Soranoha

白い小犬を抱いた女

しろいこいぬをだいたおんな

田中 貢太郎

某夜あるよ、某運転手が護国寺の墓地を通っていると、白い小犬を抱いた女が来て車を停めた。そこで運転手は女の云うままに逢初あいそめ橋まで往くと、女が、

「ちょっと待っててね」

と云って、犬を抱いたままおりて、傍そばの立派な門構もんがまえの家へ入って往ったが、一時間近くなって出て来ないので、運転手はしかたなしにその家へ往った。すると一人の老婦人が出て、

「私の家には、女の子はいないのですが」

と云った。運転手はそれまでは「それまでは」はママ乗り逃げをせられたのかと思いながら、やるともなしに土間へ眼をやった。土間には彼女の抱いていた小犬がちょこなんと坐っていた。

「この犬を抱いて来た方ですよ」

すると老婦人の顔色が変った。

「この犬を、この犬ですって」

そこで運転手は一とおりその女の容貌を話した。みるみる老婦人の眼に涙が湧いた。

「それでは、やっぱり家うちの娘でございますよ、明日が一周忌になりますから、それで帰って来たものですよ」

老婦人はそれから土間へおりてその小犬を抱きあげた。

底本 / Source edition

底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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田中 貢太郎「白い小犬を抱いた女」(新字新仮名)、底本『伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典』学研M文庫、学習研究社、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045556_000154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite