（<ruby><rb>伊豆</rb><rt>いづ</rt></ruby>の<ruby><rb>修禪寺</rb><rt>しゆぜんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>頼家</rb><rt>よりいへ</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>といふあり。<ruby><rb>作人</rb><rt>さくにん</rt></ruby>も知れず。由來もしれず。木彫の<ruby><rb>假面</rb><rt>めん</rt></ruby>にて、年を經たるまゝ面目分明ならねど、<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby>古色蒼然たるもの、<ruby><rb>觀</rb><rt>み</rt></ruby><ruby><rb>來</rb><rt>きた</rt></ruby>つて一種の詩趣をおぼゆ。當時を追懷してこの稿成る。）

登場人物

<ruby><rb>面作師</rb><rt>おもてつくりし</rt></ruby>　<ruby><rb>夜叉王</rb><rt>やしやわう</rt></ruby>

夜叉王の娘　かつら

同　かへで

かへでの婿　<ruby><rb>春彦</rb><rt>はるひこ</rt></ruby>

<ruby><rb>源左金吾</rb><rt>げんざきんご</rt></ruby>頼家

下田五郎<ruby><rb>景安</rb><rt>かげやす</rt></ruby>

<ruby><rb>金窪兵衞尉行親</rb><rt>かなくぼひやうゑのじようゆきちか</rt></ruby>

修禪寺の僧

行親の家來など

（一）

伊豆の國<ruby><rb>狩野</rb><rt>かの</rt></ruby>の庄、修禪寺村（今の修善寺）<ruby><rb>桂川</rb><rt>かつらがは</rt></ruby>のほとり、夜叉王の住家。

<ruby><rb>藁葺</rb><rt>わらぶき</rt></ruby>の古びたる二重<ruby><rb>家體</rb><rt>やたい</rt></ruby>。破れたる壁に舞樂の面などをかけ、正面に紺<ruby><rb>暖簾</rb><rt>のれん</rt></ruby>の出入口あり。<ruby><rb>下手</rb><rt>しもて</rt></ruby>に爐を切りて、素燒の<ruby><rb>土瓶</rb><rt>どびん</rt></ruby>などかけたり。庭の入口は竹にて編みたる門、外には柳の大樹。そのうしろは畑を隔てゝ、塔の峯つゞきの山または丘などみゆ。元久元年七月十八日。

（二<ruby><rb>重</rb><rt>ぢゆう</rt></ruby>の<ruby><rb>上手</rb><rt>かみて</rt></ruby>につゞける一間の家體は<ruby><rb>細工場</rb><rt>さいくば</rt></ruby>にて、三方に<ruby><rb>古</rb><rt>ふ</rt></ruby>りたる<ruby><rb>蒲簾</rb><rt>がますだれ</rt></ruby>をおろせり。庭さきには秋草の花咲きたる垣に沿うて荒むしろを敷き、姉娘<ruby><rb>桂</rb><rt>かつら</rt></ruby>廿歳。妹娘<ruby><rb>楓</rb><rt>かへで</rt></ruby>、十八歳。相對して<ruby><rb>紙砧</rb><rt>かみぎぬた</rt></ruby>を<ruby><rb>擣</rb><rt>う</rt></ruby>つてゐる。）

かつら　（<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て砧の手をやめる）一<ruby><rb>晌</rb><rt>とき</rt></ruby>餘りも擣ちつゞけたので、肩も腕も痺るゝやうな。もうよいほどにして止めうでないか。

かへで　とは云ふものゝ、きのふまでは盆休みであつたほどに、けふからは精出して働かうではござんせぬか。

かつら　働きたくばお前ひとりで働くがよい。<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>にも春彦どのにも褒められようぞ。わたしは<ruby><rb>忌</rb><rt>いや</rt></ruby>ぢや、忌になつた。（投げ出すやうに砧を捨つ）

かへで　貧の<ruby><rb>手業</rb><rt>てわざ</rt></ruby>に姉妹が、年ごろ擣ちなれた紙砧を、兎かくに飽きた、忌になつたと、むかしに變るお前がこの頃の素振は、どうしたことでござるか<ruby><rb>喃</rb><rt>なう</rt></ruby>。

かつら　（あざ笑ふ）いや、昔とは變らぬ。ちつとも變らぬ。わたしは昔からこのやうな事を好きではなかつた。父さまが鎌倉においでなされたら、わたし等も<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>うはあるまいものを、<ruby><rb>名聞</rb><rt>みやうもん</rt></ruby>を好まれぬ職人<ruby><rb>氣質</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>とて、この伊豆の山家に隱れ<ruby><rb>栖</rb><rt>ずみ</rt></ruby>、親につれて子供までも<ruby><rb>鄙</rb><rt>ひな</rt></ruby>にそだち、<ruby><rb>詮事</rb><rt>せうこと</rt></ruby>無しに今の身の上ぢや。さりとてこのまゝに朽ち果てようとは夢にも思はぬ。近いためしは今わたし等が擣つてゐる修禪寺紙、はじめは賤しい人の手につくられても、<ruby><rb>色好紙</rb><rt>いろよしがみ</rt></ruby>とよばれて世に出づれば、高貴のお方の手にも觸るゝ。<ruby><rb>女子</rb><rt>をなご</rt></ruby>とてもその通りぢや。たとひ賤しう育つても、色好紙の色よくば、關白大臣將軍家のおそばへも、召出されぬとは限るまいに、<ruby><rb>賤</rb><rt>しづ</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>め</rt></ruby>がなりはひの紙砧、いつまで擣ちおぼえたとて何とならうぞ。忌になつたと云うたが無理か。

かへで　それはおまへが口癖に云ふことぢやが、人には人それ〲の分があるもの。將軍家のお側近う召さるゝなどと、夢のやうな事をたのみにして、心ばかり高う打ちあがり、末はなんとならうやら、わたしは案じられてなりませぬ。

かつら　お前とわたしとは心が違ふ。妹のおまへは今年十八で、春彦といふ男を持つた。それに引きかへて姉のわたしは、二十歳といふ今日の今まで、夫もさだめずに過したは、あたら一生を草の家に、住み果つまいと思へばこそぢや。職人<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>の妻となつて、滿足して暮すおまへ等に、わたしの心はわかるまい喃。（空<ruby><rb>嘯</rb><rt>うそぶ</rt></ruby>く）

（楓の婿春彦、廿餘歳、奧より出づ。）

春彦　桂どの。職人風情と<ruby><rb>左</rb><rt>さ</rt></ruby>も卑しい者のやうに云はれたが、職人あまたあるなかにも、<ruby><rb>面作師</rb><rt>おもてつくりし</rt></ruby>といへば、世に恥しからぬ職であらうぞ。あらためて申すに及ばねど、わが日本<ruby><rb>開闢</rb><rt>かいびやく</rt></ruby>以來、はじめて舞樂のおもてを刻まれたは、勿體なくも聖徳太子、つゞいて<ruby><rb>藤原淡海</rb><rt>ふぢはらのたんかい</rt></ruby>公、<ruby><rb>弘法大師</rb><rt>こうぼふだいし</rt></ruby>、<ruby><rb>倉部</rb><rt>くらべ</rt></ruby>の<ruby><rb>春日</rb><rt>かすが</rt></ruby>、この人々より傳へて今に至る、由緒正しき職人とは知られぬか。

かつら　それは職が尊いのでない。聖徳太子や淡海公といふ、その人々が尊いのぢや。彼の人々も<ruby><rb>生業</rb><rt>なりはひ</rt></ruby>に、面作りはなされまいが……。

春彦　生業にしては卑しいか。さりとは異なことを聞くものぢやの。この春彦が明日にもあれ、<ruby><rb>稀代</rb><rt>きたい</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をつくり出して、天下一の名を取つても、お身は職人風情と<ruby><rb>侮</rb><rt>あなづ</rt></ruby>るか。

かつら　<ruby><rb>云</rb><rt>お</rt></ruby>んでもないこと、天下一でも職人は職人ぢや、殿上人や<ruby><rb>弓取</rb><rt>ゆみとり</rt></ruby>とは一つになるまい。

春彦　殿上人や弓取がそれほどに尊いか。職人がそれほどに卑しいか。

かつら　はて、くどい。知れたことぢやに……。

（桂は顏をそむけて取合はず。春彦、むつとして詰めよるを、楓はあわてゝ押隔てる。）

かへで　あゝ、これ、一旦かうと云ひ出したら、飽までも云ひ募るが姉さまの氣質、逆らうては惡い。いさかひはもう<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>してくだされ。

春彦　その氣質を知ればこそ、日ごろ堪忍してゐれど、あまりと云へば詞が過ぐる。女房の縁につながりて、姉と立つれば附け上り、やゝもすれば我を<ruby><rb>輕</rb><rt>かろ</rt></ruby>しむる<ruby><rb>面憎</rb><rt>つらにく</rt></ruby>さ。仕儀によつては姉とは云はさぬ。

かつら　おゝ、姉と云はれずとも大事ござらぬ。職人風情を妹婿に持つたとて、姉の見得にも手柄にもなるまい。

春彦　まだ云ふか。

（春彦は又つめ寄るを、楓は心配して制す。この時、細工場の簾のうちにて、父の聲。）

夜叉王　えゝ、騷がしい。鎭まらぬか。

（これを聽きて春彦は控へる。楓は起つて蒲簾をまけば、伊豆の夜叉王、五十餘歳、<ruby><rb>烏帽子</rb><rt>ゑぼし</rt></ruby>、筒袖、<ruby><rb>小袴</rb><rt>こばかま</rt></ruby>にて、<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>と<ruby><rb>槌</rb><rt>つち</rt></ruby>とを持ち、木彫の假面を打つてゐる。膝のあたりには木の屑など取散したり。）

春彦　由なきことを云ひ募つて、細工の御さまたげをも省みぬ不調法、なにとぞ御料簡くださりませ。

かへで　これもわたしが姉樣に、意見がましいことなど云うたが基。姉樣も春彦どのも必ず叱つて下さりまするな。

夜叉王　おゝ、なんで叱らう、叱りはせぬ。姉妹の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>いさかひ</rt></ruby>はまゝある事ぢや。珍らしうもあるまい。時に今日ももう暮るゝぞ。秋のゆふ風が身にしみるわ。そち達は奧へ行つて夕飯の支度、<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>の用意でもせい。

二人　あい。

（桂と楓は起つて奧に入る。）

夜叉王　なう、春彦。妹とは違うて氣がさの姉ぢや。同じ屋根の下に起き臥しすれば、一年三百六十日、面白からぬ日も多からうが、何事もわしに免じて料簡せい。あれを産んだ母親は、そのむかし、都の<ruby><rb>公家衆</rb><rt>くげしゆ</rt></ruby>に奉公したもの、縁あつてこの夜叉王と<ruby><rb>女夫</rb><rt>めをと</rt></ruby>になり、あづまへ流れ下つたが、育ちが育ちとて氣位高く、職人風情に連れ添うて、一生むなしく朽ち果るを悔みながらに世を終つた。その腹を分けた姉妹、おなじ胤とはいひながら、姉は母の血をうけて公家<ruby><rb>氣質</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>、妹は父の血をひいて職人氣質、子の心がちがへば親の愛も違うて、母は姉<ruby><rb>贔屓</rb><rt>びいき</rt></ruby>、父は妹贔屓。思ひ〱に子どもの贔屓爭ひから、埓もない女夫喧嘩などしたこともあつたよ。はゝゝゝゝゝ。

春彦　さう承はれば桂どのが、日ごろ職人をいやしみ嫌ひ、世にきこえたる殿上人か弓取ならでは、夫に持たぬと誇らるゝも、母御の血筋をつたへし爲、血は爭はれぬものでござりまするな。

夜叉王　ぢやによつて、あれが何を云はうとも、滅多に腹は立てまいぞ。人を人とも思はず、氣位高う生れたは、母の子なれば是非がないのぢや。

（暮の鐘きこゆ。奧より楓は燈臺を持ちて出づ。）

春彦　おゝ、取紛れて忘れてゐた。これから<ruby><rb>大仁</rb><rt>おほひと</rt></ruby>の町まで行つて、このあひだ誂へて置いた<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>と<ruby><rb>小刀</rb><rt>さすが</rt></ruby>をうけ取つて來ねばなるまいか。

かへで　けふはもう暮れました。いつそ明日にしなされては……。

春彦　いや、いや、職人には大事の道具ぢや。一刻も早う取寄せて置かうぞ。

夜叉王　おゝ、職人はその心掛けがなうてはならぬ。更けぬ間に、ゆけ、行け。

春彦　夜とは申せど通ひなれた路、一<ruby><rb>晌</rb><rt>とき</rt></ruby>ほどに戻つて來まする。

（春彦は出てゆく。楓は門にたちて見送る。修禪寺の僧一人、燈籠を持ちて先に立ち、つゞいて<ruby><rb>源</rb><rt>みなもと</rt></ruby>の頼家卿、廿三歳。あとより下田五郎景安、十七八歳、頼家の<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>をさゝげて出づ。）

僧　これ、これ、將軍家の御しのびぢや。粗相があつてはなりませぬぞ。

（楓ははッと平伏す。頼家主從すゝみ入れば、夜叉王も出で迎へる。）

夜叉王　思ひもよらぬお<ruby><rb>成</rb><rt>なり</rt></ruby>とて、なんの設けもござりませぬが、先づあれへお通りくださりませ。

（頼家は縁に腰を掛ける。）

夜叉王　して、御用の趣は。

頼家　問はずとも大方は察して居らう。わが<ruby><rb>面體</rb><rt>めんてい</rt></ruby>を後のかたみに殘さんと、さきに其方を召出し、頼家に似せたる<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を作れと、繪姿までも<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>はして置いたるに、日を<ruby><rb>經</rb><rt>ふ</rt></ruby>るも<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>せず。幾たびか延引を申立てゝ、今まで打過ぎしは何たることぢや。

五郎　<ruby><rb>多寡</rb><rt>たくわ</rt></ruby>が面一つの細工、いかに丹精を凝らすとも、百日とは費すまい。お細工仰せつけられしは當春の初め、其後<ruby><rb>已</rb><rt>すで</rt></ruby>に半年をも過ぎたるに、いまだ獻上いたさぬとは餘りの<ruby><rb>懈怠</rb><rt>けたい</rt></ruby>、もはや<ruby><rb>猶豫</rb><rt>いうよ</rt></ruby>は相成らぬと、上樣の御機嫌さん〲ぢやぞ。

頼家　予は生れついての性急ぢや。いつまで待てど暮せど埓あかず、あまりに齒痒う覺ゆるまゝ、この上は使など遣はすこと無用と、予が直々に催促にまゐつた。おのれ何故に細工を怠り居るか。仔細をいへ、仔細を申せ。

夜叉王　御立腹おそれ入りましてござりまする。勿體なくも征夷大將軍、源氏の棟梁のお姿を刻めとあるは、職のほまれ、身の面目、いかでか<ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>に存じませうや。御用うけたまはりて已に半年、未熟ながらも腕限り根かぎりに、夜晝となく打ちましても、意にかなふほどのもの一つも無く、更に打ち替へ作り替へて、心ならずも延引に延引をかさねましたる次第、なにとぞお察しくださりませ。

頼家　えゝ、催促の都度におなじことを……。その申譯は聞き飽いたぞ。

五郎　この上は唯だ延引とのみでは相濟むまい。いつの頃までにはかならず出來するか、あらかじめ期日をさだめてお詫を申せ。

夜叉王　その期日は申上げられませぬ。左に鑿をもち、右に槌を持てば、面はたやすく成るものと思召すか。家をつくり、塔を組む、番匠なんどとは事變りて、これは<ruby><rb>生</rb><rt>しやう</rt></ruby>なき<ruby><rb>粗木</rb><rt>あらき</rt></ruby>を削り、男、女、天人、夜叉、<ruby><rb>羅刹</rb><rt>らせつ</rt></ruby>、ありとあらゆる<ruby><rb>善惡邪正</rb><rt>ぜんなくじやしやう</rt></ruby>のたましひを打ち込む面作師。五體にみなぎる<ruby><rb>精力</rb><rt>せいりき</rt></ruby>が、兩の<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>におのづから<ruby><rb>湊</rb><rt>あつ</rt></ruby>まる時、わがたましひは流るゝ如く彼に通ひて、はじめて面も作られまする。但しその時は半月の後か、一月の後か、あるひは一年二年の後か。われながら<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とはわかりませぬ。

僧　これ、これ、夜叉王どの。上樣は御自身も仰せらるゝごとく、至つて御性急でおはします。三島の社の放し<ruby><rb>鰻</rb><rt>うなぎ</rt></ruby>を見るやうに、ぬらりくらりと取止めのないことばかり申上げてゐたら、御<ruby><rb>癇癖</rb><rt>かんぺき</rt></ruby>がいよ〱募らうほどに、こなたも職人冥利、いつの頃までと日を限つて、しかと御返事を申すがよからうぞ。

夜叉王　ぢやと云うて、出來ぬものはなう。

僧　なんの、こなたの腕で出來ぬことがあらう。面作師も多くあるなかで、伊豆の夜叉王といへば、京鎌倉までも聞えた者ぢやに……。

夜叉王　さあ、それゆゑに出來ぬと云ふのぢや。わしも伊豆の夜叉王と云へば、人にも少しは知られたもの。たとひお<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め受けうとも、己が心に染まぬ細工を、世に殘すのはいかにも無念ぢや。

頼家　なに、無念ぢやと……。さらばいかなる祟りを受けうとも、<ruby><rb>早急</rb><rt>さつきふ</rt></ruby>には出來ぬといふか。

夜叉王　恐れながら早急には……。

頼家　むゝ、おのれ覺悟せい。

（癇癖募りし頼家は、五郎のさゝげたる太刀を引つ取つて、あはや拔かんとす。奧より桂、走り出づ。）

かつら　まあ、まあ、お待ちくださりませ。

頼家　えゝ、退け、のけ。

かつら　先づお鎭まりくださりませ。<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>は唯今獻上いたしまする。なう、<ruby><rb>父樣</rb><rt>とゝさま</rt></ruby>。

（夜叉王は默して答へず。）

五郎　なに、面は已に<ruby><rb>出來</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>してをるか。

頼家　えゝ、おのれ。前後不揃ひのことを申立てゝ、予をあざむかうでな。

かつら　いえ、いえ、嘘いつはりではござりませぬ。面はたしかに出來して居りまする。これ、父樣。もうこの上は是非がござんすまい。

かへで　ほんにさうぢや。ゆうべ<ruby><rb>漸</rb><rt>やうや</rt></ruby>く出來したと云ふあの面を、いつそ獻上なされては……。

僧　それがよい、それがよい。こなたも凡夫ぢや。名も惜からうが、命も惜からう。出來した面があるならば、早う上樣にさしあげて、お慈悲をねがふが上分別ぢやぞ。

夜叉王　命が惜いか、名が惜いか、こなた衆の知つたことではない。默つておゐやれ。

僧　さりとて、これが見てゐられうか。さあ、娘御。その面を持つて來て、兎もかくも御覽に入れたがよいぞ。早う、早う。

かへで　あい、あい。

（かへでは細工場へ走り入りて、木彫の<ruby><rb>假面</rb><rt>めん</rt></ruby>を入れたる箱を持ち出づ。桂はうけ取りて頼家の前にさゝぐ。頼家は無言にて桂の顏をうちまもり、心少しく解けたる體なり。）

かつら　いつはりならぬ證據、これ御覽くださりませ。

（頼家は假面を取りて打ちながめ、思はず感嘆の聲をあげる。）

頼家　おゝ、見事ぢや。よう打つたぞ。

五郎　上樣おん顏に生寫しぢや。

頼家　むゝ。（飽かず打戍る）

僧　さればこそ云はぬことか。それほどの物が出來してゐながら、兎かう澁つて居られたは、夜叉王どのも氣の知れぬ男ぢや。はゝゝゝゝ。

夜叉王　（形をあらためる）何分にもわが心にかなはぬ細工、人には見せじと存じましたが、かう相成つては致方もござりませぬ。方々にはその<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をなんと御覽なされまする。

頼家　さすがは夜叉王、あつぱれの者ぢや。頼家も滿足したぞ。

夜叉王　あつぱれとの御賞美は<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>りながらおめがね違ひ、それは夜叉王が一生の不出來。よう<ruby><rb>御覽</rb><rt>ごらう</rt></ruby>じませ。面は死んでをりまする。

五郎　面が死んでをるとは……。

夜叉王　年ごろあまた打つたる面は、生けるがごとしと人も云ひ、われも許して居りましたが、不思議やこのたびの面に限つて、幾たび打直しても生きたる色なく、たましひもなき死人の相……。それは世にある人の面ではござりませぬ。死人の面でござりまする。

五郎　そちは左樣に申しても、われらの眼には矢はり生きたる人の面……。死人の相とは相見えぬがなう。

夜叉王　いや、いや、どう見直しても生ある人ではござりませぬ。しかも<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>に恨を宿し、何者をか呪ふがごとき、<ruby><rb>怨靈</rb><rt>をんりやう</rt></ruby><ruby><rb>怪異</rb><rt>あやかし</rt></ruby>なんどのたぐひ……。

僧　あ、これ、これ、そのやうな不吉のことは申さぬものぢや。御意にかなへばそれで<ruby><rb>重疊</rb><rt>ちようでふ</rt></ruby>、ありがたくお禮を申されい。

頼家　むゝ、兎にも角にもこの面は頼家の意にかなうた。持歸るぞ。

夜叉王　<ruby><rb>強</rb><rt>たつ</rt></ruby>て御所望とござりますれば……。

頼家　おゝ、所望ぢや。それ。

（頼家は<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>にて示せば、かつら心得て假面を箱に納め、すこしく媚を含みて頼家にさゝぐ。頼家は更にその顏をぢつと視る。）

頼家　いや、<ruby><rb>猶</rb><rt>なほ</rt></ruby>かさねて<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に所望がある。この娘を予が手許に召仕ひたう存ずるが、奉公さする心はないか。

夜叉王　ありがたい御意にござりまするが、これは本人の心まかせ、親の口から御返事は申上げられませぬ。

（桂は臆せず、すゝみ出づ。）

かつら　父樣。どうぞわたしに御奉公を……。

頼家　うい奴ぢや。奉公をのぞむと申すか。

かつら　はい。

頼家　さらばこれよりその面をさゝげて、頼家の供してまゐれ。

かつら　かしこまりました。

（頼家は<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つ。五郎も起つ。桂もつゞいて起つ。楓は姉の袂をひかへて、<ruby><rb>心許</rb><rt>こゝろもと</rt></ruby>なげに囁く。）

かへで　姉さま。おまへは御奉公に……。

かつら　おまへは先程、夢のやうな望みと笑うたが、夢のやうな望みが今叶うた。

（かつらは誇りがに見かへりて、庭に降り立つ。）

僧　やれ、やれ、これで愚僧も先づ安堵いたした。夜叉王どの、あす又逢ひませうぞ。

（頼家は行きかゝりて物につまづく。桂は走り寄りてその手を取る。）

頼家　おゝ、いつの間にか暗うなつた。

（僧はすゝみ出でて、桂に燈籠を渡す。桂は假面の箱を僧にわたし、我は片手に燈籠を持ち、片手に頼家をひきて出づ。夜叉王はぢつと思案の體なり。）

かへで　父さま、お見送りを……。

（夜叉王は初めて心づきたる如く、娘と共に門口に送り出づ。）

五郎　そちへの御褒美は、あらためて沙汰するぞ。

（頼家等は相前後して出でゆく。夜叉王は起ち上りて、しばらく默然としてゐたりしが、やがてつか〱と縁にあがり、細工場より槌を持ち來りて、壁にかけたる種々の假面を<ruby><rb>取下</rb><rt>とりおろ</rt></ruby>し、あはや打碎かんとす。楓はおどろきて取縋る。）

かへで　あゝ、これ、なんとなさる。おまへは物に狂はれたか。

夜叉王　せつぱ詰りて是非におよばず、<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>き細工を獻上したは、悔んでも返らぬわが不運。あのやうな面が將軍家のおん手に渡りて、これぞ伊豆の住人夜叉王が作と寶物帳にも記されて、百千年の後までも笑ひをのこさば、一生の名折れ、末代の恥辱、所詮夜叉王の名は<ruby><rb>廢</rb><rt>すた</rt></ruby>つた。職人もけふ限り、再び槌は持つまいぞ。

かへで　さりとは短氣でござりませう。いかなる名人上手でも細工の出來不出來は時の運。一生のうちに一度でも<ruby><rb>天晴</rb><rt>あつぱ</rt></ruby>れ名作が出來ようならば、それが即ち名人ではござりませぬか。

夜叉王　むゝ。

かへで　拙い細工を世に出したをそれほど無念と思召さば、これからいよ〱精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>いでくださりませ。

（かへでは縋りて泣く。夜叉王は答へず、思案の眼を<ruby><rb>瞑</rb><rt>と</rt></ruby>ぢてゐる。日暮れて笛の聲遠くきこゆ。）

（二）

おなじく桂川のほとり、<ruby><rb>虎溪橋</rb><rt>こけいけう</rt></ruby>の袂。川邊には柳幾<ruby><rb>本</rb><rt>もと</rt></ruby>たちて、<ruby><rb>芒</rb><rt>すゝき</rt></ruby>と蘆とみだれ生ひたり。橋を隔てゝ修禪寺の山門みゆ。同じ日の宵。

（下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は假面の箱をかゝへて出づ。）

五郎　上樣は桂どのと、川邊づたひにそゞろ歩き遊ばされ、お供の我々は一足先へまゐれとの御意であつたが、修禪寺の御座所ももはや眼のまへぢや。この橋の袂にたゝずみて、お歸りを暫時相待たうか。

僧　いや、いや、それは宜しうござるまい。桂殿といふ<ruby><rb>嫋女</rb><rt>たをやめ</rt></ruby>をお見出しあつて、浮れあるきに餘念もおはさぬところへ、我々のごとき邪魔外道が附き<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>うては、却つて御機嫌を損ずるでござらうぞ。

五郎　なにさまなう。

（とは云ひながら、五郎は猶不安の<ruby><rb>體</rb><rt>てい</rt></ruby>にてたゝずむ。）

僧　殊に愚僧はお風呂の役、早う戻つて支度をせねばなるまい。

五郎　お風呂とて自づと沸いて出づる湯ぢや。支度を急ぐこともあるまいに……。先づお待ちやれ。

僧　はて、お身にも似合はぬ不粹をいふぞ。若き<ruby><rb>男女</rb><rt>をとこをうな</rt></ruby>がむつまじう語らうてゐるところに、法師や武士は禁物ぢやよ。はゝゝゝゝ。さあ、ござれ、ござれ。

（無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるゝまゝに、打連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。）

頼家　おゝ、月が出た。河原づたひに夜ゆけば、芒にまじる蘆の根に、水の聲、蟲の聲、<ruby><rb>山家</rb><rt>やまが</rt></ruby>の秋はまた一としほの風情ぢやなう。

かつら　馴れては左程にもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事變りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しうござりませう。

（頼家はありあふ石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまゝ、橋の欄に<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>りて立つ。月明かにして蟲の聲きこゆ。）

頼家　鎌倉は天下の覇府、大小名の武家小路、<ruby><rb>甍</rb><rt>いらか</rt></ruby>をならべて綺羅を競へど、それはうはべの榮えにて、うらはおそろしき罪の巷、惡魔の巣ぞ。人間の住むべきところで無い。鎌倉などへは夢も通はぬ。（月を仰ぎて云ふ）

かつら　鎌倉山に時めいておはしなば、日本一の將軍家、山家そだちの我々は<ruby><rb>下司</rb><rt>げす</rt></ruby>にもお使ひなされまいに、御果報拙いがわたくしの果報よ。忘れもせぬこの三月、<ruby><rb>窟</rb><rt>いはや</rt></ruby>詣での<ruby><rb>下向路</rb><rt>げかうみち</rt></ruby>、桂谷の川上で、はじめて御目見得をいたしました。

頼家　おゝ、その時そちの名を問へば、川の名とおなじ桂と云うたな。

かつら　まだそればかりではござりませぬ。この窟のみなかみには、<ruby><rb>二本</rb><rt>ふたもと</rt></ruby>の桂の立木ありて、その根よりおのづから清水を噴き、末は修禪寺にながれて入れば、川の名を桂とよび、またその樹を女夫の桂と昔よりよび傳へてをりますると、お答へ申上げましたれば、おまへ樣はなんと仰せられました。

頼家　非情の木にも女夫はある。人にも女夫はありさうな……と、つい戲れに申したなう。

かつら　お戲れかは存じませぬが、そのお詞が冥加にあまりて、この<ruby><rb>願</rb><rt>ぐわん</rt></ruby>かならず叶ふやうと、百日のあひだ人にも知らさず、窟へ日參いたせしに、女夫の桂のしるしありて、ゆくへも知れぬ川水も、嬉しき逢瀬にながれ合ひ、今月今宵おん側近う、召出されたる身の冥加……。

頼家　武運つたなき頼家の身近うまゐるがそれほどに嬉しいか。そちも大方は存じて居らう。予には<ruby><rb>比企</rb><rt>ひき</rt></ruby>の判官<ruby><rb>能員</rb><rt>よしかず</rt></ruby>の娘若狹といへる<ruby><rb>側女</rb><rt>そばめ</rt></ruby>ありしが、能員ほろびし<ruby><rb>其</rb><rt>その</rt></ruby><ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>に、<ruby><rb>不憫</rb><rt>ふびん</rt></ruby>や若狹も世を去つた。今より後はそちが二代の側女、名もそのまゝに若狹と云へ。

かつら　あの、わたくしが若狹の<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>と……。えゝ、ありがたうござりまする。

頼家　あたゝかき湯の湧くところ、温かき人の情も湧く。戀をうしなひし頼家は、こゝに新しき戀を得て、心の痛みもやうやく癒えた。今はもろ〱の煩惱を斷つて、安らけくこの地に生涯を送りたいものぢや。さりながら、月には雲の障りあり、その望みも<ruby><rb>果敢</rb><rt>はか</rt></ruby>なく破れて、予に萬一のことあらば、そちの父に打たせたる<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>のおもてを形見と思へ。叔父の蒲殿は罪無うして、この修禪寺の土となられた。わが運命も遲かれ速かれ、おなじ路を辿らうも知れぬぞ。

（月かくれて暗し。<ruby><rb>籠手</rb><rt>こて</rt></ruby>、<ruby><rb>臑當</rb><rt>すねあて</rt></ruby>、腹卷したる<ruby><rb>軍兵</rb><rt>つはもの</rt></ruby>二人、上下よりうかゞひ出でゝ、芒むらに潜む。蟲の聲俄にやむ。）

かつら　あたりにすだく蟲の聲、吹き消すやうに止みましたは……。

頼家　人やまゐりし。心をつけよ。

（金窪兵衞尉行親、三十餘歳。烏帽子、<ruby><rb>直垂</rb><rt>ひたゝれ</rt></ruby>、籠手、臑當にて出づ。）

行親　<ruby><rb>上</rb><rt>うへ</rt></ruby>、これに御座遊ばされましたか。

頼家　誰ぢや。

（桂は燈籠をかざす。頼家透しみる。）

行親　金窪行親でござりまする。

頼家　おゝ、兵衞か。鎌倉表より何としてまゐつた。

行親　北條殿のおん使に……。

頼家　なに、北條殿の使……。<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>はこの頼家を討たうが爲な。

行親　これは存じも寄らぬこと。御機嫌伺ひとして行親參上、ほかに仔細もござりませぬ。

頼家　云ふな、兵衞。物の具に身をかためて<ruby><rb>夜中</rb><rt>やちゆう</rt></ruby>の參入は、察するところ、北條の密意をうけて予を不意撃にする巧みであらうが……。

行親　天下やうやく定まりしとは申せども、平家の殘黨ほろび<ruby><rb>殲</rb><rt>つく</rt></ruby>さず。且は函根より西の<ruby><rb>山路</rb><rt>やまぢ</rt></ruby>に、盜賊ども徘徊する由きこえましたれば、<ruby><rb>路次</rb><rt>ろじ</rt></ruby>の用心として斯樣にいかめしう<ruby><rb>扮裝</rb><rt>いでた</rt></ruby>ち申した。上に對したてまつりて、不意撃の狼藉なんど、いかで、いかで……。

頼家　たとひ如何やうに陳ずるとも、憎き北條の使なんどに對面無用ぢや。使の口上聞くにおよばぬ。歸れ、かへれ。

（行親は騷がず。しづかに桂をみかへる。）

行親　これにある<ruby><rb>女性</rb><rt>によしやう</rt></ruby>は……。

頼家　予が召仕ひの<ruby><rb>女子</rb><rt>をなご</rt></ruby>ぢやよ。

行親　おん謹みの身を以て、素性も得知れぬ賤しの女子どもを、おん側近う召されしは……。

（桂は堪へず、すゝみ出づ。）

かつら　兵衞どのとやら、お身は<ruby><rb>卜者</rb><rt>うらや</rt></ruby>か人相見か。<ruby><rb>初見參</rb><rt>うひげんざん</rt></ruby>のわらはに對して、素性賤しき女子などと、迂濶に物を申されな。妾は都のうまれ、母は殿上人にも仕へし者ぞ。まして今は將軍家のおそばに召されて、若狹の局とも名乘る身に、一應の會釋もせで無禮の<ruby><rb>雜言</rb><rt>ざふごん</rt></ruby>は、鎌倉武士といふにも似ぬ、さりとは作法をわきまへぬ者なう。

（<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>はれて行親は眉をひそめる。）

行親　なに。若狹の局……。して、それは誰に許された。

頼家　おゝ、予が許した。

行親　北條どのにも謀らせたまはず……。

頼家　北條がなんぢや。おのれ等は二口目には北條といふ。北條がそれほどに尊いか。時政も義時も予の家來ぢやぞ。

行親　さりとて、尼御臺もおはしますに……。

頼家　えゝ、くどい奴。おのれ等の云ふこと、聽くべき耳は持たぬぞ。<ruby><rb>退</rb><rt>すさ</rt></ruby>れ、すされ。

行親　さほどにおむづかり遊ばされては、行親申上ぐべきやうもござりませぬ。仰せに任せて今宵はこのまゝ退散、委細は明朝あらためて見參の上……。

頼家　いや、重ねて來ること相成らぬぞ。若狹、まゐれ。

（頼家は起ち上りて桂の手を取り、打連れて橋を渡り去る。行親はあとを見送る。芒のあひだに潜みし軍兵出づ。）

兵一　先刻より忍んで相待ち申したに、なんの合圖もござりませねば……。

兵二　手を下すべき<ruby><rb>機</rb><rt>をり</rt></ruby>もなく、空しく時を移し申した。

行親　北條殿の密旨を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>り、近寄つて討ちたてまつらんと今宵ひそかに伺候したるが、<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>は上樣、早くもそれと覺られて、われに油斷を見せたまはねば、無念ながらも仕損じた。この上は修禪寺の御座所へ寄せかけ、多人數一度にこみ入つて本意を遂げうぞ。上樣は早業の達人、<ruby><rb>近習</rb><rt>きんじゆ</rt></ruby>の者共にも手だれあり。小勢の敵と侮りて不覺を取るな。場所は狹し、夜いくさぢや。うろたへて同士撃すな。

兵　はつ。

行親　一人はこれより<ruby><rb>川下</rb><rt>かはしも</rt></ruby>へ走せ向うて、村の出口に控へたる者どもに、即刻かゝれと下知を傳へい。

兵一　心得申した。

（一人は下手に走り去る。行親は一人を具して上手に入る。木かげより春彦、うかゞひ出づ。）

春彦　大仁の町から戻る路々に、物の具したる<ruby><rb>兵者</rb><rt>つはもの</rt></ruby>が、こゝに五人かしこに十人<ruby><rb>屯</rb><rt>たむろ</rt></ruby>して、出入りのものを一々詮議するは、合點がゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によつて、上樣を失ひたてまつる結構な。さりとは大事ぢや。

（遠近にて寢鳥のおどろき起つ聲。下田五郎は橋を渡りて出づ。）

五郎　常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覺ゆるぞ。念のために川の<ruby><rb>上下</rb><rt>かみしも</rt></ruby>を一わたり見廻らうか。

春彦　五郎どのではおはさぬか。

五郎　おゝ、春彦か。

（春彦は<ruby><rb>近</rb><rt>ちかづ</rt></ruby>きてさゝやく。）

五郎　や、なんと云ふ。金窪の參入は……。上樣を……。しかと左樣か。むゝ。

（五郎はあわたゞしく引返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人長卷をたづさへて出で、無言にて撃つてかゝる。五郎は拔きあはせて、忽ち斬つて捨つ。軍兵數人、上下より走り出で、五郎を押つ取りまく。）

五郎　やあ、春彦。こゝはそれがしが受け取つた。そちは御座所へ走せ參じて、この趣を注進せい。

春彦　はつ。

（春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮鬪す。）

（三）

もとの夜叉王の住家。夜叉王は門にたちて望む。修禪寺にて早鐘を撞く音きこゆ。

（向ふより楓は走り出づ。）

かへで　父樣。夜討ぢや。

夜叉王　おゝ、むすめ。見て戻つたか。

かへで　敵は誰やらわからぬが、人數はおよそ二三百人、修禪寺の御座所へ夜討をかけましたぞ。

夜叉王　俄にきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禪寺へ夜討とは……。平家の殘黨か、鎌倉の討手か。こりや容易ならぬ大變ぢやなう。

かへで　生憎に春彦どのはありあはさず、なんとしたことでござりませうな。

夜叉王　我々がうろ〱立騷いだとてなんの役にも立つまい。たゞその成行を觀てゐるばかりぢや。まさかの時には父子が手をひいて立退くまでのこと。平家が勝たうが、源氏が勝たうが、北條が勝たうが、われ〱にかゝり合ひのないことぢや。

かへで　それぢやと云うて不意のいくさに、姉樣はなんとなされうか。もし逃げ惑うて<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまち</rt></ruby>でも……。

夜叉王　いや、それも時の運ぢや、是非もない。姉にはまた姉の覺悟があらうよ。

（寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でゝ心痛の體。向ふより春彦走り出づ。）

かへで　おゝ、春彦どの。待ちかねました。

春彦　<ruby><rb>寄手</rb><rt>よせて</rt></ruby>は鎌倉の北條方、しかも夜討の相談を、測らず木かげで立聽きして、其由を御注進申上げうと、修禪寺までは駈け付けたが、前後の門はみな圍まれ、翼なければ入ることかなはず、殘念ながらおめ〱戻つた。

かへで　では、姉樣の安否も知れませぬか。

春彦　姉はさて措いて、上樣の御安否さへもまだ判らぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追つ返しつ、今が合戰最中ぢや。

夜叉王　なにを云ふにも多勢に無勢、御所方とても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末ぢや。蒲殿といひ、上樣と云ひ、いかなる因縁かこの修禪寺には、土の底まで源氏の血が沁みるなう。

（寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかゞひ見る。）

かへで　おゝ、おびたゞしい人の足音……。<ruby><rb>鎬</rb><rt>しのぎ</rt></ruby>を削る太刀の音……。

春彦　こゝへも次第に<ruby><rb>近</rb><rt>ちかづ</rt></ruby>いてくるわ。

（桂は頼家の假面を持ちて顏には髮をふりかけ、直垂を着て長卷を持ち、手負の體にて走り出で、門口に來りて倒る。）

春彦　や、誰やら表に……。

（夫婦は走り寄りて扶け起し、庭さきに伴ひ入るれば、桂は又倒れる。）

春彦　これ、傷は淺うござりまするぞ。心を確に持たせられい。

かつら　（息もたゆげに）おゝ妹……。春彦どの……。父樣はどこにぢや。

夜叉王　や、なんと……。

（夜叉王は怪みて立ちよる。桂は顏をあげる。みな〱驚く。）

春彦　や、侍衆とおもひの外……。

夜叉王　おゝ、娘か。

かへで　姉さまか。

春彦　して、この體は……。

かつら　上樣お風呂を召さるゝ折から、鎌倉勢が不意の夜討……。味方は小人數、必死にたゝかふ。女でこそあれこの桂も、御奉公はじめの御奉公納めに、この<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をつけてお身がはりと、<ruby><rb>早速</rb><rt>さそく</rt></ruby>の分別……。月の暗きを幸ひに打物とつて庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼はり呼はり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上樣ぞと心得て、うち洩さじと追つかくる。

夜叉王　さては上樣お身替りと相成つて、この面にて敵をあざむき、こゝまで斬拔けてまゐつたか。（血に染みたる假面を取りてぢつと視る）

春彦　我々すらも侍衆と見あやまつた程なれば、敵のあざむかれたも無理ではあるまい。

かへで　とは云ふものゝ、淺ましいこのお姿……。姉樣死んで下さりまするな。（取縋りて泣く）

かつら　いや、いや。死んでも<ruby><rb>憾</rb><rt>うら</rt></ruby>みはない。賤が伏屋でいたづらに、百年千年生きたとて何とならう。たとひ半<ruby><rb>晌</rb><rt>とき</rt></ruby>一晌でも、將軍家のおそばに召出され、若狹の局といふ名をも給はるからは、これで出世の望もかなうた。死んでもわたしは本望ぢや。

（云ひかけて弱るを、春彦夫婦は介抱す。夜叉王は假面をみつめて物云はず。以前の修禪寺の僧、頭より袈裟をかぶりて逃げ來る。）

僧　大變ぢや、大變ぢや。かくまうて下され、隱まうてくだされ。（内に駈入りて、桂を見て又おどろく）やあ、こゝにも手負が……。おゝ、桂殿……。こなたもか。

かつら　して、上樣は……。

僧　お<ruby><rb>悼</rb><rt>いた</rt></ruby>はしや、御最期ぢや。

かつら　えゝ。（這ひ起きて<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と視る）

僧　上樣ばかりか、御家來衆も大方は斬死……。わし等も傍杖の怪我せぬうちと、命から〲逃げて來たのぢや。

春彦　では、お身がはりの甲斐もなく……。

かへで　遂にやみ〱御最期か。

（桂は失望してまた倒る。楓は取付きて叫ぶ。）

かへで　これ、姉さま。心を確に……。なう、父樣。姉さまが死にまするぞ。

（今まで一心に假面をみつめたる夜叉王、はじめて見かへる。）

夜叉王　おゝ、姉は死ぬるか。姉もさだめて本望であらう。父もまた本望ぢや。

かへで　えゝ。

夜叉王　幾たび打ち直してもこの<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>に、死相のあり〱と見えたるは、われ拙きにあらず、鈍きにあらず。源氏の將軍頼家卿が斯く相成るべき御運とは、今といふ今、はじめて覺つた。神ならでは知ろしめされぬ人の運命、先づわが作にあらはれしは、自然の感應、自然の妙、技藝<ruby><rb>神</rb><rt>しん</rt></ruby>に入るとはこの事よ。伊豆の夜叉王、われながら天晴れ天下一ぢやなう。（快げに笑ふ）

かつら　（おなじく笑ふ）わたしも天晴れお局樣ぢや。死んでも思ひ置くことない。<ruby><rb>些</rb><rt>ちつ</rt></ruby>とも早う上樣のおあとを慕うて、冥土のおん供……。

夜叉王　やれ、娘。わかき女子が斷末魔の面、後の手本に寫しておきたい。苦痛を堪へてしばらく待て。春彦、筆と紙を……。

春彦　はつ。

（春彦は細工場に走り入りて、筆と紙などを持ち來る。夜叉王は筆を執る。）

夜叉王　娘、顏をみせい。

かつら　あい。

（桂は春彦夫婦に扶けられて這ひよる。夜叉王は筆を執りて、その顏を模寫せんとす。僧は口のうちにて念佛す。）

――幕――

（明治四十四年一月「文藝倶樂部」）