Soranoha

もうひと息

もうひといき

岸田 国士

もうひと息

――芥川賞(第三十回)選後評――

岸田國士

候補作品九篇のうち、私が最も推賞に値すると思つたのは、庄野潤三の「流木」と小島信夫の「吃音学院」であつた。

委員会の席上、広池秋子の「オンリー達」を支持する声が二三あつたけれども、私は賛成しかねた。

庄野潤三は既に、単行本も出てゐる新進作家で、私のみるところその力量はゆうに芥川賞受賞の水準に達してゐる。しかし、この「流木」一篇を特にこの有望作家の秀作と認めるわけにはゆかぬ。私は、このひとの才気を非常に高く買つてゐるだけに、じつくりとすぐれた素材に挑み、もつと重量感のある傑作を早くみせてほしい。

小島信夫の「吃音学院」は、なかなかしつかりした佳い作品である。私はかういふバランスのよくとれた才能を日本文学の将来のために、大切にしたく思ふ。新鮮な抒情味と、古典的な厳しさとがこの作家のなかで、どう調和していくかを、私は楽しみに見守りたく思ふ。たゞ、この一作だけではまだすこし、先々の保証がつけにくい。

広池秋子の「オンリー達」を読んで、私は、なんのために、この作者は、かういふ女たちの生活をこんなに好奇心をふくらませて書くのかゞわかりかねた。

面白がつて読むものがあるのを予想してであらうが、その意味では成功してゐないことはない。私も、めづらしく、この種のものとしては退屈せずに読んだ。

この作品を強く支持した委員もゐたが、私はそれほどのものとは思はない。かういふものしか書けぬやうでは困る、と、ちよつと気になつた。

そんなわけで、以上三作を、最後まで残すことには同意したが、いづれか一つを受賞作品とすることには躊躇した。

底本 / Source edition

底本:「岸田國士全集28」岩波書店
1992(平成4)年6月17日発行
底本の親本:「文芸春秋 第三十二巻第四号」
1954(昭和29)年3月1日発行
初出:「文芸春秋 第三十二巻第四号」
1954(昭和29)年3月1日発行
入力:門田裕志
校正:Juki
2010年8月17日作成
2011年5月31日修正
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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岸田 国士「もうひと息──――芥川賞(第三十回)選後評――」(新字旧仮名)、底本『岸田國士全集28』岩波書店、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 044860_001154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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