Soranoha

外米と農民

がいまいとのうみん

黒島 伝治

隣家のS女は、彼女の生れた昨年の旱魃にも深い貯水池のおかげで例年のように収穫があった村へ、お米の買出しに出かけた。行きしなに、誰れでも外米は食いたくないんだから今度買ってきたら分けあって食べましょうと云って乗合バスに乗った。近所の者は分けて呉れることゝ心待ちに待っていたが、四五日しても挨拶がない。買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗つきに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで手離さないという返事である。なにしろ田地持ちが外米を買って露命をつながなければならないようなことはまことに「はなし」ならぬ話である。

昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆陽の甘藷までがほとんど駄目だった。村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十分になって自から健康増進せしむることができると書かれてあって、微苦笑を催させずに措かなかったのはこの二月頃だったが、産業組合購買部から配給される米には一斗に二升の平麦が添加されることになった。七分三分、あるいは六分四分に米麦を混合して常食としている農民は、平常から栄養摂取を十分にやっているわけだが、一年中食うだけの麦を持っている者も、組合から配給される平麦を買って、持っている麦があまるならそれは玄麦で売れというのである。誰れにも区別なく麦を添加するのは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪かった。

それからまもなく、内地米一斗に外米四升が添加されるようになって麦の混食には平気だった者も外米のバラ〱してかたくて口ざわりの悪いのには閉口した。外米の添加量は次第に増されてきた。胃を悪るくする者、下痢する者など方々で悲鳴をあげた。発育ざかりの私の二人の子供は、一日一升五合くらいの飯を平らげてまだなにかほしそうな顔をしているのだが、外米の入った飯になると、かわいそうなほど急に、いつもの半分くらいしか食わなくなって悄しょげこんだ。平生、まずいものを食いなれている百姓が、顔を見合すと、飯のまずいことをぶつ〱云う日が多くなった。

かつてのかゝりつけの安斎医学博士の栄養説によると、台湾に住んでいてわざ〱内地米を取りよせて食っていた者があったそうだが、内地米が如何にすぐれていようともそんなのは栄養上からよくないそうである。人間もやはり自然界の一存在で、その住んでいる土地に出来るその季節の物を摂取するのが一番適当な栄養摂取方法で、気候に適応する上からもそれが必要で、台湾にいれば台湾米を食い、バナナを食うのが最も自然で栄養上からもそれがよいとのことである。野菜や果物等のはしりや季節はずれの物も不可でそのしゅんのものが最もよいそうである。この見地からするとどうやら外米は吾々には自然でなく、栄養上からもよいとは云えないことになりそうだ。しかし、食わずに生きてはいられない。が、なるべく食いたくない。そこで、病気だと云って内地米ばかりを配給して貰う者が出てくる──一度や二度はその病気の看板もきくがそうたび〱は通らない。そこで医者の診断書を取ってくる。これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客に出すために買ったのだが、相場がだいぶ違うのだという。

じゃ、「闇」で買ったのかときく。いや「闇」じゃないんだがという。──どうだかあやしいものである。宿屋に泊る客も勿論外米を食うべきである。が、この頃、私の地方の島で四国の遍路に巡る一日五六百人から千人近くの人々にも外米は評判が悪い。路々ぶつ〱小言を云いながら通って行くのを私も二三耳にした。そんな連中が、飲食店に内地米の稲荷ずしでも売っているのを見つけようものなら、忽ち売切れとなってしまうのである。

そこで宿屋や、飲食店の商売繁栄策としても内地米が目標となる。

こんなのは、昨年の旱魃にいためつけられた地方だけかと思っていたら、食糧の供給を常に農村に仰がなければならない都会では、もっとすさまじいらしい。農村よりはよほどうまいものを食いなれている都会人には、恐らく外米は、痛くこたえることだろう。が、そこにもまた、いろいろな手段がとられていて、先日東京から来たある友達の話によると、外米の入っていない県にいる親戚に頼んだり、女中さんの田舎へ云ってやったりして、送ってもらっている者がだいぶあるとか。旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止というような城壁が築かれてはいるが、表門は閉っていても、裏のくゞり戸があいているので、四斗俵ならぬ三斗五升いりの袋ならその門を通過させてもらえるのだと笑っていた。

この頃好景気のある船会社の船長の細君は、外米は鶏の餌に呉れてやっている、これは最も簡単な方法だが誰れにでも出来る方法ではない。新潟では米を家畜の飼料にしたというが、勿体ない話だが、新潟の農民が自分の田で作った米と、私の地方の農民が、金を出して買った外米とは同一に談じられないのである。船長の細君でゝもない限り、なんとかして外米をうまく食べようという技巧がそこで工夫されだした。

まず、食事たびごとに飯をたいてみた。なにしろ、外米はつめたくなると一そうパラつくのである。

前夜から洗っておいて、水加減を多くし、トロ火でやわらかくそしてふきこぼれないようにたいてみた。

小豆飯にたいてみた。

食塩をいれていく分味をつけてみた。

寒天をいれて、ねばりをつけた。

片栗をいれてねばりをつけた。

内地米と外米の五分五分の混合、あるいは六分四分の混合に平麦を加えるとどうもばらつきようがひどいので糯米もちごめを二分ほど加えてみた。

平麦のかわりに丸麦を二度たきとして、ねりつぶしてねばりをつけた。

黄粉をまぶして食ってみた。

数えているとまだあるだろうが、いろ〱な食べ方が一カ月ばかりのうちに、附近の人々によってかくの如く考え出された。

平生、内地米のありがたさには気づかずに食っていたのだが『食』は、『衣』『住』と共に、人間が生きて行く上に最も重大なことなので、まずいとなると、それに対する対策は、なか〱真剣でいくらも智恵が働きそうに思われる。

一週間ばかり外米混入の飯を食いつづけた後、一日だけまぜものなしの内地米に戻ると、はじめて本当に身につくものを食った感じで、その身につくものが快よく胃の腑から直ちに血管にめぐって行くようで、子供らは、なんばいもなんばいも茶碗を出すのである。

そして、あゝやっと息をついたという。おとなも本当にそうだと思う。

ところが、この誰れもきらいな外米を、好んで買う者もある。しかも内地米を混合せず、外米ばかりを買うのである。

それは麦を主食としている農民たちで、その地方には田がなく、金儲けの仕事もすくなく土地の条件にめぐまれない環境にある人々だ。外米は、内地米あるいは混合米よりもいくらか値段が安いのでそこを見こんで買うのである。これを米屋の番頭から聞きこんだあるはしっこい女は、じゃ、うちにある外米を売ってあげよう、うんと安くしてあげてもかまわないから、と云いだした。

往復一里もあるその部落へその女は負い籠を背負って行ったそうだが、結果がどうなったかは帰って来ても喋らない。しかし、再三籠を背負って行くのを見た者があるそうだ。

が、最近また米の配給方法が変って外米を鶏に呉れてやった船長の細君も、籠で売りに行く女も、もうそんなことができなくなってしまった。それは、そんなのを防ぐためだろうが、内地米と外米をすっかり混合してしまって配達するのである。鶏に呉れてやる女には、これはよいことだが、一週間に一度だけ内地米を食って息をついていた子供らにはこれはなか〱慰められないおお事である。

底本 / Source edition

底本:「黒島傳治全集 第三巻」筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2009年6月11日作成
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黒島 伝治「外米と農民」(新字新仮名)、底本『黒島傳治全集 第三巻』筑摩書房、1970年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045442_000037, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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