あるところにお猫さんがありました。どういふわけだか、生れつきお家にゐるのがきらひで、いつでもぶらりぶらりと、あるきまはつてゐました。  ある日、お母さんがおつしやいました。 「お猫さんや、今日は少し寒いから、お家にじつとしていらつしやい。」  けれども、お猫さんは、お母さんの姿が見えなくなると、すぐさまお家をとび出して、三町ほどむかふの川のふちのあひるさんのところへ行きました。  あひるさんのお母さんはおつしやいました。 「お猫さん、折角ですが、あひるさんはまだ学校から帰つて来ません。」  お猫さんはがつかりしましたが、お家に帰るよりこゝで待つてゐた方がましだと思つて、 「をばさん、外で待つてゐます。」と言ひました。  一時間待ちました。  あひるさんは帰つて来ません。寒い風が吹いて来て、お猫さんの帽子を川の中へふきとばしました。お猫さんは、一丁四方にもひゞきわたる程大きく 「ハクシヨン‼」とくしやみをしました。  あひるさんのお母さんはおつしやいました。 「お猫さん、今日は寒いから、もうお家へお帰りなさい。」  それでもお猫さんは「僕、ちつとも寒くないや。」といつて、動きません。  お猫さんはそこで、又一時間待ちました。けれどもあひるさんは帰つて来ません。  又、寒い風が吹いて来て、お猫さんの上衣を、川の中へふきとばしました。お猫さんは二町四方位にひゞきわたる程、大きく「ハクシヨン、ハクシヨン。」と、くしやみをしました。  あひるさんのお母さんはおつしやいました。 「さあ、もう、お家へお帰りなさい。風邪をひきますから。」  お猫さんはシヤツ一枚でガタガタふるえながら、 「大丈夫です。おばさん。」といつて、動きません。そしてもう一時間待ちました。  夕方になつて、嵐のやうに大きな風が吹いて来ました。そしてお猫さんはコロコロと川の中へおつこちてしまひました。  お猫さんは幸なことに、水泳の選手でしたから、ズブぬれになりましたが、すぐに川からはひ上つて、三丁四方にもひゞきわたる程大きく、「ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン。」とくしやみをしました。そのくしやみの音は、お猫さんのお家までひゞきましたので、お猫さんのお母さんは大へんびつくりして、かけて来ました。そして、ズブぬれのお猫さんをお家へつれて帰りました。  お家のベツトの中へはいつて、お猫さんは、 「川の水の中より、おふとんの中がずつとあつたかくていいや。」と思ひましたが、それは後のまつりで、その晩から熱が出て、一週間程はうんうんうなりましたさうです。