけろ、畜生ちくしやう!』彼かれは嗄しやがれた聲こゑを絞しぼつて、戸とに身みを投掛なげかけ。『可いいか、貴樣きさまの頭あたまを敲たゝき破わるぞ! 人殺奴ひとごろしめ!』

ニキタはぱツと戸とを開あけるより、阿修羅王あしゆらわうの荒あれたる如ごとく、兩手りやうてと膝ひざでアンドレイ、エヒミチを突飛つきとばし、骨ほねも碎くだけよと其鐵拳そのてつけんを眞向まつかうに、健したゝか彼かれの顏かほを敲たゝき据すゑた。アンドレイ、エヒミチはアツと云いつたまゝ、緑色みどりいろの大浪おほなみが頭あたまから打被うちかぶさつたやうに感かんじて、寐臺ねだいの上うへに引ひいて行ゆかれたやうな心地こゝち。口くちの中うちには鹽氣しほけを覺おぼえた、大方おほかた齒はからの出血しゆつけつであらう。彼かれは泳およがんと爲するものゝやうに兩手りやうてを動うごかして、誰たれやらの寐臺ねだいにやう〱取縋とりすがつた。と又またも此時このとき振下ふりおろしたニキタの第だい二の鐵拳てつけん、背骨せぼねも歪ゆがむかと悶もだゆる暇ひまもなく打續うちつゞいて、又々また〱三度目どめの鐵拳てつけん。

イワン、デミトリチは此時このとき高たかく呌聲さけびごゑ。彼かれも打ぶたれたのであらう。

其それよりは室内しつない復また音おともなく、ひツそりと靜しづまり返かへつた。折をりから淡々あは〱しい月つきの光ひかり、鐵窓てつさうを洩もれて、床ゆかの上うへに網あみに似にたる如ごとき墨畫すみゑを夢ゆめのやうに浮出うきだしたのは、謂いふやうなく、凄絶せいぜつ又また慘絶さんぜつの極きはみで有あつた、アンドレイ、エヒミチは横よこたはつた儘まゝ、未まだ息いきを殺ころして、身みを縮ちゞめて、もう一度ど打ぶたれはせぬかと待まち構かまへてゐる。と、忽たちまち覺おぼゆる胸むねの苦痛くつう、膓ちやうの疼痛とうつう、誰たれか鋭するどき鎌かまを以もつて、刳ゑぐるにはあらぬかと思おもはるゝ程ほど、彼かれは枕まくらに強攫しがみ着つき、きりゝと齒はをば切くひしばる。今いまぞ初はじめて彼かれは知しる。其有耶無耶そのうやむやになつた腦裏なうりに、猶なほ朧朦氣おぼろげに見みた、月つきの光ひかりに輝てらし出だされたる、黒くろい影かげのやうな此この室へやの人々ひと〲こそ、何年なんねんと云いふ事ことは無なく、恁かゝる憂目うきめに遭あはされつゝ有ありしかと、堪たへ難がたき恐おそろしさは電いなづまの如ごとく心こゝろの中うちに閃ひらめき渡わたつて、二十有餘年いうよねんの間あひだ、奈何どうして自分じぶんは是これを知しらざりしか、知しらんとは爲せざりしか。と空そら恐おそろしく思おもふので有あつたが、又また剛情がうじやう我慢がまんなる其良心そのりやうしんは、とは云いへ自みづからは未いまだ嘗かつて疼痛とうつうの考かんがへにだにも知しらぬので有あつた、然しからば自分じぶんが惡わるいのでは無ないのであると囁さゝやいて、宛然さながら襟下えりもとから冷水ひやみづを浴あびせられたやうに感かんじた。彼かれは起上おきあがつて聲限こゑかぎりに呌さけび、而さうして此こゝより拔出ぬけいでて、ニキタを眞先まつさきに、ハヾトフ、會計くわいけい、代診だいしんを鏖殺みなごろしにして、自分じぶんも續つゞいて自殺じさつして終しまはうと思おもふた。が、奈何どうしたのか聲こゑは咽喉のどから出いでず、足あしも亦また意いの如ごとく動うごかぬ、息いきさへ塞つまつて了しまひさうに覺おぼゆる甲斐かひなさ。彼かれは苦くるしさに胸むねの邊あたりを掻かき毟むしり、病院服びやうゐんふくも、シヤツも、ぴり〱と引裂ひきさくので有あつたが、施やがて其儘そのまゝ氣絶きぜつして寐臺ねだいの上うへに倒たふれて了しまつた。

(十九)

翌朝よくてう彼かれは激はげしき頭痛づつうを覺おぼえて、兩耳りやうみゝは鳴なり、全身ぜんしんには只たゞならぬ惱なやみを感かんじた。而さうして昨日きのふの身みに受うけた出來事できごとを思おもひ出だしても、恥はづかしくも何なんとも感かんぜぬ。昨日きのふの小膽せうたんで有あつた事ことも、月つきさへも氣味きみ惡わるく見みた事ことも、以前いぜんには思おもひもしなかつた感情かんじやうや、思想しさうを有ありの儘まゝに吐露とろしたこと、即すなはち哲學てつがくをしてゐる丁斑魚めだかの不滿足ふまんぞくの事ことを云いふた事ことなども、今いまは彼かれに取とつて何なんでもなかつた。

彼かれは食くはず、飮のまず、動うごきもせず、横よこになつて默もくしてゐた。

『あゝもう何なにも彼かもない、誰たれにも返答へんたふなどするものか……もう奈何どうでも可いい。』と、彼かれは考かんがへてゐた。

中食後ちゆうじきごミハイル、アウエリヤヌヰチは茶ちやを四半斤はんぎんと、マルメラドを一斤きん持參もつて、彼かれの所ところに見舞みまひに來きた。續つゞいてダリユシカも來き、何なんとも云いへぬ悲かなしそうな顏かほをして、一時間じかんも旦那だんなの寐臺ねだいの傍そばに凝じつと立たつた儘まゝで、其それからハヾトフもブローミウム加里カリの壜びんを持もつて、猶且やはり見舞みまひに來きたのである。而さうして室内しつないに何なにか香かうを薫くゆらすやうにとニキタに命めいじて立去たちさつた。

其夕方そのゆふがた、俄然がぜんアンドレイ、エヒミチは腦充血なうじゆうけつを起おこして死去しきよして了しまつた。初はじめ彼かれは寒氣さむけを身みに覺おぼえ、吐氣はきけを催もよほして、異樣いやうな心地惡こゝちあしさが指先ゆびさきに迄まで染渡しみわたると、何なにか胃ゐから頭あたまに突上つきあげて來くる、而さうして眼めや耳みゝに掩おほひ被かぶさるやうな氣きがする。青あをい光ひかりが眼めに閃付ちらつく。彼かれは今いま已すでに其身そのみの死期しきに迫せまつたのを知しつて、イワン、デミトリチや、ミハイル、アウエリヤヌヰチや、又また多數おほくの人ひとの靈魂不死れいこんふしを信しんじてゐるのを思おもひ出だし、若もし那樣事そんなことが有あつたらばと考かんがへたが、靈魂れいこんの不死ふしは、何なにやら彼かれには望のぞましくなかつた。而さうして其考そのかんがへは唯たゞ一瞬間しゆんかんにして消きえた。昨日きのふ讀よんだ書中しよちゆうの美うつくしい鹿しかの群むれが、自分じぶんの側そばを通とほつて行いつたやうに彼かれには見みえた。此度こんどは農婦ひやくしやうをんなが手てに書留かきとめの郵便いうびんを持もつて、其それを自分じぶんに突出つきだした。何なにかミハイル、アウエリヤヌヰチが云いふたので有あるが、直すぐに皆みな掻消かききえて了しまつた。恁かくてアンドレイ、エヒミチは永刧えいごふ覺さめぬ眠ねむりには就ついた。

下男共げなんどもは來きて、彼かれの手足てあしを捉とり、小聖堂こせいだうに運はこび去さつたが、彼かれが眼め未いまだ瞑めいせずして、死骸むくろは臺だいの上うへに横臥よこたはつてゐる。夜よに入いつて月つきは影暗かげくらく彼かれを輝てらした。翌朝よくてうセルゲイ、セルゲヰチは此こゝに來きて、熱心ねつしんに十字架じかに向むかつて祈祷きたうを捧さゝげ、自分等じぶんらが前さきの院長ゐんちやうたりし人ひとの眼めを合あはしたので有あつた。

一日にちを經へて、アンドレイ、エヒミチは埋葬まいさうされた。其その祈祷式きたうしきに預あづかつたのは、唯たゞミハイル、アウエリヤヌヰチと、ダリユシカとで。

底本 / Source edition

底本:「明治文學全集 82 明治女流文學集(二)」筑摩書房
1965(昭和40)年12月10日発行
1989(平成元)年2月20日初版第5刷
底本の親本:「露國文豪 チエホフ傑作集」獅子吼書房
1908(明治41)年10月
初出:「文藝界」
1906(明治39)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「匆」と「※[#「勹<夕」、第3水準1-14-76]」、「拔」と「※[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」]」、「舞踏」と「舞蹈」、「理窟」と「理屈」の混在、仮名表記と繰り返し記号の使い方の揺れは、底本通りです。
入力:阿部哲也
校正:岩渕祐子
2006年9月11日作成
2010年12月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
/works/045667_001155/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/045667_001155/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/045667_001155/

チェーホフ アントン「六号室」(旧字旧仮名)、底本『明治文學全集 82 明治女流文學集(二)』筑摩書房、1965年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045667_001155, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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