Soranoha

ばべるの塔

ばべるのとう

沖野 岩三郎

まだ、電話も電信も、なんにもない、五六千年も、まへのおはなしです。

ひろいひろい、のはらを、みつけた男がありました。あまり、けしきがよいので、そのまんなかに、一けんの家を、たてました。すると、いつのまにか、われもわれもと、そこへ、何十万の人が、あつまつて来て、五六年めには、たいへん大きな、町になつて、しまひました。

ところが、ここへ、あつまつてきた、人たちは、男も女も、みんな、正直ものばかりで、まいにち、よくはたらいて、

「おい、正直にしろよ。かげで、なまけちや、いけねえぞ。おてんたうさまが、見てゐらつしやるから。」と、いつてゐました。だから、この町の人たちは、だれ一人、うそをつくものもなく、それはそれは、かんしんに、仲よく、はたらいてゐました。

ある年の春、この町へ、二人の、りつぱな、みなりをした、男がきました。そして、この二人は、町の役所に行つて、こんなことを、まうしました。

「私わたしどもは、世界で一ばんえらい、かしこい男です。私どもは、れんぐわと、せめんとを、つくることを、しつてゐます。この町の人は、おてんたうさまを、おそろしがつて、正直に、よくはたらくさうですが、私どもの、はつめいした、れんぐわと、せめんとで、天へとどく、高い高い、塔をたてて、そこから、天へのぼつて、天にゐる、おてんたうさまを、おひ出してしまつては、いかがでございますか。さうすると、すこしは、うそもいへるし、なまけてもいいし、わるいことをしても、おてんたうさまに、しかられる、しんぱいは、ないのですから。」

これをきいた市長さんは、すぐ町の人たちに、このことを、さうだんしますと、みんなが、たいへん、よろこんで、

「それはよい人がきてくれた。では、さつそく、そのたかい塔を、たてることに、してもらはう。そして、おてんたうさまを、天から、おひ出して、気らくに、くらさうではないか。」と、いひました。

市長さまはじめ、みんなが、なまけてみたいものですから、町の人たちは、みんな、あつまつてきて、その高い塔を、たてはじめました。

れんぐわを、つくるもの、せめんとを、つくるもの、それをつみかさねて、塔をたてるもの、まい日まい日、大へんな、さわぎでした。

そんなにして、町の人たちは、三年かかつて、塔を十三がいまで、きづきあげました。

「なん百年、かかつてもよいから、天へとどくまで、高くつみ上げろ。」と、いふので、たうとう、十五年の後には、百五十かいまで、できました。

けれども、そのころは、電話も、えれべえたあも、なんにもないのですから、いちいち、一かいから、百五十かいまで、しごとのだうぐも、おべんたうも、みんな、もつて上らなければ、ならないのです。大工も、左官も、朝はやく、一かいから、どんどんと、百五十かいまで、のぼつて、行くので、上まで、あがつたころは、もう、おひるです。これでは、しごとが、はかどらないからといふので、みんなが、入用のものを、上から下へ、しらせるとき、五かいめごとに、用じをきいて、下へ下へと、いひつぐのでした。

百五十かいの上で、さしづをしてゐました、かんとくさんが、おひるごろに、おなかが、すいたものですから、おすしでも、たべたいとおもつて、

「おうい、すしを一人まへ。」と、いひました。ところが、八十かいの男が、それを、ききちがへて、

「おうい、槌つちひとつ。」と、下へいひました。

六十かいでは「土を一いつか。」と、いひました。

四十かいでは「乳を一いつしよう。」と、いひました。

二十かいでは「ちりとり、ひとつ。」と、いひました。

十かいでは、どうまちがへたのか「つつそで一まい。」と、いひました。

しばらくして、かんとくさんが、おなかを、ぺこぺこにして、おすしを、まつてゐるところへ、もつてきたものは、つつそでの、きもの、一まいでした。

かんとくさんは、すつかり、はらをたてて、

「ばか。すしの、べんたうだ。」と、どなりました。けれども、それがまた、だんだん、下へ下へと、まちがつていつて、

八十かいの男は「百面さう。」

六十かいの男は「ふくじゆさう。」

四十かいの男は「ふろしき。」

二十かいの男は「くるしい。」

十かいの男は、あわてて「しんだ。」

一かいの男は「さうしきぢやあ。」

さあ、町ぢゆうが、大さわぎになつて、かんとくさんが、しんで、おさうしきだといふので、市長さまが、百五十かいまで、かけ上つて行つたのは、三日目の朝でしたが、そのとき、かんとくさんは、ほんたうに、おなかがすいて、しんでゐました。

こんなさわぎで、たうとう、町の人たちは、おてんたうさまを、おひ出すための、たかい塔を、たてることをやめて、また、もとのとほり、はたらかうとしましたが、町の人たちは、いつのまにか、すつかり、びんばふになつたから、まもなくそこは、もとの、のはらになつてしまひました。

その塔の、なまへは、ばべるの塔と、つけるはずであつたと、いふことです。

底本 / Source edition

底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「小学生童話 三年生」金の星社
1936(昭和11)年10月
入力:tatsuki
校正:田中敬三
2007年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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書誌 / Bibliography
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沖野 岩三郎「ばべるの塔」(新字旧仮名)、底本『日本児童文学大系 第一一巻』ほるぷ出版、1978年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 045174_001180, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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