Soranoha

足跡

あしあと

石川 啄木

冬の長い国のことで、物蔭にはまだ雪が残つて居り、村端むらはづれの溝に芹せりの葉一片ひとつ青あをんではゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの処々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。それは明治四十年四月一日のことであつた。

新学年始業式の日なので、S村尋常高等小学校の代用教員、千早健ちはやたけしは、平生より少し早目に出勤した。白墨チヨオクの粉に汚れた木綿の紋付に、裾の擦切れた長目の袴を穿いて、クリ〱した三分刈の頭に帽子も冠らず――渠かれは帽子も有もつてゐなかつた。――亭乎すらりとした体を真直まつすぐにして玄関から上つて行くと、早出の生徒は、毎朝、控所の彼方此方かなたこなたから駆けて来て、敬うやうやしく渠を迎へる。中には態々わざわざ渠に叩頭おじぎをする許ばつかりに、其処に待つてゐるのもあつた。その朝は殊に其数が多かつた。平生へいぜいの三倍も四倍も……遅刻勝がちな成績できの悪い児の顔さへ其中に交つてゐた。健は直ぐ、其等の心々に溢れてゐる進級の喜悦よろこびを想うた。そして、何がなく心が曇つた。

渠はその朝解職願を懐にしてゐた。

職員室には、十人許ばかりの男女をとこをんな――何れも穢きたない扮装みなりをした百姓達が、物に怖おびえた様にキヨロ〱してゐる尋常科の新入生を、一人づゝ伴れて来てゐた。職員四人分の卓つくゑや椅子、書類入の戸棚などを並べて、さらでだに狭くなつてゐる室は、其等の人数にんずに埋うづめられて、身動みじろぎも出来ぬ程である。これも今来た許りと見える女教師の並木孝子は、一人で其人数を引受けて少し周章まごついたといふ態ふうで、腰も掛けずに何やら急いそがしく卓の上で帳簿を繰つてゐた。

そして、健が入つて来たのを見ると、

『あ、先生!』

と言つて、ホツと安心した様な顔をした。

百姓達は、床板に膝を突いて、交る〲先を争ふ様に健に挨拶した。

『老婆おばあさん、いくら探しても、松三郎といふのは役場から来た学齢簿の写しにありませんよ。』と、孝子は心持眉を顰ひそめて、古手拭を冠つた一人の老女としよりに言つてゐる。

『ハア。』と老女は当惑した様に眼をしよぼつかせた。

『無い筈はないでせう。尤もつとも此辺このへんでは、戸籍上の名と家うちで呼ぶ名と違ふのがありますよ。』と、健は喙くちを容れた。そして老女としよりに、

『芋田いもだの鍛冶屋だつたね、婆さんの家うちは?』

『ハイ。』

『いくら見てもありませんの。役場にも松三郎と届けた筈だつて言ひますし……』と孝子はまた初めから帳簿を繰つて、『通知書を持つて来ないもんですから、薩張さつぱり分りませんの。』

『可怪をかしいなア。婆さん、役場から真箇ほんとに通知書が行つたのかい? 子供を学校に出せといふ書付が?』

『ハイ。来るにア来ましたども、弟の方のな許りで、此児これ(と顎で指して、)のなは今年ア来ませんでなす。それでハア、持つて来こなごあんさす。』

『今年は来ない? 何だ、それぢや其児は九歳ここのつか、十歳とをかだな?』

『九歳ここのつ。』と、その松三郎が自分で答へた。膝に補布つぎを当てた股引を穿いて、ボロ〱の布の無尻むじりを何枚も〱着膨れた、見るから腕白らしい児であつた。

『九歳なら去年の学齢だ。無い筈ですよ、それは今年だけの名簿ですから。』

『去年ですか。私わたしは又、其点そこに気が付かなかつたもんですから……』と、孝子は少しきまり悪気わるげにして、其児の名を別の帳簿に書入れる。

『それぢや何だね、』と、健は再また老女の方を向いた。『此児これの弟といふのが、今年八歳やつつになつたんだらう。』

『ハイ。』

『何故なぜそれは伴れて来ないんだ?』

『ハイ。』

『ハイぢやない。此児は去年から出さなけれアならないのを、今年まで延したんだらう。其麽そんな風ふうぢや不可いけない、兄弟一緒に寄越すさ。遅く入学さして置いて、卒業もしないうちから、子守をさせるの何のつて下げて了ふ。其麽そんな風ふうだから、此辺の者は徴兵に採られても、大抵上等兵にも成らずに帰つて来る。』

『ハイ。』

『親が悪いんだよ。』

『ハイ。そでごあんすどもなす、先生様、兄弟何方どつちも一年生だら、可笑をかしごあんすべアすか?』

と、老女は黒漿おはぐろの落ちた歯を見せて、テレ隠しに追従つゐしよう笑ひをした。

『構うもんか。弟が内務大臣をして兄は田舎の郡長をしてゐた人さへある。一緒な位何でもないさ。』

『ハイ。』

『婆さんの理屈で行くと、兄が死ねば弟も死なゝけれアならなくなる。俺の姉は去年死んだけれども俺は恁かうして生きてゐる。然さうだ。過日こなひだ死んだ馬喰ばくらうさんは、婆さんの同胞きやうだいだつていふぢやないか?』

『アツハヽヽ。』と、居並ぶ百姓達は皆笑つた。

『婆さんだつて其通りチヤンと生きてゐる。ハヽヽ。兎に角弟の方も今年から寄越すさ。明日あすと明後日あさつては休みで、四日から授業が始まる。その時此児これと一緒に。』

『ハイ。』

『真箇ほんたうだよ。寄越さなかつたら俺が迎ひに行くぞ。』

さう言ひながら立ち上つて、健は孝子の隣の卓に行つた。

『お手伝ひしませう。』

『済みませんけれども、それでは何卒どうぞ。』

『アもう八時になりますね。』と、渠かれは孝子の頭の上に掛つてゐる時計を見上げた目を移して、障子一重で隔てた宿直室を、顎で指した。『まだ顔を出さないんですか?』

孝子は笑つて点頭うなづいた。

その宿直室には、校長の安藤が家族――妻さいと二人の小供――と共に住んでゐる。朝飯あさめしの準備したくが今漸々やうやう出来たところと見えて、茶碗や皿を食卓ちやぶだいに並べる音が聞える。無精者ぶしやうものの細君は何やら呟々ぶつぶつ小供を叱つてゐた。

新入生の一人々々を、学齢児童調書に突合して、健はそれを学籍簿に記入し、孝子は新しく出席簿を拵こしらへる。何本を買はねばならぬかとか、石盤は石石盤が可いか紙石盤が可いかとか、塗板ぬりいたも有もたせねばならぬかとか、父兄は一人々々同じ様な事を繰返して訊く。孝子は一々それに答へる。すると今度は健の前に叩頭おじぎをして、小供の平生へいぜいの行状やら癖やら、体の弱い事などを述べて、何分よろしくと頼む。新入生は後から〱と続いて狭い職員室に溢れた。

忠一といふ、今度尋常科の三年に進んだ校長の長男が、用もないのに怖々おづおづしながら入つて来て、甘える様やうの姿態しなをして健の卓つくゑに倚掛よりかかつた。

『彼方あつちへ行け、彼方へ。』

と、健は烈しい調子で、隣室にも聞える様に叱つた。

『ハ。』

と言つて、猾ずるさうな、臆病らしい眼付で健の顔を見ながら、忠一は徐々そろそろと後退あとしざりに出て行つた。為様しやうのない横着わうぢやくな児で、今迄健の受持の二年級であつたが、外の教師も生徒等も、校長の子といふのでそれとなく遠慮してゐる。健はそれを、人一倍厳しく叱る。五十分の授業の間を教室の隅に立たして置くなどは珍しくもない事で、三日に一度は、罰として放課後の教室の掃除当番を吩付いひつける。其麽そんな時は、無精者の母親がよく健の前へ来て、抱いてゐる梅ちやんといふ児に胸を披はだけて大きい乳房を含ませながら、

『千早先生、家うちの忠一は今日も何か悪い事しあんしたべすか?』

などゝ言ふことがある。

『ハ。忠一さんは日増ひましに悪くなる様ですね。今日も権太といふ小供が新らしく買つて来た墨を、自分の机の中に隠して知らない振してゐたんですよ。』

『コラ、彼方あちらへ行け。』と、校長は聞きかねて細君を叱る。

『それだつてなす、毎日悪い事許りして千早先生に御迷惑かける様なんだハンテ、よくお聞き申して置いて、後で私わだしもよツく吩付いひつけて置くべと思つてす。』

健は平然けろりとして卓隣つくゑどなりの秋野といふ老教師と話を始める。校長の妻は、まだ何か言ひたげにして、上吊うはづつた眉をピリ〱させながら其処に立つてゐる。然うしてるところへ、掃除が出来たと言つて、掃除監督の生徒が通知しらせに来る。

『黒板も綺麗に拭いたか?』

『ハイ。』

『先生に見られても、少しも小言を言はれる点ところが無い様に出来たか?』

『ハイ。』

『若し粗末だつたら、明日また為直しなほさせるぞ。』

『ハイ。立派に出来ました。』

『好し。』と言つて、健は莞爾につこりして見せる。『それでは一同みんな帰しても可い。お前も帰れ。それからな、今先生が行くから忠一だけは教室に残つて居れと言へ。』

『ハイ。』と、生徒の方も嬉しさうに莞爾につこりして、活溌に一礼して出て行く。健の恁麽こんな訓導方しつけかたは、尋常二年には余りに厳きびし過すぎると他の教師は思つてゐた。然しその為に健の受持の組は、他級の生徒から羨まれる程規律がよく、少し物の解つた高等科の生徒などは、何彼につけて尋常二年に笑はれぬ様にと心懸けてゐる程であつた。

軈やがて健は二階の教室に上つて行く。すると、校長の妻は密乎こつそりと其後を跟つけて行つて、教室の外から我が子の叱られてゐるのを立聞たちぎきする。意気地なしの校長は校長で、これも我が子の泣いてゐる顔を思ひ浮べながら、明日の教案を書く……

健が殊更校長の子に厳しく当るのは、其児が人一倍悪戯わるさに長たけて、横着で、時にはその生先おひさきが危まれる様な事まで為出しでかす為には違ひないが、一つは渠の性質に、其麽そんな事をして或る感情の満足を求めると言つた様な点ところがあるのと、又、然うする方が他の生徒を取締る上に都合の好い為でもあつた。渠が忠一を虐いぢめることが厳しければ厳しい程、他の生徒は渠を偉い教師の様に思つた。

そして、女教師の孝子にも、健の其麽そんな行動しうちが何がなしに快く思はれた。時には孝子自身も、人のゐない処へ忠一を呼んで、手厳しく譴たしなめてやることがある。それは孝子にとつても或る満足であつた。

孝子は半年前はんねんまへに此学校に転任して来てから、日一日と経つうちに、何処の学校にもない異様な現象を発見した。それは校長と健との妙な対照で、健は自分より四円も月給の安い一代用教員に過ぎないが、生徒の服してゐることから言へば、健が校長の様で、校長の安藤は女教師の自分よりも生徒に侮あなどられてゐた。孝子は師範女子部の寄宿舎を出てから二年とは経たず、一生を教育に献げようとは思はぬまでも、授業にも読書にもまだ相応に興味を有もつてる頃ではあり、何処どこか気性の確固しつかりした、判断力の勝つた女なので、日頃校長の無能が女ながらも歯痒はがゆい位。殊にも、その妻のだらしの無いのが見るも厭で、毎日顔を合してゐながら、碌そつぽ口を利かぬことさへ珍しくない。そして孝子には、万事よろづに生々とした健の烈しい気性――その気性の輝いてゐる、笑ふ時は十七八の少年の様に無邪気に、真摯まじめな時は二十六七にも、もつと上にも見える渠の眼、(それを孝子は、写真版などで見た奈勃翁ナポレオンの眼に肖にたと思つてゐた。)――その眼が此学校の精神たましひでゞもあるかの様に見えた。健の眼が右に動けば、何百の生徒の心が右に行く、健の眼が左に動けば、何百の生徒の心が左に行く、と孝子は信じてゐた。そして孝子自身の心も、何時しか健の眼に随つて動く様になつてゐる事は、気が付かずにゐた。

齢から言へば、孝子は二十三で、健の方が一歳ひとつ下の弟である。が、健は何かの事情で早く結婚したので、その頃もう小児こどもも有つた。そして其その家うちが時として其日の糧かてにも差支へる程貧しい事は、村中知らぬ者もなく、健自身も別段隠す態ふうも見せなかつた。或日、健は朝から浮かぬ顔をして、十分の休み毎に呟呻許あくびばかりしてゐた。

『奈何どうなさいましたの、千早先生、今日はお顔色が良くないぢやありませんか?』

と孝子は何かの機会ひやうしに訊いた。健は出かゝつた生呿呻なまあくびを噛んで、

『何有なあに。』

と言つて笑つた。そして、

『今日は煙草が切れたもんですからね。』

孝子は何とも言ふことが出来なかつた。健が平生へいぜい人に魂消たまげられる程の喫煙家で、職員室に入つて来ると、甚麽どんな事があらうと先づ煙管キセルを取上げる男であることは、孝子もよく知つてゐた。卓隣りの秋野は其煙草入を出して健に薦すすめたが、渠は其日一日喫のまぬ積りだつたと見えて、煙管も持つて来てゐなかつた。そして、秋野の煙管を借りて、美味うまさうに二三服続け様に喫のんだ。孝子はそれを見てゐるのが、何がなしに辛かつた。宿へ帰つてからまで其事を思出して、何か都合の好い名儀をつけて、健に金を遣る途はあるまいかと考へた事があつた。又、去年の一夏、健が到頭古袷ふるあはせを着て過した事、それで左程暑くも感じなかつたといふ事なども、渠かれ自身の口から聞いてゐたが、村の噂はそれだけではなかつた。其夏、毎晩夜遅くなると、健の家うち――或る百姓家を半分劃しきつて借りてゐた――では障子を開放あけはなして、居たたまらぬ位杉の葉を燻いぶしては、中で頻しきりに団扇で煽あふいでゐた。それは多分蚊帳が無いので、然うして蚊を逐出してから寝たのだらうといふ事であつた。其麽そんなに苦しい生活をしてゐて、渠には些ちつとも心を痛めてゐる態ふうがない。朝から晩まで、真しんに朝から晩まで、小供等を対手に怡々いいとして暮らしてゐる。孝子が初めて此学校に来た秋の頃は、毎朝昧爽よあけから朝飯時まで、自宅に近所の小供等を集めて「朝読あさよみ」といふのを遣つてゐた。朝な〱、黎明しののめの光が漸く障子に仄ほのめいた許ばかりの頃、早く行くのを競つてゐる小供等――主に高等科の――が、戸外そとから声高に友達を呼起して行くのを、孝子は毎朝の様にまだ臥床とこの中で聞いたものだ。冬になつて朝読が出来なくなると、健は夜な〱九時頃までも生徒を集めて、算術、読方、綴方から歴史や地理、古来むかしからの偉人の伝記逸話、年上の少年には英語の初歩なども授けた。この二月村役場から話があつて、学校に壮丁教育の夜学を開いた時は、三週間の期間を十六日まで健が一人で教へた。そして終ひの五日間は、毎晩裾から吹上ふきあげる夜寒を怺こらへて、二時間も三時間も教壇に立つた為に風邪を引いて寝たのだといふ事であつた。

それでゐて、健の月給は唯たつた八円であつた。そして、その八円は何時いつでも前借ぜんしやくになつてゐて、二十一日の月給日が来ても、いつの月でも健には、同僚と一緒に月給の渡されたことがない。四人分の受領書を持つて行つた校長が、役場から帰つて来ると、孝子は大抵紙幣さつと銀貨を交まぜて十二円渡される。検定試験上りの秋野は十三円で、古い師範出の校長は十八円であつた。そして、校長は気毒相きのどくさうな顔をしながら、健には存在ぞんざいな字で書いた一枚の前借証を返してやる。渠は平然けろりとしてそれを受取つて、クル〱と円めて火鉢に燻くべる。淡い焔がメラ〱と立つかと見ると、直ぐ消えて了ふ。と、渠は不揃な火箸を取つて、白くなつて小ちひさく残つてゐる其灰を突つつく。突いて、突いて、そして上げた顔は平然けろりとしてゐる。

孝子は気毒きのどくさに見ぬ振をしながらも、健のその態度やうすをそれとなく見てゐた。そして訳もなく胸が迫つて、泣きたくなることがあつた。其麽そんな時は、孝子は用もない帳簿などを弄いぢくつて、人後ひとあとまで残つた。月給を貰つた為に怡々いそいそして早く帰るなどと、思はれたくなかつたのだ。

孝子の目に映つてゐる健は、月給八円の代用教員ではなかつた。孝子は或る時その同窓の女友達の一人へ遣つた手紙に、この若い教師のことを書いたことがある。若しや詰らぬ疑ひを起されてはといふ心配から、健には妻子のあることを詳しく記した上で、

『私の学校は、この千早先生一人の学校といつても可いい位よ。奥様おくさんやお子様こさんのある人とは見えない程若い人ですが、男生でも女生でも千早先生の言ふことをきかぬ者は一人もありません。そら、小野田教諭がいつも言つたでせう――教育者には教育の精神を以て教へる人と、教育の形式で教へる人と、二種類ある。後者には何人でも成れぬことはないが、前者は百人に一人、千人に一人しか無いもので、学んで出来ることではない、謂はば生来うまれつきの教育者である――ツて。千早先生はその百人に一人しかない方の組よ。教授法なんかから言つたら、先生は乱暴よ、随分乱暴よ。今の時間は生徒と睨にらめツクラをして、敗けた奴を立たせることにして遊びましたよなどゝ言ふ時があります。(遊びました)といふのは嘘で、先生は其麽事をして、生徒の心を散るのを御自分の一身に集あつめるのです。さうしてから授業に取とりかゝるのです。偶たまに先生が欠勤でもすると、私が掛持で尋常二年に出ますの。生徒は決して私ばかりでなく、誰のいふことも、聞きません。先生の組の生徒は、先生のいふことでなければ聞きません。私は其麽時、「千早先生はさう騒いでも可いいと教へましたか?」と言ひます。すると、直ぐ静粛になつて了ひます。先生は又、教案を作りません。その事で何日いつだつたか、巡まはつて来た郡視学と二時間許り議論をしたのよ。その時の面白かつたこと? 結局視学の方が敗けて胡麻化ごまくわして了つたの。

『先生は尋常二年の修身と体操を校長にやらして、その代り高等科(校長の受持)の綴方と歴史地理に出ます。今度は千早先生の時間だといふ時は、鐘が鳴つて控所に生徒の列んだ時、その高等科の生徒の顔色で分ります。

『尋常二年に由松といふ児があります。それは生来うまれつきの低脳者で、七歳ななつになる時に燐寸マツチを弄もてあそんで、自分の家うちに火をつけて、ドン〱燃え出すのを手を打つて喜んでゐたといふ児ですが、先生は御自分の一心で是非由松を普通あたりまへの小供にすると言つて、暇さへあればその由松を膝の間に坐らせて、(先生は腰かけて、)上から眤じつと見下しながら、肩に手をかけて色々なことを言つて聞かせてゐます。その時だけは由松も大人しくしてゐて、終ひには屹度きつとメソ〱泣出して了ひますの。時として先生は、然うしてゐて十分も二十分も黙つて由松の顔を見てゐることがあります。二三日前でした、由松は先生と然うしてゐて、突然眼を瞑つぶつて背後うしろに倒れました。先生は静かに由松を抱いて小使室へ行つて、頭に水を掛けたので小供は蘇生しましたが、私共は一時喫驚びつくりしました。先生は、「私の精神と由松の精神と角力すまふをとつて、私の方が勝つたのだ。」と言つて居られました。その由松は近頃では清書なんか人並に書く様になりました。算術だけはいくら骨を折つても駄目ださうです。

『秀子さん、そら、あの寄宿舎の談話室ね、彼処あそこの壁にペスタロツヂが小供を教へてゐる画が掲かけてあつたでせう。あのペスタロツヂは痩せて骨立つた老人でしたが、私、千早先生が由松に物を言つてるところを横から見てゐると、何といふことなくあの画を思出すことがありますの。それは先生は、無論一生を教育事業に献げるお積りではなく、お家の事情で当分あゝして居られるのでせうが、私は恁麽こんな人を長く教育界に留めて置かぬのが、何より残念な事と思ひます。先生は何か人の知らぬ大きな事を考へて居られる様ですが、私共には分りません。然しそのお話を聴いてゐると、常々私共の行きたい〱と思つてる処――何処どこですか知りませんが――へ段々連れて行かれる様な気がします。そして先生は、自分は教育界獅子しし身中の虫だと言つて居られるの。又、今の社会を改造するには先づ小学教育を破壊しなければいけない、自分に若し二つ体があつたら、一つでは一生代用教員をしてゐたいと言つてます。奈何どうして小学教育を破壊するかと訊くと、何有なあにホンの少しの違ひです、人を生れた時の儘まんまで大きくならせる方針を取れや可いんですと答へられました。

『然し秀子さん、千早先生は私にはまだ一つの謎です。何処か分らないところがあります。ですけれども、毎日同じ学校にゐて、毎日先生の為さる事を見てゐると、どうしても敬服せずには居られませんの。先生は随分苦しい生活をして居られます。それはお気毒な程です。そして、先生の奥様おくさんといふ人は、矢張好い人で、優しい、美しい(但し色は少し黒いけれど、)親切な方です。……』

と書いたものだ。実際それは孝子の思つてゐる通りで、この若い女教師から見ると、健が月末の出席歩合ぶあひの調べを怠けるのさへ、コセ〱した他の教師共より偉い様に見えた。

が、流石は女心で、例へば健が郡視学などと揶揄からかひ半分に議論をする時とか、父の目の前で手厳しく忠一を叱る時などは、傍はたで見る目もハラ〱して、顔を挙げ得なかつた。

今も、健が声高に忠一を叱つたので、宿直室の話声が礑はたと止んだ。孝子は耳敏くもそれを聞付けて忠一が後退あとしざりに出て行くと、

『マア、先生は!』

と低声こごゑに言つて、口を窄すぼめて微笑みながら健の顔を見た。

『ハヽヽヽ。』と、渠は軽かろく笑つた。そして、眼を円まろくして直ぐ前に立つてゐる新入生の一人に、

『可いいか。お前も学校に入ると、不断先生の断りなしに入つては不可いけないといふ処へ入れば、今の人の様に叱られるんだぞ。』

『ハ。』と言つて、其児はピヨコリと頭を下げた。火傷やけどの痕の大きい禿が後頭部に光つた。

『忠一イ。忠一イ。』と、宿直室から校長の妻の呼ぶ声が洩れた。健と孝子は目と目で笑ひ合つた。

軈やがて、埃に染みた、黒の詰襟の洋服を着た校長の安藤が出て来て、健と代つて新入生を取扱かつた。健は自分の卓つくゑに行つて、その受持の教務しごとにかゝつた。

九時半頃、秋野教師が遅刻の弁疏いひわけを為しい〱入つて来て、何時も其室そこの柱に懸けて置く黒繻子の袴を穿いた時は、後から〱と来た新入生も大方来尽して、職員室の中は空すいてゐた。健は卓の上から延び上つて、其処に垂れて居る索なはを続様つづけざまに強く引いた。壁の彼方かなたでは勇しく号鐘かねが鳴り出す。今か〱とそれを待ちあぐんでゐた生徒等は、一しきり春の潮うしほの湧く様に騒いだ。

五分とも経たぬうちに、今度は秋野がその鐘索しようさくを引いて、先づ控所へ出て行つた。と、健は校長の前へ行つて、半紙を八つに畳んだ一枚の紙を無造作に出した。

『これ書いて来ました。何卒どうぞ宜しく願ひます。』

笑ふ時目尻の皺の深くなる、口髯の下向いた、寒さうな、人の好さ相な顔をした安藤は、臆病らしい眼付をして其紙と健の顔を見比みくらべた。前夜訪ねて来て書式を聞いて行つたのだから、展あけて見なくても解職願な事は解つてゐる。

そして、妙に喉に絡からまつた声で言つた。

『然うでごあんすか。』

『は。何卒どうぞ。』

綴ぢ了へた許りの新しい出席簿を持つて、立ち上つた孝子は、チラリと其畳んだ紙を見た。そして、健が四月に罷めると言ふのは予々かねがね聞いてゐた為であらう、それが若しや解職願ではあるまいかと思はれた。

『何と申して可いか……ナンですけれども、お決めになつてあるのだば為方しかたがない訳でごあんす。』

『何卒宜しく、お取り計ひを願ひます。』

と言つて健は、軽く会釈して、職員室を出て了つた。その後から孝子も出た。

控所には、級が新しくなつて列ならぶべき場所の解らなくなつた生徒が、ワヤワヤと騒いでゐた。秋野は其間を縫つて歩いて、

『先せんの場所ところへ列ぶのだ、先の場所へ。』

と叫んでゐるが、生徒等は、自分達が皆及第して上の級に進んだのに、今迄の場所に列ぶのが不見識な様にでも思はれるかして、仲々言ふことを聞かない。と見た健は、号令壇を兼ねてゐる階段の上に突立つて、

『何を騒いでゐる。』

と呶鳴つた。耳を聾する許りの騒擾さわぎが、夕立の霽はれ上る様にサツと収つて、三百近い男女の瞳はその顔に萃あつまつた。

『一同みんな今迄の場所ところに今迄の通り列べ。』

ゾロ〱と足音が乱れて、それが鎮しづまると、各級は皆規則正しい二列縦隊を作つてゐた。鬩乎ひつそりとして話一つする者がない。新入生の父兄は、不思議相にしてそれを見てゐた。

渠は緩ゆつくりした歩調で階段を降りて、秋野と共に各級をその新しい場所に導いた。孝子は新入生を集めて列を作らしてゐた。

校長が出て来て壇の上に立つた。密々ひそひそと話声が起りかけた。健は背後うしろの方から一つ咳払ひをした。話声はそれで再また鎮つた。

『えゝ、今日から明治四十年度の新しい学年が始まります……』

と、校長は両手を邪魔相に前で揉みながら、低い、怖々おづおづした様な声で語り出した。二分も経つか経たぬに、

『三年一万九百日。』

と高等科の生徒の一人が、妙な声色を使つて言つた。

『叱しツ。』

と秋野が制した。潜笑しのびわらひの声は漣さゞなみの様に伝はつた。そして新しい密語ひそめきが其に交まじつた。

それは恰度今の並木孝子の前の女教師が他村へ転任した時――去年の十月であつた。――安藤は告別の辞ことばの中で「三年一万九百日」と誤つて言つた。その女教師は三年の間この学校にゐたつたのだ。それ以来年長としかさの生徒は何時もこの事を言つては、校長を軽蔑する種にしてゐる。恰度この時、健もその事を思出してゐたので、も少しで渠も笑ひを洩らすところであつた。

密語ひそめきの声は漸々だんだん高まつた。中には声に出して何やら笑ふのもある。と、孝子は草履の音を忍ばせて健の傍かたはらに寄つて来た。

『先生が前の方へ被入いらつしやると宜うござんす。』

『然うですね。』と渠も囁いた。

そして静かに前の方へ出て、階段の最も低い段の端の方へ立つた。場内はまた水を打つた様に𨶑乎ひつそりとした。

不図渠は、諸有あらゆる生徒の目が、諄々くどくどと何やら話し続けてゐる校長を見てゐるのでなく、渠自身に注がれてゐるのに気が付いた。例いつもの事ながら、何となき満足が渠の情こころを唆かした。そして、幽かに唇くちを歪めて微笑ほほゑんで見た。其処にも此処にも、幽かに微笑んだ生徒の顔が見えた。

校長の話の済んで了ふまでも、渠は其処から動かなかつた。

それから生徒は、痩せた体の何処から出るかと許り高い渠の号令で、各々おのおのその新しい教室に導かれた。

四人の職員が再び職員室に顔を合せたのは、もう十一時に間のない頃であつた。学年の初めは諸帳簿の綴変とぢかへやら、前年度の調物の残りやらで、雑務が仲々多い。四人はこれといふ話もなく、十二時が打つまでも孜々せつせとそれを行やつてゐた。

『安藤先生。』

と孝子は呼んだ。

『ハ。』

『今日の新入生は合計みんなで四十八名でございます。その内、七名は去年の学齢で、一昨年をととしンのが三名ございますから、今年の学齢で来たのは三十八名しかありません。』

『然うでごあんすか。総体で何名でごあんしたらう?』

『四十八名でございます。』

『否いいえ、本年度の学齢児童数は?』

『それは七十二名といふ通知でございます、役場からの。でございますから、今日だけの就学歩合では六十六、六六七にしか成りません。』

『少いな。』と校長は首を傾げた。

『何有なあに、毎年今日はそれ位なもんでごあんす。』と、十年もこの学校にゐる土地者ところものの秋野が喙くちを容れた。『授業の始まる日になれば、また二十人位ア来あんすでア。』

『少いなア。』と、校長はまた同じ事を言ふ。

『奈何どうです。』と健は言つた。『今日来なかつたのへ、明日あす明後日あさつての中に役場から又督促さして見ては?』

『何有なあに、明々後日やのあさつてになれば、二十人は屹度来あんすでア。保険付だ。』と、秋野は鉛筆を削つてゐる。

『二十人来るにしても、三十八名に二十……残部あと十四名の不就学児童があるぢやありませんか?』

『督促しても、来るのは来るし、来ないのは来なごあんすぜ。』

『ハハヽヽ。』と健は訳もなく笑つた。『可いいぢやありませんか、私達が草鞋を穿いて歩くんぢやなし、役場の小使を歩かせるのですもの。』

『来ないのは来ないでせうなア。』と、校長は独語ひとりごとの様に意味のないことを言つて、卓つくゑの上の手焙てあぶりの火を、煙管で突つついてゐる。

『一学年は並木さんの受持だが、御意見は奈何どうです?』

然う言ふ健の顔に、孝子は一寸薄目を与くれて、

『それア私の方は……』

と言出した時、入口の障子がガラリと開あいて、浅黄がゝつた縞の古袷に、羽織も着ず、足袋も穿かぬ小造りの男が、セカ〱と入つて来た。

『やあ、誰かと思つたば東川ひがしかはさんか。』と、秋野は言つた。

『其麽そんなに喫驚びつくりする事はねえさ。』

然う言ひながら東川は、型の古い黒の中折を書類入の戸棚の上に載せて、

『やあお急いそがしい様でごあんすな。好いいお天気で。』

と、一同みんなに挨拶した。そして、手づから椅子を引寄せて、遠慮もなく腰を掛け、校長や秋野と二言三言話してゐたが、何やら気の急ぐ態度やうすであつた。その横顔を健は眤じつと凝視みつめてゐた。齢は三十四五であるが、頭の頂辺てつぺんが大分だいぶ円まろく禿げてゐて、左眼ひだりめが潰れた眼の上に度の強い近眼鏡をかけてゐる。小形の鼻が尖とんがつて、見るから一癖あり相な、抜目のない顔立である。

『時に、』と、東川は話の断目きれめを待構へてゐた様に、椅子を健の卓に向けた。『千早先生。』

『何です?』

『実は其用で態々わざわざ来たのだがなす、先生、もう出したすか? 未まだすか?』

『何をです?』

『何をツて。其麽そんなに白ばくれなくても可よごあんすべ。出したすか? 出さねえすか?』

『だから何をさ?』

『解らない人だなア。辞表をす。』

『あゝ、その事こつですか。』

『出したすか? 出さねえすか?』

『何故なぜ?』

『何故ツて。用があるから訊くのす。』

よくツケ〱と人を圧迫おしつける様な物言ものいひをする癖があつて、多少の学識もあり、村で健が友人ともだち扱ひをするのは此男の外に無かつた。若い時は青雲の夢を見たもので、機会をりあらば宰相の位にも上らうといふ野心家であつたが、財産のなくなると共に徒いたづらに村の物笑ひになつた。今では村会議員に学務委員を兼ねてゐる。

『出しましたよ。』と、健は平然けろりとして答へた。

『真箇ほんとすか?』と東川は力を入れる。

『ハヽヽヽ。』

『だハンテ若い人は困る。人が甚麽どんなに心配してるかも知らないで、気ばかり早くてさ。』

『それ〱、煙草の火が膝に落ちた。』

『これだ!』と、呆れた様な顔をしながら、それでも急いで吸殻を膝から払ひ落して、『先生、出したつても今日の事だがら、まだ校長の手許にあるベアハンテ、今の間うちに戻してござれ。』

『何故なぜ?』

『いやサ、詳しく話さねえば解らねえが……実はなす、』

と穏かな調子になつて、『今日何も知らねえで役場さ来てみたのす。そすると種市助役が、一寸別室、て呼ぶだハンテ、何だど思つて行つて見だば先生の一件さ。昨日逢つた時、明日辞表を出すつてゐだつけが、何しろ村教育も漸々やうやう発展の緒に就いた許りの時だのに、千早先生に罷められては誠に困る。それがと言つて今は村長も留守で、正式に留任勧告をするにも都合が悪い。何いづれ二三日中には村長も帰るし、七日には村会も開かれるのだから、兎も角もそれまでは是非待つて貰ひたいと言ふのでなす、それで畢竟つまりは種市助役の代理になつて、今俺ア飛んで来たどころす。解つたすか?』

『解るには解つたが、……奈何どうも御苦労でした。』

『御苦労も糞も無ねえが、なす、先生、然う言ふ訳だハンテ、何卒どうか一先ひとまづ戻して貰つてござれ。』

戻して貰へ、といふ、その「貰へ」といふ語ことばが驕持心ほこりの強い健の耳に鋭く響いた。そして、適確きつぱりした調子で言つた。

『出来ません、其麽事は。』

『それだハンテ困る。』

『御好意は充分有難く思ひますけれど、為方がありません、出して了つた後ですから。』

秋野も校長も孝子も、鳴なりを潜めて二人の話を聞いてゐた。

『出したと言つたところです、それが未だ学校の中にあるのだば、謂はゞ未だ内輪だけの事でアねえすか?』

『東川さん、折角の御勧告は感謝しますけれど、貴方は私の気性を御存知の筈です。私は一旦出して了つたのは、奈何どうあつても、譬へそれが自分に不利益であつても取戻すことは厭です。内輪だらうが外輪だらうが、私は其麽そんな事は考へません。』

然う言つた健の顔は、もう例いつもの平然けろりとした態さまに帰つてゐて、此上いくら言つたとて動きさうにない。言ひ出しては後へ退ひかぬ健の気性は、東川もよく知つてゐた。

東川は突然いきなり椅子を捻向けた。

『安藤先生。』

その声は、今にも喰つて掛るかと許り烈しかつた。嚇おどすナ、と健は思つた。

『ハ?』と言つて、安藤は目の遣場やりばに困る程周章まごついた。

『先生ア真箇ほんたうに千早先生の辞表を受取つたすか?』

『ハ。……いや、それでごあんすでは。今も申上げようかと思ひあんしたども、お話中に容喙くちだしするのも悪いと思つて、黙つてあんしたが、先刻さつきその、号鐘かねが鳴つて今始業式が始まるといふ時、お出しになりあんしてなす。ハ、これでごあんす。』と、硯箱の下から其解職願を出して、『何れ後刻あとで緩ゆつくりお話しようと思つてあんしたつたども、今迄その暇がなくて一寸此処にお預りして置いた訳でごあんす。何しろ思懸けないことでごあんしてなす。ハ。』

「その書式を教へたのは誰だ?」と健は心の中で嘲笑あざわらつた。

『然さうすか、解職願お出しエんしたのすか? 俺ア少しも知らなごあんしたオなす。』と、秋野は初めて知つたと言ふ態ふうに言つた。『千早先生も又、甚麽どんな御事情だかも知れねえども、今急にお罷めアねえくとも宜うごあんすべアすか?』

『安藤先生、』と東川は呼んだ。『そせば先生も、その辞表を一旦お戻しやる積りだつたのだなす?』

『ハ、然うでごあんす。何いづれ後刻あとでお話しようと思つて、受取つた訳でアごあんせん、一寸お預りして置いただけでごあんす。』

『お戻しやれ、そだら。』と、東川は命令する様な調子で言つた。『お戻しやれ、お聞きやつた様な訳で、今それを出されでア困りあんすでば。』

『ハ。奈何どうせ私も然う思つてだのでごあんすアハンテ、お戻しすあんす。』と、顔を曇らして言つて、頬を凹へこませてヂウ〱する煙管を強く吸つた。戻すも具合悪く、戻さぬも具合悪いといつた態度やうすである。

健は横を向いて、煙草の煙をフウと長く吹いた。

『お戻しやれ、俺ア学務委員の一人いちにんとして勧告しあんす。』

安藤は思切り悪く椅子を離れて、健の前に立つた。

『千早さん、先刻さつきは急いそがしい時で……』と諄々くどくど弁疏いひわけを言つて、『今お聞き申して居れば、役場の方にも種々いろいろ御事情がある様でごあんすゝ、一寸お預りしただけでごあんすから、兎に角これはお返し致しあんす。』

然う言つて、解職願を健の前に出した。その手は顫へてゐた。

健は待つてましたと言はぬ許りに急に難しい顔をして、霎時しばし、眤じつと校長の揉手もみでをしてゐるその手を見てゐた。そして言つた。

『それでは、直接郡役所へ送つてやつても宜うございますか?』

『これはしたり!』

『先生。』『先生。』と、秋野と東川が同時に言つた。そして東川は続けた。

『然うは言ふもんでアない。今日は俺の顔を立てゝ呉れても可いいでアねえすか?』

『ですけれど……それア安藤先生の方で、お考へ次第進達するのを延さうと延すまいと、それは私には奈何どうも出来ない事ですけれど、私の方では前々から決めてゐた事でもあり、且つ、何が何でも一旦出したのは、取るのは厭ですよ。それも私一人の為めに村教育が奈何どうの恁かうのと言ふのではなし、却かへつてお邪魔をしてる様な訳ですからね。』と言つて、些ちよつと校長に流盻よこめを与くれた。

『マ、マ、然うは言ふもんでア無えでばサ。前々から決めておいた事は決めて置いた事として、茲ここはマア村の頼みを訊いて呉れても可いでアねえすか? それも唯、一週間か其処いら待つて貰ふだけの話だもの。』

『兎に角お返ししあんす。』と言つて、安藤は手持無沙汰に自分の卓つくゑに帰つた。

『安藤先生。』と、東川は再また喰つて掛る様に呼んだ。『先生もまた、も少し何とか言方が有りさうなもんでアねえすか? 今の様でア、宛然まるで俺に言はれた許りで返す様でアねえすか? 先生には、千早先生が何どれだけこの学校に要のある人だか解らねえすか?』

『ハ?』と、安藤は目を怖々おづおづさして東川を見た。意気地なしの、能力はたらきの無い其顔には、あり〱と当惑の色が現れてゐる。

と、健は、然さうして擦すつた揉もんだと果しなく諍あらそつてるのが、――校長の困り切つてるのが、何だか面白くなつて来た。そして、ツと立つて、解職願を再また校長の卓に持つて行つた。

『兎に角これは貴方に差上げて置きます。奈何どうなさらうと、それは貴方の御権限ですが……』

と言ひながら、傍はたから留めた秋野の言葉は聞かぬ振をして、自分の席に帰つて来た。

『困りあんしたなア。』と、校長は両手で頭を押へた。

眇目めつかちの東川も、意地悪い興味を覚えた様な顔をして、黙つてそれを眺めた。秋野は煙管の雁首がんくびを見ながら煙草を喫のんでゐる。

と、今迄何も言はずに、四人の顔を見巡みまはしてゐた孝子は、思切つた様に立上つた。

『出過ぎた様でございますけれども……アノ、それは私がお預り致しませう。……千早先生も一旦お出しになつたのですから、お厭でせうし、それでは安藤先生もお困りでせうし、お役場には又、御事情がお有りなのですから……』と、心持息を逸はづませて、呆気あつけにとられてゐる四人の顔を急いそがしく見巡した。そして、膨むつちりと肥つた手で静かにその解職願を校長の卓から取り上げた。

『お預りしても宜敷よろしうございませうか? 出過ぎた様でございますけれど。』

『ハ? ハ。それア何でごあんす……』と言つて、安藤は密そつと秋野の顔色を覗つた。秋野は黙つて煙管を咬くはへてゐる。

月給から言へば、秋野は孝子の上である。然し資格から言へば、同じ正教員でも一人は検定試験上りで、一人は女ながらも師範出だから、孝子は校長の次席つぎなのだ。

秋野が預るとすると、男だから、且かつは土地者ところものだけに種々いろいろな関係があつて、屹度きつと何かの反響さしひびきが起る。孝子はそれも考へたのだ。そして、

『私の様な無能者やくにたたずがお預りしてゐると、一番安全でございます。ホヽヽヽ。』

と、取つてつけた様に笑ひながら、校長の返事も待たず、その八つ折りの紙を袴の間に挾んで、自分の席に復した。その顔はポウツと赧あからんでゐた。

常にない其行動しうちを、健は目を円まろくして眺めた。

『成程。』と、その時東川は膝を叩いた。『並木先生は偉い。出来でかした、出来した、なアる程それが一番だ。』

と言ひながら健の方を向いて、

『千早先生も、それなら可えがべす?』

『並木先生。』と健は呼んだ。

『マ、マ。』と東川は手を挙げてそれを制した。『マ、これで可いいでば。これで俺の役目も済んだといふもんだ。ハヽヽヽ。』

そして、急に調子を変へて、

『時に、安藤先生。今日の新入学者は何人位ごあんすか?』

『ハ?……えゝと……えゝと、』と、校長は周章まごついて了つて、無理に思出すといふ様に眉を萃あつめた。『四十八名でごあんす。然さうでごあんしたなす。並木さん?』

『ハ。』

『四十八名すか? それで例年に比べて多い方すか、少い方すか?』

話題はなしは変つて了つた。

『秋野先生、』

と言ひながら、胡麻塩頭の、少し腰の曲つた小使が入つて来た。

『お家から迎むけえが来たアす。』

『然うか。何用だべな。』と、秋野は小使と一緒に出て行つた。

腕組をして眤じつと考込んでゐた健は、その時ツと立上つた。

『お先に失礼します。』

『然うすか?』と、人々はその顔――屹きつと口を結んだ、額の広い、その顔を見上げた。

『左様なら。』

健は玄関を出た。処々乾きかゝつてゐる赤土の運動場には、今年初めての黄きいろい蝶々が二つ、フワ〱と縺もつれて低く舞つてゐる。隅の方には、柵を潜つて来た四五羽の鶏が、コツ〱と遊んでゐた。

太い丸太の尖さきを円めて二本植ゑた、校門の辺ところへ来ると、何いづれ女生徒の遺失おとしたものであらう、小さい赤櫛が一つ泥の中に落ちてゐた。健はそれを足駄の歯で動かしてみた。櫛は二つに折れてゐた。

健が一箇年だけで罷やめるといふのは、渠が最初、知合の郡視学に会つて、昔自分の学んだ郷里の学校に出てみたい、と申込んだ時から、その一箇年の在職中も、常々言つてゐた事で、又、渠自身は勿論、渠を知つてゐるだけの人は、誰一人、健を片田舎の小学教師などで埋もれて了ふ男とは思つてゐなかつた。小ちひさい時分から覇気の壮さかんな、才気に溢れた、一時は東京に出て、まだ二十はたちにも足らぬ齢で著書の一つも出した渠――その頃数少き年少詩人の一人に、千早林鳥ちはやりんてうの名のあつた事は、今でも記憶してゐる人も有らう。――が、侘しい百姓村の単調な其日々々を、朝から晩まで、熱心に、又楽し相に、育ち卑しき涕垂はなたらしの児女等こどもらを対手に送つてゐるのは、何も知らぬ村の老女達としよりたちの目にさへ、不思議にも詰らなくも見えてゐた。

何いづれ何事なにかやり出すだらう! それは、その一箇年の間の、四周あたりの人の渠に対する思惑であつた。

加之のみならず、年老としとつた両親と、若い妻と、妹と、生れた許りの女児をんなのこと、それに渠を合せて六人の家族は、いかに生活費の費かからぬ片田舎とは言へ、又、倹約家しまりやの母がいかに倹しまつてみても、唯たつた八円の月給では到底喰つて行けなかつた。女三人の手で裁縫物したてものなど引受けて遣つてもゐたが、それとても狭い村だから、月に一円五十銭の収入みいりは覚束ない。

そして、もう六十に手の達とどいた父の乗雲は、家うちの惨状みじめさを見るに見かねて、それかと言つて何一つ家計の補助たしになる様な事も出来ず、若い時は雲水もして歩いた僧侶上りの、思切りよく飄然ふらりと家出をして了つて、この頃漸く居処が確たしかまつた様な状態ありさまであつた。

健でないにしたところが、必ず、何かもつと収入みいりの多い職業を見付けねばならなかつたのだ。

『健や、四月になつたら学校は罷めて、何処さか行ぐべアがな?』

と、渠の母親――背中の方が頭よりも高い程腰の曲つた、極く小柄な渠の母親は、時々心配相に恁かう言つた。

『あゝ、行くさ。』と、其度そのたび渠は恁麽こんな返事をしてゐた。

『何処さ?』

『東京。』

東京へ行く! 行つて奈何どうする? 渠は以前の経験で、多少は其名を成してゐても、詩では到底生活されぬ事を知つてゐた。且かつは又、此頃の健には些ちつとも作詩の興がなかつた。

小説を書かう、といふ希望は、大分長い間健の胸にあつた。初めて書いてみたのは、去年の夏、もう暑中休暇に間のない頃であつた。『面影』といふのがそれで、昼は学校に出ながら、四日続け様に徹夜して百四十何枚を書了かきをへると、渠はそれを東京の知人に送つた。十二三日経つて、原稿はその儘帰つて来た。また別の人に送つて、また帰つて来た。三度目に送る時は、四銭の送料はあつたけれども、添へてやる手紙の郵税が無かつた。健は、何十通の古手紙を出してみて、漸々やうやう一枚、消印スタンプの逸はづれてゐる郵券を見つけ出した。そしてそれを貼つて送つた。或ある雨の降る日であつた。妻の敏子は、到頭金にならなかつた原稿の、包紙の雨に濡れたのを持つて、渠の居間にしてゐる穢むさくるしい二階に上つて来た。

『また帰つて来たのか? アハヽヽヽ。』

と渠は笑つた。そして、その儘本箱の中に投げ込んで、二度と出して見ようともしなかつた。

何時いつの間にか、渠は自信といふものを失つてゐた。然しそれは、渠自身も、四周の人も気が付かなかつた。

そして、前夜、短い手紙でも書く様に、何気なくスラスラと解職願を書きながらも、学校を罷やめて奈何どうするといふ決心はなかつたのだ。

健は、例いつもの様に亭乎すらりとした体を少し反身そりみに、確乎しつかりした歩調あしどりで歩いて、行き合ふ児女等こどもらの会釈に微笑みながらも、始終思慮かんがへ深い眼付をして、

「罷めても食へぬし、罷めなくても食へぬ……。」

と、その事許ばかり思つてゐた。

家うちへ入ると、通し庭の壁側かべぎはに据ゑた小形の竈へつつひの前に小さく蹲しやがんで、干菜ほしなでも煮るらしく、鍋の下を焚いてゐた母親が、

『帰つたか。お腹なかが減つたつたべアな?』

と、強しひて作つた様な笑顔を見せた。今が今まで我家の将来ゆくすゑでも考へて、胸が塞つまつてゐたのであらう。

縞目も見えぬ洗晒あらひざらしの双子ふたこの筒袖の、袖口の擦切すりきれたのを着てゐて、白髪交りの頭に冠つた浅黄の手拭の上には、白く灰がかゝつてゐた。

『然うでもない。』

と言つて、渠は足駄を脱いだ。上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女児こどもを負おぶつて、顔にかゝるほつれ毛を気にしながら、ランプの火屋ほやを研みがいてゐた。

『今夜は客があるぞ、屹度きつと。』

『誰方どなた?』

それには答へないで、

『あゝ、今日は急いそがしかつた。』

と言ひながら、健は勢ひよくドン〱梯子はしごを上つて行つた。

((その一、終))

(予が今までに書いたものは、自分でも忘れたい、人にも忘れて貰ひたい、そして、予は今、予にとつての新らしい覚悟を以てこの長編を書き出してみた。他日になつたら、また、この作をも忘れたく、忘れて貰ひたくなる時があるかも知れぬ。――啄木)

〔「スバル」明治四十二年二月号〕

底本 / Source edition

底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日初版第1刷発行
1993(平成5年)年5月20日初版第7刷発行
底本の親本:「スバル 第二号」
1909(明治42)年2月1日発行
初出:「スバル 第二号」
1909(明治42)年2月1日発行
入力:Nana ohbe
校正:川山隆
2008年10月18日作成
2012年9月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/045460_000153/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/045460_000153/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/045460_000153/

石川 啄木「足跡」(新字旧仮名)、底本『石川啄木全集 第三巻 小説』筑摩書房、1978年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045460_000153, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite